魔法科高校の立派な魔法師 (YT-3)
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設定集 ネギま!の魔法科的考察
レポート① 『魔法』に関する考察


レポート①では、『魔力』及び『魔法』の説明をします。

『気』及びそれを利用する技ついてはレポート②をお読みください。
感卦法(かんかほう)』などの『(アル)(テマ)(・ア)(ート)』についてはレポート③をお読みください。

区別の為、魔法科の魔法は"魔法"もしくは現代魔法、古式魔法。ネギま!の魔法は「魔法」もしくは『魔法』と表記します。


①「魔力」について

 

体外に存在するサイオンのこと。

精神の力によって操り、一度体内に取り込んで放出することによって使用する。

基本的に、ネギま!の魔法使いはこれを扱っている。

 

この技術は魔法科の世界では『仙術』と呼ばれる技術であり、習熟に時間のかかる古式魔法とされているため、使用できるものは数少ない。

 

体の外側から中に取り込まないと使用できないため、逆に体内から体外に出ようとする性質を持つ「気」との共存は難しく、(シュン)(タク)(シス・)(アン)(ティケ)(イメ)(ノイン)は『感卦法(かんかほう)』と呼ばれる超高等技術である。

 

感卦法(かんかほう)

→レポート③参照

 

 

 

②「魔法」およびその技術

 

 

・「魔法」

 

精霊と呼ばれる存在は、世界の力の極点であることから、特殊なイメージを受け取ると魔法式を編みだすという反応を持ち、それを利用することで超常的な力を扱うという技術。

 

"魔法"とは異なり、必ず精霊を介するのが特徴。

分け方としては火・風・水・土の四大属性が主だが、風の派生である雷、水の派生である氷・土の派生である砂といった派生属性や、光・闇といった分類されない属性も存在する。

ナギは『雷≧風≒光≧氷≒闇≧火≒水≧土≒砂』の順で得意としている。

 

発動のプロセスとして、

(1)起動キーで周囲の精霊の活性を行う。魔法科の古式魔法とは異なり、ここで精霊を完全に使役することはしない。

(2)呪文の詠唱や魔法陣の展開を補助に、精霊が理解できるようなイメージを自分の中で明確に固める。

(3)使いたい魔法の性質と一致した精霊に、イメージと魔力を送ることで、精霊が魔法式を構築する。

(4)最後に対象のイメージを伝えることで効果範囲などの変数が確定し、精霊が情報体(エイドス)を改変することで魔法が発動する。

という手順で発動する。

 

現代魔法理論では、現代魔法・古式魔法問わず魔法師が魔法式を作り、魔法師本人、または魔法師が完全に支配下に置いている精霊を介して情報体(エイドス)を改変することで魔法を発動する。

それに対して「魔法」では、魔法使い本人は魔法式を構築することはなく特定の精霊に魔法のイメージを伝えるだけであり、精霊自身が魔法式を構築し情報体(エイドス)を改変する。

この仕様により「魔法」では魔法演算領域によらない魔法の発動が可能になっている。

また、詠唱部分を除けばCADを用いた現代魔法に匹敵する速度で魔法が組みあがり、空間跳躍や時間操作など人間の認識を超えた魔法でもしっかりとしたイメージさえ組めれば発動する。

 

ただし、精霊が理解できるイメージを組み上げるには現代魔法理論とは別種の理論が必要であり、そのイメージの正確性により威力が変化する。

また、魔法の使用が可能かどうかは魔法演算領域によらないため魔力さえ扱えれば多くの一般人にも発動は可能ではあるが、精霊との感応性によって扱える範囲や効率、威力などが変化する。

ごく稀に感応性を持たない、もしくは特殊な魔力性質を持つために一切魔法が使えない人間も存在する。

 

 

・「遅延呪文(ディレイスペル)

 

一度詠唱した「魔法」をそのタイミングでは発動せずに遅延しておき、のちに予め設定しておいたキーワードを唱えることで解放することで詠唱をせずに瞬時に発動する技術。

 

その本質は、魔法式を編んだ精霊が情報体(エイドス)の改変を行う()()非活性化し、その後使用時に再度その精霊を活性化するというもの。

これによって、『後は対象を指定し情報体(エイドス)を改変するだけ』という精霊を用意することができる。

 

一見便利な技術のように見えるが、非活性状態の精霊の長期間での保持や活性時の混線を回避する正確な魔力コントロールなど、習熟するには非常に長い時間か高いセンスが必要になる。キーワードの詠唱が必要になるのも混線を回避するため。

 

ゴールディ家の"魔弾タスラム"はこの流れをくむ技術で、活性化するものを『魔法を使う直前の精霊』から『なんらかの物体に投射しておいた魔法式』に変えたもの。

 

 

・「無詠唱魔法」

 

本来ならイメージを固めるために必要な呪文などを省略して、高速で「魔法」を使う技術。

 

ただし、魔力のみで必要数の精霊の活性化を行う、補助なしでのイメージを構築する、などが出来なければならないため、かなりの高等技術である。

また、基本的にイメージを固めやすい簡単な魔法のみでしか使うことはできない。

 

 

・「身体能力強化」

 

厳密には「魔法」ではないが、魔力を使用する技術のためここで記述する。

 

その名の通り身体能力を強化する技術。ある程度魔力の扱いを習得していれば誰でも扱える。

 

その本質はサイオンをぶつけることによる情報構造体(エイドス)活性の上昇。

自分の肉体の周りに纏わせたサイオンを、自身の情報構造体(エイドス)に当てることによって情報構造体(エイドス)を活性化。それにより常態以上の可動が可能になるため身体能力を強化できる。

ただし、肉体の保護は行っていないため、限界を超えた動きをすると体にダメージがある。鍛えることによりその上限を引き上げることは可能。

 

移動魔法や自己加速術式などによる移動とは違い、あくまで肉体の限界を引き上げることしかできないため、空中など、そもそも身動きのできない場所では移動できない。

 

これは、魔法式を介さないただの技術のため、魔法師の知覚にかかりづらい。

 

 

・「瞬動術」

 

厳密には「魔法」ではないが、魔力を使用する技術のためここで記述する。

 

高速移動術(クイックムーブ)の一つ。通常のもので、7〜8メートルを一瞬で移動することができる。

 

身体能力強化で強化した足の各所の筋肉を、力を余すことなく伝えるように連動して動かしていくことによって、力を分散せずに100%の力で地面を蹴って移動する技。

 

ネギま!において多くの人物が使用するが、直線的にしか移動できない、一度移動し始めると足がつくまで方向転換できない、などの弱点も多い。

 

特定の順番で筋肉を動かすという方式のため、武術的な歩法である縮地法との相性は最悪であり、まともに併用することはまずできない。

しかしそれに成功した場合、数キロの距離を一歩で移動することも可能な『縮地』となる。

 

身体能力強化の延長線上にあり、魔法式を介さないただの技術のため魔法師でも知覚ができづらい。

 

 

・「虚空瞬動(こくうしゅんどう)

 

瞬動術の応用編。

空中を蹴ることができるようになることで、瞬動術の弱点だった『直線的にしか移動できない』を克服できるようになる。

 

自分の周辺のサイオンを、情報量が少なく動かされやすい空気のエイドスを巻き込むように足裏の一箇所に集めることで圧縮空気の足場を作り、それを足場に瞬動を行うことで空中で瞬動をすることができるようになる。

 

しかし、高い集中力が必要になることや、足場ができるのは一瞬ということもあり、これを用いた飛行は不可能とされている。

 

擬似的な収束系魔法を用いているが、これも魔法式を介していないので魔法師の知覚に引っかかりづらい。

 

 

 

③「魔法」の種類

 

 

断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)

 属性:氷

 殺傷性ランク:(ランクB)

 戦術的ランク:(戦闘級)

 公開状況:非公開

 

エヴァンジェリン師弟が得意とする魔法の一つ。

五指の延長線上に、範囲内の固体・液体を強制的に気体に相転移させる剣状のフィールドを作り出すという魔法。

強制的に相転移されられた物質は、気体になるための運動量を熱量から捻出するため、フィールドの周りは一瞬で凍傷を引き起こすレベルの超低温になっている。

 

常時空気中の塵などを相転移させているために、実質的に気体の剣が存在しているようなものである。

しかしその性質上、固体・液体での防御は意味をなさないため、強力な魔法的防御、もしくは情報強化や「気」での強化によって改変を防ぐことのみでしか防ぐ手段がない。

 

現代魔法における発散系統単一魔法、"発散"および"昇華"の一つの究極地点。

その真価は攻撃の際に発揮されるが、防御に回しても、全ての物質的攻撃を防ぐ絶対の盾となる。

 

 

千の雷(キーリプル・アストラペー)

 属性:雷

 殺傷性ランク:(ランクA)

 戦術的ランク:(戦略級)

 公開状況:非公開

 

ナギの得意とする雷属性最大魔法。

莫大な空中放電を引き起こし、落雷を遥かに上回る数多(あまた)の雷撃をぶつけることで攻撃するという戦略級魔法。

広範囲殲滅用の魔法ではあるが、高い熟練度と精密性を持ってすれば、一点に集中して攻撃することも可能ではある。

 

「千の」と名が付いているが、これは「数多(かずおお)くの」という意味であり、魔力量によってはそれ以上の規模での発動も可能。

 

"霹靂塔(へきれきとう)"が範囲内で断続的に雷を降らすことにより、電磁障害を引き起こして壊滅的被害をもたらす魔法だとすれば、この魔法はその圧倒的威力によって消滅させる魔法である。

 

〈術式装填『(ヘー・アストラペー・)天 大(ヒューペル・ウーラヌー)(・メガ・デュナメネー)』〉

〈術式装填『(タストラパー・ヒ)天 双(ューペル・ウーラヌー・メ)(ガ・デュナメネー)』〉

→レポート③を参照。

 

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)

 属性:不定

 殺傷性ランク:事後判断

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

精霊を物理的な影響を及ぼすレベルまで活性化させ、それを弾丸として射出する魔法形態の総称。

一部魔法師の間では"精霊弾"とも呼ばれている。

 

ネギま!では基礎の基礎の魔法の一つであり、様々な人物が様々な属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」を使っている。

弾が精霊であるため誘導能力を持つが、基本的にそこまで高性能ではなく、また精密性にも難があり単発の威力もそこそこである。

そのため本来は数を用意して飽和攻撃するのが基本。千もの数を用意すれば基本魔法ながら大魔法と同等の威力を叩き出せる。

 

戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)」を除き、この魔法の魔法名の基本形としては「魔法(サギタ)()射手(マギカ)・〔(セリ)(エス) or 収 束(コンウェルゲンディア)〕・〔属性〕の〔数〕矢」となっている。

このうち中段部分において、〔連弾(セリエス)〕は弾幕のように放ち、 〔収 束(コンウェルゲンディア)〕は一点集中させて放つ、ということを分けているだけで、一発の威力や効果などはともに同じである。

 

ちなみに精霊を活性化、射出する魔法が「魔法の射手(サギタ・マギカ)」であり、着弾した際における属性ごとの追加効果は、接触したことをトリガーに発動する別種の魔法と区分されている。

 

戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)

 属性:風

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

風属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」、及びその追加効果の魔法名。

弾の性質としては、収束系魔法による圧縮空気である。

 

しかし、その効果が着弾と同時に圧縮空気の帯で相手を縛りつけて無力化する捕縛魔法のために、威力は全くと言っていいほどない。

そのため殺傷性ランクは、対人戦闘が前提の攻撃魔法としては珍しくランク外と位置付けられている。

 

また、圧縮空気の帯からはサイオン波が流れ込んでくるため、よほどサイオンのコントロールに慣れていない限りサイオン波に酔ってしまい、魔法を発動できなくする対抗魔法の性質も持つ。

 

傷つけずに無力化ができる数少ない魔法として、警察や一部の軍関係者などからは起動式の作成を待ち望む声が多い。

 

火の矢(イグニス)

 属性:火

 殺傷性ランク:ランクB〜A

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

火属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」、及びその追加効果の魔法名。

弾の性質としては、一定範囲内の物質(窒素など)の燃焼による炎弾である。

 

弾自体が範囲内に入った可燃物を燃焼させる性質を持つため、着弾した箇所が可燃物だった場合はその箇所が延焼する。

また、追加効果として着弾時に爆発を引き起こすため、「魔法の射手(サギタ・マギカ)」の中で最も破壊力が高い。

 

水の矢(アクイス)

 属性:水

 殺傷性ランク:ランクC

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

水属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」、及びその追加効果の魔法名。

弾の性質としては、空気中の水分を集めて圧縮させた水である。

 

弾自体の性質としても圧縮された水と特徴はなく、着弾時の効果も『圧縮していた水を解放する』と地味であり、またナギが使う場合は圧縮率も高くないので、威力は「戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)」の次にない。

 

スピード・シューティングでは、その威力のなさから破壊ができないため、地面に叩き落すように使用する。

 

砂の矢(サブローニス)

 属性:砂

 殺傷性ランク:ランクB〜A

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

砂属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」、及びその追加効果の魔法名。

弾の性質としては、周囲の砂や塵を収束系魔法で集めた流砂である。

 

弾自体の性質は特にはないが、追加効果の威力が高い。

着弾直前に散弾のように炸裂するだけでなく、構成していた粒子一つ一つに硬化魔法と加速系魔法が掛かっているため、鉄をも貫く威力がある。

 

弱点としては、他の属性以上に周囲の環境に左右されること。充分な量を確保できなければ失敗する。

 

雷の矢(フルグラーリス)

 属性:雷

 殺傷性ランク:ランクC〜A

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

雷属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」、及びその追加効果の魔法名。

弾の性質としては、空中放電によって作られる電気塊である。

 

弾自体で特筆すべき点や着弾時の追加効果は特になく、着弾と同時に弾を構成していた電気が流れ込むことと、荷電子の移動に伴う衝撃波で攻撃する。

 

流れ込む電気量もそこまでではなく、一撃の威力としては古式魔法の"雷童子"と同レベルであるため、最低殺傷性ランクCとされた。

 

氷の矢(グラキアーリス)

 属性:氷

 殺傷性ランク:ランクB〜A

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

氷属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」、及びその追加効果の魔法名。

弾の性質としては、空気中の水分を固めた氷塊である。

氷塊の大きさを変えることにより、ある程度威力の調整は可能。

 

しかし、追加効果である『接触した水分を凍らせる』が地味に凶悪であり、肉体に当たった場合、細胞内の水分まで凍るため、凍傷、場合によっては壊死が起きる。

そのため、弾自体の威力が高くない割には、人間へのダメージをもとに算出される殺傷性ランクは高い。

 

真由美の"魔弾の射手"のイメージ元となった魔法であり、原理としては空気中の水分を収束系で集約、発散系で氷にして、その余剰エネルギーを運動エネルギーに変換し移動系で飛ばすという、ドライ・ブリザードと似通ったものである。

ドライアイスとの融点の差により、充分な弾速を確保するためには"魔弾の射手"で作られる弾の数倍以上の体積が必要となる。

 

光の矢(ルーキス)

 属性:光

 殺傷性ランク:ランクB〜A

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

光属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」、及びその追加効果の魔法名。

弾の性質としては、振動系魔法で作られる非実体の光弾である。

非実体のため、弾自体にはまったく威力がない。

 

追加効果は、着弾と同時に振動系魔法によって衝撃波を作り、それによって攻撃すること。

この衝撃波の威力は、〈(フル)(グラー)(リス)〉の副産物のそれとは一線を画しており、一発で大岩を砕くことができるほどである。

 

闇の矢(オブスクーリー)

 属性:闇

 殺傷性ランク:ランクB〜A

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限数1000まで

 

闇属性の「魔法の射手(サギタ・マギカ)」、及びその追加効果の魔法名。

弾の性質としては、収束系魔法で作られた、光のみを対象とした非実体のブラックホールである。

非実体のため、弾自体にはまったく威力がない。

 

追加効果は、着弾と同時に、弾の中心から一定の範囲の物質を収束系魔法で中心に収束させることで(えぐ)るというもの。

その性質上、情報強化など改変を妨げるものが掛かっていない限り、たとえダイヤモンドの壁であろうとも抉って行くことができる。

 

 

風よ、彼女たちを(ウェンテ・ノーラ・イービス)

 属性:風

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:なし

 公開状況:公開・魔法大全非登録

 

複数の女性を風で包むことによって、落下の衝撃を和らげるための魔法。

ネギま!的には、ごく簡単な初心者用の魔法である。

 

現代魔法の区分としては収束系単一魔法に分類されるため、別種の魔法としては登録されなかった。

 

自分のみにかけるときは《(ウェ)(ンテ)》、自分を含む複数の人物にかける場合は《風よ、(ウェンテ)我らを(・ノース)》となる。

 

 

《飛行魔法》

 属性:なし

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:なし

 公開状況:公開・十三話より

 

その名の通り飛行するための魔法。

 

ネギま!では、杖や箒に乗ってなら初心者でも無詠唱で使用するのが基本なほど、ごく当たり前の魔法。

杖に乗って飛行するための呪文は「(ウォラ)(ーティ)(オー)(・レウ)(ィタテ)(ィオ)(ー・ス)(コパ)(エ・ウ)(ォレ)(ント)」。

ただし、杖や箒に乗らずに使用するのは、杖や箒にはない魔法抵抗力、つまり人が無意識に発動する情報強化を上回る必要があるため、高度な魔法とされる。

 

理論としては魔法科原作で登場したそれと同じく、極小規模の重力制御魔法と加速系魔法を超短時間の設定で使用し、魔法が切れたあと間を空けずにごく僅かに変数を変えた同一魔法を掛け直すことによって飛行する。

違いとしては、魔法が秘密とされてきたネギま!の世界において、飛行しているところからバレないようにするために、認識阻害の魔法を含んでいるという点。

そこまで強いものでもないが、使用者を気づかれにくくするという効果があるため、使用者本人を探していたり、飛び立つところを認識されたり、使用者から接触したりしなければ認識されることは少ない。ただし、気配の察知に優れていればこの限りではない。

 

ナギは杖や箒なしでの飛行も可能とするが、『しっくりくる』という理由で、基本的に春原家伝来の杖(ネギま!でネギがサウザンドマスターから譲り受けた杖と同じもの)を使う。

 

加速(アクケレレット)

 

飛行魔法の弱点である、『急加速などの不連続な挙動が取れない』を埋めるための追加呪文の一つ。

加速度の変数を急上昇させることで急加速をすることができる。

 

最大加速(マークシマ・アクケレラティオー)

 

飛行魔法の弱点である、『急加速などの不連続な挙動が取れない』を埋めるための追加呪文の一つ。

加速度の変数を最大値まで上昇させ、飛行速度を最大まで上げることができる。

ネギま!でのネギは約120km/hまでが限界だったが、この作品でのナギは約200km/hまで出すことができる。

 

急速停止(ラピデー・スプシスタット)

 

飛行魔法の弱点である、『急加速などの不連続な挙動が取れない』を埋めるための追加呪文の一つ。

加速度の変数に、現在の速度にマイナスをかけたものを代入することで急停止することができる。

 

高速機動(モービテル)

 

飛行魔法の弱点である、『急加速などの不連続な挙動が取れない』を埋めるための追加呪文の一つ。

安全のために旋回などを制御している変数の上限を取り払い、急旋回などを可能にするための呪文。

ただし、使用者にかかるGが大きくなる。

 

 

(クラテ)(ィステ)(ー・ア)(イギス)

 属性:なし

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:なし

 公開状況:公開・魔法大全特記魔法指定

 

その名の通り、ネギま世界における最強防護障壁魔法。

強力な対物・対魔法障壁を、一方向に計八枚展開する。その合計強度は、十文字家のファランクスをも遥かに上回るほど。

ただし、全方位防御ではないこと、攻撃運用ができないこと、古代ギリシャ語の詠唱のため予め待機させておかないと展開に時間のかかることから、総合的にはファランクスの方が評価が高い。

 

魔法(インデ)大全(ックス)登録名称"アイ(アイギ)ギス(ス・シ)の盾(ールド)"

「クラティステー・アイギス」だと分かりづらいという理由で、同一の意味を持つものに変更された。

 

この魔法は、世界初にして唯一確認されている『相乗型魔法群』である。

それまで魔法式同士の干渉は相克しか確認されておらず、魔法式は魔法式に干渉できないとされてきた。

しかし、この魔法では一枚一枚が障壁特化の魔法師レベルの障壁を干渉させて能力を『相乗』し、より強力な防壁へと強化する。

その代わり、緻密な展開タイミングの調整と、相乗を起こしつつ相克させないようにするための膨大複雑な魔法式が必要であり、現代魔法技術では再現不可能とも言われている。

 

 

雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)

 属性:雷

 殺傷性ランク:ランクB〜A

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級(戦略級)

 公開状況:公開・上限10

 

空中放電によって電気塊を作り出し、槍状に展開した魔法。

穂先の部分には加重系統による斥力刃が展開されている。

 

斥力刃自体の貫通力も高いが、電熱による融解や燃焼によりさらに貫通力が増している。

その貫通力は厚さ30cm以上の超硬合金を軽々貫くほど。

 

魔法(インデ)大全(ックス)登録名称"(ゲイ・)(ボルグ)"

(クラテ)(ィステ)(ー・ア)(イギス)」と同様に、「ヤクラーティオー・フルゴーリス」だと分かりづらいという理由で、同一の意味を持つものに変更された。

 

 

氷結(フリーゲランス)武装解除(エクサルマティオー)

 属性:氷

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級

 公開状況:公開・十八話から

 

氷属性の武装解除。

 

人ではなく、対象の人物が持っていたり着ていたりする物が対象なので、『対人戦闘専用の対物魔法』と、非常にややこしいことになっている。

それに従い、殺傷性ランクは存在しないのに戦術的ランクは存在するという、通常とは逆の珍しい状況が起きている。

 

発動プロセスは、

①相手が着用している衣服を乾燥急速凍結。

②相手がわずかでも動いた瞬間、脆く凍っていた衣服が崩れる。

③衣服が崩れたのをトリガーに、手に持っている武器や、金属などの凍結できないものを対象に移動魔法を発動。気が抜けた瞬間に弾き飛ばす。

、というもの。

 

凍結の際奪った熱エネルギーを移動エネルギーとして放出しているため、比較的効率がいい魔法。

 

ブランシュ襲撃事件の時が本邦初公開。

通称『脱げ魔法』として、この世界でも変わらず恐怖の対象になった。

 

 

(フラン)(ス・バ)(リエー)(ス・ア)(エリア)(ーリス)

 属性:風

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:なし

 公開状況:公開・魔法認定外

 

圧縮空気でできた強力な対物障壁を展開する魔法。

20tトラックとの正面衝突でも防ぎきるだけの強度と、展開の即効性が利点。

展開する形状や位置は、ある程度なら調整可能。

 

周辺の風の精霊を見境なく喚起・活性化。それを無理やり一箇所に集中させることで圧縮空気の壁を作り出す。

しかし、魔法式による情報の変更ではないため物理法則を受けやすくすぐに霧散してしまい、また、風の精霊同士もすぐには集中を拒むため連続の使用も不可能。

これにより、効果は一瞬で連続使用も不可能という欠点がある。

 

 

《設置型捕縛術式》

 属性:風

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級

 公開状況:公開・効果時間:最大半日

 

戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)」の応用魔法。

(サイ)(オン)で地面に魔法陣を描いてそこに精霊を封印し、その後キーワードで封印を解除することによって上に乗っている人物を捕縛する。

 

簡単に言えば設置型の「戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)」であり、当然魔法発動妨害効果も保有している。

 

封印の持続時間は約半日。

 

 

《探知魔法》

 属性:なし

 殺傷性ランク:(ランク外)

 戦術的ランク:(なし)

 公開状況:非公開・緊急時のみ使用

 

その名の通り、何かを探知するための魔法。

知覚系の一種だが、個人的能力によらない探知が可能である。

 

原理としては、周辺の情報体(エイドス)や思念体から特定のパターンを持つものを検索し、対象があった場合幻影によって形作られた精霊が可愛らしく暴れることで知らせるというもの。

 

情報の読み出しを精霊がしているため術者の負担は少ない。

また、もし術者が(おこな)ったとしても、情報を理解する必要がないので"精霊(エレメンタ)の眼(ル・サイト)"などの知覚系魔法よりかは負担は少ない。

 

ネギま!で、アリアドネーに落ちた夕映の体を調べるために使われた魔法。

検索対象を変えることで、体の調子からトラップの有無まで、幅広く調べることができる。

ちなみに(アラ)(・ア)(ルバ)で一番使いこなしていたのはのどか。

 

 

白 き 雷(フルグラティオー・アルビカンス)

 属性:風

 殺傷性ランク:ランクC

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開

 

空中放電で発生させた白色の電気を掌に纏わせ、そこから直線状に放射する魔法。自分で感電しないように、掌の表面は圧縮空気の層で守られている。

詠唱に【拡散】のフレーズを入れると、威力の減少と引き換えに多少範囲を広げることができる。

なぜ白く見えるのかは永遠の謎。

 

その電力量は「雷の矢(フルグラーリス)」よりかは上だが、「雷(ヤクラーテ)の投(ィオー・フ)擲」(ルゴーリス)よりかは下程度。

殺しはしないが無傷では済ませないぐらいの威力である。

 

ナギは、ゼロ距離でぶつける時のみ「(びゃく)(らい)(しょう)」という技名で呼ぶ。

 

 

雷 の 暴 風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)

 属性:風+雷

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦術級〜(戦略級)

 公開状況:公開

 

直線上にある物体を、暴風や衝撃波、雷撃によって破壊し尽くす大魔法。

 

ネギま!に置いて、ラテン語詠唱による最上級魔法の一つ。

放たれる電力量は落雷換算で数十〜数百程度。

電力量だけでは「千の雷」を超えることはないが、暴風や衝撃波の威力次第では総合火力で上回ることも。

 

発動プロセスは、

①空気振動によって電荷をつけ放出系魔法によって空中放電し、それを収束系で球状に保持する。

②直線上にある空気を収束系魔法によって移動、それに伴う暴風と衝撃波によってダメージを与える。

③前段階で絶縁体である空気を薄めた直線上に保持していた莫大な電力を放出し、直線上に『落とす』ことで殲滅する。

となっている。

 

現代魔法学上の分類では、振動・放出・収束系の複合魔法。

絶大な破壊を生む広域殲滅魔法であり、公開した時点での威力がギリギリで戦略級に届かずに戦術級魔法となった。

 

……が、実はそれはナギが魔力をセーブしたから。

全力で放てば『一撃で都市、もしくは艦隊に壊滅的被害をもたらす』という戦略級魔法の条件を満たすことができる。

要はナギのさじ加減次第。

 

 

闇 の 吹 雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)

 属性:風+闇+氷

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦術級

 公開状況:公開

 

「雷の(ヨウィス・テンペスタ)暴風」(ース・フルグリエンス)と同種別系統魔法。

ラテン語詠唱最上級大魔法の一つで、直線上にある物体を、冷気の暴風と氷の礫で抉り潰す。

 

現代魔法の分類上は、収束・移動系の複合魔法。

 

発動プロセスは

①空気中の水分を収束し、無数の水球を作り出す。

②直線上の気体・液体を前方に移動させつつ、密度を操作して断熱状態で爆発的に体積を増大させる。

というもの。

空気が断熱状態で体積を増大させられたことにより温度が一気に低下するため、超低温の冷気の暴風や衝撃波が引き起こされる。

さらに①段階で作り出した水球が凍り、礫となって暴風内を吹き荒れる。

 

「雷の(ヨウィス・テンペスタ)暴風」(ース・フルグリエンス)とは違い、ナギが扱った場合には戦略級に届くだけの威力は出ない。

しかしエヴァンジェリンが使用した時には、慣れない手加減をしても戦略級に届くだけの威力が出てしまう。

 

 

戦いの旋律(メローディア・ベラークス)

 属性:なし

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:なし

 公開状況:公開・魔法大全非登録

 

自己強化術式。

「魔力による身体能力強化」とはまた違い、魔法式によって強化する、現代魔法における"自己加速術式"のお仲間。そのため、魔法大全には収束されなかった。

 

特定の身体の動きに合わせて、硬化魔法と加速・移動系魔法を発動するように組むことで、擬似的な身体能力の強化ができるようになる。

 

完全下位互換に「戦いの歌(カントゥス・ベラークス)」がある。

 

最大(ウィース・)出力(マキシーマ)

 

戦いの旋律(メローディア・ベラークス)」や「戦いの歌(カントゥス・ベラークス)」の出力を最大まで上げるための追加呪文。

 

 

(フラン)(ス・)(サルタ)(ティオ)(・プ)(ルウェ)(レア)

 属性:風

 殺傷性ランク:ランクC

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開・魔法大全非登録

 

強烈な突風を起こし、相手を吹き飛ばす魔法。

 

発動プロセスが現代魔法理論における収束系単一魔法と同一であり、魔法大全には収録されていない。

 

ただ風を起こすだけと侮るなかれ。

その威力は人を軽く吹き飛ばし、猛火と言ってもいい炎を軽々吹き飛ばすほどである。

 

 

風精召還(エウォカーティオ—)

 属性:風

 殺傷性ランク:ランクC〜B

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級

 公開状況:公開・上限数100

 

風属性の精霊を核にした圧縮空気状の化成体で分身を作り出す魔法。

ネギま!における影分身とは違い攻撃能力は比較的低く、簡単な命令を遂行することしかできない。

 

核にする精霊のランクによって上位・中位・下位と分けられ、ナギは(ウァル)(キュリア)(ールム・)(コントゥ)(ベルナー)(リア・グ)(ラディア)(ーリア)(ウァル)(キュリ)(ース)(・モル)(ティフ)(ェリス)など、細部の異なる分身を使い分ける。

 

〈縛縄持つ乙女騎士〉

 属性:風

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開・五十一話から

 

精霊召喚の一種。属性、等級は『風属性中位精霊』。モチーフはアリアドネー魔法騎士団。

武器を廃し、その手に風で編んだ縄を持たせた捕縛専用の精霊。ゆえに他の召喚精霊と違い、召喚の度に命令する必要がない。

その縄は「戒めの風矢」と同じ性質があり、一度捕縛されると解けるまで魔法が使えなくなる。

 

 

(フラン)(ス・カ)(ルカル)(・ウェ)(ンティ)(・ウェ)(ルテン)(ティス)

 属性:風

 殺傷性ランク:ランクC〜B

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級

 公開状況:公開・効果時間:最大15分

 

風属性上位捕獲呪文。

相手の周りに竜巻の壁を作り、動きを止めるという魔法。

 

現代魔法理論上の区分は収束系単一魔法だが、天候操作規模の魔法であるため、魔法式の規模という意味では戦略級に掠るほどの大きさを持つ。

また、捕縛用結界術式ではあるのだが、無理に壁に近づくと上空に吹き飛ばされるため、殺傷性・戦術級ランクが存在する。

 

真逆の呪文で、捕獲ではなく防御用の結界として自分の周囲に竜巻上の下降流を作り出す「(フラン)(ス・パ)(リエー)(ス・ウ)(ェンティ)(・ウェ)(ルテン)(ティス)」というものが存在する。

 

 

(インケ)(ンデ)(ィウム)(・ゲ)(ヘナエ)

 属性:火+闇

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦術級

 公開状況:公開

 

ラテン語詠唱大規模魔法の一つ。

漆黒に染まった業火によって燃やし尽くす。

 

現代魔法分類上は振動・吸収・収束系複合魔法と目されていて、振動・吸収系複合魔法の"燃焼"の発展系と目されている。

 

振動系によって加熱し、吸収系によって燃焼反応を起こすという通常の"燃焼"の内部に、極小半径の球状収束系魔法を無数に展開する。

それによって内部の物体の表面は細かく抉り取られるため、空気と接する面積が増えることでより燃焼しやすくなる。

ただ燃やされるだけでなく細かく抉り崩されるため、凶悪な魔法である。

 

黒く見えるのは収束系が含まれる副作用。

 

 

雷の斧(ディオス・テュコス)

 属性:雷

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開・再現済み

 

ナギが得意とする雷系魔法。

上位古代語呪文のため比較的威力が高く、またその割には呪文が短く出が速いため好んで使う。

特に、無詠唱の魔法の射手(サギタ・マギカ)(フル)(ゴー)(リス)から繋げるコンボ攻撃は、彼の前世の親から受け継いだ親子二代の鉄板技である。

 

現代魔法理論では、空中放電で電撃を生み出し、圧力刃に纏わせて叩きつける放出・収束・加重系複合魔法。ほぼ似たような効果を持つ『雷の(ヤクラティオー)投擲(・フルゴーリス)』と比べて、威力が高い代わりに若干貫通力(切断力)が低い。

 

電子収束魔法の持続期間が短くてよく、また複雑な組み合わせをする必要がなかったため、この魔法は現代魔法で再現されている。その場合、放出系の適性によっては殺傷性ランクがBになることもある。

 

 

(グラヴ)(ィータス・ス)(ファエーラエ)

 属性:重力(闇+土)

 殺傷性ランク:ランクC

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開・第四十五話〜

 

九校戦二回戦でナギが使った重力魔法。制御個数よりも効果範囲の方が発動難易度に影響する。

本来ナギは重力魔法を不得意とするが、魔道書に書かれた100を超す魔法陣の補助で、ギリギリ実用に耐え得るレベルでの発動を可能とした。

 

中心点から一定範囲に入った物体に対し、中心点から離れるように加重をかける効果を持つ。基本的には、その中心点を移動させ、地面や壁と挟むように攻撃する。

現代魔法学的にも比較的よく見る魔法の使い方で、特別新たな魔法として魔法大全には登録されなかった。

 

領域魔法のため、二つ以上の効果範囲が重なると干渉を起こしてしまう。それを防ぐために、複数同時展開時には収束系で黒い色を付けている。収束系には特にそれ以外の効果はない。

 

 

《石蛇》

 属性:土

 殺傷性ランク:ランクC

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開

 

その名の通り石を蛇に見立て操る精霊魔法。

土属性の中では比較的基本寄りの低級魔法に属し、土系統が苦手なナギでも無詠唱で発動できる。

 

石、もしくは岩盤を柱状の範囲で区切り、その中に精霊を宿して操るゴーレム系魔法の一種。

各構成元素を余裕をもたせつつ収束系硬化魔法で位置関係を固定しているのが生物に似通った動きをさせる事のできる要因だが、逆に言えば曲がった状態で魔法をキャンセルされると一気に粉砕、爆発し、周囲に衝撃波をもたらす。自分で中止した場合は、しばらく硬化魔法で固定されるため爆発は起こらない。

また、ゴーレム系魔法共通の特徴として、操作中に外的要因で破壊されると術者にフィードバックがある。これは精霊と感覚共有を行っているためであり、熟達した魔法使いならある程度は軽減できる。

 

ナギが同時に操れる体積は1000立方センチメートル(=1L)を十本まで。無詠唱になると二本が限界であり、せいぜいが足止めぐらいにしか効果がない。

 

 

杖よ(メア・ウィルガ)

 属性:なし

 殺傷性ランク:ランク外(条件によってはランクC)

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開・移動系『移動』の応用扱い

 

自分の杖を手元に引き寄せる、ただそれだけの魔法。通常は殺傷性ランク外だが、杖と使用者の間に人間がいるとランクCとなる。

魔法というよりは基礎技術に近く、そのため珍しく精霊を介さない。

 

杖に染み付いている自分の(サイ)(オン)を参照して発動しているので、杖を買い変えた直後だったり、手元を離れて一定期間(それまでの使用期間によって変動する)経過すると出来なくなる。

また、引き寄せられる範囲は本人の感知能力によって左右される。

 

 

(アントス・)年 氷(バゲトゥ・キリオン)(・エトーン)

 属性:氷

 殺傷性ランク:ランクA(対物限定でランクC)

 戦術的ランク:戦術級(〜戦略級)

 公開状況:公開・五十一話から

 

氷属性最大呪文の一つ。エヴァンジェリンが得意とする。

エヴァンジェリンなどの"真の使い手"が使えば街一つを氷河期に落とすことすら可能な極大魔法。ナギですら最小規模でビル一つ、最大規模で半径250mほどを氷漬けにできる。

 

収束系で水分子を収束、固定し振動・発散系で氷へと状態変化させる。

この際、大気中の水蒸気をごっそり奪い、拡散に従って流入してくる水分子も鹵獲、逆昇華してしまう。そのため周囲に水気が少ないと、副次効果として周辺一帯に大規模な対流を引き起こし、嵐のような暴風が吹き荒れることとなる。

この魔法で出来た氷は自然界ではありえないほど精密、高密度の分子構造で固定されており、高い硬度と最小数十年単位で融解しない持続性を両立している。

 

下位互換の魔法の一つに「凍て(ゲリド)つく(ゥスカ)氷柩(プルス)」がある。

 

〈術式装填『氷の女王(クリュスタリネー・パシレイア)(クリュス)(タリネー)(・アルケ)(イゴース))』〉

→レポート③を参照。

 

 

凍てつく氷柩(ゲリドゥスカプルス)

 属性:氷

 殺傷性ランク:ランクB(対物限定でランクC)

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級

 公開状況:公開

 

氷属性ラテン語詠唱中級魔法。最大300立方メートル程度の範囲を氷に閉じ込める。

 

上記の「(アントス・)年 氷(バゲトゥ・キリオン)(・エトーン)」の下位互換と言うべき魔法であり、発動範囲を除く、ほぼ全ての過程や性質が同じである。

 

 

氷槍弾雨(ヤクラティオー・グランディニス)

 属性:氷

 殺傷性ランク:ランクB〜ランクA(例外あり)

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級

 公開状況:公開

 

氷の槍を産み出し、射出する魔法。

純粋物理攻撃だが特殊効果がないため、電熱効果で貫通力の増す「雷の(ヤクラティオー)投擲(・フルゴーリス)」よりも一本当たりの威力は低い。ただしその分、一度の詠唱で展開できる数が多く、攻撃範囲は広くなっている。

 

現代魔法学的には収束・発散系複合魔法だが、習熟度が高くなると移動系も混じる。その理由は、氷属性への適性とこの魔法の習熟度の高さによって、攻撃可能範囲が変わるため。

習熟度が低いと自由落下に任せて上から下に落とすだけだが、習熟度が高くなるにつれて氷を作る際の余剰エネルギーを移動に回せるようになり、射出角度をつけられるようになる。エヴァンジェリンほどの習熟度になれば、上下左右前後、どの方向にも撃ち出せる。

 

また、習熟度によって槍の硬度も変わり、エヴァンジェリンなら鉄をも貫く硬さを持つが、ナギでは急速凍結による粗悪な氷のため、脆く折れやすい。

それに加えて、展開の際に穂先を丸めることで殺傷性ランクを大幅に下げることができる。展開数によっても変わるが、30本程度までならばランクC扱いとなる。

 

 

こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)

 属性:氷

 殺傷性ランク:ランクC or ランクB

 戦術的ランク:戦闘級 or 戦術級

 公開状況:公開・発散系複合魔法『凍結』の派生扱い

 

大地に氷を生やす氷属性魔法。低級のため威力は低いが、その分展開は速い。

 

二つの使い方があり、一つは動いている相手に対し、前面に氷の棘を作り出して攻撃する方法。もう一つは止まっている相手に対し、接地面ごと凍らせて足止めをする方法である。

前者は殺傷性ランクBの戦術級、後者はランクCの戦闘級と判断される。

 

 

氷爆(ニウィス・カースス)

 属性:氷+風

 殺傷性ランク:ランクC

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開

 

氷の礫を生み出し、爆発によってそれを撒き散らして攻撃する魔法。

短い発動時間が売りで、その代わり威力は低い。

 

発散系で水蒸気を氷へ変え、そのエネルギーを収束系で衝撃波を生み出すことへ変換するというプロセスを経る。

単純な工程と規模のため、ほぼ完全に現代魔法で再現されている『魔法』の一つ。ナギが使うよりも深雪が現代魔法版を使った方が威力があるぐらいには完成度が高い。

 

 

氷盾(レフレクシオー)

 属性:氷

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:なし

 公開状況:公開

 

氷属性の障壁魔法。氷の幕を作り、物理攻撃を遮断する。

氷属性への適性と込める魔力量によって厚みと強度が変化し、エヴァンジェリンならハイパワーライフルですら半分も進むことのない強力な障壁となる。

 

 

氷神の戦鎚(マレウス・アクイローニス)

 属性:氷

 殺傷性ランク:ランクB〜ランクA

 戦術的ランク:戦術級

 公開状況:公開

 

球状の巨大な氷の塊を作り出し、相手にぶつける氷属性中級魔法。氷球の直径は10m弱から、最大で100m強にもなる。

その質量が引き起こす破壊力は絶大で、局所的に地震と間違うほどの衝撃をもたらす。

 

現代魔法学的には収束・発散・移動系複合魔法。

やっていることは水蒸気を氷に変化させ、余剰エネルギーを移動に当てているという至極単純なものだが、現代魔法とは規模の桁が三つ四つ違う、正しく大規模破壊を得意とする『魔法』の顔を立てるような魔法の一つである。

 

 

《人形使いの糸》

 属性:なし

 殺傷性ランク:ランクC

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:公開

 

人形使い(ドール・マスター)の必須スキルで、魔力で仮想的な糸を編み、それを操る技術。あまりに基礎技術すぎて、公開直前まで『糸』という名しかなかった。

精霊を介さず自分で魔法式を編み上げるため、厳密に言えば『魔法』というよりは現代魔法に近い技。そのため魔法使いには扱えるものが少なく、(ドー)(ル・)使(マス)(ター)は珍しい戦闘体系だった。

 

現代魔法学的な解釈では、加重系単一の、化成体と"魔法"の中間のような魔法。糸状のエリアを擬似的な『糸』として定義、それを操ることで人形を操作、もしくは直接攻撃する。

化成体のように表面上全ての情報を魔法で作るわけではないが、化成体のように擬似的な物質として捉え物体のような滑らかで自在な動きを可能にしている。

色はなく透明だが、糸の感触を持たせるための加重系魔法の効果により空気が歪んでいるため、注視すれば目視することは可能。

 

ナギが扱う場合、影響範囲こそ広いものの規模や強度はそこまで強くはないため、周囲に別の魔法の感覚があると察知されにくい。

情報強化で防ぐことはできないが、領域干渉は有効である。

 

 

《魔眼》

 属性:なし

 殺傷性ランク:事後判定

 戦術的ランク:戦闘級

 公開状況:非公開(認知済み)

 

正式には魔法の名称ではなく、目を介する異能の総称。『魅了の魔眼』や『幻惑の魔眼』、広義では『霊子放射光過敏症』も入るなど様々である。ただし、"眼"と付いているものの眼を介する必要がない精霊(エレメンタ)の眼(ル・サイト)は含まれない。

その多くは精神干渉系魔法に類するとされ、また、一人一種とは限らず複数の魔眼を扱う者もいる。

 

本物の魔眼とされる最低条件は、精神的エネルギー((プシ)(オン))を観測できること。その上で、見た魂にどのように干渉するかによって種別が分かれる。

見れることは干渉するために必要な第一条件であり、霊子放射光過敏症は発現していない魔眼の卵と言える。特に美月のように、まだ魂としての構成が甘い精霊の姿を捉えられるほどの物は貴重で、最上級の魔眼が発現する可能性を秘めている。

 

発現している魔眼の持ち主は、多くが人外の存在である。これは、自身の存在が霊的存在に近ければ近いほど、霊的存在の観測・干渉が容易になるためである。

逆に言えば、人間でありながら霊的存在を視認できる霊子放射光過敏症は、魂の性質的に魔に堕ちやすい資質の持ち主と言える。資質だけで堕ちることはまずないが、何かしらのきっかけによって人間をやめる可能性があることは否めない。

 

 

《転移》

 属性:不定

 殺傷性ランク:ランク外

 戦術的ランク:なし

 公開状況:非公開

 

現代魔法で不可能とされている魔法の一つ。遮蔽物の有無を問わず、瞬時に遠距離の地点へ移動する魔法。

指定する対象によって属性は変化するが、大まかな発動原理は同一のため纏めて表記する。

 

原理を一言で説明するならば、『空間の入れ替え』

転移元の空間Aにある物体Aの表面を『平面A』、転移先の空間にある物質Bの表面を『平面B』とし、その付近を以下のように区分する。

 【空間A/領域A|領域A'/物体A】

 【物体B/領域B|領域B'/空間B】

※領域AとA'間の『|』は平面A、領域BとB'間の『|』は平面Bを意味する。

この時、領域A'に領域B'の空間情報を、領域B'に領域A'の空間情報をコピーすることで転移が成立する。ただし、領域AとA'、領域BとB'間の連結(|)はそのままに、領域A'と物体A、領域B'と空間Bの連結(/)は削除しなければならない。

つまり、空間の連続性を見ると、領域A'は領域Aと空間Bに接し、領域B'は領域Bと物体Aが接する状況(下に図解)になっている。

 【空間A/領域A|領域A'/空間B】

 【物体B/領域B|領域B'/物体A】

それにより、空間Aから領域A、領域A'を経由することで空間Bに移動できるようになり、事実上の空間転移が可能となる。

 

使い方によっても変わるが、影(闇属性)などは『落下』する危険性もあるため、領域A内の空気の粘度を高めて事故を防止することも多い。この際に外から見ると、まるで沼に沈むように影の中に消えるように見える。




評価基準について。

①属性
その魔法の属性。

②殺傷性ランク
ランクA……一度に多人数を殺害し得る魔法。
ランクB……致死性の高い魔法。
ランクC……致死性がない、または低い魔法。
事後判断……威力の調整が利く攻撃性魔法。
ランク外……防御魔法など攻撃性魔法ではない。

③戦術的ランク
全て一回の威力で計算(一回で複数展開できる場合は合計される)
戦略級……都市、あるいは艦隊を壊滅できる魔法。
戦術級……大集団を無力化、もしくは戦車や戦闘機などの機動兵器を破壊できる魔法。
戦闘級……個人、または小集団を無力化出来る魔法。

④公開状況
ナギはその魔法をどこまで公開しているかということ。
『上限数』に関してはあくまで公開している範囲を示しており、実際にはそれを大きく上回る規模での発動が可能。
『効果時間』はそれが実際の上限である。


()が付いているものは非公開の範囲。
殺傷性・戦術的ランクに関しては、ナギが使った場合のものです。

また、一回で複数同時展開が可能なものに関しては、〔最少数の場合〕〜〔最大数の場合〕と表記しています。


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レポート② 『気』に関する考察

レポート②では、『気』及びそれを利用する技の説明をします。

『魔力』及び『魔法』ついてはレポート①をお読みください。
感卦法(かんかほう)』などの『(アル)(テマ)(・ア)(ート)』についてはレポート③をお読みください。


①『気』について

 

 

体内に存在するサイオンのこと。

エイドス活動の余剰分から生成される部分が大きく、もとから体質的に多く作り出す人もいるが、体を鍛えることでエイドスの活性を強め、作り出す量を増やすことも出来る。

基本的に、魔法科の魔法師はこれを操っているため、本編では主に『サイオン』と表記する。

 

体の内側から外側に出て行こうとする性質があるため、逆に内側に取り込まないと扱えない『魔力』との共存は難しく、(シュン)(クシ)(タス・)(アン)(ティケ)(イメ)(ノイン)は『感卦法(かんかほう)』と呼ばれる超高等技術である。

 

感卦法(かんかほう)

→レポート③を参照

 

 

②『気』の基礎技術

 

 

【身体能力強化】

 

気の操作に習熟していて、この存在を知っていれば、誰でも扱える技術。

魔法式を介さないため、魔法師の知覚にかかりづらい。

 

肉体の内側に満たしたサイオンにより情報構造体(エイドス)活性化させ、常態以上の可動を可能にすることで身体能力を強化する。

 

ただし、肉体の保護は行っていないため、物理的限界を超えた動きをすると体にダメージがある。

また、制御できる範囲での上限は体の筋肉量によるため、鍛えている方がより早く動ける。

 

古式魔法師の間では比較的よく知られている技術ではあるが、情報を書き換えている感覚がなかったために、単に厳しい修行により身体能力が優れていると考えられてしまい、現代魔法学では知られていない技術である。

 

 

【縮地法】

 

厳密的には気は関係のない技術だが、気による身体能力強化と併用されることも多いためここで記述する。

 

武術による移動方法の一つ。

各武術によって細部は異なるが、一瞬で数メートルを詰める歩法という点では共通している。

身体能力強化と併用することでさらに移動距離を伸ばすことができる。

 

『縮地』と名が付いているが、仙術の一つとして『数キロの距離を、たった一歩で移動して見せた』と伝えられてきた『縮地』ではない。それにあやかって付けられただけである。

 

純粋武術的な歩法であるため、筋肉を特定の順番で動かして使う瞬動術との相性は最悪であり、まともに併用することはまずできない。

しかしそれに成功した場合、数キロの距離を一歩で移動することも可能な『縮地』となる。

 

 

【瞬動術】

 

理論としては魔力によるものと同じ。

詳細はレポート①参照。

 

虚空瞬動(こくうしゅんどう)

 

同上。

 

 

【縮地】

 

瞬動術と縮地法の併用により、キロ単位以上の超長距離瞬時移動を可能にする技。

 

体の筋肉を連動させ力を伝える瞬動術と、歩法である縮地法は併用することが非常に難しいため、使用することが非常に厳しい。

ナギも完全には扱えず、約1キロの移動距離で、足場の破壊という欠点がある【(しゅ)(くち)(むき)(ょう)】しか使うことができない。

 

虚空(こくう)(しゅ)(くち)(むき)(ょう)

 

(しゅ)(くち)(むき)(ょう)を、(こく)(うし)(ゅん)(どう)の技術を使って空中に足場に作ることで足場の破壊という問題を解決した技。

移動距離は(しゅ)(くち)(むき)(ょう)と同じく約1キロ。

 

 

【強化】

 

情報体(エイドス)内にサイオンを満たし、内側から押し固めることでその物の本来の強度以上の強度をだしつつ魔法による影響を防ぐ技術。

 

情報体(エイドス)は、原子模型のように、固定されつつも隙間の空いている構造をしている。

この技術は、その隙間をサイオンで埋めることで情報体が壊れにくくし、また接触型術式解体(グラム・デモリッション)と同じ理屈で魔法式の上書きを防ぐことができる。

ただし、同一性質を持つサイオン、つまり自分の『気』や『魔力』による改変は受け付ける。

 

 

 

②『気』を使う戦闘術

 

 

【京都神鳴流】

 

1400年以上も前から、魔を斬り民を護る剣として、裏の世界からも隠れてきた剣術。

 

大元が金持ちに雇われた陰陽師などが相手をしない民衆を襲う魔物を退治する剣なので、図体の大きい相手に確実にダメージを与えるために長大な野太刀を好んで使う。

古くから付き合いのある呪符使いの前衛として雇われることも多く、その場合呪符使いの護りは盤石となるとされる。

 

様々な状況に対応するため、数多くの奥義が伝わっており、中には広範囲殲滅用の技や徒手空拳の技、投げ技まである。

そのため、剣を持たなくても戦闘力が落ちることはないとも言われるが、やはりその本分は剣術なので剣を持つことが多い。

『神鳴流に飛び道具は効かない』とも言われるほど超人的な反射神経と正確さを誇り、その実力は連続で落ちてくる雷を捌き斬ることができるほど。

モップなどの木の棒で岩が斬れることが一人前の証とされる。

 

影に隠れてきた剣術のため表立って弟子を集めることができなかった。そのため、現代魔法の発展とともに名を上げた『千葉家』に剣士志望の弟子候補が集まってしまい、門下が激減して衰退していた。

そこで、エヴァの封印解除と達也の質量(マテリアル)爆散(・バースト)の影響で起きた鞍馬山の霊災(魔物の大規模自然発生)を自分たちの手で収め、名を上げようとしたが失敗。霊災の収束と引き換えに十五歳以上の剣士のほとんどを喪った。

生き残った剣士や子供は散り散りとなり、神鳴流は実質的に崩壊している。

 

(ざん)(がん)(けん)

 殺傷性ランク:ランクB

 戦術的ランク:戦闘級

 

岩をも斬り裂く鋭き一閃。

『高周波ブレード』と『(へし)斬り』の重ねがけのような技術であり、獲物の周りに高速振動する斥力刃を展開し、凄まじい切れ味を作り出す奥義。

 

斬魔剣(ざんまけん)

 殺傷性ランク:ランクB

 戦術的ランク:戦闘級

 

魔を斬り裂くことを目的とした一閃。

通常の気による強化に加え、刀の情報体(エイドス)を強制的に活性化することで、本来なら情報体(エイドス)が触れることは難しい魔法式や霊体などを直接斬り裂くことができる。

 

(ざん)(てつ)(せん)

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦闘級

 

鉄をも斬り裂く一閃を飛ばす技。

螺旋状に形成した斥力刃を剣閃の延長線上で移動させることで、剣の間合いの外に対する遠距離攻撃を可能とした。

 

(ざん)(くう)(せん)

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦闘級

 

不可視の剣閃を飛ばす技。

所謂『鎌鼬』であり、圧縮空気の刃を飛ばし、気圧差により遠距離の相手を斬り裂く。

 

(ざん)(こう)(せん)

 殺傷性ランク:ランクB

 戦術的ランク:戦闘級

 

瞬間的に解放した『気』で斬り裂く技。

一瞬で解放・圧縮したサイオンで擬似情報体(エイドス)を形成、それによって敵の情報体(エイドス)斬り裂く技。

技の名の由来は、余剰サイオン光が閃光のように激しいことから。

 

(らい)(めい)(けん)

 殺傷性ランク:ランクB

 戦術的ランク:戦闘級

 

帯電した刀を振り下ろし、落雷のような一撃を放つ技。

刀が、自由電子の多い金属であることに目をつけ、空中放電によって発生した電子を刀に鹵獲、それを放出して落雷と同規模の電力をぶつける。

 

極大(きょくだい)(らい)(めい)(けん)

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦術級

 

【雷鳴剣】の上位技。

鹵獲する電子を増やすことで威力を上昇させた。

 

(らい)(こう)(けん)

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦術級

 

【雷鳴剣】【真・雷鳴剣】の広範囲版。

鹵獲、放出する電子の量を上げ、さらに広範囲を攻撃するように放出させることで広範囲殲滅を可能にした。

 

(しん)(らい)(こう)(けん)

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦術級(戦略級)

 

【雷光剣】の上位互換にして神鳴流決戦奥義。

莫大な電力を超広範囲に放出することにより、広範囲殲滅を行う。

その威力は戦略級と言っても過言ではなかったが、萃音がこれ以上誰かに利用されるのを憂いた十文字親子が、威力を下方修正して公開した。

 

百花繚乱(ひゃっかりょうらん)

 殺傷性ランク:ランクB・一部他奥義との併用でランクA

 戦術的ランク:戦闘級・一部他奥義との併用で戦術級。

 

秘剣。周囲の花びらが舞い上がるほどの『気』を放出し、目にも留まらぬ連撃を放つ。

【雷光剣】【雷鳴剣】などを除く他の奥義との併用も可能。

 

……etc.

 

()()()

 殺傷性ランク:ランク外・対物魔法のため

 戦術的ランク:戦闘級

 

神鳴流の秘奥にして真価。

基本的に宗家『青山』の者にしか教えられない。

 

刀の情報体(エイドス)、及びそれに付随する魔法式の全てを、『無』の情報によって上書きすることで存在自体を無くす技。

『ある』のに『ない』と極大の矛盾が起きるため、世界の修正力によって一瞬で元に戻される。

しかし、神鳴流はそれを利用し、タイミングを調整することで、その一瞬で敵の守りをすり抜けて当たる直前で実体化する防御不可能の剣術を編み出した。

 

修正により戻される物は構造の甘い魔法式から優先されるため、魔法式のみの状態で対象の魔法式のみに当てることで、情報体(エイドス)を傷つけずに魔法式のみを狙い斬る、ということも可能である。

 

 

【呪符使い】

 

日本古来の魔法師の一種。陰陽師や呪術師とも。

呪符使いが魔法を構成する間の隙を、前鬼・後鬼と呼ばれる式神が護ることが特徴で、発動の遅い古式魔法の弱点を補うための一つの形である。

 

式神である前鬼・後鬼は化成体の一種で、実際にただの化成体の場合もある。

しかし、熟練した術者は、化成体の中心に据える精霊に『魂』を宿らせることで、自立思考、行動を可能とする。

式神は鬼や天狗などの形を成すことが多いが、中にはクマやサルのぬいぐるみを使役する一派もあるとか……。

 

呪符使いのみならず、多くの古式魔法の特徴の一つとして、干渉強度と発動規模の向上が可能であることが挙げられる。

これは、起動式を基に魔法式を編む現代魔法とは異なり、古式魔法では呪符などはあくまで補助具として使い、魔法式は一から魔法師の頭の中で組み上げることから、発動までの時間を長くすれば、その分細部までしっかりとした、大きな魔法式を組み上げることができるためだ。

ただし、これは評価基準の一つである『発動速度』を大きく削る代わりに『干渉強度』と『発動規模』を多少上げる技術であるため、総合評価ではむしろ低くなる。

しかし、発動までの時間を、式神や雇った神鳴流によって稼げる『呪符使い』は、強力な魔法を使えるこの技術を好んで使うことが多い。

 

[八大地獄]

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦術級

 

オリジナル魔法。

仏教における地獄の様相を示す言葉を冠する、振動・吸収系複合領域魔法。

振動系加熱魔法で、一定範囲内を太陽の表面温度と同じ6,000度まで加熱して攻撃する。

もしそれを耐えられたとしても、空気中の酸素と窒素を燃焼させることで炎と酸欠、猛毒であるNO2(二酸化窒素)N2(無水硝)O5(酸ガス)で攻めたてることで毒殺する二段構えの魔法。

 

 

 

③上記以外の『気』を使う攻撃

 

 

《エターナル・ネギ・フィーバー》

 殺傷性ランク:ランクC〜A

 戦術的ランク:戦闘級〜戦術級

 

ナギの前世での名を冠した必殺技。

某不死身バカが『体からビーム……それだっ!』と思いつきで開発した技。後に、ナギが気の遠くなるような修行(スパルタ30%、気合い70%、バカ150%)で身につけた。

 

威力は対艦砲撃に匹敵、もしくはそれ以上の火力がある。

 

何故か攻撃対象を選べる、何故か威力を調節できる、何故かビームなのに光学障壁をすり抜けるetc...、使っている本人にもよく分かっていない部分が多く、もはやほぼ完全なブラックボックス状態。

光波振動系魔法『フォノン・メーザー』と似たような現象だと見られるが、こちらは爆発したりするため尚更よく分からない。

 

ちなみに、体で覚えているため恥ずかしいポーズは必須。技名も叫ばないと暴発したりする。




評価基準について。

①殺傷性ランク
ランクA……一度に多人数を殺害し得る魔法。
ランクB……致死性の高い魔法。
ランクC……致死性がない、または低い魔法。
事後判断……威力の調整が利く攻撃性魔法。
ランク外……防御魔法など攻撃性魔法ではない。

②戦術的ランク
全て一回の威力で計算(一回で複数展開できる場合は合計される)
戦略級……都市、あるいは艦隊を壊滅できる魔法。
戦術級……大集団を無力化、もしくは戦車や戦闘機などの機動兵器を破壊できる魔法。
戦闘級……個人、または小集団を無力化出来る魔法。


()が付いているものは非公開の範囲。


神鳴流の他の技に関しては、本編で出てきたときに追加します。


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レポート③ 『究極技法』に関する考察

レポート③では、『究極(アルテマ)技法(・アート)』と呼ばれる技術、及びそれを利用する技を考察します。

『魔力』及び『魔法』ついてはレポート①をお読みください。
『気』及び『気を用いた技』ついてはレポート②をお読みください。


究極技法(アルテマ・アート)とは

 

(1)通常の技法とは比べ物にならないほど、強力な力を得る

(2)習得するためには、その技法に対する『適性』が必要

(3)習得から習熟までにも、非常に高い難易度(年月や才能など)を要求される

 

最低でも以上の3条件を全て満たし、なおかつ伝説的な伝承を持つ技法のこと。

そのため、使用者が極端に少ない、もしくは現代では一人もいないことも多く、真に伝説上だけに存在するものになっている技法も少なくない。

 

 

 

(かん)()(ほう)

 習得難易度:A++〜A+++

 使用者:春原凪(発動のみ)

 

自身の肉体を世界との窓口とし、魔力(仙気)と気、相反する性質を持つサイオンを強制的に混ぜ合わせ、極めて活性化させた『(かん)()()』を身に纏う技法。魔力と気の性質についてはレポート①②を参照。

活性化したサイオンは肉体の情報体(エイドス)の活性状態を引き上げ、超常的な身体能力を与える。また、自身の情報体(エイドス)外界(イデア)間の擬似的な障壁となるため、外部からの魔法式投射の妨害、外界との情報の交信遮断による耐寒・耐熱・耐毒などの多数の副次効果も併せ持つ。

 

ただし、超活性化状態のサイオンは魔法式の状態に固定できないため、(かん)()(ほう)を使用している状態では魔法を使うことはできない。これは現代魔法、古式魔法、『魔法』のいずれにも共通する。

また、体力を消耗する『気』と精神力を消耗する『魔力』を大量に消費するため、長時間全力を維持することは不可能。修練によって緩急をつければ発動時間を延ばすこともできるが、現在唯一発動に成功しているナギは体質的な問題でそれが不可能なため、事実上、現代で完全に習得している者は存在しない。

 

 

()(あい)(けん)

 習得難易度:B+〜A+++

 使用者:故・春原孝道、春原凪(劣化)

 

拳を高速で動かし、拳圧を飛ばして攻撃する技の総称。狭義では、それに加えてポケットを鞘代わりに滑りを起こし速度を上げる技のことを指す。

一定以上の威力になると拳圧が衝撃波となり、音を置き去りにする。その状態になった居合拳には「()(おん)(けん)」という別名がある。

 

使用には必ずしも(かん)()(ほう)を用いる必要はないが、特例としてここで記述する。

 

〈居合拳〉

 殺傷性ランク:ランクC

 戦術的ランク:戦闘級

 

基本にして王道。魔法や(アル)(テマ)(・ア)(ート)を併用せず、己の体捌きのみで行う居合拳。

春原孝道のように習熟すればプロボクサーのストレート以上の威力になるが、まだ完全習得に至っていないナギではせいぜいデコピン程度の威力しかない。

 

(ごう)(さつ)・居合拳〉

 殺傷性ランク:ランクB

 戦術的ランク:戦闘級

 

第一強化段階。魔法や(アル)(テマ)(・ア)(ート)を併用し威力の底上げを行った状態で、通常の居合拳と違い一瞬の"タメ"を必要とする。

その威力は普通乗用車の衝突に匹敵し、直撃を受ければ戦闘続行は厳しいものになる。ただし、ナギは通常の居合拳と同程度の威力しか出せない。

 

(しち)(じょう)(たい)(そう)・無音拳〉

 殺傷性ランク:ランクA

 戦術的ランク:戦術級(真の威力は戦略級)

 

居合拳奥義の一つ。(かん)()(ほう)で超強化された身体能力で撃ち出す、超威力の高速七連撃。

 

真の使い手が用いたこの技は、一発一発が艦載砲をも上回る威力を誇り、また、練り込まれた超活性化サイオンが(グラム)( ・ デ)(モリッ)(ション)と同じ役割を果たすため魔法的な防御も不可能な絶技。

ただし、(かん)()(ほう)を扱えなかった春原孝道はこれを習得するには至らず、ナギは(かん)()(ほう)を扱いきれないため、この世界でその真の力を引き出した者はまだ居ない。

 

なお、見た目は極太のレーザービームそのもの。練り込まれた超活性化サイオンが、一般人でも目視できるレベルの余剰サイオン光を発生させているためである。

 

 

 

(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)

 習得難易度:EX

 殺傷性ランク:ランク外・対象が自身のため

 使用者:エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、春原凪

 

エヴァンジェリンが魔物になってすぐ、まだ弱かった時代に開発した(アル)(テマ)(・ア)(ート)

発動直前の魔法を膨大な魔力で固定・掌握・吸収、それも含めて自身の持つ情報を組み替え直し、増幅強化して発動する秘技。

吸収した魔法によって効果が変わるが、吸収する魔法の規模が大きくなるほど発現する効果も高くなる。

 

吸血鬼の真祖の莫大な魔力を前提としており、また、使用者の持つ強い負の感情・記憶に『種』を植え付けることで習得するため、習得の段階から極々限られた適性が必要になる。

習得後、使用に従い『種』が芽吹き、自身の体を侵食する。その際、情報体(エイドス)内の情報連結を破壊し、魔素と呼ばれる魔物特有の特殊な(プシ)(オン)に置き換えられていき、その侵食が一定以上に達すると暴走、一時的に意思なき魔物と化す。

増幅された負の感情そのものと言えるそれすら取り込み、自らの一部とすれば、自意識を取り戻し『吸収鬼の真祖もどき』ともいうべき不死者になれる。だが、それが叶わなければ完全に自我を失い、世界を呪い破壊を撒き散らすだけのバケモノへと堕ちてしまう。

 

その性質上、自身の負の感情に呑まれやすく、暴走してしまいがちな面がある。数百年は共にあるエヴァンジェリンは完全に御し切っているが、ナギはまだ一部手綱を取りきれていない部分があり、自我こそ失わないものの感情が攻撃的になってリスクとリターンの考慮が浅くなる時がある。

この状態を元に戻すには、そうなった原因を取り除くか、外側から誰かに『英雄』としての感情を揺さぶって貰い、目が覚めたナギが手綱を取り戻す必要がある。

 

 

(ヘー・アストラペー・)天 大(ヒューペル・ウーラヌー)(・メガ・デュナメネー)

 術式装填:(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)

 

雷系最大魔法『(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)』を装填した(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)。その身を雷と化し、超高速での移動を可能にするナギの切り札。

その最大速度は秒速150km以上、マッハ440オーバー。あまりの速度に自身では完全な能動的移動ができないため、風系の魔法で空気を薄め、そこを『落ちる』ように移動する。その副次的効果で、衝撃波は弱められている。

 

しかし、思考速度は変わらないため移動前にルートを決める必要があり、移動中は無防備になる。また、先行放電などの雷特有の前哨現象はなくせないため事前察知も不可能ではなく、カウンターをされることもある。

加えて、雷化してない出掛かりなどを突かれると潰される可能性もあり、万能とは程遠い。

 

強引に現代魔法的な考え方をするならば、放出・移動・収束・発散系複合魔法の到達点。金属ではなく自身の肉体を元に行う『ヘビィ・メタル・バースト』とも言える。

自身の肉体から電子を放出、それを収束系で空気を薄めた通り道へ移動させ(先行放電)、収束系硬化魔法で電子の位置を固定し、陽子(プラス)(マイ)(ナス)が引きつけ合う力に従って後を追うように落ちる。肉体の電子を失っているが、自身に必要な化学変化は発散系で擬似的な化学結合を創り維持している。

 

通常は一部の電子のみで移動を行うが、自身の持つ全電子を放出し、さらに『(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)』の持っていた電子も加えて行うと、「(チハ)磐破(ヤブルイカ)(ヅチ)」という技になる。

これを行うと、装填していた『(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)』を放出するために雷化が解けてしまう。文字通りの全力をかけた、最速最大威力の突撃である。

 

 

(タストラパー・ヒ)天 双(ューペル・ウーラヌー・メ)(ガ・デュナメネー)

 術式装填:(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)×2(二重装填)

 

上記『(ヘー・アストラペー・)天 大(ヒューペル・ウーラヌー)(・メガ・デュナメネー)』の完全版。

装填数を二倍にすることで自身をより雷に近づけ、雷速に追いつく思考加速と常時完全雷化を可能にした。

展開中、自身の内に収めきれなかった電気エネルギーを髪のように編んで蓄えるため、腰を越すほどの長髪に見える。

 

存在的には人や魔物というよりも最上位の雷精霊に近く、魔法の形をとらない(魔法の影響下にない)電気を自在に操れる。

特に雷で自身の肉体を編むことには高い適合性を持ち、放電させた空気を操って雷の分身を最大千体作り出す『(らい)()』という魔法を無詠唱で即時扱える。ただし、これで作り出した分身は雷化中のナギに準じる速度と力を持つが、思考は単純で突撃などの単純な行動しか行えない。

 

また、ナギ自身は常時完全雷化の恩恵で、純粋物理攻撃を完全に無効化する絶対的な防御能力を持つ。

さらに、体の一部を切り離しても『繋がったまま』と誤認させることも出来るなどの非常に高い戦闘能力を誇り、ナギ最大の切り札である。

 

 

《障壁破壊掌》

 

ネギ式(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)

使用に(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)を前提とするためここで記述するが、正確には(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)の性質を利用した応用の一種である。

 

自身が多種多様で膨大な情報の集まりであることを利用し、障壁を展開している魔法式に触れ、ノイズを送り込むことで構造を矛盾させ崩壊四散させる技。

障壁の種類、強度によって送り込む情報を変える必要があり、全ての状況、相手に通用する『完成形』は、魔法開発の天才ネギ・スプリングフィールド(ナギ)が百年近くをかけてもあと僅かまでしか漕ぎ着けられていない難関問題である。

 

『改・』は、表面的な自身の魔物性を抑え、見た目上は人間の腕と変わらなくする技術を指す。

『試作(なな)号』は、特に収束系に対する効果に特化したパターンのことを指す。

 

 

氷の女王(クリュスタリネー・パシレイア)

 術式装填:千年氷華(アントス・バゲトゥ・キリオン・エトーン)

 

氷系最大魔法の一つ『(アントス・)年氷(バゲトゥ・キリオン)(・エトーン)』を装填した(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)。最大半径数キロに及ぶ巨大な氷の世界を支配する、エヴァンジェリンの切り札。

使用者は氷結領域内に限り、氷属性上級魔法(「闇の吹雪」など)以下の魔法を、無詠唱、無制限、無尽蔵、無数、無反動で即時発動できるようになる。

直接的な攻撃能力はなくとも、数十にも及ぶ大魔法を即時展開する様は、正しく(アル)(テマ)(・ア)(ート)の名に相応しい。

 

装填後すぐ、使用者が指定したポイントに特殊な立体魔法陣が織り込まれた起点となる氷柱を作成。その氷柱が周囲の水蒸気を掻き集めて成長し、樹木のような巨大な『呪氷』を作り上げる。この時、付近に湖などの大きな水場があるとそれを凍らせ、氷結領域の一部とする。

作り上げられた氷は、発散系で氷の結晶構造を強引に保ちつつ、収束系で水分子の位置関係を歪めた特殊なものとなっており、一種の刻印魔法の性質を持つ。それを氷属性の精霊に読み取らせ氷柱内に大量にストックすることで、即時大量発動を可能にしている。

 

呪氷は常に発散系と収束系、振動系魔法の影響を受けており、最上位精霊クラスの影響力を上回る干渉力がなければそれらの魔法による改変を受け付けない。また、成長の場である氷柱表面には幾重にも重ねられた防御魔法陣が展開されており、とてもではないが新たに魔法式を上書きするのは不可能である。

故に氷柱を破壊するためには、『氷の内部に発散・収束・振動系以外の魔法を掛ける』か『外部から防護魔法陣を上回る威力の物理的衝撃を加える』しかない。

 

(ヘー・アストラペー・)天 大(ヒューペル・ウーラヌー)(・メガ・デュナメネー)』などとは違い、自身の情報の改変は最小限である。

自身に付与される効果としては、『起点魔法陣への遠隔からの魔力流入』『最上位氷精霊に並ぶ氷属性精霊への干渉能力』『氷結領域内の探知能力』のみであり、氷結領域が強力な魔法を発動し続けていることも相まって、現代魔法関連技術の精度では肉体情報の変質を検出できない。

 

本来ならば起点魔法陣を再度作成したり、作成場所に自身の背を指定することもできる。また、領域内を自在に転移することすら可能。

しかし、エヴァンジェリンに対し氷属性の適性に劣るナギでは十全に発動することは叶わず、本来の目的である『上級以下の氷属性魔法の無制限発動』を残し、大半の機能を削ってしまっている。その劣化版のことを、エヴァンジェリンは『(クリュス)(タリネー)(・アルケ)(イゴース)』と呼んでいる。




評価基準について。

①習得難易度
EX……努力ではどうにもならない、極々限られた者だけが持つ適性を必要とする。
A……基本的に習得までに長い年月を要し、才能によっては一生習得出来ない可能性も高い。
B……努力と反復練習の賜物であり、正しい修行を長期間積めば習得が可能な技。
(+)……それを習得するまでに必要な期間の目安。前提条件を習得した上で、+判定一つにつき約5〜10年。本人の才能によって大きく変化する。

②殺傷性ランク
ランクA……一度に多人数を殺害し得る魔法。
ランクB……致死性の高い魔法。
ランクC……致死性がない、または低い魔法。
事後判断……威力の調整が利く攻撃性魔法。
ランク外……防御魔法など攻撃性魔法ではない。

③戦術的ランク
全て一回の威力で計算(一回で複数展開できる場合は合計される)
戦略級……都市、あるいは艦隊を壊滅できる魔法。
戦術級……大集団を無力化、もしくは戦車や戦闘機などの機動兵器を破壊できる魔法。
戦闘級……個人、または小集団を無力化出来る魔法。


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プロローグ
第零話 桜舞う頃に


初投稿なので駄文に注意してください。


「……はぁ」

 

2095年4月3日、日曜日。とある高校の入学式当日。

その高校の無駄に広い桜並木を、一人の少年が溜息を吐きながら歩いていた。

 

まず目を引くのはその髪だろう。

日本人としては珍しい見事な赤毛を長めに伸ばし、それを後ろで紐で括るという特徴的な髪型をしている。

そのまま視線を下に移せば、見事に整った優しそうで理知的な顔立ちをしていることに気づく。……目の下の(くま)がなければだが。

身長も高く、真新しい制服に身を包んだ体もすらりとしていて、まるでどこかのタレントでもおかしくないと感じる容姿だが、実際にタレントをしているというのだからあながち間違ってはいない。

 

では、なぜそんな少年が、入学式の日の朝から溜息を吐いているのであろうか。

その理由は、少年が左手に持つ、アンティークの懐中時計の針が指し示していた。

 

「7時14分……あと2時間……」

 

つまるところ、早く来すぎてしまったのだろう。

目の下の隈や少しだるそうな歩き方を見ていれば、はしゃぎすぎて目が覚めてしまった、というよりかは、何らかの理由で眠れなくてそのまま徹夜してきた、といった感じであろう。

ならば、先に会場に行って少し寝ていればいいじゃないか、と考えるかもしれないが、残念ながらそれも出来ないのだ。

 

「カフェは混乱防止のために閉まってるらしいし、IDカードがないと図書館とかも利用できないし……。しかも講堂の開場は10時から……。

ホントにどうしようかなぁ」

 

一応端末をつけて確認したみたいだったが、結局ダメだったようで肩を落としている。

その画面にはこう書かれていた。

『国立魔法大学付属第一高等学校入学式

開場10:00〜 開始10:30〜』と。

 

この世界には、『魔法』と呼ばれるものがある。

始まりは今世紀初頭、中東において発生した核ミサイルによるテロ事件を、たった一人の超能力者が食い止めたことだ。

当然各国家は、それだけの力を持つ未開発の領域をこぞって開拓しようとし、国家の繁栄のためと称して莫大な予算をつぎ込んで研究に踏みだした。

その過程で魔女や忍者など歴史の裏に隠れた存在も明るみになっていき、未だ経験則的なブラックボックスこそ多いものの、超能力やそれらの原理の大部分の解明に成功する。

それらを再体系化し纏めたものが『魔法』だ。

 

今世紀中期、世界全体の急激な寒冷化に端を発する第三次世界大戦により魔法の実用は示され、いまや各国の軍事力で主要な地位を占めるようになっている。

……しかし、原理は解明されたとは言っても、それは誰もが等しく扱える、と同義ではない。

魔法を扱う技能は多分に遺伝的要素が強い属人的なものであり、実用レベルの魔法技能を持つのは中高生で1/1000程度。大人になればなるほど加齢的な要素でさらに減少していき、全体で見れば1/10000ほどしかない。

だが、そんな希少能力者である魔法師——魔法技能を持つ人間——を軍事力として導入しようとすれば、後進の教育に携わることのできる魔法師の数は限られてくる。

しかし、魔法師の数はそのまま国家の戦力の数に直結するため、先進国各国は魔法師を育てるための教育機関を国策として設置した。

それが、日本における国立魔法大学であり、全国にあるその付属高校九校なのである。

 

国立魔法大学付属第一高等学校、通称『一高』は、九つの魔法科高校のうちの一つ。

毎年二百名が入学する。がしかし、事故などにより魔法技能を失って退学する生徒がでてくるため、進級率はだいたい八割から九割。生徒総数約五百名超の高校である。

そして、この学校に入学するためには、魔法の才能はもちろん、筆記などでも厳しい試験を突破できるだけの力が求められる、超エリート校でもあった。

 

「うーん、どうしようかなぁ」

 

しかし少年は、そんなエリート校に入学したというのに、緊張に身を固まらせているわけでも、ましてやそれにおごり意味のないやる気を引き出しているわけでもなかった。

まるで、その程度などほんの些細なことかのように、ただ自然にそこにいた。

 

ふと、視線を彷徨わせて暇つぶしを探していた少年の動きが止まる。

その視線の先には、ひらひらと花びらを風に舞わせる桜並木があった。

 

「桜風に約束を、か……」

 

その瞳の先になにを映しているのかは知りようもないが、少年はその外見に似つかわしくない郷愁をその身に纏わせており、その年齢を分からなくさせていた。

どこか遠い過去を、まるで生まれる前のさらに前でも思い浮かべているかのような様子で、少年は呟く。

 

「そうか……。こっちの世界でも、あの時のみんなの歳を越しちゃったのか……。

みんなも、こんな気持ちだったのかな?」

 

まるで前世でも体験してきたかのような口振りで、少年は言葉を紡ぐ。

どこか頭の中身を心配されるようなセリフだが、込められた感情はどこまでも実感が込められており、もし誰かが聞いていたとしても疑うことはなかっただろう。

 

「……ふふっ。なら、笑っていかないと。

じゃないと、担任としてみんなに顔向けできないもんね」

 

そう言うと、彼は頬をたたく。

よほど大切な思い出だったのだろう。その顔には、例えようもない、だけど誰が見ても幸福そうな感情が滲み出ていた。

 

「……よしっ!」

 

上げた顔には先ほどまでの暗さはない。心なしか、その顔に影を作っていた隈も薄くなっていた。

そして、少年は足を踏み出した。

ゆっくりとした速度で、美しい桜並木を目に焼き付けるように、少年は煉瓦を模したソフトコート舗装された道を歩む。

 

「……ん? なんだろう?」

 

5分ほど歩いた頃だった。

遠くからかすかに、少女の声が風に乗って響いてきた。

少年はその歩みを止めて、顎に手を当てる。

 

「んー。悲鳴じゃなかったから事件じゃないだろうけど……ケンカかな?」

 

そう考えながら、自然と足がそちらに向かう。

野次馬的な考えがないとも言わないが、それよりも入学式というめでたい日に喧嘩をしていること自体のほうが気になったのだろう。

幸い、声の発生地点とはそこまで離れていなかったようで、ほんの1分足らずで現場に着いた。

 

「やはり納得ができません! なぜお兄様が二科生なのですか!」

「そうは言ってもだな……」

 

声の主は、雪のように可憐な少女だった。

冷たくも柔らかいという相反する雰囲気を同居させたその美貌を憤りに染めながら、目の前の男子生徒に詰め寄っている。

 

それに対して、詰め寄られている男子生徒——少女の言葉が正しければ彼女の兄なのだろう——は、シュッと伸びた背筋と鋭い目つき以外、整ってはいるがどこか無個性な顔に困惑を貼り付けている。

 

(うわぁ、兄妹ゲンカかぁ。一方的みたいだけど。

それに、あの制服……)

 

少し離れたところからその様子を見ていた少年は、二人の着ている制服、そのブレザーに注目した。

二人とも真新しい制服に身を包んでいるが、問題なのはそこではない。双子か年子かは分からないが、そういうこともあるだろう。

しかし、同じ学年だろうにもかかわらず、二人の制服には明らかな違いがあった。

男子と女子の違い、ということではない。

少女のほうはその上着の胸と肩の部分に八弁の花をあしらった校章が刺繍されているにもかかわらず、その兄の方にはただ正八角形の空間があるだけなのだ。

 

これがこの学校の抱える問題(とくちょう)の一つ。

先の説明の通り、日本という国に限った話ではないが、とにかく魔法師の数が足りていない。

そこで、国は第一から第三高校までの魔法科高校に、新入生をそれまでの倍の二百名とるように指示した。

しかし、人手が足りないのは魔法科高校も同じこと。その上、魔法大学に一定数以上入学させなければならないというノルマも課せられていた。

そこで第一高校は、新入生二百名のうち上位百名を一科、下位百名を二科と分け、一科のみに実技の個別指導を受けられるようにしたのだ。

 

制服の違いもそれに起因する。

一科生の制服には花があり、二科生の制服にはそれがない。

つまり、目の前の二人の制服が違うのは、妹の方は一科生なのに対し兄の方は二科生である、ということだ。

 

(魔法技能がある場合は兄妹でそんなに差はつかない、っていうのが通説なんだけど……何事にも例外はある、ってことなのかな?

まあ、それよりも……)

 

懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。

針は7時24分を回ったところだった。

 

(お姉ちゃんから聞いた話だと、確かリハーサルは7時半からだったはず。

こんな時間にここにいるってことは、リハーサルのために来たんだろうし……。そろそろ切り上げないとまずいんじゃないかな?)

 

幸い、ここから会場である講堂まで歩いて3分少々だろうから、今切り上げれば充分間に合うはずなのだが……

 

(完全にヒートアップしちゃってるよね、アレ)

 

掴みかかるような勢いで詰め寄る妹と、それをおさめる兄を見て、少年は割り込むことに決めた。

 

(ホントは兄妹ゲンカに首をつっこむべきじゃないんだろうけど、このままだとお姉ちゃんに迷惑がかかるかもしれないし……。仕方がないよね)

 

内心でそう言い訳をしながら、少年は二人に向かって歩みだす。

背後から近づく形になるため兄の方は気がつく様子もなく、妹の方は既に視界が集中してしまっているのか、これまた気がつく様子がない。

少年としては、人目に気づいて止めてくれるということを期待していたのだが、その様子もないことから実力行使に打って出た。

 

「まあまあ、少し落ち着いてください」

 

といっても、声をかけるだけだったが。

 

しかし、効果は覿(てき)(めん)だった。

妹の方は少年の姿を確認すると、俯いて羞恥に頬を染め。

兄の方は振り返ると、わずかに驚きの表情を浮かべた。

 

「今日はせっかくの入学式なんですから、朝からケンカなんてしてたら勿体無いですよ」

「あ、ああ……」

 

未だ驚愕から抜けきっていないのか、もしくは何かを考えているのか。どこか上の空で返事を返す兄。

その視線は、少年の胸元に向かっている。

そこには、兄と同じく花柄のない空間が広がっていた。

 

そして、少年は自らの名を告げる。

前世における自らの父と同じ名を。

 

「あっ! 自己紹介がまだでしたね。

(はる)(ばら)家当主、(はる)(ばら)(なぎ)といいます。

同じ一年生でしょうし、気軽にナギと呼んでください」

 

 

——そうして、英雄は主人公と出会った。

 

 

◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

これは、もしかして(IF)の物語。

 

とある世界において、立派な魔法使い(マギステル・マギ)と尊敬された英雄、ネギ・スプリングフィールドが新たな世界に生まれ落ち、そこで再び生きていくだけ。

ただそれだけのお話。

 

しかし、英雄の周囲がただ平和なはずはない。

 

不幸があり、戦いがあり、対立がある。

 

これは、そんな彼の物語。




設定ミスや誤字脱字などがございましたらご連絡ください。


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過去話 英雄だった少年の足跡
過去話其之壱 英雄で魔物な赤ん坊


かつて、日本の埼玉県麻帆良市に、麻帆良学園という場所があった。

明治の中頃にヨーロッパから訪れた人物が設立した、幼児保育から大学まで無数の学校が存在する超巨大な学園であり、巨大という言葉でも足りない樹高270mに及ぶ巨木・『世界樹』を中心とする一つの都市でもあった。

そこに通う生徒は、才能と活気が溢れていてノリが良く、細かなことを気にしないおおらかな性格であることが多く、そのこともあってか全校が一斉に行う学園祭、通称『麻帆良祭』は、一大テーマパークもかくやという人気を持ち、2億6000万円もの金が動くともされた。

 

しかし、それでもある時期までは、あくまでただの学校群だった。だが、今世紀、つまり二十一世紀初期に大きな転換が起きる。

宇宙につながる軌道エレベーターがここに建てられたことで、世界的に重要度が急増、人口が一斉に集中することとなったのだ。

 

もちろん、人口の増加に促進を促したのはそれだけが理由ではない。歴史の裏に隠れてきた『魔法使い』の存在も大きく関わっていた。

世に隠れながら正義をなしてきた彼らが、裏火星に作られた魔法(ムンドゥス)世界(・マギクス)の崩壊を防ぐために表の世界に出てきたことにより、そのための(ゲート)が存在した麻帆良学園は、裏火星との交流の中心として知られるようになったのだ。

 

それらの要素が重なり、麻帆良市は新たな日本の首都・天之御柱(アマノミハシラ)市と名前を変え、日本を超え世界を超え、太陽系の中心として栄華を極めていた。

 

「ボクが事務局長を退任するのを、認めたくない人もいると思う」

 

2065年9月某日。

そんな天之御柱(アマノミハシラ)市にある大型イベント会場で、とある式典が(もよお)されている。

 

壇に立つ男性の名前は、ネギ・スプリングフィールド。

かつて、たった1年半であるがこの地で教鞭を振るっていた人物であり、世界屈指の魔法使いにして吸血鬼の真祖もどき。

魔法(ムンドゥス)世界(・マギクス)の崩壊を目論む組織・完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)の計画を防いだ英雄であり、軌道エレベーター建設の中心人物でもある。

今や世界の誰もが知っているまでに成長した国際太陽系開発機構(ISSDA)の初代事務局長である彼は、今日の世界を作った存在と言っても過言ではない。

 

そんな彼が急に引退するという。

しかも、彼の外見は人外であることからか大変若く、今年で72歳を数えるはずなのだが未だ20代の青年と言っても通じる容姿をしているのだ。

当然その人気は高く、未だ聴衆は納得がいってない者も多くいる。

彼を崇めるが故のヤジが飛び交い、懇願の声がすすり泣き、混迷をきたす会場で、しかし彼は、そんな民衆を諭すように話し始める。

 

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の人たちも社会に溶け込んできているのは、素直に嬉しいよ。

この街も活気にあふれていて、ボクがそれを作り上げる手助けをできていたなら、それは喜ぶべきことなんだと思う。

……でも、それはこの街の中だけの話。この街以外はどんどん衰退していってて、次々と地方行政が破綻していってしまっているんだ。

それだけじゃない。一歩街を踏み出せば、そこは今日を生きるのにも必死なスラム街になってしまってる。

いくらみんなが相応しいと言ってくれても、それを止められないボクは、やっぱり指導者失格なんだと思うんだ。

その上、ボクが、元人間であり、裏火星の亡国の王子であり、魔物であるせいで、それぞれの派閥に力と対立を与えちゃっている。

ボクは、そんなことを望んではいないんだ」

 

彼は、一つの世界を救った英雄であり、世界屈指の魔法使いではあったが、決して優れた政治家ではなかったのだ。

僅かな、身内と呼べる間柄の仲間を牽引することはできても、世界の中心人物として全ての民衆を守るためには、その才能が致命的に足りなかった。

 

栄華を極める都市の外では、貧困にあえぐ人々で溢れ。

 

人も亜人も魔族も関係なく生活を過ごす世界の裏では、覇権を得たい各勢力の諍いが頻発する。

 

そんな現状に心を痛め、どうにかしなくてはと動こうとしても、それを止める手立てを考えつくわけでもなかった。

 

「だから、ボクは彼に後を託すんだ。

ボクの長年のライバルであり、人でも、亜人でも、魔族でもない彼なら、今よりもっと良い社会を築けると信じているから。彼は本当の意味で歳をとらないから、寿命という心配もないしね。

だから、みんなも彼を信じてくれないかな?

きっと、すべての人種の幸福について、彼以上に望んでいる人はいないと思うから」

 

その、英雄の口から語られた力不足という真実に、民衆の口が閉ざされる。

彼らは、彼こそが指導者にふさわしいと思ったのだ。一つの世界を救い、新時代を築いた英雄こそが。

しかし、それは人々の願望が作り出した虚構であり、この世界の負の部分から目を逸らしていただけだと、その本人から告げられた。

 

認めざるをえない真実に、一人、また一人と顔を落としていく。その目には、英雄の元で新時代を過ごさない悔しさがあり、今現在も苦しんでいるスラムへの罪悪感があり、さらなる世界を創り上げられるという新事務局長への希望があった。

そうしてヤジが消え、静寂に包まれた会場で、再び英雄は口を開く。

テレビの前の民衆まで彼の言葉に注目するさなか——

 

「きっと、世界を変えるには彼だけじゃ足りないと思う。

だから、世界中のみんなで、これからの彼を支えて——」

 

パン、と。

どこか軽い音がした。

 

完全な不意打ちで、彼めがけて超音速で進んだ弾は、しかし彼の目の前30センチほどで障壁に防がれる。

それは当然のことだろう。

彼は世界を救った英雄だ。ただの鉛の塊程度であっけなくやられるほど甘くはない。

 

 

——それがただの銃弾だったのならば、の話だが。

 

 

ギュインという音とともに弾が(ほど)け、一瞬にして彼を包み込むほどの、巨大な、漆黒の魔方陣となる。

まるで、彼の教え子が愛用する特殊な弾のような光景が、彼を中心に広がった。

 

その時に至って漸く、その光景を見ていた者たちに焦燥が浮かぶ。

彼なら大丈夫だろう。その、数多の戦場を共にしたからこその信頼も、この場面では役に立ってくれそうにない。

彼が普通の方法では死なないことは、"裏"を知っている者なら誰もが知っていることだ。

そんな彼に対して暗殺を仕掛けようとするのだから、あの魔法陣が、彼に対して有効でないはずがない。

 

「ネギ君ッ‼︎」

『ネギ先生ーっ⁉︎』

 

まるで、死を目の前にした人間のように自分の周囲の時間が遅く感じている彼は、確かにその声を聞いた。

 

視線を横に動かす。

慌てた様子で立ち上がり、こちらへ向かおうとしている長年のライバルがいた。

彼がこんな表情をするのは珍しいな、などと、どこか場違いなことを思い浮かべる。

 

視線を前に戻す。

何が起きたのか理解できていない民衆の中、最前列で必死の形相で叫ぶかつての教え子たちがいた。

その多くは歳をとり、欠けている人たちもいるけれど、それでもその老体に鞭打って自分の名前を叫び駆け出そうとする仲間たちに、英雄は満たされたような笑みを浮かべた。

 

 

——世界中の人々が注目している放送のさなか——

 

——新たな未来に向かおうと先導してきた英雄は——

 

 

——バシュウという音とともに、この世界から消え去った。

 

 

後に残った体は、伝承に従い日に焼かれ塵になって空気に溶け、止まっていた世界が動き出した時には、彼の痕跡を示す物はもうそこには無くなっていた。

一拍後、会場に悲鳴と喧騒が木霊する。

世に『ネギの(ミニスト)教え子(ラ・ネギ)』と呼ばれる女性たちは、その双眸に涙をたたえて呆然と座り込み。

虚空に手を伸ばす白髪の青年は、その目から光を失っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

トクン、トクン。

そんな優しい音が聞こえる。

 

身体がフワフワと浮きながら、なにか液体のようなもの包まれている気がする。

暖かくて、優しくて。水の中にいるはずなのに、不思議と安心する。溺れているなんてことは、微塵も思い浮かばなかった。

 

『…………。…………』

 

どこからか、優しい声が聞こえてきた。

篭っていてよく聞き取れないけれど、それでも、その中にある愛情は、染み渡るように感じられる。

まるで、彼女たちが自分の子に話しかけていた時のような、そう、母の愛だ。母親のいなかったボクにはよく分からないけど、間違いがない。

 

……ああ。なんとなく分かってしまった。ボクは死んじゃったのか。

 

あの、一瞬だけ見えた魔法陣。あれにはどこかで見覚えがあった。

そう、確か、世界間転移魔法の失敗作。精神だけを、世界と世界の狭間に飛ばす魔法。確かにあの魔法なら、事実上ボクを"殺せる"。

悪用されることを恐れて厳重に封印しておいたはずだけど、まさか自分に対して使われるとは思わなかった。

 

でもなんで、こうして復活しようとしてるのか。その理由は恐らく、ボクが不死者だから。

闇の魔法(マギア・エレベア)じゃ完全な吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)にはなれなかったとはいえ、まずまともな方法じゃ死んだりしない。

でも、それにもいくつか例外がある。その一つが、肉体と魂の分離だ。

ボクや師匠(マスター)のタイプの不死者は、たとえ肉体を切り離されても、その部分が存在している限り再生できないという特徴がある。ようは、腕を切り離して金庫に詰めれば腕は再生しないし、五体バラバラにして真空パックして東京湾に沈めれば実質的に封印できるということだ。

この理由としては、精神と肉体が緻密に結びついているということがある。普通の人のように「肉体に魂が入っている」のではなく、「魂が肉体を作り、その中に入る」という構造になっているのだ。そして、基本的に同時に作れる肉体は一つまで。だから、身体が身体の構造を持ち続けている以上は、いつまで経っても再生しないんだ。

 

そんな特殊な魂だ。それだけ他所の世界に飛ばしてしまえばその世界からはいなくなるし、逆に飛ばされた魂は新たな肉体を作ろうとするだろう。

 

それが、どうしてこうやって赤ん坊からやり直そうとしているのかは分からない。だけど、ボクに拒否権はない。

むしろ、前世では体験できなかった、"両親がそばにいる普通の生活"ができるかもしれないのだから、是非ともやりたい。

 

『………………。…………?』

『…………!………………!』

 

暫くすると、男の人の声が聞こえてきた。そして、ポン、ポン、という振動がする。ああ、これが"お父さん"なのかな?

 

……きっと、彼女たちは辛い思いをしてるんだろう。彼とも、こんな形で別れるとは思ってもいなかった。それを思うと、産まれたら必死に手段を探して、すぐに戻るべきなんだろう。

でも、本音を言うと、ボクにも少し休みが欲しい。英雄の息子でも、英雄でもなく、ただの人間としての生活を経験してみたい。

アスナさんたちにも言われていたけれど、ボクは少し頑張りすぎたんだと思う。よくよく考えれば、10、いや、3歳のあの日からずっと、止まらずに走り続けてきたのだ。いくらやりたいこと、やるべきことだったとは言っても、さすがに疲れもたまってくる。

それに、もうあっちの世界にはボクは必要ない。造物主(ライフメーカー)を倒し、魔法世界の存続と太陽系の開発もなんとかできた。あとは政治家の仕事で、ボクには政治の腕はなかった。

なら、ここら辺で、溜めてきた有給を使ってもバチは当たらないと思うんだ。

 

『…………愛してるわ』

(……今のは聞こえたよ。ありがとう、"お母さん"。

ああ、なんだか眠くなってきた……)

 

さて、もう少し眠ろうかな。

できるなら、次に目が覚めた時、まだ見ぬこの世界の両親に会えることを願って。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

それから暫くして。ボクは()()()()"誕生"を迎えた。

 

いや、本当に痛かった。産まれるって、ここまで痛いのかと痛感したよ。赤ん坊って凄いんだなぁ。痛みに慣れてるボクですら泣くほどなんだから。

 

そして、多分数日が経った頃、漸くボクの目が開いた。

"多分"ってついてるのは、時間がわからないから。赤ん坊になってて殆ど寝てるから、時間感覚がまるでないんだ。

どうやらボクは未熟児気味だったみたいで、目を開けた時、透明な保育容器がまず見えた。まぁ、すぐに看護婦さんが来てくれて、ボクの"お父さん"と"お母さん"を呼んでくれるみたいなんだけど。

 

こっちの世界の両親は、「お父さん」と「お母さん」って呼ぶことにした。やっぱり、ボクにとって"父さん"は"ナギ・スプリングフィールド"だし、"母さん"は"アリカ・アナルキア・エンテオフュシア"だから。

 

……さて。こっちの世界での、ボクの両親はどんな人なんだろう。

父さんは、なんというか、いい加減な人だったし、母さんに至っては会ったことがない。

だから、少し期待してしまう。いわゆる、普通の両親はどんな感じなんだろう? ……教え子?ボクの周りは……ほら、個性的な人たちばっかりだったから。

 

そんなことを考えてると、ドタドタという足音が聞こえてきた。もしかして……

 

春原(はるばら)さん!走らないでください!」

「え、あ、すみません」

「早く会いたいのは分かりますけど、そんなに急がなくても逃げませんよ、あなた」

「そうは言ってもね。やっぱり気になるんだよ、大切な一人息子だしね」

 

多分、この人たちだろう。どこかで聞いたような声だけど、どこだっけ?

 

音の主は、さすがに注意されたのが答えたのか、静かな足音で近づいてくる。

そして、次の瞬間、目に映った光景に、遠い記憶を刺激させられた。

 

「うわぁ。分かるかい? 僕がパパだよ?」

「あぶぅあーー!(た、タカミチ!? どうしたの真っ赤に髪染めて!?)」

「ふふっ。なら私も。おはよう、私がママですよ」

「ゔぁーぶ!(しずな先生!? 若返りました!?)」

 

混乱する頭の中、ここが別世界であることを思い出す。つまり、目の前の二人は、彼らによく似ているけど別人だということ?

……そもそも、ボクの知っている彼らは既に亡くなっていたや。別に戦死だとかじゃなくて、普通に老衰で。ボクより20以上は年上だったんだから、ある意味当たり前だ。

 

漸く落ち着いてきたところで、お父さんが手に持っていた紙をゴソゴソと広げだす。目に映る景色が妙に未来的だけど、こういうところは変わらないことを確認できて安心する。

 

「凪。君の名前は春原(はるばら)(なぎ)だよ。これからよろしく」

 

春原(はるばら)(なぎ)。それがボクの名前。

偶然か否か、あの破天荒な父の名前をもらったのには、いろいろな感情が出てくる。ボクはあんな適当じゃない、とか、そう、色々。

でも。それでも、この二人が考えてくれた名前を、受け入れないはずがない。これが、この世界でのボクの名前。

 

きっと、お父さんたちは、既にボクの自我があることを知らないんだろう。ただ一人の息子に、一人の親として接しているだけだ。

それでいい。ボクの前世では、そんな"当たり前"が得られなかったんだから。この世界でこそ、その当たり前を感じてみたい。

だから、前世(かこ)のことは、きっと、話すことはないと思う。この世界でのボクは、あくまで「春原凪」。「ネギ・スプリングフィールド」は、もう関係ないんだ。

 

「ぶぅわーゔ!(よろしくお願いします!)」

 

 

◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

こうして、英雄は少年に戻った。

 

ただ、どこにでもいる一人の男の子として、再び、前世では得られなかった生を謳歌する。そう、胸の内に秘めて。

 

しかし、世界はそんな、どこにでもある尊い願いを踏み潰す。

まるで、住む世界が変わろうとも、英雄に平穏などない。そう、言っているかのように。

 

しかし、今暫くは休息を与えよう。それぐらいは認められてもいいはずだ。

次のページは、十年後。彼が世界の無情さを痛感する日。

それまでは、一度の平穏を謳歌しようか。




・主人公の名前

主人公の名前はどうしても「ネギ」だと日本人の名前として違和感しかない為、偽名の「ナギ」の方にしました。
「わかりずれーよ」という方。安心して下さい、作者も書いてて高頻度で間違えます(^_^;)


・・・白い少年の出番ここだけだから「BL」タグなくてもいいよね?(震え声)


2016/01/12
改稿。


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過去話其之弐 "魔法"と「魔法」

1700UA&29件のお気に入りありがとうございます!!

今回は若干の鬱展開がございます。
ご覧になる際はご注意ください。


「ナギー!そろそろ出るぞー!」

「はーい!今行きまーす!」

 

お父さんに呼ばれ、急いで支度をすませる。服装、鞄、何かあった時の指輪、全部OK。よし、行ける!

 

「ごめんなさい!遅くなっちゃった!」

「ふふ。はしゃいで遅くまで起きてるからよ。楽しみだったのは分かるけど。

お父さん、ここのところ忙しかったから、こうして皆で出かけるもの久しぶりだものね」

 

お母さんは、そう言ってコロコロと笑った。それを聞きながら急いで靴を履く。

 

お母さんの名前は春原静奈(しずな)。近所にある魔法科大学付属第一高校前の喫茶店でパートをしながら家を切り盛りしてきた、我が家の最高権力者だ。

性格はとても温厚……というよりしずな先生そのままといった感じだけど、怒らせるとすごく恐い。だからお父さんもボクも、お母さんには頭が上がらないんだ。

 

「それは……仕方がないだろう? 国際テロ組織が密入国してるってタレコミがあって、休日返上で呼び出されたんだから」

「それが悪いとは言いませんけど、呑みに行く暇があったなら家族サービスして欲しかったと言ってるんですよ」

「ゔっ! そ、それは、その、情報収集で……はい、すみませんでした」

「……うふふ。冗談ですよ。私たちは分かってますから」

 

で。そのお母さんにあしらわれてるのが、ボクのお父さん。

名前は春原孝道(たかみち)。春原家七代目当主で、我が家の大黒柱。警察省特殊犯罪科魔法犯罪対策係魔法技能師部隊、通称「魔法師部隊」に勤める公務員でもある。ついでに、身体強化魔法開発ではそれなりに名を知られている研究者でもあるらしい。

 

魔法。そう、この世界にも魔法があったのだ。

と言っても、社会の裏に隠れているわけでもなく、あるいは単なる技術として知られているわけでもない。この世界の魔法の立ち位置は、その国家の"戦力"ということらしい。

尤もある程度は公開されていて、共同で魔法開発をしていたりすることもあるみたいだけど。

 

この国での魔法は、大きく分けて二つの種類があるらしい。

一つは現代魔法。もう一つが古式魔法だ。

 

現代魔法はその名の通り、最近になって開発された魔法なんだそうだ。CADと呼ばれる機械を補助具にした、高速での魔法の発動が売りみたい。

元々は百年ほど前に現れた超能力者の研究から端を発したらしく、理論的に研究・開発をしやすいことから現在の魔法の主流派となっているそうだ。

発動の方法は、イデアと呼ばれる情報の次元において対象の情報を一時的に上書きして、「影が動けば物も動く」という理論で現実の世界に影響を与える、というものらしい。お父さんからの受け売りだけど。

 

一般的には、古式魔法も理論的な面では大きくは変わらないみたいだ。

ただしこちらの方は長年社会から隠れてきた、いわゆる秘術的なものが多いらしく、現代魔法に比べて冗長な代わりに、幻術などの曖昧な現象や、現代魔法では個人での発動が難しい大規模な魔法を扱えるらしい。

また、伝統的な考え方が強く、新興の現代魔法とは仲が悪いそうだ。

春原家も、一応古式魔法の家系に数えられる。普通に現代魔法も扱うけど。

 

そうした魔法を扱う人を魔法技能師、通称"魔法師"と呼ぶそうだ。

特に、十師族という現代魔法の大家の人達は平均的に優れた力があり、社会に大きな影響力を持っているらしい。

 

……そう。魔法を扱える能力は、基本的に家系に左右される。

それ自体は、前の世界でも変わらなかった。現に、英雄と呼ばれるほど優れた魔法使いだった父さん(ナギ)の息子のボクには大きな魔力があったし、関西呪術協会の直系だった学園長やこのかさんも大きな力を持っていた。

でもこちらの"魔法"は、人によっては全く使えない。魔法演算領域っていうものがないと、簡単な魔法ですら扱えないらしい。

これは、ボクの扱っていた「魔法」にはなかった特徴だ。それだけじゃなく、物質の錬成といった向こうでは基礎に近い魔法ですら、こっちの魔法理論では"不可能な魔法"なんだそうだ。

 

「ナギ? どうしたんだいぼーっとして?」

「……なんでもないよ。ちょっと魔法について考えてたんだ」

「ふふふっ。興奮するのもわかるわ。私も昔はそうだったもの」

「そうだね。僕も初めて魔法に触れる前の晩は、色々と考えてたなぁ。血は争えないってことかな?」

 

そう。今まで伝聞系で話していた通り、ボクはまだ魔法を本格的に習っていない。今日、ようやくCADと簡単な参考書を買いに行く予定なんだ。

もちろん本格的に魔法理論を習うのは、魔法教育が認められている高校からになる。それまでは、あくまで自主勉強っていう扱いだ。

でも、ラカンさんに認められたボクの本質は「開発者」。やっぱり未知の魔法理論には興味があるし、前の世界の魔法との違いとか、その併用とかには心が躍るんだ!

 

「よし!じゃあ行こうか!」

「うん!」

 

扉を開けて、一歩踏み出す。

まだ見ぬ魔法に思いを馳せながら、ボクたちは目的地に向かって歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

この世界に来てからまず初めに驚いたことは、交通システムの発達だった。

電車は小型化されたものが無数に走り、個人もしくは少人数での利用になってて、満員電車というものはすでに過去の話になっているらしい。

電車だけじゃなく家から駅までの道も、一部ではコミューターという完全無人タクシーみたいなものが普及していた。

向こうの世界では首都に人口が一極化していて交通システムは大きく衰退していたから、これには驚いた。向こうなんて、あのままだったらあと数年で完全に機能しなくなるぐらいだったのに……。

 

「ナギー?着いたぞー?」

「あっ、うん!」

 

昔の自分の不甲斐なさに落ち込んでいると、覗き込むように声をかけられる。

そうだ。今はもう取り返しのつかないことだし、向こうに戻る手段もない。なら、落ち込んでても仕方がないんだ。

 

「ほら、ここが魔法専門店だよ」

「うわぁーー!!」

 

魔法は半ば戦力として認識されているとは言ってもやっぱり簡単に使えるわけでもなく、その必要な機器や書物は多いらしい。ここら辺は、世界を超えても変わらないみたいだ。

そういったものをまとめて売っているのが魔法専門店。CADなどの周辺機器から理論書などの参考書まで、幅広い分野が揃っているそうだ。

もちろん、CADも各メーカーの専門店に比べたら種類が少ないし、専門書なんかは普通に通販で買える。

それでもここに来たのは、ボクには必要なことだからだ。

 

「じゃあ、まずは測定を済ませてしまおうか」

「うん!」

 

そう。初めて"魔法"に触れるボクは、まずはどこまで出来るのかを調べなくちゃいけない。

もちろんそれは、年齢によっても変化する。魔法に慣れれば出来ることは増えるし、多くの人は加齢によって実用レベルの魔法力を失うそうだ。お母さんもその一人らしい。

でも、この世界の"魔法"を扱うために必要な魔法演算領域の大きさは、生まれつき決まっている。まずはそれを測定するためにここに来たんだ。

 

「すみません。予約していた春原ですけど」

「お待ちしておりました。早速始めますか?」

「ええ。よろしくお願いします」

「じゃあ、凪くんはこちらへ来てくれる?」

「は、はい!」

 

受付のお姉さんに呼ばれてついて行く。と言ってもそう奥に行くわけじゃなくて、扉を一枚越えただけだ。間の壁にはガラスも埋まっているし、向こう側がよく見える。

 

「まずはこの機械に手を置いてー……うん、そのままね。

次は、あの丸い機械をよーく見て。細かいところとかどこにあるのかとか、目を瞑っても思い浮かべられるようにね」

「はい」

 

言われた通りに手を置いて、その機械をよく観察する。

 

「大丈夫? それじゃあ、あのランプが赤く光ったら、測定を始めるわね?

使う魔法は、加重系単一魔法。準備はいい?」

「大丈夫です」

「OK。カウントするわよ。3……2……1……始め!」

 

ランプが黄色から赤色に変わると同時に、(てのひら)を置いている機械(CAD)から固められた魔力の塊が送り込まれてくる。これが起動式かな。

それを、逆らうことなく意識の底に送り込んでいく。その先にあるっていう、魔法演算領域に届くように。

もちろんそれだけに意識を奪われることなく、測定機械を見て、その情報を余すとこなく拾い上げるように意識を集中し続ける。

 

「行けっ!」

 

何かが抜けていく感触とともに、その抜けたものを操って機械の情報を塗りつぶすようにイメージする。

一拍置いて、ランプが緑色に変わった。

 

「はい。よく出来たわね。次も行ける?」

「はい!」

 

その後、似たようなことを何回かやって、ランプが変化しなくなったところで終了。ボクはガラスの前のお父さんのところに戻ってきた。

 

「お疲れさま。最初からできるなんてすごいなぁ。僕は初めはさっぱりだったよ」

「うん。でも、なんか上手くいった気がしないんだけど」

「最初はそんなものさ。特に春原家は……ね?」

 

春原家。

その言葉が示す意味は、ボクの手の中にある評価書に書いてある。

 

『魔法の発動に難あり。特に、起動式の処理と対象情報体(エイドス)の情報把握に欠如が見られる。

簡易総合評価ランク : D』

 

そう。春原家は、魔法を伝える家系としては落第だった。

 

普通、古式魔法の家系だとしても、現代魔法を扱えばそれなり以上の結果は出せるらしい。ボクやお父さんみたいに、魔法を伝えてるのに現代魔法がからっきしというのはかなり珍しいそうだ。

 

加えて言うと、伝えてきたという魔法も、その多くが失伝している。正確に言うと「暗号化されてて読めない」だけど、使えないんだから大して変わらない。

二百年以上前、外国から来たという「化け物」を追ってきたご先祖様がこの地で封印。その謝礼としてかなり広い土地を貰い、封印の維持のために定住するようになったのが春原という家の始まりだ。

しかし、初代の春原魔技(マギ)は地域の住民との融和を優先して、封印の維持に必要な術式以外を、次の世代に教えずに暗号化して遺した。ただでさえ赤毛の外国人だというのに魔法まで伝えてるとなったら、この地でやっていけないと思ったんだと思う。

 

そうして、「ほぼ魔法を使えない魔法使いの家系」が誕生した。

 

「まあ、僕みたいに身体能力強化に絞ってもいいし、これからやっていくにつれて何か得意なことができるかもしれないからね。そこまで落ち込まなくて大丈夫だよ」

「うん」

 

正直に言うと、僕には向こうで覚えた「魔法」があるから、こっちの"魔法"が使えなくてもそこまで困らない。魔法師ランクは低くなるけど、自衛という意味ならあっちの「魔法」を使えばいいしね。

でも、それは誰にも言っていない話。それに、研究者という面では軽く落ち込んでいる。やっぱり、自分で出来るのと出来ないのじゃやりやすさが変わるから。

 

「じゃ、先にCADを見ておいで。僕はしずなの所に行って教科書を選んでくるから」

「分かった、また後でね」

 

手を振ってお母さんのところに行くお父さんを見送って、ボクもCAD売り場に向かう。まずは、目の前のできるところから始めなくちゃいけないよね。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「うーん……。どれがいいんだろう?」

 

暫く悩んでいても、まだほとんど何も知らない自分では答えが出せず、ただただ頭をひねるばかりだ。

ボクの目の前には、様々な形の機械が置いてある。

銃のようなもの、携帯端末のようなもの、腕輪のようなもの、ちょっと変わった形のもの。しかも、それらがメーカーごとにそれぞれあるんだから、何がいいのかさっぱり分からない。ちょっと昔の携帯屋さんを思い出した。

 

「どうしたの、ナギ?」

「あ、お母さん」

 

暫く悩んでいると後ろから声をかけられて振り向くと、両手に紙袋を持ったお父さんとお母さんがいた。

……紙袋の中身をちらりと見ると、「基礎魔法幾何学入門」とか「初心者のための魔法理論」とかみたいな、いわゆる入門書の中に混じって、「よく分かる!発展型身体強化魔法と魔法併用戦闘!」とかいうのがあった。お父さん……自分の本があって嬉しいのは分かるけど、ボクは一応初心者なんだよ?

 

「実は、CADってどれがいいのか分からなくて」

「あー。まあ、最初は分からないよね。戦闘方法が決まってくると、あとはメーカーを選ぶだけなんだけど」

 

……まさか、戦闘方法は決まってるなんて言えないや。

 

「例えば、これみたいな小銃型は、銃身部分に照準補助装置がついてるんだ。だから、狙いをつけるのが下手な人とか精密な魔法が必要な時に使われる。

それに対して端末型は、補助装置がない代わりに持ち運びがしやすいのが特徴かな。起動式の展開補助機能がついてるのも多いから、狙いはいいけど魔法の構築が下手な人とか身分を隠したい人が使うね。

最後は腕輪型だね。これは両手が塞がらないから、他に武器を併用したり、僕みたいな素手での戦闘をしたりする人が好むタイプだ。特別な機能はあまりないけど、基本的に頑丈さは優れてるんだよ。

他にも色々あるけど、スタンダードなのはこの三つかな?」

「へぇ〜」

 

やっぱり、現役の実戦者の解説はわかりやすい。それに、欲しい形も決まった。

 

「どう?何か気になるのはあったかい?」

「うん。腕輪型にするよ」

「「……え?」」

 

ボクが即答したのに驚いたのか、二人がびっくりした声を上げる。

でも、ボクの基本的な戦闘方法は「魔法拳士」。古老師に教わった中国拳法を無駄にしないためにも、それはこの世界でも変えるつもりはないんだ。

 

「……そうか。なら、後はメーカーをどれにするかだな」

 

 

 

 

 

——そう言葉を区切って各メーカーの説明に入ろうとしたところで、事態は急変した。

 

 

 

 

 

パァン!!と、鋭い炸裂音が響く。

 

危機感が警鐘を鳴らし、それに従ってその音の方向を見ると、そこにいたのは血溜まりを作って倒れ込む女の人。そして、重厚そうな長銃を構えた男だった。

 

——あの銃はまともな銃じゃない。対人仕様にしては、明らかにオーバーキルな大きさだ。

——多分、対魔法師用のハイパワーライフル!

 

「き、きゃあああ!」

(うるさ)ぁぁい!!お前らみたいな奴がいるから、オレは、オレはぁぁあっ!!」

 

倒れた女の人の子供なのか、顔面を蒼白にして叫ぶ女の子に対し、男は再び引き金を引いた。

男が動転していたからか、幸いなことに直撃はしなかったようだけど、女の子は衝撃波で気絶して血の海に倒れ込んだ。

それでも男の気は済まないのか、狂った様子ながらも女の子に銃を向ける。

 

「くそっ!」

 

流石にそれを見て驚愕から舞い戻ったのか、お父さんが慌てて魔法を使う。

とは言っても春原の魔法師であるお父さんは、普通の魔法師のように襲撃犯自体を吹き飛ばしたり、頭を揺らして気絶させることはできない。唯一得意としているのは、自分の身体を扱うことだけ。

だけどここからでは、障害物はないけど少し距離がある。普通に近づくのでは、まず間に合わない。

 

 

それでもどうにかできるからこそ、お父さんは特殊部隊にいられるんだ。

 

 

フォン、と空気の揺れる音すると同時に、襲撃犯が透明な何かに勢いよく吹き飛ばされる。

——無音拳。向こうでタカミチが得意としていたそれを、お父さんは魔法で再現して見せたのだ。

魔法としては簡単な部類だ。腕を加速・移動系複合魔法で高速で動かすだけ。収束系は使わず、拳圧だけで砲弾を作る。

と言っても、魔法としてではなく身体的な技術としてかなり高難易度らしく、公開しているにもかかわらず未だに他の使い手の現れない技術でもあるらしい。

しかし、その威力は折り紙付きだ。

 

「これで……っ!??」

 

——だからこその油断もあったのだろう。まさか、防御魔法や防具なしで直撃して、意識を保っているとは思わなかったようだ。

ただ、男も体を起こすのが精一杯な様子。しかし、銃口はしっかりとこちらを向いていた。

 

そう。"ボク"に向いていた。既に引き金に手をかけた状態で。

 

(まずい、撃たれる!

解放(エーミッタム)!曼荼羅障壁・か…い……!?)

 

正直に言うと、止められる自信があった。

例え普通の魔法師の障壁を突破できるハイパワーライフルだとしても、龍宮隊長の電磁狙撃銃(アーティファクト)には遠く及ばない。なら、自分の障壁を貫けるわけがない。

展開速度も、(ディ)(レイ)(・ス)(ペル)の解放で充分間に合う。そう確信できていた。

 

 

(………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?)

 

 

果たしてその自信は正しく、現にボクの障壁は貫かれなかった。動揺こそしたものの、今も五体満足でここにいる。

 

——じゃあ、なんで動揺なんてしたんだ?

 

——じゃあ、なんでアカイ血が流れてるんだ。

 

 

——そして、目の前に倒れているのはダレなんだ……?

 

 

「お、とう、さん……? おかあ、さん……?」

 

 

「は、は、ははははっ! オレの邪魔をするからそうなんだよ!! 仲良く胸に穴を空けてお寝んねかぁ!?この腐れ魔法師がっ!!」

 

視界の片隅で男が立ち上がったような気もするが、そんなことは知らない。何事かを大声で叫んでいるが、全く聞こえない。

 

 

今、ボクの目の前にあるのは、

 

両親(ふたり)が自分を庇って死んだ』

 

その、変えられない事実だった。

 

 

「う、嘘、だよね……? 生きてるんだよねっ!??」

 

手を伸ばして触れてみても、ピクリとも動かない。

胸に空いた大穴からは、生命が喪われていることをボクに示すかのように、とめどなく赤い液体が流れ出している。

 

「ぅ、あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

なんでボクは、「魔法」を使えることを教えてなかった!? 二人が知ってたら、ボクを庇うこともなかったのに!!?

ナンデボクは、"魔法"なんかを習いたいなんて言ったんだ!?ほんの少し興味を抑えてたら、コンナトコロに来なかったのに!!?

 

ナンデ、ナンデ、ナンデ。頭の中がそれ一色になっていく。

自責の念と、理不尽さと。ゴチャゴチャになった心が、遠い記憶を呼び起こした。

 

————燃え盛る村。石化した村人。徘徊する悪魔。未熟な自分。そして、自分を庇って石になる老人。

 

ぞわり、と、心の中で何かが動いた。

 

「うるせぇな!テメェも天国のパパとママんとこに連れてってやるよ!!」

 

…………アア。ソウダ。コイツガ殺シタンダ。

オ父サンヲ。オ母サンヲ。

ヤット手ニ入レラレタ、ボクノ平凡(シアワセ)ヲ。

 

《………死ね。死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネッ!!》

 

 

溢れ出すその(くら)い魔力は、しかしまるで手足のように扱える。

 

それは当たり前。だってそれは、ボクとずっと一緒にいたんだもの。

 

今更怖がることもないし、恐れることも、拒絶することも、目を逸らすことも、そんな必要、どこにもない。

 

(コレ)はボクの一部。(コレ)があることは自然なこと。

 

ならば、再び受け入れよう。その上で飼いならそう。

 

闇は全てを飲み込み、それ故に闇なのだから。

 

 

一瞬の停滞もなく、自らの身体が置き換わっていく。

ヒトを離れ、バケモノになるその道を、しかし拒絶することなく受け入れていく。

今更躊躇(ためら)うことはない。だって、それが"ボク"なんだから。

 

闇の(マギア)魔法(エレベア)……」

「な、なんなんだよっ!?なんなんだよテメェはっ!??」

 

何発も何発もハイパワーライフル弾を乱射する男だけど、その程度じゃ障壁は小揺るぎもしない。

 

「…………」

「く、来るなっ! 来るなぁっ!??」

 

ボクは見せつけるようにゆっくりと立ち上がり、一歩、また一歩と足を進める。当然、流れ弾が出ないように周りを見て。

 

そうして男の前まで来ると、既にカチカチという音しか鳴らしていないライフルを()()()。袋から出したばかりの紙粘土を曲げるかのように、簡単に。

 

「……殺しはしません。運が良ければ、普通の生活に戻れるでしょう。

でも……」

「ひ、ひぃっ!??」

 

腰を抜かしてへたり込む男の胸元を掴んで立ち上がらせると、胸のうちから湧き出る殺したいという衝動を抑えながら、ナギはこう告げた。

 

 

「死ぬほどやりますから、頑張って生きてください」

 

 

◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

通報を受けた警察が到着すると、そこにはボロ雑巾のようになった男と、一組の夫婦の死体の前で目を伏せる少年の姿があった。

 

死者三名。うち一名が現役の警察官、それも特殊部隊所属の有名人だった。

容疑者は全身のほとんどを骨折に加え重度の火傷を負っていて、奇跡的に一命を取り留めこそしたものの健常に回復する見込みはほぼゼロ。

男の動機は、行き過ぎた反魔法思考。容疑者は反魔法を掲げる世界規模の過激派カルト宗教に属しており、それがテロ行為に及んだ原因とみて間違いがなかった。

そして、警察の頭を悩ませたのは、容疑者にそこまでの重傷を負わせたのが僅か10歳の少年だったことだ。

 

最終的に、警察は容疑者の現状を伏せて事件の詳細を公表した。下手に公表すると、反魔法師運動を助長することになりかねないからだ。

その場に居合わせた魔法師にも箝口令(かんこうれい)が敷かれ、事件の顛末は闇に葬られた。

 

しかし、人の口に戸は立てられない。

犯人を半殺しにしたのが少年であることは、背びれ尾ひれを付けて瞬く間に広がっていった。




『ネギ君はこんなことしない!』と思う方もいらっしゃるでしょうが、目の前で親を殺された為としてください。
むしろ、侵食が進んでたとはいえ、ゲーデル総督に言われただけで暴走したぐらいでしたから、目の前で殺されてもこれくらいで抑えられる程度には飼い慣らしたんだなぁ、という感じで。

改編済みの話に関して、特に説明がない場合、ネギまの魔法を「魔法」、魔法科の魔法を"魔法"と表記します。会話文の中では、「」→『』となります。
分かりづらくて申し訳ございませんが、そういうものだと心の片隅にでも置いておいて頂けると幸いです。


2016/01/14
全面改稿。



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過去話其之参 Your name is...

「……はい。ええ。では、そのように」

 

執務室と思われるその部屋には、一人の男がいた。

年齢は三十後半から四十前半ぐらい。八:二で分けた黒髪と、室内にもかかわらず着けている濃い黒色のサングラスが特徴的な男だった。

しかし、傍目からは窺い知れないが、その左目の瞳孔は僅かにも動かず焦点が合っていない。それを考えると、サングラスはそれを隠すためのようであった。

それもそのはず。男の左目には、再生医療が発達した現代においてはかなり珍しい義眼が入っている。まるで何かの贖罪であるかのように、周囲になんと言われようともその目を治すことはなかった。

 

「師族会議の方はこれでいい。各研究所にも根回しはした。

これで残るは、本人に会うだけか」

 

その男の目の前のモニターには、とある資料がまとめられている。

一般に報道された情報から、明らかに機密資料と思われる詳細な映像まで。男が各方面に手を回して手に入れたそれらは、先日ナギが遭遇した、そしてナギの両親が亡くなった、あの事件のものだった。

 

「………………」

 

男はパネルを操作すると、ある映像ファイルをクリックする。

流れ始めたそれは、あの魔法専門店の監視カメラの映像だった。

 

覆面をかぶった男が押し入り、出入り口の近くにいた女性に向けて発砲。女性は腹から血を噴き出して崩れ落ちる。

突然の凶行に店内の時間が止まる中、襲撃犯は泣き出した女性の娘に向かって再度発砲。当たりこそしなかったものの少女は気絶し、母親の死体に重なるように倒れ込んだ。

そこで、店内にいた男の一人が襲撃犯に向かって攻撃。襲撃犯は出入り口まで吹き飛ばされたものの、意識は健在で、攻撃した男の息子らしき人物に銃口を向ける。

 

「ここからだ」

 

画面を見ていた男はそこで一時停止すると、スロー再生のボタンを押した。今世紀初頭ではスーパースローと呼ばれていたそれのように、映像がゆっくりと流れ出す。

 

襲撃犯の狙いに気づいた子供の両親は、庇うように射線に割り込む。しかし、魔法障壁を貫けることを目的に高威力化しているハイパワーライフルの弾の前では無力で、その胸に穴を空けてもなお、銃弾は少年を向けて突き進んでいく。

しかし、充分な威力を持っているはずの銃弾は、少年を貫くことはなかった。途中で人に当たることで軌道が変わったわけではなく、少年が張ったと思われる魔法障壁に防がれたのだ。

 

そう。ここがおかしい。

この少年が、この日初めて魔法に触れたことは"知っている"。この店の検査記録にも残っていた。

しかしこの少年は、途中二人を貫いたことで威力を落としていたとはいえ、ハイパワーライフルの銃弾を受け止められるだけの障壁を、銃口が向けられていることに気づいてからのごく僅かな時間で張っている。その上、CADや呪具による補助などなしでだ。

仮に、『春原家』にはほとんど魔法が残っていないことは置いておいて、これだけの強度を持つ古式の障壁を扱えたとしよう。それでも、CADも呪具による補助もなしにこの速度で障壁を張ることなど、障壁特化の十文字家でも不可能だ。

それはつまり、現代魔法師の誰もが不可能であるということ。CADを使えば同じことは可能かもしれないが、CADなしの発動速度という面では世界最速と言ってもいいだろう。

 

「そして、極めつけがこれだ」

 

考察をしている間に進んでいた映像は、少年がゆらりと立ち上がったところを映していた。

 

画面の中に映る少年からは、闇色の光が噴き出している。底などないかのように溢れ出し続けるそれは、キルリアン・フィルターによって可視化されたサイオン、()()()だ。

 

そう、このサイオンらしきものにも説明がつかない。

確かに、サイオンの性質は人によって個人差があり、余剰サイオン光やキルリアン・フィルターによって可視化した色は個々人で異なっている。

しかし、それでもあくまで"光"なのだ。黒を通り越して闇色になるなど、光の三原色の定義に喧嘩を売っている。

また、その量もありえないほどに多い。魔法専門店ということでサイオン波の遮断率は99.9%を超えているのに、店の前のサイオン波検出装置に反応が出ている。そこから推測されるサイオン放出量は、平均的な魔法師の100倍近くにもなるだろう。

 

「だが、直前の検査記録では特に特徴的なものはない。少し平均よりかは下回るが、実に平々凡々な結果だ。

となると、やはり感情の暴走による一時的なブーストと考えていいか」

 

感情と魔法力には、密接な関係があると推測されている。少しでも魔法の存在を疑えば魔法力は大きく下がり、逆になんらかの原因で興奮状態になり、精神活動に関わりがあるとされる霊子(プシオン)の活動が強まると魔法力も高くなる。

つまり、目の前で両親が殺されたことによって、いや、最初の女性が死んでいる場面を見たことによって精神が暴走し、火事場の馬鹿力的な強化がされたことで一時的にこれだけの魔法力を得たと推測できる。

 

「……とはいっても、ライフルを曲げたことに関しては、どう説明したらいいものか……」

 

なにせ、まるで熱したガラスでも扱うかのように、ぐにゃりと曲げているのだ。

しかも、通常のライフルですら不可能と言えるのに、曲げられているのはそれよりも強度が高く作られているハイパワーライフルなのだ。呆れて天を仰いでも仕方がないだろう。

 

「……まぁ、()()孝道の息子だ。身体強化系に適性があってもおかしくはないか」

 

男は映像を止めると、一つの画像をスクリーンに映し出した。

 

事件の資料とは別の場所からクリックされたそれは、一枚の画像ファイル。

そこに写っているのは、面倒臭そうな顔をした眼帯の学生と、同じ服を身に纏って肩に腕を回している、一人の少年の姿だった。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

「………………」

 

ナギは、いつもと同じ時間、いつもと同じように目を覚ました。

いつもと違うのは、もうこの家には一人しか住んでいないということだけ。

 

「…………はぁ」

 

目を覚ましたはいいものの、ぼーっと天井を見上げたまま起き上がらない。その姿には、気力というものが感じられなかった。

無理もない。恨みや怒りなどの負の感情は受け入れられても、この胸にぽっかりと空いた喪失感だけは飼いならすことはできないのだ。

 

「…………学校行かなきゃ」

 

行く必要などない。まだあれから四日しか経ってないのだ。忌引き期間中だし、逆に行ってもいろいろ気を使わせて迷惑だろう。

だけど、この家にいてもやることがない。自分でやらなくてはいけないことは昨日までに済ませてしまったし、この家にいても喪失感が強くなるだけだ。なら、学校に行って少しでも気を紛らわせていたい。

 

「…………ああ、後見人が決まってないと行けないんだっけ」

 

やり残したことといえば、それぐらいか。

十数年前の戦争のせいで、春原家には親戚がいなかった。そのため、まだ僅か三日ではあるが、未だに後見人が決まっていない。いや、そもそも後見人という形をとるのか、養子に貰われるのか、はたまた孤児院に送られるのかすら決まっていなかった。

しかし、それを決めるのに自分の意思は関わっていない。

春原家は魔法を伝える家だ。形式上一応は聞かれるだろうが、国益のため、もしくはどこかの家のために決まった道筋を辿ることになるだろう。

 

「…………この家、どうしようかなぁ」

 

思い入れがないわけではない。両親やご先祖様が大切にしてきた家なのだから、遺していきたい気持ちもある。

しかし、この家は、独りで住むにはあまりにも広すぎる。

それならば、いっそのこと放り出してもいいかもしれない。ここであった平凡(しあわせ)な生活を忘れて、心機一転新しい土地に赴くのだ。

 

「…………ああ。そういえば、『バケモノ』が封印してあるんだっけ」

 

思い出すのは、離れにある魔法陣のこと。父親が定期的に管理していて、まだ入ることの許されなかったあそこに眠る存在のこと。

そういえば、管理するための魔法をまだ教わっていなかった。二百年近くも維持し続けてきた封印なのだ、手入れをしなければそのうち外れてしまうだろう。

 

そう考えていると、ふと、あることを思いついた。

つい先日までだったら、思いもつかなかったこと。特に父親なんかに話したら、大目玉を喰らうこと間違いなしの案だった。

 

(…………いっそのこと、解いちゃおうかな)

 

もし『バケモノ』が話ができるなら、少しは気がまぎれるかもしれない。そんな考えが浮かんでしまうほど、孤独というものに追い詰められていた。

もちろん、それが本当にどうしようもない存在だったなら、その時は倒してしまえばいい。吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)の紛い物である自分を上回る"バケモノ"など、そうそういるはずもないのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

"思い立ったが吉日"をこれ以上ないぐらいに歪曲解釈して離れへとやってきたナギは、そこに描かれている魔法陣に既視感を覚えた。

 

「これって……確か、上級封印魔法?」

 

所々アレンジしている形跡はあるが、間違いない。かつていた世界の「魔法使い」が使用していた様式に則って描かれている。

まさか、と思い一旦部屋に戻って紙とペンを取ってくると、奥の棚に山積みにされている羊皮紙を手に取った。何百年も解読できずに放置されていたそれは、しかし手入れはしっかりとされていたのか、読むことに支障はなかった。

 

「ギリシャ語……ううん、そこからラテン語に変換して……要らない韻を消して、違う、取り出すのか」

 

二百年にも渡って六人の当主の頭を悩ませ続けてきた暗号を、僅か10歳の少年がすらすらと解いていく。傍目から見たら、目を疑う光景だ。

しかし、これはズルを使っている。人生経験の問題ではなく、途中式の段階で自分の知る「魔法」の中から解答を推測し、そこから逆算しているからこそ出来る芸当だった。

 

「…………」

 

黙々と机に向かうナギの目に、事件後初めて色が戻った。

最初は、難しい問題が解けた学生のような、ほんの少しの高揚感だった。それでも、学術的な興味も手伝って、次々と積み上げられた暗号を解読していく。

 

「………………………………え?」

 

しかし、パターンも掴めてきてもはや筆記の必要もなくなってきた頃、ある羊皮紙を手に取り読んだ瞬間に、その興奮が一瞬で冷めた。

まさか、という困惑と驚愕を顔に貼り付けながら、ペンを手に取り、何度も、何度も、飽きるぐらい解きなおす。一つの見落としもないように、正確に、別解がないか探しながら。

 

「う、そ……でしょ……」

 

『それ』は、初代の手記だった。

それ自体におかしなところはない。似たようなものはこれまでにも何枚もあった。

しかしこれは、今までのものとは違う。

書かれているのは、この国に来ることになった経緯。そして、自分の追ってきた『化け物』が如何なる存在か、その説明。

その、(おそ)れに満ちた二つ名の数々に、ナギは聞き覚えがあった。この世界ではなく、『向こうの世界』で。

 

「っ!!」

 

"それ"を認めてからの行動は早かった。

ナギは紙の山から飛び出すと、一目散に魔法陣に噛り付いてその構成を解析する。

 

(単層封印じゃない……多分四層! 最初の術式の周りに接続する形で加えられてるけど、一気に全部は解けない。なら力技で……え? これって、地脈暴走魔法!? 禁止指定の大禁呪の一つじゃないか!?)

 

たとえ前の世界であっても、本来なら複数人数が何ヶ月もかけて解いていくような代物を、高速で頭の中で分解・再現していくナギ。その手順には淀みなく、一種の芸術と見まごうほどだった。

 

しかし、それは至極当然なのだ。

彼は、その開発力で『本物』の領域に足を踏み入れた。それも、大国の軍事部が数年がかりで開発するような大魔法を、たった一人で、それも限られた時間で複数個も開発して見せた、史上稀に見る大魔法使いなのだから。

その大天才にかかれば、多少アレンジが加えられているとは言っても所詮(しょせん)は前時代の遺物。手間取ることなどほとんどなく、結論に達した。

 

「……一部の解呪は可能だけど、完全解呪には時間がかかる。たぶん、十数年ってところかな……」

 

厄介なのは、地脈に接続している地脈暴走魔法だ。

地脈という燃料を起爆させるための信管というべきこの魔法は、下手に直接干渉したり、無理やり術式を壊そうとすれば即座に起動し、辺り一面を吹き飛ばすだろう。詳しく調べてみないと誤差があるかもしれないが、地脈の規模から言って半径5kmは間違いない。

ならそれに触れないように、と考えるかもしれないが、それも出来ない。四つの封印術式それぞれの解除とともに地脈に沈み込むように術式が組まれていて、一つならまだ大丈夫であろうが、二つ以上解除しようものなら大爆発につながるのは目に見えていた。

結論としては、一つだけ封印術式の解除を行い、数年後、地脈自体の圧力で起爆術式が浮かび上がってきた際にまた一つ封印を解くぐらいしかできないだろう。被害を無視すれば今すぐにでも封印は解けるが、自分も、そして封印の(あるじ)もそれを望むはずがない。

 

「……ふー。よしっ!

我、"SP(シム・クィ・エ)RINGF(レディターレ・)IELD"(ブラッドリーネ)の血統を受(・スプリング・)け継ぎし者(フィエルデース)

その秘(シオ・マニトゥ)技の偉(ディネム・オク)大さを(ルトゥス・エラ)理解し(ット・アールス)されど(セッド・シ)その封(ム・クィ・)の紐を(コナントゥ)解かん(ル・エクソ)とする(スルェレ・)者なり(シジールム)!」

 

目を閉じてナギが謳いだすと、部屋の中央に位置する魔法陣の、さらに中央が光り輝く。

 

今唱えている呪文が正しい解除の呪文なのか、それは定かではない。いや、むしろ異なる可能性の方が高いだろう。正しいものだったら、キーワード一つで解呪できるのかもしれない。

しかし、そんなことは関係なかった。これで解除できる可能性があるなら、一刻も早く解除したかった。少なくとも、無数にある羊皮紙の中から解除の呪文を探すよりかは、圧倒的に早く終わることは確実なのだから。

 

 

我は(エゴ・シム)光射(・クィ・ア)す道(ンブラーレ)を歩(・ヴィアム)む者(・ルーキス)(エト・)(インナ)(ヴィタ)(ンテス)(・クッ)(ドレッ)(ド・エ)(ト・オ)(ブスク)(リース)!」

 

 

ナギの扱う、そして「魔法使い」が扱っていた「魔法」にも、きちんとした理論はある。

しかし、何をおいても最も重要なことはイメージ力だ。詠唱とは、あくまでそのイメージを固めるための補助をしているに過ぎない。

確りとしたイメージさえあれば詠唱など必要ないし、同じ詠唱でも集中力によって威力が変わることもよくあることだった。

 

 

人と魔(ナム・フトゥー)の未来(ラ・オーミニム)のため(・エト・モンス)、今再(トラ・リブー)び時を(ト・スタビレム)刻もう(・オロロジウム)!」

 

 

ならば、例え間違った呪文であっても、確りとしたイメージさえすることができるのなら、多少の劣化はあれどその効力は発揮される。そして、(ふういん)を解析したナギが、その鍵をイメージできないはずがなかった。

故に、ナギは謳いあげる。自らの在り方を、封印の主に与えられるものを。それこそが、封印を解くための目的なのだから。

 

そして、最後の一押しを、躊躇うことなく解き放った。

 

 

 

(ベネ)(ディ)(クシ)(ョネ)(ム・)(ダビ)(ス・)(プエ)(ーラ)(エ・)(クゥ)(アエ)(・カ)(プタ)(・ア)(エタ)(ーナ)(エ・)(ソリ)(トゥ)(ーデ)(ィニ)!」

 

 

 

魔法陣から溢れ出す光が決壊し、視界を白く塗りつぶす。

あの墓守人の宮殿を思い出す濃密な魔力は、二百年の時をかけて地脈から溜め込んだものであろう。それが一気に噴出されたことによる衝撃に、抵抗も虚しく押し倒された。

 

数秒が経っただろうか。周囲に満ちた魔力が少し薄れてきたような気がした。

 

「……むぐっ!?」

 

周囲を確認するために起き上がろうとすると、何かが顔の上に乗っている感触がした。しかも、すべすべとした、とても柔らかいものが。

 

「……お? 封印が解けたのか。……ん?子供?」

 

しかも、頭上から少女の声が聞こえてくる。鈴を転がすような音に似合わず、どこか老成した雰囲気を醸し出した、とても聞き覚えのある声が。

 

「おいお前。一体どういう状況だ?」

「むーー!!んぐーー!??」

「んっ! お、おい!? 暴れるな!」

 

酸欠でカーっと頭に血がのぼり、クラクラと意識が遠のいてきたところで、ようやく顔上の人物がどいてくれた。

 

「はー、はー、はーっ……」

「おい。大丈夫か?」

 

酸素を求めて荒がる息を吐きながら、視線を上げる。そこにいたのは、齢10歳ぐらいの少女だった。

金砂のようなサラサラした髪に、陶磁器のように白い肌。エメラルドのような碧眼に、端正に整った可愛らしい顔つき。一見すると人形のようにも見えるが、氷のように透明な声がそれを否定している。

 

しかし、ボクは知っている。

彼女は、見た目通りの年齢でもないし、か弱い少女などでもないことを。

寧ろ、世界屈指の戦闘能力を持つ、"本物"の魔法使いの一角であることを。

 

 

 

 

 

「さて、では改めて、これはどういう状況なのか教えてもらおうか?」

 

 

 

 

 

そう言って。

彼女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、唇を妖艶に吊り上げた。

 

 

◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

——彼の者は、闇に生きる者、魔を統べる者——

 

 

——その側に控えるは、命持たぬ人形(ヒトガタ)の軍——

 

 

——歩く道々に屍の山を築き上げ——

 

 

——遺された女子供は泣き惑い、氷の大地で途方に暮れるのみ——

 

 

——星の数の悪名と、それを超える悪事を行い——

 

 

——千の魔をあしらい、万の人間を食い潰し——

 

 

——悪の限りを尽くした、最強の魔法使いにして、最凶の吸血鬼——

 

 

 

——人形使い(ドールマスター)不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)、悪しき(おと)(ずれ)禍音(かいん)の使徒、(わらべ)姿(すがた)の闇の魔王……(ダーク)(・エ)(ヴァン)(ジェル)、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル——

 

 

 

…………春原家初代当主春原魔技、あるいは英国の魔法使いマギ・スプリングフィールドの手記より抜粋。




呪文はテキトーです。韻も踏んでません。
Google先生に手伝ってもらいましたが、間違っていたらご連絡ください。


2016/01/18
改訂。


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過去話其之肆 かつての英雄、今は少年

「さて。では改めて、これはどういう状況なのか教えてもらおうか?」

 

その幼い容姿に似合わない妖艶さで、こちらに向けて笑いかける彼女。

微笑むというよりも口を歪めるといった表現が近いものではあるが、ボクの体が子供のそれであるからか、手を出す様子は見られない。尤も、いつまでも黙っていたらその限りではないだろうけど。

 

「…………………………」

 

しかし、それでもボクは口を開くことができなかった。

 

手記に書かれていたとはいえ、本当に封印されていたという驚愕。

例え別の世界とはいえ、繋がりをもつ存在に出会えたという安堵。

 

それらの要因もなくはないが、それを上回る感情は……

 

 

「どうした? パクパクと金魚のように。いい加減答えてほしいんだが……」

「ふっ、服を着てくださーいっ!??」

 

 

……素っ裸で、しかも手で隠しもしないその肢体を見たことによる、恥ずかしさだった。

 

「……ほぅ? 私のこの貧相な体に興味があるのか? ませているな、少年?

残念だが、服は見当たらないようだ。ほら、役得と思ってじっくりと見たらどう——」

「なら取ってきまーーーすっ!!」

 

笑みをサディスティックなものに変えて近寄ってくる彼女から、瞬動もつかって一気に離脱する。

あの顔は絶対、弄ってやろうってやつだ! 捕まったら何されるかわからない!

 

なんとか捕まらずに自分の部屋にたどり着いて、クローゼットの中から一つのダンボール箱を取り出す。この中には、女の子向けの服が詰まっているのだ。

女の子のいないこの家で、これらを着たのはボクだった。なんでも、お母さん曰く「せっかく似合うんだから、着なくちゃ損よ」とのことらしい。なんでボクの周りの女性は、こうもボクを女装させたがるんだろう。

 

恥ずかしい過去と少しの寂しさを思い出しながら、離れに向かって再び走り出す。

そして数十秒後。離れに戻ったボクの目に飛び込んできたのは、部屋の奥の紙山に四つん這いになって目を落とす、彼女の後ろ姿だった。当然、柔らかそうなお尻も丸見えだった。

 

「〜〜っ!?? エ、エヴァンジェリンさん!! 服を取ってきましたーーっ!!」

「ん?ああ。それでお前、これなんだが……」

「ボ、ボクは外で待ってますね!!」

 

見ちゃいけない部分が見えそうで慌てて目を逸らしながら、近寄って箱を渡して、そのまま部屋を飛び出した。

……そういえば、あの時顔に乗ってたのって、おしりと……煩悩退散!煩悩退散!! ……でも、柔らかかったな……

 

「……おい、もういいぞ」

「……はっ!は、はいっ!!」

 

恐る恐る扉から覗き込むと、きちんと服を着ていてくれた。

桜柄の着物を上に着て、それだけでは丈が足りなかったのか下にスカートを穿いている。数年前にボクが着た時にミニ丈だったんだから、仕方がないかな。

 

「中々いい生地を使ってるな、気に入ったぞ」

「あ、ありがとうございます……?」

「で、本題だ。貴様は一体何者だ?」

 

それまでの上機嫌な様子から一変、ボクに鋭い視線を向ける彼女。その瞳には、先程までの慈悲の色が見られなかった。

 

「さっきまでは、偶々巻き込まれただけのただのガキだと思っていた。

だが、それにしては妙な点が多すぎる。例えばこれだ」

 

そう言って、一枚の紙を拾い上げる。それは、ボクが解読した、彼女の存在が書かれた部分だった。

 

「まず、お前みたいなガキがこのレベルの暗号を解読できている時点でおかしい。私も見たが、ノーヒントなら一国の暗号解読班が数年かかってようやく分かるレベルのものだ。子供が、しかもたった数回で完璧に解けるものじゃない。

そして、私の悪事(こと)が書かれていると何度も解読しているのに、お前は一切私を恐れていない。普通なら、腰を抜かして倒れこんでもおかしくないだろうに」

 

そうなると、と言って、彼女はこちらを睨みつける。

 

「そうなるとだ。貴様は私の封印を"わざと"解いたとしか思えん。なんの目的があったかは知らんが、何かしらの理由があって、悪の()魔法()使い()を呼び出したとしかな。違うか?」

「……いいえ。その通りです」

 

伊達に何百年もの月日を生きていないということだろう。まさか、この僅かなヒントからそこまで分かるなんて。

 

「……貴様、人間じゃないな? ちょっと手を貸せ!」

「え?あ、ちょっと待ってください!」

 

突然腕を引っ張られ、バランスを崩す。慌てて踏ん張ったけど、自分の手がすべすべとした手に包まれているのが分かり、少し顔が赤くなる。

けど、それも一瞬のこと。その小さな手から微弱な魔力が流れ込んできているのに気がつき、何をしようとしているのか理解した。ソナーのように、魔力の反響で相手がどんな存在であるのか把握しようとしているのだ。

もちろん、それは誰にでもできることじゃない。ボクにやれと言われてもできないだろう。魔力の感受性とか、帰ってきた魔力から構造を再構成する構成力とか、そこから消去法で見分けられる経験とか、恐らく、エヴァンジェリンさんだからこそできる芸当だ。

 

「……これ、は……まさか、貴様!」

「はい。闇の魔法(マギア・エレベア)です」

「…………」

 

絶句。あまりの衝撃に動きが固まり、驚愕の表情で静止している。

無理もない。自分しか使い手がいないと思っていた技術を、封印されて何年も経った先で、年端もいかないように見える子供が使っていたのだ。しかも、それによって人から堕ちてまで。

自分でも同じようになると思うし、何もおかしいところはない。

 

「……貴様、一体幾つだ……?」

「戸籍上は、10歳です」

「10……たった10!? 一体お前の人生に何があった!??」

 

肩を掴み、激しく揺さぶる彼女。その顔には、激しい怒りが張り付いている。

きっと、自分の過去を思い出しているのだろう。10歳にして、真祖の吸血鬼に"させられた"、かつての自分を。

しかし、それは間違いだ。ボクは、自分から『堕ちた』のだから。

 

「……最近までは、特に何もありませんでしたよ。

お父さんがいて、お母さんがいて。普通の人として、普通の幸せを過ごしていました」

「……最近までは?」

「はい。つい四日前、テロで二人が死にました。テロっていうのはテロリズムの略で……」

「政治的な虐殺行為、だろう? それぐらいは知っている。伊達にフランス革命に巻き込まれてはいない。

それにしても……そうか。両親を」

 

その瞳には、同情の色が込められていた。

……やっぱり、彼女を呼び出したのは間違いじゃなかった。ボクの知っている、悪でありながらも心優しいエヴァンジェリンさんだ。

 

「そこで、犯人への怒りから(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)を使って転生し、ボクは人ではなくなりました。

そして今日、二人との思い出が詰まったこの家に一人でいることに耐えられなくなって、封印を解いてエヴァンジェリンさんを呼び出しました」

「……なるほど。状況は分かった。

しかし、三つばかり解せんことがある。暗号を解けるだけの学力はどこで手に入れた? なぜ悪評ばかりの私を呼び出そうと思った? そして、貴様はどこで(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)を習ったのだ?」

 

やはりそれが気になるのか、ボクに続きを促す。

ボクも隠すつもりはないし、むしろ共有して欲しかった。この世界に来てから一人で抱え込んできた、大切な思い出を。

 

「ボクには、前世の記憶があります」

「前世の?」

「はい。……いえ、正確には『前の世界の』ですけど、ほとんど前世って言ってもいいと思います。

その世界でボクは、英雄と呼ばれている存在でした」

 

その言葉に、ピクリと反応する。自分とは違う、光の世界の住民だと思っているのか、表情が暗くなっていく。

しかし、それは違う。ボクは貴女と同じで、闇を抱いて進んだモノなんだから。

 

「生まれは、イギリスの小さな村でした。山奥にある魔法使いの隠れ里で、従姉に面倒を見てもらいながら過ごしてました」

「両親はいなかったのか?」

「はい。物心ついたときにはもう。

一つだけ、自分の父親が世界を救った英雄だったってことは、村のみんなに教えてもらってました」

「ふん。どこにでもいるとは言わないが、別に珍しくともなんともない話だな。それで?」

「……ボクが三歳のとき、村が魔族の大群に襲われて、壊滅しました」

「なっ!?」

 

今でも鮮明に思い出せる。

燃え盛る村、跋扈する異形の悪魔、石になった村人。ボクの原点とも言えるあの光景は、きっといつまでも忘れないだろう。

だけど。あの夜に得たものは、それだけじゃなかった。

 

「後でわかったことですけど、ボクの母親はボクが産まれる前に処刑されたことになっていた亡国の女王だったらしくて。ボクが生きているという事実を消すために、とある国が送り込んできた刺客だったんです」

「……貴様はそのとき、物心ついたばかりのガキだったんだろう? どうやって生き延びた?」

「父さんが助けてくれたんです」

「何? だが、貴様の父親は死んでいたんじゃないのか?」

「いえ、ボクの生まれた年に行方不明になってましたけど、死亡が確認されてたわけじゃなかったんです。

そのとき初めて会ったし、事情があってほんの少しの間だけだったけど、自分の父親だとすぐに分かりました。ボクの想像していた英雄(ヒーロー)そのままだったから」

 

そう。だから本当に憧れたんだ。必死になって、子供らしさを置き去りにするほどに。

 

「その後は、ネカネお姉ちゃん、さっき話した従姉なんですけど、お姉ちゃんが通っていた魔法学院にお世話になって、お父さんに再会することを目標に必死に勉強しました」

「……なるほど。なかなか壮絶な人生だが、まだ途中だな。英雄と呼ばれる何かをしでかしたんだろう?」

「はい。きっかけは、魔法学院を卒業したあと、修行として日本の教師になることになったことです。そうして、ボクは日本にやってきて、ある女子校に赴任しました」

「女子校?」

「なんでも、魔法使いが設立したとかで。そこの校長と魔法学院の校長が知り合いっていうこともあってそこになったとか聞きました。結果的にはそれでよかったんですけど」

 

そう。もしそうでなければ、きっとボクは途中で挫折していただろう。彼女たちに出会ったからこそ、ボクは英雄と呼ばれるまでになれたんだ。

 

「そこでボクは、かけがえない仲間を得られました。当時はみんな中学生だったけど、みんながみんな、一芸に秀でた人たちだったんです。

そして夏休み。父さんの手がかりを求めてみんなと一緒に旅立った先で、父さんの敵だった世界滅亡を目論む組織の計画に巻き込まれて、平和な世界に戻るためにみんなと協力して世界を救ったんです」

「……正直、ただの学生にそこまでの力があるとは思えんが」

「あったんですよ。みんな、一癖も二癖もあるけど、素晴らしい人たちでした。

気配を消させたら一級の幽霊、魔法銃使いのエージェント、騒動の中心だけど腕の立つ情報屋、魔法騎士にして魔法探偵、心優しいナース、力持ちの水泳家、姉御肌のチアリーダー、魔法無効化能力(マジックキャンセル)を持つお姫様、俊足のシスター、心持つ聡明なロボット、冷静なチアリーダー、一般人最強の中国拳法家、癒しの巫女、速筆の漫画家、翼持つ退魔の剣術使い、明るい新体操部員、幸運のチアリーダー、半魔族の狙撃手、天才発明家にして未来の火星人、生身で宇宙を駆ける忍者、怒らせると怖い保母さん、イタズラ好きの双子の姉と、少し気弱なその妹、秀才の発明家、ネットアイドル、読心術を使うトレジャーハンター、主役に憧れる演劇家、みんなのまとめ役でお金持ちの委員長、争いが嫌いな料理人、不思議系の魔族のお姫様。

みんな、立派なボクの仲間です」

 

一人として思い出せないことのない、ボクの大切な生徒だ。誰がなんと言おうとも、ボクは胸を張って彼女たちを自慢できる。

 

「……チアリーダーが何回か出てきたり、人間の限界を突破した奴がいたりしたが、それはともかくとして。

それは本当に全員学生か? 何人か人ですらないやつも混じってたが」

「はい。あ、卒業した後の話も混じってますけど。

それに、貴女もその一員だったんですよ」

「…………はぁっ!?」

 

今度こそ、明らかな驚愕の表情でこちらを見るエヴァンジェリンさん。ああ、久しぶりに見たなぁ、その顔。

 

「ど、どういうことだっ!?」

「なんでも、父さんに(インフェ)(ルヌス・)(スコラス)(ティクス)なんていう魔法で力を封印されたらしくて。あまりにも馬鹿げた魔力で無理やりかけられたものだったから解呪も出来ず、何年も中学生を繰り返していたみたいです」

「な、なんだそのふざけた魔法はっ!? その世界の私は何をやっている!??」

 

頭を抱えて座り込むエヴァンジェリンさん。……落とし穴に落とされて、その中にあったニンニクとネギに混乱していたうちに封印されたって言ったら、どうなるんだろう?

 

「それに、向こうの貴女は父さんのことが好きだったらしむぐっ!?」

「おい! それはどういうことだ!? なぜ私がそんな奴に惚れなくてはならん!??」

 

ガクンガクンと揺さぶられて、世界が回る。こ、このままだと何か出ちゃう〜〜!??

 

「き、吸血鬼として怖れなくて興味を持って、知らぬ間に……って言ってました!」

「な、な、なんだ、と……!?」

 

それがトドメだったのか、フラフラと数歩後退し、ペタンと座り込んだ。

 

「あ、あのー……?」

「ふ、ふふ、この私が、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)ともあろうものが、少し優しくされただけでころりと落ちた、だと……? ふふ、はははは………」

「あー……しばらく戻ってきそうにないかなぁ」

 

こうなると長いんだよなぁ。プライドが高い分、折れると立て直すのに時間がかかるというか、なんというか。

……なら、先にあっちをどうにかしようかな。

 

「そういう訳ですし、入ってきたらどうです?」

「……いつから気づいていたんですか?」

 

扉に視線を向ける。そこから入ってきたのは、お父さんと同じくらいの、サングラスをかけた男性だった。

あの人は……確かお葬式に来てた。確か名前は……

 

「『ボクには前世の記憶があります』辺りからですよ、(さえ)(ぐさ)(こう)(いち)さん?」

「初めからですか……。いや、前世で英雄だというのならそれも当然ですね。

初めまして、ではないですが、こうして話すのは初めてですかな? 師族会議(さえ)(ぐさ)家当主、(さえ)(ぐさ)(こう)(いち)です」

「敬語はいいですよ。『こっちの世界』では年下なんですし」

 

それに、なんか胡散臭い。

 

「……そうか。ならそうさせてもらおう」

「それで。なぜ十師族の一角、それも七草家の御当主がここに?」

「君の今後について話をしようとこちらへ向かっていたところ、尋常じゃないサイオン流を感知したのでな。何事かと思い、不躾ながら屋敷に侵入させてもらった次第だ」

「……成る程」

 

やっぱり、ボクに自由意志はないらしい。こうしてかつての師と再会しても、これからどうなるかは十師族が決めるのか。

 

「勘違いして貰いたくないのは、君の今後については、君の意思を第一に優先させてもらうことだ」

「……え?」

「このまま春原家として存続したいのなら、七草家が後見人となってこのまま維持させよう。

もし家族が恋しいのなら、養子縁組を受諾する家を探すことになる。もちろん、七草家も立候補させてもらうが、どこにするのかは君が選んでいい。現代魔法でも、古式魔法でも、一般人でも、君の好きなところに行くといい」

「で、でもそれじゃあ、魔法師としては損失ですよね?」

「構わない。確かに緊急の師族会議では無理やり取り込むべきだという意見もあったが、最終的に全て私に一任された。その私がいいと言ったのだから、どうなろうと責任はすべて私が持つ」

 

どうして、という感情しかない。それじゃあ、七草さんには損失しかないのだから。

 

「……信じられないという顔だな。まあ、無理もあるまい。

そうだな、これを見てくれないか」

「これって……お父さん?」

 

差し出してきた端末に写っていたのは、高校生ぐらいのお父さんと、同い年ぐらいの男性の写真だった。同級生だろうか。

そこで、あることに気がついた。お父さんが腕を回している人、眼帯をしていて雰囲気が違うけど、七草さんに似ている……?

 

「もしかして……」

「ああ。孝道とは魔法科高校の同級生だった。私の、無二の親友と言ってもいい」

 

七草さんは、本当に懐かしそうに写真を見る。その表情が、嘘を言っているのではないと告げていた。

 

「高校に入った当時、私は荒れていてな。周りに怒りをぶつけては発散して。今考えると、本当に馬鹿なことをしていたものだ。

周りも七草家の直系ということで遠巻きに見るだけの中、唯一近づいてきてぶん殴った男がいたのだ。そいつが……」

「お父さん、ですか?」

「ああ。私の行動はただの八つ当たりだと。後ろばかり見るからそんなことをしているんだと怒鳴られた。

私も当時は若かったのでな。事実を指摘され逆上して、決闘をしろと叩きつけたのだ。

本当は、それで怖気付くと思ったんだがな。なにせ、私はその年の首席で一科、あいつは古式魔法が使えなくて魔法科高校に来たと有名な二科の落ちこぼれ。勝負になるはずがないと、誰もが思った。あいつ一人を除いてな」

 

七草さんは苦笑して、話を続ける。

 

「結果は、私の勝利だった。ただ、誰もが予想した圧勝ではなく、追い詰められた末の、ギリギリの辛勝だった。あいつは身体強化魔法一つで、十師族の次期当主に噛り付いたのだ。

それからというもの、あいつはことあるごとに私に楯突いて、私に間違ってると言い続けた。そんなことを一年近くも続けられたんだ。私も自分を省みるようになり、荒れていた心も落ち着きを取り戻せた。

そんなある日、あいつは、孤立していた私に、『友達にならないか?』などと言ってきたのだ。わざわざ私のクラスに乗り込んで来て、注目を集めた中でだぞ? 馬鹿だと思うだろう?

たが、嬉しかったのは事実だ。七草家の一員としてではなく、ただ一人の人間として見てきたのは、あいつが初めてだったからな。

それから、私たちは親友になった。私が最も仲のいい友人を挙げるとしたら、迷いなくあいつを挙げたぐらいにはな」

「そう、だったんですか……」

「そんなあいつが遺した君を守るのは、友人として私がするべき役目。ここに来たのも、師族会議が一席、七草家当主としてではなく、ただの春原孝道の友人、七草弘一としてだ。

君が気にする必要などない。これは、ついぞ返すことが出来なかった、あいつに対する感謝の思いを返しているだけなのだから」

「…………」

 

七草さんの話を聞いて、ボクはこの家を残したいと思った。

それだけ自慢できる父親がいたのだと。その父が愛した家を今は自分が守っているのだと。そう、胸を張って生きていたい。

だから……

 

「……ひとつだけ、お願いがあります」

「何かな?」

「ここにいる彼女と、この家で一緒に過ごすことを認めて欲しいんです」

「……普通なら共に過ごせないだけの理由がある、ということか」

「はい。

この人の名前は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。かつてその悪名を轟かせた、吸血鬼の真祖です」

「なっ!? エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!? 闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)と言われる、あのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル本人か!??」

 

その反応は、すごく当然だ。

手記によると、ボクの知る彼女とは多少の違いはあっても、最強の魔法使いと恐れられるだけの実力はあったらしい。なら、今一国の国防の一端を握る彼が知っていても、何もおかしくはない。

 

「ボクは前の世界で、向こうの世界の彼女に師事していました。その人柄は知っているし、この世界でもそれは変わらないことは、さっきの会話で分かりました。

それに、封印も完全に解けているわけではないんです。まだ4分の3が、手出しできない状況で残っています。下手に手を出したら、辺り一帯が吹き飛ぶ爆弾付きで」

「「なっ!?」」

 

これには驚いたのか、七草さんだけでなくエヴァンジェリンさんも声を上げる。落ち着いてきたのは分かってたけど、やっぱり聞いてたか。

 

「彼女のポリシーの一つは、女子供は殺さない、です。いくら自分が自由になるためとはいえ、無差別に大量の被害者を出すような人ではありません。

それに、封印の核の部分が解けたとはいえ、まだほとんどが残っている以上、彼女が出歩ける範囲はそこまで広くないと思います。それなら、ウチで一緒に過ごしていきたいんです」

「……分かった。あいつが育てた君を信じ、その条件を飲もう。彼女の戸籍も、適当なものを用意させる」

「ありがとうございます」

「ただし、こちらからも一つだけ条件をつけさせてくれ」

 

そう言うと、弘一さんはボクの頭に手を置いた。

 

「私のことを、父親代わりと思って頼ってくれ。親友の息子なら、我が子も同然なのだ。

我が家の家庭環境は良くはないが、年の近い娘が3人いる。きっと、寂しい思いはさせないはずだ。偶に顔を見せるだけでもいい」

「……わかりました。何かあったら頼らせてもらいます」

「前世の記憶があるのなら、何かあることは少ないかもしれないがな。

それにしても、今日は良い返事が貰えてなによりだ。

では、そろそろ私は失礼するよ。彼女とも、話すことがあるのだろう?」

 

七草さんはエヴァンジェリンさんに視線を向けると、くしゃりと軽く撫でて、扉から出て行った。

残されたのは、ボクとエヴァンジェリンさん。なんとも言えない雰囲気が漂い、ジャリジャリと石を踏む音が聞こえなくなると、数秒の間シンと静まり返った。

 

「…………おい」

「はい」

「お前の言うことも理解した。確かに、それが一番合理的なやり方だろう。

だが、それはお前の都合だ。私に、一体何のメリットがある?」

 

そう告げた彼女の目は真剣で、嘘をつくことを許さなかった。

だからボクは、正直に告げる。『泥にまみれても、前に進み続ける者であれ』。かつて教わったその教えの通りに、自分の恥も、醜さも、全てを受け入れて曝け出した。

 

「ありません。これは全部、ボクの都合です。封印の問題とエヴァンジェリンさんのポリシーを盾に、この家に縛りつけようとしているだけです」

「……だろうな。いや、封印したこと自体はお前の責任ではなくあの優男の責任だが、それを支払うのは子孫であるお前の役目だ。

そして、自由に出歩けないというデメリットは、衣食住を保障されたぐらいでは相殺できやしない。それは、最低限果たすべき贖罪だ。

なら、お前が私に出来ることは何だ? 私がここにいることで、貴様は私に何を与えられる?」

 

ボクが彼女に出来ること。魔法の腕も、人生経験も、全てが上回っている彼女に、劣っているボクがあげられるもの。

たぶん、それはたった一つだけだ。

 

 

 

「貴女が受け入れてくれるのであれば、永遠の()()を共に生きます。いつか、終わらない命が終わるまで、その側で生きて、決して孤独を与えません。

……きっと、本当のところは、自分が孤独を感じたくないがために、共に永遠を生きられる人を得たいだけです。

それでも、ボクが与えられるのはこれしかありません。これだけが、ボクが貴女にできることです。

だから、ボクと一緒に永遠を生きてくれますか?」

 

 

 

……? なんで顔を真っ赤にしてるんだ?

 

「なっ、なっ、ななななな何を言っている貴様!? プ、プ、プロポーズかっ!?」

「……えっ?」

「天然かっ!!」

 

あー、そう言われるとそう聞こえる気も……うん。でもこれが本心だ。もう、独りになるのは嫌なんだ。

アーニャがいた、ネカネお姉ちゃんがいた、おじいちゃんがいた。麻帆良に赴任してからは、騒がしくとも優しい仲間たちがいた。こっちの世界に生まれ直してからも、お父さんとお母さんがそばに居てくれた。

でも、二人を喪って、そこで初めてボクは"孤独"を経験した。それは、心の闇を御しているボクでも耐えられないもので、彼女がずっと体験してきたもの。

なら、共に生きていこう。独りと独りが一緒にいれば、それはもう孤独じゃないんだから。永遠とも思える時間も、ボクたちなら共に過ごせるのだから。

 

「……私は悪の魔法使いだぞ?」

「でも、本当は静かに、平和に過ごしたいだけなんですよね?」

「……光の道を歩いてきた、貴様とは違う存在なんだぞ?」

「でも、貴女とボクは同じ、人から外れた存在です」

「……いつか、寝首をかくかもしれないぞ?」

「そう簡単に死にやしませんよ。伊達に人を辞めてません」

「……この頑固者め」

「よく言われてました」

 

『いくら手綱を握っていても、逆にこっちが無理やり引っ張られる』

よく、千雨さんに言われていた言葉だ。きっと、これはいつまでも変わらないんだろう。

 

「…………確か、貴様は私の弟子だったと言っていたな?」

「はい。そうです」

「なら、共に並んで生きることは、私のプライドが許さん。他所の世界の私に負けるみたいだからな」

「…………そう、ですか」

 

でも、それはエヴァンジェリンさんも同じだ。約束したら、たとえ辱めであろうとも必ず守り通す。逆に言えば、一度決めたら覆すことはない、生粋の頑固者だ。

その彼女が決めたのだ。きっと、曲げることはないだろう。

 

「……だが。この私に弟子入りしたいというのなら、考えんこともない」

「…………えっ?」

「二度も言わせるな! 弟子になるのなら受け入れてやると言ったんだ!!」

 

プイッと横を向いたその頬は、暗い離れでもわかるぐらい色づいていて。素直になれない彼女がよくするその姿は、遠い過去によく見たものだった。

嬉しさと、懐かしさと。いろんな感情がごちゃごちゃになっていく。

ぽっかりと空いた心の穴に、温かいものが満たされてく感覚に視界を滲ませて。たぶん、心の中と同じようにぐちゃぐちゃにした顔をしながら、ボクはそれに応えた。

 

 

 

「よっ、よろしくお願いします、師匠(マスター)!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「えーと…………」

 

数日後の夕方。ナギは敗北していた。それはもう、誰が見ても完全敗北だった。

……強大な敵が相手なら、不屈の闘志と無尽蔵に再生する肉体で立ち上がっただろう。

……未知の魔法理論や問題が相手なら、むしろ嬉々としてトライアンドエラーを繰り返すだろう。

しかし、この敵を相手にしては、かつての英雄といえども白旗を揚げざるを得なかった。

 

「ナギくん!一度でいいから『真由美お姉ちゃん』って呼んでくれる!?」

「ナギ兄ちゃんって何か得意魔法ってあるの?移動系?それとも振動系?」

「お姉様も香澄ちゃんも!そんなにいっぺんに言っては迷惑ですわよ!

……そうですね、まずは好きな食べ物とかお聞かせくれませんか、ナギお兄様?」

 

その相手は、三人の美少女。

先程から執拗に『お姉ちゃん』呼びを要求しているのが、(さえ)(ぐさ)()()()。七草家の長女で、ナギの二学年年上だ。

それとは反対側で、魔法関係について質問しているのが(さえ)(ぐさ)香澄(かすみ)。七草家の次女で双子の姉。髪を短く切った、ボーイッシュな少女だ。

その二人を諌めながらちゃっかりと自分の質問をしているのが、双子の妹、(さえ)(ぐさ)泉美(いずみ)だ。双子の片割れとは反対に、髪を肩口まで伸ばした、お淑やかそうな少女だった。この二人は、ナギの一学年年下になる。

この他にも二人の兄がいるとのことだったが、その二人は部活やゼミの関係で今日は遅くなるらしい。先程、三人を連れて来た時に弘一がそう言っていた。

 

「って泉美!そう言うのなら順番守ってよ!」

「まずはこういう簡単な質問からしていって、徐々に重要な質問をしていくのが一般的でしょう? 得意魔法なんて、打ち解けた先の話です」

「それよりも先に、まずは呼び方よ! 最初に決まったら変わることなんて殆どないんだから!」

「あ、あはは……」

 

女が三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、ナギが中心の話のはずなのに、まるでナギが話に入れない。これには、流石のナギも呆れるしかない。

別に、こういう活発的というか、元気というか、そういう女の子が苦手なわけではない。むしろ、好きな部類に入るだろう。

しかし、前世で英国紳士(ジェントルメン)として産まれ、さらに()()教え子(3-A)に囲まれて育ったせいで、基本こういう主導権を握るタイプの女の子に対してはパッシブで受け身に回るよう魂に刻み込まれている。敵に直面したりしたら話は別だが、こういった日常で女性に勝つことなど滅多にないだろう。

 

(助けてください弘一さん!)

(無理だ。こうなっては、本人たちの間で折り合いをつけるまで止まらない)

(そんなぁ〜……)

 

三方を囲まれて、どうしようも出来ずに彼女たちの父親へ視線を向けたが、アイコンタクトですげなく切り捨てられた。

つい先程、後見人関係の書類やエヴァンジェリンの戸籍(偽造)について書いている時に聞いた話では、弘一とその妻は政略結婚で、愛情など欠片もないとのことだった。弘一自身はある女性に何十年も片思いをしたままであり、妻の方も両思いの彼氏と無理やり別れされられて結婚したせいで、夫婦の仲は他人同然だとも言っていた。

しかし、それでも血を分けた子には愛情があるらしく、普通の父親のようになんだかんだいっても娘には甘いそうだ。特に、素直で聡明な末娘はどこに出しても恥ずかしくないと言っていた。

そんな親バカに助けを求めても初めから期待などできなかったのだ、とナギは落ち込む。どうやらこの場に味方はいないらしい。

 

師匠(マスター)は、書類とか交渉など面倒だってウチでゲームやってるし……ボクもそっちが良かったなぁ)

「「「ナギくん(兄ちゃん・お兄様)!?聞いてるの(ますか)!!?」」」

「え? あ、う、うん!」

 

しかし、ナギはまだ知らない。興味の向く事柄における小学生のバイタリティは、時に(アラ)(・ア)(ルバ)の濃い面々すら上回るのだということを。

結局この後夕食時になっても質問は尽きず、豪華な夕飯をご馳走になり、姉命令で三姉妹に風呂場に連行されて、ようやく解放されたのは夜も更けた頃。しかも、家に帰ったら『遅い!』と氷漬けにされるおまけ付き。

この日は、正式に七草家の保護下に入ると同時に、ナギの脳内ヒエラルキー上位者に三つの名前がデカデカと追加された日となった。




改編作業で漂白されて、ウチの七草弘一はただの親バカになりました。四葉関係だと暴走しがちだけど、それ以外はいたって普通です。
そして父。なんかお前主人公補正かかってるよな、絶対。


2016/01/21
改編。


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過去話其之伍 前日譚

「はぁっ!」

「セイヤーッ!」

「ふっ!」

 

三人の少女は、たった一人の少年に拳や脚を振るう。その攻撃は常人の域を超えており、魔法師がいれば自己加速魔法に気がついただろう。

しかし、高度に連携されたそれでも、その少年には届かない。あしらわれて、受け止められて、時にはそれを利用して投げられて。その体捌きは既に達人の域に達しており、近接戦闘におけるレベルは少女たちの数段どころではなく上だろう。

 

「ほら、香澄ちゃん! 攻めるだけじゃなくて崩さないと! 単調なだけじゃ勝てない、よっと!」

「うわぁっ!」

「泉美ちゃんはもっと踏み込んで! 相手のテリトリーに入るのは怖いかもしれないけど、それじゃあいつまでも相手のペースだよ!」

「きゃっ!」

「隙ありっ!」

「不意打ちはいいけど、わざわざ声を出して教えちゃ意味がないよお姉ちゃん! 相手がどうしようもない状態じゃない、と!」

「って、きゃぁああっ!?」

 

無双。まさにその言葉が浮かぶほど、圧倒的な戦いだった。

真由美たちのそれも、決して弱いわけではない。そこらへんの格闘技をかじった程度の成人男性相手なら、似たような無双ができるだろう。魔法を併用した戦闘とは、それだけ力の差が生まれるのだ。

しかし、それでもナギには届かない。しかも、彼は()()()使()()()()これだけの戦闘をしているのだ。そもそもの基礎戦闘能力からして大きくかけ離れている。

 

「……うん! じゃあここまで!ありがとうございました!」

「「「はぁーはぁーはぁー……あ、ありがとう、ございま、した……」」」

 

数分後には、大きく息を乱して床にへたり込む三姉妹と、軽く汗をかいただけのナギがいた。死屍累々、といった表現が相応しいだろう。

 

「ああーー!また勝てなかったーーっ!!」

「ナギお兄さま、強すぎですよ……」

「本当にね……なんで魔法使っても勝てないのかしら」

「理由は簡単だよ。魔法を使ってるから」

「「「?」」」

 

全く分からない理由を挙げられて、三姉妹は首をひねる。普通、魔法を使ったほうが強くなると思うのだが。

 

「現代魔法には速度の利点があるって言っても、ゼロコンマでラグはあるし、CADに手を伸ばすために動きを止めなくちゃいけない。

でも、今みたいな超近接戦でそんなことをしてたら大きな隙になるし、その行動で次に魔法が来るって予測できちゃうんだよ」

「へ?……あっ!」

「それ用の訓練を積んでたり、CADに頼らない高速発動に慣れてたり、獲物を持って間合いを離してたりしたら話は変わるけど、魔法併用の近接戦をするなら、ただ魔法を使うだけじゃなくてブラフにしてテンポを崩したりしなきゃ」

「はー。いろいろ考えなくちゃいけないのね」

「遠くから一方的に撃ち抜くなら、そんなことを考えなくてもいいんだけどね」

 

むしろ、魔法師の基本戦術はそれだろう。スタイルが魔法拳士であるナギのように、目まぐるしく格闘しながら魔法を使うほうがおかしいのだ。

 

「って言っても、ねぇ? ナギくんみたいに高速で近づく相手と戦わないとも限らないし」

「お姉さまの言う通りですわ。大体、その遠距離からの魔法を使おうとした我が家のエージェントたちを、()()()()()倒しきったナギお兄さまに言われても、説得力がないですわね」

「あははは、そうかもね」

 

そう。ナギは二年ほど前の模擬戦で、魔法ありの七草家の一流エージェント30人を相手に、近接戦闘だけで勝利しているのだ。その時は流石に身体強化魔法は使ったが、弾幕型や放射型の魔法は一切使っていない。

そして、それこそが今こうして三姉妹に鍛錬をつけている理由でもある。

 

「それで、師匠(ナギくん)から見て私たちはどう?」

「うん、大分形にはなってきたんじゃないかな。これなら魔法なしでもそこらへんの暴漢程度になら負けることはないと思うけど……軍とかで鍛錬を積んだ人だと流石に厳しいかな? 魔法を使えばもうちょっといけると思うけど、近接戦を得意にしてる魔法師と戦ったらアウトだね」

「って、いつになったらナギ兄ちゃんの言う『魔法に頼らない戦い方』って出来るようになるんだよ〜〜!」

「う〜〜ん……。取り敢えず素手で岩を粉砕できてから?」

「「「出来るかっ(ますかっ)!」」」

「ボクは出来るよ?」

「「「この弟(兄)人間辞めてるっ?!」」」

 

確かにナギは辞めているが、一応人間の範疇だったある女性拳法家が最盛期には小惑星を粉々にしていたことを考えると、案外人間の限界はどこにあるのかわからない。宇宙を単騎駆けする忍者もいたぐらいだし。

 

「はぁ〜〜……。この顔で、芸能人で、体術は達人級で、幾つも失われた魔法を復活させて、その上入試で筆記の成績はトップクラス。神は二物も三物も与えるのね……」

「あ、入試の結果って出たんだ。それって見れる?」

「……一応、教えちゃいけないことになってるけど。生徒会の特権よ」

「あー、じゃあいいや。実技の点数見て落ち込みそうだし」

「本当、なんで現代魔法がそんなにできないんでしょうか? 春原家の魔法なら簡単に操れるのに」

 

泉美の挙げた疑問に、ナギは苦笑で返すだけだった。理由などとうに分かっているが、それを教えることはできないのだから。

 

弘一がナギの後見人になって、既に五年の月日が経っている。その間に最も力を入れて調べていたのが、魔法使いたちの「魔法」と魔法師たちの"魔法"の違いだった。

対象の直接改変という「魔法」にはない特徴があるものの、基本的に"魔法"は血によって使えるか使えないかが決まる、属人的な技能だ。「魔法」も魔力の量などは血統が重要になるが、特殊な例外を除き誰にでも使える、つまり一部の大魔法や特殊なものを除き、才能に寄らないただの技術なのだ。その違いはどこにあるのか、それがナギたちの研究課題だった。

そのためには、現代魔法理論をよく知る人物が必要だった。しかし、場合によっては「誰にでも使える魔法」が開発される可能性もあり、多くの関係者を増やして漏洩するリスクは増やせない。もし世間にそれが急速に広まったとしたら、各地で反魔法師運動をしている民衆が暴徒化する恐れがあったためだ。結局、ナギとエヴァの「魔法使い」師弟、そして二人の事情を知る弘一の3人のみで、知恵を出し合い七草家の機器を使って観測を繰り返し、幾度も検証を行った。

 

その結果、一年が過ぎた頃にある一つの結論に至った。それは、「魔法使いたちは『魔法』を編んでいない」というものだった。

ナギたちが観測し、仮説した「魔法」理論はこうだ。

 

①魔法使いは、魔力を精霊に渡し、その魔法が発動するイメージを固めるだけに過ぎない。指輪や杖はそれらを精霊に伝えるために必要な補助具であり、呪文はイメージを固めるのを補助してくれるだけのもの。

②そして、それらを受け取った精霊がイメージを基に魔法式を構築し、情報を書き換えることで「魔法」が発動する。

 

この方式が正しいとするならば、魔法使いに魔法演算領域は必要ない。彼らは、魔法式を組み立て、それを投射する必要がないのだから。春原家が"魔法"を使いこなせないのも、「使わないものは劣化する」という生物進化の大原則に則ったものだと考えれば、納得がいく。

それは同時に、"属人的な魔法"からの解放を意味していた。"魔法"を魔法師以外が使えない、最大の理由が解決されたのだから。

魔法使いに必要なのは、魔力を操る力と、精霊が理解できるイメージを固めるための理論だけだった。そして、魔力を操る力は、正しい意識さえ行えば多かれ少なかれ全ての生物が持つ技能であり、理論についてもそれを覚えるだけでいい。

 

こうしてついに、魔法が全ての民衆に扱える力となる……かに思えたが、やはりネックとなったのは、前述の魔法師と非魔法師の対立だ。この状況で公開などしても、ただの起爆剤としか成り得ない。

しかし、永遠に秘匿するには余りにも惜しいのも確かだった。魔力とイメージだけあればいい「魔法」は、次世代の動力(エネルギー)源として余りにも有望過ぎたのだ。全ての人間が使えるのなら、今ほど魔法が戦力として重要視されることもなくなり、その上ナギの前世のように魔法と工学の融合を果たせれば、人間が戦場に立つ必要がなくなる可能性も、もしかしたら一世紀ぶりに出てくるかもしれない。

そのため、3人は折衷案を出した。それは、「魔法」を春原家伝来の古式魔法として術式部分を伏せて公開し、現行の魔法理論から外れたそれに違和感を感じた研究者たちに勝手に研究させその成果を広めることで、徐々に徐々に社会に浸透させていくというもの。

時間操作や空間操作、物質変換や錬成などの公開できない魔法もあるが、それでも幸いなことに特徴的な魔法には事欠かない。他にも、発動直前の精霊をストックしておくことで瞬時の発動を可能とする(ディ)(レイ)魔法(スペル)や、詠唱を破棄してイメージを固めることで現代魔法に匹敵する高速の発動を可能とする無詠唱魔法など、一般的に発動が遅いとされる古式魔法にしてはあり得ざる技術もある。好奇心旺盛な研究者が放っておくとは思えなかった。

 

そして、これには弘一すら知らない理由もある。

そもそも、それなりの大地主であり古式魔法師でもある一家の当主として社会に出なければならないナギは、しかし人から外れたモノだ。前世の経験からして青年期までは周囲と同じように成長していくだろうが、そこからほぼ完全に老化が止まる。それに関しては、既にそういう存在になってしまったのだから、変えようがない。

十年、二十年ならともかく、その先まで若々しいままだと、周囲も流石に違和感を感じるだろう。還暦も超えて、百も超えたならさらにそれは膨れ上がる。その時までに、『魔物』という存在を受け入れてくれるだけの地盤を作る必要があった。

「魔法」というものを調べていくうちに、精霊についての研究も進むだろう。いや、むしろそちらの方から「魔法」の研究に応用される可能性の方が高かった。

そして、ナギやエヴァのような魔物は、どちらかといえば精霊に近しい存在だ。そういった、神なども含むヒト非ざる者たちが再発見され『人権』が認められない限り、ナギたちに安寧は訪れない。「魔法」の公開には、その踏み台となってもらうつもりである。

 

この計画の是非は、急速にバレてもダメ、遅すぎてもダメの、世間への浸透速度にかかっている。後々調節するためのことを考えて、今の段階で余り情報を流しすぎるわけにも行かなかった。

それが、たとえ義理の姉弟のような関係でも、どこから漏洩するのか分からないのだから。

 

「まあ、二科でも入学できただけで充分だよ。

それに、ボクが進みたいのは研究方面だからね。魔法師ランクはそこまで重要でもないから」

 

それ故に、ナギは話を逸らす。全てを話せないことに、若干の心苦しさを覚えながら。

 

「そうかもしれませんが……」

「もったいないよね〜〜。戦術級魔法を何個も使えるのに、魔法師ランクが低くなるなんて」

「測定は現代魔法の魔法力を基準にしてるから、古式魔法師のナギくんには不利なのよね……。私は、そこら辺は平等にするべきだと思うんだけど」

 

幸いなことに、三姉妹はナギの思惑に気づかず、思った通りの方向に話を持って行ってくれた。それに、気がつかれないよう心の中で胸をなでおろす。

 

香澄の言葉の中にあった"戦術級魔法"とは、魔法の評価ランクの一つだ。

個人や小規模の集団戦において力を発揮する"戦闘級魔法"。艦隊や都市を一撃で破壊しうる"戦略級魔法"。そして、その間に位置し、飛行機などの機動兵器や小隊規模の軍勢に対し有効な"戦術級魔法"がある。

他にも、その魔法の殺傷性の高さを示すA〜Cの殺傷性ランクもあるが、これらの区分の多くは戦闘を基準に設定されている。これは、現代において魔法が戦力として捉えられている一つの証拠だ。

 

話を戻すが、香澄の言う"戦術級魔法"とは、ナギが七草家を経由して公開した「雷の暴風」などの大魔法のことだ。"戦略級"になると色々としがらみや勧誘が酷くなる、というよりも自由がなくなるとのことだったので、「千の雷」など極大魔法と呼ばれる魔法群は秘匿している。

しかし、それでも魔法師社会の中ではオーバーキルの威力を誇り、それらを複数扱えるという時点でナギには注目が集まっている。ある意味狙い通りの状況だが、予想以上に世間の注目が集まっていて、少々困っていたりするのだが。その理由に、ナギの容姿と涙を誘う家庭環境があるのは、周りから見たら疑う余地もない。

 

「まあ、現代魔法を学ぶための学校なんだから、現代魔法で評価をつけるのは当然だよ。ボクが現代魔法をまともに使えないから二科生になるのもね」

「そうなんだけど、ねぇ〜。やっぱり姉としては、弟が不当に低い評価を受けるのは納得がいかないっていうか。

今年の、というより歴代でみても筆記一位の子も、実技がダメで二科になっちゃってるし……研究方面向けの科でも新設するように提案してみようかしら……?」

「それはまた……ナギお兄さまの他にもそんな方がいらっしゃるんですか」

「中々珍しいけどね、今年はいたのよ。頭の出来と、実際にそれを行えるかは別問題ってことなんでしょ。まあ、色々とワケありみたいなんだけど」

「ふぅ〜ん?」

 

真由美が敢えて言葉を濁したことが気になったが、ナギたちはその理由を問い(ただ)すことはしなかった。生徒会長として、なんらかの事情でもあるのだと考えたためだ。

 

「ところで、時間は大丈夫?」

「え?……って、もうこんな時間!? すぐに帰らないと角木(かどき)議員が来ちゃうじゃない!!」

 

角木(かどき)=クッラ=閏弥(じゅんや)。新進気鋭の衆議院議員だが、ツノが生えたような髪型より何より目立つのはその熱血な言動だ。趣味は格闘技・ジム通い、椅子に座っているよりも実際に足を運んで触れ合うことを何よりも好み、鼻につく態度をしないことから民衆からの支持も厚い。

彼は魔法にも造詣が深く、世間一般には魔法師容認派の中心に近い人物と言われている。今回、七草家に来るのもそれ関係だろう。

 

「別にいいんじゃない?あの人暑苦しくて苦手なんだけど」

「わたくし個人としては香澄ちゃんに同感ですが、家の顔に泥を塗るわけにもいきません。帰りますよ」

「あ、あははは……」

 

随分と酷い言われようだが、それは七草姉妹の共通認識のようで真由美からの注意もない。ナギ自身は、ラカン(バグ)と言う熱血系の極みを知っているため、そこまででもないのだが。

 

「じゃあナギくん!また明日! 寝坊とかしないようにね!」

「大丈夫だよ。また明日ね、真由美お姉ちゃん!」

 

ダッシュで更衣室へと駆けていく三姉妹を見送り、自身も少し急ぎ目で男子更衣室に向かうナギ。

明日は第一高校の入学式。では、それに向けた準備でもするために急いでいるのかとも思えるが、それは違う。そんなことは、昨日のうちに済ませてしまっている。

急いでいるのは、今日これからのためだ。そう、あれから五年が過ぎた、今日この日にやることのため。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「どうですか、"信管"の様子は?」

 

自分の家に帰り、ナギが真っ先に向かったのは離れだった。そして、そこにいた少女に話しかける。

 

「ああ、帰ったか。"信管"のほうは特に問題はない。予想通りの結果だったな」

「そうですか。なら、予定通り……」

「ああ、今日にでも封印を解いてしまおう」

 

そう。最初に封印を解いてから五年が経ち、地脈暴走魔法の術式が押し出されて来たため、このタイミングで封印を解いてしまうつもりなのだ。

 

「全く、あの優男も面倒な術を遺したな。完全に押し出されたかどうかを調べるために、二週間もかけなければならなかったぞ」

「特に、この地脈には魔法科高校が乗ってますから。向こうからの影響も考えないと」

「それは分かってるんだがな……こういう細々したことは私の趣味じゃない。それこそお前がするべきだろう?」

「すみません」

 

八つ当たり気味に言うエヴァンジェリンだが、彼女もナギが出来ないことは分かっている。二週間も張り付かなければならないこの術式は、当主や芸能人としての仕事があるナギには出来ないことなのだから。

 

魔法無効化能力(マジックキャンセル)があればすぐに全部解けるんですけど……」

「無い物ねだりしても仕方があるまい。なんだったか……過密化だったか貝塚だったか……」

十三束(とみつか)ですよ、十三束(とみつか)(はがね)くん。今度ボクの同窓生になるみたいですよ」

「ああそうだ。そのガキは違ったんだろう?」

「ええ、まあ。表面的なものは持ってるんですけど、"核"がないみたいで。強引に壊す形に近くなるので、多分"信管"が起動しますね」

「それでは意味がないな」

「そうなんですよねー」

 

などと、本人たちにとっては他愛のない会話をしながら、床の魔法陣に細かく何かを書き加えていく。フリーハンドで描かれるそれは、一見ただの落書きのようにも見える。しかし完成してみると、元からあったものと合わせて一つの魔法陣になっていた。

 

「じゃあ師匠(マスター)、上に」

「分かっている」

「行きますよ……解放(エーミッタム)・『宵闇(ポゼッ)の手(シオー)にい(ネ・テ)れた(ネブラ)もの(ールム)』!!」

「……むぎゅっ!??」

 

たった一言。それだけで魔法陣が光り輝き、五年前と同じく膨大な魔力が放出された。

前回と違い、それはナギたちが書き加えた魔法陣によって広がることなく上空に向かって、地上から15kmのところで爆散した。

 

ではなぜ、エヴァンジェリンは潰れたカエルのような声を出したのか。それは、魔力の放出が収まり、ナギの視界から白が抜けた時に判明した。

 

「……ガラクタ……?」

 

そう。先ほどまでエヴァンジェリンが乗っていたはず魔法陣の上に、どこからか夥しいほどのガラクタが山積みにされていたのだ。

いや、どこからかは分かる。大方、封印されていたのが出てきたのだろう。そして、彼女はこの下にいる……はずだ。

 

「えーと……師匠(マスター)?」

「……ぷはーーっ!!くそっ!人を押しつぶすように出すよう設定しやがって!馬鹿にしてるのかあの優男!?」

「あ、生きてましたか」

「これくらいで死ねたら苦労せんわ!!」

 

頭だけ出したエヴァンジェリンを引っ張って、引き摺り出す。その時に山の一部が崩落したが、ここまで来たらもう気にするほどでもなかった。

 

「ところでこれって……」

「……私の持ち物だったやつだな。見覚えがある。

大方、一部のやつにかけられている呪いが解けず、面倒なことになる前に封印してしまおうとでも思ったのだろう」

「呪い?」

「骨董品を集めてたら手に入ってな。珍しいやつもあったんで、暇潰しにコレクションしていたんだよ。人間に効いても()()()には効かんしな。効いたなら効いたで、ようやく死ねるというだけだ」

「……それ、どこですか?」

「……さあな。数など覚えとらんし、どこかに埋もれてるだろう。掘り返せば見つかるんじゃないか? その気力さえあれば」

 

なにせ、文字通り「山」なのだ。平均的な男子高校生ほどはあるナギですら、見上げる必要があるほどに。

 

「……どうしましょうか?」

「知らん。取り敢えず今日は疲れた、寝させてもらう」

「……そうしましょうか」

 

とても、一日や二日で終わるような量ではない。数日がかりで、少しずつ進めていくしかないだろう。

 

「ところで……」

「なんだ?」

「扉って、どこでしたっけ?」

「何を言っている?そんなものこっちに決まって………………あ」

 

ポカンと口を開くエヴァンジェリンが指差したのは、先ほど自分が"埋まっていた"方角。

そう。二人の記憶が正しければ、この山の"中"にあるような気がするのだが。

 

「…………取り敢えず、道を作るところまでやるぞ。寝るのはその後だ」

「……明日の入学式、間に合うかなぁ……」

 

こうして、幾つかの魔法具(マジック・アイテム)が暴走したりして精神的に疲弊しながら、夜は更けていった。




……ちなみにエヴァはニートです。


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第一章 入学式編
第一話 物語の始まり


9000UA&148件のお気に入りありがとうございます!!

どうもお久しぶりです、原作を読んだら逆に書けなくなっていたYT-3です。

さて、今回はプロローグの続きからです。そちらを読んだ直後の方がわかるかも。

それではどうぞ。


 

「春原家八代目当主をさせていただいています、春原(はるばら) (なぎ)と言います。同じ一年生でしょうし、気軽にナギとでも呼んでください」

 

 あ、なんか固まってる。

 やっぱり、理由もよくわかってなかったのに口を挟むのは良くなかったかな?

 

「あ、ああ。すまない、気を遣わせてしまったようだな。

 俺は司波(しば) 達也(たつや)だ。

 それで、こっちが妹の——」

司波(しば) 深雪(みゆき)です。お見苦しいところを見せてしまったみたいで、すみません」

「いやいや、勝手に口を挟んだのはボクですし、ボクのほうが謝るべきですよ。兄妹ゲンカに口を挟んで申し訳ありません。

 それで、もしよければどうしてケンカしていたのか、ボクに教えてくれませんか?第三者が聞くことで何か解決するかもしれませんよ」

 

 今のやりとりで、この二人の仲が悪くはないことはわかったんだけど、そうなるとなんでケンカしていたのかが分からない。理由をどうにかできればケンカも収まって、きっとこの二人のためにもなるだろう。

 

「じつは、今日の入学式でわたしが新入生総代として挨拶をすることになっているのですが……」

「すごいじゃないですか!!つまり、入試の成績がトップだったってことですよね!」

「ええ。ですが、筆記だけなら兄がトップだったんです。それもダントツで」

「え?あ、あ〜」

 

 そういえば先週、真由美(まゆみ)お姉ちゃんがそんなことを言ってたっけ。

 

「ですので、本来ならわたしじゃなくてお兄様が挨拶をするべきだと申し上げているのですが……」

「俺は、流石にそれはまずいだろうと言っていたんだ」

「……うーん」

 

 つまり、深雪さんは達也くんの方が相応しいと思っていて、

 達也くんは総合成績の通りに深雪さんがするべきだと思っているのか。

 

「……べつに深雪さんは、自分が挨拶をしたくないわけではないんですよね?」

「そうですね。わたしがやりたくないというわけではないんですが……」

「だったらやればいいと思いますよ?

 深雪さんがしているところを、達也くんは見てみたいと思っているでしょうし」

「……そうなんですか、お兄様?」

「ああ、ナギの言う通りだ。かわいい妹の晴れ姿を見たくない兄貴なんていないよ」

 

 ……ん?

 

「そうでしたか……。差し出がましいことをしてすみませんでした」

「いや、俺はべつにいいさ。深雪が俺のために怒ってくれているのはわかっているからな。

 ただ、俺もお前のことをいつも思っていることはわかってほしいかな」

「お、お兄様!ナギ君もいるのに、そんな、『想っている』だなんて……」

 

 も、もしかしてこの兄妹って……

 

「だ、大丈夫ですよ、ボクは気にしないので……」

「……すまない、話がよくわからないんだが」

 

 しかもこっちは天然だ!?

 まあ、愛のカタチは人それぞれっていうけれど、大丈夫かなぁ……

 

「っと。深雪、そろそろ時間だろう」

「あっ、そうですね。それではお兄様、行ってきます。

 ナギ君も、ありがとうございました」

「いや、大したことはできていないし、お礼を言われるほどじゃないですよ」

「それでもです。それでは、またいずれ」

「はい、頑張ってきてください」

 

 うん。やっぱり女の子は笑っているのが一番だな。

 それじゃあ当初の予定通り、達也くんさえよかったら話でもして時間を潰そうかな。

 

「ナギ、よければ入学式までの時間つぶしに付き合ってくれないか」

「え?ああ、大丈夫ですよ。むしろボクのほうからお願いしようとしていたところです」

「そうか、それなら良かった。

 俺は魔工技師志望なんだが、今自分で研究しているものが上手くいかなくてな。

 それで、会ったばかりで悪いんだが、古式魔法の観点から何かアイディアをもらえないかと思っているんだ」

「それはべつに構わないですが、ボクなんかでいいんですか?」

「実は体術の師匠が古式魔法の使い手なんだが、飄々としている人でな。まともな答えが返ってくるのかもわからない。

 それで、失伝した魔法の復元に尽力していて、理論にも詳しいであろうナギに頼みたいんだ」

「わかりました。そういうことなら任せてください」

「べつに答えづらいことは答えなくて構わないからな。

 それで、俺の研究テーマは『魔法を用いた重力制御型熱核融合炉の実現』なんだが、これには常駐型の方式が……」

 

◇ ◇ ◇

 

「……つまり、古式魔法での飛行魔法は単体で『飛行魔法』として成立しているわけではないということか?」

「あくまで春原家の伝えていた魔法だと、『飛行』という基礎となる呪文以外にも『急加速』や『急旋回』の呪文があったんだ。

 これってつまり、連続した飛行はできるけど、不連続な挙動はできないってことだよね?」

「そうだな、確かにその伝承が正しければ単体では成立していない。

 となると、飛行魔法は不連続なことができないという点で『ループ・キャスト』に近いものがあるな」

 

 ループ・キャスト……。

 たしか、魔法式の最後に同じ魔法式を複製する部分を作ることで、一回の起動式で同じ魔法を連続して使えるようにした技術だったっけ?

