無害な蠱毒のリスタート (超高校級の警備員)
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怠惰な日本の女神

「チェックメイトだよ」

 

 禍の団による襲撃を受けた僕たちは全員で禍の団撃退に乗り出した。

 そして不意打ちを受けた僕たちは先に動き出していたリアスさんたちに援護を頼み為に僕がこの場で敵の足止めを志願。

 そうして僕は何とか敵を追いつめることに成功した。

 

「クソが~……」

 

 大量のゴーレムで僕たちを殺しに来た男はすごい怒りの形相で僕をにらみつける。

 そのゴーレムは小猫さんの力でも、朱乃さんの雷光でも歯が立たなかったけど、僕の神器『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』の微量で遅行性でとても弱いが確実に破壊する能力の前に崩れ去った。

 

「よくも邪魔してくれたな雑魚が!

 これで俺は富と名声だけじゃなく、居場所も失った! お前だけは絶対殺す!!」

 

 するとその人は体中に大量の何か、おそらく見た目から時限爆弾だと思う。

 そして僕を羽交い絞めにしてみちづれ自殺をしようとした。

 

「! は、離せッ!!」

 

 僕は必死に抜け出そうと、戦車(ルーク)の力を使って抜け出そうとしたけど相手も魔力で力を底上げしてるみたいでそう簡単に抜け出せ等もない。

 死を覚悟した人間の力はとてつもない。

 だけど僕には新しい希望が見えた。なんと遠くからリアス部長の姿が。

 

「部長! ここです! 助けてください!」

「もう遅い! もうすぐ時間切れだ!」

『10・9・8』

「『破壊の蟲毒(バグズ・ラック)』」

 

 血眼になって僕をさらに強く抱きしめ、時限爆弾からもカウントダウンの機械音が鳴る。

 だけど僕はとっさに神器の力を使って精密機械を狂わせる。

 

『 7・7・7・7』

 

 カウントの進みが止まった。

 

「大丈夫です! 爆弾の時間は十分稼げました!」

「クソが~~~~~~!!」

「残念だったね。僕には受け入れてくれる仲間がいるんだよ! …………あれ?」

 

 僕は自身の生還を確信してリアス部長の方を見たけどそこには誰もいない。

 あ、あれ? リアス部長? どこですか?

 

「ハハハハハ!

 見捨てられたな、死ね!」

 

 そ、そんな、うそ……。

 なんで……なんで助けに来てくれないんですか?

 もしかしたらどこかで敵に邪魔されたのかもしれない。そんな自分に都合のいい考えもしたが、憎きも死を目の前にして悪魔になったことでさらに上がった視力が去っていくリアス部長の後ろ姿を捕らえてしまった。

 

「ハハハ、今度こそ時間切れだ。死ね」

 

 死を覚悟した瞬間、絶望と悲しみで刹那の時間がうんと長く感じこれまでの思い出、新しい思い出は偽物だったけどその前の思い出は正真正銘本物。

 自然と涙が零れ落ちる。

 だが、一時が永久に感じるほどの時間で僕は思った。なぜ僕は死ななくちゃいけない。

 両親が死んでから僕には本当に幸せだと思う時間は皆無だった。両親の願いだった幸せになるもかなえられぬままなぜ死を覚悟しなくちゃいけない。

 

「なんで」

「ハア?」

「なんで僕がここで死ななくちゃならないんだッ!!」

「うおッ!?」

 

 そう思った僕は自然と男にかけられている力が良く理解できた。そして多分合気、やったこともない合気道の要領で投げ飛ばしこの拘束から抜け出した。

 そして必死に男から離れる。

 

「今更逃げたとこで逃げきれねえよッ。爆ぜなッ!」

 

 男の言うとおり既にカウント5をきった残り時間では安全な所まで逃げきれない。

 そのうえあの男は僕に追いつけなくとも追ってきている。

 僕は爆発に巻き込まれた。

 だが、その瞬間僕はさっきまでなかったはずの不自然で大きな丸い穴に落ちた。

 

 

 

 

    ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 大きな爆発に巻き込まれ意識を失った僕が目を覚ました場所は明らかにあの場所ではなかった。

 高い高い山の中腹あたりだろう。

 そんなところになぜ僕は倒れているのだろう?

 

「なぜ僕はこんなところに? 可能性があるとすればあの大穴。まさか不思議の国のアリスみたいに不思議な国に迷い込んだとか?」

 

 僕は昔好きでよく読んでもらった絵本の一つを思い出す。

 そのうちの一つ『不思議の国のアリス』を思い出した。

 僕がここに来る前に覚えている大きな穴はまさしく主人公のアリスが不思議な国に迷い込んだ穴のように思えた。

 

「いや、それはない。でもだとすると、ここはどこ?」

 

 一つの妄想を否定した僕はとりあえず景色が良く見えそうなところまで登ってみることに。ここからじゃ見えるのは木と岩ばかり。

 そしてそれなりに高い所に辿り着いた僕は高い所から周りを見回したが周りには大きな自然があるだけで人の気配はない。

 

「う~ん、一体ここはどこなの? それに人の姿もないし……んッ!!?」

 

 はるか遠く、悪魔になり極限状態に追い込まれたことでなぜか強化された視力が黄金に光る何かを見つけた。

 

「なんだろうあれは。周りには何か木造っぽい建造物と白い何かが動き回って……」

 

 よく目を凝らしてみると黄金に光っていたものは稲。周りの建物よりは大きく見えた家はどうやら家ではない。

 だけどあの形、どこかで見たことがある。

 

「確か……高床式倉庫?」

 

 そう、社会の時間に教科書の写真で見た高床式倉庫にそっくり。

 そんな事を思い出してみるとさらに白い何かと思われたのは人間、その人間の服装も、村全体の雰囲気もある時代に合致している。

 

「もしかしてここ、弥生時代?」

 

 そう考えると今見たものに納得がいく。

 だが自分が弥生時代にいることは納得できない。そもそもあの場所に野ざらしにされてるか、病院内くらいしか納得はできないだろう。

 悲しいことに可能性が高いのは前者ではあるけど。

 

「とりあえずここで立ち止まるよりも他の人と会ってみよう。せっかく見つけたんだし」

 

 僕はとりあえず山を降りる事に。

 なかなか高い山だから普通の人ならかなり苦労するけど悪魔に転生して戦車(ルーク)である僕ならそこまで苦にはならない。

 

「僕の日本語通じるかな」

 

 山道を降りながらそんなのんきな事を呟いていると山頂から何かが落ちてくる。

 ものすごく大きいけど幸いすぐに気づいたのとどうやら今僕がいるところには落ちそうもない。

 でも前方には落ちそうなのでしばらく立ち止まる必要はあるけど。

 

「……ん、え? 人?」

 

 最初は太陽が真上にあるせいで見えずらかったけど徐々にその物体が近づいて来て影になると落ちてきてるのが何かわかる。

 それがどうやら岩ではなく人のように見える。

 

 ズドォォォォォンッ!!

 

 その大きな人は僕の目の前にすごい音を立てて着地した。

 2mを超える程の巨体。体の筋肉もとてつもなくマンガでしか見たこともないような筋肉の塊である。

 

「おい」

「は、はい」

「お前、人間じゃねえな?」

「は、はい」

「何しにこの倭へ来た」

 

 この規格外の巨体から放たれる同じく規格外のオーラ。その存在感が僕を威嚇しているのを感じる。

 僕は弱い草食動物が強い肉食動物と出会い恐怖で動けなくなってしまうかのように逃げ出したくとも逃げれない。

 しかもあの頭の角から見てもこの人は鬼じゃ……あ、あれ角じゃなくて髪だ。クワガタみたいに固められた角のように見える髪だった。

 でも髪とわかってもどうしても鬼のようなこの人には角が生えているように見えてしまう。

 

「答えろッッ!!」

「ヒィッ!」

 

 鬼の怒声が僕に放たれた。

 その声は周りの大気をも振るわせて横の岩石にヒビを入れた。

 僕は尻餅をついて倒れこみそこは堪えたけど意識を失いそうになったうえに漏らしかけたよ。

 

「あの、その、その」

「ハッキリしゃべりやがれッ!」

「ヒッ!」

 

 再び僕に怒号を浴びせられる。

 今度も何とか意識とぼうこうは守りぬいたよ。

 だけどもう次はどちらも耐えられる自信がない。

 

「ぼ、僕の名前は日鳥誇銅です。悪魔、元人間の転生悪魔です」

「悪魔? 初めて聞く。それと元人間とはどういう事だ?」

 

 僕に向けられていた威嚇のオーラが消えた。

 よかったとりあえず警戒は解いてもらえたようだね。

 

「僕は一月ほど前まで普通の人間でした。ですが悪魔の駒(イーヴィル・ピース)というもので悪魔になりました。あの、僕からも少しお聞きしたいことがあるのですが」

「なんだ」

「ここは一体どこなんですか?」

「……どうやら俺が思っていることと違うみたいだな。落ち着ける場所でゆっくりと話しをしよう」

 

 そう言って僕はこの人に案内されるまま山をもう30分程上ったところにある小屋へと案内された。

 今はそこまで怖いオーラは出してないけど第一印象の時にさんざん怖い思いをさせられていた恐怖が残っていたため道中は完全な無言。

 木造のこの時代から考えれば大きめの小屋に案内された僕はテーブルなどはないけどお茶を出してもらった。

 

「俺の仲間が見つけてきた葉から作ったものだ。緑色だが香りもよく味も悪くないぞ」

「は、はい。いただきます」

 

 この時代にはまだお茶という概念はないんだね。

 まだ名のないお茶を一口飲んでみると素朴な味だけど素材がいいからか水を含めた素材の味がよくわかりおいしい。

 

「そういえば俺の名を言ってなかったな。俺の名はスサノオ、須佐之男命(スサノオノミコト)だ」

 

 その名を聞いた瞬間僕は噴き出しそうになった。

 スサノオって日本で有名な神様じゃないか!

 神話上の人物が今僕の目の前に……。

 

「さっそくだが日鳥誇銅よ、お前がここに来た経由を教えてはくれぬか?」

「はい、実は……」

 

 僕はスサノオさんに悪魔になるきっかけになったあの日から自爆に巻き込まれてこの場所にいたとこまでを詳しく話した。

 そのついでにこの場所が僕の住んでいた時代の過去ではないかという話も。

 その中でスサノオさんは真剣に僕の話を聞いてくれて何かを疑うと言う事はしないでくれた。

 

「なるほどそういう事だったのか」

「あのスサノオ様」

「様づけなどいらん」

「ではスサノオさん、僕の話を信じてくれるのですか? 自分で言うのもなんですがかなり突拍子もない話をしたと思うのですが」

「俺は始めお前からは邪な気配がしたから警戒していた。おそらくその悪魔という種族が元々闇に属する種族だからであろう。だが、お前自身はとても清い。目を見て話をすればわかる。そんな奴の言葉を疑ったりしねえよ」

 

 スサノオさんは優しい目で僕の目をしっかりと見てくれる。

 その目に僕は言葉では表現できないような安心感と充実感を得た。

 こういう人を世間ではアニキって言うんだろうな。

 

「だが、お前を悪魔にした奴はお前を甘い言葉で誘いだし、冷遇し最後はお前の命の危機だとその目で見たというのに助けもしなかったのか。スジが通らねえな」

 

 スサノオさんは見るからに怒りをあらわにして持っていた器を握力で破壊してしまう。

 スサノオさんからは怒りのオーラが見え小屋全体も震えている。

 

「まっ、過去の俺が未来に腹をたててもはじまらん」

 

 ついさっきまで荒ぶっていたスサノオさんはすぐにその怒りを鎮めた。

 意外と感情のオンオフが瞬時に切り替えられる人なんだね。

 そうしてスサノオさんと話をしていると外が急に暗くなってくる。

 ついさっきまで太陽は真上くらいでそんなに時間は立ってないと思ったのに。

 

「ついにやっちまったか……」

「え?」

「空を見てみろ」

 

 スサノオさんに言われた通り僕は一度小屋を出て空を見てみる。

 すると空が暗くなったのが夜になったからではなく別の理由だと言うことがわかった。

 

「うわ~日食だ」

 

 それは日食。

 実物を見たのはこれが初めて。

 僕の時代でも僕が小学生くらいの時にあったらしいけどあいにく曇りで見ることができなかったよ。

 ん? 弥生時代、卑弥呼、月食、日本神話……。

 

「スサノオさん! もしかしてこれって天照大神が天岩戸に隠れてしまったことが」

「人間の書いた話がどんなものかも知らねえがちげえよ。これは姉貴の暇つぶしだ。まさか本当に実行するとはな」

 

 スサノオさんは日食を眺めた後遥か向こうの方へ眼をやった。

 そこは僕が人間の集落を見つけたとこらへん。

 僕も目を凝らしてみると暗くてはっきりとはわからなかったが明らかに人々がおびえ混乱している様子に僕は見えた。

 

「スサノオさん、人々がおびえてますよ!いいんですか!? 何とかできないんですか!?」

「高天原に行って姉貴に直談判すれば済むだろう」

「それじゃ」

「俺は少し昔に高天原に足を踏み入れることを禁じられた。この国の最高神であり俺の実の姉である天照大神にな」

「え……何があったんですか?」

 

 スサノオさんはじっと地平線の向こう側を見て何もしゃべらなかった。

 表情一つ眉一つ動かさず。だけど僕にはその顔はなんだかさびしげに見えた。

 そうしてしばらくの沈黙の末にスサノオさんは語ってくれた。

 

「姉貴にたてついた。ただそれだけだ」

「本当にそれだけなんですか?」

「それだけだ」

 

 またしばらく沈黙が流れる。

 だけど今度は僕がその沈黙をやぶってみせた。

 

「お姉さんと何があったんですか?」

 

 スサノオさんは先ほどからまったく顔の表情も視線も変えない。

 だけど僕には僕の言葉でだんだんさびしげな表情になっていくように見えた。

 

「……親父とおふくろが死んだ後、俺と姉貴、弟のツクヨミの三人で高天原とこの国を治めることとなった。その時一番てっぺんに姉貴、天照大神をすえてな。最初の頃は俺たち三人協力し合ってうまくいった。だが、姉貴は退屈からだんだん悦楽を求めるようになり仕事を放棄することも増えた。監視の目が緩くなったことで他の神共も悪知恵をつけ高天原は荒れた。だから俺は目に余る奴らを片っ端から粛清してやった」

「それが原因で高天原を追放に」

「いや、それについては姉貴は何も言ってこなかった。そいつらは姉貴に対して特に忠誠心もなく姉貴からしてもどうでもいいやつら。俺が追放された原因は姉貴にたてついたことのみ」

「何をしたんですか?」

「あれは姉貴がこのお前が日食と呼んだ事を起こそうと考えた時の事だった。俺はそれを激しく咎めた。その時に今までの不満も爆発しちまってな。そんで最後は大喧嘩での別れさ」

 

 スサノオさんはそう言ってまた黙ってしまった。

 きっとこの人はお姉さんが大好きなんだろう。いや、お姉さんだけではなく父親と母親が残してくれたものをひたすら愛したんだろう。

 だからこそ怒るができたんだし、今もこんなに悲しい顔をしてるんだろう。

 それに引き替え僕はどうだろうか。

 僕を見捨てたリアスさんに対して怒れるのだろうか。

 いや、きっと簡単に許してしまうだろう。そうしてしまたあの輪の中に入れてもらうんだろう。

 僕はあの人たちを家族同然と言いながらもっと前から既にそう思ってなかったんだろう。

 僕はただまた一人ぼっちになるのが嫌だっただけだったんだ。

 

「……そろそろか」

「え?」

「ここで待っていろ。日食が過ぎた頃に戻る」

 

 そう言ってスサノオさんは高い山からジャンプして降りていく。

 下で大きな落下音が鳴ったがその後大きな動物が草むらを移動する感じで木々が揺れる音が聞こえたから元気に走っているのだろう。

 

「……ビクッ!!」

 

 スサノオさんが帰ってくるのをただただ待っていると突如とんでもない魔力によく似た魔力ではない気配を感じた。

 その魔力のようなものを感じた方向を見ると遠くの方に八の頭をした蛇。間違いない八岐大蛇だ。

 その八岐大蛇が突然何かに殴られたように倒れる。良く目を凝らしてみるとスサノオさんが八岐大蛇を殴り飛ばしている。

 そして激しい戦いのすえ八岐大蛇の首を一本腕力でちぎり取ると八岐大蛇は水の中へと逃げ込んだ。

 最後にちぎった八岐大蛇の首を逃げ込んだ水の中に放りこむと月食で遮られていた太陽が顔を出した。

 太陽が戻ったことで大きな魔力のような気配は消え人々が落ち着きを取り戻していく。

 

「またせたな」

「お疲れ様でした」

 

 スサノオさんは予告通り日食が過ぎると戻ってきた。

 あの人の事だから崖をジャンプするなり素手でロッククライミングくらいするかと思ったけど普通に山道を歩いてきたのはなんか逆に意外だったよ。

 スサノオさんが戻ってきた頃には普通に日が傾きだしてもうすぐ夜になろうとしていた。

 僕はその晩スサノオさんに晩御飯をごちそうになる事に。

 

「すいません晩御飯までごちそうになってしまい」

「細けぇ事は気にすんな」

「しかし、スサノオさんと八岐大蛇の戦いは感激しました。僕も小学生の時に子供向けの漫画版古事記を読んだだけですが、その中でスサノオさんと八岐大蛇の戦いはよく覚えてます」

「ほう、あいつも伝説に名を遺したか。あいつは人々が洪水を恐れる気持ちから生まれた災害の化身だ。名はお前が言った通り八岐大蛇と俺がなずけた。数少ない頼れる友達(ダチ)だ」

 

 敵同士だと思ったらまさかの友達発言!?

 でも素人目ですがかなり本気な戦いのように見えましたけど!?

 首一本へし折りましたよね? 友達なのに? 

 

「姉貴がこんな事態を起こすのは娯楽がほしいからだ。だから俺が八岐大蛇と一芝居うった。秩序を取り戻すためとはいえあいつの首を一本奪っちまったがな」

「大丈夫なんですか? 八岐大蛇さんは」

「ああ、一本くらいならすぐに再生すると言っていた。それにちぎれた首を食えばもっと早いらしい」

「そうですか……」

 

 まあ大丈夫ならいいか。

 それにしてもまさか架空だと思っていた神話が本当にあったとは。

 まあ悪魔が実際に存在すれば十分あり得る話だよね。

 でも話の真実はかなり違うようだけどね。

 

「ですが、高天原の頂点がそこまで勝手な事をしてスサノオさん以外が止める人はいないんですか?例えばツクヨミさんとか」

「無理だ。姉貴は俺よりも強い。そして他の神が束になっても俺は負けん。それに今高天原は調子に乗った神共であふれかえっている。ツクヨミの奴は頭はいいが保守的で自己主張のねえ奴だ。あてにならん。俺が倒れるわけにはいかない」

「そうですか、でもちょっと意外ですね。今日会ったばかりですがスサノオさんの性格なら命をかけてでもお姉さんの説得をしそうだと思いました」

 

 僕が何気なくそういうとスサノオさんの食事の手が止まった。

 それと同時に初めてであった時のような威圧感が僕を襲う。

 

「俺には父と母から任された高天原とこの国を守る義務がある。この命まで失うわけにはいかん」

 

 とんでもない威圧感と鋭い目に睨みつけられて僕は再び防衛本能で気を失いかけた。

 そのとんでもない威圧感と眼光はすぐに止めてもらえたけど、スサノオさんのその後の雰囲気がもう何も聞くなと言ってるようでその後は全くの無言となった。

 

「まあしばらくはここにいるといい。この時代に馴れたら帰る方法を探すなり、永住するなり好きに決めろ」

「は、はい」

 

 僕はスサノオさんの優しさにしばらく甘えることに。

 その夜は僕の安易な発言で少しピリピリしてしまったためと急に環境が変わったことでなかなか寝付けなかった。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ここに来て一週間程たった。

 この一週間何とか帰る方法やここに来た原因などを自分なりに調べてみたけど何もわからない。

 未だにスサノオさん以外の人と会っていない。

 

「僕はもう帰れないのかな~?」

「シャー」

「それなら本格的にこの時代で生きていく知識を学ばないといけないけど、帰る方法があるなら帰りたい。一応少ないけど残してきてる人もいるし、家族も一匹だけどいる」

「シャ、シャーシャー」

「ありがとうございます、八岐大蛇さん」

 

 誰とも会ってないから僕は八岐大蛇さんに愚痴を聞いてもらっている。

 最初は本当に怖くて食べられると思ったけど、こっちの言葉は通じてるみたいで案外(物理的にも精神的にも)ちょうどいい位置で僕に接してくれる。

 言ってる言葉はわからないけど僕を慰めてくれてる事は伝わる。

 

「それじゃそろそろ日も暮れますので僕は帰ります。八岐大蛇さんも夜のお勤め頑張ってください」

「シャ~」

 

 八岐大蛇さんは夜になると活発に動き出す他の人間の恐怖の化身、僕の時代で妖怪と呼ばれる怪異の原型が過度な悪さをしないように抑止力としての仕事をしてる。

 同じ妖怪でも恐怖の格が違う八岐大蛇さんなら知性のない低級な妖怪は派手に暴れたりせず、従わない中級の少し知性がある妖怪はスサノオさんと協力してしめるらしい。

 スサノオさんの小屋に戻った僕は晩御飯の準備を。

 両親が他界してから自炊してたから料理は大丈夫だけど、この時代には料理器具と設備がないからそこが苦労したね。

 

「おかえりなさいスサノオさん」

「おう、ただいま」

「ごはんもう少しでできますのでもう少々お待ちください」

 

 ご飯が炊けるまでの時間におかずを盛り付けていたらちょうどいい時間にご飯が炊けたようでそのまま晩御飯を食べる。

 

「ところでどうでした?」

「ああ、誇銅のおかげで高天原に戻ることができそうだ。この恩は絶対に忘れん」

 

 天照様が暇を持て余し人間界にいたずらすると聞いた僕は、この時代でもできそうなゲームをスサノオさんに教えた。

 五目並べや囲碁や将棋、トランプやサイコロゲームなどの一人でできる遊びから鬼ごっこやかくれんぼなどの多人数でする遊びなど。後者はあまり好評ではなかったらしいけどね。

 

「それで姉貴がお前に興味を持ったらしく一度会いたいと言っていたのだがいいか?」

 

 え!! あの日本神話のトップの天照大神様が僕なんかに!?

 

「心配しなくていい、姉貴がいつもの癇癪を起しても絶対に護ってやる」

「は、はい~失礼のないようにします!」

「ふふふ、姉貴は短気だが侮辱したりしない限りそうそう怒ったりはしないさ。それに高天原には腕のいい医者も職人もいる。姉貴の炎で消し炭にさえならなければ治すなり補強なりできる」

「い、いきなり不安になるようなこと言わないでください~!!」

 

 消し炭って、治療って、補強って僕どうなっちゃうの!?

 相当おっかないイメージしかないよ今のところ!

 既に虎のオリに入れられるような気持ちだよ。食べられなくてもじゃれられただけで重症だよ。

 

「確かに初めての人間と直接会うわけだから俺もどうなるかわからん。だが、この木の実の入った飯はうまいな」

「ああ今日は栗が取れたので栗ご飯の挑戦してみました。うまくできたか心配でしたがお口に合ってよかったです。って誤魔化さないでください!」

「細けぇ事は気にすんな」

「僕にとっては生死にかかわる程細かくない事です!」

 

 スサノオさんは僕を軽くからかって愉快そうに微笑する。

 確かに僕にとっては生きるか死ぬかというレベルの事だけどスサノオさんが守ってくれるっていうならまあ安心かな?

 いったいどんな人なんだろうな天照様って。

 

「でも、スサノオさんが再びご家族の所へ帰れるのは喜ばしい事ですね」

「ん? 誇銅はそう思うか? 俺は姉貴の横暴を指摘しただけで殴られて追放されたんだぞ?」

「でも、嫌ってないですよね? お姉さんの事」

「……」

「スサノオさんがお姉さんの話をする時はいつも愚痴だったけど、お姉さんのこれからを心配するような発言ばかりでしたから。それに本気で嫌ってたらお姉さんを叱ったりないでしょう。叱ると言うのはその人を思っての行為。それが理不尽な事ではない限り」

 

 スサノオさんはきっと高天原を思ってるのと同じくらいお姉さんの事を思ってるんだろうね。

 

「もしかしたら僕の勘違いかもしれませんが、家族を失ってその大切さをより感じた僕にはそう見えました。だからお姉さんの所に戻ったらそれを少しでもいいから考えてみてください」

「……まさか人間から何かを教わるとはな」

「ふふふ、持ってないからこそ気づくこともあるんですよ」

 

 神様に対して今の僕はちょっと生意気すぎるかな?

 だけど、天に唾吐く行為になっても僕はスサノオさんが愛する家族との絆を得てほしいと思ってる。

 

「ふふふ、そうかもしれねえな。今までも無意識ながらそうしようとしてたのかもしれない。高天原に戻ったとしても俺は前と同じようにふるまうだろう。それが高天原を守る以外の思いだったのか少し考えてみよう」

 

 この一週間、僕が天照様の話題に触れる度に威圧的なオーラで黙らされたけど徐々にスサノオ様も僕の話を聞いてくれるようになった。

 三日目あたりでもうこれで逆鱗に触れそうだったらもうこの話題はやめようと思って最後に言ってみたら何か悩んだ様子で僕の言葉を聞き入れるように。

 それでも最初はスサノオさんがすぐに言葉に詰まってこの話題は進まなくなった。そしてじっと何かに悩む時間も増えるように。

 その甲斐あってか今では僕の話をちゃんと聞いてくれるようになったよ。

 

「家族の絆か……俺たちにも初めの頃はあったかもしれないな。長い時間で俺たちの間に絆の感覚が失われ。そういえばそのころからだったかな姉貴が悦楽を求めるようになったのも。そこが俺たちの家族としての絆を完全に忘れてしまった瞬間だったのかもな」

「スサノオさん……きっと戻りますよ絆は。元々はあったのですから。それに、なくなったならもう一度作ればいいじゃないですか、絆。だって、スサノオさんは今でもそんなにお姉さんや弟さんの事を思ってるんですから」

 

 僕はスサノオさんの左手を両手でそっと握る。

 スサノオさんの顔はとてもびっくりした表情になっていたけどすぐに優しい笑顔に変わり僕の手を軽く握り返す。

 スサノオさんからしてみればそっとなんだろうけど僕からすればちょっと強めの握力で。

 

「ありがとよ」

 

 スサノオさんの感謝の言葉に僕は言葉を返さずに「どういたしまして」の気持ちを込めた笑顔で返した。

 

 

    ◆◇◆◇◆◇

 

 

 翌日、僕は予告通り高天原へと連れてこられた。

 もしかしたら人類で初めて神域に足を踏み入れた人間、いや僕は悪魔か。

 どっちにしろ神以外の人物が初めて神域に入った瞬間かもしれないと思うとドキドキするよ。

 そんなドキドキが冷めぬまま僕は天照様とついにご対面と。

 

「久しぶりだな姉貴。いや、ただいまと言った方がいいか?」

「どちらでもよいわ。そっちの人間が誇銅じゃな?」

 

 僕の中で天照様のイメージは黒髪ロングの大人の女性だと思っていた。

 だけど僕の目の前で一人でトランプで遊んでいる女性は黒髪ロングどころか黄緑色のロングヘアー。さらに中学生くらいの小柄にこの時代にはないハズの白衣と緋袴の巫女装束。

 天照様はスサノオさんへの会話をすぐにきりあげて僕の方へと目を向けて手招きしている。

 僕は一度スサノオさんも方を見る。するとスサノオさんは黙って首を縦に動かす。

 僕はゆっくりと天照様の方へ歩いて行った。

 

「お主がこの娯楽を作ったのじゃな?」

「は、はい。正確には僕のいた時代の遊びで」

「そんなことはどうでもよい。それよりもっと他の遊びもあるらしいのう? それを儂に教えろ。ほらほら、まずはイシコリドメに作らせたこのとらんぷとやらの遊び方をもっと教えるのじゃ」

 

 天照様のトランプは紙ではないが紙のような材質で作られており、本物のトランプのような四種類のマークの代わりに違うマークが使われているが赤と黒に分けられているのは同じ。

 そして数字はアラビア数字でも漢数字でもなく、正の字で描かれている。

 

「なあ、俺はもういいか?」

「んあ? ああもう良いぞ」

 

 天照様は既にスサノオさんに興味なしと言った感じでそっけなくあしらう。

 

「天照様、このトランプというのは本来三人以上で遊ぶゲームが多いのです。だからここはスサノオさんにも残ってもらった方がより多くのゲームを教えられますよ」

「ふむそうか、ならば仕方ない。スサノオお前も来い」

 

 スサノオさんが入ることに不満そうに頬を膨らませる天照様だが遊びには勝てなかったようで。

 遊びを通じてスサノオさんと天照様の溝が少しでも塞がればいいなと思ったんだけど……。

 

「うぎぃぃぃぃぃ~~~なんでスサノオばっかり勝つのじゃ~!!」

「知ったこっちゃねえ」

 

 なぜかさっきから殆どスサノオさんの一人勝ち状態。たまに僕が一番になることもあるけど勝率は圧倒的にスサノオさんが上。

 最悪な事に天照様はずっとビリ。

 スサノオさんの性格からしてズルはしないだろうし

 

「もうよいもうよい!! とらんぷは終いじゃ! スサノオはもう行け!」

「やれやれだぜ」

 

 やれやれと言いながらもどこか満足げなスサノオさん。一方頬を膨らませてすっかり機嫌を悪くした天照様。途中天照様が感情に任せてなんか炎をまき散らして死を覚悟したけどスサノオさんが僕に向かってくる炎を払ってくれて何とか生きてる。

 

「さて邪魔者もいなくなったことじゃし他の遊びをするかのう。そじゃこのしょうぎというものを教えてくれ。駒と盤だけならお主に教わった通りに作らせたものがある」

 

 こうして僕は将棋について天照様に説明した。

 将棋のややこしい動かし方を覚えるのに僕はちょっと手間取ったけど、天照様はすぐに覚えてしまって基本ルールもすぐに覚えてしまう。やっぱり神様だから僕とは違うね。

 でも戦略に関してはそう簡単にいかなかったみたいでいろいろと悩んでいる。

 

「天照様、一つお願いがあるのですが」

「ん~?」

「たまにはスサノオさんの話をしっかりと聞いてあげてほしいのです。スサノオさんはこの高天原や国、そして天照様の事を真剣に思っています。だからスサノオさんの言葉にも耳を傾けてください。お願いします」

「ん~」

 

 天照様はゲームに集中して生返事で答える。

 だけど僕の方を見て少し不機嫌そうかめんどくさそうな表情をしたから一応話はちゃんと聞いてくれたみたいだ。

 そして最初はそれなりに有利だった勝負も徐々に押し込まれていって何とか僕の勝ちと言う結果に。

 趣味程度だけどそれなりにやったことのある僕に一日の長があったようで。

 最初は勝ってしまって、しまった!と思ったけど僕が教えた遊びで僕を追いつめた実感もあったようで普通に楽しんでくれたようだった。

 

「よし! 次の遊びじゃ!」

 

 それから僕はとんでもなく長い時間天照様の遊びに付き合わされた。

 なんだろう、途中とんでもなく疲れた時に出された飲み物で眠気と疲労が吹き飛ばされたぶん丸一日遊んだと思う。

 そのおかげでここでできる遊びは一通り出し尽くしたんじゃないかと思う。

 それに僕の体ももう限界っぽい。

 

「も、もう……」

「う~ん、悪魔とはいえ元々は人間。高天原の水をもってしても限界か。お主とはまだまだ遊びたい。地上に戻って体を休ませるがよい」

 

 僕は天照様が呼んだ他の人に連れられて地上のスサノオさんの家へ送ってもらう事に。

 その人にスサノオさんが今日は地上に降りてる事を教えてもらった。

 

「ありがとね。スサノオさまを高天原に戻してくれて」

「ふえ?」

「そのおかげで私もイシコリドメも感謝してるわ。本当にありがとう」

「あ、あなたは?」

「私? 私はアメノウズメ。よろしくね♪」

 

 そんなこんなしてるうちにいつの間にかスサノオさんの家へとたどり着く。

 すぐ近くまで来ると中からスサノオさんが出てきた。

 

「世話掛けたな」

「いいえ、スサノオさまの恩人とあらばこのくらい」

「誇銅の事も、俺が去った後の高天原も」

「いいえ、私たちはスサノオさまが高天原を追放されるのを止めるどころか、スサノオさまに命じられたスサノオ様の代理も満足にこなせませんでした」

「いいや、姉貴の暴走は俺にも止められん。だが、他の神共の暴走はよく止めてくれた。アメノウズメ、イシコリドメ。お前たちは今俺が最も期待し、信用できる神。そしてその期待に応えるだけの働きはしてくれた。礼を言う」

「もったいなきお言葉」

 

 い、いずらい……。

 ものすごく真面目な話してるし場違い感がする。だからと言ってこの場を離れるのもなんか違う。というか疲労で一人じゃまともに歩けない。

 そんなこんなで僕は邪魔しないようにじっと気配を消して待った。

 その時、僕の目に不思議なドアが目に入った。山のゴツゴツした岩場に西洋風のドアが不自然に。

 僕はそのドアに引き寄せられるかのように歩いていく。ふらふらとしながらも歩いていく。

 そしてドアを開けるとそこにはあの時落ちた穴と同じ暗闇が広がっていた。

 

「ここを通れば帰れるのかな?」

 

 ……いやいやいや怪しすぎる。

 とりあえずここはスサノオさんたちに相談してみよう。

 あの人たちは神だし頼りになるだろう。それにここなら頼るあてもあるしまた変な場所に飛ばされるよりマシ。

 そう思って僕はドアを閉めてドアを背にしてスサノオさんを呼ぼうとした時。

 

「さっさとこい」

 

 後ろのドアから幼い女の子の声がしたと思ったら急に後ろ襟を引っ張られてドアの中へと引きずりこまれてしまった。

 ドアが閉まる瞬間、スサノオさんの声とアメノウズメさんの僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 死に際で見捨てられた僕にとってこの心配して僕の名前を叫ぶ声はとてもうれしかったよ。

 さて、次に僕が目を覚ますのはどこなんだろう?



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我儘な京都の狐(上)

 強引に扉の中に引きこまれた僕が次に見た景色は夜の山の中。夜だけど雲のない満月の月明りで周りの様子はよく見える。

 まず自分の場所を知るために周りを探索しようと動き始めようとした瞬間。

 

「そこまでだッ!」

 

 大きな怒鳴り声で僕は動きを止めた。

 声の方を見てみると赤い胴着を着た男の人が僕を見下ろしていた。それも鋭い眼光で睨みつけながら。

 え、なに!? 僕何もしてないよ?

 

「私も同胞を手にかけたくはない」

 

 僕に向かって言っている。

 いや、違う。あの男の人の目は僕から若干外れている。

 

「だが、その子に危害を加えれば貴様を同胞とは思わん。畜生として私が殺す」

 

 男の人がそう言うと僕の背後の茂みから獣の顔と鋭い牙に人間の体をした化け物が現れた。

 そして再び闇にまぎれて姿は見えなくなる。だけど周りから草木がこすれる音がするから周りを飛び回ってると思う。

 

「そうだ、それでいい。

 姿を見せろとは言わんが、関係ない者を巻き込むのは絶対に許さん。

 私と戦いたいのなら初めから私だけを狙え」

 

 男の人が悠然と立っていると後ろの木の上から男の人の首めがけて鎖鎌の刃が飛んできた。危ない!

 

「だが、座を奪いに来るのではなく命を狙いに来るのであればその命残るとは思うなよ」

 

 しかし、男の人は紙一重でその攻撃を避けて鎖の部分を何かで斬った。

 何で斬ったのかは早すぎて見えなかったけど。

 だけどその瞬間を狙って化け物が男の人の背中にその大きな牙を突き立てた。

 

「貴様の返事はそれか、わかった。その命、焼切るぜ」

 

 後ろから噛みつく化け物。

 男の人は後ろに手をまわして化け物を逃がさないように組んだ。

 

「ふんぬッ!」

 

 すると男の背中からまるで火事のような業火が。

 

「ギャァァァァァァァァァァァっ!!」

 

 背中に噛みついていた化け物も身を焼かれ苦しみのた打ち回る。

 だが男の締め付けで逃げることもできずそのまま動かなくなり、もう元の判別ができない程にあっというまに焼死体となった。

 

「次はどいつだッ!」

 

 男の人が誰に向けるわけでもなく叫ぶと周りがより一層騒がしくざわざわとなり始める。

 え、もしかしてあの化け物みたいのがまだたくさんいるの!?

 ど、どうしよう。

 

「どうしたッ!! 私になら勝てるとでも思って襲いに来たのであろう!?

 だったらさっさと掛かってこい。全員一度に相手でも構わんぞッ!

 それとも、私が迎えに行ってやろうかッ?!」

 

 男の人が再び叫ぶと周りのわざわざとした音はどんどん遠くになっていきやがては消えた。よ、よかった。

 僕は成り行きとはいえ助けてくれた男の人にお礼を言おうと思ってそっちを向くと男の人はその場にいない。

 その代りに男の人は僕の背後に回り一本だけ鋭く伸びた爪を僕の喉に押し付けていた。

 

「意識して感じる事で初めて気づいた。君は人間ではないな?」

 

 さっきの化け物もだけどこの人の気配に全然気づかなかった。

 しかもあの距離を僕に気付かれずに素早く移動するなんて!?

 一体この人は何者なんだ? その前にこの危機をどうにかしないと。

 

「君の目には敵意も悪意もない、むしろ心優しき善人の目だ。

 だがそれすら疑わせてしまう僅かだが邪悪な気配。

 だから教えてくれ、君はこの国で生きる者に害をなす存在か?」

 

 この感じは少しでも選択をミスしたら殺されそうだ。

 この場合僕はなんていえばいいんだ。僕がこの場を生き残るために言う言葉は?

 そうこう考えてるうちに僕が出した答えは。

 

「ち、ちがいます」

 

 正直に話すことにした。

 だって僕は本当に悪いことをしにきたんじゃない。だったら何も隠す必要はない。

 だから僕は簡潔に正直に身の潔白を答えた。

 

「……君の言葉信じさせてもらおう。驚かせてすまなかった」

「い、いえ」

 

 確かにびっくりしたけど僕の正体が悪魔とわかれば当然の反応だよね。

 スサノオさんだって最初は僕に敵意を向けてたし。

 なんだか悪魔になってからろくな目にあってない気がする。

 

「ところでなぜここへ? 人のいるところに降りたければ案内しよう」

 

 さっきまであんなに警戒していたのにあっさりと僕を解放してくれたことに違和感を感じた。

 たぶん本当に警戒を解いてくれたんだと思うんだけど、部長に見捨てられて少し疑心暗鬼になってるのかな?

 

「僕を、警戒しないんですか?」

「失礼だが下級妖怪にも気付けない君が何かできるとは思えない」

 

 うっ、その通りです。

 僕程度の弱い悪魔じゃできる事なんて大したことない。そもそもこの人の言うとおり下級妖怪の餌食になるのがオチだろう。

 

「本来人間に肩入れすることはないが、今回は私のいざこざに巻き込んでしまった詫びだ」

 

 人間じゃないけどね。

 

「もう夜も遅い。私の道場に一晩泊めてやろう」

「あ、ありがとうざいます」

 

 僕は素直にこの人の善意を受け取ることにして後をついていく。

 

「おっと自己紹介がまだだったな、昇降だ。昇る降りるで昇降だ」

「はい。僕の名前は誇銅、日鳥誇銅です」

 

 月の光が届かないような道にさしかかる。昇降さんはさっさと先へ進んで行ってしまうが僕には周りの様子が見えない。

 するとそれを察した昇降さんは手から人魂のようなものを浮遊させて周りが見えるようにしてくれた。

 

「すまない、邪気のようなものを放っているから夜目が利くと思ったのだが」

「いえ、元々は人間なので」

「ほうなかなかわけありのようだな」

「ええまあ。ところで昇降さんこの人魂のようなものは?」

「私は火車だ、人魂を創り出すくらい造作もない」

「そうでしたか。なら夜道で困る心配はないですね」

「まあ私は火車になる前は猫ショウという猫妖怪だったから必要ないんだがな」

 

 道中おしゃべりをしていると道場のような建物に辿り着いた。

 昇降さんはたんたんと道場の入り口に向かってる事からここが昇降さんの道場なのだろう。

 僕も昇降さんの後を追う。

 

「おかえりなのじゃ昇降」

「ただいま。私の留守中に何もなかったか?」

「あ~人間だ」

「あ、本当じゃ! なぜ人間を連れてきておるのじゃ?」

 

 中に入ると二人の小さな少女が僕をじろじろと見てくる。

 一人は狐耳と九本の尻尾をはやし、もう一人は見た目は普通だが左胸に球体がありそこから伸びている管が右足と左足につながってる。

 たぶん二人とも人間ではないね。

 

「この子は玉藻(たまも)、そっちがこいしだ。私の同僚の娘とその友達なのだがなぜか時々私の所に来る」

「ねーねー人間さん、どこから来たの?」

 

 左胸に球体がある子、こいしちゃんが僕の服をクイクイと引っ張っぱる。

 小さな子にはこの服が気になるのか二人とも僕の服をぺたぺたと触っている。

 

「お前たち質問は朝にしろ。今日はもう寝なさい」

「「は~い」」

 

 そう言って二人は押入れから布団を四人分敷いてくれた。

 僕は二人にありがとうと言いながら頭をなでると二人とも嬉しそうに笑ってくれた。

 そうして僕はお言葉に甘えてこの場所で寝かせてもらうことに。

 この場所で初めて会えた人が親切な人で本当によかったよ。

 

 

    ◆◇◆◇◆◇

 

 

 次の日、僕は木が倒れるような音と共に目を覚ました。

 すると僕以外はみんな起きていた。僕が一番最後に起きたらしい。

 

「ん? 人間さん起きたの」

 

 僕の真後ろから声をかけるこいしちゃん。寝起きに真後ろから声をかけられたのにびっくりしてしまったよ。

 

「うん、おはようこいしちゃん」

「?? おはよう?」

 

 僕の言葉に小首をかしげるこいしちゃん。あれ? 僕何か変な事言った?

 

「目が覚めたか、朝食の準備ができたところじゃ」

「玉藻ちゃんだよね。おはよう」

 

 狐の耳と尻尾をはやした玉藻ちゃんもこいしちゃんと同じように小首をかしげてしまう。なぜだろう?

 

「あれ? 僕何か変な事言ったかな?」

「そのう、おはようとはなんじゃ?」

 

 この時僕は知らなかった。この時代に「おはよう」と言う文化がなかったことに。

 僕はこの時この時代に「おはよう」の文化がない事は理解せずとも「おはよう」が通じない事だけを漠然と知り対処したのであった。

 

「やあ起きたか」

「は、はい」

 

 外から昇降さんが帰ってきて僕たちはそろって食事をいただくことに。

 食事は麦飯に味噌汁に漬物というものだった。

 見た目は質素だけど味はおいしかったよ。特に漬物がいい味だった。

 

「さて町に案内すると言ったがどうする」

「はい、あてはありませんがとりあえず人の町へ降りてみようと思います」

 

 ここにあまり迷惑もかけるわけにもいかないしね。

 

「そうか、平安城はあまりよそ者に親切ではない。もしかしたら門前払いされるかもしれんが行ってみる価値はあるかもな」

 

 平安城? ものすごく聞いたことのある名前。

 ここってやっぱり平安時代なの? 弥生時代から平安時代に来たってことなの僕?

 

「はい、行くだけ行ってみます」

 

 でもまあいっか。

 なんか頭が追いつかない展開ばっかりで考えるのがつかれたよ。とりあえずやるだけやって行き当たりばったりの脳筋思考でやってみよう。

 

「道場の右側にあるけもの道を抜けると道がありその右側を道なりに進めばつくのだが、私もついて行こうか?」

「ね~ね~人間さん、人間さんはどこから来たの?」

 

 こいしちゃんがまた僕の服を引っ張って話をねだる。

 僕がこいしちゃんに一度視線を映して「ちょっと待ってね」と言って視線を戻すと昇降さんはなんだか別の方向を向いている。

 

「またか」

「どうしたんですか?」

「すまんが急用ができた。もしかしたら日が暮れる頃に帰るかもしれんからその子たちに案内してもらってはくれぬか?

 その子たちは町に住んでいる、一緒に行けば確実に通してもらえるだろう」

 

 それだけ言って昇降さんは少し急ぎ足で道場を出て行った。

 一体どうしたんだろう?

 それと、一泊させてもらったお礼も言いたかったんだけどな。

 

「人間さんどこから来たの?」

「見たことない衣服じゃのう」

 

 こいしちゃんだけじゃなく玉藻ちゃんも来た。

 僕は自分が使った食器と昇降さんの食器を持って洗い場の場所に行きながら質問に答える事に。せめて洗い物くらいはしないとね。

 

「う~んとね、僕はずっと遠い所から来たんだよ?」

「「ふ~ん」」

「それとね、君たちは僕を人間って言ってるけど僕は厳密には人間じゃないんだよ?

 悪魔っていう種族なんだ。外国の妖怪みたいなものだよ」

「じゃあ悪魔さんは外国から来たの?」

「僕はこの国の人さ。それに元々は人間だったんだ。

 だけどわけあって悪魔になったんだよ。僕のような人を転生悪魔って言うんだ」

 

 僕は洗い物をしながら小さな子でも理解できる程度に話を噛み砕いてお話してみた。

 たぶんだけどこの子たち妖怪である事を加味しても僕より幼いと思うし見た目通りの年齢だと思う。だって幼くてかわいいもん、言動が。

 一つ言っておくけど僕はロリコンじゃないからね。

 

「ん~朝の陽ざしが気持ち……よくはないね」

 

 悪魔になってから本当に朝の陽ざしが気持ちよくない。むしろ気が滅入ってくる。

 これは悪魔になって後悔したことの一つ。今はもっと後悔する出来事があるけどね。

 

「ね~ね~悪魔さん遊ぼ」

 

 こいしちゃんがまた僕の服を引っ張っておねだりする。

 本当にこの子人懐っこい性格だね。

 

「急ぎの用事でもないしいいよ」

「「わ~い」」

 

 僕は玉藻ちゃんを抱き上げてこいしちゃんはいつの間にか勝手に僕に肩車している。

 

「じゃあ何して遊ぶ?」

「う~んと……」

「誇銅は何か面白い遊びを知らんか?」

「そうだね……」

 

 そうして僕はこの時代で子供が遊べるような遊びを教えた。

 しばらく遊べば二人も満足してくれるだろう。僕はその時はそう思っていた。

 

「楽しかった~♪」

「もっといろいろなお遊びを教えてほしいのじゃ!」

「ハァハァ……完全に日が落ちた」

 

 まさか夕暮れどころか完全に夜になるまで遊ばされるとは。妖怪の子供、甘く見てたよ。しかもかなりの重労働。

 

「ハッハッハ、それは災難だったな」

「い、いえ」

 

 すっかり夜になってしまったためもう一晩昇降さんの道場に泊めてもらう事に。しょうがないとはいえやっぱり他人に迷惑をかけるのは気が咎める。

 

「この子たちは子供だが中級妖怪では太刀打ちできない程の実力はある。この子たちの遊び相手はそれなりの体力鍛錬になるが、それだけで一日潰れるのが難点だ」

「僕も人間のままでは耐えきれる自信がありませんでした」

「それにしても今日の飯はうまそうな匂いがするな」

 

 弥生時代の器具で料理ができるようになった僕にはこの時代の器具なら十分料理できる。

 だから今日は僕が昇降さんたちに晩御飯を作った。食材は昇降さんがとってきたものを使ってるけどね。

 

「うまいのじゃ~」

「おいし~」

「うむ、鳥の出汁が良く出ている」

「お口に合ってよかったです」

 

 そうして僕はまた昇降さんの道場に泊めてもらう事に。

 そして次の日、昇降さんはまたどこかへ出かけてしまい僕は二人の遊び相手をすることに。

 こりゃもう一晩泊めてもらう事になりそうだ。

 だけどその時、事件が起こった。

 

「いくよ~だるまさんが転んだ! ……!?」

 

 だるまさんが転んだで鬼をしている時、後ろを振り向くと玉藻ちゃんの真後ろに玉藻ちゃんとよく似た大人の女性が立っていた。

 そして突然玉藻ちゃんを後ろから玉藻ちゃんの頭をゆっくりと、だけどゆっくりとは思えない強さで右の木にたたきつけた。

 

「た、玉藻ちゃん!? ちょっと何するんですか!?」

 

 玉藻ちゃんになお敵意のようものをもって近づく女性の前に僕は飛び出す。

 こいしちゃんは僕よりも素早く玉藻ちゃんに駆け寄っている。

 僕はその間に女性を止めようとしたが。

 

「邪魔じゃ」

 

 僕は目の前に現れた女性に足払いで簡単にこかされてしまった。

 それでも玉藻ちゃんたちを助けないと! 弱い僕じゃできる事も少ないだろうけど、せめて二人が逃げて昇降さんに助けを求めるくらいの時間稼ぎはできるかもしれない。

 幸い戦車の駒のおかげで体は頑丈だ。

 

「なんなんですか貴方は! 突然現れて暴力を振るうなんて!」

 

 僕はすぐさま立ち上がり女性の前に立ちふさがる。だけど倒された衝撃で視界が歪んでいる。

 

「邪魔をするなと言っておる」

 

 僕は今度は足払いをされる前に女性を拘束しようと手を出す。大人の女性くらいなら戦車の力で何とかなると思って。

 だけどその前に顔を掴まれ自分でも驚くほど簡単に地面にたたきつけられてしまう。

 さっきより視界はドロドロになり足もふらつくけど僕は何とか立ち上がって再び前に出る。

 

「いい加減にせい」

 

 今度は女性の方から手出してくる。ゆっくりと迫りくる手を僕はチャンスと思い掴んだ。だけどつかんだのは僕のはずなのに宙に浮く僕の体。

 視界はドロドロ足はフラフラ頭の中はグシャグシャ、なのに僕は偶然かとっさに投げられる方に自分から飛んで地面への激突を避ける事に成功。

 でもダメージは全然抜けきっていない。

 

「ほう、やるのう。だが、本当に邪魔じゃから寝ろ」

 

 そう言って女性は何かをしたが僕にはそれがなんなのかまったくわからない。女性が僕の喉を突き刺そうとしたことがわかったのは、女性の人差し指が僕の喉手前で昇降さんの手に掴まれていからだ。

 よ、よかった。僕は立っていることができなくなりその場で尻餅をつく。

 

 

    ◆◇◆◇◆◇

 

 僕の体調が落ち着くとその場にいた全員が道場に集まった。さっきの出来事の事情を説明してくれるとうことで。

 

「また私たちのいざこざに巻き込んでしまってすまなかったな。彼女は私の同僚で玉藻の母親だ」

藻女(みずくめ)じゃ、すまんのう苛立っておったとはいえ転ばしてしもうて」

 

 玉藻ちゃんのお母さんだったんだ。道理で似てるわけだ。

 でもそれとこれとは暴力を振るったこととは関係ない。しつけだとしてもあの暴力はやりすぎだ。

 

「なぜ玉藻ちゃんにあそこまでの暴力を振るったんですか? 僕の勘違いかもしれませんがその後も何かしようとしませんでした」

「ただのしつけじゃ。生半可なしつけじゃまた繰り返す。

 じゃが、既に勝手に家出したのは一度や二度ではないがのう」

 

 実の娘にあれだけ暴力を振るっておいて涼しい顔でお茶をすするこの人に僕は憤りを感じた。

 確かに小さな子だけでこんな場所に来るのは妖怪だとしても危ないかもしれない。その危険度は恐らく現代の比ではないのだろう。だとしても言葉もなく暴力だけであそこまでするなんて酷いと僕は思う。

 

「しかし初心者の小僧が妾の返し技を偶然でも一度凌ぐとは。お主、なかなか見どころがあるのう」

 

 そんな話どうでもいいみたいに話題を変えられる。正直文句の一つでも言いたい気分だけど他人の家庭事情と言う事とこの時代の常識、立場がわからないから今は文句も言いにくい。

 

「どうじゃ、妾の弟子にならぬか?」

「弟子?」

「藻女は柔術の達人と呼ばれているんだ」

「玉藻とこいしも気に入ってるようじゃし妾の屋敷で働かぬか?

 主な仕事は二人の遊び相手とその他雑用。報酬は妾の稽古と使用人としての平均的な金銭でどうじゃ?」

 

 僕は正直この人が好きになれそうにない。だけどこの人の近くで働く事で少しでも玉藻ちゃんの力になれるのなら。

 

「ありがとうございます。それではお願いします」

「うむ」

「確かに君はこの場所で生きていくにはあまりにも孤独すぎる。

 身を守るという意味でも、どこかに所属するという意味でも武を学ぶのは良い判断だと思うぞ」

 

 昇降さんの最後の一言で僕の中にこれからの生きていくうえでのわずかな希望が見えた。

 やっぱり誰かに大丈夫と言ってもらえることの心強さはあるね。

 そうして僕は昇降さんの道場を離れ、玉藻ちゃんとこいしちゃんと一緒に都にある藻女さんの大きなお屋敷にお世話になる事になった。



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我儘な京都の狐(下)

 藻女さんの御屋敷に住まわせてもらってから一月程たった。

 都での生活や屋敷内での人間関係(全員妖怪だったけど)に苦労したけど今ではすっかり溶け込めている。

 今日も働かざる者食うべからずの精神でしっかりと働く。

 

「どこ行こうとしてるのかな~玉藻ちゃん? こいしちゃん?」

「うっ! 兄様」

「お兄ちゃんに見つかっちゃったね~」

「ほらほら二人ともお勉強の時間ですよ」

 

 この屋敷に来て二人と触れ合ってるうちにすっかり気に入られてしまい今では二人のお兄ちゃんとなっている。悪い気はしないけどね。

 屋敷の掃除をしていると偶然玉藻ちゃんとこいしちゃんに会った。

 この時間は確実に勉強の最中のはずだからコソコソしてる事からも間違いない。

 

「一緒に謝ってあげますから戻りましょう」

「だ、だったら兄様が教えてほしいのじゃ。兄様が教えてくれるなら逃げ出したりしないのじゃ」

「お兄ちゃんの楽しいお勉強ならこいしも逃げないよ~」

 

 二人の先生が体調を崩して一度だけ代理で勉強を見た時、僕はなるべく二人が退屈しないように小学校の頃の僕の先生を真似て教えてみた。その時の遊び交じりの勉強方法が楽しかったみたいだね。

 

「でも僕は計算しか教えられないから。二人が他に学んでる他の座学はわからないから、ごめんね」

 

 計算だけなら現代の知識は通用する。だけど他の勉学は時代の壁と種族の壁から僕にはわからない。

 残念だけど僕が二人の先生になることはできない。

 

「勉強が終わったら次は藻女さんの稽古の時間なんだから勉強をさぼったのがばれたらまた怒られちゃうよ」

「「は~い」」

 

 二人の稽古の時間に僕も稽古をつけてもらっている。藻女さんが空いてる時間はそんなに多くないらしく稽古の日は2日に一度。だけど一日の稽古時間はそれなりに長い。

 一応いくつかの基本型は教えてもらったけど半分以上の時間はむしろ技をかけられる側になってる。

 だから藻女さんがこいしちゃんの相手をしてる間に僕は玉藻ちゃんに教えてもらうことが多い。

 稽古の時間は限られてるし普段は暇な時間も多いからもっぱら一人でできる範囲の柔術の一人稽古をしてる。今では素人には負けない程度になって都で起きる暴力系のもめごとを仲裁できる程。

 

「さて、僕も早く掃除を終わらせてウォームアップでもしよう」

 

 稽古は準備運動なしで始まるためウォームアップをしなくちゃキツイ。

 三人はそれを全くしないんだけどやっぱり鍛え方が違うのかな。

 

 二人の勉強が終わった頃、僕も自主練を切り上げて汗を拭いていた。

 すっかり体もほぐれて準備万端。

 二人が少し休憩して胴着に着替えるまでの間僕も水分をとって待っていた。

 

「よし、それじゃ今日は玉藻が誇銅に技を教えてみろ。

 こいしは妾に技を打ち込んでみろ」

「「「はい」」」

 

 僕が来てからの稽古内容は片方が藻女さんに組み合い、もう片方が僕に技を教える。

 そして中盤で僕が覚えた技を藻女さんに見てもらう。そうすることで教えた側がどれだけ技を理解しているか、きちんと教えることができる技量があるかを見極める。

 

「ん、まあまあじゃな。だが手首の回しがまだまだ遅い」

「は、はい」

「次、玉藻が妾に打ち込んでこい」

「わかったのじゃ!」

 

 玉藻ちゃんは元気いっぱいにどことなく嬉しそうに組手に取り組んだ。

 僕の方はこいしちゃんは技を教えてくれるけど体で教えるタイプなため僕の視界がドロドロになるくらいまで投げ飛ばされる。

 

「よし、最後じゃ、三人とも妾にかかってこい」

「「「はい」」」

 

 最後は全員で藻女さんに襲い掛かる。

 僕と玉藻ちゃんは一瞬触れるとすぐに投げ飛ばされるけど、こいしちゃんは投げ飛ばされた後もうまく着地して藻女さんを逆に投げる事さえある。

 三人の中で一番うまいのは見るからにこいしちゃんである。

 

 稽古が終わった後、藻女さんはこいしちゃんにだけさらに個人稽古をつけた。玉藻ちゃんも稽古をつけてほしいと言ったがダメだと言われてしゅんとしてしまっている。

 

「玉藻ちゃんはどうしてそんなに稽古したいんだい? やっぱりもっとうまくなりたいから?」

「……母上と一緒に居たかったからじゃ」

「え?」

「母上は妾の事をみてくれないのじゃ。だから母上にもっと技を教えてほしいのじゃ」

 

 確かに稽古の時も藻女さんはこいしちゃんにはやりながら真剣にアドバイスをする声が聞こえてきたけど、玉藻ちゃんの時にはこいしちゃんの時ほど聞こえなかった。

 確か初めて会った時も藻女さんは玉藻ちゃんだけを叩いた。

 

「じゃあ玉藻ちゃんが家出するのは」

「母上が妾の事を見てくれないからじゃ!」

 

 やっぱり。

 玉藻ちゃんはもっとお母さんに愛されたいと思ってるんだ。だから困らせて注意をひこうとしたり、稽古に真剣に取り組んでみてもらおうとしてたんだ。

 

「それに、妾をしかりつける時が唯一母上が妾を見てくれる」

 

 僕は涙が出そうになった。

 今思えば玉藻ちゃんがわざわざ怒られるようなことをするのはこの子なりの甘え方だったのだろう。

 でも玉藻ちゃんは嫌われたくない一心で良い子の面もかぶる。そのせいでものすごくちぐはぐなアピールの仕方になっている。

 さらにお母さんはどっちのアピールにも無関心。これじゃ玉藻ちゃんがまだグレてないほうがすごい。これは一度話す必要がありそうだ。

 僕を兄としてこんなに早く慕ってくれたのはその寂しさからなんだろうな。

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

「兄様」

 

 僕はこの時ばかりはいつも以上に玉藻ちゃんを撫でた。

 でも藻女さんはなんで玉藻ちゃんを疎かにしてこいしちゃんを見るのだろう。

 こいしちゃんが稽古から帰ってきてから僕は一人で藻女さんに話をしに行った。親として子供との接し方について一歩も引かずに論議するために。

 だけど藻女さんは既に屋敷におらず話し合いはできなかった。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 玉藻ちゃんの話を聞いてから一週間が過ぎた。あの日から藻女さんは忙しいらしく稽古も話し合いもできていない。   

 この日は偶然朝から玉藻ちゃんと二人っきりに。もちろん二人っきりと言っても屋敷の使用人はいる。

 藻女さんが外出してこいしちゃんがいないだけである。

 

「こいしちゃんどこ行っちゃったのかな?」

「こいしは時々ふらふらと誰にも気付かれず屋敷を抜け出す。

 すぐ帰ってくるし行き先もだいたい検討はつく。兄様が心配する必要はない」

 

 玉藻ちゃんは僕の胸の中でじゃれながら言う。

 普段からこいしちゃんと一緒に僕にじゃれつくけど今日は僕を独り占めしてるからかいつもよりもじゃれつきが激しい。

 確かにこいしちゃんは強い。僕なんか触れる事さえできないくらいに。

 それに僕となんか比べなくともこいしちゃんは10体以上の妖怪を傷一つ負わずに倒せる実力者らしい。でも最近この辺りに不穏な妖怪が増えてるらしいから心配だな。

 そんな風にのんびりしていると屋敷の使用人が急いだ様子で襖を勢いよく開けた。

 

「た、大変です! 都に、いえ、都だけではなくその周辺までも大量の妖怪たちが。

 反乱です! 敵対妖怪たちの反乱による襲撃です!」

「な、なんじゃと!! すぐに戦える者を集めよ!」

 

 突然告げられた妖怪の反乱。

 その知らせを聞いた玉藻ちゃんは何とも頼もしく使用人たちに指示を出す。

 次期当主らしく威厳を持って下の者に命令を下した。

 

「兄様はこいしを呼んできてくれ、おそらくそろそろ部屋に戻っとるかもしれぬ。

 妾は先に行く」

「わかった!」

 

 僕は急いでこいしちゃんの部屋に駆けつけデリカシーがないかもしれないけど緊急事態のため僕はノックもなしに襖を開けた。

 すると部屋の中にこいしちゃんの姿はない。その代りに机の上にわかりやすいように手紙がおいてある。

 僕はそれがこいしちゃんの置手紙と思い読んでみると、それはこいしちゃんの置手紙なんかではなくもっと大変な物だった。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 平安京の都から離れた平地に訪れていた。

 たった一人で都の方を向いて立っている。

 

「藻女、探したぞ」

「昇降かどうした?」

 

 そこへ昇降が訪れた。

 二人は町で偶然出会って軽く挨拶するかのように声を掛け合う。

 

「お前の事を探していたんだ、今都で妖怪たちが暴れているんだ」

「知っておる、じゃから今その首謀者らしき強力な妖力を探っておったのじゃ」

「そうだったのか、私たち日本妖怪の(いただき)である七災害の火影と風影としてこの事態を迅速に収集せねばならぬからな。

 ところで都は大丈夫なのか?」

「こんな日のために玉藻には座学を徹底的に叩き込んだ。次期当主としての一族の統率以外にも有事の際の迅速な対応も必須じゃからな」

 

 現在進行形で平安京、日本でも重要な場所が襲撃されてるというのに二人は実に冷静に会話を続ける。

 急ぐようでも急かすようでもなくただ日常的に会話する。

 

「そうだな。私もつい先ほどまで曲者を狩っていたのだがキリがなくてな、ここはひとつらしくないが首謀者を吐かせようとして拷問をしてみた。

 直接神経を一本一本切断し四肢をゆっくりを焼いてみたのだがザコばかりでなかなか情報が得られなかったがついに情報を持ってる者に出会えてな」

 

 実にフレンドリーにしゃべる昇降。

 藻女は都の方向を向いて昇降を見てはいないから昇降が藻女の背後から一方的に話してるだけだが、昇降は愛想よくしゃべりかけていた。

 だが次の瞬間その雰囲気が一変して真逆のものへと変化した。

 

「なぜ裏切った藻女ッッ!!」

 

 急に怒りをあらわにして怒鳴った。

 その怒鳴り声で藻女はゆっくりと平常心で昇降の方を見る。

 怒りの形相である昇降に対し少し笑顔の藻女。

 

「裏切る? 妾は悦に裏切ってなどいないぞ?」

「裏切ってないだと? 確かに最初は我を疑った、だが今の貴様を見て確信したッ!」

「……昇降、妾は本当に裏切ってなどおらぬ。これはすべて我々妖怪のためなのじゃ」

 

 昇降の確信に満ちた疑いと怒りの目を受けて罪を認めてなお藻女は涼しい表情で自分が行ってる事は正しいと主張する。

 

「我々のためだと?」

「そうじゃ。妾たち妖怪はあの日から日本神と良好な関係を築いてきた。そのおかげで妾たちは神の加護のもと秩序がつくられておる」

「その通りだ、そのおかげで私たちは持ちつ持たれつの関係を維持してる」

「だがその秩序はあくまで神の加護があってこそ成立する秩序じゃ、さらに言うなら神の采配でどうとでも動く。

 神が動かせば妾たちは動かざる得ない、じゃが妾たちだけで動くことはできない。所詮妾たちは神に管理されておるということじゃ」

 

 冷静に現状を説明していく藻女。

 だがだんだんその言葉に熱がこもっていく。

 笑顔の表情も徐々に崩れていく。

 

「このままでは妾たち妖怪は神に、日本に飼い殺しにされてしまうぞ!」

 

 藻女は昇降に熱く語る。その様子を昇降は真剣に見つめる。

 

「今一度この国に示さねばならぬ! 妾たち妖怪の強さ、恐ろしさ、偉大さをなッ!!」

「それがこの騒動を起こした理由か?」

「それ以外に何がある」

「御免ッ!!」

 

 昇降は藻女が話してる最中に不意を突く形で攻撃を仕掛けた。この会話の最中に気絶させてしまおうと。

 だがその攻撃はいとも簡単に払いのけられてしまう。

 

「なんじゃ敬老精神か?

 確かに妾はお主が生まれる前から九尾の頂点に君臨しておるが、見た目はお主よりもずっと若々しいぞ」

「あなたが若々しい美貌を保っている事と私が年相応に老けている事は否定しません。

 私が言いたいのは神々の争いを共に止めた仲間としての忠告だ。

 あなたの考えがわからないでもありませんが私は七災怪火影として例え殺してでもあなたを止める義務があります」

 

 今度は不意打ちせずに藻女を前にしてしっかりと構えをとった。

 先ほどのような傷つけないように気絶で済ませるような甘さを一切感じさせない。

 

「おいおいまさか妾に勝つつもりでおるのか?

 天照様御前七災怪格闘試合ではお主は妾に傷一つつける事かなわなんではなかったか。

 火車としては破格の火力を持つお主でも、七災怪では最弱。

 空手だけが取り柄のお主にその武術でさえ妾に負けるというのにどうしようというのじゃ?」

「士別れて三日なれば刮目して相待すべし。あの時の私だと思うな、藻女!」

 

 昇降は両手を猫が爪を立てるようなカギ爪状にして構えた。

 火車へと昇華した猫ショウである昇降。元々猫の妖怪である昇降には鋭い爪を出すことができその場合この手の構えは猫妖怪では一般的な構え。

 だが、昇降は猫妖怪としての爪は出していない。

 それが昇降が扱う空手の型であり、猫妖怪としての型ではないからだ。

 

「んふふ、せいぜい最期にじゃらしてやろう猫ちゃん」

「ゆくぞっ!」

 

 昇降は構え完璧に臨戦態勢を整え藻女の周りを軽いフットワークで回る。

 だが藻女は何の構えもせず自身の周りをぐるぐるとまわる昇降を目で追うようなこともしない。

 

「お主と立ち合いをしたのはあの試合一度きりじゃったな。

 そうそうあの時と同じじゃ。お主は妾の隙を探るためにこうやって妾の周りをぐるぐる回ってハイヤッ!」

「グハッ!」

 

 背後から鋭い空中回し蹴りを放った昇降だったがその攻撃を避けられ、いつの間にか背後に回っていた藻女に顔面を掴まれそれを外そうと腕に触った瞬間昇降は宙を舞って受け身をとれず勢いよく背中から頭を地面にたたきつけられた。

 

「技のキレ、速さ、気配の消し方。どれも前より成長しとる。

 じゃが、妾に隙をつくらせるには至らないのう」

「そんなことわかっている!」

 

 昇降は倒れた体制のまま低い位置から藻女の足に向かって指をかぎづめ状にして伸ばした。

 だが、その攻撃を躱されただけでなく伸ばした腕が伸びきったところで肘の関節部分を適量な力で叩かれ骨を外された。

 

「グァァ!」

「妖力で脳への痛みを弱めたか。そうすることで妾に隙を作らせようと思ったってところかのう。

 じゃが、妾には通うじんぞ?」

「そのようですね。ならこれならどうですなか?」

 

 昇降の指に炎が灯る。

 まるで10本の指がきらめていているように見えるが、それは火車の業火。触れれば軽症では済まない。

 

「焼切りか。

 爪という鋭く壊れやすい部位の変わりに指を斬撃と呼べるほどに昇華させ相手の神経を切り裂く。

 そこまでなら人間でも時間さえあれば修復できる。ましてや妖怪なら瞬時に繋ぎ合わせることができる者もおる。

 だが、そこに炎を加える事で傷口を塞いでしまう。また、火車の炎であるがゆえに並大抵の手段では一生神経は斬れたまま」

「その通り、いかに九尾の最高位であろうと戦闘中に治すことは不可能。

 下手をすれば一生神経がつながらないかもしれん。それでもまだ戦うか?」

「愚問。生きながらえる事を考えてはこんな事はできぬ。妾を侮るではない」

 

 昇降は右手を顔を位置まで上げて不自然なほど手のひらを上に向け構える。

 今まで全く構えなかった藻女も昇降の必殺の構えを見て初めて構えらしい構えをとる。

 

「ハッッ!!」

 

 そして昇降の右手が放たれた。狙う先は藻女の首。だが藻女はその燃える指を九尾の尻尾の一本で受け止めた。

 昇降の炎は強化された九尾の尻尾を焼切ることは叶わなかった。

 

「ゆ~びき~りげんまん嘘ついたら針千本の~ます」

 

 捕らえられた指を使ってまたしても横に回転させられてしまう昇降。歌を歌いながら完全になめきっている。

 だが今度はただ投げ飛ばされるのではなく回されるさなかに藻女の足を引っ掛けて体制を崩させた。それにより昇降は地面に激突する事無く体制を立て直す。

 それでも藻女は倒れたりすることはなくそっと後ろへ着地しただけ。 

 

「ふっ、あぁ?」

「捕まえた」

「?!!」

 

 体制を戻したばかりの藻女の左目、眼孔のちょうど上に昇降の左手が重なる

 そして自らの左手に向かって拳を放った。

 

「あ、あがっ」

「ふっ」

 

 眼底砕き。それが今昇降が使用した技。

 眼球とは普通考えられているよりもはるかに硬い。左手を犠牲にして眼球に強烈な打撃を与える事でその奥の薄い膜上の骨、眼底を破壊し脳を直接損傷させた。

 

「だからお主はダメなのじゃ」

「なに!?」

 

 勝利を確信した昇降は激しく回転しながら吹き飛んでいった。

 藻女は左目から血を流し左手が昇降のちょうど腹のあたりに開けておかれている。

 

「な、なぜ……」

「甘いのう、お主の狙いであった眼底だけは妖力で守ったわ。

 じゃが、左目は持っていかれたがのう」

 

 藻女は昇降のたくらみに寸での所で気づき眼底だけは妖力の強化で守った。

 そして油断した昇降に手のひらで風を螺旋状の球体に圧縮したものを押し付けて吹き飛ばした。

 

「勘違いするなよ昇降、これは武道家同士の試合じゃない、妖怪同士の命がけの戦い。

 昇降、確かにお前は武道家としては七災怪の中でも高みにいる。だが、武道家としてのお前は妖怪としてはあまりにもらしくない。それがお主が七災怪最弱の所以じゃ」

 

 藻女は九尾の尻尾をすべて出してゆっくりと昇降へと歩いていく。

 昇降は今度はふらふらと立ち上がりまともに構えられない。

 

「さっきの場面、お主は眼底砕きなどという技ではなく、火車の炎で妾を焼くのが正解じゃ。だが、武道家としてのお主はそれが選べんかった」

 

 九尾としての妖力を高密度で放ちそれを昇降へと向ける。

 並みの妖怪ではこの時点であまりの実力差と恐怖の威圧感で意識を失い、近づかれただけで高密度で強大な妖力に押しつぶされて息絶えたであろう。

 同じ七災怪級の妖怪である昇降なら普段なら対抗してみせるであろう。だが今は目の前の相手に徹底的に打ち負かされ、自分の弱所を言い当てられた。

 

(あやかし)の勝負は化かし合い。畏れた時点で勝負が決まる。今のようにな」

 

 昇降は藻女を畏れた。

 妖怪として勝つために絶対してはいけない相手を畏れるという行為をしてしまったのだ。

 ここで藻女がもっと余裕を見せていれば昇降なら立ち直るチャンスがあっただろう。だが九尾の尻尾を総動員して昇降の体を適切な場所に適切な位置に配置する。そうして最小限の動きながら最大限以上の威力を発する人間にはできない九尾ならではの最高の柔術。

 昇降はその技で頭からまっさかさまに激突させられた。

 脳を揺らされ意識も朦朧としたところに首への容赦ない踏みつけ。だが藻女が手加減したおかげで戦闘不能ではあるがまだ生きている。

 

「さて昇降、妾の最後の柔術家としての勝負に幕をひこうかのう」

 

 倒れ動かなくなった昇降に正真正銘のトドメの一撃を今加えようとする。

 九本の尻尾を一纏めにした一本の尻尾を昇降の顔面めがけて振り下ろそうとしたその時。

 

「ふぐっ!」

 

 横から体当たりで振り下ろされる尻尾にぶつかりその攻撃を合気を使ってそらした。

 

「あがっ!!」

「まだまだ未熟よのう。いかに強大であれあれだけ単純な振り下ろしでさえ流しきれんとは。

 まっこの短期間での訓練であの局面をよくぞ流したと褒めてもよいかもしれんな」

 

 とっさの事と未熟な九尾流柔術で誇銅自身藻女の攻撃を流しきれず悪魔の駒(イーヴィル・ピース)戦車(ルーク)の身体能力で強引に凌いだ。そのため誇銅自身に少なくないダメージが入る。

 だがそのおかげで気を失っている昇降の命は救われた。

 

「……こいしはまだか?」

 

 藻女は誇銅を倒そうとも昇降にとどめを刺そうともせずに誇銅に「こいしはまだか?」とだけ聞く。

 

「なぜこいしちゃんを……?」

「妾を殺し風影の名を継ぐのはこいしが適任だと妾は思っておる」

 

 藻女は高そうな着物の一部をちぎって包帯代わりにして出血を止めながら言う。

 誇銅もあまりにも突拍子もない返答に度肝を抜かれた。

 

「……ハッ、藻女さんを殺すって!!?」

「玉藻はまだ幼い」

「それはこいしちゃんも同じじゃ」

「こいしには格闘技に対して天賦の才がある。

 さらに技術に加え妖力も覚妖怪にしては異常な程高く、能力も強力じゃ。

 妾の技術を一通り教えたこいしならば玉藻よりも適任じゃろう。

 本当は玉藻に次いでもらいたいが仕方がない」

「そんな事をしたら玉藻ちゃんは、藻女の娘さんの未来はどうなるんですか!」

「こいしは妾たちに恩がある。それに玉藻とも仲良しじゃ、風影となればその恩赦で玉藻も地位を失わずに済むじゃろう」

「そんな事を言ってるんじゃない!! そもそもなんで藻女さんはこんな事を! なぜ殺されようとしてるんですか!」

 

 誇銅は藻女の言葉に強く反発する。

 誇銅が知りたいのはそんなことではない、そんな事を聞きたいのではない。

 

「部外者のお主が知る必要はない。だがしいて言うなら日本でも神のためでもなく、日本妖怪の未来のためじゃ。

 妾一人の命ですべてが円滑に進む。妾一人の罪で日本の未来は照らされるッ」

 

 誇銅には藻女の考えが理解できなかった。

 正確には藻女の考えもそこまでしようとする意味も想像はできた。

 だがそれと引き換えに捨てるもの、それを捨ててまでもする考えがわからない。

 

「玉藻ちゃんを残してでも、藻女さんが守りたいと言う娘さんを残してまですることなんですか」

「妖怪の頂点として全妖怪の未来を考える事はごく自然な事、それが使命」

「そんなの使命じゃない! ただの自己満足な我儘だッ!

 そんな一方的で履き違えた我儘僕は認めないッ!」

「お主に認めてもらう必要はない。だが、それがお主の考えなら、妾を倒してお主の我儘を通してみい」

「ではそうさせてもらいます!!」

 

 師である藻女と一月も満たない弟子の誇銅では実力差はあまりにもありすぎる。

 誇銅自身熱くなっていたがそのくらいの事は理解していた。だから何度も投げられる覚悟で、命ある限り何度でも挑みかかるつもりで勝負を挑んだ。

 

「ハァッ!」

「そりゃ」

「はがっ!」

 

 誇銅の考える条件上受け身によるダメージ軽減が必須。だが誇銅は受け身を一切とらない、いやとれない。それも藻女が受け身をとれないように投げているわけでもなく。

 そもそも誇銅は藻女から技をかけられた時の受け身は教わっていない。

 藻女が簡単な技だけを教えるつもりだったのであえて教えなかったのだ。

 

「うぐぐ……まだまだッ!」

 

 受け身もとれず頭を強く打ちつけた誇銅の視界は歪んでいる。それでも誇銅は藻女に挑み続けた。

 だがそんな相手、藻女には何の脅威でもなくがむしゃらに突っ込んでくる敵程合気で投げ飛ばすのは容易い。

 

「ほい」

「あがっ!」

 

 受け身が取れずにモロにダメージを蓄積させられる誇銅。

 やわらかい地面も何度も打ちつけられることによって硬くなっていく。

 

「きいとるのう」

 

 戦車の駒である誇銅のパワーは人間からすれば、誇銅からしても強力。鍛え抜かれたボクサーの如き力が誇銅に跳ね返される。それは必然的に誇銅に帰るダメージも大きくなる。

 

「ふんぐっ!」

「はい」

「んッ!」

「ほい」

「そりゃッ!」

「いかんなどれも」

 

 苦肉の策で素人丸出しの蹴りやパンチを放つがどれもこれも裏目裏目に出る。

 蹴りを放てば足をやられ、パンチを繰り出せばこかされ、がむしゃらに出したキックも簡単に止められてしまった。

 1000年間培われてきた達人に一月程度のド素人が戦いを挑めば当然の結果ではある。

 

「まだまだッッ!!」

「何度やっても無駄だというのに」

 

 それから誇銅は何度も何度も立ち向かっては投げられ、外され、痛めつけられた。

 そのたびに誇銅は精神力だけで立ち上がる。それでも妖怪の頂点であり達人である藻女にはやはり何の脅威にもならない。

 鍛え抜かれたレスラーとて立つこともままならぬ程のダメージを負いながらも、ふらふらとして立ってるのがやっとの状態でもまだ立ち向かう。

 

「稽古の時から思っとったがお主なかなか頑丈じゃのう。その体からもっと脆いと思っとったのじゃがな」

「はぁはぁはぁはぁ」

「だがそろそろガタがきとるのう」

 

 視界はドロドロで藻女の姿も天と地も曖昧な状態でも誇銅は立ち上がる。

 

「それだけうてば視界はドロドロ、いやもう溶けきってるじゃろう」

「う、ううっ……」

「さて、思いがけない第二戦目じゃったがこれで幕引きじゃな」

 

 藻女は誇銅の喉を一突きにした。

 その一撃で誇銅は地に付して起き上がらない。

 

「よく頑張ったのう。じゃが無意味だ。

 さて、行くとするか……ん?」

 

 既に意識を失ったと思われた誇銅が藻女の左足を掴んだ。しかしその力は弱弱しく簡単に振りほどけてしまう程。

 

「まだ意識が……いや、気力だけか」

 

 藻女はその手を難なく振りほどき先へ進もうとしたその時だった。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 藻女は急に苦痛の声をあげてその場に倒れた。

 自身の左足からまるで蠱毒を受けたような痛みが襲いかかってきたからだ。

 すぐさま左足を見てみると誇銅に掴まれた足首が真っ黒になりその黒は足首を中心に広がりを見せる。

 藻女はこれが呪いのようなものであるとすぐに見抜き莫大な妖力で消し飛ばそうとするが進行速度が遅くなっただけで消し飛ばすどころが食い止める事すら敵わない。

 

「ぐっぐぅぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 耐えがたい痛みが浸食してくる。人間であればショック死してしまう危険性がある程の痛み。

 藻女はまだ耐えているが打つ手はない。

 

「こ、こんなところで……妾はこんなところで、こんな事で倒れるわけには……!!」

 

 藻女は最後の手段として左足を風の刃で切断。

 そうして何とか耐えがたい痛みから解放された。

 その時に痛みのあまり手元が狂って膝下から切断するつもりが太ももあたりから切断してしまった。

 

「うぐっ! はぁはぁ、こりゃこいしとやり合う前に大誤算じゃ」

 

 予想以上に追いつめられてしまった藻女。だがそれでも達人の技は健在であり痛みさえなければ妖力で止血し尻尾で足も支えられる。

 

「これで……ッ!」

「行かせない」

 

 誇銅が立ち上がり藻女の手を握った。

 立ち上がった誇銅には意識も殆どないと言っていい状況で9割方強い意志のみで動いている。だから藻女は気づくことができず敵意のない誇銅ゆえに返せない。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 誇銅に触れられた箇所から再び激痛の浸食が始まる。

 

「玉藻……」

 

 二度目の激痛。それにより止血も終わらぬまま止血に回している妖力も途切れてしまった。

 激痛と激しい出血により今度こそ藻女は意識を手放した。意識を失う瞬間最後に口にしたのは最愛の娘、玉藻の名前。

 

 

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「んんっ……ほう、あの世とはずいぶん現世に似ておるのう」

 

 目覚めた藻女が最初に見たものは天井。見慣れた天井。

 自らの死を確信していた藻女はこの場所を黄泉の世界だと認識した。

 

「そんなわけないじゃないですか。でも、無事でよかった」

「なぜ妾は生きておるのじゃ?」

 

 藻女が意識を失った後、誇銅が意識を取り戻した。

 誇銅自身は自分が立ち上がってる自覚がなかったため立っているのにあわてて立ち上がろうとするという意味不明な行動に混乱。

 自分が立ち上がってる事をはっきりと自覚したところで藻女が倒れ黒い何かが藻女の体を浸食しようとしてるのを目撃した。

 藻女の意識が途絶えた事で浸食を遅らせていた妖力の供給が途絶えてしまっていたのだ。

 

「藻女さん!? しっかりしてください。 どうしよう……」

 

 誇銅は何とかしようととりあえず藻女に駆け寄る。

 何とかしようとあたふたしながら涙目になっていく誇銅。さらにちぎれた藻女の足も見つけてさらに焦りと涙を増す。

 誇銅はとりあえず止血の為に自身の胴着の上着を使って止血。それから治療できるかもとちぎれた足も拾って再び藻女を助けようといろいろと考える。

 

「血も止まらないし、こっちの黒いのも止まらない」

 

 その時、誇銅の涙が藻女と藻女の左足に零れ落ちた。すると藻女を浸食する黒いものは綺麗に消え去った。

 それからしばらくすると昇降も目を覚まし、昇降は遠くの妖気の気配がかなり落ち着いてる事から既に雑魚は鎮圧済みと感じとった。なので藻女と未だふらふらしてる誇銅を担いで一番近くで休める藻女の屋敷へ向かった。そうして現在に至る。

 

「そうか。それで、妾の処分はどうなった?」

「それは僕には」

「動けるようになり次第高天原へだ」

 

 部屋の出入り口の襖に昇降がいつの間にか立っていた。

 誇銅は驚きながら体ごと向き藻女は眼だけを動かしてみる。

 

「昇降さん!?」

「立ち聞きする気はなかったが入れる雰囲気ではなかったのでな」

「それはそれは甘い裁決じゃのう。妾はてっきり即処刑じゃと思ったのじゃがのう」

「だったら足なんてくっつけんし、こんな良い場所で寝かさん」

「そうじゃのう。しかし、なぜ妾の両足はそろっておるんじゃ?」

「なんで切ったかは知らんが、切断面がきれいでそれ以外外傷がなかったから一応くっつけさせた。

 本来なら反逆者であるお前にそんなことはせんが、誇銅と玉藻が私に懇願するものだからな。

 まっ、結局くっつけたのは私ではないがな」

「お主にそんなことできんもんな」

 

 藻女の憎まれ口にフッと笑い昇降はその場を離れた。

 もうこの場に自分は居るべきではないとクールに去る。

 そうして昇降が去った後誇銅は再び藻女を見る。

 

「その体でもう一度反乱を起こそうなんてしないでくださいね」

「妾はお主の我儘に負けたんじゃ。じゃったら妾は潔く負けを認めお主の我儘に従うしかあるまい」

「そうですか。それじゃ、勝者として藻女さんにはもう一つ我儘を聞いてもらいましょう」

 

 そういうと誇銅は一度その場を立って他の場所へ行くとしばらくしてから玉藻を連れて再び藻女の病室に来た。

 誇銅は玉藻を連れて藻女のすぐ近くに正座し玉藻を正座する。藻女は玉藻を見るがいなや顔を逆側に向けてしまった。

 

「……」

「……」

 

 気まずい無言が続く。

 藻女は向こうを向いたまま黙り、玉藻も気まずそうな表情をしたままだんまり。

 それを見かねた誇銅は正座から胡坐に座りなおしてそこへ玉藻を座らせる。そして玉藻を優しく抱きしめ片手で頭を優しく撫でた。

 すると玉藻は少し落ち着きを取り戻し意を決したように言葉を発した。

 

「母上」

「……」

「母上……」

 

 やっとの思いで出した言葉にも藻女はだんまりを突き通す。

 

「母上……生きていてよかったのじゃ」

「!!」

 

 藻女はびっくりしたように玉藻の方を振り返った。

 玉藻の目には今にもあふれそうな程の涙が。同時に藻女の目にも同じく今にもあふれだしそうな涙がたまっていく。

 

「母上……」

「玉藻……」

 

 玉藻の涙を見た藻女はゆっくりとその上体を起こした。そしてそっと片手を玉藻の頬に触れさせる。

 玉藻は誇銅の手を離れ藻女の胸に抱かれに行き藻女も玉藻を抱いた。

 

「すまぬ玉藻、玉藻にはずっと親としてのぬくもりを与えてこなかった。

 しかし妾は玉藻の事を今も昔もずっと愛しておったぞ!」

「妾もずっと母上の事が好きじゃった」

 

 親子そろって大泣きしながら抱き合う。

 玉藻の為に未来を残すために、玉藻が悲しまないように最愛の娘に好かれないようにしてきたが、藻女が本当に望んでいた未来はやはり最愛の娘との幸せな親子関係なのだ。

 誇銅はその間に昇降が去った方向と同じ方向にひっそりと出て行った。親子水入らずの空間の邪魔をしないように。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 次の日、藻女さんは歩けるくらいまで回復したので昇降さんと僕を連れて高天原へ出頭した。

 僕もついて行ったのは藻女さんを止めた当事者なので一緒に呼ばれたとのこと。

 そこで僕は意外な人物に再開することに。

 

「誇銅君! 誇銅君じゃないか!?」

「えっ!?」

「わからないかな?」

「ええっと……」

 

 ダメだ、向こうはすごい知り合いっぽい雰囲気出してるけどわからない。

 

「やはりこの姿ではわからんか。それじゃ、これならわかるかな?」

 

 そういうとその人の首に巻いてるマフラーと思われたものは八の頭を持つ龍だった。

 ん? この感じ、そしてこの八の蛇のような龍を僕は知ってるような気がする。

 でも、この人は完全に人間の姿をしてるし……。

 

「八岐大蛇さん……?」

「そうだ! その通りだ!」

 

 え!? 本当に八岐大蛇さん!!

 

「でも姿が……」

「あれから長い時間をかけて私も人の姿に化けられるようになったんだ。人間の姿の方が都合がいいし便利だからな」

 

 僕と八岐大蛇さんが再開を懐かしんでいると昇降さんと藻女さんがものすごく疑問に満ちた目で僕たちを見る。

 

「え? なんで八岐大蛇が誇銅を知っておるのか?」

「ん? ああそれはな」

 

 八岐大蛇さんと僕とで軽く僕たちの出会いの昔話をした。

 二人とも不思議がってはいたけどそれでも一応納得してくれたよ。

 

「ところで俺からも聞きたいのだがなんで誇銅とお前たちが一緒なんだ?」

「一月程前に奇怪の山で私が見つけた。そして彼の現状を聞いて私が武術を勧めたんだ」

「そうだったのか。私の友人を救ってくれて礼を言う」

 

 八岐大蛇さんとの再会もほどほどに八岐大蛇さんと昇降さんはこの場でわかれる。

 ここから先は罪人の藻女さんと証人の僕だけ。

 僕は目的地の襖の前で藻女さんから中では僕はどうしたらいいかを聞いてから藻女さんの後ろに控えた。

 

「それではゆくぞ」

「はい」

 

 襖をあけるとそこはまるでお城の御殿様のいる場所のようなところ。だけど広さは段違い。

 御殿様が座ってるような少し段差の高い場所に天照様が座り、その左右におそらく妖怪たちのトップが並んでいる。

 八岐大蛇さんのような人型だけでなくとても大きな馬や急須がおかれてたりもする。本当のお城だったら絶対に入らないね。そして一つ不自然な空白があるのが本来藻女さんの席だろう。

 

「おおっ! 久しぶりじゃのう誇銅」

「お久しぶりです天照様」

 

 天照様も僕の事を覚えてくれてたみたいだ。神様に名前を憶えてもらえるなんてなんだかとっても誇らしい気分だよ。

 それと昔に比べて天照様の威厳というか大物オーラというか、神々しくより頼れそうな雰囲気になってるように感じた。

 失礼だけど初めて会ったときはただ神々しいだけでそれ以外は何も感じなかったから。

 

「お前とはつもる話もあるがその前にこっちじゃ、藻女」

「はい」

 

 ついに藻女さんの処罰が下される。

 天照様、どうか藻女さんに情状酌量の余地を。

 

「藻女、お前がなぜこんな事を起こしたか昇降から話は聞いた。そこで儂は二つの罰を考えた」

「はい」

「このまま裏切り者の見せしめとして処刑されるか、妖怪の頂点ではなく七災怪として儂に一生尽くすか選べ!」

「はいッ!!?」

 

 藻女さんはとても驚いた様子で俯いていた首を驚きの表情をしながら上げた。

 

「儂としては妖怪の本能を抑制するつもりはなかった。そりゃおいたが過ぎれば処罰するがそれは人間も同じ。

 それが例え人間であろうとこの国を脅かすような者は排除する」

「その通りです。ですがなぜ妾にはそのような、特に後者は処罰なしと言っても同義のような」

「儂は妖怪たちを飼い殺しにする気もなければ恩人である妖怪をぞんざいに扱うつもりもなかった。

 じゃがそう思われてしまったなら儂にも責任がある。

 もし本当にそうならばお主の行動はむしろ正しい。じゃが負けたお主に処罰が無ければ示しがつかん。

 お主もまだ娘の成長を見守っていたいじゃろ?」

「天照様……ありがとうございます!!」

「人は、儂らは、生きる者すべてが永遠に生き残るために必要なものは善悪の均衡じゃ。

 蛇・蛙・蛞蝓のような三竦みから儂らは成り立っておる。誰か一人が勝つためなら二人に争わせて漁夫の利を得ればよい。じゃが全員生き残るためには三者がにらみ合ってればよい」

 

 やっぱり天照様はとても成長している。

 スサノオさんを癇癪で追い出して、娯楽のために日食を起こして人間を困らせていた時と大違いだ。

 

「共に争う事無くにらみ合いながら協力して生きて行こう」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、天照様」

「おいおい、なんで誇銅まで頭を下げるんじゃ」

 

 天照様は笑いながら僕たちに頭を上げるように促した。

 でも僕も藻女さんが、玉藻ちゃんが不幸になるような展開を防いでくれた事に大感謝したい気持ちだったんだよ。

 

「いやいや本当に妖怪たちがおらんとこの国を管理することはできんわ。

 妖怪たちほど程よい蛇はおらんからな。神共ではたちの悪い悪さをしでかすからな」

「天照様、もう既に悪さする程の数の神は残っていないのでは?」

「まあそうじゃのうこころ。こりゃ一本とられた、ハッハッハ」

 

 天照様に最も近いく僕たちから一番遠い場所にいる女性がツッコミを入れると天照様は本当に愉快そうに笑う。

 ん? でも悪さする程の数がいないってなんだか変な言葉。

 

「妖怪は生きるために悪さをする、その結果バランスと保つ。

 神が同じことをするでは意味合いが違う。

 儂はこの国の均衡を保ち父上と母上から任されたこの国を守ってゆきたい。他の神共はこの国を神のための国にしたかったらしいがな。

 ん? どうした誇銅、何か聞きたそうな顔じゃな」

 

 天照様はさっきの女性の言葉をずっと考えていた僕の表情を見抜いた。

 確かにさっきの言葉はずっと引っ掛かってる。

 

「あの、悪さする程の数がいないとは?」

「ああそれか、そのままの意味じゃ。大昔に儂が殆どの神を粛清したからもうおらんだけじゃ」

 

 ええっ!! それってかなりやばいんじゃないですか!?

 日本は八百万の神って言われるくらい神の数が多いのにそれが悪さする程の数がいないくらいって。

 日本大丈夫なの!?

 

「新しい神も生まれておらんからもう純粋な神の数は数える程じゃ。

 だから妖怪たちとよい三すくみとなっておるのじゃろうな」

「何があったんですか!?」

「あまり面白い話でもないから簡単に説明するぞ。

 まず最初に言った通り殆どの神は神のための国を創りたかったのじゃ。それには当時まだうつけだった儂が邪魔じゃった。だからあ奴らは古い神具を使って儂を天岩戸という場所に封じ込めたんじゃ」

 

 まさか日本の神たちがそんな事を。

 確か悪魔社会でも戦争が起きたっていうし神の世界って案外人間の歴史と同じなのかな。規模は段違いだろうけど。

 

「僕がいなくなってからそんなことが……」

「うむ、もしもあの時誇銅に出会わなければスサノオが追放されたままで被害はもっと大きくなったじゃろう」

「スサノオさんが」

「儂が天岩戸に囚われてる間にスサノオが儂の側についてくれそうな神を奴らの魔の手から守ってくれたんじゃ。でも仲間の数と武器の数が違いすぎたためスサノオたちも危うかった。その時儂らに助太刀してくれたのがここにいる妖怪たちじゃ」

 

 天照様は自慢げに左右の妖怪を示すように両手を広げる。

 妖怪たちもなんだか誇らしげな表情をしている。

 

「神具が有効なのは対神か自然そのもの。人間の思念から生まれた妖怪たちには無意味。

 さらに儂、スサノオ、ツクヨミの三貴神以外の神はそこまで強くない。じゃから妖怪たちの助太刀で儂らの形勢は逆転したのじゃ」

「よかった」

「そんで当時うつけだった儂は怒りのあまり後先考えず全員燃やしてしまったのじゃ。その時から儂は妖怪に国を守るのを手伝ってもらい儂を助けてくれた実力あるこやつらを七災怪としてとりたてたんじゃ」

 

 天照様過激!?

 それまで国を管理していた汚職神たちが一掃された事でその後の管理ができなくなったんですね。

 でも結果的に日本が安定したのは喜ばしいよ。

 

「せっかくだから紹介しよう。まずは誇銅も知っておる火車の昇降と八岐大蛇、九尾の藻女」

「火影の昇降だ」

「私は水影の八岐大蛇。改めてよろしく」

「正確には天狐だから。風影の藻女、よろしくね」

 

 昇降さん、八岐大蛇さん、藻女さんが僕に対して改めて挨拶をする。

 改めて三人の紹介が終わると今度は他の七災怪の紹介をしてくれた。

 

「そしてこっちが土影の土蜘蛛」

「うむ、よろしく」

 

 歌舞伎のような化粧と格好をした男性。

 

「雷影の麒麟の否交(ひこう)

「ブル」

 

 全長5m以上はありそうな巨大な黒い馬。

 

「陰影の大怨霊ドロドロ。こいつは捨てられた物の怨念の集合体じゃ」

「どろろ」

 

 上座に置かれていた急須(きゅうす)のフタから黒い何かが顔を出す。

 

「陽影の鬼喰い」

「よろしく頼むぞ」

 

 黄金の体に頬までさけた大きな口を持つだるまのような怪物。

 

「そして七災怪の元締め、無影のこころ。

 こいつはイシコリドメが昔作った感情を表す66の仮面が付喪神化し一人の妖怪になったのじゃ」

「こころと申す。よろしくお願いします」

 

 桃色のロングヘアーの少女。その表情は仮面をかぶったかのように無表情である。むしろ着けている仮面の方が表情があるくらいに。

 

「ありがとうございます。僕は日鳥誇銅と申します。皆様よろしくお願いします」

 

 こうして僕は本格的に日本の妖怪に、日本に受け入れてもらった。



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幸せな平安時代の家族愛

 こっちは原作の5巻まで書いて様子を見ようと思います。


 正直この時代からすぐに別の時代、もしくは現代に帰れると本気で思ってた。

 スサノオさんの事件を解決してすぐ飛ばされたように、藻女さんの事件を解決してからしばらくしてまたあの扉に引き込まれると思っていた。

 なのに……。

 

「うむ! 短い年月でよくぞここまで。誇銅は武の才があると思っておったが天才じゃ!」

 

 まさか二年もこの世界に居続けることになるとは。

 

 藻女さんを止めた功績により僕は日本の神や妖怪に認められた。

 それからお詫びという事で藻女さんが面倒を見てくれることに。僕の日常に特に大きな変化はなかったけど立場は激変。

 一応雑用として働いてはいるけど屋敷内では玉藻ちゃんやこいしちゃんとほぼ同じ扱いを受けている。つまり藻女さんの次、藻女さんの実の娘である玉藻ちゃんや養子のこいしちゃんと同じ特別ということ。

 

「その技量なら人間の世では既に達人……はちょっと若すぎるが師範代は名乗れるぞ」

 

 この二年間ほぼ藻女さんの柔術、九尾流柔術の修業にどっぷりつかっている。元が小さくて非力な僕でも戦車の特性のおかげで人外の身体能力にも十分ついていける。

 他の七災怪の皆さんが習得してる武術もかじってみたけど藻女さんの柔術が一番しっくりきた。

 他に特別やる事もないし日々上達する自分が楽しくてうれしくて仕方ない。

 

「ありがとうございます。やっぱりいい師匠たちに恵まれたおかげですね」

「嬉しい事言ってくれるのう。妾も良き弟子を持てて幸せじゃ!」

「じゃあいっぱい撫でてお兄様♪」

「こいしも~なでてなでて!!」

 

 玉藻ちゃんとこいしちゃんが汗でべたべたの僕に抱き着いてなでなでを要求。

 これも今となっては馴れた光景。最初のうちは今汗臭いよと離そうとしたらむしろ吸ってた事に子供ながらちょっと引いた。

 今ではもう好きにさせて撫でるだけ。

 

「こ~ら、まだ終わっておらんぞ」

 

 そう言葉で言う藻女さんだけど、現在二人係で僕の前を占拠してる玉藻ちゃんとこいしちゃん同様に後ろから僕を抱きしめて匂いを吸ったり汗をなめたりしてる。

 この事態も初めはあたふたとしたけどもう慣れた。

 

「玉藻ちゃんもこいしちゃんも藻女さんもそろそろ戻りましょう。終わったらいっぱいなでなでしてあげますから」

「「「は~い」」」

 

 三人とも子供っぽい返事をして修業の続きに戻ってくれる。

 藻女さんはあの日以来それまでの大人な雰囲気はなくなって大きな玉藻ちゃんみたいな子供っぽくなってしまった。

 例えば自分の今日の仕事を僕に報告してやたら撫でてもらいたがったり、休憩中の僕に無邪気な顔して自然とひざまくらされたり、僕が夜寝ようとした時に玉藻ちゃんとこいしちゃんが僕の布団に入ってくることが多々ある。この時代の布団は今の布団みたいにフカフカした布団じゃなくて畳と掛布団は着物とかに使われてる布。はっきり言って冬場は二人に入ってきてほしい。

 問題は二人以上に藻女さんも入ってくる回数が多い。

 しかも二人っきりの場合は必ず……その……Hな誘いをしてくる。

 これだけは未だに頑として断ってるけど。だってそんな気軽に了承できることじゃないし。

 でも藻女さんが子供っぽくなって悪い事ばかりでもなかった。

 この変化のおかげで藻女さんは玉藻ちゃんとすごく仲良くなった。まるで今までの分を取り戻すかのように二人で親子のきずなを深める機会が多く見かける。よかったよかった。

 

「玉藻、まだまだこれからじゃぞ!」

「はい! 母上!」

 

 稽古の時は殆どこいしちゃんばかりに個人稽古の時間をとっていたのに今では玉藻ちゃんに対してもしっかりと時間をとっている。むしろこいしちゃんより長いくらいにね。

 藻女さんは楽しそうに投げ、玉藻ちゃんもうれしそうに投げられる。だけど二人ともおふざけなんかじゃなくてちゃんとした稽古。

 二人とも真剣だけどこの親子の交流が楽しいのが表情に出てしまっている。

 この二年間でもまだ取戻したりないんだね。

 

「じゃあこっちももう一度お願いします!」

「うん」

 

 初めは小さなこいしちゃんとの稽古にいろいろ不安はあったけど、実力の差をわからされて遠慮は一切なくなった。

 僕が攻めの稽古以外でこいしちゃんをダウンさせたことなんて一度もない。

 だけど投げられた回数が無駄に多かったおかげで受け身やその後の立て直しはかなりうまくなったと自負している。

 

「はっ」

「そいや」

「ふん」

「まだまだ」

 

 投げられてはうまく着地しまた向かっては投げられる。やっぱり幼くても僕よりずっと経験が深い。

 僕だってこの二年間でいくつか実戦経験を積んだけど二人はもっと幼い時から心を鬼にしていた藻女さんからスパルタに実戦に放りこまれたこともあったらしく僕の二年間程度じゃまだまだ追いつけない。

 しかも僕の場合甘くなった藻女さんだからね。それでも死にかけたことはある。まあ死んでも蘇生できるレベルだけど。

 

「最後のはこいしもちょっと危なかった。お兄ちゃんもとっても強くなったね」

「ありがとう」

 

 攻防の末にとうとう体制を立て直せずに倒されてしまった。

 倒れた僕をこいしちゃんが起こしてくれる。

 すると向こうでも投げられた玉藻ちゃんがついにすぐに立ち上がらなくなった。スタミナが尽きた証拠。

 

「ふむ、そろそろころあいかのう。

 誇銅、こいしこっちに来るのじゃ」

「「はい」」

 

 藻女さんに呼ばれて僕とこいしちゃん、そして起き上がった玉藻ちゃんも横に並んで正座。

 僕らが全員そろったのを一見すると咳払いを一回してお話の体制に入る。

 

「ゴホン、誇銅も玉藻もこいしも良く聞くのじゃ。

 もう何度も言っておることじゃが攻撃の意思を巧みに感じ取る事が九尾流柔術に置いて最も大切なことじゃ。

 そのためにはいかなる状況に置いても冷静さを保つことが重要じゃ。それを欠いてしまえば返せる力も返せなくなってしまう」

 

 だいたい一月ごとに稽古の終わりごろにこの事を藻女さんは再度説明する。

 それはこの言葉を忘れて慢心してしまわないように。ついふとしたことでこの言葉を忘れて危機的状況に陥ってしまわないように記憶に深く刻み込むため。

 

「それに妾の与えた型と言ってもまだまだ成長の余地があるものばかりじゃ。まだ完成しておらん。

 妾の技はこの二本の腕を使うことが多いが、より高度な技になると九本の尻尾を使う。これはこいしや誇銅ではまねできん。

 したがって妾が真に教える事はあくまで力を返す原理のようなものとその技を受けた際に相手がどんな行動をとるかを考えさせることくらいじゃ」

 

 そして自分自身にも刻み込むため。

 藻女さん自身既に2000年の老獪した知恵と経験で大抵のことは余裕でこなせる。

 だけどその慢心ともとれる油断で命とりとならないようにしているらしい。

 達人の域に達する柔術と妖怪のトップに君臨する妖力、神をも殺す強さを兼ね備えてなお衰えようとしないすごさは流石と思ってる。

 因みに藻女さんは日本で第三位の長寿らしい。第一位はなんと八岐大蛇さん。

 

「妾がこの技で七災怪への地位におれるのは経験によって得た各種武術の弱点や欠点を組み合わせて巧みに攻守を切り替えることができるからじゃ。

 専門ではない妾では攻め手の変わりはできん。せいぜい妾が知ってる知識を伝えることくらいじゃ。

 しかし武術の歴史はこれから妖怪だけでなく人間たちの間でさらに進化していくことは明白。今の妾の知識もいつか通じなくなる時代がくるじゃろう」

 

 藻女さんの言うとおり妖怪がしたのか人間がしたにしろ現代の武術は長い歴史の中でいろいろと生まれ派生し進化した。藻女さんの予想は大当たりである。

 この時代からそこまで予想できるのはとてもすごい事だと思う。だけど八岐大蛇さんや土蜘蛛さんも同じような事を言っていたからもしかしてこの時代の武術家からすれば当然の認識なのではないかと思ってしまう。

 たぶん進化していくと予想するのはこの時代の武術家からすれば当然なんだろうけど、妖怪からだけでなく人間からや今の技が通じなくなるとまで予想するのは達人と呼ばれる人たちだけだろう。

 

「じゃから基本の返し技を鍛えたうえで他の武術を経験してこそ九尾流柔術の完成となるじゃろう。

 誇銅はまだまだこれからじゃが玉藻とこいし、二人は既に基本は完成しておるがそれに慢心してはならんぞ。

 さまざまな武術と戦いそのなかで攻守を切り替える戦術を見つけ出してこそ九尾流柔術はお主らのものとなり新しい流派へと進化するであろう」

「「「はい!」」」

「それじゃ今日はこれでしまいじゃ」

 

 これで今日の稽古は終了。この時代に来たばかりの時は基本と適当な稽古だけだったけど、今は基礎の基礎、精神的なとこまでしっかりと教えてもらっている。

 映画や漫画とかでベタな修業である滝業もしたりしたよ。ものすごく冷たくて首をもっていかれるかと思ったりした。まあ風邪すらひかなかったけど。

 

 藻女さんの修業以外も含めると他にも極寒の雪山でのサバイバルや燃え盛る火口付近での生存修行。これらは生きる事だけが修業。だけどそれがとてつもなくヤバかった。 特に雪山で雪女の子供と知らず抱っこして寒さを凌ごうとした時は本当にヤバかった。

 

「兄様、一緒にお風呂入るのじゃ」

「こいしがお兄ちゃんの背中流してあげる」

 

 二人は無邪気に汗だくの僕に抱き着く。とりあえず二人を抱っこして着替えに行く。

 正直筋肉が痛いけど僕も男だ、子供二人くらい抱き上げる見栄くらいは張ってみせる。

 二人をお風呂に入れて綺麗に体を拭いてあげて僕もすっきりとした状態に。

 この時代では珍しい部屋着用の楽な着物に着替えてすっかりリラックスした状態に。

 ふう、高天原の恩恵で関係のある妖怪はかなり便利なものの知恵や道具の恩恵を受けている。この部屋着もその一つかな。

 

「のう誇銅」

「藻女さん」

「もう二度も年を越した。そろそろ……ダメかのう?」

 

 玉藻ちゃんはlikeだけど藻女さんは完全にlove。これは初めて布団でHなお願いをされる前からもうわかってた。やたらホディタッチが多いし。

 一誠みたいに女性に対してトラウマがあるわけじゃないけどやっぱりそんな気軽に手を出していい領域じゃないしそもそも僕はそのうちいなくなってしまうかもしれない存在。この時代の人と添い遂げる事はしてはいけない。

 

「のう誇銅、せめて接吻だけでも」

「ダメです」

 

 唇すら渡してない。

 その事にしょんぼりした藻女さんがかわいそうだったから代わりにほっぺにキスしたら次の日に玉藻ちゃんに

 

「弟と妹どっちがよいか? いや、どっちもがよいかのう?」

 

 と、とんでもない事に発展しかけたからもうしない。

 でもすごい勢いでねだられるから条件付きで月に一度くらいにしてる。

 因みにこの時はほっぺにキスは玉藻ちゃんとこいしちゃんには前からしてた事は知らない。

 知ってたらもっとせがまれてただろう。

 

 そんなこんなで妙にいちゃラブ気味な展開がここ二年間続きここまできた。

 もちろんそんなことばかりじゃなくてちゃんとした修業もあったよ。例えば刀で手首を斬り落とされたり、矢が肩を貫通したり、あやうく縦から体を真っ二つにされかけたりね。

 安全な鍛錬ではなく実戦で生き残るために戦う時はだいたいこんな感じ。

 おかげで体が死の緊張感を覚えてくれてイメージトレーニングがよりリアルになった。

 

「つれないのう」

「そんな顔したって駄目です」

 

 そう言って藻女さんは僕の正面から脇下から手をまわし、尻尾二本を僕の胴体に巻きつける。

 僕は困り顔をしながらもここまで愛情表現をしてくれることを内心とてもうれしく思ってる。もしかしたら表情に出てるかもしれない。

 

「うむ、ここの傷もだいぶ癒えたようじゃな。もう傷痕もわからん」

 

 藻女さんは僕が半年ほど前に負った刀傷があった場所を指でなぞる。

 いくつかある傷の中で一番最近負った深い部類に入る傷痕。

 

「藻女さんの妖力治療と神の包帯のおかげです。

 僕の知ってる医療技術なら確実に深い傷跡が残ったでしょう。

 ここまできれいに治してくれたこと感謝してますよ」

 

 藻女さんの妖力治療もすごいけどこの神の包帯もすごい。前に野犬に引っかかれて大きな傷口を負ったけどその包帯を巻いたら一日で傷がなくなったんだ。

 だけど刀傷は内臓がはみ出るくらい酷くて神の包帯と藻女さんの内部からの妖力治療で事なきを得た。

 あれだけ酷い傷だったけど傷口がしばらく残っただけで四日で激しい運動も大丈夫にまで回復したよ。本当にあの時は素直にすごい以外の言葉は出なかったね。

 

 藻女さんは再び膝枕の体制に戻ると尻尾を一本だけだして僕の首に優しく巻きつけて先端で僕の頭をなでる。

 今の時期が冬だからふかふかな狐の尻尾があったかい。

 

「しかしこの二年間よく頑張ったのう」

「えへへ」

「妾との稽古に加え他の七災怪の稽古にも一時加わり、弱い妖怪なら生きていられぬ極寒の地での精神修業。武器を持った人間との勝負。

 技量はまだまだ追いついてないが、立派な武道家として成長したのう」

 

 膝枕をしてるのは僕なのになぜかお母さんに抱きしめられながら褒められてるかのような幸せな気持ちになった。

 お母さんたちと別れたのはたった二年前、いや、四年前のことか。それでも駒王学園に通うようになってからずっとお母さんやお父さんの愛情を欲してた。

 こうして母親のぬくもりを貰えることは幸せの中でも特に幸せな一時。これで僕の方が膝枕をしていたらすぐに心地よく眠ってしまいそうだよ。

 

「後は日々の精進と、甘さを減らす事じゃな」

「やっぱり僕は甘いですか……」

「甘さは悪い事ではない。適度な甘さは身を助ける。

 しかし誇銅にはちとその甘さが多すぎるな。

 徳になる事もあるかもしれんが、ここぞという時にはその甘さで読み違えるかもしれん」

 

 褒められた次は的確なダメだし。

 少しシュンとなったけど本当のことだし自分でももう少し何とかしないとと思っている。

 こんな事で一喜一憂しているようじゃ僕もまだまだだね。

 甘さで読み違えるか。そういえば僕がリアスさんに見捨てられた時も甘い判断から援軍を前提に考えてしまっていた。

 あの時の僕の立場から見捨てられる事も十分視野に入っていた。最後に逆転して油断さえしなければよかった。助けが来る優先度が低いんだからあれだけやって逃げに徹するべき。

 むしろあの時にたった一人で戦い勝ち生還できれば評価もがらりとかわっていただろう。もうどうでもいいけど。

 

「じゃが最初の頃に比べるとその甘さも少なくなってきとる。これからいくらでも適度に変わっていくじゃろう。

 要はやるときにはしっかりとやる覚悟を持つことと、情けをかける時と人を見極める目を養うことじゃ」

「はい!」

「うむ、よい返事じゃ」

 

 そう言うと藻女さんは僕の膝から顔を上げて立ち上がり部屋から出ていく。

 さて、もう寝る時間だし僕も布団をしいて寝よう。僕も自分の部屋に戻って寝る支度をして寝ようとしたけど。

 

「お兄ちゃん♪」

「お兄様♪」

「誇銅♪」

 

 右側に玉藻ちゃん、左側に藻女さん、上にこいしちゃんを乗せた状態で寝る事に。

 こいしちゃんは体重が軽いから上に乗っていても問題ない。

 だけど冬だと言ってもこの密集率は熱い! しかも玉藻ちゃんと藻女さんは尻尾まで巻きつけている。

 藻女さんと玉藻ちゃんも気を利かせて風の妖術で熱くなりすぎないようにしてくれてはいるんだけど。

 

「「「すぴ~」」」

(熱い……)

 

 玉藻ちゃんは寝ちゃうと妖術が解けている。

 藻女さんは最上級妖怪とあって寝ていても適度に涼しい風は吹かしたまま維持できる。

 まっ夏にも同じような事があったからもう慣れたけどね。

 それでも今夜は熱い冬の夜になるね。

 

 

 

 

    ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 この二年間ほぼ毎日を技を磨く事に費やした。そんな僕にも年に三度だけ稽古から完全に身を放す時期がある。

 一つ目は大晦日、二つ目は元旦、三つ目は今日来ている

 

「お兄様~」

「はやくはやく~」

「はいはい今いくよ」

 

 日本妖怪の殆どが集う妖怪のお祭り。多賀護(たがまもり)神社例大祭。別名高天原大祭り。多賀護(たがまもり)神社は高天原に入るための入り口の一つ。

 高天原の入り口からの付近だけとはいえ相当な広さがあり普段は七災怪と日本神以外はその誰かが許可した者しか立ち入る事は出来ないが、この日だけは妖怪やそれに深く関わる者ならば誰でも入る事が出来る。

 広大で居心地のいい空気が流れる高天原。祭りの会場は大勢の妖怪が集い大いににぎわい、この日ばかりは大勢が祭りを盛り上げるために儲けを無視したかのような低価格の出店が大量に開かれる。

 

「あれ? こいしちゃんは?」

「あ~またはぐれてしもうたか。まっそのうち会えるじゃろう」

「そうだね」

 

 このお祭りではどんな妖怪も入れるからとんでもない無法地帯になるんじゃないかと最初の時は僕も思ってた。

 だけど最上位の妖怪たちはこの祭りを楽しみにし神も含めその空気が台無しになる事を嫌う。そのことを重々承知の一般妖怪はその怒りに触れるような事はまずしない。

 それでもこの例大祭で悪さを働いた妖怪は二度と日の光を浴びれなくなった。

 

 今の所そんな悪さをした妖怪の騒ぎも無く、こいしちゃん自身藻女さんが認める強者だから特に心配することもない。

 時間になれば集合する場所も決めてある。だから僕は玉藻ちゃんとはぐれないようにしっかりと手を繋ぐことだけを考えればいい。

 

「のう、お兄様」

「ん?」

「妾はお兄様が大好きじゃ」」

「うん、僕も玉藻ちゃんが大好きだよ」

「えへへ」

 

 玉藻ちゃんは繋いでる僕の右手にほっぺたをつけてすりすりする。

 そのしぐさと表情はとてもかわいらしく思わずギュッと抱きしめたくなっちゃったよ。まあ普段からしてるけどね。

 

「あーいたいた」

 

 玉藻ちゃんの可愛いしぐさに見とれているとはぐれたこいしちゃんが自分から戻ってきた。そして残ってる僕の左手と手を繋ぎながら引っ張る。

 まるで催促する子供の用に無邪気に力強く。加えてとびっきりの無邪気な笑顔で。

 

「ねえ行こう」

「うん」

「よし! 行くのじゃ!」

 

 僕たちは途中にある出店などで立ち止まりながらもこいしちゃんと玉藻ちゃんに引っ張られる形で目的地へと向かう。

 そうして辿り着いたのが現代でいう野外ステージ。その規模は現代に見劣りしないくらい大規模で精巧な舞台。既に花見並みに場所取りを終えた妖怪たちが集まってきている。

 この例大祭の目玉を見ようと遅れてきた人たちはもう遠くの立ち見席くらいしか残っていない。だけど僕らは七災怪である藻女さんのおかげで特別席でそのメインイベントを見学させてもらえる。

 この日のためだけに作られた高台の舞台席からね。

 

「皆の衆今日はよく集まってくれた。

 さて、日本最高の舞踊を見たいか――――――――――――――ッ」

『おぉ――――――――――――――――――――――ッ!!」

「儂もじゃ皆の衆! それでは開始じゃ!」

 

 アマテラス様が舞台上で会場を盛り上げ祭りの開催を宣言する。

 それと同時に会場全体を黒い霧が包み込む。

 これは七災怪の陰影のどろどろさんが創り出した霧。

 次にその霧を晴らすように巨大な炎の渦が天へと上り綺麗な花火となる。これは火影の昇降さん。

 霧が晴れ舞台上には綺麗な衣装を着たアメノウズメ様が激しく踊る。

 美しくもちょこっとエロティックなダンスに会場の視線は男女問わず釘づけ。

 演出の風や水もとてもマッチしていて素晴らしい。

 もちろんこの風と水は藻女さんと八岐大蛇さん。と言うのもこの祭りの音楽以外の演出はすべて七災怪がしている。

 こんな芸当を軽くできるのは七災怪レベルでないと無理。

 

「きれいじゃの~」

「すっご~い!」

 

 アメノウズメ様の舞に大興奮の二人。

 かくゆう僕も内心すごく興奮してる。アメノウズメ様の踊りを見るのは二回目だけど全く色褪せない。

 その後もこころさんや藻女さんの舞いを見たり、土蜘蛛さんが即興で創り出す細やかな土の造形を見た。どれもこれも現代人の僕の目から見ても現代のショーと見劣りしないと思うよ。

 

「妾もいつかお母様と同じように舞えるようになりたいのう」

「きっと舞えるさ、玉藻ちゃんなら」

「本当!?」

「うん」

 

 大注目の神と七災怪の舞台が終わると次は一般妖怪たちによるショー。

 この日の為に練習を重ね、日本神の審査を合格した者たちによる大舞台。みんなそれぞれ特技を持ち寄って会場を盛り上げる。

 そうしていると藻女さんが僕たちの席に来る。

 

「どうじゃった妾たちの舞いは」

「はい、すごく美しかったです」

「母上、妾にもそろそろ舞いの稽古をつけてほしいのじゃ」

「そうじゃな、じゃあ時々教えてやるとしよう」

「わーい!」

 

 藻女さんと舞いを教えてもらう約束をした玉藻ちゃんはよりご機嫌になって藻女さんに抱き着く。

 とてもほのぼのしい光景だね。

 

「妾たち4人はもう実の家族じゃ」

 

 藻女さんはそう言って尻尾で僕とこいしちゃんを抱きこむ。

 僕はその言葉がうれしくて涙が出そうになった。この温かい輪の中に僕も入れてもらえるんだから。こんなにうれしいことは他にない。

 しばらく抱き込まれていた僕たちだけど次の舞台が始まると玉藻ちゃんとこいしちゃんは尻尾を抜け出してすぐに舞台の方を見に行く。

 藻女さんはそんな無邪気な二人を見てクスクスと笑う。かくゆう僕も二人のそんな無邪気な所を見ると思わず頬が緩むよ。

 

「それにしても年々実用性の低い派手な妖術を生み出すものが増えたのう」

「じゃが母上、そのようなものが増えたから祭りも飽きが来ずに年々楽しくなるのではないか?」

「こいしもいつかも~~っとすごいのを披露したいな」

「ですが、こういう見た目だけの術もあっていいんじゃないですか? それに妖術だって元々自分をより強く見せ畏れさせる技なんですしこれも正しい使い方と思いますよ」

 

 妖術というのは元々戦うためのものではない。もちろん戦う術へと進化していった節はあるけど、八岐大蛇さんから聞いた話では妖術は妖怪が人間に自分たちの恐ろしさを見せつけて畏れを集めるためのものらしい。

 それが妖怪同士の化かし合いに発展しついには妖術事態に殺傷力を持つようになったと。

 そういった意味では今の実用性のないパフォーマンス用の妖術は原点に帰ったと言ってもいいだろう。

 

「いや別に悪いという意味ではない。だたちっと時代の流れを感じただけじゃ。

 七災怪の権威がまだはっきりしておらんかった時代はいかに相手に気付かれずに殺す術ばかりが生み出された。しかし今の時代はいかに相手を畏れさせるかの化かし合いに変わって行った。妾たちがその術がいかに有効的かを示したからな」

「藻女さんたちがそういった努力をしたおかげでこの時代が訪れたんですね」

「そういってくれると嬉しいのう。

 妾たちが気づいたこの時代に神がこの祭りを開きよりその傾向が強まった。

 これからの時代平和な世になるか戦乱の世が訪れるかわからんが、少なくとも昔のような無法地帯になることは二度とないじゃろう」

 

 藻女さんは嬉しそうに笑いながら舞台を見て杯のお酒を飲む。

 高天原のピンク色の空が今が夜だと言う事を忘れさせ時間が過ぎていくのも忘れさせる。

 特別席で舞台を見ながら用意してきた重箱のごちそうを食べ、お酒やお茶を飲む。

 大きな妖怪も普通くらいの妖怪もみんな仲良く舞台を見て笑顔を絶やさず拍手を送りにぎわいの楽しそうな大声が鳴り響く。

 時間を忘れるような時でも時間は過ぎ去っていく。出し物が終わり次の役者を期待するが、舞台の役者がはけても次の役者が出てこない。

 

「さて、そろそろ舞台を締めをせねばならんか」

 

 藻女さんは僕たち三人を放すと特別席から直接舞台の方へ飛んで行った。

 舞台上には既に役者もはけて誰もいない。そこへ藻女さんだけでなく他の七災怪たちもその場所から直接舞台上へと飛ぶ。

 全員の七災怪が揃ったところでこころさんが舞台の真ん中に辿り着くのを合図に一斉に術を放った。

 

 土蜘蛛さんは土の蜘蛛、鬼喰いさんは光の鯉、昇降さんは火の雉、八岐大蛇さんは水の蛇、否交さんは雷の牛、どろどろさんは闇の亀、藻女さんは風の狐。

 それぞれ巨大な属性動物を天へと昇らせた。

 その中心でこころさんは妖力を滾らせて単純な妖力の塊を空中で飛び回る動物へと直撃させると、動物たちは弾けそれぞれの属性の無害で綺麗な火の粉を会場全体に降り注ぐ。

 これをもって例大祭の舞台を終了とする合図なのだ。

 

「さあ、次は妾たちもしっかりと祭りを楽しむぞ」

 

 僕たちの所に戻ってきた藻女さんが言った最初の一言。舞台が終わっても祭りはまだ終わらない。

 ここからは太鼓や囃子の曲に合わせて踊りや食事や空気を楽しむ時間。

 僕も藻女さんや玉藻ちゃん、こいしちゃんとたっぷりと踊ったり屋台の食事を楽しんだ。

 

「ところで店主、この何とも言えぬ味の揚げ物はなんじゃ!?」

「この金色の揚げ追加じゃ!」

「はい、これは保食神(うけもちのかみ)様が作った新作の豆腐を油に落としてしまって完成した新しい揚げ料理です。

 いつも通りそのうち人間にそれとなく作り方を教えてその時に名前も一緒に考えてもらうそうで」

 

 藻女さんと玉藻ちゃんは油揚げの元祖のようなものに夢中になっている。やっぱり狐だから油揚げが好物なのかな?

 こいしちゃんは隣で大盛りのラーメンに似た麺料理をおいしそうに食べて他のお客さんも二人程油揚げに食いついているわけでもない。

 

 今店主が言った保食神(うけもちのかみ)とは食を司る神。日本の地に稲や粟や麦、牛や馬などの獣、海には魚を連れてきたらしい。

 何か伝説には今言ったものを生み出したとされてるけど実際はどっかから連れてきただけとか元々日本にいたのを人の多い所に連れてきただけとか。

 食の神様だけあって料理を趣味として出来上がった料理をそれとなく人間に教えて広まるのを楽しんでいる。今平安京で流行ってる揚げ物もこの神様が教えたとか。

 後はアマテラス様と仲がいい事と食べ物の好き嫌いが多いツクヨミ様と若干仲が悪いということくらいかな。

 

「なんだか歴史の真の裏を見るとこんな感じなんだね」

 

 他にも明らかにこの時代ではありえないような料理がいくつかある。

 そもそもこいしちゃんが食べてるラーメンもこの時代にはないよね? 確か一年前以上の記憶だからはっきりしないけど日本で初めてラーメンを食べたのが水戸黄門だってテレビで言ってた気がするし。

 

「はい焼き鳥お待たせしました」

「肉鍋お待たせしました」

「もしかして日本の料理の発祥って全部ここじゃ……流石にそれはないよね?」

 

 去年も同じような事を考えた気がするけどまあいっか。

 そんな事を感じながらもたっぷりと楽しい時間を過ごした。

 みんな興奮冷めぬ様子だがいつまでもここにはいられない。終わりの時間は特に定められてはいないがだいたい出店の料理が底をついたら終わりの合図となっている。

 

「うむ、今年の例大祭も楽しかったのう」

「そうですね」

「妾も楽しかったのじゃ!」

「大好き!」

 

 祭りもいよいよ終わり帰路に就く。

 祭りが始まったのはだいたい夕暮れ、当然外に出るともう真っ暗。時間の感覚がマヒしてるけどとっくに深夜を回ってるね。

 人間なら相当危ない時間帯だけど妖怪と悪魔にとっては居心地がよく祭りの興奮で気分は最高。

 

「来年もこうして全員で行くぞ」

「「うん!」」

「はい」

 

 来年の祭りの事を考えながら仲良く屋敷に戻る。未だ興奮冷めない僕たちだけど今年の祭りはもう終わり。明日に備えてもう寝なくちゃね。

 屋敷に返ってきた僕たちは風呂に入って自室に戻りすぐに寝る支度を整える。

 だけどその時あの扉が僕の目の前に現れた。

 

「この扉……」

 

 僕をこの世界に引きずり込んだあの扉だ。

 だけど僕はこの世界に残りたい。僕は扉に背を向けずにゆっくりと距離をとる。うっかり目を離せばまたあの扉に引きづりこまれるかもしれない。

 

「誇銅」

「お兄様」

「お兄ちゃん」

 

 三人が後ろの襖をあけて元気よく僕を呼ぶ。反射的に僕は扉から目を離し後ろを向いてしまった。

 すると扉から飛び出た鳥のような足に捕まれて扉の中に強制的に送られてしまう。

 

「誇銅!」

「お兄様!」

「お兄ちゃん!」

 

 三人の驚く声が聞こえる。

 だけどもう遅い。この時代に残りたいと願う僕はこの時代に残ってほしいと願う家族同然の人たちを置いて扉の奥へと引きずりこまれる。

 次はどこへ行くのだろう?

 だけど、どこに行こうとまた会える。なぜかそんな気がした。



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不幸せな平成の悪魔

 目が覚めるとものすごく見たことそこはものすごく見覚えのある場所だった。

 そうだ、僕が爆発に巻き込まれたあの場所。

 

「……戻ってきた。いや、戻ってきてしまったのか」

 

 確かに僕はこの時代に少なからず大切なものがある。

 でも正直に言うと戻りたくなかった。それほどまであの時代は僕にとって幸せな世界。それほどまでにこの時代は苦しい。

 戻らなくてはいけないと口では言っていても本当はあのままいたかった。

 

「それでも、いずれこの日が来るとは思ってた」

 

 いきなり違う場所に来てしまう出来事も三回目となれば馴れてしまう。それも今度は知っている場所。

 僕は冷静に自分に何か異変がないかを調べてみた。

 まずは悪魔の翼を出して軽く動かしてみたり、ごく少量で精密性を重視した魔力の塊を出してみる。

 

「うん、特に問題なし」

 

 次に体に何か不調が起こっていないか。

 藻女さんに教わった稽古を一人でできる部分を一通りやってみる。何か体に些細な違和感でもあればこれで気づける。

 瞑想からの呼吸法、一通りの型の動き、敵をイメージしての一人稽古。それらをすべてやってみた結果なんのズレもない。

 まあ今までの移動も一度として何か体に不具合が起きた事はないけどね。

 

「う~んとそれじゃ……どうしよっかな……?」

 

 これからどうするか。

 特に行くあてはないけどかといってこの場所にずっといるわけにもいかない。

 今までみたいに運よく日本の力に助けてもらえるわけもない。というかこの時代じゃ日本妖怪に会う可能性自体が低いと思う。

 リアスさんの眷属をやっていた時代でも妖怪という種族には会ったことはないし、この時代の日本神や日本妖怪はどうなってるかも知らない。

 

「まっ帰れるとこなんて限られてるよね」

 

 僕は一人でとぼとぼと自分の家に向かった。

 他の人には合わなかったけど今の僕の格好は和風すぎてちょっと恥ずかしい。

 前の学生服はあっちの世界でボロボロになっちゃったし新しいのを注文しないと。

 

「さて、帰ってきたのはいいけどどうしよう」

 

 あの爆発だから絶対死んだと思われてるだろうね。

 てか僕が死んだって事はどの辺まで知られてるんだろう? 世間に既に公表されてたらここにいる事すらまずい。

 

「とりあえず悪魔関係で信頼できるのは」

 

 僕はまず最初にギャスパー君に電話してみた。

 ギャスパー君は悪魔の中で僕が最も信頼する人。一誠は……失礼だけどあまり信用できない。

 一誠もいい人なのは知ってるけどやっぱり頼るにはイマイチなとこは昔からあった。それに今はガッツリリアスさんたちの味方だしね。

 

「というか……一誠ってリアスさんたちと同じ屋根の下で住んでたっけ?」

 

 仲間の大部分が信用できなくなってる僕にとってリアスさん本人に直接いくのは大変まずい。

 そんな事を考えていると電話が通じた。

 

『はい、もしもし』

「久しぶり、ギャスパー君」

『!!』

 

 ギャスパー君の声に元気がない。

 どうしたのかと聞こうとした瞬間ギャスパー君らしかぬ大きな声が返ってきた。

 

「どうし…」

『誇銅先輩! 本当に誇銅先輩なんですか!?』

「う、うん、そうだよ」

 

 すごく声の大きなギャスパー君との電話でいくつか話をした結果、ギャスパー君が僕の家に来たいと言い僕もそれを許可した。

 僕の家には仲間たちが来ることがないので転移魔法陣はない。というか前からみんな僕に興味がない。あれ? 自分で言ってて涙出てきた。

 やっぱり僕にこれといって目立ったものも新人でも一誠のようなインパクトや激しいやる気がなかったからかな?

 単純に時間の問題だとは思うけど、一誠が割と初めから仲間として手厚く受け入れられてたから。それに対して僕はあの時から殆どみんなの眼中にないみたいに。

 あれ? 本格的に涙が出て来たぞ?

 

 そんな感情を忘れるためギャスパー君が来る前にチャチャっとお客様用の準備を整える。他の事に集中して涙も乾き何とか元気を取り戻せたよ。

 すると準備が終わらないうちに割と早い時間でギャスパー君が家に到着した。

 

「誇銅先輩……本当に誇銅先輩だ……」

 

 ギャスパー君は玄関で僕の姿を見ると涙ぐんで僕に抱き着く。

 そっか、ここまで僕が返ってきたことに喜んでくれて返ってきた甲斐があったよ。

 確かに平安時代では幸せだった。だけどあそこは本来僕がいるべき場所ではない。この時代が僕がいるべき時代。

 確かにつらい事が多かったけどこういう幸せもある。

 ギャスパー君にはいくつか聞きたいことがあるけどまず聞くことは。

 

「ねえ、僕の使い魔のももたろうを知らない?」

「それが……」

 

 ギャスパー君はなんだか言いにくそうにする。

 え? ももたろうに何が!? 確かももたろうのいた部屋の窓に不自然に血がついてたけどもしかして……。

 

「餌の食べすぎでこんなに太っちゃいました」

 

 ギャスパー君はポケットから丸々と太ったももたろうを僕に見せてくれた。

 太っちゃっただけかい!

 

「最初誇銅先輩の家でももたろうを見つけた時はビックリしました。何度も窓に頭を打ち付けて出ようとしたみたいで頭から血を流していました。

 それでも命に別状はないみたいで僕が預かったんですけど、ももたろうがほしがるまま餌をあげちゃってこうなっちゃいました。ごめんなさい!」

「いや、別にいいよ。それよりもももたろうを預かってくれてありがとう」

 

 ここまで太るまで餌をほしがったのは僕が急にいなくなったストレスかな?

 ももたろうは飛ぶこともままならず僕の腕をゆっくりと一生懸命登って、途中落ちたりもしながらやっと僕の肩までたどり着きほっぺをすりすりしてくれる。

 ふふ、ももたろうにはダイエットさせないとね。

 

「ごめんなさいごめんなさい、僕がちゃんとお世話しなかったばっかりに!

 ここまで太っちゃう前に気づけたはずなのに!」

「そんなに謝らなくて大丈夫だよ。だから落ち着いて。

 僕だって他人のペットを預かってご飯を多くねだられたら同じことをしてしまいそうだし。

 それよりこうして今まで大切に預かってくれた事が僕はとてもうれしいんだ」

 

 ももたろうが僕の肩からゆっくりと降りて僕の手のひらまで来るとギャスパーくんの方へ手を伸ばす。

 どうやらギャスパーくんの方へ行きたいらしい。

 痩せていれば僕の肩から飛んで行けるのに。

 ギャスパーくんにももたろうを渡すとももたろうは僕の時と同じように腕からよじ登ってギャスパーくんの肩まで行く。やっぱり太っているから何度か落ちたりしてね。

 そしてももたろうの愛情表現のほっぺすりすりをする。

 

「ほら、ももたろうもありがとうって言ってるんだよ。

 ギャスパーくんがこうして預かってくれなかったら僕はももたろうと再会できなかったかもしれないんだし」

「あ、ありがとうございます」

「とりあえず玄関で話もしづらい。上がって、もっといろいろ教えてよ」

「はい、おじゃまします」

 

 僕は最低限の掃除をしたリビングにギャスパーくんを連れて行っていれたての紅茶を出す。

 コーヒーか紅茶のどっちかを聞こうと思ったけどコーヒーがなかった。

 

「それじゃ、まず僕は今どういうことになってるのか教えてくれないかな?」

「わかりました。じゃあまず…」

 

 僕が悪魔で唯一信頼するギャスパーくんに自身の生存を知らせた僕はとりあえず僕の今の扱いを聞くことに。

 すると今の所僕は休学扱いでまだ死亡したことにはなっていないらしい。

 魔法で一般人の記憶や認識を変えられても面倒な手続きのため転校した事にすると話が進められているとか。

 

「ところで他のみんなはどう? その、僕がいなくなったことに関して」

「あの……」

「正直にお願い」

「一応落ち込んでる様子は見せてますけど、僕にはみんなそれほど落ち込んでるようには見えませんでした。

 その、あの時も誇銅先輩がいない事もみんな気づいていませんでしたし」

 

 やっぱりか。予想はしてたけどね。

 部長や僕が入る前から悪魔だった人たちはまあわかってた。だけど一誠やアーシアさんまでそうだったなんてちょっとショックだな。まあ、それも十分予想範囲だけどね。

 一誠は悪魔になってから僕に絡まなくなった。人間だった頃はよく僕に絡んでナンパの出汁にしようとしていたのに。

 ライザーさんとのレーティング・ゲームの時、アーシアさんは僕を素通りした。

 何の希少性も突出した強さもない僕を見てくれる人は誰もいない。僕の居場所なんて初めからなかったんだ。

 唯一僕を見てくれたのはあの時はまだ居場所がなかったギャスパーくんだけ。

 

「やっぱりか」

「誇銅先輩……」

「……ねえ、ギャスパーくん。僕が帰ってきたことはもう少し伏せておいてくれないかな?」

「はい、わかりました」

 

 ギャスパーくんは少し不思議そうな顔をしながらも僕のお願いを聞いてくれた。

 僕が聞きたかったことはこれでだいたいわかったよ。

 それを察したギャスパーくんは今度は僕に質問をした。

 

「ところで誇銅さんは今までどこにいたんですか?」

 

 ギャスパーくんは当然僕が昔の日本にいたことなんて知らない。なのになんでどこにいたかなんて質問をしたか。

 服も着替えてるし身長も見た目もあまり変わっていない。しいていうなら髪が少し伸びたくらいかな。

 

「どうしてどこにいたかなんて聞くの?」

「その、誇銅さんの雰囲気がなんかちょっと変わったっていうか凛々しくなったっていうか」

 

 なるほど。確かに僕は藻女さんとの稽古で自分でも感じる程強く変われたと思ってる。

 たぶんこの変化は僕のことをしっかり見てくれたギャスパーくんだから気づかれたんだろう。他のみんなは絶対に気付かない。

 

「そっか、なんだかうれしいな。

 だけど今は何処にいたかは言えないんだ。ギャスパーくんを信頼してないってわけじゃないんだ、ただ一度僕自身が確認する必要があるんだ。それが確認できたら信頼するギャスパーくんには必ず教える。だから今は秘密にさせてほしい。ごめん」

「わかりました。だけどこれだけは言わせてください。

 僕は部長の眷属でも誇銅さんの味方です。誇銅さんの不利益になるような事は部長に背いてでも絶対にしません」

 

 気弱なギャスパーくんから感じた強い意志。その意志に頼もしさすら感じた。

 まいったな、僕は2年も修業してここまでたどり着いたのに年下のギャスパーくんにこんな強い意志を示されるなんて。二年前の僕じゃこんな強い意志は持てなかっただろうに。

 ギャスパーくんに負けないようにこれからも稽古を頑張らないと。

 それから少しだけ別のどうでもいい会話をしてからギャスパーくんは帰った。ももたろうはここに置いて。

 

「は~これからどうしようかな……」

 

 僕はベットに横になってこれからを考える。

 ももたろうは前に作ったかごのベットに乗せたのに僕の上に乗っている。

 太りすぎて碌に飛べない体では結構な運動量だろうに。

 

「ふふっ」

「ジー」

 

 ももたろうの顎をちょこっとくすぐると気持ちよさそうな声で鳴く。

 こうやってももたたろうを撫でる事は悪魔になって数少ない得したことだよ。

 しばらくももたろうと遊んでももたろうが遊び疲れるとかごのベットに戻す。するとももたろうはすぐに眠ってしまった。

 

「さて、僕もこれからについて考えるか」

 

 このままリアス部長の所へ戻るべきか。

 もし戻ればリアスさんの加護を受けれるけどあの居心地の悪い場所に逆戻り。

 一方で戻らなければはぐれ悪魔扱いを受けるだろう。

 それなりに腕に自信はあるが同格以上の悪魔には勝てないだろう。

 

「どうしよう…………!」

 

 僕はすぐさまベットから起き上がってギャスパー君にもうすぐ夜で悪魔として仕事があるかもだけど電話した。しばらく町を出ると。

 僕はすぐさま遠出の準備のため荷物を詰め込んだ。あの時代の服装に馴れてしまって洋服がなんだか若干気持ち悪い。

 上着のポケットにももたろうを入れて家をすぐに家を出る。

 

「そうだ、京都行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに家をでた僕は京都まで行くためのチケットを取る事を忘れていた。

 だからすぐに緑の窓口ですぐに乗れる京都行きの新幹線の席がないかを確認してもらう。

 

「新幹線のチケットが取れて本当によかった」

 

 運よくキャンセル席があってそこに乗る事ができた。

 これで何とかスムーズに京都に行けそうだよ。

 

「ジージー」

「急に連れ出しちゃってごめんねももたろう」

 

 暇な新幹線の中、ももたろうと遊びながら時間をつぶしたり新幹線の中で仮眠をとりながら京都まで向かう。

 

 そして辿り着いた京都。

 平安京なんて昔の京都にはいたけど、今の京都に来るのは初めて。

 だけど観光に来たわけじゃない。

 

「え~と地図によると」

 

 僕は昔の地図を見ながら昔の平安京の場所を探す。

 当然昔の道はとっくに使えなくなって変化が激しい。だけど僕には何としても行きたい場所がある。

 そこを目指して地図とにらめっこ。

 

「えっと……この辺だよね?」

 

 ちょっとずつだけど目的の場所に近づいていく。

 そして辿り着いたのは。

 

「うん、この場所で間違いない」

 

 かつて僕がお世話になっていた藻女さんの屋敷。

 僕にとって第二の我が家と言える大切な場所。家族同然に扱ってもらった思い出深い場所。深い思い出と懐かしがってるけど僕からすればちょっと出かけたくらいの気持ちだけどね。

 

「……やっぱりないか」

 

 当然平安時代にあったあの屋敷なんて残ってるハズもない。僕の体感時間からしてうらしまたろうの気分だよ。

 僕は藻女さんを頼ってここに来た。僕にとって同族の悪魔よりも日本妖怪の方がずっと信用できる。

 しかしあくまで今の悪魔が信用できず昔の日本妖怪が信用できるだけ。現代の知らない妖怪をすぐに信用できないし信用してもらえない。

 まいったな、藻女さんたちの協力なしに天照様やスサノオさんの所へは行けない。

 かといって他の七災怪の皆さんの住んでいた所や今も健在そうな大妖怪の居場所はもっと遠く険しい。

 

「仕方ないね、そっちを頼ろう」

「お兄ちゃん?」

 

 僕がすっかり藻女さんの方を諦めて振り返るとそこにはあの時の変わらぬ姿のこいしちゃんが僕を見ている。

 

「……こいしちゃん?」

 

 いやいやおかしいよ。だってあれから1000年近い時が流れたんだよ?

 こいしちゃんがあの時と全く同じ姿ってのはどう考えてもおかしい。もっと成長しているハズ。

 

「お兄ちゃんだ!」

 

 だけど目の前のこいしちゃんはあの時と全く変わらず僕に抱き着いて僕に甘える。

 姿が変わっていないのはおかしいけど今僕に甘えてるこいしちゃんは間違いなく本物のこいしちゃんだ。間違いない。僕もこいしちゃんの甘えに応えてギュッと抱きしめる。

 

「ごめんね、急にいなくなって。こんなに長い時間待たせて」

「エヘヘ」

 

 こいしちゃんは特に何か言うわけでもなく黙って僕に撫でられ甘える。

 たっぷり再開を楽しんだところでこいしちゃんを離す。僕にとっては約一日会ってないくらいだしね。

 だけどこいしちゃんは僕の服を離さない。そりゃ僕にとっては短い時間でもこいしちゃんからすれば気が遠くなるような時間だったし。

 

「ねえ、藻女さんや玉藻ちゃんはどこにいるの?」

「こっち!」

 

 こいしちゃんはそう言って手招きしながら先を走る。

 昔こいしちゃんと玉藻ちゃんに町を案内してもらっていた時のような感覚だ。僕が周りの物珍しさにキョロキョロと目を奪われてる間にこいしちゃんはずっと先の方で手招きして待っている。

 他の人がいてもこいしちゃんは見た目相応の元気な声で僕を呼ぶ。そして僕は小走りでついていく。

 こいしちゃんについていくと神社の鳥居の前まで来た。

 

「こっち」

 

 こいしちゃんは鳥居の前で僕を待つ。

 そして僕の手を繋いで鳥居をくぐると世界の空気が変わった。

 この空気知ってる、人間が立ち入らない妖怪の世界の空気。なるほど、妖怪の世界も少し変わったんだね。

 

「さっ、行こう」

 

 その中には田舎のようなちょっと古い建物が並んで人間界の京都とは違う。どちらかと言うと昔の平安京に似ている。でもそれよりは時代は進んでるね。

 だけどこいしちゃんに連れられた場所はあの時の屋敷そっくりの場所だった。屋敷にずかずかと、今の人から見れば僕はよそ者だ。だけど周りの人はこいしちゃんすら誰も見ていない。まるで見えてないかのように。

 こいしちゃんの無意識の能力はちゃんと成長したみたいだ。それが意識か無意識か僕の姿を認識できないようにしてくれてるんだね。

 

「ただいま~」

 

 こいしちゃんが襖をあけて元気よくただいまと言った相手は藻女さんと玉藻ちゃん。

 やっぱり二人ともあの時から全く変わっていない。

 二人は僕の姿を見ると手に持っていたものを落としてしばらく固まった。

 

「誇銅……」

「お兄様……」

「ただいま戻りました」

「誇銅!!」

「お兄様!!」

 

 二人の妖狐の強烈なタックルにも似たフライング抱き着き。

 僕にそれを受け止める力も身長もなく力に逆らわず倒れた。

 そのはずみで僕のポケットからももたろうがころころと転がり落ちてしまう。

 

「誇銅、いきなり目の前でいなくなって心配したんじゃぞ!」

「そうじゃそうじゃ、妾たちを置いて1000年も。ずっと会いたかったのじゃ!」

 

 二人とも涙を流して笑顔で僕をギュッと抱きしめる。それはもう痛いくらいに。だけどうれしい。ここまで熱烈に僕が戻ったことを喜んでくれて。二人を抱きしめるとその愛が僕にも深く伝わってくる。

 

「天照様に言ったら1000年後くらいにまた会えるじゃろうって言うから妾たちはずっと待ったのじゃ!」

「お兄様と一番仲の良かった八岐大蛇もまた会えるしか言わんし。

 神と最も近い時間を生きた八岐大蛇がそういうから絶対に1000年後くらいに会えると確信はできたが、やっぱり長すぎたのじゃ!」

「「でも戻ってきてくれてよかったのじゃ~!!!」」

 

 二人が僕に夢中な間にももたろうをこいしちゃんが優しくすくいあげてじっと見る。

 

「この子がお兄ちゃんが昔行ってたももたろうだね!」

「ジージー」

 

 自分の名前を呼ばれたからかももたろうも返事をする。こいしちゃんは丸々と太ったももたろうが気に入ったのか撫でまわす。

 だけどいかにこいしちゃんがももたろうに夢中でも二人の激しい歓喜の行動は一向に収まりを見せない。もう僕の体は二人の尻尾でぐるぐる巻きにされている。

 

「さて、これはこのぐらいにして」

「え?」

 

 僕は藻女さんと玉藻ちゃんにぐるぐる巻きにされた状態でどこかへ連れて行かれる。え、どこへ連れて行くの?

 そして連れて行かれた部屋は大きな布団が敷かれた部屋。

 

「さて、今日は妾と玉藻どちらをご所望か?」

「え、いや」

「親子丼か? 親子丼をご所望か? いきなり二人とはお盛んで結構な事じゃ」

 

 僕はこの時やっと気づいた、僕は今捕食されようとしてる事に。性的な意味で。今思い返してみると涙が収まった後の二人の目は飢えた獣の目をしていた。

 

「え、ちょっと、待って! 僕まだ17、17歳だから!」

「何言っておる。あの時代で2年過ごしたから19であろう。それに17でもこっちの経験をするには十分な年じゃ」

「それに妾は1000年、正確には1201年待ったのじゃもう契ってくれてもよいじゃろ?

 契りに関しては妾でもお母様でも良いぞ」

 

 どっちと結婚してもどっちも食べるんですね。ってそうじゃない! ダメダメダメ! 確かに二人とも大好きだし本当に家族になってもいいと思う程だけどそれとこれとはまた別。それに今非常にややこしい事になってるんだから余計ややこしくしてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 結局二人を鎮めるまで体感にして2時間(本当は1時間未満)かかったよ。

 

「すまん、ついつい興奮してしまい暴走してもうた」

「まあ事なきを得てよかったです」

「しかし妾たちの気持ちは本当じゃ。いつでも受け入れる準備が妾たちにはあるぞ」

 

 こんなに子供な姿なのに。

 あの純粋にお兄ちゃんと慕ってくれた妹の玉藻ちゃんはもういないんだね。行動が完全に藻女さんと一緒だ。

 

「それで、ただ妾たちに会いに来たわけではないのだろう?」

「あの、その」

「気にする必要はない、誇銅の立場からすれば当然じゃ。

 それに妾たちに会いたいという気持ちもあったんじゃろ?」

「はい!」

「なら良い。それが妾たちは嬉しい」

 

 藻女さんは嬉しそうに僕に笑いかけてくれる。

 その笑顔で僕の心の中の重しがグッと軽くなる。

 やっぱりここは自分の家以上に心が安らぐホームだよ。

 

「今日はもう遅いから高天原へは明日案内しよう」

「本当にありがとうございます」

 

 その日は藻女さんの屋敷で一夜を過ごした。

 当然僕の布団に昔のように三人が同じポジションで入ってきてとても暑い。

 しかし、成長した玉藻ちゃんは藻女さんと同じく寝ながらでもちょうどいい風を出せるようになっていてかなり快適だったよ。

 

 翌朝、約束通り高天原の入り口であり多賀護神社まで連れて行ってもらうことに。

 普段は七災怪か日本神以外かその誰かが許可した場合しか入れない。だけどただの人間や悪魔などの他国の人外は入り口にさえ近寄る事も認識することもできない。

 僕は一応近寄る事はできるけどやっぱり藻女さんたちと一緒じゃないと入れない。本当に藻女さんにはお世話になった。

 別れ際に僕の家の住所を書いたメモを渡した。いつでも遊びに来ていいよという意味を込めて。

 

「これ玉藻、そろそろ離してやらんか。

 ここは誇銅が元々おった時代。もう前のように未来へと消えてしまう心配はない」

「うむ、わかっておるのじゃがやっぱり不安でのう」

 

 去り際に一回思いっきりハグしただけで離れてくれたこいしちゃんに比べてなかなか離してくれない玉藻ちゃん。

 見た目は幼くてももう立派な大人なはずなのにこの子供のような不安感。やっぱり子供時代にあんな別れ方をしてしまったトラウマなのかな。

 

「大丈夫だよ玉藻ちゃん。もう僕はどこかに行っちゃったりしないからさ。

 今度は玉藻ちゃんが僕の家に遊びに来て。場所はちゃんとメモに書いてあるからさ」

「うむ」

 

 やっと納得してくれたようで手を離してくれた。

 それでもさびしそうな顔をする玉藻ちゃんの頭をもう一度撫でてあげる。不公平にならないようにこいしちゃんもね。

 するとやっとさびしそうな顔をやめて笑顔で送り出してくれた。ここまで別れを惜しんでくれるなんて僕はなんて幸せものなんだろう。

 

 

    ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「そして儂の所へと辿りついたのじゃな」

「はい、短いながら結構いろいろ起きました」

 

 高天原でアマテラス様との席を設けてもらった僕はすぐにアマテラス様と話すことができた。

 ここも様変わりしてもっとややこしい手続きとか順番待ちとかがあるかなと思ったけどここはあの時、もっと言うなら弥生時代の時からあまり変わっていない。やっぱり変わらないってのは安心するよ。

 

「やっぱり藻女は暴走したか。そりゃ1201年も思い人から突然離されれば暴走もするだろう。

 むしろお主をくわなんだ九尾親子の精神力の高さは天晴じゃな。カッカッカ」

「あははは」

 

 ここに来た瞬間アマテラス様からここに来るまでの状況を聞かれた。

 主に藻女さんの屋敷でのハプニング部分を。

 もっと他に聞かなきゃいけない事ってあるでしょ? どうやって時を渡ったかとかその後何をしていたとかなぜここに来たのかとか。

 アマテラス様はそんなのどうでもいいと言うかのようにまず最初に藻女さんと再会して何をされたか聞いてきた。

 それでいいのか日本の最高神。

 

「ここに来るまでどんな経緯があった、昨晩はどうじゃった、藻女とやったのか?」

 

 と、なんだかグイグイ聞いてきたのでこの時代に戻ってきたところからここに来るまでの経緯は話す事に。やっとこっちの話題に移ったかと思ったらまだ藻女さんとのハプニングを聞いてくる。やってません!

 だけどちょうどよかった。これで僕の相談したい事もある程度伝わっただろう。

 

「悪魔として、三大勢力に属する立場としてこれからどうするかと言ったところじゃのう」

「はい、あの日から僕は死亡扱いになってます。だけどこうして生きてる事実は隠しきれるものではありません。

 戻るにしろ、このまま去るにしろ問題が」

「儂ら日本勢力は三大勢力から同盟を申し込まれているがずっと拒み続けておる。

 しかし日本は三大勢力、特に悪魔から甚大な迷惑を被っておる」

 

 天照様はお茶を一口すすり真面目な雰囲気になる。

 その目には若干の不愉快が混じっている。

 

「まず一番許しがたきは妖怪の拉致問題に日本国民への生命の侵害。

 前者は希少な妖怪を勝手に悪魔にして自分に従わせる。それで数が減れば保護と称して勝手に自国に持ち帰り結局悪魔にする。

 後者は主にはぐれ悪魔と呼ばれるものの仕業じゃ。それで一番の被害を受けるのは人間。その被害の責任をちっともとらんくせにはぐれ悪魔問題に無関心ときとる。

 おかげでそのしわ寄せがこっちにきて結局その辺の始末はこちらがやらされとる」

 

 アマテラス様の目にはさっきよりも露骨に不機嫌が浮かび上がる。

 そりゃやるだけやっといて被害にあった人への何かしらの保証や賠償がないうえにその保障や賠償だけをこちらでやらされてる現状なんだから。

 確かアーシアさんが眷属入りする前にもあの神父に殺された人間の被害者がいたよね。このぶんじゃあの人は死体の後始末、それ以降も何かやってても隠ぺいくらいだろうね。今度確認してみよう。

 アマテラス様は苛立ち交じりの声で説明を続ける。

 

「そして同盟を拒んではいるが日本での商売などは儂も認めておる。

 貿易という意味合いで鎖国するわけにはいかんしそこまでする気もない。こちらにもそれなりと徳はあるしのう。

 問題なのは日本の領土を勝手に自分たちの領地だと言い張ってかなりの土地を侵略し我が物顔でおる事じゃ」

 

 じゃあグレモリーの領土と言い張っていたリアスさんの言葉も日本勢力に無許可だったんだ。

 はぐれ悪魔も初めて説明を受けた時からなんだか腑に落ちない事が多かったけど実際にその通りだったんだね。

 

「日本の妖怪ははっきり言って弱い。外国の怪異とくらべると妖力、つまり魔力が極端に低いものが多い。

 それでも昔の妖怪たちには技があった。強い妖力を抱擁する大妖怪に対抗するべく少ない妖力を無駄なく使い強大な技とする技術。

 しかし、戦国の世も終わり争いも減って昔のように戦う必要がなくなった現在その技も習得する妖怪が減った。

 そのせいで一般妖怪たちは悪魔や堕天使などの三大勢力の侵略に抵抗ができない」

 

 確かに平安時代に居た頃も道端や一般で見かける妖怪は藻女さんと比べる事もなく僕と比べてもずっと魔力が小さかった。

 実際にその辺の妖怪と戦う事になると技で倒すというよりも地力でねじ伏せるような戦い方で勝てたよ。

 それでも多少の技を使ってきて九尾柔術を学んでなかったら負けていただろう。おそらく朱乃さんでも技の差で勝てないと思う。

 

「七災怪が直接収める地域や、実力ある大妖怪が住む場所くらいしか日本の領土と呼べん」

「僕の同族がそのような事を。本当に申し訳ありません」

「誇銅が謝る事ではない。それにこちらもただやられてるだけではない。七災怪が収める地や強い大妖怪が収める地では完全に悪魔を抑え込んでおる。

 妖怪ヤクザ頭で陽影の鬼喰いなんぞ悪魔共からショバ代などとって大いに頼もしい」

 

 よかった、日本も三大勢力にやられっぱなしじゃないんだ。七災怪の皆さんの頼もしさはこの時代でも健在なんだね。

 だけど天照様を悩ませる事態の解決にはなっていない。

 

「天照様はこのままでいいのですか。悪魔の僕が言うのもあれですけど、この被害の申し立てを三大勢力や世界に訴えかければ」

「無理じゃ」

 

 なぜ天照様はあっさりと無理と決めつけてしまうのか。これだけ証拠があればきっと通る。なのに天照様はなぜそれをしないのか。僕が考え付いた結論は。

 

「……戦争ですか?」

 

 戦争。これだけ無法な事を裏でやっていた三大勢力の力なら戦争を起こすこともたやすい。表では平和をうたっていても、大義名分と称して日本に攻めてくる可能性もある。

 自分たちの言う平和を乱すものに武力行使をいとわないのを僕は知っている。

 今思えば悪魔化なんて拉致紛いの事を悪魔を増やすなんて身勝手な言い分で通す横暴さが国ぐるみで、世界ぐるみで認められてるのが現実だ。

 

「やはり三大勢力との争いが」

「例え戦争になったとしても負けるなどこれっぽっちも考えておらん。

 しかし、向こうは弱小でも大勢力。儂らのような小国がまともにぶつかれば民に被害が出る。それは避けねばならぬ。

 現在三大勢力は勢いづいてる。この程度の事で文句を言っても揉み消されるだけじゃ。

 だから今は耐えて静かに機が来るのを待つ。

 この調子なら奴らは遠くない未来、必ず権威は崩れる。それまで待つのじゃ。

 もしくはこちらがそれに対抗できる力を身に着ける時まで」

 

 天照様の言うとおり確かにこんなことがそう長く続くとは思えない。まさかこんな横暴を日本にだけ対して行ってるとも思えない。きっと世界中で同じような事をし、はぐれ悪魔問題も起こしてるのであろう。

 ならばそのことで足元をすくわれるのは時間の問題だろう。

 

「じゃからすまん、誇銅をかくまう事も強引に日本勢力所属にするわけにもいかんのじゃ。本当にすまん」

 

 天照様は僕なんかに頭を下げて本当に申し訳なさそうにする。

 僕は別にそこまで天照様を頼ろうと思ったわけじゃない。ただ僕はこの先どうするべきかヒントだけけもいただこうと思っただけで。

 それに僕にだって自分の手でけじめをつけないといけない。それすら日本のおんぶ抱っこになるわけにはいかない。

 僕は急いで天照様に頭を上げるようにお願いする。

 

「頭も上げてください天照様。

 そんなの構いません、それに僕は天照様に相談に来ただけですのでそこまでしていただくわけには」

「いや、あの時儂の愚行を誇銅に改めさせてもらえなければもっと日本は落ち目になっておっただろう。それを救ってくれた恩義に報えぬこと無念じゃ」

「いいえ、僕を日本の仲間として受け入れてくれたではありませんか。それもこんなにこう待遇で。それが天照様からいただきた最高のお返しではいけませんか?」

 

 リアスさんやの所では決して敵わなかった僕のほしいものをすべてくれたのがこの日本勢力。どんなにほしいと思っても現代では手に入る見込みが少なかったものをこんなにもたくさん僕に与えてくれた。

 僕は十分以上にお返しを貰っている。

 

「そう思ってくれておるならありがたい。

 なら儂ら日本は全力で誇銅をサポートしよう。儂らにできる事は何でも言うがよい。

 七災怪たちも初代は皆喜んで力を貸してくれるじゃろう」

「それはありがた、ん? 初代?」

「ああ、火影と雷影と陰影は二代目に変わったのじゃ。全員信頼できるからいずれまた紹介しよう。

 もちろん初代も全員まだ生きとるぞ」

 

 天照様の目にはさっきまでの不機嫌はもうなくご機嫌な笑いをあげる。

 それと同時に僕の中にも日本に対する好感と信頼がぐんぐん上がっていく。

 

「後で素戔嗚(スサノオ)天宇受賣命(アメノウズメ)伊斯許理度売命(イシコリドメ)と会っていくがよい。皆誇銅に再開するのを楽しみにしておった。

 後月夜見(ツクヨミ)の奴も相変わらずひきこもりじゃが一度会ってやってくれ」

「はい、わかりました」

「誇銅よお主は既に儂らの友人じゃ。例え悪魔に属しておってもそれは変わらん。

 いくら頼ってくれても構わんぞ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます。

 ですが僕にできる事があれば何なりと申し付けてください。こんな身ではありますが力をお貸しします」

 

 こうして僕は駒王町に戻りリアスさんの眷属に戻る決意をした。

 だけどもう戻っても前のように全力で力を貸したりなんてしない。ただ戻るだけだ。

 心はここに置いていく。




 前作でなぜギャスパーやレイヴェルが誇銅に対する違和感に気付いたのか一応説明しておきます。
 原作組から見れば今までの仕打ちもよくあるギャグシーンの理不尽と同じ見方です。だからやりすぎや悪いという感情がないままあんな扱いができるという理由です。
 そこから一歩離れた人には違和感に気づく。登場まで引きこもってかかわりがなかったギャスパー、主要人物から一歩離れたレイヴェル、ライバルポジションとはまた違う遠いソーナ眷属。
 アザゼルとか魔王は中核に触れてるからout。最終的に中核に来たギャスパーは先に誇銅と深く関わったからセーフ。
 あの作品は原作組が主人公でオリ主側は実はラスボス。主人公の行動がラスボスを作ったという皮肉と、いずれ倒される運命の敵からの視点から見た物語という設定で創りました。

 その結果あの失敗を引き起こしてしまいましたが(笑)
 本当は最終話でこの事も記載するつもりでしたが忘れていたのを思い出し今回記載してみました。


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無意味な主従の関係

 初評価に好評価を下さったピータン様、誠にありがとうございました。
 もしかしたら短くなるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします!

 そして、この作品を見てくださる読者様も今後ともよろしくお願いします。


 高天原から帰った僕はギャスパーくんに連絡してリアスさんの眷属に戻る事を伝えた。

 するとギャスパーくんは心配そうな声で僕にこう言ってくれる。

 

「本当にいいんですか? 僕が言うのもおかしいかもしれませんが、戻ってきても誇銅先輩にはたぶん待遇が変わる事はないと思います。

 それどころか後悔するかもしれません。

 僕個人としては誇銅先輩とまた日常で会える事は嬉ししですけど」

「僕の待遇がまったく変わらない、もしくは前より悪くなるのは想定内。大丈夫だよ。

 それに僕も気兼ねなくギャスパー君に会いたいしね」

「誇銅先輩……」

 

 僕の事を考えてこのまま離れる事を提案してくれる優しさにとても心が温まるよ。

 そのうれしさを胸に秘めたままギャスパー君の嬉しそうな声を聞いて通話を切る。

 こいしちゃんと長時間遊ばされてちょっと痩せたももたろうを撫でながら明日の事を考えた。

 てか相当遊ばれたんだろうな。こいしちゃんから返してもらったももたろうはものすごくぐったりしていたよ。

 こいしちゃんは無邪気な可愛さがあるけど同時に無邪気な怖さもあるからね。

 

「明日から元々の生活に戻るのか」

 

 僕の本来の生活は平安時代での安らかな修練の日々ではない。家族と言われた人に見捨てられた悪夢の日々。

 だけど僕はもうその悪夢にただうなされるだけではない。

 過去の時代に渡り幸せな夢を見た。それはもう再び始まる悪夢をも晴らしてくれる吉夢。それが僕を支えてくれる。

 

「僕はもう一人じゃない。大きな心のよりどころがある」

 

 正直もうリアスさんたちを信頼する事はできない。

 だけどもう一度だけ様子を見よう。

 例え冷遇されてももう一度だけ本当に僕を仲間だと思っていないのか見定めよう。

 でも一度完璧に見捨てられてるからよほどの事がない限り考えを改める気はないけどね。

 

「次リアスさんのもとを去るときは自分の足と意志で去る時だ」

 

 どっちにしろしばらくはリアスさんの所にいる必要があるしね。

 正式に眷属をやめる方法とか。あれ、眷属を止める方法とかあるのかな? 何かはぐれ悪魔とか拉致転生悪魔とかを考えると普通にそんな法律ない気がする。まあないならないでその時考えよう。何なら絶好の機会に何かしらの理由をつけて多少強引にでも抜ければいい。

 

「スサノオ様さんたちとは会ったけど七災怪の皆さんとはまだ会ってないな。

 全員生きてるけど何人か世代交代したって言ってたね」

 

 この時代に戻って天照様に言われた通り僕を知っている他の神とは会った。ツクヨミ様とはドア越しにチラッと顔を見たくらいだけど。

 だけど七災怪は藻女さんと帰りにこころさんとちょこっと話をしただけだったからね。

 皆さん今は何してるんでしょう。鬼喰いさんだけはなんか物騒なことしてると聞いたけどそれは昔からだから。

 

「また暇ができたら皆さんに会いたいな」

 

 若干の不安を抱えながらも昔を思い出しながら明日が来るのをまった。

 昔と言っても僕からすれば数日、長くても二年以内の出来事だけどね。

 ……身長、まったく伸びなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕にとって二年ぶりの学校。他の人からすれば一週間程度の事だけどね。

 まず平安時代からの習慣で軽い運動がてら柔軟体操後相手を想定した一人稽古。それから素振り。これもなかなかいい練習になる。

 最後に座った姿勢からひざ頭をついて進退する座り稽古。これはまだ完璧には習得できていない。

 これらを終えて朝食を食べるとちょうどいい時間になった。

 準備を確認して余裕をもって学校に行けそうだよ。

 

「行ってきま~す」

 

 ももたろう以外誰もいない玄関に向かって元気に行ってきますよ行って僕の学園生活は再スタートされる。

 誰の言葉も返ってこないのはさびしいけど前程じゃない。前は一人ぼっちで返事が返ってこなかった。だけど今はこの家に居ないだけ。

 

「誇銅君おはよう」

「おはよう」

「おはよう。もう学校に来ても大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

 登校中にいつもすれ違う同級生と朝の挨拶をしながらゆっくりと学校へ向かう。

 悪魔になってからは朝に弱くなってたけど、稽古をするようになってからはそれも改善されたよ。

 登校中にもクラスメイト、一年生の時のクラスメイトたちも声をかけてくれる。

 自分で言っちゃなんだけどこの身長と童顔のおかげで僕は学校でもちょっとした有名人ではある。まあランクは低いけどね。

 そしてついに教室までたどり着く。教室に入ったところで今度はクラスメイトたちが僕に駆け寄ってきた。このクラスはなぜかテンションが異様に高い。今ではすごく疑問に思う。

 そして彼とも目があった。

 

「よう、おはよう誇銅」

「おはようございます、誇銅さん」

「おはよう誇銅」

 

 教室に着いて一誠とアーシアさんとゼノヴィアさんが僕にすぐに気づいた。だけど人ごみが多くて一誠は近寄れず僕がそれを抜け出してから挨拶。

 前の日にギャスパー君を通じて戻ると言っておいたからもうオカルト研究部の全員に伝わってるんだろうね。

 

「おはよう一誠、アーシアさん、ゼノヴィアさん」

 

 僕は他のクラスメイトと変わらず笑顔で挨拶を返す。

 別に邪険にする必要もない。嫌いってわけじゃない、ただもう仲間だとは思ってないだけ。だからクラスメイトとしてはこれからも仲良くしようと思ってる。

 

「また誇銅と一緒に学校に来れると思うと嬉しいぜ」

「あらあら、まさかアーシアやグレモリー先輩に続いて誇銅くんまで狙ってるわけ? そこまで節操なしとは思わなかったわね」

「おい、変な事言うんじゃねえよ」

「これじゃ噂の木場くんとの関係もマジもんじゃ」

「それは本当にヤメロ!」

「怖いわー。男女関係ない節操なしの野獣とかひくわー。アーシアと誇銅君に変な病気移さないでよ。二人の天使が穢れる」

「話を聞け! そしてそっちの女子は変な妄想をするな!」

 

 桐生さんが加わっていかにも学生生活のくだらなくとも素晴らしい日常が描かれる。

 てかやけにこの学校? このクラスだけ? の女子たちはBLによく食いつく。ほら、今も向こうで。

 

「木場くん×誇銅くんが最高だったのに兵藤が加わるとかありえない!」

「いや、逆に考えるのよ、兵藤が入ってもいいさと」

「兵藤が節操なしに二人を襲い……イケる! そのシュチュなら私はいける!」

「でも私は兵藤なんかより国木田さんの方が良いかと」

 

 もうわけがわからないよ。

 

「こいつらがいたんじゃ話もまともにできやしない。また放課後部室で話そうぜ」

「……うん」

 

 思わず拒否したくなるような事を言われて反射的に断りそうになったけど何とか間を開けてうんと答えられた。嫌だな。

 この学生ノリも授業のチャイムと共に終わりを告げた。

 授業は結構忘れてる事が多くてかなり手間取っちゃったよ。家に帰ったら復習しておかないとね。

 そしてあっという間に放課後に。

 

「さて、ついにか」

 

 一番来たくなかった場所。旧校舎のオカルト研究部の部室。

 一誠には後で行くと言って先に行ってもらった。だから一人で来て今ドアの前で立っている。

 

「じゃあ覚悟決めますか」

 

 そしてついにオカルト研究部のドアを開けた。

 ドアを開けて目に入るのは眷属の全員とアザゼル総督。なんでアザゼル総督まで?

 

「久しぶり誇銅君。無事で何よりだよ」

「……誇銅先輩おかえりなさい」

「おかえりなさい誇銅さん」

「もう一度言おう、おかえり誇銅」

「お帰りなさい誇銅くん」

「お帰りさない誇銅先輩」

 

 木場さん、搭城さん、アーシアさん、ゼノヴィアさん、朱乃さん、ギャスパーくんからおかえりの言葉が僕に向けられる。

 

「お帰りなさい誇銅。よく帰ってきたわ」

「俺からも改めて言わせてもらうぜ。おかえり誇銅」

 

 そして最後にリアスさんと一誠からのおかえり。

 みんな笑顔で僕の帰りを喜んでくれている。

 

「うん、ただいま」

 

 本当にそんな事を思ってるかどうか知らないけどね。

 

「早速だけれど本題に入らせてもらうわ。

 誇銅なぜ生きているの?

 別に死んでいてほしかったとかそういう意味ではないの。ただあの爆発の後には何ものこってなかった。それにあなたの腕もあの爆発で私たちのところへ飛んできた。なのにあなたの腕は今そこについている」

 

 リアスさんが聞きたいこともわかる。確かにあの爆発で僕は死んだし右腕も吹き飛んだ。

 僕がこうして五体満足で帰ってこれたかは疑問に思うだろう。

 しかし本当の事を言っても信じてもらえるかどうか。

 

「わかりません」

「わからない?」

「爆死した記憶はあるんですよ。だけど気づいたら戻ってきたっていうか」

 

 だから僕は嘘をついた。元から話すつもりもなかったしね。

 もし正直に話せば必ず日本勢力に迷惑をかける。だけど話せば僕の有用性を示して認めてもらえるかもしれない。

 日本と悪魔どちらが大切かと聞かれれば当然日本と答える。それほど僕は日本に恩を受け悪魔からは知り得る限り一切恩を受けてない。

 

「俺も直接見たわけじゃねえがあの爆発は決して小規模なんかじゃなかった。それをこうして生還させるなんてな」

 

 アザゼル総督が何か悩んでいる。

 なんだか知らないけど嫌な予感がする。するとアザゼル総督は何か思いついたように僕の方に近づいてくる。

 

「なあ、ちょっと神器を見せてくれ」

「はい?」

 

 僕はアザゼル総督に言われた通り禁手していない破滅の蠱毒(バグズ・ラック)を発動して見せた。

 右は白く左は黒く光り、そこには右は黒左は白い刺青が浮かび上がる。やっぱり他と比べてぱっとしないどころの威力じゃないし、見た目もただのイタい刺青みたいだよ。

 だけどこの神器は総督自身が神の失敗作だと断言したのに一体今更なぜ?