 

「そうだね。だとすれば『ループ・キャスト』を上手く使えれば常駐型の魔法を現代魔法で再現できるかも」

「ああ、そうだな。『ループ・キャスト』か……。

 ありがとう、これで一つ大きな目標(めじるし)ができた」

「お役に立てたなら何よりだよ。

 魔法師の工業的価値を確立して『兵器』として扱われている現状を変えるっていう目標は応援できるから、手伝えることがあれば手伝うよ」

「その時はぜひともよろしく頼む。やっぱり古式魔法の立場からだと見えるものが違うからな」

「……さて、お話は終わったかしら?」

 

 !!?び、びっくりした〜。

 

「おどかさないでよ真由美お姉ちゃん」

「ふふふっ。ナギくんが夢中になってて気が付かないのが悪いのよ。

 それで、達也君ははじめましてよね?生徒会長の七草(さえぐさ) 真由美(まゆみ)です。ナギくんとは姉弟みたいなものかな。よろしくね」

「よろしくお願いします。ところで、なぜ自分の名前を?」

「それは当然よ。入試で筆記の成績がダントツでトップ、しかも主席の深雪さんのお兄さんともなれば忘れるほうがどうかしてるわ」

「……そうですか。あともう一つよろしいですか?」

 

?なんだろう。どこか訝しんでいるような…。

 

「なに?私が答えられることだったら答えるわよ」

「それでは。深雪に自分の入試の成績を教えたのは会長ですか?」

「そうだけど。この前予行に来てくれた時、『兄の筆記の成績は一位でしたよね?』って聞かれたから、兄妹だし平気かなーって思ったんだけど、ダメだった?」

 

 あ、達也くんが頭を抱えてる。

 まあ、あの兄妹ゲンカの元凶は悪気はなかったっていうんだから、しょうがないか。

 

「……いえ、もう済んだことですし大丈夫です。

 ところで会長、何か伝えたいことがあるから話しかけてきたのではないんですか?」

「ああ!そうだった!ほら達也くん、そろそろ入学式の時間だから移動したほうがいいわよ。ナギくんは用事があるから少し残ってね」

「本当ですね、ありがとうございます。

 じゃあ、ナギ。先に行っているぞ」

「うん。ついでにボクの席も取ってくれるとありがたいかな」

「わかった。それでは会長、失礼します」

 

 そう言って達也くんは講堂に向かっていった。

 うん、達也くんは頭もいいし大局的にものを見れている。気遣いもできているし話してて不快になるわけでもない。

 将来、絶対に有名になるだろう。ここで友人になれたのは当主としても個人としてもよかったな。

 

「それで真由美お姉ちゃん、ボクに用事ってなに?」

「べつに大したことじゃないわよ。ただ、言いたいことがあっただけ」

「言いたいこと?」

「そうよ。じゃあ言うわね。んんっ。『入学おめでとう、ナギくん』」

 

 真由美お姉ちゃんは会長の顔から家族の顔になって、言ってくれた。

 なら、ボクも家族として返さなくちゃ。

 

「ありがとう、真由美お姉ちゃん。ところで、生徒会長がここにいて大丈夫なの?」

「それは大丈夫よ。『迷子になっている新入生の案内』って名目で抜けてきたから」

「なんでわざわざ。あとでもよかったじゃない」

「あの息の詰まるところから、外に出てリラックスしたいっていうのもあったのよ。おかげでいいものも見れたから大満足ね」

「いいもの?」

 

 なんだろう?三年生の真由美お姉ちゃんからしたら特に何もないと思うんだけど。

 

「そうよ。入試の筆記トップ1・2の二科生が入学式の朝から魔法について議論しているって光景」

「筆記の2位ってボクだったんだ」

「ナギくんたちのような規格外の二科生がいてくれると、校内の意識改革がしやすくなるのよ。だからああやって目立ってくれると会長としても姉としても嬉しいのよね」

「意識改革をするならまずは学校の体制から変えないと」

 

 学校は一科生と二科生の間に対抗意識を持たせて競争心をださせたいのかもしれないけど、この学校の体制だと差別意識ばかり生まれてしまって競争心なんて出てこない。

 

「……やっぱりそう思う?」

「そうだね。まず、この制服が問題点その1だよ。

 同じ学校なのにデザインが違う、しかも根本的に違うんじゃなくて一部分が『有る』か『無い』かの違いだし、その部分も学校のエンブレムなのもまずいよ。

 これじゃあ『無い人たち』は、学校側から『お前たちは学校を背負う価値の無い奴らなんだ』と言っているようなものだし、それが原因で差別されるよ」

「正解。実際にそこから差別は起きているわ。しかも一科生を『花冠(ブルーム)』、二科生を『雑草(ウィード)』ってね」

「指導体制が問題点その2で、指導要員が足りないから一科生のみに個別指導がつくのは仕方が無いにしても、例えば、放課後に二科生優先で教員に質問ぐらいできるようなシステムがないと。

 これじゃあ一科生は(つまず)いたら質問して解決できるけど、二科生が(つまず)いたらそのままになっちゃってついていけなくなる人も出てくるだろうし」

「……確かに、二科生が勉強についていけなくなったって退学したり、問題を起こす事例は毎年それなりの数でているわ。

 今日にでもナギくんの言ったシステムを教員に提案してみるわね」

「ありがとう、お願いするね。

 そして進級システムが問題点その3だね。

 今のままじゃ二科生がいくら勉強して成績を上げても、評価されて一科生になれるなんてこともないから、二科生のやる気のもとや目標が無い状態なんだ。

 このままじゃ二科生の成績はいつまでたっても伸びないし、実際にはどうであれ『正しく評価されない』っていう不満だけがたまっていって、いつか大きな爆発を起こすよ」

「その通りなのよね。でも、学校はお役所仕事でこっちの意見は聞き入れてくれないし。実際に爆発が起きてくれないとそこらへんの待遇改善はされそうにないのよね……。

 あーもう!生徒だけで出来そうなことならどうにかするのに!」

 

やっぱり、生徒会長として出来る限りの事はしたいんだろうけど、あくまで子供(せいと)だからなぁ。大人(きょうし)が動かないとどうしようもないか。

 

「魔工技師志望の人や古式魔法師のことも含めて、正直学校の体制は最低に近いよ。地道に問題追及していって、問題が起きたときに学校が日和って中途半端な対応にならないように、イニシアチブをとっておくのが今できる最善のことじゃないかな」

「やっぱりそれしかないわね……。二科生が大活躍してくれたら問題提起もはかどるのに」

「ご期待に添えるよう努力するよ」

 

 話の切りもついたから立ち上がろうとして周りを見たら、小柄な女の子が走ってくるのが見えた。

 ……服は新品じゃなさそうだけど、先輩なのかな?

 

「あっ、いたいた!会長ー!」

「あら、どうしたのあーちゃん?」

「あーちゃんはやめてくださいっていつも言ってるじゃないですかぁっ!」

 

ああ。真由美お姉ちゃんの被害者か……。

 

「それで、えーとこちらの方は?」

「ああ、この子は春原 凪くん。この前生徒会室で、弟みたいだって話したでしょ?

 ナギくん。この子は中条(なかじょう) あずさ、生徒会の書記をしているの。通称あーちゃん」

「そう言っているのは会長だけですっ!!

 えっと。中条 あずさ、二年生です。よろしくお願いします、春原くん」

「春原家当主、春原 凪です。一年ですしナギでいいですよ」

「……ほわ〜」

「どうかしましたか?」

「っは!い、いや、テレビで見るのと同じ顔だなーっと思って……」

「そうでしたか。いつも見てくださってありがとうございます」

「い、いえ、べつに、いつもってほどじゃ……」

「……それで?どうしたのあーちゃん?」

 

 ?真由美お姉ちゃんがなんな不機嫌になってる。

 二人で話してて、会話に入れなかったからかな?

 

「あっ、そうでした!会長!そろそろ来てくれないと準備とかもあるんですよー」

「え?もうそんな時間?」

「それが、服部(はっとり)くんとか市原(いちはら)先輩とかが『早めに準備しておかないと』って言ってて……」

「もう、二人とも真面目なんだから!

 じゃあナギくん、そういうわけだから」

「わかったよ。達也くんと一緒に会場から見ているから頑張ってね」

「そういうことなら、かっこいいところを見せなくちゃね。

 じゃあね。ちゃんと聞いてるのよ!」

「ナギくん、それではまた」

「ええ、真由美お姉ちゃんをよろしくお願いします」

 

 じゃあ時間もそろそろだし、ボクは達也くんと合流しようかな。

 

◇ ◇ ◇

 

「えーと……」

「ナギ、こっちだ」

 

 あ、いたいた。

 って、四人組の女の子が隣にいる。知り合いかな?

 

「ありがとう達也。その子たちは知り合いなの?」

「いや、席を探してたそうでな。いま自己紹介をしたばかりだよ」

「そうなんだ。ああ、挨拶がまだでしたね。

 初めまして、春原家当主の春原 凪です」

「はじめまして、柴田(しばた) 美月(みづき)です」

「あたしは千葉(ちば) エリカだよ。よろしく春原くん」

「春原だとちょっと長いですよね?ナギでいいですよ」

「オーケー。じゃあナギって呼ばせてもらうね」

 

 そのあと残りの二人とも簡単に自己紹介をして、席に着いた。

 

「へぇ。では四人とも今日が初対面なんですか」

「そうなのよ。仮想型の端末が禁止だっていうからマップが手元になくて」

「そうそう。おかげで案内板とにらめっこしてたら知り合ってね」

「あたしは単純に忘れたんだけどね」

「そうなんですか。では、こんな出会いをくれたことを昨日の貴女がたに感謝しなければいけませんね」

「あー、そうだね。昨日きちんと下調べしてたらこうやって有名人と会話することもなかっただろうし」

「そう考えると、昨日の自分を褒めたくなりますね」

「そうそう。入学してすぐにこんなイケメン二人と知り合えるなんてついてるよ!」

「でも、二回目があると思っていると失敗しますからね。次からはきちんとしたほうがいいですよ」

「はーい」

「わかりましたー、ナギせんせー」

「あははっ、『ナギせんせー』って何よ!」

「だって、いまのなんか先生みたいだったじゃん」

「確かに、そう聞こえました」

 

 ナギせんせー、か。なんか懐かしいな。

 ところで、達也くんはなんでそんな尊敬するような目でボクを見ているの?

 

「あっ。そろそろ始まるみたいですよ」

「ほんとだ。さすがに静かにしなきゃ」

「初日から目をつけられたくないしね」

 

 さて、真由美お姉ちゃんと深雪さんはどんなスピーチをするんだろう。楽しみだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 あのあと、入学式は滞りなく終わった。

 真由美お姉ちゃんも深雪さんも素晴らしいスピーチだったけど、『みんな等しく』とか、『魔法以外にも』とか際どいフレーズがあって、前のほうに座っていた一科生の一部がピリピリしてたのが気になった。

 真由美お姉ちゃんは生徒会長として、深雪さんは二科生に兄を持つ妹として、この学校の差別を問題視しているだろうからその言葉を使うのは予測できていたけれど、まさか入学式もまだなのに差別思想に染まっている人がいるのには驚いた。

 確かに魔法師にはその傾向がある人が多いのは知っているけれど、そういう人たちが問題を起こしているのを知らないのかな?結構ニュースとかでもやっているんだけど。

 

 それはともかくとして、ボク達はみんなでIDカードの交付に来ていた。

 一列に並んで女性から先に受け取ってもらい、ボクが最後に受け取ったところで、エリカさんがボクと達也くんに楽しそうに話しかけてきた。

 

「ねえ、二人とも何組?」

「俺はE組だ」

「ボクもE組ですね」

「やたっ!あたしもE組!」

「私も同じクラスです」

 

 エリカさんと美月さんが嬉しそうに、特にエリカさんは若干飛び跳ねながら喜んでる。

 それにしてもこの三人と一緒か。面白いクラスになりそうだ。

 

「あたし、F組だ」

「あたしはG組」

「まあ、クラスが違うだけですし、何かあったら話しかけてきてください」

 

 この二人とは別になっちゃうのか、さすがに六人全員が一緒にはならないか。

 

「そうだね。それじゃ、あたし達はクラスにいって新しい仲間を作ってくるよ」

「それじゃあね」

 

 手を振って、教室へ行く二人を見送る。

 あの二人ならすぐに新しい友達ができるだろうから大丈夫かな。

 

「どうする?あたし達も教室にいってみる?」

「すみません。実は用事が入っていて、少ししたら出なくちゃいけないんですよ」

 

 入学案内によると、今日のホームルームは自由参加らしい。

 本当は新しい友達を作るためにも出たかったんだけど、ついてないことに出れるだけの時間はなかったんだ。

 

「用事?」

「たしか、今日の夕方のニュースに生出演しますよね。もしかしてそれですか?」

「そうですよ。今日魔法科高校に入学するということで呼んでいただいたんです」

「そうだったんだ。今日の夕方のニュースね?あたしも見とこうかな。

 じゃあ司波くんは?」

「すまないが、俺も妹と待ち合わせしていてな」

 

 じゃあ、達也くんはこれから深雪さんと一緒に帰るのかな。

 

「へえ、司波くんって妹いたんだ」

「もしかして、新入生総代の司波 深雪さんですか?」

「えっ!そうなの?」

「そうだが……。よくわかったな。

 ナギは朝一緒にいるところをみていたんだが、二人はそうじゃないだろう?」

 

 ?驚くほどのことなのかな?

 

「うーん、別に驚くほどじゃないでしょ。『司波』なんて苗字、この少ない生徒数でそんなにかぶるわけはないんだし」

「それはそうなんだが……、あまり似ていないだろう、俺たち。初見で当てられるのは珍しくてな」

「そんなことはないよ。顔の作りも似ているし、ボクだって一目で親族だってわかったんだから」

「そうね。なんか、こう、凛とした雰囲気も似てるのよ」

「それに、お二人のオーラはよく似ていましたし」

「……そうか」

 

 !?今一瞬だけど達也くんの雰囲気が変わった!

 美月さんに対して……敵意?どうしてだろう。

 

「それにしても、オーラの違いがわかるなんて柴田さんは本当に目がいいんだね」

 

 ……つまり、霊子放射光過敏症の柴田さんには、見られたくないものが見られてしまうかもしれないから敵意を抱いた、っていうことなのかな。

 

「?美月はメガネかけてるけど」

「そういうことじゃないよ。大体柴田さんのメガネには度が入っていないだろう?」

 

 そうだろうな。前世ではメガネをかけてたから違和感からすぐ気付いたけど、あれは重度の霊子放射光過敏症の人、つまり精神的活動から出るとされていて、精霊を構成する粒子でもある『霊子(プシオン)』が見えすぎてしまう人が、かけることでそれを抑えるための『オーラ・カット・コーティング・レンズ』を使ったメガネだ。

 目がいいというのは霊子(プシオン)、つまり精神の活動がみえるということを指しているんだろう。

 

「お兄様、お待たせ致しました」

 

 あっ、ちょうど深雪さんが来たみたいだ。

 少し雰囲気が悪くなってたからこれで変わるといいな。

 

「早かったな」

「ええ、お待たせするわけにはいけませんから。

 ナギ君もこんにちは。朝はありがとうございました」

「こんにちは深雪さん。朝も言ったけど、別に気にしなくていいですよ」

「そうですか、わかりました。

 ……ところでお兄様?そちらの方々は?」

 

 な、なんか深雪さんがこわい笑顔になってから、急に気温が2度ぐらい下がったような気がする!

 達也くんの周りに女の子がいるのがそんなに気に入らないの!?

 

「落ち着け、深雪。二人は入学式で知り合ってな。たまたまクラスも一緒だったから少し話していただけだよ」

「そうでしたか、それは失礼いたしました。司波 深雪です、どうぞ兄ともどもよろしくお願いします」

「柴田 美月です。よろしくお願いします」

「あたしは千葉 エリカよ。司波さん……だと分かりづらいから深雪でいい?」

「大丈夫よ、私もエリカって呼ばせてもらうから。柴田さんも美月でいい?」

「はい、大丈夫ですよ深雪さん」

「それにしても、意外と見た目によらず気さくな感じね」

「そういうエリカは、見た目通り活発な感じね」

 

 やっぱり女の子は打ち解けるのが早いなぁ。

 ってあれ?

 

「あれ?真由美お姉ちゃん?どうしたの?」

「「「「……えっ?」」」」

 

 エリカさんたちと真由美お姉ちゃんの隣にいる男の人が驚いている。やっぱり『お姉ちゃん』っていうのがまずかったのかな。

 

「ああ、ナギくんに用事があるわけじゃないわよ。

 実は深雪さんをお誘いしようと思ってきたんだけどね。

 それと、こんにちは。また会いましたね、達也くん」

「こんにちは、七草(さえぐさ)会長」

 

 つまり、深雪さんを生徒会か何かに勧誘するつもりだったけど、予定がありそうだからまた今度にしようってことかな。

 

「……それでナギ?七草会長とどういう関係なのよ」

 

 なんかエリカさんがニヤニヤと、美月さんと深雪さんが疑問そうに、男の先輩が真剣にこっちを見てる。

 別に隠すことじゃないし、いってもいいか。

 

「実はボクの両親が死んでしまった後、後見人を真由美お姉ちゃんのお父さんにしてもらっているんです。

 それで、九歳ぐらいから姉弟(きょうだい)のように接してきたんですよ」

「……ごめん、軽々しく聞いちゃいけないことだったわね」

 

 なんか周りの空気が重くなってる!!

 美月さんも男の先輩もなんか苦しそうな顔をしてるし!

 

「気、気にしなくても大丈夫ですよ。もう昔のことですし。

 ところで真由美お姉ちゃん、隣の人は?」

「ああ、彼は生徒会副会長で二年生の服部(はっとり) 刑部少丞(ぎょうぶしょうじょう) 範蔵(はんぞう)くん」

「……服部 刑部だ」

「1-Eの春原 凪です。よろしくお願いします」

「おなじく、司波 達也です」

「い、1-Eの柴田 美月です。よろしくお願いします!」

「同じく、1-Eの千葉 エリカです」

 

 ボク達の挨拶に服部先輩は目で返しただけだった。

 なんだろう、態度が悪いな。

 

「それじゃあ深雪さん。今日は都合が悪いみたいなので、今度ゆっくりお茶でもしながらお話ししましょうね。あと、達也くんも」

「待ってください会長!二科生に遠慮なんて——」

「服部副会長、生徒会役員としてそれは問題発言ですよ。

 それに、遠慮したのは『二科生に』ではなく『家族に』です。アポ無しの私たちが出直すのが自然でしょう」

「うぐっ」

 

 なるほど、これが一科生と二科生のあいだの差別意識なのか。

 エリカさんも目を尖らせているし、美月さんも不満そうにしている。

 やがて真由美お姉ちゃんの言葉が正しいとわかったのか諦めたような顔になった。

 

「それじゃあまた今度。ナギくんは生放送頑張ってね」

「ありがとう真由美お姉ちゃん」

 

 さて、そろそろボクも行かなくちゃ。

 

「じゃあ、ボクもそろそろ時間ですので」

「そうか、頑張ってこいよ」

「?ナギくんはどうかしたんですか?」

「ああ、さっきの話のとき、深雪さんはいなかったんでしたっけ」

「ナギは夕方のニュースに生出演するらしいから、そのためにこれから行かなくちゃいけないそうよ」

「そうなんですか。それでは頑張ってくださいね」

「わかりました。気合を入れて頑張ります」

 

 思っていたよりもいろんな出会いがあった一日だったけど、たのしかった。これからの学校生活も楽しみだな。




読了ありがとうございます。

それでは今回の補足です、と言っても一つだけですが。


・『案内板を〜、仮想端末が〜』の部分

実は原作のこの部分で、美月を含めた女生徒四人分の掛け合いがあるのに、口調からして美月が話したであろうセリフがないという奇妙なことになってます。
おかげでここら辺の流れの自信がありません。何かおかしかったらご報告ください。


さて、今回から原作に入りました。
入学式編ではどんな活躍をしてくれるのでしょうか。
それでは次回もお読みください。

ヒロイン&アーティファクトのアンケートは入学式編終了まで受付中です。よろしくお願いします。


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第二話 再会と『友達』

12800UA&218件のお気に入りありがとうございます!

たいへん遅くなりました。YT-3です。

なかなか納得できる話が書けなくて大変でした。

今回はほとんど話がすすみません。
その割には原作解離が起きます。

それでもよろしければどうぞご覧ください。


 

 高校生活二日目の朝。

 少しの居心地の悪さを感じながら通学していると、昨日知り合った兄妹と偶然会った。

 

「おはよう達也くん、深雪さん」

「ああ、おはようナギ」

「あ、ナギくん!おはようございます!」

 

 って、深雪さんはなんでそんなに嬉しそうなんですか!?

 

「達也くん、深雪さんはどうしたの?」

「ああ、実は昨日ナギが出ていたニュースを見ていてな。

 それで、ナギが言い負かしていたコメンテーター、魔法力至上主義で有名だろう?深雪も嫌っていたんだが、コテンパンに言われていたのを見てナギに感謝しているようでな」

「そうなんです!ナギくん、本当にありがとうございました。

 なんども私が思っていたことを言ってくれたおかげで、多少溜飲が下がりました」

「そんなに感謝されることでもないですよ。あまりにも二科生を馬鹿にしていたので、頭にきてしまって言ってしまっただけですから。

 むしろ少し言い過ぎてしまったかと思ってたんですが」

 

 スタジオの空気も悪くしちゃったし。

 

「そんなことないですよ!!そうですよね、お兄様!」

「『ボクは確かに二科生ですが、魔法塾にも行ってませんし、そもそも古式魔法師です。似たような、まだまだこれから伸びる人や、現代魔法の試験だけでは実力を測れない人は他にもいるでしょう。現時点での成績だけで全てを判断するのは若い魔法師の将来を狭めてしまうと思いますよ?』、だったか?

 別に間違っているわけではないし、言い過ぎというほどでもないと思うんだが、どうしてそう思ったんだ?」

「実はさっきから嫌悪とか侮蔑の視線がすごくて。これから平和に高校生活をしていくのにあまり良くなかったかなって思ったんだ。

 言ったことが間違っていたとは思ってないよ」

「そういうことか。確かに入学早々悪目立ちしたくはない。

 ナギはこれから大変だろう」

 

 ……それは達也くんには言われたくないなぁ。

 

「……達也くんも、一年生首席の深雪さんを連れていて、すでに結構目立ってると思うんだけど?」

「それを言われると弱いんだけどな。こればかりは兄妹なんだから仕方ない」

「兄妹が一緒に登校するのは自然なことですもの」

「まあ、確かにそうだね。二人は魔法師云々の前に兄妹だから、こうして科なんて関係なく仲良くしているほうが正しいからね。

 これから、関係が広まっていったら目立たなくなってくるんじゃないかな」

「そうならいいんだがな。

 だが、その場合でもそれまでに一悶着ありそうだ」

 

 まぁ、この感じだとそうなる可能性は高いよね……。

 

「まったく、たかが学校の成績、それもほとんど実技のみの差だというのに、ここまで区別が起きるなんて。

 だいたい、一科生でも二科生でも、卒業してしまったら公的には同じだというのに、どうしてこんなに自慢したがるのでしょう」

「自慢や区別をしたがるのは人間のサガですから仕方がないよ。

 問題は、そこから差別やイジメに発展していかないように大人や社会が対処することだけど、この学校はうまくできていないね」

「いや、何もこの学校に限った話ではないだろう。

 ライセンス、BS魔法師、現代魔法師と古式魔法師、さらに言えば魔法師と非魔法師。この社会にはまだまだ解決するべき壁は多い。

 これは魔法が『兵器』として急激に台頭してきた影響だろうな。もう少し時間がかかったり、そもそも『兵器』ではなく『技能』として初めから出てきていたら、まったく違う社会になっていただろう」

 

 うん。その通りだ。やっぱり達也くんは世論とかに流されずにきちんと物事が見れてるな。

 

「それらの問題を聞くと、なおさら一科生と二科生の差別なんてくだらなく思えてきますね。

 結局のところ、時間が解決するしかないという問題なのでしょうか」

「もしくは『革命(revolution)』や『革新(innovation)』だね。

 どちらにせよ、このままではいけないことが明確に示される大事件か、いままでの常識を覆すような大発明がないとおきないから、しばらくはこのままの状況が続くしかないかな」

「そうですか。できればお兄様には学校を楽しんでもらいたかったのですが……」

 

 深雪さんは兄思いのいい妹さんだね。問題は『兄思い』から『兄想い』になっちゃっていることだけど。

 

「深雪、それは違う。俺は現状に満足しているよ。

 ナギとは考えが合うし、エリカや美月もいる。他にも気の合うやつは居るだろう。生徒全員と仲良くできるわけはないんだから、こういう友人ができるだけでも十分だ。

 だから心配せずとも大丈夫だよ。

 むしろ、そんな傷ついた顔をされるほうが困る。深雪が俺を思ってくれているのと同じように、俺も深雪には笑顔でいてほしいんだ。そんな顔をされると俺まで悲しくなってきてしまう。

 だから深雪には自分の友人を作って、学校を楽しんでほしい」

「お兄様……」

 

 あ、ダメだ。また二人の世界を作り始めちゃった。

 この部分は直さないといつまでも注目を浴びるだろうなぁ〜。

 

◇ ◇ ◇

 

 あの後、深雪さんとは階段の前で別れて(名残惜しそうにしていた深雪さんを達也くんがなだめて、また世界を作っていた)、今はちょうど1-Eの教室の前についたところだ。

 

「エリカさんたちと同じクラスってことは、たぶん一年間退屈しないだろうね」

「それについては全面的に同意する」

 

 二人して苦笑して、教室に入る。

 

「あっ、オハヨ〜」

「おはようございます。達也さん、ナギくん」

「ああ、おはよう二人とも」

「おはよう」

 

 二人とももう来てたんだ、早いなー。

 さて、ボクの席は……。あれ?

 

「どうしたナギ?」

「いや、友達がたまたま隣の席だったから驚いただけ。

 少し挨拶してくるね」

「ああ、後で紹介してくれ。お前の友人だったら気が合いそうだ」

「わかった」

 

 エリカさんが少し反応してたけど、とりあえず三人は達也くんと美月さんの席(こっちもたまたま隣だった)に向かったようだ。知り合いとの再会に見ず知らずの人がいるのは気まずいだろうと気を遣わせてしまったかな?

 まあ、なんか彼も切羽詰まってる感じだし、ありがたかったな。

 これから学友になるんだ。きちんと挨拶して、みんなにも紹介しないと。

 

「久しぶりだよね、幹比古(みきひこ)くん。一年ぶりぐらいかな?」

「……久しぶりナギ。そうだね、最後に会ったのはちょうど一年ぐらい前だ」

 

 よかった。話もできないほど思いつめているわけじゃなさそうだ。これならみんなとも仲良くできるかな?

 

「それにしてもびっくりしたよ。まさか幹比古くんと同じクラスだなんて。

 そもそも魔法科高校に入ったことも知らなかったよ。去年は入るつもりはないって言ってたけど、なんでまた?」

「……ナギは父さんから聞いてないのかい?」

「?なんのこと?」

 

 なんか、ヤケクソって感じだけど?

 

「去年の夏、僕は魔法事故を起こしてね。魔法がうまく使えなくなったんだ。

 だから、足りないものを補えないかと思って、現代魔法を学ぶためにこの学校を受けたんだけどね。結果はこのザマだよ」

「……そうだったんだ」

「そう。だから、僕はもう神童じゃなくて……」

 

「やっぱり幹比古くんはすごいね!」

 

「……え?」

「だって現代魔法の勉強をし始めたのは去年の夏からでしょ?この短期間で古式魔法師が二科生とはいえこの学校に受かることが出来ただけですごいじゃない!」

「そ、それはナギだって——」

「ボクは春原家の魔法の復元のために十歳ぐらいから調べたりしてきたから。

 それに、たった半年ぐらいで入学できたのは幹比古くんだったからだよ。他の人ならそんなにうまくはいかないって」

「……そうかな」

「絶対そうだよ。実際、古式魔法師の合格率はかなり低いんだから。

 それに、魔法がうまく使えなくなったことは気の毒だと思うけど、完全に使えなくなったわけじゃないんだから、何かしら元にもどる方法はあるはずだよ。

 ボクも手伝えることがあったら手伝うからさ、あまり悲観的にならないほうがいいよ」

 

 できることがあるかは分からないけど、愚痴を吐くだけでもだいぶ違うはずだからね。

 

「……『そのうちに戻るさ』とは言わないんだね」

「そうなったからには何かしら原因があるはずだからね。それが時間で解決することならそのうち戻るかもしれないけれど、そうじゃなかったら解決のために動かなくちゃならない。

 幹比古くんは本気で悩んでいるんだもの、そんな無責任なことは言えないよ」

「……ありがとう。おかげで少し気が楽になった。

 じゃあ、これから頼らせてもらうね」

 

「もちろん。ボクたちは友達だろう?困った時は助け合うのが普通だよ」

 

「……そうか。そうだよね」

 

 そう言って幹比古くんは笑った。

 うん、せっかくの高校生活だもの、気を張ってばかりじゃもったいない。

 こうして友達に会えたんだ、高校生として過ごしたほうが楽しいもんね。

 幹比古くんは、教室の中央付近で言い争っ(じゃれあっ)ている男女のうち、女性のほうをちらりと見ると口を開いた。

 

「それにしても、ナギがあのエリカと知り合いだなんてね。世間は狭いと改めて思ったよ」

「エリカさんたちとは昨日の入学式で知り合ったばかりだけどね。幹比古くんはエリカさんとは知り合いなの?」

「うん、家同士の友好が深くて、昔からね。一応、幼馴染み……ってことになるのかな。

 初めて会った頃は、今からは想像できないくらい無口で無愛想だったんだけど、一体なんであんな感じになったんだろうね……」

 

 へえ。エリカさんって昔はそんな感じだったんだ。たしかに今からは想像できないな。

 ところで、たぶんこんな話をしていると……

 

「そうよね〜。今では立場が逆転して引きこもりになっちゃったもんね〜、ミキが」

「ボクの名前は幹比古だ!大体、引きこもってなんかない!」

「あ、エリカさん。やっぱり聞いてたんだ」

 

 格好のネタだものね。

 

「なんか、やっぱりって言われるのは釈然としないんだけど……。

 まあ、お互いの家のパーティーにも出てこなくなって、引きこもりになった幼馴染みの事だもの、気にはなるわよね」

「だから引きこもってはいないよ!修行だとかリハビリで忙しかっただけだ!」

「なんだ、ナギの友人はエリカの幼馴染みだったのか」

「あ、達也くん」

 

 気づけば美月さんと、さっきエリカさんと言い争っていた人も来ている。まだ少し時間があるし今のうちに自己紹介だけでもしておこうっていう事かな?

 

「ボクも今知ったんだけど、そうだったみたいだね」

「そうか、世間は意外と狭いものだな。

 っと。エリカ、時間もなくなってきているし、そろそろ自己紹介されてくれないか」

「あっ、忘れてた!

 それじゃ、ミキ。あんたから始めなさいよ、時間とったんだから」

「時間を使ったのはエリカじゃないか……。まあいいや。

 僕は吉田(よしだ) 幹比古(みきひこ)。あまり苗字で呼ばれるのは好きじゃないから、できれば幹比古と呼んでくれ」

「わかった、そう呼ばせてもらうよ。

 俺は司波(しば) 達也(たつや)だ。同じ一年に妹もいるから達也と呼んでくれたほうが分かりやすくてありがたい」

柴田(しばた) 美月(みづき)です。よろしくおねがいしますね」

「俺は春原のほうも初対面だよな?

 西城(さいじょう) レオンハルトだ。レオでいいぜ」

「知ってるみたいだけど、一応初対面だから自己紹介するね。春原(はるばら) (なぎ)です、ボクもナギでいいよ」

 

 達也くんの前の席にいた男の子は、レオくんっていうのか。ハーフかな?

 

「オーケー、ナギ。にしても本当どこかで会ったことなかったか?」

「あはは。よく、テレビで見てるから初対面の気がしないって言われるよ」

「有名人の特権だよね〜。あたしも昨日会った時、初めての気がしなかったもん」

「わたしもです。やっぱり、そういうことってよくあるんですね」

「そうだね。テレビのイメージが強いらしくて。他にも、よく声をかけられたりとかあるね。

 まあ、これはテレビのせいだけじゃないだろうけど。深雪さんとかもよくあるんじゃない?」

「たしかにスカウトなんかにはよく声をかけられている。断っているがな。

 ただ、基本的には一人で出歩かせないようにしているからナンパにはあまり遭わないな」

「うわ〜。もしかして達也くんってシスコン?」

 

 たぶん、間違いありません。

 

「そんなわけないだろう。単に家族として心配なだけだ」

「というか達也の妹の名前、深雪っていうのか。もしかして昨日挨拶してたあの娘か?」

「ああ、彼女だったらたしかに心配になるかもね」

 

 まぁ、幹比古くんの言う通り深雪さんは美人だものね。心配になるのも無理はないか。

 

「っと。もう10分前だね。そろそろ席に戻ったほうがいいよ」

「?なんでだ?別に教師が来るわけじゃないんだろ。ギリギリでもいいんじゃないか?」

「うわ〜。不真面目〜。教師がこなくても座っとくべきでしょ。そんなんだから不良みたいになるのよ」

「んだとコラ!それとこれとは話がちげーじゃねーか!」

「はいはい二人ともそこまで。もう小学生や中学生じゃないんだから」

「うっ」

「そ、そうだな」

「……なんか手慣れてるね、ナギ」

 

 それはそうだ。前世であの騒がしいクラスを受け持ってたのは伊達じゃない。アレに比べればこんなの全然マシだもの。

 本当にあの頃は大変だったなー……。

 

「ナギくん?そんな遠い目をしてどうしたんですか?」

「あっ。すみません美月さん。少し昔のことを思い出してただけですから、大丈夫です」

「一体お前の過去に何があったんだ……」

「それより、どうして席に着いといたほうがいいの?こいつの言うこともたしかに一理あると思うんだけど」

「ああ、実は入学案内には書いてないんですけど、オリエンテーションの時間に限って教師が来るそうなんです」

 

 ボクの言葉に、全員疑問符を浮かべているけど、そんなにおかしいことかなぁ?

 

「ん?どういうことだ?別に担任教師なんてものがいるわけでもないんだろ?」

「いまどきそんな時代遅れなシステムあるわけないでしょ。常識で考えなさいよ」

「……さっきからテメェは喧嘩売ってきてるよな?」

「レオくん、とりあえず抑えて抑えて。

 エリカさんも言い過ぎないでよ。

 それにレオくんの発想は、あながち見当違いってわけでもないんだ」

「どういうことですか?」

「……そういえばひとクラスにつき二人、カウンセラーがつくんだったか」

 

 さすが達也くん。もう思い当たったのか。

 

「そうだね達也くん。真由美お姉ちゃんから聞いたんだけど、毎年二人のうち一人がきて挨拶をするらしいから、余裕を持って行動したほうがいいっていうことだよ」

「そうなのか、ありがとな。

 それにしてもナギも姉がいたんだな」

「あれ?でも確か春原家って——」

「バ、バカッ!それは触れちゃ——」

「ボク一人だよ。兄弟はいないし実の親ももう他界したから」

 

 し……ん。

 あ、教室の空気が死んだ。

 会話が聞こえてた人も固まってる。

 

「すまん。無神経すぎた」

「知ってたはずなのに、ごめん」

「昨日エリカさんたちにも言ったけど、もう気にしていないから大丈夫だよ。

 それで、真由美お姉ちゃんっていうのは姉のように接してきた人のこと」

「この学校の生徒会長さまなんだよね」

「マジかよ。生徒会長ってあれだろ、十師族の七草家長女の『妖精姫(エルフィン・スナイパー)』」

「そうだけど、その二つ名は気に入っていないみたいだから本人の前では言わないほうがいいよ」

「達也の実の妹は一年の主席で、ナギの姉代わりの人は三年の主席。これってすごい確率だね……」

「たしかに、そう考えると偶然にしてはすごいな」

「なんか、運命を感じちゃいますよね」

 

 そんな感じで、結局話していたけど、予鈴がなったらみんな自分の席に戻っていった。

 さて、あと五分あるし今のうちに履修登録だけでもしておこうかな。




遅くなりまして申し訳ございませんっ!(二回目)

今回、本当にしばらく書けなくて、情報収集も兼ねて「LOST ZERO」を始めたらそっちも意外と進まなくて……って言い訳ですよねごめんなさい。
しかも10日もかかってまだ遥ちゃんの出番までいってませんし。
一体いつになったら入学式編終わるんでしょうか・・・
とりあえず頑張ります。

それにしても、計算してみたところ、実技の授業数にもよりますが、『個別指導』の教員って複数クラスを受け持っても最低で75〜150人以上、もしクラスごとに完全に分かれているとしたら300人はいそうなんですよね。
廿楽先生は「2-Bの指導員」だから後者が正しいんだろうけど、そんなに教員数が多いようには書かれていないんですよね。どういうことなんでしょう。
場合によっては今後の展開にも影響するので何か意見をください。

そして、一つ大きな問題が。
精霊魔法というものは原作魔法科でも出てきているんですね。読み返して初めて気がつきました。
なので、この作品では、

『』がネギま!でいう魔法を春原家が定義したもの
《》もしくは“なし”が魔法科での魔法の種類としてのもの

とさせてください。ほかにいい呼称が思いつかなかったもので。
何かほかにいい呼び方がございましたら、教えてください。それに変えるかもしれません。


それでは次回をできるだけ早く書きますのでお待ちください。

・・・味方の強化フラグは立ったから、敵を超強化しても大丈夫ですよね?


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第三話 教師の資質

16000UA&249件のお気に入りありがとうございます!

今度は結構早く書けました、YT-3です。

それではどうぞ。


 

 予鈴が鳴ってそれぞれの席についているコンソールが立ち上がると、エリカさんたちも自分の席に向かったので少し時間ができた。

 多分、すぐに先生も来るだろうし、早く履修登録を済ませても時間が余っちゃうから、IDカードを挿しておくだけにしておこう。

 

 暇になったのでなんとなく周りを見てみると、生徒の行動が三通りあることに気づいた。

 一つ目は、ボクと同じように、カードだけ挿して先に進めないで待っているパターン。美月さんも同じようだ。

 二つ目は、カードを挿して、適度にガイダンスを聞きつつ履修登録を始めているパターン。エリカさんやレオくんもここに入っている。

 最後は少数派で、もう履修登録を済ませてしまっているパターン。コンソールの様子から分かったが、達也くんや幹比古くんがこれだ。

 

 それにしても、先に来ていた幹比古くんはともかく、達也くんはボクと一緒に来たんだから、かなりのスピードで履修登録をしたことになるなぁ。

 ボクもそれなりに文字を打つスピードには自信があるけれど、あの僅かな時間内で終わらせるのは難しそうだ。もしかしたら、千雨(ちさめ)さんといい勝負なんじゃないかな?

 

 そんなことを考えながら時間を潰していると、本鈴がなって、それと同時に教室の前側のドアから先生が入ってきた。

 ……多分スタンバっていたんだろう。

 入ってきたのは、大学を出たばかりぐらいの、スーツ姿の女性だった。

 美人というよりかは可愛らしい顔つきをしていて、体の方は顔とは逆の大人の体つきをした人だ。

 でも、うまく隠しているけれど、見かけとは違って結構体は鍛えている。たぶん、かなり腕の立つ師匠のもとで1〜2年ぐらい研鑽していると思う。

 

 ……ただ、大きめの携帯端末を抱えながら、()()()()()()()()()()()()()()()姿をみると、愛嬌のあって、いい先生っぽいかな?と思った。

 あっ、持ち直した。意外と早かったな。

 

「皆さんご入学おめでとうございます。

 初日から欠席者がいるようなことがなくてよかったです。

 こういう挨拶は緊張しますので何度もしたくないですから」

 

 柔らかく、嫌悪感を抱かせないように話すのはさすがだな〜。それに冗談も言って場を和ませている。

 

「私は第一高校の総合カウンセラーをしている小野(おの) (はるか)です。

 総合カウンセラーは、皆さんの相談相手になったり、専門のカウンセラーが必要な場合は紹介したりしています」

 

 ボクが2-Aで最初に挨拶した時は、トラップに引っかかり、揉みくちゃにされて、黒板には手が届かなくて……。

 こうして比べてみるとやっぱり先生としてはダメだったよなぁ。やっぱり九歳で中学生を教えるなんて無茶だったんだよ、おじいちゃん。教師は大人じゃないと。

 

「この学校には全部で十六人の総合カウンセラーがいて、二人一組で各学年一クラスずつを受け持ってます。

 このクラスは、私の他に柳沢(やぎさわ)先生が担当をしています」

 

 小野先生が教卓のコンソールに触れると、前方のスクリーンに三十代半ばぐらいの男の人が写った。

 

『皆さんご入学おめでとうございます。私は柳沢(やぎさわ)といいます。小野先生と一緒に皆さんのカウンセラーをさせていただきますので、よろしくお願いしますね』

 

 柳沢先生も丁寧に挨拶をしてくれて、信頼できそうな雰囲気を出している。

 ……ところで、慣れないはずの教卓のコンソールですぐに目的のものを写せたり、急に写されたはずなのに少しも驚いたり慌てることもなく自己紹介できたりしたってことは、この挨拶を何度も念入りに準備していたんだろうなぁ。

 それだけで、どれだけ生徒のことを考えているのかが分かって、生徒としては嬉しくなるし、元教師としては尊敬できる。

 クラスのみんなもその雰囲気は伝わったのか、どんな先生がつくのかと緊張していた気配が消えている。

 

「直接来てもらって相談する以外にも、こうやって端末を通じて相談することもできるので、気軽に来てくださいね。通信には専用の量子暗号が施されていますし、カウンセリングの結果は、このスタンドアロンのデータバンクに保存されるので、皆さんのプライバシーが漏洩する心配はないですよ」

 

 ああ、持ってきてたのって大型の携帯端末じゃなくてデータバンクだったんだ。この学校、そこらじゅうにコンソールがあって、携帯端末はいらなそうだったから疑問に思ってたんだよね。

 

「本校は皆さんの学校生活が充実したものになるように全力でサポートしていきます。

 ……ですので、皆さん、これからよろしくお願いしますね」

 

 多分、最初に入ってきたときの雰囲気からすると、突然の教師に混乱と緊張している初めは堅く説明して、最後に砕けることで安心させて心を掴む、という予定だったんだろう。

 ただ、ボクが入学案内に載ってなかった『教師が来る』ということをバラしてて、思っていた以上に混乱していなかったから、最初から砕けることで距離を縮めることにしたんだ。

 とっさの判断でそれまで決めていた方針を変えるのは意外と難しいけど、小野先生はそれが完璧にできた。

 頭の回転は速いし、カウンセラーとしても上手だろう。いい先生に担当してもらえることになった。

 ……柳沢(やぎさわ)先生をほったらかしにしていて、画面に向かってペコペコ頭を下げているから締まらないけど。

 

 画面を消して、小さく咳払いしたあと、再び大人の微笑みを浮かべるけれども、クラスのみんなから暖かい視線で見られていることに気づいて恥ずかしそうにしていた。

 わかります。教師なのに生徒にそういう目線で見られるとすっごい恥ずかしいですよね。

 

「こ、これから皆さんの端末にこの学校の施設とカリキュラムに関するガイダンスを流します。最後に選択科目の履修登録をしたらオリエンテーションは終了です。もし、わからないことがあったらコールボタンを押してください。施設案内とカリキュラムの案内を確認し終わっている人は、ガイダンスをスキップして先に進んでいていいですよ。……あら?」

 

 小野先生は疑問の声を上げたあと、ちらりと達也くんと幹比古くんを見た。もう履修登録まで終わっている人がいたとは思っていなかったのかな?

 

「……そうですね、既に履修登録まで終わっている方は退室していてもいいですよ。

 ただし、ガイダンス開始後の途中退室はできませんので、退室する場合は今のうちにしておいてくださいね。IDカードも忘れないように」

 

 達也くんは動く様子がないし、幹比古くんのほうを見ると、幹比古くんは達也くんたちの方を見て苦笑した。せっかく知り合ったんだからこのあとも一緒に行動することにしたらしい。

 

「はい。退室希望者はいないようなのでガイダンスを流しますね」

 

 さて、じゃあやろうかな、と?

 

「?」

 

 視線を感じて目線を上げると、小野先生と目があって、笑いかけられた。

 ?どうしたんだろう?

 とりあえず、何か用があるわけではなさそうなので、先にガイダンスを進めておこう。

 

◇ ◇ ◇

 

「なあ。達也たち、オリエンテーションの間ずっと小野先生に見られていたけど、なんかあったのか?」

 

 オリエンテーションが終わり、みんなで集まって早々、その話題になった。周りの人が気づくぐらいあからさまだったから、やっぱり気になるんだろう。

 

「あっ、あたしも気になってた!達也くんとナギくんとミキを交互に見て笑いかけてたよね。入学早々なんかしたってわけでもなさそうだけど。何が理由なのかね」

「僕の名前は幹比古だ!

 ……うーん、ナギも見られていたから、履修登録済みの人が気になったってわけではなさそうだし。理由って言われても特に思い当たることはないんだけど、達也はどう?」

「俺の方も特には。記憶を当たってみたが知り合いってわけでもないしな。ナギの方はどうだ?」

「そうだね……。ひとつだけ思い当たることがあるよ。まあ、あくまで可能性だけど」

 

 見られていたのがボクと、達也くんと幹比古くんだったからこれかな?って程度だけど。

 

「どんなことなんですか?」

「その前に。たぶん達也くんと幹比古くんの個人情報に関わることになるから、話すには二人の許可がないと」

 

 ピクリと、達也くんが反応した。まあ、個人情報って言われてどうして知っているのかとかいろいろ思うところはあるだろうからね。

 

「どんな内容かはわからないし、どこで知った情報なのかもわからないけど、あまり重要なことじゃなければいいよ。僕も理由が知りたいしね」

「そうだな。友人に話せる範囲での情報ならいいだろう」

「安心してよ。そんな、隠しておきたいような情報までは持ってないから。幹比古くんのに関しては完全に推測だし」

 

『持っていない』だけで『得られない』わけではないけれど。

 まあ、友達だしアレ(・・)を使うつもりはないけどね。

 

「さあ、二人の許可も降りたことだし、さっさと話してよ。オリエンテーションの最中から気になって気になって仕方がないんだから」

「わかったよ。それで、確か幹比古くんって普通の勉強の成績もすごく良かったよね?」

「確かに成績は比較的いい方だけど……」

「比較的いいなんてレベルじゃないでしょ!ミキがそのレベルならあたしはどうなるのよ!」

「エリカちゃん落ち着いて。それで、それがどうかしたんですか?」

「うん。一週間ぐらい前に真由美お姉ちゃんが愚痴ってたんだけど、今年の入試で、筆記のみだとトップテンに二科生が三人も入っているんだって」

「……つまり、その三人が達也たちってことか?」

「一位がダントツで達也くん、二位がボクらしいから、残りの一人が幹比古くんだったら、教員の間では目立ってるのかなと思ったんだけど」

「たしかに、それだったらあの行動にも納得がいくな」

 

 達也くんや幹比古くんはこの推測で納得しているみたいだけど、その後ろでエリカさんやレオくんが呆れている。

 

「というか三人ともそんなに頭が良かったんですね」

「いや美月、『頭がいい』のレベルに驚きなさいよ。ようはこの三人は勉強だけだったら学年トップレベルだってことなんだからね」

「だけど、試験でわからねーとこを質問するのにこれ以上の奴はいねーぜ?性格もいいし、友達としては最高じゃねーか」

「……そこが重要なんだね。まあ、いいけどさ」

 

 レオくんの発言に幹比古くんは呆れているし、達也くんも苦笑いしている。初めから人任せじゃなくて、あくまで『質問をする』なんだから、ボクは別にいいと思うんだけど。

 

「それで、理由もわかったことだし、これからどうするよ?」

「ボクはお昼に真由美お姉ちゃんに呼ばれてて、午後一の授業もお姉ちゃんの授業を見に来いって言われているけど、それ以外だったら大丈夫だよ」

「俺はここで資料の目録でも眺めているつもりだったんだが……。OK、せっかくだし付き合うよ」

 

 レオくんやエリカさんの顔が曇ったのを見て、達也くんは苦笑しながら頷いた。少し表情が分かりづらいけど、これで結構面倒見はいいみたい。年下の妹(みゆきさん)がいたからかな?

 

「それで、どこに行くつもりなんだい?」

 

 幹比古くんがレオくんに尋ねる。今日明日と、専門的な魔法教育を受けたことのない新入生が雰囲気をつかめるように、実際に行われている先輩たちの授業を見学できるから、どれにするのか決まっているのか知りたいのだろう。

 

「そうだな……。昼まで工房に行ってみねぇか?」

「え?闘技場とかじゃなくてですか?」

 

 レオくんの答えに、美月さんが驚きの声を上げる。それだけじゃなくて、ボクも含め多かれ少なかれみんなが驚いた。

 レオくんは、なんというか、体育会系な雰囲気だったから、工房という答えは意外だった。

 

「やっぱ、そういう風に見えんのかね。まあ、間違ってはねぇけどな」

 

 レオくんもそう見らているのはわかっているみたいで、苦笑こそしたものの傷ついた様子はなかった、

 

「単に俺の得意魔法が収束系の硬化魔法だからだよ。かけるときも素材だとかの知識があるかないかで効きが全然ちげーし、自分の使うものは自分でメンテぐらいできるようになっときたいしな」

 

 その言葉にみんな納得したように頷く。

 それにしても、レオくんは自分の長所を理解して、それに必要なものを考えている。この様子だと将来のことも考えているだろうし、高校生になったばかりということを考えたら、かなりきちんとした性格なんだな。少し意外だった。

 

「それなら私も工房に行ってみたいですね。達也さんと同じで私も魔工師志望なので」

「あっ、なんかそれは分かる気がする。美月ってあまり身体動かすのは得意そうじゃないもんね」

 

 たしかに、エリカさんの言う通り、美月さんが魔工師っていうのはピッタリだと思う。

 

「オメーはどう考えても肉体労働系だな。闘技場の方がいいんじゃねぇか?」

「野生動物のあんたには言われたくないわよ」

 

 さて、クラスのみんなも動き出しているし、そろそろ決めないとな〜。

 

「んだと!一瞬もためらうことなく断定しやがったな!」

「そう感じたから言って何が悪いのよ」

「二人とも……今日あったばかりだろ」

「……ナギはもう止めないのかい?」

「こういうのは止めようとして止まるものじゃないからね。横から何かが来て仕方なく休戦するか、取っ組み合いのケンカになって決着がつくかでしか基本的に終わらないよ」

 

 アスナさんといいんちょさんがこんな感じだったからよくわかる。このタイプのいがみ合いを止めるのは大変なんだ。

 

「はっ、前世からの因縁かなんかがあるんだろうさ」

「あんたが畑を食い荒らす猪かなんかで、あたしがそれを仕留めた猟師だったんじゃない?」

「こ、このアマ……」

「ほら!二人とも行きましょう!時間がなくなっちゃいます!」

「そうだな!このままじゃ教室に残っているのが俺たちだけになるぞ」

 

 おお!強引に軌道修正しようとしてる!二人とも苦労人だなぁ。

 レオくんたちもわかっているのか、不機嫌にそっぽを向き合うだけで終わりにした。流石にアスナさんたちよりかは物分かりが良かったみたいだ。アスナさんたちだったら、このくらいじゃ止まらないからなぁ。

 

◇ ◇ ◇

 

 あの後、午前中はレオくんの提案通り工房を見て回ったけど、達也くんの目が輝いていたのが印象的だった。

 特にCADのハードウェアの授業では、二年生の中性的な顔立ちをした男の先輩に質問をしたそうにしていたし、本当に魔法工学関連が好きなんだなぁ。

 

 今はお昼になったのでみんなと別れて、真由美お姉ちゃんに呼ばてた場所に向かっている。

 

「それにしても、生徒会室に呼びだすなんて何があったんだろう」

 

 小野先生に見られていたとき以上に心当たりがないんだけど。電話じゃなくてわざわざ呼び出すのもおかしいし。

 

「っと、ここかな?

 失礼します。1-Eの春原(はるばら)です。真由……、七草(さえぐさ)生徒会長に呼ばれてきました」

 

 この時代にもマナーとして残り続けていたノックをして、所属と名前を告げる。するとすぐに返事があった。

 

「はーい。遠慮せずに入って」

「失礼します」

 

 真由美お姉ちゃんの言う通りに、扉を開けて入る。

 部屋の中には六人の先輩がいた。

 

 直接の面識がないのは二人。

 髪の長い、クールな印象を受ける女の人。

 それとは対照的に髪の短い、かっこいい印象の女の人。

 髪の長い人は入学式で紹介があった。会計の市原先輩、だったと思う。

 髪の短い人は紹介はなかったけど、九校戦で見たことがある。たしか、渡辺(わたなべ)先輩だったかな?

 

 面識のあるのは四人。

 一人目は真由美お姉ちゃん。

 二人目に、入学式の前に会った中条(なかじょう)先輩。

 三人目は、入学式の後に会った服部(はっとり)先輩。

 そして最後は……

 

「久しぶりだな、春原」

「おひさしぶりです、十文字(じゅうもんじ)さん」

 

 十文字家代表代理、十文字(じゅうもんじ) 克人(かつと)さん。

 

「さて、これで全員揃ったわね」

 

 ……思っていた以上に大事になりそうだ。




ナギはボスのへやにはいった。にげられない!

はい、不穏な空気になったところで次回に続く!です。
今回は特に補足もないのでまた次回となります。

一高ボス陣に呼び出されたナギ!一体彼らの要件とは!
次回、『春原の名』!
ご期待ください!

ヒロイン&アーティファクト募集はまだまだ行っています!是非ともご一考ください!


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第四話 春原の名

18500UA&290件のお気に入りありがとうございます!

どうも、不定期更新をタグに入れようか迷っているYT-3です。

ラスボスの間の様子が頭の中に浮かび続けてたのでスラスラ書けました。

それではどうぞ。


「まあ、まずは座って」

「はい。わかりました」

 

 真由美(まゆみ)お姉ちゃんに促されて、席に着く。

 ちなみに席順は、

 扉から見て正面にお姉ちゃん。

 その右手側に奥から、市原(いちはら)先輩、服部(はっとり)先輩、中条(なかじょう)先輩。

 その向かい側に奥から、渡辺(わたなべ)先輩、(じゅ)(うも)(んじ)さん。

 ボクの席は十文字(じゅうもんじ)さんの隣だ。

 

「もう!たしかにここでは生徒会長だけど、私たちは姉弟(きょうだい)みたいなものでしょ!

 そんな他人行儀にしないで!」

「でも、他の先輩もいることですし……」

「別に問題はない」

「十文字さん?」

 

 ボクは十文字さんとはパーティーで3・4回あったことがあるだけだ。だけど、このタイミングで口を挟むのは意外だった。

 

春原(はるばら)七草(さえぐさ)姉弟(きょうだい)のような関係だということは、ここにいる全員が知っている。

 そうだというのに、姉弟(きょうだい)という関係より先輩後輩や一科二科の礼儀は重要だ、などと言うような常識を知らない人間はここにはいないはずだ」

 

 その言葉を聞いて、服部先輩が気まずそうな反応をした。

 

「それと、この学校では俺のことも、『十師族十文字家代表代理の十文字 克人(かつと)』ではなく『第一高校三年で課外活動連合会会頭の十文字 克人』として接してくれ」

「わかりました、十文字さ、いえ十文字先輩(・・)

 

 ああ、自分にも関係のある話だったから口を挟んだのか、それなら納得だ。

 

「と、いうことで、私との会話では敬語は使わないこと。いいわね?

 それじゃあ時間の問題もあるし、話はお昼ご飯を食べながらにしましょうか」

 

 え?お昼を食べながらって、ボクは何も持ってきてないんだけど——

 

「ナギくんはお肉とお魚と精進料理、どれがいい?」

 

 と思ってたら、自配機があるらしい。しかもメニューも複数。

 とりあえず、お肉と頼んだら、市原先輩が立ちあがって自配機を操作してくれた。どうやら他の先輩方はもう決まっていたらしい。

 

「それで、ここにいる人でナギくんと直接面識がないのはこの二人よね?」

「うん。中条先輩と服部先輩には入学式の日にお会いしましたし、十文字先輩とは何度か会談したことがあるから、今初めてお会いしたのはお二人だよ」

 

 真由美お姉ちゃんが両隣の先輩をみて聞いてきたので、素直に答える。

 料理が温め終わるまでの時間に、自己紹介だけでもしておこうということだろう。

 

「じゃあ、入学式で聞いていたかもしれないけど、紹介しとかなくちゃね。

 まず、こっちの髪の長い人が、会計の市原(いちはら) 鈴音(すずね)、通称リンちゃん」

「そう呼んでいるのは会長だけです。

 これからよろしくお願いしますね、春原くん」

「よろしくお願いします、市原先輩」

 

 それにしても、また本人には不評なあだ名をつけたんだ……。これで生徒会役員全員だよ。

 真由美お姉ちゃんのネーミングセンスは昔からああだから分かってはいたんだけどさ……。

 

「なんか、失礼なことを考えられている気がするんだけど……。

 んんっ!それはそれとして、こっちの髪の短い人が風紀委員長の渡辺(わたなべ) 摩利(まり)。九校戦とかで観たことがあるかな?」

「うん。何度か観たことがあるよ。

 よろしくお願いします、渡辺先輩」

「ああ、よろしく頼む。

 それと、何か問題があったらいつでも言ってくるといい。生徒間の問題に当たるのが風紀委員の仕事だからな」

「わかりました。頼りにさせていただきます」

 

 見た目の通り、サバサバしたかっこいい先輩だな。これならあれだけ女性ファンがついているのも納得できるや。

 

 ちょうどそこで料理が温め終わったみたいなので、市原先輩だけでなく、ボクも立ち上がって一緒に配る。この中では一番後輩なんだもの、もてなされてばかりはマズイからね。

 

「さてと、自己紹介はこれでいいかしら。

 じゃあ、ご飯もできたことだし本題に入るわね」

 

 まあ、これだけのメンバーが揃っていて、『紹介したかっただけなのよ』とはならないよね。

 

「何があったんですか」

「いえ、春原くん。まだ何かが起こったわけではないのですけど……」

 

 ボクが呼ばれる心当たりはなかったので聞いてみると、中条先輩から予想外の答えが返ってきた。

 

「ただ、このままだと問題が起こるのはほぼ間違いない」

「私たち風紀委員も出来うる限り対処しようと思っているんだが、おそらく厳しいものになるだろう」

 

 服部先輩と渡辺先輩もそれに続いて説明してくれたのだけど、全然話が見えない。

 

「そのことは部活連執行部の幹部の間でも同様の意見が出ている。だが、それで止められるかというと、難しいと言わざるを得ない」

「つまり最終案の通りに、例外的ではあるが春原に動いてもらわなくてはならなくなったというわけか」

「……すみません。その問題がボクに関係がありそうということはわかったんですが、どういうことなのか心当たりがありません。

 それと、具体的にボクはどうすればいいんですか?」

 

 先輩たちはわかっているらしいけど、今日初めて聞いたボクは話が全くわからない。

 だから、渡辺先輩が話の区切りをつけたタイミングで質問してみた。

 わからないことに対しては、どうするべきなのか決めようがないもの。

 

 先輩たちは目線を交わすと、真由美お姉ちゃんの方を見た。

 ボクとの関係が深く、生徒会長のお姉ちゃんに説明を任せようということらしい。

 真由美お姉ちゃんもそれが分かったのか、姿勢を正して僕の目を見て、こう切り出した。

 

「そうね、これはナギくんにしかできないことだもの。当事者にはきちんと説明しなくちゃいけないわね」

 

 生徒会室に重い空気が満ちる。

 この部屋にいる全員の顔が、重要な問題であることをものがたっている。

 ゴクリと、喉がなった。

 

「それじゃあ、ナギくん……」

 

 考えてみれば、自分から行動していて問題に当たったことは数え切れないくらいあったけど、目上の人からなんらかの問題をどうにかしろと言われるのはあまりなかった。

 その中で、一番印象に残っているのは、ラカンさんに一人前と認められるための、オスティアの拳闘大会だ。

 

「実は……」

 

 あのときも、絶対負けられないと緊張したけれど、今この場の緊張感はあのときとは質が全然違う。

 経験したことのない緊張感に時間がゆっくり流れている気がする。

 

 そして、ついに真由美お姉ちゃんが理由を告げた。

 

 

 

 

 

「大至急、部活を決めて欲しいのよ」

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

「…………」

「…………」

 

 ……え?

 

「ごめん、聞き間違えたみたい。もう一度言って」

 

 いや、いくらなんでも、一生徒の部活ぐらいのことでそこまで大事(おおごと)にならないはずだ。聞き間違えたんだろう。そのはずだ。

 

「大丈夫よ、たぶん聞き間違いじゃないから。

 部活に入って、って言ったのよ」

 

 ……聞き間違いじゃないらしい。

 

「…………それはなんで?」

 

 正直に言って、理由が全くわからない。なんでボクが部活をやるかどうかでこんな話になるんだろうか。

 

「うーん、何から言っていいものかしら……」

「では、私から簡単に説明するよ」

 

 真由美お姉ちゃんが言い淀んでいたから、渡辺先輩が説明を変わるみたいだ。

 

「まず、この学校の部活動勧誘期間について説明しようか。

 期間は今週水曜の6日から一週間。その間に各部活は校内のいたる所で活発に勧誘活動を行う。問題なのはその勧誘だ」

「と、言いますと?」

「この学校は、生徒数に対して部活動の数が多い。よって各部活の勧誘は激しいものになる。

 新入生の取り合いから、闘技場などの施設の使用時間まで、様々なトラブルが起きるし、そこから魔法を使った乱闘になることも珍しくない」

 

 そ、そこまでなのか……。

 ……あれ?

 

「この学校ってCADの所持は生徒会役員と風紀委員以外認められていませんでしたよね?それなのに魔法戦になるんですか?」

「いいところに気がついたな。

 確かにその通りなんだが、この勧誘週間に限っては例外でな。

 新入生はもともと放課後に当たるから返却されているし、在校生についても、デモンストレーションに使う、などの簡単な申請書で許可が下りてしまうようになっている。しかも、非魔法競技系の部活であってもな。

 おかげで、毎年この期間だけはほぼ100%の生徒がCADを所持しているんだ」

「というよりは、『所持を推奨している』の方が正しい。

 春原。この学校には一科と二科の間に、よく言えば壁が、悪く言えば差別意識が存在する。それはわかるか?」

 

 そのことについては、入学式の前に真由美お姉ちゃんから存在することを聞いていたので、頷きを返す。

 

「そうか、ではそのつもりで話を進めるぞ。

 それで、当然各部活には一科と二科の生徒の割合に差が出る。

 魔法競技系には一科が多くなり、非魔法競技系では二科が多くなるといった風にな。

 しかし、その活動内容が類似している部活動もある。例えば剣術部と剣道部などだ。

 そうした部活動は、内容が似ているゆえに差別意識が強く表面化しやすく、こうした状況ではトラブルを起こしやすい」

 

 それは、確かにそうだろう。

 普段から思うところがあるのに、後輩の勧誘にまで影響されたら耐えきれなくなる人も出てくるだろう。

 

「実際に、数年前に同様のトラブルがあったそうだ。

 その時はまだ魔法競技系のみしかCAD携行の許可が下りてなかったが、乱闘に発展した際に魔法競技系の部活が非魔法競技系の部活に対して魔法を使用した。

 結果非魔法競技系の部活に重傷者が出てしまったらしい」

「そんなことがあったんですか……」

「ああ。それから非魔法競技系の部活にも、実質的に自衛のためのCAD携行の許可を出さざるを得なくなった」

「ありがとう摩利、十文字くん。あとは私が説明するわ」

 

 ここまでが前提条件で、ここからが本題ということなんだろう。真由美お姉ちゃんが説明を変わった。

 

「そんな色々と危険な勧誘期間なんだけど、例年生徒会と風紀委員、部活連の執行部が共同で見回っているから、ここ数年は大きな問題は一応起きていないわ。

 でも、今年はそうも言ってられなさそうな大きな火種が入学してきた」

「……それがボク、ってことなんだね」

 

 なんとなく理由がわかってきた。

 簡単に言えば各部活にとって、ボクは絶好の看板になるんだ。

 

「そうよ。各部活の欲しがる子は、もちろん適性の有無も重要視されるけど、それと同じぐらい次の世代の時の勧誘の広告塔になる見た目のいい子が欲しいの。

 その上ナギくんはテレビに出ている有名人なんだもの。籍だけでも置いてもらえればかなりの広告塔になるから、各部がこぞって狙っているわ」

「それだけではないですよ。

 運動部系からは、バラエティーなどに出演している映像から、運動神経はかなりのものと推測されているのも原因の一つですし、入試結果が漏れているのも大きいですね」

「え?入試結果が漏れているんですか!?」

 

 市原先輩の言葉は、元教師としてにわかには信じられない話だ。

 それは、学校としてはしちゃいけない情報漏洩じゃないか!

 

「はい。情報源はわからないのですが、上位陣の成績は毎年どこからか漏れてしまっています。

 あくまで噂程度で収まっているのですが、毎年100%一致しているのでかなり信憑性が高いことが知られていますね。と言うより、どうしても九校戦で結果を出したい学校側がわざと漏らしているというのが実際のところでしょう。

 そこで、春原くんが今年の筆記の二位だという情報が出回っているため、魔工師として有望であると魔法競技系からも目をつけられているそうです。

 古式魔法師ですので、二科に在籍していてもそれが実力を示しているわけではないと理解している人もいるのでしょう」

「しかも、昨日の今日で真由美との関係性も広まっているらしいから、なおさら加速するだろう。

 どこの部活も、生徒会と少しでもコネを作って、部費を少しでも上げたいだろうからな」

 

 確かに、これだけの利点があるボクを、それだけ激しい勧誘期間にほったらかしておいたら、大騒動になるのは目に見えているか。

 

「だから、早急に部活を決めてくれ、ということなんですね。

 ボクがどこかしらの部活に入れば勧誘もしにくくなるし、もし掛け持ちをしてくれと言われても、タレント業と当主としての仕事、そしてその部活で一杯一杯だといえば、簡単に断れますから」

「そうなの。ナギくんには悪いけれど、これが一番安全で不利益も少ない方法なのよ。

 だから、引き受けてくれる?」

 

 真由美お姉ちゃんが緊張した顔で聞いてくる。いや真由美お姉ちゃんだけじゃなくてこの部屋にいる先輩たち全員が緊張した顔をしている。

 

 それは、そうかもしれない。

 正直に言うと、この話は全体としては良くても、ボクには不利益しかない。

 発生するイザコザの責任はボクにはないし、逆に部活をその目で見て決めることができなくなる。断られても仕方がないんだ。

 だけど……

 

「わかったよ、真由美お姉ちゃん。ボクのせいでけが人が出るなんて嫌だし、できるだけ早く決めるから」

 

 ボクは生まれ変わったとはいえ、世界の平和のために長年働いてきたんだ。争いを()むとわかっていて、自分のわがままのために放置することはできない。

 

 ボクの返答で、張り詰めていた空気が弛緩したのがわかる。

 

「ありがとう、ナギくん。

 でも、今慌てて決めなくても大丈夫よ。どんな部活があるのかも知りたいだろうしね。

 ただ、周知されるのにも時間がかかるから、明日のお昼ぐらいまでには決めてくれる?」

「わかった。決まったら直接伝えるね」

「え?べつに学内メールや電話でもいいんだけど」

 

 周りを見れば全員疑問の表情を浮かべているので、説明する。

 

「いや、直接のほうがいいよ。

 ボクと真由美お姉ちゃんが一緒にいれば目立つだろうし、そこでどの部活にするか決めたという話をすれば、噂を広げるのも早く済むでしょ」

 

「……確かにそうですね。本人が情報源の噂なら浸透するのも早いでしょうし、(はた)から見たら姉弟同士の会話にしか見えないのも信憑性を高めるのに一役買いちます」

 

 市原先輩も賛同してくれて、その解説を聞いて他の先輩たちも納得していた。

 

「わかったわ。じゃあ、まず決まったら連絡してね。どこで落ち合って話すのか決めなくちゃならないし」

 

 これ以上は特にないので真由美お姉ちゃんの言葉に頷く。

 これで、この話はもう終わりかな?まさかこれ以上はないだろうし。

 

「さて、決めなくちゃいけないことも決まったし、あとはみんなで仲良くお食事にしましょう」

 

 まさか、高校での初めてのお昼を、友達とじゃなくて先輩方と食べることになるなんて、予想できなかったなぁ。

 

◇ ◇ ◇

 

「そういえば、入試の成績がバレているってことは、総合・実技・筆記で一位になった三人は大変でしょうね」

 

 その話題のきっかけは、食後の紅茶を淹れているボクが、何気なく言ったこの一言だった。

 

「ああ。実技と総合の一位は深雪(みゆき)さんだから、三人じゃなくて二人よ。

 それに、総合で一位の人は生徒会に入ってもらうのが慣例になっているから、逆に狙われないわね」

「二人?入試の一位はすべて司波(しば)一人だと聞いているが」

 

 真由美お姉ちゃんの訂正に疑問を持ったのか、渡辺先輩が質問する。

 周りを見てみると、十文字先輩と服部先輩、中条先輩も同様の疑問を持っているみたいかな。

 

「確かに入試の一位は『司波』だけなんだけどね……」

 

 真由美お姉ちゃんも勘違いが起きても仕方がないと感じたのか、苦笑いしているし。

 真由美お姉ちゃんの言葉にさらに混乱しているので、市原先輩が助け舟を出した。

 

「筆記の一位のみは、司波は司波でも兄の司波達也(たつや)のほうです。大方、同じ苗字だったため噂の途中で混同されたんでしょう」

「なんだ、司波には兄がいたのか」

 

 疑問が氷解したという表情の三人に対して、服部先輩だけは『あいつがか!?』みたいな驚いた顔をしている。

 

「ええそうよ。それも双子じゃなくて、4月生まれと3月生まれだから同学年になったっていう珍しい兄妹」

「ただ、兄のほうの入試の成績は、筆記ではダントツでトップですが、実技のほうは合格ラインぎりぎりですね。

 もしかしたら、体調不良などの理由があったのかもしれませんが……」

「ボクは達也くんとは同じクラスで、いろいろ話していたんですけど、実技が苦手で魔工技師を志望しているって言ってましたから、多分そういうことはなかったと思いますよ」

 

 十文字先輩と中条先輩は“魔工技師”という言葉に反応したみたいだけど、真由美お姉ちゃんと渡辺先輩、市原先輩は別のことが気になったみたいだ。

 

「となると、兄妹でそこまでの差が出るのは珍しいな。魔法師と非魔法師との子供では魔法の才能がある子供とない子供が生まれた、ということがあることは聞いたことがあるんだが」

「それはある(1)かな(or)いか(0)の違いですね。兄妹でどちらも『ある』のに、そこに明らかな差があることは聞いたことがなかったんですが」

「もしかしたら、達也くんのほうはBS魔法師なのかもね。

 それなら本来比例するはずの実技と理論の得点に差が出るのも納得できるし」

 

 そうか、生まれつきある魔法に演算領域が占有されているBS魔法師なら、基となる魔法演算領域自体は広かったら、魔法理論の理解のために必要な魔法を使った時の感覚は充分理解できるけど、実際に使える領域は狭いから実技の成績が悪く出ちゃうこともあるか。

 

「それにしても、筆記では二科生がトップワンツーか。今年は大荒れだな」

「トップテンにはもう一人いるしね、しかも1-E。

 クラス決めが機械によるランダムだとはいえ、ここまでくるとすごい偶然よね」

「同様に1-Aにも総合成績上位者が集まっているようですし、機械的に平均になるように割り振った結果がこれだとしたら、偶然ではなくて運命と言いたいですね」

 

 さて、周りを見てみると各々(おのおの)何かをしているし、どうせ次の授業見学は真由美お姉ちゃんのところに行くんだから、どんな部活動があるのかでも調べておきながら時間を潰そうかな。




ナギはラスボスとのせんとうをかいひした。

さて、今回の補足です。


・『部活に入って』by生徒会長

これ、書き終わってから思ったんですが、某ロボット風味のハーレム学園ラブコメで見た展開ですね。
本当にたまたまなんですよ。エリカの勧誘の様子を見ている限り、もしナギくんが入学してきたらこうなるだろうということを考えた結果なんですよね。
ですのでパクりとか言わないでください。たまたまかぶっただけなんですm(_ _)m
あ、入試の結果が漏れている云々というのは一応オリ設定です。魔法競技系にナギを狙わせる口実だと思ってください。


それでは次回は、ついにモブ崎くんと百合風味ペアの登場です!お楽しみに!

・・・うーん、ナギの部活、どんな設定で行こうかな……。


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第五話 戒め

21700UA&332件のお気に入りありがとうございます!

こんにちは、YT-3です。

今回、あとがきにお知らせがございます。よろしければご確認ください。

それではどうぞ。


「ナギ、こっちだ」

 

 お昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、真由美お姉ちゃんの授業を見るために遠隔魔法用実習室、通称射撃場に入ったところで、見学スペースの最前列にいた達也(たつや)くんに声をかけられた。

 見るとその隣、幹比古(みきひこ)くんとの間に一人分のスペースがある。

 

「あっ、達也くん!

 ありがとう、席を取っていてくれたの?満員みたいだったから助かったよ」

「大したことじゃないさ。担当の教員の一人に、『来る予定だった友人が、生徒会に呼ばれていて遅れている』と言って席を取っておく許可を貰っただけだからな」

「それはそうと、ナギくんのほうはどうだったのよ?授業初日に、生徒会長から直々に生徒会室に呼ばれるなんて。

 もしかして、生徒会役員になってくれ、とかいわれたの?」

 

 達也くんを挟んで向かい側のエリカさんが、興味津々に聞いてきた。

 

「さすがにそれはなかったよ。それに生徒会役員には一科生じゃないとなれないって校則で決まっているからね、前提条件からしてムリだよ。

 まあ、真由美お姉ちゃんたちから聞いた話だといろいろと大変なことになってたらしくて。長くなるから次の時間でゆっくり説明するよ」

 

 他のみんなもいろいろ聞きたそうにしているし、別に隠すほどのことじゃないけれど、今は説明するには少し時間がない。

 

「それより、エリカさんたちこそ何かあったの?

 なんか不機嫌そうに見えるけど」

 

 一応取り繕って入るみたいだけど、前世も含めてそろそろ70年近く人を見る仕事をしてきたボクからすると、まだまだ隠し方が甘い。

 まあ、この歳でこれだったら十分だろうけどね。

 

「あはは、バレちゃった?

 別に大したことじゃないわよ。仲のいい兄妹との関係と、会ったばかりの学校のクラスメイトとの関係の差もわからないような選民思想者に見下されたのに腹が立っているだけ」

「……なるほど、だいたい分かったよ」

 

 つまり、達也くんとお昼を一緒に食べようとしに来た深雪さんについてきた一科生が、何か差別的な態度をとったんだろう。

 で、多分達也くんか幹比古くんがどうやってか(いさか)いを回避して、おかげで不満や怒りが不完全燃焼のエリカさん、美月さん、レオくんが不機嫌になっていると。

 

 でもねエリカさん。確かにそれは怒るのもムリはないだろうけど、もう少し周りを見て発言してくれると嬉しいな。ほとんどが一科生なんだよ。

 差別意識の強い人たちから怒りの目線で見られて、また苛立ちを貯めているのは本末転倒でしょ。

 

「ナギ、エリカ。もう授業が始まるみたいだよ」

 

 幹比古くん、ナイスタイミング!おかげでこっちを睨む視線が少なくなったよ。

 エリカさんたちも授業を見だしたし、ボクも見ておかなくちゃな。

 ちゃんと見てないと後で怒られるだろうし。

 

◇ ◇ ◇

 

「……七草(さえぐさ)生徒会長は随分と余裕があるようだな」

 

 真由美お姉ちゃんが次々と記録を塗り替えて、見学している生徒が盛り上がっている最中、達也くんがこんなことをつぶやいた。

 

「だな。さっきからパーフェクトしか取ってねえぜ」

「さすがは十師族って感じですよね」

 

 そのつぶやきは両端のレオくんと美月(みづき)さんまで届いたらしく、二人とも賛同の声をあげる。

 

「いや、俺が言いたいのはそのことじゃなくてだな」

 

 しかし、達也くんは他のこと(・・・・)にも気づいたようで苦笑している。

 

「?どういうことよ?別にそれ以外に何かあるようには見えないけど」

「達也はなにか気づいたのかい?」

 

 みんなは気づいていないようで、頭の上に疑問符を浮かべている。

 

「ああ。七草生徒会長は授業が始まってから、()()()()()()()()魔法を使っている」

「ハァ?でもよ達也、現に今はターゲットを見ているぜ?どういうことだよ」

 

 全員が余計わからなくなったようで、魔法を使っている真由美お姉ちゃんと達也くんを何度も見てる。

 声が聞こえていたらしい後ろの席の一科生に至っては、バカにしたような視線をしているのが分かる。

 

「たしかに物理的には見ていないが、視覚拡張系の知覚系魔法を使ってこっちも見ているぞ。

 ターゲットを見ているのも実際にはこれだな。おそらく七草生徒会長は、逆を向いてでも中心を射抜けるだろう」

「達也くん、大正解。よく気づけたね、アレは感知がしづらいのに。

 たしかに真由美お姉ちゃんはこの授業の最初から、先天性の知覚魔法『マルチスコープ』を使っているよ。

 というか、別にこの授業だから使っているわけじゃなくて、普段から集会とかで聞いていない人がいないかとかも見ているらしいね」

 

 達也くんの解説とボクの説明で驚いたのか、レオくんたちも後ろの一科生たちも集中して、魔法を使用している痕跡を捜し始めた。

 1・2分ぐらいしてようやく感じ取れたのか、全員に納得と驚きの表情がでる。

 

「本当ですね。たしかになんかの魔法を使っています」

「達也はこんな感じにくいものによく気づけたね。

 きっと僕は言われなくちゃいつまでも気がつかなかったよ」

 

 たしかにね。真由美お姉ちゃんの『マルチスコープ』はホントに気がつきにくくて、ボクも一年半ぐらいはまったく気がつかなかったのに。

 

「俺は特に実技が苦手なぶん、解析だけでも上手くならなくちゃこの先大変だからな」

 

 達也くんの言葉を聞いて、全員が同じことを考えたと思う。

『これ以上を求められるって、いったいどこを目指しているんだ』と。

 

 そんな感じで、なんだか授業の内容よりも友人の能力の方が衝撃的な時間だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「ほぉ。新入生の取り合いねぇ」

「うん。だから有名人のボクには先に決めておいてもらわないと、大混乱になりかねないんだってさ」

 

 真由美お姉ちゃんのクラスの授業を見学した後の自治活動時間、昔で言う自習時間に休憩のために一度教室に戻って、そこでお昼休みに呼ばれた理由を伝えていた。

 明日までは、先輩の授業見学をしやすくするために全ての授業が自習になっていたからこそできたことだけどね。

 

「たしかに、例年がそんな状況だったらそんなこともありそうですね。

 有名税、って言うんでしょうか。ナギくんも大変ですね」

「でもなんかムカつくわね、特に風紀委員。

 自分たちの実力が足りないからって、入学したばかりのナギくんに迷惑をかけるなんてさ」

 

 ?なんかエリカさんらしくないな。妙に感情が籠っている嫌悪というか。

 風紀委員に知り合いでもいるのかな?

 

「エリカ。個人に対する私的な感情で風紀委員全員を悪く言うのはよくないと思うよ。そこは区別をつけないと」

「うぐっ。た、たしかにミキの言う通りなんだけどさ〜。

 そう上手く割り切れたら苦労しないっていうか……」

「僕の名前は幹比古だ!」

 

 どうやら幼馴染の幹比古くんには理由がわかっているみたいだ。

 っていうことは、プライベートに関わりそうな話だからこっちから聞いちゃいけないかな?

 

「まあ、それはそれとして。

 そういうことなら深雪とか危ないんじゃない?

 あの容姿に一年主席でしょ?ナギくんと同じぐらい人気が出そうだから、アリのようにすごい群がってくるでしょ」

 

 エリカさんもあまり知られたくはない話らしくて、話を逸らしたいみたい。

 皆もさすがにそれは分かっているのか、気にはなったみたいだけど触れる気はなさそうだ。

 

「そうか、ナギの話からするとそうなる可能性が高いだろうな。

 ……あらかじめ深雪に注意しておいた方がいいか」

「達也さんは本当に深雪さんのことを大事にしてますね」

「というか、立派なシスコンでしょ」

 

 うん、達也くんのそれは『妹思い』って域を越していると思う。

 レオくんと幹比古くんはよく分かっていないみたいだけど、昨日初めて会ったエリカさんたちもすでに気付いているみたいだし、相当なものだと思うよ。

 

「どうしてそうなる……。

 仲がいいことは否定しないが、シスターコンプレックスではないと思うんだが」

「あはは。それはそうと、たぶん深雪さんには注意しなくても大丈夫だと思うよ」

 

 ボクも同じことが気になったけど、その答えはすでにもらっているしね。

 

「どういうことだ?」

「なんでも、入試で主席だった生徒には生徒会に入ってもらうのが通例なんだって。タイミング的に、明日にでも呼ばれるんじゃないかな。

 まあ、そういうことだから、深雪さんは狙われないだろうってことらしいよ」

「なるほど。昨日の入学式の後、生徒会長が深雪に会いに来たのはそういうことだったのか」

「むしろ、深雪さんと混同されているとはいえ筆記で一位だった達也くんのほうが危ないかも。

 あと、ここにいる皆なら見た目でほしがられるだろうね」

 

 ボクがそう言うと、皆が明らかに面倒くさそうな表情になった。

 

「つまり美人さんだって言われているんですから嬉しいんですけど、素直に喜べませんね」

「じゃあ、この時間を使って部活を決めちまおうぜ。

 候補だけでも決めておきゃあ、余計なトラブルに巻き込まれにくくなるだろ」

「賛成〜。試合だとかならともかく、そんなくだらない騒動に巻き込まれたくはないし」

「どこか見学したい授業があるわけでもなかったから、話しているぐらいしかすることもなかったしね」

 

 というわけで、その時間を使ってだいたい皆も部活を決めた。

 達也くんと幹比古くんだけは研究や修行があるからと部活に入らないことにしたらしいけどね。

 

◇ ◇ ◇

 

「あっいたいた!ごめんね待たせちゃった?」

 

 そしてその日の放課後、部活の決まったボクは真由美お姉ちゃんと昇降口前で待ち合わせしていた——

 

「大丈夫、今来たところだよ真由美お姉ちゃん。

 それで、渡辺(わたなべ)先輩はどうしたんですか」

 

 んだけど、渡辺先輩が来ることは聞いていなかったから少し驚いた。

 

「なに、風紀委員の見回りだよ。そのついでに、どんな部活にしたのかを聞きに来ただけさ。

 真由美が勝てないという弟がどの部活を選んだのかも気になるしな」

「そういうことですか。

 でも、大して面白くもないと思いますよ」

 

 ボクがどの部活に入るかなんてことで、そんなに面白くなるはずがないし。

 

「面白くないかどうかは私が決めるさ。

 それに、先輩からの情報は多いほうがいいだろう?」

 

 まあ、別にあとで知られるし、隠す必要もないからいいか。

 そんなやりとりをして、()()()()()()周囲の目線を集めたところで、本題に入る。

 

「それで。どの部活にしたの?」

「うん。『SSボード・バイアスロン部』っていうところにしたんだけど」

 

 ボクがそういうと、二人とも『えっ!?』っていう感じの顔をした。周りの人もざわざわと戸惑いの空気を出している。

 そんなに驚くようなことでもないと思うんだけど。

 

「そうか、あの部にしたのか……」

「何かあるんですか?」

「いや、部自体には特に何もないんだがな…。

 そこの三年……いやもうOGか。とにかく、そこに所属していた二人がとにかく問題的でな。さんざん迷惑をかけられたんだよ」

「しかも、部長の五十嵐(いがらし)さんと仲が良かったはずだから遊びに来ることも多そうだし、大変よ?」

 

 二人の表情を見ればボクを心配しての発言だとわかる。

 確かに少し怖いけど、個性的な女の人と接するのは慣れている。

 3-Aのみんなと比べたらその人たちもまだマシなはずだ。というかあのクラスにかなう個性的な人たちはそうそういないと思う。

 

「大丈夫だよ。それに『物に乗って移動する』のは春原の得意分野……だったはずだからね。楽しそうだし入ってみるよ。

 その先輩方とも接してみたら楽しいかもしれないからね」

「ナギくんがいいならいいんだけど……」

「わかったが、何かあったら遠慮せず言ってくれ。

 風紀委員として要注意対象だからな、あの部活は」

「はい。わかりました、渡辺先輩」

 

 さて、予定どおりに周りの先輩たちにも聞こえていたみたいだし、深雪さんを待っている達也くんたちと合流するかな。

 

「それでだな、春原。春原家には捕ば——」

「摩利、待って」

 

 渡辺先輩がボクに何かを言いかけたところで、真由美お姉ちゃんが深刻な声で割り込んだ。

 

「どうした真由美」

 

 渡辺先輩も何かが起きたのは伝わっているのか、割り込まれたことに不満を感じている雰囲気を見せずに話しかける。

 

「校門のところで1-Aと1-Eの生徒が言い争ってる。

 まだ手は出てないけれど一触即発の状況よ」

「なに?まったく。入学初日だろう、もう少しおとなしくできないのか!」

「それよりも真由美お姉ちゃん、1-Eってもしかして……」

 

 1-Aと校門にも思い当たる節があって、真由美お姉ちゃんの言葉を聞いて校門のほうを向く。

 遠目に見えるそこでは、ある意味予想通りの状況があった。

 

「ええ。今日ナギくんと一緒にいた子達ね。

 大方、達也くんと深雪さんが一緒に帰ろうとしたことに文句をつけた世間知らずの子でもいたんでしょう」

「とりあえず止めに行くぞ。ここからだと真由美の対抗魔法は野次馬が邪魔で狙いづらい。何かあったときに対処できない」

 

 渡辺先輩の言う通り、ここからだと真由美お姉ちゃんのサイオン粒子塊射出は使えない。

 あれは魔弾の射手と違って『自分から』射出しないといけないから、今のように周りに人が群がっていて射線が空いていないときは使えないんだ。

 

「そうね、急ぎましょ——あっ!」

 

 どうやら動き出すのが遅かったようだ。

 1-Aの先頭にいた男子が素早くCADを抜いたけれど、直後にエリカさんが警棒を抜き放ってはたき落した。

 

 そこまではいい。

 でも、これで終わったかのようにしているのはマズい!一緒にいた1-Aの人たちが魔法を使おうと動き出している!

 エリカさんたちはまだ気づいていないから、タイミング的に間に合わない!

 この状況で止める方法となると、()()しかない!

 

「ナギくんおねがい!」

 

 真由美お姉ちゃんも同じことを考えたらしくて、ボクに頼んでくる。

 法律とか校則とかがあるけれど緊急事態だ!やるしかない!

 

 攻撃をしようとしているのが四人!

 さらにそれを止めようとしてか、少し離れたところにいる女の子二人のうち一人も魔法を使おうと動いている!

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)——」

 

 ——つまり、必要な精霊は五人!

 ——持続時間は1分もあれば十分!

 

 イメージを固め、詠唱を破棄して魔法を発動する。

 

 使う魔法は、風を編んで、弾丸として放ち、当たることで(おび)になり敵を縛りつけるもの。

 

 その魔法は——

 

 

「———戒めの風矢(アエール・カプトゥーラウェ)】!!」

 

 

 ——発動と同時にボクの手元から五つの風の弾丸が放たれる。

 

 ついに止めようと動いていた女の子がキーを入力した。

 

 ——弾丸は野次馬の上を通り、()()()()()()()()()進んでいく。

 

 魔法の飛んでいく方向を見て渡辺先輩が混乱する。

 それだけ方向がズレているんだ。

 でも、この魔法にはこれであっている。

 

 ——野次馬の最前列に差し掛かったところで、弾丸は()()()()()()五人(もくひょう)に向かう。

 

 ここで達也くんが魔法に気づいた。

 まだ、他の人は気づいていない。

 

 ——そして、背後の頭上から来たゆえに気づかれることなく、弾丸は狙い通り五人の背中に当たる。

 

 突然の攻撃に、攻撃を受けた五人だけではなく、相対するエリカさんたちも固まった。

 

 ——弾丸は当たった瞬間に(ほど)けて帯となり、怪我一つ与えることなく五人(もくひょう)を縛り上げる。

 

 そして戒めの風矢の効果によって、すでに起動式を入力していた女の子は魔法を使うことができなくなる。

 

 

 こうして、魔法を使おうとした五人は無傷で無力化された。

 

 

「ありがとうナギくん」

「ああ。助かったよ春原。

 ではいくぞ真由美。魔法の不正使用の現行犯だ」

 

 そう言うや否や、二人とも駆けていってしまったけど、知り合いのことなのでボクも行ったほうがいいんだろうなぁ。

 それに、一応捕まえたのはボクになるんだし。

 

◇ ◇ ◇

 

「すみません。見学のつもりが行き過ぎてしまいました」

「見学だと?」

 

 野次馬に阻まれて少し遅れて着いた時、渡辺先輩と向き合って、今回のことを達也くんが誤魔化そうとしていた。

 

「はい。森崎家のクイックドロウは有名なので、勉強のために見せてもらうだけのつもりだったんですが、あまりにも真に迫っていたため思わず手が出てしまったんです。

 そうだったよな、森崎?」

「え?あ、はい!そうです!」

 

 ああ。最初にCADを抜いてエリカさんにはたき落とされたのって、森崎家の長男か。確か、駿(しゅん)くんだったかな?

 ご当主には何度か会ったことはあったけど、彼とは会ったことはなかったから気が付かなかった。

 

「では、その後にそこの五人が魔法を行使しようとしていたのは何故だ?

 ましてや実際に発動こそしなかったとはいえ、うち一人は起動式の展開までいった。君の友人も攻撃されそうになっていたんだぞ」

「手を出してくるなんて思ってもみなかったため、驚いてしまったんだと思います。

 そのまま攻撃されてはたまったものではないので、条件反射的に魔法を行使しようとしてしまったんでしょう」

 

 うーん。明らかに違うのはわかっているのに、達也くんの話も整合性が取れているから必要以上に責められない。

 達也くん、誤魔化すのが上手いなぁ。

 

「それに、彼女が展開していたのはせいぜい怯ませる程度の閃光魔法の起動式でした。

 攻撃魔法と呼べるものではありませんでしたよ」

 

 えっ!?

 達也くんの言い方だと『起動式を読み取った』ということになるけど!?

 

「ほう?君は展開された起動式を読むことができるということだな?」

「実技はこの通り苦手ではありますが、解析に関しては自信があります」

 

 いや達也くん、もうそれは解析というレベルじゃなくて、一種の異能だよ。

 

 最も単純な、加重系統プラスコード(インビジブル・ブリット)ですらアルファベット三万文字相当の情報量があるんだ。しかもそれが起動式を展開している零点何秒の間に()()()

 他にそんなペースで情報を処理できるのは、力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)を使った千雨(ちさめ)さんか、茶々丸さんしか思いつかない。

 彼女たちと()()()匹敵するという時点で人間離れしているよ……。

 

「……誤魔化すのも得意なようだな」

 

 そこで兄を庇うかのように深雪さんが前に出て、深々と頭を下げて謝罪した。

 

「今回の件は兄の言ったとおり、ほんの少しの行き違いが原因だったんです。

 わざわざ先輩方のお手を(わずら)わせてしまって、申し訳ありませんでした」

 

 深雪さんの態度に毒気を抜かれたのか、渡辺先輩も追及する雰囲気を消した。

 

「私たちは特に何もしていない。

 今回、君たちが怪我を負うこともなく沈静化できたのはそこの春原の協力があったからだ。

 感謝するならそっちにするといい」

 

 渡辺先輩、ここでボクに振ってきますか。

 周りからいろんな視線で見られて恥ずかしいんですけれど。

 

「達也くん、本当にもともとは見学だけのつもりだったのよね?」

「はい、そうです」

 

 真由美お姉ちゃんも、このまま続けても意味がないと思ったのか、話を終わらせようとしている。

 

「そう、だったらいいでしょう。

 ただし、魔法の行使には起動するだけでも細かな制限が存在します。

 このことは一学期のうちに授業で教わると思うので、それまでは魔法の発動を伴う自治活動は控えたほうがいいでしょう」

「……生徒会長もこう(おっしゃ)られていることだし、今回の件は不問にする。

 今後はこのようなことはないようにしてください」

 

 生徒会長と風紀委員長の二人がこう告げたことに、当事者たちはバラバラながらも頭を下げて謝意を示していた。

 

「確か君は1-Eの司波(しば) 達也(たつや)くんだったな」

「はい」

「……覚えておくことにするよ」

 

 渡辺先輩は達也くんに興味を持ったみたいだ。

 まあ、達也くんが起動式を読み取れると言った時に、一番目を輝かせてたからね。風紀委員としては、その価値は計り知れないんだろう。

 

「さて春原。少し話したいことがあったんだが、今日は時間もなくなってしまった。また後日でもいいか?」

「はい、都合がよければ。もし予定が入っていたらまたその時に伝えます」

「ああ。それではな」

 

 そう言って渡辺先輩は去っていった。

 多分巡回に行ったか、風紀委員室で今のことを書くのだろう。

 

「ナギくん。私もそろそろ生徒会室に行かなくちゃ」

「わかった。生徒会頑張ってきてね、真由美お姉ちゃん」

「ありがとう。それじゃあまた明日ね」

 

 真由美お姉ちゃんを見送って、達也くんたちのほうに向かう。

 それにしても『また明日』か。明日は今日ほど忙しくなければいいなぁ。

 

◇ ◇ ◇

 

 達也くんたちのほうでは、森崎くんと一悶着あったみたいで、森崎くんと四人の一科生が、少し離れたところにいる二人を残して立ち去っていった。

 

「大変だったね、達也くん」

「ああ、そうだな。

 ただ、ナギのおかげで大事にならなくて済んだから助かったよ」

「ありがとうございました、ナギくん」

 

 他の四人からも感謝の言葉をもらったけど、これはすごい恥ずかしい。

 

「偶々タイミングとかが良かっただけだから、そこまで褒めないでよ。実際に問題を誤魔化したのは達也くんなんだし」

「そうそう!達也くん一歩も引かなくてカッコよかったよ〜」

「厄介ごとにはできるだけ首を突っ込みたくはないからな」

 

 そうだね、それは同感だ。

 でも、厄介ごとっていうのはたいてい向こうからこっち目掛けて突っ込んでくるからなぁ。

 

「お兄様。ずっとこのままというのもアレですし、そろそろ移動しませんか?」

「それもそうだな。帰りにどこか寄り道でもしていけばいいか」

 

「あ、あのっ」

 

 全員がとりあえず移動するために動こうとした時、残っていた二人の女の子が達也くんに話しかけてきた。

 

光井(みつい) ほのかです!先ほどは失礼なことを言ってすみませんでしたっ」

北山(きたやま) (しずく)です。私も止められなくてごめんなさい」

 

 皆、いきなり頭を下げられて面食らっている。

 でも、きちんと謝ることができるだけ森崎くんとは大違いだ。

 周りの空気に流されてしまっただけで、本当はいい子なんだろう。

 

「森崎くんはああ言っていましたけど、大事にならなくて済んだのはお兄さんが庇ってくれたおかげですし、魔法を使わなくて済んだのは春原くんのおかげです。

 本当にありがとうございました!」

 

 二人は達也くんに向かって頭を下げているので、ここは代表して達也くんに答えてもらおう。

 

「どういたしまして。それと、お兄さんはやめてくれないか。同じ一年生なわけなんだし」

「では、なんとお呼びすればいいでしょうか」

「普通に達也でいいさ」

 

 まあ、確かに深雪さんのお兄さんではあるけれど、達也くんは同級生だしね。あまり同級生にお兄さんなんて呼ばれたくはないか。

 

「それで、あの……。

 一緒に帰らせてもらってもよろしいでしょうか」

 

 見ればエリカさんたちが呆気にとられてる。

 ただ、今回光井さんはきちんと礼儀に(のっと)ってお願いしてきたんだし、いいんじゃないかな?

 

「反省もしているみたいだし、一緒に帰るぐらいならいいと思うんだけど、どうする?」

「俺もナギと同意見だが、皆はどうだ?」

「お兄様がよろしいのでしたら、私も大丈夫です」

「そうね。反省してるんなら、あたしはべつにいいわよ」

「私もです」

「そうだな。こうして聞いてくるんだったら文句はないぜ」

「僕も構わないよ。さっきの時は光井さんたちは周りの空気に流されてた感じだったしね」

 

 皆にも反省しているのは伝わったのか、特に反対されることはなかった。

 

「ありがとうございます!」

「ありがとう」

 

 さて、それじゃあ帰ろうか。




モブ崎「僕のセリフが一言だけとはどうゆうことだ!」

第五話「戒め」ですがいかがだったでしょうか。
とりあえず書いた時に、テンポの都合から気づいたらモブ崎が本当にモブになっていた時は驚きました。
これで彼の出番は追加した後ですよ(^_^;)


さて、前書きに書いたお知らせの話です。

今回、魔法を使うシーンを書いてわかったことがあります。
それは、『一人称視点は、日常だと進めやすいが、バトルは描きづらい』ということです。

そのため、戦闘描写の際などに別視点を加えることにしました。
その形式をアンケートで決めたいと思います。

詳しい話は活動報告の『立派な魔法師アンケート②』にかいてありますので、ご意見をお聞かせください。期限は現在未定です。


それではまた次回お会いしましょう。


・・・???「贅沢言わない。私もそうなんだから」


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第六話 考察と人形

25200UA&365件のお気に入りありがとうございます!

また来ましたYT-3です。

今回はほとんど説明回となっています。
それでもよろしいという方はどうぞ。


 

 帰り道の途中、みんなにとっては一高から駅へ向かう道から横に一本入ったところにある、ケーキが美味しいと噂の『アイネブリーゼ』という喫茶店に来たんだけれど、なんか空気が微妙になっている。

 原因はわかっているんだけど……。

 

「………」

「……光井さん。俺に何か用かな?」

「あ!いえっ、べつに、そういうわけでは……」

「光井さん、べつに遠慮はしなくていいのですよ。

 私たちは自分から反省して謝った光井さんたちに不満があるなどと言うほど心は狭くありませんから」

「いえっ。本当に何もないんです!」

 

 さっきから光井さんが達也くんをチラチラと見てて、それに対して深雪さんが冷たい空気を身に纏っている。そのせいで雰囲気が微妙になっているんだ。

 まあ、光井さんのあの目は恋する女の子の目だからね。ブラコンの深雪さんからすれば仕方がないのかもしれないけど。

 なかなか達也くんも隅に置けないね。

 

「そうか、それならいいんだが。

 ところでナギ。さっき使った魔法が噂に聞く【(いまし)めの風矢(かざや)】なのか?」

 

 達也くんもこの空気のままだと居心地が悪いのか、話題を変えるようにボクに話を振ってきた。

 

「正解。アレがそうだよ」

「【(いまし)めの風矢(かざや)】?

 そんな魔法聞いたことない。どんな魔法なの?」

 

 北山さんが興味を持ったのか聞いてくる。周りを見れば達也くん、エリカさん、幹比古くん以外のみんなも知らないみたいだ。

 でも、ボクはそれには答えられない。

 

「すみません。ボクも一応、春原家の方針だった『魔法を他人に教えない』というのを最低限守っているので。

 見せたり名前を答えるぐらいなら大丈夫ということにしていますけど、詳しい理屈は教えられないんです」

「……ごめん。マナー違反だった」

「でも、他人が説明するのを止めることはしませんから、達也くんとかに聞けばある程度はわかるかもしれませんよ」

 

 ボクの答えに落ち込んでいたみんなだったけど、その言葉を聞いて一斉に達也くんの方を見た。

 

「……俺も概要ぐらいしか知らないからな?

 それでもいいなら答えるが」

「おう、頼むわ」

 

 レオくんが食い気味に即答したのを見て、苦笑しながら少し前のめりになって、達也くんが説明し始めた。

 

「まず、【(いまし)めの風矢(かざや)】と言っているが、正式名称はラテン語で【A()E()R C(ール・)A()P()T()U()R()A()E()】だ。【(いまし)めの風矢(かざや)】はその日本語訳といったところか。

 魔法の内容としては、圧縮空気を帯状に展開し、それを使って相手を縛り上げるという捕縛専用魔法、と推測されている。代々春原家が伝えてきて、ナギが三年ほど前に公開した魔法の一つだ。

 区分としては系統外のSB魔法、殺傷性ランクは対人使用が前提の魔法としては珍しくランク外となっている。

 さらに、展開している圧縮空気の帯からサイオン波が流れ込むために、魔法の構築を阻害する対抗魔法の性質も(あわ)せ持っていると聞いているが……」

「あっ!確かにそうでした。

 あれに縛られた直後にサイオンが乱れたので魔法が発動できなかったんです」

 

 直接受けた光井さんには思い当たる節があったらしく、達也くんの説明の裏付けをした。

 

「やっぱりそうだったか。

 そして話の続きだが、実はこの魔法、単体では使われない。

 コンビネーション使用が前提の魔法、いや、一つの魔法だったものを無理やり体系化させようとした結果、二つの魔法になった、の方が正しいか」

「それってどういうことですか?」

 

 美月さんが当然の疑問を挙げる。

 現代魔法でそんな魔法はないから、いまいち分かりにくいんだろう。

 

「光井さんと北山さんは気が付かなかったかもしれないけど、この魔法が発動する直前に、ナギが放った圧縮空気弾が当たっていた。

 その圧縮空気弾を生み出した魔法の使用が前提条件となっているんだ。

 魔法の名称は【SA()GI()TT()A MA(・マ)GI()CA()】。日本語で言うと【魔法(まほう)(しゃ)(しゅ)】だな。

(いまし)めの風矢(かざや)】と同じく系統外のSB魔法で、七草会長の『魔弾(まだん)(しゃ)(しゅ)』の原型になった魔法とされている。

 だが、この魔法は別に圧縮空気弾を作る魔法じゃない」

「いや、その魔法で圧縮空気弾を作ったって言ったじゃない。

 それなのに圧縮空気弾をつくる魔法じゃないってどういうことよ」

「?エリカは知っていたんじゃないのか?」

 

 うん、ボクも同じことが気になった。さっきの様子を見る限りエリカさんは知っていたと思うんだけど。

 

「ううん。詳しいところは全く。

 ただ、春原家には【(いまし)めの風矢(かざや)】っていう捕縛魔法があるってことを、ウチの門下生が話してたのを聞いたことがあったぐらいだから」

「そうか。だが、【魔法(まほう)(しゃ)(しゅ)】の説明をするのには俺なんかよりも適任なのがいる」

 

 エリカさんに問いただされた達也くんは、そう言うと幹比古くんを見た。

 その視線を追ってみんなの視線も幹比古くんに集まる。

 

「……そうだね。確かにその魔法を説明するんだったら、古式魔法師の僕の方が適任だろう」

 

 達也くんに少し恨みがましい目線を向けたけど、幹比古くんもその理由は察しているのかすぐに取り直して説明を変わる。

 

「【魔法(まほう)(しゃ)(しゅ)】は、そのプロセスによって引き起こされる影響が定まっていない魔法なんだ。だから、圧縮空気の弾を作ることもあれば炎の弾も作ることがある」

「なんだそりゃ……。それほんとに魔法なのかよ」

 

 おそらくレオくんのつぶやきが現代魔法師の代弁だろう。

 結果によって分類された四系統八種の魔法に慣れ親しんだ人からすると、そんなあやふやな魔法が存在するとは思えないんだろうね。

 

「そうだねレオ。でも、一応結果は(・・・)定まっているんだ。

魔法(まほう)(しゃ)(しゅ)】は、干渉力が桁外れに強い人がサイオンを漏らすだけで物理的に影響をもたらすのと同じように、漏れ出すサイオンで物理的に影響を及ぼすレベルまで精霊を活性化し、さらにそれを射出することで攻撃する魔法の総称と定義されている。

 つまり、精霊を活性化して射出するという結果は決まっているけど、活性化する精霊の種類によって性質が変わってくるから影響は変わってくるんだ。

 火の精霊を使えば炎が、風の精霊を使えば圧縮空気が弾を作っているように見えるからね。

 これが理由で殺傷性ランクも事後的に定義されることになっている。まあ、本来ならナギが使えばこの魔法には殺傷性ランクは存在しないんだけど」

「そんな魔法があるんですか……。

 それで、吉田くん。ナギくんが使った時には殺傷性ランクがないというのはどういうことでしょう?」

 

 殺傷性ランクが事後的に定義される魔法はいろいろあるけれど、全くなくなるというのは聞いたことがないんだろう。達也くん以外全員が理解できなさそうにしている。

 

「司波さん、それが【(いまし)めの風矢(かざや)】と関係してくるんです。

 実は【魔法(まほう)(しゃ)(しゅ)】では、精霊は活性化しているだけで何か魔法式を発動しているというわけではありません。

 そこでナギは、精霊に接触することを発動条件にした魔法式を投写して射出していると考えられています。その一種が【(いまし)めの風矢(かざや)】ですね。

 それによって、接触した瞬間に次の魔法が発動するため、【魔法(まほう)(しゃ)(しゅ)】自体では相手にダメージを与えることが不可能になって、殺傷性ランクの判定から外れるんです」

「なるほど。そういうことだったんですか」

「でも、複数の精霊をそこまで活性化させて、その上そんな複雑な魔法式まで用意しておくってかなり大変じゃないですか?」

 

 そう。ボクの目的のためにはそこの部分が気になってもらわなくちゃならないんだ。

 

「そうですね。光井さんの言う通り、この理屈だとかなり術者の負担があります。

 実際にその方法でウチの術者もやってみたんですが、限界まで消耗して二つ三つが限界でしたし、かなり時間もかかりました。他の古式魔法師のところでも似たようなものだったそうです」

「その情報は知らなかったな。

 ナギは息をするように五つも使っていたぐらいだし、理論が間違っていたということか?」

「いや。理屈では間違っていないと思うよ。

 観測結果から論理的に説明しようとしたらそれぐらいしかないからね。

 おそらくその負担を軽減するような手法、もしくは術式が春原家には伝わってきたんだろう。

 発動スピードでも現代魔法に僅かとはいえ勝っているし、ほんと今まで完全非公開だったのも納得できるよ。発展期に公開していたら、実力行使での取り合いになって大混乱しただろうから」

 

 ご先祖様たちも、その問題もあったから隠したんだろうしね。

 まあ、一番の問題だったのは一般人でもある程度なら扱えるということだろうけど。夕映(ゆえ)さんなんて元一般人だったのに大きな大会で優勝できるぐらいまで強くなったからなぁ。

 

「それで、春原家としては今の説明で何点ぐらいなんだい?」

「うーん。百点満点で五十点ぐらいかな?

 特定の魔法に対する考察はできているけど、基礎的なところがまだまだだからね」

「五十点……。正解は遠そうだね」

 

 まあ、こんなに早く詳しい理屈まで知られたら困るから、あと十年はいろんな人に研究してもらわないと。

 

「へぇ〜。いろいろ常識はずれなんだね。

 ところで、なんでナギくんは理論を隠してとはいえ公開する気になったの?

 そんな魔法があるんだったら隠しておいたほうがいい気もするけど」

「うーん。ちょっと理由が湿っぽいものになるんだけど、理由としては春原家がボク一人になったからかな。

 ボクがなんらかの事故で死んでしまったらご先祖様たちが遺してきた春原家の魔法も(つい)えてしまう、っていうことを考えたとき、なんらかの形で後世に遺しておきたいと思ったからだね。

 その手段の一つが、魔法大全に載せるっていうこと」

 

 これが魔法を公開するようになった対外的な理由。

 これならば新しい技術が欲しい現代魔法師は喜んで歓迎するし、伝統を重視する古式魔法師も後世に伝えるためという理由なら批判できない。

 

 もちろん、一番はさっきのようにボクの魔法に違和感を持ってもらうことが目的だけど、この考えもあるにはあったから嘘ではないんだ。

 

「ごめん。こんなノリで聞いちゃいけなかったわよね」

 

 とはいえ、そんな計算をみんなは知るはずもなくて、普通に暗い空気になってしまったけど。

 

「エリカさんたちには言ったけど、本当に気にしないでいいよ。

 もう何年も前のことだし、それにある意味そのおかげで真由美お姉ちゃんたちとも知り合えたり、こうして魔法科高校に入学してみんなとも知り合うことができたしね」

「魔法師には家庭環境が良くないことも多いが、流石にナギほどのは少なくてな。できるだけ努力はするよ」

 

 確かに親子とか兄弟で仲が悪いって話とかはよく聞くけれど、未成年で天涯孤独っていうのは少ないからね。しばらくは仕方がないか。

 

「わかった。ボクもできるだけそっちに話がいかないようにするね。

 ところで、幹比古くんは吉田家から何度か術式提供し合わないかって持ちかけられてたからともかく、よく達也くんはボクの魔法のことを知ってたね。

 自分で言うのもなんだけど、結構マイナーな話だと思うんだけど」

「当時は関係者の間で話題だったそうだからな。CADに入れる魔法を探していたら知っただけだよ」

「えっ!達也さんってCADの調整ができるんですか!?」

 

 へぇ〜!それはすごい!

 CADの調整とかって専門的な知識が必要だから難しいって聞いたことがあったんだけど。

 

「ええ。その通りですよ光井さん。

 お兄様はCADの調整を得意としていらっしゃるの。

 私のCADをお兄様に調整していただいているのも、それが一番安心できるからですし」

「俺は少し手を加えているだけなんだけどね。

 それに深雪の処理能力が高いから、あまりCADのメンテナンスには手間がかからないし」

 

 まるで自分のことのように誇らしそうな深雪さんと、そこまで特別ではないように振る舞う達也くんは対象的で、なんか少し可笑しいな。

 

「それでも、デバイスのOSを理解できなくちゃできませんよね」

「それにデバイスの基礎システムにもアクセスできないと」

 

 どうやら、みんなはどこが凄いかまでわかっているみたいで、CADを持っていないボクからすると何が何だかわからない話をしている。

 やっぱりCADって持っといたほうがいいのかなぁ。

 正直アレを使うよりかは無詠唱魔法を使ったほうが楽なんだけど。

 

「じゃあ私のCADも調整してもらおっかな」

「さすがにそれは無理だ。あんな特殊なものを調整できる技術はないよ」

 

 ?どういうことだろう。エリカさんのCADって見たことはないと思うんだけど。

 

「へぇ。これがCADだと分かったなんて、達也くんってホントに凄いんだね」

 

 そう言ってエリカさんは、さっき森崎くんのCADをはたき落してた伸縮式の警棒を取り出した。

 

「えっ!?それがCADなんですか!?」

「うんうん。ザ・普通の反応をありがとう、ナギくん。

 全員が気付いてたら赤っ恥をかくところだったからね」

 

 いやいや、気づけた達也くんが凄いだけで、流石にそれを一目でCADだと気づける人はそうそういないよ。

 

「……伸縮式なんだから中身はほとんど空洞だろ?それでさっきみたいなことができんだったら硬化魔法を使ってんのは理解できんだけどよ、どこにシステムを組み込んでんだ?」

「おっ、正解!さすがは得意分野。

 システムの部分は簡単よ、単に刻印型の術式を使っているだけ」

 

 刻印型?でも確かあれって……。

 

「感応性の合金板に、幾何学文様化した術式を刻んで、サイオンを注入して発動するっていうアレか?

 だけどよ、アレってサイオン消費が激しいっていうんで今じゃあまり使われていない技術だろ?よくガス欠にならねぇな」

「惜しい、あと一歩ね。

 魔法が必要なのは振り出しから打ち込みの間だけだから、その瞬間を捉えてサイオンを流し込めば消耗は少なくて済むのよ」

「なるほど、兜割りと一緒だね」

「そゆこと。……ってみんなどうしたの?」

 

 うんボクとエリカさんのことを、まるでチュパカブラでも見つけたかのような目で見てるけど。

 

「エリカ、ナギ。兜割りは奥義の類に分類される技術だと思うんだが……」

「単純にサイオン量が多いなんてことよりもよっぽど凄いことですよね」

 

 達也くんと光井さんの呆れ声が、みんなの気持ちを代弁しているみたい。

 

 確かに一般の剣術だったら奥義に分類されることだけど、『切るものを選べる斬撃』とかを知っている身からすると、そこまで凄いことだとは思えなくなっちゃっているんだよね。

 

「もしかして、第一高校って一般人のほうが少ないのかな?」

「というより、魔法科高校に入学している時点で一般人はいないと思う」

 

 ああ、それは確かに。北山さんの言う通りだ。

 みんなもそれが分かっているのか、なんとも言えない空気に逆戻りした。

 

◇ ◇ ◇

 

「ただいま戻りました」

 

 と言っても、時間的に(マス)(ター)はまだ『中』だろうし、誰もいないんだけどね。

 

「ああおかえり。随分と遅かったな?」

「って、あれっ!?(マス)(ター)!?」

「そうだが、それがどうかしたか?」

 

 いや。返事を期待していなかった、ただの習慣に対して返答があったので驚いただけなんですけど……。

 

「いえ、なんでもありません」

「そうか、ならいいんだが。

 それで?なんでこんなに遅かったんだ?」

「ああ、新しく出来た友達と寄り道をしていて遅くなりました。これがお土産です」

「ほう。アイネブリーゼのケーキか。ここのは上手くて好きなんだ、夕食後にでも食べるとしよう」

 

 ケーキ一つでご機嫌になるなんて……。

 欧州(ヨーロッパ)の古式魔法師の人が見たらどんな感想を持つんだろうか……。

 

「それで、(マス)(ター)のほうはどうだったんですか?

 出てきたっていうことは終わったんですよね?」

 

 (マス)(ター)は一週間前に封印を解いた時に出てきた荷物の整理とかのために、一緒に出てきたダイ()オラ()マ魔()法球()にはいっていたから、何かしら進展があったんだろう。

 

「ああ、いろんな意味で終わったよ。

 まず別荘だが、さすがに内部時間で4800年も放置されていたせいで保護の魔法は切れていて、森に呑まれてボロボロの荒れ放題。使えるようになる(きざ)しがまるで見えん。あれでよく壊れなかったものだと思うぐらいにな。

 食料の確保もまともにできなくて早めに切り上げて帰って来ざるをえなかったから細部までは見れていないが、そのうち人形を使って建て直しだろうな。

 まったく、封印が時間経過をしない類のものだったら、こんな問題も起きなかっただろうに」

「ある意味予想通り、といったところですね。

 それで、人形のほうはどうだったんですか?」

「別荘の中にしまっておいた奴らは全滅だ。かろうじて核が無事だったのが救いといえば救いか。

 だが、保管室にあった体の材料からダメになっていたから、しばらくは使い物にならん」

 

 となると立て直しは数ヶ月は先になるかな。

 

「わかりました。あとで何が必要か教えてください。集められるものだったら集めておきますから」

「ああ、ちょうどいい機会だから3Hとかいうのも一体用意してくれ。

 あれと人形(ドール)契約をしたらお前の記憶にあった…茶々丸とかいったか?あれと同じような常に魔力を供給しなくてもいい半完全自立型ができそうだ。

 人形使い(ドールマスター)としては是非とも挑戦してみたい」

「そう言うと思ってもう注文してありますよ。

 ただ、それのためにHAR(ハル)の工事もしなくちゃいけないので、その時は隠れていてくださいね」

「分かっているさ。

 それで人形だが、一体だけ無事なのがあった。まあ、細かいとこにガタがきてたからそれの修繕に時間を食ってしまったがな」

「へぇ!よかったじゃないで——ッ!!」

 

 

 後ろから殺気!!

 狙いはおそらく首!避けられない!だったら!

 

 解放・掌握(エーミッタム・コンプレクシオー)!!

 

 

「オォ、スゲェナ。ホントニ電気ニナッテスリ抜ケヤガッタ」

「……チャチャゼロさん?」

 

 とっさに雷化回避をして後ろを振り向くと、70センチくらいの、見覚えのある人形が浮かんでいた。

 

「オウ、知ラナイノニ知ラレテイルッテノモ妙ナ感ジダナ。

 アア、話ハ御主人カラ聞イテルゼ。コレカラヨロシクナ」

「はい。よろしくお願いします。

 無事だった人形って、チャチャゼロさんだったんですね」

「殺されかけたことには突っ込まないのか……。

 まあいい。こいつは常に外に出しておいていたからな。私が封印されて魔力供給が切れた時点でただの人形になって、そのまま他の荷物と一緒に封印されたんだろう。あの山の中に埋まっていたよ」

 

 ああ、整理が途中でめんどくさくなって、まとめて別荘に放り込んじゃったからなぁ。あの中にあったのか。

 

「とはいえこいつはこんななりだからな。別荘の修復には役に立たないし、情報収集にでも動いてもらうとするよ」

「例の、『フリズスキャルヴ』関係ですか」

 

 あの、(チャオ)さん&千雨(ちさめ)さん謹製の術式による電子精霊を()()()()()()アレを調べるなら、物理的に調べるしか方法がないし。

 

「それもあるし、『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』とかいう奴もいるしな。

 物理的に情報を得られるようになっておいて損はないだろう?」

「なるほど。チャチャゼロさんはそれでいいんですか?」

「殺シサエシナケリャ、犯罪者ヲ切ッテイイラシイシナ。

 人ヲ切レルナラ文句ハネェゼ」

「というわけだ。他に何かあるか?」

「いえ、特には」

 

 ボクの方ではとくに何かがあったわけではないからね。

 

「そうか。では夕食にするとしようか」

「そうですね。では作ってきます。三人分でいいですよね」

「オウ、ワインモ持ッテコイヨ」

「わかりました」

 

 それにしても、家族が増えたのは嬉しいけれど、また食費を誤魔化すのが大変になったなぁ。どうしようかな。




やったねナギくん、家族が増え(オイ

というわけで殺戮人形ことチャチャゼロが合流しました!
入学式編入ってからエヴァの出番がなかった理由もわかっていただけたと思います。
これからまたしばらく出てこないんですけどね。

さて、補足もないので今回はここまでです。
次回は魔法科主人公の巻き込まれ体質がついに発揮されます!
それではでは次回「勧誘」もみてください。

・・・魔法の分だけでも設定集あった方がわかりやすいですか?


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第七話 勧誘

29800UA&595件のお気に入りありがとうございます!

7/12の日間ランキングで8位になっていて、リアルに( ゚д゚)となったYT-3です。

これも皆様のおかげです。ありがとうございます。

今回はナギくんが空気となっていますけど、それでもよろしければご覧ください。

それではどうぞ。


 

 授業二日目の朝、通学路を歩いていると後ろから聞き覚えのある声がかけられた。

 

「あっ!ナギくんおはよー!」

「あれ?真由美お姉ちゃん?おはよう。

 こんな時間に大丈夫なの?生徒会があるから朝は早いんじゃなかったっけ?」

「大丈夫よ。ちょっと生徒会の用事があったから遅くなっているんだから」

 

 生徒会の用事?朝から学校の外で?

 

「あっ。そうそう!ナギくん、今日もお昼に生徒会室に来てもらえないかな?」

「……まだなにかあるの?」

 

 昨日あんなことがあったばかりなのに?

 

「生徒会では特にないんだけど摩利がね。

 昨日何か言いかけてたでしょう?そのことで話したいらしくて、来てくれないかってことみたい。

 あと、個人的には私も弟と一緒にご飯食べたいしね」

「そういうことならわかったよ」

 

 友達ともご飯を食べたいけれど、あまりご飯を一緒に食べたことのない家族とも食べたいしね。

 

「ありがとう。

 って、あー!もうこんな時間!?

 じゃあナギくん!生徒会室に行かなくちゃいけないからもう行くわね!」

「いってらっしゃい。じゃあお昼休みにね」

「うん!達也くんたちにもよろしくね〜!」

「え?」

 

 ちょ、ちょっと!

 って行っちゃった……。

 

 真由美お姉ちゃん。なんで達也くんなの?

 

◇ ◇ ◇

 

 そして、その日のお昼休み。

 約束通りに生徒会室に向かっているんだけど……。

 

「それにしても、達也くんと深雪さんも呼ばれてたんだね」

「ああ、わざわざ駅前で待ち伏せされていてな。

 深雪だけなら生徒会の話だったんだろうが、なんで俺も呼ばれたんだか……」

「私としてはお兄様と一緒にお昼を食べられるので嬉しかったのですが、確かにどうしてなんでしょう?」

 

 ああ、だから深雪さんはそんなに上機嫌なんだね。

 うーん。ボクが呼ばれた理由と関係あるのかな?

 まあ、その理由もわからないんだけど。

 

 っと、そんなことを考えていたら着いたみたいだ。

 分からないものをいつまでも考えていても仕方がないし、直接聞いちゃえばいいか。

 

「ここでいいのか?」

「そうだね。昨日もここに来たんだし、間違いはないよ」

「ではノックしますね」

 

 まあ、ノッカーじゃなくてインターフォンなんだけど。

 

「1-Aの司波(しば) 深雪(みゆき)と、1-Eの司波 達也(たつや)春原(はるばら) (なぎ)です。

 七草生徒会長に招かれて来ました」

『はーい。遠慮せずに入ってちょうだい』

 

 真由美お姉ちゃんから許可が出たことで扉の鍵も開いたので、達也くんから順番に中に入る。

 達也くんがいつでも深雪さんを庇えるような立ち位置を取っていることが気になったんだけど、それだけ深雪さんを大事にしているってことだよね。

 

「本日はお招きいただきましてどうもありがとうございます」

「え、えーと、どういたしまして?」

 

 深雪さん。

 言い方は悪いけど所詮学校の生徒会室なんだから、そんな社交界にでもきたようなお辞儀をしなくてもいいんですよ。

 ほら、先輩方が雰囲気に飲まれているじゃないですか。

 達也くんも深雪さんに見惚れながら機械的にお辞儀をしないで。

 

「ま、まあ遠慮せずに座って。

 今日は急ぎの話でもないし、お話は食事をとりながらにしましょうか」

 

 真由美お姉ちゃんに促されて、左手側の奥から深雪さん、達也くん、ボクっていう順番で座る。

 それにしても、深雪さんが座るときにわざわざ椅子を引くって、兄というより執事って感じだよ、達也くん。

 

「それで、お肉とお魚と精進料理、どれがいい?」

「自配機があるだけではなくて、メニューも複数あるんですか……」

 

 うん、確かに呆れるよね。ボクも昨日そんな感じだったよ。

 

「そうですね……。では精進でお願いします」

「私も兄と同じものを」

「ボクは今日はお魚にしますね」

 

 そう言って立ち上がると、前の席の中条先輩もちょうど同時に立ち上がった。

 

「あっ。春原くんはお客さんなんですから座っててください。私がやりますので」

「いえ、ボクのほうが後輩なんですし、ただ座っているだけというのも申し訳ないのでやりますよ、中条先輩」

 

 昨日も配るだけとはいえやったしね。

 って中条先輩?

 

「中条先輩?どうかしましたか?」

「ほわ〜。中条先輩……先輩………はっ!い、いえなんでもないです!

 じゃあ、お願いしてもいいですか?私と市原先輩が精進で、会長がお肉です」

「え?精進が2でお肉が1ですか?

 ……ああ。はい、わかりました」

 

 数が足りないと思ったけど、渡辺先輩がお弁当を持ってきてるからそれでいいのか。

 

 そんなわけでダイニングサーバーの前まで行って、ボタンを押して注文して出来上がりを待っている間に、達也くんたちと先輩方の顔合わせが終わったみたいだ。

 っと。こっちも丁度できたな。

 

「あっ。一人じゃ大変でしょうから、運ぶのは手伝いますね」

「私も手伝います」

「ありがとうございます、中条先輩、深雪さん」

 

 三人で二つずつ運んで、とりあえずご飯を食べようって雰囲気になった。

 昨日とは違って緊急の用事ではないみたいだし、生徒会役員と打ち解けてもらうのが狙いなのかな?

 

「渡辺先輩。そちらのお弁当は渡辺先輩がお作りになられたものですか?」

「そうだが……。私がそんなことをするなんて意外か?」

「いえそんなことはないですよ。普段から料理をしているかどうかは指を見れば分かりますからね」

 

 達也くん。わかったから女性の手をそんなに見つめない。

 渡辺先輩も恥ずかしそうにしているじゃないか。

 

「そうだ!お兄様、私たちも明日からお弁当にしましょうか」

「それはとても魅力的なんだけど、二人で食べられる場所がないんだよな……」

「あっ。そうですね……。まずはそちらをどうにかしませんと」

「……兄妹というよりも仲のいい恋人の会話ね」

「そうだね、真由美お姉ちゃん」

 

 まったく、もう少し周りのことも考えて欲しいよ。

 

「そうですか?

 まあ、確かに何度か、血が繋がっていなければ恋人にしたい、と考えたことはありますね」

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 うん、そうだろうね。予想通りだよ。

 そして、深雪さんは深雪さんで真っ赤になっているってことは満更でもないんだね。

 でも、知り合って間のない人たちの前でそういうことは言わないほうがいいよ。

 先輩方が気恥ずかしさで赤くなっちゃってるし。ほら、中条先輩なんて深雪さんに負けず劣らず真っ赤だよ。

 

「もちろん、冗談ですけどね」

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 分かりづらっ!

 表情があんまり変わらないから分からないよ達也くんっ!

 そしてそんなに落ち込むってことは、やっぱり深雪さんからは本気だったんですね!

 

「……どうやら一筋縄では行かないようですね」

「そのようだな。

 ふふふっ。君は面白い男だな、達也くん」

 

 市原先輩は頭を抱えちゃっているし。

 そして渡辺先輩、獲物を見つめる目になっていますよ。

 

「自分では面白くはないと自覚していたのですが……」

「いやいや。冗談だとかの意味ならそうかもしれないけど、飽きさせないという意味でだったら達也くん並の人はそうそういないよ」

「そうか?自分ではわからないんだが」

 

 達也くんは本気で不思議そうにしているけど、少し考えたらわかると思うんだけどなぁ。

 

◇ ◇ ◇

 

「さて、軽く打ち解けられたみたいだし、ご飯も食べ終わったようだから、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 確かに気がついたら、そろそろいい時間だしね。

 真由美お姉ちゃんの言う通りに本題に入ったほうがよさそうだ。

 

「達也くん、深雪さん。

 この学校では、一般的な公立高校と同じく生徒会に学内での大きな権限を与えられています」

 

 最近ではその傾向がとくに強いって言うよね。

 三年前に沖縄での大亜連合と思われる部隊との戦いに勝利したことが遠因になっているってことは知っているんだけど、詳しくはわからないや。

 

「さらに言うと、この学校では伝統的に生徒会長に権限が集められています。

 これは、生徒会において会長のみが選挙で選ばれていて、他の役員は会長が選任し、また解任の権限も会長にある大統領制であることからきています。

 また、一部を除いた各委員会の委員長の任命権も会長にあることも大きいですね」

「私が務めている風紀委員長はその例外の一つだ。

 風紀委員が生徒会、課外活動連合会、そして教職員会から三名ずつ選出され、その中から互選によって任命される」

 

 へぇ。そんな感じになっているんだ。

 つまり生徒会長と風紀委員長では持っている権力自体が違うから、上下関係になりづらいってことなんだね。

 

「さて、この仕組み上、生徒会長は任期が十月一日から翌年の九月三十日までと決まっているのですが、他の役員については任期の定めがありません。

 生徒会長は任期の間であったら役員の任免は自由に行えます。校則で一科生からのみと決まってはいますが」

 

 ここまではとりあえず理解できたので、それを示すために頷く。

 達也くんや深雪さんも大丈夫みたいだ。

 

「それで、これは慣例なのですけれど、毎年、新入生総代を務めた方を後継者育成のために生徒会に勧誘しています。

 もちろん、必ず生徒会長になれるというわけではありませんが、ここ五年間はそのパターンが続いていますね」

 

「ということは、会長もそうだったんですか。流石ですね」

「あ〜、まあそうですけど、十文字くんや摩利と僅差も僅差だったらしいですからそこまで誇れることではないですよ」

 

 

 え〜。あんなに嬉しそうにしてたの……はい!絶対に誰にも言いません!だからその目でこっちを睨まないで!

 

「コホン。それで、深雪さん。私は生徒会長として貴女に生徒会に入ってくださらないかと思っています。

 引き受けていただけますか?」

 

 真由美お姉ちゃんにそう問いかけられた深雪さんは、一度少し俯いて、達也くんへと振り向いた。

 深雪さんに問いかけられた達也くんの表情はボクからは見えないけれど、小さく頷いたことを考えれば、深雪さんの背中を押すつもりだということは伝わってきた。

 

 しばらくの間達也くんを見ていた深雪さんが再び俯いて、そして顔を上げた時、どこかその瞳に決意の色が見えた。

 

 

「……会長には兄の入試の結果を教えていただきました。

 それを知ったとき、会長はどのようにお思いになりましたか?」

 

 

「——ッ!?」

「そうですね……。私が達也くんの答案を先生方にこっそりと見せていただいたときには、正直自信をなくしてしまいました」

「そうですか。

 私は、デスクワークには実技の成績よりも、知識や判断力が必要であると考えています。

 ならば、実技で一位というだけの私よりも、兄の方が生徒会にとっては有能な人材であり、役員に相応しいと思っています。」

「おいっ、深雪!?」

 

 深雪さん、それは……。

 

「……確かにその通りかもしれませんが、校則上——」

「もちろんそれは存じ上げています。

 ですので、これは私の納得がいかない、兄に対して申し訳がないというだけのただの我儘です」

「深雪……」

 

 深雪さん……。

 

「私が兄よりも相応しくないと分かった上で、規則により兄ではなく私を選出せざるを得なかったというのでしたら、喜んで末席に加わらせていただきたいと思います。

 ですが、初めから兄など眼中になく、単に私を落としやすくするための付属物として呼んだだけというのでしたら——」

 

 

「それは、絶対にありません」

 

 

 真由美お姉ちゃん?

 

「私は、授業の関係上別れてはいますが、一科生も二科生も平等であると考えています。

 問題の生徒会役員に関する規則も、校則から削除するために私の任期末に生徒総会を開く方向で調整をしています。

 ですので、決して達也くんを低く見ているなんてことはありませんよ。

 達也くんもきちんと評価をした上で、()()()深雪さんに生徒会役員になってもらえないかと思ったんです」

七草(さえぐさ)会長……。

 ……わかりました。その役割、謹んで引き受けさせていただきます。

 それと、差し出がましいことを申し上げて、すみませんでした」

 

 ふう。一時はどうなることかと思ったけど、とりあえず一件落着かな。

 

「気にしなくてもいいですよ。私自身も二科生にとても優秀な弟を持っていますので、深雪さんの気持ちはよくわかりますから」

 

 うっ。ぜ、全員の目線が一斉にこっちに向いたよ……。

 は、恥ずかしい。

 

「さて、では深雪さんには書記として生徒会に加わってもらいます。仕事の内容はあーちゃんから聞いてくださいね」

「だから、せめて後輩の前だけでもあーちゃんはやめ——」

「それでは、今日の放課後から来ていただくことはできますか?」

 

 中条先輩、顔を上げてください。

 真由美お姉ちゃんにあだ名をつけられたらもうどうしようもありませんから。辛抱するしかないですよ。

 

「お兄様どうしましょう」

「出ればいいさ。俺は適当に時間を潰しておくことにするよ」

「わかりました。それでは改めて、本日の放課後からよろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いしますね、深雪さん」

「あの〜、なんで私が『あーちゃん』で、司波さんが『深雪さん』なのでしょうか……」

「うーん、雰囲気?」

 

 確かに納得できるけど……。中条先輩も大変だなぁ。

 

◇ ◇ ◇

 

「さて、昼休みが終わるまでまだ少し時間もあるな。

 私からもちょっといいか?」

 

 深雪さんの生徒会入りの話もついたところで、渡辺先輩が声を上げる。

 そういえば、ボクの本題は渡辺先輩の方だったっけ。

 なんだろう?

 

「ああ、ナギくんの件?それだったら……」

「確かにその通りだが、それを少し変えたいんだ。

 春原は部活連の方にして、生徒会からは別の人物を頼みたい。

 十文字には昨日の放課後に説明をして、許可もすでに取ってある」

 

 ……なんだろう。なんか嫌な予感がする。達也くんもそう思うよね?

 

「それなら別に構わないけれど、別の人物って……、あっ!

 摩利、もしかして……」

 

「ああ、そうだ。

 達也くんも風紀委員として推薦してもらいたい」

 

「摩利!ナイスアイディアよ!」

「ちょっと待ってください!俺には話が理解できません!」

「ボクもです!一体何がどうなっているんですか!?」

 

 達也くん()、ってことはボクもってことだよね!

 

「なんだ真由美。春原にも話してなかったのか」

「こういうものは風紀委員長である摩利から説明するものでしょう?」

「それもそうか。では、一から説明するとしよう。

 まず、風紀委員会とは、校内の風紀を維持することを目的に、校則違反者を取り締まるための委員会だ」

「正確には、遅刻や制服の乱れなどの問題は自治委員会の担当ですが」

 

 渡辺先輩の説明だけだと誤解を招くと思ったからか、市原先輩が説明を追加した。

 

「じゃあ、風紀委員は何をするんですか?」

「そうだな……。

 春原の質問に答えると、魔法の不正使用をした校則違反者の摘発と、魔法の使用如何にかかわらず騒乱の取り締まりが風紀委員会の主な活動だな。

 あと、風紀委員長は懲罰委員会に生徒会長とともに出席して、違反者の罰則の決定に関して意見を述べるなどもあるが、これは蛇足か」

「えーっと、簡単に言えば校内において警察と検察を兼ねている組織っていうことです」

 

 それはまた、大変そうな……。

 

「流石です、お兄様!」

「いや待て深雪、俺もナギもまだやるとは言っていないぞ!」

「そうですよ深雪さん。まだあくまで説明を聞いているだけですから!」

 

 まあ、あの目を見れば、逃がしてもらえなさそうってことはわかっているんだけどね……。

 

「……渡辺先輩、念のために確認させてもらいますけれど」

「なんだ、達也くん?」

「今のご説明を聞きますと、風紀委員は喧嘩が起きたら、魔法が使われていようが力尽くで止めに入らなければならない、と言うことですよね」

「その通りだな。まあ、できれば魔法の使用前に止めさせることが望ましいが」

「お言葉を返すようですけれど、俺は実技の成績が悪かったから二科にいるんです!ナギのように古式魔法師ってわけでもありません!

 それなのに魔法戦闘を止めろと言うんですか!」

「ああ、それに関しては達也くんはできればでいい。

 力くらべなら私がいるし、君に期待しているのは別の部分だからな」

 

 ああ、『達也くんは』ってことは、ボクにはその部分も期待しているってことですか……。

 

「……別の部分ですか?」

「ああ、その通りだ。

 ……っと、予鈴か。続きは放課後にしたいんだが、二人とも構わないか?」

「……わかりました。俺は別に構いません」

「ボクもです。ここまで来て引けません」

 

 このまま有耶無耶にはできそうもないから、選択肢は実質一つだけだろうに。

 予定は……書類仕事だけのはずだから、なんとかなるな。

 

「そうか、では放課後……場所はここでいいか?」

「ええ、下はあんな感じでしょう?」

「んんっ!……というわけだ。放課後にここでな」

 

 なんだか、また面倒なことに巻き込まれたみたいで、ため息をついたら、達也くんも全く同時に達也くため息をついた。

 チラリと目を合わせただけで、お互いに何を考えているのかが分かったよ。

 

 達也くん、ある程度諦めておかないといけないみたいだね。




祝!!日間ランキング8位!!(二回目)

投稿してからしばらく経ったのに、なんかお気に入りが山ほど増えているなぁと思ったら、なんかランキングに載せていただいていました。
本当にありがとうございますm(_ _)m

さて今回は補足もありませんし、ここまでとさせていただきます。

まだまだヒロイン&アーティファクト募集も、視点変更に関するアンケートも行っていますので、よろしければ皆様ご一考ください。

今回は(ほぼ)同時投稿で、『精霊魔法』魔法の設定を上げておきました。
もし、本編での説明で分かりづらかったということがあれば、ご覧頂ければできるだけわかるように書いています。
よろしければご覧ください。

それではまた次回もみてください。


・・・本当にありがとうございます!(しつこい)


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第八話 「実力」

一度間違って消してしまったので、再投稿です。

なのでUAとお気に入り件数が分かりません。すみません。

それではどうぞ。


 

「それで、二日連続で呼ばれるなんてホントに何したのよ、ナギくんは?」

「ボクが何かをしたのは確定なの、エリカさん?」

 

 生徒会室から帰ってきたお昼休み明け、興味が抑えきれなかったようでエリカさんが話しかけてきた。

 一応、これから実技で使う教育用CADに慣れることが目的のきちんとした授業なんだけど、まあ教員もいないし、そこまで厳格なものでもないしこのぐらいならいいか。

 

「それに達也くんも一緒だったんだよ。

 ボクが何かしたってわけじゃあ……ない、かな?」

「いや、なんで疑問系?

 それに達也くんは深雪のことだろうから、たまたま一緒だっただけで別口じゃないの?そうでしょ達也くん?」

「それが、奇妙な話になってな……。

 向こう側からしたら俺とナギがセットだったらしい」

「どういうことだい?」

 

 あー、やっぱりみんな気になるんだね。

 

「初めの内は、まあ大体予想通りの深雪の勧誘だったんだがな……。

 深雪が書記になることに決まったら、風紀委員長にいきなり風紀委員にならないかと誘われたんだよ。

 そのまま時間内では結論が出ずに、放課後また行くことになったんだ」

「そりゃ、またホントいきなりだな」

「それでも二人ともすごいですね。生徒会から直接スカウトされるなんて」

「いや、生徒会からというわけでじゃなくて、表向きは生徒会と部活連から指名される、ってことらしいよ。

 実質的には風紀委員長からの指名みたいなものだったけど」

「ああ。ナギが部活連で、俺が生徒会からってことになるらしいな。

 というか、理由もよくわかっていないんだ。簡単には喜べないよ」

 

 そうなんだよね。

 大体予想はついているけど、詳しいところがわからないとどうしようもないよ。

 

「それはそうだね。ところで風紀委員って具体的には何をするところなんだい?」

「えーと、大体しか分かっていないけど、校内で揉め事とか魔法の不正使用が起きた時にそれを取り締まる、ってのが主な任務だったっけ?」

「ああ、簡単に言うとそういうことになるな」

「喧嘩に割って入って止めるってことか。そりゃまた面倒くさそうだな……。少し面白そうではあるけどよ」

「……そんな危ないことに達也くんたちをほとんど一方的に巻き込もうなんて、あの風紀委員長勝手すぎるでしょ」

 

 ……やっぱりエリカさんは渡辺先輩となにかあったのかな。言っていることは正しいんだけど、妙に感情がこもっている気がする。

 

「うん。確かにエリカの言う通りちょっと自分勝手だね」

「いや、一応強制ではなく推薦という形だったが……」

「でも部活連の会頭って、たしか十文字家の次期当主でしたよね。

 それにあの(・・)生徒会長と風紀委員長からの推薦なんて、断ることが実際には難しいじゃないですか。

 これじゃあ強制と大差がないです」

 

 そう言われればそうかも。

 ボクはこれでも一当主、それも春原家は複数の戦術級魔法を伝えているってことに()()()()()から、あまり十師族だとかはプレッシャーになりづらいけど、普通の家らしい達也くんには断りづらいよね。

 

「……確かにそうなんだよな。

 まったく、俺には自由はないのか」

「だけどよ、俺としては昨日みたいなことがあった時に、威張り腐ってる一科生に取り締まられるよりかは、達也とかナギのほうが断然いいぜ。

 たまたまあの風紀委員長だったから良かったけどよ、そうじゃなかったらこっちが一方的に悪いってことにされるかもしれねぇぞ?」

「さすがにそれはないと思うが……」

 

 警察兼検察みたいなものらしいから不正はできないと思うんだけど……

 

「……でも、そう言われると確かにレオの言う通りかもね」

「昨日みたいなことがまたかもしれないと考えると、そっちのほうがいいかもしれませんね」

「ナギくんが喧嘩の仲裁に入って、聞かない奴は達也くんがビシバシ捕まえる。

 うーん、そう考えると意外と似合ってるかも?」

「……ほらエリカ、次だぞ」

「あっ、ゴメン。教えてくれてありがと」

 

 ……達也くん、みんなが肯定する流れになってきたから話を逸らしたね。

 

◇ ◇ ◇

 

「…………」

「…………」

「……現代魔法が苦手だとは知っていたけど、ここまでなんだね……」

「うん……。最初に上手くいかなかったから、少し気合を入れたら、ね……」

「……というか、なんで加速と減速の起動式であんなんになるのよ……」

「……こう言っちゃ悪りぃけど、よくこれでこの学校に受かれたよな。いや規模はスゲェんだけどよ」

 

 うん。これを見て自分でも不思議になっているよ。

 やっぱり、起動式の処理だけに集中しちゃったのがいけなかったのか……。

 

「入試のときは、真由美お姉ちゃんに傾向と対策を散々叩き込まれたから、なんとかね……」

「そうだとしても、限度というものがあるだろう……」

「台車が見事に壁に刺さってますもんね」

 

 なにせ対象の情報を直接書き換える感覚って難しいんだ。

『精霊魔法』を使っていいなら、一瞬で100個でも200個でもぴったり動かしてみせるんだけどさ……。

 

 あ、教員が来た。

 ……謝ったら許してくれる、のはムリだよね。

 

◇ ◇ ◇

 

 そして放課後。当然懲罰委員会に呼ばれました。

 

「というわけで、魔法を暴発させてしまい実習室を壊してしまいました。すみませんでした」

「……あの手の実習で破損が起きたなんてことは聞いたことがなかったぞ」

「諦めて摩利。これがナギくんよ」

「……しかも前科があるらしいな」

 

 はい。何度か教えてもらっているときに暴発させたことがあります。

 その度に真由美お姉ちゃんには迷惑をかけました。

 

「ナギくんは、なんというか、起動式の処理だけに集中すると、変数が大雑把になるのよね。かといってある程度は集中しないと処理できないし。

 前に七草で調べてみたんだけど、魔法演算領域が十師族と比べても大きすぎるみたいなのに、それに比べて処理能力が平均的な魔法師ほどもないせい、ってことらしいわ。

 同時に処理する量が多いのにそれに相応しい能力がないから、構築が上手く出来づらいってことね。

 これが古式魔法だったら、慣れてるからかかなり細かい調整も出来るんだけど……」

「現代魔法で、しかも授業初日で気合が入りすぎていたために起きてしまったということか……。大雑把にしては行き過ぎていると思うがな。

 それで、生徒会長として(・・・・・・・)、今回の処罰はどうする?」

「そうね……。

 あくまで授業中のことだし、注意ぐらいが妥当かな?って思うんだけど、摩利は風紀委員長としてどう思う?」

「まあ、初犯だし意図してのものでもないから、そのくらいでいいだろう」

「と、いうわけで。

 春原(・・)くん、今回は注意をするだけにとどめておきます。次回はないように」

「はい、わかりました!」

 

 ふう。思っていたよりも重くはなかったな。

 

「あと、姉としての罰で、再発防止のために日曜の朝から夕方までみっちり練習ね。つきっきりで見ててあげるから」

「は、はい!」

 

 うわ〜、あの目は本気でしごくつもりの目だ。

 ……頑張って出来るようにならなくちゃ月曜日に出てこられなくなりそうだなぁ。

 

◇ ◇ ◇

 

「そう。じゃあナギくんは風紀委員になってもいいの?」

「うん。週に何度もある部活の掛け持ちは無利だろうけど、一・二回ぐらいなら他にやることとなんとか両立できそうだから。

 毎日出る必要があるのは今回みたいなイベントごとの時期ぐらいなんですよね?」

 

 それに、風紀委員として活動すれば、未来の魔法師・魔工師に『春原の魔法は異常だ』という印象を与えることができるだろうし。

 こうやって地道に違和感の種を植えて行くことが、ボクの目的のためになるしね。

 

「ああ、基本的にはその通りだ。普段は二人体制で行動している。

 それに春原の事情はわかっているからな。さすがに減らすことまではそうそう無理だろうが、シフトの調整ぐらいは考慮するさ」

「ありがとうございます。それならなんとかできそうです」

「これでナギくんは確保できたわね。

 ただ、問題は達也くんなのよね……」

「そうだな。まさかそこまで嫌だったとは」

「達也くんは個人的に魔法研究をしているって言ってましたし、そちらの方に時間を割きたいんじゃないですか?」

 

 なにせ挑戦しようとしているのは加重系魔法の三大難問の一つ、のはずだからね。時間はいくらあっても足りないんだろう。

 

「うーん、それもあるんだけどね……」

「何か思い当たる節があるのか?」

「いや、達也くんの都合以外にも、はんぞーくんが……」

「あー。確かにあいつは反発するだろうな」

 

 はんぞーくん……服部先輩か。

 たしかに、森崎君みたいに(おご)っているわけではなさそうだったけど、実力主義みたいだったから二科生の風紀委員入りは認められないかも。

 

「そうか、あいつを説得しなければいけないのか、面倒だな」

「風紀委員の任命は生徒会長の権限だとは言っても、生徒会で全員一致じゃないと後で難癖をつけてくる生徒も出てきちゃうだろうしね……。

 うーん。はんぞーくんが達也くんを認めてくれれば話は簡単なんだけど」

 

 生徒会長もいろいろ考えなくちゃいけなくて大変なんだね。

 

「まあ、もう生徒会室に着くし、達也くんたちも来てるだろうから、後はなるようにしかならないわよ」

「それもそうだな。達也くんの有用性を挙げて、説き伏せるしかなさそうだ」

 

 というか、さっきからボクのことは問題にならないみたいに話してるけど、ボクも二科生だからいろいろ言われそうだということは大丈夫なのかな。

 まぁ、もう生徒会室に着いちゃったし、真由美お姉ちゃんの言う通り、なるようにしかならないか。

 

「ただいまー」

「お帰りなさい、会長。それとこんにちは渡辺風紀委員長、……春原も」

「………」

 

 冷たっ!……ひっ!

 み、深雪さん!?なんでそんなに怒っているんですか!??

 服部先輩の挨拶に何かおかしいところがありましたか!?

 

「深雪」

「……はいお兄様。

 こんにちは七草会長。本日よりよろしくお願い致します」

「い、いらっしゃい深雪さん、達也くん。

 えーと、それじゃあ、はんぞーくんとも顔合わせが済んでいるし、早速だけどお仕事を覚えてもらいましょうか。

 あーちゃん、深雪さんに教えてあげてね」

「は、はいっ!ま、まずはこっちに来ていただいてもいいですか?」

「はい。よろしくお願い致します、中条先輩」

 

 あー。中条先輩も怯えちゃって大変だなあ。

 それで、結局、なんで深雪さんは怒ったんだろう?服部先輩の挨拶が原因っぽいけど、特におかしなところはなかったし。

 

「それで、ナギは大丈夫だったのか?」

「まあ、一応実習中の事故ってことだったから、学校からは注意ぐらいで済んだよ。心配かけちゃってごめんね」

「気にするな。その程度で済んだのだったら、過剰に罪悪感を持たれてもこっちが困るからな」

「ありがとう達也くん」

 

 後でエリカさんたちにも謝らなくちゃね。みんなも同じことを言ってきそうだけど。

 入学してすぐに、いい友達に恵まれたなあ。

 

「さて、話も終わったようだし、あたしたちも移動するとしようか」

「どこにですか?」

「風紀委員会本部だ。いろいろ見てもらった方が分かりやすいだろうしな。

 この部屋の真下なんだが、中で繋がっているからすぐだよ」

「……それは変わった構造ですね」

 

 消防法とか大丈夫なのかな?いくら魔法師の卵がすぐに対処できるからって、絶対に大丈夫だとは限らないと思うんだけど。

 

「あたしもそう思っているよ。だが、実際にあるんだから活用しないのももったいないだろう?」

 

 それは、生徒会室に遊びに来る口実ですよね……。

 まあ、お昼の感じを見た限りだとほとんど生徒会の一員になっているみたいだから、今更なのかもしれないけど。

 

「待ってください、渡辺風紀委員長」

 

 あー。やっぱりきた。

 

「……なんだね、(はっ)(とり)(ぎょ)(うぶ)(しょう)(じょう)(はん)(ぞう)副会長?」

「わざわざフルネームで呼ばないでください!学校に受理されている名前は服部刑部です!」

「それはお前の家の官職だろう」

「今の世の中に官職なんてものはありません!

 ……いえ、そんなことが言いたいわけではなくてですね!」

「お前が譲らないんだろうに……」

「まあまあ。はんぞーくんにも(こだわ)りがあるんでしょう。そこらへんにしてあげましょ、摩利」

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 ……真由美お姉ちゃんがそれを言うの?

 

「?」

 

 しかも、やっぱり気づいてないし。

 

「……会長と渡辺風紀委員長にお話ししたいのは風紀委員の補充の件についてです。

 私はそこにいる司波達也の生徒会推薦枠での風紀委員入りには反対します」

 

 あ、突っ込まずに流すんですね。

 

「ほう?おかしなことを言う。

 達也くんの風紀委員入りは、七草会長が指名した話だ。たとえ口頭であっても、その効力は変わりがないぞ」

「しかし彼は承認していないと聞いています。ならば、まだ確定はしていない話です」

「たしかに君の言う通りだ。だが、それを決めるのは達也くんであって君ではない」

「しかし、確定のしていない話ならば、私は副会長として会長に忠告する権利があるはずです」

「それは、確かにそうね……。

 ……それで、はんぞーくんが反対する理由は何?」

 

 ごり押しでは通らないと思ったのか、真由美お姉ちゃんが服部先輩の意見も一応聞こうと提案した。

 

「過去一度も、ウィ……いえ、二科生から風紀委員が選ばれたことはありません。

 これは、風紀委員がルールを守らない生徒を拿捕する為に動くという特性上、実力が重視される為です。

 そして、一科生と二科生の実力差は、学校も認めている純然とした事実です」

 

 服部先輩の言っていることはある意味では正しい。

 それは、『第一高校の中の常識』では確かな事実なんだけど、広い視野で見たら必ずしもそうではないんだ。

 

「それを言うのならば、もう一人の春原を無視して達也くんだけに言うのはなぜだ。そっちも二科生だからやめろということか?」

「……春原は例外です。

 古式魔法師であるために二科生になったため、実力を示しているわけではないのは周知の事実といってもいいです。

 現に、昨日も七草会長からの要求で例の捕縛魔法を使って騒乱を納めたそうじゃないですか。必要な実力はあると言えるでしょう」

 

 うん?実力主義なのは予想通りなんだけど、なんかボクを評価しているというよりは、真由美お姉ちゃんの目線を気にしているって感じがする。

 チラチラと真由美お姉ちゃんを見てるし。

 

「そもそも彼は部活連の推薦です。生徒会の私が文句を言える立場ではありません。

 ですが、生徒会推薦枠の司波には口を挟ませてもらいます。

 実力も実績もない彼を入れるのは、いたずらに反発を煽るだけでメリットがありません」

「確かに君の言う通りだが、実力にもいろいろあるんだ。

 春原は違反者の拿捕のために入ってもらうが、達也くんには別の役割がある。

 達也くんには起動式を読み取って、使われる魔法を予測できるという目と解析能力がある」

「……そんな馬鹿な!起動式はアルファベット数万文字分以上の情報量があるんですよ!そんなことができるはずがない!」

 

 まあ、これに限ってはほぼありえないのが社会の常識だから、信じられないのは仕方がないか。

 

「しかし、実際に昨日の『見学』でのトラブルで、その能力を見せた。

 もしその能力が本当ならば、いままで出来なかった魔法の発動を止めた際に的確な処罰が出来るようになる。

 これならば、彼の存在が未遂犯に対する強力な抑止力になるんだ」

「しかし、問題が起きた時に止められないようでは……」

「実際に単独でそれができるのはこの学校に何人いる?

 その点では一科生も二科生も大差ない。ならばそれ以外の付加価値で判断してもいいだろう?

 そして、これは春原にも言えることだが、もう一つ理由がある。

 服部の言う通り、いままで風紀委員には一科生しかいなかった。つまり、二科生の違反者も一科生が取り締まり、その逆ということはなかった。

 これは一科生と二科生の精神的な溝を助長する一因になっていた。この学校の風紀を任される組織としてはいつまでもこのままにしてはいられない。ゆえに達也くんと春原に風紀委員に入ってもらいたいんだ」

「はぁ、意外と考えていたのね。

 てっきり達也くんに一目惚れしたからだと思ったわ」

「達也くんの能力にってことだよね!」

 

 真由美お姉ちゃん!深雪さんからまた氷の雰囲気が漂ってきてるから、勘違いするような言葉は言わないで!

 

「……会長。私は司波達也の風紀委員の登用には反対です。

 渡辺風紀委員長の言うことにも一理あるとは思いますが、やはり風紀委員の主な任務は違反者の鎮圧及び摘発です。実力に劣る人物ができる役職ではありません。

 このまま彼が就いた場合、任命した会長の責任が問われてしまいます。

 どうかご再考を——」

「待ってください!」

「深雪!?」

 

 ああ、ついにブラコンの深雪さんが爆発しちゃった……。

 

「僭越ですが服部副会長、確かに兄の実技の成績は芳しくありませんが、それは兄の能力と試験がかみ合っていないのが原因なのです!

 実戦なら誰にも負けません!」

「司波さん。身内のことですから感情的になるのも分かりはしますが、魔法師には常に冷静に、客観的に物事を見る力が求められます。

 贔屓目に目を曇らせるのはいけませんよ」

「私は目を曇らせてなどいません!お兄様のお力は本当は——」

「深雪!!」

「!!も、申し訳ございません!

 ……お兄様?」

 

 達也くん?

 何か隠しているのはわかるし、それについては何も言わない。言える立場じゃないしね。

 だけど、服部先輩の前に出て、一体どうしたの?

 

「服部先輩、俺と模擬戦をしてください」

「えっ!?」

「なっ!?」

 

 あんなに嫌がっていたのに?もしかして……。

 達也くん、君は——

 

「……俺を舐めているのか、補欠の分際で!」

「いえ、そんなことはありません。それに、風紀委員になりたいというわけでもありません。

 ですが、妹の目が曇っていないことを証明するためならば仕方がないですから。実力を分かりやすく示すためにはこれが一番でしょう」

 

———シスコンだよね。

 

「……いいだろう。司波さんがそこまで言う実力を示してもらおうか。

 たが、俺が最低限の実力もないと判断した場合は、お前の風紀委員入りは認めないからな。

 会長、渡辺風紀委員長。試合の許可をお願いします」

「本当にいいのね?

それでは、生徒会長の権限により、正式な試合として、二年B組・服部刑部と一年E組・司波達也の模擬戦を認めます」

「風紀委員長として、生徒会長の宣言に基づき二人の試合が校則によって認められた課外活動であることを認める」

「場所は……第三演習室が空いていたわね。時間は30分後とします。試合は非公開、双方にCADの使用を認めます」

「了解です」

「分かりました」

 

 なんか、また大変なことになったなぁ。




補足です。

・風紀委員の任務回数

一応オリジナルです。
原作魔法科で部活と掛け持ちができていることなどを考慮して、1日2人体制のシフト制としました。
これなら週1〜2日になるはずです。

今回はミスをしていまい、申し訳ございません。
こんな私でよろしければ、これからもよろしくお願いします。


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第九話 縮地法

43300UA&999件のお気に入りありがとうございます!

最近なぜかFate×カンピオーネ!の夢を見て、書きたい衝動にかられているYT-3です。

これ以外の作品を書くとペースが落ちるでしょうから、読者さんに申し訳ないんですよね。

関係ない話はここまでにして、それではどうぞ。


 そして30分後。第三演習室にさっき生徒会室にいた全員が集まっている。

 ボクは、「場合によっては達也くんと仕事仲間になるかもしれないんだから、実力を見ておいたほうがいい」って渡辺先輩に言われてここに来たんだけど、生徒会の人は全員が来て大丈夫なのかな?

 

「それではルールを説明する。

 直接、間接を問わず相手を死に至らしめる、回復不可能な障碍(しょうがい)を与える、または相手の肉体を直接損壊する攻撃は禁止する。ただし、捻挫以上の負傷を与えない範囲での攻撃は許可する。

 武器の使用は禁止するが、体術による攻撃は可能だ。蹴り技を使いたければ学校指定のソフトシューズに履き替えるように。

 勝敗は一方が負けを認める、または審判を務める私が続行不可能と判断した場合に決することとする。

 以上だが、何か問題はあるか?」

「いえ、ありません」

「自分も大丈夫です」

 

 服部先輩は睨むように、達也くんは自然体で、相手を見ながら返答した。

 

「ならば、このルールに従わない場合はその時点で負けとする。いいな?

 それでは、双方白線まで下がり、試合開始の合図があるまでCADは機動せず、魔法の展開もしないこと」

 

 そう言って、渡辺先輩はボクたちの近くまで下がってきた。その顔には、おそらく達也くんに対する興味がある。

 周りを見渡すと、真由美お姉ちゃんも同じ顔をしている。

 市原先輩と中条先輩は、冷静にと心配しての違いはあるけど、達也くんが負けると思っている点では同じようだな。

 それに対して、深雪さんは一点の迷いもなく達也くんの勝利を信じているようだ。

 

 ボクは、この試合は一瞬で終わるだろうと思っている。

 

「始め!」

「飛べっ、え……!?」

「「「えっ!?」」」

 

 開始の合図と同時に服部先輩はCADを操作したけれど、それは達也くん相手には遅かった。

 その時には達也くんが目の前に接近していて、さらに一瞬で側面に回り込んでいたから。

 

「!そこかっ、あ?」

 

 それでも見失ってからすぐに見つられたのは鍛錬に裏打ちされた結果だったんだろうけど、既に達也くんはCADの引き金を一度引いていて、それが必倒の一撃だったらしい。

 ドサリ、と。服部先輩が倒れた。あの感じだと気絶したのかな?

 

「——しょ、勝負あり。勝者、()()達也(たつや)

 

 うん。達也くん、もう少し喜ぶなりなんなりしようよ。やりたくない風紀委員になるのが確定したから、仕方がないのかもしれないけどさ。

 勝ったのに平然と軽く一礼するだけって、逆に無礼だよ。

 深雪さんを見てみなよ。自分のことのように喜んでいるのが顔に出ているじゃない。

 

「待ってください。()()くん、今の動きは自己加速術式をあらかじめ展開していたのですか?」

「そんな訳がないのは、ここにいる皆さんにはよくわかっていると思いますが。

 今のは魔法ではありません。正真正銘、身体的な技術ですよ、市原先輩」

「ボクも証言します。アレは体術でした」

「ナギくんは何が起きたのか分かったの?」

 

 この場にいる全員が、信じられないっていう目で見てくる。あ、気絶している服部先輩は除いてね。

 

「うん。だけど、一応武術の秘奥のはずだから、勝手にしゃべることはできないよ」

「いや、俺の師匠のスタンスでは、この技術に関しては秘匿している訳でもない」

「師匠?達也くんは誰かに師事しているのか?」

「はい。兄は九重(ここのえ)八雲(やくも)先生に師事しているのです」

「あの九重八雲の弟子だと!」

 

 九重(ここのえ)八雲(やくも)って、あの古式魔法師で忍びの?

 通りで、歩法が楓さんと被ったわけだ。

 

「まあ、一応そうですね」

「それで、その師匠に許可を取らないで武術の秘奥を教えて大丈夫なのですか?」

「ええ。師匠のスタンスはさっき言った通りですし、理屈が分かっても簡単にできるものではないですから。

 もちろん、他人に口外しないという条件はつけさせてもらいますが」

「……分かったわ。教えてくれる?」

 

 真由美お姉ちゃんに続いて、まだ気絶している服部先輩以外の全員も秘密にすることを約束した。

 

「そうですね。まずはどこから話しましょうか」

「『気』による強化からが分かりやすいんじゃない?」

「そうだな、そこからがいいか」

「気というと、古式魔法での想子(サイオン)のことだろう?

 それを使っての強化というと、つまり魔法技術ということではないのか?」

 

 あー。そこらへんは分かりづらいですよね。

 ボクも前世での『気』について考えた時に、どういう理屈だったのか悩みましたもん。

 

「いえ、違います。

 これからお話しするものは、強化というよりかは身体能力を十全に生かし切るための技術ですから。

 魔法式は存在していないので、せいぜい無系統がいいところですね」

「? 魔法式がなくて、どうやって強化できるんですか?」

 

現代魔法の常識から言えば、魔法式を用いずに強化をするなんて言われてもピンとはこないかな?

 

「今回使った技術を正確に言うと、神経ではなく(サイ)(オン)で身体を動かす、が近いです。

 まず、自分の情報構造体(エイドス)(サイ)(オン)を満たします。

 そして、満たした(サイ)(オン)によって各筋肉の情報構造体(エイドス)の活動を活性化させることによって筋肉を動かし、それによって身体を動かすという仕組みです。

 イメージとしては、モーターを使い歯車を挟んで回転させていた車輪を、それ以上の出力のエンジンを使って直接回転させる感じに近いでしょうか」

 

 ちなみに体の内側から活性化するのは気による場合で、魔力による身体強化は外側から活性化することによって動かしている。

 ただ、どうやら体外にある(サイ)(オン)を操作するのは、『仙術』と呼ばれる古式魔法の一種でもない限りできる人は少なくて、さらにそれでも使えるようになるまで長い時間がかかるらしい。もったいないなぁ。

 

「そのような技術があるんですか」

「はい。しかし、この技術にも問題点があります。

 一つ目は、動かす肉体の保護をしていないため、ある程度慣れて思い通りに動くからと調子に乗っていると、肉体の限界を超えてしまって骨折などの負傷に繋がりますし、場合によっては脳が激しく揺さぶられることで死亡する危険性もあります。

 二つ目は、あくまで身体の挙動を制御する技術ですので、自己加速術式のように身体の挙動を無視した加速や移動はできないという点です。移動するには、必ず地面を蹴るなり何かを押すなりしなければならないということですね」

「なるほど。つまり、達也くんの言う『気』による強化とは、肉体をスペックの限界近くまで動かすことができると言うだけの技術で、その状態で体術を用いることによってあの速度で移動できたというわけか」

「そうです。体術のほうは『縮地法』と言います。

 仙術での、極めることにより数キロの距離を一歩で移動したと伝わっている『縮地』ではなく、武術の歩法の一種としての『縮地』です」

 

 あ、あはは……。

 数キロどころじゃなくて、『縮地』を極め過ぎて星から星へ移動していた忍者を知っているんだけど。

 

「武術での『縮地』?

 ていうことは、中国拳法の中にもあるの、ナギくん?」

「そうだね。例えば代表的なのだと、八極拳に『活歩』という縮地法が伝わっているよ、真由美お姉ちゃん。

 そうだなぁ……。歩法だけならそろそろ教えようと思ってた頃だし、強化は無しでやってみせようか?」

「そうね……お願いしてもいい?

 ちょっとどんな感じなのかイメージが湧かなくて。達也くんのは残像しか見えなかったし」

「いえ。恐らく自分のとナギのは全く一緒ではないですよ、七草会長。

 あくまで歩法ですので、発展が収束された先にある共通点はあるかもしれませんが、完全に一緒ということはないですから」

「まあ、そういうものがあるっていうのをきちんと見ておきたいってだけよ、達也くん。それに、そのうち習うことでしょうし」

「それじゃあやるよ、真由美お姉ちゃん」

 

 みんなから4メートルほど離れたところに移動して、精神を軽く落ち着かせる。

 

 最高のイメージは既に持っている。

 (クー)老師の、洗練されたあの動き!

 

「ハッ!」

 

 タンッ、とその場で左足を踏み鳴らし——

 

「ッ‼︎」

 

 ———震脚と同時に飛び滑るように移動する!

 ……まだまだあの背中は遠いな。

 

「っと、こんな感じだけど、見えた?」

「なんとか見えたは見えたけど……。

 すごいわね、5メートル近くは移動しているわよ。

 それで強化無しなんでしょう? 強化ありだったら7〜8メートルはいきそうね」

 

 古老師は強化無しで8メートル近く移動できていたけどね。やっぱり彼女にはそうそう追いつけそうにないなぁ。

 

「そうですね、これであの移動の理屈は納得がいきました。

 では服部君を気絶させたあの魔法も忍術の一種ですか?私にはサイオンの波のようにしか見えなかったのですが」

「忍術ではありませんが、魔法としてはその通りですよ。

 あれは振動系単一の魔法でサイオンの波を作っただけです。

 服部副会長はその波動を感じ取ってしまったことで揺さぶられていると錯覚してしまい、激しい船酔いと同じ症状が出て気絶してしまったということですね。

 本当はここまで長く気絶するほどではないんですが……なまじ実力があったために強く感じ取ってしまったのでしょう」

 

 魔法師は、サイオンを可視光線とかと同じように感じ取れるからね。強い波動だったらそんなこともあるのかもしれないけれど……。

 

「理屈はわかったけど、どうやって?

 戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)もサイオン波で相手を酔わせるけど、気絶したことなんて今までなかったよ?」

「ナギくんの言う通りよ。魔法師は普段からサイオン波に曝されているのよ。無系統魔法はもちろん、起動式も魔法式もサイオン波の一種だもの。

 ナギくんのやっているように直接流し込んで酔うならわかるけど、気絶するほど強い波をどうやって——」

「波の合成、でしょうか?

 服部君と重なる位置で合成されるように振動数の異なるサイオン波を連続で複数作り出して、三角波のように強い波動を作り出した、といったところですか?」

「お見事です、市原先輩」

 

 なるほど、それなら強い波動を服部先輩だけに当てることができる。

 

「よくそんな精密な演算をできるな。

 しかし、どうやってあの短時間に複数回も振動魔法を発動した? それだけの処理速度なら、実技の成績が悪いはずがあるまい。

 いや、そもそも達也くんは引き金を一度しか引いていないように見えたんだが」

「それは——」

「‼︎()()くん!もしかしてそのCADって『シルバー・ホーン』ですか‼︎」

「あーちゃん?一体どうしたの、そんなに興奮して」

 

 うん。こんな急に声を荒げるなんて。

 大人しい人だと思っていたんだけど……。

 

「興奮するのも当然ですよ!シルバー・ホーンですよ、シルバー・ホーン‼︎

 フォア・リーブス・テクノロジー所属、本名・姿・プロフィールの全てが謎に包まれている奇跡のCADエンジニア、トーラス・シルバー‼︎

 世界で初めてループ・キャスト・システムを実現させた天才プログラマー!

 あっ、ループ・キャスト・システムって言うのはですね、通常の起動式が魔法発動の(たび)に消去されるので、同じ術式を発動するのにもその都度CADから起動式を展開し直さなければならなかったのを、起動式の最終段階に同じ起動式を魔法演算領域に複写する処理を加えることで、魔法師の演算キャパシティが可能な限りにおいて何度でも連続で魔法を発動できるように作成された起動式のことで、理論的には以前から可能ではないかと言われていたんですが魔法の発動と起動式の複写を両立させるための演算量のバランスが難しかったものを、シルバー様は——」

「あーちゃん、ちょっとストップストップ!ループ・キャストは知っているから、ね?」

 

 な、中条先輩はどうしちゃったのかな、急に豹変しちゃったんだけど。達也くんと深雪さんも引いているし。

 先輩方は驚いていなくて、むしろ呆れているってことはいつものことなのか……。

 

「そうですか?

 それでですね、シルバー・ホーンっていうのは、そのシルバー様がフルカスタマイズしたCADのモデル名なんですよ!

 ループ・キャストに最適化されているのはもちろん、CAD内でのロスが少なくて最小の魔法力でスムーズに魔法を発動できるのも高い評価を受けていて、特に警察関係者からは凄い人気なんですよ!現行の市販モデルなのに、プレミアム付で取引されているんですから!

 しかも()()くんのって、通常のシルバー・ホーンじゃなくて銃身が長い限定モデルですかっ!?いいなー、どこで手に入れたんですか!?」

「いや、少し伝手がありまして……」

「達也くん、律儀に受け答えしなくてもいいわよ。

 あーちゃんも、少し落ち着きなさい」

「それでも、おかしいですね。

 ループ・キャストは、あくまでも全く同一の魔法を連続発動するための技術です。

 いくら同じ振動魔法といっても、波動の振動に合わせて起動式は微妙に異なります。同じ起動式を作り出して繰り返し使用するループ・キャストでは、『波の合成』で必要とされる振動するの異なる波動は作り出せないはずですよ。

 ……一応、振動数を定義する部分を変数にしておけば作り出せるかもしれませんが、合成の計算を自分で行う必要がありますし、座標・強度・持続時間にくわえて振動数まで変数化しているとなると……。

 まさか、それを実行したと言うのですか?」

「ええ、まあ。

 多変数化は、処理速度でも演算規模でも干渉強度でも評価されませんからね」

 

 うわ、凄いな〜。ボクには絶対にできなさそうだ。

 

「……なるほど、実技試験が本当の能力を示していないとは、そういうことか」

「はんぞーくん?大丈夫ですか?」

「はいっ大丈夫です!中条が暴走していた頃には気がついたんですが、今まで起き上がれなかっただけです」

「はうぅ」

 

 ……恥ずかしがるなら、少し抑えればいいと思いますよ、中条先輩。

 それと、服部先輩は顔をそんなに赤くして……。もしかして真由美お姉ちゃんのことが?

 

「……()()さん。先ほどは身内贔屓などと失礼なことを言ってしまい申し訳ない。

 どうやら目が曇っていたのは俺の方だったようです」

「いえ、分かっていただけだのでしたら、わたしから言うべきことはありません。

 むしろ、わたしの方こそ生意気を申しました、お許しください」

「謝らないでください、()()さんは正しいことを言っていたのですから。

 ……それと()()

「なんでしょう服部先輩」

 

 ああ、達也くんのことか。

()()』が達也くんで、『()()さん』が深雪さんのことっていうことかな?

 

「俺はお前に対して生徒会役員として相応しくない侮辱をした。それを謝らせて欲しい。

 今でも二科生が魔法力が劣っていることは事実だと考えていることに変わりはない。

 だが、それが実力の全てではないことを忘れていた」

「そうですか。

 しかし、俺から言うことはありません。

 俺が服部先輩から言われたことには何も思うところはありませんでしたから。

 俺としては深雪への侮辱を謝罪して欲しかっただけで、それをされたのでしたら、話はそこで終わりです」

「そうか。

 それでは会長、先に生徒会室に戻っています。

 ()()春原(はるばら)も、風紀委員として頑張れよ」

 

 服部先輩、かっこいいな。

 間違いに気づいたらそれをすぐに受け入れて、謝れるのは凄いことだ。

 

「……そうか、風紀委員になることになるのか」

「えっ!?達也くん気づいていなかったの!?」




——誰だお前!?

そういうわけで、服部先輩をただの噛ませから卒業させることを目標に書いた九話でしたが、いかがでしたか?

今回の縮地法は『気』の設定集に載せますね。分かりづらかったらそちらを見てください。

それでは、今回はここまでにします。
次回、『風紀委員会』も見てください。

・・・この作品に飽きているわけではないですよ。まだまだ続きます。


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第十話 風紀委員会

48034UA&1042件のお気に入り、ありがとうございます!

祝‼︎お気に入り千件突破!で浮かれているYT-3です。

それでは本文をどうぞ。


 

 達也くんが模擬戦で使ったCADを返却しに行って、生徒会室に帰ってきた瞬間に、扉の前で待ち構えていた渡辺先輩に腕を捕られた。

 なんと言うか……御愁傷様(ごしゅうしょうさま)

 

「さて、いろいろ回り道をしたが、そろそろ委員会室本部に行こうか?」

「……もう色々と諦めましたから、腕を組まないでください。妹の視線が痛いです」

「うん?

 ああ、わかった。……逃げるなよ?」

 

 深雪さんの視線が刺さっているのに気付いたのか、渡辺先輩は腕を離した。

 

「正直に言うとやりたくはないんですが、さっきのでもう逃すつもりはなくなったでしょう?俺の意思は関係なく」

「そうだな。入学以来模擬戦で負けなしの服部に勝ったんだ。これで逃したら勿体なさすぎる」

「しょ、正直ですね……。

 まあ、達也くん。ボクもやるから、一緒に頑張ろうよ。

 週に1・2回ぐらいらしいしさ」

「……まあ、そのぐらいなら、深雪が生徒会を終えるまで時間を潰す方法が増えたと好意的に考えるしかないか」

「そうそう。やることが決まったんだったら、前向きに考えないと損だよ」

 

 というか、深雪さんと一緒に帰ることは確定なんだね。先に帰ってるという発想はないんだ……。

 

「それじゃあ、ナギくんも達也くんもいってらっしゃい。

 ……摩利も、部屋に入れたら引かれるだろうってことは理解しておくこと」

「「?」」

「余計なお世話だ。

 さて、春原、達也君こっちだ。部屋の奥のあの扉から階段に出れる」

 

 真由美お姉ちゃんが言ったことの意味が分からないんだけど。達也くん……も分からないんだね。

 一体どういうことだろう?

 

◇ ◇ ◇

 

「………」

「………」

「まあ、少々散らかっているんだが、気にせず適当な席に掛けてくれ」

 

 少々、なのかな?

 確かに、椅子に荷物が載っていて座れないとか、足の踏み場もないとかはないんだけど……。

 でも、机の上にCADとか書類とか、いろんなものが雑に積み上げられているのを見ると、少しとはとても言えないと思うんだけどなぁ……。

 

「風紀委員会はほぼ男所帯なんでね。一応、整理整頓を心がけるように言ってはいるんだが……」

「まあ、普段二人体制で、しかもその二人も巡回しているから仕方がないのかもしれませんけど」

「そうだとしても、これは俺には耐え難い……。

 すみませんが、まずここを片付けさせてください。説明はそれからにしてもらえませんか」

「あっ、ボクも手伝うよ」

 

 確かに、少しは片付けたいしね。飲み物を置くスペースもないし。

 

「それは別に構わないし、むしろ頼みたいぐらいなんだが……。いいのか?」

「魔工技師志望の身としては、CADが乱雑に放ってあるのは耐え難いんですよ。これなんかサスペンド状態にしてあるだけで、電源も入れっぱなしじゃないですか」

「そういえば春原が、君は魔工技師志望だと言っていたな。

 しかし、アレだけの腕を持っているのに勿体ない」

 

 確かに。あれだけの腕があれば警察や軍から引く手数多だろうにな。

 

「ええ。俺の才能では、どう考えてもC級ライセンスまでしか取れませんから。『魔法力』がないという意味では、服部先輩は間違ってませんでしたし……。

 というか、このCADの方が勿体ないですよ。エキスパート仕様の高級品じゃないですか」

「それはボクも分かるかな。魔法力という意味ではボクも似たようなものだし。

 っと、ここの書類は時系列順にまとめて、あの棚に入れればいいんですか?」

「ああ。それにしても、二人とも手馴れているな。

 なぜかあたしが片付けようとすると、逆に散らかってしまうんだがな……。

 何か手伝うことはあるか?」

 

「「そこで大人しくしててください」」

 

 なぜ、その話をしてから手伝えると思ったんだろう。

 

◇ ◇ ◇

 

「さて、早速片付けてくれてすまないな。

 それで、君たちに期待している役割だが……。よく考えたらさっき話してしまったか」

「ええ。ナギは例の捕縛魔法を用いた違反者の鎮圧を、俺は主に起動式を読み取っての正確な罪状の確定をとのことでしたか。

 それは別に構わないのですが……。もう一つのイメージ対策の方はむしろ逆効果になるんじゃないかと」

「うーん、まあそうだね。そうなるかも」

「? なぜそう思うんだ?」

 

 いや、確かに渡辺先輩の考えるように動く可能性もあるんだけど、ヒトっていうのはそんなに好意的に受け取るだけじゃないんですよね……。

 

「二科生の先輩方からしたら、自分たちは今まで口出しできなかったのに、一、二年前の自分と同じ立場のはずの後輩から取り締まられるのはいい気分じゃないってことだよね?」

「ああ。それに当然一科生からは、先輩も同級生も問わずに、歓迎に倍する反感がくると思いますよ」

「そうか? 同じ一年からは歓迎されそうなものだがな。入学して時間の経っていないこの時期なら、まだそれほど差別意識に毒されてはいないだろう」

 

 そうかなぁ?

 

「それはどうですかね?

 昨日は一年の一科生から、『お前を認めないからな』と言われたんですが」

「ああ、森崎くんだっけ? そんなこと言ってたんだ」

「ほう? その森崎だがな、教職員推薦枠で風紀委員になることになっている」

「えっ?」

 

 へぇー、そうなんだ。あのCADを構えるまでのスピードを考えたら、あながち人選ミスってほどでもないかな?

 

「……春原が驚かないのも意外だが、達也君がそこまで驚くのも意外だな。てっきり逆だと思っていたんだが」

「俺も人間ですから、驚くこともありますよ」

「ボクは、そんなこともあるのかなー、と」

 

 ボクなんて、テロリスト(フェイト)に自分の生徒を任せたこともあるぐらいだし。あれは信用できると思ってのことだったけど。

 

「まあいい。

 本当は、昨日あの騒ぎを起こした時に推薦を取り下げるつもりだったんだが、昨日の一件に関しては達也君も当事者だったからな。

 当事者と言っている達也君をスカウトするのに、彼を断るのは難しいだろう?」

「……いっそのこと、どちらも受け入れないという選択肢はなかったんですか」

「なかったな。君が起動式を読み取れるとわかった瞬間から、引き抜くことは確定していた。

 それとも、まだ不満か?」

「……不満は不満ですが、ここまできたら引き下がれないでしょう」

「そうか、それならいい。

 では話は以上だ。二人とも、これから風紀委員としてよろしく頼むぞ」

 

「「はい!」」

 

◇ ◇ ◇

 

「……ここって、風紀委員会本部であっているわよね?」

「また随分と酷い言われようだな」

 

 真由美お姉ちゃん。下りてきて開口一番にその発言はどうかと思うよ。いや、気持ちはわかるけど。

 

「いや、だって、一体どうしたのよ摩利。風邪でも引いてるの?

 リンちゃんがどんなに注意しても、あーちゃんがどんなにお願いしても全く片付けようとしなかったのに、こんなに綺麗にするなんて」

「それは違うぞ!

 片付けようとしても、片付かなかっただけだ!」

「……摩利、あなたも一応女の子でしょう?女の子としては、そっちの方が致命的だと思うんだけど。

 って、冗談よ冗談!だからそんなに落ち込まないで。

 多分、新しくスカウトした二人が、早速働いてくれたってところでしょう?」

「あはは、そんな感じかな」

 

 達也くんはまだ、さっき途中で切り上げてた固定端末の点検をしているけどね。あっ終わったみたい。

 

「委員長、点検終わりました。痛んでいた部品を交換しておいたので、これで問題ないはずです。

 あと、会長もどうも」

「そうか、ご苦労だったな」

「……達也くん、ちょっといい?

 おねーさんに対して、対応が少しぞんざいな気がするんだけど?」

 

 それは、真由美お姉ちゃんが、達也くんを(いじく)ろうとしているからじゃない?

 

「……会長、念のために確認しておきたいんですが、会長と俺は、入学式の日が初対面でしたよね?」

 

 ……達也くん、それは真由美お姉ちゃんに対しては悪手だったね……。

 

「そうかぁ、そうなのかぁ……ウフフフフ」

「はい?」

「達也くんは、実は私たちはもっと前にあったことがある、と思ったのね?

 入学式の日のあれは、運命の再会じゃなかったのかと!」

「いや、あの、会長?」

「かつて私たちは出会っていたのかもしれない。世界のいたずらによって引き裂かれた二人が、再び巡り会ったのは運命だったのだと!

 ……でも残念だけど、間違いなくあの日が初対面よ」

「……知っていましたが……。あの小芝居はなんなんですか……」

「諦めて達也くん。真由美お姉ちゃんはこういう人だから」

「……ナギも苦労してきたんだな」

 

 そうだね。でも、香澄ちゃんと泉美ちゃんがいないだけマシなんだよ。

 あの二人も一緒だと、さらに疲れるんだから。

 

「どう?もしかして運命感じちゃった?」

「いえ、全く。

 もし、これが運命だと言うのなら、『(Fate)』ではなく『凶運(Doom)』でしょうね」

「そっかぁ……。そうなのかぁ……」

 

 ……真由美お姉ちゃん、いい加減に達也くんには効果がないって気づきなよ。深雪さんしか見えてないっぽいから。

 

「……ちぇっ。そろそろ冗談はやめようか。達也くんノリ悪いし」

「……俺も会長のことが分かってきましたよ」

「はははっ。服部のようにはいかないな。真由美の色香も達也君には通じないか」

「人聞きの悪いことは言わないで頂戴!

 それじゃあ、私が下級生を次から次に弄んでるみたいじゃない!」

 

 まあ、真由美お姉ちゃんは正式に男の人と付き合ったことがない、というかあの二人が遠ざけてるみたいだから、そういう目で見られるのは納得がいかないんだろう。

 

「それで、結局のところ、俺への態度が違うのはなぜなんですか……」

「たぶん、達也くんのことを認めているか、何かしら気になっているんだと思うよ。

 真由美お姉ちゃんは基本的に猫被りだからね、どうでもいい相手には素顔を見せないんだから」

「ナギくんひどい!まあ否定はしないんだけど。

 なんか、達也くんはナギくんと似ている気がしてほっとけないのよねぇ」

 

 そうかなぁ?

 達也くんと顔を見合わせてみるけど、よくわからない。

 

「あくまで、私の勘よ勘。

 っと、意外と長居しちゃってるわね。

 もうすぐ生徒会室を閉めるって伝えにくるついでに、二人の様子を見に来ただけだったのに」

「その本題も、たった今聞いたところだが?」

「ごめんなさいね。お話が楽しかったものだから、つい忘れちゃった。

 それじゃあ、私は上に戻るわね」

 

 そう言うと、真由美お姉ちゃんは直通階段で上がっていった。

 はあ。真由美お姉ちゃんと一緒にいると楽しいは楽しいんだけど、疲れるんだよなぁ。今日は達也くんが被害を受けてくれてまだ楽だったけど。

 

「それじゃあ、あたしたちもそろそろ終わりにしようか。

 明日からは勧誘週間だ。忙しくなるだろうから、少しでも英気を養っておかないといけない——」

「ハヨーッス! おや、(あね)さん、まだいらしてたんですかい?」

「オハヨーございまっス!」

 

 !ビックリした〜。

 風紀委員の先輩方かな?体育会系って感じだけど。

 

「委員長、巡回終了しました!本日の逮捕者はありません!」

「……ところで(あね)さん。この部屋を片付けたんは(あね)さんですかい?」

「フンッ!」

「ってえ!」

 

 へぇ、渡辺先輩、綺麗な太刀筋だな。

 それにしても、あのノートはどこから取り出したんだろう?

 

「鋼太郎!(あね)さんと言うなと!何度言ったら分かるんだ!お前の頭は飾りなのか!」

「あね……いえ、委員長。そんなにポンポンと叩かねぇでくだせぇよ。

 それで、そこの二人は新人ですかい?」

 

 結構強めに叩いてたと思うんだけど、アレで『ポンポンと』なんだ。結構鍛えているんだな。

 

「そうだ。先に紹介しておくか。

 1-Eの司波(しば)達也(たつや)春原(はるばら)(なぎ)だ。司波(しば)は生徒会から、春原(はるばら)は部活連からウチに来ることになった」

司波(しば)達也(たつや)です。よろしくお願いします」

春原(はるばら)(なぎ)です。ナギと呼んでください」

「ほお、二科生ですか」

「腕の方は大丈夫なんですかい?」

 

 まあ、急に二科生が二人も入るとなると、実力を疑いたくもなるよね。

 

「お前ら、そんな目で見ていると驚かされるぞ。

 春原(はるばら)の方は捕縛魔法という珍しい魔法をもっていて、昨日もさっそくトラブルを起こしそうになった一年五人を一発で押さえ込んだし、これは他言無用だが、司波(しば)のほうは、さっき正式な試合であの服部を下してきたところだ」

「五人を一発で、ですかい?

 しかもそっちのはあの服部の足元をすくったと?」

「何と!あの入学以来負け知らずの服部が、新入生に負けたと言うことですか!」

「声がでかいぞ、沢木!他言無用と言っただろう」

 

 先輩たちはボクたちの方を、驚いた様子で見ている。

 うぅ。こうもマジマジ見られるのは、さすがに少し恥ずかしいな。

 

「そいつは心強ぇっすね」

「ええ、逸材ですね」

 

 ……へぇ!

 

「意外だろう?

 私は正直、一科(ブルーム)二科(ウィード)だと、くだらない肩書きで優越感だとか劣等感を覚えているこの学校の奴らにウンザリしているんだ。

 幸いなことに、真由美の十文字もあたしの性格は理解してくれているからな。生徒会枠と部活連枠は、そういう意識の少ない奴らを選んでくれた。

 さすがに教職員枠まではそんなことにはならなかったが、いままで徹底的に指導してきたからな。風紀委員には、優越感がゼロとは言えないが、実力で評価できる奴らが揃っていると思っているよ。

 だからここは、君たちにとっては居心地のいい場所になると思うよ」

「3-Cの辰巳(たつみ)鋼太郎(こうたろう)だ。腕の立つヤツなら大歓迎だぜ、よろしくな」

「2-Dの沢木(さわき)(みどり)だ。風紀委員会は君たちを歓迎するよ、司波(しば)君、春原(はるばら)君」

 

 握手を求められたので、沢木先輩から順に握手していく。

 沢木先輩は妙に力を込めていたようだけど、どうしたんだろう?今、沢木先輩としている達也くんも、怪訝な表情をしているし。

 

「それと、くれぐれも自分ののことは名前で呼ばないでくれよ。沢木と、苗字で呼んでくれ」

 

 ああ、それの忠告のつもりだったのか。

 さすがに、先輩を名前で呼びはしないんだけどなぁ。

 

「心得ました、沢木先輩」

「ボクも、分かりました」

 

 達也くんとともに、理解したという返事をする。達也くんは同時に、握手(・・)をし続けていた沢木先輩の手を解いたようだ。

 

「ほお。二人とも大したもんだな。沢木の握力は100キロ近いってのに顔色ひとつ変えねぇとは」

「……それ、本当に魔法師の握力なんですか?」

 

 随分と個性的な先輩たちだけど、ここなら楽しくやっていけそうかな。がんばろう!

 

◇ ◇ ◇

 

「ただいま戻りました」

「ああ、おかえりぼーや。

 また、随分と遅かったな。何かあったのか?」

「実は、学校で風紀委員をやらせてもらうことになったんですよ。今日は、説明を聞いてました。

 それで、基本的には週に1・2回なんだそうですけど、しばらくは忙しいらしくて、来週の火曜日まではこのぐらいの時間になりそうです」

「それは別に構わないが……。また随分と急な話だな。

 ぼーやも、無理はするなよ。ただでさえ忙しいんだからな」

「……師匠(マスター)。それはそれとして、ソファの上で寝っ転がりながら足を広げてないでください。

 淑女として恥ずかしい格好ですよ」

「む」

 

 ……あれ?

 

「チャチャゼロさんはどうしたんですか?」

 

 彼女だったら、『ケケケ、弟子ニ突ッ込マレルトハ、情ケネーナゴ主人』にみたいなことを言ってきそうなんだけど。

 

「ああ。あいつなら、町外れの工場に張り込んでるよ。メシはテーブルの上にでも置いておけばいいそうだ」

「町外れの工場?っていうと、ウチから土地を借りている例のバイオ燃料工場ですか?」

 

 あそこは、別に業績が行き詰っていたわけでもないのに、急に撤退することになったから、不審といえば不審だったけど……。

 

「ああ、そこだ。

 どうもチャチャゼロの話だと、機械の類を持ち出してはいるが、代わりに何か持ち込んでいるらしい。

 その上、関係者には見えない若い奴らが来ているそうだ」

「……怪しすぎますね。内部の様子は?」

「いや、どうもその若い奴らのリーダー格のそばにに侍っている女が、かなりのやり手らしい。夜は夜でセキュリティが厳しそうだと言っていたし、しばらくは様子見に徹するつもりそうだ。

 私たちからは以上だな。何か進展があったら教えるさ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 あのチャチャゼロさんが、様子見に徹するほどの使い手……。

 一体、あそこでは何が起きているんだ。




——本当に誰だ!?

というわけで、原作解離の気配が漂ってきましたが、そこまで解離はしませんよ。
ナギくんが存在することによるバタフライエフェクトってやつです。簡単に言うと、敵に補正がかかっただけです。

それでは、今回はここら辺で締めましょう。
次回もまたみてください。

・・・二話投稿&設定集の改稿を同時に行ったために、八話が消えてしまい、申し訳ございませんでした。


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第十一話 SSボード・バイアスロン部

53000UA&1091件のお気に入りありがとうございます!

どうも、小ネタを仕込んでいる時が一番書きやすいYT-3です。

書いていたらいつもの倍だったので、分割して二話連続投稿です。

それでは一話目、どうぞ。


 

 翌日の昼、ボクはエリカさん、美月さん、レオくん、幹比古くんと一緒にお昼を食べている。

 ああ。入学三日目で、ようやく同級生とお昼を食べられたよ。

 昨日のは渡辺先輩に呼ばれてだからカウントしない。

 あれは、先輩と食べているところに達也くんたちもいた、が正しいと思うから。

 

「それじゃあ、ナギくんも達也くんも風紀委員をすることになったんですか?」

「結局そうなったね。

 まあ、風紀委員は名誉職だから、内申とかには期待できないっていうことことらしいんだけど、誰かに力を必要とされるっていうのは悪くないから」

「そうなんだ……。

 じゃあ、今日も達也くんが生徒会室に行っているのも、風紀委員関係?」

「いや、たぶん深雪さんと一緒にお昼を食べたいからじゃないかな?」

 

 それに昨日の話からすると、深雪さんがお昼を作ってきてるんだろうし。

 そんなものを一科生の前で食べたら、また一悶着がありそうだしね。

 

「あ〜、それは分かる気がする。達也くんって、シスコンだものね」

「また、達也が聞いたら全力で否定しそうなことを言って……」

「本人がいねーのをいいことに、言いたい放題だよな」

 

 あはは……。

 でも、達也くんがシスコンだっていうのは否定できないかなぁ……。あの、冗談に思えなかった冗談(・・)の件もあるし。

 

「あっ、そうそう!

 風紀委員って、勧誘期間中は校内をウロウロしてるんだよね?」

「ウロウロって……。そこは巡回って言ってほしいかなぁ」

 

 何か問題が起きてないかを見て回るために、歩くんだから。

 

「それならさ、あたしと一緒に回ってくれない?

 一人で見て回るのもなんだし、誰か一緒に回ってくれないかな〜、って思ってたんだけど」

「は?まだ決めてなかったのかよ」

「絞り込めてはいるんだけど、悩んでるのよ。単細胞のあんたみたいに、いろいろと単純に考えてはいないの」

「んだと、このアマ!」

「もしかして!風紀委員の方で、見回る順番とか決まってたりするんですか!」

 

 ああ。美月さん。まだ止めるために頑張っているんだね。

 こういうのは、ケンカするほど仲がいいって言うらしいよ。アスナさんといいんちょさんもよくケンカしてたけど、お互いに無二の親友だって言ってたから。

 

「それは決まってはいない、って聞いてはいるんだけど……。

 ごめん。今日は巡回のついでに、SSボード・バイアスロン部に挨拶に行って、そのままデモンストレーションの会場付近で待機していようかなと思っていたんだ」

「あー。入部が決まっているのに、いろいろあって行けてなかったんだっけ?

 それじゃあ、仕方がないかぁ」

「もしかしたら、達也くんなら予定がないかもしれないし、誘ってみたら?」

「そうだな〜。そうしよっかな。

 深雪と家でどんな風に過ごしているのかとかも聞きたいし」

 

 それは、普通の兄妹のように……はないね、絶対に。

 流石に一線は越えてはないと思うけど……ない、かなぁ?ないといいなぁ。

 

「うわっ。どうしたのよナギくん、そんな遠い目をして」

「大丈夫だよ。

 ただ、達也くんと深雪さんの今後を案じていただけだから」

「そこからどう考えたら、あんな老成した目になるんだい……」

 

 老成って……。

 まぁ、ある意味仕方がないかなぁ。一応90年近く生きているわけだし。

 完全体の闇の魔法(マギア・エレベア)になった影響で、精神年齢は実質的に10歳のままとは言っても、多少はね?

 

 結局最後までこの調子で、長い人生の中で初めて(・・・)の、高校の友人とのお昼休みっていうものは楽しく終わった。前世じゃ高校には行ってなかったからね。

 

◇ ◇ ◇

 

 そして放課後。

 ボクと達也くんは、一年生ということもあって少し早めに来てたんだけど……。

 

「なんでお前らがここにいるっ!」

 

 まさか、一番遅れてきた同窓生に会って早々こんな言葉をかけられるとは思わなかった。

 

「いや、さすがにそれは非常識だろう……」

「ここは風紀委員会本部なんだから、風紀委員だけしかいないのはすぐにわかると思うんだけど……」

「なんだとっ!」

「うるさいぞ!特にそこの新入りっ!」

「も、申し訳ありません!」

「「すみません」」

 

 渡辺せん……委員長が怒るのも無理はないか。

 時間もなくなってきてるし、いつまでもいがみ合ってるわけにもいかない、っていうのもあるだろうし。

 教員枠だと紹介された二人の先輩から同情の視線で見られてるってことは、森崎くんにはこれからキツい調き…教育が待っているんだろう。頑張ってね。

 

「よろしい。ではすぐに座れ。

 ……さて、これで全員揃ったな?

 そのままでいいから、あたしの話を聞くように。

 今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間が来てしまった。

 去年には、調子に乗って大騒ぎしたヤツや、それを止めようとしてさらに騒ぎを大きくさせてくれたヤツもいたな」

 

 ……いや、結構な人数が気まずそうな空気を出しているけど、それじゃダメでしょ風紀委員!?

 

今年こそは(・・・・・)、身内から処分者を出さずに済むよう、気を引き締めて任務に当たってくれ。

 いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすことのないように!」

 

 しかも、毎年の恒例っ!?

 

「今年は幸いなことに有望な一年が多く、卒業生分の補充が間に合った。

 紹介しよう。立て」

 

 まだ混乱してるけど、取り敢えず立たなくちゃ。

 って、達也くんと森崎くんはすぐに立ち上がったけど、今のを聞いて混乱してないの!?しかも、この展開は聞いてないよね!?

 

「1-Aの森崎(もりさき)駿(しゅん)、1-Eの司波(しば)達也(たつや)、同じく1-Eの春原(はるばら)(なぎ)だ。

 早速だが、今日から巡回に加わってもらう」

「それはいいんですが……、役に立つんですか?」

「心配する必要はないさ。三人とも腕に問題はない。

 森崎のCAD操作スピードはなかなかのものだったし、司波の腕前はこの目で見ている。

 特に春原に関しては、最小は1人から、最大で約1000人まで捕捉できる誘導性付きの捕縛魔法がある。

 対集団において傷つけずに無力化することに関しては、この学校でも右に出るものはいないだろう。大規模な乱闘が起きそうな場合は躊躇(ちゅうちょ)せずにすぐ呼ぶように」

 

 さすがに、千条の魔法の射手(サギタ・マギカ)の精密誘導はできないなぁ。できたとして二十から三十が限界だ。もともと精密性には欠ける魔法だし。

 

「基本的に、新入りであっても例外なく、部員争奪週間は各自単独に巡回することになっているが、それでも心配だったら一緒に回ればいい」

「いえ、やめておきます」

「それで、岡田の他に言いたいことのあるヤツはいないか?」

 

 渡辺委員長が周りを見渡すけれど、特に問題はなさそうだ。

 

「よろしい。

 巡回要領は前回までに打ち合わせた通りだ。

 では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなんてことのないように。

 新入りにはあたしの方から説明する。

 それ以外の者は、出動だ!」

 

 渡辺委員長の号令と同時に、先輩方五人が立ち上がり、(きびす)を揃えて、右の拳で左胸を叩いた。風紀委員での敬礼か何かかな?

 達也くんや森崎くんも動けてないから、ここは新人ってことで見逃してもらおう。

 

「それじゃあな、頑張りすぎんなよ」

「何かあったら、なんでも言ってきてくれたまえ」

「はい、わかりました。

 辰巳先輩と沢木先輩も、頑張ってきてください」

 

 最後に出動していった辰巳先輩と沢木先輩を見送って、この部屋には一年生三人と、渡辺委員長だけが残った。

 それにしても、森崎くんは話が終わってからずっと達也くんかボクを睨んでいるけど、それだけ納得がいってないってことなんだろうなぁ。睨んでいるのも達也くんの方が長いし。

 

「はあ。

 三人とも、そろそろ説明するぞ」

 

 あっ。さすがに渡辺委員長の話の間は、達也くんを睨むのはやめるのか。

 

「まずはこれを渡しておくぞ。

 見ればわかると思うが、風紀委員の腕章と録画用のレコーダーだ。

 腕章は左腕に付けておけ。

 レコーダーは胸ポケットに入れておけば撮影できるサイズになっている。スイッチは右の側面だ」

 

 言われた通りにポケットに入れると、確かにぴったりだ。

 

「今後、通常の巡回の際も必ずレコーダーを携帯するように。違反を発見したらすぐにスイッチをいれること。

 だが、撮影は意識しなくてもいい。風紀委員の証言は、原則そのまま証拠になるからな。

 あくまで、念の為だと思っておけばいい。

 それと、携帯端末を出せ。委員会用の通信コードを送信する」

 

 その言葉に頷いて端末を出したんだけど、一人だけ少し古めの型で、恥ずかしいな。

 っと、受信中……OK。二人も大丈夫みたいだ。

 

「よし、ちゃんと受け取れたか?

 報告の際はこのコードを使用すること。こちらからの指示もこのコードで出す。必ず確認するように。

 最後に、CADについてだ。

 平時でも、風紀委員は学内でのCADの携行を許可されている。使用についても、誰かの指示を仰ぐことはしなくていい。

 ただし、不正使用が判明した場合には、委員会から除名されるのはもちろん、一般生徒よりも重い罰が下されるぞ。

 一昨年はそれで退学になった者もいる。甘くは考えないことだ」

「質問してもよろしいでしょうか」

「なんだね、達也くん」

 

 どうしたんだろう?何か引っかかるようなところはあったかな?

 

「CADは、委員会の備品のCADを使用してもよろしいのでしょうか」

 

 えっ?どうして?

 

「別に構わないが……、なぜだ?

 君が言うには高級品らしいが、それでもあれは旧式だぞ?」

「あのシリーズは設定が面倒なので敬遠する人も多いのですが、設定の自由度が高い上に、非接触型(NCT)スイッチの感度に優れている点で、未だに熱狂的に支持されている機種ですよ。おそらく、あれを購入した人もファンの一人だったのでしょうね。

 それと、バッテリーの持続時間が若干短くなる代わりに、処理速度も最新型と同程度までクロックアップすることも可能です。

 というか、中条先輩ならこの程度のことは知っていそうでしたが……」

「あいつは、恐がってこの部屋に降りて来ようとはしないんだ……」

 

 ああ。それは中条先輩らしいかも。

 

「あぁ、なるほど。

 それと、もう一つの理由として、自分の私物のCADは特化型しか持ってきていないというのもあります。

 特化型では幅広いことには対応しづらいという問題がありますからね。いちいちカートリッジを変えればいい話ですが、それだと汎用型を使った方が早くなりますから」

 

 へぇ〜。そんなことも考えていたんだ。

 

「なるほど。だが、設定はどうする?」

「こんなこともあろうかと、昨日の段階で、特に使われた形跡の少なかったものを調整してあります。問題ありません」

「……たしか、あれ全部で30分ぐらいじゃなかったか?

 幾ら何でも早すぎるだろう……。

 まあいい。そういうことなら好きに使うといい」

「それでは、この二機をお借りします」

 

 二機?二機の同時使用って高等技術じゃなかったったけ?

 

「二機だと?……つくづく面白い男だな、君は。

 それで、森崎と春原はどうする?」

「いえ、自分は自前の物を使わせてもらいますので」

「ボクはそもそもCADを使わないので……」

 

 現代魔法はろくに使えないし、『精霊魔法』は起動式が作れていないしね。

 

「……CADなしで、あの速度で魔法をくみ上げるのか。

 春原もなかなかに常識はずれだな」

「それはよく言われますね」

「そうか。まあいい。

 それでは三人も出動してくれ。

 一人では手に余ると感じたら、すぐにこちらへ連絡すること」

「「「了解です(しました)」」」

 

◇ ◇ ◇

 

 あの後、校庭の方に行く二人とは部屋の前で分かれて、ボクは、デモンストレーションの準備のために校舎裏に集まっていたSSボード・バイアスロン部に挨拶に来てる。

 それにしても、デモンストレーションの準備をどこでしているのか分からなかったから、歩き回って探してたらだいぶ遅くなったなぁ。

 

「初めまして、って感じがしないけど、それはこっちだけかな?

 私がバイアスロン部部長の五十嵐(いがらし)亜実(つぐみ)よ」

「そうですね、初めましてになります。

 ボクのことは知っているみたいですけれど、礼儀ですし挨拶はさせてください。

 初めまして、一年E組の春原(はるばら)(なぎ)です。ナギと呼んでください」

「そう?それならナギくんと呼ばせてもらうわね。

 いや〜、それにしても十文字会頭が、ナギくんがウチみたいな目立った成績のない部活を選んだって言った時はおどろいたわ〜。

 本当にウチで良かったの?

 ナギくんみたいな有名人なら、どこからも引く手数多じゃない」

「そうかもしれませんけど、部活は成績とかで選ぶのではなくて、自分が楽しそうだと思えることをするのがいいと思っているので、ここが良かったんですよ」

 

 3-Aの彼女たちは、みんな自分の好きなことをして毎日楽しそうに過ごしていたから、それに少し憧れてるっていうのかな?

 

「それなら良かったわ。

 それじゃあ、知ってるかもしれないけど、一応ウチの部活の説明をすると——」

「おーい、亜実(つぐみ)!」

「えっ!?萬谷(よろずや)先輩!?それに風祭(かざまつり)先輩も!

 どうしてここに!?」

 

 ?五十嵐部長は三年生だろうからその先輩ってことは、スケボーでこっちに来てるあの二人の女性はOGの人?なんで学校に?

 って、あれは……光井さんに北山さん!?

 

「ああ、わるい。新人の勧誘中だったか?

 それならちょうどいい。コイツらも頼む」

「新入部員よ。可愛がってあげてね」

「えっ!?」

 

 って、放り投げた!?危ない!受け止めないと!

 

「【風よ、彼女たちを(ウェンテ・イーラ・ノービス)】!」

「「きゃっ!」」

「だ、大丈夫?」

「それじゃあな、亜実(つぐみ)

「積もる話はまた今度にしましょう」

 

 って、逃がすもんか!これはどう見ても誘拐まがいの行動だ!

 

「待ってください、風紀委員です!事情を聴かせてもらいます!」

「まずっ!新人って風紀委員なの!?」

「って、もしかしてあのナギ様!?どうしよう、色紙もってないけどサイン貰えないかな!?」

「そんなこと言ってないで、すぐに逃げるわよ!」

「逃がしません!魔法(サギタ)()射手(マギカ) (アエー)(ル・)(カプ)(トゥー)(ラエ)!!」

 

 とりあえず取り押さえる!話はそれからだ!

 

「うわっ!」

颯季(さつき)っ!」

 

 っ!物理障壁っ!

 

「あっぶなー。助かったよ」

「とにかく逃げるわよ!」

 

 (アエー)(ル・)(カプ)(トゥー)(ラエ)は威力がないから、物理障壁を展開されると突破できないんだ!

 こうなったらとにかく追っかけて、ゼロ距離で叩き込むしかない!

 

 

「五十嵐部長!ボクはこれからあの二人を追いかけます!」

「いや、その必要はないよ」

「えっ?渡辺委員長?どうしてここに」

「あたしもあの二人を追っかけてきたんだ」

 

 ……それはいいですけど、そのスケボーはどこから?

 

「それで、現役のバイアスロン部はグルじゃないんだな?」

「わ、私たちは無関係です」

「ボクも証言します。そもそもあの先輩方が来ていることを知らなかったようでした」

「そうか、ならばいい。邪魔をしたな。

 あの二人はあたしが追いかけるよ。春原はそこの二人から事情を聞いておいてくれ」

「わかりました。よろしくお願いします」

「……なんとなく、何があったかはわかったような……」

「それじゃあな」

 

 そういうと、渡辺委員長はあの二人を追っていった。

 ……もう見えなくなっているんだけど、見つける手段はあるのかな。

 

「うぅ……、怖かったよぅ」

「大丈夫ですか?光井さん、北山さん」

「うん。ありがと、ナギさん。風紀委員になっていたんだね。

 それでここは……」

「第二小体育館裏、SSボード・バイアスロン部の待機場所です。二人とも災難でしたね。

 それで、一応何があったか聞いてもいいですか?」

「えーと、校庭で勧誘に呑まれて……、そこでさっきの人たちに抱え上げられて連れてかれて……、そしたら渡辺風紀委員長がすごい形相で追ってきてぇ……うぅ」

 

 渡辺委員長……。被害者を怖がらせちゃダメでしょう……。

 

「それで、走り回られてたらここに着いた」

「そうでしたか……。ありがとうございます」

「!!光井ほのかに、北山雫……さん!?

 ……初めまして、バイアスロン部部長の五十嵐(いがらし)亜実(つぐみ)です。

 今回は先輩たちが迷惑を掛けたわね。ごめんなさい」

「はい、ありがとうございま、す?

 先輩は私たちのことをご存知なんですか?」

「ええと、うん、まぁ、ちょっとね」

 

 ああ、入試で成績優秀者だった人の情報は漏れているんだっけ。光井さんも北山さんも優秀だったんだ。

 道理であの二人に誘拐されたり、部長が獲物を狙う目になっているわけだ。

 

「その様子だと、入部希望者ってわけじゃなさそうだけど、こうしてあったのも何かの縁だし、ナギくんにも説明するところだったから一緒に聞いてもらえないかな」

「私は雫がいいのなら。雫はどう?」

「私は、ちょっと聞いてみたいかな?」

「ありがとうね。

 私たちはバイアスロン部、正式にはSSボード・バイアスロン部、っていうのはさっきナギくんが言っていたかな?

 まあ、正式名称って言っても、SSボード自体が、スケートボード&スノーボードの省略語なんだけどね。

 SSボード・バイアスロンっていうのは、伝統的なスキーと射撃の二種(バイア)競技(スロン)のことじゃなくてね。

 春から秋ではスケートボード、冬はスノーボードを使って移動しながら、コースに設置された(まと)を魔法で()ち抜いていく競技なのよ」

「魔法で、撃ち抜く(・・・・)……?」

 

 あっ、北山さんが引っかかった。

 

「そうよ。細かいルールはいろいろあるんだけど、大体のところを説明するとね。

 自分の色の(まと)だけを魔法で破壊しつつ林間コースを走破する、っていう競技なの。

 (まと)を破壊ができる射撃ゾーンは、200メートルごとに10メートルずつ設置されているわ。

 それで、破壊した(まと)の数とゴールするまでのタイムを競うのよ。自分の色以外の(まと)を壊しちゃうと減点になっちゃうから、魔法のスピードと威力はもちろん、正確性も必要になるわ」

「へぇ〜。だから魔法で撃ち抜く、なんですね」

「そうなのよ!

 それで、よかったら仮入部でもいいから入ってみない?

 面白くなかったら無理には引き止めないから!

 そうだ!この後、第二小体育館の裏でちょっとしたデモンストレーションをするんだけど、それだけでも見てもらえないかな?」

「ええと……」

 

 光井さん。諦めた方がいいかもしれませんよ。五十嵐部長は諦めが悪そうですし。それに——

 

「?なに、雫?」

「ほのか。私ここに入りたい」

「ええっ!?」

 

———後ろの北山さんの目が、すごいキラキラしてるんだもん。

 

「本当!?北山さんは入ってくれる!?」

「はい。ほのかがいいなら」

 

 ああ。これで退路が()たれちゃいましたね。

 

「え、ええっと……」

 

 左を見ても五十嵐部長が、右を見ても北山さんがいるだけで、逃げ場はないですよ。

 ……こっちを見ないでください。

 本人同士の話ですし、一応強引な勧誘というわけでもないので、どうしようもないんですよ。

 

「……私も雫と一緒なら」

「ありがとー!

 やった、さらに二人も期待の新人をゲットよ‼︎」

「「うおおおお‼︎」」

 

 その〜、なんというか、頑張ってください?

 

「……五十嵐部長、そろそろ移動しないとデモンストレーションの時間になりますよ」

「あっ!本当ね、ありがとう、ナギくん!

 それじゃあ、みんな行くわよ〜」




シルバー「こんなこともあろうかと」

はい。いかがでしたでしょうか?
では二話連続投稿の二話目もどうぞ。

・・・主人公「……障壁貫通効果を追加しないと」


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第十二話 サイオン波酔い

二話連続投稿、二話目です

それではどうぞ。


 

「大丈夫ですか、光井さん」

「うん。もう大丈夫です。

 いろいろ急だったから驚いたけど、どのみち何かやりたい部活があったわけでもないし、雫と一緒ならいいかなって。

 あと、ほのかでいいですよ。私たちだけ下の名前で呼ぶっていうのもあれですし」

「うん。私も雫でいい」

「わかりました、ほのかさん、雫さん」

 

 これからは同じ部活の部員として一緒に頑張っていくんですから、できるなら親しくしていきたいですよね。

 

「!?狩猟部のみんなどうしたの!?大丈夫!?」

 

 大丈夫かな?五人ぐらいの人が座り込んでいるけど。

 

「あっ、五十嵐さん……?

 うん、一応大丈夫よ。10分ぐらい前に急に具合が悪くなったけど、だいぶ落ち着いてきたから」

「でも、ずいぶん顔色が悪いわよ?

 保健の先生を呼んできた方がいいと思うんだけど?」

安宿(あすか)先生早く、こっちです!」

 

 あっ、もう呼んできていたんですね。なら大丈夫かな。

 

「落ち着いて明智さん。

 サイオン中毒なんてものは滅多に起きないんだから」

「今がその『滅多に』だったらどうするんですか!」

 

 あれ?たしか……。

 先生を引っ張ってきている赤毛の娘。入学式で見た気がしたんだけど、狩猟部のユニフォームを着ているな。

 入学してすぐに部活を決めて、すぐに届出を出したとしたら不思議ではないんだけど……。行動が早いなぁ。

 

「ごめんなさい、五十嵐さん。

 そういうわけだから、場所を開けてもらえる?」

「あっ!すみません、安宿(あすか)先生。どうぞ」

「ありがとう。

 ちょっとごめんね……。

 ……うーん。やっぱりサイオン中毒ではないけれど、サイオン波酔いかしら?」

「?それってどういうものですか?」

「簡単に言えば、サイオン波酔いはサイオンの波を強く感じ取ってしまって、乗り物酔いと似たような症状が出るものだから、安静にしていれば良くなるけれど……。

 問題はどこから、なぜサイオン波酔いを起こすようなサイオン波が来たのかというところね。原因が分からなければ、どこで安静にしていればいいのかも分からないわ」

 

 そ、それって……。

 

「少し待っていてください」

「?ええ」

 

 とりあえず確認をとらなくちゃ。多分渡辺委員長なら知っているだろう。

 

「……もしもし、春原です。少し渡辺委員長にききたいことがあるんですが」

『どうした春原?あの二人なら見失ったから、まだ探している最中だが……』

「いえ、そのことではないんです。

 10分ほど前に、第二小体育館裏の近くで、達也くんが戦闘をしませんでしたか?」

『?ああ。ちょうど第二小体育館で、剣術部部員が危険魔法を行使したから拘束したと言っていたが?それがどうかしたか?』

 

 やっぱり。

 

「実は、第二小体育館裏でデモンストレーションを行っていた狩猟部五名が、10分ほど前に急に体調不良になったそうです。

 保険医の安宿(あすか)先生の診断によると、サイオン波酔いだそうです」

『……なるほど。それは風紀委員の失態だな。

 春原は狩猟部に謝罪と、安静にできる場所へ運ぶのを手伝ってやってくれ。あと、後日のデモンストレーションの時間を融通できないかも掛け合うと伝えてくれ。

 あたしは達也くんに、周囲のことも気にしてもう少し魔法の威力を弱めるように伝えておく。さすがに今回の理由だと処罰はできないがな』

「よろしくお願いします」

 

 はぁ。当たって欲しくない予想が当たっちゃったなぁ。

 

「すみません、理由がわかりました。

 先ほど風紀委員が、この第二小体育館で危険魔法を使用した剣術部部員を拘束する際に、無系統のサイオン波による攻撃を使った可能性が高いそうです」

「なるほど、それが原因なのね。

 それにしても、直接受けてないのにここまでになっちゃうなんて、狩猟部には感受性の強い子が集まっちゃったのかしらね」

「狩猟部の皆さんには、風紀委員会を代表して謝罪します。

 今回は、風紀委員の不手際でご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」

「顔を上げてちょうだい。

 さすがにそんな理由だと、怒るにも怒れないわよ。

 今回のは、予測もできず、偶然起きてしまった事故みたいなものでしょう?仕方がないわ」

「ありがとうございます。

 今回切り上げてしまったデモンストレーションに関しては、後日に融通できないか、渡辺委員長が掛け合うそうです」

「わかったわ。よろしくお願いするわね」

 

 ふう。狩猟部の皆さんが、優しい方でよかったな。

 

「それじゃあ、安静にできる場所へ移動しましょうか。

 できるだけ刺激は少ない方がいいから、校舎の中の部屋を取るわね。

 ……はい。実技棟の二階、第8演習室を取っておいたから、そこで休んでるといいわ。

 鍵コードは、えーと、明智さんに渡しておくわね」

「あっ、はい」

「じゃあ、私の方もあまり保健室を離れているわけにはいかないから戻るけど、一時間たってもまだ具合の悪い人がいたら連絡してね。それまでには良くなっていると思うけど」

「「ありがとうございました」」

 

 ほんとうに、ご迷惑をおかけしました。

 

「あっ!運ぶの手伝うわよ」

「でも五十嵐先輩。バイアスロン部のデモは次ですよね。さすがにそれは頼めませんよ。

 それに全員がダウンしているわけでもないんですし」

「それでも、五人に対して五人だとキツイでしょう。

 その倍はいないと……」

「ボクも手伝います。

 もともとは風紀委員のミスが原因ですから、責任は取ります」

「あのっ!私たちも手伝います。

 私たちは部活も決まりましたし、かといって新入生なのでデモンストレーションは手伝えませんから。

 いいよね、雫?」

「もちろん」

「それはいいけれど……、それでも8人でしょう?

 これじゃあ運ぶのは——」

「すみませんっ!」

 

 あれは……。

 

「えっ!?森崎くん?」

「風紀委員の森崎です。

 渡辺委員長から大体の事情は聞きました。

 この(たび)は、狩猟部の皆さまにご迷惑をおかけしてしまい——」

「ああ、謝らなくても大丈夫よ。もうすでに春原くんから謝罪は受けているし」

「そうですか?ありがとうございます。

 それで、皆さまを安静にできる場所へお運びするのを手伝うように言われてきたんですが……」

 

 これで9人目。

 

「ありがとう。これで9人ね。あと一人いれば……」

「いや、これで大丈夫です。これなら運ぶことができますから」

「えっ?どうやって?」

「こうすればいいんですよ。

 少し失礼しますね」

 

 よっ、と。

 

「えっ?きゃあっ!?」

「「きゃあー‼︎」」

 

 うわっ。そんなに大きな声をどこから出しているんですか!驚いて落としちゃうじゃないですか!

 

「お、お姫様抱っこ!?」

「あのナギ様に!?」

「いいなー部長!」

「これなら運べますよね?

 あっ!部長さんは大丈夫ですか?」

「は、はい……」

「それはよかったです。

 それでは行きましょうか」

 

 えーと、実技棟の二階にある、第8演習室だっけ?

 

「……張り合ってお姫様抱っこやったりはしないの?」

「……さすがにアレは僕には似合わないことぐらい、北山にだって分かるだろう」

「……まあね」

 

 森崎くん。そんなに悲観しなくても、こういうのは誠意があれば様になりますよ。大丈夫です。

 

◇ ◇ ◇

 

「狩猟部の先輩方も付き添っていますし、鍵コードは部長さんに渡していましたし……。

 他に何か必要なことはありますか?」

「ないと思うよ。そうだよね?」

「うん」

「それにしても、三人ともありがとね。おかげで助かっちゃった。

 ほんとは森崎くんにもお礼が言いたかったんだけど、予定があるってさっさと行っちゃうし〜」

「いえ、ボクと森崎くんは風紀委員としてするべきことをしただけですよ」

「いいの!結果として助かったんだからそれでも‼︎

 ……って、あっ!自己紹介もまだだったよね?

 私は明智(あけち)英美(えいみ)。正式にはアメリア=英美(えいみ)=明智(あけち)=ゴールディ。日本とイギリスのクォーターなの。

 エイミィって呼んでくれると嬉しいかな」

 

 へぇ。イギリスの。元イギリス人としては感慨深いものがあるなぁ。

 ……ん?ゴールディ?

 

「北山雫、よろしく」

「光井ほのかです。よろしくね、エイミィ」

「うんっ!こっちこそよろしく〜、雫、ほのか‼︎

 それで……」

「春原凪です。ボクもナギでいいですよ、エイミィさん…だとおかしいですね。エイミィって呼ばせてもらいますね」

「うん、知ってるよ〜。有名人だもんね!いっつもテレビで観てるよ〜!」

「ありがとうございます。

 それで、失礼ですが。ゴールディっていうことは、『サー』であらせられるあの(・・)ゴールディ家の方ですか?」

「わぁっ!良く知ってるね!

 そうだよ。祖母(グラン・マ)が今の当主の伯母さんでね〜。

 サーに任命されているっていうのは、本家の自慢話の一つなんだ〜。まあ私はこうして日本人してるから、あまり関係ないんだけどね」

 

 やっぱり!すごい偶然だ。

 

「いえ、実は春原家はゴールディ家と深い関わりがあるんですよ。

 だから気になって調べていたって感じですね」

「えっ?そうなの!?」

「はい。春原家の初代当主である春原魔技(まぎ)はイギリス人で、本名はマギ・スプリングフィールドというんですけど、イギリスでその当主を雇っていたのがゴールディ家だったそうなんですよ。

 初代の手記によると、ゴールディ家の魔法の改良を手伝っていたそうですね」

「なにそれ初耳なんだけど!?」

 

 まあそれは、暗号化されてた初代の手記を読み解いたのはボクですし、春原家がイギリスから来たということは伝わってても、あまり『スプリングフィールド』という家系だったことは知られていませんから。

 

「でもそれって、なんかすごい運命だね!昔、主従として共に過ごしていた人たちの子孫が、今になって遠い異国の地で、同級生として再会するなんて!」

「そうですね!なんかラブロマンスの始まりって感じがして、ドキドキしますね!」

「ほのか。そうだとしても私たちがヒロインじゃない」

「ボクからすると、かつての主人(あるじ)の家系のかたと友人になるというのは、恐れ多い気もしますけれどね」

「そんなこと気にしなくていいよ〜。

 こうして出会ったからには、友人として接してよね!敬語も禁止!」

「そう?それじゃあ、これからよろしくね。

 ……っと、すみません」

 

 端末に風紀委員専用コードで連絡だ。何か問題が起きたんだ!

 

「もしもし、春原です」

『今特に問題を抱えてはいないか?

 大丈夫なら、今すぐ校庭に行ってくれ。大規模な乱闘が起きている。森崎もいるんだが、抑えきれていない状態だ』

「了解です、すぐに向かいます」

 

 ここから校庭に行くんなら……、窓から行ったほうが早い!

 

「ごめん!風紀委員で呼ばれたから行かなくちゃ!

 みんなも、悪質な勧誘に引っかからないように気をつけて!」

「ってどこに行くの!そっちは窓——って、えー‼︎?」

 

 まずは瞬動で校舎の上空に()んで、そのあともう一度虚空瞬動で跳んで校舎の反対側の校庭に行く!

 

「空を飛んだー!?」

「というより、跳躍した?魔法を使った感じはしなかったけど」

 

 ……雫さん。自分で言うのもなんですけど、もう少し驚いてくれませんか?

 

◇ ◇ ◇

 

「あっ。達也くん、お疲れ様」

「ああ、ナギもな」

 

 風紀委員の巡回が終わったから、今日あったことを報告書にまとめにきたんだけど……、師匠(マスター)に連絡をしてたら流石に遅くなっちゃったかなぁ。

 遅れるって伝えてたのに、『遅い!どこをほっつき歩いてる‼︎』って怒るんだもんなぁ。

 

「他の人たちは?」

「だいたい終わったらしくて、もう全員帰ったよ。

 渡辺委員長だけは部活連本部のほうに行っているらしいが」

「……達也くんが終わってないのに?」

「……俺は悪目立ちしすぎたらしくてな。

 ある意味予想通り、『二科生なのに生意気だ!』という感じで絡まれまくったからな……。量が多いんだ。

 ナギのほうにもあったんじゃないのか?」

「まあ、あったね。対応するのが大変だったよ。

 でも、そこまで迷惑はしなかったかな?」

 

 さて、いつまでも話しているだけじゃなくてボクもまとめなくちゃ。

 

「迷惑といえば、 俺のほうもナギに迷惑をかけてしまったらしいな。すまない」

「いや、大丈夫だよ。あれを予測しろっていうのは無理だからね。

 それにたまたま居合わせただけだし、達也くんが関係していなくても手伝っただろうからね」

「それでもだよ。結果的に迷惑をかけたのは変わらないんだから」

 

 エイミィも似たようなことを言っていたなぁ。意外と相性がいいのかも?

 

「さて。俺は終わったが、まだ掛かりそうか?」

「そうだね。もう少しはかかりそうかな」

「そうか。

 報告書は、とりあえずここのデータサーバーに入れておけばいいんだそうだ。

 とりあえず、ということは最後には何かをしなくてはいけないんだろうが、聞きそびれてしまってな。これから部活連本部に呼ばれているから、渡辺委員長に聞いてくるよ。場合によっては渡辺委員長が直接くるだろう」

「ありがとう。お願いしてもいいかな?」

「ついでだし、何の問題もないぞ。

 それじゃあな。とりあえず、また明日な」

「うん。また明日」

 

 ……ふう。

 それじゃあ、さっさと終わらせようか。

 

◇ ◇ ◇

 

「お疲れ様。どうだった、風紀委員の活動は?」

「さすがのナギくんでも疲れちゃったかな?」

「……あ、渡辺委員長、真由美お姉ちゃん」

 

 いつ来たのか気がつかなかった。

 終わって少し休んでいたら、ぼーっとしちゃってたかな?

 

「そうですね、思っていたより大変でしたよ。なんでこうも至る所で問題が起きるのかと思うぐらいに」

「そうよね〜。おかげで生徒会も忙しくて忙しくて」

「風紀委員は、現場に鉢合わせない限り通報を受けてから現場に向かって走り回る羽目になるからな。

 その上人で溢れているせいで走りづらいから、なおさらキツイんだ」

 

 そうですね。人を避けながら走らなくちゃいけないのがきつかったなぁ。

 

「そうだ!その巡回の報告書はどうすればいいんですか?

 とりあえずデータサーバーに入れておけばいいと達也くんは聞いたみたいなんですけど」

「あいつら……。説明ぐらいきちんとしろとあれだけ言ったのに、これか。

 ……まあいい。そうだな、早速だが覚えてもらおうか。

 といっても、大したことはない。

 出てきた報告書をメモリーに写して、そこのブックに入れて上に持っていき、そこで真由美か市原に渡してブックに承認印を貰えばいい。それだけだ。

 後で達也くんと、森崎にも教えないとな」

「今日は私がこっちに来たからここでやっちゃうけどね」

 

 そう言うと、渡辺委員長が説明しながら準備していたものを受け取って、端末をかざして承認したみたいだ。

 

「それじゃあ、私たちも帰ろうか」

「そうだな。さすがに遅くなってしまっているし」

 

 あっ!そうだ!

 ちょうど二人ともいるしあれを聞いてみよう。

 

「すみません。

 実は明日からの風紀委員の巡回に関して、生徒会長と風紀委員長にお願いがあるんですけど」

「なに?もしかして急な仕事が入っちゃったとか」

「いや、そういうわけではないんだけど」

「ならばなんだ?

 巡回に関してあたしたちに頼みたいこととは?思い当たる節はないんだが」

「実はですね——」

 

 このままじゃ、渡辺委員長の言う通り、風紀委員が後手後手になってしまう。

 それをなんとかできたら、ボクだけじゃなくて風紀委員全員が楽になると思うんだ。

 

「ある魔法の使用許可をもらいたいんです」




大黒竜也「俺でもミスをすることはある」

はい。というわけで二話連続投稿でした。

この作品では、一部では原作ブレイカーとよばれている『魔法科高校の優等生』の設定も、原作ライトノベル『魔法科高校の劣等生』に明らかな矛盾が起きない限り使用することにします。ご了承ください。
ラノベ>>漫画≒優等生>>アニメの順で設定を優先します。WEB版は含みません。
なので、エクレールさんと、その友人二人もいます。彼女たちは原作で描写されなかっただけかもしれませんからね。矛盾している部分は調整します。

それでは次回です。
果たしてナギくんが使いたい魔法とは?
次回も読んでいただければ幸いです。

・・・アンタッチャブル分家「それでは困るんだ!」


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第十三話 少女探偵団

58300UA&1121件のお気に入りありがとうございます!

どうも、毎回タイトルに悩むYT-3です。

今回は、試験的に別視点を入れてあります。

それでもよろしければどうぞ。


 

 新歓週間二日目。

 

「こちら春原です。実技棟の東で言い争いが起こっています。岡田先輩を向かわせてください」

『了解した。実技棟の東だな?』

「はい。それと練習林の撤収がもたついています。

 次の部活にだいぶストレスがありそうですので、生徒会の方で指示を出すか、問題が起こった時のために手の空いている風紀委員を向かわせた方がいいと思います」

『そっちはまだ問題は起きてないのよね?

 だったら、生徒会からあーちゃんを向かわせるわ。

 事態が動いたら教えてね、ナギくん』

「わかったよ、真由美お姉ちゃん」

『春原。本棟正面出入り口前で喧嘩の仲裁に入った達也くんに、背後から(エア)(・ブリ)(ット)が使用されたそうだ。

 怪我人はなし。使用者は逃走中。

 達也くんは喧嘩をしていた2名に絡まれて動けないらしい』

「わかりました。正面出入り口()()に移動して、逃走中の違反者を追います!」

 

 —◇■◇■◇—

 

 部活連本部。

 この新歓週間で対策本部の置かれているここに、私は生徒会長としていなくちゃいけないんだけど…正直今すぐナギくんのところに行きたい。

 

「それにしても、まさか春原が古式の飛行魔法を使えるとはな。

 確かにこれならば、屋内以外なら見晴らしが効くから騒動を早く見つけられる。

 それも、現場に一番近い風紀委員を向かわせられるから、一人で済むところに二人が行ってしまったり、一人の真面目な風紀委員だけが走り回ったりしなくても済むしな。

 しかも、上空には人がいないし障害物もないから、現場に急行する速度も早くなる。

 その上、自分だけにしか影響のない魔法だから、あたしたちだけでも許可が簡単に降ろせたしな。いいことづくめだよ。

 ……それにしても、よくあれだけ連続して常駐型の魔法を使っていて、サイオンが枯渇しないな」

「……ナギくんいわく、春原家の魔法はそのほとんどが仙術の性質があるんだって。

 それを使って外からサイオンを取り込み続けることで、サイオン切れを防いでいるんじゃないかしら。初めて見たから自信ないけど」

「なんだ、真由美も知らなかったのか?」

「……ええ。私も昨日初めて知ったわよ。

 春原家には伝わってたらしいとは言ってたけど、使えるようになっていることは知らなかったわ。

 まったくもう!姉に秘密にしておくなんて、なんて弟なのかしら!」

 

 日曜の特訓は、かなり厳しくいこうかしら。

 うふふふふ……。

 

「まあそう言うな。

 姉弟(きょうだい)の仲と言っても、秘密の一つや二つあることが当たり前だろう。

 それに、秘密にしておいたんじゃなくて、たまたま伝え忘れてただけと言っていただろう?」

「それはそうなんだけど……なんか納得がいかないのよ!

 今まで素直でいい子だった分、ナギくんもこうやって秘密を持っていると思うと、こう、なんかモヤモヤするのよ!

 摩利も弟を持ったら分かるわよ!」

「……あれだな。姉と言うよりも、反抗期の息子を持った母親か、夫の不倫を心配する(にい)(づま)という感じだな」

「に、(にい)(づま)っ!?」

 

 私が、ナギくんと!?

 確かにそういう話もあるみたいだけどそれはないわよ私たちは姉弟(きょうだい)なんだしでも姉弟(きょうだい)って言っても血も繋がっていなければ戸籍上も別だしなんの問題もないって違う違う姉弟(きょうだい)そう姉弟(きょうだい)なのよでもナギくんはカッコいいし紳士だし時々見せる真剣な表情もいいしファンクラブだっているしでもナギくんと本当に近くに居れるのは私だけってだから別にそんな気持ちはないし近くに居れるのは香澄ちゃんたちも同じだしでもナギくんは私だけのって本当に何考えてるのよ私は!

 

「はぁ、はぁ」

「あー。なんかすまん。真由美にもいろいろとあるんだな。

 一つだけアドバイスすると、春原の方からは姉弟(きょうだい)と思われているだろうから、前途多難だぞ?」

「だから摩利は一体何を勘違いしているのよ!」

 

 私たちは姉弟(きょうだい)なんだってばぁ!

 

 —◇■◇■◇—

 

「こちら春原です。

 正面出入り口前に移動しましたが、逃走している人は見当たらないです。

 校舎内に入ったか、ある程度離れたら周囲に溶け込んだのかもしれません」

『はぁーはぁー。ああ、ご苦労様』

「?渡辺委員長、そんなに疲れてどうしたんですか?」

『なに、小さな猫の相手をしてただけだ。問題が起きたわけではないよ』

 

 猫?校舎の中の部活連本部に?

 

『それにしても、昨日も含めると、達也くんに対して似たようなことがこれで3度目だ。しかも段々エスカレートしてきている。

 故意の可能性が強くなってきたな』

「わざと喧嘩を起こして、止めに入った達也くんを狙って他の人が攻撃、魔法を使った人が逃走しているあいだは喧嘩していた2人が足止めしている、ってことですか」

 

 卑怯な!

 言いたいことがあるなら闇討ちまがいのことをするんじゃなくて、正面から堂々と言えばいいんだ!

 

「それで、どうしましょうか?」

『そうだな……。

 春原のおかげで風紀委員にも余裕ができているからな。誰か一人、達也くんと一緒に回るようにさせよう。常時、というわけにはいかないかもしれないが。

 そうすれば、足止めをされて追えない、ということも少なくなるだろう。

 とりあえず、今日のところはデモの終わっている鋼太郎を向かわせるから、春原は巡回に戻ってくれ』

「了解しました」

 

 ふう。渡辺委員長が話のわかる人でよかったな。

 達也くんは……実技棟に向かっているな。実技棟の中を見て回るのかな?

 って、あれは……。

 

「クラウド・ボール部でーす!」

「射撃部に入ってみない?スカッとするよー!」

「ハイポスト・バスケってわかるー?」

「「「ぜひウチに来てください〜!」」」

「ま、まにあっていますぅ〜っ!?」

 

 ほのかさんに雫さん、それにエイミィ!?

 

「ほのか。とりあえず足止め」

「えーと、足止め足止め……、えいっ!」

 

 !?黒い箱……いや、遮光結界か!

 今のは、ほのかさんが?

 

「今のうちに行こう」

「なんか、勧誘が激しくて達也さんを追うどころじゃないよぉ〜」

「うん、そうだねぇ……。それとありがと、ほのか」

「へぇ。今のをしたのはやっぱりほのかさんだったのか。

 それで、達也くんを追う、っていうのはどういうこと?」

 

 ピタッ、ギギィと音が聞こえてきそうな感じで三人が振り向いたけど、顔が真っ青だ。

 とりあえず、話を聴くために地面に降りよう。

 

「ナ、ナギくん?」

「うん、そうだけど?

 それで、今の魔法は——」

「「「ご、ごめんなさい!」」」

 

 うん。謝るのはいいことだ。

 だけどね。

 

「安心してよ。

 さっきのは勧誘している側がしつこかったのはわかってるから。

 攻性魔法でもなかったし、逮捕はしないよ」

「ほ、ほんとに?はぁ、よかった〜」

「ただし、二度目はないけどね。

 勧誘がしつこいってわかっているなら、勧誘されないような対策をしないと正当防衛だって認められないから。

 例えば、三人とも部活が決まってるんだし、ユニフォームを着れば勧誘はされなくなるでしょ?」

「「「……あ」」」

 

 ……今気づいたんだね。

 

「それで、達也くんを追うっていうのはどういうこと?」

「そうだ!聞いてよナギくん!

 さっき、彼が喧嘩の仲裁に入ったのを狙って空気弾(エア・ブリット)を撃った人が居たんだけど、今度はその人を追いかけようとしたら、急に喧嘩していた2人が喧嘩を()めて無理やり引き止めたんだよ!」

「あれは、明らかに狙ってやってた」

「そうなんです!

 これって、やっぱり達也さんが二科生だから、嫉妬してわざと狙ったと思いません!?

 だから、今度あったら私たちで犯人を捕まえるために、達也さんを追っかけようとしてたんです!」

 

 ああ、そういうこと。

 ほのかさんは達也くんに気があるみたいだし、そんなところを見たら心配するよね。

 でも……。

 

「心配しなくても大丈夫だよ。

 風紀委員の方でもそれは把握しているから、これからは手の空いている風紀委員が一人、達也くんと一緒に回るようになるらしいよ」

「そうなんですか?よかったぁ」

「でも、ナギくんも狙われてるんでしょ?彼が狙われているのは、たぶん二科生だからなんだろうし。

 それとも、ナギくんにも誰かつくの?」

「ううん、つかないよ。ボクは上にいるから必要ないし」

「上?屋上ってこと?」

「……ボクがどこから来たか、分かってる?」

 

 振り向いたときには、まだ飛んでいたと思うんだけど。

 

「……あーっ!」

「そう言えば、飛んでいたような……」

「……まさか、飛行魔法?」

「そうだよ。春原家の飛行魔法を使ってるんだ。

 空をぐるぐる飛び回りながら上から言い争いや乱闘を探して、言い争いには近くの風紀委員に向かってもらって、乱闘には捕縛魔法で狙撃する。それがボクの役割だから」

「なるほど。それなら足止めできませんから、狙われることはありませんね」

「というか、一緒に回ることができない」

「そういうわけだから、ボクには護衛は必要ないんだよ。

 っと。話がズレちゃったけど、達也くんのことは風紀委員でもきちんと考えてるから、達也くんを追っかける必要はないからね。危ないことをする必要はないよ」

「でも……」

 

 ……ああ。これは諦めないな。

 ほのかさんたちがしているこの目は、あの夏休みのウェールズで、ゆーなさんたちがしていた目と同じだ。絶対に諦めない、って目をしている。

 

「はぁ。わかったよ。手伝ってください」

「「「……えっ?」」」

「隠れて追っかけられて、危ない目に遭われても困るからね。

 ただし、直接だと本当に危ないかもしれないから、そうだなぁ……屋上から見ていてくれないかな?ボクがずっと見ているわけにもいかないし。

 それで、できるなら犯行の写真を撮ってくれる?そうしたら、その場で取り逃がしたとしても逮捕できるかもしれないし、最低でも注意することができるからね。

 あくまでも、個人的な頼みだけど」

「は、はいっ!分かりました!」

「ナギくん、さすが〜!話がわかる!

 そうだよね、何も私たちが直接捕まえる必要はないんだよね!」

「……本当に無理はしないでね?」

「大丈夫。問題ない」

 

 なんか不安になるセリフだなぁ。

 

◇ ◇ ◇

 

「そんなわけで頼んでいたんだけど、土曜日の襲撃犯がたまたま撮れたらしくてね。

 魔法は写真に写らないから直接の証拠にはならないけど、注意をしておくぐらいはできると思うよ」

「……五日()って初めて知ったわよ、そんなこと」

「……ここ最近見られていたのにはそんな()()があったのか」

 

 あ、あはは……。

 こんな大きな成果が出るとは思ってなかったから、わざわざ伝えるまでもないと思ってたんだよね〜。

 まさか、新歓週間五日目の今日になって、『土曜日の襲撃の写真に顔が写ってました!』って言われるとはなぁ。

 

「それで、写真のコイツだが……、剣道部主将の(つかさ)(きのえ)だな。確か3-Fだったか?

 春原が頼んだ三人の情報が正しいとすると、足止め役の一科生と結託して、科をまたいだ嫌がらせをしていることになるが……」

「可能性は高いと思いますよ。

 俺が見たのは後ろ姿だけでしたが、この人物と重なりますから」

「……この人が、お兄様を……。許せません!」

 

 ひいっ!

 こ、こんなことになるだろうから、深雪さんもいるお昼に知らせるのはやめたほうがいいって言ったのに〜!

 

「落ち着け深雪。

 あくまで可能性が高いだけだ。確定したわけじゃない」

「そ、そうですよ。

 捕まえるには現場を抑えるしかないですし、それまでは抑えていてください!」

「……そうですね。いろいろ言いたいことはありますが、この人がしたという証拠にはなりませんし。言うのは捕まったらにしておきます」

 

 ふう、助かった〜。

 このまま氷の城になるかと思ったよ。

 

「それにしても、桐原君の供述に、壬生さんの剣が人を殺すための剣になっていた、というのもありましたし……。

 剣道部に何かがありそうというのは本当かもしれませんね」

「そうね。リンちゃんの言う通り、剣道部には注意しておいて損はないかもね。

 ……それで、ナギくん?さっきの話の三人について教えてくれる?」

「……どうして?」

「一応よ一応。

 生徒会長として、情報提供者は把握しておきたいし?

 姉として、弟の交友関係は知っておきたいしー?」

 

 な、なんかそれにしては、笑顔が怖いんだけど〜っ?!

 

「え、えぇとね」

「それと、なんで昨日会ったときに言ってくれなかったのかな〜?

 友達はできた、って聞いたと思うんだけど、詳しくは教えてくれなかったわよね〜?」

 

 昨日は昨日で怖かったじゃないか!少し触れただけで、今みたいな顔になったし!

 おかげで特訓も厳しくなるし!

 不死身に近いボクじゃなくちゃ、今日ボロボロで登校することもできなかったよ!

 

「さ〜て。きちんと話してもらうわよ〜?」

「は、はい〜っ!」

「……やっぱり勘違いなんかではないだろう……」

 

◇ ◇ ◇

 

 そして4月12日。

 

「やっと終わったんだね、達也くん」

「ああ、そうだな。やっと終わったんだな、ナギ」

 

 やっと。本当にやっと、新歓週間が終わったんだ。

 

「まさか、この短い間に二度も死にかけるとは思わなかったぞ……。

 軍の訓練にも勝るとも劣らない、かもしれないな……」

「そうだね……。

 ボクも、飛行魔法に認識阻害が含まれているっていうことは気がつかなかったよ……」

 

 というか、すっかり忘れてた。

 近隣住民からも、生徒からも飛んでいることに気がつかれてないことを不審に思った市原先輩から聞かれて、ようやく思い出したよ。

 そのせいで使用許可が取り消されて、結局最後の二日間は風紀委員は走り回ることになったからなぁ。

 

「お疲れ様。達也くん、春原」

「あっ、渡辺委員長」

「お疲れ様です。委員長」

「それで……、二人はまた報告書か?一体いくつ書くんだ」

「……それを言うのは俺たちにじゃなくて、俺たちの周りで問題を起こす人たちに言ってくださいよ」

 

 本当だ。なんでボクたちだけここまで忙しかったんだ。

 

「今年は風紀委員が直接問題を起こすことはなかったが、君たちを巡って問題が起きたからな。君たちの周りで問題が多く起きるのはそのせいだ」

「達也くんは、初日の大手柄(おおてがら)で目立っちゃいましたからね。狙われるのも当然ですね」

「純粋に目立っていたのはナギのほうだろう。

 ファンクラブから、部活を決めたと言っているのに狙われ続けたぐらいだからな」

「それでも、達也くんほどじゃなかったと思うよ」

「そうか?俺はナギのほうが目立っていたと思うが」

「なんで、お互いに、自分よりも目立っていると言い争っているんだ……。

 どちらも同じぐらい目立っていた。それでいいだろう」

 

 ゔ。確かにそうだったんでしょうけど、なんか認めたら負けな気がしてるんですよ。

 達也くんのほうが絶対トラブル体質ですって。

 

「はぁ。まあいい。

 二人とも、次からは通常の巡回だ。

 端末に四月の予定を送っておいたから確認しておいてくれ。ついでに五月以降の予定で、分かっているものは早めに教えてくれ。

 それと、どうやら今年は君たちの周りで問題が起きるようだからな。一応注意しておくように」

「分かりました」

「了解です」

 

 話の後半部分は、本当に不本意ですが、もう認めるしかないですよね。

 

「それと、例の剣道部だが」

「何かわかったんですか?」

「いや、まだ調査の段階だ。新歓週間中は風紀委員を割くわけにもいかなかったからな。

 ただ、不自然に休んで、徒歩でどこかへ向かっている人が増えているという報告が出てきてな」

「なるほど。自己啓発セミナーか何かの名目でどこかに行かされて、そのせいで。ということかもしれないと言うことですか」

「達也くんの言う通りだ。

 そして、風紀委員では校外での行動にまで口を挟むことはできない。

 探偵なんかに尾行を依頼するしかないかもしれないが、現時点ではそこまでするだけの証拠もない。

 実質的に、現状で風紀委員にできるのはここまでだな。あとは新情報待ちだ」

 

 尾行、尾行ねぇ。

 郊外の工場のほうも進展がないそうだし、チャチャゼロさんに行ってもらうのもありかな?人形の彼女に気づくのは難しいだろうし。

 

「分かりました。

 そっちのほうは、春原のほうでなんとかしてみます」

「いいのか?こっちとしては願ってもないんだが」

「はい。徒歩圏内ならまず春原の範囲でしょうし、そんな場所で何か陰謀を(たくら)まれている、というのもいい気分ではありませんから。

 それに、春原家はボク一人ですからね。

 達也くんという友人が殺されかけているというだけで、動く理由にはなりますよ」

「そうか。そういうことならよろしく頼む」

 

 頼まれました。

 ただ気がかりなのは、工場の件と関係していた時なんだよね。

 あのチャチャゼロさんをして『やり手』と言わしめる女性を護衛につけるほどの人が関わっているとなると、風紀委員、いやこの学校の生徒には荷が重すぎる。

 そうなったら、ボクか師匠(マスター)が出て解決するしかないか。

 

「なんか悪いな。俺のために」

「そんなことを言わないでよ。

 ボクは、春原(はるばら)(なぎ)として、友人の達也くんを助けたいと思ったんだから」

 

 そうだ。それはこの世界で生きていく理由の一つ。

『ボクがやりたいことをやる』

 村のみんなのため、(ムンド)(ゥス・)(マギ)(クス)のため、人類と亜人のため、と誰かのために動き回ってきたボクの、新たな目標。

 

『父さんに会いたい』。その一心で無茶なことをいろいろやったあの小さな頃のように、自分のために行動する。

 その過程で助かる人や、社会が変わるかもしれないけれど、それは誰かのためではなくて、ボクが嫌だから変えるんだ。

 だから……

 

 

「だから気にする必要はないよ」

 

 

 全ては自分のためなんだから。




妖精姫「私とナギくんのトレーニングは!?」

はい。そういうわけで第十三話いかがでしたでしょうか。
それでは補足です。

・『別視点』
あくまで、07/30時点での結果をもとにした試験運用です。
今回のを読んだ方で、『コレでは見辛い』という方がございましたら、アンケート②のほうでご意見をお寄せください。

・『飛行魔法の認識阻害』
オリ設定です。原作が手元にないので分かりませんけど、名言はされていなかったと思います。
コレは、原作で
①気配を察知するということが不可能な一般人で、
②飛び上がる前からなんらかの方法で連続して視認していなく、
③飛行している人から接触されず、
④飛行している人を探していない。
という条件下では、飛行している人物を見つけた人はいなかったはずです。
さすがに魔法を秘匿しているのに、目立つに違いない飛行魔法になんの対策もしていないわけがありませんから、認識しづらくなるという程度の認識阻害はあったとしました。

また、このせいで許可が取り消された、とありますが、理由としては『精神干渉系魔法』だからですね。
中条先輩の『梓弓』も、魔法科高校の研究機関としての側面から、安全性を確認した上で特別に許可がおりているので、きちんと『精神干渉系魔法』としての検査をしていない魔法をこのまま使い続けさせるわけにはいかなかった、ということです。

以上で補足も終了です。
それでは次回もまた読んでください。

・・・七草の双子の妹「あのスパルタの様子を書かれたら、好感度が酷いことになると思いますよ、お姉さま」


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第十四話 部活風景

63800UA&1150件のお気に入り、ありがとうございます!

どうも、オリ話は毎度苦労するYT-3です。

そんなわけで、今回の8割ぐらいは完全オリジナルです。

それでもよろしければどうぞ。


 

 4月13日。

 新歓週間も終わって、ようやくゆっくりした学校生活ができそう……できればいいなぁ。

 

「ナギ。今日も委員会なのかい?」

「ううん。今日はお休み。達也くんもだったよね?」

「ああ、そうだな。ようやくゆっくりできる。

 だが、ナギは部活だろう?俺のような暇人と一緒にするのはどうかと思うぞ」

「まあ、そうなんだけど」

 

 確か、射撃場で魔法を使った射撃の適性をみるとか。

 

「そうなんですか。まあ、二人とも大活躍だったですもんね。少しは休まないといけませんし」

「それはその通りなんだけど……。大活躍はしたくなかったかな」

「今や二人とも有名人だぜ。いや、ナギはもともとだけどよ。

 達也は、魔法を使わずに、並み居る()()()()()を倒した、正体不明の一年。

 ナギは、丁寧な対応で女子の先輩たちに順調にファンクラブを築いていった、紳士な当主、ってな」

「……ナギは総じて好評価なのに、なんで俺のは正体不明なんだよ」

「あ、あはは……」

 

 どうしてだろうね。同じぐらいの忙しさだったのに。

 

「噂によると、達也くんは魔法否定派に送り込まれた刺客ってことになってるらしいよ〜」

「一体誰なんだ、そんな無責任な噂を流しているのは……」

「あたし〜」

「って、おい!」

「冗談よ冗談」

「……勘弁してくれ。性質(たち)が悪すぎたぞ」

「ゴメンゴメン。でも、噂の中身は本当だよ?」

「……はぁ。なんか、もう色々と諦めたよ」

 

 まあ、それがいいよ。

 こういった人たちを抑えるのは、諦めが肝心だから。

 

「随分疲れてるな?」

「他人事だと思って……一週間で2回も死ぬかと思った身にもなってみろよ」

「そりゃ、真っ平だ」

「正直だね、レオ……」

「改めて考えてみたら、よく無事だったね」

「でも、今日からデバイスの携帯に制限が戻りますし、もう心配ないですよね?」

 

 そうだといいんだけどね、美月さん。

 そう上手くいかないのが世の中だと思うんだよ。

 

◇ ◇ ◇

 

 マズイ!予想以上に話し込んじゃってた!

 このままじゃ遅刻しちゃう!

 こうなったら……瞬動だ!

『廊下は走るな』は今でも残っているけど、走ってはいないからOKだよね?前に美空(みそら)さんがそう言ってたし。

 

 ……見えた!射撃場!

 ギリギリ間に合った!

 

「こんにちは、遅れてすみません!」

 

 遅刻はしてないけれど、時間ギリギリになっちゃってるから、謝らないと!

 

「ナギくん、こんにちは。

 どうしたの遅かったね?……って、あっ!着替えてきちゃってたの」

「えっ!?部活って、ユニフォームに着替えて来るんじゃないんですか!?」

「練習林が使える日はそうなんだけどね。

 正直な話、屋内で魔法を使って射撃するのに、たいして汗はかかないでしょう?

 だから、射撃場を使う時は着替えてこなくていいって言ってたんだけど……。そういえば昨日話してた最中に風紀委員で呼ばれて行っちゃってたっけ」

 

 なんだ〜。着替える必要はなかったのか〜。

 それなのにわざわざ準備棟までいった意味って……はあ。

 

「まあまあ、そう落ち込まないで。

 ナギくんみたいにした方がいいことはいいんだし、次回から気をつければいいから」

「はい、分かりました」

「うむ、よろしい。

 それじゃあ、あっちの三人の方に行ってね」

 

 五十嵐部長に促されて、競技ゾーンに近いところにいる三人の方に行く。

 そのうち二人は、ほのかさんと雫さん。もう一人は、五十嵐部長の弟の五十嵐(いがらし)鷹輔(しょうすけ)くん。全員が一年の一科生だ。

 魔法競技系の部活なんだから、ある意味当然なのかもしれないけど。

 

「こんにちは、ナギくん。

 なんというか、残念だったね?」

「こんにちは、ほのかさん、雫さん。あと、鷹輔(しょうすけ)くんもよろしくね。

 まあ、仕方がないと諦めるしかないね。いい運動になったと思うことにするよ」

「前向きだね。準備棟からここまでの移動を『いい運動』だなんて」

 

 いちいち悩んでたら、頭の中で小さいアスナさんと千雨(ちさめ)さんに怒鳴り飛ばされるんですよ。『うじうじしてるんじゃなーい(ねー)‼︎』って。

 

 っと、五十嵐(いがらし)部長が手を叩いた。そろそろ始めるのかな。

 

「よし、それじゃあ全員揃ったかな?

 今日は新人四人の射撃センスをみるからね。他の部員は改善点とかを探してあげること。

 というわけで、まずはスピード・シューティングもどきをしてもらおうと思うんだけれど、四人ともスピード・シューティングのルールはわかる?」

 

 五十嵐部長の質問に頷く。

 真由美お姉ちゃんの弟としては、分からないとか言ったら後でひどい目にあうからね。

 ボク以外の三人も分かっているみたいだ。

 

「それなら良かった。

 それで、もどきって言ったのはね、対戦する時のように紅白二色のクレーを飛ばすのよ。やるのは一人ずつだけどね。

 それで正確性と判断力を見るわけ。

 ただ、ウチの部費もそこまで多くないから、クレーの数はそれぞれ50個だけど。

 それと、立ち位置はそこの円ね」

 

 五十嵐部長はそう言って、ほのかさんの足元のサークルを指差した。

 

「CADは部の特化型を使ってもらうわ。

 どんな魔法が欲しいかを伝えて、受け取ったらちゃんと試し撃ちをしてね」

「質問です。CADは使わなくてもいいですか?

 正直にいうと、現代魔法はあんまり得意じゃなくて……」

「別にいいわよ、ナギくん。ルールでCADのスペック上限は決まっているけれど、使わなくちゃいけないとは決まってないから。

 他には質問はない?他の子も遠慮せずに言っていいのよ?」

 

 ボクは他には特にないし、それは三人とも同じみたいだ。

 

「それじゃあ、まずはナギくんからね。

 次に鷹輔(しょうすけ)、光井さん、北山さんの順でやってもらうから、準備しておいて」

「分かりました」

 

 順番が決まったところで、立ち位置に移動する。

 CADを使わないボクはすぐに始められるから、本当に立つだけで準備は終わった。

 

「いつでも大丈夫です」

「それじゃあ始めるわよ」

 

 五十嵐部長がコンソールを操作すると同時に、3カウントを知らせるランプが一つ灯った。

 

 正直に言って、『精霊魔法』はスピード・シューティングみたいな正確性が必要とされるものには向いていない。というか、『正確に』という考え方自体がなかった。

 元から『数撃てば当たる』とか『とりあえず広範囲を攻撃する』とみたいな使い方をされてきた魔法だから、当然といえば当然だ。まあ、その分威力は高いんだけど。

 だけど、そのままじゃこの世界では上手くやっていけないことは分かっている。

 だから、ボクは対処するための方法を考えたんだ!

 

 最後の赤いランプが灯り、クレーが射出される。

 まずは、(あか)(しろ)4個ずつ!

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)()()4()()】!」

 

 火の矢が四条、白のクレーに向かって飛んでいく。

 それを誘導すると同時に、頭の中で次の魔法のイメージを固め始める。

 炎の矢が命中して爆発を起こすのと同時に、再びクレーが射出される。今度は(あか)(しろ)それぞれ5個だ。

 

「——【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)(オブ)(スク)5()(リー)】!」

 

 発射した闇の弾丸を誘導しつつ、再び次の魔法のイメージを組み上げる。

 弾丸が当たり、(あか)(しろ)3個ずつのクレーが射出された瞬間に、最後に残しておいた『数』を決めて発動する。

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)()()3()()】!」

 

 これが考えた末の到達点。

魔法の射手(サギタ・マギカ)の精密誘導中に次の魔法(サギタ)()射手(マギカ)を準備する』。

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)(フル)(グラ)6()(リス)】!」

 

 もちろん欠点もある。

 同時に複数のイメージを保たなくちゃいけないから、精密誘導ができるのは十条が限度ということが一つ。

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)砂の(サブロ)3矢(ーニス)】!」

 

 二つ目は、イメージが混同しないように、同じ属性はもちろん、似たような属性も続けて撃たないようにしなくちゃいけないこと。

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)()()6()()】!」

 

 三つ目も、混同を防ぐために、詠唱をしてイメージを固めすぎるわけにはいかない、つまり無詠唱で発動しなくちゃいけないこと。

 

「【 魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)(グラ)(キア)5()(リス)】!」

 

 また、それらのせいで、ボクが唯一無詠唱で複数属性が撃てる魔法、魔法(サギタ)()射手(マギカ)以外では使えない。

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)()()3()()】!」

 

 頭を使い続けるから消耗も激しいし、魔法(サギタ)()射手(マギカ)以外のイメージが固めづらくなるから他の魔法も使えなくなっちゃう。戦闘では全く役に立たない技術だ。

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)(フル)(グラ)6()(リス)】!」

 

 だけど、競技用の『精密射撃』魔法としてみるなら、『精霊魔法』ではこれに並ぶものはない!

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)()()3()()】!」

 

 そして、真由美お姉ちゃんや香澄ちゃん、泉美ちゃんが練習に協力してくれたこともあって、今ではスピード・シューティングで真由美お姉ちゃんと()()()()()()()ぐらいまで使いこなせるようになっているんだ。

 それなのにもしも外したら、三人に申し訳なさすぎる!

 

「これで最後!

 【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)()()6()()】‼︎」

 

「パ、パーフェクト……」

「すごい……」

「ふう。どうでしたか?」

 

 スピード・シューティングもどきではパーフェクトをとったけど、この結果がそのままSSボード・バイアスロンに使えるかどうかはわからないんだ。

 いろいろと細かい違いもあるだろうし、もしかしたらルール的に問題があるかもしれないから、そこらへんが分かっている先輩たちに聞かないと。

 

「完璧よ!

 スピード・シューティング部の現役選手でも、パーフェクトを取れる人は珍しいのよ!十分だわ!

 ……そうね。ただ一つ気になったことといえば、その、魔法名?みたいなのは必ず言わなくちゃいけないの?言わなくていいなら無駄に見えたんだけど」

「本当は、あのくらいの規模なら言わなくても大丈夫なんですけど、それはあくまで単発のときだけですね。

 さっきみたいに連続して使用するときは敢えて言ってるんです。

 言わないと、自分で混乱しちゃうかもしれないので」

 

 放った後も誘導とかしなくちゃいけないしね。頭の中で間違えそうになるのは意外と致命的なんだ。

 

「なるほど、そういうこと。

 じゃあ、他に気付いたことのある人……はいないみたいね。

 それじゃあ、ナギくんありがとう。戻っていいわよ。

 次は鷹輔(しょうすけ)ね。パーフェクトを見せつけられて緊張してるかもしれないけど、気負わずにやって」

「は、はい!」

 

 鷹輔(しょうすけ)くん、緊張しているな〜。

 まあ、二科生のボクがパーフェクトをとっちゃったんだし、気負って緊張しちゃうのも仕方がないか。

 でも、ボクにはどうしようもないし、ほのかさんと雫さんのところに行ってよう。

 

「お疲れ、すごかったね」

「ありがとう、雫さん。

 ……って、ほのかさん、大丈夫!?」

 

 頭を抱えて、雫さんに支えられてる。

 顔色も少し悪いし、保健室に連れてった方がいいんじゃないかな?

 

「ナギくん、ありがとう。

 でも大丈夫です。少し経てば元に戻りますから」

「本当?それなら良かった。

 でも、どうして急に……」

「ほのかは、光波の揺らぎに敏感だから」

「光波の揺らぎ……もしかしてボクの魔法のせい!?」

 

『光の矢』の出した光に反応しちゃったってことですか!?

 

「ご、ごめん‼︎そんなことがあったなんて知らなくて!」

「本当に大丈夫なんです。

 突然だったので驚いただけですし、フラッシュを見ちゃったみたいな感じです」

「本当?それでもごめん。

 これからはできるだけ使わないようにするから」

「そこまでしなくても大丈夫ですよ。

 くると分かってたら心構えができますから、ここまでにはならないですし」

「ほのかもこう言ってるし、気にしなくていいと思うよ」

 

 本当にそうならいいんだけど……。なんか罪悪感があるなぁ。

 でも、本人が大丈夫って言ってるんだし、気にしすぎない方がいいのかな?

 

「わかった。これからは気をつけることにするね」

「うん、ありがとう」

「それよりも、さっきの魔法、全部が『魔法(まほう)射手(しゃしゅ)』?」

「そうだね。あれがボクの使える魔法(サギタ)()射手(マギカ)のほとんど全てですよ」

 

 他には(いまし)めの風矢(かざや)ぐらいしかないし。

 

「そうなんですか。

 それにしても、吉田くんの話だと一つでもかなり辛い魔法って話でしたけど、五十、発?も使ってたのに息切れ一つしてないんですね」

「そこは秘密、ってことで」

「理屈がわからなくても、アレだけのスピードで、アレだけいろんな種類の魔法が飛んでくるっていうのは、相手からすればすごい脅威」

 

 まあ、たしかにそうかもね。

 でも、これを対人使用をするぐらいなら、一つの属性を100とか200とか用意した方がいい気もするけど。

 

「あ。鷹輔(しょうすけ)くんが終わったみたいですよ」

「本当ですね。もう具合は良くなりましたし、行ってきますね」

「ほのか、頑張って」

「頑張ってください」

 

 さて、鷹輔(しょうすけ)くんのは見れなかったけど、ボクも見ておこうかな。

 

◇ ◇ ◇

 

「そういえば、ぼーや。昨日チャチャゼロに頼んでたガキのことだがな」

「さっそく何か進展があったんですか?」

 

 もう夕食後のティータイムになっているんだけど、忘れてたのかな?

 

「……オイ。その顔は、私が言い忘れていたとでも思っているんじゃないか?」

「えっ!違うんですか!?」

「はあ。そこまで驚かれるとは、お前の前世の私は一体どんな奴だったんだ……。

 夕食中にチャチャゼロから念話が来たんだよ。忘れていたわけではないさ」

 

 そうだったんだ。師匠(マスター)は意外とうっかりしてるから、忘れてたのかと思ってました。

 

「話を戻すぞ。ぼーやが尾行してほしいと頼んでいた…(つかさ)(きのえ)だったか?」

「はい。とりあえず彼が関わっているのは確定していそうでしたから」

「そいつだがな。ぼーやが危惧していた通りになったらしい。例の、工場に出入りしている男と接触したそうだ。

 さらに言うと、その男の方に別口で探りを入れている奴も出たようでな。

 どうも気配断ちが上手い、忍者とかの類いらしい。

 例の女護衛にも気付かれずに工場内に侵入してみせたそうだ。チャチャゼロも、人形じゃなければ気付かれてただろうと言っていたぐらいにな」

「……そうですか」

 

 これはまずいことになったな。

 こうなったらどこまで侵食されているのかが分かり次第、ボクが突入するしかなさそうだ。

 

「それじゃあ、チャチャゼロさんにそのまま(つかさ)先輩を尾行してもらうように頼めますか?

 もちろん、無理をして例の護衛や、その忍者にバレない程度にお願いします。

 どうも(つかさ)先輩とその男の人との関係が、一高内の問題の原因だと思うんです」

「私もそう思って、すでに尾行させてるぞ。もちろん、今現在もだ。

 カメラをもたせているから、一高の生徒とともに例の男に接触したら撮るように言っている」

 

 それなら大丈夫かな。チャチャゼロさんなら、もし荒事になっても信用できる。

 

 とりあえずチャチャゼロさんには、後で上等なワインを用意しておかなくちゃなぁ。

 はぁ。どんどん出費が(かさ)んでいっちゃうよ……。




殺戮人形「ケケケ、トビキリノヲ頼ムゼ」


さて、第十四話いかがでしたでしょうか?
私はものすごく書きづらかったです。

というか、ナギくんのタメ口のイメージが湧きません。特に女性に対して。
だって原作ネギくんがタメ口だったのって、()()()()(コタ)(ロー)(フェ)(イト)()()()()ですよ!資料とイメージが少なすぎます。
だから、いちいち敬語で書いてから語尾を修正するというめんどくさいことをしています。
ですので、自分でも違和感がバリバリありますので、ちょくちょく修正していきます。

さて、今回でおそらく最後であろう部活風景が描かれて、次回からは物語が動き始めるはずです。
それでは、次回『追跡』をお楽しみに。


・・・今回で、UQで出た『闇火』以外の魔法(サギタ)()射手(マギカ)は全て出せたかな?


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第十五話 追跡

70000UA&1169件のお気に入りありがとうございます!

遅れてすみません、YT-3です。

それではどうぞ。


 

「あっ!ナギくん、私の肉巻きあげるから、そのから揚げ一つちょうだい?」

「いいよ、はい」

 

 4月14日、お昼休み。

 最初にここ、生徒会室でお昼を食べた時と比べて、だいぶ様変わりしたなぁ。

 メンバーのこともあるけれど、今なんて全員お弁当だもん。真由美お姉ちゃんがまともな料理ができるようになってたなんて、一週間前まで知らなかったよ。

 

「ところで、昨日二年の壬生を言葉責めしていたっていうのは本当かい、達也くん?」

「……はい?」

 

 ……渡辺委員長、話題の内容もそうですが、ちょっと唐突すぎませんか?

 それに——

 

「渡辺委員長。年頃の女性なんですから『言葉責め』なんていうはしたない言葉は使わないほうがいいですよ」

「ナギの言う通りです。

 それに、深雪の教育にも良くないですし」

「……お兄様?

 もしかして、わたしの年齢を勘違いしていませんか?」

 

 それだけ大切にされてるってことだよ、深雪さん。

 

「それに、そんな事実はありません」

「おや?そうなのか?

 昨日のカフェテリアで、君と一緒にいた壬生が真っ赤になっていたというのを見たヤツがいたんだが」

「……お兄様?」

 

 ひいぃっ!さっきと同じセリフなはずなのに、声が冷たすぎるよ!

 っていうか、物理的にも冷たくなってきてる!?

 

「わたしと別れてから、一体何をなさっていたんでしょうか?」

「とりあえず落ち着け深雪。

 お前が考えているようなことはなかったし、これからきちんと説明するから」

「……はい、申し訳ございません」

 

 ふう、よかった。

 春先なのにこの部屋が氷に覆われる前に落ち着いてくれて。

 

「相変わらず、すごい事象干渉力ですね。

 魔法は超能力の延長ですから、卓越した魔法師は漏れ出すサイオンだけで魔法になることは知ってはいましたが……、現実に見るのは司波さんが初めてです」

「ほんと。夏場は冷房いらずでいいわね」

「夏場に霜焼(しもや)けになるのもどうかと思いますが」

 

 まあ、確かにそれはちょっとマヌケだね。

 噴火する火山地帯で氷漬けにされたボクが言えることではないと思うけど。

 

「それで、結局何があったんだ?」

「そうですね。これは風紀委員にも関わることなので、伝えておいたほうがいいのかもしれません。

 実は、昨日ここの前まで深雪を送っている途中に、壬生先輩に声をかけられたんですよ。

 新歓週間初日の件でお礼がしたいと言われまして、特に断る理由もなかったので深雪を送り届けてからカフェテリアで会ったんです」

 

 ああ。やっぱり深雪さん優先なんだね。

 

「新歓週間初日というと……。

 剣術部の桐原とのトラブルで桐原が高周波ブレードを使った際に、達也君が止めに入った件ですか?」

「はい。そこで助けてもらったお礼をしたいということでした。

 それで、お礼をされたのはいいんですが、それから妙な話になりまして」

「妙な話、ですか?」

 

 なんだろう?

 

「助けてもらったのは嬉しいし、俺はお咎めなしを主張したからお互いに罰は受けずに済んだ。

 それは自分も同じ考えで、あの乱闘で多数の怪我人が出たならともかく、自分と桐原先輩はお互いに傷つくかもしれないことを承知の上で剣を握ったんだから、怪我は自己責任だと思っている。

 しかし、今回ぐらいのことを問題にしたがる生徒も多く、実際に同じぐらいの程度のことで摘発された生徒は何人もいる。風紀委員の点数稼ぎのために。

 ……といった内容でした」

「確かに変な話ね。

 今回のことは、桐原くんが殺傷性ランクBの高周波ブレードを使ったのが問題であって、乱闘を問題視していたわけではないのだけれど。

 もちろん、乱闘はいけないことだけど、その処理は部活連内部で(おこな)うのが原則よ。あくまで風紀委員は怪我人が出ないように見張っているか止めに入るだけ」

「それに、風紀委員は名誉職だ。メリットはほとんどない。

 風紀委員を務めて校内の安全に貢献したとして多少内申点が上乗せされるかもしれないが、九校戦の成績じゃあるまいに、検挙数によって成績にプラスされるなんてことはない。

 どうも壬生は勘違いをしているようだな。いや、思い込みなのかもしれないが」

 

 確かに、そのことは渡辺委員長から説明があったし、そんな無茶な摘発を行ったなんて話は聞いていない。

 というか……。

 

「というか、なんでそれを達也くんに?達也くんだってその風紀委員の一員でしょ?」

「俺も同じことを聞いたら、俺は違うとか、それでも風紀委員は嫌いだとか、どうも要領を得なかった。おそらく、助けてもらったという感情から嫌うに嫌えなかったんだろう。

 それよりも、ここからの話のほうが重要です」

 

 重要な話?

 達也くんや壬生先輩だけじゃなくて、全体に関わってくるような話ってこと?

 

「壬生先輩は他に何か(おっしゃ)ったんですか?」

「ああ。剣道部に入部しないかと誘われた」

「……何か理由がありそうだな。

 壬生ほどの腕があれば、達也くんの体術は徒手格闘術だと見抜けるだろう。

 それなのに、お(かど)違いの剣道部に誘うってことは、『二科生の風紀委員』というブランドが欲しいのか……。

 いや、ただそれだけなら春原でもいい。どちらにしても名前だけ貰えればいいんだからな。

 そうなると、わざわざ春原ではなくて達也くんを誘った理由がありそうだな」

「さすがです、渡辺委員長。

 どうも、非魔法競技系のクラブで連携をして部活連とは別の組織を立ち上げることで、学校側に待遇改善を求めようとしているようです。俺はその旗印ですね」

「それって大問題じゃないですか!」

「……ついに爆発しちゃったわけね」

 

 中条先輩の言う通り、さっきの話が(かす)むほどの大問題だ。

 これは頭が痛くなりそうだ。

 

「魔法科高校では魔法の実力が優先されるのは理解できているし、それによって授業で差別されるのは覚悟して入学してきている。

 だけど、授業以外の学校生活、部活などでも魔法の腕で差別されるのは間違っている。

 魔法が使えないというだけで自分たちの全てを否定させはしない。

 ……そのような理念で設立するらしく、すでに剣道部含め多数の賛同者が集まっていると言っていて、今年中にも立ち上げる予定らしいです。

 どうも考えを学校側に伝えることに重点を置いているのか、『どう改善してもらいたいのか』の部分が不透明ですが」

「それでも、言っていることとしては間違っていないのよね……。

 実際に授業以外で差別が起きているのを学校側は把握しているけど、黙殺しているわけだし」

「だから風紀委員を目の敵にしていたのか。いや、風紀委員だけではなくて、主に一科生で構成される生徒会や部活連もか。

 向こう側からすれば、校内で権限を持ち、それを笠に着た走狗というわけだな」

「正確にはそうなるように印象操作されているんだけど、それでもそう受け取るしかないのかも。

 ナギくんが誘われなかったのも、現代魔法の試験は悪くても、古式魔法師として実力があり、現に魔法競技系のクラブに入っているから、というわけか」

 

 ……ん?印象操作?

 

「『刷り込み』じゃなくて『印象操作』ってことは、裏で生徒を操っている人がいるってこと?」

「あっ!やばっ!」

「真由美!」

 

 ……正解か。つまり、それがあの工場に出入りしている人たちの正体ってこと。

 

「七草会長、渡辺委員長。

 その組織は、『ブランシュ』でいいんですよね?」

 

 ブランシュ?

 確かそれって、魔法が使える人が優遇されているって、魔法能力による差別撤廃を訴えてるって噂の団体だっけ?

 

「……どこでその名前を?」

「情報規制がかかっているようですが、極秘情報というわけでもないですし、噂の出所を完全に潰すことなんて不可能でしょう?

 まさかここにきて隠すことはしないですよね?もう誤魔化しは効きませんよ」

「……はあ。正解よ。

 我が校は反魔法国際政治団体『ブランシュ』の影響を受けているわ。正確にはその下部組織だけど。

 でも、どうしてブランシュだってわかったのよ」

「予測し始めたのは、ナギが依頼した三人からの写真を見た時からですね。

 ブランシュの下部組織『エガリテ』のシンボルマーク、『赤と青で縁取られた白い帯』をリストバンドとして手首に巻いていましたから。写真の人物だけではなく、壬生先輩も含めた剣道部の大多数や、その他非魔法競技系のクラブの人員もです。

 トリコロールの配色は珍しいものではありませんが、差別撤廃を訴える組織を立ち上げるとなると、『エガリテ』以外に思いつきません」

 

 よく見ているし、情報もすごいね。

 ボクもリストバンドには気付いたけど、『エガリテ』のシンボルマークとは知らなかったよ。

 

「完敗だな。

 この話はあたしと真由美、市原、十文字以外には知らせないようにしていたんだがな。まさか自分で辿り着くとは」

「あのぅ、なんで私と服部くんには話さなかったんですか?」

「あーちゃんは心配性だから必要以上に気にしちゃうかもしれないし、はんぞーくんは正義感にかられてメンバーのところに乗り込んでいっちゃうかもしれないしね。

 別に乗り込むのは悪くはないんだけど、表向きは差別に反対しているだけのところを叩いちゃうと、二科生の反発が取り返しのつかないものになっちゃいそうだし」

「それに、裏で操っている人を含め確実に全員を捕まえないと二の舞が起きちゃうかもしれませんしね。

 だから我が校としてできるのは、注意をしておくことだけです」

 

 確かにそうだ。今の段階で、それも学生が手を出すのは問題がありすぎる。

 その上、例の男とその護衛がいる。最悪、真由美お姉ちゃんや十文字先輩でも危ない可能性がある。

 やっぱり、できるだけ早く情報を集めて、春原家として介入するしかないか。

 

「分かりました。私的に注意しておくに(とど)めておきます」

「ボクとしても、基本的に達也くんと同じです。

 ですが、春原家としてはその情報をもとに動いてみます」

「危ないようだったら、躊躇せずに七草家に頼ってね。

 ナギくんは家族なんだから」

 

 それが聞けるかどうかは相手次第かな。

 ボクも、真由美お姉ちゃんたちに傷ついて欲しくはないから。

 

◇ ◇ ◇

 

 今日はどうしても外せない仕事が午後からあったから、お昼休みの終了と同時に早退して((あらかじ)め学校に届け出は出しておいた)、都内にあるスタジオでバラエティーの撮影をしている。

 

「はいOKでーす!

 じゃあ、本番まで30分休憩いれまーす」

「……ふぅ。お疲れ様でしたー」

 

 リハーサルの反省をしながら、用意された楽屋に向かう。

 楽屋は一人部屋。これは、ボクが大物だからというわけじゃなくて、周りとの関係性からテレビ局が配慮してくれているからだ。

 

 この業界、いや一般社会全体からすると、ボクら魔法師は特殊な存在だ。

 魔法という超常の力を使いこなすことで強力な戦闘能力があるために、一般人から見れば銃とかで武装した存在みたいに恐怖されているし、一部の人間からすると、かつて魔法研究所で研究(・・)された『魔法師』は人間のために作り出された存在だから、人のために尽くす、つまり人間である自分が自由に命令できる存在だと思われていたりもする。

 もちろん、そんな人達だけじゃなく優しくて理解してくれる人もいるけれど、『ブランシュ』のように反魔法師運動が行われるぐらいには否定的な人もいる。

 ボクはその壁を壊す一助になれればと思ってタレントをしているけれど、よく思っていない同業者もいるわけで。そんな人達と同じ楽屋になったら色々と大変だし、実際一度問題になったこともあったから、今は一人用の小さな楽屋を使わせてもらっている。

 

『オイ、緊急事態ダ』

「!!」

 

 チャチャゼロさんから念話!?しかも緊急事態って!?

 

『何があったんですか!?』

『例ノヤローニ、オマエノ学校ノ女ガ三人、バレバレノ尾行をシテイヤガル。

 赤毛デ長髪ノガキミテーナ体型ノ奴ト、似タヨーナ体型デ黒髪ノ奴、茶髪ヲフタツニ纏メタムネノデケー奴ダ。

 タシカ、オメーノ知リ合イジャナカッタカ?』

 

 エイミィと雫さん、ほのかさん!?

 なんで三人が!?

 まさか、まだ達也くんを襲った証拠を!?危険だ!

 

『はい!三人とも友人です!

 今どこにいますか!これからすぐに行きます!』

『オメーノ学校前ノ商店街ヲ北に200メートルッテトコダ。

 急イダホウガイイゼ。ヤローモ気付イテ、ドコカニ知ラセテイヤガル』

『分かりました!万が一の時は三人を助けてあげてください!』

 

 とりあえず目の前まで来ていた楽屋に入って、扉にロックをかける。こうすれば部屋にいることを知らせる表示が出るから、行方不明扱いにはならなくて済む。

 そのあと窓枠に足をかけて瞬動(しゅんどう)、さらに二回(こく)(うし)(ゅん)(どう)して目的地上空までの障害物がない高さに移動する。

 このテレビ局からチャチャゼロさんの言っていた地点までは直線距離で約7キロ。交通機関を使ってては間に合わないし、飛行魔法は違法だ。

 だから、移動手段は一つだけだ。魔法以外でキロ単位の瞬時移動ができるのはこれしかない!

 

虚空(こくう)(しゅ)(くち)———(むき)(ょう)‼︎」

 

—◇■◇■◇—

 

「ほのかっ!」

 

 目の前でほのかが倒れる。私も立っていられない。

 頭が割れるように痛い。まさかこれは……

 

「ふふふ、どうだ苦しいだろう?

 (つかさ)様からお借りしている、このアンティナイトによるキャストジャミングがあるかぎり、お前ら魔法師は魔法を一切使えないただのガキだ」

 

 やっぱり、キャストジャミング。

 軍事物資のアンティナイト、しかもかなりの高純度のものを持っているなんて、ただのゴロツキじゃない。

 

「ふん。どうやらまだ効果が薄いようだな」

「っ!?」

 

 まだ強くなるの!?だめ、これ以上は座ってもいられない!

 

「始末するか」

「ああ手筈通りにな」

 

 っ、ナイフ!?

 どうにかして、せめてほのかだけでも!

 

「我々の計画を邪魔する存在は、例外なく消えてもらおう。

 この世界に魔法師は必要ないんだ‼︎」

 

 やだ、来ないで!

 ———誰か助けてぇっ!

 

 

「三人から離れろっ!」

「なっ!うぐっ!」

 

 ナ、ナギくん?

 

—◇■◇■◇—

 

 よかった、なんとか間に合った!

 

 まずは三人に近いナイフを持った男に攻撃!

 上空から瞬動(しゅんどう)で接敵、前転をしつつ右手の手刀に力を集める!

 

 ——翻身伏虎(ほんしんふっこ)

 

「三人から離れろっ!」

「なっ!うぐっ!」

 

 不意をついてナイフは落とせた。

 右足で着地と同時に蹴り込んで懐に入る。左足で震脚、体内でエネルギーを左肘に伝え、翻身伏虎で体勢を崩した相手に打ち込む!

 

 ——硬開門(こうかいもん)

 

「ぐわぁっ!」

「うわぁっ!」

 

 後ろにいた1人を巻き込んで壁まで吹っ飛ばした!あと2人!

 

「オイ!キャストジャミングだ!魔法師ならそれで無力化出来る!」

「こいつっ!ターゲットの1人かっ!」

 

 これは……魔力(サイオン)の波?

 もし本当にキャストジャミングなら、魔法師には天敵だ。

 それにアンティナイトを持っているってことは、やっぱり相手はかなりの規模ってことか。

 だけど——

 

「魔法が使えないなら、体術で戦えばいい!」

「なっ!うぐわっ!」

「こ、こっちにくるなぁっ!バケモノォッ!うわぁあっ!」

 

 ……ふぅ。とりあえずここにいる四人は鎮圧したかな。

 

「ナ、ナギくん……?ありがとぅ、怖かったよ〜」

「本当にありがとう!あぁ、助かった〜」

「私からも、ありがとう。あと少しでほんとに危なかった」

 

 三人とも怪我はないみたいだ。よかったあ。

 

「雫さんの言う通り、本当に危険だったんですよ!

 あと少し遅れてたらどうなっていたことか……」

「ごめんなさいっ!」

「ごめんっ!今日は剣道部あった筈なのに、あの主将が出てったのを見て気になっちゃって」

「迂闊だった。反省してる」

 

 ……三人とも、危ない目になったからか少し震えてるな。

 反省してるようだし、これ以上は言わなくていいか。

 

「はぁ。反省してるならいいよ。

 今回ので分かったと思うけど、(つかさ)先輩のことは裏で大きな組織がいるらしいんだ。

 生徒会と春原家で調べているから、三人は注意しておくだけにしてね。

 今回は間に合ったけど、もし次の時に間に合わなくて取り返しのつかないことになったら、ボクは三人を巻き込んだ自分を許せなくなりそうだから」

「わかった。

 それと、その人たちが持ってるアンティナイトは『司様』から貰ったらしい。何かヒントになればいいんだけど」

 

 司様?司先輩のことか、もしくは先輩の家族のことか……。

 なんにしても様付けしているってことは、かなり上の立場の人ってことだ。もしかしたら例の男なのかも。

 

「ありがとう。参考になったよ。

 それじゃあ警察に連絡するから、三人とも……」

「ナギくん!ほのかたちも!」

「深雪!?」

 

 えっ、深雪さん?

 

「深雪さん、どうしてここに?生徒会は?」

「中条先輩が発注ミスをなさったみたいで、私が買いに来たんです。

 そうしたら三人を見かけて、胸騒ぎがしたので追いかけてきたんですが……どうやら遅かったようですね。

 そこの男たちがほのかたちを襲ったんですか?」

 

「そうよ!司先輩を追ってたらここで振り切られて、囲まれたのよ。

 キャストジャミングを使われて危なかったんだけど、ナギくんが助けてくれたの!

 あっ!初めましてだよね。私は明智英美。エイミィって呼んで!」

「よろしくエイミィ。わたしも深雪でいいわ。苗字だとお兄様と被っちゃうから。

 それじゃあ、あとは警察に連絡するだけなんですか?」

「そうだね。三人は顔がばれててここで待つのは危ないだろうから、ボクが残って待ってようと思ったんだけど……」

「でも、ナギくんは撮影でしたよね?

 わたしが残って連絡するので、ナギくんは急いで戻ったほうがいいですね。これも生徒会の活動のうちです」

 

 確かに、そっちのほうがいいか。他の人に迷惑をかけるわけにはいかないし、深雪さんならそこそこの相手だったら戦えるだろうしね。

 

「えっ!ナギくんって撮影だったんですか!?」

「ええ、まぁ。

 ちょうど30分の休憩時間に入ったところで、春原家のほうで司先輩につけていた尾行から、三人がバレバレの尾行しているって連絡があったので飛んできたんですよ」

「バレバレだったの?

 やっぱり尾行なんて素人がするものじゃない」

「それじゃあ、深雪さん。あとはよろしくおねがい。

 三人も、特に周囲に気をつけて帰ってね!」

 

 休憩は残り15分。帰りも縮地で行かないと。

 

「うん、ありがとうね!

 ってまた空飛んだー!?」

「飛んで来たって、文字通り?魔法の兆候はしなかったけど、どうやってるんだろう?」




剣道部主将「ふぅ。なんとか振り切ったか?」

読了ありがとうございます。
さて、『追跡』とはなんだったのかというくらい話に関係のないタイトルですみません。

ご連絡です。
アンケート②『視点変更について』ですが、次々回『一七話』の投稿と同時に締め切らせていただきます。もし何かございましたら、それまでにご連絡ください。
アンケート①の『アーティファクト&ヒロイン募集』につきましては、当初の予定通り第1章『入学式編』終了まで受け付けておりますので、ご一考いただければ幸いです。

それでは、次回もお待ちください。できるだけ早くあげるようにします。

・・・殺戮人形「ケケケ、アノガキドモハナ」


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第十六話 授業

81200UA&1211件のお気に入りありがとうございます!

一月ぶりです、YT-3です。

全話改稿とかF/GOやってたらこんなに経ってました。

それでは(おそらく)最後の授業風景です。どうぞ!


 

師匠(マスター)。ちょっといいですか?」

「どうした? 」

 

 雫さんたちが襲撃された日の夜。

 食事後のティータイムに、今日のことを「師匠(マスター)に報告しておく。

 

「実は、今日の放課後に友人が例の集団から襲撃を受けまして……」

「ほう?なぜだ?

 今までの傾向からすると、奴らはかなり慎重派だ。

 機が熟していないタイミングで小競り合いを起こすような(やから)じゃないだろう?」

「もう一人、別の友人が間接的に嫌がらせを受けているのを見て、気にしていたらしくて。関わっているだろう司先輩を尾行してしまったんです。

 幸いチャチャゼロさんが教えてくれたので、取り返しの付かなくなる前に襲撃犯を無力化できたんですが……」

「ふむ?ならなんでそんな浮かないを顔してるんだ?

 これで尻尾を抑えられたんだから、あとは警察なりなんなりと情報を共有して攻め込むだけだろう?」

「それが……、これを見てください。

 ボクも撮影があったので、腕の信用できる別の友人にその場を任せて戻ったんですが……」

 

 そう言って、携帯端末に届いたメールを見せる。

 

 ————————————————————————————————————

 

 Date:2095/04/14 17:31:23

 From:Miyuki Shiba

 To:Nagi Harubara

 Title:襲撃者について

 

 

 すみません、表通りに着いた警察を呼びに行くために少し目を離した隙に、あの男達がいなくなってしまいました。気絶をしていたはずなので、仲間が来て回収していったのだと思います。

 幸いナイフやバイクを置いていったままだったので、警察も信用してくれて対策を講じると言ってくれました。

 ですがせっかくナギくんが捕らえてくれたのに、わたしのミスで逃してしまい申し訳ございません。

 

 襲撃のことは生徒会にも報告しておきました。

 七草会長が言うには、今回の件についての対応は

『見失ったのと襲撃があったのは必ずしも相関するわけじゃないから、司くんを捕まえることはできないわ。

 明日の朝一で、反魔法師運動をしている集団が当校の生徒を襲ったから注意するよう喚起する緊急学内メールを送るぐらいしかできないわね』

 とのことでした。

 ナギくんには感謝をしていましたから、後で連絡がいくと思います。

 わたしからも感謝させてください。今日はわたしの友人を助けていただいてありがとうございました。

 

 ————————————————————————————————————

 

「……なるほど。この話が正しければ、相手も一筋縄ではいかないということか」

「はい。ボクは深雪さんの話を信じたいと思いますし、もし違ったとしても、尾行されているのに気がついてすぐに処理部隊が来た点から考えても、バックアップは徹底されていると思っています。

 それに、入試トップレベルの実技点だったはずのほのかさんと雫さんが完全に無力化されたことを考えると、あのアンティナイトはかなりの純度だったはずです。

 それだけのものを用意して部下に持たせられることから考えても、ブランシュのかなり上位の人物、もしかしたらトップが指揮しているのかもしれません」

 

『司様』がそのトップなのか、あくまで幹部の一人なのかはわからないけど。

 

「ふむ。反魔法師団体『ブランシュ』、だったか?

 随分と阿呆なことをしてるもんだ。その気力を国のため自分のために使えば、もう少しいい生活ができるだろうに。

 まあいい。それで、私に何をして欲しいんだ?」

「はい。メールにもありますが、今回のことを受けて校内の警戒は高まると思います。

 ですが、一高の外で危険な状況に陥った時には対応できるかは怪しいです。あくまで学校ですから。

 なので、一高の外で危なくなった生徒を助けてあげて欲しいんです」

「外だけでいいのか?」

「学校内に来られると、身分の証明だとかで非常に面倒なことになりますから」

 

 何せ百年戦争の時から生き続けている吸血鬼だ。戸籍なんてある訳がない。

 というか、『闇の福音』(エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル)の名前は、魔法界隈じゃ災厄の代名詞だから名乗るわけにもいかないし。

 

「それに、さすがに一高内に来た侵入者には教師や警備員も含めて大人数で相手取ることができるから、まず負けることはないと思ってます。いざとなればボクが出ますし。

 相手の出方次第ですが、わざわざ工場を陣取った以上はそこで部隊を整えてから送ってくると思います。

 チャチャゼロさんにお願いして工場を見張って貰って、動きがあり次第出て警戒する形になると思います」

「分かったよ。

 私も食わせて貰っている恩もあるし、何よりグタグタ文句ばっかり言っている奴らは気にくわないからな。

 二度と忘れられない恐怖を味わわせてやるさ」

「お願いします」

 

 あー。師匠(マスター)がやる気になってる。

 御愁傷様です。

 

◇ ◇ ◇

 

 翌日の3時限目は魔法実技だった。いや、教師はいないから実質的には自習みたいなものだけど。

 目的は発動の高速化。

 現代魔法では、CADに記録されている起動式(まほうのもと)を、魔法師が魔法式(まほう)に変換しなくてはいけない。今回の授業は、それに慣れることで発動を早くするための訓練だ。

 課題で出されている目標は1000ms(ミリ秒)、つまり一秒ジャスト。一般的な魔法師の平均が500msだから、かなり良心的な設定だ。

 法律で魔法を自由に使うことを制限されているから、これだけでも目に見えて早くなってる人もいるんだけど……。

 

「ナギ、1121msだったよ」

「ううっ!」

 

 ペアの幹比古くんが計測結果を教えてくれるけど、目標タイムまで遠く及ばない。というか、前が1116msだったから、わずかだけど遅くなってる。

 

「なかなか早くならないね……」

「ごめんね、幹比古くんは一発で合格しているのに。ボクのせいで居残りさせちゃって……」

「いや、大丈夫だよ。

 それにあっちもまだみたいだし、どのみち待っただろうからね」

 

 そう言って、隣を見る。

 釣られてボクも見ると——

 

「1060ms……あと少しだな。ほらもう一踏ん張りだ」

「遠い、遠いぜ……。0.1秒ってこんなに遠かったんだな……」

「やっぱバカでしょ。時間は『遠い』んじゃなくて『長い』のよ」

「エリカちゃん……エリカちゃんは1052msだったけど……」

「うわああぁ!それは言わないでよ!

 せっかく気分転換してたのにー!」

「……色々言いたいことはあるけどよ。人を玩具にするまえに現実を直視しろよ」

 

 あいも変わらず仲のいい二人がいた。

 

「ああ、確かに。

 結局残っているのはボクたちだけだし」

「そうだね。どうだい達也。そっちは終わりそうかい?」

「ああ。一応問題点は分かったと思うんだが……」

「マジかよ!頼む!教えてくれ!」

「あたしもある!?お願いカンニングでもなんでもいいから教えてよぉ。いい加減お腹が空いたのよ〜!」

 

 カンニングって、機械(これ)でどうやるんですかエリカさん。

 

「まあ、似たようなものだが……上手くいかなくても文句は言うなよ」

「ってホントにカンニングなの!?」

「ああ、まあな。今回だけの、応用の効かないその場凌ぎだからできるだけ教えたくはなかったんだがな。

 それで裏技のやり方だが、レオは照準に時間がかかっているから、起動式の読み込み前に先に照準をつけて仕舞えばいいんだ」

「おお!なるほど!」

 

 なるほど。それなら確かに照準分の時間を短縮できるね!

 

「エリカは……、パネルに手を当てるとき重ねてみてくれ」

「?それだけ?」

「ああ。

 レオよりかは根拠に自信がないから、上手くいったら理由を教えるよ。

 それで、ナギの方は……」

「教えてくれる?正直どこが悪いのかわからなくて」

「すまん。どうしようもない」

 

 ええっ!?

 

「俺が分かる範囲だと、もう体質的な問題だとしか言いようがない。

 例の、処理能力に見合わない規模の所為だろうが……、これだと改善のしようがないからな。

 俺よりも、もっと上手く出来る奴が見たら何か分かったのかもしれないが……」

「いや、大丈夫だよ。

 でも、そうかぁ。こうなったら少しズルするしかないかな」

「何か対策があるのか?」

「まあね。他人じゃ真似できない、完全にボク専用のチートだけど」

 

 いつまでもこのままだと、さすがに幹比古くんにわるいしね。

 

 方針も決まったところで、教育用の据え置き型CADの方に行く。二人はもう準備できているみたいだ。

 今回の内容はこのCADを操作して加重系単一魔法の起動式を読み取り、前方にある計測器に魔法をかけて、基準値以上の圧力を計測したところまでの時間を測るものだ。

 

「よし、じゃあやってみてくれ」

 

 達也くんの掛け声と同時に、三人揃ってCADを操作する。

 

 ——闇の魔法(マギア・エレベア)、限定使用開始。

 ——遅延中の『千の雷』(キーリプル・アストラペー)より、一部を吸収。

 ——雷天双装より、一部術式を流用。

 ——効果時間0.5秒。倍率2倍。

 

 ———擬似思考時間延長‼︎

 

 パチッ!

 

「えっ?」

「ん?」

 

 ふう。結果は……。

 

「601ms!すごいじゃないかナギ!一気に半分だよ!」

 

 よかった〜。これでなんとかクリアできたよ。

 二人の方はどうだったのかな?

 

「すげぇなナギ。

 そんで、俺のはどうだったんだ達也?」

「ん?ああ、1016msだな。

 一気に40以上縮めたんだし、まだ目で追っていたからな。方針はあっていたようでよかった」

「エリカちゃんも1010msだったよ。あと少し!」

「ホント!?よーし、なんだかできる気がしてきたぁー!」

 

 うん。二人の方も順調みたいだ。

 

「し、失礼します……」

「お兄様、お頼みになったものを持ってきました」

「あれっ、深雪?」

「それにほのかさんに雫さんも。どうしたの?」

「やっほー、ナギくん。

 深雪がこっちに来るって言うから、一緒に来た」

 

 達也くんが何かを頼んでたみたいだけど、なんなんだろう?

 

「すまん三人とも。次で終わるから少し待っててくれ」

「いいっ!?」

「げっ!?」

「そら、待たせる人数がさらに増えたぞ。

 それにそろそろ決めないと昼飯が——」

「よし!次で決めるわよ!」

「応!」

 

 達也くん、もう立派に手綱を握ってるね。

 

◇ ◇ ◇

 

「ああ、ようやく終わったわ〜」

「ふぅー。達也、ダンケ」

 

 宣言通り一回で立派に課題を終わらせたというか、最後に至ってはさらに0.2秒以上縮めてたんだけど、ご飯への執念って凄いものがあるよね。

 

「お兄様、言われました通りに揃えて参りましたが…少ないのではありませんか?」

「いや、残りの時間を考えると、このぐらいが適量だろう。ありがとうな、深雪。

 光井さんと北山さんもありがとう。わざわざ手伝わせてしまって」

「このぐらいなら全然大丈夫です」

「ほのかの言う通り。私はこう見えても力持ちだから」

 

 えーと、雫さん。それって本気ですか、冗談ですか?

 

「それでも手間だったのは変わりないだろう?

 だから感謝してるってことだよ。もちろん深雪もね」

「それで達也。そのビニール袋の中身はなんなんだい?」

 

 うん。ボクも気になってた。

 

「ほら」

「これって……」

「飲み物とサンドイッチ、ですよね」

「もしかして俺らのためにか?」

「ああ、今から食堂に行っても間に合わないだろう?」

「達也、お前は最高のダチだぜ!あと、三人もありがとな!」

「四人ともホントにありがと〜。もうお腹がペコペコなのよ〜」

「わざわざ違うクラスの私たちのためにありがとうございます」

「えーと、ありがとうね」

「ありがとう、ほのかさん雫さん。

 ところで、この教室で食べるわけにはいかないんじゃない?CADがあるし」

「あっ!そうですね。実習室での飲食は禁止だったはずです」

 

 一応対塵・防水だとは言っても精密機器だから、マナーとしてダメだからね。

 

「いや、禁止なのは情報端末とかを置いてある付近だけだよ。

 校則上では、教室内の飲食までは禁止されていない」

「へぇ、そうなんだ」

 

 てっきり全体的にダメだと思ってた。

 

「じゃあ、遠慮なく……」

「あんたの辞書に初めから遠慮なんて言葉はないでしょ。

 まあ、あたしも遠慮せずに食べるんだけど」

「お腹も減ってますしね。私もいただきます」

 

 ボクと幹比古くんも一つとって食べ始める。

 持って来てくれた三人も飲み物を持って輪に加わる。

 深雪さんは達也くんの左隣、ほのかさんがその反対側で雫さんはほのかさんとボクの間だ。

 

「ほのかのさんたちはもう食事は済ませたの?」

「はい、こちらに来る前に食堂で」

「深雪も?それはちょっと意外かな。深雪だったら『お兄様より先に食事を摂ることなどできません‼︎』って感じなのかと思った」

 

 確かに深雪さんだったらそう言いそうだったね。

 まあ、実際はそうなってないから、そこまで重度じゃなかったってこと——

 

「あら、よく分かったわねエリカ。

 普段ならもちろんそうなのだけど、今回はお兄様に先に食べておくよう言われたから」

「……普段なら、もちろん(・・・・)、なのよね……?」

「ええ、そうよ。何かおかしいかしら?」

 

 ……深雪さん、もう手遅れなんだね。

 

「え、A組でも実技実習が始まっているんですよね?どんなことをやっているんですか!?」

「そうそう!僕もちょっと興味あるかな!」

 

 美月さん、幹比古くんナイス!

 

「美月たちとたいして変わらないわよ。ノロマな機械で、テスト以外では役立たない練習をさせられているわ」

「また、随分とご機嫌斜めだな」

「あんな、自己満足の結果のような意味のない説明をされるだけ時間の無駄なんですもの。

 あれなら、一人で練習していた方がまだ為になります」

「ま、またすごい毒舌だね」

 

 冷気が漂ってないだけまだマシなんだろうけど。

 

「へー……手取り足取りっていうのも長所も短所もあるのね」

「まあそうなのだけど。気分を害したなら謝るわ」

「いや、大丈夫大丈夫。

だいたい、教えられる人が少ないんだから私たちに教官がつかないのは当然でしょ。

いたって普通のことなのよ、見込みの薄い奴に付きっ切りで面倒見るよりかは、見込みのありそうな奴に細かい指導をするっていうのは。実際ウチの道場でもそうしてるし」

「千葉さんの家では道場を開いているの?」

「なによ、他人行儀ね。あたしのことはエリカって呼びなさい。その代わりあたしも雫、ほのかって呼ぶから」

「なんでオメェはそう上から目線なんだよ……」

 

 あはは……。でも、それがエリカさんらしいけどね。

 

「うん、分かった。えーと、柴田さんも美月でいい?」

「はい、大丈夫ですよ。

 それで、エリカちゃんのウチの話だけど……」

「ああ、そうだったわね。

 ウチでは一応古流剣術を教えているわよ、副業でね」

「副業だなんてよく言うよ……。剣術業界最大手の『千葉流剣術』の本家本元なのに」

「えっ!それは本当ですか!」

 

 千葉流剣術って言ったら魔法と剣の併用、(いわ)(ゆる)剣術において、警察関係者を初めとした戦闘者から支持されている、剣術の総本山的なものじゃないか!

 

「マジかよ……。オメェが数字持ち(ナンバーズ)のお嬢様?

 に、似合わねぇ……」

「うるさいわね、自覚はしてるわよ。深雪みたいにお淑やかじゃないですからね!

 ……それで、ウチの道場だっけ?

 そうね〜。ウチでは最初に一回足運びと素振りを見せて、最低でも半年はそのまま素振りさせるのよ。

 技はすぐには教えないわ」

「ほう?」

 

 へぇ、そうなんだ。

 

「でも、それじゃあいつまでも上達しない人も出てくるんじゃ……」

「いるいるそういうの!しかも、そんな奴に限って自分の努力不足を棚に上げたがるのよね〜。

 でも、まず刀をしっかり振れるようになる。そうでないと、どんな技を習っても本当の意味で身にはつかないし」

「あっ!」

 

 それはそうだ。まず基礎となる型がしっかりできた上で、応用として技があるのはどの武術でも共通してるし。

 

「そして、しっかり刀を振れるようになるには、理屈がどうこうじゃなくて自分の身体で覚えるしかないのよ。

 やり方なんて見て覚える。

 お手本は周りにいっぱい居るんだから。

 教えてくれるのを待って留まっているのは論外だし、最初から教えてもらうつもりなのも甘すぎる。

 師範や師範代だって現役の修行者。

 たまたま今の門下の中で上手くできる方ってだけで、そこが到達点じゃない。それぞれの修行もあるのよ。

 それなのに、教えたことも吸収できていない奴が文句を垂れるなって感じ」

 

 その通りだ。

 あの古老師の(パク)(ティ)(オー)カードに書かれていた称号も『(PUG)(ILA)の求(TUM EX)(ERC)(ENS)』だった。

 武術は限りなく極めることはできても、決して完成はしないから、どんな立場であれ修行は怠ってはいけないものだからね。

 日々是修行也(ひびこれしゅぎょうなり)、ってことだ。

 

「…………それはもっともだけどよ、さっきまで俺たちゃ達也に教わっていたんだぜ」

「あ痛ぁっ!

 それを言われると痛いんだけど、それはそれ。

 さっきみたいに背に腹は変えられないって時もあるにはあるんだけど、教わる側がそれに相応しいだけのレベルが無いと、お互い不幸になると思うのよ。

 まあ、一番不幸になるのは教える側が教わる側よりレベルが低いことだと思うけどね」

 

 エリカさんは、そこでパチリと達也くんにウィンクをした。

 多分、深雪さんのフォローしておいたよ、ってことなんだろうけど、盛大なブーメランなんだよな……

 

「残念なことに、今日は不幸になってしまったな。

 最終的な結果だと、エリカやレオより俺の方が100ms以上遅かった」

「え、いや、そういうことじゃ……。

 あっ!そ、そういえばさっきの理由ってなんなの!

 なんで手を重ねただけで早くなったのよ!」

「冗談だよ。だから、そこまで慌てなくてもいい。

 それで、さっきの理由なら簡単なことだ。

 エリカはあの警棒型みたいな、片手で握るタイプのCADに慣れているだろう?だから、両手でアクセスするタイプのCADには慣れてないと思ったんだよ」

「なるほど。だから手を重ねて接点を片方だけにしたんだね」

「そういうことだ」

 

 本当、よく見てるし考えているなぁ。そんなことを思いつくなんて。

 

「寧ろ、俺としてはナギの方が驚きだったよ。何せ、1100msを600msに一発でしたんだからな」

「それはすごいですね。一体何を何をしたんですか?」

「さーて、何をしたんでしょうか」

 

 さすがに、あれは理屈を説明できないからなぁ。

 

「……俺じゃあ実際に何が起きたのかさっぱり分からなかったが、結果から推測したことを聞いてくれないか?」

 

 ?深雪さん、どうしてそんなギョッとしてるの?

 確かに達也くんの観察眼はすごいと思うけど、分からないことぐらいあるでしょ?

 

「うん、いいよ。ボクからはなにも言えないけど」

「……ナギ。お前が使ったのは『思考加速魔法』とでも言うべきものだな?」

「「「「「「なっ(えっ)!」」」」」」

「…………」

「俺の感覚が正しければ、あの時約0.5秒間だけ魔法式作成に伴うサイオンの活動が倍になっていた。緩急がついたから違和感があったんだ。

 掛かった時間から考えても、魔法演算領域を含むすべての思考を2倍に加速する魔法を使えば納得がいく」

 

 そんなところまで見られていたんだ……ちょっと軽率だったかな。

 

「美月。ナギの計測の時に何かに気づいたようだったな。何か視えたのか?」

「えっと、起動式を読みだす直前から読み出しが終わる少し前まで、ナギくんのオーラが、その……、真っ黒に視えて」

「真っ黒?」

「はい。いえ、ただの黒じゃなくて、艶消しの黒というか、闇色というか……」

「まあ、そこはいいか。

 美月の証言も、俺の推測が正しいであろう証拠にはなったしな」

 

 この二人を甘く見てたかも。

 後々公開する予定の他の魔法ならまだしも、(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)はバラすわけにはいかない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ達也くん!思考加速魔法ってなによ!」

「文字通り、思考を加速させる魔法だと考えているが、それがどうかしたか?」

「どうしたもこうしたもないわよ!

 もしそんなものがあったら、自己加速術式に人間の思考が追いつけないっていう問題も解決しちゃうし、そもそも魔法の高速発動が可能になっちゃうじゃない!

 魔法に大革命が起きるわよ!」

「だから、ナギは口を(つぐ)んでいるんだろう?」

「……あ」

「おそらく誰にでも使えるものじゃないんだろう。ナギ専用のチートらしいからな。

 それに、これはあくまで俺の推測だ。

 俺としては正解に限りなく近いとは思っているが、実際どうなのかはわからないし、理屈も不明なままだ」

「そうよね。ごめん取り乱しちゃって」

「いや、いいさ。

 千葉流剣術を習得しているってことは、多かれ少なかれ自己加速術式とそれに慣れるための訓練を積み重ねてきたんだろう?

 それが無意味になる可能性があると言うのなら、俺でもそうなるさ」

 

 ……なんか重苦しい雰囲気になっちゃってるけど、当事者のボクが口を開くことはできないなぁ。

 

「そ、そういえばA組でも同じことをやっていたって言ってましたよね?

 少しやってみてくれませんか?」

 

 ありがとう美月さん。何度もフォローしてくれて。

 

「わ、私はちょっと……」

「それなら深雪が適任」

 

 ほのかさんと雫さんは辞退するみたいだ。

 

「えっ、わたしがですか?」

「いいんじゃないか?思ってたより時間も余ってるし」

「お兄様がそう仰られるのでしたら、頑張らせていただきます」

 

 達也くんの言葉は絶対なんだ。

 

 一番機器の近くにいた美月さんが計測器をセットして、深雪さんがパネルに手を置いた。

 ‼︎速い!

 

「美月、結果はどうだったのよ。なんか、見るまでもなく速かったけど」

「……235ms……です」

「……えっ?」

「す、すごい……」

 

 たしか、場所にもよるけど人が感覚を認識できるまで200ms弱かかるんだっけ……。

 ほとんど反射的じゃないか!?

 

「何度見てもすごいですよね……」

「人間の反応速度の限界に迫ってる」

 

 これは呆れるのも仕方がないよ。真由美お姉ちゃんでも300ms強ぐらいだもの。

 

「仕方がない。旧式の教育用だったらこんなものだろう」

「こんなノイズだらけの雑多な起動式を受け入れなくてはいけないのは嫌ですね……。

 やはりお兄様が調整したCADが一番です」

「そう言うな。会長とかも困っているだろうし、もう少しまともなソフトに交換してもらえるよう頼んでみるから」

 

 しかも、まだ早くなるらしい……。

 なんというか、達也くんも大概だけど、深雪さんも色々飛び抜けてるよね……。




遅れてすみませんでしたっ!(土下座)

なかなか納得のいくもの書けないな〜
→あっ!F/GO出てる!やってみよう!
→ウハ、再臨素材集まらねぇ
→……Fate×○○○クロスいけんじゃねぇ?
→プロローグ書きあがった〜。でもその先の展開思いつかねぇ!
→今までの書き方の余白とか三点リーダーとか気になるな、全話改稿や!
とかやってました。はい、自業自得ですすみません。

F/GOも適度にレベリングと再臨だけになったので、次からはもう少し早く書きます!
それでは次回もよろしくお願いします。

・・・アンケート②の受付は次回投稿までです!何かありましたら気軽にお書きください!


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第十七話 有志同盟

86112UA&1248件のお気に入りありがとうございます!

宣言通り早く来ましたYT-3です。

今回は少し短めですが、どうぞ。


 

 それから一週間は特に何か問題が起きるわけでもなく、平和な日々を送れた。

 ただ、工場のほうは人の出入りが増えているから、嵐の前の静けさなんだろう。

 

 土曜日の夕方に、工場の話は(さえ)(ぐさ)さんに伝えておいた。

 ただ、相当の手練がいることも伝えて、先走って踏み込まないようにも伝えている。情報が集まり次第春原で踏み込む予定、つまり師匠(マスター)レベルの人が動く必要があるということに驚いていたけど、理解して情報収集に徹してくれるらしい。

 

 そうして情報も集まってきて、ついに次の日曜に踏み込む予定で調整していた木曜日、21日の放課後——

 

『皆さん聞いてください‼︎』

 

 スピーカーから流れる声から、遂に事態が動いてしまった。

 

「うおっ!うるさっ!」

「うっさい!あんたの声の方が大きいわよ!」

「エリカの声も同じぐらいの大きさだ思うけど……」

 

 こんな時でも皮肉の言い合いは変わらないんだね……。

 

『失礼いたしました。全校生徒の皆さん、聞いてください!』

「どうやら、ボリューム調整を間違えてたようだな」

「いや達也くん、そういう問題じゃないでしょ」

 

 こんな放送の予定は聞いていないから、異常(イレギ)事態(ュラー)なんだろう。

 

『私たちは、学内の差別撤廃を目的に集まった有志同盟です!』

「有志同盟、ねぇ……」

「有史以来、政治的集団の形成メンバーが自発的に『有志』となった例はどれぐらいあるんだろうな」

 

 そうそうないんじゃないかな?

 基本的に誰かに扇動されて、か妄信して、だろうから。

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』だって実際は造物主(ライフメイカー)が扇動してたようなものだし。

 

『私たちは生徒会をはじめとする学内運営組織に対して、対等な立場での交渉を要求します!』

「行った方がいいんだよね?」

「そうだな。放送室の不正占拠は間違いないだろうし、委員会から呼ばれるだろう……、おっと。噂をすればだな」

「そうだね。じゃあ、行ってきます!」

「はーい。頑張ってね〜」

 

 ……エリカさん。なんでそんな楽しそうなんですか?

 

◇ ◇ ◇

 

「お兄様、遅れて申し訳ございません!」

「いや、俺たち教室の方がここに近いからな。早く着くのは当然だ」

 

 そして放送室前。当然のように扉が施錠されていて、しかもマスターキーもスペアキーもなくなっているから立ち往生していると、深雪さんたち生徒会役員が来た。

 

「よく来たな。

 それで、肝心の真由美はどうした?」

「会長なら、先生方と今回の対応を協議するために職員室に。情報は私の方からリアルタイムで伝えることになっています」

「そうか、よろしく頼む市原。

さて、そうなると、放送が止まったのもあいつの手柄かな?」

 

 中に踏み込んで放送を止められないから、この部屋の電源自体を止めちゃったのかな?

 

「それと、やはり鍵はマスター、スペアともに無くなっているそうです。なんらかの手段で盗み出して、既に中に持ち込んでいるのでしょう」

「明らかな犯罪行為ですね」

「そうですね。

 ですので、私たちはこれ以上の暴発を防ぐためにある程度慎重に行動した方がいいです。

 どのみち、今まで確認してきた組織員候補だけでも、この部屋に入りきるわけありませんし、中にいるのはごく一部でしょう。ここに風紀委員会、部活連幹部、生徒会が揃っているうちに、より大きな問題を起こされるかもしれませんし」

「だが、こちらが慎重に動いたからといって、向こうの聞き分けが良くなるかは微妙だ。

 多少強引でも、短時間の解決を図った方がいいと思うが」

 

 市原先輩の言うことも、渡辺委員長の言うこともどちらも正しいな。

 ここは……

 

「十文字先輩は、部活連会頭としてどう考えてますか?

 生徒会と風紀委員会の意見はこうらしいのですけど……」

 

 もう一つの三大組織の意見を聞いて判断するべきかな。生徒会は真由美お姉ちゃんがいない今、唯一の三年生である市原先輩が実質的なトップだし。

 

「俺としては、彼らの交渉に応じるべきだと考えている。

 そもそもこの学校に差別意識はあっても、三つを除いてシステム的な差別はない。元より言いがかりに近いのだ。

 問題が表面化した今、しっかりと反論しておけば後顧の憂いを断つことにつながるだろう」

「では、ここはこのまま待機しておくべきだ、ということか?」

「いや、それについてはまだ決断しかねているな。

 不正行為を放置するのは今後のことも考えると好ましくはないが、かといって学校施設を破壊してまで早急に解決するべき犯罪性があるとは思われない。

 学校側に、警備システムから鍵を開けられないかも聞いてみたが、回答を拒否されている」

 

 つまり、市原先輩の考え方に近いってことか。

 これで二対一だけど……

 

「……そうか。確かに十文字の言うことも尤もだな。生徒会と部活連がそういう結論を出したのだったら、風紀委員としても文句はない」

 

 これで満場一致だ。

 それじゃあ、これからどうしていくのかだけど……、全員何も案がないのか口を閉ざしている。

 前世では、こういうは……

 

「交渉する気はあるんだし、こういう時はとりあえず中にいる人と交渉して開けてもらうのが一番だけど……」

「中にいる人……?

 委員長、どうにかなるかもしれません」

 

 達也くん?端末を取り出してどうしたの?

 

「……もしもし、壬生先輩ですか?はい、司波です」

 

 えっ!?

 

「……それで、今どちらにいらっしゃいますか?……放送室ですか。それはお気の毒です。

 いえ、馬鹿にしているわけではなくてですね……。ええ、すみません。

 ……はい、落ち着きましたか?それでは本題に入りたいんですが……」

 

 本当に中の人と交渉してるよ……。さっきのは独り言だったんだけどなぁ。

 

「交渉の話ですが、十文字会頭は応じると言っています。

 渡辺委員長も文句はないそうです。

 七草会長の意向は不明ですが、市原先輩も同様……」

 

 そこで市原先輩が自分の端末を指差して、指で丸を作る。

 真由美お姉ちゃんも賛成ということだろう。

 

「いえ、七草会長も同様だそうです。

 ということで、学校側から横槍を入れられる前に日程や形態の打ち合わせをしたいらしいのですが……ええ、今すぐに。……いいえ、先輩の自由は保証しますよ。警察ではないので、牢屋に入れる権利などありませんし……はい、では」

 

 どうやら交渉に成功したみたいだ。

 

「全員に説明して、すぐに開けるそうです」

「今のは壬生さんですか?」

「また手が早いな、君は……」

「誤解ですよ。この前の待ち合わせのためにプライベートナンバーを教えられたまま消し忘れていただけです。

 ……だから、そんな目で見ないでくれ深雪」

「一応、そういうことにしておきます。帰ったら詳しくお聞かせくださいね?」

 

 ひいっ!そ、その笑顔は氷属性の魔法でも発しているんですかっ!

 

「それよりも、拘束する態勢を整えたほうがいいですよ。

 鍵を盗み出すような人物が、CADや武器を持ち込んでいないわけがありませんから」

「拘束、って。

 達也くん、さっきは安全を保証してたよね?」

「俺が保証したのはあくまで壬生先輩だけだ。他の人物には保証していない。壬生先輩だけなら司法取引とも言えるが、他の人間の罪状まで無視するわけがないだろう?

 それに、俺は風紀委員会などを代表して交渉しているなど一言も言っていない」

「……まるで詐欺ですね」

 

 ……ほんと。魔法師よりも詐欺師のほうが向いているんじゃない?

 

「まったく、お兄様は悪い人ですね?」

「そんなこと、前から知っていただろう?」

「そうですね。フフ」

 

 開き直っちゃてるし……。

 

「まったく……。

 まあいい。では風紀委員は捕縛態勢を——」

「いいえ、その必要はないわ、摩利」

 

 真由美お姉ちゃん?

 

「七草、それはなぜだ?」

「生活主任の先生は、今回の一件を生徒会に一任しました。

 壬生さん一人では交渉の段取りも打ち合わせもできないし、当校の生徒である以上逃げられるってこともないでしょう?

 私は、今回は今まで対応してこなかった先生方や歴代生徒会などにも問題があったとして、厳重注意に留めることにしたわ」

「なるほど、そういうことなら部活連としてはその決定に従おう。

 渡辺はどうだ?」

「……いろいろと思うところはあるが、仕方があるまい。わざわざ捕まえてもメリットは無いしな。

 そういうわけだ。そこでうっすら扉を開けて聞いていないで出てきたらどうだ?」

 

 渡辺先輩が扉を見ながらそういうと、放送室から五人、堂々とした態度で出てきた。あの可愛らしい女の人が壬生先輩かな?女性は一人しかいないし。

 

「……過去の過ちを反省したのは評価するわ。この先も間違え続けてたらまったく意味がないけど」

「そうならないために交渉するんだろう?

 それに、そう言うのならまずは自分の過ちを直して貰おうか?まずは放送室の鍵を返してもらおう。それから、これからも校内に居続けるならCADを預けに行け」

「なんで貴女が仕切っているのか分からないけど、分かったわよ」

「よし。鋼太郎と沢木は見張りだ、ついていけ」

「分かりやした、姐さ……いえ委員長」

「了解です」

「じゃあ、預け終わったら生徒会室に来て頂戴ね」

 

 そうして、立て篭り犯五人は辰巳先輩と沢木先輩に連れられて、窓口に行った。

 

「それじゃあ、あーちゃん、はんぞーくん、深雪さん。今日はもう帰ってもいいわよ。お疲れ様」

「風紀委員も、今日当番の岡田と関本以外の奴は帰っていいぞ。明日から大変になるだろうからな」

 

 ボクは今日から大変だろうなぁ。

 

◇ ◇ ◇

 

「……なんだそれは」

 

 夜。師匠(マスター)に今日のことを報告すると、呆れ声が返ってきた。

 

「その気持ちはすごく分かります」

「それでは、討論会の日に動くことを宣伝しているようなものでは無いか。今までの隠密行動はなんだったんだ」

「七草さんも同じことを言ってましたよ」

 

 春原には下部組織とかが無いから、春原だけだとボクと師匠(マスター)、チャチャゼロさんしか動けない。

 それだと包囲して逃がさない、ということもしづらいから、日曜の突入には七草家に協力を頼んでいたんだけど……、そちらの方も問題なんだ。

 

「来週以降になればいいんですが、明日か明後日になると部隊の招集が間に合わないそうです。

 できれば来週以降になってほしいですけど……。討論会前に突入すると、討論会が中止になるかもしれません。ボクは、個人的には討論会は開いたほうがいいと思ってるんですよね」

「まあな。せっかく差別意識をなくせるタイミングなんだし、お前の話ではお前の姉はそのためにいろいろ動いてきたんだろう?それを宣言する場にもできるわけだ。襲撃さえなければ学校としてはそちらのほうがいいに決まっている」

「襲撃さえなければ、ですけど」

 

 でも、それは難しいだろうなぁ。

 

「七草さんも警戒を強化してくれるらしいですけど、襲撃自体を止められるかとなると……」

「厳しい、か。

 まあ、それはそうだろう。いつの世も、攻めるよりも守るほうが難しいのは変わりが無い。

 だから、こちらから攻め入る予定だったんだがなぁ」

「下手に動けなくなりましたね。

 それに、問題はそれだけじゃないんですよ」

 

 そう、厄介なのはそこじゃない。

 

「なんだ?」

「土曜までに襲撃があったとすると、襲撃犯を例の有志同盟が手引きした形になります。

 その場合、あまり認めたくはないんですけど、学校側は有志同盟を処分することで責任を取らせる形になります」

「それのどこが問題だ?」

 

 そう。そこはあまり問題じゃない。

 学校は生徒を守るものだけど、それにも限度がある。そうなるのは仕方がない。

 

「問題はそこじゃなくて、それを受けて事なかれ主義の権力者がどう動くかなんですよ。

 そうなった時、まず『将来性のある魔法師を守るため』という理由で、事態をもみ消しにかかると思います。

 その時、もしその場で襲撃犯のアジトが分かった時……」

「その場で集められる、()()()()()生徒で突入部隊を編成して突入しかねない、か。生徒の義憤を放出させるために」

「はい。しかも魔法科高校です。襲撃犯の口を割らせる能力のある人間も高確率でいるはずです。

 百家は分かりませんが、十師族はそれを可能にするだけの力があります。七草さんには忠告しているからそんな中途半端な準備では動かないでしょうが……、十文字さんは動きかねません。若い魔法師に実戦経験を積ませるいい機会、とか考えて」

 

 そうなったら最悪だ。チャチャゼロさんの目が正しければ、例の護衛はそのレベルで収めていい相手じゃないはず。相性によっては十文字さんでも劣勢に立たされる。

 

「しかも、独自に動けるだけの力があるから手に負えない、と。

 …………おい、これは……」

「はい。ぼくも同じことを考えました。

 討論会を囮にした襲撃自体が囮。

 

 本命は……そこから誘い出しての返り討ちです」

 

 突入部隊は、確実にトップレベルの実力者しかいない。

 どの程度の人数になるかは不明だけど、ただのテロと甘く考えていることや屋内戦ということを考えれば、十人に届かないだろう。そこを潰せれば……

 

「確実に、将来有望な魔法師の卵を潰すことができます」

 

 そして、それを予想しているということは、十師族が来ても返り討ちにできる自信があるということだ。

 

「おい、その十文字とやらにはこのことを伝えたのか」

「七草さんを介して伝えてはみたんですが……。

『そのような事態になったら、魔法師の卵を守るのが十師族の使命』『時間をかけてしまってテロリストを逃すわけにはいかない』と譲らず、最後には『だが、春原が突入する予定だったのでしょう?』と言われてしまったそうです……」

「そうか、私の名前は出せないからな……。

 同じ当主で戦術級魔法が使えるとは言っても、所詮十師族でもない古式魔法師、とでも考えているんだろう」

「はい……。まあ、十文字さんは当主代理ですが」

 

 本当にどうしよう……。

 予定を早めて踏み込んでも、そこで逃がして仕舞えばより防ぎづらい二回目、三回目を計画される。やっぱり包囲しないと。

 

「こうなったら、逆転の発想だ」

「逆転の発想?どうするんです師匠(マスター)?」

「ふふん。よく聞けぼーや。

 その方法とは・・・」

 

◇ ◇ ◇

 

「確かに、それならいけるかもしれません」

「だろう?まあ、少々不安ではあるが、まだだいぶマシなはずだ」

「はい!ありがとうございます師匠(マスター)!」

「ふふん。もっと褒めるが——」

「それじゃあ、その方向で七草さんと調整してきます!」

「あ!オイ、ぼーや!」

 

 これでなんとか道筋はついた。あとは動くだけだ!




吸血幼女「もっと褒めてくれてもいいじゃないか……」

というわけで入学式編も佳境に入ってきました。

果たして『逆転の発想』とは?
そして護衛の実力は?
楽しみにお待ちください!

アンケート②は本日(2015/09/12)を持って締め切らせてもらいます。数々のご意見ありがとうございました。
アンケート①、ヒロイン・アーティファクト募集の方はまだまだ受けつけております。何卒宜しくお願いします!

それではまた次回!

・・・巌男「ひどい言われようだ」


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第十八話 襲撃

90181UA&1260件のお気に入りありがとうございます!

説教を書くのに書いていた時間の実に7割を費やしたYT-3です。

今回は、試験的に全体を通して第三者視点に挑戦してみました。
それではどうぞ。


 

 4月22日、朝。

 学内一斉メールで、公開討論会の案内が流された。

 内容は、前日に話題となった有志同盟との会談の結果、翌日23日に講堂で緊急の討論会を行うこと。

 対決するのは、有志同盟代表四名と七草真由美生徒会長。

 

 つまり、一連の騒動の終わりの日が決まったのだ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「さて、どうくるのかな」

 

 そして、『決戦』の日の放課後。

 春先だというのに首に長いマフラーをしたナギは、正面出入り口前に待機していた。

 

 これは、彼の魔法の特性からだ。

『精霊魔法』は、主に火星に創られた広大な異界『魔法(ムンドゥス)世界(・マギクス)』で使用された魔法。魔法があるのが当然の世界で発展したため、戦争において兵器として創られることも多かった。

 つまり、強力な魔法の多くは大多数を殺傷するために創られたため、広域殲滅魔法など室内や敵味方入り混じった状況では使いづらいものが多い。

 もちろん、今回の講堂のような状況で使える魔法もあるにはあるが、それには『魔法師』の方が向いている。

 それ故に彼は、ここに来るであろう強襲部隊を待ち構えることにしたのだ。

 

「それで、なんでレオくんたちもいるの?」

「まぁ講堂のほうも興味あるけどよ。どう考えても囮だろ?」

「そうそう!

 それに、ほのかたちも襲われたんでしょ?だったら生徒の目が行動に向いてる隙に乗り込んでくるかな〜って」

「ここじゃなくてもいいんじゃない?」

「裏門も見てきたけど、出入り口が狭いし十文字会頭がいたからね。

 こっちのほうが出入り口が広いから、乗り込んでくる人も多くて手が足りなくなるんじゃないかなと思って」

「武器は?」

 

 これからくる相手はおそらくテロリストだ。丸腰で挑めばどうなるかなど目に見えている。

 もちろん、三人はそのことも分かっていた。

 

「CADは返してもらえなかったから、事件が起きたってことを確認してから足の速いあたしが走ってもらってくる。

 CADがなくても呪符で魔法が使えるミキが時間を稼いで、こいつはその護衛」

「……ムリはしないでよ」

 

 説得を諦めたナギのその言葉に、三人は笑って返すだけだった。ちなみに美月は美術部の活動に行っていて、三人がここにいることすら知らない。

 

 ナギは溜息を吐いて、この時代では珍しいアンティークの懐中時計に目を落とす。

 すでに討論会が始まってしばらく経つ。来るとしたらそろそろだろう。

 工場に張り込んでいるチャチャゼロさんからは念話で、昨日から計四台のトラックを含む何台もの車が出て戻っていないことを聞いている。おそらく、こちらに来るのはトラック三台+αぐらいだろうか。

 

 丁度そう思っていた時、こちらに来るエンジン音が風に乗って聞こえてきた。

 

「来たね」

 

 それはその場に居たほとんどの人間が思っていたのだろう。既に各々が戦いに備えて構えていた。

 

 しかし、襲撃犯は大方の予想の上をいった。

 

 最初に入ったのは一台のトラック。その後ろにトラックが二台並走し、その他数台が後ろに続いている形だ。

 そして校門を越えてすぐ、先頭のトラックが、いっそ見事と言っていい鮮やかなスピンを決める。

 一高生徒の集団約150メートル手前で、丁度積込口が校舎のほうを向くように急停車したトラックの扉が勢いよく内側から開けられた瞬間、一高陣営に悲鳴が木霊(こだま)した。

 

「フレミングランチャー‼︎?」

「そんなっ!?」

 

 予想外の兵器を持ち出された一高生徒の狼狽を見て、荷台に乗っていた砲手は口もとに笑みを浮かべると、無言で引き金を引いた。

 

 フレミングランチャー。

 フレミングの法則により亜音速で砲弾を射出することのできる大型兵器だ。火薬を使わずに射出することができるため、自動小銃(マシンガン)にも匹敵する高速での連続砲撃ができる。

 さらに問題なのはその弾だ。その仕組み上誘爆の恐れが非常に少ないため、爆薬を弾にすることができるようになっているのだ。

 設備の都合で歩兵への応用はできていないが、それでもその威力は、たとえ通常の銃弾を軽々防ぐ魔法師といえど致命的なものだ。

 

 バラララ、という音とともに撃ち出された()()は、固まっていた一高生徒に狙い通り着弾した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ドドドド、という爆発音が15秒ほど続いた頃だろうか。

 持ってきた()()の約半数を撃った砲手は、当初の計画通り、後から来る教師を撃つために砲撃を止めた。

 フレミングランチャーの砲撃は並の魔法師に防げるものではない。十師族の一つであり『鉄壁』の異名を持つ十文字家の『ファランクス』ならば可能かもしれないが、最優先警戒対象である長男の十文字克人はあの中にはいなかった。つまり生徒(やつら)は肉片になっているはずだ。

 そう考えていた砲手は、爆煙が晴れた時に自分の目に映った光景が信じられなかった。

 

 腰を抜かして倒れこむ生徒、耳を塞いで爆音を耐えていた生徒、そして——

 

 ———手をこちらに突き出して、魔法師になり損なった自分でも分かるほど強力な障壁を張っている、赤毛の男子生徒を。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナギのとった方法は簡単だ。

 ファランクスレベルの障壁がないと防げないのなら、ファランクスレベルの障壁を張ればいい。

 

(クラテ)(ィステ)(ー・ア)(イギス)

 魔法(インデ)大全(ックス)登録名称『アイ(アイギ)ギス(ス・シ)の盾(ールド)

 この魔法は、世界唯一の『相乗型』多重魔法群だ。

 半年前までの現代魔法の常識では、魔法式は魔法式に干渉できない、となっていた。

 しかし、それはおかしいのだ。なぜなら同一の対象に複数の魔法を掛けた時に起こる『相克』は、魔法式と魔法式がぶつかり合って起きる現象なのだから。

 ならば、相克を起こさず互いの効果を高めあうように魔法を緻密に組み合わせられたならば、『相乗』されてより強力な魔法となるだろう。

 ナギが『解放』したこの魔法は、実に八枚もの対物・対魔法障壁魔法で互いに相乗を引き起こし、『最強』の名に相応しい防御力を得る魔法だ。

 ファランクスとは違い防御可能な方向は一方向だけ、撃ち出すこともできないが、これを見聞した十文字家当主曰く、『単純な強度だけなら、ファランクスにも勝る最強の防護障壁魔法群』。

 それほどの障壁が、たかが爆薬程度で突破されるはずもない。

 

「エリカさん、レオくん、幹比古くん」

 

 魔法師ならば誰もが驚愕するレベルの障壁を維持し続けながら、少しの言葉の揺らぎもなくナギは友人に話しかける。うち二人は驚愕に口を開けて固まっていたが。

 

「なに?」

「トラックが一台と自動車が半分、実技棟の方に向かった。

 ここはボクがなんとかするから、三人はそっちに手伝いに行って」

「りょーかい。ホラ、行くわよ二人とも!」

「あ、ああ」

「じゃ、じゃあ、ナギも頑張ってね」

 

 そう言って、三人は本校舎の中に入っていった。事務室でCADを受け取ってから実技棟に行くのだろう。

 それと同時に、錯乱した砲手が早まり、砲撃が再開された。

 

 しかし、最強の盾は微塵も揺るがない。

 

 十数秒後、砲撃が止まった。フレミングランチャーは速射性が高いのが売りだが、それが仇となり弾切れを起こしたのだ。

 

 ここからは、攻守交代。盾で防がれた直後には、矛での反撃が待っている。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル」

 

 既に襲撃犯は全員車両から降りて、砲手も含めてこちらに向かってきている。接近すれば障壁もどうにかできると考えたのだろう。

 ここで車両を放置して、逃走用の足を残しておくのは好ましくない。

 

(ロコ)(ース)(・ウ)(ンブ)(ラエ)(・レ)(ーグ)(ナン)(ス・)(スカ)(ータ)(ク・)(イン)(・マ)(ヌム)(・メ)(アム)(・デ)(ット)(・ヤ)(クル)(ム・)(ダエ)(モニ)(ウム)(・ク)(ム・)(スピ)(ーニ)(ス・)(トリ)(ーギ)(ンタ)——」

 

 バチバチッ、という音とともに、空中に電気が迸り槍の形を成していく。

 

 

「———【雷(ヤクラーテ)の投(ィオー・フ)擲】(ルゴーリス)‼︎」

 

 

 完成した七つの雷の槍は、ナギが人差し指に指輪をはめた左手を振り下ろすと、それに付き従うように宙を駆ける。

 そして狙いに従い、放置された七台の車両に突き立った。

 続く爆音。

 雷の槍が燃料タンクを突き破り、その火花で引火したのだろう。

 その音に襲撃犯が驚いている隙に、ナギは固まっている周囲の生徒をおいて、襲撃犯のほうに走りだした。

 

 脱出用の車両を破壊されて動揺していた襲撃犯たちは、かなりのスピードでこちらに向かってきているナギを確認すると、嘲りの笑みを浮かべて各々の(ぶき)を構えた。

『障壁魔法は確かにすごい。そのスピードから見ても魔法を併用した近接戦闘もある程度自信があるんだろう。が、その力に驕ったな』、と考えたのだろう。

 そして、残り20メートルを切ったとき、襲撃犯の策が実行される。

 

「キャストジャミングだ、くらえっ!」

 

 今回の襲撃において、正門から侵入した本校舎破壊部隊50人、実技棟破壊部隊及び機密情報入手部隊40人、裏門から回り込んだ講堂及び部活動強襲部隊30人の計120人のうちそれぞれ約半数が、古式魔法師や魔法科高校の入試に失敗した()()()など『魔法技能があり現代魔法に恨みを持つ』者たちだ。

 そうした者たちには一人一人アンティナイトの指輪が手渡され、またキャストジャミングに慣れることでキャストジャミング下でも魔法を使えるように訓練されている。キャストジャミングが、サイオン波で乱すことで魔法を発動()()()()するもの、と言う構造の穴をついた作戦だ。

 さらに、念には念をと銃は全て対魔法師用のハイパワーライフル、付け焼き刃に近いが近接戦闘の訓練も積んでいる。

 魔法に頼りきっている学生に、これで負けるはずがないと油断しても仕方がないかのもしれない。

 

 キャストジャミングに呑まれたナギに、十丁以上の銃口が向けられる。

 

 ——しかし、その程度で倒されるのならば、英雄などになってはいない。

 

「……なあっ!?」

 

 必殺を期した銃弾は、ナギが首から解いて手に持った布一枚(マフラー)に弾かれたのだ。

 

 ——布槍術。ただの布を操り槍として使うその技は、熟練した使い手であれば弾丸をも切り裂いてみせる。

 

「う、撃て!撃てぇっ‼︎」

 

 その光景(いじょう)を目の当たりにした本校舎破壊部隊の指揮官は、目の前の()()に攻撃を集中させる。襲撃犯たちも本能的にそれに従い、ロケット砲などを装備している者以外、我先にと銃を向けて発砲する。

 

 しかし、それでも弾が当たることはない。

 

 歩みこそ止まったものの、長布をまるで生き物のように自在に操り、またそれで弾ききれない弾はバランスを崩さずに体勢を変えることで避け続ける。

 

 撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。

 

 弾く、避ける、弾く、避ける。

 

 お互いに決定打を与えられずに、膠着状態に陥ったこの状況を打開したのは、ナギだった。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル」

 

 お互いの距離は約15メートル。これなら、十分に彼の魔法の射程圏内だ。

 

「【氷結(フリーゲランス)———武装解除(エクサルマティオー)】‼︎」

 

 効果は絶大だった。

 まず、襲撃犯の約三分の一の衣服が凍りつく。

 水分を付着させずに乾燥凍結(フリーズドライ)された服は脆く、少しの衝撃で粉々に砕け散った。

 そして、凍りついた直後に、まるでその分の熱エネルギーを移動エネルギーに変えられたかのように、手に持っていた武器が遥か後方に弾け飛んだ。

 残ったのは、アンティナイトの指輪と、辛うじて人の尊厳を守る下着のみ。

 

 ——襲撃犯の時間が止まった。

 

()ッ!」

 

 その隙をナギが逃すはずがない。

 瞬動でゼロ距離まで肉薄すると、武器を持っていて指輪をしている人物から優先的に(殴って)気絶させていった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 忘我から舞い戻って参戦した一高生徒と協力して襲撃犯を捕まえていく中、ナギは敵味方問わず目立っていた。

 

「【氷結(フリーゲランス)武装解除(エクサルマティオー)】‼︎」

 

 ——男女問わず次々に半裸にして無力化していくためだが。

 

((絶対に、あいつの前では悪さをしないようにしよう))

 

 参戦した一高生徒は、そう固く心に誓ったという。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 本校舎前で襲撃犯50人を無力化したナギは、駆けつけてきた教師に襲撃犯の拘束と見張りを任せて、実技棟前での乱戦に参加。

 そこでも戦果を上げつつ畏怖を植え付けているうちに襲撃犯全体の無力化が終了。

 

 その後ナギは、今回の襲撃に深く関わっていたらしい壬生紗耶香の取り調べに参加していた。

 そこには、生徒会長、風紀委員長、部活連会頭といった生徒首脳陣が揃っている。集団犯自体は警察に引き渡すために教職員が拘束・監視しているため、生徒という立場の彼らが詳細を知るためには、未だ拘束の際気絶させられた司主将が目を覚まさない以上、彼女から聴きだすしかないのだから当然と言えば当然だが。

 ……しかし、捕縛に貢献したらしい達也、深雪、エリカ、春原家当主として周辺地域の管理をしているナギが呼ばれているのは分かるが、なぜレオと幹比古、剣術部の桐原もいるのだろうかとナギは考えていた。答えは『ついて来た』だったりする。

 

 彼女は、拘束された際に怪我をした右腕の治療を受けながら、ポツリポツリと語り出した。

 彼女が入学した直後に司主将から誘われ、その当時にはすでに同調者や思想教育サークルなど下準備が始まっていたことには全員が驚いたが、彼女の口から次に語られたことが、彼女がこうなってしまった原因らしい。

 彼女の記憶では、入学当初に渡辺委員長に剣技の稽古相手を頼んだところ、すげなくあしらわれて、それが二科生だからと思い込んでしまったからだ、と言うのだ。

 だが、渡辺委員長の記憶では違うらしい。

 

「待て壬生。去年の勧誘週間、あたしは確かにお前に稽古相手を頼まれて断ったし、それを覚えているが、すげなくあしらってはいないぞ!」

「え?」

「あたしの剣は魔法の併用を前提として修練してきたものだ。剣のみでは、純粋に剣のみで積み重ねてきたおまえの練習相手にもならないだろうから辞退したい、と言ったんだ。

 剣技という面では数段劣るあたしが、『おまえでは相手にならない』というはずがないんだ」

「そんな……。

 …………なんか、バカですね、あたし……。

 勝手に先輩を憎んで……自分を貶して。

 くだらない逆恨みでこの一年、無駄にしちゃって……」

「無駄なんかじゃ!……無駄ではないと思いますよ」

 

 その言葉を聞いた時、ナギは反射的に口を挟んでしまった。

 ナギと壬生の間にはほとんど関わりがない。直接会話するのも今回が初めてだ。

 それでも、口を挟まずにはいられなかった。

 

 その場の全員の視線がナギに集まるなか、壬生はさらに自らを傷つける。

 

「でも、あたしの剣は汚れちゃったのよ……。恨んで、嫉妬して、呪って、そうやって振り続けたんだから……」

「汚れたからどうだって言うんです。

 誰かを恨んでつけた力でも、誰かに嫉妬して手に入れた力でも、それは自分が努力して手に入れた実力には変わりがないじゃないですか」

「……え?」

「人は綺麗なままでなんて居られません。誰だって、必ず汚れた感情は持っているんです。

 それから目を背け自分は綺麗だと言い聞かせて汚れないよう怯えながら過ごすのか、それともそれを受け入れて飼いならしていくのかはそれぞれの自由です。

 でも、始まりは勘違いでも、壬生先輩は汚れてでも力を手に入れようと努力したんですよね?ならその力は否定するんじゃなくて、誇り、受け入れるべきです」

「誇り、受け入れる……」

「『泥に塗れてでもなお、前に進む者であれ』

 ボクの恩人が教えてくれた言葉です。

 汚れたことを気にして立ち止まっていても、いつまでも未来は来ません。

 汚れたなら、それすらも自分の一部として進み続けるぐらいじゃないと、望んだものは手に入れられないんです」

「泥に塗れてでもなお……前に進む者であれ。

 …………そうよね。最初は、そんなくだらない勘違いだったとしても、あたしが頑張ってきたことまで、無駄には、ならない、よね」

 

 ポロ、ポロと壬生の目から雫が落ちる。

 近くにいた達也がハンカチを差し出したが、泣き顔を皆に見られなくなかったのだろう。胸もとを掴むと、顔を埋めるように泣き出した。

 

 まるで、この一年で自ら傷つけてきた痛みを受け入れるかのように。




女テロリスト「きゃああぁぁ!?」

お読みいただきありがとうございます!
さて、第三者視点いかがでしたでしょうか?
何かございましたらアンケート②の結果報告の方までお寄せください。

さて、武装解除の有用性と恐怖(とラッキースケベ)が改めて示されたところで、次回です。
それでは、次回『廃工場』でお会いしましょう。

・・・男テロリスト&男子生徒「「見えたっ!」」


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第十九話 意見の対立

95674UA&1293件のお気に入りありがとうございます!

もう一つの方(非公開)の筆が全然進まないYT-3です。

長くなりそうなので、先に分割して投稿します。

それではどうぞ。


 

 およそ十五分後、壬生紗耶香は落ち着きを取り戻した。

 

「壬生さん、落ち着いた?」

「はい。すみません取り乱してしまって……」

「まあ、それは仕方がないだろう。

 それで、お前は何という組織に入っていたんだ?」

「それが……」

 

 そこで、壬生は言い淀んだ。

 言うべきか言わないべきか迷っているという感じではなく、そもそも言うことができないという感じで。

 

「もしかして、名前も知らずに入ったの?」

「いえ、そんなはずはないです。確かに聞いたはずだし、いくら嫉妬で頭の中が染まっていたとしても、名前も知らないような怪しい団体に入るはずないです。

 でも、いくら思い出そうとしても思い出せないんです。名前だけじゃなくて、装備をもらった場所も、リーダーの名前も……」

「まあ、でしょうね」

 

 そして、それを当然のように達也は肯定した。

 摩利に目で説明を要求された達也は、感情のこもっていない、事実だけを述べる口調で説明した。

 

「壬生先輩には、マインドコントロールの形跡があります。

 魔法に関する機密情報を公開することが差別撤廃になるなどという理論のかけらもない話を信じ込んでいましたし、先ほどの渡辺委員長とのやりとりにも矛盾があり、そもそもそれだけ長期間に渡り怒りを覚え続けたというのには無理があります。

 おそらく、相手にはなんらかの手段で洗脳できる人材がいたんでしょう。

 自分ならその状況で、襲撃部隊が口を割らないように、捕まったら重要な記憶を忘れるように催眠しておきます。他の襲撃犯からも大して情報は得られないでしょう」

 

 達也の口から述べられた話は、その場にいた全員に驚きをもたらした。

 特に、当事者である壬生は目を見開いて固まり、桐原は強く拳を握りしめ怒りを(あら)わにした。

 

「まあ、図書館の時点で壬生先輩から情報を得るのは諦めていましたから、それは大して問題ではありません。

 エガリテが動いている以上、相手はブランシュで間違いないでしょう。

 リーダーの名前も、(つて)を使って(つかさ)(はじめ)だということは調べました。司主将の義理の兄です」

 

 司という名前に、ナギのみがピクリと眉を動かした。

 ほのかたちが襲われた事件の時、『司様』という名前が出たことを知っているのは、当人たちを除けばナギのみなのだから、当然といえば当然なのだが。

 

「問題は、奴らがどこにいるのかということですが……」

「待て。まさか達也くんは、奴らのアジトに踏み込むつもりじゃないだろうな?」

「そのまさかですよ。

 それと、踏み込むだけで終わらせるつもりはありません。叩き潰します」

「危険よ!学生がすることじゃないわ!警察に任せるべきよ!」

「その場合だと、壬生先輩は家裁送りになりますが?」

 

 達也がそう言うと、真由美や摩利は今口に出そうとしていた言葉が喉に詰まった。

 緊張感が高まる空気の中、口を開いたのは十文字だった。

 

「なるほど。司波の言う通り、警察が介入するのは好ましくないだろう。

 だが、二度目を防ぐためにも、このまま放置はできない」

 

 そこで一旦話を切ると、眼光鋭く達也を見る。

 

「しかし、相手はテロリスト。下手をしなくとも命の危険が付きまとう。

 俺も、七草や渡辺も、このようなことで我が校の生徒に命をかけろとは言えない」

「当然、それはわかっています。

 俺は、風紀委員や部活連などの力を借りるつもりはありません」

 

 それでも達也は微塵も動じず、間を空けずに言葉を返した。

 

「……まさか、一人で行くつもりではあるまい?」

「本当はそうしたいのですがね……」

「お兄様だけを行かせるわけにはいきません。一緒に行かせていただきます」

 

 さもそれが当然だという雰囲気で、深雪は参戦の表明をする。

 

「俺も行くぜ」

「あたしも。さっきはあまり戦えなかったし」

「二人が行くのなら僕も行くよ。暴走しそうだから、ストッパーがいないとね」

 

 それに続くように次々と友人たちが声を上げる中、たった一人ナギだけが、静かに口を閉ざしていた。

 

「司波くん。もしあたしの為にって言うのなら()めて。罰を受けるだけのことはしたんだもの、それを受け入れる覚悟はあるわ。

 だから、警察に任せましょう?もし何かあったら、そっちの方が耐えられないわ」

「壬生先輩の為ではありませんよ。俺は、自分の為に消しに行くんです」

 

 殺しに行くのは誰かの為ではないと。説得に応じるつもりはないと言外に伝えて、達也は言葉を続けた。

 

「相手は、俺たちの生活する空間が標的にしているんです。

 俺は、俺と深雪の()()を崩壊させようとするものを、一つ残らず排除します。これが俺にとって、絶対に譲れない一線です」

 

 その、冷たい刃物のような眼差しで、この場にいる全員が、達也が言っていることは本当だと、その為ならば手を血に染めるぐらいなんてことはないと思っていることを理解した。

 その覚悟に、一高校生が抱くにはあまりに不釣り合いな決意に場の空気が凍る中、口を開けたのは一人だけだった。

 

「ですが、どうやってアジトを突き止めればいいのでしょうか?

 壬生先輩も襲撃犯もダメとなると、司主将もダメでしょうし……」

「簡単なことだよ、深雪。

 分からないのなら、知っている奴に聞くだけだ」

「知っている方ですか?」

 

 そう聞く深雪に、「ああ」とだけ短く答えて、達也は視線を動かした。

 

「『彼女』に聞いてもいいんだが、今はアフターケアで忙しいだろう。

 となると、知っていそうなのはあと一人」

 

 言葉に『お前から聞き出せなくても構わない』と言う意味を込めながら、達也はその人物と目線を合わせた。

 

 

「そういう訳だ。

 ブランシュのアジトを教えてくれ、ナギ」

 

 

 そのことを知っていた十文字以外の、驚きで染まった視線が一斉にナギを刺す。特に、姉という関係を築いている真由美は、信じられないという風に言葉を零した。

 

「そんな……。ナギくんが……?」

「ええ。北山さんたちが襲われた際に処理部隊がすぐに来たことや、今回の車両の移動でばれにくくする為にも、奴らの根城はすぐ近くにあると考えられます。剣道部を休んだ人間が徒歩でどこかへ向かっていることを考えても、おそらく徒歩圏内でしょう。

 また、奴らには洗脳があります。過信してアジトを変えていない可能性は大きいですね。

 そして徒歩圏内なら、その付近一帯を地主という形などで管理している春原家が、ナギが見つけられないはずがありません」

 

 その説明には隙がなく、聞いていた全員が、ナギが情報を持っていることを確信した。

 

「……そういうことなら・・・」

 

 そして、ナギが、閉ざしていた口を開いた。

 

 

「そういうことなら教えない」

 

 

 全員が予想していた言葉とは逆だったが。

 

『知らない』ではなく『教えない』。つまり、教えるつもりはないと言っているのだ。

 

 一瞬驚いたような表情を見せた達也だったが、彼からしたらわざわざナギから聞き出す必要はない。『彼女』のほうは弱みを握っているのだから、多少手間だが確実に引き出せる。そう思い、話を進めようとした。

 

「そうか。なら仕方がない、『彼女』に聞きに——」

「それに、突入の許可も出さない」

 

 その人物に聞いたとしても無駄だと。ナギは口を挟む。

 それを聞いて達也は、僅かに不機嫌そうな表情を作りナギのほうを見た。

 

「ナギの許可を得る必要はないだろう?」

「あるよ。

 あの土地は、現在も春原家が所有しているものだ。上の建物は別だけど。

 それでも入るというのなら、住居不法侵入で訴えるよ」

 

 その言葉を聞いた達也は、わずかに逡巡する。

 警察の介入が好ましくないから自分たちで突入しようというのに、それで犯罪者として捕まってしまっては本末転倒だ。

 

「逆に、ボクが許可を出せば、土地の借用契約に基づいて立ち入り調査を行う、という大義名分ができる」

「なら許可をくれ。それとも、何か教えられない理由でもあるのか?」

「教えられない理由、か……」

 

 そんなものは当然だと、そういう雰囲気を漂わせてナギは答えた。

 

 

「殺すつもりで行く。そう言ったからだよ」

 

 

 その答えに、達也は困惑の色を浮かべる。

 

「そんなもの、当然だろう。

 相手はテロリストだ。情け容赦をかけるような連中でもない」

「相手が、自分から望んでテロリストになったのならね」

 

 そして、誰もが忘れていた可能性を告げる。

 

「なに?」

「普通に考えても、家族や恋人を人質に取られて、仕方がなく加担した人だっているかもしれない。

 ましてや、今回の相手は洗脳を使える。つまり、洗脳によって無理やり加担させられている可能性もゼロじゃない」

 

 そう言うと、ナギは壬生のほうを見て、全員に説明するように言葉を続けた。

 

「壬生先輩や、他の有志同盟の方のことだってそうです。

 洗脳によって善悪の区別がつかなくされていたのが明らかなら、たとえ警察に引き渡したところで精神鑑定から不起訴処分になるのが自然です。家裁送りなど、まずありえません」

「あっ!」

 

 その通りだと気づいたかのように、真由美が声を上げる。

 

「学校側も、そんな『被害者』を処分はできません。せいぜい謹慎ぐらいでしょうし、それも実質的に洗脳から復帰するリハビリのためでしょう。

 そもそも襲撃犯は引き渡さなければならないのですし、付近の住民が戦闘音を聞いているでしょう。なかったことにはできません」

 

 そこでナギは十文字を見ると、「もちろん」と前置きして話を続けた。

 

「十師族の『力』ならそんな無理も押し通せるかもしれませんが、そんなことをしても、再発防止には何の役にも立ちません。

 問題が起きたなら、改善点を精査し、対策を協議し、関係者に浸透させるまでしないと再発防止は出来ません。それを出来なくしたら、また同じような問題が起きるだけです」

 

 そう言われた十文字は、決まりの悪そうな顔をした。自分の考えていたことを当てられて、その上ナギの意見が正しかったからだろう。

 

「話が逸れたけど、ボクが許可を出さない理由の一つはそれ。

 自分や仲間の身が危なくなって殺してしまったなら仕方がない。

 でも、初めから殺すつもりで行く人間を連れて行くわけにはいかない。

 まずは極力怪我をさせないように無力化することから。そうでないと、『正当防衛』とも呼べない、ただの殺人だ」

 

 自分のやろうとしていることは殺人だと断定されて、さすがの達也も言葉に詰まる。

 今さら殺人に抵抗を覚えるような精神はしていないが、それでも社会的にはまずい。捕まっても『本家』が手を回して何事もなく出てこれるだろうが、そうなったら『借り』が出来てしまうし、何より深雪共々今のままの生活は続けられなくなる。それは、彼が何より優先すべきものだ。

 

 数分ほど誰も口を開かず、静寂が包んでいた世界で、思考から舞い戻ってきた達也が口を開いた。

 

「……分かった。

 確かにナギの言う通りだ。初めから殺しにかかるのは間違っていた。

 俺は、出来るだけ殺さないように戦う。みんなもそれでいいな?」

「お兄様がそう仰るのでしたら」

「ああ」

「初めからそのつもりだったしね」

「今の話を聞いて、NOって言えないでしょ」

 

 皆思うところはあったのだろう。参戦する意思は変わらなくとも、先程までの熱に浮かれた感じはなくなっている。

 

「そういう訳だ。奴らの居場所を——」

「『理由の一つ』、って言ったよね?」

 

 だが、それだけでは認めない。

 それは、人として当たり前の考え方を認めたにすぎない。

 それだけで友人を戦地に連れ込むほど、ナギは彼らの価値を低く見てはいない。

 

「まだ何かあるのか」

「もう一つだけだよ。それが重要なんだけどね」

 

 そして、二日前に彼が至った結論を告げる。

 

 

「今回の事件、討論会を囮にした今回の襲撃自体が囮。

 本命は、それで刺激されて乗り込んできた魔法師の返り討ちだ」

 

 

 その可能性を考えていた者は少なかったのだろう。事前に聞いていた十文字以外、全員が驚きに顔を染めた。

 

「おかしいと思わないですか?

 機密情報の持ち出しが目的なら、学内に手勢を増やせた時点で、ばれないように密かにやらせればいいんです。

 逆に魔法師の卵を潰すことが目的なら、わざわざ『討論会を開く』なんて分かりやすい襲撃の合図を作らずに闇討ちしていけばいいし、情報の持ち出しに手勢を割く理由もないです」

「つまり、今回のことは失敗することが前提の、ただの挑発だったってこと……?」

 

 真由美が、信じられないという風に呟く。

 無理もないだろう、今回の事件で多少ではあるが負傷者が出ているのだ。それがただの挑発だと言われても信じ難いだろう。

 

「そういうこと。

 自分たちの学校が襲われたら、誰だって襲撃犯やその仲間に怒りが湧くし、その上同じ学校の生徒が洗脳されていたなんてなったら、義憤にかられて突撃しに行く人も現れるだろうし。

 現に、春原の方で確認している『実力者』と思われる人物は襲撃に参加していなかった。アジトに入っていった人数と、今回の襲撃犯の人数にも50人近い差がある。

 明らかに、屋内戦ということで少人数で来た魔法師を返り討ちにする気満々だよ」

「なるほど」

 

 達也も、その推測に同意する。

 彼にとって、自分を()()()()存在などほとんどいないため、ブランシュなどそこらにいる蚊と同程度にしか見ていなかった。

 しかし、ナギの言う通り行動が矛盾している。そして、そこからナギが導いた推測でしか、その真意は推測できない。

 つまり、自分たちが乗り込むのは相手も想定内。その上で、準備万端迎え撃つつもりということだ。

 

「相手は、計画が失敗して慌てているただのテロリストじゃない。

 ほとんど全てが相手の予測通りに動いてきた策士だ。

 相手のアジトの中には、トラップも山ほど準備されているだろう。戦闘員一人一人も、付け焼き刃だった襲撃犯とはレベルが違う戦闘力を持っているはずだ。

 その上で聞くよ。それでも自己満足のために、命をかけて突入する気はあるかい?」

 

 ナギの言葉は、(イレギ)(ュラー)を除き、突入する覚悟を決めた者に迷いを生じさせた。

 これから行くのは、ただのアジトではなく死地。洗脳の可能性がある以上、自分は相手には手加減をしなくてはいけないのに、相手はこちらを殺すつもりでくるハンデキャップマッチだ。

 たとえ魔法科高校の学生といえど、尻込みするのは当然だし、それは、自分の命を守ろうとする動物の本能として正しいことだ。

 

「ああ」

 

 そして、即答する達也は、やはり生命としてどこか狂っているのだろう。

 

「……普通、ここで即答する?」

「どちらにせよ、命の危険があるのには変わりがない。ただ相手の戦力値が上方修正されただけだ。

 それに、言ったはずだ。俺にとってこれは譲れない一線なんだと」

 

 そう言って、ナギと達也は視線を交差させる。

 ナギは、達也たち友人の命のため。

 達也は、深雪の変わらない日常のため。

 お互いに、大切なもののために、自らの意見を通そうとする。

 

 空気が軋み、(はた)から見ていた人間が恐怖を覚えるほどの睨み合いの末、折れたのはナギだった。

 

「……はぁ。分かったよ。怪我はしないでね達也くん」

「分かってくれてありがとう、ナギ」

「本当は認めたくないんだけどね……。置いていっても付いてきそうだし、一人で勝手に行かれるよりは一緒に行ったほうが安全だから」

 

 不本意だが仕方がないと、ナギは肩を落として言う。

 

「そうか。

 それで、みんなはどうする?

 こんな状況だ、やめると言っても誰も文句は言わないが」

「お兄様がお向かいになるのに、深雪が何もせず待っているわけにはいきません」

「そうね。確かに危ないかもしれないけど、達也くんが行くのに行かないわけにはいかないよね〜」

「そうだぜ!ンな危険な場所にダチ一人で行かせるわけねーだろ」

「僕だって、もう神童ではないけど、それでも簡単にやられる気はないよ」

「はぁ。みんなもか……」

 

 結局のところ、全員の意思は変わらなかった。

 意思が硬いと見るべきなのか、好戦的と見るべきなのか。

 

「俺も行こう」

「十文字もか?」

「ああ。十師族に名を連ねさせてもらっている、十文字家の当主代理として当然のことだ」

「ナギくんも、そんな危険な場所に行くの?」

「うん。ボクが行かないと立ち入り調査って名目は使えないから。

 もともと、何もなければ明日にでも踏み込むつもりだったんだ。それが早まっただけだよ」

「なら私も——」

「七草、渡辺。お前たちは残れ。この状況で生徒会長と風紀委員長が居なくなるのは生徒の不安を煽る。

 それに、万が一別働隊がいた時に対処できる人間が必要だ」

「それは、そうだけど……」

 

 それでも真由美は弟のことが心配なのか、なかなか納得しない。

 

「大丈夫。一応万が一はないように、春原の秘密兵器にも動いてもらうから」

「秘密兵器?そんな人がいるの?」

「うん。七草さんにも実力が認められてる、って言えば実力は信用できるでしょ?」

「あの狸親父に?本当にそんな人がいるなら、確かに少しは安心だけど」

「いなければボクが一人暮らしはできないって」

 

 明らかにされた事実に、達也と十文字は納得の表情を見せる。彼らは、一高周辺という重要な土地を、なぜナギ一人で管理しているのかと不思議に思っていたのだが、春原家にそのような人物が付いているのだったら確かに安全ではあるだろう。あとは本人の管理力が問われるが、それは十分以上にあったようである。

 

「……分かったわ。ただし、絶対に怪我しないで帰ってきてね」

「了解」

 

 そして、突入する人間が出揃ったと思ったところで、それまで一言も発しなかった桐原が口を開いた。

 

「会頭。俺も行かせてください。一年が行くと言っているのに、二年の俺が行かないわけにはいきません」

「桐原。先輩の面子のためだというのなら、連れて行くことはできない。そんなものに命を掛けさせるわけにはいかない。

 それとも、他に理由があるのか?」

「それは……。ありますが、ここでは言えません」

「ほう?ならば、場所を変えよう。

 春原。桐原の参加は、俺に一任してくれないか?」

「分かりました。ただし、責任を持って決めてください」

「当然だ」

 

 そう言って、十文字と桐原は部屋を出て行った。

 

「ナギ。今のうちに奴らの居場所を教えてくれ」

「そうだね」

 

 この時間を使って、作戦の大枠だけでも決めておくべきだろう、と考えて、端末を操作してマップを呼び出した。

 

「相手の拠点は、街外れの元バイオ燃料工場。

 特に業績が不調というわけじゃなかったのに、ひと月前に急に撤退したから不審に思って調べてたんだ。ブランシュと繋がったのは一週間ぐらい前だけど」

「となると、その会社の上層部にも、賛同者か洗脳された人間がいそうだな」

「それにしても……また随分と目と鼻の先に住み着いたわね。これも挑発の一環ということかしら?」

「そういうことだろうな。それと、こっちで調べようとした際に、すぐに見つけられるようにというのもあるんだろう。

 問題は、先ほどの推測が春原の考え過ぎで、そいつらがすでに移動していないかということだが……」

「その可能性はないですよ。

 今現在も、春原家の方でその工場は監視しています。何か動きがあったら連絡が来るはずですけど、来ていませんから」

 

 そう言ってナギは端末を振る。実際は念話で来るのだが、わざわざ言いふらすことでもないと誤魔化したのだ。

 

「なるほど〜。『最若の当主』って呼ばれているのは伊達じゃないってことね」

「あまりその二つ名は気に入ってないんだけどなぁ。『最若』って最も弱いって書く『最弱』とのダブルミーニングだし」

「その気持ちは分かるわ。自分が気に入ればいいんだけど、そうじゃない二つ名で呼ばれてもね〜」

 

 真由美も、うんうんと首を縦に振る。

 この血の繋がらない姉弟の意外な共通点に、達也たちは苦笑するしかなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そうやって情報交換を行っていると十文字たちが帰ってきて、桐原も参戦することを伝えた。

 その後彼らも交えた作戦会議を行い、突入作戦を決定した。

 

 ①まずはナギが先行し、借用契約に基づいて立ち入り調査を行う旨を伝える。

 ②そこで立ち入りを認めたら達也たちはナギの付き添いということで中に入る。立ち入りを拒否された場合、十文字の用意した車にレオが硬化魔法をかけて正面突破。

 どちらの場合でも、エリカ、レオ、幹比古が正面入り口前に陣取って敵の逃走を防ぐ。これは、硬化魔法で防御に優れたレオ、足が速く車両でもない限り引き離されることはないであろうエリカ、精霊の視覚同調で敵の接近を感知できる幹比古、と各々の特性に合った配置だ。ちなみに裏門周辺は(チャ)(チャ)(ゼロ)が監視することなっている。

 ③その後、立ち入りを認められた時は固まって、拒否された場合は達也&深雪&ナギと十文字&桐原の二組に分かれて正面と裏から、工場内に突入する。高い魔法力の深雪と徒手格闘戦に慣れている達也&ナギ、防御に優れ通路に壁を作ることで敵を逃がすことのない十文字と剣術で近接戦に自信のある桐原、という、こちらもバランスのいいチームだ。……実際のところは、ナギは達也の監視、十文字は桐原の突入を許可した者として守る責任からこう分かれたのだが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 こうして、突入部隊と作戦が固まった。

 しかし、彼らは知らない。

 突入先に待ち受ける『実力者』は、並の実力者ではないということを。




剣術部部員「なんか俺空気だな」

はい。そういう訳で先に分割して投稿します。『廃工場』はまた次回に。

今回の話し合いの結果、十文字主導→春原主導、殺しに行く→無力化しに行く、事態を揉み消す→公開する、と結構原作から変わっています。やることは変わってませんけど。

次回は、ついに『実力者』が登場します!ご期待ください!
それでは、今度こそ『廃工場』でお会いしましょう。

・・・保険医「私なんか前回の最後から、一言も描写がないわよ」


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第二十話 廃工場

99032UA&1306件のお気に入りありがとうございます!

どうも、1日も経たずに書き上げたYT-3です。
さて、ついに突入。ここから入学式編最後の山場です。

それではどうぞ。


 

「十文字さん、レオくん。お願いします」

『任せろ!』

 

 そして廃工場前。

 当然のように代表者の連絡先にも、工場のインターフォンにも反応がなく、ここに交渉の可能性はなくなった。

 

『ってナギくん!そこ邪魔!退いて!』

 

 そしていざ突入となった時、車の進む先にナギが躍りでるという作戦と異なる行動をしたのだ。

 

「大丈夫。そのまま全力で走ってきて」

『いや、全然大丈夫じゃないって!』

「あと、舌を噛んだり体を打ち付けないように、しっかり口を閉じて掴まっててね」

『え?』

 

 ナギの言葉を信じた十文字の運転で、車はもう目の前まで来ている。ここまで来てしまったら、ナギの言うことを信じるしかないと、車に乗っている全員が衝撃に備える。

 

「——【(フラン)(ス・バ)(リエー)(ス・ア)(エリア)(ーリス)】‼︎」

 

 そして、ナギの魔法により超圧縮空気の障壁が完成する。

 障壁は、車の前にジャンプ台のように展開され——

 

 ———車が空を飛んだ。

 

『『きゃああぁ!?』』

 

 端末からの悲鳴を聞きながら、ナギは瞬動で柵を飛び越える。

 その先には、タイヤの跡を地面に引きながら停車する車の姿があった。

 

「大丈夫ですか?」

『……あんなことしておいて、大丈夫?じゃないわよ!」』

 

 上級生も乗っていたので丁寧に聞いたナギだが、返ってそれが頭にきたらしく、エリカが怒鳴りながら降りてきた。最後の方は端末と本人からの声がシンクロしている。

 ナギは端末を切ると、相手からしたら急だったろう方針変更に謝った。

 

「ごめんね。でも、こうしなくちゃ問題になるから」

「どういうことだ春原?」

 

 このままだと頭に血が上っているエリカがナギを襲いかねないと、最年長の十文字が間に入る。

 

「どうもこうも、ボクたちはあくまで正当な権利に基づいて入ってきたところを攻撃されたので、反撃して鎮圧した、という名目で突入するんですよ。

 それなのに、正門を破壊して入ってきたから攻撃した、という大義名分を与えちゃダメじゃないですか」

「なるほど。なら、なぜ先の作戦会議の際にそれを言わなかった?」

「言いましたよ。でも、『突入方法ですが……』『車で正門から入ればいいだろう。相手の思惑に気づいていることを悟らせない方がいい』『ですが、その場合門は……』『こじ開ければいい。確か西城は硬化魔法が得意と言っていたな?』『それだと権利とかが……』『そのぐらい、後でどうとでもなる』って感じで全く聞かなかったじゃないですか」

「……そうだったか?」

「ええ」

 

 十文字の表情は変わらないが、その顔に冷や汗を幻視したのは、その場にいる全員だった。

 

「まあ、今はそれは置いておきましょう。

 それで、これからの計画には変更はないんだな?」

「うん。そうだよ。

 それじゃあ決めてあった通り、十文字先輩と桐原先輩は裏口からお願いします」

「うむ」

「応!」

 

 それでも、いざ実戦を前にして平常心に戻るのはさすがといったところか。

 桐原の方も、この中で一番意気込んでいると言ってもいいぐらい、戦意に満ちている。

 

「エリカさんとレオくん、幹比古くんは、ここで待機。正面から出ようとする人を、最悪でも食い止めて」

「食い止めるなんて言わず、全員やっつけちゃうわよ!」

「了解。トラップまでは調べる余裕はないけど、相手の位置が分かったら端末に送るね」

「……お、おう。ナギたちも、気をつけろよ」

 

 約1名、すでに消耗している者もいるが、それでも食い止めるだけの実力はある者たちだ。頼りにしても大丈夫という雰囲気は出している。

 

「屋外だから、狙撃には気をつけてね。

 それで、達也くんと深雪さんは、ボクと一緒に正面突破。いけるね?」

「もちろんだ」

「足手まといにならないよう気をつけます」

 

 達也たち兄妹にとっては、出来ることなら二人きりの方が『機密』を気にしなくてもいいので楽なのだが、友人との信頼関係を気にすると贅沢も言ってられない。『後付け』をうまく使って結果を出すしかない、と考えている。

 

「それじゃあ、ミッションスタート!」

 

 ナギの合図とともに、作戦が決行された。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナギたち正面突入班の布陣は、先頭にナギ、中央に深雪で後方に達也の縦一列。

『知覚系魔法』を持つ達也を後方に据えることで挟み撃ちを防ぎつつ両サイドを警戒し。

 強力な干渉力を持つ深雪を中央に据えることで、解除の難しい魔法的トラップを、彼女を中心にした領域干渉で通りすぎる間無力化する。

 そして、ナギの役割は……

 

「それにしても、ナギのトラップ発見率は異常だな。一つ残らず事前に察知して、すぐに無力化出来る者はさっさとしていくぞ」

「そうですね。

 おかげで楽ができますし、安全といえば安全なのですが……。

 ナギくんはそんな技術を一体誰に教わったのでしょうか?

 あの、可愛らしい妖精達のような知覚系魔法も気になりますし」

「……いや。あれは『知覚魔法』と言うよりも『探知魔法』と言うべき代物だ」

 

 ナギが次々とトラップを解除していくのを尻目に、達也はその『眼』で解析したことを小声で妹に教える。

 

「探知魔法?それはどういったものなのですか?」

「簡単に言えば、一定範囲内の全エイドスデータのうち、特定の情報パターンがないかを検索し、該当があった場合に反応を示すようにした魔法だ。

 情報強化や俺の『眼』と違い、理解する必要はないから魔法使用者の負荷になりにくいし、そもそもナギは術式と検索するものを精霊に提供するだけで、情報の読み出しは精霊に任せているから負担はほとんどない」

 

 正確には術式も精霊が編んでいるのだが、それは彼の『眼』では視れないことだし、『精霊魔法』の真髄に関わることだ。分からないのも仕方がない。

 

「今回ナギが設定しているのは、火薬や爆薬に特徴的に含まれるパターンと、魔法式のように情報を上書きしているサイオン体、それとおそらくだが非活性状態の精霊の三種類。あの妖精のようなものは、魔法を発動している精霊の化成体だ」

「化成体、ですか?」

「化成体と言うのは古式魔法の一種で、霊的エネルギーである精霊を可視化させようとしたものだな。光波振動系で幻影を作り、加重・加速・移動系魔法で肉体があるように見せかける魔法だ。

 だが、ナギのあれは正確には幻影を作っているだけだから、化成体擬きと言うべきか。

 ……しかしなるほど。俺は正直コストの高い意味のない技術だと思っていたんだが、ナギのように探知魔法で幻影のみに絞れば、魔法的なものを視覚で認識できるようになるのか」

「何事も使い方次第ということですね。

 あっ!ナギくん!吉田くんから敵の位置が送られてきました。次の角を左に曲がった先の扉の奥に十三人だそうです」

「了解。そこまでにトラップが……多分あと一つかな?

 感圧床で、多分踏むと爆発するから、先に無力化するね」

 

 そう言って解体作業に取り掛かる。

 加重系魔法で小さな刃を作り、次から次へとコードを切っていくさまは、軍で似たような訓練を受けている達也からしても熟練の技だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「やあ、こんにちは」

 

 扉の前で達也の『知覚系魔法』で幹比古の情報の裏付けを取り、特に妙案もなかったため堂々と扉から入った三人に向けられたのは、いっそ清々しいと言ってもいいこの言葉と、ハイパワーライフルの銃口だった。

 

「司波達也くんと妹の深雪さん、それと友人の春原凪くんだね?

 私のことは知っているかもしれないけど、一応名乗らせてもらうよ。ブランシュ日本支部リーダーの(つかさ)(はじめ)だ」

「御託はいい。武器を置いて投降しろ」

 

 そう言うと、達也はCADを向ける。

 まるで銃口など見えていないかのような立ち振る舞いに、司一は苦笑を漏らした。

 

「堂々と扉から入ってきたことといい、ずいぶん肝が据わっているんだね。

 でも、それは勇敢なんじゃなくて蛮勇だよ。

 この銃があるのが見えないのかい?対魔法師用のハイパワーライフルだ」

「それがどうした」

「つまり、魔法が苦手な君はもちろん、例え一年生トップの君の妹であろうとも、弾を防ぐことは無理だということだ。

 そっちの春原くんのほうはかなり強力な障壁を張れるみたいだし、ただのマフラーで弾くなんてバカげたことをしてのけたけど、それに期待するのはやめておいたほうがいい」

「ほう?何故だ」

 

 達也は『マフラーで弾く』あたりで驚きの表情を見せたが、それよりも目の前の男が妙に自信に満ちていることが気になったのだろう。続きを促した。

 

「簡単なことだよ。アレだけ強力な障壁を、何の準備もなしで展開できるわけがないし、もし既に準備を終えているとしても、いつまでも展開し続けることは無理だろう?

 マフラー弾きのほうも簡単だ。彼は今マフラーをしてきていないし、そもそも『弾く』なんてものを室内で使ったら跳弾が怖い。当人以外を守ることもできないだろう」

 

 実際のところ、『(クラテ)(ィステ)(ー・ア)(イギス)』を維持する魔力量よりも自然回復する量のほうが多いため、半永久的に展開することが可能だが、これはナギとエヴァたち以外誰も知らない事実だし、常識的に考えてありえないことだ。

 

「さて、僕たちの優位性が確認できたところで、交渉に入ろうか?

 君たち、ブランシュに入らないかい?」

「俺たちに寝返れというのか?

 それは無理な相談だ。犯罪者に与するつもりはない」

「犯罪者じゃない、革命家だよ。

 総じて優れた革命家は、時の政府に犯罪者扱いされる。そこに真の正義があるにもかかわらず」

「そんなこと、どちらでもいい。

 大体、お前たちは反魔法師団体だろう?何故魔法師見習いの俺たちを勧誘する?」

「それは勘違いだ。僕たちは『現行の魔法師社会』に反対しているだけで、魔法師そのものは否定していないよ。

 現に、一高に行った彼らの中には、一高を受験して落ちた人や古式魔法師の人もいただろう?

 今の魔法師社会の問題は十師族だ。彼らが、自分たちの利権のために魔法師の数を絞り、古式魔法師と歩み寄ろうとしないせいで、国内の足並みが揃わない。それでは外国にすぐに置いていかれてしまう!

 だからこそ、君たちを勧誘しているのだよ。十師族至上主義、引いては魔法力至上主義に風穴を開けられる人材である君たちを!」

 

 司一は、それこそ自称している革命家のように自らの意見を述べ、堂々とした物言いで達也たちを勧誘する。

 

「……なるほど。確かにお前の言うことも一理あるかもしれない」

 

 それは、甘い甘い蜜のようで……

 

 

「だが、何度も言わせるな。俺たちはお前に与するつもりはない」

 

 

 それでも、達也を動かすには至らない。

 

「……それはまた、どうしてだい?」

「どうしても何も、俺たちは()()生活を案外気に入っているんだ。

 大体、自分の言っていることが正しいと思うなら、選挙にでも出て政治家になればいいだろう?この国は独裁政治じゃないんだ、発言の自由は保障されている。

 それなのにわざわざ武力行使に出た時点で、お前に共感する理由もなくなった」

 

 そう言って、改めてCADを構え直す。

 

「もう一度だけ言う。大人しく武器を置いて投降しろ」

「……はぁ。交渉で穏便に済ませることは出来なかったか」

 

 司一は、そう言うと眼鏡に手を掛け——

 

「ならば、無理にでも我が同士に——」

 

 サイオンが爆発した。

 

「使い古された手品だな。眼鏡を放り投げる動作で視線を集め、その隙に逆の手でCADを操作する。

 僅かに視えた起動式から察するに、光波振動系の(イビル)(・アイ)か?人間の認識限界を超えた間隔で、催眠パターンの光信号を点滅させて洗脳し、意識干渉系の系統外魔法だと謳っていたものだ。確か、新ソビエト成立前のベラルーシで研究されていたものだったか?」

「……なるほど、起動式が読めるというのは事実らしい。

 それに、今のは術式解体(グラム・デモリッション)だね?」

「ほう?ただの阿呆ではないらしいな」

 

 そう。達也は司一が不意打ちで食らわせようとした催眠魔法を、対抗魔法で撃ち抜いたのだ。

 

「なるほど。まさか術式解体(グラム・デモリッション)を実用化しているとは、その自信にも理由があったらしい。

 そうなると、ここで事を構えるのは些か不利かな?」

 

 そう言うと、急に背後に振り向いて走り出す。

 それと同時に、残り十二人が引き金に指をかけた。

 

「深雪!ナギ!」

 

 達也がそう叫ぶのと、引き金が引かれたのは同時だった。

 

「なんだ!?」

「なんで弾が出ねぇ!?」

 

 当然、達也だけが話に参加して、深雪とナギは何もしていなかったわけではない。

 深雪が、C()A()D()()使()()()()発動した魔法は、振動・減速系の『凍火』(フリーズ・フレイム)。対象物の保有する熱量を一定レベル以下に抑制する魔法である。

 それによって燃焼を封じられた弾丸は、火薬に引火することもなくただ沈黙するのみとなった。

 

 そして、扉の前での役割分担の通り、達也が時間を稼ぎ、深雪が銃の発射を防いだ相手を、ナギが拘束する。

 

術式・解凍(アギテ・エクストラティオー)!」

「なっ!?ぐわっ!」

「い、いつのまに!?」

 

 深雪の魔法により混乱していたブランシュ構成員たちは、ナギが密かに設置していた魔法陣から放たれた帯に巻きつかれ、身動きが取れなくなった。

 

「よくやった、深雪、ナギ」

「ありがとう。でも、首謀者を逃しちゃった」

「それは仕方がないだろう。あのタイミングで逃げ出すことは予想ができないし、ナギのそれが設置型だということを聞いて作戦をたてた俺のミスでもある。

 それに、外に逃がしたというわけでもない。ナギの用意したマップによると、この先は研究区画で行き止まりになっている。捕まえるチャンスはまだあるさ」

「そうだね。でも、例の護衛がここにいないことが気になるんだ。

 情報によると、中学生ぐらいの女の子らしいけど……」

「こいつらの中に女はいないな」

 

 つまり、まだ本格的に殺すつもりで来ていたわけではなく、なんらかの手段で達也たちのことを確認して、本当に勧誘に来たということだろう。

 

「まあ、それは行ってから考えればいい。

 まずは、ここにいる奴らを気絶させよう」

「そうだね。結構その場凌ぎで組んだから、10分ぐらいしかもたないし」

「いえ、それは私にお任せください」

「深雪?」

「ナギくんの感じている嫌な予感が当たっていて、先に十文字会頭と桐原先輩が着いてしまったら、万が一があります。

 お兄様とナギくんは先に行って、あの男を追いかけてください」

「でも……」

「分かった。すぐに終わらせて追いついてこいよ。

 行くぞナギ。深雪なら心配は無用だ」

 

 そう言うと、達也は奥の通路へと足を向ける。

 ナギは僅かに逡巡すると、深雪の方を見ながら達也の方へ駆け出した。

 

「じゃあ深雪さん。お願いします!

 追いついてくるときは、トラップに気をつけて!」

「はい!分かりました!」

 

 そうして、部屋には深雪と男たちだけが残された。

 

「さて、どうしましょうか」

 

 男たちにとって不幸だったのは、深雪が、達也を傷つけようとした存在を許すはずがなかったということだ。

 

(パララ)(イズウ)(ェーブ)やハイバネーションジェイルですと効果が切れたときが不安ですし……。ナギくんとの約束もありますから殺してしまうわけにもいきません」

 

 そのまま十数秒間考えて、結論が出たのだろう。

 深雪がCADを操作すると、男たちの意識が遠のいていく。

 

「とりあえずMIDフィールドで気絶させて、武装解除したら両手両足をまとめて、氷漬けしてしまいましょう」

 

 まるで、ゴミ掃除をしているかのような気軽さで、男たちの意識を落としていく。

 

「そのまま何時間も放置していたら壊死してしまうかもしれませんが、そのぐらいは自業自得でしょう?」

 

 そして、天使(あくま)の笑顔とともに、男たちは意識を手放した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「達也くん!深雪さんを置いてきて本当によかったの?」

「ああ。深雪なら問題はないはずだ」

 

 二人はそう言いながら、トラップの仕掛けられた通路を駆ける。

 いちいち解除している時間が惜しい。

 飛んで、跳ねて、ときには壁を走って。当たらないトラップは無視して走り抜ける。

 

「それよりも、そろそろ最奥部だぞ」

「……そうだね。深雪さんを信じるしかないか」

 

 そして、二人は最後の扉に辿り着く。

 すでに、幹比古からの情報と達也の『知覚系魔法』で、この奥には二人しかいないことが分かっている。銃器も持っていない。

 躊躇う理由も無く、二人は扉を開け放った。

 

「やあ、また会ったね」

 

 この部屋は、元はこの工場のバイオ燃料研究の中枢だったのだろう。壁は分厚いコンクリートに覆われ、天井のブルーライトだけが灯りをともしている。

 しかし、その機械は全て運び出され、今はただ広い空間があるだけだ。大体、平均的な体育館の二分の一ぐらいか。

 

「まさか、あの状況で怪我の一つもないっていうのは驚いたよ。

 妹さんは……その様子だと怪我とかをしたってわけじゃなさそうだね。彼らを完全に無力化するために残ったのかな?」

「そんなことはどうでもいい。

 もう一度だけ言う。大人しく武器を捨てて投降しろ」

 

 そこに、先ほど逃した司一と、もう一人、チャチャゼロが気をつけるように言っていた少女がいた。

 確かに、その立ち姿を見ただけでもかなりの使い手だということが分かる。その上、その気配がすごい。ナギの前世での教え子たちの、上位に匹敵するほどの圧力がある。

 だが、ナギは何かが意識の狭間に引っかかっていた。

 

(なんだろう?なんで彼女のことを危険だと、本能が訴えてくるんだ?)

「投降?」

「そうだ。

 先程、仲間から連絡があった。別働隊も、待ち受けていた部隊を一人残らず無力化した。

 あと残っているのは、お前たち二人だけだ」

「へえ、そうなのかい?さすがは『十文字』、と言ったところかな?」

 

 達也から仲間が全滅したということを聞いても、まるで動揺した様子も無い。それだけ後ろの少女の力をを信頼しているということだろうか。

 

「まあ、全て予定内さ。

 あの部隊で殺せればそれで良し。ダメだとしても、ここで全員殺して仕舞えばいい」

「なに?」

(どうしてボクも、彼女ならそれが出来ると分かるんだ?)

「何せ彼女は……ああ、丁度いいところに。ほら、お仲間が来たよ」

 

 そう言われて司一のすぐ後ろの壁を見た二人の目に入ってきたのは、壁から生えてきた刀だった。

 恐らく、桐原が回り道が面倒になり、壁を切り抜いて道を繋げようとしているんだろう。

 そして、司一ともう一人はそれを止める気配も無く、目の前で壁が切り払われるのを眺めていた。

 

「おう、春原に司波兄。先に着いてたか」

 

 そして予想通り、壁に空いた穴から桐原と十文字が出てきた。

 桐原はその場にいた残り二人を睨みつけると、達也たちに問いかける。

 

「それで。どっちが壬生を誑かしやがった奴だ?」

「恐らく男の方だと。先程洗脳用の魔法を使われかけました」

「そうか、テメェが壬生を……」

 

 桐原が、刀を握る手に力を込める。

 しかし司一は、囲まれていることをまるで気にしていないかのように、桐原を挑発する。

 

「壬生?ああ、そんな奴もいたね。捨て駒の中に」

「……テメェェェッ!」

「ダメです桐原先輩!」

 

 そして、桐原がそれに乗ってしまう。

 もう護衛の少女のことなど目に映っていない。持っている刀を振り上げると、斬りかからんと走りだす。

 

(このままだと桐原先輩は殺される!でも、十文字さんの障壁が、いや意味がない。……なぜ?)

 

 当然それは看過できないのだろう。少女が桐原と司一の間に入る。

 それにより少女に気がついたのだろう、もはや『殺さないように』が抜け落ちている桐原は、全力で刀を振り下ろす。

 

「そこをどけぇ!」

「……ふっ!」

 

 しかし、桐原の、しかも高周波ブレードを纏っている刀を、少女はその腰に帯びていた()()()刀で斬りとばす。

 それと同時に、驚愕しながらも桐原を守るために、桐原の後方で事態を見守っていた十文字が二人の間に物理障壁を展開する。

 

「なあっ!?」

「……」

(彼女はCADをしていないから現代魔法師ではない。武器はあの刀、おそらく野太刀一本だけ。

 …………()()()

 多少広いと言っても、室内で?)

 

 その瞬間。ナギの頭の中で何かが繋がった。

 

(古式魔法師もいる……現代魔法師に恨みを持つ……障壁は意味がない……野太刀……そして、退魔の剣(じゃくてん)

 …………まさか彼女は!)

「ダメだ!避けて‼︎」

 

 少女は、目の前の十文字の障壁とその向こうの桐原、回避を促すナギの悲鳴のすべてを嘲笑うかのように口を歪ませ、剣を構え、そして——

 

 

 

(ざん)(がん)(けん)———()()()

 

 

 

 ———防御不可能の銀閃が舞った。




今回は、あえて何も言いません。

それでは次回にお会いしましょう。


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第二十一話 京都神鳴流

103419UA&1340件のお気に入りありがとうございます!

祝10万UA突破!で喜んでいるYT-3です。

それでは本編をどうぞ。


 

 目を瞑っていた桐原は、いつまでも痛みが来ないことに違和感を覚えた。

 自分の、しかも高周波ブレードを展開していた剣が、あの少女の、何も()()()使()()()()()()大太刀に斬りとばされたのは、確かに覚えている。

 その後、彼女が振り下ろした剣が、いかなる理屈か十文字の張った障壁を()()()()()、自分に迫ってきたところで目を瞑ったのだ。

 ならば、自分は既に斬られているはず。

 しかしどこも痛みはしていないし、一瞬死後の世界かとも思ったがそれもない。なぜなら、ギギギと、刃同士が鍔迫り合う音がするからだ。死後の世界がそんな物騒な場所だとは思いたくもない。

 

 恐る恐る桐原が目を開けると、目の前には大太刀を頭上に構えている少女と——

 

 ———右手の五指から剣状の透明な何かを展開して叩きつけている、ナギの姿があった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナギは、少女の正体に気付いた時、ただ声をあげただけではなかった。右手で遅延していた『(エンシ)(ス・エ)(クセク)(エンス)』を解放すると、とにかく最速の瞬動で突っ込んだのだ。

 そして、なんとか桐原が斬られる前に、少女に攻撃をすることに成功した。

 

(エンシ)(ス・エ)(クセク)(エンス)』は、その性質上物理防御が意味をなさない攻撃。また、生半可な回避では剣の周囲の冷気に当てられてダメージを受ける。

 つまり、なんらかの魔法効果のある防御をするしかなく、少女も退魔の一族としての直感でそれを理解した。

 そして、彼女がとっさに出来る防御は、気で強化した()()()で受けることしかなく、桐原への攻撃を中断して防御に徹したのだ。

 

 こうして、防御を切り裂く不可視の刃と、防御をすり抜ける退魔の刀が鍔迫り合った。

 

「桐原先輩!十文字会頭!こちらへ来てください!」

 

 さすがと言うべきか、この状況で一番に立ち直ったのは達也だった。

 彼も自分の『視た』ものが信じられなかったが、何度視ても現実としてそれが起きてしまっている以上、そういうものがあると割り切って行動したのだ。

 武器を失った桐原が敵の目の前に残っているのは問題でしかなく、また彼の視たものが正しければ防御など意味をなさない以上、十文字が前線に居ても不利益しかない。ならば、司一がナギに驚いて固まっている今のうちに合流しておくべきだ。

 

 十文字と桐原もその声で我に返ったのか、混乱している様子ながらも、自己加速術式も使って敵二人から離れて達也のところに来る。

 それと同時に、鍔迫り合いをしていた二人が同時に後ろに飛び、少女は司一の前に、ナギは達也たちと相手の丁度中間ぐらいに、それぞれ構えたまま着地した。

 

「……おい」

「……なんでしょう?」

 

 張り詰めた空気の中、口を開いたのは少女だった。

 

「……お前は春原凪だな?私たち古式を裏切り、十師族に寝返った裏切り者の。

 その剣もそうだが、なかなか驚いたぞ、あの瞬動は。まるで『入り』を感じなかった」

「……裏切ったつもりはありません。七草さんには恩を感じてはいますが、それだけです。ボクは今でも古式魔法師のつもりです。

 ……そう言う貴女は、神鳴流の方ですね?それも、おそらく宗家の」

 

『シンメイリュウ』。その言葉を聞いて達也たちの頭に浮かんだのは、16世紀後半の人物、『抜刀の始祖』林崎(はやしざき)甚助(じんすけ)が起こした居合流派『神明夢想流』だが、すぐにそれを否定した。そもそも少女のあの技は、居合ではなかった。

 ならば何なのか、と思いつつ、その存在を知っているであろうナギと、『シンメイリュウ』であるらしい少女の会話に集中した。

 

「その通りだ。歴史の裏からも隠れた神鳴流の存在を知っていたことには驚きだが、知られているなら名乗ろう。

 京都神鳴流宗家、青山(あおやま)家が娘、青山萃音(あつね)だ。お見知り置きは結構」

「萃音さん、ですね」

 

 表面上は、ただ会話をしているだけに見える。しかしその裏では、一瞬でも隙を見せたらやられるとお互いが理解し、それゆえに相手のわずかな隙を探すという激しい駆け引きが繰り広げられている。

 

 だが、そんな中で声をかける男がいた。

 

「青山さん。どうやら後ろの御三方は神鳴流のことを知らないそうだ。

 これから殺される剣のことを知らないというのも可哀想です。せめてもの情けで説明してあげなさい」

 

 阿呆の類ではない。ナギと萃音の駆け引きを理解していて、ゆえに声をかけたのだ。

 ナギの後ろには、三人の仲間がいる。彼らは神鳴流のことを知らず、そしてその技を知らずに勝てるほど神鳴流は甘くない。そのことが分かるナギの、三人の命を背負っているという認識を強くすることでプレッシャーを与え、気負わせように仕向けたのだ。

 

「そうですね、司さん。

 ……全ての始まりは、京に都があった頃まで遡る」

 

 そのことを萃音は理解して、一切の油断を見せず説明を始めた。

 

「当時京の都では、まだ魔が蔓延(はびこ)っていた。だが、腕のある陰陽師や呪術師は帝や金持ちに雇われ、民を守る者は居なかった。

 それゆえに神鳴流は、民を護り、魔を斬る剣として産声をあげたのだ。

 しかし、裏の同業者の中にはそれをよく思わない者もいた。次第に神鳴流は裏からも疎まれ、一部の志を共有できる呪術師たちを除いて裏からも隠れ、魔を斬り民を護ってきた。日本で最後に確認された魔物の自然発生が1400年前とされているのも、それ以降は裏の人間も気がつかない内に私たちが退治してきたからだ」

 

『魔物』と言われ、達也は思考する。

 魔法が発見されてから、それまで世界各地で報告されてきた幽霊や伝説の類の多くは魔法で解明されてきている。鬼や悪魔といった魔物も、多くは『化成体』などであったとされた。

 しかし、それでもなお説明のつかない、本当の意味での『魔物』も存在したと言われている。有名なところで言うと、西洋魔法師の間で今尚伝説的な恐怖の象徴として伝えられている吸血鬼『(ダーク)(・エ)(ヴァン)(ジェル)』がある。彼女の言っているものも、それに類するものなのだろう。

 

「しかし、時代は私たちの敵となった。

 魔法が発見され、現代魔法と剣技の融合などというままごとが表で名を上げたことによって、私たちの門下も次第に減っていき、二年前の時点で、各地の魔物被害を未然に防ぐことが難しくなっていた」

 

 魔法と剣技の融合、それは剣術のことだ。つまり、隠れていたがゆえに、堂々と名前を売った『千葉家』に弟子が集まり、名のない『神鳴流』が廃れていったということだろう。

 

 自分の使うものを『ままごと』だと言われ、桐原が突っ掛かりかけたが、直前で思いとどまった。自分が受けた彼女の剣は、一度だけ観たことのある千葉流剣術師範の本気の剣より、数段以上は上だったからだ。そんな彼女からしたら、剣術など所詮『おままごと』なんだろう。

 

「それゆえに、神鳴流は起死回生の一手に打って出た。

 丁度その頃、鞍馬山の奥地で大規模な魔物の自然発生、霊災が起こりかけていた。六年前に関東近郊の地脈の流れが僅かに変わったことと、三年前の沖縄で莫大なエネルギーが放出されたことが遠因となったらしいが、今となってはどうでもいい」

 

 その原因に心当たりのあるナギと達也が、ピクリと反応したが、ごく僅かだったために誰にも気付かれず話が進む。

 

「神鳴流は、その霊災を自分たちの手で鎮め、その手柄を持って現代社会に名を上げることで再興を果たそうとした。当時十二の私ももちろん参加するつもりだったが、歳を理由に両親に止められ留守を任されることとなった。

 ……結果は失敗だったよ。

 霊災自体は鎮められたが、戦いに参加した、十五歳以上の主だった剣士のほとんどが討ち死に。私の両親や親戚もそこで亡くなり、私は孤児院に預けられた」

 

 その声に悔しさを滲ませて、萃音は語る。

 知らず知らずのうちに手に力が篭り、ギリッ、と音がした。

 

「それでも、神鳴流の名を上げることが出来たなら、まだ彼らもあの世で浮かばれたはずだ。

 ……しかし、そうはならなかった!