 総督はしばらくじーと見て僕の方へ目線を映す。

 

「これで全開か?」

「……ええ、僕の神器ではこれが限界ですが?」

「そうか。もういいぞ」

 

 アザゼル総督がもういいと言ったので神器を解除。

 びっくりした。もしかして見破られたのかと思ったよ、“僕の禁手化(バランスブレイク)を”。

 それでもアザゼル総督は何かすごい考え込んでいる表情をする。

 

「アザゼル先生、どうしたんですか」

「いや、なあ、ちょっとな」

 

 一誠が聞いても特に返事なし。アザゼル総督が悩んでいるせいかまわりもシーンとなる。

 確かにあの雰囲気はなんだか静かにしないといけない空気を醸し出してるよね。

 リアスさんからの質問も他にこれといってない。

 

「あの、もう用がなければ失礼してもいいですか。長い期間家を空けていたので掃除とか冷蔵庫の中とかが。

 後電気ガスとかの料金の支払いとかも残ってて」

「ん、ああもういいわ。ありがとう。

 あなたが戻ってきたことは本当に喜ばしいことよ」

「ありがとうございます」

 

 僕はそっと部室を後にした。

 みんなにおかえりと言われた時にも思った。ここには僕が求める、いや、僕に向けられる僕が求める温かさはない。

 

「ところで本当になんでアザゼル総督がここに?」

 

 これはまた明日以降ギャスパーくんにでも聞いてみるか。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 やっぱりあの場所に僕の居場所はない。

 なんていうかみんなが僕に向ける意識が仲間に向ける意識よりワンランク低い。

 アニメなどで例えるとみんなは主要人物の正義の味方、そして今まで戦ってきた相手はもちろん悪役。そして僕に向けられる意識はその戦いに巻き込まれるモブ。

 七災怪の皆さんとの稽古や手合せで仲間としての視線や意識を知ってしまった僕にはどうしてもそうとしか思えない。

 

「まっわかっていたけどね」

 

 だから今更失望とかはしない。

 ただ僕はそうだと言える証拠が出るのを待っている。

 今出ていくと言っても理由にはなるだろうけど、止めるならやっぱりあとくされなくしっかりとした証拠がほしい。そうしなければやめる事も受理されずさらに立場が悪くなるだろうし。

 

「やあ、君が日鳥誇銅で間違いか?」

 

 オカルト研究部の部室から出て帰ろうと旧校舎を出たあたりを歩いていると声をかけられた。

 

「はいそうですけど……」

 

 一般高校生と比べてもかなりの高身長でがたいもいい。顔も木場さんとはまた違ったタイプのイケメン。

 これならうちの女子生徒ならかなりモテるハズ。そうなれば自然と一誠も妬み僕にも情報が来るはず。

 だけど僕はこの人を知らない。なぜ?

 

「そう警戒しないでくれ。俺は国木田宗也。野球部のキャプテンをやらせてもらってる。

 ちなみに悪鬼という日本妖怪だ」

 

 日本妖怪!? なぜ駒王学園に日本妖怪が? 僕を知っているということは恐らく悪魔側の人物ではないだろう。

 だけどここにいるということは少なくとも悪魔関係ではある。だけど天照様の悪魔の話をする時の態度から悪魔に属している日本妖怪に僕の情報を流すとは考えられない。

 逆に悪魔に染まっているなら僕に正体を明かす理由もわからない。

 もしかして僕が何か歴史に干渉して現代が少し変わってしまったのだろうか?

 

「君の話は七災怪の一人から聞いている。一応ここではソーナ・シトリー眷属の元人間ってことになっている。悪魔にはなってないけどな」

 

 悪魔じゃない? でも国木田さんから漂う気配は日本妖怪ではなく悪魔そのもの。

 日本妖怪の中でとても濃い二年間を過ごした僕にはわかる。妖怪は妖力、僕たちがいう魔力と少し違うだからこれは間違いなく妖怪の気配ではなく悪魔の気配だと断言できる。

 役割は同じらしいんだけどね。まあ水の軟水と硬水みたいな違いかな?

 だから国木田さんの言動と気配の不一致に疑問を持った。

 

「でも国木田さんの気配は」

「まあ君にだったらいいか。一応言っておくが悪魔とかには秘密だぞ」

 

 そういうと国木田さんは国木田さんに似た小さな人形を見せてくれた。

 デフォルトされてポケットに入るくらいの小ささでちょこっと変えれば300円くらいで店に売ってそう。

 だけどそこから漂う気配は国木田さんそのもの。一体どうして?

 

「これには俺の一部、髪の毛と悪魔の駒が入っている。この呪い人形で自分の気配を悪魔と偽っているんだ」

「そうだったんですか。そんな便利なものが」

「中には普通に悪魔に寝返った妖怪もいるけどな。でも俺は悪魔になるなんてまっぴらだ」

「なら国木田さんはなぜここに?」

「詳しくは言えないがいうなれば監視ってとこかな。まあ厳密には違うけど」

 

 なんだか秘密事項っぽいからもうこれ以上聞かないよ。

 だけどなんだか安心するな、この学校に悪魔を知っていながら三大勢力の傘下に入ってない人外がいるってのは。

 確か天照様も悪魔に迷惑を受けてる妖怪がたくさんいるって言ってたっけ。そうなれば妖怪が悪魔に対して悪いイメージを持っているのは当然だよね。

 

「ところで僕に何の御用ですか?」

「いや、これと言って用事はない。昨日君がこの学校に来ると聞いて接触しておくように言われただけだ」

 

 日本勢力はここまで僕のサポートをしてくれるのか。次会った時この事もお礼を言わないとね。

 

「じゃあソーナさんも日本勢力と関わりが?」

「ああ、悪魔側には内緒だけどな。絶対に秘密だぞ?」

 

 絶対に言いませんから安心してください。

 でもまさかソーナさんも日本勢力と関わりがあったなんて。

 でも国木田さんが昔はいなかったって事は歴史が変わって日本勢力と関わったってことなのかな? その辺はもうちょっと探って考えてみないとわからなそうだね。

 

「君の事をソーナたちに紹介してもいいんだけど、まだ完全には認めきってないからまた今度にしておこう」

「ちなみにソーナさんとはいつくらいに日本勢力と関わりを?」

「う~ん俺も途中からで正確にはしらないが5年程前だっけか。俺がソーナ眷属に加わったのは3年前だけどな」

 

 そんなに前から。やっぱり歴史が変わったんだろうね。

 まあ元からだとしても前の僕じゃ絶対に気づけないだろけど。

 それにしてもソーナさんがまさか日本勢力とね。一体どういう理由で日本勢力との関係を持ったのだろう。日本は悪魔に迷惑を被ってるから種族的な付き合いは薄いかな。だとしたら個人的な何かだろうね。

 また機会があれば藻女さんにでも聞いてみようかな。

 

「別にソーナだけなら別に信用していいんだが、今は新人がいるからそっちが馴染んで信用できると確信できるまでソーナたちにも内緒だぞ」

「はい、わかりました」

 

 新人とは匙さんのことかな? 確か前に新たに眷属になったとソーナさんが紹介しに来てたしね。

 だけどもしかしたらそこも変わったのかな? まあその辺は今はどうでもいいや。

 本当に二年間の空白もそうだけど変わってしまったことばかりで頭の整理が追いつかないよ。

 

「ところで君も結構武術ができると聞いたんだが?」

「まあ、柔術を少々」

「そうか、俺の場合柔より剛だけど最近は純粋に武術を競える相手がいないんだ。特にこうして悪魔のとこにいるとな。だからたまに手合せ願いたい。いいかな?」

「はい、構いません。僕で良ければお相手します」

「それはよかった。これからよろしく頼むよ」

 

 僕は悪鬼の国木田さんと握手を交わす。

 力強いよい感触がした。きっと順当に長い時間をかけられて作られた力と体なんだろうな。

 思わず仕掛けてみたくなる気持ちをぐっと抑えて手を離す。

 

「ところで国木田さんは時代でいうとどのあたりの妖怪なんですか?」

「ん、俺の全盛期って事でいいのか? 平安時代後期~末期だ。だからだいたい1007年前だな」

 

 と、いうことは……僕がいなくなった後の時代に生まれた妖怪ってことか。じゃあ僕は全くわからないや。

 天照様は戦う必要がなくなって妖怪が弱くなったと言っていた。なら国木田さんの時代ならばモロ戦いの時代だから相当強いだろうね。

 勝手な憶測でしかないけど握手の感覚から弱くはないだろう。

 

「ところで話は変わるけど」

「オリャ!」

 

 話の途中で匙さんが国木田さんを後ろから襲い掛かった。殺気の有無からして殺す気ではないだろうけどなんで?

 だけど匙さんが触れると国木田さんは着ていた野球服だけを残して黒い煙となって消えてしまった。

 

「話してる途中に来るなんてせっかちさんだな」

 

 すると匙さんの後ろに黒の女性用の下着をつけた国木田さんが。

 え、女性用下着? だけどその目は全く羞恥を感じさせず立ち振る舞いも堂々としてる。まるで褌一丁の海の男みたいに。何言ってんだ僕は?

 そして匙さんが僕の存在に今気づいたようで僕と目線が合う。たぶん国木田さんで僕の姿が見えなかったんだろうね。僕背が低いし国木田さんは背が高いし。

 

「…………」

「さあ、レッスンの途中だぜ。俺のブラジャーを奪い取ってみせるんだろ? ただし、俺を変身させたからにはケツを捨てる気で来るんだな」

「え、ああ、あの、誇銅、これは違うからな! 違うんだ―――――――――――――――――!!」

 

 匙さんは何か叫びながら一目散にこの場を逃げ出した。いや、わけがわからないんですけど。

 そしてこの場には女性用の上下をフル装備した変態(国木田)さんと僕が残された。

 え、国木田さんってこっち(同性愛者)の人なの?

 

「まったく、出血大サービスなのに。じゃあ、俺は野球の練習に戻るから。悪魔や堕天使に気を付けて帰るんだぞ~」

 

 国木田さんはそういうと脱ぎ捨てた野球服を着なおしてしれっとグランドの方へ歩いて行った。

 ちょっと前まで変わってしまったことばかりで頭を悩ませていたのにすべてが一気にどうでもよくなってしまう衝撃。

 

「ん~国木田さんは土だと思ったんだけどあれは陰だね」

 

 家に帰ったら悪鬼についてちょっと調べてみるか。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 誇銅が去った後オカルト研究部内でアザゼルはまだ難しい顔をしていた。

 あたりはずっと静か。だけどいつまで理由もわからず沈黙し続けるのはつらい。

 

「アザゼル総督、一体さっきから何を悩んでいるんですか」

「……そんなはずは。いや、もしかしたら」

 

 木場が問いかけてもまだ難しい顔で悩んでいたがそれからしばらくして考えるのを止めリアスたちの方へ向く。

 

「もしかしたら誇銅は破滅の蠱毒(バグズ・ラック)の禁手に至ってるのかもしれねえ」

『『!!』』

 

 先程まで無音だった部室内にその言葉を聞いて部室内は驚きの声で満たされる。

 特に反応を示したのはリアス・グレモリー。その表情にはただの驚きの他に他のメンバーとは違う何かが含まれている。

 

「でも、誇銅はそんな事を一言も言ってないし、そもそも破滅の蠱毒(バグズ・ラック)は禁手しない事で最下位の神器のハズじゃ」

 

 一誠は昔聞いた誇銅の神器についての事を言った。

 確かに神器に一番詳しいアザゼル本人が言ったことである。それもその時アザゼルは所有者を徹底的にサポートしてまで検証して禁手にはならないと理由まで伝えて。

 

「だから俺も悩んでるんだ。なんせあれだけいろいろ手を尽くしても禁手の兆候すらみせなかった神器。だけどもしかしたら自分でも気づかず覚醒してそのおかげで誇銅は生きて帰ってこれたのかもしれないって考えてたんだ」

 

 今まで最下位の神器を持つ誇銅は一番弱いとリアス眷属内で暗黙で格付けられていた。

 身体能力では一誠やアーシアとさらに下はいるが、一誠は神滅具持ちに禁手に至っている。アーシアは貴重な回復要因。

 他の眷属も元々強い神器持ちに聖剣持ちに元猫ショウにハーフヴァンパイア。ただの元人間の転生悪魔、さらにガラクタ同然の神器しか持たない誇銅はあまりにも価値がなさすぎる。

 唯一一人前の根性と忠誠心は少しでも価値があって初めて評価される部分。そもそもリアス以外にも殆どの悪魔にとってそれらは始めからあって当然とされるもの。

 

「だけど禁手というのは元々の神器が強くなるのだろう。誇銅の微弱すぎる力が強化されたところでそこまで強くなるとは思えんのだが」

 

 ゼノヴィアが神器に対する大雑把な知識から大雑把な予想を言う。

 その考えに一誠はなるほどといった表情を見せるが。

 

「実はな破滅の蠱毒(バグズ・ラック)には解除方法がないんだ」

「解除法がない?」

破滅の蠱毒(バグズ・ラック)は触った箇所を黒い破壊が芯まで全体に広がる。そしてすべて覆い尽くしたところで対象を確実に破壊する。それまでの破壊活動はとても微々たるもの。だが例え所有者が死んでも能力は解除されない。対象が消滅するまで永遠と壊し続ける。それでも人間に使ったとしても毒が生命を破壊する前に寿命が先にきちまう。天使や悪魔を殺そうとするとしても同じく寿命の方が先に来るほどにな。だけど実際に大昔の所有者が触ったものは今でもゆっくりとだが破壊の黒が覆い尽くそうとしている」

 

 既に誇銅には希少性はないと断定していた。しかしその評価すら覆すかもしれない評価がアザゼルから降されようとしている。

 

「それじゃ誇銅の神器は」

「解除できないというのはとんでもない力が働いてる証拠だ。おそらく邪悪とも呼べる力が。

 その邪悪さは邪龍並み、もしくはそれ以上の呪いを与える力となるだろうな」

 

 アザゼルの言葉で誇銅への意識はほんの少しだけ高まった。

 しかしその程度高まったところで誇銅の仲間意識は遥か遠くへ行ってしまっている。

 だけどこの場の一人を除いてそんなことを知る由もない。

 

「仮に目覚めている、もしくは目覚めかけているのならこちらからサポートをする必要がありますね。そこまで強い邪気ならば誇銅くんの周りだけでなく、誇銅くん自身にも害を及ぼす恐れが」

「それじゃ早く助けてやらないと」

「まあ待て、別にすぐに暴走するわけじゃねえ。さっきはああして普通に神器を発動できてた。神器にも特に異常な変化も気配もなかったって事は安定している証拠だ」

 

 一誠が暴走しそうなところをアザゼルが丁寧に理由を説明しなだめる。

 それを聞いて一誠も一安心。とりあえず最悪な展開は起こらない。

 だけどそれは問題が解決したことには一切ならない。そういう事態はのちのとかなりの高確率で起こるかも知れない出来事。

 もしも誇銅が本当に禁手を扱えなければの話だが。

 

「現時点で可能性は四つ。禁手の鱗片に気付いていない。そもそも神器は関係ない別の何かの力。禁手に至っていても使いこなせていない」

 

 アザゼルは指を一本ずつおって可能性を提示していく。

 現在三つの可能性を聞いてリアスたちはうんうんとうなずくだけ。ただ一人を除いて。

 

「そして最後に、あえて隠してる可能性だ。ぶっちゃけこれが俺的に一番怪しい」

「あえて隠してるですって」

 

 もしもこの場に誇銅がいればその言葉に思わずドキっとしただろう。幸いこの場から既に逃げ出すことに成功していたためそんな不測の事態には陥らなかった。

 だけどこの場に一人だけその言葉に動揺を見せた悪魔が一人。

 

「そんなわけないじゃないですか。なんでわざわざ俺たちに隠すんですか」

「そんなの俺が知るわけねえだろ。ただ俺が神器を見せろと言った時あいつは一瞬だが躊躇した。だから何となく怪しいと思っただけだ」

「もしかしてギャスパーくんと同じように力のコントロールができないからとか?」

「誇銅の性格ならありえます」

 

 ギャスパーは内心ドキドキしている。なぜならこの場で、悪魔でただ一人誇銅が禁手に至った事を知る人物だから。

 誇銅はギャスパーだけは信用しその信用の証に日本勢力との関わりは未だ教えられない代わりに自身の神器の事を教えた。

 誇銅はリアスたちに自身の力を教えたくも使われたくもないから秘密にしてほしいと付け加え。ギャスパー自身もその願いに頭を縦に振った。

 

「まったく誇銅のやつ。昔っからそういうとこがありましたからね」

 

 自分で全部背負いこむなんて水臭い奴だと一誠は思う。それは全くの的外れな考えとも知らずに。

 禁手に至った誇銅はその能力をきちんと使いこなせている。

 だからあの土壇場でも禁手の発動前の状態を覚醒を気取られる事無く発動して見せた。

 それでも若干の思考のラグや推測と様子で微妙に見抜かれてしまったが。

 

「もしそうだとしたら祐斗、イッセー誇銅の手助けをしてあげて頂戴。特にイッセーは誇銅と同期だし禁手の先輩として指導を頼むわ」

「わかりました!」

「できれば俺も見てみたい。あの手を尽くしても何の兆候を見せなかった神器の覚醒するのを」

 

 誇銅にとってはありがた迷惑な話。それでも勝手に禁手が目覚めかけているという話でどんどん進んでいる。

 ギャスパーは何とかこの状況を止めたいと思うがやれることは何もない。もしも何か言えば自分がボロを出してしまう可能性が圧倒的に高い。

 あれだけの事をして今現在眷属に誘ったあの日のように誇銅に期待するリアス。誇銅の心が遠くに離れてる事も知らず。

 

「まあ実際どの程度覚醒が近づいてるはわからん。とりあえず今は様子を見て日々の特訓しかねえな」

 

 少なくともこの二年間誇銅は毎日の日々を武道に捧げてきた。

 それは悪魔になる前の木場やエクソシスト時代のゼノヴィアもそうだろう。だがその質量は圧倒的に違う。

 二人の特訓にも命の危険はあり決してぬるくはないだろうが、現代になるにつれて欠落していった技の数々。剣術は程ほどに強力な武器に頼る風潮。それらが稽古の質を下げ純度を低くする。

 

 一方誇銅は大した武器もなく力の差が激しい時代での特訓。

 磨くは自分の体、頼る武器は自分の四肢。強力な武器を持つ手練れを殺されずに殺す技の数々。それは現代では決して得られない質と純度。

 残念ながら今の日本では三大勢力などに寝返ったり裏切りとも取れる行為を行い技を受け継ぐ意思があるかどうか以前に受け継ぐ資格がないものも多数存在し廃れている。

 それは神々の加護も武道以外の術もまた然り。

 それを知らず昔のビッグネームを掲げて祀るものも護るものも受け継ぐものもなく日本の伝統を掲げ劣化させるものまでいる。

 まあそれは本物の日本勢力は何の影響も受けないため本物が廃れる事は一切ない。だが偽物が増えるためいつかは一掃したいと思っている。

 

 はっきり言って昔はともかく人外になって人間の限界を超えたにも関わらず人間程度の鍛え方しかしないのでは意味がない。

 ならばどうするか。

 人間ではできない鍛えたかをするか、人間でも身一つで戦える技を学ぶしかない。

 昔の日本では後者が圧倒的に栄えた。

 その中の達人の一人から二年間も手ほどきを受けたのが今の誇銅。

 

「誇銅だって部長の力になりたいって言ってましたから」

「それは頼もしいわね」

 

 それは既に昔の話。

 今の誇銅にはそんな感情は欠片があるかどうか。



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迷惑な夏休みの冥界旅行

 思った以上に眷属内で誇銅が動かせなくてものすごく手間取りました。
 お待たせしてしまって申し訳ありません。


 あの日、学校から帰ってきた夜にギャスパーくんから不安な電話をもらった。どうやら僕の禁手化が半分ばれたらしい。

 それで次の日からいつ修業を切り出されるか心配で仕方ない。

 

(何をやらされるんだろう。一誠の時のような筋トレかな? ギャスパーくんの時のようなよくわからないやつかな? それとも専用に何か組まれるのかな?)

 

 その次の日、僕は朱乃さんから明日部室で話したいことがあると言われた時はぞっとした。さらに放課後になって部室に行くとリアスさんしかいなくてワンツーマンで向かい合った時はものすごく変な汗をかいた。

 そしていざ話が始まると

 

「誇銅、あの時は本当にごめんなさい」

「……ん?」

「あなたが禍の団に殺されてしまったことよ。

 もしかしたら助けられたかもしれないのに助けられなかった。可愛い下僕を助ける事が出来なかった不甲斐ない王を許してほしいの」

 

 その後も丁寧な言葉であの時の事を悔いていると伝えてくれる。そして僕が生きていたことを本気で喜び、この人は本当は本気で僕のことを大切にしてくれていると思えた。と、昔の僕なら思っただろう。

 しかし部長の言葉にはやっぱり心が伝わってこない。ギャスパーくんが僕との再会を喜んでくれた時は確かに感じた心が伝わってこない。どうやら藻女さんに言われた甘すぎる部分はいくぶんマシになったようだ

 

 

 という具合に謝れるだけでこの日は特に修業の事は言われなかった。その後言われた事も

 

「誇銅、あなたが死んだと思ってから手続きのため学校では病欠として処理していたわ」

「はい、僕もそう聞きました」

「それであなたは既にあの戦いで死んでしまったと思って表ではまだだったけど裏の方では既に死亡扱いにしてしまったの。だから前のあなたのチラシは効力を失ってしまったわ」

 

 と言われてチラシの再発行の話だけ。例え一誠や木場さんの修業に付き合えと言われれば耐えられる自信は十二分にある。問題は長時間それに付き合ってボロがでないかなんだよね。ぶっちゃけボロ出さない自信がない。

 だけど予想に反してあれからリアスさんたちや一誠から特に特訓の誘いなどなくて安心している。でもギャスパーくんから聞いた情報をもとに考えてみるとこのまま放っておくことはまずないと思う。だとしたらこの何もないのが逆に不安に思えてくる。

 そんな事を考えて布団から出ようとすると携帯に着信が入る。

 

『おはよう誇銅、妾からのラブモーニングコールじゃ!』

「おはようございます藻女さん」

 

 この時代に戻って数日した頃にふと藻女さんたちの声が聞きたくなって電話をしてみた。いつも聞こえていたはずの声が聞こえなくなってすごくさびしくなってね。

 直接会いに行くには遠すぎるから電話くらいならと思って。

 それからこのモーニングコールが毎日行われるようになった。毎朝大切な人の声が聞けて僕はとってもうれしかったよ。

 

『昔に比べて通信手段が進化したおかげで遠く離れてもこうして声を聞けるのは良いのう。

 しかし、昔はこんな事をしなくても目を開ければ横におったのに。再び出会えたというのに声だけではやはり物足りん』

 

 甘えた声で不満を口にする藻女さん。僕も気兼ねなく日本勢力と関われて、悪魔の面倒事がない時代はとても住みよかったよ。だけどここが僕の生きる時代、仕方ないこと。

 まあこの時代でも会おうと思えば会えるけどね。

 

『じゃが、今はこれでよかったかもしれん。

 もしも朝起きて横におったら襲ってしまうかもしれん』

「もう一度襲われましたけどね。ハハハ」

『とは言っても誇銅を抱きたいと尻尾がうずうずするんじゃ!』

 

 藻女さんが、というより玉藻ちゃんももう何かヤバい事になってるのはもう一回襲われて確認済み。玉藻ちゃんも見た目は変わってないけど中身はしっかりと大人になったようで中身が藻女さんと殆ど同じになっていた。その暴走する程の愛は嬉しいんだけどね。

 

『ん~電話越しでなければ今すぐ抱きしめて人目も立場も気にせずに甘えまくりたい!』

 

 藻女さんは七災怪・風影でもあるにも関わらず悪魔で中級妖怪下位程度の力と実力しかない僕に甘えまくっていた。

 最初は屋敷内でも人目を気にしながらこっそりしていたのが一月(ひとつき)を過ぎたあたりから屋敷内では自重をしなくなった。さすがに町で人間にまぎれてる時は自重してくれたけど屋敷内の部下である妖怪たちにはばっちりと見られている。

 そのあまりの威厳の低下に見かねた家臣たちは藻女さんに意見したけど全くの無視。口をすっぱくしてきた家臣たちも限定的に威厳が低下するだけで外では威厳を保ち役目になんら支障をきたしてないのでもう好きにしなさい状態であきらめた。むしろそのおかげでどこか暗く厳しかった藻女さんが明るく優しくなったと喜ぶことにしたと。

 

『母上! なぜ起こしてくれんのじゃ! 妾も兄様の声を聞きたいのじゃ!』

『寝坊した玉藻が悪いんじゃ。誇銅の声を聞きたくばちゃんと早起きすることじゃな』

『ちょこっと起こしてくれれば起きるのじゃ!』

『もう子供じゃないんじゃ! そこまで甘やかしてやると思うな!』

『そんな事言って本当は兄様と話す時間を独占して長く話したいということなど妾にはお見通しじゃぞ!』

『母と子といえこれは競争じゃ! 起きられなかった玉藻が悪い!』

 

 電話越しに親子のにぎやかな喧嘩声が聞こえてくる。喧嘩声と言っても本気の喧嘩じゃなくて子供同士がじゃれうような可愛い喧嘩。喧嘩はしているがお互い本気じゃない。

 

『ふう、まあ良い。ほれ、玉藻にも譲ってやろう』

『やったのじゃー! もしもし兄様、おはようなのじゃ!』

「うん、おはよう」

 

 長いようで短い親子げんかも終わりやっと再び普通の会話に戻ってきてくれた。

 玉藻ちゃんの子供っぽくはしゃぐ声がまるであの幸せな日常に今もいるんじゃないかと思わせてくれる。

 

『こうして通信手段が進化したおかげで遠く離れてしまった兄様とこうして話せるのは嬉しいがやはり直接会えんことは物足りぬのう。

 電話越しでなければ今すぐ抱きしめたいと尻尾がうずうずするのじゃ』

 

 藻女さんと同じ事言ってる。やっぱり親子って似てるね。

 殆ど同じ事を言った玉藻ちゃんが少しおかしく感じた。

 

『プフッ!』

『ん? なんじゃ母上?』

『いや、別になんでもない』

 

 僕が笑うより前に藻女さんが笑うのを電話越しに聞こえた。そのせいか僕が笑っているのは聞こえなかったらしい。

 

「ところでこいしちゃんは?」

『またいつも通りどっか行ったままじゃ』

 

 こいしちゃんは昔から無意識の放浪癖がある。無意識を操れるようになっても自分の放浪癖はずっと治らなかったらしい。

 でもこいしちゃん自身昔から相当な強さを持っていたし能力も合わさって危険な目にあう事は少ないだろう。危険にあっても経験と技術で何とかなりそうだしね。

 

『まあこいしの強さなら心配いらんじゃろう』

「そうだね」

『藻女様、玉藻様そろそろ電話を終えていただけませんか?』

『む~まだよいではないか(らん)。そんなに長電話してるわけじゃあるまいし』

『ダメです。そうやって毎朝誇銅様に甘えらるのは古参の我々ならともかく新参者に示しがつきません。ダメとは言いませんが節度は守ってください』

『『む~~~~!』』

『それに、騒がないというお約束で許可したハズですよ。そうやって誇銅様に甘えて騒がれるのであれば毎日の電話は禁止しますよ』

 

 毎朝電話することを欄さんに怒られてる。

 今二人を戒めた蘭さんという人は僕がいた時代から重要な役割を任せられてる八尾の狐。藻女さんいわく最も頼りになる部下として一番信用されていた。

 藻女さんが優しくなった当時から時々叱られていたけどそのポジションはいまだに変わっていなかったようだ。

 

『毎朝の誇銅様へのお電話を禁止にされたくないのでしたらもっと慎ましくお願いします』

 

 と、いう事が昨日まであった。本当に気持ちのいい目覚めだったよ。

 ただ蘭さんの忠告があったにも関わらず自分を抑えらえなかったため禁止にされてしまったと。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ん~今日もいい天気だね」

「ジー」

 

 今日から夏休み。この時代に戻ってきて一か月もしないうちに夏休みという長期休みに入ってしまった事に若干引け目を感じる。

 言ってみれば僕は二年間学校休んでたもんだからね。まあこの間に授業の復習ができると思えば悪くないかな。

 

「ももたろうもうちょっと待っててね」

 

 朝と言ってもまだ日が昇りきってない時間帯。僕はその間に部屋の中でもできる簡単な稽古を始める。

 座り稽古や動きを確かめながらもゆっくりと相手を投げる動きをしたり汗をかく程の事はしない。締めの稽古を除いてね。

 

「フ~」

 

 水を入れたグラスを膝に置いた状態での90度空気イスをトーストが焼けるまでする。

 時間的にもほんの数分だけど水をギリギリまで入れた緊張感が精神を披露させる。さらに力が必要な状態でいかに力を抜いて呼吸を整えなければいけないのでプルプルと震える事も殆ど許されないから。

 まあ戦車の駒のおかげで筋力的にはまだまだ耐えられるラインだから大丈夫だけどね。

 

 チン!

 

 トーストが焼けた音がしたので朝の稽古はこれで終わり。ぶっちゃけ相手がいないと稽古が味気ない。今やってる一人稽古も筋トレ程度の効果しかないだろうね。

 相手がほしいと言っても一誠や木場さんとかじゃたぶんダメ。二つの意味で。

 そんな事を思いながらもももたろうの朝ご飯のフルーツを切ったり牛乳やヨーグルトを用意する。

 

「いただきます」

 

 ももたろうと一緒に朝食を食べる。

 二人だけの朝食はあの温かさで二年間過ごしたからか物足りない。前と違って家族と呼べる人がいるのに贅沢な悩みだね。

 

「今日も気持ちのいい朝だねももたろう」

「ジージー」

「ほんと何もなければね」

 

 実は夏休みに入る前日にリアスさんに今日の朝に一誠の家に集合と言われている。

 もちろん集合だから僕だけじゃなくてオカルト研究部全員がね。めちゃくちゃ嫌な予感がするよ。

 

 

 

 

「おはようございます誇銅先輩」

「おはようギャスパーくん」

 

 一誠の家に行く途中でギャスパーくんと偶然会った。途中と言ってももう数分で一誠の家についちゃうけどね。

 

「私服はやっぱり女性ものなんだね」

「変ですか?」

「ううん、可愛くていいと思うよ。それにちょっと変だったとしても好きな服を着ればいいよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 照れるギャスパーくん。恥じらう姿がさらに可愛く見える。

 そんな可愛いものを見た後でも一誠の家に行くのは嫌になる。一誠に会うのが嫌なんじゃなくてリアスさんにいや一誠とも用もないのに会うのは嫌だけどね。

 

「ところでそのダンボールは?」

「自分用です」

 

 ギャスパーくんが不自然に持っているダンボールが気になって聞いてみたら予想内の答えだったよ。相変わらずダンボールが落ち着くんだね。

 

「ねえギャスパーくん、今日なんで集まるのか知ってる?」

「時期的におそらく冥界に帰るんだと思います。去年も夏休みには全員で冥界に帰ったので」

 

 冥界に帰るのか。新人なのに全くそんな話し聞いてないよ。そもそも昨日だってただ明日の朝一誠の家に来てほしいと言われただけだし。

 冥界なんて行きたくない。僕にとってもうここが地獄みたいなものだし。それに全員って事は当然僕も行かないといけない。これもしかして不参加という事にしてもらえないかな。

 

 

 

 

 

「ダメよ」

 

 やっぱり駄目でした。

 不自然なほど大きくなった一誠の家に行って部長にダメもとで聞いてみたけどやっぱり駄目でした。というか一誠の家大きくし過ぎじゃない!? 周りの家とかどうしたの!? これは完全に悪魔の上流階級ってのを人間界で悪用してるよね?

 

「そんなに外せない用事でもあるのかしら?」

 

 家族もいない独り身の僕に大した用事がないとでも思われてるの? ものすごく心外なんだけど。まあ実際に何の用事もないけどね。

 

「この夏休み中に出雲大社、伊勢神宮、稲荷神社他にも神社巡りをしようと思ってたので」

「誇銅にそんな趣味があったのかよ! 俺初耳だぞ」

 

 そりゃあの時代を体験したから行こうと思ったわけだし。それにたぶん人間だとしても言わなかったと思う。

 

「ダメよ。そもそもそういう所には教会程ではないけど悪魔は近づいちゃいけないの」

 

 ダメと言われることは予想してたけどまさか教会と同レベルでダメとは思わなかったよ。

 でも天照様は悪魔を嫌っていて妖怪たちも悪魔に被害を受けていることを考えれば十分あり得る話だよね。もしもそんなことを考えず能天気に行ったらややこしい事になったかもしれない。

 

「え、俺もそれ初めて聞いたんですけど」

「聖なる力はないけど日本の神が嫌がるの。妖怪は割と友好的でも神はそうでもないのよね。

 場合によっては教会と同じように攻撃されるかもしれない。そんなところに行かせるわけにはいかないわ」

 

 いや、妖怪もそんなに悪魔に良い感情は持ってませんよ。と、言いたいけど言うわけにはいかない。悪い勘違いをされるのも嫌だけど、嫌いな相手に良い勘違いをされるのもなんだか気持ちの悪いものがあるね。初めて知ったよ。

 

「だから有名な神社とかに行く場合はあらかじめ許可をとる必要があるわ。でないと侵入者と思われて捕まるわ」

「……わかりました」

 

 これで僕の万策は尽きた。もうおとなしく冥界に行くしかない。ああ、冥界に行ったら本格的に逃げ場がなくなる。より一層ボロが出ないように気を付けないと。

 

「あーでも、俺も夏休みにやりたいことあったんですけどねぇ」

 

 僕の提案が即却下が決定したところで一誠がボソッと漏らした。

 そういえば去年の夏休みは一誠、松田、元浜の三人組に海とかプールとかに引っ張られたっけ。全部ナンパ目的で僕は見事に出汁に使われたけど。

 彼女体験したいからって僕を女装させてデートしてくれと言われた時は鳩尾を割と本気で殴ったのは今となっては思い出。

 

「あれ、イッセー。どこか行く予定でもあったの?」

「はい。海やプールに行こうかなーって」

「海は冥界にはないけれど、大きな湖ならあるわ。プールだって、この家や私の実家にもあるのよ? 温泉もあるし、それではだめなの?」

 

 リアスさんが湖やプールや温泉がある事を言うと、一誠の顔がみるみるとスケベな表情に変わっていく。きっといつもの如くいやらしい妄想に花を咲かせてるんだろうね。

 ……まさかとは思うけど未だに覗くとか考えてないよね? 既に一誠はモテないからむしゃくしゃしてやったなんて言い訳は使えない程幸せな立ち位置にいるからね? いや、元からそんな言い訳は使えないけども。あれ? じゃあ今まではなんで許されてたの?

 

「……いやらしい妄想禁止」

 

 搭城さんが指摘すると一誠は自分が妄想の世界に浸っていたことを自覚し現実世界に戻ってきた。

 もしも今度一誠たちが覗きとかしてたら本気で止めよう。もうここまで来たら本気で止めるべきだよね。

 

「イッセーくん、想像以上にスケベな顔だったよ」

「先輩は想像力が豊かで楽しそうです……ある意味うらやましいです……」

「一誠、次覗きを実行したら本気で止めるからね?」

 

 木場さんは爽やかに、ギャスパーくんはちょっとうらやましそうに、僕はちょっぴりの殺意を込めて言った。どうやらちょっぴりの殺意は伝わったようだ。一誠、この程度の殺意でちょっとでも驚いてるようじゃ本当の大妖怪レベルなら殺意だけで殺されるよ。

 

「お、お前らはこの夏女の子とデートしないのかよ?」

「僕は修業があるからね」

「僕はいいです。……ひ、ひきこもりなんで、インドア派だし、おうちでネットしながらかわいい服着れればいいんで……」

「僕も一誠みたいに相手がいないから」

「じゃあ、イッセー。冥界で私とデートしましょう。デートをするだけの時間があればいいのだけれど……」

「部長ォォォォォッ! 行きます! 全力でついていきます!」

「あらあら。でしたら、私はイッセーくんとお部屋で過ごしますわ。部長にもできないようなエッチなことでもしながら」

 

 一誠を取り合ってリアスさんと朱乃さんが火花を散らす。前までならここであたふたしてただろうけど今は心底どうでもいい。

 この話が早く終わらないかなと別の事を考えていてドアを開けるまで気づけなかった。

 

「俺も冥界に行くぜ」

『ッ!?』

 

 席の一角にアザゼル総督が座っている。そういえばなんて総督がいるのか聞くのすっかり忘れてた。堕天使のボスでちょっと前まで敵対していたはずなのになんか学校で教師をしてオカルト研究部の顧問をしている。

 

「ど、どこから、入ってきたの?」

「うん? 普通に玄関からだぜ?」

 

 リアスさんが目をパチクリさせながら聞くとアザゼル総督は平然と答える。

 

「……気配すら感じませんでした」

「そりゃ修業不足だな。俺は普通に来ただけだ。そんな俺の存在を聖魔剣ですら気づかなかったのになんでお前だけは気づけた?」

 

 最悪だ、見られた。なんでこの人はいちいち僕がボロを出してしまうのを見逃さないんだ!? 確かに僕はアザゼル総督がドアから入ってくるのを見てしまった。だってこの人ちょこっと気配けしてたもん。そんな人が入ってきたら見ちゃうよ普通。

 僕にできる事はこれ以上墓穴を掘らないようにただ目をそらして黙る事だけ。

 

「え!? マジかよ、誇銅お前気づいたのか!?」

「……」

「……教えてくれないか。まあいいや」

 

 この人くらいの大きな気配をあの程度の隠密術、この距離で探知するなんて別の事を考えていても簡単。昔の妖怪たちは最初の頃の一誠よりちょっと上くらいの妖力=気配しかないのにそこからさらに気配を消す踏力が高い。それを感知できなければ話にならなかった。

 極めた妖怪は0距離で真正面に立っても認識できず、遠く離れてるのに近くにいると錯覚させることもできる。

 

「そりゃそうと冥界に帰るんだろう? なら、俺も行くぜ。俺はお前らの先生だからな」

 

 わかった! おとなしく冥界に行く、行きますからこの人の同行だけはやめて!

 今更そう願っても遅すぎる。状況が僕をどんどん追いつめていく。

 僕の願いを無碍にしてアザゼル総督はメモ帳を取り出す。

 

「冥界でのスケジュールは……リアスの里帰りと、現当主に眷属悪魔の紹介。あと、例の新鋭若手悪魔たちの会合。それとあっちでのお前らの修業だ。俺は主に修業に付き合うわけだがな。お前らがグレモリー家に居る間は俺はサーゼクスたちと会合か。たく、面倒くさいもんだな」

 

 総督はめんどくさそうに嘆息する。じゃあいいですよ無理についてこなくて。いやもう本当に勘弁してください。同じ修業でも日本勢力と修業した方が絶対いいって。それにそもそも悪魔の鍛え方は絶対今の僕の鍛えたかに合わないよ。そもそもアザゼル総督の修業って絶対に僕の神器を開花させる修業をさせるつもりだよ。黙ってるだけでもう開花してるのに。

 

「ではアザゼル先生はあちらまで同行するのね? 行の予約はこちらでしておく形でいいかしら?」

「おお、よろしく頼む」

 

 こうしてアザゼル総督というとてつもなくめんどくさい天敵が同行することになって地獄行きが決定した。もうヤダ、高天原(第三の実家)帰って天照様に頭撫でてもらいたい。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 地獄行き執行の日(冥界に行く日)。僕たちがまず向かったのは最寄りの駅。因みに服装は全員駒王学園の夏の制服。冥界入りするならこれが一番の正装だと言われてね。

 ここからどうすればいいとか一切聞かされてない僕たちを置いてリアスさんと朱乃さんはさきさきと駅のエレベーターに向かう。

 そして部長と朱乃さんが先にエレベーターに入る。

 

「じゃあ、まずはイッセーとアーシアとゼノヴィア来てちょうだい。先に降りるわ」

「お、降りる?」

 

 リアスさんの言葉に怪訝そうな表情をする一誠。まあこの駅に地下なんてないはずだからね。

 だけどリアスさんが苦笑しながら手招きすると僕以外の新人悪魔組は顔を見合わせながらも乗る。ちょっと一誠こっち見ないで。

 

「慣れてる悠斗たちは後からアザゼルと一緒に来てちょうだいね」

「はい、部長」

 

 え、ちょっと待って、僕もそっちに乗りたい。あの人と一緒はできる限り避けたい!

 そんな事を思っても時既に遅し。そもそも未だに仲間外れにされてる節がある僕があの輪に入れてもらえずハズがない。5人ほどしか乗れない狭いエレベーターでも小さい僕なら……いや、もうやめよ。

 

 アザゼル総督も間もなくして合流し僕たちはエレベーターに乗る。すると木場さんが何かのカードを取り出し電子パネルに向けると、ピッという音と共にエレベーターが下に降りていく。

 

「誇銅君は初めてだよね。この駅の地下には秘密の階層があるんだ」

「悪魔専用のルートってことですか?」

「その通り。この町にはそんな悪魔専用の領域が結構隠れてるんだよ。ここはその一つ」

 

 これもおそらく無許可だよね? だってアマテラス様は住む事と商売する以上のことは許してないって結構怒ってたからね。

 降りていくこと約一分、ついに停止したエレベーターから出るとそこには大きな地下鉄。ちょっと前時代的で違いはあるけど人間界の駅にすごく酷似してる。

 

「全員そろったところで三番ホームまで歩くわよ」

 

 だけどとても広い。普通の駅の何倍もの大きさがある。天井も高くて飛んでも大丈夫そう。

 それなのに他に人気はない。いや、一応あるけどごく少数。照明の壁の明かりは魔力的な暗い光でまるで神社の灯篭。それも人が来ない寂れた神社で悪霊が住み着いてるような場所の。人が来るようなところの灯篭はもっと綺麗。

 

「よう、誇銅。神器の調子はどうだ?」

 

 歩いているとアザゼル総督がさりげなく僕の隣に来て精神を揺さぶる。精神が揺さぶられてるのは僕が勝手に揺さぶられてるだけだけどね。

 この人の前でもう二度も見破られかけたからすごく苦手意識がついてしまった。だけど向こうは僕の神器に興味深々だからやたら話を振ってくる。

 

「まあ特に何も」

「そうか」

 

 アザゼル総督はニヤニヤしながら話を終える。その笑顔はなに!? もうやだおうち帰りたい。

 それにリアスさんや一誠たちの前だと僕ができる事って極端に減るんだよね。それと稽古も普段以上にできないし。

 長い通路を抜けてついに列車に辿り着いた。列車のフォルムが独特で悪魔の文様がいっぱい刻み込まれてるけどこれは列車だと思う。

 

「グレモリー家所有の列車よ」

 

 ああ、ついにここまで来てしまったか。これに乗ってしまったらもう引き返せない。乗りたくない。そう思っても逃げられない。僕はおとなしく列車に足を踏み入れた。

 

 

 リィィィィイイイイイィィン!!

 

 汽車の汽笛が鳴り汽車が動き出す。

 僕たちは汽車の中央あたりに座っている。リアスさんは一番前の先頭車両で、眷属は中央から後ろの車両となっている。やっぱり眷属は下僕(げぼく)とかの認識だからそういうルールはあるんだね。意外でもなんでもないけど。

 因みに僕の対面席には木場さんと搭城さん、横にギャスパーくん。隣の席ではいつも通り一誠が女性陣の取り合いの対象になっている。

 

「ははは、やっぱりイッセーくんはモテモテだね」

「はい、そうですね……」

 

 もう既に仲間と思ってない僕にとっては赤の他人と対面させられてるような心境。かろうじて隣にギャスパーくんが座ってくれてるのがせめてもの救い。もしもギャスパーくんがいなかったら到着までトイレに引きこもっていたかも。

 もう一つせめてもの救いはアザゼル総督が後ろの席で寝ててくれてることかな。

 それよりも先頭車両にいるはずのリアスさんまでこっちの車両に来て一誠争奪戦が激化していく。

 

「姫、下僕とのコミュニケーションもよろしいですが、手続きはよろしいですかな?」

 

 その争奪戦を止めたのは白いひげを生やした車掌さん。車掌さんは丁寧なあいさつで自己紹介をし僕たちも立ち上がって一礼した。

 

「初めまして、姫の新たな眷属悪魔の皆さん。私はこのグレモリー専用列車の車掌をしているレイナルドと申します。以後、お見知りおきを」

「こ、こちらこそ、初めまして! 部長―――リアス・グレモリー様の兵士、兵藤一誠です! よろしくおねがいします!」

「アーシア・アルジェントです! 僧侶です! よろしくおねがいします!」

「騎士のゼノヴィアだ。今後もどうぞお願いします」

「戦車の日鳥誇銅です。よろしくお願いします」

 

 挨拶を済ませると、レイナルドさんは何やら特殊な機器を取り出して、モニターらしきもので僕たちを捉えている。

 

「これはあなた方を確認、照合する悪魔世界の機械です。この列車は正式に冥界へ入国する重要かつ厳重を要する移動手段なので」

「姫、これで照合と同時にニューフェイスの皆さんの入国手続きも済みました。あとは到着予定の駅までごゆるりとお休みできますぞ。寝台車両やお食事を取れるところもありますので、目的地までご利用ください」

 

 車掌さんは寝ているアザゼル総督の照合も済ませると再び一礼して出て行った。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 発車から四十分ほど過ぎた頃、トランプやゲームで時間を潰していた僕たちにレイナルドさんのアナウンスが聞こえてきた。

 

『もうすぐ次元の壁を突破します。もうすぐ次元の壁を突破します』

「外を見ていてご覧なさい」

 

 アナウンスを受けたリアスさんは一誠とアーシアさん、ゼノヴィアさんと僕に向けて言ってた。本来、上級悪魔であるリアスさんは前方の車両にいなければいけないのだけど、私たちに何やら伝えたい事があるらしくてこっちに残っていた。

 確かに長めのいい景色だけどこの紫色の空はなんだか嫌だ。高天原の綺麗なピンク色の空を見慣れたせいもあるかもね

 

「もう窓を開けていいわよ」

 

 リアスさんの許しが出ると、一誠はすぐに窓を開けた!

 冥界の風が車両に入ってくる。風はぬるりとした感触が頬を伝う。とても独特で人によってはむしろ気持ちいいと感じるかもしれないけど僕は駄目だ。

 僕は開いてる窓から離れて景色を眺める。山があって川もある、木々も生い茂り森が存在していた。この景色は悪くないなと思う。

 

「ちなみに、ここは既にグレモリー領よ」

 

 部長が自慢げにそういうと僕を含めた新人悪魔組は驚きの表情を隠せないでいた。

 

「じゃあ、今は知ってるこの路線も含めて全部部長のお家の土地ですか!?」

 

 驚く一誠の問いに部長はうなずく。驚きが冷めぬ間に一誠が続けてもう一つ質問する。

 

「グレモリーの領土ってどのくらいあるんですか?」

「確か、日本でいうところの本州丸々ぐらいだったかな」

 

 これには僕もびっくり。高天原も相当広いと聞いたことはあるけど具体的な例えを出されたのは初めて。それだけにこの冥界の方がすごく感じてしまう。

 

「私が残っていたのはこの事を知ってもらうため……イッセー、アーシア、ゼノヴィア、誇銅。後であなたたちに領土の一部を与えるから、希望を言ってちょうだい」

「り、領土を貰えるんですか……?」

「そうよ。あなたたちは次期当主の眷属悪魔ですもの。グレモリー眷属として領土に住むことが許されるわ。朱乃、祐斗、小猫、ギャスパーだって自分の敷地を領土内に持っているのよ」

 

 リアスさんは魔力で宙に地図を出現させると僕たちに広げて見せてくれた。全く知らない地形だけど、どうやらグレモリー領の地図らしいね。

 

「赤いところは既に手が入っている土地だからダメだけど、それ以外のところはOKよ。さあ、好きな土地を指でさしてちょうだい。あなたたちにあげるわ」

 

 リアスさんはニッコリと微笑んで言う。

 だけど僕は土地なんていらない。既に心はグレモリー眷属じゃないし。それに土地なんてもらっても有効活用する前に居なくなると思う。それに僕がほしいものはこんなものじゃない。

 もしもリアスさんがそれを与えてくれるならもしかしたら僕は再びリアスさんに忠誠を誓うかもしれない。まあリアスさんが与えてくれるとは到底思えないけどね。




 禁手はどのタイミングで出すべきか。未だに悩んでいます。



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無関係な冥界の家族事情

 まだリアスさんから領地を貰っていない新人悪魔組が地図から領地を選んでいく。一誠が山など自然が豊富そうな所を選んだのに対して僕はいらないと答えたがそれは通らなかったよ。だから仕方なく端っこの小さい領地を選んだ。たぶん一生足を踏み入れる事はないと思うよ。

 

『まもなくグレモリー本邸前。まもなくグレモリー本邸前。皆様、ご乗車ありがとうございました』

 

 アナウンスが流れみんな窓を締めて降りる準備をする。

 この数十分、冥界の風と僅かな電車の揺れで気分が悪くなってきたから助かったよ。遠くを見るという誤魔化し方もあまり好きになれそうにない空の色で全く気分がよくならなかった。

 静かに停車した列車からリアスさん先導のもと、僕たちは開いたドアから降車していく。けど、アザゼル総督は降りる素振りを見せない。

 

「あれ、先生は降りないんですか?」

「ああ、俺はこのままグレモリー領を抜けて、魔王領のほうへ行く予定だ。ちと会談があってな。いわゆる『お呼ばれ』だ。終わったらグレモリーの本邸に向かうから、先に行って挨拶を済ませて来い」

 

 アザゼル総督は手を振ってそう説明する。そのまま帰ってこなくていいですよ。そして僕は家に帰してほしいです。

 

「じゃあ、先生は後で」

「お兄様によろしくね、アザゼル」

 

 一誠とリアスさんの言葉に口元に笑みを浮かべながら手を振って応える。なんか僕の方にも笑みを向けたけど見なかったことにして目線を外した。

 僕たちは改めて駅のホームに向かい、列車から降りた。その瞬間―――――。

 

『リアスお嬢様、お帰りなさいませっ!』

 

 怒号のような声が聞こえた! 僕たちがその声に驚く間もなく、次々と花火が上がり、兵隊たちは銃を空に向けて放ち、音楽隊らしき人たちが一斉に音を奏で始めた!そして、空には謎の生物に跨って兵士たちが飛び、旗を振っていた。

 かなりの人数の気配はあらかじめ感じてたけどこうなる事は僕も予想外。一誠とアーシアは驚いて身を寄せて、ゼノヴィアさんは目をパチクリさせている。僕もビクッとしたけどちょっとした理由で動揺はしてない。

 

「ヒィィィィ……。人がいっぱいですぅ……」

 

 ギャスパーくんはあまりの人の多さに驚いて、僕の後ろに隠れていたから。人見知りのギャスパーくんにはこの人数は辛いと思うよ。だからギャスパーくんが安心して僕の後ろに隠れられるように僕は動揺しないようにね。先輩としての見栄さ。

 兵隊にばかり目が向いていたけど、周りをよく見れば執事やメイドも多い。リアスさんがそちらに近付くと一斉に頭を下げた。

 

『リアスお嬢様、お帰りなさいませ』

「ありがとう、皆。ただいま帰ってきたわ」

 

 リアスさんは満面の笑みを浮かべて返していた。それを見て、執事やメイドたちも笑みを浮かべている。そこへ、昔見た記憶がある顔の女性が一歩出てきた。

 え~と確か名前は……ダメだ、二年も前の事だからちょっと会っただけの人は覚えてないや。

 

「お嬢様、お帰りなさいませ。道中ご無事で何よりです。さあ、眷属の皆様も馬車へお乗りください。本邸までこれで移動しますので」

 

 銀髪メイドさんに誘導されて、僕たちは豪華絢爛という言葉が似合いそうな馬車のもとへ。馬も普通の馬ではなく大きくて眼光も鋭い。手入れもしっかりされてるみたいだしいい馬だね。

 

「私は下僕たちと行くわイッセーやアーシアは初めてで不安そうだから」

「かしこまりました。何台かご用意しましたので、ご自由にお乗りください」

 

 銀髪のメイドさんは部長の意見を快諾してくれた。

 一誠、アーシアさん、朱乃さん、リアスさん、ゼノヴィアさん、銀髪のメイドさんは一番前の馬車に乗って、残りの僕たちは次に馬車に乗った。

 僕たちが乗り込むと、馬車はゆっくりと蹄の音を鳴らしながら進みだす。

 でも馬車なんて初めて乗ったからちょっと緊張するよ。こういう乗り物って牛車と朧車しか経験ないから。

 そう思いながら冥界の空気にも少し慣れてきた僕は風景をちょっと楽しんでいた。舗装された道とキレイに剪定された木々。真っ直ぐと道が伸びて、先には大きなお城が見える。

 

「あの、もしかしてあのお城に向かってます?」

 

 僕は道と進行方向が大きなお城に向かってる気がしたから木場さんに聞いてみた。

 

「あれは部長のお家のひとつで本邸。すごいよね、僕も初めて見た時は驚いたよ」

 

 木場さんは苦笑いで答えてくれた。

 あの大きなお城が家、それも家のひとつって事はまだいくつかあるってことだよね。リアスさんがどれだけお嬢様。いや、お姫様なのかが良くわかった。あんなお城小さい頃の絵本でしか見たことないよ。

 

 美しい花々が咲き誇り、見事な造形の噴水から水が噴き上がっている王族の庭らしいところを馬車が進んでいくと、馬車が速度を徐々に落として止まった。

 

「着いたようだね」

 

 馬車を降りると一誠たちが既に馬車から降りて待っていたよ。

 馬車から降りると、両脇に執事とメイドが整列していて道を作っていた。赤いカーペットが巨大な城の方に伸びていて、大きな城門がかなり古びた音を立てて開かれていく。

 

「お嬢様、眷属の皆様。どうぞ、お進みください」

 

 銀髪のメイドさんが会釈をして僕たちを促してくれる。

 

「さあ、行くわよ」

 

 リアスさんがカーペットの上を歩き出そうとした時、メイドの列から小さな人影が飛び出してリアスの方へ駆け込んできた。

 

「リアス姉様!お帰りなさい!」

 

 飛び込んできたのはリアスさんと同じ髪色の小さな少年。少年はリアスさんに抱き着いた。

 

「ミリキャス!ただいま、大きくなったわね」

 

 リアスさんもその少年を愛おしそうに抱きしめる。

 なんだか知らないけどこういうシーン大好きなんだよね。微笑ましくて。

 

「あ、あの、部長。その子は?」

 

 一誠が訊くと、部長はその少年を改めて紹介してくれた。

 

「この子はミリキャス・グレモリー。お兄様―――――サーゼクス・ルシファー様の子供なの。だから、私の甥ということになるわね」

 

 魔王のお子さん。つまり冥界の王子様(プリンス)ってことだね。

 今の情報にさっきの微笑ましいシーンを合わせるとリアスさんが身内を大切にしてるってのがよくわかる。だけどリアスさんの眷属に戻る気はないよ。だって僕は見捨てられて身内扱いじゃないからね。

 

「ほら、ミリキャス。挨拶をして。この子は私の新しい眷属なのよ」

「はい!初めまして、ミリキャス・グレモリーです」

「こ、これはご丁寧な挨拶をいただきまして! お、俺……いや、僕は兵藤一誠です!」

 

 ガチガチに緊張してテンパりながら自己紹介をする一誠。その様子に部長も笑っている。

 

「魔王の名は継承した本人しか名乗れないから、この子はお兄様の子でもグレモリー家の子なの。ちなみに、私の次の当主候補でもあるのよ」

 

 つまりこの子はグレモリー家の子供で、次期魔王候補ではなくリアスさんと同じ次期当主候補というわけなんだね。

 お兄さんが魔王という遠い存在になったからミリキャスくんがリアスさんにとって一番近い身内、弟のような存在なんだろうと思う。

 

「さあ、屋敷へ入りましょう」

 

 リアスさんはミリキャスくんと手を繋いで門の方へ進みだした。僕も置いて行かれない程度に一番最後尾からついていく。ギャスパーくんは僕の背中にぴったりとくっついて離れようとしない。だから安心させる常套手段の手を繋ぐというのも左手同士を繋ぐという奇妙な縦の手のつなぎ方をしている。

 巨大な門を潜り、中を進んでいく。僕たちが進んでいくと次々に門が開門されていく。それを何度も繰り返しているうちに玄関ホールらしきところへ着いた。

 前方には二階に通じる階段、天井には巨大なシャンデリア、さらに広すぎるホール。学校の運動場くらいの広さはあると思う。

 

「お嬢様。眷属の皆様をお部屋へお通ししてもよろしいでしょうか?」

 

 銀髪のメイドさんが手をあげると、メイドが何人か集合した。うわっ、行動が早い!

 

「そうね。私もお父様とお母様に帰国の挨拶をしないといけないし……」

「旦那様は現在外出中です。夕刻までにはお帰りになる予定ですので、夕餉の席で皆様と会食をしながら、顔合わせをしたいとおっしゃられておりました」

「そう、分かったわ。それでは一度、皆はそれぞれの部屋で休んでもらおうかしら。グレイフィア、荷物は既に運んでいるわね?」

「はい。今すぐにでもお部屋を使えます」

 

 あ、ゆっくりと休める方向になりそうかな? 何だか並みの修業や稽古以上に疲れたよ、主に精神が。一誠の隣にいるアーシアさんも今にも倒れそうで、フラフラしてる。

 やっと休める。と、言っても冥界に居る間は本当の意味では休めない。しばらくは周りに気を付けないとね。禁手の事とか日本勢力との繋がりとか。

 

「あら、リアス。帰ってきたのね」

 

 その時、上から女性の声が聞こえてきた。

 前方の階段から下りてきたのは亜麻色の髪を流して、ドレスを身にまとっている美少女。見た目の年齢は僕たちとあまり変わらなそうだけど、人外基準で考えると見た目通りの年齢とは限らない。勘だけどかなり年上だと思う。

 

「お母様。ただいま帰りましたわ」

 

 やっぱり年上だったか。僕の勘もそんなに悪くないね。

 今リアスさんはお母様と言ったけど、言われてみればかなり似てる。髪の色以外はほぼそっくりだ。

 

「………………お、お母様ぁぁぁぁぁあああっ!? え、あのっ……あの部長とそう歳が変わらない女の子じゃないですか!」

 

 一誠はうるさいくらい大声で驚く。

 まあ驚くのはわかるよ。見た目的には姉妹くらいっぽいもんね。でもうるさい。

 

「あら、女の子だなんてうれしい事をおっしゃいますわね」

 

 リアスさんのお母さんは女の子と言われたのがうれしかったのか頬に手をやり微笑む。

 

「あのね、悪魔は歳を経れば魔力で見た目を自由にできるのよ。お母様はいつも今の私ぐらいの年恰好な姿で過ごされているの」

 

 悪魔だけでなく見た目が年齢と比例しないなんて人外ではザラにいる。僕は日本妖怪しか知らないけどね。

 千単位を生きる悪魔が人間みたいに比例した老い方をすれば千年も生きられない。少なくとも途中で見た目が変わらなくなるか、見た目を若くする事は出来るようにならないと。

 僕が知ってるのは前者は天照様や素戔嗚様などの日本神、後者は藻女さんや蘭さんなどの妖怪だね。

 

「……私のお母様に熱い視線を送っても何も出ないわよ?」

「あら、リアス。その方が兵藤一誠くんね?」

「お、俺―――――僕の事をご存じなんですか?」

「ええ、娘の婚約パーティに顔ぐらいのぞかせますわ、母親ですもの」

 

 そういえば一誠はリアスさんの結婚会場に乗り込んで、ライザー・フェニックスを倒して花嫁泥棒をしたんだったよね。僕はその時入院してて聞いただけだけど。しかも入院中眷属の中で誰もお見舞いに来てくれなかった。

 今更ながらあれは酷い。僕も頑張って一誠の盾になったのに、一回くらいお見舞いに来てほしかった。

 一誠はなぜ自分を知ってるかの理由を聞くと少しビビってる様子。だけどリアスさんのお母さんはクスッと小さく笑うだけ。

 

「初めまして、私はリアスの母、ヴェネラナ・グレモリーですわ。よろしくね、兵藤一誠くん」

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 玄関ホールの一件から早くも数時間が経ち、僕たちはダイニングルームにいた。テーブルには絶対に普通では食べきれないであろう豪華で量のある食事が高価そうなお皿の上に盛り付けられている。どれもすごいおいしそうなんだけど、どこから手を付けたらいいか迷っちゃうよ。

 席には僕たち眷属とリアスさんのご家族も一緒。自分がすごく場違いな気がする。いや、悪魔をやめようと思ってる僕は本当に場違いだろう。

 

 夕食の時間だが元々くらい冥界ではその実感があまりない。昼間も夜みたいにくらい冥界にも太陽も月もないけど夜はあるんだって。

 夜の闇も月も空に浮かんでいる。でもこれは魔力で疑似的に作り出してるらしい。だけどこれは人間の感覚では助かるよ。これなら昼と夜の一日の区別がつきやすい。なんでこんなことするかの理由はしないけど、もしかしたら転生悪魔が多いからその配慮なのかもね。

 

「遠慮なく楽しんでくれたまえ」

 

 こうしてリアスさんのお父さんの一声で会食は始まった。

 大きな長方形のテーブル。天井には豪華なシャンデリア。座っている椅子は高価な装飾が施されている。環境の急な変化で気後れしちゃうよ。

 そういえばこんなシャンデリアが僕の部屋にもあったよ。他にもお風呂、トイレ、冷蔵庫にテレビ、キッチン。寝室とリビングまであってびっくりしたよ。ただ、一人部屋ということと相当な広さを確保できたから一人稽古するには困らなそう。まあ、うっかり見られたりしたらまずいから程ほどにだけど。

 

 話を料理に戻すと、箸がほしい。箸なら藻女さんの面子を潰さないようにあの時代で練習したから結構できる。けどここではナイフとフォーク。ナイフとフォークの使い方はよくわからないけど見よう見まねで使ってみよう。ここで変な印象をもたれないように上品を心掛けて。

 他のみんなの使い方を参考にしてみる。木場さんや朱乃さんはかなり使い方がうまい。ギャスパーくんは使い方はうまいけど縮こまって涙目で食べてる。大人数の所を引っ張りまわされて辛かったんだね。

 あれ? 普段あんなによく食べる小猫ちゃんが全然食べようとしてない。なぜだろう?

 

「うむ。リアスの眷属諸君、ここを我が家だと思ってくれるといい。冥界に来たばかりで勝手が分からないだろう。欲しい物があったら、遠慮なくメイドに行ってくれたまえ。すぐに用意しよう」

 

 じゃあ帰りの切符をくださいと言える強い人間になりたい。そんなこと精神的にも立場的にもとても言えることじゃないけど。

 

「ところで、兵藤一誠君」

「は、はい!」

「ご両親はお変わりないかな?」

 

 そこからリアスさんのお父さんは一誠に興味津々で話しかける。一誠はそれを緊張でテンパりながら答える。お土産の話になってなんと『お城』を用意されそうになった。まあ結局なしになったけど。

 お城なんて日本の領土に建てたら、きっとその日には地震が起こる。その城が確実に潰れるくらいの巨大なのが。だから止めてくれてよかったよ。

 

「兵藤一誠君」

「は、はい!」

「今日から私のことをお義父さんと呼んでくれてもかまわない」

「お、お父さんですか……? そ、そんな、恐れ多いですよ!」

 

 急にお義父さんと呼んでくれてもいいと言われた一誠は遠慮の意志を示す。

 

「あなた、性急すぎますわ。まずは順序というものがあるでしょう?」

 

 リアスさんのお母さんが旦那さんを窘める。

 

「う、うむ……。しかしだな、紅と赤なのだ。めでたいではないか」

「あなた、浮かれるのは早い、ということですわ」

「そうだな。どうも私は急ぎすぎるきらいがあるようだ」

 

 リアスさんのお父様は奥さんに窘められて、深く息を吐く。やっぱり悪魔の貴族でも母親は強いんだね。母親になると女性は強くなるのは万国共通ってことかな?

 

「兵藤一誠さん。一誠さんと呼んでも良いかしら?」

「は、はい! 勿論です!」

 

 何気なくリアスさんをちらりと見てみると若干イライラしてるように見える。

 

「暫くはこちらに滞在するのでしょう?」

「はい。部長……リアス様がこちらにいる間はいます……けど、それが何か?」

「そう。それならちょうどいいわ。あなたには紳士的なふるまいも身に付けてもらわないといけませんから。少しこちらでマナーのお勉強をしてもらいます」

 

 リアスさんのお母さんに急にマナーの勉強を言われてきょとんとなる一誠。

 その時、ついにイライラが達したのかリアスさんがテーブルと叩いてその場で立ち上がった。

 

「お父様! お母様! 先ほどから黙って聞いていれば、私を置いて話を進めるなんて、どういうことなのでしょうか!?」

 

その一言にリアスさんのお母さんは目を細めた。そこには先ほど快く僕たちを迎えてくれていた笑顔はない。子をしつける厳しい母親の目だ。

 

「お黙りなさい、リアス。あなたは一度ライザーとの婚約を解消しているのよ? それを私たちが許しただけでも破格の待遇だとお思いなさい。お父様とサーゼクスが、どれだけ他の上級悪魔の方々へ根回ししたと思っているの? 一部の貴族には『わがまま娘が伝説のドラゴンを使って婚約を解消した』と言われているのですよ? いくら魔王の妹とはいえ、限度があります」

 

 ―――わがまま娘が伝説のドラゴンを使った。

 僕は事の詳しい事情はまったく知らないけど、確かにお互いが了承した勝負の約束を勝負後に破棄されれば我儘と言われても仕方ない。でもその我儘を通せる事がリアスさんの地位の強さも現してるね。そして、我儘を通す力が一誠にあった事も。

 何も言い返す事が出来ないからか一誠は俯いて黙っている。

 

「私はお兄様とは――――」

「サーゼクスが関係ないとでも? 表向きはそういうことになっています。けれど、誰だってあなたを魔王の妹として見るわ。三大勢力が協力体制になった今、あなたの立場は他の勢力の下々まで知られるようになったでしょう。以前のように、勝手な振る舞いはできないのです。そして何よりも、今後のあなたを誰もが注目するでしょう。リアス、あなたはそういう立場に立っているのですよ? 甘えた考えは大概にしなさい。いいですね?」

 

 怒りの形相をしていたリアスさんも、お母さんのお説教に悔しそうにしながらも言い返せない様子。リアスさんは納得しない様子で勢いよく腰を下した。

 リアスさんのお母さんは息を一度吐いた後、笑みを僕たちへ向ける。

 

「リアスの眷属さんたちにお見苦しいところを見せてしまいましたわね。話は戻しますが、ここへ滞在中、一誠さんには特別な訓練をしてもらいます。少しでも上流階級、貴族の世界に触れてもらわないといけませんから」

 

 一誠は僕たちの方へ顔を向ける。たぶん、なんで自分だけが貴族のなんたるかを習わないといけないのかとか考えてるんだと思う。心なしか僕を見ていた時間が若干長かった気がする。

 納得できない様子の一誠は自分を指差して。

 

「あ、あの、どうして俺なのでしょうか?」

「あなたは――――次期当主たる娘の最後のわがままですもの。親としては最後まで責任を持ちますわ」

 

 一誠がリアスさんの方へ視線を向けるとリアスさんは真っ赤になってる顔を背ける。が、一誠はどういうことかまだわかってないみたいだ。

 一誠……もしかして本当に自分の立場が全くわかってない? 



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醜悪な悪魔の社会

 皆さん、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいいたします。

 小説情報の状態欄が短編になっていたのを修正しました。


 暗く陰惨な雰囲気がする廊下に不気味な色をした炎の明るさ。まるで冥界、リアスさんたちのような人間っぽい悪魔ではなくもっと怖いフィクションに出てくるような悪魔が出そうだ。

 そんな陰惨で不気味な場所に似つかわしくない程聖なる雰囲気が漂う絵が炎の照明と照明の間に左右ずっと奥までかけられている。

 不気味な廊下と神聖な絵、その両方が合わさってプラスマイナスゼロにはならない。が、不思議と怖いと言う感情はこみあがってこない。

 不気味なほど静かな廊下。自分の吐く息や心臓の音まで鮮明に聞こえてしまいそうなくらいに。

 何も聞こえず何を主張してるかわからない視界だけど不思議とすすめと背中を押されているかのような錯覚だけはいつも起こる。だけど後ろを振り向いても何もない。なのにその間も前へ進めと押されてる不思議な感覚はつづく。

 

「やっぱり進むしかないか」

 

 ここにずっといるわけにもいかないからその不思議な感覚のまま前へと歩いていく。

 進んでいくことに廊下は普通になっていき炎も不気味な紫色から赤っぽく変わっていく。それと比例して神聖な雰囲気を漂わせていた絵は神聖さを失い普通にきれいな絵になっていく。進むごとにそれは徐々に徐々に激しく変わっていく。

 変わるのは不気味さや神聖さだけではない。結構な距離を歩くと風の音がどこからか聞こえてくる。水が滴り落ちるような音が聞こえてくる。普通なら不気味に思うが廊下の不気味さと絵の神聖さがほぼなくなって普通に明るい廊下になると何の怖さもない。

 何の違和感もなくなったただ長い廊下をまだまだ歩いていく。これだけ歩いてるのに不思議と疲れは一切感じない。

 

「やっぱり、ここに来ちゃったか」

 

 ついに廊下の終わり、扉の前まで辿りついた。

 ここまで来ると室内だと言うのにここちよい風がどこからか吹き照明のろうそくを揺らしまるで野外にいるかのような感覚。不自然に水の滴り落ちる音さえなければもっといいのに。

 そう思いながらも僕は扉を開ける。

 

『グニュグニュグニュ』

『ニュギュニュギュニュギュ』

 

 扉の先には神聖な白い光を放つ何かと邪悪な黒い光を放つ何かが混ざり合った、グニョグニョと動く球体が空中でとても太い鎖で雁字搦めに縛られている。その球体からは混沌色の水がしたたり落ち、球体が動くたびに風が生じる。

 あれがなんなのか僕にはさっぱり見当もつかない。唯一わかる事はあの球体が僕を呼んでいる事だけ。

 

『グニュグニュグニュ!』

『ニュギュニュギュニュギュ!』

 

 僕が一歩近づくたびに球体は激しく動き出す。まるで喜んでいるように、歓迎してるかのように。

 だけど僕はそれに触れようと思ったことはない。触れてもいないのに、僕の手からは不気味な球体と同じ液体が滴り落ちていた。

 

 

 

 

 

 そんな不気味な世界から現実世界に目を覚ました。

 僕の手はいつも通り何の異常もないし、視界も正常。異常な事と言えばこの豪華すぎる客室くらいだ。普通の人間の日常ではありえない。

 

「またあの夢か」

 

 二年前から時々見る不気味な夢。月に一度見るか見ないか程の確率だけど、夢を見るといつも同じ所に立っている。

 

「やっぱり原因と言えばこれかな」

 

 僕は自分の両手を見る。

 この夢を見るようになった頃に何かあったかと言えばこれしかない。最初は無意識的とはいえ僕が初めて禁手を使ったあの日。

 僕が禁手を意識したのは夢を見だす後の事だったけどね。

 

「原因は何となくわかったけど、理由はまったくわからない」

 

 夢を見る理由は何となく察しがついた。だけどあの夢とどう関係するかわからない。

 この夢について藻女さんに相談したところ、いろいろ頑張って考えてくれたけど成果なし。そのほかにも八岐大蛇さんやこころさん、さらには日本神様たちにも相談してみたけどどれもめぼしい成果は上げられなかった。

 結果、夢を見る以外に何の変化もなく何か不都合な異常があるわけでもないから放置することに。コントロールもしっかりできてるしね。

 

「ねえ、あの夢に理由があるなら教えて?」

 

 僕はおもむろに右手に語りかけてみる。

 一誠の籠手に封印されてるドラゴンが夢で一誠に語りかけてきたって話を本人から昔聞いた事がある。だから僕も神器に封印されてる何かが語りかけてるのかと思って同じ事をしてみた。だけど返事はない。

 まあ当然かな。一誠の場合は通常状態から語りかけられてたんだし、封印されてるのも伝説のドラゴンだしね。

 

「……何も教えちゃくれないか」

 

 とりあえず今はアザゼル総督、および悪魔関係者にばれなければいいや。

 僕は頭を切り替えて入口や窓から見えないように朝の稽古を始めた。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 冥界のリアスさんの豪邸に到着した翌日。

 一誠は朝から教育係の悪魔さんから様々な授業を受けて、それ以外の僕たちはグレモリー城観光ツアーに行っていた。

 一誠はなぜ自分が授業を受けることになったのかは疑問に思ってる様子だったけど、僕も僕で城観光ツアーに連れて行かれるかが疑問だったよ。二年間のブランクで赤点が危ぶまれるから勉強のために残りたいと言ったけどまた却下された。まさか二年もブランクがあったなんて言えないし無理にも断れなかったよ。

 しかもその後はすぐに若手悪魔が魔王領に集まる恒例のしきたりに僕たちも参加させられるらしい。ちょっとどころの疲れじゃないよこれ。

 

「ここは魔王領の都市ルシファード。旧魔王ルシファー様がおられたと言われている冥界の旧都市なんだ」

 

 グレモリー城観光から帰ってすぐに列車で魔王の領土に移動した僕たち。

 列車の中で約三時間の仮眠のち到着した場所は、近代的な都市やホーム。その場所の説明を木場さんがしてくれた。まったく興味はなかったけど。

 因みになぜか駒王学園の制服のまま来ている。浴衣に着替えて部屋で夏休みの宿題をさっさと終わらせたい。

 

「空は紫でも、町は人間界と変わらないね」

「そうだな誇銅。契約から始まり、『悪魔の駒』での眷属へ転生といい、共存関係と言える。文明を取り入れて独自に昇華するのも種族が生きる道なんだろうな」

「その通りよイッセー。『悪魔の駒』が創られてから、私たち悪魔と人間はより密接な関係になりつつあるわ。こうした冥界の変化もその変化の一つね」

 

 文明を取り入れて独自に昇華するのも種族が生き残る道というのはわかる。だけど共存関係ってのは違うと思う。僕も一方の意見しか聞いた事ないから断言はできないけど、もしも本当に共存ができてるなら天照様はあんなに不満を言わないだろう。

 拉致問題と人間の生命の侵害。悪魔側にどんな主義主張があるかまったく知らないけど、天照様が言うって事は実際に起きている。もうこの時点で共存とは言いにくい。

 他にも高天原の神たちの不満では、能力や役割がある者の種族を勝手に変えてしまったり、その人間への対処をどうするかが非常に厄介ということらしい。元々自分たちが役割を与えた人間だし、下手に手を出してそれらを完全に悪魔側に渡されでもしたらまずいと愚痴を聞いた。

 まあ僕なんかが知ってるだけでも共存と言えない事がこれほどある。

 

「このまま地下鉄に乗り換えるよ。表から行くと騒ぎになるからね」

「キャーッ! リアス姫様ぁぁぁっ!」

「遅かったか」

 

 突然、黄色い歓声がリアスさんに向けられた。ホームの方には悪魔たちがリアスさんを憧れの眼差しで見ている。

 

「部長は魔王の妹。しかも美しいものですから、下級、中級悪魔から憧れの的なのですよ?」

 

 朱乃さんがそう説明してくれる。確かにリアスさんは美人だし名家グレモリー家のお嬢様に加えて魔王の妹。人気が出るのもうなずける材料がこんなに揃っている。

 平安時代の日本でも表向きは名家で裏は七災怪。加えて美人の藻女さんも町に出れば人間妖怪問わずに人気者だった。裏では嫉妬の声もあったりしたけど。

 

 大勢の悪魔を前に若干怯えながら僕の背中に隠れるギャスパーくん。叫び声は上げないところを見るとちょっと成長したように感じちゃうよ。それでも、ずっと引きこもって対人恐怖症気味なギャスパーくんには辛い夏休みだね。

 

「困ったわね。騒ぎになる前に急いで実家の列車に乗りましょう。専用の列車は用意してあるのよね?」

 

 リアスさんは連れ添いの黒服の一人に訊く。僕たちのボディーガードで何人もついて来てる。話ではかなり強いって聞いたけど……いや、僕が知ってる強者の世界が達人だらけなだけか。

 魔王の妹であれだけ親に愛されてるリアスさんのボディーガードを担う人たちが弱いわけはない。……たぶん。

 

「はい。ついて来てください」

 

 こうして僕たちは黒服さんの後に続いて地下の列車へ移動した。

 その道中、男性のリアスさんはファンたちに苦笑しながら手を振って応えたりした。学園の外でもリアスさんの人気は健在だね。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 地下鉄から乗り換えて現在、僕を含めたグレモリー眷属は若手悪魔たちとお偉いさんが集まる会場に向かうエレベーターの中にいる。黒服のボディーガードさんたちはエレベーター前までしか随行(ずいこう)できないのでそこで待機している。

 

「皆、もう一度確認するわね。何が起きても平常心でいること。何を言われても手を出さないこと。―――上にいるのは将来の私たちのライバルたちよ。無様な姿は見せられないわ」

 

 部長の言葉に気合が入っている。いつも以上の気合と若干の凄味があった。リアスさんは相当気合が入ってるみたいで、まるで臨戦態勢時の時のような声色。

 隣では一誠とアーシアさんが固唾を呑んでいる。緊張を落ち着かせようとしてる様子が見れるけど、あまり意味はないようだ。

 かなり上に上がったところで、エレベーターが停止して扉が開く。エレベーターから出るとそこは広いホールになっていて、使用人らしき人がいた。その人はリアスさんや僕たちに会釈をする。

 

「ようこそ、グレモリー様。こちらへどうぞ」

 

 その人の後に続く僕たち。通路を進んでいくと、一角に複数の人影が―――。

 

「サイラオーグ!」

 

 リアスさんはその人影の一人を知ってる様子で名前を叫んだ。すると、あちらもリアスさんに気付いたらしく、リアスさんを確認すると近づいてきた。

 僕たちより同い年か一つ上くらいの男の人。筋肉がしっかりとついて、国木田さんと同じタイプのイケメンだ。それにしても体格がよくて、筋肉の付き方がプロレスラー並みに綺麗に鍛えられている。おそらく実戦ではないだろうけど、限りなく実戦に近い形で鍛えられたのがうかがえるよ。

 

「久しぶりだな、リアス」

 

 その男性はリアスさんとにこやかに握手を交わす。

 お互いの主たちが和やかな空気を発している中―――向こうの眷属悪魔さんと思わしき人たちが笑顔で、しかしその目だけは見定めるようにこちらを見ていた。

 

「ええ、懐かしいわ。元気そうで何よりよ。初めての者もいるわね。彼はサイラオーグ。私の母方の従兄弟なの」

「俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ」

 

 一誠がバアルという言葉に反応してるからきっと何かすごい名家なんだろう。僕は知らない、もしくは覚えてないけど。それにしてもこの人はなんだか今まで見てきた悪魔と少し違う。何が違うかはうまく言えないけど、威圧のされ方が他と何か違う。

 

「それで、こんな通路で何をしていたの?」

「ああ。くだらんから出てきただけだ」

「くだらない? 他のメンバーも来ているの?」

「アガレスもアスタロトもすでに来ている。挙句、ゼファードルだ。着いた早々、ゼファードルとアガレスがやりあい始めてな」

 

 サイラオーグさんは心底嫌そうな顔をしている。

 何をやり始めたのかは扉の向こうから感じるもので想像はつく。

 

   ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 

 建物が大きく揺れてバカデカい破砕音が聞こえてきた。僕は反射的に臨戦態勢に入ったけど、その必要がないのは明白。僕もまだまだ未熟だね。

 部長はそれが気になったのか、躊躇いもなく音のした方―――大きな扉に向かった。

 

「全く、だから開始前の会合などいらないと進言したんだ」

 

 サイラオーグさんは嘆息しながらも自分の眷属たちを連れてその後ろを歩く。

 部長の手によって開かれた大きな扉の向こうには、破壊され尽くした大広間があった。

 破壊された大広間の中央には両陣営に分かれた悪魔が睨み合っている。両者は冷たく殺意に満ちたオーラを出して武器を取り出している。一触即発のムード。昔の僕だったらこのオーラにビビったね。今じゃただ大きなオーラくらいじゃ驚かない。畏れればその時点で敗北が決定するから。

 

「…………」

「……!」

 

 つまらなそうに眺めていると、サイラオーグさんの長身の眷属が僕をじっと見ていた。それに今気づいた僕はさっと顔を背けた。今更背けるのに何の意味もないのに、むしろ図星を当てられたと自白する行為なのに。

 そっと視線を戻してみると、相手はフッと僕に笑いかけて前を向く。

 

「はぁ……ゼファードル。こんなところで戦いを始めても仕方ないんじゃなくて? 死ぬの? 死にたいの? ここで殺しても上に咎められないかしら」

「ハッ! 言ってろよ、クソアマ! 折角俺がそっちの個室で一発しこんでやるって言ってやってんのによ! アガレスのお姉さんはガードが堅くて嫌だねぇ。だから男も寄ってこずに未だに処女やってんだろ!? ったく、魔王眷属の女どもはどいつもこいつも処女臭くて敵わないぜ! だからこそ、俺が開通式をしてやろうって言ってんのによ!」

 

 クールな雰囲気がするメガネをした女性の悪魔と、顔中に魔術的な刺青を入れてる上半身がほぼ裸の男性悪魔がにらみ合っている。お互いキツイ暴言を吐きあって超険悪ムード。

 方や委員長のような女性は『殺す』と平然と言い放ち、方や関わったらヤバイタイプの不良の男性も下品な言葉を投げかける。見た目だけでも絶対に交わらない感じの二人だね。

 困惑するリアスさんたちに、サイラオーグさんが来て説明をしてくれる。

 

「ここは時間が来るまで待機する広間だったんだがな。付け加えるなら、若手が集まって軽い挨拶を交わす所でもある。だが、若手同士で挨拶をしたらこれだ。血の気の多い連中を集めるんだ、問題の一つや二つは出よう。それも良しとする旧家や上級悪魔の古き悪魔たちはどうしようもない。無駄なものに関わりたくはなかったのだが、こうなっては仕方がない」

 

 サイラオーグさんは手首をコキコキ鳴らすと、睨みあう両陣営の方へ歩いていく。

 この時、僕はサイラオーグさんの背中を見て何が違うのか少しだけ理解した。目の前の両陣営の悪魔やリアスさん、その他見てきた悪魔全員の氣のようなものの流れが垂れ流しに近いのに対して、サイラオーグさんはなんだか整ってる。まるで今まで何度も戦ってきた妖怪や人間に近い。

 一人で両陣営の方へ歩き出すサイラオーグさん。それを止めようとする一誠をリアスさんが止める。

 

「イッセー、彼―――サイラオーグをよく見ておきなさい」

「え? は、はい。でもどうしてですか? 従兄弟だから?」

「―――彼が、若手悪魔のナンバーワンだからよ」

 

 若手ナンバーワン。そう言われても納得する。それほどサイラオーグさんから感じるものが強かったから。

 サイラオーグさんが両方の間に割り込んだ。するとやっぱり睨みあっていた二人の視線がサイラオーグさんに集まった。

 

「アガレス家の姫シークヴァイラ、グラシャラボラス家の凶児ゼファードル。これ以上やるなら俺が相手をする。いきなりだが、これは最後通告だ。次の言動次第で俺は拳を容赦なく放つ」

 

 サイラオーグさんの迫力ある一言。久しぶりに肌に感じる程の言葉を聞いた。

 一誠も今の一言で鳥肌が立ってる。相当プレッシャーを感じたようだね。

 しかし、その一言に男性の悪魔は額に青筋を立てて、怒りを色濃く見せる。

 

「バアル家の無能が―――」

 

 次の瞬間、激しい打撃音が響く。男性の悪魔は言葉を言い切る前に―――サイラオーグさんの一撃で広間の壁に叩き飛ばされていた。その人は壁から身体が離れた時には既に気を失ったようで、力なく床に突っ伏していた。

 パワーは相当なものだ。正直返す自信は十分あるけど、もしも失敗したら戦車の耐久でも一撃耐えきれるかわからない。今まで失敗しても若さと戦車の耐久があると思ってた節があるからね。

 

「言ったはずだ。最後通告だと」

「おのれ!」

「バアル家め!」

 

 倒された男性側の眷属が勢いで飛び出しそうになるけど―――。

 

「主を介抱しろ。まずはそれがお前らのやるべきことだ。俺に剣を向けてもお前たちにひとつも得はない。―――これから大事な行事が始まるんだ、まずは主を回復させろ」

『―――っ!』

 

 その一言に飛び出しそうになった眷属たちは動きを止めて倒れる主のもとに駆け寄った。

 次にサイラオーグさんは片方の女性の悪魔に視線を向ける。目の前で同族が一撃で倒されたのを見て表情がこわばってるのがよくわかる。

 

「まだ時間はある。頭を冷やしてこい。邪悪なものを纏ったままでは行事もままならんからな」

「―――っ。あ、ああ。分かっています」

 

 恐怖で頭が冷えたのか踵を返して、眷属を連れてサイラオーグさんの言葉に従う。

彼は踵を返して、眷属と共に広間を後にした。

 それを確認した後、サイラオーグさんは自分の眷属に言う。

 

「スタッフを呼んでこい。広間がメチャクチャ過ぎて、これではリアスと茶も出来ん」

「サイラオーグ様、紅茶中毒が会場の紅茶を全部盗って逃げました」

「スタッフに紅茶の追加を伝えろ。そしてペンタゴナはシャルルを呼び戻して来い」

「了解!」

 

 もめごとをビシッと解決してその後の対処も威厳をもってしっかりできるところがすごくカッコいい。僕も都で小競り合いを解決することはあったけど、とても威厳がある解決の仕方なんてできなかったから。

 

「あ、兵藤」

 

 そこに、聞き覚えのある声が。振り返れば、そこには見知った駒王学園の制服に身を包んだ人たちがいた。

 

「匙じゃん。あ、会長も」

「ごきげんよう、リアス、兵藤くん」

 

 匙さんとソーナ会長も広場に到着した。だけど他のソーナさんの眷属の姿は見えない。

 

「よ、誇銅」

「あ、国木田さん」

 

 国木田さんが僕の肩を叩く。よかった、国木田さんがいてくれて。ソーナさんはどうやら匙さんと国木田さんだけを連れてきたようだ。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「私はジークヴァイラ・アガレス。大公、アガレス家の次期当主です」

 

 

 先ほどの女性の人―――アガレス家のお嬢様に僕たちは挨拶を貰った。

 人間界なら即中止レベルにボロボロになった大広間はあの後、駆けつけたスタッフの魔力によって修復されてほぼ元に戻った。ほんと魔法って不思議。

 広間が修復された事で改めて若手が集まり、挨拶を交わしていた。唯一、さっき戦闘不能になった男性悪魔だけはいない。

 

「ごきげんよう、私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主です」

「私はソーナ・シトリー。シトリー家の次期当主です」

 

 リアスさんとソーナさんが続けて挨拶。

 挨拶するのはそれぞれ代表の悪魔だけ。それ以外の眷属はどこも後方で待機してる。

 

「俺はサイラオーグ・バアル。大王、バアル家の次期当主だ」

 

 先ほどのイメージ通りに威風堂々とした自己紹介。やっぱり他とは何か違う。何だろう、整った氣もそうなんだけど、何かが感じないんだよね。

 

「僕はディオドラ・アスタロト。アスタロト家の次期当主です。皆さん、よろしく」

 

 優しげな声で自己紹介する男性。見た目はすごい紳士な雰囲気がするけど。なんだろう、この人から感じるねっとりとした嫌な感覚は。平安時代でもこんなねっとりとした嫌な感覚は感じたことがない。何だかわからないけど、この人には気を付けておこう。

 

「グラシャラボラス家は先日、御家騒動があったらしくてな。次期当主とされていた者が不慮の事故死をとげたばかりだ。先ほどのゼファードルは新たな次期当主候補ということになる」

 

 サイラオーグさんがこの場に居ない人の説明をしてくれる。御家騒動で事故死って相当何かがあったんだろうね。お世辞にもさっき殴られた人は当主って感じの人じゃなかったし。まあどうでもいいけど。

 若手悪魔全員が揃い自己紹介を終える。一誠はこの顔ぶれに少し圧倒されてるようだ。仕方ないよね、一誠は本当に裏を知って一年未満でまだ深いとこまで知らないからね。それ以外にも、リアスさんの実家で勉強をさせられたり期待を人一倍かけられてるのもあるかな。

 

「おい、兵藤。間抜けな顔を見せるなよ」

 

 匙さんが嘆息しながら一誠に話しかけた。

 

「たってよ、上級悪魔の会合だぜ? 緊張するじゃないかよ。皆、強そうだ」

「何言ってんだ。お前は赤龍帝だぞ? もう少し堂々としてればいいじゃねえか」

「そんなこと言ってもよ……。って、なんで匙がキレてんだよ?」

「眷属悪魔はこの場で堂々と振舞わないといけないんだ。相手の悪魔たちは主を見て、下僕も見るんだからな。だから、おまえがそんなんじゃ、先輩にも失礼だ。ちったぁ自覚しろ。おまえはグレモリー眷属で、赤龍帝なんだぞ」

 

 匙さんに強く言われて、一誠も驚いてる。

 僕はこの感覚は知ってる。平安時代でも何度も都や妖怪の領地で見てきた。

 

「お前は先輩自慢の眷属なんだからな。……俺だって、会長の自慢になってみたいさ」

 

 匙さんは苦笑している。大小あれど誰もが持ってる感情、劣等感だ。

 

「他の眷属たちを見てみろ。みんなビシッと構えてるだろ?」

「ただいま戻りました、サイラオーグ様」

 

 会場が片付く前に出て行ったサイラオーグさんの眷属が扉を開けて戻ってきた。

 ライダースーツに室内なのに星の絵が描かれたバイクのヘルメットをかぶったままの女性。その後ろには匙さんの言葉を台無しにするかのように、両足をロープで縛られて引きずられてる男性が一人。

 

「oh 酷いネ! ワタシはただティータイムを楽しんでただけなのに、こんな目にあわされるされるなんて。それよりティータイムのお菓子が欲しいネ。

 ヘイ、そこのキミ。テーブルのスコーンをワタシにプリーズネ!」

 

 両足を縛られ引きずられ、顔にはくっきりと足跡がついているのに、その男性は何ともないような顔で腹筋の力だけで上体を起こすと僕にテーブルのスコーンを取ってほしいと笑顔で求める。僕が言われた通りテーブルのスコーンを持っていくと。

 

「アリガトウゴザイマース。アナタ親切な人ネ。ワタシはサイラオーグ様眷属の『騎士(ナイト)』、シャルル・ヴィッカースデース。ヨロシクオネガイシマース」

「リアス・グレモリー眷属、『戦車(ルーク)』の日鳥誇銅です」

 

 あまりのマイペースぶりに、ついよろしくおねがいしますを忘れてしまった。

 あれだけ威風堂々としてたサイラオーグさんの眷属にもこんなマイペースで明るい人がいるんだと思うとなんだか安心する。けど、大丈夫? 怪我と主の威厳が。

 

「親切はありがたいが、甘やかさないでもらえると助かる。そちらも他の眷属のいう事を聞いてるようでは示しがつかんだろ?」

 

 あ、大丈夫です。元から眷属内でも一番立場が下のポジションなので。

 それよりも、若手ナンバーワンの眷属のそちらの示しの方が心配なんですけど。仲間が一人暴走して情けない状態になってるのですが。

 

「同じくサイラオーグ様眷属、『騎士(ナイト)』のペンタゴナだ」

「日鳥誇銅です。よろしくお願いします」

 

 ペンタゴナさんの握手に応えようと僕が右手を差し出すと。

 

「!!」

 

 ペンタゴナさんは焦ったように手を引っ込めた。顔色は見えないけど、雰囲気から動揺してるのはわかる。

 僕の右手には何もないし殺意も込めてない。なのになんでこんなに警戒されたのかわからない。……あまり考えたくはないけど、もしかして僕の手に、神器を発動した際に最も危険になる部位に発動前から危険を察知されたの? 

 僕は内心なにか気づかれた、もしくは何か兆候を見せてしまったのかと焦りを隠しつつ自分の手を確認してみた。が、何も変化はない。

 

「……すまない。私の勘違いだ、よろしく」

「よ、よろしくお願いします……?」

 

 落ち着いたペンタゴナさんは再び手を差し伸べてくれて、それには素直に握手をしてくれた。何か気づいた様子もないのに一体なんだったんだろうか? いくら考えても今の僕にはわからなかった。

 僕とペンタゴナさんの挨拶が終わった頃、扉が開かれて使用人が入ってきた。

 

「皆様、大変長らくお待ちいただきました。ーー皆様がお待ちでございます」

 

 ついに本格的な行事が始まるようだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕たち若手悪魔たちが案内されたのは、異様な空気が漂う場所だった。

 かなり高いところに席が置かれていて、そこには偉そうな方々が座っていた。その上の段にも席があり、更にもうひとつ上の段には魔王様たちがいる。名前はえっと……あっ、サーゼクス様とセラフォルー様! 何とか思い出した。その隣にいる二人は面識はないよね? 

 立場の違いを表すように高い所から僕たち若手を見下ろすお偉いさんたち。一番上の魔王様たちはそうでもないけど、中間のお偉い方々は僕たちを見下している。露骨な目線だからはっきりとわかる。

 そんな事を考えていると、リアスさんを含めた若手六人が一歩前に出る。サイラオーグさんに殴られた男性悪魔も回復して同様に一歩前へ出ていた。殴られた頰の腫れはまだ引いていないようで、痛々しい痕を残している。

 

「よく集まってくれた。これから次世代を担う貴殿らの顔を、改めて確認するために集まってもらった。これは一定周期ごとに行う、若き悪魔を見定める会合である」

 

 初老の男性悪魔が手を組み、威厳のある声で言う。

 

「さっそく、やってくれたようだが……」

 

 次に、ヒゲをたくわえた男性悪魔が皮肉気に言う。確かに、大事なしきたりの前にあんな事があればそう思うのも無理はない。ただ、サイラオーグさんが止めなかったら、また別の問題が起きてただろうけどね。

 

「キミたち六名は家柄、実力共に申し分のない次世代の悪魔だ。だからこそ、デビュー前にお互いを競い合い、力を高めてもらおうと思う」

 

 一番上にいるサーゼクスさんがしっかりとした声量で僕たちに言う。

 確かに、新しい世代同士が競い合い、高め合うのはいいことだしよくある。だけど、それに他種族を巻き込むのはやめてほしい。まあ、了承し問題ない場合は別だけど。この中に無理やり、騙されて眷属にさせられた人がいない事を祈るよ。

 

「我々もいずれ『禍の団(カオス・ブリゲード)』との戦に投入されるのですね?」

 

 サイラオーグさんが堂々とした様子でとんでもない事を訊く。いやいやいや、僕は命を懸けて悪魔の為に戦うつもりなんてこれっぽっちもない! そもそも、レーティングゲームだって日鳥誇銅として戦うつもりはないのに。

 サイラオーグさんの言葉に、サーゼクスさんが首を横に振る。よかった! 本当によかった!

 

「それはまだ分からない。だが、できるだけ若い悪魔たちは投入したくないと思っている」

 

「何故です? 若いとはいえ、我らとて悪魔の一端を担います。この歳になるまで先人の方々からのご厚意を受け、なお何もできないとなれば―――」

「サイラオーグ、その勇気は認めよう。しかし無謀だ。何よりも成長途中のキミたちを戦場に送るのはなるべく避けたい。それに、次世代の悪魔を失うのはあまりにも大きいのだ。理解してほしい。キミたちはキミたちが思う以上に宝なのだよ。だからこそ、大事にキチンと段階を踏んで成長してほしいと思っている」

 

 サーゼクスさんのお言葉に、サイラオーグさんは『わかりました』と、一応の納得をした返事をした。様子からして全く納得はしてないみたいだけど。

 でも、サイラオーグさんのやる気は分からなくもない。僕だって恩を受けた日本勢力のためなら全力で力になりたい。下をまとめる責任あるポジションならなおさらだ。

 だけど僕もサイラオーグさんも一貫して若すぎる。

 技術面では例えかなり成熟していても、精神面にはよほどの事がない限り難がある。大事な役目を安心して任せられない。って、スサノオさんが昔言っていたっけ。

 

 その後、全く頭に入ってこないようなお偉いさん方の話が続いた。難しいってのもあるけど、悪魔を辞めようと思ってるから本当に必要性を感じられない。

 早く終わってほしい。そうすれば後は……あっ、アザゼル総督の修業があったんだ。嫌だな~。忘れた勉強の復習をしないと成績が、夏休みの宿題も早めに終わらせたいのに。拒否なんてできないんだろうな。

 

「さて、長い話に付き合わせてしまって申し訳なかった。なに、私たちは若いキミたちに夢や希望を見ているのだよ。それだけは理解して欲しい。キミたちは冥界の宝なのだ」

 

 サーゼクスさんの言葉に若手全員が聞き入っているのがわかる。僕も魔王様が嘘偽りを言ってないだろうってのが良く解る。いや、リアスさんに見捨てられた時の事があるから。

 少なくとも日本は悪魔から多大な迷惑を被ってる。どっちにしろ信用はできても、信頼はできない。

 

「最後に、それぞれの今後の目標を聞かせてもらえないだろうか?」

 

 サーゼクスさんの問いかけに最初に答えたのはサイラオーグさんだった。

 

「俺は魔王になるのが夢です」

『ほぅ……』

 

 躊躇うことなく言い切ったサイラオーグさん。その目標に誰もが視線を向け、彼の凛とした姿を認識していた。お偉いさんたちも、堂々と言った魔王と言う目標に反応を示す。

 

「大王家から魔王が出るとしたら、前代未聞だな」

「俺が魔王になるしかないと冥界の民が感じれば、そうなるでしょう」

 

 お偉いさんの前でここまではっきり言えるなんてすごいし、羨ましい。きっと僕にもサイラオーグさんのように堂々とできれば、修業も冥界旅行自体も拒否できたんだろうな。

 サイラオーグさんの次にリアスさんが目標を言う。

 

「私はグレモリーの次期当主として生き、レーティングゲームの各大会で優勝することが近い将来の目標ですわ」

 

 サイラオーグさんのような最終目標ではなく、近い所に一つ目標を置いた言葉だね。

 悪く言えば小さい、でも堅実に一つ一つ目標をこなして行こうって感じがする。昔の僕なら、リアスさんの夢を叶えるために頑張ろうと思ったんだろうね。

 まあ、昔のままだったらリアスさんの中に僕自身は仲間としてカウントされてなかっただろうけど……。

 その後も若手悪魔たちがそれぞれ夢や目標を口にし、最後に残ったのはソーナさんだった。

 

「冥界にレーティングゲームの学校を建てることです」

「レーティングゲームを学ぶところならば、既にあるはずだが?」

 

 お偉いさんたちは眉根を寄せ、確認するようにソーナさんに訊いた。

 それに対し会長は、淡々とした様子で答える。

 

「それは上級悪魔と一部の特権階級の悪魔のみしか行くことが許されない学校のことです。私が建てたいのは下級悪魔、転生悪魔も通える分け隔てのない学舎です」

 

 まさか、レーティングゲームの学校は中級悪魔以下には行くことすら許されてなかったのか。そこに分け隔てなく教育する場を与える学校を創る。とっても素晴らしい考えだと僕は思いますよ! そうなれば、きっと冥界は良い方向へ行くと思う。

 

『ハハハハハハハハハハッ!』

 

 お偉いさんたちの笑い声が会場に響き渡る。その笑いには、明確な悪意が籠っていた。嘲笑? 罵倒? 滑稽? 無謀? いいや、それら全てが混ざり合った悪意の笑い声。これを聞いて僕は思った。町並みは現代風に変化しても、その頭の中は相当昔のまま、この人たちの頭の中は変わってない。

 人はそう簡単に変わらない。それは仕方ない。天照様だって最初は自分勝手で人間の事なんてどうでもいいと思っていた。僕もかなり無茶なくらい遊びに付き合わされた。そんな天照様も今では立派な神として世代を受け入れつつまとめてる。

 僕はこれが悪魔が他種族に迷惑をかけてる原因だと理解した。

 

「それは無理だ!」

「これは傑作だ!」

「なるほど!夢見る乙女というわけですな!」

「若いというのはいい! しかし、シトリー家の次期当主ともあろう者がそのような夢を語るとは。ここがデビュー前の顔合わせの場で良かったというものだ」

 

 強く、長寿だからこそ変わらない。循環しない水は濁っていくのみ。

 その意味でソーナさんの思考は素晴らしくも異質な考えなんだろうね。

 

「私は本気です」

 

 ソーナさんは真っ直ぐに言うが、そんなの濁ったお偉いさんには届かない。姉であるセラフォルーさんだけはわかりやすくソーナさんの意見に同意を示していた。それと同時に潰れてしまいそうな立場にいるソーナさんを心配もしている。

 こんなにお偉いさんに笑われさらし者にされてソーナさんは大丈夫かな?

 僕も心配になってソーナさんを見てみるとなんと、全く堪えてる様子はなかった。笑い声を気にも留めず腕時計で時間を確認していたよ。

 

「ソーナ・シトリー殿。下級悪魔、転生悪魔は上級悪魔たる主に仕え、才能を見出されるのが常。そのような養成施設を作っては、伝統と誇りを重んじる旧家の顔を潰すこととなりますぞ? いくら悪魔の世界が変革の時期に入っているとはいえ、変えていいものと悪いものがあります。全く関係のない、たかが下級悪魔に教えるなどと……」

 

 パァァァァァァァァァァァァンッ! パチィィィィィィィィィィンッ!

 

 お偉いさんが古くさい伝統や転生悪魔を見下した事を言ってると、それを黙らせる轟音が会場に“2つ”鳴り響いた。

 音の原因は国木田さんが手を叩いた事。だけど、とても手を叩いただけとは思えない轟音が鳴り響いた。結構本気で鳴らしたよね?

 そして音は国木田さんだけのものでない。それはサイラオーグさんの眷属。スサノオさん並みの巨体を全身マントで隠している。その人が指ぱっちんで指ぱっちんとは思えない音を響かせたのだ。

 

「ソーナ殿、サイラオーグ殿、下僕の躾がなってませんな」

「申し訳ございません。後で言ってきかせます」

「私も後できつく叱っておきます」

 

 音でびっくりしてしばらく耳を押さえてクラクラしてたお偉いさん方。その状態から回復するとソーナさんとサイラオーグさんに眷属の行為を注意する。

 実行した当の本人たちは全く悪びれた様子はない。それどころか妨害した二人はお互いをじっと見て、国木田さんは何か満足したように笑って目線を外した。向こうはフードで顔が見えないからよくわからないや。でもちょっとスカッとした。

 

「ならなら! うちのソーナちゃんがゲームで見事に勝っていけば文句もないでしょう!? ゲームで好成績を残せば叶えられるものも多いのだから!」

 

 突然のセラフォルー様の提案に、魔王以外の皆が驚いていた。

 プンスカと可愛く怒っているが、冷気の魔力が漏れてる事から見た目通りの怒りではないね。

 

「もう! おじさまたちはうちのソーナちゃんをよってたかってイジメるんだもの! 私だって我慢の限界があるのよ! あんまりイジメると、私がおじさまたちをイジメちゃうんだから!」

 

 セラフォルー様は涙目でお偉いさんの悪魔たちに物申していた。当のお偉いさんたちは魔王レヴィアタン様の涙目の怒りに反応に困っている。

 そして、セラフォルー様の怒りに、セラフォルー様の妹のソーナさんは顔を恥ずかしそうに覆っていた。

 でも、セラフォルー様の言葉にもちょっとスッキリした。国木田さんとサイラオーグさんの眷属が妨害してくれたのも良かったけど、やっぱりはっきりと言葉に出して通してくれた方が何倍も気分がいい。お偉いさんも魔王の言葉はバカにできないか。

 ソーナさんは恥ずかしがってるけど、しっかりと抗議してくれるなんていいお姉ちゃんだと僕は思うな。

 

「ちょうどいい。では、ゲームをしよう。若手同士のだ」

 

 サーゼクス様の一言に皆が注目する。

 

「リアス、ソーナ。戦ってみないか?」

「……」

「……」

 

 リアスさんとソーナさんは顔を見合わせ、目をパチクリさせて驚いていた。

 

「元々、近日中リアスのゲームをする予定だった。アザゼルが各勢力のレーティングゲームファンを集めてデビュー前の若手の試合を観戦させる名目もあったのだからね。だからこそ、ちょうどいい。リアスとソーナで1ゲーム、執り行ってみようではないか」

 

 サーゼクスさんは朗らかな笑みを浮かべていう。この笑みからおそらく元々、ソーナさんとぶつけるつもりだったのかもしれない。

 それにしてもアザゼル総督か。きっとこれは、冥界での強化合宿の締めくくりのつもりなんだろう。嫌だな~。でも、国木田さんと戦うのはちょっぴり楽しみなんだけどね。

 

「公式ではないとはいえ、私にとっての初レーティングゲームの相手があなただなんて……運命を感じてしまうわね、リアス」

「競う以上は負けないわ、ソーナ」

 

 火花を散らす両者。ソーナさんの実力は知らないけど、国木田さんが、日本妖怪が協力してるとなると単純な力比べは絶対にしてもらえない。パワー系統が多いこちらはかなり不利になるだろうね。

 

「リアスちゃんとソーナちゃんの試合! うーん☆燃えてきたかも!」

 

 さっきまで怒っていたけど、セラフォルー様も楽しげにしている。

 

「対決の日取りは、人間界の時間で八月二十日。それまで各自好きに時間を割り振ってくれて構わない。詳細は改めて後日返信する」

 

 サーゼクス様の決定により、リアスさんとソーナさんのレーティングゲームが開始されることとなった。




 <平安時代の日本でも表向きは名家で裏は七災怪。加えて美人の藻女さんも町に出れば人間妖怪問わずに人気者だった。>

 この部分にもしかしたら疑問を持つ方がいるかもしれないので一つ私なりに調べた補足を記述しておきます。気にしないという方は特に関係ない補足なので無視していただいても構いません。

 まず、平安美人と言えば、ふくよかな頬のぽっちゃりしたおかめ顔を想像する人が殆どでしょう。でも私は平安時代に生きていた藻女を現代でも通用する妖艶な美人にしたかったのです。だから何とか言い訳ゲフンゲフン。他の説がないか調べてみました。
 そこで私はある説を見つけました。
 そこには平安美人は現代美人と変わらないという記述を見つけました。

 平安時代の大人気小説『源氏物語』の記述からは、本当のノッペリ顔はむしろ不美人の証だったとわかるんです。『源氏』の「空蝉(うつせみ)」の記述がその証拠なのですが、見た目もステイタスもすべてが最高という設定の「絶世の美男子」光源氏が、マジ惚れしてしまったのはそんなに美貌でもない年上の人妻・空蝉でした。
 光源氏は「わたしはなんで、こんな大したことない女性のことを、本気で好きになってしまったのだろう」と焦ります。
 そこに空蝉の外見描写が乗っていました。今まで平安美人との写真とそっくりです。

 まあ他にもいろいろ書かれていましたが、これ以上は蛇足と判断させていただきました。
 実際、平安美人はおかめ顔ではなかったという記述はあっても、現代美人と同じという証拠はなかったので。でもまあそんなには変わらないだろうとは思ってます。
 それでは皆様、また次のお話で。


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面倒な修業の開始

 なんかすごい勢いでお気に入り数が増えて怖嬉しかったです。皆様、ありがとうございます!


「そうか、シトリー家と対決とはな」

 

 グレモリー家の本邸に帰ってきた僕たち。そこで迎え入れてくれたのはアザゼル総督だった。僕たちは広いリビングに集合して、アザゼル総督にさっきの会合で起こったことを伝えた。

 

「今日は七月二十八日。対戦日までざっと二十日間だな」

 

 アザゼル総督が何かの計算を始める。

 

「しゅ、修業ですか?」

 

 一誠の問いにアザゼル総督は当然とばかりにうなずく。

 

「当然だ。明日から開始予定。すでに各自のトレーニングメニューは考えてある」

 

 ものすっごい嫌な予感がする。アザゼル総督の張り切り方からかなり入れ込んでるのがうかがえる。神器マニアの総督に、妙な動きを見せた僕の神器は格好の的だろうね。嫌だな~。

 

「でも、俺たちだけ堕天使総督のアドバイス受けていいのかな? 反則じゃないんですか?」

 

 確かに文句は出るかもしれない。それでもただアドバイス受けるだけなら別に何も問題は……いやきっとあるよね! 文句でまくって問題になるよね! だから総督のアドバイスは是が非でも中止にするべきだよ!

 

「別に。俺はいろいろ悪魔側にデータを渡したつもりだぜ? それに天使側もバックアップ体制をしてるって話だ。あとは若手悪魔連中の己のプライドしだい。強くなりたい、種の存続を高めたい、って心の底から思っているのなら脇目も振らずだろうよ」

 

 そんなことだろうと思ったよ! これで文句が出るようなら試合として成立しそうにないしね。表の世界でも元大物選手が後輩にアドバイスや練習メニューを組んだりするのはある事だしね。そもそも総督自身が直接何かをするわけじゃないんだから反則になるわけないよ! 淡い幻想の期待だけだよ!

 

「うちの副総督も名家にアドバイス与えてるぐらいだ。むしろシェムハザのアドバイスの方が役に立つかもな! ハハハ!」

 

 僕にとってはどっちでもいいよ。むしろ神器に関心が薄い分、そっちの人の方がいいかも。

 

「まっ、とりあえず明日の朝、庭に集合だ。そこで各自の修業方法を教える。覚悟しろよ!」

『はい!』

 

 総督の言葉にみんな重ねて返事をする。僕の声は小さかったから重ねたように聞こえただろう。僕も別の意味で覚悟しなきゃね。絶対にバレてなるものか! 絶対に絶対に僕は三大勢力に本来の力は貸さない!

 僕がそう決意してると、銀髪のメイドさんが現れた。

 

「皆様、温泉のご用意ができました」

 

 温泉! まさか冥界で温泉に入れるなんて思ってもみなかったよ。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 グレモリーの庭の一角にポツリと存在している温泉。しかもちゃんと和風で。

 一誠と木場、アザゼル総督は先に行ってもう湯ぶねに浸かってる。僕は未だに脱衣所の所にいるけど。

 

「ハハハハ、やっぱり冥界――――地獄といえば温泉だよな。しかも冥界でも屈指の名家グレモリーの私有温泉とくれば名泉も名泉だろう」

 

 アザゼル総督が大声で何か言ってる。それはさて置き、僕が未だに脱衣所から出られないのは。

 

「大丈夫だよギャスパーくん。僕も一緒にいるから」

「ううう」

 

 ギャスパーくんが恥ずかしがって脱衣所から出ようとしない。こればっかりは僕にもどうしようもない。強制するわけにも、いやちょっと強引にした方がいいのかな、これわ。

 

「僕が一緒じゃ不安?」

「そ、そんなことありません! むしろ心強いほうで」

「じゃあ行こう」

「あっ」

 

 ちょっと意地悪な質問をして、軽く誘導尋問で強引に連れて行く作戦に決定! 僕も早く温泉に入りたいからね!

 僕は軽くギャスパーくんの手を握って連れ出そうとしたけど、やっぱり出てきてくれない。どうしたものかな~? いっそ本当に力づくで。

 

「おいおい、ほら、温泉なんだから入らなきゃダメだろう」

「キャッ!」

 

 一誠が湯ぶねからいったん上がって、僕が掴んでる手と同じ方の手首を掴んで強引に引く。やっぱり強引が正解だったか。

 かわいらしい悲鳴をあげるギャスパーくん。

 タオルを胸の位置で巻いてるギャスパーくんを見る一誠の目が、ギャスパー君の体をじろじろ見ている。まあ今のギャスパー君は本当に女の子っぽいよね。普段から女装してるし、体も細く、女性顔だし。僕も今のギャスパーくんはちょっと男性としては見ずらいかな? まあ男性って知ってるから割り切ってるけど。

 

「……あ、あの、こっち見ないでください……」

「……お、お前な! 男なら胸の位置までバスタオル羽織るなよ!普段から女装してるからこっちも戸惑うって!」

「……そ、そんな、イッセー先輩は僕の事をそんな目で見ていたのですか……? 身の危険を感じちゃいますぅぅぅぅっ!」

 

 身の危険を感じたのかギャスパー君は僕の胸に抱き着く。いやいや、その行動はいろいろまずいよ。ほら、一誠の目もなんかちょっとおかしくなってきたよ。

 

「うっさい!」

 

 何か目の色が変わりそうになってる一誠は、ギャスパーくんと僕をお姫様抱っこで、え!? 僕も!?

 

「このダブル女装っ子が―――!」

「誰が女装っ子だ―――!」

 

 ドボ――――――――ンッ!

 

 一気に温泉に放り投げられた。

 

「やぁぁぁぁん! あっついよぉぉぉ! 溶けちゃうよぉぉぉ! イッセー先輩のエッチィィィィィィ!」

「なんで僕まで投げるんだよ! それに、ダブル女装っ子ってどういう意味だ――!」

「うるせぇ! お前だって昔は女装したりしたじゃねえか! あれはもうギャスパーの女装と変わんねえよ!」

『イッセー、ギャスパーと誇銅にセクハラしちゃダメよ?』

 

 向こうからリアスさんのからかい声が聞こえる。 その後も、女性陣のクスクスと笑う声も聞こえてきた。

 恥ずかしさから温泉に飛び込もうとする一誠。だけど僕はそれを阻止する意味合いも込めて、小さな小石をおでこの比較的安全な場所に力を込めて投げた。あの場所なら悪くても気絶で済む。

 

「僕の女装は一誠たちが無理やり着せたんでしょ!」

「いでっ!」

 

 見事おでこにヒットし、一誠は痛みでうずくまって立ち止まる。

 

「いきなり温泉に入れるのも、飛び込みもマナー違反だよ! ギャスパー君、体洗おう」

「は、はい……」

 

 まったく一誠ときたら、人をいきなり温泉に投げ込むわ、女装っ子呼ばわりするわでいい加減にしてよまったく。細かいマナーなんていうつもりはないけど、あまりに大きすぎるのは目をつぶれないよ。特に僕を女装っ子呼ばわりしたことについてはね。僕はれっきとした男です!

 ……それにしても本当にポツリとした場所にある温泉だね。あの時代には現代のようなお風呂なんてなかったけど、温泉は既にあった。天照様やスサノオさんなどの日本神、七災怪の皆さんと温泉に入ったのを思い出す。だけどあの時代は混浴で、混浴馴れしてない僕をからかう天照様やアメノウズメ様。ここぞとばかりに誘惑してくる藻女さん。

 そんな事もあったけど、スサノオさんや八岐大蛇さんや昇降さんたちと湯の中で語り合ったりもした。そんなに昔の事じゃないのになぜか懐かしく感じる。

 

「さてと。じゃあ今度はゆっくりと湯ぶねに浸からせてもらうおうかな」

 

 頭と体を洗い終わった僕は今度こそ温泉を堪能することに。うん、温泉の違いなんてよくわからないけど気持ちいい。この広々とした解放感、温泉の効能だからなのか毒気が抜けていく感じ。加えてこんなリラックスしながら景色を、今は夜空を楽しめるなんて…………。

 

「どうしたんですか、誇銅先輩?」

「ん、いや、大したことじゃないんだ。やっぱり冥界の空が肌に合わなくて」

 

 夜空を眺めていると軽い眩暈がしたので目頭をきゅっと抑える。もしかして温泉の効能的影響とかじゃないよね? もしくは空気……。いやいや、そうなったら二十日もしないうちに僕はこの冥界で死んじゃうよ、環境的な意味で!

 流石にそれわないと確信しつつ、若干の不安を抱く。大丈夫だよ……ね?

 

「先生――――。おっぱいをつつきたいです……」

「ああ、諦めるなよ。イッセー。おまえならできる。あきらめたら、そこでおっぱい終了だぞ?」

「はい。はい!」

 

 隣では一誠とアザゼル総督が何やら卑猥な会話をしている。あの様子だと大丈夫そうだけど、こっちに話を振ったりはしないでほしい。返答にめちゃくちゃ困る。

 僕だって一人の男子学生。実は成人手前だけど人並みに性欲もある。だけど一誠たちくらいオープンにできる程羞恥心は小さくない。下手に気分を害してしまうのは申し訳ないし。まあ大丈夫そうだけど。

 

『あら、リアス。またバスト大きくなったのかしら?』

『そ、そう? ぅん……。ちょっと、触り方が卑猥よ、あなた。って、そういう朱乃も前よりもブラジャーのカップ変わったんじゃないの?』

 

 一枚壁を隔てた向こうの女湯から女性陣の声が聞こえてくる。その内容はいかにも一誠が好きそうな内容。やっぱり……一誠とアザゼル総督はものっそい聞きに入っている。

 

『リアスのおっぱい……いい感触だわ……うふふ。ここをこうしたり……』

『ぃや……あぅん、まだあの子にもこんなことされていないのに……や、やめて……始めてはあの子って決めて……あっんっ……』

 

 内容がものすごく色っぽい。静かだから嫌でも聞こえてしまう。ほら、一誠なんて鼻血がすごい事に。

 一誠はのぞきをしたいからか、さっきから壁を一生懸命調べている。普通ここは止めるのが正解だろうけど、相手は一誠に好意を持ってる人たちだから別にいいか。

 

「なんだ、おまえ。覗きたいのか?」

「せ、先生! こ、これはその!」

「別にいいじゃねえか。男同士なんだしよ。温泉で女湯除くってのはお約束ってもんだ。――――けどな、それじゃスケベとしては二流以下だ」

 

 またアザゼル総督は一誠に何か吹き込んでる。気が合うのはいいけど、これ以上一誠に何か吹き込んでエロがヒートアップしたら日常で困る。僕に興味を持つ次くらいにやめてほしい。まあ、そうなったら暴力でも使って止めるけど。

 それにしてもアザゼル総督だったら、この場で何かやらかしそうな気がする。嫌な予感。

 

「二流ですか! じゃ、じゃあ、どうすれば一流に!?」

「……そうだな。こんな!」

 

 アザゼル総督は一誠の腕を掴んで

 

「感じかなっ! 男なら混浴だぞ、イッセー!」

 

 向こうの女湯に向かって投げた! やっぱりやらかした!

 

 ドッボォォォォォォンッ!

 

 向こう側で一誠が湯にたたきつけられた音が聞こえた。ついにやっちゃったここの堕天使。だけどまあ、今日は傷つく女性はいないからいいや。無礼講無礼講。

 

『あら、イッセー。アザゼルに飛ばされてきたのね? ちゃんと体は洗ったの?』

『うふふ、イッセーくんったら。大胆ですわ』

 

 ほら、向こうもなんだか楽しそうにやってるし。今回は見逃そう。

 

「それが一流のスケベだぜ、イッセー! ガッハッハッハッハ!」

「ギャスパーくん、あんな大人になっちゃだめだよ?」

「は、はい。わかりました」

 

 僕はアザゼル総督を指差して、子供に教えるようにギャスパーくんに言った。間違ってもあんな風になっちゃいけないからね。本当に、あれが許されるのは本当に稀な事だから。万が一影響されてそっち方面に走ったら、昔一誠が言っていたギャスパーくんの神器悪用が現実になっちゃうよ。

 

「おい! それはちょっと酷いだろ!?」

「さて、僕は先に上がらせてもらうね。向こうが騒がしくなりそうだから」

「聞けよ! 無視すんな!」

 

 何か言ってるアザゼル総督を放っておいて僕は温泉を出た。その後に続いてギャスパーくんもついて来る。

 

「もういいの? 僕に気にせずゆっくりしてきたらいいんだよ?」

「だ、大丈夫です。もう、しっかり温まりまたしから」

「そう、それならよかった。もしこの後暇だったら一緒に将棋かチェスでもしない?」

「はい、お相手させていただきます」

 

 脱衣所で着替えをしながらギャスパーくんと話す。

 木場さんとアザゼル総督はまだ温泉に入っている。一誠はしばらくしたら温泉の熱気と興奮でのぼせて出てくるだろう。

 

「ギャスパーくん、浴衣の左右が逆になってる。それじゃ死装束になっちゃうよ」

「え、あっ、はい」

「こういう場所の浴衣なんて楽に着れるのがいいんだけど、流石に死装束は縁起が悪すぎるからね」

 

 ギャスパーくんが浴衣の帯を締めてる間、僕は浴衣を帯を締めずに羽織ながら洗濯物をまとめる。僕が洗濯物を纏め終わったくらいにギャスパーくんも準備が整っていた。

 

「じゃあ行こうか」

「でも、誇銅先輩がまだ帯を」

「大丈夫」

 

 僕は歩きながら浴衣の左右を揃え帯を締めた。結び方は貝の口帯結び。

 このくらい二年間もすれば着慣れる。向こうで来ていた着物はもっとややこしかったし。そもそも浴衣自体向こうでは寝間着として毎日着てたしね。走りながらでも結べるよ。

 

「歩きながらでそんなに早く、しかも結び目も綺麗です。すごいですぅぅっ!」

「浴衣は普段から僕の寝間着だからね。馴れだよ馴れ」

 

 実は後輩に感心されてちょっと誇らしげな気持ちだけどね。

 部屋に戻ってドライヤーで髪を乾かし、牛乳を飲んでひと段落。それから寝るまでずっと二人で将棋やチェスをさした。

 将棋は接戦で負けたけど、チェスはボロ敗けしちゃったよ。強いね、ギャスパーくん。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 次の日。僕たちは庭の一角に集められた。

 ジャージ姿で庭の一角に集まり、置かれているテーブルと椅子に座って修業開始前のミーティングを始められた。

 アザゼル総督は何かの資料を持っている。

 

「先に言っておく。今から俺が言うものは将来的なものを見据えてのトレーニングメニューだ。すぐに効果が出るものもいるが、長期的に見なければならない者もいる。ただ、お前らは成長中の若手だ。方向性を見誤らなければ良い成長をするだろう。まずはリアスからだ」

 

アザゼル総督が最初に呼んだのはリアスさん。

 

「お前は最初から才能、身体能力、魔力の全てが高スペックの悪魔だ。このまま普通に暮らしていてもそれらは高まり、大人になる頃には最上級悪魔候補となっているだろう。だが、将来よりもいま強くなりたい。それがお前の望みだな?」

「ええ。もう、あんな思いは二度としたくないわ」

 

 リアスさんは力強くうなずく。

 

「ならこの紙に記しているトレーニング通り、決戦直前までこなせ」

 

 アザゼル総督はリアスさんにトレーニングメニューが描かれてるであろう紙を渡す。だけどリアスさんは内容を見て首を傾げる。

 

「これって……凄い特別なトレーニングとは思えないのだけど?」

「そりゃそうだ。基本的なトレーニング方法だからな。お前はそれでいいんだ。すべてが総合的にまとまっているから、基本的な練習だけで力が高められる。問題は『(キング)』としての資質だ。『(キング)』ってのは、力より頭を求められる事が多い。魔力が得意じゃなくても、頭の良さ、機転の良さで上まで上り詰めた悪魔だっているのは知ってるだろう? ―――――『(キング)』に必要なのは、どんな状況でも打破できる思考と機転、そして判断力だ。眷属の下僕が最大限に力を発揮できるようにするのがおまえの仕事なんだよ」

 

 思った以上にしっかりと考えられていた内容だ。ただ魔力を上げるようなトレーニングを組むんだと思っていたのは侮りすぎてたね。相手を過小評価するのは、自分を過大評価するのと同じくらい危険。反省反省。

 

「次に朱乃」

「……はい」

 

 次に呼ばれた朱乃さんはなんだか不機嫌そうに見える。いや、不機嫌というよりも、若干の嫌悪感と苦手意識が混ざったような感じだ。平安時代に下っ端悪魔が雷影の交否(ひこう)さんに会う時と同じような雰囲気。交否(ひこう)さんは妖怪の中でも特に難しい人だったから同格以下の妖怪からは皆そう感じられていたね。

 でもアザゼル総督は交否(ひこう)さんのような威圧と気難しさはない。なぜだろう?

 

「お前は自分の中に流れる血を受け入れろ」

「―――ッ!」

 

 理由はわからないけど、朱乃さんはその言葉で顔をしかめた。それでもアザゼル総督は話を続ける。

 

「フェニックス家との一戦を記録映像で見せてもらったぜ。なんだありゃ。本来のお前のスペックなら、敵の『女王(クイーン)』を苦もなく打倒できたはずだ。―――何故堕天使の力をふるわなかった? 雷だけでは限界がある。光を雷に乗せ、『雷光』にしなければお前の力は発揮出来ない」

「別に私は、あのような力に頼らなくても……」

「否定するな。自分を認めないでどうする? 最後に頼れるのは己の体だけだぞ? 否定がお前を弱くしている。辛くとも苦しくとも自分をすべて受け入れろ。お前の弱さは今のお前自身だ。決戦日までにそれを乗り越えてみせろ。じゃなければお前は今後の戦闘の邪魔となる。『雷の巫女』から『雷光の巫女』になってみせろよ」

「…………」

 

 朱乃さんはそのままだんまりを決め込んでしまう。ものすごく思い悩んでる様子だった。

 

「次は木場だ」

「はい」

「まずは禁手(バランス・ブレイカー)を解放している状態で一日保たせてみせろ。それに慣れたら実戦形式のなかで一日保たせる。それを続けていき、状態維持を一日でも長く出来るようにしていくのがお前の目的だ。あとはリアスのように基本トレーニングをしていけば十分に強くなれるだろうさ。剣系神器(セイクリッド・ギア)の扱い方は後でマンツーマンで教えてやる」

 

 やっぱり神器の研究者だけあって神器の事はよくしってるんだろうな。木場さんにとっては幸運かもしれないけど、僕にとってはそこが厄介なんだけどね。

 

「剣術の方は……お前の師匠にもう一度習うんだったな?」

「ええ、一から指導してもらう予定です」

 

 剣術か。平安時代では剣術はそんなに見かけなかった。平安時代の刀はよい品質ではなく、扱う人もそんなにいなかったからね。扱う人がいないから鍛冶屋も刀を造る技術も上がらない。武士って概念もまだない時代だったからね。

 僕が戦った剣士も武士の元祖みたいな人で、その人が持つ刀は綺麗な日本刀だった。ちゃんとした刀を見たのはそれだけ。

 木場さんの剣の師匠ってどんな人なんだろうね。ちょっと興味ある。

 

「次、ゼノヴィア。お前はデュランダルを今以上に使いこなせるようにすることと―――もう一本の聖剣に慣れてもらうことにある」

「もう一本の聖剣?」

 

 アザゼル総督の言葉にゼノヴィアさんは首を傾げる。

 

「ああ、ちょいと特別な剣だ」

 

 にやけるだけではっきりとしたことは言わないアザゼル総督。そして次にギャスパーくんの方を見る。

 

「次にギャスパー」

「は、はいぃぃぃぃぃ!」

「そうビビるな。お前の最大の壁はその恐怖心だ。何に対しても恐怖するその心身を一から鍛えなきゃいかん。もともと血統、神器(セイクリッド・ギア)共にスペックは相当なものだからな。それに加えて『僧侶(ビショップ)』の特性がお前を大きく支えている。専用の『引きこもり脱出計画!』なるプログラムを組んだから、そこでまずは真っ当な心構えを出来るだけ身につけてこい。全部が無理でも、人前に出ても動きが鈍らないようにしろ」

 

 引きこもり脱出計画か、ちょっと心配だな。無茶な事されないかな? ギャスパーくんは精神的に強くならなきゃいけないのは確かだけど、僕には無理やりどうこうされるような事がない事を祈る事しかできないよ。

 

「はいぃぃぃぃぃっ!」

 

 ギャスパーくんは、涙目でダンボールに入ろうとしながらも大きな声で返事した。

 

「同じく『僧侶(ビショップ)』のアーシア」

「はい!」

「お前も基本的なトレーニングで、身体と魔力の向上をしてもらう。そして、今回のメインは神器の強化だ」

「アーシアの回復神器は最高ですよ? 触れるだけで病気や体力以外なら治療しますし」

 

 アーシアさんの回復力は本当に大したものだと僕も思う。僕も何度も大きな傷を一瞬で直すところを見たことがある。治療を受けたことは一度もないけど。

 

「それは理解してる。回復能力の速度は大したもんだ。だが、問題はその『触れる』って点だ。味方が怪我してるのに、わざわざ至近距離にまで行かないと回復作業ができない」

「もしかして、アーシアの神器は範囲を広げられるの?」

「ご名答だ、リアス。こいつは裏ワザみたいなものだが。『聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』の真骨頂は効果範囲の拡大にある」

「アーシアの神器、遠距離も可能ってことスか!?」

 

 一誠の問いにアザゼル総督はうなずく。効果範囲拡大はすごいね。

 妖怪の間で回復術は嗜みだった。だから大抵の妖怪が回復術が使える。上級になればアーシアさんと同じくらいの回復速度で病気も体力も回復させられる。だけど、効果範囲拡大と遠距離だけは絶対に不可能。

 神器は道具だから、この辺は融通が利くんだね。

 

「俺たち組織が出したデータの理論上では可能だ。神器のオーラを全身から発して、自分の周囲の見方をまとめて回復なんてことも可能ななずだ。ちょっと不安もあるけどな」

「不安? アーシアの何が不安なんですか?」

「『やさしさ』ってやつだ。アーシアは戦場でケガをした敵を視認した時、そいつのことも回復してやりたいと心中で思ってしまうだろうな。それが判別する能力の妨げになる」

 

 それは大問題だ。場合によっては敵ごと回復してしまったり、タイミングが悪ければ敵だけ回復してしまう恐れがある。アーシアさんの性格なら十分ありえる話だね。

 

「だから、もうひとつの可能性を見出す。回復のオーラを飛ばす力をな」

「そ、それは、ちょっと離れたところへいる人に、私が回復の力を送るということですか?」

「ああ、直接飛ばす感じだな。例えばイッセーが十メートル先で戦闘してて、ケガをしている時、お前がイッセーに向けて回復の力を飛ばすのさ。さっき話したのが一定のフィールド限定なら、いま説明したのは飛び道具バージョンだな。直接触れなくても回復ができるようになる」

「そ、そりゃ、すげえ! アーシア大活躍できるぜ!」

 

 だけど、あまりできすぎると敵から優先的に狙われてしまう。短所がそのまま長所になると言うけど、この場合は長所がそのまま短所になってしまう。

 元々ないのと、ないのが当たり前でもあったものが使えなくなるのは、前者と比べ物にならないマイナスになる。

 アーシアさんの回復能力が強化されるのは、大きなプラスと同時に大きなマイナスの可能性も抱くことになるだろう。もし失えば、有利状況だろうと心理的に不利に立たされてしまう。アーシアさん自身には戦闘能力も隠密能力もないのだから。これだけでも防戦を強いられる。難しいとこだね。

 もしもこれが日本勢力なら、きっと回復の拡大よりもアーシアさん自身に逃げる、隠れる方法を教えるだろう。まあ、冥界と日本の考え方の違いだね。

 

「直接触れて回復させるよりも多少はパワーが落ちるだろうが、それでも遠距離にいる味方を回復できるのは戦略性の幅が広くなる。前線に一人か二人飛び込ませて、後方で回復のアーシアとアーシアを護衛する誰かを配置すれば、理想的なフォーメーションが組めるだろう」

「王道だけど、シンプルに強いフォーメーションだわ。通常、味方を回復する術なんてフェニックスの涙か、調合された回復薬ぐらいですものね」

 

 僕が知ってるのではもう一つある。妖力を気脈に適切に送り込んで、術者の妖力と対象の氣の両方で回復させる術。かなり高度な術ではあるけどね。

 ソーナさんは日本妖怪と自覚して繋がりを持っている。もしかしたら、この回復術を使える人もいるかもしれない。最悪全員が使えるなんてことも。最低でも国木田さんは使えると考えた方がいいだろう。

 戦闘能力は無くても遠距離から回復できる人と、戦闘も隠密もこなせて直接触れなくちゃ回復できない人、どっちが恐ろしいか。実際に立てば明白だろう。

 

「…このチームの特徴的な持ち味、武器と言える。あとはアーシアの体力勝負だ。基本トレーニング、ちゃんとこなしておけよ?」

「はい、はい! 頑張ります!」

 

 アーシアさんの修業メニューを伝え終えると、次は搭城さんの方を見るアザゼル総督。

 

「次は小猫」

「はい」

「お前は申し分のないほどオフェンスとディフェンスが優れ、『戦車(ルーク)』としての素質を持っている。身体能力も問題ない。―――だが、リアスの眷属には『戦車(ルーク)』のお前よりもオフェンスが上の奴が多い」

「……分かっています」

 

 アザゼル総督がはっきり伝えると、搭城さんは悔しそうな表情を浮かべている。

 

「リアスの眷属でトップのオフェンスは今のところ、木場とゼノヴィアだ。禁手の聖魔剣、聖剣デュランダルと凶悪な兵器を有してやがるからな。ここに予定のイッセーの禁手が入ると―――」

 

 まあオフェンスの人選はピッタリだね。一誠の禁手(予定)が入れば、相当な攻撃力になるのは予想に難くない。搭城さんは強いけど、今の搭城さんでは相当かすむだろうね。

 

「小猫、お前も他の連中同様、基礎の向上をしておけ。その上で、お前が自ら封じているものを晒けだせ。朱乃と同じだ。自分を受け入れなければ大きな成長なんて出来やしねぇのさ」

「…………」

 

 晒けだせと言われたあたりから朱乃さんと同じように黙ってしまう。戻ってきてからずっと薄らと感じてたけど、搭城さん、妖怪だよね? 国木田さんのようなフリしてるじゃなくて完全に悪魔になってるけど。アザゼル総督の晒けだせというのはそのことかな?

 

「大丈夫、小猫ちゃんならそっこーで強くなれるさ」

 

 一誠が搭城さんに声をかける。たぶん元気づけるために言ったんだと思うけど、それは悪手過ぎる。

 

「……そんな、軽く言わないでください……っ」

 

 案の定、搭城さんは険しい表情で言葉を返す。

 一誠、自分では自覚ないだろうけど、一誠の強くなるスピードは早いし秘めたるものがとても強い。一誠自身というより殆ど……いや、全部神器に秘められてるものと言っても過言じゃないけどね。それでも明らかに自分より上にいる、行く人にそういわれるのは屈辱だろう。善意が相手に地獄を見せた瞬間だ。

 

「次は誇銅だが」

「はい」

 

 ついに僕の番がきてしまった。めんどくさいよ~。

 

「ハッキリ言って、おまえは一番弱い。『戦車(ルーク)』の特性だけで無理やり誤魔化してるだけだ。ひ弱って程じゃねえが基準値にはまったく届いてねえ」

「は、はあ」

「だが―――それを打開できるかもしれないものを二つ秘めている。一つ目はその神器。今まで何の兆しも見せなかった『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』だが、今度は何か兆しのようなものを感じる。もしかしたら、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の禁手に匹敵する禁手へと進化するかもしれない。

 だからそれを調べるために、まずは俺とマンツーマンでそれを模索してみる!」

 

 うわ! ものすごくめんどくさい事に! ものいっそ表情に出そうだけどグッと堪えて。なんとか頬がぴくぴくなる程度に納められたよ。

 まさか初っ端からマンツーマンを言い渡されるなんて、ついててないよ。

 

「そしてもう一つは、その察知能力だ。誰も気づけなかった俺の侵入におまえだけは気づけた。もっと伸ばして行けば敵の行動を先読みしたり、優秀な探知役となれる」

 

 うわ~この人完全に僕をターゲットにしてる。は~帰りたい。

 

「とりあえず誇銅のトレーニングメニューは神器の経過を見てから微調整を加える」

「わかりました」

 

 僕は上がらず下がりっぱなしのテンションを何とか平常の所でキープし返事をした。あまりにもやる気ない返事だと後で言われちゃう。

 

「さて、最後はイッセーだ。おまえは……。ちょっと待ってろ。そろそろなんだが……」

 

 アザゼル総督が空を見上げる。まだちょっと遠いけど、大きな気配を感じる。しかもかなり強力な気配。付け加えるなら一誠の右手と同じ感覚がする。

 その正体はすぐにわかった。僕の視界を巨大な影が支配する。それは猛スピードでこちらに向かって来た。

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 

 地響きと共にそれは目の前に飛来した。椅子もテーブルも大きく揺れ、一誠は地面に転んでしまう程。

 その巨大な怪獣の正体は

 

「――――ドラゴン!」

「そうだ、イッセー。こいつはドラゴンだ」

 

 その後、アザゼル総督の説明で一誠のトレーニングはドラゴンとガチ生存修行だと発表された。正直僕もそっちが良かったよ。あれだけ巨大な気配、冥界側の人が隠せるわけがない。例え知能があるドラゴンでも。

 強い種族は弱い者の技を覚えない、覚える必要がない。だから僕なら必ず逃げ切れる。その自信も確信もある。例え隕石に匹敵するブレスを吐けても当たらなければどうということはない。山なんて食材も隠れる場所も豊富な場所で、二十日間ドラゴンから逃げきるなんて僕にとってはイージーだよ!

 若干調子に乗った愚痴を内心でこぼしながらトレーニングメニューの発表は終わった。あ~あ、いやだな~。



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不戦な修業の経過

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 去年の夏休みは、特に思い出に残るような事はなかった。何かあったかと聞かれれば、変態三人組にナンパの出汁にされたことくらいかな。あまり記憶に残したい出来事ではなかったけどね。

 それでも今年の夏休みと比べたらよかったと思う。なんせ今年の夏休みは、学生時代に最も長い休みに、最も信頼していない人たちと過ごすんだから。

 

「だーダメだ! やっぱり何の反応も見せやがらない!」

 

 僕がいるのはアザゼル総督の冥界での研究室のような場所。研究室と言っても、堕天使の本拠地から持ってきた道具がいくつかあるだけ。言い換えれば冥界でのアザゼル総督の宿泊場所。ただそれだけ。

 

「だがまだあわてるような時間じゃない。次が俺の本当の自信作だ。これなら例え神滅具であろうと大丈夫だ」

「さっきも同じようなこと言ってましたよ」

「うるせぇ! さっさと装着して力入れてみろ! もしも誇銅が『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』の何かに目覚めかけてるなら大きな兆候が出る。そうでなくても何かしら反応がでる。間違いない!」

 

 アザゼル総督が僕に装着させたのは、アザゼル総督が発明したと言う神器使いのサポート道具。なんでもアザゼル総督は一誠の禁手の代償の代わりになる道具の開発にも成功したらしくかなり自信満々で僕にその一部を試している。

 僕の神器『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』は禁手しなければ情けない程弱弱しい力しか発揮しない。それどころか、こちらがいくら力を送っても無視して反応も強化もくすりとも示さない。だから禁手前の状態なら何をされても反応を示す可能性はゼロだ。

 

「なんでだよ!? 昔はここまで研究が進んでなかったから仕方ないと思ってたけど、なんでこんなにも何も起こらないんだよチクショー!」

 

 アザゼル総督、力技じゃいくらやっても無駄。イシコリドメ様の繊細な解析術でも、スサノオさんの力技でも何の変化も見せなかったんだ。いくらアザゼル総督が神器に詳しくとも、この神器に対しては馬の耳に念仏だよ。何の反応も示してくれない。

 

「しっかり力こめろ! 手え抜いてるんじゃねえだろうな!?」

「ちゃんとしっかり入れてますよ!」

「……そうだよな。悪い、ちょっとピリピリしちまって」

 

 ちょっと意地悪だけど、アザゼル総督が悔しがってる姿を見るとなんだかスカッとする。こんな僕だけど堕天使総督に対して、リアスさんたちの協力者に一矢報いれてると感じれる。 

 

「特異な神器って事は知ってたし、一筋縄じゃいかない事もわかってたけどよ。なんだか自信なくしちまうぜ」

 

 僕は力を入れる暇な間に後ろにあるたくさんの道具を見ていた。その視線に気づいたアザゼル総督はそれが何かを説明してくれる。

 

「ああ、後ろのやつが気になるのか? あれはな、俺が独自に開発した神器、俺オリジナルの人工神器の一部だ」

「自分で神器を造ってしまうなんてすごいですね」

「だろ? 人工神器の成功には自分で自分をほめてやりたくなったぜ。この人工神器を使えば、誇銅だってあいつらに追いつける可能性がグッと上がるんだけどな。実戦データもとりたいし」

 

 アザゼル総督はチラッと僕を見る。ま、まさか僕にそれを使えと? いやいやいや、絶対嫌だ! そんなの使わされたら戦えないフリができなくなる! 僕の力を隠しても結局リアスさんのために力を使わされる。僕は絶対にリアスさんのために戦ったりしないって誓ったんだ! 信頼を取り戻せるような事がない限り!

 僕は全力で人工神器なんて必要ないとアザゼル総督にアピールした。なんで必要ないかと聞かれたら答えられないけど。

 

「ぼ、僕は結構です!」

「安心しろ、誇銅じゃどのみち無理だ。勘違いしないでくれ、別に誇銅に才能がないとか言ってるわけじゃない。むしろ誇銅の感知能力の高さは才能ありと見ていい。ただな、お前が『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』の所有者って事に問題があるんだ」

 

 僕に使わないと言われた事に一安心。だけど、未だに僕を鍛える事に意識はあるらしい。一誠の家でアザゼル総督の存在に気づいてしまったのがまさかここまで響くとは。予想もできなかったとこにこんなに深い落とし穴が。ああ僕の馬鹿! なんであんなに迂闊だったんだろう! こういう繊細さを欠くのは弱者にとって命とりなのに! まあ、いくら嘆いたってしょうがない。もう過去として決定してしまったことなのだから。

 それよりも、アザゼル総督が今気になる事を言った。破滅の蠱毒(バグズ・ラック)の所有者である事に問題がある? それって一体どういうことかな?

 

「これはあまり知られてない事だが、お前の神器『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』には最弱の称号とは別にもう一つ呼び名がある」

 

 最弱以外のもう一つの呼び名?

 

「利己的な神器。その神器は自分以外の神器を使う事を許さない。『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』の所有者に他の神器を与えると、その神器を瞬く間に破壊してしまうんだ」

 

 他の神器を破壊してしまう。それはつまり、僕の中に入ってきた自然のものではない異物を消滅させてしまう力。その事実に僕は特に驚きを見せなかった。なぜならその兆候を既に知っていたから。

 平安時代、陰の術者と戦った時の話だ。妖怪やその術を使役する者の戦い方の特徴として畏れを与える以外にもう一つ特徴がある。それは自身の妖力や術で相手を呪いながら弱体化させ有利に戦おうとするところ。強い妖怪はより相手を畏れさせやすくするためあえて使わないが、上級以下は大小あれどこの方法を必ず使う。それは生き残る手段であり、弱き者の技術。人間界で言う毒殺にも似ている。卑劣な手段だがとても効果的だ。

 この呪いは相手が自分の倍以上強さが離れても効果を発揮するのが良い所。それでも一定以上の強さ相手には効果が薄かったり無かったりするが、それは七災怪に追随するレベルや日本神クラスでないといけない。もう一つの欠点らしい欠点は、呪いがうまい妖怪程素の実力は低い傾向にある。まあこれは相手を弱体化させる呪いがかなり強力なため大丈夫。

 陰の属性はこの呪いや隠密、幻術などが最も得意。僕も幻術や隠密術にはとても手を焼かされ、ある程度技術が実った後も何度か負けてしまった。しかし、呪いに関しては一度たりとも手を焼かされた事はない。なぜなら、僕の体に呪いをかけても、胃が食べ物を消化するようにスーっと消えてしまうからだ。

 今までは呪いの類が効かない体質になってしまったのかと思ってたけど、アザゼル総督の話を聞いたところどうやら体質ではなく神器のおかげ、そして呪いではなく異物かなにかに反応するようだと推測できる。根本的な原因はまったくわからないけどね。

 

「戦力強化のために渡した貴重な神器がいくつ無駄になったことか。レアリティは低くても貴重な神器だったのに……」

 

 昔を思い出してうなだれるアザゼル総督。相当苦い思い出だったのだろう。

 何の役にも立たず最弱の神器に貴重な他の神器を壊されたんだから、神器マニアのアザゼル総督には手痛い結果だっただろうね。そういえば、僕の破滅の蠱毒(バグズ・ラック)は別名、神の失敗作だっけ。結構衝撃的な事実だったから今でも覚えてたよ。

 

「だけど! 今こうして何らかの兆しが見えている! あの出費は無駄な事じゃなかった。俺はそれが何よりもうれしい! 誰にも見向きもされなかった神器の禁手を見られるかもしれないんだからな」

「いや、でも、今現在も何の成果も……」

「いや! むしろここまで何の反応もない事が反応かもしれん。少なくとも、お前がこうして無事に戻ってこれた事と、神の失敗作と思われたその特異な神器が無関係とは思えない。絶対に解き明かしてやるぜ!」

 

 どうやら僕の神器への興味はまだ冷めていなようだ、むしろ燃え上がってしまった。もう本当にやめてほしい。目に炎を灯して熱く僕に語りかけるアザゼル総督。顔が近い。

 そんな熱く語ってきたアザゼル総督だが、僕がグイッと押して距離を作ると瞳の炎が消して冷静になる。

 

「まあ、今の所俺の手札は出し尽くしてしまった。まさか全部無反応になるなんてよ。ちょっとでも何かあれば手の打ちようがあるけど、無反応じゃな。とりあえず誇銅には最初考えていた身体能力の方だけのトレーニングをやってもらう」

「はい、わかりました」

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 森の開けた場所、周りに人気はなくとても静かだ。リアスさんたちと離れてるってだけでなんだかリラックスできる。だけど、リラックスするためにここに来たんじゃない。時間があるうちにやっとかないとね。

 僕は大きな大きな火の玉を一つ創り出す。その大きさはキャンプファイヤーくらいかな? 森の入り口からじゃわからないだろうけど、上空から見ればはっきりと見えるだろう。僕はその火の玉の前に立ってスーっと深呼吸をして、

 

「大きなふくろを かたにかけ

 大黒さまが 来かかると

 ここにいなばの 白うさぎ

 皮をむかれて あかはだか」

 

 歌いながら手を動かす。すると、炎がゆらゆらと変形して歌詞に沿って形を変える。いや、それじゃまるで勝手に変わったみたいだね。僕が操作して変えたんだよ。

 僕が平安時代でたった一つ覚えた魔法、それがこの炎の造形魔法。

 通常、炎の魔法は対象を燃やす以外の機能はなく応用が難しい。そして、攻撃に特化することが殆どで直接的な戦闘でしか効果を発揮しない。だけど、僕の炎はものすごく特殊な炎。なんでこんな炎が生まれ存在してるかはまったく誰にもわかっていない。

 

 僕の炎の特徴その一、燃えない。僕の炎は炎でありながら何かに燃え移る事がない。何かを燃焼させる力が、というより炎の基本特性がない。熱量はあるため熱で燃やす事もできない事はないが、かなりパワーを使うから効率が悪い。相当力を入れなければ僕の炎は暖かい程度の熱しか発してない。

 

 僕の炎の特徴その二、炎なのに物質的。これはどういう意味かと言うと。通常炎の造形魔法で球体を造ったとするとその球体は球体の形をしているが、実際は炎の塊であるため触れると火傷する。だけど僕が造れば持つことができる。何ならそのまま蹴鞠(けまり)もできる。

 なので僕の炎は相手を物理的なダメージを与える。殴ったり投げたりとか。鋭くさせれば刺したり斬ったりもできるけど、造るのに相当時間がかかる。

 

 僕の炎の特徴その三、特定のものだけを燃やせる。僕の炎は木の葉一枚まともに燃やす能力はないけど、魔力や妖力だけは唯一燃やす事ができる。

 昔、この炎で蘭さんの分身だけを根こそぎ焼き尽くす事ができた。この時初めて僕の炎が魔力や妖力だけを燃やす事が出来る事が判明した。

 理論上なら僕の炎を相手に纏わりつかせて、魔法や妖術を封じながら体内の魔力や妖力を燃やす事もできる。やったことはないけど。

 

「大黒さまは あわれがり

 「きれいな水に 身を洗い

 がまのほわたに くるまれ」と

 よくよくおしえて やりました」

 

 この能力を手に入れて一年も経ってないためまだうまく扱えない。だからこの修業方法、現代で言うサンドアートのように音や歌に合わせて炎を描いていく。

 複雑な形の造形がまだ瞬時にできない。実戦で使える造形を造るためには、このように大きな火の玉を捏ねたり削ったりして形を整えなくてはならない。単純で不格好なものなら瞬時にでもできるけど、大雑把なものでは大雑把なコントロールしかできないからね。だからこうやって時間を見つけて練習している。こんな開けた場所でできるチャンスは現代ではそうそうないからね。

 

「大黒さまの いうとおり

きれいな水に 身を……おっと、そろそろだね」

 

 僕は炎の劇を中止して森の中に身を潜めた。気配も周りに溶け込ませて息をひそめる。しばらくすると、一誠の修業相手をしているドラゴンと同じくらいの大きさのドラゴンが上空から土煙を巻き上げて降りてきた。

 

「……くっ、また見失った。確かについさっきまで小僧の気配はこの辺り、いや、ここでしていたハズなのに!?」

 

 アザゼル総督に言われ僕も一誠と似たように山でドラゴンに追われ続けてる。戦う力はあっても、戦う気がないからずっと逃げているけど。

 今もこうして相手が近づいてきたのがわかったから茂みに隠れた。

 

「なぜだ……なぜまたいない!?」

 

 怪獣並みに巨大なドラゴンが、一吹きで山を貫通させられるパワーとスピードのある息吹(ブレス)を放つドラゴンが、一誠が相手してるドラゴンよりは一ランク下とはいえ上級のドラゴンが見るからに悔しがっている。僕を見つけられないことに。

 

「おーいたいた」

「あ?」

「!」

 

 上空から僕の苦手な人の声、アザゼル総督の声が聞こえた。「いた」と言ったのも僕に向けられたものではないとわかりながらも、ちょっとびくってなってしまったよ。もしかしたら本当は僕を見つけて言ったのかもしれないって。でも、アザゼル総督は僕ではなくドラゴンの前に降りたからその心配はなさそうだ。

 

「どうしたアクシオこんな所で。誇銅の修業中のハズだろ?」

「ああ、現在進行形だ……」

「の、わりには誇銅の姿がないどころか攻撃の痕跡すらあんまりないんだが?」

 

 アザゼル総督が周りを見回して戦闘の跡がない事に疑問を抱いているようだ。確かに山の中腹あたりには綺麗な穴が後ろまで貫通して空いたり、自然にもいくつか破壊後がある。だけど、僕がいまいる麓あたりではそういうのが殆どない。

 

「手加減しすぎなんじゃねえか? イッセーの方なんか山が荒れ放題になってそりゃもう戦場さながらだったぜ」

「……だ」

「確かに誇銅はちっこいし、大した強さもねえ。だけどよ、あれでも一応戦車(ルーク)なんだからそうそう死にゃしねえよ」

「…………いんだ」

「ん? 何か言ったか?」

「おまえに小僧を任された後の約10分以降一度も会ってないんだ!」

 

 ドラゴンは涙声で叫んだ。その言葉を聞いてアザゼル総督はしばらく黙りこんでいたが、意識を取り戻したかのようにハッと我に返る。そして若干の動揺を見せながら話をする。

 

「あ、会ってない? それってつまり……誇銅が逃げたってことじゃなくて?」

「いや違う! 小僧がこの山の麓のどこかにいるのは間違いない。この数日間それだけは感じ取れていた。だが、いざ近づくと気配が消えてしまうんだ。最初から誰もいなかったかのように。痕跡すら追えない。

 そしてまたどこか遠くで小僧の気配を感じて同じことの繰り返し。龍族の中でタンニーン様に大きな信頼を得ている私が下級悪魔一人見つけられないとはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ついに泣き出してしまったドラゴン。ちょっと心が痛むよ。

 さっきドラゴンが言っていた通り、僕たちは初日の10分以降一度も会ってない。僕の気配が周りに溶け込みすぎて見つけられない。冥界の大雑把な気配を感じ馴れてしまってる人たちに見つかる気はしないよ。炎の訓練をしながらでも近づかれればわかる。その後100%気づかれない位置まで、攻撃の余波すら届かない位置まで離れればいい。これをここ数日ずっと繰り返してる。食べられる雑草もだいたいわかるし、虫を食べる事にも今更抵抗はない。僕の炎も熱消毒くらいはできるし。まともな食事はしてないけど元気だよ。

 環境だって灼熱や極寒ではない。十分適応できる。宿題ができない事を除けば極楽だよ。

 

「お、おい、いい大人がそんな泣くなよ。落ち着けって」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 めちゃくちゃ泣いてる。まあそりゃそうだよね。相手は偉大なドラゴン、対して僕は転生悪魔の下級悪魔。こんな格下に翻弄されればプライドも傷つくだろう。すいません、戦闘スタイルの相性の差です。

 だけど、平安時代では相手が相手だったため実感できなかったけど、僕は確実に強くなっている。それも一誠とはまた別方向で格上と戦える程に。男らしいとは言い難いけど、自分の力を実感できて修業の意味を少しだけ見いたせたよ。

 

「まいったな。修業の中断を言いに来たんだが」

「中断!?」

「うぉぉっ!」

「ああ゛……?」

 

 うれしい知らせに僕は思わず茂みの中から上半身を飛び出させてしまった。修業を止められるという知らせがうれしくて思わず出ちゃったよ。まあいっか。

 僕が気配もなく突然飛び出したからアザゼル総督はビックリし、アクシオさんは泣き止んで僕を見た。

 

「おまえ、今までどこにいたんだよ?」

「そこの茂みで息をひそめてじっとしてました」

「そんなところにいたのか―――――ッ!」

 

 アクシオさんの大声のツッコミと、こんなにも近くにいたのに気づけなかった悔しさであたりの木々が震える。巨大なドラゴンが取り乱してるからかアザゼル総督もなんだか引き気味だ。

 

「あの、修業の中断って」

「あ、ああその話もあるけど修業詰めでろくなもん食えてないと思って差し入れを持ってきたんだが、なんかイッセーより元気そうだな。こんなとこじゃ魚も獣もいないのに。修業中何食ってた?」

「食べられそうな雑草やキノコを熱して食べてました」

「場所相応なもんしか食ってなくてそれかよ!?」

 

 殆ど無駄なエネルギーを使ってないからね。寝てる時も射程内に近づかれれば起きてしまう。逆にそれくらいしか大したエネルギーを使う事がない。環境的にも楽だし。まあ、アザゼル総督の差し入れはしっかりいただくけどね。

 

「うん、久しぶりの白ごはん。おいしい!」

「そりゃよかった」

 

 その場で腰かけて差し入れのおにぎりを食べる。おかずはコンビニで買ってきたようなものばかりだけど、雑草やキノコや虫ばかり食べてたからとてもおいしい!

 

「まったく、想像もしなかった程のたくましさだ。イッセーも誇銅くらいのたくましさがあったらよかったんだけどな」

「? 一誠がどうかしたんですか?」

「ああ、それな」

 

 アザゼル総督から一誠の修業の現状を聞いた。アザゼル総督は僕の所に来る前に一誠にも差し入れを渡しに行ったらしい。その時、一誠がタンニーンという名の龍王と壮絶なバトル(一方的)をしていたことを聞かされた。アザゼル総督はそうやって僕をたきつけようとしてるのかもしれないけど、そんなのにつられないよ。

 

「と、いう事は僕にも一誠みたいに戦えと?」

「イッセーの場合はドラゴンの戦い方を覚えるのが目的だが、誇銅は実戦の緊張感を覚えるのが目的だ。まあ、緊張感もなにもあったもんじゃないみたいだが」

「はよ、再戦はよ!」

「誇銅よりアクシオの方がなんかやる気になっちまってるな」

 

 休憩中も休まずにずっと張り切ってるドラゴン。逃げきる自信はあるけど、この距離でそんなに強烈な意識を向けられるとつらい。素の強さは圧倒的に僕が劣っているのだから。あと、再戦と言っても一度も戦ってないけどね。

 

「まあ、小猫みたいに倒れられても困るけどな」

「搭城さんが倒れた!? それって大丈夫なんですか!?」

「心配するな、根詰め過ぎてオーバーワークしただけだ。しばらく休めば大丈夫だ」

 

 倒れてしまう程のトレーニング量。そういえば、トレーニングメニューを発表され時くらいからなんだか様子がおかしかった。一体どうしたんだろう?

 

「じゃあ、そろそろ行くか。誇銅、おまえも一度連れ戻せと言われたんだね。一度グレモリーの別館に戻るぞ。アクシオ、少しの間返してもらう」

「少しの間ってことはまだやるんだよな?」

「ああ、明日の朝には戻す」

 

 明日の朝には戻されちゃうのか。まあ、また逃亡生活に戻ればいいだけか。いっそリアスさんの家に戻されるよりもそっちの方がよかったかも。

 それよりも、一体僕なんかに何の用だろう? グレモリー別館ってことはアザゼル総督がらみではないだろうし。リアスさんたちは僕に興味ないし。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「はい、そうでございます。うん、キレが良いですね。誇銅様は何かダンスでもおやりになっていたのですか?」

「いいえとくには」

「さようですか。では、もう一度だけ最初からやって次に行きましょう」

 

 別館に着くと、そこの一室で若い女性の先生からダンスの練習をさせられていた。なぜこんな事になったのか大した説明もなくはじめられたけど、まあ逆らってもしょうがないので黙って受ける事に。別に秘密がバレるような要素もないし。

 柔術は相手の動きを読むのが非常に重要。ダンスもその応用で相手がどんな動きをするかを読んでどのように動けばいいかを先読みする。動きのキレがいいのもおそらく武術によるものだろう。実際に技術を使ってる自覚もあるしね。

 

「ほら、そこでターン。ダメね、キレが悪いわ。ほら、一誠さん、ボケッとしてないで最初からよ。このままじゃどんどん日鳥誇銅さんと差ができてしまいますわよ」

 

 隣では一誠がリアスさんのお母さんとダンスの練習をしている。が、本当に一般人の一誠では簡単にはいかない。僕みたいに二年間の修業期間があったわけじゃないからね。

 それにしても、なんだか一誠の顔、幸せそうにも見える。やっぱり顔も体系も似ているリアスのお母さんが相手だからかな? たぶんだけど、また女性の胸について考えてるような気がする。去年、僕にとっては三年前までは隙あらば卑猥な話か胸の話ばっかりだったし。

 

「少し休憩にしてはいかがでしょうか奥様」

「そうね、少し休憩しましょう」

 

 休憩の許可が出ると、一誠はその場に座り込んでゼーハーゼーハーしている。僕は全く息を乱してないけどね。この程度で息を乱していたら僕は今頃生きてないよ。いや、一誠もここに来るまでドラゴンとトレーニングしていただろう。そのせいもあるのかな?

 

「あ、あの」

「何かしら?

「どうして俺たちだけなんでしょうか? 木場とギャスパーは?」

 

 自分とボクしか参加してない事に疑問を口にする一誠。たぶん、僕と一誠は今年から眷属入りしたからだと思うけど。

 

「木場祐斗さんは既にこの手の技術を身につけてます。ギャスパーさんは吸血鬼の名家の出。頼りない振舞いをされていますけれど、一応の作法は知っていますわ。問題は一誠さんと誇銅さんです。人間界の平民出ですものね、仕方のないことですけれど、それでも一定以上の作法は身に着けてくれないと困ります。あなたたちはリアスと共にいずれ社交界にも顔を出さねばならないのですから。冥界滞在中に少しでも習わしを覚えねばなりません」

 

 その言葉に一誠は心底驚いたような顔をした。まあ、そりゃそうだよね。一誠の反応じゃなくてリアスのお母さんの言葉が。リアスさんは貴族なんだから眷属として生きていくなら必要な知識と教養だよ。僕だって日本式の作法をちゃんと習ったんだからね。今でもやれと言われればしっかりとできる。まあ、僕にとっては数週間前の出来事だしできて当たり前か。

 

 話の中でリアスさんの事を部長と呼んでる事にも指摘を受けた一誠。さらにはプライベートでの呼び方までも指摘された。

 

「『部長』ではダメなんですか?」

「お考えなさい。それぐらい自分で答えを出さないと、あの子に嫌われますよ?」

 

 リアスさんのお母さんは苦笑しながら言う。だけど、一誠はどういう意味かわかっていない様子。一誠、本気でわかってないのかな? あんまり鈍感だと嫌われちゃうよ? もしくは、トラウマを盾にいつまでも先延ばしにしたりとかも。

 

「ま、いきなりそれではあなたも難しいでしょうし、リアスも急にそれだと困惑するでしょう。今回の帰省は『部長』でもかまわないでしょうね。ただ、いずれ、どう呼ぶかはハッキリしなさい」

 

 リアスさんの事を言われて別の事を思い出した様子の一誠。なんでわかったかって? 表情と雰囲気がちょっと変わったからそう思っただけだよ。もしかしたら違ってるかもしれない。

 

「あ、あの、一つ質問いいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「小猫ちゃんは……? 小猫ちゃんは無事なんでしょうか?」

 

 どうやら他の事を考えていたのは正解だったようだ。確かに搭城さんが倒れたって話は僕も聞いてからちょっと心配だった。

 

「彼女はいま懸命に自分の存在と力に向き合っているのでしょう。難しい問題です、けれど、自分で答えを出さねば先には進めません」

「……存在と力?」

 

 それからリアスのお母さんは二匹の猫姉妹の話をし始めた。

 姉妹の猫はいつも一緒。寝る時も食べる時も遊ぶ時も。そして親と死別して、帰るところも、頼る人もなくなった。お互いを頼りに懸命に生きていたという感動的な話。

 

「二匹はある日、とある悪魔に拾われました。姉の方が眷属になることで妹も一緒に住めるようになりました。やっとまともな生活を手に入れた二匹はそれはそれは幸せなときを過ごせると信じていたのです」

 

 前語りで日本という単語があったから、僕は既に二匹の猫が猫又の妖怪だって事を察している。後、搭城さんが妖怪って事も前に気づいてたからその話なんだろうと僕は推測した。このタイミングでの話ってことは十中八九正解だろう。

 

「その猫はもともと妖術の類に秀でていた種族でした。その上、魔力の才能にも開花し、あげく仙人のみが使えると言う仙術まで発動したのです」

 

 一つ間違いを見つけた。仙術は別に仙人のみが使える術ではない。ただ、仙人の代名詞の術で仙人が最もうまく使えるってだけ。僕だって基本くらいなら使える。と、いうか、仙術も妖術も殆ど同じもの。属性が違う程度の違いしかない。妖怪の回復術なんてモロ仙術だし。

 

「力の増大が止まらない姉猫はついに主である悪魔を殺害し、『はぐれ』と成り果てました。しかも『はぐれ』の中でも最大級に危険なものと化したのです。追撃部隊をことごとく壊滅するほどの……」

 

 そして、悪魔たちはその姉猫の追撃をいったん取りやめたと。

 だけどおかしい。今の話には日本妖怪をよく知る人ならおかしな点が二つある事に気づくだろう。

 まず、例え暴走したとしたならとてもそこまで強くなれっこない。日本妖怪は弱さと引き換えに繊細さを手に入れたと言ってもいい種族。それを欠いてしまえば悪魔に勝つなんて考えにくい。

 そしてもう一つのおかしな点は、今の説が逆だった場合。これなら追っ手を壊滅できたことにはうなずけるが、そうなると戦闘だけを求める暴走状態になっている説明がつかない。と、なればその猫妖怪は冷静な状態で主を殺したことになる。

 おそらく事の真相はもっと違うところにある。その猫妖怪が本当に邪悪な存在で冷静に殺しを働いたのかそれとも、そうしなくてはいけない理由があって殺したのか。

 

「残った妹猫。悪魔たちはそこに責任を追及しました。『この猫もいずれ暴走するかもしれない。いまのうちに始末したほうがいい』―――と」

 

 ものすごく話がおかしな方向へ行ってしまったようだ。危険になりそうだから殺す、その理屈はおかしい。まだ小さな子供、悪い方に行かないようにする方法なんていくらでもある。ましてや自分たちの敵になる可能性も今は低いのに。

 

「処分される予定だったその猫を助けたのがサーゼクスでした。サーゼクスは妹猫にまで罪はないと上級悪魔の面々を説得したのです。結局、サーゼクスが監視することで事態は収拾しました」

 

 けど、信頼していた姉に捨てられた妹猫の悲しみは深く、他の悪魔たちにも攻め立てられて精神が崩壊寸前だったと。なんて不幸な話なんだ。親との死別に悪魔の誘惑が重なってしまった。って、この二つだけ見ると僕の境遇に似ている。まあ、僕の場合ここまで不幸じゃなかったけど。それでも、ちょっと共感してしまう。

 

「サーゼクスは、笑顔と生きる意味を失った妹猫をリアスに預けたのです。妹猫はリアスと出会い、少しずつ少しずつ感情を取り戻していきました。そして、リアスはその猫に名前を与えたのです。―――小猫、と」

 

 小猫という名前が出ると一誠もようやく誰の話かを確信したみたい。いや、誰の話ではなく、搭城さんの転生前だね。

 

「彼女は元妖怪。猫又をご存じ? 猫の妖怪。その中でも最も強い種族、猫ショウの生き残りです。妖術だけでなく、仙術をも使いこなす上級妖怪の一種なのです」

 

 ちょっと待った。猫ショウは上級妖怪火車へと進化できる妖怪だけど、火車へと至るまでは下級妖怪ですよ? まあ、訂正なんて言わないけどね。後、仙術は人型になれる妖怪はだいたいが身に着けれますよ。合ってるのは猫ショウが猫妖怪の最上位ってことだけだね。




 次回かその次、小猫の姉の前に悪魔に出会う前の黒歌を知る者登場! あっ、黒歌って出しちゃった。まあいっか、これ見る人はどうせ知ってる! ……よね?


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難儀な悪魔の社交界

 修業パートで修業できないこの矛盾。不思議な描きづらさを感じた。


 ダンスの練習が終わった後、僕と一誠は一度本邸に移動した。

 一誠は搭城さんの事が心配だから様子を見に行こうと僕をさそうが、僕は行かないと伝える。

 

「小猫ちゃんより弱い僕がかけられる言葉はないよ。僕が行った所で、僕と言う下がいる事を教える事だけだよ」

 

 オーバーワークと言う事は、強さがらみの悩みの可能性が高い。さらに、リアスのお母さんから聞いた話を合わせると、力を解放することに忌避感を感じてるんだろう。平安時代でも妖怪と人間の子や霊力が極端に強い子供には多い悩みだ。

 前者は妖怪の高い身体能力と面妖な力で親以外から避けられ、自分の力を怖がる。

 後者は強すぎる霊力に人間の体が耐えられず、身体能力が人よりずっと低い。さらに強すぎる霊力も制御が難しく、周りの期待に応えられずに自分の弱さを責め苦しむ。

 搭城さんが患ってる苦しみもこのどちらか、もしくは両方を合わせなようなものだろう。

 

「でも、誇銅だって小猫ちゃんと同じ戦車(ルーク)じゃないか。同じ立場同士、なんていうかこう、元気づけてやれるんじゃないか? それに、仲間からの言葉ってだけでもやっぱり励ましになると俺は思う」

「僕と搭城さんは全く同じなんかじゃないよ。それと、上を見上げさせるならやっぱりその人より上にいる人が声をかけなきゃ。リアスさんなら立場、一誠なら強さみたいにね」

 

 搭城さんには確かな才能がある。僕には今でこそ目覚めはしたが、不確かな神器しかなかった。同じなんかじゃない。同じだけの仲間意識も与えられていない。

 僕はそれだけ伝えると自分の部屋に戻った。今のうちに宿題でもやっておこうかな。

 

「……いいな」

 

 宿題を始めようとした時、自分の口から言葉がポロリと落ちた。

 僕がライザーさんの炎で入院した時も、事故に合って入院した時も誰もお見舞いに来てくれなかった。あっ、レイヴェルさんだけはなぜか来てくれたか。

 そんなことを思いながらも宿題を進める。でも、やっぱりブランクが長すぎてかなり忘れている。ノートを見ながらだからものすごくはかどらない。

 

 

    ◆◇◆◇◆◇

 

 

「どこ行ったんだ――――――ッ!!」

 

 次の日の朝、僕はアザゼル総督の予告通り修行場に戻された。そして、再び10分もしない間にアクシオさんの視界から姿を消す。戦いを捨てて逃げに徹すれば、隠れる場所の多い森なら簡単に逃げられる。例え広範囲の攻撃で隠れる場所を吹き飛ばしても、一度視界から外れてしまえば森が残ってる限り逃げきれる。全滅させられたら山を挟んで逆側に逃げたり、仕方ないけど山で洞窟を見つけたりするよ。

 

「ん~やっぱり忘れちゃってるな。ここはノートがないとわかんないや」

 

 そしてその日からずっと自室から隠し持ち出した宿題の一部をやりながら時間を潰している。

 それ以外にも炎の造形魔法、『炎目(えんもく)』のトレーニングも順調に進んでいる。アクシオさんは僕が近くに潜んでる事を知ってから、あたりをくまなく探すようになった。だから近くに潜んでしばらく様子を見るのをやめて、ちょっとでも近づいてきたら速攻離れるに切り替えることに。そのせいでかアクシオさんが暴れる音が時々聞こえる。まあ、レーザーブレス以外の攻撃の射程外にいるから大丈夫なんだけどね。。

 

 

 ビュィィィィィィィ ピュイ――――――――ン

 

 

 アクシオさんのいる地点だけが不自然な嵐状態になっている。加えてその中から時々レーザービームが飛び出し山を貫通して天へと放たれる。嵐は炎目で防げそうだけど、あのレーザーブレスだけは燃え尽きる前に炎の壁を突破されちゃう。対面した時点で炎目を造る余裕なんてないだろうから関係ないけど。

 

「どこにいるんだ―――――――ッ! 絶対見つけ出してやる―――――――ッ!!」

 

 ドラゴンの力強い声が響き渡る。最初会った時はかなり知性派なイメージがあったのに、すっかり我を失ってるようだ。アクシオさん、我を忘れさせてしまう程苛立たせてごめんなさい。

 僕の持ち物は大学ノート一冊分の宿題と必要最低限の筆記用具と竹で作った小さな水筒だけ。水場の場所は限られてるから水は貴重。これがなくなったら水場まで組みに行かないといけない。今よりは冷静だった時のアクシオさんの行動で水場の近くは見晴らしがよくされている。痕跡は残してないとはいえ、水場はしっかりとマークされてるだろう。最悪逃げ切るために少し戦わないといけなくなるかも。それはあまりよろしくない。まあ、まだまだ余裕あるから大丈夫かな。

 

 そんなに走り回ったりしてるわけもなく、暑い時は日陰に隠れているけど、長い時間同じジャージを着っぱなしじゃ汗臭くなってきたよ。だからって洗ってる暇は流石にない。

 アクシオさんはほぼ24時間僕を探している。おかげで落ち着いて宿題どころか眠る事もできない。いくら離れてるからってあんなにギラギラした気配を出されちゃ眠れないよ。だからここ最近ずっとぐっすりとは眠れていない。眠る余裕がないのもつらいけど、それに見合うリターンがないのはもっとつらい。

 このトレーニング、半端な座禅や滝行よりも精神修業になる。

 

「チクショ――――――!」

 

 現在八月十五日。ソーナさんたちとのレーティングゲームは八月二十日。残り五日。

 期間中の予定には一度ゲーム前に集まって、休息をとる日もちゃんと設定されている。修業の疲れを持ち込むような愚行をしないために。

 それ以外にも、魔王様主催のパーティもあるらしく、僕たちも招待されている。つまり修業の時間はあとわずか。正確には明日で終わり。

 だから昨日今日のアクシオさんはものすごく焦っている。逃げるのは容易だけど、流れ弾が怖い。不意の流れ弾には敵意がないからね。

 

「……どうやら、今日も平和に終わりそうだ」

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

「よう、誇銅。久しぶり」

 

 グレモリー本邸前。僕はアクシオさんの背中に乗せてもらって戻ってきた。乗り心地はすごく良かったけど、アクシオさんがすごく不機嫌だったから居づらかったよ。でも、乗れって言うし。

 最終日にアクシオさんが麓ばかりに目を向けていたから、ちょこっとだけ山に登って洞窟でゆっくりと眠った。ベット代わりに草を集めたりしてね。

 

「時間にキッチリしてるおまえにしては遅かったな。何かあったのか?」

「ギリギリまでやってただけです。ハイ」

 

 一誠の修業相手のドラゴンがアクシオさんに話しかけると、アクシオさんは見るからに不機嫌そうな顔で答える。

 

「ん? 何かあったのか?」

「なんにもありません。ほっといてください」

 

 アクシオさんの態度が豹変してる事に驚いてる様子。僕だって驚いたよ。だって、初日のアクシオさんは礼儀正しくて、優しい口調で僕に語りかけてくれた。優しくて紳士的って印象。だけど、今のアクシオさんは無愛想で若干ぶっきらぼうな言い方が混じってる。特に僕を見る目が怖い。

 

「アクシオ……大丈夫か?」

「チッ。だから大丈夫ですって言ってるじゃないですか」

「本当に何があったんだ……」

 

 大きなドラゴン同士の間に嫌な空気が漂う。アクシオさんのあまりのやさぐれに、アクシオさんより上っぽいドラゴンが気を使ってる。こちらの事情的にもしかたなかったこととはいえ、ごめんなさい。

 

「じゃ、じゃあ俺たちは本当にこれで。また魔王主催のパーティで会おう」

「次は見つける。ブツブツ」

 

 暗黒面に堕ちそうな黒いオーラを纏いながら羽ばたくアクシオさん。その姿が見えなくなるまで僕の方を見ていた。

 

「……なあ、何をしてたんだ?」

「いや、なんでもないよ。ちょっとかくれんぼしてただけだから」

 

 様子のおかしさから一誠が僕に聞く。僕は適当に本当の事を言ってお茶を濁す。まあ事実だからね。

 

「やあ、イッセーくん。それに誇銅君」

 

 声の方へ振り返ると、そこにはぼろぼろのジャージ姿の木場さん。だけど、この場で一番ボロボロなのは一誠だけどね。上半身なんてもうない。

 

「……良い体になったね」

 

 木場さんが一誠の裸の上半身を見て言う。一誠はそれを聞いて身を隠す。

 

「や、やめろ、なんだ、その目は……そういう目で俺の体を見るな!」

「ひ、酷いな。僕は筋肉がついたねって言いたかっただけなのに」

「おまえは……変わらないな」

「まあ、僕は肉が付きにくい体だからね。うらやましいよ」

 

 ちなみに僕も肉が付きにくい体だよ。だけど、おかげで無駄な筋肉がつかなくて柔術には適してるけどね。必要筋力は今の所戦車(ルーク)の駒で補ってるし、これから筋トレでちょうどいい筋肉をちょっとずつつければいい。

 

「おー、イッセーと木場か」

 

 今度はゼノヴィアさん。全身包帯ぐるぐる巻きでミイラみたい。格好もボロボロだしね。

 

「しかし、お、おまえ、なんだ、その恰好……?」

「うん。修業して怪我して包帯巻いて修業して怪我して包帯巻いていたら、こうなった」

「ほとんどミイラ女じゃねぇか!」

「失敬な。私は永久保存されるつもりはないぞ?」

「そういう意味じゃねぇって!」

「おっ、誇銅もいたのか」

 

 最初僕の名前がないと思ったら気づかれてなかったのか。まあ、僕は小さいし気配も薄いからね。特に、気配の濃い一誠と木場さんの後ろにいればなおさら。

 だけど、一誠も木場さんもゼノヴィアさんも確実に力は増している。修業前とは大違いだ。みんな修業の成果がちゃんと出たみたいだね。

 

「イッセーさん! 木場さん、ゼノヴィアさんも!」

 

 また僕の名前だけない。さすがに今日は無視されすぎじゃない!? 僕だけ全く変わってないから埋没してるのかな? まあ、これが仲間内いじめではない事を祈ろう。……嫌われてはないよね?

 

「アーシア、久しぶりだな」

「イ、イッセーさん! ふ、服を着てください!」

「あら、外出組は帰ってきたみたいね」 

 

 次に現れたのはリアスさん。リアスさんの姿を見て一誠のテンションが一気に上昇した。

 

「部長ォォォォォォッ! 合いたかったっス!」

「イッセー……随分たくましくなったわね。胸板が厚くなったかしら」

 

 リアスさんは一誠にぴったりと抱き着く。抱き着かれた一誠はものすごくうれしそうな顔をしている。

 

「さて、皆。入って頂戴。シャワーを浴びて着替えたら、修業の報告会をしましょう」

 

 久しぶりのシャワー。やっと汗の臭いとこの服を着替えられると思うと嬉しくて仕方ない。シャワー時間はゆっくりととらせてもらうことにしよう。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 僕たちが全員集合したのが実に二週間ぶりだった。

 外で修業していた一誠、木場さん、ゼノヴィアさん、僕はシャワーを浴びて着替えた後、一誠の部屋に集まっていた。正直リビングに集まった方がいいと思うけど、一誠の部屋が一番集まりやすいらしい。わからないけど。

 で、集まって修業の内容を話していた。木場さんは師匠との修業顛末。ゼノヴィアさんは修業の内容を。僕もずっと隠れていたことを正直に。一誠もドラゴンとのサバイバル生活を話した。

 一誠の話を聞くと皆、軽く引いていた。

 木場さんもゼノヴィアさんも外で修業をしていたけど、山小屋やグレモリーが所有している別荘で生活しながら修業していたらしく、一誠が山で動植物をハントしてドラゴンの火炎を避けながら生活していたのは、想像を絶していたらしい。僕の場合途中からだけど一誠と大差ない生活を送っていたよ。まあ、追われる事は一切なくて隠れてたけど。

 でも確かに木場さんやゼノヴィアさんとの環境と考えると厳しい環境だ。それに一誠は伝説のドラゴンが宿る神滅具の所有者と言っても、悪魔になって一年も満たないからね。

 

「せ……先生? 何だか、俺だけ酷い生活を送ってませんか……?」

「俺もお前が山で生活できていたから驚いたよ。途中で逃げ帰ると思っていたからな。ーーまさか、普通に山で暮し始めていたとは俺も想定外だった」

「えええええええええええっ!? 何にそれ……! お、俺、冥界産のウサギっぽい奴とかイノシシっぽい奴を狩って裁いて焼いて食べてたんですよ……? 水も、山で拾った鉄鍋で一度沸騰殺菌してから持ち歩いていたし……」

「だから驚いているんだよ。お前、逞しすぎるぞ。ある意味で悪魔を超えている」

「酷い! こちとらあのお山でドラゴンに一日中追いかけ回されて生活していたのにぃぃぃぃっ! 何度死にかけたことか! うえええええええんっ!」

 

 とうとう泣き出してしまった一誠。まあ、確かに一般人の感覚でそれはきつ過ぎる。泣いてもいいと思うよ一誠。頑張ったね。

 

「部長と会いたくて会いたくて! 毎夜部長のぬくもりを思い出しながら葉っぱにくるまって寝ていたのにぃぃぃ! つらかったよぉぉぉっ! ドラゴンのおっさん、手加減しないで寝てる時も襲ってくるんだもん! 岩が吹き飛んだよぉぉぉ! 山火事が俺を襲ってくるぅぅぅぅっ! 逃げろぉぉぉっ! 逃げなきゃ死ぬぅぅぅっ!」

「かわいそうなイッセー……。よく耐えたわね。ああ、イッセー。こんなにもたくましくなって……。あの山は名前がなかったけど、『イッセー山』と命名しておくわ」

 

 リアスさんが一誠の頭を胸元に引き寄せて抱きしめるて慰める。

 一誠はそこで再び大泣きをはじめた。

 

「自分だけがそうだと思うなイッセー。環境だけならお前よりも誇銅の方がよっぽど劣悪だぞ。誇銅も結局逃げ出さなかったし」

「誇銅君が?」

「一誠と同じようにドラゴンに追われながら、魚も獣もいないところで、雑草やキノコ食ってたらしいからな」

 

 アザゼル総督がさらっと僕があえて伏せていたことを言う。変な注目されるのが嫌だったから伏せておいたのに。案の定、一誠の時に見せた引きよりは小さいものの、みんな引いてる様子。まあ、力は隠せてるからOKとしておこう。

 

「しかし、イッセーも誇銅も禁手(バランス・グレイカー)には至れなかったか」

 

 アザゼル総督は僕と一誠が禁手に至れなかったことを残念そうにつぶやく。だけど、そこまで残念そうでもない様子。

 

「ま、至れない可能性は予想していた範囲でもある。ああ、ショックを受ける事はないぞ、イッセー。禁手(バランス・グレイカー)ってのはそれほど劇的変化がないと無理ということだ。サバイバル生活と龍王クラスと、それに匹敵するドラゴンとの接触で何かが変化すると思ったんだが、時間が足りなかったな。せめて、イッセーはあと一か月……」

 

 さりげなく一か月で可能性があるのは一誠だけって言ったよね? 僕には一か月程度では先が見えないってことですね。まあ、既に禁手できるんですけど。

 僕の場合、その劇的な変化が自身の死だったってことかな。

 禁手に至れた事は嬉しくないけど、そのおかげで藻女さんたちと家族になれた事は嬉しかったね。だからこの力は絶対にアザゼル総督にばれるわけにはいかない。そうなれば自動的にリアスさんのためにこの力を使う事になるだろうから。

 

「ま、いい。報告会は終了。明日はパーティだ。今日はもう解散するぞ」

 

 アザゼル総督の言葉で報告会はお開き。

 こうして、やっと苦痛の修業から解放された。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 次の日の夕方。

 僕は一誠以外のみんなと一緒に別室にいる。着慣れないタキシードに身を包んでね。

 これから魔王様主催のパーティに参加するから、おしゃれをする事は別に不思議ではない。

 一応、グレモリーの紋章付の腕章をつけておけば制服でもよかったらしい。一誠はそれだし。

 なのになんで僕がタキシードを着ているか。それは着ていた方がいいと強く勧められたから。僕にダンスを教えてくれた先生が、ダンスの相手をするなら制服よりタキシードの方がいいだろうと。せっかく上手いのだからもったいないって言ってくれてね。そこまで言われたら断れない。だから衣装を貸してもらった。

 別に平安時代の堅苦しい衣装に比べたらいくぶん楽な服装だから別に問題はないし。

 他の人がもうちょっと時間がかかりそうだったからしばらく外をうろうろしていると。

 

「あれ、匙さん」

「よう、誇銅。ビシッと決めてかっこいいな」

「ありがとうございます。匙さんのタキシードもとてもかっこよく決まってますよ」

「そうか? へへっ」

 

 僕と同じタキシード姿でかっこよく決めてる匙さんにばったり会った。

 

「ところで、どうしてここに?」

「ああ、会長がリアス先輩と一緒に会場入りするってんでついてきたんだ。で、会長は先に先輩に会いに行っちまったし、仕方ないんで屋敷の中をうろうろしてたら、誇銅に会っただけだ」

 

 リアスさんたちがいるところの近くを通ったのにソーナさんに会わなかったってことは、入れ違いになったのかな。まあ、後で僕も行くからその時案内すればいいかな。

 

「もうすぐゲームだな」

「そうですね」

「俺、鍛えたぜ」

「はい。匙さんから感じる力がより洗礼されているのを感じます」

「!? わかるのか!?」

「はい」

「そ、そうか。国木田先輩の言った通りだな。誇銅は他とはちょっと違うって」

 

 国木田さんが僕のことを? どうやらすべて話したわけじゃなけど、ちょっとだけ話したってとこだろう。まあ、国木田さんが大丈夫と判断したなら大丈夫だろう。日本勢力が関わってるソーナさんたちなら僕と日本勢力との関わりを知っても問題ないと思う。まあ、現状をあまり知らないから、知ってる国木田さんが話すまで僕からは言わないよ。

 

「誇銅。先月、若手悪魔が集まった時の事覚えているか?」

「はい」

「あれ、俺たちは本気だ。会長は馬鹿にされたからって関係ないって気にしてる様子はなかったけど。……俺……。先生になるのが夢なんだ!」

 

 匙さんは少し熱がこもった様子で言う。顔も少し赤い。

 

「匙さんが先生ですか。……不器用ながらも生徒と体当たりで接するいい先生になりそうですね」

「今俺が先生になる姿想像しただろ。不器用ってながらって……。でも、いい先生になりそうって言ってくれてサンキュー。

 会長は冥界にレーティングゲームの専門学校を設立しようとしている。ただの学校じゃないんだ。悪魔なら上級下級貴族平民関係なしに受け入れる、誰にも自由な学校なんだ。会長に聞いたんだ。悪魔業界は少しずつ、差別やら伝統やらが緩和されてきたけど、まだまだ根底の部分で受け入れがたい部分があるって。だから、レーティングゲームの学校もいまだに上級悪魔の貴族しか受け入れていない」

 

 力の差が少なく、民主主義が広がってる人間界でも差別的なものは未だに残っている。それが力の差が激しく、貴族主義が残る冥界ではなかなか難しいと思う。

 魔王様たちがいくら人間界のようなシステムを取り入れても、それを行うのは悪魔、人間じゃない。やっぱり強さ的な違いもあれば考え方の違いもある。

 

「ゲームは平等でなければいけない。これは現魔王様たちがお決めになったことだ。平等なはずなのに、下級悪魔の平民にはゲームの道が遠いんだよ。おかしいだろ? もしかしたら、貴族以外の悪魔でもやり方次第では上級悪魔に昇格出来るかもしれないのによ。可能性はゼロじゃないはずなんだ!」

 

 匙さんの真剣な意見と心からの訴えは、僕の心にしっかりと届いた。

 匙さんは―――本気で夢を描いている。それもただの夢じゃない、本気で夢に向かって邁進しようとしてるのが感じ取れる。

 

「会長はそれをなんとかしたいって言っていた。下級悪魔でもゲームが出来るってことを教えたいって。だからこの冥界に、誰でも入れる学校を作るんだよ! 会長はそのために人間界でも勉強されているんだ! スポットが決して当たらなかった者たちに可能性を与えるんだ! 一パーセントでも! ゼロに限りなく近くても!」

「そうですね。可能性はゼロじゃない。ゼロでなければ、可能性はある」

「だ、だからこそ、俺はそこで先生をするんだ。いっぱい勉強して、いっぱいゲームで戦って、色んなものを蓄える。それで『兵士(ポーン)』のことを教える先生になるんだ。会長が俺にも手伝って欲しいってさ。こんな俺でも、学校の先生になれるかもしれない……。俺、むかしはバカな事ばかりやっていてさ。親にも迷惑かけたし、周りの人間にも嫌われてた。でもよ、会長となら、夢が見れるんだ! 俺は生涯会長のお側にいて、会長の手助けをする! 会長の夢が―――俺の夢なんだ!」

 

 匙さんは照れながら言う。

 

「へへへ。お袋にはさ、悪魔になったことは内緒にしているけど、それでも将来の夢を話したら泣いちまってよ。でも、悪くはないよな。お袋の安心した顔ってよ」

 

 お母さんが安心した顔。それは、良くわかるよ。僕もできる事なら、お父さんやお母さんを安心させて、安心した顔を見たい。まあ、叶わないけど。

 できる事なら、匙さん、ソーナさんには負けてほしくないな。

 

「匙さんが立派な先生になれるように僕も応援するよ」

「サンキュー誇銅。まあ、そのためにも今度おまえたちを倒さなきゃいけないんだけどな」

「勝負当日、お待ちしてます」

 

 僕は手を出し握手を求める。匙さんはそれに応えて握手をしてくれた。僕は本気で戦えないけど、それでもリアス・グレモリー戦車(ルーク)としては戦わせてもらいます。

 そして僕は匙さんをソーナさんがいるであろう場所へと案内した。案内した先では皆さんが既に準備を終えたところだった。女性陣はみんな化粧をしてドレス姿に身を包んで、髪もしっかり整えている。みんなとても輝いていた。

 ギャスパーくんも案の定タキシードではなくドレス姿。だけど、とっても似合っている。

 

「あの、誇銅先輩……変ですか?」

「そんなことないよ。とっても綺麗で似合ってるよ」

 

 僕がそう言うと嬉しそうな笑顔を浮かべて、僕と一緒にみんなの後を一番後ろからついていく。

 一誠が待っている客間へとたどり着いた。いっそう綺麗になった仲間の姿を見て、見惚れてる様子の一誠。まあ、ギャスパーくんがここでも女装してるのにはツッコミを入れたけど。でも、ギャスパーくんがビシッと男性ものの服を着てるとこも見てみたい気もする。案外ものすごく似合ってるかも。

 そんなことがおこってる間に、この近くにとても強い気配が複数近づいてくるのを感じる。敵意はないようだ。そして、地響きと共にそれは庭へと着地したよう。

 しばらくして執事さんが来て言う。

 

「タンニーンさまとそのご眷属の方々がいらっしゃいました」

 

 

 

 

 

 庭に出てみると、それはもう圧巻だったよ。

 アクシオさんと同じくらいの大きさのドラゴンが十体ぐらいいるからね。ものすごく大きい。これが一誠の相手をしていたドラゴンの眷属たち。

 

「約束通り来たぞ、兵藤一誠」

「うん! ありがとう、おっさん!」

 

 一誠がドラゴンと話してる間、僕は他のドラゴンたちを見回す。そこには、アクシオさんの姿がなかった。

 

「アクシオさんは居ないんですね」

「ああ、アクシオは精神が不安定になってるから置いてきた。何があったのかと聞いても答えようとしないし」

 

 精神が不安定になった!?

 どうやら心にものすごい傷を負わせてしまったみたいだ。どうしよう、謝りに行った方がいいのかな? でも、別にずっと逃げてただけだし、見つからずに逃げてすいませんとか逆に嫌味になるし。この場合どうしたらいいのか……。

 

「おまえが心配することはない。ドラゴンは強い種族。アクシオはその中でも心の強いドラゴンだ、すぐに立て直す」

 

 アクシオさんの事で悩んでいると逆に僕が励まされてしまった。こんな調子じゃアクシオさんの所に顔を出しても火に油を注ぐだけか。

 その辺の区切りを一応だけどつけて僕たちはドラゴンたちの背に乗り、パーティ会場まで送ってもらった。ドラゴンたちの背中には僕たちが乗っている間、特殊な結界を発生させてくれて、空中でも衣装や髪が乱れないようにしてくれている。ここまで気遣ってもらえて、本当にご苦労様です。

 ドラゴンの背中で一時間ほど揺られていると、眼下に光明が広がっているのが見えてきた。

 どうやら、会場となる場所に着いたようだね。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 パーティ会場となる超高層高級ホテルは、グレモリー領の端っこにある広大な面積の森の中に存在していた。

 相変わらずスケールが本当に大きいね。ドラゴンのうえから敷地を見た感じだと、駒王町がまるまる入ってしまうくらいはあると思うよ。

 僕たちを乗せたドラゴンはスポーツ会場らしきところに降り立った。しっかりと地面に足が着いたのを感じた僕たちは、それぞれ礼を言いながら降りていく。

 

「では、俺たちは大型の悪魔専用の待機スペースに行く」

「ありがとう、タンニーン」

「おっさん! ありがとう!」

 

 最後にリアスさんと一誠がお礼を言うと、ドラゴンたちは再び翼を羽ばたかせ別の敷地内へと移動していった。

 そして、僕たちは会場にまで迎えに来ていたホテル従業員に連れられてリムジンに乗車。これが異常な程と思える僕の感覚はまだまだ正常なようだ。まあ、もしもこれが朧車とかだったらみんなが引いても、僕は何の違和感も覚えないけどね。

 僕はリムジンの一番端っこの席で隣にはドレス姿のギャスパーくんが座っている。後方のリムジンにはソーナさんたちが乗っている。リアスさんは一誠の身だしなみを正しながら、これから行くところの説明をしてくれた。

 

「ホテル周囲に各施設が存在してて、軍も待機しているわ。下手な都心部よりもよっぽど厳重なのよ」

「部長、アザゼル先生は?」

「あの人は他のルートでお兄様たちと合流してから向かうそうよ。すっかり仲良しこよしなんだから……」

 

 どうやら悪魔と堕天使のトップ同士、すっかり意気投合したみたいだね。と、いう事は片方の勢力に見つかると、僕は両方の勢力から目をつけられることになっちゃうのか。現状への変化はないが、仲良くなる程僕への危険性は増す。嫌だな。

 一誠は苦笑いを浮かべるが、とたんにリアスさんは真剣な表情を見せる。

 

「イッセーはタンニーンの頭部にいたから聞けなかったけれど、さっきソーナに宣戦布告されたわ。―――『私たちは夢のためにあなたたちを倒します』って」

 

 それはまた僕の知らないところでそんな事が。やっぱり親友と同時にリアスさんとソーナさんはライバル同士でもあるからね。この正々堂々感はちょっと熱く感じる。

 

「レーティングゲームの学舎。ソーナはそれを建てるために人間界で学生をしながら、人間界の学校システムを学んでいた。ーー誰でも入れる土壌のある人間界の学校は、ソーナにとって重要なものだったのよ」

 

 リアスさんの眷属だけど、気持ち的には僕はソーナさんを応援したい。リアスさんを信頼できず、ソーナさんの夢を応援したいってのもあるけど、ソーナさんが日本勢力と良好な関係ってことも大きいかな。ただの日本贔屓だね。

 

「それでも勝つわ。私たちには私たちの夢と目標があるのだもの」

 

 そう言い切るリアスさん。リアスさんの意志も目標がどうあれ固い様子。

 リアスさんの性格からして真正面から戦おうとするだろう。しかし、ソーナさんが真正面から戦ってくれるかはどうかわからないけど。

 匙さんしか見てないけど、どうやらソーナさんたちは鍛え方が根本的に僕たち、いや、悪魔と違うかもしれない。僕たち日本に近いのかも。そうなると、本当に正々堂々力のぶつかり合いは怪しくなる。

 そうこうしているうちにリムジンはホテルに到着した。出て行くと、大勢の従業員に迎え入れられる。そのまま中に入り、フロントで朱乃先輩が確認をとってエレベーターの中に入った。

 

「最上階にある大フロアがパーティ会場みたいね。イッセー、各御家の方に声をかけられたら、ちゃんとあいさつはするのよ?」

「は、はい。それはそうと部長。今日のパーティは……若手悪魔のために魔王様が用意されたんですか?」

「それは建前よ。どうせ私たちが会場入りしても大して盛り上がりもしないわ。これは恒例のことなの。どちらかというと、各御家の方々が行う交流会みたいなものね。私たち次期当主はおまけで、本当はお父様方のお楽しみパーティみたいなものよ。どうせ、四次会五次会まで近くの施設で予約を入れているのでしょうし。私たちと別行動で会場入りしているのがいい証拠よ。若手よりも先に集まって、既にお酒で出来上がっているのではないかしら?」

 

 リアスさんは不機嫌そうに愚痴を口にしている。隣で朱乃さんと木場さんも苦笑していた。どうやら、魔王主催とはいえ、社交界とはまた違う気軽なパーティのようだね。

 エレベーターも到着し、一歩出ると会場の入り口が開かれる。

 目の前の煌びやかな広間が僕たちを迎え入れる! フロアいっぱいに大勢の悪魔と美味しそうな料理の数々。

 

『おおっ』

 

 リアスさんの登場に誰もが注目し、感嘆の息を漏らしている。

 

「リアス姫。ますますお美しくなられて……」

「サーゼクス様もご自慢でしょうな」

 

 誰もがリアスさんに見惚れている。

 一誠はなんだか誇らしげな表情。だが、その近くでギャスパーくんは。

 

「うぅぅ、人がいっぱい……」

 

 僕の後ろにピッタリ引っ付いて隠れてしまっている。だけど、気のせいかな、僕の後ろなら多少安心した様子を見せるギャスパーくんが、いつも以上に安心してるように感じる。アザゼル総督のトレーニングの成果なのかな?

 そんな事を考えていると、後ろから男性のような声が僕らに話しかけてきた。

 

「あの、すみません」

 

 僕たちが声の方へ振り返ってみると、そこには全身黒鎧に包まれた巨体がそこに立っていた。顔も兜で隠され、目だけしか見えない。

 見た目で重圧を放つその人は、リアスさんを見て話しかける。

 

「その髪色、顔立ち、醸し出す雰囲気。魔王、サーゼクス・ルシファーの血縁者の方とお見受けしました」

 

 魔王の妹として見られたことに少し嫌そうな顔をしたが、その言葉から嫌味のようなものはなく、ただただ確認しているだけにうかがえる。だからリアスさんも嫌な顔は一瞬だけで、普通に受けごたえをした。

 

「ええ、その通りよ。私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主です。あなたのお名前を聞いても?」

「これは失礼、申し遅れました。本部神無(もとべかんな)と申します。日本神、素戔嗚尊(スサノオノミコト)様の護衛として冥界に来た次第で」

 

 スサノオさんがここに!? でもなんで?

 

「そちらの魔王にこちらのパーティの招待状を受け取ったのですが、魔王殿が見つからず困っているのです。どちらにおいでかご存知ありませんか?」

「ごめんなさい。私もお兄様たちが今どこにいるかまではわかりません」

「そうですか。時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした。それでは……」

 

 去ろうとした本部さんは、突然言葉を止めて誰かをじっと見つめる。

 その視線の先にいるのは搭城さん。本部さんはが自分をじっと見つめるのに気付いた搭城さんは、なぜ見られているかわからない様子。どうやら知り合いってわけではないようだ。

 

「おまえ……白音か?」

「!?」

 

 白音。その言葉を聞いた瞬間搭城さんが一気に身構えた。それと同時にリアスさんも反応を見せる。白音。話し方からして名前だと思うけど、一体それが搭城さんとどう関係があるのかわからない。

 数秒の沈黙が続くが、その後口を開いたのは本部さん。

 

「おまえは俺を覚えてないかもしれんが、俺はおまえを知っている。おまえたち姉妹が悪魔になる前からな」

 

 紳士的な対応をしていた本部さんが一変した。見た目だけではない重圧を放ち、その目からは憤りのようなものが感じられる。場の空気が一瞬にして悪くなった。

 だけど、その悪い空気はすぐに第三者の手によって鎮静されることに。

 

「落ち着け」

 

 本部さんの巨体を超える巨体、スサノオさんが本部さんの頭に手をポンと軽く置くと、本部さんは我に返ったように鎮静化された。

 別に疑ってたわけじゃないけど、本当にスサノオさんが来てたんだ。スサノオさんなら護衛いらないとちょっと思ったけど、必要性はあるか。今日はスサノオさんもタキシード姿だ。スサノオさんはチラッと僕を見て、再びリアスさんの方を見る。

 スサノオさんの他にももう一人、筋肉はしっかりしてるけど、初老をむかえたくらいの男性が横に立っている。雰囲気でわかる、かなりの手練れだ。

 

「申し訳ございません。それと、まだ魔王たちの居場所は…」

「関係者に聞いてみたらまだ到着してないらしい」

 

 初老の男性が既にわかったから必要ないと暗に伝える。

 それを聞いた本部さんは、申し訳なさそうにしながらスサノオさんの左側に付こうとするが、

 

「おい、向こうさんに対して謝罪の一言もなしか?」

 

 初老の男性に咎められた。

 本部さんは気落ちした様子で僕たちの方に向き直り頭を下げる。

 

「先ほどの無礼、申し訳ありませんでした」

「こちらの者が迷惑をかけたようですまなかった」

「いいえ、こちらこそ兄が招待したにも関わらず、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」

 

 スサノオさんも頭を下げると、リアスさんも魔王様の事を謝罪する。ちょっと空気が悪くなったけど、どうやら丸く収まったようだね。何ももめごとが無くてよかったよ。

 

「小せえことは気にすんな。軽く挨拶だけして帰るつもりだ。それに、予定より早く来てしまったのは俺たちの方だ。別室で待たせてもらう」

「いくぞ」

 

 初老の男性が未だに頭を下げている本部さんを呼ぶ。呼びかけられてやっと頭を上げ、暗い様子でスサノオさんの後ろをついていく。

 初老の男性沈んだ雰囲気の本部さんの背中をポンポンと叩く。元気出せ、気落ちするなと言ってるかのように僕には見えた。




 前回予告した昔の黒歌を知る者、滑り込みでちょこっとだけしか出せなかった。が、安心してください。これで出番終わりではありません。
 パーティに日本勢力は多少強引過ぎたかな? いや、ここで出さなきゃせっかくの設定が腐る!

 アクシオが誇銅を見つめるその眼光、さながらファイアローをにらみつけるファイヤーの如く。


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身勝手な黒猫の都合

 まさか二日で書き終えるとは思ってなかった。それにしても、タイトルの二文字目が悪魔とか修業とかかぶりまくってる。何とかしないと。


 その後、一誠とリアスさんは上級悪魔の人たちへあいさつ回りに行った。

 挨拶回りに行くと言われた一誠は間抜けな返事で反応。リアスさんの話では、伝説のドラゴンの赤龍帝が眷属悪魔になったのは有名で、挨拶したいという悪魔が大勢いたらしい。

 と、そんなことはどうでもいい。僕はスサノオさんの方が気になって仕方ない。どういう理由で冥界に来たのか。だけど、僕が日本勢力とつながってるのを知られるのはまずい。気になるけど、ここは無関係でいかないと。

 

「あー、ちかれた」

 

 挨拶を終えて一誠たちが戻ってきた。

 フロアの隅っこに用意された椅子に一誠とアーシアさんとギャスパーくんが座っている。リアスさんと朱乃さんは遠くで女性悪魔の皆さんと談話。

 そして、木場さんは女性悪魔の皆さんに囲まれている。木場さんって……本当にモテるんだね。

 いや、洗脳とかを疑ってたわけじゃないよ。ただ、異常なモテ具合に、やっぱり悪魔の雰囲気がよりモテる要素になってるんじゃないかなとは思ったことはある。同族にまでモテるのを見て確証が101%になっただけ。まあ確かに、木場さんはかっこよく紳士的でレア神器の禁手保持者。いろんな面から魅力的に映るんだろうね。

 

「イッセー、アーシア、ギャスパー、料理をゲットしてきたぞ、食え」

 

 さっき席を立ったゼノヴィアさんが大量の皿を器用に持ってやってきた。皿の上には豪華な料理の数々。

 

「ゼノヴィア、悪いな」

「いや、何。このぐらい安いものだ。ほら、アーシアも飲み物ぐらい口をつけた方がいいぞ」

「ありがとうございます、ゼノヴィアさん……。私、こういうの初めてなんで、緊張して喉がカラカラでした……」

 

 アーシアさんはゼノヴィアさんからグラスに入ったジュースをもらうと、口にする。僕は自分で勝手に持ってきたお酒を口にしている。

 平安時代では成人年齢は15歳。つまり、僕も立派に成人している事になる。だから、僕もちょこっとだけだけどお酒を飲んだりした。だから嗜むくらいなら大丈夫。現代では普段飲めないからちょこっとだけね。

 チーズなどをおつまみにしながら味わいながら飲む。

 その時、見覚えのある女性が。綺麗なドレスに身を包んだ女性が一誠たちに近づく。

 

「あ、おまえは――――」

「お久しぶりですわね、赤龍帝」

「焼き鳥野郎の妹か」

 

 その女性は、リアスさんの元婚約相手だったライザー・フェニックスの妹、レイヴェル・フェニックスさん。

 懐かしい、二年ぶりだよ。全然変わってない……って、こっちの時間じゃ数か月だから当たり前か。

 

「レイヴェル・フェニックスです! まったく、これだから下級悪魔は頭が悪くて嫌になりますわ」

「悪かったな。で、兄貴は元気か?」

 

 お兄さんの話をすると、レイヴェルさんは嘆息する。

 

「……あなたのおかげですっかり塞ぎ込んでしまいましたわ。よほど敗北と、リアス様をあなたに取られた事がショックだったようです。ま、才能に頼って調子に乗っていたところもありますから、いい勉強になったハズですわ」

「ハハハハ……容赦しないね。一応、おまえも兄貴の眷属だろう?」

「それなら、現在トレードを済ませて、今はお母様の眷属と言うことになっていますわ。お母様が、自分の持っていた未使用の駒と交換してくださったの。お母様は眷属になりたい方を見つけたら、トレードしてくれるとおっしゃってくださいましたから、実質フリーの『僧侶(ビショップ)』ですわ。お母様はゲームしませんし」

「トレード?」

 

 一誠は聞きなれない言葉を聞いたからか、単語を復唱する。

 

「あら、ご存知ないの? トレードとはレーティングゲームのルールのひとつで、『(キング)』である悪魔の間で自分の駒を交換することが出来ますわ。これは同じ種類の駒であることが条件になります」

 

 そういうのがあるんだ。知らなかったけど、予想できなかった事でもない。悪魔が僕たちを本当に駒のように見ているならね。

 

「ところで赤龍帝―――」

「その赤龍帝ってのはやめてくれ。俺は兵藤一誠って名前あるしさ。おまえ、俺と同い年ぐらいだろう? なら、普通でいいって。みんな、イッセーって呼んでるぞ?」

「そうですか。ではイッセーさんとお呼びします。リアス様の一つ下でしたら、私より一つ上の年齢のハズですので」

 

 そうだったんだ。まあ、レイヴェルさんはちょっと年下な感じもしてたしそこまで以外ってわけでもないけどね。てか、うちの部員の一学年下が幼っぽすぎるってのもあるかな。搭城さんとギャスパーくんだからね。

 一誠の呼び方を『赤龍帝』から『イッセーさん』に変えたレイヴェルさんは、さっきから誰かを探すようにきょろきょろとする。

 

「あの、あなたの所の『戦車(ルーク)』はどこに?」

「小猫ちゃんのことか?」

「いいえ。もう一人男性の『戦車(ルーク)』がいましたよね?」

「ああ、誇銅のことか。そういえばどこ行ったんだ?」

 

 リアス・グレモリー眷属ですと挨拶するのもちょっとだけ抵抗があったから、気配を薄くしてちょっとだけ離れた場所でずっと椅子に座っている。今の僕の気配は道端の石ころとはいかないけど、クラスの窓側一番後ろの端くらいにはなってると思う。

 まさか僕を探してたなんて。他の悪魔ならこのまま無視を決め込むけど、レイヴェルさんにそんな失礼はしたくない。

 残りのお酒をぐっと飲み干し、アルコールの臭い消しのために取ってきたリンゴを食べる。

 

「ここにいるよ」

「うぉ! そんなとこにいたのか!? まったく気づかなかった」

 

 一誠に気付かれちゃおしまいだよ。僕はドラゴンからだって逃げ切ったんだから。って、一誠も一応ドラゴンか。

 僕は立ち上がってレイヴェルさんの近くまで行く。

 レイヴェルさん、ちょっと緊張してるように見える。なぜだろう?

 

「お久しぶりです、レイヴェル・フェニックス様」

「お、お久しぶりですわね」

 

 一誠と話してた時と様子が違うレイヴェルさん。表情が少し強張ってるように見える。

 

「もうお怪我は大丈夫なんですか?」

「怪我? ……ああ、ライザー様の時の火傷の事ですね」

「それと、冥界の病院に搬送されて来た時もですわ」

 

 ああ、あの事もか。あの時はギャスパー君とはまだ知り合ってなく、お見舞いに来てくれたのはレイヴェルさんだけだった。まあ、今まで入院してレイヴェルさん以外来てくれたことなんてないけど。

 僕の入院を聞いて反応を見せたのはギャスパーくんだけ。他は無反応。こういうちょっとしたことで僕の扱いがわかる。まあ、今更だね。

 

「あの時はお見舞いに来ていただきありがとうございました。前者はもうすっかり良くなってます。特に傷跡も残ってませんし。後者は未だに原因がわかりません。だけど、特に変わったことはありませんので大丈夫です」

「それはよかったですわ」

 

 レイヴェルさんがお見舞いに来てくれたことは今でも覚えている。とっても嬉しかった記憶があるからね。

 

「アーシア、ゼノヴィア、ここで待っていてくれ」

「イッセーさん、どうかしたんですか? もうすぐ魔王様の挨拶が始まります」

「いや、ちょっと知り合いがいたから会ってくる。あいさつまでには帰って来るよ!」

 

 レイヴェルさんと話してる途中だけど、一誠の声が耳に入ってきた。

 たぶん嘘だ。何となくの勘だけど、一誠はよくごまかす癖に誤魔化し方が下手。だからたぶん僕の勘は合ってる。でもなん……いや、どうでもいいか。何か遭ったとしても僕には助けられないし、助ける気もない。冷たいかもしれないけど、一誠の命か日本勢力の不利益を天秤にかけたら、日本勢力の方に傾く。

 

「あの、よければダンスのお相手をお願いしても……?」

 

 言われた瞬間ちょっとわからなかった。僕は自分を指差してみて、レイヴェルさんがそれにうなずいて、やっと自分が指名された事を理解した。

 まさか本当にお誘いが来るとは驚きだよ。タキシード着てきてよかった。これなら見た目でレイヴェルさんに恥をかかせることもないしね。

 僕はレイヴェルさんのエスコートでダンスフロアへ移動。本当なら男の僕がエスコートするべきなんだけど、僕は場所がわからない。ちょっと情けないな。

 ダンスフロアではできる限り僕がリードしようと思う。教えてもらった基本しかできないけど、動きはだいたい覚えた。後は音楽とレイヴェルさんの動きに合わせればいい。他との動きにシンクロさせるのは、無影こころさんとの修業で少し身に付けた。まあ、あまりうまくいかなかったけど。こころさんはスピードも圧倒的だけど、何より同調させるのがうますぎる。一糸乱れぬがまさしく似合う人だからね。

 

「あら、誇銅さんはずいぶんダンスがお上手ですね」

「急場しのぎに習っただけです。これ以上の事はできません」

 

 本当にこれいじょうの事はできない。レイヴェルさんも僕に合わせてると言った感じ。初心者の一般人が貴族の令嬢をダンスでリードしようだなんてできるわけがなかったよ。

 

「でもよかったんですか。ライザー様とのレーティングゲームの時のように僕は肉壁になるくらいしかできません。昔も今も。それに、今はその肉壁になる事すら求められていません」

「そんなに自分を卑下しないでください」

 

 レイヴェルさんの言葉に僕は一瞬固まってしまい、ダンスのリズムを乱してしまう。

 リズムはすぐに修正したが、まさか『自分を卑下しないでください』なんて言われるとは思ってもみなかった。

 

「あの時の誇銅さんはとても勇ましかったです。傷だらけにながらも、戦い続けようとする意志。強い炎ではなく、儚くてもいつまでも燃えようとする意志の強さを感じる火。私にはそう見えました」

 

 まずい、涙が出そうになる。日本勢力の人たちの温かさに触れてなかったら、きっと今頃この場で情けなく泣いてしまっただろう。

 情けなく泣き出す事は避けられたけど、瞳にすっすらと涙をためるのは我慢できているかわからない。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 ちょっぴり涙声。どうやら涙目は確実なようだ。

 

「そんなことを言ってくれたのはレイヴェルさんが初めてです。本当に、ありがとうございます」

 

 日本の皆さんに出会えたことで、報われた僕の辛かった過去。

 レイヴェルさんが褒めてくれたおかげで、過去の、あの辛かった過去がほんのちょっぴり色がつく。レイヴェルさん、心の奥底から感謝します。

 

「いいえ、どういたしまして。でも私は思ったことをそのまま伝えただけです」

 

 ダンスの曲が終わりに近づいてくるのがわかる。この時間が終わる。まあ、途中参加でダンスに加わったし、次の曲でまた踊ればいい話だけどね。

 そしてついに曲が終わり、ダンスはいったん修了。体力はまだまだ大丈夫だけど、ちょっと休憩。

 ダンス空間からちょっと離れてジュースを手に取る。

 その時、レイヴェルさんはもじもじしながら僕に改めて話しかけた。

 

「あの、(わたくし)が悪魔の駒をもらったら……もしよければ私の―――」

「レイヴェル。ここにいたのか。旦那様のご友人がお呼びだ」

 

 一人の女性がレイヴェルさんに話しかける。たぶん……ライザーさんの眷属の人かな? まったく自信がないや。たぶん一回だけ見たことはあると思う。

 

「分かりましたわ。誇銅さん、今度お会いできたら、お茶でもいかがかしら? わ、私でよろしければ、手製のケーキをご用意してあげてもよろしくてよ?」

「はい、是非。レイヴェルさんの手製のケーキ楽しみにしてます」

 

 レイヴェルさんはドレスの裾をあげて、一礼して去っていく。優しい人だ。

 さて、僕も一人で暇になっちゃったな。……飲み直しでもしようかな。

 僕は元々座っていた椅子に戻ろうと椅子が見える位置まで戻って来ると、ギャスパーくんが僕の所に歩いてきた。

 

「誇銅先輩、もうダンスは終わったんですか?」

「うん、レイヴェルさんも僕一人に構ってられる立場じゃないからね」

 

 向こうの椅子ではアーシアさんとゼノヴィアさんが楽しそうにおしゃべりしてる姿が見える。二人で間に合ってそうだ。そこで僕はある事を思いついた。

 

「ねえギャスパー君、僕と一緒に踊らない?」

「えッ!?」

「せっかく綺麗なドレス着てるんだし、僕も一緒なら恥ずかしさも和らぐかなと思って。嫌なら嫌って言っていいんだよ。それなら僕と一緒に椅子にでも座って終わるまで待っていよう。僕も一人でこの空間に居るのは気まずいからね」

 

 思いつきの提案でギャスパー君を追いつめてしまったかもしれないとちょっぴり反省。でも、やっぱり綺麗なドレスを着て輝いてるんだから、できるならその輝きをギャスパー君自身にももっと味わってもらいたいな。

 そしてギャスパー君が出した答えは。

 

「ぜ、ぜ、ぜひ、お願いします……!」

「ありがとう。それじゃ行こう」

 

 僕が手を差し出すと、ギャスパーくんがその手を取ってくれる。今度こそ男性らしく女性(女装だけど)をエスコート。今日二度目だからしっかりできる。

 そこでダンスフロアで先ほどと同じようにギャスパーくんと踊りを楽しんだ。最初はガチガチに緊張していたギャスパーくんだが、終盤では緊張もかなり解け楽しんでくれてる様子だった。よかったよ。

 僕が外で起こっていた事件の詳細について知ったのは、パーティの中止が宣言され事態が収拾された後だった。まあ、会場外で小さくない規模の戦闘か何かが起こってた事は気づいてたけどね。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 一誠はレイヴェルが誇銅と話している最中、小猫が急いでパーティ会場から出ようとしている姿を捉えてた。その表情は何かに夢中になっているようで、何があったのかと不安に思う一誠。

 

「アーシア、ゼノヴィア、ここで待っていてくれ」

「イッセーさん、どうかしたんですか? もうすぐ魔王様の挨拶が始まります」

「いや、ちょっと知り合いがいたから会ってくる。あいさつまでには帰って来るよ!」

 

 そう言って小猫を追い一誠はパーティ会場から出ていく。大事にしたくない一誠はアーシアとゼノヴィアには嘘をついて。

 会場を出た小猫はエレベーターに乗って下に降りていく。一誠も隣のエレベーターが開いたのを確認して、それに乗り込んだ。すると、誰かが一誠に続いてエレベータに乗り込む。一誠が振り返ると、そこにはリアス・グレモリーの姿が。

 

「どうしたの? 血相変えて」

「小猫ちゃんが何かを追うように飛び出して行ったのを見たんです」

「なるほど、気になったのね。わかったわ、私も行く」

「はい! けど、よく俺がエレベーター乗り込むのわかりましたね?」

 

 怪訝に思う一誠に、リアスはにっこりしながら言う。

 

「私は常にあなたのことを見ているんだから」

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 エレベーターで一階まで降りた一誠とリアス。二人は近くにいた悪魔に小猫の特徴を教え、ここを通ったか訊ねる。

 そして、何人目かで外に出たことがわかり、リアスは急いで使い魔のコウモリを呼び出して空へ放った。コウモリが返ってくるまで、一誠とリアスはホテルの外にある噴水で待機した。

 

「やはり、小猫の様子はおかしいわね」

「はい。でも、小猫ちゃんがあそこまで追う者ってなんでしょうか?」

 

 一誠の問いにリアスは深く考え込む。一誠はその険しい表情で何か深刻な事ではないかと勘ぐる。リアスにはまさにその深刻な出来事に心当たりがあった。そしてそれは、本人は気づいてないが一誠自身も既に知っている。

 しばらくして、リアスのコウモリが帰ってきた。

 

「見つけたようね。―――森? ホテル周辺の森にあの子は行ったのね?」

 

 使い魔からの情報で小猫が森に行ったことを知る二人。

 一誠とリアスはコウモリの後を追って走り出す。

 

 

 

 

 

 明るい場所を抜け、闇夜の森を二人は走りぬく。人の手は入ってる事は入ってるが、森の中のため走りづらい。それでも一誠は、サバイバル生活のおかげで割と楽に移動している。そこで自分の成長を少しばかり実感した一誠。

 森を進むこと数分。リアスは一誠の腕を引き、木の陰に隠れさせる。少しだけ顔をのぞかせると、そこには小猫の姿があった。

 小猫は何かを探し求めるように森の真ん中できょろきょろと首を動かしている。

 そして、何かに気づいて視線をそこへ向ける。一誠とリアスもその方向へ視線を向けた。

 

「久しぶりじゃない?」

 

 小猫の視線の先には――――音も立てずに現れた、黒い着物に身を包んだ女性。どことなく小猫に似た女性の頭には猫耳がある。

 やっと何かに感づいた一誠だが、リアスは静観するように指示する。

 

「―――っ! ……あなたは」

「ハロー、白音(しろね)。お姉ちゃんだよ」

 

 白音(しろね)。一誠はその名前には聞き覚えがあった。流石に数十分程度前の事は覚えている。日本神、スサノオの護衛と言った甲冑が小猫に対して言った言葉。

 それに加え、前にリアスの母親から聞いた小猫の昔話と合わせ、白音(しろね)が小猫の本名だと推測した。

 

「黒歌姉さま……」

 

 小猫は絞り出すような声でその人物の名前を言う。

 震える小猫。それに対して彼女、黒歌は陽気なほど上機嫌だった。

 黒歌の足元に黒い猫がすり寄る。

 

「会場に紛れ込ませたこの黒猫一匹でここまで来てくれるなんて……お姉ちゃん、感激しちゃうにゃー」

「……姉さま、これはどういう事ですか?」

「怖い顔しないで? ちょっとした野暮用なの。悪魔さんたちがここで大きな催しをしているって言うじゃない? だからぁ……ちょっと気になっちゃって。にゃん♪」

 

 手を猫みたいにしてかわいくウインクする黒歌。その姿に一誠は思わず可愛いと思ってしまう。それを察知したリアスは一誠の頬を抓った。

 

「ハハハハ。こいつ、もしかしてグレモリー眷属かい?」

 

 小猫と黒歌の会話に割り込むように姿を現したのは―――古代中国の鎧みたいなのを着た、ヴァーリの仲間の孫悟空の美猴。一誠はヴァーリの仲間である美猴の出現により、ヴァーリが『禍の団』の一員であることを思い出す。そして、これがパーティ会場を狙ったテロだと推測した。

 一誠がそう思っていると、不意に美猴の視線が一誠とリアスのいる方向へ向けられた。

 

「気配を消しても無駄無駄。俺っちや黒歌みたいに仙術を知っていると、気の流れの少しの変化だけで大体分かるんだよねぃ」

 

 仙術を学んでいれば、このくらいの距離にいればすぐわかってしまう。もっとも、それは相手が仙術かそれに追随するものを学んでいない事が条件ではあるが。

 もしも隠れていたのが日本妖怪の繊細な技術と仙術を学んだ誇銅であれば、相手が孫悟空であろうと確率は五分五分だったろう。そこに少なくない差が出るとすれば、それはどちらの学んできた仙術がより上だったかの違いだろう。人によって違いが出るのだから、国によってはもっと大きな違いが出るだろう。

 一誠とリアスは意を決して、木陰から姿を現す。二人を確認して小猫は驚きを見せる。

 

「……イッセー先輩、部長」

「よう、クソ猿さん。ヴァーリは元気かよ?」

「ハハハハ、まあねぃ。そっちは……へぇ、多少は強くなったのかねぃ」

 

 一誠は自分の体を見ただけで強さがわかるのかと、怪訝に思っている。

 一誠が思っている事を察した美猴は笑いながら言う。

 

「言ったろ? 俺っちは仙術を嗜んでいるんでねぃ、気の流れとかである程度分かるのさ。お前さんを覆うオーラの量が以前よりも上がっていたんでねぃ」

 

 敵であると同時に一誠も知る実力者の美猴が、自分を強くなったと評価したことにより、一誠は修業の成果をまた一つ実感した。

 

「ところで部長、仙術ってなんですか? 魔法使いが使うっていう魔術や魔法とは違うんですか?」

「仙術は魔術、魔法とは違うわ。大きく違うのは仙術は気、つまり生命に流れる大元の力であるオーラ、チャクラと呼ばれるものを重視し、源流にしている点よ。悪魔の魔力や天使の光力とは同じようで別の力。直接的な破壊力は魔力や光力に比べるまで無いけれど。どちらかというと自然の動植物、人間が体内に秘めている未知の部分を仙術は用いるの。たとえば、仙術を覚えれば、オーラの流れを読むことに長け、遠くにいる対象の動きもある程度把握できるとされているわ」

 

 リアスの言っている仙術の説明はほぼほぼ正解である。パワーは低いが、分子が魔力や光力と比べてずっときめ細かく、繊細で応用が利く。誰にでも習得する事ができるが、そこに至るまでの道のりは魔法などと比べるとずっと地味で時間がかかる。それが、力ある者の間で仙術が流行らなかった原因の一つでもある。

 誇銅は二年間のほぼすべてを妖怪との修業に費やした。その中にはもちろん仙術も含まれている。その仙術の技術を持って誇銅はアクシオから約三週間ずっと逃げ続ける事ができたのだ。

 

「気の流れを操って、肉体の内外強化やこの辺りの木々の気を乱して咲かせたり枯れさせる事もできるにゃん♪ 仙術は生命の流れを操作する術。相手の気を乱したり、断つことで生命にダメージを与えるの。悪魔の魔力や魔術に比べると生気の乱れを直す術は対処法が限られているから、やられたほうは大概しんじゃうにゃん♪」

 

 黒歌はウィンクしながら説明した。

 一誠は説明された内容をあまり理解できなかったが、スカウターを装備した花坂爺さんという頭の悪そうな大掴みな解釈ではあるが一応理解した。

 自分の理解があまり追いつかない事を考えるのをやめた一誠は、この二人がこの場にいる理由を問う。

 

「なんでここにいるんだ? テロか?」

「いんや、そういうのは俺っちらに降りてきてないねぃ。ただ、冥界で待機命令が出ていてねぃ。俺も黒歌も非番なのさ。したら黒歌が悪魔のパーティ会場を見学してくるって言い出してねぃ。なかなか戻ってこないから、こうして迎えに来たわけ。OK?」

 

 無駄に丁寧に説明する美猴。嘘は一つもついていない。

 一誠は美猴の話に嘘がないと仮定し、小猫がここまで来た経緯を想像する。

 

「美猴、誰この子?」

「赤龍帝」

「本当にゃん? へぇ~これがヴァーリを退けたおっぱい好きの現赤龍帝なのね」

 

 一誠は向こうにそんな報告をされてるのを初めて知った。だが、本当の事だから別に構わない。むしろおっぱい好きの赤龍帝もいいなと思っている。内心ドライグがどれだけ嫌がっても。

 

「黒歌〜、帰ろうや。どうせ俺っちらはあのパーティに参加出来ないんだし、無駄さね」

「そうね。帰ろうかしら。ただし、白音はいただくにゃん。あのとき連れて行ってあげられなかったからね♪」

「!?」

「あらら、勝手に連れて帰ったらヴァーリ怒るかもだぜ?」

「この子にも私と同じ力が流れていると知れば、オーフィスもヴァーリも納得するでしょ?」

「そりゃそうかもしれんけどさ」

 

 黒歌と美猴の間だけで小猫の処遇が決まっていく。そこに小猫の意志など一欠けらもない。

 黒歌は目を細めて小猫を見る。小猫はその目に小さな体をビクつかせ怖がっている。

 一誠は黒歌と小猫の間に入り、黒歌に真正面から言った。

 

「この子は俺たちリアス・グレモリー眷属の大事な仲間だ。連れて行かせるわけにはいかない」

 

 一誠の行動を見て、黒歌と美猴は笑った。

 

「いやいや、勇ましいと思うけどねぃ。さすがに俺っちと黒歌相手にできんでしょ? 今回はその娘もらえればソッコーで立ち去るんで、それで良しとしようやな?」

 

 一方的に勝手な事ばかり言う美猴。その言葉に一誠もリアスも憤怒の表情になる。

 

「この子は私の眷属よ。指一本でも触れさせないわ」

「あらあらあらあら、何を言っているのかにゃ? それは私の妹。私にはかわいがる権利があるわ。上級悪魔様にはあげないわよ」

 

 ピリッ

 

 空間の空気が緊張したものに変わる。リアスと黒歌がにらみ合い、一触即発の空気を醸し出す。しかし、黒歌は睨みつけるのを止め、にっこり笑いながら言う。

 

「めんどいから殺すにゃん♪」

 

 その瞬間、言い知れない感覚が一誠とリアスを襲う。すると、周りの風景は一切変わっていないのに、空気と雰囲気が一気に変わる。まるで別の場所に飛ばされたかのような。

 

「……黒歌、あなた、仙術、妖術、魔力だけじゃなく、空間を操る術まで覚えたのね?」

「時間を操る術までは覚えられないけどねん。空間はそこそこ覚えたわ。結界術の要領があれば割かし楽だったり。この森一帯を結界で覆って外界から遮断したにゃん。たから、ここでド派手なことをしても外には漏れないし、外から悪魔が入ってくることもない。あなたたちはここで私にころころされてグッバイにゃ♪」

 

 森の中で孤立させれてしまった一誠とリアスと小猫。結界のせいで援軍の期待はなくなってしまった。自分たちだけで黒歌と美猴を倒せるのかと不安になる一誠。倒せないのなら逃げることはできないかと考えるが、逃げられそうもないと結論づける。

 そんな時、森の中から重圧を放つ男のような声が響き渡った。

 

「黒歌―――――――!!」

『!?』

 

 敵意のこもったその声は、はっきりと『黒歌』と言った。どういう事か理解できないが、少なくても敵ではないだろうと一誠は思う。その声の主が森の中からその姿を現した。

 それはパーティ会場で小猫に重圧を放った、スサノオの護衛を名乗った全身黒鎧。兜の上からでもわかってしまう程の怒りを放ち、黒歌に向かって走っていく。

 

「おうおうおう、ずいぶん黒歌に因縁のある悪魔っぽいな」

「だけど私はあんな奴しらな~い」

「どっちにしろ、そのやる気は買ってやるねぃ。これりゃ少しは楽しめそうじゃねぃか」

 

 怒りのオーラを放ち突進してくる重鎧に向かって、美猴は嬉々として向かっていく。

 所詮見かけ倒しだろうと思いながらも、その放つ迫力と怒りは大したもの。その勢いがあれば少しはいい勝負ができるんじゃないかと、美猴はそう軽く考えていた。

 

「邪魔だ!」

「うぉっ!?」

 

 黒鎧は向かってきた美猴の攻撃を躱すことなく、美猴を掴んで上へ投げ飛ばした。

 美猴の攻撃をものともせず、逆に投げ飛ばしてしまうパワー。黒歌は相当なパワーを持った悪魔だと。余裕の笑みを崩さない黒歌は構えをとった。

 

「パワーがご自慢みたいだけど、あいにく私をパワーで突破するのはム・リだにゃ♪」

 

 黒歌の手が黒鎧に触れた。

 黒鎧はパワータイプ。その前提が既に間違っている。美猴は黒鎧のパワーで投げ飛ばされたのではない、“自分のパワーで飛ばされたのだ”。

 そのことを伝えられなかった美猴。そのことを見抜けなかった黒歌。それがこの結果を招いた。

 

「フンッ!」

「えっ?」

 

 柔術で黒鎧を地面に叩きつけようとした黒歌。だが、地面に叩きつけられたのは黒歌の方。この時、黒歌は黒鎧の戦闘スタイルを正しく認識できた。その代償は地面に叩きつけられるだけでは済まなかったが。

 

「ハァァ!」

「ぎにゃ!」

 

 倒れる黒歌に黒鎧は地面すれすれのアッパーをくらわせ、黒歌は鼻血を出して吹き飛ぶ。黒鎧はさらに追撃を与えようと動き出すが、復帰した美猴が攻撃を加える。

 

「如意棒ッ! 伸びろォォォォッ! 如意棒ッッ!」」

 

 美猴の手元に長い(こん)が現れ、それを伸ばして背後から攻撃を加えた。もう美猴は黒鎧を格下とは思っていない。大物の上級悪魔と戦う時のような興奮を覚えている。だが、相手の敵意は自分には向いていない。だから、この一撃で鎧を砕き、こっちに意識を向けさせようとしたが。

 

「そんな棒切れで俺の暗黒物質(ダークマター)の鎧は破れん」

 

 黒鎧は僅かに前によろけただけで踏みとどまり、鎧は一切の傷もついていない。

 

「おっ!?」

「ン、フン!」

 

 伸びた如意棒の先を掴まれ、そのまま黒歌に向かって投げ飛ばされる。しかし美猴は空中で体を回転させ、衝突を免れただけでなく体制を立て直し綺麗に両足で着地。

 殴られ吹き飛ばされた黒歌はゆっくりと立ち上がり、少し動揺を見せる。

 

「見た目でパワータイプかと思ったけど、パワーは大したことないみたいねぃ。ん? どうした黒歌」

「なんで……なんで私以外の悪魔が本部流柔術を!?」

「俺っちはこいつの相手をする。こっちはまかせたぜぃ! 筋斗雲ッッ!」

 

 美猴が叫ぶと足元に金色の雲が出現し、そのまま黒鎧に向かって突進していく。そしてもう一度如意棒で攻撃。今度はさっきより力を籠め、龍王を相手にするかのように本気で放つ。すると今度は黒鎧の鎧にヒビが入り、森の奥へと吹き飛ばされていく。

 

「うぉぉっ!」

「これからが俺っちの本気ねぃ!」

 

 飛ばされた黒鎧を追って筋斗雲に乗った美猴は森の奥へと入っていく。

 後に残されたのは黒歌と一誠、リアス、小猫の四人。厄介な黒鎧がいなくなって黒歌はさっきほどじゃないにしろ、再びにっこりと笑う。

 

「さっきの奴は気になるけど、今はこっちの方が大切にゃん♪」

 

 黒歌は妖艶な笑みを見せる。しかし、全身からはドス黒いオーラが滲みだしている。

 アザゼルのような悪の黒いオーラではなく、邪悪なオーラ。

 

「……姉さま。私はそちらへ行きます。だから、二人は見逃してあげてください」

「―――ッ 何を言っているの!? 小猫! あなたは私の下僕で眷属なのよ! 勝手は許さないわ!」

 

 リアスは間髪入れずに小猫を抱きしめる。しかし、小猫は首を横に振る。

 

「……ダメです。姉さまの力は私が一番よく知っています。姉さまの力は最上級悪魔に匹敵するもの。部長とイッセー先輩では……。今戦ってるあの人の力があっても幻術と仙術に長けている姉さまを捉えきれるとは思えません……」

「いえ、それでも絶対にあなたをあちら側に渡すわけにはいかないわ! あんなに泣いていた小猫を目の前に猫又は助けようともしなかった!」

「だって、妖怪が他の妖怪を助けるわけないじゃない。ただ、今回は手駒が欲しいから白音が欲しくなっただけ。私なら白音の力を理解してあげられるし」

「……イヤ……あんな力いらない……黒い力なんていらない……人を不幸にする力なんていらない……」

 

 ふるふると震え、ボロボロと涙をこぼし始めた小猫。リアスはいっそう強く小猫を抱きしめ安心させようとする。

 

「黒歌……。力に溺れたあなたはこの子に一生消えない心の傷を残したわ。あなたが主を殺し去った後、この子は地獄を見た。私が出会った時この子に感情なんてものはなかったわ。小猫にとって唯一の肉親に裏切られ、頼る先を無くし、他の悪魔に蔑まれ、処分までされかけた。この子は……つらいものをたくさん見てきたわ。私はたくさん楽しいものを見せてあげる! この子はリアス・グレモリー眷属の『戦車』搭城小猫! あなたに指一本だってふれさせやしないわ!」

 

 それを聞いた小猫は、また別の意味で涙をあふれさせた。

 一誠もそのリアスの愛に涙を流す。眷属を大切にするリアスの言葉に。

 先ほどまで自分の意見を押し殺してきた小猫は、ついに、自分の心を開いた。

 

「……行きたくない……。私は搭城小猫。黒歌姉さま、あなたと一緒に行きたくない! 私は、リアス部長と一緒に生きる! 生きるの!」

 

 小猫の心からの叫び。それは姉である黒歌との絶縁をも意味する言葉。

 それを聞いた一誠はもう後に引けない気持ちになる。小猫を絶対に守ると。

 黒歌は小猫の本音を聞き、一度苦笑した後、全身を凍らせるような冷笑い浮かべて

 

「じゃあ、死ね」

 

 絶対零度の殺害宣言。

 黒歌から薄い霧らしきものが発生する。それは徐々に広がり、一誠たちのところにも、森全体にまで広がっていく。

 薄い霧で視界には大した支障はないが、この霧に触れるだけで一誠は恐ろしい程に身震いする不気味さを感じている。

 

「―――あっ」

 

 隣にいたリアスが急にその場で膝をつく。一誠には何が起きたかわからない。

 

「へー? 赤龍帝だから効かないのかしら? この霧はね、悪魔や妖怪にだけ効く毒霧にゃん。毒を薄くしたから、全身に回るのはもう少し苦しんでからよ。短時間では殺さないわ。じわじわっと殺してあげるにゃん♪」

 

 一誠も黒歌も一誠に毒が効かない理由はいまいち良く解っていない。だが、黒歌の余裕は途切れる事はない。

 毒に侵されているリアスは、力を振り絞って魔力の弾を打ち出す。それは黒歌にヒットしたが、その体は不自然に霧散した。

 

「良い一撃ね。でも無駄無駄。幻術の要領で自分の分身ぐらい簡単に作れるわ」

 

 黒歌の声が森に木霊する。霧の中に人影が次々と生まれ、すべてが黒歌へと変わっていく。一誠には本物を見分ける術がなく、体を纏うオーラの微妙な判別をする能力もない。そもそも、オーラで判別するなんて芸当、リアス・グレモリー眷属内では誇銅以外できない。

 

 一誠たちが毒に侵されているその時、森の奥から何かが飛んできた。美猴だ。

 森の奥からここまで飛ばされた美猴は地面に倒れ動かない。正確には戦闘不能ってわけではないが、麻痺のような状態で動けない。

 

「にゃあ! 美猴、大丈夫かにゃ?」

「厄介な相手だったが、鎧分俺の方が上だ」

 

 美猴と戦っていた黒鎧が森の中から出てくる。多少のダメージは見られるが、まだまだ元気そう。だが、ダメージが少なそうな黒鎧が急に膝をつく。リアスや小猫と同じように。

 

「な、なんだこれは……毒か?」

「この霧は悪魔や妖怪にだけ効く毒霧にゃん。死ぬまでは時間がかかるけど、これであなたもおしまいにゃん♪」

「そうか」

 

 黒歌の言葉にうなずいた黒鎧は鎧の突起物を折って、自分の口元で握りつぶす。すると、粉々になった鎧の欠片は黒い煙となり、黒鎧の中に吸い込まれていく。

 すべての煙が吸い込まれると、黒鎧は平然と立ち上がった。

 

「これでよし」

「なっ! 私の毒霧を無効化したにゃ!?」

「簡単な話だ。俺の鎧を構成する暗黒物質(ダークマター)が毒を中和させた」

 

 黒鎧は間髪入れずに倒れる美猴の足を掴み、黒歌に向かって投げつけた。それも、無数にいる分身の中から本物に向かって。

 黒歌はそれを受け止めようとするが突如、美猴の体の内部から黒い突起物が皮膚を突き抜けて黒歌の足めがけて生えた。後数秒行動の切り替えが遅れれば、足を貫かれていただろう。

 

「にゃ、にゃに!?」

「そいつは既に俺の暗黒物質(ダークマター)を少なくない量を取り込んだ。妖怪の戦いは呪い合い。それを知る前に悪魔に降ったお前にはわからんだろう」

 

 方向転換ができない空中で黒鎧は黒歌を捉えた。

 それでも黒歌も数々の追っ手を返り討ちにしてきた強者。それで終わる程弱くない。

 

「なら、妖術仙術ミックスの一発をお見舞いしようかしら!」

 

 黒歌の最高の一撃。狙うは唯一鎧で覆われていない目元。

 それを黙って受ける黒鎧ではない。攻撃途中の黒歌の指を取り、関節を逆に曲げた。痛みで技を中断させられた黒歌。そのまま黒歌を操り地面に落とす。

 

「今のは指取り。分身の中から私を見つけ、本部流柔術まで……あなたは一体!?」

「……」

 

 黒鎧の正体を問う黒歌。だけど黒鎧は動かずに答えない。

 そもそもなぜ美猴と黒歌は日本勢力の黒鎧が悪魔だと断言したのか。それは、黒鎧のオーラが悪魔のそれと100%一致していたからだ。

 

「白音は俺の事を覚えてなかった。無理もない、白音はまだ物心がつく前だったから。しかし、おまえは覚えてるよな黒歌」

 

 黒鎧は自分の兜に手をかけ外す。兜を外すと、兜も鎧も黒い霧となって消えてしまう。鎧の中から出てきたのは、身長155cm程で金髪ショートの……女性だった。

 2m近くある黒鎧に、声もモロ男声から女声になっている。一誠はもはや別人じゃないかと思った。

 鎧の中から出てきた女性を見て、黒歌はまるで最初の小猫のように動揺を見せる。

 

「何十年、何百年経とうが、俺はおまえを許さない」

「……ルカール」

「その名で呼ぶな! 俺は神無! 本部神無だッ! 誇り高き日本妖怪。おまえのような師匠から受けた数々の恩義に、後足で砂をかけるような悪魔とは違う!」




 誇銅をレイヴェルといい雰囲気にしたらまた文字数が……。日本勢力に悪魔とか、ルカールと黒歌の関係はまた次にちゃんと書きますので。それまでは……予想とかしてお待ちください!


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憤慨な黒鎧の怒り

 一誠も悪い人ではないんですよね。ただ、悪い部分が多い良い人なだけで。


 ルカール、もとい本部神無に激しく攻め立てられる黒歌。その表情には、もう先ほどまでの笑みはない。むしろ、少し前までの小猫の表情に近い。小猫は黒歌に与えられたトラウマにおびえていたが、黒歌も本部神無によって同じような恐怖を味わっている。

 

「なんで冥界なんかにいるにゃ、ルカール」

「その名前で呼ぶなと言っただろ! 黒歌! 俺はもう完全に悪魔を捨てたんだ! あの時は、俺が悪魔で黒歌が妖怪。だけど今は、黒歌が悪魔で俺が妖怪。それを頭に刻み込め、黒歌!」

 

 黒歌が笑顔で小猫を追いつめて行ったように、黒歌も神無の怒りによって精神的に追い詰められていく。普段の黒歌なら例え力の差があったとしてもこのくらいの差なら、自慢の妖術と仙術を巧みに使い余裕ぶって戦える。だが、今の黒歌は冷静を保つ余裕すら一遍もない。まさに、キャストは違うが先ほどの黒歌と小猫の焼き増しである。

 

「俺が冥界にいるのは偶然だ。偶然来る必要ができただけ。本当は冥界になんて来たくなかった。でも、冥界に来てよかった。やっとおまえに会えたのだからな、黒歌!」

 

 神無が黒歌の名を呼ぶ(たび)、黒歌の精神が追いつめられていく。その意味では、小猫が黒歌に追いつめられた以上に黒歌は神無に追いつめられているかもしれない。

 神無が目を吊り上げて黒歌を睨みつける。黒歌はその目に体の震えが止まらない。

 その間にも小猫とリアスは黒歌の毒で苦しんでいる。黒歌はなぜかわからないが、味方らしき人を前にして狼狽している。これはチャンスだと思い一誠は神無に声をかけた。

 

「話の途中で悪いんだけど、小猫ちゃんと部長が苦しんでるんだ。だから…」

「うるさいっ! 俺は悪魔が大嫌いなんだッ! 特におまえのように悪魔にどっぷり浸かって尻尾を振る、種族の裏切り者の悪魔がな!」

 

 一誠の言葉を怒鳴ってかき消す。その内容は一方的で一誠にとっちゃ知ったこっちゃないこと。第三者目線で見れば、人の命がかかってるのにそんなこと言ってる場合ではない。だけど、神無にとって悪魔二人の命よりも自分の都合が優先なのだ。

 暗黒物質(ダークマター)の鎧を片足だけ形成すると、神無は一誠の影を鎧で思いっきり踏みつけた。地面にめり込むくらいに。すると、一誠の動きが完全に封じられ、指一本、言葉すら出せなくなってしまう。

 

「黒歌ッ!」

「ヒッ!」

 

 神無は鎧を纏わず、鬼気迫る表情で黒歌の方へ走り出す。黒歌はおびえた表情のまま反撃の態勢をとる。

 あっという間に再び組み合える位置まで近づいた神無。しかし、黒歌は既に神無の方が体術が上だと言う事は重々承知している。そんな相手とまともに組み合う程混乱していない。黒歌は猫妖怪の武器である爪を伸ばして斬撃に切り替える。だが、おびえた状態では自分の実力は出せない。神無は先ほどより明らかに劣化している黒歌の動きに余裕を持って反応し、暗黒物質(ダークマター)をガントレットにして爪を掴み、そのまま生爪を引っぺがした。

 

「ぎにゃぁぁッ!!」

「何不幸面して悲劇のヒロインぶってんだ! 俺と師匠を裏切り、悪魔なんかとつるんで楽しかったか? この裏切り者がッ!」

 

 そこからさらに黒歌が逃げる暇も与えず、最初に折った方の手の折れてない指を掴む。

 

「そんなにあの生活が嫌だったか黒歌。そんなにも日本妖怪として生きるのが嫌だったか? 親と死別して帰るとこが無くなったおまえたち姉妹を、保護し鍛えてくれた師匠のもとがそんなにも嫌だったのか!? 答えろ黒歌!」

 

 その指で黒歌を操り、周りの木々に何度も打ち付ける。指が折れるまで。指一本を掴まれ、強引に何度も軌道修正をされた黒歌の指は数十回もしないうちに折れてしまった。悪魔の身体能力と言っても所詮術者タイプの女性の指。さらに、相手も同じ悪魔。乱暴に扱われれば折れるのにそう時間はかからない。

 

「い……痛い……」

「……姉さま」

 

 ちょっと前に絶縁同然の発言をした小猫も、目の前で無残に痛めつけられる姉を見て心が痛む。小猫も悪魔として相手を痛めつけたり、時には死の瞬間に立ち会ったことは何度かある。しかし、痛めつけるのは正当な戦いの中、死の瞬間は死んで当然のはぐれ悪魔が原型も残さない。一方的に痛めつけられて、じわじわとなぶり殺しにされるとこなど見たことない。それも純粋な素手の暴力のみで。生々しく痛めつけられる対象が身内となれば余計にだ。

 

「……なんで、そこまで姉さまを憎むのですか……?」

 

 小猫は苦しみながらも神無に訊く。それは純粋な疑問もあったが、姉を心配する気持ちも半分ほど含まれている。

 倒れる黒歌に近づく神無の足が止まる。そして、怒りを消した表情で小猫を見た。

 

「そうだな白音。おまえには知る権利がある」

 

 顔だけ向けていた神無月は半身の状態に切り替える。当然黒歌から意識を外したわけではない。神無がこれから語る話を小猫はしっかりと聞いた。

 

「簡単に言うと、俺は黒歌の姉弟子。そして、黒歌の義妹で白音の義姉でもあった。もう昔の事だがな」

 

 小猫は驚きと疑問が混ざったような表情をする。自分の義姉とはいったいどういう意味か。姉さまの姉弟子とはどういうことなのか。自分たち姉妹は悪魔に拾われたのではないかと。

 

「俺と黒歌と覚えてないだろうが白音は、ある偉大な日本妖怪に保護されたんだ。親と死別したという同じ理由で。父は俺たちの師匠となり、日本妖怪としての様々な技術を教えてくれた。妖怪ではない俺にまで。自分の娘として分け隔てなくと言ってくれた」

 

 説明する神無の表情に怒りはない。至って冷静な表情で淡々と小猫に説明する。だが、神無がしゃべる程に黒歌の表情は曇っていく。

 

「そんな俺たちのもとに、一人の悪魔が現れた。悪魔は師匠に俺たちを引き取りたいと申し出た。眷属になる事と引き換えに、より良い暮らしと、妖怪以上の強さを与えると。師匠は当然断った。だけど」

 

 神無は表情に少しばかりの怒りを戻して黒歌の方を見る。

 

「黒歌は白音を連れてその悪魔について行ったんだ。師匠の今までの厚意を無碍にして」

 

 立ち上がらない黒歌の首根っこを掴み、無理やり立ち上がらせる。持ち上げる神無の手が黒歌をわずかに地面から浮かせている。

 

「そりゃあお世辞にも裕福とは言えなかったさ。だけど、決して貧しいもんじゃなかっただろ?」

 

 痛みと首を掴まれる苦しさで苦痛の表情の黒歌に対して問いかける神無。そんな状態で、それほどのダメージを受けては答えることはできない。だが、どちらにしろ黒歌は答えなかっただろう。それは神無もわかっていた。

 首根っこを掴んだまま、技など使わず力だけで思いっきり黒歌を地面に叩きつける。見た目ほどのダメージはないが、今の黒歌にはそれでも響く。

 

「帰る場所があって、愛情を注いでくれる親がいて、共有できる姉妹がいて、それ以外に何が必要だったんだ? 親と義妹を捨ててまで豪華な暮らしが欲しかったのか? それとも、日本妖怪がそんなにも弱く見えたのか? 答えろよ、黒歌ッ!」

 

 神無は相変わらず怒りの形相で黒歌を見下ろす。黒歌はその力強い瞳に対し、力ない瞳をただひたすら背けている。指が二本折れて体へのダメージも大きいが、それでもまったく反撃できない程のダメージではない。まだまだやりようはあるのに黒歌は反撃らしい反撃は行っていない。

 

「はっ……はぐっっ!」

 

 黒歌はまだ無事な方の手で締め上げる手を放そうと掴み、二本折れた方の無事な指から爪を伸ばし神無の腕を刺す。だが、神無の掴む力は全く衰えない。暗黒物質(ダークマター)の防具で防御もできたはずなのにそれもせず。

 

「俺の目を見ろ黒歌ッ!」

 

 いっこうに目を合わせようとしない黒歌に神無は言う。力強い目でしっかりと黒歌を見ながら。それでも些細な抵抗をしながらも黒歌は目を合わせようとしない。瞳にもまったく力が籠っていない。

 

「……黒歌」

 

 締め上げる手の力が僅かに緩まった。あれだけ怒りの形相を浮かべていた神無の表情も次第に変化し、瞳には悲しさが宿る。

 

「なんで……何も言わずに出て行ってしまったんだ。さよならも言わずに……妹同然に可愛がってくれた俺を……なんで……連れて行こうともしなかったんだ」

 

 神無の瞳からあふれる涙がぽたぽたと黒歌の顔に落ちる。頬に落ちる涙の感触で黒歌はやっと神無の目を見た。そこには怒りではなく、何年も蓄積された哀しみがあるだけ。

 

「なんで悪魔の俺が残って、お父さんと同じ種族のおまえたちがいなくなった。俺じゃなく、おまえたちなら、お父さんもあんな思いをしなくて済んだのに」

 

 黒歌を締め付ける手を完全に離しその場に座り込んでしまう神無。深い悲しみが長い時間を経て激しい怒りへと変貌してしまった。その怒りの業火が燃えた後には、悲しみの灰だけが残る。時間が経てばもっと正常な怒り方ができるだろうが、長年蓄えられ続けた悲しみの怒りがとりあえず燃え尽きれば、回復するまでに少し時間がかかる。所詮一時の感情爆発に過ぎないのだから。

 

「うぐっ……黒歌――――――ッ」

 

 突如泣きながら怒りだした神無は再び黒歌を攻撃するべく立ち上がる。振り上げられた拳に暗黒物質(ダークマター)が集まり、黒く固いガントレットへが装備される。だが、その攻撃は黒歌に届くことはなかった。

 

「隙だらけだねぃ!」

「あがっ!」

 

 神無の暗黒物質(ダークマター)から解放された美猴が如意棒で神無を倒した。美猴の本気の如意棒を耐えきった暗黒物質(ダークマター)の鎧、それを身に付けていない生身の状態で受けきれるほど美猴は弱くない。そして、鎧なしで孫悟空に勝てる程神無は強くない。強固な甲羅に閉じこもる亀の中身は柔らかい。強固な何かに“守られる”ことは、同時にそれが破られれば脆い事も意味する。

 

「美猴……」

「込み入った話してるところ悪いねぃ。だけど、黒歌が殺されるのを見逃す事はできない。悪いけど、邪魔させてもらった」

 

 黒歌は半分感謝、半分邪魔という複雑な視線を美猴に向ける。このままでは死にかねないところを助けてもらったのは事実だが、一方で水をささないでほしいとも思っていた。

 このまま続ければ、黒歌は殺されないまでも深刻なダメージが体に残る危険性があった。それはヴァーリチームとしても、頼るあての少ないS級はぐれ悪魔としても困る。だから美猴は助けた。他の禍の団の中でも仲間意識が高いに部類されるヴァーリチーム。一誠たち程ではないが、仲間がピンチならば助ける。

 

「で、どうするねぃ。あんたの妹の件。このまま続けるか、それとも中止して帰るか」

「……」

 

 美猴の出す二択に黒歌は答えずに考え込む。

 

「続けるんなら付き合うぜ。ちょうど俺っちの相手もいるし。まあ、結構ダメージはいっちゃったけど、それは俺っちも同じ」

「……!」

 

 黒歌は自分の頬をパンパンと叩いて気付けする。そして、また余裕の笑みを浮かべ一誠と小猫を見る。

 

「続ける。ここで止める理由はないにゃ」

「指、大丈夫なのか?」

「このくらいど~ってことないにゃ♪」

 

 それを聞くと美猴は神無が飛んで行った方向へ筋斗雲に乗って飛んでいく。黒歌は再び自身の分身を大量に創り出し、一誠たちをあざ笑う。再び神無が乱入する前の状態に戻った。

 一誠の動きを封じていた暗黒物質(ダークマター)の足も消え、一誠も動けるようになっている。だが、黒歌の幻術を破る術が一誠には一切ない。

 

「……気の流れを読めないと、高術者が使う幻術に対処できません」

「ブーステッド・ギア!」

 

 一誠は自身の神器の名前を叫ぶ。

 小猫のアドバイスを受けても一誠にはどうすることもできない。実際はいたところで役には立たないが、一誠はアーシアがいれば何とかできたかもしれないと思う。

 一誠はそれでも戦うため、自身の神器を発動させるが、いつものように機能しない。

 

『神器が曖昧な状態になっているのだ』

 

 困惑する一誠に神器内のドライグが説明する。

 

『あの修業で、次の分岐点に立ったのだ。あと一押しで神器が変わると思うのだが、その変化が通常のパワーアップか、禁手かはわからない』

 

 つまり、一誠の神器が分岐点の手前まで来ているが、普通のパワーアップで済んでしまうか禁手までいけるか曖昧な状態になっている。資格はあるが今一つ足りない。それなりに修業をした一誠だが、禁手に至るには精神的な変化が重要。むしろ一誠のような空気に流される性格は禁手に至りやすいが、その流されるような空気が修業内でなかったのだ。

 

『ああ、普通のパワーアップならば気合い一閃で果たせるかもしれないが、禁手は劇的な変化がおまえのなかで生まれなければ至れない。ただ、これだけは覚えておけ。いま、おまえには禁手に至れるチャンスが到来している。あとはおまえ次第だ』

 

 劇的な変化というが、今までの所有者がほぼ絶対と言っていい程禁手してきた赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。禁手は既に癖のように染みついており、亜種でなければ割と簡単に至れる。だが、一誠は力に溺れる程の力もなければ、絶対に成し遂げたい信念もない。だから一度反則的に禁手に至るというアドバンテージがありながら、いまだに分岐点で止まってしまっている。一誠も“今のドライグ”もそれに気づけない。

 

「あらら、赤龍帝ちゃんは神器(セイクリッド・ギア)も動かずじまい? でも、私は撃っちゃうにゃん♪」

 

 幻影の一つが手を突出し、魔力の弾を小猫とリアスに向かって打ち出した。一誠はダッシュして、二人の壁となる。

 

 ドゴォン!

 

「ぐはっ!」

 

 破壊力のある一撃が一誠を襲う。一誠は激しい痛みと共に制服の上半身が吹き飛ぶ。だが、出血は大したことない。

 

「あらら、やっぱりパワーダウンしてる。でも、まあいっか、にゃん♪」

 

 不満そうな顔をした黒歌だったがすぐにまたにこにこ顔に戻る。

 

「イッセー……」

「部長! 動かないでください! 毒が体に回ります! なーに、こんな攻撃、屁でもありませ―――」

 

 ドゴォォン!

 

 一誠が言い切る前に再び魔力の弾が撃ち込まれる。威力が弱くとも不意打ちだから、ダメージも最初より強い。

 一誠はたった二撃の攻撃で、その場で膝をついてしまう。

 

「弱。これがヴァーリのライバル? 本当にヴァーリを退けたの?」

 

 黒歌は嘲笑する。一誠は今までいったいどれだけ嘲笑されてきたのか。情けなく感じていた。

 今まで救ってきたものは、みんな一度不幸に落ちている。アーシアの死もリアスの涙も、自分が何もできなかったからそうなってしまったと。

 だから、今度はそういう思いをさせず一度で救ってやろうと。

 

「……部長と小猫ちゃんはやらせねぇぇぇぇっ!」

 

 ドゴォォン!

 

「ん~やっぱり調子でないにゃあ……」

 

 また一撃が一誠を襲う。その威力に一誠は後方に吹っ飛び、巨木に背中から激突した。その痛みに一誠は一瞬意識を失うが、力が弱かったからかすぐに取り戻す。

 

「ぬぅぅぅぅんっ!」

 

 追い込まれなきゃ力を発揮できない自分に嫌気がさしながらも、リアスと小猫のもとへ地面を這って近づいていく。

 誰にも傷ついてほしくない。誰をも救いたい。そんな傲慢で不可能な正義感あふれる思いを抱いて。

 

「あんたが小猫ちゃんのお姉さんでも……俺は小猫ちゃんを泣かすやつだけは許さない……」

 

 激痛と抑え込み、悔し涙を流しながら立ち上がる一誠。そして、黒歌に堂々と言い放つ。だが、黒歌は笑うだけ。

 

「こんな弱い奴にそんなこと言われるだなんて……。白音も大変ねぇ。もっとカッコよくて強い王子様が剣をふるって言うならともかく、あんたみたいに泥まみれの血まみれで言っても女の子は引くだけにゃん♪」

「……イッセー先輩」

 

 小猫が一誠につぶやく。一誠はそれに苦笑いしながら返す。

 

「小猫ちゃん……。俺は伝説のドラゴンが身に宿ってるのにさ、何もできないんだ……。アーシアも部長も俺があのときに強ければ、ドラゴンの力を発揮できれば、悲しい目に遭わなかったんだ。俺は才能のないダメ悪魔なんだよ」

 

 一誠は小猫の前で自虐を始める。

 

「歴代の赤龍帝は皆、短時間で禁手に至ってさ。何か月もかかっているのは俺だけ。わかってんだよ、もうずっと前からわかっていたんだよ。赤龍帝の力が宿っていても、俺がクズなんだ。俺がダメだから……何もできない。せめて壁になれればて思ったんだけど」

「……イッセー先輩は屑じゃないです……。知ってますか? 歴代の赤龍帝は皆、力に溺れた者が多かったって。絶大な力に呑み込まれたんだと思います……。私の姉さまも同じです……。力があっても、やさしさがなければ……必ず暴走してしまう。……イッセー先輩はやさしい赤龍帝です。ちょっと力が足りなくても、それは素敵な事……。……きっと、歴代の中でも初めてのやさしい赤龍帝です。だから―――」

 

 小猫は自虐を始めた一誠を否定し、苦しいながらも微笑みを向けた。

 

「やさしい『赤い龍の帝王』になってください……」

 

 小猫の言葉を聞いた一誠の中で、何かが起こり何かがわかった。

 

「部長。俺、自分に何が足りなくて禁手に至れないのか、わかったようなきがします」

 

 一誠は小猫の言葉から何かを思い出す。それは、タンニーンとの修業中もずっと考えていたこと。

 

「俺が禁手に至るには、部長の力が必要です」

「……わかったわ! 私で良ければ力を貸すわよ! それで何をすればいいのかしら?」

 

 毒に苦しみながらうなずくリアスに、一誠は意を決して言う。

 

「おっぱいをつつかせてください」

「―――――ッ!」

 

 一誠の言葉に、誰もが絶句した。

 タンニーンの修業中も一誠はおっぱいの事ばかり考えていた。それが、一誠のたった一つの真の願いだから。

 ある猛毒な少年が聞けば呆れかえるような事を一誠は堂々と言った。

 リアスは少し考えたのち決意を秘めて了承した。

 

「……分かったわ。それであなたの想いが成就できるなら」

「ほ、本当ですか!? つつくんですよ!? 俺が部長の乳首を指で押しちゃうんですよ!?」

 

 リアスは震える手でドレスの胸元をはだけさせる。一誠は興奮で鼻血を噴出させる。

 

「……早くしなさい。は、恥ずかしい」

 

 その後、右の乳か左の乳かを悩んだり、茶葉紛いの事を行う一誠とリアス。この時点で攻撃しないのはある種致命的ではあるが、余裕と楽しさを求める黒歌はあえて静観するを選ぶ。

 そして――――――

 

『至ったッ! 本当に至りやがったぞッッ!』

 

 ドライグは神器の中で笑い、産声をあげる。

 

『WelshDragonBalanceBreaker!!!!!』

 

 宝玉に光が戻り、いままで以上の赤い膨大なオーラを解き放ち始める。その赤い光は一誠の身を包み込んでいく。

 

「……最低です。やらしい赤龍帝だなんて」

 

 顔をまっさおにしながらもツッコミを入れる小猫。一誠は心の中で軽く謝罪する。

 

禁手(バランス・ブレイカー)赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』ッ! 主のおっぱいつついてここに降臨ッッ!」

 

 一誠の放つオーラで周囲が吹き飛ぶ。一誠を中心に小さなクレーターが出来上がった。一誠は体中に力があふれ出るのを感じる。

 

『相棒、おめでとう。しかし、酷い。そろそろ本格的に泣くぞ』

 

 ドライグは涙声で賛辞を贈る。

 

「ああ、ありがとうよ。そしてエロくてゴメン! で、首尾はどうよ?」

『三十分の間は維持できる。鍛錬の成果がでたな。弱いお前にしてはまずまずだ』

 

 次に一誠はマックス倍増出しで何回かを聞く。

 

『マックスで放てば五分消費すると思ってくれ。最大で五回。他の行動も含めると六回目はないに等しい。譲渡も同様だ』

 

 その計算で一誠は十五分は戦えると踏んだ。だがドライグは。

 

『そんなにいらんさ。ほら、手を突き出して、いつものように魔力の弾を打ち出してみろ』

 

 一誠はドライグの言うとおり手を突出し、照準を黒歌に定めた。

 一瞬の照射。黒歌のすぐ横を通り過ぎ、森のはるか先に行ってしまう。その刹那、紅い閃光が走る。

 

 ドッドッッォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!

 

 はるか先で爆音が鳴り響き、爆風がこちらまで届く。その一撃で毒霧も吹き飛ばされていく。

 

『ハハハハ! 久しいな、この赤い一撃ッ! 兵藤一誠! はるか先にある山が丸ごと消え去ったぞ! ついでにこの周辺を覆っていた結界も吹き飛んだ!」

「!?」

 

 黒歌は結界が消えたことに驚いた。

 一誠が強力な一撃で吹き飛ばしたからではない。一誠が吹き飛ばすより前に、結界が何らかの力で崩されるのを偶然黒歌は感じ取ったから。それも極弱い力で的確に。その崩れる直前の結界を、一誠の一撃が吹き飛ばしたにすぎない。

 

「成るほどね。なら、妖術仙術ミックスの一発をお見舞いしてあげたいとこだけど、あいにく片手がこれでね」

 

 黒歌は指二本が折れ、一本爪が引きはがされた手を一誠に見せる。だが、もう片手にかなり力を込めた波動を撃ちだした。

 その攻撃は一誠に直撃したが、一誠は無傷。

 

「こんなもんか?」

「効かない!? うそでしょ。片手と言えどかなり妖力を練りこんだのよ!」

 

 黒歌はその後、波動を幾重にも打ち出すが、一誠はそれを打ち返したり弾き飛ばしたりして眼前までせまった。

 

 ブゥゥゥゥンッ!

 

 一誠は拳を繰り出すが、黒歌の目名先で静止させた。止めた余波で周囲の空気が振動し、草木が大きく揺れる。

 

「――――ッ」

「次に小猫ちゃんを狙ったら、この一撃は止めない。あんたが女だろうと、小猫ちゃんのお姉さんだろうと、俺の敵だッ!」

 

 一誠が拳を引こうとしたした瞬間、突き出された腕を掴み体術をかけた。

 

「……クソガキがっ!」

 

 技自体は綺麗にきまった。だが、一誠にダメージはない。すぐに平然と立ち上がる。

 

「ふむ、体術の成長は見られんが、仙術や妖術の方はまあまあ成長しとる。だが、妖怪としてはまだまだだな。どれだけ切れ味のいい名刀を手に入れても、握り方が甘ければ本来の力は発揮せんぞ」

『!?』

 

 聞き覚えのない声がリアスと小猫の後ろから聞こえてくる。リアスの後ろの木影から姿を現す、いや、正しくはずっと前からそこにいたかのようにこちらを見ていた初老の男性。

 

「……誰だあんた?」

「そうだな……。悪魔の味方……ではない」

 

 初老の男性はそう言ってリアスと小猫に手を伸ばす。毒霧が晴れて回復しつつあるが、二人とも毒のダメージがあまり抜けていない。怪しい動きを見せた味方ではないと言った男性を止めるため一誠はダッシュする。

 

「何をする気だ……!」

 

 その手を止めようと初老の男性の手を掴もうとすると、逆に腕を掴まれ黒歌にされたように投げ飛ばされてしまった一誠。しかし、そのダメージは黒歌の比ではない。鎧の上からでも一誠自身にダメージが通る。意識を失う程ではないが、意識が混乱する程に。

 

「弱いの~」

 

 倒した一誠に目もくれずリアスと小猫に手を伸ばし、うなじ部分に触れた。

 

「な、なに……を……?」

 

 リアスと小猫は何をされるかと警戒したが、初老の男性は少し触れるとすぐに手を放した。すると、まだ残っていた毒の苦しみが一瞬にして消え去った。

 

「体内の気を正常に戻した。これでもう苦しくないだろう」

「あんた……さっき味方じゃないって」

「味方じゃないさ。俺は日本勢力だからな。会場で会っただろ?」

 

 一誠はそう言われてパーティ会場の事を思い出す。そこでスサノオと会った時の事をよく思い出してみると。

 

「あー! あの時スサノオ様の横にいた人!」

 

 巨大なスサノオと黒鎧の神無のインパクトに隠れ覚えられていなかった。リアスと小猫ですらちょっと思い返さないとこの初老の男性が日本勢力という事が思い出せなかった。

 だが、これも三人だけが悪いわけではない。初老の男性事態が影が薄くなるように調整していた節がある。そのため覚えていなかったのだ。

 

「すいませんでした! 忘れた上に疑って!」

「まあいい」

 

 男性は興味なさそうに一誠から目線をきると、今度は黒歌の方を見る。

 黒歌は本部神無を見た時のように。いや、それ以上の怯えを見せていた。そのあまりの怖がり方に一誠たちも驚く。

 

「久しぶりだな、黒歌」

「……師匠」

 

 師匠。これが意味する事のわけは誰もがすぐにわかった。今目の前にいるこの男性こそが、神無が言っていた育ての親。そして、黒歌が裏切ってしまった暗い過去。

 

「元気そうじゃねえか、黒歌」

「……は、はい」

「まあ、白音ちゃんとは仲たがいしたみたいだが。おっと、今は小猫だったっけ?」

「はい」

 

 そんな話をしてる最中に、目の前の空間に裂け目が生まれる。リアスと小猫はそれをじっと見つめ、一誠はそれプラス驚きを見せる。男性と黒歌は全く意に反さない。

 その裂け目から一人の男性が姿を現す。背広を着た若い男性。その手に握られる剣には特大な聖なるオーラが放たれる。

 

「そこまでです、美猴、黒歌。悪魔が気づきましたよ」

 

 メガネをした男性は黒歌に話しかけると周りをきょろきょろと見回す。

 

「美猴はどこですか?」

「探してる奴かどうか知らねえが、こいつのことか?」

 

 メガネの男性は黒歌に話しかけたが、それに答えたのは初老の男性。男性は木陰に戻ると、ボロボロになった美猴を引きずって戻ってきた。

 

「美猴!?」

「もって帰んな」

 

 初老の男性は片手で美猴をメガネの男性の所まで投げ捨てた。

 メガネの男性は美猴をキャッチすると、すぐさま剣を構え初老の男性を警戒する。

 

「安心しな、俺は悪魔の味方じゃない。弟子が襲われてたからそうなっただけだ。別にあんたらと戦う気はない」

「……その言葉、信じましょう」

 

 男性は剣を下す。

 メガネの男性は一誠たちの視線が持っている剣に集中してるのに気付くと、腰に刺してるもう一本の聖剣も引き抜き、その剣が良く見える位置まで上げて。

 

「こちらは聖王剣コールブランド。またの名をカリバーン。こっちは最近発見された最後のエクスカリバーにして、七本中最強のエクスカリバー。『支配の聖剣』ですよ」

「そんなに話して平気なのか?」

「ええ、実は私もそちらのお仲間さんに大変興味がありましてね。赤龍帝どの、聖魔剣の使い手さんと聖剣デュランダルの使い手さんによろしく言っておいてくださいますか? いつかお互い剣士として相まみえたい―――と」

 

 大胆不敵な宣戦布告。一誠は木場とゼノヴィアがこの話を聞いたら、どう思うかと思う。

 

「さて、逃げ帰りましょう」

「ちょっと待ってくれ」

 

 メガネの男性がコールブランドを振り上げよとした途中、初老の男性が呼び止める。

 メガネの男性は振り上げた剣をおろし、初老の男性を見る。

 

「悪いな、ちょっとばかし昔の弟子に言っておきたい事があってな」

 

 昔の弟子と言われ、黒歌はビクット体を大きく振るわせた。そして、恐怖に満ちた瞳を恐る恐る初老の男性に向ける。

 

「今更俺のとこを去ったのには何も言わん。おまえの人生だ、好きにすればいい。だが、おまえさんは何を求めて俺のもとを去ったのか。それで何を手に入れて何を失った。何を手に入れたくて何を捨てる事になったか。いっぺんよく考えてみることだな」

 

 初老の男性は最後の部分の時だけ小猫に視線を移し、そのまま黒歌に背を向けて去っていく。木陰に寝かせてあった気絶した神無も連れて。

 初老の男性が去ると、メガネの男性は再び聖剣で空を斬ると空間の裂け目がさらに広がり、人が数人くぐれるだけのものになる。

 

「さようなら、赤龍帝」

 

 男性がそれだけ言い残すと、ヴァーリの仲間たちは空間の裂け目に消えて行った。

 その後、騒ぎを嗅ぎつけた悪魔たちに一誠たちは保護され、魔王主催のパーティは急遽中止となった。




 前作では潰したパワーアップ分を三神龍で補っていた。だが、今作ではそれがないため、パワーアップシーンはなるべくつぶせない。そうしたら、また中途半端で終わってしまいました。思った以上に文字数取る。
 本当はもうちょっとだけ神無と師匠を出すつもりなのに、ここで無理やり入れたら不自然なとこで切れそう。次回に持ち越しか~。二、三話で書ききれると思ったのは甘すぎる見通しだった。


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策略的な悪魔の前半戦(上)

 一話1万文字を目標にしてたら、なんか一話一話の区切りが悪くなってしまった。章が完結して暇があれば手直ししたいと思った今日この頃。


 魔王主催パーティの後日、僕たちはそれぞれ自由に休息をとるように指示された。修業で貯まった疲労を取るために。

 あの後、僕たちはパーティの裏側で一誠たちが禍の団の白龍皇のチーム数人と戦っていたことを聞いた。あのパーティの裏で何か起こっていたことは感じていたけど、まさか一誠たちが戦ってるのはわからなかったよ。その戦いで一誠が禁手に至ったというのもまた驚いた。これでアザゼル総督の目は僕に集中するわけだ。とほほ……。

 みんなソーナさんたちとのレーティングゲーム当日までおのおのの休息の取り方をしている。一誠や木場さんやゼノヴィアさんは軽いトレーニング、アーシアさんや朱乃さんやリアスさんは普通に休息。ギャスパーくんはメンタル面でのトレーニングを続行している。そして僕は―――――

 

「たぁぁぁっ!」

「……ふん!」

「ぬあっ!?」

 

 スサノオさんの護衛の為に冥界に来た大きな黒鎧、本部神無さんと稽古をしている。もちろんリアスさんたちには内緒でね。

 神無さんは僕に技をかけようと僕の手を掴んだけど、僕はその状態から逆に技をかけて地面に叩きつけた。九尾流は触れた瞬間相手を無力化せしめる。まあ、僕の場合“触れられた場合”だけどね。

 なぜこんな事になったか。それは、パーティ後のこと。

 

「日鳥誇銅くん。で、合ってるかな?」

 

 その人はなんと、リアスさんの家の僕の部屋に直接訪ねてきた。悪魔のど真ん中、しかも最上位の位の家に堂々と! どうでもいいことだけどさ、冥界の警備大丈夫!?

 あまりの驚きでしばらくドアの前で動けなくなり、その人を部屋の中に入れた後もドアの外を見回してみた。誰も見てないかの確認も兼ねて。

 

「俺の名は本部異流(もとべいりゅう)。初代火影と同じく火車だ。急で悪いんだが後日、ちょっと俺の弟子の稽古相手をしてやってほしい。これは日本勢力としてではなく俺個人からの頼みだ。別に断ってもいい。君にだって悪魔としての立場があるしな」

 

 日本妖怪である異流さんからの依頼。僕は少し考えてからその依頼を受けた。別に断る理由もないし、僕の稽古にもちょうどいいと思ったからね。対人戦は久しぶりだよ。ばれないか心配な反面、ちょっと楽しみでもある。

 

 後日、僕はちょっと走り込みに行ってくると誤魔化して屋敷を抜け出した。そして、途中から和顔の三毛猫に案内されて指定の場所に辿り着いた。

 もしも悪魔に見つかったら大変と思ってたけど、日本式の結界を張っているから大丈夫。これは日本で独自の発展を遂げた魔法だから、おそらくそう簡単には対処されないハズ。繊細で脆いという弱点はあるけど、その分他のものを完全にシャットアウトしてくれる。脆い点も破壊なんてされればすぐ気付くという利点もある。

 攻撃から身を護る結界としてはあまり役に立たないけど、力以外の呪いなどの特殊な攻撃や盗聴や盗撮を防いでくれる秘匿用結界。と、説明を受けた。大丈夫だよ、僕は日本を全面的に信用してるから。特に、スサノオさんのお墨付きだしね。

 

「まだまだーっ!」

「はっ」

「うごっ!」

 

 そして現在に至る。かれこれ一時間近く続いてるが、神無さんが攻めて僕がそれを返してが永遠と続いている。手加減はしてないけど、神無さんも柔術家として投げられ慣れてるのかダメージの蓄積が悪い。

 

「誇銅、手加減する必要はないぞ。さっきから背中から落ちるようにばっかり気を使ってるが、その必要はない」

 

 観戦している異流さんの声が聞をかけられる。

 確かに僕は手加減はしてないが、背中から安全に落ちるようにだけは配慮している。僕よりもずっと長い時間柔術を学んでる神無さんにはいらないおせっかいだろう。だけど、今の神無さんに僕はどうしてもそれができない。

 その後も僕は異流さんのいう事を聞かずに神無さんを背中から落とし続けた。背中からだろうと、投げられ慣れてよと、一時間近くも地面に叩きつけられた神無さんはついに立ち上がらなくなる。

 

「……ちょっと休憩にするか」

 

 すぐに立ち上がらなくなることはさっきから何度かあった。そのたびに僕は神無さんが立ち上がるのを待って、組手の続きを行っていた。だけどさっきのでもう5回目。これが試合なら5回も負けてる事になる。第三者から見れば格下に手加減されてるとも見えるかもしれない。

 

「神無、ちょっと向こうで顔洗ってこい」

「……はい」

 

 向こうとはこの近くで流れてる川の事。神無さんはゆっくりと立ち上がり、落ち込んだ様子でとぼとぼと川の方へ歩いていく。

 神無さんが川で顔を洗いに行って姿が見えなくなると、異流さんが僕の横に来て座る。

 

「今日は俺の頼みを聞いてくれて感謝している。冥界のど真ん中で、俺たち日本妖怪といるなんて危険を冒させてしまって申し訳ない」

 

 僕の方に上半身を向けて頭を下げる異流さん。こんな年上の人に面と向かって頭を下げられるのはなんだか申し訳なく感じてしまう。そんなに大したこともしてないのだからなおさら。

 

「いえいえ、僕は大したことはしてませんよ。こんな僕でもお役に立てるなら」

「おまえさんが日本に恩があるのは知ってるが、俺が日本妖怪だからって無理に協力することはない。日本のためと俺たちのためは別もんだ。これは俺個人のおまえさんへの借りだ」

「僕の方こそ組手の相手をしてもらってるんです。おあいこじゃないですか?」

「フッ、今の神無相手にあいこねえ」

 

 僕の言葉を聞いてフッと口角をあげる異流さん。

 

「あれが対等な組手? あれだけ気を使われて、一方的に技を返されてもか? それでも神無が強いと言えるか?」

「それは……」

「どうだ、弱いだろ? あいつはまだ物心ついたばかりの頃から俺が育てて、今になるまでずっと俺と俺の柔術を学んできた。おまえさんだって強いが、あいつだって弱くない。確かに九尾流と本部流では格の違いもある。だが、二年と十四年の修業年数の差はかなりのものだ。なのにあいつはおまえさんにコテンパンに敗けた。なぜだかわかるか?」

 

 神無さんの修業年数は知識や経験をどんどん吸収できる年齢からの十四年間。一方僕は十七歳歳からの二年間。例え流派に大きな差があったとしても、ここまで一方的になるはずはない。良くて僅差、それも僕が不利方面で。なのに僕が圧倒的に勝っている。その理由に僕はとっくに気づいている。

 

「繊細さが一切ないからです」

 

 神無さんの技には、日本妖怪として最も重要な繊細さが殆どなかった。でも、体が技を覚えてるようで入りはそれなりに繊細さがある。だが、いざ技をかけようとするところに一切の繊細さがなく力のみ。これで悪魔のパワーがなければ致命的だろう。

 それと同時に、神無さんの技には薄い怒りか哀しみのようなものを感じた。なんというか、(いきどお)りっていうのかな?

 

「その通り。こいつは今、負の感情に呑み込まれ怒りのままに柔術を使っている。だから素人同然の動きしかできない」

 

 やっぱりか。そのせいで今までの神無さんの攻め方はちょっと危なっかしかった。背中以外から落とせば、下手でもすれば小さくない怪我をさせてしまう。注意力も散漫だったから、僕でも気を遣いながら戦えた。

 神無さんがなぜそんな状態になっているのか訊いてみると、なんとそれはパーティの裏側でおこなわれた事に関係していた。僕はその黒歌さんと神無さんの間で起こった事を教えてもらった。それはある種の裏切りのような話。理由もわからず信頼していた姉が妹を連れて遠い場所に行ってしまったのだから。それもその人の意志で。共感はできないけど、とてもつらいと思う。今思えば僕も藻女さんたちにはそんな経験をさせてしまったのだろうか。そう思うと胸が痛い。

 

「今のあいつは鬱憤を晴らしたいだけ。まあ、喧嘩別れしたが姉同然に慕っていた馬鹿弟子と再会したんだ。わかってくれとは言わんが、収まるまで相手してやってくれないか?」

「わかりました! まだまだ若輩者ではありますが、協力させていただきます」

「そんなにはりきらなくていいぞ。まあ、お言葉に甘えさせてもらう。俺の娘を頼む」

 

 自分の弟子であり娘である神無さんに厳しい言葉をかけ続けていた異流さん。だけど、その本心は子を心配する親の心そのものだった。子供に強く真っすぐ生きてほしくて、ついついきつい言い方をしてしまうお父さん。

 ちょうど話が終わった頃に神無さんが戻ってきた。それを確認すると異流さんは立ち上がって神無さんと入れ替わるように向こうへ行く。

 

「ちょっとスサノオ様の所に行ってくる。俺が戻るまで好きにしてろ」

 

 そう神無さんに一言残して。

 残された神無さんは少し考えたのち、再び構えをとって僕と対峙した。

 

「お願いします」

「……わかりました。お願いします」

 

 その後の組手も先ほどの焼き回し以外の何者でもなかった。神無さんが攻めて僕が返す。僕には柔術家相手に攻める手段がないから、必ず後手に回る必要がある。そんな明確な弱所、神無さんは既にわかっているだろう。なのに、神無さんは永遠と攻撃する手を緩めない。今の状態で真正面から技をかけに来ては成功確率は限りなくゼロなのに。神無さんもそれはわかってるハズなのに。

 そして何十回か投げたところで神無さんは再びすぐに立ち上がる事ができなくなった。

 

「はぁはぁはぁ」

「……」

 

 息がきれきれで地面に倒れる神無さん。呼吸を乱さずに神無さんを見下ろす僕。

 僕はしゃがんで神無さんと目を合わせる。

 

「……同じですよね、僕たち」

「はぁはぁはぁ、ハア?」

 

 神無さんは息を整えながらも僕の言葉に対する疑問の声を出した。

 

「僕は転生悪魔で、神無さんは純血悪魔。だけど、冥界ではなく日本。日本の悪魔って意味では同じですね。それも同じ柔術家」

「はぁはぁ……そう考えればそうかもな」

 

 僕の言葉にちょっと納得してくれた様子の神無さん。さっきよりはちょっとだけ憤りが抜けた目で僕の目をじっと見返す。

 

「……僕が転生悪魔になったのは友人の死に際に立ち会ったのがきっかけです」

 

 僕は自分が悪魔になったいきさつを神無さんに話した。友達が少なかった自分に接してくれた友人たちの事を。例え半分は僕を出汁のように考えてたとしても構わない。その輪の中に入れてくれるなら。そんな友人の一人に彼女ができたと聞き、心配も含めて後を追い、結果友人は騙され殺され悪魔になった。

 その後は僕も悪魔となる事を決意。あの人が、僕を家族のように迎え入れてくれるという甘い囁きに乗って。そして僕は期待に応えられず、見捨てられ死んだ。

 死んだ後僕はなんと昔の日本にタイムスリップ。そこで僕は様々な本物の愛や友人を与えてもらえた。全ての苦労が報われたような気がした。

 僕が今まで経験したことを、僕は倒れる神無さんにすべてを話した。

 

「これが僕の今までです」

「す~……んっ」

 

 僕の長い話で息もしっかりと整った神無さんは、体に力を入れて立ち上がり僕の方を見る。その目には、もうさっきまでの静かな憤りは見えない。

 立ち上がった神無さんはすぐにその場に座りこむ。

 

「俺の昔の名は、ルカール・ビフロンス。七十二柱の一つ、序列四十六番の上級悪魔ビフロンス家の最後の生き残り」

 

 神無さんは自分の事を僕に話してくれた。僕はちょっとでも心を開いてもらおうと自分の事を話したけど、まさか神無さんからも話してくれるとは思わなかったよ。

 僕もその場に座って神無さんの話をしっかりと聞くことに。

 

「俺の生みの親は俺が物心つき始めた頃に殺された。皮肉にも日本の強く希少な地獄の鬼を拉致し、眷属化させようとして失敗してな」

 

 地獄の鬼を!? それはまたすごい鬼を選んだものだね。

 鬼にもいろいろ種類がある。鬼と名のついてるだけで普通の妖怪と変わらない鬼。純粋な鬼としての強さを持った鬼。そして、地獄に住む鬼。

 前者二つの鬼はまあ大丈夫。だけど、地獄の鬼はとても危険。中級上位の妖怪も地獄の鬼に出会う事は、人間がハイキングでヒグマに出会うのと同じようなもの。とても太刀打ちできない。

 地獄の鬼は猛獣のようなもので仙術や妖術がうまくない。だが、屈強な肉体と並みの技では太刀打ちできない力を持つ。人の体術の殆どが猛獣に通用しないように技が通用しない。

 基本的に地獄から出てこないけど、稀に現世に迷い込んでくる。それを迅速に地獄に戻すのが七災怪の仕事でもある。

 

「どうやって強く凶暴な鬼を拉致できたか知らないが、俺の親は拉致には成功した。そして、日本の山に建てた別荘で鬼を眷属化しようとして失敗した。たぶん拉致した時点では不意打ちだったんだろうな。鬼は強い妖怪だけど、日本妖怪唯一の感知能力の低さを持つ妖怪でもある。だから不意打ちができたんだろう」

 

 地獄の鬼が悪魔にされたって話は今の所聞いたことはない。地獄の鬼は人間の悪行から生まれた妖怪だから、祓う事は出来ても従える事はできないハズ。そして傍にいる人に悪意や不運を呼び寄せる。だから地獄に封印されてるわけだし。まあ、悪魔がそれを知ってるとは思えないけど。

 

「怒り狂った鬼は、悪魔を殺しただけでは怒りが収まらず別荘を破壊し、俺の親を見捨てて逃げ出そうとした眷属も捕まえて殺した。もちろん子供である俺も狙われたさ。そこで俺を助けてくれたのが俺の師匠にして育て親、日本の生きる伝説、本部異流(もとべいりゅう)

 

 それが神無さんが悪魔なのに日本で育った理由。

 

「俺は物心ついたばかりだったから、生みの親については殆ど覚えてない。俺にとって親は本部異流ただ一人。冥界に戻っても俺以外のビフロンス家は断絶してたしそのまま日本で過ごせたのはよかった」

 

 話すたびにどんどん顔色が良くなっていく神無さん。暗い表情が徐々に明るくなって僕も安心するよ。

 

「師匠は厳しいけど、悪魔である俺をしっかりと娘と言ってくれた。師匠の周りの妖怪は悪魔を嫌ってる奴が多かったのに。俺を娘じゃなく弟子で止めとけば陰口をたたかれる事もなかったのに。それでも師匠は俺を娘とドンと胸を張って言ってくれた。厳しい師匠だけど、俺は師匠が大好きだ。師匠としても父親としても」

 

 神無さんは嬉しそうにちょっぴり口角を上げた。

 安心してください異流さん。異流さんの親心は神無さんにしっかりと伝わってるみたいですよ。

 

「師匠からあのパーティの裏で何が起こったか聞いたか?」

「はい。神無さんの元お姉さんの事もすべて」

「そうか……なら話は早い。俺は今までずっと黒歌の事が引っ掛かっていた。気にしないようにしていたが、ずっと心の奥底で問いただしたいと思っていた。答えなんて聞かなくていい。ただ、言ってやりたかっただけ。それが昨日やっと叶った。消化不良だったものもおまえに昔話を聞いてもらってなんだか晴れた」

 

 初めて会った時は死にそうなくらい暗い表情をしていたのに。それでいて無理やり笑顔を浮かべ、瞳には憤りを抱えていた。そんな不安定だった神無さんが、明るい表情で自然な笑みを浮かべ、瞳にはもう憤りも見えない。

 

「もう黒歌に文句も言ってやった。長年溜めこんだものも吐き出せた。欲を言えば答えも聞きたかったがもうどうでもいい。師匠に無理やり連れてこられた冥界だったけど、黒歌に文句を言えて、おまえに過去から解放される最後の一歩を押してもらえた。ありがとう。その一言に俺の思いは集約される」

 

 すっかり元気を取り戻し、力強い眼差しで僕を見る神無さん。さっきまで僕と戦ってた人とはまるで別人のよう。そんな目で面と向かってお礼を言われるとちょっと気恥ずかしさすらすると同時に、とても誇らしい気分にもなる。仲間を一人救えたような気持ちになって。

 

「おまえの名前、もう一度教えてくれないか?」

「誇銅。日鳥誇銅です」

「そうか誇銅。俺の組手の相手をしてくれないか?」

「よろこんで」

 

 僕は適正な距離をとって構える。もうさっきまでのようにはいかないだろうから、今度はもっと注意しておかなくちゃね。

 

「純粋に武を競うのもいいが、俺はさっきまで散々投げられたんだ。だから、年上としての威厳を取り戻すためにもちょっぴり本気出させてもらう」

 

 神無さんの体から黒いモヤがあふれ出す。特に邪悪って気配はしないけど、ただの煙ってわけでもなさそう。魔力のようなものをわずかに感じるけど、極微量。魔力や妖力を色で例えるなら、あの黒いモヤはペンで丸を書いただけのような白。目に見える黒い枠線以外空っぽだ。

 

「この黒い煙は暗黒物質(ダークマター)と呼ばれる物質。主に宇宙を構成する物質と言われるが、どこにでも一応存在する。この暗黒物質(ダークマター)を操るのがビフロンス家。ビフロンスの悪魔はこの単体では何の意味もなさない暗黒物質(ダークマター)を溜めこみ、自分の魔力と組み合わし放出してさまざまな事が出来る。まあ、できる事は個人個人で限られるけどな」

 

 神無さんは黒いモヤの正体、暗黒物質(ダークマター)について解説してくれた。

 なるほど、リアスさんが使う消滅の力のように、一部の悪魔だけが使える固有能力のようなものか。

 その暗黒物質(ダークマター)は神無さんの全身に纏わり、黒い鎧へと姿を変えた。その姿はパーティ会場で見た大きな黒鎧の人そのもの。

 

「俺はこの暗黒物質(ダークマター)を鎧へと変換することができる。一族の中には武器にしたり、そのまま特殊な魔力弾にしたり、創造系の力にできる奴もいたらしい」

 

 鎧を纏った神無さんは組手の時のように構えをとる。僕もそれに反射的に反応して構えをとる。

 

「少し本流とは違うが、これが俺の畏れだ。さあ、妖怪同士の戦いをしようじゃないか」

 

 神無さんの構えは、さっきみたいな隙だらけな構えではない。おそらく背中から落とす配慮を止めたとしても簡単には返せないだろう。僕も二本の腕じゃ足りないかもしれないね。

 後これはどうでもいい事なんですけど、神無さんは十八歳でしたよね? 僕十九歳だから僕の方が年上ですよね……?

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ソーナさん眷属とのレーティングゲーム決戦前夜。

 僕たちはアザゼル総督の部屋に集められて、最後のミーティングをしていた。

 なんか美猴や搭城さんのお姉さんの襲来があったらしいけど、リアス眷属が追い払ったことで一応の決着はついて、現在はほとんど落ち着いてるらしい。僕もリアスさんの眷属だけど全く知らなかった。てか、美猴って名前出されても誰かわからない。

 その襲来を退けたという事でリアスさんはまた評価をあげたらしい。聞いた話によると、ヴァーリ眷属を退けたことと、一誠を禁手に至らせたことが高ポイントになったみたいだ。

 

「イッセー、禁手(バランス・ブレイカー)の状態はどうだ?」

「はい。なれるようになりましたが、いくつか条件があります」

 

 一誠はその条件を僕たちに話す。

 その条件とは、それなりに厳しい条件だったが、一誠の神器の不公平な程のパワーを考えたら不条理な程でもないと僕は感じた。まあ僕は人様の事を言える立場じゃないけどね。僕の神器も大概だし。

 

「まず、禁手化しようとすると、変身まで時間がかかります。籠手の宝玉に変身までかかる時間が表示されるんです。しかも、一度その状態になると、神器(セイクリッド・ギア)は使えません。増大も譲渡も無理です。中止もできません。さらに言うなら一日一度しか変身できなくて、一度変身すると解除しても、神器(セイクリッド・ギア)は力を殆ど失ってます」

 

 それを訊いてアザゼル総督はうなずく。

 

「ああ、データの通りだ。過去の赤龍帝もほとんど同じだ。鎧を解除しても神器(セイクリッド・ギア)が使える例もあるけどな。で、お前の場合変身まで要する時間は?」

「二分です」

「それは鍛えるか、慣れていけば短縮できる。だが、二分間は死活問題だぞ。はっきり言うなら、実戦では殆ど役に立たない。何よりも変身するまでの間、ブーステッド・ギアそのものが使えないのは痛すぎる。二分もあればおまえを倒せる奴なんて山ほどいる。変身までの時間をどうやり過ごすか、それを考えておけ。その二分間は、おまえの一番の弱点だ」

 

 そういう事なら技を身に付けるのが僕はいいと思う。武術というのは本来、弱者が強者から身を護るための護身術だと八岐大蛇さんから聞いたことがある。弱者に使えない武術に何の意味があるのかとまで言ってたほど。

 名のある達人のもとで修業を積めば、一誠でも二分くらい耐えることができるようになるだろう。魔力で一気に吹き飛ばされたらちょっと困るけど。

 どちらにせよそんな軽はずみな発言はできない。僕にはその師匠を紹介することもできないしする気もない。例えそのせいでリアスさんの眷属が滅びる事になっても、僕は日本を選ぶ。一切の個人協力はしないよ。

 

「普通のブーステッド・ギアの増大と譲渡も使い方に幅があるから大事だ。しかし、強敵と戦うならば禁手も必須。通常状態と禁手状態は一長一短だな。それで、禁手の使用時間は?」

「はい、フルで三十分です。力を使う場合、もっと減ります」

「初めてのお前にしちゃ良い方だな。修業の成果だ。だが、公式ゲームだったら完全にアウトだ。三十分、しかも力の使用込となると少なすぎて話にならん。長丁場のゲームになることもあるんだ。イッセーの制限時間は今後増やしていくしかないな」

 

 アザゼル総督に言われたからか、一誠は頭を悩ませる。

 二分か……僕が協力すれば二分間くらい炎目(えんもく)の護封壁で安全を保障できると思う。魔力を燃やす物理的な性質を持つ僕の炎。物理攻撃なら僕の柔術で無力化できる。僕が守りきった後は一誠がフィニッシャーになる。

 リアスさんに見捨てられ、ここに居場所がないからと手に入れた力がこんなにもリアス眷属にマッチするなんて。リアスさんに協力しないと決めた矢先に、なんて皮肉なんだろうね。

 僕はもうリアスさんを、一誠を、ギャスパーくん以外のみんなを信用してない。その一方で日本勢力を心から信用している。一応様子は見るけど、僕の心が変わる事はもうないだろう。

 そんなことを考えていると、一誠とアザゼル総督がなぜか意気投合してる様子を見せて、ミーティングに戻った。

 

「リアス、ソーナ・シトリーはグレモリー眷属のことをある程度知っているんだろう?」

 

 アザゼル総督の問いにリアスさんは頷く。

 

「ええ、大まかなところは把握されているわね。例えば、イッセーや祐斗、朱乃、アーシア、ゼノヴィアの主力武器は認識しているわ。フェニックス家との一戦を録画した映像は一部に公開されているもの。さらに言うなら、ギャスパーの神器も小猫の素性も割れているわ」

「ほぼ知られているわけか。で、お前の方はどれぐらいあちらを把握してる?」

「ソーナのこと、副会長である『女王(クイーン)』のこと、他数名の能力は知っているわ。一部判明していない能力者もいるけど」

「不利な面もあると。まあ、その辺はゲームでも実際の戦闘でもよくあることだ。戦闘中に神器(セイクリッド・ギア)が進化、変化する例もある。細心の注意を払えばいい。相手の数は八人か」

「ええ。『(キング)』一、『女王(クイーン)』一、『騎士(ナイト)』一、『僧侶(ビショップ)』二、『戦車(ルーク)』一、『兵士(ポーン)』二で八人。まだ全部の駒は揃っていないみたいだけど、数ではこちらと同じよ」

 

 ソーナさんの眷属の数はこっちと同じだったんだ。それは知らなかったな。

 アザゼル総督は次に用意したホワイトボードに何かを書いていく。

 

「レーティングゲームは、プレイヤーに細かなタイプをつけて分けている。パワー、テクニック、ウィザード、サポート。この中でなら、リアスと朱乃はウィザードタイプ。所謂、魔力全般に秀でたタイプだ。木場はテクニックタイプ。テクニックタイプはスピードや技で戦う者の事だ。ゼノヴィアはスピード方面に秀でたパワータイプ。パワータイプは、一撃必殺を狙うプレイヤーだな。アーシアとギャスパーはサポートタイプに当たる。これを細かく分けるなら、アーシアはウィザードタイプの方に近く、ギャスパーはテクニックタイプの方に近い。小猫はパワータイプ。誇銅はまだよくわからんがサポートに秀でたテクニックタイプだとにらんでる。で、最後にイッセー。おまえもパワータイプだ。ただし、サポートタイプのほうにもいける。ギフトの力でな」

 

 一度にいろいろな事を言われ困惑する一誠だけど、わかりやすく図にしてもらってわかったようだ。かく言う僕も図にしてもらうまでよくわからなかったよ。リアス眷属の事は興味ないから適当に聞いていたことを除いてもね。

 アザゼル総督はパワータイプの一誠やゼノヴィア、搭城さんを一気にまるで囲うと言う。

 

「パワータイプが一番気をつけなくてはいけないのは―――カウンターだ。テクニックタイプの中でも厄介な部類。それがカウンター系能力。神器でもカウンター系があるわけだが、これを身につけている相手と戦う場合、小猫、ゼノヴィアのようなパワータイプはカウンターの一発で形勢逆転されることもある。カウンターってのは、こちらの力プラス相手の力で自分に返ってくるからな。自分が強ければ強いだけダメージも尋常じゃなくなる」

 

 確かにカウンターはとても強力だ。カウンターの一番恐ろしいのは覚悟ができないこと。いくら耐久に自信があっても、不意に打ち込まれればあっけなく倒れる。逆に覚悟さえすれば大抵の攻撃は耐えられてしまう。

 僕も経験があるからわかる。あの戦いで藻女さんにあれだけ打ちのめされて耐えられたのに、ちょっとした不意打ちで気負失ってしまった。

 ……あれ? 僕の言ってるカウンターとアザゼル総督の言ってるカウンターって違う?

 

「カウンターならば、力で押し切ってみせる」

 

 勇ましい事を言うゼノヴィアさんだけど、アザゼル総督は首を横に振る。

 

「それで乗り切れることもできるが、相手がその道の天才ならば話は別だ。出来るだけ攻撃を避けろ。カウンター使いは術の朱乃や技の木場、もしくはヴァンパイアの特殊能力を有するギャスパーで受けた方がいい。何事も相性だ。パワータイプは単純に強い。だが、テクニックタイプと戦うにはリスクが大きすぎるんだよ」

 

 アザゼル総督の説明で黙ってしまうゼノヴィアさん。そしてやっぱりカウンターの意味が僕とアザゼル総督では違ったみたい。

 僕の言うカウンターは攻撃時や平常時など守りの意識が限りなくゼロの状態のこと。アザゼル総督が言うカウンターは力を反されることだ。

 アザゼル総督は一誠に視線を向ける。

 

「イッセー、おまえ、禁手に至れるようになったが、木場に勝てる気がするか?」

「……正直言うと、スピードで翻弄されて、攻撃が当たりそうにないです」

「そういうことだ。木場もどちらかというと、カウンター攻撃もいける口だ。イッセー、おまえもカウンター使いの対策をしないと木場に一生勝てんぞ。それが戦いの相性ってもんなんだよ」

 

 カウンターにもいろいろ種類があるけどね。パワーをただ返すなら、返せないパワーで攻めてもいい。木場さんみたいな小手先なら、誘い出して返り討ちにすればいい。僕みたいな待ち伏せなら、遠距離から攻撃すればいい。どれも簡単に言ったけど簡単にできるものでは無いよね。

 だけどね、カウンタータイプもただ破られるのを待ってるわけじゃないよ? 僕にだって見せられないけどとっておきの攻撃手段がある。それに、もっと九尾流柔術を極めれば攻めにも転じれる。藻女さんは実際攻めの手段を柔術で持っている。僕は攻めと守りがまだ瞬時に切り替えられないけど。

 

「リアス、ソーナ・シトリーの眷属にカウンター使いがいるとしたら、イッセーにぶつけてくるかもしれないぞ? こいつの絶大なパワーじゃ、カウンター食らったら一発でアウトだ。よーく、戦術を練り込んでおけ」

「でも、相手が女性なら可能性は……低いわ」

 

 一誠はリアスさんの言葉に疑問そうな表情を浮かべる。一誠、自分の今までの行為を忘れたわけじゃないよね?

 

「……洋服破壊。女性の敵ですから、絶対に戦いたくないと思われます」

 

 搭城さんの言葉でようやく理解した様子。ソーナさんたちにはあんな辱めを受けてほしくない。非殺傷な技としてはいいかもしれないけど、いつか本気で何とかする方法を探そうと思う。一誠が本当に女性を傷つけてしまう前に。

 でも、そうなると一誠には国木田さんをぶつけるのが一番効果的だと思う。国木田さんならおそらく一誠が倍加しても妖怪の技で簡単に倒せると思う。それに、あの人露出壁のあるあっち系の人だし。ある意味一誠キラーかもしれないね。

 

「まーあれだな。お前たちが今回のゲームで勝利する確率は八十パーセント以上とも言われている。俺もお前たちが勝つと思っているが――『絶対』に勝てるとは思っていない。それに駒の価値も絶対的なものではない。実際のチェス同様、局面によって価値は変動する」

 

 八十パーセント以上? アザゼル総督は知らないから仕方ないけど、僕はそうは思わない。むしろ勝率は五割を切ってると思ってる。

 確かにまともに打ち合えばこっちがだいぶ有利だと思う。だけど、パーティ会場に行く前の匙さんの雰囲気はだいぶ日本妖怪に近いものがあった。悪魔だから基本魔力の大きさとかの違いもあるけど、それでも他の悪魔と比べてずっと洗礼されている。おそらく他の眷属たちも。相性以前にまともな力比べすらできるかどうか。

 

「俺は長く生きてきた。その中で、多種多様で、様々な戦闘を見てきた。だからこそ、言えるんだよ。勝てる見込みが一割以下でも勝利してきた連中がいたことを俺は覚えている。一パーセントの可能性を甘く見るなよ。絶対に勝てるとは思うな。だが、絶対に勝ちたいとは思え。これが合宿で俺がお前たちに伝える最後のアドバイスだ」

 

 それがアザゼル総督の最後のアドバイス。

 その後、アザゼル総督が抜けたメンバーで決戦の日まで戦術を話し合う事に。もちろん僕は何も発言せずに気配を薄くしてるだけ。発言権があるかどうかすら怪しい。

 絶対に勝てると思うなか。―――一瞬の油断すら許されない、技の世界では当たり前のことだよ。



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策略的な悪魔の前半戦(中)

 サブタイトルがすごく楽(笑)


 決戦日―――。

 グレモリーの居城地下にはゲーム場へ移動する専用の巨大な魔方陣が存在している。

 僕たち眷属はその魔方陣に集まって、もうすぐ始まるゲームへの準備を済ませ備えていた。

 アーシアさんとゼノヴィアさん以外、駒王学園の夏の制服姿。アーシアさんはシスター服で、ゼノヴィアさんは出会った時に来ていた黒い戦闘服。シトリーさんの所は全員まちまちらしい。

 リアスさんのお父さん、お母さん、ミリキャス君、アザゼル総督、が魔方陣の外から声を掛ける。

 

「リアス、一度負けているのだ。勝ちなさい」

「次期当主として、恥じぬ戦いをしなさい。眷属の皆さんもですよ?」

「がんばって、リアス姉さま!」

「まあ、今回教えられることは教えた。後は気張れ」

 

 リアスさんのお兄さん。魔王様は既に要人専用の観戦会場に移動していると聞いた。 そこには三大勢力のお偉いさんだけじゃなくて、他の勢力からのVIPも招待されているという。スサノオさんもそこにいるらしい。神無さんの話によると、早く帰りたいとスサノオさんにしては珍しく愚痴を言っていたと。

 スサノオさんもご苦労様です。日本を護る神として嫌いな悪魔の領地にいる事、心中お察しします。

 そんな事を緊張感漂う中で考えていると、魔方陣は輝き出した。

 ―――ついに始まってしまったか、レーティングゲーム。さて、どうしようかな。

 

 

 

 魔方陣でジャンプして到着したのは―――テーブルだらけの場所だった。

 へー今回の陣地はこんな感じか。そう思いながら周囲を見渡すと、テーブルの周囲にファストフードの店が連なっている。どうやら飲食フロアのようだね。

 僕は周りを軽く見て、ちょっと移動し奥も見ておく。その先には、広大なショッピングモールが広がっていた。

 どこか見知ったような店が奥までずらりと並び、天井は吹き抜けのアトリウム。そこから光が溢れてきていた。

 ん~この風景、どこかで見たことあるような……。

 

「駒王学園近くのデパートが舞台とは、予想しなかったわ」

 

 一誠の隣にいるリアスさんが言う。

 あっそうだ! 僕も二年前には何度も行ったことのあるデパートだ! 懐かしいな。それにしても、こんなに本物そっくりの偽物を用意できるなんて。改めて悪魔との地力の違いを感じてしまうよ。日本の術ではこんな事できないからね。

 その時、店内アナウンスが流れてきた

 

『皆様。この度はグレモリ一家、シトリー家の「レーティングゲーム」の審判(アービター)役を担うことになりました、ルシファー眷属『女王(クイーン)』のグレイフィアでございます』

 

 アナウンサーは銀髪メイドさんのグレイフィアさん。やっと思い出したよ。確かライザーさんとのレーティングゲームの時もアナウンスしてたよね?

 

『我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、ご両家の戦いを見守らせていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。さっそくですが、今回のバトルフィールドはリアス様とソーナ様の通われる学舎「駒王学園」の近隣に存在するデパートをゲームのフィールドとして異空間にご用意いたしました』

 

 ゲームの舞台となっているこのデパートは二階建て。高さ的には大したこない。だけど、一階二階と吹き抜けの長いショッピングモールになっているから、横面積がかなりのものとなっている。ショッピングモールの屋上には駐車場があって、その他にも立体駐車場が存在している。だったかな?

 

『両陣営、転移された先が「本陣」でございます。リアス様の本陣が二階の東側、ソーナ様の「本陣」は一階西側でございます。「兵士(ポーン)」の方は「プロモーション」をする際、相手の「本陣」まで赴いてください』

 

 本陣は互いに遠いデパートの端っこ。僕たちの陣地の周りにはペットショップ、ゲームセンター、飲食フロア、本屋、ドラッグストアが存在している。本陣の下の一階には大手古本屋の支店とスポーツ用品店がある。

 そしてソーナさん側には……全く覚えてない。まあ、リアス・グレモリーの戦車(ルーク)以上に戦うつもりはないから別に知らなくてもいいか。

 

『今回、特別なルールがございます。陣営に資料が送られていますので、ご確認ください。回復品である「フェニックスの涙」は今回両チームにひとつずつ支給されております。なお、作戦を練る時間は三十分です。この時間内での相手との接触は禁じられております。ゲーム開始は三十分後に予定しております。それでは、作戦時間です』

 

 アナウンス後、僕たちはすぐに飲食フロアに集められ話し合いを始めた。

 

「バトルフィールドは駒王学園近くのデパートを模したもの。つまり屋内戦ね」

 

 リアスさんが飲食フロアの壁に描かれた大きなデパート内の案内図を見ながら言う。リアスさんの手元にはチェスのマス目に区切られた専用の図面も存在する。

 屋内戦。ド派手な攻撃が飛び交うイメージのあった悪魔にはちょっと意外。まあ少々意外なフィールドでも別に驚かないよ。不安定な足場とかの意味なら、平安時代で土蜘蛛さんとの稽古で揺れる船の上での組手とかもあったしね。足場が悪い以前に船酔いしちゃった。

 リアスさんが送られてきたルールの紙に目を通す。

 

「今回のルール、『バトルフィールドとなるデパートを破壊し尽くさないこと』―――つまり、ど派手な戦闘は行うなって意味ね」

「なるほど。私や副部長、イッセーにとっては不利な戦場だな。効果範囲の広い攻撃が出来ない」

 

 ゼノヴィアさんの言うとおり、これはとても不利な戦場。こちらのメイン戦力が相当抑え込まれてしまっている。 

 ソーナさんが日本勢力と繋がりその技術の一部を得てる前提で考えると、時の利と地の利は完全に向こう側だ。時の利、つまり今回こちらのメイン戦力の封印。そして日本の技には派手なものが少ない。妖術ですら奇襲や幻術を絡めた一点集中などとにかく不意を突くものが主流。

 地の利はそれに因んで広範囲攻撃がされないため安全に奇襲に転じやすい。日本流の術に合わせると自然と周りを利用した戦い方になる。わかりやすい弱点である広範囲攻撃がされないのが最も大きい。まあ、できる妖怪が少ないだけで手段がないわけじゃないんだけどね。

 

「困りましたわね。大質量による攻撃戦はほぼ封じられたようなものですわ」

 

 朱乃さんは困り顔で頬に手を当てる。木場さんもため息を吐きながら意見を言う。

 

「ギャスパー君の眼も効果を望めませんね。店内では隠れる場所が多すぎる。商品もそのまま模されるでしょうし、視線を遮る物が溢れています。闇討ちされる可能性もありますし……困りましたね。これは僕らの特性上、不利な戦場です。派手な戦いが出来るのがリアス・グレモリー眷属の強みですから、丸々封じられる」

「いえ、ギャスパーの眼は最初から使えないわ。こちらに規制が入っているのよ。『ギャスパー・ヴラディの神器(セイクリッド・ギア)の使用を禁ずる』だそうよ。理由はギャスパーがまだ完全に使いこなせていないからね。眼による暴走でゲームのすべてが台無しになったら困ると言う判断でしょう。イッセーの血をあげるのも禁止。アザゼル開発の神神器(セイクリッド・ギア)封印メガネを装着するとのことよ」

 

 ギャスパーくんへの規制が厳しい気がするけど、それも仕方ない事かな。使いこなせてないものを無理に使って、ギャスパーくんに何かあったらいけないしね。

 さっそくメガネをかけるギャスパーくん。結構似合ってるね。

 

「レーティングゲームは、単純にパワーが大きいほうが勝てるわけじゃない。バトルフィールド、ルールによって戦局は一変するわ。力が足りない悪魔でも知恵次第で上にもあがれる土壌があるからこそ、ここまで冥界や他の勢力で流行ったのよ。今回は私たちにとって不利なルールかもしれないわ。けれど、これをこなせなければこれからのゲームに勝ち残ることなんてできない。『「兵士(ポーン)」でも「(キング)を取れる』これはチェスの基本ルールであり、レーティングゲームの格言よ。要するに、全てはやり方次第。誰にでも勝てる可能性がある事を示唆しているわ」

 

 リアスさんの力強い言い方に、朱乃先輩は頷く。

 

「そうですわね。実際の戦場でも、このような屋内戦は今後あるかもしれません。そうなった場合、今日のように力が完全に発揮出来ないこともあるでしょう。ーーいい機会だと考えましょう。チームバトルの屋内戦に慣れておくのに、今回のゲームは最適ですわ」

 

 朱乃さんが言い終えると、一誠は恐る恐る手を挙げた。

 

「あ、あの、部長。俺、禁手になることやパワーを上げる修業に必死で、力を抑えて戦う練習なんてしてませんけど……」

「わかっているわ。今回、完全に裏目に出たのよ。戦場とルールはランダムで決まるとはいえ、今度のゲームはイッセーにとっては最悪に近いかもしれないわ。あなたのパワーは絶大すぎる。ルール上、建設物を破壊したらアウト。できるだけパワーを抑えて戦って頂戴。格闘戦でなんとか凌いでちょうだい。……難しいことばかりでゴメンなさい」

「……はい。って、正直不安過ぎますけど……」

 

 その後もリアスさんと朱乃さんが作戦案を話し合う。

 どのような部分に注意するべきか、どのような行動が定石になるか、相手はどう動いてくるかの予想。どのあたりまで空間がコピーされているかなど。結構しっかりと考えられている。だけど、経験もなくニガテな空間でどこまで通用するかはわからない。

 

「部長、屋上の立体駐車場を見てきます。近くに階段がありますから、確認してきます」

「お願い、裕斗」

 

 木場さんは早足でその場をあとにする。

 一誠はなぜ木場さんが駐車場に行ったのかを疑問に思いリアスさんに訊く。

 

「車で店内に突っ込んで来たら大変でしょう? それに車単体を爆弾に見立てて使ってくる可能性も視野に入れておかないといけないのよ。さすがに店内を暴走運転なんて行為をソーナがやるとは思えないのだけれどね」

 

 その場にあるすべてが武器になる。平安時代でもそういう事はよくあった。

 幻覚を使う際、近くの木々を怪物に見せかける事でより低コストで相手を術に嵌める。陰影(かげかげ)のどろどろさんなんて、その辺の泥をとんでもない危険物質にして武器にしてしまう。これは殺し合いではないからないとは思うけど、車は日常的に人を殺してしまう代物。何かの拍子に偶然凶器になってしまうかもしれないから注意は必要だ。

 

「ギャスパーはコウモリに変化して、デパートの各所に飛んでちょうだい。序盤(オープニング)、あなたにはデパート内の様子を逐一知らせてもらうわよ」

「りょ、了解です!」

 

 ギャスパーくんもいつもより気合いが入ってる様子。そういえばギャスパーくんは初レーティングゲームだっけ? 僕も初めての時はドキドキで興奮したからね。

 その後も作戦の話し合いは続き、細か(結構大雑把)な戦術を決めていく。そして、作戦時間の半分が過ぎた頃に固まった。

 リアスさんは僕たちを見渡して言う。

 

「ゲーム開始は十五分後ね……。十分後にここに集合。各自、それまでリラックスして待機していてちょうだい」

 

 リアスさんの言葉により、みんな一度解散。僕は本屋の中にある椅子に座って待った。

 ここの本屋は中でゆっくり読めるスペースが用意されている。まあ、漫画とかは読めないようにされてるけどね。文庫本やいくつかのライトノベルは読めるようになっている。

 特に何か読もうかと思って入ったわけじゃないけど、十分以上もただ座ってるのも味気ないね。面白そうな本がないかを少し探してみる事に。最新刊と書かれたコーナーや芥川賞受賞作品と書かれた本。いかにコピーされた空間と言えど漫画の袋を破って読む気にはなれない。

 その中で僕はある妖怪の少年が主人公の作品で有名になった漫画家の本を見つけた。漫画だけど、最新コーナーにあったからか読めるようになっている。この先生のキャラは現代になって現代向きにキャラも内容も書き直されたりしてるけど、この漫画の妖怪たちは本家のタッチと内容で描かれている。

 前からこの人の作品には興味あったけど、平安時代で妖怪に深く関わってからより一層興味が出たよ。

 僕はどちらかと言うと今より本家の描き方の方が好きだ。キャラの本当の姿は違うけど、なんだか似てるところもあってまるで知ってる人の違う一面を見ているかのようだ。

 

「ネズミ男は現代も本家も変わらないね」

 

 まあ、ねずみ男に会った事ないけども。

 

「あの、誇銅先輩」

「ん?」

 

 僕が本を読んでいると、ギャスパーくんが僕の目の前に。まあ、近づいて来てたのは気づいてたけどね。

 僕は読んでた本を閉じる。

 

「すいません、お邪魔して」

「大丈夫だよ。それで、どうしたの?」

 

 僕は少し端に寄って隣に座るように促す。ギャスパーくんは僕の考えが通じたようで隣に座る。横には結構スペースがあるのにかなり僕の方に寄って。人と話すのが苦手なギャスパーくんがこうも寄ってきてくるのって、心を開いてくれてるみたいでうれしいよ。

 

「誇銅先輩は何の本を読んでいたんですか?」

「日本の昭和を舞台にした妖怪漫画だよ」

「誇銅先輩はこういう漫画が好きなんですね」

「好きか嫌いかで言えば好きだね。でも、こういうのばかり読んでるわけじゃないよ? ライトノベルとか、偶には文庫本だって読む。結構いろんな本を読むほうだね」

 

 ギャスパーくんと当たり障りのない日常的会話を楽しむ。もうすぐレーティングゲームが始まるっていうのに、僕の中にはそういう緊張感は一切ない。

 僕との会話でギャスパーくんも笑顔を向けてくれる。だけど、その笑顔にはちょっぴり緊張感が見え隠れする。

 僕はギャスパーくんの頭を優しく撫でてみた。

 

「こ、誇銅先輩……?」

「緊張してる?」

「……はい」

 

 元気のない返事。ギャスパー君の笑顔もしぼんでしまった。

 アザゼル総督のトレーニングで多少なりとも改善らしいけど、引っ込み思案なギャスパーくんにこの大舞台はとても緊張するものだろうね。

 

「誇銅先輩、やっぱり僕、自信ないです。神器を暴走させてしまうのも怖いですけど、それを封じて十分な役割を果たせるかどうか。怖いんです」

 

 いくらギャスパーくんの役割がデパート内の様子を知らせる事だとしても、十分な役割を果たせるかどうかは怪しい。

 ギャスパーくんがコウモリに変身したところで的は小さくない。怪しい動きに騙されたり、発見する前に発見されて返り討ちにあう可能性も高い。

 

「大丈夫……なんて無責任な事は言えない。だけど、ギャスパーくんがリアスさんたちにどう思われても僕はギャスパーくんの味方だから。ギャスパーくんが僕の味方であり続けてくれたみたいに」

 

 僕は撫でる手を止めてギャスパーくんをそっと抱き寄せた。ヒビの入った卵を割らないかのようにそっと優しく抱きしめる。

 ギャスパーくんは僕とは違う。とても珍しい神器にヴァンパイア。僕なんかと比べ物にならない将来性がある。それに、ギャスパーくんは本当の意味でリアスさんに家族扱いしてもらえている。例えこのレーティングゲームで失敗しても立場が悪くなることはないだろう。

 だけど、ギャスパーくんはそうは考えていない。ギャスパーくんの過去を、なぜそうなったか詳細は知らない。だけど、ギャスパーくんはそうなる事をおびえている。

 だから、もしそうなってしまったら、僕だけはずっとギャスパーくんの味方であり続ける。いざとなったら一緒にリアスさんの眷属を抜けて、天照様に頼み込む。

 

「誇銅先輩……」

「力になってあげられる事は少ないけど、僕はギャスパーくんの安心できる場所であり続ける。これだけは約束できる」

 

 それから数秒間ギャスパーくんは僕の胸に顔をうずめ、僕の腕の中から出た。

 その表情はさっきまでの暗いものではなく、再び笑顔を取り戻している。

 

「ありがとうございます誇銅先輩。もう、大丈夫です」

「それはよかったよ」

 

 ふと時計を見てみると、そろそろ集合時間になろうとしていた。

 

「ほら、そろそろ時間だよ。行こう」

「はい!」

 

 僕とギャスパーくんは一緒に集合場所へと戻っていく。ほんの少しの間手を繋いでね。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 定刻になった。

 僕たちはフロアに集まって、開始時刻を待っていた。

 そして、時間キッチリに店内アナウンスが流れた。

 

『開始のお時間となりました。なお、このゲームの制限時間は三時間の短期決戦(ブリッツ)形式を採用しております。それでは、ゲームスタートです』

 

 

 三時間……。それがレーティングゲームの目安で長いのか短いのかわからない。だけど、正当にぶつかり合うなら短い時間制限ではないと思う。作戦時間も事前に儲けられてたし判定になる事はたぶんないかな?

 リアスさんは椅子から立ち上がり、気合の入った表情で何かを言おうとした瞬間。

 

 バコン!

 

 急にデパート内の電気がすべて消えてしまった。さらに、真っ黒な霧がアトリウムを覆い隠し光を遮ってしまう。周りが全く見えない程の暗さではないが、普通の人なら少しばかり目を慣らす必要があるだろう。

 暗闇にも慣れてる僕の目には周りの様子が見えているが、リアスさんたちはそうもいかない。急に電気が消えた事に冷静だが少しばかり平常心ではなさそうだ。一誠はモロあわててる様子だけどね

 暗闇の中、何もない空間から突如太い人間の腕が現れ

 

『リアス・グレモリー様の『僧侶(ビショップ)』一名、リタイヤ』

 

 瞬く間にギャスパーくんの意識を刈り取った。ギャスパーくん!?

 気づけなかった。もしもあの攻撃が僕に向かっていたら気づけたかもしれない。所詮僕の柔術は護身術に過ぎない。今の僕では誰かの盾になって守る事はできても、助けるための矛にはなれない。ごめんよ、ギャスパーくん。

 間違いない。既にソーナさんの眷属はこの場にいる。注意深く感じてみると、腕の持ち主の未だに薄らとした気配とは別に、もう少しはハッキリとした気配を感じる。僕に敵意が向けられていないからこれ以上感じ取る事はできない。

 

「アーシア! ギャスパー!」

「イッセーさん!」

 

 一誠はアナウンスを聞くとリアス・グレモリー僧侶のアーシアさんとギャスパーくんの名前を呼んだ。一誠はたぶん意識してやったことではないだろうけど、これでギャスパーくんがやられた事が仲間に伝わった。

 ギャスパーくんを倒した腕が暗闇の中から姿を現す。現すと言っても、幻術を見破るように注意深く見ないと見えないけどね。

 闇の中から現れたのは国木田さん。一言も発さずに指で向こう側を指差す。僕はそれについて行き、誰にも悟られずにこの場を離れた。

 

「何も訊かずについて来てくれてサンキュー。あと、誇銅が可愛がってた後輩をいきなり闇討ちして悪かった」

「いいえ。これは疑似とは真剣勝負なんですから。感情的には割り切りにくいとこもありますけど、仕方ない事です」

「そう言ってもらえると助かる」

 

 僕が連れてこられたのはデパート内の端っこも端っこ。それでもそれなりに広めのスペースがとられている。

 正直ギャスパーくんを闇討ちされたのは心情的に複雑なものがある。だけど、そんな事言ってられる程甘い世界じゃない。仕方ないとして割り切らなければならない。別に殺されたわけでもないんだし。それが嫌なら、僕はもっと強くならなくちゃいけない。

 

「ここは日本式結界と俺の陰遁で巧妙に隠されている。カメラ越しじゃ相当注意深く見てても見破るのは至難の技だ」

 

 要するに、ここの結界内で何をしても悪魔にばれる心配はないと言ってくれている。

 実際こうやって悪魔にばれない環境を作ってもらえるのは相当ありがたい。これで気兼ねなく話ができるんだからね。

 

「でもいいんですか? こんな所で僕といても」

 

 僕とこうして話をすれば当然ここから動けない。そうなるとリアスさんたちと戦う事も、ソーナさんをサポートする事もできない。

 

「俺は日本妖怪。悪魔じゃない」

 

 そうはっきりと言い切った国木田さん。それはつまり、悪魔として戦うつもりはないと言う事。僕がリアス・グレモリー戦車としては戦うが、日鳥誇銅として戦わないのと同じ。

 

「まあ、ある程度は力を貸してもいいと思ってる。俺はあいつらが気に入ってるんでね。さすがに日本妖怪としては力を貸せないが、悪魔悪鬼としてなら少しは力を貸すぜ。さっきみたいにな」

 

 どうやら僕の方とは事情が違うようだ。それも当然か。僕はリアスさんに日本勢力との繋がりを隠し、リアスさんを信用していない。一方国木田さんはソーナさん自身に日本勢力との繋がりがあり、ソーナさんを信用している。この違いは当然と言えるだろうね。

 

「まあ、悪魔事態には内緒だけどな。あと、モロ悪魔の利益になる事には一切手は貸さない。日本が関われば、悪魔に不利な行為を行う事もある。これは最初の約束事で決まっている」

 

 信用できる(キング)と悪魔として活動しながらも裏ではしっかりと日本勢力にも所属している。ものすごくうらやましいです。

 まあどっちにしろ、僕が日本勢力に出会えたのもリアスさんに見捨てられたのが原因だし、悪魔にされてなければ日本勢力との繋がりも得られなかったことを考えると複雑な気持ち。最高に我儘を言うなら、悪魔を辞めて表だって正式に日本勢力に所属したい。

 

「それで、僕たちは何をしましょうか?」

 

 別にこれといってやることもない僕たち。三時間ずっとここでしゃべってるのも間が持つかどうかわからない。

 僕がこう訊くと、国木田さんは笑って見せた。

 

「前に言っただろ? 手合せ願いたいって」

 

 いつか手合せしたいと思っていたけど、まさかこんな所で実現するとは思っていなかった。とても驚いたよ。

 自然と僕も笑顔になり、嬉々としてその提案に返事をした。

 

「もちろん。ぜひお願いします」

「それはよかった」

 

 僕は制服の袖ボタンを留めて構えを取る。道着ではないけど、そんなのを気にしていたら護身術として成り立たない。制服であることは何の支障もない。

 国木田さんも野球のユニフォームを脱ぎ捨ててほぼ全裸になる。出来れば下だけでも着ててほしいけど、それが国木田さんの戦闘スタイルなんですね。

 だけど、僕はその時何となく違和感を覚える。それは、普通ないのが当たり前なのだが、国木田さんは必ず付けている事で有名なもの。

 

「今日は着けてないんですね」

「ん? ああ、ブラジャーの事か。取られちゃったんだよ、匙にな」

 

 え? なんで匙さんが!?

 匙さんに女性用下着を、それも国木田さんがつけているものを取る事に僕は理解できない。ソーナさんとかのならまだ理解できる。軽蔑はするけど。でも、国木田さんのだとわかって取ったのなら理由がわからない。

 人が大勢見てる前だから取ったというのも考えたけど、それなら学校内でも没収しているだろう。この人、前に上下の下着姿でグランドに立ってるのを見てしまったからね。それを生徒会が知らないとは思えない。

 

「え、匙さんが? なぜ……?」

「新入りだからさ。ソーナ眷属は全員がそれぞれの属性に関する妖術を収めている。そして、匙が入った事により全属性が集まった」

 

 その状態のまま国木田さんが説明をしてくれた。できればそういう説明の時は下だけでも着てくれると助かります。下はいつも通りの女性用下着だから。

 

「人間が妖術を模して作った術。昔の人間はこれを忍術と名付けた。まあ、本物の忍術使いは昔でもごく少数だけどな。ソーナたちが学んだのは正確には妖術ではなくこの忍術。忍術を表だって使うには七災怪かそれらに信用された教師役の妖怪の許可が必要なんだ。他のメンバーは前から取り組んでたから許可をもらっているが匙は違う。でも、匙も頑張って忍術を学んでいたら温情として現陰影が条件を出したのさ」

 

 僕がいなくなった後の時代でいろいろ変化が起こったんだね。

 人間が使う妖術。それが忍術。あの有名な忍術の起源をまさかそんなところにあったなんてね。

 つまり、ソーナさんたちはその忍術を扱えるってわけか。と言う事は僕の僅かに使える妖術も忍術ってことになるのかな? いや、炎目は僕だけの術だから妖術? ちょっとわからなくなっちゃったよ。

 

「その条件が俺を欺く事。もっと詳しく説明すると、俺のブラジャーを取り生徒会室まで持ち去る事。ここではソーナの部屋まで逃げきる事。匙は数日前にそれを成功させたのさ」

 

 匙さんがソーナさんの眷属入りをしたのは確か……ゼノヴィアさんが眷属入りする前くらいだったっけ? それじゃ、匙さんは一年足らず、長くても一年ほどで最低限の忍術を習得できたってこと!

 

「無期限でどんなタイミングでもOK。本気じゃないとはいえこの俺から逃げ切った。十分合格を言い渡せる基準値だ」

 

 忍術の最低限がどの程度かわからないけど、きっとすごく頑張ったんだと思う。僕も仙術には結構苦戦した記憶があるよ。

 長い日常の隙をつけたとしても相手は1000年前のベテラン妖怪。それも呪いや欺きや逃走を得意とする陰の妖怪。単純な強さを磨けば見つかり、脱力すれば逃げきれない。どのくらい手加減したかわからないけど、必死に技術を身に付けたのは理解できる。すごいよ、匙さん。

 

「忍術を認めるにあたって必要なものは、一番に信頼に値するか。その次に最低限の技量と忍の本質を正しく認識できているか。匙は後ろ二つが微妙に怪しかったが、俺を少しでも欺けるようになったら大丈夫。三つ目の確認もしっかりと言葉で聞いたしな」

 

 指を一本一本折って説明する国木田さん。

 この話を聞いて前に匙さんが僕に誤解だと言ったことの意味を理解できた。僕が初めて国木田さんに会ったあの時、匙さんはこの課題の最中だったんだね。まあ、確かに事情を知らないと変な誤解がうまれそうだけど。

 

「若干特化してる部分はあるが、匙はもう立派な陰の忍術使いだ。俺が保障しよう。まあ、まだまだ駆け出しだけどな。ははは」

 

 明るく大きな笑い声をあげる国木田さん。仁王立ちで腕を組み力強い笑い声をあげている。……これで女性用下着一枚じゃなければもっとたくましく見えるんだろうけどね。

 

「さて、話はこれで終わりだ。始めよう。フンッ!」

 

 国木田さんは力を入れ筋肉をより膨らませる。おそらく服を着ていたら服が破れてしまっただろう。それほどのものすごい筋肉量。だけど、九尾流は力では絶対に破られない。

 

「それでは、始めましょう」

 

 僕たちの間で試合開始の太鼓の音が鳴った気がする。



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策略的な悪魔の前半戦(下)

 ギャスパーがリタイヤし誇銅が消えた後、制限時間の都合もあり新たに作戦を練り直すのではなく予定通り作戦を続けることに決定した。もちろんいつもの通りギャスパーの心配はしても消えた誇銅の心配は一切ない。前のように消えたことに気づきもしないことはなかったが、それでも心配などはされなかった。

 周りを警戒して新たに向こうからの攻撃がないのを確認すると、リアスは仕切り直しのためにもう一度気合の入った表情をつくる。

 

「ちょっと予想外の先制攻撃を受けたけど、指示はさっきの作戦通りにするわ。イッセーと小猫、祐斗とゼノヴィアで二手に分かれるわ。イッセーたちが店内からの進行。祐斗とたちは立体駐車場を経由しての進行。ギャスパーの店内の監視と報告はできなくなっちゃったけど、頃合いを見て私と朱乃とアーシアがイッセー側のルートを通って進むわ」

 

 リアスの指示を聞き、全員が耳に通信用のイヤホンマイクを取り付ける。

 

「さて、かわいい私の下僕悪魔たち! もう負けは見せられないわ! 今度こそ、私たちが勝ッ!」

『はいッ!』

 

 気合も入り、薄暗さにも目が慣れてきたリアスたちは作戦通り動き出す。

 

「小猫ちゃん、行こうか」

「はい」

 

 一誠と小猫もその場を後にして進みだす。事前に小猫は一誠にだけ自分の力を使うことを明かしたが、既にそのことも全員に伝達済み。

 リアスの読みでは、ソーナはこちらの動きをこう読んでいると推測していた。

 一誠をできるだけ戦いを避けさせ女王(クイーン)にプロモーションさせるために本陣へ突入させる。

 そのサポートに機動力の高い木場とゼノヴィアが組み、立体駐車場から裏手に回り敵本陣に切り込み。相手の陣形を乱して敵の注意を引き付ける。その間に一誠のプロモーションを完了させ、その後一旦全員で引き、万全の状態で全員で攻め込む。

 とにかく赤龍帝の一誠を女王(クイーン)に昇格させることを最重要視している。と、リアスはソーナの動きをこう読んでいると踏んで、それを逆手に取ろうとした。

 一誠をソーナの予想通り動かすが、それは半分囮。本当の攻め手は木場とゼノヴィア。ただの陽動ではなく、本格的なアタッカーとして攻め込ませる。 

 赤龍帝の力を危険視し、(キング)が手薄になると読んだ。いくら手薄になるからと言っても(キング)をあまり手薄にするわけにはいかない。そのため、立体駐車場にはそこまで力を割かないと予想し、木場とゼノヴィアをアタッカーに選んだ。

 それはソーナ側に名のある実力者がいないと考えての作戦でもある。リアスは朱乃一人を防衛に置けば事足りるのだから。

 だが、リアスが防衛に朱乃一人で事足りるのと似たようにソーナにも一人で事足りることがある。最初の奇襲でその可能性を少しでも見いだせれば、もっと慎重に動けたかもしれない。

 

「イッセー、よろしくね」

「イッセーさん! がんばってください! 負けないで!」

「うふふ、カッコイイところ期待してますわ」

 

 リアス、アーシア、朱乃の期待の言葉にテンションが上がる一誠。

 一誠と小猫は走るわけでもなく、歩きでもない微妙な歩幅で進んでいる。物音を立てないように、敵に距離を測られないようにする配慮なのだ。物陰に隠れながら慎重に進む。

 隣で子猫が猫耳と尻尾を生やし猫又の力を発揮する。

 

「……奥に一人。じっと止まってます」

「わかるのかい?」

「……はい。現在、仙術の一部を解放していますから、気の流れでそこそこ把握できます。さすがに詳細まではわかりませんが……」

 

 一誠は小猫のその能力をすごく便利だと思っていた。

 それでも一誠も一誠で周りの様子に気を付けている。

 二人とも周りに細心の注意を払い警戒してる。――――——だが、二人は気づいていない。自分陣地からずっと自分たちを付けてきてる者に。一誠の10cmも離れてない位置から一誠の動きをトレースするリアス眷属ではない気配に。今もずっと至近距離で息を潜めるその(かげ)に。

 

「……あとどのくらいで出会う?」

「……このままのペースなら、おそらく十分以内です」

 

 ここで覚悟を決めて通常の赤龍帝の籠手を使うか、禁手になるかを迷う一誠。相手の能力もわかってないのでいまいち決めかねている。

 そんな風に悩んでる一誠を小猫は少し頬を赤らめて見ていた。

 

「な、なに?」

「……いえ。イッセー先輩って、いざというときになると戦士の顔になりますね。普段はいやらしい顔つきなのに……」

 

 やらしい顔つきと言われ自分の顔をまさぐっていると。

 

「ねーまだ~? そこに隠れてるのはわかってるからもう出ておいでよー」

「「!!」」

 

 この状況でまさかの相手からこちらに話しかけられた。それよりも近づいてることに気づかれてる。一誠と小猫は冷や汗をかいた。

 もしかして声が聞こえてしまったのか。そう思った二人は自分の口をふさぐ。

 

「今ドキッとしたでしょ? 正解? 正解だよね!?」

 

 なんだか楽しそうにあてっこする相手。もしかしたら気づいたフリでこちらをアブありだそうとしてるんじゃないかとも考える。

 

「イッセー先輩と、もう一人は搭城さんかな?」

 

 が、こちらの人物まで当てられた。もうこちらがバレている。そう確信した。だが、素直に出ていくわけにもいかない。奇襲はもう不可能でもタイミングをずらして不利対面だけは避けようと沈黙を貫くが。

 

「「…………」」

「こう言うのってドキドキしますよね?」

「「ッ!!」」

 

 遠くから聞こえていた声が突如真横から聞こえてきた。

 その声の人物はいつの間にか自分たちの真横で自分たちと同じようにしゃがんでいるのだ。

 一誠と小猫は反射的に立ち上がり距離をとるが。

 

「! イッセー先輩、後ろ!」

「え!?」

「バレちゃったか」

「うぐっ!」

 

 今度は匙がいつの間にか一誠の真後ろに立っていた。

 小猫が気づき一誠が振り向こうとした時にはもう遅い。匙は後ろから腕で一誠の首を絞め上げ優位体制を築く。一誠は絞め落とされないように匙の腕をつかむ。

 

「さ、匙!?」

「陰遁『闇迷彩』。名前の通り闇の中で迷彩状態になる術だ。これと気配の遮断とその他もろもろ使ってずっと後ろにいたんだぜ? この状態じゃ俺の運動能力の五割以上の動きをされるとトレースしきれないけど、ゆっくり進んでくれたおかげで余裕だったぜ」

「い、一体いつから……?」

「スタート時からかな」

 

 スタート時と言われてその時のことを思い出す。スタートと同時に消えた証明、闇に覆われたアトリウム、真っ先に戦闘不能になったギャスパー。

 これらのことで一誠が考え付いた結論は。

 

「じゃあ、ギャスパーをやったのも!」

「それは俺じゃない。陰遁の難点は術事態に殺傷力がないこと。俺程度の熟練度じゃひ弱な女装っ子でも一撃リタイヤは無理だ」

 

 一誠は匙に対してある種の親近感が湧いていた。同じドラゴン系統の神器を持ち、スケベなところもあり、主に対し一途で、馬鹿をするところも、まっすぐにしか突っ込めないところなど。

 だから一誠は今日、匙と戦うってことは何となくわかっていた。だが、まさかこうも奇襲をかけ背後から首を絞めるなんて方法をとってくるとは思っていなかった。修行の成果をぶつけ合えると思っていた一誠はある種の期待を裏切られた感じを味わっている。

 しかし、一誠がいくら残念がっても危機には変わらない。実際匙が優位な位置取りを独占し一誠の首をじわじわと絞め意識を刈り取ろうとしている。

 

「イッセー先輩!」

「おっと、男同士の戦いに水差すのは野暮ってものですよ」

 

 小猫が一誠を助けようと振り向くと、自分の目の前にいたはずのソーナ眷属の兵士が自分と一誠の間に現れていた。全く反対側にいたのに、自分が首を動かすよりも早く反対側に移動された。

 この時、小猫はソーナ眷属の兵士の足に変わった気の流れを感じ視線を移す。その足はバチバチと帯電しているよう。

 

「……その足。……私たちの隣に急に現れたのもそれが理由ですね」

「雷遁『電光石火』。まだまだ遅い方だけど、雷に近い速度で追われたことはないですよね? 自己紹介が遅れました。ソーナ・シトリー眷属『兵士(ポーン)』仁村 留流子です。よろしくお願いします」

 

 余裕のある笑顔で自己紹介をする。

 それよりも小猫は帯電した仁村の足が気になって仕方がない。キョンシーのような服の裾でほとんど隠れてはいるが、それでもバチバチと鳴るたびに感じる気の不自然な雰囲気。その感覚は朱乃の雷とは明らかに違うのが小猫にははっきりと感じ取れた。

 その間も一誠と匙の一対一の地味な攻防戦が繰り広げられている。

 

「くぅぅ。うおりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うぉぉ!」

 

 匙の絶妙な位置取りから力技で無理やり危機を逃れた一誠。匙もまさかあの体勢から逆転されるとは思っておらずちょっとばかり焦った様子を見せた。

 拘束を解いた一誠は体を反転させて匙と向き合う。

 

「まさか力負けするとはな」

「ハァハァ。こっちも修行したんだぜ。夏休みの大半をドラゴンの追いかけっこという地獄のな」

「俺だって修行したさ。方向性はだいぶ違うけどな」

 

 拘束から脱出したとはいえ一誠もまだ安心できない。匙の神器のラインが一誠の籠手に巻き付けられている。さっきの攻防中に匙は慢心せずに保険をかけていたのだ。さらに、匙の神器事態も前のデフォルメされたトカゲのような形ではなく、黒い蛇がお互いの尻尾を咥え一つの大きなとぐろを巻いてる状態。

 しかし不思議と一誠は力を奪われてる感じていない。なので一誠は神器を発動しようとするが。

 

『相棒、倍加は危険だ。奴の神器と繋がってる以上、倍加すればその分の力をあちらに取られる』

 

 ドライグに注意されエネルギーを吸われる危険性を思い出す。

 

『このラインを切り離すには禁手に至った時の衝撃の余波で吹き飛ばすしかない』

 

 一誠はドライグの提案通り禁手に至って、ラインを吹き飛ばす作戦に移った。

 

「スタート!」

『Count Down!』

 

 籠手の宝玉に至るまでの時間が表示され、カウントが開始された。この状態では一誠にまともに戦う手段が皆無となる。

 だが、自分の役割は陽動。ここでこうして敵を引き付けようと考えた。そして、ここで至ればその勢いで(キング)まで詰めようとも考えている。

 

「逃がすかよ、兵頭!」

 

 隙を見せた一誠に対して匙は一気に間を詰め、腹部に蹴りを放った。

 回避はできなくとも一誠はその攻撃に対して腹筋に力を入れて最悪のダメージを回避―――したつもりであった。

 

「ガハッ!」

「へぇ、結構マジで蹴ったんだけどな。おまえも半端じゃないトレーニング積んだようだな」

 

 匙は思ったほどのダメージを与えられず苦笑するが、一誠は今の一撃で膝を折る寸前である。

 このダメージを受けてなお逃げるのは不可能と判断した一誠は、距離を取ることをあきらめ、一気に向かうことに。生身での格闘は得意ではないが、基本トレーニングの積み重ねで格闘するだけの体はできていると判断してのこと。

 拳を握り、匙へと殴りかかるが、ギリギリで躱されたうえにラインを一本余計に巻き付けられてしまう。そしてお留守の足元をひっかけて転ばされてしまう。

 

「まだ追撃は終わらないぜ!」

 

 その状態の一誠に向かって魔力の弾らしきものを打ち込もうとしてきた。これはまずいと感じた一誠は横に転がることで回避。

 

 ドンッ!

 

 放たれた魔力の一撃は狭く深い穴を床に開けた。その威力に一誠は驚く。あれを受けていたら終わっていたと。

 

「……やるじゃねえかよ、兵頭」

「ハァハァハァ」

 

 匙は再びその高出力の魔力の弾を放つ。大きさは大したことないが、それは建物を破壊しないための配慮。一誠を倒すには十分。

 その時一誠はあることを考えた。匙はこれだけの一撃をどうやって生み出しているのか。匙の魔力は一誠ほどではなくとも魔力が低いと一誠は知っていた。なのにこの威力をなぜ出せるのか。

 一誠は匙のある一点を見てわが目を見開いた。匙のラインが匙自身の心臓部分に向かって伸びている。

 

「匙! おまえ! おまえは自分の命を……魔力に変換してやがるのかッ!?」

「ん~前まではそうだったけど、今はちょっと違うぜ」

 

 一誠は高出力の原因を生命力で補ってると推測したが、見事はずれ。大きく肩透かしをくらった。

 

「前までは俺の生命力で代用しなきゃ使えなかった。だけど、俺の先生に『次生命力で代用したらおまえの生命力枯らすからな』ってな。やると言ったら絶対にやる先生だったからめちゃくちゃ怖かったぜ。だけど、その甲斐あって今じゃ成功率も格段に上がり、生命エネルギーを使う必要もなくなった」

「じゃあ、その魔力量は一体……?」

 

 一誠の質問に匙はある種勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。何一つ勝てなかったのに、やっと一矢報いれた。そんな感じの笑顔である。

 別段隠す必要もないことなので匙は自慢げに簡潔に答えた。

 

「生命のエネルギーではあるが自分の生命力を削る必要はない。修行すれば人間にだって使える術、仙術を使ってるのさ」

「仙術だって!?」

 

 仙術という言葉を聞いて再び驚愕する一誠。

 仙術というものは仙人や小猫や小猫の姉のような特別な人物しか使えない。そう認識されていははずなのに。それを元人間の転生悪魔が行ったのだから一誠は驚いた。

 

「心臓のラインは俺の体質がちょっとあれでね。仙術によって体内に溜まりすぎる邪気を魔力の弾に練りこんで威力の底上げと体のデトックスを行ってるんだ。邪気に対する耐性は高い方だが、限度ってもんがあるからな」

 

 一誠が匙の仙術に驚かされてる横で、小猫と仁村の戦いも進められていた。

 高速で動く仁村を捉えられず一方的に攻撃され続けていた小猫。だが、仁村の電光石火の動きが直進的な動きしかできないことに気づいた小猫は、動きを先読みしてやっと拳を当てることができたのだが。

 

「……気を纏った拳を打ち込んだのに。同時にあなたの体内に流れる気脈にもダメージを与えたため、もう魔力を練ることができないハズなのに。……なんで動けて魔力も使えるんですか!?」

「簡単な原理よ。搭城さんの気を私の気で相殺しただけ。物理ダメージも残った気で防御したから大丈夫」

 

 ガード体制も一切されずガードされてしまった小猫の攻撃。小猫の自信が一気に崩れる。

 

「それよりも、私の服にあまり触れないほうがいいですよ?」

「……?」

 

 小猫から適当に距離をとった仁村は服のスリット部分を上げてブーツがよく見えるようにして服の全体を見せつけた。先ほどから服もバチバチと帯電しているが、ブーツはその1.5倍は帯電している。

 

「この服は私のスタイルに合わせて帯電しやすいように作られた特別性。帯電した状態であまり触れると感電死させてしまう恐れがありますから。特にこのブーツは雷遁が馴染むように作られた特注中の特注。この勝負服のおかげで私は実力以上の力が発揮できるの」

 

 自分だけが使えると思っていた自慢の仙術を仙術で破られ、捉えきれないスピードで動く相手に、自分では敵わないと諦めかけている小猫。だが、小猫の心はまだ折れてない。自分が信頼する先輩も勝てないと思えた場面でもあきらめなかった。自分もそれを見習おう。そう思い自分を鼓舞させる小猫。

 敵が教える情報をしっかりと頭に入れつつ今後の戦い方を考える。

 

「それと、搭城さんの攻撃には邪気が殆どこもってないですよね?」

「……邪気を吸いすぎれば悪意に飲み込まれてしまいます。私の姉のように」

「そうね、その通り。だけど、邪気のない仙術では本当の仙術とは言えない。私の先生はそう教えてくれたわ。邪気に負けぬ精神力で悪を制する。気の力だけではすぐに限界がくる。だけど、邪気の力には限界がない。だから仙術を学ぶにはまず、邪気に耐える精神修行から始めるの。そうすれば、こんなこともできる!」

 

 電光石火で小猫が反応できない程の一瞬で目の前まで近づき

 

 バジジジジジッ!