 魔法関連ということで出張ってきた十師族が!ろくに調べもせずに『古式魔法師が、なんらかの儀式を失敗した』などと的外れなことを言って!社会不安を煽るとか言う理由で、彼らの闘争を!命懸けで民衆を護った健闘を!全てを揉み消してなかったことにしたんだ!」

 

 その声に込められた怨嗟は、合理的な判断()()()()()()達也をしても、同情を禁じ得ないほどのものだった。

 

「……だから、私は許さない。

 表の世界で、ただぬるま湯に浸かりながら名だけを馳せている千葉家を。

 自分たちの利益にしか興味がなく、私たち古来の存在を無下に扱う十師族を。

 そんな奴らのことを、疑いもせず盲目的に付き従う魔法社会全体を!

 その為には、司さんの言う通りになればいいんだ!お前たちが邪魔をすると言うのなら、この剣で切り開いてやる!」

 

 その目に鬼のような気迫を宿らせて、萃音は吼える。しかしその姿は荒々しくあれど、一分の隙もない、剣のような構えを崩すことはない。

 

「……違う、そんなことはない!」

 

 誰もがその慟哭に当てられて固まる中、ナギだけは強い意志を持って、彼女に反論した。

 

「確かに、神鳴流が関わっていたことは知らなかったけど、二年前に謎の複数人死亡事件があったことは知っている。それを、魔法関連ということで十師族が調べていたのも事実だ。それは認める。

 でも!どうでもいいなんて考えていたわけじゃない!」

「黙れ!お前に何が分かる!?」

「分かるさ!

 君がどれだけ苦しんだかは、ボクには分からない。

 でも、その時どれだけ七草さんが大変だったのかは知っている!

 事件からひと月は、ろくに眠れもせずに動き回り、一週間徹夜して過労で倒れもしていた!古式魔法師が関わっている可能性が出てきてからは、十師族を嫌悪している古式魔法師に頭を下げてまで情報を得ようともしていたらしい!

 最終的には事件の全容が見えず、また観光名所でもある鞍馬山で大量死が起きたなんて知られたらまずいと言う観光庁の指示で揉み消すことになったらしいけど、それも望んでしていたわけじゃなかった!

 ボクも実際に見たし、真由美お姉ちゃんたちからも何をしているのか聞いたから間違いない!」

 

 その様に言われて、十文字は自分の父を思い出す。

 二年前、まだ第一線で動いていた父が、一ヶ月ほど忙しく動き回っていた時期が、確かにあった。

 何が起きたのかは聞いていなかったが、おそらくその事件のことを調べ廻っていたのだろう。

 

「そんな馬鹿な!上から目線の十師族がそんなことを気にするはずがない!」

「確かに、人が死んだからじゃなくて、何をしていたのかを探る為かもしれないし、古式魔法師の技術が失われるのが惜しかったのかもしれない。

 でも、適当に関わったわけじゃない!関わったからには真実を解き明かすつもりでいたんだ!

 それに、千葉家に関してもそう。

 確かに神鳴流からしたらおままごとみたいなものかもしれないけど、彼女たちは彼女たちなりに必死に鍛錬を積んであの地位にいるんだ!ただ名前を売っている訳じゃない!」

「そんな……でも、司さんは……」

 

 その、蝋梅しながらも頑なに司一の言葉を信じようとする様子を見て、ナギたちは、彼女も被害者であることを確信する。

 

「青山さん、彼は敵ですよ。あなたを混乱させる為に有る事無い事を言ってくるのは当然でしょう?」

「……そうだ。あれは敵なんだ。司さんの言っていることが、間違っているはずがない」

「そうです。彼らを倒す。そう契約して雇ったではないですか。彼らを倒せたら、約束通り新しい世界が待っていますよ」

「新しい世界……もう二度と名誉が貶められない世界……。

 その為なら、この剣に斬れぬはずがない!」

 

 しかし相手も策士。上手く思考を誘導することで彼女の混乱を収めた。再び言葉で迷わすのは不可能になったと言ってもいいだろう。

 

「達也くん、十文字さん。ボクが彼女を抑えます」

 

 事ここに至って、交渉の可能性はなくなった。

 残りは、己が信念を剣で語り合うのみ。

 

「分かった。俺たちは司一の相手だな」

「うん。神鳴流を雇うという事は、彼は呪術使い。前鬼後鬼という式神で時間を稼ぎ、術者が強力な術を使うのが基本。

 神鳴流と違って十文字さんの障壁は効く筈ですが、発動に時間をかけられると強度で上回られて攻撃を受けてしまいます。式神を早く倒すか、ちょくちょく攻撃をしかけて集中を途切れさせる事が有効です」

「了解した」

 

 (えもの)を失った桐原は、まともに戦闘に参加できない。彼のCADの中身のほとんどは、剣術の為の術式に占められているからだ。

 足手纏いである事を自覚している桐原は、素早くこの部屋(せんじょう)から去る為に自己加速術式を準備する。

 

「さて、作戦会議は終わったかい?」

 

 そう言って、両手に呪符を持った司一は、口元に笑みを浮かべると——

 

 

「それじゃあ始めようか!正義を決める為の戦いを!」

 

 

 ———開戦の狼煙を上げた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 最初に仕掛けたのはナギだった。

 瞬動で接近すると、その右手を広げたまま、指先の『(エンシ)(ス・エ)(クセク)(エンス)』に僅かな時間差をつけて横薙ぎに動かす。

 

「ふっ!」

 

 萃音は剣を振り上げる動作でそれを全て難なく弾くと、攻めに移ろうとして、右側から迫り来る極寒の刃に気がついた。

 咄嗟に振り上げていた剣を防御に回し、ナギの左手五指から伸びる『(エンシ)(ス・エ)(クセク)(エンス)』も弾く。

 それによって、ナギは両手を広げた格好で、大きな隙を晒すこととなった。体勢的に足がくることもない。

 

「これで……っ!?」

 

 普通の人間なら、ここで詰みだ。体勢を立て直す前に、頭と体が別れている。

 ——しかし、彼は魔法使い。体を動かさずとも攻撃する手段など、腐る程持っている。

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)()()23()()】‼︎」

 

 ナギの背後から体を掠めるように無詠唱で放たれた光弾が、弾幕となって萃音に殺到する。

 

「くそっ!」

 

 再び攻撃のチャンスを潰された萃音は、弾幕を避けるように上に跳びあがる。

『神鳴流には飛び道具は効かない』と言う話もあるが、これは、その超人的な反射神経と正確さで斬り落とすことが出来るからだ。

 しかし、何事にも限度がある。これだけ近距離で放たれた20以上の光弾に対処することは、さすがの神鳴流と(いえど)もできない。

 

 故に回避をするのは正しい選択であるし、それをナギが読むのも難しくはない。

 

「はあぁぁっ!」

 

 萃音と同時に飛び上がったナギは、萃音が天井に着地したタイミングを狙い右手を振るう。そしてタイミングをずらして振るわれた五本の刃が弾かれたと同時に、左手での攻撃をしつつ光弾を待機させる。

 

「ええい!鬱陶しい!」

 

 神鳴流の技は様々だ。

 巨岩をも斬り裂く『斬岩剣』。魔を斬る『斬魔剣』。剣に雷光を纏わせ、振り下ろしながら爆発させて広範囲を破壊する『雷光剣』。

 それら一つ一つの奥義が必殺の威力を誇るが、さらにその先に、宗家のみに伝わる秘奥がある。

 それが『弐の太刀』。全ての障害物をすり抜けて、斬りたいもののみを斬り裂く防御不可能の剣。

 

『弐の太刀』の理屈を現代魔法的に言うならば、完全な『無』の情報で刀やそれに付随する魔法式の情報体(エイドス)全てを上書きし、存在を無くす技だ。

 存在が無ければ防御することなど出来ないし、斬りたくないものまで斬ることもない。

 当然、そこに何かの情報が『ある』はずなのに『ない』などという極大の矛盾を、世界が許すはずもない。実際に無くなっているのはほんの一瞬だろう。

 しかし、その一瞬で防御をすり抜けて、斬る直前で現れるようにすれば、あらゆる防御が不可能の一撃となる。

 

 ——だが、それを防御に使うことはできない。

 

「【魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)()()19()()】‼︎」

 

 最強の剣を持つが故に、神鳴流の対処法は『攻める隙を与えない』ことだ。

 故に、ナギは得意の拳打を封印し、手数重視の『(エンシ)(ス・エ)(クセク)(エンス)』で攻め続ける。

 

「「はあぁぁあ‼︎」」

 

 ナギは左右の冷刃、無詠唱による光弾だけでなく、両足の蹴りや肘打ちを織り交ぜて、萃音に攻める隙を与えない。

 

 萃音はナギの猛攻を剣のみだけではなく拳や足も使い捌きつつ、一瞬の隙を待ち続ける。

 

 ——戦況は、高速での打ち合いと膨大な集中とともに膠着した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ナギと萃音が打ち合いを始めると同時に、もう一つの戦場も動き始めた。

 

「札よ札よ!我が身を守り給へ!」

 

 司一が両手の呪符を宙に投げ詠唱すると同時に、二枚の札を中心にサイオンが渦巻き、肉体を形成し始める。そのスピードは予想を上回り、現代魔法と比べても遜色はないだろう。

 

(化成体か……)

 

 ナギから式神の話を聞いていた時点で予想はしていたが、実際に『視て』、達也は予想通りだとこれからの作戦をたてる。

 

 しかし、予想通りだったのはここまでだった。

 

「……なに?」

 

 達也の『眼』には、札の中心の空間が歪んだのが視えた。

 歪み自体は一瞬だったし、それ自体で攻撃をしたわけでもない。

 だが、ここで思わぬところに影響が出た。

 

「うぐぅ!?」

「会頭っ!?」

 

 突然十文字が頭を抑えてふらつき、それを見て桐原が逃げようと踏み出していた足を止めた。十文字の高い空間認識能力が仇となり、突然の歪みに酔ってしまったのだ。

 幸い、多少ふらついただけで命に別状がある様子ではない。しかし、すぐには十全の力は出せないだろう。

 

「なんやなんや?急に呼び出されたかと思うたら、目の前にはガキが弐匹と男が壱匹。まさか、あんなんを縊り殺すために呼んだんかいな」

 

 そんな()が聞こえて、達也は十文字のほうを向いていた目を、恐る恐る正面に戻した。

『眼』では、司一と化成体が二体いるだけだ。今の音も、振動系魔法で空気を震わせているだけということも分かっている。

 しかし、その声には、間違いなく『感情』が混じっていた。魔法が作り出したものではない、魂が震わせた色があったのだ。

 

「そうですよ。

 それに、彼らを甘く見ないほうがいい。特に大柄な彼は、この国で最強の一角であると()()していますから」

「まあ、喚ばれたからには殺らせてもろうけど、なんや、また歯ごたえのなさそーな召喚やな」

 

 浅黒い肌、鋼のような筋肉に覆われた巨体、右手に握られた金棒と申し訳程度に腰に巻かれた虎の腰布。

 何より特徴的なものは、その頭部に生えた鋭い二本の角。

 ——そこには、『鬼』がいた。

 

「まあまあ兄貴。このご時世、召喚されただけでも儲けもんですわ。精々ボロボロになるまで遊んで、還ったら自慢してやろうや」

 

 鬼だけではない。鬼の肩に乗っているあれは……『天狗』だろうか。

 鬼に比べれば小柄な肉体に、カラスのような羽。手には刀を持ち、顔には面を着けている。

 

「それもそうやな。

 そういう訳や。徹底的に痛めつけさせてせもろうけど、恨みはせんどいてな、にーちゃん」

 

 鬼はそう言うと、凄惨な笑みを浮かべて歩き出した。




メガネリーダー「誰が噛ませだって?」

はい、達也たちが地味にピンチになったところで次回に続きます。

なんか魔法科を読んでいると勘違いしそうになるんですけど、ブランシュ>無頭竜なんですよね。つまり格で言えばブランシュ日本支部≧無頭竜日本支部な訳で。
そんな関係なのにどの二次小説を読んでも『噛ませ』なのはおかしいと思い、超強化しました。

それでは次回もご期待ください!

・・・あ、関西弁テキトーなので、何かありましたら教えてください。


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第二十二話 スタートライン

107330UA&1348件のお気に入りありがとうございます!

赤王祭回るべきか再臨素材を集めるべきか悩んでどっちつかずなYT-3です。

それではどうぞ。


 

 ズン、ズン、と『鬼』が達也たちの方へ歩いてくる。

 肩に乗っていた天狗もどきも航空力学を無視して飛び上がり、鬼の横に侍るように浮いている。

 

 そして、一歩、また一歩と日本人の根源的恐怖を呼び起こす姿の式神は——

 

 ——達也たちの手前、約10メートルの位置で足を止めた。

 

「あん?なんやこれ、障壁かいな」

「しかも、全体をぐるっと囲ってまっせ。近づかせないためかもしれまへんな」

 

 そう言って、『鬼』たちは強度を確かめるように障壁を叩く。

 たとえ体調が優れなくとも、十師族が一角『十文字家』の障壁、しかも代名詞である『ファランクス』だ。いくら鬼の膂力と雖も、そのぐらいで突破されるような強度じゃないと自負している。

 十文字の考えでは、これでなんとか時間を稼ぎ、体調を戻しつつ後輩二人と作戦を立てるつもりなのだろう。

 

「……でものう。こない薄い壁やったら——」

 

 しかし、その考えを嘲笑うかのように、『鬼』は金棒を振りかぶると——

 

 

「——全く意味があらへんで!」

 

 

 ——十文字渾身の多層障壁を、紙でも割くかのようにぶち抜いた。

 

 もし十文字の体調が万全だったなら、あるいは防げたかもしれない。または、その壁が『移動速度をゼロにする』という領域魔法ではなく、ナギのように物理的な壁を用意するものだったら、全てが破られることはなかったのかもしれない。

 

 しかし、現実では体調不良により壁の強度が甘く、また現代魔法の障壁の弱点である『突破された場合、その物体が持つ運動エネルギーは元に戻る』ことから、威力を減衰できず全てが砕かれてしまった。

 

「アッハッハ!わてらを止めるんじゃったら、倍は硬とうのうとな!」

「せやせや!この程度の壁が破れへんかったら、鬼や烏族なんてやってへんわ!」

 

 そう大声で笑う『鬼』たちを見つつも、十文字は驚愕で体が動かない。

 十師族の、それも『鉄壁』の異名をとる十文字家のファランクスだ。まさか力技で破られるとは思っていなかったし、現に今でも信じられない。

 しかし現実に、目の前で破られた。

 いくら体調不良だったからと言って、アイデンティティーをこうも容易く崩されては、すでに当主代理として様々な職務をこなしている十文字でも再起動には時間がかかるだろう。

 

 それを理解して、驚愕で体が()()()()()達也が動いた。

 

「ハッハッハッハ!……ってうおぅ!?」

「いきなり気弾の弾幕かい!?容赦なさすぎるやろ!」

 

 達也は、両手に持つ特化型CAD『トライデント』で術式解体(グラム・デモリッション)の弾幕を張る。

 いくら相手の動作が人間じみていても、所詮化成体には変わりがない。ならば、術式解体(グラム・デモリッション)は弱点であるはずだ。

 

 達也の予想通り、『鬼』はその見た目通りどこか鈍重な動作で、しかし確実に回避しながら少しずつ後退させられていき、『烏族』と名乗った方は、これまた見た目通りの素早さで弾幕の隙間を縫うように回避しながら、時折『鬼』の方に向かう弾を斬り飛ばしている。

 

 達也は、パワーの『鬼』、スピードの『烏族』と言ったところか、と分析しながら、その一方で現状が不利であることを悟っている。

『烏族』の方は、やろうと思えば弾幕を突っ切ってこちらへ来ることも可能だろうが、その場合フォローのなくなった『鬼』は確実に倒れる。ゆえに現状は膠着しているが、それでも長期戦は無理だ。

 術式解体(グラム・デモリッション)は、達也にとっても消耗が無視できない魔法だ。5分ぐらいならなんとか抑えられるだろうが、それ以降となるとサイオン切れで殺られる未来しか視えない。しかも、その場合は『生き返る』ことも出来なくなってしまう。

 最悪その前に(グラム)(・ディ)(スパー)(ジョン)で倒すしかないだろうが、他人の目線のある場所で『軍事機密』をおいそれと使うことはできない。

 

 つまり、あと5分のタイムリミットの中で状況を改善しないといけない。

 達也は、難易度の高いハードルに思わず歯噛みした。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 妙だ、と萃音は思った。

 

 その感情の出処は、目の前の一つ年上の少年、春原凪に対してだ。

 自分に対して絶え間ない猛攻を仕掛けてきていることもそうだし、僅かに途切れた隙をついて攻撃しても、まるで構えから予想していたかのように避けて反撃してくることもそうだ。

 これでは、まるで『()()()()()()()()()()()()()()()』かのようではないか。いくら話を聞いていても、実際に何度も体験し、体に覚えこませなければこの動きはできはしない。

 しかし、それはないはず。春原家と繋がりがあったなんて話は聞かなかったし、ナギが当主になった時にはすでに手の者が少なくなっていて、模擬戦なんてことにかまけている余裕はなかったはずなのだ。

 ならば、ならばなんだと言うのだ、目の前に立ち塞がるこいつは!

 

 そのような萃音の葛藤は、次第に焦りへと繋がり、膠着していた状況がナギへと傾き出す。

 未だ致命的な両手の刃や光弾は受けていないが、時折不意を打つかのように混ぜてくる肘打ちや蹴りを喰らい始めた。

 それを受けてまた焦り、どんどん動きに精細さが無くなっていく。萃音の身に、負のスパイラルが起きていた。

 

 これは、萃音の実戦経験の少なさが原因だ。

 神鳴流復興のために血反吐を吐きながら修練してきた萃音の腕は、その天性の才覚とも相まって、既にナギの前世で関わり深い桜咲刹那やクルト・ゲーテルを上回っている。ともすれば、歴代最強と名高かった青山鶴子に匹敵するかもしれないレベルだ。

 しかし、それに反して実戦経験は彼女たちを大きく下回っている。

 あの世界は、西洋魔法使いと極東の呪符使いの小競り合いのせいで剣を振るう機会が多かったというのもあるし、この世界で、二年前に大量に吐き出したことでここ二年間魔物の出現が減っているというのもあるかもしれない。

 

 なんにせよ、萃音の戦闘経験が欠けているため、戦闘中に平常心を保つことや、駆け引きに乗らないことなどの経験がものをいう部分が劣っている。

 ナギは打ち合いの中でそれを感じ取り、そこを突くように戦いを進めたのだ。

 

 スペック上では、おそらくほとんど拮抗していた。もしかすると萃音が上回っていたかもしれない。

 しかし、そこに決定的な差を作ったのは、経験の差だったのだ。

 

 

 ナギが、右手を振り下ろす。

 既に精神状態が焦っている萃音は、本来なら余裕を持って捌ける攻撃を、早く捌こうと刀を振り上げてしまった。

 

 ナギの、指先に展開していた『(エンシ)(ス・エ)(クセク)(エンス)』が、不意に消える。

 当然振り上げられた刀は宙を斬り、萃音は体勢を崩してしまう。

 

 ナギは、その隙をついて密着するように体を寄せると、刃が消えた右手を萃音のシャツの裾から中に入れ、腹に触れる。

 予想外の行動に萃音は顔を赤くするが、ナギは既に剣の間合いのさらに内側。攻撃するには『剣から手を離す』という一動作が必要となる。それだけの時間は、もう残されていなかった。

 

 ナギが、小さく「(エーミ)(ッタム)」と呟き——

 

 

(フルグ)(ラティ)(オー・)(アルビ)(カンス)——(びゃく)(らい)(しょう)‼︎‼︎」

 

 

 防護の符の内側で放たれた白い電気の奔流とともに、萃音の意識は途絶えた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 術式解体(グラム・デモリッション)を連発する達也とそれを避ける式神たちの攻防は、3分を超えても未だ動きはなかった。

 2丁拳銃のように構えたCADから、達也がサイオンの砲弾を吐き出し続け、それを式神が避けたり斬ったりすることで直撃を避ける。

 この三人だけでは、達也のサイオンが切れることでしか事態が動くことはなく、ゆえにこの状況を打開したのはそれ以外の人間だった。

 

「……今だくらえっ!」

 

 武器を失い、当初この場で最も戦力にならないと自他ともに認識していた桐原だが、ここで予想外の一手を指した。

 

 桐原は、確かにまともに戦うことはできないだろう。得意とし、かつその為に魔法を組んでいる(ぶき)を、萃音に切られてしまっているのだから。

 

 ——丁度、今『鬼』が立っている辺りで。

 

「むっ?……ぐうっ!?」

「兄貴ぃっ!?」

 

 桐原が移動系魔法で飛ばした刀の切っ先は完全に不意を打ち、『鬼』の右腕に深々と食い込んだ。

 それを見て『烏族』は混乱し、達也はここで決めにかかることを決意した。

『烏族』の方に向けていた弾幕を維持したまま、『鬼』の方に撃つ弾数を倍にしたのだ。

 そして、不意打ちに驚いていた式神は、急に増えた弾幕に対処することもできず、『鬼』がサイオンの爆発に呑まれた。

 

「このガキがぁ!よくも兄貴を!」

 

 その『眼』で『鬼』を構成していた魔法式が粉砕されているのを視た達也は、凄まじい形相で『烏族』が此方に突っ込んできているのを確認すると、弾幕を止めた。

 

 状況は既にチェックメイト。後は達也が手を掛けずとも、彼が倒してくれる。

 

 最高速で飛んでいた『烏族』は、目の前に突然展開された『壁』にぶつかり、目から火花を散らした。

 いや、前だけじゃない。前後左右、四方すべてに隙間なく壁ができている。

 ならば上から、と思い見上げた先に、丁度囲いに合うような四角形の天井が作られ——

 

 

「ぬうぅぅん!」

 

 

 十文字の『ファランクス』が、吊り天井のように『烏族』を押しつぶした。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「達也くん、十文字先輩、桐原先輩。お疲れ様です」

 

 はぁ、はぁ、と荒々しく息を吐いている達也と、その後ろの十文字たちに、萃音を魔法で拘束してきたナギが声をかけた。

 

「ああ。そっちも激戦だったようだな」

 

 実際、少し見渡してみると、あちこちがボロボロになっている。

 特に酷いのがナギたちが戦っていた方で、あちこちに刀傷があり、さらにはナギの光弾が当たって、壁や床、天井が一部崩れている。

 それに比べると、まだ達也たちのほうの被害は少ない。目立った破壊痕は、最後の十文字の攻撃でできた四角形の陥没痕だけだろう。

 

 ——しかし、彼らは忘れている。

 ——今までの戦いは、所詮時間稼ぎの為のものだったということを。

 

「……札よ札よ!彼の者らを焼き尽くし給へ!」

 

 その声の主に、その場の全員が振り向く。

 しかし、その行動はわずかに遅かった。

 既に呪符は投げられてしまっている。

 

「焼け死ねぇええ‼︎‼︎」

 

 投げられた八枚の札が、空中で燃え広がり、空気を燃やしながら火の海を作り上げる。

 

 大符術『八大地獄』

 仏教における地獄の様相を示す言葉を冠する、振動・吸収系複合領域魔法。

 振動系加熱魔法で、太陽の表面温度と同じ6,000度まで加熱。さらに、もしそれを耐えられたとしても、空気中の酸素と窒素を燃焼させることで酸素を奪い、猛毒であるNO2(二酸化窒素)N2(無水硝)O5(酸ガス)で満たすことで毒殺する古式魔法。

 

 そんなことをナギたちが知る由もないが、しかし、五分に渡り組み上げられたその魔法の威力は全員が『感じ』取り、また、その魔法式の干渉強度は十文字をわずかに上回っているため、ナギたちにはどうすることもできなく——

 

 

「遅れて申し訳ございません、お兄様」

 

 

 ——それすらも上回る干渉強度の、極寒の冷気であっさりと防がれた。

 

「……なっ!?な、なにが?一体何が起きたんだっ!?」

 

 必殺のタイミングで、必殺の威力で放たれた魔法が防がれて、初めて司一の顔から余裕が無くなる。

 

「いや、ナイスタイミングだった。今のは深雪が居なければどうなっていたことか」

「そうですか?それはよかったです」

 

 しかし、この兄妹はそんな些細なことを気にすることもなく、既にいつもの調子で会話をし始めている。

 

「‼︎そうか、司波深雪!お前が……‼︎くそっ!ならもう一度——」

「させませんよ」

 

 二度も隙を突かれてはたまらない、と、ナギは瞬動で一気に近づいて、踏み込みのエネルギーを腕に伝え——

 

 

(ポンチ)(ュワン)‼︎」

「パブロッ!?」

 

 

 一気に殴り飛ばした。

 司一は、残像を残しながら吹っ飛んでいき、ナギの光弾でボロボロだった壁に突っ込んで壁に埋まった。

 

「……春原。殺してはいないよな?」

「一応手加減はしておきましたよ」

 

 この時、全員の心は一致した。

 手加減した拳で大の大人が宙を飛んで壁に埋まるなんて、どこの漫画の主人公だよ、と。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 およそ15分後。

 ナギが連絡した警察が到着し、事情聴取と現場検証が行われることとなった。

 警察はナギたちの行動を問題視したが、ナギが主張した春原家としての権利行使、という理由には問題となる点はなく、チクチクと嫌味を言われただけで済んだ。

 

 負傷者は、十文字たちが相手をした部隊のうち何人かが足を骨折し、エリカたちが相手をした別働隊も骨折や打撲が少々、深雪が拘束した部隊が両手両足に中度の凍傷、そして首謀者の司一があばらを何本か折っただけだった。テロリストが返り討ちに遭ったにしては、被害は少ない方だろう。

 

 こうして、一高周辺を騒がせた、前代未聞のテロ事件は、奇跡的に双方死者0名で幕を閉じた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 しかし、これは激動の時代の、ほんのスタートラインに過ぎない。

 

 未だ闇は深く蠢き、ナギや達也たち(イレ)(ギュ)(ラー)を中心に絡みつく。

 

 彼らや彼らの友人たちは、望む望まずに関わらず世界の変革に巻き込まれていく。

 

 平穏は訪れない。

 ひとときの休息は、次なる事件の準備期間にすぎない。

 

 彼らの行く末に待つのは、ついに訪れる平和か、はたまたさらなる戦争か。

 それを知るのは神のみだ。

 神に等しい力があれど、所詮ヒトの身の彼らは知るすべがない。

 

 わずかな勇気か、それとも唯一の愛情か。

 望む世界を手に入れられるのはどちらなのか。

 

 

 ———さあ、物語を始めよう。




合法ロリ「結局、出番なかったな」

祝入学式編完結‼︎
……ではありません。あと一話あります。
そっちの方に雰囲気が合わなかったのと、こっちの文字数が少なかったので入れました。

入学式編が終了したあと九校戦編に入る前に、オリ話の『間章1(仮)』を5〜10話ぐらいで予定しています。
落ちなし、バトルなし?の予定です。

それでは次回『事後処理と…』でお会いしましょう!

・・・必要だったとはいえナチュラルにセクハラするとは……流石ナギさん!そこにしびれる憧れるぅ!


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第二十三話 事後処理と……

113702UA&1431件のお気に入りありがとうございます!

ドウモ、種マラソン楽シンデマスYT-3デス。

ついに入学式編最終話です。

それではどうぞ。


 

「達也くん、どうかしたのかい?今日は君らしくなかったよ?」

 

 色々あった土曜日も終わり、翌日曜の朝。

 九重寺の境内で息を荒げて倒れ込んでいる達也に水の入ったコップを渡しながら、(ここ)(のえ)八雲(やくも)が声をかける。

 今日は深雪はついて来ていない。いや、普段もついて来ているわけではなく、何かあったときに偶にという感じなのだが、彼らの普段の距離を知っているものからすれば意外なことだろう。

 

「俺らしくなかった、とは?」

「何か、焦っているというか、君にできない動きをしようとしていた感じかな?おかげで普段なら捌けていたはずのものも捌けていなかったよ。

 昨日、何かあったのかい?」

 

 達也は水を受け取りながら身体を起こす。

 何かあったか、と問われると、思い当たることは昨日のことだけだ。

 

「思い当たることはありますが、師匠なら既に知っているのではないですか?」

「おいおい、流石に僕を持ち上げすぎだよ。

 さすがに昨日の今日で得られる情報なんて限られている。ましてや十師族が関わっているとなるとね。

 精々、突入したのが達也や深雪くんを含めた8人で、双方ともに死者や重体者は無し、それと大部分に洗脳の兆候が観られたから警察病院に送られて罪に問えそうにない、ってことぐらいだよ」

「それだけ分かれば普通は充分ですが……。

 俺が気にしているのは、リーダーの司一が護衛に雇って洗脳していた人物のことです」

 

 そう言うと、八雲は薄眼にしていた左目を開いた。

 

「あの大刀を持った少女のことかい?」

「知っていたんですか?」

「忍び込んだときに気付かれかけたよ。明らかにレベルが違っていたから印象に残ってたんだ」

「そうですか。

 それでその少女、青山萃音と名乗っていましたが、彼女の剣が信じられなかったことが原因です」

 

 それだけではないのだが、と達也は内心で呟く。

 

「達也くんが信じられなかった、だって?

 それは穏やかじゃないね。

 今更千葉流程度で動揺する君じゃないだろう?相手の流派は分かっているのかい?」

「『シンメイリュウ』と名乗っていましたが……」

「神鳴流、だって……?」

 

 今度こそ、八雲は明らかな驚愕を顔に浮かべる。

 達也は、滅多に見られない師の顔に驚きながらも、話を促す。

 

「知っているのですか?」

「……僕たち、古式魔法師の中で、その中でもどちらかと言えば『魔』に近い者たちにとっては、まさに伝説の存在だよ。

 神が鳴る、と書いて神鳴流。

 人を超越する『魔物』にその身一つで挑み、その上で一騎当千を体現する剣士たち。飛び道具は効かず、剣を失っても戦闘力が落ちることはないと言われている。

 表立って、いや裏の世界でも千年は存在は確認されていないけど、『魔』に遭遇したという人たちからは目撃したという噂が絶えない。まあ、その遭遇自体も証拠がなくて噂に過ぎないんだけど」

「裏にも隠れて魔物を狩っていた、と言っていましたから、その噂は案外真実だったのでしょう」

「そうなのかもね。

 まあ、そんな流派を相手取ったのなら、達也くんといえど動揺するのは仕方がないか。むしろ、よく無事だったね?」

 

 達也は一瞬、それを言うべきか迷ったが、どうせこの師匠は何処からか情報を得るだろうと開き直り、言うことにした。

 

「いえ、俺は相手取っていません。戦ったのはナギです」

「ああ、春原家の。

 もしかして、それも君の不調の原因かい?」

 

 一度聞いて十を知ると言うか、この僅かな情報から言い当ててくるとは流石師匠だな、と達也は思った。

 

「ええ。ナギが戦っているところを見ると、言いようもない感じがしたというか……」

「『気持ち悪い』、だろう?」

 

 達也が敢えて口を濁した言葉を、八雲は躊躇いもなく口にした。

 

「いえ、そんなことは……」

「大丈夫さ。それは人として、ある意味正常な感情だ。

 友情を気にして目を逸らす、というのもそうだけどね」

 

 そう言うと、八雲は一高方面の空に目を向ける。

 達也もそれを追い、一高方面を見て、その近辺に一人で住む友人を思い浮かべる。

 

「彼は素晴らしい人間だ。

 優れた人格者で思慮深く、人当たりも良い。

 内面だけでなく、数々の失われた魔法を復活させたことといい、幼き日から積み重ねてきたという拳法の腕前といい、高いレベルで完成されている」

 

 そう、ナギはあまりにも()()()()()()()()()のだ。

 

「しかし、そのどれもがあまりにも年齢に対して不釣り合いだ。

『天才』、ではないよ。僕の隣にも天才はいるけど、それとは全く違う。

 ただの『天才』と言うのが宝石の原石、達也くんが研磨された宝石だとするのなら、彼は宝飾品として加工されて数々の有名人の手に渡ってきた由緒ある逸品、と言ったところかな?」

 

 そうだ。あの交渉術といい作戦能力といい、拳法の腕前もそうだし息をするような魔法行使もそうだ。

 あれらのものは、いくら『天才』であろうとも、五年や十年で身に着くものではない。

 二十年、三十年。いやもっと長い時間をかけて『経験』して、初めて身に着くものの筈だ。

 

 そんな思考をしながら、達也は師の言葉に耳を傾ける。

 

「僕も彼の経歴を当たってみたけど、特におかしな点はなかった。君たちのように分からない感じじゃなくて、ごく自然な物だった。

 でも、それじゃあ彼のあの能力は説明がつかない。

 それを恐ろしく思うのは達也くんだけじゃない、僕もだよ」

「……師匠も『恐ろしい』なんて感情を持っていたんですね」

「そりゃあそうさ。僕だってまだ世の柵から解脱出来てない人の子だからね。

 でもね達也くん。彼を警戒する必要はないよ」

 

 恐ろしく思うのは当然だと言いつつ、警戒するなと言う。

 矛盾した言い回しに、達也は説明を待った。

 

「何故かと言うと、彼の人となりが善人であることには変わりがないからだ。あれは演技だとか計算の結果だとかじゃあないよ。

 だから、君が彼の友人として接している限り、彼の方から裏切ることはありえないし、何か困ったことがあれば全力で力を貸してくれるだろう」

 

 でもね、と言って、八雲は達也の目を見た。

 

 

「彼が善人であり正義であるが故に、君と相容れなくなった時は……」

 

 

 その時は、最大の壁として立ち塞がるだろう、と。

 

 達也はその可能性を検討しようとて、それを止めた。

 いくら達也たちの家庭事情が複雑であったとしても、折角できた友人を、対立しているわけでもないのに疑るのはバカバカしい。八雲の言っていることも、つまりはそう言うことだろう。

 

「ありがとうございます、師匠。おかげで少し胸のつかえが取れました」

「いやいや、これも坊主の務めってやつだよ。

 まあ、与太話はこのぐらいにして、早く家に帰ってあげたらどうだい?」

「?どうかしたんですか?」

「はっはー。君が気付いていないのだったら、それを教えるのは僕の役目ではないね。

 さあ、いいから早く帰った帰った!」

「はあ?それでは師匠、失礼します」

「ああ、深雪くんに宜しくね」

 

 達也は八雲の不審な態度に首を傾げながらも家路につく。

 結局、家に帰り深雪に出迎えられるまで、その理由に思い当たることはなかった。

 

 —◇■◇■◇—

 

 ——その日の午前十時半、春原邸。

 

「おはようございます十文字さん。本日はわざわざ来ていただいてすみません」

 

 今日は周辺地域を守護する魔法師としての事後処理の協議と、警察などから得た情報の交換を行うために、春原家に集まることになった。

 ちなみに、今は『当主』としての会談のため、お互いに堅い口調で話している。

 

「気にする必要はありません。春原家の管轄内で起きたことです。春原殿が主導になって行うのが自然でしょう。

 それで、七草殿はすでに来られているのですか?」

 

 参加者は春原家当主のボク、十文字家当主代理の十文字さん、そして七草家から当主の七草弘一さんの予定()()()

 

「いえ、実は急なことだったので、やはり時間の都合がどうしてもつかなかったようです。

 代理として真由美おね……長女の真由美さんが来られています」

「……そうか。ならばわざわざ堅苦しい口調をする必要もあるまい」

 

 そう言って十文字さんは言葉を崩した。

 

「いいんですか?」

「形式とは、所詮形式以上の意味はない。

 目上の人間である七草殿が来られているならともかく、ある程度気心の知れてた仲であるのなら、いつも通りの口調の方が息が詰まるような関係にならずに済むだろう」

「一応、ボクにとってはお二人とも先輩(めうえ)なんですが……」

「それはそれ、という奴だ」

 

 ちょっと暴論気味だけど、確かに十文字さ……先輩の言うことも尤もだ。

 

「そうですね、分かりました。

 まずは部屋に移動しましょうか。こっちです」

「ああ、失礼する」

 

 そうして客間に案内する。

 客間には、普段は(マス)(ター)の作成途中の人形が置かれていたりするけど、こういう来客の時は片付けて貰っている。ブツブツ文句は言うけど。

 

「こちらです」

「おはようございます十文字さん。今日は当主の都合がつかなくなってしまい申し訳ございません」

 

 部屋に入ると同時に、真由美お姉ちゃんが立ち上がり深々と頭を下げる。

 

「気にするな七草。もともと急な話だったのだ、仕方あるまい。

 それと、春原にも言ったが口調はいつも通りでいい。同じ一高生徒だ、今更形式を気にする必要もあるまい」

「そう?なら、そうさせてもらうわね」

 

 そう言うと真由美お姉ちゃんは外行きの表情を崩す。

 と言うかそれよりも……

 

「真由美お姉ちゃん。だいぶ御茶請けのスコーンが減っている気がするけど?」

 

 緑茶じゃなくて紅茶だけど。

 

「だって、ナギくんお手製のスコーンって美味しいんだもの。自由に食べて、って言ってたし」

「それは確かにそうかもしれないけど……。ふt、いえなんでもないです!」

 

 し、視線だけで殺されるかと思った……。

 

「ほう?それは楽しみだ」

「それじゃあ、話しながら食べましょうか」

 

 そう言って席に着く。十文字先輩も席に着いて、話し合いが始まった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 情報交換は、ある程度全員が予想していた通りに進んだ。

 十文字先輩の情報では、やはり工場の上位陣も洗脳されていたらしく、十文字先輩たちが突入した方に立ち塞がっていたらしい。

 その後、情報の公開はどこまでするかや今後の対応などについて協議する中、二人に気がかりだったことを告げた。

 

「実は、萃音さんのことなんですが……」

「萃音さん?それって確か、洗脳されて護衛に雇われてた、伝説の古流剣術の伝承者だっけ?」

「ああ。正直な話、春原が彼女を抑えてくれなければ、俺たちは殺られていただろう」

 

 十文字先輩がそう言うと、真由美お姉ちゃんが『また危ないことをして!』っていう表情で睨んできた。

 仕方がなかったんだって!神鳴流を知らずに相手できる相手ではなかったんだから!

 

「その青山萃音さんなのですが、彼女が預けられていた孤児院が身元の引き受けを拒否しているそうでして……」

「どういうことだ?」

「実は、彼女は素行が悪い、とまではいかないものの協調性に欠けていて、他の子に怖がられていたそうなんです。

 それに、時間があれば裏山に進んで行っていて、小さい子の面倒を見ることを手伝ったりもしていなかったらしく、職員の評判のよくなかったようで……」

「なにそれ‼︎都合よく厄介払い出来そうだから利用しようっていうの!?」

「落ち着け七草」

 

 あまりのことに、真由美お姉ちゃんが声を荒げて立ち上がり、十文字先輩がそれを諌める。

 

「でも、このままじゃ」

「安心しろ。そういうことならば、彼女は十文字家で引き取る」

「「……え?」」

「タダで引き取るわけにもいかないが……そうだな、俺付きのメイドとしてでも働いてもらうか」

 

 その瞬間、ボクと真由美お姉ちゃんは、10センチほど十文字先輩から距離をとった。

 

「?どうした二人とも」

「……ねぇ、十文字くんって年下好きなの?」

「いや、別に年齢は関係ないが。それがどうかしたか?」

 

 あまりにもあっけらかんとした表情に、ボクと真由美お姉ちゃんは体勢を元に戻す。()()()()()()で言ったんじゃないのね……。

 

「なんでもないわよ。

 それで、どうしてまた?それに、そんな簡単に決めていいものなの?」

「今回の会談については、その後の事後対応まで含めて俺に一任されている。そこは問題ない。

 それに、彼女を引き取りたい理由もある」

 

 理由?

 

「正直な話、他の十師族なら兎も角、障壁に特化している十文字家にとっては彼女の『すり抜ける剣術』は死活問題なのだ。他のところで門下生を増やされるよりかは、十文字家の下で開いてもらった方がいい」

 

 なるほど。そういう事か。

 

「そういう事ならば、彼女の事は十文字家に任せてもいいですか?」

「七草家としてもお願いするわ。

 ただし、もし立場を盾に無理やり手を出すような事があったら……」

「安心しろ、そこまで外道に堕ちるつもりはない。

 それでは青山萃音は十文字家が対応するとして……他に何かあるか?」

 

 特にはないので首を横に振る。真由美お姉ちゃんも同じみたいだ。

 

「それでは、各々対応などで忙しくなるだろうから、ここまでにしておくか」

「そうね。ナギくん、今日の鍛錬はどうする?忙しいようなら止めとこうか?」

「事後処理はそこまで急ぐものはもう無いけど、ちょっと用事があって午後は『アイネブリーゼ』に行かなくちゃいけないんだ。だから、今日の鍛錬は休講で」

「『アイネブリーゼ』?ケーキが美味しいあそこ?

 そんなところに用事だなんて、なにがあるの?」

 

 その質問に、「多分だけど」と前置きして答える

 

「一年に一度のおめでたい事だよ」

 

 —◇■◇■◇—

 

「それじゃみなさんご一緒に!せーのっ!」

「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」

 

 午後三時、アイネブリーゼ。

 エリカがテンション高く音頭をとり、集まった全員がグラスを高く上げる。

 

「さあさあ!今日は飲んで食べて騒ぐわよ〜!」

「エリカがいつもにも増してテンション高いね」

「と言うか、まさか酒でも入ってるんじゃねーだろーな」

 

 最も、そこまでテンションが高いのはエリカだけで、なぜ集められたのかは知らされていない参加者は、多少浮かれている程度だったが。

 

「私たちも来て良かったの?」

「ええ、もちろんよ。むしろ、是非来て欲しかったわ」

「そうそう。例えクラスが違ってももう友達なんだから、遠慮はする必要ないよ」

 

 若干遠慮気味の雫とその隣で萎縮しているほのかに、直接の関係がある深雪とナギが答える。

 エリカほどではないにしろ、深雪も比較的浮かれていて、ナギはそれに気づいていながらも口に出すことはしない。理由などわかっているのだから。

 

「賑やかでいいねぇ。今日は何の集まりなんだい?」

 

 顎鬚を生やした、三十前後のハンサムなマスターが、料理を運びつつ質問する。

 なんの集まりなのか気づいていない、前日に突然集合を言い渡されたメンバーは首を捻るばかり。

 

「まあ、お疲れ会のような感じで——」

「違う違う!達也くんの誕生日会だよ!」

「「「「「……ええっ!?」」」」」

 

 それに無難に答えようとした達也を遮り、この会を主催したエリカが答えた目的に、それを知らされていなかった5名は驚きの声をあげた。

 特に、達也に対し特別な思いを抱いているほのかと、それを応援している雫は血の気を引かせて、次の瞬間にはエリカに詰め寄っていた。

 

「ちょ、エリカ!?なんで誕生日を知ってたなら教えてくれなかったの!?」

「いや〜、正確な日付は知らないけど、四月中なら誤差かな?って」

「そうね。昨日聞かされた時は()()()()()()()()()って驚いたわ」

「……え?

 達也くん、もしかして本当に今日だったの?」

「ああ。丁度今日だな。俺も今朝深雪に言われるまで忘れていたが」

 

 その答えを聞いてわずかに震えながら、エリカは深雪を横目で睨む。

 

「み〜ゆ〜き〜!あんた謀ったわね!」

「あら、否定はしていないわよ?」

 

 そんな、ある意味首謀者同士の言い合いを背景に、その他の友人たちは暗い空気を纏っていく。

 

「どうしよう雫!?プレゼントなんて用意してないよ〜!」

「それは私も同じ……」

「俺らも全く知らなかったしな。いや、四月中ってことは知っていたんだけどよ」

「せめてエリカちゃんが昨日言ってくれてれば用意できたんですけど……」

「主賓以外にもサプライズ、ってエリカらしいというかなんというか……」

 

 暗い雰囲気を前に、目的を予測して用意していたナギは何も言えずに、どうしようかと狼狽えるだけ。

 そんな中、マスターが用意していたザッハトルテを持ってくると、五人に声をかけた。

 

「それなら、とりあえず今日のところはこのザッハトルテを僕と君たちからのプレゼント、ってしたらどうだい?それで後日ちゃんとしたものを渡せばいい」

「「「「「ありがとうマスター‼︎」」」」」

 

 五人にとっては、まさに天から垂れた蜘蛛の糸だったのだろう。暗い空気が払われ、安堵をした表情を見せた。

 

 

 その後、達也を除く参加者が2本ずつケーキにロウソクを立て、達也がそれを吹き消すなど、『誕生日会』らしい光景が行われた。

 そして、皆の食べる手が約1名を除いて止まった頃、達也がナギに声をかけた。

 

「ナギ。事後処理の最中なのに来てくれてありがとな」

「気にしなくていいよ。

 それに、ここはお祝いの席。暗い話題は無しだよ?」

「それもそうだな。

 それで、そのデカイ包みはもしかして……」

 

 達也がナギの足元にある、縦横30センチ、高さ40センチほどの包みを指差す。

 

「そう、誕生日プレゼント」

「えっ?ナギくんは誕生日がいつだか知ってたんですか?」

 

 美月の疑問は尤もだが、ナギも達也の誕生日を特定していたわけではなかった。

 

「ううん。

 ボクも詳しくは知らなかったけど、エリカさんがパーティーをするって言ったから、そろそろなのかな〜って思って」

「やっぱりそうだよね。ところで、何を渡すつもりだったの?」

「これ?それは開けてからのお楽しみ。

 はい。達也くん誕生日おめでとう」

 

 ほのかの疑問に対して、ナギは答えをはぐらかして達也に渡す。どうせすぐに分かるのだから、主賓が一番最初に知るべきだと考えたのだ。

 

「ああ、ありがとう。開けても構わないか?」

「もちろん」

 

 ナギがそう答えると、達也はラッピングしている包装紙を丁寧に剥がしていく。

 友人たちの視線が集まるなか、封の下から出てきたのは木で作られた箱だった。

 その側面にある蓋を開けると、そこには……

 

「わあっ!かわいい〜!」

「お兄様の人形ですね。すごく良く出来ています!」

 

 身長35センチほどの、デフォルメされた達也の人形があった。

 

「すごい縫い目が丁寧ですね……もしかして手縫いですか?」

「うん、ボクのお手製」

「「「「「「「「……えっ?」」」」」」」」

 

 予想だにしない回答に全員が固まる。

 彼らはクォリティの高さから、てっきり業者に頼んで作ってもらったものだと思っていたのだ。まさかナギの手縫いだとは思ってもみなかった。

 

 しかし、ある意味このくらいは出来て当たり前なのだ。

 何故なら彼の師匠は、欧州では言わずと知れた人形使い(ドールマスター)。当然、彼女基準で『嗜み』程度だが教わっている。

 そして、そんな人形が普通のものであるはずもない。

 

「ちょっと貸してくれる?あ、あと少しスペースを空けてくれた方がいいかも」

「あ、ああ」

 

 未だ衝撃から抜けきっていない達也は、ナギに言われるがまま人形を差し出す。友人たちも言われた通りに離れてスペースを作ると、ナギは人形を床に置き、(サイ)(オン)を込める。

 すると……

 

「わあっ!」

「人形が動いてる……」

「それに音楽も」

 

 達也人形は優雅なクラシックを響かせながら、それに合わせてステップを踏む。

 パートナーがいないため少々不恰好だが、それでもステップを間違えることなく踊り続けている。

 

「まさか、傀儡式?」

「刻印型で動かすゴーレムか。振動系で音を奏で、移動系と加速系で踊らせているな」

「正解。刻印は内側に特殊な糸で縫いこんであるんだ。

 ボクの人形(ドール)じゃ戦闘では使えないけど、このぐらいならできるから」

 

 実際は十分戦闘にも耐えられるのだが、比較対象が(エヴ)(ァン)(ジェ)(リン)なので評価が低くなるのは当然だろう。

 

「では、サイオンを流し込むだけで踊り出すのですか?」

「うん。循環させることで溜め込む部分を作ってあるから、最大で10分弱踊り続けられるよ」

「でも、いいのかこんな物?」

 

 達也の疑問は尤もだろう。

 こんな物、普通に買うとなったら7桁はする。CADとして扱われず、補助金の対象外となる魔法工芸品は高いのだ。

 

「大丈夫だよ。手縫いだから材料費だけだし、それもそんなに高い物は使ってないから。

 それに……」

「それに?」

「それに、こういう物を渡しておけば、みんなのプレゼントを悩まなくて済むしね」

 

 なるほど、パートナーがいないのはそういうことだったのか、と納得させられた。

 

「それじゃあ、遠慮せず受け取るよ」

「うん。大事にしてね」

 

 

 ナギは心から幸せを感じている。

 この一月、いろいろなことがあったけど、最後にこうしてみんなで笑っている、それだけでいいんだと。

 

 達也は自分を恥じている。

 こんなにも自分を思ってくれている友人を疑おうとしたことを。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 そうして少年少女は絆を深め、季節は移ろい青葉が生い茂る夏に向かう。

 そこでは全国各地のライバルがひしめき合い、裏では利権渦巻く闘争が待っている。

 

 

 しかし、その前に少し寄り道をしよう。

 差し当たっては約一週間後、金色の日々に起こった不可解な御伽噺でも話そうか。




神鳴流「!?なぜか貞操の危険を感じた」

祝‼︎入学式編完結‼︎

ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて入学式編終了でございます。

少なくとも来訪者編までの大まかなプロットが出来ていることを考えると、いつまでかかるのかはわかりませんが、途中で投げ出すことはしませんので末長くお付き合いください。

また、アンケート①ですが、間章の展開も定まり、しばらくアーティファクトの出番がないことが確定したので、受け付け締め切りを九校戦編終了までと延長させていただきます。是非お力をお貸ししてください!作者ページの活動報告欄で行っております!

あと、前書きの謝辞等ですが、考えるのが大へ……、UA数が増えて長くなってきたので、次回以降から無くさせていただきます。あとがきはこういった案内や補足が載るので無くしませんが。

それでは次回、間章1【日本選手権編】でお会いしましょう!

・・・生徒会長「太ってなんかない体重計の計り間違いだわそうよ計り間違いよ!」


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間章1 インターマジック編
第二十四話 戻ってきた平穏


 

「……なんだ、これは……」

 

 達也は呆然と言葉を零す。

 

 ついさっきまでは、それこそ30秒前までは何事もなかったのだ。

 よく晴れた休日。豊かとまではいかないが都会よりかは自然に囲まれた会場で、熱狂する人々とともに友人を応援していた。そのはずだ。

 

 視線を左右に巡らせる。

 隣には呆然と、しかし目の前の光景が幻覚ではなく現実だと理解して体を固まらせている深雪や友人たち。

 あれほど溢れかえっていた人々はぐんと減り、十分の一以下になっている。

 

 驚愕に錯乱するか、または微動だにしていない人々を確認すると、再び視線を前方に戻す。

 いや、別に前だけではなく360度その光景に囲まれているのだが、やはり前方が分かりやすいのだろう。

 

 

 

 ——そこには、『火』があった。

 

 緑を湛えていた森や山には、生命の欠片も感じられない枯れ木が煌々と燃え盛り空気を焼いている。

 

 ——そこには、『水』があった。

 

 天を黒く覆う雲から、ざあざあと雨が降り、しかし炎を消すことはできずにただただ白煙を上げるのみ。

 

 

 ———炎と雨に彩られた世界がそこにはあった。

 

 

 

「……一体、何が起きたんだ!」

 

 達也は、自身に許された感情の上限を超える驚愕に、許された範囲で混乱し声を荒げた。

 

 —◇■◇■◇—

 

 ブランシュが起こした襲撃から五日が経ち、ピリピリしていた校内にも元の空気が戻ってきた28日のお昼休み。

 寧ろ、この時代にもまだ残っていたゴールデンウィークが明日から始まるってことで食堂の空気も浮き足立ってる。

 

「えっ?ナギくん、バイアスロン部の代表に選ばれたんですか?」

 

 そんな中、いつものメンバー(達也くんと深雪さん抜き)で昼食を食べている時、ほのかさんが発した話題にE組のみんなが驚いて箸を止めた。

 

「うん。全日本(イン)魔法技(ター)能者競(マジ)技大会(ック)のSSボード・バイアスロン個人戦に一高代表で。

 あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよそんなこと!」

 

 そうだっけ?真由美お姉ちゃんに言ったことは覚えてるんだけど……みんなに言い忘れてたのかなぁ?

 

「でもよ、インターマジックって正式にライセンス取ってる大人とも戦うやつだろ?

 毎年枠はあるけどほとんど三年の記念参加のためみたいなもんって聞いてたぜ。よく一年で選ばれたな」

 

 そう。全日本(イン)魔法技(ター)能者競(マジ)技大会(ック)って言うのは、あくまで高校だけで行われる九校戦とは違って、魔法競技の日本代表を決める大会だ。だから、全日本選手権とか代表選考会とも言われてる。

 ただ、ライセンスを持ってる大人だけだと出場する人数が少なくて会場代が勿体無いという理由から、将来の人材育成の一環という名目で毎年魔法科高校の各部活に個人・団体一組ずつ枠が与えられている。ボクはそれに選ばれたってことだ。

 

 まあ、といっても全ての魔法競技が一斉にできるわけもなくて、今回の日程で行われるのは約半分ぐらいの競技だけ、残りは秋に行われるんだけど。

 

「えーと、それは、なんというか……」

「普通に言えばいい。この前の試合形式の練習で、非公式だけど世界新記録出したって」

「「「「世界新っ!?」」」」

 

 まあ、その通りです。

 

「毎年みたいに負けるのが前提ならともかく、勝てる可能性があるなら来年以降の部費のために出たほうがいいって話でしたよね?

 それに、今年は三年生が3人だけで全員が団体戦に出れるから、枠の余ってる個人戦で出る分には問題ないってことらしいです」

「まあ、ほのかさんの言う通りです。大体そんな感じで」

「「「「へぇ〜」」」」

 

 後輩のためになる、って言われたら断れなかったんだよなぁ。

 

「それにしても、いくら非公式とは言っても世界新記録だなんてすごいね」

「飛行魔法が反則なだけ。路面の状態を気にせずスピード出せるんだから」

「あ、あははは……」

 

 はい、全くもってその通りです。と言うか、飛行魔法を禁止されたら多分素人相手にも負けると思う。

 

「飛行魔法?でもあれって精神干渉系魔法が含まれてるって言ってなかった?

 校内での使用許可は研究目的って名目でなんとか降りたって言ってたけど、試合で使えるものなの?」

「そこのまずい部分を抜ける目処がついたからこんな急に代表になったんだ。つかなかったら部長が出ることになってたよ」

「目処がついたって……。インターマジックって明日からのゴールデンウィークにやるんだよね?時間は大丈夫なのかい?」

 

 幹比古くんのその心配はご尤も。だけど……。

 

「そこは大丈夫だよ。ボクの出番は3日の午後だから。

 明日に最後のバグ取りとチューンナップ、明後日に使用感が変わってないか試験飛行して日曜日に最終調整。月曜日に実際のコースで練習して翌日の試合に望む、って予定だよ」

「へぇ〜。ちゃんと考えてるんだ」

「まあ、そこは問題じゃないんだけどね……」

「何か他にあるんかよ?」

 

 うん、まあ、色々問題なんだよなぁ。

 

「実はテレビマギクスでやるインターマジックの特集番組にコメンテーターとして呼ばれてて……」

「「「「「「……えっ?」」」」」」

「一応出場を決める前にプロデューサーに確認したら、そっちのほうが話題になるから寧ろウェルカムだって言ってたんだけど……。どう考えても他の選手に悪いよね……」

「そ、それはまた……」

 

 どう考えても大変だし……。いくらスポンサーとしてついてるから会場で収録できるって言っても、ねぇ?

 

「と、ところで!インターマジックって九校戦と同じ会場でやるんですよね!」

 

 美月さん、いつもフォローありがとうございます。

 

「そう。どっちも富士演習場」

「バトルボードみたいな大規模な設備が必要な競技場はあまりないから、どうしてもこういう大きな大会では競技会場が同じになりやすいみたいですよ。

 たしか、泊まるホテルも同じ軍用ホテルって言ってました」

「ボクは局の方で用意してくれた近くの別のホテル泊まりだけどね」

 

 さすがに軍用ホテルじゃ部屋が足りないみたいで、普通の魔法科高校生は競技が終わるたびに入れ替わり立ち替わりで泊まるらしいけど、ボクは前日通して会場に居なくちゃいけないから別になったんだ。

 

「それじゃあ、九校戦に出るつもりの人は下見も兼ねているってわけ」

「そうみたい。会長さんとか十文字会頭とかも表向きは応援ってことで来るみたいだし」

「ってことは、ナギは格好悪いとこ見せられないわね」

「もちろん、自分にできる範囲で頑張るよ」

 

 折角出るんだもん、優勝を狙いたいしね。

 

「たしか3日は火曜日で学校もお休みでしたよね?私たちも応援に行きませんか?」

「おっ!いいなそれ!」

「そうだね。予定がないようだったら達也たちも誘ってさ」

「賛成〜!みんなでナギが日本代表に決まるところを見に行こう!」

「エリカさん、気が早いって」

 

 まあ、負けるつもりもないけどね。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「1-Eの春原凪です」

「あっ!来た来た!遠慮せずに入って〜」

「失礼します。……えっと、どうしたんですか?」

 

 放課後。真由美お姉ちゃんに呼び出されて生徒会室に入ると、視線の十字砲火を浴びた。

 

「いやなに。春原は当校初の日本代表、引いては世界一を取れるかもしれない期待の星だからな。いろんな意味で注目しているんだよ」

「そうですか……。七草さんの意向で参加しませんでしたけど、真由美お姉ちゃんが出ても代表にはなったと思いますけど」

「なに、もしも、じゃなくて現実に起きる可能性があるというだけでも違うものだ」

「そういうものですか……」

 

 ところで渡辺委員長は今日非番ですよね?休みの日はいつもここに居るんですか?

 

「まあ、それはそれとして。

 はい、ナギくん。いいえ()()()()。これを」

「これは……一高の制服?しかもこれって……一科生のですよね?」

「はい。会長が今春原君に渡したものは、一科の予備の制服になります。

 春原君が競技会に当校の代表として出る以上、例え二科生であるとはいえ、当校のエンブレムを持っていないというのは対外的にも問題があります。

 そのため、今回のような競技会に二科生が出る場合には、一科の制服を渡すことになっています。これは、例は少ないですが今までもあったことです。もし九校戦の代表に二科の生徒が選ばれても同じことになるでしょう」

「というよりも、まぁあくまで今回の春原の記録にもよるが、現時点での選考でも君が選ばれる可能性は高いな。喜べ、史上初だぞ」

 

 と、言われてもなぁ……。

 

「どうした?あまり乗り気ではないようだが、何か理由でもあるのか?」

「服部先輩、分かりましたか?

 そうですね、乗り気じゃない理由ですが……。真由美お姉ちゃんは知ってるんですけど、そもそも春原家の魔法は九校戦向きじゃないんですよ」

「なに?それはどういうことだ?」

 

 渡辺委員長だけじゃなくて、深雪さんを含め真由美お姉ちゃん以外の全員が分かっていないようなので、続きを説明する。ちなみに真由美お姉ちゃんは苦笑いしてる。

 

「春原の魔法は、公開してる戦術級魔法からもわかると思いますが、中遠距離から雷だとか風だとかの物理攻撃を介しての広範囲殲滅がその真価です。対象の直接情報改変なんてものは殆どありませんし、魔法自体の精密性にも欠けています」

「だが、あの捕縛魔法はかなりの精度だっただろう?」

「あれは比較的慣れている魔法で、なおかつかなり誘導制御に集中してなんです。特に、それに加えて特殊な集中が必要なスピード・シューティングに出たとしても、予選、一回戦、二回戦まではなんとかなると思いますが、おそらくそれ以降は集中力が切れて精度が落ちますよ」

「ナギくんの言っていることは本当よ。スピード・シューティングをフルでやると、ナギくんもかなり精神的に疲弊するのよ。いくら休憩を挟むって言っても、1日に何度も戦う必要のある九校戦向きじゃないわ」

「それは……また、独特ですね」

 

 対象の情報改変を介して間接的に物的ダメージを作り出すしかない現代魔法師からしたら、イメージから魔法を作り出す『精霊魔法』の特徴は分かりづらいのだろう。

 

「だが、お前の出場競技はおそらくバトル・ボードだぞ。それなら問題はないんじゃないか?」

「バイアスロンでボクが使っているのは飛行魔法ですよ?」

「む?それがどうし……あ。確かルールには……」

「そうです。バトル・ボードではバイアスロンと違って、規定のコースを短縮する目的だとか相手の妨害を回避するなどの目的で水路を外れる人が出ないように、ルール上水面から一定時間離れることは禁止されています。結局水面に板をつけて走ることになるので、路面だとか水面の影響を受けないという飛行魔法の利点が全く無くなるんです。

 それでも速度ではそうそう負けるつもりはありませんが、春原の魔法では『水面に干渉して妨害をする』という唯一認められてる戦術が使えませんし、それに対する対策を取れないんですよ」

 

 例えば、『風(エウォ)精召(カーテ)還』(ィオー)で道を塞いで足止めする、は水面に干渉しているわけじゃないからダメ。水路を凍らせるとか……も多分進行妨害でダメ。残りの使える魔法で妨害が出来るとなると『流水(ウィンクト)の縛(ゥス・アク)り手(アーリウス)』ぐらいだけど……あれも干渉してるのは『水面』じゃなくて『水』だからなぁ、グレーゾーンなんだよなぁ。

 

「つまり、あたしたちが思っているほど一方的に勝てるわけではない、ということか」

「というよりも、相手の対策次第では普通に負けるかもしれません。

 正直、九校戦で一番向いているのはアイス・ピラーズ・ブレイクだと思ってます。加減をあまり気にしなくていいので、一本だけ情報強化してなんとか時間を稼いでいるうちに、大威力の魔法で一気に壊しちゃえばいいですから。一本でも残っていたら勝ちなんですよね?」

「……どこかの二年生と同じ様なことを言いますね」

 

 そんなにおかしい戦術かなぁ?守るのより攻めるほうが簡単なのは基本的なことだと思うんだけど。

 

「ああ、くそ!真由美があまり浮かれないほうがいいと言っていたのはこのことか!これは選考に大きく関わるぞ」

「とは言っても春原家の魔法の全容を把握しているのは春原君だけですし、言っていることは作戦を考える上では間違ってはいません。

 確かに春原君の実際の魔法戦闘力は惜しいですが、おそらく本人も言っている通り、選出したとしてもアイス・ピラーズ・ブレイクの出場になる可能性が高いです」

「だがそれでは各部からクレームが来る。バイアスロン部が適性のあるスピード・シューティングかバトル・ボードだからこそ、とくに文句もなく出せそうだったんだ。もしそれ以外に出そうとしたら模擬試合でもして実力を見せつけるしかない。

 それに、アイス・ピラーズ・ブレイクには三高からあのクリムゾン・プリンスが出てくるはずだ。十文字がいて優勝の可能性のない本戦は避けるだろうから、まず間違いなく新人戦に出てくる。くじ運が悪ければ予選突破も難しいぞ」

「それは……」

 

 どうしよう、なんだか事態が迷走し始めちゃった……。

 

「取り敢えず!確定してないことはまた後にしましょう。

 今はナギくんには目の前のインターマジックに集中してもらう。それしかないんじゃない?」

「あ、ああ、そうだな。

 例年記念参加しかしていないから忘れそうになるが、九校戦なんかよりも大きな大会だ。勝てる可能性があるならそっちに集中してもらったほうがいいか」

「そうですね。

 それに、九校戦の代表の選抜は私達が頭を悩ませることです。春原くんには本来関係ない話ですね」

「ということで。

 今の話は一旦忘れて、ナギくんは火曜日の試合に集中してね。

 私たちも現地まで応援に行くから、頑張るのよ!」

「了解、優勝してくるよ真由美お姉ちゃん!」

「その意気よ!」

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌日の早朝。

 

(マス)(ター)。設置して三日ですけどHAR(ハル)の使い方は大丈夫ですか?きちんと服は着替えて洗濯に出してくださいね。それと、一応期間中の食材は用意しておきましたけど、暴食できる程はないので気をつけてください。口に合わなくても物に当たらないように。

 あと、吸血鬼ですから暗くて見えない、何てこともないでしょうけど、夜は明かりを点けないでくださいね。この家には誰もいないことになっているので。

 あとは……」

「ええい鬱陶しい!お前は私の母親かっ!」

「ケケケッ。見タ目的ニハ兄妹ジャネーカ?」

 

 だって、前世でも今世でも(マス)(ター)の生活能力って壊滅的に近いんだもの。裁縫でなんとか総合最悪を回避しているぐらいで。

 一応HAR(ハル)自動家事システム(Home Automation Robot))の設置工事が間に合ったから、食事とか洗濯はほとんど自動で出来る様にはなったけど……心配だなぁ。

 

「そこはかとなく馬鹿にされている気がするが、否定出来そうもないのが頭にくる……!」

「あれ?自覚があったんですか?」

「悪いかっ!そしてやっぱり馬鹿にしてたのかっ!」

「ソンナ御時勢デモネーガ、女トシテソレハドーナンダヨ御主人」

「煩いっ!だいたいお前も大概だろうがっ!」

 

 ……うん?『だいたい』と……『(たい)(がい)』?

 

「オオ!ソンナ親父ギャグヲ言ッテクルトハ、流石氷ノ女王(笑)ダナ!」

「……いいだろう。久し振りに全力で暴れたいと思っていたところだ。後で別荘で灸を据えてやる……!」

「俺ハ街ノ見回リガアルカラ付キ合エネーナ。弟子ガ帰ッテ来タラ相手シテ貰エ」

「ちょっ!?チャチャゼロさん!?」

「……そう言えば元々はお前が発端だったなぁ?それに、お前の実力は記憶でしか知らんしなぁ?

 ……帰って来たら付き合って貰うぞ?」

「イ、イエッサー‼︎」

 

 やばい、もし日本代表に決まっても、早々に死んじゃうかも……。

 

「それじゃあ(マス)(ター)、そろそろ行ってきます」

「ああ、行ってこい。テレビで観ているからな?無様な姿を晒すなよ?」

「勿論です」

「デモソノ場合、世界大会トカデマタ家ヲ空ケルコトニナルンダケドナ」

 

 それはそうだ。日本代表の選抜大会、ってことは勝てば世界大会に出ることになるからね。

 

「ああ、そう言えばそうなるのか。

 ……まあ、先のことはその時に考えればいい。

 矜持や制約の許す限りで全力を出すのが、本気で挑んでくる相手に対する礼儀だ。私の弟子である以上、どんな状況であれ礼儀だけは忘れるな」

 

 首を縦に振って、理解していることを示す。

 ボクは前世で、綺麗な道だけじゃなくて、とても正義だったとは言えない道筋も辿っているけど、それでも(マス)(ター)と同じ『誇りある悪』だ。それを貶める様なことはするつもりはない。

 

「よし!ならば勝ってこい!」

「はい!行ってきます!」

 

 扉を開けて足を踏み出す。

 目的地は富士演習場。熱狂渦巻く競技会場だ!




小動物先輩「あれ?私たち一言も……」

さて始まってしまいましたオリジナル回、インターマジック編。
え?日本選手権編?い、意味は同じだし……(震え声)

そしてタイトル詐欺を思わせる冒頭のあれはなんなのか?
もし何か気づいた方がいらっしゃっても、心の中にしまっておいてください。この章の、ある意味中核ですので。

因みに九校戦のくだりは筆者の心の叫びです。誰かいい案ください(切実)

それでは次回にお会いしましょう!

・・・氷の女生徒「一言も描写がありませんね。どういうことでしょうか?」


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第二十五話 司会者

 

『さあテレビでご覧の皆様!はたまた会場で生でご覧の皆様も!まもなく全日本魔法技能者競技大会五日目の午後の部が始まります‼︎

 司会は変わらず私(あか)(みず)さくらと……』

(しお)(かわ)()()でお送りいたします‼︎』

『いや〜、午前に行われたバトルボード個人決勝で、(にい)(でら)ジョニー選手が前人未到の8連覇‼︎会場のボルテージも上がりに上がっております‼︎

 午後も各会場で激戦が予想される中、注目の選手は……男子SSボード・バイアスロン個人出場、第一高校一年「春原凪」選手‼︎』

『ついさっきまでここにいましたよね⁉︎』

『その通り‼︎

 その甘いマスクと貴公子然とした物腰でお茶の間の奥様方の人気者!テレビなどでもおなじみの春原選手は、並み居る先輩を押しのけて出場枠を勝ち取った期待の新星でもあったのだーー‼︎』

『わー‼︎』

『午後の部三番を走る彼ですが、なんと手元のマル秘資料によると……えーとお風呂は烏の行水派!じゃなくて……趣味は骨董品集め!でもなくて……ああそうです‼︎なんと部活内の試合で世界新記録を叩き出したとか‼︎』

『世界新記録‼︎それは期待できますね‼︎』

『……まああくまで噂なんですが』

『って噂ですか‼︎?』

『はい噂です!しかし事実だったとしても他の選手も歴戦の強敵ぞろい‼︎そう簡単には勝たせてくれないでしょう‼︎熱い戦いが繰り広げられそうです‼︎

 もちろん熱いのはバイアスロンだけではありません‼︎マーシャル・マジック・アーツ男子ではなんと四天王「(ごく)(とう)象海豚(ぞういるか)選手」「(いち)(やま)(しい)(たけ)選手」「(ぷち)(いの)大悟(だいご)選手」「村田(むらた)勝奈也(かつなや)選手」が揃って初戦敗退と大混迷をしております‼︎これはオッズが荒れる‼︎』

『試合で賭け事はしないでください‼︎』

『そのほかの試合も盛り沢山‼︎無料放送だと全ては紹介しきれませんが、有料会員なら全試合の観戦も可能‼︎わずか3分のお手軽登録!今すぐ会員登録ページへ‼︎』

『しかも広告ぶっ込んで来ました⁉︎』

『それではインターマジック、午後の部の始まりです‼︎』

 

  ◇ ◇ ◇

 

「……なんでこんなにテンションが高いんだ……」

 

 達也は思わず溜息をこぼす。

 いや、『その情報はどこから手に入れたんだ?』とか『四天王の名前はそれで合ってるのか?』とかいろいろあるのだが、そもそもの時点でついていけていないのである。

 

「そう?あたしは好きだよこーゆーの」

「だな。なんか、こう、内輪ノリっつーのか?この感じが他のアナウンサーと違ってお高くとまってねーから楽しめるぜ」

「……そういうものか?」

 

 疲れた視線を左右の友人たちに向けたが、達也の意見に同意を得られなかった。妹の深雪も含めて。

 

「……はぁ。俺がおかしいのか……」

「おかしい、ってわけじゃないんですけど、なんか彼女たちの掛け合いって楽しいじゃないですか?」

「……まあ、不思議と嫌な感じはしないが」

 

 それでも、『ニュースや実況は情報を届けるもの』という大前提に則ると、無駄な情報が多すぎる気がするのだが。

 

 達也が周囲とのギャップに悩み、友人たちが苦笑しながらそれを見ていると、後ろから声が掛けられた。

 

「後ろに座っても大丈夫?」

「はい、大丈夫です……よ?」

 

 半ば反射的に答えを返そうとした達也は、次の瞬間何かに気づいたかのように勢いよく振り向いた。

『後ろに座ってもいいか?』などというあまり聞かないセリフもそうだし、何より聞き慣れた声質だったからだ。

 

「……会長?」

「そうよ。奇遇ね達也くん?」

 

 そこにいたのは真由美だった。

 いや、真由美だけではなく、ニヤニヤと底意地悪い笑みを浮かべた摩利と、いつも通り(いかめ)しい表情の克人。そして初見でも真由美に似ていると分かる、同じ顔の少女たちがいた。

 

「それにしても、君にも弱点があったんだな。意外だよ達也くん」

「……無駄なハイテンションというものについていけない、というだけですよ委員長」

「会長もナギくんの応援ですか?」

「ええ。ナギくんはウチの学校の代表だし、そうじゃなくても弟だしね」

「……お姉さま。そろそろ紹介してくださりませんか?」

 

 いい加減話についていけなくて痺れを切らしたのだろう。双子のうち、髪の長い大人しそうなほうが割って入ってきた。その目がチラチラと深雪の方を向いている理由は理解できないが。

 

「ああ!ゴメンね、いつもの癖みたいなものだったから。

 彼がナギくんと同じクラスで風紀委員の司波達也くん。その隣が妹で生徒会書記の深雪さん。深雪さんの隣の二人がナギくんと同じ部活の一年生で、左から順に光井ほのかさんと北山雫さん。その隣から順に、千葉エリカさん、柴田美月さん、吉田幹比古くん、西城レオンハルトくん。彼女たちはみんなナギくんと同じクラスね。

 それで、こっちの二人が私の妹で、髪の短いほうが上の妹の香澄ちゃん。長いほうが末の妹の泉美ちゃん。まあ、双子だからあまり上下は関係ないんだけどね」

「七草香澄、中三です!よろしく〜!」

「こら、香澄ちゃん!年上の方たちなんですから敬意を持ちなさい!

 ……姉が失礼いたしました。七草泉美です。よろしくお願いします先輩方」

「ああ、よろしく」

「よろしくお願いしますね」

 

 双子のコントじみた挨拶に、司波兄妹が口元を緩ませながら応える。ちなみに、残りの面々は一高三巨頭に加えて十師族第2位の七草家直系が二人も加わったことで萎縮しており、ただ会釈することしかできていなかった。

 

「それにしても、さすがは会長ですね。俺たち全員の名前を覚えているとは。もしかして、全校生徒ですか?」

「さすがにそれは無理よ。覚えていたのは、単にナギくんと仲が良かったからってだけ。

 弟の交友関係を知っておくのも姉の(つと)めでしょう?」

「……姉バカだな」

「なるほど。それには全面的に同意します」

「お兄様⁉︎」

「……兄バカもここにいたか……」

 

 とかなんとか。摩利の頭を悩ますだけ悩ましながら三巨頭+双子も席に着いた。

 お陰で今まで深雪たちの美少女パワーで山ほど集めていた視線がさらに数倍になり、1-E男子勢の居心地の悪さも数倍になったのだが、これは余談であろう。

 

「でも、よかったわ。なんとか間に合って」

「本当だな。まさかクラウド・ボールでトラブルが起きて遅れるとは」

「だが、実際に間に合ったのだ。特に問題もあるまい」

「会長たちは、すべての競技を回っているんですか?」

 

 今の話が気になったのだろう。深雪が真由美に話しかけた。

 

「さすがに全部じゃないわね。出来るだけウチの学校の生徒が出ているところは見て回ってるけど、時間的に被っちゃってるところもあるし」

「それでも春原のだけは譲らなかったけどな」

「もう!いいじゃない!結果論だけど、遅れちゃっても間に合ったんだから!元のギッシリ詰めてた予定じゃ破綻してたわよ!」

「よく言うよ。クラウド・ボールの試合中、『ナギくんのに遅れちゃう!』って内心ハラハラしてたのに」

「香澄ちゃん⁉︎」

「ここに着いてからも、マルチスコープまで使っていい席が空いてないか探してましたしね」

「泉美ちゃんまで⁉︎」

 

 思わぬところからの裏切りに、真由美は顔を真っ赤にしながら慌て始める。

 その様子を、後列の女子三人はニヤニヤと、前列の兄妹は同志を見つけたような視線で見ている。他の人物は——萎縮してか天然でかは兎も角として——現在競技中の第二走者の試合に集中してたりする。

 

 そんな状況で、助け舟を出したのは深雪だった。『家族想い』の真由美がからかわれているのに、思うところがあったのだろう。

 

「ところで、何故わざわざ席取りを?会長たちでしたら貴賓室にも入れそうなものですが……」

「それがね、貴賓室は貸切なのよ。それに、いくら十師族とはいえあの家系に『出ていけ!』なんて言えないわ」

「……そんな家系は思いつかないんですが、なんという家ですか?」

「日本で唯一苗字を持たない家系、って言ったらわかる?」

「それは……確かに貸し切られますね」

 

 確かに、いくら十師族と雖も確実に上位に当たる家系だ。文句の一つとて言いようがない。

 

「さすがに御一家揃って、てわけじゃないけどね。

 ただ、今年は長男様が『日本を代表することになる人々を応援するのも公務の一環』ということでいらっしゃってるらしくて……」

「それでですか。納得です」

「……む?」

「……えっ?」

「なに?」

 

 唐突に、試合を観戦していた克人と美月、雫が頭を上げる。

 

「どうした十文字?」

「美月と雫も。どうかしたんですか?」

「いや、今一瞬、こう、結界のように世界が区切られた感じがしたのだが……柴田と北山はどうだ?」

「いえ、それが、なんというか赤色でもあって水色でもあるような、そんなオーラが見えた気がして……」

「私の方は、地面が揺れた感じが……」

「ふむ。言っていることが見事にバラバラだな」

「でも、三人も何かを感じたんだから、なにもないってこともないと思うけど……」

 

 一同が首を傾げるなか、達也は手元で実況を流していた端末を操作して、あるサイトをチェックした。

 

「ああ。北山さんの言っていたことは正しいみたいですよ。ついさっき、富士山で火山性の地震が観測されています」

「火山性地震?大丈夫なのか?」

「ええ。半月ほど前から微弱なものが観測されていますが、地下のマグマの量から噴火したとしてもごく小規模なものになると予想されています。登山客ならともかく、ここだと少し火山灰が降る程度でしょう」

「なら、柴田さんの視たものも、それに触発された精霊なのかもね。赤は火の色だし、水色っていうのは分からないけど、火の反対ってことでなにかしらの因果関係もあるかもしれないし」

「吉田の予想が正しいとすると、十文字の『区切り』というのだけが残るな。一体なんなんだ?」

 

 そう言うと、再び黙考し始める。克人の感覚が間違っているなどとは誰一人として思っていない。十文字家の空間認識能力は折り紙付きだからだ。

 

「まあ、分からないことを議論しても仕方がないですよ。

 っと、情報が更新されましたね。三十分以内に宝永火口付近でごく小規模な噴火の可能性あり、ですか」

「ナギくんの試合に影響がないかしら」

「大丈夫だと思いますよ。止めるにしても競技と競技の合間でしょうし」

「それに、ナギくんのスタイルは——」

『さあ皆様お待ちかね‼︎春原凪選手の入場だーー‼︎‼︎』

 

 ほのかが説明を始めようとしたところで、周囲から先ほどのアナウンサーの声が木霊した。どうやらこの場での視聴率はかなりいいらしい。

 

「あっ!ナギくんの番ね」

「そうだな。さて、春原は雰囲気に呑まれず結果を残せるか……ってあれは⁉︎」

「スノーボード⁉︎スケボーじゃないの⁉︎」

 

 驚きの声は摩利や香澄だけでなく、会場のあちこちから上がり、どよめきになった。

 確かに、ルール上は『規定サイズのスケートボードかスノーボードを使用すること』とありルール違反ではないのだが、雪道ではなく地面を走る分にはスケボーのほうが楽なのは明確だ。

 

「ナギくんの場合はこれでいいんですよ」

「ほんと、反則的」

『Ready……Go!!』

 

 そう、()()()()()()()()、だ。

 バイアスロン部二人の呆れた声と同時に、開始の音が響き渡り、次の瞬間会場が驚愕に包まれた。

 

「浮いている……?いえ、飛んでいるのですか……⁉︎」

「そうよ泉美ちゃん。ナギくんが大急ぎで春原家の飛行魔法を改良した、非精神干渉型飛行魔法。路面の状態とは無関係にスピードを出せるから、浮いている、ってだけでかなり有利ね」

『な、なんと‼︎春原選手、飛んでおります⁉︎まさかこれは飛行魔法なのかーー⁉︎』

「そうだとしても、あのスピードは自信を持っていい。時速100kmはゆうに超えてるぞ」

『おおっと!飛行中の春原選手の前方にほぼ直角のカーブだぁーー⁉︎これは減速するしかないぞ⁉︎間に合うのかーー⁉︎』

 

 そう言った裏事情も知らずに、もう既に『飛行魔法』の驚愕から立ち直ったこの司会者はいったい何者なのか。達也はそう思わずにはいられなかった。

 

『おおぉー⁉︎なんと速度を落とさず曲がりきったーー⁉︎

 それになんか電気の塊が浮き始めたぞーー⁉︎』

「カーブの曲がりかたも上手ですね。波に乗る、いえ空気に乗るようにして減速を最小限に曲がりきりました」

「そうだな。それに、ナギに追随するように浮いているアレは……あれが【(ゲイ・)(ボルグ)】か?」

「ナギくんは【雷(ヤクラーテ)の投(ィオー・フ)擲】(ルゴーリス)って呼んでるけどね。

 動かない(まと)相手だったら、【魔法(まほう)(しゃ)(しゅ)】よりもあっちの方が精度がいいみたい。『火』みたいに誤爆が怖くて使えないのもあるし」

「なるほど」

 

 そのような会話をしながら、達也の『眼』は、ナギの飛行魔法の解析に挑んでいた。

 

(予想通り、極小規模・極短時間の加重系魔法をコピーして連続発動しているな。無駄もほとんどない。これなら、ループ・キャストで魔法式を大きくするよりも、CADの方で機械的に起動式を連続出力させたほうがいいか……?)

『第二射撃ゾーンを抜けたここまで、信じられない記録を叩き出している春原選手‼︎しかし前方には伝説のいろは坂をも凌駕する、大会名物【魔の連続ヘアピン坂】が待ち構えているぞーー⁉︎』

「だから、飛んでるナギくんに上り坂なんて関係ないのよねぇ」

(まったくその通りだ。これは来年禁止になるな飛行魔法)

 

 真由美の呟きに内心全面同意しながら、しかしその『眼』はナギが小さく「モービテル」と呟いたのを見逃さなかった。

 

『曲がる曲がる曲がるぅーー⁉︎なんと春原選手、大きく減速することなく坂に突っ込み、高速でUターンを連続して難所を軽々乗りきったーー⁉︎』

「あれは……まさか、軌道変更部分のリミッターを解除して高速機動を実現させたのか……?

 なんて無茶な。そんなことをしたら体にかかるGは半端なものじゃなくなるぞ」

 

 思わず、といった感じで達也は口に出していた。同時に、自分の作る飛行魔法にはそんな危険なものはつけないようにしよう、と固く心に誓った。

 ……ちなみに、その呟きを聞いてしまった某三姉妹は黒い笑みを浮かべていたのだが、隣に座っている摩利以外、試合に集中していて気づくことはなかった。

 

『最終射撃ゾーンもパーフェクトで抜けて、残すはラスト直線一本道のみ‼︎この時点で既に世界記録は確定的と言ってもいい……って、まだ加速するのーー⁉︎』

「……ねえ摩利。ナギくん何キロぐらい出してると思う?」

「え?あ、ああ、そうだな……150、いや180は固い。200近くいってるんじゃないか……?」

「そうよねぇ?……まったく、事故が起きたらどうするつもりなのかしらねぇ?うふふふふ……」

「そうですわね。先ほどの高速機動といい、もう少しお体を大事にしてもらいませんと……ふふふ」

「だよね。これは、帰ったらお仕置きが必要かなぁ……?あはは」

「怖い!この三姉妹怖すぎるぅ!」

 

 某三姉妹の方から摩利が若干キャラ崩壊を起こすほどの負のオーラが漂っているが、十文字と一年生は決してその方向を見ようとしない。トラウマになるのは分かりきっているのだから。

 

『ゴール‼︎なんと春原選手、高校一年生にして世界記録を二分以上縮めるという快挙です‼︎これはもう優勝確実と言ってもいいでしょう‼︎

 見た目だけじゃない‼︎たとえ学校では二科生でも、実力は別のところにあると証明するかのような走り‼︎わたくし、明日からコメンテーターとして隣に座らせることに申し訳なさを感じ始めております‼︎

 えーと、インタビューはいけますでしょ——』

 

 

 

 グワン、と。

 

 空間全てを飲み込むかのように景色が変わり——

 

 

「……なんだ、これは……」

 

 

 ———世界は、『火』と『水』に彩られた。




主人公「⁉︎な、なんか死亡フラグが立った気が……」

さて、皆様如何でしたでしょうか?
結構ヒントが出ましたので、『世界』がなんなのか気づいた人もいらっしゃると思いますが、次の話が投稿されるまで心の中にしまっといてください。バラされたら、この話唯一の盛り上がりがなくなってしまいますので;;

ちなみに、今回名前が出た全てのオリキャラの方にビジュアルイメージがあります。全員ネギま!由来の名前ですので、その方々とほぼ同一と思ってください。敢えて誰と誰が対応しているかは言わず、皆様の推理にお任せします。少なくとも、TSしてる、なんてことはないです。

それでは次回にお会いしましょう!

・・・主人公(笑)「……ってあれ?もしかして、一言もセリフがなかった……?」


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第二十六話 火と水の世界

 

「……一体、何が起きたんだ!」

 

 そう達也は声を荒げながら、冷静に状況を判断()()()()()。こういう時は、素直に固まることができる友人たちが羨ましくなってくる。

 

(まず、一分前までは富士演習場にいた。これは『眼』も使ったし確実だ。

 となると、この光景は幻術や精神干渉系魔法……ではない。何度視てもあれらは現実に存在しているし、そもそもこれだけの人数を相手に同時にかけるなんて伝説の『(グリ)(ム・)(リー)(パー)』でもない限り不可能だ。同様に、あの競技場自体が幻覚だった、というのも考えにくい。

 そもそも、なんであの場の全員じゃない?もし幻覚の類だとしても、ただでさえかかりにくい俺や深雪にかけられているのに、情報強化も何もしていない一般人にかけられないないわけがない。

 ……くそっ!情報が足らなすぎる‼︎しかもなんだこの違和感は!まるで、世界の方が変わってしまったような……)

「き、きゃあぁぁ‼︎⁉︎」

「なんだ⁉︎なんなんだよここは‼︎⁉︎」

 

 達也の思考はそこで中断される。思考の海から意識を引き上げて見てみれば、先ほどまで固まっていた観客や選手、スタッフまでもがパニック状態に陥っていた。幸いにも、友人知人たちは混乱しているものの狂乱してはいなかったが。

 

「皆さん!落ち着いてください‼︎」

「直ちに現状の把握に努めますので、皆さんはその場で落ち着いてください‼︎」

 

 十師族の責務からからか、十文字や真由美が声を張り上げているが、未知の現象に混乱している観客には声が届いていない。このままだと、決壊はすぐそこだ。

 

「真由美!十文字!慌てるな‼︎

 この状況だ。なんとか落ち着かせないと、誰の耳にも入らないぞ‼︎」

「そうは言っても、じゃあどうするのよ⁉︎

 ああもう‼︎こんなことならあーちゃんと別れて回るんじゃなかった‼︎」

(確かに、一体どうすればいい?もし暴徒化したら、目立つ深雪や会長は間違いなく狙われるぞ)

 

 達也が再び思考の海に潜りだす。第一優先(みゆき)に危険が及ぶ可能性が出てきたことで速度がさらに速まったが、それでも名案が思いつくわけではなかった。

 

(中条先輩の精神干渉系魔法がない以上、使える手は限られてくる……。

 ……一瞬だ。一瞬でいいから全員の気を何かに引きつけられれば恐慌状態じゃなくなる。そうなれば十文字会頭たちの声も届くかもしれない。

 だが、どうやって引きつける?フラッシュグレネードなんて持ってきてるわけもなし。くそっ!こういう時、『魔法』と銘打たれてるくせに見た目が地味なのが頭にくる!

 ……何?これは……)

 

 達也は何かに気づいたかのように顔を上げると、燃える森の先を見つめる。

 達也だけじゃない。その場にいる全員が、ともすると戦略級魔法に匹敵するかもしれない規模の事象改変を感じ取り、一斉にその方向を向く。

 

 

 そして次の瞬間、天に向かって(見た)(目に)(も派)(手な)(魔法)が放たれた。

 

 

(収束系による気圧操作で衝撃波や暴風を生み出しつつ直線的に空気の密度を下げ、そこを通すように保持していた莫大な電力を放ち、直線上に()()()。こんな特徴的で大規模な魔法、それに放たれた位置……ナギか!)

「【(いかづち)(ぼう)(ふう)】……ナギくんなのっ⁉︎」

 

 奇しくも達也と真由美が正解に思い至ったと同時に、荒れ狂う嵐が分厚く覆っていた雲を一部吹き飛ばし、その上にあった『白い世界』に溶けていった。もっとも、僅か数秒後には穴を覆い隠すように周囲からの雲で覆われてしまったが。

 

(何を狙ってかは分からないが、ナイスタイミングだナギ!全員の思考が停止しているこの隙に……)

「皆さん!ひとまず落ち着いてください!」

 

 達也が声を上げようとすると同時に、十文字が先んじてその重みのある声を張り上げた。単純に、誰が撃ったか分からなかったために魔法の発動者に思いを馳せていなかった差が出たのだ。

 

「師族会議十文字家代表代理、十文字克人です‼︎

 このような事態になり、混乱しているのは私も同じですが、まずは落ち着いて、冷静に現状の解決策を考えましょう‼︎ここで無意味に混乱して暴動を起こしても、事態は解決しません‼︎」

 

 その、十代にはとても見えない堂々たる姿に安心したのか、はたまた『十文字』というビッグネームに安心したのかは定かではないが、会場、いや会場があったはずの地点の混乱も収まる。

 

「皆さん‼︎私たちもこの状況に関しての情報が不足しています!どんな些細なことでも構いません!何か心当たりがないか思い出してみてください!周囲の人の記憶と擦り合わせていただいて、情報の精査をしていただけると幸いです‼︎何かありましたら私のところに申し出てください!

 ……そういうわけだ。俺たちもまずは情報交換から始めるぞ」

 

 十文字の言葉を受けて、そこにいた人たちは、記憶を思い出そうとしてみたり周囲の知人と話し合ったりし始めた。

 これは、ある理由があってのことだ。

 ついさっきまでの世界と、今いるこの世界はあまりに違いすぎている。その上で、さっきまで見ていた試合は事実であり、今いるここは何らかの異常の結果だと認識させることで、アイデンティティの崩壊を防ぐ効果を狙ってのことだ。これで情報が出てくるとは考えていない。

 むしろ情報は、同じ十師族の七草姉妹や、十師族直系に匹敵する技量の持ち主である摩利、起動式を読み取れる達也や三巨頭を上回る魔法力を持つ深雪、もしくは一点特化の面が強い他の一年たちからの方が期待していた。その期待はすぐに裏切られることになるが。

 

「まず、俺たちは全日本選手権の会場で、春原が出ていたSSボード・バイアスロンの試合を観ていた。それは正しいか?」

「はい。そして、ナギが世界記録を二分以上縮めるという信じられないような結果を出してすぐに、一瞬視界が明転したかと思ったらここにいました。ほかの方たちはどうですか?」

「ああ。二人の説明で合っている」

 

 摩利が代表して答えたが、全員の表情には困惑が張り付いたままで、なぜこのようなことになっているのか、そもそもこれは何なのかが理解できていない様子だ。

 

「収穫はなし、か。となると、他の観客の情報待ちだが……」

「いえ、おそらく、何らかの予想を立てて動いている人物がいます」

「……何?」

 

 達也のその言葉に、皆の視線が集中する。それだけ、今の状況は情報に飢えていた。

 

「達也くん、誰なんだそれは?」

「ナギです」

「ナギくんが⁉︎」

「そんなっ⁉︎」

 

 摩利の質問に、達也は間髪入れずに答えたが、ナギと特に仲良くしている七草姉妹は、下手をするとこの世界を見た時以上に驚いていた。

 十文字や摩利に目で説明を促され、達也はその根拠を述べ始めた。

 

「ナギは、先ほど上空に向かって、戦術級指定魔法【雷の(ヨウィス・テンペスタ)暴風】(ース・フルグリエンス)を放ちました。それが根拠です」

「だが、それは狂乱を収めるためだったんじゃ」

「いえ、それはないでしょう。

 ナギが居たのはあれだけ離れたところです。こちらの状況を把握しているわけがありません。

 それに、もしそこでたった一人で俺たちと同じようにこの世界に放り込まれて混乱していたとするならば、まずは誰かと合流しようとするか、目の前の光景を信じられなくて排除しようとするかのはずです。

 しかし現実ではナギは、広域殲滅が可能な魔法をわざわざ()()()撃っています。これは、そうすれば何かしらの情報が得られる、と確信していなければできないことです」

「じゃあ達也くんは、ナギくんがこれの犯人だ、って言うの⁉︎」

 

 あまりの断定口調に、真由美が声を荒げる。

 その理路整然とした理屈には穴はないが、それを信じたくはない、という感情なのだろう。

 しかし、その心配も杞憂に終わる。

 

「いえ、そんなことはないでしょう」

「……えっ?」

「ナギの人格的にこんなことをするとは思えませんし、その理由もありません。

 そもそも、先ほども言った通り『何かしらの情報が得られる』目的で魔法を撃ったはずなので、俺たちほどではありませんがナギ自身も判断に困っていたのでしょう。

 自分が言いたかったのは、おそらく春原家に遺されてきて、ナギが解読したものの中に、この状況に類似するなんらかの情報があったのだろう、ということです。

 ……まあ、本人が来ているので、真偽は直接聞けばいいですね」

 

 達也を視線を全員が追うと、スケボーに乗りながら猛スピードでこちらに飛んでくるナギの姿があった。

 

(ラピデ)(ー・ス)(プシス)(タット)‼︎

 皆さん!無事ですか⁉︎」

「ああ。こっちはなんとかな。

 それで、早速ですまないが、何か情報を知っていたら教えてくれ。現状を全く理解できていないんだ」

 

 ナギが飛び降りるのと同時に声をかけ、達也がそれに答えると、視線がナギに集中した。達也の説明を聞いて、ナギがなんらかの情報を持っているのは確信したのだろう。

 そして、当事者となっている彼らに対して隠すという選択肢は思いつかず、ナギは自らの推論を述べた。

 

「おそらく、ここは天然の『異界』だと思う」

「『異界』?」

「アナザー・ワールド、鏡面世界、神隠しの行き先。

 浦島太郎の『竜宮城』や砂漠の旅人の『オアシスの夢』のように、現実世界の土地を触媒に、重なり合うように存在する別世界のこと。

 現代魔法の理論で無理やり説明するのなら、『世界』というエイドスの一部を切り取り、少しだけ変えている魔法式の『()』。ここは一つの独立した世界でもあり、ありとあらゆる法則も乱れている可能性のある別世界。正直な話、生きていられる世界、っていうだけでも奇跡的だ」

 

 世界、などというあまりに壮大な話に、この場のほとんどの人間はついていけていなかった。

 それもある意味当然だ。『今いるここは別世界ですよ〜』と言ったところで、普通だったら頭を疑う。しかし、状況が普通じゃないために信憑性のあるのがタチが悪いが。

 

 そして、ナギの話になんとかついていけている達也は、ナギの与えた情報を噛み砕くと、ナギに確認した。

 

「つまり、一定範囲内の土地の全エイドスデータを一連の情報として捉えてコピー、その上で一部を改竄した魔法式が何らかの原因で投射され、俺たちはその中に取り込まれた、という認識でいいのか?」

「うん。概ねそんな感じ」

「なるほど。理論だとかがすっ飛んでいて納得はできないが、理解はした。

 それで、ここから脱出する方法はあるのか?」

 

 核心をつく達也の言葉に、頭がオーバーヒートしかけていた面々も、冷水を浴びたように現実に戻ってきた。

 ここがナギの言う通り別世界だとすると、そもそも元の世界に戻れないのではないか、という最悪の可能性も各々の頭をよぎり、顔を青くしたのだ。

 

「大丈夫、のはず。一応あるにはあるから」

 

 そして、ナギから返ってきた曖昧な言葉に、喜んでいいのか悪いのか、という微妙な表情に変わった。

 

「はず、というのは?」

「まず一つ目の策だけど、さっきも言った通り『異界』は現実の世界の一部の写し絵だ。当然、惑星一つ丸ごとなんてものじゃない限りはどこかで『果て』にたどり着く。

 そこから外に踏み出せば、運さえ悪くなければ弾き戻されるようにして元の世界に戻れるらしい」

「……悪ければ?」

「次元の狭間で一生幽閉」

「……うわぁ。却下で」

 

 あまりのリスクに、エリカが顔をしかめながら手でバツを作る。

 

「二つ目は、春原になぜか残っていた次元跳躍魔法を使うこと、だけど……」

「何か問題があるの?」

「検証だとか次元の同期だとか魔法の改良だとかで、多分跳べるまでに年単位でかかると思う。浦島太郎の例みたいに『異界』は時間の流れも変わることがあるから、実際戻ってみたら一秒しか経っていなかった、なんてこともあるだろうけど……」

「無理だな。そもそもこの世界に食料があるとは思えん」

 

 バッサリと十文字が切った案に、達也は学術的な興味を持ったが、そんなことをしている状況ではないと頭を切り替えた。

 

「となると、最後の三番目だけど……」

「だいぶ渋っているな。どんな策なんだ?」

「『異界』の多くは、本来なんらかの手順を踏まないと行けないんです。次元跳躍魔法もその一つで。

 その上で、天然の『異界』には決められた手順を踏めば元の世界に戻れるような仕組みになっているものが多い、と書いてありました」

 

 もちろん前世の知識だ。その手の知識は教え子の魔法探偵が詳しく、『開拓』の時にだいぶ世話になったのだ。

 

「ナギお兄さま、それのどこが問題なんですか?」

「浦島太郎が玉手箱を受け取ったり、旅人がオアシスで一晩過ごしたり。『異界』によってその手順が千差万別なんだ。この世界の鍵がなんなのかが分からない。

 それに、手順を踏まないと入れない世界にこれだけ多くの人が入り込んだのも気になる。絶対に共通点が必ずあるはずなんだ。

 こうした『異界』の多くは、なんらかの伝承が元になっていたりするんだ。いや、正確には伝承の元になった、かな?

 とにかく、入り込むための鍵が分かって、そうした伝承を知っていれば自然と出るための鍵も分かると思うんだけど……」

「入り込むための『鍵』、か……」

 

 達也がそう呟いたのを最後に、この場を沈黙が支配した。

 ナギのおかげでかなり状況が見えてきたが、それでもまだ解決には一歩足りない。あと一つピースがあればいいのだが……。

 

「あのぅ……」

 

 そんな中、最後のピースを持ってきたのは意外な人物だった。

 

「はい?何かありましたか?」

「あ。塩川さんどうしてここに?」

「ナギくんこそなんで十文字さんたちと一緒、でもおかしくないですね。同じ一高生ですし」

 

 (しお)(かわ)()()。インターマジックの中継で司会を任された、白みがかった長い髪の女性だ。見た目は可愛らしい少女といった感じで、曰く14歳の時からまったく成長していないとか。

 PKのBS魔法師だが、魔法科高校の受験には失敗。その後テレビマギクスにアナウンサーとして就職するも、持ち前の影の薄さからパッとしない生活を送っていた。が、魔法ジャーナリストの赤水さくらとコンビを組むようになってから人気が出始め、今では看板アナの一人である。ちなみに、その異能とも思える影の薄さから、『ミズ・ファントム』の正体ではないかと(まこと)しやかに囁かれてたりする。

 

 それはともかく。

 

「何か気づいたことがあったんですか?」

「はい。特にヒントになるようなことか怪しいんですけど……。実はここにいる人たち、一人を除いてみんな魔法師っぽいんです」

「……え?そうなんですか?」

「うん。さっき、向こうの方ですごい規模の魔法が使われましたよね?その時、ほぼ全員が()()()()()()反応して向こうを向いたんです。これって、魔法師、というか魔法技能がある人じゃなきゃありえませんよね?」

 

 その言葉に、達也たちは「あっ!」と固まった。

 そういえば、自分たちも普通に感じれたから忘れてたが、確かに全員に魔法技能がなければありえない光景だ。

 

「なるほど。それで、春原。これは『鍵』になるのか?」

「魔法師、ってことはならないと思います。魔法師は大なり小なり世界とつながっているので、どちらかと言えば引き摺られたのかもしれませんから。

 むしろ、鍵というなら一人の例外の方が可能性が高いです。どのような方なんですか?」

「あちらの御方なんですが……」

 

 そう言うと、黒服の男たちに囲まれている、この場において最も権力のある男性を見た。

 

「ああ。なんというか……鍵になりすぎますね」

「由緒がありすぎて特定できない、ということか」

「そうですね。あとはもうしらみ潰しに試すしかなさそう——」

「いや、待って」

 

 頭で考えることを放棄して、足で探そうという空気になったところで、ブツブツと何事かを呟いていた幹比古が声を上げた。

 

「何か思いついたの幹比古くん?」

「霊峰富士、火と水、噴火、そして天皇家。ここまで揃ったら、当てはまるのは一つしかないと思う」

(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)か」

 

 幹比古にヒントを挙げられて、達也もその存在に行き着いた。

 しかし、それ以外の人には思い当たらなかったのだろう。首を傾げている。

 

(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)?」

「日本神話に見られる女神の一柱です。(アマ)(テラ)(スオ)(オミ)(カミ)の孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の妻で、結婚の際などにもいろいろあったそうですが、火をつけた小屋の中で三つ子を無事に産んだ火中出産でも有名ですね。そのうち末の息子が天皇家の祖先と言われている(ヤマ)(サチ)(ヒコ)です」

「その(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)ですが、富士山を御神体とする富士信仰の祭神で、火を司る火の神とも、火を鎮める水の神ともされています。どちらにせよ噴火を鎮めるため、というのが一般の見方です。

 さらに言うのなら、富士信仰の大元、富士山本宮浅間大社ですが、落雷による炎上のせいで建て直しの真っ最中です」

「なるほど、それらの条件が奇跡的に重なり、トドメに富士山の噴火が起きたことで鍵となってしまったというわけか」

 

 達也と幹比古の説明は、現状とも噛み合っている。ここが『火中』ということなら……。

 

 

「ってことは、ここから脱出するためには『三つ子の出産』が必要ってこと?それなんて無理ゲー?」

 

 

 エリカの呆れ声が、この場のほぼ全員の意見を代表していた。




野生児「無理ゲーというよりエ○ゲーだな」

お待たせしません、連日投稿です!
というかなんか長くなりそうだったので分割です。解決編はまた次回に。

この作品の天然異界の設定はほぼ完全にオリジナルです。一応ネギま!や魔法科とは矛盾しないように決めましたが、展開が楽になりそうな感じにしているので多少ご都合主義ですね。

それでは次回、『(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)の異界』でお会いしましょう!

・・・これで彼女と彼女の元ネタが誰かは分かりましたか?


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第二十七話 コノハナノサクヤビメの異界

 

「ここから脱出するためには『三つ子の出産』が必要ってこと?それなんて無理ゲー?」

「エリカちゃん……確かにその通りだと思うけど……」

 

 エリカの呆れ声に、他の女性陣が揃って顔を赤くする。色々と想像したのだろう。

 

「いや、それはするだけ無駄だろう。この人数で挑んだとしても確率が低すぎる」

 

 達也はその可能性を切って捨てた。

 ナギの話が正しければそれが脱出するための鍵なのだろうが、人権だとかを無視して行動に移したとしてもナギの転移魔法の完成の方が早いに決まっている。

 

 しかし、ナギはそう思ってはいなかった。というよりも、他の部分が気になっていた、という方が正しいか。

 

「……噴火?それってどういうことですか?」

「ああ、春原は知らなかったか。

 春原の出走前に、三十分以内に宝永火口付近でごく小規模な噴火の危険があると警報が出たのだ。おそらく、我々のところには影響がないことから判断して、試合を止めたりアナウンスをしたりしなかったのだろう」

「そうです。一応警報の情報は入ってきたんですけど、会場には警報の範囲がかかっていなかったのでテロップで流したんです」

 

 塩川もそれを肯定する。会場で気づいた人間は少なかっただろうが、テレビ局員として様々な情報を仕入れていた彼女は当然のこととして知っていた。

 

「だとしたら……。もしそうなら、何とかなるかもしれません」

「どういうことだ?」

「そもそも、いくら条件が揃っていたからといって、人が鍵になるなんてことはまずありえないはずなんです。普通はそれらを起点に自然が最後の鍵になる、と書いてありました」

 

 それこそ、『魔法(ムンドゥス)世界(・マギクス)』に対する『黄昏の姫御子』ぐらいの因果関係がなければありえないのだ。あれの場合は火星にあったのでそれが影響したことは少なかったが。

 

「となると、ここへの扉を開いた鍵は『富士山の噴火』で間違いがありません。

 そして、この世界が『噴火を鎮める存在』としての(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)の側面を表しているんだとしたなら……」

「噴火を鎮める、つまり火を消せば出られるということか。

 だが……これをすべてか?」

 

 そう呟く達也の目の前に広がるのは、最初の頃からまるで勢いが衰えずに、煌々と燃え盛る枯れ木の森。ナギの予想が正しければ果てもあるのだろうが……どれだけの範囲を消せばいいのかなど、想像したくもない。

 

「だが、現状それしか可能性がないのもまた事実。尻込みしている場合ではあるまい。

 俺は春原の情報をまとめて、ここにいる魔法師全員に協力を呼びかける。七草たちはすぐに消火作業にあたってくれ」

「……そうね。一つしか可能性がないのなら、それにかけるしかないもの」

「じゃあ、ボクは外周まで飛んでいって、外側から消していきます。何かあったら真由美お姉ちゃんに念話で伝えますので」

「……念話が使えるの?初めて知ったんだけど」

「うん。まあ、ある意味精神干渉系魔法でもあるから使えるとは言ってこなかったけど、ここだと端末も使えないしね」

 

 基地局も衛星もないのだから当然だろうが、そこで初めて気づいたかのように全員が端末を確認しだす。やはり異世界というものに実感が湧かないのだろう。

 

「とにかく。それぞれのするべきことをするだけだ。行動を開始してくれ」

 

 十文字の掛け声とともに、おそらく史上初の、異世界での消火活動が始まった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 それから二時間後。

 サイオン切れで離脱する者も出てきはじめ、多少スピードダウンしてきているが、消火作業は概ね順調に進んでいた。

 ナギの情報では、現実で会場に対応する場所から『果て』まで約40キロメートルぐらいだったらしいが、見えた範囲では巻き込まれた人は見当たらなかったらしい。触媒になった『皇族の御方』付近の魔法師が巻き込まれたとみて間違いがないだろう。

 

 むしろその情報で問題だったのは、消火範囲の方だった。

 もし仮に会場を中心に円状に広がっているのだとしたら、その面積は約2500平方キロメートルにも及ぶ。いくら魔法師の活躍の代名詞で高層ビルの火災が挙げられているとしても限度がある。ましてやエリカやレオ、塩川アナのように戦力として期待しづらい人員もいるのだ。数時間から半日の長期戦が予想された。

 

 しかし、そんな中でも休むことなく大きな成果を出している人物が二人いる。

 

「……」

「「「おおっ!」」」

 

 一人は深雪。振動系減速魔法に高い適性を持つ彼女は、サイオン消費を極力抑えるために、温度を下げすぎずその分の規模を範囲に回した領域魔法で、黙々と消火作業を行っている。その量が一人で魔法師集団の三割以上になっている時点で、どれだけ優れた魔法師なのかが分かるというものだ。

 

 もう一人は……。ドッ、ドガガガッ!と遠雷が鳴り響いていることからも分かるだろう。

 

「ナギくんのほうも順調みたいね。私たちも頑張りましょう!」

「うん!」

「そうですわね」

 

 当然のごとくナギだった。

【雷の暴風】や【闇の吹雪】などの広範囲殲滅魔法で、枯れ木ごとまとめて吹き飛ばしているのだ。

 ナギが外周部を回るように吹き飛ばした範囲は魔法師集団全体の作業量と同じぐらいにもなる。飛行魔法による機動力と大魔法による広範囲殲滅が、これ以上ないくらいに噛み合った結果だ。

 

(ナギがやっていることは、『消火』と言うよりは『破壊』と言った感じの馬鹿げた方法だが、単純に『消す』ことだけを考えると時間的には効率がいいのも確かだ。

 ……しかし、いくら仙術でサイオンを外部から取り込めるとはいえ、限度はないのか?あれだけの規模の魔法をこれだけ連続して扱えるとは、実際の総量でみたら俺や深雪を軽々凌駕しているぞ)

 

 実際には、いくら外部からサイオンを取り込めたとしても、ナギの前世にいた普通の魔法使いならまず無理な方法である。完全な(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)になったことで、無尽蔵にも等しい魔力を得ているナギだからこその手法だったりするのだ。いや、本家本元の『ナギ』も可能かもしれないが。

 

(まあいい。『分解』が使えないから効率はかなり悪いが、元の世界に戻るために俺もできる限り尽力しなくては)

 

 達也は頭を切り替えると、それぞれが(ナイト)息乱(ロゲン ・ ス)(トーム)で広範囲をまとめて消していっている三姉妹を横目に、収束系魔法で空気中の二酸化炭素の濃度を操作して一本一本地道に消していった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 さらにそれから三時間後。

 達也たち一高グループは、最初に魔法師たちが放り出された地点に建てられた簡易的な小屋の中で休憩していた。

 いくら深雪や達也と言ってもサイオン量には限りはあるし、ナギにしても大魔法の連発で精神的に疲弊したためだ。

 ちなみに、すでにエリカたち一年は三回から四回、真由美や十文字ですら一回は休憩していることを考えると、どれだけ常識外れのサイオン保有量なのかが分かるだろう。

 

「それで。上空から見て消火作業はどれくらい進んでいるの?」

「だいたい面積で六、七割かな?だけど、優先的に進めてた富士山の近辺がそろそろ終わるから、残りはほとんど平地だよ」

「そうなると、あと二、三時間以内で終わりそうですね」

「はぁ〜ようやく終わりが見えてきたな。いい加減火消しも飽きてきたぜ」

「あんたは大して役に立ってないでしょうが」

「んだと!そういうオメェは途中で抜け出して何してたんだよ!」

「ざんねん、ここらへんの小屋建てるために消火し終わった木を切ってたのよ〜。あたしはそっちのほうが適正あるし〜?」

「エリカたちはこんな時まで変わらないんだね……。素直に感心するよ」

「犬猿の仲、なのかな?」

「どちらかと言うと、喧嘩するほど仲がいいって感じ」

 

 エリカたち一年生も、消火作業を通じてだいぶ三年生とも打ち解けてきたようで(エリカと摩利は相変わらずだが)、バイアスロン会場での借りてきた猫のような大人しさはなくなっていた。

 

「たしか、春原でも外の様子は分からないんだったな?」

「はい、流石に分からないですね。

 時間の流れも変わっている可能性があるので、もしかしたら元の世界ではまだ一秒も経っていないのかもしれませんし、はたまた数年経っているのかもしれません」

「まさしく神隠し、というわけですか。まさかこんな未確認現象が残っていたなんて……。まだまだ魔法は発展途上、というわけですね」

「とゆーか、ナギ兄ちゃんが概要だけでも知ってなかったら、ボクたちは全員ここでのたれ死んでたよね。不幸中の幸いだったね」

「たしかにその通りかもしれないけど。香澄ちゃん、のたれ死ぬ、なんて言葉遣いはやめたほうがいいと思うよ」

「はーい」

 

 ナギの注意には素直に答える香澄。これがいつものように泉美が注意していたら、適当に受け流していたに違いない。ここまで素直なのも、仲が良くて怖くない()()だからなのだろう。

 

「それで、ナギの言う通り正面の一本は残しておいてあるが、それは何故なんだ?」

「まあ、一応だよ。通常の世界に戻る時、デタラメな方向に弾き飛ばされるかもしれないからね。最後の一本を消す時は全員がまとまっていたほうがいいと思う」

 

 達也の疑問は尤もだが、前世で魔法(ムンドゥス)世界(・マギクス)に行った際に仲間とバラバラになった経験があるナギが、最悪の場合を予想しておいているのも当然か。

 

「なるほど、そういうことか。理解した。

 しかし、まるで経験したことがあるような口ぶりだが、そんなことはないんだろう?」

「……そうだね。生まれてきてから今までで、『異界』に来たのは初めてだよ。単純に、知識として知っていたから達也くんたちよりかは落ち着けているだけかな?」

「まあ、それもそうか。俺たちはこんなものは知らなかったわけだからな。反応が違っていても不思議はない、か」

 

 あくまで、初めてなのは『今世で生まれてから』初めてなだけで、前世の世界では『異界』最古の王国の王子だったりするのだが、言わぬが花だろう。

 

「と、休憩時間もそろそろ交代だ。調子はどうだ、深雪?」

「絶好調、というわけではありませんが、あとは休憩しなくとも最後まで働けます」

「はぁー。すごいわね、これだけ短時間で回復できるなんて、保有量だけじゃなくて回復力も高いのね。体を鍛えてると回復が早い、って言われてるけど、やっぱり九重八雲さんの門下生だから?」

 

 この世界で言うサイオン回復力とは、実際には情報体(エイドス)の活性が強いため余剰サイオンが多くある、ということである。それはナギの前世で言う『気』の量に等しく、つまりは肉体を鍛えることで増やすことができるのだ。

 しかし、現代魔法理論ではあくまで統計的なデータであり、未だ理論的には説明されてはいないものだが、そう遠くないうちに十文字家主導で論文化されることになるだろう。

 

「お兄様は確かに門下生だと言っても恥ずかしくありませんが、わたしは軽く体の動かし方を教えてもらった程度で、門下生と呼べるほどでは……」

「どちらにしても、その技量はこの世界にいる中でも指折りだ。期待されるだろうが、無理をする必要はない」

「はい、十文字会頭。無理はせずに、できる範囲で務めさせていただきます」

「うむ。

 それでは、休憩も終了だ。我々も務めを果たすぞ」

 

 こうして、ナギ、達也、深雪にとっての、最初で最後の休憩が終わった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 消火作業開始から計八時間後。

 巻き込まれた魔法師たちは、疲労困憊ながらもついに消火作業をやり終えた。まあ、全体の六割以上はナギと深雪の二人がやったのだが。

 

 そんな魔法師たちは、現在最初の地点に集まって最後の一本が消されるのを今か今かと待っていた。それは達也たち一高生も同様で、ついに元の世界に帰れるとあって浮かれた空気を醸し出している。

 

「巻き込まれた全員がいるのを確認したぞ。あとはそれを消すだけか?」

「普通ならそうなんでしょうけど……」

 

 しかし、それに反してナギの表情は神妙だ。まるで、何かに気づいたかのように。

 

「何か問題があるのか?」

「……幹比古くん。美月さんをお願い」

 

 十文字に問われたナギだが、それに応えることなく、未だ燃え盛るただ一つの木に向き直る。

 

「……出てきたらどうですか?居ないはずがありませんよね?」

 

 達也たちはその言葉に首を傾げるしかなかった。

 そう問うナギの視線の先には誰もいなく、ただ一本の燃える木があるだけだったからだ。達也の『眼』でも、誰かが隠れているなんてこともない。

 

 

 ———ドォウッ!、と莫大な(プシ)(オン)が、燃える木の前に渦巻く。

 

 

「な、何が起きてるのっ⁉︎」

 

 

 いや、そんな筈はない。

 何故ならここは、彼女の世界。ここにある全ては彼女自身。

 

 ならば、そこに彼女が居ないわけがない。

 

 

 ———そうして、神秘的な輝きとともに、女神が舞い降りた。




三姉妹「トリプル・ナイトロゲン・ストーム‼︎」

ギリギリ連日投稿3日目です。少し短めですが、キリのいいところで。

超ダイジェストでお送りした消火作業ですが、特に何かがあったわけではないので……。深雪がファン(末妹含む)を増やしたぐらいですかね?

それでは次回、『女神』でお会いしましょう!

・・・野生児「俺が何してたのかって?頼むから聞かないでくれ……」


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第二十八話 女神

 

 舞い降りたのは、美しい、と言うよりは可愛らしい少女だった。もしくは、優しそうな、であろうか。

 綺麗な射干玉(ぬばたま)の黒髪は、腰まで絡まることなくストンと落ち、髪と同色の瞳は、優しい慈愛の色で満ちている。

 その身に白色の(かり)(ぎぬ)を自然に身に纏い、白魚のような両の手にはそれぞれ扇子が握られてる。

 

 その(みす)姿(がた)は、身近に人の美しさの限界を極めたような妹がいる達也でさえも息が止まりかけるほどだった。

 それとはまた別で、確信して呼んだはずのナギは、その()()()()()()()()()姿を見て口を開けて固まってしまっている。

 

 少女は、フワリ、と重力を感じさせない仕草で地に足を着くと、困りつつもどこか嬉しそうな笑顔を浮かべてナギに語りかけた。

 

 

「……いや〜、ばれてもうてたか〜。さすがやね、と言ったほうがええ?」

 

 

 その見た目、その声色、その仕草。身に纏う服装から手に持つ(アーティ)(ファクト)まで。あまりに()()に似すぎている少女を前にして、さすがのナギも戸惑いを隠せない。

 そして、そんなナギの様子を見て、少女はこれまた見覚えのある表情を見せた。あれは……『イタズラ成功!』、だろうか。

 

「……(はう)

「ッ!美月さん⁉︎」

 

 ナギが正気に戻ったのは、突然美月がふらついて倒れたからだった。

 見れば、彼女を任せた幹比古や古式魔法師と思しき人たちは、顔を真っ青にしながら本能的に跪いている。

 

「ありゃ〜。やっぱりその子は()()()()()んやね。悪いことしてもうたな〜」

 

 少女は罪悪感に顔を染めながら、左手に持つ扇子を軽く振る。それだけで、美月の顔から苦しみが経ちどころに消える。

 

「……やっぱり、それは『ハエノスエヒロ』、ですか。ということは、まさか貴女(あなた)は……」

「キミの知り合いの女の子とは別人やで。コレも見た目だけのパチモンや。

 ほな、なんでこの姿かゆーと、そもそもウチは元の姿なんて忘れてもうたんよ。一番近いイメージがこの子やった、ちゅうことや。とゆうか、しっくりきすぎてびっくりしとるぐらいやで」

 

 ニコニコと優しげな笑みを浮かべながら、少女はナギと話を進める。第三者にはまるで意味のわからない、当人同士でしかわかりあえない話を。

 

「……なんで『それ』を知っているんですか?」

「なんで、って。ウチはこの世界の全てやで。当然、ここではなんでもできるし、ここにいる子たちのことはなんでも知ってるんや!」

 

 ドヤ顔で胸を張る少女を肉眼で捉えながら、達也は生まれて初めて『絶対に勝てない』と本能で悟っていた。

 達也の魔法師としての感覚は、少女から感じたことがないレベルで(プシ)(オン)を感じ取り、しかし『視界』の中には何一つとして魔法式らしきものは存在していない。ただ自然に空気が震えて音を奏で、ただ自然に光が歪んで少女の姿を映し出している。それだけだ。

 

(どういうことだ⁉︎いったい何が起きている⁉︎彼女は一体何者……なっ⁉︎)

「あんまり女の子のことをジロジロ見んといてぇな。おねぇさんも恥ずかしいんやで?」

 

 指を差す。ただそれだけの動作で達也の『視界』を封じ込めた少女は、しかし普通の少女のように顔を赤らめて恥じらっている。

 というか、香澄や泉美と同年代に見える少女が、達也に『おねぇさん』と言うのは違和感がすごかった。

 

「……話を戻しましょうか。

 ボクたちをこの世界に呼んで、いったい何を望むんですか、(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)様?」

 

 (コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)

 この、火と水で彩られた世界の(あるじ)にして、世界そのもの。

 日本書紀や古事記にも語られる日の本の神霊の一柱にして、火と水、安産、酒造などを司る皇族の祖。

 そんな、絶対的上位の存在は——

 

 

「ああんもう!そんな他人行儀にせんといて!

 もっと、こう、『コノハちゃん』とか『サクヤちゃん』とか気軽に呼んでぇな!」

 

 

 ——ただの少女のように、頬を膨らませて駄々をこねた。

 

「……はい?」

「だから、気軽にお話ししよう言うてんの!

 あっそうや!なんやったら呼び方は『コノカさん』でもええんやで?」

 

 ズイズイとナギに詰め寄って、にこやかに提案する女神様。

 ナギはその顔のその表情にとても見覚えがあった。曰く『絶対に引かへん!』、らしい。

 

「わ、わかりました木乃香さん!」

「そうそう、それでええんや。

 それで、ウチの望み、やったっけ?とくにあらへんよ?」

『……え?』

 

 ニコニコ笑顔の少女と気絶したままの美月を除く、すべての人間の声が重なった。

 

「久しぶりに目覚めたと思うたら、近くにウチの末息子の子孫と、なんや面白そうなキミがおったから、どんな世界になったか〜とか、久しぶりにおしゃべりしたい〜思うて呼んだんよ。そしたらいっぱい付いて来ようて頑張って火ぃ消し始めたから、火消しの神様として応援しとっただけや」

「ええと、つまり、話がしたかっただけ、ということですか?」

「その通りや!」

 

 ズデン、と一斉にこけた。それはもうコントのように、達也や深雪でさえもこけずにいられなかった。

 

「呼んだのには何か深刻な理由があって、『帰りたければ私を倒してから行け!』みたいな感じでバトルするんじゃないんですか⁉︎」

「いややよ殴り合いなんて。

 そもそもウチはお姫様やで?スクナと違うてまともな闘いができる神様やあらへんよ?」

 

 言われてみればその通りだ。安産の女神が戦いをするなんてどうかしている。

 

「それじゃあ、この世界に来てすぐに呼び出してれば……」

「すぐに帰したげたよ?ウチの手違いで呼んだだけやったし」

 

 今明かされる衝撃の真実‼︎いったいこの八時間はなんだったのか!

 

「なんなら、すぐに送り帰したげるで?向こうではまだ十分ぐらいしか経ってへんはずや。

 あっ!でも、キミはしばらく残ってぇな。ウチは久しぶりにいっぱいおしゃべりがしたいんや!」

「……はあ、わかりました。ボクは残るので、皆さんはすぐに帰してあげてください」

「ちょ、ちょっとナギくん⁉︎」

 

 半ば投げやり気味で答えたナギに、慌てた様子で真由美が詰め寄る。

 

「帰るのは一緒によ!なんでナギくんが残らなくちゃいけないの⁉︎」

「真由美お姉ちゃん……」

 

 しかし、ナギの目は諦観で染められていた。

 

「神様相手に戦わなくて済むんだったら、きっとそれが一番なんだ……」

「そ、そうなの……」

 

 ナギの脳裏には、京都での二度に渡る大鬼神との戦いや、鬼神兵集団との大規模戦闘、果ては魔法(ムンドゥス)世界(・マギクス)の神である造物主(ライフメーカー)との決戦など、前世で経験してきた『神様との対決』が過ぎり、姉の直感で触れてはいけないことを察した真由美は一瞬で折れた。

 

「ええと、キミ以外が帰る、ちゅーことでええんやな?」

「はい。十文字さん、達也くん。向こうでの説明はお願いします」

「ほな、いくで〜!みんな達者でな〜!」

 

 少女が、両手に扇子を持ちながら器用に柏手を叩く。

 それだけで達也たちの周囲には黄金色のサイオンがキラキラと光輝き、次の瞬間にはこの世界から消えていた。

 

「さて!ほんならおしゃべりしようか〜」

 

 そう言ってナギに笑顔を向けながら、足を動かし始める。向かう先には、いつの間にか立派になっている小屋があった。もはやこの世界でならなんでもありなんだろう。

 

「あはは……はぁ」

 

 それにはナギもさすがに呆れて、溜息しか出なかった。

 いくら造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメーカー)という前例を知っていようとも、ここまで自然にされるとどうしようもないのだろう。

 

「ほら!こっちこっち!」

「……はぁ。今行きます!」

 

 もう色々と諦めて、ナギも小屋へ入っていった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「ほな、なにから話す?」

 

 あの後、腹が減っては(おはなし)はできぬ、ということで女神様直々の手料理を食べ(小屋の中には食材のみならずオール電化キッチンまで完備されていた。電気はどこから来たのだろうか?)、食後のお茶を飲んで一服したところで、少女はそう切り出した。

 

「神様が喜びそうな話なんて想像もつかないので、コノカさんにお任せしますよ」

「うーん、別に気ぃ使わへんでいいんやけどなぁ。前のキミの人生も波乱万丈で面白そうやったし」

「……ていうか、記憶を覗けるなら話す必要ありますか?」

 

 そもそも、会話の意味があるのだろうか。

 

「記憶がわかる言うても、こんなことがありました〜、こんな人がおりました〜ゆう事実とか知識しかわからへんのや。本来御門違いのことを、この世界の神様ゆうことで無理やりできるようにしただけやからな。その時の思い出とか、どんなことを思うたのかとかは、やっぱり当人に聞かなわからへんのや。

 それにな、ウチは『おしゃべり』がしたいのや!会話の中身なんて本当はどうでもええ」

 

 にっこり笑顔で話を続ける少女は、しかしそこで顔を曇らせる。

 

「……でも、そうやな。めんどいこと後回しにしとうたら最後に嫌なことが残るだけや。まずはこれを聞かなあかんな」

 

 そう言ってナギの方に向けた顔には、先ほどまでの人を癒す明るさはなく、神としての神妙さだけがあった。

 ナギがゴクリと唾を飲み、それを見て女神はこう問うた。

 

 

「……キミは、その生き方でええの?」

 

 

 ビクリと、ナギの体が震えた。

 

「……その生き方、というのは?」

「キミの目的は、別に問題あらへん。それに、ウチが首を突っ込む話じゃあらへんしな。

 でも、そもそもの話や。キミは、キミが人の社会に混ざるってゆうことをホンマに理解しとる?」

「…………」

「キミは、もう人間をやめてしもうとる。その寿命も、ウチやキミのお師匠さんみたいに永遠、ってゆうわけやあらへんけど、人と比べたら遥かに永いんや。

 今は体を作る期間やから周りと変わらず成長できとるけど、あと二、三年もしたら成長する速さはぐんと落ちるはずや。

 その時に、周りの人間から爪弾きにあうかもしれへん。いや、確実にそうなるで」

 

 彼女は、ナギを追い詰めたくて話してるのではない。現に、その目には慈愛の色がある。

 彼女は心配なのだ。人の世に()()が混ざることで、誰かが傷つくのが。

 

「……覚悟はできています」

「そらキミはな。二度目の人生やし、そんなことは気にならへんのかもしれへん。キミはそうゆう傷を受け入れてそうなったんやから。

 でもな、キミの周りの子はちゃうで」

「ッ‼︎」

「とくに、キミと仲良うしとる、あの姉妹みたいな子たちや。

 彼女たちからしたら、キミが裏切った、と感じるかもしれへん。そうじゃなくても、信頼していた人に真実を伝えられなかったゆうことは、彼女たちを傷つけるには十分やで」

 

 ナギがそれに気がついていなかった、というわけではない。そこまで愚鈍な『モノ』ではないのだから。

 

「……でも……」

「でも、そうならへんかもしれへん、やろ?キミの前世で、支えてくれた女の子たちのように。

 ……でもな、そんな()()、押し付けたらいけないんや。

 あんな子たちのように元から強い子なんて、滅多におらへん。ヒトでなくなっても変わらずに慕うてくれるほど素晴らしい人間は、そんなにホイホイおるもんやない。あの姉妹やキミの友人が彼女たちのようやなかったら、傷つくのはキミと、その周りの人や。

 傷つける、やのうて傷つけるかもしれへん。それだけで躊躇う理由には十分なんや。とくに、大切に思うとる人ならなおさらな。

 ……その上でもう一度聞くで。ホンマに、自分を傷つけるだけやのうて誰かを傷つけるかもしれへん、その生き方で辛うない?」

 

 優しく、諭すようにナギに語りかける。

 彼女は安産の女神。つまり子供を愛するのは自然なことで、彼女から見ればナギもその他の人物も赤子同然だ。エヴァぐらい生きてようやく、赤子から子供になったようなものなのだ。

 

「…………辛いですよ。正直、今すぐに飛び出して、どこか人の来ないところで静かに過ごしていたくなる時もあります」

「そやったらここで……」

 

 

「でも、ボクは傷つけてもいいと思っているんです。真由美お姉ちゃんも、香澄ちゃんも、泉美ちゃんも。それだけじゃなくて、達也くんたちみんなも」

 

 

「……傷つけても、ええ?」

 

 傷つけるのは辛いというのに、傷つけてもいいと言う。

 矛盾した話だが、ナギは一欠片の嘘偽りなく、心からそう思っていた。

 

「もしかしたら、ボクの正体で傷つけるかもしれません。そうなったら、ボクはボクを許せなくなるかもしれません。

 でも、誰かが同じように秘密を隠してて、ボクを傷つけるかもしれないじゃないですか。

 そうやって、もし傷つき傷つけあっても変わらないものが、なにより一番大切なものだと思うんです。そのためだったらボクは、誰かを傷つけるかもしれない可能性も選べます」

「でも、変わってしまうかもしれへんよ?」

「その時は、きっとボクの思いを伝えきれていなかったんだと思います。

 胸の思いを包み隠さず全て伝え合って、分かり合えないはずがありませんから」

「……それはまた、お人好しゆうか、甘ちゃんゆうか……。ホンマに社会を生きてきたのかい!って思うてしまうわ」

 

 開き直り、と言ってもいいナギの態度に、流石の女神といえど乾いた笑いで呆れることしかできない。

 

 

「でも、その答えは嫌いじゃあらへんよ」

 

 

 それでも、いや、そこまで純粋なナギだからこそ、彼女たちのような素晴らしい人たちに慕われ、亡びに直面する世界を救えたのだろう。これもある意味、一種のカリスマだ。

 

「それなら、きっと大丈夫や。きっとキミならキミらしく生きてける。

 でもな、溜め込みすぎないことや。キミはその()があるみたいやからな」

 

 自分は自分らしく。溜め込みすぎるな。

 前世で彼女たちが言った言葉が、ナギの胸を打つ。

『コノカ』がそれを知っているのは、記憶を覗いたからか、はたまた女神としての直感か。どちらにせよ、ナギのためを思って言っていることは間違いがない。

 

「その思いは、キミみたいな優しい子には重すぎる。とゆうか、たとえ神様でも一人で背負えるものじゃあらへん。

 だから、誰かを頼ることや。キミの義姉妹でもええし、友達でもええ。ヒトに話せないことならお師匠さんに話せばええ。なんなら、ウチでもええんやで?」

「コノカさん……」

 

 その慈愛に満ちた姿は、その見た目も相まって、まさに『癒しなす姫君(REGINA MEDICANS)』だった。

 

 

「……さあ!ほな、しんみりした空気はこれでおしまいや!

 次は、キミの前の世界のことについて話してや!」

「ええっ⁉︎この流れで⁉︎」

「この流れも何も、最初に言うといたやん。ウチはおしゃべりがしとうてキミを呼んだんよ。

 今までのお話は神様としてするべきことで、これからするおしゃべりは、ウチがしたくてすることや!」

 

 その言動はかなり強引だけど、不思議と明るく嫌な感じはしない。

 これは女神だからというわけじゃなく、性格的なものなのだろう。本家本元の『木乃香』も似たような感じだった。

 

「さあさあ!キリキリ話しいや!」

「あ、あはは……」

 

 経験上『詰んで』いる状態に、ナギの口からは自然と乾いた笑い声が漏れ出た。

 

 ……その後、食事や睡眠を挟み、なんと二日間もおしゃべりし続けたせいで、元の世界の真由美が心配でおかしくなりかけたのは、また別のお話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「それじゃあコノカさん。色々とありがとうございました」

「別にええよ。ウチも、久しぶりにいっぱいしゃべれて楽しかったしな。

 せっかく起きたんやし、ウチはしばらくは起きとるつもりやから、次はエヴァちゃんを連れて来てぇな!こんな奇跡でもあらへんと、不死のともだちなんて出来へんもん!」

「神様の『しばらく』は、何年もありそうですね。

 ……なかなか来なくて退屈だからといって、また神隠ししないでくださいね?」

「そ、そんなことするわけないやん!

 それにな、ウチは神様やで?ナギくんたちを、お空から見守って暇を潰させてもろうわ。だから、退屈させんでや?」

「あはは。それじゃあ、死なないのに死んじゃってるみたいじゃないですか。

 まあ、退屈させないように頑張らせていただきます!」

「頑張りいや!

 ……ほなまたね、ナギくん!」

 

 パンッ、と世界に柏手が響き渡り、ナギが黄金色の輝きに包まれる。

 女神と魔物は最後まで手を振って、再会を約束する。

 

「はい!コノカさんもお元気で!」

「女神様に余計な心配やで!ナギくんこそ、元気でな〜!」

 

 次の瞬間にはナギの視界は明転し、その体が(かの)(じょ)から離れていった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 元の世界に戻ったナギの目の前には、動転した姉妹と物々しい雰囲気の人々が溢れていて、ナギは休む暇なく(いい)(わけ)に追われることとなった。

 

 

 この『(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)の神隠し』は、後世の魔法史において、魔法発見以降で初めて起きた神隠しであり、初めて『異界』や『神霊』の存在が発見された事件として()()にその名を刻まれることになる。

 

 しかし、それは当人たちには関係のない話。

 巻き込まれた魔法師たちは、晩春の真昼に起きたお伽話をネタに、各所で話し、盛り上がっていく。

 それはナギたち一高生も同じ。学校では話しを催促され、人の輪を広げていく。

 

 自覚のないまま、人と魔物が共存する世界。

 女神の見守るその世は、これから二転三転して進んでいくこととなる。

 次に待つのは、未来を担う子供達が各学校の威信をかけて戦う、真夏の十日間だ。




作者「バトルはない、と言っただろう?」

連日投稿四日目&間章1『インターマジック編』完結です!
正直な話、この間章1自体にあまり意味はありませんでした。次の間章2『世界大会編(仮)』が来訪者編の展開上必要だったので、元々はそのためのフラグ作りで必要だっただけです。
しかし書き終えてみると、いい感じに魔法科世界観とネギま!世界観が混ざっていて、納得のいく出来になりました。それもこれも女神様のおかげです。

それでは、次回から九校戦編に入ります!
……正直な話、未だ得点配分を調整中なんですが、行けるところまでは行ってしまいます!
それでは次回、またお会いしましょう!

・・・姫女神「また出番はあるんかな?」


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第二章 九校戦編
第二十九話 選出


 

「というわけで、九校戦頑張ってね」

「……え?」

 

 定期試験も終わった7月中旬。

 放課後に生徒会室に呼び出されたと思ったら、真由美お姉ちゃんからそう告げられた。

 

(そういえば達也くんも指導室に呼び出されてたな〜。大丈夫かな〜)

「ナギく〜ん?戻ってきてくれる〜?」

 

 目の前で振られる手に、達也くんが指導室で新田先生似の先生に詰問されてる空想から引き戻される。全然動じてなかったけど。

 

「……なんでボク?九校戦はあまり向いていないって話をしたはずなんだけど……」

「それはそうなんだけどね……」

「理由はこの学校の対面的な問題ですね。日本代表に選ばれた春原君を選出しないというのは、対外的にも問題があります。

 なんとか一つはアイス・ピラーズ・ブレイクに変更しましたが、もう一つのほうは学校側からの強い指示で変えることが出来ませんでした」

 

 市原先輩の申し訳なさそうな声が、生徒会が選出しようとしてしたわけじゃないことを醸し出していた。

 

「話を聞いていたあたしや真由美はそれでも渋っていたんだがな……。予想以上に部活連のほうで受け入れる空気が強かったんだ」

「二科生っていうのも、日本代表に選ばれた時点で理由にできなかったんでしょうね。とくに、ナギくんはもともと古式魔法師として知られてたんだから、なおさらね」

 

 どうやらその予想は正しかったらしく、生徒会室の全員が、力が足りなかった悔しさに顔を歪ませていた。

 

「まあ、決まっちゃったんなら仕方がないですよ。出来る限り頑張ってみます」

「お願いね。……それと、もしかしてまたコメンテーターしたりするの?」

「さすがに九校戦の中継は、一つの高校に入れ込みすぎることになるから呼ばれなかったよ。司会は赤水さんと塩川さんが続投らしいけど」

 

 あの二人はたぶん相性がいいんだと思う。見た目的にも性格的にも彼女たちに似ているし。

 

「そう。じゃあ、ナギくんの方で日程的に問題になりそうなのはないのね」

「大会中はね。それまでの休日練習とかは出れるかどうかが怪しいけど」

「それは仕方がないわよ、あんなことがあったんだもの」

「あの神隠し以降、各地の古式魔法師から会談の申し込みが殺到しているんだろう? しかも、時々平日でも休むことになっているから、風紀委員の方の日程調整も大変だよ」

「すみません。先方の都合もありますし、できるだけ休日にいれるようにはしているんですけど……」

「まあ、ウチで、というか全国的に見ても、『当主』なんてやっている高校生はお前だけだからな。十文字がそれに近いのかもしれないが、それでもあくまで代理だからその差もあるんだろう。休みが多くなるのも仕方があるまい。個人的な都合というわけでもないしな」

「むしろ、苦労ばかりしてて、姉としては心配になってくるわね」

「あははは……」

 

 ボクとしては喜び半分、苦労半分ってところなんだけど。

 十師族の七草家に世話になっている身としては古式魔法と現代魔法の壁はなんとかしたいから、そのためには願ったり叶ったりな状況なんだけど……、それに伴う日程調整とか学校や仕事との兼ね合いが大変で……。やっぱり、楓さんとか小太郎くんに影分身を教わっとくべきだったかなぁ。

 

「まあ、無理はせず、出来る範囲で頑張って頂戴ね。これから世界大会に向けて、団体戦の練習も始まるんでしょう?」

「まあね。と言っても、実は行ったところで試合的なことをするだけで、特にアドバイスを貰ったり特訓をするわけじゃないみたいだけど」

「春原くんのスタイルは前例がありませんから、コーチ陣としても教えることができないのでしょう」

「まあ、無理もないな。そもそも飛行魔法自体が古式の中でもかなりレアだ。それでバイアスロンの競技者となると、過去にいなくても仕方があるまい」

 

 別に一人でも場数をこなすことはできるから、問題ないと言えば問題ないんだけどね。

 

「さて、これで大体の選手が決まったかしらね?」

「あとは一年生を当人の資質に合わせて振り分けるぐらいでしょうか」

「とは言っても、十三束を除いたのをはじめとして、大体の振り分けはできているんだろう?司波妹はどれに出す予定なんだ?」

「振動系に非常に高い資質があるので、アイス・ピラーズ・ブレイク女子の本戦か新人戦が確定してますね。あとは、おそらくミラージ・バットになるかと」

「無難なところだな。ミラージには特に高い魔法力と持久力が必要だからな」

「……摩利。それは自慢しているの?」

 

 ってことは、渡辺委員長はミラージ・バットに出るんだ。

 

「自慢ではないが、客観的に見て高い資質があると思っているのは認めるさ。

 話を戻すが、司波妹の資質は、あの神隠しのときの様子を見る限り、本戦に出たとしても優勝候補に挙がるぐらいにはなるだろう。あたしも技量では負けるつもりはないがな」

「俺や中条はそれを体験していないので、未だに半信半疑なんですが……」

「しかし、あれだけの人数が同時に同じ白昼夢を見たというよりは余程信憑性があるだろう?

 そもそも、こっちでは10分程度とはいえ突然消えて突然戻ってきたんだから、その時点で常識の埒外のことが起きたのはわかるだろう」

「現代魔法では、未だに瞬間移動の可能性すら証明できていませんから。それよりかは、春原君の言っている『異界』理論の方が理解はできます」

「それはそうですが……」

 

 服部先輩が引っかかっているのは、『異界』よりも(コノ)(カ様)のことなんだろう。中条先輩は、神様なんて恐ろしいから居ないでほしい!、って感じかな?

 

「まあ、はんぞーくんが何を信じられないのかはわかってるけど、事実は事実なのよ。たしかに神様はいたわ。この目で見たし、この肌で、笑っちゃうぐらいの量の(プシ)(オン)を感じ取ったしね」

「ああ。正直な話、彼女には勝てる気がまるでしなかった。というか、闘いという形式になる気すらしなかったな。

 本人、いや本神は戦闘は苦手だと言っていたが、それでもあたしたちなんかは指一つで苦もなく倒せるだろうという予感がビシビシしていたよ。そもそもの立ち位置からして違うんだとな。

 彼女を前にして、よく春原はいつもの調子で対応できたと思ってるよ」

「単に知識量の差ですよ。神様がいる、とわかって対応していただけですから」

 

 万が一戦うことになってたとしても、神様との戦いは何度も経験しているし。必ず勝てるとは言わないけど。

 

「はぁ。会長たちを疑うわけではないのですが……。

 やはり、いくら魔法というものが現実にあったとはいえ、神も実際にいた、というのはちょっと……。『異界』とやらも含めて現代魔法理論が覆りますし」

「それについては、知識を持っている春原君が中心となって、(おお)(よそ)の定義がまとまってきたそうですよ。

『異界』については、なんらかの原因である一定範囲内の非動的情報体(エイドス)データがコピー・一部改変された、もはや世界と言ってもいい情報量をもつ非投射型超極大魔法式、ということになるらしいです。会長たちは、その中に取り込まれた、ということですね。

『神霊』に関しては、人格を持つ莫大な(プシ)(オン)の塊を核とした化成体のようなもの、ということらしいです。人々の信仰や畏怖などで(プシ)(オン)が集中すると、その保有量が増大するのでより強大な存在になるらしいですね」

「そ、そうなんですか」

「はんぞーくん。退路もなくなったし、もう受け入れるしかないわよ〜?」

 

 市原先輩の理路整然とした説明にたじろいだのをみて、上目遣いで真由美お姉ちゃんが畳み掛ける。効果はバツグンだ!

 

「は、はい!理解しました!」

「よろしい。

 まあ、話がだいぶ逸れちゃったけど、代表頑張ってねナギくん」

「はい!」

 

  ◇ ◇ ◇

 

「おはようございます。

 ……また非番なのに来てるの達也くん?」

「ああ、巡回お疲れ。

 まあ、来ないでいいならくる必要はないんだがな……。呼び出されたなら無視するわけにもいかない」

「し、仕方がないだろう!ウチで引き継ぎ書類を作れるのは春原か達也くんだけだが、春原は忙しいんだから!」

「「自分で作ればいいじゃないですか……」」

 

 他人任せな渡辺委員長に、思わず呆れ声が重なっちゃったよ。いや、たぶん一人でやってたら、それはそれで心配になって結局手伝っちゃうんだろうけど。

 

「……はあ。それで、その紙の束は何?まさか書類ってそのままの意味じゃないよね?」

「ああ、俺が九校戦についてよく知らないと言ったら説明してくれるそうでな。わざわざパンフレットを出してくれたんだ」

「意外だろう?達也くんはなんでも知っていそうな雰囲気を出しているからな。

 ああ、春原もいるか?どうせ選手なんだから後で渡されるとは思うが」

「できればいただけますか?大枠は知っているんですが、細かいルールは毎年変わってたりするので」

「そういえば春原は毎年真由美の応援に来ていたんだったか。

 ほらこれだ」

 

 そう言って、パンフレットを渡してくれた。へぇ、紙が珍しくなったこの時代でも、しっかりしてるんだなぁ。

 

「ありがとうございます。

 そうですね。去年は実況に呼ばれたのであまり見れませんでしたけど、基本的に毎年真由美お姉ちゃんたちと行ってますね」

姉弟(きょうだい)仲がいいのはいいことだ。……節度を守ればな」

「……委員長。なぜ俺を見てくるんです?」

 

 いや、ギリギリセーフ(?)だからかな?

 

「いや、なんでもないさ。

 さて、どこまで話したんだっけか」

「クラウド・ボールがダブルスではない、というところですね。そのあと仮想型端末の話に逸れましたから」

「ああ、そうだったな。

 それで、九校戦の選手は各校四十人ずつだ。本戦、新人戦それぞれ男女十名ずつだな」

「あれ?新人戦も男女別になるんですか?」

 

 去年まではモノリス・コードとミラージ・バットを除いて同じだったはずだけど。

 

「ああ。そのせいで、新人戦で女子も二種目を兼任せざるをえなくなった」

「兼任、ですか?」

「達也くんにはわかりづらかったか。

 簡単に言えば各種目の参加人数は、モノリスコードを除き前年度の成績に影響されるが、基本的に三枠、悪くて二枠というところからだ。ウチは全て三枠だがな」

「なるほど、新人戦と本戦を完全に分けるとしても、半分が二種目、もう半分が一種目となるわけですか。一部の一年が本戦にも出場するとなると、本戦は楽になりますが、さらに新人戦のウェイトがきつくなりますね」

「ああ。だからウチでは新人戦と本戦の兼任は無しの方向で考えている。そもそも、一年と二年や三年では、君の妹みたいな例外でもない限り勝負にならない。もっとも、他のところがどうかは知らんがな」

 

 確か、三高のある北陸地方の『一』の家系には、同い年の子が二人いたはず。その子たちは本戦にも出てくる可能性があるわけか。

 

「話を続けるぞ。

 競技種目は話したな?そのうち、モノリスとミラージは、それぞれ男子のみ、女子のみが出場可能だ」

「不満そうですね。やはりモノリス・コードに出たいのですか?」

「まあな。あたしはバリバリの対人実戦派だから、他の競技よりかはモノリス・コードをやりたい()()なんでね。他の女子に賛同者は少ないだろうが。

 ……まあ、それは置いておいて。そういったわけで、九校戦では、誰をどうやって掛け持ちさせるのかや、敵がどの競技に誰を出してくるのか、といった作戦も必要になる。

 そこで、九校戦では作戦スタッフを四名まで同伴することが認められているんだ。あくまで『四名まで』だから、ウチみたいに枠一杯にする高校もあれば、三高みたいに一人も連れて行かずに選手の自主性に任せるところもあるがな」

 

 というか、作戦スタッフって一緒に行って何するんだろう?まさか、その場で出場競技を変更する、なんてこともないだろうし。

 

「それだけ真逆なのにウチと優勝を張り合うとは、興味深いですね」

「実際に負けたのは七年前と三年前だけだ。九校戦が今の形になってから十年間、ウチが五回、三高が二回、二高と九高が一回ずつ、と基本的にはウチが勝ち越している。あっちも毎年優勝候補だと言われてはいるがな」

「一高は、今年勝てば三連覇なんですよね?」

「ああ。今年勝ってこその勝利だ。『最強世代』と呼ばれているのは伊達じゃないことを見せつけてやらないとな」

 

 真由美お姉ちゃんに十文字さん、それに匹敵する渡辺委員長。他にもAランク判定相当の人も多いし、最強世代と呼ばれるわけだよ。

 

「順当にいけば当校が優勝確実、と言われていますが」

「選手面ではそうだろう。一年も含めて、贔屓目に見なくても充分優勝が狙える実力がある奴ばかりだ。

 だが、問題なのはエンジニアでな……」

「エンジニア……CADの調整要員ですか?」

「ああ。選手面では層が厚いんだが、とにかく技術者が足らない。連れて行ける最大人数の十名どころか、最低限競技に必要な人数すら確保できていない状況だ。

 真由美や十文字はそれなりにできるから自分のを任せるとしても、あたしとかは出来ないしな……」

「ボクはそもそも必要ないですけど、確かにそれは深刻ですね……」

 

 そういった裏方の人がいないと、戦う側も全力を出せないことは多々あるし。

 ……ん?CADの調整?

 

(チラッ)

(サッ)

 

 あー、気づいてて無視してるのね。

 うーん、でも……

 

「じゃあ、達也くんがエンジニアをしたら?」

「なっ!」

 

 多分こっちの方が、みんなが幸せになるかな?

 

「そうk——」

「ナギくん、ナイスアイディアよっ!」

 

 うわっ!びっくりしたぁ。

 

「……真由美?お前いつからそこに」

「たった今よ。ちょうどその話に関して摩利と協議しに来たんだけど……予想以上の拾い物があったわね」

「ちょ、ちょっと待ってください!今のはナギが言っただけで、俺はやるとは一言も言ってません!」

「なんだ、やらないのか?」

「そもそも、俺は二科生です。俺なんかを選んだら、また一科生からの反発が——」

「だが、春原も二科だが代表に選ばれているぞ。今更選手でもないエンジニアに二科生を選んだところで、反発は大差ないだろう?」

「それは……。ナギはまだ日本代表という肩書きがあるからいいんです。俺は何もないじゃないですか。

 それに、経験の少ない一年が、とかいう反発もあるはずです」

「肩書きなら風紀委員で充分だし、証拠ならそこの棚にあるだろう?」

 

 指差した先には、三ヶ月前とは見違えるほど綺麗になった、風紀委員の備品CADがあった。

 

「あれだけの整備をできる生徒が、この学校に何人いると思っている。

 馬鹿どもがそれでも反発するようなら、実際に腕を見せればいい」

「ですが……」

「渡辺委員長、達也くんの説得はボクに任せてくれませんか。推薦した者として、役目を果たしてみせます」

「そうか?なら頼んだぞ」

 

 渡辺委員長と真由美お姉ちゃんが、『どう説得するのか』と言った顔で見つめる中、達也くんと向き合う。

 

「達也くん。一つ重要なことを見落としてるよ」

「なんだ?」

「人手が足りない、ということは、必ずしも男子に男子の調整員が、女子に女子の調整員がつくわけじゃない、ってことはわかる?

 高度なCADの調整には薄着にならなくちゃいけないらしいのに、ちょっとしたハードルだよね」

「それと俺がエンジニアをやるというのと何の関係があるん……あ」

 

 もう気づいたかな?

 

「ところで、深雪さんも代表に選ばれているんだよね?

 なら、このままだと深雪さんを他の男の人に任せることになるかもしれないけど、達也くんとしてはそれでいいの?」

「会長。エンジニアとして、精一杯努めさせていただきます!」

「よ、よろしくね。……()()()()()()()()()()()()()()()

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()(使)()()()

 

 あくどい手段だなんてひどいなぁ。

 どちらにせよ、深雪さんは達也さん以外に任せるつもりはないんだから、最終的には達也くんはやることになるんだから、そのタイミングを少し早めただけですって。

 

「確かにナギの言う通りだった。深雪を他の男には任せるわけにはいかない。……相手のためにも」

「ああ。深雪さん、すごい嫌がって相手の人を氷漬けにしそうだよね」

「そこまではいかないだろうが、後で俺がフォローしなくちゃいけなくなるからな。それだったら初めからやっておいたほうがいい」

 

 そうそう。こういう時に大事なのは開き直ることだよ。

 

「それじゃあ、達也くんはエンジニアにする方向で調整するわね。これでなんとかなるかな?」

「最低限は、な。できればもう少し余裕が欲しい」

「となると、やっぱり五十里くんかな。……達也くんと同じ手が使えるし」

「なるほど。花音のやつをダシにするのか。

 ……理論畑とは言え、平均以上の腕があって自分から志願したやつを無下にするほど、人員が有り余っているわけでもないからな」

「ええ、そうね。自分から志願したのなら、是非ともお願いしたいわね」

「はははは」

「うふふふ」

 

 うわ〜。笑みが黒い……。五十里……先輩かな? どうもすみません。

 

「……なあ、ナギ。早くも不安になってきたんだが」

「奇遇だね、達也くん。ボクも、推薦したことを間違えたんじゃないかと思ってきたよ」

 

 もしかして、技術スタッフって、選手以上に九校戦の間忙しかったりするのかな……。

 

「はははは。この手があったか」

「うふふふ。これからもっと集まりそうね」

「……はぁ」

「あ、あはは……」

 

 なんというか、本当ごめんなさい。




女顔先輩「なんか外堀が埋まった気が……」

さて、今回から九校戦編です!
ナギのもう一つの競技はなんなのか、そして戦績はどうなるのか!乞うご期待ください!……まあ、二つでる時点で大体察しているとは思いますが。

それでは、まだ次回!

……人形遣い「なんか出番がなさそうな……」


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第三十話 遭遇

 

 魔法科高校は、その名の通り魔法を学ぶための学校だ。当然、時間割や試験もそれに合わせて組まれている。

 しかし、それが日本の高校である以上、最低限の一般科目も時間割に組み込まれていた。いま達也たちが受けている体育の授業もその一つだ。

 

「オラッ!頼んだぜ達也!」

「そう言うのなら、もう少し加減をしてくれ。

 と、隙ありだ。幹比古、頼む」

「頼まれた!」

 

 バスッ、バスッ、とボールがコートの中を跳ね回る。

 今日の、というかここ暫くの授業はレッグボール。全体を穴の空いた箱で覆われたコートで行う、フットサルのようなものだ。ボールが高反発素材でできているため、少し蹴ったり壁にぶつかるだけで所狭しと跳ね回ってしまう。

 そんな中、気にせず動き回るのが先の三人。もともと1-Eの人間の中では運動神経が飛び抜けているため、最初の授業で同じチームに分けられてからは、こうして見事な連携で大活躍をしているのだ。

 

「がんばってー‼︎」

「あっ!またきまったよ〜!」

 

 当然、そんな高いレベルのものがやっているとなると見たくなるのが人情で、同じクラスの女子が()()()()()()()()()()()、自分の授業を半ば放り出して黄色い声をあげている。

 普段なら教師もある程度注意するのだが、今日は試験が終わってから夏休みになるまでのモラトリアムということで多少ハメを外しても大目に見ていたりする。

 

「幹比古、ナイスシュートだ」

「ありがとう。こう言ったら相手に悪いんだろうけど、いつもよりも大分やりやすいよ」

「だな。ナギがいないだけで、ここまで楽になるんか、って感じだぜ」

「それには同意するな。あいつが一人いないだけで、使える戦術がここまで広がるとは」

 

 そう。ナギはとある古式魔法師との会談のため、今日は学校を休んでいるのだ。

 普段は連携によって翻弄しながら攻める達也たちに対して、キーパーを務めるナギが、殴り、蹴り、背中からの体当たりなどでゴールを死守しつつ、僅かでも隙ができれば壁や天井を足場にしながら前に出てゴールをもぎ取る、という半ば三対一の形で拮抗させているのだ。当然、事象改変をする魔法はなしで。

 そんな人外じみた能力を持つナギがいなければ、人の域の最高ラインで動く三人が一方的に勝てるのは当然だろう。

 

「それにしても、ナギも大変だよね。土日も北海道と岩手に行ってたんでしょ?」

「ああ。会長がブツブツ恨み節を言っていたから間違いがない」

「当主として全国飛び回って、タレントとして働いて、それでいて筆記試験で二位だってんだから、いったいどうやって勉強をしてるのか気になるぜ」

「しかも、魔法言語学と魔法幾何学で満点だったらしいぞ。もはや天才という言葉では表せないな」

「いや、達也は人のこと言えないからね?」

「ちげぇねぇ」

 

 幹比古とレオは、苦笑が入り混じった笑い声をあげる。達也はなんとも言えない表情をしていたが。

 

 この後、エリカが着てきたブルマによって男子二人が顔を赤らめて揶揄われるのだが、それはまた別のお話。

 今回の話の中心は、ここにはいないナギに訪れた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「それでは、今後ともよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 ここはとある神社の社務所の客間。

 そこでナギは、壮年に差し掛かっているぐらいの男性と会談をしていた。どうやら丁度、いい方向で話がまとまったようだが。

 

「春原さんは、これからあちらのお屋敷に?」

「はい、そうです。

 ですけど、約束の時間まで少しあるので、暫く観光してから行こうと思ってます」

「そうですか。

 実は、あちらの御曹司とウチの娘が()()()友人関係でしてね。今日は仲間内で学校を休んで、裏山を使って練習をしているそうなんですよ。どうせ学校に行っても、長期休暇前でまともな授業もないから、と早上がりして」

 

『ただの』を強調するあたり、どうやら男性はかなり親バカのようだ。

 しかし、ナギはそれには触れずに話を続けた。親子で仲が悪いよりかは、愛情が多少行き過ぎているぐらいの方が良いと考えてるからだ。

 

「そうなんですか。それは……どうしましょうか。

 出来れば挨拶をしておきたいんですけど、ボクが練習を見るのは色々と問題ですよね?」

「挨拶程度なら大丈夫だと思いますよ。

 長い間見学するわけでもなければ、情報漏洩にはならないでしょう。どうせ、すでにどの高校も出場は予想しているでしょうから」

「そうですか?それなら挨拶させてもらいますね。もちろん娘さんにも」

「はい。たまたま同い年ですし、是非とも良い()()()()()付き合ってやってください。

 それでは案内しますよ。こちらです」

「お願いします」

 

 二人とも正座を崩して立ち上がると、社務所を出て森へと足を向ける。その道中も他愛ない会話をしていたが、そのほとんどが男性の娘自慢だった。

 

 かなり広い森に入ってから暫くして、ふとナギの足が止まる。

 

「多分あと5分ぐらいですね。結構魔法を使っていそうなので、気をつけたほうが良いですよ」

「ほう。春原くんはそこまで気配が読めるのですか。わたしはまだ方向ぐらいしか。さすが、女神様が興味を持たれるだけはありますね」

「慣れもありますが、空気中のサイオンを取り込むのを基本にしているからかもしれません。少しの揺らぎを感じることで、具体的な種別はともかく、何かがありそう、ということならわかりますから」

「なるほど。そういうことですか。

 ウチは仙術にあまり慣れていないので、素直に羨ましいですねぇ」

「実際に使ってみると、細かい制御のできる『気』の方が羨ましくなることもありますけどね。仙術と気の共存は難しいので、使いこなすならどちらかに絞り込まなければいけませんから」

 

 そう会話しつつも、どこか気を張った様子のナギ。

 

(なんだろう。なんか練習にしては殺気立ってるというか、妙に使われる魔法が強くて多い気がする)

 

 それに、直感だがナニカが居る気配がする。

 ヒトではない、どちらかと言えば自分よりのモノが。

 

(萃音さんの話では、二年前の霊災で山ほど吐き出されたから、暫くは日本で強力な魔物が自然発生することはない、らしい。考えすぎかな?)

 

 だが、だんだんと聞こえてきた音も、やはり練習している空気ではない。隣を歩く男性も、眉をひそめ始めた。

 ことここに至っては、最悪の事態も考えなくてはいけなかった。

 

「すみません!先に行きます!」

「では、わたしは退路の確保を!」

 

 男性も伊達に当主を務めているわけではなく、異常事態を察知してすぐさま役割分担を決め、行動に移し始めた。

 

戦いの旋律(メローディア・ベラークス)——最大(ウィース・)出力(マキシーマ)‼︎」

 

 ナギも、戦闘していると思しき場所に可能な限り最速で到達すべく、身体能力強化魔法を最大出力で展開し、木々を縫うように駆けはじめる。このように入り組んだ林の中では、瞬動よりも強化して走ったほうが早いことが多いのだ。

 

「うおおぉう⁉︎」

「「きゃあぁぁ⁉︎」」

 

 ナギの予感は正しかったようで、前方から三人の女性の悲鳴が聞こえた。一人は悲鳴なのか驚声なのか怪しかったが。

 

(彼がここで練習をしてたということはあの競技だから、男子も最低三人はいるはず。だったら、声が聞こえないのは、声を上げることすら忘れている状況か、それとも……)

 

 最悪の光景を見る可能性も覚悟して、それでも助けられるだけ助けるという意思を持ってスピードを上げる。

 

 そして、ついに現場にたどり着いたナギの目に飛び込んできたのは——

 

 

「ほラほラ、ここが良いのカ?」

「や、やめて!脱がさないで!」

「抵抗なんて無意味デス」

「おい待て!お主らどこを触っておるのじゃ!」

「……ん」

「むー。こっちの奴は反応が薄くてつまらネーゼ」

 

 

 三匹のスライムにあられもない姿にさせられている、三人の女生徒の姿だった。

 

 ズザザザザーーー‼︎ッゴン‼︎

 予想外すぎる光景に、ナギが見事なヘッドスライディングをかまして、杉の木に頭から突っ込む。

 

「い、いったい何があったんですか⁉︎」

「一高の(はる)(はら)(なぎ)⁉︎なんでここに⁉︎」

 

 その明らかな男性の声に、極力女性の方を見ないように辺りを見渡す。

 すると、三人と三匹から十数メートルぐらい先に、水球の中に閉じ込められた三人の男子生徒の姿があった。声の主は彼らと見て間違いがない。ナギは気配を殺して、三人の方に近づいていく。

 声を上げてしまったにしては幸いなことに、まだピンク色の地点から距離があったことと、スライムが女生徒を弄ることに集中していたため、三匹に気づかれることなく三人の元にたどり着けた。

 

「何があったんですか?」

「あ、ああ。三高の一条(いちじょう)将輝(まさき)だ。それでこっちが……」

「三高の(きち)(じょ)(うじ)真紅郎(しんくろう)です。もう一人は気絶しているので、とりあえず僕たちから説明します。

 最初は、チームメイトの四十九院(つくしいん)沓子(とうこ)が、蔵から見つけたという巻物の魔法を再現しよう、と言い出したのがきっかけでした」

「俺たちは練習中の息抜きついでに見学していて、四十九院が、同じく蔵から見つけたっていう御神酒の蓋を開けたと思ったら……」

「スライムが出てきて襲いかかってきた、というわけですか」

 

 おそらく、酒瓶らしきものは御神酒ではなくて封印瓶だったのだろう。つまり自然発生ではなく、封印の解除だったわけだ。

 瓶状の封印というのも前世で覚えが、というより原初の記憶に焼きつけられた苦々しい思い出がある。

 

「それなら、その瓶さえあれば再封印できるかもしれませんね。瓶はどこに?」

「それが……。(いっ)(しき)()()()に纏わりついて牽制されている間に……」

 

 その視線の先には、砕け散っている土瓶があった。これでは再封印など到底無理だろう。

 

「分かりました。元々体系が違っている魔法なので出来るかどうか半信半疑でしたし、別に大丈夫です。

 それで、どうにかする手段はありますか?」

「正直、あれがなんなのかすら分かっていないんだが……。一つだけ言えることは、生半可な干渉力じゃまるで効かないということだけだ。

 あれが液体である以上『爆裂』なら効くだろうが、一色たちが捕まっている現状だと使いようもない」

「僕も似たような感じだよ。インビジブル・ブリットも試したけど、スライム状のせいで効果がなかった」

「アレの正体は魔物の一種です。よくRPGで出てくるスライムを思い浮かべてくれれば大丈夫ですが、実力だけは別物です」

 

 そう。RPGだと雑魚敵の代表であるスライムは、実際の魔物だと非常に厄介な部類の敵なのだ。

 

「物理攻撃は殆ど無効化。雷撃も素通りしてしまうから効果が薄い。バラバラに吹き飛ばしても、一滴でも水が残っていればそれを起点に空気中の水分を集めて再形成します。

 有効的な手段は、高温なり炎なりで一滴残らず蒸発させきることか、どうにかして封印することです」

「一滴残らず……。『爆裂』だと、あの体積の水を完全爆発させたら大爆発が起きるぞ。なんとか距離をとったとしても、この森の中じゃ遠距離照準は無理だ」

 

 視線で吉祥寺の方へも問いかけるが、何か打開策がある様子でもなかった。

 

「分かりました。ではボクがこの水牢を破壊して、動揺している隙に彼女たちから引き剥がしたあと、大火力で燃やし尽くします。その間に彼女たちのケアと、延焼が起きて山火事にならないようにするのを手伝ってください」

「むしろそのぐらいなら手伝わせてくれ。このまま何もしないのは性分じゃない」

「僕もだ」

 

 その返事に頷き、小さく何かを唱えると、ナギは水牢をガシッと掴み——握り潰すように粉砕した。

 

「おおウ⁉︎」

「いつの間ニ⁉︎」

「とにかくさっさと捕まえるデス!」

 

 スライムたちも流石にそれには驚き、ナギの方に注意を向けたが、その瞬間、ナギの体が霞と消え、次の瞬間にはスライムたちの五メートル手前に現れた。

 

「瞬動なのカ⁉︎」

「『入り』が全然わからネー⁉︎」

「それはいいから逃げるデス!」

(フラ)(ンス・)(サル)(タティ)(オ・プ)(ルウェ)(レア)‼︎」

 

 咄嗟に少女たちを盾にしようとしたスライムだが、先んじてナギが呼び起こした突風に煽られ少女たちから引き剥がされる。

 

「うわプ⁉︎」

「突風の魔法カ⁉︎」

「吹き飛ばされるデスゥ⁉︎」

 

 だが、まだあくまで引き剥がしただけ。未だに、宙に取り残された少女たちのすぐそばにスライムたちはいるのだ。数秒後にはまた元どおりだろう。

 しかし、そのことを考えていないナギではない。

 

(アゲ)(・カ)(ピア)(ント)!」

 

 上空から飛んできた三体の分身が、ナギがそう言うと同時に少女たちを捕まえて一条たちの方へ向かう。

 予め使っておいた風精召還(エウォカーティオ—)による中級精霊(化成体)の使役だ。

 

「ああ、獲物ガ⁉︎」

「だったラ、倒してからまた捕まえるだけダゼ!」

「お覚悟デス!」

 

 ここでスライムの体勢も整えられ、三匹で連携して襲いかかってくる。それはただの格闘術ではなく、スライムの体を利用した、腕や足が急に伸びて巻きついてくる独特なものだ。一対三のうえ、初見で防ぎきることなどそうそう出来ないだろう。

 

「おラおラ!」

「ていヤッ!」

「なんで当たらないんデス⁉︎」

 

 しかし、それも初見での場合。ナギは前世という経験を積んでいる。

 たとえ人ではありえない攻撃であっても、慌てることなく的確に対処できる。

 

「フッ!——双撞掌‼︎」

「うおウ⁉︎」

「やるネッ」

「なんか読まれてるデス⁉︎」

「——(フラン)(ス・カ)(ルカル)(・ウェ)(ンティ)(・ウェ)(ルテン)(ティス)‼︎」

 

 スライムたちの体勢が崩れている間にナギの無詠唱魔法が発動し、スライムたちの周囲に竜巻の檻が現れた。

 しかし、本来上級魔法であり、なおかつそこまで使い慣れていない魔法を無詠唱で完全に使うのは、さすがのナギと雖も不可能だ。おそらく、本来の数分間とは程遠い、十数秒の時間稼ぎにしかならないだろう。

 ……だが、それだけあれば充分すぎる。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル

 (アギテ)(ー・テ)(ネブラ)(エ・ア)(ビュシ)(ィ・エ)(ンシス)(・イ)(ンケン)(デンス)(・エト)(・イン)(ケンデ)(ィウム)(・カ)(リギニ)(ス・ウ)(ンブラ)(エ・イ)(ニミー)(キティ)(アエ・)(デース)(トルク)(ティ)(オーニ)(ス・)(ウルテ)(ィオ)(ーニス)

 (イン)(ケン)(ダン)(ト・)、彼を焼け、(エト・メー・エト・エウ)(ム・)(シン)(ト・)(ソー)(ルム)(・イ)(ンケ)(ンデ)(ンテ)(ース)———」

「目眩しなんてヒキョーナ⁉︎」

「今度こそ私達の番ダゼ!」

「ってなんかヤバそうデスゥ!」

「———(インケ)(ンデ)(ィウム)(・ゲ)(ヘナエ)‼︎」

 

 ナギの掌から放たれた黒い業火はスライムたちの中心に着弾し、10メートルは余裕で越す高さの火柱を立たせる。

 スライムたちも必死に抵抗するが、圧倒的火力の前にはなす術なく、僅か十秒足らずで滅せられた。いや、彼女らはこの世界で体を失っても(自分達)(の世界)に戻るだけなので、還ったと言うのが正しいか。

 

「すごい威力だ……」

「振動・吸収系の『燃焼』の類いか?

 いや、この感覚は……収束系も混ざっている?一体どこに……」

 

 自然界ではありえない、炎自体が黒く染まっている火柱を見て、三高生は呆然としている。

 いや、それだけではない。その炎に照らされた赤毛の少年が、先程のスライムよりも魔物のように見えたことで本能的に恐怖を覚えて、ただただ固まることしかできなかった。




スライム娘①「典型的なヤラレ役だったナ」

あれれー?おっかしいぞ〜?
なんで将輝に誤射される話から、唐突な赤松ワールドに変わってるんだ〜?
……犯人はこう語る。『筆が乗ったから』と。

それではまた次回!

……スライム娘②「まあ、悪役デスシ……」


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第三十一話 裏話

 

 着弾から30秒あまりで火柱は消え、周囲への延焼もわずかだった為ナギが風塵乱舞で搔き消して、誰もが予想しなかった(スラ)(イム)騒動は幕を閉じた。

 

 しかし、当人達にとっては、ある意味これからが本番だ。

 なにせ、あとひと月もすれば敵として相見えるだろう相手だ。油断をすれば学校や先輩達に迷惑がかかるとなると、迂闊なことはできなかった。

 

「こっちは大丈夫でしたか?」

「ああ。碌なことも出来ずにすまないな。

 それで、助けてもらって悪いんだが、なぜこんなところに一高の春原が居たんだ?」

「ついさっきまで下の社務所で四十九院(つくしいん)さんと会談をしていたんです。……ああ、ご当主のほうですよ」

「父様と?」

「はい、そうです。

 そういえば、自己紹介がまだでしたね。春原家当主で、第一高校一年の春原凪です」

 

 当主代理でも次期当主候補でもなく当主、と言い切ったことに、特に小柄な少女は驚いて目を見開いた。他の人物はそうでもなかったが。

 

「同い年なのに既に当主を務め上げているとはのう。立派なもんじゃの。

 わしは三高一年の四十九院(つくしいん)沓子(とうこ)じゃ」

「同じく第三高校一年、師補十八家(いっ)(しき)家の一色愛梨(あいり)よ。こっちも一年の()()()(しおり)。助けてくれてありがとう」

 

 小柄で長い髪の、年下にしか見えない少女と、長く美しい金髪の少女が、それぞれ名乗り返す。

 しかし、ナギの気を引いたのはどちらでもなく、金髪の少女が『栞』と紹介した少女だった。

 

「……栞がどうかしたのかしら?」

「え、ああ。いえ。ボクの知り合いにも栞さんがいたのですが、その方に似ているなぁ、と」

 

 雰囲気は彼女と違い無口で冷静な感じがするのだが、髪型や顔立ちがどことなく似ている。名前を聞いて、思わず過去に意識を飛ばしてしまったのだ。

 

「そう。『いた』ということは……いえ、これはあまり踏み込まない方がいい話ですわよね?」

「そうですね。あまり触れられても困る話なので……」

「ところで、四十九院(つくしいん)家に来た理由はわかったんだが、この林に来た理由はなんだったんだ?」

 

 暗い話題に行きかけた話を切るように、将輝が話を振る。というよりも、脱線しかけた話を元に戻した、のような気もするが。

 

「実は夕方に一条家にもお伺いする予定だったんです。それで、ここで入れ違いになって挨拶ができないよりかは、少し時間もあったので挨拶だけでもしておこうかと思いまして」

「なるほど、そういうことか」

「一条家と四十九院家だけなのかしら?」

「一色家には朝方お伺いしましたよ。一之倉(いちのくら)家や他の古式魔法師の方々はどうしても時間の都合がつかなかったので、また次の機会に訪ねることになってますが」

「そう」

 

 こうしてスムーズに会話をしているが、これは本来驚くべきことなのだ。

 将輝はそうでもないが、愛梨はかなり選民思想が強く、家柄が良いか、よほど才能がないと対等に見ようともしない。そんな愛梨と普通に話せているだけでも、三高の彼女のファンクラブからすれば血涙の滲む状態なのだ。

 しかし、それもある意味自然なこと。師補十八家ともなれば、ナギが両の手では数えられないほどの戦術級魔法を復活させたことは知っているし、テレビなどでも活躍しつつ当主としての仕事もこなしていることも知っていて当然だ。そんなナギに対して、尊敬の念こそ出てくれど、見下すような真似をするほど傲慢ではない。

 

「それじゃあ、この機会に乗じてウチのスパイをしようとした、ってわけじゃないんだね?」

「もちろん、そんなつもりはなかったですよ。なんでしたら、口外できないように契約で縛りますか?」

 

 そう言って、ナギは懐から鷲と天秤を(かたど)った置物らしきものを取り出した。そんな物があるような膨らみはなかったのだが、どこに隠していたのだろうか?

 

「契約?どういうことだ?」

「これは(エンノ)(モス・)(アエト)(スフラ)(ーギス)と言って、起動した状態で交わした約束を、何があろうとも強制的に遵守させることができる魔法具(レリック)です。いわゆる、刻印型精神干渉系魔法に分類されるものですね」

 

 サザッ、と皆一様に距離をとる。そんなものを懐に忍ばせているなんて思ってもみなかったのだろう。

 

「「「「「せ、精神干渉系⁉︎」」」」」

「はい、分類するとしたらそれになると思います。

 まあ、今は全然(サイ)(オン)を込めてませんし、そもそも人一人が出せる量ではないので、ボクのように仙術でも使えない限りはただの置物ですけど」

「そ、そんな恐ろしいものを使わなくてもいい!というか、春原は俺たちの戦闘すら見ていないだろう!」

 

 そうですか、と言ってナギは(エンノ)(モス・)(アエト)(スフラ)(ーギス)を懐にしまう。どこか残念な表情なのは、アンティークマニアの血が騒いだからだろうか。

 

「はぁ、はぁ。なんか、戦闘しているよりも緊張したぞ」

「そうですか?それなら、四十九院さんも心配していたことですし、休憩ついでに山を降りたほうがいいですよ」

「そうか、父様にも説明せんといかんのか。(おっ)(くう)じゃ」

 

 口ではそう言いながらもどこか本心ではなさそうなのは、心配をしてくれているという単純なことが嬉しいのだろう。

 

「そうね。叔父様にも迷惑をかけたことだし、説明はするべきよね。

 それと、出来ればお風呂をいただきたいわ」

「うん。服がベトベトして気持ち悪い」

「そうじゃのう。まずは湯浴みしてからじゃな。

 ……ところで、一条たちはわしらの裸を覗いたわけじゃが、風呂まで覗きに来るでないぞ」

「の、覗いてない!そもそも裸にはされてなかっただろう!」

「……一条くん?なんで裸じゃなかったことを知ってるのかしら?」

「そ、それは、さっき受け止めた時に見て……」

「それでも充分恥ずかしい格好だったんだから、目を逸らして見ていないふりをするのが優しさ」

「うぐぅ⁉︎」

 

 どうやら十師族が一席、一条家の御曹司は、その肩書きや異名とは裏腹に、仲間内ではいじられ役のようだ。幹比古と会ったらすぐに打ち解けそうなほど、苦労人の雰囲気を漂わせている。

 

「嫁入り前の肌を見られたのじゃ。これは責任を取って貰わんとのう?」

「ええっ⁉︎せ、責任っ⁉︎そ、それは……い、いや、見たのは俺だけじゃないだろう‼︎ジョージも俺と同じだったし、春原だって見えてたはずだ‼︎」

「冗談じゃよ冗談。まさか間に受けるとは思っておらんかったわ。

 そもそも、誰もがお主をそういう目で見てると思うでないわ。自意識過剰じゃぞ?」

「正直、顔だけなら春原くんのほうが整ってる」

「今の動転の仕方は気持ち悪かったですわね」

「ぐはっ⁉︎自意識過剰……気持ち悪い……」

「ごめん将輝。これはフォローできない」

「あ、あはは……」

 

 訂正。弄る役が三倍に増えてるから、こっちのほうが大変だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「この度は、娘がとんだご迷惑を……」

「いえいえ。幸いに人的被害はなかったですし、そこまで気になさらずとも」

 

 その後、気絶した一人を起こして山を降り、警戒しながら待っていた当主に簡単に事情を説明すると、顔を真っ青にして蔵のほうに行ってしまい、さらに顔色を悪くして戻ってきたのだ。

 

「まさか、水妖を封印したと言われていた瓶と御神酒の瓶を間違えるとは……」

「す、すまなかったのじゃ。まさかそんな曰くのあるものじゃったとは、露ほども思うてのうて……」

「ボクは本当に大丈夫ですよ。大した労力も使っていませんし」

 

 ちなみに、蔵を調べに行っている間に女性陣の入浴と洗濯は終わっていて、現在はナギを除く男性陣が入浴中だ。こういう時、服をすぐさま乾かせる発散系魔法は重宝する。

 

「アレだけの大威力の魔法で大した労力じゃないなんて、噂以上に桁外れ」

「奈落の業火、だったわね?今まで見た『燃焼』系列の魔法の中でも、最も凄い魔法だったわ」

 

 共に戦った仲や助けてくれた救世主だからか、この短い時間でだいぶナギに三高生達も打ち解けてきていて、友人と言えるぐらいの関係にはなっていた。

 

「いや、あれでもそこまで得意な魔法じゃないんだけどね」

「一色家のお嬢様にそこまで言われる魔法とは、是非ともこの目で見たかったですな。

 それで、封印されていた水妖とは、スライムでよろしかったですか?」

「はい。液体の体を持つ悪魔の一種です。人型をとったり、意外と厄介だったりする以外はRPGでよくでてくるスライムと同じです。

 わかりづらかったら、水を肉にした、完全自立型傀儡式(ゴーレム)のようなものと思って頂いて構いません」

 

 司一が呼んだ魔物もそうなのだが、基本的に『魔』の存在は意志を持った魔法式と言ってもいい。情報体(エイドス)が核の人間とは違って、魔法式を統括している(たま)(しい)が核になっているのだ。

 

「そのようなモノが封印されていたとは。驚きです」

「ボクも一応知識はありますが、正直そっちの方はあまり詳しくないので、専門家の意見を聞いてみてもいいと思いますよ」

「専門家、ですか?」

「神鳴流と言えばわかりますか?」

「神鳴流、って()()神鳴流ですか⁉︎」

「はい。そのほぼ唯一の生き残りの少女が、一高で四月にあった事件で主謀者に操られていたところを保護されて、現在は十文字家でメイドの修行をしているそうです。

 スライムとかの魔物について知りたいのなら、紹介状を書きますよ?」

「それは是非とも!」

 

 少女達は何のことやらさっぱりな様子だが、それよりも気になっていたことがあったようで、ついでにとばかりに聞いてきた。

 

「それなら、一条たちが水の中に閉じ込められて溺れなかったのは何故なんじゃ?普通なら死んでおったであろう」

「いや、溺れてはいたんだよ。呼吸ができていただけで。

 たぶんあの(すい)(ろう)は、水の中に高濃度で酸素を溶け込ませていたんだと思う。それを球状に展開した結界で閉じ込めていただけ。

 最初だけ息苦しくて、焼けるように痛かったと思うけど、慣れれば息はできたから死にはしなかったってことだね。殺さずに無力化するための魔法、ってとこかな?」

「へぇ。面白い使い方ね」

 

 溺れているが息はできる、という矛盾した話が面白いと感じたのか、それとも殺せるのにわざわざ殺さない魔法を面白いと感じたのか。あえてナギはそれを聞かなかった。折角仲良くなったのに、わざわざ空気を悪くする必要もないからだ。

 

「それよりも、じゃ。お主は九校戦に出るのかの?」

「えーと、それは……」

「三高の新人戦モノリス・コードの選手を知ったんだから、あなたの分だけでも教えてもらわないとフェアじゃないわよね?」

「うっ⁉︎」

「大丈夫。作戦スタッフには言わないから」

「そ、それなら……って、三高には初めから作戦スタッフはいないですよね⁉︎」

 

 バレたか、という顔をした三人。どうやら悪女の傾向があるようだ。一人はどちらかと言えばイタズラ好きという感じだが。

 

「でも、フェアじゃないのは本当よね?そこら辺はどう思っているのかしら?」

「……はぁ。分かったよ、教える。

 今現在だけど、新人戦のアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出る予定だよ」

「……そいつは……」

 

 入り口の方からした声に振り返ると、風呂から上がった将輝たちが固まっていた。

 

「そう。お互い勝ち上がったら全面対決だけど、よろしくね将輝くん」

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その後、ナギは将輝と吉祥寺と共に一条家に赴き、当主の(いち)(じょう)剛毅(ごうき)と会談、という名目の神隠し事件の説明と七草家とのメッセンジャーを務め、雑談ついでに先ほどのスライム事件について触れて終了した。

 

「言われた通り、ジョージも連れて来たぞ」

「失礼します」

「おう、入れ」

 

 そして、ナギが翌日の授業のために帰路に着いた後の一条家の生活スペース、一条剛毅の書斎。そこに、家にいた男性陣が集まった。

 

「それで、なんだよ親父。今日は疲れたからゆっくりしてたかったんだが」

「ああ、春原殿に聞いたぞ。流石のお前達とはいえ、人ではないモノ相手では分が悪かったか」

「人質をとられた上に初見だったからだ。次があったら無様な真似は繰り返さないさ」

「知識という面でナギに差をつけられてましたから。魔物なんてモノは、元々古式魔法師の領分だっただけです」

 

 将輝の口調が砕けているのは、先ほどのナギと剛毅が会談していた和室とは違い、ここでは家族として話しているからだ。そして吉祥寺も、家族同然に付き合っている剛毅相手に、今更緊張するような人間ではなかった。

 

「ほう?また大きく言ったな。

 まあ、確かにここ最近、十文字が取り込んだ退魔師の一族といい、全日本選手権での神隠しといい、立て続けにそうした人ならざぬモノが表舞台に立っているからな。次がないとも言い切れないか。期待しているぞ?」

「次なんてない方がいいに決まっているけどな」

「違いない」

 

 クックックと笑う剛毅と、疲れた笑いを見せる将輝と吉祥寺。この場面だけを見たら、一流の魔法師の家系の当主と次期当主ではなく、ただの親子の会話に見える。

 いや、世間や一部魔法師の考えでは違うのかもしれないが、彼らも魔法師である前に家族なのだ。これが自然な形だろう。

 

「それで、そのことについて話すために呼んだのか?」

「いや、春原殿から顛末は聞いているからな。それについてはただのついでだ。

 本題に入るか。お前達は、まさか他校に出場競技を知られただけで、何もしてないわけではあるまいな?」

「当たり前だ。いくらほとんど予想されてただろうとはいえ、確定した情報を渡しておいてそれで終わりなわけないだろう。ナギの分だけだが、相手の情報も手に入れてきたさ」

「ほう?何に出ると言っていた?」

「あくまで現段階らしいですけど、アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードだそうです」

 

 それを聞くと、剛毅は腕を組んですこし考え込んだ。そして、顔を上げると、口元にニヤリとした笑みを浮かべて問いかけた。

 

「それを聞いて、お前達はどう思った?」

「は?なんだよ藪から棒に」

「これも当主教育や軍師教育の一環だ。こうした情報から、どこまで相手の思惑を読み取るのかも必要な資質の一つだからな」

「そりゃそうかもしれないけど……。何を思ったと言われると……」

「……そうですね。魔法適性的に向いていそう、ということでしょうか」

「何故だ?」

 

 吉祥寺の感想に、剛毅は理由を聞く。その顔を見る限り、分からずに聞いているのではなく答え合わせをしているようだった。

 

「ナギはそれまでの春原家の方針とは大きく変わり、自らが復活させた数多くの魔法を公開し、魔法(インデ)大全(ックス)にも多くを載せています。最後の一線、と言うべきか詳しい理論は公開していないため、その高速発動術や普通では不可能な魔法の発動を可能にする技術は不明なままですが」

「それがどうかしたのか?」

「その魔法の中で、特徴的なものが三つある。

 一つ目が、昼間スライムに放ったような大規模で大威力の広範囲物理攻撃魔法。

 二つ目が、インターマジックで使ってみせた飛行魔法。

 三つ目が、弾幕型を含む複数の対人攻撃用非殺傷性捕獲・捕縛魔法」

 

 吉祥寺は、右手の指を三つ立てる。それを見て、将輝が何かを感じたのか考え込むが、吉祥寺も剛毅もそれを止めるようなことはしない。出来ることなら、将輝の知力を鍛えるのが好ましいのだから。

 

「……なるほど。一つ目の魔法はアイス・ピラーズ・ブレイクにうってつけ、というわけだな。

 氷柱自体に干渉しているわけじゃないから情報強化はほぼ無意味。その上あれだけの規模の魔法を防ごうと思ったらこちらの息切れも覚悟に入れて領域干渉するしかない。発動前に全て倒すしかないな」

「その通りだよ将輝。

 そして、二つ目、三つ目はモノリス・コードにピッタリだ。空を飛べるだけで索敵能力や戦略は段違いになるし、飛ばれたまま捕縛系魔法で弾幕を張られたら、将輝レベルの遠距離攻撃能力を持っていても厳しい戦いになる。

 一つ目はモノリス・コードには、二つ目、三つ目はアイス・ピラーズ・ブレイクには使えないけど、それでも驚異的なのは間違いがない。幸いにも、ほぼすべての攻撃魔法が物理的攻撃を介するという特徴があるから、たぶん将輝なら物理障壁でほとんど防げると思う。だけど、僕たちが相手取ったらほぼこっちの負けが決まるはずだ」

 

 そこで話を区切ると、吉祥寺は剛毅に視線で採点を求める。剛毅はそれに満面の笑みで答えると、その解答に点数をつけた。

 

「50点だな」

「は?」

「半分、ですか。残り半分はなんなのですか?」

 

 将輝は相方が出した答えを信用していたし、ジョージもまさかそれ以外に理由があるとは思っていなく、白旗を揚げた。

 

「簡単に言えば面子の問題だ」

「面子?」

「そうだ。

 春原殿はバイアスロンの日本代表に選ばれている。そのような立ち位置なのに、バトル・ボードやスピード・シューティングではなくその二つに選んだのには訳があるとみた。もちろん、吉祥寺くんが予想したのも事実ではあるだろう。だが、それ以外にもあるのは間違いがない。

 そしてその理由とはおそらく、万が一負けた時の言い訳、だ」

「負けたときの言い訳、ですか?」

「ああ。バトル・ボードやスピード・シューティングでなければ、もし負けて日本代表の実力を問題視されたとしても、『代表に選ばれた競技とは似ても似つかないから、バイアスロンの結果には関係しない』とでも言えば問題ないだろう。

 そして、負けるのが十師族ならばなおいい。それなら十師族の実力を、より世に知らしめることができる。そのために、わざと将輝にぶつけたのだ」

 

 剛毅の解答を聞いて、二人は感心したのかしきりに首を縦に振っている。

 

「なるほど、そういう考え方もできるのか。

 だが、もし俺に勝ったらどうなんだ?ナギなら可能性自体はあると思うが」

「もちろん、その可能性は充分にある。千葉の麒麟児や百家の鬼子、渡辺摩利の様に、十師族に匹敵、ともすれば上回る実力者は国内にもそれなりにいる。春原殿も、すでにそれに当たるだろう。

 しかし、それならそれで構わないのだ。

 春原殿は、七草家と親密な関係にある。あそこの三姉妹のいずれかから嫁にでも出して外戚関係にでもなれば、十師族の面子は保たれるだろう。おそらく、こう考えているのは七草殿だけだろうがな」

「……ようは、その時は俺は当て馬にされた、ってわけだな」

「一枚も二枚も裏がある案を出してくるだろう?これが大人の世界だ。

 今は、とにかくその頭を磨いておけ。幸い、お前には吉祥寺くんという優秀なブレインがいるんだ。突発的な状況で、最悪の手を打たないだけの頭があれば十分だろうからな」

 

 その言葉に、将輝と吉祥寺は顔を見合わせる。将輝の表情は信頼であり普通だが、吉祥寺の顔が赤いのはまずくないだろうか。

 

「まあ、いろいろ思惑は絡んでいるが、それも競技が始まればすべてが無意味だ。

 全力で当たれ。相手はそこらの雑兵ではなく、全力で挑んでちょうどいい敵だからな」

「「わかった(りました)」」

 

 覚悟も新たに、将輝と吉祥寺は大会へ想いを馳せる。

 例え今日新たな友人になろうとも、大会では敵なのだ。いや、友人だからこそ、全力で挑まなければならない。

 一高のチームも確定していない中、三高陣営では着実に優勝へ向けて切り替えていっていた。




三高男子C「俺はハブられてんのな」

ナギ、大ピーンチ‼︎
というわけでもありませんが、将輝たちと仲良くなる&やる気を出される話でした。
え、なに?女性陣の(サー)(ビス)シーン?書けるわけないじゃないですか〜。今回の口調ですら怪しいのに〜。

次回からは、視点は東京に戻って一高中心です。それでは!

・・・夜の女王「精神干渉魔法の置物なんて……。どうにかして手に入らないかしら?」


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第三十二話 理屈と理論

 

 7月14日、昼休み。

 さっきまで生徒会室でお昼を食べてたけど(週に二日が生徒会で、残りが友達と食堂でだったりする)、今は細かい雑務をしながらお茶の時間だ。ボクは紅茶を淹れて、達也くんは何やら作業中、渡辺委員長はどっかりと座っているだけ、とかみたいに例外もいるけど。

 先輩方の顔は、放課後に行われる準備会議で達也くんを始めとする技術スタッフの代表入りが決まる……はず、ということで、どこかホッとした表情だ。

 

「はぁ〜。達也くんも五十里くんも、()()引き受けてくれてよかったわ〜。おかげで、こうやってゆっくりお茶を飲めるもの」

「ああ。一週間ほど遅れているが、これでなんとかなりそうだからな。

 あとは一部が達也くんに反対するか否かだが……。まあ、既に中条たちにお墨付きをもらっているからな。大丈夫だろう」

「そんな、お墨付きなんて()()がましいですよ!

 司波くんはわたしなんかよりも、もっともっとすごかったんですから!」

 

 端末に目を落としてウンウン唸っていた中条先輩が、顔を上げると大きくかぶりを振った。お墨付き?

 

「お墨付き、ってなんですか?」

「放課後に、部活連幹部と技術スタッフ候補を集めて軽く腕競べをしたアレだ。技術スタッフ全員が、達也くんの腕に仰天していただろう?

 って、ああ。春原はあの日北陸でスパイしていたのか」

「へぇ、そんなことをしてたんですか。

 それと、スパイじゃなくて偶然ですよ」

「それはわかっています。こちらの情報も与えてしまっている上、相手の方が有利な情報を得ていますから」

 

 うっ!

 

「一条くんがピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出ることはほとんどわかってたし、仲が良くて連携しやすいだろう吉祥寺くんがモノリス・コードに出るのもほとんどわかってたものね〜。もう一人は初耳だけど、調べた結果お家が移動系を得意としてる、ってことぐらいしかわからなかったし〜」

「出場する、という以外に具体的な情報が得られなかった女生徒についても、本人の適正から、反射神経が超人的な一色さんは新人戦クラウドボールか新人戦、及び本戦ミラージ・バットに、水の古式魔法で有名な四十九院さんは新人戦、及び本戦バトル・ボードにと、それぞれ既に予想できていましたから。十七夜さんについては詳細不明ですが、かつてリーブル・エペーの試合に出場していた記録や、実力主義の一色さんと仲がいいという情報から、ある程度は出場が予想されていた人物です」

「それに比べて、おそらく相手方も予測していなかった春原の出場競技を知られた、というわけか。情報戦ではこっちがほぼ一方的に不利になったな」

「本当にごめんなさい!」

 

 まさか、殆ど全員が出場予想を立てられてた主力選手だったなんて、思ってもみなかったんです!

 

「まあ、全国を飛び回っていて、接触を持ちやすい春原くんに情報を渡していなかったこちらの落ち度でもあります。

 全体的に見て、まだ決定的な情報は渡していませんし、リカバリーの効く範囲内でしょう」

「リンちゃんの言う通りよ。だからあまり気にしないで」

 

 そうは言われても……、はぁ。

 やっぱり、千雨さんみたいなブレインが居てほしい……。

 

「ところで、達也くんはさっきから何してるんだ?カチャカチャと」

「……摩利……CADのオーバーホールよ。授業で習ったでしょう?」

「あ、ああ。それか。あたしは自分ではあまりしないからな……ははは」

「『あまり』じゃなくて『絶対』の間違いでしょう……」

「そ、それで、滅多に自分のCADを持ち歩かない達也くんが、どうして今日は?」

 

 渡辺委員長……逃げましたね。

 

「ああ。ホルスターを新調したので、馴染ませるついでですよ。

 オーバーホール自体はする必要はなかったんですが……、今頃になって少し憂鬱になっていたので気晴らしに。丁度終わってしまいましたが」

「み、見せてもらってもいいですか⁉︎」

 

 中条先輩、いつの間にそこに⁉︎瞬間移動(テレポート)ですか⁉︎

 

「え、ええ。……どうぞ」

「わぁ〜。シルバーモデルの純正品、この絶妙なカーブがまた使用者のことをよく考えられていて……ってあれ?シリアルナンバーが入ってない?

 でも、この品質は間違いなく正規品ですし……でも、よく見たら見たことがないデザインです……。

 まさか……これ……限定の非売品ですか⁉︎」

「い、いえ。正しくは試作品です。

 実は開発スタッフに少し伝がありまして、新作がモニターも兼ねて早く手に入るんです。俺や深雪が使っているのも、それが主な理由ですね」

「ええぇーっ‼︎⁉︎本当なんですか⁉︎」

 

 へぇ。もしかして、中条先輩たちが絶賛したっていう調整の腕も、その人から教わってるのかな?