 

 握りこぶしから人差し指と小指のみを立てて、その間に電気を発生させるハンドスタンガン。悪魔を気絶させられるように出力を調整、確実に気絶させられるように部位も選んで。

 通常スタンガンでは気絶させることは稀だが、仙術で気脈にも作用させほぼ確実に安全に気絶させた。仁村の服に触れて電気を蓄積してた小猫はその手の術にかかりやすくなっていたのだ。

 

『リアス・グレモリー様の『戦車(ルーク)』一名、リタイヤ』

 

 無慈悲にもアナウンスが小猫の敗北を伝える。勝率が高いといわれていたリアス陣営から既に二人分も差をつけられてしまった。

 

「空中に漂う邪気や悪意を清め、大きな意思の力に戻し、その力を様々な属性に変換する」

 

 消えていく小猫に対して祈るようにつぶやく仁村。その言葉は小猫には届かない。

 

「小猫ちゃん!」

「匙先輩。後は任せました」

「ああ、ありがとう」 

 

 仁村は暗闇にビリリと電気の光と音をわずかに残しその場から去った。

 その行動に一誠は疑問な表情を浮かべる。

 

「後ろからこそこそと狙った俺が一対一を願ったことがそんなに意外か?」

「……ああ、正直な」

 

 一誠も正直なところ一対一の直接対決を望んでいる。匙は自分との戦いの最中で小猫に攻撃を加えようとしなかった。その気になれば、もっと優位に進められるチャンスもあったのに。

 だが、最初に匙が行った背後から首を絞めるという行動が今思ったことに引っ掛かってしまう。

 

「これはチーム戦だ。ここで仁村と協力して二対一で戦うのが正しい。だけどな兵頭、俺はタイマンでおまえに勝ちたいんだ。だから、前もって会長に何度も頼み込んでやっと許可をもらった」

 

 匙はにんまりと笑いながら一誠の疑問に答えを言っていく。

 

「兵藤、まえに言ったよな? 差別のない学校を冥界につくる。俺たちの夢は本気だ。そして俺は先生になるんだ。俺の夢……。この戦いは冥界全土に放送だ。だからこそ意義がある。『兵士(ポーン)』の俺が!同じ『兵士(ポーン)』である赤龍帝・兵頭一誠に勝つことがよッッ! 俺は赤龍帝に勝つ! 勝って堂々と言ってやる! 俺は先生になるんだッ!」

 

 一点の曇りのない、強い眼差しで匙は言った。

 一誠は匙のその挑戦を正しく認識した。それと同時にうれしくも思った。自分のことを本気で倒そうとしてくれてる。なら、ダチとして本気で答えてやらないといけない。自分と似た存在だと思ってた相手は、やっぱり自分と似ていたという実感がうれしく思う。

 そんな戦いから逃げちゃ格好悪い。もしも不利だからって逃げたら、部長に顔向けできない。

 そんな思いが一誠を突き動かす。

 

「————そろそろ決めないとな」

 

 匙の仙術と邪気と魔力のミックスが匙の手元に集まり、巨大な塊となる。それは確実に周りにも影響を及ぼすほど。だが、その魔力は圧縮されて最終的にソフトボール程度の大きさに収まった。

 

「これで周囲に影響を出さず、おまえの体だけを完全に破壊できる」

 

 塊を作り出した匙は明らかに疲労してる様子がうかがえる。さっきまで元気だったにも関わらず。渾身の一撃。一誠は匙のそれをそう受け取った。

 

「俺はおまえがうらやましかったんだ。主である先輩の自慢。赤龍帝。誰もがおまえを知ってる。けど、俺はおまえと同時期に兵士になったのに何もねぇ。何もねぇんだよッ! だから、自慢を、自信を手に入れるんだ。赤龍帝のおまえを、俺の陰の忍術でおまえをぶっ倒してよッッ!」

 

 匙の必死の咆哮。それと同時に渾身の一撃は一誠に向かって放たれた。

 もちろん一誠はその攻撃を避けようとしたが、匙は一誠と繋がってるラインの一部を一誠の足元に飛ばし床と繋げた。一誠がひっぱっても強固なラインは籠手を床から離さない。

 

「俺だって部長の夢を叶えるために負けるわけにはいかねんだよ―――ッ!」

 

 一誠は覚悟を決めて匙の攻撃を受ける。だが、受けた瞬間。

 

『Divide!』

 

 ダメージを半分だけ消失させてしまう。

 

「俺の魔力弾を半減したのか!?」

「いちおうな。山籠もりで発動できるようになった。ただし、発動確率は一割以下。ほとんど博打だ。そして、これまた覚悟がいるんだよな。———俺の生命力。発動の成功、失敗にかかわらず俺の生命力を削る。こんなに怖い賭けもないだろう?」

 

 それは使えるとも言えない程の運頼みの行動。しかし、運命はこの時は一誠に味方した。そのおかげで一誠は生き残りに成功したのだ。

 

「俺も命をかけさせてもらうぜ。こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ!行くぜぇぇぇぇっ! 輝きやがれ! ブーステッド・ギアァァァァァァアアッ!」

『Welsh Doragon Balance breaker!!!!!』

 

 ゲーム開始から数十分。一誠は『赤龍帝の鎧』に身を包んだ。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ゲームが開始してから数分。木場とゼノヴィアは立体駐車場に入っていた。

 もともと薄暗い駐車場に電気が消えてしまっていればさらに暗くなる。だが、この場所だけは電気がつけられていた。木場もゼノヴィアも任務で密偵が多かったため、この手の進行は得意だが、このあからさまな状態は明らかに誘われている。

 木場が物陰から先を見定め、後方のゼノヴィアを呼ぶ。バレてる可能性は高いが、せめて奇襲を受けないための行動。

 二階から通路を進み、一階の駐車場に足を踏み入れた時、前方に二つの人影。

 ヤンキーの特攻服に身を包んだ『戦車(ルーク)』の由良 翼紗。もう一人は歌舞伎の黒子で誰だか判別ができないが、背中に大きな棺を背負い刀を帯刀している。

 

「ごきげんよう、木場祐斗くん、ゼノヴィアさん。ここへ来ることはわかっていました」

 

 由良ともう一人の後ろから現れ淡々と話すソーナ眷属『女王(クイーン)』森羅椿。その手には薙刀が握られている。

 木場はこの立体駐車場に配置された三名を見て、攻撃の本命が自分たちだと見抜かれてることを覚った。

 ゼノヴィアは腰に携えた剣を抜き放ち、木場も手元に聖魔剣を創り出した。

 

「闇に乗じて仲間を一人失ったのに冷静ですね」

「ええ、こういうのに慣れておかないと身が持ちませんから」

 

 森羅の言葉に木場は冷静に返す。心の中では仲間をやられた悔しさではらわたが煮えくりかえっているが。

 

「まったく、あいつは体の鍛え方が足りないから」

 

 その横でゼノヴィアも嘆息してるが、その目は座っている。

 

「だが、かわいい後輩をやられたのでね。仇は討たせてもらうよ」

 

 ゼノヴィアからすさまじいまでのプレッシャーが放たれる。味方である木場にもピリピリと伝わってくる。だが、相手は全くそれに臆さないどころか意にも返していない。特に黒子は微動だにしていない。

 木場とゼノヴィアはじりじりと間合いを詰め飛び出す準備をするが、相手は一歩も動こうとしない。しかし、木場とゼノヴィアは飛び出した。

 木場は由良に、ゼノヴィアは黒子に向かう。しかし、由良と黒子は木場とゼノヴィアが予想だにしない行動に出た。

 

「オラァ!」

「ん!?」

 

 木場が飛びかかり由良のすぐ近くまで近づくと、由良は手に持っていた砂を木場に投げつけ目つぶし。木場は剣を構えて防御の体勢を取りながら守りを固めた。

 そして木場は押し飛ばされ、由良の額からは浅めの切り傷が残った。木場は何が起こったか分かったが、同時にそれが信じられない。

 

「一体何を考えているんだい。聖なる力の波動を持つ聖魔剣にあろうことが頭突きで押し返すなんて」

「ビビってんじゃねえぞ!」

 

 由良の額は剣傷の他に聖なる波動のダメージがしっかりと刻まている。なのに、ダメージなど意に返さず木場に向かっていく。

 一方、ゼノヴィアの方も一誠から借りたアスカロンを振るっていたのだが、相手はそれにも関わらずパワーで勝てないと判断すると平然と聖剣に触ってきた。そして剣の間合いから拳の間合いに無理やり変える。

 

「オラララララララッ!」

 

 由良は素人丸出しの拳や蹴りで木場を攻撃する。が、素人の動きでは木場には通じない。木場もその隙に聖魔剣で攻撃を当てる。

 一太刀浴びれば倒せる。そう思っていたのに、由良は既に一太刀では済まない攻撃を受けながらも攻撃の手を緩めない。

 

「オラァァッ!」

「うぐっ!」

 

 そしてついに顔面に重い一撃を受けてしまった。だが、由良も明らかにそれ以上のダメージを見せている。しかしその闘志はまるで自分がノーダメージのようにふるまっている。木場は剣傷どころか聖なる波動すら恐れず向かってくるその根性に狂気を感じていた。

 その狂気はゼノヴィアもまた違う相手から感じている。

 

「一体どうなっているんだ!?」

 

 アスカロンは龍殺しの力と赤龍帝の力の両方が宿っており、絶大な威力をほこる得物へと変化している。そのすごさは剣を見ただけで伝わるほどに。

 悪魔であろうとなかろうと剣自体に素手で触れるなんてことは普通はしない。なのに黒子はそれを一切の躊躇も見せずに行った。

 聖なる波動に焼かれる様子もない。一体どういうことなのかゼノヴィアにはわからない。

 

「くっ、ならこれでどうだ!」

 

 考えても仕方ないとゼノヴィアはダメージ覚悟で特攻を仕掛けた。一撃当てればかなり勝機が出てくる。ならば、相手のリズムを崩すためにも多少の無茶は必要。そう考えたのだ。

 しかし、その特攻もむなしく簡単に躱されてしまう。

 

「まだだぁぁぁぁぁっ!」

 

 だが、それでは終わらない。

 ゼノヴィアはとっさの機転を利かせて体を回転させて攻撃を続行。相手は自分を受けながしたため後ろを向いている。これなら攻撃を当てられると思った。

 

「カラ」

「な、なに!!」

 

 黒子はなんと首を180°回転させゼノヴィアの方を向き、関節を無視した動きで白羽取り。

 かなり高速で行ったため黒子のマスクが取れてしまった。その黒子の正体はなんと。

 

「に、人形……?」

「カタカタカタ」

 

 黒子の正体はマネキンのような人形。口元にはギザギザの歯がびっしりとついており、それ以外にも不気味なデザイン。だが、これでつじつまが合うとゼノヴィアは納得。

 

「なるほど。人形が相手だったから臆さないわけか。これは一本とられてしまったな」

「だいせ~かい!」

 

 人形が背負っていた棺の中から操縦者の『騎士(ナイト)』巡 巴柄が元気よくその姿を現した。それと同時に今まで見えなくされていた魔力の操り糸が見え、人形の要所要所と巡の指が糸で繋がる。

 

「当然人形だから聖なるオーラも効き目がない。だが、姿を現したのは失敗だったな」

 

 攻防を繰り広げていたゼノヴィアは、ふいに空間に穴をあけた。通常ならデュランダルを出現させるのだが、今回は違う。

 空間の裂け目から聖なるオーラが漂い、ゼノヴィアの持つアスカロンを包んだ。

 

「デュランダルを空間に閉じ込めたまま、聖なるオーラだけを纏わせたといったところですか」

 

 驚愕に値する出来事だが、森羅はそんな様子をかけらも見せずに淡々と推測を言う。

 

「ああ、デュランダルの面白い使い道を掲示されてね。修行でなんとか得られた。いまの私には十分すぎる使い方だよ」

 

 悪魔なら圧倒されずにはいられない程の強大な聖なるオーラ。デュランダルほどではないが、限りなくそのパワーに等しい能力が違う剣に注がれている。

 暗がりの駐車場に銀光と火花が煌く。騎士の巡の人形を操る術は非常に高い。優雅にピアノを奏でるようにスムーズに人形を操る。その技量がそのまま人形の強さとなる。が、全身武器の人形にも一つだけ圧倒的に足りないものがある。それは操縦者を守る重量。

 やはり人形では重量が足りず、ゼノヴィアの速度についていけてもパワーには対抗しきれないものがあった。そしてついにそのパワーに押し飛ばされ人形の守りは崩された。

 

「くらえ!」

 

 一瞬の隙を見逃さず、ゼノヴィアは一気に詰め寄る。それには木場も取ったと思った。

 だが、巡も黙ってやられはしない。

 

「まだまだ!」

 

 魔力の糸を操作して人形を地面に伏せさせ、糸をピンと張りアスカロンをガードしようとする。魔力の糸にあきらかに魔ではない力が宿り、ピンと張った糸はゼノヴィアのアスカロンの攻撃を耐え抜いた。

 魔力の糸でアスカロンを止められたのももちろん驚いたが、ゼノヴィアが一番驚いたのは糸が纏う属性。本来、アスカロンが放つ聖なる波動で悪魔ならリタイヤさせられるはずなのに。

 

「私たちは皆、それぞれの五行陰陽思想を司る。そして私の司る属性は陽。つまり光を現す。聖なるオーラは私には半減よ」

 

 斬撃の勢いが死んだところで再び人形を呼び戻す。聖なるオーラでトドメを刺そうとしたゼノヴィアだが、逆に糸から伝達され陽のオーラを纏った人形の聖なる攻撃を軽く受けてしまった。

 これには木場もまずいと感じる。相手に聖なるオーラが通じず、変幻自在の人形術。相性が悪いわけではないが技量の相性が悪い。

 

「ゼノヴィア! チェンジだ!」

 

 それなら自分と相手を交換しようと木場は考えた。

 自分のスピードなら防御されずに突破できるかもしれない。さらに、自分の今相手してる由良の異常なタフネスもゼノヴィアのパワーなら突破できるかもしれないと。

 

「逃げてんじゃねえぞ!」

 

 だが、由良がそれを激しく阻止。ゼノヴィアも人形の手から位置を交換できず断念。

 由良は相変わらず木場の聖魔剣を全く恐れず素人丸出しの攻撃を続ける。これならじり貧で勝てる。そう思った矢先。

 

「なめんじゃねぇ――――!」

 

 由良の拳に火が灯った。それは比喩表現ではなく、本当に拳が炎に包まれたのだ。

 その拳は木場の聖魔剣を破壊し、そのままもう一本の聖魔剣まで破壊してしまうほどのパワー。

 

「————ッ!?」

 

 まったくの素手相手に自慢の聖魔剣を二本も折られ、木場は距離をとり冷静に相手を観察。捨て身の攻撃であの炎をまともに受けては危ない。

 木場の攻撃が収まったところで森羅が傷だからけの由良のもとに近づく。

 

「由良、あなたのその根性は私も会長も認めています。ですが、やはり無茶が過ぎると私は思います」

「この戦闘スタイルは私の信念そのものです。こればっかりは例え会長に言われようとも変える気はありません!」

「まあ、今はそれでいいでしょう。傷を見せなさい」

 

 その光景に木場はまたまた驚く。それは、森羅が由良の傷を治療したからだ。まるでアーシアの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』のように。

 

「まさか森羅副先輩の神器がアーシアさんと同じく回復系だったなんてね」

 

 木場は由良の治療を神器によるものだと断定する。だが、森羅は顔を横に振る。

 

「確かに私は神器もちではありますが、回復系ではありません。私は巡と同じく陽を司ります。私の役割は由良と巡の戦いを見届け、一度だけ由良を回復させる。それだけです」

 

 椿がそう言うと続けて由良が拳を握り木場に言う。

 

「回復術は私たちにしてみれば国語や算数と同じ。必須科目さ」

「いや、唯一まったくできない人が自信満々に言えることじゃないでしょ」

「……」

 

 巡の冷静なツッコミに急に無口になってしまう。かっこよく決めたのを邪魔された由良は横目で巡を見る。

 木場は回復術のことは気になるが今はどうすることもできない。今できることと言えば回復されてしまう前に倒してしまうくらいしかない。それよりも今はほかの方面で相手から情報を引き出すことに。

 

「陽を司るか。それぞれの五行陰陽思想を司るって巡さんが言ったよね。ということは、由良さんも属性を。そしてその属性はおそらく炎」

「ああ、その通りだ。私は他のと違って器用なことはできない。回復術も隠密も肉体強化すら単純なものしか使えない。そんな私が唯一使える火の忍術、火遁『人体発火』だ」

 

 由良の体が炎に包まれる。その炎から特別なものは一切感じないが、ただただすさまじいエネルギーを感じる。

 先ほどのように拳だけでなく体全体が炎に包まれている。もう先ほどのようにちまちまとした攻撃は通じないだろうと思う木場。

 最初はこちらが優勢と思いきやいつの間にか圧倒的劣勢に立たされている。なんとかゼノヴィアと交換するチャンスをうかがえないかと剣を構える。

 その覚悟の最中、さらに木場とゼノヴィアを劣勢に立たせるアナウンスが流れた。

 

『リアス・グレモリー様の『戦車(ルーク)』一名、リタイヤ』



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策略的な悪魔の後半戦

 前半戦を(上)(中)(下)に分けておいて後半戦は一つに纏まっちゃった。分配間違えたかも。


 デパート内の結界で覆われたスペース。そこで僕と国木田さんの手合わせが始められていた。国木田さんが攻めては僕がそれを返す。何度かパワーの差で危なくなったけど今のところすべての攻撃を返すことに成功。

 僕は相手のパワーの殆を返す柔術に対して国木田さんは力の空手。相性の差から言えば僕が断然有利。だけど、これだけでは終わらないだろうね。この程度で終わるような人をアマテラス様たちが選ぶわけがない。

 

「ふ~九尾流柔術。流石の一言に尽きるな」

「単純な力では絶対に破られないが自慢ですからね」

 

 とは言っても、僕の技量では一定以上のパワーならパワーでねじ伏せられてしまう。それは既に身をもって体験済みだ。

 敵意や殺意などの明確な攻撃意思を持つ行動に対しては無類の強さを発揮する九尾流柔術。力を完全に封じる込めるには藻女さんやこいしちゃんのような達人にならなくてはいけない。二年程度の修行では到底そんなところまで辿り着けるはずがない。

 

「それじゃ、そろそろ本気を出していくか!」

 

 国木田さんの周りに陰の妖気が色濃く立ち込める。闇のような黒い煙のような妖気。国木田さんはその妖気を思いっきり吸い込んだ。すると国木田さんの妖気がどんどん膨れ上がっていくのを感じる。自分で発生させた妖気でここまで膨れ上がるなんて。

 そして膨れ上がったのは妖気だけではない。国木田さん自身も、国木田さんの筋肉が膨れ上がり一回りほど大きくなった。

 陰の妖怪は呪い、隠密、幻術などが得意で直接攻撃や肉体強化は苦手なハズなのに!?

 

「陰の妖怪だからって幻術や隠密だけが取り柄じゃないんだぜ? 陰の真価は騙すこと。これはその応用、俺は俺自身の筋肉を騙したのさ!」

 

 自らの肉体を騙す。国木田さんはあっさりと言ったが、それはものすごく大変なこと。

 騙すという行為は相手に偽りを真実と思い込ませること。真偽を知らない他人でも騙すのは大変なのにましてや自分なんて。暗示という方法もあるけどこれはまた別のこと。どちらにしても真偽を完全に知っている自分を自分で騙すなんて普通はできることじゃない。

 暗示は自分が自分に騙されてると理解できてない。だけど国木田さんは自分の筋肉を騙してると理解して筋肉量の増加を行ってる。相当精巧な幻術じゃないと絶対に不可能だ。

 

「ものすごい陰術の技量ですね」

「昔は鵺、天邪鬼、悪鬼の悪童三人組として京を騒がせてた時代もあった。現代で陰の術にかけちゃ俺たち三人に匹敵するのは初代陰影くらいだな」

 

 どろどろさんに匹敵するレベル!? 

 僕も一度体験しただけだけど、どろどろさんの陰術のすごさは身をもって知ってる。

 手合わせが始まると同時に目の前にいたどろどろさんを見失い、気づいたら次の朝で指一本動かせない状態が半日続いた。その頃は僕もある程度修行を積んで妖術に対しても体質柄それなりに自信はあったのに。それでも術を掛けられたことすら気づけなかった。そんなどろどろさんに匹敵するなんて。

 僕がその事実に驚いていると、真剣な表情でこちらをにらんでいた国木田さんが急に笑い出す。

 

「アハハハ。今のは嘘だよ嘘。匹敵するなんて大口叩いたけど、本当は初代陰影の方が俺より術も上だ。本当に匹敵するのは二代目陰影の鵺くらいだな。だが、俺と天邪鬼は確実に三位、四位は取ってるぜ!」

 

 例えどろどろさんに匹敵するレベルではなくても脅威的なレベルの陰術には変わりない。気を引き締めてかからないと力で押し込まれてしまうだろう。

 さわやかな笑みを浮かべた女性用の下着をつけた巨漢。姿だけ見ると通報待ったなしの不審者。でもその姿に気を取られれば一瞬で倒されてしまいそうな気迫を放つ。もしかしたらあの下着もそういった意味があるのかもしれないね。

 

「じゃあ次は、九尾流柔術が本当に力で破れないか試してみるか!」

 

 一蹴りで一気に間合いを詰めてきた国木田さん。だけど、僕だって敵意には敏感なんだよ。例え意識で反応できなくても反射的に体が動く。

 国木田さんから放たれた拳を側面から弾き力の方向性を変え、その勢いで背負い投げで地面にたたきつける。筋肉量が多くなってパワーが増した分、跳ね返るダメージも相当上がってるだろう。僕が技をかけたなかで一番大きな音が鳴った。

 

「ひゅ~やるねー」

 

 しかしダメージの面積が大きくなったはずなのに、パワーと自重+受け身もろくに取れなかったはずなのに国木田さんは平然とした顔をしている。

 僕は反撃を恐れて距離をとった。

 

「効いてないように見えたか? 大丈夫、技はしっかり効いてるさ。ただ一回投げられただけで弱みを見せるほど脆くないだけさ」

 

 脆いなんてこれっぽっちも思ってない。それでも何のダメージもうかがえないとは思っていなかった。一撃まともに受ければ一秒程度は動けないハズ。なのに国木田さんはちょっと転んだだけのように立ち上がる。

 

「それじゃ、続けようぜ!」

「!?」

 

 再び僕の間合いに近づいた国木田さんは再びパンチを放とうと拳を引く。だけど、敵意を感じない。たぶんフリの偽物だと思う。思わず反応してしまいそうなほど恐ろしいけど、その恐怖に負けるわけにはいかない。藻女さんの名誉にかけて。

 敵意の感じぬ正面の代わりに下段から明確な敵意を感じた。

 

「ここだ!」

「おっ!」

 

 蹴り上げてきた足を躱し伸びきったタイミングで健を持ち、国木田さんの後頭部を空中で地面と平行になるようにする。その状態になったところで国木田さんの顔面にもう片方の手を添えて地面に押しつける。

 しかし国木田さんは僕の腕を使って鉄棒のように体を回転させ衝突を回避。そのまま左手で僕のボディを狙う。返し技を回避されて僕の腕は両方とも使用不可。

 

「まだまだ!」

「うぉっ!?」

 

 両手で回避できないので頭突きで国木田さんの鼻を攻撃しキャンセルさせた。実戦で両手がふさがった状態で危機を脱出しなければならない時もある。使える攻撃はなんでも使わないとね。

 国木田さんもまさか柔術で頭突きは予想外だったらしく一瞬ひるんだ。だけどすぐさま手刀で僕の頭を狙う。その攻撃も止めさせてもらうよ。

 

「んんっ!!」

 

 この技は実戦では殆ど使えない。だけど国木田さんは下着一枚で裸。僕は動きやすいように裸足。この技は藻女さんとの修行中に演武感覚で教えてもらった技。

 足の指で国木田さんの足の甲を押さえつけて動きを封じた。僕程度の力でも足の指に力を集中させれば国木田さんを止めることができる。

 

「んっ」

 

 攻撃の勢いが完全に死んだところで拘束を解く。いつまでも止めることはできないし、時間が長引けば僕の力が無駄に消費されてしまう。そうなれば僕はすぐに負けてしまうだろう。

 

「おっ、そりゃ!」

「ふんっ!」

「おおっ!」

 

 下段蹴りに切り替えてきた。その足をさっき投げた要領で再び頭と足を反転させる。今度は地面に平行になるようにしてないし、腕は完全に国木田さんから離れきってるから腕を利用して回避もできない。そのまま頭から地面に激突しようとする国木田さん。

 あまり長引かせては不利になってしまうのでここでもうひと手間加えさせてもらうよ。

 

「ハァッ!」

「うごっ!」

 

 地面に激突する瞬間に国木田さんの喉目掛けて足のギロチン追撃。

 呼吸器官である喉を不意に攻撃された国木田さんは流石にダメージに苦しむ。おそらくこんな不意打ちでなければ筋肉で押し返されてしまっただろう。

 それでも攻撃が決まった僕はここで一区切りの勝利宣言。

 

「一本ッ!」

 

 現状では僕が国木田さんを圧倒してるように見えるけど、これで対等。

 極めれば敵の力に自分の力を加えて敵に返す。相手の力が強大になればなるほど返す力も強くなる。だけど僕では相手の力の何割かを返すのが精一杯。自分の力を加えるどころか相手の力をそのまま返すこともできない。何割かは力押しのためその部分で僕へのダメージとして消えてしまう。

 戦車(ルーク)の強いパワーがなかったら九尾流柔術を会得しても今の練度なら既に力で圧倒されてるだろうね。

 しばらくして痛みが治まり呼吸も安定してきた国木田さんが立ち上がる。本当ならこのままトドメを刺すべきだろうけど、あいにく僕には自発的な攻撃手段がない。一応攻撃できないわけではないけど、返し以外の攻めでは反撃されるとまずい。自分の攻撃意思で相手の攻撃意思が感じ取りにくくなってしまうから。攻撃に攻撃されるとどうも反応できないし。

 

「今のはものすごい効いたぜ。流石、日本妖怪界最高峰柔術と呼ばれる九尾流柔術。風影に認められた本物はやっぱり強いな」

「僕も僕なりに二年間必死に身に着けたものです。まだまだ未熟者ですけど、武術家としてはそれなりのレベルにはいると自負してます」

「ああ、それは間違いない。俺の場合人間世界で学んだ空手に我流を加えたものだ。あとはプロレスもちょこっとな。誇銅ほど頑張っちゃいないだろうが、それでも俺にも意地はある。このくらいじゃ降参しないぜ」

 

 攻撃されなければ攻撃できない。それが僕の弱点。普通これだけ返せば相手は攻撃の意思を薄くして中々攻撃してくれない。だけど国木田さんからは攻撃意思をものすごく感じる。おそらく次が最大の攻撃にして最大のチャンス。これを逃せば冷静になられて倒すのが困難になるだろう。

 国木田さんが僕に一歩近づく度に僕も一歩と徐々に近づく。そしてついにお互いの必殺の間合いに入った。

 

「……」

「……」

 

 間合いに入った僕たちは静かににらみ合う。

 攻撃のタイミングを伺い、長い時間が流れる。実際は三十秒ほどなのだろうけど、僕には数分間睨みあってるかのように長く感じる。こんな緊張感はいつ以来だろう。とてつもない緊張と共にワクワクもする。

 そしてついに国木田さんが動き出した。

 

「!!」

「ッ!」

 

 僕の顔面目掛けて放たれる拳。その拳を寸でのところで躱し反撃に転じるつもりだったけど、少しばかりまともに食らってしまった。鼻血があふれ出す。国木田さんがまともに武術に生きていれば既に負けが決してただろう。だけど、武術に対する意気込みの違いなのかな?

 顔面を逸らし国木田さんの拳を確かに捉えた! その腕をひねって再び国木田さんを投げ飛ばす。

 素早く両手を国木田さんの顔面に添え、僕の悪魔の翼を出現させた。その翼を使って国木田さんが受け身を取れず、なおかつ効果的に衝撃を与えられるように体制を作る。

 

「ハァァッ!!」

「あ゛あ゛ッ!」

 

 そして、その状態で後頭部を地面に全力で叩きつけた。国木田さんは痛みでもがくこともなくそのまま地面に倒れる。

 僕が最後に見せた翼の使い方は、僕にとって九尾の尻尾のようなもの。

 藻女さんや玉藻ちゃんのような九本の尻尾はないけど、僕にはこの一対の翼がある。これが僕なりにより九尾流柔術に近づこうとして出した答え。尻尾を手足のように使うように翼を手足のように動かせるようにした。これによって僕の技術は飛躍的に進歩し強くなった。腕が増えた分やっぱり技の威力と幅が広がる。九尾流柔術は本来尻尾も含めた十一本の腕から放つ武術なのだから。

 僕はこの悪魔の翼を完全にもう一つの手と認識してしまってるため本来の翼の用途ではもう使えないけどね。飛行能力を退化させて他の用途に進化させた。僕は蝙蝠からペンギンへと変わったんだ。

 

「ハァハァ……相性の……差でしたね」

 

 倒れる国木田さんを僕の仙術で治療。僕の治療術は大部分を治すのは苦手だけど、小範囲を内部まで癒すのは得意な方。今回は頭部のみだからそれなりにうまくいくだろう。

 幸い僕の技の練度がまだまだ低かったのと、国木田さんが丈夫だったからか目覚めるのにそこまで時間はかからなかった。まあ軽い気絶だったし、僕の治療がなくても長くても数十分もすれば起きただろうけどね。

 気絶して元の大きさまでしぼんだ体を起こしゆっくりと僕の方を見る。そして小さくともはっきりした声で僕に告げる。

 

「完全に勝負ありだな」

「はい」

 

 僕が返事をすると、その場で軽く柔軟体操をして立ち上がる。いつもの笑顔を浮かべてもうすっかり回復したようだ。たぶん、自分自身の仙術で体のダメージを除いたんだろうね。そもそも僕も頭部以外には大したダメージは与えらてないし。

 

「いや、まいったまいった! まさかこうも一方的にやられるとはな思いもしなかったぞ。俺の完敗だ」

「完敗だなんて。その凄まじい陰の妖術を肉体強化以外でも使われたら勝敗は違っていたかもしれません。それに、国木田さんはずっとデパート内に闇を張っていた。明らかに全力が出せる状態じゃありません」

「それでも体術は万全だったさ。それに、全力じゃないのは誇銅もだろ? 俺も少し聞いた程度だが知ってるんだぜ、誇銅が昔風影を追いつめた話を。とんでもない奥の手をその両手に潜ませてるってのも」

 

 僕の神器を知ってる? いや、言動から察するに具体的な内容は知らないみたいだ。僕の神器については一応内緒ってことになってるし、僕も今のところ新しく誰かに話すつもりはない。まあ知られたら知られたで信頼された日本勢力の人なら何の問題もないけど。

 確かに僕には場合によっては七災怪すら倒してしまう危険な奥の手をもってる。だけどそれを差し引いても有利不利はチャラにならない。

 

「それでも今回は僕が有利すぎです。僕の戦闘スタイルは柔術と僅かな炎です。炎も遠距離からの対抗手段で今回の間合いなら柔術一本。僕への制限は一切ありませんでした」

「それでもお互い武術に関しては十全発揮した」

 

 僕の否定を真っ向から否定された。

 国木田さんは僕に手を差し出す。

 

「それで俺は負けたんだ。おまえの勝ちだ、誇銅」

「……はい!」

 

 返事と共に差し出された手に応え握手。若々しく見えても国木田さんは千年生きた大妖怪。武術では勝ててもこっち方面ではやっぱりかなわないや。

 国木田さんの力強い握手に僕もなんだか勇気をもらった。

 勇気をもらった僕は少しばかり勇気を出してちょっと大きいことを言ってみる。

 

「僕が一人前になれたら、ぜひ本来の国木田さんとも手合わせしてみたいものです」

「ハッハッハ! 言うじゃないか誇銅! いいぞ、その時は国木田宗也としてじゃなく、京を騒がせた悪鬼としての力を見せてやるよ」

 

 僕は国木田さんの体の大きさ以上に心の大きさを感じた。この人と戦えて、なおかつ勝つことができたことを僕はうれしく思う。今回はちょっと僕に有利すぎたから、今度はもう少し有利不利のない条件で戦ってみたいね。願わくは僕がさっき言ったみたいに全力で。

 日本式結界のおかげで向こうの審判にも気づかれず国木田さんがリタイヤ扱いになってないのも助かるよ。でも、この後はどうしようかな?

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 禁手を纏った一誠と匙の戦いは激化すると思われたが、実際は一誠が思い描いた予想とは全く違っていた。

 鎧を纏った一誠に匙の攻撃は大したダメージにはなっていない。しかし一誠の拳は仙術で先読みされ匙にまともに当たってはいない。

 一誠の攻撃が空振りし匙がその隙に一誠を殴る。体術は匙が圧倒的に勝っている。が、攻撃力と防御力が比べ物にならないほど上昇してる一誠には届かない。まだ本来の力でもないのに。

 そんな鎧に何度も拳を放つ。普通なら拳はとっくに壊れてしまう。現に匙の拳は自分の血で染まっている。

 拳が効かない匙はラインを飛ばすが赤龍帝のオーラに阻まれてうまく接続できない。それでも四本に一本は接続される。相変わらず何かを吸い取られる感じがしないのは一誠も疑問に思う。

 赤龍帝のオーラでも消えることのない匙のライン。ゼノヴィアに貸したアスカロンがあれば切れるかもしれないと思い、あとで合流した時に切断してもらおうと思う。

 そしてもう一つ、一誠は異変を感じていた。それは届いてないハズの拳がなぜか鎧の下から感じる。それがダメージだと認識するまで少し時間がかかった。

 

「兵藤、確かにおまえは強い。先輩から教えてもらった隠遁『闇投薬』でもまったく拳が通る気配がない」

 

 匙は自分のラインを数本、自分の腕に接続させている。そのラインを通して陰の力でドーピングをおこなっていのだ。筋肉を騙すのではなく、陰の属性で筋力をかさ増しする本当のドーピング。後で多少の無茶の代償を支払うことにはなるが、そのおかげで匙の拳はまだ大丈夫。

 

「だけどよ、俺の仙術はしっかりと通ってるのを感じる。わかるか兵藤ッ! これが俺の思いだ! 会長の夢を叶えるために、赤龍帝だって超えなくちゃならないんだよッ!!」

 

 匙は陰の気迫を全開で放出しながら一誠に殴りかかる。

 確かに拳のダメージは通らないが、その拳と鎧の接触を通して仙術でダメージを与えることはできる。

 しかしやはり鎧と赤龍帝のオーラに防御されてる分ダメージは少ない。それでも一誠はダメージを受けている。それは仙術のダメージだけでなく、仙術に乗せられた匙の思いの強さも籠められているからだ。

 

「赤龍帝に勝って、先生に! 先生なんだよ! 俺はレーティングゲームの先生になるんだ! 俺たちは先生になっちゃいけないのか!? なんで俺たちは笑われなきゃいけない!?」

 

 匙は攻撃の手を緩めずに吠えた。それは一誠だけでなく、これを見ている多くの者たちに向かって、思いの丈をぶつけるように。

 

「会長は笑われたって気にするなって言うけど、俺たちの夢は笑われるために掲げたわけじゃないんだ……ッ!」

「俺は笑わねぇよッ! 命かけてるおまえを笑えるわけねぇだろうがよッ!」

 

 あくまで冷静を保っていた匙は感情を露わにして向かっていく。そのせいか一誠の拳に捕まってしまい、これでもかってぐらいに殴られる。

 匙の顔はみるみるうちに晴れ上がり、口から血がボタボタと流れ出した。

 強烈な一撃を受け少し冷静を取り戻した匙は、一誠から少し距離をとる。

 

「俺は……おまえを超えていくッッ!」

 

 距離を取りつつも、鎧の奥まで届きそうな叫びをあげる。

 その後、匙は再び熱くも冷静にヒット・アンド・アウェイを重ねるが。

 

「ぐっ、ゴホゴホ!」

 

 あれからダメージも負ってないのに突如苦しみだす匙。殴られた時以上の血を吐き出し、苦しそうな息を荒げさせる。

 

「どうやら、思ってた以上に早く限界が近づいてたらしいな。へへっ、やっぱり俺は俺ってことか。だが俺がこれなら兵藤、おまえは……ふっ」

 

 何やら自虐的に笑い始める。

 怪我らしい怪我は顔面のみでまだまだ戦えそうな体だが、なぜか苦しそうに頭や胸を抱える。

 

「俺ってよ、やっぱり馬鹿だからすぐに熱くなっちまう。先生は俺には陰の才能があるって言ってくれたけど、はっきり言って陰の戦い方は俺に合ってない。才能はあるのに合ってないって酷い話だよな!?」

 

 その後、匙は一誠の攻撃を何十発もまともに撃ち込まれた。

 先読みで回避ができなくなり、鎧を貫通した仙術もまともに撃ち込めていない。

 体のダメージも限界に達している。顔は痛々しく腫れ上がり、体はゆらゆらと揺らぎ、足取りもふらふらだ。指も何本もあらぬ方向へ折れ曲がっている。

 

「チクショウ……こんなとこで終わるかよ……」

 

 もう戦える状態ではない。それでも――――匙は強い眼光を一誠に向けていた。

 

「来いよ、匙! 来いよ! 匙ィィィィィッ! 終わりじゃないんだろう!? こんなので終わりなんかにするつもりはないんだろう!?」

「……ああ、言われなくても……行ってやる……ッ!」

 

 匙はゆっくりと、一歩ずつ前へ進む。瞬きもせず一瞬も視線をずらすことなく、まっすぐ向かう。

 

「おまえも必死に修行したんだろう? 俺も必死こいて修行したよ」

「そうじゃないと……困る……」

 

 近づく度に匙のプレッシャーが一誠を襲う。ただ近づいてるだけだというのに。

 

「匙、俺はおまえを倒す!」

 

 匙は折れ曲がった拳で攻撃を加えた。最後の力を振り絞って繰り出した拳は、最小限の動きで避けられカウンターを入れられた。

 

「———ッ」

 

 一誠の攻撃は完全に匙を捉えていた。完璧に意識を絶つ一撃。

 それでも、匙は一誠の右手を掴んで離さない。意識を失ったまま一誠の右手を離すまいと力強く。

 右手から手を離さないまま光に包まれていく匙は、意識もなく言葉を発した。

 

「……この試合、俺の勝ちだ……」

『ソーナ・シトリー様の『兵士(ポーン)』一名、リタイヤ』

 

 匙を倒した一誠は一人拳を震わせていた。

 

「わかっちゃいたけど……」

 

 真剣勝負だとしても友達を倒した後味の悪さ。その余韻を一人で味わっていた。こんな時に小猫がいて手を握ってくれたらなと思いながら、一人震えが止まるのを待つ。

 そんな中、一誠の精神を揺さぶるアナウンスがまた一つ。

 

『リアス・グレモリー様の『騎士(ナイト)』一名、リタイヤ』

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 匙との勝負が終わり、一誠は近くの自動販売機の扉を打ち破り、水分補給のため中のペットボトルをあおる。

 一誠はさっきの戦いでかなりの疲弊を感じていた。鎧の影響かとも考えたが、まだ戦えないこともないと判断。

 先ほどのアナウンスで木場かゼノヴィアがやられたことを知り、こちらに対してかなりの痛手を痛感した。こちらは既に『僧侶』『戦車』『騎士』を失い、相手は『兵士』一人しか減ってない。かなりの不利的状況だ。

 

『オフェンスの皆、聞こえる? 私たちも相手本陣に向けて進軍するわ』

 

 リアスからの通信。それは中盤戦が終わり終盤戦に突入する合図。数的に負けているが、ラストスパートで逆転するために大きく深呼吸をした。

 

「行くか!」

 

 ぐっと力を入れ、一誠は最後の決戦の場に赴く。

 

 

 

 このショッピングモールの中心には、中央広場みたいなところがある。円形のベンチに囲われていて、中央には時計の柱が存在している。

 一誠は敵の本拠地の通り道のはずのそこで足を止めた。

 なぜなら――――そこにソーナ・シトリーが待ち構えていたのだから。

 

「ごきげんよう。兵藤一誠くん。なるほど、それが赤龍帝の姿ですか。凄まじいまでの波動を感じますね。誰もが危険視するのは当然です」

 

 冷静な口調で一誠に話しかけるソーナ。

 ソーナの周りには『僧侶』二人と小猫を倒した『兵士』がいる。特に何かをするわけでもなくその場でただ立っている。

 少ししてソーナ眷属の『女王(クイーン)』である椿が現れそこに加わる。

 

「あなたにしては随分と大胆じゃない、ソーナ。中央に陣取るなんて。ーーもう少し、トラップを仕掛けているのだと思ったけど」

 

 聞きなれた声に一誠は振り向く。そこにはリアスと朱乃とアーシアの姿が。しかしまだ残ってるはずの木場かゼノヴィアの姿はいまだにない。

 

「そういうあなたも大胆にも『王』自ら行動してるではありませんか、リアス」

「ええ、どちらにしてももう終盤でしょうから。それにしてもこちらの予想とはずいぶん違う形にされたわね……」

 

 リアスは厳しい表情。それもそのはず。元々は木場とゼノヴィアでソーナを倒す予定だった。それなのにこちらの行動は全部読まれ、圧倒的な数的不利まで取られている。

 リアスとソーナがお互いに見合う。そんな中、一誠は妙な頭痛と共に膝をつく。

 

「……イッセー?」

 

 一誠の変化にリアスは気づき、アーシアが神器で回復をかける。淡い緑色の光と共に一誠の傷は癒えていくが――――――已然一誠の苦しそうな様子は変わらない。

 リアスは『フェニックスの涙』を取り出そうとするが踏みとどまる。アーシアの神器で完治しないということに確かな違和感を感じたのだ。

 一誠の状態に困惑するリアス眷属を見てソーナは小さく笑いを漏らす。

 

「アーシアさんの神器でも『フェニックスの涙』でも効果はありませんよ。リアス、私はライザーとの一戦を収めた記録映像を見ました。その結果で分かったことは、兵藤くんはおそろしいまでに戦いを諦めない子だということです。仲間のため、自分のため、そして何よりもリアスのため―――。私たちの攻撃手段では倒しきれない恐れがあった。何度打倒しても、動きを封じても立ち上がってしまう。私たちにとって、あなたのその『赤龍帝』の力と根性と呼べるものが恐ろしかった。だからこそ、違う形で確実にあなたを倒したかった」

 

 ソーナは両手に水の塊を出現させる。片方はきれいな水の塊。もう片方は汚い水の塊。その二種類の水の塊を見せつけて説明した。

 

「あなたが苦しんでいる原因は、いわば毒です。それも解毒剤なんて存在しない最悪の毒。悪意です」

「悪意……ですって」

「そう、匙は仙術を使うにあたって通常よりも多くの邪気を取り込む体質なのです。私たちが仙術を使用する際邪気や悪意を取り込む場合は、それを体内でろ過させます。しかし匙は属性の関係上もあって悪意や邪気をそのまま使用します。体質柄邪気に対する耐性も高かったのですが、やはりそう多くは御しきれません。それもかなり無茶な使い方をするので余計に邪気を体に取り込んでしまう」

 

 ソーナはきれいな水の塊に汚い水の塊を入れる。汚い水の塊はソーナの魔力で固定されてるため、きれいな水の塊の中で塊を保ち混ざらない。

 

「匙はこの体内の邪気をラインを通して、兵藤くんの中に排出していたのです。———常人では耐えられない程の邪気を。相当な修行と緻密なコントロールを必要とします。が、匙は見事成し遂げてくれました」

 

 一誠はあの時匙のラインで吸い取られる感覚がしなかった時のことを思い出す。匙の思惑を知った瞬間やられたと感じた。

 

「兵藤くんの体に溜められた邪気は匙の体の中で固められたものなのでしばらくは大丈夫。しかし、しばらくすれば―――」

 

 きれいな水の塊の中の汚い水の塊が割れ、きれいな水を汚染した。

 

「この水のように兵藤くんの心を汚染し、暴走させます。あなたの鎧は堅牢。攻撃力は強大。けれど、その力を爆弾に変えてしまうことだってできるんです。これ以上無駄に力を使うことは、仲間を傷つけてしまうおそれがあります。それも自分自身の手で」

 

 一誠を倒す方法は他にもいくらでもある。その中でソーナは確実性は多少欠けるものの、一度嵌ればどの方面からでも相手が大損する方法を選んだ。これでは一誠は最後の力を振り絞って何かをすることも気軽にできない。ソーナは最後の一度や二度の行動すら封じようとしたのだ。

 あまりにも残酷ともいえる一誠の攻略方法に戦慄を覚える。

 

「外に兵藤くんの邪気を払ってくれる人を手配してます。汚染される前なら簡単に取り除けるでしょう。しかし、無理をすれば仲間を傷つける危険性と周りを大きく破壊してルールで退場なんて可能性があります。特に後者は確実に起こるでしょう」

 

 既に一誠は八方ふさがり。最後に何か成し遂げようと思っても、それが原因で仲間を傷つけてしまうかもしれない。頭痛から自分は既に汚染され始めてることを自覚した。

 一誠がどうするか考えている間に、ソーナは部長に訊く。

 

「リアス、あなたはこの戦いに何を賭けるつもりでしたか? 私は、命を賭けるつもりでした。私の夢はとても難しくまだまだ問題点も多い。一つ一つ壁を崩していかなければ、解決の道が開けません」

 

 ソーナは真正面からリアスに言う!

 

「リアス、あなたのプライドと評価は崩させてもらいます」

 

 ソーナの言葉にリアスは苦虫を噛み潰したようだった。心底悔しいのだ。

 この戦いは部長が有利。あまりにも有利で勝つのが当たり前とさえ思われている。しかし、現実はこれだ。

 期待が高かっただけに現時点で既に評価はガタ落ちである。

 ソーナの視線が一誠に移る。

 

「匙は、ずっとあなたを超えると言ってました。匙にとってあなたは同期の『兵士』であり、友人であり、超えたい目標だったのです。でも、あなたには伝説のドラゴンが宿っている。ただそれだけで彼はあなたに劣等感を持っていました。私は、あの子にそんなものがなくても戦えると知ってほしかったのです。そして、それは匙に伝わりました。匙の邪気にそこまで苦しむのはそういうことです。もうすぐこの戦場から消えるであろうあなたに言いましょう。———夢を持ち、懸命に生きる『兵士』はあなただけじゃない! あなたを倒したのは匙元士郎です!」

 

 一誠の脳裏に匙が言った『俺は……おまえを超えていくッッ!』が蘇る。それと同時に最後は殴られながらも立ち向かってきた匙の姿も蘇る。自分が倒せなくても爪痕だけ残して仲間につなげようとする意志。仲間を信じるその精神に感動すら覚える。

 しかし既に匙の攻撃だけで沈みそうになる。それでも一誠は新技を披露せずに終わるのは嫌だと思った。倒れるなら、わんぱくをしてから突っ伏したいと。両手を前に出して、リアスの胸に照準を合わせる。

 

「リタイヤ前に……俺は俺の煩悩を果たしてから消えようと思う……」

 

 一誠はアイデンティティとも言えるどうしようもない煩悩で、できる限りのパワーを脳内に注ぎ込む。

 悪意に飲み込まれることなど一切考えず煩悩のままに発動。なけなしのオーラが一誠を包む。

 

「高まれ、俺の欲望ッ! 煩悩解放ッ!」

 

 赤龍帝の力を使って、力を高める。一誠を蝕むのは悪意。幸運なことに煩悩は悪意の及ぶ部分ではないため現在は支障はない。

 

「広がれ、俺の夢の世界ッ!」

 

 刹那、一誠を中心に謎の空間が展開する。それを感じてグレモリー側の女性陣は身を守る格好を、シトリー側は身構えてよく観察していた。

 一誠はリアスの胸に向かって話しかける。

 

「あなたの声を聞かせて頂戴なッ!」

『イッセー、だいじょうぶかしら……。あまり変なことをすると体に障っちゃう……』

「部長、いま俺を心配してくれましたね? 変なことばかりしていると体に障ると……』

「イッセー! どうしてそれを……?」

 

 リアスの質問に答えず、一誠は次にソーナノ胸に向けて質問した。

 

「あなたはいま何を考えている?」

『もしかザァァァァァァァァァァァァ―――――————————ッ!!』

 

 先ほどまで一誠にだけ聞こえていた胸の声。それが突如ダムを流れる水のような轟音にかき消され聞こえなくなってしまった。

 

「あ、あれ……?」

「どうしたの、イッセー?」

「聞こえない……。水の音に邪魔されてる。そんな! 俺の新技『乳語翻訳(パイリンガル)』は女性限定で質問すればおっぱいが嘘偽りなく俺にだけ答えてくれるはずなのに……!」

「兵藤くん。あなたは相手の無防備な心に直接問いかけることができるのですね。だけど無駄です。心に鍵をかける技術はありませんが、心の声を雑音でかき消すことくらいはできます」

 

 一誠は新技が防がれたことに大きなショックを受けた。山でドラゴンとの修行中、女の子と話したい、会いたいと思うところから始まったこの技。坊主が煩悩を払うとは真逆により煩悩に塗れ胸のことばかり考えて完成させた『洋服破壊』に続く煩悩必殺技。それが初披露で破られたのだからショックも大きい。

 若干取り乱す一誠に対してソーナは淡々と理由を答える。

 

「私たちが仙術を習得する中、心を読んだり精神をかき乱そうとする相手はたくさんいました。それに対抗する技だったのですが、まさかこの試合で使うとは思いもしませんでした。兵藤くん。改めて恐ろしい相手ですね」

 

 一誠はそれでもあきらめずに他のソーナ眷属の胸にも語りかけてみる。しかし、暴風の音や雷の轟音や岩同士が打ち付けあう音などに妨害されてまともに訊くことは叶わない。

 新技の失敗のショックと無理に力を増幅させ浸食が早まった邪気にその場に倒れこむ。

 悪意が反応しない煩悩とは言え無理に力を使いすぎた。自分でもこれ以上無茶をすれば暴走してしまうことを感じ取り自らリタイヤをする道を選んだ。

 

『リアス・グレモリー様の『兵士(ポーン)』一名、リタイヤ』

 

 倒れる一誠を心配し駆け寄るアーシアが到着する前に一誠は光に包まれその場から姿を消した。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 一誠がバトルフィールドから消えた後、この場に残ったリアス・グレモリー眷属はリアス、朱乃、アーシアに加えて木場かゼノヴィアのどちらか一人を加えた四人(五人)。対するソーナ・シトリー眷属は七人。

 失った数も残った数も圧倒的にソーナ・シトリー側が有利。

 優勢と言われていたリアス・グレモリー眷属。しかし、いざ始まってみれば大番狂わせもいいところ。優勢と思われていた側がまさかの一人倒しただけで半分失う大劣勢。これを見てた上級悪魔からは苦言が漏れる。

 この勝負で確実にリアス・グレモリーの評価は下がる。何とかここで挽回しなくてはとリアス眷属は考える。

 一誠が消えたことでアーシアはショックを受けているが、他のメンバーは何とか冷静を保つ。

 予想外なことばかり起きてきたレーティングゲーム。もはや衝撃を受ける余裕もないほど追いつめられていると言った方が正しい。

 

「さて、どうしますかリアス」

「まだよ! 私は最後まで諦めないわ!」

 

 あくまで淡々と冷静に話すソーナに感情的に話すリアス。作戦で負け、数で負け、最も頼りにしていた兵士を失った。この時点で観客は誰もがリアスにはもう打つ手がないと思っていた。

 その時、黄金のオーラをバチバチと全身から放つ朱乃の姿がひと際存在感を放つ。その瞳は涙にぬれている。

 

「……イッセーくんに私の決意を見てもらおうとしたのに……」

 

 ふらふらとおぼつかない歩き方で一歩前へ出る。その歩みには確かな重量感が感じられる。

 

「……この嫌な力を彼の前で使うことで……乗り越えようとしたのに……」

 

 朱乃はゆっくりと手を前へ突き出し。

 

「許さない。———————消しますわ」

 

 ドSな素顔を見せていた。リアス眷属では一番触れてはいけないと言われる状態の朱乃。怒気を含んだ迫力のある言葉の後に、それに見合う大量の雷が放たれる。それは一直線にソーナへと襲い掛かる。

 

「朱乃先輩、雷なら私だって専門なんですよ」

 

 しかし朱乃の雷はソーナには届かず、小猫を倒した仁村の方へと雷が進路を変えた。自身が避雷針となり雷を呼び寄せたのだ。

 ソーナは自分の目の前で進路を変えた雷を見て急に慌てた表情へと変わる。

 

「仁村! 受けてはだめです! 草下! 壁で受け止めなさい!」

「は、はい! 土遁『二重土壁』」

 

 仁村の前に出て二重の土の壁を展開。朱乃の雷は土に壁に阻まれ破壊こそしたがダメージは一切与えられなかった。

 

「危なかった……。今の雷、少なくない聖なる力が宿っていましたね。雷だけなら仁村が完全に吸収できましたが、聖なる力でやられていたところです」

「よくも私の雷光までも……。絶対に許しませんわ」

 

 朱乃は完全に草下の方を向いている。怒りで我を忘れている朱乃には、ただでさえ一誠に見せられなかった力を止められたことが許せないのだった。

 朱乃の様子を見てソーナは『僧侶』の花戒 桃に指示を出す。

 

「花戒。朱乃さんを仁村で抑えきれなくなりました。予定通りに一気に決めてください」

「あれなら草下と協力すれば小技でも倒せるか確率も高いと思われますがよろしいのですか?」

「不確定要素はなるべく消したいので作戦通りにします。その代わりちゃんと威力は抑えてくださいね」

「はい」

 

 会話が終わると花戒 桃は仁村の方へ移動。

 仁村は現在草下と協力し朱乃と戦ってい最中。仁村雷の移動速度で朱乃を翻弄し、草下が仲間に当たりそうな雷光をガード。

 雷の速度で移動を続ける仁村に花戒は、移動速度は雷には劣るが方向転換ができる風の速度で隣に移動。

 

「仁村さん。最後はあの術で決めますよ!」

「あの技……ああ、あの技ですね!」

 

 花戒の言葉の意味を理解した仁村は再びバチバチと電気を溜め、花戒は思いっきり息を吸い込んだ。そして二人同時に術を放つ。

 その予備動作を見て草下はすぐさま二人の直線状から離れた。

 

「「風雷遁『二面舞首(にめんまいくび)』」」

 

 雷を纏った小規模の竜巻が発生。それは防御に使われていた草下の土壁の残骸を破壊しながら朱乃の方へ向かっていく。朱乃も雷光で応戦したが、雷光の雷は竜巻に飲み込まれ威力を上げ残った光は無残に竜巻にかき消される。

 より強力になった竜巻から逃れられず朱乃は飲み込まれてしまった。

 

「アァァァァァァァッ!!」

『リアス・グレモリー様の『女王(クイーン)一名、リタイヤ』

 

 信頼する『兵士(ポーン)』を失った次は、頼れる『女王(クイーン)』までも失った。その場に残されるは『(キング)』と戦闘能力のない『僧侶(ビショップ)

 しかし、一誠や朱乃の分までリアスのために戦おうとする頼もしい援軍が現れた。

 

「ハァハァハァ……遅くなって申し訳ありません」

「祐斗!」

 

 息を荒くしながらも木場がリアスのピンチに駆けつけた。その体には決して少なくないダメージ跡が残っており、激戦の中ここまでたどり着いたのがうかがえる。それでもアーシアの回復を施せばまだまだ戦えそうだ。

 

「待てやゴラァ!」

 

 その後ろから明らかに木場よりもダメージの多い由良が火だるま状態で追ってきていた。

 由良の不思議な姿にリアスの頭は?が浮かぶ。しかも木場よりも元気そうなのがより一層意味がわからない。

 

「ついに撒ききれなかったか。だけど、ここで決めれば問題ない!」

 

 木場は後ろの由良を無視して、全速力で一直線にソーナに向かっていった。例えどれだけピンチ的状況だろうと王を取ればこちらの勝ち。自身の王であるリアスの評価をこれ以上下げなくて済む。

 

「王が直接出てきたのは悪手でしたね!」

 

 木場は騎士(ナイト)の中でもかなり早い速度で一気に近寄る。この距離と勢いのついたスピードなら邪魔されず倒せる確率が高い。

 あまりのピンチに木場は功を焦った。ソーナ眷属の誰もが木場を見つつもソーナを助けようとしないことに気づけなかったのだから。

 

「もらいました!」

「最後まで(キング)が生きる。それが(キング)の役割です」

 

 木場がソーナに向かって聖魔剣を振るうと、ソーナの体はいとも簡単に真っ二つになった。それはソーナではなくソーナの形をした水の塊。

 ソーナの形をしていた水の塊は木場の体を包み込み、水の球体の中に木場を丸ごと閉じ込めてしまった。

 

「ゴボ!? ゴボボボボボボボボッ!」

「『水分身』からの水遁『水牢の術』。見事引っ掛かっちゃいましたね」

 

 水の牢獄の中で何とか脱出しようと木場はもがく。水をかき分けて泳ぎ出ようとしても出られず、剣で切り裂いても斬れず、急に閉じ込められたため息も長く続かない。それどころか閉じ込められる際に水を飲みこんでしまい息も長く続かない。

 

『リアス・グレモリー様の『騎士(ナイト)』、一名リタイヤ」

「祐斗!」

「残りは『王』と『僧侶』だけか」

「!?」

 

 リアスの傍らでリアスが聞きなれない男性の声が聞こえてきた。その声の正体はアーシアの真後ろにいつの間にか現れ、背後からの当て身でアーシアの意識を簡単に奪ってしまう。

 

『リアス・グレモリー様の『僧侶(ビショップ)』一名、リタイヤ」

 

 アーシアを倒した野球のユニフォームを着た男性の突如の出現にリアスは驚きを隠せない。例え目の前のソーナ眷属に意識を集中させていたとはいえ、こんな大柄の男性がここまで近づいて全く気づけなかった。自分の横にいたアーシアの真後ろにいたというのに。

 その男性は再びリアスの視界から姿を消すと、今度はいつの間にはソーナ側に移動していた。

 

「国木田さん。誇銅君の相手はどうしたのですか?」

「捕まえるのに手間取ったが結界の中に閉じ込めてきた」

「そうですか」

 

 椿に質問され国木田は知れっと嘘をついた。しかし椿はそれを嘘と知りつつも容認。本当は誇銅も審判に見つからない日本式結界の中でおとなしく終わりを待っている。

 ソーナ眷属とリアスがにらみ合っていると、たった一人の王の前に小さな水で出来た子供くらいの大きさの人形が上から降ってきた。初めはたった一体。しかし次第に一体、また一体と降ってきて水の人形があっという間にリアスの周りを取り囲んだ。その水の人形の一体からソーナの声が発せられる。

 

「水遁『蒸気暴威頭(ジョウキボーイズ)』。水でできた人型の水蒸気爆弾です。爆発と再生を無限に繰り返し相手を追い続ける」

 

 それは屋上に本体を潜ませたソーナによる攻撃だと気づくのにそう時間はかからなかった。

 リアスは滅びの力の魔力の弾を放ち人形を破壊する。それも機関銃の如く無数に。一発一発から高い魔力が込められている。そこには確かな修行の成果は出ている。

 無限に再生を繰り返す蒸気暴威も元となる水が無くなれば再生できない。だが不自然に建物内で降る雨によりすぐに失った分が補充される。ソーナが建物内から集めた水を屋上から雨のように降らせているのだ。

 朱乃は竜巻に飲み込まれリタイヤ。アーシアも背後からの当て身で気絶リタイヤ。駆けつけてきた木場もソーナの罠によりリタイヤ。王がたった一人で敵陣地に取り残された。それも人型の爆弾に取り囲まれるという状況で。

 既にリアスには万に一つも勝ちの目はない。完全な詰み。

 

「リアス。チェックメイトです」

 

 リアスVSソーナ。勝敗がわかりきった最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『投了を確認。ソーナ・シトリー様の勝利です』



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無意義な冥界旅行の終わり

 俺———アザゼルはモニターが写している映像に釘付けになっていた。

 

「……これが現赤龍帝か」

 

 観戦している重鎮の誰かが呟く。VIPルームは、なんとも言えない空気が漂っていた。

 誰もが赤龍帝の最後のあがきに期待していたのにモニターに映ったのは、バカな新技とそれの不発だったのだからだ。

 

  ――パイリンガル――

 

 あまりにも頭が悪すぎる。エロに寛容な俺でさえ一瞬何が起きたが全く理解できなかった。それも肝心の相手には不発というバカな発想で情けない結果で終わったのだから、他の連中の心中は酷いだろうさ。

 重鎮の殆どがイッセーの失敗に目が行き、期待外れだと思っていることだろう。しかし、このパイリンガル。実際のところ恐ろしい技だ。

 今回はソーナ眷属が対抗策を持っていたから大失敗に終わったが、相手が女なら高確率で様子が逆転する。何せ、心の内を露わにされるんだからな。これほど相手にとって怖い技もない。

 しかしそう考えると、ソーナ・シトリーが言っていた心を読んだり精神をかき乱そうとする相手はたくさんいたというのが気になる。そんな高度な技術をポンポン使える奴にそうそう出会えるわけがない。

 ソーナ・シトリー眷属全員が仙術を習得してたこと以上に気になることだぜ。

 どちらにせよパイリンガルはゲームで使うのは禁止にするようリアスに言っておこう。このままでは他の悪魔とゲームしてもらえんぞ。悪魔の多くは女性悪魔を眷属にしているからな。

 ヴァーリ。イッセーよりも格段に格上のおまえが、歴代最弱と呼び声の高い赤龍帝『兵藤一誠』に興味を持ったのもわかる。

 おもしろい―――この一言に尽きる。こういう飽きない奴は、バトルマニアにとって最高の相手だ。

 なあ、ヴァーリ。イッセーはおまえと違う方向に進化して強くなるぞ。その時おまえはどうする? どう戦う? こいつは俺たちの予想をはるか斜め上に行く存在だ。

 おそらく歴代最高の赤白対決になるに決まっている。俺は実に楽しみだ。

 さて、イッセーを失い圧倒的不利に立たされた眷属たちはどう動く? ここで立ち止まってるようでは先が知れるぞ、リアス、朱乃。

 

「はぁ~」

 

 ごついガタイのスサノオが退屈そうにモニターを見てため息をつく。他のゲストや重鎮たちの殆どがこれからの展開に期待してるなら、スサノオだけは何も期待してない。というかコイツはほぼ最初から一貫して退屈そうにしていたな。まるでこうなることがわかっていたかのように、こうなることが当然のように。

 そんなスサノオがサーゼクスに話しかけた。

 

「なあ、悪魔の王よ」

「はい」

「この試合、何がこの結果を生んだと思う?」

「そうですね。やはりシトリー眷属の隠し玉の多さでしょうか。リアスたちは確かにいいものは持っていましたが、それらは既に知られてしまっている。対するシトリー眷属は情報を与えず多くの戦術を駆使して戦えた。ここに差があったのではないかと」

「まあ、間違っちゃいないだろうな」

 

 サーゼクスの言う通り、この試合のカギはそこにあった。リアスたちが強いと言ってもその功績は既に多くの悪魔に知られてしまっている。一方ソーナ眷属は無名であるがゆえに実力を隠したままこちらの対策を一方的に練ることができた。この差はとてつもなくデカイ。

 もちろんソーナ眷属自身の強さもあるだろう。仙術や精神攻撃対策に暗闇からの不意打ち。どれも一朝一夕で出来るものではない。

 力が足りないから側面から打ち崩す。理にかなった戦闘スタイルこそソーナ・シトリーなのだろう。今回リアスたちは見事それに嵌りこうして危機に立たされた。だからこそここが正念場だリアス。こちらに主力を根こそぎ奪い去ってゲームも終盤戦。もう大した隠し玉はないだろう。

 イッセーを失ってもおまえらは十分戦えるほど強い。まだまだ勝機は十分にある。

 

「所詮この程度の認識か……」

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 レーティングゲーム終了後、僕は国木田さんの結界から出された僕はたった一人だけ試合開始前の場所に。他のメンバーは全員リタイヤだから僕一人なのね。

 こんな場所に一人でいても仕方ないと思ったから地上に移動。そこから他の皆が送られた病院へ連れて行ってもらった。

 移動中にリアス眷属が今どういう状況なのかを教えてもらった。

 レーティングゲーム前には圧倒的、勝率9割と言われていたリアス眷属のまさかの敗北。ゲーム開始と同時に一人取られ、二人取られたところで一人取り、その後は一人も取ることもなく駒をすべて失っての敗北。相手の策の全てに見事嵌り、赤龍帝の新技も不発にされてグレモリー眷属はその評価を大きく下げてしまったと。まあ当然の判断だと思うよ。

 圧倒的差から最後は『(キング)』同士の直接対決。話ではとても直接対決とは言えないような戦い方をしたらしいけど、それでも圧倒的敗北を味わったらしい。

 二度目の大敗にリアスさんは心底悔しがっていたと。それもそうだよね。こちらには悪魔として最高の眷属が揃っていた。リアスさんと朱乃さんの高い魔力、一誠の赤龍帝の力、アーシアさんの回復、木場さんの聖魔剣にゼノヴィアさんの聖剣、ギャスパーくんの魔眼。悪魔の価値観でこれらの強さは僕でもわかるよ。それでいてあれだけ期待され大敗したんじゃリアスさんの負けず嫌いな性格からして悔しがるのも理解できる。

 

「それにしても誇銅さまはリタイヤされていなかったのですね。リアス様の眷属は全員リタイヤされたと聞いたのですが」

「ま、まあなんて言うか、運よく生き残っちゃったって言いますか。情けないことに身動きができないようにされていました。一人だけ生き残ってしまいお恥ずかしいです」

 

 そりゃ僕の存在感で画面から姿を消されたら誰もがリタイヤしたと思うよね。例えアナウンスが鳴ってなくても当然リタイヤされたと思われても不思議じゃない。ちょっと寂しいけど。

 病院に到着した僕は病院内の椅子で一人ビクビクして縮こまっている。一応リアスさんたちがいる病院に来たのだが、正直なところ他のみんなに会うのが怖い。なんせ何一つ貢献せずに無駄に生き残ってたのだから。

 誰かの病室に逃げ込むのも唯一安心できるギャスパーくんは入院してない。このまま逃げてしまうのもまずい。僕に逃げ道がない。

 他のみんなに出会ってしまった時の嫌な想像をしながらビクビクしていると、誰かが僕の肩に手を置く。嫌な想像をしてる最中だったためものすごく驚いてしまった。

 

「ぴゃぁぁ!」

「おっ、驚かせてしまって申し訳ございません」

 

 後ろを振り返るとそこには、片メガネに執事服の二十歳くらいの男性が立っていた。だ、誰? いや、それよりもこの人少しおかしい。僕の感覚的なものなんだけど、人と思えない。

 もちろん僕の周りで人間じゃない人なんてたくさんいる。僕自身ももう人間じゃないし。だけど、人型であたらさまに人間と思えないなんて思ったことは一度もない。なのにこの人は人型でありながら人とは思えない。なんだろうこの感覚!?

 

「あの、何か御用ですか……?」

「失礼」

 

 執事服の男性はそれだけ言うと僕の手をとって手相を見るかのように僕の手を見る。しばらく僕の手を見た後、再び僕の顔をじっと見つめる。

 

「やはり」

「え?」

 

 僕から手を離すとその男性は急に跪いて

 

「お待ちしておりました、❝誇銅様❞」

 

 僕のことを誇銅様と呼んだ。一体何がなんやら僕にはさっぱりわからない。え? これどういう状況?

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 病院内でビクビクおびえていたら僕を様付けで呼ぶ執事さんに出会った。そしてそんなわけのわからない事態に混乱していた僕は、今現在病院内とは明らかに違う場所に来ている。

 

「……え?」

 

 ちょっと整理しよう。僕のことを急に様付けで呼んだ執事さん。その執事さんが「ここではまずいので場所を変えましょう」と言うとこの場所に来ていた。うん、全くわけがわからない。

 窓から差し込む日の光。窓の外をのぞいてみると地上の青い空、日本でも冥界でもない町の風景。そしてリアスさんの家のような無駄に豪華ではないが、明らかに高価そうなこの部屋。リアスさんの家の豪華さは落ち着かないがこの部屋はギリギリ落ち着けるレベルでとてもいい感じ。

 

「あの、ここは……?」

「政治家やマフィアのボスなどが秘密の話し合いに使われる特別なホテルでございます。ちなみに先ほどのは人外世界の大物も含まれるので情報が外に漏れる心配は一切無用、一部の隙も無く完璧です。少なくとも三大勢力程度の技術力とパワーではどう考えても突破することは不可能なのでご安心を」

 

 ここがどこなのかはわかった。だからと言って警戒がなくなったわけではない。

 なぜこんな場所に連れてこられたのか。この人は一体何者なのか。むしろアメリカなんて未知の土地に飛ばされたことでより一層警戒しなければならない。

 僕は地獄の鬼と対峙するかの如き警戒心で様子を伺う。正直この人の能力はわからないし勝てるかも怪しい。だけどいざとなったら精一杯の反撃はして見せる。

 

「いきなりこんなところにお呼びして申し訳ありません。しかし、あの場を一刻も早く去る必要があったのです。事は手短にいたしますし終われば速やかに元の場所へお送りします。なのでどうかご容赦ください」

 

 僕の警戒に対し一部の隙も見せずに誠意の籠った礼儀正しい態度で僕に接する執事さん。

 部屋の中心に置かれているテーブルの椅子を引いて座るように促す。僕が警戒心むき出しの表情で疑っても執事さんは笑顔でただ待ち続ける。このままでは埒があかないので進められるまま座ることに。もちろん警戒は怠らずにね。

 僕が座ると執事さんも対面するように椅子に座った。

 

「ありがとうございます。遅れながら自己紹介させていただきます。(わたくし)はアメリカ勢力特別部隊『コズミック』のリーダー兼アメリカ勢力首領アトラス様の執事長をしております、ヨグ=ソトースと申します」

 

 座ったまま深々と頭を下げて自己紹介をした執事さん。それに対して僕も頭を下げる。

 

「ところで誇銅様はクトゥルフ神話というものをご存じでしょうか?」

「……いいえ」

「それでは私の種族からご説明しましょう」

 

 執事さんがそう言うといつの間にかテーブルの上に一冊の本が現れた。何の気配も感じさせずまるで初めからそこに置いてあったかのように現れた本。

 この能力。僕も気づいたら初めからこの場所に立っていたかのようにこの場所に連れてこられた。これがこの人の力なの? テーブルの上に置かれた本のタイトルは『恐怖と混沌のクトゥルフ神話 ビジュアルガイド』

 

「こちらは日本で売られている若者向けのクトゥルフ神話の本でございます。一応要点は書かれているので手早く説明するためにこちらを使用させていただきます」

 

 執事さんはその本を僕の方に向けたままページをめくり、12pを抑えたまま再び説明を始めた。

 

「クトゥルフ神話とは、二十世紀前半に書かれたホラー小説の中から生まれた、架空の神話体系の名前です」

「架空の神話」

「ええ、架空の神話でございます。だが我々は実際存在します。それも他の神々が生まれるよりずっと前から。この世界を、星の進化を、人間の進化をずっと見続けておりました」

「ずっと僕たちを見続けていた?」

「はい。生物がまだ単細胞だった頃からずっと」

 

 相変わらず愛想のいい笑顔で僕に話しかける。生物が単細胞の頃ってどのくらい昔の話なんですか!? それってもしかして恐竜とかが生まれるよりずっと前じゃないんですか!? いくら悪魔や天使が存在する世界だと知ってもなんだか信じられない。

 

「信じられないといったご様子ですね」

「ま、まあ……」

「まあそこは重要ではないので適当に流してもらってかまいません。今はクトゥルフ神話は実在することのみ知っていただければ結構。それでは次のご説明に移りましょう」

 

 ページをめくり他の説明に移る。一枚一枚スピーディーに丁寧にめくられたページは異形の神々について挿絵と共に書かれたページに辿りつく。そしてその章の二ページ目で手を止めた。

 

「そしてこれが、私です」

 

 そのページに書かれていたのは『ヨグ=ソトース』。目の前の執事さんが言った自分の正体と同じ名前の異形の神。

 『門にして鍵』。あらゆる次元と空間を超越し、すべてを知る存在。外形は太陽のような虹色の球体の泡立ったものとされている。一種のエネルギータイのようなもの。

 時空を超えているため、これまでに行った事、これから起こる事すべてを知っており、ゆえにその知識を求める者も多い。

 人間との間に子を作ったという物語も存在するが、いずれも奇形となっている。

 現在では『全てに繋がり、どこにも繋がっていない場所』に追放されているという。

 そう書かれていた。

 

「もちろんすべてが真実ではありませんが、まあ他の神が神話にある程度基づいてる程度には合ってます」

「ヨグ=ソトースさんがどういった存在なのかはだいたいわかりました。しかし、それと僕がここに連れてこられたのはどう関係するのですか?」

「その関係は、誇銅様に宿る神器と呼ばれるものにあります」

 

 執事さんは本を開いていた手を放してページを触っていた僕の手を優しくとる。僕の左手を右手で軽く引いて左手で手の甲をトントンと叩く。

 

「誇銅様の持つ力。現在では神器などと同列に扱われていますが、それは全くの間違い。誇銅様の持つ力はもっと崇高なものです」

「僕の神器が……?」

「あなたの持つ神器と思われているそれはには、この世界の基盤となるものを創り上げた二人の神が宿っているのです」

「僕の神器に……二人の神?」

 

 僕の神器の中にそんなにすごい神様が二人も宿っているって!? 事の大きさに疑い以上にスケールの大きさに戸惑うよ。だってこんな僕にそんな偉大なものが宿ってると言われてもしっくりこないよ。

 

「二人の神はそれぞれ世界の基盤となるものの表と裏をバランスよく別々に作り出した。片方の神はよく知られており様々な名前があります。インドではヴィシュヴァカルマン。ギリシャではデミウルゴス。日本では天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)など。しかし、もう片方には一つの名前のみ」

 

 執事さんは僕の手を放して再び本のページを開く。それは先ほど開いたページの一つ前。異形の神々の章の一番最初に書かれたページ。そこを開いて執事さんは言った。

 

「誇銅様にはこの神の力を宿しているのです。そして今、誇銅様はこちらの力に目覚めております。だから私は誇銅様に気づけたと言ってもいいでしょう」

 

 そのページに書かれた神の名前は。

 

「アザトース」

 

 万物の王

 宇宙の始まりから存在するとも、この世界の創造主であるとも言われる、盲目、白痴の神。それがアザトース。

 その正体は混沌そのものであり、この世界自体が、このおぞましい邪悪な神の見る夢でしかない。

 アザトースは「無名の霧」「闇」「這い寄る混沌」を生み出した。「無名の霧」からは副王ヨグ=ソトース、「闇」からは女神シュブーニグラス、「這い寄る混沌」からは従者のナイアラルトホテップが生まれたという。

 アザトースについて書かれた説明はまさにアザトースを神の神としてあがめている。

 

「我ら邪神の神であるアザトース様。そのお力を引き継ぐ誇銅様に出会える時を我らはずっと待ち続けていました。そして今日、やっとその使命を果たす時がきたのです」

 

 僕を待ち続けていたと言う執事さん。なんだか話が大きすぎでうまく呑み込めないよ。

 だけど、今の話をよく考えるとやっぱりおかしいところがある。

 

「僕意外にもこの神器の所有者は存在していたはずです」

 

 この神器の所有者は当然僕意外にも存在した。それはアザゼル総督が言っていたから間違いない。なのにこの執事さんの言い方だとまるで僕一人を待ち続けていたみたいに聞こえる。

 この執事さんが求めていたのはアザトースの力を引き継ぐ人。ならば僕以外の歴代初秋者も対象のはず。なのに執事さんは今日やっと使命を果たす時が来たと言った。それはつまり僕が最初と言う意味。少しばかり矛盾を感じる。

 

「その力を目覚めさせたのは誇銅様のみです。そして、その力を目覚めさせられるのは未来永劫誇銅様ただ一人。私は本の説明にあったとおりこれから行われることのすべてを知っております。膨大な記憶は人間の姿をしている時には邪魔になりますゆえ別の場所に保管し必要なものだけしか頭に入っておりませんが、誇銅様のみが目覚めさせることができるのは間違いありません。故に目覚めさせた誇銅様を神と崇め、我々はあなたの命に従います。それがアザトース様が存命の頃から与えられた我らの使命なのです」

 

 僕の疑問に対して納得がいく答えが返ってきた。まあ納得できると言っても一応だけど。事の大きさで頭がついて行ってない部分もあるけど。日本神話の真実を知った時とは逆方向の戸惑いを感じてるよ。

 執事さんは僕の質問に対して真摯に答えてくれるし敵意も感じない、むしろ好意的なものすら感じる。

 だからと言ってすぐには信用できない。今すぐ警戒する必要はないかもしれないけど、僕はまだまだこの人のことを信用できない。だってこの人との間には何もないのだから。

 三大勢力の和平会談の一件以来、僕は大きな組織に対して極度な警戒心をもってしまったようだ。

 

「……まだ私たちを信用していただけないのですね」

「……はい」

「まあ、仕方ないことです。初めて会った我々が突然忠誠を誓うと言い、その理由が突拍子もない理由なのですからむしろ疑って当然。いやはや頼もしいお方です」

 

 執事さんは愉快そうにクスクスと笑った。

 

「その辺はこれから時間をかけてゆっくりといたしましょう。時間はたっぷりあるのですから」

「は、はあ」

 

 執事さんは懐からメモ帳とペンを取り出してサラサラと何かを書き始める。書き終わるとそのページをちぎって僕に差し出した。

 

「別に無理に我らをまとめる必要はございません。我らの力が必要な時に使っていただければ結構。好きな時に我らをお呼びください。誇銅様がお望みなら我らの力を一切使わないことを選んでいただいても結構でございます。逆にお望みなら今すぐにでも誇銅様に直接仕えましょう」

 

 そのメモには国際電話の掛け方と電話番号。魔術的な方法での連絡の取り方。一番下には『ゲート』と書かれていた。

 

「何か御用があればその連絡先にご連絡ください。どちらも私に直接繋がります。ちなみに私、普段は『ゲート』と名乗っております。ヨグ=ソトースの名で通すのは少々無理があったので」

 

 ニッコリと笑顔で説明する執事さん。とりあえずそのメモ帳のページを受け取りポケットに仕舞う。使うこと……あるかな? たぶん、ないかな。僕は日本勢力所属の悪魔。邪神の王なんてガラじゃない。

 邪神の事で悩むのは一旦止めて頭をリセットさせた。うん、なんだか気分がよくなってきた。

 ……ダメだ、頭をリセットさせたら今度は別の疑問が浮かんできた。

 

「あの、ヨグ=ソトースさんはアメリカ勢力のリーダーの執事長なんですよね? あと特殊部隊の隊長を務めているとか。そんな偉い立場の人が急に僕に仕えるなんて言って大丈夫なんですか?」

 

 最初の自己紹介でこの人アメリカ勢力の首領の執事長に特殊部隊のリーダー、さらにはアメリカ勢力創設時からの古株。気軽に抜けられるポジションの人じゃない! いなくなったらかなり困る部類の人じゃないのかな!?

 僕の質問に執事さんは「なんだ、そんなことか」みたいな表情で反応した。なんかものすごく軽い反応なんだけど。

 

「アザトース様が我々のもとから去った後、我々は時が来るのをひたすら待ち続けようと思いました。しかし、ある時我々の一人が気づいたのです、とても退屈と」

 

 先ほどとは違い僕の質問にただ答えるだけでなく、何か前振りを語り始めた執事さん。意外としっかりした理由があるのかと思ったけど、いきなり退屈というワードが出てちょっとがっくり。

 

「なのでちょうど人間たちもそれなりの文明を築き始めていたので干渉しないように外の世界を覗くことにしました。中でも一番楽しみだったのが人間の夢を覗くことでした。誰にも見つかる事なくひっそりと。クトゥルフ神話の始祖、H・P・ラヴクラフトに発見されるまでは誰も我らの存在に気づきもしませんでした。しかし、そのたった一人の発見者が我々がこうして地上に出るきっかけを作ったのです。一人の人間が書いた完全フィクションと思われた話から我々に自力で辿り着いたただ一人の神。それがアトラス様なのです。アトラス様は我々の巨大な力を見越してスカウトに来たのでした」

 

 人間が書いた物語から架空と思われた邪神に辿り着いた。す、すごい執念だ……。一歩間違えば果てしなく徒労に終わる狂気じみた行動力。顔も知らないそのアトラスという人に僕は畏怖の念を覚えた。

 そもそもどうしてフィクションだと思われた物語から邪神が存在すると気づけたのか。どうして邪神に辿り着くことができたのか。純粋にすごく興味が湧くよ。

 

「通常、我々の本当の姿を見れば誰もが正気を失い発狂します。しかしアトラス様はギリギリの所で正気を保った。なので暇つぶしに我々もその誘いを受け、アトラス様のもとでアメリカ勢力創設と発展に裏方で今も昔も協力してきたのです。おかげでよい退屈しのぎができました」

「退屈しのぎって……」

「まあ我々も邪神なもので。契約も数年単位の更新制なので辞めるのもそこまで難しくありません。アトラス様にも最初からアザトース様を受け継ぐ者に仕えることは伝えてありますし」

 

 意外としっかりと社員だった!? 冥界で言う眷属のような扱いかと思ったらむしろ人間側に近いシステム。なじみ深いだけにある意味ここにきて一番の驚きかもしれない。

 

「しかし、契約期間を更新したばかりなので引き継ぎも考えて正式に誇銅様にお仕えするのは三年後になってしまうでしょう。まあ、お望みならばすぐに辞めて誇銅様に仕えることもできますが」

「いえ、僕はそんなガラじゃ」

「逆にこのポストを保ったまま誇銅様にお仕えすることもできます。アトラス様もアメリカ勢力に打撃を与えなければお許しになられるでしょうし。その方がこちらの権力を仕えて便利ですよ?」

「だから大丈夫ですって!」

 

 相変わらず笑顔でとんでもないことを言う執事さんに首を大きく横に振って返事をする。押しつけまではいかなくてもグイグイ来るよこの人。

 僕の反応に対して執事さんは小さく笑う。

 

「クフフ、誇銅様がお望みでない事はわかっております。別段急いで決めることではないのでゆっくりと考えてください」

「冗談ではないんですね」

「もちろんでございます」

 

 笑っているけど、この人からはやると言ったら必ずやる威圧にも似た何かを感じる。たぶん僕が言えば本気で大抵のことは成し遂げてしまうだろう。

 それに、この人の強さは底が見えない。自分よりも圧倒的に強い相手の底は通常感じることもできない。だが、ある程度の経験からどれだけ深いかくらいは感じられる。この人の実力の深さは間違いなく七災怪。いや、アマテラス様やスサノオ様に届く。もしかすればそれ以上だ。

 僕程度でも圧倒的深さを感じる実力に有言実行の威圧、一勢力の大幹部。そんな人が僕に忠誠を誓うと言うのは頼もしいよりも恐ろしく思う。

 

「他に何かご質問などはございますか?」

「いいえ、今のところは」

 

 これ以上何を訊いたらいいかわからない。とりあえず今は現状維持で留めたい気持ちでいっぱいだよ。

 

「あの、そろそろ帰していただけませんか?」

「かしこまりました」

 

 執事さんがそう言うと、また一瞬にして元の場所に戻ってきていた。本当にずっとここに立っていたみたい。幻術でもかけられて違う場所と錯覚でもされていたのかもしれないと感じてしまう。だけど地上と冥界独特の空気の違いがそうではないとはっきりと物語っている。

 なんだかまた気分が少し悪くなってきた。あれ? もしかして気分がよくなったのって悩むのを止めたからじゃなくて地上の空気のおかげ?

 

「それでは私はこれで。この後アトラス様の代理で会合に出席しなくてはならないので」

「アメリカ勢力も三大勢力との関係が?」

「ご冗談を。三大勢力如きに我がアメリカが傘下に加わることなどありません。この現状で三大勢力の傘下に加わるのは取るに足らない勢力のみでございます」

 

 冗談交じりに笑う執事さん。思った以上に三大勢力に対して評価が悪かった。だけど三大勢力と繋がってないってわかって少し安心したよ。まあ結局僕が信頼してるのは日本勢力だけってことには変わりないけど。

 執事さんは最後に深々と頭を下げて去っていった。

 その後、僕は勇気を出して病院内を歩くことに。策など一つもない、頼れるのは勇気だけだ。その結果、みんなとっくに退院していて莫大な待ちぼうけを受けることに。

 ……まあいいか。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 八月の後半———。

 僕たちグレモリー眷属は、人間界に帰るために本邸前の駅にいた。

 やっと帰れると思うとすっごいうれしく思う。やっと藻女さんや玉藻ちゃんの声が聴けるし日本勢力の皆さんとも会える。そして何より気まずい夏休みから解放される! 気分はまるで遠足前日!

 

「それでは、一誠くん。また会える日を楽しみにしているよ。いつでも気兼ねなく帰ってきてくれて構わんよ。グレモリー家は君の家と思ってくれたまえ」

 

 大勢の使用人をうしろに待機させて、リアスさんのお父さんが一誠に言う。

 

「ありがとうございます! で、でも、ちょっと恐れ多くて……」

 

 その気持ちはわかる。気兼ねなくと言われても偉い人の家に気安く立ち寄れない。僕もアマテラス様に気兼ねなく高天原に遊びに来ていいと言われた時同じ気持ちになった。そんな神聖な場所に友達の家に遊びに行く感覚では行けないよ。

  リアスのお父さんの発言に対して苦笑いする一誠。しかしリアスさんのお母さんも肯定した。

 

「そんなことありませんわよ。一誠さん。人間界ではリアスをよろしくお願いしますわね。娘はちょっと我儘なところがあるものだから、心配で」

「お、お母さま! な、なにをおっしゃるのですか!」

 

 

「……うぅ、私も涙もろくなったものだ。我が家の将来は明るい……」

「ちょっと、あなた。そこは父親らしく、『娘はまだやらん!』ぐらい言って返すものですわよ?」

「そんな事言ってもだな、一誠くんは既に私の力を超えそうなのだから、もう十分だろう? そろそろ落ち着いてもいいのではないかと思ってな」

「隠居めいたことをおっしゃるのは、せめてリアスが高校を卒業して初勝利を収めてからにしてください」

 

 自分たちの世界で勝手に盛り上がるリアスさんの両親。当事者の一誠は何で盛り上がってるのかわからない様子。一誠が普通なのかわからないけど、僕はちょっと鈍いなと思った。

 だけどこういう当事者を置き去りにした盛り上がりは僕も経験あるな。『娘はまだやらん』か。藻女さんの場合は『娘はまだやらん!』ではなく『娘にはまだやらん!』だったからね。

 玉藻ちゃんと長時間じゃれてて藻女さんをほったらかしにしてると、大人げなく後ろから抱き着いてきて娘から僕を取り上げようとしたっけ。あの時は藻女さんの好意に気づいててもこの人は何を言ってるんだ? と、本気で思ったね。

 

「リアス。残りの夏休み、手紙くらい送りなさい」

「はい、お兄様。ミリキャスも元気にね」

「うん、リアス姉様!」

 

 そして僕たちは、駅のホームで別れの挨拶をして列車に乗り込み、大勢の人たちに見送られて冥界を後にした。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 帰りの列車の中。

 一誠は夏休みの宿題を忘れていたようで宿題に追われていた。

 冷静に人のことを言ってるけど、僕だってあまり宿題が終わってない。修行中にできた宿題なんて微々たるものだからね。

 山の中でキレ気味のドラゴン相手に夏休みの大半を過ごす。それも力を貸したくない人の為に。自由と気まずさを犠牲にして得られたものと言えば広大な練習スペース。だけどそれも隠れ隠れのためあまりはかどらなかった。仕方ないとはいえ結構無駄な時間を過ごしたと思うよ。

 せっかくなら夏休みは日本勢力の人たちと過ごしたかったなと思いながら、僕は数学の宿題をこなす。

 

「あの、誇銅先輩」

「ん?」

 

 前の席に座っていたギャスパー君が僕に話しかける。宿題の手を止めてギャスパー君のことを見る。

 

「今回のレーティングゲーム。僕は十分な役目を果たせませんでした。それどころか、試合開始から数秒でリタイヤしてしまいました」

 

 ギャスパー君は暗い表情でそう言った。

 その様子からギャスパー君が何におびえてるのかもうわかる。ギャスパー君は試合前から役目を果たせるかどうか自分を疑っていた。そしてその結果があれではギャスパー君の性格から考えればどんな心境なのかは容易に想像がつく。

 

「今回の試合、役目を果たせた人はこちら側には一人もいない」

「それでも、僕は一番初めにリタイヤしてしまいました」

 

 僕がフォローしても自分で自分自身を追いつめてしまう。気休めな言葉では今のギャスパー君を元気づけることはできなさそうだ。

 僕はそっとギャスパーくんの頭に手をのせて軽く撫でる。こればっかりだけど、これしかできない。何度も同じことを言うだけだけど、僕にはこれぐらいしか元気づけてあげられる言葉を持っていない。

 

「僕はギャスパー君が安心できる場所であり続けるよ」

 

 例えギャスパー君が昔の僕のような立場になってしまっても、僕はギャスパー君の拠り所になってみせる。僕がギャスパーくんにしてあげられる唯一のこと。

 根本的に不安を消してあげられないのはつらいところだね。

 こうして僕たちは、自分たちの住む世界へと列車は進む。

 

 

 

 

 宿題がひと段落つくと、ちょうど列車も人間界に辿り着いた。

 

「んーっ、着いた着いた。さてさて、我が家に帰ろうぜ、アーシア―――」

 

 一誠が後ろを振り返ると、アーシアさんが冥界で見た若手悪魔に詰め寄られているのに気付いた。

 

「アーシア・アルジェント……。やっと会えた」

「あ、あの……」

 

 詰め寄られて困惑しているアーシアさん。一誠の表情が少し険しくなる。

 

「おいおいおい! アーシアに何の用だ!」

 

 険しい表情のまま間に割って入る一誠。そんな好戦的な態度で話す必要なんてないと思うんだけど。

 しかし若手悪魔はそれを無視してアーシアさんに訊いている

 

「……僕を忘れてしまったのかな。僕たちはあの時出会ったはずだよ」

 

 真摯な表情に見えるけど、なんだか白々しい。なんでだろう? 若手悪魔は突然胸元を開き、大きな傷跡を見せてきた。それなりに深い傷に見える。

 

「その傷は……もしかして」

「そう、あの時は顔を見せられなかったけれど、僕はあの時の悪魔だ」

「———っ」

 

 その一言にアーシアさんは言葉を失った。

 

「僕の名前はディオドラ・アスタロト。傷痕が残らないところまで治療してもらえる時間はなかったけれど、僕はキミの神器(セイクリッド・ギア)によって命を救われた」

 

 確かアーシアさんは、偶然悪魔を助けたことで教会を追放された。そしてこの人がその時救われた悪魔。

 

「ディオドラ? ディオドラね? 何故ここに」

 

 リアスさんがこの人の名前を呼ぶ。すると、一誠も何かを思い出したような表情をした。たぶん若手悪魔の会合のことを思い出したのかな? この人その時居たし。

 ディオドラさんはアーシアさんのもとに跪き、その手にキスをした。

 それを見て飛び出そうとする一誠。だけどそれより先にディオドラさんがアーシアさんに言う。

 

「アーシア、僕はあなたを迎えに来たの。会合の時に挨拶が出来なくてゴメン。でも、僕とあなたの出会いは運命だったのだと思うの。私の、妻になって欲しい。僕はキミを―——心から愛しているんだ」

 

 ディオドラさんはドストレートな求婚をアーシアさんに申し込んだ。

 こんなことを今思うのは非常識だろうけど―――――先に帰っていいですか?



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心配な二学期の転校生

 冥界から帰って来たのが八月の後半。残りわずかと言えどまだ少しだけ夏休みは残っている。だからこの残り少しの夏休みだけはリアスさんたちと完全に離れて自由に過ごすことにした。

 

「はぁッ―――!」

「甘いッ!」

「うっ!」

 

 ラスト一週間弱の夏休み。僕はリアスさんに黙って京都に来ていた。

 本当は予定通り出雲大社や伊勢神宮に行ってスサノオさんやアマテラス様に挨拶もしたかったし、他の知っている妖怪の皆さんに会いたかった。だけどそれだけの時間は残されていない。だから一番お世話になったこの場所だけに絞ることに。

 そして今、僕は藻女さんの屋敷の道場で藻女さんから手ほどきを受けている。

 今日は僕の攻めに転じれない所を改善するために僕が攻勢に回っている。だけど、何度打ち込んでも納得のいく攻撃ができない。

 ちなみに朝の稽古後に藻女さんから個人指導を受けてるので玉藻ちゃんとこいしちゃんは今はいない。

 

「前よりはマシにはなったが、やはり攻撃の際に相手の動きを掴めておらん」

 

 九尾流柔術の攻めとは、こちらの攻撃に対して相手が何かしらの攻撃を起こした際素早く体勢を崩す技。つまりカウンターのカウンターの技術。だから最初に狙う部位も小さな力で痛手を与えられる部位か相手に触れられたらヤバいと思わせなくてはならない。

 だけどこれが相当難しい。なぜなら相手の攻撃意識が生まれるのはこちらが攻撃を仕掛けた直後、超至近距離からの反射的なカウンターが求められる。この攻守の切り替えが僕は大の苦手なんだ。

 

「それでは攻撃を返す前に手痛い反撃を受けて終わってしまうぞ」

「はい!」

「しかし、前と違って相手の動きを目では追えておったぞ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 ダメ出しの後少しだけ改善された部分をほめてくれる藻女さん。

 正直に言うと最後にここで稽古した日から僕の実力はそんなに上がってない。むしろまともな稽古相手がいなかったから少し鈍ったかもしれない。この三日間で何とか調子を取り戻したくらいだ。それでも苦手を少しばかり克服できたのは国木田さんの一戦が原因だろう。

 平安時代では危険な実践も何度かこなしてきた。しかしやはり実戦にはなくて試合にはあるものもある。例えば、実戦は命のやり取りでいかに生き残ることが重要になった。場合によっては逃げに徹することもある。ギリギリの緊張感が自分を鍛え上げる。

 試合はその緊張感が薄い代わりに相手が自分の力すべてを受け止めてくれる。どちらが上かハッキリするまで戦える。

 今までは野外の実践か圧倒的格上との手合わせばかりだったから、初と言ってもいい同じくらいの技術を持った国木田さんとの手合わせがいい刺激になったんだと思う。まあ同格と言っても格闘術に関してだけだけどね。

 

「うまくやっているようだな誇銅君」

「昇降さん!」

 

 僕が藻女さんと稽古をしていると、昇降さんが道場にやってきた。

 この時代に戻ってから昇降さんとは初めてだよね。見た目はあの頃と変わらずガッシリとしている。だけど放つ達人のオーラはより洗練され大きいものに感じられる。

 

「ここに来るなど珍しいのう昇降」

「野暮用で近くまで来たのでな。町でおまえの娘たちに誇銅君が来ていると聞いたのでちょっと立ち寄ったまでだ。君なら大丈夫だと思ってはいたが、元気そうでよかったよ」

「はい! 見ての通り元気です。昇降さんもお元気そうでなによりです」

「火影の座を取られて相当暇になったようじゃな」

「ふふ、確かに暇は多くなったが時代のせいもあるだろうな。しかし腕は鈍っていない。どうだ藻女、久しぶりに一つ比べてみるか」

「妾は別にかまわんぞ。昔と同じく軽くひねってやろう」

「おもしろい。いまだ進化し続ける猫又空手の力を見せてやろう」

 

 そう言って昇降さんは着物を脱いで道場の中心まで歩いてくる。着物の下は昔と同じ道衣姿。その道衣から見える筋肉はちっとも衰えているように見えない。

 僕は道場の端に引いて二人の戦いぶりを見物させてもらう。二人とも達人のオーラをぶつけ合いながらワクワクした表情で対面する。

 

「誇銅君、これが終わったらぜひ君とも手合わせしたいと思う。かまわないかな?」

「は、はい! ぜひよろしくお願いします!」

「妾を前にもう次の約束か昇降よ。やはり猫は好奇心旺盛じゃのう。しかし、妾とやってまともに立っていられるかのう」

「ふっ、昔のようにはいかんさ」

 

  打撃を斬撃まで昇華させた昇降さんの猫又空手、相手の力に自分の力を加えて返す藻女さんの九尾流柔術。見るだけでも学べることは多々あるだろう。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 藻女さんと昇降さんの試合は藻女さんが余力を残して勝利。その後ダメージを負った昇降さんに余裕を持って負けた僕。当然の結果だがここまで簡単に負けてしまったのは悔しい。

 

「少しは成長したみたいだが、1000年前とあまり変わっておらんな」

 

 1000年の時間が過ぎても僕の場合数日だからね。一誠みたいに劇的に変わる事なんてできない。

 その後は昇降さんと藻女さんを交えて今までの僕のことを簡単に話す。そしてそのままこの日の稽古は終了となったのだが。

 

「誇銅――――っ」

「お兄様――――っ」

 

 藻女さんとの個人指導を終えて汗を流してスッキリしてしばらくすると、藻女さんと玉藻ちゃんの尻尾に包まれて独占拘束されてしまった。愛情たっぷりのハグに執拗なまでのほっぺすりすり、ラストにはほっぺへのキス。伝わってくる愛情が半端じゃない。

 僕もこの愛情に応えようと思うけど、尻尾の拘束で腕を動かすのもままならない。うれしい限りではあるんだけどね。

 

「ほらほら、藻女さんも玉藻ちゃんも僕はどっか行ったりしませんから」

「わかっとる。それはわかっとるんじゃが」

「ここ数週間ず―――――っと会えるのに会えん日がつづいとったんじゃ。その分をしっかりと貰わねばのう」

 

 拘束されてから時計ではもう40分を超えている。かろうじて動かせる翼で二人の頭を撫でたりしているが、そろそろ拘束を緩めてほしいな。

 

「あの、そろそろ尻尾を緩めてくれると助かるんですけど」

「「嫌じゃ」」

「あ、はい」

 

 まだまだ離してもらえそうもない。

 確かにこの状況は暑くて窮屈で少し緩めてほしい気持ちはあるが決して嫌ではない。むしろこうやって愛情表現をしてくれるのは大好きだ。もうしばらくはこのままでもいい。……あと二時間くらいは。

 

「お兄ちゃ~~ん!」

「おっ!?」

 

 九尾の尻尾に拘束されてる僕の後ろから小さな手が僕の首に巻きつく。こいしちゃんの手だ。

 こいしちゃんは九尾の尻尾の間をもぞもぞと潜って僕の胸元まで辿り着いて「バァ」と笑顔で尻尾から顔を出した。

 こいしちゃんが間に入ったことで尻尾にスペースが出来て手が少しばかり動かせるようになる。僕はその自由になった手でこいしちゃんを抱き上げて頭をなでる。そして最後には

 

「ああっ!ほっぺにキスしたのじゃ!」

「妾はほっぺにキスはされておらんぞ!」

「順番ですよ。後でちゃんとしてあげますから落ち着いてください」

 

 こいしちゃんのほっぺにキスをすると、案の定藻女さんと玉藻ちゃんが物凄い反応を示した。そしてキスされたこいしちゃんは相変わらずかわいらしい笑顔で僕に微笑みかけてくれている。

 僕が二人にはキスしなかったのは単純にキスしにくかったから。こいしちゃんを一通り愛で終えたら場所交代で二人のほっぺにもキスをするつもりだ。

 

「失礼します」

 

 襖の向こう側から蘭さんの声が聞こえてくる。それから襖が5cmほど開き、開いた部分から襖の枠の親骨に手がかけられ残りが開けられる。

 襖の向こう側にはやっぱり正座している蘭さんの姿が。

 

「藻女様、玉藻様、そろそろお時間でございますよ」

「わ、わかったのじゃ。もう少ししたら行くぞ」

「わ、妾も」

「ダメです。昨日も一昨日もそう言って一時間以上も遅れたではありませんか。そのせいで全体の流れが少しばかり滞り気味になっております。今日は見逃すわけにはいきません」

 

 普段は優しい目つきの蘭さんも仕事モードの鋭い目つきで二人を見る。それに対して藻女さんと玉藻ちゃんは何かを訴えるように寂しげな目つきで蘭さんの方を見るが。

 

「京都は日本でも重要な拠点。京都の統領は引退されても、まだまだ隠居されては困ります。それに香奈(かな)様では京都を治めるにはまだまだ力不足。お二人がやるべきことを疎かにするようでは本当に新参者が妙な気を起こしかねません」

 

 世代が変わっても藻女さんの影響力は凄まじい。流石は七災怪と言ったところか。

 その藻女さんの実の娘であり、名声に伴った実力を持つ玉藻ちゃんもまた重要視されている。昔もそうだったけど、やっぱり九尾という妖怪が及ぼす影響はかなり強いんだね。

 蘭さんの説得が不可能と覚ると今度はその目を僕に向けた。僕に蘭さんを説得してほしいってことだね。だけどごめんなさい藻女さん、玉藻ちゃん。

 

「誇銅様に甘えるのは業務時間終了後なら存分にお楽しみください」

 

 そうして立ち上がった蘭さんに二人は強引に引っ張られるかのように軽く手を引かれて連れていかれた。蘭さんは入った時とは逆の手順で丁寧に襖を閉めていく。

 僕の心の中には二人に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だけど仕方ないことだよね。後でまた一杯甘えさせてあげよう。

 

「ほらおいで、こいしちゃん」

「わ~い!」

 

 普段藻女さんと玉藻ちゃんほど甘えないこいしちゃんを、ギュっと抱きしめ頭を撫でる。

 甘えないと言ってもあくまで二人と比べてだけどね。それでもこいしちゃんなりに気を使って我慢してる部分が見え隠れしている。だからこんな時はちょっとだけでも思いっきり甘えさせてあげることにしている。

 と、それらしい理由付けをしているが、本当は僕自身がこいしちゃんを撫でたいってのもあるんだよね。

 純粋無垢に僕を兄として大好きと言って甘えてくれるこいしちゃん。そこから生まれる無邪気な笑顔が大好きだ。

 1000年経っても変わらないこいしちゃんはある意味一番安心する。だからと言って藻女さんや愛情がアップした玉藻ちゃんも大好き。だけどやっぱり変わらない安心っていいね。

 

「できれば変わらないでほしいな」

「なあにお兄ちゃん?」

「なんでもないよ」

 

 だけど人は必ず変わってしまう。それは妖怪も神も同じ。それが良い方向にか悪い方向にかはわからないけど、変わらないなんてことは絶対にない。

 だから僕はこの幸せな時を目一杯楽しむことにする。だけどできることなら、この幸せな時間にずっと留まっていたいな。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 幸せな夏休みラスト二週間。しかしその時間も過ぎ去り、今は新たな新学期———二学期に入った。

 始業式も終えて、駒王学園の九月イベント、体育祭の準備に入っている。

 それにしても、やっぱり夏休みが明けると雰囲気が変わる人も多いね。

 

「おおっ、元浜。例の情報は得たのか?」

「ああ、いま松田が最終確認をしに出かけていたが」

「おおおーい! イッセー、元浜! 情報を得てきたぞ!」

 

 教室に急ぎで入ってきたのは松田。そうか、そう言えば去年もこの時期にこんなことがあったっけ。

 

「やっぱり隣の吉田、夏に決めやがった! しかもお相手は三年のお姉様らしいぜ!」

「「くそったれ!」」

 

 一誠と元浜がその場で吐き捨てるように毒付く。

 長期休みが終わると一誠、松田、元浜は去年も同じように初めてを体験した自分たち以外の男子の存在を確認する。そして毎回毎回同じようにショックを受ける。なぜ自らダメージを受けるような行動を起こすのか。それもご丁寧に調べてまで。

 元浜はまあ置いておこう。でも一誠が毒付くのはちょっとおかしくない? 一誠はリアスさんや朱乃さんという学校内でも一位二位を争う美人に惚れられてるのに。

 

「同じクラスの大場も一年生がお相手だって話だしな」

「マジかよ! 大場が!?」

 

 一誠が後ろを振り向くと、さわやかな笑顔で大場が手を振っていた。一応おめでとうと言っておくべきなのかな?

 一誠は机に突っ伏し頭を抱え、浜松は両手両膝を地面につけて(こうべ)を垂れる。なぜそこまでショックを受けれるのか。イマイチ僕には理解できない。昔はあの輪の中に入れてもらっていたから、僕がおかしいのかなとすら思っていた。だけど今は断言できる、僕はおかしくない。

 だけど一誠の気持ちも全くわからないわけでもない。僕だってこんな夏休みを送るなんて思ってもみなかった。

 今年の夏休みは日本の神社巡りをして最後くらいに京都で藻女さんや玉藻ちゃんやこいしちゃんとのんびりする予定でいたよ。それがまさかの二つの意味で名前通りの地獄行きになるなんて。お釈迦さまでも読めますまい。

 しかも山でドラゴンとかくれんぼするわアザゼル総督に目をつけられるわで散々な目にばかりあった。信用できない人の力になるための修行なんてこれほど無駄な時間もそうない。ハッキリ言ってつらかったよ。

 結局夏休みで良いと思えた思い出は、温泉とギャスパー君とのチェスや将棋、後は国木田さんとの手合わせくらいだね。夏休み残り二週間で人間界に帰ってこれたのはせめてもの幸運だと言えるのかな?

 

「童貞臭いわねー」

 

 そして今年もそんな三人をあざ笑う桐生さん。口元をにやけさせて、鼻をつまんで三人をからかう。三人もめんどくさそうな表情を向けている。

 

「桐生! 俺たちを笑いに来たのか?」

「ふふふ、どうせあんたたちのことだから、意味のない夏を過ごしたんでしょうね」

「「「うっせ!」」」

「ところで兵藤。最近、アーシアがたまに遠い目になるんだけど、何か理由知ってる?」

 

 桐生さんがアーシアさんについて訊く。

 最近のアーシアさんは少しボーっとしている。授業で指されれば慌てたり、教科書をさかさまにしていたりなど。

 まあ理由は十中八九あのプロポーズが原因だろうね。

 アーシアさんはすっかりこの駒王学園の人気者になった。男女問わずに人気がある。美少女ってのもあるけど、話しているだけで癒されるって言う人も多い。

 そんなアーシアさんだから心配する人も多いだろう。だけど僕にはどうしても心配する気持ちが湧き上がってこない。冷たいよね。どうしてここまで関心が持てなくなっちゃったんだろう。

 アーシアさんについて訊かれて考え込む一誠。それを怪訝そうに見る桐生さん。

 

「なんだよ?」

「いやね。あんた、二学期に入ってから女子からの評判多少は上がったのよ」

 

 桐生さんの言葉に一誠は驚きの表情を見せる。だけどそれ以上に元浜と松田が驚愕している。

 

「だいぶ締まった顔つきになったし、私の目から見ても体つきがずいぶんたくましくなったと思うわ。ワイルドになった、なんていう女子もいるぐらいだし」

 

 一誠は自分の顔に手をやり確認する。確かにガタイはよくなっている。まあ、山籠もりすれば嫌でも鍛えられる。それに加えてドラゴンと鬼ごっこすれば尚更ね。

 あとはそのがむしゃらに鍛え上げた筋肉をどう研磨し必要部分の鍛錬に切り替えるかだ。そうしなければ、技術なしと無駄な筋肉という弱点を抱えるだけになっちゃうからね。

 

「ふふふ、鍛えてますから。ま、俺も夏で成長したってことさ」

「まあ木場くんや誇銅くんには及ばないけどね~」

 

 ニヒルに笑う一誠に対して桐生さんは冗談めいた言い方で言い返す。しかし、カッコつけた一誠に対して落胆してるようにもうかがえる。

 

「お、おい! 大変だ!」

 

 そんな中、クラスの男子の一人が教室に駆け込んできた。

 その男子は友達から渡されたミネラルウォーターを一口あおり、気持ちを落ち着かせると、クラス全員に聞こえるように告げた。

 

「このクラスに、転校生が来るぞ! 女子だ! しかも二人!」

 

 一拍空いて―――

 

『ええええええええええええええっ!』

 

 クラス全員が驚きの声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、このような時期に珍しいかもしれませんが、このクラスに新たな仲間が増えます」

 

 担任の先生の言葉に、皆はそわそわしている。

 転校生がくるという情報が入ってから男子のテンションは異常なぐらい高まっているのを感じる。正直言うと換気したい気分。流石にテンションが上がりすぎじゃないかな?

 女子もそのテンションの上がり方にはあきれているが、転校生には興味津々と言った様子。

 

「じゃあ、入って来て」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 

 転校生が入ってくると歓喜の声が湧き上がる。

 そこにいたのはなんかどこかで見たことがある気がする女性。栗毛のツインテールの活発そうな美少女。なんだかどこかで見たことがある気がする。

 周りを見てみると一誠は驚きゼノヴィアさんは目を丸くしている。知り合いなのは確かだね。えっと……。

 

「紫藤イリナです。みなさん、どうぞよろしくお願いします!」

 

 ダメだ、やっぱり思い出せない。どこかで見たことある気はするんだけどな~。

 そしてもう一人の転校生は一人目の転校生と対照的な雰囲気。黒髪のざんばら髪のとても控えめそうな美少女。大勢の前だからかとてもビクビクしている。

 

「えーと……ざ、罪千海菜(ざいぜんかいな)です。よ、よろしくお願いします!」

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 その日の休み時間、質問攻めの彼女の手を引いて一誠、アーシアさん、ゼノヴィアさんは彼女を連れ出した。たぶん悪魔関係の話をするためだろう。

 僕? 当然呼ばれなかったよ。この扱いも慣れてきてもう寂しさなんて感じなくなってきた。寂しさを感じなくなったことが寂しい。

 それよりも気になったのはもう一人の転校生、罪千海菜(ざいぜんかいな)さんの方。僕の自意識過剰かもしれないけど、なんだか彼女にすごく見られている気がする。

 

「ねえ、罪千さん」

「ひぃ、ごめんなさい!」

 

 紫藤さん動揺に質問攻めに合った罪千さんはおびえた様子で第一声で大声で謝ったのだ。

 このおびえかたに気を使ったクラスメイトたちは少しテンションを下げてソフトに罪千さんに対して質問していくが。

 

「私なんかが調子に乗ってすいません!」

「いや、別に謝ってもらうようなことじゃ……」

「本当にすいませんでしたぁ!」

 

 質問にうまく答えられなかったりちょっといじられただけですぐに全力で謝罪をする。とんでもなくネガティブな思考だ。

 そのあまりのネガティブさに群がっていたクラスメイトたちも一層気を使って離れていく。そのことで嫌われたのかと焦ったのか呼び止めようとした瞬間、机につまずいて周りを盛大に破壊する派手な転び方をした。その際にとんでもない姿勢になり男子の注目を集め、女子たちからは急いで立ち直らせてもらう大事件に。

 

「ちょ、大丈夫!? コラ男子! 見るんじゃない!」

「ごめんなさぁーい!」

 

 手を貸してもらうという汚名を返上する大チャンス。だけど罪千さんはそれを生かせず、逆に頑張りすぎて再び空回りしてしまった。

 僕にはその姿が周りから孤立しないように、嫌われないように頑張る姿に見えた。もっと感じたままに言うなら、昔の僕。

 罪千さん程ネガティブではなかったけど僕も周りから見放されないようにいろいろ努力をしてきたつもり。だけど周りとの距離を掴めずにあまり親しい友達はできず。その中でやっと少しは親しくなれたのが、あまり趣味が合わなかった一誠たち。うすうす僕を出汁に使ってることには気づいてたいけど、仲間に入れてくれるならそれでもよかった。

 罪千さんからもそんな昔の僕と同じ匂いがする。

 

「うぅ……せっかく自己紹介後の話題を5000パターンも考えておいたのに……」

「罪千さん」

「ひぅっ!」

 

 質問攻めから解放されて一人で席に座っている罪千さんに話しかけると、驚かれはしたが謝られはしなかった。大勢ではなく一人なのがよかったのかも。それとも僕の幼い容姿が警戒度を下げたのかな? それなら僕のコンプレックスだったこの低身長も少しは役にたったのかもね。

 なるべく不安を与えないように慎重に丁寧に、なおかつ自然体で接するように心がける。あまりわざとらしいのはいらない警戒をさせてしまう。

 

「僕は日鳥誇銅。よろしくね」

 

 僕が手を差し出すと、罪千さんは恐る恐る手を握り返してくれる。

 よかった、少しわざとらしい行動かと思ったけど成功してくれた。罪千さんの手はなんだかとても冷たくて柔らかい。

 

「ざ、罪千海菜です。よろしくお願いします」

「うん。何かわからないことがあったなら、気軽に聞いて。何なら町の事でも。まあ答えられる範囲だけどね」

 

 それだけ伝えると僕は手を振って自分の席に戻る。今はこれだけでいい。これ以上向こうのラインに踏み込むべきではない。次に僕が力になれるのは向こうがこちらのラインに一歩踏み込んできてくれた時だ。

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 放課後オカルト研究部でメンバー全員とアザゼル総督、ソーナ会長たちが集まって紫藤さんの歓迎会をするらしい。

 また僕だけ仲間はずれ? いいや、依頼が入ってるから欠席してるだけ。別にいいもん、どうせ今までだって僕に仲間意識向けられたことなんてないし。僕には日本妖怪の皆さんがいるし。何なら邪神だって。

 不満をぶつぶつと垂れながら適当な場所に移動し、チラシの魔法陣から依頼主の所まで転移する。流石にいつも通りオカルト研究部の部室から転移する気には到底なれないよ。

 

「こんにちは」

「やあやあようこそ!」

 

 依頼主の所へ転移が完了すると依頼主の男性は快く僕を歓迎してくれた。そして僕の顔をじろじろ見たり何かを確認するかのように体を触ってくる。一体どうしたっていうんだろう?

 

「あの、一体何を……?」

「それじゃ早速依頼をお願いしたい」

 

 僕の質問を丸無視して僕の手首を持って奥へと連れて行く。

 普通なら気づかない、おそらく木場さんだろうが朱乃さんだろうが同じことをされれば気づけない程この人は自然に僕の脈を計っている。一体何が目的?

 僕は怪しく思いながらも特に何かされる様子もないから警戒だけして今は依頼を受ける事に決めた。

 手をひかれて案内された場所にはたくさんの普通じゃない衣装が部屋いっぱい置いてあった。衣装を着せてるマネキンも合わせて部屋の7、8割埋まっている。

 

「お願いしたい事はこのデザインの事なんだけど。やっぱり作るからには実用性も兼ねたいんだ。だからこっちに実際作ったのがあるから着心地や改善点、悪魔の身体能力でどれくらい動けるかを知りたいんだ。一応原作の設定が超人的な身体能力を持ってるって設定だからさ」

 

 どうやら依頼の内容はコスプレ衣装の試着のようだ。時々思うことだけど、そんな簡単なことで悪魔を呼んで対価を渡してしまってもいいのだろうか。偶に対価をもらうことが申し訳ないぐらいの依頼とかあるし。

 魔法使いの着るようなローブから戦士の鎧まである。まあコスプレの範囲内の素材だけどね。

 

「だけど君は背が小さいから……これはイケる、これは無理、これは大丈夫」

 

 コスプレ衣装を一つ一つ分けていく男性。その様子は真剣で楽しそうな様子。無邪気とも見える笑顔でどんどん衣装を選んでいく。

 だけどさっきの動作から僕はまだ警戒を続けてるけどね。

 

「よっしゃ、これでよし」

 

 箱から新しいのを出したりいくつかの衣装を端っこに寄せたりして一仕事終えた様子の男性。だけどあの様子じゃこのまますぐにまた何かが始まるんだろうね。まあ試着すら始まってないから当然か。

 

「あ、女性用の衣装ってOK?」

「ま、まあ……着るだけなら」

 

 あからさまな可愛い女性用の衣装を持って聞いてくる依頼主にひきつった笑顔で一応OKを出した。女装は遠慮したいけどまあ仕事と割り切ればまあいいか。別に外を歩くわけでもないからね。

 それからたくさんのコスプレ衣装を着させられる事となった。

 

「う~ん、サイズがちょっとだけどなかなかいいんじゃない? 鎧は無理があるけどこっちのローブとかは見た目はなかなかじゃないか」

「そうですね、まあ着心地は背中と脇部分がちょっとチクチクするのと平均的男性の身長なら少し腕を動かすのに窮屈だと思います」

「なるほどなるほど」

 

 男性は紙に僕の言ったことを書き込む。幸いな事に衣装は女性用ばかりではなくきちんと男性用もありちょっと楽しかったよ。だけど気持ち女性用の衣装の方が多かったような……。

 その後もいくつかの衣装を着て同じような事を続ける。身長的に鎧の衣装が着れないので半分くらいだったのに気付けば外は真っ暗。割と楽しかったのもあるから時間が経つのが早く感じた。

 

「鎧が試せなかったのは残念だけど、君みたいに可愛い系の男子が着てくれたのはそれはそれでうれしかったよ」

「はい、ご満足してもらえてよかったです。あっそうそう、一つ訊いてもいいですか?」

「何?」

「本当の目的は何ですか?」

「…………」

 

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 誇銅が去った後の男性の依頼者の部屋。

 男性は誇銅が去った後、大量のコスプレ衣装を雑に片づけて7~8割占拠されていたスペースを5割取戻す。

 そこにテーブルを出してお酒を飲みながらテレビを見る。しばらくして思い出したかのようにどこかに電話をかける。

 

「ああ俺俺、ちょっと事故起こしちゃって200万振り込んでほしいんだけど。ははは冗談冗談」

 

「え? 酔ってない酔ってない。酔ってねえつってんだろ脳みそ腐ってんのかカス……マジすんません今ので酔い覚めました。調子乗ったこと言ってすいませんでした。あと18歳なのに飲酒してすいません」

 

 顔を赤くして笑っていた男性の顔から笑顔が消える。さらに胡坐から正座へと座りなおして真面目にする。

 

「はあまあそっちも順調です。任せてください、私もプロですから。必ず期限までには仕上げて見せます! まあ量と難易度はちょい高めなので期限を短くされたらちょっと厳しいですけど。できればもうちょっと余裕を……ああ、ダメですよね」

 

 頭を掻きながら笑う男性。のんきに笑ってはいるが若干困り顔である。

 

「ああそうでしたちょっとした予想外がありましてそっちの報告とどうするかのことを。三大勢力会談にいたゴーレム技師覚えてます? ええ、彼は幽霊とかそういう類ではありませんでした。肉体も本物ですし脈もしっかりありましたので。だけど……報告書よりもずっと強いですね。どの程度かはわかりませんが、ありゃ間違いなく実力を隠してますわ。後鋭い。少しこっちのことに踏み込まれそうになりましたけど何とかうやむやにしました」

 

 男性は電話の相手その予想外の出来事を話す。その時の男性の表情は先ほどまでののんきな表情ではなく、笑みは残っていても真剣な表情。

 だけどその表情も長くは続かず、電話相手から少し無茶を言われると軽い口調と表情に戻った。

 

「そういわれても私はただ作るだけですからね。予想とか実力の査定は専門家がいるじゃないですか。そっちに任せてくださいよ」

 

 相手からの返事でちょっと気をよくした男性は足を崩して残ったお酒をグイっと飲み干す。

 

「何言ってるんですか俺はただの仕立て屋、それ以上にはどう頑張ってもなれません。まあそれだけは世界に通じるもの持ってるつもりですけど」

 

 気をよくした男性は電話の相手の言葉に対してウンウンとうなずく。

 

「全員分の勝負服および病衣ちゃんと納期までには仕上げます! 呪装束も同時進行で仕上げて見せます! それではおやすみなさい」

 

 相手が電話をきったのを確認すると男性は酒やテーブルを片付けて部屋を出ていく。

 向かった先は隣の部屋。持っている鍵でドアを開けて電気をつけるとそこは人が住めない程の大量のダンボールが。

 そのダンボールの中身を確認して二つ持って自分の部屋に戻っていく。

 

「さてさて、英雄の舞台衣装はどんなのがいいかな~♪」



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異端な正義の執行者

 まず最初にいつもより投稿が遅くなってしまったことについてご説明します。
 プロット段階ではこの部分は割とうまく纏まってたのに、いざ書いてみるとかなりこんがらがってしまいました。一時は大幅変更も考えましたが、今後の都合上おそらく彼女がいなければ詰むまではいかなくとも、絡めさすさに違いが出ると現時点で判断して残すことにしました。
 まあ最悪蛇足になっても大丈夫かな……?
 ただ一つ言えることは、お待たせして申し訳ありませんでしたということだけです。


 紫藤さんと罪千さんが転校して来てから数日が経過した。

 

「はいはい! 私、借り物レースに出まーす!」

 

 元気いっぱいに手をあげる紫藤さん。

 紫藤さんはその明るさで男女問わず人気者で、当然クラスにもすっかり溶け込んでいる。

 一方で罪千さんは極度のネガティブ思考とあがり症でイマイチ溶け込めきれていない。おせっかいかもしれないけど本気で心配になってきたよ。

 今はホームルームの最中。体育祭で誰が何の競技に出るかを決めているところだ。

 

「う~ん」

 

 だけど全く体育祭の事が頭に入ってこない。

 罪千さんを無理やりクラスに溶け込ませようなんて端から考えていない。僕はほんの少しでも罪千さんが笑顔の時間を作ってあげたいと思っている。

 クラスに溶け込めずずっとしょんぼりした表情の罪千さんだけど、彼女が笑顔になる時はちゃんとある。それは食べている時だ。

 罪千さんはよく食べていることである意味有名になっている。まず休み時間になると必ずコンビニで買ったであろう菓子パンを一個以上食べる。それも毎休み時間(ごと)に。

 昼休みには学食で大盛りを時間ギリギリまで食べ続けている。それはもう幸せそうな表情でね。僕も一度だけ見たことあるけど、食べ終えた食器の量も気にならないくらい幸せそうな表情だったよ。

 その他にも罪千さんに関する食の話だけは結構耳にする。なんでも大食いチャレンジメニューを時間制限内に三度もおかわりしたとか、そのチャレンジの店に毎日顔を出して大食いチャレンジ禁止にされたとか。本人にこの手の話題をするとものすごく恥ずかしがってテンパるけど。

 

「うわっ! 騙しやがったな、桐生!」

 

 桐生さんにひっかけられて手をあげさせられた一誠。

 一誠は桐生さんに文句を言うもにやりと笑われるだけ。

 

「あんたは二人三脚よ。じゃあ相方は―――」

 

 桐生さんがある女子生徒を指す。そこにはアーシアさんが気恥ずかしそうに恐る恐る手を挙げている。

 

「あんたとアーシアには二人三脚で走ってもらうわ!」

 

 一誠とアーシアさんが二人三脚に決まった所でホームルーム終了のチャイムが鳴る。まだ少しだけ決まってない人がいるから残りは明日の放課後で決めるんだろうね。そういう僕もまだ決めてないし。

 二人三脚は二組(ふたくみ)の合計四人まで出場できる。迷惑なおせっかいかもしれないけど、僕は罪千さんのところまで言って言う。

 

「ねえ、僕と二人三脚に出てくれないかな?」

「ふぇっ!?」

 

 僕と同じくまだ種目が決まってない罪千さんに声をかけてみる。強制はしない。ただ僕の一方的な同族意識で助けてあげたいという我儘。

 僕の誘いに対する罪千さんの答えは――――――

 

「桐生さん! 僕と罪千さんで二人三脚に出てもいいですか?」

 

 こうしてホームルーム滑り込みでその日のうちに僕と罪千さんは二人三脚のパートナーに決まった。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 次の日から学園全体で体育祭の練習などが始まった

 僕のクラスも体操着に着替えて、男女合同でグラウンドにて各競技の練習をしている。

 

「勝負よ、ゼノヴィア!」

「望むところだ、イリナ!」

 

 紫藤さんとゼノヴィアさんがグラウンドで駆けっこをしている。クラスメイトたちも両者に応援を送っているけど、改めて思うと大丈夫なのかな?

 何を心配してるかって、二人の爆走具合だ。とても速い、それこそ女子高校生ではありえないぐらいに。つまり悪魔の身体能力を隠していない。今思えば球技大会の時もそうだったような……。秘匿とかの方面で大丈夫なのだろうか。そもそも人外が人間に交じって競い合うこと自体反則気味な気がする。

 

「おっ、誇銅」

「あっ、匙さん」

 

 紫藤さんとゼノヴィアさんの爆走を眺めているとバッタリ匙さんと会った。メジャーやら測定するものを持っているとこから、お仕事中なのがうかがえる。

 それよりも匙さんの右腕に巻かれている包帯に目が行く。

 

「その包帯、どうしたんですか?」

「ん? ああ、これか」

 

 匙さんは持っていた道具を下ろして、少しだけ包帯を外すと――――そこには黒い蛇みたいな痣がとぐろを巻いてるかのようにくっきりと付いていた。

 

「それってもしかして……邪気の汚染じゃ」

 

 蛇がとぐろを巻いてるのはわからないが、この黒い痣には見覚えがある。仙術を使う際に邪気を取り込みすぎた際に起こる肉体の汚染。だけどあれは指先から、もしくは体中に斑に現れる現象なのにどうして腕に、それも蛇の形で。

 

「知ってたか。俺たちの先生たちに訊いたら、この間のゲームで一部に邪気を流し込み過ぎたのが原因だと言われた。どうやら俺の神器に宿る邪龍と取り込み過ぎた邪気の相性が良すぎて影響を与えたらしい。邪気汚染がヴリトラの力に反映されてるみたいなんだ」

「それって危ないんじゃ……。というか僕が邪気汚染を知ってて驚かないんですか?」

「いや、悪影響はあまりないらしいぜ。長年この神器を体に宿していたおかげでだいぶ耐性が高くなっているらしい。こうやって体に出てくるのは困るけどな。それと国木田先輩から聞いた、誇銅が俺たちと同じく日本勢力と繋がってることをな」

 

 ついに話したんだ、僕と日本勢力との関係。どこまで話したかわからないけど、国木田さんが話したと言うことは大丈夫なんだろう。国木田さんとは拳を合わせ信頼できると確信した人、信用してますよ。

 

「まあ、他にはこれとかな」

 

 匙さんがさらに腕の一部を僕に見せてくれる。そこには小さな宝玉みたいなものがある。それが宝玉だと思ったのは一誠の神器の宝玉に少し似ていたから。むしろ縮小版としてはそっくりかもしれない。

 

「呪いですか?」

「ちょ、呪いとか地味に気にしてんだから言うなよ。ヴリトラって、あんま良い伝説がないんだからよ。ちょっと神器が目覚めた証拠ってだけだよ」

 

 匙さんは少し嫌な顔をしたけどすぐに気を取り直して新しい話題を振ってくる。

 

「それで、誇銅は何の競技に出るんだ?」

「僕は二人三脚です」

「そっか、俺はパン食い競争だ」

 

 そんな雑談をしていると匙さんの所に、見知った二人のメガネが似合う女性が近づいて来た。

 

「サジ、何をしているのです。テント設置箇所のチェックをするのですから、早く来なさい」

「我が生徒会は男手は少なくとも由良がいます。早くしないと男子としての役割を奪われますよ」

 

 ソーナさんと森羅さんだ。二人で匙さんを呼んでる。

 由良さんは男勝りな性格として有名で武器を持った不良集団を素手の喧嘩(ステゴロ)で壊滅させた男気ある伝説を持っている。その伝説の真偽は多くの傷の手当の後とギプスが物語っていた。

 

「は、はい! 会長、副会長! じゃあな、誇銅」

 

 匙さんは慌ててメジャーなどを持って、二人のもとへ行った。

 こうして見ると匙さんって一誠以上に下僕が似合う人になってるね。自分の意思がないとかではないけど、下働きが似合ってるって言うのか。変な言い方をしてきたけど地味で大変なことでも一生懸命頑張ってるように僕は見える。

 さて、そろそろ僕も罪千さんと練習しようとか思ったけど、紐を取りに行った罪千さんが一向に戻ってこない。罪千さんが自分が取りに行くと一人で行ってしまったけど、大丈夫だろうか。

 

「こ、誇銅さ~ん!」

 

 するとちょうど紐を持ってこっちに走ってくる罪千さんの姿が。行った時は綺麗だった体操服が土色に汚れてることから間違いなく途中で転んだのだろう。汚れから察するに結構派手に。

 罪千さんがこちらに走ってくる横で一人の男子生徒が練習のスタートダッシュに失敗して転んでしまった。

 

「痛っ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 それにいち早く気づいたのが罪千さん。心配そうな顔をして駆け寄る。

 

「ありがとう罪千さん、大丈夫だから。しばらくすればすぐに良くなるから」

「ダメですよ、ちゃんと傷口を見せてください。もしかしたら捻挫してる可能性もあります! 足首に痛みはありませんか? もしも鈍い痛みがあれば軽傷の捻挫の可能性が高いです。これ以上の腫れを起こさないためにも今日は運動を中止して安静にしてください。それとすぐに保健室で氷をもらって患部をアイシングしてください。放っておくと腫れが悪化してしまいます」

 

 その後も一生懸命その男子生徒の世話を焼いて保健室に運ぼうとするが、それは悪いと男子生徒は自分の足で保健室に向かう。その時も罪千さんは冷やした後は包帯などで圧迫するようにや落ち着いてきた数日後は患部を温めてと的確な指示を言い続けた。

 男子生徒がちゃんと保健室に行ったのを見届けてから僕のところに来る。

 

「すいませんっ! 遅くなってしまって」

「い、いや、大丈夫だよ。それよりもすごいね」

「へっ?」

「さっきの罪千さんの迅速で適切な行動だよ。僕、驚いちゃったよ」

 

 驚いてるのは僕だけじゃない、周りの人たちもその迅速な行動力には目を丸くしていた。普段の罪千さんはもっと頑張りが空回りしてしまうドジっ子で定着しつつあるのに、他人の怪我に関しては敏感に適切に反応したのだからそのギャップは良い意味で大きい。

 

「そ、そそそ、そんなことありません。ただそういう知識が人より少し多いだけですし、すごいだなんて私にはもったいない言葉です。それより私みたいなゴミクズが少しでも人のお役に立てたのなら。こんな私が出しゃばったことをしてむしろ不快にさせてしまったかもしれません。あっ、だからさっき保健室に一緒に行こうとしたのを断られたのはそれが理由で、ごめんなさぁーい! 私みたいな新参者が出しゃばった行動をしてしまってっ!」

 

 転校初日から挙動不審で常に何かに怯えてるような罪千さんだけど、頼もしさが垣間見えた反動からか今日は特に激しい。ほめたつもりだったのに一人でネガティブな思考に落ちて泣き出してしまった。え、これは僕が悪いの?

 

「大丈夫ですよ罪千さん! 罪千さんは何も悪くありません!」

「ひぐっ……ひぐっ……本当ですか?」

「はい、もちろんですよ」

 

 玉藻ちゃんやこいしちゃんを撫でるように罪千さんの頭を撫でて何とか落ち着かせる。なんだか周りの視線が痛いけど、それで罪千さんの不安がひとつ消えるなら安いものだよ。それにしても何で罪千さんはこんなにネガティブなんだろうか。間違っても訊いたりなんかはしないけど。

 

「それじゃ、そろそろ練習しよっか? 罪千さんが持ってきてくれた紐で」

「はい!」

 

 涙をぬぐった罪千さんは可愛い笑顔で答えてくれた。ふふ、やっぱり泣き顔よりも笑顔のほうが似合ってる。

 既に周りの人たちは、同じクラスの男女でペアを組んで練習を始めてる。上手いところは上手いし、息がいまいち合わないところや、男女がピタッとくっついてるから気恥ずかしそうにギクシャクしてるところもある。

 一誠とアーシアさんは一緒に住んでるからか割といい感じに息が合ってる様子。

 僕も練習を始めるために罪千さんとぴったりとくっついて足首を紐で結ぶ。

 

「それじゃ最初は軽く歩いてみようか」

「はい」

 

 罪千さんはビクビクと僕の腰に手をやろうとしてるけど、やっぱりできないでいた。だからその手をつかんでやさしくも強引に僕の腰に手を置かせた。僕も遠慮なく罪千さんの腰に手を回す。

 僕がゆっくりとうなずくと罪千さんもそれに続いて頷く。

 

「それじゃいくよ」

「は、はい」

「「せーの」」

 

 こんな風に罪千さんとの二人三脚の練習は始まったけど、なかなか苦戦を強いられることに。

 罪千さんは僕に合わせようとしてくれてるけど、やっぱり自信のない足取りではいまいち合わない。逆に僕が合わせる側に回っても上手く息が合わない。

 僕の身長が152cmで罪千さんが168cmでちょっと差が大きいけど、同じくらいの身長差の一誠とアーシアさんは割りと上手く息が合ってる。こっちも負けていられないや。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 その日の放課後。

 僕は珍しく一誠やアーシアさんと一緒にオカルト研究部に行くことになった。ドアを開けると先に来ていた他のメンバーとアザゼル総督は、なぜか顔をしかめている。

 

「どうしたんですか?」

 

 一誠が訊くと、リアスさんは答えた。

 

「若手悪魔のレーティングゲーム戦の、私たちの次の相手が決まったわ」

 

 リアスさんとソーナさんのレーティングゲームが切っ掛けで六家でリーグ戦を行うことになった。だから当然、グレモリーはシトリー以外の家の若手悪魔と対戦することになる。

 一誠もそれには特に驚きもせず話を聞いていたが。

 

「次の相手は―――ディオドラ・アスタロトよ」

 

 その一言に一誠の表情が驚きの表情に一変した。

 その時、タイミング悪くオカルト研究部のドアをノックする音が鳴り響く。

 

「あのすいませんリアス先輩」

 

 ドアを開けて入ってきたのは生徒会メンバーの巡さん。

 

「ちょっとリアス先輩たちに話を聞きたいって人たちが来ているんですけど、今大丈夫ですか」

「別にかまわないけど、何の話かしら」

「詳しくは聞いてませんけど、悪魔関係って聞いてます」

「……いいわ、通してちょうだい」

「わかりました」

 

 リアスさんが許可を出すと巡さんは二人の男性と一人の女性を通し、自分はそのまま部室から去った。

 

「初めましてこんにちわ。私はFBI監督特別捜査官・行動分析課のマルコ・ホッチナー。こっちはクリストとジェミー」

 

 生真面目そうな眼鏡をした金髪の男性は自己紹介をすると後ろに控えていた大柄の男性と優しそうな女性の紹介も行った。三人は友好的な雰囲気で握手を求め、僕たちもそれに応じる。

 

「こちらこそはじめまして。私がこの子たちの主人の悪魔、リアス・グレモリー。早速だけどFBIがなぜ私たちのところに尋ねてきたか教えてもらえるかしら?」

「もちろんです。まず前提として私たちはFBI捜査官だが今回は別件で来ている。つまり人間世界の犯罪の範疇外の犯罪の調査で来ました」

 

 表面上は何のことかわからないと言った表情を保とうとしているが、正直マルコさんのその一言でも内心驚きに満ちている。まさか人外世界にちゃんとした刑事組織があったなんて。

 悪魔側にも一応それに当たる人たちはいる。だけどあくまで実力のある悪魔に依頼して鎮圧するだけ。ちょうど僕たちがはぐれ悪魔討伐の依頼を受けるように。もしかしたら僕が知らないだけでちゃんとそういう組織があるのかもしれないけど、僕の知る現状から考えるにその可能性は低いと思う。

 日本勢力もそういう組織はない。と言うよりある程度の災いは妖怪の存在意義でもあるため、反乱レベルにならない限り人間側で解決してもらっている。アマテラス様の言葉を借りるならあいこの三竦み。

 

「私たちは普段はFBI捜査官として働いているが、アメリカ勢力の加護のもと人外専門の捜査官もしている。人間並みに知性のある人外相手の動きは多少規模が大きいがそ分行動理由が人間より単純ですからね」

 

 確かに特殊な力や魔法がある分人外世界はそれに頼り切ってる部分がある。日本妖怪が力を持たない代わりに技で他の種族を超えられる力を身につけたように、その方向性によって生じる力の違いはリアスさんとソーナさんのレーティングゲームの時にも表れてる。お世辞にも個々の力が強いとはいい難いソーナさんがリアスさんを圧倒出来た理由はそこにあると思う。

 人間は特殊な力を持たず個々の力も大きな違いがないため、知恵と工夫の技術力が進化していった。そんな人間を相手に行動分析をしていれば人外の行動分析は案外簡単なのかもしれないね。

 それにしてもまたアメリカ勢力か。邪神を引き入れ発展した勢力、その全貌はいまだに想像すらできないよ。

 

「今日はアーシア・アルジェントさんに話を聞きに来ました。ディオドラ・アスタロトという悪魔についてご存知ですよね?」

『ッ!!』

 

 ディオドラ・アスタロトという名前に部室内の全員が驚きを見せた。特にリアスさんとアーシアさんは大きな反応を見せる。

 

「ディオドラが一体何をしたのかしら?」

 

 リアスさんは真剣な表情でマルコさんに尋ねる。

 

「まだハッキリとは何もわかっていません。何せ被害者が一人も出ていないないのですから」

「被害者が出ていない?」

「正確には被害者として登録されていない。しかし我々は彼女たちを被害者と確信しています。そして新たな被害者の出現を何としても食い止めたい」

 

 被害者が出ていないのに捜査?

 これに関しては本当にわけがわからないが口出しはしまい。どちらにしろ僕にできることもないし必要ともされていない。

 被害者のいない事件の捜査に驚きで埋まっていたみんなの表情に困惑の色が強くなる。アーシアさんも一誠の顔を見たりリアスさんの顔を見たりして困惑している様子。僕もさっきまでのわからないフリじゃなくて本当にわからなくなってきたよ。

 マルコさんはアーシアさんの方を向いてより真剣な眼差しで目を見る。

 

「君の証言があれば逮捕とまではいかないがその足がかりがつかめるかもしれない。だから協力してほしい」

「あの……よくわかりませんが、私がお役に立てるのなら」

「ありがとう。それじゃさっそくだが……」

 

 マルコさんはアーシアさんの話を詳しく訊き質問しそれをクリストさんとジェミーさんがすべて手帳にメモしている。時折クリストさんとジェミーさんが質問することも。

 マルコさんたちの質問はおよそ10分足らずほどの短い時間で終わった。

 

「ご協力感謝します。君の協力のおかげで奴の罪を暴き出せそうだ。必ずや犯人を我が主、メイデン様のもとに連行し正義の名のもと裁きをくだすことを誓う」

「メイデンだと? もしかしてそれはメイデン・アインのことか」

「その通りだ。流石堕天使アザゼル、メイデン様の名にすぐに気づいたか」

 

 マルコさんが口にしたメイデンと言う名前に強く反応を示すアザゼル総督。その表情はどこか重たげだ。

 アザゼル総督に続いてゼノヴィアさんも悩んだ様子でつぶやく。

 

「メイデン・アイン。どこかで聞いたことのある名だな」

「ああ、そりゃ教会ではものすごい有名人だからな。言うなれば追放されて汚名を受けたアーシアの前任者みたいなもんだ」

「追放された時のアーシア……魔女……あっ! 虐殺の魔女メイデン・アインか!」

「魔女などではないッ! 聖少女メイデン様だッ!」

 

 気難しそうではあるが友好的な雰囲気と笑顔を絶やさなかったがマルコさんだが、魔女と言う単語で急変し怒りと敵意に満ちた様子で大声で怒鳴った。その時、ただの人間以上のものは感じなかったマルコさんから僅かながら純度の高い聖なる力を感じたのは気のせいではないと思う。なんなんだろうか?

 

「フンッ、やはり堕ちた天使如きではメイデン様の偉大さを理解できぬか。もう要件は済んだ、帰るぞクリスト、ジェミー」

 

 そしてその怒りに満ちた状態で乱暴にドアを開け、最後のジェミーさんが優しくドアを閉める。だけどその際に見えた表情は笑顔ではない。

 

「メイデン・アイン。教会を追放されてから全く聞かなくなったが、まさかまだ活動していたとはな」

「……先生、そのメイデンって人はどんな人なんですか?」

 

 一誠がアザゼル総督に訊く。アーシアさんの前任者と言われ、追放されたアーシアさんと同じく魔女と呼ばれたその人のことが気になるようだね。

 

「そうだな、一言で言えば極端な聖女だな」

「極端な聖女? それは具体的にはどういう意味なんですか?」

「俺も報告でしか聞いたことがないが、なんでも祈りだけで多くの人間の傷を癒し病気を治したと言われている。さらに世界平和の為に世の中の苦痛をその身で引き受けると言って日常的に自ら拷問を科してたとかで一日のほぼすべてを拷問に費やしたらしい」

「ご、拷問をですか!? そこまでするなんて……」

「これ聞いたらもっと驚くぞ。なんとその当時メイデン・アインは僅か五歳だ」

「ごごご、五歳!?」

 

 アザゼル総督の口から告げられた衝撃の事実に部員の誰もが驚いた。僕も含めてね。

 十歳にも満たない子供が何年も山籠もりをする話は実際に見たり聞いたりしたことはあるけど、さすがに拷問までは信じがたい。

 

「信じられねえよな? 俺もいまだに半信半疑だ。だけどよ、実際にメイデンの元信徒から話を訊くとこの部分は全員同じ証言をするんだぜ。否定するにはちょっと材料が多すぎるとは思わねえか?」

 

 どれくらいの人の証言かはわからないけど、アザゼル総督の言い方では2、3人ってことはなさそうだ。少なくても数十人ってところかな。確かにそれだけの証言者がいるなら信じがたい話も嘘だと切り捨てにくい。それも摩訶不思議なことが認知されてる人外世界なら特に。

 

「でもそうなると、なぜそこまで凄まじい力を持つ彼女を教会が手放したのでしょうか。その話が本当だとすると彼女の力は神滅具にも匹敵する程の回復術の持ち主」

「もしかして、そこもアーシアと同じように悪魔を治療してしまったとかですか?」

「メイデンは善と思えるなら悪魔だろうが堕天使だろうが癒すほど慈悲深い。その程度のことは教会の忠告も無視してずっと続けていたが、そのことに関しては多くの民衆に慕われすぎていたゆえに教会は黙認していた。問題は今から説明するメイデンのもう一つの顔にある。メイデンは慈悲深く信心深い一方で自身の判断で相手が『悪』だと考えれば何の躊躇もなく人間すら処刑したんだ」

 

 処刑、またもや五歳の女の子の所業とは思えない言葉がアザゼル総督の口から飛び出す。その言葉でみんな拷問の時並みなそれ以上の衝撃を受けている。

 

「しょ、処刑……ですか」

「方法は不明だがこの部分も元信者たちの証言と一致する。メイデンのその所業を見て一部の信徒は恐れをなしてメイデンから離れた」

 

 アザゼル総督の言葉に、五歳の少女の行為に戦慄を覚える僕たち。相手が誰であろうと善と思うなら救う一方、相手が誰であろうと悪と思うなら裁く両極端で苛烈な一面。それもたったの五歳の少女。どうしてその年でそんな考えに至ってしまったのかが不思議であるとともに怖くもある。

 

「だが不思議なことにそこまでのことをしておきながらメイデン・アインが追放され後には町一つ分以上の人間が教会を抜けてついて行った。そこでついたのが多くの人を惑わし殺した魔女、殺戮の魔女の名がつけられたんだよ」

「確かに悪魔や堕天使をも助ける優しさはアーシアと似ている」

「まあな。人間だけでなく悪魔や堕天使すら助ける無差別の優しさや、アーシアを上回る回役の素質など共通点がある。もしかしたらアーシアを追放したのはメイデン・アインの再来を教会が恐れたからかもしれないな」

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 その日の部活終わり。

 メイデン・アインの話を聞いた後、アザゼル総督を交えて簡単に次のレーティングゲームまでについて話し合う。まあ殆ど前のレーティングゲームの反省点と今後それをどう生かすくらいの話だけどね。あと僕が聞いてる限りその内容も的外れに感じた。

 それが終わった後は特にすることもないからまっすぐ家に帰った。アザゼル総督が言ったメイデン・アインの話が怖いなとか思いながら。

 だけど今僕にはもっと怖い事態が起こっている。

 

「はじめましてこんにちわ。私はメイデン・アインと申します」

 

 恐怖の張本人が僕の目の前にいます。

 なんでこうなったか僕にもさっぱりわからない。だって家に帰ったら玄関前に搭城さんよりちょっと背の高いくらいのメイド服の少女が猫を撫でながら座っていた。

 ふわふわとした長い銀の髪に優しそうな空色の瞳の少女。僕を見ると優しく微笑みかける少女に思わず警戒心をすべて失くしたけど、自己紹介で一気に焦った。

 僕も簡単に自己紹介をしたけど間が持たず、とりあえず家に上げてお茶を出すことに。そして今現在はテーブルを挟んでメイデン・アインさんと対面、しかも二人っきりで。

 

「あの、アイン……さん」

「私は誇銅さんよりずっと年下なのですからさん付けなんていりません。あとできればメイデンとお呼びください」

 

 この人が本当にアザゼル総督の言っていたメイデン・アインなのだろうか。確かに何か特別なものをほのかに感じるけど、やっぱり僕の目には普通の女の子に見える。

 それでもまだ油断はできない。僕は乾いた唇を紅茶で潤す。

 

「あのそれじゃ……メイデン……さん」

「ふふふ、なんですか? 誇銅さん」

「僕の家の前にいた理由を教えてもらえないでしょうか」

 

 とりあえずなぜ僕の家の前にいたかを知らなくちゃね。

 

「それはもちろんあなたに会いに来たからです」

「僕に?」

「はい」

 

 メイデンさんは席を立ち僕の隣に座ると、僕の胸にそっと寄りかかる。まるで信頼し愛する人の胸の中のように安心した表情で僕に体をあずける。そして目を閉じて呟きだす。

 

「主よ、私は頑張ります。人々を救い、悪を裁き、自らの苦痛を持って世界の罪を償い続けます。世界に平和を」

 

 まるで神に祈るように僕の胸で祈りを捧げるメイデンさん。なぜ悪魔である僕の胸の中で神へ祈りを捧げるのかわからない。

 僕が一人で困惑していると、メイデンさんはゆっくりと目を開く。

 

「誇銅さんもご存じのはずです。ご自身の神器と思われているものには二人の神が封じられていることに」

「! なぜそれを……だけど僕が目覚めさせたのは邪神アザトースの力。神の力とはむしろ正反対の」

「破壊……浄化は聖なる光の性質。確かに誇銅さんが目覚めているのは邪神の王ですが、その力の源流はまごうことなき真なる神のお力。それに邪神は闇ではあれど悪ではありません」

 

 確かに陰と陽もそうだ。陰は幻影や呪いなど何かを創り出すことに特化してるけど、直接的な殺傷力は殆どない。逆に陽は殺傷力は高いが、それ自体に応用性は皆無と言ってもいい。

 陽は光で陰は闇、その関係性はメイデンさんが言った通りだ。

 僕自身まだ僕の中に眠る力についてわからないことが多い。また機会があればヨグ=ソトースさんに訊いてみる必要がありそうだ。

 

「すべては闇から生まれ光に帰る。もしも誇銅さんが我が主に目覚めたのなら、その力は万物を創り出す邪神の王の力でしたでしょう。もしかしたらあらゆるものを蘇生・再生させる最高峰の再生術の使い手になったかもしれませんね」

「……そうかもしれませんね」

 

 その言葉を最後にメイデンさんは黙りこくってしまう。僕の胸の中で目をつむる姿は眠ってしまったんじゃないかと思ってしまうほどにリラックスしている。

 僕は何もせずただじっとなすがままにしていたけど、ふとメイデンさんのふわふわの髪を撫でたい衝動に駆られた。そして恐る恐る右手を動かしてメイデンさんの髪を優しく撫でる。見た目通りふわふわでとても撫で心地がよかったよ。

 甘えるでもなく抱き着くでもなく、ただただ体をすべて預けられるという新体験に愛されるとはまた別のうれしさを感じる。

 僕の中にはもうメイデンさんへの恐怖心は微塵も残っていなかった。

 それから僕たちはよくわからない静かな時間を過ごし、よくわからないままメイデンさんは帰り、よくわからないまま一日を終えることに。結局メイデンさんは何しに来たのだろうか……。



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孤独な蠱毒の居場所

 投稿ペースが明らかに落ちている。————自作のプロットで替え歌とか作ってる場合じゃないなこりゃ。


 次の日の放課後。

 僕たちはいつも通りオカルト研究部の部室に集まっていた。

 なぜか惚けた顔をしている一誠に少し離れた場所でオロオロしているアーシアさんとゼノヴィアさん。きっとまた一誠絡みで何かあったんだね。

 

「……いやらしい顔ですね」

「いたひ、いたひよ、こねこちゃん」

 

 半眼無表情で一誠の頬を引っ張る搭城さん。

 冥界から帰った辺りから一誠に対して反応が多くなったように伺える。前から一誠がエロっぽい顔をしたりするとツッコミを入れる程度だったのに、最近では一誠が他の女子部員と仲良くしてると不機嫌になっている。

 あまり気にしたくはないけど、同じ空間にいると嫌でも目に入る。ついにオカルト研究部の女子を全員になったか。まあ一誠は気づいてないだろうけど。去年までとは大違いすぎるね。

 

「皆、集まってくれたわね」

 

 部員が全員集まったことを確認すると、リアスさんが記録メディアらしいものを取り出す。

 

「若手悪魔の試合を記録したものよ。……私たちとシトリー眷属のもあるわ」

 

 最後の部分を言うときに一気に暗い顔になった。まあ試合前はあれだけ勝つだろうと言われてたのに本番で圧倒的大敗を突き付けられればトラウマにもなるだろう。聞いた話ではリアスさんたちは何もできず終始ソーナさんの手の中で転がされていたらしいしね。

 その記憶を振り払うように気を取り直して予定通り皆で試合のチェックをすることに。部室に巨大モニターが用意され、アザゼル総督がモニターの前に立って言う。

 

「お前ら以外にも若手たちはゲームをした。大王バアル家と魔王アスモデウスのグラシャラボラス家、大公アガレス家と魔王ベルゼブブのアスタロト家、それぞれがお前らの対決後に試合をした。これはそれを記録した映像だ。ライバルの試合だから、よーく見ておくようにな」

『はい』

 

 アザゼル総督の言葉に皆が真剣そうにうなずく。

 正直な感想、他の試合なんて全く気にならない。僕たち以外の眷属がどんな戦い方をしようが僕は戦車の駒以上の働きなんてしない。間違っても日本勢力で得た力なんて使わない。

 だけどやっぱりほかの皆は興味津々、モニターに穴が開くほど集中して見ている。

 

「まずはサイラオーグ――――バアル家とグラシャラボラス家の試合よ」

 

 グシャラボスは覚えてないけど、サイラオーグは覚えてる。会場で暴れた他の若手悪魔を瞬殺しソーナさんが笑われたのを中断させた人の王だ。

 記録映像が開始され、数時間が経過する。その間、僕たちが目にしていたのは―――掛け値なしの単純な『力』の差。

 対戦相手との一騎打ち。眷属同士の戦いは戦いというより一方的な蹂躙でサイラオーグさんの眷属に相手の駒を刈りつくされた。

 最後の最後で全ての駒を失った対戦相手は起死回生を狙ってサイラオーグさんを挑発。一騎打ちを申し込む。そのここまでのアドバンテージを捨てる提案に何のためらいもなく乗った。

 しかし対戦相手が繰り出すあらゆる攻撃はサイラオーグさんに弾かれ、当たっても何事もなかったかのように耐えきられ反撃。自分のすべてが通じないと焦った対戦相手へ、サイラオーグさんの拳が放たれる。

 何重にも張り巡らせたであろう防御術式も無きに等しく打ち破り、対戦相手の腹部に鋭くねじりこまれていく。その一撃は映像越しにでも周り一帯の空気を震わせる程だと感じ取れる。あれでは僕程度の技術力では返せない。厳密には返せないこともないけど技を受ける際に受けてしまうダメージで危なくなる。

 対戦相手は腹部を押さえて悶絶してるが防御術式と悪魔の身体能力がなければ、もしも空気を震えさせないほどの一点集中ならば、対戦相手の体は最低でも風穴ものだろうね。

 

「凶児と呼ばれ、忌み嫌われたグラシャラボラスの新しい次期当主候補がまるで相手になっていない。ここまでのものか、サイラオーグ・バアル」

 

 木場さんがこの光景に目を細めている。その表情は険しい。木場さんは僕たちの中でも一誠に続いて期待されてる、所謂(いわゆる)エースだからね。いろいろ思うところはあるんだろう。

 さらにサイラオーグさんはパワーだけでなく、スピードも結構なものだった。別にとらえきれない程の速さではないけど、それは僕が日本勢力で二年間修行を積んだから。一誠は捉え切れてないけど、木場さんも目を奪われている。

 

「リアスとサイラオーグ、おまえらは『王』なのにタイマン張りすぎだ。基本、『王』ってのは動かなくても駒を進軍させて撃破すれやいいんだからよ。ソーナ・シトリーがいい手本だ。まったく、バアル家の血筋は血気盛んなのかね」

 

 アザゼル総督が嘆息しながら言う。それにリアスさんは顔を赤くしながら少し落ち込んだ。確かに二回も必要もないのに前線に出て負けてるんだからね。

 

「そういや、あのヤンキー悪魔ってどのぐらい強いんですか?」

 

 一誠の質問にリアスさんが答える。

 

「今回の六家限定しなければ決して弱くないわ。といっても、前次期当主が事故で亡くなっているから、彼は代理ということで参加しているわけだけれど……」

 

 リアスさんの言葉に、朱乃さんが続ける。

 

「若手同士の対決前にゲーム運営委員会が出したランキングでは、一位がバアル、二位がアガレス、三位がグレモリー、四位がアスタロト、五位がシトリー、六位がグラシャラボラスでしたわ。『王』と眷属を含み、平均で比べた強さのランクです。それぞれ一度手合わせをして、一部結果が覆くつがえってしまいましたけど……」

「し、しかし、このサイラオーグ・バアルだけは抜き出ているというわけですね、部長!」

 

 また場の空気が悪くなりかけたところを一誠が勢いだけで何とか持ち直そうとする。よほどあの敗北がトラウマになってるんだね。

 

「ええ、彼は怪物よ。『ゲームに本格参戦すれば短期間で上がってくるのでは?』と言われているわ。逆を言えば、彼を倒せば、私たちの名は一気に上がる」

 

 意地悪して『ソーナさんとの試合での惨敗の汚名を返上できますね』とか言ってみたい気もするけど、その後の雰囲気で罪悪感に苦しみそうだからやめておこう。

 それにしてもサイラオーグさんは本当に厄介だ。魔法や武器に頼る戦なら削ぐことができるが、鍛えられた自身の肉体ではそうはいかない。正攻法だけに生半可な奇策や技術では太刀打ちできないからね。

 それに周りの眷属もサイラオーグさんと同類で純粋な強さを持っている。おそらく現段階でリアスさんの眷属でサイラオーグさんの眷属に勝てる人は誰もいないだろう。

 

「ま、今からグラフを見せてやるよ。各勢力に配られているものだ」

 

 アザゼル総督が術を発動して、宙に立体映像的なグラフを展開させた。

 そこにはリアスさんやソーナさん、サイラオーグさんなどの六名の若手悪魔の顔が出現し、その下に各パラメーターみたいなものが動き出して、上へ伸びていく。

 親切にグラフはわかりやすいように日本語で書かれていた。グラフの内容はパワー、テクニック、サポート、ウィザード。それとキングが表示されている。

 『(キング)』は資質とかそういう解釈でいいのかな? リアスさんとアガレスがそこそこ高めで、ソーナさんとサイラオーグさんは僅差でソーナさんがトップ。

 リアスさんのパラメーターはウィザード――――魔力が一番伸びて、パワーもそこそこ伸びた。後のテクニック、サポートは真ん中よりもちょっと上の平均的な位置。

 そしてサイラオーグさんは、サポートとウィザードは若手の中で一番低いが、パワーが段違い。ぐんぐんとグラフは伸びていき、部室の天井にまで達していた。

 

「ゼファードルとのタイマンでも、サイラオーグは本気を出しやしなかった」

 

 まあ、そうだよね。それは戦い方を見ていてもわかった。

 動きにも表情にも終始だいぶ余力があるようにうかがえるからね。

 

「やっぱ、天才なんスかね、このサイラオーグさんも」

「いや、サイラオーグはバアル家始まって以来の才能がなかった純血悪魔だ。バアル家に伝わる特色の一つ、滅びの力を得られなかった。滅びの力を強く手に入れたのは従兄弟のグレモリー兄妹だったのさ」

 

 一誠の言ったことをアザゼル総督が否定する。

 本来の血筋が手に入れられず、他の家に渡った血筋が手に入れる。すごい皮肉だね。

 

「でも若手最強なんでしょ?」

「家の才能を引き継ぐ純潔悪魔が本来しないものをしてな、天才どもを追い抜いたのさ」

「本来しないもの?」

「———凄まじいまでの修行だよ。サイラオーグは、尋常じゃない修行の果てに力を得た稀有(けう)な純潔悪魔だ。あいつは己の体しかなかった。それを愚直なまでに鍛え上げたのさ」

 

 リアスさんは複雑な表情をしている。図らずも本来相手が受け継ぐはずのものを横取りしてしまったみたいな形になってるのだから仕方ない。だけど本当にそれは仕方のないことだし悪い方だけに進んだわけじゃない。僕だって偽りの居場所を追い出されてこの力に目覚めたんだからね。

 

「奴は生まれた時から何度も何度も勝負の度に打倒され、敗北し続けた。華やかに彩られた上級悪魔の純血種の中で、泥臭いまでに血まみれの世界を歩んでいる野郎なんだよ」

 

 敗北と挫折を知る悪魔か。そりゃ強くなるわけだね。顔つきも態度も他の純潔悪魔と一線を画してる理由もこれでわかった。

 

「才能の無い者が次期当主に選出される。それがどれほどの偉業か。————敗北の屈辱と勝利の喜び、地の底と天上の差を知っている者は例外無く本物だ。ま、サイラオーグの場合はそれ以外にも強さの秘密はあるんだがな」

 

 試合の映像が終わる。———当然バアル家の勝利。

 最終的にグラシャラボラスの子は物陰に隠れ、怯えた様子で自ら敗北を宣言することで、戦いは終わった。

 縮こまって怯えて泣き崩れる相手を、サイラオーグさんは特に何も感じていないのか、その場を後にする。

 映像越しに伝わってくる迫力。あの時代(平安時代)ならどんな妖怪でも持ち合わせていた勝利への執念、この時代ではめっきりと感じなくなってしまったそれを感じた。きっとサイラオーグさんは何事にも妥協せずに目標へ突き進んでいくのだろう。

 その覚悟が羨ましい。僕は口では日本勢力に所属してると言いながらいまだにここで足ふみしている。具体的な行動を起こせずにいる。だからサイラオーグさんのその覚悟がとても羨ましい。

 映像が終わり、しんと静まりかえる室内でアザゼル総督は言う。

 

「先に言っておくがお前ら、ディオドラと闘ったら、その次はサイラオーグだぞ」

「———ッ! マジっすか!」

 

 一誠がびっくりしながら言うと、アザゼル総督はただうなずく。

 リアスさんも怪訝そうに訊く。

 

「それは少し早いのでは無くて? グラシャラボラスのゼファードルと先にやるものだと思っていたわ」

「ありゃもうダメだ」

 

 アザゼル総督の言葉にみんなが(いぶか)しげな表情になる。

 みんな強い人ばっかりだからわかってもらえないか。負けから立ち上がるには大小あれど時間がかかる。自分たちもソーナさんとの試合が未だにちょっとしたトラウマになっているのと同じように。みんなは強いからもう立ち直ったけど、あのゼファードルさんは違う。あれだけの凄惨な敗北、再起するまでに相当時間がかかるだろう。

 

「ゼファードルはサイラオーグとの試合で潰れた。あの試合で心身に恐怖を刻み込まれたんだよ。もう奴は戦えん。ゼファードルはサイラオーグに心―――精神まで断ってしまったのさ。だから、残りのメンバーで戦うことになる。若手同士のゲーム、グラシャラボス家はここまでだ」

 

 僕の目に試合後も恐怖に打ち震えている映像のゼファードルさんが映る。

 薄い恐怖と共になぜか僕の中では一種のワクワク感が湧いてくる。僕の九尾流柔術はどこまで通じるのだろうか? 僕の本気はどこまで通じるのか? そればっかりが頭に浮かんでくる。どうしちゃったんだろうか僕は。

 

「お前らも十分に気をつけておけ。あいつは対戦者の精神も断つほどの気迫で向かってくるぞ。あいつは本気で魔王になろうとしているからな。そこに一切の妥協も躊躇もない」

 

 リアスさんは深呼吸をひとつした後、改めて言う。

 

「まずは目先の試合ね。今度戦うアスタロトの映像も研究のためにこの後見るわよ。———対戦相手の大公家の次期当主シークヴァイラ・アガレスを倒したって話だもの」

「大公が、負けた!?」

 

 皆がその結果に驚いた時———。

 

  バァァァァァ。

 

 突如、部室の片隅で人一人分の転移用魔方陣が展開した。悪魔なら誰が来ても別に驚かないけどね。

 転移用魔方陣が、姿を変える。その紋章は―――まあグレモリーの紋章すら覚えてないからわからないけどね。

 

 

「———アスタロト」

 

 朱乃さんが、ぼそりとつぶやく。そして一瞬の閃光の後部室の片隅に現れたのは、爽やかな笑顔を浮かべる男性。

 その人は開口一番にこう言った。

 

「ごきげんよう、ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いにきました」

 

 

 

 

 部室のテーブルにはリアスさんとディオドラさん、顧問としてアザゼル総督も座っていた。

 朱乃さんがディオドラさんにお茶を淹れてリアスさんの傍に待機し、僕たちは部室の片隅で待機。なんか似たようなのをだいぶ昔にあったような……あっ、ライザーさんの時か。あの時は僕もリアスさんの力になって認められたいと必死だったな。懐かしい。

 だけど今回相手の目的はアーシアさん。当のアーシアさんは一誠の隣で困惑した表情をしていた。不安げなアーシアさんの手を一誠は男らしく無言で握る。

 そんな中でディオドラさんは優し気な笑みを浮かべてリアスさんに言う。

 

「リアスさん、単刀直入に言います。『僧侶(ビショップ)』のトレードをお願いしたいのです」

 

 『トレード』———『(キング)』同士で駒となる眷属を交換できるレーティングゲームのシステム。前にレイヴェルさんが話していたのを聞いたから覚えてるよ。

 『僧侶(ビショップ)』のトレードと言うことなら必然的にギャスパーくんかアーシアさん。そして十中八九アーシアさんの事だろうね。

 

「僕が望むリアスさんの眷属は―――『僧侶(ビショップ)』アーシア・アルジェント」

 

 ディアドラさんは躊躇ためらいなく言い放ち、アーシアの方に視線を向けた。爽やかな笑みを向けるが、僕はやっぱり何か嫌なものを感じる。

 

「こちらが用意するのは―――」

 

 そして次に自分の眷属が載っているであろうカタログらしきものを出そうとするが、リアスさんが手で制しながら間髪入れずに言った。

 

「だと思ったわ。だけどゴメンなさい。その下僕カタログみたいなものを見る前に先に言うわ。———私はトレードをする気はない。それは、あなたの『僧侶(ビショップ)』と釣り合わないからじゃなくて、単純に私がアーシアを手放したくないの。———この子は私の大切な眷属悪魔だもの」

 

 真っ正面から、リアスさんは言い切る!

 感動的なシーンなんだろうけど、不思議と僕の中にそれに該当する感情は湧き上がってこない。その代わりに湧き上がったものは疑問。

 なんで僕のことは見捨てたの? 僕だって力がないなりに頑張ったのに。そんなに僕のことが邪魔だったのか。その愛情を少しでも前の僕に向けてくれなかったのか。そんな言葉ばかりが浮かび上がってくる。

 本当に女々しいな僕は。もういいじゃないか、僕はリアスさんを信用しないし、リアスさんは僕を捨てた。よりを戻そうとするのも明らかに僕の力目当てか捨てた事実を隠そうとしてるかのどちらか。リアスさんから本当の愛情なんて期待するだけ無駄なんだから。

 

「それは彼女の持つ能力を? それとも彼女自身が魅力的だから?」

 

 しかしトレードを断られてもディオドラさんは淡々と訊いてくる。だけどこの態度、明らかに本気の態度には見えない。なんて言うか、ここまで嫌な感じはしないけど、リアスさんに悪魔にならないかと誘いを受けた時と似たものを感じる。

 そんなことを考えてるうちにリアスさんが答えを出す。

 

「両方に決まっているじゃない。私は、彼女を妹のように思っているわ」

「———部長さんっ!」

 

 アーシアは口元に手をやって、瞳を潤ませていた。リアスさんが『妹』と言ってくれたことが心底嬉しかったんだと思う。僕だって同じようなことを言われたら同じような反応をしただろう。

 だけど今はただひたすら胸が苦しい。今すぐ逃げ出したいくらいに。

 

「一緒に暮らしている仲だもの。情が深くなって、手放したくないって理由はダメなのかしら? 私としては十分だと思うのだけれど。それに、求婚した相手をトレードで手に入れようというのもどうなのかしらね? そういう風に私を介して、アーシアを手に入れようとするのが解せないわ。ディオドラ、あなたは求婚の意味を理解しているのかしら?」

 

 迫力のある笑顔で問いただすリアスさん。言葉はかなり配慮してるけど、相当怒ってるのがわかる。魔力の粗ぶり方もすさまじい。 

 それでもディオドラさんは依然笑顔のままだ。

 

「———分かりました。今日はこれで帰ります。けれど、僕は諦めません」

 

 ディオドラさんは立ち上がり、アーシアさんのもとへ近付く。

 当惑しているアーシアの前に立つと、その場で跪いて、手を取ろうとした。

 

「アーシア。僕は、キミを愛している。大丈夫、運命は僕たちを裏切らない。この世のすべてが僕たちの間を否定しても僕はそれを乗り越えてみせるよ」

 

 まるで絵本の王子様がお姫様に愛を囁くようなセリフを言う。そしてアーシアさんの手の甲にキスをしようとすると―――。一誠はがしっとディオドラさんの肩を掴んで、動きを制止させた。

 ディオドラさんはそれでも変わらず爽やかな笑みを浮かべながら言う。

 

「放してくれないか? 薄汚いドラゴンに触られるのはちょっとね」

 

 今まで中身を感じなかったディオドラさんのセリフに初めて言葉の重みを感じた。

 一誠に言い放った酷い侮辱の言葉がきっとディオドラさんの本性。これが僕が感じていた嫌なものの正体?

 そこ言葉に一誠がキレる前に、アーシアさんがディオドラさんの頬にビンタを炸裂させた。そしてアーシアさんは一誠に抱き着き、叫ぶように言った。

 

「そんなことを言わないでください!」

 

 ディアドラさんはアーシアのビンタで頬が赤くなったが、その張り付けた笑みを崩すことは無かった。

 

「なるほど―——わかったよ。ではこうしよう。次のゲーム、僕は赤龍帝の兵藤一誠を倒しましょう。そうしたら、アーシアは僕の愛に応えて欲し―――」

「おまえに負けるわけねぇだろッ」

 

 一誠は面と向かって言い切る。たぶん勢いでの行動だろうけど、正しいと思う。相手の化けの皮は半分剥がれた。僕でも同じ立場なら攻撃的に言葉を選ぶと思う。

 

「赤龍帝、兵藤一誠。次のゲームで僕はキミを倒す」

「ディオドラ・アスタロト、おまえが薄汚いって言ったドラゴンの力、存分に見せてやるさっ!」

 

 睨み合う一誠とディオドラさん。協力はしないけど、この戦いはできれば一誠に勝ってほしい。

 その時、アザゼル総督の携帯が鳴った。いくつかの応答の後、アザゼル総督が僕たちに告げる。

 

「リアス、ディオドラ、ちょうどいい。ゲームの日取りが決まったぞ。———五日後だ」

 

 その日は、それでやっと終わってディオドラさんは帰っていった。まだ続くようだったら僕は胸の苦しさでその場を逃げ出してしまったかもしれなかったよ。

 既に悪魔に対して協力する気ゼロの僕は、特に何も思うこともなくいつも通りの日常に戻った。ももたろうと遊んだり一人で稽古をしたりしてね。

 魔王様を通した正式なゲーム通知は、後日僕のところにも届いた。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

「……仲間か」

 

 あれからディオドラさんの一件のことが頭から離れない。頭の中であの時の言葉が時折頭をよぎる。

 決してアーシアさんのことではない。リアスさんや一誠が激しくアーシアさんを仲間と言い張る部分だ。それを思い出すと胸が張り裂けそうになる。なんでこんな気持ちになるかはもうわかっている。リアスさんがアーシアさんを本当に大切にしていることを確信したからだ。

 リアスさんは僕の見た限り本当に眷属を大切に扱っている。それは一誠やアーシアさんはもちろん、木場さんも朱乃さんも搭城さんもゼノヴィアさんもギャスパーくんもだ。その輪に入ってないのは僕だけ。今は眷属になりたての時のような期待感は感じるけど、やっぱりその程度。とても信じることなんてできない。なのに、どうしてこうも心が()き乱されるのかがわからない。

 

「久しぶりに話したいな」

 

 僕は前に藻女さんにもらった数人の連絡先の書かれた手帳を取り出す。そしてその一つに電話をかけた。

 数回の発信音の後、『はい』と極短い言葉だけど懐かしい声が聞こえてくる。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。お久しぶりです八岐大蛇さん、誇銅です」

 

 電話の相手は八岐大蛇さん。弥生時代では僕の愚痴を何度も聞いてくれて、平安時代でも一番腹を割って話せる大切な友人。友人は馴れ馴れしいかも、先輩の方が適切かな?

 

『おお、誇銅君! 懐かしい、こうして話すのはいつ以来だ』

「約1000年ぶりですね」

『そうか、もうそんなに経っていたか。いやいや、戻っていたのは知っていたがなかなかいい機会がなくてな。しかし元気そうな声で安心したよ』

「はい! お察しのとおり今も昔と変わらず元気です。八岐大蛇さんもお元気そうで何よりです」

『フッ、まだまだ現役を退くつもりはないからな』

 

 あの頃と変わらない頼もしい声に安心感を覚える。あの時代では藻女さんの次によく会ってた人だからね。———また他の七災怪の人たちともお話ししたいな。

 

『それで、何か悩みでもあるのかな?』

「えっ」

声調(せいちょう)が少し暗かったからな。誇銅君が悩みを相談する前の声調(せいちょう)だ』

「おそれいります」

 

 何もかもお見通しか。

 まだ人型になれない時から何度も僕の話を親身に聞いてくれた八岐大蛇さん。僕にとってはお父さんのように頼れる人だ。

 

『私も今は暇している。遠慮せずに悩みを打ち明けてくれ』

「ありがとうございます。それでは……」

 

 僕はディオドラさんが来た時にリアスさんが言った言葉、それによって感じたことを伝えた。

 リアスさんはディオドラさんの提案に対してアーシアを手放す気はないと言葉でも態度でもハッキリと示した。それもアーシアさんを『妹』のように思ってるまで言って。

 一誠も少し乱暴な言い方だったけどアーシアさんを守ろうとしたし、アーシアさんも一誠を馬鹿にされたことに対してビンタまでした。他の皆も黙ってたけどいい顔はしておらず朱乃さんの笑顔が消えるほど。

 確かに僕は一誠ほど功績なんて上げてなかったし、将来性も神滅具を持ってる一誠に遠く及ばない。だけど僕だってリアスさんの力になろうと、仲間として認めてもらえるように頑張った。それなのに僕は捨てられて同期で悪魔になった一誠はみんなから愛されている。……そんなことは仕方ないと前々から諦めている。

 あの場所に元々僕の居場所なんてなかったし、リアスさんも本気で僕を家族と思ってくれるような人じゃないのはもうわかっている。そして僕を本当に受け入れてくれる場所はもうある。なのになぜ僕はこんなにも苦しんでいるのかさっぱりわからない。

 

「さっきから僕は僕のことばかり。それに僕はとっくにリアスさんを見限って、八岐大蛇さんたちに仲間として迎え入れてもらってるのに。今更こんな感情が出てくるなんて、自分の弱さにつくづく嫌気がさします」

 

 話していると自然と涙が出てきた。

 まだ捨てた場所に居場所を求める不甲斐ない自分に、自分を認め受け入れてくれる人たちへの申し訳なさに、自分の心の弱さに嫌気がさした。

 僕の心の弱さをさらけ出し終えると、一拍置いて八岐大蛇さんが応える。

 

『……甘いな。自分が欲しかったものが手に入らなかったことが諦められず、手に入れた者を羨む。まるで人間の幼子の駄々』

「……」

 

 その通りだ。八岐大蛇さんの言ったことは全く持って正しく僕に反論の余地はない。僕は自分が欲しかったものを貰えなかった場所ですべてもらい、僕にはその愛情の一寸も分けてもらえなかったことに対して嫉妬してる。既にそれと勝るとも劣らないもの(愛情)をもらっているのに酷い我儘。

 何も言い返せない僕は黙って八岐大蛇さんの次の言葉を待つしかない。

 

『しかし、同時にそれが君の美徳でもある』

「えっ?」

『そんな君の我儘で日本は私の知る限りでも二度事なきを得ている』

 

 僕の我儘で事なきを得る?

 

『一度目はスサノオ様の高天原への復帰、二度目は藻女による反乱の早期沈静。どちらか一方でも成されなければ日本は大きな痛手を受け現在の被害はこれっぽっちじゃ済まなかっただろう』

 

 確かにスサノオ様の高天原復帰の時も藻女さんの反乱時の時もどちらも僕は多少なりとも関わっている。だけどそれが僕の我儘とどう関係があるんだろう?