 

(いいなぁ、いいなぁ‼︎)

「……次の新製品、ワンセット多くしてくれるように頼んでみますか?もちろん、モニターを引き受けてくれることが最低条件に——」

「いいんですか⁉︎どんなことでも喜んでやりますから‼︎

 ああ、憧れのシルバー様の製品を、まさか世に出るよりも早く手にできるかもしれないなんて……。

 司波くん!ありがとうございます!本当にありがとうございます‼︎」

 

 うわぁ。普段表情が薄い達也くんが、あれだけ顔を引き攣らせているのは初めて見るかも。

 あっ。誰彼構わず助けを求めてる。でも、関わりが薄いボクじゃどうしょうもないし……真由美お姉ちゃんに任せた。会長だしね。

 

「……あーちゃん。少し落ち着きましょうね。達也くんも困ってるから」

「ああ、神様仏様シルバー様……えっ?

 ……あっ⁉︎す、すみません‼︎本当にすみません‼︎わたし興奮しちゃって、ホントすみません‼︎」

「今度は謝りすぎよ‼︎達也くんも逆の意味で困るわよ‼︎」

「いえ、気にしていませんから」

 

 うわぁ。耳まで真っ赤っかだ。湯気がたって見える。そのうち、知恵熱で倒れるんじゃないかなぁ。

 

「ほらほら、深呼吸深呼吸」

「は、はい。すぅ〜はぁ〜、すぅ〜はぁ〜、うっ!けほっけほっ!」

「はいはい、急がないで落ち着いてね」

 

 なんか中条先輩を見てると、ホントに上級生なのか気になってきちゃうな。十歳の子供なのに実は教師、よりかは信憑性があるんじゃないかな、中条先輩実は中学生説。

 

「ええと、すみm、じゃなかった、ええとぉ。

 あっそうだ!司波くんは、トーラス・シルバー様がどんな方か知っているんですか?」

「いえ。流石に社外秘、というよりも開発部署だけの極秘らしいので、そこまでは……」

「そうなんですかぁ……」

 

 ビィイーー‼︎

 

 うわっ!ビックリした〜。誰かが入力間違えちゃったのかな?……え?深雪さん?

 

「深雪さんがビープ音が鳴るようなミスをするなんて……。どうかしたの?」

「いえ、少々入力を焦って、手を滑らしてしまっただけですので」

「そう」

 

 焦って?そんなに急ぐような仕事をしてたっけ?

 

「……あっ!そうだ!

 司波くん。モニターをしてもいいことになったら、後日その伝の人に合わせてください!お礼がしたいので!」

「……わかっているとは思いますが、精神干渉系魔法で情報を聞き出したりしたら重罪ですからね?」

「あ、あはは。そんなことするわけないじゃないですか〜。わたしの魔法はそういう用途には使えませんし。

 まさかお礼をして、できれば調整の手ほどきもしてもらって、それで仲良くなって聞き出そう、なんてことも考えてませんよ〜」

「全部白状しちゃってる⁉︎」

 

 しかも誘導尋問でも詰問でもなくて、自分から言っちゃってるし!

 

「……はぁ。なぜ中条先輩は、そこまでトーラス・シルバーのことを知りたいんですか?」

「えっ?だって、()()シルバー様ですよ?

 ループ・キャストシステムを完成させ、特化型CADの展開速度を二割も減らして、非接触型(NCT)スイッチの誤作動率を1パーセント以下にすることに成功して、しかもそれらの対外秘にしてもおかしくない技術を惜しげもなく公開して魔法社会全体の進歩を優先した、()()トーラス・シルバー様ですよ?

 気にならないほうがおかしいですよ⁉︎」

「そ、そうなんですか。認識不足でした。

 モニターとしては不満を感じることも多かったので、それほど評価が高かったとは……」

「へぇ、そうなんですか。考え方の違いですかね?」

 

 そこまで熱心なのは、中条先輩だけだと思います。

 

「それじゃあ、司波くんは、シルバー様はどんな人だと思いますか?

「そうですね……わざわざ秘匿していることから考えて、案外同年代の日本人かもしれませんね」

 

 ビィイーー‼︎

 

 って、二度目ですか深雪さん⁉︎

 

「本当にどうしたの深雪さん⁉︎体調が悪かったりするの?」

「いえ、一度ミスをするとつい焦ってしまって。三度目はないようにしますので」

「本当に?無理はしなくていいからね?」

 

 なんか心配だなぁ。

 

「ところで、中条先輩はやってた課題が終わったんですか?さっきまで悩んでましたけど」

「ううっ⁉︎は、春原くん助けてください〜」

「ボクは一年ですよ⁉︎」

 

 二年生の、しかも上位五名(ベストファイブ)から落ちたことのない中条先輩が頭を悩ます課題なんて、出来るはずがないじゃないですか⁉︎

 

「春原の言う通りだぞ。年下に頼るとは……本当に何があった?」

「ううう……だって、悩んでるのは春原くんの所為なんですぅ」

「ナギくんの?一体どんな課題だったのよ?」

 

 全員の手が止まって、中条先輩の方を見る。その視線にビクッと怯える……って、仲間内でも怖いんですか?

 

「そ、それは……『加重系魔法の技術的三大難問』の解決を妨げてる理由について、っていうレポートなんですけど……」

「なんだ、中条らしくない。毎年必ず出される定番のテーマからだろう?少し難しい参考書でも見ればすぐにわかるはずだが?」

「……いや、そういうこと。確かに今年からは、その課題は相応しくないわね」

 

 今度は、渡辺委員長を除く全員の目がボクを非難がましい目で射抜く。た、確かにこれは怖いかも。

 

「む?どういうことだ?」

「摩利……。三大難問を全部挙げてみて」

「バカにしてるのか?『重力制御型熱核融合炉』、『慣性無限大化による疑似永久機関』、そして『汎用的飛行魔法』……なるほど、そういうことか」

「そうよ。今年からは、ナギくんが飛行魔法の存在を確定させちゃってるのよね〜」

「一応飛行魔法自体は古式魔法師の一部では確認されていたことですが、すべてBS魔法師の固有スキルに近いものでした。

 しかし、春原くんは様々な古式魔法を使いこなすことから考えても、明らかにBS魔法師ではありません。つまり、それを解析できれば汎用的飛行魔法実現の可能性が出てきたわけですね。本人は協力を拒否していますが」

「『春原家の魔法は必要な場面でただ見せるだけ。知りたければそこから解析してください』。

 これが、ご先祖様たちの方針も踏まえた上でのボクの基本方針ですからね。わざわざ解析に協力は出来ませんよ」

 

 下手に解析されちゃってすぐに違いの『根本』がバレちゃったら、世の中大混乱だし。

 

「他のは一応どうにか書けたんですけど、それだけがどうしても……」

「うーん。参考書をただ書き写すだけだと問題だし……ナギくんも教えてくれそうにないしね〜。

 あーちゃんはナギくんがどうやって飛んでると思ってるの?」

「参考書では、跳躍や浮遊は実現しているのに飛行魔法が実現していない理由としてこう書いてあったんです。

『魔法式には必ず終了条件が記載されていて、それを満たすまでは魔法式は効力を持ち続ける。なので飛行中に上昇や下降を行うためにはその魔法を上回る干渉力の魔法で上書きしなくてはいけないが、一人の魔法師が能動的に分けられる干渉強度はせいぜい10段階が限界なので、十回の状態変更で飛行魔法は破綻する』」

「去年までなら、その説明で満点ですね。今年からはそうはいかないのが問題ですが」

 

 そんな非難がましい目で見られても……。飛べるものは飛べるんだから、仕方がないじゃないですか。

 

「なら、春原くんの飛行魔法は、終了条件が書かれていなくて変数を途中変更できるようになっているか、もしくは対抗魔法で魔法式を途中でキャンセルしてから投射しなおしてるか、と思ったんですけど……」

「前半の案はないわね。いくら仙術で外部のサイオンを操れるとは言っても、既に情報の上書きをした魔法式を操るのは不可能よ。現代魔法の理論が覆れば別だけど」

「となると第二案ですね。対抗魔法による魔法式のキャンセルですか……。その案なら、上書きによる干渉力のインフレスパイラルを止められますね。

 確かに面白いアイディアですが、そのぐらいなら既に考えられていそうなものですが……ああ、ありました。イギリスのウェールズで一昨年、『事後的領域干渉による飛行魔法の実現』というテーマで大規模実験が行われてますね」

 

 へぇ。イギリス、それも()()()()()で。折角だし、一度は行ってみたいなぁ。

 

「結果はどうなんだ……って、成功していたらもっと知られているか」

「ええ。明らかな失敗、それも通常よりも早く墜落してしまっているそうですね。理由までは書かれていませんが、何故なのでしょうか?」

「それは当然でしょう」

「……達也くん?」

 

 ああ。そういえば達也くんにはヒントを教えちゃってたんだっけ?あの時は、高校で初めての友達ってことで、舞い上がっちゃってたからなぁ。

 

「ほう?達也くんは何かわかるのか?」

「そもそも領域干渉は、情報の改変をしていない魔法式による上書きによって、他の魔法による対象の情報改変を防ぐ魔法です。

 当然、魔法のキャンセルをするためには既に発動している魔法式以上の干渉力を求められ、さらに上書きする際には領域干渉以上の強度が必要になります。

 結果的に、通常に加えて領域干渉分のインフレが起きて、通常に倍する勢いで失敗してしまったということです。おそらく、この理論の提唱者は領域干渉のことを誤解していたのでしょう。使用魔法の性質を理解していないせいで事故を起こすとは、理論者としては三流以下ですね」

「うわぁ。達也くんにしてはすごい酷評」

 

 ほら見て。深雪さん以外、全員が引いてるよ。

 

「なら、司波くんはどうしたらいいと考えているんですか?」

「対抗魔法による魔法式のキャンセル、という前提に立つのなら、魔法式自体の破壊が可能な対抗魔法で行うしかないですね。そんなものは、サイオン砲弾の『(グラム)(・デモ)(リッシ)(ョン)』、所謂古式の『気弾』か、実験室レベルですが情報体構造直接干渉魔法の『(グラム)(・ディ)(スパー)(ジョン)』ぐらいしかないでしょうけど」

「私の対抗魔法も、起動式の読み込みに失敗させて成り立たせているんだから、魔法式自体の破壊なんて夢のまた夢ね」

「だが、そういうことなら、(グラム)(・デモ)(リッシ)(ョン)が使える達也くんなら飛べるということか?

 十文字に聴いたぞ。四月の事件の時に、相手の式神に対して気弾で弾幕を張ったそうじゃないか」

「確かにできなくはないでしょうが、破壊と新しい魔法式の上書きを同時にこなさなくてはならないため、あまり現実的ではないでしょう。

 むしろ、俺としては別の案を考えますね」

「別の案?」

 

 達也くんが考えた案なのかな?それは聞きたいな。

 

「なんだ、それは?」

「そうですね……できればオフレコでお願いします。俺個人の問題ではないので」

「ほう?……まあいいだろう。中条には頑張ってもらわなくてはいけないが」

「ボクも大丈夫だよ。そもそも自分で飛べるし」

 

 そのあと、全員が話さないことを約束した。中条先輩はかなり渋ってたけど……内容によっては(エンノ)(モス・)(アエト)(スフラ)(ーギス)を使わなくちゃいけないかもなぁ。

 

「それで別の案ですが、もともと魔法式の持続時間が被っているのが干渉力のインフレの原因なのですから、持続時間と規模を極限まで縮小した魔法を連続発動するようにして、魔法が被らないようにすればいいだけの話です」

「た、たしかに……でも、そんな速度での連続発動なんて……」

「まさか、ループ・キャストですか……?」

「いえ、この場合は移動時以外基本的に変数の部分も同一にしなくてはいけないため、似たようで全く別の問題になると言っていました」

「言っていた?

 ……もしかして、その話って…………」

「はい。トーラス・シルバーの開発室にいる知り合いから聞きました。

(くだん)のトーラス・シルバーが開発中で、おおよその部分でまとまってきたので今月中には起動式と共に発表するようですよ」

『え、えええぇーーっ⁉︎』

 

 まさか、術式部分だけとはいえもう解析されたの⁉︎

 それが本当なら、場合によってはボクを上回るかもしれない大天才じゃないか⁉︎

 

「そ、それは本当なんですか⁉︎本当にあのシルバー様が⁉︎」

「はい。もともと彼が色々試行錯誤していたところに、ナギが飛行しているのを見て発想力を掻き立てられたそうですよ」

「何故それを司波君が? いくらテスターでスタッフの知り合いだとはいえ、普通ならそんな情報を話さないでしょう⁉︎」

「実は、ナギと直接の面識があって例の会場にもいたということから、その知り合いを介して色々聴かれまして。開発が間に合えば深雪のミラージ・バットで使わせてもらうことと引き換えに話したんですよ。向こうとしても、いいデモンストレーションになると快諾しました。おかげで個人的に開発中の魔法にアドバイスなどもいただけましたよ」

 

 た、達也くんのうらぎりものーーっ⁉︎

 

「そ、それをあたしたちに話してよかったのか?明らかな情報漏洩だろう⁉︎」

「いえ、おそらく大丈夫でしょう。

 たとえ漏れたとしても、あと半月以内に発表されるまでに、他所でそんな起動式の開発が間に合うと思いますか?」

「え?いや、まず無理だろうが……」

「これは魔法だけではなく物理学などでも言えますが、理屈だけなら子供にだって言えます。それを実証・観測することで初めて理論になるんです。

 そして、現段階で彼に先駆ける実証は不可能といってもいいでしょう。寧ろ、噂が広まって注目を集める分だけ利益になるだけです」

「……なるほど。一理あります」

 

 はぁ〜。そこまできちんと考えてたんだ。

 

「ほわぁ〜すごいですね〜。

 ……って、そんな内容なら、結局レポートに書けないじゃないですかぁっ⁉︎」

「ああ。そういえば元々はそういう話だったわね」

「すっかり忘れていたな。まあ、適当に頑張れ、としか言えないが、頑張れ」

「う、うわぁぁん〜⁉︎」

「……ナギ。これで本当に年上なんだよな?」

「……奇遇だね。ボクも同じことを思ってたよ」

 

 

 結局中条先輩は、例年の解答に『ただし、飛行魔法の存在自体は確認されており、近いうちに開発される可能性もある』、という一文を加えて、飛行魔法発表の混乱のさなかで唯一満点を取ったそうな。




中学生「ううぅ。ひどい目に遭いましたぁ〜」

はい、というわけで三十二話でした。いかがでしたか?
うん、なんというか……誰とは言いませんが、凄い白々しいですね。さすが別名の通り黒いな、真っ黒だ。

それではまた次回!

・・・中学生?「って、なんですか中学生説ってーー⁉︎」


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第三十三話 発足式

 

 準備会議において、達也が改めて実力を示したことで技術スタッフ入りが認められた日の夜。司波兄妹の家。

 軍のハッカーによる秘匿回線によって、達也が自らの上司である風間少佐から出頭命令を受け取り、ついでに九校戦に関して動いている(ノー・ヘ)(ッド・)(ドラゴン)に注意するよう言われた直後、風間の顔が顰められたことに達也は気がついた。

 

「どうかなされたんですか?」

『ああ。(ノー・ヘ)(ッド・)(ドラゴン)の情報が出てきた理由、というやつが気になってな』

「理由?

 先ほどの話では、内情(内閣府情報管理局)が調べた結果出てきたか、もしくは富士演習場の侵入者の痕跡から発覚したのだと受け取ったのですが」

『ああ。壬生たちが調べた結果、というのは間違っていない。しかし、調べるきっかけになったのは、とある傷害事件だった』

「その様子だと、単に下っ端が暴れた、と言う感じではありませんね。何があったんです?」

 

 達也の質問に、風間は「信じがたい話だが」と前置きして話し始めた。

 

『先月、東京の、それも比較的一高に近かった奴らのアジトの一つが、たった一夜で壊滅したのだ。

 奇跡的に死者はいなかったようだが、そこにいた幹部候補を含めた全員が、いたぶられたような無数の切り傷をつけられていたらしい』

「裏の世界での抗争、と言うわけでもないでしょう?

 それなら死者がいないはずがありませんし、少佐が口を濁すようなことでもないでしょうから」

『その通りだ。

 奴らの多くは恐怖で錯乱していてまともな話を聞けなかったが……。ほぼ全員が口を揃えて言う分には、人形にやられた、らしい』

「人形、ですか?」

『ああ。見た目は70センチぐらいの人形だったそうだが、両手に大ぶりの刃物を持って楽しそうに笑いながら次々と斬りつけて回り、情報を吐かされたそうだ。

 それだけではない。四月あたりから、特に一高周辺を中心に、同様の犯罪組織の壊滅などが相次いでいる。すべてが奴らの言う【人形】の仕業らしい』

 

 達也は、自分の生活圏なのに情報を知りえなかったことを恥じた。狙われているのは犯罪者なのだから大丈夫だろうが、もし深雪に何かがあったら、と思うとゾッとする。

 

「……その話が本当だとすると、下手人は魔法師、それも古式の術者で、ゴーレム、もしくは化成体を使っているのでしょうか?」

『わからん。そのような術者には全く心当たりがないからな。

 警察もこの一連の事件の犯人を【(ドー)(ル・)使(マス)(ター)】と仮称して捜査に当たっているが、未だ何一つとして足取りは掴めていないそうだ』

(ドー)(ル・)使(マス)(ター)とは、また大仰な通り名を付けましたね。欧州に知られたらどうなることか」

『それには同意だな』

 

 『人形使い(ドールマスター)』とは、『(ダーク)(・エ)(ヴァン)(ジェル)』『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)』『悪しき(おと)(ずれ)』『禍音(かいん)の使徒』など無数の異名を持つ、伝説の魔法使いにして吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの有名な二つ名の一つだ。魔法史を学んだ魔法師の中では知らぬものはいないだろう。

数百とも数千とも言われる人形を従え悪事の限りを尽くしたと伝えられているが、たかが犯罪組織を壊滅させた程度でそれと同じ異名をつけるとは……よほど警察は下手人を捕まえたいらしい。

 

『傾向的に一つだけ言えるのは、彼の伝説の吸血鬼とは違い、犯人は無闇矢鱈に力を振るうつもりはない、どちらかといえば正義の味方のような考え方の人物だろう。

注意をしておくに越したことはないが、必要以上に警戒する必要はないはずだ』

「了解しました。気をつけておきます」

『……気をつけておくと言えば、もう一つある』

「まだ何かがあるんですか?」

 

 (ノー・ヘ)(ッド・)(ドラゴン)に通称『(ドー)(ル・)使(マス)(ター)』、その上さらにもう一つ。学校でもいろいろあるのに、頭を悩ますことが多すぎるだろう。

 

『こちらは【(ドー)(ル・)使(マス)(ター)】事件とは違い、場合によっては特尉も狙われる可能性があるからな。

 先日、藤林が謎のハッカーの足跡()()を捉えた』

「……藤林少尉が、足跡だけしか捉えられなかった、と?」

 

 それはつまり、(エレ)(クトロ)(ン・)(ソーサ)(リス)に少なくとも匹敵するハッキング能力を持った正体不明の人物がいる、ということだ。謎の(ドー)(ル・)使(マス)(ター)どころの話ではない。

 

「それは、都市伝説のフリズスキャルヴが実際にあった、ということですか?」

『いや、断定はできない。そもそもそいつがどういうものなのかすら噂の域を出ないからな。

 しかし、藤林の所感では人でも機械でもない、らしい』

「なんですか、それは……」

 

 ハッキングなんてするのは、人か機械しかないと思うのだが。

 

『藤林曰く、機械特有の融通の利かなさが見えなかったが、人特有の思考時間も無かったらしい』

「それで、人でも機械でもない、ですか」

『ああ。グレムリンや電子金蚕のように機械類に取り付く精霊魔法もあることだし、特尉が体験したという神霊の別種ということも考えられるが、それだと俺たちにはどうしようもないからな。

 まあ、幸いにもウチは大した情報は盗られなかったらしいが、あまりにも正体不明すぎる。気をつけるしかできないとは思うが、達也も注意しろよ。

 と、少し冗長になりすぎたか。オペレーターが焦っているので切るぞ。師匠にもよろしく言っておいてくれ』

「はい、分かりました』

『ではな』

 

 ブツッ、と画面が切れ、後には思案顔の達也だけが残った。

 

(人形、か。もしもそれがどこかの家の仕業で、一高周辺で犯罪組織を潰しつつ情報を集める意味がある家となると、七草か十文字か……春原か。

 この四月ごろからとなると、ナギの入学に合わせて負担軽減のため、ということが最も考えられるな。特にナギは人形を使ったゴーレムを作れるようだし……。そういえば四月の時に、ナギの家にもエージェントがいる、と言っていたな。そいつか?

 ……まあいい。それなら、よほどのことがない限り敵対する可能性は少ないと考えられる。そういう意味では、目的不明のスーパーハッカーのほうが何倍も危険だ。

 それにしても、あの藤林さんが尻尾しか掴めないとはな……。もし俺たちのことがバレたら……)

「あの、お兄様? 何かあったんでしょうか?」

 

 隣から聞こえたその声に、ハッと我に返った。どうやら、かなり深く考え込んでいたらしい。

 

「いや、大したそのことじゃないよ。

 少佐から正体不明の正義の味方について話されて、そのことについて少し考えていたんだ」

「そうでしたか。

 それでしたら、お茶を飲みながら教えて頂けませんか?」

「ああ。ありがとう」

 

 予想よりもかなり深く考え込んでいたようだ。知らぬ間にティーセットが用意されているとは。

 

「ふむ、珍しいな。マスカテルか。それにこのショートブレッドもいつもとは違うかな」

「分かりますか?

 実は、茶葉もレシピもナギくんから譲っていただいたものなんです。紅茶では勝てそうもありませんね」

「普段の深雪のものも、俺は好きだよ。俺のために淹れてくれるだけで充分だ」

 

 ちなみにナギの料理の腕は、和食や洋食は一般家庭料理レベルだが中華と紅茶に関してはプロレベルだったりする。いくら一人暮らしだとしても美味しすぎる、と深雪は内心悔しがっていた。

 

「ありがとうございます。もったいないお言葉です」

「別にお世辞じゃないんだがな。

 それじゃあ、何から話そうか……」

 

 その後、達也は風間からの情報を自分の所見を交えながら話を進めていき、次第に夜も更けていった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「おう。司波も選ばれたんだってな。がんばれよ」

「おはよ。わたしも見に行くから頑張ってね!」

「司波くんは選手じゃないからほとんど見れないでしょ⁉︎

 まあ、でも頑張ってね期待の星!」

「ウッス。一科の奴らを見返してやれよ!」

 

 週が明けて月曜、18日。

 既にどこからか代表入りの情報が拡散してしまっているらしく、達也の周りは朝から大盛況だった。

 

「情報が早いわね〜」

「まだ正式発表されてねぇのにな」

「人の口に戸は立てられぬ、ってことでしょうか」

 

 当然、いつものメンバーの話題もそれになる。彼らは直接聞いていたのだが、他のクラスメイトがどこから仕入れてくるのか、疑問は尽きなかった。

 

「そういえば、今日の5限の全校集会で発足式をして、そこで正式発表なんだよね?」

「ああ、そうだな」

 

 幹比古の問いかけに、空返事で答える達也。その顔には疲れの色が色濃く出ている。

 まあ、それも無理もあるまい。軍のほうでオーバーホールされた自分用の戦略兵器の調整に呼び出され、ついに開発した飛行魔法の発表のために開発三課で実証試験のデータ整理と映像回線を使っての連日の打ち合わせ。そこに加えて二週間後の九校戦に向けて担当選手の特性把握と作戦立案をしなければならなくなったのだ。流石の達也といえども疲れを感じて当然だった。

 

「一年生では一人だけなんですよね?」

「技術スタッフではな。しかも『こっち』なもんだから風当たりも強くてな……」

「そりゃ、技術面で先輩方に並ぶ方がおかしいのよ。甘んじて受け止めなさい」

「そう言われるとそうなのかもしれないが」

 

 実際には並ぶどころか遥か上をいっているのだが、それはこの学校では達也と深雪しか知らないことだ。わざわざ口に出すことでもない。

 

「それよりも、なんで俺だけなんだ。ナギだって代表、それも選手の方に選ばれてるだろう」

「ナギくんは先週の時点で分かってましたし、日本代表の時にパーティーを開くぐらい盛り上がりましたから」

「今更一高代表つってもなぁ」

「それに、()()ナギに声は掛けられないよ」

 

 そう言って、皆がナギの席に目を向ける。

 そこには、鬼気迫る表情で女性物の服を弄るナギの姿があった。周りに空間がポッカリ空いている。

 

「手芸部の自動裁縫機が壊れたんだっけか?」

「ああ。その上まともな手縫いができる人員が少なくてな……。修正を業者に任せる予算も時間ももうないし、ナギに白羽の矢が立ったわけだ」

「あのお人形さんも、すごいクオリティでしたものね」

 

 当然、衣装は当人の身体測定の数値に合わせて発注してあるのだが、そこは成長期真っ只中の高校生。4月の時点と合わなくなる人物も多く出てくる。例えばほのかのバトル・ボードの全身タイツだが、ある一部分がキツくて入らなかったらしい。雫とエイミィが黒くなっていた。

 それだけではなく、達也たちが着る技術スタッフのブルゾンや二科生のための一科の制服などは、例年既に用意してあるものを着まわしていた。例年それらの服を個々人に調整するのを手芸部がすることになっていたのだが……最悪のタイミングで故障してしまったのだ。

 その上……ナギの技術が高すぎたのだ。

 

「ミラージ・バットのひらひらレースからバトル・ボードの全身タイツまで。あそこまで色々縫えるんだったら、もう服屋を始めたらいいのに」

「全面的に同意する。

 尤も、おかげでナギの負担はかなりのものらしいがな」

 

 今のような自動裁縫機はおろか、百年前にはあったミシンなどもない、手縫いが当たり前の時代を生きた師匠の教えだ。どんな素材だろうと手縫いで縫えるのも当たり前だろう。

 ちなみに、ナギの腕を見た手芸部の部長が熱心に勧誘していたりするが、ナギとしてはあくまで人形使い(ドールマスター)の弟子として最低限の技術を身につけただけなので、今のところ入るつもりはないらしい。

 

「こ、これで終わり……あと八着……」

 

 ナギの悲痛な台詞に、E組にいた全員が心の中で合掌した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 結局5限までにすべてが終わるはずもなく、途中で切り上げて舞台袖に集まったナギだが、何故かまたチクチクやっていた。

 本来これを任されていた手芸部の部員曰く、「ごめんね〜。発足式のためにテーラードジャケットとブルゾンを先にやらなくちゃいけなかったのに、すっかり忘れてて〜」とのことらしい。理不尽すぎる。

 

「はい。とりあえずブルゾンは全て終わりましたよ。ジャケットはどうですか?」

「早いわね〜。こっちはあとこれだけ〜」

 

 間延びした声は反省しているのか分かりづらいが、この人はこれが素だというのだから仕方がない。

 

「ナギくん、終わったならちょっといい?」

「何、真由美お姉ちゃん?」

 

 もう手伝うこともないだろう、と自分のジャケットを羽織ったところで、終わったのを察したのか真由美が声をかけてきた。

 

「あそこで二人の空間を創ってる血の繋がった夫婦を止めてきて。周りがしてる嫉妬とかで空気がギスギスしてるから。一番仲がいいのはナギくんでしょ?」

「真由美お姉ちゃん……それは生け贄、って言うんだよ」

 

 なぜこうも働き詰めなのか、と世の中を恨みつつ、なんだかんだ言ってピンク色の世界を終わらせに行くナギであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そんな幕間もあったりはしたが、時間は待ってはくれない。5限が始まると同時に、発足式が始まった。

 

(ううぅ……)

 

 整列しているのは一科生ばかりなのに二科生は二人だけ、それも達也は後列で自分の後ろに隠れているから、嫉妬や侮蔑の視線が自分一人に集中してすごい居心地が悪かった。

 しかし、それよりもナギの心を占めているのは別の感情だった。

 

(す、すごい恥ずかしい〜)

 

 現在深雪からIDチップ入りの徽章をユニフォームの襟元につけてもらっている真っ最中だが、そのことではない。当然、真由美に自分の紹介をされていることでもない。

 チラリと講堂の席に目を落とせば、相変わらず前列に一科、後列に二科と別れている中で、一科生を押し退けて最前列に陣取っているクラスメイトたちがいた。それだけでも結構くるものがあるのに……

 

(しかも、その横断幕はなんなのーーっ⁉︎)

 

 いつの間に作ったのだろうか、『ナギくん(達也くん)代表入りおめでとう‼︎』と書かれた横断幕なんて。達也の名前が小さく手書きされているのは、発覚が遅かったから慌てて書いたのだろうが……応援されている側からすればかなり恥ずかしい。達也はどう思ってるんだろうか。

 

(隣にいる同級生からは嫌悪感がすごいしてくるし、上級生からは微笑ましい目で見られてるのが分かるし〜〜⁉︎

 恨むよエリカさん〜〜!)

 

 そんなナギの心情を知ってか知らずか、最前列でエリカはニヤニヤ笑いながら手を振ってきている。彼女が主謀者だろう、こんなことをするのは。

 

 結局、全員の紹介が終わり講堂が拍手に包まれるまで、ナギの顔の赤みが引くことはなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ざわ、ざわ、と困惑の空気が漂う。

 それも、ある意味仕方がないのかもしれない。なにせ、あの『十文字』があっさりと負けてしまったのだ。

 

「えーと……」

『…………』

 

 下手人はナギ。

 一高アイス・ピラーズ・ブレイク代表同士の練習試合で、なんと()()()使()()()()勝ってしまったのだ。魔法競技とはなんだったのか。

 

「…………春原。今のはなんだ?」

「い、いえ!その、ボクのは未完成というか、見様見真似で全然使いこなせてないから名乗るのも烏滸がましいというかなんというか……」

『…………はぁっ⁉︎』

 

 いくら仮設置で地面が土のままだとはいえ、地面に大穴を開けておいて未完成とは一体どこを目指しているのか、と周囲は混乱するばかりだ。

 

「……まあいい。魔法……なのかも分からんが、詮索するのはマナー違反だからな。

 だが、今のは本戦では禁止だ。最低でも最終戦までは使うな。いくらなんでも、会場を破壊してはあまりにも周囲に迷惑がかかる」

「はい。加減が出来ないっていうのもダメなのは痛感しました」

 

 やはり、わずか数年の付け焼き刃では彼やその師匠に遠く及ばない。コレは天才型の自分とは違い、どこまでも愚直に積み重ねた先にあるものなのだから尚更だ。

 

「また戦略を練りなおさなきゃなぁ」

 

 自分で空けたクレーターを埋めながら、ナギは手持ちの手札を考え直していく。そのあまりにも強大すぎる魔法の数々は、こうした大会には向いていないモノばかりだ。

 おそらく、各魔法科高校すべての選手の中でもごく僅かな、強すぎるが故の苦悩を覚えていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 これで、すべての代表が出揃った。

 

 当人たちの熱意もあるだろう、裏の世界の悪意もあるだろう。

 

 しかし、最後に笑うためには意地でも勝つしかない。

 

 誰しもが覚悟を抱きながら、葉月の熱戦へ向け時計は時を刻んでいった。




人形使い(ドールマスター)「正義の味方だと?酷い侮辱だ!」

まさかその(ドー)(ル・)使(マス)(ター)が、エヴァ様当人だとは思いもしないですよねww

色々ありました七月の話はこれにて終了です。次回からは八月に入ります。
それでは次回、『事故』でお会いしましょう!

・・・巌男「障壁を張る暇もなかった……」


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第三十四話 事故

 

「きゃあぁぁーーっ⁉︎」

 

 九校戦の競技会場となる富士演習場では、小樽の八高、熊本の九高のような遠方の高校に優先的に練習場が割り当てられる。つまり、魔法科高校の中でもトップクラスに近い一高では、ほとんど割り当てられることはない。

 また下見に関しても、インターマジックのようなタイミングでもない限り、軍事施設である会場が公開されることはない。

 故に一高は早めに現地入りするメリットもなく、毎年大会前々日の朝にバスで向かうのが恒例になっているのだが……

 

「真由美お姉ちゃん、大丈夫?」

「う、うん!大丈夫だから‼︎心配しなくていいから、ね⁉︎」

 

 ではなぜその当日に、空を飛ぶ二人の姿があるのか。

 その理由は少し前、8月1日の早朝に遡る。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「まったく!なんでわざわざ今日の朝っぱらから、あの狸親父に呼び出されないといけないのよ!」

 

 ぶつくさと文句を言いながら、真由美は弘一の書斎へと足を運んでいた。服装の指定はされなかったので、すぐに出られるように露出度高めのサマードレスのままである。

 

「しかも、『バスを待たせるのは良くない。先に行かせるように』って、わたしはどうやって行けばいいのよ‼︎」

 

 どうやら、だいぶご立腹のようだ。その足音も、とても良いところのお嬢様だとは思えないものになっている。

 

「はぁ。すー、はー。んんっ‼︎

 ……失礼します、真由美です」

「入りなさい」

 

 しかし、それでも客間に入る前には完璧な猫をかぶるあたりは、さすがと言ったところか。まあ、今日の客人二人には意味がなかったし、ついでに言うのなら既に気配で取り繕ったのもばれていたりするのだが。

 

「失礼します……って、ナギくん?」

「おはよう、真由美お姉ちゃん」

「あ、うん。おはよ」

 

 そう、客人の片方はナギだった。が、真由美の目を奪ったのはもう一人だった。

 金細工のような長髪に、人形のようなその美貌。雪のように白い肌に、氷細工のような手足。座っていても分かるすらりとした高身長だが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。どこか女教師を思わせる服装の、ある意味女の理想を形にしたようなプロポーションの女性だった。

 

「……すみませんが、どちら様でしょうか?」

 

 しかも、そんな中世ヨーロッパのお姫様と言われても納得してしまうような女性が、ナギの隣に座って優雅に紅茶を飲んでいるのだ。あまりにも絵になりすぎているその光景に、真由美の警戒心は一気にトップレベルまで引き上げられた。

 

「ん?ああ、私のことか。

 さて、名乗るわけにもいかないが……。そうだな……雪姫、とでも呼んでくれ」

「雪姫さん、ですか。失礼ですが、ナギくんとはどのような関係で?」

 

 明らかにヨーロッパ系なのに、日本語の名前。しかも偽名を隠す気もないときた。真由美の警戒心も鰻登りで上がり続ける。

 

「ふむ。どういう関係か、と聞かれるとな……そうだな。お互いの全てを知っているとでも言おうか」

「ぜ、全部をっ⁉︎

 ナギくん⁉︎これはどういうこと⁉︎」

「ま、まずは落ち着いてっ! ちゃんと説明するから‼︎

 (マス)(ター)もあまり揶揄わないでください‼︎」

「くくくっ。つい面白くてな」

「マ、()()()()っっ⁉︎⁉︎」

 

 もう真由美の頭の中では、鞭を持った雪姫が、縛られているナギを叩きながら嬌声を上げている幻覚が見え始めた。

 そして、『必ずナギくんを()()()()()に連れ戻す‼︎』と一人勝手に息巻き、猫の皮を放り投げてナギに詰め寄ると、底冷えする笑顔で問い詰めた。

 

「さてナギくん? 色々と答えてもらうわよ〜?」

「は、はいぃーーっ‼︎」

 

 その様子を傍観していた弘一でさえ、身震いが止まらなくなるほどの剣幕だったという。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「まさかナギくんの護衛でお師匠さまでしたとは……とんだ勘違いをしてしまい、すみませんでした」

「あはははっ。別に構わんさ、面白いものも見れたしな。

 それと、もうとっくにバレたんだ。猫をかぶる必要はないぞ」

 

 雪姫、つまり幻術で姿を変えたエヴァンジェリンについて簡単な説明も終わり、真由美は顔を真っ赤にして俯いている。よほど先ほどの勘違いが恥ずかしかったのだろう。

 

「……そう?ならそうさせてもらうわ。

 それでナギくん、わざわざ今日の朝になってどうしたのよ。もうバスも行っちゃったし」

「それは後で追いつくから大丈夫だよ。

 それで、話しておきたかったのは、九校戦の最中、一高に予想される妨害についてなんだ」

「妨害って、そんなものがあるの?」

 

 毎年迷惑メールや脅迫文が届くぐらいは普通にあるのだが、開催が軍事基地内ということもあり、直接的な妨害なんて受けてこなかったという経緯を考えれば、真由美の疑問ももっともだろう。

 

「うん。まずはこれを見て」

「これって……ウチの高校の生徒名簿⁉︎ しかも、中間試験の結果まで載ってるじゃない⁉︎ どこでこんなものを⁉︎」

「先月(マス)(ター)の従者が潰した、とある犯罪組織のアジトの一つで見つかったんだ。

 そこではその組織の名前まではわからなかったけど、その他のところで得た情報も合わせて考えると、その組織の名前は(ノー・ヘ)(ッド・)(ドラゴン)って言うらしい。香港系の国際犯罪シンジケートの一つだよ」

「そんなところが、なんでウチを……」

「どうやら、九校戦を使って賭けをしているようなんだ。前世紀に流行ったっていう野球賭博と同じように、こういう大会は狙われやすいんだろうね」

 

 そこでナギは一拍おくと、次の書類を見せながら説明を続けた。

 

「でも、さすがに今年の予想は一高に固まってるらしくて……ほら見て、オッズが1.052倍なんて、95%が一高に賭けてるってことだよ」

「それは、喜んでいいのかしら……?」

「微妙だね。

 それで、こっちの書類にも書かれてるんだけど、この状態で一高が勝つと、向こうとしては莫大なお金を払わなくちゃいけなくなるから避けたいらしい。だから、妨害をすることにしたらしいんだ」

「でも、妨害って言ったって、会場は陸軍基地の中なんだし……」

「だが、運営も清廉潔白な軍人ばかりではではないだろう?」

 

 雪姫の指摘に、真由美は驚愕で顔を染めた。

 

「まさか、運営委員に内通者がいるっていうの……?」

「分からん。が、何事にも汚職は付き物だ。人が人の欲求を持つうちはな。

 私の情報もそこまで多くはないが、スパイを紛れ込ませるぐらいはできる規模の組織らしい。可能性はあると思っていた方がいいだろう」

「そんな……」

「出来れば今日までに潰しておきたかったんだけど、相手もなかなか尻尾がつかめなくて。横浜のあたりに本拠点があるということ以外分からなかったんだ」

「じゃあ、なんでもっと早く言ってくれなかったの? そしたら、みんなに注意喚起を徹底できたのに」

 

 真由美の口調が非難がましいものになってしまったが、それも仕方がないだろう。彼女は生徒会長として、生徒を守る義務があるのだから。

 

「さっきも言った通り、出来れば今日までに終わらせておきたかった、っていうのが一つ。

 もう一つが、正直どんな妨害をしてくるのか予想がつかない、ってことなんだ」

「でも、さっきは工作員を紛れ込ませてるかも、って」

「だが、それでどうする?」

「え? それは、対戦表を操作して……あれ?」

「そう。単にくじ運が悪いのと同じ程度の被害しか予想できないんだ。直接何かしようものなら、二回目以降警戒されて、結局総合優勝しちゃうからね。

 もしかしたら、予想を上回る手立てを持っているのかもしれないけど……」

「こっちが予想できないんだから、警戒しておくぐらいしか対策はないってわけね。理解したわ」

 

 うんうん、と首を縦に振っていた真由美だったが、直後何かに気づいたかのようにコテン、と横に倒した。

 

「でも、どうして今ここでなの? あとから会場で話してくれたってよかったじゃない。その時は十文字くんもいるし」

「それは私の都合だ」

「雪姫さんの?」

「ああ。私はとある理由で関東から離れることができない。だから、大人しく竜殺しに徹するしかないわけだ。

 それに、もう気づいているとは思うが、こっちもいろいろ訳ありでな。出来れば表舞台に立ちたくない。大人数に知られるのも不可だ」

「だから、この情報は七草さんからのものとして、真由美お姉ちゃんから告げて欲しいんだ。ボクが呼ばれたのはついで、ってことで」

「そういうことね。分かったわ」

 

 話も纏まったところで、今時珍しい紙の書類をまとめ、立ち上がる。かなり長話をしてしまった。

 

「あれ? ところで追いつくって、一体どうやって?」

「どうやってって、飛んで」

「え?」

「え?」

 

 思わずナギに問い返すが、何に疑問を持たれたのか分からない表情をされた。

 真由美は眉間を揉み、頭痛をこらえながら再度問い直す。

 

「飛んでって。魔法の不正利用は犯罪よ」

「サイオン波レーダーに引っかからなければ、罪には問えないんだよ?」

 

 そう返したナギの笑みは、どこか悪そうな雰囲気をしていたという。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そして冒頭に戻る。

 

「ねぇナギくん⁉︎高すぎない⁉︎もっと下に行こう⁉︎」

「これ以上下がったら見つかっちゃうって。しっかり掴まってれば大丈夫」

「そうは言ってもーー⁉︎」

 

 まあ、ほぼその身一つで杖という不安定なものに腰掛け、高度5キロ近くを時速200キロで飛んでいたら、慣れていない限りはこうなる。

 むしろ、真由美の風除けになりながら自然にしているナギの方が異常なのだ。

 

「あっ! バスが見えたよ。ほら、あそこ」

「この状態で下は見れないわよ〜〜っ⁉︎」

 

 ナギが片手を離して指差すが、その行動自体に恐怖を覚えた真由美はしがみつく力を強くする。むにょん、とある一部分が形を変えるが、真由美にとっては不本意なことに、家族として受け止めてるナギには効果がなかった。

 

「ッ⁉︎お姉ちゃん、重力制御‼︎」

「えっ?って、きゃあぁぁーー⁉︎」

 

 しかも何かに気づいた途端、突然腕を振りほどかれ、一人宙を足場に駆け降りていったのだ。当然残された真由美だけでは空を飛べるはずもなく、重力に引かれて落下し始める。

 

「な、なんなのよーーっ⁉︎」

 

 必死にCADを操作しながら、混乱ここに極まれり、といった様子で悲鳴をあげるが、下の事態は予断を許さない状況になっていた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その時、ナギと真由美を除く一高選手三十八人を乗せたバスの車内は、驚愕と恐怖に包まれていた。

 当初、対向車線でオフロード車が車体を引きずっていた時は、まだ自分たちには関係のない事故として野次馬的に見ていただけで済んでいた。

 しかし、それがいざスピンして中央分離帯の壁にぶつかると、いかなる法則が働いたのか、それなりの高さはある壁を乱回転しながら飛び越えて、斜め前方のバスに向かってきたのだ。

 急ブレーキがかかる車内の中、走馬灯のように加速する生徒たちの思考は、このまま行くと1秒もなくバスに直撃するという未来しか見せることはなかったが、既に彼らが何か出来る段階は通り過ぎていた。

 

 一般的な現代魔法師の基準の一つに、魔法発動までの速度が0.5秒以下、というのがある。それを考えると、まだどうにかなりそうな気もする。

 しかし、それは起動式が展開されてからの話。その前段階の、魔法を選択し、CADが起動式を展開するだけの時間を考えると、どう考えてもバスに事故車がぶつかる方が先だ。

 そして、これは達也も含まれる。彼の異能は人の認識よりも速く発動することが可能だが、それは自分か深雪を『再生』する場合のみ。それ以外の、例えば『分解』する場合には、対象の情報を読み解く一瞬の時間が必要になる。それだけの時間は、もう残されていなかった。

 

 よって、バスの中の生徒たちを救えたのは、当人たちでも、別れて作業車に乗っていた技術スタッフでもなく。

 事故の段階から人命救助に動いていた、超高速の世界を生きる化け物だけだった。

 

「き、きゃあぁあっ⁉︎」

 

 誰かがあげたその悲鳴は、車体が迫っていたことに関してか、それとも、この快晴の中で天から落ちてきた雷が、空中の事故車を打ち据え地面に叩きつけたことに関してなのか。それは発した当人でさえ分からなかっただろう。

 

 そして数秒後、恐怖と閃光を前に反射的に視界と閉ざしてしまった者全てが、恐る恐る目を開ける。

 

「……え」

「……なに、これ……」

「……ナギ、くん?」

 

 そこにあったのは、同心円状にヒビが入り破壊された道路、真横から車に追突されたかのように大きく歪んだ車体、それらの中央に突き立って串刺しにする雷の槍。

 そして惨状からバスを守るように立ち、普段とは異なって(ほど)かれた髪を風に靡かせる、赤毛の少年だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その後、ナギと技術スタッフ男子が作業車の機材を使ってドライバーの救助と現場の保存に務めたが、運転手はガード壁との衝突の時点で即死しており、状況説明のため警察が到着するまで一高チームは足止めを受けることとなった。それまでの間に、高速脇の林の中から木の葉まみれの真由美が出てきて、すっかり忘れていたナギが震え上がったりしたが、それは余談か。

 その後、飛行魔法の不正使用発覚を恐れたナギと真由美の頼み込みによって口裏が合わされ、今回の行動は『バスの中にいたナギが人命救助のため窓から飛び出したところで向こうが飛び越えてきたため、身を守るために地面に縫い付けた』とされた。

 その供述から、ナギに関しても自己防衛のための魔法行使が認められ、またオフロード車の方も何らかの細工をされた跡がなかったことから、この事件はパンクから奇跡的に起きたただの事故として処理された。

 結果的に全員揃った一高チームは、かなり遅れながら会場入りすることとなる。

 

 しかし、ただの事故と考えていない人物も当然いる。

 ナギや真由美、さらに道中秘密裏に聞かされた一高幹部陣など、『七草家の情報』を知っている人物。

 そして、別ルートから同様の情報を得ていた達也もだった。

 

「では、先程の事故は、実際は故意に行われたものだったのですか……?」

「ああ。パンクを起こした時とスピンが始まる時、そしてガード壁にぶつかる直前、余剰サイオンのほとんどない最小限で瞬間的な魔法行使がされていた。この魔法行使の痕跡がほとんど残らない技術は、間違いなくその手のプロの仕業だよ」

 

 周囲に注意しつつ、まるでその目で見たかのように言う達也だが、実際に過去をその『眼』で視たのだ。それを知っている深雪は、達也の言葉に疑いを持つことはない。

 

「では、まさか魔法を使ったのは……」

「運転手だ。いずれの魔法も内側から投射されていたからな。

 まったく。振り回される車内の中、自らが死ぬ直前に、俺や深雪も含めてあれだけ多くの魔法師に悟らせない魔法行使ができるとは。使い捨てにするには惜しすぎる腕だよ」

「……なんて卑劣な……」

 

 人の命を何とも思っていないやり方に、深雪は怒りを覚えたが、達也はそんなことはどうでもよかった。

 いや、彼も最低限の義憤はある。我を忘れないだけで、怒りを覚えないわけでもない。

 しかし、それ以上に、その後に起きたことに気を取られてしまっていた。

 

(ナギのアレは……一体なんだ? 一体俺は何を視たんだ。もしアレが事実だとするのなら……それは……)

 

 友人が、ヒトではない、ということに他ならない。

 

(いや、それは無い……と思いたい。何かしらの魔法を視間違えたか、たまたまイデアにそんな風に残ってしまう魔法だったんだろう。そっちの方が、まだ信憑性がある)

 

 それは、ナギの現在の情報体(エイドス)を詳しく視ればすぐに結論が出る話なのだが、達也はそれをしようとしない。その程度には、友人というものは彼の中でも大切にされていた。

 

(まったく、『眼』ばかりに頼ってるとこうなるのか。これからは、もう少し別の方法も考えなくては……)

「・・・い様。お兄様!」

「え?あ、なんだ、深雪」

「もしかして、体調がよろしくないのですか? 先程から立ち止まってしまって」

「いや、そんなことはない。大丈夫だ。

 ただ、少し考えごとに没頭してしまっててね」

「そうですか? ならいいのですが……」

 

 どこか不審げに達也を見る深雪。その様子を見て、心配をかけるわけにはいかない、と達也は頭を切り替え、ホテルへと入っていった。




義眼当主「セリフがない……」

はい、この章では貴重なエヴァの出番でした。ロリバージョンじゃなくて、ボンキュッボンの雪姫バージョンですけどね^ ^

(嘘)次回予告!
ついに視せてしまった(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)! 達也とナギの関係やいかに!
「教えてくれ! 一体お前はナニモノなんだ!」
(エーミ)(ッタム)(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)‼︎」
次回!『質量(マテリアル)爆散(・バースト)』‼︎乞うご期待‼︎(*嘘です)

それではまた次回!

・・・妖精姫「たとえ体で負けたって、心では負けないわよ!」


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第三十五話 天敵

 

「襲撃に失敗しただとっ⁉︎」

「ああ。怪我一つなかったらしい」

 

 横浜にある中華街、という名の実質的華僑自治区。

 そこにある某ホテルの、見取り図からも隠された最上階が(ノー・ヘ)(ッド・)(ドラゴン)日本支部の本拠点だった。

 しかし、本来ならこの時間、高笑いしながら高級ワインでも開けるつもりだった幹部は、激しい動揺に陥っていた。

 

「何故だ⁉︎ 今回当たらせたのはジェネレーターだろう⁉︎ 命令違反などは起きるはずがない‼︎

 ……まさか、十師族のガキどもか⁉︎」

「いや。警察に手駒がいる協力者の話では、やったのは『最若』らしい」

「くそっ‼︎ またあのクソガキか⁉︎ (ドー)(ル・)使(マス)(ター)のこといい、どこまで我々の邪魔をすれば気がすむのだ⁉︎」

 

 それは、どこまでも欲にまみれた、自己中心的な考え方だろう。誰だって死にたくはない。

 しかし彼らとしては、闇賭博で敢えて一高に高配当を設定し、その後一高を妨害することで、金に釣られて出てきたよく肥えた豚からとことん巻き上げる腹づもりだったのだ。そのために仲のいい組織に計画に加担してもらい、見返りに『確実に勝てる大穴』である三高に賭けて貰ってまで、使える(つて)を増やしたのだ。

 その計画が失敗した。いや、計画の第一歩から躓いていたのだ。

 

「やはり、一高近くの拠点を(ドー)(ル・)使(マス)(ター)に潰されたのがまずかった。

 おかげで選手名簿はおろか期末試験の成績すらも得られなかった。そのせいで、最有力だった『(ジャック)(・ザ・)(リッパー)計画』もパァだ!」

「それだけじゃない。4月の時に、態々手伝ってやった司殿の計画を潰したのも『最若』だろう⁉︎ あそこで十師族を、せめてどちらかだけでも討ちとれていれば、まだ状況は違ったはずだ‼︎」

「ああ。あの計画は完璧だった。何重にも裏をかいて、あの少女剣士の実力も申し分なかったはずだ。彼女なら()の『人喰い虎』でも勝てるはずだったんだ。

 ……しかし、現実には『最若』一人に怪我もせずに無力化されて、今では十文字お抱えだ‼︎ つまり、少なくとも接近戦では世界五指に確実に入るということだぞ‼︎」

「ああ。つい先程、大会委員に直接紛れ込ませた手駒から、ギリギリになったが現段階の選手名簿は入手できた。

 それによると、『最若』は新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードらしい」

 

 明かされたその情報に、聞いていた他の幹部からは安堵の溜息が漏れた。その二つは、特にルールの関係上接近戦ができない競技だからだ。

 しかし、読み上げた幹部の表情は暗い。幹部たちはそれを疑問に思い、次の瞬間驚愕の声を上げた。

 

「あの『一条』とまるっきり同じではないかっ⁉︎ これでは、『最若』の戦闘能力によっては万が一があり得るぞ⁉︎」

「しかも奴はCADを使わないから、『蚕』も使えない‼︎ 実質的に大会中の妨害が、トーナメント表を弄るぐらいしかできないぞっ⁉︎」

「一応今夜の夜襲部隊には、最優先対象として伝えてあるが……。しかし、もし失敗したならば……」

「『落盤』も考えなければならない、か」

「いや、それだけではない。『殺戮』の発動も視野に入れる」

「それはっ⁉︎」

「さすがに明らかすぎるぞ‼︎ それをやってしまっては、金を巻き上げられなくなる‼︎ あくまで最終手段にするべきだ‼︎」

「分かっている。その上で、発動する可能性も出てきたということだ。

 最悪の状況も考えて準備させる。異論はないな?」

 

 おそらく、この男がこの場で最も力を持つ人物だったのだろう。皆が神妙な顔で頷いた。

 

 —◇■◇■◇—

 

 機材を乗せたカートを押しながらホテルの玄関をくぐった司波兄妹だったが、先に入ったはずの一高選手団が、いや、他校の生徒と思われる人も含めて全員が固まっていることに戸惑った。

 そして、次の瞬間には、周囲と同様に固まることとなる。それは、何故か居たエリカや美月たちの所為ではなく……

 

「よう来たなぁナギくん! 会いたかったで〜‼︎」

「わぷっ! ちょ、ちょっと待ってください‼︎ この体勢はうぷっ、色々と問題……」

「ああんもう‼︎ つれないこと言わんといてぇな! ほらほら、お姉さんの胸に抱かれぇな!」

 

 その人を超えた優しげな美貌。ほんわかした京言葉。そして何より、バカバカしくなるほどの量の(プシ)(オン)

 

 

 ——皇祖の女神が再臨していた。

 

 

『……はぁっ⁉︎』

 

 一高選手団のみならず、ロビーにいた全員の驚愕の声が重なった。

 彼女を初めて見た人は、その人知を超えた美貌と(プシ)(オン)に。

 彼女を見るのが二度目の人は、何故まだいるのかという疑問に。

 

「ああ、もうぷっ! これじゃあ、息がっ、ん⁉︎んんんーーっ⁉︎」

「よう考えたら、ウチの世界に引きこもうてたらこっちの世界は遅うて遅うて。誰とも話せんし、ナギくんが来るのをずっと待ってたんやで‼︎

 ……あれ? ナギくん? ナギくーーんっ⁉︎」

 

 ナギが顔を真っ赤にしながらビクン、ビクンと痙攣しているのを、達也たちはただ呆然と見ていることしかできなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「それで、なんで貴女(あなた)がここにいるの?」

 

 ロビーのソファーに座り、対面の女神を睨みながら、真由美はそう問いただす。

 コノカが気絶したナギを献身的に介抱する姿に、いろんな意味で危機感を覚え、女神に対する畏怖などを踏み倒して再起動を果たし、膝枕をする権利を奪い取ったのだ。ついでに敬語もどこかへ吹き飛んでしまっているが、当神はむしろウェルカムのようである。

 

「なんで、って。ウチは富士の噴火を鎮める神様やから、最低でも富士の山が活動しておる間は起きとるで?

 それに、折角目が覚めたんやからしばらくは起きてたいしな」

「それも知りたかったけど……なんで()()()()世界にいるのかを聞いてるの‼︎」

「そんなら簡単や、降りてきただけやで。よくあるやろ? 神様の降臨、ちゅうやつや。

 この前の時に、ナギくんにこれ以上神隠しせんといて!って言われてなぁ。なら、自分から出てくるしかあらへんやろ」

「…………なんかもう、泣きたくなるわね。

 神様って、なんでもありなの……?」

「そうでもないで。ここに来れたのも、すぐそこの富士がウチの(やしろ)の御神体代わりやからや。これ以上遠くになるとさすがに行けへん。

 それに、ウチの世界ちゃうから、(こっち)ではウチが祀られてる範囲でしか出来へんしな。出来るのは、火を操ったり、逆に鎮めたり、お酒を造ったり、ってとこや」

「それでも十分すぎるわよ‼︎」

 

 そんな、女神と妖精の(一方的に)険悪な掛け合いを、達也や将輝などを含む各校の代表は遠巻きに見ている。

 できれば近づいて会話に参加したいという気持ちもあるにはある。しかし、当人の世界の中ほどではないとはいえ圧倒的すぎる存在感のコノカ様に怯えている、というのもそうなのだが、それ以上に、かつてないほどピリピリしている真由美に近づきたくないのだ。現に、この(チャ)(ンス)に近づこうとした軍の高官が、鎧袖一触されて撃沈している。

 

「それに! なんでそんなにナギくんに構うのよっ⁉︎

 何⁉︎ 私に対する嫌がらせ⁉︎ 雪姫さんと組んでるのっ⁉︎」

「えーとぉ。雪姫さんちゅうのは、たぶん()()()ことやろうし……。

 うん、べつに組んではないで。()うてみたいとは思うとるけど、まだ会うたことはないしな」

「ならなんでっ⁉︎」

「そうやなぁ。なんでかって聞かれると、ナギくんに興味があるからやな」

 

 その言葉が響いた瞬間、見ていた全員が死を覚悟した。それだけの怒気が、顔を俯けた真由美から放たれたのだ。

 

「……ふふふふ……興味がある、ねぇ?

 …………いいわ、戦争よっ‼︎」

「えええっ⁉︎ なんでそうなるんっ⁉︎」

 

 

「なんでも何もっ‼︎ 相手が女神様だろうがなんだろうが、絶対にナギくんは渡さないわよっ‼︎」

 

 

 ざわ、と動揺と困惑が波打った。

 

「べつに奪う気なんてあらへんよっ⁉︎ ウチはナギくんの生き方に興味があるだけやから、お空から見てられて、たまにお話が出来れば満足やで⁉︎」

「……………………………………え?」

 

 真由美の思考が停止する。ポカン、と口を開けて固まった。

 だんだんと、自分が何を口走ったかを理解し始める。顔が赤くなってきた。

 周囲を見渡し、見物客に聞かれていたことを悟る。もう耳まで真っ赤だ。

 そしてトドメに……。

 

「うぅん……ふぁう。あれ? 真由美お姉ちゃん?」

「う、あぅ……ナ、ナギく……きゅう」

「ど、どうしたの⁉︎ 真由美お姉ちゃん⁉︎ 真由美お姉ちゃーーん⁉︎⁉︎」

 

 マユミは めのまえが まっくら になった!

 

  ◇ ◇ ◇

 

 と、そんな一幕もあったが、真由美はその後同室の摩利に運ばれていき、ナギもコノカ様を説得し一旦別れて自室に向かった。

 なにせ、今日はこれから各校の代表が揃ってのパーティーが予定されているのだ。当然ナギたちは学生なので制服着用なのだが、バスでの移動時には服装が強制されていなかったこともあり、サマードレスの真由美を始め結構な人数が私服で来ていた。ナギもそれは同様で、着慣れているスーツから着替えをしなくてはならなかったのだ。

 

「ふぅ。コノカさんにも困ったものだなぁ」

「何がや?」

「だって、わざわざロビーで実体化して、しかも突然飛びついてくるんだも…………え?」

 

 そう。別れたはずだったのだ。

 しかも、今年は一高技術スタッフが上限十名のところ八名しか選ばれず、割り当てられた二人部屋27部屋のうち2部屋が一人部屋になっている。他の代表との問題が起きないように、そこには二人しかいない二科生の達也とナギがそれぞれ入ったのだ。

 つまり、この部屋にはナギ一人しかいないはず。しかし、居るはずのないその声は、たしかに背後から聞こえてきたのだ。

 恐る恐る振り返ると、そこには……。

 

 

「? どうしたんやナギくん、そんな幽霊でも見たよな顔して?」

 

 

 さも当然のように、女神様がいた。

 

「いやいやいや!

 コノカさん、なんでここにいるんですか⁉︎さっき下で別れたでしょう⁉︎」

「だってなぁ、下にいてもおもろないんやもん。寄うてくるのはウチを利用しよう思うてる子ばっかりやし。ナギくんやキミのお姉さんみたいな、ウチをウチとして付き合うてくれる人がおらへんもん。

 これでもウチは神様やで? 人の思いを糧に生きとるのに、ウチに向けられる感情が分からへんわけがないのが分からんのかなぁ」

「鍵は⁉︎ ……って、そうか。一度実体化を解いて、この部屋の中でまた実体化したんですか」

「そういうことや。こっちでは幽霊みたいなもんやからな、ウチ」

 

 まあ、すでに着替えも終わっているので特に問題はないか、と思い、部屋に備え付けの茶葉から緑茶を二人分淹れる。ナギは紅茶党なのだが、緑茶も嫌いなわけではない。コーヒーなんて泥水は絶対にダメだが。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとぉ」

「「…………ふぅ」」

 

 女神様と一緒にお茶をして、落ち着ける。

 ある意味稀有すぎる才能だが、前世での経験を踏まえればこれで妥当だろう。

 

「それで、コノカさんは今日はこれからどうするつもりなんですか?」

「? ウチも一緒にパーティーに出るで?」

「へぇ、そうなんです…………はい?」

 

 しかし、それでもこの答えには、思わず聞き返してしまったとしても仕方がないだろう。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「……で。なんでまた貴女がいるのよ⁉︎」

「ほえ?」

 

 パーティー会場に、真由美の怒声が響き渡る。

 無理もあるまい。いくら本人が気絶していて聞かれていなかったとは言っても、散々やらかしてしまった直後だ。ただでさえ苦手としていることも相まって本当は部屋から出てきたくもなかったのだが、なんとか『生徒会長』という職務に対する義務感で重い足を引きずってきたというのに……。やらかす原因となった相手が何食わぬ顔で口いっぱいに料理をほうばっていたら、八つ当たりだとわかっていても怒鳴らずにはいられなかったのだろう。

 

「もぐもぐ、んっ!

 なんでって、来賓で呼ばれたからやで?」

「聞いてないわよそんなこと⁉︎」

「そらそうや。さっきキミが気絶してもうた後に決まったんやからな。

 いや〜、『女神様からもぜひ一言!』って頼まれなぁ」

「運営はなにやってんの⁉︎」

 

 思わず頭を抱えてしまう真由美。この神様、自由すぎる。

 

「だいたいその格好もなによ⁉︎ いったいどこからウチの制服なんて持ってきたのよっ⁉︎」

「ウチのこの姿は仮のものやで? 服装なんてウチの気分一つで自由自在や」

「服屋いらず⁈

 ああもう‼︎ とにかく!ウチの制服を着るのはウチの代表ってことなんだから禁止‼︎禁止ったら禁止‼︎」

「えー。いけずぅ〜。

 そうやなぁ。そんなら……えいっ」

 

 いつの間にか持っていた扇子をパチンと閉じる。それだけでコノカの体が光に包まれ、服装が変わっていく。あり大抵に言って仕舞えば、魔法少女の変身みたいだった。

 そして光が晴れた下にあったのは、赤茶色のブレザーにチェック柄の膝上スカート、首元はリボンタイでめられ足は黒のニーソックスに茶色の革靴。

 一言で言うなら、麻帆良学園本校女子中等部の制服だった。

 

「こんなんならどうや? 似合うてるやろ?」

「たしかに似合ってるは似合ってるけど……スカート丈短すぎない? いつの時代の学校か知らないけど、かなり流行遅れよ?」

「そら、ウチはキミらからみたら少し年上やからな。百年やそこらは誤差や誤差」

「全然『少し』じゃないわよ! 千年とか千五百年は違うでしょ‼︎

 それに、百年は誤差の範囲内じゃないわよ絶対‼︎」

 

 ぜえーぜえー、と息を荒げる真由美。ツッコミ役が彼女しかいない上に、この女神様のボケ体質が強すぎるのだ。

 一緒に来たはずの摩利はいつの間にか居なくなっているし、周囲は(おそらく先程真由美やらかしたことについて)コショコショと話しながら遠巻きに見ているだけだ。応援は期待できない。

 なら、もう本末転倒だが、頼れる弟に頼るしかあるまい。さらに周囲の噂が加速するかもしれないが、こうなったらヤケである。

 

「ところで、ナギくんはどこにいるのよ。貴女が一人で来たとは思えないんだけど」

「ナギくんなら、さっき友達を見かけたから会うてくる言うてたで。ウチが一緒に行くと緊張させてまうから、一人寂しく箸をつついてたんや」

「あんなに詰め込んでたくせに、どの口が寂しかったなんて言うのよ!」

 

 もうイヤ、と思いながら、真由美は視線を巡らし救世主(ヒーロー)を探す。いくらこの場に各校の代表計四百人超がほぼ集まっているとしても、自分の弟なら埋もれることなくすぐに見つけられる、という自信があった。

 そしてその自信通りに、すぐに見つけられたのだ。……頭に美とつけてもいい少女四人に囲まれている姿を。

 

「そのとき、真由美の心に嫉妬の炎が灯った。誰の許可を得てナギくんに接触しているのか、ナギくんもなんでまんざらでもなさそうなんだ、という怒りによって、目が次第に鋭くなっていった」

「勝手に()()のモノローグ入れないでくれる⁉︎

 それに、目が鋭くなってるのはほとんど貴女のせいよ!」

「でも、おおよそのところは間違ってへんやろ? これでもウチは神様やから、目の前にいる人の心はだいたい分かるで?」

「もうイヤーーーーっ⁉︎」

 

 周囲の視線も完全に忘れて、真由美は絶叫する。

 もはや真由美にとってコノカ様は、女神様であることだとか以前に、ライバルであり天敵であるということしか頭に残っていなかった。




百家の鬼子「ああ、真由美の猫が完全に剥がれてるな……」

さすが全自動コメディ製造女神様ww 一応魔法科の二次のはずなのに、一瞬で空気を変えてしまわれるとはww

次回は少し時間軸が前後して、パーティー会場の他の人たちの様子からです。
それでは次回、『パーティー』でお会いしましょう!

・・・ポンコツ娘「百年は誤差よね!」


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第三十六話 母の想い、子の想い

ちょっと予想より長くなったので分割です。


  

 およそ3時間ほど前にロビーに女神様が降臨なされたり、その後とある生徒会長が盛大に自爆したりして大会委員や各校に波紋が広がってはいたが、パーティーは予定通り18時きっかりに始まった。さすがに、このために集まっていただいた各方面の有力者の方々を待たせるわけにはいかなかったのだ。

 

「ナギ……なんで彼女を連れてきたんだ」

「違うんだ達也くん……。ボクの知らないところで、勝手に来ることが決まってたんだ……」

 

 そんな一角、一高選手団が固まっているあたりで、呆れた様子の達也と疲れ果てた様子のナギが会話をしている。

 

「そうか……どうしようもなかったんだな」

「うん。もう何もできなかったんだ……」

 

 二人の視線の先には、はしゃいだ様子で取り皿に山盛りの料理を盛る(コノ)(カ様)が居た。なぜか一高の制服姿で。

 

「これもある意味貴重な経験、なのか? 俺にはどうも周囲の人間が萎縮しているようにしか見えないんだが」

「安心して、ボクもだよ。 ぽっかりと空間が空いちゃってるよね、折角の料理なのに」

 

 しかも、その空間の周囲にはこの機会に接触しようと各界の有名人が集まっていて、それにも萎縮してさらに空間ができるという、もはや誰が主役なのかが分からなくなる光景が広がっていた。

 

「完全に主役を食っているな。一応今も魔法科大学の教授が話している真っ最中なんだが」

「そこは毎年のことらしいよ。みんな情報戦とかに集中してて、九島(くどう)老師の話以外は二の次なんだって。主役を奪っちゃってることは否定しないけど」

「なるほど。確かにさっきから深雪や市原先輩が他のところを回ってるな。すでに九校戦は始まってる、ということか」

「そういうことだね」

 

 実際に視線を動かしてみると、鈴音と服部、深雪の生徒会役員+(プラス)十文字が、二高の代表と思しき集団と表面上はにこやかに会話をしていた。

 

「ところで、あれって本当なら真由美お姉ちゃんがすることだと思うんだけど、なんで来てないのか知ってる? さすがにもう起きてるはずなんだけど。

 それに、さっき突然気絶しちゃった理由もよく分からないし」

「……すまない。理由は推測できるが、どちらも俺の口から教えることはできない。

 どうしても知りたければ、直接本人に聞いてくれ。他人には、特に、『絶対に』あの女神には聞くなよ」

 

 あの女神はどうにも口が軽そうだから、そういう意味では信用出来ない、という失礼すぎる思考から、念を入れて釘を刺す達也。いくらほぼすべての強い感情を消されたと言っても、真由美に同情するぐらいにはそういう感情も理解できるのだ。

 

「? よく分からないけど、分かったよ」

 

 それに対して本気でよく分かっていない様子のナギ。

 これが単なる学友だったらもしかしたら思い当たるのかもしれないが、姉弟として付き合ってる真由美からそんな感情を持たれているとは、一欠片も思っていないのだろう。

 

「……あの会長もかわいそうね」

 

 横合いからそんな声がかけられて、二人は振り返った。特に、ここに着いてからコノカのことで慌ただしかったナギは、彼女がここにいるのを知らなかったからか頭上に疑問符を浮かべている。

 

「あれ?エリカさん? なんでここに?」

「バイトよバイト。ここに泊まらせてもらう見返りに働いてるの。美月とミキ、それにアイツも一緒にね。

 そういうわけで。お客様、お飲み物はいかがですか?」

「へぇ〜、そうなんだ。その服もよく似合ってるね。

 それじゃあ、一つもらおうかな」

「……むう。はい」

 

 なんでもないことのようにさらりと褒めているが、現在のエリカの服装はメイド服だ。突然そんな服装で知り合いが出てきたら慌てるのが普通であり、エリカもそれをからかうのを楽しみにしていたのだが、ナギが乗って来なかったので不満そうである。褒められたこと自体は嬉しかったのか、突っかかることも出来ないようだ。

 まあ、彼からしたらメイド服や和装メイド服で戦うような人たちを知っているので、今更メイド服で給仕をしていても何も感じようもないのだ。せいぜい、『縫製の腕は(マス)(ター)のほうが上だな〜』ぐらいのものである。

 

「俺ももらおうか。

 それにしても、よく美月がそれを着ることを認めたな。それに、男も執事服だろう? 幹比古とレオも抵抗しそうなものだが」

「そりゃ抵抗したわよ、ミキが。あとの二人は厨房で皿洗いね。

 本当はミキもそっちだったんだけど、急病で代役が必要になっちゃって」

「それは幹比古くんも災難だったね」

「それでも、男のくせに往生際が悪いったらありゃしない。

 ……それじゃあ、あたしは仕事に戻るから」

 

 何故か急に話を切り上げて、そそくさと去っていくエリカ。

 普段の彼女だったらしばらく話し込んでそうなものだが、ナギも達也も原因は理解していた。隠しようもないオーラが、後ろから近づいて来ているからに決まっている。その人となりを知っていれば、誰だってあんな人型の天災とは進んで関わりたくないのだ。

 

「ナギく〜〜ん! ここの料理な、すごい美味しいねん! 一緒に食べに行こ!」

「……あっ! た、他校の友達を見つけたので行ってきますね!」

 

 逃げる気満々だった。

 

「え〜。ほな、ウチも……」

「コノカさんはちょっと待っててくださいね。一人古式の方がいるので、一緒に行くと緊張させちゃいますから」

「ぶぅ〜! ナギくんのいけずぅ〜。

 ほなウチは、え〜と達也くん、やったっけ? この子とお話でもしてますぅ〜」

「いいですね! 達也くんもいろいろ聞いてみたいこともあるでしょうし!」

 

 達也の視線がナギを射抜く。その顔には、『裏切り者め』と大きく書かれていた。

 

「それじゃあ!」

「うん。またあとでな〜!」

「え、ええ。また後で」

 

 最後の方は口元が引き攣っていたが、シュタッと右手を挙げて去っていった。

 

「それじゃあ、お話ししよか達也くん?」

「……ええ。そうですね」

 

 周囲の大人からの嫉妬の目線に、代われるものなら代わってやりたい、と思いながら、諦めた様子で溜息を吐く達也。

 幸い、と言ってはなんだが、美月のように霊子放射光過敏症というわけでもなく、深雪や幹比古とも違いあまり(プシ)(オン)を感じ取りにくい()()()()のため、そこまで萎縮してしまうようなこともない。ナギが帰ってくるまでただ話していればいいだけだ。

 

 ——そんな考えは、最初の『一言目』から、木っ端微塵に吹き飛ばされることとなる。

 

「えーと、それじゃあ何から話そか?」

『ちょっと他人(ひと)には聞かれたくない話やろし、念話でええ?』

「なっ⁉︎」

 

 耳と頭で同時に聞こえた声に一瞬驚きの声を上げてしまったが、慌てて口をつぐむ。側から見てると不自然極まりないことに気付いたからだ。

 

「そうやなぁ。妹さんとはどんな関係なんや?」

『頭の中で念じてくれればウチに伝わるから、そっちで何かする必要はないで』

「ただの兄妹ですよ。それ以外に何があるっていうんです」

『……一体なんですか、【聞かれたくない話】とは』

 

 口から適当な返事をしながら、達也の思考は別のところにあった。

 彼は多くの秘密を抱えている。世界にも数えるほどしかいない戦略級魔法師として軍に、天才魔工師トーラス・シルバーの片割れとしてフォア・リーブス・テクノロジーに所属していること。そして、最も知られたくないのは、自分の母親の実家、つまりは……

 

『ああ、四葉家も関係はしとる話や』

 

 ドクン、と心臓が高鳴る。

『知られてはいけない』なんて心構えなどまるで意味が無いように、目の前の女神は知ってしまう。いや、あの時『知った』のか。

 それは、達也にとって、決して無視できないことであった。

 

『正直、ウチは四葉家とかいう家は嫌いや。なんであんなことが出来るのか、全く理解できへん』

『それは、いったいどういう……』

 

『四葉』のしてきたことを考えれば、達也の知っている限りでもいくつも候補は挙げられる。

 だが、目の前の女神は、それとは違う、全く別の重大なことを言っているような気がしたのだ。

 

『それは、キミはまだ知るときやあらへんと思う。だから言わへん。

 それよりも、一つだけキミに言いたいことがあるんや』

『……いったいなんでしょうか』

 

 達也としては、それがなんなのかは気になるところだ。

 しかし、彼女にそれを言う気がない以上、達也に聞き出す術はない。実力行使が出来ない相手だということは、感情を挟ず本能的に理解させられている。

 

『……キミは堕ちたらあかんで』

『……おちる、ですか?』

『うん。人の道を外れたらあかん、ちゅうことや。

 キミの恨みも理解できる。キミが受けたことは、肉親にされるようなことやなかったもんな』

『……勘違いですよ。多分もうご存知でしょうけど、俺には【恨む】なんて機能は残されていませんから』

 

 おそらく、達也の人生で初めてだろう。バレているだろうとは思っていても、()()()()を、能動的に誰かに話すということは。

 

『それこそキミの勘違いやで。キミは確かに強く恨んどる』

『ですが、俺には……』

『キミのお母さんがかけた【呪い】がある、やろ?』

 

【呪い】。言い得て妙だ。確かにこれは、ある種の呪いと言えるかもしれない。

 

『でもな、ヒトがヒトである限り、感情を消すことなんか不可能なんや。それがヒトたらしめるモノなんやからな。

 それをなくしてしまうちゅうことは、人格を消して機械にしてまうしかあらへん。でも、キミはキミとして考えて、今を生きとるやろ?』

『じゃあ、俺にかけられたのはなんだったって言うんですか』

 

 達也も、コノカの言うことに一理あるとは思っているのだ。

 しかし、自分が一つを除き強く感情を持てないのは事実だ。コノカの言う通りなら、なんで今自分はこんな状態になっているのかがわからない。

 

『それはな、感情を失くすんやのうて、感じさせなくするものや』

『……それは、単に言葉を変えただけでしょう』

『違う、全然違うで。

 ええか? キミは確かに感情は一つ残さず余すところなく持ってるんや。でも、ある一定の値を超えると、それ以上理解させないように思考に枷を嵌めさせる。それがキミの【呪い】の正体や』

 

 コノカの口から語られた、いや、頭に直接伝えられた話は、達也に衝撃をもたらすものだった。

 

『そもそもの話や。キミは怒ることもできるし悲しむこともできるやろ? 妹さんが関わったんやったら』

『それは……』

『な? おかしいやろ?

 本当に兄弟愛以外の感情を失ったんやったら、妹さんを大切にすること以外は出来へんはずやで。たとえ妹さんを傷付けられても、妹さんの心配をするならともかく、相手に怒って我を忘れるなんてことはないはずや。

 でも、実際にはそれが出来てまう。それはつまり、強い怒りや強い悲しみをキミは持っとるちゅうことや。たぶん、さっき言うた【枷】が、兄弟愛から他の感情に行く時だけかからんようになっとるんやろ』

 

 コノカが指摘したことは意識の隙間を突かれるもので、達也は呆然としていた。

 感情を失っていない、ただ感じさせなくするだけ。そんな可能性は、今まで考えたこともなかったのだ。

 

『……ですが、俺に後付けされた魔法演算領域はどうなるんです。あれをするには、思考領域を潰すしかないでしょう』

『その通りやと思うで。現にキミは意識的に魔法を理解できとるみたいやしな。

 でも、そもそもや。人が常に全力で何かを考えてるわけやあらへんやろ? 死にかけて走馬灯を見てたりするなら別やけど』

『それがどうしたというんですか?』

『つまりや。キミは確かに意識ができる領域を失うてしもうた。……普段使ってない、人が一生使わないようなところをや』

『なっ⁉︎』

 

 人が使わない意識領域。その存在は確かにあるはずで、そんな存在を認識できたのは、この世でたった一人だけだろう。

 

『たぶんやけど、キミのお母さんは分かっていてやったんやと思うで。

 お腹を痛めて産んだ子や。たとえ周りから無理矢理やらされることになっても、最後までキミの心を守りたかったんやろな』

『……確かに、精神構造なんてものを理解できるのは母さんだけです。その方法なら、表面的には感情を消して魔法演算領域を作ったように見えて、周囲から何かを言われるようなこともないでしょう。

 ですが。それでも俺が感情を感じられないことには変わりありません。結局同じことをしてるのは変わりがないでしょう』

『言うたやろ、【枷】やって。

 元から消してまうならまだしも、そんなに長い間管理もされずただ封印しとるだけやったら、次第にすり減っていくもんや。そうして、キミが強い感情を感じようとするたびに薄くなってって、いつかは解けてまう。

 その時に、キミは感情を取り戻すんや』

 

 感情が戻る。その可能性は、達也を絶句させた。

 それは、ありえないと思っていた話。ただ友人と笑い、時には喧嘩し、恋におちる。

 そんな、当たり前で、自分には来ないと思っていた未来が、いつの日か得られるかもしれない。

 

『キミに厳しく当たってたのも、あまり感情を揺れ動かしすぎて、キミが一人で立てるだけの力をつける前に感情を取り戻さないようにしてたんやろな。嫌われてでも子のために動く、立派な母親やで』

『……それは全部推測でしょう。可能性はあるかもしれないが、証拠がない』

『証拠ならあるで。ウチの感覚や』

 

 達也が苦し紛れに言った最終手段も、女神には全く効果がなかった。

 

『ウチら神様の核は精神体や。特に、人から集まる思いでウチらは形作られとる。せやから、ウチに限らず神様ちゅうもんは、感覚的に人の感情を理解できるんや。そうゆうことで祀られてる神様以外は、目の前の人限定なんやけどな。

 その上で言えるで。断言してもええ、キミは他の人と変わらないだけの感情を持っとる。いや、普通の人以上の感情を溜め込んどる。感情は持っとるのにそれを理解してないから、処理されずに溜まってくんやろ』

 

 それは、コノカの推測を、(はは)(おや)の愛情を裏付けすることに他ならなかった。

 

『…………そんな…………』

『特に、恨みの感情がハンパやない。それを使って呪術をしたら、簡単なものでも人一人を軽く殺せてまうぐらいにはな。

 せやから心配なんや。そんな感情を一人で持つのは、少しのきっかけで簡単に人をやめられるちゅうこと。そんなんはあの子だけでええ。

 キミはまだ間に合う。お母さんが残した枷のおかげで、どんなに考えても堕ちへん今のうちに、よく考えて、ヒトとして折り合いをつけることや。きっと、キミの周りも協力してくれる』

 

 受け容れろ、とは言わない。その先に待つのは、深い闇に飲み込まれる未来だけだ。

 しかし、闇は受け入れなくてもいつかはやってくる。

 ならば、今いる場所から闇に堕ちないようにするには、他人との繋がりが絶対に必要になる。

 

 ——救星の英雄が、教え子たちと育んだ絆のように。

 

 ——氷雪の吸血鬼が、時空の狭間で育んだ淡い恋心のように。

 

 達也も、自らの深い闇に飲み込まれても人の道に戻れるように、くびきを作らなくてはならない。強く、強く、決して外れないような。

 

『それが、ウチがキミに伝えたかったこと。今キミに、本当に必要なことや。

 恨むな、とは言わへん。そんなんは、どんな存在でも不可能や。

 だから、キミが支えられない分は人に頼ればええ。キミには、キミを受け止め、支えてくれる人が必要なんや。あの子にとっての彼女たちのように』

『……あの子とは、もしかして……いえ。聞かないでおきます』

 

 達也の脳裏に赤毛の少年がチラついたが、それは踏み込んではいけないことだと察した。特に、自分が抱いているという恨みと比較させられるだけの『何か』を乗り越えたのだというのだったら、なおさらだ。

 

『そおしてくれるとありがたいな。

 さて、お話はこれで終わりや。少しはお母さんのことを、それに自分のすることが分かった?』

『……正直、まだ自分でも整理がついていません。急にそんなことを言われても、自分の中の常識が残ってる、というのが現状です。

 ですが、少しは前向きに考えてみようとは思います』

『それでええ。過去に縛られるのは、人の道を踏み外す第一歩やからな。未来を見て、顔を上げて生きればええんや』

『努力します』

「『期待しとるで?』」

 

 最後にそう言葉を重ね、女神は微笑むと達也から離れていった。向かう先には料理が乗ったテーブルがあるので、また食べに行ったのだろう。

 ふぅ、と息を吐き、達也は体の力を抜いた。最初の緊張とその後の驚愕の連続でだいぶ力が入っていたようだ。

 だが、得るものの大きい『お話し』だった。特に自分の感情とあの母親の心理について、有力な可能性ができたのは深雪が喜ぶだろう。もちろん自分がまったく何も感じていないわけではないが、それでも深雪のことを第一に考えてしまうのはもはや癖だった。

 そんなことを考えて目線を上げた達也だったが、その瞬間戸惑うこととなる。なぜだか侮蔑の視線が自分に集中しているのだ。その上、ほのかやいつの間にか近くに戻っていた深雪を始め、周囲の人間の顔が赤い。

 これは間違いなく自分が何かをしたはず、と先ほどまで口頭でしていた会話を思い出す。もう一つの『会話』に集中していたから、反射的に答えていてロクに覚えていないが、それが原因の可能性が高いため、無駄にいい自分の記憶力を信じて復元していく。

 

 以下回想。

 

「そうやなぁ。妹さんとはどんな関係なんや?」

「ただの兄妹ですよ。それ以外に何があるっていうんです」

「またまた〜。あない可愛い子が近くにおって、何も思わへんわけがないやろ〜。正直に話してみい〜」

「そうですね、全く何も感じないわけでもありませんが」

「ほうほう? どんなことや?」

「家の中で露出が増えたり、風呂上がりなんかに近づかれたりするとドキッとはしますね。あの匂いはなんとも言えません」

「それじゃあ、思わず襲ってしまいたい〜、なるときもあるんか?」

「ええ、もちろん。自分も一応高校生男子ですから」

「おお〜! 正直やね〜。どんなところが好みなん?」

「見た目、もそうですが、何より俺を側で支えてくれることですかね。俺には過ぎた妹ですよ」

「じゃあ、献身的なら誰でもいいん? 例えば、光井ほのか、やっけ? あの子も結構献身的そうやったけど」

「誰でもいいわけじゃありませんが、ほのかならいけますね。それが彼女のためになるのなら、ですが」

「ほお〜。なら、やっぱりハーレムとかには憧れたりするん? 二人を脇にはべらしたり」

「一男子高校生程度には。そんなことにはならないでしょうけど」

「なら、いつか出来るように頑張ってぇな。期待しとるで?」

 

 回想終了。変態シスコンハーレム野郎だった。

 

「お、お兄様が望むのでしたら……深雪は……」

「わ、わたしも、達也さんがそう言うのなら……」

「い、いや、ちょっとまて⁉︎」

 

 この流れは良くない。なぜだか美月に腹を殴られている未来が視えた。

 

「あれは……その……か、考え事をしてたんだ!だから、適当に返してただけで……いやまて!その顔は反則だろう⁉︎」

 

 なぜ二人のためを思い誤魔化そうとしたら泣かれそうにならなければいけないのか。達也のほうが泣きたい気分だった。

 

「うわぁ。達也くん、もしかしてあたしも狙ってたりする? だったら少し友人関係を考え直させてもらいたいんだけど」

「ヘンタイ」

「だから誤解だと言ってるだろう⁉︎」

 

 結局、達也は九島老師の話が始まるまで弁明に追われることとなったが、『シスコンハーレム野郎』の異名は驚くほどの速さで一高陣営に定着していってしまった。




俺○の兄貴「シスコンで何が悪い!」

今回は、達也と女神の個人面談でした。
達也の感情に関してかなり自己解釈の強い部分がありますが、あくまでこの作品では、です。原作及び他の作品を批評や否定しているわけではありません。

次回こそ『パーティー』です。
それでは、また次回!

・・・シスコンハーレム野郎「同じ声で叫ぶな!風評被害だ!」


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第三十七話 パーティー

ロウソク……カボチャ……メイド……ドスケベ……うっ、頭が!

今回、後書きにてお知らせがあります。


マイペースな女神様が降臨しているせいでそちらに注目が行きがちな今回のパーティーではあるが、その本質として各校のライバルとの会敵があるのもまた事実である。

そして、それは、各校への挨拶回りが終わり、一高が集まっている付近へ戻ってきた深雪にも訪れた。

 

「ちょっといいかしら?」

 

声をかけたのは、流麗な金髪をツーサイドアップテールにした、猫のような美しくも鋭い眼を持つ少女だった。その隣に、ふわりとしたボブカットの無表情な少女と、小学生のような小柄で長髪の少女を連れている。

全員制服の色は赤。つまり第三高校の生徒だ。

 

「ええ、なんでしょうか?」

 

それに対して、表面上はにこやかに返す深雪。

彼女としては、声をかけてきた相手を無下にすることもできないが、何故だか女神に語りかけられている兄のそばに一刻も早く行きたいのが本音だ。

幸いここからでも話し声は聞こえるので、耳は半分達也の方に傾いていたりするが。

 

「私は第三高校一年の(いっ)(しき)愛梨(あいり)。それでこっちが友人の()()()(しおり)四十九院(つくしいん)沓子(とうこ)よ。

貴女の洗練された佇まい。さぞかし御名家の出身とお見受けしましたが、お名前を伺っても?」

「御丁寧な挨拶、ありがとうございます。

第一高校一年、司波深雪です。名乗れるような家はありませんが、一色家の御令嬢にそう言っていただけるとは嬉しいですね」

 

深雪は嘘は言っていない。彼女はまだ、『四葉』を名乗ることは許されていないのだから。

しかし、そんなことを知らない愛梨は、つい悪い癖が出てしまった。

 

「あら、無名の家の方でしたの。

名のあるお方だと思って声をかけたのですが、無駄にお騒がせしてしまったみたいですわね。ごめんなさい」

「ちょっ……!」

 

そのあまりの物言いに、そばで聞き耳を立てていたほのかが腹を立て、二人の間に割って入ろうとした。

 

「そんな言い方はないんじゃないかなぁ、愛梨さん」

 

だが、その前に背後から声がかけられる。

その声の主に皆が振り向くと、そこには今しがた人の壁をすり抜けてきた赤毛の少年がいた。

 

「あら、ナギくん。お久しぶりですわね」

「久しぶり。って言っても、二週間も経ってないけどね。

まあ、それはそれとして。

深雪さんはボクの友達なんだ。まだお互いを知ってない今の段階で、家柄だけで決めつけて見下されたりされると、深雪さんだけじゃなくてボクも頭にくるかな。

愛梨さんだって、栞さんや沓子さんが、そんなフィルターだけでバカにされたら怒るでしょ? もちろん、自分が十師族からバカにされたとしても」

「それは……そうですわね。

司波さん、すみませんでした。いささか短絡的でしたわ」

「いえ、気にしていませんので」

 

その顔には、本当に何も気にしていなかったという感情が込められていた。

彼女にとっては達也からの評価が最優先で、次に友人や知り合いからの評価がくる。今回のような『その他のもの』は、全て等しく無価値なのだ。

 

「それにね。深雪さんは魔法力だけなら一高歴代最強って言われてるんだ。もちろん、三年まで全員含めて」

「一高最強⁉︎ 本当ですの⁉︎」

「ほぅ!それはすごいのう!」

「ちょ、ちょっとナギくん⁉︎」

 

今度こそ、混乱した様子でほのかが詰め寄る。

それは彼女だけではなく、周囲で聞いていた雫や服部も、責めるような視線を飛ばしている。

 

「? どうしたの?」

「いや、どうしたのって、深雪や先輩たちが必死に情報戦してるのに相手だけに情報を与えちゃったらダメじゃない‼︎」

「いや、今回の場合は大丈夫だと思うよ。

情報戦ってものは、何も隠すだけじゃないからね」

「え? どうして?」

 

その言葉を聞いた人間の内、一高のブレインである鈴音と、今それを痛感している三高の二人以外が首を傾ける。情報戦とは、自分の情報を隠しながら相手の情報を得るものではないのか。

 

「今回で言えば、愛梨さんたちは十文字先輩や真由美お姉ちゃんレベルの伏兵がいる、ってことだけしか知らない。どの競技だとか、どんな魔法が得意なのかとかは言ってないからね。

それは三高からすれば予想ができないタイミングでくるほぼ確定した敗北に等しいから、ほとんど情報を明かさずに大きな心理的プレッシャーだけを与えることができるんだ」

「「「へぇ〜」」」

 

感心した声を上げるほのかと雫、それに梓。声には出してないが、服部なども頷いている。

そして、目の前で丁寧に解説された三高の二人は下唇を噛んでいる。……沓子だけは「すごい考えておるのう〜」と感心した様子だったが。

 

「た、確かに情報戦ではこちらの敗北のようですが、実戦では負けませんわ! 全力で叩き潰して差し上げます!」

「もちろんだよ。全力で戦おう!」

「くっ⁉︎ い、行きますわよ、栞、沓子‼︎」

「その台詞回しは負けフラグじゃぞ!

って、行ってしまったわい。それじゃあ、わしらも行くぞ。またの」

「じゃあね」

 

ツカツカと、足早に去っていく愛梨と、それを追いかける二人。

なんというか……

 

「典型的な『ライバル登場!』って感じかな、深雪さん?

……って、深雪さん? 顔が赤いけど、どうかしたの?」

「い、いえ! なんでもないんです! なんでも!」

 

口とは裏腹に、明らかにテンパっている深雪。

それを見て、全員がある一方向に目を向ける。深雪が顔を赤らめる理由なんて、彼らからしてみたら一つしか思い浮かばないのだ。

そして、その先では……

 

「じゃあ、献身的なら誰でもいいん? 例えば、光井ほのか、やっけ? あの子も結構献身的そうやったけど」

「誰でもいいわけじゃありませんが、ほのかならいけますね。それが彼女のためになるのなら、ですが」

「ほお〜。なら、やっぱりハーレムとかには憧れたりするん? 二人を脇にはべらしたり」

「一男子高校生程度には。そんなことにはならないでしょうけど」

 

シスコンハーレム野郎がいた。

 

「………………うわぁ」

 

ある意味堂々とした人でなし宣言に、流石のナギといえども侮蔑の視線を禁じ得ない。

彼もハーレムのようなものを持っていたことがあったが、こんなにも堂々と二股を宣言したことはない。そもそも、実際には二股をかけたこともないのだが。

 

そして、それは周囲の人間も同様のようだった。……ほのか以外は。

 

「へぅっ⁉︎ え、え、……はわわわ」

 

ボンッ、と顔が一瞬で赤くなったかと思えば、そのまま目を回し始めるほのか。

もはや可哀想という感じのその様子を見て、そんな目に合わせた達也への侮蔑の視線も強くなっていく。

 

「ほら、深雪。覚悟を決めて行ってきなさい。

あたしたちまで手を伸ばさなければ、精々軽蔑するぐらいだから」

「エ、エリカ⁉︎

いや、だってわたしたちは兄妹なのだし……」

「ほのかも。せっかくのチャンスなんだから」

「雫⁉︎ いや、私は今顔合わせられないって〜っ⁉︎」

 

最近高まっていた達也への好感度が音を立てて崩れていくのを自覚しながら、友のために背中を押していくエリカと雫。

深雪とほのかも抵抗しようとしているようだが、混乱しているためかうまくいっていないようだ。

 

「ナギ、何かあったのかい?」

「ああ、うん。多分、明日には知れ渡ってると思うよ……」

「?」

 

今通りかかったところで状況の飲み込めない幹比古は首をかしげながら、人垣の中の友人たちを見る。

『達也があんなに混乱しているのは初めて見るな〜』などと、一人のんきに考えていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

来賓の挨拶も進み、段々と無駄話に興じる人も減ってきた。各自食事の手も止め、緊張した面持ちをしてきている。

その理由は、次に挨拶のする人物のせいであろう。

 

「それでは、君たちの未来に幸があることを願ってるよ」

「ありがとうございます。国立電子魔法研究所所長、(みつ)(いん)(りゅ)(うじ)様のご挨拶でした。

続きましては、元国防陸軍少将、現国防軍魔法顧問についておられます、九島(くどう)(れつ)様からのご挨拶です」

 

会場内の緊張が高まる。それは真由美や克人ですら例外ではなく、全く緊張していないのは、そもそも彼についてよく知らない女神ぐらいなものだろう。

 

九島(くどう)(れつ)とは、かつて『最高にして最巧』と謳われた、『トリックスター』の異名を持つ魔法師だ。

魔法開発の黎明期から日本の魔法分野を支え続け、現在の十師族、引いてはそれに連なる他家の魔法師という形式を作った人物である。それゆえに、日本の魔法師からは『老師』と敬意を込めて呼ばれ、それこそ女神であるコノカを上回る畏怖の対象として知られている。

年齢はそろそろ九十近く、第一線にはほぼ出てこなくなっているが、毎年この九校戦には顔を見せることは有名な話だった。

 

「それでは、ご登場くださ……ッ⁉︎⁉︎」

「……えっ?」

「……なぁ、あれ誰だ?」

「俺に聞かれても分かるわけないだろ」

 

しかし、司会者に呼ばれて壇上に上がったのは、そんな老人とは似ても似つかない、妙齢の美女だった。

 

(認識阻害。それもかなり弱めかな?

魔法に気がつかれないためにわざと弱めてあるんだろうけど……魔法の発動自体を隠せないんだったら認識阻害の意味がないような気がするんだけどなぁ)

 

騒ついた生徒で満たされた会場の中、ナギだけは一瞬も術中に嵌ることなく、女性の()()()()()老人を見ていた。

当然である。彼もまた、前世ではその魔法開発力と基礎的魔法の精密性において、『最巧』の魔法使いと呼ばれていた存在だ。

その上、『魔法使い』の領分である認識阻害でこられても、この程度の魔法にかかるはずがない。

彼を完全に術中に嵌めるのであれば、それこそ『(アディ)(ウト)(ル・ソ)(リタ)(リウス)』レベルのものを持ってこなくてはならないであろう。

 

(これが伝説に謳われる『老師』の全力、ってわけでもないだろうけど、ちょっとあからさま過ぎる気がする……。

もしかして、気付くかどうかで実力を測ってる?)

 

そう思考していたナギは、老師の視線がこちらを向いたことに気がついた。

明らかに自分を見て、その上ニヤリと口元を歪めた老人を見て、ナギは直前の考えが正しく、また間違っていたことを理解した。

 

(よく考えたら、実力を測るんだったら九校戦を観れば済むんだよね。

それなのにわざわざこんなことをするなんて、意外とイタズラ好きなのかな?)

「……さて、まずは悪ふざけに付き合わせたことを謝罪しよう」

 

頭の中で、ふぉっふぉっふぉ、とバルタン笑いをしている(ぬら)(りひ)(ょん)を思い出しながら苦笑していると、老師が一歩前に出た。

魔法に気がついたごく一部を除き、多くの学生や来賓には突然彼が現れたように見えたのだろう。先ほどに倍する量の騒めきが会場を覆う。

 

「今のはちょっとした手品のようなものだ。魔法と呼ぶほどのものでもない。

しかし、私の見た限りでは、手品のタネに気がついたのはわずか七……いや六名と御一方だけだった」

 

気がついたか、いや全然。そんな言葉が会場のいたるところで行き交った。

ナギは、チラリと視線を動かして動揺していない五名を探してみる。六名のうち一人は自分だし、日本魔法界の頂点に立つ彼が御一方なんて敬称を使うのは、それこそこの場には一柱しかいないだろう。

 

(一高では……真由美お姉ちゃん。それと達也くんもかな。

他には……二高、三高、それに六高に一人ずつか。知覚系魔法でも持ってるのかな?)

「それはつまり、もし私が君たちに危害を加えようとするテロリストだったら、止めるために動けたのはそれだけしかいない、ということだ」

 

会場が静寂に包まれる。

 

それもそうだろう。

ここは一応、九校戦前の懇親会という名目で開かれたパーティーだ。

それなのに——言っていることは正しいのかもしれないが——TPOも空気もわきまえずに『テロリスト』という物騒な例えを出されては、どう反応していいのか分かるはずもない。

特に、四月にテロリストによる襲撃を経験している一高からは、ピリピリとした空気が漂っている。

 

しかし、老師はその空気も読まず話を続ける。

 

「若人諸君。魔法は確かに強大な力だ。

しかし、手段の一つではあってもそれが絶対ではない。最適な使い方をされた弱小魔法は、時に高ランクの魔法をも凌駕する成果をあげることもある。

現に、私が今使った魔法は、規模こそそれなりだが強度はほとんどなかった。現代魔法のランクで言えば、低ランクの魔法でしかなかった。

しかし、君たちの多くはそれに惑わされて、私がここにいたにも拘らず、私を見つけることすらできなかっただろう。

魔法力を磨くことも怠ってはならないが、それだけではいけない。

自分にできる範囲の魔法を用いた創意工夫が、明日の九校戦、引いては君たちの将来に必要になるだろう。

魔法を学ぶ若人たちよ。

私は、君たちの工夫を楽しみにしているよ」

 

そう話を締め、壇上から降りる老師に、会場から拍手が贈られた。……一高の大多数は、礼儀的に仕方がなく、という雰囲気だったが。

 

「ありがとうございました。国防軍魔法顧問、九島(くどう)(れつ)様の激励でした。

……さて、本来ならここで終了の予定でしたが、急遽もう一方ご挨拶をいただくことになりました。

それでは、富士山本宮浅間大社祭神、(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)様の……」

「はいな〜」

 

食い気味に被せられた返答に、会場内の視線が後方の、食事が置いてあるテーブルに向かう。……普通、こういう時は壇の近くに移動しておくものなのだが、彼女が何を考えているのかなんて、誰にもわからない。

そして、会場内の視線を一身に集めた女神は満足気に微笑むと、トン、と軽い足音をたてて宙へと飛び上がった。

いや、実際に飛んでいるわけではない。ただ、あまりにも長い跳躍が、飛んでいるように錯覚させたのだ。

皆の視線がそれを追う中、女神は空中でヒーローの変身シーンのように光を身に纏う。

そして、着地すると同時にそれは弾け、その下から白の狩衣に包まれたカラダが現れ、圧倒的な霊子(プシオン)が吹き荒れた。

 

『……ッ⁉︎』

 

瞬間、会場内に声にならない声が迸る。

それもそうだろう。今までは『少し近づきにくい』ぐらいのプレッシャーでしかなかったのが、ここにきて圧倒的な存在自体の格差を見せつけられたのだから。

まだゴールデンウィークの神隠しに遭った人間は比較的冷静だ。あの時はこれ以上のプレッシャーだったのだから、ある程度は慣れたのもあるのだろう。

しかし、そうでない人間は、その存在感に飲み込まれているか、目元を抑えてふらついているかのどちらかだ。それは、いかに老師といえども例外ではない。

そして、突然そんな行動に出て、畏怖の視線が集まっている女神様は……

 

「うんうん。やっぱり、こうでないとな〜」

 

一人、満足気に壇上で頷いていた。

……どうやら、老師が自分よりも敬われているのが納得がいかなかったらしい。傍迷惑な神様である。

ひとしきり満足したのか、パチリと左手の扇子をとじる。

それと同時にプシオンの放射もだいぶ収まり、会場内の空気もだいぶ落ち着いた。

 

「ほな、挨拶させてもらいます〜、(コノ)(ハナ)(ノサ)(クヤ)(ビメ)いいます〜。

コノちゃんでも、サクちゃんでも、コノカちゃんでもいいから、気軽に呼んでくれて構いまへんよ〜」

(((今のがあって、呼べるわけがないだろう!)))

 

会場内の心が一つになった。

 

「人前で挨拶するのなんて何千年ぶりやから勝手がわからへんけど、大目に見てや〜。

えーと、初めに言うとくと、ウチは魔法がどうとかは別にどうでもええ。ウチからしたら、そんなもん当たり前にあるもんやし。

キミたちも、例えば肺で呼吸できる魚がいたって、珍しいな〜ぐらいしか思わへんやろ? それと同じや」

 

一言目から彼らのアイデンティティを全否定。その上魚扱いされたが、それを当然と思えるだけの格差がある。

彼女からしたら、それこそ二科生も十師族も十三使徒も大差ないのだろう。そんな誤差を気にする方が逆にどうかしている。

 

「ほな、ウチが何に期待しとるのかというと、キミたちの覚悟や。

キミたちのその力は、なんのために振るうもんや? 仲間? 家族? それとも自分?

まあ、()()様に迷惑をかけなければなんでもええ。

重要なのは、キミたちのその力がなんのためにあるのか、をよく考えることや。

覚悟っちゅうのは、それを履き違えなければ(おの)ずと宿るもんやからな。

意思なき力は、ただの暴力。

それを忘れたら、君たちはお天道様に顔向けできなくなってまうからな。絶対に忘れたらあかんで」

 

会場に困惑が満ちる。

いくら魔法というものに関わっていようと、彼らは高校生。

何かが起きたらその力を振るうことに抵抗がないよう教育されているとはいえ、『なんのために戦うのか』なんてことを考えているのはごく一部だろう。

 

「……まあ、せやな。いきなりこんなこと言われてもようわからんか。

んー。なら、それはそれで後で考えてもらうとして、最後にこの言葉を送ろか。

 

『わずかな勇気が本当の魔法

少年少女よ大志を抱け

その一歩が世界を変える』」

 

「っ⁉︎ …………ふふっ」

 

パチリとこちらに向けてウィンクをするコノカに、ナギも微笑みで返す。

その言葉は、これから魔法の道を歩む学生たちに、これ以上ない激励の言葉となるだろう。

なにせ、自分がそうだったのだから。

 

「怖くて足が竦んでも、ボロボロで倒れそうでも、壁がどんなに高くても。

一歩。たった一歩踏み出すだけで何かが変わるかもしれへん。

そのために必要なのは、力でもなく、魔法でもなくて、ほんのわずかな勇気だけや。

せやから、ウチは楽しみにしとるで。勇気で常識を覆す、人だけに認められた逆転劇をな。

……ウチからはこんなとこや。ほな、みんな頑張ってぇな!」

 

そう言って手を振ると、ふわり、とその体が空気に溶け、会場から姿を消した。

降壇を伝えるはずだった司会者が所在なさげに呆然としている中、会場から拍手が湧き上がる。

 

その音は、特に一高以外の高校が大きい。

女神が望んでいるのは逆転劇。それはつまり、優勝最有力候補である一高が順当に勝つのを望んでいるわけではない、と公言したに等しい。

ここに現れてから、ナギ、真由美、そして達也と、一高としかまともに話してこなかったギャップも相まり、その宣言は見事各校のやる気を引き出したのだった。

 

 

◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

斯くして、各校のやる気が高まる中、立食パーティーは終わりを告げた。

勝利へ挑戦する者。

それを受けて立つ者。

各々の立場は違えど、目的はただ一つ、勝利のみ。

栄冠は誰の手に渡るのか。

熱戦は、すぐそこまで迫っている。

 

………………………………

…………………………

……………………

………………

…………

……

 

「ふぅん。なかなか面白そうなことになってるじゃないの。

ちょっと顔でも出してみようかね」

 

そして、選手でもない、無頭竜でもない、女神ですらない。

新たな乱入者が、ここに一人。




クリプリ「あれ、俺は?」

噛ませ感バリバリの一色さん。
私は好きな方なんですがねぇ。なにぶんあの『優等生』キャラなもんですから。

さてさて。新たな謎の登場人物も出てきて、物語はさらに加速していきます!
次回は、一高一年女子たちのお風呂(サービス)シーン……はカットで、大会初日からになります。ナギもコノカ様も関わりようがありませんし、無理やり入れても動かせませんから。

次回!『大会初日(1stステージ)①(仮)』!

老師「……全部持っていかれた」

* * *

重要なお知らせです。

UQ!の8巻までで公開された新情報や、今後の細かな展開がある程度固まってきたことを鑑みて、一度設定・展開の再構成を行いました。
その結果、自分で読み返して特に描写不足を感じた初期の頃を中心に、過去編・設定集、前書き・後書きも含め、()()()の改編を行うことにいたします。
具体的には、
『描写の改編・追加・補完』
『前書き・後書きの削減・削除』
『後書き・感想欄返信での補足を可能な限り本編内に組み込む(入らなかったものは後書きに)』
『将来の話の展開のため、一部展開の変更や伏線の張り直し』
『行間や先頭空白、その他など、これまで試験的に色々試していた文章形態の統一』などになります。
改編後の文章形態は、おおよそ今話のような感じになる予定です。
今回の改編では細かいところの修正が主な内容なため、大筋の展開上では変わりませんので、わざわざ読み直していただく必要はございません。

改編中も、最新話の執筆・投稿は行う予定でいます。
ですが、今回の改編や、展開プロットが大筋で完成したもう一つの作品(現在プロローグ執筆中・非公開)の執筆に伴い、投稿ペースが多少遅くなるかもしれません。
月一まではいかないように、出来れば二週に一回は更新するつもりです。

楽しみに待ってくださっている読者の皆様には申し訳ございませんが、少なくとも来訪者編まではエタるつもりはありませんので、長い目でお待ちいただけると幸いです。


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第三十八話 本戦スピード・シューティング・予選

二週間に一度と言ったな。あれは嘘だ。


全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称『九校戦』は、2095年8月3日、雲一つない晴天の中で開幕した。

 

こうした式典では珍しく短い開会式——観客が今か今かと競技の開始を待っているためだ——を終え、試合のある選手はそれぞれの競技会場へ、そうでない選手は、自主練のために解放されている練習場か、もしくは仲間の応援のために会場の観客席へと向かっていく。

しかし、派手で楽しめる競技が見たい一般の観客は式典的な開会式を見に来るよりも先に各競技会場で良い席を取ることに動いているため、このタイミングからスタンドで席を探すことは難しいだろう。

しかも、今日の競技は本戦男女スピード・シューティングと本戦男女バトル・ボード予選。去年の成績を考えると、スピード・シューティング女子には真由美が、バトル・ボード女子には摩利が出てくるのは誰しもが予想している。二人はその容赦や実力から固有のファンを持つほど人気があり、なおさら超満員が予想された。

もちろん、その中でも選手が見学できるようにと九校戦関係者用の観覧席は用意されている。

だが、ナギと達也、1-A女子三人組はそこへは向かわず、わざわざ混み合う一般観客席へ向かっていた。

 

「えーと。ここら辺のはずだけど……」

「ナギ兄ちゃん!こっちこっち!」

 

ナギたちがきょろきょろと辺りを見渡していると、スタンドの後方から、よく通るボーイッシュな声が聞こえてきた。

それを頼りに全員が訪ね人たちを探す、ようなこともなくすぐに見つけることができた。

最後方の席に座り、おおきく手を振っている香澄と、一つ席を空けて泉美。そこから四つ空席が続き、その先に幹比古、エリカ、美月、レオと座っている。

 

「席取りありがとね、香澄ちゃん、泉美ちゃん」

「これくらいなら任せてよ!」

「ナギお兄さまたちのためですもの。絶対にいい席を取ってみせますわ」

 

最後列がいい席、というのは意外かもしれないが、ことスピード・シューティングに関して言えばそれは間違ってはいない。

この競技でグレーを撃ち落とすエリアは、選手の30メートル前方に15メートル立方と決まっている。そして、観客席はそれを横から観戦するように設置されている。

つまり、最前列に座ると選手と同レベルの視力が必要となるため、後列のほうがエリア全体を見やすく分かりやすい良い席とされているのだ。……もっとも、アイドル選手目当ての人間は別だが。

 

「あっ! 深雪お姉さま、ぜひお隣にっ!」

「ええ。ありがとう泉美さん」

 

そして席順だが、息を巻く双子の間に腰を下ろすのはナギしかいないであろうことは明白であり、泉美に請われて深雪の席が決まったことで、残りも自然と達也、ほのか、雫という順番になった。

 

「……香澄ちゃん。泉美ちゃんは相変わらずなの?」

「……うん。最近お姉ちゃんが憐れに思えてきて……」

「深雪お姉さまはどの競技に出られるんですか⁉︎ 絶対に応援に行きますから‼︎」

「ごめんなさい、できれば教えたいんだけど、それはできないのよ。

先輩方の方針で、ギリギリまで一年生の出場競技は公表しないことになってるの。

だから、もう少しだけ待ってくれる?」

「お姉さまがそう仰るのでしたら!」

「「……はぁ」」

 

明らかに暴走している末妹とそれに冷静に対処している深雪を横目に、涙目の長女を思い浮かべて溜息をつく兄妹。

そして、さらにそれを横目にしながら、達也も友人たちへと労いの声をかけた。

 

「レオたちも悪いな。五人分は大変だったろう」

「まあね〜。っていっても、ナンパの方がうざかったぐらいだけど。

ああいう輩って、ミキとかこいつとか見えてないのかしら」

「……なぁ。なんで俺はいつまで経っても『こいつ』呼ばわりなんだよ」

「あら〜。そうだったかしらね〜。どうでもよくて考えたこともなかったわ〜」

「テメェ!」

 

いつもの調子で喧嘩をし始めようとする二人。

だが、それも見越してこの席順は決められていた。

 

「エリカちゃん。レオくん。ここだと私たちまで恥ずかしいんですからね」

「うっ」

「す、すまねえ」

「分かればいいんです」

 

最近、彼らの扱いが上手くなっている美月。

物静かな容姿とは裏腹に、かなり押しが強い性格だったようだ。

 

「確か、七草会長の予選順は一番でしたか?」

「そうだよ。この競技だけじゃなくて九校戦全体の最初からなんて緊張して……ないだろうね。真由美お姉ちゃんだし」

「そのあと渡辺先輩が出るバトル・ボード予選の第3レースを見に行って、午後からはこっちに戻って決勝リーグを観戦する予定でしたよね?」

「そう。達也さんとナギくんは予定があるみたいだけど、他のみんなでお昼も一緒に食べる。

ナギくんは会長たち姉妹(かぞく)と一緒にで、達也さんは知り合いとだっけ?」

「ああ。たまたま兄弟子がこっちに来ていたみたいでな。折角だしと誘われたんだ。急に変更になって悪いな」

「いえ!そういう理由なら仕方がないですよ!……少しだけ残念ですけど」

 

そして、そんなことを気にした様子もなく会話を続ける面々。

いつもの光景すぎて気にも留めなくなっているのだ。

 

『会場の皆さまも、テレビでご覧の皆さまも!

大変お待たせいたしました! 九校戦初日、スピード・シューティング予選の始まりです!

今大会の開幕を飾るのは、皆さまご存じ、(エルフィ)(ン・ス)(ナイパー)こと第一高校三年、生徒会長の七草真由美だーーっ‼︎』

『うおぉおおおーーっ‼︎』

 

インターマジックから引き続き司会を任された、『魔法パパラッチ』こと(あか)(みず)さくらが会場を煽り、それに答えて真由美ファンが声を張り上げる。それは男女問わずだ。

まるで、どこぞのアイドルのライブかと思うような光景が広がっていた。

 

あまりの声量に達也たちは耳を押さえ、エリカはゴミでも見るかのような視線を飛ばす。

 

「うわっ、バカばっか」

「そ、それだけ人気があるってことなんだから……。会長さんや渡辺委員長さんの同人誌を作ってる人たちもいるし……」

「……その情報はどこから手に入れたの、美月?

まさか、自分も作ってる、なんて言わないわよね?」

「え、いや、美術部の先輩たちに聞いただけで、わ、私はやってません!」

 

胡乱気(うろんげ)な目つきで美月を見るエリカ。

だが、もし『そう』だったとしても、あくまで趣味だと割り切ったのか、声を張り上げているファンたちに再び冷たい視線を向けた。

しかし、その興奮した観客も、真由美がレーンに登壇した瞬間に静まり返る。よく訓練された国民か何かだろうか。

 

「お姉さまの体調も良さそうですね。これなら心配する必要もないでしょう」

「というか、かなりピリピリしてるんだけど」

「姉ちゃん頑張れーー!」

 

兄妹揃って、姉の心配など微塵もしていない。真由美に限って、する必要などないからだ。

……むしろ、あとでストレス発散に付き合わされることを考えて、揃って体を震えさせている。

 

「スピード・シューティング予選は一人で(おこな)って、エリア内を通るように射出されるクレーをどれだけ落とせるかが焦点となる。

本戦からは対戦形式になるからまた違った戦略が必要になるが、七草会長は一貫してとにかく正確に落とし続けてパーフェクトで終えることで知られているな。満点を取ってしまえば負けることはない、ということか。

ともあれ、それは七草会長だから出来ることだ。参考にするのはいいが、自分の作戦を見失う必要はないからな、雫」

「もちろん。達也さんに考えてもらったんだもん。無駄にはしないよ」

 

周囲を気にして小声で釘をさす達也にそう答えながら、雫の視線は外れることなく真由美を捉えている。

九校戦フリーク、というのもあるが、やはりこの中で唯一新人戦スピード・シューティングに出るということが大きいのだろう。

 

「始まるね」

 

ナギのその声と同時に、僅かに聞こえていた話し声もなくなり、会場が静寂に包まれた。

 

カウントダウンを知らせる赤いランプが一つ、二つと灯り、三つ目に緑色が点灯したと同時に競技が始まった。

 

パシュ、という軽い音が響き、クレーが発射口から射出される。

そのクレーは得点エリアに入った瞬間、真下から飛来した氷の礫に撃ち抜かれた。

 

「うそ!こんなに速かったっけ⁉︎」

「それに全部中心を撃ち抜いてる。すごい正確性」

 

ほのかが驚嘆の声をあげ、それに対して雫がどこか悔しさをにじませた声で補足する。 エリカたちE組の四人組は口を開けて呆然としているぐらいだ。

 

「去年より正確性もスピードも桁違いです。クレーが1メートルもエリア内を飛べてません」

「あんな特訓をしてればこれくらい当然だよ!」

 

深雪も驚愕に目を見開いて言葉を溢すが、それに対して香澄が自慢するように(若干薄い)胸を張った。

 

「特訓、ですか?

これだけ劇的に変化させるなんて、一体どんなものだったんですか?」

「え、えーと……」

「……まあ、香澄ちゃんの口の軽さは後でじっくりとお話しするとして。

皆さまでしたらお教えしてもいいですよ。真似しようとしてもできるものではありませんので」

「ほう?ぜひとも聞いてみたいな」

 

達也もそれには興味があったのか、泉美に続きを促す。

 

「簡単です。ナギお兄さまの魔法の射手(サギタ・マギカ)魔弾(まだん)(しゃ)(しゅ)で撃ち抜こうとするだけですわ」

『…………え?』

 

衝撃的な内容に、思わず競技から目を離してナギの方を見る。……件の少年は、冷や汗を垂らしながら口笛を吹いていた。

そんな中一人だけ、達也は納得したように頷いている。

 

「なるほど。より小さくて速い的で当てられるように訓練を積んだわけだな」

「その上、ナギ兄さんの魔法の射手(サギタ・マギカ)は数も多いし、何より曲がるからね〜。対戦形式の訓練も積めるってわけ」

「それで劇的な向上をしたというわけか。理解した。

それで。原型(オリジナル)の使い手から見て、(アレ)(ンジ)の出来はどうだナギ?」

「……あくまでボクのはアイディア元だよ。術式を教えたわけでも、それを再現したわけでもないからね。

でも、あえて一つ言うのなら……」

 

わっ、と観客が湧き上がる。集計を待つ必要もなく結果は分かっているのだから。

そして、画面に映し出されたのは、当然のように100/100(パーフェクト)だった。

 

「……あの正確性が羨ましいな」

『…………』

 

心の底から絞り出すように出された答えに、何も返すことができなかった。

 

「で、でもよ、ナギとは違って1回で1発しか弾は作れねーんだから、魔法の発動はミスなしでも計100回だろ? よくそんだけスタミナが持つよな」

「そ、そうよ!

二酸化炭素からドライアイスを作って、さらにそれを移動魔法であれだけの速度を出して飛ばしてるんでしょ? かなり消耗が激しいと思うんだけど」

「いや、そうでもないだろうな。むしろ、消耗の少ない魔法だろう」

 

こういう時だけ協力して必死に話題を変える二人。そして、その話題を振ってしまった達也も責任を感じてそれに乗った。

 

「どういうことだい達也?」

「そうだな……ナギの言う通り、魔弾の射手は発想と名前こそ魔法の射手からとっているが、実際の理論としての大元はドライ・ブリザードから来ているんだ」

「ドライ・ブリザード、ってなんだっけか?」

「収束・発散・移動系の複合魔法で、敵の上方に二酸化炭素を収束させて発散系でドライアイスの塊を作り、それを移動魔法で叩きつけるという魔法だな。コンビネーション魔法『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』の起点魔法で、確か服部副会長が得意としているんだったか?」

「へえ、そうなんですか。それじゃあ、それが消耗が少ないこととどう関係するんですか?」

 

美月の質問に、「それは移動しながらにしよう」と言って達也は席を立つ。

見れば、道中の時間も考慮すると、そろそろバトル・ボードの会場に移動しなければ席が取れなくなってくる頃合いだ。慌てて残りのメンバーも席を立った。

 

「魔法というものは概ね物理法則を超えた影響を及ぼすものだが、物理法則にできるだけ則っていたほうが発動が容易で消耗も少ないという特徴がある」

 

そうして、固まって会場を離れながら、達也は説明の続きを始めた。

 

「ドライ・ブリザードや魔弾の射手はドライアイスの生成過程で奪った熱エネルギーの分を運動エネルギーに変換して射出する魔法だから、エネルギー保存の法則的には発動の前後でバランスがとれている。だから、まず魔法でドライアイスを作り、その後改めて移動魔法をかけ直すよりもはるかに消耗が少ないんだ。

もっとも、精密射撃を連発する集中力に関しては別だがな」

『へぇ〜』

「ふぅん。まるで詐欺師さね」

「優れた魔法を使いこなすほど優れた詐欺師ということになる……な?」

 

後ろからかけられた知り合い以外の声に、達也は驚愕を顔に出さないように気をつけながら振り向く。そこまで集中していたわけでもないのに、彼の鍛えられた感覚をもってしても気配すら掴めなかったのだ。

 

「……失礼ですが、どちら様ですか?」

 

皆も同様に振り返った視線の先には、『巨大な女』がいた。

 

そのスタイルをありきたりな表現で表すなら、ボンッ・ボンッ・ボンッといった感じだろうか。身長も見上げるほどに高い。

その上、身に纏うのは、よく言えばゴージャス、悪く言えば派手なドレスだ。

 

しかも、そんな存在感の塊のような存在なのに、誰一人として気付かなかった。

それは達也たちに限った話ではなく、周囲の人々も、まるで彼女が認識できないかのごとく、見向きもせずに過ぎ去っていく。

 

「ああ、私かい? 私の名前はダーナ・アナンガ・ジャガンナータってんだ。そこの色男はダーナでいいよ。他のヤツは知らんがね」

 

ナギを指差してそう名乗る女性。

しかし、達也たちにダーナ・アナンガ・ジャガンナータなる人物の知識などは一切なく、ただ無視をされたという苛立ちが募った。……ナギ以外は、だが。

 

「ダーナ……アナンガ……ジャガンナータ……⁉︎

まさか『貴族』のっ⁉︎」

 

驚愕に顔を染め、震える声で確認を取るナギ。まるで、いるはずもない怪物でも見たかのような反応だった。

そしてその問いに、女性は口元を歪めながら答える。

 

「へぇ。こっちの弟子はキチンと教育してるようじゃないか。こりゃキティの評価も見直さなくちゃねぇ」

 

それは、遠回しに言われた肯定の言葉だった。

 

次の瞬間、ナギは達也たちの目にも留まらぬ速さで、皆と女性の間に立ち塞がるように移動する。

その顔に浮かぶのは、焦燥と困惑。

しかし、警戒だけは絶やさぬよう、視線を女性から外すことはない。

ピリ、ピリ、と火花が弾ける。

そんな幻影が見えるほど、場の空気は張り詰めていた。

 

会場から離れる人の群れがあり、それよりは少ないが逆に向かう人たちもいる。

そんな人の波の真っ只中で、そこだけは明らかに異質な空間だった。

 

「……何をしに来られたんですか。

貴女(あなた)たちは世の中に興味を持たないはずでしょう」

 

この場についていけているのはナギだけであり、他のメンバーは詳細を問う視線を背後から投げかけている。

しかし、ナギがそれに取り合うことはない。見えていないこと以前に、そんなことをしている余裕などないからだ。

 

「おいおい。あの人形の子に続いて私をあんな老害と一緒にしないでくれよ。あたしゃあんな枯れ果てた隠居野郎どもじゃあないよ。

それに、そんなに気を張らなくても良いんじゃないのかい? もう少し気を抜きな。後ろのオトモダチも困ってるだろう?」

「目的がわからない『貴族』を前にして、そんな悠長なことはできませんよ」

 

明らかな拒絶、警戒。

それは、普段温厚なナギからは想像もつかないような声色であり、皆は驚きに目を見開く。

そして、その中でも達也は、ナギが『あの』神鳴流と対峙した時以上の態度に、警戒のレベルを跳ね上げる。

 

「……はぁ、疑り深いねぇ。ここからどうやってあんなバカなほど素直な子ができるんだか。……いや、キティの弟子と考えれば納得がいくのかね。

まあ、安心しな。今んところはこの世界には何もする気はないよ。ただお前とあの女神に、ちょいと会ってみたかっただけさ」

 

ナギは皆を庇うように立ち、その両手は軽く広げられていて、達也たちから見ても明らかに臨戦態勢という雰囲気を身に纏っていた。

だというのに、対する女性は何もしない。構えもしなければ、敵意も見せることもない。

 

しかし、それでもなおナギの態勢は解かれない。

それは、この状況で不利なのはナギの方であると認識しているからに他ならなかった。

 

「……信用ができません。その理由に、納得のいくところがない」

「なに、あんたも言った通り私たちゃ興味を持つことが少ない存在だからねぇ。その代わりに、一度興味を持ってしまえばどこまでも追いかけるし、それだけの理由でここに来ることだってあるさ。

それに、あたしゃ嘘はつかないよ。

嘘と契約違反は私たちの矜持に関わる問題だからね。それだけは絶対にしないさ。

あんたもわかるだろう? なんせ、私たちゃ同類なんだから」

 

その瞬間、達也たちは、ナギから強烈な風が吹き荒れたように感じ取った。

いや、実際にはなにも起きてはいない。ただ、尋常じゃないレベルの闘志が吹き出されただけであった。

それを直接向けられたわけでもないのに、それだけで根源的な恐怖を呼び起こされる。まるで、あの女神のように、彼だけが別次元にいるかのような圧倒的な実力差を感じ取ったような気がした。

 

「……そのことをこれ以上話したら、覚悟しておいてください」

「ああ。なんか面倒くさいことをしてるんだったかい?

ふん。そいつは私の流儀には反してるけど、あんたにゃ向こうで実績があるからね。あの半人前どもとは違って、口出ししたりゃしないよ」

 

それだけの闘志を直接叩きつけられているはずなのに、目の前の女性はどこ吹く風と受け流している。

ここに来て達也たちはようやく、この女性が根本的に違う立ち位置にいることを理解した。

圧倒的強者。人間では太刀打ちできない相手。

そんな、どうしようもない存在だということを。

 

 

「なら、『狭間の魔女』たる貴女が、何故わざわざ城を出てボクに会いに来たんですか? 」

「さて、ちょいと長くなる話だよ。

心して聞きな。ネギ……いや、今は春原凪とかいったかい?」

 

 

◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

 

今ここに、遥かな時空を超えて、一人の吸血鬼の師と弟子が対面した。

 

この先にあるのは、闘争か、協和か。

 

それは、神ですら知りえない。




妖精姫「なんかまた女の気配が……」

前話のラストで(バレバレの)フリをしたダーナおば……ダーナさんが早速登場! 筆者は『引き』が出来ない性格なもんで。

彼女はUQ!キャラなんですが、その詳細は次回に語られることとなりそうです。
気になったらぜひ調べてみてください。インパクトがものすごい方です。

あと、散々UQ!キャラはおろか赤松世界の存在は出さないとか嘘言っててすみませんでした。
プロット再編によって急遽出番が出来ました。その理由となる行動はまた次回!

女神様「ん?なんか呼ばれとる気が……」

* * *

改変作業について。

改変が終わった話について、活動報告欄に改変前との差異を簡単にまとめてあります。
一応チラ裏に改変前のものは投稿していくので、比べてみたい人がいればぜひ。


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第三十九話 狭間の魔女

お久しぶりです。実に約三ヶ月ぶりの最新話です。


『さあ皆様お待ちかね!これより本戦女子バトル・ボード予選第3試合を行います!

本命と目される第一高校三年、渡辺摩利選手が駒を進めるのか⁉︎ はたまた大番狂わせが起きるのか⁉︎ 一瞬も目が離せない戦いが始まります‼︎

会場のボルテージも青天井で上がる中、満を持して選手の入場です‼︎』

『オオオォーーッ!』

 

アナウンサーの煽りに、堰を切ったように会場を揺らすほどの歓声がそこかしこから湧く。

しかし、その中のたった一角。達也たちの付近だけが、まるで通夜のように静まりかえっていた。

 

『…………』

 

その中にナギの姿はない。それがこの状況の理由であることは、誰の目から見ても明白だった。

 

「……ナギお兄さまは大丈夫でしょうか」

「……きっと大丈夫だって。話をしてくるだけだから、って言ってたじゃん」

 

暗い顔で俯向く泉美を励ますように声をかける香澄だが、その言葉とは裏腹にその顔は優れない。

それも無理はないだろう。先ほどの巨大な女との遭遇で、最も衝撃を受けたのは彼女たちだったのだから。

それは、ダーナと名乗った女性の異物感が理由ではない。そんなことよりも、彼女に対して(おぞ)ましいほどの怒気をぶつけたナギが原因だった。

長い時間を共に過ごし、血こそ繋がっていないが自他共に認める兄妹と思っていた優しい兄が、初めて見せた本気の怒りの表情。それに対し、どう受け止めていいのかが分からないのだ。

そして、それは多かれ少なかれ達也たちも同様だった。

 

「お兄様。あの女性が言っていた、彼女とナギくんが同類というのは、一体どういうことなんでしょうか?」

「……分からん。今の状況からでは、推測するにも情報がなさすぎる。そもそも、ナギに『狭間の魔女』と呼ばれた彼女が一体どういう存在なのかも分からないんだ。

何故ナギだけが特別扱いだったのか。何故ナギはあそこまで警戒しなくてはならなかったのか。『貴族』とは一体なんなのか。『キティ』、『素直な子』、『人形の子』……そして、ナギのことを指すと思われる『ネギ』。

無秩序なピースばかり溢れかえっていて、それを収めるための枠組みがまるで見えてこない。これでは、結論の出しようがない」

 

達也の口から改めて情報が整理され、その不透明さにさらに双子の表情が暗くなる。

まるで、兄が敵か味方か分からない人物と共に霧の中へ入っていったかのような、そもそもその兄が何者なのか。何を心配すればいいのかすら分からない状況だということを再認識されられただけだった。

 

「……そうね。一つだけ分かっていることがあるとすれば、あの人には絶対に勝てそうもないってことだけ。

あの傍迷惑な女神様と一緒。そもそも存在してる次元からして違う相手なのは、痛いほど理解させられたわ」

「エリカの言う通りだ。アレは、決して俺たちと同列の目線で見ていい相手じゃない。

……そして、ナギはそんな相手に対して、なんらかの対抗手段を握っているはず。

ゴールデンウィークの時も、今回もそうだった。ナギは相手に対して決して下手(しもて)に出ずに、決裂すれば戦うのも辞さない構えを見せている。相手がどんな存在であるかを、俺たち以上に理解しているにもかかわらず、だ。

これは、そういう存在に対してなんらかの切り札を握っていなければ出来ない行動のはず……」

 

いや、それだけではないのは全員が気づいている。誰もがその可能性から目を背けたいだけだ。

——『ナギも彼女らと同じく、ヒトではない』という可能性を。

 

「では、ナギお兄さまの身は安全だということですか……?」

「ナギがあそこまで警戒しなくてはいけない以上、100%有効なモノではない、と思う。

だが、まるで対抗手段がないよりかは、幾分かは安全なはずだ」

「そうですか……」

「だ、大丈夫だって。きっと、次のお姉ちゃんの試合までには戻ってくるよ」

「……そうですわね。家族の私たちが信じなくてはいけませんよね」

 

そう言って、泉美は神に祈るかのように、ぎゅっと胸の前で手を組んだ。それを見て、香澄も同様に神にすがる。

その願う先にあの女神がいるのか、または全く見ず知らずの神に願っているのかは定かではないが、ただ一つだけ、心の底からナギの身を案じていることだけは達也たちにも伝わってきた。

もはや、彼らの意識は会場にはなく、どこかであの巨大な女性と対話をしているだろうナギを想起していた。

 

 

—◇■◇■◇—

 

 

時を同じくして、会場の端。人で溢れかえる会場の中にある一角で、しかし不自然に人気のないそこに、ナギとダーナの姿はあった。

 

「……美味しいですね」

「そりゃあね、あたしの城から持ってきたもんだ。そこらの安もんとはわけが違うよ」

 

ナギからは既に、先程までの剣呑な雰囲気はなくなっている。友人や民衆が近くにいたから強く警戒していただけで、辺りに人がいなければそこまで気にする必要はないのだ。

 

「しかし、本当に人間の中で過ごしてるんだねぇ。あたしにゃ理解できないよ」

「ボクはまだ、人を辞めて百年(すぐ)ですから。それに、人の世界も悪くありませんよ?」

「まあ、美しいものを作り出すことに関しては認めてやってもいいけどね。

ただ、やっぱり人間とあたしたちゃ違う存在だよ。あたしたちゃ人に恐れられてなんぼ、崇められてなんぼだからねぇ」

 

平行線だ。

ナギは元人間として、そしてダーナは人ではないものとして、それぞれの意見を持っている。お互いの意見に一理あると認めても、そもそもの立ち位置から違うのだから自らに省みることはない。

しかし、それでも敵対することはない。ナギは自らの師のさらに師として、ダーナは文字どおり世界の在り方を変えた大英雄として、相手のことを尊敬し、自分の世界に手を出さない限りその在り方に口を出すつもりはないからだ。

 

「そもそも、なんでこの世界に来れたんですか? 貴女の口ぶりからすると、『あっちの世界』から来たんですよね?」

「まあ、そうなるね。と言っても、あんたのおかげなんだよ?」

「え?」

 

そう言われても、ナギに思い当たる節はない。そもそも、人伝に話は聞いていても、直接会ったのはこれが初めてなのだ。

 

「あんたは、あっちからこっちにどうやって来たんだい?」

「それは、転移魔法で世界の狭間に送られて……あっ!」

「気付いたね? そう、あたしゃ『狭間の魔女』。世界の狭間に浮かぶ城の持ち主。

そんな世界の狭間(あたしのテリトリー)を通ったんだ、その後を追いかけることも不可能じゃない。といっても、今回は幸運だったけどね」

 

そう言うと、ダーナはどこからか二股に割れた枝を取り出した。

 

「並行した世界は、よくこんな感じの枝に例えられる。何かをきっかけに、選択肢Aの世界と選択肢Bの世界に分岐するってヤツさ。

なら、世界の本筋が枝なら、異界はなんだと思う?」

「…………葉っぱ、ですか?」

「正解だ。異界はあくまでその世界にくっついているもの。他所の世界には干渉しえないし、栄養(まりょく)が足りなくなれば枯れて落ちるだけさ」

 

ダーナが手に持つ枝が一瞬輝いたかと思うと、割れた枝それぞれに二、三枚の葉が付いていた。

 

「それだと、貴女もこの世界に来れませんよね?」

「普通の異界ならね。あたしの異界は特別製だよ。例えるなら……そうだね、ヤドリギかね?」

「ヤドリギ……?」

「世界から栄養(まりょく)を貰って存続しているのは一緒さ。ただ、それは世界を作った基点から。そこから各々の枝に蔦を伸ばして巻き付いている感じかね?」

 

再び枝が光ると、二つの枝にまたがるようにヤドリギが巻き付いていた。

 

「ただの(異界)と違って、こいつは現在過去未来並行世界の全部が一纏まりのものだ。時空を超えて同一の存在だからこその『世界の狭間』、時空を超える城。

すべての枝に蔦を伸ばしてるわけじゃないから、どの世界にも自由に行けるわけじゃない。それに、行き先を指定するあたしにも能力の限界もあるから、よほど近くない限り今いる場所から他所の世界には狙って行けない。

ただし、蔦が繋がっていて目標(めじるし)があれば話は別さ。今回はあんたがそれに当たるね」

「そうなんですか」

 

どうやら、そこまで自由度は高くないようだ。そして、逆説的に自分()()子孫()の規格外さを再認識する。時間移動も並行世界移動も、手に収まる機械一つでするなんて……

 

「それで、どうしてボクのところへ?」

「一つ、聞きたいことがあってねぇ。まあ、そいつはあくまでついでで、第一の目的は女神に会うことかね」

「コノカさんに?」

「ああ。その女神は、ニホン神話で美の女神なんだろう? あたしは真の美しさを常に求めてるんだ、永遠の美ってのは女の夢だからねぇ。

ただ、時代によって美ってヤツの基準は変わるから、未だに"不変の美"ってのがなんなのか、その真理は掴めてなくてねぇ。美しさを讃えられるほどの神なら、そのヒントが掴めるんじゃないかってね」

「へぇ〜」

「ま、先にこっちの質問をしとくかね」

 

そう言うと、ダーナの視線がナギを貫く。その真意を測りかねて、ナギは首をひねった。

 

「あんたは、『向こうの世界』に戻る気はあるかい?」

「え?」

「まあ、いきなりこんな話をしても、なんのことだか分からないだろうね。

そうさね……つい最近まで、あたしはちょいと弟子をとってたんだよ。誰だと思う?」

 

一見関係なさそうな話題に、首の角度が深くなる。そもそも、それは自分の関係者なのだろうか?

 

「…………分かりません」

「まあ、当然だね。直接の知り合いではないわけだし。

まあ、何人か居たけれど、中心となってたヤツの名前は『近衛刀太』っていってね。あんたの孫さ」

「へぇ、そうなんで…………………孫?」

「ああ、孫さ。ついでにキティの弟子でもあるね」

「孫っ!?!?」

 

衝撃の事実! 知らぬ間に自分はおじいちゃんになってたらしい! しかも親子二代で同じ人に弟子入りしてると言う!

 

「といっても、戸籍上の話らしいけどね」

「それでもびっくりしますよ!? 血の繋がりがなくても孫は孫なんですから!!」

「いや、ある意味血は繋がってるよ。一番近いとも言えるね」

「…………どういうことですか?」

 

何処となく、不穏な空気を感じ取った。ざわりと、背中を嫌な感覚が襲う。

 

「アイツは、あんたを基にした人造(ホムン)人間(クルス)だよ。今の時代はクローンとか言うんだったかね?」

「え…………?」

 

人造(ホムン)人間(クルス)? クローン? 誰の? …………自分の?

なんで、どうして。ボクには仲間がいて、そんなこと許すはずがないのに。自分がいなくなった後、一体何があったんだ……?

 

「それも、ただのコピーじゃなくてね。あんたの中にある白の欠片を強調した、黒白のハイブリッドさ」

「白……火星の白? 魔法無効化能力(マジックキャンセル)のことですか?」

 

自分の中にある欠片など、それぐらいしか思いつかない。

魔法無効化能力(マジックキャンセル)は、裏火星の王家エンテオフュシアの血に伝わる力だ。『黄昏の姫御子』たる神楽坂明日菜、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアほど強く発現しているわけではないけれど、母がエンテオフュシアの女王だったネギ・スプリングフィールドにも僅かにだが伝わっている。高い抗魔力と父をも上回る魔力は、その影響が大きいだろう。

 

「そうさね。僅かにしかない白をどうにかして増やしたんだろうね。(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)と干渉してかなりぐちゃぐちゃな状況だったけど、まあ、あたしのお陰でそれなりにはなったんじゃないのかね」

「もしかして……(ライ)(フメー)(カー)(たお)すために?」

 

一つ、思い当たることがあった。

 

魔法無効化能力(マジックキャンセル)という名は、その能力の表面的な側面を捉えただけに過ぎない。

その本質は、『世界の破壊と再生の魔法』。異界を創り出し、崩壊させる、究極の破壊魔法にして創造魔法。

消耗が激しい咸卦法を、未熟な状態でも数時間は発動し続けられるだけの膨大な魔力と気は、それだけの超極大魔法を発動するために必要なもの。魔法無効化能力は、常に溜め込んでいる莫大な魔力と、漏れ出した破壊魔法の複合効果。

そして、その力は、魔法世界と繋がっている(ライ)(フメー)(カー)を完全に滅するために、必要不可欠な力だった。

 

自分の世界にいる限り、その存在は消滅することなどありえない。コノカもそうだし、目の前のダーナもそうだろう。その世界は、その人物の心象風景。自分の異界の中に限り、全能神に等しい力を得ることが出来る。

自分(ネギ)(ナギ)のように、時にはその条理すら捻じ曲げる存在も、確かにいる。ただ、それでもその世界が存続している限り、完全に消滅させることはできない。

そして、彼の(ライ)(フメー)(カー)は魔法世界を出ることはないが故に、()()()()()()()()()を完全に操った上で曲解し、世界と相手の繋がりを断ち切らない限り、真に倒し切ることはできないのだ。

 

かつて、黄昏の姫御子たる明日菜でも能力(ちから)が足りずに諦めるしかなかった、(ライ)(フメー)(カー)の完全消滅。

だけど。もし、彼女を上回る能力(ちから)を持った存在がいたら? それだけのために調整されて産まれた存在がいたとしたら?

とてもじゃないが、彼女たち(なかま)の発案だとは思えない。そんな非人道的なことを認めるような人たちじゃない。

だけど……自分の知らない人まで、そうだとは断言できなかった。

 

「さあ? そこは詳しく知らないし、興味もなかったからねぇ。ただ、人形の子は利用するつもり満々だったね」

「人形の……子?」

「さて、名前はなんだっけねぇ……(D)(o)(o)(m)じゃなくて、(L)(o)(t)じゃなくて、(D)(e)(s)(t)(i)(n)(y)でもなくて……ああそうだ、フェイトだよ。フェイト・アーウェルンクス」

「フェイトが……」

 

ある意味、彼が最も(ライ)(フメー)(カー)の危険性を肌で感じ、理解している。その彼ならば、倒せる手段を持つ()()の孫を、自らの陣営に引き込もうとするだろう。

しかし、いつ来るか分からないような脅威のためだけに、一人の命を"利用"するような男だとは思えなかった。何かしらの理由があるはず、それも、かなり切羽詰まったような。

 

「まさか…………(ライ)(フメー)(カー)が復活した?」

「正解だよ。そして、あたしがあんたに戻る気はあるかと聞いた理由でもある。

実際に戦ったあんたなら分かるだろう? アレだけの世界と繋がった(ライ)(フメー)(カー)は、最早普通の尺度で測っていい奴じゃない。あいつは、最も()()に近い魔法使いさね。

そんな奴に、いくら切り札を持ってても所詮まだまだひよっこの近衛刀太じゃ勝ち目なんかない。奇跡に近い生存線を手繰り寄せられる『英雄』じゃなければ、それを届かせる道筋すらつけられやしない。

あの子がそうじゃないとは言わないし、才能だけは有り余ってるからいつか化けるかもしれないね。でも、戦力は多ければ多いほうがいい。あの子の仲間も一癖も二癖もある奴らばかりだけど、あの世界で謳われてたようなあんたの仲間と比べたら、質はともかく量で劣る」

 

だからこそ、自分の意思を聞きたいのだという。実際に、その道筋をつけたことのある自分の。

 

「………………」

「もちろん、あんたの意思は尊重するよ。行くも留まるもあんた次第さね。

そもそも、あたしは別にどうでもいいっちゃいいんだ。一つの世界が消えたらその分だけ美しいものが消えるわけだけど、それならそれが残ってる世界に移ればいい。

ただ、仮にもあたしの弟子があっさり負けるのはあたしの威厳に関わるし、弟子(キティ)の仇でもあるしね。ちょいと調べて美の(気にな)女神(ること)があったついでに、手を貸してやるぐらいはしてもいいかと考えてやったんだよ」

 

そういうことなら、自分の返す返事は決まっている。

 

 

 

「その刀太くんには悪いですけど、ボクはここに残ります」

 

 

 

「ふぅん? 一応理由を聞いてもいいかい?」

「確かにボクは、かつて(ライ)(フメー)(カー)に相対して、倒し切ることこそできなかったけど勝っています。

でも、それはボクだけの力じゃなくて、仲間たち31人全員の力があってこそです。既に欠けた仲間もいる以上、二度と同じことはできません。

なら、死んだことになっているボクが行って下手に混乱されるよりも、その世界で生きている自分の孫とその仲間に賭けてみます。自分の家族を信じられなくなったら終わりですから」

 

それに、と零し、目を閉じる。あの日の約束を、ボクのするべき贖罪を。

 

「ボクはこの世界の師匠(マスター)と約束しちゃいましたから、『永遠に共に生きる』って。今さら戻る手段が出来たからって、はいそうですかと戻れませんよ。こっちに友達も出来ましたし」

「……そういうことなら仕方がないさね。約束を守るのは、あたしたち不死者が負うべき自分への制約だからね」

 

ダーナはそう笑って立ち上がると、手早くティーセットなどを片していく。これで話は終わり、ということだろう。

 

「それにしても、この世界にもキティは居るんだねぇ。後でちょいと顔でも見ておこうかね」

「いいんじゃないですか? 久しぶりの再会でしょうし」

「そりゃ"こっち"のキティとは、何百年ぶりかで久しいけどね。あの子があたしに感謝? ないね、そんなこと」

「そうですか? 向こうの師匠(マスター)には、何度かダーナさんのことを聞いてますよ?

『自分勝手で私以上のスパルタだが、腕だけは良かった』って」

「へぇ、あの子がそんなこと。なんだ、可愛いとこもあるじゃないか」

 

その後暫く、大師匠と孫弟子は、間に入る一人の吸血鬼を話しのネタに喋り続けていた。

それと同時に、ゲームしてダラダラしていた少女と、世界を超えた先で書類を捌いていた女性が全く同じくしゃみをしたりしたが、それはまた別のお話。




「約束」のくだりが分からない方は、改編後の過去話其之肆をご覧くださいm(_ _)m


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第四十話 たとえ、何者であっても……

一月ぶりの投稿です


無事に九校戦の初日も終わり、本戦男女スピードシューティングでは一高が表彰台の頂点に立った。もちろん、女子の部の一位は真由美で、一つの撃ち漏らしもないパーフェクトゲームで完封している。

そんな九校戦の先頭を走る一高の夕食会場では、程よく気の抜けた空気が漂っていた。まるで緊張感がないのとも違うが、他の学校と比べれば、どこか余裕がある表情をしているのがわかるだろう。

 

「それで。何か言い訳はあるかしら、ナギくぅん?」

「ありません!すみませんでしたーー!!」

 

しかし、その中央。仁王立ちで微笑む本日の立役者、真由美と、地面に頭をついて離せないナギの周りだけは、なんとも言えない緊張感が漂っていた。チリチリと空気が弾ける様は、一高選手団の注目の的だ。

 

「べつに、私は怒ってないのよ〜? 雪姫さんのお師匠さまに偶々会ったんだものね〜? それは、私たちとのごはんの約束も忘れちゃうわよね〜〜?」

「ひ、ひぃっ?! ご、ごめんなさい〜〜!?」

 

合掌。一高代表が、達也も他の生徒も含めて、この時ばかりは全く同じ行動をとった。

例え、二科生のくせに皆の憧れの的である会長と仲が良くて羨ましくとも、これを見ては到底代わりたいなどとは思えない。むしろ、自然と同情的な気持ちになってしまう。

 

彼が正座で涙目になりながらも、ナギへの"お説教"は30分以上続いたのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ううぅ……久しぶりにキツかったよ……」

 

涙目になりながら、取り皿に料理を盛っていくナギ。その姿を見た"お姉様"方が黄色い悲鳴を上げているが、達也には関係のないことだった。

 

「すまないが、まったく擁護できないな。会長との約束をすっぽかせば、こうなるのは分かっていたことだろう?」

「そうなんだけど……話が弾んじゃったというか、気付いたら時間が過ぎてたというか……」

「よっぽど仲が良くなったんですね? ナギ君のお師匠さまのお師匠さま、とのことでしたが?」

 

一応、あの場にいた友人たちには簡単な説明をしていたナギだったが、真由美の試合のため時間の余裕がなく、本当に軽く触れただけだった。だから、深雪が首を捻ったのも無理はないことだろう。

 

「うん。ボク自身は初めて会ったんだけどね。向こうはボクのことを聞いてたみたい」

 

嘘は言っていない。ただ、『並行世界で』ということを言わなかっただけだ。

そして、当然そんな空想じみたことに思い当たるわけもなく、深雪は別の気になっていたことを問いかける。

 

「でも、その……あの方は、人間、なのですか?」

「俺もそれは聞きたいな。とてもじゃないが、同じ人間だとは思えなかったが」

「うん。まあ、違うよ。

ダーナ大師匠は吸血鬼、それも真祖っていう上位種のね」

「きゅ、吸血鬼?!それってどういうことなのナギ君!?噛まれたりしなかったの!??」

 

横で聞き耳を立てていたのだろう。まあ、ナギたちも気付いてはいても気にしていなかったのだが、流石にエイミィが突然飛び出した衝撃の事実に飛びついた。

他の人間は、驚愕に口を半開きにしているか、もしくはとても"いい"笑顔でゆっくりと近づいてきているかの二択だった。

 

「ナギくぅ〜〜ん? そのお話、もう少し詳しく教えてくれる〜〜?」

「は、はいっ!分かりましたぁっ!?

え、えっと、大師匠は吸血鬼の真祖、ハイデイライトウォーカーって言うんだけど、この人たちは今は失われた秘術で"人間から吸血鬼になった"存在なんだ」

「人間から吸血鬼に?それはどういうことだ?」

「分からない。だって、もう存在しない秘術だからね。

だけど、元は人間だから日光を浴びても平気だし、心臓に杭を打たれても死ぬことはないんだ。血を吸うのも、よっぽど魔力が足りなくなるか、もしくは趣味でもない限りしないし、それで必ず吸血鬼になるわけでもない。気持ち的には献血みたいな感じなんだよ。ボクは噛まれてないけど。

簡単に言えば、永遠に不老で、体を吹き飛ばされても復活するほどに不死で、血を吸えば魔力を補充できるだけの、ただの人なんだ」

「……それはただの人じゃないと思う」

 

雫の冷静なツッコミで、少し場の空気が弛緩する。どうやら、思っていたよりも危険な存在ではないようだ。

 

「なら、どうしてあそこまで警戒していた?」

「目的が分からなかったからね。強大な力を持つ彼女が現れた目的が。

『永遠の命』って聞こえはいいけど、それはつまり、そのうち全ての事柄に"慣れて"しまうってこと。だから、彼女たち吸血鬼の真祖は何事にも興味を持たず、基本的に自分の異界に閉じこもって、ただ何をすることもなくそこにいるだけなんだ」

「ふぅーん?なんか、私たちには関係ないみたいに聞こえるね?」

「事実、ほとんど関係ないんだよ。こう言っちゃダメかもしれないけど、殆ど引きこもりの種族だからね。

だからこそ逆に、大師匠が現れた時は驚いたんだ。暇潰しに血を吸いに来た、ってことがまかり通る存在だから」

 

エイミィの疑問に答えるナギ。そして、往々にして『基本的』というものには例外がある。

 

「なら、あの女の目的はなんだったんだ?」

「大師匠はその例外だったんだ。それが分かったのは実際に話してみてからだったけど。

大師匠は、興味がある事柄が"永遠に尽きないこと"だから、現世(うつしよ)に興味を持ち続けてる。だから、必要があれば普通に出てくるんだよ」

「永遠に尽きないこと?」

「"永遠の美"を求めてる、って言ってたよ。時代によって美の基準は変わるけど、それの中心にして核、ありとあらゆる時代でも通用する"究極の美"を手に入れたい。ってことみたい」

「へー。女の人の夢ですもんね。吸血鬼になってもそこは変わらないんですね?」

「吸血鬼って言っても、それ以外は人間の感性をしてるからね、少し生死観が薄いけど。だから、あまり怖がることはないですよ、ほのかさん」

「……なるほど、理由はあの女神か。コノハナノサクヤビメは日本神話において美で讃えられたほどの存在。だから彼女に会いに来た、といったところか」

「達也くん正解。ボクの顔を見たのはそのついでだったってこと」

 

ぽわん、と。直接彼女と会った達也たちの脳内で、あの傍迷惑な女神様と、存在感マシマシの吸血鬼が、美について討論しているシーンが浮かんだ。……絶対に、そこの間には入りたくない。

 

「うーん……こうなるとナギ君のお師匠さんが気になるなぁ?」

「いくら頼まれても教えないよ? (マス)(ター)も有名になることを望んでないし」

「そうだよねーー。吸血鬼と知り合いってだけで、もうヤバそうな空気がビンビンしてるもん」

 

()()()()落胆をつくエイミィを横目に、達也はナギにどうしても聞くべき事柄を、皆に聞こえないよう小声で訊ねた。

 

(ナギ。あの女性についてはそれでいいとして、彼女が言っていた『同類』とは何のことだ? まさか、お前も……)

(彼女たちと同じ魔法を使ってるから、で納得してくれる?)

(……同じ魔法?)

(うん。達也くんならもう気付いてると思うけど、ボクの魔法はちょっと特殊な物なんだ。春原家に伝わってたというのは本当だけど、今の魔法理論とはまるで違う理論で使う魔法で、多分もう伝えてる家は春原家しかないと思う)

(それが、彼女が使うものと同類だった、と)

(一応そうなるかな。ボクのは『魔法』であっちは『魔導』、レベルは向こうが10段は上だけどね)

(……なるほど、そういうことにしておこう。友人(ナギ)を信じてな)

 

ズキリと、胸が痛んだ。

確かに、同じ魔法を使っているのは間違いがない。確かにその意味でも『同類』と呼べるだろう。

しかし、その魔法が、自分を構成する最も重要な魔法が、先ほど言った『失われた秘術』を基にした物だということが、何よりの『同類』の証だった。

 

それを伝えることは、今は出来ない。

予想より早く発見されたとはいえ、未だ人(あら)ざる者たちの『人権』が認められていない今は、まだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……ふぅ」

 

息を吐き、ベッドへと倒れ込む。

まさか、伝え聞いたことしかない、それも『向こう』の世界と同一人物である大師匠に出会うとは思わなかった。

 

「それに……」

 

右手を光にかざす。そこに渦巻く『闇』を見つめるかのように、掴むかのように、手を軽く閉じた。

 

「達也くんにはバレてるかもなぁ……」

 

なにせ、知覚系の魔法が使えるのは分かってるのだ。それの内容によっては、自分の『闇』も勘付かれた可能性がある。

それだけではない。あの時、一瞬とはいえ皆の前で『本気』を出してしまった。勘のいい彼らなら、得体の知れない"異物感"に気がついたことだろう。……自分の(いも)(うと)も含めて。

 

「…………」

 

ほんの一瞬だけ目を閉じ、再び開く。そして、その視界に再び滑らかな人間の腕が映……らなかった。

そこにあったのは、キチキチと硬質な音を立てて鋭利な爪を噛み合わせる、魔物の腕。普段は抑えている、自分が人外である証。

どう足掻こうが、変えられようもない真実。力を抑え、擬態することはできても、結局のところ"ヒトではない"ことに、未来永劫変わりはない。人から魔の存在に転生する方法は自分も通ってきたが、その逆の道があれば、不死者が死ねないことに苦悩したりなどしないのだから。

 

「…………でも。それでも……」

 

そう。それでも、人の世界で生きると決めたのだ。

——仲間の最期を看取り、自分だけ永久を生き続けることになろうとも。

——種が異なることを隠し、発覚した時に友になんと言われようとも。

それでも、その全てを覚悟して生きていくことを決めたのだ。孤独に怯える必要のない、社会に迫害されることもない、自分と彼女の理想の未来のために。

そのためならば、社会というシステムすらも利用してみせよう。例え友を騙すこととなろうとも、その先に、きっと、笑いあえる未来があると信じて。

 

「……よしっ!」

 

なら、差し当たっては目の前の大会に集中しよう。

自分のためだけではなく、チームみんなのために。そして、自分が大切に思っている義理の姉に、後世まで残る栄光を授けるために。

 

そんな、決意も新たに翌日へ思いを馳せようとした丁度その時、コンコンと部屋の扉がノックされた。

 

「ん?はーい、誰ですか〜?」

『ナギくーん?今大丈夫ー?』

「真由美お姉ちゃん?どうぞー?」

 

ガチャリと扉が開き、そこから義姉がひょっこりと顔を出した。唐突といえば唐突な訪問だが、姉弟の関係なのだから別に不思議はない。……寝巻きで廊下を彷徨(うろつ)くのは少々不用心だと思うが。

 

「どうしたの? こんな夜遅くに」

「ん〜……。その、ナギくんの雰囲気がね? 何か思いつめてたようだったから、力になれないかな〜って思ってたんだけど……その様子じゃ必要なかったみたいね」

 

ドキリと心臓が跳ねる。

 

「や、やだなぁ。何を言ってるの?」

「別に隠さなくてもいいのよ、どうせ分かっちゃうし。何年もナギくんの姉をやってるのは伊達じゃないわよ?」

「…………すごいなぁ……隠してたつもりだったのに、バレちゃうんだ?」

「ナギくんだって私や香澄ちゃんたちが隠し事したら分かるでしょ? お互い様よ」

「……うん、それもそうだね」

 

はぁ、と溜息を吐く。姉弟という関係はこの世界に来てから初めて得られたものだが、これがどうして中々厄介だ。

隠し事をしたくとも気づかれてしまうし、逆に少しでも雰囲気がおかしければ気になってしまう。かといって、それに踏み込むかどうかはまた別の話だが、それが原因で悩んでいるようだったら力を貸すことを躊躇わない。それも善意100%で。

親子ではありえない、本質的に対等な力関係で、でも力を合わせられる家族というのは"きょうだい"だけだ。……いや、三姉妹と自分が対等かどうかは疑問が残るところだが。

 

「で、悩んでたのはダーナさんって人に何か言われたから?」

「……うん、そうと言えばそうだし、違うといえば違うかな? ちょっと、このままでいいのかなって考えちゃったんだ」

「…………それは、ナギくんが人間じゃないから、私たちと一緒に居ていいのかなってこと?」

 

…………………………………………え?

 

「その顔、やっぱりそうなんだ」

「い、いつから気づいてたのっ?!」

「うーん……確信を持ったのは今日、大師匠様が吸血鬼ってことを聞いてからだけどね。違和感を持ったのは、初めて会ってから暫くしてかな?」

 

意外とバレバレだったわよ、と笑う姉の顔は、いつも通りの、とても優しい表情だった。

 

「ナギくん、どう考えても子供の思考回路してないもの。大人に混じってても違和感がないってゆうか、むしろ同級生と遊んでる方が不自然なぐらいだったわよ?」

「……そんなに?」

「うん。それに、身体能力も偶に人間離れ、というか物理法則離れしてるしね。初めは何か特殊な魔法か技術を使ってるんだと思ってたけど、いくら観察してもそういうものはなかったし」

 

これで同じ人間だと思うほうが難しかったわよ、と肩を竦める。

自分ではかなり気をつけていたつもりだったのだが、共に過ごす時間が長かっただけに、小さな綻びが積み重なって勘づかれたのだろう。

 

「ま、初めは古式魔法師の伝承にあるような混血、人外の血を伝えてる一族じゃないかって思ってたんだけどね。それも半信半疑だったけど、あの女神様に気に入られた辺りからまさかと思って、今回のがトドメだったわね。他人に興味のないっていう吸血鬼が、弟子の弟子とはいえ赤の他人に興味を持つのかなぁって」

「……そうだったんだ」

 

本当は興味を持ったのは別口からなのだが、それは今はどうでもいい。結局のところ、人外であるということに辿り着かれたという事実には変わりがないのだから。

 

「……ひとつ、聞いてもいい?」

「なに?」

「……真由美お姉ちゃんは、ボクが怖くないの?」

「ん?何が?」

 

あっけらかんと、本当に欠片も思っていないその顔に、完全に不意を突かれた。

かなりマヌケな顔をしてるであろう自分に向かって、愛しの姉は、本当にいつもと変わらない様子で語りかけた。

 

「別に、実は人間じゃなかったとしても、ナギくんの性格は変わらないし?今更怖がる必要もないでしょ? なに?もしかして怖がって欲しかったの?」

「え? いや、そうじゃないけど……」

「ならいいじゃない。例えナギくんが人じゃなくても、ナギくんは私の弟で、私はナギくんの姉。それは変わらないんだし……ん?もしかして、実はナギくんのほうが年上だったりする?弟じゃなくて兄さんなのかな?」

「……ううん。年下だよ、一応」

 

涙が出そうになるのをこらえ、事実(うそ)に塗り潰された真実を答える。

今は、この姉弟という関係が必要なのだ。利害の問題ではなく、信頼を寄せられる家族として。

それに、自分に自覚のない、というよりも前の世界で"生まれ変わった"時以降成長しない精神年齢的に、目の前の少女は自分の姉であることには変わりがないのだから。

 

「一応、ね……。まあ、詳しいことはそのうち話してくれればいいわよ。何もかも知る必要があるのは……えっと、その、夫婦ぐらいだもの! 姉弟といってもプライベートを持つべきよね!」

「……それを言うならプライバシーだと思うけど」

「えっ、あっ! そ、そうよね!プライバシーよね!」

「…………」

「…………」

「……ぷっ」

「……ふふっ」

「「あははははっ!」」

 

余りにもいつものやり取りすぎて、思わず二人して笑い出してしまう。

それが、今の自分には有難かった。

 

結局のところ、何かが変わったということはないのだろう。(じぶん)は隠し事が一つ減り、姉は疑念が確信になっただけ。二人の間にある関係性には、何一つとして変わりがない。

ただ、どこにでもいる、仲のいい姉と弟。それだけの関係で、それが全て。種族だとか、魔物だとか。そんなものは、たった数年の姉弟の絆に比べても、とてもちっぽけなものだったというだけの話だ。

 

でも。だけど。

それでも、それが、それだけが、自分にとって何よりの幸せだった。

前世で直接的に家族の愛に恵まれなかったからこそ分かる、繋がりの大切さ。無条件で助けになってくれる存在のありがたみ。そして、それらを失わなかったことによる、最大級の安堵。

だからこそ声を上げる。流れる雫を誤魔化すように。それが決して、哀しみから溢れたものではないと教えるために。

 

「ふふふふっ!あー、笑った笑った! こんなに笑ったのは久し振りよ」

「ん、んんっ! そうだね、本当に久し振りだ」

「……ふふっ。でも、ナギくんがこんなに笑うところは初めて見たかも。いっつも、何が罪悪感を感じてるような顔だったから」

「そうかも。この秘密を話したのは、人間だと真由美お姉ちゃんが初めてだよ。だからかな?」

「……ふーーん、ほーーん?」

「……真由美お姉ちゃん?なんで急に雰囲気が怖くなってるの……?」

 

正直、急展開すぎてついてけない。

 

「"人間だと"、ねぇ? じゃあ、人間以外には話してるんだ? 例のダーナさんとか、雪姫さんとか」

「えっと、そうだね。ダーナ大師匠は元から知ってたみたいだったし、(マス)(ター)はボクが人間をやめる理由になった魔法の開発者だから。すぐにばれちゃった」

「……人間をやめる理由になった魔法……」

 

それを聞いた姉は、何やら顎に手を当てて考え込む。何が引っかかったのだろうか?

 

「……ナギくんは、寿命ってどうなってるの?」

「寿命? 大体17,8歳ぐらいまでは普通に成長するけど、そこから急に遅くなる予定。そのあと40歳ぐらいで20歳相当の体になって、そこで完全に止まるね。一応不死ってことになってるから、余程のことでもないと永遠に()()()()かな」

「……そう」

 

空気が変わった。間違いなく、明らかに。

つい先程まで安心する微笑みを浮かべていた顔は伏せられ、その表情を窺い知ることは出来ない。それでも、弟の直感で、姉が何かを深く思考していることは理解できた。

 

カチ、コチと、時計の針が進む音と——部屋に備え付けられていたのは現代では珍しい文字盤式の時計だった——、二人分の息遣いだけが空間を満たす。

 

これは、真由美と出会ってからナギにとって初めての経験だった。

いつも明るく、元気で、少女らしいバイタリティを持ちながらも、姉として、そして日本の未来を背負う魔法師の一員として、頼りになる存在。静寂なんて言葉はまるで似合わず、なんだかんだで触れ合う人みんなを明るくさせていた。

 

それが、どうだ? 自分の姉は、こんなにも華奢でか弱そうな少女だったのか? それを必死に押し殺して、ただ『みんな』の求めるようになろうと足掻いていただけではなかったのか?

社会の期待を背負い、支えるべき家族からも長女として頼られる。その重圧を取り払った先にあるものが、こんな、どこにでもいる一人の少女だということを、みんなが忘れて。

 

自分も、すこし頼りすぎていたのかもしれない。

『計画』のため。当主としての責務。そうやって言い訳して、『姉だから』というだけの理由で、支え返すことをしてこなかった。それは、男だとかは関係なく、一人の『家族』としてするべきことだったにも関わらず。

よく言えば、それだけ信頼してるということ。でも、一方的に信頼だけして、向こうから頼られないというのはダメだった。

 

……かといって、今までやってきたことを訂正などできない。カシオペアがあれば別かもしれないが、あったとしてもそんなことをするつもりはない。

ならば、これから返していくしかないだろう。支え、支えられる。それが、家族の在るべき姿なのだろうから。

 

「……ナギくん。一つお願い、いいかな?」

「うん。なんでも言って」

 

顔を上げた姉の姿は、見たことのないものだった。

十師族の七草家当主の長女でもなく、春原凪の義理の姉でもなく、ただ一人の七草真由美としての顔。

 

そして、その表情には、隠されることない決意。

かつて、何度も見た顔と被る。

 

——共に伝説の吸血鬼に挑むと言い切った彼女のように。

——未来(かこ)を変えるために時を超え、天空で相対した彼女のように。

——一つの世界を救うために、世界を滅ぼそうとした彼のように。

 

言い聞かせても決して曲げないような、確固たる意志を持っている、その姿。

 

そして。

真由美は、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「私にも、その魔法を掛けて」

 

 

 

 

 




まだ未完成ですが、作成中の挿絵をあらすじに投稿しました。完成までは程遠いですけどね(^_^;)

ついでに、一つお知らせを。
活動報告にも書きましたが、絵師さんを募集します。自分じゃ作れそうにないので……(^_^;)
上手くなくても構いませんので、宜しければお力をお貸しくださいm(_ _)m


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第四十一話 不死という名の呪い

難産でした……
短めですがどうぞ。


「私にも、その魔法を掛けて」

 

ナギは、思ったよりも驚いていない自分に驚いていた。

それは、『七草真由美』という人物の性格を知っていて、今の言葉も考えなしに発言したものではないと分かっていたからかもしれない。

 

永遠の命、不老不死。

歴史上多くの支配者が望んだその響きは、人類の夢に満ち溢れていて。それを手に入れられる可能性があったなら、その輝きに目が眩んでも仕方がないだろう。

食料技術の向上も、医療技術の発展も、戦争の効率化すら。大元を正せばそこから始まったのだから。

 

だが、我が姉はそんな俗物的な欲望で発言をしたわけではない。そんな目は、していないかった。

 

「……きっと、まだ私じゃ完璧には分からないぐらい、不老不死になるってことは、とても辛いことなんだと思う。だって、香澄ちゃんや泉美ちゃん、それに摩利やリンちゃん、達也くんたちが天寿を全うしても、それを看取って生き続けなくちゃいけないってことだもんね。

どんなに傷ついても。死んじゃいたくても。周りの友達が全員死んじゃって一人寂しく取り残されても。地球がなくなっても。ずっとずっと、永遠に()()()()()()()()()

それは、夕飯の時に言っていた"慣れる"ってことよりも、ずっとずっと怖いことだと、そう感じたわ。祝福とか夢とかじゃなくて、呪いと呼べるものだってことも、なんとなくだけど分かってる。実感は、まだないけどね。

……でもね」

 

だけど、と真由美は否定する。

そんなことなど、自分が生き続けたい"理由"に比べれば、なんてことなどないのだと。

 

「私はね、自分がそれを体験することよりも、ナギくん一人だけにそれを押し付けて、のうのうと死んじゃうことの方が耐えられないの。……ほんとは一人じゃなくて雪姫さんも一緒なのかもしれないけど、それは関係ないわ。私は、いいえ()()、ナギくんの背負っているものを、背負っていくものを、少しでも肩代わりしてあげたいのよ。

姉だから、年上だからじゃないわ。一人の女として、そして一人の人間として、心の底からそう思えたの。私を、七草家のことも、魔法のことも関係なく、一人の"七草真由美"として見てくれるのは、ナギくんだけだから」

 

だから、と。真由美はその手を伸ばす。

まるで、その手をとって闇に引きずり込んでくれと言わんばかりに。それが一番の望みだと伝えんばかりに。

その愛をもって、言葉を紡いだ。

 

 

 

「だからお願い。ナギくんのそばで、一緒に永遠を生きさせて?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ナギには、その言葉を拒絶することが許されなかった。

何故ならそれは、かつて、あの離れの中で、自分が師に告げた決意と同じだったからだ。

 

永遠を生きる不死者には、共通してある一つの制約が存在する。それは、『決して約束を違えてはいけない』ということだ。

時代は変わる。文化も変化する。人も、土地も、歴史さえも。この世に不変のものなど存在しない。

人一人の人生だけでは、それを実感などできないだろう。しかし、無限を生きる不死者たちには、否応なしに突きつけられる現実だ。

それ故に。彼らは自分で自分に制約を課す。たった一つでも、いくら周囲が変わろうとも変わることのない『不変』をもって、自己という存在を確かにあると認識するために。

だからこそ、彼らは、決して自分を曲げることは許されないのだ。例えそれが、相手の預かりしれない口約束であろうとも。

 

故に、ナギは真由美の覚悟を否定することなどできはしない。それはつまり、過去の自分を否定することに繋がるからだ。ましてや、自分をここまで想ってくれたがための決意を、嘲笑うことなど出来はしない。

 

……しかし。だけど。

 

 

「……ごめん、真由美()()()()()。ボクには、それは出来ない」

 

 

ナギは、その想いに応えられなかった。

『応えなかった』ではなく、『応えられなかった』。

 

「……どうしてかな?」

「ボクが不死者になれたのはある魔法のおかげ、ってことは話したよね?

その魔法の名前は、『(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)』。大昔に(マス)(ター)が開発した、まあなんていうか、一種の極致だよ」

闇の(マギア)……(エレ)(ベア)……。雪姫さんの創った魔法……」

 

一高の一年で習う科目の一つに、魔法言語学というものがある。古い魔法書などを読むときに必要な知識を身につけるための授業であり、その中にはラテン語も含まれている。

故に、真由美が自然に『マギア・エレベア』という意味を訳せたのも当然であり、その言葉の意味から不穏なイメージを受け取ったのも、当然の帰結だった。

 

「実は、(マス)(ター)は、夕飯のときに言った『人を吸血鬼にする魔法』を最後に掛けられた人なんだ。眠らされてる間に掛けられたみたいだから、(マス)(ター)はその魔法は使えないけどね。

そして、その後、生き抜くために(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)を習得した。だから本来、(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)は人外が使うための魔法なんだ」

「……でも、ナギくんはそれを使ってしまったのね。その結果、人じゃなくなってしまった」

「そう。魔力量が人外並みにあったことを利用して、無理やり使った結果、ね。

……でも、(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)の習得に最も必要な条件は、魔力量(それ)じゃないんだ。一番重要なのは、原初の風景に刻まれた、深い心の闇なんだよ」

「心の……闇……」

 

そう。それだけは、今でも鮮明に思い出せる。

あの村を包む炎と、そこを跋扈する悪魔。そして、石になった村人たち。

 

「ただの負の感情じゃ薄い。もっと、人生をかけるような、いや、人生を変えられたような、深い深い怨嗟の記憶。それがないと、完全に習得する前に、ただの化け物に堕ちるしかない……」

「……つまり、それがない私はその方法じゃ不老不死になれない。そして、ナギくんたちはそれ以外の方法を知らないから、私を不老不死にすることは出来ない。そういうことなのね?」

「……うん」

 

実際は、一つだけ思いつく可能性がある。それは、吸血鬼の真祖であるエヴァンジェリンの血を飲ませることだ。

と言っても、そう簡単な話ではない。一部の伝承のように、血を飲んだだけでなれるほど不死者というものは軽くない。

真祖の血は強力な覚醒作用を持ち、その人物が持つ"本質"を強制的に活性化する。ある程度はそれに方向性を持たせることもできるが、しかし本人に適性がなければただ強力な力が体の中で暴れることになる。

血を取り込む量が少なければ一時的に眷属にされるだけで済むが、それでは不死者になどなれない。かといって適性がないのに取り込みすぎれば、(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)と同じく魔物に堕ちるだけだろう。

 

結論として、その方法でも(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)と同じぐらいの、ごく僅かな可能性しかない。……いや、もはや不可能といってもいいだろう。ナギが付き合ってきた七草真由美という人物は、良くも悪くも人外に堕ちるような性格も経験もしていない。

 

だからこそ、ナギはこの方法を告げなかった。叶わない希望を告げるほど、辛いものはないのだから。

 

「……私が、ナギくんみたいに不老不死になれないのは分かったわ。方法がないんじゃ、どうしようもないものね。

……でも。ナギくん、一つだけ聞かせて」

「うん」

「……私は、ナギくんにとって何?」

 

顔を俯かせているため、真由美の表情を伺い知ることはできない。しかし、ナギには目に涙を溜めているという確信があった。

 

……真由美の想いが分からないはずがない。かつて教鞭をとっていた頃ならいざ知らず、前世ではその後、恋も結婚も経験している。ここまでストレートに言われて、気がつかないほど朴念仁ではない。

だが、それでも——その想いに応えられるかどうかは、また別なのだ。

 

「……ボクにとっての"七草真由美"は、優しい"お姉ちゃん"。 だから、一人の女性としては……今は見れない」

「…………」

「それにね……。看取るのも、一人になるのも、まだ耐えられる。だけど、永遠に等しい時間の中で、愛した人との思い出を忘れていくのだけは、どうしても耐えられないんだよ」

 

不死者は、孤独を常に感じている。しかしそれは、敢えてその境遇に身を寄せているのだ。

いくら不老不死といえども、記憶をできる量には限界がある。永劫の時の流れに流されて、大切だった記憶も、かつて紡いだ絆も、だんだんと消えていってしまう。それは、自らの身を割くことよりも、遥かに辛いことなのだ。

 

故に彼らは予防線を張る。

人を寄せ付けず、繋がりを求めず、孤独の道を歩もうとする。それが、最も傷つかない生き方だと理解しているから。

もし仮に、不死者が何の抵抗もなく愛せる相手がいるとするなら。それは、同じ永遠を生き、失っていく思い出を埋めていける不死者だけだ。……もっとも、好きになったからといって付き合うまで行くかどうかには、また別の問題が立ちふさがるのだが。

 

ナギはまだ、それに関しての実感は薄い。前世を含めてもたった100年と少ししか生きていないナギには、まだそこまでの思考には至っていない。

ただし、それは実感がないわけではない。かつて好きだった人との些細な思い出も、仲間たちとはしゃいだあの日々も、段々と細部が思い出せなくなっていることに苦しんでいる。

 

だからこそ。ナギは真由美を愛する決心がつかないのだ。

姉として、家族としてなら耐えられた。それも含めて人間の社会で生きていく決心をしたのだから。

だけど、だけど一人の女性としては……。まだ、かつて愛した人の記憶を薄めてもいいと、そう思えるほど"彼女"との記憶が薄れてはいないのだから。

 

「だから、ごめんなさい」

 

頭を下げる。

たとえ幾度経験しようとも、いくら人生を重ねようとも、どうしたって慣れないことはある。

この、女性の告白を断る瞬間もその一つだった。

 

「…………」

「…………」

 

沈黙が世界を包む。針が進む音も聞こえないくらい、緊張と罪悪感がナギの中を満たしていた。

キリキリと、ナギの胃が痛む。

 

そして、一瞬とも永遠とも感じる時間の果てに、真由美が顔を上げる。

その瞳には、涙も失意も写ってはいなかった。

 

()()、無理なのね。なら、諦めないわ」

「……え?」

「今は無理でも、いつか絶対に振り向かせてみせる。()()()()()()()邪魔されて諦めるほど、私がナギくんを好きな気持ちは軽いものじゃないの。

だから……今はこれで我慢してあげる」

「え?真由むっ——?!」

 

 

 

視界いっぱいに映し出される、整った童顔。

鼻腔から感じる、甘い女性の匂い。

そして、唇に感じる柔らかい感触。

 

 

 

キスされたと気がついたのは、目の前にあった顔が離れてからだった。

 

 

「……これが私の気持ち。いつまでも待ってるから、いつかきっと応えてね?」

 

 

そう言い残すと、未だ惚けているナギを置いて、真由美は部屋を出ていった。その顔に、僅かな朱色と、揺るぎない決意を貼り付けて。

 

残された——そもそもここは彼の部屋なのでここ以外に行く場所もないのだが——ナギは、数分の後に頭を振って無理矢理にも再起動を果たした。

何というか、(したた)かさや諦めの悪さで言えば嘗ての仲間たちを彷彿とさせる。いや、不死者と人間の壁を知っても諦めない辺りは彼女たち以上かもしれない。

そんな、くすぐったいような照れくさいような、そんな感情に苦笑しながら立ち上がろうとしたナギの手が、何か硬いものに触れた。

 

「これって……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

翌、8月4日。

雲一つない快晴と言うほどでもないが十分に晴れていると言える空の下、本戦クラウド・ボールは行われていた。

 

「会長、調子いいですね。何かあったんですか?」

 

前日のトラブル——といっても些細なものだが——を受けて、急遽本戦女子クラウドボールのサブエンジニアに決まった達也が担当選手である真由美に声をかける。

達也の"眼"から見て、昨日のスピード・シューティングから間違いなく調子が上がっていたのだ。恐らく殆ど気がつく人などいないであろう些細な変化だが、変化は変化だ。何かがあったのは間違いない。

 

「ん? 分かる?」

「ええ」

「そーかー、分かっちゃうかー。えへへー」

「……何となく察しました」

 

ナギ関係か、と達也は当たりをつけた。

この甘い空気を作り出すには、恋愛関係しかありえない。これだからスイート脳は、と達也は頭を抱えた。

……傍から見るとお前が言うなとは思うだろうが、誰しも自分のことは分からない物なのだ。

 

「……はぁ、まあいいです。ナギと付き合うことになったんですね、おめでとうございます」

「ん? 告白はしたけど、振られたわよ?」

「……はい?振られた?」

「うん。振られちゃった!」

 

思わず聞き返してしまった達也を、誰が責められようか。こんな甘々な空気を撒き散らしながら浮かれている乙女が、まさか振られた翌日だとは誰も想像できないだろう。

 

「……すみませんが、まるで状況が理解できません。何で振られてそんなにも明るいんですか……」

「んー……まあ振られちゃったのは悔しいんだけどね。何となく姉としか見られてないのは分かってたし、ある意味予想通りっていうか、ね?

それに、いくら壁が高いからって諦めるつもりはないもの。モヤモヤしてたものがスッキリして、明確に課題が分かった。一日でそれだけ進歩できれば充分よ」

「……強いですね」

 

そうとしか言えなかった。感情の限られた達也には理解できないその力()は、時に世界すら動かせる時もあるということを思い出すぐらいには。

 

「そうね、恋する乙女は強いものなのよ? だから……」

 

真由美は客席に向けて指を立てる。前世紀から変わらず拳銃を示すその仕草で、一人の少年を照準して——

 

 

 

「絶対に落としてみせるんだから」

 

 

 

ばーん、と引き金を引いた。




挿絵も(とりあえずは)完成したので差し替えときます。
そちらの方も何かありましたらご連絡ください、……感想でいいんですかね?


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第四十二話 オーバースピード

今回は早く投稿できた……


8月5日、九校戦三日目。

 

前日のクラウド・ボールでは、女子の部で色々と吹っ切れた真由美が大暴れして優勝。同率4位にも2年の選手が一人入り、男子の部ではクジ運に見放されたものの意地と執念で一人が4位に入った。

これで、初日の得点も合わせて第一高170ptと単独トップを独走中。次いで第三高校90pt、第二高校60ptと続き、四高以降は混戦状態だ。

残りの種目も、4種目で摩利と克人が出場するため優勝はほぼ確実視されており、新人戦に関しても、多少の不利は否めないが大きく離されるメンバーではないことは、一高内部で周知の事実だった。

 

ゆえに、多少なりとも彼らが気を緩めていたのも仕方がないだろう。

例え妨害を企む輩の情報を得ていても、まさかこんな大胆な行動に出るとは思わなかったのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「む、春原一人か?」

 

選手用の客席に座って観戦していたナギの背後から、高校生にしては少々重厚すぎる声が掛けられた。

一度聴いたら忘れられない、存在感に満ちた声色の持ち主を瞬時に思い浮かべると同時、振り向いた先の視界にその人物を捉えた。

 

「あ、十文字先輩。はい、そうですよ」

「司波たちと一緒ではないんだな」

「達也くんたちは渡辺委員長のバトル・ボードを観戦しに行ってますね」

「そうか」

 

本日の種目は、男女バトル・ボード準決勝と3位決定戦と決勝。そして男女アイス・ピラーズ・ブレイクの三回戦と三つ巴の決勝リーグだ。

そして、ナギの姿は、そろそろ三回戦第二試合が始まろうかというアイス・ピラーズ・ブレイクの会場にあった。

 

「十文字先輩は、三回戦の準備ですか?」

「ああ。そういう春原は見学……いや、分析か」

「はい。来年も代表になれたなら、戦うかもしれない相手ですから。見れるときに見ておかないと」

 

昨日は、『姉の試合に勝るものはなし』と氷柱倒し(こっち)は半分ほど見れなかったが、流石に決勝間近まで残っている選手の試合を見逃すわけにもいかない。

世話になっている委員長の試合も気にはなるが、来年のことも考えて、いつもの仲間と分かれここで観戦しているのだ。

 

「なるほど、殊勝な心がけだ。しかし、新人戦が控えている一年が本戦を観るのは気負いにも繋がりかねんからな。個人的にはそこまでする必要もないとは考えているが……春原にはいらん心配か」

「そうでもないですよ。十文字さんとの練習試合だって、あの不意打ち以降は一回も勝ててないですから」

「それはそうだ。十師族の矜持より先に、三年として一年の春原に、そう簡単に負けてやるわけにはいかないだろう」

「そういうものですか?」

「そういうものだ」

 

人の上に立ったことはあっても人の先に進んでることの少なかったナギにとって、十文字の言葉はピンとこないものだった。いくら人生経験が長くとも、経験したことのないものまでは共感できない。

自分も三年になれば分かるのかな、などと思いつつ立ち上がる。

 

「控え室にお邪魔してもいいですか?」

「構わんが、位置的に女子の方の試合を見るには不都合だぞ?」

「男子だけでも見れれば充分ですし、近くで見た方が色々わかることもあるかと思って」

「一理あるな。いいだろう」

 

許可も得られたので、二人連れだって選手控え室へと向かう。元々、選手控え室に同じ学校の代表が顔出しに行くのはよくあることなので——昨日も達也と新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク代表が、本戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク代表の二年生、()()()花音(かのん)の控え室にお邪魔していたりした——本人の許可さえ降りれば問題はないのだ。

 

そんな訳で関係者以外立ち入り禁止の扉から入った道すがら。十文字がポツリと漏らした言葉が、ナギの耳に引っかかった。

 

「ふむ、今日は居ないか」

「居ない? 誰がですか?」

「他校の選手だ。ホテルだと捕まえられんこともあるからな、宣戦布告などはこうした控え室までの通路で行うのが暗黙のルールになっている」

「へぇ、そうなんですか」

「春原も他人事(ひとごと)ではないぞ? 新人戦のときに顔を見せに来る選手もいるだろう、覚悟しておくといい」

「大丈夫ですよ。宣戦布告されてもされなくても、全力で相手をすることに変わりはありませんから」

「その意気だ」

 

そんな他愛のない話をしながら歩き、控え室に着くと躊躇いもなく扉を開ける。中には、既に担当のエンジニアが居て準備をしていた。

 

「おう十文字、と春原?」

「ああ、遅れてすまんな。見学者を連れてきた」

「なーる。ま、ゆっくりしていけや。

で、早速で悪いんだがCADの調子を見てくれ。何かあったら調整しなくちゃならねぇからな」

「ああ」

 

出場する二人が準備に掛かりきりになってしまったので、手持ち無沙汰なナギは窓に近づいて、ちょうど始まった第二試合に集中することにした。

 

ナギの所見では、アイス・ピラーズ・ブレイクにおいて基本とされる攻め方は幾つかある。

特に、加重系による圧壊、振動系による振動破壊、移動系や加速系による倒壊はポピュラーなものだ。当然多くの対策も考えられているようだが、シンプルさゆえに力勝負なところがあり、魔法力に自慢のある選手が使ってくれば止めることが難しいと見える。

目の前で行われている試合でも、一人が振動破壊、それに相対するもう一人が倒壊を用いる戦法を使っていた。若干ではあるが振動破壊を試みる三高選手の方が魔法力が強かったらしく、試合の流れは三高側に傾いている。いや、そのままの形で今ちょうど終わった。

 

「ほー、三高のあいつ、去年の新人戦で準優勝したやつじゃねぇか。一年でぐんと腕を上げやがったな」

「あ、準備は終わったんですか?」

「ああ。調整は完璧だったからな、これで心配事なく試合に臨めそうだ」

「よせよせ、褒めたって何も出やしねぇよ」

「出るだろう? 調子が」

「あー、オレは煽てられて伸びるタイプだからな……って(やかま)しいわ!」

 

コントじみた掛け合いに、思わずナギの口元も緩む。どうやらこの巌のような会頭にも、十文字家とは関係なく気のおける友人がいるようで何よりだ。

 

「でも、一本ずつ倒していってるのは何故なんですか? 纏めて倒しちゃった方が楽そうですけど」

「何故って、そりゃおめぇ、一本ずつしか倒せねぇからだろうよ」

「? どういうことですか?」

「なにも攻撃だけしている訳ではない、ということだ。自陣に情報強化や領域干渉なども掛けているからな、その分魔法力を割かなければならず、減った魔法力で相手の防御を確実に貫くには数を減らすしかないというわけだ」

「そもそも複数同時照準なんてのは高難易度の技術だしな、ましてや12なんてオレら普通の魔法師じゃムリムリ。

多分できるのは十文字か渡辺か七草か、あとは妹の方の司波か……。春原と戦う奴で言えば一条の御曹司なんかも出来るかもしれねぇけどな」

「もちろん、千代田の地雷源や春原の使うような高威力広範囲の物理現象を介した魔法を使えば話は別だ。だがそれはかなり適正が限られる方法だからな。滅多に目にかからん」

「へぇ、詳しくありがとうございます」

 

ナギはまだ見ぬ相手の戦力予想を下方修正すると同時に、唯一相見えた強敵である将輝の危険度を上げた。

現代魔法が苦手であるナギの情報強化や領域干渉は、他の選手よりも数段劣る。それに対して、将輝はそんな弱々しい壁などないかのように突破し、一瞬で勝負を決めるだろう。となれば、真由美や鈴音の予想通り勝ち筋は……

 

その時、そんな思考を断つかのように十文字の懐の端末が鳴った。

ぞわりと、ナギの背筋に嫌な予感が走る。

 

「む? 市原から?」

「は、市原? 激励、つーわけではなさそうだな」

「何かあったのかもしれん。

……十文字だ、どうした市原? ………………何? 渡辺が事故?」

 

その瞬間、空気が変わった。

エンジニアの男子生徒は困惑と驚愕の表情を張り付け、ナギと十文字は顔を険しく歪める。

 

「怪我の具合は? …………肋骨の骨折はほぼ確定で、内臓や脳はこれから精密検査だな、最低でも全治一週間というところか。…………ああ、七草はそのまま付けておけ、代わりの仕事は俺たちでする。

それで、原因は?…………七高選手のオーバースピードに巻き込まれた? 相手も去年の準優勝者だろう、そんな単純なミスを犯すか。…………なるほど、司波も同意見で既に映像から調査を開始していると。なら取り敢えずは司波に任せろ、もし人手が足りなければ手の空いてる奴を向かわせられる用意もしておけ。

それと、余計な動揺を与えんよう選手たちにはまだ伝えるな——」

「いえ、それはダメです!」

「春原?」

「渡辺委員長の事故なら一大ニュースです、いくら隠そうとしても何処からか絶対に耳にします。その時、事故に巻き込まれて病院に送られたということしか聞かなかったりしたら……」

「怪我の程度が分からないため、最悪の事態も想定してしまう、か。なるほどその通りだ。

市原、事故の話は極力そちらから広めてくれ。ただし、骨折程度で命に別条はないことも必ず盛り込んでだ。必要以上に不安を煽らないよう細心の注意を払ってくれ。

…………ああ、次の試合が終わったら直ぐにそちらに向かう」

 

十文字は端末を切ると、神妙な顔で黙り込む。張り詰めた空気の中口火を切ったのは、裏の事情を聞かされてない男子生徒だった。

 

「渡辺が離脱って……波乗りだけじゃなくてミラージもマズくねぇか? たしか補欠が居ないんだろ?」

「ああ。だからと言って捨てるには惜しい。どうするか……。

……とにかく、今は俺たちの戦いに集中するべきだな。今後のことはまた後で市原たちと協議する」

「それもそうだな。っと、そろそろ委員にCAD見せに行かねぇとな」

「ああ、頼む」

 

試合前のレギュレーションチェックのため、男子生徒が控室を出る。直後、十文字の顔から"学生"が消えた。

 

「どう見る春原。例の妨害工作の一環だと思うか?」

「……ほぼ間違いなく。まさかこんな大胆な手を使ってくるとは思いもしませんでした。

渡辺委員長と競い合うような選手がこんな事故を起こすとは思えませんし、渡辺委員長も素直に巻き込まれるとは思えません。きっと、対処できると踏んで行動を起こしかけたところで、何か妨害を受けたんだと思います」

「となると妨害は、七高選手をオーバースピードさせたものと、渡辺の対処を妨害したもので最低二つ。他にもあるか調べる必要があるな」

「今動いてもらっている達也くんには悪いですが、調べた程度で決定的な証拠が出てくるほど、相手も甘くないでしょう。誰がやったかは分からない前提で、妨害が行われたことを示す物が出たら儲けものといったところです。

それよりも問題は、こちらの柱の一つが折られたことですね。精神的にも実力的にも、渡辺委員長の存在は大きかったですから」

「そうだな、特に千代田は渡辺と仲が良かったはずだ。これが試合に響かなければ良いが……」

 

一高本部の方角を見る十文字の不安な呟きは、返答がないまま中空に溶けていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

時は過ぎ、洛陽が空を紅く染める頃。

第一高校の本部テントに、摩利と深雪を除く一高首脳陣が揃っていた。

 

「やはり渡辺は出場不可能か」

「ええ。一晩様子を見て何もないようだったら退院できるらしいけど、それでも日常生活までらしいわ。十日間は激しい運動は厳禁だって」

「正直に言うと痛いですね……。女子バトル・ボードでは棚ぼたで決勝に上がった三高の水尾選手がそのまま優勝。小早川さんがなんとか三位に入りましたが……」

「男子でも三高が優勝、四位も三高だ。()()()()でも男子で準優勝と女子で優勝、加えて入賞に一人ずつ。三高は今日1日で一気に200ptを伸ばして290ptか」

「それに対して俺たちは、会頭の優勝と俺と千代田の二位、小早川の三位での100ptだけです。総合でも270ptと逆転されました。せめて俺が優勝できてれば……」

 

服部が悔しげに拳を握る。それをなだめるように、真由美か肩に手を置いた。

 

「接戦だっただけに悔しいのは分かるけど、準優勝出来ただけで充分よ」

「はい。これは千代田さんにも言えることですが、渡辺風紀委員長の事故で不安定な精神状態で、あそこまで戦えたのは実力が伴ってこそです。悲観する必要はありませんよ」

「……ありがとうございます」

 

まだ服部の中では折り合いの付いていない様子だったが、頭を下げたことで一先ずのところはこの話題は終わりとなった。

それを見届けてから、十文字が建設的な話を切り出す。

 

「それよりも今議論すべき問題は、今後の試合についてだ。妨害対策については司波の解析待ちだが……」

「達也くんの方には深雪さんが付いてるわ。何か分かったら連絡が来るはずよ」

「そのことですが会長、先ほど五十里君と春原君、それと応援で来ている一年二科の吉田君と柴田さんを部屋に呼んだようです。何か進展があったようですね」

「……早いな、本当に一年か?」

「技術力だけなら我が校でもトップクラスですから」

「そうか。なら我々はそれ以外のことを進めておこう。まず初めに提案だが、渡辺の抜けた本戦ミラージ・バットに……」

 

そうして陽は落ちて闇が天を呑んでいく。

彼らの協議は、夕食の会場が開くまで続いたのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ほぼ同時刻、達也の部屋。

部屋の主である達也を背後に、本来なら相手選手の分析などに使う機材に齧り付く二つの影があった。

一人は一高エンジニアの実質的纏め役、五十里啓。もう一人はその婚約者、千代田花音。一高の中で最も有名なカップルだ。

 

「……完璧だね、これ以上は専門機関でもなければ無理だと思うよ」

「……つまり、誰かが水面に干渉して"穴"を作り、そこに摩利さんが足を取られたせいで対処が遅れたってことなのね?」

 

低い、怒りを孕ませた声を絞り出す花音。もし目の前にその下手人がいたならば一切の容赦を見せずに叩き潰すだろうと分かるぐらいには、その瞳の奥に炎が燃え上がっていた。

 

「いえ、正確に言えば違います。水面に干渉したのではなく、水中に収束系の力場を作り、その影響が水面にまで出たということです」

「そんなのどっちでもいいわよ!明確な悪意を持って妨害されたのには変わらないんだから!」

「花音、司波くんに当たっちゃダメだよ。憎むべきはそれをやった相手なんだから」

「……そうね。ゴメン司波くん」

「いえ、親しい友人が襲われたんです。多少イライラしても仕方がないですよ」

「……思ってたよりも優しいわね、一年の子たちが信用するのもわかるかも。啓には敵わないけどね」

 

空気を変えようとしたのか、花音がいつのもように惚気る。達也と五十里もそれが分かっているのか、何も言わずに苦笑しただけだった。

 

「でも、どうやってやったんだろう? これって()()()()()()()()()()で録画した映像だよね? 外部から投射された魔法式があれば映り込むはずだけど」

「はい。同様に三高の水尾選手からの可能性もないですね。ですので自分は、"水中から"投射されたと考えています」

「……それは本当に可能なのかい? いくらなんでも水中に隠れ続けることは不可能だと思うんだけど」

「まだ確証はありませんが、それを握っている協力者を、今深雪が呼びに行っています」

『……失礼します。お兄様、その……』

「ああ、ちょうど来たようですね。入ってくれ」

 

達也に促され、ガチャリと扉が開かれた。

まず入ったのは深雪、その背後に達也が呼んでくるよう指示した三人、幹比古、美月、そして最後にナギと続き……いや、と中にいた三人は目を見開く。

 

さらにその背後に、まだ人影が居た。

それも、特徴的な()()()()()()()が五人も。

そして、その先頭に居る男子に、達也は非常に見覚えがあったのだ。

 

 

180cmに僅かに届かない、高校一年にしては高めの身長。

肩幅は広く、しかし細くしまった筋肉と長めの脚、何よりも整った顔立ちで威圧感はあまりない。むしろアイドルにでもいそうな、若武者といった野性味と爽やかさが同居した雰囲気を醸し出している。

だが、その雰囲気は日常での話。一度戦場に立てば、敵味方の血を全身に浴びながらも奮戦する、実戦経験済みの魔法師だ。

 

 

映像でしか見たことはないが、日本の魔法師の九割は知っているだろうその名は……

 

 

 

 

 

「クリムゾンプリンス……一条将輝……!?」

 

「ああ、少しばかり邪魔するぞ」

 

 

 

 

今ここに、正史よりも3日早い、強敵との邂逅が成された。



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第四十三話 プライド

優等生キャラは口調に自信がないです……ちょくちょく修正するかもしれません


「一条将輝……!?」

「ああ、少しばかり邪魔するぞ」

 

驚愕に固まる達也たち三人に対し、自然体な三高の五人。その間の四人は、苦笑と困惑の混ざった複雑な表情をしている。

そんな膠着した状況を壊したのは、将輝の隣に立つ理知的そうな少年だった。

 

「初めまして、第三高校一年、吉祥寺真紅郎です。同じく三高一年で、前から一条将輝、一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子です。夜分に突然の訪問ですみません。アイス・ピラーズ・ブレイク準優勝の千代田花音選手と、刻印魔法の名家、五十里家の五十里啓さん。それと……」

「……吉祥寺真紅郎、カーディナル・ジョージか。弱冠13歳にして、当時机上の空論とされていた『(カーデ)(ィナル)コード』の一つ、加重系プラスコード『不可視(インビジブル)の弾丸( ・ ブリット)』の開発に成功した天才。

お会いできて光栄だ。第一高校一年、司波達也。九校戦では技術スタッフを担当させてもらっている。

それで、何故わざわざこんなところに? まさか宣戦布告というわけでもないだろう?」

「司波くんですね、覚えておきます。

ここにお邪魔させてもらった理由は一つだけです。偶然通りかかったところで、ナギと司波さんの話が耳に入りまして。七高選手と渡辺選手に対する妨害の解析に関して、同じ魔法大学付属高校の同志として何か手伝えることはないかと思いまして、突然ですが押しかけさせてもらいました」

 

それは予想の範疇だったのだろう。達也は特に驚くことなく、訝しげに眉根を寄せただけだった。

 

「なるほど、液体操作魔法のプロである一条家と四十九院家の直系、それに天才の名を欲しいがままにするカーディナル・ジョージの手が借りれるというのなら是非とも借りたいところだ。

だが……目的は何だ? 正直に言って、今回の妨害で三高が(こうむ)る被害はない。むしろメリットしかないだろう。この状況での無私の奉仕ほど、信用のならないものはないぞ」

「……貴方は、私たちを馬鹿にしていますの?」

 

ピリッという音が聞こえた気がして視線を動かすと、男子二人を押しのけて金髪の女生徒が達也の方に歩み寄って来た。

 

達也は記憶の海からこの少女の情報を引き出していく。

一色愛梨。師補十八家の一つである一色家の長女で、魔法併用フェンシングとも言えるリーブル・エペーでは有名な選手だ。その超人的な反射神経から『稲妻(エクレール)』という二つ名を持っている。

性格は、良く言えば高いプライドを持つ、悪く言えば傲慢。実績や家柄があれば普通に接するが、無名の相手には話しかけることすらしない徹底した実力主義者と有名である。

前夜祭で深雪と一悶着あったような気もするが、そこまで(おお)(ごと)ではなかった筈だ。もし大事なら達也の方も態度を変えなければならなかったであろう。

 

つまり実力も何も見せていない達也に今話しかけて来たということは、それだけ我慢ならないことがあったということだろう。しかし、達也には思い当たる節がなかった。

 

「馬鹿にしているわけではないが、事実だろう。優勝争いしている相手をホイホイ自陣に招き入れる馬鹿が何処にいる。最悪、妨害犯と繋がっていて証拠を消される可能性すらあるんだぞ」

「ッ!馬鹿にするのもいい加減にしなさいッ! 私たちがそんな姑息な手を使うわけがないでしょうッ!!

真正面から全力でぶつかって、それでもなお負けるというのなら実力不足ということです。来年こそは勝つために、涙を飲んで鍛え直してきます。これまでもそうしてきましたし、先輩方も貴方(あなた)方一高に勝つために血を吐くような努力をしてきました。

……それだというのに、いざ始まってみたら第三者の妨害のおかげで勝たせて貰いました? 『どうせ実力じゃ勝てなかったんだから、勝てただけでも嬉しいでしょう』?

そんなものッ!水尾先輩の、先輩方の努力に対する冒涜ですッ! 決して許してなるものですかッ!!

倒すなら正々堂々と!真正面から叩き潰します!! 私たちを、そのような下賎の輩と一緒にしないでいただきたいですわッ!!!」

 

愛梨の落雷のような怒号に、()しものの達也もたじろいだ。

その目には嘘を言っている様子はない。むしろ、他の四人も含めて、妨害犯に対する本気の怒りが燃え上がっていた。

 

プライドが高いことは、決して他者を見下すこととイコールではないのだ。実力を認め、仲間と認識した相手に対する侮辱を決して許しはしない、仲間思いの証でもある。

今回の妨害犯は、彼女たちがライバルである一高と手を組もうとするほどに、不用意に彼女たちの逆鱗に触れてしまったのだ。

 

「一色の言う通りだ。俺たち三高は、()()()()()()()一高から優勝旗を奪い取らなければ本当の勝利にならない。もしも先輩たちの努力を嘲笑い、その道を邪魔する奴がいるのなら、たとえ一高とだろうと手を組んでやるさ」

「それに、敵に塩を送るのは、戦国の時代から北陸(僕たち)が受け継いできた精神だからね。敵の敵は味方、ということで、この犯人を捕まえるまでは一時手を取り合おう。もちろん、試合でぶつかれば全力で相手をするけどね」

「まあ、ぜんぶ儂等の独断なんじゃがの。たった五人ぽっちの腕で良ければ喜んで貸すぞ?」

「今回の事故で水尾先輩も悩んでいた。本当にこれでいいのかって。

水尾先輩にこれ以上は追い打ちはかけられないから、三高全員で協力することはできない。だけど、私達だけでも何か手伝えることはあるはず」

 

 

「「「「「だから、手伝わせて(くれ・ください・もらおうかの」」」」」

 

 

三高の五人を代表して、将輝が達也に手を伸ばす。

ここまで言われて、達也にも躊躇は残っていなかった。

 

「ああ、協力よろしく頼む。それと、先ほどの侮辱は謝罪しよう、すまなかった。

五十里先輩方もいいですか?」

「もちろんだ。それにこの解析を任されたのは司波くんだ、僕たちはそれに従うよ」

「当然!ここまで思いの丈をぶつけてくれたんだったら、それに答えるのが年上のするべきことってものよ!摩利さんもきっとそう言うわ!」

 

達也が将輝の手を取り、今ここに同盟が組まれた。

あくまで個人的なものだろう。集団からすれば極一部なのかもしれない。

しかし、互いの激闘の歴史を考えれば、それは間違いなく大きな一歩だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ジョージ、どうだ?」

「……条件設定も計算も、どこにもミスはないよ。少なくとも僕が分かる範囲ではね。十七夜はどう?」

「同じく。研究所に持っていっても全く同じデータが返ってくるはず」

「そうか。ならやはり、司波の推測通り水中からの投射が最も高い可能性なわけだな?」

「そうだね。でも、水中に長時間身を(ひそ)めて、なおかつバレないなんて普通の芸当じゃ不可能だ。そこのところはどう考えているんだい?」

 

三高としての見解を示したことで、吉祥寺が達也へ話を振る。

彼も可能性は思いついているのだろうが、今回の解析で主導権を握っているのは一高、より詳しく言えば達也だ。話を先に進めるのは達也でなければいけないし、その役割を"協力者"の三高が取るわけにもいかなかった。

 

達也もそれは分かっているのだろう。半ば突然振られた形になったのだが、戸惑うことなく口を開いた。

 

「吉祥寺の言う通り、コースの水中に潜み、なおかつ発見もされないのは、とてもじゃないですが人間業ではないです。ならば、人以外が潜んでいたということでしょう。

自分が思いついた可能性は二つ。あの女神や本物の魔物のような超越種か、古式の精霊魔法。そのどちらかによるものとしか考えられません。

ナギは、超越種に関して恐らく世界で最も深い知識を持っています。美月は霊視放射光過敏症で見えない『何か』を見た可能性もありますし、幹比古は古式の魔法師として精霊魔法を得意としています。それは四十九院さんも同様です。

……俺はその二つに関してそこまで詳しくない。だから教えてくれ、人外の種なら、もしくは精霊魔法ならこのような状況を作り出せるか?」

 

前半は五十里たちも含めた、この場の全員に対する現在の状況のまとめ。そして後半は、同級生たちに向けた問いかけだった。

 

「わ、私はその、眼鏡を掛けていたし、第2レースは見ていなかったから……。ただ、第1レースの時には違和感は無かったと思う」

「そうか……。ああ、自分責める必要はないぞ、見ていないものにまで責任を負う必要はない。

それに、あの熱狂した会場だ。精霊一つを見つける方が無理な話だ、未来予知でもできない限りな。

幹比古と四十九院さんはどうだ?」

「沓子でよい、ここまで縁を結んだ以上は他人行儀は傷つくからのう。

それで、精霊魔法で出来るかどうかだったの。ふーむ……可能じゃな。目を瞑っても出来るはずじゃ。吉田の神童はどうじゃ?」

()だよ。それとあまりその名前で呼ばないでくれるかな。

……それはともかく、精霊を使って水面に穴を空けるぐらいなら僕でも出来る、そこまで難易度の高くないものだ。だけど、ゴールデンウィークから例の女神様の影響で地脈が少しずれてるせいで、遠距離から送り込むには何度か下見しないとできないと思う」

「逆に言えば、下見さえできれば遠距離からでも可能ということだな。なるほど、参考になった。

ナギの方はどうだ?」

 

正直に言って、精霊を使えばできることはこの場にいるほとんどが分かっていた。具体的な難易度や遠距離からも出来るということは初耳だが、可か不可かで言えば可であろうことは予想がついていたのだ。

しかし、人外が関わってくるとなると話は変わる。例え可能であろうとも、未だ研究もろくにできていない人外の犯行を防ぐことなど、不可能という結論しか出ないのだから。

 

「……出来るか出来ないかだったら、簡単に出来るはず。それこそ、将輝くんたちが遭遇したスライムなんかだったら、文字通り自分の体を動かすのと同じ感覚で出来ると思う」

「……嫌なものを思い出しましたわ。あのヌメヌメしたセクハラ半液体には、今度会ったら全力の突きをお見舞いしてあげましょうか」

「でも、人外が関わっている可能性はまずないと思うよ。こう言ったらダメかもしれないけど、所詮は高校生同士の大会にちょっかいをかける理由がないからね。気まぐれにしては用意周到すぎる気もするし」

 

逆説的に言えば、気まぐれでここまでの事故を起こせる存在でもあるということ。そんな力を持つ存在が、たかだか人間に気を使うわけがないという前提で、ナギは話を進めている。

そしてそれは、決して間違いではない。ナギやエヴァンジェリンのような性格が例外なのであって、巨像が足元の蟻など気にかけないように、人外が人間に気を使う必要などないのだから。

 

「なるほど、可能ではあるが動機がなしか。何者かに使役されている可能性は?」

「うーん……稀代の大天才とか、そのレベルの術者の式神でもない限り、そこまで高位の魔物は使役できないはずだし……。それに渡辺委員長の魔法力なら中位ぐらいまでの魔物の気配なら察知出来ると思うし、何よりコノカさんが降りているこの土地に入って来れる魔物なんか、まず居ないよ」

「つまりあの女神が、ある種の抑止力として作用しているということか。となると人外の可能性は無視してもいいな」

「僕も同感だね。それにもし仮に人外だとしても、それを防ぐ手立てが僕たちにはない。ナギなら出来るかもしれないけど、選手である以上、いや、体が一つしかない以上はあまり賢いやり方だとは思えないよ」

「ああ。それに、妨害と思われる行為はこれ一つではない。そちらも考えると、人外の仕業だとは少し考えにくい」

 

達也はモニターに事故の映像を映し出し、カーブに差し掛かったところでスロー再生に切り替えた。

少々人数が多すぎるためかなり見づらいが、他の人間のことを気遣い合いながら、全員が画面を見る。

 

「ここだ。本来ならここで七高選手は、カーブを曲がるために減速魔法を掛けなければならない。しかし実際には全く逆の加速系魔法がかかっている」

「……確かにおかしいのう。こんな間違いは練習初日のひよっこでもせん。優勝候補の一人がするにはあまりにもお粗末じゃ」

「だが、加速系と減速系は原理上ほとんど同じ起動式で成り立っているはずだ。変数の正負を間違えたならこうなることもあるんじゃないか?」

「いえ、それならこの驚愕の表情の説明がつかないわね。その表情は……そう、まるで既に変数の書かれている起動式が送られてきたみたいな……」

「……まさか……!? まさか、七高の中に裏切り者がいるって考えてるのか!?」

 

吉祥寺が目を見開き、達也に詰め寄る。他の人間も、ナギと深雪以外は驚愕の表情で固まっている。

しかし、そう考えるのは至極当然のことだろう。

各代表の使用するCADは、各校の最重要備品の一つ。決して細工をされないよう厳重に扱われているのだから、それに手を加えられるのはその学校の代表しかいない。

 

……しかし、それにはたった一つの例外がある。

 

「その可能性もあるが、それでは警戒されて第二第三の"事故"を起こせない。だから違うだろう。たった一人だけ脱落させても、全体でみると効果は薄いからな。

下手人が七高選手でないとすると、考えられるのは一つだけ。……()()()()だ」

『……ッ!』

 

考えたくもなかった最悪の結論に、将輝たちの息がつまる。

公正公明が求められる大会委員に、私利私欲のために事故を引き起こしたものがいる。それはあってはならないことだ。

まして、各学校は試合前にCADの提出を義務付けられている。本来はレギュレーションを審査し、各校に公平な条件を促すためのそれが、今は事故を引き起こさせる悪魔の時間に思えて仕方がなかった。

 

「た、対策は、対策はあるのかい達也!?」

「いや、これといったものは……。起動式を書き換えたのはハッキングソフトによるものだろうが、大会レギュレーションで認められた範囲でのCADでは、プロテクトを積んでは重くなりすぎる。

それに、俺たちだけ対策を徹底しても意味がない。恐らく黒幕が優勝させるために手を出してこない三高を除き、全ての学校が被害に遭う可能性があるからな。今回の事故のように巻き込まれる形になっては、いくら俺たちが気をつけていようと防ぎようがない」

「七高にも協力してもらうのはどうかな? CADのデータを公開してもらうだけでもいいからって頼むのは?」

「そうよ!この分析が正しいなら今回の事故は向こうも被害者なんだし、自分たちの選手の問題じゃなくて大会委員の失態になるから手伝ってくれるとは思うけど」

 

唯二の二年生が、建設的な意見を出す。しかし、それでも達也は眉根を寄せたままだった。

 

「一応、会長たちには七高の代表側に協力を頼むように言うつもりでしたが……あまり期待は出来ませんね。

七高が汚点を払拭したいのと同じぐらい、大会委員も問題を抱えたくはないでしょう。七高内部の裏切り者の可能性を挙げ、形だけでろくな調査もせずに()だと言い張るはずです。

そうなったらあとは信用度の問題ですね。まだ実績の薄い高校生では、経験と信用のある大会委員には勝てないでしょう」

「……それは、十師族のうち、最低でも一条、七草、十文字の三家合同の声明を発表してもか? 一色家も協力してくれるだろうし、他の家も反対はしないとは思えるんだが」

「しかしその場合は、十師族が大会委員に干渉できるという前例を作ることにも繋がりかねない。

日和見の中途半端な管理職ならともかく、上層部、特に国防軍と繋がりのある幹部たちは突っ撥ねるだろうな。『公平な競争による切磋琢磨を促す』という大会の趣旨に反してる、という正論を翳して」

 

そう言って達也は肩を竦める。

十師族の中でも特に畏怖を集める"実家"の名前なら効くのかもしれないが、個人的に、余程のことがない限り借りを作りたくない。そして今回の妨害はまだ、そこまでには至っていない。

ならば、正当な手段で、まっとうな対策でこれを乗り切るしかないのだ。

 

「せめて、あと何か一つでもヒントを得られたなら状況が動くかもしれないが……」

「現状では手詰まり、か」

 

そう簡単に尻尾が掴めないことは分かっていたつもりだったが、ここまで来て犯人の特定ができなかったことは流石に堪えたのだろう。皆が神妙な顔で静まり返る。

 

その空気を変えたのは、五箇所から同時に鳴ったメッセージの着信音だった。

 

「……すまん。呼び出しだ」

「うん。手伝ってくれてありがとね将輝くん、もちろん他のみんなも」

「特には役に立てなかったですけどね……」

「いや、謂わば俺たちは当事者の身内だからな、贔屓目が入らないとも限らなかった。第三者に近い立場からのダブルチェックをしてくれただけでも役に立ってくれたさ」

「私もそう思います。一色さんや一条くんのように、学校の垣根を越えて理不尽に怒りを覚えてくれる人がいる。それが分かっただけで、私たちがどれだけ支えられることか。

第一高校生徒会の一員として、改めてお礼を申し上げます。本日は誠にありがとうございました」

 

深雪が嫋やかに頭を下げるのに続き、ナギや達也たちも感謝を示す。

それを受けて、将輝は照れ臭そうに頬を書きながら、頭を上げるように言った。

 

「俺たちは俺たちの事情があって手伝っただけですよ。たまたま目的が同じだったから手を取り合おう。それは、当たり前のことじゃないですか。だから、感謝される理由はありません。

それに、まだ終わっていません。犯人を捕らえるその時まで、試合会場以外では仲良くしていきたいと、俺たちは思っています」

「……そうですね。では、試合会場では良きライバルとして、それ以外では良き仲間として。今後ともよろしくお願いします」

「はい!もちろんです!……っと、すみません。催促のメールです。では、そろそろ失礼します」

「司波くん、これ、僕のアドレスだ。何か進展があったり、人手が必要だったら連絡をしてくれ」

「春原くん、犯人を捕まえたら私の前まで引っ張ってきてくださいね? 一発叩かないと気持ちの整理がつかないので」

「ほれ、話が終わったなら急ぐぞ!」

「一度小言が始まると長いから」

 

バタバタと五人が慌ただしく出て行く。

その様子が、どんな肩書きを持とうとやはり同じ高校生だということを実感させて、残された七人から自然と笑い声が溢れた。

 

 

その十数秒後、部屋の扉から、目をまん丸に見開いた真由美と鈴音、それと眉尻を上げた十文字が入ってきて事情を問いただされるのだが、それを語るのは余談であろう。




魔法師だろうと十師族だろうと、良くも悪くも一人の人間。
欠点もあれば美点もある。嘘と見栄で塗り固められた建前もあれば、決して譲ることのできない本音もある。
正史に書かれたことだけが、その人物の全てだとは限らない。

つまり何が言いたいかというと……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


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第四十三話 新人戦、開幕

UQ!のネギ(ライフメーカー)側強すぎィ!! しかものどゆえだとっ!?(大混乱)


日はいつか落ちる。

しかし夜が明ければまた昇り、大地を照らす。

 

明日は、生きている限り必ず訪れる。

 

 

 

——そう、()()()()()()()()()()()()

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

深夜、時計の針が揃って頂点を指し示そうかという時間。街からは人気(ひとけ)が薄れ、ポツポツと家の窓から光が漏れている頃合いだ。

だが、全く人を見かけないほどではなかった。この時代では珍しい残業帰りのサラリーマンや、どこかで飲んできたのか顔を朱色に染めた中高年、果ては前世紀から取り残されたのかとも思える不良の集団など、まだ完全に街が寝静まった訳ではない。

 

しかし、それでもこの集団は異様に過ぎた。

揃いも揃って黒いマスクを着け、警棒やスタンガンといったまだ護身用として無理矢理納得のできそうなものから、拳銃や明らかに対人体使用を目的としていない大型のライフル、そして"銃口(C)のな(A)い銃(D)"などの武器を個々に携えたその姿からは、とても穏やかな雰囲気など感じようもないだろう。

 

「————」

「————」

 

彼らはこの国の言葉でない言語で二、三やり取りをすると、明かりのついていない日本家屋の門扉に手をかけることなく、拳銃で鍵があると思しき場所を破壊して突入した。

 

——音で中の人間に気づかれる? その可能性はない。なぜなら、今この家唯一の主は富士にいるのだから。

——周囲にもバレるであろう? 何も構わない。なぜなら、目的は騒ぎにすることなのだから。

 

故に、彼らは慢心していたのだろう。

留守の家を襲い、ただ破壊して撤退するだけの簡単な任務。何事もなく侵入できた以上、あとは持参した爆薬を設置して離れるだけで済む。

 

 

しかし世界は。いや、"彼ら"はそう甘くはなかった。

 

 

「やれやれ、あまり物を壊さないで貰いたいものだな。修繕するのにも金がかかるのだぞ?」

 

その声に振り返るよりも先に、十人を超える侵入者の首から下が、文字通り氷漬けにされた。たった一瞬、指を鳴らしたような音が響いただけで。

 

「さて、今日の私は少々虫の居所が悪い。女子供でもない()()()など、何の抵抗もなく殺せるぐらいにはな」

 

ザリッ、ザリッと砂を踏んで背後から近く女の声には、どまでも蠱惑的で、どこまでも純粋な色が込められていた。

圧倒的という他ないその声の密度に、身体を覆う氷によらず震えが止まらなくなっていく。

 

気配だけで分かる。分かってしまう。

この声の持ち主には、例え万全な状態で束になってかかったところで、傷一つ付けられないということが。

存在する次元からして違う。人と比べることすら烏滸がましい。

 

 

ああ。彼女こそ、金砂の髪を靡かせ月夜に妖しく笑うこの少女こそを——

 

 

「その汚れに塗れた命が惜しければ、洗いざらい全てを吐け。涙と鼻水で顔を濡らしながらみっともなく命乞いしろ。

安っぽいプライドをズタズタにされようとも、犯罪者として捕まろうとも、この先に酷く醜い人生が待ち受けていようとも。それでもなお生き続けたいと言うのであれば……その意気に免じて、命だけは助けてやろう」

 

 

——人は鬼と呼ぶのだろう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「じゃあ、七草さんの家に送ったんですね?」

『ああ。欲しい情報は絞り出したからな、あとはこの国の仕事かとも思ったが……まあ普段細々としたことで世話になっている礼だ。少しは"花"を持たせてやってもいいだろう?』

「そうですね。ボクたちには要らない話でも七草さんには欲しい情報かもしれませんし。

それで、結局雇われただけの傭兵まがいだったんですよね?」

『そうだ。誰が雇い主かも知らない、典型的な下っ端の中の下っ端だな。まあこのタイミングだ、ぼーやの出場を辞めさせるための工作の一環なのは明白だが』

「流石に家を壊されちゃ、現場検証だとか手続きのために離脱しなくちゃいけませんもんね」

 

そこら辺は一人暮らしの不利な点だ。特にナギはその魔法力も住所も割れている、無頭竜とやらからしたら絶好の的だったのだろう。万が一にも試合までに戻ってこれないよう、新人戦初日に合わせてきた辺りもよく考えられている。

相手にとって唯一にして決定的な誤算は、ナギが実際には一人暮らしではなかったということか。

 

『で、そっちはどうなんだ? 負けているらしいじゃないか』

「そうなんですよねー。一応勝つつもりではいますけど、いろいろと制限をかけているのでどうなるか……」

『ほーう?まあいいさ。たとえ負けたとしても、無様な負け方だけはしなければな』

「分かってますよ。それじゃあそろそろ試合が始まるので」

『ああ、確かぼーやの試合は明日からだったな。私の顔に泥を塗るような真似だけはするなよ? じゃあな』

 

プツッと通話が切れた端末をしまうと、ナギは会場に戻り友人と妹が待つ席に戻る。いつものメンバーから二人抜けたそこには、緊張した空気が漂っていた……主に、今日バトル・ボードの予選に出場する少女の辺りから。

 

「……ほのかさん、まだ緊張してるの?」

「え、あっ、ナギくん。う、うん。まだちょっと……」

「うーん……。適度な緊張は悪くないけど……もうちょっとリラックスしてもいいと思うよ。別に知り合いの命や世界の命運が掛かってるわけでもないし」

「いやいや!そんなこと滅多にないからね!?」

「あはは……(そうだといいんだけどね)……」

 

その『滅多に』を何度も経験しているナギは苦笑いするしかない。運命論を信じるわけではないが、世に言う英雄という人種は例外なく特大の不幸を身に纏ってることは経験が裏打ちしている……本当に信じたくないが。

 

「でも……うん、そうだよね。別に絶対に勝たなくちゃいけないわけでもないんだから、楽しんだほうがいいよね」

「そうそう。ほら、雫さんも緊張してないみたいだし」

「えーと……雫はいつもそうだから、参考にはできないかなぁ」

 

あはは……、と渇いた笑いを浮かべるほのかの視線の先には、新人戦全体でもトップバッターだというのに自然体のように見える幼馴染の姿があった。

幼馴染の視点でよーく見るといつもより気合は入っているのが分かるのだが、とても緊張しているようには見えない。豪胆というかマイペースというか、毎度のことながら羨ましい性格をしている。

 

「雫の獲物はライフル形態のCADとヘッドセットね。九校戦の定石通り……って、なんか達也くんにしては違和感があるけど……」

「お兄様はいつも効率のいい方法を選択しているだけよ。王道が一番効率がいいのなら迷わずそれを選ぶ。

でも、使う魔法はお兄様が開発した新魔法よ。中身は……見てからのお楽しみね」

「へー、そりゃ良いな。開幕先制パンチってことか」

「それはクジ運の問題だと思うけど……確かにあの達也の作った魔法だからね。他の学校も驚くと思うよ」

 

幹比古が話し終えたと同時、競技開始をカウントダウンする緑のランプが灯った。

 

黄色のランプが灯る。

波が引いてくかのように静まり返る会場。

 

赤色のランプが灯る。

各校の代表が直接、あるいはモニター越しに注視する中。

 

 

試合開始のブザーが鳴り響くと同時、新人戦最初の競技、スピード・シューティング予選は開始された。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

スピード・シューティング予選C組に出場する吉祥寺と、その応援に来ていた将輝は、選手控え室から雫の試合を見ていた。

否、彼女の使う魔法に釘付けになっていた。

 

「……ジョージ。一高の、北山選手だったか? 彼女が使っている魔法は何だ? 得点圏内に入ると同時にクレーを破裂させる魔法なんて、見たことも聞いたこともないぞ」

 

彼らは知る由もないが、その魔法の名は『(アク)(ティ)(ブ・)(エア)(ーマ)(イン)』。達也がこの九校戦に向け、雫のため()()に開発した新魔法だ。

 

しかし、例えその魔法名を知らなくとも、例え国立魔法大学が大慌てで魔法(インデ)大全(ックス)への登録を検討しだしていることを知らなくとも、彼らはその優れた頭脳で目の前の状況を分析していく。

 

「……いや、これは……データ的には破裂というよりも崩壊。瞬間的に風化させた状態に近い」

「風化? ということは振動系か?」

「多分。ただ、個別にかけているにしては照準が早すぎる。かといって直接振動波を作り出しているにしては衝撃波を伴わないのはおかしい……。

……得点圏内をいくつかのフィールドに区切って、個体に接触すると初めて影響を及ぼす擬似的な振動波を放射している?」

「確かにそれなら現象としては分からなくもないが……もしそれを可能にするとしたらかなりの魔法力を要求されるぞ」

「フィールド設定を調節して変数処理を(オー)(トア)(ジャ)(スト)に任せれば多少の負荷は軽減できるとは思うけど、それでも魔法式は大きいはずだ。それをこの速度で連発できるとなると、少なくとも魔法力なら十七夜さんよりも上。優勝候補筆頭と言っても良い」

 

二人が見つめるモニターの先で、第一試合の終わりを告げるブザーがなった。

結果は文字どおりの百発百中、パーフェクト。本戦でもそう見ない得点は、吉祥寺の予想を裏付けると言っても良いものだった。

 

「となると他の選手まで同じ魔法を使ってくるとは思えないが……。確か、試合前に発表されていた一高のスピード・シューティング新人戦女子担当の技術スタッフは……」

「司波くんだね。昨日の解析の時に只者じゃないことは分かってたけど、ここまでとは思いもしなかった。まさか九校戦のために新魔法を開発してくるなんて……」

「だが、この戦法じゃあ精度が求められる決勝リーグでは使えないだろ?」

「そうだけど、彼がそこまで考えていないとは到底思えない。他の選手も含め、最大限の警戒をするべきだ」

「新魔法はこれだけじゃないということか?」

「同じ開発者としては、そう何個も魔法を開発してくるなんてことはあまり考えたくないけど……その可能性も視野に入れておく必要がある」

「そうか。なら、十七夜たちの予選が終わったら一度集まる必要があるな」

 

そう呟く将輝の瞳は、モニターに映し出された盛り上がる会場の中、雫に代わって壇上に上がった仲間(しおり)を映していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(先ほどの北山選手、予想以上に厄介だった。一高も素直に勝たせてはくれないみたい)

 

競技エリアに立ち、ヘッドセットのマウントディスプレイ越しにこれからクレーが飛び交うフィールドを見つめながら、栞が思い出していたのは昨日知り合った同い年の男性の姿だ。

 

同じ一高のナギが甘い顔立ちのイケメンだとするならば、彼は少々目が鋭くて体を鍛えている程度の、どこにでもいそうな普通の高校生だった。特に顔立ちが崩れているわけでもなかったが、さりとて特別整っているわけでもない。

 

——だが、中身は紛れもない天才だ。

 

栞や吉祥寺も所属する金沢魔法理学研究所の研究者が丸一日がかりは掛かるであろう解析をたった半日で終えたことからも分かっていたつもりだったが、先ほどの試合でその評価をさらに上方修正しなければならなかった。余裕からの慢心など、とうに吹き飛んでいる。

 

(だけど……まだ勝ち目はある)

 

いくら凄い武器を渡されようと、それがいくら高性能であろうと、結局のところは使い手の実力がものをいう。

北山選手は確かに強い、優勝してもおかしくなどないだろう。彼女に負ける可能性は十二分にある。

 

——だが、自分も大きく離されてはいない。

 

ならば食らい付け。隙を狙え。相手にペースを掴ませるな。

まずはこの予選……

 

(同じパーフェクトをとって、調子を取らせない!)

 

唐突に現れた強敵(ライバル)の、つい先ほどまでここにいた少女の記録に挑むように、栞は飛んできたクレーに向かって引き金を引いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

最初に並んで飛んできた二つのクレーのうち一つが、エリアの半ばを過ぎたあたりで急に方向転換してもう一つに衝突した。

ここまではよくある戦法。移動魔法によってクレー同士を衝突させて破壊する、王道中の王道だ。

 

しかし、栞の特殊性が発揮されるのは、ここからだった。

 

「破片が……ッ?!」

「ウソ?!こんなことって出来るの!?」

 

終わったはずの破壊が、連鎖する。

砕かれた破片が明らかに物理法則に反する動きで飛び出し、新たに飛んできたクレーを撃ち落とす。さらにその破片が同じように飛翔し、新たな(だん)(がん)を生み出していく。

 

たった一つの衝突から始まった連鎖は終わることなく続き、今や得点エリアは破片の弾幕に埋め尽くされた。

 

やっていることは至極単純だ。移動系魔法で破片を飛ばしてぶつける、ただそれだけの、魔法大全なんかには擦りもしない当たり前のこと。

——だが、実際にそれを行うのは困難を極める。

破片の大きさ、形状、位置を瞬時に把握して適切なものを選択し、飛んでくるクレーの軌道と速度を、当然のことながら風速風向きや湿度すらも考慮して考えなければならない。

栞はそれらを一瞬で複数同時に行い、さらに衝突させる際の回転数や速度まで計算することで、新たに生み出される破片の大きさすら調節してみせる。それは、あの達也ですら再現不可能と言う他ない特異()技能()だった。

 

精密にして単純。

王道にして奇策。

魔法にして技法。

 

その魔法力で観客の心を奪った雫と達也に対し、人体の神秘(計算能力)一つで栞は観客の思考を止める。

 

将輝の爆裂のような、あるいは十文字のファランクスのような"究極の一"を持たなかった栞が、親友の隣を歩き続けるために磨き上げた"唯一(ただひとつ)"。

誰もが持つ力を、血反吐を吐きつつ極限まで磨き上げた努力の結晶。

 

故に、その名に神秘はいらない。分かりやすい脅威も必要ない。必要なのは、自分が信頼し、磨き上げてきた絶対の自負のみ。

ただただ自分にできることを、一切の妥協を許さずに突き詰めた先に手にした、その()()の名は——

 

 

「そう。あれが栞だから編み出せた、栞だけの武器——『(アリス)(マティ)(ック・)(チェ)(イン)』!!」

 

 

ついに、連鎖が止まる。

しかしそれは、計算を間違えたわけでも、魔法が間に合わなかったわけでもなく——

 

電光掲示版に映し出された100/100の文字が、その実力を何よりも悠然に語っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

時は過ぎ、遂に準決勝。

対戦カードは、明智英美vs滝川和美の第一高校代表対決。そして、北川雫と十七夜栞の予選パーフェクト対決だ。

特に雫と栞の対決は事実上の決勝戦とまで言われ、多くの観客が押し寄せていた。

 

その観客の声援も、当人たちには関係ない。

ただ相手を超えるために、自分に出来ることは何か。それだけを考え、今は最後の調整に入っていた。

 

 

 

雫の控え室では、達也が雫と最後の作戦会議をしていた。……作戦スタッフの鈴音と、本戦優勝者として激励しに来た真由美が手持ち無沙汰にしているのは、気にしないでおこう。

 

「……作戦はこんなところだ。

正直なところ、十七夜選手は強敵だ。俺の浅知恵なんてほんの少し動揺させる程度の効果しかないだろう。これだけで勝てるとは言い切れない。

だが、負けると言ってるわけではないぞ? 決してペースを乱さず、作戦が失敗しても切り替えていくことを心掛ければ、雫の魔法力なら十分に勝てるはずだ」

「うん。大丈夫、勝ってくるから」

「その意気だ。よし、じゃあ勝ってこい!」

「うん。行ってくる」

 

達也に背を押され——と言っても実際に触ったわけではない。そんなセクハラをしたら嫉妬深い(みゆき)から冷たい視線を向けられる——雫は扉に手をかける。

 

その先に待つ、強敵を倒すために。

 

 

 

一方。同時刻、栞側の控え室。

技術スタッフが少し席を外しているため栞と愛梨の二人しかいないその部屋には、しかし三人分の声が交わされていた。

 

『……今の段階で分かってるのはこれぐらいだ。ゴメン、もう少し時間があればもっと詳しく調べられたんだけど……』

「それで充分。私こそごめんなさい。吉祥寺くんも試合があるのに」

『それは心配しなくていい。僕の方で強敵と呼べるのは、クイックドロウの森崎選手ぐらいだからね。その彼も作戦を立てる余地のない実力勝負と言ってもいいから、解析する時間は十分にあった。

……女子の方、いや、司波くんはそれとは逆。綿密に作戦を立てて、高性能のCADを用意し、最適な魔法を駆使して戦う戦術家タイプだ。二重三重の罠を想定して、何かあっても出来るだけペースを崩さずにね』

「当然。じゃあ、次は夜に」

「そうですわね。栞と吉祥寺くんの優勝を祝して、プチパーティーでもしましょうか」

『はは、それは頑張らないとね。じゃあ』

 

画面が消え、愛梨は親友に視線を戻す。

緊張している様子はない。しかし——

 

「栞。貴女、もしかして『ここで負けたら愛梨の親友失格』、だとか考えてないですわよね?」

「え? ど、どうして!?」

「……分かりますわよ。私は、これでも栞の親友だと思ってるのですわよ? それとも、栞からしたら私など親友ではないということですか?」

「そ、そんなことない!!」

「私も同じですわ。例えたった一回負けても、リベンジのチャンスは残されていますわ。その程度で失望するほど、貴女への信頼は甘いものじゃないの。

それに、相手は技術スタッフの司波くんの力も大きい。ほとんど二対一の状況で、自分一人の力で立ち向かう栞を、私は尊敬しますわ」

「愛梨……」

「だから、何も心配せずに戦ってきなさい、栞。

そんなつまらない悩みに心を捉われてなどいない貴女なら、例え自分より魔法力が強い相手だろうと天才相手だろうと、簡単に負けてあげるほど弱くはないと、この私が保証します」

 

一つ、力強く頷く。その眼には、既に迷いなどない。

自慢の親友から見送られ、栞は扉に手をかける。

 

その先にある、強敵を超えるために。



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第四十四話 逆転、逆転、逆転

あれれ〜? おっかしいぞー?(困惑)
何に気がついたのかは本編の後!


『さあ皆様お待たせいたしました! 新人戦スピード・シューティング準決勝の開幕まであと少しです!

何と言っても注目は、女子第一レーンで行われる第一高校代表の北山雫選手と第三高校代表十七夜栞選手の対決でしょう!』

『男子では第三高校の吉祥寺選手も予選でパーフェクトを取っていますが、この二人はここまで全ての試合でパーフェクトを記録しています。優勝候補同士の対決ですね』

『その通りですよ塩川アナ!

そして北山選手が勝てば、一つの高校がベストスリーを独占するという本戦も含めて九校戦史上初の快挙も見えてきます! これは目が離せないッ!!』

『さあ、それでは試合開始です!』

 

『『3,2,1……Ready,Fight!!』』

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

スピード・シューティングの試合時間は五分。その間に計100枚のクレーが出てくるが、二、三枚同時に出てくることも多い。

何が言いたいかというと、ランダムプログラムによって決められる射出パターンによっては、三十秒程度の間隔が開くことも珍しくない。むしろ栞の予選の時のように、ほぼ均等に射出されていた方が滅多にないことなのだ。

そして今が、丁度その時だった。もちろんいつ出てきてもおかしくはないが、この僅かな休憩時間を利用して栞は状況を整理していく。

 

(ここまで両者26枚、どちらも撃ち漏らしはない。同点の場合は延長戦に入るけど、その場合は脳に負担があるこっちが不利になる。……なら、やっぱり吉祥寺くんの作戦通りに、動く)

 

射出装置に目を配りながら、思考の片隅で先ほどの会話を思い出していく。これからするべき行動を、再確認するように。

 

………………

…………

……

 

『本戦に入ってからの北山選手の基本戦法は、収束系魔法でエリア中央に集めて衝突させるというものだ。この時、"範囲内のクレーのうち自分の色の密度を中央に行くほど濃くする"という定義で設定してると考えられる。準々決勝の対戦相手のクレーまで不自然に動いていたのはこれが原因だね』

 

スピード・シューティングのルールでは、相手クレーのみに干渉する直接改変を禁止している。逆に言えば、自分への干渉のついでに妨害するのは認められているのだ。

だが、吉祥寺の分析に愛梨は眉を顰めた。

 

「でも、それは妙ですわね。北山選手は、一枚しか射出されずに衝突させられない時に、予選で使った振動系魔法で破壊しています。収束系と振動系は別系統。特化型CADには同時に入れられませんわよ?」

『うん。それはその通りだ。つまり、北山選手のCADは汎用型だ』

「それこそありえません! 照準補助装置も付いていましたし、何より発動速度は間違いなく特化型でした!」

 

そもそも、スピード・シューティングのような種類よりも速度が重視される魔法競技で特化型を使わない魔法師はいない。起動式の展開速度が遅く、変数入力の助けとなる照準補助装置もない汎用型を使うメリットがないからだ。

 

しかし、そのセオリーを突き破る男が一高にいる。

 

『そこら辺の技術はまだ調査中だけど、北山選手の長銃型CADに使われているものは特定できた。 F (フォア・リー)L (ブス・)T (テクノロジー)の車載用汎用型CAD、セントールシリーズで間違いない』

「車載用? なんでわざわざ」

『セントールシリーズは接続端子が多いCADだ、それを利用して照準補助装置を繋げてるんだと思う。それに、車載用ゆえの特徴的なシステムがある』

「……!ペダルの踏み込み段階による選択型ショートカットキーですか……!」

 

手持ちで使う他のCADとは違い、車載用CADは手が塞がっていることを想定して作られている。

もちろんタッチパネルによる発動も出来るが、よく使う、もしくは緊急時にすぐ使いたい魔法は、ショートカットを設定して足元のペダルの踏み込み段階に応じて発動できるシステムがあるのだ。

 

『そう。どうやらそれを引き金(トリガー)に応用することで、中引きで収束系、完全に引ききることで新魔法・(アク)(ティ)(ブ・)(エア)(ーマ)(イン)を使えるようにしているらしい』

「それで、複数魔法を使い分ける必要がある戦術をカバーしてるわけですか」

「作戦はあるの?」

 

栞の質問ももっともだ。いくら相手の分析をしようとも、結局のところ自分にできる対策が思いつかなければ何も意味がない。ただ戦力差を突きつけられて、逆に士気を下げることに繋がってしまう。

 

しかし、栞も愛梨も、吉祥寺が何も考えを思いついてないとは微塵も思ってなかった。期待などではない、実績からくる信頼だ。

そして、吉祥寺もその信頼を裏切ることはなかった。

 

『もちろんだ。まず、解析してみると収束系は完全に同じ変数のものしか使っていない。発動速度を上げるために変数部分を定数化してると考えられる』

「それは気がついてたけど、なるほど、そういうこと。選手の立ち位置と競技エリアの位置は常に同じだから」

「わざわざ変数を変えられるようにする必要はないってことね」

『ああ。よく考えてるよ。だけど、そこに隙があった。

いいかい。僕が考えた作戦は——』

 

……

…………

………………

 

再び飛び出した二枚のクレーを衝突させて再度弾丸となる破片を作り出すと、栞は作戦を実行するための計算を開始した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「え!?こっちのクレーに破片が当たった!?」

「しかも一度じゃありません」

 

今までお互いに自分のプレイングに集中していた様子だったのだが、初めて状況が動いた。

二度三度と、破壊しない程度に抑えられた()の破片が()()クレーに当たり、中央で衝突させようとする魔法に反するように離されていく。

雫もなんとか(アク)(ティ)(ブ・)(エア)(ーマ)(イン)の発動を間に合わせもう一つは破壊したが、破片に誘導されたクレーは得点エリアを抜けてしまった。

 

ここにきて、初めて雫のパーフェクトだけが崩され、観客たちから騒めきと歓声が湧き上がった。

 

「偶々、ではないですね。なるほど、こう攻略してきますか」

「どういうこと達也くん?」

「高速発動を実現するために、北山さんの収束系魔法は起動式の段階で変数を固定してあります。それが相手にもバレていたのは十七夜選手の連鎖が続いていたことから分かっていましたが……さらに一手打たれました」

「何をされたの?」

「十七夜選手はその解析能力を使って収束系魔法下でのクレーの軌道を計算し、掠めるようにぶつけることでこちらのクレーの軌道を変えたんですよ。

(アク)(ティ)(ブ・)(エア)(ーマ)(イン)の魔法式は変数を固定化しても大きいので、収束系魔法の強度(影響力)を低くしてでも備えておく必要があります。そして、北山さんの戦術ではクレーを中央に収束させないと打つ手がない。それを逆手にとられた形になりますね」

 

説明の間にもさらに一枚を流され、現在二枚差。

真由美の瞳に、若干ではあるが諦めの色が滲んできていた。

 

「それじゃあ、北山さんは……」

「いえ、大丈夫です。これはまだ想定の内ですよ。ここから逆転します」

 

達也の自信に満ちた断言に、真由美の首が傾けられた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(……え?)

 

唐突に連鎖が途切れ、試合中にもかかわらず栞は一瞬思考を止めてしまった。

慌てて魔法を再発動しようとするも、時すでに遅し。二つ飛んでいた方の一つは既にエリア外に抜けてしまっている。もう片方も再び撃ち落そうとしたものの、予測よりも軌道がずれて再び逃してしまう。

 

(……まさか!?)

 

栞は一つの可能性に気づき、同時に驚愕した。

いくらそれを否定しようとしても、栞の持つ物理解析の目はそれを立証してしまう。

栞は一度頭を振ると、()()()()信頼を置く自分の目と計算を信じ、それを認めた。

 

(間違いない、変数が変わってる!)

 

強度こそ変わらないが、収束率と影響範囲が先程までと変化している。そのせいでこちらの軌道まで変化して外してしまったのだ。

 

……まだ心の中では信じられないという思いが強い。

予め起動式の段階で固定しておかないと、先程までのように毎回完璧な変数を入力するのは至難の技だ。

そして、前の試合でもこの試合の前半でも、たった一つの変数しか使ってこなかったのだ。まさか突然変わる可能性など考慮していなかった。

 

その上、再び飛んできたクレーを起点に連鎖を始めても……

 

(やっぱり綺麗に繋がる。機械的に正確な変数じゃないとこうはならない……。

まさか、変数だけ変えた同じ起動式をいくつも用意してる?)

 

その予想を示すかのように、再び変数(きどう)が変わる。

今度はなんとか連鎖を途切れさせないことに成功したが、変数を確定させるために一つを犠牲にしてしまった。

 

(これでマイナス3、逆転された。それに、変数が変わることが分かった以上、より精密な制御が必要な妨害の方は出来そうにない。

……だけど……)

 

 

かつての(くら)い記憶が湧き上がってくる。

お前は所詮その程度なんだと、そのに居るのが場違いなんだと。だから諦めてしまえと、あの頃の感情が指を止めようと体に絡んでこようする。

 

だが——それがどうした!

 

 

(変数が変わるならそれを予測する。例えキツくても、残りはたったの一分五十秒、絶対に繋げてみせる!

今までが優しかっただけ、これからが本番。これ以上は一つも逃さない!)

 

唇を噛み切り、体を這い上がろうとする闇を振り払う。

何よりも信頼を置く親友が、自分を引っ張り上げてくれた愛梨が、たとえ負けても認めてくれると言ってくれたのだ。

なら、もうそっちに戻る必要はない。戻れない!

 

 

——このまま愛梨とこの道を歩むのなら、絶対にここで諦める訳にはいかない!

 

 

弾幕が変わる。

今までの一射必中の連鎖ではなく、万が一逃しても必ず当てるため散弾のように面で撃ち落とす。

当然、これまでと違い作り出す破片の調整など微塵も考えていない、力任せの方法だ。だが、持ち前の把握能力で生み出された破片すべてを把握し、次の攻撃に繋げていく。

 

 

試合は再び、どちらも撃ち漏らしをしない状態に戻る。

しかし雫がマイナス2に対して、栞はマイナス3。状況は栞の圧倒的不利だ。

だが、栞は諦めない。手を抜くなど考えもしない。次の試合のことなど欠片も浮かばない。

たった一つの差だ、雫のミス一つで同点に追いつける。ならば撃ち砕くだけだ、クレーも、この敵も。何より、過去から手を伸ばしてくる悪しき記憶を!

 

 

 

お互いに譲らぬ、意地と魔法の張り合い。観客も手に汗握る、まさに記憶に残る名勝負。

その終わりは……そう遠くない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……達也くん、何をしたの? 起動式は二つしか入れてないんじゃなかったの?」

 

紙一重で雫が逆転した様子をモニター越しに見ながら、真由美は訝しげにこの作戦の仕掛け人に問い(ただ)す。

この試合が始まる前、汎用型で特化型に匹敵する速度を出すために起動式は二つしか入れられなかったという旨の話を、目の前の少年から聞いた記憶が確かにあるのだが。

 

「いえ。確かに起動式は"実質的に"二つしか入ってませんよ。ただ、収束系魔法の()()()()()()は複数入れておきましたが。

万が一の時の予備策だったんですが、まさか使う羽目になるとは。予想以上に難易度が高いですね、九校戦は」

「収束系の、変数部分……()()?」

 

真由美の首の角度が深くなる。

そもそも変数部分は魔法式の一部。それを分けて考えることなど、常識的にありえないのだ。

尤も、目の前の少年も、自分()の好()きな()少年()と同じように自分たちの常識で測って良い相手ではないことを、真由美は経験上理解していた。

 

「ええ、そうですよ。

そもそも汎用型が特化型に展開速度で劣るのは、各ストレージから読み出すための処理プログラムの問題です。簡単に言えば特化型に比べて容器の口が小さいんですね。そのため一度に取り出せるデータの量に差が出て、それが展開速度に直接影響しているんです」

「それは知ってるわ。それで、それがどう関係してくるの?」

「そこで、起動式のデータを分割して複数のストレージに容れて、一回の入力で一連のストレージから連続的に読み出しを行うようにプログラムを組みました。

また、左側面にあるスイッチを押せば、9種類のうちからランダムに収束系魔法の変数部分を入れ替えるようになっています」

 

例えるなら、『中身が完全に詰まっているペットボトルを逆さにする』よりも、『詰まらずに取り出せる量を容れた複数のペットボトルを次々にひっくり返す』方が早く必要な量を集められる、と言ったところか。

 

だが、もちろんそれは容易なことではない。

 

「確かにそれなら、複数の起動式を容れておくのと似たようなことが出来るだろうけど……そんなこと出来るの? それもオリジナル?」

「これは半年前にデトロイトの魔法競技技術学会で発表された技術ですよ。流石にそう幾つもオリジナルは出せません」

「半年前って……最新も最新の技術じゃない。それを実用化しただけでもすごいわよ。

でも、内容にしては知られてないような? 要は汎用型CADで特化型にも負けない速度を出せるってことでしょ?」

 

特化型最大の利点である"発動速度"と"照準補助"を、達也は汎用型で実現して見せたのだ。それと同じことを考えなかった研究者がいないとは限らない。

そして、汎用型で特化型に匹敵する発動速度と照準補助が可能ならば、複数系統の魔法を同時に入れられる汎用型の方が利便性で勝る。つまりはこの世界から特化型CADが消える可能性すらある研究なのだ、話題にならなかったのには強い違和感が残る。

 

尤も、そう美味い話がないのが世界の常なのだが。

 

「私も司波君に聞いてその論文を拝見しましたが、タイミング調整がかなりシビアなのがデメリットの一つです。技術者にも非常に高いレベルの腕が求められる、ということでした。

また、原理的に汎用型の利点の一つである種類の豊富さを削ることになるのも痛いですね。今回はほぼ二つに絞っているのでなんとかなってますが、五つ以上になると特化型を使った方が速いとのことです。

それに、一定以上の大きさを持つ起動式でないと繋げられないという弱点もあります。北山さんの収束系魔法も、無駄な記述を増やしてわざと大きなものにしていましたね」

「まあ、市原先輩の言う通りです。競技用でしか使い道がない上に、その競技使用目的でもかなり用途が限られている、半分趣味的な研究結果ですよ。

今回は偶々合致したのでこれだけの効率を実現できましたが、発表時に話題にならなかったのも当然でしょう」

「そうなの……精密性に少し欠けるけど、規模の大きい魔法式を組み上げるのが得意な北山さんだから出来る戦法なのね」

 

チラリと達也に呆れた視線を送ってから、真由美はモニターに視線を戻す。

 

試合時間、残り10秒。たった今、最後の3つずつ、計6枚のクレーが射出され……ほぼ同時に、全て破壊される。

そして、終わりを告げるブザーが鳴り響いた。

 

結果は瞬時に計算され、モニターと、真由美たちからは見えないが会場の大型電光掲示板にも映し出される。

 

 

〔第一高等学校 北山雫 得点:98/100〕

〔第三高等学校 十七夜栞 得点:97/100〕

 

——勝者 北山雫——

 

 

地が割れるような歓声と、激闘を繰り広げた選手たちを讃える拍手が鳴り響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「「吉祥寺(くん)、優勝おめでとう」」

「よくやったなジョージ」

「ありがとう」

 

その日の夜。第三高校の本部テントには新人戦に関わる代表全員と、上の学年の首脳陣が集まっていた。

だが、吉祥寺の優勝という喜ばしい出来事があったにもかかわらず、その顔には喜びの表情は薄い。

 

「だが、一高はスピード・シューティング女子でトップスリーを独占してきた。点差も逆転されて10ptを追いかける形になっている。喜んでだけは居られないぞ」

「……それについては、ごめん、十七夜さんには謝らないと。準決勝の敗因は司波くんの作戦を読み切れなかった僕にある。せめてデトロイトの論文を事前に知ってれば、あの作戦も予測できたのに……」

「吉祥寺くんが謝る必要はない。私も実力不足だった。それに、準決勝で消耗しすぎて三位決定戦まで負けたのは私のミス」

「それも僕の作戦負けだと思ってるんだけどね……まさか無差別にこちらのクレーにまでぶつけてくるとは思わなかった」

 

相手クレーにまで攻撃するというのは、スピード・シューティングのルール上相手に得点を与えてしまうことになる。

準決勝の栞のように繊細な調整が出来れば"破壊せずに当てる"ということも出来るかもしれないが、そんなことは普通できない。そしてそれは、三位決定戦の対戦相手である滝川和美も例外ではなかった。

 

だが、こと対十七夜栞に関しては、それでもよかったのだ。

 

「栞の数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)は、綿密な条件設定を基にした精密な演算が要ですからね……衝突させたりスルーしたり。あれだけデタラメな行動をとられては、連鎖を繋げるのも難しいはずですわ。

ああ、もちろん栞や吉祥寺くんを責めているわけではありません。()()()()()()()司波くんの方が一枚上手だっただけですわ。この分の雪辱は、明日以降の試合で勝て晴らせばいいんです」

「そのことなんだが。ジョージ、あれも司波の入れ知恵だと思うか?」

「予選からの限られた時間で十七夜さんの弱点を見抜き、自分たちの負担にならない範囲で確実で大きな成果をあげられる作戦を立てる。

……セオリーを無視して効率のみを追求したこのやり方は、北山選手の戦術と通じる部分がある。ほぼ間違いなく彼が一枚噛んでるはずだ。

しかも、その解析能力・作戦立案能力に加えて、汎用型での照準補助や分割式起動式などの研究機関ですら試作段階の技術を実用化する腕も持っている。確実に九校戦史上最強の技術スタッフだよ」

「き、吉祥寺くんがそこまで言うほどなの……?」

 

ざわざわと言う動揺が選手に広がる。

その悪い空気を断ち切ったのは、既に三高の精神的大黒柱になりつつある将輝だった。

 

「安心していい。いくら超高校生級の化け物エンジニアとはいえ、体は一つだけだ。一人の技術スタッフが受け持てる選手には限りがある。何も、これからの試合すべてで不利になっているわけじゃない。

それに、所詮はCADで二、三世代分の差をつけられている程度。もしぶつかったとしても諦めさえしなければ、俺たちの魔法力なら勝ち目はある」

「彼の戦法は、とにかく効率性だけを重視してるから、今までの対処法では役に立たないかもしれない。

だけど、こちらの戦法まで確実に対処してくるとは限らない。彼が担当した選手と戦うときは常識や固定概念を捨てて、どんな手を使ってきても動揺しないよう注意すれば、一方的にやられることは無くなるはずだ。自分のペースを守り続けることが何よりも重要だよ」

 

一条家の直系という三高の最大戦力からの鼓舞に、瞳に炎を宿して頷く選手たち。

その中でも一際強い光を放っている友人に、沓子は声を掛けた。

 

「栞はだいぶ意気込んでおるのう。そんなにリベンジが楽しみか?」

「うん。試合の後、北山選手は言っていた。彼女もピラーズに出ると。

今回は負けた。でも、負けっぱなしは認められない。今度こそ絶対に勝ってみせる」

「おお?! いつも無表情な栞が燃えておる?!

良いのう、羨ましいのう! わしにも燃えられるような強敵が現れて欲しいものじゃ!」

 

はしゃぐ親友たちを横目に、愛梨は少しの物悲しさを覚えていた。

 

(何時までも、あの頃の栞のままじゃないのですね……。

貴女は、私と共に歩むためにここまで成長してくれた。なら、私も少しは成長したところを見せなければなりませんね。

まずは明日のクラウド・ボール。栞の仇を取らせてもらいましょうか、第一高校!)

 

愛梨は、机の下で拳を握る。燃えているのは、悔しい思いをしたのは栞だけではなかった。自分の信頼している親友を負かされて、何も感じないほどまだ大人ではないのだ。

 

 

 

この日の三高テントは、短針が頂点を回っても光が灯り続けていたという。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

九校戦4日目結果

 

・第一高校

男子スピード・シューティング準優勝(森崎駿):15pt

女子スピード・シューティング優勝(北山雫):25pt

女子スピード・シューティング準優勝(明智英美):15pt

女子スピード・シューティング第三位(滝川和美):10pt

 

・第三高校

男子スピード・シューティング優勝(吉祥寺真紅郎):25pt

男子スピード・シューティング第四位(千星(ちほし)近太(こんた)):5pt

女子スピード・シューティング第四位(十七夜栞):5pt

 

 

 

累計成績

 

・第一位 : 第一高校……335pt

 

・第二位 : 第三高校……325pt

 

・第三位 : 第二高校……100pt




主人公(ナギ)の霊圧が、消えた……!?
まあ、解説役の達也と、王道主人公展開を踏破してくる三高が出番を奪ってくるから是非もないネ! じ、次回からはナギのターンだから!


……スピード・シューティングの試合時間が長すぎる問題(ボソッ)


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第四十五話 氷柱倒し、開幕

四話(ほぼ)同時投稿、一話目です。


新人戦2日目は、クラウド・ボールの決勝までとアイス・ピラーズ・ブレイクの第一、第二回戦が行われる。

この内、女子クラウド・ボールでは師補十八家の一角、一色家の直系である愛梨が優勝確実と目されており、女子アイス・ピラーズ・ブレイクは前日に鮮烈なデビューを果たした天才エンジニア・司波達也が担当するとあり、再び上位の独占が行われるのではないかと注目を集めていた。

 

同様に、男子アイス・ピラーズ・ブレイクでも優勝確実と目される少年がいる。

それは、決してナギなどではなく……

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

「さすが将輝くん。一本も傷つけられないって、優勝候補筆頭って言われてるのは伊達じゃないね」

 

観客の視線が遮られている舞台裏。一部の九校戦の参加者の間で『宣戦布告の間』とまで言われる通路にて、ナギと将輝は顔を合わせていた。

だが、それは宣戦布告の為などではない。そんなものはとうに済ませてある。

ここで出会ったのは偶然、という程ではないが、まあ彼らが意図したものではなかった。将輝の試合が第八試合、ナギの試合が第九試合で、たまたま同じところで戦うためだ。同じ通路を使うのだから顔を合わせても不思議はない。

 

そして、彼らは良きライバルであると同時に良き友人だ。軽く会話を交わすぐらいはしてもおかしくはない。

 

「よせよ、実力で負けるつもりは全くないが、勝負は時の運でもある。優勝できるかどうかは最後まで勝ち残ってから言えることだ。それはナギも同じだろ?」

「まあね。でも将輝くんと別グループで良かったよ」

「だな。俺もナギとは優勝を賭けて戦いたい。三高の勝利の為にはアレだが、ナギほどの実力がある奴が予選落ちは勿体無いからな」

「それはボクのセリフでもあるんだけどなぁ」

「それもそうか。だが、油断してると二回戦で(くれ)に足を掬われるぞ?」

「大丈夫だよ。代表に選ばれるような人たち相手に油断なんて一切してないからね」

「そうか、頑張れよ」

 

ポン、と肩を叩き、将輝は自分の控え室へと戻って行った。

それを見送り、ナギは自分の戦場へと足を向ける。そこにいるかもしれないまだ見ぬ強敵との戦いを思い、笑みを浮かべて。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「さて、遂にナギお兄様の試合ですね」

「そうね。ま、ナギくんなら予選ぐらいは余裕でしょう」

「それはボクも同意見だけど……お姉ちゃんはここにいて余裕なの? 生徒会長なら本部にいなくちゃいけないんじゃ……」

「それは大丈夫よ、摩利に押し付けてきたから。少しはデスクワークを覚えてもらわないと、将来のためにね?」

「……鬼ですわ。尤もらしい建前で、怪我人に自分の仕事を押し付ける鬼がここに居ますわ」

「ちょっと!鬼って何よ泉美ちゃん!」

 

そんな感じでキャイキャイとはしゃぐ美人三姉妹の後ろでは、試合があるナギ、達也、深雪、雫、それについて行ったほのかを除いたいつもの面々が、借りてきた猫のように縮こまっていた。

ただでさえ目立つ方のグループだったのに、有名人と言ってもいい真由美が加わっては周囲の視線が一点集中して居心地の悪さを感じてしまっても仕方がないだろう。……エリカだけは悪どい笑みを浮かべていたが。

 

だが、それも選手が入場するまでの話。割れんばかりの黄色い歓声とともに、真由美たちに向いていた視線も、そして真由美たち自身の視線も会場に移された。

 

「ま、まだアナウンスされただけなのに、す、すごい人気ですねナギくん。会長さんたちにも負けないんじゃないんですか……?」

「そりゃ、芸能人だからな。パッと見で女も多いし、追っかけが混じってんだろ」

「さっきまではいかにも研究者!って感じの男ばっかだったのにねー。いつの間に湧いてきたんだか」

「エリカ、そんな人を虫みたいに……来るよ」

 

四人が耳に手を当てて音を遮断すると同時、歓声がさらにもう一段階爆発する。……主な爆心地は、彼らの目の前の姉妹だったのだが。

 

「ナギの服はいつもの長杖と……ポンチョ?いや、ローブか」

「見た目はザ・魔法使いって感じね。ちょっと裾がボロボロなのが気になるけど」

「中はTシャツとチノパンですね。外と違って普通の格好ですけど、違和感はないです」

「ん? ナギのやつ髪を(ほど)いてないか? いつもは、こう、後ろを纏めてるだろ?」

「あれ? 本当だ。なんでだろ? 何か意味があるのかな?」

「ナギくーーーん!! ……ふぅ。

それで、ナギくんの髪だっけ? 特に意味はないらしいわよ?」

「「「「え?」」」」

 

一通り叫んで満足したのか、真由美が四人の会話に入ってくる。

だが、その中身が予想していたものと違った為、彼女の隣に座る妹たちも含めて頭を傾げた。

 

「もともとアイス・ピラーズ・ブレイクは自分の気合の入る格好で挑むのが通例みたいなものだしね。女子の方ほどファッションショーにはなってないけど、男子の方もそれは一緒よ。

まあ、ナギくんの方はちょっと理由が違うみたいだけど、自分の調子を上げるためってことは同じみたいね」

「では、アレがナギお兄様にとって、最も気合が入る格好ってことですか?」

「うーん……、それもまた違うんだけど……まあ、見てればそのうち分かると思うわよ」

 

真由美が視線で促す。

《競技が始まります。お静かにお願いします》

との文字が電光掲示板に映し出されていた。

 

その表示に気がついた他の観客も口を閉ざしていく。

何千人もの人間が固唾を呑んで見守る中、遂に開始のブザーが鳴り響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)——雷の一矢(ウナ・フルグラティオー)!!』

 

ナギの声が、戦いの火蓋を切って落とす。

 

無詠唱で放たれた雷の矢は、対戦相手の八高の選手が魔法を組み上げる前に氷柱に直撃し——大きく罅を入れるだけに留まった。

それはそうだ。単発の攻撃力に劣る魔法の射手、ましてやその中でも比較的威力の低い雷属性のものだ。いくら大魔法使いと言えるナギといえど、数を増やさずに威力を出すなど不可能に近い。

 

では何故、彼はその様な行動に出たのか。簡単だ、隙を作るために他ならない。

準備が整わない段階で攻撃を受けたら、実戦経験の薄い人間なら動きが止まる。それで止まらない実力者にしても、威力を確認するために一瞬の隙ができる。

 

 

そう、これは彼と同じ名を持つ、彼の前世の父が得意としたコンボ攻撃——

 

 

『ラス・テル・マ・スキル・マギステル

来れ(ケノテート)虚空(ス・アスト)の雷(ラプサトー)薙ぎ(デ・テ)払え(メトー)——』

 

 

無詠唱で放てる魔法の射手(サギタ・マギカ)で敵の動きを止め——

 

 

『——(ディオ)(ス・テ)(ュコス)ッ!!』

 

 

——出が速い高威力魔法を叩き込む!!

 

 

 

勝負は一瞬だった。直前の試合でさらに短い時間で勝負を決した人物がいなければ、きっと観客の誰もが口を開けたまま固まったであろうぐらいには。

 

 

一撃。只の一薙ぎで、八高側の氷柱十二本全てが両断されていた。

 

 

1秒にも満たない、しかしそれよりも長く感じる時間の間、遠くで蝉の鳴き声だけが響く。

そして、次の瞬間には観客たちから歓喜の声が上がった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お兄様、ナギくんの使った魔法は何でしょうか?」

 

試合が終わり櫓を降りていく()()の映像を、深雪と達也は選手控え室で見ていた。

深雪は女子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦第十二試合に出場し、達也はその担当エンジニアだ。三試合前ともなればそこにいても不思議はない。

 

「ナギの使った魔法は『(ディオ)(ス・テ)(ュコス)』。殺傷性ランクはA、種別は戦闘系。斥力刃と電熱の複合効果で焼き切るという魔法だ。

(ゲイ・)(ボルグ)との違いは、集めた電子を収束し続ける必要があるかどうか。集めて叩きつけるだけで良いこちらの方が威力は高いが、逆に言えば散りやすいため貫通力に劣る。単純威力を取るか、それとも突破力を取るかの差だ」

 

そしてこの魔法には、ナギが使う他の魔法にしては珍しい経歴がある。

 

「この魔法は、ナギの使う魔法では数少ない、現代魔法で再現が出来ている魔法の一つとして知られている。他の魔法と比べて発動プロセスが比較的単純だったためだな。

尤も、再現した魔法式で同じことは出来ないだろう。あそこまでの威力を出せるのはナギだけだ」

「そうなのですか?」

「どうもナギが公開している魔法には、四大元素分類でいう風系統の魔法が多い。もっと多くの魔法が残っていてナギに扱えるのがそれがメインなのか、それとも春原家という家系がそういう家なのかは分からないが、それを得意としているのは間違いがないだろう」

「なるほど。確か電気は、四大元素の分類では風の系統でしたね。得意属性だから威力も高くなるということですか」

「ああ。それに戦い方も上手い。あれなら、一条家の直系にも一矢報いるかもしれんな」

 

こう言っては薄情に思われるかもしれないが、達也も深雪も、ナギが優勝する確率は低いだろうと考えている。

そこらの魔法師相手なら負けることはまずないだろうが、相手は十師族直系で実戦経験済みの魔法師。いくらナギの強さがバケモノじみているとはいえ、十師族の"強さ"をよく知っている達也たちからすると、素直に勝たせてくれるとは思えなかった。

 

100%負けるとは言わないし、運が良ければ勝てるだろう。ナギにはそのポテンシャルがある。

しかし、厳しい戦いになるのは間違いない。

 

「だが、次の対戦相手は三高の選手だ。あのカーディナル・ジョージがナギの『弱点』に気がついていないとは思えない。もしかすると次で負けるかもしれない」

「弱点、ですか? ナギくんの戦い方を見ている限り、そのようなものはない気がしますが……」

「魔法を個別に見ていては気がつかないのも無理はないよ。公開している魔法を並べて見比べないと中々気がつかないだろうからな。

ナギの弱点。それは……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……本当にそれで行けるのか?」

 

ナギの試合の直後に深雪の控え室で交わされた会話と同じ会話が、二回戦第四試合の最中、この次の試合でナギと戦う三高の(くれ)李蘭(りらん)の控え室でも行われた。

 

説明を聞いていた(くれ)も、それを語った吉祥寺も、画面に映っている将輝のことなど気にもかけていない。

それは信頼以前の問題で、もう彼の戦いは終わっているのだから心配のしようがないのだ。今は、同時刻に始められた三試合の終了待ちの段階なのだから。

 

「断言はできないけど。ナギは例の司波くんと親交が深い、彼が作戦に一枚絡んでいる可能性があるからね。

でも、一回戦の様子を見る限りでは、僕の分析は当たっているはずだ」

「逆に言えば、前例がないからこそ不意打ちに適してるってことでもあるぞ?」

「たしかに、その可能性は充分にある。だけど、前例がないってことはそうなった時の最適な対応が分からないってことなんだ。逆手にとられた時は臨機応変に対応していくしかない」

「ま、それもそうか。しゃーねぇ、それで行くか」

 

よっと、と立ち上がり、自分のCADを手に持って扉に手をかける。

 

「……李蘭(りらん)、二度目になるんだけど……本当にその格好で出るの?」

「ん? おお、これが一番力が出るからな!」

「うん、まあ、君がいいならいいんだ……」

 

どっからどう見ても引きつった笑いをしている吉祥寺に手を振りながら、(くれ)会場(せんじょう)へと向かっていく。

 

 

(くれ)李蘭(りらん)。日本人半分、元大漢人とヨーロッパ系(詳しくは知らないらしい)の祖母を一人ずつ持つクォーター。

収束系では第三高校一年の中で将輝に次ぐと言われる実力者で、見た目は筋骨隆々の大男。

本人は知らないが、上級生からの通称は"新・霊(新種)長類最(のゴ)強候補(○ラ)"。

 

その彼の勝負服は————フリッフリの甘ゴスだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あはははは! ひー!ひー!? も、もうダメェーーッ!?」

「エ、エリカちゃん! そんなに笑っちゃ、ぷっ、だ、ダメですよ!」

「…………香澄ちゃん。私は今まで、偏見で人を見ないよう心がけて来ましたが……もうダメなようです。お姉様とお兄様をよろしくお願いします……こふっ」

「あ、諦めちゃダメだよ! 視線を向けないで、ほら、ナギ兄ちゃんだけを見ればっ!」

「う、うっぷ……」

「れ、レオ?! ほら、ポリ袋!」

 

混沌(カオス)ここに極まれり。このグループだけではなく、そこら中で似たような悲鳴が上がっている。

一回戦でも阿鼻叫喚の地獄絵図が拡がったのだが、その時の相手もまた海パン(イロモノ)だったために多少薄まり、ここまで酷くはなかった。

 

だが、今回の相手は誰もが認めるイケメン芸能人であるナギだ。

一回戦と違いフードを目深に被っているため表情を伺うことは出来ないが、それでも分かる対比のせいでさらに毒が強まっている。

 

「……まさか、相手の戦意を挫くためにあんな服を……? もしそうなら、ナギくんや達也くんなんて目じゃない天才よ……」

 

瞼を閉じ、マルチスコープをフルに使ってまで汚物を視界に入れないようにしつつ、真由美は呆然と呟く。これは、いくら自分の弟だろうと調子を崩されているのではないかと心配し、普通なら見えるはずのない地点から顔を覗き込む。

そして、気がついた。この弟、フードを上手く使って視界に入れないようにしている。口元が引きつっているので効果自体はあったようだが、なんとか集中が崩されない程度に抑えたようだ。

 

 

歓声以外のナニカで騒めきが収まらない中、無情にも試合開始を告げるブザーが鳴った。

 

「っ!出遅れた!」

「やっぱあのカッコ反則よ! ぷっ、くくく……」

 

流石に試合が始まっても完全に意識を持って行かれることはないのだろう。エリカは若干引き摺っているようだが、七人は試合の流れを理解していた。

 

ナギが右手を上げる。それと同時、20にも及ぶ電撃の弾丸が放たれるが、それらは全て相手エリアギリギリに張られた障壁魔法に阻まれた。

それを見て、吉祥寺と呉は笑みを浮かべ、モニター越しに見ていた達也は歯噛みをする。

 

 

そう。これがナギの弱点だ。

 

『物理的防御に弱い』

 

彼の使う魔法は、ほとんどの場合で物理現象を介する。それゆえに、物理的性質を持つ障壁を用意されると防がれる、もしくは極端に威力が落ちてしまう。

普通なら情報強化も領域干渉も無視できる(メリ)(ット)も、対策を取られると途端に欠点(デメリット)へと変貌してしまう。

 

もちろん、大火力の魔法を使えば無理矢理に貫いて破壊することも可能ではある。

しかし、目の前の圧縮空気の壁に対しそれを可能とするには、『雷の暴風』クラス以上の大魔法か、貫通力に特化した『雷の投擲』しかない。

だが、『雷の暴風』などを放てばまず間違いなく客席を巻き込む。『雷の投擲』では突破したところで氷柱の破壊には向いていない。ならば融合魔法、というのは発動時間がかかり過ぎるため却下だ。

 

結論として、ナギ本来の戦い方では、この時点で手詰まりだ。大人しく作戦負けを認めるしかないだろう。

 

 

 

——そう、()()()()()()()()

 

 

 

雷の矢が防がれ、返す刀で自陣最右の三つが破壊されたのを見ると、ナギはいっそ不自然なほど笑みを深くし、ローブの懐に手を入れた。

 

 

 

——この会場で、気がついていたのはどれぐらいだったのだろう。

 

——ナギの服装が、一回戦と違うことに。このローブは、裾が(ほつ)れていない別のものだということに。

 

 

 

彼が取り出したのは、一冊の本だった。

 

それ自体はルール違反ではない。古式や一部の魔法師の間で使う"魔本"や"魔道書"と呼ばれるものは、ルール上は術式展開補助具、つまり超低スペックのCADと同じ扱いを受ける。

 

故に、彼が本を取り出しても誰も咎めることはない。咎める事など出来はしない。

 

しかし、ごく一部を除く全ての人間が眉を顰めたのも、また一つの事実だ。

先も言った通り、魔道書とは基本的にCADの劣化版。『本を使う』ということ自体に何らかの意味がない限り、わざわざ(ページ)を捲る必要がある魔道書を使うなど、時間と手間のかかるだけの無駄な行為だ。

 

 

 

——だが。もしもその本が独りでに浮き、高速で(ページ)が流れていったとしたなら。

 

——それは、魔道書は時間も手間も掛かるという常識を、打ち砕く瞬間に他ならない。

 

 

 

「なっ?! くそっ!」

 

(くれ)は慌ててCADを操作し、中央左列の氷柱を破壊する。

 

三高のブレイン、吉祥寺真紅郎からは、『白き雷』や『雷槍』、一回戦で見せた『雷の斧』などの、対戦()相手()が使ってくる可能性のある魔法は全て教えてもらっていた。

そして、彼に教えてもらった魔法の中には、魔本を使う魔法など()()()()()

つまり完全な未知の魔法ということであり、要注意の警報が脳内に鳴り響いたのだ。

 

幸いなことに、現代魔法における春原家の魔法力は決して高くはない。寧ろ低いと言ってもいいレベルであり、相手が普通の魔法師なら通用しなかったであろう複数同時照準を使っても、何とか破壊ができていた。

 

中央右列を破壊し、残るは最右の一列だけになった時、ナギの手元に浮かぶ本が閉じられた。

攻撃と防御、呉がどちらに力を入れるべきか迷った隙に、ナギは本から一枚の栞を引き抜き、天に手をかざす。

 

 

そして。その瞬間、呉の周囲に影が落ちた。

 

 

「なん、だよ……アレ!」

 

見上げた先にあったのは、黒々と輝く闇色の球体。

直径1mほどのそれは、呉側の氷柱と同じく縦三列、横四列の計十二個存在していた。

 

呉の魔法力では、加重系、移動系、そして振動系の魔法だと感じ取るのが限界だった。感覚的には加重系が中心に組まれているような気もするが、単純化された現代魔法とは違い複雑で、あれが具体的にどう氷柱に作用するのかは分からない。

だが、アレが落ちてくれば、負けることだけは分かっていた。

 

「だがっ!これで終わりだッ!!」

 

幸いにも、球体はまだ中空に留まっている。こちらが破壊される前に、相手(ナギ)の氷柱を破壊すればいい。

呉も伊達に代表に選ばれていない。一瞬でそこまでの判断を下すと、残り三本の氷柱に、これまでと同じ魔法式を投射した。

 

 

魔法式はよどみなく作用し、ナギの氷柱を砕く。

 

——最前列の一つを、例外に。

 

 

「な————ッ!? 情報強化だと!?」

 

挙げられていたナギの腕が降り下される。その手首には、銀色に光るCADが付けられていた。

 

確かに春原家の一族は現代魔法に疎く、それはナギも例外ではない。

魔法演算領域が一般的な魔法科高校生の平均にも届かないのだから、その中でも特に優れている他の代表のように氷柱全てに情報強化など掛けられないし、よしんば掛けられたとしても大きく強度が下がり意味をなくすだろう。

 

 

だが、一本だけに絞れば話は別だ。

たった一本だけでいいならば、他の代表とほぼ同じだけの強度を持つ情報強化を掛けられる。

 

 

相手の魔法に対する防御策を講じているのは、何も三高だけではなかったのだ。

 

「チィッ!」

 

そして、ナギの腕が下されるのと連動し、天に鎮座していた球体が落下した。

このタイミングでは攻撃は間に合わないと判断し、呉は障壁に全魔法力を集中する。この攻撃さえ凌ぎきれば、たった一本を倒すだけでいい呉に分がある。勝利の可能性は残っているはず——

 

 

 

しかし、その予想は。黒球が障壁をすり抜けた瞬間、脆くも崩れ去った。

 

 

 

呉は、そして吉祥寺は。いや、一高関係者の極一部を除き、重大な勘違いをしていたのだ。

 

確かに、ナギの扱える魔法には、対象の直接改変を行うものは少ない。

彼が扱うほぼ全ての魔法が物理現象を介して物理的にダメージを与えるものだということに、一つの間違いもない。

 

 

だが、あくまで『()()()』、あくまで『()()』なのだ。

ごく僅かではあるが、対象の情報改変を行う魔法も存在する。

 

 

そして、今回使った魔法もその一つ。

現代魔法学的に言えば、加重系メインの加重・移動・振動系混合領域魔法。範囲内に入った物体に——今回は固体のみを指定している——、球体中心から外側に向かって加重をかける。そして、地面に押し付けられた氷柱は、両端からかかる圧力に耐えられなくなり、圧壊する。

やっていることは、九校戦でもよく見かける方法に過ぎない。精々が、領域自体が移動する程度の話。干渉を起こさないように振動系で闇色をつけているが、それが何か氷柱に影響するわけではない、要は見掛け倒しだ。

 

 

……この魔法は、かつて、麻帆良祭のとある大会で、ネギの教え子の忍者に(ナギ)の仲間の大賢者が使ったものと同じ魔法である。

だが、あれと比べてはお粗末に過ぎる出来栄えだ。個数こそ2.4倍と多いものの、効果範囲は1/90ほど。威力も弱く、なによりあちらは無詠唱なのに対しこちらは大量の補助魔法陣が描かれた魔導書まで使っている。

あの、永き時を生きる人生収集が趣味の大魔法使いには及ぶはずもない、同じものだと言うだけで恥ずかしさを感じる、普段はまず使うことのない不得意な部類の魔法だ。

 

 

——だが。それでも対戦相手の裏をかくことは出来る。

 

 

ナギは吉祥寺を信用している。人柄も、その実力も。

それ故に、『対策に対する対策』を用意する必要があった。それも、相手に臨機応変に動く隙すら与えずに、一撃で決められる魔法を。

 

そして、ナギの知る限りにおいてこの魔法こそが、物理障壁に関係なく氷柱全てを破壊できる、数少ない内の一つだったのだ。

 

 

 

敗因はただ一つ。情報量の差だった。

 

使えなかったわけではなく、使ってこなかっただけ。

 

それを知らず、不意を突かれ、そして対応する猶予すら与えられず。

 

そんな呉の負けは、もはや必然であり——

 

 

 

バキバキと音を立てて、十二本の氷柱が一斉に破壊させる。

三高の代表も、春原家の魔法を解析に来た研究者も呆然と立ちすくむ中、勝者を讃える()()()が響き渡った。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

九校戦5日目(新人戦2日目) 結果

 

・第一高校

男子クラウド・ボール同率四位(五十嵐鷹輔):2.5pt

女子クラウド・ボール準優勝(里見スバル):15pt

女子クラウド・ボール同率四位(春日奈々美):2.5pt

 

・第三高校

男子クラウド・ボール優勝(()(かげ)(ろう)):25pt

男子クラウド・ボール同率四位((なか)(ぞり)椎名(しいな)):2.5pt

女子クラウド・ボール優勝(一色愛梨):25pt

女子クラウド・ボール第三位(厚井(あつい)ポゥ):10pt

 

 

 

累計成績

 

・第一位 : 第三高校……387.5pt

 

・第二位 : 第一高校……355pt

 

・第三位 : 第二高校……117.5pt



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第四十六話 彼の憂鬱、彼女の疑惑

四話(ほぼ)同時投稿、二話目です。


文明の近代化に伴い、薄れていったものがある。それを一言で表すとするなら、『闇』だろう。

 

人は、未知を恐れる。認識できないことを拒み、理解不能な物を嫌悪する。

そんな彼らにとって、特に『夜の闇』というのは受け入れがたい存在なのだろう。太古の昔、まだ完全には猿から抜けきっていない頃から火を灯し、また、電気の普及により夜でも明かりが消えることはなくなった。

 

そんな人類の進歩の歴史を考えると、この場所、富士演習場は、時代の流れを逆行するおかしな場所ということになるのだろうか。

 

一人、ホテルの屋上から闇夜に包まれた会場を眺めながら、森崎駿はそんなことを考えていた。

 

「ここに居たんだ、森崎くん」

「っ! 誰……なんだ、春原か」

 

背後から声を掛けられ、つい癖でCADを構えてしまう。だが、その先に居たのは敵ではなく、同じ一高、同じ風紀委員、そして同じモノリス・コード代表のナギだった。それを確認して、森崎はバツの悪そうに懐にCADをしまい直す。

 

「そろそろミーティングだから呼びに来たのか?」

「うん、まぁそれもあるけどね。夕食の時に飛び出して行っちゃったから、心配になって」

「……っ!」

 

その言葉を聞いて、森崎の心に様々な感情が渦巻いた。

 

目立っていたのかという羞恥。

心配をかけたという罪悪感。

そして、それら全てを塗り潰さんとする、何故()()()が来たんだという、自分でも理不尽だと理解している憤り。

 

森崎のその様々な表情を必死に抑え込む様子を見て、ナギは隣に寄って落下防止用の柵に身を預けた。

 

「……達也くんは凄いよね。女の子からも先輩からも信用が厚くて、その上腕もいいんだもん。それに実戦能力も高いし」

「……それは遠回しな自慢か? 全部、春原にも当てはまることだろう」

「まさか。ボクは現代魔法はからっきしだよ。理論なら幾らでも覚えようはあるけど、いざ使うとなると達也くんにすら及ばない。

……でも、森崎くんは、その達也くんよりも魔法が使えるんでしょ?」

「…………」

 

否定は、出来ない。それは、普段着ている制服からも分かる、揺らぎようのない事実なのだから。

 

「結局のところ、得意不得意なんだよ。全てにおいて誰かに勝とうなんて、土台無理な話なんだ。

達也くんはCADの調整なら一高の誰にも負けないかもしれないけど、実技の成績なら下から数えた方が早い。ボクも春原家の魔法なら負けるつもりはないけど、現代魔法じゃダメダメだ。

逆に、例え技術力で達也くんに負けたとしても、森崎くんには高い魔法力とクィックドロウがある。お門違いの技術者としての実力なんかで比べなくたって、そこで比べればいいんじゃない?」

「クィックドロウ、か……そんなもの、実戦で何の役に立つんだよ」

 

自嘲的に、吐き捨てるように。森崎は懐のCADに手を触れる。

 

確かに、それは自分の自負の一つだったのだろう。

それがあったからこそ、モノリスの練習でもナギと連携が出来るまでには接することができた。

それがあったからこそ、女子に学校の成績で負けても、そこまで傷つくことはなかった。

 

……だが。昨日の試合で、それに罅が入ってしまった。

 

「聞いたよ。スピード・シューティング、各校のエースと連戦して消耗してたのに、あの吉祥寺くんと接戦だったんでしょ?」

「そこまで知ってるなら分かってるだろ。何をどう言おうが俺は負けたんだよ。

いくら消耗してたなどと言い訳したとしても、クィックドロウを使って、それでも負けた。それも覆しようもない事実だろう」

 

ショックでなかったはずがない。

相手は、所詮と言っては何だが研究者だ。家の手伝いで何度か場数を踏んでいる、それも発動速度が唯一の売りの森崎家の直系が、負けるはずはないと思っていた。その結果が準優勝(アレ)だ。

緊張。慢心。不調。色々な要素はあるだろうが、プライドを傷つけられたのには変わりがない。そこに追い打ちをかけるように、見下していた()()()が大記録を打ち立てた。もはや自分でも分かるほど自暴自棄に陥っている。

 

だがナギは、優しく慰めるでもなく、敢えて傷口を抉る。

 

「かもしれないね。

スピード・シューティングじゃ、クィックドロウは(イン)(ビジ)(ブル)()(ブリ)(ッド)に敵わなかったのかもしれない。森崎駿という人間じゃ、吉祥寺真紅郎という人間には勝てなかったのかもしれない」

「……お前は追い打ちをかけに来たのか?」

「まぁ聞いてよ。

確かに一度、森崎くんは負けた。それはその通りだと思う。結果として残ってしまってる。

……でも、そのままで良いの? ここで逃げたら、それこそ一生負けっぱなしになるよ? 森崎家のクィックドロウは、森崎駿という人間は、その程度の存在なの?」

「っ!!」

 

悔しさに涙を滲ませるぐらいなら、慰めるのが一番だろう。涙を拭い、共に背負うと言うだけでいいのだから。

だが、プライドが折れかかっている相手には、むしろ煽り立てるぐらいが丁度いい。それで折れてしまうなら、所詮その程度のものだということ。

 

——司波達也の、妹を守るという意思のように。

——或いは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの、女子供は殺さないという意思のように。

 

本当の誇り(プライド)だと言うのなら、例え命に代えても曲げれないものだ。多少の壁に当たろうが、死に物狂いで崩して通すものがプライドだ。

 

そしてナギには、森崎駿がここで折れるような人物だとは見えなかった。

 

自棄(ヤケ)になるには、ちょっと早すぎるよ。まだ引き分けには持ち込める、かもしれない。なら、最後まで足掻かなきゃ」

「……だが!ならどうするんだよ!! モノリスのことを言ってるんだろうが、相手にはあの一条家の一条将輝も居るんだぞ!? 勝てるわけないだろう!」

「勝てるさ」

「…………は?」

「今のボクだけじゃ、将輝くんに勝てないかもしれない。今の森崎くんだけじゃ、吉祥寺くんに勝つのは難しいかもしれない。

でも、『ボクたち』なら勝ち目はある。いや、勝ってみせる。その為の仲間(チーム)でしょ?」

 

森崎は知りようもないが、目の前の少年は、前世では英雄と呼ばれた身だ。

だが、ネギ・スプリングフィールドという英雄は、決して全てに秀でていたわけではなかった。

平均的に見て、広く、優れた才能があったことは間違いないが、それでも、彼一人の力で英雄と呼ばれるようになったわけではない。

 

彼には、仲間がいた。

 

一癖も二癖もある31人の教え子たちが。

悪知恵ばかりよく働かせる使い魔が。

共に切磋琢磨できるライバルが。

何かあるとすぐに燃え盛る幼馴染が。

自分の在り方に苦悩する強敵が。

校長。同僚。父の仲間。剣闘士。運送屋。トレジャーハンター。騎士見習いの少女たち。賞金稼ぎ。

そして、多くの、滅びに立ち向かった名も知らぬ住民(英雄)たちが。

 

彼らの力があってこそ、ネギ・スプリングフィールドという英雄は生まれた。

彼らの力無くしては、今ここに、彼がいることはなかったであろう。

 

だからこそ。ナギは自分の力を過信しない。自分に出来ないことがあるのを受け入れる。その上で、仲間の力を合わせて乗り越えようとする。

 

——例え一人一人では遠く及ばなくとも、力を合わせれば不可能はない。

 

ネギという英雄の人生がそれを体現したものであるがゆえに、彼の言葉には強い説得力がある。

何も知らない森崎が何かを感じ、立ち上がろうと思えるぐらいには。

 

「……はぁ。足は引っ張るなよ、足手まといを抱えて勝てるほど、三高は優しくはないぞ」

「当然。全力を尽くして戦うよ。もちろん、森崎くんもでしょ?」

「当たり前だ。今度こそ、吉祥寺真紅郎を倒してみせる。クィックドロウがあの程度なんて誤解されたままじゃあ、親父にどやされるしな」

 

言葉だけ聞くと傲慢のようだが、そっぽを向きながら少し赤い頬を見れば照れ隠しということは分かる。

だから、仲間(ナギ)は笑顔でそれを受け入れた。

 

早足で扉に向かう森崎の後ろで、ナギはチラリと背後を振り向く。

軍事基地という特徴ゆえか、あえて明かりを廃絶し闇に包まれた会場。

それを少しの間眺めると、そこに背を向け、先を行く友人を追いかけた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイク二日目は、公平性を保つために1日目とは試合順が逆になる。二回戦第五試合だったナギは、予選最後の三回戦は第一試合だ。

 

とはいえ、()優勝候補——"優勝候補"ではない——のトップを走るナギが負けると考えている観客は少ない。

むしろ、裏側で行われている試合が色々と凄くなりそうだという話を聞きつけ、過疎化が進むぐらいには信頼されていた。

 

では何故、第一高校の柱の一つである克人がここにいるのか。

それは、人と会う予定があったからだった。

 

「早かったな」

「いえ。ご当主様をお待たせすることは出来ませんから」

「……外ではその呼び名を使わないように言ったはずだが、()()?」

「え? あっ、すみませんご、克人様!」

 

待ち人の名は、青山萃音。四月の一件で(つかさ)(はじめ)に洗脳され、テロリストの一員として活動していた少女だ。今は十文字専属のメイドとして働いている。

 

そう。メイドだ。メイドなのだ。あの、フリフリエプロンで白黒の、一般人ならコスプレでしか見ないであろう美少女メイドなのだ。

それは目立つ。かなり目立っている。だが、克人はそんなことでは動じない。結果、萃音一人が赤くなり、その様子を見た(けもの)たちの視線が集まるというループが起きていた。

 

「はぁ……もういい。それで、結果はどうだった?」

「えっと、はい。結果から言えば、やはり何らかの組織が動いていることは間違いなさそうです」

 

とはいえ、仕事には忠実な萃音。いざ本題に入ると表情を一変させ、凛とした一人の剣士に変貌する。

 

「尻尾は?」

「掴めてません。七草家から、春原家に工作しようとしていた末端の末端を捕らえたとの連絡を受けましたが、めぼしい成果はなかったようです」

「その情報は俺も七草を通じて耳にしている。それで、お前はどう見る? 特に賊の拠点についてだ」

「わ、私のような新参者が、嫡子である克人様に意見を申し上げることは……」

「だが、三年の間とはいえ、お前も一つの家の実質的な当主を勤め上げていた、当主代理としてなら俺の方が新参者だ。その上で、先達からの意見を聞きたい」

「せ、せんだ…ッ?! 」

 

雷に打たれたような表情で固まる萃音。

一族の中で最も年若く、後輩としての立場しか知らなかった彼女にとって、自分が上の立場に立つというのは一種の憧れだった。まさかこんな状況で叶うとは、と感動に震える。

 

「ハイ!では申し上げます!

今回動いている( ノー・ )(ヘッド・)(ドラゴン)は大亜系の組織とのことですので、拠点があるとすれば中華街かと。ただ、それがどこかまでは……」

 

とはいえ、そこはやはり従者(メイド)根性が()()()レベルで染み付いている神鳴流。

『先達として』と言ったはずなのに変わらず敬語なこと克人は眉を顰めたが、性格的なものとしてスルーすることに決めた。

 

「なるほど。渡辺の事故を分析した司波からは、精霊魔法が使われた可能性が高いとの報告は受けている。その件について心当たりは?」

「そうですね……国内の術者には思い当たりがありません。最近は()()()が上手く折衝しているようなので、一部を除き行動を起こすような家はないと思います」

「その一部とは?」

「いわゆる伝統派ですね。ただ、伝統派は日本独自の魔法体系を重視しているのが根底にあります。国外の組織に協力するとは……」

「考えづらいな。となると国外から魔法師を連れてきた可能性が高いか」

「もしくははぐれの術者を捕まえたか、ですね。上が歩み寄りの姿勢を見せているのに反発して抜けた、血気盛んな術者が居ないとも限りません」

「ほう、そいういう考え方もあるのか」

 

だが、どちらにせよ、相手が上手く身を隠している以上はここで手詰まりだ。

二日前に出た結論と同じく、これ以上は新たな手掛かりが出てこないと進展しないだろう。

 

「分かった。では、その二つの線を中心に、もう一度洗い直すよう指示しておいてくれ。こちらも警戒は続けておく」

「わ、私がですか?」

「青山は当主代理である俺専属の従者だ。将来的に俺が十文字家を継いだ時、自然とこういった仕事も増えるだろう。その訓練だと思ってくれればいい」

「わ、分かりました!では早速戻り……」

「いや、その前にもう一つだけ用件がある。これは青山ではなければ出来ないことだ」

「もう一つ、私にしか出来ないことですか?」

「ああ。まずは座ってくれ」

 

促されるまま席に着き、話を待つ萃音。しかし、克人は正面を向いたまま口を閉ざしている。

1分が過ぎ、2分が過ぎ、3分が過ぎた辺りで、羞恥心がぶり返し始めた萃音が声をかけた。

 

「あ、あの、克人様。それで、用件というのは……?」

「待て、もう始まる」

「始まる?……きゃっ!?」

 

スピーカーから流れた選手入場のアナウンスとともに、其処彼処(そこかしこ)から歓声が沸き起こる。

テレビ越しには観ていた光景だが生で体験するとやはり違うのか、それとも人と接する時間が短かったことが作用したのか、ビクビクとした様子で萃音は再度問いかける。

 

「あ、あの、始まるとは何が?」

「春原の試合だ。右の櫓を見ろ」

「あの男の? それがどうかしたのですか?」

「……一つ聞いていいか?なぜそこまで春原を嫌う?」

「べつに嫌っているわけではないのですが……。あの男のお陰で今こうして居られるわけですし。

ただ、洗脳されていたとはいえ、嫁入り前の肌を直に触られたのは許しません。女の敵です」

「……根に持つタイプか」

「いえ、どちらかといえばスッパリ切り替えられるタイプですよ? ケジメさえ付けてくれれば」

「……分かった、春原にはあとで謝罪させよう」

 

そんなくだらない話をして居たからだろうか。いつの間にか選手の入場も終わり、試合開始直前となっていた。

 

萃音はすぐさま選手の服装と獲物を確認する。対人戦こそ最近になって十文字家の者と始めたぐらいだが、そこで教わった行動を早速(おこな)っている。

まず、左の櫓。第二高校と画面に書かれている選手の服装は……確か何かのアニメのキャラクターのそれだったはず。武器は小銃型CAD、特化型と呼ばれるものだ。

 

そして、右の櫓に視線を移した時、萃音の時間が止まった。

 

『試合、開始ッ!!』

 

アナウンスと共に、まず左の選手が攻撃を始める。次々と右の氷柱が倒されていき、残り六本となったところで、遂に、タートルネックセーター姿のナギが攻撃に移った。

 

 

——その手に持つ丈の長い刀、野太刀を上段に振りかぶり。雷を放ちながら振り下ろし、叩きつける——

 

 

その一連の動きに、萃音は見覚えがあった。

否、身に覚えがあった。

 

「あれは、雷鳴、剣……?」

「ふむ、やはりか」

 

呆然と、意識せずに漏れた言葉に克人が反応し、萃音は勢いよく振り向いて視線だけで問いただす。その目は、『なぜあの男が神鳴流を使えるんですか!?』と言っていた。

 

「一つ言っておくと、春原の言ではアレは神鳴流ではない、らしい。一回戦で使った『雷の斧』を、そのように見せているだけだそうだ」

「……何故わざわざそんなことを」

「さてな。そこは聞き出せなかったが、曰くアイス・ピラーズ・ブレイクの一回戦から三回戦、そして決勝リーグの二戦を足した五回の戦法は、それで一纏めのものなんだそうだ」

「五つで一つの戦法、ですか。それで、私にこれを見せた理由は?」

「剣の心得がない俺には起きた現象でしか判断できないが、あれが青山の技と全く同じに見えてな。

春原のことを信用してないわけではないが、一応『専門家』の意見も聞いておきたい。万が一にも、神鳴流の技が他所から漏れる心配をなくしたいのでな」

「そうですね……今思い返してみると、雷鳴剣を扱える割には剣の冴えがありませんでした。見た目こそよく似ていましたが、別物と見て間違いないでしょう」

 

そう言いながら、萃音は客席に手を振りながら櫓を降りるナギを見る。まるで、そう、不審なものを見る目つきで。

 

克人には言わなかったが、萃音はナギに雷鳴剣を見せたことがない。四月の時は屋内戦だったため、広域攻撃の雷鳴剣は使えなかったのだ。その後は、そもそもナギと顔を合わせてすらいない。

つまり、春原凪という人物が『雷鳴剣』という技を知ることも、見た目だけとはいえ再現することも、絶対に出来るはずがないのだ。

 

工場の時は洗脳されていたとはいえ、あの時の記憶は残っている。あの時感じた違和感も、未だ心に根を張っている。

十文字家に引き取られた後に、あの事件の顛末は聞いている。もしかしたら問答無用で殺されるかもしれなかった萃音を救ったのは彼だということも分かってはいる。

 

 

だが、何故か萃音は、春原凪という人物に気を許す自分が、どうしても想像できなかった。

 

 

——もしかしたら、それは、僅かな魔の気配を感じ取っていたからかもしれない。

だが、今それを知るのは、誰一人として居なかった。



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第四十七話 爆裂、対するは……

四話(ほぼ)同時投稿、三話目です。


二日目のアイス・ピラーズ・ブレイクは、午前に三回戦計六試合、午後に決勝リーグ計三試合という予定で組まれている。何かトラブルがあった時にずらせるよう、余裕を持って決められているためだ。

 

そして、今回そのトラブルが起きた。いや、トラブルではなく快挙というべきだが、女子の方で決勝リーグ出場の三枠を第一高校が独占してしまう形になったのだ。

そうなると、わざわざ試合をして順位をつけなくとも一高が得られる点数は同じになる。機械を動かすのもタダではないため、同率一位にしてはどうかという話が持ち上がったのだ。

……ちなみに、男子の方は三高が二人残っていたりする。初ということでもないが、珍しいのは間違いがない。ただ少し、一高女子の快挙があまりにも凄かっただけだ。

 

話を戻すと、その間は大会委員の調整のために男子の試合も止められ、さらに女子の方で英美が棄権して深雪と雫の正面対決のみが行われるということになったために、男子の試合はその後に回されることになった。

どうせなら、観客に多くの試合を見てもらいたいということらしい。事故も機材トラブルもなく、順調に進んでいて余裕があったのもあるだろう。

 

既に決勝リーグの第一試合は終了。

"優勝候補筆頭の将輝"対"スピード・シューティング四位の千星(ちほし)近太(こんた)"の三高対決だったが、これまで通り将輝が一撃で終わらせてすぐに終了した。

現在は破壊された氷柱をどかし、新しい物と入れ替えている途中だ。

 

「すまん、遅くなった」

「おっ! 一高快進撃の立役者の登場だぜ!」

「よっ!名裏方!」

「……いつになくテンション高いな、二人とも」

 

その一般用観客席の一角。ここ最近見慣れてきた二科生組+七草姉妹のグループに、女子の氷柱倒しの片付けが終わった達也が合流した。ちなみに雫と深雪はメディカルチェック、ほのかは裏でバトル・ボード決勝の準備だ。

 

「お疲れ様、達也くん。深雪さんたちの方はどうだった?」

「お疲れ様です会長。そうですね、二人とも体調は良好のようです。少々北山さんのメンタルが傷ついていたようですが、おそらく彼女なら大丈夫だと思いますよ」

「そ。達也くんがそう言うのなら安心ね」

「過度な期待は少し息苦しいのですが……」

「恨むのなら、担当選手が負けなし、トップスリー独占を2回もやっちゃった自分を恨むことね。もちろん選手のみんなの力もあるけど、誰が見ても達也くんの功績も大きいのは否定できないわよ」

「はぁ。覚えておきます」

 

そう返しながら、達也は席に着くと周囲を見渡す。完全な超満員、あらかじめ席を取って貰って居なかったら自分も立ち見になっただろう。

 

「凄い人数だな。席取りも大変だったんじゃないか、幹比古?」

「そうでもないよ。人が急に増えたのも、女子の決勝戦から大半が流れてきたからだったから。それまではまだ少し空いてる席もあったんだけどね」

「ま、世紀の一戦だとか言われてるみたいだからね〜。爆裂の一条家と大魔法の春原家の対戦カードなんて、そりゃ研究者からしたら垂涎モノでしょ」

「そうですね。どちらが勝ってもおかしくないです。

達也さんはどう思います? ナギくんは勝てそうですか?」

「……会長たちの前では言いづらいんだが、厳しいだろうな」

 

美月の問いかけに答えつつ、横目で前列の姉妹の様子を窺うが、特に思うところがあるわけではないようだ。むしろ、そう判断した()()を聞きたいように見えた。

 

「どういうことだい?」

「俺も試合があったから、横目で確認していた程度でそこまで集中して見ていたわけではないんだが……ナギの基本戦法は、低威力の魔法などで時間を稼ぎ、大威力の魔法を叩き込むものだと推測できる。

だが、一条に爆裂を使われては時間を稼ぐことすらできない。アレは一瞬で発動して、一瞬で試合が終わるからな」

「ん? だけどナギの魔法って、現代魔法に匹敵する瞬間発動が売りの一つだろ? それ使えばいいじゃねえか」

「レオの言う通り、それを使えれば問題はないんだが……一回戦の様子を見る限りでは、大威力の魔法の即時発動には何らかの制約があるんだろう。でないと(わざ)(わざ)威力のない魔法を撃ってまで隙を作る必要はなかったはずだ。

もちろん、即時ではないだけで、一般的な古式魔法と比べたら発動速度は速めだ。もう一人の三高選手相手なら耐えて発動するという戦法も取れるだろう。だが、十師族の直系相手に通用するものじゃない」

 

そもそも、アイス・ピラーズ・ブレイクにおいて爆裂を扱う将輝に勝てる魔法師がまず居ない。それも高校生ともなると、なんとか十文字が領域干渉で防げるかどうかといったところだ。

 

「……あれ? 爆裂って水を気体にして爆発させる魔法だったよね? なんで固体の氷まで爆発出来てるの?」

「香澄ちゃん……真夏に、この日差しですよ? 設置されてから試合が始まるまでには表面が溶けてるでしょう……」

「でも、それだけであの大きな氷柱を壊せるのかなぁ?」

「む……そう言われると……どうなんでしょう?」

「可能だろうな。水の体積と気体の体積差は、100℃で約1700倍。仮に0℃としても1300倍になる。表面の僅かな水でも砕くだけなら充分だ。

ついでに言うと、『爆裂』は水だけではなく、体内にある血液や、機械油などの液体全てに掛けられる魔法だ。水だけでいいなら、殺傷性ランクCの発散系『瞬間気化』という魔法がある」

「「そうなんだ(ですか)」」

 

こういった知識(うんちく)を語らせたら、この場で達也の右に出るものはいない。こと知識と技術に関しては、ここまでの競技実績が証明している。

その為、身内以外に厳しい——人見知りが激しいとも言う——双子も、素直に達也の言葉に頷きを返していた。

 

「とにかく、一条に勝つためには、爆裂の発動速度を上回る速さで破壊するか、もしくは破壊させられる前に一条を上回る干渉力の情報強化をかけるしかない。どちらも並大抵どころか、トップクラスの魔法師ですら厳しいことだ。深雪でも出来るかどうか……」

「そりゃ、なんとも言えねぇ話だな。ナギの奴も充分バケモノだけど、十師族って奴はそれ以上か」

『…………』

「ん?どしたよ?」

「あんた……目の前にその十師族がいる状況でよくそれ言えたわね」

「へ? ああ、そうだったな。接しやすいから忘れてたわ。なんかスンマセン」

「褒められてるのかしら、それ?

まあ良いわ。それに、いくらあのクリムゾン・プリンスだとしても、ナギくんがそう簡単に負けると思ったら大間違いよ。きっと、目に物を見せてやるわ」

 

真由美が、鈴音とともにナギの作戦を立てるのに絡んでいたのは、このグループでは周知の事実だ。断言していないあたりに若干の自信のなさが窺えるが、それでも堂々とした太鼓判。

それを聞き、達也たちも視線を前に移し、ナギの策がどんなものなのかと思いを馳せた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

言葉は不要。ただ己の技で戦うのみ。

櫓に上がった二人には、その言葉がよく似合った。

 

 

方や、紅いCADを握り、真剣な目で()()を睨む()()()

 

方や、完全な無手で、相手(まさき)に好戦的な笑みを向ける戦士(ナギ)

 

 

タイプこそ違えど、間違いなく顔立ちが整っている少年二人の登場に会場が湧く。

だが、本人たちはまるで他人事のように、ただ相手と氷柱のみを視界に収めていた。

 

(……この試合は、一瞬で終わるだろう。俺がそれで充分なのをナギも分かっているだろうし、それの対策をしていないとも思えない。

ナギと俺、どちらが先に魔法を発動できるか。そこだけが、この試合の勝敗を分ける)

 

お互い火力は充分。速度では将輝に分があるはずだが、ナギの目に諦観はなく、将輝も素直に勝てるとは思っていない。

故に、お互いにお互いを注視していた。

 

(……?)

 

だから、将輝がそれに気がついたのも、ある意味当然だったのかもしれない。

 

(ナギの奴、妙に後ろに立ってるな……なぜだ?)

 

櫓の上といえど、少し歩けるぐらいのスペースはある。ナギはその後ろギリギリ、フィールドから一番遠い位置に立っていた。

通常、選手が立つのは櫓の中心か、少し前寄りだ。ギリギリに立てばそれだけ下に気が散るし、かといって後ろ側に立てば氷柱が見えづらくなる。

それを無視して、わざわざギリギリに立つ理由となると……

 

(踏み込み、もしくは助走が必要な技を使う……それしかない)

 

これまでの試合の例に漏れず、ナギの服装は今回も変わっている。その見た目から判断すれば、近接戦闘寄りの動きをするための格好と言われた方がしっくりくるだろう。

だが、アイス・ピラーズ・ブレイクのルールでは、選手が櫓から降りることは禁止されている。近接戦闘など出来ないのだが……

 

(……いや、それは三回戦も同じこと。ナギの服装はマインドリセットの一環のはず。格好や装備が直接戦法に関わると思うのは、ナギの思うツボだ)

 

必要なのは、いかに速く発動するか、いかに惑わされずに平静さを保てるかの二つだけ。

注意をしておくに越したことはないが、それで自分のやることを見失っては本末転倒だ。

 

(……アナウンスが入った。開始まであと少し……勝つぞ)

 

 

静まりかえる会場。張り詰める空気の先に、認めざるをえない強敵。

 

 

(3……)

 

 

調子は良い。CADの方も、愛用の物と比べると劣ってはいるが悪くはない。

 

 

(2……)

 

 

対戦相手は、この状況でも好戦的な笑みを絶やさない。ならば、相手にとって不適はない。

 

 

(1……)

 

 

さあ。開戦の時だ。

 

 

「ゼロッ!!」

 

 

 

サスペンド状態のCADを起動し、氷柱に銃口を向けて照準する。この間、0.5秒。

クィックドロウで有名な森崎家なら0.3秒もかからないだろうが、一般的な魔法師ではこれでもかなりの速さだ。

 

 

 

——対するナギは、抱きかかえるように腕を前で交差し、こちらへ背を向けていた。

 

「エターナルッ……」

 

 

 

引き金を引き、起動式が展開される。ここで0.3秒、計0.8秒。

大会基準のCADでは標準よりも速めだが、達也なら0.1秒は縮められる。将輝愛用のCADでも同じだろう。

普段なら気にしないほどのそれが、今は歯噛みするほどに長く感じられる。

 

 

 

——ナギは、左手を前に右手を振りかぶる格好、右手を前に指を立て輝くような笑顔と、流れるようにポーズをとる。

 

「ネギッ……」

 

 

 

ひどく遅く感じた時間を経て、遂に爆裂の魔法式が完成する。将輝は、躊躇わずにそれを投射した。

 

 

 

——一瞬のタメを経て、ナギは大の字に体を広げると、全身から()()()を投射した。

 

 

 

 

 

「砕け散れッ!!!」

 

「フィーバーッ!!!」

 

 

 

 

 

開始の合図から、両方のエリアで大爆発が起きるまで、僅か1.1秒。

 

夏の風に吹かれ、巻き起こった粉塵が晴れた先には、当然の如く破壊され尽くした氷の破片。

 

 

 

ここに、将来永らく破られることのない、伝説的な記録が誕生した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『…………………………………………………………………………………………………………………』

「…………………………………………………………………………………………………………………」

 

呆然と、という状況を問われたとしたなら、今の映像を見せれば100%分かるだろうというぐらいには、時が止まった会場。

遠くで蝉の声が響き、さして大きくないその音しか耳に入らないほどに、完璧な静寂が会場全体を包み込んでいた。

 

「…………………………………………………………………………………………………………………何ですか、アレ?」

 

将輝を含む誰もが口をポカンと開け、もしくはヒクヒクと唇の端をひくつかせて固まる中、一番最初に再起動を果たしたのは達也だった。

まだ友人たちは口を開けて、完全に()()を止められている。このまま美術館に飾れるぐらい、見事に石化していた。

どこか意識の端のあたりで、それも無理はないだろう、と達也は他人事のように考える。今回のアレ——断じて魔法だとは言いたくない——は、それだけの衝撃をもたらしたということだ。

 

「うーん、分かんない。ナギくんには一応聞いたけど、何を言ってるのかサッパリ」

「……何をどうやったら、全身から光線を放てるんですか?」

「気合い、だそうよ」

「……何故、あの爆発で氷柱のみが倒れ、地面には(すす)しか付いていないんですか?」

「それも気合い、みたいね」

「……あのポーズの意味は?」

「必殺技ならキメポーズの一つや二つあるでしょう、って」

「……何か叫んでいたようですが?」

「必殺技なら叫ばずにはいられないだろう、って」

「……永遠(エターナル)熱狂(フィーバー)はまだしも……何故『(ネギ)』?」

「そういう技名だから、って言ってたわね」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

とりあえず、達也は思考を放棄した。 現象的には極太の『フォノン・メーザー』のようなナニカなのだろうが、何がどうなってるのかは知らない方がいいと言う直感に従い、これに関してはこれ以上触れないことに決めた。

なので、とりあえず気になったもう一つの質問をして、場の空気を少しでも変えようと無駄な試みをしてみる。……それで変わるとは到底思えない状態だが、それでも、一応だ。

 

「ところで、ほぼ同時に破壊されたわけですが、この場合勝敗はどうなるんですか?」

「ルール上はVTR判定になるわね。本当なら完全に破壊が終了したタイミングで決着になるんだけど、この場合は閃光で見えなくなってるだろうから破壊が始まったタイミングかな?

それでも同時だったなら、その時は両者引き分け。例えば同率一位になったら、25ポイントと15ポイントを平均して20ポイントずつになるわね」

「そうですか」

「「「「「「…………何(ですか・だ)あの魔法?!」」」」」」

 

ようやく再起動を果たしたのか、友人たちが唐突に叫びをあげる。見渡してみると、チラホラと動き始めた観客の間で困惑の騒めきが広がっていた。

 

「これは、また……随分大変になりそうですね。特に研究者は」

「本人にもよく分かってない魔法みたいだしね〜。解析は大変でしょうね」

「少なくとも殺傷性ランクB、普通に考えればランクAの戦術級と判定されそうですが」

「それがね、アレってダメージを与えるモノをある程度調節できるらしいのよ。直撃してもちょっとした爆発程度のダメージにすることも出来るみたいよ」

「……なんというか、もう完全に別の魔法系統だと割り切った方が、いえ、そもそも魔法だと思わないで別のナニカだと考えたほうがいいですね。現代魔法と同じ理屈で語ろうとしても、どこかで躓く気がしてきました」

「気が合うわね、私もよ」

「「…………はぁ……」」

 

重い溜息を吐く二人。とりあえず、今日の話題の四割は持って行っただろう。残り六割も、三割は達也の偉業(二回目)、二割は深雪の魔法力(+美貌)、一割は雫のCAD同時操作、と見事に一高だけになるだろうが。

 

「あっ、画面が変わったわね」

「ようやくですか。大会委員も固まってたんでしょうか?」

「それも仕方がないけどね」

「違いありません」

 

VTRは、0.8秒地点から開始されたようだった。

少しの間は変化がなかったが、下の表示が0.2進んだところで(ナギ)側の氷柱に魔法式が投射された様子が映る。キルリアン・フィルターで可視化された、将輝の爆裂だ。

しかし、次の瞬間に左上で爆発的な光が発生し、ビーム状のまま(将輝)の氷柱に突き進む。もし自動で光量制限をする機能がなかったら、太陽のような輝きが映し出されたことだろう。

 

 

爆裂が、氷柱表面の水を気化させようと情報体(エイドス)を書き換える。

 

光線が、そのエネルギーを以ってして氷柱を打ち砕こうと距離を詰める。

 

 

そして。最初に氷柱に罅を入れたのは——

 

 

 

 

 

僅か3フレーム、時間にして100万分の3秒の差で、将輝の爆裂だった。

 

 

 

 

 

勝者の表示が映し出される前に、ドッと湧き上がる会場。

一撃だけとはいえ互いに圧倒的な魔法を見せた両選手に、鳴り止むことない拍手が響いた。

 

「あはは、負けちゃったか……。よっ、と」

 

表示が切り替わった画面を見て、ナギは一つ苦笑いをする。いい加減邪魔になったのか、視界の上半分を隠すバンダナを外し、そのままポケットにしまった。

そして、一足飛びで将輝の櫓へ飛び移ると、無言で右手を差し出す。

 

「……ふ」

 

一瞬何事かと構えていた将輝だったが、伸ばされた腕を見て一つ笑うと、その手を取った。

 

 

 

「優勝おめでとう、将輝くん。だけど、モノリス・コードではボクたちが勝つよ?」

 

「ああ、全力で来い。こちらも出し惜しみなしの全力で、返り討ちにしてやる」

 

 

 

一つの競技が終わろうと、彼らの直接対決の場はまだ残っている。

彼らはまだライバルで、いくら個人的に仲が良かろうと、競技会場で馴れ合うのはあまりよろしくない。

 

 

だけど、今この場だけは、互いの健闘を(たた)え合うことも許されるだろう。

 

 

互いに全力を出しきり、認め合うこともまた、一つの青春の形なのだから。



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第四十八話 究極技法 —アルテマ・アート—

四話(ほぼ)同時投稿、四話目です。

最新話から来た人は、第四十五話『氷柱倒し、開幕』からどうぞ。


さて。ある意味で本日のメインイベントが終了し、達也たちは三姉妹と別れ、アイス・ピラーズ・ブレイクの会場を後にした。

ナギの試合も気にはなるが、ほのかのバトル・ボード決勝の方が見に行くべき試合だと思ったからだ。……これ以上、頭が痛くなる魔法を見たくないと思ったのもあるが。

 

だが、それは達也たちに限った話。ただでさえ満員御礼だった会場は、ナギの馬鹿げた魔法の噂を耳にした観客が押し寄せ、ギチギチのすし詰め状態となっている。

とはいえ、一般席とは違い選手席には多少の余裕があるのもまた事実。なので、やって来た十文字克人と沢木碧が席を見つけられたのも、そこまで幸運なことではなかった。

 

「おおぅ。これは超満員ですね。ま、あんな魔法を見せつけられちゃあ仕方ないかもしれませんが。

ところで、会頭はあの魔法を知ってたんですか?」

「知らなかったな。全試合で違う戦法を使うことは聞いていたが、先ほどの技は本番まで秘匿するよう七草と市原に言われていたらしい。ビーム状の攻撃というのは聞いていたが、まさかあんなものだとは……」

「そうですか? 俺は結構好みでしたけどね」

「……変わっているな」

 

お前が言うな、というツッコミがどこかから聞こえて気がしたが、克人はそれを無視した。どうせ気のせいだ。

 

「……それで、本当ですか? 春原が()()()を使ったというのは?」

「ああ。練習の時に見せようかとも思ったが、都合が合わなかったのでな。こうして本番にまで延びてしまった」

「それは良いですよ。一目見ておきたいって気持ちはありますけど、逆に言えばそれだけです」

 

既に二人の視線は、櫓の上に立つナギに固定されている。

一回戦、二回戦の魔法使い然とした格好。そして先ほどの試合の裸の上に前開きジャケット+目元を隠すバンダナという格好と違い、どちらかといえば三回戦寄りの、普通の格好といえば普通の格好だった。……全身白スーツなど滅多に見るものでもないが、それでもまだ常識の範疇だ。

 

「……間違いないですね。あれは、映像記録に残っていた、『あの人』の勝負服です」

「やはりそうか」

 

だが、と克人は思案する。

ナギは『五つで一つの戦法』だと言っていた。戦略的にも、確かによく考えられているだろう。

 

……一回戦で得意とする戦法を見せつけ。

……二回戦ではそれを裏切る魔法を使い。

……三回戦は獲物からは予想できない攻撃を放ち。

……四回目の試合で高速破壊を見せつける。

……そして、最終試合は——そこらの防御魔法なら、その上から叩き潰す高火力を以ってして、勝つ。

 

だが。そう、だが、それだけで『一つの戦法』と呼べるだろうか。『作戦』ではなく『戦法』と言い切るには、繋がりが薄いように感じる。

しかし、これから使う技の本来の使い手のことを考えると、その繋がりが見えてこない。何か、決定的な勘違いをしているような気がしてならなかった。

 

 

——克人は、いや、ナギとコノカを除く、この世界の誰もが知るはずがない。ナギの使った技が、全て彼の前世の父の仲間たちの技だということを。

 

 

再び、会場が静まる。

本日最終試合——実際はバトル・ボード決勝が10分後なので最後から三番目の試合だが——を前に、ある種の緊張感が張り詰める。

 

 

——相手が対策を取ってくることを想定し、遅延魔法を使わずとも高火力を実現するために組まれた、この一連の戦法の名を……

 

 

一つ、二つとランプが灯る。

よく手入れはされた、だが一目見て分かる型落ち品の腕輪型CADを身につけ、ナギは静かに腕を広げた。

 

 

 

 

 

——ナギは、"(アラ)(・ル)(ブラ)"と呼んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『試合開始!!』

「…………右手に気、左手に魔力……」

「……チッ!!」

 

開始の合図を聞いたにも関わらず、ナギはゆったりとした動作で動く。

それを見た千星(ちほし)近太(こんた)は、舐められていると苛立ちを露わにした。

 

 

——いや、それで良いのだ。

 

——この技に、余計な感情は不要。己を無にして、初めてこれを扱える。

 

 

 

「……(シュン)(クシ)(タス・)(アン)(ティケ)(イメ)(ノイン)——(かん)()(ほう)ッ!!」

 

 

瞬間。ナギを中心に突風が吹き荒れた。

 

否。どれだけの人が気がついただろう。

魔法力など無に等しい一般人でも感じ取れ、特に光に過敏でなくとも分かるまでに漏れ出ている光を生み出しているそれが、尋常ではなく活性化された、ただのサイオンだということに。

 

「な————ッ!?」

(ディフェ)(クタム・)(イミテシ)(ョーニス)——(ごう)(さつ)()(あい)(けん)!!」

 

ズボンのポケットに入れられた、ナギの右手がブレた。

 

『ズボンのポケットで刀の鞘のように滑らせ、超高速で打ち出す』

 

言葉にすれば、ただそれだけ。ただそれだけなのだが……

それを超音速で行えば、圧縮された衝撃波が破壊をもたらす、強力な中〜遠距離攻撃となる。

それが居合拳。かつての世界の前担任が、父の仲間が、そして、この世界の父が得意としていた攻撃だ。

 

 

 

——ズドンッ!!

 

 

 

大きな衝突音が会場に響き渡る。

——だが、どちらの氷柱も、傷一つなく健在だった。

 

「クソッ!」

 

これは、偶然の要素が大きい。悪態をついた千星にもそれが分かっていた。

本来の作戦なら『倒される前に倒せ』だったのだが、たまたま千星(ちほし)が春原(タカ)(ミチ)の勝負服を知っていた。そのため、当初の作戦である物理障壁魔法の方が有効だと直感し、ナギが(かん)()(ほう)の発動に時間をかけているうちに障壁を張ったのだ。

 

とはいえ、その障壁は一撃で破壊された。もう、氷柱を守る壁はない。

 

「まだまだ行くよ——豪殺・居合拳、三連撃ッ!」

「く、——ッ!!」

 

今度こそ、一本の氷柱が砕かれる。慌ててもう一度障壁を張り直すが、それもただの一撃で抜かれるはず——

 

だが、千星(ちほし)はそこで、あることに気がついた。

 

(三発で一本…………威力が、弱い? まだ使いこなせていないのか!!)

 

千星の記憶の中の、映像記録にある春原孝道の一撃は、こんなものではなかった。

莫大なサイオンを練り込んで(グラム)( ・ デ)(モリッ)(ション)もどきの効果を追加しているアレンジが加えられているとはいえ、威力という面では目に見えて劣る。

 

それも、仕方がないと言えば仕方がない。なにせ居合拳は、()()()()()()今まで完全な継承者が現れていない技なのだから。

現在唯一と言っていい使い手は一高の沢木碧だけだと言われているが、それもアレンジで大きく威力を落としたモノ——本人は同じ名で呼ぶのも烏滸がましいと『マッハパンチ』と呼んでいる——だ。

 

この技を完全に扱うには、膨大な時間を費やし、気の遠くなる修練を重ね、反射レベルまで鍛え上げられた体捌きを会得する必要がある。

ナギは、まだそこまでの域に達していない。劣化模倣の名の通り、ただの居合拳では猫騙しレベル、豪殺という上位技で(ようや)く通常の居合拳と同レベルの威力を出せるかどうか、というところだ。

 

 

——それに加えて、ナギはもう一つ、大きなデメリットを抱えている。

 

 

(予想以上に消耗が激しい……ッ! やっぱり、(かん)()(ほう)は、ボクに扱いきれる技法じゃない……ッ!!)

 

(かん)()(ほう)とは、(アル)(テマ)(・ア)(ート)と呼ばれる技術の一つだ。

 

外界から、体内に入り込もうとする(まり)(ょく)

体内から、外界に出て行こうとする気。

 

相反するその二つをぶつけ合い、桁違いの活性をさせた『()()()()』を得る技法。それが(かん)()(ほう)だ。

超活性状態のサイオンを纏うと、外界(イデア)とのやり取りが一時的に遮断され、耐毒、耐寒、耐熱、その他諸々の耐久性が得られる。また、肉体のエイドスも強く活性化され、身体能力を超常的なレベルまで跳ね上げる。

 

活性が強すぎて使用中は魔法が使えなくなる——この場合はどちらもだ——、使用直後も体内のサイオンの流れが乱れる為に一時的に魔法が使えないという欠点もあるが、それでも究極の名に相応しい、強力な効果だ。

 

 

……だが、扱うには幾つか条件がある。

 

 

まず一つ。我を捨てること。

魔力と気は相反する力。それをぶつけ合い、その上で操るためには、自身の身体を外界との窓口にする必要がある。それには、余計な自我など不必要だ。

 

加えて一つ。ほぼ同量の気と魔力を同時に操れること。

魔力は精神力を、気は体力を使う。その上で同時に操るとなると、かなりの消耗が要求される。

……そして、ナギが躓いているのがココだった。

 

 

(取り込む魔力の量に、気の量が追いつかないッ!!)

 

 

ナギの扱う、そしてナギ自身の核でもあるもう一つの(アル)(テマ)(・ア)(ート)(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)は、無尽蔵と言える魔力を得る副次効果がある。より端的に言えば、莫大な量の(まり)(ょく)が常に流れ込んできている状態なのだ。

それに対して、気の量は人間と比べても僅かにしか増えていない。つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それは、(かん)()(ほう)を扱う上では、致命的な欠陥だった。

 

 

「二十四発目ッ——豪殺・居合拳!!」

 

 

今は、気を強引に引き出すことでなんとか発動し続けているが、それも長くは保たない。

 

ナギが(かん)()(ほう)を維持できる時間は、ベスト・コンディションで1分弱。今回は直前に気を(エターナル・ネ)使用(ギ・フィーバー)しているので、保って30秒といったところだろう。

 

そして、既に発動から約20秒。

倒した氷柱の数は——僅かに(はん)(ぶん)

 

 

このままのペースでは……勝ち目は、ない。

 

 

「…………ふぅ……行くよ! 最大火力ッ!!」

「!! 来るなら来いッ!!」

 

 

故に、ここで全力を出し切る一撃を放ち、その一撃で勝負を決する。

それのみが、ナギに許された唯一の勝ち筋だった。

 

 

ドウッ! とナギの背中から光り輝くサイオンが噴き出す。

それはさながら、白き翼を広げたかのようで——。

 

 

『————』

 

その、余りの美しさと、肌で感じる桁違いのサイオンに、会場の端から端まで一様に息を呑む。

そして、それが全霊の一撃だと、直撃すれば命を持って行かれると、薄れ掛けた野生の本能で理解した。

 

 

ナギが使ったのは、単純にして高難易度の技。

一点から瞬間的に気を放出し、それによって攻撃を弾く。

それは、とあるバグが、『つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで』という異名で呼ばれる基となった技術だ。

それを、感卦の気の莫大なエネルギーを以って高出力で行う。その必要があるほど、これから使う技は、ナギの()()()では反動が消しきれないモノだった。

 

 

——その技は、たったの一撃で巨龍に匹敵する悪魔を纏めて撃ち抜ける、居合拳最大の技。

 

——今のナギの実力では、そこまでの威力は出ない。その域と比べることすら烏滸がましい。

 

 

————だが、その一端を再現することは出来る!

 

 

 

(ディフェ)(クタム・)(イミテシ)(ョーニス)——(しち)(じょう)(たい)(そう)()(おん)(けん)ッ!!!!」

 

 

 

空気が軋み、それすら抜き去り衝撃が(はし)る。

高密度で練りこまれた()()()()が光り輝き、さながらレーザービームの如く世界を突き進む。

 

 

そして、千星が張った障壁に衝突し……()()()()()

 

 

(よ、しッ!!)

 

確かに、(グラム)( ・ デ)(モリッ)(ション)は、実用化されている中では最強の対抗魔法だとされている。それを練り込んだ一撃ともなれば、どんな魔法式だろうと粉砕されるだろう。

 

——だが、物理現象までは消せはしない。

 

例えば、現代魔法的に通常の障壁、侵入してきた物体に魔法を掛けて止めるような領域魔法なら、いとも容易く撃ち抜かれただろう。十文字レベルの術者なら二、三枚の犠牲で済むかもしれないが、そうじゃなければ十枚だろうと二十枚だろうと軽く貫ける。

 

しかし、三高がナギ対策に採用したのは、収束系による圧縮空気を作り出して壁にする方法。例え空気を収束させていた魔法式を吹き散らしても、一瞬の間なら空気の壁は残り続け、攻撃を逸らす役割を果たせる。

特に今回は、障壁を斜めに形成して力を逃がす——彼は知る由もないが、まるでどこかの魔法探偵がやっていたような——展開の仕方をした。

空気の壁こそ霧散させられたが、この一撃さえ逸らせたなら十二分に役割を——

 

 

(——————)

 

 

千星近太の、動きが止まる。

 

ギリギリ、全力を尽くして何とか逸らした光線の後ろから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(しち)(じょう)(たい)(そう)()(おん)(けん)は、一撃一撃が巨竜の鱗を貫く威力を誇る、()()()()()()()だ。

 

ナギは、自分の威力では相手の障壁を貫けないことを理解していた。本来の威力とは程遠いこの練度では、障壁の破壊が精一杯だと分かっていた。

 

故に、一撃を障壁破壊の為に使い潰し、その後再び障壁が張り直されるまでの間に、残り半分を破壊する。

その為の、高速(1+6)連撃。

 

既にナギは、これ以上の競技続行は不可能だ。

捌ききれなかった反動で腕の骨に罅が入り、逃がした衝撃にしても足場の櫓に亀裂を刻み込んでいる。

(かん)()(ほう)が途切れ、体内(サイ)(オン)が乱されている現状では、再生するにしても3分はかかる。魔法を使うなら、更にそこから2分は必要だろう。

幾ら人外とはいえ、この状態で戦闘できるほどの異常性は持ち合わせていない。

 

 

 

だけど。何も心配することはない。

もう、勝負は決しているのだから。

 

 

 

先を行く一発を追いかけるように進む六つの光は、先を行く一発のように逸らされることなく、狙い通り六つの氷柱に直撃した。

轟音。舞い上がる粉塵。

極一部、透視系か感知系の先天性スキルを持ち合わせている魔法師以外、誰一人として覗き見ることができない天幕が降りる。

だが、この場の誰もがその光景を幻視した。

 

 

そこかしこに罅が入り、崩落の危険すらある櫓の上で、仰向けに倒れるナギが腕を天に突き上げる。

 

粉塵が薄れて現れたのは、七つのクレーターが刻まれた、氷柱一つの影もないフィールド。

 

 

ここに、新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクは決着した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「「「「…………………………」」」」

 

達也と深雪、そして雫とほのかの四人は、ティーラウンジで行われたプチ祝賀会からの帰り途中、とても珍しい光景に固まっていた。

 

視線の先にいるのはナギ。それは何もおかしくない。

その手に持つのは木製の長杖。それもよく見る光景だ。

 

だが、それに(もた)れかかるようにしながら、ふらふらと進む姿は初めて見るものだった。

 

「……ナギ?」

「え、あ、みんな。どうしたの……? あ、深雪さんとほのかさんは優勝おめでとう、雫さんは惜しかったね」

「それはいいから。何があったの?」

「雫の言う通りですよ! そんなフラフラなんて、いつもシャキッとしてるナギくんらしくないです!」

 

本当にいつ倒れてもおかしくない姿に、達也が肩を貸して支える。

それで少しは楽になったのか、身を任せたままナギは口を開いた。

 

「いや〜、最終試合で体力使い切っちゃって……。その後も、クレーター作ったことと櫓に罅入れちゃったことでこってり絞られて、さっきやっと解放されたところなんだ……」

「「「ああ〜……」」」

 

試合後の破壊痕の話は、ある意味で有名になっている。

九校戦で使っている試合会場は、平時は軍事基地の訓練施設だ。当然のことながら耐久性は抜群のはずなのだが……目の前の少年は、いとも容易く破壊してしまった。

破壊したことには、別にペナルティはない。破壊の可能性は常に起こりうることなのだから、大会委員としても特に咎めることはできない。

それなのに、わざわざ呼び出して尋問したということは……

 

「つまり、破壊(それ)を口実にあの技の詳細を聞き出そうとしたわけか」

「ま、そうみたい。どうせ叫んじゃってるし、名前だけは教えてきたけど」

「後は自分で調べろ、ということか。いつも通りだな。

ところで、かなり体力を消耗してるようだが、明日の試合は大丈夫なのか? モノリスの予選があるだろう?」

「う、ん。まあ、普通に戦えるぐらいまでは回復すると思うよ……流石に、(かん)()(ほう)は使えないと、思う、けど…………」

「…………寝たか」

 

普段から精力的に動き回り、それでも疲れた顔ひとつ見せないナギが人前で寝るとは予想できなかったのだろう。深雪たちはナギの顔を覗き込む。

その表情は、どこか高校生らしからぬあどけなさと、浮世離れした隠棲した老人のような雰囲気を併せ持っていた。

 

「俺はこのまま部屋に運ぶ。三人も試合で疲労が溜まっているだろう、ゆっくり休んでくれ。特に、ほのかは明日もあるんだからな?」

「は、ハイ! すぐに寝ます!」

「じゃあ達也さん。また夕食の時に」

「では、先に休ませていただきます。お兄様も、少しは息を抜いてくださいね?」

「ああ。今日はまだやることがあるが、明日が終われば一日休めるからな。それまでは働くさ」

 

そう言って、達也たちは別れ、それぞれの部屋へと向かって行った。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

こうして、九校戦6日目、新人戦で言えば3日目が終了した。

妨害工作も、摩利の一件以降は鳴りを潜め、精々がトーナメント表が妙に運の悪いものになっている程度。決して気を抜いているわけではなかったが、もう大きなものは起こらないんじゃないかという考えも、少しずつ膨らみ始めていた。

 

 

だが、この時点では、まだ彼らは知る由もなかった。

 

翌日、その油断を突くように、事故が起こるということを。

 

 

そして、哀れな竜が、一人の少年の逆鱗に触れる日になるということを。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

九校戦6日目(新人戦3日目) 結果

 

・第一高校

男子アイス・ピラーズ・ブレイク準優勝(春原凪):15pt

女子アイス・ピラーズ・ブレイク優勝(司波深雪):25pt

女子アイス・ピラーズ・ブレイク準優勝(北山雫):15pt

女子アイス・ピラーズ・ブレイク第三位(明智英美):10pt

女子バトル・ボード優勝(光井ほのか):25pt

 

・第三高校

男子アイス・ピラーズ・ブレイク優勝(一条将輝):25pt

男子アイス・ピラーズ・ブレイク第三位(千星(ちほし)近太(こんた)):10pt

女子アイス・ピラーズ・ブレイク同率四位(十七夜栞):2.5pt

男子バトル・ボード第三位(()(かげ)(ろう)):10pt

男子バトル・ボード第四位((なか)(ぞり)椎名(しいな)):5pt

女子バトル・ボード準優勝(四十九院沓子):15pt

 

 

 

累計成績

 

・第一位 : 第三高校……455pt

 

・第二位 : 第一高校……445pt

 

・第三位 : 第二高校……140pt




連続投稿で出てきた魔法は、時間が空き次第設定集を更新します。
(かん)()(ほう)につきましては、纏め次第設定集③『(アル)(テマ)(・ア)(ート)』として別枠で投稿させて頂きます。

……三高に原作通りの活躍をさせようとすると、上位が一高と三高ばかりになる問題(ボソッ)


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第四十九話 一線を越える

あらかじめ言っておきます。
今回、ナギがキレます。ガチギレします。
かなり思考回路がヤバい方向へ飛ぶので違和感を持たれるかもしれませんが、これが私なりに考えた○○らしさです。
状況が状況なのでキャラ崩壊には当たらないと考えていますが、癇に障った方がいらっしゃいましたら先に謝っておきます。すみませんでした。


春原凪(ナギ)の強さはどこにあるか』

それを挙げるのは、そう難しいことではないだろう。

 

 

多数の強力な魔法を操れる。

歳に見合わない交渉力を持っている。

学力も、筆記でならトップクラス。

顔も性格も良く、芸能人として活躍している。

 

 

その他にも多くあるだろうが、一つ共通して言えるのは、多くの人間が、彼は凄い存在だと認識していることだ。

 

では逆に、そんな彼らに一つの質問をしてみよう。

春原凪(ナギ)の弱点とはどこか』

もしもそう問われたなら、彼らは頭を悩ますことだろう。

表面上だけを見ていては、弱点などない、完璧な存在だと勘違いしてしまうほど、ナギは多くのことが出来るのだから。

 

 

……吉祥寺真紅郎は、その魔法の多くが物理攻撃、それも風と電気を操るものであることに弱点(それ)を見出した。

 

……一高の生徒なら、義理の姉に頭が上がらないのを思い浮かべるかもしれない。

 

……もしくはその真由美なら、多くを一人で抱え込む性格を挙げるだろう。

 

 

確かに、それらも一つの正解だ。その全てがナギにとって、ある種の弱点となっている。

 

だが、現在行われているモノリス・コードの一回戦において足を引っ張っているのは、そのどれでもなかった。

 

 

……春原凪の、いや、彼の扱う魔法の弱点。

 

……それは——威力が高すぎて、レギュレーションに多くの魔法が引っかかってしまう、ということだった。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)(アエ)(ール・)(カプ)(トゥー)(ラエ)!!」

 

上空100mから、無数の弾幕が降り注ぐ。

そのどれもが、一発でも当たると動きを止められ魔法が使えなくなる、現代魔法師的には強力な魔法だ。

 

——だが残念なことに、この魔法に火力はない。

 

この岩場ステージのように、盾となる遮蔽物が多いと効力は1%も発揮できない。精々が、少し足止めできるぐらいだろう。

そして。今のナギには、その遮蔽物を壊す威力の魔法が使えない。正確には、そんな魔法を使ってしまったらレギュレーション違反を取られてしまう。直接改変に寄らず巨岩一つを壊す魔法は、人一人を殺すのに十分すぎる可能性があるためだ。

 

 

——だが、今の彼は、決して一人で戦っているわけではない。

——自分一人で勝てないのなら、仲間の力を借りればいいのだ。

 

 

(森崎くん。右前方60°、100m先に一人近づいてる。気をつけて)

(了解!返り討ちにする!)

(鷲輔くんは、そのまま右回りで背後に回り込んで。視線はボクが引き付けるから)

(わ、分かった)

 

一高一年、モノリス・コード代表チーム内でのナギの役割は、偵察と遊撃。

森林と市街地ステージを除き、ほぼ全てのステージは上空から見渡しやすい。空を飛べるということは、それだけで大きなアドバンテージになる。

そのうえ念話で情報共有まで出来るとなると、一高は圧倒的に優位に立てる。例えナギの戦闘能力の多くが封じられ、実質的にまともな直接戦闘が出来るのが二人だけだとは言ってもだ。

 

「ん? わっ、と!」

『チクショウ!当たらねぇ!』

 

また、実は現代魔法師は地対空攻撃を苦手としている。それは、多くの魔法師がその目で見た情報をもとに標的を照準しているためだ。

空中には、比較対象となる物体が存在しない。よく、上にある太陽と地平線にある太陽が同じ大きさだという話で驚くのと同じように、人は何かと比較しないと正確な大きさや距離は掴めないのだ。

 

ナギの前世の『魔法使い』は、弾幕を張ったり広範囲を巻き込むことで、多少の誤差を無視して攻撃するようになっていった。

だが、魔法師たちは飛行魔法に触れて日が浅い。そのような対処法など、まだまだ思い浮かぶ者は少なかった。

 

「ダメだよ。攻撃するのはいいけどすぐに隠れなきゃ——『石蛇』」

『なにっ!』

 

石蛇——岩石に精霊を取り憑かせ、石柱状の一定範囲を一体の擬似生命体と定義。それを操る精霊魔法の一種だ。

熟達した使用者——例えば彼の前世のライバルの一人のような——なら、地形変動レベルの大魔法になる。しかし、土属性の適性が低いナギにそこまでの力は出せない。

 

だが、今のように足に絡ませ、動きを止めるぐらいはできなくもない。

 

「クソッ、石が巻きついてッ!!」

「ま、別に気絶はさせてないけど……ヘルメットを脱がせば『戦闘不能』なんだよね」

 

かなり近くから聞こえた声に、七高の選手はギギギと上を向く。そこにあったのは、七高の校章が入ったヘルメットを手に持って、ぷらぷらとこちらに見せつけるナギの姿だった。

 

「へ、あ、いつの間に?!」

「いつの間に、って、上下移動するだけだよ? 空飛んでるから足音も障害物も関係ないし。

……じゃ、そういうことで!」

「あっ!待ちやがれ!」

 

後ろから何か叫ぶ相手を無視し——手を出したら七高の反則負けなので安心して無視できる——、再び上空100mに戻るナギ。

さて、と再度状況を確認しようとしたところで、試合終了のブザーが鳴った。どうやら、二人もほぼ同時に倒したようだった。

 

「んーー!! これでまずは勝ち星1。さ、次も頑張ろう!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『……………………』

 

横浜、某所。

無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の東日本における中枢とも言えるその部屋には、張り詰めた空気が漂っていた。

無言が続く室内で最初に口を開いたのは、この場で最も権力がある男、ダグラス=(ウォン)だった。

 

「……では、新人戦モノリス代表に"蚕"と"落盤"を使用する。異論はあるか?」

「……やはり、リスクが大きいのでは? 下手に使って気付かれては、最も重要な本戦で使用できなくなるぞ」

「だが、点差は僅かに10ptだ。このタイミングで追いつかれるのは士気的によろしくない、叩き潰す必要がある。

なに、要はバレなければ問題ないのだよ」

「では、モノリスだけにしてミラージで使わないのは何故だ? あちらは完全な一高優位だろう?」

「そちらは、強力な技術者が付いているために優位だからだ。例の男の知識量によっては発覚する可能性も否定できない。まだ様子を見るべきだ。

対してモノリスの方は、一番厄介な最若がCADをほぼ使わないのが面倒だが、少なくとも他の選手は無力化できる。流石に三対一ともなれば、一条含む三高はおろか予選突破ですら難しくなるだろう」

「そうなればこちらの思い通り。例えミラージで1、2位を独占されても、さらに10ptは引き離すことができるな」

「少々危険な橋ですが……ここは賭けに出るしかありませんな」

 

反対意見を述べていた男も、認めざるをえなくなったのだろう。静かに頷き、ダグラスに視線を送る。

 

「よし。これで決定とする。ジェームス、すぐにでも内通者に連絡を送れ」

「ハッ!」

 

命令を受け、ジェームス=(チュー)が端末で一本の連絡(しじ)を入れた。

 

 

 

——それが、決して触れてはいけない悪魔の尻尾を鷲掴みにする行為だと、知ることもないまま。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「市街地ステージ、ねぇ……」

 

10階建てのビルの中程の窓から周囲を見渡しながら——尤も、ガラスは入っていないただの枠組みなのだが——、ナギはポツリと呟いた。

 

ここは、ひどく見覚えがある光景にそっくりだった…………前の世界で心を痛めた、荒廃したスラム街の一角に。

結局、どうなったのかを見ることはできなかったなぁ、なんて思っていたら、背後から声をかけられた。どうやら聞き取られたらしい。

 

「どうした春原。まさか五十嵐みたいに緊張したとか言うんじゃないよな?」

「き、緊張はするだろ誰だって! 一高の看板背負ってるんだぞ!?」

「するにはするが、そこまでガチガチになったら逆効果だろう。適度に気を抜くのが良いんだよ、相手は最下位の四高だぞ?」

「ぐっ……そ、それはそうだけど!」

「それに、裏では()()()がまた大記録を打ち立てようとしてるんだ。俺らが少し気を抜いていたって、一高の名誉に傷なんて入らないさ」

 

仲間割れ……のように見せかけた緊張を解くテクニックだ。森崎も、五十嵐鷲輔という緊張しやすい仲間のことをよく分かっているようだ。

 

 

その光景に頬を緩めた瞬間、ナギの背にぞわりとした予感が通り過ぎる。

 

 

「————ッ!?」

 

——見られている!

 

理屈ではなく、戦士としての直感でそれを感じ取った。

前世で魔法世界に行った時に巻き込まれたテロの時と同じ、時折こういった勘が働くことがある。どんな時でも分かるわけではないが、これを感じたらほぼ100%何かが起きる。ナギは経験則でそれを理解していた。

 

「森崎くん!鷲輔くん!誰かに見られてる!」

「見られてる、って、中継されているから当たり前だろ」

「違う!もっと、こう、敵意があるんだ!」

「……まさか、四高がフライングを!?」

「四高の一回戦は草原ステージだったから分からなかったが、たしかに感知系能力者が居る可能性もある……が、いくらなんでもそこまでするか? バレたら棄権になるかもしれないんだぞ?」

「それは……分かんないけど、確かに視線は感じるんだよ!」

 

ナギは窓から身を乗り出し、周囲を隈なく警戒する。

あと1分もしないうちに試合が始まるが、それまでこの部屋から出ることはできず、魔法も使えない。ルールという鎖で縛られた今、己の無力さを強く感じていた。

 

「……まあいいだろ、もうすぐ開始だ。位置バレ程度、最下位相手には丁度いいハンデだろ」

「でも、開始直後に魔法を使われたら……」

「なら情報強化を待機させておけ。投射さえしなければ、頭の中で組み立てておくのはルール違反じゃない。改変しない魔法ならCADなしでも今から間に合うだろ?」

「そ、そうだね……!」

「春原は外の警戒を頼む。窓から飛び出せるお前が適任だ」

「……わかった」

 

森崎の方針も悪くなく、また、自分は"魔法師として"は落第ギリギリだ。まだ悪い予感は拭えないが、ここは魔法師として優れている仲間の指示に従おうと、瞬動でいつでも飛び出せるように待機しておく。

 

 

——それが決定的なミスだと誰も気が付かないまま、試合開始を告げるブザーが鳴り渡った。

 

 

「勝つぞ!」

「おう!」

「……うん!」

 

開始と同時に、森崎と五十嵐は自分に情報強化を掛ける。それを横目に、ナギは窓からビルを飛び出し——

 

 

 

 

 

「——————」

 

 

 

 

 

——己の間違いを悟った。

 

 

 

 

 

それは、魔法力が弱いナギでも感じ取れるほど、強い魔法だった。

 

種類は加重系、効果時間は約1秒。

 

 

——効果対象は森崎たちがいる、ビルの()()

 

 

「も————ッ!!」

 

叫びを上げようとする口を、理性で閉ざす。

今必要なのは、状況の理解。そして、最適な対処に移ることだ。

思考だけ雷化したかのように引き伸ばされる世界の中、ナギは必死に頭を回転させる。

 

 

外に出たナギの目には、屋上の床が崩れ、さらにその下の階の床も巻き込んで落盤していく様子が映っている。このままだと、そう遠くない時間に、森崎たちは数十トンのコンクリートに押し潰されるのが確実だ。

 

既にナギは、虚空瞬動の体勢に入っている。瓦礫の山が落盤してくる前には、部屋に飛び戻ることも可能だろう。

 

 

(……でも、助け出せない!)

 

 

飛び込む時間はあるが、そこから飛び出る時間は残っていそうにない。

しかも運の悪いことに、中にいる二人の距離が離れている。これではどちらも救うことなど到底不可能だ。

 

 

 

千の雷を解放して雷化出来れば、まだ話は変わったかもしれない。

 

あるいは、五百柱ほどでもいいから光の矢を待機させておけば、落盤してくる瓦礫自体を吹き飛ばせただろう。

 

 

 

だが現実には、一つの遅延魔法も用意していなかった。

 

ルールに抵触するかもしれないから、と自己満足の為に禁じていたが故に、今、この瞬間、友人二人の命を危険にさらしてしまっている。

 

 

 

己への嫌悪感に全身の闇が疼く中、思考回路がショートするのではと感じるほどの一瞬にして永遠の葛藤の果てに、ナギは仲間がいる部屋へと飛び込んだ。

 

 

 

唇から血を流し、罪悪感で雫を漏らした、その顔で。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

轟音。

 

続く振動。

 

舞い上がる粉塵。

 

 

前日のナギの離れ業が子供のおままごとに見えるほど、その光景は見ている人間の心を凍結させた。

 

煙のカーテンの向こう、薄っすらと透けるそれは、崩れ落ちた瓦礫の山。

床が先に抜けだが為に、内側へと崩れ落ちた元廃ビルの総重量は、一体何百トンになることだろうか。

……少なくとも、中の人間の命が絶望的なのは、多くの人間が直感していた。

 

 

呆然と、一歩、二歩と画面に近づき。

真由美は、その場に膝から崩れ落ちた。

 

 

「ナ、ギ、くん…………ナギくん!!ねえナギくんッ!!返事をしてよッ!!!!」

「会長!!」

「鈴ちゃん!!ナギくんは無事なのよね!? アレはたちの悪い冗談か何かなのよね!!?? あはは、エイプリルフールって今日だっけ?!?!」

「会長!!しっかりしてください!!」

「おい真由美!!くそ!CADから手を離せッ!!!」

「くっ!市原と渡辺は七草を頼む!跡追い自殺なんかさせるな!!

女子は救急に連絡!手の空いている男子は俺について来い!すぐに瓦礫を退()かすぞ!!」

 

一般に、自分より混乱している人間を見ると、人は逆に冷静になると言う。

今回もその心理が働き、完全に混乱した真由美を見て、一高代表は冷静さを取り戻した。克人の一声で、各々が自分のCADへ手を伸ばす。

 

 

 

その瞬間。瓦礫の山が、()()()()吹き飛ばされた。

 

その衝撃で散らされるかのように、粉塵の幕が引き裂かれていく。

 

 

 

「ナギ、くん…………?」

 

 

そこに居たのは、不自然すぎるほどに傷一つない姿のナギだった。

 

「良、かったぁ……ホントに、ホントに良かったぁ…………」

「真由美?!おい!しっかりしろ!!」

「……大丈夫です、気を失っているだけかと」

「だが、まだ二人残っている。早く行かなくては——」

 

 

 

瞬間。先に倍する振動が富士演習場を襲った。

 

 

 

震源地は、ナギの右足。

 

中国拳法で『震脚』と呼ばれる踏み込みにより、大地を割り、その上に居座っている瓦礫の山を跳ね上げたと分かったのは、一体どれだけの人間だったろうか。

 

 

 

 

人間離れ、ではない。

絶対に人体の構造ではありえない光景に、それを表情一つ見せずに行う少年に。

 

それを見た全ての人間は、恐ろしいまでの憤怒を見た。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ナギは、宙に浮く瓦礫の中に仲間二人の姿を確認すると、低級の精霊を呼び出して回収させる。

 

そのまま、瓦礫がない平坦な場所に運ぶよう指示し、自分は落ちてくる瓦礫を片手で払いながら、あまりに平坦すぎる声で誰に聞かせるともなく呟く。

 

 

「……無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)、でしたっけ?」

 

 

ギシリ。

その腕から、脚から、全身から。人体にあるまじき硬質な音が響く。

 

 

「……ツーアウトまでは、許したんですよ? 一回目は誰も傷つかなくて、二回目も命には関わらなかったですから」

 

 

ミシミシ、ミシミシと、ナニカが飛び出してこようとする。

それを、僅かに残った理性で強引に抑え込む。

 

 

「……『ボクら』は、基本的には優しいんですよ? それが一つの"誇り"ですから。出来ることなら、傷つけたくもありません」

 

 

駆けつけた大会委員が、一目入れた瞬間、凍りついた。

人の姿でありながら、ヒトではない。それを本能的に理解し、全身が警鐘を鳴らす。

 

 

「……でも、今回(スリーアウト)は、もうダメですね。何度も何度も、身内を殺されかけても見逃すほど、『ボクら』は優しくはないんです」

 

 

それを直接向けられたわけではない。目線すら合わせていない。

だが、それでも周囲の人間は痛いほど感じてしまった。

一層の事、このまま死んでしまいたいと思わせるほどの殺気を。

 

 

 

 

 

「さぁ。まずはその目論見を壊しましょうか。

 

将輝くんだろうと、真紅郎くんだろうと、他の誰が立ち塞がろうと。いかなる妨害を受けようと。

 

その全てを薙ぎ倒し、頂きに登り詰めるために。

 

森崎くんたちとの、『勝つ』という約束を果たすために。

 

 

 

その為ならボクは————」

 

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

 

忘れてはいけない。

 

たしかに春原凪、その前身ネギ・スプリングフィールドは英雄だ。

 

だが、彼は清廉潔癖な、純度100%の英雄ではない。

 

その核は。復讐のために力を身につけ、その果てに人の道を踏み外した魔物でもある。

 

 

英雄らしく、多くの人を救おうとする。

英雄らしく、可能な限り敵を許そうとする。

英雄らしく、仲間を信じ手を取り合う。

 

 

だが、それと同じく。

 

 

魔物らしく、一度(ひとたび)敵と認識すれば、一切の容赦はしない。

魔物らしく、敵と認識した相手は、殺したとして後悔はしない。

魔物らしく、身内を傷つけられた時は、その(くら)き感情に身を任せる。

 

 

 

 

 

虎穴に入るよりも、なお危険。

 

獅子の尾を踏むよりも、なお致命的で。

 

巨竜の逆鱗に触れるよりも、なお恐ろしい。

 

 

悪魔の身内を傷つけるとは、そういうことだ。

 

 

 

 

 

——さあ。哀れな竜に救いあれ。

 

——願わくば、その死が穏やかなものになるように。




……とばっちりを受ける対戦相手に、合掌。


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第五十話 荒れる雷天

第一高校本部テント。

仮眠を終えて足を踏み入れた達也とほのか、スバルの新人戦ミラージ・バット代表は、その張り詰めた空気に何かが起きたと確信した。

と、それと同時、達也たちに気づいた深雪と雫に近づいてくる。

 

「深雪、雫。何があった?」

「お兄様、それが……」

「第四高校の(オー)(バー)(アタ)(ック)。三人とも病院に搬送された」

「病院?!ナギくんたちは大丈夫なの!?」

「大丈夫だ……春原はな」

「委員長」

 

摩利が横から入り、安心をさせるようにほのかの肩に手を置く。だが、達也はその言葉の裏の意味を読み取った。

 

「ナギは。ということは、森崎たちは無事ではないんですね?」

「……ああ、まだICUにいる。命に別条はないようだが、魔法治療込みでも全治まで十日間はかかるそうだ。丸二日から三日はベッドの上から動けないと見るしかない。

春原の方は、見た目は怪我一つないが、一応巻き込まれてはいるからな。明日まで病院で様子見だ。真由美もあっちに付いている」

「……ナギが無事なのはナギだからとして、その状況を起こす魔法なら殺傷性ランクAはあるはずです。何があったんですか?」

 

達也は、再度同じ問いかけをする。だが、そこに込められた意味は違うものだった。

 

「破城槌だよ。廃ビルの中で開始直後に食らったんだ」

「……それは……屋内に人がいる状況での破城槌は、文句なしの殺傷性ランクAです。(オー)(バー)(アタ)(ック)どころか、下手しなくとも逮捕案件ですよ」

「ああ。四高代表は、軍に捕まって事情を聞かれているようだ。加えて、電波には乗っていなかったが春原が事前の知覚魔法の使用も察知していてな。悪質なルール違反として、以降の試合は不戦敗だ」

 

こっちもどうなるか、と呟き、摩利は舌打ちをする。

その言葉に、達也は首を捻った。

 

「ウチは棄権にはなってないんですか?」

「一応、前例のない悪質な行為、という事だからな。こちらは被害者なんだからと、明日に試合を回す事は取り付けられた。ただ……」

「……選手の交代は認められない、ですか?」

 

モノリス・コードのルールでは、負傷者が出て試合に出場できなくなった場合でも、選手の交代は認められていない。他の競技とは違い、()()も含めて競技の一環という事だ。

 

「ああ。不謹慎なのは分かっているが、全員が続行不可能になっていれば、まだ前例がない事を理由に変更できた可能性はあったんだがな……。

春原はあくまで医者命令での様子見だ。容体が急変でもしない限り、戦闘続行は可能だと判断されるだろうな」

「つまり、これ以降の試合はナギ一人で戦わなければいけない。そういう事ですか」

「そんな!無茶ですよ!?いくらナギくんでも三対一だなんて!!」

「それは私達全員の総意だ。特に、春原個人はモノリス・コードのレギュレーションでは戦闘力が低い。単独で出場しても勝ち目は薄いだろう。

そう考えて、今も十文字が交渉しているが……」

 

歯切れの悪い言葉に、達也たちは現状を察した。つまり、雲行きは限りなく怪しいのだろう。

 

「それよりも。達也くんには後で頼みたい事がある。もちろん、ミラージが終わってからでいいが……」

「事故の解析、ですよね?」

「ああ。……そうだな、先に概要だけ説明しておくか。こいつを見てくれ」

 

摩利は一台の携帯端末——今世紀初頭ではノートパソコンと呼ばれていたタイプだ——を引き寄せ、ある映像を流す。それは、どうやらビルの一室の様子を録画したものらしかった。

 

「監視用兼中継用カメラの映像だ。春原が窓から飛び出した直後、この部屋の五階上の天井に破城槌が投射された」

「この映像からは分かりませんが……それがどうかしたんですか?」

「ちょっと待て……ここからだ」

 

スロー再生に切り替わる。

天井に罅が入り、森崎たちの表情に恐怖が浮かぶ中、窓から砲弾のように何かが突っ込んできた。それは、減速せずに床へと直撃し、天井の崩落と同時に床を破壊する。

 

「これは?」

「さらにスローにすると分かるが、春原だ。上からの瓦礫にただ押し潰されるよりも、先に落下させ始めて少しでも相対速度を下げるため……だろうな」

「それに、床という固定された場所と挟まれるよりも、空中で瓦礫に包まれた方が少しはマシだと考えられますね。五十歩百歩ですが、それが生死を分けたかもしれません。

それで、調べて欲しい事とは?」

「この映像を見て、五十里や中条はヘルメットの防護機能、つまり、上から一定以上の質量を持つ物体が降ってきたときに自動発動するはずの加重軽減魔法が発動していない可能性を指摘した。その裏付けが欲しいとの事だ」

 

言われて、達也はもう一度映像を見直す。今度は床ではなく、上の天井の動きを注視して。

 

「……たしかに、瓦礫に魔法特有の不連続性は感じられませんでしたね。ですが、可能性こそ低いもののポリヒドラ・ハンドルのような魔法が使われていたなら、見た目上の運動は自然なものになることもあり得ますが?」

「それは分かっている。今、中条は廿楽(つづら)教諭のところに、五十里は大会委員のところに向かって話を聞いている。そちらの魔法ならそれで分かるはずだ」

「なるほど。ポリヒドラ・ハンドル系列の判断なら、廿楽(つづら)教諭は最適でしょう。防犯上の秘匿を考えると大会委員からの情報は期待できませんが……」

「引き受けてくれるか?」

「はい。まずは、二人を勝たせてからですが」

「ああ。それでいい」

 

摩利は一つ頷くと、ポケットから端末を取り出してどこかに連絡を取り始めた。会話の内容から察すると、どうやらグループ会話で複数人と同時に連絡を取り合っているらしい。

 

とはいえ、今、達也には他にするべき事がある。そちらを疎かにするのは、事故にあった三人に対して申し訳が立たないだろう。

 

「ほのか、スバル。確かに事故は悲惨だったが、委員長たちが命に問題はないと言っている以上、俺たちは切り替えていこう。

あの三人が戻ってきたときに『お前たちのせいで負けたんだ』、なんて言わない為にも、必ずワンツーフィニッシュを取るぞ」

「……ハイッ!」

「そうだね。僕たちに出来るのは、勝って、三人に負い目を与えないことだけだ」

 

 

 

——だが、終ぞ達也たち三人は気が付かなかった。

 

——『ナギ』の名が出たとき、彼と関わりの薄い一部の生徒が、恐怖の表情を浮かべていた事に。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

さて。その当人であるナギだが、与えられた病室には姿がなかった。

かといって、院内を探索しているわけでも、ICUにいる仲間のところに居るわけでもない。

 

そもそもの話、真由美とともに()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

解放(エーミッタム)!!(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)ッ!!!!」

 

 

もはや巨大な光の柱としか見えない、幾条もの豪雷が天から降り注ぐ。

それらは木々を薙ぎ倒し、大地を抉り、地盤を融かす。

 

 

天災と呼ぶのすら躊躇うほどの、例えるなら、そう、まさしく雷の到達点。

 

 

そして、そんな光景を……真由美は山の頂上から、遠い目で見ていた。

 

「…………ナギくん、荒れてるわねぇ」

「いやいやいや!荒れてるのはウチの世界やで!? いくら指先一つで元通りっちゅーても、無限プチプチ的なストレス発散に使わんといてぇな!」

 

涙目で破壊されていく大地を指差し訴えてるのは、この世界の主、木花咲耶姫。自称コノカ様。

真由美は、持ってきたペットボトルを一口含むと、ジトッとした目で女神を睨む。

 

「ナギくんもストレス発散できて満足、私もナギくんが辛いものを抱え込まなくて満足。ほら、何も問題ないじゃない」

「大有りやで!?ウチには大迷惑や!」

「……自分からここを提供したくせに」

 

ジトッとした目力が強くなり、コノカは冷や汗をダラダラとかきながら、ポツリとつぶやいた。

 

「だって、あのときのナギくん、すっごい怖かったんやもん……。

ウチは神様とはいえ戦えんし、あのまま放置しとったら()()()壊されるかもって思うたんよ……」

「……この状況見てると、あながちあり得ないとも言えないのが辛いわね……」

『——黒龍来迎×2ッ!!!』

 

遠くで、黒い雷が落ちる。それも同時に二つであり、人(?)一人の破壊の結果と言うよりも、1年分の天変地異をこの場所に濃縮したと言われた方が納得できるような有様だった。

 

「まあ、元気出しなさいよ。ほら、今度ウチの学校に分社を建てるって計画あるから、それについて話しましょう?」

「うう、ひどい、ひどすぎるで。久し振りの出番やのにこない扱い……仮にも神様に失礼やろ……バチ当たりや……」

「……出番って何?」

「あれ? コノカさんどうかしたんですか?」

 

横から聞こえた声に、少女二人が振り向く。どうやら、少し目を逸らしている間に戻ってきていたらしい。

 

「うん、まあ、きっと神様にも色々とあるのよ。私たちには分からないことが。

それで、どう? 少しはスッキリできた?」

「うん。本気の全力を出せたのなんて久し振りだしね、だいぶ落ち着いたよ。少し鈍ってたのが気になっちゃったけど」

「そ、そう……アレで鈍ってたのね……」

 

真由美の感覚が正しければ、国の一つや二つ軽く滅ぶような感じだったと思うのだが……

 

「ところで、やっぱりそのカッコがナギくんの本当の姿なの?」

「ん? んんー……あっちもあっちでボクなんだけど……。人としてはあっちで、魔物としてはこっち、かな?」

 

キチキチと硬い音が鳴る指……ではなく爪を見ながら、自分のことだというのに首を捻るナギ。本人として自覚が薄いというか、どちらも自分だと思っているから人目以外を気にしていないのだ。

 

「ふーん……? どれどれ〜?」

「へ? うひゃっ?!」

「……意外と柔らかいわね、見た目こんなに硬そうなのに。でも、すべすべして気持ちいい〜〜!」

「な、なんで尻尾?! って、んっ!」

「自分が持ってないものが羨ましくなるのが人なのよ。

だいたい、この爪どうなってるの? こんなに大きくて硬くて黒いもの、握ったら刺さっちゃうでしょ」

「そ、それは、きゃうっ?!」

「あら?尻尾の付け根が弱いのね……うふふ」

「あ、あくどい笑み……うわぁあああっ?!」

 

キャイキャイと、努めていつも通りの行動をしようとする真由美。だが、彼女もそれに気がついていた。

 

 

確かに、触れるだけで暴発しそうな、張り詰めた雰囲気は薄くなった。

しかし、未だナギの目の奥に、(くら)い焔が燃え盛っていることを、真由美は感じ取っていた。

 

 

おそらく、今のナギは、勝つためならあらゆる行動を辞さないだろう。

あくまで"試合に勝つ"ためだから、反則を取られる行動はしない。だが、反則にさえならなければ、それがたとえ自らに禁じた行為だろうとしてみせるはずだ。

 

そして。優勝した先には……

 

「ねぇ、ナギくん?」

「あ、はははっ! な、何?!」

「……っ、」

 

尻尾を弄んでいた手を離し、華奢のようで鍛え上げられている背中に顔を埋める。

恐怖に震える手を隠すように、回した身体の前面で、ギュッと硬く握った。

 

 

「ちゃんと、帰ってくるのよ?」

 

 

真由美は、ナギの人間離れした力に怯えているのではない。それはとうの昔に知っていて、それを受け入れて愛することに決めたのだから。

 

真由美が怯えているのは、ナギが、このままどこか遠くに行ってしまいそうだったから。

独りでどこまでも抱え込む性格だとは知っていたが、今回、あの時の表情を見て、痛感した。

 

 

——(ナギ)を繋ぎ止める、鎖が必要だ。

 

——道を踏み外そうとした時。誰かを大切に思うが故に消えようとした時。それでもなお引き止められるだけの、強い(キズナ)が。

 

 

まだ、自分はその立ち位置には居ない。鎖の一つには成れていても、動きを止められるだけの強さはない。

大切に思ってくれていることは確かだが、寿命(ゆえ)か力(ゆえ)か、まだ、『傷つけないために離れる』ことが出来る相手だと認識されている。

 

あの目を見て、そうだと分かってしまった。

 

それは、真由美にとって、とても不本意なことだ。

 

だから…………

 

 

「……好きよ、愛してるわ。未来永劫、ずっと先まで。

だから……お願いだから、必ず、私の側に帰ってきてね」

「…………うん。分かってる。今のボクの居場所は、真由美お姉ちゃんたちの側だから」

「…………」

 

 

——また、"()()"、だ。自分の欲しい言葉には、それが必要ないのに。

 

でも、——まだ、芽がないわけじゃない。

きっと、いつか。絶対に解けない(きずな)を紡いで、そのセリフをなくしてみせる。

 

——だから。"今は"、——

 

 

 

腕の下を潜るように、真由美はナギの正面に回り——

 

 

 

————これくらいは、してもいいでしょう?

 

 

 

燃える木々の放つ光が、一つの影を映し出していた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

時は流れ………

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

『第一高校代表対、第八高校代表! 予選第三試合——』

 

木々が生い茂る森林ステージの中、ぽっかりと空いた空間に佇むナギ。

 

 

——準備は万全。体調も良好。覚悟は……出来ていないわけがない。

 

 

その視線の先に、きっといるであろう対戦相手を見据えながら、ナギは胸に手を当てる。

 

 

——八つ当たりだとは分かっている。恨むべきも、叩くべき相手も彼らではないことも。

 

 

状況は一対三。大部分の魔法はルールによって封じられ、近づいて直接攻撃もできない。こちらに圧倒的に不利な状況。

 

 

——でも。だけど。それでも『勝つ』と約束したのだ。口先だけでも、確かに誓い合ったのだ。

 

 

だが。ポケットに入れた二人の武器(CAD)が力をくれる。たとえ壊れて使えなくとも、これがここにあるのだ。

 

 

——ならば、負けるわけにはいかない。

その為なら、多少の理不尽だろうと押し通そう。無理を通して道理を打ち払おう。

 

 

ならば、負けるわけにはいかない。

彼らの為にも、再戦を誓ったライバルの為にも、そして、こんな自分を信じてくれる姉の為にも。

 

 

——さあ。準備はいいか、英雄候補生。お前たちが戦うのは——

 

 

さあ。全力で来い、強敵たち。君たちが戦うのは——

 

 

 

 

 

『試合、開始ィッ!!』

 

 

 

 

 

————掛け値なしの、英雄(バケモノ)だ。

 

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

 

九校戦7日目(新人戦4日目) 結果

 

・第一高校

ミラージ・バット優勝(光井ほのか):25pt

ミラージ・バット準優勝(里見スバル):15pt

 

・第三高校

ミラージ・バット第三位(厚井(あつい)ポゥ):10pt

 

 

 

新人戦モノリス・コード 予選状況

 

第1位:第三高校(4戦4勝0敗)

第2位:第八高校(3戦3勝0敗、不戦勝1)

第3位:第九高校(4戦2勝2敗、二高に勝利)

第4位:第二高校(3戦2勝1敗、九高に敗北)

第5位:第一高校(2戦2勝0敗、失格勝ち1)

第6位:第六高校(4戦1勝0敗、五高に勝利)

第7位:第五高校(4戦1勝0敗、六高に敗北)

第8位:第七高校(4戦1勝0敗、不戦勝1)

第9位:第四高校(2戦0勝1敗1失格、以下棄権)

 

残り二試合(一高vs八高、一高vs二高)

予選上位4校が決勝リーグへ

 

 

 

累計成績

 

・第一位 : 第一高校……485pt

 

・第二位 : 第三高校……465pt

 

・第三位 : 第二高校……145pt




というわけで、竜も鼠も獅子もリストラです。ナギ一人に頑張ってもらいます。


ナギ「ん?何か忘れてるような……?」(ラブコメ中)
???「ええもん。ウチなんてだだっ広い庭持ってる便利なおねーさんポジションでええもん……出番あるだけマシやもん……」


九高と二高の成績が逆だったので修正


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第五十一話 明かされる秘技

超強化しますた


ここで、再度、前提条件を確認しておこう。

 

一、これ以降はナギ一人で三人を相手に戦う。

一、殺傷性ランクB以上の攻撃は使えない。

一、錬金や転移などの一部魔法も使えない。

一、試合前の遅延呪文も万一を想定し使わない。

一、負けることは許されない。

 

さて。現状を理解したところで、この状況での勝ち筋はどこにあるかを考えよう。

 

場合によっては、『切り札』や『秘奥』を切ることも、辞さないで。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

モノリス・コード二日目。

延期になっていた予選、第一高校対第八高校の試合開始から5分が経過していた。既に相手の前衛二人のマーカーは、一高のモノリスまでの道程の七割を走破している。

 

「それに対して、春原は動かないな」

「正確には、先ほどから何度も魔法式が映っているのですが……発動している様子がありませんね」

「トラップでも仕掛けてるのか? 確かに春原の身体は一つしかない。守りながら攻めに行くためには、自陣の防御を厚くする必要があるが……」

「いいえ、違うわ。ナギくんは、攻めるための手札を用意しているのよ」

 

ゆったりと、紅茶を飲むぐらい余裕を見せている真由美に、作戦()()議室()にいる全員の視線が集中する。

ナギの作戦、戦法、使用魔法。それを知っているのは、この場に真由美しかいない。

逆に言えば、ナギの魔法の『秘密』を教えられるぐらいには真由美も信頼を得られたということだが——弘一は半分ギブアンドテイクの関係なので例外とする——、それを聞いて真由美も口外ができない理由を理解できた。故に、例え親友だろうとチームメイトだろうと、決してそれを教えようとはしなかった。

 

()()()()()真由美がそう言うのならそうなんだろうが……それで勝てるのか?」

「当たり前でしょ。九十八……九十九……百。そろそろ動くわよ」

 

真由美の言葉を裏付けるよう、ナギの身体が宙へと浮かび上がる。

 

それが、常識を崩す一手目の始まりだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

解放(エーミッタム)——」

 

ポツリと、キーワードを唱える。

その一言だけで、無数の雷球が周囲に出現した。

 

 

 

——カメラの前で、第三者の視線がある中で初めて見せた、遅延呪文の準備段階。

 

——この技術が解明されただけで、古式魔法の再興、延いては現代魔法との関係性に大きな進展が起きるだろうという、できうる限り秘匿しておきたかった技術。

 

——だが、()()()()()()

 

——『隠しておきたかった』だけで、『隠さなければならない』わけではない。『変化する』だけで、『逆転』まではいかない。

 

 

————ならば、ここで勝つために手札を切ったとしても、後悔はない。

 

 

 

「——拡散『白き雷』、×100」

 

雷球が炸裂する。

撒き散らされるように四方に散らばる白き雷霆は、森林ステージの実に九割に広がり、森の木々へと余さず落ちていく。

 

……雷が鳴る夜、木の下で雨宿り。

小説などでは割とよく見るシチュエーションだが、これは非常に危険な行為だ。

木々はその高さで、雷を呼び寄せる。そして、木の中を地面に向けて進む電流は、その側に人体という"植物()よりも導電性が良いもの"を見つけると、幹を飛び出し襲いかかってくるためだ。

専門用語で、『側撃雷』という。

 

——ここで、四高の前衛二人を襲った現象の名だ。

 

「……解放(エーミッタム)・『縛縄持つ乙女騎士』」

 

森へ、剣から縄へ持ち替えさせた風の中位精霊を放ち、ナギ自身は遠くに見えるもう一つの空間へと向かう。

そこにあるであろうモノリスと、相手の護衛を倒すために。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「何だ、今のは……」

 

摩利が、大きく目を見開いて呟く。

大小の差はあれ、それは、真由美以外の全員に共通した表情だった。

 

「……七草。いくら直撃ではないとはいえ、アレだけの威力を誇る魔法は殺傷性ランクBはあるはずだ。ルール違反ではないのか?」

「残念。あれが一つの魔法ならそうなんでしょうけど、魔法一つはあれの100分の1。威力も100分の1。魔法(インデ)大全(ックス)にもランクCで登録されてるわ。

ただ、それを同時に使っただけよ。ルール上は問題ないし、ここで止めたら再試合を要求できるわね」

「……殺傷性ランクC、白色の電撃となると『白き雷』か。

だが、百の魔法の同時展開など、出来るわけが——」

「……魔法のストック、ですか」

 

鈴音が漏らした一言に、言いかけた摩利の動きが止まった。

しかし、鈴音はそれを気にすることなく、自分の導き出した可能性を検証していく。

 

「先程までに映し出されていた魔法式は、そのための準備。あそこでストックしておいた魔法を一斉に発動すれば、似たような現象は可能ですね」

「だが!それでは相手の位置が変わり、変数が変化した時に失敗する……」

「春原君の魔法の多くは、対象の直接改変ではなく、一旦何かを介する形式をとります。どうにかして投射直前の魔法式を保存すれば、再発動は可能かと思われますが?」

「……なるほど。その理屈なら、これまで春原が見せてきた魔法の即時発動も説明がつく。まさしく春原家の秘奥の一つというわけか」

「……市原の言っていることで合っているのか、真由美?」

「さーてねぇ? 私は何も言わないし、ナギくんも何も言わない。言ったら色々問題があるから。だから、勝手に推測してちょうだい」

 

完全に毒された応対に、摩利たちはある種の恐れを抱いた。

——そこまでに秘匿する必要のあることなのか、と。

 

「ま、問題はここからなんだけどね……」

 

そう言う真由美の顔には、しかし言葉とは裏腹に、信頼と安心が色濃く出ていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

八高の迎撃(ディフェンス)担当は、焦燥していた。

先程、天を埋めつくさんばかりの白い雷撃が走ったのは見えていた。

それがどういう攻撃かまでは推測できなかったが、『白い電撃』なんてものは全世界を探そうとも相手()選手()しか使い手は居ないはずであり、その後、試合終了のブザーや戦闘音が響かないからには、こちら側が最低でも一人、かなりの確率で二人とも戦闘不能になっているとしか思えない。

つまり、三対一の絶対的有利が、高確率で一対一に持ち込まれたということだ。そして、()()()()を持つ敵は、何時こちらに来てもおかしくはない。

 

そうやって、充分以上に警戒していたからだろう。

視界の端、林の中から飛び出してくる、赤い影を捉えたのは。

 

「吹っ飛、チィッ!!」

 

反応し、銃口を向け移動魔法を掛けようとした瞬間、敵の背後に浮く光弾——魔法的な感覚では空気弾——に気がついた。慌てて魔法を切り替え、地面の砂を持ち上げ壁にする。

 

『春原凪』の魔法に弾幕状の魔法があるのは有名であり、その中には当たれば拘束し、魔法の発動を妨害するものもあるのは広く知られているところである。

その対処法として物理防御が有効なのも、三日前の氷柱倒しで三高が示した。

それに則り、土の壁を作り出したことで、弾幕を防いだのだ。

 

時間的にギリギリだったため正面しか張れず、左右への大きな移動は封じられたが、それでも相手の攻撃は防げた。

彼は、土壁がなくなると同時に攻撃するため、壁の向こうへと銃口を向ける。

 

 

 

「——杖よ(メア・ウィルガ)

 

 

 

——が。その瞬間、背筋に悪寒が走った。

 

 

「くッ!?」

 

本能的にそれに従い体を横に倒したことで、間一髪難を逃れる。

背後から、自分の頭があった場所を、何か細長いものが高速で通過していった。

 

「杖かッ?!」

「そうですよ」

 

返答は、土壁の中から返ってきた。

今まさに突き刺さらんとしていた杖を、中から伸びた腕が掴む。その影は残像を残しながら壁を突き破り、懐、つまりはいかなる障壁もない位置まで潜り込んでくる。

 

「ま、ず——」

解放(エーミッタム)・『(フルグラティ)(オー・)(アルビカンス)』」

 

 

 

八高選手の意識はそこで途絶え、数秒後に()()を讃えるブザーが鳴り響いた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ジョージ、あれをどう見る?」

 

三高代表、控え室。

三高の本部テントの一角にあるそこでは、一高の予選第三試合を見た上での対策を迫られていた。

 

「……正直、かなり分が悪い。魔法のストックなんて反則だ。

仮に、僕らとの試合が森林ステージなら、初期の立ち位置を動かなければさっきと同じ戦法は通用しないけど……ナギが同じ手を使ってくるとは思えない。渓谷ステージなら、僕らに勝ち目はない」

「ステージに左右されるというわけか……。妨害で仲間を傷つけられてナギが荒れるのも分かるが、まさかあそこまで隠してきた手札を切ってくるとはな。犯人も余計なことをしてくれたもんだ」

 

実戦経験魔法師として、現場の魔法師たちとも親交がある将輝には、ナギの異名が多く耳に入ってきている。

 

——曰く、一人魔法旅団。

——曰く、最強の民間人。

——曰く、芸能界最強の少年。

——曰く、つかアレ高校生とか信じらんねー。

 

……最後のだけは少しアレだが、総じて言えるのは、恐ろしいまでの戦闘力を持つという認識だ。中・遠距離の殲滅戦なら、国内外を見渡しても十三使徒しか並ぶのもはいないだろうという評価すらあるほどだ。

そんなナギが国に招聘されていないのは、ひとえに七草家のバックアップと、魔法力が判明した時には既に持ってしまっていた芸能人としての立場があるためである。裏切りそうになく、有事の際は力を貸してくれることさえ分かっていれば、わざわざ縛り付ける必要はない。

 

少し話が逸れたが、要はそんな評価を持つナギの隠してきた切り札だ。まともなものじゃないとは思っていたが、魔法のストックなんていう反則じみたものは流石に予想外だった。

 

——と、そこで将輝があることに気がついた。

 

「ん? 要はストックされることが問題なんだから、平原ステージを引けば良いわけだよな?」

「え?うん、まあそれはそうだけど……流石に僕らの都合でステージが決まるわけは…………あ」

「不本意だが、決まるだろうな」

 

三高には、無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)という絶対に許せない()()()がついている。

将輝たちが望む望まないに関わらず、将輝たちが有利になるように手が加えられるだろう。

 

「でも、それには敵の手がステージ決定にまで伸びてないと……」

「見通しの利かない森林ステージ、それに次も次だ。ここ二試合、不自然なまでにナギに不利なステージが選ばれている。もしかしたら、第二試合も意図されてたものかもしれないぞ」

「……それもそうだね。不利な状況で、さらなる手札が出てくるかもしれない。今の段階で確定させるのは得策じゃないと思う。少なくとも、この試合を見てからでも遅くはないはずだ」

 

そう言って、吉祥寺はテレビを見る。

そこには、たった今試合が始まったばかりのナギの姿があった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

一高の予選第三、第四試合の実施は、本来今日には予定されていなかったイレギュラーだ。

当然、今後の予定は詰まっているため、ほとんど移動時間だけを空けて、続けて二高との試合が始まった。

 

そして、その場所は……市街地ステージ。前日にあんな事があったのにも関わらず、だ。

大会委員の言い分は、『ステージはランダムプログラムで選出されるので、こちらの関知することではない』とのことだが、建前であることは大部分が分かっていた。

 

もっとも、ナギにとって、それは神経を逆撫でされる行為に他ならない。

 

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル

契約に従い我に従え氷の女王、()く来れ静謐なる千年氷原王国、咲き誇れ終焉の白薔薇——」

 

 

よって、いろいろ奔走するであろう大会委員に一切の情けなく、——

 

 

 

「————千年氷華(アントス・バゲトゥ・キリオン・エトーン)

 

 

 

——置かれている()()()()、モノリスを分厚い氷に閉じ込めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「…………アレ、今度こそ殺傷性ランクAじゃないのか?」

 

大きく口を開けたまま、摩利が器用に話す。それを横目に見ながら、真由美は首を振った。

 

「対人使用じゃなくて、人を巻き込まないことを確認した上での対物使用だから、殺傷性ランクは適応されないわ。あの魔法によって誰かに危害が及ぶわけでもないし。

大体、アレでもかなり抑えてる方なのよ? ナギくんはそこまででもないらしいけど、()()()使()()()が使えば街一つを氷漬けにできるみたいなんだから」

「……戦略級だろ、それは」

「かもね」

 

否定の言葉を求めて問いかけた摩利に対し、即答で肯定する真由美。つまり、あの魔法は世界最高ランクの魔法の一つになりうると示唆しているのだ。

 

「……春原の家は魔境か何かか? なんでそう、ポンポンと戦術級だの戦略級だのが発見されるんだ……?」

「さあ? ただ、一つ言えるのは、あまりナギくんの機嫌を損ねないほうが良いってことよ。ナギくんが優しくしてるうちは良いけど、もし怒ったら……日本が滅ぶかもね」

「……冗談を言っているように聞こえないんだが、冗談なんだよな?」

「もちろん本気よ、当たり前じゃない」

「……昨日一日でお前に何があった……。あたしたちと真由美たちの間にある、"当たり前"の違いってなんなんだ……」

「んー……ナギくんへの認識の違い? 昨日の怒り具合を見てたら、常識なんて180°変わるわよ」

「……もう、なんか、どうしたらいいんだ……」

 

親友のあまりの変貌ぶりに、頭を抱えて机に突っ伏してしまう摩利。

その様子に同情しながら、克人は一つ気になったことを質問してみた。

 

「ところで。あの氷を春原は溶かせるのか?」

「ムリみたいよ? どうして?」

「……それはつまり、事実上あのビルへの出入りが出来なくなってないか?」

「じゃないと防御策にならないじゃない。大丈夫よ、放っておけばそのうち溶けるわ」

「……一体それまでに何日かかるのだ」

 

実際は大会委員が溶かすなり壊すなりするのだろうが、ビル一つを丸々覆う——場合によっては中もギッシリ埋め尽くす——氷を取り除くのに、どれだけの時間と労力が割かれることか……想像したくもない。

本人にとっては些細な仕返しなのかもしれないが、被る側を思うと得も言われぬ罪悪感が込み上げてくる。

 

……なお、克人が勘違いしているのは、あれが普通の氷だと思っていることだ。

千年氷華(アントス・バゲトゥ・キリオン・エトーン)』の氷は、魔法で特殊な分子構造のまま固定した特有のものだ。ただの氷とは違い、自然に溶けるまでには、千年、とは行かないまでも気の遠くなるような時間が必要である。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

とりあえず、これでモノリスを離れても、コードを打ち込まれての負けはなくなった。

だが、試合時間30分の内に最低二人を倒さないと、人数判定で負けてしまう。

 

しかし、この市街地ステージでナギ一人というのは、意外と厳しいものがある。

 

まず、基本的に屋内戦を要求されること。

外部からの攻撃はビルの倒壊を招く恐れがある、つまり第二試合と同じ状況に陥る可能性があり、まともに使えるのが物理攻撃しかないナギには手の出しようがない。

そして、近接戦闘を禁止されたルールにおいて、ナギの屋内戦での勝率はないに等しい。遮蔽物があり、威力の上限が決められた中では、彼の魔法の、本来のポテンシャルの5%も発揮できないであろう。

 

二つ目は、これも遮蔽物が多いことに関係し、隠れられると見つけるのが非常に厳しいことだ。

最悪二高側は時間一杯隠れ続けるだけで勝てるのだから、わざわざ積極的に戦う必要がない。その前提で隠れられると、体が一つしかないナギが全員を見つけるのはほぼ不可能になる。

 

故に、ナギの勝ち筋は。

 

外部から。

建物を壊すことなく。

迎撃(ディフェンス)を倒し、モノリスを開いて隠されたコードを打ち込む。

 

 

 

 

 

 

 

——というのは出来ない。

 

 

 

 

 

ナギには、それを可能とする魔法に心当たりがない。あったとしても、自分には使えない魔法か、様々な事情でまだ見せられない魔法のどちらかだ。

堪忍袋の緒が切れ、秘奥を使うのにも躊躇いがなくなったとはいえ、世界中に暴動を引き起こすかもしれない魔法を見せるほど、彼の理性は失われていない。

 

 

——なら、発想を変えてみよう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

解放(エーミッタム)魔法の射手(サギタ・マギカ)(アエ)(ール・)(カプ)(トゥー)(ラエ)

 

モノリスのある部屋に、窓から飛び込んだナギがまず(おこな)ったのは、百を超える空気弾の弾幕を張ることだった。

 

この魔法は同系統の中では唯一威力が0の魔法で、室内でいくら無数に発動しても安全上は問題がない。

……とはいえ、それは裏を返せば、相手の障壁を超える可能性も0だということに他ならないが。

 

「もうその技は見え透いてんだよッ!!」

 

二高の選手が障壁を張る。加速系ダブル・バウンドとナギの天敵、圧縮空気の壁の二重掛けだ。

風の矢は、一つも障壁を突き抜くことなく弾かれていく。加えて侵入防止用の障壁まであるのだ、ここで勝ちだろう。

 

——相手がナギじゃなければ。

 

 

 

「ネギ式闇の魔法(マギア・エレベア)、改・障壁破壊掌 試作(なな)号」

 

 

弾幕に紛れて接近していたナギが、右手を突き出す。

そして、それが障壁に触れた。それだけで、強力なはずの壁が、いともたやすく崩れ去った。

 

「な——ッ?!」

右腕解放(デクストラー・エーミッタム)(メロ)(ーディ)(ア・)(ベラー)(クス)最大(ウィース・)出力(マキシーマ)

 

一瞬の隙を作り、解放したのは身体能力強化呪文。攻撃呪文ではなかった。

 

この選手に攻撃しても意味がないことに、ナギは気づいていた。

仮にも風を得意とする魔法使いだ、風の鎧を纏っていることは感覚で分かる。恐らく、仲間に古式魔法師でもいて、こちらの対策にでも掛けてもらっているのだろう。

 

確かにそれは有効な対策だ。

常時発動型の障壁を身に纏い、その術者はどこかに隠れているなんて相手は、雷と風を中心とするナギには倒しにくい相手だ。倒せないとは言わないが、時間稼ぎに集中されると試合終了までかかる可能性がある。

 

 

……なので。ナギは予備の策を実行に移す。

 

相手が再起動する前にモノリスをガシリと掴み、()()()()()()()()()()

 

 

「なぁッ?!そんなのアリかよ?!」

「『モノリスを持ち運んではいけない』なんて、ルールのどこにも書いてないからね——光よ(ルークス)

 

無詠唱で放てるフラッシュで目を潰し、入ってきた窓枠から再び飛び出す。その際、モノリスのせいで枠が壊れた気がするが、このぐらいで危険行為と判定はされるはずもない。

悠々自適と、空中を足場に隣のビルへ飛び移り、さらにその隣のビルへと移動する。ここまで来たら、もう負ける要素はどこにもない。

 

 

 

余裕を持ってモノリスを開き、コードを入力して、予選最終試合は終了した。




超強化しますた(二高を)


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第五十二話 決勝、開幕——

二試合続けて行われた一高(ナギ)の試合が終わり、モノリス・コード予選の結果が出揃った。

 

勝率トップ、全勝は三高と一高。ただし、一高は四高との失格勝ちが入っているので、一高は2位、1位は三高だ。

その下に3勝の八高、2勝の二高、九高と続くが、二高は九高との直接対決で負けてるので決勝には進めなかった。

 

さて。本来なら準決勝は予選1位と予選4位、予選2位と予選3位の対決になるはずだった。が、しかし、2位の一高と3位の八高は直前で対決している。

そのため、例外的な措置として、三高対八高、一高対九高の対戦カードに変更された。

 

現在、岩場ステージで三高と八高の準決勝が行われている。

しかし、ナギの姿はモニターの前にも、試合を望める観客席にもなかった。

 

「——ですから、"アレ"を使います」

『……七草の娘に私たちの魔法を教えたのまではまだいいが、そこまでする必要があるか? アレは"もう一つ"と比べれば分かりづらいとはいえ、それでも発覚した時のリスクは高いぞ』

「それでも、使わなければ勝てません。将輝くんだけならまだなんとかなるかもしれませんけど、三対一じゃ手札が足りないです」

『それは分かるが……まあいい。ぼーやがそう言うならそうなんだろう。その代わり、必ず勝て』

「ありがとうございます、師匠(マスター)

 

通話が切れる。

画面が暗くなった端末をポケットにしまい、ナギは自分の試合会場まで歩き始める。

 

 

 

——これで許可は取れた。あとは勝つだけだ。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

準決勝第二試合、一高対九高の試合は渓谷ステージで行われて……いなかった。直前で、機材トラブルとの通達により岩場ステージに変わったのだ。

 

とは言っても、それを信じる人間など一高にはいない。

豊富に水を湛える渓谷ステージが雷を得意とするナギにとって有利以外の何物でもないのは周知の事実であり、第一試合で"比較的"苦戦していた岩場ステージへの変更には作為的なものを強く感じずにはいられなかった。

 

だがしかし。そう決まってしまったとしたらそれに従うしかないのが参加者の務め。

 

 

——それに、水がないのなら用意すればいいだけだ。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

「——(フラン)(ス・カ)(ルカル)(・ウェ)(ンティ)(・ウェ)(ルテン)(ティス)

「ああクソッ!またかよッ!!」

 

予選最終試合と同じく試合開始直後に自陣のモノリスを氷漬けにしたナギは——使ったのは『(アントス・)年 氷(バゲトゥ・キリオン)(・エトーン)』ではなく『凍て(ゲリド)つく(ゥスカ)氷柩(プルス)』だったが——、敵陣の目の前で竜巻の中に閉じこもっていた。

かれこれその状態が25分。一高側のモノリスを開けることを諦めた九高代表が全員集まるも状況は動かせず、半ば膠着状態に陥っていた。

と言っても、それは九高側に不利な条件ではない。寧ろこのまま閉じこもったままなら勝てるのだから、こんな行動をする()()の真意が読み取れずにいた。

 

……ところで、ナギが使っているのは『(フラン)(ス・カ)(ルカル)(・ウェ)(ンティ)(・ウェ)(ルテン)(ティス)』である。同系統、防御結界用の『(フラン)(ス・パ)(リエー)(ス・ウ)(ェンティ)(・ウェ)(ルテン)(ティス)』ではなく、本来なら捕縛用の呪文だ。

その二つの魔法の違いを挙げるとするなら、上昇気流か下降気流か。結界用の『風障壁』が後者で、捕縛用の『風牢壁』が前者。

 

 

……さて。ここで一つ考えてみよう。

岩場ステージにはないとはいえ、渓谷ステージやバトル・ボード用のコース、果てはピラーズ・ブレイクの氷柱作成用のプールなど、そう遠くないところに豊富な水場がある中、気温の高い夏場に、上昇気流を発生させ続けるとどうなるか。

 

——その答えは、物言わぬ空から返ってきた。

 

 

「……ん? 水……雨か? だけど、今日の予報は一日中晴れのはずだった——」

 

見上げた九高選手の目に映ったのは、いつの間に現れたのか、自分たちの頭上だけに黒々と鎮座する、積乱雲の影。

先ほどの一滴が(せき)を切ったのか、ポツポツという段階を通り過ぎ、一気にバケツをひっくり返したような豪雨になる。

 

「ま、ずいッ——!!」

 

例に漏れず、九高代表も圧縮空気の物理障壁を張っていたが、十師族でもない彼らには長時間の全天防御は不可能だった。

そのため、前方のみにしか壁はなく、その身体を天からの恵みが打ち付ける。

 

単純に言えば、全身余すところなく、ずぶ濡れだった。

 

 

解放(エーミッタム)——拡散・(フルグラティ)(オー・)(アルビカンス)

 

 

竜巻の奥からそのような呟きが聞こると同時、旋風が白く染まった。

天へ向かう螺旋を這い回るように雷の(いばら)が巻きつき、次の瞬間、周囲一帯へと拡散する。

宙を落ちる雨粒を伝い、地を濡らす雫を伝い。間にある壁を回り込むように白が迫る。

 

 

 

そして。次に竜巻が(ほど)けたときには、この場に立っているのは一人だけだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

歓声が湧く客席の一角に、達也たちの姿があった。

一対三という不利な状況をひっくり返したナギに、ホッと胸をなでおろす。

 

「フゥ〜。ナギの奴、なんとか勝てたな」

「なんとかって、どこに目が付いてんのよ。竜巻に隠れてたのもはじめから作戦の内よ、順当じゃない」

「でもエリカちゃん、さっきまで『このままじゃ負けちゃう〜!』って言ってなかった?」

「あちゃー、それは言わないでよ美月〜!」

 

呑気なことだ、と達也は友人たちを見ていた。

 

確かにナギの実力は予想以上だ。気が緩む気持ちも分からなくもない。

が、次の相手は三高。他の二人だけならともかく、実戦経験済みの十師族直系が相手では厳しいものになるだろう。まだ気を休めるには早い。

 

……いや、それが分かっているから今喜んでいるのか、と達也は理解した。今しか喜べるタイミングがないなら、今のうちに喜んでおくのも悪いわけではない。

そう思って、そうとは分からないよう一つ深呼吸し、眉間の皺を緩める。ちょうどその時、前の席のほのかが振り向いた。

 

「でも、まさか天気まで変えちゃうなんて……。達也さん、こんな魔法ってありましたっけ?」

「……直接天候操作魔法は、大亜連合の十三使徒が使う戦略級の霹靂塔しか確認されていない。ナギのあれも間接的なものだから、新しい一つにはならないな」

「そうなんですか?」

「湿気を含む空気で上昇気流を作れば雲ができる。理屈としては簡単なんだがな、実際にやろうとすると先ほどの竜巻のように桁外れの規模になる。ナギでなければ出来ないだろうが……言ってしまえばそれだけだ」

「へ〜」

「……だが……」

 

だが、達也にはこれが悪手に思える。

確かに、(これ)のおかげで"この試合は"勝てただろうが——

 

 

「ナギのやつ、何を考えているんだ?」

 

 

ポツリと呟いた言葉は、即席の雲が薄れ始めた空へと消えていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

それから暫くして、一高テント内の控え室。

そこに入った真由美はすぐさま遮音障壁を張ると、いつも通りながら集中した様子の義弟に話しかけた。

 

「決勝戦の場所が決まったわよ。草原ステージ、ですって。……ナギくん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。草原ステージになったのは予想通り、あとは作戦通りでいくから」

「その作戦のことを言ってるのよ。確かにあの世界で見せてもらった『アレ』なら一条くん相手でも勝てるだろうけど……本当に見せて良いものなの?」

 

これまで見せた魔法と違い、これから使うのは真の意味で『秘奥』に当たることだと聞いている。そんなものをおいそれと使って良いものなのか、真由美には判断がつかなかったのだ。

 

「う、ん……本当は使いたくないんだけどね……。

それでも、使わなくちゃ多分勝てない。森崎くんたちとの約束を果たすために、絶対に勝たなくちゃいけないから使うんだ。それに後悔もしないし、躊躇う理由はないよ」

「……そう。それなら良いわ。でも、そういう理由なら、絶対に勝つのよ」

「……ふふっ。師匠(マスター)と同じことを言ってる」

「雪姫さんと?」

「うん。心配してくれてありがと。でも、大丈夫だよ。勝ってみせるから」

 

自分のCADを持って——モノリス展開用の鍵魔法や情報強化、領域干渉しか入っていないが——、立ち上がる。

既に準備はできている、後は戦場へ向かうだけだ。

 

「じゃあ、行ってきます」

「……うん、頑張って」

 

 

そして、真由美はその背中を、心配そうに見つめていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

試合直前、選手入場ゲート。

一つしかないそこには、一高と三高の代表四人が顔を揃えていた。

 

「……正直、お前のことを見縊っていたよナギ。まさか一人でここまで勝ち上がってくるなんてな。だが、俺たちはそう簡単には負けんぞ」

「一度見せた戦法が通じると思ったら大間違いだよ。既に対策は講じてる、新しい切り札を出してきても必ず見つけ出すさ」

 

先に声をかけたのは、将輝と吉祥寺だった。その目には、強敵と対面した時の高揚感があった。

 

「……三人には悪いけど、全力で叩き潰させてもらうよ。

こっちは使える手札はすべて使うんだ、負けるわけにはいかない。それでも勝ちたいのなら、死ぬ気で来ることだね」

 

対するナギの目には、そんな色は欠片もない。

あるのは、敵が用意した障害を叩き潰すという、冷たく燃える業火の影。

英雄の側面とは切り離された、(まもの)の色。

 

 

「「「————ッ!」」」

 

 

数度しか顔を合わせてないが、それでも分かるほど温厚なナギには似つかわしくない冷酷な態度に、将輝たちの脳が(アラ)(ーム)を鳴らす。

 