 

『もしも偽善者のような甘い優しさならばスサノオ様も誇銅君の言葉に耳を傾けなかっただろう。スサノオ様が君の言葉を聞き入れたのは、家族を大切にする子供の我儘だったからだ』

 

 実の姉と喧嘩別れで故郷を追放されたスサノオ様にもう一度家族との絆を取り戻してほしいと思い、おこがましくも家族の大切さを説いた。スサノオ様の口から出る(天照様)に対する愚痴の内容に家族を思う心が見えたから諦めずに言ってみた。

 最後の方では諦めかけたけど、何とか徐々に僕の話に耳を傾けてくれて無事スサノオ様は高天原に戻ることを許されることに。

 だけど僕は大したことはしていない。結局僕の言葉に耳を傾けて自分で努力したスサノオ様の力。一誠がアーシアさんを助け出したように自分の意思と力で動いたわけじゃない。

 

『もしもただ可哀想などと言うつまらない感情で動いたならば藻女は君に惚れなかっただろう。藻女が誇銅君に惚れたのは重く強い意志で我儘を通したからだ』

 

 親を失う気持ちは身をもって知っている。だから叱られるようなことをしてまで母親に自分を見て欲しかった玉藻ちゃんの為にも藻女さんが死ぬのは断固阻止したいと思い、無謀にも藻女さんに戦いを挑んだ。その結果、不意に発動した破滅の蠱毒(バグズ・ラック)の禁手により藻女さんを止めることに成功。天照様の藻女さんを激しく罰しなかったおかげで家族の輪は保たれることに。

 だけどこちらでも僕は大したことはしていない。藻女さんと玉藻ちゃんの間にはすれ違えど大きな家族の愛情があったし、それが壊れなかったのは天照様の寛大な処置のおかげ。結婚会場にまで乗り込んでライザーさんを倒した一誠のように自分の実力で成し遂げたことじゃない。

 

『聞いた話では誇銅君は藻女との戦いで何度倒されても、意識を失ってもまだ足掻いて見せたそうじゃないか』

「僕も意識がなかったので定かではないんですが、そうらしいです」

『その強い意志がもしも自己の利益、例えば助けることによる損得勘定や性欲からくる独占欲的な我儘で動いていたならば藻女は必ず見抜いて感謝はすれど深い愛情を見せなかっただろう』

 

 そうなのかな? 僕にはわからない。

 八岐大蛇さんにいくら僕がすごいことをしてきたと言われても、頭の中では一誠の成した成果が頭をよぎる。

 

『誇銅君がただ甘く我儘だったのなら今言ったことはどれも成し遂げられなかっただろう。それもこれも全部、誇銅君の純粋なまでの子供っぽさが招いたことなのだ』

「僕の子供っぽさが」

『『自己(おのれ)の意を貫き通す力』『我儘(わがまま)を押し通す力』私は強さとはそういうものだと考えている』

 

 『自己(おのれ)の意を貫き通す力』『我儘(わがまま)を押し通す力』か、確かに強さを突き詰めればそこに辿り着くかもしれないね。何事も争いとは結局は自分の主張、我儘を通すことにある。ならば強さの定義がその二つに他ならぬものかもしれない。

 

『圧倒的強者の二人に自分の主張を通した誇銅君が弱いハズがないッ!』

 

 大きな声で僕が強いと叫ぶ八岐大蛇さん。電話越しだが、僕の目の前でそう叱るように言ってくれてる八岐大蛇さんが見えるかのようにその意が伝わってくる。

 その叱咤(しった)で僕の頭の中をよぎる一誠のイメージが吹き飛んだ。僕はやっとネガティブな考えから抜け出すことができた。

 

『それは他でもない君だからできたこと。例え伝説級の力を持っていようとも、達人級の技を持っていてもできない。ただひたすら我儘な愛情を突き詰め続けた誇銅君だからこそ成し遂げられたことなのだッ!』

「僕だから……できたこと」

『そうだ、だから誇るのだ誇銅君。それが君が求める強さにも繋がる』

 

 そう言ってくれても僕はどうしても自分を誇ることができない。なぜなら、未だに迷っているからだ、昔の居場所と今の居場所に。心の中ではいくら捨てると言っても行動に移せないでいるあっていいはずのない迷い。そんな状態でどうして自分を誇れるか。

 

『居場所の迷いは―――誇銅君はどんな形であろうと家族として受け入れてもらえたことがうれしかったんだろう』

 

 そう、今でもまだ信じたいと思うほどにリアスさんが最初に言ってくれた家族同然がうれしかった。

 

「……はい」

『ならばその迷いも仕方のないこと。初めて自分の価値を認められるということはそれだけ心に深く刻み込まれる喜びなのだから』

 

 先ほどの叱咤とはうって変わって今度は優しく語り掛けてくれる。それからズズっとお茶を(すす)る音が受話器越しに聞こえた。もしかして遅めの夕食時に電話をかけてしまったんじゃないかと別の意味で不安になったよ。

 

『むしろ純粋無垢な者の弱みに付け込み引き込んだ悪魔が許せんな』

 

 八岐大蛇さんは低い声で怒気を含ませて静かに言う。

 

『甘く未熟で優しい君に家族と甘美な言葉で(そそのか)し、期待していたものと違えば見殺しにする。例え相手が悪魔だろうが神だろうが到底許される行為ではないな』

 

 僕の為に怒ってくれるのはとてもうれしい。だけどそれで変な行動を起こされるのは困る。もしもそんなことをすれば悪魔勢力と日本勢力の大きな問題となってしまうから。

 気にしちゃいないわけじゃないけど誰にかに晴らしてもらうほどのことじゃないし、そこまでするような人たちでもない。

 

「あ、あの、八岐大蛇さん? 怒ってくれるのは大変うれしいんですけど、それで何かしようととかは…」

天誅(てんちゅう)を下すつもりならとっくに行ってるさ、心配しなくていい』

「ほっ」

 

 よかった、声に結構な怒気を感じたからもしかしたらと思っちゃったよ。考えてみれば八岐大蛇さんは七災怪創設以来からずっと水影をする責任ある立場、軽はずみな行動をする人じゃないよね。

 僕の考えも全くの杞憂(きゆう)だったようで次の話では八岐大蛇さんの怒気も落ち着いていた。

 

「私から言えるのはこのくらいだ。後は誇銅君が自分の力で(まこと)の答えを導き出さなくてはならない。さっき言った通り誇銅君はまだ子供、今のうちにしっかりと悩み苦しむといい」

 

 今のうちに悩み苦しむか、そうだよね僕自身が答えを出さないと意味がないもんね。

 リアスさんに見捨てられ眷属内では空気なのに対して日本勢力では神からも妖怪からも愛情を持って受け入れてもらえている。それなのにまだ悩むならこれはもう自分で答えを見つけるしかない。例え納得できる答えでもそれが他人からなら必ず重要な場面で再び迷ってしまうだろうからね。

 八岐大蛇さんに相談して本当によかったよ、おかげで曇っていた僕の心に光明が差した。

 

「相談にのっていただきありがとうございました」

『また悩みが出来たら連絡してくるといい、もしくは直接来ても。その時は少し手合わせするのもいいかもな』

「ぜひお願いします。それでは」

『ああ、また会おう』

 

 そして八岐大蛇さんとの通話を切った。

 日本勢力には、ここまで僕を思い高く評価してくれる人がいる。たっぷりの愛情をかけてくれるひとがいる。信頼でき僕を信用してくれる人たちがいる。こんな最高の場所と今の場所を比べるなんて馬鹿げたようなことだよ。

 僕の軽はずみな行動によって始まってしまった悪魔人生。失望され見放され見捨てられた悲惨な始まり。だけど僕は後悔なんてしない、なぜならそのおかげで僕はこんな素晴らしい人たちと出会えたのだから。苦しかった悪魔時代などいつか笑い話になってしまうだろう。

 こんなことを言ったけどまだ吹っ切れそうにない。だけど今まで以上に悪魔を抜ける決意が固まった。

 いつか戻ろう、日本での居場所へと。そこが本当に僕が欲しかった居場所なのだから。



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自己中な悪魔の破壊活動

 八岐大蛇さんに励ましの言葉をもらった次の日の夜。僕は自分の部屋にある鏡の前に座って笑顔を作っていた。

 

「……はぁ~」

 

 鏡の前で深いため息が出る。

 なぜこんなため息が出るかと言うと、今日の朝に一誠からグレモリー眷属全員のテレビの出演オファーが来たって話を聞いたからだ。これで再び冥界行きが決定、しかも今度は逃げ場のないテレビ出演。考えただけでも憂鬱な気分になるよ。

 なぜこんな時には僕の存在を忘れてくれないんだろうか。いつもみたいに僕だけ忘れて冥界のテレビに出演すればいいのに。ままならないものだね。

 だけどテレビ出演となればあまり無様な姿は見せられない。苦笑いでも笑顔はちゃんと作って愛想よくしないと。ここでバックレたりできる度胸があればとっくに退部届を提出できるからね。ああ、勇気が欲しい。

 この憂鬱な気分が表情に出ないように鏡の前で笑顔の練習をしているのだ。笑顔には自信があるけど悪魔に対してだけはものすごく疲れる。このことを考えながら笑顔を作っていると苦笑いですら崩れそうになる。

 

「ジージー」

「励ましてくれるの? ありがとう、ももたろう」

「ジー」

 

 僕の肩に乗って頬に頬ずりするももたろうの頭を人差し指で軽く撫でてあげる。鏡越しに幸せそうな表情で僕に頭を撫でられるももたろうの表情が可愛く映る。

 僕が日本勢力に受け入れてくれる前から僕の一番近くで愛してくれた家族、ももたろう。まだリアスさんに認めてもらおうと必死になっていた時代にどれだけ僕の心の支えになってくれたか。こうやってももたろうを撫でていると悪魔のことを考えていても自然と笑顔になれる。

 

「そうだよね、僕なんてリアスさんの眷属ってこと以外冥界での知名度なんてないもんね。知名度の高い一誠やリアスさんが一番インタビューを受けるだろうし」

 

 僕なんて前のレーティングゲームでは開始と同時に消えたし持ってる神器も失敗作と言われた物、木場さんやゼノヴィアさんのように目立った特技もないし搭城さんや朱乃さんやギャスパーくんのように珍しい種族でもなくただの人間。そもそも僕一人だけ圧倒的にリアスさんからの仲間意識が低い。

 前までなら自分で言ってて悲しくなっただろうけど、今はなぜか悲しくなってこない。また一歩踏ん切りがついて来たってことかな?

 

「別にリアス眷属の評価がどれだけ落ちようがどうでもいい。だけど、ディオドラさんについてはちょっと気がかりなんだよね」

 

 アーシアさんがディオドラさんを意識して、そのことで一誠がよりディオドラ意識してアーシアさんを心配しているのは別に気にならない。遠くの他人(悪魔)より近くの身内(日本)を取る。

 それより気になるのはあの時垣間見えたディオドラさんの本性。冥界での会合の時にもねっとりとした嫌な感覚を感じたけど、今回の事でその感覚がよりリアルに感じ取れた。これが冥界で収まる程度の事で済めばいいんだけど。

 

「ジジー?」

「ん? ああ、ももたろうは心配しなくていいよ。僕だって日本で強くなったんだから前のように簡単に殺されたりしない」

 

 心配そうな表情のももたろうを安心させようと自信満々の笑顔を向ける。

 藻女さんたちとの修行で僕は相当生き残る術を手に入れた。対人戦はもちろん多少過酷な環境への適応や状況や生き残る為のに逃げる手段も。いざとなったら禁手(バランスブレイク)だってある。

 もしも日本にまで危害が及ぶ場合は天照様に報告して日本側として力になるよ。

 

「だから安心して、僕はももたろうの傍からもう居なくなったりしないから」

「ジー!」

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 そんなこんなでテレビ収録の日。

 僕たち眷属悪魔は専用の魔方陣で冥界へジャンプした。

 この間行かされたばっかりなのに、こんなにも早くまた冥界に行くことになるなんてね。

 到着した場所は都市部にある大きなビルの地下。転移用魔方陣のスペースが設けられた場所で、そこへ着くと待機していたスタッフの皆さんに迎え入れてもらった。

 

「お待ちしておりました。リアス・グレモリー様。そして、眷属の皆様。さあ、こちらへどうぞ」

 

 プロデューサーの人に連れられて、エレベーターを使って上層階へ。

 上層階に着いて収録するスタジオに向かっていると―――廊下の先から見覚えのある人が十人ぐらいの人を引き連れて歩いてきていた。

 

「サイラオーグ。あなたも来ていたのね」

 

リアスさんが声をかけたのは、バアル家の次期当主サイラオーグさんだった。サイラオーグさんは貴族服を肩へ大胆に羽織りとてもワイルドな格好をしていた。

 それにしても、今はテレビ収録なのにこの人には隙が少ない。僕みたいに冥界を警戒してるわけでもないのに。だけどやっぱり僕が知ってる達人たちと違って全くないわけじゃない。だけど僕が見てきてどの悪魔よりも実戦に近い臨戦態勢を維持している。

 

「リアスか。そっちもインタビュー収録か?」

「ええ。サイラオーグはもう終わったの?」

「これからだ。おそらくリアスたちとは別のスタジオだろう。———試合、見たぞ」

 

 サイラオーグさんの一言に、リアスさんは顔を少ししかめた。

 

「お互い新人丸出しで、素人臭さが抜けないものだな」

 

 サイラオーグさんは苦笑する。お互いと言うことは自分のゲームのことも思い出しているのだろう。

 そしてその視線がリアスさんから一誠へと移る。

 

「特殊な手が無い限り、どれほどパワーが強大でもカタにハマれば負ける。相手は一瞬の隙を虎視眈々と狙ってくるからな。とりわけ、神器は未知の部分が多い。何が起こり、何を起こされるか分からない。ゲームは相性も大事だ。お前らとソーナ・シトリーの戦いは俺も改めて学ばせてもらった。———だが」

 

 ポンっとサイラオーグさんが一誠の肩に手を乗せる。

 

「お前とは、虚飾や見栄など一切取り払われた状態で勝負をしてみたいものだよ」

 

 サイラオーグさんは、それだけ言って去っていった。

 肩をポンと軽く叩かれた一誠は何か重いものを感じたような顔をしている。が、僕が気になるのはサイラオーグさんがチラッと僕を見た事。そう言えば会合の時に僕がうろたえてなかったのをサイラオーグさんの眷属の一人に見られたような。他にも握手を警戒されたりとか――――何か感づかれたってことはない……よね?

 サイラオーグさんとの挨拶後、一度楽屋に通されてそこに僕たちは荷物を置いた。

 荷物を置くと、スタッフの人にスタジオらしき場所に案内されて中へ通された。スタジオ内はまだ準備中みたいで、スタッフが色々と作業をしていた。

 先に来ていたであろうインタビュアーのお姉さんが、リアスさんに挨拶をする。

 

「お初にお目にかかります。冥界第一放送の局アナをしているものです」

「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」

 

 そう言ってリアスさんとスタッフ、局アナのお姉さんを交えて打ち合わせを始めた。暇になった僕は周りの様子を見る。

 このスタジオには観客用の椅子も大量に用意されている。なるほど、お客さんありきの収録なのか。ま、このくらいの人数なら別に問題ないね。———いや待てよ、一つ問題があったよ。

 

「ぼ、ぼ、ぼ、ぼぼぼぼぼぼ、僕、帰りたいですぅぅぅぅ……」

 

 僕の背中でギャスパーくんが震えている。引きこもり気味のギャスパーくんにお客さんありきのテレビ出演はかなりハードルが高いだろうからね。ギャラリーが実際に入る本番では相当緊張してしまうだろう。

 

「眷属悪魔の皆さんにも、いくつかインタビューがいくと思いますが、あまり緊張せずに」

 

 スタッフの人が声をかけてくれる。

 

「えーっと……木場祐斗さんと姫島朱乃さんはいらっしゃいますか?」

「あ、僕です。僕が木場祐斗です」

「私が姫島朱乃ですわ」

 

 木場さんと朱乃さんが呼ばれて、二人とも手をあげた。

 

「お二人に質問がそこそこいくと思います。お二人とも、人気上昇中ですから」

「マジっスか!」

 

 一誠が驚きの声をあげると、スタッフは頷く。

 

「ええ、木場さんは女性ファンが。姫島さんには男性ファンが増えてきているのですよ」

 

 そりゃ木場さんと朱乃さんは誰もが認める美男美女なんだからね。ゲームには負けたけど映像を見る限り見せ場はちゃんとあったわけだし、人気が出てもおかしくはない。

 だけど自分たちの試合を見せられて見事に僕はいいとこナシだったよ。あれじゃ誰も気づかない間にリタイヤしたのと同じだ。だけどそのおかげで変な注目もされないからいいけど。

 

「心配しなくてもいいですわ。私はイッセーくんに夢中ですもの。他には行きませんわよ」

 

 朱乃さんがほほ笑んで一誠の手を握る。それで一誠の顔が緩むと、リアスさんが一誠と朱乃さんを睨む。もうお決まりのパターンだね。

 

「えっと、もう一方、兵藤一誠さんは?」

「あ、俺です」

 

 呼ばれた一誠が返事をする。だが、スタッフは首をかしげる。

 

「……えっと、あなたは……」

「あの俺が『兵士(ポーン)』の兵藤一誠です。一応、赤龍帝で……」

 

 一誠がおそるおそる言うと、スタッフの人がポンと手を叩いた。

 

「あっ! あなたが! いやー、鎧姿が印象的でしたので素の兵藤さんが分かりませんでした」

 

 まああんな印象的な鎧姿と一誠本人だとどうしても鎧の方が印象に残っちゃうよね。しかも短期決戦だったから鎧化の時間も長かったし。

 

「兵藤さんには別スタジオで収録もあります。何せ、『乳龍帝』として一部では有名になってますから」

「乳龍帝ぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 ……何それ? 一誠は悪ふざけの入ったような二つ名に驚愕の声を出す。

 スタッフは嬉々として話を続ける。

 

「子供にすごく人気になっているんですよ。子供たちからは『おっぱいドラゴン』と呼ばれているそうですよ。シトリー戦でおっぱいおっぱい叫んでいたでしょう? あれが冥界の全お茶の間に流れまして。それを見た子供たちに大ヒットしているんですよ」

 

 そう言えば映像でも一誠はやたらおっぽいとか叫んでたような気がする。そっか……あれが原因で流行っちゃったのか……。

 子供って、そういう単純なワードにやたら反応を示しちゃうもんね。願わくばどこかで沈静化して一誠みたいな大人には育たないでほしいな。

 

「では、兵藤さんは別のスタジオへ。ご案内します」

 

 一誠はスタッフの人に専用の台本を渡され別のスタジオに。そしてしばらくして一誠が戻って来て僕たちも軽い打ち合わせ後に収録が開始された。

 

 

 

 

 

 

「んー、終わった終わった!」

 

 収録後、僕たちは楽屋でぐったりとしていた。

 皆、緊張していたらしく楽屋に着くなり壁にもたれかかったり、テーブルに突っ伏していたりしていた。

 番組は終始部長への質問だった。シトリー戦はどうだったか? これからどうするのか? 注目している若手はいるのか? といった質問が多かった。

 シトリー戦のことを聞かれた時は何か鋭いものがリアスさんに突き刺さるのが見えたけど、リアスさんは笑顔で淡々と答えて、高貴な振る舞いを続けていた。

 その後、木場さんに質問がいくと、会場は女性のお客さんからの黄色い歓声が飛び交う。同様に朱乃さんの時も男性ファンが『朱乃さま!』と叫んだ。

 そして――一誠の時は子供のお客さんから「ちちりゅーてー!」「おっぱいドラゴン」って声がかけられた。間違っても日本で流行って欲しくないと本気で思ったよ。

 まあ一誠の鎧姿が悪魔の子供からすれば着ぐるみ的なものに見えたみたいだね。そこにさらに一誠がおっぱいとか言いまくったせいで、変な方向に人気が出てしまった、と。

 もしもこれでリアス眷属が勝ってしまったなら、『乳龍帝』として一部では有名の❝一部❞が消えていたんだろうね。ソーナさんが勝って本当によかったよ。

 

「ところでイッセー、別スタジオで何を撮ったの?」

「内緒です。スタッフの人にも、本放送まではできるだけ身内にも教えないでくださいって言われたんで

 

 一誠はニヒヒと悪戯っぽく笑いながら言う。

 

「分かったわ。放送されるのを楽しみに待ちましょう」

 

 リアスさんも楽しげに期待してる様子。僕はものすごく嫌な予感がするよ。

 そろそろ帰ろうと皆が席を立とうとした時、楽屋のドアがノックされ誰かが入って来た。

 

「あの、誇銅さんはいらっしゃいますか?」

「あっレイヴェルさん。どうしたんですか?」

 

 入ってきたのは金髪の縦ロールが特徴のレイヴェル・フェニックスさんだった。

 レイヴェルさんは僕と視線が合うと、一瞬パァっと顔が輝いたけど、すぐに不機嫌そうな表情に変わってしまう。

 手に持っていたバスケットをこちらへ突き出す。

 

「こ、これ!ケーキですわ!この局に次兄の番組があるものでしたから、ついでです!」

「え……ありがとう、レイヴェルさん」

 

 いきなり突き出されたバスケットに少し戸惑ったけど、僕は微笑みながら受け取る。そしてどうするかちょっと迷ったけど、その場で中身を確認してみた。

 そこにはとても美味しそうなチョコレートケーキが入っていた。とても見事な出来でお店に並んでても不思議じゃない程凝っている。

 

「これ、レイヴェルさんが作ってくれたんですか?」

「え、ええ! 当然ですわ! ケーキだけは自信がありますのよ! そ、それにケーキをご馳走すると約束しましたし!」

「ありがとうございます。わざわざ持ってきてくださって」

「ぶ、無粋なことはしませんわ。アスタロト家との一戦が控えているのでしょう? お時間は取らせませんわよ。ただ……ケーキだけでも、と思っただけですから!」

 

 ちょっとツンツンしてるけど、その中身には確かな気遣いが感じられる。さらにこんなおいしそうな差し入れまでしてくれて、すごくうれしいな。

 

「で、では、私はこれで―――」

 

 レイヴェルさんは用事は終わったと言わんばかりにそそくさと帰ろうとするけど―――。

 

「ありがとうございます、レイヴェルさん。ケーキの感想は手紙で送らせてもらいます。お茶のお約束もまたお互い都合のいい日に」

 

 僕は心からの笑みを浮かべてレイヴェルさんに感謝の言葉を伝える。すると―――レイヴェルさんは顔を真っ赤にさせて照れている様子。

 

「こ……誇銅さん。今度の試合、応援してます!」

 

 レイヴェルさんは僕たちに一礼した後、足早に去っていった。

 ———今のレイヴェルさんの反応はやっぱり……やっぱりそうなのかな?

 レイヴェルさんが去った後、みんなが僕に向けてくる生暖かい視線に僕は妙に苛立ちを感じたよ。

 苛立ちを張り付けた作り笑いで必死に隠し、取材は無事に終わることができた。だけど同時にディオドラさんとの一戦も間近に迫っている。

 

 後日。

 ギャスパーくんからレイヴェルさんの家の住所を訊き、ギャスパーくん経由で手紙を出してもらった。あまりリアスさんと関わりたくなかったからギャスパーくんが知っててよかったよ。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 決戦日―――。

 

「そろそろ時間ね」

 

 リアスさんはそう言って立ち上がる。僕たちは深夜にオカルト研究部の部室に集まっていた。服装はアーシアさんがシスター服、ゼノヴィアさんは最初に着ていた黒の戦闘服。他の人は駒王学園の夏制服。

 中央の魔方陣に集まって、転送の時を待つ。

 今回の相手はディオドラ・アスタロト。なんか現魔王のベルゼブブを出した御家の次期当主とか聞いたけど、だからって僕には関係ないけどね。僕は適当に戦って逃げ回るかワザとリタイヤさせられればいい。

 だけど、レイヴェルさんに応援してるなんて言われちゃったからな。無茶しない程度に盾にくらいはなろう。まっ、技は使わず戦車(ルーク)としての耐久力のみだけどね。

 そんなことを考えていると、ギャスパーくんが不安気な顔で僕の服の裾を掴んでくる。

 ……そっか、ギャスパーくんも不安なんだね。前のレーティングゲームでも試合前からあんなに不安がってたのに実戦じゃ何もできなかったことを何度も悔やんでいたしね。さらに今回はアーシアさんが掛かっている、ギャスパーくんの不安も相当なものだろうね。

 僕は裾を掴む手を離させて代わりに手を握る。

 そうだ! 今回のレーティングゲームではギャスパーくんの盾になろう。リアスさんたちの為なら御免被るけど、ギャスパーくんの為なら少しくらい技を使ってもいいかもね。

 そして魔方陣に光が走り、僕たちは今回の戦場に転移された―――。

 

 

 

 

「……着いたのか?」

 

 魔方陣から発するまばゆい光から視力が回復して、目を開けると――――そこはまるでギリシャ神話に出てきそうな神殿だった。

 ここが今回のバトルフィールド? それにしてはなんだか空気が妙だ。まるで暗闇で知らず知らずのうちに周りを囲まれてしまったような感覚。

 周りに警戒をしながら試合開始の合図を待つけど、前のような審判役の人の声が聞こえない。

 

「……おかしいわね」

 

 いつまで経っても聞こえない試合の合図にリアスさんは怪訝そうな表情で言う。それは他のメンバーも同じだ。

 僕はすぐさまさりげなくギャスパーくんを僕の後ろに隠す。こうしていればギャスパーくんへの攻撃でも僕への攻撃としてギリギリ気づける。手に届く範囲にいてくれれば守りやすい。

 神殿とは逆方向に魔方陣が出現する。それも一つなんかではなく辺り一面、僕たちを書く無用に展開されていく。

 

「……アスタロトの紋様じゃない!」

 

 木場さんとゼノヴィアさんは剣を構え、朱乃さんは手に雷を走らせながら言う。

 

「魔方陣に共通性はありませんわね。ただ―――」

「全部、悪魔。しかも記憶が確かなら――」

 

 リアスさんは紅いオーラを纏いながら、厳しい目線を辺りに配らせる。

 魔方陣から現れたのは大勢の悪魔。しかも全員が敵意、殺意をこちらに向けている。

 出現した悪魔を気配で数えてみると約千人ってとこかな。実力も悪魔としてそこそこ高いように感じられる。僕一人なら大丈夫だけど、ギャスパーくんを護りながらになると……。最悪、リアスさんたちを囮にして炎目を使って逃げるしかないね。

 

「魔方陣から察するに『禍の団(カオブ・ブリゲード)』の旧魔王派に傾倒した者たちよ」

 

 まあ、そうだろうね。あ~あ、早くリアスさんの眷属を抜けたい。

 リアスさんの眷属には魔王の妹、伝説の赤龍帝、聖剣に聖魔剣などなど影響力の強い人たちが集まってる。特に前者二つだけでも積極的に狙らわれる理由がある。

 

「忌々しき偽りの魔王の血縁者、グレモリーよ。今ここで散ってもらおう」

 

 僕たちを囲む悪魔の一人がリアスさんに向かって挑戦的な物言いで言う。まあ、本物を超えると言っても、贋作が本物を名乗ったらそりゃ本物は面白くないよね。なんで身内のこういう問題を解決せずに他の種族にまで手を出すんだろうか?

 

「キャッ!」

 

 そんなことを考えていると、突然アーシアさんの足元辺りからディオドラ・アスタロトの気配を感じた。そしてその気配はアーシアさんを捕らえて上空へと逃げていく。

 一応止めようと思えば止められたけど、ギャスパーくん以外を助ける気はないよ。

 

「イッセーさん!」

 

 空からの声に皆が気づいた時には既に、アーシアさんはディオドラ・アスタロトと一緒に上空へ。なるほど、僕たちの足元から転移して来てアーシアさんを攫ったのか。確かにそうすれば相当気配を探知することに長けてないと察知できないし、護られるアーシアさんを確実に攫える。

 

「やあ、リアス・グレモリー。そして赤龍帝。アーシア・アルジェントはいただくよ」

 

 この期に及んでまだ爽やかな雰囲気を壊さずに言う。その余裕の雰囲気に一誠は怒りを上げていく。

 

「アーシアを離せ、このクソ野郎! 卑怯だぞ! つーか、どういうこった! ゲームをするんじゃないのかよ!?」

「馬鹿じゃないの? ゲームなんてしないさ。キミたちはここで彼ら―――『禍の団(カオブ・ブリゲード)』のエージェントたちに殺されるんだよ。いくら力のあるキミたちでもこの数の上級悪魔と中級悪魔を相手にできやしないだろう? ハハハハ、死んでくれ。速やかに散ってくれ」

 

 醜悪な笑みを浮かべるディオドラ・アスタロトに対してリアスさんはすごい剣幕で睨む。

 

「あなた、『禍の団(カオブ・ブリゲード)』と通じていたというの? 最低だわ。しかもゲームまで汚すなんて万死に値する! そして、何よりも私のかわいいアーシアを奪い去ろうとするなんて……ッ!」

 

 リアスさんのオーラが巨大なまで膨れ上がり、空気を震わせる。どれだけ怒ってるのかよくわかるね。

 

「彼らと一緒に行動した方が、僕の好きなことを好きなだけ出来そうだと思ったものだからね。赤龍帝、僕はアーシアを自分のものにするよ。追って来たかったら、神殿の奥まで来てごらん。素敵なものが見られるはずだよ」

 

 ディオドラ・アスタロトが嘲笑するなか、ゼノヴィアさんが一誠に叫ぶ。

 

「イッセー、アスカロンを!」

「おう!」

 

 一誠はすぐさま籠手を出現させ、先端から剣を取り出した。そしてそれをゼノヴィアさんに手渡す。

 

「アーシアは私の友達だ! おまえの好きにはさせん!」

 

 ゼノヴィアさんもリアスさん同様に怒りを瞳に映し燃え上っている。

 しかし、宙に浮かぶディオドラに斬りかかろうとするが、ディオドラの放つ魔力にあっさり体勢を崩されてしまう。剣は空振りに終わったが、刃から放たれた聖なるオーラがディオドラへと向かう。あのスピードと直線的な動きではまず躱されるだろうけどね。

 僕の予想通り聖なるオーラはあっさりと躱されてしまった。

 

「イッセーさん! ゼノヴィアさん! イッ――—」

 

 助けを請うアーシアさん。こうして見ると助けられたのに助けなかったことに心が痛む。だけどその間に空気が打ち震え、空間が歪んでいく。

 ディオドラとアーシアさんの体がぶれていき、次第に消えてしまった。

 

「アーシアァァアアアアアアアアッ!」

 

 一誠は消えてしまったアーシアさんの名前を叫ぶも、返事なんて帰ってくるはずがない。

 

「イッセーくん! 冷静に! いまは目の前の敵を薙ぎ払うのが先だ! そのあとにアーシアさんを助けに行こう!」

 

 くずおれる一誠に木場さんが激を入れる。

 嘆いてるだけじゃ、祈るだけじゃ誰も助けられない。どんなに可能性が低くても、行動しなければ可能性はない。

 僕たちを囲む悪魔たちの手元に魔力が集まっていく。魔力弾での一斉攻撃かな? 

 確かにこのレベルの悪魔、位置取り、対象が一か所に固まってることを考慮すればその方法が一番効率がいいかもしれない。

 僕の炎で防ぎきれるかどうかちょっと怪しいな。この数ならチマチマ削るよりも一点突破して一度囲まれてる状況を打開した方がいい。その前にどさくさに紛れてはぐれたフリして逃げるか?

 そんなことを考えていると、突然大きな気配がしたと同時に朱乃さんが「キャッ!」と悲鳴を上げた。

 どうしたのかなとチラっと見てみると、ローブ姿の隻眼(せきがん)のおじいさんが朱乃さんのスカートをめくってパンツを覗いていた。

 

「うーむ、なかなか良い尻じゃな。何よりも若さゆえの張りがたまらんわい」

 

 それを見た一誠は朱乃さんからおじいさんを引き離した。

 

「このクソジジイ! どっから出てきやがった! って、あんたは!」

 

 ん? 知ってる人? 一誠は知ってるようだったけど僕は一切見覚えがない。

 

「オーディンさま! どうしてここへ?」

 

 オーディンって確か北欧神話に出てくる神様だよね? アザゼル総督にオーディン様って、案外トップの人って一誠みたいなのが多いんじゃないかと思ってしまうよ。

 オーディン様は長くて白いあごひげをさすりながら言う。

 

「うむ。話すと長くなるがのぅ。簡単に言うと、『禍の団(カオブ・ブリゲード)』にゲームを乗っ取られたんじゃよ」

 

 試合前から感じていた嫌な予感はバッチリ的中してしまったか。———せめてゲームが中止になっただけよかったと思おう。

 

「今、運営側と各勢力の面々が協力態勢で迎え撃っとる。ま、ディオドラ・アスタロトが裏で旧魔王派の手を引いていたのまでは判明しとる。先日の試合での急激なパワー向上もオーフィスに『蛇』でももらい受けたのじゃろう。たがの、このままじゃとお主らが危険じゃろ? 救援が必要だったわけじゃ。しかしの、このゲームフィールドごと、強力な結界に覆われていてのぅ、そんじゃそこらの力の持ち主では突破も破壊も難しい。特に破壊は厳しいのぅ。内部で結界を張ってるものを停止させんとどうにもならんのじゃよ」

「じゃあ、爺さんはどうやって入ってきたんだよ?」

「ミーミルの泉に片方の目を差し出した時に、わしはこの手の魔術、魔力、その他の術式に関して詳しくなってのぅ。結界に関しても同様」

 

 オーディン様は左の隻眼の方を見せてくれた。そこには水晶のようなものが埋め込まれ、眼の奥に輝く魔術文字を浮かび上がらせている。

 …………。

 その水晶の義眼の文字を見た時、膨大な知識を感じさせる何かを確かに感じた。だけど、なぜかとてもちっぽけなものに感じる。なんて言うか……全然ピースが足りてないパズルを見ているかのようだ。

 前にデパートの見本で見た、大きな一枚も近くで見ると小さな絵がいくつも集まって、全体を見ると大きな絵になっているパズル。僕が今感じているのはまさにその小さな絵の一つ、近くで見ると完成された絵に見えるけど、全体を見ると額縁にはスペースがあり余ってる。なんだろうこの感覚は?

 

「相手は北欧の主神だ! 討ち取れば名があがるぞ!」

 

 相手の悪魔が一斉に魔力弾を撃ってくる。この数は―――流石に捌ききれない。

 炎目(えんもく)を使うかどうか迷っていると、オーディン様が杖を一度だけトンと地に突いた。

 その瞬間、こっちに向かっていた無数の魔力弾が宙で弾けて消滅した。

 お爺さんは「ホッホッホッ」と髭をさすりながら笑っている。

 流石北欧神話の主神、神の名は伊達ではないね。

 

「本来ならばわしの力があれば結界も打ち破れるはずなんじゃが、ここに入るだけで精一杯とは……。はてさて、相手はどれほどの使い手か」

 

 オーディン様から人数分の小型通信機を渡された。僕の分は―――――あっ、あった。

 

「ほれ、ここはジジイに任せて神殿の方まで走れ。ジジイが戦場に立ってお主らを援護すると言っておるのじゃ。めっけもんだと思え」

 

 オーディン様が杖をこちらに向けると、僕たちの体を薄く輝くオーラが覆った。

 

「それが神殿までお主らを守ってくれる。ほれほれ、走った走った」

「でも、爺さん! 一人で大丈夫なのかよ!」

 

 一誠が心配そうに口にしても、オーディン様は愉快そうに笑うだけ。

 確かにちょっと心配な所もあるけど、神様なんだから大丈夫だろう。

 

「まだ十数年しか生きていない赤ん坊が、わしを心配するなぞ――――グングニル」

 

 オーディン様は左手に槍のようなものを出現させると、それを悪魔たちの方へ一撃繰り出す。刹那―――。

 

 ブゥゥゥウウウウウウウンッ!

 

 槍から極太のオーラが放出されて、空気を貫くような鋭い音が辺り一面に響き渡る!

 極太の一撃が作り出した痕跡は、遥か先まで一直線に伸びて地を深く抉っていた! 悪魔たちはその一撃で消し飛ばされ、数十人ぐらいいなくなった。

 す、凄まじい威力だ……。僕たちが心配するなんておこがましいことだったね。

 

「なーに、ジジイもたまには運動しないと体が鈍るんでな。さーて、テロリストの悪魔ども。全力でかかってくるんじゃな。この老いぼれは想像を絶するほど強いぞい」

 

 これが運動か。やっぱり神々の戦いは凄まじい。

 たった一度だけどスサノオさんと無影こころさんの戦いを見たことがあるけど、あの時もここまで派手ではないけど同じくらい凄まじかったよ。高天原の専用のフィールドだからよかったけど、まさかただの蹴りや咆哮で山が斬られたり海が割れたりなんて……。

 残った悪魔たちは一層緊張の色を濃くする。先ほどのように名があがるとばかりに安易な攻めをする者はいなくなった。

 リアスさんはオーディン様に一礼すると僕たちに言う。

 

「神殿まで走るわよ!」

 

 僕たちもリアスさんの言葉に応じ、神殿の方へと走り出す。

 確かにオーディン様も強い気配を感じるし実際強かった。だけど、僕が感じた気配はオーディン様よりもずっと大きかった。

 どことなく安心するようなあの大きな気配はなんだったのだろうか?

 

 

 

 

 

 神殿の入り口に入るなり、僕たちはオーディン様から譲り受けた通信機器を取り付けた。すると通信機器から聞きたくないが聞き覚えある声が聞こえてきた。

 

『無事か? こちらはアザゼルだ。オーディンのお爺さんから渡されたみたいだな』

 

 ———アザゼル総督だ。

 

『言いたいこともあるだろうが、まずは聞いてくれ。このレーティングゲームは「禍の団(カオス・ブリゲード)」旧魔王派に襲撃を受けている。そのフィールドも、近くの空間領域であるVIPルーム付近も、旧魔王派の悪魔だらけだ。だがこれは事前に予測されていたことだ。現在、各勢力が協力して旧魔王派の連中を撃退している』

「予測していたですって?」

『最近、現魔王に関与する者たちが不審死するのが多発していた。裏で動いていたのは、「禍の団(カオス・ブリゲード)」旧魔王派。グラシャラボラス家の次期当主が不慮の事故死をしていたのも実際は旧魔王派の連中が手にかけてたってわけだ』

 

 アザゼル総督から告げられた事実に、僕以外の皆が息を呑んでいた。

 そのグラシャラボス家ってのも魔王の血筋だから狙われたりとか? まあどれだけ悪魔が危機に陥ろうがどうでもいいけどね。

 

『首謀者として挙がっているのは、旧ベルゼブブと旧アスモデウスの子孫だ。俺が倒したカテレア・レヴィアタンといい、旧魔王派の連中が抱く現魔王政府への憎悪は相当大きいみたいだな。このゲームにテロを仕掛けることで、世界転覆への前哨戦として現魔王の関係者を血祭りにあげるつもりだったんだろう。ここにはちょうど、現魔王や各勢力の幹部クラスがいるからな。襲撃するのにこれほど好都合なものはない。先日のアスタロト対大公アガレスの一戦からも今回の件は予見できる疑惑は生じていたんだよ』

 

 なるほど、つまり三大勢力の人たちはこうなる危険性を承知の上でレーティングゲームを続行したってことか。つまり――――

 

『だが、俺たちはこれを好機だと睨んだ。今後の世界に悪影響を出しそうな旧魔王派を潰すにはちょうどいい。現魔王、天界のセラフ、オーディンのジジイ、ギリシャの神、帝釈天なんかも出張ってテロリストどもを一網打尽にする。実は事前にテロの可能性を各勢力のボスに極秘裏に示唆してこの作戦に参加するかどうか聞いたのさ。そしたらどいつもこいつも意気揚々に応じやがった。どこの勢力も、勝ち気でいやがるから頼もしいぜ』

 

 ———僕たちは餌にされたってわけか。

 まあ、確かに僕たちは危険な場所に放り出された。だけど、このまま助けず放置ってことはないだろう。何せここに居るのは、魔王の妹と伝説の赤龍帝なんだから。無残に捨てられるわけがない、僕みたいにね。

 

『悪かったな、リアス。戦争なんてそう起こらないと言っておいて、こんなことになっちまっている。今回、おまえたちを危険な目に遭わせた。一応、ゲームが開始する寸前までには事を進めておきたかったんだ。奴らもそこで仕掛けてくるだろうと踏んでいたからな。案の定、その通りになった。だが、お前たちを危ないところに転送して危険な目にあわせたのは確かだ。この作戦もサーゼクスを説得して、俺が立案した。どうしても旧魔王派の連中をいぶり出したかったからな』

「もし、俺たちが万が一死んじゃったらどうしたんですか?」

『俺もそれ相応の責任を取るつもりだった。俺の首でことが済むならそうした』

 

 一誠が何気なく訊いた思い言葉に、アザゼル総督は真剣な声音で答えた。

 ————そっか、この人も一応上に立つ人ではあるんだね。

 リアスさんたちの成長を見て僕たちなら大丈夫と判断し、騙す形になったことに負い目も感じている。さらにすぐオーディン様を救援に送ってくれた。餌にされたのは許しがたいけど、その後の処置はしっかりされてると思うよ。

 不本意だけど、アザゼル総督の覚悟と愛情は伝わったよ。—————まあ、個人的な信用については話が別だけどね。

 

「先生、アーシアがディオドラに連れ去られたんです!」

『———っ。そうか、どちらにしてもおまえたちをこれ以上危険な所に置いておくわけにはいかない。アーシアは俺たちに任せておけ。そこは戦場になる。どんどん旧魔王派の連中が魔方陣で転送されてきているからな。その神殿には隠し地下室が設けられている。かなり丈夫な造りだ。戦闘が鎮まるまでそこに隠れていてくれ。あとは俺たちがテロリストを始末する』

 

 やっぱりね、そういう処置はしてあると思ったよ。

 僕は全面的に三大勢力を信用してないけど、リアスさんたちに関することは大いに信用できる。そのついでなら見捨てられることはないだろう。

 

『このフィールドは『禍の団(カオス・ブリゲード)』所属の神滅具所持者が作った結界に覆われているために、入るのはなんとかできるが、出るのは不可能に近いんだよ』

「先生も戦場に来ているんですか?」

『ああ、同じフィールドにいる。場所はだいぶ離れてるがな』

「アーシアは俺たちが救います」

 

 一誠がそう言うと、アザゼル総督は怒気を含んだ言葉で返した。

 

『おまえ、今がどういう状況かわかっているのか?』

 

 アザゼル総督の言うとおりだ。確かに一誠の気持ちもわかる、だけど今はそんな我儘を通せる状況じゃない。

 僕たちは現在、外から分離された場所で敵陣地のど真ん中にいるんだ。僕たちも動かざる得なかった三大勢力会談の時とは訳が違う。

 大切な人を自分の力で取り戻したい気持ちはよくわかる。だけど、素人の僕たちが勝手に動くことは味方にとって不利益、敵にとって利益しかない。ここは確実に助ける為に最低でもアザゼル総督の到着を待つべきだと思うよ。僕たちが大怪我をしたり死んでしまえばアーシアさんを助けられない所かより悲しませることになる。

 

「難しいことはわかりません! でも、アーシアは俺の仲間です! 家族です! 助けたいんです! 俺はもう二度とアーシアを失いたくない!」

 

 その気持ちは痛いほどよくわかる。だけど敵の数は未知数、こちらは人質を取られ9人だけ。多勢に無勢だよ!

 しかしリアスさんは不敵な笑みでこう言う。

 

「アザゼル先生、悪いけれど私たちはこのまま神殿に入ってアーシアを救うわ。ゲームはダメになったけれど、ディオドラとは決着をつけなきゃ納得できない。———私の大事な眷属を奪う事がどれほど愚かで無謀で無知だったのかを、教え込まないといけないのよ!」

「アザゼル先生、私たちは三大勢力で不審な行動を行う者に実力行使をする権限を持っているのでしょう? なら、今がそれを使う時では? ディオドラは現悪魔勢力に反政府的な行動を取っていますわよ」

 

 リアスさんに続いて朱乃さんまでも一誠の意見に同調してアザゼル総督を説得する。

 通信機の先でアザゼル総督は嘆息していた。

 

『ったく、頑固なガキどもだ……。ま、いい。今回は限定条件なんて一切ない。だからこそ、おまえたちのパワーを抑えるものなんて何もない。存分に暴れてこい! 特にイッセー! 赤龍帝の力を裏切り小僧のディオドラに見せつけてこいッ!」

「オッス!」

 

 ついにアザゼル総督の方が折れてしまった。なんてこった……。

 だけどもしかしたらそこまで見込みの低いことではないかもしれない。僕の考え方は日本妖怪式だ、日本妖怪は純粋なパワーが弱いから技や術などの技術でかく乱する。真正面から力比べをするなんて一部の上級妖怪くらいだ。中級以下は例え実戦でなくても純粋な力比べをすることは少ない。

 一方で悪魔は(パワー)押しが多い。だから少し型に嵌めるだけで瓦解させることができる。映像で見たリアス眷属VSシトリー眷属みたいにね。

 だからこそ直接的なパワーではそうそう後れを取ることのないリアス眷属なら、圧倒的力を見せつけることを好む悪魔を打ち破れるかもしれない。むしろ今までの実績から考えてその成功率は高い。

 例え失敗しても日本には何の損もないし、ギャスパーくん一人くらいなら護り切れるだろう。

 

『最後にこれだけは聞いておけ。大事なことだからな。奴らはこちらに予見されている可能性を視野に入れておきながら事を起こした。つまり、多少敵に勘付かれても問題のない作戦でもあるということだ』

「相手が、隠し球を持ってテロを実行したってこと?」

『ああ。それが何かはまだ分からないがこのフィールドが危険な事には変わりない。ゲームは停止しているから、リタイヤ転送は無い。危なくなっても助ける手段は無い。その事を肝に銘じ十分に気をつけてくれ』

 

 そこでアザゼル総督は通信を切った。

 今回は観客の目がない代わりに逃げる手段もない。非常事態とは言えこれからのことを考えると力を悟られるわけにもいかない。別行動をするわけにもいかないし――――さて、どうしようか?

 

「小猫、アーシアは?」

 

 リアスさんが搭城さんに気配を探るように促した。搭城さんは猫耳を頭部にぴょこりと出すと、神殿の奥を指で示す。間違いなくアーシアさんとディオドラの気配がする所だ。

 

「……あちらからアーシア先輩と、ディオドラ・アスタロトの気配を感じます」

 

 搭城さんの結果を聞くと、リアスさんたちは全員無言で頷きあう。そして神殿の奥へと走り出した。




 


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独善な魔王の思考

 ついにお気に入り数が500突破! 登録してくださった皆様、本当にありがとうございます! これからもなるべく早い更新を心がけていきたいと思います。

 しかし残念ながら、今回は長い時間を費やした割にはちょっと微妙な出来になってしまって申し訳ありません。肝心の部分が尺の都合上書ききれませんでした。


 神殿の中は広大な空間だった。大きな広間に巨大な柱が並んでいるだけで他には何もない。ただ大きな空間が広がっているだけだった。

 神殿を抜けた先に、さらに前方に新たな神殿が現れたのでそこを目指す。それを何度も繰り返して、やっと他の気配がする神殿に辿り着いた。が、ディオドラの気配がするのは此処じゃない、もっと奥だ。

 僕たちは足を止めて構える。すると、前方からフードを深く被ったローブ姿の小柄な人影が十人ほど現れた。

 

『やー、リアス・グレモリーとその眷属の皆』

 

 神殿中にディアドラの声が響く。一誠はディオドラを探すべくキョロキョロとあたりを見回すが。

 

『ハハハ、赤龍帝。辺りを見回しても僕は見つからないよ。僕はこのずっと先の神殿でキミたちを待っているからね―――遊ぼう。中止になったレーティングゲームの代わりだ』

 

 ディオドラの声からかなり有頂天になってるのを感じる。だけど……僕の目測では感じる強さは禁手時の一誠以下だ。特に一誠は感情で力の起伏が激しいから、今の状態で力比べをすれば一誠がまず勝つだろうね。

 なのになんであんなに有頂天になれるんだろう?

 

『お互いの駒を出し合って、試合をしていくんだ。そうだね~、一度使った駒は神殿の奥にいる私のところへ来るまで使えないってルールにしよう。後は好きにしていいよ。第一試合、僕は「兵士(ポーン)」八名と「戦車(ルーク)」二名を出す。ちなみにその「兵士(ポーン)」たちは皆既に「女王(クイーン)」に昇格しているよ。ハハハ、いきなり「女王(クイーン)」八名だけれど、それでも問題ないよね? 何せ、リアス・グレモリーは強力な眷属を持っていることで有名な若手だからね』

 

 初っ端から十人か、ずいぶん大盤振る舞いしてきたね。確かに女王に戦車と強い駒が十人はこちらに厳しいものがあるけど、逆に突破されればゴッソリと戦力を失うことになる。

 

「いいわ。あなたの戯れ言に付き合ってあげる。私の眷属がどれほどのものか、刻み込んであげるわ」

「相手の提案を呑んじゃって良いんですか?」

「応じておいたほうが良いわ。あちらは、アーシアを人質に取っているもの」

 

 一誠の訊くとリアスさんは目を細めながら答えた。

 そう、アーシアさんを人質に取られた瞬間から僕たちに拒否権はない。

 リアス眷属は多少の相性や大まかな作戦は立てるが、基本的に策を弄しない。時間を稼いでも何かできるわけじゃないので従うしかない。

 

「こちらはイッセー、小猫、ギャスパー、ゼノヴィアを出すわ」

 

 こちらはもう四人も出すのか。まあ駒の価値を考えたら必要かもね。だけど感じる相手の実力から考えると、このメンバーなら圧倒的完勝で終わるだろうね。

 試合の映像を見る限りディオドラの眷属は平均以上はあっても強いとは感じない程度の実力に見えた。こうして直接見てもその予測は変わらない。

 

「今呼ばれたメンバー、ちょっと来てちょうだい」

 

 一誠、搭城さん、ギャスパー君、ゼノヴィアさんはリアスさんの元に集まって耳打ちをされる。そして耳打ちが終わる頃に再びディオドラの声が響く。

 

『じゃあ、始めようか』

 

 ディアドラの声と共に、相手が一斉に構え出した。

 一誠は木場さんの魔剣で軽く指を斬ってもらい、ギャスパー君に血を飲ませる。今まで使った所は見た事ないけど、一誠は自分の剣があるんだからそれを使えばいいのになぜわざわざ木場さんに?

 しかし、一誠の血を得たギャスパー君の雰囲気は見るからに変わった。異質なオーラが体を包み、赤い双眸も怪しく輝き始めて準備万端ってとこかな。

 ゼノヴィアさんはデュランダルを解放し、一誠から早速受け取ったもう一つの聖剣も構えて、敵の『戦車(ルーク)』二名の方へ走り出した。

 

「アーシアを返してもらう」

 

 今のゼノヴィアさんはかつてないほどのプレッシャーを放っている。その眼光も鋭い。

 

「私は……友と呼べる者を持っていなかった。そんなものがなくても生きていけると思っていたからだ。神の愛さえあれば生きていける、と」

 

 『戦車(ルーク)』の二人が、ゼノヴィアさんに向かって走り出す。———速いね、スピードのある『戦車(ルーク)』だったんだ。だけど、今のゼノヴィアさんはそんなんじゃ動じないだろうね。

 案の定、ゼノヴィアさんはそれに動じず独白を続ける。

 

「そんな私にも分け隔てなく接してくれる者たちが出来た。特にアーシアはいつも私に微笑んでくれていた。この私を、『友達』だと言ってくれたんだ」

 

 『戦車(ルーク)』たちの激しい打撃を軽やかに躱しながら、ゼノヴィアさんは憂いの瞳を浮かべていた。

 ————そうなんだよね、リアスさんの眷属内ではみんな確かな愛情がある。その中に僕がいないだけで。

 

「……私は最初に出会った時、アーシアに酷いことを言った。魔女だと、異端だと。でも、アーシアは何事もなかったかのように私に話しかけてくれた。それでも『友達』だと言ってくれたんだ! だから助けるんだ! 私の親友を! アーシアを助けるんだ!!」

 

 デュランダルから吐き出される大きな波動が、『戦車(ルーク)』の二人を弾き飛ばす。

 その後、ゼノヴィアさんはデュランダルを天高く振り上げると、涙混じりに叫ぶ!!

 

「だから、だから頼む! デュランダル、私の想いに応えてくれっ! アーシアがいなくなったら私は嫌だ! もしもアーシアを失ったら私は……ッ! お願いだ! 私に……私に友を救う力を貸してくれッ! デュランダァァァァァァァルッッ!!」

 

 ドゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!

 

 ゼノヴィアさんの咆哮に応えるかのように、デュランダルはその聖なるオーラを何倍にも膨れ上がらせた。あふれ出る大量の聖なるオーラ。ここからでも余波でピリピリとしてものを感じる。————むずがゆい。

 しかし、デュランダルは―――以前の十倍近い聖なる輝きを放っていた。

 ゼノヴィアさんの周囲の風景は、デュランダルが放つ聖なるオーラだけでひび割れていく。

 

「私はデュランダルをうまく抑えることなんて出来ないと最近になって理解した。木場のように静寂な波動を漂わせるようになるのは長期間かかるだろう。それならば、いまは突き進めば良いと思った。私はデュランダルの凄まじい切れ味と破壊力を増大させることにしたんだ」

 

 ゼノヴィアさんは二つの聖剣を掲げそれをクロスさせた。するとデュランダルの波動がもう一つの聖剣に流れ、聖なるオーラがいっそう膨れ上がる。

 一誠が渡した聖剣もデュランダルに触発されたのか、聖なる波動を莫大に発生させて、二刀が放つオーラの相乗効果を促し始めた。

 

「さあ、いこう! デュランダル! アスカロン! 私の親友を助けるために! 私の思いに応えてくれぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 二刀の聖剣は広大な光の柱を天高く(ほとばし)らせていく。その光は柱のように太く、神殿の天井に大きな穴を作った。ゼノヴィアはさんはその光の柱を敵の『戦車(ルーク)』の方へ一気に振り下ろした。

 

  ザバァァァアアアアアアアアアアッッ!

 

 ふたつの大波ともいえる聖なる波動が混じり合い、『戦車(ルーク)』二人を飲み込んでいった。

 

  ドオオオオオオンッ!

 

 ゼノヴィアさんの攻撃によって神殿が大きく揺れる。揺れが収まったとき、僕の視界に入ってきた光景は―――ゼノヴィアさんの前方に伸びる二本の大きな波動の爪痕。

 先にあった柱や壁は丸ごと消失し、天井もゼノヴィアさんの真上から前方までが消え去っていた。そもそも神殿のだいたい六割が二振りの聖剣の波動で吹き飛んでいる。

 これが加減なしのゼノヴィアさんの全力。すべて聖なるオーラで構成されたあの規模の攻撃、魔に属する相手ならまともに受ければ消滅は確実だろう。現にディオドラの『戦車(ルーク)』は跡形もなく消滅しているし。

 敵の『戦車(ルーク)』を消滅させたゼノヴィアさんは、肩で息をしていた。あれだけ派手で威力も消費も無駄の多い攻撃をすれば当然だろう。

 ゼノヴィアさんが『戦車(ルーク)』二名を倒すと、次は自分たちの番だと言わんばかりに一誠と搭城さんとギャスパー君が飛び出した。

 

「小猫ちゃん、ギャスパー! 行くぞ!」

「「はい!」」

 

 搭城さんは一誠の掛け声に返事をするのと同時に猫耳と尻尾を生やした。

相手は『女王(クイーン)』に昇格した『兵士(ポーン)』八人。数と駒を見たら劣勢だけど、一誠たちならこの程度の相手に負けるはずがない。

 

「俺もプロモーション! 『女王(クイーン)』!」

 

 試合だと敵陣地に行かないと成れないけど、ゲームが崩壊した今ならリアスさんの同意があればどこでも昇格(プロモーション)できるらしい。

 駒の効果で一誠の魔力が高まる。

 

『Boost!!』

 

 さらに一誠の魔力が高まっていく。

 

『Explosion!!』

 

 一誠はその魔力をどうやら頭部辺りに集中させているようだ。それにしても頭部に集中か、一体何をするつもりなんだろうか? 

 

「煩悩解放! イメージマックス! 広がれッ! 俺の快適夢空間ッッ!」

 

 一誠を中心によくわからない空間が展開されているのもあれだけど、それ以上に僕は一誠の言った言葉に理解不能な感情を抱いている。え、煩悩解放? 快適夢空間? 

 

「部長ォォォッ! 俺は変態です! 俺はエロエロです! それでも俺はこの技をあなたのために使います! いえ、俺自身のために使います!」

 

 一誠はわけのわからない誓いを立てた後、敵の女性『兵士(ポーン)』八名の方を向いた。正確に言うと明らかに胸をガン見している。

 流石に部長もあきれ顔だよ。いっそのこと一誠ごと僕の炎で燃やしてしまいたい。

 なぜ一誠はアーシアさんの命がかかっているようなこんな時でも性欲を前面に押し出せるのか。同じ眷属なのが恥ずかしくなってきた。

 

乳語翻訳(パイリンガル)ッ!」

 

 乳語翻訳(パイリンガル)? 確か、ソーナさんの試合で不発に終わった技だったよね? えっと……確か効果は……。

 

「ヘイ! 『兵士(ポーン)』のおっぱいさんたち、右から順にこれから何をしようか教えてちょうだい!」

 

 そうだ、女性限定の読心術だったね。『洋服崩壊(ドレスブレイク)』よりはマシだけど、一誠にはあんまり使ってほしくないな。うっかり日常で使って他の女性の心にトラウマを植え付けたりしないようにね。———まあ、リアスさんたちが一誠に夢中なうちは大丈夫か。

 

「あの子とあの子とあの子はギャスパーを狙ってる! ギャスパー、いま言った奴を停止させろ!」

「は、はいぃぃぃ!」

 

 一誠が指さした『兵士(ポーン)』三名をギャスパー君が神器の力で停止させる。

 これで敵の残りは五名、この調子なら楽勝だね。

 

「君たちは何を考えているのかな?」

 

 一誠は残りの二人の『兵士(ポーン)』の胸を見る。技の発動条件がそれなら仕方ないことだけど、どうしても納得がいかないことがあるよね。

 

「ギャスパー、次はそっちの三名が小猫ちゃん方面に向かう! そこを停止させろ!」

「は、はいぃぃぃぃ!」

 

 カッ!

 

 ギャスパー君の眼光が煌き、また三人がその場で動きを停止させられた。

 残りはたった『兵士(ポーン)』二名。あっという間に人数も逆転。清々しい程の完封具合だね。

 

「ウハハハハハハハハハハハハハハッ! 圧倒的じゃないか! 『女王(クイーン)』となった『兵士(ポーン)』八名が何もできずに俺たちの連携攻撃の前に沈もうとしているのだからな!」

 

 一誠が調子に乗って悪役のようなセリフを吐いている。しかも調子に乗った格下悪党っぽい下品な笑みまで浮かべていた。

 非常に癪だけど、一誠の心を読む力は強力だ。女性限定ではあるけど、対抗手段の相手にとってかなり怖い技だろう。万が一その力が僕の大切な人たちに向いたら……大丈夫か。

 僕が護りたい人たちには一誠の技なんて通用しない。そもそも、僕が護ろうなんておこがましいほどに強い人たちばかりだしね。

 しかし残りの『兵士(ポーン)』二人は、一誠とギャスパー君の連携に後ずさりを始めた。不用意に近づけば何もできず停止させられるからね。まあ、何か考えても現状では無意味に近いけど。

 

「……どう考えても悪役の態度」

 

 調子に乗る一誠にツッコミを入れる搭城さん。確かに現状から一誠が調子に乗った悪役の表情をするのは合っている。が、それを実際にするのは話が別だ。

 それと下衆(げす)勘繰(かんぐ)りかもしれないけど、どうも一誠が現在もエロ目的で能力を使ってるように思えて仕方がない。実際に自分の為に使うとかも言ってたし。

 一誠は停止している『兵士(ポーン)』に歩み寄り、籠手で服に触れた。

 

 バババッ!

 

 その瞬間、ローブがはじけ飛んで全裸となった。そしていやらしさ全開の表情でその『兵士(ポーン)』の体を凝視している。

 流石に下衆の勘繰りと思ったけど、疑惑が確信に変わった瞬間だった。大切な人が人質になってるのによくそういうことができるよね!

 一誠は鼻血を吹き出しながら、不敵に笑う。そして他の停止してる『兵士(ポーン)』にも同じことをしだした。あの場に居たら間違いなく一誠を殴ってたよ。———無念。

 

「……ふふふ。見たまえ、動けない者がこれほど無防備とは。服も容易に破壊できる。バイリンガルとドレス・ブレイクのコンボ。相手が女の子なら、ここまで無敵だとは……。先生、俺はいつかおっぱいを支配できるんじゃないかって思えてきましたよ」

 

 そうか、ならば支配される前にその技は二度と使えないようにしてしまおう。それがいい。しかし残念なことに僕には封印する手段がない。

 僕にできることは、一誠が性犯罪に本気で手を染めた時に裁きの場に突き出すことだけだ。

 

「さーて、残りのお姉さんたちをどうしてくれるかなー!」

「……早く倒しましょう、ドスケベ先輩」

 

 下品な笑みで両手の指をわしゃわしゃ動かす一誠に、搭城さんのパンチが顔面に炸裂した。搭城さん、ナイスですよ!

 搭城さんは停止している敵の『兵士(ポーン)』を一誠が何かをする前に打倒していく。

 我に返った一誠はギャスパーくんに指示を出し、残りの『兵士(ポーン)』を停止させた。搭城さんのツッコミが効いたのか今度は変態行為をせずにササっと倒す。

 素直に一誠はかなりのスピードで強くなってると思う、だけど同時に変態性も急激に増してる気がするよ……。

 

 

 

 

 

「まずは一勝ね」

 

 一誠と搭城さん、ゼノヴィアさんにギャスパー君は見事敵の『兵士(ポーン)』八名と『戦車(ルーク)』二名を倒した。

 勝負開始前から楽勝だとは思っていたけど、予想以上の完勝だったよ。

 生き残った敵の『兵士(ポーン)』たちは停止した後に搭城さんが仙術で魔力を練られないようにし、ギャスパーくんのヴァンパイアの能力で気絶させて柱に縛り上げられた。

 これで相手の残りは『女王(クイーン)』一名、『騎士(ナイト)』二名、『僧侶(ビショップ)』二名、『(キング)』のディオドラ。一戦目でゴッソリと数を削ってもまだまだいるね。

 

「さあ、行きましょう」

 

 リアスさんの掛け声と共に僕たちは次の神殿へ向かった。

 二回戦目に僕たちを待ち受けていたのは―――一回戦目と同じようなローブ姿の三名。

 

「……映像の一件から僕の記憶が正しければ、『僧侶(ビショップ)』二名と『女王(クイーン)』です」

 

 木場さんが言う。それにしてもよく覚えていましたね。みんな、同じようなローブ姿で殆ど見分けがつかないハズなのに。やっぱり、木場さんはあの映像を真剣に見ていたから僅かな違いに気づいたのかな?

 それにしても早くも本物の『女王(クイーン)』を切ってきたか。なんだか捨て駒臭がしてくるよ。

 

「お待ちしてました、リアス・グレモリー様」

 

 ディオドラの『女王(クイーン)』がフードを払い、素顔を見せる。ブロンドの美人なお姉さんだ。

 残りの『僧侶(ビショップ)』は顔は見せないが、確か男性と女性が一人ずつだったっけ?

 

「あらあら、では私が出ましょうか」

 

 同じく『女王(クイーン)』の朱乃さんが一歩前に出る。

 

「残りの『騎士(ナイト)』二人は裕斗と誇銅がいれば十分ね。私も出るわ」

 

 たぶん僕には一ミリも期待してないんでしょうね。もしくは危険な場所に放り出して実力を見極め、死んでもそれはそれで助かるみたいな考えを……。いや、これこそ下衆の勘繰りだね。どうもリアスさんが僕にすることがすべて悪い方向に考えてしまう。

 例えそうだとしてもかまわない。僕はリアスさんに力を見せないし、例え見られても絶対にリアスさんの為に力を振るわないから。それに、例え死んでもかまわないのはお互い様だからね。

 

「あら? 部長、私だけでも十分ですわ」

「何を言っているの。いくら雷光を覚えたからって、無茶は禁物よ? ここでダメージをもらうより堅実にいって最小限の事で抑えるべきだわ」

 

 リアスさんと朱乃さん、滅びの力と雷光か。相手の魔力と比べて一誠たちと同じく余裕しか見えない。例え読みやすい単純な攻撃ばかりでも大抵は力の差でごり押ししてしまうだろう。それ程に二人の魔力は単純に強い。

 

「それでいいの?」

「……はい。それで朱乃さんはパワーアップします」

 

 搭城さんと一誠が何か話し合っている。

 

「朱乃さーん」

 

 一誠が呼ぶと朱乃さんが振り向く。

 

「えっと、その人たちに完勝したら、今度の日曜日デートしましょう! ———って、これでいいの小猫ちゃん? 俺とデートする権利なんかで朱乃さんが――」

 

 カッ! バチバチバチ!

 

 一誠の予想と反して朱乃さんの魔力が高まり雷のオーラに包まれる。僕としては予想通りだけど。

 

「……うふふ。うふふふふふふふふっ! イッセーくんとデートできる!」

「酷いわ、イッセー! 私というものがありながら、朱乃にだけそんなことを言って!」

 

 迫力のある笑みを浮かべながら、周囲に雷を走らせる朱乃さん。自分を誘わない一誠に涙目で訴えるリアスさん。そして原因の一誠は何が起こってるかわからない様子。

 一誠、あんまり鈍感が過ぎると愛想つかされるよ? この状況は一誠がずっと欲しい欲しいって駄々を捏ねてたものなんだからね?

 

「うふふ、リアス。これも私の愛がイッセーくんに通じた証拠よ? もうあきらめるしかないわね」

「な、な、何を言ってるよ! デ、デート一回ぐらいの権利で雷を(ほとばし)らせる卑しい朱乃なんかに言われたくないわ!」

 

 ……ん? なぜか朱乃さんとリアスさんが口論を始めてしまった。

 

「なんですって? いまだ抱かれる様子もないあなたに言われたくないわ。その体、魅力

がないのではなくて?」

「そ、そんなことないわ! こ、この間だって!」

 

 その後もしばらくリアスさんと朱乃さんの口論は続いた。搭城さんの作戦は完全に裏目に出てしまったようだ。いや、だからそんなことをしてる場合じゃないんですか……? 

 相手も目の前でいきなり関係のない口論をされて困惑している様子。

 しかし、この空気についに耐えかねた相手の『女王(クイーン)』は、全身に炎のオーラを纏いながら激昂する。

 

「あなた方! いい加減にしなさい! 私たちを無視して男の取り合いなどと―――」

「「うるさいっ!」」

 

 ドッゴォォォォォオオオオオオン!

 

 リアスさんと朱乃さんの感情の一撃が『女王(クイーン)』と『僧侶(ビショップ)』二名に放たれた。流石に荒ぶった感情から放たれた一撃は威力が高い。

 滅びの魔力と雷光の魔力が同時に巻き起こり、うねりとなって敵を容赦なく包み込んだ。周囲の風景も、木っ端微塵になっちゃったよ。

 そんな痴情のもつれに巻き込まれ、攻撃をまともにくらった三人は煙を上げながら床に倒れ込んでいた。

 ……完全に再起不能だね……。喧嘩両成敗ではなく、喧嘩敵成敗か……斬新だね。

 一誠の試合とはまた別の意味で酷い試合だったよ。まあ結果的には素早く終わったからよかった……かな?

 だけど、敵を倒しても口論は止まらなかった。

 

「だいたい朱乃はイッセーの体の全部を知っているの!? 私は細部まで知っているのよ!?」

「知っているだけで、触れた事や受け入れたこともないのでしょう? リアスは口ばかりですものね! 私ならいついかなる時でも彼を受け入れる準備をしているわよ!」

「うぬぬぬ……まあ、いいわ。それはアーシアを救ってからゆっくり話し合いましょう。まずはアーシアの救出よ」

「ええ、わかっていますわ。私にとってもアーシアちゃんは妹のような存在ですもの」

 

 不毛な時間を過ごしたけど、やっと意見が一致した。

 敵の『女王(クイーン)』と『僧侶(ビショップ)』を撃破した僕たちはさらに神殿の奥へと進む。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 残りの『騎士(ナイト)』が待ち構えてるであろう神殿に向かう僕たち。だけど、神殿の方からは一人の気配しか感じない。映像で覚えてる限りだとディオドラの『騎士(ナイト)』は二人いたように思ったんだけど。

 神殿に足を踏み入れると、そこには映像で見たディオドラ眷属とは絶対に違う人がいた。

 

「や、おひさ~」

「フリードッ!」

 

 一誠がその人を見た瞬間に叫ぶ。フリード、どこかで聞いたことがあるような……あっそうか、僕が悪魔になって間もない頃に何度か対峙したはぐれ悪魔祓いだっけ。彼とは個人的に少々の因縁があったからね、懐かしい。

 

「まだ生きていたんだなって思ったしょ? イッセーくん。お恥ずかしながら生きてました! な~んちゃって、僕ちんって悪運強いから。これはもはや神のご加護ってか!?」

「だから、俺の思考を読むなって!」

 

 それよりも、なぜフリードがここに居るのか。まさかディオドラの『騎士(ナイト)』ってことはない。気配は人間ではなくなってるが悪魔ではない。

 

「おんや~、もしかして『騎士(ナイト)』のお二人をお探しで?」

 

 フリードは気持ち悪い笑みを浮かべながら口をもごもごさせると、ペッと何か―――人の指を吐き出した。

 

「俺様が喰ったよ」

 

 人を食べた。そのことに一誠は理解できないような表情を浮かべている。

 

「……その人、人間を辞めてます」

 

 搭城さんが()むようにつぶやく。

 フリードはさらに邪悪に口の端を吊り上げると、化け物染みた形相で哄笑(こうしょう)をあげる。

 

「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!てめぇらに切り刻まれた後、ヴァーリのクソ野郎に回収されてなぁぁぁぁぁあっ! 腐れアザゼルにリストラ食らってよぉぉぉおおっ!」

 

 ボコッ! グニュリッ!

 

 異様な音を立てて、フリードの肉体の各部分が不気味に盛り上がっていく。神父服を突き破り角みたいなものが生え、全身も隆起(りゅうき)して腕や脚も膨れ上がる

 

「行き場無くした俺を拾ってくれたのが『禍の団(カオス・ブリゲード)』の連中さ!奴ら、俺に力をくれるっていうから何事かと思えばよぉぉおおお! きゅはははははははっはははっ! 合成獣(キメラ)だとよっ! ふははははははははっははははっはっ!」

 

 背中の片側にコウモリの様な翼、逆側には巨大な腕が生える。顔も原型を留めない程変形して凶暴な牙も生えてくる。そうして出来上がったのは、人型でありながら人間の面影を残さぬ巨躯(きょく)の怪物。

 統合性もなければ、各部位から発せられる魔力もバラバラ。これでは見た目ほど強化はされてないだろうし、何より生命力が駄々漏れで長くはなさそうだね。……惨く醜い。

 

「ヒャハハハハハハハッ! ところで知ってたかい? ディオドラ・アスタロトの趣味をさ。これが素敵にイカレてて聞くだけで胸がドキドキだぜ!」

 

 突然フリードがディオドラについて語りだす。

 

「ディオドラの女の趣味さ。あのお坊っちゃん、大した趣味でさー、教会に通じた女が好みなんだって! そ、シスターとかそう言うのさ!」

 

 教会に通じた女性。それだけでアーシアさんに辿り着くのは容易なことだった。

 フリードは異形な口の両端を上げながら話を続ける。

 

「しかも狙う相手は熱心な信者や教会の本部に馴染みが深い女ばかりだ。俺さまの言ってる事わかるー? さっきイッセーくん達がぶっ倒してきた眷属悪魔の女達は元信者ばかりなんだよ! 自分の屋敷にかこっている女共もおんなじ! ぜーんぶ元は有名なシスターや各地の聖女さま方なんだぜ! ヒャハハハ! マジで趣味良いよなぁぁっ! 悪魔のお坊っちゃんが教会の女を誘惑して手籠めにしてんだからよ! いやはや、だからこそ悪魔でもあるのか! 熱心な聖女さまを言葉巧みに超絶上手い事やって堕とすんだからさ! まさに悪魔の囁きだ!」

「ちょっと待て、しゃあ、アーシアは―――」

「お察しお通り! アーシアちゃんが教会から追放されるシナリオを書いたのは、元をただせばディオドラ・アスタロトなんだぜ〜。シナリオはこうだ。昔々あるところのある日、シスターとセッ◯スするのが大好きなとある悪魔のお坊っちゃんは、チョー好みの美少女聖女さまを見つけました。その日からエッチしたくてたまりません。でも、教会から連れ出すにはちょいと骨が折れそうと判断して、他の方法で彼女を自分のものにする作戦にしました」

 

 フリードの言葉に一誠の表情がどんどん悪くなる。僕も一応覚えてるよ、アーシアさんが教会を追放された理由。

 

「聖女さまはとてもとてもおやさしい娘さんです。神器に詳しい者から『あの聖女さまは悪魔をも治す神器を持っているぞ』と言うアドバイスを貰いました。そこに目をつけた坊っちゃんは作戦を立てました。『ケガした僕を治すところを他の聖職者に見つかれば聖女さまは教会から追放されるかも☆』と! 傷痕が多少残ってもエッチ出来りゃバッチリOK! それがお坊っちゃんの生きる道!」

 

 一誠は深刻な表情で放心状態となっていた。そんな一誠にトドメとばかりにフリード最後に言い放つ。

 

「信じていた教会から追放され、神を信じられなくなって人生を狂わされたら、簡単に僕のもとに来るだろう――――と! ヒャハハハハ! 聖女さまの苦しみも坊っちゃんにとってみれば最高のスパイスなのさ! 最底辺まで堕ちたところを掬い上げて犯す! 心身共に犯す! それが坊っちゃんの最高最大のお楽しみなのでした! 今までもそうして教会の女を犯して自分のものにしたのです! それはこれからも変わりません! 坊っちゃん――――ディオドラ・アスタロトくんは教会信者の女の子を抱くのが大好きな悪魔さんなのでした! ヒャハハハハッ!」

 

 僕はリアスさんの為に力を貸す気はない。それは意識的だろうが無意識的だろうが同じように僕を仲間外れにした眷属も同じ。もちろん可哀想と思いながらもアーシアさん救出にだって力を貸す気はない。

 だけど今回だけ、今回だけは少しだけアーシアさん救出に力を貸してもいいと思った。それはアーシアさんが哀れだと思ったからじゃない、ディオドラの事が大嫌いになったからだ。

 自分の欲望の為に他人の全てを侵害する。ディオドラが行ったのは、まさに僕の大嫌いな悪魔のイメージ通りの事だから。なんとしてもディオドラが笑うような展開だけは避けたい。

 血が滲むほど拳を握りしめる一誠。フリードを激しく睨み、一歩前へ出ようとするが、木場さんがそれを止める。

 

「イッセーくん。気持ちはわかるが、キミのその想いをぶつけるのはディオドラまで取っておいた方がいい」

「おまえ、これを黙っていろって言う―――」

 

 一誠はキレて木場さんの胸ぐらをつかもうとしたが、その手を止めた。

 木場さんの瞳には怒りと憎悪に満ちていたから。

 

「ここは僕がいく。あの汚い口を止めてこよう」

 

 迫力のある歩みで一誠の横を通り過ぎる木場さん。

 木場さんは異形と化したフリードの前に立ち、聖魔剣を一振り手元に創り出す。

 

「やあやあやあ! てめぇはあの時俺をぶった斬りやがった腐れナイトさんじゃあーりませんかぁぁぁっ! てめぇのお陰で俺はこんな素敵なモデルチェンジをしちゃいましたよ! でもよ! 俺さまもだいぶ強くなったんだぜぇぇ? ディオドラの『騎士(ナイト)』2人をペロリと平らげましてね! そいつらの特性も得たんですよぉぉぉっ! 無敵超絶モンスターのフリードくんをよろしくお願いしますぜぇ、色男さんよぉぉぉっ!」

 

 木場さんは聖魔剣を構え、冷淡な声で一言だけ。

 

「君はもういない方が良い」

「調子くれてんじゃねぇぇぇぇぞぉぉぉぉっ! ……んぐっ!?」

 

 憤怒の形相のフリードは何かしようとした瞬間、突然頭を抱えて苦しみ出す。

 

 フッ!

 

 木場さんがみんなの視界から消え―――。

 

 バッ!

 

「!」

 

 刹那、フリードは腰に携えていた剣を抜き、木場さんの剣を全て防いだ。

 

「なっ!?」

「ハァ……ハァ……役目が終わったと思った俺にも最期にもう一つ役目が出来た。どうしても成し遂げなければならぬ役目が、できることなら成し遂げたい願いが」

 

 苦しそうに声を荒げながらも、集中力を途切らせず木場さんを見る。

 一体何が起こったんだ? 僕の予想では激昂したフリードが木場さんに切り刻まれると思ったのに。少なくてもあんな冷静な対処ができる精神状態には見えなかった。

 相変わらずフリードは化け物の姿だが、その雰囲気は落ち着いたものに。表情もどことなく醜さがだいぶ緩和されている。

 

「剣を下ろしてくれ、グレモリーの『騎士(ナイト)』よ。俺はおまえたちの邪魔をしない。俺もこんな所で死ぬわけにはいかないんだ……」

 

 戦闘の中止を懇願するフリード。しかしいくら様子が豹変したからと言っても化け物の姿をしたフリード。木場さんも異変を感じても信用はしていない様子。

 だけど木場さんも戦闘の意思が見えないフリードに再び斬りかかることはしない。怒りの全力を完璧に防がれて前より警戒度は増しているが、木場さんは剣を下ろした。しかしいつでも戦闘態勢に戻れるようにはしている。

 

「その剣、もしかして聖剣かい?」

 

 木場さんはフリードが持つ剣について訊いた。フリードが持つ剣には弱々しくも聖なるオーラが纏われている。木場さんもそれに気づいたのだろう。

 しかし、その弱々しい聖なるオーラが実は、木場さんの聖魔剣よりもずっと凝縮されたオーラだと言うことに気づいてるかはわからない。

 

「ああ、エクスカリバーみたいな立派な聖剣じゃないが、俺にとってはエクスカリバーよりも頼れる相棒さ。……済まなかったな、こんなことになっちまって」

 

 フリードは自分の聖剣に目を向けて語りかける。すると、フリードの聖剣はぼんやりとだが光を強めた。まるでフリードの言葉に対して、気にするなと言ってるように見えた。

 

「……いいだろう、僕たちもこんな所で時間を無駄にするわけにはいかない。さっさと僕たちの前から消えてくれ」

「感謝する……」

 

 いくら穏やかな雰囲気になったと言えどフリードはフリード。今までの悪行と、ついさっきまでの暴言から木場さんの対応は冷たい。まあ当然ちゃ当然の反応だけどね。

 フリードはその場で深々と頭を下げて感謝の意を表明する。

 

「一つだけ忠告しておく。アーシアを救出できたなら、すぐに安全な所まで逃げろ。例えディオドラを仕留めそこなったとしても。このテロに限っては、鱗片と言えど三大勢力を遥かに凌ぐ勢力の兵器が使われている」

 

 剣を鞘に納めながらフリードが僕たちに忠告する。三大勢力を遥かに凌ぐ勢力の兵器? それは一体どういうこと……?

 

「主よ、どうか俺に最期の祝福と僅かばかりの時間を……」

 

 それだけ言うと、フリードは天井を突き破って神殿から出て行った。

 いくつかの謎だけ残して三回戦目は不戦勝。正直戦うフリすらしなくてよくなって助かったよ。

 

「行こう、皆!」

 

僕たちは頷きあって、ディアドラの待つ最後の神殿へ走り出した。

 だけど、一つだけ気がかりなことがある。ディオドラの気配がまだ若干遠いのと、その道中に奇妙なものを感じる。

 まるで物のような気配、しかし間違いなく生物の気配ではある。——一体この先に何がいるのか……。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇Azazel side◆◇◆◇

 

 

 俺———アザゼルはレーティングゲームのバトルフィールドで旧魔王派の悪魔どもをある程度片付けていた。残りは、部下たちだけで十分だろう。

 俺は部下に後を任せて、とある場所へ宙を飛んで向かっていた。

 ———ファーブニルを宿した宝玉の反応がこちらに向いている。

 オーディンの力で部下と共にこちらへ転送してきてすぐに、懐にあるファーブニルの宝玉が光り輝いた。

 俺はフィールドの一番隅っこに人影を一つ確認した。その瞬間、宝玉の輝きがさらに増した。

 俺はその人影の前に降り立つ。……腰まである黒髪の小柄な処女。黒いワンピースを身にまとい、細い四肢を覗かせている。

 少女は端正(たんせい)な顔つきだが、虚ろな瞳で中央に並ぶいくつもの神殿のほうを見ていた。

 

「まさか、お前自身が出張ってくるとはな」

 

 俺は目を細めて静かに言った。

 すると少女は、俺の声に反応しこちらへ顔を向け薄く笑う。

 

「アザゼル。久しい」

「以前は老人の姿だったか? 今度は若い姿とは恐れ入る。一体何を考えている? ———オーフィス」

 

 そう、こいつこそが『禍の団(カオス・ブリゲード)』のトップ! 『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』———オーフィスだ! 間違いない。姿形が変わろうと、こいつから漂う不気味で言いようのないオーラはオーフィスのものだ。

 以前会った時はジジイの姿だったが、今回は黒髪少女かよ。こいつにとっては姿なんて飾りにすぎないからな、いくらでも変えられる。

 こいつ自身が出張ってくるってことは、今回の作戦はそれほどこいつにとっては重要でデカいのか?

 オーフィスが神殿の方に視線を向けているってことは、そっちに作戦の中心があるのかも知れないな。……あいつらを向かわせたのはマズかったか。

 

「見学。それだけだ」

「高みの見物か……。それにしても、ボスがひょっこり現れるなんてな。ここでお前を倒せば世界は平和か?」

 

 俺は苦笑しながら光の槍の矛先を突きつけるが、奴は首を横に振るだけ。

 

「無理。アザゼル、我を倒せない」

 

ハッキリと言ってくれるぜ。まあ、だろうさ。俺だけじゃお前を倒しきれない。それは理解している。だが、お前をここで倒せば『禍の団(カオス・ブリゲード)』に深刻な大打撃を与えるのは確実なんだよ。

 

「では二人ではどうだろうか?」

 

 バサッ。

 

 羽ばたきながら、上空から舞い降りてきたのは―――。

 

「タンニーン!」

 

 元龍王のタンニーン

 こいつもゲームフィールドの、旧魔王派の一掃作戦に参加していたんだが、どうやら一仕事を終えてこちらに向かってきたようだ。

 タンニーンは大きな眼でオーフィスを激しく睨む。

 

「せっかく若手悪魔が未来をかけて戦場に赴いているというのに、貴様が茶々を入れるというのが気にいらん! あれほど世界に興味を示さなかった貴様が今頃テロリストの親玉だと!? 何が貴様をそうさせたのだ!」

 

 俺もタンニーンの意見にうなずき、さらに問いただす。

 

「暇つぶし―――なんて今時流行らないと理由は止めてくれよな。お前の行為で既に被害が各地で出ているんだ」

 

 こいつがトップに立ち、その力を様々な危険分子に貸し与えた結果―――各勢力に被害をもたらしている。死傷者も日に日に増え、もう無視できないレベルだ。

 何がこいつを突き動かし、テロリストの集団の上に立たせた? 俺は、それだけが解らなからなかった。今まで世界の動きを静観していた最強の存在が、なぜ今になって動き出したのか?

 そのオーフィスの答えは、予想外のものだった。

 

「―――静寂な世界」

 

 …………。

 一瞬、奴が何を言ったのか理解できなかった。

 

「は?」

 

 俺が再び問い返と、オーフィスは真っ直ぐこちらを見て改めて言った。

 

「故郷である次元の狭間に戻り、静観を得たい。ただそれだけ」

 

 ―――っ!

 そ、それが理由だっていうのか!? 次元の狭間。簡単に言うなら、人間界と冥界、人間界と天界の間にあるような次元の壁のことだ。世界と世界を分け隔てる境界。そこには、何も無い「無の世界」と言われている。

 オーフィスがそこから生じたのは知っていたが……。

 

「ホームシックかよと普通なら笑ってやるところだが……次元の狭間ときたか。あそこには確か―――」

「グレートレッドがいる」

 

 俺の言葉に続いてオーフィスが言う。

 なるほど、次元の狭間は現在、グレートレッドが支配している。オーフィスは奴をどうにかして次元の狭間に戻りたいってわけか

 まさか……グレートレッドを追い出すのを条件に、旧魔王派の悪魔や他の勢力の異端児に懐柔されたのか?

 その時、俺の脳裏にひとつの可能性が浮かんだ。

 ―――そうか、ヴァーリ。お前の目的は!

 俺の思考が何かを出そうとしたとき、オーフィスの横に魔法陣が出現し、何者かが転移してくる。

 そこに現れたのは貴族服を着た一人の男。そいつは俺に一礼し、不敵に笑んだ。

 

「お初にお目に掛かります。俺は真のアスモデウスの血を引く者。クルゼレイ・アスモデウス。『禍の団(カオス・ブリゲード)』真なる魔王派として、堕天使の総督である貴殿に決闘を申し込む」

 

 ……ハハハ、こいつはまた……首謀者の一人がご登場ってわけだ。

 俺は頭をポリポリとかきながら呟く。

 

「旧魔王派のアスモデウスが出てきたか」

 

 ドンッ!

 

 確認するや否や、そいつは全身から魔のオーラをほとばしらせた。色がドス黒いな。こいつもオーフィスの力を得たか。

 

「旧ではない! 真なる魔王の血族だ! カテレア・レヴィアタンの敵討ちをさせてもらうッ!」

 

カテレアの男か何かか。まあいい。今回の首謀者を打ち倒せるのならば、またとない機会だしな。

 

「良いぜ、受けてやる。タンニーン、お前はどうする?」

「一対一の勝負に手を出すほど無粋ではない。オーフィスの監視でもさせてもらおうか」

 

 こいつも根っからの武人だな。ドラゴンにしておくのが勿体無いぐらいだ。

 

「頼むぜ。さて、混沌としてきたが、俺の教え子どもは無事にディアドラの元に辿り着いている頃かな」

 

 俺が不意に口にしたことだが、オーフィスはそれを聞き、首を横に振る。

 

「ディオドラ・アスタロトにも我の蛇を渡した。あれを飲めば力が増大する。倒すのは、容易ではない」

「ハハハハハハハハハハハハッ!」

「……なぜ、笑う?」

 

 俺がいきなり爆笑したことに、怪訝に首をかしげるオーフィス。わかってねぇよ、オーフィス!

 俺は笑うのを止めて、奴に向けて告げる。

 

「蛇か。そりゃ結構なことだが、残念な事にそれだけじゃ無理だな」

「何故? 我が蛇、飲めばたちまち強大な力を得られる」

「それでも無理だ。先日のゲームじゃ、ルール上、力を完全に発揮できなかったからな」

 

 タンニーンの修業がいかなるものか、ディオドラ・アスタロトは身をもって知ることになるだろう。

 修業相手は龍王だ。元とは言え、未だに現役の伝説のドラゴンが一人の小僧を追いかけまわしたんだぞ? 手加減されていたとはいえ、普通なら死ぬ。死んで当たり前だ。

 ———だがあいつは見事耐えきった。生きて生還し、禁手に至ったんだよ!

 その意味を、おまえたちは理解できていない。

 俺はファーブニルの宝玉を取り出し、例の人工神器の短剣を構えた。

 

「さて、ファーブニル。お前も付き合ってもらうぜ。相手はクルゼレイ・アスモデウスだ! いくぜ! 禁手化(バランス・ブレイク)ッッ!」

 

 次の瞬間、俺は黄金の全身鎧(プレート・アーマー)に包まれていた。

 イッセー、今のお前に制限するものは存在しない! ———思う存分暴れてみせろッ!

 と、俺がかっこよく決めようとしていた所で乱入する転移用魔方陣があった。

 その紋様は―――そうか、おまえ自ら出張るか。

 

「サーゼクス、どうして出てきた?」

 

 輝く魔方陣から現れたのは、紅髪の王——サーゼクス。

 

「今回は結果的に妹を我々大人の政治に巻き込んでしまった。私も前へ出てこなければな。いつもアザゼルばかりに任せていては悪いと感じていた。クルゼレイを説得したい。これぐらいはしなければ妹に顔向けできそうにないんでね」

「お人よしめ。……無駄になるぞ?」

「それでも現悪魔の王として直接訊きたかった」

 

 俺は構えていた槍を一度引いた。

 クルゼレイはサーゼクスを視認した途端、憤怒の表情と化す。

「サーゼクス! 忌々しき偽りの存在ッ! 直接現れてくれるとはッ! 貴様が、貴様らさえいなければ、我々は……ッ!」

 

 見ろ。これが現実だ。奴らにとって、おまえの存在は最大級に忌むべきものなんだよ。

 

「クルゼレイ。矛を下げてはくれないだろうか? 今なら話し合いの道も用意できる。前魔王の血筋を表舞台から遠ざけ、冥界の辺境に追いやったこと、未だに私は『他の道もあったのでは?』と思ってならない。前魔王子孫の幹部たちと会談の席を設けたい。何よりも貴殿(きでん)とは現魔王アスモデウスであるファルビウムとも話して欲しいと考えている」

 

 サーゼクスの言葉は真摯だ。それゆえ、クルゼレイの感情を逆なでする。

 無駄なんだよ、サーゼクス。

 元々、こいつらにおまえたち現魔王の言葉は届かない。おまえは甘いんだ。

 

「ふざけないでもらおう! 堕天使どころか、天使とも通じ、汚れきった貴様に悪魔を語る資格などないのだ! それどころか、俺に偽物と話せというのか!? 侮辱も大概にしてもらおうッ!」

「よく言うぜ。てめえら『禍の団(カオス・ブリゲード)』には三大勢力の危険分子が仲良く集まっているじゃないか」

「手を取り合っているわけではない。利用しているのだ。忌まわしい天使と堕天使は我々悪魔が利用するだけの存在でしかない。相互理解? 和平? 悪魔以外の存在はいずれ滅ぼすべきなのだ! 我々、魔王こそが全世界の王であるべきなのだよ!オーフィスの力を利用することで俺たちは世界を滅ぼし、新たな悪魔の世界を創り出す! そのためには貴殿ら偽りの魔王共が邪魔なのだ!」

 

 あー、こりゃダメだ。典型的な雑魚の親玉の発想だわ。既に種として悪魔の存在自体が危ういかもしれないってのに何を考えてるんだか……。

 サーゼクスも心中複雑かもしれないが、よっぽどおまえの方が王をやっているぜ?

 旧魔王がこんなんだから、悪魔は滅びの道へ向かっていこうとしていたんだ。

 考え、認識、理想、それらの根底からの相違。両者の溝は深く、決して埋まらないだろう。

 

「クルゼレイ―――。私は悪魔という種を守りたいだけだ。民を守らなくては、種は繁栄しない。甘いと言われてもいい。私は未来ある子供たちを導く。今の冥界に戦争は必要ないのだ」

「甘いッ! 何よりも稚拙な理由だッ! 悪魔は人間の魂を奪い、地獄に誘い、そして天使と神を滅ぼすための存在だッ! もはや、話し合いは不要! 偽りと偽善の王よッ! 貴様は魔王を名乗る資格などないッ! この真なる魔王であろうクルゼレイ・アヅモデウスがおまえを滅ぼしてくれるッ!」

 

 サーゼクスは寂しげな目で説得したが、クルゼレイはそれに一切応じようとしない。

 これが―――現魔王と旧魔王の子孫、両者最後の話し合いだった。

 サーゼクスはオーフィスにも語り掛ける。

 

「オーフィス、貴殿との交渉も無駄なのだろうか?」

「我の蛇を飲み、誓いを立てるなら。もう一つ、冥界周辺に存在する次元の狭間の所有権。すべてもらう」

 

 オーフィスの出した条件は、服従と冥界の閉鎖ってことか。

 冥界を背負う魔王がそれに安易に応じるわけにはいかないよな。

 サーゼクスは点を仰ぎ瞑目(めいもく)する。次に目を開けた時、その瞳には背筋が凍る程冷たいものが映りこんでいた。

 それを確認したクルゼレイは、距離とって両手に巨大な魔力の塊をつくる。

 

「そうだ、それでいい。その方がわかりやすい」

 

 クルゼレイは最初からこうなることを望んでいた。話し合いなんて最初から通じるわけがなかったのさ。それでもおまえは話したかったんだろうな。

 自分の思いを。冥界への思いを。

 

「クルゼレイ、私は魔王として今の冥界に敵対する者を排除する」

「貴様が魔王を語るなッ!」

 

 クルゼレイが巨大な魔力を両手から掃射する。サーゼクスは動じず、手のひらに生まれた魔力を無数の小さな球体に変えて、前方に撃ちだした。

 

 キュパ! ギュゥゥゥンッ!

 

 クルゼレイの攻撃はサーゼクスの魔力に触れた途端、削り取られたかのように消滅していく。

 サーゼクスの打ち出した小さな球体は意思を持つかのように宙を縦横無尽に動き回り、クルゼレイの攻撃を打ち消していく。消しきれない攻撃はサーゼクス自信が避けたり、防御障壁を創り出したりで防いでいく。

 その球体の一つが、クルゼレイの口内へ入り込む。

 

 ドウッ!

 

 クルゼレイの腹部が一度だけ膨れ上がり、それが収まると同時に奴の魔力が一気に減少していく! サーゼクスの奴、体内の蛇を取り払ったのか?

 

「『滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクステイクトン)』。腹に入っていたオーフィスの『蛇』を消滅させてもらった。これで絶大な力は振るえないだろう」

 

 パワーアップの源である蛇を消され、余裕の表情が消えたクルゼレイ。明らかな焦りの色が見えてくる。

 サーゼクスの攻撃、本物を初めて見た。サーゼクスが魔王に選ばれた理由の一つ、圧倒的なまでの消滅の魔力。

 触れたものを全て消す。塵芥すら残さない、絶対的な滅び。

 ものは小さいのにとんでもない威力だ。絶大な滅びの力を溢れさせず、巨大にもさせず、最小サイズに留め、それを複数同時に手足のように操る。

 緻密なコントロールと並外れた才覚が必要な技術。それをサーゼクスは有している。

 

「おのれ! 貴様といい、ヴァーリといい、なぜこうも『ルシファー』を名乗る者は恵まれた力を持っていながら、我々と相いれないッ!?」

 

 クルゼレイは毒づきながらも戦いを諦めようとはしなかったが。

 

 ギュパンッ!

 

 球体の一つがクルゼレイの腹部に触れ、腹を丸ごと削り取った。滅びの力は小さくても威力は十分。触れた瞬間、周囲の物を根こそぎ消していく。

 

「……な、なぜ……本物が偽物に負けねばならない……?」

 

 口から血を吐き出しながら、無念の血涙を流すクルゼレイ。

 サーゼクスは瞑目し、手をゆっくりとよけに()ぐ。

 

 バギンッ!

 

 その時、頭上から何かが割れる音が聴こえてきた。サーゼクスも攻撃の手を止める。

 誰もが天を見上げると、なんと結界から巨大な剣先のようなものが生えてきたのだ。さらにその空間の傷跡から白い無機質な手が結界を無理やりこじ開ける。オーディンのジジイでも打ち破れなかったこの神滅具の結界を力技でだと!?

 

「……マジかよ」

 

 その結界の穴からはなんと、無駄に神々しい光と共に巨大ロボットが舞い降りてきた。




 次回、誇銅くんの禁手化公開……予定ッ!


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邪悪な神からの祝福

 試行錯誤した割にはうまく詰め込めた気がしない……。だけど、これ以上読者を待たせるわけにはいかない!
 長らくお待たせして申し訳ありません! 誇銅の禁手、ついに公開!


 俺たちは突如現れた巨大ロボットに目を奪われていた。無駄に神々しい演出で降りて来やがって。

 しかし、そのロボットからは神々しさに見合った聖なる力を感じる! なんて質量のオーラだ! この俺が攻撃されてるわけでもないのに、存在だけで真夏の太陽に直接肌を焼かれるような痛みを感じる!

 

「くっ、なんだ一体!?」

 

 俺たちの所に舞い降りた巨大ロボットは、サーゼクスの滅びの球体を小バエを払うが如く払いのけてクルゼレイを助けた。

 嘘だろ! サーゼクスが殺す気で放った滅びの球体をいとも簡単に払いやがっただと!? いや、それよりもクルゼレイを助けたってことはまさか『禍の団(カオス・ブリゲード)』の仲間か!?

 巨大ロボットはクルゼレイを乗せた右手を軽く握れた左手に近づけ、左手の握りを開いた。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』魔王派、クルゼレイ・アスモデウスだな」

「き、貴様は……?」

 

 あいつは! 前にオカルト研究部に来たアメリカ勢力のFBI捜査官じゃねえか! ディオドラの件で来たのなら味方の可能性が大きい。だが、クルゼレイを助けたってことは敵の可能性も考えられなくない。だが、クルゼレイの反応から二人が繋がってる可能性は低そうだ。

 捜査官は片膝を着き見下ろす形でクルゼレイに質問した。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』魔王派の幹部のおまえに訊きたいことがある。数か月前、我がアメリカの研究所からとある兵器が盗み出された。実行犯は捕まえたが、肝心の兵器は既に売られた後だった。犯人を尋問した結果、とある悪魔に売ったと証言している」

「それが……どうした?」

「とぼけても無駄だ、既に我々のエージェントから盗品(兵器)は『禍の団(カオス・ブリゲード)』にあると報告を受けている。———答えろ、今どこにある?」

 

 捜査官は業務的に淡々と、しかし表情には凄みを利かせてクルゼレイに問う。

 兵器? 一体何の事だ。あいつらはディオドラについて捜査していたんじゃなかったのか?

 

「盗品の兵器? ……ああ、あれの事か。それならディオドラに戦力として与えてやった。あまり使えそうに見えなかったからな」

「そうか、ご苦労」

 

 ジュゥ……。

 

 用済みになったからか、ロボットはクルゼレイを氷が鉄板で溶けるような音と共に握りつぶされた。ロボットが手を開くと、そこには案の定クルゼレイの姿はない。

 クルゼレイを消滅させた捜査官は安堵の表情で嘆息する。

 

「よかった、今回ばかりは悪魔の了見の狭さに助けられたようだ」

 

 クルゼレイを消滅させ独り言をつぶやいた捜査官は俺たちに目もくれずこの場を去ろうとした。

 正直に言うなら、膨大な質量の聖なるオーラを放つ巨大ロボットにはさっさと去って欲しい。だけどな、堕天使の長としてこんな奴を黙って見逃すわけにはいかない。それはサーゼクスも同じようで、俺より先に捜査官に呼びかける。

 

「待ってくれ!」

「ん?」

 

 サーゼクスの声に反応し、ロボットの動きを止めてこちらに顔を向けた。

 

「何の用だルシファーを名乗りし者よ。私たちは急いでいる、手短に頼む」

「君は一体何者なんだい?」

「FBI監督特別捜査官・行動分析課、マルコ・ホッチナーだ」

 

 以前会った時と同じように自己紹介するアメリカの捜査官。前と違って部下二人を連れてはいないが、その代わり今日は巨大ロボットとアイアンメイデンを連れてる。

 こいつらはディオドラの捜査でアーシアに事情聴取に来ていた。と言うことは、今回はその為に来たのか? しかしクルゼレイと話してた時に兵器が盗まれたとかも言っていたな。それに、こいつは俺たちに目もくれなかった。助けに来たとは考えにくい。

 

「俺たちの援護に来てくれた……ってわけじゃなさそうだな」

「取るに足らない悪魔の為だけにこんな場所に我々が来るわけなかろう」

 

 眼鏡をクイッと動かし、あきれ顔で言う。こいつ……ナチュラルに俺たちのことを見下してやがる!

 前のレーティングゲーム後の会合にもアメリカ勢力だけは執事だけ寄越して本人は来なかった。しかもその執事も会合中にはずっとスケジュール帳をいじり、挙句の果てにため息だけ残して途中退席。明らかにアメリカは俺たちのことをなめてる。

 

「ずいぶん俺たちのことをなめてくれるじゃねえか」

「不毛な争いを続ける(やから)には正当な評価だと私は思うが?」

 

 不毛な争いとは言ってくれるぜ。こっちの気も知らないくせによ。

 冷たい目線で見下す捜査官に、サーゼクスは言う。

 

「確かに私たちは無益な争いで一度は自らの種を滅ぼしかけた。その愚かさは認めなくてはならない。だからこそ、私たちは戦争を失くしたい。その為なら、私は今の冥界に敵対する者を排除する。例えそれが同族だとしても」

 

 サーゼクスは落ち着いた物言いだが真摯に、力強く捜査官に言った。

 俺たちは不毛な争いを長年にわたって続けてきた。だから今こうして和平の道を開き、二度と不毛な戦争を起こさせないように努めている。

 

「言いたいことはそれで終わりか?」

「……何」

「すまないがどんな理由であれ君たちの意見に興味はない」

「「「!?」」」

「君たちは自らの種の存続の為、争いのない世界を目指し戦っている。ならば敵対する以上同族でも戦うしかないだろう。もっともそれが❝種の存続❞の為になればの話だがな」

 

 捜査官はサーゼクスの思いを興味ないと軽く一掃した。

 戦争を望む旧魔王派ならともかく、同じ平和を願うハズの奴らに否定されるとは思っても見なかったぜ。

 

「……なんだと貴様……!」

 

 タンニーンが捜査官に殺気を浴びせかける。が、捜査官は変わらず冷たい上から目線。二人の間に険悪なムードが漂う。

 その空気を断ち切ったのは綺麗な少女の声だった。

 

「おやめなさい。悪いのはあなたですよマルコ。悪口は悪の始まりです」

「申し訳ありませんメイデン様」

 

 その少女の声はなんと異様な存在感を発してたアイアンメイデンから。あの中に人が入ってんのかよ! てか、メイデン様だって!?

 メイデン・アインは自らに拷問にかける拷問マニアって噂は訊いたことがある。だけどよ、拷問されながらこんな所まで来るのかよ! アイアンメイデンと言えば拷問器具の中でトップクラスの拷問だぞ!

 

「あの兵器が外部に漏れれば大変なことになります。なんとしても大勢に❝感染❞する前に食い止めなくてはなりません。感染拡大を防ぐためとは言え私も無益な殺生はしたくはありません。急ぎましょう、マルコ」

「はい!」

 

 あのアイアンメイデンから目が離せなかったのは中に居るメイデン・アインが原因だったわけか。しかし、上級悪魔のような強さも感じなければ、オーフィスのように不気味なオーラを感じるわけでもない―――何も感じない。真っ白で何を見ているのかわからない……まさしくそんな感じだ。メイデン・アイン、こりゃ噂以上に得体のしれない奴だな。

 それにしても感染っていったいどういうことだ? アメリカは、『禍の団(カオス・ブリゲード)』はこの戦争に何を持ち込んだ?!

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 ディオドラの眷属を全滅させてディオドラのいるであろう最後の神殿へと向かう僕たち。辿りついたその場所は、入り口は今までの神殿と同じだが―――室内が真っ暗。

 入口付近はまだ外の明かりが差し込むため足元くらいは見えるが、中は常夜(とこよ)の闇。足元すら何も見えない。

 

「……この部屋にはアーシア先輩も、ディオドラ・アスタロトの気配も感じません」

 

 搭城さんの言う通りこの部屋にはディオドラもアーシアさんも居ない。

 人工的な室内と違ってここは大きな広間に柱が並んでるだけの神殿。この空間を取り囲むように光を遮断する結界でも張ってないとこんなに暗くするのは不可能。つまり、この暗闇は第三者が創り上げた得意フィールド。

 

「足を踏み入れた瞬間、暗闇からの奇襲の可能性もあるわね……」

 

 不安げな表情でリアスさんはつぶやく。他のみんなも不安げな表情を表している。そうか、暗闇の奇襲と言えばソーナさんに出鼻を挫かれ、流れを根こそぎ持っていかれた状況と似ている。リアス眷属にとって敗北のトラウマに。

 

「……だけど、ここを抜けないとアーシアを助けられません」

「ええ、その通りよ。ソーナの時の二の舞にはしないわ」

 

 だけど威勢のいいことを言っても暗闇が危険なのは変わりない。このまま勢いだけで突っ走るようなことはリアスさんもしない。

 暗闇の向こうには今までの神殿と同じくらいの距離に出口らしき光が見える。

 

「せめて懐中電灯くらいあればな……」

「それなら火の魔剣なんてどうだい? 松明の代わりにはなると思うよ」

「おっ! ナイスアイディアだ、木場!」

 

 全員で火の魔剣で周りを照らしながら暗闇を進んでいく。罠や奇襲に気を付けながら慎重に。

 前回暗闇で真っ先に退場させられたギャスパーくんは暗闇に人一倍怯えを見せている。冷静に考えるとヴァンパイアが暗闇を怖がるって変に思えてしまうよ。

 

 ————ビクッ!

 

 突然、背後から首を絞められるような殺意を感じた。気配は未だに奇妙かつ不明瞭なのに、殺意だけは嫌と言うほど伝わってくる。

 

「ッ!!」

 

 感じる殺意に振り向けど、見えるのはどこまでも闇ばかり。気配すら見えぬ敵に僕は冷や汗をかいた。

 そして前を向きなおそうとした刹那———暗闇から鋭いナイフが僕の喉を掻っ切ろうと伸びてくる。

 

「———ッ」

 

 ナイフが僕の皮膚に届く前に暗闇から伸びてきた腕を払った。

 一番最後尾でみんなより少し離れていたから狙ったのか、その殺意の腕は僕以外に覚られることなく闇へと消えていった。

 危なかった。あえて一度殺意を飛ばし振り向かせ、警戒後の一瞬の気の緩みを狙って仕留めに来る。藻女さんに鍛えられた反射神経と妖怪たちとの修行で培った感知能力がなければ。いや、悪魔の修行だけなら間違いなく今ので殺されていたよ。

 

「ん、どうした誇銅?」

 

 ゼノヴィアさんが僕に尋ねる。さっきの腕を弾いた音に反応したのだろう。だから僕は答えた。

 

「いいえ、なんでもありません」

 

 襲われたことを伝えない。伝えたところで無意味だろう。

 きょろきょろと周りを確認しながら慎重に進むリアス眷属。その中で僕が襲われたことに気づいた人は誰もいない。それ程鮮やかな手口で攻め、そして引いたのだ。

 おそらく僕が殺されればギャスパーくん以外は気づかない、もしくは気にも止めないだろう。そして僕以外の誰かが消えた時、リアスさんたちは攻撃を受けていることに気づくだろう。

 

「そうか、ならいい」

 

 ゼノヴィアさんは再び周りの警戒する。おそらくあいつは光の届かないギリギリの所で僕たちを見ているかもしれない。もしかしたら明かりをつけた瞬間にパッと目線が合うかもしれないね。

 出口まであと少しの所で僕は他の皆に聞こえないようにギャスパーくんに耳打ちした。

 

「ギャスパーくん、先に行って」

「え?」

「必ず戻るから。後、皆には気づくまで黙っておいて」

 

 そう告げて僕は気配を薄くして消えようとしたが、ギャスパーくんに服を掴まれて阻止されてしまう。

 怯えた顔で何かを言おうとするのを止めて、僕は一方的にギャスパーくんに告げる。

 

「大丈夫、僕は強いんだよ」

 

 僕がそう言うとギャスパーくんはしばらくして相変わらず怯えた表情だが、僕の服を離してくれた。ありがとう、何も聞かずに僕のことを信用してくれて。

 一誠たちが出口に辿り着くとディオドラの待つ神殿へと走っていくが、僕だけはその場で立ち止まって一誠たちを見送る。

 

「一誠、ディオドラが笑う展開だけは失くしてよね」

 

 完全に姿が見えなくなると僕は暗闇へ戻る。

 コイツは―――間違いなく僕たちを追ってくる。物陰にでも隠れながら気配を消して背後からチャンスを虎視眈々と狙ってくるだろう。そうなれば例え暗闇じゃなくてもリアスさんたちでは対処できない。そうなれば笑うのはディオドラだ。

 暗闇からの不意打ちに反応した僕をもう狙いやすい獲物とは見てくれないだろう。しかし、暗闇で一人で孤立していればどうだろう? これほど都合のいい獲物はいない。

 それに、僕が出口の方を向いてる限りあいつが外に出れば僕に気づかれる。背後を狙う相手は背後を取られることを嫌う。となれば、あいつはどうしてもここで僕を仕留めにかかるだろう。

 

「……さて、次は僕の番だね」

 

 松明代わりの魔剣は手の形にした炎で握りつぶす。握りつぶした炎の手を球体に変えて僕は炎目の準備を整える。

 

「♪~♪~♪~♪」

 

 ひな祭りの歌を歌いながら炎を増やし操作していく。

 新たに創り出した火の玉を四方八方に設置し暗闇に光を灯す。すると、僕たちを狙っていた敵の姿が浮き彫りになった。

 

「こりゃ予想以上だね」

 

 黒一色の服装にマントとシルクハットの男。血のように紅い瞳に口は化け物にように裂けている。肌の色も血の気が一切なくまるで死人のようだ。

 昔のイギリス小説の殺人鬼のような姿をした今のゾンビゲームに出て来そうな化け物。それが目の前の敵に対する僕の印象。

 人の姿をしている分フリードより人間っぽいが、逆にその分だけ生々しい恐ろしさを感じさせるだろう。

 

「始める前に一つ訊きたいんだけど、退く気はない?」

 

 僕はできる限りの殺気を出して相手を威嚇してみる。

 得意フィールドから引きずりだした今なら勝てる自信はある。だけど、僕は戦闘狂とかじゃないんだ。できるならこんな殺し合いは御免被りたい。

 そして僕には殺傷力の高い技は殆どない。相手が戦いたくないと思うまで痛めつけるくらいしかできない。勝手な予想だけど、もしも相手が見た目通りのゾンビで痛覚がなかった場合、僕は一体どれだけ相手を痛めつけなくちゃならないのか。軽く億劫になる。

 相手の返事は、手に持つナイフを僕の(ひたい)目掛けて投げてつけてきた。

 

「交渉決裂か」

 

 僕は飛んできたナイフを首を横に(かし)げて避ける。

 敵はナイフを投げると同時にマントの中に大量に備え付けられてる同じナイフを取り出して僕の方へ飛び込んできた。

 

「グォォォーッ!」

「まったく、やれやれだね。まあどっちにしろ言葉が通じるかどうかも怪しかったけど」

 

 飛び込んでくる相手に対して僕も相手に向かって踏み出し、ギリギリの所で低姿勢に切り替えて相手の足に軽く体当たり。すると相手は僕につまずき少し飛んだ所で顔面を地面に強打した。

 全力で走った時につまずいたのと同じだからね。大体はこのアクシデントに対応できずに自分のスピードで壁か地面に激突する。

 

「ここで追撃できたなら話は早いんだけどね」

「グゴゴ……」

 

 相手は困惑した様子ながらも平然と立ち上がった。どうやら痛みも感じてなければふらついてる様子もない。見た目通りのゾンビってわけだね。となれば……動けなくなるまで肉体を破壊するしかないか。

 

「苦手を言い訳にできる状況じゃない。———やるっきゃない……!」

 

 九尾流柔術は防御がそのまま攻撃になってる。だけどそればかりに頼っていては恐ろしく時間がかかってしまう。一応思考は持ってるようだからしばらくは大丈夫だと思うが、あまり時間をかけて相手が九尾流柔術に慣れてしまっては元も子もない。ここは危険を承知で僕の方からも仕掛けなくてはならないね。

 

「ス~」

 

 ゆっくり息を吐きながら構えを取り、翼を出して攻撃に備える。

 

「グヴォォォッ!」

 

 今度はナイフを投げることはせずにそのまま手に持ったナイフを僕の脳天目掛けて振り下ろしてきた。

 それにタイミングを合わせて顎下とナイフを持った右肩を押して極自然に力の向きを斜め上に変える。とっさに放たれた蹴りも翼で持ち上げて下に向かうエネルギーを増やす。

 

 バゴンッ!

 

「ふんッ!」

 

 バギッ

 

 その後すかさず相手の左腕を力いっぱい踏みつける。戦車の駒(ルーク)で底上げされた力が相手の骨を絶つ感触を確かに感じた。

 相手は痛みを感じないからすぐに反撃を受けないようにすぐに距離を取る。だけどいくら痛みを感じなくてもダメージはしっかり残る。これで左腕は封じた。

 

「グガァァ……ガァ?」

 

 再びナイフを構えようとした時に自分の左腕が動かないことに気づいたようだ。後は両足と右腕を破壊しないとね。もしくは一思いに首の骨を折ってしまうか。それで動きが止まる保証はないけどね。

 

「まあ、四肢を壊せば動けなくはなるだろう」

 

 さっきと同じように構えて相手の出方を伺う。相手は左腕のハンデを構うことなく今度は横に振りかぶって首を狙いに来た。

 だから今度は右腕を上から左下に変え、最後は僕がグッと押し込んで相手が自分自身の左足を刺すように誘導。本来は自分の力は殆ど加えないが相手が痛みを感じないから深く刺さるようにね。

 何かを刺そうと思って握った手は放そうと思ってもそう簡単に放せない。相手の左足と右手がナイフで一時的に封じられてる間に残りの右足を折りに行く。

 

「ハァァッ!」

「グォッ」

 

 右足を狙いに行った瞬間、相手は折ったハズの左腕で反撃に出た。

 

「なっ!?」

 

 とっさに右翼で弾き右足への攻撃を中断して距離を取る。その間に相手は左足に刺さったナイフを抜いて再び逆手持ちで上段に構えた。

 確かに左腕の骨を折った感触も音もしていた。つまり、軽度の骨折程度は問題にならないと言うことか。これは厄介だね。

 

「仕方ない、もっと❝残酷❞な方法を使うしかないか。相手が痛みを感じない体なのがお互いの救いだよ」

 

 お互いの攻撃が失敗し勝負は仕切り直し状態となった。

 相手も二度の痛手で学習したようですぐには攻撃してこずに僕の周りを緩急つけながらぐるぐると回る。何周か回った所で僕の背後から強い殺気が突き刺さる。

 

「真後ろからでも反応できるよ!」

 

 感じた通り相手は僕の真後ろから、両手にナイフを持って騎士(ナイト)に勝るとも劣らぬ速さで近づいて来ていた。

 右手のナイフには体が反応しない。かと言って左手のナイフにも反応しない。僕の体が殺意を感じ取ったのは――――。

 

「左足だ!」

 

 僕が感じた通り相手は僕の目前で両手のナイフを手放した。僕に手首を掴まれることを防ぐためか、はたまた常識外の行動で意表を突くためか。

 手放したナイフの一本を左足で僕の頭部目掛けて蹴り上げた。だけど早い段階で偽物に気づき本命に気づいた僕はその攻撃を躱し、逆に左足を(とら)えてた。

 

「グヴァッ!?」

「素直に退いとくべきだったね」

 

 これまでと同じように後頭部を思いっきり地面に激突させる。目立ったダメージは通ってなさそうだが、相手からは信じられないと言った感情がうかがえる。

 やっぱり。彼は痛覚はないけど自分の思考は持っているようだ。ならば脳を揺らす攻撃の有用性が高くなってきたよ。まあ、どちらにせよ今度の追撃には関係ないけどね。

 

「今度の追撃はちょっとキツイよ?」

 

 手のひらから人間の男性がすっぽり入る程の大きさの炎を創り出し、その炎で倒れてる相手を包んだ。

 

「炎目、火葬体験」

「グギャァァァァァァァッ!」

 

 普段は暖かい程度の僕の炎だが全力で力を籠めれば本物の業火と同じ熱さを再現できる。全力で力を籠めた僕の炎に身を包まれる事はさながら生きたまま棺に入れられて火葬されると同じ。

 まあ、僕の炎はそれだけ力を籠めても燃やすことはできない。せいぜい灼熱の砂漠をさまようような体験で体力と水分を奪うことくらいかな。どちらにせよゾンビ相手には効果は薄い。

 体が火に包まれたことで暴れまわってるのはただ驚いてるだけだろう。しばらくすればその炎が炎の性質を持ってないことには気づくだろうね。

 

「そこは火葬場じゃなくて―――僕の手のひらさ!」

 

 身を包む炎がその身を焼かないことに気づいた相手は暴れることを止めたが、今度はその場で身を小さくして何かに耐えている。

 それもそのはず、今言った通りそこは僕の手のひらの中。焼き殺すことはできないけど、炎を圧縮させて圧死させることはできる。木場さんの魔剣を握りつぶした時と同じようにね。

 本来なら身を焼く程の熱さで抵抗する力を奪う残酷な技。この技に捕まれば、僕の炎の性質で妖術が使えない(どころ)か残った妖力までも失う。

 

「グッ……グガァァァァァァァァァァッ!!」

「うぉ!」

 

 しかしゾンビ相手には炎の消耗はなく、逆に力負けして炎の棺を押し返されてしまった。だけどこれでこの手の攻撃は十分通じることが確認できたよ。

 この方法なら五体を完全に破壊しきることができる。流石に潰せば再生はしないだろうし、頭部をつぶせば殺せるだろう。

 火葬体験から脱出した相手は先ほど以上に距離を取りながらじっとこちらを見ている。

 

「流石にもう簡単には近づいて来ないか……」

「グルルルルル……」

 

 マントのナイフに手をかけて、僕の方を見たままじりじりと後退していく。その生気の宿ってない赤い目には先ほどまでの殺意は感じられない。

 これで終わったかと思っていると、僕に背を向けずじりじりと下がると、ちょうど炎の光が届かない範囲であいつは引っ張られた。

 

「グガァ? ———グガァァァァァ!?」

 

 後ろを振り返ったあいつは闇の中の相手を確認すると逃れるようにもがきだした。

 さらには先ほどまで僕から逃れようとしていたのに、僕に助けを請うように手を伸ばす。もしかしたら―――あいつは元々は僕たちを殺す為に闇を張ったのではなく、後ろの何かから身を隠す為に闇に紛れていたのではないだろうか?

 後ろから引っ張る何かに対して必死に抵抗するが、あいつの腰に女性のような細い腕が巻き付くとあいつは抵抗むなしく闇の中へと引きずり込まれた。

 

 ガブッ! ……グチャ グチャ グチャ

 

 獣が肉を引き裂くような生々しい音が闇の向こうから聴こえてくる。あいつがもがく音もわずかにあった生物の気配も消えた。

 しかし闇から僅かに見えた腕には不自然にも気配を感じなかった。暗闇に紛れていたなら高度な隠蔽(いんぺい)能力があれば納得できる。が、あの腕からは見えていてなお不思議と殆ど気配を感じることができない。まるで絵の中の人物を見ているかのような気分だったよ。

 

「♪~♪」

 

 新たに火の玉を創り出し見える範囲を一部から全体に広げた。僕の炎目で複雑なのは形成と操作のみ。簡単なものを固定させるならば数を揃えるのは苦ではない。

 暗闇の中から現れたのは、既に体の殆どを喰いつくされたあいつと、黒髪でざんばら髪の女性の後ろ姿。

 その女性は部屋が明るくなったことでビクッと体を震わせ振り向いた。

 

「ヒィッ!!」

「……罪千さん?」

「み、ないでくださいぃぃっ!!」

 

 罪千さんは両腕で顔を隠すがもう遅い。下半身しか残っていないあいつの残骸も、血濡れた罪千さんの口元もバッチリ見てしまった。それよりもなぜ罪千さんがここに居るのか? それだけが今の僕の疑問である。

 

「罪千さん」

「ヒィィィ!」

 

 僕が一歩踏み出すと罪千さんは怯えて入口の方へと走り去ってしまった。なぜあいつが短時間でここまで喰いつくされたどうでもいい、だけど罪千さんが此処にいる理由だけはどうしても気になる。場合によっては見過ごせないかもしれないからね。

 逃げる罪千さんを追おうとするが、それは叶わなくなった。

 

「まって、罪千さん……!」

 

 ————ザク!

 

 柱の陰から突如伸びて来た斧が罪千さんの首を切断した。さっき喰われた奴と同じ死人の肌色をした別の奴。

 罪千さんはその場で倒れ切断面からおびただしい量の血を流す。その凄惨な光景に僕の目は釘づけとなった。

 

「罪千……さん」

「グヴォヴォヴォヴォ」

 

 首を()ねた張本人は嬉しそうに笑みを浮かべている。その表情に対して心の奥底から黒い感情が湧き出てくる。罪千さんの血すら黒く見えてしまうほどに。

 戦場に立ってるなら闇討ちなんてよくある話。例え迷い込んだ一般人だろうと気を抜いて死んでしまっても仕方のない場所。だからあいつがやったことは間違いじゃないのかもしれない。だけど、それが僕が黒い感情を持ってはいけない理由にはならない。

 その黒い感情が僕に何度も囁く、『あいつを飲み込んでしまえ』と。心の奥底から湧き上がる黒い炎が脳裏に浮かぶあいつを包み込む。

 

「グヴォヴォ」

 

 罪千さんを殺した後、あいつは僕を見つけて嬉しそうに声を上げた。弱そうで孤立している都合のいい獲物が見つかったと思っているのだろう。

 そいつは軽い足取りで罪千さんの遺体を踏みつけて僕の方へ歩いてくる。下衆な笑みをお浮かべて斧を振り回す。まるでこれからお前を殺すから逃げれるだけ逃げて見ろと言っているかのようだ。

 

「僕は君に対して一切可哀想なんて感情は持たないからね」

「グヴォ?」

 

 逃げない所か自分に対して生意気なことを言ってる僕が不思議でしょうがいないと言った表情だ。自分の方が圧倒的強者と思い込み、遊び殺す相手としか思ってなければそう思うよね。

 ———よかったよ、ここにリアスさんたちがいなくて。———よかったよ、他の人が簡単には入ってこれないような場所で。———よかったよ、君がこんなにもわかりやすい下衆で。

 僕は自分の神器『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』を発動させると、両手に白と黒の刺青が浮かび上がる。

 

禁手化(バランス・ブレイク)

 

 両手の刺青が薄っすらと怪しく輝き、白と黒の刺青が白と白に変わると肌の中にすぅっと溶けていった。僅かな神器の跡はきれいさっぱりと消えてしまう。だがこれでいい、これで僕の禁手は完了したのだ。

 あいつは目の前で起こった些細でも奇妙な輝きに一切警戒することなく手に持った斧を振り上げて襲って来る。

 

「どうせ君も彼と同じで痛みなんて感じないんだろう? だから思い出させてあげるよ、決して逃れることのできない恐怖を」

 

 あいつと違って愚鈍で単調な攻撃を避けることなんて容易い。こいつはだいぶ格下なようだね。

 僕はその攻撃を避けつつ相手の手首を掴んでぐるりと一回転させ背中から地面に落としてやった。しかもあいつと違って激突ではなく衝突程度に収めてある。

 別に慈悲とかそういう意味合いは全くない。かと言って格下への手加減でもない。そうした方がより長いから。

 

「グヴォギャァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 倒れるそいつは突如、大音量の悲鳴を上げた。立ち上がることもせずに、まるで子供が駄々を捏ねてるかのように両足をバタつかせながら僕がついさっきまで握っていた左手首を握る。

 投げられた衝撃で落としてしまった斧を拾い上げて、自分の左手首目掛けて振り上げた。しかし僕は自分の腕を切り落とそうとする手を優しく止めてあげる。

 

「ダメだよ、親からもらった体を粗末にしちゃ。ねっ?」

 

 小さな子供に言い聞かせるように、左手で相手の右頬を優しく撫でる。優しい笑顔も忘れずにね。すると、あいつはさらに悲鳴を上げてその場で膝を着く。

 あいつの両腕と右頬には真っ黒な痣が出来ておりそれが徐々に遅くないスピードで広がっている。

 

「この世で最も原始的な恐怖、それは痛み。恐怖という物を根本まで掘り下げれば必ず痛みへと辿り着く。それが身体的なものか精神的なものかってだけ。体の痛みか心の痛みか。それは邪悪な神が万物に与えた呪いであり祝福。生きとし生けるものは耐えがたい苦痛の存在のおかげで成長し自分以外を思いやる優しさを覚える」

 

 痛みに悶え苦しむ相手に小学校の先生にでもなったつもりで説教する。まあ、相手は僕の話なんて聞いちゃいないしそんな余裕はないだろうけどね。

 

「痛みの概念を与える、それが僕の禁手。『天地万有の恐怖(ユニバース・ホラー)』」

 

 僕が一歩近づくと相手は痛みと恐怖に顔をゆがませて、慌てふためきながら立ち上がって入口へと逃げようとする。僕から逃げても痛み(能力)からは逃げられないのに。

 たった一撃でも『天地万有の恐怖(ユニバース・ホラー)』の呪いを受ければあとは呪いが全身を毒のように広がっていく。

 

「この恐怖()からは誰も逃れられない。生者だろうが死者だろうと―――無機物だってね」

 

 あいつから没収した斧の刃部分を指でなぞる。するとなぞった部分が黒く浸食されていく。

 それをあいつの足目掛けて投げつけた。すると斧は見事相手の右足に命中し深々と刺さる。さらに、その部分からさらに。『天地万有の恐怖(ユニバース・ホラー)』の浸食が広がる。

 

「グギャ! グヴォギャァァァァァァァァァァァッ!!」

「痛いでしょ? これが『天地万有の恐怖(ユニバース・ホラー)』の苦痛の厄災、『世界五大病苦(ファイブ・ディダスター)』第二の厄災」

 

 僕の痛みの呪いにはいくつか種類がある。最初に使った一番目は触れた部位を痛みが侵食するシンプルなもの。これは僕の手が直接触れたものにしか作用しない。

 そして今使ったのが二番目。浸食速度は一番目に劣るが、その代わり無機物までも浸食でき、間接的な痛みの感染を可能とする。ただしこれは無機物から生物へ、生物から生物へと感染はするが無機物から無機物への感染はしない。

 

「悪いけど僕の腹の虫はまだ収まりそうもないんだ」

 

 相手は斧が突き刺さったまま再び立ち上がって逃げようとするが、あまりの痛みでうまく立ち上がれない様子。まだ立ち上がろうと思える元気があるみたいだね、よかったよ。

 

「『世界五大病苦(ファイブ・ディダスター)』、第四の厄災」

 

 呪いの種類を変えて再びあいつの両足を軽く触る。すると今度は立ち上がろうとせずに、突き刺さった斧を強く押して足を切断しにかかる。浸食部位を捨て去れば苦痛の概念から逃れられる―――二番目まではね。

 僕は自分の足を切断する様子をただじっと眺めた。だってそれは無駄だから。

 

「『世界五大病苦(ファイブ・ディダスター)』第四の厄災は痛みの永住化。この呪いは一番目と似ているがその性質は一番目よりも残酷」

 

 第四の厄災を受けた部位は例え本人から切り離されてもその部位があるのと同じように痛みを与え続ける。しかもその痛みは最も強力。

 この呪いから逃れる為にはいよいよ僕に懇願するしかない。まあ、こんな残酷な禁手を使うほどの相手に慈悲をかけることは殆どないだろうけどね。

 僕の目にははっきりと見える、既にありもしない部位から呪いが広がっていく様子が。

 

「グヴッ……グヴヴ……」

 

 自らの足を切断し虫のように地面を這いずりながらも入口へと逃れようとする。

 その無様な様子をじっと眺める。彼の心中は痛みから逃れる為には死すら望んでいることだろう。だけどその願いは例え生者であっても届かない。

 

「死者の体を嘆くことはないよ。例え生者の体でだってまだ死ねないよ」

 

 永久に慣れることのない痛みの概念を与えられれば、普通なら本能がすぐさま死を望み自ら精神を即座に破壊し生命活動を停止させてしまうだろう。だけど僕の神器はそれを許さない。相手を痛めつけると同時にそれに耐えうるように精神と肉体を繋ぎとめてしまう。

 『天地万有の恐怖(ユニバース・ホラー)』は言い換えれば極端な生命進化の縮図。生命はあらゆる痛みを体験しそれに耐えうるように進化を重ねた。苦しむと同時に簡単には諦められぬように運命がそう創り上げたのだからね。

 

「地震・台風・津波・火事、世界にはあらゆる自然の厄災が存在する。その厄災が偉大な先人たちを生み出した」

 

 今のはこころさんの受け売りだけどね。

 平安時代で開花した僕の厄災は邪神と出会って核心へと近づいた。曖昧だったこともなぜか昔読んだ本の内容を思い出すかのように鮮明になっていく。それが嬉しくもあり恐ろしくもあった。

 

「グヴゥ……ヴァァァァァァァァァ!!」

 

 ついに呪いの痣が体の半分ほどに達した。何にも例えられぬ概念の痛みが体の半分を覆う痛さは受けた本人以外では想像もできないだろう。

 僕の友人を殺したのは許せない。だけど、やっぱり『天地万有の恐怖(ユニバース・ホラー)』は残酷すぎる。触れるだけで相手に耐えがたい痛みを与える能力は九尾流柔術と相性抜群。欠点はこの強力過ぎる残虐性。邪神の王の力に対抗できる力なんてそうそうないだろう。

 

「もういい、悲鳴が耳障りだ。最期に消失の恐怖を味わって消えろ」

 

 第三の厄災、それは痛みを与えて破壊すること。僕の呪いは総じて相手を侵食し破壊するが、第三以外は全身を侵食しきって初めて破壊を始める。つまり、死ににくい肉体で痛みが全身に回るまで痛みに悶え続ける。

 僕の禁手を受けて浸食スピードが最も速く即座に破壊する三番目で死ねるのは相手にとって幸運なこと。苦しむ時間は短くて済むし失った部位の痛みからは解放され、何より痛みが最も軽い。破壊と併用してるから弱いだけで概念の耐えがたい苦痛には変わりないけど。

 本来は『天地万有の恐怖(ユニバース・ホラー)』を受けてなお耐えて果敢に立ち向かって来る強者に使うんだけどね。

 

「せめてその苦しみに、今まで生きていた実感を持って死んでくれたら幸いだ」

 

 僕の第三の厄災が触れた場所からボロボロと体が崩れ始める。初速は最も遅く指先一本からしか発動できないが、スピードは累乗で速くなるから結果的に今まで苦しんだ時間よりもずっと早く消滅できるだろう。

 あいつは痛みでもがき苦しみながらも徐々に細胞の一欠けらも残さず消滅していく。その表情には自身の喪失への恐怖と同時に痛みから解放されていく安堵が見え隠れする。

 もう放っておいても反撃する意思も力も無いだろう。だけど……罪千さんはもう……。

 

「ヴァァァ……」

「!?」

 

 突如背後から聴こえた声に反応して振り向くと、そこには違うゾンビが大きく口を開けて僕に噛みつこうとしていた!しまった! 都合のいい空間と相手への怒りで見逃すなんて! 

 いかにも愚鈍そうなゾンビで武器を持っていない。だけどそれ故に気配も二人に比べても微弱。足音もあいつの悲鳴で全く気付かなかったよ。

 のろまな攻撃もこの距離と油断しきった今では返せない。仕方なく相手の噛みつき攻撃を腕で受け止めようとした時。

 

「ダメです!」

 

 誰かが僕に噛みつこうとするゾンビを引きはがしてくれた。引きはがしてくれたのはなんと、首を刎ねられたはずの罪千さんだった。

 驚くべきはそれだけではない。ゾンビの頭を両手でがっしりと掴んだ罪千さんの顔全体が口に変化した。目も鼻もなくなり、顔全体を支配する巨大な口がゾンビを喰いつくす。

 

 グチャグチャグチャグチャ!

 

 まるで機械に放り込まれたかのようにゾンビはその全体を罪千さんの口の中に消した。

 ゾンビを喰いつくし罪千さんの顔が戻ると真っ先に目線が合う。次の捕食対象を見つけた目ではなく、むしろ強い恐怖心を抱いている目だ。

 

「あ……あの……」

「罪千さん!」

「ひうっ!」

 

 僕は我慢できずに罪千さんに抱き着いた。だって、殺されたと思った罪千さんが生きていたんだよ? うれしくて自分をうまく抑制できない!

 こんな恐怖した罪千さんにいきなり抱き着くのは間違ってると思う。だけど、この喜びを止められないよー!

 

「罪千さん! よかった……生きててよかった……」

「こ、誇銅さん……私が怖くないんですか?」

「へ? なんで?」

 

 抱き着いたまま罪千さんの顔を見上げると、そこには先ほどの恐怖心の代わりに同等の疑問に思う心が見える。

 

「なんでって……私は誇銅さんの目の前で、ひ……人を食べたんですよ! それもおぞましい化け物の顔になって! なのに……なんで……」

 

 あ~そういう意味か。確かに客観的に考えてみれば罪千さんのあの姿はだいたいは恐怖するだろうね。さらに目の前で人の形をしたものを丸ごと喰った。自分も食べられるかもと思うかもね、普通は。

 だけど僕は不思議と罪千さんを怖いと思えなかった。化け物の姿を見ても、人の形をしたゾンビを食べても。元人間が目の前で食べられたことに何の感情も感じなかった。この感覚は絶対に僕の方がおかしいんだろうけどね。

 だから僕は罪千さんを怖がらない。恐怖のマイナスが無ければ残るは友人が生きていたプラスだけ。

 

「一つだけ訊かせて。罪千さんは僕の敵なの?」

「違います!」

 

 一応訊いてみると罪千さんは即答。うん、今の言葉から偽りは感じなかったし信じるよ! そしてこれで僕が罪千さんを怖がる理由が何一つなくなった。

 

「じゃあ安心だね!」

「でも!」

「罪千さんは僕の敵じゃない、クラスメイトの友達。それだけで十分じゃない?」

「え?」

「僕は今はそれで十分だと思ってるよ」

 

 笑顔でそう答えると罪千さんの瞳から少しだけ不安が消えたように見えた。まだまだ不安の影は見えるけど、そこに一筋の光でも通れば万々歳だね。

 おっと、家族以外の女性に長時間の無断ハグは失礼だったね。いい加減罪千さんから手を離す。そのおかげで緊張しっぱなしの罪千さんの表情が少し和らいだ。

 

「罪千さんは此処から早く逃げた方がいい。例え罪千さんが強くてもここにはめんどくさい人たちがたくさんいるからね」

「あの……私が此処にいる理由は訊かなくていいんですか? それと、私の正体も……」

「僕が訊くのはたった一つ、そう約束したんだから他を無理に訊いたりなんてしないよ。言いたくないことは言わなくていい」

 

 僕がそういうと罪千さんはしょんぼりとした表情になる。今の言い方はちょっと冷たい言い方だったかも……。

 

「秘密を明かすことは信頼の証。秘密は他人との境界線であると共に身を護る鎧。だから僕は自分が信頼した人にしか秘密を明かさない。それと同時に僕も他人の秘密を詮索するような行為は控えてる」

 

 だから決して罪千さんを精神的に追い詰めてるわけじゃないからね! って言う旨趣は伝わったかな? 罪千さんがしょんぼりとしてしまったのはそういう理由だと推測したんだけど……。

 推測が正解したのか定かではないけど罪千さんの表情は少しばかり戻った気がする。そして下を向いたまま僕に言う。

 

「あ、あの、誇銅さん」

「なあに?」

「私がここに居る理由、私の正体も……誇銅さんにお教えします。ですが、ここではお話しできません。私も、やらなくちゃいけないことがあるので……。だから、帰ってから必ずご説明します!」

 

 震える声でそう言ってくれた罪千さんの手を優しく両手で握る。事情はわからないけど、勇気を振り絞って言ってくれたのは伝わったよ。特に自分の正体を教えることには相当な勇気が必要だったと思う。

 臆病な罪千さんが勇気を出して境界線から出てきてくれたんだ、僕もそれに全身全霊を持って答えなくちゃね。絶対に罪千さんの信頼を裏切るようなことはしないよ。

 

「ありがとう、罪千さん。だけど無理はしなくていいからね? 言っちゃいけない事、親しい人にも秘密にしたいことってのはあるんだから」

「大丈夫です。それに、誇銅さんには知ってほしいんです、本当の私を……」

 

 いつも通り自信なさげに手をもじもじさせ目線を合わせようとしない罪千さん。だけどチラチラと僕の顔色を窺ってる様子。

 話すこともなくなったしお互いいつまでもここでボーっとしてるわけにはいかない。罪千さんはやることがあるって言ってたし、僕も立場上リアスさんの所に戻らなくてはならない。

 

「それじゃ、僕もぼちぼち行かなくちゃいけないから。また学校で会おうね」

「はい」

 

 そう言って僕は出口の方へと歩いていく。別に変な乱れもないから駆けつける必要もないと思ってね。はぐれた言い訳もあの人たちになら場合も場合だし適当でいいか。下手すれば未だに気づいてなくて言い訳する必要もないかもね!

 さて、これで面倒ごとはあらかた片付いた。後は一誠辺りが厄介ごとを起こさなければ時期終わるだろう。どうやら今回は比較的楽に事が済みそうだ。

 ふと後ろを振り返ると、そこには罪千さんの姿も下半身だけ残っていたあいつの遺体もなくなっていた。指を鳴らして明かりの炎を消すと神殿は再び闇に閉ざされる。



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性欲な赤龍帝の暴走

 残念ながら、今回は誇銅は出て来ません。主人公なのに出れないとはこれいかに……。


 一誠たちが辿り着いたのは―――最深部にある神殿だった。その内部に入っていくと、前方に巨大な装置らしきものが姿を現す。

 壁に埋め込まれた巨大な円形の装置。その装置のあっちこっちに宝玉が埋め込まれ、怪しげな紋様と文字が刻まれていた。

 それが何なのか一誠たちは理解できなかったが、一誠は装置の中央を見て叫んだ。

 

「アーシアァァァアアアアッ!」

 

 装置の真ん中に、アーシアが磔にされている。外傷もなく、衣類が乱れた様子もないことにとりあえず一安心する一誠。

 

「……イッセーさん?」

 

 一誠の声を聞いてアーシアがそっちへ顔を向けた。その目元は腫れ上がっている。

 その目元の腫れは、アーシアが尋常ではない程涙を流した証。一誠はそれを見て、嫌な結論に至った。

 

「やっと来たんだね。用意しておいたサプライズに手間取ったのかな? ……ん?」

 

 装置の横からディオドラ・アスタロトが姿を現した。優し気ない目が一誠の怒りをより高める。

 リアスたちを見てディオドラは何か違和感を覚え、指をさして一人一人数え始める。———一人足りない。

 自分の違和感が何かに気づくと、ディオドラは再び笑みを浮かべる。

 一誠は禁手のカウントダウンを始めていた。カウントが終了したら、すぐさまディオドラの顔面に一発入れるために。

 

「……ディオドラ、おまえ、アーシアに事の顛末を話したのか?」

 

 先ほどフリードが語ったことを絶対にアーシアに聞かせたくはないと思っていた一誠。

 だから自分の問いに否定してほしいと思っていたが、ディオドラは一誠の問いににんまりと微笑む。

 

「うん、全部アーシアに話したよ。ふふふ、キミたちにも見せたかったな。彼女が最高の表情になった瞬間を。全部、僕の手のひらで動いていたと知った時のアーシアの顔は本当に最高だったよ。そうだ、記録映像にも残したんだ。再生しようか? 本当に素敵な顔なんだよ? 教会の女が堕ちる瞬間の表情は、何度見ても堪らないなぁ」

 

 アーシアがすすり泣きを始める。

 

「でも、足りないと思うんだ。アーシアにはまだキミ達と言う希望が残ってる。特にそこの汚れた赤龍帝。キミがアーシアを救ってしまったせいで、僕の計画は台無しになってしまった。あの堕天使の女―――レイナーレが一度アーシアを殺したあと、僕が登場してレイナーレを殺し、その場で駒を与える予定だったんだ。キミが乱入してもレイナーレには勝てないと思ったんだけど、そうしたらキミは赤龍帝だという。偶然にしてはおそろしい出来事だね。おかげで計画はだいぶ遅れてしまったけど、やっと僕の手元に帰って来た。これで存分にアーシアを楽しめるよ」

「黙れ」

 

 一誠は低い声で怒りを込めて言った。

 ディオドラの鬼畜な本性を見て、ディオドラがアーシアに愛を語っていた時のことを思い出す。

 ヴァーリが俺の親を殺すと言った時以上に、リアスのバストを半分にすると言った時並みに、一誠の中に怒りが湧き上がってくる!

 

「アーシアはまだ処女だよね? やっぱり調教するには処女じゃないとだから、赤龍帝のお古はちょっと……。いやまてよ、赤龍帝から寝取るのも楽しみ方の一つかな?」

 

 そして思った。———コイツだけは、絶対にぶん殴らないと気が済まない!

 

「キミの名前を呼ぶアーシアを無理やり犯すのも―――」

「黙れェェェェェェェェェッ!」

『Welsh Dragon Blance Breaker!!!!』

 

 一誠の中で何かが勢いよく弾け飛んだ!

 

「ディオドラァァァァァァァァァッ! てめえだけは! 絶対に許さねぇッ!」

 

 膨大な赤いオーラに包まれ、一誠は赤龍帝の禁手である全身鎧を身に纏っていた。

 一誠の想いに神器が呼応したのか、二分と経たずに禁手と化した!

 

「部長、皆、絶対に手を出さないでください」

「イッセー。全員で倒すわ―――と、言いたい所だけど、いまのあなたを止められそうもないわね。———手加減してはだめよ」

 

 リアスは一誠にとって最高の一言を発する。そもそも一誠は手加減するつもりは一切ないのだが。

 

「ドライグ、聞こえるか?」

『なんだ、相棒』

「今回だけ、好きにやらせてくれ」

『……わかった』

 

 一誠の姿を見て、ディオドラは楽しげに高笑いをしていた。ディオドラには見えているのだ、自らが赤龍帝である一誠を圧倒するシーンが。

 ディオドラの全身がドス黒いオーラに包まれていく。

 

「アハハハハ! すごいね!これが赤龍帝! でも、僕もパワーアップしているんだ! オーフィスからもらった『蛇』でね! キミなんて瞬殺―――」

 

 ゴォォォォオオオオオッ!

 

 一誠は背中の魔力噴出口から火を噴かし、瞬間的なダッシュで間を詰める。

 

 ドゴンッ!

 

 そのままディオドラが言い切る前に一誠は打拳(だけん)をディオドラの腹部に鋭く打ち込んだ。

 

「……がっ」

 

 ディオドラの体がくの字に曲がり、激痛で表情が歪む。それと同時に内容物と共に口から血を吐き出した。

 

「瞬殺がどうしたって?」

 

 ディオドラは腹部を押えながら、後ずさりしていく。そこには先ほどまでの余裕のある笑みは消失していた。

 

「くっ! こんなことで……! 僕は上級悪魔だ! 現魔王ベルゼブブの血筋だぞ!!」

 

 自らの想像していた勝利のヴィジョンは崩れたが未だに自らの勝利を信じて疑わない。

 ディオドラは手を前に突き出し、魔力の弾を無数に展開した。

 

「キミのような下級で下劣で下品で野蛮な転生悪魔ごときに、気高き血が負けるはずがないんだッ!!」

 

 ディオドラの放つ無限に等しい魔力弾の雨が一誠へと向かう。

 一誠は避けもせずにその雨の中を一歩一歩踏み出した。弾を手で弾いたり、跳ね返えしたりしながら詰め寄っていく。鎧に被弾しても特にダメージがないため一誠は一切気にせずに前進する。

 

(ありがとうよ、タンニーンのおっさん。あのしごき、効果があったなんてもんじゃねぇよ。相手は部長よりも強くなっているはずなのに、攻撃が全く怖くない)

 

 自らを鍛えてくれた龍王に対して心の中で礼を言う一誠。

 

『そうだ、龍王との修行はおまえを相当鍛えこんだ。シトリーとの一戦はその修行成果を生かしきれなかったが、制限無しならば力を出し切れる。鎧の防御力もシトリー戦の頃に比べてだいぶ安定してきた』

 

 ディオドラの眼前まで迫った時、ディオドラは魔力の攻撃を止めて一誠から距離を取ろうとした。

 一誠は背中の魔力噴出口を瞬時に噴かして、すぐにディオドラに追いついた。その瞬間、幾重にも防御障壁を創り出す。

 

「ヴァーリの作った障壁よりも薄そうだな」

 

 バリンッ!

 

 一誠の拳が防御障壁をすべて難なく壊して貫き、ディオドラの顔面に一撃入れた。心の底から憎いと思った相手の顔面に一撃を入れ込み、一誠の気分が一気に晴れる。だが、これで終わらせる気はない。

 殴られた勢いでディオドラの体が床に叩きつけられる。ディオドラは顔から血を噴出させて、涙を溢れさせていた。

 

「……痛い、痛い……。痛いよ! どうして!? 僕の魔力は当たったのに! オーフィスの力で、絶大なまでに引き上げられた筈なのに!」

 

 俺はディオドラの体を引き上げ、オーラの籠った拳を打ち込む! 腹部に一撃!

 

「ぐわっ! がはっ!」

 

 一誠はさらに顔面に一発。そしてさらに、オーラを右手に集結させて、莫大な量でディオドラに叩き込もうとする!

 

「こんな腐れドラゴンに僕がぁぁぁぁっ!」

 

 ディオドラは左手を前に突き出し分厚いオーラの壁を出現させる。

 一誠の拳がオーラの壁にぶち当たり、勢いを相殺されそうになった。

 こんなもの、すぐに突破してやると思った一誠だが、先ほどの防御障壁と違い壊れない。

 

「アハハハハハッ! ほら見た事か! 僕の方が魔力は上なんだ! ただのパワーバカの赤龍帝が僕に敵うハズはずがないんだ!」

 

 にんまりと笑うディオドラの前で一誠は赤龍帝の力を容赦なく振り込んだ。

 

「そのパワーバカのパワーを見せてやろうか?」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 背中の魔力噴出口から膨大なオーラが噴出して、拳の勢いが増していく。

 

 ビキッ!

 

 壁に少しだけヒビが生まれる。同時にディオドラの笑みにもヒビが入る。

 

 バリンッ!

 

 そしてついに壁は威力が増大した一誠の拳の一撃に儚い音を立てて消失していった。

 

「俺んちのアーシアを泣かすんじゃねぇよッ!」

 

 顔色を変えたディオドラに、一誠は真正面から叫びながら拳を繰り出した!

 前に突き出していたディオドラの左手を叩き折り、その勢いで顔面に拳が撃ち込まれた。

 ディオドラは一誠の一撃で柱まで吹っ飛び、背中から激突する。

 床に落ちたディオドラはおろおろと地を這いずりながら叫んだ。

 

「嘘だ! やられるはずがない! アガレスにも勝った! バアルにもシトリーにも勝つ予定だ! 才能のない大王家の跡取りなんかに負けるはずがない! コソコソとした戦いしかできないシトリー負けるはずがない! 情愛が深いグレモリーなんか僕の相手になるはずがない! 僕はアスタロト家のディオドラなんだぞ!」

 

 ディオドラが手を上へ突き上げると、一誠の周囲に魔力で創り出した鋭い円錐状のものを幾重にも出現させ、ミサイルのように射出する。

 全部は躱しきれない一誠は、いくつかのトゲトゲを拳や蹴りで弾き飛ばす。だが、切っ先がうねり始め、トゲトゲは意思を持ったかのように一誠に纏わりつく。

 鎧の隙間を探すようにぬって、一番装甲が薄い部分を破壊して一誠の体を貫いてきた。

 単純な力押しでは敵わないと思ったディオドラは、魔力を集中させて鎧に小さな穴を開けたのだ。

 この方法が通じるのを確認すると、もう一度同じ攻撃をしようとするディオドラ。だが、そううまくはいかなかった。一誠は自らを射抜いたトゲトゲを両手で全部まとめて体から引き、背中のブーストを噴かして瞬時に詰め寄り、蹴りを放った。

 その攻撃は鈍い音が神殿にこだまし、ディオドラの右大腿部(だいたいぶ)をぶち抜き、骨を粉砕した。

 

「ちくしょぉぉおおおおおおおおっ!」

 

 苦痛に顔をゆがませるディオドラは、一誠へ手を向けて魔力を急激に集める。一誠も負けじとディオドラに手を突き付け、ドラゴンのオーラを集めていく!

 

 ドシュゥゥゥウウウウウウウウッ!

 

 一誠の右手から赤い閃光が走り、ディオドラの手からも極大な魔力弾が撃ちだされる。

 お互いの一撃が宙でぶつかり合い、せめぎ合うが。

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 神器から増加された力が流れ込み、一誠のドラゴンショットのパワーを底上げしていく。

 地力はディオドラの方が上でも、一誠には力を倍加する神滅具がある。単純で感情の起伏が激しい一誠に、想いや感情で力が増減する神器を持たせればどうなるか。

 

 ドンッ!

 

 一誠のドラゴンショットがディオドラの魔力を吹っ飛ばし、ディオドラのすぐ横をかすめた。

 ディオドラの横を通り過ぎたドラゴンのオーラが神殿の一部を大きく抉り、壁を突き抜けて、そとにまで達した。

 それでもなけなしのプライドからかディオドラはもう一度魔力を練りこもうとするが、一誠は勢いよく拳を床にたたきつけた。すると神殿そのものが大きく揺れる。

 ディオドラは床にできた巨大なクレーターを見て、目元をひくつかせていた。この一撃で残った最後のプライドも崩れ去る。

 ガチガチと歯を鳴らし震えあがるディオドラ。そこへ一誠は歩み寄り、もう一度ディオドラを引き上げる。

 一誠は鎧のマスク部分を収納し、素の状態で全身から赤いオーラを発しながらにらみつけた。

 

「二度とアーシアに近づくなッ! 次に俺たちのもとに姿を現したら、その時は本当に消し飛ばしてやるッ!」

『相棒。そいつの心はもう終わった。そいつの瞳にはドラゴンに恐怖を刻み込まれた者のそれだ』

 

 ディオドラの瞳は、怯えの色に染まっていた。

 一誠ははディオドラを手放したが、ディオドラはガチガチと震えるだけ。

 

「イッセー、トドメを刺さないのか?」

 

 と、ゼノヴィアがアスカロンの切っ先をディオドラに突き立てて訊いてくる。

 その瞳は殺意により凶悪なほど冷たいものになっていた。

 

「アーシアにまた近づくかもしれない。今この場で首を刎ねた方が今後の為じゃないのか?」

 

 ディオドラを殴って幾分スッキリした一誠と違い、ゼノヴィアの鬱憤はあまり晴れていない。エクソシスト時代にも一誠なんかよりもたくさんの悪魔の命を奪ってきたゼノヴィア。一誠か、リアスが応じればすぐさまにディオドラの首を刎ね飛ばすつもりだ。

 しかし、一誠は首を横に振る。

 

「……こいつも一応魔王の血筋だ。いくらテロに荷担したからといって、殺したら部長や部長のお兄さんに迷惑をかけるかもしれない。もう十分殴り飛ばしたさ」

 

 リアスも一誠の言葉に眉をしかめ瞑目していた。リアス自身も激怒していたが、ディオドラの処分は上に任せると決めていた。

 ゼノヴィアは心底悔しそうにしていたが、アスカロンを勢い良くぶっ刺す。

 

「……わかったよ。イッセーが言うなら私は止める。———だが」

「ああ、そうだ」

 

 一誠とゼノヴィアは拳と剣、それぞれをディオドラに向けて。

 

「「もう、アーシアに言い寄るなッ!」」

 

 一誠とゼノヴィアの言葉にディオドラは瞳を恐怖で潤ませながら何度もうなずく。プライドをずたずたにされたディオドラにはもううなずくこと以外はできない。

 二人はディオドラを解放すると、アーシアのほうへ足を向ける。

 

「アーシア!」

 

 装置のあるところへリアスたちが集合していく。

 

「イッセーさん!」

「助けに来たぞ、アーシア。ハハハ、約束したもんな。必ず守るって」

 

 ディオドラが完全敗北を認め、すべてが終わったことに安堵アーシアはうれし泣きをした。アーシアも救い、あとは神殿地下に逃げ込んでアザゼル総督たちがことを収めるまで待機するだけ。

 アーシアを装置から外そうと木場たちが手探りに作業をし始めた。———だが、少しして木場の顔色が変わった。

 

「……手足の枷が外れない」

 

 木場の言葉に驚きつつも、一誠もアーシアと装置を繋ぐ枷を取ろうとしするが。

 

「クソ! 外れねえ!」

「無駄だよ。その装置は機能の関係で一度しか使えないが、逆に一度使わないと停止できないようになっている。———アーシアの能力が発動しない限り、停止しない」

「どういうことだ?」

「その装置は神滅具所有者が作り出した固有結界のひとつ。このフィールドを強固に包む結界もその者が作り出しているんだ。最強の結界系神器、『絶霧(ディメンション・ロスト)』。所有者を中心に無限に展開する霧。その中に入ったすべての物体を封じることも、異次元に送ることすら出来る。それが禁手に至った時、所有者の好きな結界装置を霧から創り出せる能力に変化した。『霧の中の理想卿(ディメンション・クリエイト)』。創り出した結界は、一度正式に発動しないと止めることは出来ない」

 

 それを聞いた木場はディアドラに問いただす。

 

「発動の条件と、この結界の能力は?」

「……発動の条件は僕か他の関係者の起動の合図、もしくは僕が倒されたら。結界の能力は―――枷に繋いだ者、つまりアーシアの神器能力を増幅させて反転させる事」

「効果の範囲は!?」

「このフィールドと、観戦室にいる者たちだよ」

 

 全員、その答えに驚愕する。リアスたちはアーシアの神器の回復能力の強さを思い出す。

 悪魔や堕天使さえも治す力。それが増幅されてから反転されたら、それも効果範囲がこのバトルフィールドと観戦室だとするなら。

 

「各勢力のトップ陣が根こそぎやられるかもしれない……ッ!」

 

 衝撃の事実に一誠たちは青ざめた。そんなことになったら、人間界も天界も冥界も大変なことになると。

 一誠は同じ神滅具のドライグに何か手段はないかと問いかけるが。

 

『いや、「絶霧(ディメンション・ロスト)」はブーステッド・ギアよりも高ランクの神滅具だ。しかも禁手となったら、無謀に等しい。覚えておいてくれ、ブーステッド・ギアより強大な神滅具も存在しているんだよ』

 

 なんでよりにもよって『禍の団(カオス・ブリゲード)』なんかにそんな強力な神器を持った野郎が属していやがるんだよ! と、心の中で悔しがる一誠。

 

「クソッ! なんてことだ! ……どうすれば……」

「イッセーさん、私ごと―――」

「馬鹿なこと言うんじゃねぇッ! 次にそんなこと言ったら怒るからな! アーシアでも許さない!」

 

 一誠はアーシアの肩を抱き真正面から言う。

 

「俺は……俺はッ! 二度とアーシアに悲しい思いをさせないって誓ったんだ! だから、絶対にそんなことはさせやしない! 俺が守る! ああ、守るさ! 俺がアーシアを絶対に守ってやる!」

「イッセーさん……」

 

 自分の不甲斐なさに一誠自身も涙を流す。一誠は本気でアーシアを助けようと思っている。が、打つ手は今のところない。

 アーシアも感極まって涙を溢れさせる。一誠は笑みを浮かべてアーシアに言う。

 

「だから一緒に帰ろう。家でお父さんとお母さんが待っている。俺たちの家に帰るんだ!」

 

 ギュゥゥウウウウウウン。

 

 そうしてる間に、静かに装置が動き出した。

 一誠たちは装置に向けて再度魔力の弾やドラゴンの波動を思いっきりぶつけてみるが、びくともしない。

 装置の頑丈さに悪戦苦闘していると、一誠はあることに閃いた。アーシアにぴったりくっついてるんなら、あれが効くかもしれないと。

 

「ドライグ、俺はおまえを信じるぞ」

『どういうことだ、相棒』

「アーシア、先に謝っておく」

「え?」

 

 一誠の言葉に首をかわいく傾げるアーシア。これから自分が女性として辱めを受けることなど知らずに。

 

「高まれ俺の性欲! 俺の煩悩! 洋服崩壊(ドレス・ブレイク)ッ! 禁手ブーストバージョンッ!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 鎧の各宝玉が赤く輝き、枷に触れている一誠の手に流れ込んでいく。

 一誠が思い描くイメージはアーシアの全裸姿。

 一誠は以前見たアーシアの裸体を鮮明に覚えていた。それを思い返し、鼻血を噴き出しながら強くイメージしていく。

 

 バギンッ! バババッ!

 

 金属が儚く壊れる音と、衣類が弾け飛ぶ。

 アーシアの四肢を捕らえていた枷は木っ端みじんに吹き飛び、同時にアーシアのシスター服も消し飛んだ。

 

「いやっ!」

 

 アーシアは瞬間的にその場で屈んだ。

 一誠はアーシアちゃんの全裸を見て、鼻血を垂れ流す。その表情はとても卑猥なものになっている。

 アーシアが装置から解き放たれたためか、装置の動きが止まった。

 

「あらあら大変」

 

 朱乃はすぐさま魔力でアーシアに服を着させる。

 

「よくドレス・ブレイクで壊せると思ったわね? あれって、女性の身につけているものならなんでもいいの?」

「よ、よくわからないんですけど、枷は手首に密着状態でしたし、身につけているものの一部としての要領でいけるかなーって。全裸のアーシアを脳内で思い出して、その状態にしたいって真剣に妄想しました。たぶん、普通にやったら無理です。禁手状態とブーストバージョンで高めたから成功したんだと思います」

 

 リアスに訊かれた一誠は、下手なりにも自分の予想を説明する。

 説明を聞いたリアスも首をひねって考えている。

 アーシアを無事奪還し、ディオドラも意気消沈、仲間も全員無事。一誠は自分の妄想が仲間を救ったことに誇らしさを感じている。———本当は一名いないことに気づきもしていないが。

 

「イッセーさん!」

「アーシア!」

 

 新しいシスター服に身を包んだアーシアが一誠に抱き着く。一誠は鎧越しなのが悲しいと思いながらも、アーシアが戻ったことを喜ぶ。

 

「信じてました……。イッセーさんが来てくれるって」

「当然だろう。でも、ゴメンな。辛いこと聞いてしまったんだろう?」

「平気です。あのときはショックでしたが、私にはイッセーさんがいますから」

 

 ゼノヴィアも目元を潤ませる。

 

「アーシア! 良かった! 私はおまえがいなくなってしまったら……」

「どこにも行きません。イッセーさんとゼノヴィアさんが私のことを守ってくれますから」

「うん! 私はおまえを守るぞ! 絶対にだ!」

 

 抱き合う親友同士。アーシアとゼノヴィアの友情は美しいなぁと思う一誠。それを見て自分も同性の誰かと抱き合う想像をしてみる。

 

(俺は木場と……は、絶対に抱き合いたくないね。抱き合うとすれば……誇銅辺りが妥当かな)

 

 

「部長さん、皆さん、ありがとうございました。私のために……」

 

 アーシアが一礼すると、皆も笑顔でそれに答えていた。

 リアスがアーシアを抱き、優し気な笑顔で言う。

 

「アーシア、そろそろ私のことを家で部長と呼ぶのは止めてもいいのよ? 私を姉と思ってくれていいのだから」

「———っ。はい! リアスお姉さま!」

 

 リアスとアーシアが抱き合う姿を見て、一誠は感動を覚える。

 これでやっと帰れると一安心する一誠。それでももしものことを考えて鎧は地下に隠れるまで解かないことにした。

 

「さて、アーシア。帰ろうぜ」

「はい!」

 

 笑顔で一誠のもとへ走り寄るアーシア。が、その時———。

 

 カッ!

 

 突如、眩い何かが一誠たちを襲う。

 視線を送るとアーシアが、光の柱に包まれていた。

 光の柱が消え去った時―――。

 

「……アーシア?」

 

 そこには誰もいなかった。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 リアスたちは目の前で起こった事が、一瞬何が起こったか理解できなかった。

 いや、今でも理解しきれていない。

 ディオドラを倒し神滅具の装置も止め、アーシアの救出を完了させ後は安全な所へ退避するだけ。それなのに、アーシアは眩い光の中に姿を消してしまった。

 目の前で起こった事にリアスたちの理解は及ばない。

 

「霧使いめ、手を抜いたな。計画の再構築が必要だ」

 

 聞き覚えのない声にリアスたちは声のした方へ視線を送る。そこには軽装備(ライトアーマー)を身につけ、マントも羽織ってる見知らぬ男性が宙に浮いていた。

 その男性から発するオーラにリアスたちは警戒する。

 

「……誰?」

「お初にお目にかかる、忌々しき偽りの魔王の妹よ。私の名はシャルバ・ベルゼブブ。偉大なる真の魔王ベルゼブブの血を引く、正統なる後継者だ。先ほどの偽りの血族とは格が違う。———ディオドラ・アスタロト、この私が力を貸したというのになんてザマとは。先日のアガレスとの試合でも無断でオーフィスの蛇を使い、計画を敵に予見させた。貴公はあまりに愚行が過ぎる」

 

 リアスが男性に誰と訊ねると、男性は自身が旧魔王の血筋であると名乗った。

 アザゼル総督が言っていた今回の首謀者の登場。リアスたちは苦い顔をせずにはいられない。

 ディオドラはシャルバに懇願するような表情となる。

 

「シャルバ! 助けておくれ! キミと一緒なら、赤龍帝を殺せる! 旧魔王と現魔王が力を合わせれば――—」

 

 ビッ!

 

 シャルバが手から放射した光の一撃が、ディオドラの胸を容赦なく貫いた。

 

「哀れな。あの娘の神器の力まで教えてやったのに、この体たらく。たかが知れているものよ」

 

 嘲笑い、吐き捨てるようにシャルバは言う。ディオドラは地面に倒れることなく、塵と化して霧散していった。

 木場はシャルバの腕に取り付けられた見慣れない機器に気づく。———それが悪魔が光の力を使えたことと関係あると推測する。

 

「さて、サーゼクスの妹君。いきなりだが、貴公には死んでいただく。理由は当然、現魔王の血筋を全て滅ぼすため」

 

 シャルバは憎悪の瞳を向けながらも、冷淡な声で言う。それほどまでに現魔王に自らの尊厳を奪われたことを恨んでいるのだ。その屈辱と憎悪が根深く遺恨を残し、現在の争いの原因となっている。

 

「グラシャボラス、アスタロトに続いてグレモリーを殺すというのね」

「その通りだ。貴公らが不愉快極まりないのでね。私たち真の血統が、貴公ら偽りの魔王の血族に『旧』などと言われるのが耐えられないのだよ」

 

 リアスの問いかけにシャルバは嘆息した。

 

「今回の作戦はこれで終了。遺憾だが私たちの負けだ。まさか、神滅具の中でも中堅クラスのブーステッド・ギアが上位クラスのディメンション・ロストに勝つとは。想定外としか言えない。まあ、今回は今後のテロの実験ケースとして有意義な成果が得られたと思っておこう。クルゼレイが死んだが問題ない。———私がいればヴァーリがいなくても十分に我々は動ける。真のベルゼブブは偉大なのだからな。さて、去り際の次いでだ。サーゼクスの妹よ、死んでくれたまえ」

「直接現魔王に決闘も申し込まずにその血族から殺すだなんて卑劣だわ!」

「それでいい。まずは現魔王の家族から殺す。我らが受けた屈辱と同じ絶望を与えなければ意味がない」

「外道っ! 何よりもアーシアを殺した罪! 絶対に許さないわッ!」

 

 激昂したリアスは、紅いオーラを最大限まで全身から(ほとばし)らせる。朱乃も同様に怒りで顔を歪ませ、雷光を見に纏い始める。

 

「アーシア? アーシア?」

 

 一誠はふらふらと歩きながらアーシアの名を呼ぶ。

 

「アーシア? どこに行ったんだよ? ほら、帰るぞ? 家に帰るんだ。父さんも母さんも待ってる。ほ、ほら、隠れてないで。ハハハ、アーシアはお茶目さんだなぁ……」

 

 どこにもいないアーシアを探すため辺りを見渡しながら、おぼつかない足取りで探す。その姿は見ていて痛々しいものだった。

 その光景に小猫は嗚咽(おえつ)を漏らし、朱乃は顔を背けて涙を流す。リアスはそんな一誠を優しく抱いている。

 

「部長、アーシアがいないんです。やっと帰れるのに。……と、父さんと母さんがアーシアを娘だって。アーシアも俺の父さんと母さんを本当の親のようにって。俺の、俺たちの大切な家族なんですよ……」

 

 一誠はうつろな表情でつぶやき、そんな一誠の頬をリアスは何度も撫でる。

 しかし、現時点ではギャスパー以外は気づいていない。この場にはもう一人、アーシア以外に欠けている人物がいることに。その人物が帰ってくることを一番心配するギャスパー。

 

「……許さない。許さないッ! 斬るッ! 斬り殺してやるっ!」

 

 ゼノヴィアは叫びながらデュランダルとアスカロンでシャルバに斬りかかるが。

 

「無駄だ」

 

 シャルバは聖剣の二刀を防御障壁で弾き飛ばし、カウンターでゼノヴィアの腹部へ魔力の弾を撃ちこんだ。

 地に落ちるゼノヴィア。聖剣も放り投げられ床に突き刺さる。

 アーシアが消え、一誠も使い物にならない。主力と回復役を失い大幅に戦力ダウンし、精神も不安定になったリアスたちでは勝ち目は薄い。

 

「……アーシアを返せ……。……私の……友達なんだ……っ! ……やさしい友達なんだ……。誰よりも優しかったんだ……ッ! どうして……ッ!」

 

 ゼノヴィアは床に叩きつけられても手元から離れた聖剣を求め、握ろうとする。

 シャルバは一誠に向かって言う。

 

「下劣な転生悪魔と汚物同然のドラゴン。グレモリーの姫君は趣味が悪い。あの娘は次元の彼方に消えていった。既にその身も消失しているだろう。死んだのだよ」

 

 一誠の視線が宙に浮かぶシャルバを捉えた。

 そのままじっと見つめ続ける姿に、木場は異様なものを感じる。が、それが何なのかわからない。

 

『リアス・グレモリー、今すぐこの場を離れろ。死にたくなければすぐに退去したほうがいい』

 

 一誠の神器の宝玉からドライグが言う。普段は一誠にしか聞こえない声を、他の人にも聞こえるように発言している。

 その言葉にリアスたちは怪訝な表情をしている。

 

『そこの悪魔よ。シャルバと言ったな?』

 

 一誠はリアスを振り払い立ち上がり、魂が抜けたようにおぼつかない足取りでシャルバの方へ向かう。

 そして、シャルバの真下に来た時、ドライグの声音が一誠の口元から発せられる。心身が凍り付いたかのような、無感情の一言。

 

『おまえは―――選択を間違えた』

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!

 

 神殿が大きく揺れ、一誠は血のような赤いオーラを爆発的に肥大化していく。そのオーラは次第に高まり、大きくなり、神殿内全域を赤い輝きで照らす。

 木場は一誠のオーラの質を感じ、それを危険だと判断した。

 一誠の口から呪詛(じゅそ)のような呪文が発せられる。それも一誠の声だけではなく、老若男女が複数入り混じったもの。

 

『我、目覚めるは』

〈始まったよ〉〈始まってしまうのね〉

『覇の(ことわり)を神より奪いし二天龍なり〉

〈いつだって、そうでした〉〈そうじゃな、いつだってそうだった〉

『無限を(わら)い、夢幻を憂う』

〈世界が求めるのは〉〈世界が否定するのは〉

『我、赤き龍の覇王と成りて』

〈いつだって力でした〉〈いつだって愛だった〉

 

《何度でもおまえたちは滅びを選択するのだなっ!》

 

 一誠の鎧が変質していく。鋭角なフォルムが増していき、巨大な翼がはえていく。両手の爪のようなものも伸び、兜からは角のようなものがいくつも形つくられる。

 その姿は、まるでドラゴン。

 全身の宝玉の各部位から絶叫に近い老若男女が入り乱れて発声される。

 

「「「「「(なんじ)を紅蓮の煉獄に沈めよう―――」」」」」

『Juggernaut Draive!!!』

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオッ

 

 一誠の周囲がはじけ飛ぶ。床も壁も柱も天井も、すべて一誠の放つ赤いオーラによって破壊されていく。

 

「ぐぎゅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! アーシアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!」

 

 まるで獣のような声を発する一誠。その場で四つん這いになり、翼を羽ばたかせる。

 

 ピュッ!

 

「ぬううううううっ!」

 

 空を切る音と共にシャルバが悲鳴を上げた。そこには小型のドラゴンのような姿の一誠が、木場にも見切れぬ速さでシャルバの肩に食らいつく。

 ぶちぶちと一誠はシャルバの肉を引きちぎる。

 

「おのれ!」

 

 シャルバは右腕で光を作りだし一誠に放とうとするが、宝玉の一つから赤い鱗に覆われた右腕が出現し、シャルバの右腕を止め、宝玉のもう一つから刃が生まれ、シャルバの右腕を切断する。

 肩に食らいついていた一誠は、ぶちんっ、と気味の悪い音を立てて肉を食いちぎり床へ降下していく。

 着地した一誠は、食いちぎった肉を床に吐き出した。

 

「げごぎゅがぁぁ、ぎゅはごはぁッ! ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 既に人の言葉を発することができなくなった一誠。全身に点在する宝玉から龍の腕と刃が生えていき、次第に人の姿すら離れた異形に変わっていった。

 

「調子に乗るな!」

 

 激昂したシャルバが残った左腕で光の一撃を放つ。

 しかし、赤龍帝の翼がまるで白龍皇のように輝くと。

 

「DividDividDividDividDivid!!」

 

 その音声が鳴り響き、光の波動が留まることなく半減していき、最終的にシャルバの攻撃はペンライト程の弱々しい光へと化した。

 

「ヴァーリの力か! おのれ! どこまでもおまえは私の前に立ちふさがるというのだなッ!ヴァーリィィィィィィッ!」

 

 吠えるシャルバは次に大きな魔力の波動を放つ。絶大なオーラが一誠に襲い掛かるが―――一誠はそれを翼の羽ばたきだけで軌道をずらして弾いてしまう。

 赤龍帝の兜に生まれた口が大きく開く。口内の奥にあるレーザーの発射口のようなものを覗かる。

 

 ピィィィィッ!

 

 マスクから生み出された赤いレーザーがシャルバ目掛けて一直線に伸び、シャルバの左腕を吹き飛ばす。

 レーザーの威力はそれだけでは留まらず、神殿の床、壁、天井を一直線に貫いた。その刹那―――。

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 

 放たれた場所から爆発が巻き起こった。

 

「こ、これが『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』だというのか!? データ上のブーステッド・ギアのスペックを逸脱しているではないか!」

 

 シャルバの顔が一誠への恐怖に包まれる。

 恐怖しているのはシャルバだけではない。リアスたちもまた、今の一誠を恐れるように見ている。

 一誠は両翼を大きく横に広げ、顔をシャルバにまっすぐ向けた。

 鎧の胸元と腹部が開き、発射口が姿を現す。

 

 ドゥゥゥゥゥ……。

 

 赤いオーラがその発射口に集まっていく。

 そのオーラは大きくなり、不気味な赤い光が回り一体に広がる。

 危険を感じたシャルバは残った足で転移用魔方陣を描こうとするが、その足が動きを停める。ギャスパーの神器と同じ力を発動した一誠に停められたのだ。

 

「くっ! 停めたのか! 私の足を!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

『Longinus Smasher!!!!!!』

 

 神殿内に幾重にも鳴り響く、赤龍帝の神器が発動する音声。

 チャージされた発射口から膨大な赤いオーラが照射されていく。

 それを見て自分たちも巻き込まれかねないと感じた木場はリアスに進言する。

 

「部長、一時退却しましょう! この神殿から出るべきです!」

「イッセー……私は……」

 

 リアスは抜け殻のように一誠を求めようと歩み寄ろうとするが、木場がそれを阻止し強引に抱きかかえる。

 朱乃がゼノヴィアに肩を貸し、小猫とギャスパーも木場の後に続く。その時、ギャスパーは何度も一誠ではない方を振り返った。

 

「バ、バカな……ッ! 真なる魔王の血筋である私が! ベルゼブブはルシファーよりも偉大なのだ! おのれ! ドラゴンごときが! 赤い龍め! 白い龍めぇぇぇぇっ!」

 

 放射された赤い閃光にシャルバは包まれ、神殿と共に光の中へと消え去った。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

「っ……」

 

 リアスたちが神殿を出た後、木場は聖魔剣を幾重にも作りだし、聖魔剣のシェルターを作りだしその中にリアスたちを避難させた。

 神殿が崩壊する音が消えたのを確認すると、剣を解放させ外の様子を伺う。

 神殿は完全に崩れ去り、それでも神滅具で作られた装置だけは何とか残っていた。

 

「おおおおおおおおおおおおおん……」

 

 一誠は瓦礫と化した神殿の上に立ち、天に向かって哀しみの咆哮をしている。

 戦いが終わった後も一誠の鎧が解除される様子がない。

 どうすればいいかわからないリアスたちは、ただ一誠の咆哮を見ているしかできなかった。

 その時、そんな彼らを救うが如く天から巨大な白いロボットが舞い降りてきた。

 

「な、なんだこれは……! す、すごい光の波動だ!」

 

 リアスたちはまず、降りて来たロボットが発する聖なるオーラに苦しむ。ゼノヴィアがディオドラの戦車(ルーク)を消滅させた時よりも遥かに濃密な聖なるオーラをロボットは発していた。

 巨大なロボットは地面に降り立つと、光の粒子となって消えてしまった。その代わり、その場には一人の男性と拷問器具―――マルコ・ホッチナーとメイデン・アインが立っていた。

 

「あなたは……」

「一つ訊きたいのだがディオドラは……この様子では生きてはいないか」

 

 神殿を見て事態を察したマルコは質問を途中で止めた。神殿だった瓦礫の山に、この場にディオドラの姿がないことから既に死んだと推測する。

 リアスはマルコの登場に驚いたが、少しばかりマルコたちに期待を寄せる。人間が来たところで役には立たないだろうと思いながらも、先ほどの巨大ロボットを操れるのならもしかしたらと。

 

「ならばもうここには用はない。———覇龍化か、それも不完全。(赤龍帝)の暴走も人間界で起こったなら即鎮圧対象だったが、ここで起きるなら問題ない」

 

 マルコは一誠をチラッと見て呟く。

 リアスはマルコに訊く。

 

「……この状態、元に戻るの?」

「不完全な状態だから可能性はある。あくまで可能性の話だがな。元に戻れなければ自らの命を削り死に至る。彼を生かしたいのなら早急に何かしらの対処をする必要があるな」

 

 マルコの説明で一誠がどれだけ危険な状態かを理解したリアス。

 リアスたちが一誠の状態を危惧していると、再び上空から大きな聖なるオーラを感じ取った。上を見ると、マルコたちが乗って来たロボットより三分の一程小さい似たロボットがリアスたちの所へ舞い降りて来ていた。

 今度は一体何なのかとリアスたちが思っていると、ロボットの右手がリアスたちのもとへと下ろされロボットは光の粒子となって消える。———そこには、フリードとフリードの腕に抱きかかえられたアーシアの姿が。

 

「ほら、おまえの眷属だろ、リアス・グレモリーよ」

「アーシア!」

「アーシアちゃん!」

 

 リアス眷属たちがアーシアのもとに集まる。意識はないようだが外傷もない。一見気絶してるだけのように見えるが。

 

「死んでる……」

 

 ―――息はしていない。

 確認した木場の一言で全員、悲しみの涙が溢れだした。シャルバに次元の狭間に飛ばされた時には一度アーシアの死を認識したが、いざ遺体を見せつけられると今一度悲しみが湧き上がる。

 

「次元の狭間を調べてたら偶然飛んできてな。見つけた時はまだ確かに生きてたけど……なんか途中で……」

「天使の力を間近に受けて仮死状態になってるだけです。彼女の魂は彼女の中にきちんと存在しています。一種のショック状態のようなものですから、しばらく天使の力から離せば自然と目を覚ますでしょう」

 

 メイデンの言葉に全員が涙を止めて顔を上げた。アイアンメイデンから幼そうな少女の声が聞こえた事にも驚きだが、それ以上にアーシアが生きてると言ったことに皆反応を示す。

 

「本当か!」

「メイデン様が生きていると言うんだ、間違いなく生きている。悪魔を名乗る者にとって我々の力は耐えがたいものだからな。例え魔王を名乗る者でも運が悪ければ肉体ごと消滅もありえた話だ、生きてて幸運だったな」

 

 勢いよく質問するゼノヴィアにマルコが答える。

 

「うわぁぁぁぁぁあんっ!」

 

 ゼノヴィアはアーシアの無事を確認すると、安堵で再び泣きじゃくった。木場はゼノヴィアのもとにアーシアを降ろす。ゼノヴィアはアーシアを大事そうに抱きかかえ、笑顔で涙を流す。

 一方でフリードも自分がトドメを刺したのではないと知ると、額から湧き出た汗を拭い安堵のため息を漏らす。

 

「まさか今一度君に会えるとは。うれしい限りだ、フリード」

「お久しぶりです、マルコさん、メイデン様」

「フリード、よくぞ戻って来てくれました。無事……とはいきませんでしたが」

「まあ……はい」

 

 マルコとメイデンに礼儀正しく挨拶をするフリード。その姿は今までのフリードには似つかわしくないキッチリとしたもの。深々と頭を下げ、二人に敬意を表している。

 

「あとはイッセーだけれど」

 

 リアスが一誠に視線を送る。そこには未だにアーシアを失って暴走状態の一誠が咆哮を上げ続けている。

 

「アーシアの無事を伝えればあの状態を解除できるかしら」

「おそらく無理だろうな。こちらの話を理解できる理性が残ってるとは思えん、殺されるのがオチだ。ま、それでも可能性にかけるのなら止めはしないが」

 

 リアスの案をマルコが否定する。

 そんなマルコに朱乃と小猫が詰め寄る。

 

「頼める間柄ではないけれど、それでもお願い。彼を助けるのに手を貸して」

「……お願いです。私たちも全力を尽くしますから、あの人を救うために力を……」

「悪いが、我々は三大勢力のもめ事に介入するつもりは一切ない。彼の命が尽きる前に彼が戻ることを、キミ達が神と崇める者に祈るといい」

 

 朱乃と小猫の願いをバッサリ切り捨てて背を向けるマルコだが。

 

「お待ちなさいマルコ。彼らは我々に助けを求めています、人助けも大切な我々の正義ですよ」

「……なんと慈悲深きお言葉。このマルコ、今のお言葉を全世界の人々に伝えたい気持ちでございます」

 

 メイデンの言葉であっさりと前言撤回、リアスたちに力を貸す姿勢を見せる。

 

「そうだな、彼は今自らの神器に飲み込まれ暴走している。何か彼の深層心理を大きく揺さぶる現象が起これば手っ取り早いのだが、そんなものはこの場にない」

 

 木場は一誠に最も効果的であろうものが頭に浮かんでいたが、それを口には出せなかった。なぜなら、この緊張感漂うこの場にはあまりにも似つかわしくないから。

 

「ならば、彼を殺さぬギリギリのラインまで弱らせるしかない、それも命が尽きぬよう短時間で。神器に覆われた彼が弱れば、神器がダメージを受け彼への影響力も弱る。その後は彼の気力次第だ」

「でも、今の一誠くんを短時間で弱らせるなんて。一体どうすれば……」

「私がやる」

 

 マルコは懐から十字架が刻まれた拳銃を取り出し自信満々に言う。その横でフリードも同く十字架が刻まれた拳銃を取り出して言う。

 

「マルコさん、ここは俺が」

「君では加減が難しいだろう。フリードは此処に向かってる奴の対処を頼む」

「はっ」

 

 マルコは銃口を一誠に向け、フリードは天へ銃口を向ける。そして―――。

 

「ミカエル」

「ガギエル」

 

 天使の名を口にし引き金を引くと、光の粒子となった巨大ロボットが銃口の先に姿を現した。




 安心してください、誇銅くんは無事ですよ。


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偉大な龍の赤

 とりあえず納得できる形には落ち着いたが、やっぱり当初考えていた形とは大きく異なってしまった。
 でも今考えてみると、当初の予定では一話に詰め込む情報量が多すぎて一話一話が散らかったものになっちゃったかもしれない。
 これからも自分なりに書き方を練習して物語づくり事態も精進していきたいと思っています。


 銃声と共に放たれた二機の白い巨大ロボット。一機はフリードを連れてどこかへ飛んで行き、もう一機は暴走する赤龍帝(一誠)へと向かう。

 巨大ロボットの見た目の頼もしさはあるが、リアスたちはそれでも一誠の相手が務まるか不安に思っていた。確かに聖なるオーラは凄まじいが、一誠は新たに得た白龍皇の力でシャルバの光の攻撃を弱々しいものに変えて見せた。そうなってしまえばロボットの聖なるオーラも意味を為さない。

 今の一誠の膨大なオーラの質に巨大ロボットがどれだけ持ちこたえられるか。リアスたちはそう考えていたが――――。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 自分に近づく巨大ロボット発見すると、一誠はロボットに向かって咆哮を上げた。

 向かって来る相手を敵と認識したのか、シャルバの肩に食らいついた時と同じようにその場で四つん這いになり、翼を羽ばたかせる。

 

 ピュッ!

 

「ぎゅがぁぁぁッ!」

 

 空を切る音と共に消えた一誠は、巨大ロボットに掴まれ聖なるオーラに苦しんでいる。

 木場の目にも捉えられなかった一誠を、巨躯(きょく)に似合わぬ素早さで掴まえたのだ。

 ロボットは一誠を捕まえた手をすぐに放す。一誠は悪魔が光の波動に触れたように体から煙を出して降下していく。

 シャルバの肉を食いちぎった時と高さは変わらないが、ダメージを負ったため綺麗に着地することはできなかった。

 

「ばぎゃぎゅがぁぁ、ぎゅはごはぁッ! ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ダメージを受けて怒ったのか、一誠は全身の宝玉から生えた龍の腕と刃を向けて威嚇する。そんな一誠をロボットはただ見下ろすばかり。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 再び四つん這いになり翼を羽ばたかせ、猛スピードで巨大ロボットへ飛び出す。

 ロボットは今度は動く素振りすら見せなかったため一誠の攻撃はロボットへ到達したが、その刃はロボットの装甲に通らない。それどころか逆にロボットが発する聖なるオーラに焼かれる始末。

 それでもあきらめず何度も刃や龍の手を突き立てたる。

 ロボットが一誠の近くに片手を近づけると、赤龍帝の翼を白龍皇のように輝かせて対抗。

 

「DividDividDividDividDivid!!」

 

 音声が鳴り響き、ロボットを半減させようとする。が、何度音声が鳴り響いてもロボットのオーラの量、質、大きさに一ミリの変化も見られない。

 白龍皇の輝きを全く意に介さず服に付いた虫を()ね退けるように一誠を人差し指で弾いた。

 

「ぎゃばがぁ、ばぎゅがぁぁぁぁぁッ!」

 

 聖なるオーラに触れられて体中から煙を放っているが、それ以外には目立った外傷はない。まだまだ戦う元気も十分に残っている。

 赤龍帝の兜の口が開き、口奥のレーザーの発射口のようなものをロボットに向ける。

 

 ピィィィィッ!

 

 シャルバの左腕を吹き飛ばし、そのまま神殿内を貫通したレーザーがロボットを貫こうと一直線に伸びていく。が、先ほどの攻撃同様にただ直立するロボットの装甲に傷一つ付けることすら(かな)わなかった。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 自分の攻撃を(ことごと)く防いで見せたロボットに腹を立てたのか、シャルバに見せた怒りとは別種の怒りが籠った咆哮を上げた。

 一誠は両翼を大きく横に広げ、顔を巨大ロボットにまっすぐ向けた。鎧の胸元と腹部を開き、シャルバを倒した大技の準備を整える。

 

 ドゥゥゥゥゥ……。

 

 赤いオーラをその発射口に集めていく。

 シャルバを倒し神殿を崩壊させたその技を前にしても、ロボットは躱そうとも防ごうともせずに直立のまま一誠を見下ろすだけ。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

『Longinus Smasher!!!!!!』

 

 赤龍帝の神器が発動する音声が開けた空間で鳴り響く。

 チャージされた発射口から膨大な赤いオーラが照射された。

 それは二発目であろうと、ダメージを負っていようと、シャルバの時と何の遜色もない量のオーラを発していた。巨大ロボットをターゲットにしている分、むしろ攻撃範囲はシャルバ以上。

 赤い閃光がロボットの上半身を包み込む。光が晴れるとそこには―——————何一つ変化のない巨大ロボットが変わらず一誠を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最弱と言われながらも数々の逆境を覆したと聞いて警戒していたが、最弱の赤龍帝の名に偽りなしか」

 

 マルコは冷めた目で直立のロボットに苦戦する一誠の様子を眺めていた。実際のところそう言われても仕方のない程に一方的な戦いが行われていた。いや、もはや戦いと呼べるものではない。一方的にぶつかって勝手にダメージを受けているだけ。

 シャルバを吹き飛ばしたレーザーも効かず、白龍皇の力も効いてる様子は一切ない。木場でも捉えられぬ速さは掴まれ、近づけばそれだけでダメージを受ける程の聖なるオーラ。一誠の全てがロボットには通じず、ロボットはただ存在するだけでいずれ一誠を消滅させることができる。

 

「所詮一般人、所詮悪魔、想いの力もこの程度か」

「ぐごぎゅばぁ……ぐぉぉおおおお!」

 

 それでもなお一誠は立ち上がり、リアスたちに危険を抱かせる程のオーラと威圧を放つ。明らかに甚大なダメージを受けているのは明らかだが、それでもリアスたちが近づくには危険すぎる。

 むしろ手負いになった分余計に余裕がなくなり危険になっているかもしれない。

 

「まだ吠える元気があるのか。本体が脆弱でも赤龍帝の鎧はそれなりに堅牢……と、言うには少し無理があるな。となると、彼自身の気力か……厄介だな」

 

 今までの一誠の勝利の要因は赤龍帝の力にあると言っても過言ではない。しかし、一誠自身の動ける限り立ち上がる根性も無視できるものではない。

 心の奥底で赤龍帝の倍加があればどんな相手にも大ダメージを与えられると依存している部分があったとしても、何度倒されても立ちあがろうとする根性は対面する相手にしてみれば厄介極まりない一誠の強みである。

 

「仕方ない。少々苦しむことになるが、助かりたくば耐えろ」

 

 圧倒的力と相性の差を見せつけられてもなお一誠はロボットに喰いかかる。

 一誠が向かってきたところを巨大ロボットは優しく両手で包み込んだ。

 巨大ロボットの手に優しく包まれた一誠は今、人間に素手で触られている魚と同じ。

 種類によっては比較的熱に強い魚も存在するが、魚は変温動物。低温で暮らしてる魚にとっては人間の体温は高熱。

 堕天使総督の肌を焼く程の聖なるオーラを放つロボットの手の中、いかに赤龍帝とは言え本人は神器頼りの下級悪魔。覇龍となっても力の差から長時間耐えられる相手ではない。

 しばらくして巨大ロボットは、捕まえた虫を放り投げるようにふわっと一誠を空中に放り投げた。

 投げられた一誠は先ほどのように自分の足で着地せず、全身から煙を出して地面に転がった。一誠はぴくぴくとするだけで立ち上がらない。

 

「加減には困ったが誤差の範囲だ。リアス・グレモリー、今がチャンスだぞ」

「……はっ! イッセー!」

 

 ちょっと前まで自分たちを圧倒させていた一誠がさらに次元の違う相手に圧倒された様子に少しばかり意識が飛んでいたリアス眷属たち。マルコの言葉を受けてアーシアを連れて一誠のもとへ駆け寄る。

 

「イッセー!」

 

 まだまだ大きい龍のオーラを発してるため一誠が生きているのがわかる。リアスたちはある程度の距離まで近づき声をかける。

 名を呼ばれてリアスたちの方へ顔を向ける一誠。その視界にはキッチリとリアスたちと共にアーシアが捉えられた。だが――—。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 オーラを強め立ち上がり咆哮を上げて威嚇した。

 四肢に力を籠めて立ち上がり、敵意が籠った目をリアスたちに向け襲い掛かった。しかし、それは巨大ロボットの手のひらによって阻まれる。

 巨大ロボットは一誠を掴まずに手のひらで優しく遠くへ弾いた。そしてリアスたちを守るように一誠とリアスたちの間に立ちふさがる

 

「どうやら彼の意思は赤龍帝の亡霊に勝てなかったようだな」

「そんな……イッセー……」

 

 自分たちに敵意を向け襲い掛かって来たことにショックを受けたリアスたち。アーシアの無事な姿を見せても鎧は解除されなかった。それでも何とかしたいと考えるが、他にどうすればいいかわからない。

 徹底的に無関心を貫いていたマルコの目に少しばかり哀れみの感情が籠る。

 

「これ以上は彼の体が持たんな。……仕方ない。龍の力を宿し悪魔に魅入られし哀れな少年よ、ちっぽけな世界で世界の真理を知った気でいる亡霊共々その苦しみから解放してあげよう」

 

 巨大ロボットの両腕に光の粒子が発生し、形を成して右手に(つるぎ)、左手に盾が装備される。

 

「ッ!! 待って! 本当にもう手はないの!?」

 

 マルコの言動にリアスは他に手段はないかと問いかける。

 リアスの問いにマルコは首を横に振った。

 

「あの状態まで弱らせてなお仲間の問いかけで無理なら希望は薄い」

「……本当に、本当にもう何もないんですか」

 

 小猫は最後の希望を振り絞るかのようにマルコに問いかける。

 その問いに対しマルコは若干哀れみの表情をして黙って首を横に振るだけ。

 マルコは一誠と剣を構える巨大ロボットの方を向く。

 

「彼の終幕に祝福を―――」

「まって――」

「まったぁぁぁぁっ!」

 

 マルコを止める声を遮って、遠くから一誠にトドメを刺すのを止める声と共に白い翼の天使が飛んで来た。リアス・グレモリー眷属にとって面識深い天使、紫藤イリナ。

 巨大天使の剣は振り上げたままの姿勢で停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、着いたー。って、あれが今のイッセーくん!? そしてあの巨大ロボットはなに!? ミカエル様やアザゼル様に聞いてはいたけど、すごいことになってるわね!」

 

 驚いたり、はしゃいだり、激しい感情の起伏を見せるイリナ。

 

「イリナ、どうしてここに?」

 

 ゼノヴィアが訊くと、イリナは手に持った立体映像機器を突き出した。

 

「イッセーくんが危険な状態になったのは観戦ルームやこのフィールドで戦っていたお偉い方にも把握されているの。で、このままではいけないと魔王ルシファー様とアザゼル様が秘密兵器を私に持たせてくれたのです! ちなみに転送してくれたのはオーディン様よ! すごいよね、北の神様! おひげたっぷり!

 

 先ほどまでの深刻な空気を破壊する程、イリナのテンションは高い。

 リアスは映像機器を受け取ると、さっそく下に置いた。

 

「よくわからないけど、お兄様とアザゼルが用意したのなら、効果が見込めるかもしれないわね。だから―――」

「私としては後は我が天使ミカエルによって少年に魂の安らぎを与えることしかできない。天使を名乗りし少女が持ってきたそれに希望が詰まってるなら、最後に開けてみるのも君たちの自由だ」

 

 リアスは生唾を一度飲み込み、機械のボタンを押した。

 すると、空中に大きく映像が映し出される。

 映像が映し出されると、一誠もそちらに顔を向けた。

 そして、映し出された映像は―――。

 

『おっぱいドラゴン! はっじまっるよー!』

 

 禁手の鎧姿の一誠が声を出すと、子供たちが集まってくるシーンから始まった。

 

『おっぱい!』

 

 映像の子供たちは一誠の周囲で大きな声で言った。

 ダンスを始める一誠と子供たち。軽快な音楽も流れ出し、それに伴い一誠と子供たちも踊りだす。

 既にこの時点でリアスたちは驚きを見せ、マルコに至っては絶対零度のしらけ顔。

 温度差はあれど宙の文字に対しての感想は同じもの。

 

 ———なんだこれは。

 

『おっぱいドラゴンの歌』

 

 歌が流れると全員が呆気に取られていた。どう反応したらいいのかわからないのだ。

 マルコは急いで巨大ロボットを呼び戻し、メイデンの入っているアイアンメイデンだけをしっかりと握って上空へ退避させる。

 

「……うぅ、おっぱい」

『!?』

 

 一誠は頭を抱え、まともに人間の言葉を発した。発した言葉自体は馬鹿げてるが、ちゃんとした言葉を発したことに意味がある。

 

「反応したわ!」

 

 リアスは歓喜の声を上げ涙を流す一方で。

 

「……そんな、この歌に反応するなんて」

「……」

 

 小猫は猫耳をしおらせ、マルコは何とも言えない顔で絶句した。

 

「紫藤さん、もう一度流してちょうだい!」

「はいな! 任されて!」

 

 リアスの言葉に応じてイリナが再生ボタンを押す。

 すると、先ほどの歌の続きが流れてくる。

 

「うぅ、おっぱい……もみもみ、ちゅーちゅー……」

 

 再び歌が流れると、一誠は頭を抱えながら苦しみ出す。

 軽快な子供向けの音楽に乗せて流れてくる品のない歌詞。呆気にとられながらも一誠の変化に注目するリアスたち、何とも言えない顔からもううんざりした表情に変わっているマルコ。時折心配した表情で上空のメイデンを包んだ巨大ロボットを見上げている。

 

「……ず、ず、ずむずむ……いやーん……ポチッと」

 

 一誠の指が何かを求めて押す仕草をする。指の鋭い爪も消失していた。

 ロボットの攻撃によりボロボロにされた一誠が意識を取り戻しつつある。先ほどまでの危険さは既にだいぶ薄れていた。

 

「いまよ、リアス! あなたの乳首が求められているわ!」

「ええっ!?」

 

 朱乃の言葉に目が飛び出るほど驚くリアス。

 

「イッセーくんはあなたの乳首を押して禁手に至った。なら、逆のこともできるはず。さっきまでは危険な雰囲気が漂って近寄れなかったけど、歌で正気を取り戻しつつある今なら話は別だわ!」

「で、でも、私の乳首でイッセーの『覇龍』を解除できるのかしら……」

「できるわ! 私では無理……。ふふふ、やっぱり、こういう役目はあなたの方がお似合いなのね……それがちょっと悔しいわ」

 

 朱乃は悲哀に満ちた瞳を浮かべるが、言っていることは何とも言えないもの。マルコも冷ややかな目でそれを見ている。

 リアスはチラリとマルコの方へ視線を移すが、苛立った視線で返した。そろそろこの茶番劇の苦痛が怒りに変わって来たのだ。

 リアスは一度大きく深呼吸をした後、決意を現した。

 

「わかったわ」

 

 一誠の方へ足を進める。一切のよどみなく。

 歌が何度もループする中、リアスは一誠と距離を詰めた。眼前に立つと、制服のボタンをはずし、ブラを外す。角度的にリアスの開けた胸は一誠にしか見えない。

 

「お、俺の……お、おっぱい……」

 

 一誠は求めるものを発見し、震える指をリアスの胸へ。

 ちょうど歌のサビに入った所で一誠はリアスの胸を押した。すると、一誠の鎧が解除され、解放された。

 

「……女性の胸で解除とは、先ほどまでの哀しみが酷く上っ面なものと疑ってしまう」

 

 ため息と共に誰にも聞こえない声量でマルコはつぶやく。

 それと同時にやっと合流した誇銅も一言。

 

「……なにこれ?」

 

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 罪千さんと別れてディオドラのいる場所へ歩いていると、急に一誠の魔力が不安定になるのを感じた。僕は急いで向かったけど、辿り着く前に神殿がいきなり崩壊してしまった。神殿の崩壊事態は炎目で身を包んで無傷なんだけどね。

 炎目を使ったままで外に出るのはまずいと思ったから、見つからない場所へ瓦礫の中に身を隠しながら進んだよ。

 迂回してリアスさんたちに合流しようとしたら暴走した一誠らしきものが巨大ロボットにボコボコにされたり。かと思ったらリアスさんたちに合流した頃には変な歌が流れて一誠の気配が沈静し、リアスさんが胸を突かせたら一誠の鎧が解除。わけがわからないよ。

 

「……まあ、一件落着と言うわけか」

 

 前に部室で会った捜査官がそう言うと、上空の巨大ロボットが降りて来て光の粒子となって消えた。ロボットが消えた後には、アイアンメイデンが一つぽつんと置かれている。この感じ―――メイデンさん?

 僕がアイアンメイデンを見ていると、ふと捜査官と目が合った。なので無言で軽く会釈(えしゃく)すると、向こうも返してくれる。

 

「最後何が起きたかわかりませんが、平和に終わったようですね」

「はい、メイデン様」

 

 捜査官はアイアンメイデンに向かってメイデン様と言った。理由はわからないけど、あの中に入ってるのはメイデン・アインさんで間違いなさそうだね。

 

「しかし、あのような歌が何かの間違いで流行ってしまったら……。すぐにでも悪魔を名乗りし者たちを滅する必要があるな」

「歌? それはどのような歌ですか?」

 

 歌と聞いて疑問を含んだ声色を発するメイデンさん。歌ってさっきの変な歌の事だよね。

 捜査官は額から汗を流して慌てる。

 

「メイデン様! あれはメイデン様のお耳に入れてよいものではありません!」

「しかし、知らなければ判断はできません。無知なる裁きは悪です」

「先ほどは私の失言でした! 少々品のない歌詞に我を失っていただけです! たかが悪魔を名乗りし者が悪ふざけに作った歌です、裁く程の事ではありません!」

「?」

 

 どうやらメイデンさんはあの歌を聞いていないようだ。メイデンさんのような純粋で幼い子にあんな変な歌が聞かれてなかったことにちょっと安心したよ。

 

「あの、すいません。一体何があったんですか?」

「何を言ってるの誇銅。私たちはずっと見ていたじゃないの」

「いや、僕今来たところですよ?」

『え?』

 

 眷属の皆さんが声を揃えて小さな驚きを見せる。やっぱり僕の不在には気づいてなかったようだね。もうここまで来るとショックでもなんでもないや。

 

「誇銅先輩!」

「あはは、よしよし」

 

 ギャスパーくんが僕に勢いよく抱き着いてくれる。若干涙目———心配させちゃったね。

 

「うーん、あれ? 何がどうなったんだ?」

 

 一誠が目を覚ました。それに伴いリアスさんや朱乃さんが号泣しながら一誠に抱き着く。

 事態をわかっていなさそうな一誠に木場さんが事の顛末(てんまつ)を説明する。どうやらシャルバと言う旧魔王がアーシアさんを次元の狭間に飛ばし、それで暴走した一誠がその旧魔王倒したらしい。

 一誠の視線がゼノヴィアさんに抱きかかえられてるアーシアさんに移る。

 

「フリードが助けてくれたんだ」

 

 フリードが? でもなんで? 疑問に思いながらもこの場にフリードはいない。

 木場さんが理由を話すと、フリードはどうやらメイデンさんの仲間だったらしく偶然アーシアさんを助けてくれたらしい。

 まあ、アーシアさんが無事でよかったと思うことにしよう。

 

「アーシア! アーシア!」

 

 一誠がアーシアさんの名前を呼び続けると、アーシアさんの瞼が静かに開いていく。

 

「……あれ? イッセーさん?」

 

 ドン!

 

 目を覚ましたアーシアさんに抱き着こうとした一誠だが、ゼノヴィアさんに弾き飛ばされてしまう。

 

「アーシア!」

「ゼ、ゼノヴィアさん。どうしたんですか? く、苦しいです……」

「アーシア!アーシアアーシアアーシアアーシア! 私とおまえは友達だ! ずっとずっと友達だ! だから、もう私を置いて行かないでくれ!」

 

 アーシアさんに抱き着き号泣するゼノヴィアさん。そんなゼノヴィアさんの頭を優しく撫でるアーシアさん。

 

「……はい、ずっとお友達です」

「よかったわぁ」

 

 横でイリナさんもうんうんとうなずきながら泣いていた。

 安堵のため息をついていると、この場の誰でもない第三者の声がする。

 

「どうやら、最悪の展開は避けられたようだな」

 

 すると、空間に裂け目が生まれる。人が潜れるだけの裂け目から現れたのは――――えっと……誰だっけ? とにかく若干悪魔の気配がする銀髪の男性と、古代中国風の鎧を着た男性と、背広を着た男性だった。

 

「ヴァーリ」

 

 一誠やリアスさんはそのヴァーリと言う人の登場に驚いていた。が、すぐに攻撃の姿勢を作りだす。他の眷属の皆さんも戦闘の構えを取っていた。あっ、敵なのね。だけど、この人たちから敵意は感じられないけどね。

 

「やるつもりはない。見に来ただけだ。———赤龍帝の『覇龍』を歯牙にもかけぬ強大な聖なる力を」

 

 ヴァーリと呼ばれた銀髪の人はメイデンさんたちに視線を送る。

 

「本当はもっと早く赤龍帝の『覇龍』を見に来る予定だったんですがね。『覇龍』と戦っていたものとは別の規格外の聖なる力に阻まれて空間を切り裂けなかった。正直、かなり自信を失いましたよ」

 

 背広着た男性が自嘲(じちょう)気味に笑う。だけどあの笑顔の裏ではそれなりに大きなショックがあるように感じるよ。

 

「まっ、まだまだ俺たちの知らぬ上がいると言うことだな。それよりもそろそろだ。空中を見ていろ」

「?」

 

 銀髪の男性に言われ一誠は何もない白い空を見上げる。すると―――。

 

 バチッ! バチッ!

 

 空間に巨大な穴が開いていく。そして、そこから何かが姿を現した。

 

「あれは―――」

 

 穴中出現したものを見て、僕たちは驚いた。リアスさんたちも同様に驚いてる様子だ。

 

「よく見ておけ、兵藤一誠。あれが俺が見たかったものだ」

 

 目の前の空中を、とてつもなく巨大な真紅のドラゴンが雄大に泳いでいく。

 ものすごく大きい! アクシオさんよりも大きい! 最大サイズ時の雷影、否交(ひこう)さん並みだ! と言うことは、大体300メートルはあるってことだね。

 

「『赤い龍』と呼ばれるドラゴンは二種類いる。ひとつはキミに宿るウェールズの古のドラゴン―――ウェルシュ・ドラゴン、赤龍帝だ。白龍皇もその伝承に出てくる同じ出自のもの。だがもうひとつの『赤い龍』は―――『黙示録』に記されし赤いドラゴンだ」

「『黙示録』……?」

「『真なる赤龍神帝(アポカリユプス・ドラゴン)』グレートレッド。。『真龍』と称される偉大なるドラゴンだ。自ら次元の狭間に住み、永遠にそこを飛び続けている。今回、俺たちはあれを確認するためにここへ来た。レーティングゲームのフィールドは次元の狭間の一角に結界を張ってその中で行われているからな。今回、オーフィスの本当の目的もあれを確認することだ。シャルバたちの作戦は俺たちにとって、どうでもいいことだった」

「でも、どうしてこんなところを飛んでいるんだ?」

「さあね。いろいろ説はあるが……。あれがオーフィスの目的であり、俺が倒したい目標だ」

 

 銀髪の男性はまっすぐな瞳で言った。

 

「俺が最も戦いたい相手——『D×D(ドラゴン・オブ・ドラゴン)』と呼ばれし『真なる赤龍神帝(アポカリユプス・ドラゴン)』グレートレッド。俺は、『真なる白龍神皇』になりたいんだ。赤の最上位がいるのに、白だけ一歩前止まりでは格好がつかないだろう?だから、俺はそれになる。いつか、グレードレッドを倒してな」

 

 なるほど、そんな夢があるんですね。

 テロリスト集団に身を置いてるのは置いとくとして、そういう大きな目標があるのは羨ましくもある。

 僕も強くなることを目指してはいるけど、特に誰を超えるくらいとかは考えていない。ただ、戦えなくなるまでにあの人たちのいる強さまで届かせたいと思っているくらい。圧倒的年季は一体どれだけの時間をかければ追いつくのだろうか。

 そんなことを考えていると、悪魔なんかとは比べ物にならない気配が近づくのを感じた。

 視線をそこへ移すと、その約一秒後にその気配の正体が現れた。

 

「グレートレッド、久しい」

 

 僕たちのすぐ近くに黒髪に黒ワンピースの少女が立っている。

 

「誰だ、あの娘……? さっきまではいなかったぞ」

 

 銀髪の男性がそれを確認して苦笑する。

 

「オーフィス。ウロボロスだ。『禍の団(カオス・ブリゲード)』のトップでもある」

 

 この子がテロリストたちの大将なんですね。でも確かに、ちょっと前に感じた大きな気配にはこの子と似た気配が混じってるのを感じたよ。力を分け与えるとかそんな力かな?

 その子はグレートレッドに向かって指鉄砲の構えでバンッと撃ち出す格好をした。

 

「我は、いつか必ず静寂を手に入れる」

 

 バサッ。

 今度は羽ばたき。嫌いな気配を感じる……間違いなくこれは―――。

 ドスンッ!

 

 巨大なものが降って来た。それは――—アザゼル総督と一誠の修行相手をしていたドラゴン。

 

「先生、おっさん!」

「おー、イッセー。元に戻ったようだな。俺もどうなるか怖かったが、おまえならあの歌や女の胸で『覇龍』から戻るかなんて思っていた。乳をついて禁手に至った大馬鹿野郎だからな。あの歌の作詞をした甲斐があったぜ」

 

 ええ、聞いちゃいられない程に酷い歌詞でしたよ。絶対に人間界に持ち込まないで欲しいですね。て言うかお蔵入りにしてほしい。

 

「ちなみにサーゼクスからオファーが来たんだからな。あいつもセラフォルーもノリノリで作曲とダンスの振り付けしやがったし」

 

 冥界のトップ公認の悪ふざけなんですね。こりゃダメだ。せめてこの歌が原因で一誠みたいなのが量産、もしくは子供たちに悪影響がないことを祈るばかりだよ……。

 

「ハハハハ、さすがは乳の好きな赤龍帝だ! と、オーフィスを追ってきたらとんでもないものが出て来てるな」

 

 ドラゴンとアザゼル総督は空を飛ぶ巨大ドラゴンに視線を向ける。

 

「懐かしいな、グレートレッドか」

「タンニーンも戦ったことあるのか?」

 

 アザゼル総督の問いにドラゴンは首を横に振る。

 

「いや、俺なぞ歯牙にもかけてくれなかったさ」

 

 まあ、そうだろうね。

 こっちのドラゴンと空の巨大ドラゴンでは見た目以上に包容する力の差を感じる。いかにドラゴンがすごいと言われてもそれは大抵の種族では太刀打ちできない純粋な力があるから。それを崩されればこれほど脆いものはないだろう。

 力に頼る者はそれを超えられれば、技に頼る者はそれを見切られれば、策に頼る者はそれを見破られればどうすることもできない。まあ、時として技も策も無に帰す程の暴力もあるけれどね。

 

「オーフィス。各地で暴れまわった旧魔王派の連中は退却、及び降伏した。———事実上、まとめていた末裔どもを失った旧魔王派は壊滅状態だ」

「そう。それもまた、ひとつの結末」

 

 少女は全く驚く様子はない。派閥が一つ消えても痛くもかゆくもない証拠だね。

 それを聞いたアザゼル総督は半眼で肩をすくめた。

 

「お前らの中で、あとヴァーリ以外に大きな勢力は人間の英雄や勇者の末裔、神器所有者で集まった『英雄派』だけか」

 

 人間までテロ組織に荷担してるの!? ……ああ、嫌な世界だね。だけど、人間に積極的に関わる三大勢力から組織的に身を守る為には仕方なかったりもするのかな? 強い神器を持っていたりして非協力的な態度を見せると危険分子とか言われたりとか。

 

「さーて、オーフィス。やるか?」

 

 アザゼル総督が光の槍の矛先を少女に向ける。少女に敵意を向けるアザゼル総督だが―――。

 

「我、帰る」

 

 少女の敵意はゼロ。だけどあっちは納得した様子はなく、ドラゴンが翼を広げて呼び止める。

 

「待て! オーフィス!」

 

 ドラゴンが呼び止めるも少女は不気味な笑顔を浮かべるだけ。

 

「タンニーン。龍王が再び集まりつつある」

 

 ヒュッ!

 

 一瞬空気が振動し、少女の姿が消えた。

 アザゼル総督もドラゴンも嘆息している。

 

「俺たちも撤退しよう」

 

 銀髪の男性が言う。背広の男性が作りだした次元の裂け目に足を踏み入れる寸前、こちらを向く。

 

「兵藤一誠。俺を倒したいか?」

「……倒したいさ。けど、俺が超えたいのはお前だけじゃない。同じ眷属の木場も超えたいし、ダチの匙も超えたい。俺には超えたいものがたくさんあるんだよ」

「俺もだよ。俺もキミ以外に倒したいものがいる。おかしいな。現赤龍帝と現白龍皇は宿命の対決よりも大切な目標が存在している。きっと、今回の俺とキミはおかしな赤白ドラゴンなのだろう。そういうのもたまにはいいはずだ。———だが、いずれは」

 

 一誠は銀髪の男性に拳を向ける。

 

「ああ、決着つけようぜ。部長や朱乃さんのおっぱいを半分にされたらことだからな」

「やっぱり、キミは面白い。———強くなれよ、兵藤一誠」

 

 ……う、う~ん。二人の世界がわからない。たぶん、根本的に価値観が違うんだろうね。

 

「じゃあな、おっぱいドラゴン! それとスイッチ姫!」

 

 古代中国風の鎧を着た男性がそう言うと、リアスさんの顔が真っ赤っかになる。スイッチ姫って……もしかして一誠の鎧が解除された時のあれのこと?

 

「木場祐斗くん、ゼノヴィアさん」

 

 背広の男性が木場さんとゼノヴィアさんに向けて言う。

 

「私は聖王剣の所持者であり、アーサー・ペンドラゴンの末裔。どうぞ、アーサーと呼んでください。いつか聖剣を巡る戦いをしましょう。では」

 

 背広の男性がそう言うと捜査官は突然小さく鼻で笑った。

 銀髪の男性とその仲間たちは次元の裂け目へと消えていった。

 

「それでは、私たちもそろそろ戻りましょう」

 

 テロリストの少女、銀髪の男性と続きメイデンさんも帰る意思を示す。

 

「フリードがまだ戻ってませんがいかがなさいましょう?」

「かまいません。何かあれば今のフリードならガギエルが導いてくれるでしょう。もうここに用はありません、長居(ながい)は無用です。―――それに、まだ終わってませんから」

「はい」

 

 捜査官が宙に銃口を向けると、銃声と共にさっき見た巨大ロボットが空中に出現した。

 ロボットは二人を手のひらに乗せて飛び上がる。

 

「天使を名乗りし少女よ、ミカエルを名乗りし者に伝えてくれ。時として許すことは害悪となり、罰することが救いになると」

「え、それってどういう――」

 

 去り際に捜査官はイリナさんに向かって言った。イリナさんの質問も聞かずに遥か彼方へ飛び去ってしまう。

 罪千さんにメイデンさん、『禍の団(カオス・ブリゲード)』よりも難解な謎が残ったまま全てが終わってしまったようだ。

 このテロの裏で何が起こったのか僕にはさっぱりわからない。

 だけど、今は大切は人が一人も欠けることなく終わったことに満足することにしよう。

 若干のモヤモヤは残ったけど、今はそれでいいや。

 

「今度こそ帰ろう、アーシア。俺たちの家へ」

「はい。お父さんとお母さんが待つ家に帰ります」

 

 なんだか一誠とアーシアさんの間でいい雰囲気が作られている。一誠はアーシアさんの手を取り、笑顔で言う。そしてアーシアさんも笑顔で返す。

 例え好きになれない相手でも、こういうのっていいなって思っちゃうよ。よかったね一誠、アーシアさん。

 そのまま一誠は眠るように意識を失った。リアスさんたちが確認したところちゃんと息をしてたから大丈夫だろう。たぶん、暴走したことによる疲労とかだろうね。

 こうしてテロに利用され巻き込まれた僕たちの受難は一旦幕を閉じた。




禍の団(カオス・ブリゲード)』の襲撃は確かに終わりましたが、その裏で動いたことはまだ終わっていない。事件の締めくくりは次話へ。


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壮大な怪物の落着

 当初の予定を全部はできなかったけどやっと締めれた! 本当にこの章は予定設定が狂いまくりましたよ。


 冥界でのテロ事件から二日が過ぎた。

 僕たちはいつも通りの日常に戻っ―――たとは言い難い。テロ事件後僕たちは人間界の日常には戻りはしたが、少しばかり未解決が残っている。

 まず、あれから罪千さんが学校に来ていない。一応ただの病欠ってことになってるらしいけど心配だ。

 それと、あれからまだ一誠の目が覚めない。アザゼル総督が一誠の神器に宿る龍、ドライグと話したところ暴走と聖なるオーラのダメージが溜まってるだけで命に別状はないらしい。一誠は現在リアスさんの実家に泊まってる。

 その日の放課後、僕はまっすぐに家に帰った。二人三脚の練習は罪千さんが居ないからできないし、眷属としての仕事も今の所ない。

 

 プルルルル

 

「あっ、電話」

 

 家の電話が鳴る。携帯じゃなくて固定電話の方が鳴るなんてなんか久しぶり。

 

「はい」

『お久しぶりでございます誇銅様』

 

 取ってみると、電話の相手はヨグ=ソトースさんだった。……あれ、家の電話番号教えたっけ? 自宅どころか携帯すら教えてないと思うんだけど……?

 

『少々お話があるのですが、ただいまお時間よろしいでしょうか』

「……はい、家で一人で暇してるので大丈夫です」

『ありがとうございます。それでは―――』

 

 カチャ

 

 背後のテーブルから食器が置かれたような音がした。振り返ってみると―――。

 

「お茶でも飲みながらお話ししましょう」

 

 ヨグ=ソトースさんが二人分の紅茶とお茶菓子の用意をしていた。まさか電話中に直で、それも紅茶とお茶菓子持参して来るとは。

 受話器を戻して椅子に座る。テーブルの上の紅茶からはとてもいい匂いがし、出されたお茶菓子も美味しそう。しかし、なぜ自分の家でお客さんのハズのヨグ=ソトースさんにもてなされてるんだろうか?

 

「それで、お話と言うのは?」

「罪千海菜について謝罪とご説明に参りました」

「罪千さん!?」

 

 ヨグ=ソトースさんの口から今ハッキリと罪千海菜と言う名前が出た。驚いて思わず立ち上がりそうになってしまったよ。

 落ち着いた様子で紅茶を一口飲むヨグ=ソトースさん。僕は次の説明を今か今かと待つ。

 

「既に察してると思いますが、彼女は一般人に扮して駒王学園に送られた我々(アメリカ)側の者。その目的は、秘密裏に誇銅様の護衛をすることでした。彼女の種族は人間に成りすますのが得意であり人間社会に対して学習能力・適応能力が高い」

 

 罪千さんがアメリカ勢力の人。それもヨグ=ソトースさんの話では人間ですらないらしい。

 思い返せば思い当たる節はある。時折感じていた罪千さんの視線と思わしき気配は僕を護衛していたからか。

 ヨグ=ソトースさんの説明から察するに罪千さんの種族はかなり人間は離れしていると思われる。だけど僕が罪千さんから感じたものは完全に人間の気配そのもの。昔の日本で鍛えた感知能力を完璧に上回られたと言うことか。

 

「さらに大抵の特別な力は一切通用せず、不死に近い存在。現在の悪魔や天使の観点から見れば唯一不死身と言えるでしょう」

 

 唯一の不死身? だけど冥界にも不死身と言われる悪魔が……。

 

「ですが、冥界にもフェニックスと言う不死と言われる悪魔が」

「フェニックス? あんなもの殺す手段はいくらでもあります。私たちアメリカから見れば力押しで死ぬ不死など不死ではありません。特別な手段を持ってやっと殺せる可能性が出てくる存在が不死に近いと言えるでしょう」

 

 フェニックスであるライザーさんのレーティングゲームは今でも覚えてる。終始ボコボコにされたくらいしかしていないけど、遠目から吹き飛ばされても炎の中から復活するライザーさんを見ていた。

 あれを不死身ではないと言い、それを差し置いて唯一の不死身と言わせる罪千さんとはいったい……。

 

「あの、結局罪千さんの種族は何なんですか?」

 

 ちょっぴり知るのが怖いけど、知らないのはもっと怖い。

 ヨグ=ソトースさんは自分の分の紅茶とお茶菓子を除けて、自分の前に新しいお茶とお菓子を用意する。

 

「彼女について私がお話しするのはここまでです。後は彼女が自分で言うとのことで」

 

 カチッ

 

 ヨグ=ソトースさんが指を鳴らすと、ヨグソトースさんが消えて代わりに全く同じ場所に罪千さんが現れた。

 いきなり別の場所に移動させられたからかものすごくあたふたしている。逃げ出そうとする自分を必死に抑え込み、背を向けて深呼吸した。

 そして意を決したように、だけどまだ強い緊張が残ったままで僕の方を向いて口を開く。

 

「あ、あ、あ、あの! ……どこまで聞きました?」

「罪千さんが僕の護衛だったことと、罪千さんが不死身と言うこと。それから罪千さんの種族を訊いた所で罪千さんに交代されました」

「そうですか。……私の種族は『リヴァイアサン』と言います。旧約聖書に登場する『リヴァイアサン』とは少し違います」

 

 旧約聖書のリヴァイアサンも知らないけどね。とりあえず後でそっちの方も調べてみよう。

 前にヨグ=ソトースさんからお土産でもらった『恐怖と混沌のクトゥルフ神話 ビジュアルガイド』にはリヴァイアサンと言う名前は載っていなかった。会話の流れからも邪神ではないだろう。

 

「神と邪神が世界の基盤を創造した時、神が天使や人間よりも先に生み出した怪物。それが私たちリヴァイアサンです」

 

 神が天使や人間よりも先に生み出した怪物ってもうスケールが大きすぎて理解が追いつかないよ! 邪神の件も未だに未処理のまま何となくで受け入れてるのに。

 二年間の妖怪や日本神との日常でだいぶ耐性が付いたと思ったんだけど。戻って来てからは邪神に隠れた強豪勢力、さらには神の最初の創造物リヴァイアサン。環境に少し慣れた傍から新しい未知が襲い掛かってくる。理解が追いつかないよ。

 

「私たちリヴァイアサンは共食いをする程に食べることに貪欲で神が生み出した生物を(ことごと)く捕食しました。だから神は私たちを天国と地獄の境目にある煉獄に封印しました」

 

 れ、煉獄? 世界創造の時代まで(さかのぼ)られてもスケールが大きすぎて。

 

「ですが、人の手により一度だけ煉獄から解き放たれた時に私だけ運よく再封印を免れました」

「それじゃあ仲間とはずっと離れ離れで」

「私はこんな性格ですから……自然界でも時々同種族なのに少し変わってるだけで仲間に疎まれる存在。リヴァイアサンの中で私はまさにそれでした」

 

 罪千さんの話ではリヴァイアサンは相当凶暴な性格をしているように伺える。罪千さんの大人しい性格が素なら確かに浮くだろう。人間でも集団に溶け込めない人は弾かれる。乱暴者もそうだが、特に気が弱い人間なんかがね。

 

「煉獄では兄弟にいじめられ、食べられないように逃げて。現世では怪物を刈るハンターたちから逃げて。そして今はアメリカ勢力に所属と言う形で監視されてます」

「監視って」

「リヴァイアサンはどんな生物も殺せる超危険生物ですから。リヴァイアサンは首を刎ねても死にはしません。ただし一時的に行動不能にはなります。そのまま放っておけばゆっくりですが首だけでも動けるので体に戻れます。当時のハンターたちに倒された兄弟は首を刎ねられ、その首を箱で密封して重りを付けて海や湖に投げ捨てられました。殺せない私たちもそうすることで永久的に行動不能にできるので。アメリカ程の力がなければ同じように半永久的に行動不能にされてました。まあ、リヴァイアサンを知ってる組織はアメリカくらいだったと思いますけど」

 

 捕まった時に最悪ではない待遇をしてくれるのはアメリカだけで、同時に掴まえられるのもアメリカのみ。何とも言い難い状況だね。

 

「でも、それも仕方ないことです。私が首を斬られた時に私の血を見ました?」

 

 一応覚えてはいる。だけど、精神が不安定だったからか部屋がぼんやりと暗かったからか罪千さんの血が黒く見えた。赤黒いではなく完全な真っ黒。

 

「えっと……ハッキリとは覚えてないかな」

 

 罪千さんは手近にあるナイフを手に取ってリストカットした。え、いきなり何してるの! すると、手首から黒い血が溢れる。

 

「黒い血」

 

 あの時僕が見た血は見間違いじゃなかった。罪千さんの手首から溢れる血はあの時の記憶と同じ真っ黒な血だった。

 

「これがリヴァイアサンなんです」

「リヴァイアサンの血は黒いってこと?」

「いいえ、この血自体が私なんです。旧約聖書の『リヴァイアサン』は海龍の姿をしていますが、私たちリヴァイアサンは自分の姿を持ってなくて完全な液体なんです。この液体が人間の体内に入り憑りつき、その人の体も記憶も全て奪い乗っ取る」

 

 人間に成りすまし、人間社会に溶け込むか。罪千さんが人間ではないと聞かされてなお罪千さんの気配は人間そのもの。普通、何かが憑りつけば人ざる気配は拭いきれない。長い年月で同化したのか気配すら奪い取れるのか。おそらく後者だろう。

 人の気配を完全に模し、不死の体にどんな生物をも殺す力。加えて貪欲な食欲。確かにこんな存在が多数存在すると言われれば監視するのは当たり前とも思える

 

「自分でも監視されるほど危険な存在なのは理解しています。ですけど……他の兄弟(リヴァイアサン)貪食(どんしょく)ではありませんが、私もリヴァイアサンとして大食なので食事量を制限されるのはつらかったです」

「それで学校でもよく食べていたんですね。今まで食べられなかった分も好きなものをいっぱい食べようと」

「その、あれは―――」

 

 軽く頬を赤らめ手を頬に置き照れる罪千さん。日常で女性がちょっと恥ずかしいことを言うようにかわいらしくもじもじとする。

 

「リヴァイアサンが人に憑りつくのは肉体を得る意味もあるんですが、そもそもリヴァイアサンの捕食対象であり好物は人間なんです。一応他の食物は取れますし、人間に害する魔物も食べれます。でもやっぱり一番おいしいのは純粋な人間で、なので常にできるだけ他でおなか一杯にしておかないと……クラスメイトがとってもおいしそうに見えてしまって」

 

 食いしん坊なのがバレちゃったレベルの可愛い照れ方だけど暴露された内容はとてもそんなレベルで片づけられる内容じゃなかった……。クラスメイトを食欲全開で見るってどんなグロ注意漫画の設定だよ! しかも罪千さんは小食な部類で他はもっと凶暴で大食みたいだし。

 

「特にアメリカに捕ま……保護されてからは人間なんてめったに食べる機会が無くて。そもそも隔離されて人間を目にする機会すら与えられていませんでしたので。外に出て他人と関わるなんてもう何百年ぶりかわかりません。問題を起こすなと邪神の方にきつく言われましたがその……やっぱり誘惑は強くて他のもので埋めていました」

 

 罪千さんからすれば目の前のごちそうを我慢させられてるような状況だったんだろうね。それも長い年月その好物を完全に断たれてた状態の。今まで我慢できていたことの方がすごいのかもしれないね。

 

「……怖いですよね、こんな化け物」

 

 罪千さんの声色が急に暗くなる。さっきまでは目線を外しながらもチラチラと僕の目を見ていたのに今は完全に下を向いて全く僕を見ない。

 

「人間に憑りつきその人に成りすまし、人間社会に溶け込みながら人間を食べる。私も昔は看護婦として働きながら体や心の弱い人間を食べていました。多少人が消えてもあまり騒がれない時代で場所を転々とすれば疑う人も少なかったですし。———それでも、私は人間が言う繋がりを求めてしまいました」

 

 自分のスカートを強く握りしめる罪千さん。プルプルと震えながら無理やり笑顔をつくる。その笑顔が無理やり張り付けたものだと言うことは明らかだ。

 学校でも自信なさげな表情でプルプルと震えることがある。今の雰囲気は罪千さんが学校でのそれをちょうど延長線に強くしたようなもの。

 

「私が化け物だと知ると、皆逃げてしまいます。例え相手が人外だとしても、私にどれだけ優しく接してくれる人でも、リヴァイアサンの顔を見せれば私から離れてしまいました。だからうれしかったんです、リヴァイアサンとしての私を見ても怖がらなかったことが。醜い姿を見た後も私の心配をしてくれて私自身を信じてくれた誇銅さんが。だからもっと深く知ってもらいたかったんです。———例えそれで私から離れてしまっても」

 

 罪千さんの目から涙が溢れスカートを掴む手の甲にぽたぽたと落ちる。それでもハリボテの笑顔も残すは口角のみ。それが罪千さんの最後の堤防なんだろう。

 人に紛れ人を食べる原初の怪物リヴァイアサン。人間を好物とする化け物としての(さが)が罪千さんの望みを許さない。

 泣いてる罪千さんの左隣に移動し右手で罪千さんの左手をそっと握る。

 

「え?」

 

 僕の顔を見上げる罪千さん。僕はとびっきりの笑顔で罪千さんを迎える。

 罪千さんは皆怖がって自分から逃げてしまうと言った。だけど、僕は罪千さんがちっとも怖くない。リヴァイアサンの顔を見てからも、こう言うと語弊があるだろうけどいつもの罪千さんの顔と変わらないように感じた。具体的に言うならどっちの姿も罪千さんだとなぜか認識できる。

 僕からすれば人間の罪千さんもリヴァイアサンの罪千さんも同じ罪千さんだってこと。ドジっ子な大食いで自分に自信がなく常に周りにおびえて、それでも他人に好かれようと努力を惜しまない女の子。例え原初の怪物だとしてもそれが何? 僕からすればリアスさんよりずっと好感が持てるよ!

 

「罪千さんから見れば僕も美味しそうに見える?」

「え、あ、はい! とてもおいしそうだけど食べたくないって言いますか、初めてお会いした時は他の人間と違って食欲は湧かなかったんですけど誇銅さんが私に接してくれるほど強くなって。少しだけ味見したいななんて……あっ、すいません! 私みたいな化け物がこんなこと言ってしまって! ……ふぇ?」

 

 左手の人差し指と中指を唇に付けて謝る言葉を止める。唇に付けた指の先端を離さずに罪千さんの口元近くで静止させる。

 

「味見してもいいですよ」

「……これは人間が虎に手を差し出すのと同じ行為ですよ。私自身味見をしたまま欲望に負けて誇銅さんの指を食いちぎってしまうかもしれません。危険ですので離してくださ――」

「信じてるから、罪千さんのことを。それで食いちぎられても僕は後悔しない。そもそも罪千さんの注意を聞き入れなかった僕の自己責任だから後悔なんてできないけどね♪」

 

 へらへらと笑って見せる。罪千さんはかなり重く考えてるみたいだけど、僕からすれば本当にその程度のこと。仰々(ぎょうぎょう)しく虎になんて例えたけど、本当の姿を見て話もしっかり聞いた今でも僕は罪千さんを普通の女の子のように思ってる。

 原初の怪物がなんだって言うんだ! 僕を信頼し僕が信頼する個人なら神も妖怪も怪物も関係ないよ! そんなのただの個性だね! もしも信頼を裏切られてもそれは僕の見る目がなかっただけ。

 罪千さんは僕を信用して正体も自分の過去も話してくれた。ならば僕もそれに応えなくちゃいけないよね!

 目をつぶって目を背けながらもチラチラと僕の指を見る。一分ほど何かと葛藤(かっとう)して―――。

 

「うう……あむ」

 

 ついに僕の指を咥え込んだ。指先から罪千さんの舌が僕の指を味わう感触が伝わる。

 

 じゅる、ちゅぱ、じゅじゅ……。

 

 冷静に考えるとこんなに可愛い女の子に自分の指を舐めるように促すなんてとんでもない変態行為なんじゃないか。

 今更ながら気恥ずかしくなった僕は左手の人差し指で罪千さんの舌を軽くトントンとする。すると僕の想いを察してくれたのかすぐに放してくれた。僕の指と罪千さんの口が唾液の糸で繋がってなんだかエロい!

 

「どうだった僕の味は?」

「はい、とってもおいしかったです。それに、とても満たされました」

 

 頬をピンク色に染める罪千さん。ちなみに僕は顔が熱い、おそらく真っ赤になってるんだろう。今回ばかりは僕の方が罪千さんから顔を逸らす。ダメダメダメ、このまま黙って直視なんてできないよ!

 

「……」

「……」

 

 しばらく無言の時間が過ぎていく。

 時間を置いたおかげで頭も冷えて少し冷静になった。確かにすっごく恥ずかしかったけど、それでも罪千さんが心を開いてくれたことを考えると安い代償だよ。

 それでも恥ずかしさが抜けず今は罪千さんを直視できない。だからチラ見しかできないけど、罪千さんは変わらぬいい顔で僕に微笑みかけてくれている。こんなに純粋にほほ笑む罪千さんは初めて見たよ。

 羞恥心とその笑顔をちゃんと見たいと思う心がぶつかり合う。ぶつかり合った結果、笑顔を見たい気持ちが勝った。で、でもただじっと見るのも恥ずかしいし何か話さないとね。何か話題になるようなことは―――そうだ!

 

「……もうすぐ体育祭ですね。二人三脚、一緒に頑張りましょう」

「はい!」

 

 お互いに見つめ合う僕たち。話題を見つけて振ったのはいいけど終わっちゃった! そりゃそうだよね、だって話が続かないような話題だったもん! 結果としてさっきより恥ずかしい状況で再び無言が始まってしまう。———で、でも、こういうのも悪くない……かな?

 

「よい雰囲気の所申し訳ありませんが時間が惜しいので続きは私が」

「わっ!」

 

 隣の罪千さんが消えて僕が座っていた位置にヨグ=ソトースさんが! それもご丁寧に机の上のお茶とお茶菓子まで場所が逆転している。このタイミングで表れるって……え、見てたんですか?

 さっきの恥ずかしい行為を見られていたかと思うと恥ずかしさが再びこみあがってくる。

 

「続きと言いましてもリヴァイアサンのことは彼女が一通り説明したのでとくにはありませんね。何かご質問があればお答えしますが」

「いいえ、今は特には」

「そうですか。なら、次のお話に移りましょう」

 

 ヨグ=ソトースさんが懐から封筒を取り出して僕に差し出す。目の前に置かれた薄い封筒。一体何なのだろう?

 

「こちらお納めください」

「なんですかこれ……!」

 

 手に取って封を開けてみると、中には一枚の小切手が入っていた。実物は初めて見たけどテレビとかで見た事あるからすぐに小切手だとわかったよ。チラッとだけ見て反射的に封筒に戻してしまったからいくら書かれていたかは知らない。————何んか頭が九でその後にゼロが六つ見えてまだ続いていたような……。

 

「受け取れませんよこんなお金! てか、何のお金なんですかこれ!?」

「誇銅様は今回のテロ事件でゾンビのような化け物を倒しましたね」

「え、まあ」

「実はそれ、我々アメリカから盗まれ禍の団(カオス・ブリゲード)の手に渡ってしまった生物兵器なのです」

「……え?」

 

 生物兵器……。ものすごく物騒な単語が出て来たよ! え、なに? 都市伝説とかでアメリカ陰謀説とかあるけどあれって本当だったの!? 

 あまりの衝撃で逆に小さなリアクションしかできない。ヨグ=ソトースさんは平然と話を続ける。

 

「その研究所では元々画期的な医薬品を製造する為の研究がなされていました。しかし、何の間違いでか死んだ細胞を再構築させ強力なゾンビに変えてしまうウイルスが生まれてしまった。人、動物、昆虫、魔物問わず生き物の遺体を強力なゾンビに変えるそのウイルスは『デッドウイルス』と名付けられました」

 

 まるで某ゾンビゲームみたいな話だ。

 元はただの一般人だった僕が悪魔に転生し見殺しにされ、その影響か昔の日本にタイムスリップし日本神や日本妖怪と親しくなった。現代に戻った後は悪魔に日本とのつながりを隠しながら再び悪魔としての日常に戻り、いつの間にか邪神と繋がりを持つことに。

 そんな客観的に見れば神秘と魔法に溢れたファンタジーな世界から急に科学的なゾンビウイルスに引っ張られちゃったよ! まさか世界が此処まで混沌としていたなんて、知らぬが仏とはこのことなんだろうね。

 

「その『デッドウイルス』を医療に役立てようと改良し作られた失敗作の試作品と、その試作品から作られた失敗作のゾンビを数体。それと成功例の高適合体を一体だけ持ち去られました」

 

 え、それってかなりヤバくない? 本当に某ゾンビゲームみたいな世界になっちゃうよ? バイオハザードが勃発しちゃうよ!? 三大勢力の小競り合い以前にウイルスで世界が滅びちゃうよ!?

 

「大概は生前の形をそのまま残すのですが、適合率が高いと一部や全身が化け物染みた姿に変わります。誇銅様が戦った殺人鬼ジャック・ザ・リッパーのように。彼もただの人間の遺体でしたが高適合者ゆえにあのような姿に変化したのです」

「いやいやいや! そんなことは今はどうでもいいよ! それよりも感染拡大が…」

「我がアメリカの優秀な研究チームによって既に抗ウイルス剤も完成しております。感染体のウイルスもワクチンで抑制されていますので感染力はとても弱い。まあ、それでも極低確率と言うだけでバイオハザードの危険性はありますが。ハッハッハ」

「笑い事じゃないよ!」

 

 感染力が弱くてもゾンビ化する被害者が出れば大問題だよ!

 てか今思い出したら罪千さんが助けてくれたからよかったものの、僕も危うく腕を噛まれそうになったっけ。危なっ!

 

「まあ本当に大丈夫でしょう。抑制されていないウイルスは最厳重に冷凍保存されていますし、万が一のことを考えて空気中で数秒で死滅するようにウイルス自体に安全装置がかけられています」

「う、う~ん……。ま、まあ、それなら大丈夫……なのかな……?」

 

 どうやら最悪の事態を考えて既に先手はうっているはいるらしい。今回盗まれたのもある程度医療用に安全に改良された失敗作らしいしワクチンも用意されている。一番危険なのも既に討伐済みだしね。

 

「先ほども申しました通りそれでも極低確率でバイオハザードの危険はあるんですがね」

「じゃあダメじゃん!」

「アメリカが使用した研究は魔法を一切使用しない科学100%です。私たちが発見できたと言うことは人類もいずれ発見できるもの。人間よりも安全で、どの人外勢力より秩序あるアメリカが最初に発見できたことは幸運なこと。……と、我が国のリーダーであるアトラス様は申しておりました」

 

 ま、まあそれも一理あるかもしれない。もしもこれが冥界なんかで第一に発見されたらそれこそテロリストたちに悪用されてとんでもないことになる。そうでなくても冥界はかなり問題を起こしてそれを放置している節がある。悪用もそうだけど管理面でもかなり不安に思う。

 そう考えるとアメリカ勢力が最初に発見したのは幸運だったとも言えるかもね。試作品と言えど盗まれたのはいただけないけど。

 

「それじゃあ罪千さんがあの場に居たのは?」

「彼女には一時的に誇銅様の護衛を外れてもらい感染体の駆除を命じました。リヴァイアサンならウイルスに感染する心配はありませんし、感染体を喰らい完全消滅させられますので。一応聖少女メイデン・アイン率いるFBIに追わせてはいますが、今回はリヴァイアサンでパパッと解決できると思ったんですがね。ジャック・ザ・リッパーは警戒心が強く特別な魔道具で気配を消しても彼女では仕留めきれなかったようで。誇銅様に倒していただき本当に助かったと申しておりました」

 

 あれってそんなにヤバイ相手だったんだ! 確かに自然な気配の消し方だったし、殺気の扱い方も巧い。もしかしたら僕が漏れる僅かな殺気に気づいてるのに気づいての行動だったのかもしれない。

 て言うか、昔のイギリス小説の殺人鬼みたいと思ったけど大正解だったよ。

 

「危うく厄介な感染体を取り逃がすところでした。調子に乗っている悪魔にウイルスの存在を知られてしまえばこちらの弱みを握ったと思い余計に調子付くでしょう。ですからくれぐれもこの件は外部には、特に三大勢力関係者には」

 

 人差し指を唇に付けてシーのジェスチャーをする。そしていつの間にかさっきの封筒が僕の目の前に戻されてる。あ、このお金って口止め料って意味合いもある?

 その気になれば転移能力で僕のポケットに無理やりねじ込んで消えることもできるので小切手の封筒はしぶしぶ受けるとことに。それを見てヨグ=ソトースさんは満足そうな笑みを浮かべて紅茶を飲む。

 

「話を戻しますが、誇銅様を無視し秘密で護衛を付けた事は誠に申し訳ありませんでした。しかし、高適合体をお一人で倒せる実力があるなら無理に護衛を付ける必要はありませんでしたね。どうやら、誇銅様のことを(あなど)っていたようです。リヴァイアサンはもう引きあがらせます」

 

 まあお世辞にも僕は強そうには見えない。むしろ完全に弱そうな部類に入るし、実際に感じ取れる魔力も低い。平安時代で培った技術も拳を合わせるその瞬間まで覚られないようにするものだしね。

 それよりも僕の護衛を解かれた後の罪千さんが心配だ。僕の護衛をする前は隔離されて他人を目にする機会すらまともになかったと言っていた。何百年ぶりにやっと外に出られた罪千さんが今後どうなるのか。

 

「罪千さんはまた隔離されるんですか?」

「そうですね、保護してみたものの我々も彼女を持て余していましていまして。他のリヴァイアサンと違って野心家ではありませんが、同時に社会においての適応能力も低い」

 

 困った表情で話すヨグ=ソトースさん。腕を組んで悩み始める。最古の怪物を押し込める程の勢力でもリヴァイアサンを持て余してしまってるんだ。

 

「リヴァイアサンは髪の毛一本からでもそのDNAからその人の全ての情報を移しとって成りすますことができます。本人を食べてしまえば完全になり替わることができてしまう。しかし、彼女は性格がらとちることが多い。不死性を持ってボディーガードも難しい。そもそもあらゆる生物を殺せるリヴァイアサンなど物騒で傍に置くには不適合。なので、もう煉獄に帰すことになるかと」

 

 煉獄に帰す、つまり他のリヴァイアサンと同じ場所に封印すると言うこと。罪千さんは他の仲間からいじめられている。それに、気弱な罪千さんは共食いとターゲットにされてるとも言っていた。もしも煉獄に帰されたら……。

 

「それってどうにかならないんですか!?」

「帰すことになるかとと言いましたが半分決定事項のようなものでして。引き取り手でもいれば話は変わりますが」

「僕が引き取ります! どうせ部屋も余ってるので!」

「わかりました。ではそのようにアトラス様を説得いたします」

 

 そう言い残すとヨグ=ソトースさんは自分が持ってきたお茶のセットと一緒に消えた。これで罪千さんは煉獄に封印されずに済めばいんんだけど。でもなんだろう、ヨグ=ソトースさんの手のひらでうまく操られた気がするぞ?

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 今日は待ちに待った体育祭。

 あれから罪千さんの姿を見ていない。ヨグ=ソトースさんに任せれば大丈夫だとは思ってるけど、大丈夫なんだろうか心配だ。

 

 パーン! パーン!

 

 空砲の音が空に鳴り響き、プログラムを告げる放送案内がグランドにこだまする。

 

『次は二人三脚です参加する皆さんはスタート位置にお並びください』

 

 ついに僕と罪千さんが出る種目が始まってしまった。なのに罪千さんはまだ来ない。仕方なく他の女子クラスメイトと代わりに走ることに。

 

『それでは二年生全クラス対抗二人三脚、スタートです』

 

 他のクラスメイトが先に走り出す。僕たちの番は一番最後。

 旧校舎の近くの森から誰かが近づいてくる! 一瞬期待したけど、その気配は期待したものではなかった。

 

「アーシアァァァァァァァアアアッ!」

 

 罪千さんと同じく姿を見ていなかった一誠がアーシアさんの名前を叫ぶ。その叫びに気づいたアーシアさんはきょろきょろと辺りを見回し、一誠を発見する。

 

「イッセーさん!」

 

 泣きそうな笑顔で一誠の名前を叫ぶアーシアさん。

 そして一誠がアーシアさんのもとに辿り着き、代わりに走ろうとしていた男子生徒に言う。

 

「わりぃ、俺が走るから」

「当然だ! アーシアさんと走って来いよ!」

 

 男子生徒は一誠の肩をたたき、激励を送る。

 一誠はしゃがんでアーシアさんの足首と紐でつなぐ。

 

「イッセーさん! 来てくれた!」

「当たり前だ。俺はアーシアのイッセーだぜ? アーシアのピンチに必ず駆けつけるさ」

 

 再び泣きそうになるアーシアさん。それに一誠は優しく微笑みかける。

 

「次の列です!」

 

 そしてついに一誠たちの番になった。

 二人でお互い腰に手で押え、走る構えになる。

 

 パンッ!

 

 空砲が鳴り響きスタート。

 

「行くぞ! アーシア!」

「はい!」

 

 一誠とアーシアさんは開始から快走していく。悪魔の身体能力を考慮してもかなり息が合っていると思うよ。———やっぱり、一誠が羨ましいと思っちゃうな。頭では決して僕が持っているものも負けてないってわかってるのに。

 周りの仲間たちから多くの応援を受け取りトップを走る二人がまぶしくて、また心の中に暗雲が立ち込めてしまう。———しかし、その暗雲から一筋の光が差し込んだ。

 

「誇銅さん……お待たせしました!」

 

 聞きたかった声、会いたかった気配! 声の方へ振り返るとそこには、罪千さんが立っていた。僕としたことが一誠を羨ましいと思いすぎて罪千さんが来たのに気づかないなんて。まだまだ修行が足りないね僕は。

 男女逆だけど一誠と同じように、代わりに走ろうとしていた女子生徒に罪千さんが言う

 

「あ、あの、誇銅さんと走るのはわ……私ですので。その、私に走らせてくれませんか?」

「もちろんよ! ベストを尽くしなさい!」

「はい!」

 

 女子生徒も罪千さんに激励を送ってくれる。罪千さんも大きな声で返事した。

 僕もしゃがんで、罪千さんとの足首を紐でつなぐ。完全にさっきの一誠とアーシアさんと同じだ。

 

「誇銅さん。お待たせしてしまって申し訳ございません!」

「かまわないよ。こうして来てくれたんだからね」

「次の列です!」

 

 そしてついに僕たちの番になった。

 お互い腰に手で押え、走る構えを取る。

 

 パンッ!

 

 空砲が鳴り響きスタート。

 

「行くよ! 罪千さん!」

「はい!」

 

 僕たちの走りは一誠たちと同じように抜群のスタートとは言い難かった。やっぱり出会って日が浅いだけに一誠とアーシアさんコンビみたいにはいかないかだけど、少しずつ罪千さんのリズムも掴んできて少しずつだけど速さが増していく。

 最終的にゴール直前で転んでしまったけど僅差で一位。上々な結果だね。

 

「誇銅さん大丈夫ですか! 私のせいで変な転び方してましたけど!」

 

 一番の旗をもらい、その旗を杖に左足をかばいながら歩く僕を心配してくれる。

 身長差のせいで変な引っ張られ方をして軽く足首を痛めちゃったらしい。歩いたり技をかけたりする分には問題はないけど、走ったりするのは控えた方がよさそうだね。

 

「見たところ軽くひねっただけのようですけど、一応冷やした方がいいです」

「うん、そうだね。それじゃちょっと保健室で氷もらって来るね」

「私も行きます! 誇銅さんが怪我したのは私のせいですから」

 

 別に大した怪我じゃないけど罪千さんに連れられて保健室まで行く。保健室には誰もおらず罪千さんが慣れた手つきでテキパキと氷袋を作ってくれた。大きさがちょうどよくていい感じ。

 

「ところで、罪千さんが此処にいるってことは交渉は成功したってことでいいのかな?」

 

 保健室に僕たちしかいないし近づいてくる気配もないからずっと気になっていたことを聞いてみた。

 

「はい! おかげさまで煉獄に戻されずに済みました! ありがとうございます!」

「そう。それじゃ、これからよろしくね罪千さん。部屋は空けてあるからね」

「本当に誇銅さんには感謝してもしきれません。煉獄から救っていただいただけでなく、住む場所まで用意してもらって」

 

 現在僕はベットに座り罪千さんはしゃがんで僕の足首を見ている。こうして逆転した身長差を利用して罪千さんの頭をなでる。確かに罪千さんは僕によって救われたのかもしれない。だけどね、僕も罪千さんのおかげでまた一つ救われたんだよ。

 僕は立場上学校で頼れる人が少ない。特にクラスに深い友達も居なければ、秘密を共有できる人が居ないのはとてもつらい。そこで本当の意味で秘密を共有できる罪千さんがいてくれるのはとても助かる。

 素敵な仲間? 友達? ううん―――家族が増えました!

 

「護衛じゃなくてこれからは家族だね」

 

 僕がほほ笑みかけると―――。

 罪千さんの唇が―――僕の脛に触れた。

 …………?

 僕は突然の―――唇や頬へではなく脛へのキスの意味が全くわからなかった。

 え? なんで脛にキス? どういう意味? もしくは意味なんてなくてただ近かったから?

 罪千さんはそのままの体勢で顔だけ上げて言った。

 

不束者(ふつつかもの)ですがよろしくお願いします、ご主人様」

「ん!?」




『キスの格言』

毎回、感想と評価は楽しみの反面、めちゃくちゃビクビクしてます。


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戦略的な英雄の棋士

 投稿する度にワクワクビクビクしてる自分がいる。


『ふはははは! ついに貴様の最後だ! 乳龍帝よ!』

 

 見るからに怪人の格好をした人が高笑いしている。

 

『何を! この乳龍帝が貴様ら闇の軍団に負けるはずがない! 行くぞ! 禁手化!』

 

 一誠そっくりの特撮ヒーローが画面で赤龍帝の禁手と同じ変身を遂げる。

 僕たちリアス・グレモリー眷属と、イリナさん、アザゼル総督は兵藤家の地下一階にある大広間で鑑賞会をさせられていた。

 巨大モニターに映る鑑賞作品は―――『乳龍帝おっぱいドラゴン』と言うおふざけ臭が漂う特撮作品。冥界で絶賛放送中の子供向けヒーロー番組らしい。

 

「……始まってすぐに冥界で大人気みたいです。特撮ヒーロー、『乳龍帝おっぱいドラゴン』」

 

 一誠の膝の上で搭城さんが尻尾を振りながら言う。搭城さんはすっかり一誠に懐きっぱなしだね。

 残念なことに本当にこの番組は本当に大人気らしい。放送開始早々に視聴率が五十%を超える化け物番組となっているとか。一誠が覇龍から戻るきっかけになったあの歌もバッチリ使われているらしい……。

 

「この番組に出てる赤龍帝の鎧は本物そっくりだね。すごい再現度だよ」

 

 木場さんがうんうんとうなずきながらポップコーンを食べていた。

 悪魔はレーティングゲームの舞台であのクオリティを叩きだしてますからね。これくらいはお安い御用なのかもね。

 

『いくぞ、邪悪な怪人よ! とおっ! ドラゴンキィィィィィックッ!』

 

 鎧を着た主役が怪人に必殺技を決める。派手な爆発演出がベターではあるけどクオリティが高い。レーティングゲームを見たり経験したりして本物の爆発の質感をわかってるから此処までクオリティが高いのかもね。

 その後、敵の新兵器の力でピンチになった主人公だが、そこへヒロインの登場。

 

『おっぱいドラゴン! 来たわよ!』

 

 登場したのはドレス姿のリアスさん。もちろん本人ではないだろうから一誠と同じく後付け加工だろうね。

 

『おおっ! スイッチ姫! これで勝てる!』

 

 なんか嫌な予感がする展開になって来たな……。

 そのスイッチ姫の乳を触った主人公の体が赤く輝き、パワーを取り戻す。スイッチ姫のスイッチってそう言う意味!?

 

「味方側におっぱいドラゴンとスイッチ姫がいるんだよ。そして、ピンチになった時、スイッチ姫の乳を触ることで無敵のおっぱいドラゴンになるのだ!」

 

 アザゼル総督がノリノリで説明する。

 小さな子供は興味を惹かれたものをすぐにマネしたがる。変態行為ではあるが下品と言うわけではないし、おそらく面白半分でこのおっぱいドラゴンのマネをする子供が増えるだろう。———それがきっかけで一誠みたいになってしまわないか本当に本気で心配になって来るよ。

 

 スパン!

 

 そのアザゼル総督の頭をリアスさんがハリセンで叩く。

 

「……ちょっとアザゼル。グレイフィアに全部聞いたわよ? ス、スイッチ姫の案をグレモリー家の取材チームに送ったのはあなたよね? おかげで私が、こ、こんな……」

 

 リアスさんは顔を真っ赤にして、怒りに耐えている様子。そりゃ直接的ではないにしろ辱しめをテレビで大々的に放送されてるんだからね。

 

「いいじゃねぇか。ガキどもからも支持を得られるようになって、最近少し下がったおまえの人気がまた高まったって聞いたぜ?」

 

 アザゼル総督は叩かれた頭をさすりながら言った。

 珍しく今回はリアスさんが可哀想と思う。そもそもこの様子では本人の承諾なしに独断で行われたらしいね。どうやら女性に対して経験豊富な発言をするアザゼル総督は女性に対してのデリカシーはあまりないようだ。

 

「……もう、冥界を歩けないわ」

 

 リアスさんはため息混じりでつぶやく。別に本当にそうなったとしても僕は構わないけど、心中お察しします。

 

「でもでも、幼馴染がこうやって有名になるって、鼻高々でもあるわよね」

 

 イリナさんは楽しそうにはしゃぎながら言う。僕のツボには全く入らないこの番組もイリナさんのツボにはハマったようだ。僕もうイリナさんと価値観が合う気がしなくなったよ。

 イリナさんは天使だけど、もう僕よりオカルト研究部に溶け込んでいる。まあ、同盟は組んでるし部員だしね。

 

「そう言えば、イッセー君って小さな頃、特撮ヒーロー大好きだったものね。私も付き合ってヒーローごっこしたわ」

 

 イリナさんが急に変身ポーズを決めながら言う。あ、その変身ポーズ僕も知ってる。小さい頃に見たことあるヒーローもののやつだ。

 

「確かにやったなぁ。あの頃のイリナは男の子っぽくて、やんちゃばかりしてた記憶があるよ。それがいまじゃ美少女さまなんだから、人間の成長ってわからない」

「もう! イッセーくんったら、そんな風に口説くんだから! そ、そういう風にリアスさんたちを口説いていったのね……? 怖い潜在能力だわ! 堕ちちゃう! 私、堕天使に堕ちちゃうぅぅぅっ!」

 

 一誠にの無自覚の褒め言葉でイリナさんは顔を真っ赤にする。

 天使の白い羽が白黒に点滅しはじめた。もしかして、これが天使が堕天使に変わる瞬間なのかな?

 天使が欲に負けたり、悪魔の囁きを受けると大変だと聞いたことあるけど、こういう意味だったんだね。このレベルで堕天しかける天使って大丈夫なのかな? 

 それを見てアザゼル総督が豪快に笑う。

 

「ハハハハ、安心しろ。堕天するなら大歓迎だぜ。ミカエル直属の部下だ。VIP待遇で席を用意してやる」

「いやぁぁぁぁぁっ! 堕天使のボスが私を勧誘してくるぅぅぅぅっ! ミカエル様、お助けくださぁぁぁぁいっ!」

 

 イリナさんは涙目で天へ祈りを捧げる。天使も堕天使も同盟を組んで仲良くしてるのに今更感があるのは僕だけなのかな? なんだかこうして見ていると、メイデンさんたちの方が心構えも神聖さも天使にふさわしいように思えてしまう。

 

「でも、イッセーさんが有名になるなんて自慢です」

「そうだな。私たち眷属の良い宣伝になる」

 

 良い宣伝って言うけど必ずしも良い意味だけとは限らないけどね。リアス・グレモリー眷属は全試合敗北。これ以上の敗北はリアス・グレモリー眷属の不甲斐なさを宣伝し、子供の夢をも壊してしまうよ。最低でもソーナさんの時のような無様な試合は見せられない。まあ、そうなったからって僕は一向にかまわないけどね。

 一誠は何やらまたエロ的な妄想をしてるみたいだ。有名になったら女性にモテモテになってハーレムとか考えてるんだろう。だけど、実力を伴ってないチャンスは同時に大きなピンチだからね。

 そんな一誠に朱乃さんが後ろから抱き着いた。朱乃さんは一誠の方に顔を載せて、耳元で囁く。

 何を言ってるかは聞こえないけど、一誠の隣でアーシアさんが不機嫌になった。リアスさんも目元をひくつかせ、膝上の搭城さんも無言で一誠の太ももをつねっている様子。

 

「約束?」

 

 一誠がそう聞き返したので朱乃さんが何を囁いたのかだいたい予想がついた。おそらく、ディオドラ眷属との戦い時にした場違いな約束のことだろう。しかも一誠は忘れているみたいだ。

 いくら場違でも、他人の助言だとしても女性とのそう言う約束を忘れるのってどうかと思うよ?

 聞き返す一誠に朱乃さんは満面の笑みで言う。

 

「デートの約束ですわ。ほら、ディオドラ・アスタロトとの戦いでイッセーくんが言ってくれたでしょう?」

「あー、確かに言いました。覚えていたんですね」

「もちろん。……もしかして、あれは嘘なの……?」

 

 目元を潤ませて悲しそうな顔をする朱乃さん。嘘泣きとわかってても女性の涙は強い。

 

「ウ、ウソじゃないです!」

 

 まあ、酷く鈍感な一誠が気づいてるとは思わないけどね。

 嘘ではないとハッキリ言ったのを聞くと、朱乃さんはさらにぎゅっと一誠を抱きしめて、心底嬉しそうな声色で言う。

 

「うれしい! じゃあ、今度の休日、デートね。うふふ、イッセーくんと初デート♪」

 

 はいはい、ごちそうさま。

 それよりももう帰っちゃダメかな? この特撮、面白くないわけじゃないけど所々で空気を壊すおふざけが入って見るのが辛い。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 昼休み中の駒王学園。

 僕は罪千さんと一緒に人気のない場所でお弁当を食べていた。

 

「ごちそうさまでした。今日もとってもおいしかったです」

「お粗末様でした」

 

 罪千さんの『ごちそうさま』に応答すると、僕もちょうど弁当を食べ終える。

 学食で時間ギリギリまで大盛りを食べて昼休み(ごと)に菓子パンを食べていた罪千さんだが、一緒に暮らしてからは昼休みの菓子パンはなくなり、お昼休みもお弁当一つ食べるだけ。リヴァイアサンの大食を考えてかなり大きめの弁当箱を買ったけど本当に足りてるのかな?

 

「それで足りる? 食費の心配はしなくていいからね?」

「はい! 大丈夫です!」

 

 お腹がすいてうっかりクラスメイトを食べかけられても困るからね。お金もゾンビの件で受け取ったお金があるし。

 

「あのう、それよりも……」

「わかってるよ。はい、どうぞ」

 

 僕は片手を罪千さんの近くまで持っていく。すると、上げた僕の手を取り指をしゃぶり始めた。初めて指を差し出した時よりも積極的に、うれしそうな表情でじっくりと味わってる。

 学校での昼食の後では必ず僕の指を舐めるようになってしまった罪千さん。人間への食欲を抑える為に他の食べ物を頻繁に食べて満腹に近い状態にするよりも、こっちのほうが長い時間に渡って食欲を抑え込めるらしい。正確には感覚的には食欲が抑えられると言うよりも、感情的なものが満たされるらしいけどね。

 だけど、家の中では暇があれば頻繁に僕の指を欲するようになってしまった。まあ僕が愛情を求めるようなものと考えれば共感できるものもあるけど……。

 

「ちゅぷ、ちゅぱ♪」

 

 僕の指を舐めながら僕の胸に寄りかかって来た罪千さん。その頭を撫でてあげるとまた一段と嬉しそうに反応する。傍から見たら恋人同士に見えるかもしれないけど、僕としてはペットを可愛がってる感覚だ。そして本人も自分を僕のペットのように考えて振る舞ってる。

 (スネ)へのキスでご主人様って呼ばれた時からなんかおかしいと思ったんだよね。家の中じゃ未だにご主人様って時々呼ぶし。

 

「……ちゅぱ」

 

 一頻(ひとしき)りしゃぶり終えた罪千さんは僕の胸から離れ、口を開け僕の指を口から解放してくれる。もう何度も見ているけど、いかにペットのような感覚でも僕の指と美少女の口が細い唾液の糸で繋がるのはやっぱりエロい! 絶対に他の人には見せられない!

 

「満足した?」

「はい、今日もありがとうございました! 誇銅様」

 

 本人は誇銅さんと呼んでるつもりなんだろうけど、これを終えた後はいつも誇銅様になっている。ニコニコ顔の罪千さんに今更それを指摘するのも野暮だと思ってもうあきらめてる。幸いに誇銅様と呼ぶのは指をしゃぶったすぐ後と寝起きくらいだ。

 そうそう、寝起きと言えばこんなことがあったっけ。

 罪千さんと一緒に住むようになって本当に時々、罪千さんと添い寝をすることがある。藻女さんたちと暮らしていた時の影響か気が許せる家族と一緒に寝るとものすごくリラックスできるんだ。

 だけどそれは本当に時々のことで、普段はちゃんと別々の部屋で寝てるよ? だけど、かなりの確率で朝起きると僕の部屋で僕が起きるのを正座して待ってる罪千さんがいるんだ。目覚めた瞬間のおはようはうれしいけど、意識がハッキリして来るとそんな罪千さんに淡い狂気を感じる。

 目覚めた時に罪千さんが僕の顔を覗き込んでいた時はかなり驚いたけどね。なんでもリヴァイアサンにとって睡眠は趣向品のようなもので別に取らなくていいものらしい。なので一晩中僕の寝顔を見続けていたとか。怖ッ!!

 

「そうそう、罪千さんに紹介しておきたい人がいるんだ」

「紹介、ですか?」

「うん。この学園内で僕が最も頼れる人だよ。もしもの時に罪千さんも頼れるようにと思って。でもその際には罪千さんのこともある程度は話さないといけないけど……いいかな?」

「はい、かまいません。誇銅さんが信用する人なら私も信用します」

 

 罪千さんの了承も得られたし、さっそくその人に紹介しておこう。この時間なら部室前で素振りでもしているだろう。と言うか、その辺からその人の気配がするから間違いないだろうね。

 しばらく罪千さんをこの場に待たせて、僕がその人に来てもらうようにお願いしに行く。

 

「紹介します。この人は罪千海菜さん、僕のクラスメイトで現在一緒に住んでます。罪千さん、この人は国木田宗也先輩」

「よ、よろしくお願いします」

「おう、よろしくな」

 

 僕が連れてきたのは悪魔のフリをしている純粋な日本妖怪、悪鬼の国木田先輩。この学園で最も信用し信頼できる唯一の人、いや妖怪。

 ソーナさんたちやギャスパーくんたちも信用がおける人たちだけど、やっぱり立場上信頼するには少しばかり不安が残る。

 初めての相手だからか国木田さんが来てから罪千さんは僕を間に挟んで、僕のシャツを摘まんで少し隠れてる。

 来てもらった国木田さんに僕は一つ質問した。

 

「さっそくですが罪千さんはただの人だと思います? それとも何かの怪異だと感じます?」

「?」

 

 国木田さんはいつもの笑顔のままで少しばかり頭に『?』を浮かべた表情になる。おそらく内心はそんな軽い程度のものではないだろうけど、それを一切表情には表していない。

 

「まあ今の質問と僕と一緒に住んでる時点で察しは付くと思いますが、罪千さんは人間ではありません。リヴァイアサンと言う種族で人間の気配を完全に模倣することができるんです」

 

 僕はリヴァイアサンと言う種族に関しての情報をかなり(ぼか)した状態で伝えた。そこまで言う必要がないと僕が感じたから。あんまり不安を抱かせるようなことは伝える必要もないだろうからね。

 もちろん深く問われれば正直に答えるつもりだ。その際もしっかりと罪千さんが害のない存在だとフォローもする。

 

「なるほどな、だいたいわかった。しっかし人間の気配を真似るのは日本妖怪が一番と思ってたんだけど、外国の怪異も相当やるもんだな」

「まあ、罪千さんの種族はかなり特殊で罪千さんもその最後の生き残りですけど」

 

 ニホンカワウソやニホンオオカミとかじゃなくて、恐竜レベルの生き残りですけどね。

 とりあえずこの説明で納得してくれたようだ。リヴァイアサンは人間が好物で人間を食べてその人に成り替わる不死の化け物なんて説明はしたくないからね。例え罪千さんは例外だとしても。まあ、出会って一月も経ってない僕に何がわかるんだとか言われたら言い返せないけど……。

 

「もしもの時、罪千さんの助けになっていただけないでしょうか?」

「ああかまわないぜ。もしもの時はできる限り力になろう」

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 快く引き受けたくれた国木田さん。僕がお礼を言うとそれに続いて罪千さんも照れながら頭を下げた。

 もしもリアスさんたち信用できない悪魔に罪千さんの種族が知れたら大変なことになる。あの人たちは絶対に罪千さんに害になるちょっかいをかけてくるだろう。最悪、罪千さんが僕の二の舞になってしまう。それは絶対に避けないと! 犠牲になるのは僕だけで十分だ!

 

「でも誇銅が家族として怪異を引き取ったなら当然日本勢力と関わることには絶対なる。上の妖怪や日本神にもキチンと報告しておけよ」

「はい、わかりました」

 

 もともと機会があれば天照様に罪千さんのことは報告しようと思っていた。早いうちに、高天原に行ける程の暇ができ次第報告だけでもしておきたい。今は変な動きをすればリアスさんやアザゼル総督とかに怪しまれるから動けないけどね。

 話が終わると国木田さんは野球の自主練に戻った。駒王学園の男子野球部は弱小で部員もギリギリ、練習相手にも困る程らしい。それでもこの学園での青春を野球にかけてるとか。一体何が国木田さんをそこまで動かしているのだろうね。

 とりあえず何かあった時の為の保険は打てた。ソーナさんとリアスさんの活動範囲は全く違うから、これで僕がリアス眷属として動けない時でも何とかなるだろう。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 放課後の部室にて。

 下校時刻を間近にして、僕たちはお茶をしながら修学旅行の話をしていた。

 今日は顧問のアザゼル総督は部室にいない。なんでも最近、冥界に帰って何かを話し合いしているとか。話し合いをするのは結構だけど、それならトップとしてこの現状をなんとかしてほしい。禍の団(カオス・ブリゲード)以前にもっと根本的な問題についてとか。たぶんそんな話はせずに、テロ対策や三大勢力内での和平についてとかだろうけどね。

 

「そう言えば二年生は修学旅行の時期だったわね」

 

 リアスさんは優雅に紅茶を飲みながら言う。

 

「部長と朱乃さんは去年どこに行ったんですか?」

「私たちも京都ですわよ。部長と一緒に金閣寺、銀閣寺と名所を回ったものですわ」

 

 一誠の質問に朱乃さんが答える。藻女さん、悪魔が修学旅行で京都に来ること拒否しなかったんでしょうか?

 それにリアスさんがうなずきながら続ける。

 

「そうね。けれど、意外に三泊四日でも行ける場所は限られてしまうわ。あなたたちも高望みはせず、詳細な時間設定を先に決めてから行動したほうが良いわよ? 日程に見学内容と食事の時間をキチンと入れておかないと、痛い目に遭うわね。バスや地下鉄での移動が主になるでしょうけれど、案外移動時間も時間が掛かってしまうものだわ」

「移動時間までキチンと把握しておかなかったのがいけませんでしたわね。部長ったら。これも見るあれも見るとやっていたら、最後に訪れる予定だった二条城に行く時間がなくなってしまって、駅のホームで悔しそうに地団駄踏んでいましたわ」

 

 朱乃さんが小さく笑って言うと、リアスさんは頬を赤くした。典型的な欲張ってしまったパターンだね。

 

「もう、それは言わない約束でしょう? あの時は私もはしゃぎ過ぎたわ。日本好きの私としては、憧れの京都だったから、必要以上に町並みやお土産屋さんに目がいってしまったの」

 

 思い出を楽しそうに語るリアスさん。例え好きじゃない相手でも自分の好きな場所を純粋に楽しんでくれるのは嬉しくも感じる。

 

「修学旅行で訪れるまで京都へ行かなかったんですか? 移動は魔方陣ですればいいと思いますし」

 

 一誠がそういうと、リアスさんは人差し指を左右に振った。

 

「わかってないわね、イッセー。修学旅行で初めて京都に行くからいいのよ? それに移動を魔方陣でするなんて、そんな野暮なことはしないわ。憧れの古都だからこそ、自分の足で回って、空気を肌で感じたかったの」

 

 リアスさんの目が爛々(らんらん)と輝いている。リアスさんって、そんなに日本好きだったんですね。そう言えば、リアスさんの実家も日本風な様式がいくつもあったっけ。

 それにしても、悪魔がいる修学旅行先が京都か。妖怪に、ひいては日本事態に迷惑をかけるような出来事が起こらなければいいんだけど。

 カップのお茶を飲み干した後、リアスさんは話題を変える。

 

「旅行もいいけれど、そろそろ学園祭の出し物についても話し合わないといけないわ」

「学園祭も近かったですね。うちの高校って、体育祭、修学旅行、学園祭は間が短くて連続で行うからな。そう考えると俺ら二年生は大変だ」

 

 一誠の言う通り、二学期は学校行事が多くて大変だよ。

 リアスさんは朱乃さんからプリントを受け取ると、テーブルの上に置いた。オカルト研究部の出し物をそれに書いて生徒会に提出するみたいだね。

 

「だからこそ、今のうちに学園祭について相談して、準備をしておかないとね。先に決めてしまえば、あなたたちが旅行に行っている間に三年生と一年生で準備出来るもの。今年はメンバーが多くて助かるわ」

「学園祭! 楽しみです!」

 

 楽しそうにするアーシアさん。やっぱりアーシアさんもこういうイベントは好きなんだね。

 

「うん。私もハイスクールでの催しは楽しいぞ。体育祭も最高だった」

 

 ゼノヴィアさんも表情は変わってないけど、瞳はしっかりと輝いている。体育祭では大活躍してましたもんね。悪魔の身体能力でズルしてるんじゃないかと思えるくらいにに一位を取りまくっていた。まあ、手加減してたつもりでも多少は使ってしまった部分もあったとは思う。何かで強制的に身体能力を落とさないと手加減なんて本人のさじ加減だからね。

 

「私もこういうの初めてだから楽しみだわ~。良い時期に転入したよね、私! これもミカエル様のお導きだわ!」

 

 天に祈るポーズでそう言うイリナさん。そう言えば罪千さんも学園祭は初めてだろうからね、いっぱい楽しませてあげなくちゃ。

 

「確か、去年はお化け屋敷でしたっけ? 俺、その時は所属していませんでしたけど、本格的な造りだったとかで話題になってましたよ」

 

 うすぼんやりだけど覚えている。僕は入らなかったけど、入ったクラスメイトは随分リアルで本物にしか見えないとか言ってたような。

 

「そうね。本物のお化けを使っていたもの。それは怖かったでしょうね」

 

 リアスさんはサラッと言う。え? 本物が悪魔に協力したの?

 

「ほ、本物だったんですか……?」

「ええ。人間に害を与えない妖怪に依頼して、お化け屋敷で脅かす役をやってもらったわ。その妖怪たちも仕事がなくて困っていたから、お互いにちょうど良かったのよ。お陰で大盛況だったわね」

 

 一誠が驚きながら訊くのに対して、リアスさんは平然と笑顔で答えた。

 

「後で、生徒会に怒られましたわね。当時副会長だったソーナ会長から、『本物を使うなんてルール無視もいいところだわ!』って怒られましたわ」

 

 みんな学生の範囲内で工夫している中で、本物を使うのはやっぱりルール違反と言えるだろう。外部のプロを呼んで働いてもらったのと同じことだ。

 それ以前によく妖怪側も強力してくれたね。日本妖怪なら悪魔を嫌ってるハズだから―――いや、すべての日本妖怪がそうではないと天照様も言っていたね。中には悪魔に寝返った妖怪もいるし、商売として関わることもあるとか。

 悪魔の仕事を受けたと言ってもすべてが裏切り行為に繋がるわけでもないし、日本自体も間接的に悪魔と商売してるようなものだしね。

 

「じゃあ、今年もお化け屋敷ですか? それとも、段ボールヴァンパイアのサーカスでもやりますか?」

 

 一誠の発言にギャスパーくんはぷくーっと頬を膨らませポカポカと一誠の頭を叩く。

 

「先輩のいじわるぅぅぅぅっ! すぐに僕をネタにするんだからぁっ! 誇銅先輩! イッセー先輩がいじわるしますぅぅぅっ!」

「よしよし、大丈夫だよ」

 

 いざとなったら強硬手段に出るから。具体的には腕を折るつもりでかける関節技をかけに行く。立ち状態からの関節技は得意だし、戦車(ルーク)の力が加われば悪魔の骨を折るのも時間はかからないよ?

 でもまあ、ギャスパーくんがネタにしやすいってのもわかるけどね。それに、反応もいいからいじる楽しみが大きいのも理解できる。だから先輩として、度が過ぎた行為からは守るよ。

 一誠の冗談交じりの問いにリアスさんは悩む仕草をする。

 

「とりあえず、新しい試みを―――」

 

 リアスさんがそこまで言ったところで、僕たちのケータイが同時に鳴った。

 全員、それが何を意味しているのか知っているため、顔を合わせていた。

 リアスさんは息を整えた後、真剣な声音で言う。

 

「———行きましょう」

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 町にある廃工場。

 そこへグレモリー眷属とイリナさんは訪れた。

 既に日は落ち、空が暗くなりつつある。薄暗い工場内に気配が多数。しかし、敵意も殺気もあるがかなり落ち着いている。どうやら、今まで戦ってきた力押しばかりの素人臭い相手とは違うようだ。

 

「当てが外れたな、シモテ。シトリー眷属が来たら厄介だって対策にいろいろ用意してたのに」

「別に。足りなかったは困るけど、無駄になったのは幸運さ」

 

 そこには二人の対照的な男性の姿。片方が力士のようなガッチリした体形の柔道着を着た大柄な男性。もう片方はギャスパーくんくらいの低身長の棋士のような和服を着た男性。大男の隣にいるせいで余計に小さく見える。

 どうやら大男の方がカミテ、もう一人がシモテと言うらしい。

 二人は隠れることもせずにただ少し見えにくい位置にいるだけだった。小柄の男性は敵が来たと言うのに一人で将棋を指し始める始末。

 しかしその周囲から人型の黒い異形の存在が複数姿を覗かせていた。

 数は……百、いや、もう少し少ないか。この狭い工場内にできるだけ多くかつ最低限動き回れる数を揃えたって感じかな? それだけの数を揃えられなかったのなら話は簡単だが、あえてこの数にしたのなら少し厄介かもしれない。

 リアスさんが一歩前に出て冷たい声音で問う。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』———英雄派ね? ごきげんよう。私はリアス・グレモリー。三大勢力からこの町を任されている上級悪魔よ」

 

 リアスさんのあいさつを聞いて、男性は表情を変えずに言う。

 

「ああ、知ってる。僕たちの目的は人間に害する悪魔と戦い、人々を守ることなのだからね」

 

 僕たちのことを、明確な敵意が籠った目で見てくる。英雄派―――確か現在『禍の団(カオス・ブリゲード)』の中で一番大きな勢力。

 なんでもここのところ、この英雄派が僕たちの町を小規模に襲撃してくる。と言うより、各勢力の重要拠点を英雄派の構成員が襲来する事件が多発していた。そのせいで携帯に余計な機能を付けられたり。

 だから僕たちは彼らを迎撃している。迎撃と言っても、相手はこちらに気づくとすぐに逃げてしまってまともにぶつかったことは殆どない。あって仲間を逃がすための防衛線くらいで戦闘と呼べるものではない。

 二人の後ろから黒いコートの男性とサングラスをした男性と中国の民族衣装のような服を着た男性が現れた。

 変わって異形のほうは、簡単に言えば替えの効く戦闘員。英雄派はあれを兵隊として使っているらしい。雑兵だとしても下級悪魔以上の強さは持っている。さらに、防御に特化させられているため、中級悪魔以上でも簡単には倒せない。さらにある程度の陣形を使ってくるため、力だけが中級から上級程度のリアス眷属ではなかなか打ち破れない。

 

「シトリーみたいに厄介な相手じゃないけど決して弱い相手じゃないからな」

「ああ! もとより誰が相手でも油断するつもりはない!」

 

 大柄の男性は(おび)をしっかりと締めて気合を入れる。その背後で小柄の男性は相変わらず一人で将棋を指してる。

 その間に一誠も神器のカウントダウンを済ませ、素早く禁手化の鎧を装着し前衛として前に出る。同時に大きな剣を取り出して、ゼノヴィアさんに放った。ゼノヴィアさんもそれをキャッチして剣を構えた。

 一誠と木場さんが二人で前衛を務める。少し離れたところにゼノヴィアさんが補助をしつつ、一誠たちと同じように前衛の役割を務める。

 中衛がイリナさん、搭城さん、ギャスパーくん、僕。前衛のフォローと後衛の守りを受け持ち、中間でサポートも担う。あと、搭城さんとイリナさんは一誠たちが撃ち漏らした敵を仕留める役割もある。

 後衛はリアスさんに、朱乃さん、アーシアさん。リアスさんは司令塔をしつつ支援攻撃。朱乃さんも後方から支援。アーシアさんは仲間が傷ついた時に回復のオーラを飛ばす役割。

 これが現在のグレモリー眷属にイリナさんを加えた陣形。一誠が禁手状態でなければ一誠は中衛に入る。

 相手は僕たちの陣形を確認するが、元々の陣形から動きはない。黒いコートの男性が手から白い炎のようなものを発現させた。

 それを見た木場さんは目を細める。

 

「また神器(セイクリッド・ギア)所有者か」

 

 英雄派が仕掛けてくる構成員は神器持ちであることが多い。確か神器は神が人間にだけ授けられるようにしたものだっけ? それなら悪魔である僕たちにそれを向けることは何らおかしい事はないけど。

 

「困ったわね。ここのところ神器(セイクリッド・ギア)所有者とばかり戦っているわ」

 

 リアスさんは嘆息しながら言ってるけど、瞳には決意がみなぎっている。

 炎を揺らす男性がこちらへ攻撃を仕掛けた瞬間———。

 

 ゴワッ!

 

「右だカミテ! 他は左右に広がれ!」

 

 一誠は瞬時に背中の魔力噴出口から火を噴かして、開戦してダッシュを仕掛けた。同時に炎の攻撃も弾き飛ばす。だけどそれよりも早く小柄な男性が指示を出した。

 

 ドオオオオオッ!

 

 一誠が炎の攻撃を吹き飛ばした時には既に黒いコートの男性は逃げ、巻き込めるハズだった異形たちも道を開けている。だが、一誠が通るど真ん中で待ち構える大柄の男性。

 男性は一誠のダッシュ攻撃を真正面から受け止める気だ! 僕の目には一誠が男性とぶつかり合う瞬間がハッキリと確認できた。———一誠の鎧の道着で襟と袖に当たる部分を掴む大男の姿が。

 

「叩きつけるな! できるだけ奥に投げ飛ばせ!」

 

 また小柄な男性の指示が早いタイミングで飛んでくる。

 一誠はダッシュ攻撃の最中に綺麗に組の体勢を取られ、指示通りリアスさんの所まで投げ飛ばされた。あのスピードの一誠を捉える瞬発力、ダッシュ攻撃を受け止めるパワー、鎧相手に的確に掴む正確さと握力。どれも超一流の格闘家でないとできない芸当だ!

 

「イッセーくん!」

「イッセー!」

「左翼は陣形を保ちつつ進め! 右翼は二歩遅れろ!」

 

 そして、的確な指示を与える小柄の男性。おそらく構成員の中で司令塔の役目を担ってるのだろう。司令塔の役割は担ってはいるが、その能力がいささか低いリアスさんでは相性が悪い。

 

「赤龍帝のパワーには気を付けろ! 俺たちじゃ一発でやられる! だが、工場内では派手な動きはできん!」

 

 黒いコートの男性の言う通り、一誠の攻撃は人間の神器所有者なら一発で打倒できる。それは当然相手もわかっているようだが―――。

 立ち上がった一誠はその場で手元に魔力を終結させ、できるだけ出力を抑えて大柄の男性へ撃ちだした。

 

 ドウッ!

 

 小規模な龍の魔力が放たれる! 人間相手ならこれで十分な威力だし、魔力の塊なら素手で触れるのも厳しい! 

 大は小を兼ねる。大きな魔力の塊を作れるなら小さくするのは案外簡単なこと。少しばかり練習すればミクロサイズにまで極めるわけじゃなければ悪魔でも短時間でできるハズ。威力を落とさずに圧縮するのはまた違って難しいけどね。

 実際にこの威力を弱くした小型化が英雄派の構成員を一発で倒す所を何度も目撃しているが―――。

 

 ズヌンッ!

 

 龍の塊が相手に当たる前に消えた。工場内の影が伸びて一誠の攻撃を飲み込んだ。影を操る? いや、そんな感じではない。影を媒介に何かをする力か……。

 漏れる力の気配からして術者はあのサングラスをした男性のようだね。

 

 ヒュッ!

 

 気配がわかりやすくとも素早い動きで斬り込む木場さん。聖魔剣がサングラスの男性に振り下ろされようとするが―――さっきと同じ影が素早く木場さんの剣を飲み込んだ。刹那、木場さんの影から危険を感じる!

 影に飲み込まれた剣にさっきは感じなかった危険……ッ! 影を媒介にした転移能力か!? となるとあの影からは――—!

 

 ピュッ!

 

 予想通り木場さん自身の影から聖魔剣の刀身が勢いよく飛び出してきた! 木場さんもうまく体を捻って回避を成功させ、後方へ下がる。これは実戦経験が物を言わせたね。

 

「影で飲み込んだものを、任意の影へ転移できる能力……か。直接攻撃タイプじゃない。攻撃を受け流すタイプの防御系だね。厄介な部類の神器(セイクリッド・ギア)だ」

 

 木場さんが神器の能力を推測しつぶやく。

 やっぱり、あの影は転移系統の能力だったか。となると当然一誠が放った魔力の塊も……あの辺かな?

 

 ブオンッ!

 

 空気が震えると共に、建物の影から一誠のオーラを強く感じる。そっちを見ると真っ赤な魔力の弾がアーシアさんに向かって来ていた。

 

「ふざけんな!」

 

 一誠は素早く魔力の弾をもう一撃、アーシアさんに向かう魔力弾に向かって繰り出した。

 

 バチッ!

 

 魔力弾の相殺には成功したが、魔力同士が激しく弾けて工場内に爆風を巻き起こす。戦闘面では全く鍛えられていないアーシアさんに至近距離からの爆風はだいぶ危ない。

 一誠たちのように心配してるわけじゃないけどその心配は必要ないね。なぜなら―――。

 

「アーシアには指一本触れさせん!」

 

 ゼノヴィアさんが瞬時にアーシアさんの盾となって守護したからだ。

 あの一件以来かゼノヴィアさんはアーシアさんに関しては反応がとても早い。眷属全員がアーシアさんを守り、時には戦闘の要になり悪魔にとって貴重な回復もこなす。リアスさんたちにとって一誠と同じくやられるわけにはいかない眷属。なのだが―――。

 

 バシュゥゥゥ!

 

 爆煙の中から、敵の大男がゼノヴィアさんの目の前まで迫って来ていた。その後ろには十体程の異形を引き連れて。

 アーシアさんは確かに貴重な回復役でチームをまとめる一つの要だ。だけどそれと同時に、戦場に出る存在ながら戦闘力が乏しい彼女は―――リアス眷属の明確な弱点の一つでもある。

 おそらく、アーシアさんに戦闘能力がないことは既に調査済みだったのだろう。アーシアさんが狙われれば誰かが守りに行く。そして防御状態になった誰かを安全に畳みかける。

 あそこまで間合いを詰められれば純粋な剣士では詰みだ。

 

「その子の間近に落とせ! 好機に繋がる!」

「オッス!」

 

 だけどゼノヴィアさんの戦闘服は一誠の鎧以上に掴み所がない。鎧の突起部分をかろうじて襟と袖に見立てたが、ゼノヴィアさんにはそれすらない。

 大男の手のひらから黒い煙が噴き出し、ゼノヴィアさんの体を包む。煙はゼノヴィアさんの体を包むと、すぐさま白い道着へと姿を変えた。

 

「ふん!」

 

 道着を着せられたゼノヴィアさんは普通に柔道の投げで地面に叩きつけられた。一般的な柔道通り背中から落とされ、頭を地面に打ち付けられないようにされたから大したダメージはないだろう。問題は後ろから付いて来た異形の方だ。

 異形たちは押し倒されたゼノヴィアさんを囲み抵抗できないように押さえつけた。満足に剣を振るえない状態にされては堅牢な防御力を誇る異形を振り払うのは難しい。近くにいたアーシアさんもゼノヴィアさんが捕られられて動けず、異形だけの手によって同じように仰向けで押さえつけられた。

 

「アーシア! ゼノヴィア!」

 

 本来背中を上に向けられれば反撃の殆どができず、防御するのは難しく攻め手の有利となる。だけど今回は違う。今回の相手は強固な防御で押しつぶす戦法を取る。その場合脅威となるのは斬撃などの攻撃ではなく、地面に手をついて力を籠められる体制を取られる事。

 仰向けなら確かに背中は大地に守られるが、関節の都合上大地に踏ん張りを入れられるのが足だけとなり立ち上がりが遅くなる。そもそも寝かされる事自体かなり危険な状態ではあるが。

 亀の甲羅の如き防御力で攻める異形に重要なのは相手を動けなくしてしまうこと。そうすれば後は有利な位置と質量で押しつぶすだけで勝てる。まさに柔道との相性は抜群!

 

「アーシア! ゼノヴィア! 今助ける!」

 

 ピュゥゥゥゥゥッ!

 

 一誠が二人を助けようと走り出すより前に、民族衣装の男性が光で出来た弓で、同じく光の矢を撃ちだした! 一誠のように鎧を纏っていない生身ではかなり危ない!

 防御に特化させた異形で敵を拘束し、悪魔にとって猛毒の光の矢で確実にトドメを刺すか。手間はかかるがこれなら防がれたり避けられたりするする心配がない。確実に一人一人倒す戦略だね。

 放たれた光の矢は空中で軌道を変えた。撃ちだして後でも軌道変更が可能なのか、意表が付ける能力だ。

 

 バチッ! バチッ!

 

 こちら側の後方から光が二発飛び出していく。

 相手側とこちら側の光の一撃が宙で相殺しあった。

 

「光なら任せて頂戴な!」

 

 転生天使のイリナさんが光の槍を放って、相手の矢を相殺したのだ。

 

 パキパキッ! ビュッ!

 

 朱乃さんが間髪入れずに小規模な氷の槍を魔力で創り出し狙撃手に放り投げた。二人を捉える異形に攻撃しなかったのは異形の防御力がその程度では突破できないからと、防御に特化された異形に殺傷能力がないから。

 しかし、敵の影が伸びて、槍を吸い込んでしまった。その槍がリアスさんの陰から出てくるけど、リアスさんは何事もなく避けていた。

 イリナさんと朱乃さんが敵の攻撃を牽制している間に一誠が二人を押える異形を振り払い二人を救出する。チャンスの時以外構成員はこちらに近づいて来ない。

 その間にも、敵の影が民族衣装の男性の周囲に展開して、壁のようなものを作り出していた。そして、影の壁から光の矢や白い炎が幾つも飛んできた。

 

「よっ!」

 

 前衛の一誠が反応して、全部まとめて叩き落してくれる。だけど、これじゃキリがないね。相手は影の内側からこちらを狙えるのに対して、こちらは分厚い影の壁で相手の姿も見えない。

 

「ギャスパーくん! データは?」

 

 木場さんが視線を前に向けたままギャスパーくんに尋ねる。

 後方でずっと機械をいじっているギャスパーくんは答える。

 

「は、はいぃぃっ! で、出ました! そ、そちらの方が炎攻撃系神器『白炎の双手(フレイム・ジエイク)』! そっちが防御、カウンター系神器『闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)』! あっちが光攻撃系神器『青光矢(スターリング・ブルー)』! 最後にあちらが拘束系神器『咎人の拘束具(ギルティ・チェイン)』ですぅっ!」

 

 ギャスパーくんがいじってる機械は、アザゼル総督が開発した相手の神器を調べるもの。神器所持者が多数の英雄派相手に大いに役立ってる。大まかだけど相手の神器の能力がわかるんだからね。

 

「ギャスパー、調べ終わったら、いちおう俺の血を飲んどけ」

「は、はい!」

 

 ギャスパーくんにはあらかじめ一誠の血が入った小瓶が渡されている。いつでも神器を正常に発動できるようにするために。

 普段の町中の戦闘では、ギャスパー君は体の一部をコウモリに変えて戦場の、全域広範囲に飛ばしてもらっている。他に相手がどこかに隠れていないかを探るために。搭城さんの仙術も使い二人で索敵も兼ねている。

 だが、あまり精度は高くないようで少し息を潜められると探れないらしい。現に敵の奥で息を潜める相手に気づいてないようだ。

 話を戻すと、本当はギャスパーくんの眼も戦力として加えた方がいいんだろうけど、神器合戦になると相手の方が一枚上手。どうやら相手も、時間停止の能力を知っているみたいだからギャスパー君が力を使おうとすると、異形が神器所有者を守るように盾になり、戦闘中各メンバーの時間停止を防いでくる。

 まあ、いかにも攻略してくれって言わんばかりに戦闘の度に全力を注ぎこめばこうなるよね。

 

「前衛組、イッセー、祐斗、ゼノヴィア、指示を出すわ。イッセー炎使いを。祐斗は影使いを狙って! ゼノヴィアは雑魚を蹴散らしつつ二人の活路を開いて! 中衛と後衛は、全力で前衛をサポート! 雑魚を全部屠るわよ!」

『了解!』

 

 全員が応じ、一気に動き出す。

 ゼノヴィアさんが先行して動きだし、大剣で異形を一気に蹴散らしに行くが、それを読んでいたかのように影の手前側に残った異形が全員で連携してゼノヴィアさんを迎え撃つ。

 そのせいでゼノヴィアさんはうまく異形を倒せず手こずってはいるが、最低限の役目である活路は開いた。と言うか、異形は最初に向かってきたゼノヴィアさん以外を無視している。

 まずは木場さんがが素早くで詰め寄り、光使いを覆う影の壁へ切り掛かる!

 

 ドウンッ!

 

 影に吸い込まれていく聖魔剣の刀身。飛び出す場所は……向かって来る一誠か苦戦しているゼノヴィアさんってところかな?

 

 ビュッ!

 

 飛び出してきたのは、炎使いへ向かおうとしていた一誠の影。

 

「イッセー! それを交わして、影へドラゴンショットを撃ちだしなさい!」

 

 一誠は聖魔剣の刀身を避けると、影に向かって龍の魔力弾を撃ちだした。

 

 ドンッ!ドウンッ!

 

 一誠の撃ちだした攻撃は自身の影に吸い込まれる。それを見てリアスさんが新たに指示を出した。

 

「祐斗! 影が繋がっているから、ドラゴンショットがそちらに返ってくるわ! 出現する前に影の中で両断して爆散させてちょうだい!」

「了解です!」

 

 リアスさんの指示に従って、木場さんは影の中で聖魔剣を振るう。

 

 ドオンッ、ドオオオオオンッ!

 

「ぐわっ!」

 

 何かが被弾する爆音と悲鳴。見れば影使いがボロボロになって吹っ飛ばされていた。

 

「影の中で攻撃が弾ければどうなるか試してみたけど、どうやら処理できずに自分のもとへ来てしまったようね。攻撃そのものは受け流すことができても、弾けた威力までは受け流すことができなかったみたいね」

「あらかじめわかっていても防ぎきれないか。パワーだけならシトリー眷属以上の脅威だな」

 

 どうやら、連敗続きだけに物事に着目する力が養われたらしい。真正面から打ち破ると言う姿勢は相変わらず変わってないが、それでも打ち破り方に変化が富んできた。

 だけど、あらかじめわかっていたとは?

 リアスさんの変化に少しだけ関心していると、一誠の方に光の矢が飛んで行く。青じゃなくて、緑色の矢だ。

 

「———っ!?」

 

 突然の攻撃に驚く一誠。何とか運よく避けられたけど、相手がもう少し手練れだったら間違いなく直撃だったね。他の皆も突然の攻撃に虚を突かれたようだ。

 この攻撃は僕だけが感知した奥の敵のものだろう。だからと言ってどの辺りにいるか教える気もないし、僕は元々の役割通り戦闘能力の低いギャスパーくんを守る以外はしないよ。例え他の眷属内の人が致命傷を負うことになったって。

 リアスさんは工場内の影に視線を向けた。

 

「もう一人いるようね。影を媒介として、安全圏内の外から光の矢を放っているんだわ。影の使い手を倒しても少しの間は影に能力が残るのね……」

 

 なるほど、何が潜んでると思ったら狙撃兵か。

 司令塔、遠距離と近距離の防御、遠距離と近距離攻撃、そして数の利く雑兵。確かに守りに主軸を置いた構築としてはもう一人遠距離からの攻撃が欲しい所だもんね。

 影を媒介にしての超安全圏内からの攻撃。しかし、影使いがやられて影が霧散していく。

 ギャスパーが機械を見ながら言う。

 

「す、すごいですぅ! い、いまの攻撃だけで神器データが出ました! 『緑光矢(スターリング・グリーン)』ですぅ!」

「そちらは私がやろう。小猫、付いてこい。相手の位置は気で探れるな?」

「……はい、ゼノヴィア先輩」

 

 ゼノヴィアさんが猫耳を生やした搭城さんを引き連れて工場から飛び出していく。広い工場と言っても少し移動すれば搭城さんの索敵範囲に引っ掛かるだろう。戦闘に参加する以上、影のサポートがあったとしてもある程度の距離内にはいないといけないからね。

 

「ま、待ってください! もう一つ神器データが出ました! あの人のあれも神器ですぅ! 『機械神の盤(デウスエクス・ボード)』! 系統は……み、未来予知!?」

 

 未来予知だって!? それじゃ、ああやって一人で将棋を打つ行為は予知行為なのか!? よく見ると、対戦相手側の駒は勝手に動いている。見えない対戦相手と打つことで僕たちの動きを予知していたのか!

 あらかじめわかっていたと言うのはこういう意味だったんだね。

 

 ゴウゥゥゥゥッ!

 

 影の防御壁がなくなったことで一誠が背中のブーストを噴かせて、一気に前方へ飛び出した。

 

「赤龍帝めっ! 燃え尽きろッ!」

 

 炎使いが一誠に向かって強めの炎を手から繰り出そうとする。

 

 ゴオオオオオオッ!

 

 炎に包まれる一誠だが、大して効いてない様子。相手の強さは一誠の鎧よりだいぶ下なのだから当然ちゃ当然だろうね。

 

「俺を燃やしたきゃ、火の鳥かドラゴンでも連れてこいッ!」

 

 炎を振り切り、一誠が炎使いの方へ突っ込んで行く。

 

「馬鹿ッ! 前に出るなと言っただろ! カミテッ!」

「わかってる!」

 

 一誠が炎を振り切った先には、全身鎧で拘束同然の炎使いと、その前に立ちふさがる大男の姿が。生身の体で仲間の盾となり一誠の攻撃を受け止めた。

 

「ぬぅぅぅぅぅぅうううううッ!」

「なにっ!?」

 

 受け止めたとは言え禁手姿の赤龍帝の一撃を受け止めた。赤龍帝の鎧によりブーストされた突進を受けた衝撃により柔道着の上半身が吹き飛び、隆々の筋肉が(あら)わになる。

 突進を受け止めた男は一誠をまっすぐと見た。強く太く、曇りのない山のような不動の意思が籠った瞳で。

 

「うっ!」

 

 一誠はすぐさま大男から大きく後退しする。

 その姿を見た時僕も思わず畏怖の念を抱いた。中衛の後ろにいるのに思わず半歩後ろに下がってしまうほどに。ギャスパーくんなんて僕の背後に隠れてしまった。

 後ろを見ると後衛に位置するリアスさんたちすら後退した。

 

「投了だな」

 

 棋士の男性は将棋盤を消して立ち上がる。投了―――自分たちの負けを宣言した。

 

「撤退するぞカミテ。❝舞台衣装が無ければ僕たちは盤石に戦えない❞」

「すまん……」

「本当だよ、無茶しやがって。仲間を絶対に守る為に鎧の拘束具を守る相手に着せるなんて。おまえがいなくなったら僕は誰の背中に守られて打てばいいんだ?」

 

 既にあちら側は撤退する雰囲気だ。慎重に立ち回っていた異形たちも、捨て身の防御陣に切り替えて英雄派の構成員を守り始める。

 戦いはもう終わった。———そう思った瞬間。

 

「……ぬおおおおおおおおっ!」

 

 先ほど倒れた影使いがふらふらと立ち上がり、絶叫した。

 途端に男性の体を黒い(もや)が包み、さらに影が広がり工場内を包み込もうとする。

 

 ピリッ!

 

 相手が僕に対して何かを仕掛けてきた時のように、頭の中に危険信号が流れる。この感覚は、平安時代で妖怪と野試合をした時に嫌と言うほど味わった。刃物のような直接死に直結するものではなく、未知の恐怖に対する危険信号。

 

 カッ!

 

 影使いの足元に光が走り、何かの魔方陣が展開される。

 転移用らしき術式。悪魔の術式とは似ていないし、堕天使の術式とも違う。どちらも最近ではよく目にするから何となくだけどわかる。まあ、どこの術式でも別にかまわないけどね。

 見慣れない魔方陣の光に影使いの男性は包まれていき―――。

 一瞬の閃光を残し、影使いの男性はこの場から姿を消した。




 カミテ・シモテは元はポケモンのノボリ・クダリを模して作ったオリキャラでした。舞台演劇の左右を意味する上手と下手が名前の由来です。私のポケモンのプレイヤー名に使っています。
 それを今回英雄派の構成員の名前として使ってみました。こっちの作品と上記のカミテ・シモテは全くの別物です。


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細やかな海獣との日常

 今回はいつもより短めになっています。


「ふー。終わった」

「お疲れ様です、イッセーさん」

 

 戦闘終了後、鎧を解除して一息つく一誠にアーシアさんがねぎらいの言葉をかける。そして、怪我はしていないが一応と言うことでアーシアさんに回復してもらっている。まあ、本人同士がいいんだったらいいんだけどね。

 

「お疲れさま、ギャスパーくん」

「誇銅先輩もお疲れ様です」

 

 あの後戦闘員たちは全員逃がしてしまった。一誠たちも何とか捕らえようとしたが、異形の捨て身の防衛線に阻まれて近づくことすらできず消え去ってしまった。

 本来なら敵の構成員を捕まえて冥界に送る手はずだったのだが、今までの成果はゼロ。敵の構成員を気絶させても異形の最後の防衛線を突破できずに敵に回収されてしまう。

 遠くから狙ってきた構成員を倒しに行ったゼノヴィアさんと搭城さんが帰って来た。

 

「すまない。やはり異形共に阻まれて逃がしてしまった」

 

 やっぱりね。そもそも僕たちは一度たりとも隊列を組んだ異形を倒したことがない。

 常に数体で固まって行動し僕たちの攻撃や進撃を防いでくる。数が集まる程にその防御力も増していく。倒せるのは大振りな技で隊列が乱れ、はぐれた数少ない異形のみ。

 大技なら小隊ならば簡単に吹き飛ばせるだろうが、町中でそんな大技を使うわけにはいかない。常に構成員を守る彼らを突破して構成員に攻撃できること自体稀だ。

 

「今回も収穫なしね。何とか一人でも掴まえて情報を得たいところだけど」

 

 戦闘に勝ってもこちらが得られるものは何一つない。むしろ戦うたびにこちらの情報がどんどん持ち帰られていく。時には一日に大して戦わないのに何度も出没したりしたりすることも。

 例えばディオドラとの一見以来、一誠の神器のも少しだけ変化があったらしい。なんでも禁手が発動するまでの時間が百二十秒から三十秒ほどまで短縮したとか。だけどおそらくこの不毛な勝利でその短縮時間は知られてしまっただろう。

 特に今回は優秀な頭脳が敵にいたから一体どれだけの情報が無意味な勝利と引き換えに流れてしまったのだろうか。

 まあ、それでリアスさんや一誠が消滅させられても構わないけどね。

 

「しっかし、ものをできるだけ壊さずに戦闘するのって超攻撃型の俺たちのチームには酷だな」

「仕方ないよ。僕たちはただでさえ、強力な能力を持っているんだから、威力を押えて戦わないとこの町が壊れてしまうさ」

 

 ぼやく一誠に木場さんが苦笑する。

 悪魔のいざこざで人が巻き込まれてももみ消して責任を取らない悪魔でも、流石に街を壊してもいいとは考えていないらしい。だけどそれが住む人たちを心配してのことなのか……。

 裏世界の秘匿の為か、はたまたあくまで自分がこの町を管理しているからとの考えからなのか。僕にはどうにもこの二つの理由しかないような気がしてならない。

 

「これもレーティングゲームのルールのうちと思えば良い経験になるわ。一度、手痛い結果を見ているのだから」

 

 リアスさんが一誠に言う。

 もしかして、ソーナさんに負けたのはそのルール❝だけ❞が原因とかは思ってませんよね? 確かにあのルールは僕たちに不利でソーナさんに有利ではあったけど、それを踏まえてもソーナさんたちには有り余る余力が残っていた。それはもうパワー以前の差ですよ。

 それでもまあ、周りを気にして加減すると言う意味では生きてると思う。もしもあの経験で一誠が力を抑えることに慣れようとしなかったらゾッとするよ。

 

「でも、厄介なことになってきましたね」

「どういうことだ、木場」

「刺客の神器(セイクリッド・ギア)初秋者に特殊技を有する者が出て来たってことさ。僕たち悪魔で言うところのサポート、テクニックタイプに秀でた者たちが現れてきた。最初はパワーやウィザードタイプばかりだったのに。……こちらの行動パターンを掌握しつつあると考えられる」

 

 木場さんの言う通り、間違いなく掌握されつつある。その証拠に戦うたび確実に戦闘時間が長引いてる。

 不毛な勝利を得る毎に、相手は着実に実りある敗北を重ねているのだろう。今日の相手を見て確信したよ。

 

「……先生も言っていました。神器(セイクリッド・ギア)は未知の部分が多い、と」

 

 搭城さんの意見にリアスさんもうなずく。

 

「そう、だから、さっきみたいに特異な能力で赤龍帝や聖魔剣の力を飲み込んだ。直接防御できないのなら、違う形でいなせばいいと気づいたんでしょうね」

 

 構成員は防御できなくても、異形の戦闘員にはバッチリと直接防御されてるけどね。

 

「あ、あの、疑問に思ったんだけど……意見いいかしら?」

 

 イリナさんが恐る恐る手を上げて言った。

 

「ええ、お願い」

「私たちを研究しているとか攻略しにきたってわりに、英雄派の行動が変だと思うのよ」

「変?」

 

 怪訝に返すゼノヴィアさんにイリナさんはうなずく。

 

「だって、私たちを本気で研究して攻略するなら、二、三回ぐらいの戦いで戦術家はプランを組み立てると思うの。それで四度目辺りで決戦を仕掛けてくるでしょうし。でも、四度目、五度目も変わらなかった。随分注意深いなーって感じたけれど……。この町以外にも他の勢力のところへ神器(セイクリッド・ギア)所有者を送り込んでいるのだから、強力な能力を持つ者が多い所にわざとけしかけているんじゃないのかしら」

「実験? 私たちの?」

 

 朱乃さんの問いにイリナさんは首を横に振る。

 

「どちらかと言うと、彼ら―――神器(セイクリッド・ギア)所有者の実験をしているような気がするの。私の勘だから、ハッキリした意見は言えないけれど……。この町以外にも他の勢力のところへ神器(セイクリッド・ギア)所有者を送り込んでいるのだから、強力な能力を持つ者が多い所にわざとけしかけているんじゃないかしら」

 

 イリナさんの意見に皆黙り込んでしまう。

 僕もイリナさんの考えもわかる。だけど、僕が感じたものは少し違う。僕の意見は英雄派は僕たちの出方を伺うと同時に、警戒心を煽ってるように見える。

 敵の戦闘員を防衛一色に固めてる所や、少々の攻撃のチャンスを棒に振ってまで無理に攻めてこない所なんかから僕はそう考えている。

 実際のところはイリナさんの意見も腑に落ちる部分が大きいからわからない。

 

「……劇的な変化」

 

 搭城さんばぼそりとつぶやいた。すると、全員の顔が強張る。

 

「……ま、まさか、そんな……。じゃあ、英雄派はあいつらを俺たちにぶつけて禁手(バランス・ブレイカー)に至らせるつもりだってことか?」

「でも、イッセーくん。あの影使いが転移魔方陣の向こうへ消え去る前に見せた反応は……似ていたと思わないかい?」

 

 木場さんの意見を一誠は否定しない。

 確かにあの影使いが最後に見せ雰囲気、明らかに彼の中に大きな変化が起こった証拠だ。

 

「でもよ、俺たちにぶつけたぐらいで禁手に至れるのか?」

「……赤龍帝、雷光を操る者、聖魔剣、聖剣デュランダルとアスカロン、時間を停止するヴァンパイア、仙術使いの猫又、しかも優秀な回復要因までいる……。イッセー、相手からしてみれば、私たちの力はイレギュラーで強力に感じると思うの。勝つ勝たない以前に、私たちと戦うことは人間からしてみたら、尋常じゃない戦闘体験だわ」

 

 一誠の意見にリアスさんが目を細めて言った。

 リアス眷属は他の悪魔眷属よりもずっと強力で希少な力がそろい踏み。目に見えやすい強さに加え真っ向勝負を好む。まさに経験を稼ぐにはうってつけだね。

 

「やり方としては慎重な立ち回りの割には強引と言えますね」

 

 木場さんがそう言うと、リアスさんが肩をすくめた。

 

「わからないことだらけね。後日アザゼルに問いましょう。私たちだけでもこれだけ意見が出るんだから、あちらも何かしらの思惑は感じ取っていると思うし」

 

 リアスさんの言葉を最後にこの話は一時お開きとなり、僕たちは帰還することとなった。

 魔方陣を展開し部室に戻り、皆が一息ついてる間に一足先に帰り支度を済ませて帰らせてもらうことに。

 

「それでは、お先に失礼します」

 

 なんだかこれ以上長くいると厄介ごとに巻き込まれる気がする。冥界からの厄介ごとにしろ一誠の女性関係による修羅場にしろ、今日はもう御免だ。さっさと帰ろう。

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 オカルト研究部からさっさと退散してきた僕。

 夕食の買い物も済ませて家のドアを開けた。すると―――。

 

「ジー♪」

 

 ももたろうが僕の顔面目掛けて飛んで来た。

 僕の額に頬をスリスリさせて甘える。可愛いけど、息苦しい……。

 鞄と荷物で両手が塞がってると言えど今の僕なら鞄その辺に放って受け止めることも、顔を横にずらして呼吸を確保することもできた。だけどそんな事はしない。向けてくれた愛情にはできる限り真っ向から受け取るのが僕のやり方だけらね。

 息苦しくも愛情に幸せを感じていると、もう一人の自称ペットの家族が出迎えてくれる。

 

「おかえりなさい、誇銅様」

「あ、うん。ただいま」

 

 ま、まあ、家のだからいっか。でも、頻繁に呼ぶようになったら注意しなくちゃね。

 罪千さんが近づくと、ももたろうは僕の顔から肩へと移動し。

 

「ギリギリギリギリ!!」

 

 小さな体のどこからそんな音が出るのかと思うほど大きな声で威嚇する。

 ももたろうは罪千さんの正体に気づいてるのか、はたまた野生の勘で危険だと察してるのか罪千さんに近寄ろうともしない。罪千さんが近づけばたちまち怯えて逃げてしまう。

 そんなももたろうだけど逃げない場面が一つだけある。それは僕の近くに居る時だ。僕の近くに居る時に罪千さんが近づくと罪千さんに対してものすごく威嚇行動をする。僕を守ろうとしてくれてるのかもしれないけど、罪千さんは敵じゃないから大丈夫だよ。

 

「大丈夫だよ、ももたろう。罪千さんは家族の一員なんだから警戒しなくてもいいんだよ」

 

 ももたろうも頭ではそれをわかっているらしく僕がなだめるとすぐに収まる。だけどその癖は一向に治る兆しが見えない。逃走も威嚇も野性的な反射行動なんだろうね。

 

「それじゃぁ、パパッと夕食作っちゃうからね」

 

 今から作ると遅くなるからさっとできるものを作ろう。

 買ってきた食材と冷蔵庫のありものを合わせてサッとできる晩御飯を作る。幸いご飯だけは罪千さんにお願いしておいたから既に炊けている。

 夕飯が出来上がり、みんな揃っていただきます!

 食べ終えた後は、罪千さんも食器を片付けるのを手伝ってくれる。洗い物は諸事情

 しかしここでもドジっ子を発揮し包丁を自分の足の上に落として突き刺したりしている。リヴァイアサンにとってこのくらい痛みにも入らないらしいけど、見ているこっちが痛々しい!

 何やかんや事故が起こったけど、後片付けも無事終了! あとはお風呂を沸かしてのんびりするだけ。

 

「誇銅さん……その……」

 

 ソファーでテレビを見ながらゆっくりしていると、罪千さんが横に座って言いにくそうに言う。だけど何を伝えたいのかはわかる。

 

「……おいで、罪千さん」

「はい♪」

 

 罪千さんは僕の膝に側頭部を乗せ顔を向こう側に向ける。僕の差し出した右手人差し指をしゃぶりながら完全リラックス体勢に入った。時折空いてる手で頭を撫でてあげると嬉しそうな反応を見せる。

 

「アッアッアッアン!」

「わかってるよ、ももたろう」

 

 罪千さんにかまっていると自分もかまってほしいと肩の上で鳴くももたろう。こういう時は近くに罪千さんがいても全く警戒しない。

 両手が塞がってるので頭を動かして肩のももたろうに頬ずりする。ももたろうは喉を鳴らして喜びを表現。

 

「エヘヘ……♪」

「プクプク♪」

 

 二人ともそれぞれのわかりやすい愛情表現で僕に甘えてくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり少し物足りない気がするな。

 藻女さんたちと暮らしていた時には家族の温かな繋がりのようなものを確かに感じていた。罪千さんとの家族関係はももたろうと全く同じ位置にあるように感じている。

 罪千さんが求める関係は、僕が欲しくてやまない家族より一つ下にあるようだ。

 求める愛情の定義なんて人それぞれだし、どのような形であろうと僕にとびっきりの純粋な愛情を向けてくれていることには違いない。少々屈折している部分が見受けられるが、歪んだ禍々しいと言うわけでもない。今は何も言うまい。

 いやいや、ゼロベースで考えてみろ僕! 一度は全て失ってしまった家族の温もり。偽りの中で死に、過去の時代で新たに本物を手に入れた。現代に戻り失ってはいないが手元で感じることができなくなってしまった。そんな所にこれほどの人肌の温もりを与えてくれる存在が僕のもとに来てくれたんだぞ?! ———とんだ贅沢思考だ。

 今はこんな愛情の形でもいいじゃないか。もともとこういうのは時間も大切なんだから、あとは時間が解決してくれるさ。

 

「誇銅さんの味、甘くて温かくて、満たされていきます」

 

 満足げに僕の指をしゃぶり続けている。咥えた指を一本一本丁寧に、基本的に五本全部舐め終わるまで終わらない。どうしても離して欲しい時は唇に触れるのが合図となっている。

 それなのに、中指を舐めてる途中で僕の指を口から離した。まだ薬指と親指に口を付けていないのに。

 罪千さんは仰向けになり僕の方を見て言う。

 

「あの、何か悩んでませんか?」

 

 罪千さんはあらゆる情報を味覚で味わうことができる。髪の毛一本のDNAから情報を全て移しとるリヴァイアサンの固有能力がなせる業だ。

 その能力を使って指を舐められてる間は僕の健康状態や心内状態が全て罪千さんに筒抜けになってしまう。この時に詳しい心の中まではなぜか知ることができないらしい。たぶん、邪神の神器が関係しているんだろう。

 それでも何となく悩んでいると言うのは伝わってしまう。心配そうな目で僕を見る罪千さん。

 

「私でよければご相談にのります」

「大丈夫大丈夫、もう自己完結したから。ちょっと悩んだけど大したことじゃないよ。……でも、せっかくだからちょっと訊きちゃおうかな?」

「はい! 私に答えられることでしたらなんなりと!」

 

 せっかくだからこの前のテロ事件時に残った疑問を少しばかり聞いておこうと思う。

 

「メイデン・アインさんについて知ってる?」

 

 メイデン・アイン。アメリカ人外勢力のFBI、その頭と思える僅か八歳の少女。アザゼル総督の話では慈悲深くも残酷な一面を持ち、アーシアさんを遥かに上回る回復の使い手。

 僕が実際に見たメイデンさんは動物にも好かれるほど優しい雰囲気を纏った少女。それは話をしていく中でも変わらなかった。ちょっぴり狂信的な部分が見受けられたけど、それでもあの笑顔に裏があるようには感じられない。

 百聞は一見に如かず。だけど一見ができないのなら百一閒で補うしかない。

 

「そうですね……私も直接会ったことはないんですけど噂では、メイデン・アインとその信徒たちは元々天使勢力の教会に属していたらしいんですけど、禁忌を犯したとして教会は幼かったメイデン・アインを魔女として追放したと。しかし、教会よりもメイデン・アインを信仰する大勢の人たちがその後について行ったことで一つの独立したと組織となったと聞きました」

 

 うん、この辺りはアザゼル総督が言っていた内容と酷似している。禁忌と言うのはメイデンさんが『悪』と判断した相手を人間であろうと処刑したことだろう。だけどこれは悪魔を癒しただけで追放されたアーシアさんよりは妥当な理由だとは思う。

 しかしそうなると全く同じことをしてきたメイデンさんが許されてアーシアさんが悪魔を癒しただけの理由で追放されたのはどうもおかしく感じる。メイデンさんとアーシアさんではカリスマの差もあるのだろうけど、教会そのものがおかしくも感じる。

 元々三大勢力に属してる時点でかなり不安要素があったから少し水増しされた程度のことだけどね。

 

「それからMrドンと何かしらのいざこざが起きて、結果メイデン・アインたちはアメリカ勢力の傘下に加わることになりました」

「なんか重要そうな部分があやふやなんだけど……」

「すいませ~ん! 私もよく知らないんですぅ! その時には既に外の世界に出られない身で噂程度の情報しか得られなかったんです! それに、宗教と言う他人の妄想を現実だと信じる行為がイマイチ理解できなくて―――全く興味が惹かれません」

 

 なんか最後に罪千さんのものすごくドライな一面を見てしまった……。これも種族的な考え方の差なのかな……? いや、同じ人間でも宗教を悪しきものと見る人はいるし、無神論者も多く存在する。特に人外世界に関わりのない人間は実際多くが神の存在を信じてないだろう。

 本来圧倒的捕食者側の存在である罪千さんがこれを理解できず、興味を持てないのは仕方ないことなのかもしれないね。……あれ? なんだか言ってて自分で自分に違和感を感じるぞ? ……まあいっか。

 

「うーん、真新しい情報は特になかったかな」

「すみませぇーん! お役に立てなくて!」

「あ、気にしなくていいよ! せっかくだから聞いておこうかなと思った程度のことだから!」

 

 今のは意地悪な言い方だったね。罪千さんの性格を考えれば特になかったなんて言えばものすごく気にしちゃうのはわかってたことなのに。

 罪千さんが落ち着くように軽く抱き上げながら頭をなでる。しばらくは叱られたわんちゃんみたいにシュンとなってしまった。あっでもこれはこれで可愛い。……何考えてんだ僕は?

 

「私みたいな役に立たない得体のしれない怪物を引き取っていただいたのに、何のお役に立てなくてすいません。私なんてちょっと不死身に近いだけの役に立たない怪物ですよね? 本来ならとっくに煉獄に送り返されても、いや、煉獄に送り返されるべき存在ですよね。あらゆる生物を見下して嫌われてるリヴァイアサンにも疎まれてる私なんて生きてること自体がおこがましいことです。そんな私が身分不相応にも誇銅さんの厚意にあずかろうなんてとんでもない間違いでした」

 

 シュンとなった姿が可愛いなんて思った矢先にとんでもないネガティブ発言を連発し始めた。最近は日常生活においてもネガティブ発言が減り、私生活では無きに等しかったから治りつつあると思ってたけど、全くそんなことはなかった!

 顔を覗いてみると、罪千さんは無理やり笑顔をつくりながら涙を流していた。僕の失言が此処までのことを引き起こしたと思うとものすごく申し訳なって来る。だけどここでそれを伝えても何の解決もしない。

 その時、僕の心を救ってくれたある人の言葉を思い出した。

 

「……そんなに自分を卑下しないでください」

 

 魔王様主催のパーティでレイヴェルさんにかけてもらった言葉。辛いだけの過去に少しばかり色を付けてくれた言葉を罪千さんに伝えよう。

 

「僕が油断してゾンビに噛まれそうになった時、罪千さんは自分の正体がバレることも(いと)わずに助けてくれたじゃないですか。リヴァイアサンの一面を見せると嫌われることを知っていながらも。それでなお本当の自分を包み隠さず伝えようとする勇気。そんな優しくて強い人に好意を向けてもらえるなんて、僕はとっても幸せ者だと思ってるよ」

 

 うまく伝わるか自信はない。だけど、僕の思いを僕なりに言葉で表した。時々思うよ、言葉って便利だけど不便だと。

 罪千さんの悲壮感漂う笑顔は消え、涙目のままキョトンとした表情で膝の上から見上げている。そんな罪千さんの頬を一撫でしてダメ押しにもう一言!

 

「だからね? そんな悲しいこと言わないでよ。一緒に幸せな気持ちになろうよ!」

 

 罪千さんの頬を伝う涙が僕の手に触れる。リヴァイアサンは確かにとんでもない怪物かもしれない。でもね、自分の心をこんなにも追いつめて涙を流せる罪千さんを怪物とは思えない。

 人間よりも人間らしい弱い心、怪物でありながらそんな心を持ってしまったゆえの辛さなのかもしれない。だけどそんな人間らしい怪物だからこそ、僕は罪千さんを家族として迎え入れたんだろうね。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 涙声でお礼を言う罪千さん。両手を僕の背中に回し顔を僕の胸に押しつけ抱き着いて表情を隠す。服の上から涙の冷たさが伝わってくる。

 顔を上げると、いつもの僕にだけ向けてくれる笑顔に戻っていた。普段はどこか困った感じの笑顔を向けているが、僕だけにはこの純粋な笑顔を向けてくれる。どうやらネガティブ状態から無事脱出できたようだ。

 

「でも、それでは私ばかりが幸せな気持ちにさせてもらってますから」

 

 機嫌を直した罪千さんは急にそうつぶやくと、僕の膝から頭を上げて隣に座り服のボタンをはずし始めた。

 

「え? ちょっと何を……?」

 

 (えり)のボタンを外し終ると今度は服の(すそ)を持ち上げて脱ごうとした!

 

「ちょ、本当に何をする気なの!? 服を脱ごうとしないで!」

「誇銅さんを満足させられるかわかりませんが、この体にはちょっとだけ自信があります! 大勢の男性に無理やり犯された時も体はいいと褒めてもらえました!」

「いや、そんな重い初体験を聞かされても!? だから脱ごうとしなくていいから!!」

 

 少し顔を赤らめながらも服を脱ごうとする罪千さんを必死に止める。説得してもなかなか脱ぐのを止めてくれなかったけど、何とか罪千さんを正気に戻すことに成功。まさか酔った藻女さんに(たわむれ)れでかけられた寝技が役に立つとは……。確かあの時も貞操の危機を感じたな。

 すっかり溢れてしまった風呂の湯を止めて、罪千さんが風呂場に突入してこないかビクビクしながらも無事にベットへたどり着けた。

 さっき罪千さんに添い寝のおねだりをされたけどキッパリ断った。なんだか今日添い寝したらヤられる気がするからね。

 ふぅ、今日はぐっすり眠れそうだ。




 読者の皆様、私の作品を見てくださり、時に感想をいただき誠にありがとうございます。これからも『無害な蠱毒のリスタート』をよろしくお願いします。
 お気に入り500を超えた時に言おうと思ってずっと書き忘れてたことをようやく言えました。せっかくだからUA1万到達時に言おうと思いましたが、おそらくまだまだ到達できないと思いまして今書きました。
 皆様からの感想、いつも楽しく読ませていただいております。


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唐突なお偉い方の来日

 投稿ペースの低下に密かに焦りを感じてます。


 次の日。今日は休日だ。

 朝起きた時に今日は悪魔と顔を合わせなくていいと思ってとても目覚めがよかった。今日はどんなゆったりとした一日になるのだろうか? そう思っていたのだが、まさかこんな事態になるとは……。

 現在僕は私服である駅近くのコンビニ―――より少し離れた電柱柱の(かげ)に隠れた不審な集団の一員にされている。不審な集団とは一誠と朱乃さんを除くリアス・グレモリー眷属の面々だ。

 せっかくの休日に僕たちは一体何をやらされてるかと言うと。

 

「あ、朱乃さん……?」

「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」

「い、いえ」

 

 一誠と朱乃さんのデートを眷属一同で尾行させられている。リアスさんはサングラスと帽子で、アーシアさんはメガネで、搭城さんはレスラーの覆面で、ギャスパーくんは紙袋で変装している。木場さんは普段の格好。

 隠れきれる人数じゃないし、隠れきれる変装じゃない。一誠に好意を寄せてる女性陣はまあわかるけど、なんで男性陣まで全員着いてくる必要が?  まあ、過去に僕も一誠のデートを尾行した経験があるから言うまいけども。

 そんな怪しい集団とは対照的に尾行対象の方では甘酸っぱい雰囲気が流れている。

 

「そ、そんなに見られていると恥ずかしいわ。……今日の私、変?」

「すっごくかわいいです! 最高です!」

 

 髪をおろし、いつもと違うイメージの服装でガラリと雰囲気を変えた朱乃さん。と、いつも通り朱乃さんに翻弄される一誠。いつもと変わらない構図でありながらも初々しさが見え隠れしてていいんだけど、だからって今更応援する気には一切なれない。

 僕的には夏休みの大半を潰された冥界旅行と同じくらいの出来事に部類されるよ。

 

「イッセーくんは今日一日私の彼氏ですわ。……イッセー、って呼んでもいい?」

「ど、どうぞ」

「やったぁ。ありがとう、イッセー」

 

 ぼーっと空を見上げていると、一誠と朱乃さんの会話が聴こえてくる。ハァ、帰りたい。と、そんなことを考えていると、リアスさんが殺気に近いものを一誠たちへ送った。アーシアさんも少し悲しそうな雰囲気が伺える。

 物陰から一誠たちの方を覗いてみると、一誠と目が合った。あっバレたか。あれだけリアスさんが嫉妬の殺気を送れば鈍い一誠も気づくか。

 

「あらあら、浮気調査にしては人数が多過ぎね」

 

 朱乃さんもこちらをチラリと見て、小さく微笑む。なるほど、悪魔はこのくらい気配を出してもこの距離なら気づけないのか。

 そして、見せつけるように一誠に身を寄せてこちらを挑発する。

 

 バキッ。

 

 見事挑発に引っ掛かったリアスさんが電柱に罅を入れた音。その音で振り返った一誠の表情には恐怖が浮かんでいた。

 

「い、行きましょうか」

「ええ」

 

 こうして、街へと繰り出した一誠と朱乃さんを尾行する無駄な休日が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 二人の尾行を初めて三時間ほど経過した。

 ブランドの服屋で朱乃さんは洋服を比べては似合うかどうか一誠に訊いている。気のせいかもしれないけど、その間、いつもの口癖のような「あらあら」や「うふふ」は言ってない気がする。まあ、今の大人びた雰囲気が消えてる朱乃さんにはそっちの方が似合ってるね。

 それよりも気になったのは、国木田先輩が平然と女性ものの下着コーナーでおそらく自分用の下着を物色していたことだ。陰の妖術で気配を消すなり化けるなりできるはずなのに威風堂々とそのままの姿で下着コーナーにいる。その後、国木田先輩は店を追い出された。

 それから露店で買ったクレープを二人で食べたり、町中をずっと手を繋いだで歩いたり。二人の姿はどう見ても付き合い始めたばかりの恋人同士にしか見えない。

 その一方で一誠と朱乃さんのラブラブなデートを見せつけられてリアスさんのイライラは(つの)るばかり。その怒りのオーラで怪しい集団がさらに目立つ存在へと昇華されていく。

 デートか……。そう言えば、僕も近いものを一度だけ経験したことがあるな。

 あれは平安時代にいたころ、藻女さんと二人っきりでお花見に出かけた時のこと。綺麗な桜が咲き誇りつつも人気のない絶好の場所。この時代に身分の高い人が昼間に外で二人きりで遊びに出掛けるなんてタブーとされていた。今でいうなら有名芸能人のスキャンダルに匹敵する出来事。だけどこの日だけは無理を言って特別に玉藻ちゃんとこいしちゃんを蘭さんに預かってもらって出かけた。

 場所の雰囲気やお酒の勢いとかもあり、誘惑されたり地面に押し倒されたり理性でグッと押えなくちゃいけない出来事もあったけど、最終的には何事もなくその時代のデートは無事幕を降ろすことに。

 もしも誰かに見られていたら源氏物語みたいに本に書かれちゃったかもね。

 

「朱乃さん! 水族館とゲーセン行きましょう! 今日はとことんやらなきゃ!」

 

 一誠の急な提案に朱乃さんもきょとんとするが、すぐに笑顔で応じた。

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱乃ったら、イッセーとあんなにくっついて。イッセーもあんなに楽しそうに朱乃と……」

「うぅ、イッセーさん……。朱乃さんとあんなに楽しそうに」

 

 水族館出口付近でリアスさんとアーシアさんがぶつぶつと言っている。二人に向ける威圧も現段階ではかなり高まってる。

 ゲームセンターに行ったあと、あとを追って水族館に入った僕たち。町中の水族館で小規模だけど、けっこういろんな魚が揃っててよかったよ。今度罪千さんと一緒に行くのもいいかな?

 終始二人で手を繋ぎ、珍しい魚を見る度に二人ではしゃぐ一誠と朱乃さん。そんな二人を見てやきもちを焼く二人もかわいいものと思えばそうなんだろうけど、なにぶん好きになれない人たちだけにそういう感情が全くわかない。

 デートの尾行をしながら可愛い後輩であるギャスパーくんと勝手に休日を有効活用させてもらってるよ。クレープを食べてる辺りからギャスパーくんも紙袋を被るのを止めている。

 一誠と朱乃さんが出口を出たので、僕たちも二人を追って出口へ向かう。

 

「ペンギンさんのショー、とっても可愛かったですね」

「そうだね、とっても可愛かったね」

 

 出口に向かいながらギャスパーくんとそんな話をしているなか二人の方をふと見ると、朱乃さんがいたずらな笑顔をこちらに向けていた。すると、一誠の手を引っ張って走り出す。

 あ、ついにそうきたか。

 

「リアスたちを撒いちゃいましょう!」

 

 朱乃さんは一誠の手を引いて走り出した。

 それを一歩出遅れて急いで駆け出すリアスさんたち。相手が逃げようとしたことに気づくのが少し遅かったせいで、悪い感じに距離を取られてる。

 僕たちを撒こうと朱乃さんたちは町中を右に曲がったり、左に曲がったり、ぐねぐねと僕たちの視界から逃れようと動く。

 数分走った所で、リアスさんたちはとうとう一誠たちを見失ってしまった。本当は小路に隠れてた事は言わないでおこう。

 搭城さんも猫耳を生やした状態じゃないと感知できないみらいだ。悪魔になって妖怪としての能力が劣化してるのか、それともただ単に力の使い方が下手なだけか。幼少の頃から悪魔に育てられたとしたらあり得る話だ。

 完全に見失った所でリアスさんたちは足を止める。これであきらめてお開きになると思ったのだが、周りを見渡してわなわなと震えている。

 

「……」

「?」

 

 リアスさんと同じように周りを見渡してみると、「休憩〇円」「宿泊〇円」の文字があちらこちらに。

 な、なるほどね。そういう地域に足を踏み入れてたのね。

 どうやらリアスさんたちも追いかけるのに夢中でどこに来ていたのか認識していなかったみたいだ。

 

「朱乃ったらこんな所にイッセーを連れて何を……まさか!」

 

 リアスさんの顔に焦りが現れる。一誠はのぞきとかの間接的な行為はしつこくするけど、直接的に女性を誘うようなことはしない。だから大丈夫だとは思うけど。

 だけど空気にものすごく流されやすい性格でもあるから、もしも感情が高ぶった朱乃さんに誘われたらわからないかも。

 

「手遅れになるまえ前に見つけ出さないと!」

 

 その後、結局搭城さんがレスラーマスクを外して猫耳状態になり辺りの気配を探り、一誠と朱乃さんの居場所を特定した。やっぱり猫耳状態でないと仙術が使えないらしい。

 

 ピク

 

 不意に見知らぬ鋭い気配を感じた。

 気になって僕も気配を探ってみると、一誠と朱乃さんの近くに気配が他の気配が四つも。

 大きめの気配が二つ、大きくはないけどかなり洗礼された気配が一つ。どうやら後者の気配はかなりの強者(つわもの)のようだ。一体何者だろうか?

 一誠たちと合流するとそこにはテロ事件の時に手を貸してくれたオーディン様と、背後にはしっかりとした体格の男性とスーツ姿の綺麗な女性。

 女性の方は、前髪がパッツンとした短髪の茶髪にメガネ。厳しそうな委員長っぽいと言うのが第一印象かな。

 そしてもう一人、しっかりとした体格の男性は気配からしておそらく天使か堕天使。でも雰囲気からたぶん堕天使かな?

 オーディン様に堕天使らしき男性、見知らぬ一般人ではなさそうな女性。ちょっと目を離した隙にようまあこれだけのことに遭遇するよね。これがドラゴンが無意識に引き寄せると言う厄病なのかな? 

 

 

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ほっほっほ。というわけで訪日したぞ」

 

 兵藤家の最上階に設けられたVIPルームでオーディン様が楽しそうに笑っている。気楽に言ってるけど、こんな大物に友達感覚で来られてもそこそこ困る。

 なんでも日本に用事があって、そのついでにこの町へ来たらしい。下手なところよりも悪魔、天使、堕天使、三大勢力の協力態勢が強いこの町にいたほうが安全とかで。

 そんなこと言ってるけど、今現在もはぐれ悪魔は確認されてるし、禍の団が楽々侵入できるザル警備だし、本当に安全なの? そもそもここは日本神に無断で占領状態だしね。

 こんな非常識な豪邸まで建てちゃって、天照様が本腰入れて動き出したらどうなっちゃうんだろうね?

 結局、あの後一誠と朱乃さんのデートは中断され、そのままオーディン様を連れて兵藤家に連れて来た。そこに久しぶりに帰って来たアザゼル総督も顔を出している。

 ———あとなんかね、朱乃さんが物凄く不機嫌。

 なんでも、堕天使の男性の正体が朱乃さんのお父さん。朱乃さんはお父さんと仲が良くないらしくて、今はいつもの作り笑いもしていない。

 

「どうぞ、お茶です」

 

 リアスさんが笑顔でオーディン様に対応している。いつもの朱乃さんのポジションに今日はリアスさんが代行していた。

 

「かまわんでいいぞい。しかし、相変わらずデカいのぅ。そっちもデカいのうぅ」

 

 オーディン様はセクハラ発言をしながらリアスさんと朱乃さんの胸を交互に見てた。その目にはスケベ心がありありと浮かんでいる。

 

「オーディン様、不適切な目線を送るのをおやめください。相手は魔王ルシファーの妹君(いもうとぎみ)とその眷属になのですよ? もしもの時、法廷では一切弁護しませんから」

 

 女性はオーディン様の肩にそっと手を置き警告した。

 内容も至極正しいものだし、肩に手を置いて穏便に注意を促す。しかし、その内容は少し薄情ともとれる冷い感情が含まれていた。

 

「まったく、堅いのぉ。サーゼクスの妹といえばべっぴんさんでグラマーじゃからな、そりゃ、わしだって乳ぐらいまた見たくもなるわい。と、こやつはわしのお付きヴァルキリー。名は―――」

「ヴィロットと申します。日本にいる間、お世話になります。以後、お見知りおきを」

 

 オーディン様の紹介でヴァルキリーのヴィロットさんが丁寧にあいさつしてくれた。

 ちょっと堅い表情、実は緊張してたりするのかな?

 

「ちなみに、彼氏いない歴=年齢の生娘ヴァルキリーじゃ」

 

 オーディン様がいやらしい顔つきで不必要な追加情報を僕たちに伝える。その瞬間、ヴィロットさんのオーディン様を見る目が急に冷たいものへと変わった。

 

「オーディン様」

 

 ヴィロットさんはオーディン様の顔をそっと自分の方に向けさせる。オーディン様の顔がちょうどヴィロットさんの胸の位置に。

 

「ふん!」

「ん? おお、この乳もなかなか……うごッ!!」

 

 ヴィロットさんの胸に見惚れてるオーディン様に強烈な頭突きをくらわせた! そこそこ鈍い音が鳴ってかなり痛そうだ。オーディン様も額を押さえてうずくまる。

 

「その情報は全く必要のない情報です。いかに北欧の主神と言えど罪には罰がつくことをお忘れなく。それと、好きで処女でいるんですから放っておいてください」

 

 その目は非常に冷たく、まるで出荷される家畜を見るかのよう。もしもの時は一切の躊躇なしに実行するのだろうね。

 真面目で口で言い負かすタイプかと思ったけど、意外と口より先に手が出るタイプだった。これが……戦乙女なのか。

 

「ぐぉぉ……いたいのぅ。まったく、儂の知識が失われたらどうするつもりじゃ」

「オーディン様の知恵が失われても知識は残ります。古い大樹が倒れれば新たな世代が芽吹くだけです」

 

 知識は残り、新たな世代に紡がれるか。現在のトップに面と向かって言う言葉かどうかは置いといて、うまい返しではあると思った。

 冥界で感じた長寿の弊害。昔の価値観のまま、自らの地位を守ることに固執する執念。例え最初は清らかな水たまりでも、流れぬ水は濁る一方。稀に大きな痛い目を見て違う視点に目覚めることはあるが、それもそれぞれ。

 一時は権力を悪用した怠惰な天照様が神々の反乱が原因で妖怪や人間に感謝するようにもなれば、戦争で減った悪魔を人間を悪魔化することで補おうとする魔王もいる。北欧の神々が現在どちらに転びつつあるかは不明だけどね。

 そんなやり取りにアザゼル総督も苦笑しながらも口を開く。

 

「爺さんが日本にいる間、俺たちが護衛する事になっている。バラキエルは堕天使側のバックアップ要員だ。俺も最近忙しくてな、ここにいられるのも限られているからな。その間、俺の代わりにバラキエルが見てくれるだろう」

「よろしく頼む」

 

 と、言葉少なめにバラキエルさんが挨拶してくれる。

 それにしても、僕たちがオーディン様の護衛か……買いかぶりすぎじゃない? ただでさえ厄介ごとを引き寄せるドラゴンの傍に偉い客人の護衛を任せるのは不適合だと思うんだけど。

 

「それにしても爺さん、来日するにゃちょいと早すぎたんじゃないか? 俺が聞いていた日程はもう少し先だったはずだが。今回の来日の目的は日本の神々と話をつけたいからだろう? ミカエルとサーゼクスが仲介で、俺が会談に同席———と」

 

 日本神と話をつける!? それも三大勢力の仲介と同席付きで!

 オーディン様はどういうつもりか知らないけど、三大勢力を仲介にしてはまとまる話もまとまるはずがない。きっと交渉の席を設けられた時点で天照様はご立腹だろう。

 スサノオさんは冥界に足を運んではいたが、かなり嫌々だったらしいし。おそらく、天照さまは絶対に出席しないだろう。最悪、三貴子の誰も出席しないかも。

 

「まあの。それと我が国の内情で少々厄介ごと……というよりも厄介なことにわしのやり方を批難されておってな。事を起こされる前に早めに行動しておこうと思ってのぉ。日本の神々といくつか話をしておきたいんじゃよ。いままで閉鎖的にやっとって交流すらなかったからのぉ」

 

 オーディン様は長く白い髭をさすりながら嘆息していた。

 これって相当厄介ごとに巻き込まれる確率が高くなったね。そもそも批難されてなお強硬するって指導者の立場からしてかなりの悪手っぽいんだけど。

 自分の正しさを証明するか、自身に資格がないことを証明するかのハイリスクハイリターン。しかも僕だからわかることだけど、最低でも日本神との三大勢力を仲介とした時点で失敗は目に見えているからね。

 

「厄介ごとって、ヴァン神族にでも狙われたクチか? 頼むから『神々の黄昏(ラグナロク)』を勝手に起こさないでくれよ、爺さん」

 

 アザゼル総督は皮肉げに笑っていた。

 『神々の黄昏(ラグナロク)』? なんかどっかで聞いたことがあるような……。まあ今は思い出せないことを気にしてても仕方ないか。

 

「ヴァン神族はどうでもいいんじゃが……」

「はぁ」

 

 急にため息をつくヴィロットさん。その表情にはもの呆れの感情が見え隠れしている。

 だけど僕意外それに気づいた人はおらず、話はそのまま続けられた。

 

「ま、この話をしても仕方ないの。それよりもアザゼル坊。どうも『禍の団(カオス・ブリゲード)』は禁手化(バランス・ブレイク)できる使い手を増やしているようじゃな。怖いのぉ。あれは稀有(けう)な現象と聞いたんじゃが?」

 

 他の眷属たちが皆驚いて顔を合わせていた。ここでその話が出てくるか。

 どうやらイリナさんの予想通り相手は強引な手段で禁手化(バランス・ブレイク)を増やしていたのか。だからってそれ以外に目的がないとは言えないけど。

 

「ああ、レアだぜ。だがどっかのバカがてっとり早く、それでいて怖ろしく分かりやすい強引な方法でレアな現象を乱発させようとしているのさ。その方法は神器(セイクリッド・ギア)に詳しい者なら一度は思いつくが、実行するとなると各方面から批判されるためにやれなかった事だ。成功しようが失敗しようが、大批判は確定だからな」

「なんですか、その方法って」

 

 一誠の問いかけにアザゼル総督が答える。

 

「リアスの報告書でおおむね合っている。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる作戦さ。まず、世界中から神器(セイクリッド・ギア)を持つ人間を無理矢理かき集める。殆ど拉致だ。そして、集めた人間を洗脳。次に強者が集う場所、超常の存在が住まう重要拠点に神器(セイクリッド・ギア)を持つ者を送る。それを禁手(バランス・ブレイカー)に至る者が出るまで続けることさ。至ったら強制的に魔法陣で帰還させる。お前らの対峙した影使いが逃げたのも禁手(バランス・ブレイカー)に至ったか、至りかけたからだろう」

 

 ああ、やっぱり新しい力に目覚めた兆しだったのか。

 それにしても、神器使いを集めたらり、拉致や洗脳したり、強い敵が集まる場所に送り込んだりって悪魔がそこそこ似たようなことやってるよね?

 あと、大批判ってのも別の事で元々大批判を受けてるようなことしてるんだからなんか今更感がある。

 

「これからの事はどの勢力も、思いついたとしても実際にやれはしない。仮に協定を結ぶ前の俺が、悪魔と天使の拠点にに向かって同じ事をすれば批判を受けるとともに戦争開始の秒読み段階に発展させるのさ。俺たちはそれを望んでいなかった。だが、奴らはテロリストだからこそそれをやりやがったのさ」

 

 ん~そういうことをすれば各方面から叩かれるけど、今やってる他勢力への侵害や人間への被害は問題なしとされてるのはなぜだろう? 人間事態には関心がないのは他の殆どの勢力も同じなのだろうか。そう考えると、なんだか俄然英雄派に頑張ってもらいたい気持ちになって来たよ。

 ……ちょっと待てよ、僕と一誠は結構危険な目に会される無茶苦茶な修行をさせられたけども。

 

「自分はそのような目に遭って禁手(バランス・ブレイカー)に至りましたけどって訴えかけるような顔だな、イッセー」

「そりゃそうですよ、先生」

「だが、おまえは悪魔だ。人間より頑丈なんだぜ?」

「それでも死にかけました!」

「あー、まあ、おまえだから別にいいんだよ」

「あーっ! それでまた片付けるぅぅぅっ! 酷いよ、先生!」

 

 自分の雑な扱いにいじける一誠。そういうけどね一誠、確かにやり方は酷いけど同時にかなり目をかけてもらってるから。一誠よりも弱く実勢経験もないと思われてる僕が同じ無茶な内容をやらされるのとはわけが違うからね?

 それでよくグレたりしないよねだって? アハハ、はなっから見放してると失望とかしなくなるものだよ。それに、僕からすれば逃げるだけなら簡単なことだったしね。

 

「どちらにしろ、人間をそんな方法で拉致、洗脳して禁手(バランス・ブレイカー)にさせるってのはテロリスト集団『禍の団(カオス・ブリゲード)』ならではの行動ってわけだ」

「それをやっている連中はどういう輩なんですか?」

 

 一誠の問いにアザゼル総督が続ける。

 

「英雄派の正規メンバーは伝説の勇者や英雄様の子孫が集まっていらっしゃる。身体能力は天使や悪魔にひけを取らないだろう。さらに、『神器(セイクリッド・ギア)』や伝説の武具を所有している。その上、『神器(セイクリッド・ギア)』が『禁手(バランス・ブレイカー)』に至っている上、神をも倒せる力を持つ『神滅具(ロンギヌス)』だと倍プッシュなんてもんじゃすまない。報告では、英雄派はオーフィスの蛇に手を出さない傾向が強いようだから、底上げに関してはまだわからんが」

 

 果たして、アザゼル総督の言う通り相手は拉致、洗脳させた人間を『禁手(バランス・ブレイカー)』に至らせてるのだろうか? 今までの英雄派の動きを見て僕は疑問を抱かざる得ない。

 確かに作戦としてやり方は雑だったが、それに携わる人間に対しては丁寧すぎる程の戦術。本当に人間をそんな方法で拉致、洗脳しているならあんな手厚い防衛陣形を張るだろうか。もっと危険に雑に扱う方が開花させるには手っ取り早いと思う。

 どちらにせよ、僕程度では思考も情報も狭すぎる。真実はまだまだ見えてこない。

 

「『禁手(バランス・ブレイカー)』使いを増やして何をしでかすか、それが問題じゃの」

 

 オーディン様は特別深刻そうな顔はせず、普通に出されたお茶を飲んでいた。むしろお付きのヴィロットさんがその話を聞いて遠い目をしている。

 

「まあ、調査中の事柄だ、ここでどうこう言っても始まらん。爺さん、どこか行きたい所はあるか?」

「おっぱいパブへ行きたいのぉ!」

 

 アザゼル総督が訊ねると、オーディン様は嫌らしい顔つきで両手の五指をわしゃわしゃとさせながら言った。そこそこ真面目な話をしていたのに急に話の路線が変わったぞ!

 三大勢力寄りの人たちの切り替えの早さはある意味尊敬できるかもね。

 

「ハッハッ、見るところが違いますな、主神殿! よっしゃ、いっちょそこまで行きますか! 俺んところの若い娘っ子どもがこの町でVIP用の店を最近開いたんだよ。そこに招待しちゃうぜ!」

「うほほほほっ! さっすがアザゼル坊じゃ! わかっとるのぉ! でっかい胸のをしこたま用意しておくれ! たくさんもむぞい!」

「ついてこいクソジジイ! おいでませ、和の国日本! 着物の帯くるくるするか? あれは日本に来たら一度はやっとくべきだぞ! 和の心を教えてやるぜ!」

「たまらんのー、たまらんのー」

 

 二人は盛り上がって、部屋を早々と退室して行った。あれが堕天使と北欧のトップ……。と言うか、あなたが日本を語らないでくださいアザゼル総督! 少しイラッとしましたよ。

 流石にリアスさんも額に手をやって、眉をしかめてる。よかった、あのエロへの盛り上がりは異常なことなんだと上級悪魔も認識している。

 

「……ハァ、パスタが食べたい」

 

 出ていく二人を横目に見ながら、ぼそりとつぶやいて遅れて二人の後を追う。

 

「おまえは残っとれ。アザゼルがいれば問題あるまい。この家で待機しておればいいぞい」

「わかりました。それでは、私もその辺をぶらぶらしていますので何かあればご連絡を。アザゼル総督、責任は全てあなたにお任せしますので」

 

 なんか廊下の方からそんなやり取りが聞こえてくる。あのオーディン様のお付きの人、仕事の責任を一時的にアザゼル総督に全部丸投げしたぞ! 何かあればアザゼル総督大問題だ!

 三人がいなくなり、ここに縛られる理由もなくなったので僕も兵藤家からおいとまさせてもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~やっと解放された!」

 

 兵藤家から解放された僕は、少し歩いて離れた所で自由を感じ伸びをした。

 別に息が詰まるようなことはなかったけど、僕にとってリアスさんたちといること自体居心地が悪い。

 せっかくだから少し遠回りしてのんびり散歩でもして帰ろうと近くの緑地公園の中を通る。少し遠回りと言うか、完全に帰り道と方向が違うけどね。

 

「……!」

 

 解放されて気分よく散歩していると、突然真後ろから僅かだが濃厚な妖気を感じた。驚きながらも振り向くと、だいたいギャスパーくんと同じくらいの身長の人が僕の真後ろに立っていた。

 帽子とサングラスとマスクで顔を完全に隠し、手袋までして肌の露出が全くない黒い服。全身黒一色でめちゃくちゃ怪しい。

 

「これに気づけると言うことは、間違いないな」

「だ、誰ですか……?」

 

 相手を刺激しないように穏やかに尋ねる。相手から殺気は感じない、だから体が反応しなかった。だけど、相手が意図的に気配を隠していたのも事実。

 害を与えるような相手ではないと思うけど警戒は解けない。そもそも僅かに感じた容器から妖怪としてかなり格上だと見た。この間合いでも勝てるかどうか怪しい。

 

「そう警戒しないでくれ。って、言っても無駄か。すまない、結構内向的な性格でね、確かな確証が持てるまで話しかけたくなかったんだ。人違いでしたなんて恥ずかしいからね」

 

 流暢(りゅうちょう)にしゃべる姿から人見知りなんて感じはしないんですけど。

 

「それより少し話をしよう。立ち話もなんだから、そこのベンチにでも座ってさ。安心しな、危害は加えないしそう時間も取らせない」

 

 その人は僕の質問を無視してベンチで話そうと誘う。とりあえず今のところ危険はなさそうだし従ったほうがよさそうだ。

 僕は言われた通りベンチに移動する。早速さっき無視された質問をもう一度してみよう。

 

「あの、そろそろお名前を教えても……」

「私の旧友がお世話になったようじゃないか」

 

 また無視された……。どうしよう、この人僕の話を聞いてくれない。

 とりあえず今わかってる情報を整理しよう。感じた妖気から間違いなく妖怪、それもおそらく大妖怪。格好は不審者みたいで、あとおそらく女性。僕が悪魔ではなく妖怪を信じてることを知っている。———情報が何とも結びつかない!

 それと、旧友がお世話になったってどういうこと?

 

「全力ではないとは言え京の都を騒がせた悪鬼と同条件で勝つとはな。流石はあの風影の弟子、やるもんだねぇ」

 

 冥界での一戦を知っている。それも、僕と国木田さんしか知りえない勝負を。この人が言う旧友とは国木田さんのことだったんだ! そう言えば、国木田さんは昔悪童三人組として京を騒がせたこともあったと言っていたっけ。

 だけど国木田さんから聞いたことのある仲間は二人いた。果たしてこの人はどちら―――。

 

「そろそろ自己紹介しようかな。私の名は(ぬえ)、二代目陰影だ」

「二代目陰影様!?」

 

 初代陰影さんに変わって二代目を継いだと聞いた鵺だった! なぜ二代目陰影様がこんな所に!? それもオーディン様が来日しているややこしい時に!

 

「自己紹介が遅れてすまなかった。ちょっともったいぶりたかってね。あわよくば謎解きみたいに解いてもらってみたくて」

 

 前に少しだけ鵺について調べてみたことがある。猿の頭、虎の胴体、蛇の尾を持つと言われる妖怪。見る角度によって姿が異なる正体不明の妖怪として語られることもある。

 陰影を名乗ると言うことは相当陰の妖術が(たく)みと言う意味。国木田さんの話ではあのどろどろさんに匹敵するレベルとか。

 なるほどね、こりゃ真後ろに立たれても気づけないわけだ。下手をすれば目の前に立たれても攻撃されない限り気づけないかもしれない。

 

「なぜ陰影様がこのようなところに?」

「ちょっと野暮用でな。それでせっかくだから日本神と七災怪で噂になってるあんたをちょっと見に来たってとこ。あと、鵺でいい。天照のご友人に様付けで呼ばせるのは問題がある」

「はい、鵺さん」

「うん、ちょうどいい」

 

 鵺さんと話してて思ったんだけど―――女性かな? 体つきは服のせいでわからないけど、声はとても女の子っぽい。

 

「真後ろに立たれるまで接近は許したけど、あの段階の妖気で気づけたのはまあよかったぜ。悪魔にしちゃなかなか鋭い感覚してるな」

「ありがとうございます」

「ところでさ――—あんたにはどう見える?」

 

 急に話を変えが鵺さんは、帽子とサングラスとマスクを取って僕に素顔を見せた。

 現れた素顔は、クセっ毛で短髪黒髪の可愛い女の子。声質からして女性かなと思ったけど、やっぱり女性だった。

 いたずらな笑みを浮かべていきなり顔をグイッと近づけて来たのでびっくりしたよ。

 

「ほら、正直に見て感じたまま言ってみな。男? 女? 黒髪? 茶髪? ショート? ロング? それともハゲ?」

 

 一つ一つ言葉を並べる度に顔の角度を変えて質問する鵺さん。一体何を言ってるんだろうか? 僕にはよくわからない。

 とりあえず鵺さんの言う通り見たままを言えばいいのかな?