——理解した。ここでいう『死ぬ気』は、文字通り『死を覚悟した状態』のことだ。

一瞬でも気を抜けば、その先に訪れるのは敗退だけ。いや、それで済むかも怪しい。

 

丁度そのタイミングで入場を告げるアナウンスがなければ、将輝たちの体は冷や汗でびっしょりと濡れていただろう。そう思えるほど、圧倒的な威圧感。

 

 

「……ハハ。ハハハッ!!」

 

 

しかし、それが分かってなお、将輝の口元には笑みが浮かぶ。

好戦的で、まるで野生動物のような笑みが。

 

——だからこそ、乗り越えがいがある。

 

将輝の心情は、それ一つだった。

十師族として、圧倒的な魔法力を生まれ持ってしまったからこそ、真正面から戦って勝てないという経験は数えるほどしかない。知能面では親友に劣っているのは理解しているが、実戦なら自分を上回る相手はそういないだろうと思っていた。

 

だが。その予想は裏切られた。

目の前には、超えるべき高い壁。久しく体験していなかった、そして、今後もそう体験しないであろう強敵の出現。

 

これに興奮しないのは男ではない。

これで尻尾を巻くのは男ではない。

勝つのだ。一人ではなく、仲間の力も借りて、あの絶壁を乗り越えるのだ。

 

将輝の感情が伝わったのか、それとも同じ気持ちを抱いたのか。二人(なかま)の口元にも笑みが刻まれていく。

 

その表情のまま、案内に従って、光射す会場へと足を踏み入れた。

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

達也たちが一般観客席で見守り、

 

摩利や克人がモニター越しに腕を組み、

 

エヴァンジェリンが紅茶を飲みながらテレビを見て、

 

真由美が選手席で祈り、

 

将輝たちが敵を見つめ、

 

ナギが相手を見つめ返す中。

 

 

——試合開始のブザーが鳴り渡った。

 

 

 

 

さあ。泣いても笑ってもこれで終わり。

 

新人戦モノリス・コード、決勝戦の始まりだ。

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

草原ステージは、一面足首ほどの丈の草が生える、見晴らしのいい平原で行われる。全五ステージの中で唯一、観客席から直接見えるステージだ。

 

両陣営の初期位置はおよそ600mの距離がある。普通の魔法師では、開始直後の攻撃は不可能だ。

 

 

だが、今向かい合っているのは普通の魔法師ではない。

よって、開始直後に両陣営間で攻撃が飛び交っても不思議はない。

 

 

三高側、将輝の攻撃は発散系『瞬間気化』。ナギが降らした雨で草に露がついており、それを瞬間的に水蒸気にして爆発させた、爆裂の劣化版だ。当然、レギュレーションに合わせたものである。

一高側、ナギの攻撃は『魔法の射手(サギタ・マギカ)(セリ)(エス)(・フ)(ルグ)(ラー)(リス)』。無詠唱で放たれた雷の矢は、600mの距離を突き進む。

 

 

三十一の雷撃は、当然のごとく張られた圧縮空気の壁に阻まれた。地を伝う電流も、耐電加工が施されている軍用ブーツにはなす術なく弾かれた。

そして、弾幕(それ)を目隠しに、爆発による粉塵を切り裂き、ナギは超速で接近する。瞬動を連続的に用いた移動は、その軌道を追うのも困難だろう。

 

 

『壁があるなら打ち砕けばいい』

その考えの元、対二高戦で見せた障壁破壊の技を()()用意し、残り三歩を踏み出した。

 

残り二歩——

急激に速度が落ちる。意図しない減速に、しかしナギの表情は変わらない。

 

残り一歩——

全力で踏み込み、前へ飛ぶ。近く、しかし遠くに(目標)を感じ取る。

 

 

 

そして、残り零歩——

 

ナギの手は、あと一歩届かなかった。

 

 

 

負の加速系領域魔法『定率減速』。領域内の物体の運動量を一定割合で減速する魔法を展開し、ナギの目測を狂わせたのだ。

障壁破壊掌は、その手で触れなければ破壊できない。物理障壁のように手で触れられれば砕けるが、定率減速のように領域に干渉する魔法には無力である。

 

そして、既にナギの姿は三高陣営の近く、()()()()()距離だ。

そしてこの状況では、将輝よりも危険な相手がいる。

 

「ぐッ、やっぱり来るよね吉祥寺くん!」

「当たり前だ!」

 

胸を撃たれたような感覚に、ナギの体が真後ろに跳ね飛ばされる。いや、自分で大きく飛んでダメージを軽減したのだ。

吉祥寺の扱う『(イン)(ビジ)視の(ブル ・ )(ブリ)(ッド)』は正の加重系基礎魔法、簡単に言えば、対象に銃で撃たれたに等しい衝撃を"()()()()()"魔法だ。

そしてこの魔法は、焦点さえ合えば、情報強化を無視してダメージを与えられる。唯一の対処法は領域干渉だが、ナギの干渉力では容易く突破されるだろう。

 

接近を止められ、近距離戦を封じられたナギは、足元で起きる小規模爆発を避けながら、一旦距離をとる。

 

 

再度突撃しようとも、再び止められるのがオチだ。

かといって遠距離攻撃では、突破するだけの威力も物量もない。だが、ルールによって威力はこれ以上は上げられない。

 

——なら、必要なのは物量だ。

 

 

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

 

 

 

将輝たちを相手に、ゆっくりと魔法をストックする余裕はないだろう。精々一、二発。それ以上では、隙を突かれて倒されるのが目に見える。

 

 

 

「契約に従い我に従え氷の女王、()く来れ静謐なる千年氷原王国、咲き誇れ終焉の白薔薇——」

 

 

 

となれば、対策は一つ。

 

一発で発動でき。

威力も詠唱ありと比べて遜色なく。

隙の少ない発動で。

大量に展開する。

 

矛盾するようだが、勝ち筋はそれしかない。

そして、ナギはその矛盾を解決できる方法を知っていた。

 

 

 

「——『千年氷華(アントス・バゲトゥ・キリオン・エトーン)』——」

 

 

 

右手の先に、極寒の冷気を生み出す魔法が完成する。

 

——だが、この魔法はあくまで通過点。そもそも、相手に直接使うのはオーバーキルで失格対象だ。

 

ならば、何故。

その表情を浮かべる将輝たち、そしてモニター越しの達也たちの前で、魔法が投射され——

 

 

 

「——固定(スタグネット)!」

 

 

 

投射されかけ、圧倒的な魔力で無理矢理包み込まれた。

 

『————ッ?!』

 

その光景を見た全ての人間が、平等に息を呑む。

だが、混乱はそこに止まらない。次の瞬間、魔法の常識にあるまじき行動に、己が目を疑った。

 

 

 

掌握(コンプレフシオー)——」

 

 

放出を止められた魔法を、その手で"握り潰す"。

 

()わる。

()わる。

()わる。

 

感じる魔法の規模が、桁外れに跳ね上がる。

魔法を感じる場所が、ナギの体に移動する。

 

その雰囲気が、会場の空気が、そして、世界の常識が。

今、この瞬間から動き始めた。

 

 

 

 

今ここに、伝説が復活する。

 

闇を謳い、死体を踏み敷き、氷雪の世界に生きた吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

その、究極の到達点。もはや一部の伝承にしか残っていない、それを見て生き残ること自体が奇跡の御技。

 

その、究極の技の名は——

 

 

 

 

魔力充(スプレーメント)塡・術(ゥム・プロ・ア)式兵装(ルマティオーネ)——『氷の(クリュスタリネ)女王(ー・パシレイア)』」

 

 

——瞬間。世界は氷に包まれた。

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

さあ、乗り越えられるか英雄の卵よ。

 

これが、これこそが闇の到達点。その模倣。

 

氷結空間の皇子に、その矮小な手が届くのか。

 

英雄が英雄たる証拠を、その身で示してみろ。

 

 

勘を働かせろ。

 

何一つも見落とすな。

 

死力を振り絞れ。

 

その手を、伸ばせ。

 

 

さすれば、もしかすれば、一矢報いることが出来るかもしれないだろう。



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第五十三話 氷の皇子

その手は、届くか——


氷の(クリュスタリネ)女王(ー・パシレイア)

 

 

ピシピシと、ナギの足元から乾いた音が響く。

そこに生えてきた——実際には"できた"だろうが、そう表現するのが妥当だろう——直系1mほどの三角錐状の氷柱は、次の瞬間、爆発的に成長する。

 

太く、太く。

上へ、上へ。

 

幾度の枝分かれを繰り返し、まるで氷で出来た大樹のように、草が生い茂る草原フィールドに張り巡らされていく。

 

「……一つだけ、教えておくよ」

 

何が起きてるのかという混乱と、本能が鳴らす警告音に固まっていた将輝たちに、声が掛けられた。

見上げた先にいたナギは、氷の枝の上に立ち、まるでこの世界の王であるかのように、じっとこちらを見下していた。

 

「この(じゅ)(ひょう)が示す範囲、氷結領域内はボクの支配下だ。

この範囲に限り、ボクは上級以下の氷属性魔法を、無詠唱、無制限、無尽蔵、無数、そして無反動で行使できる」

 

なんだそれは、と叫びそうになる口を、しかし(ナギ)の威圧感が縫いとめる。

上級、というのがどこまでを指すのかは分からないが、視線の先に存在する少年が、圧倒的な物量を指先一つで操れることだけは直感で分かった。

 

その圧倒的強者は、腕を天に掲げ、——

 

 

「さあ。お喋りはここら辺にして始めようか、本当の戦いを。

頑張ってね、将輝くんたち。一方的な勝利なんて、つまらないから」

 

 

将輝たちの頭上、無数に展開された氷の槍を以って、虐殺が始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その時、この魔法の()()使()()()は、(しか)めっ面で紅茶を飲んでいた。それが、自らの切り札を全国放送されているからなのか、それとも同席している相手の存在からなのかは判断つきかねるが。

 

「ほお、ありゃアンタの必殺技じゃないの。いいのかい、勝手にパクられて」

「いいも悪いも、許可は出してしまってる。それに、ぼーやは私の弟子だ。弟子が師の技を盗んでなんの問題がある?」

「そりゃそーだ。だけど、アンタの口からそんな台詞が聴けるなんてねぇ。長生きはしてみるもんさね」

「どうした? ついに耄碌(もうろく)が始まったか、ダーナ・アナンガ・ジャガンナータ?」

「アンタはもう少し口の利き方を覚えたらどうだい、キティ?」

 

一触即発。一応は師弟関係であるはずなのに、相席していたチャチャゼロが『オレハ偵察ニ行ッテ来ルカナー』などと逃げる程度には仲がよろしくないのは誰が見ても分かるだろう。

もっとも、仲が悪いのと信頼がないのは同義ではない。空気が弾けるような感覚こそあるが、実際に戦闘に至ることはないだろう。今回も、エヴァが舌打ちして視線を外すことで、睨み合いが終わった。

 

「ふん。だが、アレを使う羽目になるとはな。公開出来そうな中では最大の切り札だったんだが」

「逆にアレが公開できるって判断に驚きだよ。一応は(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)、魔物としての力だろう?」

「ぼーやの雷化とは違って、肉体面ではそこまで変えてないからな。メインは氷結領域の方だ、研究者どもの視線もそちらに釘付けだろうさ」

 

尤も、とエヴァンジェリンは付け足す。

 

「調べた限りでは、『(エレ)(メンタ)(ル・サ)(イト)』とかいう異能力の持ち主なら、今のぼーやを視て"分かる"かもしれない。

……が、今の日本にそいつは居ないらしいからな。一箇所だけ潜り込めなかったところがあったが、それ以外は機密情報を含めて電子精霊で(あさ)ってある。そして、そんな超機密扱いの人間が、ホイホイと人だかりの中に来るはずがない」

「つまり安心して発動できる、ってわけかい。用意周到なことで」

「私たちの目的は人間社会で生きていくことだからな。世界に大混乱を招いた悪の大魔王扱いされるのは、もう御免だ」

「そうかい。しかし……」

 

ダーナはテレビの映像を見る。そこには、まだ決着のつかない白熱した試合が映っていた。

 

「相手の小僧どもも英雄の卵とはいえ、(クリュ)(スタリネ)(ー・パシ)(レイア)まで使ってるにしては時間がかかりすぎてるね。弱体化してるのかい?」

「ほう、流石の観察眼だな。そうだ、ぼーやのアレには私の(クリュ)(スタリネ)(ー・パシ)(レイア)並の殲滅力はない。

そもそもぼーやの氷属性の適性は、低くもないが高くもない程度だ。氷の極致たる(クリュ)(スタリネ)(ー・パシ)(レイア)を十全に展開しようなんて、土台無理な話だな」

「だから、一部の機能を削ったってわけかい?」

「ぼーや自身は私と同じ名前で呼んでいるが、強いて言うなれば、ぼーや専用の(デチュー)(ン・バ)(ージョン)、『(クリュス)(タリネー)(・アルケ)(イゴース)』と言ったところか。

まあ、それも理由の一つではあるが、攻めきれていない一番の理由は、氷属性の魔法の把握ができてないことだな。いくら詠唱や反動を消せるとは言っても、手足を操る感覚で使えるようになって初めて、絶え間ない連続攻撃ができるようになる。ぼーやにはそれが出来ないから、相手に対処の隙を与えているという訳だ」

 

だが、それを差し引いても圧倒できるほど、物量の差というのは大きい。将輝たちも、今は細い生命線をなんとかなぞれているだけで、その道がいつ途切れてもおかしくはないだろう。

 

「だけど、もし相手のガキに、真に"英雄の素質"があったら。その時はどうするんだい?」

「その時はその時、素直に負けを認めるだろうさ。

魔物(わたしたち)に英雄は倒せない。これは世界の摂理だからな」

「ま、順序が逆。自力の差を運と知恵と気合で覆し魔物(あたしら)を倒すからこそ、人は英雄になるんだからね。天地がひっくり返ろうと、その摂理だけは曲がらない」

 

 

魔物は人を喰らい。

英雄は魔物を打ち倒し。

人は英雄を裁く。

 

数多の伝説伝承全てに描かれる、一つの真理だ。

いくら人外の力を持とうとも、いや、人外の力を持つからこそ、この(ことわり)から抜け出すことはできない。

 

「さて。どうなるか、見ものだな……むっ」

 

優雅に紅茶を口へ運び、空になっていることに気がつく。まるで、カップの中身が分からないほど心配しているということを、認識させられたような気分だ。

 

俯き、プルプルと震える様を笑われ、エヴァは顔を真っ赤にして立ち上がる。

 

なんというか、とても締まらない締め方だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ナギが手を振ると、氷樹が脈打つ。

 

——穂先を丸めた無数の氷槍が降り注ぐ。

——氷の破片を撒き散らす爆発が起こる。

——敵の足を取るように大地が凍りつく。

 

対する将輝たちも、なんとか耐える。

 

——定率減速で、氷槍の速度を落とす。

——爆発に逆らわず飛び、衝撃を流す。

——前兆を感知し、その場を飛び退く。

 

ギリギリの一線を死守して、命(から)(がら)立ち回る。

日本魔法師のトップに立つべしと言われる十師族の直系が、なす術なく逃げ惑っている。

 

 

 

目の前で行われる試合——もはや嬲り殺しの様相を呈しているが——に、達也たちは開いた口が塞がらなかった。

 

「すっ、げぇ……」

「なによ、これ……」

 

まだポツリと呟けるだけ、余裕がある方なのだろう。周囲の人間からは、息遣い以外の音が一つも聞こえてこないのだから。

 

「お兄様、これは……」

「……何なんだろうな。俺たちの常識は、ナギには通用しないらしい」

 

たった一瞬、されど一瞬の隙ができたのを見計らって、将輝が(へん)()(かい)(ほう)で攻撃する。

すでに周囲の水気が凍りついてしまっているために仕方がなく使われた空気弾は、ナギが視線を向けただけで展開された氷の楯に阻まれた。

 

「おかしい、早すぎる。絶対に魔法を組み立ててない」

「達也さん、何が起きてるか分かりますか?」

 

間違いなく、この中ではトップの解析力を持つ達也に、ほのかが問いかける。

そして、達也は何が起きているのか、この国にはないはずの『眼』で視ていた。

 

「……あの氷柱、という大きさではないが……あの氷が肝だ。アレに刻印魔法の性質があって、ナギは精霊にそれを読み取らせて発動しているようだ」

「刻印魔法? 文様が彫り込まれているのですか?」

「いや、違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

水分子、H2Oの分子量は約18g/mol。molというのは物質量と言われる単位で、1molは原子(分子)(602,00)(0,000,0)(00,00)(0,000,0)(00,000)個という意味に等しい。

つまり、1gの氷には、おおよそ(33,40)(0,000)(,000,)(000,0)(00,00)(0,000)個の水分子が存在していることになる。中には、水素Hが同位体(同じ原子番号で重さの違う物質)の重水素Dに置き換わったもの等もあるだろう。それらが複雑に、立体的に組み合わされば、文字通り無量大数個のパターンを組むことすら出来る。

たった1gでこれなのだ。全幅100mは確実にある氷樹全体で見れば、数千数万では収まらない魔法式を刻み込むことなど、容易に過ぎることだろう。

 

だが——

 

「あれだけの氷を、そんな精密に作り出してるって言うんですか?!」

「絶対ムリよそんなこと!まだ魔法式を高速で組み立ててるって方が納得できる!!」

 

とはいえ、美月とエリカが叫ぶ通り、それは人間にも人外にも手にあまる所業だ。とてもじゃないが、例え研究室レベルだろうと同じことは出来ないだろう。

 

 

——だが、人智を超え、魔智を超えてこその"(アル)(テマ)(・ア)(ート)"だ。

 

 

達也はその眼で、その"有り得ないこと"の一端を掴んでいた。

 

「いや。あの氷樹をナギは作り出していない、ナギが手を出したのは最初だけだ」

「どういうことだい、達也?」

「アレは、氷樹自体が新たな氷樹を作り出すように魔法式が組まれている、ように俺には視える」

「……つまり、自動で成長するってことですか?」

「ああ、そうだ。最初の氷柱さえ作れれば、後は自動で支配下に置く領域が広がっていく。

ナギがやっているのは、莫大なサイオンを流し込み、魔法発動の際に少しばかり操作しているだけ。それなら、あくまで比較的だが、大して難しいことではない」

「…………なんて破格な……」

 

深雪の呟きが、この場にいる全員の総意だったのであろう。

視線の先で、凍りつく世界の主のように敵を嬲るナギに、畏怖の念を送る。

 

 

(……だが、やはり……)

 

 

しかし、達也の『眼』は、氷柱とは違うところを捉えていた。

……その主である『ナギ』を、捉えていた。

 

(情報の繋がりが、ない。一纏まりの情報体(エイドス)としてではなく、ただ単に()()()()()()()()()()()()()()()()()

こんなもの、人間でないどころか物質でもない。現象とも呼べない、得体の知れないナニカだ)

 

そこまで認識できる魔法師は数少ない、いや、(エレ)(メンタ)(ル・サ)(イト)がなければまず不可能だろうが、情報体(エイドス)とは無秩序に散らばる情報が寄り集まって存在しているわけではなく、必ずそれらが結合して存在している。

 

例を挙げよう。たとえば、グルタミン酸(Glu)、システイン(Cys)、アラニン(Ala)などに代表されるアミノ酸という物質がある。それらが連なるとポリペプチド、さらに繋がればタンパク質となり、それらが複数集まったり他の物質と化合することで、酵素や、果ては人体を作り上げている。

だが、この時、アミノ酸はただ寄り集まっているだけではない。お互いがお互いと化合、連結し、「-Glu-Cys-Ala-」や「-Ala-Glu-Cys-」などといった鎖状構造になっている。

 

情報体(エイドス)もこれと同じで、それぞれの情報同士で繋がりを持っている。服を着るだけで、その人物と服の情報が一部分で繋がってしまうほど、これは疑いようのない事実だ。

その前提で、例えるなら、システイン(Cys)をイソロイシン(Ile)と一時的に入れ替えて性質を変えるような物が『魔法』であり、結合そのものを断ち切るのが達也の使う『(ぶん)(かい)』である。達也はそう()()していた。

 

 

——だが。達也の眼に映るナギの(エイ)(ドス)には、在るべきはずの繋がりがなかった。

 

——達也が同じことをしようとすれば世界を破滅に追いやるはずの、情報連結の完全断絶を、何事でもないかのように(おこな)っていた。

 

 

基軸(シャフト)枠組み(フレーム)もなく、ただ歯車を組み合わせただけで精密機械を作ってしまうような暴挙。

人類はおろか、世界の摂理さえも踏み倒し、それでもなおその場に存在する(イレギ)(ュラー)

 

 

その在り方は、人類や生物よりも化成体に近い。

情報の"量"と"密度"が桁外れなだけで、情報体(エイドス)というよりは無数の魔法式の集合体に近い存在だ。

 

(……いや、だからこそか。だからこそ、魔法式をその身に取り込んで、自身の情報を組み換え直し、増幅して発動するなんて荒技ができる。

型が決まっている情報体(エイドス)では決して出来ない、正しく人の身から踏み外し、世界の条理から切り離されたからこそ出来る技法——これが伝説の『(マギ)(ア・)(エレ)(ベア)』か)

 

達也は、二高との戦いで呟かれたその名を知っていた。

(達也基準で)少し裏の情報に詳しければ、誰でも知っていることだ。

 

愛らしい少女の姿で闇の世界を支配したとされる、伝説の吸血鬼。その名をエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

いくら調べても正確なミドルネームは分からないが——デマも多く、中には子猫(キティ)なんて似つかわしくないものまである——、その秘技の名は、各国に秘匿されたごく僅かな文献に残っている。

 

曰く、闇の世界の究極到達点。

曰く、それを見た男に生きて帰った者はいない。

曰く、見渡す限り一面に氷原を創り上げる秘術。

 

あまりに有名すぎて、西洋古式魔法体系の多くにその名を冠した偽物があるとされる、(まさ)しく伝説級の秘技。

しかし達也には、これがその本物であるという確信があった。他の人間が一笑に付すその考えを、自信を持って断言できた。

 

 

人形使い(ドールマスター)という、独特な技術。

現代魔法とは比べ物にならないほどの氷結系魔法。

そして何より、人の身を外れないと出来ない技が、偽物(メッキ)なはずがない。

 

 

(ナギの先祖が闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)なのか、それともナギの言うエージェントが隠居した本人なのかは、この際どうでもいい。重要なのは、ナギが人ではなく、ナギに敵対する意思がないことだ。

もし、俺がナギと戦ったら……まず勝ち目はない)

 

先も言った通り、ナギの情報は完全に寸断されている。もはやこれ以上の『分解』は不可能であり、達也に出来る数少ない技能をほぼ封殺された形だ。

対してナギは、達也には防げないレベルの圧倒的な物理攻撃を扱える。『再生』するにしても、仙術を欠片の一端程度しか扱えない達也には、サイオン切れの可能性が付きまとうことになる。

 

そう考えれば分かる通り、達也とナギの間には、これ以上ないほどの相性の悪さがある。

今この時ほど、達也はナギが味方で良かったと実感した瞬間はなかった。

 

 

「……これ、ランクをつけるとどうなるのかな?」

「えーと、司波先輩の話ですと、他の魔法を発動させるための補助魔法と言うべき魔法とのことなので、直接的な殺傷性ランクは存在しないでしょうけど……どうなんですか?」

「……ん? ああ、そうだな……」

 

意識を内へと向けていたからか、双子の問いかけへの反応が遅れた。

とはいえ、状況が状況だ。多少の遅れは、勘の鋭い妹のレーダーに引っかかることもなかったようだ。

 

……達也は、ナギの『正体』について、深雪以外の誰にも明かすつもりはない。

それは、友人であるという理由だけでなく、近くにいれば深雪を守ってくれるだろうという利己的な考えもあってのことだ。

 

もし仮に、この事を口外したとする。そうなれば、国の上層部はナギの人権を停止し、国内にある『物』として差し押さえにかかるだろう。『人』とされているから手を出しづらいのであって、人として扱わなくてもいい切っ掛けがあれば何時でも"入手"にかかるはずだ。

そうなれば、ナギは抵抗するか、もしくは争いを嫌って国外へ逃げるかの二択になる。ナギの性格を考えると国外逃亡の可能性が高く、そうなると、実力や人柄は信頼の置けるモノが一人、深雪の側から消えることに繋がりかねない。それは、深雪の安全を第一に考える達也にとって、出来る限り許容したくないことだ。

 

なので、ここで勘づかれるのはまずいと、思案するフリをして頭を切り替える。深雪に気付かれるぐらいはまだ許容範囲だが、友人や後輩(予定)に気付かれるのは万が一にも許されないのだから。

 

「……『自陣を巻き込まない、離れたところに発動できる』という条項を満たしていないだろうから、戦略級とはならないはずだ。おそらく、戦術級が妥当といったところか。

だが、拠点防衛という観点でいけば、あれ以上の魔法はこの世界に存在しないだろうな」

「では、この勝負——」

「ナギに負ける要素は、ほぼないだろう」

 

達也の眼はたった一つだけ弱点を見出しているが、将輝たちがそれに気づくかどうかは分からない。気づいたとして、その隙を突くには多くの困難があるだろう。

故に、ほぼないと言った。だが、達也の直感は、将輝たちがそれを実行してくるということを予言していた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「——(ヤクラテ)槍弾(ィオー ・ グラン)(ディニス)

 

 

軽く手を振り、氷の槍を作り出す。いや、殺傷性ランクを下げるために穂先を丸めているので、氷の棒というべきか。

氷を極めた魔法使いである師のように真横には撃ち出せないが、それでもそれなりには得意とする属性だ。練度の低い証拠である真下ではなく、少し角度をつけ斜め下へと射出する。

 

「またそれかッ!」

 

その先には、息を切らしてこちらにCADを向けようとしていた将輝がいた。慌てた様子でながらも障壁を張り、槍の雨を防ぐ体勢に入る。

 

かといって、こちらが悠長に待っている理由はない。

 

 

「——こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)

「——ッ! クソッ!?」

 

魔法の兆候を察知したのか、将輝がその場を飛び退く。その足先を掠めるように、大地が凍った。

転がる将輝を氷 爆(ニウィス・カースス)で牽制しながら、視界の端でこちらに向けてCADを向ける吉祥寺の視線を氷盾(レフレクシオー)で遮断する。

 

(……やっぱり、使える手札が少ないのは厄介だね)

 

段々と、将輝たちの対処が最適化し始めている。

それなりの威力でまともに使えるのが今の三種類。その他細々とした物も使えなくもないが、それらも既に見せてしまっている。対処法を覚えられても仕方がないのは分かるが……

やはり、本来この技が想定している(マレ)(ウス・)(アク)(イロー)(ニス)(ニウィス・テ)(ンペスタ)(ース・オ)(ブスクランス)などを用いた大規模破壊魔法の即時発動が、ルールによって禁じられているのが痛い。あれらが使えれば、多少の対処法など無視して押し通せるというのに。

 

 

だが、それでもナギの有利は変わらない。

 

 

「いい加減に降参したら? もう走るのも辛いでしょ?」

 

周囲一帯は、既に氷の瓦礫に覆われている。大地の四割は凍りつき、何より絶え間ない攻撃を避け続けた将輝たちは、大きく肩で息をしている。将輝と吉祥寺はギリギリのところで無事だが、残り一人の中野(なかの)(あらた)は、膝より下を氷漬けにされて動けない。

誰がどう見てもナギの圧倒的有利。いくら対処法を覚えようとも、将輝たちの攻撃がナギに届くことはないし、遠くない未来に体力が切れ、無尽蔵の攻撃に晒されることになるだろう。

 

「ゴホッ、ハァハァ……傲慢だな。まだ、俺たちが負けると、決まったわけじゃ、ないぞ」

「…………」

 

だが、それでも将輝は折れない。それどころか、先程までの諦観の色もなくなっている。

 

対するは無尽蔵の壁。

仲間と分断され。

体力の限界を迎え。

自らの魔法も通じない。

 

この状況で何を見出したのかは知らないが、これ以上時間をかけても無駄だろう。

 

故にナギは、トドメを刺そうと右手を上げる。

 

冷徹に。無慈悲に。叶わぬ希望を断ち切るために終わらせる。

今の彼は、英雄ではない。怒りに燃える——ただの一体の魔物だ。

 

 

 

「最後に何か言いたいことはある?」

「そう、だな……()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

——だからこそ。

英雄の卵(将輝たち)に不意を打たれたのも、必然だったのだろう。

 

 

 

あらぬ方向に向けられたCADに、ナギは眉根を寄せた。

将輝の構える特化型CADというのは、照準補助装置が付いている。そのため、余程の特殊技能の持ち主でもない限り、()()()()()()()()魔法が使えない。今のように、(ナギ)と違う方向に向けては攻撃できないのだ。

 

 

故にナギは首を捻り。

次の瞬間、響き渡る爆音によって、何が起きたのかを理解した。

 

 

「ッ?!呪氷が?!」

 

轟音と共に折れる氷の巨枝に、ナギは初めて蝋梅の様子を見せる。

 

爆裂、いや、威力としては『瞬間気化』でも折ること自体は可能だろう。一定以上の亀裂が入れば、あとは氷の自重で(かし)ぎ折れてしまうのだから。

だが、それはありえない。呪氷の枝はその名の通り氷、つまり固体だ。それも溶けないよう常に低温状態に保っているため、液体に干渉する爆裂や瞬間気化は使えないはずなのだ。

 

「一体どうやってっ?!」

「自分で考えるんだなッ!!」

 

再びの爆発、大きく罅が入り傾き始める巨樹の枝。

だが、気を張っていた今度こそ、ナギの僅かな魔法演算領域でも感じ取れた。

 

「やっぱり発散系……いや、その前に加重系ッ!? まさかッ!?」

 

 

ナギは勢いよく右に振り向く。

その先には、将輝のCADが向く枝と同じ枝へ視点を合わせる、吉祥寺真紅郎の姿があった。

 

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリッド)!? そんな手が!!」

 

実は、(H2O)というのは、特殊な性質を多く持つ物質だ。

 

例えば、同分子量帯からすれば異常なほどの沸点の高さ。

例えば、塩などの電解質をよく溶かすという性質。

 

それらの殆どは、原子の並びかたから『水素接合』という特殊な結合が出来ていることに由来している。

そして、そこから来る性質の一つに、『最高密度が4℃の時』というのがある。つまり()()の状態の時が、同体積では最も重くなるということだ。氷が水に浮くのもそのためである。

普通の物質は固体の時の密度が最も高くなるのだが、(H2O)はその通例に当て嵌らない。言ってしまえば『(イレギ)(ュラー)』だということである。

 

そして。ほぼ全ての物質は、圧力をかけると密度を高くするように状態を変える。

これは温度が一定に保たれていても起こる変化だ。気体は液体へ、液体は固体へと状態が変わっていき、最も高い密度になった時で止まることとなる。

 

 

ならば、氷に強い圧力をかけるとどうなるか。

——答えは、『最も密度の高い状態、水へと変化する』だ。

 

 

 

「ッ!!また!」

 

吉祥寺が、氷の内部に圧力をかけ溶かし。

将輝が、瞬間気化で気体へと変化させる。

逃げ場のなくなった気圧は、周囲の氷を強引に押し広げ、大きく亀裂を入れて爆発を引き起こした。

 

幾本もの枝が破壊されたことで、無数に思えた攻撃の密度が下がる。

それによって、少しずつだが反撃の隙も生まれていく。

 

 

遂に。遂に、逆転への一手が打たれたのだ。

 

 

 

だが、一瞬でナギは冷静さを取り戻す。

 

「……少し、将輝くんたちのことを低く見すぎていたみたいだ。

いくらボクが使う劣化版とは言っても、呪氷を折れる人はそうはいない。

 

 

 

——だけど。それで勝てると思ったの?」

 

 

 

分断され合流できず、ましてや言葉を交わす余裕などなく。おそらく視線だけで伝えあったであろう、奇跡のようなコンビネーション。阿吽の呼吸の域に達した、強力な信頼関係。

なるほど、優勝候補筆頭と呼ばれるだけはある。英雄の卵というのも事実だろう。そこらの凡百の存在なら、片手間で倒していけるに違いない。

 

 

——だが、魔物(ナギ)に対するには、それだけでは足りない。

 

 

「例え枝を折られても、呪氷は再生する! 無尽蔵の力を持つボクにとって、根くらべなら望むところだ!

たった一手を返したぐらいで、ボクに勝てると思ったのか!?」

 

折れた断面から、新たな芽が伸び始める。

必死に手繰り寄せた勝利への可能性を潰すように、再び氷結の領域が侵食していく。

 

圧倒的という言葉ですら生温い、そう、例えるならば、"絶望の凝縮"。

 

ナギは心の中で叫ぶ。

——これが魔物の力だ!

——これが闇の魔法だ!

 

()()()()()()()()で崩れるほど、この領域は弱くはない!

 

「さあ、再開するよ! 氷槍だ——」

 

 

 

 

 

「……ああ、分かってたさ」

 

——だから、()()()を用意していた。

 

 

 

 

 

「——————」

 

そして今度こそ、ナギの動きが止まった。

 

 

「呪氷、じゅひょう……樹氷。名は体を表すとはよく言ったものだな。おかげでその氷の成長パターンが、植物を基にしたものだと気づけたんだから」

「それが分かれば、あとは簡単だった。『ある場所』にあるはずの起点を、どうにかして壊せばいい。再生する確率が高い枝をわざわざ折ったのも、『そこ』に起点があると確信するためには、枝から感じる()()()が邪魔だったからだ」

 

ギリギリと、錆び付いたような動きでナギの首が動く。

そして、そこには——

 

 

 

「植物を枯らすには、まずは根から。これぐらい一般常識だ」

「俺たちを倒すのに躍起になって、(あらた)の動きを封じただけで満足したのは失敗だったな、ナギ」

 

——氷の幹を両断するよう、大地に真一文字の跡を残す、地割れの姿があった。

そこにあった、氷の巨木の核を、引き裂いて。

 

 

 

これが、エヴァンジェリンが使う本家本元の『氷の(クリュスタリネ)女王(ー・パシレイア)』だったなら、同じ手は通用しなかったであろう。

彼女ほどの氷の使い手なら、挿し木の要領で攻撃中に新たな起点の魔法陣を用意できるし、地面なんぞには設置せず自分の背に背負うことも多い。

 

だが、ナギに合わせるよう劣化(デチューン)させた時に、その機能は外してしまっている。メインである即時無制限発動を十全に機能させるために、予備機能であるそれらを削ってしまったのだ。

結果、この世界の人間には突かれることなどないだろうと踏んでいた隙を突かれ、『(クリュス)(タリネー)(・アルケ)(イゴース)』は完全に無力化された。

 

 

 

 

 

「これで条件は対等に戻せたぞ。もう、一方的にやられることはない」

「さっきの言葉をそのまま返すよ。始めようか、本当の戦いを」

 

 

 

 

 

「……はは。あははは!!」

 

笑う。声を上げ、天を見上げて高く笑う。

先程までの貼り付けた笑みではない。嘲笑うような見下した笑みでもない。

心の底から喜ぶような。予想を超えてきた敵を褒め称えるような、明るい笑い声。

 

 

「見事ッ、見事だよマサキ、シンクロウ、アラタ!!!

そんなこと思いつかなかったよ!! まさか呪氷を折ったのが『ただ邪魔だったから』って理由なんてね!!」

 

 

愛称でもなく、敬称でもなく。ナギは将輝たちを呼び捨てにする。

それは、前世でも片手の指で数えられるほどしかなし得なかった、彼が同格の(ライ)(バル)だと認めた証。それは、裏返せば——

 

 

「だが、お前ほどじゃない。たった一人で俺たちをここまで圧倒したんだ、お前はスゴイ奴だよ。改めて思い知った」

「……ははっ。

何を言ってるんだ、君たちも今日からその「スゴイ」の仲間入りだよ?」

「……ナギ?」

 

 

氷の枝を飛び降り、無意味となった武装を解いて、地に足をつけ相対する。

氷を砕いた中野も合流し、遂に三人が揃い並んだ三高チームへと。

 

そして、まるで『あの時』をなぞるかのように。

立場が変わり、受けて立つ側に立って、自分の言葉でナギは笑う。

 

 

「君たちは今、届いた。扉を開けた・・舞台に立ったんだ。

何しろ君たちは、ボクの切り札を十回も二十回も避け続け、こうしてボクを同じ大地に立たせたんだから。

白き(アラ)…』——いや、"今は"ただの春原凪が太鼓判を押してみせる。

君たちは今日から『一人前』だ。誇れ、胸を張れ」

 

 

ここでいう『一人前』が、言葉そのままの意味だとは、それを聞いた誰もが受け取らなかった。

それはつまり、相対するに値する者へ。同じ領域へ足を踏み入れた者へ。そして先達から新入りへ。この、災害級の現象を引き起こしたナギが送った、最大級の賛辞。

 

それを理解し、それを咀嚼し。そして、その立ち位置を当然のものとして受け止めて。

将輝は唇の形を変える。吉祥寺も、中野も、そしてそれに向き合うナギも、強く、より強く喜悦の表情へと変わっていく。

 

 

「ここまで来たら、もう森崎くんたちとの約束も、どこかの竜も関係ない。ただボクが勝ちたい……いや、おしゃべりはもういい」

 

 

その瞳に灯る炎が、違った。

先程までの、闇よりもなお暗く、静かに強く熱を発する青炎(まもの)から。

煌々と輝き、周囲に暖かみを与える赤炎(えいゆう)へ。

 

 

「正直、今ので勝負としては負けたも同然だけどね」

 

 

魔物としてのナギは英雄に打ち倒された。人外の力を振るった怒りの獣は、世の摂理を乗り越えるには至らなかった。

だから、これから戦うのは英雄としてだ。この域に至った先達としての役割だ。

 

そして、自身と戦うに足る相手と満足ゆくまで戦いたいという、自分の意地と我儘だ。

 

 

 

「ここで終わらせるのはもったいない。もっとだ、もっとやろう」

「……ああ!」

 

 

 

両陣営が、屈託のない満面の笑みを浮かべ。

相手に対して、魔法を構えた。

 

片やボロボロの体をチームワークで補い。

片や封じられた火力を多彩さで補い。

 

意地と意地をぶつけ合いながら、試合は最後の10分へと突入する。

 

 

 

 

 

……………………

………………

…………

……

 

 

 

 

 

結論から言うと、ナギは勝てなかった。

 

もはや体力の限界を迎えていたであろう将輝たちは、それでも意地と気合いと信頼を以ってして、ナギの猛攻をギリギリまで耐え抜いて見せたのだ。

 

 

だが、ナギは負けなかった。

 

最後の最後、たった数秒の隙を突き、人形使いの『糸』で将輝たちの首を締め上げることに成功した。

中野が落ち、吉祥寺が落ち、将輝もあと数秒で落ちるといったところで、試合終了のブザーが鳴り響いたのだった。

 

 

 

残り人数、互いに一人。

そして、決勝戦の判定では、それまでの試合成績は考慮されない。

 

 

 

よって、九校戦モノリス・コード史上初となる『引き分け』で、この九校戦史上最大の激闘は幕を閉じた。

 

辺り一面ボロボロになった大地に寝そべり、気力も体力も使い果たした四人の少年を讃え、惜しみない拍手が湧き上がったという。

 

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

 

九校戦8日目(新人戦5日目・最終日)

 

 

新人戦モノリス・コード 結果

 

優勝 :第三高校……40pt

優勝 :第一高校……40pt

第3位:第八高校……20pt

第4位:第九高校……10pt

第5位:第二高校

第6位:第六高校

第7位:第五高校

第8位:第七高校

第9位:第四高校

 

 

累計成績

 

・第一位 : 第一高校……525pt

 

・第二位 : 第三高校……505pt

 

・第三位 : 第二高校……145pt




『氷の皇子』をご提案してくださったラグナさん、愉悦部入部希望さん、ありがとうございます。
また、それの古代(コイネー)ギリシア語訳をしてくださったリナ葱さん、ありがとうございました。

理系知識満載な最終戦でしたが、いかがでしたでしょうか? 個人的には満足です。
出来る限りわかりやすく説明したつもりなのですが、もし分からなかったという方がいらっしゃいましたら、感想欄で質問してください。文字数やテンポを気にせず、可能な限り分かりやすく説明させていただきます。

まだもう少しだけ九校戦編は続きますが、終わりましたら少しばかり時間を頂いて、アンケート①へ書き込んでくださった皆様へのご返信と、今後の展開への導入方法を考えたいと思っています。
『魔法科キャラのアーティファクト』や『(パク)(ティ)(オー)の組み合わせ』が思いついたという方がいらっしゃいましたら、ぜひ活動報告欄トップのアンケート①へ書き込んで頂けるとありがたいです。九校戦編終了まで、随時受け付けていますm(_ _)m


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第五十四話 闇夜の悪魔

九校戦9日目。

前日に新人戦が終わり、本戦残り二種目が行われた日だ。

『行われる』ではなく『行われた』と言っているのは、真実それが過去の話だからだ。今は日も沈み、時計も夕食時に相応しい時間を指し示している。

 

朝の時点で、現在1位の一高と現在3位の三高の得点差は20pt。本日の成績によっては最終日を待たずして一高の優勝が決まるとあり、会場内は熱気が渦巻いていた。

 

しかし、それでは面白くない者たちがいた。

否、自業自得とはいえ、それでは人生を閉ざしてしまう者たちがいた。

 

度重なる妨害に失敗し、もはや窮地に追い込まれた彼らには良識というものなど欠片もなく。冷徹かつ残酷に、手を出せる全ての試合で可能な限りの妨害を行うよう手配した。

 

結果、第一高校ミラージ・バット代表の一人で本戦バトル・ボード三位の小早川景子の魔法が不発。地上10m以上から落下する事故になった。

不幸中の幸いか、ナギの警告で妨害を強く警戒していたこともあり、完全に魔法力を失うには至らなかった。しかし、それでも一時的に精神が不安定になり、彼女は棄権を余儀なくされた。

 

 

……だが、結果は『それだけ』だった。

ミラージ・バットに出場する深雪ともう一人も、十文字たちモノリス・コード代表も、他には一つの妨害も受けなかった。

 

 

その立役者は達也だ。

達也は、前日のミーティングで度重なる妨害の多くがCADの故障によるものを指摘。自身でも警戒を怠らず、結果、深雪の使うCADに細工をした大会委員を、現行犯で取り押さえることに成功する。

また、その場に九島烈が居合わせたこともあり、達也の行動の正当性が証明され、妨害に関係していない大会委員が次がないよう警戒を強めたため、他に潜り込んでいたスパイの活動を防止したのだ。

 

尤も、妨害の指示がそれだけだったわけではない。

無頭竜は、電子機器を故障させる精霊魔法『(でん)()(きん)(さん)』によるこれ以上の妨害が不可能と見るや否や、観客に紛れ込ませた強化人間(ジェネレーター)に周囲の観客を殺戮させ、大会そのものを中止に追いやるように画策した。

……しかし、それは叶わなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、唐突に連絡が途絶えたのだ。

 

 

とはいえ、それは最早達也には関係なかった。知らなかったこともあるが、知っていたとしても無視を決め込んでいただろう。

今、達也の感情を占めるのは、逆鱗に触れられたような、燃え上がるような怒りだけ。

 

——深雪に手を出した。

 

理由など、それだけで良かった。それだけが重要で、それ以外など瑣末なことだった。

例えそれが未遂であろうと、達也の思考を染めるには十分すぎることだった。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

夜。適当な理由をつけて食事会を抜け出した達也は、ホテルの敷地を抜け出して基地の士官が使う駐車場へと来ていた。そのうちの一台に歩み寄ると、手をかける前に扉が開かれた。

 

「お待たせしました」

「あら、天才エンジニアのお出ましね。いいの、友達のところにいなくて?」

「疲れて寝ていることになってますから」

 

中にいたのは、二十代半ばほどの女性だ。とはいえ、逢い引きなどではない。

彼女の名は藤林響子。達也も所属する独立魔法大隊の女性士官で、階級は少尉。(エレ)(クトロ)(ン・)(ソーサ)(リス)と呼ばれるスーパーハッカーだ。

 

「相変わらず冷めてるわね。妹が優勝したんだから、普通の高校生ならもう少し浮かれてるわよ?」

「自分が普通じゃないのは自覚しています。それで、どうでしたか?」

 

拙速に本題に入る達也に藤林は肩を竦めると、車に搭載されているディスプレイを指し示した。

 

「見つけたわ。ここね」

「ここですか……」

 

映し出されていたのは、中華街のある地点にマーカーが付けられたマップだった。達也がそのマーカーをタップすると、建物の詳細な図面が表示される。抹消されているはずの隠し部屋のデータも含めてだ。

 

「さすがですね」

「そうでもなかったわよ。今回は珍しく上からのバックアップがあったから出来たけど、いつもみたいにやってたらもっと時間がかかったわね」

「メンツの問題か、もしくは公安や国際警察に借りを作れると考えたのでしょう。それに、『人形使い』に先を越されるわけには行きませんから」

 

『人形使い』が襲っている裏組織の交友関係などを考えると、まず間違いなく無頭竜が最終的な狙いだと推測される。特にここ数日活動が活発化しているようで、本丸へ辿り着くのも時間の問題だとみられている。

警察や公安も負けじと行動しているようだが、今のところ全て後手に回っている状況だ。この状況なら、無頭竜の本拠地の情報には政治的にも交渉カード的にも、もちろん値段的にも高い価値がある。藤林のバックアップをしたのも、それに値するだけの価値があると判断したためだろう。

 

「じゃあ、時間もないし向かおうかしらね」

「ええ。竜狩りの時間です」

 

動き出した大型電動車は、静かすぎるほどに音を立てず夜の暗がりへと消えていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻。無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)東日本支部の本部では、慌ただしく退去の準備が行われていた。

正史なら、まだ彼らは諦めてはいなかったはずだ。深雪のミラージ・バット優勝により、最終日を前にして一高と三高の点差は70ptに広がっている。だがこの点差なら、翌日のモノリス・コードの準決勝で一高を『敗退』させ四位にすれば、まだ三高にも逆転の目はある。

しかし、十師族を擁する一高チームを脱落させるには、電子金蚕などの直接的な妨害が必要だ。そして、つい先ほど、それらの手を使うことが不可能になったのだ。

 

「くそ!大会委員め、思っていたより動きが早い!」

「明日さえ乗り切れれば良かったものを。まさか半日で洗い出されるとはな」

 

深雪に手を出そうとした内通者は達也に捕らえられた。だが、スパイはそいつだけではない。大会委員の内部にはまだ多くの手の者がいた。その者たちに指示を出せば、一高チームを棄権へと追いやることも簡単だと踏めるほどには。

しかし、今回ばかりは相手が悪かった。大会委員ではなく、手を出そうとした相手が。

 

当主代理の十文字克人。

真由美経由で七草弘一。

将輝経由で一条剛毅。

さらに達也の捕り物に居合わせた九島烈。

 

実に十師族のうち四家が、相次いで今回の問題に対する早急な調査を要求し、師補も含めた他の二十四家や多くの百家もそれを支持した。さすがに国防軍主体の大会委員といえども内容が内容だったため無視できず、わずか半日ばかりで内通者の大半を炙り出したのだ。

 

焦りを浮かべ、不当な苛立ちに拳を握りしめる幹部たちを目の前に、東日本支部の実質的なトップが口を開いた。

 

「まあ待て、落ち着くのだ」

「ダグラス」

「この国の魔法師に対する復讐は後でどうにでもなる。今の問題は、如何にボスに気付かれずに身を隠せるかだ」

 

目の前に迫る命の危機を思い出したのか、悪態によって止まりかけていた動きが元に戻る。撤退作業と並行しながら、ジェームス=(チュー)がダグラスへと問いかける。

 

「逃げるのは構わんが、その後どうするのだ? 組織の力は強大だ、いつまでも逃げ切るのは不可能だぞ」

「そこは考えてある。まず、南へ向かい身を隠し、ほとぼりが冷めた頃を見計らって再びこの国へと戻る」

「戻ってどうする」

「戦果を上げるのだ。できることなら十師族の直系が好ましいが、今回の新人戦で煮え湯を飲まされたあの二人でも充分だろう。それでこの国の力は確実に削がれる。そうなれば、ボスも今回の失態を帳消しにしてくれるだろう」

「なるほど。司波達也と『最若』の首を対価として献上するわけか」

 

伊達に組織に長く勤め、ボスの右腕の一人の呼ばれているわけではない。そう他の幹部は尊敬した。こうした不慮の事態で、どれだけ綿密に新たな計画を練れるかが、裏社会で生き残っていくコツなのだろう。

冷静に重要書類を束ねる男に一種の憧憬を抱きながら、幹部たちも手早く必要なものを纏めようと、手を伸ばしたその時、——

 

 

「——ふ、面白い計画だな。頭がない竜にしてはよく考えているじゃないか」

 

——美しく、妖艶で、だがどこまでも(くら)い声が聞こえた。

 

幹部の動きが止まる。

部屋の奥、死角となる暗がり。そこから、金色の髪を靡かせて、あまりに女の理想的すぎるスタイルの女性が現れる。

 

危機感。

この女は何者だとか、誰も居るはずのない部屋の奥からどうやって現れたとかよりも先に、幹部たちの背筋を駆け抜けたのはそれだった。

 

濃密な死の恐怖。

圧倒的な絶望。

底の見えない、深遠なる闇。

 

漠然としたイメージながらも、忌避すべき存在だということは生物の本能が訴えてくる。

その感覚に逆らわず、逆らおうという考えすら浮かばず、壁際に控える兵器(ジェネレーター)へと指示を飛ばそうとし、——

 

 

「十四号——」

「させると思うか?」

 

 

無慈悲に、冷酷に。

乾いた指の音が鳴り響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

達也と藤林が横浜ベイヒルズタワーに着いたのは、短針が頂点を回る少し前だった。

眼下に望む敵国の拠点(中華街)——建前上はどうであれ、事実としては間違いない——について少しばかり敵意を滲ませた会話をして、タワーの内部に入る。

 

今世紀初頭は『港の見える丘公園』と呼ばれた土地に建つこの三棟一体の建造物は、ホテルや様々な商店や企業、テレビ局なども入る大型複合施設という『建前』になっている。だが、日本魔法協会の関東支部や、表向きは民間企業に偽装した国防海軍と海上警察のオフィスがあるなど、その実態は日本政府による東京湾の監視拠点といってもいい。

 

しかし、そんな施設を何てこともないようにハッキングし、藤林は監視カメラも電子ロックも無力化していく。そのまま五秒も立ち止まることなく、達也たちは北翼タワーの屋上に辿り着いた。

 

「奴らの拠点は……あそこですね」

「ええ。ちょっと待って……よし、掌握完了。無線は全部こっちに繋げたわよ」

「流石ですね。有線は真田大尉によって無力化済みでしたか?」

「ええ。これで敵はどこにも連絡できない。これより作戦を開始します」

 

独立魔法大隊のオペレーター的役割を持つ藤林の合図を聞き、達也は左脇のショルダーホルスターからロングタイプのCADを取り出す。

『トライデント』。人体を構成元素単位まで分解する同名魔法の起動式を内蔵したCADを、およそ1km離れた無頭竜の拠点へと向け——

 

「————」

 

体を捻り、藤林の方へと構え直した。

 

「た、達也、くん……? 何してるの、目標は逆——」

「出てこい、隠れても無駄だ」

 

必死の魔法を放つ銃口に狼狽する藤林を無視し、達也はその背後、ちょうど機械の影になっている場所に向けて声を発した。

 

精霊の眼(エレメンタル・サイト)情報次元(イデア)そのものを観測する異能だが、かといって全ての情報を理解するのは矮小な人間には不可能だ。それが出来るということは、地球の裏側、宇宙の果てを観測するに留まらず、宇宙誕生までの過去も宇宙の終焉までの未来も自由に見渡せ、照準出来るということと同義なのだから。

達也もその例外ではなく、自身が潰れないよう、本能的に情報の取得に制限をかけている。深雪の情報は刹那の開きもなく観測し続けているが、それ以外となると、自身が取得しようとした情報か、もしくは達也自身か深雪に向けて因果を繋げている相手のみとなる。

例えばそれは、自身に強い悪意を向けている相手だったり、深雪を傷つけかねない物体だったり——

 

——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったり、だ。

 

「ほう。この私の隠業を見破るとは、中々いい眼をしている」

 

現れたのは、女だった。

顔立ちは欧州系。金糸のような長髪に、モデル顔負けに整ったパーツ。スラリとした長身で、黄金率を体現したかのようなグラマーな体型を、教師のようなワイシャツとタイトスカートで包んでいる。

身内贔屓が激しい達也をしてもこちらに軍配を上げざるをえないほど、完成された美しさを誇っている。深雪が『人の身で持ち得る美しさ』だとするなら、この美女は『人が理想とする美しさ』と言ったところか。声に振り返った藤林ですら、口を開けて固まるぐらいだ。

 

と、達也が相手を観察し終えたその時。女は達也から視線を外し、藤林の方を向いた。

 

「看破した褒美は、看破した者だけの特権だ。悪いが眠っててもらうぞ」

 

そう呟くと同時、藤林の体から力が抜け、その場に倒れこむ。呼吸はある、死んだわけではない。単に()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 

(魔眼……それも光波振動系の紛い物ではなく、精神干渉系の本物か)

 

藤林が倒れた時、達也の『視界』には何も映らなかった。逆に言えば、その現象はイデアを介したものではないということである。そして、霊子(プシオン)や精神干渉系魔法というのは、精霊(エレメンタ)の眼(ル・サイト)で見えないものの代表だ。

 

「……っ!」

 

一瞬の間、魔法の解析に気を取られていた為か、それとも万全の状態でも防げなかったか。耳につけた通信端末に冷気を感じた瞬間、通信が途切れノイズで満たされる。内部を凍結され破壊されたのだと、一瞬遅れて気がついた。

見れば藤林の端末も壊されている。ここでの会話を他の人間には聞かれないようにするためだろう。

 

「さて。この私の存在を見破った特権だ。なんでも一つ、質問を聞いてやろう。もっとも、それに答えるかどうかまでは約束しかねるがな」

 

果たしてその予想は正しく、女は達也と会話をする気のようだった。襲いかかるわけでも殺しに来るわけでもないが、その不遜な態度こそ相応しいと感じたのは、達也がすでに女の正体を掴んでいるからか。

 

「これは質問ではなく要求だが。会話をするというのなら変装を解くのが礼儀だろう『(ドー)(ル・)使(マス)(ター)』? それとも(ダーク)( ・ エ)(ヴァン)(ジェル)と呼んだほうがいいか、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル?」

「……ほう?」

 

女——エヴァンジェリンの目が変わった。

 

「よく私の名が分かったな。小僧、たしか司波達也とかいったか?」

 

美女の輪郭が解け、一秒を待たずして可憐な少女の姿になる。それでも百人が百人、美少女——もしくは美幼女—と答えるであろう見た目には違いなかったが。

 

「あれだけ堂々と人形を使って、ましてやその関係者最有力候補のナギが()()()()を使ったんだ。容疑者の名前として一番に出てきてもおかしくはないだろう。

もっとも、確証を掴んでいるのは俺だけだ。他の人間はそんな御伽噺染みた考えなど、一笑に付しているだろうがな」

 

腕を組むエヴァンジェリンは、達也の言葉に眉を吊りあげる。

 

「なぜだ? 貴様もどこぞの組織の一員なら、情報の秘匿がどれだけ重い罪かは知っているだろう?」

「知っているが、俺にとってより優先すべき対象が『平和な学校生活』ということだ。口を滑らして、余計な火種など撒きたくはない。それはそちらも同じだろう?」

「……なるほど、互いに他言無用だということだな? いいだろう」

 

これにて交渉成立。となれば武器など不要と、達也はCADを仕舞った。無謀すぎるように見える行動だが、こと(エヴ)(ァン)(ジェ)(リン)に対しては問題がない。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの伝承として、『女子供は殺さない』というのがある。その確証は藤林を『眠らせただけ』で放置した点から得られているし、達也に対して『小僧』という呼称を使ったことから彼女にとって子供のカテゴリーに入っていることは分かるのだ。ならば、殺し合いになる確率は極めて低いと推測できる。

 

「さて。今までのは『要求』だったな。質問に答えると言ってしまった以上、聞かれないとこちらも困るわけだが?」

 

エヴァンジェリンも戦わ()ない()つもりなのだろう。先ほどと同じ提案を、達也へと再度投げかける。

とはいえ、達也としてはエヴァンジェリンに関して問いただす必要がある疑問はない。ナギとの関係も、深雪に害が及ばないのなら別に気にすることではないからだ。

よって、その権利を非常に実益的な質問に使うことにした。

 

「なら質問だ。無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)はどうなっている?」

「……そんなものに使っていいのか? これでも数百年分の叡智は重ねているんだぞ?

……まあいい、貴様にも貴様なりの考えがあるのだろう」

 

そうだな、と言葉を選ぶように呟き、ニヤリとイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべた。

 

「直接見たほうが早いだろう。連れて行ってやる」

「は?」

 

パチンと指を鳴らす。一瞬何事かと思ったが、足が地面に()()()瞬間、己が何をされているのか理解した。

 

「転移、だと——!?」

 

それは、達也の『眼』から見て異常に尽きた。

 

達也の足元の影を起点に、達也側の平面領域をA、地面側の平面領域をA'とする。同様に、アジト内の天井にある影のうち、天井側をB、室内側をB'とする。あとは、A'にB'の、B'にA'の空間情報を()()()()コピーし、上書きする。そうすれば、確かにAから進入することで、本来B'があるべきはずの地点にあるA'に出られるだろう。

たがそれは、言うに易し行うに難し。『AとA'は繋がっている』という情報は残し、『A以外のA'と隣接している空間』の情報は『B以外のB'と隣接している空間』という情報へ書き換えなければならない。しかも、僅かでも情報が欠けたり矛盾したりすれば、たちまち修正力によって霧散してしまうだろう。

 

全情報コピーですら達也の『再生』レベルの魔法なのに、その上適切な情報のみを書き換えるとなると、もはや人間業ではない。いくら『眼』で原理を理解できたとして達也には決して真似できない技だ。もちろん、それは深雪にも、そして他の魔法師全てにも言えることであるが。

 

「コレが経験の差だよ。たかだか百年足らずのお前たちに出来ないからといって、その数倍を生きたこの私に出来ないとは限らないだろう?」

 

だが、それを行っているのは人間ではない。ならばこんな離れ業も可能なのだろうと、影に沈みゆく達也は着地の姿勢をとった。

 

「ぐっ」

 

ドサッという音と共に床へと着地した達也の目に入ってきたのは、豪華絢爛に装飾された大陸様式の部屋だった。今は様々なモノが散乱しているせいで乱雑な印象を受けるが、普段ならこの部屋は高級感あふれる場所だということは推測できる。

次に感じたのは、湿気と匂いだった。夏ということを考えれば湿度があっても不思議ではないが、それにしても高すぎる。それに、この匂いは……

 

「汗、それに尿か?」

 

立ち上がって見てみると、十人に満たないぐらいの男たちが、ある者は床にへたり込み、ある者は壁にもたれ、ある者は力なく倒れこんでいる。

共通して言えるのは、皆一様に目を見開き、恐怖と絶望に染まった表情で、全身をグッショリと濡らしていることだけだ。

 

「どういう状況だ、これは」

「悪夢を見ているのさ、終わらない悪夢を」

 

背後から聞こえた声に振り返ると、予想通りの少女(吸血鬼)がいた。屋上とは違い、嫌悪感と侮蔑に塗れた表情ではあったが。

 

「悪夢?」

「ああ。夢の中で私に何度も何度も嬲り殺されて、その度に生き返る。その繰り返しだよ。ざっと一万回ほど繰り返せば解けるだろうが、体験してみるか?」

「……いや、遠慮しておこう」

 

さすがの達也と言えど、一万回も連続で殺されては正気を保っている自信はない。まだ一息に殺してしまった方が良心的だとすら思える仕打ちに、跡形もなく消すつもりだった達也も溜飲を下げる。もっとも、もう一つの目的もあったのだが……

 

「俺達としてはこいつらのボスの情報を聞き出したかったところだが、出来るのか?」

「人格が崩壊しようとも知識は残る。エピソード記憶と意味記憶、手続き記憶とかいうやつの違いだな。喋れて図体がデカイだけの赤ん坊と変わらないから、むしろ色々と聞き出したいのなら好都合のはずだ。そこの屍人(グール)とは違うさ」

 

少女が指差す方向を見てみると、装飾と思っていた透明な柱の中に人間の姿を確認できた。水晶ではなく、氷の塊だったようだ。

 

屍人(グール)? 人間じゃないのか?」

「一度死体にして肉体を加工し、その後器の中に魂を込め直して使役する外道の術だ。地域によってはゾンビだとかキョンシーとも言うな。昔は人形使いの一種だとか言われていたが、私に言わせれば同じにするなと言いたいところだ」

 

達也がその言葉を理解するのに、実に五秒もの時間を有した。

それだけ衝撃的で、それだけ起きてはならないことだった。

 

「……なんだ、それは……!」

 

達也は、深雪が絡んでいないにしては珍しく、明らかな怒りの表情を見せる。

それだけ、この術は人道に反しすぎていた。死後になってまで誰かの意思で使役されるなど、死者に対する冒涜以外の何物でもない。

『枷』を大いに揺さぶり漏れ出すほど、その怒りは強烈だった。

 

「こいつらはほぼ魂が死んでいるせいで、いくら幻術に嵌めようとしても掛からんかった。諦めて冷凍したが、コールドスリープに近いから氷を剥がして温めてやれば復活するだろう。調べたければ好きにしろ」

「術者は消していいんだな?」

「当たり前だ。むしろ、この世からこの魔法は根絶やしにしろ。私は制約の問題で自由に動けん、貴様から上司とやらにも言っておけ」

 

操り人形にされた死者を、いや、その術者を想起してか、少女の目には強い怒りと嫌悪が燃えていた。悪の魔法使いと呼ばれようと人道は理解できるのだな、と同じ感情を抱く達也はエヴァンジェリンに対する評価を変えた。

そして、五秒ほど経った後、嫌悪感を抱かせるオブジェを一刻も早く視界から外したいのか、少女は再び影を使った転移を展開する。今度は達也は置いていくようだが。

 

「ではな。一つ言っておくが、もし私のことを話したなら、貴様も貴様の妹もただでは済まんぞ。魔物と契約を結ぶということはそういうことだ」

「ああ。誰に明かすつもりもない。俺のことを黙っていてくれるのならな」

「ふん。不死者(わたしたち)は約束は守るさ、永遠にな」

 

そう言い残すと、少女は達也の前から姿を消した。

同時に、自分があの少女に心を許していたことに気づき、達也は微妙な表情になる。どこか他人の気がしなかったこともあるだろうが、案外良識のある人物(?)だったことが大きいだろう。

 

なんにせよ、収穫の多い時間だった。

深雪に手を出そうとした奴らを殺すことは叶わなかったが、死よりも辛い目にあっているのだから個人的には納得できる。欲を言うならば、自分の手で行いたかったところだが。

さらに、生きたまま『捕獲』したことで情報のロスがなかったことも大きい。これなら、公安にも大きな借りを作れるだろう。

そして、何より——

 

 

(誰だか知らないが、この術者だけは必ず殺す。この術は、これからの世界には必要のないものだ)

 

 

新たな敵の存在を強く確認し、達也は真田を呼びに部屋を後にした。




主人公(ナギ)が出ない……
仕方ないんです、エリカとかレオに捕まって気の早い祝勝会に強制参加してたんですよ(言い訳)

あと一、二話で九校戦編は終了の予定です。
その後、アンケート①の返信を進めつつ、間章2「世界大会編〜迫り来る異邦の手(仮)〜」を書いていきます。
すみませんが、新章に入ったら私的な事情でだんだんペースが落ちるかもしれません。ですが、エタらないようには進めるので、どうぞ気長にお付き合いくださると幸いです。


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第五十五話 終幕、そして旅立ち

章終わりなのでちょっと短めです


8月12日、九校戦最終日。

九時から最後の競技、モノリス・コードの決勝リーグ第1試合が始まるのだが、試合開始の三十分前となっても、達也の姿は観客席にも一高の本部テントにも、与えられた自室にもなかった。

 

「以上が、昨日深夜の作戦によって得られた情報だ。何か質問はあるか?」

 

達也がいたのは、会場に隣接する(正確には会場が隣接している)富士国防陸軍の一室。この基地に滞在中の風間に与えられた部屋だ。

そこで行われる、昨日の夜に()()()()作戦の事後報告を受けるために呼び出されたのだ。

 

「幻術は解けたんですね?」

「1時間ほど前にね。人が変わった、というよりも生まれ変わったみたいに素直に話しているらしいよ」

 

拷問や薬物投与も用いずに結構なことで、と真田(さなだ)繁留(しげる)——独立魔装大隊所属の技術士官で、階級は大尉——が告げる。

だが達也には、それが事実と反していることを知っていた。この世では受けられない()()()()を受けたのだ、文字通り『死んで産まれ変わった』のと同じ心境なのだろう。

そんな思考を知らず、風間はそれを行った者に対して言及する。

 

「特尉と藤林が接触した術者は、現在捜索中だ。まだ映像記録の一つも出てきてないが」

「確か、藤林を眠らせたのは金髪長身の欧州系美女、だったか?」

 

達也が大隊幹部の一人である(やなぎ)(むらじ)大尉に頷きを返すと同時、藤林もそれを肯定した。

 

「はい。一目見ただけですが、すごい美人だったのは覚えています」

「それだけ特徴的なら目立ちそうなものだけどねー」

「藤林を人質に取った後、達也を部屋まで連れて行ったという仲間がいるのだ。それも真田たちの監視の目を抜けて。何らかの身隠しの術、達也がわからないのなら精神干渉系の認識阻害魔法を持つ術者だろう。そう簡単に尻尾を出すとは思えんな」

 

真田が軽い口調で話をすれば、柳がキツくそれを正す。そんなやり取りが行われる中でも、達也を責めるものは誰もいなかった。

確かに達也の能力があれば人質を取られても切り抜けられそうなものだが、相手が精神干渉系を使うとなれば話は別。達也本人に向けられるものは()()()守るが、達也自身に精神干渉系魔法を扱う力はないし、それを感知する能力も低い。精神(こころ)を盾に取られては分解も再生も意味をなさず、諦めて相手に従うしかないのはこの場にいる全員の共通理解だった。

もっとも、それが何かしらの害を及ぼすなら達也も躊躇わずに藤林を切り捨てただろう。軍人になった時点で、藤林もその覚悟を済ませてある。だが今回は、『ただ現場に連れて行って伝言役を頼んだだけ』だ。身内を切り捨てる必要がある内容ではないし、むしろ一方的にこちらの利益にすらなる。従ったところで何も問題はなかった。

 

「しかし、その術者たちから得られた情報は大きい。

『ソーサリー・ブースター』、魔法師の大脳を原材料に無頭竜が作る外付け魔法増幅装置。元々はそれを止めさせる為に奴らのボスの情報を得るのも今回の作戦の目的だったわけだが……まさかそれを上回る非人道的行為が行われていたとはな」

「奴らの言葉ではジェネレーターでしたっけ? 死者を操り人形にするなんて魔法は、後世に残さないよう俺たちで断たなくちゃなりませんね」

 

そう返す真田の表情には、いつもは浮かんでいる軽い雰囲気はない。柳にも、藤林にも、風間にも、そしてもちろん達也にも。一様に険しい顔の中にあるのは、人間としての怒りだった。

 

「とにかく。今回得られた情報を公安や国際警察とも共有し、ソーサリー・ブースター、及びジェネレーターの製造技術をこの世界から抹消する。情報の精査や各方面への根回しが終わっていないため日程などは現在調整中だが、もしかすればお前たちにも動いてもらうことになるかもしれん。そのつもりで鍛錬を怠らないように」

『はっ!』

 

風間が話を締め、それに全員が敬礼で返したことで、この場のミーティングは終了した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その後、達也は先に会場入りして席を取っていた友人たちの元へ向かい、九校戦最後の競技、本戦モノリス・コードを観戦した。

それについて特に語ることはない。大方の予想通り、十文字を有する一高は個々人の力を十全に発揮し、モノリス・コードの優勝を果たした。ただそれだけだ。

 

最終的な戦績は、二位の三高と110pt差をつけて第一高校が優勝。事前予想の通り、第一高校の最強世代は三連覇を成し遂げた。

とはいえ、それが上級生だけの力ではないことは周知の事実。途中まで三高相手にリードを許していたのを払拭できたのには、二人の一年が絡んでいる。それが一高内での共通認識だった。

 

一人は、その日の夜のパーティーで所在なさげに立っている『司波達也』。

直接的な戦績のない技術スタッフではあるものの、担当選手がお互い以外に負けなしという過去類を見ない伝説を築き上げた、九校戦史上最強の呼び声高い一年だ。それに加え、一高内部でしか知られていないことではあるが、実技に劣るという理由で二科に入れられたという(あくまで主観的に)不遇の人物でもある。

 

もう一人も、同じく二科。それも選手出場であり、単独優勝こそ果たしていないものの、十師族一条家の御曹司に喰らい付き、単独で団体競技であるモノリス・コード同率優勝を勝ち取るなど目を見張る活躍を見せた少年、『春原凪』。

 

だが、その赤髪の少年の姿は、パーティー会場には見当たらなかった。

 

「…………」

「真由美、無言で食べ物を口に詰め込むな。仮にもお嬢様だろう、お前は」

 

実際にはリスのように膨れた頬も、それはそれでまた愛嬌があるようにも見えるのだが、それはそれでこれはこれ。摩利としても、これ以上他の高校の生徒や参列した大人に一高トップのこんな姿を見せるわけにもいかず、呆れた声で忠告せざるを得なかった。

真由美もやけ食いは分かっていたのだろう。摩利の言葉を聞き、頬袋に貯めた料理を飲み込むと、大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜」

「気持ちは分からんでもないが、一応公共の場なんだから取り繕え。猫を被るのはお前の得意分野だろ」

「失礼ね。まあその通りなんだけど……はぁ〜、なんであと一週間、いえ、一日だけでも待ってくれなかったのかしら……」

 

割と本気で落ち込んでいる真由美。いじけモードに突入した親友に口元をヒクつかせながらも、摩利にもその落胆は理解できたので強く出るわけにもいかずに目で訴えるだけに留めた。

真由美がこんな状況になっている理由は単純だ。ナギが一足先に帰ってしまった、ただそれだけ。それだけなのだが……高校生活最後にして最初のパーティーで想い人とのダンスを楽しみにしていた真由美にとっては、総合優勝したことなんかよりも重大なことなのだろう。

 

「まあ、文句は御上(せいふ)に言え。ここでやけ食いしたところで太るだけだ。それとも何か、春原にプヨプヨに弛んだ腹を見せるつもりか?」

「別にいいですよ〜だ。どうせナギくんは新学期まで帰ってこないんだし〜、一緒に海に行く約束もなくなっちゃったし〜? 水着なんて見せる機会はもうないですよ〜」

 

ブチッという音が摩利のこめかみの辺りから響いたが、なんとか腕が出るのは抑え込んだ。来賓もいる中で風紀委員長が生徒会長を殴るのはマズいという意識は、ギリギリで残っていたのだ。

 

「はぁ。そろそろ折り合いをつけろ。仕方がないだろう、人間主義の一派が、春原を兵器として『確保』しようなんて言い出したんだから」

「……ええ分かってるわよ。ナギくんに実績を残させるために、予定を早めて世界大会の会場に向かったのもね」

 

事の始まりは、ナギが力を見せすぎたことに由来する。戦略級魔法などの決定的な一線は越さなかったものの、それでもモノリス・コードの決勝で見せた『氷の女王』は驚異的すぎる魔法だった。その力に目が眩み、魔法師を人間と思わない派閥が強引な手段に出ることも、容易く予想されるくらいには。

しかし今の世の中は、魔法師にも人権を認める派閥の方が力が強い。政府も同様だ。そんな行動を許してしまっては支持率に響くが、だからと言って真っ当な手段ではないから『強引な手段』なのであり、100%防げるかと言われると首を横に振るしかない。

 

ナギを取り巻く状況はそんな感じで不安定だったわけだが、唯一効果的な手段があった。それが、強硬派の手が届かない外国へ逃す方法だ。

とはいえ、もちろん亡命させるというわけではない。世界大会の出場が決まっているナギを予定を早めて開催国まで先行させ、そこで成果を上げさせるというだけだ。

誰が見ても確実な『魔法師』としての成果があれば、いくら強硬派といえども『兵器』と言い張り人権を無視することは出来なくなる。また、あまり他国の魔法師の受け入れには好意的ではない世界情勢とはいえ、滞在時間が長くなればそれだけ自国へ移住するよう『説得』できる可能性も上がるため、開催国の方もこの提案に乗り気だった。

 

そんな訳で予定を十日ほど早め、ナギは今日の昼間に富士演習場を発たなくてはならなかった。ならなかったのだが、そんな政府の事情など乙女の恋心には関係ないことだ。

真由美の身に起きていることは、理屈では分かっても感情がそれを認めたくないという簡単な話なのだろう。任務で偶に恋人にドタキャンされる摩利にも気持ちは分かる。だから、優しく慰めるように声をかけた。

 

「そう落ち込むな、ダンスぐらい七草家のパーティーに呼べばいくらでも出来るだろう。海に行けなかったのは残念かもしれないが……」

「……いえ、正直そんなことはどうでもいいのよ」

 

だが、勘違いも甚だしい。

真由美が荒れているのはそんなことが原因ではなかった。

 

「問題は、向こうでナギくんが彼女を作らないかってことよッ!!」

「……は?」

「だって、ナギくんよナギくん! 誰にでも優しくて、顔も良くて、しかも強いって三拍子揃った完璧イケメンよ!! 絶対手を出してくる馬の骨が居るはずだわッ!!」

「…………」

 

真由美の話は超主観的だが、あながち間違ってもないからタチが悪い。しかも相手は、そんな恋愛感情だけで動いてくるとは限らない。ハニートラップだって十二分に警戒してしかるべき可能性だ。

 

「摩利だって、噂の彼氏が出張中に現地妻に寝取られないか心配じゃないの!? 私は心配よ!やっぱり今から追いかけるッ!!」

「あー待て待て落ち着け。祝勝会に生徒会長がいなくてどうする」

「なら今すぐこの場であーちゃんかはんぞーくんに引き継いでもらって!」

「生徒会長を決めれるのは生徒総会だけだ、そんな思いつきでどうこうなる問題じゃない」

 

ガルルルと野生動物化してる親友を羽交い締めにしながら、誰か助けてくれないかなどと溜息をついてしまったのも仕方がないだろう。

 

結局、(人柱に選ばれた)達也が録画機材を片手に現れて、『後世にこの快挙を残さないといけませんからね』と嫌みたらしく告げるまで、七草真由美の暴走は続いたのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「着替えよし、端末よし。急ぎの仕事も済ませたし、謝罪の電話も入れたし……」

 

真由美が恋の獣と化しているころ、ナギは自宅で慌しく動き回っていた。

政府の決定が告げられたのが、九校戦最後の試合が終わった直後の一時半過ぎ。そこから荷物をまとめ、法律に従って車でゆっくり戻ってきたのが二時間前の五時半。さらにそこからも色々と奔走していたら、飛行機の離陸まで残り四時間を切っていた。移動時間や手続きを考えると、すぐにでも出なくては間に合わない。

 

「ぼーやも大変だな。いや、社会に縛られるのが大変なのか?」

「あ、師匠(マスター)。ボクが居ない間の食事とかは弘一さんに頼んでおいたので、目立たないように行ってくださいね。あと、ドラゴン退治は済んだんでしたっけ?」

「ああ、()()()()()()()()()()

 

バタバタ動き回る弟子を前に、その友人のことは口にしなかった。当然だ、『他言無用』と契約(やくそく)したのだから。

 

「なら良かったです。()()()の方は?」

「慎重に進めざるを得ないからな、実用化できるのは今月末といったところだ」

「了解です。じゃあこの家の防衛ですけど……」

 

二、三今後の予定を決めながら、大きなカバンを背負ったナギ達は玄関へと向かっていく。

 

「こんなところですね。じゃ、行ってきます!」

「ああ。()()()()勝ってこい」

「はい!」

 

ニタリと微笑む師に見送られ、ナギは空港へと走り出す。

その胸に、一つの絆を忍ばせて。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

次なる舞台は、新大陸の大国"北ア(U)(S)カ大(N)衆国(A)"

 

しかし、彼の行く先に安寧などない。

 

彼の地にも、異邦なる者の手が、静かに、しかし確実に伸びていた。




これにて第二章、九校戦編が完結です!
いや〜7ヶ月半かかりましたね、長かったぁ。まあ、うち休載が約2ヶ月半なんですけど(^_^;)

次回からは間章2『世界大会編』が始まります。舞台はUSNA、となれば出てくる人は分かりますよね?
また、これまでは『ネギまを魔法科的に説明』でしたが、次章からは逆の現象が起き始めます。加速度的に交わる二つの世界、その起点となる章ですので、お楽しみにお待ちください!

また、この投稿をもちまして、アンケート①の募集を締め切らせていただきます。沢山のご提案、ありがとうございました!
色々と考えた結果、見やすいように活動報告で一覧に纏め、そこでご返信をさせていただきたく思います。すべてのご提案に目は通しているので、今しばらくお待ち頂けると幸いですm(_ _)m


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間章2 世界大会編
第五十六話 おおいぬ座の青星


「シリウス少佐。貴官のスターズ総隊長の任を、本日付で一時解任とする」

 

デスクに座るヴァージニア・バランス大佐の言葉に、同席していたベンジャミン・カノープスは己が耳を疑った。次いで幻術を疑い、夢を疑い、現実だと理解してようやく、隣に立つ(くだん)の総隊長の現状に気付く。

 

「…………」

 

USNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊・スターズ総隊長で戦略級魔法『ヘヴィ・メタル・バースト』を操る十三使徒の一角、アンジー・シリウス少佐。もしくはまだ16になったばかりの少女、アンジェリーナ・クドウ・シールズ。どちらも彼女を示す名である。

細くさらりとした金髪はツインテールに束ねられ、宝玉のような碧眼は凛とした色を灯したままバランスを見つめている。顔立ちも贔屓目なしに整っており、快活さと美麗さを奇跡の比率で併せ持っていた。美少女コンテストなどに出場しようものならダントツで優勝するのではないかと、部隊内でまことしやかに囁かれているほどだ。

 

「…………」

 

そんな美しくも最強の魔法師は、背筋を伸ばし、『休め』の体勢のまま微動だにしない。

一見すると、話を冷静に受け止め動じていないだけに思える。しかし、最近親のような感覚すらしてきたカノープスには一目でわかった。

——これは、完全にフリーズしている。

 

「……少佐」

「……………………はっ!」

 

デスクに座る大佐に聞こえないぐらいの小声で呼びかけてみれば、遠くに行っていた意識が戻ってきたのか、ビクッと跳ねて目を見開いた。

 

「シリウス少佐?」

「い、いえ!なんでもありません大佐殿!」

 

一瞬取り乱しかけたようだが、さすがに今の状況は理解できているのかビシリと敬礼をして誤魔化そうとする。

もっとも、バランスから見てもカノープスから見てもバレバレだったのだが、年齢と内容的に仕方がないと見逃すことにした。

 

「大佐殿、発言してもよろしいでしょうか」

 

そんな見た目だけ取り繕って絶賛混乱中の少女を横目に、カノープスがバランスへと問いかける。彼も、今の大佐の発言は納得できていないのだ。

 

「許可する」

「シリウス少佐の解任理由について、説明をお願いしたいと思います」

 

その不満を示すように、不敬に当たらないギリギリのラインを攻めた。

少女は職務を忠実にこなし、仲間内での評判もいい。少々仲間思い()()()性格ではあるが、それは解任されるほどの理由ではない。納得など出来るはずもないし、理解もできない。

バランスにもそれが伝わったのだろう。一つ手を組み直し、再度"決定"を伝え直した。

 

「どうやら誤解させたようだな。シリウス少佐の解任は()()()()()()であり、少佐には明日(みょうじつ)から別任務に着いてもらう。

その任務の間は『シリウス』は欠番とし、スターズは第一部隊隊長であるカノープス少佐が指揮をとる。そして任務終了と同時、アンジェリーナ・クドウ・シールズには再び『アンジー・シリウス少佐』となってもらう予定だ」

 

なるほど、と並んで立つ二人は納得の表情を見せた。

まず大前提として、スターズの隊員には星にちなんだ名前が与えられる。その名によって衛星級(サテライト)惑星級(プラネット)星座級(コンストレーション)(スタ)(ー・)(セカ)(ンド)と順に格が上がり、12ある各部隊の隊長、もしくは副隊長を勤め上げてるのが『カノープス』をはじめとした20人の(スタ)(ー ・ )(ファー)(スト)だ。

そして『シリウス』とは(スタ)(ー ・ )(ファー)(スト)の上、スターズの頂点であり総隊長。年齢性別経験を無視し、造反者を処断できる戦闘能力のみで選出される、文字通り『USNA軍最強の魔法師』に付けられる"コードネーム"だ。

そのシリウスの代替わりが起きるとすれば、殉職か、より強い魔法師が現れた時だけ。現に少女の前にも『シリウス』が存在し、いつかは少女もその名を譲り渡すのだろう。がしかし、戦略級魔法師である彼女を上回るほどの魔法師などそう簡単に見つかる筈もないし、その噂すら耳にしないで突然現れるのは不自然極まりない。

そう考えれば完全解任などまずありえない話だと分かるものだが、やはり『解任』の言葉のインパクトが強烈すぎたのだろう。その前に付いていた『一時』の単語が頭から抜け落ちていた。

 

「何か理解しえないことは?」

「はっ!ありません! 度重なるご説明をお願いしてしまい、失礼しました!」

「よい。私にも落ち度はあった。なにぶん急な話でな、本来なら二日後に任務説明を行い十日後から一時離脱の予定だったのだが、日本政府からの打診で急遽このような形になってしまった。混乱するのも理解できよう」

 

どうりで引き継ぎの期間もなく急な話だと思った、と内心で呟いた少女は、上官の言葉に引っかかるものがあった。なので発言の許可をもらい、それを問うてみる。

 

「その任務というのは、日本政府との合同任務でありますか?」

「いや違う。あくまで我々の独自任務だ。だが、日本政府も絡んでいる……と、任務についての指示をしてしまった方が早いな」

 

バランスは手元の端末を操作し、二人が見やすいよう背後のモニターに任務レポートを映し出した。

 

「二週間後、ボストンでSSボード・バイアスロンの世界大会が行われる。それは既に承知しているな?」

 

否と返すことは絶対にない、当然知っていてしかるべき知識についての確認だった。

三十年以上前、台湾で起きた『少年少女魔法師(マギクラフトチルドレン)交流会(こうりゅうかい)襲撃事件』以降、こうした魔法師が絡む国際的な催しにはその国の最高レベルの警備を敷くのが国際的な通例だ。第二第三の「触れてはならない者たち(アンタッチャブル)」を生み出さないための回避行動と言ってもいい。

当然、USNA軍最強の魔法師部隊であるスターズからも少なくない人数が派遣される。そのことをスターズのNo.1、No.2である二人が知りえないはずがないし、知らなかったとしたら職務怠慢に他ならない。

 

「ではこの大会で優勝候補と目されている、日本の個人戦代表の名も知っているな?」

「ナギ・ハルバラであります。自分と同い年の(ハイスクー)(ル ・ スチ)(ューデント)だと記憶しておりますが」

「そうだ。その少年が今回シリウス少佐に課せられる任務のターゲットであり、同時に護衛対象でもある」

 

目標(ターゲット)」と「護衛」。今まで主に『(デリ)(ート)』や『(ボディ)(ガード)』の任務しかこなしていなかった少女にとっては、相反する二つの単語だと感じたのだろう。首こそ傾げなかったものの頭の上に疑問符が浮かんでいるのがありありと伝わってくる。

しかし、カノープスはそれが意味するところを、そして今回の任務の内容を薄らと予感していた。

 

「ターゲットだが、日本国内でのトラブルにより一足先に我が国へ来ることとなった。明日17:00に、ボストンのニュー・ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港に到着予定だ。

シリウス少佐には()()()()護衛兼通訳として、ターゲットと四六時中行動を共にしてもらう。設定は『USNA軍の知人から頼まれた(ハイスクー)(ル ・ スチ)(ューデント)、アンジェリーナ・クドウ・シールズ』だ」

「表向きは、でありますか?」

 

そう尋ねてから初めて、何か、とても嫌な予感が少女の脳裏を過ぎった。

そしてバランスの口から語られた言葉は、その直感を裏切らなかった。

 

「真の目的はターゲットの籠絡、簡潔に言えばハニートラップだ」

「ブフォッ!?」

 

その単語(ハニートラップ)を耳にした瞬間、彼女は美少女らしからぬ音を立てて思いっきり吹き出した。バランスはそれに眉を顰めながらも、多感な年齢であることを考慮し見逃すことにするようだ。

同時にカノープスは、やっぱりかという表情を僅かに滲ませた。今時は戦闘要員でもその手の訓練を最低限積むものであるし、カノープス自身も若い頃、何度か任務に着いたことがある。今まで『まだ(ジュニア)(・ハイ・)(スクール)だから』と見逃されていただけで、いつかはこういった任務をさせられることも予想していたが、まさか今だとはと言った心境だった。

 

「ゲホッ、は、ハニートラップでありますか!? 自分が?」

「ああ。ターゲットと同じ年齢、日本の血を引いていて日本語が話せ、見た目も良い。未経験なのがネックだが、日本の諜報員からの情報だとターゲットも女性経験はないそうだ、技術が拙くとも問題あるまい」

 

よく勘違いされがちだが、ハニートラップは必ずしも『本番』が上手い必要性はない。適度に相手を興奮させた方が多少なりとも情報を引き出しやすくなる程度で、相手(ターゲット)と関係性を持った時点で、もっと言えばそういう感情を抱かせた時点で『勝ち』なのだ。

故に、たとえ少女が未経験であろうとそれを辞退する理由になど出来ないし、逆に高校生(ターゲット)ぐらいの年齢なら、お互い初めての方が今は失われかけているプラトニックな純愛を匂わせるので効果的と言える。

 

「で、ですが、『シリウス』が他国の人間と関係を持つのは、国内に対しても国外に対しても問題なのでは……」

「この手の競技者としては珍しく、ターゲットはかなりの戦闘能力を持っている。その実力は(スタ)(ー・)(セカ)(ンド)クラスは確実にあるだろう。万が一にも『護衛が逆に守られた』なんてことになったら我が国の面子が立たなくなる、今回の護衛任務はシリウス少佐のようなごく限られた人間にしか任せられないのだ。

安心していい。そのとき君は『シリウス』ではない、よって『我が国最強の魔法師が他国の人間と性交した』という事にはならない」

「せっ!?」

 

もはや羞恥で耳まで真っ赤だ。隣に立つカノープスにはそれがよく分かったが、男の自分がフォロー出来る状態ではなかった。それに……

 

「少佐、これは統合参謀本部による決定なのだ。同じ女性として心中は察するが、君に拒否権はないのだよ」

「っ……! 了解しました」

 

覇気こそないものの、少女は敬礼を返す。まだ納得がいっていないのは明らかだが、『シリウス』の職務上、納得がいった任務など今まで一度もなかったのだ。今回もその一環だと割り切って、任務をこなすしかない。

 

「では任務の説明を続ける。今回、ターゲットから引き出すべき情報は三つ。

一つ。彼の家系のみに伝わってきたと見られる、特異な魔法全般についての一覧と発動原理。

一つ。日本で行われた魔法科高校生の魔法競技大会においてターゲットが披露した、魔法のストック技術の詳細情報。

一つ。同じく同大会で使用した、凍結領域魔法『(クリュス)(タリネ)(ー・パ)(シレイア)』についての詳細情報。

可能ならば彼を我が国に引き込むのがベストだが、ターゲットは既に日本国内で確かな地位を築き上げている。亡命させることはまず不可能だろう」

「その映像はありますでしょうか?」

「あるが、ここで流すには時間がない。後で少佐の端末に送る。移動時間に目を通すように」

 

この会話は一つ、驚くべき情報を前提としていた。

魔法は戦力だ。それは今の世界の常識であり、日本もそれは変わらない。高校生レベルだとしても同様であり、会場での撮影は制限されていて、配信映像にも録画撮影ができないよう加工が施されている。国外に映像を持ち出すには高いハードルがあるはずだ。

だが、USNA軍にそんなことは関係ない。エシュロンⅢを有する彼らは、藤林と同等レベルのハッキング能力を科学的に実現しているに等しい。加工される前の映像を盗むことぐらい容易いことだ。

 

「今回の任務が不達成だった場合だが、少佐に罰則はない。ターゲットは日本国内にも情報を開示しないことで有名だ、肉体関係を持っても引き出せない可能性は十分に考えられる」

「つまり、諜報活動は有効性が低いと?」

「そうだ。その為、わざわざ専門の諜報員を用いる利点も少なく、ならばいっそと少佐に経験を積ませることにしたのだ。

また、主に日本国内向けに公開されている魔法から、ターゲットは主に電子放出系魔法を得意としていることが推測される。政府上層部としては、少佐との間に子を成せば電子放出系に特化した強力な魔法師が誕生するのではないかという打算もあるのだろう」

 

子供をなんだと思ってるのだという話だが、世間一般の常識として魔法師を人間と思わないそのような思考が根強いのもまた事実だ。

魔法師の中には元が研究機関出身のものも少なくはないため、何もない人間からしたらそこで開発された『兵器』とでも思ってないと劣等感を感じずには居られないのだろう。国連によって魔法師は『人間』と明確に定義されたが、いま社会を動かしている年齢層は若い頃に『兵器』と教え込まれた人々だ、そう簡単には根本的な認識を変えられないのが現実である。

 

「以上だ。何か質問は?」

「はっ!ありません」

「私もです」

「では行動を開始してくれ」

 

敬礼を返し、二人は礼儀を損なわない程度に足早に部屋をあとにした。

空気の抜けるような音とともに自動扉が閉まると同時——圧縮空気式というわけではなく、視覚障害者に対する配慮の一環でわざと音をつけている——、途中から仮面のように固められていた少女の顔に色が戻った。

 

「総隊長、大丈夫ですか?」

「大丈夫、と言いたいところですけどね……私がハニートラップだなんて……」

 

カノープスが問いかけると、少女は羞恥と緊張とその他諸々が混ざり合った、複雑な表情を浮かべる。

この少女は少し頭で考えすぎるきらいがあり、今も色々と妄想……いや『想定』しているのだろう。

 

「でもまだ良かったじゃないですか。ターゲットは日本でタレント活動をしているぐらいには美男子ですよ。訓練と称して自分のような脂ぎった中年男性に抱かれるよりかはマシだと思いますが?」

 

カノープスもその思いの一端は理解できたのか、軽い感じでフォローを入れた。自虐も織り交ぜ、少しでも気を紛らわせるようにと。

 

——だが、それにとんでもないカウンターが飛んできた。

 

「見ず知らずの男の子に抱かれるぐらいなら、まだベンに私の初めてを捧げたいです」

「…………」

 

ごく自然体に、なんの気もなしに告げられたセリフに、さすがのカノープスも言葉に詰まる。この感じだと、頭がぐちゃぐちゃの状態からぽろっと出た本音だろう。

だが、それは告白や恋愛感情的な意味ではなく、あくまで『仲間だから』だということもカノープスには分かった。現に、自分の放った言葉が誤解を招きかねないことに気がついたのか、顔を真っ赤にしてアタフタと弁解しようとしている。

……まあ、いくら絶世の美少女とはいえ、彼の方にそんな気は欠片も起きないのだが。

 

「え、えっと、ベン!勘違いしないでください!今のは……」

「大丈夫です、分かってますよ。それに、万が一本気だったとしても断ります」

「……何故ですか?」

「さすがに娘と同年代の少女は抱けませんよ、娘と妻に会わせる顔がなくなります」

 

こればかりは仕方がない。カノープスは()()()()ではないのだから、いくら美しかろうとも中高生ぐらいの少女の裸を見たところで何も感じないし、むしろ娘への罪悪感に苛まれて自己嫌悪に陥ってしまう。

そもそも彼は既婚者だ。任務のため、上司のためでも、妻以外の女性を抱く気など更々ない。さすがに上層部もそこは考慮しているのか、結婚以降その手の任務を受けることはなくなった。

 

「そういえば結婚していましたね」

「ええ。ですので総隊長のことは、仲間や娘としては見れても女性としてはちょっと……たまに間抜けてますし」

「ひ、ひどいです! その言い方はないんじゃないですか!?」

 

少女のように怒る上司に、カノープスの頬が緩みかける。

動きでプンスカという擬音を立てていては、真剣かもしれない指摘もただの可愛らしい癇癪だ。全く怖くない。

 

「『モエ』は日本から広まった文化でしょう? 大丈夫ですよ、ドジっ子でも何処かには需要があります、きっと」

「なんで断言しないのです?! いえ、そもそも私はドジっ子じゃありません!」

「そうですね。抜けているのは私生活だけで、職務はちゃんとしてますね。寝ぼけて歯磨き粉と洗顔を取り違えかけたり、ナイフとフォークを間違えたりしてませんから」

「な、なんでベンがそれを知っているのですか!?」

 

まさか同僚の女性士官たちから恥ずかしい情報が漏れているとは夢にも思ってないのだろう。必死で詰め寄る少女の問いに、苦笑で濁す。

「部隊内で噂になってますよ」と言おうかとも思ったが、羞恥で真っ赤に顔を染め俯く姿が容易に想像できたので黙っていることにした。気になる子の気を引こうとする(プライ)(マリース)(クール)の男子じゃないのだ、必要以上に弄って遊ぶ趣味もない。

 

「うぐぐ……どうしても話さないというのですか」

「ええ。そんなことより」

「全然そんなことじゃありません! 乙女の尊厳の危機ですよ!」

「まあまあ、落ち着きましょう。それで、叫んで少しは気が晴れましたか?」

「……あ」

 

言われて初めて、いつもの調子を取り戻せていることに気がついたのだろう。

驚いたような声をあげ、「まさか狙って?」と問いかける視線を向け、それが段々と胡乱げなものに変わっていく。心境としては、「でも絶対に楽しんでたわよね」といったところか。

数秒間の間、ジトッとした目をにこやかに見つめ返していたら、少女はプイッと視線を背けて小さく呟いた。

 

「……まあ、多少は感謝しています」

 

ああ、これが日本発祥の世界共通語『ツンデレ』か、とカノープスは実感した。確かになかなかの破壊力だ、若かりし頃だったら一撃だっただろう。

 

「いいえ、どういたしまして。

では、引き継ぎに関しては私が出来る限り進めておきますので、総隊長は自室に戻って手荷物の準備などを進めておいてください」

「わかりました。お願いします、ベン」

 

ぺこりと頭を下げて足早に廊下の先へ立ち去っていく上司を見送り、カノープスも少し急ぎ目に移動を開始した。

時間もないのだ、大人として少しでも少女の負担を減らそう。そう意気込んで。

 

 

……余談だが、廊下で行われていた今の会話の『爆弾発言』部分だけを隊員にたまたま聞かれていて、後日『総隊長が第一部隊隊長と付き合っているらしい』という噂がスターズ内を席巻することになるのだが、彼らはまだそれを知る(よし)もなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「んーー!」

 

伸びをして、大きく息を吸い込む。どこか東京と違うような、でも同じ都会の匂いが鼻腔を満たす。

そのまま二度、三度と深呼吸を繰り返し、約半日ぶりの新鮮な空気を堪能した。

 

「うー、体が重いー。こんなに飛行機に乗ったのっていつ以来だろう」

 

なにせ、彼の最高速度は()()150km前後、時速になおせば約18万kmだ。1時間に円周約4万kmの地球を4周半出来る、1周なら赤道をぐるっと回っても13分半だ。長距離を瞬時に移動できる転移があったのも手伝って、彼が前世で長時間飛行機に乗ったのは、まだ魔法を公開する前に各国に赴いていた頃が最後だ。

さらに言えば、この世界で産まれなおしてから3時間も飛行機に乗ったことなどないし、そもそも国外に出たこともない。体感時間で言えば人間の平均寿命ぶりぐらいに、6900km弱()()の距離を、10時間かけてのんびりと移動したことになる。

 

「そういえば、通訳の人が来るって聞いてたけど……」

 

チェックに手間取られ、便と便の間で人気(ひとけ)のなくなった道を、ぐるぐると腕を回しながら進む。

物陰から突き刺すような監視の視線が飛んできていることには気づいているが、まさか彼らが通訳なわけはない。良くて護衛、悪ければ刺客だ。

 

「んー……?」

 

時代も世界も変わってもあまり代わり映えしない空港を進み、手荷物の受け取りレーンに着いたところで、ナギは首を傾げた。

パンパンに膨らんだカバンがあるのはいい。自分でも詰め込み過ぎなのは分かっているが、性分だ。前世の段階で治せないと諦めている。

そのカバンが、ベルトコンベアの上から降ろされているのもまだ分かる。ここに来るまでに色々と時間がかかっているのだ、一つのレーンを一つの荷物だけで止めるわけにもいかないし、動かすために止むを得ず退けたのも理解できる。

 

では、その横に立っている金髪の少女は何者なのか?

その答えは、割とすぐに浮かんできた。相手もこちらを見ていることから考えても、間違いないだろう。

近づいて、向こうが口を開く前にこちらから話しかける。前世では英国紳士としてレディーファーストを常に心がけていたナギだが、自己紹介は男から先にするのが紳士だということも当然知っている。

 

Hello, my name is Nagi Harubara(こんにちは、ボクは春原凪といいます). Are you my translator?(貴女が通訳の方ですか?)

 

流暢なクイーンズ・イングリッシュに驚いたのだろう。少女の碧眼が大きくなる。

 

可愛らしい子だ、とナギは思った。

見た目で言えば深雪に匹敵する。さすがに"理想をそのまま形にした"大人バージョンの師匠には敵わないが、それでも自然に産まれた人間では飛び抜けて美しいと断言できる。しかし、どことなく感じる快活そうな雰囲気が近寄りづらさを感じさせず、気軽に接せそうなイメージを醸し出していた。深雪の美しさを"静"のものだとすれば、この少女のそれは"動"の美しさだろうか。

加えて、体軸がブレず、針金を通したようにしっかりしている。こう見えてかなり鍛えているのだろう。それ自体は魔法師ならそこまで珍しいことではないが、このレベルとなると達也とエリカ、あとは天性の才で成し得ているレオぐらいしか思い当たらない。

 

総じて言えば、『通訳』としては怪しさ満天だった。

まだボディガード、もっと言えばハニートラップを仕掛けてきた諜報員と言われた方が納得できるような気もするが……それにしては少し()()()()()()()()気がする。もし仮に、彼女が本当に諜報員だとしたなら、よほど彼女自身に向いていないか、もしくは上司の教え方が下手なのか。USNAがそんな少女を差し向けるような国だとは思えないので、とりあえずその可能性は除外しても良いだろう。

となるとボディガードも兼ねているのか、とナギは笑顔の裏で判断した。それと同時、固まっていた少女の口が動きだす。

 

「驚いた、英語ペラペラじゃない。一瞬まちがえてネイティヴの人と勘違いしてるのかと思っちゃったわ」

 

その言葉、英語を日本語に変えてそっくりそのまま少女へ返したかった。カタコト日本語ではなく流れるような発音は、まず間違いなく普段から使っている証だろう。

 

「初めまして。アンジェリーナ・クドウ・シールズ、4分の1ほど日本人で同い年よ。よろしくねナギ」

「こちらこそよろしくね、アンジー」

 

差し出された手を握ったが、少女は握り返してこなかった。それどころか、イタズラに失敗した時の春日美空のような顔で固まっている。

おかしな態度に首を捻ると、少女は慌てた様子で手に力を込めて握手を交わした。

 

「どうしたの? あ、ごめん、初対面で愛称はダメだった?」

「い、いや!そうじゃないんだけどね!えっと、そう!学校にアンジェラって子が居て、その子が『アンジー』だったからそう呼ばれるのに慣れてないのよ! ワタシのことは『リーナ』って呼んで」

「OK、リーナだね」

 

正直、不自然以外の何物でもない動揺の仕方だったのだが、ナギには原因がさっぱり分からなかった。だが、『アンジー』という愛称に何か思い入れがあるのかと思い、特に気にすることではないと流すことにした。

 

「それじゃあ行きましょ。今日はホテルに直行だろうけど、明日からはこの街のいい所をたくさん紹介するわね!」

「あはは、よろしくお願いするね」

 

緊張を振り解くようにテンションの高めるリーナに苦笑して、ナギは荷物を手に取り後に続く。

そして、ハンカチを噛む『アンジー・シリウス』ファンクラブ隊員3名(スターズ第三部隊支部所属)を背に、二人は空港を後にした。

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

この邂逅がいかなる意味を持つのか。

この邂逅がいかに歴史を変えるのか。

 

お互いの人生に深く絡み合う関係になることを露ほども知らず、二人の16歳の歩みが並ぶ。

 

ゆっくりと。

静かに。

しかし確実に。

 

道は捻じ曲がり、異なる未来が訪れようとしていた。




新章開幕! 世界大会編と書いてますが、正しくは「(オーバ)界大(ー・ザ・ワ)(ールド)編」です。
日本を飛び出して起きる物語、どうぞご覧ください。

ちなみにタイトルの『青星』はシリウスの和名だそうです。おおいぬ座の中だけでなく、地球から見える太陽以外の恒星で最も明るい星で、冬の大三角形の一つですね。

あ、この章にナギ以外の既出キャラは一人だけしか出てきません。あしからず。


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第五十七話 さそり座の罠

何事も、都合のいい一面だけがそこにあるとは限らない。


「は、はは……」

 

口から乾いた笑いが漏れ出て、顔が引き吊る。思わず夢か何かだと思いたくなるが、そんな訳がないのは自分でもよく分かっていた。

そう、分かっていたのだ。今の世界情勢で派遣されてきた掛け値なしの美少女が、ただの通訳なわけがないことは。

それでも、せいぜいお目付役兼護衛なのだと思った。まさかこんなバレバレの諜報員がいるはずがない、と。

 

——だが、どうやらその認識は甘かったようだ。もしくはよほど舐められているのか。

 

ここまでの経緯を整理してみよう。

 

空港を出てから暫くコミューターの中で自己紹介を兼ねた軽い会話をして、彼女の言う『宿泊先』に到着した。そして、絶句した。

彼女の頬を薄らと紅く染めていたのは、ピンク色に輝くライトによるものか、はたまたその場所が示す行為によるものか、あるいはそのどちらともだったか。

 

……一言で言えば、そこは俗に『ラブホテル』と言われる場所であった。

 

照れ隠しのためか、かなり早く捲し立てられた彼女の話によると。

なんでも、急な日程変更だったため、彼女に依頼をしたUSNA軍でも十分に警備の整った宿泊施設を抑えることが出来なかったらしい。日本選手団が来れば予定通りのホテルに泊まれるらしいが、それまで一週間以上も間がある。

そこで、彼らはこう考えたそうだ。『中途半端に高いホテルに泊まると逆に目立つ。東海岸は人間主義運動が活発化しているため、住宅街を巻き込みかねないホームステイも出来ない。なら一層の事、絶対に代表選手の泊まらないような宿泊施設に泊まって貰えば逆に安全なのではないか』、と。

 

絶対に嘘だ。言っている本人も胡散臭げに目を泳がせていた。

誰の目からも分かりやすいほどに別目的でこのホテルに泊まらせようとしているのだが、だがしかし。だからと言って表向きの説明に矛盾があるわけではない。

第一、代表とはいえ一高校生が文句を言える事柄ではない。変えさせるにしても日本政府を通さなくてはならないだろう。それにしても、最低二、三日はここに泊まらざるを得ない。ここは諦めるしかなかった。

 

なに、要は手を出さず、情報を漏らさなければ良いのだ。

到着直後に説明を受けたところによると、幸いにもリーナが泊まるのは隣室らしい。同室でないのなら夜這いを心配する必要もない、少し気を張っている程度で済むはず……

 

(そう思っていた時期が、ボクにもありました……)

「だ・か・ら!水道管トラブルで部屋が使えないってどういうことなのよ!?」

 

ロビーのチェックインカウンターにて、リーナが受付嬢に怒鳴り散らす。それを受けても受付嬢は申し訳なさそうに同じ説明を繰り返すだけだ。

どう見ても、リーナは思いっきり動転していた。これが演技だとしたら、有名な映画コンクールの主演女優賞を総なめできるだろう。

となれば、何も聞かされてないのか、もしくは何か作為的なものか。どちらにせよ、こうも流れが整えられていくと、次の展開も容易に見えてくる。どうせ、大方……

 

「ナギ、えっと、その……空き部屋がないから、一緒に泊まってくれ、ですって」

「うん、わかってた」

 

どこまで露骨にテンプレートをなぞれば気がすむのか。

誰ともしれない作戦考案者は、よほど純粋な心の持ち主か、それともよっぽどの大馬鹿者か。

それでも否と返せない状況に追い込むあたりに逆に感心を抱きながら、渋々とナギの首が縦に振られた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……よし!」

 

パチンと頬を両手で叩くと、リーナは視線を端末から外し、行動を開始した。

 

今回の任務、ハニートラップの経験はおろか恋愛経験すらないリーナにとっては鬼門中の鬼門。単独では成功など出来ないことはどう考えても明らかだった。

なので、上層部もサポートを用意していた。統合幕僚本部直属諜報活動部恋愛諜報(ハニートラップ)班作戦立案部隊新進気鋭の新人、コードネーム"K・K"。部隊も年齢も違うが一応リーナの同期に当たる。

重度の日本通、特に今世紀初頭のジャパン・コミックに造詣の深い彼女は、ある恋愛漫画に衝撃を受け独自の恋愛理論を確立。その理論を元にネット上で恋愛成就の道への指南サイトを立ち上げたところ、その百発百中ぶりが話題となり、新戦力を欲していた統合幕僚本部にスカウトされたという異色の経歴の持ち主だ。噂に聞くところによると、正式に軍属となってからもその成功率は未だ100%を保っているという。

もっとも、彼女に出来るのはあくまで『ターゲットを恋に落とすまでの展開の構築』だけであり、その先の情報入手は実際に動く本人の技量。とはいえ、その前段階で躓いているリーナにとっては、これ以上ないぐらいの頼もしいサポートと言えた。

 

(でも、ワタシにも詳細な情報をくれないのはどうかと思うわよ!)

 

心の中で毒づきながら、リーナはシャツのボタンに手をかける。

直接文句を言ったところで、その恋愛マスターは「リーナは顔に出やすい。自然な演技なんて出来ないだろうから教えなかった」とでも言うのだろう。その場面が手に取るようにわかる。

しかも、そう言われるとリーナに反論はできない。できないのだが、それでも心の準備というものがある。特に、知らされていた予定と違って同室と告げられた時には、口から心臓が出そうだったのだ。愚痴の一つでも言いたくなっても仕方がない。

 

まあ良い、今は指示通りに動くだけだ。シャワーの音が聞こえるユニットバスの扉に手をかける。

K・Kから送られてきたメール曰く、「ラブホテル→別室と告げられた安心感→トラブルによる同室、と畳み掛けたことによって、彼の心には動揺が出来ている。ここでニホンの伝統芸『お背中お流しします』に成功すれば、高校生男子の四割は獣になるはずだ」とのことである。

全くもって信じられないが、恋愛経験のないリーナには代案が思いつくはずもない。従うしか選択肢がなかった。

 

「ハイ、ナギ! 失礼するわ——」

「動かないで」

「よ……」

 

だがその作戦Aは、一番初めから躓いた。

 

「さてリーナ、どういうことか教えてくれる?」

「え、えーと……お背中お流しします?」

 

掌に霧状の塊を作り出しこちらに向けるナギの姿(しかも着衣している)を瞳に入れ、哀れな少女の額から一筋の汗が垂れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

やっぱりこの作戦立案者はバカだ。ナギは心の中でそう断言した。

美少女の護衛、ラブホテルで同室。ここまで露骨に来られたら、次に来るのは『お風呂場で混浴』か『ベッドで夜這い』のどちらかなのはすぐ分かる。ナギが警戒しないはずがなかった。

 

もちろんナギとて健全な高校生男子(?)だ。体に巻きつけすらせず、申し訳程度に胸と腰回りにバスタオルを当てて前を隠している姿に全く興奮しないわけではない。もし仮に、これが真由美相手だったら、少し、理性の壁が危うかったかもしれないだろう。

だが、リーナは今日初めて顔を合わせた少女だ。恋愛関係にもなっていないどころか友人関係を築いて1時間の相手、それも思惑がありありと透けて見える相手の据え膳を遠慮なく受け取るほど、彼は発情した獣ではない。

 

浴室で遭遇イベントは、完全に予期できぬ事故でない限り、お互いにある程度の信頼があって初めて成り立つ。信用していない人間の前で無防備になることなど、男だろうが女だろうがありえない。

故に、()()()()()()()()()()()()()

 

「え、えっと、ナギ? その煙の玉は何かしら? できれば下げて欲しいかも?」

(ネブラ)( ・ ヒュ)(プノーテ)(エイカ)、水蒸気版のMIDフィールドって言えば分かる? 安心して、殺傷性はないから……()()()()()

 

表面上はにこやかに、リーナの問いかけに答える。最後に一言付け足したのは、もし従わないようなら殺傷性のある魔法に切り替えると暗に告げるためだ。

それは、リーナにも伝わったのだろう。その証拠に、頬はヒクつき、冷や汗がダラダラと流れ出している。

 

「な、ナギ、まずは話しをしましょ! 会話は大切よ!ワタシたちには言葉があるんだから! ね!?」

「ノックもせずに扉を開けた子には、言われたくないかな」

「え、えっと、それはごめんなさい!でもお願いだから話を聞いて!」

「……じゃあ、まずは一つ。ボクのお願いを聞いてもらおうかな?」

「な、何かしら? 助けてくれるのならワタシに出来ることならなんでもするわ! 文字通りなんでも、エッチなことでもマニアックなプレイでも!」

 

その覚悟を示してか、バサッと前面を覆っていたバスタオルを剥がす。腕が触れたのか、それとも動きによるものか、適度に大きく形の整った乳房がぷるんと跳ねた。

もはや隠すものなど何一つない白い肌には羞恥で薄っすらと朱色が差し、ギュッと目を瞑った顔はより濃く紅が色付き、プルプルと小刻みに震えていた。

 

「その、まずは服を着よ?」

 

その呟きが耳に入った瞬間、リーナは恐る恐る目を開いた。

ナギの頬は湧き上がってくる扇情的で背徳的な興奮に赤みを増し、その視線はバツが悪そうに、引きつけられそうになるのを堪えるかの如く逸らされている。

 

そして。一拍置き、耳まで真っ赤に染まったリーナが頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「じゃあ教えてくれる? なんであんなことをしたのか」

 

15分後、再び服を着たリーナと元から服を着ていたナギは、ピンク色のカバーが掛けられたダブルサイズベッドの上で向き合っていた。

ナギの顔にはもう先ほどの赤色は消えているが、リーナはまだ真っ赤だった。しかも今の言葉で己の痴態を思い出したのか、さらに赤くなる。『あれじゃあ完璧に単なる変態じゃない』と俯き、穴があったら入りたい気持ちで視線を落としていた。

 

しかし、このままだんまりという訳にもいくまい。ナギは狙われた側だ。取り押さえられた以上、どんな手を使っても逆に情報を入手しようとするだろう。

なら逃げ出すか抵抗する……というのも出来ない。服は着るよう促されたが、流石にCADを持つことは許されなかった。いくら発動速度に定評のあるリーナとはいえ、CADなしの同条件ではナギに遠く及ばない。

状況的に、このまま逃げ切ることは不可能だった。

 

覚悟を決め、キッと視線を上げる。

そして、真剣な面持ちでこちらを見つめる少年と視線を合わせ、リーナは口を開いた。

 

「う」

「う?」

「うわぁぁああんッ!!!!」

「……ええっ!?」

 

泣いた。嘘泣きではなくかなりガチで泣いた。

 

「なんでよ!?スエゼン食わぬは男の恥なんでしょ!?自分で言うのもアレだけどスタイルには自信あったのよ!?さっき粉々に打ち砕かれたけどねッ!!」

「え、あの……」

「初めてだから!? 経験ない処女は面倒くさくて抱けないって!?ええそうよ、エッチはおろか同い年の男の子に裸を見せたことすらなかった面倒な女ですよぉッ!! 」

「いや、別にそんなんじゃ……」

 

ドバドバと溢れ出す本音、ついでに涙腺も決壊した。もはや口調すら乱れている、というか若干の幼児退行もしているかもしれない。

ナギもどうしていいのか分からずオロオロしているのだが、一度(せき)が切られた感情が止まることはない。

 

「だいたい何よ!?こっぱずかしい思いしてハダカ見られて!そんな思いして尋問されるってワタシがツライだけじゃない!? だから嫌だったのよハニートラップなんてぇ〜〜〜!!」

「へ、へぇ……」

「ぐずっ、初めてはぁ、好きになった人にあげるつもりだったのにぃ……それでも覚悟を決めてヘンタイみたいな格好して突撃しても手を出されすらしないなんてなんなのよぉ〜……」

「いや、だって、ねぇ?」

 

もちろんコレは作戦の一環だ。……99.9%は本音でもあるが。

『ターゲットは紳士的な性格だ。万が一バレても泣き落とせば情報を得られるかもしれない、少なくとも同情は買えるだろう』とはK・Kの弁。つまり、色仕掛けが失敗して捕らえられた時のための保険である。作戦立案に関わっていないリーナには本当のところはわからないが、これがあるから積極的に攻めたというのもあるのだろう。

 

ということで、任務の指示という大義名分を与えられたリーナは、今まで溜め込んだ鬱憤を吐き出すように泣き叫ぶ。

その姿は演技でもなんでもなく、本気で思っていたことを涙とともに吐き出しているだけだ。どんな観察眼や異能力を持っていても、いや、持っていた方が嘘だとは思わないだろう。実際に、嘘ではないのだから。

 

「だいたい何でワタシなのよぉ、他にもいい人はいるでしょぉ命令するならぁ……」

「えっと、誰に命令されたの?」

「統合参謀本部に勤めてる知り合いの大佐……そんなの断れるわけないじゃない!ワタシだってアメリカ人よ!? 断ったら犯罪になるんだからぁっ!!」

「うん分かったから。辛かったよね」

「そう思うなら何か成果をちょうだいよ!エッチはしなくてもいいから、ナギの魔法を教えてくれるだけでいいからぁ……」

「そ、それは……」

 

そして、分析通り、その様子にナギはかなり揺さぶられていた。

魔物も英雄も、総じて身内には甘い。さらに言えば、エヴァンジェリン師弟は敵じゃなければ基本甘い。リーナが『諜報員』のままだと永遠に情報を漏らすことはなかっただろうが、すでにナギの認識では『無理やり命令された少女』だ、"敵"のカテゴリーからは外れてしまっている。

加えて、「もうお嫁にいけない」だの「ここまでお膳立てされて失敗したなんて言えないわよぉ」だの、無自覚にリーナが突っ込んでくる台詞にゴリゴリ何かが削られている。しかも感情も糧にする魔物の性質のせいで、それが本音だと分かるのが性質(タチ)が悪かった。

 

「う、ううーん……」

「ううぅ……ぐずっ、お願いよぉ」

「……少し考えさせて。ちょっと、すぐには決められない、かな」

 

Noとは、言えなかった。

少なくとも、今、このタイミングでは。

 

「それって、おしえてくれるってことなの……?」

「断言はできないけど、考えてみるよ」

 

すでにこの時点で、今まで接触してきた日本の諜報員よりも優れた回答を引き出すことに成功している。

げに恐るべきは、こうなることを予測したK・Kの才能か。それとも溜め込んだ本音を吐き出しただけで動かしたリーナの天性の才か。

どちらにせよ、初日の成果としては上々すぎる。もともと失敗の可能性が非常に高い作戦だったのだ、成功の可能性が出てきただけで十二分に好転したと言えるだろう。リーナは涙をぬぐいながらも、コクンと小さく頷いた。

 

「……ね、ナギ。お願いがあるんだけど」

「なに?」

「愚痴、聞いてくれる?」

 

もうここまで来たら、吐き出せるものを吐き出してしまいたいのだろう。恥ずかしげに、申し訳なさそうに上目遣いで見上げている。

ナギはその瞳を、遠い思い出に浸るような目で、まっすぐ見つめていた。

 

きっと、リーナにも何らかの立場があるはずだ。じゃないとこんな任務には選ばれない。

彼女は今まで、それに相応しくあろうとして、自分を強く見せようとして、感情を押し殺して来たのだろう。それが、どんなに苦しくとも。"自 分(ネギ・スプリングフィールド)と同じように"。

 

——弱い自分は、"自分"を知っている身内には明かせず。

——弱い自分は、"自分"を知らない他人には明かせない。

 

そうやって今まで、発散することが出来なかったであろう、積み重なった感情。彼女の心を縛り付けていた、彼女にとっての《闇》。

それを話したいと言われ、ナギは笑顔で答えた。

 

偶々でも、誰かの策略で出会った間柄でも。

自分が、それを発散できる『"リーナ"を知っている他人(ゆうじん)』になれるというのなら——

 

「もちろん。何でも話してよ」

 

その行動に、前世の後悔がないとは言えない。

彼は教師だった。だがしかし、生徒よりも年下の、頼りない子供だった。

いくら力はあっても。いくら知恵はあっても。教師としての、頼りになるような安心感が足りなかった。

その短い教師人生の中で、自発的に彼に悩みを打ち明ける生徒は(つい)ぞ現れず。逆に、彼が支えられる側だったほどだ。

 

そんな自分が、今異世界(ココ)で、こうして頼られている。そんな自分を頼ってくれている。

それが、彼には嬉しくてたまらなかった。泣きたくなるほどに、誇らしかった。

 

「じゃあ、その前に……」

 

これからはリーナのプライベートな話。これ以上は、もう必要ないだろう。

ナギは腕を軽く振ってから、姿勢を正してリーナと向き合う。リーナも、ナギへとまっすぐ視線を向ける。

 

二人だけの会話が始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……盗聴器、四つ全て通信が途絶えました。破壊されたものかと」

「隠しカメラも同じく」

「そうか」

 

リーナは知らなかった、というより嘘の情報を握らされていたのだが、彼らが泊まる部屋は当然のことながら監視の目が光っていた。

これには、二つの理由がある。

一つ。ナギが情報を話した後、リーナに精神干渉系魔法をかけて他言できないようにした時のための保険。

系統外魔法『誓約(オース)』は司波深夜が開発した四葉家だけの現代魔法だが、古式魔法では契約で精神を縛るタイプの魔法はそう珍しいものではない。古式魔法師のナギと対峙するにあたって対策を施すのは当然と言えた。

 

そして、もう一つは——

 

「でも上層部も疑り深いっスねー、シリウス少佐が反抗した時のために弱みを握ろうなんて」

 

耳を澄ませる必要がなくなった反動だろう。腕はいいが軽いことで有名な諜報員が口を開く。

そう。それが今回、リーナが選ばれた裏の理由の()()だった。

 

「仕方がないでしょう? 少佐は今現在、USNAでは単独戦力では最強です。造反者を取り締まる側がゆえに、造反の意思を持つようになる可能性も人一倍高い。保険はいくらあっても足りないでしょう」

 

コンビを組んで長年の付き合いから、男の口調を咎めるのは諦めたのだろう。吊り目の委員長のような女性隊員も、砂嵐を映す画面から視線を外し、眉間を揉みながら後に続いた。

 

「そうなんスけどね〜、でも煽りすぎなのは間違いないっしょ。お上のお偉い様は(エマ)(ージ)(ェン)(シー)になって欲しいんスかねぇ」

「それは、まあ、確かにちょっとやりすぎな気もしますが……」

 

今回の作戦は、二つの段階に分かれている。

まず第一段階。分かりやすすぎるほど雰囲気を煽りつつ、リーナに突撃させる。

そして第二段階。第一段階の失敗を受け、泣き落としでナギの罪悪感を揺さぶる作戦である。

想定されているパターンは、全部で五つ。

 

まずパターンA。第一段階で成功し、リーナがナギ(ターゲット)と関係を持つことに成功した場合。

これはほぼあり得ないと予想され、事実その通りとなった。正直、このシナリオでハニートラップが普通に成功するとは思えないし、そもそも成功を前提にしていない。

それでも、もし仮にここで堕ちたとしても、それはターゲットが肉欲に弱いか状況判断に疎い証左。ハニートラップの高確率での成功を意味している、デメリットはない。

 

次にパターンB。第一段階の失敗の可能性の一つ、風呂場に突撃したリーナが過剰な反撃により重傷、もしくは殺害された場合。この可能性も既になくなった。

この可能性が現実となった場合は、ターゲットを拘束する大義名分となる。たとえ彼が無実を訴えようとも、ここはUSNA国内。いくらでも証拠は捏造でき、100%過失を押し付けられる。

戦略級魔法師の死去は無視できないデメリットだが、それを交渉カードに日本からいくらでも譲歩を引き出せるだろう。その交渉の結果にもよるが、確保したターゲットの魔法の解析・実戦配備を加味すれば差し引きゼロぐらいにはなるはずだ。

 

パターンCは、第二段階の()()()成功を指している。事前予想ではこれが一番可能性が高かった。

成功すれば有用な情報が手に入り、万が一情報が得られなかったとしてもリーナとの間にコネクションは残る。日本の有力な魔法師との関係はなかなか得られるものではない、値千金の価値は十分にある。

罪悪感に漬け込んだような悪質ともいえる手口だが、諜報も戦争。核や虐殺、陵辱などのように余程道を外れない限りは、手法に道徳は言っていられないのが戦争だ。

 

パターンDは、第二段階『泣き落とし』の失敗である。

これもパターンAと同様、低確率だと推測された。日本の諜報員が手に入れたナギ(ターゲット)の性格を考えれば、ここで何も情報を公開しないのは考えづらい。全体から見たら一部だとしても、何かしらの有用な魔法理論を得られるはずだとされた。

とはいえ、仮にこのパターンだったとしても、メリットはないがデメリットもない。日本政府からの小言など、実害が出てない以上はどうにでもなる範囲だ。

 

そして最後、パターンE。五つ目にして最悪の可能性。

それは、第二段階が()()()成功し、リーナが()()()ナギ(ターゲット)と恋愛関係に陥って日本へ亡命しようとした場合だ。

どちらにとっても過度な煽りも、リーナにもナギへと好意を抱かせるようなシナリオも、全てはこの可能性を()()()高めるように仕向けられたことでもある。

利点としては、『シリウス』の忠誠心を試せること。恋愛程度で亡命するような人間に、USNA軍最強の魔法師は任せれない。特にリーナは日本のクォーターであり、一部の上層部からはその愛国心に猜疑的な目線を向けられている。その疑惑を払拭させる、もしくはそれを証明するために、()()()()()()()()()()()だった。

とはいえ、この想定が現実のものになると大変まずいことになる。そのメリットが、戦略級魔法師『アンジー・シリウス』を失い、なおかつ日本からの利益も得られないというデメリットにまるで釣り合わないのだ。亡命に成功され、日本に所属されたりしたらなおさらである。

 

一応、パターンE(エマージェンシー)が現実となった時のための保険として、付近の基地には全体の半分に当たる10人もの(スタ)(ー ・ )(ファー)(スト)が呼び出されている。これを突破され、ニューヨークの日本大使館まで逃走される可能性はまずないだろう。

しかし、何事にも予想外の例外はある。過信してばかりはいられない。

 

口調の軽い男性隊員も、吊り目の女性士官も、それを考えての発言だったのだろう。この場のほぼ全員には分かった、彼らも同じ懸念を抱いていたのだから。

 

「大丈夫だ。この程度のイベントで、そこまで強いフラグは立たない」

 

だがしかし。一人だけ、それに異を唱える声があった。その場の人間全員の視線が、話に割り込んだ声の持ち主に集中する。

男のような口調の女性は、この時代には珍しく眼鏡をかけている。しかし、それには度が入っていなく、少女にも見える女性が霊視放射光過敏症というわけでもない。単なるファッションアイテムらしい。

しかし、見た目などどうでも良い。この場で彼女を説明するにあたり、情報は1つでいいだろう。

 

——彼女が今回の作戦シナリオの考案者、(コード)(ネーム)"K・K"だった。

 

「K・K、どういうことっスか?」

「シリウス少佐は、ポンコツ属性持ちだが真面目キャラだからな。『職務を放り出して逃げ出したら、今まで処断してきた彼らが浮かばれない』とでも思って、亡命を思いついても動けないだろうさ。アレは間違いなく、相思相愛になったとしても遠距離恋愛になるタイプだ」

 

そう言われて、リーナを直接知っている何人かが首を縦に振った。その姿を容易に想像できたのだろう。

まあ、とK・Kは腕を頭を後ろに組み、背もたれにもたれながら話を続けた。

 

「もっとも、予定外の強いイベントが起きたら話は別だがな。例えば、命を救われたり……程度じゃまだ弱いか。仲間の命も救われた、極論すればUSNAを救ったぐらいのことをされると怪しくなってくる。

あとは、恋心を抱いたまま任務が終了して数ヶ月、想いが募ったところで日本で再会したりするのは要注意だな。そうなったらエンディングまで秒読み状態だ」

「流石にそれはないと思いますが……。前者だと我々に取っても英雄です、シリウス少佐との恋愛も認めざるを得ないですし」

 

極端な例を挙げただけだ、とK・Kは委員長(仮称)の指摘に答えた。

そして、電力の無駄だからと電源を落とされた画面を見て、先ほどまでそこに映っていた少女を思って、「まあでも」と口を開いた。

 

あいつ(リーナ)は溜め込みすぎだからな。たまには恋愛でもして羽を伸ばしても、バチは当たらんだろ」

 

今度こそ、全員の頭の動きが一致した。

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

そんな会話が行われているとは露ほども知らず。

二人だけの一方的な会話は、誰に邪魔されることなく続いていく。

 

 

リーナは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

シリウスやスターズなどの機密事項は伏せて。それでも熟成された自身の闇を、思いの丈を切り崩すように。

 

ナギは、静かに話を聞く。

何かを隠していることに気が付きながら。かつての仲間たちにして貰ったように、少しでも支えられるように。

 

 

 

カチコチと、時計の針が1つ目の数字を越しても、話し声は響いていた。

低く多言に、不満を零す少女の声と、相槌を挟み適度に問いかける少年の声。

 

カチコチと、時計の針が2つ目の数字を越しても、まだ話し声は続いていた。

険が取れ、少しだけ柔らかくなった少女の声と、時折自分について語る少年の声。

 

カチコチと、時計の針が3つ目の数字を越しても、まだまだ話し声は交わされていた。

しょうもない話や周囲で起きた話をネタに湧き上がる、少女と少年の笑い声。

 

 

そして、短針が4つ目の数字を指し示す頃。

その部屋には、二つの規則正しい息の音と、時計の針の音だけがあったという。




今日の星座

さそり座は夏の星座で、全天21の一等星のうち16番目に明るいアンタレス(和名:赤星)を有しています。その名の通り赤い星と思われがちですが、実は2つの星が重なっていて見えていて、手前にある明るいアンタレスAが赤く、奥の五等星アンタレスBは青白いそうです。
諸説ありますが、さそり座の蠍は、女神アルテミスの恋人の英雄オリオンを刺し殺したことで天に昇ったと言われています。アルテミスは処女神で狩猟の女神。そんな彼女を射止めたオリオンは、それはそれは大変にモテたと伝えられています。
モテるという点では、数々の女性を(たら)し込み、教え子の孫にまで呪いと言わしめたネギと同じ才能を持ってますね。積極性は似ても似つきませんけど。


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第五十八話 いて座の誑落

チチチ、とUSNAでも変わらずにスズメたちは朝を告げる。

ボストンの港に見える水平線の(ふち)からは、暗い闇を晴れやかな蒼穹へ変えんと、暖かな輝きが漏れ出していた。

その恩恵は、この部屋にも等しく降り注ぐ。

カーテンの隙間から舞い込んだ陽光は、部屋を舞う(ホコリ)に反射し、少女の閉じられた目蓋(まぶた)へ薄らと一直線のラインを描いていた。

 

「んんぅ……」

 

ついに水平線から顔を覗かせた恒星は、天地創造の時代から変わらぬ営みを以ってして、より一層光の線を眩いものへと変えていく。

さすがに体が無視できなくなったのだろう。少女は嫌そうに顔を顰めると、いつものように、光から逃げるため寝返りを打とうとした。

 

「む〜……?」

 

しかし、体が動かない。そればかりではなく、妙に肌で風を感じるくせに、不思議と暖かい。

流石にこれはおかしいと、古今東西共通の微睡み(しあわせ)から意識が浮上する。せめてもの抵抗とばかりに小さくあくびをし、ゆるゆると目を開いた。

 

「もぉ、なんなのよ、いった……い?」

 

すぐそこに、顔があった。

それも、少しメイクすれば()()()()()な女の子と言っても通じるような、()()の顔が、目と鼻の先、ほんの数センチの距離に。

 

「————」

 

一瞬で目が覚めた。しかし、今度は極度の混乱で意識が追いつかない。それなのに、体は律儀なまでに現状を送りつけてくる。

 

まず、服が脱がされている。脱げているといったほうが正しいのかもしれないが、彼女の記憶にある限りはキチンと着て寝たはずなので、偶然か意識的かはともかくとして脱がされたと言っても間違いではないだろう。

流石に全裸というわけではないが、パジャマの上がはだけて肩紐がずり落ちたキャミソールが露わになり、ズボンに至ってはなんとか膝に引っかかっているといった様相だ。まだ全裸の方が恥ずかしくないと思えるほど、思春期女子としては異性に絶対に見せられない格好である。

お互いの体勢も悪い。ナギの腕はリーナの肩と腰に回され、リーナの方も胸を押し付けるように抱きついている。お互いの脚は絡まり合い、特にナギの左脚はリーナの両脚とパジャマのズボンが織り成す三角形に通されて……いや、すっぱり言って、リーナの下着に思いっきり触れている。少し身じろぎすれば擦れてしまうだろう。

 

(〜〜〜〜っ?!?!?!)

 

ようやく、羞恥というか怒りというか、とにかくいろんな感情が溢れ出したことで意識が活性化してきた。

そういえば昨日の夜、というか数時間前に、低血圧で起きるのが辛いという悩みを分かち合ったはず。そんな二人が、至近距離で、同じベッドの中で寝ていたのだ。人肌を求め、組んず解れつになってもおかしくない。

 

(ふぅ〜〜〜〜……。落ち着いてリーナ、そうよ落ち着くのよ。ナギは紳士。紳士なんだから、これはきっと事故か何かに違いないわ。偶然なら仕方ない、この程度のことで(わめ)いちゃダメよ。そうよこれは事故なんだから、事後じゃないんだからゆっくりと抜け出してナギが起きる前に身支度しちゃえば何も問題ない。大丈夫よ、ワタシは冷静ワタシは冷静……)

 

その真紅に染まった顔と、ぐるぐると回る視線を見て冷静だと思う人間はいないのだが、本人の認識では違うようだ。

口の中で「冷静に(Be cool.)冷静に(Be cool.)」と呟きながら、ナギを起こさないよう、ゆっくりと——少なくとも本人はそのつもりで——腕の拘束を外し、男の匂いがする(くうかん)からの脱出を図る。

 

だが、彼女は一つ、重要なことを見落としている。。

そもそも、ナギとリーナが抱きしめ合っていたのは、二人が低血圧なことに理由がある。この状況は、互いの人肌(おんど)を本能的に求めた結果なのだ。

そんなナギが、混乱と羞恥と興奮で血が巡り、体温が上昇した()()()を、そう易々と離す訳がない。

 

「んん……」

 

リーナが離れようとしていることが分かったのか、眠ったままのナギの腕に力がこもり、絶対に離すものかというかのように抱き締めた。

ところで、リーナの目が覚め顔を向きが変わったことにより、ナギとリーナはほんの数センチの距離で真正面から向き合っていた。まだ抜け出そうと動き始めたばかりで、お互いの顔の位置関係は変化していない。

そんな状況で、ナギがリーナを抱き寄せると……導き出せる答えは一つだけである。

 

——唇が、リーナに触れた。

 

「○%×¥☆$〒÷*〜〜〜〜?!?!」

 

喉の奥から、言語として成り立ってない音が溢れ出す。もはやなりふり構ってなど居られず、布団も腕も跳ね上げて飛び起きた。

当然、ナギの目が覚めないはずがなく——

 

「うわっ!? 何があったの!? ってリーナその格好?!」

「!!!?」

 

リーナが視線を落とす。無理やり引き剥がれたときに腕に引っかかったのか、服の方も、具体的にはパジャマの上とキャミソールも引き剥がれていて……双丘の片割れが、隠されることなく露わになっていた。

あられもない格好を直視され、ただでさえ沸騰していた頭から湯気を噴出し——

 

甲高い悲鳴とともに、リーナの右手が振りかぶられた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

コツコツと、三人分の足音が響く。

しかし、その場に流れる空気は最悪だった。

 

「…………」

「…………」

 

沈黙が痛い。双方とも、思っていることは同じだった。

左頬に紅葉を付けたナギももちろん、寝ている間にしでかしてしまったことを謝ったのだが、このような現状になっている以上は罪悪感に苛まれないわけにもいかないだろう。

 

とはいえ、沈黙が発生している原因はリーナにあった。ナギも何度か話しかけようとしているのだが、リーナは赤い顔で俯いたまま一言二言しか返さないのだ。会話が続く筈もない。

理由は大きく分けて二つ。一つは、任務としては推奨されるべき状況のはずなのに、羞恥の念に駆られてしまったこと。どれだけ()()なのかという、自己嫌悪にも似た何かだ。

もう一つは、ナギに対する申し訳なさ。見せつけてしまったのも自分が混乱してしまったのが原因の一つだし、恥ずかしさはあれど嫌悪感はない。それも、唇にされたならともかく、口付けされたのは"(ひたい)"だ、挨拶でもあり得る範囲なのに……。その場の雰囲気というものの恐ろしさを、またとないほど実感している。

 

「……着きました、こちらです」

「「は、ハイッ!」」

 

もう一つの足音の持ち主であるチャールズ・サリバン軍曹——ちなみに彼はスターズから派遣された衛星級(サテライト)、コードネームは『デーモス・セカンド』——に促され、声が重なったことに動転しつつも二人は部屋に入る。軍曹はそのまま扉の外に残った。

 

「……ナギ、朝のことはお互い忘れましょう」

「え、うん分かった。でもどうしたの急に?」

「デー、チャールズ軍曹の顔見たでしょ、凄い厳しい顔してたわ。きっと、それだけワタシたちがピリピリしてたのよ」

 

実際のところは砂糖を吐きそうになるのを堪えていたのだが、そんな事とは露知らず、勘違いしたリーナは「任務に失敗した」と部下に思われない為に切り出したのだ。……実際失敗したのは棚の上にでも置いておく、誰だって周囲の評価はきになるものだ。

ちなみに、ナギの記憶からは既に、「見てしまった」という事実のみ残して(くだん)の光景は消去済みである。こういうとき忘却魔法は重宝する、色々あった前世でも大変役に立ったらしい。

 

「じゃ、そういうことで。今はこっちに集中しましょ」

「うん。ここが……」

「ええ、バイアスロンの世界大会会場ね」

 

視界に広がるコースを前に、監視塔の上から見下ろすナギがポツリと零す。眼下には、広大なコンクリートの平原が広がっていた。

今世紀初頭はハンスコム空軍基地と呼ばれていたここは、魔法の登場による航空戦力の評価の低下によって名称と目的を変え、現在はハンスコム総合魔法基地となっている。

 

「自然が多かった富士とは違って、ここは本当に"コース"って感じだね」

「元滑走路に作ったんだもの。日本のフジとは違って起伏やターンが少なくて直線が多い、スピード重視のコースって言われてるわ」

 

国土の問題もあり、各国によってコースの特徴というものは異なっている。その中でも富士とハンスコムは、それぞれ技術(テクニック)系と馬力(パワー)系の代表格と、評価が真っ向から分かれている。

だからと言って、パワー以外が要求されないというわけではない。むしろ、富士よりも高度な作戦を要求するのがこのコースだ。

 

「まだ設置されてないけど、例年だと射撃ゾーンはあそことあそこ、それとあっちね」

「富士だとカーブの前後だったんだけど、ここは直線の中間にもあるんだよね」

「そうね。スピードを重視してターゲット・ペナルティのリスクを背負うか、それとも安全に行ってスピードを落とすか。ナギはどっちにする予定なの?」

 

ナギは腕を組んで、むむむと唸る。代表監督から聞いてはいたが、実際に見ると中々に決めづらい。

ナギの飛行魔法は圧倒的なスピードを誇り、対して射出系魔法は精密性に欠ける。順当にいけばスピード重視の作戦を取るべきだが、裏を返せば多少のスピードダウンは許容出来るため、悩ましいところだ。

 

「うーん、実際に走ってみないと分からないかな? コースから見たターゲットがどんな感じか、まだ分からないし」

「なるほどね。世界記録を持ってても、油断も慢心もしないってわけ」

「マサキたちに足元を掬われたばかりだからね。持てる限りの力を尽くさないと」

 

ナギとしては"お仕置きが怖い"という意味を含めて言ったのだが、彼の師を知らないリーナは首を捻るばかりである。

そんな彼女の内心を知ってかしらずか、ナギはリーナに顔を向けて、口を開いた。

 

「でも、基地の中なのにこうして下見が出来たのは、リーナが掛け合ってくれたからだよね。本当に感謝してるよ、ありがとう」

「あ……」

 

横目に映った爽やかな笑顔の前に、リーナの顔が一瞬で沸騰する。慌ててそれを隠すように顔を向きを変えて、詰まりながらも捲くし立てた。

 

「だ、だけど、結局走らせては貰えなかったし!そ、それに、ハンスコム基地は競技大会向けで平時の警備は厳しくないから、ワタシじゃなくても大丈夫だったかもしれないし……」

「ボクはリーナで良かったと思ってるんだけどなぁ」

「え……?」

「だって、リーナじゃなかったらこんなにすぐ打ち解けられなかったと思うもん。素直で、恥ずかしがり屋で、可愛くて。こんな友達ができたなら、それで十分じゃない?」

 

ハニートラップは勘弁だけどね。

そう笑う少年の顔にも、セリフにも、一欠片の混じり気は無く。それが本心からの言葉であると、リーナには分かってしまった。

 

「あ……ぅ……」

 

バクンバクンと心臓が早鐘を打ち、カーッと熱が頭の先へと登って行く。 胸を優しく鷲掴みにされたような、甘い脱力感が全身を支配する。

 

気付いてしまった。

知ってしまった。

目の前の異国の少年に、この国の要たる戦略級魔法師として封じてきたはずの"自分(リーナ)"が、どうしようもなか惹かれてしまっていることを。

これが、恋という感情なのだと。

 

もしかしたら、年の近い異性が近くにいなかったから、耐性がないだけかもしれない。

もしかしたら、一昨日から色々あって、雰囲気に流されているだけかもしれない。

もしかしたら、異性としてではなく、親しい友人として気を許しているだけかもしれない。

もしかしたら、弱音を吐いたところを慰められて、素を見せられる人として頼っているだけなのかもしれない。

 

——それでも。だけど。

この胸を高鳴らせる甘い思いが、アンジェリーナ・クドウ・シールズの16年の人生の中で、初めて抱いた恋心だった。

 

「リーナ?大丈夫?顔が赤いよ、熱でもあるの?」

「ゔぇ?!」

 

よほど自己に埋没しすぎていたのだろう。気が付けば、こちらの顔を覗き込まれてた。それも額に手を当てるなんていうボディタッチ付きで。

一斉に顔に集まろうとしている熱を感じ取り、これ以上はダメだと飛び下がる。キョトンとしているナギを誤魔化すため、掌で団扇を作ってパタパタと仰いだ。

 

「い、いや〜この部屋ちょっと暑いわよね!そのせいじゃない?!」

「? そうかなぁ?」

「そうよ!きっと、ナギがニホンの湿気に慣れてるだけよ!」

「うーん、そう言われるとそうなのかも?」

 

空調を下げて貰うように頼んでくるよ。そう言い残して、ナギは扉の奥へと消えていった。なんとか上手くいったと、リーナは胸を撫で下ろす。

この想いを悟られるのはマズイ。ナギにではなく——それもそれで羞恥で逃げ出したくなるとは思うが——、USNAの軍人、もっと言えば自分を知っている人間にだ。最悪、『造反の可能性アリ』と判断されかねない。

恋心は自覚した。それに身を委ね、どこまでも追いかけたい気持ちもある。でも自分はUSNAの軍人で、今まで()()()仲間(いのち)の為にも、この国を離れるわけにはいかないのだ。

二律背反(Antinomy)、どちらかを立てればどちらかが立たず。ただ自分の感情ばかりがごちゃ混ぜになってゆく。奇しくもそれは、K・Kが予想した通りの展開だった。

 

「もう、それもこれも全部ナギが悪いのよ。バカ、エッチ、天然たらし……」

 

残り一週間、どうすれば良いのだろう。

リーナは、漠然と(もた)げ始めた不安に、頭を悩ませていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

結局、初恋を自覚した興奮がたった数分で収まるはずもなく。想い人と会ったら会ったで心休まるわけもなく。一日中、自分で分かるぐらいには挙動不審だった。

そのせいで変な子と思われたんじゃないか、とリーナも最初は不安だった。最初の恋がその恋心のせいで失敗したりしたら、トラウマになって一生独身を貫いたかもしれない。

 

「大丈夫だった? 今日、調子悪そうだったけど」

 

とはいえ、そんな心配は杞憂だったようだ。ナギは根っからの紳士であり、挙動不審な様子も体調不良だと勘違いして、逆に心配してくれたぐらいである。

その想いやりがくすぐったくて、リーナは頬を薄らと赤らめて、肩に置かれた手にその身を委ねる。

 

「大丈夫よ。朝からあんなことがあって、ちょっと恥ずかしかっただけだから」

「そう、なら良かった」

「んっ……」

 

するりと滑らせるように手を当てられ、柔らかな抵抗を掻き分けて硬いものが奥に触れた。リーナの口から艶やかな声が漏れる。

それが聞こえているだろうに、ナギの腕は止まらない。壊れ物でも扱うかのように優しく、幾度も幾度も抜いては刺していく。

 

「あ……ん……」

「気持ちいい?」

「も、う……ナギのいじわる……」

 

蕩けた瞳がナギを見上げる。しっとりと濡れた唇がふるふると震え、嫋やかな声が部屋に染み渡る。

その目を見て、その声を聞き。ナギは愛おしそうに頬に手を当てて……

 

 

「はいはい、意地悪ですからちゃんと前向いててね」

 

 

後ろから回した手で顔を正面に向けさせ、さらりとした金髪に櫛を通した。もちろん、髪を()くためである。

 

「いちおう手入れはしてるみたいだけど、ちゃんと寝る前に()かさないと。これじゃあ癖が付いちゃうよ?」

「もう。分かってはいるんだけど、いつもお風呂から出たらすぐ寝ちゃうのよ」

「疲れてるのかもしれないけどさ、せっかく綺麗な髪なんだから。一生の宝物だよ、大切にしなきゃ」

「……なんか手慣れててむかつく」

 

実際師匠(マスター)で手慣れてるからね、と笑いながら髪を流す。その動きは実に女の子の喜ぶポイントを熟知していて、その台詞が嘘ではないことをこれ以上ないぐらいに示していた。

それに少しリーナはむっとして、直後に頬を緩める。今はそんなナギを独占しているのだから、そのぐらい大目に見てもいい、と。恋する乙女は、複雑だが単純なのである。

 

「ナギのお師匠様ってどんな人?」

「んー、厳しいこともあるけど、基本的には優しい人だよ。ちょっと捻くれてて分かりづらいけどね。あ、あとすっごい見栄っ張り」

「ふ〜ん……」

 

任務に着くにあたりリーナに渡された報告書には、ナギには師に当たる人物がいたことはなかったはずだ。まだ若小の頃に両親を亡くし、その後は実質的に十師族の『七草』に引き取られているが、扱う魔法や戦闘方法はそのどちらの色も薄く、魔法は失伝していたものを独力で復興させ、体術は独学で習得したのではないかという注釈がつけられていたはず。

つまり、ナギに師がいるということは、まだUSNA軍が掴んでいない情報である。しかし、ナギが教えたということは、それ自体はそれほど重要なものでもないのだろう。その(たぶん)女に嫉妬と対抗心を燃やしつつ、後で報告しようと心に留める。

 

「よしできた!完璧!」

 

そんな考えを知ってか知らずか、ナギはやり遂げた表情で手鏡を差し出してくる。そこに映り込んでいた自分の髪は絡まることなく綺麗に流れ落ち、いつもより二割増しで輝いているようだった。

 

「ありがとナギ。ワタシがやるといつもテキトーになっちゃうから、助かっちゃった」

「どういたしまして」

 

割と真面目に、今のリーナは今までの人生の中で幸せの絶頂にいた。こんな何気ない、普通の恋人や夫婦のような得難い会話が愛おしくて、頬から力が抜けて緩みそうになる。

そして、その(いただき)は、正確にはまだ頂点ではない。その先には、まだまだ上へと続く道がある。

 

「ナギ、お願いがあるんだけど」

「なに?」

「その、一緒に寝てくれない?」

「……え?」

 

昨日のハニートラップを思い出したのだろう。ナギの顔に、わずかに黒い影が落ちる。

しかし、リーナにそんなつもりはない。少なくとも今は、周囲の期待がどうであれ、純粋に彼女自身の気持ちで動いているつもりだ。

 

「あ、いやヘンな意味じゃなくてね! その、ワタシ思ったんだけど、やっぱり一緒のベッドで寝てる限り、今朝みたいなことになると思うのよ」

「えーと、ならボクはどっか別の場所で寝——」

「それはダメよ! ナギはお客様なんだから、そんなことしたら国際問題になるわ!」

 

表向きの理由も立てているとはいえ、ラブホテルに異性と泊まらせている時点でグレーゾーンなのだ。これに加えて日本の代表選手であるナギに負担をかけるような行為をしたら、USNAは国際的に集中攻撃を浴びかねない。それは、いつ戦争が再発してもおかしくない今の社会情勢では危険な綱渡りになってしまう。

 

「でも、ワタシがベッド以外で寝るのは、ナギが許さないでしょ?」

「当たり前だよ。リーナは女の子なんだから、ベッドから降りるとしたら男のボクであるべきだ」

「つまり、話は平行線で、どっちの意見も通すならベッドで寝るしかない。でもそれじゃあ、きっとまた今朝にみたいなことになる。それはナギも嫌でしょ?」

 

一瞬迷ったようだが、コクリと頷いた。大方、「自分よりリーナの方が嫌なんじゃないのかな」とでも考えたのだろう。この若い紳士の考えることはなんとなく分かってきた。

 

「だったら、発想の転換よ。初めから密着して寝ちゃえば、起きた時に動転してビンタすることもない……はず」

「断言できないんだ……」

 

だが、言っていること自体は理に適っているはずだ。お互いの羞恥心や理性さえ問題なければ、これが一番幸せな解答……もちろん、個人的な感情としても。

そう思って、リーナは上目遣いにナギの目を覗き込んだ。

 

「ワタシはそれがいいと思ってるんだけど……やっぱりナギはダメ? 一度色仕掛けしてきたワタシは信用できない?」

「そんなことはないんだけど……う〜〜ん」

 

腕を組んで悩むナギを見て、ハッとリーナは笑みを浮かべる。「いいことを思いついた」と、その表情が雄弁に語っていた。

 

「……お尻と胸を揉むぐらいなら黙認するわよ?」

「しないよそんなことっ?!」

「え……、()()()、こと……?」

「あ、いやリーナは十分魅力的だとは思うんだけど、それとこれとは話が別というか、その、えっと……!」

 

傷ついたようなリーナを前に、わたわたと慌てるナギ。

その姿が、今までの落ち着いた紳士のような態度と打って変わり、まるで背伸びした子供のように見えて。リーナは堪えきれずに吹き出した。

 

「ぷっ、あはははっ!冗談よ冗談、信じてるって言ったでしょ?」

「……もう。はぁ、分かったよ。OK、一緒に寝よう」

 

毒気を抜かれたという顔で、ナギは降参のポーズをとる。

それにリーナは笑みを浮かべて、ベッドの中央に腰掛けた。ナギもその後に続き、リーナの隣へと腰を下ろす。

 

「おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 

互いに背を向けるように横になり、掛け布団を被る。

20cmも離れていないところから聞こえる吐息が心地よくて、リーナの目が段々と閉じられてゆく。

そう言えば、一昨日も今朝も、色々あってあまり眠れてなかったっけ。そう認識した瞬間、体にどっと疲れが押し寄せてきた。

 

(ああ、あったかい……なんか、安心するわね……。誰かと一緒に寝たのなんて、いつ以来、だろ……)

 

落ちゆく意識の中、リーナの唇が小さく動く。声にならない声が、吐息とともに静かに空気に溶けた。

 

 

 

願わくば、明日は今日よりもっと良い日になりますように。

 

誰もがそう願いながら、また今日も一日が終わっていった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(「は、はっくしょん!!」)




今日の星座。

いて座は星座占いなどに用いられる黄道十二星座の12番目で、半人半馬のケンタウロスが弓を引く姿で知られています。その矢はさそり座の心臓(アンタレス)に向けられており、蠍が暴れ出した時に仕留められるようにという話があります。
このケンタウロスはただのケンタウロスではなく、ヘラクレスやアキレウス、アスクピレオスなどのギリシャ神話屈指の英雄たちを育て上げた大賢者『ケイローン』だとされています。彼は弟子であるヘラクレスの誤射によりヒュドラの毒矢を当てられ、苦しんだ末にプロテメウスに不死の力を譲り死去しました。兄弟であるゼウスはその死を惜しみ、天に呼んだことで星座になったという逸話があります。
狩猟の女神アルテミスに習ったケイローンの弓は正確であり、野蛮なことも多いケンタウロス族の中で例外的に、ありとあらゆる叡智にも優れていたと言われています。数多の少女のハートを射抜き、その智によって最強の仲間入りを果たしたネギと似ていると思いませんか?


※注意※
タイトルの【誑落】ですが、こんな単語はありません。
「女(たら)しが恋に落とす」を大幅に略しただけです。間違えて使わないようご注意ください。


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第五十九話 ペルセウス座の魔眼

朝。

まるで嵐にあったかのように散乱した部屋の中で、一人の少女が同い年の少年の胸に抱かれていた。

その状況を第三者が見たとしたら、間違いなく事が起こった後だと断言するだろう。それどころか、当人でさえそうだと思ってしまったぐらいである。

 

少女(リーナ)は、一糸纏わぬ生まれたままの姿なのだから。

 

「こんの——」

 

ギシィ、と顔を朱に染めたリーナは固く拳を握り……

 

「エロナギィーーーーッ!!」

「パルプッ?!?!」

 

ゼロ距離から放たれた見事なアッパーカットは吸い込まれるようにナギへと突き刺さり、きれいな放物線を描いてその体を殴り飛ばした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「で、何か言い訳はあるかしら?」

 

頚椎骨折で死んだダメージから復活した——"死ぬような"ではなく"死んだ"である——ナギが再びリーナの秘部を直視してしまい、キツめのオシオキを受けてから数分後。

最低限の下着だけ身に纏ったリーナが、とてもイイ笑顔で正座中のナギを見下ろしていた。

 

「あ、あのー……目のやり場に困るから、服を着ない?」

「あら、どの口が言うの? 寝ている女の子を脱がして襲ったHENTAI」

「ぐっ」

 

あまりの視線の鋭さに、冷や汗を掻いてたじろぐナギ。その様子に、リーナはさらに眉尻を釣り上げて言葉の槍を突き刺す。

 

「信頼してたのに」

「うぐっ」

「初めてだったのに」

「ぐはっ!」

「ちゃんと言ってくれたら、その、()()()()()()()()()()

「え、なんて?」

「うるさいバカ! この鈍感!」

 

赤くした顔を隠すように、手元にあった枕を投げつける。それは、「もごっ」という唸り声と共に、ナギの顔面へクリーンヒットした。

とはいえ今のは、別にナギが難聴系主人公というわけではなく、実際にリーナが口の中でモゴモゴ言っていただけで他人へは全く聞こえなかった所為なのだが。

 

「むぅ……ホントにどうしたのよ。ワタシを脱がして何がしたかったの?」

「え?」

「別に違和感も痛みも怠さもないわけだし、その、されちゃった訳じゃないのはなんとなく分かるわよ。……経験ないのは本当だから断言もできないけど」

 

流石に肌寒くなってきたのか、ベッドの下に落ちていたシーツを取り上げて体に巻きつける。その時、ヒラヒラと花弁が幾枚も舞い落ちた。

 

「それに、なんで部屋がハリケーンに遭ってるのとか、この花びらがどこから来たのとかも気になるし。ワタシが着てたパジャマも見当たらないし……、誰かに襲われたとか?」

「え、えーと……」

 

さっと、視線を逸らす。まるでどう言い訳しようか考えてますと言わんばかりの態度に、リーナは不満を抱いて近づいた。

 

「ナギ」

「な、何かな!?」

 

サッ。

 

「何を隠してるの?」

「い、いや〜なんでだろうね!不思議だよね!」

 

ササッ。

 

「…………」

 

顔を合わせようとすると、逃げられる。それに合わせて位置を変えても、首を動かされる。

煮え切らない態度に痺れを切らしたリーナは、ガッとナギの両頬を抑えて真正面から視線を合わせた。

 

「ナギ、そんなにワタシが信用できない?」

「そ、そんなわけじゃ……」

「確かにハニートラップを仕掛けようとしたワタシの信頼がないのは分かってるけど、ワタシももう、ナギのことは友達だと思ってるのよ。もし何か秘密にしなくちゃいけないことなら、二人だけのヒミツにすると誓うわ」

 

聞かない、という選択肢はない。こうして巻き込まれた以上は問いただす権利があるし、聞かずに放置するなんてことはできない。

でも、それを上に報告するかどうかは話が別だ。今回の任務で「必ず聞き出す責務はない」と言われている以上、個人的な感情に従って黙っていても大丈夫……なはずだ。たぶん、きっと。

 

「……実はね……」

 

ナギも、息と息が混ざり合う距離で見つめてくる瞳から、その不退転の決意を読み取ったのか。堪忍したように口を開いた。

 

「ボクの使う魔法って、昔は錬金術がメインだったらしいんだ」

錬金術(アルケミー)? でもアレって、一部を除いて否定された魔法体系でしょ?」

 

錬金術とは、魔法発見以前の世界で、あらゆる魔法体系の中でも知名度では一、二を争ったと言われる魔法体系の一種である。「ホムンクルス」や「賢者の石」など、有名な用語も多い。

そして、錬金術は主に、「不完全なものを完全なものに変質させる」ことを目的とした魔法であり、ある二つの究極目標が知られている。

 

一つは、原点にして人類の究極の願望、不老不死。主に水銀を使った霊薬とされ、秦の始皇帝もそれを信じて水銀を愛用し中毒死したとされるほど、有名で夢に溢れた願い。

一つは、俗欲にしてその名の源、金の練成。正確には非金属や卑金属を貴金属に変えて売り、資金源として活用されたと言われる、権力者に取り入る手段。

 

この考え方の世界規模での流行から様々な実験が繰り返され、その過程で塩酸や硫酸、硝酸などの化学薬品や様々な実験器具が発明されたとされる、名実ともに(ケミス)(トリー)の基礎を築いた魔法の一つ……と、今世紀初頭までは考えられていた。

しかし、現代魔法理論の構築が進むにつれ、幾つもの矛盾が生じた。

 

まず一つ。不老不死の存在は、初期の現代魔法学の段階で否定された。魔法というものが表舞台に返り咲いてからまず初めに取り組まれたテーマの一つであり、世界各国が試行錯誤を繰り返しても不可能と言わざるを得なかったものだ。

そしてもう一つ。錬金術最大の特徴である物質変換魔法は、現代魔法学で不可能とされている魔法の一つだ。貴金属の練成自体は核融合反応などを使えば現代科学でも再現不可能ではないはずだが、魔法にしろ科学にしろ、核融合に伴う放射線だけはどうしようもない。魔法を使えば一時的に遮断し閉じ込めることはできるが、放射線が質量を持つ以上、"なかったこと"には出来ないのだ。

 

つまり、『本物の錬金術』が持つとされる二大特徴が否定され、そこから芋蔓式に幾つもの伝承が現代魔法学によって否定された。

今や、錬金術は化学文明の発展の起点()()()()()、魔法としては認められていない、もしくは決定的な「何か」が失われてしまった空想上の存在である、というのが世間一般の認識だ。リーナが胡散臭いものを見るような目になったのも致し方がない。

 

「正直信じられないんだけど……じゃあナギは、不老不死とか金の練成の方法だとかを知っているの? まさかぁ——」

 

 

「知ってるよ」

 

 

あまりにも、あっさりと。

そう告げた少年の目には、嘘はなかった。

 

「流石に、金の練成はコストが高すぎてやっても意味ないし、不老不死は偶然以上の奇跡が必要だけどね。それでも、方法は知ってる」

「……う、っそぉ……」

 

ポカンと口を開けたまま、リーナが心の底から言葉を絞り出す。同時に、どこか納得のいったところがあった。

それは、明らかに必要以上に警戒していた、使用魔法の理論の公開に関してだ。

確かにそんな天地をひっくり返すような情報が発覚したら、まさしく驚天動地の大騒ぎだ。ナギ一人をめぐって、四度目の世界大戦が勃発しても何も不思議はない。

 

「話を戻すよ。ボクが使う魔法の一つに、(エク)装解(サルマティ)(オー)って魔法があって——」

(エク)装解(サルマティ)(オー)? ちょっと待って、どこかで見覚えが……」

 

そう、確かあれは、日本の魔法学校で起こったテロに関する報告書を読んでいた時に……

 

「あーーっ!? 脱げ魔法(キャストオフ・マジック)!!」

「あ、あはは……。一応、目的は敵の武器を吹き飛ばすことで、服が脱げるのは副作用みたいなものなんだけど……」

 

ナギが視線を泳がせる。つまり、それが脱げ魔法だという自覚はあるのだろう。自分の目が、ジトッとしたものになっていくのが分かる。

 

「そ、それで!4月に使った氷属性のものとは違って、装備を花弁に錬金するっていう風属性のものもあって……」

「それで?」

「……ボクが一番適性がある魔法なんです。くしゃみをすると抑えがきかなくなって暴発しちゃったり……」

 

実にツインテールのお姫様を思わせる笑顔のリーナに、思わず昔のように敬語が出るナギ。

互いのまつ毛の本数すら分かるような超至近距離で見つめ合うこと数分。能面のような笑顔のリーナは、引きつった顔のナギの前でプルプルと震え出し……

 

「くしゃみをするだけで暴発とか何よそれーーーッ!!?!」

「ハ、ハイッ!! ごめんなさーーい!?」

 

実に懐かしいような大爆発を起こした。

ナギの頬に添えていた手を肩に移動させ、ガックンガックンと前後に大きく揺さぶる。その顔には、もはや形容しがたい混沌とした感情の渦が露わになっていた。

 

「たしか、服を花弁に変えたとか言ってたわよね!? じゃあワタシのパジャマはこの花びら?! どうするの元に戻せるのお気に入りだったのよ!!」

「ごめんなさい!弁償するから——」

「あったりまえでしょう!! だいたい、いままで何人脱がしてきたのよ!?」

「え、えっと、4月の時を除いたら、昔、真由美お姉ちゃんと香澄ちゃんと泉美ちゃんと一緒に寝た時に……」

「そりゃそうでしょうねぇ!! くしゃみをするだけで脱がせるならそれでも少ないぐらいよ!」

「ふ、普段は自分を縛って出来るだけ抑えてるんだけど、緊張するとどうしても出ちゃうんですーー?!」

 

ピタリと、リーナの動きが止まった。そのままグイッと顔を近づけ、ぐわんぐわん目を回しているナギを覗き込む。

 

「緊張すると?!今緊張するとって言った!?」

「え、う、うん。昔から緊張するとくしゃみが出ちゃう体質で……」

「な、なんで緊張したの?!」

「だ、だって、リーナみたいな可愛い子とこんなに密着して寝て、緊張しないわけがないです、よ? もう子供じゃないし……」

 

それこそ、前世で家族のように過ごしたネカネだったり、実は叔母だった明日菜みたいに、家族だったら話は別なのだが。たぶん、香澄と泉美の二人が相手だったら今でも一緒に寝ても大丈夫なはず……真由美は色々とあったので怪しいが。

 

「か、可愛い……? ワタシが……ふふ」

 

そんなナギの思考を放っておいて、先ほどまでの怒りはどこでやら。リーナはだらしなく口元を蕩けさす。

直後、目の前に当のナギ本人がいることを思い出したのか、表情を作って一つ咳払いして立ち上がった。……幸せそうなオーラは隠し切れていないが。

 

「んんっ! そ、そういうことなら仕方ないわね! ワタシにも責任はあるみたいだし? ち、ちゃんと埋め合わせしてくれたら許してあげるわ」

「本当に?ありがとう、どうすればいいですか?」

「え、えっと、その……デート、してくれない……? か、代わりのパジャマを探すついでに!ね!?」

 

もじもじと、恥ずかしそうにリーナが告げる。

その態度に気がつきながらも、ナギはにっこりと笑顔で返した。

 

「そんなことなら、喜んで」

 

リーナの顔がパアァと明るくなる。

と、そこで漸く理解が追いついてきたのか、急転直下、サアァと顔から血の気が引いていった。百面相さながらの様相に、ナギの首がコテンと倒される。

 

「ね、ねぇナギ。さっきの話、教えて良かったのよね?」

「う、うーん……ダメだね。今、広まっちゃうと……」

 

先ほどまでの怒りが霧散しているとわかったナギは、敬語を止めて言葉を濁した。しかし、リーナはそれが示す未来を正確に予測していた。

 

「やっぱり、戦争よね……」

 

あ゛ーー、と頭を抱えてしゃがみこむ。すっかり忘れていた、というか思い当たらなかったというか……とにかく今がまずい状況というのは理解できた。

 

「ど、どうしたのリーナ?」

「ナギ……こんな噂を聞いたことがあるのよ。USNA軍には、読心術師(サイコメトラー)を集めた部隊があるって」

 

その職務上の都合だろうか、具体的な情報はシリウスであるリーナにも入ってきていない。が、統合参謀本部直属の部隊の一つにそのような部隊が居るというのは信憑性の高い情報だ。

読心術(サイコメトリー)というのは、比較的に発現率の高い超能力の一種だ。もちろん『超能力の中では』なので、一つの国家に何千人も居るわけではない。が、それでもシリウス権限でアスセスできるUSNA軍の正規部隊の中に"一人もいない"というのは、少しばかりおかしいものがある。

『火のない所に煙は立たない』という日本の諺の通り、リーナはその噂を信じている人間の一人だった。

 

「あぁ〜……。言わなければバレない、じゃないわよ……あの時の自分をぶっ飛ばしてやりたいわ……」

「えーと、読心術への対抗手段、かぁ……」

 

ナギの脳裏には、ある少女の姿が浮かんでいた。本を浮かべ、耳に羽根飾りをつけた少女がリーナの心の中を覗く光景を思い浮かべ、彼女はそんなことをしない、と頭を振ってイメージを追い出した。

 

「一応、方法はあるけど」

「ホント!?」

 

目を輝かせて縋り付くリーナに両手を向けて、どうどうと声をかけ制止する。

 

流石に『いどのえにっき』クラスのアーティファクトを持ち出されたら、ナギにも対抗手段はないに等しい。だが、そうでないのなら方法はいくつかある。

 

まず間違いなく効く方法に、魔法無効化能力がある。が、こればっかりは天性のものであり、無い物ねだりをしていても仕方がない。除外する。

次に、頭の中を別の思考で埋めてジャミングする方法。強い感情だとなお良いが、これで完全に防ぐには四六時中頭を回転させ続ける必要がある。これも中々に難しい注文だ。

他にも、専用のジャミング魔法もあるが、中位の魔法のため一朝一夕には習得できるものではない。ナギがリーナに掛けたとしても、効果時間など高が知れている。

となると、取れる方法は一つだけだ。

 

「リーナ、ボクの目を見て」

「え? 何?何かある、の……」

 

目線を合わせてから数秒で、リーナの目は焦点が合わなくなった。ぼんやりとした視界の中、たった一つ、ナギの目だけがジッとリーナを覗き込んでくる。

綺麗な目だなぁ、とそんなことを思った瞬間、世界が破裂した。

 

「はっ!? わ、ワタシは何を……」

「気がついた?」

 

頭を振って声の方を見ると、柏手を打ったような格好のナギが笑っていた。

 

「ナギ、何をしたの?」

「魔眼でちょっとした暗示を、ね?」

「魔眼?……まさか、ルーナ・マジック!?」

 

月の魔法(ルーナ・マジック)。精神攻撃系()()()()『ルナ・ストライク』に名前の由来を持つ、精神干渉系魔法を示す単語だ。

精神干渉系魔法は生来の適性が強く出るため、起動式によるプロセスが組まれているルナ・ストライクですら使用者によって大きく威力が変わる。ましてや暗示などは、現代魔法では先天性スキルなしではまず扱える者の居ない魔法で……

 

「って、そういえばナギは"魔法師(現代)"じゃなくて"魔法()使い()"だっけ」

「まあ、そういうこと。効果は、指定の記憶に関しての想起の制限と、その記憶の外部からの閲覧の妨害。正確にはその記憶を検索対象から外す魔法だね。

これでリーナはさっきの情報を思い出すことはなくなったし、誰かに知られることもなくなったよ。ボクから『鍵』を渡さない限りね」

 

これは『読心術の制限』ではなく『記憶の改竄』に当たる魔法であり、ナギたち"魔法使い"が最も最初に習う魔法の一つでもある。これなら、ほぼ永続的に持続させれるし、弱いとはいえ魔眼も併用したことで効果も上げられた。

また、そもそも検索対象から外れているので、『何かがあるけどロックが掛かっている』と気付かれる可能性も少ない。その記憶を想起できないために情報を奪わせない、単純にして効果の高い対読心術効果を持つ魔法でもある。

 

「っと、時間がもったいないし、そろそろ片付けようか」

「もったいない、って?」

 

首を傾けるリーナに、ナギは苦笑して答えた。

 

「行くんだよね、デート?」

 

それを聞いた直後、リーナの顔が再び赤く染まったのは言うまでもない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『じゃあ、そろそろお昼にしよっか』

『そ、そうね!』

 

時は過ぎ、太陽が中天に登った頃。ナギとリーナの姿は、ボストンの市街地にあった。その様子を見た人からはデートを楽しむカップルにしか見えず、事実デート中なので間違いではない。

一見、日本人であるナギがエスコートしているのは違和感があるかもしれない。しかし、全国を飛び回るリーナもあまりボストンの地理に詳しいというわけではなく、基本端末での検索任せなために、事情を知っている側からしたらそこまでおかしいというわけでもなかった。……()()シリウスがデートで頬を緩めていることを除けば、だが。

 

「こちらマーキュリー・ファースト。各自状況を報告してください」

 

もちろん、USNA軍もただ放置しているわけではない。リーナにばれないよう、監視技能を持つ惑星(プラネット)級や衛星(サテライト)級のスターズが配置されている。

(マーキ)(ュリー)一号(ファースト)であるシルヴィアもその一人で、今回の任務に当たる人員の中では一番階級が高い。

だが、彼女がリーダーに選ばれた理由は別にあった。

 

『こちらアマルテア、ターゲットと総隊長の後方20mに続いて監視中』

「了解。しかし、誰に聞かれているかも分かりません。現在は総隊長ではなく(ビー)と言うように」

『こちらプロメテウス。ターゲットが(クイ)(ーン)と手を繋ぎました』

「ですから貴女も(ビー)と……ちょっと待ってください、なんですか(クイ)(ーン)とは!?」

『あ、そうですね。(クイ)(ーン)ではなく姫君(プリンセス)の方がいいですか』

「いえ!そういうことではなく——』

『あー、こちらエンケラドス。イケ面(ターゲット)(つまず)いた(マイ・エ)使(ンジェル)を抱き寄せやがったんだが、暗殺(ヘッドショット)していいか? いいよな』

「ダメです!! というか貴方もですかエンケラドス! いい歳して(マイ・エ)使(ンジェル)とか気持ち悪いですよ!」

 

まただ。シルヴィアは痛む頭を押さえる。

リーナはアレだけの美少女だ、良い意味で非常に目立つ。しかも、基本的に任務中は変装しているとはいえ、訓練や兵舎の中ではあの姿をさらけ出しているのだ。

もはや彼女はスターズの総隊長兼アイドル的な扱いというのは公然の秘密であり、秘密裏に作られているというファンクラブ(年会費無料、ただしスターズとして性を尽くして働くこと)の会員はスターズの実に七割に上るという噂まであるぐらいだ。

 

「エンケラドスだけじゃありません! 皆ほとんどが成人して子供がいる人もいるでしょうに、(ハイ)(・スク)(ール)と変わらない年齢の総隊長に欲情して恥ずかしくないのですか!?嘆かわしい!」

『准尉!私は邪な気持ちではなく、妹を応援する姉のような気持ちで影ながら支えているのであり……』

「そういうことを言っているのではありませんプロメテウス!」

『しかし准尉!今の我々の幸せは姫君(プリンセス)の笑顔を見守り、寝る前に姫君(プリンセス)のプロマイドを見ることでありまして、その為に国を守っていると言っても過言ではありません!』

「過言です! っていうかプロマイドってなんですか!?」

『ファンクラブ(非公式)の会員宛に週に一度送られてくるものであります! 女子寄宿舎の会員が許可を得て撮っているものです!盗撮ではありません!』

「それが配られることを総隊長が知らなければ立派な犯罪ですよ!!」

『落ち着いてください、部隊長』

「ミシェル……」

 

貴方だけが最後の砦だ、と込めた願いは、すぐに裏切られることとなった。

 

『アンジーちゃんがスターズに入隊した3年前から、脱走兵の数が八割減したというデータもあったりします。それだけ皆に愛されているということではないでしょうか』

「黙って下さいミシェル!貴方もですか!?マーキュリー・セカンドである貴方も!? 大体なんですか"アンジーちゃん"とは!? 今は任務中で、彼女は監視対象の一人です!!」

『『『『しかし、彼女は我々のアイドルです!』』』』

「総隊長です!!!」

 

USNA軍統合参謀本部直属、魔法師部隊スターズ。

今日も元気に、総隊長(アイドル)の追っかけやってます。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その頃、件のリーナは。

 

「————!?」

「リーナ、どうしたの?」

「なんでもない。ただちょっと、寒気がしたような気がしたから」

「風邪かなぁ? ちょっとゴメンね……」

 

テンプレ通りに、イチャイチャとデートを楽しんでいた。

額に手を当てて体温を測られるなど、少女マンガでしか見たことないような展開に少し血の巡りが良くなった気がする。むしろこの程度で済んでいるのは、ナギの性格はこういうものなのだと少し慣れ始めてきた結果だ。

 

「うーん……少し熱いけど、熱はなさそうだね」

「大丈夫よ、ナギは大袈裟なんだから」

「あはは……心配にもなるよ。朝、あんな格好だったら……ねぇ?」

 

ボクの所為なんだけど、と自嘲気味に笑うナギと、少し思い出してまた頬が薄く色づくリーナ。

また気まずい(あまい)空気が流れそうになったが、しかし、今は街中を歩いているのだ。変える話題には事欠かない。

 

「あ、着いたわよ」

「ここが?」

「そうよ、知り合いにランチに良いって勧められたカフェ。なんでも退役軍人がやってるらしくて、お客も軍に勤めてる人が多くて比較的安全なんですって」

 

今、東海岸の治安は、徐々にではあるが日に日に悪化の一途を辿っている。俗に人間主義者と呼ばれるものたちによる魔法師排斥運動が強くなっていっているためであり、USNAの現代魔法学の中心であり近々魔法競技の国際大会も開催されるボストンは、今やいつ火が点いてもおかしくない状況だ。

もちろん、USNA政府も街中に軍や警察を配備したりすることで対策に乗り出してはいるのだが、まだ大会まで2週間近くある中では、予算などの都合上どうしても警備が緩くなっている部分が出てしまう。過激派としてブラックリスト入りしている人間主義運動の幹部もやって来ているという噂もあるぐらいだし、少しでもリスクを避けるのは賢明な判断と言えた。

 

扉を開けて、二人は中に入る。そして、その光景に目を奪われた。

木製の内装が暖かみを醸し出し、落ち着いたBGMが心安らぐ空間を演出する。

USNAというよりもナギ()の前()世の()故郷()にありそうな、古き良き喫茶店がここにはあった。

 

「懐かしいね、なんとなく」

「ええ、一度も来たことないのにそう思っちゃうのはなんでかしら」

 

寒冷期や森林伐採の制限などの影響で、今の世の中では木材の値段が高騰している。それをここまでふんだんに使うとなると、今の時代ではなかなかお目にかかれるものではなかった。

 

そんな風に、珍しいが懐かしい空間に二人が心奪われていると、奥の座席の女性が立ち上がり、驚いた表情でこちらを見つめてきた。

 

「あっれーー? ナギ君じゃん!!」

 

リーナは首を捻りどこか不満げに、ナギは目を見開いて驚いたように、その女性を見る。

後ろで跳ねるように纏められた赤毛に、快活そうな雰囲気。ワイシャツとスラックスというラフにも見えながらも最低限どこでも通用する格好。そしてこちらも今の時代はなかなか見ない、首から下げたコンパクトカメラ。

 

「あ、赤水さん!?」

 

そう。ここで彼らを待っていたのは、フリー魔法ジャーナリスト、赤水さくらとの遭遇だった。




今日の星座。

ペルセウスはギリシャ神話の英雄の一人であり、女怪メドゥーサ退治やアンドロメダ姫との結婚などで知られています。
ペルセウス座はメドゥーサ退治の様子を模しており、その左手にはメドゥーサの生首を掲げているとされます。この魔瞳と視線を合わせるとたちまち石に変えられてしまうとされ、古くから魔除けなどにもあしらわれました。


登場、魔法記者! 大スクープをすっぱ抜きだーーッ!!
ちなみに、『赤水』という苗字の方は日本には居ないそうです。ありそうな感じなんですけどね。

次の話は、ネタバレ防止のため四話ぐらいの同時更新になります。だいぶ時間が空くかもしれませんが、お待ちください。


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第六十話 からす座のひとみ

四話同時と言ったな、アレは嘘だ(区切りを変えただけ)


「いやー、ほんと奇遇だね!まさかナギ君とこんなところで会うなんて!」

「ボクもビックリしましたよ。いつこっちに?」

「今朝よ今朝。そういうナギ君は一昨日追い出されたんだっけ? 災難だったわね〜」

 

笑いながら談笑する二人。その仲の良さそうな雰囲気は周囲を明るくさせるものだったが、一人だけ例外がいた。

 

「…………」

 

デートを邪魔された形になったリーナである。

『たしかに知り合いと異国で会ったら盛り上がるのも分かるケド、だからと言って置いてきぼりはないんじゃないの』と、ムスッと頬を膨らませる。何より、その仲の良い知り合いが女、それも人目を惹きつけるような明るさを持つ美人となれば、嫉妬の渦が巻き始めても仕方がない。

そんな感情から段々と不機嫌になってゆくリーナに最初に気がついたのは、その原因である女性だった。

 

「で、ナギ君。その子は?」

「あ、そうですね、先に紹介しとくべきでした。えっと、こっちで通訳をしてくれてるリーナです。リーナ、こちらは赤水さくらさん。フリーのジャーナリストで、魔法のことを主に扱ってるんだ」

「アンジェリーナ・クドウ・シールズよ。よろしく」

 

実に分かりやすい猫を被って、笑顔で手を差し出すリーナ。対するさくらは、笑みを浮かべてそれをとった。

 

「ナギ君から紹介されたけど、赤水さくら、一応魔法ジャーナリストをやってるわ。ナギ君との関係は……そうねー、オトナの関係ってとこかな?」

「な————ッ!!」

 

その釣り上げられた唇に気づくことなく、一瞬で顔を紅潮させたリーナは、ギン、と鋭い目でナギを射抜いた。

睨みつけられたナギはナギで、冷や汗を垂らしながら引き攣った笑みでさくらにツッコむ。

 

「赤水さん! 誤解を招くような言い方をしないでくださいよ!」

「ははは、ごめんごめん!」

「リーナ、ボクと赤水さんはただの仕事仲間で、それ以上のことは何もしてないからね!」

 

ナギにそう言われ、ようやくリーナは揶揄われたことに気がついた。タレントとジャーナリスト、それも共に魔法を主戦場にしてるとなれば、自然と同じ仕事も多くなるのは自明の理だ。

見れば女は、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。たったこれだけの邂逅で理解した。この女は相性が悪い、一方的に弄られる未来しか想像できない、と。

 

「いやー、それにしてもナギ君も隅に置けないわね!こんな可愛らしい現地妻作ってデートとか、お邪魔しちゃ悪いからオバさんはサッサと退散する——」

「「ちょっと待って(ください)!!」」

 

二人の声がハモる。デートしていたのは否定できないが、まずリーナは現地妻ではない。まだ関係は持っていないし、リーナ個人の感情としても、成るなら成るで『現地』の言葉を外したいのが本音だ。

それに、ただの知り合いならまだしも、記者(パパラッチ)にそんなオイシイ勘違いをさせたまま帰したりしたら……間違いなく死ぬ、社会的に。それは絶対に阻止しなくてはならない!

 

「ここで会ったのも何かの縁ですし、一緒にお昼でも食べましょうよ!」

「いやー、でも私お邪魔っぽいですし? あとは若い二人に任せて、ね?」

「ワタシ、日本でのナギのこと教えてもらいたいわ! いっつも主導権握られてるから、偶には見返したいもの!」

「ほうほう、たった3日で二人はもうそんな関係になっていると。これは速くまとめなくちゃ——」

「「だから違うのよ(んです)!」」

 

二人揃って顔を真っ赤にして否定する。根が真面目なところが共通している二人には、掴みどころのない性格をしているさくらは正に天敵と言えた。

が、流石にこれ以上やると冗談で済まなくなると直感したのだろう。くるりと、若干涙を浮かべている二人へ振り向いた。意地の悪さはそのままだが、悪意は消えた笑顔で。

 

「たははー、冗談よ冗談! 記事にするつもりなんてないわよ」

「「……はぁ!?」」

「私も大人だからねー。高校生の色恋で食べさせてもらうほど貧しい生活はしてないわよー」

「「…………。はぁ……」」

 

やーねー、と手をヒラヒラさせる記者(パパラッチ)を前に、ナギとリーナは吐息を漏らす。たった数分の出来事だというのに、どっと疲れた。

 

「ま、でもナギ君? あっちこっちで女の子を毒牙にかけるのは、オネーさんどうかと思うわよ〜? 告白されたばかりなんでしょ、義理のお姉さんに」

「ブーーーーッ?! ど、どどどどこでそれを!?」

「ははは、記者が自分のコネクションを教えるわけないじゃない!」

「……ナ〜ギ〜〜〜!!?!」

「ひぃっ!リーナ!?」

「本当なの一体どういうことよ説明しなさいよまさか付き合ってるの!?」

「ギ、ギブギブ!! くびっ、首絞まってるからっ!?」

「あはははっ!」

 

そして、再び場は混沌とし始めた。

赤水さくら。基本騒がしくて笑える状況が好きな、どこぞの麻帆良パパラッチを彷彿とさせるトラブルメーカーである。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「そーいえばナギ君。『USNAの七不思議』って知ってる?」

 

結局その場は、老いてなお屈強なマスターが気迫を飛ばしたことで強制的に収束した。……入店した時と比べて、若干ナギとリーナの間が開いているのはご愛嬌だ。

それでも追い出されもせず、ちゃっかり二人と同席しているあたりに、さくらの話術の巧みさが伺える。自分の1,000倍ハニートラップに向いてるんじゃないか、とはリーナの心の弁だ。

 

「『USNAの七不思議』、ですか? いいえ、知りません。リーナはどう?」

「アンジー・シリウスの正体は誰か、とかああいうのでしょ?」

 

ここにいるんだけど、と心の中で呟くも、リーナは内心ビクビクものだ。ボロを出さないか心配で仕方がない。

とはいえ、必死に隠したリーナの心中は流石に察せなかったのか、さくらはフォークをくるくる回しながら話を続ける。

 

「そそ、そういうやつ。私がここにいるのは、まあ今度の大会に向けて色々撮らなくちゃいけないものもあるんだけど、それのうちの一つについて調べるのもあるのよ」

 

まだめぼしい成果は出てないんだけどねー、と苦笑いするさくらに対し、リーナはジトッとした視線を向ける。

 

「ニホンの記者は暇なの? 別にUSNAじゃなくても、どこにでもある噂じゃない」

「まあ、七不思議なんてお約束だよね」

「七不思議とか言っといて20個ぐらいあるのもねー。でもね、私が調べてるのはそんじょそこらの七不思議とは違うわよー! 題して、『USNA軍の魔法技術はどこから来たのか!?』」

 

さくらは、これまた今時大変珍しい紙の手帳を広げて突き出してくる。それを受け取ると、ナギとリーナは肩を並べて覗き込んだ。

 

「今、CADの世界市場のうち、ドイツの『ローゼン・マギクラフト社』とUSNAの『マクシミリアン・デバイス社』が九割近くを占めてるのは知ってるわよね? ま、最近はFLTが色々と注目されてて大躍進中なんだけど。

で、そのマクシミリアン・デバイス社なんだけど、USNA軍で型落ちになったものを大量生産してるんじゃないか、って噂が前々からあるのよ」

「型落ち品を、ですか?」

 

ナギが首を捻る。確かに通常の企業だったらそこまでおかしなことではないが、これが魔法機器メーカーとなれば話は別だ。

魔法が表舞台に出てから100年足らず。ましてやその補助製品ともなれば半世紀に届くか届かないかぐらいの歴史しかないほどの、まだまだ未開拓の市場である。そもそも明確な『型落ち品』が出るほど、最新技術と現行品の間に差はないはずなのだ。

もちろん、魔法は戦力と言われる時代。あえて型落ち品を世に流通させるメリットもないわけではない、が、そんなことをするぐらいなら最新版を世に出して世界市場を独占してしまった方が遥かにメリットがある。市場を独占するということは、それだけ他国の技術の発展を遅らせることに繋がるのだから。

 

「でも、じゃあその『最新版』をどうやって開発しているか、って所がなかなか掴めなくてねー。開発者はご存知の通りだとは思うけど、その発想の源は絶対にあるわけじゃん? ここなら軍関係者が多いって聞いて、色々聞き出せるんじゃないかって張り込んでたんだけど……」

「その結果が、これですか……」

 

意外と綺麗な字で手帳に書かれている文字を読むと、『UFOの残骸を解析しているらしい』『古代遺跡のオーパーツを集めていると聞いた』『未来予知の能力者を囲っている』『異世界人とコンタクトが取れた』『いやいや平行世界だ』『我々は神の加護を受けている』『ダ・ヴィンチのような天才に決まってるだろう』、などなど……

 

「見事にオカルト系ばっかりね」

「そーなのよー。ソッチ系ってこと以外統一性もなくてみんなバラバラ。ここまで来ると逆に感心するというかねー。調べ甲斐はあるけどいつまでかかることやらって感じなのよー」

 

机の上に突っ伏し、うーうー唸る『オトナ』の女性。実に大人気ない体勢なのだが、その前に座る二人は彼女に対して内心戦慄していた。

さくらは、今朝この国に入国したと言っていた。つまり、そこから僅か半日足らずでこれだけの話を聴き集めたということになる。プロの諜報員顔負けの恐ろしい話術だ。この人ならそう遠くない日に真相に辿り着くのではないか、そう思わずにはいられない。

 

「ねーねー、リーナちゃんは何か聞いてないのかなー? それ、マクシミリアンのでしょ?」

「そうだけど……ワタシもそこまで詳しくないし、噂で聞いた感じでも似たようなものよ」

 

ダミーとして渡されたマクシミリアン社製のCADの撫でながらリーナは答えたが、これは事実である。

『シリウス』は実働部隊の総隊長。確かに現在市場に出回っているものよりも遥かに優れたCADを使っているが、開発部隊や実験部隊はまた別にあり、CADの開発や新魔法の研究などには一切関わっていない。

ましてやリーナは正規軍人になってから三年、『シリウス』に任命されてからは僅か一年だ。戦闘訓練やその他職務に必要なことを覚えるだけで手一杯であり、自分が使う武器はどうやって開発されているのか、なんてことまでは気にする余裕もなかった。

……否。気にかかったことはあったのだが、彼女の権限ではどうしようもなかった。USNA軍のCAD開発部門は軍内でもトップ3を争うほど高い優先度(プライオリティ)が設定されており、統合参謀本部所属でも上位数%も全容を把握していないとすら言われている。リーナが知っているのはせいぜい代表を務める老人の名前と顔ぐらいで、それがある場所も、構成人数も彼女は知らない。

 

と、ここまでが実情なわけだが、そんな超重要機密事項を馬鹿正直に話すわけがない。適当にごまかしつつ、自分も知らない旨を説明する。

 

「そんなわけだから、力にはなれないわね」

「そっかー……ん〜〜!よし、切り替えよう!いつまでもウダウダやってるぐらいなら一人でも多くから聞けってね!