 

「醜い姿でもそのまま言っていいからさ。ほらほら、あんたの目に映った真実を言ってごらんさ」

「黒髪のクセっ毛の女の子」

「……え?」

「声質で女性かなと思ってたんですけど。可愛い素顔なんですから、隠しちゃうのがもったいないと思いました」

 

 隠し欺くことが巧い陰の使い手はその逆も巧い。下手な言い回しも通用しないと思い本心をそのまま言う。こ、これでいいのかな? 無礼なこととか言っちゃってないかな?

 僕がそう言うと、その場で固まってしまった鵺さん。ガタガタと震えながら口を開く。

 

「な、なんで……? 誰も私の顔も声も正しく認識、記憶できないハズなのに。七災怪レベルでもないし、あんたくらいならこの程度で十二分にかかるハズなのに……」

「あ、あの……そういう体質と言いますか」

 

 なんか僕の目って昔から幻術とか効きにくいんだよね。軽い認識阻害程度なら全く問題にならない。強いものなら誤魔化されるけど、その場合は明らかな違和感が❝見える❞。

 鵺さんは急いで立ち上がり僕から距離を取る。

 

「わ、忘れろッ! 私の顔を忘れろッ!」

 

 あたふたしながら顔を真っ赤っかにして大声で叫ぶ鵺さん。急いで帽子とサングラスとマスクとで顔を隠そうとするが、その三つは僕の隣に置きっぱなし。それでも手元にない三つを探している。

 帽子もサングラスもマスクもベンチの上に置きっぱなしにしばらくして気づき、急いで三つを取り装着する。

 

「ぬぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 そうして逃げるようにして走ってその場を去った。その去り際、真っ赤な耳だけが見えた。

 

「……なるほど、歴史上で鵺の姿が曖昧なのは極度の恥ずかしがりやだったからか」

 

 なんだか歴史の裏の真実をまた見てしまったような。

 冷静に分析を口にしてるけど今結構罪悪感に(さいな)まれている。女の子を泣かせちゃったんだから。なんか、悪いことしちゃったな。

 次鵺さんに会った時どうするべきか考えながら僕は家へ帰った。



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強戦士な北欧の戦女神

 オーディン様が来日して数日経ったある日の夜。

 スレイプニルという八本足の巨大な軍馬の馬車に僕たちオカルト研究部メンバー、アザゼル総督、オーディン様、ヴィロットさんが乗っていた。

 かなりの大人数だが、スレイプニルに見合う馬車だから余裕がある。巨大な軍馬が空を飛んでいるのはすごいことだけど、巨大麒麟の否交(ひこう)さんを知ってるからそれ程すごく感じない。

 外には護衛として木場さん、ゼノヴィアさん、イリナさん、バラキエルさんがいる。

 

「日本のヤマトナデシコはいいのぉ。ゲイシャガール最高じゃ」

 

 オーディン様は日本で夜遊びを満喫して、満足げに「ほっほっほ」と笑っている。

 僕たちはこの数日間、スレイプニルの馬車に乗って日本の各地を連れ回されていた。都内のキャバクラに行ったり、遊園地に行ったり、お寿司屋さんに行ったりと。要するにオーディン様の日本観光につき合わされたと言うこと。

 だからもうね、精神的な疲労がそこそこ溜まっている。特にオーディン様の夜遊びにつき合わされた時なんかがね。未成年だから店の中には入れず、わざわざ入口付近の待合室でただ待機なんてことも多々あった。

 そんなわけで、馬車の眷属たちは疲れた表情をしている。もちろん僕だって、何日も天照様に遊びにつき合わされた時ほどではないにしろ疲れたよ。

 

「オーディン様。もうすぐ日本の神々との会談ですので、旅行気分はそろそろ収めください。このままでは、帰国した時に他の方々からの評価を大きく下げることに繋がります」

 

 ヴィロットさんはここ数日、ずっとオーディン様の行動に終始冷静に対処していた。真面目に、しかしおふざけにはまともに取り合わないで流す。オーディン様の気分を損ねるようなこともせずに、自分自身も過度なストレスを受けないように付き添っていた。

 

「全く、お前は遊び心が分からない女じゃな。もう少しリラックスしたらどうじゃ? そんなだから男の一人も出来んのじゃよ」

「ふん!」

「ぬごぉっ!」

「仕事とプライベートはキッチリ分けているだけです。それと、好きで独り身でいるので問題ありません」

 

 反論よりも先にヴィロットさんの頭突きがオーディン様の頭部を襲う。自らの主神に対し暴力を振るうことに一切の躊躇がない。

 日本神との会談も失敗が目に見えオーディン様の権威が失われても、この人がいれば北欧は何とか持ち直せそうな気がする。

 ————あ。

 

 ガックンッ!

 ヒヒィィィィィィィィィィィンッ!

 

 突然、馬車が停まり、僕たちを急停止の衝撃が襲う。

 皆、不意の出来事に体勢を崩すが、ヴィロットさんだけはそのままの状態を崩さない。馬車が急停止する一秒ほど前に敵の存在に気づき、近くの物を掴んで足に踏ん張りを入れたからだ。

 

「気を付けろ! こういう時は大抵ロクでもない事が起きるもんだ!」

「ついに……いや、やっぱり来ましたか」

 

 アザゼル総督が強く警戒するのに対し、ヴィロットさんは一切取り乱さない。そして一人先に馬車の扉へ歩いていく。

 馬車の窓から外を見てみると、バラキエルさんを中心に木場さんとゼノヴィアさんとイリナさんがそれぞれ展開し、戦闘態勢に移っていた。

 僕の悪魔の翼は飛ぶことの用途を放棄してしまって飛ぶことはできない。

 どうしても空を飛びたい時は、炎で飛べる生物を創造する必要がある。筋斗雲みたいな魔法の手ごろな乗り物を創造したりもしたけど、飛行能力を付与するには生物の形が必要なのがわかった。

 悪魔として飛べなくなったことは少し不便だけど、もともとはなかった能力と考えればそれほど痛くない。妖怪の世界にもめったに使わないが空中戦用の術はある。いずれそれを覚えようと思う。

 ……前方から大きな気配。そこには、少々目つきの悪い若い男性が浮遊していた。

 身につけているものがオーディン様の礼装のローブと似ている。黒がメインなところに少しだけ色違いがあるけども。

 男性を確認したアザゼル総督は舌打ちしていた。アザゼル総督の反応から見て、悪い意味で知ってる人みたいだね。

 男性はマントをバッと広げると、口の端を吊り上げて高らかにしゃべりだした。

 

「はっじめまして、諸君! 我こそは北欧の悪神! ロキだ!」

 

 北欧の悪神、と言うことはオーディン様の神話勢力の人ということ。なるほど、だからアザゼル総督は舌打ちしたのか。

 でも、ならなんでヴィロットさんはあんな予想通りみたいな表情をしているのだろうか? ……あ、単純に北欧神話の中で反対の意見が強いのを知っていたからか。そう言えばそんなことを言っていたような。

 アザゼル総督が黒い翼を羽ばたかせて、馬車から出ていく。

 

「ロキ様、何か私たちに御用ですか? 一応言っておきますが、この馬車には北欧の主神たるオーディン様が乗っておられています。わかっておいでと思いますが、そのことを踏まえてお願いします」

 

 先に出ていたヴィロットさんが冷静に問いかける。

 それをロキは腕を組みながら口を開いた。

 

「付き人のヴァルキリーか。もちろん承知の上だ。スレイプニルを見れば一目瞭然であろう」

「ではご用件をどうぞ」

「いやなに、我らが主神殿が、我らの反対意見を押しのけて、独断で他の神話体系に接触していくのが耐えがたい苦痛でね。我慢できずに邪魔をしに来たのだ」

 

 ロキの宣言には静かだが怒気が感じられた。その怒気は時折ヴィロットさんがオーディン様に向けるものとは比にならない。まあ、同族にこんなに怒気を向けられるオーディン様も大概だけど。

 それを聞き、アザゼル総督も会話に加わる。

 

「堂々と言ってくれるじゃねぇか、ロキ」

 

 アザゼル総督の声音にも怒気が含まれる。アザゼル総督は平和が好きらしく、平和を乱しにくる人が嫌いなんだろう。この人の考える平和については賛同しかねるけども、平和にいたずらに干渉して来る人は嫌いだ。

 アザゼル総督の一言を聞いて、ロキは小さくため息をつく。

 

「はぁ。これは堕天使の総督殿。本来、貴殿や悪魔たちと会いたくはなかったのだが、邪魔だてするなら致し方あるまい。———オーディン共々我が粛清を受けるしかあるまい!」

「おまえが他の神話体系に接触するのはいいってのか? 矛盾しているな」

「これは貴殿らが我の邪魔だてをするからだ。我が用があるのはオーディンただ一人。そもそも、我々の領土に土足で踏み込み、そこへ聖書を広げたのはそちらの神話だろう」

「……それを俺に言われてもな。その辺はミカエルか、死んだ聖書の神に言ってくれ」

 

 アザゼル総督は頭をボリボリ掻きながらそう返す。

 

「どちらにしても主神オーディンと言えど独断で極東の神々と和議するのが問題だ。これでは我々が迎えるべき『神々の黄昏(ラグナロク)』が成就できないではないか。———ユグドラシルの情報と交換条件で得たいものは何なのだ」

 

 そう訊くロキの声は、なんだか少し悲しそうに感じた。

 それに対してアザゼル総督は指を突き付けて訊いた。

 

「ひとつ訊く! おまえのこの行動は『禍の団(カオス・ブリゲード)』と繋がっているのか? って、それを律儀に答える悪神様でもないか」

 

 ロキは心底不愉快そうに返す。

 

「貴様らの行為が生み出した愚者たるテロリストと、我が想いを一緒にされるとは不愉快極まりない。我は己の意思でここに参上している。そこにオーフィスの意思など微塵もない!」

 

 その答えを聞いて、アザゼル総督は体の力を抜く。

 

「……『禍の団(カオス・ブリゲード)』じゃねぇのか。だが、これはこれでまた厄介な問題だ。なるほど、爺さん。これが北が抱える問題点か」

 

 アザゼル総督が場所の方に顔を向けると、オーディン様が馬車から出る所だった。足元に魔法陣を展開させ、魔法陣ごと空中を移動していく。

 ヴィロットさんはオーディン様について行かず馬車の外でじっとロキを見つめている。

 

「ふむ。どうにもの、頭の固い者がまだいるのが現状じゃ。こういう風に自ら出向く阿保(あほう)まで登場するのでな」

「そんな阿呆でもしなくては真面目に我の話を聞かんだろう」

 

 ロキは皮肉げに言い返す。

 そう返されたオーディン様は白い髭をさするばかり。

 

「……オーディン、もう一度だけ訊きたい。まだこのような北欧神話を超えたおこないを続けるおつもりなのか?」

「そうじゃよ。少なくともお主よりサーゼクスやアザゼルと話していた方が万倍も楽しいわい。日本の神道を知りたくての。和議を果たしたならお互い大使を招いて、異文化交流しようと思っただけじゃよ」

 

 返答を迫られたオーディン様は平然と答えた。

 それを聞いたロキは、諦めたように目を閉じる。

 

「……認識した。ならば仕方ない。———ここで黄昏を行うしかないのか」

 

 ……びくっ!

 

 さっきまでなぜか安心感すら覚えたロキの気配が一転、凄まじいまでの敵意に変わり僕たちに向けられる。

 僕たち、いや、オーディン様に向けられた敵意に僕たちも触れていると言った方が正しい。この決意に満ちた敵意……似ている。

 

「それは、抗戦(こうせん)の宣言と受け取っていいんだな?」

「いかようにも」

 

 ドガァァァアアアンッ!

 

 アザゼル総督の最終確認にロキが肯定した瞬間、遠距離の波動攻撃がロキを襲う。

 攻撃したのはゼノヴィアさん。ロキが敵意を露わにした辺りから手に持つ聖剣、デュランダルにオーラを溜めていた。

 

「先手必勝だと思ったのだが」

 

 素早い先制攻撃は戦況を有利に進めることができる。それ以外にも単純に一撃与えた状態から戦闘を始められる。———だが。

 

「どうやら、効かないようだ。さすがは北欧の神か」

 

 ———それはダメージを与えられる攻撃力があって成り立つ。

 ゼノヴィアさんの攻撃を受けたロキは、何事もなかったかのように空に浮いている。

 当然だね、地力(じりき)が違う。単純な力押しでは分が悪すぎる。

 

「聖剣か。いい威力だが、神を相手にするにはまだまだ遠い。出直してくるがいい」

 

 木場さんも聖魔剣を創り出し、イリナさんも光の剣を手に発生させる。

 

「無駄だと言うのが理解できないのか。これでも神だ、たかが悪魔や天使の攻撃など」

 

 ロキが左手を前にゆっくりと突き出す。

 その手に静かに力が集まるのが感じられる。

 あれをまともに受けたら……かなりマズイね。

 

『Welsh Dragon Blance Breaker!!!!』

 

 禁手化が完了した一誠が馬車から飛び出し、高速でロキ目掛けて突進する。

 

『JET!!』

 

 宝玉から音声が鳴り響き、背中のブーストが噴かされる。

 

 ゴゥンッ!

 

 瞬時に間を詰め、打拳を叩きこもうとしたのだろうが、ロキには軽やかに避けられてしまう。

 相手は遥か格上の神様だし、一誠の気配は漏れすぎて読みやすい。あのスピードに対応できる能力があれば、そこまで高い感知能力も必要なく躱せる。

 

「部長! プロモーションします!」

 

 一誠はリアスさんにプロモーションを宣言すると、了解を得て素早く『女王(クイーン)』へ昇格した。力は増強されたけど、それでも雀の涙だ。

 

「っと、そうそう、日本には赤龍帝がいたんだったな。かなりの武功(ぶこう)を上げたそうじゃないか。———だがな」

 

 ロキの手に光輝く粒子が集まっていく。もはや感じる必要はない、強大な力を圧縮して打ち込むつもりだ。

 

「神を相手にするにはまだ早い」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 今まさに二つの強力な波動がぶつかろうとした、その時!

 

 シュッ! ドバンッ!

 

 一つの影が二人の間に割って入り、強力な一撃を放とうとした二人の手のひらに自分の手のひらを合わせてはじき返した!

 放たれる前に防がれた波動は本来の威力に及ばないが、それでも強力な二人の波動を力技で押し返して見せたことは驚愕だ。

 例えるなら、クラウチングスタートで走ろうとした選手を走り出そうとした瞬間に止めるようなもの。推進力は走り出して勢いが付いた時よりも弱いが、それでも走り出しのパワーは強い。それも片手ずつで二人分!

 自らの力を弾かれた一誠は大きく吹き飛ばされ馬車へ激突し、ロキは少しばかり吹き飛んだ所で体勢を立て直した。

 

「ロキ様の言う通りよ。下がってなさい」

 

 二人の激突を防いだのはなんとヴィロットさん。スーツ姿のまま僕たちの方を向いている。その言葉は、僕たち全員に向けられた言葉なのだろう。

 リアスさんと朱乃さんも翼を広げて馬車から出て臨戦態勢に入るが、ヴィロットさんが睨みを利かせてるので動けない。

 僕たちが動かないのを見届けると、ヴィロットさんはロキの方を向く。

 

「ロキ様、主神に牙を向く行為が許される事ではないとは理解しておられると思っています。同時にロキ様の覚悟も理解してるつもりです。ですが、これは越権行為(えっけんこうい)。そうなれば私もロキ様に剣を向けねばなりません。どうかここは引き下っていただき、公正な場で異を唱えていただけませんでしょうか?」

「一介の戦乙女ごときが我の邪魔をしないでくれたまえ。と、普通なら言うが、貴殿には通じんだろう」

 

 自らの力を強引にはじき返されロキの手のひらから白い煙が立ち上がる。

 それを見てロキは少しだけ満足そうな顔をしたように見えた。

 

「それにしても特別手を抜いていたわけではないのだがな。まさかこれほどとは……。その強さに噂に一切の偽りなしか―――北欧最強の戦乙女(ヴァルキリー)、戦女神」

「周りが勝手にそう呼んでるだけです」

 

 北欧最強の戦乙女!? 確かに、気配を探った時にかなり洗礼された気配で強者だと思った。だけどまさか最強と言われてる程とは……。

 

「堕天使幹部が二人、天使が一匹、現魔王の血筋に眷属の悪魔が数人、そこに赤龍帝。最強のヴァルキリーがいるのに贅沢なほど厳重だ」

「お主のような大馬鹿者が来たんじゃ。結果的に正解だったわい」

 

 オーディン様の一言にロキは軽くため息をつき、再び決意をその目に宿す。

 

「よろしい。ならば呼ぼう」

 

 そう言うと、マントを広げ高らかに叫ぶ。

 

「出てこいッ! 我が愛しき息子よッッ!」

 

 ロキの叫びに一泊空けて、宙に歪みが生じる。

 なんだこの異質的な強大な気配は!?

 

 ヌゥゥゥッ。

 

 空間の歪みから姿を現したのは―――灰色の狼!

 巨大な灰色の狼が僕たちの前に現れた。十メートル……十二メートルってところか。

 

 びくッ!!

 

 すごい威圧だ……。思わず体が臨戦態勢をとってしまったよ。

 もしも対峙なんてしてしまったら、今までのように弱い振りをして誤魔化せはしないだろう。本気を出さないと自分すら守れるかかなり怪しい。

 馬車の中にいるギャスパーくんとアーシアさんは狼の威圧で怯えている。外を見れば他の眷属のみんなも全身を強張らせて震えていた。

 若干無謀な勇猛さを持つうちの眷属でも流石に狼の重圧には怯えを見せていた。

 当の狼は威嚇行為は一切せず、何もせずただこちらを視線で射抜いてるだけだけなのに。

 

「先生! あの狼、何なんですか?」

 

 一誠の問いにアザゼル総督は絞り出すような声で答えた。

 

「———『神喰狼(フェンリル)』だ」

『———ッ!?』

 

 アザゼル総督の一言に殆ど全員が驚愕し、同時に納得したかのように見える。

 

「フェンリル! まさか、こんなところに!」

「……確かにマズいわね」

 

 木場さんとリアスさんも相手を把握し、一層警戒態勢をとる。

 フェンリルってのがどういう魔物なのかはわからないけど、もしもの時の心構えはしておいた方がよさそうだ。

 

「イッセー! そいつは最悪最大の魔物の一匹だ! 神を確実に殺せる牙を持っている! そいつに噛まれたら、いくらその鎧でも持たないぞ!」

 

 神を確実に殺せる牙か。こりゃリアス眷属が束になってかかっても勝てそうもない。おそらく一人一撃で殺される。

 そしておそらく神を殺せる牙を持つだけの狼ではない。純粋な身体能力も牙に劣らないレベルだろう。そうなると防御できるかすら怪しい。

 ロキはフェンリルを撫でながら言う。

 

「堕天使の総督殿の言う通り。こいつは我が開発した魔物の中でトップクラスに凶悪な部類だ。何せ、こいつの牙はどの神でも殺せる代物なのでね。試したことはないが、他の神話体系の神仏でも有効だろう。上級悪魔も伝説のドラゴンも余裕で致命傷を与えられる」

 

 ロキの指先がリアスさんに向けられる。

 

「本来、北欧の者以外に我がフェンリルの牙を使いたくはないのだが……。この際仕方ない、この子に北欧の者以外の血を覚えさせるのも良い経験となるかもしれない」

 

 指先をリアスさんに向けたままその場でしゃがんでフェンリルの耳に顔を近づけるロキ。しかしすぐに立ち上がり、フェンリルに命令を下す。

 

「まずは有象無象の悪魔共から片づけるとしよう。———魔王の血筋。その血を舐めるのもフェンリルの糧となるだろう。———やれ」

 

 オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオンッッ!

 

 闇夜の空で灰色の狼が月まで届くような見事な遠吠えをしてみせる。

 その鳴き声は、リアスさんたちを震え上がらせるには十分すぎるもの。そして、聞き惚れてしまいそうなほどの見事な美声でもあった。

 フェンリルは眼前のヴィロットさんの横を抜け、まっすぐにリアスさんの方へ向かう。

 抜けられたヴィロットさんは瞬時に魔方陣を展開した。だが、とてもリアスさんを救うのには間に合いそうもない。———その時。

 

「触るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 一目散にリアスさんのもとに向かい、フェンリルがリアスさんに近づくよりも前にフェンリルに近づく一誠。神速で襲い掛かるフェンリルの顔面を正面から殴りかかる。

 今の一誠の動きには正直驚いた。恐怖に耐性のある僕ですら思わず臨戦態勢を取るのに、あの一誠が動けるなんて。

 これも良くも悪くも思いの力が強い一誠の強みと言えるのだろう。

 しかし、フェンリルは一誠の拳が触れる直前に方向転換し、一誠の拳は空を切る。

 

「なにっ!?」

 

 まっすぐにリアスさんを狙っていたハズのフェンリルは、突如方向を変えてオーディン様へと進路を変更した! さっきロキが耳打ちしていたのはこのためか!?

 高らかとリアスさんを狙うと宣言し注目を集め、その隙に少しでも手薄になったオーディン様の方へ襲わせる。フェンリルの強い脅威をうまく利用した策だ。

 

「しまった! 本当の狙いは爺だったか!!」

 

 フェンリルの予想外の行動にアザゼル総督もとっさには動けない。オーディン様自身も予想外だったためか対応できそうもない。

 馬車の中に突如魔方陣が現れ、そこからヴィロットさんが飛び出した!

 魔方陣から飛び出したヴィロットさんはその勢いのまま馬車の壁を破壊し外に飛び出しす。

 フェンリルがオーディン様に襲い掛かる前にオーディン様の前に立ったヴィロットさんは、神速で襲い掛かるフェンリルを自らの左腕を差し出して止めた!

 左腕にフェンリルの牙が深々と刺さり、黒いスーツに赤みがかかる。

 

「ヴィロット!」

「念のために馬車に魔方陣を作っておいて正解だったわ」

 

 なるほど! さっき展開した魔方陣は馬車内にあらかじめ張っておいた転移魔方陣だったのか!

 もしもオーディン様に何かあった時、馬車の近くにいるであろうオーディン様のもとに駆けつける為の。

 

「グルルルルルルル」

 

 腕を噛まれてるヴィロットさんは弱みを見せずフェンリルとにらみ合う。

 数秒間にらみ合った後、ヴィロットさんは右手をフェンリルに近づけて、ゆっくりと頭を撫でた。

 

「グルルルルルル! ……クゥ」

 

 すると、フェンリルはヴィロットさんの左腕を放した。

 

「ロキィィィィィィィッ!」

 

 アザゼル総督とバラキエルさんが光の槍と雷光をロキに向けて高出力で放つ。

 が、ロキはそれを見もせずに大きく展開した魔方陣の盾で難なく防ぐ。

 

「———ッ! 北欧の術かッ! 術に関しては俺らの神話体系よりも発展していたっけな! さすがは魔法、魔術に秀でた世界だ!」

「やはり他はフェンリルがいれば十分だが、貴殿一人いるだけでそうもいかなくなる」

 

 アザゼル総督が憎々しげに吐き捨てたが、ロキはそれを全く無視してヴィロットさんの方を見続けていた。

 左腕を放したフェンリルにヴィロットさんが無事な右手で犬を躾けるようにダメと現すと、フェンリルは主人であるロキのもとへ戻る。

 

「お褒めいただき、こうえいへす」

 

 傷口に布を巻きつけ、口で締め上げながら言うヴィロットさん。左手に重傷を負ったものの、あれだけ脅威を振りまいていたフェンリルを何もせずに退けてしまった。

 すごいと言う言葉で片づけていいのかわからないが、それ以外が出てこない。

 

「大変不本意でしょうが、これでロキ様では私を倒すことはできないことはご理解いただけたと」

 

 ロキは戻って来てしょんぼりしたフェンリルを気にするなと伝えるかのように撫でている。

 フェンリルに対しては優しい顔を見せるが、僕たちの方を向くと毅然とした態度の中にままならないと言った感情が見え隠れしている。

 そんなロキに対してヴィロットさんが言う。

 

「いかに最強と言われても私は一介の戦乙女、大した発言権はありません。例え意義があったとしても主神オーディン様が決めたことに異議を唱えても無意味。ですがロキ様は違います。神の一柱としての発言権があります」

「それはどうかな? 我だって直接意見も言わずにこんなことはせぬ。確かに我にはそれなりの発言権はある。しかしな、それでこの結果なのだよ」

 

 ヴィロットさんの言葉にロキは口調を強めて返した。ロキから溢れたある種の苛立ちがヴィロットさんに向けられる。

 それでもヴィロットさんは平然とした表情で再び言葉を返した。

 

「公正な場を整え多数の反対意見をまとめてくだされば、オーディン様も無視することは決してできません。いざとなれば私が力づくでオーディン様を公正の場に引きずり出しましょう。それはお約束します」

「ヴィロット! おぬしはどっちの味方じゃ!」

「私はいつでも正義の味方です」

 

 オーディン様の抗議をさらっと流すヴィロットさん。自勢力のトップにそんなこと言っていいのかと思ったが、今までのオーディン様とヴィロットさんの間柄を見るといいような気がしてくる。

 反抗的な言葉を使ってはいるが、ずっとオーディン様を身を(てい)して守っている。だけど同時にロキも守ってるように見える。

 あくまで中立に、それでいて自分の役割はきちんと果たすと言うことか。それによって自分がどれだけ傷つこうと、どれだけ立場が悪くなろうと貫き通す。本当にすごいよ、ヴィロットさんは。

 ロキは目を閉じて考えるように沈黙し。

 

「……オーディンの意見に反対意見は、僅かだが賛成意見より少ない。オーディンの意見にもそれなりに筋は通っている。ずるずると引き伸ばされ、最後は多数の反対派が折れるのが目に見えるな」

 

 目を見開き、再び決意を瞳に灯す。

 

「そうですか、残念です。なら……全力で拘束させていただきます!」

 

 ヴィロットさんのスーツが瞬時に鎧へと変わり、目に見える程にオーラを高める。それに対してロキも先ほどまでとは段違いのオーラを放つ。

 

「我が息子が存分に力を発揮するために、貴殿は我が全力を持って止めねばならぬな」

 

 フェンリルは二人の近くを離れ、邪魔にならない位置からこちらを狙っている。

 堕天使幹部二人の攻撃を難なく凌ぎきったロキも、そんなロキを素手で圧倒していたヴィロットさんもまだまだ本気じゃなかった。

 ヴィロットさんのオーラはアザゼル総督の倍くらいに対して、ロキのオーラはさらにその何十倍! しかし、オーラの質は逆にヴィロットさんの方が何十倍も上だ!

 悪魔の目線から見れば本気を出したヴィロットさんをロキが本気で圧倒してるように見えるだろうが、おそらく量と質のバランスから見て互角。

 わかっていたけど、パワーの質、総量が悪魔なんかと違いすぎる!

 一触即発の雰囲気、割って入る無粋な程の威圧。

 ———その時、一瞬だが確かにこの場の誰でもない異質な視線を感じとった。どっちの方角から感じたがもわからない程一瞬だったけど、今の視線はなに?

 その視線の正体を確かめるべく感知能力を研ぎ澄ませながら外の景色を探っていると、僕の視線に光が一閃過ぎ去っていく。違う、これじゃない。

 

『Half Dimension!』

 

 グバババババンッ!

 

 フェンリルを中心に空間が大きく歪んでいく。フェンリルも空間の歪みにその身を捕らわれ動きを封じられた。

 が、すぐさまその歪みを牙で噛み切るように脱出した。

 一誠たちとフェンリルの間に白銀の翼を持つ男性が降りてくる。

 

「兵藤一誠、無事か?」

「ヴァーリ……」

 

 それは、赤龍帝と対を成す白龍皇のヴァーリさん……だったと思う!

 ん~名前の感じからして合ってるとは思うけど、なんか記憶が曖昧でイマイチ自信ないな。

 えっと確か能力は……倍加の逆の半減だっけ? とうことは今の技もそういう系統の広範囲技ってことか。確かに能力、威力共に悪魔としては破格のパワーだったけど、精密性は悪魔の域を出ていない。

 これではヴァーリさんより強いフェンリルに破られても仕方ない。

 

「白龍皇か……」

 

 ロキはヴァーリさんの登場で微妙な顔をした。

 今まさに一対一の真剣勝負が始まろうとした中、見知らぬ人の邪魔が入ればしらけるのも無理はない。

 ヴァーリさんは知らずか、そんなこともお構いなしに自己紹介を始めた。

 

「初めまして、悪の神ロキ殿。俺は白龍皇のヴァーリ。———貴殿を(ほふ)りに来た」

「……邪魔が増えた」

 

 ヴィロットさんは鬱陶(うっとう)しそうにヴァーリさんを横目で見る。

 ヴァーリさんの宣戦布告を聞き、ロキもヴィロットさん同様に邪魔者を見る目を向けた。

 

「……興がそがれた。今日は一旦引き下がろう」

 

 ロキはフェンリルを自身のもとに引き上げさせる。

 ロキがマントを(ひるがえ)すと、空間が大きく歪みだしロキとフェンリルを包でいく。

 

「だが、この国の会談の日、我は再び貴殿らの前に姿を現す! オーディン! 次こそ我と我が子フェンリルが、主神の喉笛を噛み切ってみせよう!」

 

 そう言い残すと、ロキとフェンリルはこの場から姿を消した。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 戦闘を終えヴァーリさんたちと合流した僕たちは、駒王学園近くの公園に降りた。夜間だから人の気配は特にないから大丈夫だね。

 

「オーディンの会議を成功させるためにはロキを迎撃しなければいけないのだろう?」

 

 ヴァーリさんは全員を見渡してから、遠慮なく言う。

 

「このメンバーと赤龍帝だけではロキとフェンリルを凌げないだろうな。しかも英雄派の活動のせいで冥界も天界もヴァルハラも大騒ぎだ。こちらにこれ以上人材を割くわけにもいかない」

 

 ヴァーリさんの言い分に誰も言い返さない。

 

「そっちのヴァルキリーがフェンリルに噛まれた傷を回復させればもう少し勝率が上がるのだがな。フェンリルに噛まれた傷だ、相当深いのだろう?」

 

 ヴァーリさんがヴィロットさんの方に顔を向けるが、ヴィロットさんはずっと黙ったまま。

 

「そうだぜ、神喰狼(フェンリル)に腕を噛まれたんだ。変な意地張ってないでアーシアに回復してもらえ」

「お断りします」

「そこまでして治療を断る理由はなにかのぅ?」

「……」

 

 治療を拒否する理由を訊くと断固として無視する。例え主神のオーディン様が訊いても(かたく)なに答えようとしない。

 何か強い信念のようなものを感じるよ。

 

「おまえがあいつを倒すとでもいうのかよ?」

 

 一誠が低い声音で訊くと、ヴァーリさんは肩をすくめる。

 

「残念ながら今の俺でもロキとフェンリルを同時に相手にはできない」

 

 かなりの自信家に見えたけど、そこまで勇猛と無謀をはき違えたような人たちではないようだ。だけど、僕がこんなことを言うのはおこがましいけど、若い戦闘狂って感じがする。

 ヴァーリさんの言う通り、ヴァーリさんから感じる力ではフェンリルどころかロキにも全く届きそうもない。後ろにいるお仲間たちも同じだ。……あれ? あの黒い着物の女性って猫ショウ?

 

「だが―――二天龍が手を組めば話は別だ」

『———ッ!』

 

 ヴァーリさんの提案に、この場にいる殆どが驚愕した。驚いていないのは僕を含めてヴィロットさんとヴァーリさんの仲間たちだけ。

 でも残念だけど、僕には二天龍が手を組んでも勝率が劇的に上がるとは思えない。最悪、(つたな)いコンビネーションで足の引っ張り合いが起こる気すら。

 

「今回の一戦、俺は兵藤一誠と共に戦ってもいいと言っている」



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相反な二柱の意向

 翌日、兵藤家の地下一階の大広間に僕たちは集められた。

 リアス眷属に加え、イリナさんにアザゼル総督、バラキエルさん、シトリー眷属。そして、ヴァーリさんとそのお仲間たち。統一性のない異様な面々。なんていうか、酒場に集められた傭兵みたいな感じだね。

 それにしても、豪邸建てただけじゃなくて地下までこんなことしてマズイよ。それに地下一階ってことは地下二階以降もありそうだし。天照様が単独でこのことを知ったら家が全焼じゃ済まないよ。

 オーディン様とヴィロットさんは別室で本国と連絡を取り合っている。

 ロキが日本にやって来たことはやっぱりあっちでも大問題になっているらしい。

 その間に、僕たちでロキ対策について話し合いが始まった。

 今回の件は、冥界の魔王だけでなく、堕天使側と天界にも伝わっている。そのうえで、オーディン様の会談を成就させるために三大勢力が協力して守ることとなった。

 協力と言っても、ここにいるメンバーだけで力を合わせてなんとかしろと言う無茶ぶりだけどね。

 その中で一番警戒されてるのは、ロキよりも引き連れていた巨大な狼、フェンリルの方。

 生み出したロキをもしのぐ能力を有した本当の怪物。封じられる前の二天龍に匹敵するほどの力を持っていると言っていた。アザゼル総督も冥界で相手してくれた龍たちでも単独では勝てないとか。

 あの一誠が暴走状態になった『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』ってのなら勝てる可能性はあるみたいだけど、使えば一誠が死ぬし、ヴァーリさんもロキまで()たないらしい。———ロボットにボコボコにされてあまり強く感じなかったけども。

 それでもロキとの一戦に残りメンバーで死力を尽くせば勝機があるみたいだが、犠牲は必至(ひっし)

 何名かの戦死者は確実だと宣言された。

 加勢もどの勢力も英雄派の神器所有者の襲撃が断続しており、各勢力が混乱しているらしい。なので、各拠点の警戒保持のため、戦力が割けないとか。

 ぶっちゃけ、どれだけ戦死者が出ても僕は一向にかまわない。それで悪魔が弱るなら個人的に願ったりかなったりだ。それに、一人だけなら連れてロキとフェンリルから逃げ切れる自信はある!

 そもそも、犠牲を出せば❝勝てる❞という結論自体僕は間違ってると思う。僅かな攻防ではあるがヴィロットさんとの戦いでロキは悪魔で言うテクニックタイプと見た。

 前提としてアザゼル総督の考察ではロキの神としてのパワーを計算して勝率を割り出してるみたいだけど、それがパワー寄りではなくテクニック寄りなら破綻(はたん)する。

 数と手数で力の差に対抗するのに対して相手は、テクニックの削りから力押しの潰しができる。そうなればこちらの策が一方的に頓挫(とんざ)して思ってた以上の差で全滅。

 それでも、できるだけ犠牲が出ない勝つ方法を探ると。なんか意外にもそれなりの対抗策があるみたいで作戦会議が進められている。

 

「まず先に。ヴァーリ、俺たちと協力する理由は?」

 

 ホワイトボードの前に立ったアザゼル総督が疑問をヴァーリさんにぶつける。

 今まで敵対していた相手が急に協力すると言い出してくれば警戒するのは当然。

 ヴァーリさんは不敵に()むと口を開く。

 

「ロキとフェンリルと戦ってみたいだけだ。美猴(びこう)達にも了承済みだ。この理由では不服か?」

 

 それを聞いてアザゼル総督は怪訝(けげん)そうに眉根(まゆね)を寄せる。

 

「まあ、不服だな。だが、戦力として欲しいのは確かだ。今は英雄派のテロの影響で各勢力ともこちらに戦力を割けない状況だ。英雄派の行動とおまえの行動が繋がってるって見方もあるが……おまえの性格上、英雄派と行動を共にするわけないか」

「ああ、彼らとは基本的にお互い干渉しない事になっている。俺はそちらと組まなくてもロキとフェンリルと戦うつもりだ。組まない場合は、そちらを巻き込んででも戦闘に介入する」

 

 介入した場合即座に排除されるのが目に見える。しかも片手間でいとも簡単に。

 向こうはこちらの足元を見て脅してるつもりなんだろうけど、僕には少し滑稽(こっけい)に聞こえてしまう。

 それがまた効いてる様子がまた滑稽に見える。

 

「サーゼクスは悩んでいる様子だったが、旧魔王たちの生き残りであるおまえからの申し出を無下(むげ)にできないと言っていてな。本当に甘い魔王だが、おまえを野放しにするよりは協力してもらった方が賢明だと俺も感じている」

「納得できないことのほうが多いけれどね」

 

 リアスさんがアザゼル総督の意見に言う。しかし、文句があっても魔王の意見だけに強く言えないっぽい。

 ソーナさんも目を閉じて沈黙の了承。たぶん不満はあるんだろうけど、言えることがないから黙ってるとかなんだろうね。

 まあ、結局のところ魔王が決定したなら下っ端の僕たちは従うしかない。この人たちが何か変な気を起こしても、ソーナさんたち辺りが適切な処置をしてくれるだろう。リアスさんたちやアザゼル総督? 期待してない。

 他の眷属たちもリアスさんが了承したからには、渋々だが応じるしかないと言った様子。

 アザゼル総督はヴァーリさんをじっと見る。

 

「怪しい行動をとれば、誰でもおまえを刺せることにしておけば問題ないだろうな」

「そんなことをするつもりは毛頭ないが、かかってくるならば、ただでは刺されないさ」

 

 アザゼル総督の言葉にヴァーリさんは苦笑するだけ。

 

「……まあ、ヴァーリに関しては一旦(いったん)置いておく。さて、話はロキ対策の方に移行する。ロキとフェンリルの対策をとある者に訊く予定だ」

「ロキとフェンリルの対策を訊く?」

 

 アザゼル総督がリアスさんの言葉にうなずく。

 

「そう、あいつらに詳しいのがいてな。そいつにご教授してもらうのさ」

「誰ですか?」

 

 一誠が挙手して訊く。

 

五大龍王(ごだいりゅうおう)の一匹。『終末の大龍(スリーピング・ドラゴン)』ミドガルズオルムだ」

 

 ———? 龍王? ちょっと聞きなれない単語が出て来た。

 

「まあ、順当だが、ミドガルズオルムは俺たちの声に応えるだろうか?」

「二天龍、龍王―――ファーブニルの力、ヴリトラの力、タンニーンの力で龍門(ドラゴン・ゲート)を開く。そこからミドガルズオルムの意識だけを呼び寄せるんだよ。本体は北欧の深海で眠りについているからな」

 

 ヴァーリさんの問いにアザゼルアザゼル総督が答える。

 なるほど、そんな方法があるのか。やっぱり幅広く他勢力に手を出してるだけあって知識は広い。まあ、あまり深くはないだろうけども。……一言余計かな?

 

「もしかして、俺もですか? 正直、大物だらけで気が引けるんですけど」

 

 匙さんが言動とは裏腹に物怖じず意見を言う。そう言えば、匙さんの神器はヴリトラが封印されていたっけ。

 

「まあ、要素の一つとして来てもらうだけだ。大方のことは俺たちや二天龍に任せろ。とりあえず、タンニーンと連絡が付くまで待っていてくれ。俺はシェハザムと対策について話してくる。おまえらはそれまで待機。バラキエル、付いて来てくれ」

「了解した」

 

 アザゼル総督とバラキエルさんはそう言って大広間から出ていく。

 残されたのはリアス眷属とソーナ眷属、そしてヴァーリさんたち。

 

「赤龍帝!」

 

 古い中国の鎧のようなものを着た男性が手を上げる。

 

「な、なんだよ」

「この下にある屋内プールに入っていいかい?」

 

 おそるおそる訊いた一誠に男性は笑顔で言った。

 この質問は全くの予想外だったよ。一誠も同じようで言葉が出ない。

 リアスさんがずいっと前に出て、男性に指を突き付ける。

 

「ちょっと。ここは私と赤龍帝である兵藤一誠の家よ。勝手な振る舞いは許さないわ」

 

 あなたたちは日本で勝手な振る舞いをしてますけどね。

 一誠の家は既にリアスさんの家でもあることになってるんだ……。まあ、これだけ豪華な改築をしたのはリアスさんだろうし、そういう意味では権利はある。ただ……本当に一誠の両親の了承を得たの? そもそもまともな手段で、催眠術とかで相手の意思を無視して強引に押し通したりしたんじゃないよね? ……いや、おそらくそうなんだろう。

 まあ、結局のところやっちゃったものは今更仕方ないけども。

 

「まーまー、いいじゃねぇか、スイッチ姫―——」

 

 ベチンッ!

 

 リアスさんが男性の頭を激しく叩いた。おー、ヴィロットさんの頭突きには敵わないけどいい音したよ。

 男性は頭を押さえながら涙目で訴える。

 

「いってぇぇぇぇっ! 何すんだぃ! スイッチ姫!」

「あなたね! あなたのせいで私は……冥界では変な名称で呼ばれているのよ!」

 

 男性と同じくリアスさんも涙目だ。泣きながら激怒してる。

 何となく察したよ。おそらく、リアスさんがスイッチ姫と呼ばれる原因はあの人なんだ。アザゼル総督が言い出したと思ったけどどうやら違うみたいだね。———もしくは、それにアザゼル総督が面白半分で乗ったか。

 

「いいじゃねぇか。おっぱいドラゴン、俺も見てるぜ。光栄だぜぃ、俺の名付けたのが使われているんだからさ」

 

 男性はカラカラと楽しそうに笑う。皮肉とかでなく、本当に楽しんでるみたいだね。

 

「うぬぬぬぬ! どうしてくれましょうか……ッ!」

 

 その態度が気に入らないリアスさんは、全身をわなわなと震えさせた。紅オーラを纏ってはいるが、危険はなさそうだね。

 

「こ、これが失われた最後のエクスカリバーなんですね! はー、すごーい」

「ええ。ヴァーリが独自の情報を得まして、私の家に伝わる伝承と照らし合わせて、見つけて来たのですよ。場所は秘密です」

 

 向こうではイリナさんとメガネの男性が聖剣について話していた。こういう時でも誰とでも打ち解けられる性格、尊敬できる美徳と僕は思うよ。ただ、趣味は合いそうもないけど。

 横で木場さんとゼノヴィアさんが警戒しながらも、二人のやり取りを聞いている様子。警戒はしても二人とも聖剣を使う剣士、伝説の聖剣が気になるんだろうね。

 視線を変えると、もう一組のやり取りが目に映る。

 

「…………」

「……にゃん」

 

 搭城さんが警戒しながら黒い着物の女性を(にら)み、女性の方は笑顔を浮かべる。しかし、その笑顔はうしろめたさがあるような空元気(からげんき)だ。

 ———二人ともどことなく似てる気がする……。なんというか、見た目とか気配とかが。それに二人とも同じ元猫ショウの悪魔だし。

 そこへ一誠が近づき、両者の間に入った。

 

「小猫ちゃんは連れて行かせないぞ」

 

 一誠は睨みを利かせて真っすぐにその女性を見つめて言った。

 搭城さんも一誠の手を握り、背中に隠れる。珍しい、搭城さんがあからさまに苦手意識を見せるなんて。

 女性は一瞬キョトンとしていたが、すぐに悪戯な笑顔で一誠をジロジロ見る。

 

「へー。なんだか、最初に合った頃よりお顔が凛々しくなっているにゃん。禁手に至るとそういう風に変わるのかしらん。それとも女の子を知ったのかにゃ?」

 

 一誠にウインクする女性。それにより一誠の顔がだんだん緩んでいく。これだけでもう変態な妄想に思考がズレたことがまるわかりだ。

 自分でも思考がズレたことに気づいたのか頭を振って態度を戻した。

 女性はそんな一誠の顔をペロッと舐めた。

 不意の出来事に驚く一誠は一歩後ずさりする。

 

「うーん。この味はまだ子供の味かにゃ?」

「わ、悪かったな!」

 

 言われた一誠は急にキレ気味な口調で返す。

 いや、そんなキレるようなことじゃないと思うし、一誠は普段の行いからキレちゃいけないと思うよ?

 

「ねねね、一つ良いかにゃ?」

「んだよ……?」

「私と子供作ってみない?」

「…………へ?」

 

 突然の言葉に困惑する一誠だが、女性はかまわずに話を続ける。

 

「私ね、ドラゴンの子が欲しいの。特別強いドラゴンの子。ヴァーリに頼んだけど、断られちゃって。だったら、あんたしかいないし。人間ベースのドラゴンって、貴重にゃん。しかも二天龍なら遺伝子的にも十分だし。子供は残したいんだよねー。だから、遺伝子提供者が欲しいにゃん」

 

 いや、その理論はちょっとおかしいように思うよ?

 ドラゴンの遺伝子が欲しいと言っても、ドラゴンなのは一誠の神器であって一誠は元人間の転生悪魔に過ぎない。腕の一本がドラゴンだとしても、その程度じゃ遺伝子は悪魔と人間と妖怪の遺伝子に阻まれて全く遺伝しないと思うよ。

 それでも女性はさらに続ける。

 

「にゃはは、今ならお買い得にゃん。妊娠するまでの関係で良いからどうかにゃ?」

 

 それを聞いて一瞬顔色を変えた一誠だが、後ろで搭城さんが睨んでるからか言葉はでない。きっと、搭城さんが睨んでなかったら二つ返事で了承したんだろうな。

 まあ、あの人の目的から考えると、お互い損をしなかったと考えるべきか。一誠があの人に手を出したら他の女性関係が狂うのは目に見えてるしね。

 

「……姉さまに先輩の……ごにょごにょ……は渡しません」

 

 この位置からじゃあの小声は聞き取れないけど、あの人の反応を見る限りあっちには通じたいみたい。逆に一誠には聞こえてないし通じてもいないみたいだ。

 女性はクスリと笑い、一誠と搭城さんに手を振ってヴァーリさんたちの方へ行った。

 ———ん? お姉さま? もしかして、あの人って本部さんと神無さんが言ってた黒歌?

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 アザゼル総督が戻って来て、一誠と匙さんとヴァーリさんは転移魔法陣で兵藤家からどこかへ転移した。それによりやることがなくなった僕たちは解散となった。だが、匙さんやヴァーリさんや一誠たちの帰りを待つため殆どの人がその場に残る。

 長居したい場所じゃないので僕は一足先においとまさせてもらうことに。その際、ギャスパーくんにも先に帰ることを伝えると帰ろうか残ろうかすごく迷っていた。今のギャスパーくんはある意味僕よりも微妙な立ち位置にいるからね。

 兵藤家の地下から先に一人で帰ろうとしていると道中でヴィロットさんにばったり会った。

 

「あ、もう終わったの?」

 

 僕の姿を見たヴィロットさんは僕にそう訊ねた。

 

「ええ、まあ一応。話はとりあえず終わりましたけど、龍門(ドラゴン・ゲート)とかでアザゼル総督とドラゴン系神器保持者がどこかへ行きました。その人たちの帰りを待つって他の人も殆ど残ってます」

「このタイミングで龍門(ドラゴン・ゲート)を行くところと言えば……この状況ならミドガルズオルムか」

「はい、確かそんな名前のドラゴンの意思だけを呼び出すとか」

 

 龍門(ドラゴン・ゲート)と言っただけでたどり着けるドラゴンなのか。五大龍王(ごだいりゅうおう)と言うからにはすごく有名なだけって線もあるけども。

 ヴィロットさんはこの状況ならと言っていたから、おそらく一誠たちは何かしらのロキ対策をもって戻ってくるのだろう。これで力の水増しだったら敗率は九割維持したまま。

 

「そっ。もう終わったなら明日でいっか。急ぐ要件でもないし」

 

 ヴィロットさんは体を反転させて来た道を戻って行く。

 ロキとの戦いで少しだけ疑問に思ったことがある。ヴィロットさんならもしかして僕の疑問を解消してくれるかもしれない。

 そう思ってヴィロットさんに話しかけた。

 

「あの、ヴィロットさん。少しいいですか?」

「なに?」

「ロキはなんで日本まで来てオーディン様を襲ったんでしょうか?」

「はぁ? そんなのロキ様が自分の口で言ってたじゃないの。オーディン様の独断が気に入らないからって」

「いえ、そういうことではないんです。あの時ロキの声に怒りだけでなく、少しだけ悲しさが混じってる感じがしました。だから、もしかして本当はもう少しだけ違う理由があるかもと思いまして」

 

 僕がそう言うとヴィロットさんの目の色が変わった。さっきまで一切の関心がなかった目に強い関心を感じる。

 その目に睨まれ少しばかり無音の時間が流れた。———すると、その緊張を解き放つようにある音が鳴り響く。

 

 グゥ~~。

 

「……その話はランチしながらでいいかしら? ちょっとお腹すいちゃって……」

「ええ、だいじょうぶです」

 

 お腹の音を聞かれたヴィロットさんは恥ずかしそうにうつむきながら言った。

 でもこうやってちょっとしたことで恥ずかしがるところを見ると、ヴィロットさんも僕たちと同じなんだと思ってちょっと安心する。

 僕とヴィロットさんは町中にあるとあるイタリアンファミレスへ行った。そう言えば初めて会った時もパスタが食べたいって言ってたし、もしかしてヴィロットさんはイタリア出身なのかな?

 そこでヴィロットさんはランチメニューに加えて、ピザと赤ワインまで注文した。結構大食いなんですね。

 

「昼間っからお酒飲んで大丈夫なんですか?」

「このくらいなら大丈夫よ。酔っぱらうほど飲まなければ平気」

 

 まあワインもグラス一杯だけなら大丈夫だろう。基本的に北欧のトップも冥界と同じくゆるそうだし。

 

「それで話に戻るけど、なんでロキ様がオーディン様を襲った理由なんて訊いたの。まずその理由を教えてちょうだい」

 

 来た料理を食べながらヴィロットさんが訊く。

 

「イマイチ自信が持てないんですけど、ロキから凄まじい敵意を感じた後も、同時にとてもない覚悟を感じました。その姿が僕の尊敬するある人の昔になんとなく似ているように見えたんです。———裏切り者として名を残そうとも、我が子と民の未来のため自らを生贄に捧げようとした人に」

 

 自信が持てないのは本当だし、その当時はまだ相手や周りの気配を機敏(きびん)に感じ取る能力は全くなかった。でも、何となく被って見えたんだ。—————反逆(はんぎゃく)を起こしたあの日の藻女さんと。

 僕の話を聞いたヴィロットさんは真剣な眼差しで僕を見つめると、食事の手を止めて何かを考え始めた。

 しばらくの沈黙のあと、ヴィロットさんは言う。

 

「オーディン様はあなたたちを信頼してるけど、ロキ様の介入は北欧の問題。三大勢力のテロ勢力が絡んでないのならむしろ部外者が関わらせてはいけない事案。まあ、オーディン様すらそのことを理解してないから仕方ないんだけどね」

 

 あきれながら巻いたパスタを食べるヴィロットさん。

 

「ロキ様のこれからの立ち回り次第だけど、これでオーディン様の僅かな優勢も逆転されかねないわ」

「それってマズイことじゃないんですか?」

 

 聞く限りではそこそこマズイことじゃないかと僕は思う。だって、主神であるオーディン様の北欧の地位が危なくなるってことは、それだけ北欧神話が揺らぐということ。なのにヴィロットさんはどうでもいいことのように話している。

 

「別に。私自身どちらの派閥に所属してるってわけじゃないけど、今のオーディン様の考えには正直不満ね。だからどっちかって言うとロキ様派かしら?」

 

 本当に北欧の内部問題に興味がなさそうだ。北欧最強と呼ばれ、オーディン様の付き人と言う高そうな地位にいるのに。

 

「それでもオーディン様の付き人してるんですか」

「仕事だからね」

 

 仕事だからか……。深手を負ってまで身を(てい)してオーディン様を守ったかと思えば、そのオーディン様を差し置いてロキを擁護する発言。

 

「それじゃあ、ヴィロットさんはオーディン様よりもロキの方が北欧のトップにふさわしいと思ってるんですか?」

「そうは思わないわね。オーディン様の片目と引き換えに得た知識は北欧の発展に大きく貢献した。それにより北欧神話は三大勢力の侵攻(しんこう)に抗うだけでなく魔法、魔術に秀でた神話体系と認めさせた。二人とも根は似たような性格だけど、ロキ様の本質は悪神だから悪評の方がどうしても目立つ」

 

 話してみるとヴィロットさんはオーディン様のことを認めてはいるみたいだ。

 それとロキは悪神と言われるだけあって悪評の方が目立っているか。幸せを司る神がいればその反対も存在するのはある意味当然のこと。

 福と厄、両方が程よく揃っていることが最も幸せな状態。日本神の皆さんがよく言っていた言葉だ。

 

「まあ、北欧は神至上主義の神話体系だから、悪魔や天使や堕天使も大っぴらに侵攻できなかったってのが正しいんでしょうけど。逆にオーディン様が神格を持たない魔術師だったらそれを奪おうと侵略してきたでしょうけどね」

 

 それはかなりありえそうな話だね。大勢力でもなく、自分たちに対して好意的でないただの人間を野放しにするとは思い難い。おそらくなんとしても懐柔させるか、もしくは殺してでも奪い取ろうとしたと思う。

 日本は神格を持つ神と神格を持たない妖怪が同格として協力して日本を治めている。だから侮られている可能性がある。

 天照大神(あまてらすおおがみ)素戔嗚尊(すさのおのみこと)月読命(つくよみ)の三貴子以外の日本神の力はあまり強くないらしい。基本的に荒事に向かない能力をしている。強い妖怪も悪魔や天使が日本に渡って来た頃にはかなり減ってしまっていたのだろう。

 ヴィロットさんは北欧の厳しい問題を教えてくれた。しかし、それは僕の質問の答えにはなっていない。

 

「なるほど、よくわかりました。では、そろそろ教えてもらえませんか? ロキがオーディン様を襲った理由を」

 

 ヴィロットさんは食事を終えてデザートに手を付け始めたのでそろそろ本題に入ってもらいたいと思い、多少強引だとは思ったけど直接訊くことに。

 

「簡単なことよ。ロキ様は三大勢力を同盟を組むべきではない悪と考えてるからよ」

 

 デザートのプリンを一口食べてそう答えた。その答えに僕は小さな衝撃を受けた。

 

「あら? 意外と驚かないのね」

「……正直なところ結構驚いてます。僕が知ってる別神話勢力の人たちの殆どが三大勢力に対していい印象を持っていましたので。反対する人たちもだいたいが平和が気に入らないとかでしたので、堂々と悪なんて言う人は初めてです」

 

 悪魔や天使や堕天使は日本でも僕が知ってるだけでいくつかの問題を起こしている。それはどれも小さなものではない。それに対して三大勢力は迷惑をかけたことをちっとも問題視してるように見えない。

 そんな人たちが平和を(うた)い、良い人たちと思われるのは腹立たしく感じる。

 そんな中で三大勢力を良しと思わない人がいてくれるのはなんだかうれしい。

 

「へー、ちょっと意外ね。情愛が深いと言われるグレモリーの眷属だから悪魔に対して良い印象しかないと思ったわ」

「僕も転生したての時はそう思ってました。でも、僕はあの人が情愛が深いとはもう思ってません」

 

 最初は僕もリアスさんは情愛の深い人だと信じていた。一誠を助けてくれて、僕を家族として受け入れてくれると言ってくれた時は本当にうれしかったよ。

 他のみんなもリアスさんをとっても信頼してる様子だったし、学校内でもリアスさんの評判はとてもよかった。だからそんなリアスさんに恩返しができるように僕はできることを一生懸命頑張ろうと思った。

 だけど、いくら頑張ってもリアスさんは声すらかけてくれない。なのに一誠にはどんどん激励を送っていた。それを当時僕は僕の頑張りが足りないから、リアスさんからの愛の鞭だと思っていたよ。———あの日、僕を見捨てて去っていくリアスさんを見るまでは。

 あの日から、僕はリアスさんを信じることをやめた。

 

「……情愛が深いと言うのも今の悪魔事情を少しでもきちんと知ればどういう意味かはだいたい察しはつくわ。まあ、もともと転生でない悪魔がそう言いだして広まっただけだしね」

 

 憐れむような目で僕を見るヴィロットさん。できればその目はやめてほしい。

 グレモリーは情愛が深いと言うのは純潔悪魔が言い出したことだったのか。考えてみればそうだよね、リアスさんは他の眷属に対しては情愛が深い部分を見せている。おそらく仲間の純潔悪魔内でもその優しさが発揮されていたのだろう。

 リアスさんを知る人たちはリアスさんの情愛の深い面ばかり目にする。そこにはリアスさんが情愛をかけるに値する人たちばかりだからね。

 

「まあ、よく知らず悪魔に転生してしまった僕も軽率(けいそつ)でした」

「元人間の転生悪魔はだいたいそうよ。人外世界の闇を知らぬまま悪魔の甘い言葉に騙される」

「でも、まあ、悪いことばかりじゃありませんでしたよ。おかげで本当に信頼できる人と出会えることもできましたし、ポジティブに甘んじます」

「……強い子ね」

 

 ヴィロットさんがポロッとこぼしたその言葉がなんだか照れくさい。

 僕の境遇を話して同情されることはあった。だけど、強い子ねなんて言われたのは初めてだよ。思わず口元がにやけてしまう。

 

「話を戻すけど、ロキ様がわざわざ日本まで来てオーディン様の邪魔をしたのはだいたいそんなところだと思うわ。まあ、ロキ様とは直接関わりはないし、ロキ様が同盟を拒む理由も北欧での会談時の主張で勝手に考察しただけだからわからないけどね」

 

 その情報だけでも御の字だ。ロキの行動原理は今まで戦った人たちとは違う。少なくとも自身の欲望によって大事件を起こしてきた今までの下衆な敵とは違うだろう。

 ヴィロットさんの考察が正しいと仮定すると、今までの敵のように慢心したりこちら煽ったりはしないだろうね。今までリアス眷属が勝てて来たのは相手の慢心や油断が必須だったし。

 その流れで僕はもう一つヴィロットさんに質問してみた。

 

「ヴィロットさん自身は三大勢力に関してどう思ってますか?」

「一見三大勢力を世界を平和にするために動いてるように見えるけど、それに勝るとも劣らない程の多大な迷惑を今も昔も世界に行ってる。これからどうなるかわからないけど、現時点ではロキ様が正しいと私は思ってるわ」

 

 うん、僕もそう思う。もしもこのまま友好的に同盟をトントン拍子に進めて行ったらロクなことにならないと思うよ。日本みたいにいつの間にか悪魔が領地と人材を私物化しに来たり。

 話してる間にデザートも食べ終えたヴィロットさんが席を立つ。

 

「お昼時にあんまり長いしたら他のお客に迷惑ね。そろそろ出ましょ」

 

 そう言って僕たちは店を出た。お会計の時、ヴィロットさんは(かたく)なに僕に代金を払わせてくれなかったのでおごってもらう形に。

 店を出た僕たちはしばらくその場を一緒にぶらぶら歩く。ヴィロットさんがいくつか見に行きたいところがあると言ったので、学校近くのデパートへ案内した。

 外国人のヴィロットさんは僕たちにとって普通の物でも珍しかったりして、ちょっとしたガイド気分を味わたよ。

 少しだけ町中を案内した後、ヴィロットさんを兵藤家へ送る。

 

「それでは僕はこっちなので。また明日会いましょう」

 

 そう言って僕は兵藤家に背を向けて自分の家へ帰ろうとした。その時、ヴィロットさんが僕に言った。

 

「……ありがとね」

「え」

 

 僕は足を止めて振り返る。え、ありがとうって?

 僕が振り返ると、ヴィロットさんが僕の方に歩いてくる。そして、手が届く位置まで近づき言った。

 

「ロキ様のことをわかろうとしてくれて。悪だと決めつけないでくれて」

 

 そう言ってヴィロットさんは僕の方へ近づき僕の頭をポンと叩くと、自然体な笑顔で僕を見た。一瞬だけど、日本神や日本妖怪の皆さんに受け入れられた時のような温かさを感じたよ。

 そう言えば昔、僕を可愛がってくれた近所のお姉ちゃんもよくこうやって頭をポンっとしてくれたっけ。そのお姉ちゃんは結婚して引っ越しちゃったけど、元気にしてるかな?

 その時の記憶が鮮明によみがえり、危うくヴィロットさんの事をお姉ちゃんって呼びそうになってしまったのは内緒で。だってこの年(二十歳近く)にもなって恥ずかしいもん。

 その後、ヴィロットさんとはその場で別れて僕は帰路へとついた。



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不遜な護衛達のうぬぼれ

 翌日の朝、朝食を済ませ後僕は再び兵藤家の地下の大広間に集合していた。なので僕たちもソーナさんたちも今日は学校を休まざるを得ない。それで僕たちを模した使い魔たちに代わりに学校に行ってもらうしかなかった。

 ロキとの決戦が近いから、休まないといけないのは仕方ない。それを罪千さんに言ったら自分が僕の代わりになると言ったけど、それは遠慮させてもらったよ。

 ソーナさんは生徒会長の立場からもっともどかしそうにしてるかと思ったけどそうでもなかった。まあ、一番厄介ごとを起こす人たちはここに集まってるしね。

 

「オーディンの爺さんからのプレゼントだとよ。――――ミョルニルのレプリカだ。ったく、クソジジイ、マジでこれを隠してやがった。しかしミドガルズオルムの野郎、よくこんな細かい事まで知ってたな」

 

 アザゼル総督が不機嫌そうに言った。

 聞いた話では、ドラゴン系神器を持つメンバーで五大龍王の一つのミドガルズオルムと言う龍からロキとフェンリルの対策を訊きに行った。

 その話ではロキは雷神トールの持つミョルニルを撃てばなんとかなると言われ、フェンリルは魔法の鎖グレイプニルで捕らえられるらしい。さらにその鎖を強化するためのダークエルフの住む場所も教えてくれたと。

 

「すごいものなんですか?」

 

 一誠が(いぶか)しげに訊く。一誠は昨日直接訊いたんじゃないの?

 

「北欧の雷神トールが持つ伝説の武器のレプリカだ。それには神の雷が宿っているのさ」

「オーディン様は赤龍帝にこのミョルニルをお貸しするそうです。どうぞ」

 

 ヴィロットさんが一誠に渡したのは、一見普通のハンマーのようなもの。

 豪華な装飾や紋様が刻まれているが、大工仕事で使うくらいの大きさの普通のハンマーだ。一誠も本当にすごいものなのか疑ってる様子。

 

「オーラを流してみてください」

 

 ヴィロットさんに言われた通り、一誠はハンマーに魔力を送り込む。

 すると、一瞬の閃光の後、ハンマーがぐんぐんと大きくなっていく。

 一誠の身の丈を超す程に巨大なハンマーとなり、大広間の床に落ちた。ハンマーを落とした衝撃で大広間自体が大きく震動(しんどう)する。

 ハンマーを直接感じなくともこの震動から伝わる魔力だけでもわかる。あのハンマーは今、ものすごい力を秘めている。なるほどね、魔力を流し込むことで内蔵されてるミョルニル本来の力が発動される仕組みか。

 

「おいおいおい。オーラ纏わせすぎだ。抑えろ抑えろ」

 

 アザゼル総督が嘆息(たんそく)しながら言う。

 そう指示された一誠のオーラが小さくなると、同時にハンマーも縮小して、両手で振るうにはちょうどいいくらいのサイズに落ち着いた。

 だが、それでも持ち上げることができないようだね。一誠も頑張って力を入れているようだけどびくりともしない。どうやら大きさが変わっても重さは変わらない仕様か。

 

禁手(バランス・ブレイカー)になれば持てるだろう。とりあえず、いったん止めろ」

 

 そう言われハンマーから手を放す一誠。すると、元々のサイズに戻った。

 

「レプリカって言ってもかなり本物に近い力を持っている。本来神にしか使えないんだが、バラキエルの協力でこいつの仕様を悪魔でも扱えるよう一時的に変更した。無闇に振り回すなよ? 高エネルギーの雷でこの辺一帯が消え去るぞ」

「マジッスか! うわー、怖い!」

 

 その言葉を聞いて、少し戦慄(せんりつ)したよ。力の調節が下手な一誠にそんな危険なものを持たせたら大きな事故につながるんではないかと思ってね。普段から一誠の行動はちょっとあれなところも多いし。

 僕の炎で燃焼させられるだろうけど、速攻で被害を抑える程にまで魔力を焼き尽くすには一誠を蒸し殺す勢いでやる必要があるだろう。———嫌だな、誰であろうと生きてる人を殺すのは。

 

「安心しなさい。危険だと判断したら私が腕を切り落としてあげるから。最悪、殺してでも止める」

 

 ヴィロットさんがしれっとものすごく物騒なことを言った! その冗談が一切含まれていない声色に一誠もさっきより強く戦慄していた。

 

「おいおい、あんまりイッセーを脅かしてやるなよ」

 

 そう言ってヴィロットさんの肩を触ろうとしたアザゼル総督だが、ヴィロットさんはその手を触れる前に払いのけてアザゼル総督の顔を見た。

 

「……」

 

 ヴィロットさんの顔は見えないが、アザゼル総督が黙って汗を流してるところから冗談ではないって感じの真顔とかだろうね。

 この無言の時間により空気が一気に冷ややかなものに変わる。

 

「ヴァーリ、おまえもオーディンの爺さんにねだってみたらどうだ? いまなら特別に何かくれるかもしれないぜ」

 

 空気を変えるかのようにアザゼル総督が愉快そうに言う。これ以上この話に関わるのを避けるために話を移し替えたってことかな。

 しかし、ヴァーリさんは不敵に笑いながら首を横に振った。

 

「いらないさ。俺は天龍(てんりゅう)の元々の力のみを極めるつもりなんでな。追加装備はいらない。俺が欲しいものは他にあるんでね。———まあ、()いて言うなら」

 

 ヴァーリさんは不敵な笑みを浮かべたままヴィロットさんの方を見る。戦闘狂な気質があるヴァーリさんならロキと互角に戦い、フェンリルの牙を受け止めたヴィロットさんと戦いたいと思うのも不思議じゃない。

 しかし、ヴィロットさんの方はヴァーリさんに一切興味がない様子。視線に気づいても相手にしていない。

 

「美猴、ちょうどいい。おまえに伝えておいてくれと伝言をもらっていたんだった」

「あん? 俺っちに? 誰からだい?」

 

 アザゼル総督が古い中国の鎧のようなものを着た男性、美猴さんに視線を向ける。

 美猴さんは自分を指さして、怪訝(けげん)そうにした。

 

「『バカモノ。貴様は見つけ次第お仕置きだ』———だそうだ。初代からだ。玉龍(ウーロン)と共にお前の動向を探っているようだぞ」

「あ、あのクソジジイか……。俺がテロやってんのバレたか。しかも玉龍(ウーロン)もかよ!」

 

 アザゼル総督の言葉に美猴さんは顔中から汗をダラダラ出して青ざめている。

 テロやってんのバレたかって、そんなイタズラしたのがバレたみたいなレベルで言われても。テロって犯罪なんだよ?! 強い奴と戦いたいとかみたいな理由でやっていいことじゃないから!

 実際美猴さんがどんな理由で禍の団(カオス・ブリゲード)に入ったかは知らないけど、しっかりとした信念がないならその人にしっかりと絞ってもらう必要があるね。

 

「美猴、一度おまえの故郷に行ってみるか? 玉龍(ウーロン)と初代孫悟空に会うのは楽しそうだ」

「……止めとけよぅ、ヴァーリ。引退気味の玉龍(ウーロン)はともかく、初代のクソジジイは正真正銘のバケモノだぞ。現役って言っても差し支えねぇし。あのジジイ、仙術と妖術を完全に極めてっからマジで(つえ)ぇんだ……」

 

 昨日まであんなにお気楽で明るかった美猴さんが、今は顔を真っ青にしてビビっている。

 えっと、今初代孫悟空って言わなかった? そう言えば美猴さんが頭につけてる飾りって孫悟空のあれに似ている。ってことは、美猴って孫悟空の二代目とかってこと!?

 でもそうなるとな……。ヴァーリさんとヴィロットさんのオーラの違いに気づかないのがとても気になる。二年程度しか修行してない僕が気づけて、孫悟空の二代目なんて人が気づけないのはどうも引っ掛かる。

 こうなると、初代孫悟空の妖術と戦術を完全に極めてると言うのも日本妖怪で言うとどの程度になるかがわからない。七災怪? 大妖怪? それとも中級以下? そっちでの基準が日本の基準とどれだけ違うのかが気になる。

 アザゼル総督が咳払いをして僕たち全員に言う。

 

「あー、作戦の確認だ。まず、会談の会場で奴が来るのを待ち、そこからシトリー眷属の力でおまえたちをロキとフェンリルごと違う場所に転移させる。転移先はとある採石場跡地だ。広く頑丈なので存分に暴れろ。ロキ対策の主軸はイッセーとヴァーリ。二天龍で相対する。フェンリルの相手は他のメンバー――――グレモリー眷属とヴァーリのチームで鎖を使い、捕縛。そのあと撃破してもらう。絶対にフェンリルをオーディンのもとに行かせるわけにはいかない。あの狼の牙は神を砕く。主神オーディンと言えど、あの牙に噛まれれば死ぬ。なんとしても未然に防ぐ」

 

 それが今回の作戦。ソーナさんたちがロキとフェンリルを味方ごと転移させ、一誠とヴァーリさんでロキを、残り全員でフェンリルの相手をする。

 ……無謀だ。ハッキリ言って勝算がない。アザゼル総督はロキの力をその目で見たのに軽く見過ぎている!

 ヴァーリさんの実力がどれくらいか詳しくは知らないけど、あの二人では無事に済まないだろう。特に覚悟の無い一誠ではミョルニルを使っても絶対に勝てない! それは今見たところではヴァーリさんも同じ!

 一誠は覚悟を持ってない、ただ夢中になって周りが見えていないだけ。そう確信したのはアスタロトにアーシアさんを人質にされた時、その状況ですら自分の性欲を前面に押し出したのを見た辺りからだ。ただ感情や勢いや流れで行動しているだけなのがわかった。

 

「さーて、鎖の方もダークエルフの長老に任せているから完成を待つとして、あとは……匙」

「何ですか、アザゼル先生」

「おまえも作戦で重要だ。ヴリトラの神器(セイクリッド・ギア)あるしな」

 

 アザゼル総督の言葉に匙さんは驚いた表情を見せた。

 

「ちょっと待ってください。ヴリトラの神器(セイクリッド・ギア)と言っても、俺には兵藤や白龍皇のようなチート()みた力なんてありませんよ? 俺の戦い方はコソコソと隠れながら神器で弱らせるのが基本ですし、とても神様やフェンリルに通じる戦い方じゃない。せめてもの直接攻撃技も焼け石に水でしょうし」

 

 匙さんは冷静に自分がロキとの戦いに適していないと説明する。いかに相手を(あざむ)いたり弱らせたりするのが得意な陰遁でも、ロキやフェンリル程力の差を埋めるには明らかに修行不足。

 アザゼル総督もそれは理解していたらしく、嘆息した。

 

「わかってるよ。おまえに前線で戦えとは言わない。———だが、ヴリトラの力で味方のサポートをしてもらう。特に最前線で戦うイッセーとヴァーリのサポートにおまえが必要なんだよ」

「サポート?」

「そのためにはちょっとばかしトレーニングが必要だな。試したいこともある。ソーナ、こいつを少しの間借りるぞ」

 

 ソーナさんに訊くアザゼル総督。

 

「一体どちらへ?」

「転移魔法陣で冥界の堕天使領―――グリゴリの研究施設まで連れていく」

 

 楽し気な表情のアザゼル総督。嫌な感じがするのは僕も匙さんも一緒だ。

 あの顔は冥界で僕の神器の実験をする直前の顔と似ている。あれはアザゼル総督が研究者としての顔を出す時の表情なのだろうね。

 

「匙、先生のしごきは地獄だぞ。俺も冥界で死にかけたし。しかも研究施設だ。おまえ、死んだな」

 

 一誠は匙さんの肩に手を置き、憐憫の眼差しを送る。それを聞き、匙さんは怖がるではなく微妙な表情をした。

 

「はっはっはー。じゃあ、行くぞ匙」

「はあ、わかり……ん? ヴリトラの力で味方をサポートする? ちょっと待った、それもしかしたら俺にとってものすっごく不都合かもしれないんですけど!」

 

 急に慌てだす匙さん。そんなのお構いなしにアザゼル総督は匙さんの襟首(えりくび)をつかみ、そのまま魔法陣を展開した。

 魔法陣が光り輝き、焦る匙さんごと包んでいく。その瞬間、国木田さんが石を紙で包んだようなものを匙さんに投げ渡した。

 一体何を渡したのかわからなかったが、おそらく匙さんのピンチを救うキーアイテム的な何かなのだろう。

 アザゼル総督がいなくなり実質お開きとなった作戦会議。ソーナ眷属のみなさんはさっさと出口へと出ていく。それに続いて僕もリアス眷属の誰にも覚られないようにこの場を後にした。まあ、堂々と出て行っても誰も気にしないだろうけど。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 一旦(いったん)家に帰りジャージに着替え、町から離れ山の中の開けた場所へ来ていた。

 なぜなら、今がのびのびとトレーニングする絶好のチャンス! ロキ戦の準備でリアスさんたちの注意が僕に向くことは絶対にない。一番危険なアザゼル総督も望みの薄い僕の神器にかまってる暇はないだろう。

 匙さんには悪いですけど、匙さんが生贄になってくれたおかげでより一層僕の安全が保障された。

 

「んー、悪くない」

 

 ここまで軽くランニングで準備運動し、一通り型の練習をしてみた。

 ちょっと心配だったけど、体は覚えててくれたみたいで安心したよ。

 一人でトレーニングの続きをしていると、(しげ)みからガサガサと音が鳴り小さな女の子が飛び出してきた。

 

「やっと見つけたぞ!」

 

 搭城さんよりも背の低い女の子が僕を睨みながら指差しながら言う。

 僕は今驚いている。それは突然現れた女の子に睨まれたからではない。見た目相応睨み方も小学生並みだから特に迫力はない。問題なのは僕がその女の子が近づいて来たことに全く気づけなかったことだ。

 いくら悪魔に気づかれないチャンスだとしても、周りの感知は一切怠っていなかった。なのに、この女の子が近づいてくるのが全くわからなかった。

 

「よくも私の友達(ダチ)を泣かせやがったな!」

 

 そう言いながら女の子はずかずかと僕の方へ近寄って来る。

 

「オウオウ、私の友達(ダチ)泣かせてごめんなさいの一つもなしか? ああっ? 女泣かせて男として心が痛まないのかい?」

 

 そう言って僕を見上げて絡んできた。え、何のこと言ってるの……? 初対面の人にこんな絡まれるようなことをした覚えないんだけども。

 それでも火のない所に煙は立たぬと言うし、何か心当たりがないか少し考えてみる。

 短い時間ながらいろいろ考えた結果、たった一つだけ心当たりがないこともない。だけどあれが原因になりうるのかな? でも、あの人の友達だと仮定するなら、僕の感知をすり抜けたのも納得がいく。

 

「あの、一つ訊いていいですか?」

「あ、なんだ!」

「お名前聞かせてもらってもいいですか? あと僕が泣かせてしまったと言う友達の名前も」

 

 あちらは凄んでるつもりなんだろうけど見た目相応の迫力しか感じない。小さいながらも驚異的な威圧なども一切感じない。だからこそ、普通の小さな子供に怒られてるようなやりにくさがある。

 

「私はかの有名な天邪鬼(あまのじゃく)源間色枝(げんまいろえ)様だ! 友達(ダチ)の鵺が泣かされたから来たんだ! 天照の友人だろうが容赦しねえぞ!」

 

 やっぱり、僕の予想通り友達と言うのは鵺さん。そして、この人が国木田先輩が前に言っていた悪童三人組の最後の一人の天邪鬼だったか。

 国木田さんが自分と天邪鬼は日本で三位、四位を争うと言っていたからね。その話が誇張(こちょう)かどうか実際わからないが、それでも僕では感知できないレベルであることは間違いない。そしてそれが今証明された。

 だからって事態が好転することは一切ないんだけどね!

 

「私と泣かした奴の名前がわかったろ。ところで、おまえの方はどうなんだ?」

 

 源間さんは僕の背中によじ登り、おんぶ状態で僕をなじる。追い払うのは簡単そうだけど、ものすごくめんどくさい。まるで小学生にカツアゲされてるような気分だ。

 だからと言って僕の方にも非があるわけだし。

 

「あの、その……ごめんなさい」

「私に謝ってもらってもどうにもならねぇんだよ。そこんとこちゃんとわかってんのか、ああん? ちゃんと誠意ってもんを見せてもらわないとなぁ」 

 

 僕の背中から降りた源間さんは、僕の正面に立って人差し指を突き付ける。

 確かに僕は鵺さんを泣かせてしまった。実年齢はずっと年上であろうとも、男として女の子を泣かせてしまうのは悪いことだ。

 しかし、どう謝るべきなのか。泣かせてしまったと言えど僕がやったのは鵺さんの素顔を見破ってしまっただけ。いじめたわけでもなく一誠たちみたいにのぞきをしたわけでもない。 ———傷つけてしまったとすれば、陰影としての陰術のプライド。

 下手な謝りは陰の術者に対しては単なる侮辱行為にもなりえる。一体どうすればいいのだろうか。

 

「あいつはな、人前に素顔も晒せない程のどうしようもない恥ずかしがり屋で意地っ張り。そんなめんどくさい性格だから彼氏も一人もできなことなくて未だに処女。一人で初恋相手の幻影作って疑似体験しようとしても、幻影にすら恥ずかしがって何もできず仕舞(じま)い。その初恋の相手に彼女が出来きて成就不可能になった時は引きこもって発狂してた。そんな恥ずかしい奴でも私の友達なんだ! 泣かせる奴は許さねぇ! あいつに謝りやがれーッ!」

「テメェが誇銅と私に謝れッ!」

「ヘヴぅッ!」

 

 急に現れた鵺さんらしき人影が源間さんに強力なげんこつをくらわせた。それにより源間さんは顔面を地面にめり込ませ動かなくなってしまった。

 あとこれはたぶんだけど、鵺さん今めっちゃ顔が赤くなってると思う。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「悪いな誇銅、うちのチビが迷惑かけて」

 

 話をしてみると、やっぱりこの人は鵺さんで合ってるようだ。なぜ鵺さんかわからなかったかと言うと、今の鵺さんからは前に会った鵺さんの気配が全くしないから。と言うより、何の気配かすらわからない。

 話の中でこの人が鵺さんと認識してるのに、感覚ではまるでよくわからない物体に話しかけてるかのようだ。不思議な感覚だ。

 鵺さんは木陰に座り込み、動かない源間さんが見える位置でそう言ってくれた。僕も鵺さんの隣に座らせてもらっている。

 

「別に気にしてませんよ。それに、いいお友達ですね。鵺さんを思ってあんな行動をしてくれるなんて」

「ただの悪友さ。まあ、そこは素直にいい奴だと思うけど。あいつは天邪鬼だけあって傍若無人な奴だ。さらに我儘で下品で空気を読んであえて悪化させる。本当にご立派な天邪鬼なことだ」

 

 最後は嫌味ったらしく言う鵺さん。それでも言葉からは何となく嫌悪感は感じない。

 

「でも、源間さんも嫌がらせで僕の所に来たわけじゃないと思いますよ。源間さんなりに鵺さんのことを心配して」

「それはわかってるよ。悪友でもかれこれ千年以上の付き合いだ、それなりに友情もあるさ。平安時代の京都を悪鬼を入れて三人で大騒ぎさせた戦友でもあるし」

 

 鵺さんはどことなく楽しそうに言った。前に国木田さんから少しだけ昔の仲間の話を聞いた時にも楽しそうに話してくれたっけ。

 友達が泣かされたことに腹を立てて怒りに来た源間さんにしろ、この人たちの仲間意識はかなり高いことが伺えるよ。

 鵺さんは源間さんのことを悪友と言ったけど、それは同時に長い年月苦楽を共にした親友と言う意味もあったのだろうね。

 

「ところでさ……」

 

 少し緊張したように言う鵺さん。マスクやサングラス以前に纏ってる陰の妖気が強すぎて僕の目でもわかりにくい。でも、鵺さんは雰囲気に出やすいから何とかわかる。

 しばらく黙って手をもじもじさせると、僕の方を見て―――。

 

「———今も見える?」

 

 そう言うと鵺さんは顔を少しだけ僕から背ける。しかし今度は(もや)が濃すぎて素顔が見えない。前と違って(あざむ)くと言うよりか、なりふり構わず正体を隠しに来ている。

 黒い靄に覆われ姿が全くつかめないだけでなく、声まで靄にかかってるようで聞き取りにくい。———これが、鵺さんの本気ってことか。

 

「大丈夫ですよ。今度は僕にも全く見えません。すごいですね、声も聞き取りにくくて全く正体が掴めない」

 

 お世辞じゃない。本当にそう思っている。

 それを聞いて安心したのか、紙袋を取り出しそれをギャスパーくんのように被った。そして、黒い靄を解除し鵺さんの姿が見える。

 前と違って黒いワンピースの可愛い服装だ。正直すごく似合ってると言いたいけど、それを言うとまた鵺さんが逃げ出してしまいそうなので黙っておこう。

 

「なるほど、君の目を(あざむ)くにはこの程度の濃度が必要か。実は、全力ではないにしろ常人なら声もまともに聞きとれない程本気で陰を纏ってるんだけどね。大した才能だ」

 

 才能と言っても、絶対に邪神の神器が原因だと思うんだけどね。いろいろ不思議な体質に目覚めたのもちょうど禁手に目覚めた頃だったし。

 

「まあ、これで誇銅の目は幻術を無条件で透過する力ではないと証明された。私の陰遁が無に()すような力じゃないことがわかって安心した。いやー本気を出せば神の目からも隠れられる私の隠遁が理不尽に受け付けない力が無くて安心したわ」

 

 肩の力が抜けてリラックス姿勢に入った鵺さん。あ、それを気にしていたんですね。

 でも確かに自分が積み上げた力が一切無視されるような力があれば気が気でなくなるのはわかる。それが道具などの力を使わずに、長い時間をかけて身につけた力ならなおさら。

 僕の目は違和感が見えるのであって、隠された真実が見えるわけではない。魔法によって巧みに隠されれば、せいぜいそれが本当の姿なのかそうではないのかが判断できる程度だ。

 だから強い隠匿術や視界を塞ぐ暗闇のようなものには意味を為さない。それでもかなり便利な体質ではあるけどね。

 

「どろどろさんを倒した隠遁の使い手に特殊な体質一つで易々(やすやす)とは破れませんよ」

 

 呪いの類が効かない体質の僕にどろどろさんの(のろ)いはしっかりと効いたからね。その結果から見れば僕の違和感が見える目も同様に力技で打ち破れるのは当然の結果。

 僕のせいで鵺さんの今までの努力を否定してしまうのではないかと心配したけど、どうやらいらぬ心配だったようだ。むしろ心配すること自体おこがましいことだったか。

 

「初代を倒した? 今でも勝てる気はしないよあんな無邪気な邪気の塊に」

 

 まさかのどろどろさんを倒していない発言が鵺さんから出て来てしまった。

 七災怪はそれぞれの属性で日本妖怪最強の称号と言ってもいい。皆さん武道家気質で最強の座を易々と明け渡すとは考えられない。

 となれば、世代交代したとなればもちろん先代から勝ち取ったと思うのが自然。世代交代した初代の皆さんも元気にしてると天照様も言ってたし。

 

「私がしたのは陰影をほんの少し(あざむ)いただけ」

「それは、陰影の座をかけてどろどろさんと戦ったとかですか?」

「いいやまったく。ちょっと()む得ない事情で喧嘩しただけさ」

「喧嘩?」

「そっ、喧嘩」

 

 どろどろさんと喧嘩? あの人は喧嘩を仕掛けるような性格じゃない。と言うことは、鵺さんから喧嘩を仕掛けた? 已む得ない事情とはなにか。

 

「昔私と源間と国木田は都を騒がす悪童三人組だったのは知ってるな? 当時妖怪は数も種類もまだまだ発展途上で人間へ積極的に害するのは唯一数の多い鬼や鬼妖怪ばかりだった。その中で唯一であり鬼や鬼妖怪よりも派手に暴れたのが私だったのさ。人間を驚かせられなかったことなど一度もない、同族で同属性の妖怪だって私たちの正体を見破ることはできない。まさに向かう所敵なしの有頂天だったのさ」

 

 僕のいた時代は鵺さんが言ってる時代よりも前だったけど、その頃も陰使いの妖怪の陰術は狡猾(こうかつ)なほど巧妙(こうみょう)だった。殆どの陰使いは非力で割と容易く勝てたが、この違和感を見る目と呪いが効きづらい体質がなければ立場は逆だったかもしれない。

 それ程陰の妖怪は厄介な相手ではあった。

 

「それから気の合う悪友と悪戯三昧の日々はそりゃ楽しかったね。そして最初は小さな悪戯もだんだんスリルを求めて大きな悪戯をするようになり、ついには人間が私たちを退治しようと本格的に乗り出してくるようにまで。それでも私たちの快進撃は止まることを知らず、余計に勢いを強めた」

 

 鵺さんに出会ってから鵺について少しだけ調べた。鵺と言う妖怪が出てきたのは平安時代後期辺りに出て来た妖怪。

 しかし、平安時代辺りではまだ妖怪と言う言葉が定着してなくて、鬼や物の怪が主流だったらしい。少なくても当時には妖怪を妖怪とは読んでいなかったとか。

 人間の畏の想像によって生まれ、存在が強くなるのが妖怪。当時は悪意や悪行から生まれた地獄の鬼への畏れが強すぎたのかもしれない。

 本物の鬼への畏れから生まれるのが鬼妖怪だからね。

 

「そのせいで調子に乗り出すアホが湧きだす湧きだす。それを収拾するために七災怪がとうとう動き出した。だけど、陰妖術が巧みすぎる私たちを、調子に乗り出した大量のアホの相手をしながら見つけ出すのは困難。京の都を仕切ってた風影も手が追いつかない状況だった。それによって他のアホと同じように私たちも相当調子に乗った状態へと悪化していった」

 

 言葉だけ聞くとまるで今の悪魔が余計タチが悪くなったように見える。だけど、現代を見るとそれは何とか丸く収まったのも(うかが)える。

 日本神が調子に乗って数を減らし幾分(いくぶん)衰退しうまくいったのと同じようなことが妖怪の間で起こったということだろう。

 

「そこで対私たちとして駆り出された七災怪、初代陰影。例え陰影が出て来ても神の側近で胡坐(あぐら)かいてるような奴に私たちが敗けるハズないと高をくくっていた。だが現実は私たちの惨敗。源間と国木田が陰影に捕まったが、短い時間だが何とか陰影を欺き二人を救出して逃げ出した」

「よく逃げ切れましたね」

 

 陰の妖術は相手を騙したりして逃げるのを得意とする反面、弱らせたり惑わせたりして逃がさないようにするのも得意。戦闘事態を苦手とする分、有利な場づくりは大得意。 

 どろどろさんは後者で、鵺さんはおそらく前者。見事に違うタイプだ。

 

「ああ、マジであのまま殺されるかと思った。その一件で自分たちが一番強いと思ってた私たちも、流石に格上の存在を思い知らされた。もう一つ決定的なのが、他のアホが沈静化してきたことで風影が私たちを探せるようになったことね。陰影と比べれば逃げるのは容易かったけど、少しでも気を緩めれば瞬く間に破られてしまいそうだったからな」

 

 確かにあの人たちの精神力はとんでもないからね。僕の火葬体験を受けても平然とした顔でそのまま戦いを続けるような人たちだ。幻術にかかったくらいでは平常心を崩すことはできないだろう。

 

「それで私たちもこうやって更生した。まあ、反省しないアホがここに一人寝てるけども、これでも昔よりはおとなしくなった方さ」

 

 鵺さんは今なお地面に突っ伏してる源間さんの方を見て言う。そろそろ起こしてあげた方がいいんじゃないでしょうか?

 

「一流の陰の使い手は誰もを騙し、誰にも騙されない。私は陰の妖術の使い方が巧かっただけ。妖力の総量も純度も邪気もどろどろの方が圧倒的に上。それでもそんなどろどろを一瞬と言えど欺き二人を助けた功績で陰影に抜擢されたってわけさ。その恩赦(おんしゃ)として、今後過度な悪戯を控えることでこれまでの罪を免除してもらった。幸い、殺しとか妖怪としての禁忌は破ってなかったからな」

 

 自身の役割外で人間を害しその命を奪う、その妖怪としての役割を超えた殺しを禁ずる。この(おきて)は変わっていないみたいだね。

 妖怪は人間に悪さをする存在。もちろん格によってその規格は違う。妖狐のように人を化かす程度もいれば、洪水の化身である八岐大蛇さんは確実に大勢の命を奪う。だけどこれは役割的に仕方のないものだから許される。

 それ以外にも、子鬼は風邪を運んだりするがそれが原因で殺してしまうこともある。だがこれは役割内での事故のようなもの。他にも身を守る為やケースバイケースでいろいろ例外はある。

 簡単に言えば、むやみな殺生を禁ずるというわけだ。他にも細かいものがいくつかあるがそれは今は関係ない。

 日本の歴史の真裏でこんあことが起こってたんだなとしみじみと感じていると、鵺さんが急に手をパンと叩いた。

 

「さて、話は変わるけど、ややこしい問題持ち込んでくれたなあの北欧の爺」

「え、あ、そうですね……?」

 

 急に話が変わったことに戸惑う僕。手を叩いたのは空気を変える為だったのかもしれないが、僕はそんな急に変えられる程柔軟じゃないよ! そんな日常会話に相手を惑わせる技術を使わなくても!

 だけど鵺さんはそんなのお構いなしにさらに衝撃の言葉を言って来る。

 

「でも、あれなら周りの悪魔たちが足を引っ張ってもあのお嬢ちゃんがいれば何とかなるだろう。そもそもあのロキって悪神も邪悪な感じはしなかったしな。むしろ誇銅たちが護衛してる主神より好感が持てる」

「どこから見てたんですか!?」

「どこから見てたんだろうねぇ?」

 

 鵺さんの声色からニヤニヤ顔で言ってるであろうことは想像に難くない。本当にどこから見ていたんですか! そしてどのタイミングから見てたんですか!

 既に相当驚かされたが、鵺さんの衝撃の告白はまだ終わらない。

 

「しっかしあいつらもズレてんな、平和平和言っておきながら暴力で解決する気マンマンじゃねえか。あの悪神の言葉をちゃんと聞けば話し合いの余地はまだまだ残されてるのに気づけると思うんだけどな。自分たちに都合のいい平和を受け入れられない奴は死刑ってか?」

 

 同意を求められても悪魔や堕天使が何を考えてるのか僕にはわからない。唯一わかることは彼らの考え方と僕たちの考え方、平和のあり方は全く違うと言うことだけだ。

 だけど鵺さんの意見もすごくわかる。今までに問題を暴力以外で解決したのを見たことがない、禍の団(カオス・ブリゲード)だけでなくはぐれ悪魔問題でさえ。説得らしい説得なんて皆無。

 はぐれ悪魔は全てはぐれになった悪魔が悪いとなっているけど、冥界で搭城さんの話を聞いた時にそれはおかしいと確信できた。さらに、はぐれになって眷属を抜けた話は聞いても、穏便に眷属をやめた転生悪魔の話は聞かないのも疑心を持つ要因の一つだ。絶対に後悔した転生悪魔は少なくないはずだし。

 種族を変えて簡単に辞められるものではないのはわかる。しかし、サーゼクスさんやアザゼル総督のようなトップから、リアスさんやアスタロトなどの末端までをこの目で少しずつ見て来て納得した。これははぐれ悪魔が多く出るのも納得できると、穏便に事が済むはずがないと。

 

「それとあいつら、口では戦いを否定しておきながら実は戦争狂だろう? じゃなきゃ自分たちが頼りになる嬢ちゃんを作戦に加えずに自分たちで神様倒そうとするわけない。作戦の中核にされたミョルニルを渡された赤龍帝も戦闘狂を自称する白龍皇もどんぐりの背比べ程度の違いしかない素人だしな。会談の成功よりも相手に恩を売れるチャンスとか思ってるんじゃないの?」

 

 それほんの数時間前の出来事! しかも、兵藤家の地下で人目に付かないように話したのに! それもまたその場に参加していたような言い方。

 

「本当に、本当にどこから見てたんですか!?」

「ほーんと、どこからなんだろうねぇ?」

 

 またご機嫌な口調で返された。訊いたって企業秘密ってことなんだろう。もしくは妖怪特有の悪戯心か。

 僕が戸惑う様子を見て仕返しに満足したのか、ご機嫌な様子で立ち上がりまだ寝てる源間さんを持ち上げた。

 そしてそのまま去ろうとしたが、急に立ち止まって僕の方に振り向く。

 

「あ、そうそう、もう一つ言っとくことがあったんだ」

 

 まだ何か驚かされるの? そう思ってちょっとげんなりしていたが、鵺さんの真剣な眼差しからそうではないと感じた。

 

「悪神が現れた日、奇妙な視線を感じただろ? あれは生物の視線じゃない、機械の視線だ。それも私じゃなきゃ気づけない程のステルス性———気を付けろよ」

 

 それだけ言って今度こそ本当に姿を消した。木々の影に入ると同時に姿が消える。陰術で姿を消したんだろう。

 あの日、僕は異質な視線のようなものを二人の戦いの最中感じていた。まさか機械の視線だったとは……。三大勢力や禍の団(カオス・ブリゲード)とは思えない。となれば、一体何者?

 今は考えても答えは出そうもない。とりあえず今まで通り身と信頼できる人を守る事だけに集中しよう。

 ……ちょっと待った。え、僕が何かに気づいてるが何に気づいてるのかわからない様子が見える程近くにいたの?



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未知な別敵の横槍

 久しぶりにのびのびと鍛錬に打ち込めたので予定より遅くなってしまった。

 買い物は罪千さんにメモを渡して頼んであるから大丈夫だけど、ご飯の支度のために早く帰らないと。

 一緒に住んでるから忘れてしまいそうだけども罪千さんはリヴァイアサン。本人は必死に抑え込んでくれてるけど、お腹を空かせるのは非常にまずい。

 四十分ほど走り駒王町まで戻って来ると、意外な人物に出会った。

 

「あれ? 匙さん、アザゼル総督のトレーニングはもう終わったんですか?」

 

 朝にアザゼル総督に無理やり連れていかれた匙さんだった。かなり疲れてる様子だけど、それ以外には特に変わった様子はない。

 てっきり時間ギリギリまで解放されないんじゃないと思ったけど随分早いな。

 僕が訊くと、匙さんは言った。

 

「ああ、あれな、逃げ出してきた」

 

 アザゼル総督のトレーニングにしては早いと思ったらまさか逃げ出して来てたとは予想外だ。

 

「……え、逃げ出してきた?」

 

 だけどトレーニングがキツイとかの理由で匙さんが逃げ出すとは思えない、何か他に理由があるのだろう。

 匙さんの返答にびっくりしていると、僕が疑問を訊く前に匙さんが答えてくれた。

 

「びっくりしたぜ、なんせ他のヴリトラ系統の神器を俺にくっつけるって言いだしたんだからな」

 

 話を聞いていくと、ヴリトラは退治され神器に封じ込まれる時、何重にも魂を分けられてしまったらしい。だからヴリトラ系統の神器所有者は多い。

 匙さんの持つ『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』の他に、『邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)』『漆黒の領域(デリート・フィールド)』『龍の牢獄(シャドウ・プリズン)』の四種類。グリゴリが保管していたその残る三種類すべてを匙さんに埋め込もうとしたらしい。

 一誠との戦いでヴリトラの意識が出現したから、すべての神器が統合されるとアザゼル総督が踏んで。だけどそれを知った匙さんはそれを拒否したのだ。

 

「誇銅ならわかるだろう? 陰遁とヴリトラの殺気は相性が悪い。俺は神器と言う利点を捨ててこの力を身につけることを選んだんだ。だからヴリトラの神器を摘出されるならいいが、強化されるのは困る」

 

 神器に対して詳しくはないけど、意思を持つ神器を統合すればその意思が強くなるのは僕でも予想がつく。そして匙さんのヴリトラ系統の神器は現状でも強い殺気を放っている。

 自分自身が出してしまう殺気ならば訓練次第でいくらでも隠せる。が、自分が持つ道具からの殺気は非常に厄介。抑える手段もそうだが、自分とは違う気配のため隠しにくく目立つ。

 力を吸い取ったり邪気を送り込む応用性はいいが、身を隠す陰遁使いにとってこれほど相性の悪い神器はない。殺気で自分の位置、もしくは隠れているのがバレてしまう。

 

「そうですね、現状でも匙さんの神器は殺気に近い気配を放ってますからね。四種類の神器を統合すればそれ相応のパワーアップは可能でしょうけど、陰の技術は捨てざるを得なくなるでしょう」

「それによ……神器って所有者が死ななきゃ取り出すなんて不可能だろ? だったらさ、その神器ってもしかしたら昔堕天使に殺されて抜かれたものかもしれないじゃん。流石にそれを背負えってのはちょっと俺には重すぎる」

 

 匙さんのその言葉に僕は衝撃を受けた。まさか堕天使から神器を受け取ることを、前の持ち主の命を背負うことを結びつけられるなんて。

 僕が匙さんの立場でも堕天使から神器は受け取らなかっただろうけど、果たして僕はその元の命を背負うことに意識が向いただろうか? いや、おそらく日本側の身として堕天使の力を借りたくないと思っただけだろう。

 年の差分僕の方が前を歩いていたと思っていた。だけど、明確な目標に向かってがむしゃらに走ってる分匙さんの方が高い所を走っていたようだ。

 

「匙さんって、立派ですね」

「どうしたんだよ急に、照れるじゃねぇかよ」

 

 僕がそう言うと、匙さんは顔を逸らして気恥ずかしそうにしていた。

 

「誰かの夢の為に頑張れて、それでいて自分の夢にも邁進できる。さらに他人の命を背負うことをしっかりと考えられる。そういう人ってそうそういません、匙さんは本当に立派な人だと思いますよ」

「そ、そっか? いや~まいったな」

 

 匙さんはさらに顔を赤くさせて汗をかきだす。僕は自分の気持ちを正直に語っただけ、お世辞を言ったつもり一切ない。

 

「そこまで言われちゃ失望させるわけにはいかないな。よし! これからも先生目指して勉強もトレーニングも頑張っていくぜ!」

「はは、頑張ってくださいね」

 

 会った時の疲れた表情がすっかり吹き飛んだように元気に宣言する匙さん。何がともあれ元気になってよかったよ。

 意図してない部分で匙さんの心に火をつけてしまったようだ。しかし、これが原因で張り切りすぎてロキ戦で無茶なことをしないかも少し心配になってしまったような。

 まあ、妖怪の忍術の修行を受けてる匙さんなら大丈夫だろう。

 日本妖怪は力より技量、元々弱い力は諦め気味で冷静さや安定性を重視する。ここを()くようなら国木田さんも認めないだろうし。

 

「あーでもそれなら冥界での堕天使領に連れていかれたのは絶好のパワーアップできる機会だったのにな! 惜しいことした」

 

 ———ん? 今さっきヴリトラの神器はいらないって言ってたのに。それなのに今はパワーアップできなかったことを後悔してる様子……?

 

「でも、今、ヴリトラの神器はいらないって」

 

 ちょっと前に言ったことをいきなり否定しかと思ったが。

 

「ああ違う違う、そういう意味じゃない。ある意味絶好のトレーニングチャンスだと思ったんだ」

 

 僕の怪訝(けげん)な目線に気づいた匙さんは手を振って僕の考えてることを否定してくれた。そうだよね、今言ったことをいきなり否定したりなんてしないよね。

 

「実際今までそういう理由で冥界で逃げ回ってたしな。けどな……」

 

 そこまで言うと、腕を組んで暗い表情を見せた。

 

「堕天使から逃げ続けるのはいい陰遁の練習になると思ったまではよかったんだけど、俺の実力不足で結果この有様。国木田先輩が気を利かせて渡してくれた転移符がなかったらアザゼル先生に強制的にヴリトラの神器を埋め込まれるところだったぜ。まあ、もう少し粘ってみてもよかったかもしれないけどな」

 

 あの時国木田先輩が投げたのは転移用のチラシだったのか。もしもの時、匙さんが逃げられるようにと思って国木田さんの配慮だったんだね。

 アザゼル総督は時々こちらのことを考えず強引に事を進めるから、特に神器に関しては悪い方向に研究者気質だし。

 アザゼル総督も味方に対しては寛容があるとは思うけど、今回はことが事だけに匙さんの考えを優先してくれるか怪しい部分もあるしね。

 

「聞いたぜ、誇銅はドラゴン相手に何日も逃げ回ったんだってな」

「ええ、まあ」

「それを聞いて俺、正直誇銅に嫉妬した。一誠みたいに強力な神器差はもう仕方ないと諦めた。だから、そこは自分の技量でカバーしようって。だけど、その技量すら近くにこんな圧倒的な奴がいるなんて思ったんだ。同年代でここまで差を付けられるもんなのかって。これが本当の才能の差ってやつなんだって」

 

 すいません、もう同年代じゃないです。年齢だけは高校卒業してます。

 それに匙さんと僕では隠れるのも条件が違う。僕は山と言う範囲いっぱいでドラゴン一匹を相手に、匙さんは研究所ないから堕天使総督ともしくは数名の堕天使相手。僕の条件の方がゆるい。

 もしも匙さんが僕のと同じ条件ならば同じように逃げ切れたと思う。

 

「僕は始めるのが匙さんより早かっただけですよ。それに、先生も環境も全然違いますし。焦らずじっくり自分の力として培っていけばいいと思いますよ?」

 

 日常生活をしながら修行したであろう匙さん、日常の大部分を修行に費やせた僕。さらに二年と言う時間が圧倒的と言わずとも大きな差となるのは必然。

 さらに、匙さんが得意とする陰の特性は隠匿、僕が得意とする火の特性は焼失。お互い違う分野なのだから比べられるものではない。

 だけど匙さんの気持ちもわかる、僕だって神滅具なんて希少なものを持つ一誠と何も持ってなかった自分を比べていた。帰って来た後だって全く価値が違うものを持っておきながらまだ自分と一誠を比べていたからね。

 

「でも、それでも気にしてしまうのなら、いつでも僕に挑戦しに来てください。僕だって匙さんにそこまで言われて失望させるわけにはいきません! 少し前を歩く者として、大きく立ちはだかって見せます!」

 

 そう宣言すると、匙さんの目が点になる。だけど、すぐに気合の入ったいい表情に変わった。

 

「オウ! その時は胸を借りさせてもらうつもりでいくぜ! サンキュー誇銅」

 

 そう言って元気よく駆けていった。最初はあんなに疲れた表情をしていたのに、すっかり気合が入って元気になったようだ。

 どうやら、僕でも少しは人を励ますことができたようだね。だけど、修行中の身でちょっと大きなこと言っちゃったな。僕もこれからも鍛錬を頑張っていかないとね。

 おっと、ちょっと時間を食っちゃった。少し急ごう、ここから家までは全力ダッシュだ!

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「よう、爺さん。会談はもうすぐだな。こちらの準備も着々と進んでいるぜ」

「アザゼル坊か。……ふむ」

「どうした? 珍しく難しい表情してるじゃないか」

「……わしの執政は祖国とここにいる若いもんたちに迷惑をかけていると思うてな」

「俺は古臭い考えで引きこもって何もしない北の連中が嫌いだった。でも、あんたは表に出て来た。主神自ら表舞台に出て来たんだ。協力態勢を説いてる俺たちのもとへ」

「ジジイだからの。たまに若いもんの意見が聞きたくなる。———それにわしのところの若い連中の未来を考えると新しい道も用意してやらんといかんと思うてな」

「その想いを成就させてみろよ、爺さん。そのために日本の神と話し合いに来たんだろう? 観光と称してこの国が持つ神話体系を見て回ってまで。絶対に会談は無事に済ませるべきだ。俺たちが何とかするさ」

「うむ。言われなくともわかっとるわい。……今日は酒に付きおうてもらうぞ、若造」

 

 

 

 

「戦争と死の神、オーディン。なぜそう思えるのに北欧の同士の言葉を考慮(こうりょ)しなかったのか。今までの自分が愚かだと思っておきながらなぜまた繰り返す。……はぁ、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして聖人は経験から悟る 。ドイツ人もいい言葉を残したものね」

 

 物陰から二人の様子を見ていた彼女(ヴィロット)は、誰にも気づかれぬままその場を去った。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「おっぱいメイド喫茶希望です!」

「却下」

 

 一誠の意見をリアスさんは嘆息しながら否定した。

 この日の部活動は、学園祭で(もよお)す予定の出し物についてだ。神と命がけの戦いを前にしてるのに、少し悠長(ゆうちょう)すぎると僕は思う。

 もちろん戦いの前に緊張をほぐす為の骨休めは必要だと思うよ。だけど、それは作戦も対策も完全に終えて他にやることがなくなったらの話。立てた作戦も強大な神を相手にするにはお粗末なものだし、僕たちがやって来た対策も特別なことなんて何もやってない。

 そりゃ短い時間だったしやれることも少ない。だけど、作戦を結局は出たとこ勝負な部分をもう少しくらい勝率の上がるものへ煮詰めることだってできた。

 悪神との命がけの戦いを前に空気はまるでレーティングゲーム前と同じだ。第三者が見れば頼もしくも見えるかもしれないが、実力をある程度知ってる僕からすれば不安ばかりが(つの)るよ。

 

「でも、そうなると他の男子に部長と朱乃さんの胸を見られてしまうんだよ?」

 

 木場さんの意見に一誠は本気で衝撃を受けてる様子。

 

「……くっ、無念だ。これじゃ、おっぱいお化け屋敷も無理か……」

「……そんなことを考えていたんですか、ドスケベ先輩」

 

 一誠の言葉に搭城さんも呆れている。僕も呆れてるよ。

 昔の僕ならこういう時は苦笑いだけで変態だなと受け入れていたけど、今では一誠のそういうところに嫌悪感とも言える程の不快感を感じている。逆になんで昔はそれですませられたのか不思議に思うほどに。

 残念がる一誠にため息交じにリアスさんが言う。

 

「あのね、イッセー。エッチなのは確かにポイント高そうだわ。けれど、生徒会が許さないでしょうし、教員の方々も却下するでしょうね」

 

 その通りでしょうね。一誠の意見が通るようならこの学園も終わりだよ。

 再び意見がゼロへと戻る。去年と同じと言う意見も出たが、それは「同じことを連続でしたくないわ」とリアスさんが却下してしまった。当然ながら一誠が言う変態的なのはもってのほか。

 だけど、これと言ってアイディアがあるわけでもない。

 リアスさんが部員一人一人に案を訊いていくも、リアスさんが納得するような斬新なものは出てこない。こういう時は僕の存在も忘れないし。

 

「そうですね、オカルト研究部らしく占いの館なんてどうでしょう?」

「占いの館ね……悪くないけどイマイチ斬新さが足りないわね」

 

 案外悪くない評価。まあ、だからって僕のリアスさんへの評価が変わるわけでもないけどね。

 そこに一誠が何気なくつぶやいた。

 

「……オカルト研究部の女子、誰が一番人気者か、とか?」

 

 その言葉に女子部員全員が互いに顔を見合わせた。

 

「二大お姉さまのどちらが人気かちょっと気に……!」

 

 ギャスパーくんはぽろっと漏らしそうになったが、言い切る前に気づき言葉を止める。だがもう遅い、一誠が投げ込んだ爆弾の導火線に火を付けてしまった。

 

「「私が一番に決まってるわ」」

 

 リアスさんと朱乃さんの言葉が重なり、さらに睨み合いを始めてしまう。笑顔のままお互い威嚇のオーラを漂わせてる。

 

「あら、部長。何かおっしゃいました?」

「朱乃こそ、聞き捨てならないことを口にしなかったかしら?」

 

 二人とも一触即発な雰囲気で口喧嘩を初めてしまい、会議どころではなくなってしまった。結局催し物の決定はならず会議は後日に持ち越し。

 自分の失言で事が起こってしまったと落ち込むギャスパーくんの頭を優しく撫でる。こうやってギャスパーくんを撫でるのはももたろうと触れ合うくらい気が休まるよ。

 今まで部室の片隅でお茶を飲んでいたアザゼル総督が、窓から外の夕暮れを見てぼそりとつぶやく。

 

「……黄昏(たそがれ)か」

 

 それを聞いて、皆、真剣な面持(おもも)ちになった。———なんたって、今日なんだからね、ロキとの決戦日は。

 部活終了のチャイムが学園中に鳴り響く。

 

神々の黄昏(ラグナロク)にはまだ早い。おまえら、気張っていくぞ」

『はい!』

 

 アザゼル総督の言葉に皆は気合を入れる。気合の入れ方だけは一人前なんだよね。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 決戦の時刻。既に日も落ち、夜中へとなっている。

 グレモリー眷属はオーディン様と日本の神様が会談すると言う都内のとある高級ホテルの屋上にいた。

 ……果たして誰が来るのだろうか。そもそも誰か来るのだろうか。そして、この会談は日本の了承を得ているのだろうか。いや、流石に無断で勝手に話を進める程無礼じゃないと信じたい。

 周囲のビルの屋上にはシトリー眷属が各々配置についている。シトリー眷属はグレモリー眷属よりも明らかに格上だが、弱点であるパワー不足が今回は致命的だ。生半可な忍術は効かないであろう神相手では、パワーが自慢のグレモリー眷属の方が適任。

 匙さんだけは予定されてたパワーアップはされなかったが、それでも予定通りこちらに混ざってもらってる。陰遁からのサポートなので、既に夜の闇に紛れ姿と気配を消している。

 アザゼル総督は会談での仲介役のため、オーディン様の側におり、その代わりにバラキエルさんが僕たちと同じく屋上で待機。ヴィロットさんも今回は始めっから鎧姿だ。

 さらに、遥か上空にはアクシオさんの王、龍王のタンニーンさんまでもが。騒ぎにならないように普通の人には視認できないように術をかけているそうだ。

 ヴァーリさんたちは少し離れたところで待機している。

 作戦はお世辞にも良いとは言えないが、思ったよりも人数は揃っているね。

 

「———時間ね」

 

 リアスさんが腕時計を見ながらつぶやく。

 時間と言うのは会談がスタートした時間。ホテルの一室で日本神話との大切な話し合いが始まったということ。何もなかったと言うことは、日本側は誰かは来ていたと言うことか。まあ、本物か偽物かは疑わしいけども。

 ロキが約束通り来ず変装や姿を消してホテルに直接侵入して妨害をすることも考え、椿副会長さんがホテル内で見張ってる。陽の役割が被り、室内ならば仲間が駆けつけるまでの足止めくらいならできるとソーナさんは言っていた。

 不安もあるけど、たぶんヴィロットさんがあそこまで言ったロキならそんなことはしないだろう。そもそも、ホテル内に入られたら日本神話側が真っ先に気づきそうだし。

 ———ほら、やっぱりそうだ。

 

「小細工なしか。恐れ入る」

 

 ヴァーリさんが苦笑すると。

 

 バチッ! バチッ!

 

 ホテルの上空が歪み、大きな穴が開く。そこあら姿を現したのは、悪神ロキとフェンリル。———だけど、なんか初めて会った時と様子が違う。前は帽子なんかも被ってなかったし、フェンリルの方もしきりにロキの様子を伺ってる。

 

「目標確認、作戦開始」

 

 バラキエルさんが耳につけていた小型通信機からそう言うと、ホテル一帯を包むように巨大な結界魔法陣が展開され始める。

 ロキはそれを確認すると、邪悪な笑みを浮かべて言った。

 

「観客を減らすなんてもったいないじゃないか、どうせならここでやろう」

 

 そう言うと、ロキの周りに小さな魔法陣が展開し、魔方陣を展開するソーナさんたち目掛けて素早い光の閃光が襲う。

 ロキの放った閃光は全弾命中。しかし、由良さんと巡さん以外は閃光が命中するとそれぞれの属性に変わってしまった。属性分身か。

 巡さんは属性ではなく陽を纏った人形分身、由良さんは真正面から閃光を火遁を纏い気合で受け止め、大きく後ろに吹き飛びながらも閃光は上空へ弾かれた。

 

「ほう」

 

 ソーナたちの対応にロキが感心していると。

 

「水遁、水鉄砲」

「風遁、かまいたち」

 

 隠れていたソーナさんと花戒さんが遠くからロキを狙い撃つ!

 ソーナさんは銃の形をした手の指先から圧縮した水弾を、花戒さんは大きな扇子を(あお)いでかまいたちを飛ばした。

 しかし、それはロキも魔法陣の盾で簡単に防ぐ。だが、ソーナさんの作戦はそれだけでは終わらなかった。

 ロキがソーナさんと花戒さんに気を取られてる間に、おそらく国木田さんの能力で隠された巡さんがロキの近くまで迫って来ていた。

 巡さんは背中の棺を投げて、魔力の糸で繋がった人形をロキのすぐ近くで始動させる。

 

「爆弾人形、破顔(はがん)

 

 棺から飛び出したのは、邪悪と言っても差し支えない程の笑みを浮かべた導火線の付いた人形。見た目からも名前からもその人形がどういうことをするのか予想がつく。

 人形はロキにしっかりと抱き着き、魔法陣で防御されない位置に。

 

「爆弾人形、破顔(はがん)! 起爆!」

 

 カチ、ボガ――――ンッ!

 

 爆発の威力は可もなく不可もなく見た目相応の威力。到底神を殺せる威力ではないが、ゼロ距離の爆発はロキに隙を作ることはできた。

 だけど自爆までさせて傷どころかローブも帽子も飛ばせなかったか。

 

「後は頼みましたよッ!」

 

 そう言うと巡さんは人形の入っていた棺に入り、全方向を防御しながら重力に従い落ちて行く。

 その隙にソーナさんたちは当初の予定通り大型魔法陣を発動させる。

 ロキはそれをどうにかしようとはせず、一本取られたような愉快そうな笑みを浮かべもう抵抗は見せなかった。

 次に目にした光景は、大きく開けた土地。岩肌ばかりで、今は使われていない古い採掘跡地のようだね。

 周りを確認すると、リアス眷属に姿を消してる匙さんも含めて全員いる。近くにいた巡さんは落下してうまく魔法陣の範囲から抜け出したみたいだね。

 ヴァーリさんたちは少し離れたところに転移していた。

 前方にはすっかり態勢を立て直したロキとフェンリル。それを確認した一誠は禁手のカウントダウンに入る。

 

「せっかくの黄昏で観客が減るのは残念だ。それに、わざわざホテルまで戻るのも面倒だな。まあ、少し黄昏の時間が伸びた違いでしかない。会談をしてもしなくてもオーディンには退場していただく」

「貴殿は危険な考えにとらわれているな」

 

 バラキエルさんが言う。

 

「危険な考えを持ったのはそちらが先だ。各神話の協力などと……。元はと言えば、聖書にしるされている三大勢力が手を取り合ったことから、すべてが歪みだした」

「話し合いは不毛か」

 

 バラキエルさんが手に雷光を纏わせ始める。そして背中には十枚の黒い翼も展開していく。

 話し合いが不毛と言ったけど、僕は話し合いを放棄してるように思えてしかたない。鵺さんが言ったようにロキの今まで言ったこと吟味(ぎんみ)してみれば話し合いの可能性はまだまだある。

 実際に世界に多大な迷惑をかけ、内政も中途半端にテロ組織を生み全世界に向けさせた。それを和平なんて都合のいい言葉でうやむやにされるのは僕自身も納得がいかない。

 ヴィロットさんの話を聞いた限りではロキが今言おうとしたのもそういうことだろう。

 鵺さんの話を聞いた後だからか、ロキの話を聞くと自分たちの悪い部分が露呈してしまいそうだから悪者にして力でねじ伏せようとしてるように見えるよ。

 

WelshDragonBalance Breaker(ウェルシュドラゴンバランスブレイカー)!!!!!!!!』

 

 赤い閃光を放ちながら、一誠の体が赤龍帝の鎧を纏った。

 

VanishingDragonBalanceBreaker(バニシングドラゴンバランスブレイカー)!!!!!!!!』

 

 ヴァーリさんも同様に白龍皇の力を具現化した鎧に身を包む。

 二人が同時にロキの前に出ると、ロキは歓喜(かんき)した。

 

「これは素晴らしい! 二天龍がこのロキを倒すべく共同するというのか! 胸が高鳴る展開ではないか! それだけにこんな場所で終わってしまうのが惜しい」

 

 やっぱりロキの様子がおかしい、明らかに前と違う。

 二人が仕掛けようとした瞬間、ヴィロットさんが二人の肩に手を置いて攻撃をやめさせた。そして邪魔と言わんばかりに二人の間に割って入り、二人に背を向けロキの前に出た。

 

「ロキ様、一体どうされたんですか?」

 

 戦いの真っ最中だと言うのに少し心配そうな声。僕が気づいてるようなことなんてヴィロットさんも当然気づいているだろう。

 あの時の話でヴィロットさんはロキをオーディン様より気にかけているのがわかる。そんなロキの様子がおかしいと心配するのも当然。

 だがロキの方は。

 

「戦乙女如きが私の邪魔をするな」

 

 ロキはヴィロットさんに向かって追い払うように手でしっしとする。

 前は一誠には目もくれず、ヴィロットさんとの戦いだけに全力を出していたのに。乱入したヴァーリさんには邪魔者以外の感情を向けていなかった。だけど今回は逆にヴィロットさんを邪魔者として扱ってる。

 

「貴殿との戦いで二天龍が巻き込まれたら、ましてや死なれたりしたら台無しだ。どうしても相手をしてほしいのなら後でゆっくり相手になってやる」

 

 完全にこちらを見下している。やっぱり、前に感じた覚悟が見る影もなくなってしまった。ロキの言葉にヴィロットさんも多少なれショックを受けている様子だ。

 

「赤龍帝の程度も大体把握した。白龍皇も思ったより大したことなかった。ならばせめて二天龍が万全の状態で戦わねば自慢話にできぬ。北欧の最強よりも、実力は劣っても二天龍を倒した時の方が()えるではないか!」

 

 今のロキはもう藻女さんとは似ても似つかない。こちらを見下し戦う前から勝った気でいて、どうやってかっこよく勝つかを考えている。

 この短い時でロキは一体どうしてしまったんだ。そんなことを考えていると。

 

 ————ビクッ!

 

 刹那、あの時と同じ異質な気配を確かに感じ取った。それもハッキリと、今度は方角もわかる。

 これが鵺さんが言っていた機械の視線。……待てよ、異質だが嫌にハッキリと感じすぎる。これは感知したと言うより反射……! 攻撃されている!?

 僕が感じ取ったのが異質の気配を感知したのではなく、敵意殺意を向けられた反射的反応だと気づくのに少し時間がかかってしまった。

 殺気を感じた方向を向くと、僕を狙って実弾が肉眼で確認できる位置まで! 感知範囲外からの狙撃ッ!? 間に合うか? ……ダメだ、間に合うが到底受けきれない!

 本当はとっさに気づいて受け止めたことにするのが一番いいが仕方ない、黙って一人で避けたことを変に勘ぐられなければいいが。

 そう思いながら周りをこっそりと気にしながら弾の当たらない位置へ素早く移動していると、狙われていたのは僕だけではないことに気づいた!

 

「ヴィロットさん! 右!」

「ッ!?」

 

 僕の言葉で弾丸の接近に気づき上体を逸らした! そのおかげで親指くらいの弾丸がヴィロットさんの顔面をかすめるも、メガネが吹き飛んだだけで済んだ。

 ポケットから予備のメガネをかけると、弾丸の飛んで来た方向をじっと睨む。

 

「どうやらまだ邪魔者がいるらしいな。狙われてるのはおまえだけのようだし行ってくるがいい、ほら」

 

 そう言ってロキは即席で圧縮したであろう光の弾をヴィロットさんに不意打ち気味に撃ち込んだ。

 ロキからすれば軽いジャブ感覚なのだろうが、おそらく生身の悪魔があれを食らったら一撃で戦闘不能。油断して当たり所が悪ければジャブだけで即消滅もありえるだろう。

 

「そうさせていただきます」

 

 しかしその不意打ちもしっかりとガード、それもヴィロットさんは怪我した左腕一本で難なく受け止めた。

 ヴィロットさんはこちらに向き直り、ロキに背中を見せて言った。

 

「仕方ない、ロキ様はあなたたちに任せるわ。倒せなくていい、私が戻ってくるまで持ちこたえなさい」

 

 そう言ってロキに背中を見せたまま堂々とこちらに歩いてくる。

 一誠とヴァーリさんを止めた時と同じように、二人の真ん中を歩く。

 

「もとより屠りに来ている。戻って来た時には終わってるかもしれんぞ?」

 

 自分に近づいてくるヴィロットさんに対してヴァーリさんが言うが、ヴィロットさんはまるで相手にせず。

 鵺さんは一誠もヴァーリさんも差のない素人と言っていた。実は僕も経験や才能の差は多少あれど、実質的な力の差はそれほどあるとは思っていない。

 一誠もそもそも本当に才能がなければこんな短期間で神滅具の力を引き出すことなんてできない。ハードな特訓をしたからと言って人はそんな短時間で強くなれない。———本物の代償を支払わないとね。

 仮に才能がない人でも神滅具の力があればあれほど強くなれると言うのなら、一誠と才能あふれるヴァーリさんの力の差はもっと大きくなくては説明がつかない。

 ヴィロットさんも鵺さんと同じように二人がロキ戦で頼りにならないと。

 二人の間を素通りし、そしてまっすぐ僕の方に……ん?

 

「この子借りてくわよ」

『え?』

 

 僕と一誠とリアスさんと他眷属の何人かが疑問の声を上げる。一番役立たずと言われてる僕が選ばれたらそりゃ疑問だよね、僕だってそうだ。

 でも、ヴィロットさんはそんな疑問もお構いなしにささっと僕をおぶって、弾丸が飛んで来た方向に走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動中僕はしっかりとヴィロットさんに掴まる。情けないけど、僕のスピードではヴィロットさんの全速力にとても追いつけない。だからこうして大人しくおぶわれるのが最善。でも、なんで僕を連れて行くんだろう?

 リアスさんたちの視界から完全に外れたところでその理由を訊いてみた。

 

「あなたは私が気づけなかったことに気づいた。敵と対峙するうえで気づけないことは致命的。一人くらいなら護りながらでも戦える。だから、私が気づかないことに気づいてほしいの」

 

 なるほど、そういうことか。確かに気づけないと言うのは致命的だ。

 決して力は強くなかったが日本の妖怪は気づかれないを常套手段(じょうとうしゅだん)とする者も多かった。威力が弱くてもそれだけで強い攻撃力以上の脅威になった。

 いくら相手が強くとも隙だらけの急所に、ましてやそれが一撃必殺級の威力ならひとたまりもない。

 

「それにしても一体いつから目を付けられていたのかしら」

「たぶん、初めてロキと戦闘した時です」

「根拠は?」

 

 そう訊かれ、あの時に異質な視線を感じたことを話した。そして今回もそれと同じであろう敵意がこちらに向けられているのを感じ、攻撃を察知することができたと。

 そのおかげで僕とヴィロットさんが攻撃されてることに気づけたことも。

 

「なるほど、敵は凄まじいステルス性能ね。私は全く気付かなかったわ。あの攻撃を受けていたら危うく致命傷、最悪即死してた。助かったわ、ありがとう」

 

 僕もギリギリ気づくことができただけ。鵺さんにあらかじめ機械の視線だと教えてもらって警戒してなかったら、もしかしたらヴィロットさんの攻撃にまで気が回らなかったかもしれない。

 

「敵が有名な二天龍を狙わなかったのはあの戦闘を見て赤龍帝と白龍皇が障害にならないと感じたんでしょう。二人とも能力は強力でもそれが通じない世界なんてザラにある。それがわからないうちは三流以下。そして私と誇銅君が狙われたのは敵にとって障害と認定された、よかったわね」

 

 いや、別に何もいいことないですからね? 確かに受け取り方によっては二天龍よりも脅威になる存在と認定されたって意味になるけども!

 

「でも、なんで僕まで?」

 

 それが疑問で仕方ない。僕は上手に自分の実力を隠してたつもりだ。

 ヴィロットさんが強者認定されるのはわかる、なんたって格の違うオーラを大放出していたのだから。でも僕は一度も功績を上げた事なんてない。あの時だって特に目立つ行為はしていないつもりだ。

 

「前も視線に気づいたんでしょ? 完璧なハズのステルスに気づかれる恐れのある奴は向こうとしてはなるべく早急に排除したいものよ」

 

 あの時反応したことで少しだけだが気づいたことに気づかれたのか!? 確かにあの時は始めての異質で微弱な気配に馬車の中だったとは言え大きく反応してしまった。それを見られていたのか?!

 ……まあ仕方ない、どんな理由であれ既に目を付けられてしまったのだから。失態は受け入れて次に生かすしかない。

 

「もしかしたらロキ様の様子がおかしいのもそいつらが何か知ってるかもね」

「……そうですね、タイミング的にも怪しいですし」

 

 この先には一体何がいるのか、それがとても不安に思った。

 生きてる者は皆、わからないものに惹かれ恐怖する。個人的経験からも、人間の歴史からもそれは確かだ。

 だからこそ僕は、予想もできない敵に恐怖すると同時に、こんなにも知りたいと思ってしまってる。知らなくちゃその脅威から自分も、大切な人も守れないから。




 こんなことを言うのは作者としてどうかと思うのですが、今日はポケモンの新作の発売日じゃないですか……。一応私もシングルタイプ統一(童話パ)、ダブルFNAFテーマ統一でガチ勢を自称してる身でして……。
 ———次回、いつもより更新が遅れるかもしれないです。(馬鹿野郎ッ!)


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襲撃な機兵隊の介入

 大変長らくお待たせしました! ポケモンSMの方も概ね厳選が終わり、霊統一でシングルに潜っております。戦績はそんなに良くないけど(笑)
 図鑑も完成させたし、今度はダブルパだ! ……と、言いたいところですが、そろそろこっちも投稿しないとね。ゆっくりと愉快なキャラクターたちを組み立てます。
 これからボチボチ執筆を再開します。


 正体不明の相手に近づいてる最中も敵からの攻撃は度々(たびたび)飛んでくる。

 避けやすいように、流れ弾でロキと戦闘中の誰かが事故死しないように少し回り込んでジグザグに走っていく。

 強く勇敢なヴィロットさんは例え運悪く真正面から銃弾が飛んできても(おく)することなく前へ進みながら避ける。殺意が籠った弾丸は僕が知覚(ちかく)できるので危険はほぼないと言っていい。

 しかし、脅威を感じると言うことはジグザグに走る僕たちが真正面になるタイミングを計られているということ。がむしゃらな流れ弾には殺意がないから感じ取ることができないからね。

 他愛(たあい)もない攻撃を避け進んでいくと、異質な気配の持ち主の姿を拝める位置まで辿り着いた。

 

「神秘と魔法の世界にこんなのが介入してくるなんてね」

 

 そこにいたのは、大柄で黒い服を着た……ロボットだった。

 大柄と言っても人間でもありえそうな巨体。ガスマスクのような顔面にあからさまな機械の手足。申し訳程度に黒い服で重装備の大柄の人間に見えないこともないが、生き物の気配では明らかない。

 そのロボットに向かってヴィロットさんが言う。

 

「一体何者? なぜ私たちを狙ったのかしら?」

 

 ロボットに問いただすヴィロットさん。

 

「ピギ、ピギギギ……初弾の狙撃を避け高性能ステルスを施した偵察機の存在に感づくとは、聖書や北欧ごときの所属としては大金星だ。敵ながら素直に賞賛を送ろう」

 

 ロボットから電波音が鳴った後、若い男性の声がそう言う。

 

「そりゃどうも」

「だがな……これはどうだ?」

 

 そう言ってロボットは親指を下に向けた。だがそれだけでロボットは何もしてこない。

 ヴィロットさんはロボットが変な動きをしないか睨み付け、ロボットは何も答えない無言の空間が生まれる。すると……。

 

 ビクッ!

 

「上!?」

「!?」

 

 僕は上から無機質な殺気を感じ取りとっさに声を出した! 僕の声に反応してヴィロットさんが僕を背負って大きくバックステップする。すると、さっきまで僕たちがいた地点に大量の銃弾が放たれ地面に大量の銃痕ができた。

 イマイチ確信が持てなかったけど、ヴィロットさんが気づけないものに素早く気づくのが僕の役目だから少しでも危険を察知したらすぐに伝えないとね。

 機械の殺気は生物の殺気に近い部分はあるけど、やっぱり根本的に生物とは違う部分が大きい。自然を相手にした修行で生物の殺意だけでなく、危険そのものにある程度体が敏感に感じ取れるようになってなかったらと思うとゾッとするよ。

 

「ふぅ、危ない危ない」

 

 ヴィロットさんの声のトーンは変わってないが、背中から伝わる心音(しんおん)から本当に危ないと感じたことが読み取れる。

 銃弾が飛んで来た方向から目の前のロボットと同じ機体が三体も、両足から火を噴かせ降りて来た。そのロボットは最初にいたロボットを守るように前に降り立つ。

 

「当たれば神だろうが二天龍の鎧だろうが貫通する弾丸だ、よく避けたな。と言っても、兵力差が開いたのには変わりないが。我々は禍の団(カオス・ブリゲード)の馬鹿共と違って()めてかかることはしない」

 

 ロボットの男は余裕そうに言う。

 しかし、余裕そうにしているのはロボット側だけではない。

 

「そのロボット四機で私たちを倒そうと言うわけ?」

 

 ヴィロットさんがそう言うと、一番前のロボットが足のブーストを噴かせこちらに突進して来る。それに対してヴィロットさんは動かずに両手の手袋を外す。

 食事の時もずっと外さなかった両手の手袋を外した手は、両手の真ん中にぽっかりと大きな風穴が開いていた。

 その手の左手の中指にはめられた指輪が光り輝く。すると指輪は、ゼノヴィアさんのデュランダルくらいの大きさのシンプルな大剣へと姿を変えた。これは――――聖剣!?

 大剣の刃に聖なる力が纏われる。

 

 ザバァン!

 

()め過ぎよ」

 

 突っ込んで来たロボットは縦に真っ二つになり、僕たちの真横を素通りししばらくして爆発した。

 あの大剣を片手で軽々と振り回しつ素早く正確に切る力にも驚いたが、大剣に込められた聖なるオーラにも驚いたよ。

 木場さんの聖魔剣なんか比べ物にならない。かと言ってアスカロンとも比較にならない程のパワーを感じる。ディオドラ戦でゼノヴィアさんが見せた二本の聖剣の力? いや、あんなに荒々しくないが、かと言って全く劣るわけではない。

 一番近いのは……ディオドラ戦でフリードが見せた凝縮された聖剣のオーラ、あれが一番近い。あのオーラの凝縮率でゼノヴィアさんのあの時のオーラがまとめられたかのようだ。

 キッチリと収められ整ったオーラは噴き出すだけの見掛け倒しとも言えるオーラとは比べ物にならない程の安定性と威力を生む。大量の妖力で生み出した台風の如き暴風も、比べるもなく少量の整った妖力が込められた素手の一振りで散らされる。昔玉藻ちゃんと蘭さんの妖術の練習風景で見た。

 

「こんなものじゃ大した足止めにもならないわ」

「ああ、俺もそう思う」

「斜め上です!」

「!?」

 

 キン! キン! キン! キン!

 

 危険を感じ僕が叫ぶと、ヴィロットさんは大剣でガードした。金属が弾かれる音が四回鳴った。

 音が途切れると、ガードを下げて急いで岩陰に移動する。そこで僕は弾丸が飛んで来た方向を見てみる。が、やっぱり目視できる位置には敵らしき影はない。なので魔力を部分的に、目の部分に集中させて視力を一時的に上げる。

 本来は妖術で隠されたものを見破る技術だが、特異体質の僕は単純に視力を上げるために使ってる。そうして見通しのいい空の向こう側をもう一度凝視してみた。

 だいぶ奥の方に目の前のロボットとよく似たロボットが四体。細々とした違いはあるけど、決定的な違いは右手が完全に大きなライフルの形をしていることくらい。

 

「右手が完全遠距離射撃装備。あっちが歩兵タイプならあれは狙撃兵タイプってとこね」

 

 ヴィロットさんが人間には決して視認できない位置にいるロボットの特徴を言い当てた! 驚いてヴィロットさんの顔を覗くと、目のあたりにオーラが集まってる! 僕と同じように目にオーラを集めたのか?! ……違う、よく見るとオーラはメガネに集まってる。それでメガネに望遠鏡と同じ役割をさせているんだ!

 

「さて、そろそろ始めますか」

「「キュウィン!」」

 

 司令塔のロボットを除く二機のロボットが動き出す。

 両手の指先をこちらに向けこちらへ歩いてくる。両手のゴツイ手の指先は筒状に、おそらく銃口だろう。それをまっすぐこちらに向けている。

 

「私の背中にしっかり掴まってなさい」

 

 ヴィロットさんは僕にそう言うと、隣の岩陰に向かって走り出した!

 

 ズバババババババババババババ!

 

 走る僕たち目掛けて銃を放つ。指一つ一つからマシンガンのように高速で連続して弾が弾き出される。

 銃声と外れた弾が当たった地面からその威力が並ではないことがうかがえる。そもそも銃弾一発一発も普通よりも大きい。

 

「んっ!」

 

 向こう側の岩陰に無事辿り着くと、岩陰に隠れずにその岩を思いっきり蹴って元の岩陰の近くまでジャンプした。そして、銃口がこちらに向く前に一気に駆け出す!

 こちらを追いつめるために相手が近づいて来ていたのでヴィロットさんのスピードなら銃口がこちらに向き直るまでに倒せそうだ。

 生身ではないロボットだからこその油断とも言えるかもしれないね。

 飛んで来た狙撃も大剣を盾にして突っ込む。どうやら狙撃の方は前方のロボットと違って連射はできないみたいだ。その分点の威力は高いが、聖剣の大剣の防御力を突破するほどではないらしい。ヴィロットさんもそのことを見越して突撃したのだろう。

 そしてついに大剣の間合いまで接近することに成功した! ロボットの銃口もまだこちらに向ききってない。遅く見積もっても構え発射する前に振り切れる!

 

「ふん!」

 

 大剣でロボットを()ぎ払う。これで残るは指揮官ロボットと狙撃兵タイプが四機のみ! しかし―――。

 

 バチン!

 

 ロボットは銃口をこっちに向けず、お互いの逆の腕をクロスさせた。すると、前方に電磁バリアのようなものが発生しヴィロットさんの大剣を防いでしまった!

 防がれた反動を受けるヴィロットさん。予想外の出来事に体勢を崩してしまった隙に狙撃兵タイプの銃弾が再び飛んで来る! この体勢では大剣でガードしてしまうと歩兵タイプの餌食になってしまう!

 

「くぅっ!」

 

 絶体絶命のなかヴィロットさんは大剣を何もない所に向かって大きく振るった。すると、僕たちは大剣が振るわれた方向に強制的に引っ張られる。

 踏ん張りを一切せずに巨大で重い大剣を振るい、遠心力で無理やり体を飛ばしたのだ。ナイス機転です、ヴィロットさん!

 回避と同時にできるだけ距離を取った僕たちは、態勢を立て直すべく再び岩陰に隠れた。僕たちはと言っても、僕は振り落とされないようにヴィロットさんの背中にしがみついてるだけだけどね。

 

「一昔前の戦争で使われたかのような古ぼけた機体のクセに」

 

 ロボットの厄介さに悪態(あくたい)をつくヴィロットさん。その表情からどれだけメンドクサイと思ってるのかが簡単にうかがえる。

 確かに古い出で立ちだが、その装備と性能からは古さなんて微塵も感じさせない。外見を変えればまるで最新式の軍事ロボットのようだ。そんな機体が近距離二、遠距離四、指揮官付きでいれば厄介なのは容易に想像できる。

 もう想像と言うか、実際に体験してるけれども。

 

「まずは歩兵タイプをどうにかしないとね。あの連射性能で挟み撃ちにでもされたらヤバイわ。背中は任せる、狙撃兵タイプが回り込んできたら教えてちょうだい」

「はい!」

 

 岩陰からチラチラと歩兵タイプの動きの様子をうかがうヴィロットさん。狙撃兵タイプの動きも見ているがそっちはあんまり見ていない。遠距離の狙撃兵タイプの動きをうかがうのは僕の役目だ。

 どうやらヴィロットさんは戦闘しながらメガネにオーラを集めることはできないらしい。視力を上げるのと道具を使って遠くを見るのではやはり勝手が違うからだ。

 今はメガネを望遠鏡にして見れるが、戦闘を再開するとヴィロットさんは狙撃に気づきにくくなってしまう。戦闘中は僕が狙撃兵の動きに注意しなくては。今のところ狙撃兵タイプも最初の定置からそれ程動いていない。

 

「ッ!」

 

 ヴィロットさんが目で合図した後、何も言わずに再び岩陰から飛び出した。すると再び銃弾の嵐に晒される僕たち。だがそんなもので怯むヴィロットさんではない。

 先ほどと同じように向こう側の岩陰に向かって走る。しかし、今度は少し斜め前を走っている。このまま進めば岩を蹴るには少し遠すぎる位置についてしまう。

 僕の予想通り岩陰の前に辿り着く。もしかして歩兵タイプの後ろに大きく回り込むつもり? でもそんなことをしたら狙撃兵タイプに挟み撃ちにされる!

 そんなことを思っていると、ヴィロットさんは何もないハズの空中を壁のように蹴って上空へジャンプした! さらにまるで空中に天井があるかのように不自然に、見えない壁を蹴って再びロボットの後ろに回り込もうとする! その間に狙撃を受けないように大剣で体を隠す。

 ヴィロットさんが今まさに勢いをつけて見えない壁を蹴ろうとした時、敵の銃弾がヴィロットさんの靴底をかすめる。撃ったのは司令塔のロボットだった。

 大剣でギリギリ隠れきれなかった甘い箇所、だけどそれくらいなら支障はない……普通なら。

 ヴィロットさんは急に踏み外したように空中でバランスを崩して地に落ちる。それを何とか地面に激突する前に空中で一本足で着地した。

 一本足で空中に立ち、敵から狙われる前に一本足で急いで地面へ飛ぶ。地面に降りると今度はしっかりと二本足で近くの岩陰に身を隠す。

 

「チッ、靴底の魔法陣が」

 

 ヴィロットさんは岩陰で破損した片方の靴底を見ながら苦しそうにつぶやく。

 岩陰にいる僕たちに向かって司令塔のロボットが言う。

 

「おおよそ検討はついていた、その靴に仕掛けがある事はな。おまえの使う浮遊術は北欧だけでなく、他の人外共と比べても違いすぎる」

 

 確かに僕自身もヴィロットさんの飛行のしかたには疑問を感じていた。悪魔や天使は翼を使って飛んでいるし、ロキも空中をしっかりと浮遊し、オーディン様も魔法陣に乗って空中を移動していた。悪魔も天使も神も共通して浮遊している。

 スレイプニルやフェンリルはまた別問題で、人型の今まで見た人外たちはみんな空中に立つことはできず浮遊する形で空中を移動していた。

 しかし、ヴィロットさんは大地に立つように空中に立っていた。そういう術があるのは知っていたからそこまで気にはしなかったが、冷静に考えると違和感がある。

 

「空中を歩くための魔道具か、珍しい。飛べないおまえの為にオーディンがわざわざ作ったのか?」

「だったらどうしたって言うの」

「いや、別に何もないさ。ただ愚な判断をした神話体系にしては意外な着眼点だと思っただけだ」

 

 ロボットの声は皮肉ったらしく言う。

 そう言った後もまだ言葉を続けた。

 

「飛行機は飛行能力のない人間が空に憧れたから生まれた。もしも魔法が既に表世界で当たり前になっていたら、浮遊魔法ばかりが浸透し飛行機は生まれなかっただろう。少なくても今のように誰でも当たり前に使える科学技術なんて発展するはずもなかった。だからこそおかしい、いくら空中で戦えない北欧最強の為とはいえそんなものを北欧が開発できることが」

 

 ロボットの声は訝し気にヴィロットさんに問いかける。銃口はこちらに向けたままとは言えロボットたちの動きを止めてまで、こちらに体勢を整えさせる時間を与えてまで。

 

「一体どこの何者だ? その強さ、その装備、その思考、すべてがあの老害がトップに居座り続けている北欧神話で生まれるハズのないものだ」

 

 突如オーディン様のことを老害と言い始めた! 確かにヴィロットさんの話を聞いた限りでは北欧神話のトップとしては良いとは言い難い人っぽかったけども。

 流石に自分のところの主神を老害と言われればヴィロットさんもいい気分にはならないだろうな。……と、思っていたけれど、そんなことはまるで気にしてる様子はなくむしろ次はどうやって攻めようか考えてる様子だ。

 自分のところの神を馬鹿にされていいのかとも思うが、まあ本人がそれでいいなら別にいいかな? 特にヴィロットさん自身無礼(ぶれい)な行為をしてるわけでもないし。

 

「答える理由がある?」

「特にないな」

 

 相手がそう言った瞬間、再び岩陰から飛び出し戦闘態勢に入るヴィロットさん。今度は向こう側へ走らずに大剣を盾に歩兵タイプへ突っ込んで行く。

 敵の銃弾などお構いなしに前方も見えず突き進む。だが僕の感覚からして真っすぐ進めている。銃弾は曲射などできるわけもないので撃たれる感覚で前方の敵の位置を把握してるのかもしれない。

 かなり接近したところで銃声が途絶えた。代わりにヴィロットさんの斬撃を防いだ電磁バリアが展開された時の音が聞こえてくる。

 しかしヴィロットさんは、大剣を盾に構えて体当たりで無理やり相手の体勢を崩した!

 なるほど、防御同士のあいこで強制的に仕切り直しさせたのか! しかもあたり勝ちしたこちら側が圧倒的有利。だけど、大のロボット二機の防御に当たり勝ちするヴィロットさんのパワーって凄まじい!

 体勢を崩しバリアが意味を為さなくなった隙に持ち手を変えてロボットを二機同時に一刀両断するつもりだ!

 これで歩兵タイプを二機処理できる、そう僕は確信した。しかし、指揮官タイプのロボットが言う。

 

「その程度で崩されるようでは戦争では使えない」

 

 ロボットの体の中心から強い力を感じる! 僕はそれをヴィロットさんに伝えようとしたが、僕が伝えるまでもなくヴィロットさんは攻撃を中止して防御態勢に変更していた。

 

 キュゥゥ……バゴ――――――――ンッ!

 

 敵の腹部から太い光線が放たれる! ヴィロットさんは右手で大剣を盾に構え、左手で僕が落っこちないように後ろに手をまわしてくれた。

 受け止めるではなく、逸らせるように受けたので僕たちは回転しながら吹き飛ばされる。

 光線を真正面からでなく受け流す感じで受けたのでそれ程吹き飛ばされはしなかったが、それでもそこそこの距離をかなりの回転速度で吹き飛ばされてしまった。綺麗に地面には着地したが、激しい回転で少し目が回ってしまったよ。

 人間サイズのロボットに搭載されてる程度の光線であの威力を出すために攻撃範囲を犠牲にしているのだろう。ヴィロットさんの大剣の間合いから完全に放されてしまったが、周りの遮蔽物(しゃへいぶつ)は無事だ。これでまた隠れながら慎重な戦いを続けられる。

 それにしても危ないところだった。もしもヴィロットさんが間に合うと踏んで攻撃を続けていれば最悪攻撃前にあの攻撃を受ける、良くて相手を破壊しての痛み分けだっただろう。フェンリルの牙を受けて平然としていたヴィロットさんでも、あの攻撃を至近距離の生身で受けては致命傷になりかねない。それ程の確かな脅威をあの攻撃からは感じ取れた。

 

「本当に、見た目に似合わず高性能な装備を積んでるわね」

 

 僕たちはすぐさま岩陰に隠れて敵の様子を伺う。遠くの狙撃兵タイプもまだ動きはない。

 

「……ッ!?」

 

 岩陰に隠れて前方の様子を伺っていると、背後から別の殺気を感じた! この感じは無機物ではない、生物で間違いない!

 目に魔力を集めて遠近幅広く見れるようにし後ろを振り返る。が、遠くにも近くにも敵らしい姿は一切ない。しかし強い殺気だけは変わらず熱烈に伝わってくる。

 あと何かわからないけど、景色に微妙な違和感を感じるのはなぜだろう?

 

「グルル……」

 

 小さくだが何かの(うな)り声が確かに聞こえた。なに、一体何が近づいて来ているの!?

 

「ヴィロットさん、後ろからも……!」

 

 後ろからも何か殺気を感じると言おうとした時、体が突然反応した! 全く意識しないまま僕は何もない所を魔力を()めた右足で蹴っていた。 すると―———。

 

「ギャゥン!」

 

 何かを蹴った感触と共に犬のような鳴き声が聞こえた!

 僕が何かを蹴りそれが鳴き声を上げると、それに反応したヴィロットさんは大剣を構えたまま後ろへ薙ぎ払った。そのおかげで僕が蹴った相手と強制的に距離を取ることができる。

 とっさにだったのでカウンターでも怯ませる程度の魔力を籠めることしかできなかったので助かりました。

 ヴィロットさんの大剣で薙ぎ払われたことでその生物が姿を現した。

 僕たちに襲い掛かって来たものの姿は狼のような生物だった。狼のような生物と言ったのは、それが狼とは似て非なるものだったから。

 大きさも姿も狼なのだが、明らかに狼ではありえない余計な部位が付いている。

 フェンリル並みに鋭い爪や牙を備えているが毛は一切なく、爬虫類のような皮膚に退化したような蝙蝠の羽が付いている。一応ベースは狼なんだろうとわかる姿をしてはいるが誰が見てもこれは狼ではない。

 

「ガグゥ!」

「グルルルル!」

「ガウガウゥゥ!」

「ガァーウ!」

 

 それも一匹だけではない、全部で十三匹もいる。全員が殺意むき出しで唸り声を上げこちらを狙っている。

 その瞳は血に飢えた獣と言うよりは、僕たちを殺すことしか頭にないようなある種機械的な瞳に僕は見えた。

 

「チッ、邪魔しやがって」

 

 指揮官のロボットが忌々しそうにつぶやいた。

 どういう関係かはわからないが、このロボットはこの狼たちを知っている。忌々しそうに言ったあたりから良好な関係でない可能性が高いがそんなのは今はどうでもいい。どちらにせよロボットと狼、両方から狙われているのは変わりない。

 

 ギュィィィ

 

 ロボットたちが再び動き出す。幸いなことにあのロボットは歩みは見た目通り鈍いのでこの距離ならまだ安心できる。だけどあまり時間をかけてしまうと事態は悪化するばかりだ。まさしく前門の虎、後門の狼だ。

 その後門の狼たちも厄介な動きを見せる。

 

「ガグァァッ!」

 

 目の前の狼たちの姿が徐々に景色と同化して見えなくなっていく。

 魔力やオーラなどの(たぐい)は一切感じない、これは一体……!?

 

「なるほど、カメレオンみたいに周りの景色と同化できるのね。でも、動物がこんな完璧な光学迷彩を使うなんて」

 

 ヴィロットさんが目の前の現象を考察する。なるほど、それで僕でも見ることができなかったのか。

 術を使ってるわけではないので僕の違和感を見る目は完全には発揮されず、代わりに景色に見えない異物が混じっているのが違和感となって感じ取れたのだろう。

 あの日から自分自身の変化について理解できないことが多々あるが、これでまた一つ自分のことが理解できた。

 この目は正常でないものは異能なら見破り、科学的なものでも違和感として感じ取ることができるんだ。

 

「グゥゥ、グガァウッ!」

 

 ヴィロットさんは襲い来る見えない狼を大剣で撃退していく。見えない相手だが注意深く観察すれば小さな唸り声や足音で何とか対処できないこともない。ヴィロットさんの持つ大剣の攻撃範囲の広さがあればある程度大雑把な防御でも対処は可能だ。

 防ぎながらも地道にだが反撃にも打って出ている。判断が付きやすい攻撃に対しては攻撃に攻撃を合わせたり、攻撃に失敗した狼に対して軽く追い打ちをかけたり。

 生身の獣の皮膚を切り裂くくらいなら軽い反撃でも十分こなせる。それも積もれば確実にダメージとなる。だが、狼たちは攻めの手を一向に緩めない。

 実はヴィロットさんの薙ぎ払い攻撃の時点で数匹の狼は深手(ふかで)を負っている。下顎に傷を負っているのや顔面に傷を負っているのもいれば、鼻先が完全に潰れてしまってるのや腹部から大量の血を流してるのもいる。

 それでも狼たちは一切の弱みも苦痛も見せず、まるで殺意以外の感情がないかのように僕たちを狙い続けている。そんな狼が多少深手を負ったから怯むはずがない。おそらく足をもがれてもこちらに噛みつこうとするだろう。

 

 キュゥゥ……。

 

 背後から嫌な音が聞こえてくる。しまった、もたもたし過ぎた!

 幸い、あの砲撃は威力は高くても()めが必要なので音が聞こえた時点でもまだ猶予はある。チャージ音はヴィロットさんの耳にもしっかりと入っていたようですぐに回避行動に移る。

 

 バゴ――――――――ンッ!

 ズバババババババババババババ!

 

 僕たちのいた背後一直線に光線が障害物を消滅させながら伸びていく。それに加えて銃撃も飛んで来た。片方が砲撃でもう片方が銃撃を行ったのか。

 僕たちはそのどちらも無傷で躱すことができたが、光線の砲撃と銃撃に巻き込まれ狼たちの三分の一ほどが倒れ動かなくなっている。砲撃で完全消滅してる部位もあるので正確な数はわからないが、銃撃に巻き込まれ原型が完璧に残っているのが三分の一なので確実に半分は減ってるだろう。

 

「獣共を相手にしながらもこの攻撃も凌いだか。北欧神話なんかにはもったいない程の兵士だ。だからこそ残念だ、君が女であることが」

 

 指揮官タイプが二体のロボットの後ろから本当に残念そうに言った。

 

「その勇猛さはむしろ後ろの男にこそもってもらいたいものだ。まあ、彼はあっちの二天龍の力程度でいい気になってる悪魔たちよりもずっと見どころはあるがね」

 

 さらに僕のことを言ったかと思えば向こうの一誠たちを(けな)し始める。

 

「弱者に従って行くよりも、強者に引っ張って行ってもらいたい。大衆とはそのように怠惰で無責任な存在である。ただ感知能力が優れてるだけの弱者の彼が、君のような強者に引っ張ってもらいたいと思うのは至極当然なことだ」

「グァル!」

 

 悠長にお話ししてる間に狼の方が唸り声を上げた。姿は見えないが、僅かな足音からこちらに近づいてくるのがわかる。

 

 チュン! チュン!

 

 僕たちの後ろの地面に二発の弾痕が生まれた。それにより狼の足音が少し遠ざかる。僕たちを助けてくれた?

 ヴィロットさんもその弾痕を横目でチラッと見て、すぐに目の前のロボットたちに目を戻す。

 

「だが悲しいかな、君は女性だ」

「何か問題でも?」

「もちろんさ。女性は神聖な存在だ。価値ある血統の血を紡ぎ、繁栄させることができる唯一の存在。特に君のような強く美しい高潔な血が戦いで傷つき失われることは何よりの損害だ」

 

 男の声はヴィロットさんを()めちぎる。しかしヴィロットさんの心は全く乱れない。ただ後ろの狼も遠方のロボットも目前のロボットも等しく同じように警戒している。

 それでも変わらず男の声は言い続ける。

 

「君が誇り高き意思を持つことはよくわかった。そしてその誇りを全うする心身の強さも。人種は違えど、私は君のような勇気ある者に敬意を表す。優れた人間は生き残るべきだ」

 

 ロボットの体を動かして言葉と動きで訴えかける男の声。信用できるわけではないが、妙に説得力を感じてしまう。

 

「私が目指す世界には君のような優れた人間が生き残らなくてはならない」

「貴方が目指す世界? その力で世界の支配者にでもなろうってわけ?」

 

 今まで自分を認め褒めちぎった相手に対しても敵意が籠った言葉を投げかける。僕に言われた言葉でもないのに僕は心を揺さぶられてるのに、当の本人であるヴィロットさんは揺さぶられることなく言葉の裏を探っている。

 冷静に考えてみれば、相手は僕たちを監視し狙撃までしてきた相手。さらについさっきまで命のやり取りをしていた。狼から少しばかり救ってもらい説得力を感じさせられたからって精神を乱していい相手じゃない。僕もまだまだ甘さが抜けていない! もっと精進しなければ!

 ヴィロットさんの敵意の問いに男の声は真剣な声色で答えた。

 

「もし私が黄金の馬車に乗れば国民は私のことを信頼しなくなるだろう。私の目標は、世界の指導者となることだ」

 

 世界の指導者? 結果的に支配者とあまり変わらないような気もするが、やっぱり言葉を変えてるからか今までの支配を主張する相手とは違うように感じる。

 男の声はさらに言葉を続けた。

 

「今世の中は間違っている。聖書の勢力が弱き人間たちを食い物にし、他の神話勢力もそれを間違いと思わずに黙認! 明らかに歓迎されるべきでない聖書の害悪共が良きものとして扱われる世界の(みょう)! 身勝手な平和を(うた)い、聞こえのいい言葉を並べる。それにより他の神話勢力が聖書勢力同様に嬉々として腐敗と混沌へと足を踏み入れる。君ならわかるだろう? 無能な主神が耄碌した考えで間違った平和へと進もうとしているのが! それでいいのか? いいや違う! だからこそ、私がこの手で間違いを正さねばならない!」

 

 男の声は、ロボットの体で身振り手振りで演説を始めた。その内容はとても共感できる。聖書のトップたちがどれほど身勝手なことをしているか、その一端しか知らない僕でさえそう思ってしまうほどに。

 確かに三大勢力は平和を唱え、今までの悪い習慣を改善しようとしてるのは知っている。だが、自分たちが現在行ってる悪行を改善しようとしてる姿勢は全く見られない。悪い習慣の改善も自分たちにとって害になるものだけに見える。

 天照様自身昔はよい神様とは言えないことをやって来た。なので良くない行いをした相手も改善しようとする姿勢と努力が見られれば強く責めることができず容赦する。

 しかし天照様は三大勢力に対して一切の容赦は見られなかった。つまり、最低でも日本で起こってる三大勢力による弊害が改善されてるように見えないと言うこと。

 天照様の口から出る三大勢力に対しての愚痴は古いものから割と新しいものまであった。これは改善されるどころか被害を増やしてることの証拠だ。

 

「こんな世の中で自らの正義を貫き通す君にはその力がある。剣を収め、我々に協力してほしい。平和で正しい世界を共に取り戻そう」

 

 ヴィロットさんは男の声のロボットをじっと見る。指揮官タイプのロボットも二体のロボットの後ろの隙間からこちらを見ている。

 先ほどまで銃口を向けていたロボットは両手の銃口を下げて攻撃の意思がないことを示す。

 説得を受けたヴィロットさんは剣のガードを下げて言った。

 

「信じてみようと思えたわ」

「ならばその証拠として剣をこちらに渡してくれ」

「信じていいんだな?」

「ああ、もちろんだ。君たちの安全は保障しよう」

「だが断る」 

 

 ヴィロットさんはハッキリとした声で男の声の説得を断ると宣言した。そして剣を持ったまま両手の風穴の空いた両手が相手に見えるように向けた。

 

「私も明確な意思をもって剣を持った。この両手の傷跡はその覚悟の証。私にも私が目指す正義がある。世界平和を目指すもの同士互いに争わないと言う提案には賛成だけど、私はあなたの正義に乗っかるつもりはない」

 

 争いは止めるが仲間にはならない、そうヴィロットさんは言った。

 どうやってそんな傷をつけたかはわからないが、そこまでの傷を負うほどの覚悟の正義、そう簡単に他人に任せることはできないと言うことか。

 

「あなたたちの目指すものが真の平和なら、いつの日か道は交わり手を取り合える日が来るでしょう。その日が来るのを私は心より願うわ」

 

 厳しい口調で否定したが、最後は優しい口調で言った。ついさっきまで(あら)ぶっていたヴィロットさんの気配も優しい落ち着きに変わっている。

 そう言われたロボットの方はどうだろうか? 外見は無生物の機会なので様子から反応は全く分からないが、それを操作し会話していたのは紛れもない人間。

 ヴィロットさんの返しに対して男の声は――――。

 

「危険な思想だ。我が障害は完璧に排除する、完全にすべての手段を使ってな」

 

 冷たい声でそう言い放った。

 その言葉と同時にロボットたちの銃口が一斉にこちらに向く。

 

「結局そうなるか」

 

 ヴィロットさんはため息交じりにそう言いながら再び剣のガードを上げた。

 銃撃の音と共に静止していた狼たちも動き出す。中断されていた戦闘が再び再開された。

 まず敵に挟まれている状況を脱出するべく真横に向かって走る。二つの攻撃が一方に集中してしまうが、挟まれるよりはマシだ。しかし、狼たちの足音から動く僕たちに合わせて後ろを取っているのがわかってしまう。

 同じ獲物を相手にしてるとは言え狼たちは敵の敵であるはずのロボットに撃たれた。なので僕たちを盾にしているのかもしれない。それとも単純に背後を取ってるだけかもしれないが、どちらにせよマズイ状況には変わりない。

 隙をうかがって遠距離タイプからの攻撃も加わる。

 後ろに気を取られ過ぎてガードが(おそそ)かになれば歩兵タイプに撃ち抜かれ、前に集中すれば後ろが危なく、前と後ろだけに気を配れば遠距離射撃、走りを止めれば狼に襲われ、しかし走りながらでは体力を減らすジリ貧状態。ずっと不利な位置取りを強いられている。

 

「防戦一方だな、後ろの荷物を捨てればまだ戦いらしい戦いになるんじゃないか?」

 

 銃声の中男の声が言う。仲間を見捨てろと悪魔の(ささや)きのような言葉だが、確かにその通りだ。

 ヴィロットさんは後ろの僕を気にして必要以上に消極的な動きを強いられている。もしも僕がいなければ現状を打破するべく攻めに転じれるはず。それができないのは他でもない、僕が後ろにいるからだ。

 僕一人でも自分の身を守る自信はある。それにヴィロットさんがそんな人ではないことも短い付き合いながらわかってる。が、見捨てられることを考えると恐ろしく怖い。

 見捨てられ、死んでしまったあの日の記憶が蘇ってくる。想像すると自然と体が震えてくる。

 離れてもいいと思う反面、離されるのが嫌だと思ってる自分がここに居る。

 そんな僕にヴィロットさんは言ってくれた。

 

「安心して、絶対に見捨てないから」

 

 背中で震えていた僕にそう言って安心させてくれた。

 前と後ろと遠方に気を配りながら僕を抱えて一人で戦ってるのに、背中で怯えていた僕にまで気をまわしてくれるなんて……。

 

「あまり無理をするな、二人とも死んでしまっては意味がないぞ」

「私はこの子に二度も命を救われた! 命の恩人を、心優しき善人を、この命に代えても絶対に死なせるもんかッ!」

 

 背中越しにヴィロットさんの熱い覚悟が伝わってくる。その想いが僕の中を走り抜け、僕の心に突き刺さった。それにより僕の震えがピタリと止まる。

 

「馬鹿々々しい考え方だな。並外れた天才は凡才に対して配慮する必要はない」

 

 男の声はそんなヴィロットさんの覚悟を嘲笑(あざわら)うように言い放った。

 腹の立つ言われ方をされたけど不思議と怒りがこみ上げてこない。むしろ「ああ、この人にはわからないんだろうな」と思うだけ。自分の正義を馬鹿にされて怒らないヴィロットさんも同じような気持ちなのだろうか。

 ヴィロットさんが体を張って覚悟を証明したのに僕はどうだろうか? 戦える力があるクセにバレたくないからと非力を装って戦わないのはいかがなものだろうか? 

 僕は何のために強くなった? リアスさんたちを見返すため? 強くなるのがただ楽しかったから? 日本の為に戦うため? 否、僕を認めてくれた大好きな人たちの力になりたいと思って強くなったんだ! 

 ヴィロットさんは僕を認め命がけで守ってくれた大好きな人だ! そんな大好きな人の為に力を使わなくていつ使う? 僕は炎の大きな手を創り出し、前方のロボットの銃撃を防ぎながら相手を押し倒した。そして、手の炎を分解させ縄状にし二体のロボットを拘束する。

 ヴィロットさんはその炎の出所である僕を見て驚いた顔をした。

 

「すいません、ヴィロットさん。実は僕、見た目より弱くはないんです。横に並んで戦える程強くはないですけど、自分の身は自分で守れるくらいの力ならあります」

 

 できるのにやらなかった僕はヴィロットさんに大きな負担を強いてしまった。だけど今なら間に合う! ここなら人目を気にする必要なんて一切ない!

 

「ヴィロットさんは目の前のロボットにだけ集中してください! 後ろの狼たちは僕が相手をします!」

 

 僕がそう言うと、ヴィロットさんは大剣にオーラを溜めて後方を薙ぎ払った。そして足にもオーラを溜めてすぐ近くの岩陰に身を隠す。その時、僕の炎の拘束が岩陰に隠れる際に引きちぎられてしまったのが見えた。

 だけどこれで一時的に狼たちを後方に下げさせて距離を取り、前方の銃撃を防ぐことができる。だがこんな方法が通じるのはせいぜい最初の一回だけだろう。

 そこで僕を降ろして僕の顔をじっと見て――――。

 

「―――背中は任せたわよ」

 

 そう言って僕に背中を向けた。

 ただ後ろに注意するだけでなく、本当の意味で僕に背中を預けてくれると言われたのを確信した。まるで尊敬する大人から一人前と認められた子供のような嬉しさが込み上げてくる。

 実際のところ僕はまだまだ半人前もいいところだ。攻めにうまく転じれないし、得意な防御にもまだまだ穴がある。それでもそんな言い訳を今するわけにはいかなくなった。

 今だけは一人前の男として、プロとしてのプライドを持って! 半人前だからなんて甘えは通じない、本気の全力で持てる力すべてを使って成し遂げる!

 

「行くわよ!」

「はい!」

 

 僕たちはさっさと岩陰を出るとお互い背を向けた。ヴィロットさんはロボット側、僕は狼側へ。

 手の中で形成した炎を僕とヴィロットさんの境目に線状に伸ばす。そして、その炎の線から炎の壁を出現させた。長く、そして分厚く。

 これでロボットの銃撃は僕へは届かず、狼たちはヴィロットさんの方へは行くことができない。

 

「さあ、反撃開始だ!」




 思った以上に長くなったのでここでいったん切ります。


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悪戯な悪神の悲願(上)

 投稿する度にワクワクビクビクさせていただいております。


 誇銅の炎で分断され、背後からの脅威がなくなったヴィロットは目の前のロボットに向き合う。

 ロボットは銃口をヴィロットに向けたまま攻撃の手を止めた。

 

「これでやっと戦いらしい戦いになるな」

 

 男の声が余裕そうに言うが、ヴィロットは変わらぬ表情で黙って対峙するばかり。

 

「だんまりか。まあいい、そういう最期も悪くはないだろう」

 

 男の声がそう言うと、ロボットの銃撃が再開された。

 ヴィロットは銃撃の嵐を大剣を盾にして真正面から押し進む。しかしこの方法は一度使い破られた愚策。もしも相手が普通のロボット相手ならわからなかったが、相手には人間の指揮官がいる。当然ながらロボットもさっきと同じ対処はしない。

 ロボットは左右に分かれてヴィロットを挟み撃ちにしようとした。

 

「二度同じ手を使うのは愚策だぞ」

「それはどうかしらね」

 

 ヴィロットの体が突然、強い聖なるオーラに包まれる。そのオーラは教会の天使や名のある聖剣のオーラよりも強く純粋で、激しいオーラ。そもそも天使や堕天使が使う光力とは似て非なるもの。

 強力な聖なるオーラに包まれたヴィロットはガードを解いて方向転換し片方のロボットに向かって全力で突っ込んでいった。

 

 ズガガガガガガガガガガ!

 

 前方の銃撃はガードしているが、後方の銃撃はヴィロットの背中に命中している。だがヴィロットは血どころか服も傷つかなかった。

 もちろんヴィロットが着ている服は普通の服。特殊な素材ではないことは、少なくても銃弾を防ぐような材質ではないことは誇銅も知っている。

 

 キュゥゥ……バゴ――――――――ンッ!

 

 銃撃が効かないと理解すると、ロボットは今度は砲撃に切り替えた。反対側のロボットも避けられて同士討ちさせられないように直線状から出る。

 光線が迫ってくると、ヴィロットは歩みを止めて大剣を構え。

 

「ふん!」

 

 一振りで光線を斜め前へはじき返した。そしてそのまま再び走り出し、砲撃してきたロボットのすぐ近くまで来て大剣を振りかぶる。

 ロボットは砲撃直後の反動で動けない。強力な聖なるオーラで強化されてるヴィロットの身体能力ならそんな隙は命取り。あっという間に距離を詰められ、防御する暇もなく切り裂かれてしまう。

 

「残り六機」

 

 ロボットを切り裂いたヴィロットはその場で大きく屈み、一気にもう片方のロボットのところまで飛んだ。

 だけど今度は距離があったのでロボットの方も電磁バリアでガードする。しかし二枚重ねていたバリアが一枚になれば当然弱くなる。二枚重ねて何とかヴィロットの大剣をはじき返していたのに、そこへ強力な聖なるオーラでさらに強化されたヴィロットの大剣が攻撃すれば当然防ぎきれない。

 電磁バリアの上からロボットごと縦に真っ二つに斬った。

 

「残り五機」

 

 ヴィロットは銃で撃たれた背中をさすりながら指揮官タイプのロボットの方を見てつぶやく。

 

「こんな鉄クズ、何機来たところで私の敵ではない」

「ほう、そうか。だがそれでどうやって剣の間合い外の狙撃兵を倒す? もたもたしていると炎の壁を迂回してあの男の眉間を撃ちぬくぞ?」

 

 男の声が挑発的に言うと、ヴィロットはメガネにオーラを集中させて狙撃兵タイプの正確な位置を探る。

 

「射程範囲内よ」

 

 そう言うとヴィロットは手のひらから大砲の玉ほどの大きさの聖なるオーラの球体を創り出し、それを大剣の側面に張り付けた。そして―――。

 

「聖主砲、Roma級ッ!」

 

 球体の張り付いた大剣を遥か遠くの狙撃兵タイプに向かって振るう。すると、聖なる球体はその方向へ真っすぐに、高速で発射された。

 少しして、遠くの方からかすかに破壊音が聞こえてきた。

 

「残り四機」

 

 遠方の狙撃兵タイプを一機撃墜したのを確認すると、今度は同じ聖なる球体を複数個創り出し、同じように大剣の側面に張り付けた。

 ヴィロットが大剣を振るう度に先端から順に発射され、一つ前が発射されれば次の弾丸が装填されるように先端へと移動する。そうしてすぐさま発射される。こうして十発近い聖なる球体を射出したところで振るうのをやめた。

 

「残り……一機」

 

 そう言って残る指揮官タイプを見る。

 指揮官のロボットは他のロボットがただ倒されるのを何もせずにじっと見ていた。妨害しようとすればいくらでもできたのにそれもせず。

 

「ブラボー」

 

 男の声はそう言いながらロボットの体で拍手をした。

 

「魔王や大天使を名乗る有象無造作共とは比較にならない聖のオーラだ。彼を背負ったままでは彼を消滅させてしまうので出し渋ってたのか」

「えらく余裕そうね、残る機体はあなた一人だと言うのに」

「君がさっき言った通り、あんなものを何機ぶつけようが無意味だ」

 

 たった一体になっても同じく余裕の構えをとったままヴィロットと対峙する。

 

「だが残念なことに、ここには私がいる」

「あなた一人で私を倒せると?」

「倒すのではない、殺すのだ」

 

 そういった瞬間、ほかのロボットたちとは違う動きで足のブースターを噴かしヴィロットに接近する。それを迎え撃つようにヴィロットも駆け出した。

 ヴィロットが斬りかかると、ロボットは予知したように躱し大剣そ側面をはじいた。それによりヴィロットの体勢も強制的に崩される。

 ロボットの電磁バリアが剣の形に変形し、ヴィロットを斬りつける。ヴィロットは力業で大剣の力の方向を変えて回避したが、かすった傷口からうっすらと血が出る。

 

「私の血が傷つき失われることは何よりの損害なんじゃなかったかしら?」

「確かに女性は価値ある血統の血を紡ぎ、繁栄させることができる唯一の存在。だが……別におまえじゃなくてもいい。世の中にはまだまだ価値ある女は存在する。その女が我々主たる人種を繁栄させてくれればいい。そもそもおまえはヴァルキリーで人間じゃないしな」

 

 男の声はヴィロットに超接近戦を仕掛ける。極度に接近することにより剣の間合いをつぶし、大剣の利点であり欠点である重さを利用し振らせず構えさせずヴィロットの動きを制限しながら戦う。

 一瞬で有利な立ち位置を作り保持する男もすごいが、そんな不利な状況でも耐えて見せるヴィロットも強い。大剣を捨てるわけにはいかず、かと言って使えば体勢を崩される。結果的に片手で戦うことを強いられているが、それでもロボットの猛攻に耐えている。

 だが、そんなヴィロットの表情にも徐々に焦りが浮かぶ。こちらの攻撃手段は封じられ、敵の攻撃は現状の自分にも通じる。そもそも生身と機械では前提条件から違い不利。

 激しく攻め立てながら男の声は言う。

 

「弱き民族は滅べばいい。我々に仇名す者は滅ぼす。我々主たる人種が世界を指導するべきなのだ」

「なるほど、あなたの考え方が少しわかってきたわ」

 

 シールドの刃がヴィロットの首を取りに行く。ヴィロットは大剣を手放し両腕でガードしようとした。だが、それを読んでいたようにシールドの刃の出力が一気に跳ね上がった。

 いくらヴィロットが聖なるオーラの鎧をまとっていようがこれでは危ない。運よく首が助かっても両腕が使い物にならなくなる。

 しかし、それを見たヴィロットはにやりと笑った。

 

「っ!?」

 

 ヴィロットは防御のために大剣を捨てたのではない。手放した大剣を思いっきり蹴ってロボットと自分の間に無理やり大剣を割り込ませた。

 浮き上がった大剣によってロボットの腕が上へ跳ね上げられる。しかし蹴りで放ったのでロボットの腕を切断するには全く足りていなかった。だが、これでヴィロットはやっと大剣を構えることができる。

 腕を跳ね上げられた衝撃でロボットは軽くだが後ろに倒れこむ。このままではまずいと感じたロボットだがもう遅い。

 

「残念だけど、あなたと私たちの思想は相容れないかもしれないわ。あのお方ならわからないけど、私ではあなたを説得することはできない。だから―――私は目の前の敵を打ち倒すだけ」

 

 振り上げた大剣に聖なるオーラがさらに宿っていく。軽くだが後ろに倒されたせいでロボットの体では回避行動ができない。

 指揮官タイプのロボットは両腕をクロスさせ一体で二体合わせた電磁バリアより強い電磁バリアを張る。が、それが無意味なのは本人もわかっていた。

 

「こりゃ無理だな。まったく旧式は動作が遅くて困る。トロ過ぎてこういう時に回避ができない。まあ、様子見の在庫処分で有効活用できれば儲けものだな」

 

 決着はついた。お互い既にそう確信しこれ以上策を弄する気にはならなかった。と言っても、ヴィロットは相手が何をしてこようがこのまま力で押し通す気でいるが。

 ヴィロットはこのまま斬るだけ、ロボットはおとなしく斬られるだけ。

 斬られる直前、男の声が言った。

 

「次ぎ会うときは、戦場でな」

 

 ザヴァァンッ!!

 

 ロボットを真っ二つに斬った斬撃は、地面に長い一直線の斬り跡を残した。その跡には弱い転生悪魔が近寄れば消滅してしまいそうな程の聖なるオーラの残り香を残す。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 狼とロボットの境界線を僕の炎目の幕で閉めて分断させた。これでお互い後ろからの危険に気を使わなくてもよくなったと同時に、助けに入ろうなんて野暮なこともできなくなった。

 僕の炎ではロボットたちを倒すことはできないけど、銃弾を防ぐには厚さがあれが十分防げることは実証済み。光線ならば幕を貫通される前に分厚い幕内で燃焼されるだろう。

 炎目の幕は閉じたけど、僕の戦いは幕開けだ!