というわけでリーナちゃん!デート中に悪いんだけど、ちょっと時間貰っていい?」

「なにがどうなったらそうなったのよ!?」

 

いつの間にやらマイク片手にインタビューの姿勢に入っているさくらにリーナがツッコむ。気がつけばそうなっていたのだ、電光石火の早業とはこういうことを言うのだろう。

 

「えーと、リーナちゃんのミドルネームは『クドウ』ってことだけど、それはあの『九島家』と何か関係があるのかな?」

「スルー!? ……はぁ、もういいわ、疲れるだけだし」

 

肩をすくめ、やれやれといった様子で首を振るリーナ。この短期間のうちに、この快楽主義の記者に対する対応をだいぶ心得てきた。……それが自分にはどうしようもない、という事なのはどうかとも思うが。

 

「そうね、サクラの言う通り、ワタシの母方の祖父が九島(SHO)(GUN)の弟よ」

「つまり、リーナちゃんは九島閣下の(てっ)(そん)ってことね」

「「テッソン?」」

 

コテンと首を倒すリーナ。それだけでなく、ナギも同じ動きをしていた。

 

「ああ、さすがに知らないわよね。えーと、甥とか姪の子供のこと。こっちだと"grand-niece"って言うのかな」

「へぇ、そんな言葉もあるのね」

「あんまり使われないけどねー。私も言葉を商売道具にしてなくちゃ知らなかったと思うし。

じゃ、あと二つだけ。リーナちゃんは九島閣下にアポイントメントお願いできる? 私、一度あの方にインタビューしてみたかったんだけど」

「無理よ。ワタシ、会ったことも話したこともないし」

 

薄情なようにも聞こえかねないが、それが今の世界情勢だ。それが分かっているナギもさくらも、何も口を挟まなかった。

 

「それに、ワタシの血は4分の1が日本人だけど、ワタシとしてはこの国で生まれ育ったU()S()N()A()人のつもりよ。魔法師だし、国外にいる親戚と気軽に会える立場でもないしね」

「ふむふむ、なるほどねー。じゃあラスト、ナギ君とはどこまでヤったの?もしかしてもう生d……」

「なんで突然ソッチに行くのよっ!?」

 

リーナがダンッ、とテーブルを叩いて立ち上がる。その顔は、一瞬で湯上りのように火照っていた。

 

「いやー、記事にはしなくても、個人的には聞いとかなくちゃいけないっていうかー。将来、スピーチすることになるかもしれないんだし、出来るだけ情報は知っておかなくちゃパパラッチの名折れってもんよ!」

「折れてしまえばいいと思うわよそんなもの。っていうかスピーチって何のよ」

「もち、披露宴」

「「披露……モ゜っ?!」」

 

先ほどから、「赤水さんに関わると弄られる」と敢えて我関せずを貫いていたナギだったのだが、こればっかりはリーナと同時に声を上げざるを得なかった。二人して真っ赤に顔を染める。

そんな二人を見て、さくらはカラカラと声を転がした。

 

「だってねー、二人が結婚するとなったら、付き合って初めてあった知り合いが私になるわけでしょ? だったらスピーチは任せてくれるわよね!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!ワワワタシとナギが結婚だなんて出来るわけないじゃない!」

「なんで?」

「なんでって、ワタシはUSNAの魔法師で、ナギは日本の魔法師だし!」

「さーて、そんな素直になれないリーナちゃんに、いい言葉を教えてしんぜよう!」

 

あ、これ多分、聞いたらダメになるやつだ。

リーナより人生経験豊富なナギは、その見覚えのある表情に一瞬で悟ったという。

 

「……愛は、国境を越えるのだよ」

「な————っ?!」

「二人の間に立ちはだかる数々の障害!その壁が高ければ高いほど、その道が険しければ険しいほど、互いに惹かれる(おもい)は強く激しく燃え上がるもの! ロミオとジュリエットしかり、織姫と彦星しかり!これは古今東西、あらゆる不朽の物語が証明しているのさーーっ!!」

「そ、そんな……でも、確かに……」

「USNAと日本の間で揺れる純愛、実に結構じゃない! よく頭の固いお年寄りは『お国のために〜』とか言うけど、アレ間違い。誰か愛する者を守るからこそ人は強いのよ! 愛する者が居ない国に、誰かを愛することさえ認めてくれない上司に、忠誠を誓えるわけがないっ!!」

「そう言えばベンも奥様ができてから一層って……だ、だけど!ワタシはこの国を裏切るわけには——」

「それに、私は前々から変だと思ってるのよ。USNAと日本は前の大戦で直接ぶつかり合ったわけでも、銃を向けあったわけでもないのよ? ギクシャクしてる方がおかしいわけ。今、事務次官レベルで有耶無耶になってた友好条約の再締結が検討されてるって噂もあるし、そう遠くない未来に二国間での魔法師の国際結婚も認められるようになるはず!」

「な、なんですって!?」

「さあ! そうと決まれば邪魔者が入らないうちに既成事実を作るのよ! 大丈夫、ナギ君は押しに弱いっぽいからこっちから行けば一発や二発はヨユーヨユー!」

「ゴクリ……な、ナギ!ワタシ、ナギのこと——」

「リーナストップ!! 待って待ってください!? 何ですかこの急展開!?」

 

僅か2分。間髪なく撃ち込まれたマシンガントークに、リーナが陥落するまでの時間だ。ナギはあまりの展開の速さに、開いた口が塞がらなかった。

どこか某歩くゴシップ誌に似ているな、などと過小評価をしていた過去の自分に忠告してやりたい。この魔法ジャーナリスト、他人を煽る才能に関してはあの麻帆良パパラッチをも上回るかもしれないぞ、と。

 

「リーナ、ひとまず落ち着こう! 赤水さんもあんまりからかわないでください!!」

「えー、別にからかってないんだけどなぁ〜。いーじゃん、『恋に生きる乙女』って、ある意味女の子の究極の夢のひとつよ?」

「そうかもしれないですけどっ!!」

 

悪びれもせず、そもそも悪いなどとは欠片も思っていない顔で言うトラブルメーカー。しかも、実際、別に悪い事をしているわけじゃないのがタチが悪い。

ナギはぐるぐると目が虚ろなリーナを宥めながら、昔懐かしい溜息を吐いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

と、なんとかリーナを落ち着かせることに成功して数分。

顔を真っ赤にして俯いていたリーナが、ようやく元凶に鋭い視線を向ける。

 

「サクラ! 一体何がしたいのよ! もしかしてワタシを日本へ連れて行くため!? アナタはスパイだったの!?」

「いんや、別にそんなつもりは全くないけど?」

 

心底不思議そうに首をかしげるさくら。それを見て、リーナの中に更に苛立ちが募る。

 

「じゃあ何で、ワタシを煽ったのよ!?」

「私が記者だから」

 

全く繋がっていない話に、ついにリーナは「誤魔化すな!」と叫びそうになった。だが、さくらの顔を見て、喉元まで出かかっていた怒声が詰まる。

その瞳は、先ほどまでの人をからかう輝きとは違う、真剣そのものを宿した光だったから。

 

「リーナちゃん。私たち『記者』って、何のためにいると思う?」

「唐突に何よ。それに、何のためって、そんなこと決まってるじゃない。情報を民衆に届けるた——」

「ブー、ざんねん、不正解」

 

わざわざバッテンを作ってまで、言い切る前のリーナを止める。その動きに神経を逆撫でされながら、リーナは刃のような視線だけで説明を要求した。

 

「うーんとね、ただ起きた事実を伝えるだけなら、今の世の中ニュースでいいっしょ。不正や汚職をスッパ抜くのを仕事みたいに言う人もいるけど、それも本来は警察や司法の仕事。別にそんなくっだらない事のために、記者(わたしたち)は働く必要はない、ってのが私の持論」

「じゃあ、何のためよ」

「そんなの簡単。——人を、笑顔にするため」

 

簡潔に、しかし単純がゆえに強い意志を以って、大前提を口にする。

その目には、煌々と輝く太陽のような炎が灯っていた。

 

「記者はね、起きた事実を伝えなくちゃいけないのに、その中身を自分の裁量で切ったり増やしたり出来る……いや、紙面は限られている以上、そうする()()()()。つまり、事実をありのままでなんて、初めから伝えることは出来ない——それが記者の抱える矛盾なのよ」

「…………」

 

事実のみを伝えなくてはいけない、でもそこには個人の色眼鏡がかかる。確かに大きく矛盾している。

これが産業革命以前だったらいざ知らず、今の世界には映像という、事実を何よりも雄弁に語る物があるのだ。究極的に言えば、報道なんてものはその事件の録画映像を流すだけで事足りる時代である。

では、そんな時代の中で、記者という職種が生き残っている理由とは? その答えを、さくらは口にした。

 

「じゃあ何で記者っていう職業は無くならないのか。

それは、私たちが書いたくだらない記事一つで、読んでくれた人が笑ってくれるから。誰かを励ますための記事一つで、悲しみに暮れる人たちを勇気付けられるから。

そうやって笑ってくれた人たちのおかげで、記者(私たち)は今を生活してる。結局、一番根源的なモノはそこだと思うのよね」

 

思えば、初めからそうだった。リーナは気付く。

スクープを撮りたいだけなら、わざわざナギに話しかけなどせずに、気配を消していればよかったのだ。

話しかけた後にしてもそう。この女性の話術なら、話の流れを上手くスクープのことから避けられたはず。わざわざ自分から口にして、止めさせる必要もなかった。

つまり、あれらの行動はすべて、こちらを笑顔にするためだけにやっていたのだ。初対面のリーナの緊張をほぐすために、自分自身を道化にしてまで。

 

そして。そんな彼女だからこそ、魔法というものを追いかけている。

 

「でも、今の世界では魔法師たちが()()()()()()()()()。国のため、社会のため、軍のため、家のため。そんなよく分かんないものに雁字搦めに縛られて、都合のいいマリオネットにされて。バッカみたいだと思わない?」

「……魔法は軍事力よ。仕方ないじゃない」

 

リーナは否定する。その否定の言葉に、さくらの原動力があるとも知らないで。

 

「仕方ない。そう、『仕方ない』って、魔法師たちは諦めてる。その本質も忘れて、その感情も隠して。それがバカみたいだって言ってるの」

「……何を忘れてるって言うのよ」

 

もはやこれは、リーナだけに向けられた言葉ではない。これは、一個人による社会に対する宣戦布告だ。

 

「魔法が表舞台に立ったのは、テロを止めたある超能力者から始まった。そうして魔法師たちは、先の大戦で、核戦争を防ぐために国境を越えて力を合わせてみせた——」

 

本人の意図はどうであれ、この店にいる全員が耳を傾け、きっと状況を確認しているであろうスターズのメンバーも聞いているはずだ。魔法師も、非魔法師も同じように。

しかし、その誰もが聞き入ってしまっている。避けてきたことを、目を逸らしてきたことを、忘れようとしてきたことが浮き彫りされるのを、心のどこかで望んでしまっている。

 

だから、彼女は誰に止められることもなく、躊躇することもなく。世界の決定的な矛盾を突きつけた。

 

「魔法師が振るう、魔法という力は、そうやって()()()()()()()()()()()()力なんじゃなかったの?」

「っ!!」

 

それはきっと、『魔法に関わる非魔法師』という、第三者の目で見てきたからこそ直視してきた矛盾。

魔法の恩恵にあずかり、だけど一般人の域を踏み出さず。魔法師という『人間』と向き合ってきた彼女だからこそ強く受け止めていた、大きく捻れた悪意。

 

「魔法はたしかに強い力。それは認める。その力があれば、一人で一万の人を殺すことが出来るのも理解してる。時にはそれが必要だってこともね。

でも、かつて魔法師たちは、それを自分の意思で振るっていた。大きな力を持つからこそ、自分で責任を持って、自分で罪を背負う覚悟があって、それでもそれが誰かを守るためになると信じてその力を使っていた」

 

正当防衛、という言葉がある。自分、もしくは近くにいる人間が害される状況で、自分が法を犯せばその誰かを救える時、その行動はたとえ違法であろうとも人道に(もと)った行為だと認められる——大まかに言えばこのような考え方だ。

 

「だけど今の魔法師は、その手綱を、その責任を、顔も見えない『国のみんな』という()()に預けてる。自分で考えることを放棄してる。『世界がそうだから』と免罪符にして、流されるがままに、止めるために研鑽するべき力を傷つけるために磨き上げている——

それが、本質を見失ってないって言うなら何と言うの? 」

 

しかし、その大前提にあるのは「人の道を踏みしめていること」だ。誰かを傷つける目的ではなく、守るために行動し、結果傷つけることになってしまったから許されるだけなのだ。

戦争は、その大前提にすら当てはまらない。最初の理由はどうであれ、初めから殺すために動き、初めから相手を救うつもりなどない。それは、決して「防衛」ではない。どんなに言い訳を尽くそうと、それはただの「暴力」だ。

ましてやそれが、自身で何も考えず、ただ上の指示に従っただけなどという言い分が通用するほど、人道というものは軽くない。

 

「誰かを守るため、という『目的』が先にあって、その『結果』、戦争を左右するだけの影響を与えた。それが最初の魔法の在り方だった。

でも時代はいつからか、戦争を左右できるという『結果』ばかりに目が眩んで、誰かを助けるという『目的』を失わせてしまってる。その『結果』さえ手に入るのであれば、魔法師という"人間"の人権なんて踏み倒してね」

 

魔法師を"人間"と断言する。それができる人間は、今の世の中どれだけいるのだろうか。当の魔法師を含めたとしても。

だが、さくらは迷いなく断言してみせる。彼女は一切の混じり気なく、そう信じているのだから。

 

「どんな人間でも、苦しければ喚くし、悔しければ歯をくいしばるし、悲しければ涙を流す。嫌だったらもちろん拒絶する。

逆に、楽しければ笑って、嬉しければ喜んで、友達とバカやってふざけ合って。誰が好きとかで盛り上がる。それは当たり前に認められるべき人としての生き方よ。

……でもおかしなことに、今の腐った世の中は、魔法師にそんな当たり前のことすら認めていない。それは絶対に許されないこと。だから私は、小っぽけでも、1人だけになろうとも叫び続けるの。『こんな世界は間違ってる!』ってね。

魔法は『救うための力』になり得る。そんな、どんな兵器でも替えの効かない尊い存在に戻ってもらう為に。いつか、魔法師という私たちと同じ人々に、私の記事で笑ってもらう為に。私は今を生きて、私は出来る全てを出し尽くしてる」

 

はっきりと、強い覚悟が込められた言葉を紡ぎきる。

同時に、リーナは理解した。

 

「って、あー……長くなっちゃったし話が逸れちゃった気がしなくもないけど、それが私の信じる『記者』で、私の信じる道。ってことかな!」

(ああ……)

 

そうやって、重い空気を払拭するように、人に安心感を与える顔で朗らかに笑った。

その姿が、リーナにはとても眩しく見えて——

 

 

(きっと、この人(サクラ)には一生敵わない)

 

 

リーナの人生において、初めて心の底からそう思った瞬間だった。




・今日の星座①

ギリシャ神話では、古くはカラスは白い鳥で人語を話し、太陽神アポロンの報告者として過ごしていたとされています。
しかしある日、アポロンの恋人であるコローニスが別の男性と密会していたという誤った情報を渡してしまい、それが元でコローニスは死んでしまいます。アポロンは怒り、カラスを黒く染め言葉を奪い夜天に追放し、それが後にからす座となったと言われています。
その『瞳』で真実を暴き、記者という『人見』として報告する彼女は、まさに古き世の(カラス)と言えるでしょう。


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第六十一話 レチクル座の交錯点

それから、重い空気を吹き飛ばすようにさくらが話題を提供して。それにリーナが突っ込んで、たまにナギが弄られて。ふと気がつけば、結構な時間が過ぎていた。

しかし、リーナはそれを苦に思わない。むしろもっと話していたいとすら思う。

彼女がいると、本当に場が明るくなるのだ。誰もが自然と笑っていて、まるで大人気のアトラクションのように、いつまでも楽しんでいたくなる。その空間を生み出しているのが、まぎれもない彼女(サクラ)なのだ。

 

「ねぇ、サクラがナギと初めて会ったのって、いつだったの?」

 

だから、ふと浮かんだこの質問で、彼女が「うっげぇ」という表情を見せたことが驚きだった。

どういうことかとナギの方を見てみれば、思い当たる節があるのか曖昧な表情で苦笑いしている。リーナの中に、ある考えがよぎった。

 

「もしかして、聞いちゃいけないこと聞いちゃった?」

「いやー、黒歴史とはいえ話してもいいことなんだけどさ〜、絶対シリアスが避けられないのよねー。シリアスは1日1回まで、これ基本!」

 

実に()()()ことを口にしながら、その豊満な胸を張るさくら。しかし直後に、顎に手を当て考え込む。

 

「でも、んー……」

 

それを見ても、ナギはなにも言わずに見守っているだけだ。これはサクラの問題だということなのだろう。

 

「んんんん〜〜〜〜、やっぱ気になる?」

「気にはなるけど、話したくないなら話さなくても——」

「やっぱそうだよね〜、気になってる男の子の昔話は聞きたいわよねー。恋するオトメ的に」

「そんなんじゃないわよっ!!」

 

じょーだんじょーだん、と笑うさくらと、立ち上がり顔を色づかせるリーナ。やっぱりこの女は天敵だ、と何度目かも分からない確信を抱いて席に着く。

 

「まー、ちょっと暗めかもしれないけど勘弁ねー」

 

そう言って、静かに、しかしハッキリとした声で語り始めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ナギ君と初めて会った時は、忘れもしないわ。

今覚えてるってだけじゃなくて、一生、私が記者を続けていく限りね。

 

あれはナギ君のご両親が亡くなって、葬儀が営まれた日。空も悲しみに暮れて泣き叫ぶ……って事もなくて、快晴ってほどでもない中途半端に晴れた日だったわね。

当時、まだ私は出版社の雑誌部門に入ったばかりの新人でね。たまたま担当だった先輩が別件の方に行く事になって、"悲劇の少年、春原凪"への取材を私一人でする事になったの。

なんというか、私は先頭に立ってないと満足できないような性格だったから。ってゆーか今でもなんだけど、当時はそれがもっと強くて、「特ダネ掴んで、これを機に一気にカリスマ記者よ!」ってな感じで張り切ってたわ。大切なことを忘れてるとも気がつかずに、ね。

 

——着いてすぐ、地獄を見たわ。

いいえ、地獄の方がまだ、既に終わってる分だけ救いようがある。アレは、もっと狂って、捻れて、汚れきってしまった……そう、言うなれば『呪い』みたいなものね。

 

あの光景は、今でも目に焼き付いて離れてくれない。

 

たった10歳かそこらの少年が、目の前で両親を失って。ハイエナのような記者たちがそれを嗅ぎつけて、何か寄越せと群がってた。大の大人たちが、胸の高さもないような子供を取り囲んで質問攻めにして……。

それでもね、ナギ君は泣いてなかったの。涙一つ見せずに、今すぐ振り払って(うずくま)ってたいだろうに、作り笑顔を貼り付けてまで一つ一つ質問に答えてた。

 

——気持ち悪かった。カタカタと手が震えて、全身から血の気が抜けて、目を背けたくなるぐらい見てられない光景だった。

嬉々として他人の不幸を食い物にする大人も、それに答える……いえ、「答えるのが当たり前だよな?」っていう無言の圧力に逆らえずに答えさせられてる子供も。中には答えづらい質問をしてるのに「魔法師なら人間の質問に答えて当然」って、そんな巫山戯たことを大真面目に言ってる人もいたからね。

 

でも、そこでね、私、気付いたのよ。私もあのハイエナたちと変わらないんだって。全く同じことをしようとしてて、人の生き死にが関わってるってのに数分前までは笑顔を浮かべてたんだって。

それを知っちゃったら、もうダメだった。自分の体も、世界も、腐りきったこれ以上ないぐらいに醜悪なものに見えて、ズブズブとそれに飲み込まれて行くように感じて……抑えきれなくなってトイレに駆け込んで、何度も何度も戻したわ。……え? 私らしくない? まー、私も人だったってことよ。

 

そのまま何時間も、吐いては泣いて、出るものなくなっても嗚咽を漏らして、ただただそれを繰り返してた……と思う。あはは、色々あってよく覚えてないんだけど。

それで、ふと気がついたらもうとっくに葬儀は終わってる時間でさ。何も成果がなかった、なんて社会に飼い慣らされた食用動物みたいな考えが頭に浮かんで、それでまた自分が嫌になって。でもそのままって訳にもいかないから、ただ無気力に立ち上がってトイレから出たの。

そしたらね、目の前にナギ君がいたのよ。トイレの前の窓枠に座り込んで、私が出てきたのに気づいたら近づいて来てね。口から出た言葉が『大丈夫ですか?』だって。

ナギ君も疲れてるだろうにさ……ううん、それ以上にボロボロだろうに、不幸(みつ)(たか)って来た記者(アリ)の一匹に言ったのがそれだよ? もう自分が情けなくて情けなくて、後にも先にも、あれほど死にたくなった時はなかったわねー。

 

……なんでナギ君は、って? そりゃ、あの時の私は傍目から見たら最低の人間の1人だったからねー、私も同じことを聞いたね。

そしたらね、なんて言ったと思う? 『昔の知り合いに似てて、放っておけなかったんです』だってさ! あはは、思い出したら笑えてきた! 10歳のセリフじゃないよね! ああ、あの時は頭真っ白になったなぁ〜。

……そ。知り合いに。その人のことは今でも全然知らないんだけどね。でも、たったそれだけのことで、何時間も私を待ってたんだってさ、笑っちゃうよね〜。

……でもさ、たったそれだけのことが、すっごい嬉しくてね。何にもする気が起きなかったけど、ただなんとなく、二人で式場を出て、並んでベンチに座ったの。ポツポツと、よく覚えてないけど何かを話してて。でも一つだけハッキリ覚えてるのが、その知り合いの言葉。

 

『記者は読者が笑ってくれるのが何よりの喜び、ついでに自分も笑えりゃ万々歳ってね!』

 

恥ずかしいことに、それ聞くまですっっかり忘れてたのよ。昔、学校の報道部に入ってた時、何のためにやってたのか。今、記者になったのは、何をするためだったのか。その最初の気持ちを。

それ聞いて、ようやく思い出して、『きっと赤水さんならできますよ』ってこーんなちっちゃな男の子に励まされて。ああ、なに馬鹿やってんだろって気付けてね。その帰りに、そのままの足で上司に辞表を突きつけて会社を辞めてやったわ。

 

それで、フリーになってまず初めに、私は魔法を追うって決めたわ。あの時聞いた、魔法師だからって子供だろうが関係なく見下すセリフが、ずっと頭にこびり付いてたから。ま、一生をかけるつもりなんて毛頭ないけどね。

……何でかって? そりゃ、良くするために働くんだから、これ以上ないぐらいに良くすればもうそこで役目は終わりでしょ?

……その言葉は聞き慣れてるわ。みんな、これを聞くたびに毎回言うのよ、「出来るはずない」って。違かったのはあやちゃんとナギ君だけかな? ……ああ、あやちゃんってゆーのは塩川亜弥ちゃん。私の親友よ。

でもね、高望みをするぐらいがちょうど良いのよ、目標なんてのは。私が世界中の魔法師に笑顔を作ってやるーって、それを本気で信じて行動するってのが一番重要。少なくとも私はそう思ってる。

 

えーと、どこまで話したっけ? ああ、私がフリーになったあたりか。じゃあ続きから。

フリーになって暫くは色々と大変だったけど、それから2年後にあの沖縄海戦に巻き込まれてね。……ああ、これ、ナギ君にも言ってなかったっけ?

まあ、運が良かった、いや悪かったってのもあるんでしょうけど、それをまとめた記事からトントン拍子に人気が出てさ。割と早めに業界の中じゃ一目置かれるようになったのよ。魔法関係専門の記者は数えるぐらいしか居なかったしね。あやちゃんと初めて会ったのもその頃かな?

 

で、初めて呼ばれた情報番組が終わってスタジオを出たら、そこでばったりナギ君と再会したってわけ。タレントを始めてたのは知ってたけど、まさかこんな、お互いにまだ売れ始めぐらいの段階で再会するなんて、もうこれは運命だってピンときたね。……あ、別に恋愛対象とか結婚相手とかじゃないからそんなコワい顔しなくて良いわよ、ってかしないで鳥肌立つから!

……んー?どんな存在かって聞かれると、まあ恩人とか戦友とか、言っちゃえばちょっと頼りになる弟分みたいな感じかねー? ……もう!少しぐらい傷ついてくれないとオネーさん自信なくしちゃうんだけどな〜。……あはは、冗談よ冗談! リーナちゃんも良いけど、やっぱナギ君もからかい甲斐あるわね〜。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ま、そんなこんなでそれ以降も色々とお互い懇意にして、今に至るってわけ」

 

長い、そしてまだリーナが完全には理解できないほど深い昔話を終えて、さくらは8杯目となるコーヒーに口をつけた。

 

さくらとナギの出会いの話は、リーナが思っていたよりも重く、なるほど、話すのを躊躇っていた理由が分かる。

しかし、先ほどと違うのは、それでも空気が死んでいないところだ。口にした彼女にとって、それは後悔の記憶であると同時に、いつまでも色褪せない輝いた思い出なのだろう。まるで懐かしんでいるような柔らかな口調が、暗い話に一筋の光を書き加えていた。

 

「んーーっ! 1日でこれだけ話すのはひっさしぶりね〜。いつ以来かな、あやちゃん以来?」

「いや、ワタシに聞かれても知らないわよ。っていうかこんなにペラペラと喋って良いものなの?」

「これで食べてるわけじゃないしね〜。自伝もまだ書く予定ないし」

 

商売だったらお金を取るわよ、記者は情報屋でもあるんだから。そう朗らかに笑う彼女にあれだけ重い自責の念があったとは、きっと本人から聞かなくては分からなかっただろう。

そのことに一抹の憧れを抱き、それを隠すようにリーナは呆れた声を取り繕った。

 

「そういうのを日本語だと『がめつい』って言うんだっけ?」

「どうせなら『欲張り』って言って欲しいわね〜。そっちの方が聞こえが良い気がしない?」

「知らないわよ、ワタシUSNA人だし」

「そりゃそっか。さすがに微妙なニュアンスの違いは分からないわよね〜」

 

うんうんと頷くさくら。馬鹿にされているようで少しムッとすると、それを見て彼女はまた、明るく笑った。

 

「大丈夫よ、リーナちゃんはまだ子供なんだから。きっといつか、大人になったら分かる時がくるわ。言葉の微妙な違いも、さっきの私の話もね。

だから、それまでは周りに頼りなさい。子供を支えて導くのが大人の義務。大人に頼って、支えられて成長するのが子供の義務なんだから」

「でも——」

 

と、リーナが口を開こうとしたその時、どこからかバイブ音が聞こえた。

 

「んー? ちょっとゴメンね〜」

 

どうやらそれはさくらの端末だったらしく、歪んでる胸ポケットからそれを取り出して、その眼を見開いた。

 

「ってヤバッ!?もうこんな時間!?」

 

慌ててアラームを止めるさくらに釣られて時計を見てみれば、もうとっくに日が沈んでる頃合いだった。そう言えば、彼女は別の仕事の合間を縫って自分の取材をしている的な話をしていたはず。そちらの仕事の時間になったのか。

 

「二人ともゴメン!もう行かなくちゃ!あと、こんなにデートの邪魔しちゃってゴメンね! この埋め合わせはいつか必ず!」

「あ、そう言えばデート中だったっけ。すっかり忘れてたわ」

「あはは、リーナが楽しかったなら良いんじゃない?」

「えーと……ハイ、リーナちゃんコレ!」

 

何だろうと思いながら、差し出された手のひら大の紙を受け取る。そこに書かれている文字を見て、それが何かはすぐに分かった。

 

「私の名刺ね!裏にプライベートナンバーも書いといたから、何かなくても掛けてきていいから!」

「了か……ちょっと待って、何かなくても?」

「別に良いでしょ? 特に理由がなくても『話したかった』で。もう友達なんだから。もちろんネタを提供してくれるのならもっと良いけどさ!それじゃ!」

「あ、ちょっと!」

 

ピューッと、言いたいことだけ言って、嵐のように去っていった。

残されたリーナたちは、ポカンと口を開いて惚けて。すぐに、どちらからともなく笑い出した。

 

「あはははっ!なんというか、スゴイわねサクラは。色んな意味で!」

「ふふっ、それはボクも否定できないかな?」

「ナギも? ワタシもよ! 本当に自分勝手で、口を開けば喋りっぱなしで、でも底抜けに明るくて……少し、羨ましい」

 

本当に、キラキラと星のように輝いていて。この暗い()()()で誰かを導くのだろう。それこそ、名前ばかりの『シリウス』である自分なんかよりも、もっともっと多くの、迷える旅人を。

 

「ねぇナギ? サクラなら大丈夫だって、昔言ったんでしょう? なんで? やっぱりその知り合いに似てたから?」

「うーんと、それもあるけど、一番の理由は『悩んでたから』……かな?」

「悩んでた?」

 

たしかに話を聞く限りでは、その時のサクラは悩んでたと言えるのかもしれない。だけど、それが『大丈夫』だという言葉と結びつかなかった。

そんな疑問を感じ取ったのか、ナギはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

欧米(こっち)だとミスをしたり立ち止まってるのは悪いこと、っていう風習があるけど、日本だとそれは違うんだ。『失敗は成功のもと』って言葉があるぐらいね。

自分自身の弱さに向き合った人は、それを克服するために強さを身につける。もしくはそれを受け入れて、逆に強さへと変える。だから、周りに流されず、自分の弱さと向き合っていた赤水さんなら、きっと良い記者になれると思ったんだ」

「自分自身の、弱さと向き合う……」

 

それが、悩むということ。

強くなるために自分自身を知るという、必要な停滞。

 

「——泥にまみれてもなお、前に進む者であれ」

「それは?」

「『何度失敗しても良い。何度転んでも良い。それでも、その失敗を忘れずに立ち上がる人であれ』っていう言葉。ボクにとって、忘れられない大切な言葉の一つだよ」

「……良い言葉ね」

「うん。本当にすごい、心の底から尊敬できる、大切な人から貰った言葉なんだ」

 

ふと、見たこともないナギの師匠の影がチラついたが、今はそれはどっちでもよかった。

 

リーナにとって、ナギはサクラに負けないぐらい"強い"人間だ。思惑を持って近づいてきた相手(リーナ)に対し、その境遇に共感して慰め、励まし、そして『友達』だと躊躇なく口にできる。そんなことを出来る人間が、一体世界にはどれだけいるのだろうか。自分の知る限りでは、ナギとサクラだけだ。

恋愛経験のないリーナにとって、この胸の高鳴りが『友情』なのか『恋慕』なのか『敬愛』なのかは、まだ分からない。だが、この同い年の少年のことを尊敬しているのだけは断言できる。

そんな彼の口から語られた、その強さを支える言葉の一つ。それを聞いて、柄にもなく思ってしまったのだ。

 

「ワタシにも出来るのかな?」

「出来るさ」

 

即答だった。自信などなく、独り言にも満たない消え入りそうなリーナの声に、強く、強く断言した。

そして、まるでリーナの躊躇いなど何でもないことなんだと伝えるように、ポンと頭に手を置いて撫でる。

 

「そう思った時点で、リーナはもう一歩を踏み出している。あとは、倒れそうになった時に誰かに支えてもらうだけだよ」

「……助けてもらえるのかしら、ワタシが」

「大丈夫。それが本当にリーナがやりたいことで、その思いを隠さずに誰かに打ち明けて頼れたら。きっとその人は助けてくれるよ」

「……世の中、そんな上手くいくだけじゃないわ」

 

リーナは知っている。世界には理不尽が溢れていることを。それを自分で体験し、そして『彼等』に押し付けてきたのだから。

だが、ナギはそんなリーナを諭すように、静かに語りかける。

 

「うん、わかってる。でも、少なくともボクはリーナを支えるよ。本当にリーナが助けを必要としてるなら、ボクに手を引いて欲しいのなら。たとえ地球の裏側に居たってすぐ駆けつけるさ」

「……そん、なの……出来るわけ……」

 

出来るわけない。その言葉が記憶の中から何かを引っ張り上げ、さっき聞いたばかりのセリフが脳裏から蘇る。

 

——『でもね、高望みをするぐらいがちょうど良いのよ、目標なんてのは』

 

ああ、こういうことか。これは、出来る出来ないの話ではないのだ。やるか、やらないか。その二つに一つ。

もし本当にそうなったら、ナギは()()と決めている。たとえ日本政府が空港を閉鎖しようと、その杖に乗って太平洋を横断して駆けつけてくれるだろう。

 

同時に気がついた。何故、彼と彼女が輝いて見えたのか。

二人は強いのだ。体や魔法がではない、心が。

言葉の上だけじゃなく、絶対にしてみせるという強い気持ち——覚悟。騙し騙し、その場に適切な言葉を選ぶのではなく。自分に正直に、そして曲げることなく(さら)け出すから、ナギもサクラも星のように眩いのだ。

 

「強さは、力だけじゃないってことね……」

「うん?」

 

ポツリと漏れ出た思考に、耳聡くナギが反応した。今度はよく聞こえなかったのか、首を傾けて聞いてくる。

その顔は、屈強な戦士にも、歴戦の勇者にも見えない、ただの優しそうな少年。でも、自分の知っている誰よりも強い人。

 

「何でもない、こっちの話よ」

 

だから、今は頼らない。

まだ、自分の力を出し尽くしていない。(あらが)っていない。彼に任せて仕舞えばすぐにでもどうにかするのかもしれないが、やれる限り、自分自身の力で精一杯抵抗してからにしたい。

これは意地だ。自分とこの国の問題だということ、他国の高校生であるナギには重い問題だということもそうだが、一番の理由は自分の意地なのだ。いつか、その隣に立つために。そして、自分もまた誰かを励ませる存在になるために、今やれる限りの全てを尽くしたいのだ。

 

「……そう。分かった、()()()()

「ええ、ありがと」

 

全て分かっているのか、それとも何かを覚悟したことに気付いただけなのか。励ますような笑みに、偽りない嬉しさを込めて微笑み返す。

 

「それじゃあ、帰ろっか?」

 

そう言って、立ち上がる。今は体が軽い……いや、心が軽い。靄が晴れたようにクリアに視界が広がり、今ならなんでも出来そうな気がした。

 

「うん、そうだね……あれ?」

「どうしたの?」

「それが、会計が終わってるんだけど……」

「え?」

 

二人して顔を見合わせ、次の瞬間、同時に犯人に気付いて噴き出した。

 

「ぷっ! あははっ! もう!カッコつけすぎよ!」

「ふふっ、そうだね!でも、赤水さんらしいや!」

 

茶目っ気たっぷりの記者の大人気のある行動に、二人の16歳(こども)の笑い声が響いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『……部隊長』

『准尉』

 

シンと静まり返っていたスピーカーから、隊員の言葉が響く。その重い声色から、何を言いたいのかはすぐに理解できた。

だから、別のスピーカーから流れる笑いあう少年少女の声をバックに、シルヴィアはマイクに淡々と告げた。

 

「各員、所定の位置についてください。任務を続けます」

『ですが!』

『今の話を聞いて何も思わないのですか!?』

「我々は軍人で、今は任務中です。職務を全うする使命があります」

 

冷静に、今するべきことを指摘する。その感情を排した言葉に、隊員が息を呑むのが伝わってきた。

 

「理解したら各々、今するべき役目を果たしてください。それすら出来ない人間が、何かを語れるものではありません」

『っ、…………了解』

 

納得などしていないだろう声を最後に、隊員との連絡を一度止める。張り詰めていた息を吐き出し、背もたれに体を預ける。

そう、今は任務中だ。今ここで、職務を放り出して声をあげても、やることをやらない人間の話など誰も耳を傾けはしない。だから、今はやるしかないのだ。

 

ふぅ、と大きく息を吐き出し、隠しカメラの映像へと視線を移す。画面の光を反射して、その瞳は明るく輝いて見えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「結局、あまりデートはできなかったわね」

 

夜の道を、二人で肩を並べて歩く。そうしてるとデートしてるんだなぁ、と思えてくるのだが、あの女性記者の印象が強すぎてあまりその実感が強くは湧いてこない。

……いや、それは違う。朝までの焦燥のような赤熱が鳴りを潜め、今は陽だまりのような暖かさが胸に灯っている。その違いが、心境の違いとして現れてるのだ。

 

「そうだね。なら、明日埋め合わせしようか?」

「いいの?」

「うん。時間は沢山あるしね、ボクもリーナといると楽しいし」

 

手も繋がない。

ただ隣で歩いて、話すだけ。

それだけで、今は幸せだった。

 

 

 

……だが、そんな幸せな時間は——

 

 

「じゃあ、明日はどこに行こ——」

 

 

——微かに耳が捉えた、たった一つの音で崩れ去った。

 

 

 

「——リーナ、聞こえた?」

「ええ。遠いけど間違いない——爆発よ。それもかなり大きい」

 

スッと、二人の目が鋭くなる。

たとえ16という若さであろうとも、彼らは歴戦の戦士。日常が非日常に変わっても悠長に甘い空気に浸るなど、彼らの経験が許してくれはしない。

 

「リーナ、跳ぶよ!」

「え、きゃあっ!?」

 

ナギはリーナの脇と膝裏に手を通して大地を蹴り、俗に言う『お姫様抱っこ』の体勢で、この付近で一際高いビルの上に跳び移る。

リーナも抱き上げられた直後こそ頬を赤らめたものの、その目的を察するとすぐに表情筋を引き締め直した。

 

「移動するのはいいけど、もうちょっと先に何か言ってよ。心臓止まるかと思ったじゃない」

「ゴメン。それで、目的はやっぱり——」

「……魔法師、もっと言うなら魔法関係の重要施設でしょうね。爆発はかなり大きかった。自爆テロや私的な事故じゃない、もっと大規模な集団によるもの。今のボストンで該当するのは『人間主義者』の過激派だけよ」

 

ここからなら街全体とは言わないまでも、大部分を視界に収められる。

二人は煙や火を見落とさないよう、視線を左右に巡してゆく。

 

大陸間弾道ミサイル(ICBM)の可能性は?」

「たとえステルス処理したとしても、着弾する前後で分からないはずがない。街の警報サイレンが鳴らないのも不自然。多分だけど、戦争じゃなくてテロ。それも、一般人に危害が加わらないような限定された目的の」

 

お互いの位置を入れ替え、二重三重と確認を重ねる。すでに形になっている予想を証明するよう、街の明かり以外の『(あか)り』を探す。

 

「……街には火の手は見当たらない、リーナは?」

「同じく。それに、さっきの爆発音はかなり遠かった。市街地ではないはずよ」

「じゃあ、やっぱり——」

「ええ。爆発があったのは——」

 

 

二人は、同時に背後を振り向く。

 

ナギは、魔物が持つ常人に非ざるその超視力で。

リーナは、戦略級魔法師として矯正された人の限界に迫る視力で。

 

 

 

「「——ハンスコム総合魔法基地」」

 

 

 

20km以上先の、空を赤く染める(かげ)を捉えた。




・今日の星座②

レチクル座は、1756年にフランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカーユよって定められた比較的新しい星座で、特有の神話を持ちません。
『レチクル』とは望遠鏡やライフルのスコープなどに照準のために付けられた十字線のことで、レティクルとも言われます。
その意味が指す通り、レチクル座は十字、もしくはニコラが用いていたひし形レチクルのように見える形をしています。しかし日本では、沖ノ鳥島より南の地域以外で、その全貌を観測することが出来ません。


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第六十二話 くじら座の災厄

お気に入り小説リストから来られた方は、二つ前の第六十話からどうぞ。


 —◇■◇■◇—

 

 

 

——Downloading... (受信中・・・)

 

 

『——!————!』

『————!————!!』

 

 

——OK,(完了) Recieved Code"D".(コード『D』を受け付けました)

 

 

『何故だ!?何故君までもがこんなことを!?』

 

 

——Signal Disconnection.(通信途絶)

 

 

『貴様には分からないだろうさ!後塵を浴びるしか出来なかった俺の気持ちが!他の研究員の恨みが!』

 

 

——Transit Stand-Alone Mode.(スタンドアローンへ移行します)

 

 

『クフッ、ハハ、ハハハハハッ!!最期にここも道連れにしてやる!ハハハハハッ!!!』

 

 

——Safety Release,(安全装置解除) All Clear.(オールクリア)

 

 

『くっ、中将!これ以上は!』

『しかし!』

 

 

——Preparing Start-Up...(起動準備中・・・)

 

 

『ほら、早く逃げたらどうだ? 先が短い老害でも、息を引き取る場所ぐらい選ぶ権利はあるだろうからな!』

『……っ!』

 

 

——Expected-time is 15 min.(予測時間は15分です)

 

 

『……駄目です!破壊できません!』

『——君!こっちだ、緊急用の脱出装置がある!』

 

 

——Countdown Start.(カウントダウン、開始します)

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

「……間違いないわね。あそこは基地がある場所よ」

 

頭の中の地図と照らし合わせ、向いている方角やおおよその距離からリーナが断言した。

ナギは視線を外さずにそれを聞き、リーナに問いかける。

 

「ハンスコム基地は、半分以上が競技目的の基地だって言ってたよね。狙われる理由は何かあるの?」

「少なくともテロを起こして得をするような施設はなかったはずだし、今は何の競技もやってないから国賓や他国の代表レベルの人材もいないはず。……地上には、ね」

 

そう。考えられる可能性はそれしかない。

視線の先で、小さな、しかし実際は巨大な爆炎が上がるのを見つめながら、二人は状況を分析していく。

 

「地下には、何があるの?」

「ワタシも知らないわよ。でも、ボストンはUSNAの現代魔法研究の拠点都市なのに、近くの軍事施設にはその手の軍の施設がないってこと、USNAでは結構有名なのよ」

「それを隠してあったのが、ハンスコム基地の地下ってこと」

「たぶん。国内大会や国際大会が開かれることが多いあそこなら、他の非軍用目的の基地と比べて比較的警備が厳しくても不自然に見えない。それを利用したのか、もしくはその為に上に競技施設を乗っけたのかは分からないけど」

 

そこで、1分と3秒遅れて、爆音が追いついた。

先ほどの一回目と比べるとわずかに大きいが、ともすれば街音に消えてしまいそうなほど小さな音だった。そのお陰か、眼下に見える人の流れは平和に、いつもと同じであろう営みを繰り返している。

 

「良かった、混乱は起きてないみたいね。軍も警察も向こうに手一杯になるだろうから、こっちまで二次被害が出たらどうしようか分からなかったわ」

「…………」

 

隣で、ギリッとナギが歯噛みする音が聞こえ。リーナは横目でその悔しそうな顔を盗み見て、ナギらしいな、とその左手を握った。

 

「ナギ。分かってると思うけど、日本の魔法師であるあなたがUSNAの基地に無断で立ち入ることは許されない。たとえそれがテロで傷ついた人を助けるためだったとしても、軍はあなたを拘束して、決まり切った裁判であなたを"裁く"わ。他国の魔法師である、あなたを」

 

そうなれば、もうナギの人生は終わり。拷問、尋問、薬物、催眠。ありとあらゆる手段を用いて絞り出せるだけ情報を搾り取った後、良くて種馬にでもされるか、悪ければちょっと高価なモルモットだ。

だから、リーナはナギを止める。その手を離さないよう強く握って、今にも飛び出しそうな彼をこの明るい街に繋ぎ留める。

 

「……分かってる。分かってるよ!だけど……ッ!!」

「大丈夫よナギ。USNA軍だってそんな簡単にやられるほど弱いわけじゃないわ。きっと、ナギが行かなくてもすぐに鎮圧されるわよ」

 

違う。そんな言葉をかけて欲しいわけじゃないのは、リーナも分かっていた。

ナギが気にしているのは、死者が出ることだ。それは基地に勤めている人だけじゃなく、テロリストも含めて。心優しき少年は、たとえ敵だろうとも救いたい。その思いが伝わってきた。

だが、USNA軍はテロリストに容赦などしないだろう。今以上の被害を防ぐために、そして面子を守るために。確実最短で敵の命を奪いにかかる。誰も死ぬことを望まないナギとは一生合わないであろう、合理性のみを求めた考え方。

 

だけど、リーナはそう言うしかなかった。リーナが軍属の兵士だからではなく、現実問題として。

今の彼女は、シリウスの名を失ったただの少女。持っている権力などナギと大差ない。そんな彼女に今できることは、ただ行く末を見守ることだけだ。ナギを送り出す手助けも、直接駆けつけて誰かを救うこともできない。

 

「……くそっ!」

「ナギ、落ち着いて——」

「こんな状況で落ち着いていられるわけないッ!!」

 

ナギが初めて見せた平静を失った怒号に、リーナはビクンと跳ねて、顔を俯かせた。

 

「ごめんなさい……」

「っ! ……ボクの方こそごめん。リーナが悪いわけじゃないのは分かってるんだ。ボクのために言ってくれてるってことも。ただ、誰か一人でも救えるかも知らない力があっても、ここでこうやって、何も出来ない自分が情けなくて……」

 

悔しさを滲ませるように、ナギはリーナと逆の拳を強く握る。だが、いくらこの手に力があろうと、彼は部外者だ。この国の中の問題に、首を突っ込める立場ではない。

 

 

何もない二人の、空虚な瞳は。

ただただ、自罪の色を浮かべ、燃ゆる彼の地を見つめていた。

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

——30 Second...(残り30秒・・・)

 

 

『ハ、ハハハ……ゲホッ。俺もここで終わりか……』

 

 

——10 Second...(残り10秒・・・)

 

 

『どこにでも逃げればいいさ、クソジジイ。もう、この国は終わりだ……。これで……やっ、と——』

 

 

 

——Completed,(終了) ■■■■■, have started.(*****、起動します)

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

 

直後、光が生まれた。

 

それは天井を貫き、上層階全てを穿ち、

 

柔らかな大地も、緑萌ゆる林をも吹き飛ばし、

 

透明の大気を灼き、白色の雲を蒸発させ、

 

天までの道に立ち塞がる物全てを、その光はただ真っ直ぐに破壊し尽くし——

 

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

その極光は、14マイル以上離れた二人にもハッキリと見えた。

 

「何よあれ!?」

 

リーナが混乱の叫び声をあげる。それに答える者は、誰もいない。

眼下に広がる街の人々も、夜明けを思わせるその光にはさすがに気付いたのか、立ち止まり基地の方を向く。そして視線が通る極一部の人は、空気に焼き付き残る光の筋に、本能的な恐怖で息を止めた。

 

「——ッ!! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」

 

そしてナギは、これから起こりうる現象まで瞬時に想起し、時が止まるボストンの街で唯一人、行動を起こす。

 

「——対衝撃屈折魔法障壁術式、五重展開! 範囲最大、固定……出力、最大!!」

「ナギ!? 何を——」

「リーナ!耳を押さえて!——来る!!」

 

光の柱が世界に刻まれてから、1分、1分1秒、1分2秒——

 

そして1分3秒。極光より放たれた衝撃波が、街を包み込む障壁へと牙を剥いた。

 

「ぐ、ぐうゥゥゥゥッ!!」

 

全ての音を飲み込み、破壊の限りを尽くそうとする破滅の津波。それを、四半球状に展開された魔法の壁が受け止める。

 

一瞬で一枚、二枚と粉砕された。ただの余波だということを忘れるほどの大火力に、ナギは強く歯を嚙みしめる。

三枚目は、それなりの威力を障壁表面に沿って逸らすも、しかし食い止めきれず破壊された。

 

そして四枚目。幻想を結び成した盾は、大きく罅をいれられながらも、形のない矛を受け流しきった。

 

「きゃあっ!?」

 

しかし、防げたのは破壊をもたらす衝撃派のみ。衝撃未満の爆音は盾をすり抜け、夜が更け始めようとしていたボストンの街を蹂躙する。

街中の人が耳を押さえ、ボストンの街がビリビリと悲鳴を上げた。

 

「ッハ!はぁ、はぁ、はぁ……」

「っ、ナギ! 大丈夫!?」

 

逆に言えば、ナギのお陰でその程度で済んだということだ。もし彼が、あの桁外れという言葉すら生温い障壁を張っていなかったら、窓ガラスは割れ、扉は吹き飛び、脆い建物なら砕け落ちていただろう。

彼が何万もの人の命の危機を救ったということを、その隣に立っていたリーナだけは正しく分かっていた。

 

「だ、大丈夫。——杖よ、来い(メア・ウィルガ)!」

 

ホテルの方へ手を翳し、呪文を叫ぶと、一本の杖が闇夜を切り裂いて飛んでくる。ナギは指輪を嵌めた手でそれを掴み、流れるような動作で跨った。

 

「リーナ! ボクはあそこに行く!一緒に行くなら後ろに乗って!」

 

今すぐにでも飛び出して行きそう顔でこちらに叫ぶ彼の腕を、慌ててリーナは両手で掴む。

 

「ちょ、チョット待ってよ! あそこはUSNAの基地なのよ! いくらあんなことがあっても、ナギが行ったら——」

「大丈夫、今なら!」

「なんで!?」

「一緒に行くなら途中で説明する!行かないなら帰ってきたら! 今は行くか行かないかだけ答えて!」

「——ああもう!どうなっても知らないわよ!!」

 

ガリガリと髪が乱れるのも構わずに乱暴に頭を掻き、リーナはナギの後ろにしがみつく。それを確認した瞬間、ナギは勢い良く飛び出した。

 

「で!なんで今なら行けるのよ!?」

 

ぐんぐんと急速に上がる速度。風景は高速で後ろに流れ、小さなフィギュアのようだった基地が目に見えて大きくなっていくのが分かる。それを行っているのが杖などという不安定にもほどがある乗り物だというのがまた、リーナの恐怖心を煽った。

それを奮い立たせるように、ついでに風圧をモロに受けているであろうナギに聞こえるように、叫ぶような大声で問いかける。

 

「リーナもあの光の柱は見たよね!?」

「当たり前じゃない!だからどうしたっていうのよ!?」

「光る、柱だよ!? 真っ直ぐに伸びる光の線!」

「だ・か・ら!それが——っ!?」

 

リーナもそこで気がついた。

そもそもアレはどのようなものなのだ?、という疑問があった。それを考えれば、自ずと答えは見えてくるのだ。

 

あの現象を起こし得る可能性としてあるのは、よほど画期的な新研究の産物でもない限り、三つの『(ビーム)』に絞られる。

光線(レーザービーム)

熱線(メーザービーム)

そして、粒子線(パーティクルビーム)

 

この内、光線(レーザー)熱線(メーザー)は、用いる波長が違うだけで原理はほぼ同じだ。どちらも同波長の光を束にして放出し、光の拡散を防ぎながらエネルギーを一点に集中させ焼くというもの。

だが、実はこの方式では、通常の大気の中を進む場合では肉眼で観測できない。拡散を防ぐということは、それだけその光線から逸れて目に入る光が少ないということなのだから。空気中に細かい粒子があって初めて、それに反射した光が横から見る人の目に入るようになる。

先ほどの状況では、空気には火事で出た煙の粒子が浮遊していたため、光の筋が現れる可能性はあった。だがそれはあくまで地表付近に限った話であり、『天まで一直線に伸びる光』になることはまずあり得ないのだ。

 

となると、残るは最後の一つ。(パーテ)(ィクル)(ビーム)

その中でも特に重粒子線と呼ばれるものは、がん治療などにも使われている。光線(レーザー)と比べればまだまだだが、それでも身近にある技術の一つだ。

 

この『(パーテ)(ィクル)(ビーム)』、なかなか聞き馴染みのない言葉かもしれない。

だが、それを言い変えたなら、聞き覚えのある人間は多いだろう。いや、この世界の大半以上の人間が知っているはずだ。

 

——『放射線』、という言葉は。

 

 

「まさか!ナギはアレが核兵器だって言いたいの!?」

「分からない!さすがにないとは思いたいけど、でも()()()()()()()()でしょ!」

 

ナギが他国の軍事基地の中に入っても咎められないと言ったのは、それが理由だった。

 

国際魔法協会が提唱した『国際魔法協会憲章』により、熱核兵器の使用阻止が、世界中の魔法師にとって()()()()()()()()と定められた。

それにより全ての魔法師は、放射汚染兵器の使用を阻止するという目的に限り、属する国家の軛を離れ、紛争に実力で介入することが許されている。また、それがたとえ戦争中であろうとも、直ちに戦闘を止め、自国・他国を問わずに熱核兵器の使用阻止に協力するという旨が明記されている。

 

つまり、熱核兵器が使用された可能性が十分にあるこの状況で、その確認と再発阻止の為にナギが軍事基地内に突入したとしても、それは国際魔法協会が定めた魔法師の義務に則った行動をしただけ。その行動は、世界中の魔法師が認めている物ということだ。

もし仮にそんなナギを拘束・処罰した場合、USNAは自国の魔法師も含めた全ての魔法師を敵に回すことになる。そうなれば、半年と経たずに世界地図から『USNA』の文字が消えることとなるだろう。

 

「リーナも中性子線バリアとか、放射線対策は今の内から常駐させておいて!」

「っ、了解っ!」

 

リーナも色々と言いたいことはあるが、ナギの指摘も一理あることは事実だ。CADを操作し、自分とナギを包み込むように障壁を張る。

 

「これで大丈夫!」

「分かった、飛ばすよ!」

 

180kmを超えてまだ加速し、二人は流星となって軌跡を刻んでいった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「これは……」

「なんてひどい……」

 

二人が爆心地上空に着いた時、目に入ったのは『穴』だった。

隕石が衝突したような、大きく抉れ溶けたクレーター。マグマのような地面から蒸気が立ち登り、高温による蜃気楼でぐにゃりと世界が歪む。

地獄の様相をみせる大地に、同時に息を呑んだ。

 

「ここで、いったい何があったのよ……」

「…………」

 

ナギにも、それは答えられなかった。彼がこれと同じだけの破壊を起こそうとしたなら、『千の雷』を一点集中で二発は打ち込む必要があるだろう。それだけ、この惨状は酷すぎた。

 

「生存者は……」

「……ここはもう絶望的よ。外周部を探しましょう」

「……うん」

 

ナギにもそれは分かっているのだろう。焦熱渦巻く溶岩沼を抜け、下を向いて負傷者を探しつつ方針を決める。

 

「リーナ。ここも軍施設ってことは、どこかに治療できる場所があるよね?」

「えっと、爆発が吹き飛ばしたのは演習林の中央だから……あっちの方向に軍病院があるはずよ。手前の屋内競技場の陰になって衝撃波の被害は少ない、と思う」

「なら、軽傷者はそこに向かうはずで」

「一番情報が集まるのもあそこね」

 

とりあえず、ほぼ方針は定まった。ナギはリーナが示した方向へ杖の石突きを向け、リーナは動く前にぐるりと視線を回す。

 

「……ちょっと待って、あそこ!」

 

それが功を奏したのか、リーナはそれを見つけた。

ナギもその指がさす方へ視線を移すと、放射状に薙ぎ倒された木々の一角に、不自然に流れが違う一角があった。まるで衝撃波になんとか抵抗したかのように、僅かばかりのスペースが出来ている。

 

「爆心地から1キロも離れてない! あの規模の爆発の衝撃波を防げるなら、(スター)(ファー)…、いえ、スターズの隊長クラス!」

「…………」

 

ナギはその眼を凝らす。近くに熱源があるため多少歪んでいるが、この距離なら細部を確認できる。

 

「……いる、人影が二つ!一人は倒れてる!」

「ナギ、行って!」

 

言われるまでもないと示すように、リーナが口を開く前に旋回していた。そのまま数秒でトップスピードを叩き出し、1分もかからずに急停止して着地する。

 

「大丈夫ですか!?」

「動くな!両手を掌が見えるように挙げろ!」

 

だが相手にしたら、この場において突然現れた人影は危険因子の可能性を否めないのだろう。拳銃をこちらに向けて投降を叫ぶ。その声に、リーナはとても聞き覚えがあった。

 

「ベン! 待ってくださいワタシです!」

「そっ……いえ、シールズさん?なぜ貴女がここに?」

 

やはりそうだった。リーナがナギの後ろから飛び出して見たのは、信頼する部下の姿だった。

 

「ボストンの街で(パーテ)(ィクル)(ビーム)かもしれない光の柱を見たので、ナギに連れてきてもらったのよ。ワタシもナギも、敵対する意思はないわ!」

「……なるほど、あれを見ていたのですか。失礼しました、ナギ・バルバラ殿」

 

状況を理解できたのだろう。カノープスは銃口を下ろし、謝罪の言葉を口にする。それを見てナギも、そうとは分からないように取っていた戦闘体勢を崩した。

 

「いえ、この状況では仕方がありませんよ。SSボード・バイアスロン日本代表、日本国立魔法大学付属第一高等学校第一学年所属、春原凪です」

 

相手も知っているようだが、一応こういった場の手順として自らの身分を開示する。カノープスもそれに応じた。

 

「USNA軍統合参謀本部直属、スターズ第一部隊隊長のベンジャミン・カノープスだ。シールズさんとは、3年前からの知己にあたる」

「え、ええそうよ」

 

本来の関係ではない紹介に若干リーナが詰まりかけたが、3年前に知り合ったという言葉も嘘ではない。慌てて取り繕った。

ナギもこんな場所の動転はあまり気にかかることはなかったのか、カノープスに情報を求める。

 

「この状況は一体どういうことでしょうか?」

「……我が基地にテロリストが侵入して破壊工作を仕掛けてきたのです。幸いすぐに無力化したのですが、どうやらそちらは囮だったようで、内通者が実験中の装置……いえ、この状況では誤魔化せませんか。開発中の兵器を暴走させ、現在に至ります」

「被害者の推定人数は?」

 

ナギの一番聞きたいのはそこだ。この爆発で何人が犠牲になったのか

 

「テロリストが10名ほどと、我が軍の職員及び戦闘員合わせて4名までは把握していましたが、爆発以降は不明です。ただ、暴走開始から爆発まで15分ほどありましたので、皆この付近からは脱出できていると推測しています。死者は三桁には上らないかと」

「そう、ですか……」

「15分? その間ずっと放置していたの!?」

 

ナギが救えなかったことで力不足に嘆き俯く一方、リーナの叫びは怒りを多く孕んでいた。そのせいでボストンの住民何万人の命が脅かされたのだ。ナギの尽力によって防がれたとはいえ、怒りが湧かないわけがない。

 

「いいえ。私も10分ほどは破壊は試みたのですが、全く歯が立たず、忸怩たる思いでしたが脱出せざるを得ませんでした。このような結果になったのは、私の力不足によるものです」

 

だが、カノープスの台詞に一転、驚愕の表情で固まった。

カノープスは実働部隊スターズのNo.2だ。その実力はリーナに次ぎ、特に分子間結合反転術式である『分子ディバイダー』の腕ではリーナに匹敵、もしくは上回るだろう。

その彼が破壊できないとなると、それはもはや既存の兵器、いや、既存の物質の枠に止めていい物なのか。

 

リーナが得体の知れない恐怖に体を硬直させていると、復活したナギがカノープスへと問い直す。

 

「その兵器のスペックは?」

「それは……」

「機密に該当することで答えづらいのも分かります。ですが、せめて核エネルギーを使っているかどうかだけでもわからないと、放射能による二次被害を防ぐことすら出来ません」

「……いいよカノープス君。わたしから全部説明する」

 

カノープスが言葉に詰まっていると、その背後、地面から声がした。それにナギとリーナは驚く。

いや、人が倒れていることは気がついていたのだが、力なく横たわっているため、重傷か、もしくは……と思っていたのだ。まさか話せる力があるとは、という意味での驚きだった。

 

「しかし……」

「カノープス君、わたしはこの言葉をあまり使いたくはないのだが……命令だ。仮にも上官の言うことには従ってくれないか」

「……了解です、中将殿」

 

カノープスが場所を譲り、ナギとリーナにもその人物が見え、固まった。

そして、リーナが上擦りながら悲鳴に近い声をあげ、ナギはあんぐりと口を開けたまま見つめる。

 

「ゲーテ中将殿!?」

 

ゲーテ・トルルク。九島烈が『最巧の魔法師』と称されるのなら、彼は『最巧にして最新の魔工技師』と謳われた伝説的存在だ。

なぜなら、彼が一番初めにCADの原型を作り上げ、その後もその発展に大きく貢献した、彼は拒否したが本来ならば『原初の魔工技師』とでも言うべき存在だからだ。その功績を称えられUSNA軍でも数少ない中将に任命されながらも、後進を育てつつ今なお現役で現場に立ち続けていると噂される変わり者でもある。

ここ10年以上は目立った発表をしていないが、彼一人の研究で現代CADの開発は半世紀分は推し進められたとまで言われ、彼が世界中に与えた影響力は計り知れない。

また、その功績にはたとえ敵対国の魔法師であろうとも尊敬の念を抱き、どの国の教科書でも現代魔法史のページには顔写真が必ず載っている。ナギも彼の顔を知っていたのはそのためだ。

 

「し、失礼しました!」

 

ほぼ反射的に姿勢を正し、リーナは上体を起こすゲーテより身を低くするため、低く低く跪く。そのままポロリと階級を口にしそうになったところで、柔らかな声がそれを止めた。

 

「そこまでしてくれなくてもいい。わたしは立場を振りかざすのがあまり好きになれなくてね、そんなことをされると罪悪感で胸が苦しくなる」

「は、ハッ!了解しました!」

 

リーナとしては軍の教育で詰め込まれた『常識』がそれを拒むのだが、それよりも『上官の言葉は絶対』という大原則の方が勝ち、立ち上がった。姿勢は正したままなのは、自分の中でのせめてもの折り合いだ。

 

「ゲーテさん」

「なんだね?」

「もし、USNA軍の機密に深く関わることであれば、ボクは席を外しますのでリーナだけに教えてください。ボクは後で、彼女から必要なことだけを聞きます」

「いいや、その必要はないよ」

 

やんわりと否定され、ナギは戸惑う。

どう考えてもナギは部外者だ。後々、もしくはもうUSNA軍に入るリーナはまだしも、ナギがすべてを聞くのはUSNAにとって痛手なはず。ナギとしては、そしてUSNAとしても『核兵器かどうか』と『何をすればいいのか』を聞け(おしえ)ればいいだけなので、この提案は通ると思ったのだが。

 

「それに、君は部外者ではないしね」

「え? どういうことでしょうか?」

 

 

 

「——白き翼(アラ・アルバ)のマギステル・マギ。君がそうなんだろう?」

 

 

 

「————!?!?」

 

絶句という言葉では生温い衝撃が、ナギを襲った。

 

「アラ……?」

魔法使いらしい魔法使い(マギステル・マギ)?」

 

リーナもカノープスも、何故その言葉でナギがそのような顔をするのか、そして何故ゲーテがそれを知っているのかが分からずに混乱する。

だが、一番混乱しているのはナギ自身だった。

 

「な、ど、どこでそれをっ!?」

「——ラスト・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル」

 

Last tale my magic skill magister.(魔法を伝える最後の魔法使い)

 

ナギはその言葉を聞き、今度こそ完全に動きを止めた。

同時に、昼間赤水さくらから聞いた噂の大部分が、尾ひれこそついていたものの正しかったと気づく。

 

ナギの、いやネギ・スプリングフィールドの始動キーに酷似したその言葉は、同時にある少女の始動キーでもある。

 

『未来』の『火星』、そこにある『異世界』出身の、『平行世界の住民』。タイムマシンを発明した文句なしの『天才』。

そして——

 

 

 

 

 

(チャオ)鈴音(リンシェン)。わたしの恩人からだよ」

 

——自分(ネギ・スプリングフィールド)の、子孫。

 

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

 

ズルリと、《セカイ/ナニカ》が動く音がした。




・今日の星座③

くじら座は、「私は()()()()()()よりも美しい」と驕ったエチオピアの王妃カシオペイアに腹を立てたネーレーイス達が、海神ポセイドンに頼み込みカシオペイアらの元に送り込んだ刺客ケトースのことです。大鯨ケトースはその巨体で災害を引き起こし、カシオペイアの娘アンドロメダを生贄に捧げなければ収まらないとエチオピア王ケーペウスは神託を受けました。
しかし、英雄ペルセウスがメドゥーサ退治の帰りに偶々立ち寄り、生贄にされようとしていたアンドロメダの救出に動きます。彼は怪物に手に持ったメドゥーサの首を見せ付け、その眼と視線を合わせたケトースは石になり死にました。それが切っ掛けでペルセウスはアンドロメダと結ばれることとなります。
『カシオペイヤ』が原因で巻き起こされる大災害。それがくじら座が示すものです。


死人は出ない(ナギの手の届く範囲では)。
予言しておきます。次の星座は『カシオペヤ座』です。


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第六十三話 カシオペヤ座の懐中

今回ちょっと短めです。



(チャオ)さん、が……」

「そうだよ」

 

死んだように固まるナギの隣、リーナは何が何やら全くわからなかった。

その『チャオ・リンシェン』なる大亜人?らしき響きの人間も。それを共通理解として話す二人も。そして、ナギが浮かべる絶望に近い表情も。何一つとして、彼女に関わりのないところで話が進んで行く。

ただ一つ分かったのは、このままでは話に置いて行かれるということだけだった。

 

「ナギ、ゲーテ中将。ワタシたちには話の全容が全く分かりません」

「私もシールズさんに同じです。説明していただけますか?」

 

声に振り向いて、聞こえていたはずなのに、ナギの顔には困惑の色しか浮かんでいない。そう、まるで、居たはずのない知り合いが突然関わっていたと告げられたような、深い困惑の色しか。

 

「……わたしから話すよ。彼は何も知らないだろうからね」

 

そう言って、六つの瞳をその身に集めながら、老人は静かに語り出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

わたしが彼女に会ったのは、そう、長雨が降り続いていたある日のことだ。

あの頃は、魔法というものが世に出てきたばかりの時代だった。まだ当時は『超能力』と呼ばれていたけどね。ようやくサイオンという存在が発見され、エイドスの改変プロセスという提唱がされた頃だ。

ある意味当然のごとく、新たな戦力となりうる力というだけあって、軍としても全力を挙げて『超能力』の技術化に乗り出していた。

 

当時のわたしは、軍の技術部で中堅より少し下ぐらいの技術士官だったかな。そのせいか、働き詰めから体調を崩してね。長期休暇をもらって、郊外の自宅へ帰っていた。

そんなある日のことだった。なんともなしに雨空を眺めていたら、自宅の裏にある林から爆発音が聞こえてね。すわ何事かと、ライフルを持って見に行ったよ。

そこには、少女と美女の中間ぐらいの女性が一人、気を失って倒れていた。黒髪を……シニョンだったかな?それで団子髪を二つ作り、不思議な素材の服を身にまとった、東洋系の整った顔立ちをした女性だった。

不審には思ったが、さすがに雨の中、気絶した女性を林の中に放置するのは良心が咎めてね。警察と救急車を呼ぶべきか、それとも家に運ぶべきか迷って、警察を呼ぼうと端末に手をかけた。その時だった、彼女が身動ぎをして、目を開いたのは。

 

彼女は、まずわたしを見て、次にぐるりと周囲を見回した。それである程度状況をつかめたのか、痛みがあったのか頭を抑えながら体を起こして、わたしに問いかけた。

 

「すまないアルが、今は西暦何年か教えてくれないカ?」

 

最初は日本語で、次は英語で。二度、同じ質問を繰り返した。わたしは日本語はさっぱりだったから、後から本人に聞いた話だけどね。

でも、その質問を聞いた時に、わたしは大体の事情を察してしまった。

 

この女性は、未来から来たのだと。

 

荒唐無稽だと、わたし自身も思った。まだ記憶喪失のほうがあり得るとね。だけど、記憶喪失ならまず自分の名前か、今がどういう状況なのか尋ねるだろう? でも違った。

彼女はどうしてこうなったのかは分かっていて、だけど今の時代は知らない。そして、この状況を作ったのは、時代を聞く必要がある『何か』だった、ということだ。そんなもの、タイムマシンぐらいしかないだろう?

と、偉そうに言ってるけどね。すべては後付けだ。当時のわたしは漠然と直感しただけに過ぎず、半信半疑で彼女に聞いたよ。

 

彼女は肯定した。それだけじゃなく、タイムマシンを作ったのは自分で、テラフォーミングされた火星出身と明かしてくれた。

何があったのか、わたしは聞いた。すると彼女は眉根を寄せながら教えてくれたよ。

 

「私がいた時代から友人のいる時代に行こうとしたラ、何か大きな『流れ』に流されたネ。カシオペア4号機……タイムマシンはその時に落としてしまったカラ、この世界に不時着したのは運が良かったとした言えないネ」

 

すらすらと答える姿は、嘘を言っているようには見えなかった。それと同時に現実が追いついてきて、ムクムクとわたしの中の欲望が膨らんでいったよ。

そこでわたしは、彼女に提案した。わたしが衣食住は提供する、代わりに彼女の知っている未来の技術を提供してくれないか、と。

彼女はしばらく悩んだ末に、二つの条件を出した上でそれを飲んだ。

 

一つ。製造過程や設計図、基礎理論は教えず、完成品の提供のみに止める。

一つ。彼女が元いた時代に帰るため以外のタイムマシンは決して作らない。

 

一つ目の理由は、段階を飛ばして発展しないためだと言った。未来からもたらされた強い力も、それを制御する力がなければ暴走して世界を破滅に導くだけだと。だから段階を踏み、自分たちの手で解析して理論を手に入れろ、と。

二つ目の理由は、タイムマシンの危険性だ。タイムマシンは未来を知るのも過去を変えるのも自由自在の、あらゆる兵器を上回る力を秘めた超兵器でもある。彼女は、これまでに二人の例外を除いて他人に渡したことはないし、これからも渡すつもりはないと言った。

わたしは内心残念に思いながらも、それを飲むことで得られる利益を考えて首を縦に振ったよ。

 

 

同居生活が始まってすぐ、わたしは天才という存在を思い知った。

まだまだ虫食いもいいところの解析結果を、さらにわたしという凡才を通した穴だらけの情報しか与えられなかったのに、彼女は現代魔法理論に通ずる基礎理論をほぼ完全に把握した。しかもそれを、わたしへの『宿題』という形で間接的に教えてくるんだ。またその問題の出し方も絶妙でね、いつも考えれば分かるラインのギリギリ内側だったのには舌を巻いた。

 

お陰様で、長期休暇のはずの自宅生活で、わたしは基礎魔法理論をまとめることが出来た。あくまで様々に挙げられた学説を統合したようなものだったけど、それでも休暇明けに上司に提出したら目の色を変えていたよ。

そして、わたしは超常能力発動機械開発科に推薦された。USNA軍だけでなく国際的に著名な科学者ばかりを集めた国際研究機関で、当時はまだ、人に寄らない完全機械発動の開発をしていた頃だったかな。

だけど、それが不可能であるとわたしは彼女に教えられた。だから一人流れを逸れて、力を使う人を補助するための機械、術式(Casting)補助演(Assistant)算機(Device)の研究に乗り出した。

 

何度も詰まりながらも、その度に彼女にヒントを出され、『あるもの』を応用する形で電気信号をサイオン波に変換する機構『感応石』の開発に成功した。そこから先は一躍時代の先駆者さ、自分の力だけでは何もできない凡才だったくせにね。

その功績から、軍もわたしに集中して研究できる施設を与えてくれた。それがこの基地だ。ああ、地下の施設のことだよ。

 

そして、ついにわたしと彼女の『本番』が始まった。

 

まず始めたのは、施設の拡張工事からだった。地下五層だった施設を、計三十二層に拡張したんだから。

今思えば、これが一番大変だったかな。資材は彼女がどこからか集めてくるとはいえ、人手が二人しかいなかったからね。彼女の存在がバレないように研究員の派遣を断ってたのが裏目に出たよ。

そんなこんな、色々とトラブルが起きつつも遂に完成した時は、達成感で涙が出るかと思ったよ。

 

その後、わたしは軍から与えられた上五層で表向きの研究を、彼女は地下で交換条件の『完成品』と自分が帰るためのタイムマインの作成を始めた。

わたしは彼女との約束を守り、下の階層には踏み入れなかった。たまに彼女が上層に上がってきて顔を合わせた時に、わたしが詰まっている研究についてアドバイスを貰ったぐらいだ。

 

そして、そんな生活が3年ほど続いた、ある日だ。遂に、タイムマシンが完成したと彼女の口から告げられた。

最後に、ということで彼女に連れられて下へと潜った。そこにある全てに見とれ、興奮し、目が眩んだ。わたしの目には、山積みにされた金塊のように輝いていて見えていたからね。

だけど、地下XXXI(31)層。一際高く作られたその階層に足を踏み入れた瞬間、いや、そこにあった物を目に入れた瞬間、おそれが全身を駆け巡って身を竦ませた。

きっと彼女は、それを分かっていたのだろう。様々な感情を宿らせた瞳でわたしに声をかけ、最下層へと足を進めた。わたしも、恐る恐るその後に続いて最後の扉を抜けた。

 

XXXII(32)層は、それまでの階層とは違って小さな部屋だった。共に作ったわたしが言うものではないけど、研究向きの階層ではなかった。

 

——ここは、彼女の記憶の部屋。

——ここは、絶望に立ち向かう希望を讃える部屋。

 

彼女はそう言った。

そして、その部屋の役目をわたしに語った。

 

「ゲーテなら上にあったアレを見テ分かったと思うガ、魔法は良いことばかりをもたらす物ではないネ。ココにある映像はそれを教えてくれるヨ」

 

何も映していない画面に自責の念を浮かべた彼女は、一瞬うつむいて、すぐにわたしに振り返った。

 

「モチロン、タダで教えるわけにはいかないネ。

ゲーテの一生をかけテ、間違った方向へ舵を取っているこの世界を正しい方向へ導くアル。無理そうなら弟子をとって、次の世代に託すネ。

この記憶を得るまでニ、私たちは少なくない犠牲を払ってるアル。この世界はそうなって欲しくないカラ、信頼できるゲーテに頼ム。ドウカ、魔法を正しく役立ててクレ」

 

 

恩人で、友人である彼女の、最後の頼みを。

わたしは、一人の人間として聞き入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……それからすぐ、彼女は自分のいるべき世界へ戻っていった。わたしは彼女の残した映像と叡智の結晶を解析して役立てることで、彼女と交わした約束を守ろうとしたのだよ」

 

長く、濃密な過去を語り終えたゲーテの顔は、胸の内に抱え込んだ全てを吐き出せたからか、この上なく晴れやかだった。

カノープスは、俄かには信じられないという表情を浮かべながらも、軍人として今の世界を作り上げた功労者に告げる。

 

「……それが本当の話なら、中将には機密情報漏洩の罪と、重大情報の隠匿の罪に問われることになります」

「分かっていたことだ。覚悟などとうの昔に済ませてるさ」

 

さらりと。彼は答えた。

 

「それに、もう彼女の残したものは残っていないだろう。あれらをどう公表するのかが唯一の気がかりだったのだけどね、なくなってしまったものは仕方がない。先の短い老ぼれだ、怖いものはないさ。わたしの頭の中だけに残るものは全て、墓場まで持って行くことにするよ」

「……中将、一つだけ教えてください」

 

リーナは、口を開こうとするカノープスを目で制し、ゲーテへと問いかける。

 

「なんだね、可愛らしいお嬢さん」

「なんで、ナギはその女性のことを。それに、中将もどうやってそのことを……」

「さて、どう言うべきかね……」

 

言外に、全てを語るつもりはないと告げ、彼はナギへと視線を向ける。その目は「一体どこまで話して良いのかな?」と告げていて、ナギは一つかぶりを振って声を発した。

 

「リーナ。それは、ボクが彼女の関係者だからだ」

「関係者?」

「そう」

 

——超さんは、ボクの子孫なんだ。

 

「……え?」

 

一瞬、逆じゃないかと思った。魔法黎明期の人物なら、仮に血縁者だとしてもナギの先祖の方ではないかと。

だが、と気づく。その女性は、未来から来たと言っていたではないか。つまり、遠い将来の、ナギの子孫であっても何もおかしくはない。

 

「う、そぉ……」

「では、『アラ・アルバのマギステル・マギ』というのは?」

「彼の持つ、称号のようなものかな」

 

あえて簡潔に、ゲーテがカノープスの問いに答える。ナギもそれに頷いたことで、スターズの二人はゲーテの狙った通りに勘違いをした。

『それは、彼の家に関わる二つ名のようなものなのだ』、と。

二人にとって、ゲーテとナギの接点は超鈴音(ナギの子孫)しかない。だからそれは、ある意味必然的なものだった。

 

 

 

「……さて、ではまだわたしに軍籍があるうちに命令しておかなくちゃいけないかな」

 

 

 

ぞわりと、何か嫌な予感がそれを聞いた三人の背筋を撫でる。

 

「できることならさっきので終わってて欲しかったけどね。やっぱり、まだ終わっていないらしい」

 

その顔は、死に場所をここと決めた顔だった。

 

「ああ、わたしは凡才だと思っていたが、人を見る目に関しては非才だったらしい。未来のため弟子に取った彼が、まさか過激思想に染まりあんなものを起動させてしまうとは」

 

カノープスの顔が驚愕に染まり、瞬時にクレーターの中心へと振り向く。

そこには、固まり始めたマグマの池が——

 

「カノープス君。君ならもうわかっているだろうが……君ではアレには勝てない。他の軍人も同様だ。無駄死にしたくなければ、今すぐこの基地から逃げなさい」

 

 

——ずるりと、溶解した大地から腕が生えた。

 

「な、なによ、あれっ!!」

「そしてナギ君——」

 

 

ぼんやりと神々しく輝くような腕は、一言で言えば巨大だった。

肘から先だけでも20mはゆうに超えていた。もし仮に持ち主が人型を模しているとしたら、その腕の長さは全高が100m弱はあることの証左に他ならない。

 

 

「ま、さか——っ!!」

 

 

しかも、それが一本にとどまらない。右腕、左腕と突き出されたその数は、計6本。

天へと屹立したそれらは、肘を折り曲げ再び硬化し始めた大地へと手をついて——大地に埋まる持ち主達の巨体を持ち上げる。

 

 

 

「鬼、神兵——」

「この世界を、頼む」

 

 

兵器に()を宿した神々が、天を揺るがす咆哮をあげた。




・今日の星座

カシオペヤ座は北の空に浮かぶ、『W』の形が特徴的な星座です。この星座は北半球の大部分では水平線下に沈まず、また特徴的な形で天穹の向きが分かりやすいため、北極星を探すのに用いられることもあります。逆に南半球の大部分では観測ができません。
海の女神を貶し、怪物を差し向けられるほど海神ポセイドンの怒りに触れたカシオペイアは海の下に潜り休むことが許されず、そのため常に天を回っているとされます。
旅人達を導いてきた星を教える彼女の懐中を占めているのは、一体いかなる感情なのでしょうか。

ちなみにですが、日本学術会議で定められた正式名称は『カシオペ()座』です。そのため、『カシオペ()座』というのは誤植です。
……ハイそうです、ネギまに引き摺られて私も間違えてました。大変申し訳御座いません。該当箇所は既に修正しております。
皆様も、誰かに話す際はお気をつけください。


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第六十四話 オリオン座の三つ星

2話同時更新です。


「鬼、神兵——」

 

ナギが漏らした一言は、屹立する巨人が放った咆哮に半ば掻き消されながらもリーナの耳に届いた。

 

「キシンヘイ? ナギ!あれが何なのか知ってるの!?」

「……八百万の神、って言葉にある通り、神は一柱じゃないんだ。その中には、中身である信仰(まりょく)を失い、肥大化した霊体(ようき)を残して自我が消失した神様もたくさんいる。

鬼神兵は、そんな神をコアとして仮の体に詰め、動力源として魔力を注入した決戦兵器だ。一体いれば都市一つを、十体もいれば小国一つを落とすのに十分すぎる——」

 

つまり、単騎で戦略兵器に匹敵する人型兵器。それが三体。

正しく天災規模の破壊の化身に、リーナは絶望に顔を染めた。

 

「ゲーテさん、あれは破壊してしまっていいんですよね」

 

だからこそ。隣に立つ少年がそう告げたことが、彼女には理解できなかった。

 

「ああ、構わんよ。コードD、『殲滅(デストロイ)』を送信した後、彼の手によってコンソールも壊されている、もう止めようがない。欠片も残さず破壊してくれ」

「ちょ、ちょっと待ってナギ!無茶よ!」

「大丈夫」

 

リーナが見つめるそこには、諦観も絶望もない。

ただ在るのは、リーナを風呂場で捕らえた時以上に真剣味を増した、戦士の覚悟だった。

 

「リーナ、カノープスさん。余波を気にしている余裕はないかもしれません。どうにか自分で守ってください」

「ナギ!!」

 

ただ叫ぶだけしかできなかった。

理屈もない。ただ胸の底から溢れる感情だけが、リーナの口を動かした。

 

「大丈夫だって。ボクも本気でいくから」

 

振り向き、リーナの手にその杖を握らせ、

 

 

「だから、デートどこ行くか、考えといてね」

 

 

そう告げて、ナギはその身一つで空へと跳んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

解放(エーミッタム)——」

 

ナギの知る限りにおいて鬼神兵の問題点を一つあげるとすれば、それは細かな指示が出来ないという点にあるだろう。

宿す神は存在を失った無名の神でなくては仮の体に癒着せず、しかしそれでは自我が薄いため、「砲撃しろ」「迎撃しろ」などの単純な命令をこなすことしかできない。決戦兵器だろうが"兵器"なのだ、人が使って初めて意味をなす。

今回、あの鬼神兵が受けた命令は「殲滅しろ」だとゲーテは言っていた。建造者である彼女が用意したとはとても思えない内容だが、何かしらの理由があるのかもしれない。

……いや、それは今はいい。重要なのは、「何を」殲滅するのかが明確でない点だ。そのお陰で、地表に這い出た鬼神兵たちは、優先順位をつけているのか動きが止まっている。攻撃すればこちらに矛先が向くだろうが、まとめて潰せるチャンスは今だけだ。

 

 

千の雷(キーリプル・アストラペー)ッッッ!!」

 

 

だから、初手で全てを決するため、躊躇することなく極大魔法を解放した。

 

発動した魔法に反応してか、鬼神兵がこちらを向く。が、もう遅い。

右手の先、1メートルほどに出現した雷球は、一瞬だけ収束し——直後、無数の雷電を爆発的に放出した。

それらは束なり、縒り集まり巨大な雷柱となって、大気を焦がしながら主なき兵器の元へと突き進む。ナギは勝利を確信し——

 

 

『主砲、発射』

 

 

音すらも置き去りにしたはずの、雷が辿り着くまでの間に、そんな女性的な音声が聞こえた気がした。

 

三体の鬼神兵は、その口内に宿す砲門から光の束を放つ。

莫大なサイオンを光速で射出する、(サイオ)(ン・)(ビーム)とでも言うべき3本の光は、瞬時に混ざり合い、その下の大地を溶かした巨大な光柱となる。

 

雷と光。

柱と柱。

 

共に戦略級の威力を込めた必殺は、互いに人類の到達できない速度をもって、ナギと鬼神兵、その中間地点で真正面から衝突した。

 

 

「————ッ!解放(エーミッタム)——」

 

拮抗したのは一瞬。

次の瞬間には、光が雷を飲み込み、大きく威力を落とされながらも天へとその身を刻み込む。

 

 

(——甘く見てたっ! まさかあの段階から迎撃してくるなんてっ!)

 

多重に展開した障壁を軋ませながら、光の柱の中のナギは考える。

威力で負けてることは初めから分かっていた。途中様々な兵器の誘爆エネルギーを取り込んでいたとはいえ、その大部分が天へと消えながらも大地に『千の雷』約二発分に相当する傷跡を残した主砲だ。一体分(さんぶんのいち)ならともかく正面からの衝突では分が悪い、そう判断しての不意打ちだったのだ。

 

だが、一手目が失敗に終わりつつも、ナギの顔には少しの余裕が見え始めていた。

 

(鬼神兵の主砲にはチャージ時間がかかる、いくら超さんでもこれは変えられないはず! ボクにはまだ四発分の千の雷のストックがある、次は防げない!)

 

光の尾が残した大気の輝きに視界を奪われつつも、ナギは二発目を撃つため左手を振りかぶり——

 

視界が晴れた瞬間、大地に立つ()()の鬼神に、全身を硬直させた。

 

(二、体!? そんな!あと一体はどこに——ッ!!)

 

それに気付けたのは、幾度となく神と相対してきたナギだからこそ感じ取れた、僅かな神気の残り香のお陰だったのかもしれない。

 

「上——!?」

 

そう。その鬼神兵は、全長100m弱という巨大すぎる大きさにも関わらず、いつの間にかナギの頭上に移動し、あまつさえその道の達人と見紛うような滑らかさで腕を引き、突撃の姿勢を取っていたのだ。

もはやそれは、彼の知る鬼神兵ではありえない。巨体に見合った重厚さが鬼神兵の売りなのだ。素早さを両立させた鬼神兵など、彼の知る記憶には存在しない。

 

「く!多層魔法障壁、出力最大ッ!!」

 

だから、ナギは判断を見誤った。

 

仮に人を1.6mとすれば、100m弱という大きさの鬼神兵はその60倍以上にもなる。当然、重量もそれに見合ったものがあり、単純に考えて60の3乗で21万6000倍。機械工学と魔法の融合に長けていた超らしく鬼神兵の大部分が機械化されていることを考えると、最低でも約25万倍はあるだろう。

そして、その巨体で人と見紛うほどの動きをするには、一つ一つの動作の速度が60倍でなければならない。腕を引く動作も人の60倍……腕を突き出す速度も、人の60倍。

 

一般に、物体の衝突時の威力は(重さ)×(速度)×(速度)で求められる。人の25万倍の重さの腕が、人の60倍の速度で突き出されたなら……その威力、およそ9億倍。さらに加えて魔力によるブーストがかかる。

 

 

結論を言おう。

鬼神兵のその拳は、ただ振り下ろすだけでも戦略級の威力を宿していた。

 

 

「ガ————」

 

ただ分厚いだけの、最硬防護ですらない障壁など卵の殻を割るかのごとく粉砕し、神の拳は魔物(ナギ)の肉体を捉える。

バキバキという音ではない。グシャと、人体から発してはいけない音が全身から響く。

 

そして、拳の持つ膨大な運動エネルギーをまともに受けたナギの体は、音速の壁をぶち抜いて一直線に溶岩の海に叩き落とされた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ナギッ!?」

 

地に伏せたリーナは、ヴェイパーコーンを引きながら溶けた大地へと落ちる少年の名を、顔を青く染めながら叫ぶ。

 

たとえ大部分が空へと逃げたからといって、戦略級魔法の正面衝突で何も被害がないはずがない。その莫大なエネルギーは大気を震わせ、周囲に大威力の衝撃波を齎した。リーナが伏せていたのも、可能な限り障壁に角度をつけることでまともに受けないようにするためだった。

そうして偶然にも目を伏せていたことが幸運し、光を直視することがなかったリーナは、その有り得ない光景を目撃していた。

 

そう、あり得るはずがない。

全高100mもの巨大な兵器が、曲芸師も真っ青な物理的にありえない動きで上空へ飛び、そこからたった一人の人間に突撃するなど——

 

「そ、そんな……」

 

だが、現実的にそうなってしまっている。彼女の瞳に、ハッキリと捉えてしまっている。

そして、それを受けたらどうなるか、彼女でなくとも想像がつく——

 

 

「————え」

 

——だが、次の瞬間、彼女の目にはそれまで以上にありえない光景が映った。

 

 

ドパゥッ!!、と粘性のある音を響かせながら、溶けた大地から人影が飛び出す。

 

「ナ、ギ……? なん、で。なんで生きてるのっ!?」

 

それがリーナの目には、それは先ほど間違いなく死んだはずの、赤毛の少年に見えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「————!」

 

死んだ。抵抗らしい抵抗もできずに、殺された——!

 

沈んでゆくナギの意識は、驚愕という言葉でも生温い衝撃を受けていた。

まさか、という思考しかない。主砲こそ脅威と言えるほどの威力だったものの、所詮は鬼神兵。極大魔法の一つや二つで、軽く終わる程度の敵だと思っていたのだ。

だが、アレはなんだ。あんな動きをする鬼神兵、それも三体など、どう対処すればいいというのだ。あまりにも未知数の敵を前に、絶望にとらわれ、奮い立つための勇気が奪われて——

 

——ナギッ!?

 

ハッと、目が覚めた。

それは、大気よりも高速で溶けた大地が伝え、耳が捉えた音だったか。それとも闇を司る魔物としての感覚が捉えた、心の叫びだったのか。

だが、確かにナギの元に、少女の悲鳴が届いた。

 

「——ッ!そうだ、まだ終わってない!」

 

あの鬼神兵に、魔法師たちではまず勝ち目はない。それは自分よりも決定的な差だ。

今ここで自分が戦線を離脱したら、この国の人間も、そして彼女も間違いなく殺される。幾度死のうと蘇る自分とは違い、彼女たちの命は一回きりだ。

 

(——そんなこと、させはしないっ!)

 

意識が急速に浮上し、それに伴って肉体が再構築される。纏わりつく粘液を発勁と魔力放出の複合で吹き飛ばし、瞬動で再び上空へと舞い戻る。

それと同時、単眼の鬼神達から、三つの視線が突き刺さった。

 

『——危険因子A、再確認。無力化失敗』

「もう鬼神兵だとは思わない、慢心せず本気でいくぞ!」

 

どこか茶々丸(教え子)に似た合成音声が、無機質に響く。それを耳に入れつつ、空中で腰を落とし、構えをとった。

あれだけの動きができるのであれば、千の雷を避ける可能性がある。互いに睨み合った状況で二重解放からの装填は隙が大きすぎて危険。

 

——ならば、相手の攻撃をさばき、硬直時間を利用して装填、もしくはゼロ距離でぶち当てる!

 

『解析開始……完了。近似該当データあり。対処行動を変更します』

 

届いたその声に僅かに先駆け、今度は二体の巨神がこちらへ飛び出した。一体は手前に、そしてもう一体は僅かに(こちらから見て)左手側後方に。先ほどと同じく、ナギの知る"本物"に届きうる体捌きで、その姿を大きくしていく。

だけど——

 

(——大丈夫! そうだと分かってれば見える!)

 

達人の数十万倍の肉体を、60倍の速度で動かせる。なるほど、それは尋常ではない脅威だろう。前世で知る優れた"本物"の中でも、それに対処できるのは極一部に違いない。

 

——だが、それはナギの得意分野だ。

 

最速で時速50万kmオーバーを誇るナギにとって、例え雷化をしていなかろうとも()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それは自負となり、確かな勇気となる。

焦燥から余裕を取り戻し、己が経験と頭脳は巨大な壁の攻略法を弾き出す。

 

(後ろのはフォロー。だけど、一体目の懐に潜り込めば!)

 

巨大人型兵器とは、その大きさから優れた威力と攻撃範囲を誇ると同時、人型がゆえに生じる死角もまた広い。腕の内側、懐などその最たる例だ。

もちろん、それ故に防御も厚い。ナギの目から見ても、自分や運命の名を持つかつてのライバルと遜色ない厚さの魔法障壁が展開されている。

 

 

先に走る鬼神兵(超)が、体を半身に、その右腕を振りかぶる。意図を隠そうともしないそれは、まともに食らえば一回は命を奪っていくのだろう。

だがしかし、八卦掌(カウンター)を得意とするナギにとって、その隙は大きすぎた。

 

「ふ————」

 

仮にも神の展開する障壁に、魔物の力である障壁破壊掌の系統では相性が悪い。それは経験則で知っている。

 

 

——ならば、一点集中の大火力で突き破る!

 

 

解放(エーミッタム)——」

 

遂に、巨岩と見紛うほどの拳が突き出される。

その一瞬前、ナギは飛行魔法を解除し、体一つ分だけ下に()()()

烈風を纏いナギがいた場所へと突き進む巨腕に左手を添え、確かに虚空を足で踏みしめつつ、その力を背後へ受け流し——

 

「魔法の射手・収束・光の10001矢——」

 

巨神の腕の内側に入り込んだナギは、無数に出現した光球の中、腕を受け流した反動すら利用して、虚空瞬動でその懐へと突き進む。

現れた光球は、直後に光の矢となり、縒り集まり、ナギの体を流星へと変えた。その光は、まっすぐに巨神の元へと突き進み——その力を解放する。

 

 

「——(おう)()(ちょう)(ちゅう)ッッッ!!」

 

 

八極拳・六大開(ろくだいかい)(ちょう)」が一、カク打頂肘に、1万もの光の矢を乗せたナギの絶技。

一点集中のカウンター技は、直撃していたら如何な神の障壁といえども打ち砕いただろう。

 

 

 

 

——そう、()()()()()()()

 

 

 

 

光の矢が肘先へと収束し、視界が晴れたナギの目の前から、巨大な影が上へと消えた。

そしてその先、後ろを走っていた鬼神兵は腕をクロスさせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ナギの記憶が、光の速度で一つの光景を呼び起こす。

あれは——そうだ。前世の師への弟子入り試験。師の従者であり、そして自分の生徒であった彼女に、一撃を入れるという内容。

あの時も、絶好のタイミングでカウンターを仕掛けた。だが彼女は、背後にあった柵の柱を蹴り、受け流された拳の勢いを利用して側宙へと移行、完全に決まったはずのカウンターを避けたのだ。

 

そして彼女は、さらにその勢いを利用して体を捻り——

 

 

「!回し蹴」

 

 

最後まで言葉を紡ぐことは叶わなかった。

側面上方から襲いかかった衝撃に、世界ごと自分を揺さぶられる。そして直後に訪れる、世界を置き去りにするような加速感。

高速で流れる視界は白く濁り、体を構成する要素一つ一つがミシミシと悲鳴をあげる。

 

「ガ——!!」

 

そう感じたのも束の間、再度訪れた衝撃。それが地面にぶつかったからだと気付いたのは、背中で何本もの木々を粉砕して減速し、瞳が立ち登る土煙を捉えた時だった。

 

「ぐぅッ、障壁再展開!姿勢制御術式解放!」

 

またもや粉砕された障壁を張り直し、体勢を魔法で無理やり整えて、深い轍を大地に刻みながら減速する。

 

(——またやられた!茶々丸さんを作ったのは超さんで、この鬼神兵に同じ動きが出来ないわけがなかったのに! 咄嗟に矢を爆発させて自分から吹き飛ばなければまた死んでた!)

 

再びの焦燥。だが今回は絶望はない。

そうと分かれば対処法はあるのだ。いや、ナギにとっては大きなメリット。

自分の教え子であり、従者であり、仲間であり、秘書であった絡繰茶々丸の動きは、ナギ自身の魂に刻み込まれている。巨大化した彼女と思って戦えば、動きの先読みができるはずだ。

 

ようやく速度が落ちる。それと同時に視界を遮る土煙を吹き飛ばし、また()()()()()()()()()鬼神兵を視界に捉えた。

 

気配はないが、直感が()()と叫んだ。

 

「2度目が通用————」

 

するとでも。と続けようとして、ナギは絶句した。

ナギの前方には二体の鬼神兵。位置的に、先ほどナギへと向かって来ていた二体だろう。

 

 

 

では、見上げた先で尋常ではない魔力(サイオン)を右腕に収束させている、()()()()()()は、一体どういうことだ。

 

 

 

「ッ——!!」

 

とにかく、あれを食らってはただ死ぬだけでは済まない。全身を問答無用で塵以下まで消しとばし、確実に霊体までダメージを与えうる——!!

 

「——縮地!!」

 

形振りなど構っていられない。迫り来る拳の隙間目掛け、()()()()()()()()()()()()()()()、全身全霊で大地を蹴った。

ドパゥッ、と世界が鳴き、音の壁を突破したナギの視界は白で染まる。体の僅か数十cm先に感じる圧縮された"神気(サイオン)"に、全身の産毛が逆立つ。それをすり抜け、仕切り直しを狙って、更に更に上空へ——

 

「っは!」

 

3秒とかからず上空2kmへ移動し、全身を使った"抜き"で無理矢理に止まる。それで両の尺骨に罅が入った感覚があったが、その程度ならノータイムで修復されるから気にすることはない。

 

気にすべきは、ナギの眼下に広がる光景だ。

そこには、先のナギの衝突に数倍する土煙の柱が立っていた。それを作り出した拳によって、一体どれだけ巨大な地震が発生したのだろうか。そして、それによって一体どれだけの被害が……

ナギの思考が一瞬ボストンの街の人へと向かい、だが突如舞い降りた直感に、一瞬で意識をこの場に舞い戻した。

 

風花・風塵乱舞(フランス・サルタティオ・ブルウェレア)!」

 

その土柱は、それを起こした鬼神兵たちの視界を防ぐものでもあるのだろう。しかし、その中で起きる光景を見なければならないという予感に従い、ナギはそれを吹き飛ばした。

そこには、やはり四体の鬼神兵が、その拳をナギがいた大地に突き刺し——

 

「————ッ!!??」

 

いや、違った。その内の三体が、まるで蜃気楼で見えていただけの幻覚だったかのように、その身を空気へと溶かした。

だが、それが幻影ではないのは、ナギが確かに感じ取っていた。その絶大な威力を大地に刻みつけていることが証明しているし、歴戦の英雄である彼の感覚を、あれほどまでに精密に誤魔化せるような幻術は考えにくい——

 

 

 

——いや、それは理由などではない。

目の前で起きた現象を、ナギは知っていた。

 

 

 

「影、分身——ッ!?」

 

 

それは、絡繰茶々丸の技ではない。超鈴音の技でもない。

あれほどの影分身、高度な気配遮断、あの攻撃方法。

その全てを満たすのは、彼の知る限り一人だけ——

 

 

 

 

「楓、さん————?」

 

 

 

 

無機質な三つの視線が、喫驚に体を硬直させるナギを貫いた。




・今日の星座①

狩人オリオンは、海神ポセイドンの子の半神であり、同時に巨人でもあったと言われています。その死は諸説伝えられていますが、必ず蠍に足元を刺されるという点だけは共通しており、そのため、天にさそり座が昇るとそそくさと天を降りると伝えられています。
彼を模したオリオン座は冬の夜空で一際目を引く星座で、全天の中でも明るい星々が特徴的な形を成しているので、一番見つけやすい星座ではないでしょうか。
その中でも特に目を引くのは、腰の部分にほぼ等間隔で直線状に三つの星が並んだ、通称「三つ星」です。英語でも「Tristar」という名詞があり、その他多くの国でもこの三つの星を示す単語があるほど、世界各国で長い間見られてきた星々ですね。


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第六十五話 ペガスス座の白翼

2話同時更新です。


思考が止まる。

体が止まる。

 

巨大な人型にあるまじき可動性能も、心なき兵器にあるまじき連携も。今目の前で起きた光景に比べたら、瑣末なことだった。

 

 

——鬼神兵が、影分身をする。

それも、かつての教え子を彷彿とさせる動きで。

 

 

『ありえない』『だが現実に起きてしまっている』『でもありえない』

理解不能な現実に理性が受け入れを拒み、激しく脳内で鬩ぎ合う。ここが戦場であるにも関わらず完全に動きを止める。

 

——それは相手にとって、これ以上ないぐらいに明白な隙だった。

 

 

「ッ!!」

 

 

視界の左上、自分が蹴り飛ばされた位置にいる鬼神兵の一体が動いたことで、ナギの意識は急速に再起動し、

 

「————」

 

そして、また絶句した。

 

その鬼神兵は背に手を伸ばし、背負っていた身の丈ほどもある武器の片方を手に取った。

それ自体は何もおかしなことではない。武器を持つ鬼神兵というのは、ナギの前世でも割とポピュラーな存在だ。アレだけの身体性能を持つ鬼神兵に武装を搭載していないなど逆におかしい。

 

それは、遠距離武器だった。

それもおかしなことではない。鬼神兵の主砲はチャージ時間が必要であるが故、遠距離攻撃用の穴埋めとして武装を用意しておくことぐらいは誰でも思いつく範囲だし、あの天才の超鈴音がその思考に至らないわけがない。

 

 

では、何が問題なのか。

それは、構えた武器そのものだった。

 

 

「電磁投射砲——ッ!?」

 

 

それは、彼が「隊長」と呼び慕っていた、半魔族の教え子のアーティファクト。

それをそのまま鬼神兵サイズまで巨大化した。そう言っても過言ではないほど細部まで似通った長大にすぎる銃を、彼女と同じ動作で、彼女と同じ構えで、流れるようにナギを照準した。

 

 

 

直後。

先に彼が放ったものに匹敵する雷の柱が、彼に向かって放たれた。

 

 

 

「——ッ!」

 

サイズこそ違うもののそれと戦った経験があったからか、ナギは咄嗟に自分を中心とする障壁の位置を操作し、彼を吞み込み穿とうとする雷撃を上へと逸らす。

そして、その反動を利用して下へと射線から逃れ、そこで理性が気がついた。

 

(ま、ず——()()()()()()()ッッ!)

 

褐色のスナイパーを模倣する鬼神兵は、ほんの僅かに射軸を上へとずらし、逃げる方向を指定したのだ。ナギは反射的、本能的にそこから逃れるよう行動を起こし、まんまと引っかかってしまった。

 

今、彼の真下には——鬼神兵(てき)が一体いるというのに。

 

そして予期した通り、地表から70m付近まで弾き飛ばされたナギに待ち受けていたのは、ゴウッと大気を圧縮して迫り来る巨大な拳だった。

ナギはその側面に左腕を当て、何本かの骨と引き換えに横へと逸らす。だがそこで先ほどのカウンター・カウンターが頭を過ぎり、懐へ踏み込むのを躊躇した。

——それが、間違いだった。

 

「ぐッッ!」

 

『流れるように』という表現ですら生温い、もはやそうなるのが自然の理であるかのような体捌きで、次々と放たれる巨岩のような拳打。

握り拳だけではなく、平手や鉤爪、果ては脚や胴体すら利用した息を巻くような連撃が、止めどなく繰り出される。

 

「はぁぁぁぁああああッッ!!」

 

ナギは必死のそれを決して受け止めようとはせず、全力を以って逸らすことだけに集中する。弾ききれないものは当てどころをズラすか、自ら飛んで威力を軽減する。

一撃を逸らすたびに、数本の骨に罅が入る。それを修繕している合間に次の攻撃が迫り別の場所が砕け、そして回復したと思った瞬間にはその次の攻撃でまた壊される。終わることのない肉体の悲鳴。

 

それを無視し、彼の経験は一つの真実を告げていた。

たった一息の間に三度は攻め立てる攻撃の密度。そしてその一撃一撃に込められた気力と功夫(クンフー)

(かい)(はつ)(しゃ)の得意とする北派少林拳ではなく、八卦掌と形意拳を中心に八極拳や心意六合拳などを混ぜたこの動き、この癖は——

 

「今度はくーふぇさんですかッ!?」

 

繰り出された左手による拳を体全体で受け流し、その勢いを利用して鬼神兵の側面へと移動する。反撃に移れるような隙ではない。精々が少しの仕切り直しになる程度のメリットを狙ってだ。

だが、その行動によって、ナギは機体側面に書かれた文字列を視認した。おそらく機体の名称を示すであろうそれは、単純にして明白に、ナギの疑問に答えていた。

 

 

二一三五式超包子(チャオパオジー)模倣戦闘型(イミテーションバトル)鬼神兵(ゴッドアーミー)

Type "Ability of Ala-Alba(A. A. A.)"

 

 

"Ability of Ala-Alba"……白き翼の力。その模倣。

鬼神兵とは思えないあの駆動性能も、ありえないほどの判断力と連携性も、全てはこれを実現するための()()()()でしかなかったのだ。

 

「! くッ!!」

 

そして、かつての仲間を模倣する巨神の裏拳から、人理を超えた域の組手が再開された。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その光景を、リーナたちは地表から眺めることしかできなかった。

 

目の前に映る"戦闘"は、リーナたちの知るそれとは次元が違う。音速を超えるのは当たり前、局所的には一撃一撃が戦略級に匹敵するダメージを宿す殴り合い。

戦場が移り、彼女たちがいる付近から大分離れたのにも関わらず、巨大兵器の拳は烈風もかくやという風圧をここまで届けてくる。拳打、分身、雷砲、ビーム。そのどれもが一撃で一個大隊を壊滅させるだろう。

どうやってかそれを捌くナギもナギだが、やはり目を見張るのはあれだけの巨大兵器にも関わらずそれを感じさせない『鬼神兵』の存在だ。直接戦わなくても分かる。アレは、あの三機だけでこの国を滅ぼし得る——

 

「な、なにが起きてるの——?」

 

『災禍とはこういうものを指すのだ』。そう全てが告げている光景に、リーナの口から恐怖が漏れる。

だが、誰も答えない。答えられない。隣に立つカノープスも、彼らの行く先、小さく見えている軍病院で時間を止めて見ている者達も。その思いは同じなのだから。

 

(やはり、中将を置いてくるべきではなかった!)

 

カノープスは自らを叱咤する。

彼は、おそらく魔法師側で唯一、この次元の戦闘のことを知っていた人物だ。いくら負傷していて自力で動けなくとも、いくら上官として命令されたとしても、彼の口からなにかしらの説明があることで、もしかしたら少しでも状況が好転していたかもしれないのに——

 

(——いや、それは驕りか。USNA軍最強の部隊、そんなものはこれを前にしては何の意味も成さないというのにな)

 

あの領域の戦闘に自分たちが首を突っ込んだところで、中将の言うように無駄死にが良いところだ。最悪、いや高確率で、今ギリギリで命を繋いでいるであろう少年の足を引っ張るだけになりかねない。

 

力不足を突きつけられ、また、この国の存亡を他国の未成年に託すということに、これ以上ない自己嫌悪を覚える。

だが、もはや彼だけがあの超兵器に対する最後の希望なのだ。核をぶつけようとも焔の中から悠然と歩いてくる光景しか浮かばないあの絶望に食らいつけているという時点で、彼にしか出来ないであろう領域なのだ。

今、自分たちに出来ることは、速やかにこの場を離れ、かの少年が周囲を気にせず全力で戦える環境を作り上げること。それ以外にない——

 

 

 

「——ベン。CADを貸してください」

 

 

 

だというのに。

隣を走る娘のと同世代の上官は、いつの間にかその瞳に覚悟の光を宿し、あの絶望に立ち向かうと宣言した。

 

「ワタシは今、汎用型しか持ってない。特化型、いえその照準補助装置だけで良い。それを使わないと動き回るあの兵器を狙えない」

「無理です!いくら総隊長であろうとも、あれには勝てません!」

「やってみなければ分からないわ。この国に関係ないナギが、あそこまで奮闘しているのよ。この基地にいる部下達のため、そして後ろに背負うボストンの住民、USNAの全国民のために、ワタシも戦わなくてはいけない」

「リーナッ!!」

 

上官であるとか、今は違うとか。そんなことは頭から抜け落ちていた。ただ、自ら死地へ突っ込むと言うに等しいその少女の発言に、彼女を守る者として怒声を上げる。

だがしかし、それでも少女の心は揺れない。決して曲げぬという覚悟を持ったまま、暴風渦巻く被害地を共に駆け抜けるカノープスへ瞳を向け続ける。

 

「お願い、ベン」

「……策はあるのですか?」

 

意地の悪い質問だと思った。あの、災害の塊のような兵器に勝つ策などない。それは、起動前に幾度も攻撃したカノープスが、一番よく分かっていることだった。

 

 

 

「あるわ」

 

 

 

だが、少女は安心させるように笑った。

策はあると。決して無謀な突撃をしようとしてるわけじゃないと。

 

「っ!?本当ですか!?」

「でも、そのためにはナギの力が必要になる。それに、そのナギをサポートする為に多くの魔法師の力が必要なの。だから……」

 

リーナが視線を前に向ける。

そこには、ようやく全貌が見えるようになってきた、一つの建造物があった。

 

「スターズの、今ある限りの全戦力を使う」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「はぁぁぁあああッッ!!!」

 

既に何百という回数を重ねた組手は、未だナギの不利で膠着していた。

ナギは相手の動きを読める。この動きのモデルは彼の拳法の師であり、おそらく彼の教え子の中で最も彼と戦っている相手だ。体が、魂がその細かな動きの癖を覚えている。

だがしかし、これから相手がする攻撃が分かったところで、攻守逆転出来るかと言われると無理だと答えるしかない。威力も攻撃範囲も彼女から桁違いに上がっているこの相手では、どうしようもないほど防戦一方、いや、避戦一方の対処をするしかないのだ。

 

「ッ!解放(エーミッタム)!」

 

そして、ついにどう足掻いても捌き切れない、直撃コースの拳打が来た。

だが、彼も一方的にやられることを良しとするわけがない。その拳に千を優に越す雷の矢を乗せ、真正面から向かい討つ。

 

「雷華崩拳ッッ!!」

『崩拳』

 

型は互いに同一。そしてそこから放たれた拳撃は、互いにその絶大なる威力を証明せんと唸りを上げる。

 

——威力は全くの互角。

 

どちらも相手の拳を押し戻すことなく止まり、直後、拳と拳の間で圧縮されたエネルギーが、双方へと牙を剥いた。

 

『————』

「ッッ!!」

 

模倣する鬼神は無言。その威力に多少腕を後ろに持って行かれつつも、その巨体を巧みに利用してその場に踏みとどまる。

対するナギは息を詰まらせる。敵に対し圧倒的に矮小すぎる肉体は、同じエネルギーを受けたにもかかわらずそれを殺しきることなく後ろへと弾き飛ばされる。

 

しかし、それが彼の狙いだった。

このままでは埒があかない。そもそも彼女達を相手にするのですら()()姿()()()分が悪いのに、さらにそれを巨大化した相手が三体となると攻めに転じることすら出来はしない。

 

ゆえに彼は、状況を打開するためその真価を発揮しようとし——

 

双腕解放(ドゥアープス・エーミッサエ)千の(キーリプル)——ッ!!」

 

——視界の隅で構える『それ』に気がついた。

 

まるで大砲のような巨大さだが、鬼神兵のサイズにしてみればそれは『拳銃(ハンドガン)』なのだろう。

白き翼(アラ・アルバ)の中で拳銃使いは二人。うち一人は両手に一つずつ持っての接近戦での使用だ、今の様に一つを両手で構えて離れたところで照準はしない。

となると、該当者は一人。その中でも特に集中が必要で、特に厄介な攻撃といえば——

 

 

(ゆーなさんの魔法禁止弾ッ!!)

 

 

ナギがそれに思い至ったと同時、銃口から巨大な砲弾が放たれ、直後、無数の光弾へと分裂した。それらは余すことなく、全てがナギの方へと進路を変える。

 

アレはまずい。一発でも食らえば5分は魔法が使えなくなる。しかも妨害方式が『外部との魔力のやり取り禁止』なため、魔物としてのパワーや再生能力も一時的に制限され、ただの人間と同じになる。

では避ける? それも悪手だ。あの禁止弾、恐ろしいほどに追尾性能が高い。例え雷化したとしても、どこまでも追ってくるそれを振り切りつつ三体の鬼神兵を相手にするのは、いくらなんでも集中力を使いすぎて消耗が激しすぎる——

 

「くっ!右腕固定(デクストラー・スタグナンス)千の雷(キーリプル・アストラペー)』!! (シニス)腕解(トラー・エーミ)(ッタム)(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)ッッ』!!!」

 

ならば、全て撃ち落とすしかない。既にほとんど解放されつつあった二つの極大魔法のうち、急遽片側を迎撃へと転用する。

ぶつかり合う雷と光弾。無数の衝突音と破裂音は重なり合い、一つの衝撃波となってナギのバランスを崩した。

 

「ぐぅッ、左腕(シニストラー)解放(・エーミッサ・)固定(スタグネット)(キーリプ)(ル・アス)(トラペー)』!!」

 

だが。これは好機。

古菲を模した鬼神兵は、体勢こそ立て直しているものの距離が離れた。明石祐奈を模した方も、さすがに魔法禁止弾という特殊な攻撃の連発は出来ないのか、照準を解いて銃口を降ろしている。

この千載一遇のチャンスを物にすべく、ナギはそのままの体勢で残り二発の切り札のうち、片方を解放し——

 

「っ!! 違う!?」

 

そこで気がついた。敵は三体いるのだと。

 

(あと一体!龍宮隊長を真似していたのはどこに——)

 

素早く視線を巡らす。前後上下左右、どこにもいない。

だが、得体の知れない警告音が頭の中で鳴り響く。

 

 

 

その時、拳銃を構えていた鬼神兵が、横へと飛びのいた。

 

そしてナギは目撃する。

その背後、鬼神兵(みかた)で生み出された死角で、()()()()()()()()()()()()()()()、残りの一体を。

 

 

 

それは、彼が初めて交わした仮契約だった。

 

あの時は、お互い血が繋がっているなど思いもせず、ただクラスメイトを傷つける吸血鬼を止めるために、口づけを交わした。

 

京都では、攫われた親友を助けるために、魔払いの力で奮戦し。

同じ師の元で修行し。

世界の変革を目論むクラスメイトを止めるため、共に時間を飛び越えた。

 

そして、魔法世界。

自分の彼女の血が深く関わるそこで、いきなりテロで離れ離れになり、修行の果てに再会し、気が付かぬうちに攫われた。

そして、囚われた彼女を救いだし、世界の滅亡を止めるため、あの決戦の墓場へ、皆の力を合わせて踏み込んだ。

 

 

語り始めればキリがない。

思い出せばとめどなく溢れる。

愛した伴侶ではないけれど。それでも彼女は愛した"家族"だった。

だから、たとえ模造品といえど。彼がそれを見間違うことはなかった。

 

 

 

 

「ハマノ、ツルギ——」

 

『——模倣(デールイシュウス)無極而(トメー・アルケース・)太極斬(カイ・アナルキアース)

 

 

 

 

 

交わされるはずのない言葉が響き、

 

 

魔物(ナギ)の体を、破魔の閃光が飲み込んだ。




・今日の星座②

ペガスス座は秋の夜空に輝く比較的明るい星で構成された星座で、その中でも明るい方からα星、β星、γ星、そして元々はペガスス座のδ星だったアンドロメダ座α星の四つを結ぶと綺麗な四辺形になり、『秋の大四辺形』として知られています。ただ注意して欲しいのは、「ペガサス座」は誤りで、正しくはラテン語読みの「ペガスス座」です。
ペガサスは白い体に白い翼を持つ伝説上の生物で、ペルセウスがメドゥーサの首を切り落とした時に流れた血から産まれました。そこから飛び立ったペガサスは後に勇者ベレオポーンの愛馬となり、怪物キマイラ退治などに大きく貢献します。
しかしベレオポーンは増長し、神の仲間入りを果たすべくペガサスに乗って天を目指します。怒ったゼウスは駆けてくるペガサスに(アブ)を差し向け、それを嫌ったペガサスは身を捩り、天への道半ばでベレオポーンを振り落としました。その後、ペガサスはゼウスの雷の矢を運ぶ役目を任されたと言われています。
増長した勇者を地へと落とす。それを乗り切れるかどうかが、"勇者"と"英雄"の分かれ目なのかもしれません。



命と重傷の大安売り、これが不死者の戦い方。

果たしてナギは無事なのか? そしてリーナの秘策とは?
次回!vs3-A鬼神兵、決着(予定)——!!


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第六十六話 エリダヌス座の雷光

もはやそれを、斬撃と称するのは無理があるかもしれない。ただ飛ばす際に剣を振ったというだけ。そこに剣である必要を示す要素は、ある一つを除いて存在していない。

 

——黄昏の姫御子(神楽坂明日菜)がそうしていたという、ただ一つを除いて。

 

 

(————ッ)

 

 

目前に迫り来る光の壁が、体勢を崩すナギの一瞬を無限へと引き延ばす。雷と化していないのにも関わらず思考だけが加速し、世界がスロー再生へと変貌した。

それは、本能的に、もしくは(かつ)ての血統的に感じった「白」の力の鱗片がナギに見せた、一種の走馬灯なのだろう。

 

(——呑まれたら死ぬッ!!爆発(ディスプロード)ッ!!)

 

逡巡、そして決断。

ナギは一瞬先に迫る死滅の極光から逃れるため、固定中の千の雷を、()()()()()()()()()()

 

「ガ——」

 

その爆風によって吹き飛ばされ、無極にして太極を体現する極光の斬撃から逃れた——なんて都合のいい話はない。

光は目の前まで迫っていたのだ。そこから爆発させたのでは、完全に逃れる為には遅すぎる。

 

光は、まるでスプーン1杯の砂糖に消火ホースの放水をぶつけたかの如く、一切合切の抵抗を許さずに、大魔法すらも耐えきるナギの障壁を消し去った。

そして次に認識した時には、ナギも、その体へと叩きつける爆風を生み出した二つの極大魔法も。彼の視界全てを光は飲み込んでいた。

 

「ガァァァアアアッッ!?」

 

その名は、無極而太極斬。

救星の英雄ネギ・スプリングフィールド第一の従者にして魔法(ムンドゥス)世界(・マギクス)最古の王国の女王、神楽坂明日菜が、その手に持つ獲物から放つ虚無の白光である。その光に穿たれた「魔」は、例え"法"であれ"物"であれ、ただの一撃で問答無用に消し飛ばす。

流石に魔法無効化能力(マジックキャンセル)の本質は再現など出来ようもないのか、鬼神兵が放った模倣の光はナギを完全に消滅させるには至っていない。だがそれでも、莫大という言葉でも1%も表現できないサイオン流でありとあらゆる魔法を塵芥のように吹き飛ばし、その(サイオン)に練り込まれた退魔の波動(プシオン)はナギの不死の根源を錆び付かせる。

もはや絶体絶命。あと1秒もすればその光は彼の芯まで焼き尽くすだろう。そうなれば復活までにどれだけ時間がかかるかなど想像もつかない。100年、200年……いや、場合によってはこの世の終わりまで肉体を失うことになるかもしれない。

 

「ガ、ハ——」

 

だがそうなる前に、彼は光の中から抜け出した。

何てことはない。不完全な光はこの世に在らざる「魔」を塗り潰すが、既に確定した「現象」までは手が及ばなかった。それだけだ。

意図的に暴発させた雷はその役割を正しく果たし、ナギの体に下向きのベクトルを加えていたのだ。

 

但し、抜け出しただけでは足りない。1秒にも満たない光の直撃は、たったそれだけでナギの不死性に重大な障害を与えていた。

()()()わけではない。しかし、体内に焼き付いた無色にして白色のサイオンが、再生能力を著しく低下させている。これでは無抵抗のまま墜落し、戦闘不能になるだけだ。復活するのは数時間後か、はたまた数ヶ月後か。

 

ただ一つ言えたのは、それでは鬼神兵を引きつける役目を果たせないことだけ。

 

解放(エーミッタム)ッ、雷の暴風ッッ!!」

 

だから、ナギは()()()()

意図的に体表で生み出された雷嵐は、彼の肉体の悉くを吹き飛ばしていく。"体"という概念を塵へと変えてゆく。

そうして体内にある対不死毒(サイオン)を体ごと吹き飛ばしたナギは、1秒とかからずに地上で肉体を再生させることに成功させた。

 

「ぅ、——。ッ!」

 

意識が一度完全に落ちていたからか、若干頭がフラつく。

だが敵はのんびりと落ち着くことを許してくれはしなかった。気がついた時には周囲に影が落ち、全力で飛び退けばそこに巨大な脚が突き刺さる。

 

「——っ、こっちだ!」

 

飛び退いたナギは、それまでと打って変わって逃げの一手を指す。もちろん、鬼神兵を自分に引きつけるという最低限の役目は果たしてだが。

それも致し方ない。今、彼のストックしている「千の雷」はたったの一発。装填したところで思考加速もできない不完全な雷化しかできず、それではカウンターを貰うのがオチだ。

 

(この敵相手に極大呪文を詠唱してる時間はない!この一発は倒すために使わなくちゃ——くッ!!)

 

活歩からの震脚。突き出された巨拳を、空中を蹴ることで紙一重で回避する。そのまま、再度虚空を蹴って敵の間合いから抜け出す。

先程は終始一方的だったとはいえ真正面で打ち合った。だがそれは、隙さえ出来ればある程度倒す目処が立っていたからだ。今の追い詰められている状況では、まず作戦を立てるところからやり直す必要がある。

 

(どうする!? 雷の暴風もあと5発、それでもあの障壁を突破できるかどうか……雷神槍なら倒せるだろうけど、アレも融合させてる時間がない!!)

 

避けられる距離、だが離れすぎないように警戒していた鬼神兵の背後。そこから矢が飛んできた。

いや、それは矢ではない。サイズ感で狂わされていたが、それは槍だ。雷で編まれた——雷の(ヤクラティオー)投擲(・フルゴーリス)

この鬼神兵たちが白き翼、その中でも特に3-Aを模しているのだと仮定すれば、その使い手は二人。"自分"を除けば実質一人だけだ。

 

「ヤバっ!!」

 

眼前に構えるは、彼の拳法の師であり最強の拳法家、古菲。その模倣。

その背後に控えるは、不思議なジュースを愛し、彼にとって唯一に近い直弟子と言える魔法探偵、綾瀬夕映。その模倣。

 

この組み合わせはマズイ。降り注ぐ槍の雨の隙間に身を捩り込ませつつ、ナギは戦慄する。

——まほら武道祭、タッグマッチ殿堂入りコンビだ。

前衛後衛の役割分担が明確で、それに反し個々の戦闘能力でも非常に高い水準を誇る。例えサイズが人間並みでもナギ一人で相手をするのは骨が折れる、3-A屈指の名コンビの一つだ。

かといってこちらに集中しすぎて、遊撃として少し離れたところで再び大剣を振りかぶっている鬼神兵を意識から逸らすわけにはいかない。そんなことをすれば再び極光に呑まれるのは明白で、今度こそ完全にダウンする可能性がある。

 

(考えろ!一体どうすればこの鬼神兵たちを倒せる!?)

 

ギリギリの綱渡りで距離を保ち、嘗ての教え子と同じ動きをする巨神たちの攻撃を避けながら、ナギは師たちに絶賛されたその頭脳を回転させる。

 

持久戦に持ち込めば、ナギに分があるはず。

不死者であるナギには肉体の疲労や負傷など関係なく、精神力さえ震い立たせれば文字通り「無限」に戦える。対して鬼神兵はあくまで「兵器」なのだから、いつかは魔力(エネルギー)切れを起こす。これだけ動き回ってるのなら尚更だ。

 

(——いや、違う)

 

前衛が違う。それは、()()()鬼神兵の場合だ。

『完全義体サイボーグ』という新たな不死者の基礎を作り上げた一人、超鈴音が製造したのなら、そのような単純な欠点が残されているとは楽観できない。

 

第一、敵は零落したとはいえ「神」だ。

神とは、人々の信仰によって形成される「ルール」の一種。「鎮火」で信仰されるなら炎を操り水を従え、「武」で信仰されるのならその力は他の神々ですら比肩にならない。

そして、打倒するにしろ従属させるにしろ、どちらにせよ「災厄」より強いことが神にとって第一の"()()()()"だ。いくら人に寄り添って生きようともナギは魔物の一種、そして魔物とは「災厄の化身」という側面(しんこう)がある。

鬼神兵の核となる神が信仰を失い無色に近い神だからこそ、鬼神兵は神という存在の定義の根幹が強く表面化し、「魔物(さいやく)」と対するときは魔力を世界から無尽蔵に近く搾り取れる。

もちろん、尽きることのないエネルギーを得たところで使い方が拙ければ魔物に負けることもある。正しい使い方をしたとしても、魔物の側が桁外れに強ければ負けるだろう。あくまで種として平均的な強さでの不等号であり、必ずしも魔物が神に勝てないというわけではない。

だが、今、こうして魔物(ナギ)が戦うことで敵の活動に終わりが見えなくなっているのは事実だ。かといって、ナギが戦わなければ少なくない人的被害が出るだろうが。

 

力は絶大。速度は迅速。技は多彩。判断も連携力も桁違い。しかも底がまるで見えない。

あまりに強大すぎる敵に、ナギの思考は単純にして絶望的な結論を弾き出した。

 

 

(……ダメだ。勝てな)

『——聞こえますかっ!?』

 

 

それを認めようとした瞬間、ナギの耳に女性の声がはっきりと聞こえた。ここは空、それも高速で飛び回っている真っ最中。周囲に人影など一つもないのにも関わらず、だ。

だからナギは、それを自分の幻聴だと思った。

 

『聞こえますか!?聞こえてたら返事をしてください!』

 

だが、再度響く声。必死を孕んだそれに、漸くナギも気がついた。

 

(耳穴の中の空気を振動させて声を届けてるのか!)

 

それは、ナギの扱う魔法では不可能な技。イメージが何よりも重要な彼の『魔法』では、面識も契約もない相手とは念話すら出来ないのだから。

だがしかし。今この世界に認知されている"魔法"ならば、それは不可能ではない。双眼鏡でも知覚魔法でもいい。どうにかして対象さえ指定できれば、距離も物理的な壁も越えて魔法をかけられる。特に今のように、魔法師(ナギ)の体外にありつつも体から相対的な座標を指定できる位置に魔法をかけるならば、情報強化も魔法障壁も無視できる。

 

「く、解放・雷の暴風(ヨウィス・テンペスターズ・フルグリエンス)!!」

 

声に僅かに意識を持ってかれた隙をついた鬼神の「雷の暴風」を、ナギも同じ魔法を解放して相殺する。否、流石に同種の魔法ではナギに勝てないのか、僅かにだが押し返した。

隙という隙は生じないほどの小さなものだったが、この戦闘で初めて届いたナギの反撃。しかし、ナギはそれに固執せず、すぐにその場を離れる。

その刹那、ナギの背後を破魔の極光が貫いた。

 

「——大丈夫です!聞こえてます!!」

 

やはりこの状況は一方的にナギの不利である。声の主もそれが分かっていない筈がない。そんな中、ナギの集中を切らすリスクを冒してまで声をかけたということは、なんらかの策があるということだ。

ナギ一人では勝ち目などない敵も、魔法師なら何か突破口を見つけられたのかもしれない。少なくない希望を抱いてナギは返答する。それに相手も答えた。

 

『良かった! スターズ所属、シルヴィア・マーキュリーです!()()()より作戦を預かっております!』

「っ——」

 

スターズの総隊長。それは世界に知れた戦略級魔法師の一人、アンジー・シリウスに他ならないことをナギも知っていた。

だが、ビッグネームによる躊躇は一瞬。そもそも彼は、魔界の姫だの魔法世界最古の王国の女王だの、周囲にビッグネームには事欠かない生を送っていた。今更十三使徒の一人が出てきたところでどうということはない。

 

 

「——お願いします!」

 

 

打開の鍵が、ナギに届けられた。

 

 

………………

…………

……

 

 

「——ダメです!」

 

その場に主人なき声が作戦を伝えきった瞬間、ナギはそれを拒否した。

確かにそれは有効な手段なのかもしれない。だが、それは()()()()()

 

「分かってるんですか!? それで倒せるのは()()()()()()

そうしたら——あなた方が死ぬかもしれないんですよ!?」

 

確かに、今の状況、何がナギを追い詰めているかというと、敵の「数」が最大の要因だ。敵単体が如何に強力といえど、一対一、もしくは二対一ぐらいまでなら隙を作り出し勝つことも不可能ではない。

だが、三体というのが厄介だ。典型的な前衛後衛だけなら対処の方法も山ほどあるが、そこにフォローとなる一体がいると全然違う。先ほど、自らの切り札発動の隙を狙い撃った極光のように。

 

その数という絶対的な差がなくなるのなら、なるほどこの絶望的な状況も大分好転するだろう。

しかし、それによって鬼神兵が魔法師たちの危険性を認知してしまえば、今、ナギがこうして身を削って引きつけている全てが無駄になるかもしれない。一つだけしかない彼らの命がそこで絶たれるかもしれない。

鬼神兵たちはナギ個人を狙っているわけではなく、ただ単に、今一番彼らにとって危険なのがナギというだけなのだから。それ以上に危険な因子が現れたのなら、そちらを先に対処するだろう。

 

 

『それも分かっての作戦です』

 

 

だが、それでも声の主は断言した。

 

「——ッ!?」

『私たちも、命が惜しくないわけではありません。例え誰がなんと言おうと私たちも人です。今すぐこの場から逃げ出して、安全な地で生き延びたいという思いだってあります……』

 

ですが、と。

近くて遠く、軍病院にいるという声の主は、力強く、確かな声で想いを発露した。

 

『ですが、自国を守る矢面に貴方のような少年を立たせ、自分たちがただ棒立ちしているのを良しとするほど、落ちぶれた人間ではありません!』

 

その声には、ただ覚悟だけが込められているわけではなかった。

それは、悔しさ。できるならば残りの二体も倒したい。いや、本当ならばナギに戦わせず自分たちで三体ともどうにかするべきなのに、ナギに任せざるを得ない自分たちの力不足に、強く強く奥歯を噛み締めている。

 

「————」

 

ナギは、それでも躊躇した。

不死者であるナギにとって、己の命の観念は普通の人間に比べて軽い。だからこそ自爆や捨て身の作戦も取れる。

だが彼は、自分以外の命には必要以上に強く肩入れする傾向がある。吸血鬼の派生である魔族にあるまじきそれは、彼の心に焼き付いた原初の光景によるものであり、そして()()()()の後遺症なのだろう。

そんな彼が、他人の命を賭ける作戦を、素直に受け入れられるわけがない。だから、再度拒否の為に口を開こうとして——

 

「やっぱりダメ——」

『いいからサッサと受け入れなさいよ!!』

 

声が変わった。

明らかに苛立ちを湛えた、ナギもよく聞き覚えのある声に。

 

「リー、ナ?」

『ナギと比べたら遥かに弱いのかもしれないけど! それでも、ワタシたちだってそう簡単に死ぬほど柔じゃない! ナギの"お荷物"になんてなってやる義理はないわ!』

 

強がり、それもあるだろう。ナギですら不死を利用してまで戦わなくてはいけない相手だ、例え口でなんと言おうとも、リーナたちに絶対と言える根拠はない。

だが、それでも彼女は、いや彼女たちは、絶対に生きてみせるという強い意思を持ってナギの背中を押した。ここで背に抱える命を守って死ぬ為ではない。必ずその場所に戻るために、()()()()()()()()()という覚悟を決めて。

 

それは、不死者(ナギ)が失って久しい力であり、限られた命を持つ"人"にしか存在しない力。

不死者は永遠を恐れ、喪失と孤独を恐れて死を望む。"若い"不死者は必ずしもその限りではないが、100年200年と生きるにつれてどうしても強くなってしまう願望だ。比較的若いとはいえ、ナギもその例外ではない。

その対極にあるのが、「生きたい」という人の切望。限られた生であるがゆえに、人間は今を謳歌し、未来を渇望する。

だからこそ、彼らが生き抜くと覚悟を決めたのなら、その力は時に運命をも凌駕する。それを体現した父、そして仲間を持っていたナギは、それをよく知っている。

 

(そうだ。あの時も、あの時も。何時だってそうだった——)

 

いつの間に、彼らを見下していたのだろうか。

何かを成し遂げるのは、必ず「人」の力なのだ。未来を見据え、先へ先へと向かう歩みを止めない彼らの力が、魔物や神すら届かなかった領域へと世界を進ませる。

そんな彼らを、何時から「守るべき弱い者」と決めつけていたのだろうか。人の手を借りて、力を借りて、共に命をかけて戦ってここまで来た自分が、なんでそんなことすら忘れていたのだろうか。

 

「——お願い!」

 

だからナギは、信じた。

人の力を。魔法師の力を。

そして、共に敵に立ち向かおうと立ち上がった、仲間たちを。

 

『任せなさい!』

『90秒後に決行します、それまでなんとか耐えてください!』

「大丈夫、90秒なんて一瞬ですよ!」

 

強がりではない。永き時を生きるナギにとっては、高々1分半など何てことはない。

それに、頼れる仲間がいる。それだけで、ナギは絶望に染まりなどしない。

 

「まずはっ!」

 

大気を軋ませる拳を避け、降り注ぐ光の矢を雷を纏った暴風で薙ぎ払い、ナギは進行方向を直角に変えた。

進む先には——大剣を振りかぶった鬼神。

 

(見極めろ!剣を振る動作があるなら、動作なしで無効化フィールドを展開してくるアスナさんほど厄介じゃない!)

 

距離を詰める。例えワンクッションで剣を用いようが、直射砲型の攻撃をしてくる相手と戦うなら悪手。

だが、()()()()()

 

「——来たっ!!」

 

斜め下から僅かにナギの下半身寄りに放たれた光の斬撃を見て、ナギは()()()()()

 

『————』

「————」

 

無機質なアイカメラと視線が交わされる。物言わぬはずのそれにかすかな困惑が宿った気がして、ナギは不敵な笑みを浮かべた。

タイミングを計り、放たれた光。瞬動で避けられるのは上か横だけで、下へは避けられない。だったら、瞬動以外も使って避ければいい!

 

「雷の暴風ッッ!!」

 

誰もいない上空へ向けて、いや、ナギの背後から飛び上がっていた野太刀を構えた鬼神兵へ向けて、雷嵐が放たれる。それはいとも容易く切り払われたが、反動を使って光を避けるという目的は達せている。問題ない。

ギリギリまで引き付けられたことも合わさって、ナギはもう大剣の間合いの内側だ。

 

(無極而太極斬は剣先から飛ばす技、剣の間合いの内側が一番安全な場所!)

 

ナギの教え子達は皆、個性豊かで多彩だった。が、不死の魔物であるナギが絶対的に注意しなくてはならないものは、実は限られる。

 

明石祐奈の魔法禁止弾。

綾瀬夕映の封印魔法。

神楽坂明日菜の魔法無効化能力、無極而太極斬。

桜咲刹那の斬魔剣、"二の太刀"。

龍宮真名の浄魔弾、時間跳躍弾(B.C.T.L)

長瀬楓の昏睡符術。

那波千鶴の(ネギ)……民間療法モドキ。

 

この内、封印魔法と昏睡符術に関しては万が一掛かりかけても抵抗できる。体格差のためネギが後ろから刺さることもないだろう。魔法無効化は剣だけで本体までは及んでいない、でなければ「鬼神兵を動かすための魔法」も壊してしまう。

となると実質的に残り四つ。そして、それらを使う可能性のある鬼神兵がどれかは、()()()()()()()()

その内、剣を使う師弟を剣の間合いまで引き付けたことで、片方が兼任していた狙撃手の危険性は封じ込められた。魔法禁止弾もこのような至近距離での乱戦目掛けては使えまい、アレは仲間の鬼神兵にも致命的なのだから。

では剣を捨てられたら……という可能性もないだろう。すでに間合いの内側に潜り込まれた状況で剣から別の武器へ持ち変えるのは隙が大きい。片方が剣を使うなら、同士討ちを防ぐためにもう一方も剣を使うしかない。

つまり——

 

「今、この状況なら剣だけに集中できる!!」

 

もちろん、斬られれば終わりだ。特性的に防御もままならない。何を差し置いても回避に専念せざるをえなくなり、そのせいで攻撃にも移れない。

つい30秒前までは選択できなかった、ただの時間稼ぎ。だが、こちらにも仲間ができた今なら、彼女達が打開のために死力を振り絞っている今ならば、これが最善の選択だ。

 

(残り50秒——)

 

これだけ巨大なのにもかかわらず見事に薄い刀の側面を蹴り飛ばし、その反動で左後方から迫り来る大剣を避ける。

 

(残り40秒——)

 

野太刀を振るう鬼神が太腿から小太刀を引き抜き、振るう。更に手数が増え、攻撃の密度が跳ね上がる。

 

(残り30秒——)

 

咲き乱れる桜のような無数の超音速の雲の中、右へ左へ、瞬動や解放した中級魔法の反動すら利用して刃の弾幕から身を翻す。

 

(残り20秒——)

 

離れたところに構える鬼神兵(明石祐奈)が引き金を絞り閃光弾が放たれるも、それは予想済み。対目眩し魔法によって防ぐ。

 

(残り10秒——)

 

既に、ナギの身には細かい裂傷が数えられないほど刻まれている。障壁など全て切り裂かれ、それでも彼はただ信じて致命の剣戟を避け続ける。

 

そして——

 

『あと5秒!』

「了解!解放(エーミッタム)!!」

 

ついに聞こえたシルヴィアの声に、ナギはストックしていた中級精霊(デコイ)全てを解放した。

 

「4——」

 

一瞬、されど一瞬だけ出来た隙を突き、瞬動で一気に剣閃の包囲網を離脱する。抜けるは——上。

 

「3!解放(エーミッタム)・雷の暴風!!」

 

対処の隙など与えない。ギリギリ二体の剣が届かない位置まで移動したナギは、その瞬間に大魔法を撃ち放つ。雷の暴風、残り1発——

 

「2——」

 

雷嵐が向かうは、一人構える銃使い。同時に、三騎全ての瞳が本物のナギを捉えた。

 

「1——!」

 

顔面の障壁に直撃し、ダメージこそないものの踏鞴(たたら)を踏むように左足を後ろへ下げる一体。

ナギの眼下には、ナギを確実に仕留めようと己が獲物を振りかぶり、足りない距離を埋めるため一歩を踏み込もうとする二体。おそらく、繰り出される剣技の鋭さは先の比ではない、鬼神にとって必殺の一閃。

 

そして。

鬼神兵三体の足が、同時に大地を捉えるその瞬間——

 

 

「ゼロッッ!!」

 

——大地から、"摩擦力"が消失した。

 

 

確かに地を捉えた三つの足は地を掴むことが叶わず。巨体を支えていた残りの足も、まるで氷の上を滑るかのように地を離れた。ナギを捉えていた剣閃も、完全に軌道を逸らされ空を斬る。

 

魔法師にできて、魔法使いに出来ないこと。その一つがこれだった。

イメージだけで魔法を使う魔法使いは、逆に言えばイメージできないことは魔法にできない。「摩擦力」などという目に見えない力だけを、目に見えないように0にするなんて芸当は出来るわけがない。

逆に、摩擦力を近似的に0にする魔法は、魔法師たちの中では一般的だ。車輪で走行する輸送機械を行動不能にする「(ロード)(・エク)(ステン)(ション)」などの魔法が有名である。

 

改変する範囲こそ広いとはいえ、「1()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()0()()()()」という領域魔法なら、たとえ起動式がなくとも自力で構築できる。

USNA最強の魔法師集団、スターズならそれが出来る。

 

解放(エーミッタム)ッ、千の雷(キーリプル・アストラペー)ッッッッ!!」

 

これを逃したら後がないほどの絶好のチャンス。

大剣を持つ鬼神兵へ、最後の極大魔法が解放された。

ナギの全力を持ってして鬼神を焼き尽くさんと、千雷が疾る。倒れ込むその鬼神に抗う術はなく——

 

 

『——斬雷剣』

 

 

もう一体、至近で倒れようとしていた剣士の鬼神兵が雷を切り裂いた。

無理な体勢、無理な状況からの一撃だったためか、雷を完全に斬り止めるには至らず、迸る雷霆は大剣を握る鬼神の障壁を砕く。

いや、雷を切り裂く剣閃は、必滅の雷をただのそれだけに止めさせることに成功した。感情のないはずの兵は、まるで誇るような雰囲気を纏って大地へとその身を打ち付ける。

 

「————はは」

 

だが、ナギの顔からは笑みが消えない。否、そもそも視線が鬼神を捉えていない。

その魔眼は、()()()()()こちらへ飛んでくる()()と、こちらへ穴のない銃口を向けている少女を、確かに映していた。

 

「解放、()(くじら)穿(うが)()(もり)(とばり)!」

 

それでいい。彼はこの作戦の主役ではない、あくまでお膳立てなのだ。

その役目を十全に果たすべく、対人外用拘束術式で鬼神を大地に縫い付ける。

 

 

「——リーナ!今だっっ!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふぅ——」

 

リーナは一つ息を吐く。その間も、視界には仲間によって射出された33tの鉄球を捉え続けて。

 

これから()()魔法を使うというのに、不思議なほど心は静かに澄んでいる。……いや、違う。魔法を使うというのに、だ。

彼女にとって、魔法とは戦力だった。幼い頃からそう教えられ、建前はともかく人を殺す力であるということを大前提に使ってきた。それは軍に入ってからもそうだし、リーナが望まずともこれからもそうなのだろう。

だが。今この時、この瞬間だけは、誰かを守るためだけに魔法を使っている。ボストンの住民、この病院で治療を受けている仲間たち、そして最前線で身を削って戦い続けたナギ。彼らを傷つけようとする"モノ"を、彼女自身の手で、彼女自身の決断で魔法を以って殲滅する。そこに、傷つく人はいない。

 

(ああ、今ならサクラが言っていたことが分かる——)

 

誰かを守るために自ら振るう力とは、こんなにも誇らしいものなのか。誰かを傷つける(コロス)時のような後悔も、胸を締め付けるような罪悪感もない。力に頼るだけでは好ましくないだろうが、少なくとも力で誰かを傷つけることとは比べ物にすらならない。

ああ、本当に最高の気分だ。今なら過去最高の魔法が使えると断言できる。例えこの手に持つのが借り物の照準補助装置で、例えCADによる術式補助が受けられなくとも。視界はかつてないほどクリアで、今か今かと着弾を待っている。

 

 

だから、なのだろうか。

こちらと垂直に倒れた標的の、こちらへ向いた機械仕掛けの瞳に。嫌な予感が頭を過ぎったのは。

 

 

「な————」

 

瞬間、それは的中した。

無数の黒い槍のようなものに身体中を穿たれ、地へ縫い付けられたその巨人は、あろうことか()()()()()()()()飛んでくる鉄球を掴み取ったのだ。

『ロケットパンチ』——そんな一世紀前のロボットアニメ発祥の単語が頭に浮かぶ。

 

(なん、で——)

 

浮かんだのは当然の疑問。

飛ばしたのは、直径2mというだけの、なんの変哲もない鉄球だ。全長100mはある巨人に比べればピンポン球程度のもの、()()あの段階では大した危険性もなかったはずなのだ。巨人にとって、(なにか)を犠牲にしてまで止める必要なあるものではないと考えて作戦を——"作戦"?

 

(まさか!作戦が読まれたのっ?!)

 

確かに、そう考えると辻褄が合う。

唐突に余裕が出たナギの動き。そのナギが絶好のチャンスで使ったおそらく切り札であろう魔法を軽減されても、動きを止めず"拘束"する。

敵からすれば全く筋の通ってないこの流れで、なぜだかよく分からない無駄に思える攻撃が来た。となれば、そこに何らかの隠し玉が潜んでいるのではないか——、そう危機感を抱くのは当然の思考だろう……それを機械が一瞬で出来るのか、という根本的な疑問は残るが。

 

(まずっ!一体どうしたら——)

 

握り締められたことで、リーナの視界から鉄球が消えた。位置はわかるので魔法の発動はできるが、距離が離れすぎてるので巨人を完全に落とすのは無理がある。

かといって二発目の弾などなく、仮にあったとしても、今から飛ばしてたのでは着弾する前に至近にいる一体が起き上がって防ぐだろう。障壁が再展開される可能性もある。

だが、リーナの魔法には金属が必要不可欠で——

 

 

(——いや、金属はある!)

 

 

そう、あるのだ金属は。

——標的の体そのものという、巨大にすぎる塊が。

 

(対象変更!範囲指定——発動!!)

 

躊躇する時間などない。無意識領域に落とされようとしていた鉄球の位置情報を破棄し、新たに巨人の一部を指定して魔法式を構築、イデアへと投射し——

 

(何よ、こいつ——!?)

 

その、圧倒的とも言える情報強化の干渉力に、戦慄した。

 

それも、仕方がない。

再び言うが、鬼神兵は零落したとはいえ神だ。その情報次元への干渉力の強さは、所詮無数に存在する人の一人でしかないリーナなどとは比べるまでもない。

そんな存在が当たり前にいるからこそ、「魔法使い」は物理攻撃を介する方向へ魔法を進化させていったのだ。直接の情報改変、ましてやそれも本体への改変の成功など、不可能を通り越した先にある。

 

 

(…………(によ)

 

そして、そんな理屈など知らなくとも、リーナは直接試みたことでそれを理解した。理解などしたくなくとも、魔法師としての感覚で否応なく突きつけられる——

 

 

 

「だから何よ!!」

 

 

 

だが、それでも彼女は諦めなかった。

無理だ。ただの悪足搔き。やったところで消耗するだけ損。理性も、本能もそう告げる。

——()()()()()()()

無理でも、悪足掻きでも、損でも。今、彼女の背には守るべき人たちがいるのだ。だったら諦めてなるものか。神?巨大兵器?そんなこと知ったことか——!

 

「ワタシが背負ってるのはそんなものよりも遥かに重いのよ!! なんでもいいから——」

 

握りしめる掌で借り物のCADが悲鳴をあげる。脳が焼き切れそうなほど唸りを上げ、ウダウダ言っている理屈を押しのけ、たった一つの叫びを全力で轟かす。

 

 

 

「届けぇぇえええッッ!!」

 

 

 

それは、起こるべくして起こった奇跡だった。

神とは人の信仰(思い)を集め、形作られる者。質量体と密接に結びついた人や、霊子(プシオン)も多少の糧にするがあくまで本人の精神が本体である魔物などとは違い、その思いの形によって姿形すら変貌させる者、それが神。

そして、鬼神兵の核となる神は、信仰を失い名を失い、ただその莫大な容量のみを残している神々だ。言うなれば純粋に「神」を突き詰めた無色の神であり——無色がゆえに、染まりやすい。

 

だから、リーナの強い想いがこもったその魔法式が()()()()()()()()()()()()()()神々の肉体へと届いたのは、魔物(ナギ)では決して起こり得ず人間(リーナ)だからこそ起き得た奇跡。

 

 

「いっ、」

 

リーナには、そんな細かい理屈は分からない。それを推測できるだけの知識もない。

だが、"届いた"ことだけは理解できた。それだけで十分だった。

 

「けぇぇえええッッ!!」

 

 

投射された魔法式が、その役目を果たすべく世界を改変する。鬼神の背の一部分、重量にしておおよそ30t分の合金の電子を全て放出、拡散させる。

 

——『ヘヴィ・メタル・バースト』

 

全力で扱えば戦略級とされるその魔法は、確かにリーナの意思を完遂し——

 

 

巨大なプラズマが一体の鬼神兵を内外から呑み込み。

見事、その機械仕掛けの体の八割を蒸発させた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

術式統合(ウニソネント)——」

 

ナギは、その光景を驚愕の面持ちで見ていた。

鉄球を止められた時は最悪の状況に体が止まりかけたが、それでもリーナの瞳が覚悟を失っていなかったことで踏み止まれた。それでも、まさか鬼神を変質させるほどとは思ってもみなかったが。

だが、現実にそれが起きた。そして今、彼の眼下には、仲間を失い動きを止める鬼神兵がいる。状況の把握のためか、はたまた無いはずの感情によるものかは分からないが、それでもこれを逃す手はない——!

 

雷神槍(ティタノクトノン)(ツー)暴風(ヤクラーティオー・)(ウォルテ)螺旋槍(ィキス・テンペスターティス)』!!」

 

まるで巨大な杭のような、螺旋状に溝が入った槍を身を起き上がらせたばかりの巨神へと全力で突き出す。気付き、障壁を強化したようだが……この槍の前では無意味に等しい。

 

「螺旋槍は敵を抉り穿つ! たとえ鋭さだけでは貫けなくても突き進むッッ!!」

 

そう。それがこの槍の特徴。その螺旋が示すように、まるでドリルの如く障壁を、そして敵をも削り突く。一点突破の火力では貫けない、分厚く、硬い障壁を突き抜ける時こそがこの槍の真骨頂だ。

障壁の性能任せの防御を貫き、螺旋の槍は鬼神の胸板へと突き刺さった。当然、それだけでは終わらない。

 

解放(エーミッタム)(トゥルボ)(ー・フル)(ゴーリス)(・ペル)(フォラー)(ンティス)!!」

 

槍の石突きを蹴り僅かばかりの距離をとると、ナギは槍に封じ込められていた雷嵐を解放した。

まず暴風が螺旋の槍から吹き荒れ、ランダムに変わる高圧の風と真空の凪が空間を球状に抉っていく。そして、その中心に雷球が生じ——爆発した。

これこそが融合呪文最大の攻撃、防御などない敵の内側からの大魔法だ。

 

「よし!」

 

吹き付ける暴風に流され、それに混じり飛ばされてくる金属の塊を捌きながら、ナギは会心の笑みを浮かべる。

胴を穿たれた鬼神は上半身と下半身が分かれ、微かばかりとはいえ感じていた神気は完全になくなった。体と魂を繋ぎ止めていた術式が吹き飛んだのだ、もう復活の可能性はない。

これで、残るは一体。使い勝手のいい大威力の魔法は使い切ってしまったが、一対一なら補充の隙は十分にあるはず、問題ない。

 

 

「————ッ!?」

 

 

そんなナギを嘲笑うかのように、最後の一体の口が開かれた。

()()()()()()()()()()。それは、鬼神兵にとって最大の攻撃が可能となった証。

 

(主砲のチャージが終わったのかっ!?)

 

この口内から顔を覗かせている砲門には、魔力(サイオン)の輝きが僅かに漏れ出ていた。それもナギの予想を裏付ける。

だが、そうと分かっていれば避けられる。まさか砲門から直角に出るなんてことはないだろうし、顔の向きを考えれば射線は特定でき——

 

 

 

「————」

 

ぞわりと、背筋を嫌な予感が貫いた。

あの鬼神兵と自分を結ぶ直線を伸ばせば——リーナたちのいる病院に直撃しないか?

 

(まさか、それを狙って?!)

 

ナギが避ければ、リーナたちが死ぬ。

ナギが受け切れなければ、リーナたちも巻き添えで死ぬ。

ならば受け止め切る——極大魔法に匹敵する一点集中の火力を、この予備程度の薄い障壁しかない状況で?

 

(——無、理だ)

 

視界の隅から迫り来る雷撃を横目に、ナギはコンマ数秒後の絶望を幻視した——

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その、ほんの1秒前。ナギが鬼神の胸に螺旋の槍を突き立てた瞬間。

達成感で倒れそうになったリーナは、残り一体が自分たちの方を向いている悪夢に気がついた。しかも、おあつらえ向きにナギがその間へ飛ばされようとしていることにも。

 

(ま、ずい!!)

 

リーナは、鬼神兵の主砲にチャージ時間が必要なことなど知らない。むしろ今までの常識外れな光景の数々を加味すれば、たまたま今まで撃たなかっただけでいつでも撃てるのではないか、とすら考えていた。だからこそ、1秒後にナギと自分たちが陥る状況に、そしてナギに突きつけられる究極の選択に、一足先にたどり着けた。

 

(どうすれば——?!)

 

リーナの手にあるのは、照準補助にしか使えない借り物の特化型CADと、ナギの護衛用に渡された汎用型CAD。

特化型には何が入っているのかなど分からず、そもそもリーナの為に調整されたものでない以上、中身の起動式はあてにならない。汎用型の中身は知っているが、有効と思えるほど強力な魔法など入っていないし、一から自力で組み立てたのでは間違いなく間に合わない。

 

(ナギに任せる? ううん、それじゃあダメ——)

 

理性的な思考で判断すればそうなのだろうが、何かに気づいた直感がそれを拒んだ。きっと、ナギにももう手札は残されていないのでないか、と。

 

(——そういえば、こっちから通信をとる前に逃げの体勢に入っていた。それはつまり、使える手札が残り少なかった事を意味してるはず——)

 

 

なら一体どうする? どうすればあの鬼神の攻撃を防げる?

……撃たれる前に破壊するしかない。砲門を壊せば内部で暴発して少ない労力でも破壊できるはず。

 

 

なら、一体どうする?どうやって砲門を壊せばいい?

……リーナにそれを実現する火力がない以上、そこはナギに頼るしかない。

 

 

なら、一体どうする?ナギも手札がない中、どうやって壊させる?

……プラズマの戦略級魔法師と電撃使いの魔法師、できることは互いに似通っている。考えろ。あるもの全て、使えるもの全てを利用して、この状況を打破できるたった一つの道筋を——!!

 

 

(——見つけたっ!!)

 

 

無限にも思えた刹那の思考の果て、リーナはCADのショートカットキーを押し込み、叫んだ。

あの気圧の変化の中、空気の振動を利用するシルヴィアの通信がまだ生きているのかは怪しい。それ以上に、ナギがその意図に気づいてくれるのかも分からない。

 

ただ、それでも気付けば叫んでいた。

起死回生の手段となりうる、その兵器の名を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

絶望に染まりかけたナギの視界、その隅。

そこにあったそれが、不自然な軌道を描いてナギの元に戻ろうとしていた。ナギはそこに誰かの魔法を感じ取り、闇く落ちかけた思考の中で首を捻る。こんな意味のない事、一体誰が——

 

『————』

 

声が、聞こえた。快活で、でも負けず嫌いそうな音を宿す、必死な少女の声だ。

それを咀嚼し、吸収し、理解し——ナギの眼に光が戻る。

 

(ありがとうリーナ!!——解放(エーミッタム)!!)

 

ナギはそれを両手で受け取り、左腕の魔法を解放する。

使うのは『白き雷』を10発。それだけでは鬼神兵の障壁すらも貫けない、ただの電撃だ。

 

——そう。電撃、つまり"()()()()()"だ。

 

金属塊を挟んだ両手を砲門へとまっすぐに伸ばし、左手から原子を真っ直ぐに投射、それを右手で吸収するかのように操作する。

二本のレールに挟まれた金属を通り、電気の流れができる。虚空に作り出された回路は、右腕を正極、左腕を負極として電流を形成する。

電気の流れがあれば、そこには磁場が出来る。その磁場は金属塊と反応し——ローレンツ(りょく)と呼ばれる力を生み出した。

その力は金属塊を前方へと加速させ、それを超音速の砲弾へと瞬く間に変貌させる。莫大なジュール熱が発生し金属塊をプラズマへと変化させようとするが、それは合金自体の耐熱性とそこに重ね掛けされたリーナの魔法によって封殺する。

 

——電磁砲。

 

電気の力で金属を砲弾と化す兵器。その魔法での再現。

電子を操るナギと、金属をプラズマにすることに深い経験を持つリーナが力を合わせたからこそ出来た、今ここで出来る究極の一撃。

 

 

 

「『いっ、けぇぇえええ!!!」』

 

 

 

近くとは言えない距離で、確かに力を重ねた、二人の声が重なる。

大気を焦がし、白い雷電を纏った砲弾は世界を縮めながら突き進み——寸分違わず、鬼神兵の口、その砲門を撃ち抜いた。

 

今まさに、撃ち出されようとしていた光速のサイオンは行き場を失い、鬼神兵の体内で莫大なエネルギーを生じさせて——上半身を吹き飛ばす大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

「終わった、のかな……?」

 

空に一人佇むナギは天へと立ち昇る光の柱を見つめ、ぼんやりとした思考で呟いた。

それでようやく実感が追いついたのか、達成感が押し寄せ……

 

「……はぅ」

 

それ以上に強く強襲してきた疲労感に身体をフラつかせた。

それに衰えを感じ、だけど仕方がないと苦笑する。なにせ、この世界に来てから初めての全力戦闘だ。よくよく考えれば向こうでも最後の5年ほどはここまでの戦闘はしていないし、20年以上のブランクは馬鹿にできない物があると実感した。帰ったら別荘で師と全力で戦うようにしよう、たまには。

とりあえず皆がいるであろう病院へ向かおうと、空を滑るように移動する。

 

「仕方ないと言えば……」

 

こんな戦いを人に、それもUSNA軍に見られたのはやはり色々と問題だろう。隠していた戦略級魔法も、不死の力も使ってしまっている。不死の方は多分完全には捉えられていないから言い訳が立つかもしれないが……流石に「千の雷」などは完全にバレただろう。

だが……うん、それも仕方がない。切らなければリーナたちも死んでいたのだ、それを守れただけで価値はある。闇の(マギア・)魔法(エレベア)を見せなかっただけマシだと思わなければ。

 

「——ナギ!」

 

一人うんうんと頷いていると、斜め下から自分を呼ぶ声。

視線を向けた先の屋上では、今回の戦闘でMVPを渡すべき少女が手を振っていた。周囲の大人たちも皆それぞれに歓喜を露わにし、互いを讃え合っている。

そんな光景を見れば、やはり魔法師は人であると実感できる。そしてそんな人たちと、そんな笑顔を守れたのだと。

先ほどとは違う、彼らと同じ笑みがナギの顔に浮かび、それを隠すことなく軽い足音を立ててリーナの隣に着地した。

 

「お疲れリーナ! 大丈ぶぅッ!?」

 

再開早々、見事なタックルが鳩尾に決まる。しかも蹲りそうになるナギを支え、リーナが至近距離でナギの顔を見上げた。

 

「それはコッチのセリフよ!!怪我はないのどうして死んでないの!?あんな攻撃受けてたのに!?」

「あ、ハハハ……」

 

一息で捲し立てられたリーナの言葉に、冷や汗がたらりと垂れる。言いたいことは分かるのだが、それだとまるで死んで欲しかったように聞こえなくもないのだが……

が、ペタペタとナギの身体を触るリーナの顔を見れば本当にナギのことを心配した上での分かるので、ナギとしては何も言わないことに決めた。

 

「大丈夫……ではなかったかな。何度も骨とか折れちゃったし」

「骨折!?大丈夫なのどこよっていうか何度も!?」

「落ち着いて落ち着いて、今はもう大丈夫だから」

 

実際は骨折どころではなく二度ほど死んでから蘇っているのだが、流石に今のリーナにそれを言うわけにもいかないだろう。たださえ高速な呂律がさらに大回転することになるのは目に見えてる。

 

「再生……って言えば良いのかな? ちょっと特殊で強力な治癒魔法だと思ってくれればいいけど、それのお陰でもう怪我は治ってるから」

「治癒魔法……? だったら早く病室手配しなくちゃ!効果はどれぐらい続くの!?」

「え、あ、あーー……」

 

この世界の治癒魔法は、「怪我のない状態」を魔法で上書きし、それが癒着するまで何度もかけ直す必要がある——というのが常識だ。まさか1発で治る魔法があるとは思ってもみないのだろう。……ナギの再生は正確には違うことは棚にあげる。

 

「えーと、なんて言えばいいのかな? 人の自己再生能力を底上げする魔法って感じだから、持続時間とかはないよ」

「再生能力を?」

「うん。だから魔法で怪我を隠しているわけじゃないし、治ればそれで終わり……少し老化が早く進んだりはするけどね」

「老化が早く……細胞分裂の促進? それなら、まぁなんとか」

 

リーナにもその物理的な理屈は分かったのか、一応納得の表情を見せて引き下がった。……聞き耳を立てている何人かの軍人は希望と戦慄がごちゃ混ぜになったなんとも言えない表情をしていたが。

 

「あ、お礼しなくちゃ!最後のは本当に助かったよ、それと作戦も! ボクだけじゃ手詰まりだったから」

「え、ええ!当たり前じゃない、ワタシはナギの友達で……えーと、もうバレてるわよね?」

「……リーナがアンジー・シリウスだってこと?」

「うんそれ。あー、やっぱそうよねー……」

 

状況的に仕方ない面もあるし、ナギという戦略級魔法師(推定)の情報も得ているので、「処分」されることはないだろうが……やはり重い罰則があるのは分かっているのだろう。後悔のない晴れやかながらも絶望したような顔を抱えて天を見上げ——それに気付いた。

 

「光の、雪——?」

 

リーナの呟きを聞いてナギも、そして一人、また一人とその場の全員が天を見る。

ふわり、ふわりと天から舞い降りるそれは、確かにリーナの言う通り光でできた雪のようだった。

 

「綺麗……」

「最後の爆発のせい、かな? これだけ散ってるなら傷つくようなことはないと思うけど……」

 

なぜか、ナギは嫌な予感がした。経験則が何事かを訴えてくる。

——超鈴音が絡んだ事件で、平穏無事に終わったことがあったか?

 

「わぁ」

 

先に落ちてきた一粒を、まるで振る雪を受け止めるかのようにリーナが光の下に掌を差し入れる。ふわりと一瞬強く光り、大気に溶けるように消えた。

 

——シュゥゥ

 

「……え?」

 

それを見ていたナギの視界。光がリーナの肩口にあたったと思ったら——服が溶けた。こう、ピンク色の下着の紐が世界に顔を出している。

 

「ま、まさか……」

 

ヒクヒクと、口元が自然に引き攣る。これは……懐かしの……脱げイベントだ。

 

「え————」

 

光は次々と屋上にいる全員に降り注ぎ、許可などなくその服を剥いでいく。理解不能な状態に魔法師たちが固まり——1分も経たないうちに、男性は下着姿、女性はそれすらなく産まれたままの姿に。

当然、ナギの眼には隠されもしないリーナの全裸が目に入るわけで——

 

 

 

「きっ、キャァァァアアーーーーーッッ?!?! 何よコレーーーーーッ?!?!」

 

リーナの悲鳴が響き、ナギは天を見上げる。

 

 

 

——拝啓、超さん。お元気ですか?

この心の声をどこかで聞いていれば、どうかお願いですから……この状況をなんとかしてください。

 

 

 

 

 

後に「広域脱衣降光」、通称エロ雪と定義されたその現象は、風に流されボストンの街の一部でも観測されたという。




・今日の星座

エリダヌス座はギリシャ神話由来の星座にしては珍しく、特定の人物や生物にその名の由来を持ちません。エリダヌスとは、とある物語に登場する「川」の名前です。
ある時、太陽神ヘリオスの息子パエトーンが、父に頼み天を駆ける馬車を借り受けました。しかし、彼には天の馬車の手綱を握る才能がなく、暴走してしまいます。
それを止めるため大神ゼウスは馬車に雷を落とし、パエトーンは天の馬車から落馬し、死んでしまいました。その時パエトーンが落ちたのが、「エリダヌス川」です。
天から降り注ぐ雷と光、エリダヌス川はそれを静かに眺めていたことでしょう。



vs鬼神兵、終了!〆はやっぱりネギまらしく!
この作品初めてのネギまレベルのぶっ飛びバトル、如何でしたでしょうか?「それでも魔法師に居場所はあるんだよ」といったことを示したかったのですが、出来ていれば幸いです。
そして「サトリナボイスの電撃使い、だったらレールガンは必須じゃね?」とタイミングを悩みに悩んだコラボ必殺技も登場し、ますます真由美の立つ瀬がなくなってきた今日この頃。リーナのヒロイン力がヤバイ。

次回は間章2の最終話。派手に色々やらかしたナギとリーナの運命やいかに!?
次回、第六十七話『らしんばん座の示す航路(仮)』!お楽しみに!


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第六十七話 らしんばん座が示す航路①

各話平均7,857文字
今回、約16,500文字(分割後)
( ゚д゚)

大変長らくお待たせしました、それではどうぞ。


落ちる陽光が部屋を赤く染める。

落陽の緋がパーソナルスペースを暖かく色付けるその様子は、なるほど、古今東西の小説で描かれてきた美しい光景なのだろう。

しかし——

 

「それが自分の部屋だったなら、ね……」

 

小さな窓から差し込む光が、パステルピンクの壁に鉄格子の影をぼんやりと浮かばせる。雨雲に覆われていた昨日はなかった光景は、リーナの現状を否応なく突きつけられたような気がしてならない。

ただぼんやりと眺めていたその様を瞼で塞ぎ、頭痛を堪えながら静かに吐息を零した。

 

ハンスコム基地内に敷設された魔法師用の独房。今、リーナがいるのはそこだった。

魔法師の犯罪者などは、独房に押し込められる時点で当然CADは取り上げられる。しかし、魔法の発動に必ずしもCADは必要ない。そして残念ながら、今だけは本当に残念ながら、魔法の改変を受けて崩れない物質は未だかつて存在した試しがない。存在情報から変化されるのだから、硬度も耐衝撃・爆破性能も何もかもがまるで役に立たないのだ。

なら、魔法師を拘束するにはどうするか——簡単だ、()()()使()()()()()()()()()

CADの助けを借りずに魔法を使用するには、兎にも角にも集中力が必要不可欠だ。そして、魔法師といえども人間なのだから、この部屋のように可聴領域下限ギリギリの低周波を四六時中浴びせることで集中力を欠如させることができる。

独房とは思えないカラフルな警戒色の壁も、あえて窓から景色が見れるようにしてあるのも、全ては思考能力を少しでも削るためだ。こうして目を塞げば見えなくなる程度だとしても、その少しが状況を分けるかもしれないという考えの元だろう。

 

「…………」

 

どの道、目を塞いだとしても脳にかかる負荷が減るかといえば、そうでもない。

確かに「見たものを考えたり、判断したりする」分は空くかもしれない。だが、五感の中でも大きな割合を占める視覚がなくなれば、その反面どうしても聴覚が鋭くなる。そしてこの部屋で耳が最も拾うのは、人に不快感を与える低周波(ノイズ)なのだ。

リーナにもそれは分かっている、というより昨日気がついた。それでも目を閉じたのは、過敏になった聴覚が"ある音"を捉えることを期待してだ。

 

「……ん」

 

目的の音が聞こえ、リーナは少し頬を緩める。

ノイズの海の向こうに聞こえるそれは、幾台もの重機の音と、微かな人の声。

巨神vs魔法使いというおとぎ話に出てきそうな、しかし現実に起きてしまった一昨日の決戦。その『流れ弾』で出たコースや外部公開予定施設の被害を大会までになんとか修繕しようとしてるのだろう、昼夜問わずに動いているUSNA軍の()()()だ。

昨日の午前中に事情聴取(じんもん)されて以降、リーナは人と触れ合っていない。そんな彼女が、唯一孤独を紛らせられる物がこの音なのだ。

 

「…………」

 

何をするでもなく、リーナはその音を聞き続ける。どうしても耳に入る不快な音波も、心を蝕む孤独に比べればまだ我慢ができる。

弱くなったな、と自分でも思う。ただ、同時にこれでいいとも思う。

結局のところ、リーナは他人の温もりを求めていたのだ。

たとえ戦略兵器並のチカラを持っていても、彼女自身はまだまだ人生経験の少ない少女。友人と笑いあったり、家族と団欒したり……そんな当たり前を求めて何が悪いというのか。

 

「本当、ワタシって弱かったのね……」

 

一度自覚してしまうと、もう変えるのは無理だ。たとえ"兵器"としての評価が下がることになろうとも、"人間である"ことを望んでしまう。

……軍人としての理性が、魔法師としての常識が甘いと叫ぶ。何を言っているのだと怒鳴りつける。

だけど、リーナだって軍人である前に、魔法師である前に、一人の人間なのだ。争いは嫌いだし、進んで人を殺したくなどない——それが、押し殺してきたリーナの本音だった。

 

「……でも、ワタシは戦える」

 

そう。兵器をやめるということと、戦えなくなることは同義ではない。

侵略するための猟犬(おおいぬ)にはなれずとも、国を、仲間を、友人を守るための番犬(おおいぬ)にはなれる。

危険が迫ったならいくらでも吼えよう。悪意の手が伸びてきたなら深く強く嚙みつこう。それならば、兵器にならずとも()()()()()出来ることなのだから。

 

「それを聞いて安心したよ」

 

扉が開かれ、同時に声をかけられた。

それまで全く気配がつかめなかったことに驚きつつも、その人物を見てリーナはすぐ納得する。

 

「大佐殿」

 

ヴァージニア・バランス。今でこそ机仕事が主なものだが、箔付け目的の前線赴任で無双したという伝説を持つはずの女性の顔には、隠しきれない疲労の色が見えた。

 

「すみません、お恥ずかしいところをお見せしてしまったようで」

 

立ち上がって敬礼をする。それを彼女は笑って流した。

正直に言うと、リーナは、この女性が苦手()()()

その理由も、今なら分かる。この人は、上層部で数少ない()()()()思ってくれている人なのだ。戦略級魔法師"アンジー・シリウス"ではなく、少女"アンジェリーナ・クドウ・シールズ"の現状を憂いていた人。

軍人としての職務を全うし表立っての行動はしなかったものの、その行動のほんの端々に、慈しみとでもいうべき感情が漏れていたように思えるのだ。リーナは無自覚にそれを感じ取り、そして自分の本心を暴きかねないそれを嫌って避けていた。

自分の思いに気がついてからようやく気づけたその配慮に、嬉しさと暖かさ、そしてほんの少しの罪悪感を覚えてしまう。

だからと、その感謝と謝罪をしようと口を開いた矢先、一瞬先にバランスの方が口を開いた。

 

「……なるほど、いい顔になったな」

「え?」

「覚悟が決まったのだろう?」

 

バランスが笑う。

それはまるで、ようやく"新入り"となったリーナを迎えるかのようだった。

 

「何を見て、何を思ったかは聞かん。だが、私は歳が幾つであろうとも覚悟を持った人間を子供扱いはしない。これだけは覚えておくように」

「は、ハッ!」

 

——お前はもう一人前だ。

言外にそう告げられて、リーナは喉元まで出ていた言葉を飲み込んだ。きっと、これは今言うべきセリフではないと思ったから。

 

「さて、本官の要件だが——」

 

ニヤリと、しかし不快感を与えない笑みを浮かべ、バランスは扉を親指で差した。

 

「少し付き合え、少佐殿?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふう……。ほら、少佐も遠慮するな」

「は、はい。失礼します」

 

溜まった疲れを吐き出すように体を休ませるバランスの隣に、リーナも腰を下ろす。体の芯までに染み渡るような熱と、心を解すような水音。

端的に言えば——温泉(サービスタイム)だった。

 

「やはり温泉はいいものだな」

 

ザブン、と腕を上げ、濡れた髪を書き上げる姿に大人の艶めかしさを感じて、リーナは視線を逸らした。

温泉という概念は昔からあるものだが、欧米では未だ湯に浸かるという習慣は根付いていない。一般家庭は今でもシャワーだけというのが普通だ。

もっとも、リラックス効果や血行促進による疲労回復効果など、常に肉体的、精神的に強い負荷がかかる軍人にとっては魅力的な効果も入浴には多い。なのでUSNA各地の基地のほとんどには大浴場が敷設されている。……ここも含めて、地下水を汲み上げて温めている、本来の意味での温泉ではないことも多いが。

なので、リーナも同性の肌を見たぐらいで気恥ずかしさを覚えはしない。ただ、そのリーナの目から見てもバランスの艶姿は目のやり場に困るものだった。

それを誤魔化すように、リーナは少し詰まりながらも話を振る。

 

「な、なぜ本官はここに呼ばれたのでしょうか……?」

「今さらだな。まあ、私が疲れていたというのが一つ。少佐も疲れているであろうと思ったのが一つ。リラックスした方が本音を話しやすいだろうと考えたのが一つ……日本語では『裸の付き合い』と言うんだったか?」

「そうなのですか?」

 

クォーターであるリーナは日常会話ぐらいの日本語ならスムーズに話せるが、日常的に使っているのは英語なのでそういった使い所の限られる言葉や熟語は知らないこともある。バランスもそれは分かっているのか、知らないなら知らないでいいというスタンスのようだ。

 

「ま、特にここでなければならないという理由はない。せいぜいが時間を有効利用したい程度のことだ。まだまだやる事は山積みなのでな」

 

実際、ゆっくりと風呂に浸かっている時間も取れなかったのだろう。顔に浮かぶ疲労の色だけでなく、よく見れば髪にも色艶がない。リーナへの話に(かこつ)けて、自分がリラックスするための時間を確保したということか。

 

「さて、少佐は現状を伝えられていないのだったな」

「はい。工事の音などからSSボードの世界大会は予定通り開かれるだろうとは推測していましたが、それ以上は」

「だろうな。少し待て」

 

バランスは湯船に浮かぶ檜(に似せた合成樹脂)の桶からタブレットを持ち上げ、二、三度フリックしてからリーナへ差し出した。

 

「口頭で説明をするには量が量なのでな、報告書を読んでくれ。今回の事件の顛末とその関係資料、対外的な公表の内容、最後に少佐の処分などを含む総括となっている。質問は随時受け付けるが、答えられるかは別だ」

「電子資料ですか?」

「いや、紙の資料を読み込んだ。この端末に通信機能は付いていないからハッキングの恐れはない」

「なるほど、了解しました。失礼します」

 

リーナはそれを受け取ると、1ページ目から順に読み進めていった。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

ハンスコム総合魔法基地襲撃事件、並びに巨大人型魔法兵器暴走事件に関する報告。

 

現地時間2095年8月14日午後6時02分。ハンスコム総合魔法基地に反魔法師団体の過激派と思われるテロリスト53名が侵入。破壊工作を開始した。

同03分。基地護衛官、並びに別任務待機中にて基地に駐在中の統合参謀本部直属魔法師部隊『スターズ』第一、第四部隊がテロリストの鎮圧を開始。

同04分。同基地北西部の演習林地下、第03特殊魔法技術研究所にて、統合参謀本部直轄魔法技術開発部副主任ロバート・ハワード大佐が反乱。研究所秘匿最深部[別冊資料No.2も参照のこと]で停止状態であった巨大人型魔法兵器『鬼神兵(ゴッド・アーミー)(仮称)』三機の起動準備を開始した。『鬼神兵』の詳細は別冊資料No.1にて。

同11分。地上のテロリストの無力化が完了。この時点での死亡者は施設職員3名とスターズ所属の後方支援官が1名、テロリストが12名。負傷者は双方合わせ重傷者13名軽傷者36名。

同12分(推定)。ハワード大佐の元へ魔法技術開発部主任ゲーテ・トルルク中将が到着。説得を試みるも失敗し、端末より非常事態信号を出す。

同14分。戦術級指定魔法『分子ディバイダー』により床をくり抜き、スターズ第一部隊隊長ベンジャミン・カノープス少佐が現場へ到着。負傷していたトルルク中将を保護。

同15分。カノープス少佐が投降を呼びかけるも、ハワード大佐は拒絶。自身の肝臓付近を拳銃で撃ち抜き、致命傷を負う。

同時刻、『鬼神兵』三機の第一起動シークスエンスが完了。直後にハワード大佐の手により対象未設定の『殲滅(デリート)』コードが送られ、第二起動シークスエンスへと移行した。この時点で完全起動までおおよそ30分だったと推測される。

同16分。カノープス少佐がハワード大佐をコンソールから引き離すも、設置されていた小型爆弾によりコンソールが破壊され、外部入力による起動シークスエンスの中断が不可能に。

同17分。ハワード大佐が予め散布しておいたと目される高可燃性の液体へ着火、炎の壁でクルルト中将及びカノープス少佐から遮断される。ハワード大佐の救出は不可能とカノープス少佐は判断、クルルト中将へ判断を仰ぎ『鬼神兵』の破壊を優先。

同18分。カノープス少佐は攻性魔法による『鬼神兵』の破壊を開始。クルルト中将は無線により地上職員・戦闘員及び地下研究施設職員へ状況説明。万が一を想定し避難準備を指示。

同25分。カノープス少佐が分子ディバイダー他、全23種の戦術的攻性魔法を使用するも三機とも破壊不可能。一覧は下記注釈1を参照。完全起動まで残り20分と音声アナウンスがかかる。

同26分。クルルト中将並びにカノープス少佐は破壊不能の可能性ありと判断。地上職員・戦闘員及び地下研究施設職員へ防護シェルターへの避難行動の開始指示を出す。

同35分。研究施設最深部の3名を除き全施設職員・隊員・4名の遺体の避難、及び拘束したテロリスト並びに遺体の収容が完了。クルルト中将の指示のもとカノープス少佐が地下施設に保管されていた兵器[別冊資料No.2を参照]の使用を開始するも、『鬼神兵』三機に目立った破壊痕は確認できず。

同42分。起動まで残り3分となるも『鬼神兵』は三機とも健在。この時点でカノープス少佐は自身での『鬼神兵』の破壊は不可能と判断。クルルト中将を連れ、施設最深部から非常用シャフトを使っての脱出を開始する。

同43分。カノープス少佐、クルルト中将が非常用シャフトより脱出。

同45分。カノープス少佐はシェルターまでの避難は困難と判断し、その場で障壁魔法を展開、防御姿勢をとる。

同45分28秒。『鬼神兵』三機が起動。地下研究施設、及び地上演習林およそ3300万立方メートルを融解、一部蒸発させる光線(1)を対地垂直に放射した(推定)。カノープス少佐らは直撃を避けるも、障壁を貫いた余波により一時気絶。

同46分17秒。ボストンにてスターズ総隊長アンジー・シリウス少佐(当時は別任務中のためアンジェリーナ・クドウ・シールズ特務兵名義)と共に事態を静観していたナギ・ハルバラ[別冊資料No.3を参照]がボストン外周部を覆う超大規模の防御障壁を展開。

同46分31秒。ボストン外周部に(1)の余波が到達、上記障壁によって防がれる。なお試算では、障壁がなかった場合、ボストンは甚大な被害を被ったことが推計されている(そちらについては実被害額に併せて後日に報告予定)。

………………

…………

……

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

そこから先は、時に映像記録を交えながら概ねリーナの知る通りの説明が並び、最後に現地にて気絶していたクルルト中将が無事保護された旨で締められていた。

 

「そこまでで質問は?」

「特には。別冊資料のナンバリングが引っかかったぐらいです」

「ああ、それは私も気になったが、No.1から読むとすればそれで正しい」

「了解しました」

 

読めば分かる、ということなのだろう。

リーナはその意味を知るために、先のページへと進んだ。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

別冊資料 No.1

仮称・鬼神兵(ゴッド・アーミー)について

 

真相を知るであろうゲーテ・クルルト中将、並びに開発者である『超鈴音』なる人物からの情報は期待できないため、これより先はナギ・ハルバラの証言と映像からの解析を根拠とする。

 

【概要】

鬼神兵とは、「人型に作成された素体に、動力源として神霊を組み込んだ兵器」とのことである。今回の事件においては、機械的に組み上げられた肉体を刻印型魔法で補強、稼働させていたとみられる。(『神霊』についての定義は過去資料[M-10323]等を参考のこと)

ただし、素体との癒着率の問題から、動力源とする神霊は日本に出現したそれより数段劣るものでなければならないらしく、それ単体で活動できる力はないとのこと。

また、癒着させるためには高難易度・高コストの儀式魔法(古式における大規模魔法)を長時間行わなければならず、また、素体も神霊の莫大な情報圧に耐えられる頑強さが求められるとのことである。[注釈1]

 

【利点】

この兵器最大の利点は、その莫大な出力にあるとみられる。

映像からの解析によると、光線を除く一機あたりの出力は超大型原子炉2〜3台分。光線を含めると5台分以上と目される。ただし、基本原則として人型でなければならないらしく、エネルギー源として使用するためには技術的問題がある。

また、その出力の大半はサイオンとして放出されていると推測され、魔法演算領域を介する必要のない刻印型魔法であれば発動可能である点も利点と呼べるだろう。

 

加え、その動きの人間的精密性は一般的なアンドロイド・ガイノイドと比較して明確に優れており、剣や銃などを扱う、拳闘を行うなど格闘戦技術・兵器使用技術にも秀でている。

連携性能も高く、質量並びに高出力による破壊力に関しては戦略級兵器に匹敵すると推測される。また、それらを『殲滅』という漠然とした指示だけで実現したことは特筆すべきである。[注釈2]

 

※注釈1

回収できた鬼神兵の一部を検分した技術官の評価として、未知の理論や素材が多数用いられており、現在の我が国の工学技術・魔法技術では複製困難とのこと。

※注釈2

しかしながらこの部分に関しては、鬼神兵という兵器故の特徴か、この鬼神兵のAIが特に優れていたのかは判断できないため、あくまで参考であることをここに記述しておく。

 

【欠点】

欠点として考えられるのは、

①一体あたりの製造費用が高額であると推測されること。

②要求される技術レベル・魔法技術レベルの高さ。

③非人道的で無差別的に被害をもたらす兵器になりうること。

④兵器としての巨大さ。

⑤今回の事例のような暴走の危険性。

が挙げられる。

 

特に④⑤の影響は大きく、船舶による移動が必須であることによる即時投入の厳しさ、暴走した際の周囲への被害並びに破壊の困難さ等が予想される。

敵地にて起動ができれば高い成果を期待できるが、その状況に至るまでに高いハードルがあるとみられ、また周辺被害による復興の遅れなども予想される。

少なくとも現時点では、非常に高い制圧力を誇る反面、大陸間弾道ミサイルや戦闘爆撃機、魔法師部隊の投入に勝る利便性は見受けられない。

 

【参考映像】

以下、映像資料を添付する。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

別冊資料No.2

チャオ・リンシェンについて

 

【概要】

今世紀初頭にゲーテ・トルルク中将に接触し、感応石や魔法理論などを授けたとされる女性。

その正体は不明ながら、事件発生時のゲーテ中将、並びにナギ・ハルバラの証言では"未来人"と自称したということである。

漢字表記は『超鈴音』。容姿は黒の長髪、ただしシニョンで二つに纏めていることが多いとのこと(ともにナギ・ハルバラより)。

 

【情報①】

この項目では、ゲーテ中将が語ったという話を聞き届けたアンジー・シリウス少佐、並びにベンジャミン・カノープス少佐からの情報をまとめる。

 

この女性がゲーテ中将と初めて接触したのは、未だ魔法研究の黎明期であった今世紀初頭とのことである。また、ゲーテ中将が体調を崩し帰省していた時期とのことであるので、2009年10月から2010年4月にかけてのどこかであると推測される。

中将と接触した理由については、タイムジャンプの失敗による事故の結果であると語った模様。なお、超鈴音本人がその際使用したタイムマシンを開発したとのこと[注釈1]。

また、その後の問答で「現在日時を尋ねられた」「その後の証言が違和感なく流暢であった」との理由でゲーテ中将はその証言を信用した模様。

ゲーテ中将はタイムマシンの修繕完了まで衣食住を提供する代償として、未来の知識及び同技術の提供を要求した。しかしチャオ・リンシェンなる人物は技術レベルの段階的な成長を望み、作製技術及び理論の提供は拒否。完成品の提供に止めた。[注釈2][注釈3]

その後、彼女はゲーテ中将へ現代魔法理論に繋がる基礎理論を教授し[注釈4]、また、感応石の製造などにも関わった。

 

やがて、それらを公表したゲーテ中将にハンスコム基地拡大に伴う地下研究施設が提供されると、ゲーテ中将と2人で施設を拡大、地下31階層に及ぶ大規模施設へと変貌させた模様[注釈5][注釈6]。

ただし、31階層は記念館(メモリアル)に類似した階層で、チャオ・リンシェン、並びに未来の魔法技術の衰退に関わる情報が安置されているとのことである。鬼神兵の攻撃を直接的に受けていないため現存している可能性が高く、早急に調査チームを編成し、掘削に当たらせるべきであると提言する。

 

その後、しばらくの間交換条件であった多数の物品・兵器の製造を行っていたようだが、タイムマシンの修繕完了とともに帰郷した。

 

※注釈1

正しくは、このチャオ・リンシェンなる人物が、人類史上初めてタイムマシンを開発したとのことである。

※注釈2

今回の事件ではそれが暴走した結果このような事態になったが、本来一つしかないオーパーツ的兵器を実戦に配備することは、安全上の都合、また整備の都合などから不可能である。故に、社会情勢に悪影響を与えず段階的に技術レベルを発展させるという目的であれば、この条件は適切であったと言える。

※注釈3

また、この際タイムマシンの作製も拒否を明言している。これは、タイムマシンによる歴史操作の危険性もさることながら、並びに[注釈1]でも触れたことを別解した場合、『チャオ・リンシェンがタイムマシンを歴史上初めて作製しなければならない』という矛盾(パラドックス)が起きている可能性が示唆されている。

※注釈4

その際、ゲーテ中将が気付きうる範囲で、問答形式などを用い間接的に示唆したとの話である。

※注釈5

施設提供時の階層は地下10階層までだったため、21階層を追加したことになる。また、それらの建造に関わる資材は彼女がどこからか仕入れ、主にチャオ・リンシェンの魔法にて建造していた模様(当時の公的記録にそれと見受けられそうな取引結果、搬入記録はない。現在裏取引まで手を伸ばして捜査中)。

※注釈6

地下10階までがゲーテ中将の研究施設であり、地下11階から30階にかけてが彼女の開発施設である。この内、鬼神兵は地下30階層に安置されていた。

 

【情報②】

この項目では、ナギ・ハルバラの取り調べの際に取得した情報、及びそれに関連したを記述する。ただし、脳波解析による偽証防止を何らかの技術・魔法により欺いていた事も考えられるので留意されること。

 

ナギ・ハルバラとチャオ・リンシェンの関係について最も重要と目されることは、チャオ・リンシェンがナギ・ハルバラの子孫であることだという。

ただし、これについては確たる証拠はなく、何世代後の子孫なのかも不明とのこと。あくまでチャオ・リンシェンの自称であり、客観的な証拠はない。

しかし、ニホンへ渡航したことのないゲーテ中将と我が国への渡航は今回が初めてとなるナギ・ハルバラの間に接点はなく、この2人が同様の証言をしたということは偶然では無視できないものである。

また、証言と同様のチャオ・リンシェンなる人物の戸籍・渡航歴は今世紀初頭から今現在までに確認されておらず、この点もチャオ・リンシェンが未来人であるという可能性をもたらしている[注釈7]。

 

ナギ・ハルバラとの接触は彼が10歳の頃とのことであり、別冊資料No.3の年表で見ると彼の両親が死去した時期である。そのショックでナギ・ハルバラが後を追うのを止めるために現れたと見るのが最も可能性があると考えられる。

 

チャオ・リンシェンの戦闘能力についてだが、魔法は得意とは言えないとのこと[注釈8]。詳細は不明ながら、ゲーテ中将がナギ・ハルバラへ対しチャオ・リンシェンの関与を明かした会話の中で、「我は魔(ラスト・テ)法を伝(イル・マイ)える最(・マジック)後の魔(・スキル・)法使い(マギステル)」というフレーズを語っていたことがシリウス少佐、カノープス少佐の両名から上がっている[注釈9]。

それに反し、工学技術に長け、また大亜系の拳法を修めているなど戦闘能力自体は非常に高いとのことである。特に、着弾地点一帯を数時間後の未来へ飛ばす時間跳躍弾なるものも開発しているらしく、魔法力が低いことは彼女へ一切のハンデを与えていないとのこと。

 

※注釈7

ただし、これは事実上証明不可能な案件であり、あくまで可能性の一つとして現存しているにすぎない。

※注釈8

これは上記[注釈5]と矛盾しかねないものであるが、戦闘に耐える魔法を扱えないだけで魔法の発動自体は可能であることも考えられる。もしくは、ナギ・ハルバラの魔法力は非常に高く、あくまで彼基準において低いというだけで実際には高い可能性なども考慮するべきである。

※注釈9

その際の状況から、このフレーズがチャオ・リンシェンに関わる事を示唆している可能性が高い。また、この韻や詩文形式の文章はナギ・ハルバラが魔法を発動する際の詠唱「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」と数多くの類似点がみられ、チャオ・リンシェンがナギ・ハルバラの関係者である可能性を一層強めている。

 

【総評】

おおよそ全ての情報が謎に包まれたままであり、証拠となりうるようなものも現時点では薄い。

しかし、ゲーテ中将とナギ・ハルバラという本来接点のない2人の証言、また、鬼神兵やその他などの現代技術を大きく逸脱した兵器など、存在しないと断定するには多くの矛盾点が残るのも事実である。

 

あくまで留意・参考程度に留め、過度な警戒をしないことが望ましい。未来人などいう空想的な概念を一概に否定せず、中長期的に渡り調査していくことが賢明である。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

別冊資料No.3

ナギ・ハルバラについて

 

【概要】

日本時間2079年5月3日産まれ、2095年8月15日現在16歳。父は自己強化魔法の第一人者と言われる故タカミチ・ハルバラ、母は一般人である故シズナ・ハルバラ。その他に血縁者と呼べる身内は存在しない。

日本国立魔法大学付属第一高等学校一年。株式会社セレスアートにてタレント登録。2095年シーズンSSボード・バイアスロン個人及び団体日本代表選手。

血液型はAB型(日本タレント名鑑2093より)、身長175.5cm、体重64.8kg。

 

【略歴】

以下記述がない限り日本時間。

 

2079年5月3日。日本の東京にて出生。

2086年4月2日。公立の小学校へ入学。[注釈1]

2089年5月8日。都内の魔法関連ショップへ来店中、テロリストの襲撃に遭う。その際、ともに来店していた両親を射殺され、天涯孤独の身となっている。[注釈2]

同年5月15日。日本の有力な魔法家系『サエグサ』の当主、コーイチ・サエグサが後見人となる[注釈3]。

(2089年5月3日〜2090年5月2日ごろ。チャオ・リンシェンと接触。)

2092年3月15日。株式会社セレスアートと契約を結び、所属タレントとなる。以後現在まで、多数の番組や雑誌に出演。

同年4月1日。上記小学校を卒業。

同年4月2日。都内の私立中学校へ入学。[注釈4]

2093年7月14日〜現在。カルチャー・コミュニケーション・ネットワーク系列会社テレビマギクス放送の情報番組「マジカル☆ニュース」(日本時間18時〜19時)のコメンテーターとなる。担当は火・土曜。

2095年4月1日。上記私立中学校を卒業。

同年4月2日。日本国立魔法大学付属第一高等学校に入学。学級は不明なものの、入試成績下位者を示す二科生であることが分かっている。

同年4月2日〜23日。第一高等学校にて風紀委員[注釈5]という役職につく。

同年4月23日。反魔法師団体のテロリストが第一高等学校に侵入。ナギ・ハルバラも迎撃に当たる。その際、武具及び衣服破壊魔法『武装解除(エクサルマティオー)』を初公開している。

同年5月3日。全日本魔法技能者競技大会、俗称『インターマジック』にて第一高等学校代表としてSSボード・バイアスロン個人戦に出場し、飛行魔法を用いて世界新記録で優勝[映像資料1]。直後に起きた神霊『コノハナサクヤヒメ』による"神隠し"の対処において中心的存在となる。

同年8月2日〜11日。全国魔法科高校親善魔法競技大会にて、第一高等学校一年代表の一人として新人戦に出場。

・8月7日。新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク予選[映像資料2]

・8月8日。新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク予選及び本戦。成績は準優勝[注釈6][映像資料3]

・8月9日。新人戦モノリス・コード予選。途中事故に巻き込まれ翌日まで検査入院[注釈7][映像資料4]

・8月10日。新人戦モノリス・コード予選及び決勝。成績は同率1位[注釈8][注釈9][映像資料5]

同年8月12日早朝。ボストンにて開かれるSSボード・バイアスロンの世界大会へ向けた渡航のため、他第一高等学校代表選手団を置き一人帰路に着く。

同年8月12日20時。日本、新羽田国際空港発のチャーター便にてUSNAへ。

USNA東部時間2095年8月12日17時。ボストン、ニュー・ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローラン国際空港に到着。護衛兼通訳任務として派遣されたアンジェリーナ・クドウ・シールズ特務兵と合流。その後、USNA東部時間2095年8月14日18時40分頃までシールズ特務兵の案内のもと観光。

その後の行動は本資料が付属していた報告書を参照のこと。

 

※注釈1

学校名・所在地は現在調査中。日本の法律上、魔法学校や軍事学校ではない一般の学校である。

※注釈2

その犯人の現状は不明ながら、当時、『少年に再起不能の重傷を負わされた』という旨の噂があった模様。

※注釈3

タカミチ・ハルバラとコーイチ・サエグサは個人的な交友があったことで知られている。養子に取らなかったのは日本古来の魔法文化と現代魔法の対立等を考慮した可能性が高い。

※注釈4

タレント活動の影響などを考慮して情報非公開。現在調査中。

※注釈5

校内の揉め事処理が主な職務。現在の代表はマリ・ワタナベ(資料『日本の要注意学生一覧2095』No.9)

※注釈6

決勝戦の対戦相手はマサキ・イチジョー(資料『日本の要注意学生一覧2095』No.5)であり、それとほぼ引き分けている。

※注釈7

この事故だが、不審な点が幾つか見受けられ、何らかの作為が働いていた可能性が高いと目される。これは前日までに第一高等学校代表選手に起きた複数の事故も同様である。

※注釈8

前日までの戦闘法と明らかに異なり、物量による圧殺とも呼べる戦闘へと変貌している(後述するが、これが彼本来の戦闘法である可能性が高い)。特に最終試合の『氷の(クリュスタリネ)女王(ー・パシレイア)』は、魔法名の元とみられるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの伝説を彷彿とさせる強力な魔法であると評価できる。

※注釈9

決勝戦の開始から中盤までに記録されたサイオン色が、前日までの"薄く黒みがかった白色"とは似ても似つかない"黒に近い藍の透明色(もしくは青みがかった透明な闇色)"という不可解なものであることも併せて記述しておく。強い感情によるサイオン色の変色についてはロンドン魔法学会にて論文が発表されているが、未だ研究途上のテーマであるため明言は避ける。

 

【危険性】

戦闘力、並びに機動力に関しては世界最高レベルだと言わざるをえない。

 

飛行魔法使用時の推定時速は125マイルオーバー。トーラス・シルバー発表の飛行魔法を用いたとしても高い習熟がなければ心理的負担から解除されうる速度である。さらにその速度を大きく落とさず高速機動も行うことができる。[映像資料1][映像資料6]

それに加え、約1.5秒で地上0フィートから上空1.2マイルほどまで超高速移動する謎の移動術[映像資料7]、『鬼神兵』の猛打を凌ぎきる格闘センス[映像資料8]などを併せ持ち、魔法を抜きにしても戦闘能力は非常に高いと推測される。

 

彼の扱う魔法に関しては、本事件において使用した多くの魔法の殆どが、準戦略級から戦略級上位の威力があると推定されている。高校入学の際は成績が芳しくないとされていたようだが、その実力を隠してきた可能性が高い。

特に切り札として使っているとみられるのが、莫大な電力を叩きつける未知の魔法である。魔法同士の衝突などに伴い正確な威力を測ることができなかったが、生じた余波からの推測では、最低値をとったとしても戦略級魔法への指定は確実と言える火力があると出た[注釈10][注釈11][映像資料9][映像資料10][映像資料11]。

また、日本国立魔法大全に記録されている「精霊弾」「雷の暴風」の類似(または同種)・大規模版の魔法も確認されている[映像資料12][映像資料13]。他、巨大な螺旋状の槍を作り出し、炸裂させる魔法も扱う[映像資料14(直前に発動されたヘヴィ・メタル・バーストの影響で画像が荒く、威力推定に十分なデータを撮れず)」。

また、魔法のストックという技術を持つと考えられ[映像資料14]、事実上記の魔法の多くはCADを用いずに即時発動を行っている。

総合的に見れば、広範囲を大火力で薙ぎ払うといったような魔法が多く、彼本来の戦い方は物量戦闘、もしくは火力による強引な破壊であると推測される。

 

ただし、それらは未だ一般常識で推計できうる範囲の話であり、以下に語る魔法はそれらとは一線を画す危険性がある。

 

それは、彼自身の言によれば『再生』と呼ばれる魔法である。

あくまで彼の発言からの推測に近いものではあるが、彼の扱う魔法体系には現代魔法学における治療魔法とは別種の理論による治療魔法があるとみられる[音声資料1][注釈12][注釈13]。

その魔法の上位魔法が『再生』であり、本人の弁によれば骨折すら瞬時に治癒が可能。また、継続的な治療の必要性もない。

しかし、[映像記録15]を見る限り即死級のダメージを負っているのは確実であり、そこから蘇ったのであれば、それは擬似的な『不死』に近い魔法といえるであろう。

また、細胞分裂の活性化による治療とのことであり、その原理上、毒などは無効化できないはずである。しかし、そのような欠点に繋がる情報を他者へ漏らすことは考えにくく、例えば代謝の促進も同時に行うなどして毒などの対策も施していると見るべきである。

 

※注釈10

これは大亜連合の『霹靂塔』と異なり、直接火力だけによるものである。『霹靂塔』はその前段階である電場崩壊による電子機器の破壊から戦略級指定がされており、この魔法とは用途が異なる。

※注釈11

映像資料[9]及び[11]では一点へ集約させ放っているが、[10]では拡散させていることから広範囲への攻撃も可能と目される。

※注釈12

ハルバラ家は古来から伝わる魔法を扱う家系であり、現代魔法には存在しない魔法を扱えても不思議はない。ただし、それらは先代のタカミチ・ハルバラの代ではすでに衰退していたということであり、ナギ・ハルバラはそれら旧式の魔法の復興に力を注いでいるという情報がある。

※注釈13

『細胞活性による自然治癒力の強化による治癒魔法』という研究テーマは、魔法学の発生当初は比較的メジャーなものであった。しかし、①画一的な魔法式作成の困難性、②治癒中に癌細胞への変異の可能性、③細胞寿命の上限による老化の促進・寿命の消費、などの問題点が指摘され、また、現代魔法学的治癒魔法が完成したことによって自然淘汰された歴史がある。

 

【備考】

事件当時のゲーテ中将との会話より、『アラ・アルバのマギステル・マギ』[注釈14]という称号を持つことが判明した。公的なものではなく、あくまで彼の家系に伝わるものだという。

 

また、別冊資料No.2で触れたように、チャオ・リンシェンの先祖である可能性がある。

一切の確証はないものの、彼を殺害する事によってチャオ・リンシェンが出生せず、それによって現代魔法が発生しないというタイム・パラドックスが起きる可能性がある。

 

※注釈14

これはどちらもラテン語であり、『白翼の魔法使いらしい魔法使い』という意味である。それにどのような意図があるのかは不明。

 

 

 —◇■◇■◇—

 

 

「……まるで、神か悪魔かって感じね」

 

あまりにも呆れた声で、リーナは呟いた。この資料の製作者は、ナギを過剰に危険視していないか?

 

「ふむ。少佐は違う考えか」

「いえ、戦闘力の評価は概ね正しいかと。ですが、彼と実際に触れ合って性格をよく知ってる本官からすれば、彼は無差別な暴力を嫌う人間だと分かっていますから。実行犯と指示した人物の保証はできませんが、USNAに住む無辜の市民まで巻き込むような行動はしないと断言できます」

「なるほど。主観的な意見だが考慮には値するな」

 

マッサージチェアで軽く頷くバランスを横目に、リーナはもう一度資料を見直した。

 

「……やっぱり」

「何か気になる点でも?」

「はい。別冊資料1の冒頭で、ゲーテ中将からの情報は期待できないとありますが、どういうことでしょうか?」

 

報告書では、中将は五体満足で発見されたとある。故に死去していないことは確実だ。

ならば、自白剤を使うなり、サイコメトラーを使うなりして情報を引き出すことは可能なはずである。そこが引っかかったのだ。

 

「む? 報告書には……そうか、書いてなかったな。

ゲーテ中将だが、肉体的には五体無事なものの、精神と記憶に錯乱が見られる。簡単に言えば記憶喪失だ」

「記憶喪失、ですか?」

 

妙だ。それがリーナの見解だった。

なるほど、あれだけの戦闘を間近で見ていた心理的ストレスと余波による肉体的なダメージは無視できないものであろう。だが、あまりにタイミングが良すぎる。人為的な意図を感じざるを得ない。

そもそも、自然発生的に起きる記憶喪失の大半は記憶領域との連結が切れる、つまり自力での想起が出来ないことで起きるので、脳内には情報が残っていることが多い。自白剤はともかくサイコメトラーなら特に苦労なく引き出せるはずだ。

 

「もっとも、その原因はおおよそ判明している」

「と、言いますと?」

 

原因が分かっているのなら、なおさらどうにでもなりそうなものだが。

 

「ナギ・ハルバラ……いや、春原家には記憶操作、特に不可逆的な忘却系の魔法が伝わっているらしい。魔法を秘匿していた頃の名残だそうだが、チャオ・リンシェンを介して中将に伝わった可能性がある」

「それは……ナギからですか?」

「それ以外にないだろう。中将の症状に心当たりはないかと尋ねたところ、すんなりと話してくれたよ」

 

だとするなら、信用できる情報源だろう。

そも、現代魔法にては精神干渉系魔法は未だ属人的な能力であるが、古式においてはその限りではない。特に魔法の秘匿に関わる、意識を逸らすことによる人払い、記憶を操作するなどの情報統制に繋がる魔法は多くの古式魔法体系にて確認されている。

そのため、古式魔法師に対しては忘却系魔法の存在は常に疑うことである。ナギがその実在を明かしたとして大きなデメリットはないし、嘘をつくメリットもない。

 

「魔法による記憶のロック、もしくは忘却がなされているとするなら、読心術師でもすぐには情報を取り出せないか、あるいはいつまで経っても徒労に終わりますね」

「自白剤などはそもそも意味をなさないであろうな、今のゲーテ中将は情報を知らないに等しいのだから」

 

なるほど、そういうことなら立ち聞きしていたリーナたちとナギからの情報だけをまとめたことも納得できる。

報告書にある通り、研究施設の最下層を掘り出せれば確定的な証拠がわかるかもしれないが、それもそうすぐには行かないだろう。なにせ、どんな兵器が不発のまま埋まっているのかも定かではないのだ。

安全策をとりつつ、"中身"を傷つけないよう慎重にとなれば早くてひと月。そこから中身の解析を行うのであれば、半年か、一年か。それぐらいはかかるはずだ。

 

「っと、そろそろ時間も時間だ。最後の資料に目を通してくれ、そこに少佐の処罰も記載されている」

「はい」

 

バランスに促されたリーナは画面に指を触れ、一瞬躊躇した。

しかし、それは自分の処罰が気になったからではない。もとより、リーナは自分が『処分』されることはないと分かっているのだから。

 

(ゲーテ中将という歯車を失ったこの国(USNA)が、国防の要である戦略級魔法師をそう簡単に切り捨てるはずがない。減俸か、重くても数ヶ月の謹慎処分だと思う。

それよりも……ナギはどうなるの?)

 

そう。リーナが気になってしまうのはそこだ。

資料でも散々に書かれていた通り、ナギの危険性は非常に高い。手綱の握れない超兵器の危険性は、今回の事件で上層部も骨身にしみているだろう。

だが、資料はあくまで資料。それが結論に直結するわけではない。それに、ゲーテ中将の穴を埋めるために引き込みたいと考えるであろうことも、簡単に予想できる。

 

(ワタシには何もできないかもしれない。けど……)

 

たとえ()()()()()()()()()相手(ナギ)の幸せは願える。

リーナは一つ息を飲み込んで、ゆっくりとページを捲った。




・今日の星座(最終回)

らしんばん座は1756年、ニコラ・ルイ・ド・ラカーユによって制定された比較的新しい星座です。モデルはもちろん羅針盤(方位磁石)。
そのため神話などに由来する伝承を持ちませんが、このらしんばん座が制定された当時、近くにはギリシャ神話のアルゴー船に由来するアルゴ座(アルゴ船座)があり、らしんばん座はその中で使われなかった星を繋いで新たに船に関わる星座として制定されました。
その後、あまりにも巨大であったアルゴ座は、1922年の国際天文学会にて「ほ座(帆・マスト)」「りゅうこつ座(竜骨・船で一番重要な最下部の木材)」「とも座(艫・船尾)」に分割されましたが、らしんばん座も含めた四つともが元アルゴ座の一部とされています。

巨大な船の中に新たに現れた、未来を示す指針。
その先の航海には穏やかな海が待っているのか、嵐が待ち構えるのか。それは、進んでみなければ分かりません。



あまりにも長くなった(9月8日現在30,000文字オーバー)ので分割。それでも歴代最長なあたり詰め込みすぎですね(;^_^)
今回は設定垂れ流しに近いですが、ちゃんとこの中でもフラグ立てたりしてるのでご容赦を。ちゃんと読めるようにしつつ来訪者編に繋げるためにはこうするしかなかったのでm(_ _)m

次回こそ間章2の最終回、だと思います。無理矢理分割したので帳尻合わせしなくちゃいけませんし、まだ書き途中だったりするので中編になるかもしれませんが(;^_^)
次回はちゃんと会話メインになる(と思う)ので、ポンコツリーナは今しばらくお待ちください。


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