 

「グルルル!」

 

 見えない狼たちの数は不明だが、向こう側の景色に違和感は感じないから残りは全員しっかりと幕の内側にいるのは確か。

 見えないのが厄介なのではない、見えない相手が獣なのが厄介なんだ。

 まず僕の柔術の殆どが通用しないだろう。九尾流柔術も基本的に人型の相手を想定している。僕が過去に野犬に大きな傷を負わされた時の主な原因はそれだったからね。もしも悪魔の身体能力がなかったら力業で抑え込むことはできなかっただろう。

 だけどまあ、そんなことがあったから獣との戦い方も藻女さんたちから教わった。残る問題は正確な数がわからないことだね。

 

「まあ、それも解決策はあるよ」

 

 僕は手のひらで逆シャンデリアのような形の炎を形成させる。それをすぐに確認できるように自分の目の位置らへんに浮遊させておく。

 僕の炎は魔力や妖力のみを燃焼させられることと物理的な以外にもう一つ特徴がある。それは生命力に反応すること。

 どういうわけか僕の炎は無風の時には近くの人間や動物がいる方向へ揺らぐ。その特徴を生かし、炎目の応用で風がある時でも近くの生命力を探知できるようにした。

 本来は視界が利かない、または姿が見えない相手を探るための技だから姿の見えない狼相手にはうってつけだ。

 

「さてと、これでよし。数は……五匹。特別強い個体はいないね」

 

 炎の揺らぎや色合いの微妙な変化で、敵の数や大雑把な強さが僕にだけわかる。

 次は動物との戦い方だ。こころさんから動物との戦い方を教えてもらった時の言葉を思い出してみる。なぜこころさんなのかは、妖怪の中でこころさんが最も動物との戦い方を知ってると言われたからだ。

 

『獣は体の構造から自分の戦い方に優れた肉体構造をし、生き抜くための武器を体に携えている。人間でいう武器を常にその身にまとい扱ってくる』

「グァル!」

 

 鳴き声と炎の揺らぎで襲い掛かってるであろう狼の位置がわかる。

 今は姿が見えないが姿を現した時の記憶はバッチリ残っている。

 

『その代わり、その動物の戦い方は肉体に顕著(けんちょ)に表れている。牙、爪、角、発達した部位、動物はそれらを隠すことができない。人間は様々な戦い方ができるが、獣は基本的にそれらを生かす戦い方しかできない。動きをよく観察し、武器を見定めることが大切だ。そうすれば自分より優れた肉体を持つ獣にも対等に戦うことができる』

 

 姿は見えなくてもイメージはできる。イヌ科の一番の武器は牙、爪も脅威となるがメインにはならない。となれば、どんな攻撃を仕掛けてくるかの選択肢は絞られる。

 炎を両腕に巻き付けて籠手とし、鋭い爪から両腕を守りながら対処。

 

『いくつか例外もあるが動物は大体が人間と同じ構造だ。二足歩行の人間が四足歩行した時と同じ場所に同じような骨や内臓がある。まあこれは参考程度に覚えておけ』

 

 体の弱点は眉間から股間にかけての一直線の正中線(せいちゅうせん)に多い。体の重要な部位が集まっていて筋肉も付きにくいので致命傷になりやすい。これは現代で言う解剖学に近い。

 炎の籠手で爪傷を防ぎつつ、狼の鳩尾に強い蹴りを食らわせた。もちろんこれで倒せるなんて思っていない。

 その後も向かってくる狼相手に何度か繰り返す。捨て身で掛かってくるので防御がかなり(おろそ)かで僕でも攻撃を当てやすい。複数で掛かられ対処できない時には攻撃をあきらめて炎目を交えた返し技に徹する。

 狼たちは我先にと続々と襲い掛かってくるが僕を狙ってる分には対処できる。敵意殺意があれば物の数ではない、体が自然と反応する。嚙みつきさえ気を付けていれば炎の防具も突破されないし。

 

「ガァグルル……ガァグ?」

「ガルルル……グゥ?」

 

 あれだけ激しかった狼たちの攻撃頻度が徐々に落ちてきた。それと同時に狼たちの不思議な鳴き声が混じる。

 それも当然、なんたって僕の攻撃はかなり痛い部分に当たってるハズだし、返し技では自分の勢いがそのまま跳ね返されてるんだからね。

 いかに痛みを感じないと言ってもダメージがないわけではない。痛みで怯まない利点は裏を返せば深刻なダメージに気づかない欠点でもある。

 狙いはそれだけではない。僕は攻撃する際に炎を普通の炎に近い性質にして手に薄っすらとまとわせていた。防御力は一切ないと言っていいほどだが、魔力や妖力に触れると少しずつ燃焼させられる。でも今回の狙いは燃焼ではなく炎自体だ。

 相変わらず燃焼能力は魔力に限られるが、普通の炎に近づけたことにより燃え移りやすくなっている。炎のマーキングのおかげで離れて動き回る狼たちの正確な位置が目視でわかる。

 

「動きもだいぶ鈍ってきたし、これなら外さないだろうね」

 

 鼻歌を歌いながら炎目の準備を行う。今回はいつものような造形の仕方ではなく、無形の炎をうっすらとパーツのように隠し配置させている。

 

「数も……うん、増えてない」

 

 炎の探知機で狼の数を最終確認。そして、配置した炎目のパーツを実体化させ(たる)型の炎の中に全員を閉じ込めた。

 

「可哀そうだけど、ごめんね」

 

 狼たちは姿を現し脱出しようとする。が、出られる様子はない。姿を現した狼たちの姿は思った以上に酷い。銃による流血が何十ヵ所もあったり、口の半分が消し飛んでいたり、そもそも下半身がなかった個体までいる。それでも僕がやることには変わりはない。

 樽型の炎の底が三分の一ほど地面に埋まる。

 この技は昔の葬儀をイメージして作った、炎目の中でも殺傷力が高く残酷な技。

 

「炎目、座棺の埋葬」

 

 樽の蓋がまるでギロチンのように落ちて狼たちを潰す。底は地面に埋まってるので潰れた遺体は炎目を解けばそのまま地面に埋もれて見えなくなる。

 なぜこんな技を思いついてしまったのか。今でも疑問に思う、詳しくは思い出せないのだが、なんかすごく不気味な夢を見てその中で生まれてしまった。僕は一体どんな夢を見てしまったのだろうか。

 どちらにせよ殺しと言うのは気分が悪い。殺さないといけないとわかっていても、自己嫌悪に陥ってしまう。この不自然な地面の下に潰れた狼らしき遺体があると想像すると……。

 

「うっ!」

 

 気分が悪くなってきた。跡形もなく消し飛ばせたならもう少しマシに……いや、それもそれで嫌な気持ちには変わりないか。

 

「どうしたの!? 大丈夫!?」

 

 気分が悪くてその場で(うずくま)った僕を心配してくれたヴィロットさんが僕の背中をさすってくれた。

 

「もしかして、狼の攻撃を受けて」

「だ、大丈夫です。傷は受けていません。ただ、殺してしまったことで気分が悪くなって」

 

 ヴィロットさんがこっちに来てるという事は向こうは終わったのか。炎の幕のせいか全然気づかなかったよ。……炎の幕がある? ちょっと待って、僕はまだ炎の幕は消してないし回り込んだとしてもかなり長く作ったのに。

 炎の幕を見てみると、幕の一部が人一人分ほど破壊されていた。は、破壊して来たの?

 

「ああ、あれは終わった後に私がやったわ。あなたが急に蹲ったからどうしたのかと思って、もしも危険な状態だったら迂回なんてしてたら間に合わなくなるかもしれなかったから」

 

 僕を心配して駆けつけてくれたのか、うれしい。

 嬉しさで気分の悪さがだいぶ緩和されると、今度はヴィロットさんの顔の傷に目がいく。

 

「顔に傷が……」

「ああこれね。放っておいても治るわよ」

 

 確かに傷は浅そうだし放っておいてもすぐに治りそう。だけど、ヴィロットさんの綺麗な顔に傷が残らないか心配だ。

 

「それよりも早く戻らないと」

 

 そうだ、僕たちはロキと戦っていたんだった。それを妨害してきた相手と戦って買っただけ。

 

「ここに残るならそれでもいいわよ。向こうが終わったら迎えに来るから。私が全部やるつもりだけど、もしもの時は連戦はつらいでしょうし」

「いいえ、これくらいどうってことありません。僕も連れて行ってください。ただ一つ、僕が戦ったことだけ秘密にしてください」

「わかったわ。理由は聞かない」

「ありがとうございます」

「それじゃ」

「ちょっと待ってください」

 

 ヴィロットさんに少しだけ時間をもらい、埋めた狼たちの方を向いて合掌し黙祷(もくとう)を捧げる。せめて安らかに眠ってもらえるように簡単にだが弔いを。

 数秒の黙祷から目を開けると、隣でヴィロットさんも膝を突き指を組んで祈りを捧げてくれていた。

 

「痛みと恐怖を持たない彼らも、死によって清められ安らぎの地へ旅立った。あなたの他人の死に苦しめる思いやりの心は美徳よ、大切にしなさい。でも、時として死や罰が救いとなることもあるのよ」

 

 ヴィロットさんが言ってくれたことの意味は正直よくわからなかった。でも、僕の気持ちを楽にしてくれようとする気持ちは伝わったよ。

 僕は再びヴィロットさんに背負われてロキの方へと走り出す。ヴィロットさんに負担を強いるのは心苦しいが僕のスピードが大したことないのは事実。こうしてもらうのが一番自然なので仕方ない。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ヴィロットと誇銅が未知の敵へと向かった後、ヴィロットの手によって一度は止められた戦いが再開された。

 

「さて、再開しようじゃないかッ! 素晴らしき戦いをッ!」

 

 ロキは喜々として、全身を覆うほどの広範囲の魔法陣を展開させる。

 一誠はそれを防御式の魔法陣と思ったが、それは間違いで魔法陣から魔術の光が幾重(いくえ)もの帯となって放たれた。

 追尾性がある攻撃だったので、空中を飛び回るヴァーリ目掛けて光の帯が向かっていく。当然半分は一誠の方にも放たれる。

 ヴァーリは空中を飛び回ってそれらをすべて回避した。逆に一誠は避けることができないのでダメージ覚悟で突貫(とっかん)する。

 

 ガッ! ガガンッ!

 

 一誠の体に魔術の攻撃が突き刺さる。多少ダメージは入ったが覚悟して突っ込んだのでそれほど支障はなかった

 右の拳に力を籠めて、ロキ目掛けて低空飛行の最大加速で突っ込む。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 バリンッ!

 

 一誠の突撃にロキを覆う魔法陣が全部音を立てて消失する。そこへヴァーリが空中から大きな魔力の一撃を、さらに覚えたての北欧の魔術を加えて放つ。

 

「―――とりあえず、初手だ」

 

 バァァァァァアアアアアアアアアアッ!

 

 ヴァーリが魔力を掃射すると、一誠は急いでその場を後にする。一誠がロキの魔法陣を崩した後にヴァーリが間髪入れずに巨大な一撃を加えるチームプレーに見える個人プレー。

 採掘場の三分の一ほどを包み込む規模の一撃。

 しかし、その攻撃はロキに届かず、ロキが指先に展開した小さな魔法陣で軽々と受け止めていた。

 

「北欧の魔術を加えたか。だが急場(きゅうば)しのぎで覚えた術など、私に通じるとでも思ったか? 未熟者がッ!」

 

 魔法陣だけその場に残し、そこへ強力なアッパーを加えてヴァーリの攻撃を跳ね返した。

 広範囲で強力な一撃を撃ち返されたヴァーリは。 

 

『DividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDivid!!』

 

 半減の力で規模を威力と規模を半減させていき攻撃を回避した。

 

「倒せるとは思っていなかったが、軽々と返されるとは予想外だ」

「ふははは! だがなかなかよかったぞ。未熟な北欧の魔術を使わなければ威力を犠牲に攻撃は通っただろう。まあ、ノーダメージには変わりなかっただろうがな」

 

 二人の攻撃はロキに傷を負わすどころか汚れ一つ、帽子を脱がすことすらできなかった。それを見て一誠は神の恐ろしさを覚える。

 一誠はこうなりゃとオーディンから借り受けたミョルニルを手に取り、魔力を送って手頃なサイズにする。

 素の状態では持ち上がらなかったミョルニルも、禁手なら両手で何とか振り上げることができ、それをロキに突きつける。

 ロキはそれを見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

「ミョルニルか。まあレプリカだろうが。オーディンもだいぶ危険なものを赤龍帝に持たせたな。少し忌々しく思うが、まあいいハンデだ」

 

 ロキはオーディンがミョルニルを渡したことに少しばかり苛立ちを覚えたが、結果自分の勝利がより栄えると思えば悪くないとすら思った。この場にヴィロットがいればロキのその変化に悲しさすら感じただろう。

 一誠はミョルニルを振り上げ、構えた格好で背中のブーストを噴かす。ロキへ高速で向かっていき、目標を捉えて一気にミョルニルを振り下ろした。

 

 ドオオオオオオオオオンッ!

 

 その攻撃をロキは軽く躱した。地面には大きなクレーターが生まれたが、話に聞いていた雷は発生しなかった。

 それを一誠はミョルニルが不良品かと疑うが。

 

「ふっ」

 

 一誠の情けない姿にロキは失笑気味に笑う。

 

「残念だ。その(つち)は、力強く、純粋な心の持ち主にしか扱えない。貴殿には邪な心があるのだな。雷が生まれないのがその証拠。本来ならば、重さすらなく、羽のように軽いと聞く」

 

 そう言われて一誠には思い当たる節がたくさんある。一誠はそれを思い出して自分が使えない理由が理解できた。

 

「そろそろこちらも本格的に攻撃に移ろうか」

 

 ロキが指を鳴らすと、今まで心配そうにロキの様子を見ていたフェンリルが一歩前に進みだした。

 

「神を殺す牙。それを持つ我が(しもべ)フェンリル。一度でも嚙まれればたちまち滅びをもたらす。おまえたちがこの獣に勝てるというならばかかってくるがいいッ!」

 

 ロキがフェンリルに指示を出すと、その瞬間、リアスが手を挙げた。

 

「にゃん♪」

 

 フゥゥゥイイイイイィィィィィンッ!

 

 黒歌が笑むのと同時にその周囲に魔法陣が展開し、地面から巨大で太い鎖が出現した。―――対フェンリルに用意された魔法の鎖、グレイプニル。予定より早く届いたのはいいが持ち運びに困ったので、黒歌が独自の領域にしまい込んでいたのだ。

 それをタンニーンとバラキエルをはじめ、リアス眷属とヴァーリチームたちが掴み、フェンリルへ投げつける。

 

「無駄だ! グレイプニルの対策など、とうの昔に―――」

 

 ロキが無駄だと言おうとすると、ダークエルフによって強化された魔法の鎖、グレイプニルは意志を持つかのようにフェンリルの体に巻き付いていく。

 フェンリルは苦しそうな声をあたり一帯に響かせる。

 

「―――フェンリル捕縛完了だ」

 

 バラキエルが身動きできなくなったフェンリルを見てそう言った。

 一誠は見知らぬダークエルフに感謝する。

 フェンリルの動きを封じれば、あとは油断しなければ眷属たちだけで余裕で倒せる、残る敵はロキだけ。一誠はそう思っていた。

 一誠はわかっていなかった、ロキがどれだけの覚悟を持ってこの場所に来たのかということを。今までの敵のように自己中心的な考えしか持ち合わせていないと、そう思って今まで通り言われた通りに相手を倒せばすべてめでたしめでたしと考えていた。

 フェンリルの動きを封じられてもロキは焦らない。一誠が怪訝に思っていると、ロキは両腕を広げた。

 

「スペックは落ちるが―――」

 

 グヌゥゥゥン。

 

 ロキの両サイドの空間が激しく歪みだす。

 空間の歪みから新たに灰色の毛並み、鋭い爪、感情のこもらない双眸(そうぼう)を持つ二匹の巨大な狼が現れた。

 

「スコルッ! ハティッ!」

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」」

 

 月夜に照らされて、フェンリルより少しだけ小さい二匹の巨大な狼が方向を上げる。

 まさかの新たに二匹のフェンリルの出現に全員が驚きの顔をした。唯一ヴァーリだけは楽しそうな顔をする。

 二匹の新たなフェンリルを従え、ロキが言う。

 

「ヤルンヴィドに住まう巨人族の女を狼に変えて、フェンリルと交わらせた。その結果生まれたのがこの二匹だ。親よりも多少スペックは劣るが、牙は健在だ。十分に神、そして貴殿らを葬れる」

 

 二匹のフェンリルの子についてミドガルズオルムも教えてくれなかったと悪態をつく一誠。しかし、実際はスコルもハティも北欧神話に出てくるので少しでもロキについて調べていればもしかしたらわかっていたかもしれない情報なのだ。

 少なくても、ロキと戦うにあたって経験豊富な大人組は調べ知り、教えておかなくてはならない情報。それを怠ったための危機。

 ロキが二匹のフェンリルに指示を出す。

 

「さあ、スコルとハティよ! 父を捕らえたのはあの者たちだ! その牙と爪で食らい千切るがいいっ!」

 

 風を切る音と共に二匹の狼がリアス眷属たちのもとへ向かっていく。

 一匹はヴァーリチームへ、もう一匹はグレモリー眷属の方へと。

 予備の鎖を用意していないため、実力の劣るグレモリー眷属では有効打がない。

 

「ふん! 犬風情がっ!」

 

 タンニーンが業火を口から吐き出し、子供のフェンリルを大火力で炎で包み込む。しかし、スコルとハティにはダメージを受けても、決して怯むことはなかった。

 一誠が仲間の方へ視線を送っていると、ロキが大きな魔力の玉を撃ちだしてくる。

 

 グガァァンッ!

 

 攻撃事態は何とか避けたが、かすった部分の鎧が欠けてしまう。ロキからすればよそ見をせずにこっちを向けと言う警告程度の攻撃だったのだが、一誠は知るよしもない。

 そもそも、一誠は心の奥底では例え神でも赤龍帝の鎧をそう簡単に壊すことはできないと高をくくっていた部分があった。

 

「……相手が神格だと半減の力がうまく発動できないからな。少しずつでもその力を削らせてもらう!」

 

 ヴァーリが手元から幾重にも魔力の攻撃を北欧の術式と混ぜながら撃ちだしていく。しかし、そのことごとくロキの魔術で薙ぎ払われ、一撃たりともロキの体には当たらない。そもそも当たったところでダメージなど与えられる威力ではないが。

 

「しかし流石は白龍皇! 短期間で北欧の魔術の基礎をよく覚えられたものだ! だがな、すべてが未熟すぎるのだよ!」

 

 七色に輝く膨大な魔術の波動をロキが放つ。ヴァーリは背中の光の翼を大きく展開して迎え撃つ格好をした。

 

『DividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDivid!!』

 

 ディバイン・ディバイディングの能力を発動させ、ロキの攻撃を連続で縮小させていく。

 

「これぐらいの攻撃ならば触れなくとも半減の力は発動できる。が、消耗は激しいのでね」

 

 その攻撃はロキ本人には全く効いていないが、その攻撃に対しては有効であった。しかし、撃ち漏らしも多くヴァーリの鎧を撃ち抜く。白龍皇の鎧が大きく破損するが、ヴァーリはすぐさまそれを復元させていった。

 

「いっけぇぇぇええええええええっ!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 一誠はそこへ間髪入れず、特大のドラゴンショットをロキに放つ。ミョルニルを使えないとなれば一誠にできるのはこのくらいのこと。だが、一誠は一つ勘違いをしている。

 

 ドオオオオオオオオオオッ!

 

 一誠の攻撃にロキは不敵な笑みを浮かべたまま五本の指に小さな魔法陣を展開させ。

 

 ヒュィン。

 

 簡単にヴァーリの方へ流す。ヴァーリもそれは高速で動き簡単に避ける。

 一誠が犯した間違いとは、ヴァーリの攻撃後に間髪入れずに攻撃するのが僅かでもチャンスと思ったことだ。

 ロキは一度一誠のドラゴンショットよりも巨大な攻撃を弾き返している。一誠のドラゴンショットに対処できないはずがない。それなのに不用意に攻撃を加えてしまった。

 返されたのがヴァーリだったから避けられたが、もしも自分や眷属の誰かに返されれば躱すことができずにまともに受けてしまっただろう。

 

「ふははは! 白龍皇は強さを誇り、赤龍帝の方は凄まじい気合を込めて放ってきている。想いのこもった一撃と言うのはうちに響くものだ。攻撃に込められた想いと共にな。……どちらもずいぶん軽いものだ」

 

 一誠の攻撃を受け流したロキはつまらなそうな様子を見せる。

 

「白龍皇は自惚れ、赤龍帝は虚構と言ったところか」

 

 ロキの言葉にヴァーリと一誠は大小あれどカチンときた。今まで自他共に認められてきた自分の強さの誇りを、仲間への想いを軽いと言われれば腹も立つ。

 それでも神格を持つ巧い敵相手に今は精神を乱している場合ではない。ヴァーリも一誠も相手の挑発としてこの場は受け流すことに。

 

「まあいい。強さに期待するのであればあのヴァルキリーと戦えばいいこと。私がお前たちに求めるのは協力する二天龍を同時に倒したと言う実績だけだ。私を満足させられぬことなど気にする必要はない、安心して殺されろ」

 

 普通の上級悪魔や禍の団の魔王たちでも苦戦を強いられるであろう二天龍の攻撃を簡単に(さば)くロキ。余裕しゃくしゃくに二人を見下す。

 

「ずいぶんと調子に乗ったことを言ってくれるな。その程度で俺を完封したつもりか」

「これ以上続けても期待できそうなこともなさそうだな。では、そろそろ弱い方から片付けていくとしよう」

 

 ロキはヴァーリの言葉を完全に無視して自己完結で勝手に進めていく。本人は平静を装っているがそれがさらにヴァーリの神経を逆なでしていく。

 

「と言ったもののどちらも大差はないが、動きの鈍い赤龍帝の方が捉えやすいな。ヴァルキリーが戻ってきて倍増した力を譲渡でもされると流石に面倒になりそうだ。二人同時に殺すのもいいが、まずはそっちから殺すことにしよう」

 

 そう言ってロキが一誠の方を向くと―――。

 

「―――無視はいただけないな」

 

 ヴァーリは瞬時に動き、一誠に攻撃の矛先を向けたロキの背後を捕らえた。

 これには一誠もいける! と思わず思った。ヴァーリは手に大きな魔力の一撃を込めている。あれが間近で当たればさすがにロキも―――そう思う一誠だったが。

 

 バギンッ!

 

 ヴァーリは横から現れたフェンリルの大きな口に食われてしまう。

 

「ぐはっ!」

 

 ヴァーリを噛み砕いたのはスコルとハティではなく本物のフェンリル。一誠がグレイプニルで封じられてるハズのフェンリルの方を振り返ると、子フェンリルが口に鎖を咥えていた。リアスたちと戦いながら親を開放したのだ。

 吐血するヴァーリ。牙が白銀の鎧を難なく嚙み砕かれたが、何とかヴァーリの体を貫くことはなかった。

 戦闘開始時からずっと闇に紛れ隠れていた匙がラインを伸ばして僅かだがフェンリルを後ろに引っ張ったのだ。それによりヴァーリが致命傷を負う事だけは避けることができた。

 

「神様とのガチンコ戦闘には到底ついて行けないが、こういう役割ならここにいる誰よりも上手い自信があるぜ!」

 

 フェンリルは体に巻き付くラインを逆に引っ張って匙を釣り上げようとしたが、ラインは簡単に千切れてしまい匙を釣り上げることはできない。

 繋がったラインをこうして利用されることを恐れた匙は、最初からフェンリルをちょっと引っ張ったら全部ちぎれてもいいくらい強度を弱くしていたのだ。

 

「さあ、かくれんぼしようぜ」

 

 僅かに姿を現した匙はフェンリルを挑発し再び闇に姿を消した。

 倒せなくても自分がフェンリルの注意を引くつもりの行動だったが、フェンリルは匙の姿も気配も追えなくなると匙を無視して一誠たちの方を向く。

 

「私が背後を取る白龍皇に気づいてないわけないだろう。フェンリルめ、余計なことを」

 

 自分を救ってくれたフェンリルに向かってロキが言う。実際のところロキは本当に白龍皇が背後を取ったことには気づいており、攻撃と同時に仕留めるつもりのカウンターを食らわせてやろうと心の中でニヤニヤしていた。その場合、ヴァーリは致命傷どころのダメージではなかったかもしれない。

 

「ヴァーリッ!」

 

 一誠はヴァーリを救出するためにフェンリルへ突貫する。扱えないミョルニルは元のサイズに戻しておく。

 フェンリルは一誠の突貫に特に身構える様子はせず、真正面から向かってくる一誠よりもロキの方を見ていた。

 

「この駄犬がッ!」

 

 フェンリルの鼻先へ力をこめたストレートを打ち込もうとするが、前足の薙ぎで簡単に迎え撃つ。フェンリルの爪は赤龍帝の鎧ごと難なく一誠の体を切り裂いた。

 口と腹から血を飛び出させる一誠にフェンリルは決してトドメを刺そうとはしない。それよりもロキが気になって仕方ないから。

 

「ぬぅ! そやつらはやらせんっ!」

 

 タンニーンが火炎の玉で一誠たちを支援しようとする。すごい熱量と大きさだが、フェンリルはまた余所見をして逃げようとしない。一誠の攻撃と同じく逃げるまでもないから。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 

 透き通る美声な咆哮(ほうこう)が一帯を震わせタンニーンの炎が打ち消される。龍王の一撃もフェンリルは咆哮のみで打ち消す。

 しかし、タンニーン自体は目障りと感じたのか、フェンリルは一瞬で姿を消しタンニーンを切り裂いた。

 

「ぐおおおおおっ!」

 

 悲鳴を上げるタンニーン。

 巨大な体が同じく巨大な狼によってズタズタに切り裂かれる。いまいち集中力に欠けたフェンリルによってドラゴン三体があっという間に戦闘困難な状態に陥った。

 タンニーンは切り裂かれながらも奥歯にしまっていたフェニックスの涙を噛み砕いて飲んだ。それにより瞬時に傷が煙を立てて消えていく。

 続いて一誠もいくつか支給されたフェニックスの涙が入った小瓶を取り出し傷口にかけて傷を癒す。

 

「う~ん、なんだか戦場の見栄えがイマイチだな。もっと迫力のあるものにしたいのだが悪魔共にこれ以上期待はできそうもないし……そうだ! こいつも出せば少しは賑やかになる!」

 

 ロキはいいことを思いついたと指を鳴らす。

 ロキの足下の影が広がり、そこから巨大な細長いドラゴンが複数体現れる。その姿に一誠は見覚えがあった。それもそのはず、それの本物に一誠は一度会ってるのだから。

 

「ミドガルズオルムも量産していたのかッ!」

 

 タンニーンが憎々(にくにく)しげに吐く。

 その巨大な細身のドラゴンは、一誠たちが以前アドバイスをもらいに行ったミドガルズオルムそっくりだ。そんなドラゴンがタンニーンほどの大きさに縮んでるとは言え五体も現れた。

 量産型のミドガルズオルムは一斉に火を吐く。

 

「その程度でッ!」

 

 量産型ミドガルズオルムの炎はタンニーンの火炎で吹き飛ばされていく。

 ただでさえ劣勢だった戦況か敵の数が増えたことでさらに酷くなる。

 

「こなくそ!」

「防御に回ったら負けよ! 攻めて!」

 

 美猴とリアスの声。グレモリー眷属とヴァーリチームは子フェンリルと死闘を繰り広げていた。

 

「雷光よッ!」

 

 バラキエルが朱乃の放つ雷光よりも十倍以上の出力の雷を天から落とし、子フェンリルにぶつける。が、子フェンリルはダメージを受けても依然平気な様子で攻撃を開会する。実際にダメージは受けているのだろうが、戦闘意欲は微塵も衰えを見せない。

 

「赤龍帝と練習したのは伊達じゃないんでね!」

 

 木場は高速で動き回り、子フェンリルの動きに追いつき、聖魔剣を振り下ろす。

 聖魔剣が頭部に突き刺さり、子フェンリルの額から鮮血が噴き出す。

 

「ぐわっ!」

 

 それをチャンスを攻撃を加えようとしたゼノヴィアが子フェンリルに前足で反撃を受けて鮮血を噴き出しながら吹き飛ばされる。

 

「ゼノヴィア!」

 

 イリナが手に持っていたフェニックスの涙をゼノヴィアに振りかける。それと同時に光の槍を投げつけた。それはダメージにはならなかったが、一応牽制にはなった。

 フェニックスの涙のおかげで傷がふさがり、ゼノヴィアは再びデュランダルとアスカロンの二刀を構える。

 

「ギャスパー! やつの視界を奪って! 小猫はその瞬間に仙術で打撃をどこでもいいから入れてちょうだい!」

 

 リアスが叫ぶと、ギャスパーの体は無数のコウモリへと化して子フェンリルの目に集まり、視界を奪う。

 

「えいえいえい!」

「少しでもフェンリルの気を断ちます!」

 

 ギャスパーのフォローで一時的に視界を断たれた子フェンリルへ小猫が足へ一発。

 

「ゼノヴィア、今よ!」

 

 リアスの指示を受けて、ゼノヴィアが二刀を大きく構える。

 

「まだまだ負けない!」

 

 ゼノヴィアの気合の言葉が辺りへ木霊する。

 ディオドラの眷属相手に見せた二刀によるオーラの波動を子フェンリルに解き放つ。

 子フェンリルは聖剣の波動に包まれていく。ゼノヴィアの攻撃は子フェンリルの体に大きな傷を与えたものの、いまだに倒れはしない。

 

「いや、ここから!」

 

 木場が子フェンリルの足下に聖魔剣を大量に出現させ一時的に足を止める。その隙に高速で斬りこんでいく。そこへ朱乃の落雷で追撃する。

 その一方で―――。

 

「こいつはどうだ?」

 

 少し離れたところではタンニーンが大出力の火炎で量産型ミドガルズオルムを攻撃していた。戦場を炎の海が大きく包み込む。

 量産型のミドガルズオルムには龍王の炎は荷が重く、一匹がもがき苦しみ炎の中で消し炭となる。

 

「回復を! そちらも!」

 

 アーシアも合間合間にダメージを受けた者へ後方支援の回復のオーラを飛ばす。効果は絶大だが、休む暇なくオーラを送り続けているので疲労が募る。

 リアス眷属が相手している子フェンリルとは別のもう一匹の相手をするヴァーリチームは。

 

「オラオラオラオラ!」

 

 美猴が如意棒の乱打で子フェンリルを何度も殴打していく。

 

「デカくなれ、如意棒ッ!」

 

 巨大なサイズになった如意棒を振るい、子フェンリルの頭部へ鋭く打ちつける。

 

「にゃははは♪ それそれ足止め」

 

 黒歌が術で子フェンリルの足下をぬかるみに変え、足を取られ動きを封じられた子フェンリルにアーサーが強いオーラを放つ聖王剣で斬りかかる。

 

「とりあえず、片目を奪っておきますか」

 

 子フェンリルの左眼を聖王剣で大きく抉っていく。

 

「次は爪」

 

 さらにそのまま肉ごと前足の爪を削ぎ落し。

 

「そして、その危険すぎる牙も! この聖王剣コールブランドならば、子供のフェンリルごとき空間ごと削り取れるはずです!」

 

 聖王剣が空間を震わせなが、子フェンリルの牙を削り取った。

 さすがに左眼、爪、牙とやられれば、子フェンリルも激痛で悲鳴を上げた。

 苦戦しているリアス眷属と違い、ヴァーリチームは子フェンリル相手にも優勢に戦いを進める。

 

「戦場が栄えたのはいいものの、少々戦況が不細工だな」

 

 子フェンリルのスコルとハティ、量産型のミドガルズオルムが以外にも苦戦しているのを見てロキがつぶやく。ついさっき戦っていた一誠とヴァーリ達など眼中になく。

 

「二天龍が思った以上に弱く退屈していたところだ。――――少しばかり悪戯でもするか」

 

 ロキは邪悪な笑みを浮かべロキの魔獣たちと戦うリアス眷属とヴァーリチームを見る。




 思った以上にめっちゃ長くなってしまった! キリのいいところで後編に分けようと思ったが、キレるところがない! なので半場無理やり切りました。
 原作読んで乳神とかのくだりはどうしようかと悩みます。前作では触れなかったので読み飛ばしていたんですが、読んでみると茶番が酷い。あの状況で空気をぶち壊すようなギャグはないなと感じました。
 アンチ・ヘイト作品を書いてる身でありますが、私なりに原作を尊重して乳神のくだりも書くつもりでしたが……辛いな、どうしよう。

 なんか嫌な部分で終わりましたが、筆が乗れば年内中にもう一話いけるかもしれませんが、とりあえず年内の投稿はおそらくこれが最後です。
 それでは皆様、よいお年を。


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悪戯な悪神の悲願(下)

 皆様、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 年賀状を出す友達が年々減ってきている作者です。ただ、手書き派なので楽にはなってますね(笑) 私は手書き+ちょっとしたイラストを表の余白に書くんですが、今年は二枚しか出す人がいなかったので艦これの瑞鶴なんかを幼女verで書いちゃいました。なんで幼女verなのかって? 等身的に絵がゆるくて書きやすかったからです。

 長々とした挨拶と無駄話もこのくらいにしておきましょう。それでは続きをどうぞ!


 自分たちではなく仲間たちの方を邪悪な笑みで見つめるロキに一誠は焦る。

 本来は一誠とヴァーリの二天龍でロキを抑え込まなくてはならない。フェンリルの捕縛に失敗し、さらに新たに子フェンリルと五体の量産型のミドガルズオルムが乱入。

 余計に自分たちがロキを抑えておかなくてはならないのにこの有様。このままでは今の比較的安定しだした戦況も一気に覆されかねない。

 

「待てロキ!」

「すぐ済む、少し待ってろ」

 

 一誠を適当にあしらって向こう側へ行こうとするロキ。

 ロキの強さはリアスたちの予想を遥かに上回り、予想外の子フェンリルと量産型のミドガルズオルム、当てにしていたミョルニルとグレイプニルも不発。そんな状態でこの危ういが均衡した状態が崩されれば一誠たちに勝機はない!

 

「クソッ! 黙って行かせるかよ!」

 

 ロキを止めるために即席のドラゴンショットをを放つ。

 赤龍帝のブーストを込めた特大のドラゴンショットですら小さな魔法陣で簡単に流されたのに、今さら即席の小さなドラゴンショットで止められるハズもなく。ロキに当たりさえしたが、ノーダメージで足止めにもならない。

 

「さてさて、どんな悪戯をしようか」

 

 邪悪な笑みで悪戯小僧のようなことを言いながらリアス眷属とヴァーリチームの方へ近づく。

 

「グレモリーの方はスコルの幻影を大量に生み出してやろうか。一匹のフェンリルに全員で何とか対処してるのだからきっと慌てふためくぞ。白龍皇の仲間たちはハティ相手にかなり善戦しているからな、ハティの失った部位を補強して相手の体の部位を少し()ぐか。……うん、なかなか良さそうだ!」

 

 虫の羽を捥ぐ子供のように残酷なことを一人で楽しそうに語るロキ。

 残念なことに一誠にはロキを止める力はない。ヴァーリもフェンリルと対峙し動くに動けない。

 

「……兵藤一誠」

 

 ヴァーリがフェンリルとにらみ合ったまま一誠に話しかけた。フェンリルに噛まれた傷はフェニックスの涙で治癒済み。

 

「ロキと、その他はキミと美猴たちに任せる」

 

 一誠はヴァーリの言葉の真意がわからなかった。

 

「この親フェンリルは、俺が確実に殺そう」

 

 それを耳にしたロキは動きをピタッと止めてヴァーリの方を見る。

 

「ほう、それはどうやってだ? 回復したとは言え貴殿とフェンリルの実力差は明らかであろう。それでもその実力差を埋められる何かがあると言うのか?」

「天龍を、このヴァーリ・ルシファーを舐めるな」

 

 一誠が寒気を感じるほどの睨みをヴァーリがロキに利かせたあと、静かに口ずさみだした。

 同時に神々しいオーラがヴァーリから発せられる。鎧の各宝玉が七色に輝きだした。

 

 カアアアアアァァァァァァアアアアアアアアアアッ!

 

「我、目覚めるは―――」

<消し飛ぶよっ!><消し飛ぶねっ!>

 

 ヴァーリではない声が響く。白龍皇の内に存在する歴代白龍皇の思念体の声。一誠の時と同じように怨念の籠った声を発する。

 

「覇龍か……!」

 

 ヴァーリのオーラが覇龍化していくと同時に徐々に膨れ上がると、ロキは驚いた表情をした後嬉しそうな表情をした。

 

「覇の(ことわり)に全てを奪われし、二天龍なり―――」

<夢が終わるっ!><幻が始まるっ!>

「無限を妬み、夢幻を想う―――」

<全部だっ!><そう、全てを捧げろっ!>

「我、白き龍の覇道を極め―――」

「「「「「汝を無垢の極限へと誘おう――――ッ!」」」」」

Juggernaut Draive(ジャガーノート ドライブ)!!!!!!!!』

 

 採石場跡地全域を眩く照らす、大出力の光が対峙するフェンリルをも吞み込んでいく。しかし逃げはしない。

 そのパワーに一誠は圧倒され感覚が麻痺してしまいそうになる。が、肝心のフェンリルとロキはそうでもない。

 

「黒歌! 俺とフェンリルを予定のポイントに転送しろッ!」

 

 光輝くヴァーリは黒歌にそう叫ぶ。黒歌はそれを聞いて、にんまり笑うと、手をヴァーリに向けて宙で指を動かしていた。

 

「いいや、させないね!」

 

 それに対抗するようにロキが指を鳴らしてヴァーリを遠くからつまむような動きをする。すると、ヴァーリを挟むように魔法陣が展開された。

 グレイプニルがヴァーリの方へ転移し、巨大な光と化したヴァーリとフェンリルを魔力の帯のようなものが幾重にも包みだす。

 フェンリルはその魔力の帯の中から即座に逃げ出した。そして、鎖だけが夜の風景に溶け込み、その場から消えていく。

 

「にゃん!?」

 

 黒歌の術はロキの魔法陣により完全に阻まれてしまい、大事なグレイプニルだけが転移されると言う事態を引き起こしてしまった。

 

「覇龍を倒すなんて最高に栄えるではないか! そんなおいしい見せ場をフェンリルにやるわけがない、私自身が相手をしよう! しかし流石は覇龍だな、調整が難しい。―――だが、不可能なことはない」

 

 ロキはつまむ指を横から縦に変え、それと同時にヴァーリを挟む魔法陣も縦に変わる。ロキの魔法陣がヴァーリの動きを拘束する一人用の檻へとなった。

 その中でロキはヴァーリが自滅しないように自身の魔法陣の中限定でヴァーリの覇龍の補助を施した。

 

「よし、これで安定した。ちょっと悪戯を済ませたらすぐに相手をしてやる、だからしばし待て」

「なっ!? 覇龍を封じ込めただと! しかもあんなに安定させた状態で!」

 

 ヴァーリの覇龍が封じられたことに驚くタンニーン。それはそのはず、そんなことはオーディンどころか今まで誰も成しえなかったことなのだから。

 

「赤龍帝、貴殿は覇龍にならないのか? どうせそのままでは勝てんのだから、覇龍になった方がいいと思うぞ?」

 

 ロキはニヤニヤと一誠にアドバイスを送る。例え二天龍が同時に覇龍となっても勝てるという自信の表れ。それも自惚れではなく、覇龍のヴァーリを封じ込めた技量から勝てる見込みは十分ある。

 

「まあどっちでもいいがな。私が戻るまで考えておけ」

「ま、待てッ!」

 

 一誠がロキを何とか止めようとして言うと、ロキが止まった。もちろん一誠が待てと言ったから止まったわけではない、ロキはある方向を向いていた。そして、フェンリルも同様に同じ方向を向いていた。

 

「チッ、面倒なのが戻ってきた」

 

 ロキは忌々しそうにつぶやく。フェンリルはどことなく少し嬉しそうな様子。

 小さくだが岩山の向こうから何かが近づいてくる音が聞こえてくる。すると、岩山を飛び越えて一つの影がロキとリアスたちの前に現れた。それは―――誇銅を背負ったヴィロットだった。

 

「かなり心配だったけど、ちゃんと持ちこたえられたようね」

 

 横やりを入れてきた邪魔者の対処から帰ってきたヴィロットと誇銅。戻ってきたばかりのヴィロットは戦況がどう動いたのかを知るために周りを見渡す。

 ロキは一誠を素通りし、白龍皇は覇龍状態で魔法陣に閉じ込められ、予定ではグレイプニルで縛られてるハズのフェンリルがフリー、リアス眷属はスコルに苦戦しヴァーリチームはハティに善戦、タンニーンは残り3体となった量産型のミドガルズオルムを押している。

 

「やっぱり作戦は大失敗したようね」

 

 当初の作戦では全く予想されていなかった不測の事態が多々起きているがヴィロットは少しも慌てない。むしろ予想通りある意味安心さえしていた。

 そんな落ち着いた様子のヴィロットにロキが訊く。

 

「この状況は貴殿の予想通りと言うのか?」

「ミドガルズオルムを量産して連れて来たのは予想外だけど、聖書勢力の劣勢とスコルとハティについては私の予想内ですね」

 

 ヴィロットはロキが子フェンリルのスコルとハティを連れてきていることが予想通りと言った。つまり、作戦会議でリアスたちが少しでも有利になれる情報をあえて隠していたことになる。

 

「ならばなぜ教えてやらなかったのだ? 知れば少しでも貴殿らが有利になったであろうに。まあ、結果が変わるとは思えないが」

「そうでしょうね、私もそう思います。だから黙っていたんですよ。実力差をキチンと理解できてない彼らにそれを教えてしまうと、私でもカバーしきれない変な作戦を立てられる恐れがありましたからね」

 

 それを聞いたロキは少し驚き、一拍置いて笑い出した。

 

「ふはははは! なるほど、なるほどな! 確かにそう言われても仕方のない体たらくと言えよう。例えフェンリルを連れていようと私は一人、当然敵地で戦うのだから不利な状況からの多対一を想定していないわけないと言うのに、貴殿らは小細工なしの力押しで向かってきた。先のもう一人の魔王の血筋のような奇襲がどれだけ飛んでくるか、北欧を出る前は少々不安に思っていたのだがな」

 

 ロキは余裕を振りまきながらも内心少し不安を覚えたことを明かす。しかし、実績と高い攻撃力に回復まで兼ね備えるリアス眷属にヴァーリチームに堕天使幹部、現役龍王にソーナ眷属のサポートがあるからと、存分に暴れられる場所のお膳立てのみで正面から正々堂々と戦いを挑んできたことに安心感を覚えた。

 グレイプニルの強化やミョルニルのレプリカと多少予想外はあったものの、全て手持ちの札で対処できるものばかり。ロキが当初危惧していたものよりだいぶ軽いものだった。

 

「まあ、そのおかげでこうして戦場を飾る余裕ができたのだがな」

「ロキ様、私からも質問させてください。―――この短い時間の間に一体何があったのですか?」

 

 ヴィロットは訝し気に質問した。

 

「ん、それは一体どう言う意味だ?」

「私はロキ様のことをあまり知りません。しかし、あの時戦ったロキ様と今のロキ様は違いすぎます。別人とまでいきませんが、人が変わったようです」

 

 二度目の襲撃開始時からヴィロットはロキの様子がおかしいと気づいていた。そして、今の会話からそれが疑惑でなく確信へと変わった。

 

「最初の襲撃ではロキ様は目的はあくまでオーディン様であり、他の者はあくまで障害になればとのことでした。しかし今のロキ様はその邪魔者を積極的に狙っています。始めと今では目的が違っています」

 

 ロキは始めオーディンの護衛たちに邪魔をしなければ危害は加えないとほのめかし、その証拠にフェンリルも聖書勢力の護衛を狙うと見せかけて最初っからオーディンだけを狙わせた。

 しかし、今は二天龍を倒したと言う名声を欲しがっている。オーディンとの戦いも無関係な一般人を観客と呼び目立つことを意識していた。

 もしもロキがオーディンと日本神との会談を阻止するのが目的なら、リアスたちをこの場に残して会談が円滑に進んでしまう前にさっさと戻らなければならない。それなのにロキは戦いを楽しみ、見栄えまで気にしてじっくり時間をかけて一誠たちと戦っている。

 ロキの前と今の意見が矛盾している。

 

「ん、そうか? そうだったか? ……そうか? 私はそうは思わんが」

「本気でそう言ってるのですか?」

「? ……ィ!」

 

 ヴィロットに言われもう一度軽く考えてみると、突然小さな頭痛がロキを襲う。考えるほどになぜか頭痛がするので、ロキは考えるのをやめた。

 ヴィロットに言われたことが多少もやもやするが、ロキはすぐにそれが気にならなくなりケロっとした表情で話を続ける。

 

「……赤龍帝、ミョルニルを私に」

 

 ヴィロットは向こう側にいる一誠に手を差し出しミョルニルを渡すように促す。

 それに一誠もうなずく。自分が持っていたところで宝の持ち腐れだから。

 だがロキも、ミョルニルが一誠のような邪念に塗れた一誠の手から、強く正義心の強いヴィロットの手に渡ることは阻止しようとした。

 

「おっと、それはいけないな」

 

 ロキは一誠とヴィロットの間に割って入りミョルニルの受け渡しを阻む。

 一誠を絶対に通すまいとロキは一瞬だがヴィロットに背を向けた。その隙にヴィロットは一蹴りでロキに近づき、背後から横っ腹に強い蹴りを放ちロキを退かす。ロキも魔法陣でガードしたが、そのガードの上からヴィロットはロキを軽く吹き飛ばしたのだ。

 こうして一誠から直接ヴィロットへミョルニルが手渡された。

 

「ありがとね」

 

 一誠からミョルニルを受けると、ヴィロットはそれを軽く確認して反対側の岩山に投げつけた。

 

「えっ! ええっ!!? ちょっと何してるんですか!?」

 

 せっかくの秘密兵器が渡した瞬間仲間の手により岩山にめり込んだのを見て一誠は二度見するほどの驚きを見せる。

 

「これで赤龍帝がミョルニルを暴発させる心配がなくなった」

 

 驚く一誠を完全に無視してヴィロット自身は一安心と言った表情。

 

「もういいわ、下がってなさい」

「えっ…?」

 

 一誠にはヴィロットが何を言ってるの少しの間理解できなかった。それでも何とか頭を整理していくが、その言葉がどう考えても自分一人でロキと戦うと言う意味にしかとらえられない。

 ミョルニルを捨てるヴィロットの行動を見てロキが言う。

 

「ミョルニルを捨てるとは愚かなことをしたな。貴殿なら赤龍帝と違い間違いなくミョルニルを使えたであろうに」

「私には私の戦い方があるので。ミョルニルなんて必要ありません」

 

 その答えを聞いてロキは嘲笑(ちょうしょう)的な笑みを浮かべる。

 

「そうか。まあいい、貴殿を倒すのが楽になったわ」

 

 ロキが指を鳴らすと、ヴァーリを閉じ込めていた魔法陣の上下がそれぞれ逆回転しだす。すると、ヴァーリの覇龍が剥がれ禁手も強制的に解除された。

 

「安定してるとは言え覇龍を維持し続ければせっかくの白龍皇が弱ってしまうからな。解除した状態でしばらく待て」

 

 まるで虫かごの中の虫をいたわるかのようなロキのヴァーリに対する一種の優しさ。それがヴァーリにとって耐えがたい屈辱となる。それと同時にもう一つ大きな感情がヴァーリの中に。

 覇龍が解除させられたことに一誠もヴァーリチームも、そして何よりヴァーリ自身が最も驚いていた。

 ヴィロットは背負っていた誇銅を比較的安全な場所に降ろしてロキと戦うために近づこうとする。

 一人で戦おうとするヴィロットに一誠が言う。

 

「ちょっと待てよ! ロキはめちゃくちゃ強い、一人で到底敵う相手じゃない。俺も力を…」

「邪魔」

 

 ヴィロットは協力しようとする一誠の手を自然な流れで振りほどき、協力しようとする意志をバッサリと切り捨てた。

 あまりに自然にバッサリと切り捨てられたので一誠も驚きでまたもや思考停止してしまう。

 

「向こうの仲間でも助けてきなさい」

 

 そう言われ一誠はハッと我に返る。一誠自身ヴィロットの強さの鱗片は身をもって味わっている。

 とてもロキに勝てるとは思っていないが、ここで仲間割れするよりピンチの仲間を助けに行くべきだと考えた。

 

「おっと、そうはさせない」

 

 ロキは仲間の元へ駆けつけようとした一誠をヴァーリと同じ方法で魔法陣の中に捕らえた。

 

「勝手な行動をするな。そこで私たちの戦いを、仲間たちが無残に殺されていく様子を眺めて待っていろ」

「くそっ! 出せッ!」

 

 一誠は必死に魔法陣の檻を壊そうとするがビクともしない。幸い一誠の禁手は解除されてないが、それでも一誠の力では到底壊すことは不可能。

 

「本来ヴァルキリーなど敵ではなのだが、貴殿の場合少々手こずることは考慮するべきかもしれぬな。この私がここまで高く評価しているのだ、光栄に思うがいい」

「まあ、ありがたく受け取っておきましょう」

 

 その言葉をきっかけにロキは強力な漆黒の魔術の波動を放つ。それは二天龍に放った七色の波動と遜色のない威力だが、一点にまとめられている分威力は高い。

 

「ふんっ!」

 

 ヴィロットはその攻撃をオーラを纏った拳で受け止め、散り散りとなった魔術の波動はロキの方へと跳ね返された。

 その波動でロキが大きなダメージを受けることはなかったが、その風圧でロキの帽子が宙に飛ぶ。

 

「ん!?」

「見事だ、やはり北欧最強の名は伊達ではないようだ。小手調べとは言えあの攻撃を無傷で跳ね返すとは」

 

 ヴィロットはロキの帽子の下を見て表情を変えた。以前は普通だったロキの頭部が、一部サイボーグのようになっていたのだ。

 ロキはヴィロットの視線が自分の頭部に向いているのに気づき、サイボーグの部分を触りながら言う。

 

「ああ、これか? 確かに変だよな。もう少しどうにかならなかったものか」

「ロキ様、それは一体どうしたんですか」

 

 ヴィロットが真剣な声色で訊くと、ロキは軽い口調で答えた。

 

「オーディンの馬車を襲撃した後、妙なロボットの集団に襲われてな。恥ずかしながらも俺は捕まってしまい、気づいたらこういう具合さ。始めは何をされたと思ったが、これが予想外に素晴らしいものだった! 力が体中から無尽蔵に溢れ出す! それだけではない、頭もさえまくり新しい魔術が泉のように湧き上がってくる! オーディンの使う脆弱で稚拙な魔術など目ではない!」

 

 ご機嫌に自分の身に起こった出来事を話すロキ。そんなロキを見ていたヴィロットは目を閉じて顔を反らした。そして右手の握り拳をフルフルと震わせる。

 フェンリルは悲しそうな目でロキを見た。ロキはそんなフェンリルに言う。

 

「ふはははは! 今思えば惜しいことをさせてしまったな、フェンリルよ。おまえにもこの素晴らしい力を与えられるチャンスを棒に振ってしまったのだからな。おまえ一人を逃がし、約束の日に予定の場所で落ち合おうと言ってしまった。すまぬフェンリルよ、あの時はまさかこんな力が得られるとは夢にも思わなくてな」

「クゥゥ……」

 

 心配そうな目で悲しそうに鳴くフェンリル。高笑いするロキを見た後フェンリルはヴィロットの方を見る、まるで助けを求めるかのような瞳で。それにヴィロットは力強い眼差しで答える。

 

「もう話はよかろう、後が(つか)えている」

「……わかりました」

 

 ヴィロットが了承するとロキは速攻で何重もの魔法陣を周りに展開させ、同時に虹の対称色の不気味で膨大な魔術の波動を放つ。

 今までの攻撃とは比べ物にならない逆虹色のオーラに、魔法陣から放たれる不気味な光が幾重もの帯となって逃げ場を失くす。

 どちらの攻撃も先ほどの戦いで見せなものを組み合わせただけの単純なものだが、単純だからこそロキの強さが純粋に表れた強力な組み合わせとなる。

 

「逃げ場などどこにもない!」

「はなから避けることなど考えてないわ」

 

 あろうことかヴィロットはその強大な攻撃に真正面から突撃。

 四方八方から迫りくる不気味な光の帯をその身に受けつつ、逆虹色の膨大な魔力に向かって顔の前で両手をクロスさせて突進した。

 オーラで幾分強化されたヴィロットの体と本命の逆虹色の魔力がぶつかり、ヴィロットの突進も流石に一度は止められはしたが、ヴィロットはそのまま膨大な魔力の中を砕氷船の如く突っ走る。そしてついにロキの本気の一撃をその身一つで突破しロキの目の前までたどり着いた。

 

「バカな! 我の本気の一撃を生身で突破するなどッ!」

 

 ヴィロットは左手でロキの顔を掴み垂直にさせ、その状態で顔面に強烈な一撃を加えた。吹き飛ばし威力を逃がさないため、もしも相手に余力が残った時にすぐさま確認し追撃をかけるため。

 

「ぐぅ……がはっ!」

 

 一誠とヴァーリがあれだけ攻撃して帽子一つ脱がせられなかったロキに、ヴィロットは素手のたった一撃ですぐには立ち上がれない程のダメージを与えた。

 ロキが倒されたことにより一誠とヴァーリを閉じ込めていた魔法陣が解除される。

 ヴィロットは倒れるロキに近づく。

 

「うぅ……ヴィロットよ、よくぞ俺を止めてくれた」

 

 二天龍をものともせずに戦ったのにヴィロットの拳により一撃で沈められてしまったと言うのに、ちっとも悔しがる様子はなくロキはまるで憑き物が落ちたような顔をしていた。その瞳も始めてヴィロットと対峙したあの覚悟の籠ったものに戻っている。

 

「ロキ様、お目覚めになられたんですね」

「いや、意志はずっと残っていた。しかし、まるでもう一人の邪悪な自分に体を乗っ取られたかのように自由が利かなかった。我を止めてくれて、我を正気に戻してくれたことには大変感謝している。礼を言う、ヴィロットよ」

 

 ロキはそう言うと自嘲(じちょう)気味に軽く笑う。

 

「全く、なんという失態をしてしまったのだ我は。これではオーディンと同じ……いや、それ以上の愚行ではないか」

 

 倒れるロキのもとにフェンリルが心配そうに近づく。しかし、心配そうな表情の中にはどこか安堵の表情がうかがえる。

 近づいてきたフェンリルにロキが言う。

 

「フェンリルよ、スコルとハティとミドガルズオルムを止めてきてくれ」

「ガウ」

「心配かけたな、フェンリルよ。我の負けだ、ヴィロットよ。おとなしく貴殿に従おう」

 

 ロキが負けを認め、護衛側も死人はなし。子フェンリルと継続で戦ってるリアス眷属とヴァーリチームもこれで戦いをやめられる。北欧ではこれから審議が行われるが、全てまるく収まりめでたしめでたし。―――と、なると思いきや。

 

 バキュゥン!

 

 ヴィロットたちの背後の遠くから小さな銃声が鳴る。その音はいまだ戦いを続ける喧騒にかき消されたが、その音の結果はロキの胸にしっかりと残っていた。

 

「ごふっ!」

「ロキ様!」

「ヴァオン!?」

 

 ロキの胸にできた小さな弾痕からおびただしい量の血液が流れでる。突然の出来事にスコルとハティとミドガルズオルムを止めに行ったフェンリルも途中で駆け戻ってきた。

 

「「「ッ!?」」」

 

 誇銅はその銃撃が飛んできた方向を魔力で底上げした目で見た。すると、その視線の先には先ほど倒した狙撃兵タイプのロボットがいた。

 銃撃は誇銅を狙ったものではなく、なおかつ誇銅の感知範囲外から撃たれたものだったので誇銅も気づくことができなかった。

 ロキを狙撃した狙撃兵タイプは用が済んだとばかりに小型の転送装置のようなものを使って離脱する。

 

「うっ……ぐぐっ……」

 

 撃たれた胸を押さえながら苦しそうに血を吐くロキ。通常の銃弾なら神の体を傷つけることはできない。しかし、当然それをわかっている相手は対神族の特殊弾丸を使用した。

 銃弾は綺麗にロキの心臓を撃ち抜いており、もう助からないことはロキを心配するものは本人を含めてもうわかってしまっている

 

「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオンッッ!」

 

 月夜の中、フェンリルの綺麗な遠吠えが戦場に響き渡る。

 その鳴き声は、以前の美しくも戦慄を覚えるものではなく、聞くものが聴けば哀しさと儚さに思わず涙を流してしまいそうなであった。

 突然のフェンリルの鳴き声に殆どの者は突然の殺意のない遠吠えにただ驚くだけだが、ヴィロットと誇銅、その他二名はなぜか涙を流す。

 

「こうなることはもとより覚悟していた。しかし! こんな結果になるとは……! ぐふぉッ!」

「ロキ様!」

「オーディンの反対派でオーディンに直接意見できるのは私ぐらいのものだ。他の者では、オーディンの主神と言う地位に畏れてしまっている。そのためには……どこかで強引にでも動く必要があると私は考えた……。そしてそれが今回の会談、そこが動くべき時であり、動かなくてはいけない時と考えた。私が倒れる時は仰向けではない、うつ伏せでなくてはならない……。そうして、オーディンの地位の溝に恐れる者の人柱となり架け橋となるのだ……。それが……私の望み……北欧を……守ること……」

 

 息も絶え絶えで自分の意志を語るロキ。

 ロキはヴィロットの手を残る力で力強く握った。

 

「頼む! 北欧の皆に伝えてくれ。そしてできる事なら、貴殿にも継いでもらいたい」

「もちろんそのつもりです。今回の事件、私は包み隠さず全てを伝えるつもりでした。それがロキ様の望み通りの結果になるかはわかりませんが」

「それでいい、きっと私と(こころざし)同じものには届くだろう……ゴフゥッ!」

 

 自らの意志をすべて伝えたところでロキは息を引き取った。

 対神族用に作られた弾丸はすぐさま効力を発揮し、そのおかげで長く苦しまず楽になれたのはせめてもの幸運だったと言えるかもしれない。

 

「くっ! 一体なぜロキ様が……!」

 

 涙を流しながらもロキがこんな目にあわされたことに怒り震えるヴィロットだが、ロキの遺体を見て何かを感じた。

 ヴィロットの感じた通りロキの遺体に異変が起こる。死んで間もないと言うのに皮膚の色が変色し、筋肉はまるで生きてるかのように躍動(やくどう)し始めた。

 

「フェンリル! ロキ様から離れなさい!」

 

 ヴィロットはフェンリルにそう言うと自身もロキの遺体から離れる。

 死んだはずのロキが自らの力で起き上がり、生気のない白黒反転した死んだ瞳を開いた。

 

「もしやこれは、デッドウイルス……!?」

 

 立ち上がったロキの姿を見てヴィロットがつぶやく。そのつぶやきを聞いた誇銅はなぜヴィロットがデッドウイルスを知っているのか驚きと同時に疑問に思った。しかし今はそれどころではない。

 デッドウイルスは死んだ細胞を再構築させ強力なゾンビに変えるウイルス。人間の感染体ですら並の悪魔を凌ぐ強さを持つ。適合体ともなれば上級悪魔ですら餌食になるほど。それが神格に与えられたとなれば想像は難くない。

 

「ぐぅ……」

 

 ロキが魔法陣を展開させる。すると、タンニーンと戦っていた最後の一匹の量産型のミドガルズオルムのもとに同じような魔法陣が出現した。

 最後の量産型ミドガルズオルムは魔法陣に一部だけが吸い込まれロキの手元の魔法陣に転移させられた。―――ロキの手元に転移されたのは死体となったミドガルズオルムの頭部だけ。

 ロキは頭部から三分の一以下となった量産型のミドガルズオルムの切断面を自分の背中にくっつけた。すると、死んだはずのミドガルズオルムがロキと同化し、同じく生気のない充血した目で再び動き出した

 その姿には龍王のタンニーンもフェンリル以上の恐怖を覚えた。ただ自分より強い相手に覚える恐怖ではない、対峙することすら拒絶する龍王が初めて味わう種類の恐怖。

 

「もう、出し惜しみしてられないわね」

 

 ヴィロットは手袋を外し風穴の空いた両手を露わにする。そして、指輪に戻した聖剣を再び大剣の姿にした。

 ヴィロットの大剣にロボットと戦った時と同じような強く純粋な聖なるオーラが宿る。すると、ゼノヴィアの持つデュランダルとアスカロンが、アーサーの持つコールブランドと支配のエクスカリバーが不規則で不思議な光を放ち始めた。

 

「ガァァッ!」

 

 ロキは獣のように吠えると、自分は動かずに背中のミドガルズオルムの首がヴィロットに襲い掛かる。

 ヴィロットはその頭を冷静に素早く斬り落とした。が、切り口から新たなミドガルズオルムの頭が生え、切り落とした首からも新たな胴体が生えてくる。

 

「貴様の相手はこの私だッ!」

 

 タンニーンが切り落とされた方のミドガルズオルムに向かって火炎を吐く。それに対抗してミドガルズオルムも濁った炎を吐く。巨大なタンニーンの火炎は半分ほどに縮んだゾンビミドガルズオルムの炎に見事撃ち負けてしまった。

 

「なんだと!? ぐぉぉぉぉッ!」

 

 さっきまで五体一で押し勝ったミドガルズオルムの攻撃に押し負けたことに面食らい回避が遅れてしまい、直撃でないにしろ大きなダメージを受けてしまった。

 

「チッ」

 

 ヴィロットはゾンビミドガルズオルムが動き出すより前にゾンビミドガルズオルムの前に立ち、大剣に聖なる球体を張り付けゾンビミドガルズオルムの口へ向かって銃剣の一撃を放った。ゾンビミドガルズオルムもそれに対抗して再び炎を吐く。

 聖なる球体はゾンビミドガルズオルムの炎を突き破って口の中に見事入り、頭部から尻尾の順番にゾンビミドガルズオルムを消滅させていく。

 

「邪魔、足手まといだから引っ込んでて」

 

 ヴィロットは龍王タンニーンにとって屈辱的な言葉を平然と言い放つ。もちろんタンニーンも格下のヴァルキリーのその言葉は屈辱であった。しかし自分は負けヴィロットは勝った。力を至上とする悪魔と力を誇ってきたドラゴンの王としては黙って従わざる得ない。

 

「フェンリル、あなたも下がっていて。あなたまで感染されたら流石に一人じゃ対処しきれない」

 

 今にもロキに飛び掛かりそうなフェンリルにヴィロットは言う。

 ヴィロットにとって邪魔するのであれば別に聖書の護衛たちごと斬ることは造作もない。だが、万が一仕留め損ねてゾンビが増えるのが最も困る。だから下手に加勢しようとする者は暴力を使ってでも止めさせる。

 

「ミドガルズオルムは斬れば再生し増えるか。となると、ロキ様自体も増えはしなくとも再生できると考えたほうが良さそうね」

「ガァァァァッ!」

 

 今度はミドガルズオルムだけでなく、ロキ本人もヴィロットに襲い掛かる。

 ミドガルズオルムは不規則に動きながら撹乱し、ロキは襲い掛かりつつも中距離からいくつもの魔法陣を展開させた。

 それを見ていた一誠はゾンビなのにまだ魔法を使うのかと驚いていたが、ヴィロットは予想通りと一切焦らず二つの動きを観察する。それと同時に聖なる砲弾を生成し大剣に装填した。

 展開された左右の魔法陣からは右側からは追尾性のある光の矢、左側からは生き物のように迫ってくる緑色の濁った炎。ヴィロットはその二つを無視し、ミドガルズオルムのみを見て構えた。

 

「ここッ!」

 

 ヴィロットは大剣を振り、聖なる砲撃を発射した。そしてその後すぐに剣先を下に向けて前に構えると、大剣の聖なるオーラが前方を守る大楯の形に変化しロキの二種類の魔法攻撃を防ぎ消滅させた。

 

 ボボボボボボボボボボボボボ!

 

 聖なる砲撃はミドガルズオルムの口中に見事命中し、ゾンビミドガルズオルム同様頭部から消滅させながら末端へと進んでいく。

 ロキは砲撃が本体へ到達する前に素早くミドガルズオルムを切断した。だが、聖なる砲弾は切断されたミドガルズオルムを消滅させながら切断面から同じ勢いのままロキへと飛んでいく。しかしロキも聖なる砲弾を魔法陣で受け止めた。しかし勢いは殺しきれず大きく後退していく。

 ヴィロットの砲撃は十の魔法陣によって受け止められたが、受け止めきれず魔法陣が壊されロキの胸に命中した。ヴィロットの主砲を受けた胸は大きく抉れ、心臓がむき出しな状態となる。だが、すぐにその傷は再生されてしまう。

 

「やっぱり一撃で仕留める必要があるか」

 

 肉体の損傷も切断されたミドガルズオルムも再生させロキは元の状態へと戻った。

 ヴィロットはゾンビロキを逃がさないように一撃で仕留められるチャンスを狙い動けない、ゾンビロキは全員を皆殺しにしたいがヴィロットが思った以上に強くて迂闊に動けない。

 後ろではまだ子フェンリルと戦いが続けられてる中、ロキは再び影の中から生きた量産型ミドガルズオルムを五体呼び出した。そしてそれを同様に殺し自身の体になじませようとする。ヴィロットの表情も流石に曇りを見せた。

 その時、姿のない闇夜の中から声が聞こえた。

 

「おまえらさ、俺のこと無視しすぎじゃねぇのか?」

 

 暗い夜の中からさらに暗い影がロキと子フェンリルに向かって伸びていく。

 

「まあ、そのおかげで大技を練る準備ができなんだけどな」

 

 暗闇の中から姿の見えぬ匙の気配が、半分は匙だがもう半分が別の気配なのを誇銅は感じ取った。

 

「憑依、陰遁『無限闇夜の紡ぎ手』」

 

 漆黒の闇の中ら大量の黒い手が現れ、ロキと子フェンリルを拘束していく。

 黒い手は動きを止めるだけで飽き足らず、子フェンリルたちの呼吸器官をふさいだり、口から体内に入って行き空気と力を吸っていく。あまりの苦しさに子フェンリルは暴れるが脱出はできそうにない。

 しかしロキはその黒い手を強引に引きちぎって拘束を解いてしまう。が、切断面から新たに黒い手が生えて再び巻き付くようにロキを拘束していく。そして切られた手の変わりがまた一本影の中からロキをその場に拘束する。

 逃げようとするほど黒い手は無限に増えていき、体中にへばりつくようにいずれ一切の身動きができぬようにされてしまう。それはいかにゾンビ化し強力になったロキも逃れられなかった。

 

「後は頼むぜ、ヴァルキリーさん」

「これは助かったわ。まさか悪魔がこんな魔術を使えるなんてね」

「技自体は悪魔のじゃないけどな。あと魔術じゃなくて忍術な」

 

 暗闇の中から姿を見せずに訂正する匙。

 ヴィロットはこの好機を生かすために、聖なる砲弾をありったけ生成し大剣の両面に張り付け、足腰にガッシリと力を入れ構え、大剣を両手持ちで力いっぱい振るった!

 

「聖主砲Roma級、全問斉射(ぜんもんせいしゃ)ッ!」

 

 ドゴォォォォォォォォォンッ!

 

 すべての聖なる砲弾が一斉に発射された。戦艦の主砲の如く発射された聖なる砲弾が闇夜を切り裂きながら、闇の手にガッチリと捕らえられたゾンビロキへと迫る。

 

「ガァァ……あり……がと……」

 

 聖なる光に包まれる直前、ロキの意識が一瞬だけ戻りそう発した。その言葉は誰の耳にも入ることはなかったが、それでもロキは最期の最期には自分を取り戻すことができた。

 ヴィロットの砲撃によりロキとその周りが大きく聖なる爆発に包まれる。その見たこともない聖なるオーラの大爆発に天使側と堕天使側の者は目を疑った。

 あらゆるものが一切合切消え去った爆発の跡地、そこへ戦いのさなかボロボロになり遥か上空へ吹き飛んだロキのローブがひらひらと落ちてきた。

 

「お疲れ様ですヴィロットさん、ロキ様」

 

 二人の戦いが終わったそれを見て誇銅が言う。全力をもって正義を貫き通したヴィロットと、信念をもって正義を貫き通したロキに敬意を払って。

 子フェンリルたちも動けない状態からリアスたちとヴァーリチームの総攻撃によって倒されていた。これで本当に戦いが終わりを告げる。

 誇銅はこの戦いが単なるロキの無謀な反乱を鎮圧しただけの不幸な事件で終わらせられないことを、心から強く願った。




 今回で原作7巻を閉めようと思ったのですが、もう1話だけ続きます。次はいよいよオーディンと日本神話との会談の結果!

 今回登場した技のちょっとした紹介。

 陰遁『無限闇夜の紡ぎ手』:何かしらの条件を満たした時のみ使える匙の必殺技。無数に生える手が相手を拘束し、力と呼吸を奪う術。だが実際は相手の恐怖心を利用具現化し動けなくする術。具現化した恐怖に絡まれるほど恐怖で足がすくみ動けなくなり、呼吸困難に陥る。物理的な拘束力は匙の力依存でありそれほど高くなく、力を吸う能力はヴリトラの影響。



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大義な黄昏の終幕

 締め方にめっちゃ困った。き、切り方がわからん! 本来やりたかったことが詰め切れない! ―――でもまあ、何とか妥協点に持っていくことができました。
 堕天使の親子の仲は……朱乃も前から堕天使の力を使おうとしてたしいっか!


 ロキ様の凄惨(せいさん)な終幕と共に緊張が途切れ僕たちに安堵が訪れる。北欧のために文字通り命を()して戦ったロキ様の最期を考えると、僕はどうしても安堵できる気持ちになれなかった。

 他の皆は勝利に歓喜していたけど、事情を深く知ってる僕はやっぱり皆のように歓喜なんてできないよ。

 ヴァーリさんたちは戦闘が終わると皆には気づかれないように素早く退散していった。チラッと見たときにはなんだかみんな無念そうな表情をしてたよ。

 ヴィロットさんはフェンリルが咥えてきたボロボロのロキ様のローブを受け取り、悲しそうなフェンリルを撫でながら慰めていた。

 その後、戦ってない僕と体力の余ってる一誠はタンニーンさんに連れられ戦後処理に移ろうとした時、ヴィロットさんが僕たちに言った。

 

「本来これは北欧で解決しておかなくてはいけない問題をオーディン様が日本へ持ち込んでしまったことが原因。あなたたちを巻き込むのは筋違い。オーディン様が自身の行動で招いた事態をなぜか部外者に協力を仰いでしまうなんてことを起こしてしまいました。なのでせめて戦後処理は私が一人で行います。幸い、ロキ様が大きな攻撃は殆ど防いでしまったのでそれほど大変じゃありませんし」

 

 ヴィロットさんはそう言うけど、女性にこんな力仕事を押し付けられないよ。まあ、僕たちなんかよりよっぽど男らしい人だけど。

 同じように思った一誠もヴィロットさんに言う。

 

「そんな、こんな広い場所を一人でなんて。俺も手伝いますよ」

 

 一誠がそう言うとヴィロットさんは。

 

「結構、これ以上力を借りるつもりはありません」

 

 冷たい態度と目つきで僕たちを強く拒んだ。そして結局、僕たちはヴィロットさんにこれ以上食い下がることができずそのまま転移で帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィロットさんに追い出されるように戻ってきた僕たち。戻った先はオーディン様と日本神が会談している都内の高級ホテル。

 そこにはソーナさんたちとは別に一人の男性が待ってた。

 

「どうやら無事に終わったみたいね。残念」

 

 その人は夜道のような暗い目つきでリアスさんたちを見る。―――ああ、来ていたのは月読(ツクヨミ)様だったのか。

 だけど面識がないリアスさんたちは誰だかわかるはずもない。

 

「リアス、この方は―――」

 

 ソーナさんが説明しようとするのを、月読さんが手でやめさせる。

 

「私は月読尊(つくよみのみこと)、この国の最高神の一人ね」

 

 月読様は自分で自己紹介をした。だけどその様子に一切の友好的なものはない。

 もともと夜の月読様はとても目つきが悪いけど、今日はほんのりとだが隙を見せれば後ろから刺して来そうな程度の敵意を放ってる。

 それと夜の月読様は感情を殆ど表に出さないタイプだからものすごくわかりにくいけど、僕にはなんだか少しイラついてるようにも見える。

 

「初めてお目にかかります。私、リアス・グレモリーですわ」

 

 リアスさんは友好的に握手のため手を差し出すが、月読様はチラッとそれを見ただけで手をポケットから出そうとすらしない。その代わり、リアスさんが自己紹介をすると軽蔑的な視線をリアスさんに向けた。

 握手を求めるリアスさんに、それに応じようとしない月読様。リアス眷属側にとって何とも気まずい雰囲気が流れてくる。

 その空気を何とか挽回しようと朱乃さんが切り出した。

 

「私たちを待っていてくださったと言う事は何か私たちに御用があったのですか?」

「別に君たちを待ってたわけじゃない。もしも君たちが負けた時には私が行くつもりでいただけね」

 

 朱乃さんは月読様がここにいるのは自分たちに用があるからだと考えたようだ。

 既に会談が始まってる時間だと言うのにここに月読様がいると言うのは、僕たちに用があると考えるのは自然なこと。しかし、日本神話側の三大勢力の評価を知ってる僕はそれは絶対にないと断言できる。

 

「ここ日本、荒らされて困るのは私たち。まあ、既に君たちに荒らされてるんだけど」

 

 月読さんはリアスさんに面と向かってさらりと嫌味を言った。やっぱり敵意むき出しだったよこの人、いや神様。

 

「あの、それはどういう意味で……」

「そのままの意味ね。私たちはおまえたちの存在に大迷惑してるね」

 

 そう言われたリアスさんは唖然としていた。ソーナさんたちはその評価を甘んじて受け入れてるかのような沈んだ表情。その言葉に誰も言葉を失くした。

 

「そう言えばグレモリーは情愛の深い悪魔と聞いたことがあったね。君は自分の眷属のことどう思ってんの?」

 

 そんな空気も全く無視して月読様はリアスさんに眷属をどう思っているかと問う。するとリアスさんは。

 

「はい、私にとって眷属は家族同然、愛すべき大切な存在だと思っています」

「ふっ」

 

 それを聞いて月読様は(あざけ)るように鼻で笑った。

 

「どの口が言うね」

「ツクよミさま」

 

 月読様の後ろから来た真っ黒な靄―――鵺さんと思われるものが月読様を呼んだ。

 

「何ね陰影? まさか、呼びに来たわけじゃないだろうな」

「ゴ冗だんヲ。おわッタトご報コクに来タだけでス」

 

 やっぱり靄の正体は鵺さんだった。すごいや、それが鵺さんだと意識的に確信しても、脳でそれは本当に鵺さんなのかと疑問に思っている。前は意識さえしてしまえばある程度僅かな情報が頭の中で定まったのに今回はそれすらままならない。声も前以上に聞き取りにくい。

 おそらくこの体質をもっていなかったら疑問ではなく、鵺さんでは決してない謎の物体と否定していただろう。それほどまでに今の鵺さんの妖術は強力だ。

 

「ふーやれやれ、これでやっと帰れる」

 

 フッーとため息をつきながらホッとした様子。三大勢力からの要請なんて受けたくない、でも会談相手は他の神話体系の神様、もしも断れば三大勢力の面子は潰れるが、同時に北欧からの心象が悪くなり結果敵を増やしかねない。予想でしかないけど、そんなところかな?

 

「もう二度と顔を合わせることがないことを祈るね。次会ったらうっかり殺してしまうかもしれないから」

 

 物騒な言葉を残して僕たちの前から姿を消した。

 正直夜の月読様なら本当にやりかねない。今はどうなってるか知らないが昔は日本神話三貴神と言えば、心の天照(アマテラス)、技の月読(ツクヨミ)、体の素戔嗚(スサノオ)、と言われていた。それほどまでに月読様は技術に富んでいる。

 気配もなく忍び寄り、誰にも気づかれずに、証拠一つ残さずその場を去ることなど悪魔相手なら朝飯前だろう。だからと言っておいそれと殺してしまうのはいろいろマズイのだけどね。

 その後、ものすごい悩んだ表情をしたアザゼル総督からものすごく落ち込んでいたオーディン様の理由を知った。

 

 

 

 ―――ロキ戦闘時のホテル内―――

 

 誇銅たちがソーナ眷属の機転で無事ロキと共に予定の場所に転移された頃、ホテル内ではオーディンと日本神話との会談が無事始まろうとしていた。

 

「北欧神話主神、オーディンじゃ。今日はぜひ有意義な会話をしたいと思っとる」

 

 オーディンは友好的に握手のため手を差し、月読はその握手に応えた。

 

「日本神話三貴神、月読ね」

「俺は元堕天使総督のアザゼルだ」

 

 オーディンに続いてアザゼルも握手のために手を差し出す。だが、月読はそれをチラッと見ただけで応えなかった。

 

「ん、どうしたんだ?」

「会談を始めるにあたっていくつか聞きたいことがあるね」

「おい、無視するなよ」

 

 月読はオーディンだけを見て話し始めた。そしてまるでアザゼルをいない者のように無視しする。

 

「あ、ああ、かまわんぞ」

 

 オーディンも月読の態度に疑問を感じたがとりあえず話を進めることに。アザゼルも月読の露骨な無視にあきらめた。

 

「あなたが日本で会談することに反対して直談判に来た北欧の神いると聞いたのだが、それは事実なのか」

「ああ、残念ながらその通りじゃ。まだまだ頭の固い連中がいて、その中でも自ら出向く阿呆が来とるんじゃ」

「ふーん、なるほどね……」

「ほっほっほ、じゃからおぬしらとの会談は楽しみにしておった。頭の固い連中と話してもつまらんからな」

「なぜその問題を自国で片付けてから来なかった。こうなることは半分予測できたハズね。それなのにあえて問題を日本に持ち込んだという事か?」

 

 月読の棘のある質問にオーディンは少し焦った。

 

「いや、決してそういうつもりはなかったんじゃ。まさか日本まで出向いてくる程の阿呆がおるとは思わなんでな。そもそも今回の件はわしの独断でお忍びで来ていたんじゃ」

「……なるほど、あんたがどんな神かわかったね」

 

 オーディンの釈明(しゃくめい)を聞いて月読は確信した。そして席を立つ。

 

「後は代理と話すね。もしもまだ価値がまだあると判断したなら私は戻ってくる。今あなたとの話し合いに価値はないね」

「おい、ちょっと待てよ!」

 

 席を立つ月読を呼び止めるアザゼルだが、もともと月読にいない者とされているアザゼルでの言葉など届くはずもなく月読は一切反応しない。

 

「後は頼むね」

「りョうかイ」

「「ッ!!」」

 

 オーディンとアザゼルは突如自分たちの真横に現れた黒い物体に驚く。いつの間に入ってきたのか、いつの間に自分たちの横へ来たのか。北欧の神と堕天使の総督でもそれに全く気づけなかった。

 アザゼルたちは陰影の正体が全く掴めない。体中が黒い靄に覆われているどころか、声すら靄にかかって短い単語すら聞き取るのが困難。

 繊細な術の耐性が全くない二人には鵺は月読以上に未知数の相手だった。

 

「そいつは日本妖怪の(いただき)の一柱、陰影ね。ちなみに、私と同じタイミングで

入ってずっと横に座ってたよ」

 

 アザゼルとオーディンは横にいるそれが何なのか認識できなかった。月読に日本妖怪だと説明されたものに、それが妖怪であると認識できない。それは妖怪ではない見たことも知ることもできない奇妙で不確定な未確認物体としか認識できなかった。

 横の正体不明の黒い物体も無視できないが、それより今は日本神との会談を何とか続けるほうが何よりも大事。オーディンは必死に会談を続けてもらおうと考えた。

 

「待っとくれ! 一体何が気に障ったのじゃ? それだけでも教えてくれんか?」

 

 まずは月読がなぜ話し合いに価値がないと判断したのか探ろうとする。それがわかればそこを訂正して何とかもう一度会談席についてもらおうと考えた。だが月読の返事は―――。

 

「私そこまで親切じゃないね。でも、一つだけ教えてやる。そんな奴らと仲良くしている時点でまともに話せる気がしないね。まあ、決定的なのはおまえ自身だけど」

 

 藁にも(すが)ろうとしたオーディンだったが、縋る藁すらそこにはなかった。 

 結果、月読が会談の席に戻ることはなく、聞き取りにくいことこの上ない陰影との会談は間違っても有意義とは決して言えない会談となった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 オカルト研究部の日常に戻っていた。部室内ではもうすぐ予定の修学旅行の話に夢中になっていたりしている。

 オーディン様は会談を終えて、本国に帰った。会談の結果を言うと、大失敗だったと聞いてる。得られた収穫は全くのゼロ。むしろ北欧に戻った時のことを考えるとマイナスだろう。

 会談の内容をアザゼル総督からも聞いたが、まあ当然の結果だったのかなと思った。ヴィロットさんとロキ様の話を聞いた中で非はオーディン様にあったようだ。鵺さんもいたことから当然ことの内容は月読様の耳にも入っていたんだろう。

 日本神側も会談相手が三大勢力ではないから一応行ったらしいけど、どうやら三大勢力を良い人たちと考えてる神様とは根本的な部分で相違があるらしいね。

 アザゼル総督は今日ここにいない。役目を終えて帰還するバラキエルさんの見送りに行くと言っていた。一誠が俺たちも見送りをすると言ったけど、「俺だけで十分だ」と言っていた。

 

「白が一番よ! それこそ主とミカエル様が『良し!』と唸ってくださる下着本来の姿だと思うの!」

 

 イリナさんがハイテンションで下着の話をした。

 ちょっと前から女性陣が修学旅行の買い物から着けていく下着の話になっている。おそらく桐生さんの入れ知恵なんだろうね。日本の常識にまだまだ慣れていない教会出身の人たちは真に受けてしまっている。

 桐生さんはこの騒ぎの中に罪千さんも巻き込もうとしているらしい。が、罪千さんは気弱なだけでその辺はしっかりしてるから問題ない。

 

「いや、私は勝負下着なるものをアーシアと共につけるぞ」

「え! 私もですか?」

「ダメよダメよ! 信仰の色は白~!もしくは十字架の文様入りの!」

 

 男性陣がバッチリいる中、それも目の前には一誠がいる状態で下着の色についてもめている。女子高生の世界がどうなってるかは知らないけど、男性がいる前で堂々と下着の話をするのはどうかと思うよ?

 ロキとの戦いの失態を悔しがったり反省したりなど尾を引くこともなく、みんな日常に戻っている。この風景を見ているとあれだけの激戦があった後とは思えないね。もしくは―――この人たちにとってあの戦いはその程度のことだったのかもしれない。

 そう考えると、この切り替えの早さは少し悲しくも感じる。

 そう思いながら僕は怯えてるギャスパーくんとチェスをする。

 

「ギャスパーくん、そこにナイトは置けないよ」

「あ、すいません!」

 

 ギャスパーくんがナイトを動きを間違えてしまった。恐怖で思考がうまく回らないようで、何度か駒の動きを間違えたり悪手を打ったりしてしまっている。

 なぜギャスパーくんがこんなに怯えているかと言うと、それは僕たちの横で行われていることが原因だ。ギャスパーくんだけではない、ほとんどの人がそっちの方向を見れないでいた。

 

「……チッ」

 

 部屋の中央で怒りのオーラを放つヴィロットさんが舌打した。

 なんでも、一晩でかなりの量の報告書を書き終わったと思って部屋を出たら、既にオーディン様はヴィロットさん置いて帰ってしまっていたそうで。

 オーディン様も会談の失敗で相当落ち込んでいた様子だったからね。おそらくだけど、わざと置いていったわけではないと思う。今頃置いて帰ってしまったことに焦りを感じてるかもしれないね。

 

「あの爺、もしかして最悪の結果を神々に報告されるのが嫌でわざと置き去りにしたんじゃないでしょうね」

 

 怒りをあらわにぶつぶつとつぶやくヴィロットさん。ものすごく近寄りがたいオーラを発しています。

 ヴィロットさんならものすごい使命感で普通に自力で北欧に戻りそうなのに。

 

「リストラ上等よ、あのクソ爺にはほとほと愛想が尽きた! こっちから願い下げよ!」

 

 かなりブチ切れてるご様子で。もうオーディン様のこともクソ爺呼ばわりだ。

 

「もうそろそろ怒りを鎮めてくれないかしら? ……そうだ、オーディン様にリストラされたならうちで働かない?」

 

 リアスさんが恐る恐るヴィロットさんに提案する。

 

「悪魔側で私が?」

「ええ。希望があるならできる限り叶えてあげられるわ」

「オーディンにリストラされたヴァルキリーを雇おうなんてね。まあ、どちらにせよオーディンの立場が不利になる材料を私は大量に抱えている。戻ったところで今の立場には残されないでしょうね。最悪、辺境の地へ左遷なんてこともありえるわ」

 

 現在の北欧での立ち位置を自傷気味に語る。オーディン様がそんな悪質な神様だとは思わないけど、余裕がなくなればどう変わってしまうかはわかったもんじゃない。

 オーディン様は今回、独断で行った日本神話への会談を大失敗させてしまっている。そこへさらにロキ様の命を賭した訴えが加われば、北欧内でのオーディン様の立場は相当危ういことになるだろう。自らの失態を会談の失敗だけに留めて、何とか踏みとどまろうとするかもしれない。

 

「うふふ、そこでこのプラン」

 

 見込みありと感じたのかリアスさんは近づき、何やら書類を取り出して見せた。

 

「いま冥界に来ると、こんな特典やあんな特典が付くのよ?」

 

 渡された書類に目を通すヴィロットさん。その時々に何度もうんうんとうなずいている。

 

「すごい保険金ね。それに、こっちは掛け捨てじゃないし」

「そうなの。さらにそんなサービスもこのようなシステムもお得だとは思わない?」

 

 自分が渡した書類にうなずき怒りも幾分引っ込み手ごたえを感じたリアスさんは、さらにとセールストークを続けた。―――ヴィロットさんを買収する気だ!

 

「こんな北欧とは比べ物にならない条件ね。職に就くとしても基本賃金は違うし、ヴァルハラなんかより好条件ばかり」

 

 まるで保険を進めるセールスの人のようだ。そうだよ、僕もこうやって好条件を差し出されて悪魔の(ささや)きに乗ってしまったんだよね。

 やっぱり相手の欲に付けこむことを生業(なりわい)にしてる悪魔ってところかな。

 

「ちなみに私のところに来るとこういうものを得られるわ」

「魔王排出の名家、グレモリー。特産品なんかも好評だと聞いているわ」

「そうよ。そのお仕事に将来手を出してもいいし。グレモリーはより良い人材を募集しているのよ」

 

 勧誘を続けるリアスさんがポケットから、紅いチェスの駒を取り出した。―――ん? あれってもしかして……!?

 

「そんなわけで、冥界で一仕事をするためにも私の眷属にならない? あなたのその魔術と剣術、『戦車(ルーク)』として得ることで近接もこなせる魔術砲台になれると思うの。ただ今は私の眷属は全て埋まってるの。だけど将来的にイッセーは『(キング)』となって何名かの眷属を連れて私のもとから独立してしまう思うの。だから、その時に私の眷属にならないかしら?」

 

 皆、リアスさんの申し出に驚いていた。そりゃそうだ、眷属が全員揃ってるのに勧誘してるんだから。

 将来を見越してヴィロットさんを眷属に入れたい。確かにヴィロットさんにはその価値は十二分にある。

 ヴィロットさんは神であるロキ様を最初は素手で圧倒し、ゾンビとなり強化されたロキ様も聖剣で跡形もなく消し去る力を持っている。あとこれは僕しか知らないけど、ヴィロットさんは僕を背負ったままロボットと透明な狼の猛攻を耐え凌げる実力がある。さらにはオーディン様の付き人と言う実績。悪魔にしてみれば喉から手が出るほど欲しい人材だろうね。

 

「ところで、あなたの眷属は全員揃ってるのに何で『戦車(ルーク)』が残ってるのかしら」

「前に不幸な事故で私の眷属の一人が亡くなってしまったと思われていた時期があったの。その時に新しい悪魔の駒が支給されてたんだけど、死んだと思った子が実は生きていた。それで不要な駒が一個手元に残ってしまったってわけ。だからこの駒は私の駒だけど、使うことは現状できないあってないようなもの」

 

 ああ、あの時のことか。僕がリアスさんに見放されて自爆に巻き込まれた時の。なるほど、もうそんなところまで手続きが済まされていたんだね。

 

「でも、使えなくても渡すことはできる。だからその時に正式にあなたを私の『戦車(ルーク)』として迎えたい。まあ、手元にあるのが『戦車(ルーク)』なだけで他の駒になる可能性も高いわね」

「なるほど……」

 

 ヴィロットさんは紅い『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を手に取った。そしてしばらく眺めると―――。

 

「反吐が出るわね」

 

 『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を握りつぶした。粉々になった紅い粒がヴィロットさんの拳から零れ落ちる。

 

「なッ!?」

 

 ヴィロットさんの思わぬ行動にリアスさんは目を丸くした。周りの皆も衝撃を受けている。

 

「ちょっと冷遇されたからって種を裏切るようなヤケは起こさないわ。それに聖書の現状を知ってなお悪魔の囁きに乗るほど私は馬鹿じゃない。こんな話に乗るヴァルキリーはよっぽど思慮に欠けてるか、ヴァルキリーであることを恥じてるかのどっちかよ」

 

 悪魔に転生することを全面否定する。

 ヴィロットさんの悪魔を否定する発言に何人かはムッとしたりグサッとなったりしていたけど、リアスさんはあくまで冷静に話を進めるつもりらしい。

 敵意むき出しの発言をしたヴィロットさんに対して穏やかに言った。

 

「まさかそんな風に言われるなんてね。でも、私はただあなたに冥界での新しい人生を提供したいと思っているだけなの。あなたは非常に優秀な人材、グレモリーに是非迎え入れたいと思っているの。あなたの強さも、オーディン様の付き人を務めた実績も、その慎重さも私は高く評価してるわ」

 

 リアスさんは自分に暴言を吐いたヴィロットさんを高く評価した。しかしそれを聞いてもヴィロットさんの表情には一ミリも変化はない。

 

「あなたがヴァルキリーであることを誇りに思ってるのはよくわかったわ。でもどうかしら? もう少し考えてみな…」

「考えるまでもないわね、お断りよ」

 

 リアスさんが言い切る前にヴィロットさんが言った。そこには確固たる意志と言うよりも、強い拒絶が感じ取れる。

 それも当然か、三大勢力を悪と考えるロキ様と同じ考えのヴィロットさんが悪魔に転生するとは到底思えない。まあこれは直接話した僕だからわかることだけどね。

 リアスさんはまだ何か言おうとしていたが、ヴィロットさんは立ち上がり言った。

 

「もういいでしょ? そろそろ帰らせてもらうわ。早く北欧に戻って今回の事案を上に報告しないといけないし」

「ちょっとま…」

「それに、私の帰りが遅いと待たせてるフェンリルが飛び込んできかねないし」

 

 そう言ってリアスさんの待っても聞かずに出口へと歩いて行く。嘘か真かわからないけど、もしフェンリルが飛び込んできたらもうグレイプニルもない僕たちじゃ対処できない。なんたって周りに配慮しなくても到底勝てないんだから。

 そんな危険があるからもうリアスさんはヴィロットさんを引き留めることはできない。ヴィロットさんはそのまま黙って部室から出て行った。

 

「すごい人でしたね」

 

 ヴィロットさんの威圧がなくなり、一気に安心するギャスパーくん。よっぽど緊張したようで椅子にへたり込む。

 

「でも、しっかり自分の意見を言えてうらやましくも思いました。あんな風に自分の正しいと思ったことを貫ける強さ、憧れちゃいますぅ」

「そうだね、本当に強い人には憧れちゃうよね」

 

 僕はみんなが見ていない所でヴィロットさんの強さを背中で直に感じたから余計にわかる。その心に比例した本当の強さが。

 その肌で感じた強さは、昔の日本で感じた本物にも引けを取らない程だった。

 ヴィロットさんの厳しい言葉と強いオーラの残り香で部室内は唖然(あぜん)とした空気が流れていたが、なぜかもう向こう側(一誠と女性陣)では既に修羅場になりかけて……あっ、朱乃さんが軽くだけど一誠にキスした。

 

「木場、ギャスパー、誇銅助けてぇぇぇぇっ!」

 

 こちらに助けを求める一誠。しかし、木場さんは苦笑いしながら肩をすくめ、僕とギャスパーくんは顔をそむけて聞こえないフリを決め込んだ。それが一誠が夢にまで見たハーレムだよ、僕たちは邪魔しないから存分に味わいなよ。

 

「誇銅さん」

「ん?」

「どうやったらあの人みたいに強くなれるんでしょうか?」

 

 ギャスパーくんが言うあの人とはヴィロットさんのことだろう。真剣な顔で僕に訊いてきた。

 

「ヴィロットさんみたいに強くなりたいの?」

「はい。あんな風に強くなれなくても、あの人を目指せば僕も今より強くなれるような気がして」

 

 強い人に憧れて、憧れの人のまねをする。よくある心理だ。小さい子供から僕たちくらいの年でもそういう心理は普通に働く。それは決して悪いことではない、そうやって自分自身を形成していくんだから。僕だって柔術を始めたきっかけもそんな感じだったし。それが積み重なって今のバトルスタイルが生まれた。

 

「そうだね……。僕も強い人間じゃないから自信をもって言えるわけじゃないけど、あの人はきっと、自分の大切なものに全てを注いでるからあんなに強いんだと思うよ」

 

 ただひたすらそれに打ち込むことは相当な力になる。それを苦痛と思わず当然と思っていれば特に。テレビとかで見る天才少年少女と呼ばれる人たちなんてまさにそれだ。小さいころにただそれに夢中になった結果の天才と呼ばれる今が出来上がった。それは他の人から見れば狂ってるとも見えるかもしれない。

 

「大切なものに、全てを注いでる……ですか」

「そっ、自分の信じるものを疑わずにただひたすらね。ある意味狂信者と呼ばれるくらいにね」

「それって、昔のゼノヴィアさんみたいなですか?」

「うーん、ちょっと違うかな? 例えるなら、悪魔にならず、イリナさんみたいに天使信仰に切り替えず、ただひたすら神の意志を信じ貫き続けたゼノヴィアさんってところかな?」

 

 ひたすら頑固を貫き通したゼノヴィアさんと説明すると、ギャスパーくんは急にシュンとなり始めてしまった。

 まあそれもわかる。自分が目指そうと思ったものが逸脱していればそうもなる。高層ビルの一階から最上階にあるゴールにバスケットボールを入れようとは普通思わない。

 

「うぅぅ、そこまでなれる自信は僕にはありません……」

「そこまでなる必要なんてないよ。ギャスパーが大切と思うものをひたすら守りたいと強く思えばいいんだよ、今はね。そうすれば、その守りたいものの為に頑張りたいと思えるから。そうしたらふと周りの景色を見ると、いつの間にか自分はこんな場所まで来ていたんだと思うから」

 

 まあ、こんな偉そうなこと言えるような立場じゃないんだけどね。それでも、僕なりに見て感じてきたものを少しでもギャスパーくんに伝えたい。それが今役に立つなら。

 

「それとも、すごい代償を払ってでも今すぐ強い力が欲しい?」

「い、いいえ! それじゃ意味がありません!」

「ふふ、わかってるよ。言ってみただけ」

 

 ギャスパーくんがそんな力を望んでないことはわかっていた。ただ、それを再確認してもらおうと思ってね。もしも思うように強さが身につかず思い悩んでしまった時に、間違った力の解釈をしてしまわぬように。―――まあ、時としてそういうものすら使うしたたかさは必要かもしれないけどね。それがどういうものなのか理解していないと扱うではなく扱われるになってしまうけど。

 

「まあゆっくり強くなっていこう。時間と努力と言う代償をしっかりと払って、確実な自分の強さをね」

「……はい」

 

 僕の言葉に納得してくれたようで、不安そうな表情も駒の動かし方もなくなった。おかげで一気にピンチに追い込まれそうだ、どうしよう……。

 チェスをしながら昨日のことを思い出す。―――昨晩、ヴィロットさんが僕の家に来たことのことを。

 

 

 

 

 

 ――昨晩――

 

「こんな夜中にごめんなさいね。あなたも今日のことで疲れてるでしょうに」

「いえ、僕は殆ど何もしてませんので大丈夫です。それよりもヴィロットさんの方こそ大丈夫ですか?」

 

 ロキ様に未知の敵と殆ど一人で戦い、後始末まで請け負ったヴィロットさんの負担は相当大きいはず。さらにあれからあまり時間も経っていない。後始末までこのスピードでこなしてきたとすれば相当な疲労が溜まっているハズ。

 

「確かにちょっと疲れたけど、まあ大丈夫よ。それよりも一番憂鬱(ゆううつ)なのは戦後処理のデスクワークね。まあ、今夜は徹夜してその後ゆっくり休むわ」

「本当にお疲れ様です」

「これが終わったらヴァルキリーやめるつもりだし、最後にロキ様の願いを伝えるために頑張らないとね」

 

 そう言った瞬間、僕は口に含んだコーヒーを吹きかけた。え、ヴァルキリーやめる!?

 

「ヴァルキリーをやめる!? え、どういう意味ですか? てか、ヴァルキリーって辞められるもんなんですか?」

 

 オーディン様の付き人をやめるとかではなくヴァルキリーをやめる。ヴィロットさんはヴァルキリーって言う種族なのかと思ってたけど、実は違うとかなんですか?

 僕がその辺で驚いていると、ヴィロットさんは首にかけていたコインのネックレスを外した。すると、僕は自分の感覚を疑った。ヴィロットさんの気配がヴァルキリーから完全に人間のものへと変わったのだ。

 

「実はね、私人間なの。事情があってヴァルキリーのフリしてただけ」

 

 衝撃の告白に驚かされっぱなしだよ! なんかここ最近大きな事件の後はいつも驚かされっぱなしな気がする。

 

「そ、そうですか。何か深い理由があるんでしょうから事情は聞きませんけど」

「助かるわ」

 

 へー日本以外にも種族を偽る方法ってあったんだ。しかも悪魔じゃなくてヴァルキリーに。魔術に最も秀でた神様の付き人をしてもバレたりはしないもんなんだね。

 あ、そっか、だからヴィロットさんは空を飛ぶことができなくて魔道具に頼ってたんだ。これでロボットの声が言っていたことがいろいろ説明がつく。

 

「本当はもっと早く辞めるつもりだったの。だけど、ロキ様のような真の平和を願い動き出した人がいたから私は留まった。……私は、北欧を平和に導く天使になりたかった」

「ヴィロットさんならなれますよ、天使に。ヴィロットさんのような強い人があきらめなければ絶対」

 

 僕の言葉にヴィロットさんは黙って首を横に振った。

 

「だけど駄目だった。所詮私は戦士、天使ではない。あの方のようにはいかなかった。それに、いつまでも北欧にいるわけにもいかないの」

 

 あの方? ヴィロットさんが言うあの方とはいったい……。

 手袋を外し両手の傷跡を露わにした。

 

「この傷は過去に大罪を犯した罪深き私があの方に仕えるため、私は自ら意志で両手を杭で十字架に張り付けて三日三晩過ごし身を清めた証。あの方の力になりたいと願い、痛みと空腹と睡魔と死に耐えながらも。私の本当の主はオーディンでもロキ様でもない。あの方が目指す世界平和が、私の正義。だから私は、私をも救ってくださったあの方の願いのために私は両の()を振るう」

 

 なんだかエクスカリバー事件の時のイリナさんとゼノヴィアさんを思い出す。聖剣使いなところとか、教会を連想させるような言動とか。それでも意志の強さには雲泥(うんでい)の差を感じる。

 きっとこの人は、信じる人がいなくなったり変わってしまっても、自分の掲げた正義を貫き通せるんだろうな。

 ……でもまあ、救ってくれた人を信じて力を振るうって意味なら、僕も同じか。信じた人のために頑張り強くなろうとする気持ち、僕にもわかるよ。

 そこまで話した後、ヴィロットさんはふと時計を見た。

 

「おっと、そろそろ取り掛からないと間に合いそうもないわね。ごめんなさいね、一方的に話してしまって」

「いえいえ、ヴィロットさんのことを知れてとても楽しかったです。もちろんこの話は皆にはこれしておきますね」

 

 僕は人差し指を唇に付けて内緒のジェスチャーをした。

 

「ありがとう。信用してるわ」

 

 もちろんです! これでも口は固い方ですから。それに、今でも人様に言えないような秘密を何個も抱えてますし、今さら一つ増えたところでへっちゃらさ!

 僕はヴィロットさんを玄関まで見送る。

 

「お邪魔したわね。きっと明日には別れの挨拶もできないまま帰ることになるでしょうから、今しておこうと思って」

 

 そう言ってヴィロットさんは手を差し出す。そして僕もそれに応え、お互いに握手を交わす。きっと明日ではこんなふうにゆっくり個人的な話なんてできなかっただろうからね。

 

「これからも頑張ってください。応援してます」

「ありがとう。それじゃ、またどこかで会えたら」

 

 別れの挨拶も済ませ、ヴィロットさんは帰って行った。




 何かと人気だったヴィロットのちょっとしたプロフィール。


 名前:ヴィットリーオ・ヴィロット/出身:イタリア
 身長:168cm/体重:非公開/バスト:86/誕生日:9月18日/ヴァルキリー→人間

 特殊な魔道具でヴァルキリーとして数年間北欧で過ごしていた純然たる人間。オーディンにもロキにも特に忠誠心はなく、真に忠誠を誓う相手は別にいる(もう読者の方は想像に難くないと思うがあえてぼかす)。
 本当はそこまで目立つつもりはなかったが、周りの問題を放っておけずに世話していたら、いつの間にか信頼とオーディンの付き人と言う地位を手に入れてしまっていた。
 戦闘能力は高いが人間ゆえに人外に備わってるものを持っておらず、それを補うため、自国から持ってきた空中歩行の魔法陣が付与されている靴を履いている。(他の穴埋めは高すぎる戦闘能力で補って有り余る)。作中で聖剣を扱っていたが、北欧で使用したことは素振り時以外一度もない。
 普段は手袋で隠している両手には、中心に大きな空洞があいている。自らを十字架に杭で打ち付けた傷跡。覚悟と強さの証。
 過去に何か大きな罪を犯したことがあるらしい……。


『聖主砲 Rome級』/聖なるオーラを球体に圧縮し、聖剣の側面にセットし大きく振るうことで発射する。威力が高く飛距離も相当長いが、命中率はそこまでよくない。最大9門装填でき、任意のタイミングで発射のオンオフ、放つ弾数も自在。


騎士道正義(クアドリガ)』/磔刑の苦行を乗り越え、ヴィロットの正義心が激しい聖なるオーラとなり発現した。オーラによる防御、大幅な身体能力向上、波動による永続的な攻撃の三つを同時にこなす。オーラの強さはヴィロットの正義心に比例する。強すぎる正義は暴力と同等なのと同じように、オーラは敵味方関係なく攻撃してしまう。


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過小な過大の評価

 特に反対意見が出なかったので雪女編は先延ばしにすることにしました。
 修学旅行編前に描かなくてはいけないシーンだったけど、一誠を魅せるシーンは筆が全くのらずつらい。
 基本好感が全くもてない主人公が活躍してるシーンは見てて辛くなるタイプです。

 読者も作者も楽しみにしてる本編は早めに書き上げたいと思いますので、今回はこれでご容赦を。


 北欧騒動も終わり、しばしの平穏な日常が訪れていた。

 なぜしばしなんて言うかって? どうせ数週間後くらいにはまたトラブルがやってくるのは目に見えてるからね。

 一誠の赤龍帝のオーラに加えて禍の団(カオス・ブリゲード)も活発に活動しているこの状況ではそれも仕方ない。日本への被害をせめてこのラインで食い止めるためと思って頑張ろう。

 

「どうしたんですか? 誇銅さん」

 

 ベットの中から罪千さんが下から僕の顔を覗き込みながら訊く。このしぐさが可愛い罪千さんをより可愛く見せる。

 おっと、変な心配させちゃったかな。

 

「大丈夫ですよ。すこーし考え事してただけですから」

「そうですか。もしも何かあれば遠慮なく言ってください。私なんかでお役に立てるならいつでも!」

 

 そう言いながらぎゅっと僕を抱きしめる。僕より背の高い罪千さんだけど、まるで子犬のような可愛さだ。本人のじゃれ方もまるでペットのようだから余計にね。

 

「誇銅さん♪」

 

 幸せそうな笑顔を浮かべながら僕の胸に頬をスリスリしている。こんな状況をもしも誰かに知られたらと静かに危機を感じている。まあ、年頃の女性と頻繁に一緒のベットで寝てるのもアウトな気がするけど、僕にとってこれは家族との健全なスキンシップだからセーフなの!

 じゃあ何に危機を感じてるかって? それは、罪千さんの服装にある。

 

「ねえ、罪千さん。なんでワイシャツ一枚なの……?」

 

 ベットの中で甘える罪千さんはいわゆる裸ワイシャツなのだ。罪千さんの方を見ると、無防備な豊満な胸の谷間が見えてしまう。一誠程じゃないにしろ僕だって年頃の男なんだからね!

 

「前に桐生さんが言ってたんです、こういう格好は男性が喜ぶと」

 

 なんとなく予想してたけど、やっぱり桐生さんだったよ! あの人はなんてことを罪千さんに教えたんだ!

 

「なので、誇銅さんに喜んでいただこうと誇銅さんが起きる前に着替えたんですが……もしかして、こういうのお嫌いですか?」

 

 ヤバイ、すごい破壊力だ! 悔しいけど、桐生さんのいう事は正しい。

 普段は控えめで清楚な罪千さんがこんな大胆な格好をするギャップ。さらに純粋に僕に喜んでもらおうとする健気さがさらに効果を上乗せしてくる!

 

「いや、嫌いじゃないけども。むしろ男としてこんなに好意的に接してもらえるのはうれしいと言うか」

「よかったです! ちょっと恥ずかしかったですけど、誇銅さんに喜んでいただけたなら私は幸せです!」

 

 うれしそうにさらに僕に抱き着く。甘え方もさっきよりも激しくなった。

 藻女さんの二年間のアプローチでも感じたことない危機を今感じてる! 藻女さんは常に恋愛感情以外に性的な関係を望んだ表現をされてきたけど、時代の風潮(ふうちょう)からこういうことはしてこなかった。一方で罪千さんは単純に僕を喜ばせようとこういうことをしてきている。純粋ゆえの無防備! た、耐えるんだ僕! 藻女さんの熱い誘惑からも耐えてきたんだからできる!

 

「長いこと生きてますけど私、男性には襲われて無理やりされた経験しかなくて、どうすれば普通に喜んでいただけるかわからなくて。もしも誇銅さんに引かれたらどうしようと思っちゃいました」

 

 うぐっ! 子供のような純粋な気持ちでこういうことを……いや、純粋だからできるのかもね。

 思い出すんだ、普段の罪千さんとのスキンシップを。まるで大きな犬を可愛がってるような感覚、そして時折見せる淡い狂気を。……ふぅ、何とか少し落ち着いてきたぞ。よし! これで冷静な状態で着替えてほしいと言えるぞ! そう言うのはもっと男女として深い関係になってからだと。

 

「大好きです、誇銅さん♪」

 

 うっ! 危ない危ない、危うくダメになるとこだった。せっかく平常心を取り戻してきたところなのにまた頭に熱が溜まってしまったよ。駄目だ、今迂闊に動くとうっかりとんでもない事態に発展してしまいそうだ。そういうハプニングは漫画の主人公だけで十分だよ。

 その後冷静になってはまた混乱と言う状態を一時間近く続けることとなった。ここまでの展開になっておいて事を穏便に済ませた自分を褒めてあげたいよ。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 朝から酷い目にあった。まあ、考え方によってはものすごくいい思いをしたとも言えるけども。今の僕にはちょっと刺激が強すぎるよ。

 無事朝を乗り切った僕は遅くなったけどいつも通りのメニューをこなす。休日だったからよかったものの、平日だったら間違いなく遅刻してる時間だ。あれから一時間も硬直状態が続くとは思わなかったよ。罪千さんもあのまま寝ちゃいそうになるし。

 結果的に大事に至る前に何とかしたけどね。その後説明したら土下座された。ちょっとしたことでも必死に謝る癖があるけど、土下座までしたのは初めてだったから驚いたよ。さらには土下座状態から「すすす、すいませんでした! 死ぬ以外なら何でもしますから、捨てないでくださいご主人様!!」と言われた時は本当に困った。いや、そんなことで大事な家族を捨てたりなんかしないからね?

 外にランニングに出たのも半ば逃げ出したようなものだし。ああ、朝のことがまだ頭に残ってる。こんな煩悩だらけじゃ質のいい鍛錬はできそうもないな。仕方ない、今日は基礎トレーニングを中心に後は軽くで休日を満喫するとしよう。

 家からは少し遠い緑地公園内を網羅するように走り、帰りはなるべく遠回りになるように足場の悪い道をあえて選んで家に帰る。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、誇銅さん」

 

 笑顔で出迎えてくれるエプロン姿の罪千さん。よかった、裸エプロンとかじゃなくて。―――まあ、男として見たい気持ちは少しあるけども。……ダメだ、朝の一件からか今日の僕はエロへの思考に行きがちだ。早くいつも通りに思考を戻さないと。

 

 

 

 

 

 

 今日も誇銅さんはとっても優しいです。朝にあんな失礼なことをしてしまったのすぐに許してくれて笑顔を向けてくれる。それだけじゃありません。それより前にも私はいっぱい誇銅さんにご迷惑をおかけしてしまいましたのに、誇銅さんは笑って「次は頑張ろう」と言っていつも慰めてくれます。

 私みたいな醜い化け物を引き取ってくださったのに、私はそのご恩に報いることもできずに迷惑をかけてばかり。それでも誇銅さんは私に優しく接してくださる。

 そんな誇銅さんの一部を舐めると、胸の奥底から暖かいものが溢れ出して頭もお腹も幸せでいっぱいになります。

 ああ、誇銅さんの汗……。いい匂いがしますぅ。

 

「……どうしたの? 罪千さん」

「い、いえ、なんでもありません。すぐにタオルお持ちします」

 

 いけないいけない、ついつい誇銅さんの匂いにボーっとしてしまいました。……けど、誇銅さんの汗はどんな味がするんでしょうか? 指をしゃぶるだけでも美味しくて優しい味が私の舌と心を満たしてくれるのに。きっとそれよりも濃くておいしいんでしょうね。

 でも、そんなの舐めたら自分を抑えきれる自信がありません。誇銅さんを食べてしまわなくても襲ってしまうかもしれない。誇銅さんはリヴァイアサンである私を信頼して指を差し出してくれているのに、その信頼を裏切るわけにはいきません。

 それに……それは流石に死んでも抑えるつもりですが……もしも、万が一でも誇銅さんを、ほんの少しでも食べてしまうようなことがあれば……ヒィィ!

 

「ど、どうしたの罪千さん!」

「な、ななな、なんでもありません! タ、タオルどうぞ!」

 

 私の差し出したタオルを誇銅さんは「ありがとう」と笑顔で受け取ってくれる。その笑顔だけでも私は十分幸せな気持ちになります。

 そうですよね、私はこれでも十分幸せなんですから。例え誇銅さんを味わえなくても、お傍に置いてもらえるだけで十分すぎるほどうれしいです。

 

「ありがとう」

 

 軽く汗を拭いた誇銅さんは使用したタオルを洗濯籠に入れてから台所へと向かう。運動した後は喉が渇きますからね。

 誇銅さんが台所に行った後私は洗濯籠に一枚だけ入っているタオルを手に取る。誇銅さんが汗を拭いたタオル……これならいいですよね? 

 使用済みのタオルに顔を埋めると誇銅さんの匂いがする。付きたてで匂いも強くて、噛むとちょっとだけ誇銅さんの味がする。やっぱり本人からいただけるものよりも薄いですがそれでもおいしい。

 

「はうぅ、誇銅さん♡」

「罪千さん」

「ひゃぅ!」

 

 誇銅さんのタオルに夢中になっていると後ろから誇銅さんの声が! 驚きながらも振り向くと、やっぱりそこには誇銅さんが。み、みられちゃいました!?

 もしも見られてしまってたなら私、誇銅さんに……。

 

「あああ、な、なんでしょうか」

「僕はただ着替えを……」

 

 誇銅さんの手にはさっきまで着ていたらしいシャツが。よく見るとジャージから着替えていた。

 だけど問題なのは誇銅さんのタオルを堪能していたのを見られていたかです。

 

「そそそ、そうですか。ではお洗濯しておきます」

「う、うん? ありがとう、お願いね」

 

 よかった、この様子なら見られてなかったみたいですね。もしもこんなことをしてるところを見られていつもみたいに接してくれなくなったらと思うと。ほ、本当にみられてなくてよかったですぅぅ!

 

「いつもありがとね」

「いえ、住まわせてもらってるのですからこのくらい。むしろ誇銅さんには余計負担をかけてしまって、このくらいのことしかお役に立てなくて申し訳ありません」

「そんなことないよ。罪千さんが一緒にいてくれて僕はとっても嬉しいよ」

 

 そう言って誇銅さんはお部屋の方向へ行きました。はうぅ、誇銅さんには本当にもらってばかりです。誇銅さんのご厚意に報いるためにもっと誇銅さんのお役に立ちたいですけど、万が一聖書の人たちに私がリヴァイアサンだとバレたら余計にご迷惑をかけてしまいます。

 なのでとりあえず誇銅さんの使用済みタオルとシャツを自分の部屋に持っていくことにしました。ひぃぅぅ、すいませーん! 悪いことなのはわかってるんですけど我慢できませんでした!

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「天使の私が上級悪魔のお屋敷にお邪魔出来るなんて光栄の限りです! これも主と……魔王さまのおかげですね!」

 

 楽しそうな様子のイリナさん。

 修学旅行間近、僕たちグレモリー眷属とイリナさんはリアスさんのご両親とともにグレモリー家でお茶会をしていた。

 冥界にちょっとした用事があったようでこれはそのついでらしい。何度来てもこの冥界の空気は好きになれそうにないや。

 優雅に紅茶を飲みながら世間話。ものすごいセレブ感が漂ってる。でも、こういう使用人に囲まれながらってのは落ち着かないよ。

 

「そういえば、一誠さんたち二年生の皆さんは修学旅行間近でしたわね。日本の京都だったかしら?」

「は、はい。もうすぐ行く予定です」

 

 一誠が答える。僕も京都で藻女さんたちに会うのが楽しみな反面、京都で問題を起こさないか心配だ。

 

「去年、リアスがお土産で買ってくれた京野菜のお漬物がとても美味しかったわね」

「俺……自分が旅行先で購入してきます」

「あら……そういうつもりで言ったのではなかったけれど……。ごめんなさいね、気を遣わなくてもよろしいのよ?」

 

 リアスさんのお母さんは口元を手で隠しながら頬を赤くする。

 その後も他愛もない会話が続き、それを終えると僕たちは転移用魔法陣で帰ろうとした。

 これでやっと帰れると思ったのだけど、その前にグレモリーのお城にリアスさんのお兄さんが戻っているというので、帰り際に挨拶だけすることになった。

 魔王様に会いに行くと、魔王様の他にもう一人―――サイラオーグさんの姿が。

 

「お邪魔をしている。元気そうだな、リアス、赤龍帝(せきりゅうてい)

 

 この状態でも覇気のようなものを感じる。存在感からして他の悪魔と格が違う。欠点を上げるとするなら、その存在感が強すぎていろいろバレバレなところかな。

 そういう気配から得られる情報ってのも馬鹿にならないからね。それが強ければ強いほど得られる情報は多くなり、それをもとに有効な戦術を組み立てたり、勝機が少ない相手と逃げたりできる。

 

「ええ、来ていたのなら一言言ってくれても良かったのに。けれど、そちらも元気そうで何よりだわ。―――と、あいさつが遅れました。お兄様、ごきげんよう。こちらにお帰りになられているとうかがったものですからご挨拶だけでもと思いまして」

「気を使わなくてもよかったのだが、すまないね。ありがとう」

 

 そう言って魔王様は微笑む。

 リアスさんは挨拶後、サイラオーグさんがここに来た理由を訊く。

 

「お兄様、サイラオーグがここに来ていたのは……?」

「うむ。バアル領の特産である果物などをわざわざ持ってきてくれたのだよ。従兄弟に気を遣わせてしまって悪いと思っていたところだ。今度ぜひともリアスをバアル家お屋敷に向かわせようと話をしていたのだよ」

 

 と魔王様は言う。そうか、確かに魔王様から見てもサイラオーグさんは母方の従兄弟でしたね。

 

「今度のゲームについていくつか話してね。リアス、彼はフィールドを用いたルールはともかく、バトルに関しては複雑なルールを一切除外して欲しいとの事だ」

 

 魔王様の言葉を聞いてリアスさんは驚き、そして目を厳しくした。

 

「サイラオーグ、それってつまり、こちらの不確定要素を全部受け入れるって事かしら?」

 

 リアスさんの問いにサイラオーグさんは不敵に笑む。

 

「ああ、そういう事だ。時間を停めるヴァンパイアも、女の服を弾き飛ばし、心の内を読む赤龍帝の技も、俺は全部許容したい。お前達の全力を受け止めずに大王家の次期当主を名乗れる筈が無いからな」

『―――ッ!』

 

 サイラオーグさんの告白に眷属の皆が息を飲んだ。

 それが正しいのかは置いて、気迫と覚悟は伝わったよ。この人は僕たちの全力を受け止めようとしていることに。

 サイラオーグさんの視線がリアスさんを捉え、そして一誠へ移る。

 

「……怖いですぅ。僕の力を前向きに受け止めようとするなんて……」

 

 僕の服を強く掴みガクガクしているギャスパーくん。いつもなら僕の後ろに隠れていそうなのに、今日は一歩下がってはいるけどきちんと横にいる。ギャスパーくんなりに強く立ち向かおうとする姿勢なのかな。

 

「うむ、ちょうど良い。サイラオーグ、赤龍帝―――イッセーくんと少し拳を交えたいと言っていたね?」

「ええ、確かに以前そう申し上げましたが……」

「軽くやってみたら良い。天龍の拳、その身で味わいたいのではないかな?」

 

 魔王様の言葉に一誠は驚愕していた。

 驚いて目をパチクリしている一誠を無視し、魔王様はリアスさんに問いかける。

 

「リアスはどうだろうか?」

 

 リアスさんはしばし考え込み、意を決したように答えた。

 

「……お兄さま……いえ、魔王さまがそうおっしゃるのでしたら、断る理由がありませんわ。イッセー、やれるわね?」

「……は、はい! 俺で良かったら!」

 

 実質退路を断たれた一誠は一歩前に出てそう宣言した。

 だけど考えようによってはいい機会だ。若手最強と呼ばれるサイラオーグさんの力をこの目で見れる。

 おそらく一誠ではサイラオーグさんから本気を引き出すのは無理。だけど僕ならそれでも得られる情報は普通よりは多いと思う。

 

「では、私の前で若手ナンバーワンの拳と赤龍帝の拳、見せてくれ」

 

 魔王様の言葉を受けてサイラオーグさんは、気迫溢れる笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 僕たちはグレモリーのお城の地下にあるトレーニングルームへ移動した。駒王学園のグラウンドが丸ごと入ってしまいそうなほど広い。

 僕たちは少し離れた場所で待機し、一誠とサイラオーグさんは中央で向かい合う。

 サイラオーグさんが貴族服を脱いでグレーのアンダーウェア姿になる。

 すごい筋肉量だ。術を使用した国木田さんにも劣らない程に。

 

「ドライグ、いくぞ」

 

 一誠は籠手を出現させると素早く禁手のカウントを始めた。

 サイラオーグさんは一誠のカウントが終了するまで何もせず待つ。

 

WelshDragonBalance Breaker(ウェルシュドラゴンバランスブレイカー)!!!!!!!!』

 

そしてカウントが終了し、一誠は『赤龍帝の鎧』に身を包ませ、背中のドラゴンの翼を広げて攻撃の構えを取る。それを確認しサイラオーグさんも構えを取った。

 背中のブースターを噴かせ、一誠らしい愚直な初撃を繰り出した。

 一誠は右ストレートの構えでただ突貫するが、サイラオーグさんは避けようとしない。

 映像で見た限りサイラオーグさんなら避けられるだろうけど、もしも避けきれなかった時に予想外のダメージを受けてしまう。避ける自信がなく受けきれる自信があるならばあえて避けないのも有効な手段だ。

 まあ、実際はそんな考えではなく単純に一誠の攻撃を受け止めようとしただけだろうけども。

 一誠の攻撃は盛大な打撃音を鳴り響かせ、完全に顔面へクリーンヒットした。

 一誠は素早く後方へ退いた。ここで追撃を加えようとするほど楽観的ではないか。

 攻撃を受けたサイラオーグさんには傷一つなく、ダメージを受けた様子はない。防御もなしに全くの無傷。

 サイラオーグさんは殴られた部分を指でさすると笑みを見せる。

 

「いい拳だ。まっすぐで、強い想いが込められた純粋な拳打。並の悪魔ならこれで終わる。だが―――俺は別だ」

 

 サイラオーグさんは素早い動きで一誠の眼前から姿を消し、一瞬で背後に回り込んでパンチを放つ。

 何とか反応した一誠は両腕をクロスさせ受け止めたが、鎧の籠手部分が破壊された。

 大勢を完全に崩した一誠は背中のブーストを噴かして距離を取り、破壊された籠手を再形成する。

 

「俺の武器は3つ。頑丈な体、動ける足、そして体術だ」

 

 再び一誠の目の前から消え、今度は横手からボディーブローを仕掛ける。それを一誠は体をひねって避けるが、拳圧で鈍い音と共に鎧の腹部に亀裂が入る。

 

「クソ!」

 

 毒づきながら拳を打ち出すが、またサイラオーグさんは顔面で受け止める―――ダメージはなし。

 何かを感じ取ったのか一誠はブーストを噴かし後ろに飛び退き、カウンターの蹴りを避けた。

 サイラオーグさんの空振りした蹴りは、このトレーニングルームの中央から端までに大きな亀裂を生み出す程だった。

 あれが当たっていたら一誠は戦闘不能まで追い込まれていたかもしれないね。

 手を抜いてるとは言えサイラオーグさんの戦闘を直接見てわかった。―――これなら大丈夫。

 持つべきものを持たずに生まれた悪魔。残された肉体のみをただひたすら鍛えたパワーは凄まじいものだ。才能を受け継がなかったゆえに生まれた武の才能。他の悪魔と見比べれば一目瞭然の破格の力。どれほど過酷な修行と時間を費やしたかはその力を見ればわかる。

 まともに打ち合えば九尾流柔術を加味しても危うい。しかし、一番危惧していたものがなさそうだ。それがないならどれだけパワーを隠していても勝機は薄くない。

 

「すごいです」

 

 一誠がそう口にした。僕もさんざんこんなことを言ったが、サイラオーグさんがすごい人だということには一切変わりはない。それがこうして愚直に強さとして表れている。

 

「その強さになるまで、全部、鍛えたんですか?」

「己の身体を信じてきただけだ」

 

 サイラオーグさんの言葉を聞いて一誠の様子が変わった。おそらくサイラオーグさんに感化されて戦いを楽しみ始めたってところかな?

 

「『戦車(ルーク)』にプロモーションッ!」

「『戦車(ルーク)』だと?」

 

 一誠が戦車(ルーク)に昇格したことに怪訝な表情のサイラオーグさん。いままでの試合では女王(クイーン)に昇格することが殆どだったからね。でも僕が一誠の立場だったら、きっと同じようにする。

 サイラオーグさんの姿が三度消える。一誠は足に力を入れて根を張るように踏ん張り、オーラを体にまとって完全防御態勢。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 倍加させた力を防御と右の拳に込めている。何をするかバレバレだが、サイラオーグさんが相手なら受けてくれるだろう。

 今度は一誠の真正面に現れたサイラオーグさんが、一誠の腹部にブローを打ち込んだ。

 一誠は足がガクガクして相当なダメージを受けたようだけどしっかりと一撃を耐えきった。だいぶギリギリみたいな様子だけども。

 サイラオーグさんが拳を引いた時、再び一誠の右ストレートが顔面に打ち込まれる。

 

 ブッ!

 

 その一撃は、サイラオーグさんに鼻血を出させるに至った。と、同時に―――。

 

「ガハッ!」

 

 一誠は兜のマスクから血を吐き出した。受けたダメージと与えたダメージに雲泥(うんでい)の差がある。全く割に合わない反撃だけど、今はそれしかなかったろうね。

 

「『戦車(ルーク)』への昇格か、誤った判断でもなさそうだな。こちらも力を込めて拳を放ったのだがな。おまえの『戦車(ルーク)』としての攻撃と防御は見事だった。やれることが多くなる『女王(クイーン)』よりも攻守のみが高まる『戦車(ルーク)』のほうがパワータイプのおまえには似合ってるかもしれないな。……どうした? 体から疑問が見られる。俺が相手では問題か?」

「いえ、なんていうか……。上級悪魔の方で、俺のことを……その、バカにする人が多かったので……。サイラオーグさんは最初からマジできているから驚いているんです」

 

 上級悪魔は転生悪魔を下に見る傾向がある。一誠が赤龍帝だとしてもそれはさほど変わらずバカにされることが多かった。神滅具を持っていてこれなのだから一般の転生悪魔がどんな扱いをされているのか……。

 サイラオーグさんは一誠の言葉を聞いて、息を吐いた。

 

「そうか。おまえは、いままで過小評価を受けてきたのか。安心しろ。俺はおまえを過小評価などしないッ! 旧魔王派の幹部、そして北欧の悪神と真っ正面から戦い、生き残ったおまえをどうして過小評価などできようか」

 

 いや、結構妥当な評価だと僕は思いますけど……。

 確かに一誠は悪魔の見下した態度から過小評価を受けて来た。

 だけどそれは一誠が人間の転生悪魔だからであって悪魔の物差しで測るなら神滅具を持っている時点で侮れるわけがない。

 その一方でそういう偏見なしに地力だけで一誠を計ったヴィロットさんやロキ様、鵺さんも同じように弱いと判断した。ロキ様は一誠の想いの籠った拳を軽いと言い、鵺さんは一誠もヴァーリさんも五十歩百歩の実力者と評価した。

 つまり一誠の今までの評価は、不当ではあれど過小ではない。そして悪魔はそれ以上に自分を過大評価していた。と、僕は思う。

 サイラオーグさんの言葉を聞いて一誠は震え、サイラオーグさんが不敵に笑む。

 

「俺はおまえと戦うのが楽しいぞ。いい拳を放ってくれるからな。鼻血を流したのは最近ではあいつとのスパーリングの時くらいだ。何より同じタイプと相対(あいたい)した喜びは大きい。その拳、鍛えこんでいるのだろう? 一発食らえばわかる。遠慮するな。俺を全力で殴り倒しに来い。そのためにこの場に立っているのだろう?」

 

 サイラオーグさんは男気溢れる笑みを一誠に向けた。

 サイラオーグさんは一誠を認めている。もはや過大評価も過小評価も大した意味を持たないだろう。

 

「来い! 兵藤一誠! 俺を打倒することだけ考えろッ! 赤龍帝の力を俺に見せてみろッッ!」

「ええ、いきますよッ!」

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoost』

 

 一誠はドラゴンショットを放つがサイラオーグさんに横なぎの打拳打に弾き飛ばされる。

 魔力攻撃は効果がないとわかると今度はカウンター狙いで拳を構える。

 

「イッセーさん!」

 

 突然、アーシアさんが叫ぶ。一体どうしたんですか?

 

「パ、パワーアップです! お、お、お、おっぱいを触ればイッセーさんはもっと強くなるんです!」

 

 アーシアさんの叫びに全員がぽかんとした顔になった。しかし、ゼノヴィアさんがハッとしアーシアさんい続く。

 

「そ、そうか! イッセーはおっぱいドラゴンだ! 私たちの胸を触れば力が増す! 部長! どうか、ここでスイッチ姫野お役目を披露していただきたい!」

「リアスお姉さま! わ、私でもかまいません! どうか、イッセーさんにお、お、おっぱいの力を! このままでは負けちゃいます!」

 

 ゼノヴィアさんとアーシアさんが部長に懇願する。僕は二人の正気をまず疑った。ヤバイな、ドラゴンの影響かはわからないけど相当一誠に毒されてる……。

 流石にリアスさんの二人の突拍子もない申し出に困惑している様子。

 

「ま、まあ、一誠が女性の胸で強くなるのは事実だけど……」

「そ、そうですね。一誠先輩はそれで信じられない程強くなりました」

 

 僕とギャスパー君はそっと他のみんなから距離をとった。できれば仲間と思われたくなったから。無駄な抵抗だけど。

 

「そうね! イッセーくんの性欲はパワーの源だわ!」

 

 どうやらイリナさんには僕たちの言葉を一誠の性欲パワーアップの肯定と解釈されたようだ。

 

「乳を触ると本当に強くなるのか? 噂ばかりと思っていたのだが」

 

 普通はそう思うよね。だけど悲しいことに一誠はそれで本当に強くなってしまう。

 だけどまあ、強くなると言っても僕の見立てでは一種の感情爆発だと思う。本当に強くはなってるけど一時的で、むしろ重要なのはそれによって所有者が強くなったと誤認識して使える力が解放されてると思われる神器。

 もはやそればかり使ってるからわかりにくいけど、一誠が使ってる魔力の殆どは神器からのもの。一誠自身の魔力はあまり使われていない。

 実際に一誠自身が開発した技は洋服破壊(ドレスブレイク)乳語翻訳(パイリンガル)の二つ。他はもはや神器が強くなったと言っても過言ではないものばかり。

 

「……本当です」

 

 搭城さんがきっちり肯定する。

 

「うふふ、それでどうするの? リアス?」

「さ、触る……の? あ、あなたが強くなりたいのなら、わ、私は……」

 

 朱乃さんが笑いながらリアスさんに訊くと、リアスさんは顔を真っ赤にして一誠に言った。

 考えようによってはこれで強くなれるなら手軽なものと割り切るのもいいかもしれない。ただ、やらされる方と見せられる方は心情的にかなり複雑だけども。

 一誠だけがまるまる得をするだけ。僕はこれで本当にパワーアップすることも、真剣な戦闘中にも性欲を爆発させられる一誠が今でも信じがたいよ。

 木場さんもやれやれと苦笑してはいるけど、嫌悪感とかは一切感じない。

 

「ふ。ふはははははははっ! なるほど、リアスの胸で強くなれるのか。ふふふ、それは覚えておこう。―――赤龍帝、ここまでにしようか」

 

 サイラオーグさんは豪快に笑うと、そう提案した。

 

「俺はまだ戦えます!」

 

 まだ戦えはするが勝機は限りなく無い。仮に性欲パワーアップをしたところで、“あの状態のサイラオーグさん”にあそこまで遅れをとってるようじゃ。

 サイラオーグさんは首を横に振る。

 

「いい覇気を放ってくれる。だろうな。俺もまだまだ戦える。だが、これ以上やると俺も歯止めが利かなくなる。最後の一撃まで味わってしまう。それではあまりにもったいない。おまえは今何かに目覚めようとしている最中なのだろう?」

 

 サイラオーグさんは貴族服を拾い、一誠に歩み寄り肩に手を置いた。

 

「ならば、それを得てからだ。最高の状態で殴り合う。それこそが、俺の求める赤龍帝(せきりゅうてい)との戦闘だ。俺たちの勝負は、後日のレーティングゲームで決めるべきだ。上役の方々と大衆の前で拳を交わしてこそ、俺とおまえの評価が決まる。次出会うときは夢につなげる舞台でだ。―――来い、リアス眷属たち。俺は全力でおまえたちを打ち倒す」

 

 サイラオーグさんはそう言い残し、魔王様に挨拶をした後、この場を去っていった。

 緊張が解け鎧を解除した一誠に魔王様が近づき訊く。

 

「どうだったかな? 彼の一撃は?」

「……似てました。俺の拳にそっくりで驚きました」

 

 魔王様はうなずき微笑む。

 神器と生身、選ばれた物と選ばれなかった者。あらゆる点で二人は非なる者同士だけど―――。

 

「うむ、キミと同じだよ。足りないものを補おうと必死で練り上げられたものだ。それゆえに力強い。すべてがストレートな攻撃。それは悪魔にないものだ」

 

 一つの武器を一途に鍛え続けたことだけは似ている。

 持たなかったからこそ辿り着いた境地、ただ一つ持っていた強力な武器。

 対極とも言えるような二人だが選択した道は同じ。愚直なパワー。いや、対極だからこそ同じだったのかもしれない。

 自分が持つはずだったものを知ったから、自分が持っているものを知ったから、悪魔の価値観からそれを選択するのは必然なのかもしれないね。

 

「ちなみに彼は両手両足に負荷のかかる封印を施して先ほど戦っていた」

 

 手加減とは違うけど、ハンデ状態であそこまで遅れを取るようではパワーアップしても怪しい。

 その告白に衝撃を受けてる様子の一誠に魔王様は続ける。

 

「彼はもうプロの『(キング)』と比べても何ら遜色はない。『禍の団(カオス・ブリゲード)』のテロも何度か防止し、悪魔側に勝利をもたらしている。しかし、イッセーくん。大したものだよ。あのサイラオーグと拳を交えてなお戦闘意識を失わないとは。彼と相対した者の中には軽い手合わせでも戦意を喪失した者が出たほどだ。自慢の魔力が通じず、肉体のみで圧倒されれば、高い魔力こそがステータスの悪魔では心が折られてしまう。位が高い家の者ほどプライドが高く、一度折れたら再起が難しい」

「俺は……もう負けたくないだけです。レーティングゲームで負けたくない。俺、ゲームではまともに勝てた事が無いんです。

 

 ライザー戦、シトリー戦の両方で一誠は黒星だったっけ。ディオドラ戦はゲーム中止でノーカウント。

 

「だから、次こそは」

 

 一誠は悔しそうな表情を浮かべ、強く拳を握っていた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 そして修学旅行当日。

 僕からすればちょっとした実家に帰るみたいなものだから遠足前みたいな興奮は特になかった。むしろきっと怒るであろうトラブルが心配でしょうがない。

 そうなっても頼れる日本妖怪の皆さんが何とかするだろうけど、本当に申し訳なくて、何もできない自分が不甲斐なく感じる。

 そんな先の不安で眠れなかった。ももたろうと触れ合ったり罪千さんを撫でながら寝ると少しは安らげてぐっすり眠れたけどね。……まずい、僕自身も罪千さんをペットか何かと思うようになってきちゃったようだ。

 そして朝、東京駅の新幹線ホームに僕たちは集まっていた。ホームの隅でできるだけ人目を避けてね。

 

「はい、これ人数分の認証よ」

 

 見送りに来たリアスさんが旅行に行く二年生悪魔にカードのようなものを渡す。全員手に取り確認する。

 

「これが噂の?」

 

 木場さんが訊くと、リアスさんがうなずく。

 

「ええ、これが悪魔が京都旅行を楽しむときに必要な、いわゆる『フリーパス券』よ」

 

 京都の名所である寺や神社、その他のパワースポットと呼ばれる場所は悪魔が歩き回るには不都合が目立つ。

 なので京都の陰陽師や妖怪たちが特別な場合のみこの券を発行してくれるそうだ。

 まあ僕はお守り型の特別認証を藻女さんからもらってるから必要ないんだけどね。

 だけど悪魔を信用していない日本側が本当にこんなものを発行するのだろうか? おそらくこのフリーパス券もただのフリーパス券ではないだろう。

 大方、京都の重要な場所には入れないようになっていたり、監視するための発信機などの術も組み込まれてるのだろう。もちろんこれを持ってる以上、無暗に手を出してはならないと言うことでもあるんだろうけど。

 

「私達の時もそうだったけれど、きちんとした形式のある悪魔にならこのパスを渡してくれるの。グレモリー眷属、シトリー眷属、天界関係者、あなた達は後ろ盾があって幸せ者なのよ?」

 

 リアスさんがウインクすると、一誠は歓喜の声を上げた。

 

「はい! グレモリーばんざいっス! じゃあ、これを持っていれば清水寺も金閣寺、銀閣寺も余裕と?」

「そうよ。スカートか制服の裏ポケットとかに入れておけば問題なく名所に入れるわ。バンバン見て回ってきなさい」

「「「「「はい!」」」」」

 

 みんな返事をしすぐにカードをしまう。

 アーシアさんの携帯が鳴る。相手は桐生さんのようで呼び出しの電話だったようだ。僕も早く罪千さんのところに戻らないと。

 

「では、リアスお姉さま。私たち、行ってまいります!」

「行ってきます」

「行ってきまーす!」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 僕は特に「行ってきます」を言わずにささっとこの場を離れた。一応呼び止められないように気配を薄めてね。

 さてと。ちょっと里帰りしに行こうかな。藻女さん、玉藻ちゃん、こいしちゃんに会うのが楽しみだ。



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結局な京都での事件

 新幹線が東京駅を出発してから10分ぐらい経過した頃、ウキウキした表情で松田が「俺、実は新幹線初めてなんだよな!」と前の席で呟いていた

 一誠の席は車両の一番後ろの席。さらに一人。隣も空いている。前には変態三人組の仲間である松田と元浜。通路を挟んだ向こう側にはゼノヴィアとイリナが座っている。ちなみに誇銅と罪千の席は一誠たちからそこそこ離れている。

 一誠は冥界行きの列車のインパクトを思い出していると、ゼノヴィアが近づいてき、隣の空いてる席に座った。

 

「イッセー、先に言っておきたいことがあるんだ」

「なんだよ、ゼノヴィア」

「いま、私はデュランダルを持っていない。丸腰だ」

「デュランダルがないのか。なんで?」

「うん。なんでも正教会に所属している錬金術師がデュランダルの攻撃的なオーラを抑える術を見つけたらしくてね。天界経由であちらに送ったんだ」

 

 正教会とはキリスト教会の派閥の1つであり、エクスカリバー強奪事件の際には非協力的であった。 

 ゼノヴィアは皮肉気に笑む。

 

「あの正教会が協力的になってくれたとはね。恐らくミカエル様を始めセラフの方々の口添えがあったのだとは思うが、それでもあそこの錬金術師に鍛え直してもらえるのならば、これ程の機会も無いと感じたんだ」

 

 例の協力態勢から、キリスト教会内の派閥間が幾分狭まった結果だろうと一誠は推測した。

 ゼノヴィアは話を続ける。

 

「聖剣の能力を下げずに攻撃的なオーラだけを抑える術。実に興味深いところだね。……まあ、持ち主である私が未だに抑えられないと言う不甲斐なさが際立つわけだが……。さらには、ロキとの一戦以来なぜか前よりもデュランダルをうまく扱えなくなってしまってな。これで『騎士(ナイト)』とは何とも情けない……。私は死んだ方がマシか……? ああ、主よ」

 

 自虐的になるゼノヴィア。

 

「了解。何かあったら、アスカロン貸せってわけね?」

「うん。すまない。いつもあの剣を借りてしまって」

「いいよ。俺もあれに頼っているけど、場面によっちゃ、おまえに貸した方が効率良いもんな」

「だが、イッセーも剣術を鍛えておいた方がいい。宝の持ち腐れは良くない」

「あいよ。おまえか木場に相手してもらいながら剣術も覚えますさ」

「うん」

 

 要件を済ませたゼノヴィアは元の席へ戻っていった。

 それからしばらくすると、今度は前の車両から木場が歩いてきた。

 周りの女子生徒は木場が一誠のところへ行くことが意外に思う。

 悲鳴に近い女子の黄色い声にイケメンに対する恨みを覚える。

 自業自得の扱いの悪さをイケメンの木場のせいにしていたが、今は大事な仲間ということでその恨みは前よりも収まっているがなくなったわけではない。

 

「隣、座るよ」

「……どうした?」

「あちらについた時の行動を聞きたくてね。いちおう有事の際を想定してさ」

 

 木場が一誠のところに来た理由は、有事の際の行動把握。

 その話が終わると、お互いスケジュール情報を交換し、別の話題に移った。

 先日、一誠がグレモリー家の謎の儀式に参加した。それが終わった後に魔王の一人、ベルゼブブと個人的な話をしたことについて話す。

 そこで悪魔の駒(イーヴィルピース)のプロモーションのそれぞれの力を使いこなすことをアドバイスされたと。

 それから一誠は木場に自分とサイラオーグの手合わせを見ての感想を訊く。そこで木場は正直にサイラオーグのパワーは脅威だと言った。

 

「旅行から帰ったら対サイラオーグさんのトレーニングを改めて再開だな」

 

 その後、お土産が被らないように最終日の連絡を確認すると、木場は席を立って自分のクラスの車両へ戻っていった。

 一段落したところで一誠は背伸びをし瞑目する。

 京都に着くまでの時間、一誠は日課である神器の中に潜ることにした。

 目的は一つ。歴代の赤龍帝と会話すること。

 目を閉じて、ドライグに意識を任せることで神器の中に入り込んでいく。

 

 

 

 暗い場所をぬけていくとそこには白い空間が出現する。

 テーブル席が置かれ、そこには歴代の赤龍帝たちが座り、うつろな表情でうなだれている。

 

『どーも。俺でーす。また来ましたー』

 

 明るく話しかけてみるも返事はない。

 一誠は自分と年齢と体型が似ている赤龍帝に話しかけるが、やはり反応はない。

 ドライグの声が上から聞こえてくる。

 

『そいつは歴代の中でおまえと同い年くらいの赤龍帝だった。才能に恵まれていてな。「覇龍(ジャガーノート・ドライブ)」に目覚めるのも早かった。が、力に溺れ、油断したところを他の神滅具(ロンギヌス)所有者に屠られた』

『白龍皇じゃなくてか?』

『ああ、力に溺れれば白龍皇でなくても暴れる。あちらにも同様の所有者が過去にいただろう。「覇」の力はその者を一時の間、覇王にするが……。いつの時代も覇王は栄えない。長く続かないものだ。それが世の常だな』

 

 ドライグは自分自身を語るような言い方で言った。

 

『それでも大切なものはあったんだよな?』

 

 話しかけても歴代の赤龍帝は反応しない。それでも大切なものがあったと一誠は信じたいと思った。

 

『……我、目覚めるは覇の理を神より奪いし二天龍なり、か』

『相棒』

『全部は唱えないよ。怖いし。ただ、わからないことがあるんだよな。無限ってなんだ? 夢幻もわからん。なんで嗤って、憂うんだろうか』

 

 一誠が疑問を口にすると、その疑問に答える声が。

 

『無限はオーフィス。夢幻はグレートレッドを意味するの。オーフィスを嗤い、同じ赤いドラゴンであるグレートレッドを憂いたって感じかしら。この呪文、誰が作ったかまでは謎なのよね。やっぱり、神様かしら?』

 

 聞きなれぬ第三者の声が疑問に答えた。声の方へ顔を向けると、そこには若い女性が立っていた。ウェーブのかかった長い金髪。スレンダーな体にスリットの入ったドレスを着た美人。

 彼女は他の歴代赤龍帝と違い表情があり言葉を発した。笑みを浮かべ一誠を見ている。

 

『エルシャか』

『はーい、ドライグ。久しぶりね』

 

 女性はドライグと親し気に軽いあいさつを交わす。

 

『相棒、彼女はエルシャ。歴代の中でも二、三を争うほど強かった赤龍帝だ。女性の赤龍帝では最強だな』

 

 今まで見たことのないエルシャの、女性最強の赤龍帝の存在に驚く一誠。

 

『不思議そうな顔ね。ボク? 所有者の残留思念のなかでも例外が三人いるのよ。私はその一人。ま、神器の中でも奥に引っ込んでるから普段はここまで出てこないんだけどね』

『ベルザードと共にもう二度と出てこないと思っていたのだが』

『そんなこと言わないでよ、ドライグ。私とベルザードは奥でひそりとあなたのことを応援していたんだから。かつての相棒同士じゃない? ま、彼はもう意識を失いつつあるけどさ……』

 

 エルシャは少しだけ寂しげな表情を浮かべる。

 

『そしてもう一人は……今なら聞こえるんじゃないかしら? 彼の声が』

 

 エルシャの言ってる意味が分からず訊き返そうとするが、エルシャは口元に指をあてて静かにするように促す。

 一誠は指示に従い静かにし耳を澄ますと。

 

 ぐご~ ぐご~

 

 さっきまで聞こえなかった誰かの野太いいびきが聞こえる。いびきの聞こえる方へ顔を向けると、そこにはいい年をしたおじさんが大きないびきをかきながら眠っていた。大柄でガタイも良くいかにも強そうな雰囲気を漂わせている。

 眠ってはいるが明らかに他の歴代とは違い、眠り顔に表情がある。そもそも他の所有者はいびきなどかかない。

 

『彼はアラン。間違いなく歴代最強の赤龍帝だ。「覇龍(ジャガーノート・ドライブ)」を制御してみせた唯一の赤龍帝』

『「覇龍(ジャガーノート・ドライブ)」をッ!?』

 

 ドライグの言葉に驚愕する一誠。このおっさんがそんなに強いのかと思いながら一誠はアランをまじまじと見る。

 

『相変わらず眠りこけたままみたいだがな』

『前から時々起きてるわよ。またすぐに寝ちゃうけど。でも、時々私たちでも立ち寄れない神器の深部にふらふらっと行くこともあるわね』

『ふっ、生前からそこが知れぬ奴だった。白龍皇を殺したたった一度だけ俺を使い、その後は死ぬまで一度も俺を使わなかった。赤龍帝ではなく、人間として生き人間として戦い人間として死んでいった稀代の赤龍帝。しかしその実力は間違いなく歴代最強と言える』

 

 アランの赤龍帝としての異形の経歴に一誠は考えた。一体歴代最強と呼ばれた赤龍帝はどんな生き方をし、どのように強くなったのか。どうやって『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を制御して見せたのか。

 

『ところでエルシャ。わざわざ出て来たということは何か用があるのではないか?』

『ベルザードがね、いまの赤龍帝くんに興味を持ったらしくて、私を寄越したのよ』

『ちなみにベルザードさんとは?』

 

 一誠が訊くとドライグが答える。

 

『そこのエルシャと共に歴代二、三を争う赤龍帝だ。男では二番目に強かった。白龍皇を二度も倒した男だからな』

『二度も!? そりゃすげぇぇぇっ!』

 

 一誠は『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を制御した話と同じくらい驚いた。『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を制御したのもすごいが、白龍皇に二度も会い倒したのもすごいと。

 エルシャが改めて言う。

 

『それでね、これを渡してくれって』

 

 エルシャが取り出したのは、鍵穴のついた箱。

 

『あなた、現ベルゼブブに「鍵」をもらったんでしょ?』

『ええ』

 

 一誠の手元が突然光り、小さな鍵が現れた。

 鍵の出現にエルシャは笑む。

 

『「鍵」ってそのもののことを指していたわけじゃないけれど、手っ取り早く「鍵」も箱もそれらしいもので表現できたみたいね。この箱は赤龍手のデリケートで、可能性が入っているのよ。本来開けちゃいけないイタズラできない部分。もちろん、「悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」を得たあなただからこそできることだと思うけどね』

 

 突然、エルシャは「ふふふふ!」と笑いだす。

 

『おっぱいドラゴン! 赤龍帝! ベルザードと一緒に見ていたわ。ここに来て、初めて私も彼も大笑いしたわよ』

 

 そう言われると、一誠は急に恥ずかしくなった。

 普段から、冥界では大勢に見られる中で恥ずかしげもなく「おっぱい」と叫ぶくせに、なぜ今更恥ずかしがるのかドライグは疑問に思う。

 

『恥ずかしがらないで。ドライグも落ち込んでないで、楽しみなさいよ。こんなにおもしろい赤龍帝は初めてだわ。「覇龍(ジャガーノート・ドライブ)」の不気味で呪われた呪文。あれを吹き飛ばすぐらい「おっぱいドラゴンの歌」は私とベルザードの心を楽しませてくれた。

 

 エルシャは一誠に箱を差し出した。

 

『だからこそ、私も彼も決心がついた。あなたを信じてみるわ』

 

 一誠は箱を受け取り、「鍵」を鍵穴へ近づけてみる。それはちょうど同じサイズであり、これが合うと半ば確信した。

 

『あなたと今回の白龍皇はいままでと別物ね。お互いを求めているわりに、目標がある。なんだろうなぁ。私たちがガチってたのが馬鹿らしくなるわ。―――お開けなさい。ただし、開けたら最後まで責任を持つこと。半端はダメ。何が起こってもそれを受け止めて、一歩を踏み込むの』

 

 一誠はエルシャにそう言われながら、鍵穴に鍵を淹れ箱を開けた。その瞬間、眩い光り包まれ―――。一誠が目を開けると、新幹線の中だった。

 あまりのことに一誠は今までのが夢ではないかと思った。

 

『いや、おまえはエルシャから箱を受け取り、開けたぞ』

 

 ならばと一誠はその箱の中身を訊いた。

 

『わからん』

 

 ドライグの答えに一誠は自分の身に何か起こってないかを調べた。が、特別変化は見られない。

 ならばと神器の方も確認してもらうが。

 

『そちらの方も変化なしだ。……ただ、箱の中身は外に飛び出していった気がするのだが……』

 

 ドライグの言葉に一誠は大きく驚く。

 一誠は急いであたりを見回すが、何も見つかるはずがない。

 エルシャだけでなく、アザゼルや魔王ベルゼブブにも流石に申し訳が立たないと珍しく焦る。

 

『あわてるな。あれはおまえのものだ。必ずおまえのもとに帰ってくる。そういう因果を持っているのだからな』

 

 そう保障されても困惑する一誠だが。

 

「う、うおおおおっ! おっぱい!」

「うわっ! 松田! 何をする! 俺の! 男の乳を揉んで何が楽しい!」

 

 突然変態三人組の松田が同じく元浜の胸を揉んでいた。その光景を一誠は興味なしとし、再び箱の中身へと思考した。

 

「はっ! 俺はいったい何を……。急に乳を求めだして……それで……」

「松田、おまえ、そこまでおっぱい欠乏症にかかって……。よし、今夜ホテルの部屋でエロDVD鑑賞会をしよう! 機材はすべて荷物に積んである!」

「マジか!」

 

 そのことで一誠も前の席に身を乗り出して食いついた。

 女性のおっぱいのことになると一誠は悩むのをやめてすぐさま元気を取り戻した。

 

「おおっ、イッセー! それでこそだ!」

 

 箱の中身がいずれ帰って来るなら、まずはおっぱいといつも通り変態三人組で他の生徒の目を気にせず盛り上がる。おっぱいの話をする前はドライグに箱の中身は戻って来ると保障されてもため息をついていたのに……。

 迷惑なほどエロをオープンにする変態三人組に対する女子生徒の罵詈雑言があったが、一誠たちはそれをいつも通り無視した。

 

 

 

 

「ん?」

「どうしたんですか、誇銅さん?」

「いや……何でもない……?」

 

 何だろう? 今の感じ。なんだかしゃっくりが出そうで出ずに収まったような感覚。

 今さっき一誠から何かが飛び出した感覚と何か関係がある……? 今のところ害はなさそうだからいっか。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 新幹線内で罪千さんが弁当三個、鞄半分のおかしを食べ終えた頃、到着のアナウンスが流れた。

 僕たちは荷物を持ったままそのまま外に出て、改札口まで移動して潜っていく。

 

「おおっ!広いなー!」

「見ろ、アーシア!伊○丹だ!」

「は、はい、ゼノヴィアさん!伊○丹です!」

 

 やや後ろから一誠の声と、興奮気味なゼノヴィアさんとアーシアさんの声が聞こえる。

 

「天界にもこんな素敵な駅が欲しいわ!」

 

 イリナさんはどうやら違う方向で興味津々(きょうみしんしん)らしい。

 

「海菜ちゃん! 誇銅ちゃん! 早くするっす! 早くしないと自由時間がなくなっちゃうっすよ!」

 

 僕達と同じ班の憂世(うきよ)さんが先で手を振りながら僕たちを呼ぶ。憂世さんは常にハイテンションだけど、今日はいつにも増して高い気がする。

 

 そのまま一人で先先と行ってしまう前に少し急いで歩み寄る。

 

「そんなに急いだら迷子になっちゃいますよ。集合場所のホテルの場所はわかるんですか」

「わかんないっす!」

 

 そんな自信満々に言われても……。

 とりあえずしおりを出して、位置と目的地を確認する。

 

「え~と、ホテルは駅周辺だから。ここが西改札口だから……バス方面に出たら右方面に……」

「う~、とりあえず外に出ようよ! 駅の中でじっとなんてしてられないっす! 純音(あつね)とマグロはじっとしてたら死んじゃうっすよ~!」

 

 前来たときは過去に平安京があった場所をがむしゃらに目指しただけだったからこの辺の地理はわからないんだよね。

 それでも一度来たことがあるだけあって初見よりもわかる部分が多い。

 

「きゃー! 痴漢!」

 

 駅内で女性の悲鳴が聞こえる。

 

「お、おっぱいを……」

 

 男性が手をわしゃわしゃさせながら、痴漢行為に励んでいたが、周りにいた男性たちに取り押さえられていた。……なんだか、一誠の変態性が悪化した将来の姿みたいに見えて来た。リアスさんたちがいる限りああはならないだろうけども。

 よくよく考えれば一誠たちが学校でやってるのぞきとかってまだ軽いけどあれと同罪なんだよね。

 

「京都に来て初めて見学するのが痴漢確保! 東京でも見れるっつーの! 特にうちの学校じゃよく見かけることだし!」

 

 変態三人組のことだね。一誠の変態行為も減ったとはいえいまだに続いてるみたいだし。

 痴漢を行った男性は取り押えられたが、実はそんな男性はもう一人いた。その男性はなんと僕たちに近づいて来て、罪千さんを狙っているようだった。

 

「お、おっぱい……!」

「迷惑行為は慎んでください」

 

 まあ、男性が罪千さんに痴漢行為を働く前に柔術で軽く取り押さえさせてもらったけどね。

 

「ありがとうございます、誇銅さん」

「ひゅー! 誇銅ちゃんカッコいいっす!」

 

 あっ、調子に乗って普通に柔術使っちゃった。今の一誠たちに見られてないかな……?

 僕は痴漢を近くにいた駅員に引き渡し、罪千さんと憂世さんの手を取って急いでこの場を離れた。

 

「おや? どうしたんっすか? 誇銅ちゃん」

「道もわかったから早く行きましょう。それと、さっきのことは言いふらさないでくださいね。恥ずかしいので」

 

 憂世さんの口から僕が柔術を使ったことがバレないようにするが。

 

「えー、さっきの誇銅ちゃんかっこよかったのに。けど、誇銅ちゃんが恥ずかしいなら言わないっすよ。あ、京都タワーっす!」

 

 ……本当に秘密にしてくれるのだろうか。憂世さんは口が軽いわけじゃないけど、勢いでぽろっと言ってしまいそうな気がする。

 まあ、憂世さんは一誠や一誠の周りの人と特に親交はなかったと思うから大丈夫か。

 集合場所自体はすぐ見つかった。京都駅から数分歩いたところにある大きな高級ホテルがね。その名も「京都サーゼクスホテル」……悪魔は京都内でよくこんな堂々としたことができたよね。

 さらには、少し離れたところには「京都セラフォルーホテル」なんてものが建っていた。どんだけ京都駅周辺に建ててるんだよ!

 サーゼクスって魔王様の名前だよね。確かリアスさんのお兄さんの名前だったハズ。だからこんなところに泊まれるのか。日本と冥界が本格的に縁を切ったらこの場所はどうなるんだろうか……。

 入口に立つボーイさんに学生証を見せると、ホールのほうまで丁寧に説明してくれた。

 あまりの豪華絢爛なロビーを見て、憂世さんは大興奮。

 

「すっげー豪華っす! 純音(あつね)、豪華すぎてクラクラしてきたっす!」

 

 若干ふらふらしながら言う憂世さん。

 悪魔がそれだけ儲かってるのか、それとも単に貴族趣味ななだけなのか。どっちにせよすごい財政的なパワーはあるのは確か。

 あの悪魔がどんな方法でとんでもない金額を湯水のごとく使える程の財力を手に入れたのか、怖くて想像したくないな。

 ロビーから少し進んだ先の広いホールには既に他の生徒が集まってきていた。

 時間が来ると各クラス、班ごとに点呼が始まり、いない人の確認などをし、先生たちのから注意事項を聞く。

 

「地元の人たちと問題を起こさないように。地元の学生とかに絡まれたなら穏便に逃げるか、もしくはチクられないくらい徹底的にすること。君たちが問題を起こせば次の後輩たちに多大な迷惑がかかりますし、先生たちも大変迷惑になります。ですからくれぐれもその辺は注意してください。あとお土産で木刀とかノリで買って後悔しないように。あれ結構高いうえに荷物としてすっごいかさばるから」

 

 なに言ってんだこの先生は。チクられないように徹底的って、暴力で解決しろってか! とんだ不良教師だよ!

 確かこの人生活指導の先生だったハズ。大丈夫なのかこの人?

 前に立つ先生たちの最終確認が終わり、各々が荷物を持って、ホールで従業員から部屋のキーを受け取っていく。

 

 

 

 駒王学園の生徒が止まるホテルの部屋は広い洋室の二人部屋。中に通されると大きなベッドが二つと京都駅周辺を窓から一望できる風景を目の当たりにした。

 

「うおおおお! すっげぇな! 修学旅行でこんなホテルに泊まれるなんて、駒王学園に入学してよかったぜ!」

 

 僕と同室の細田は部屋の広さと外の景色を見て感動している。

 

「なあ、日鳥もそう思わねえか?」

「うん、そうだね。こんな広くて豪華なホテルに泊まる経験なんてそうそうないだろうし」

「そうだよな! もしかしたらもう一生ないかも」

 

 と言っても、今じゃ一誠の家の方がもっとすごいからあんまり感動がないんだよね。せっかく修学旅行でこんな豪華なホテルなんだから僕としてももっと感動したかったんだけども。

 まあ、感動が薄いと言っても、悪魔が経営するホテルでも、悪魔を警戒せずに豪華なホテルの一室でゆっくりできるのはいいね。悪魔側のホテルでもまさか妖怪の目が厳しい京都でやらかそうとはしないだろう。

 

「おっと、もたもたしてられねえよな。今は京都見学先だ。お互いさっさと準備して班と合流して京都の町に繰り出そうぜ」

 

 細田の言う通り僕たちはさっさと準備を済ませて同じ班の人を待つ。ロビーで待っていると細田の班が先に来て行き、その数分後に罪千さんたちも来た。

 

「お待たせ! 誇銅ちゃん!」

「お待たせしました、誇銅さん」

「うん、それじゃ行こうか」

「おー!」

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 僕たちは三人で京都の町へと繰り出す。この時代に戻ってきて以来だからそこまで日にちは経ってないけど、あの時は特に観光とかはしてなかったからね。

 

「海菜ちゃん! 誇銅ちゃん! 見て見て、珍しいものがいっぱいあるっすよ!」

 

 憂世さんは人一倍高いテンションで京都の街並みを見学していた。大はしゃぎで先先行く憂世さんに僕は迷子にならないでねと笑いながら注意しながらも割とマジで心配した。

 その結果―――ものの数十分で憂世さんは迷子となった……。

 

「え、もう!?」

 

 思わず声に出る程びっくりしたよ。迷子になりそうだなとは思ったけどまさか本当に、それもこんな短時間でなるとは思わなかったよ!

 と、とりあえず憂世さんに電話しないと。もしかしたら迷子になったのを理解せずにいまだに夢中で動き回ってるかもしれない。あまり遠くに行かれると合流するのにかなり時間がかかってしまう。

 僕が携帯を取り出そうとすると、突然小さな手が僕の目を後ろから塞いだ。

 

「だ~れだ」

 

 気配も声も手の温かさも、全て僕がよく知ってるものだ。

 

「こいしちゃん」

「せ~か~い!」

 

 首を後ろに向けるとやっぱりこいしちゃんがそこに。突然現れたように見えた罪千さんは僕に肩車状態のこいしちゃんに驚いてる。

 

「し、知り合いですか?」

「ああ、うん。僕の妹だよ。こいしちゃん、こっちは昨日電話で話した罪千さん」

「そうなんだ。初めまして、こいしで~す!」

「罪千海菜です。あの……は、初めまして」

 

 こいしちゃんは僕の背中から降り罪千さんに軽くあいさつする。

 僕はそんなこいしちゃんを後ろから抱き上げぎゅっとした。僕たちはその状態で仲良くじゃれ合う。

 すると、複数の妖怪の気配が僕たちに近くに集まってくるのを感じた。気配からしてあまり強くはなさそうだが殺気を放ってる。周りを気にしてか複数で僕たちを監視しているようだ。

 僕たちの周りから不自然に一般の人たちが離れて消えていく。こいしちゃんが能力で無意識を操って離れさせたのだ。

 周りに一切の一般人が消えると、その妖怪たちは姿を現した。神主装束で狐のお面を被った妖怪たち。

 

「こいし様から離れろ! 魔の者よ!」

 

 どうやら何か勘違いされているようだ。僕はぜんぜん平気だけど、罪千さんは驚いて怯えながら僕に抱き着く。

 恰好(かっこう)からして妖狐。気配からして下位の若い世代だろう。

 

「ん、何かよう?」

 

 こいしちゃんは首をかしげて妖狐たちに問いかける。

 

「……ふ~ん、なるほどね」

 

 こいしちゃんは心が読める妖怪、(サトリ)。妖狐たちの心を読んで現状を把握したのだろう。

 

「そっか、でもこの人たち大丈夫だから。もういっていいよ」

「しかしこいし様」

「いっていいよ」

余所者(よそもの)である魔の者が怪しいのは間違いなく、その者も直接関係していなくとも」

「行け」

「はいぃぃ!」

 

 感情のない最後の言葉に恐れた妖怪たちは逃げるように去っていった。

 容姿や言動が幼く見えようがこいしちゃんもあの時代(平安時代)から生きる猛者。立場も妖怪としての格もそこらの妖怪と段違い。さらには養子とは言え藻女さんの娘であり、幼い頃から九尾流柔術をハイレベルで使いこなし、藻女さんからは二代目風影を期待されていた程の腕を持つ。

 

「何があったの?」

「うん、ちょっと問題が起こったみたい。けど大丈夫だからお兄ちゃんは心配しなくていいよ」

 

 こいしちゃんはそう言うけどちょっと心配だ。けど僕にできることはない。

 何があったかはわからないけどどうやら時期が被ったからか悪魔も疑われている。日本と冥界の関係的にも悪魔である僕が協力できることはない。むしろ協力することが迷惑ですらある。

 大事な時間を過ごした日本の京都。目の前で問題が起こってるのに何もできないのは心苦しいけど、藻女さんたちがいるなら大丈夫だろう。

 それにしても……やっぱり事件が起こってしまったか。これが悪魔や龍のオーラによるものかはわからないけど、一誠がいるとこに事件は絶えない。

 まずは迷子になった憂世さんに電話して合流しないとね。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 誇銅がこいしと出会った頃、一誠たちは伏見稲荷から伏見山へ登っていた。

 途中途中で景色を楽しみながら写真を撮るメンバーたちに断りを入れ一誠は一足先に山の(いただき)へと階段を勢いよく駆け上がった。そして頂にある古ぼけたお(やしろ)へ辿り着く。

 人気がなく、一誠以外誰もいないお社に手を合わせ、

 

『おっぱいをたくさん見て触れますように! 彼女ができますように! 部長さんや朱乃さんとエッチができますように!』

 

 と、性欲にまみれた卑猥で既に願う必要がない願いを念じて、その場を後にしようとすると―――。

 

「……京の者ではないな?」

 

 突然の声に、一誠は周囲に気を配らせると、隠す気のない殺気に囲まれていることに気づいた。

 そこまで強大ではないと感じていたが、気づかぬうちに囲まれたことに警戒する。

 少し身構える一誠のもとに現れたのは、巫女装束を着た小さな妖狐の女の子。

 

「……女の子?」

 

 キラキラと光る金髪、金色の双眸、頭の狐耳、モフモフな狐の尻尾。それが狐の妖怪であることをここが伏見稲荷ということから一誠は察した。

 一誠は自分がこんな状況になったのはおっぱいな願い事がご法度ではないかと思っていると、小学生程の少女は一誠を激しく睨み、吐き捨てるように叫ぶ。

 

「余所者め! よくも……ッ! かかれっ!」

 

 少女の掛け声と共に林から山伏(やまぶし)の恰好のカラス天狗と、神主の格好をして狐の面を被った下位妖狐が大量に出現する。

 

「おおっと! なんだなんだ! か、カラス天狗……? 狐?」

 

 初めて見る相手に驚く一誠に、少女は容赦なく指を向ける。

 

「母上を返してもらうぞ!」

 

 天狗と狐神主が同時に襲い掛かる。

 一誠は瞬時に籠手を出現させ攻撃を躱す。

 

「は、母上? 何を言ってんだ!俺達はお前の母ちゃんなんて知らないぞ!」

 

 一誠が少女にそう叫ぶが、少女は問答無用と言った様子。

 

「ウソをつくな! 私の目は誤魔化しきれんのじゃ!」

 

 全く身に覚えのない罪を追求された一誠は逃げの一手。しかし、数多くの攻撃をいなせるほど一誠の技量は高くない。天狗の錫杖が一誠に降りかかる。

 一撃受けることを覚悟した時―――。

 

 ギンッ!

 

 ゼノヴィアが木刀で錫杖を受け止めた。

 

「どうした、イッセー」

「何々? 妖怪さんよね?」

 

 ゼノヴィアとイリナがお土産屋で買った木刀を手にして加勢に来た。少し遅れてアーシアも駆けつける。

 悪魔が四人に増えたことにより、少女の一行は驚き、怒りを一層深めた。

 

「……そうか、お前逹が母上を……もはや許す事は出来ん! 不浄なる魔の存在め!神聖な場所を(けが)しおって! 絶対に許さん!」

 

 話し合いの余地がないほど少女は怒りを露わにする。一方的にやられている一誠は不快に思う。

 

「アーシア! 部長から例のものを受け取っているな?」

「はい!」

 

 一誠が訊くとアーシアはスカートのポケットからグレモリーの紋章入りのカードを取り出した。

 京都で有事の際にリアスの代わりに一誠のプロモーションを承認するための代理認証カード。アーシアは修学旅行の間、リアスからそれを預かっていた。

 

「行くぜ! え、えーと……」

 

 『女王(クイーン)』にプロモーションしようと思った一誠は、実戦で他の駒に慣れておかないとと思い考える。

 一誠はリアスに「いいイッセー? 京都を壊してはダメよ? 他の勢力にも怒られるし、悪魔業界にも迷惑をかけるわ。何より私の好きな京都を大切にしてね」と、念押しされているため、この伏見稲荷で戦うのに破壊力のある駒は使えない。

 

「よっしゃ、『騎士(ナイト)』でプロモーション!」

 

 プロモーションしたことで一誠は体が軽くなった感覚を得る。スピードで翻弄すれば稲荷大社を傷つけないと考えて。

 念のために三十秒分の溜めで力を増加させておく。

 

「ゼノヴィア、イリナ、よくわからんけどここは京都だ、理不尽なことになってるけど、相手と周辺を傷つけるのはマズい。できるだけ追い返す程度に留めよう」

「「了解」」

 

 一誠に意見に二人は応じる。

 一斉に少女の一味が襲い掛かる。

 ゼノヴィアとイリナは木刀で彼らをいなし、相手の得物を破壊しながら圧倒する。一誠もアーシアを護りつつ攻撃を素早く避け、蹴り飛ばす。

 少女たちは一誠たちの方が強いと感じると、後方に退いていく。

 

「もう気は済んだ?」

 

 すると、第三者の声が聞こえた。

 一誠たちも妖怪たちも声の方を見ると、そこにはピンク髪の少女がジト目で一誠たちの戦いを眺めていた。

 狐の少女が小学校低学年なら、ジト目の少女は小学校高学年くらいの容姿。

 

「なぜおぬしがここにおるんじゃ」

「そんなことはどうでもいいわ。それよりも、九重(くのう)ちゃん。今のあなたには何を言っても無駄でしょうから言わないけど、大人しく屋敷に帰りなさい。どっちにしろ勝てないことはわかってるんだから」

 

 ジト目の少女の棘のある言い方に狐の少女はムッとする。そしてその視線を一誠たちに移し、憎々し気に睨んだ後、手をあげる。

 

「……撤退じゃ。今の戦力ではこやつらに勝てぬ。おのれ、邪悪な存在め。必ず母上を返してもらうぞ!」

 

 狐の少女がそれだけ言い残すと、一迅(いちじん)の風と共に妖怪たちは消えていった。ジト目の少女一人を残し。

 

「ごめんなさいね、変な疑いをかけてしまって。私にはあなたたちが無実であることはわかっています。あの子はこちらで何とかしておきます。引き続きゆっくりと京都見学を続けてください」

「……あんたはいったい何者なんだ?」

「それは知る必要がないことです」

 

 ジト目の少女は一誠の質問に答えない。その代わりと言うかのように少女は別の疑問に答えた。

 

「おっぱい、彼女、エッチ、あなたの頭には性欲以外はないわけ? いえ、どんな事情よりも己の性欲が第一なのね。―――見下げた変態ね」

「なっ! いきなり何言い出すんだよ!」

 

 突然胸の内を暴露された一誠は恥ずかしそうに叫ぶ。

 

「私はただ疑問に答えようと思っただけですよ。私がどこから見ていたかと言うね。あなたが卑猥なお願いをしてる時からずっと見ていました」

 

 少女が言った通り一誠はその疑問を胸に抱いていた。だがその質問は一誠の胸に秘められたまま。

 

「なぜ自分が訊きたかったことがわかるかですか?」

「ど、どうして俺の考えてることが……! てか、最初っから見てたなら止めてくれよ。さっき見たところあいつらより強いんだろ?」

「うふふ、買いかぶりすぎですよ。私にあの子たちを抑え込む腕っぷしなんてありません。いまも襲われたらどうしようかと思っています。なので、そろそろ消えさせていただきますね」

 

 そう言うと少女は景色に溶け込むように消えていった。

 一誠たちは構えを解き、突然の理不尽な襲来と少女の意味ありげな言葉に困惑を残す。

 そうして起こってほしくなかった何かが起こりそうな予感を感じる。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 修学旅行初日の夜。僕たちはホテルでの夕食をしていた。

 夕食の湯豆腐はあっさりしておいしかったし、湯葉も繊細でやわらかな食感。京野菜も昔食べたものとまた変わってておいしかったよ。

 こいしちゃんが襲撃を退けてくれた後、憂世さんに電話で連絡し場所の特徴とそこを動かないように言い、こいしちゃんの案内で無事合流できた。その後こいしちゃんの案内で有意義な京都観光を楽しめた。ちなみに明日も案内してくれるそうだ。

 食事を終え、罪千さんの食後のあれもこっそり終わらせた後、僕は憂世さんと罪千さんの部屋で楽しくおしゃべりしながら遊んだ。

 しばらくして女子のお風呂時間になったので僕は一度部屋に戻ることに。すると、 どこの戦場に行くのかと思うほど迷彩装備で部屋を出る細田とすれ違った。あまりのガチ装備に言葉を失い呼び止められなかった。

 そしてまたしばらくして、今度はなんだか落ち込んだ様子で戻ってきた。

 

「……どうしたんですか?」

 

 僕がそう訊くと、細田は自分のベットに座り言う。

 

「俺たちは女風呂を覗きに行ったんだ」

 

 うん、なんとなく予想はしていたよ。細田は変態三人組ほどではないがそこそこ変態なのは密かに知られている。本人はきっちりと隠してるつもりなんだろうけども詰めが甘くてポロポロとそういう部分が見え隠れしちゃってるんだよね。

 

「そしたら、兵藤が先に生徒会に捕まってた。兵藤が捕まってるうちに通り抜けようと思ったけど……兵藤みたいな奴と同列に扱われると考えると。女風呂は覗きたいけど、あいつと同列になったらマジでモテなくなる!」

 

 その変はちゃんと危機を感じてたんだ。けど、一誠が先に捕まってなくても女湯を覗いて捕まったらもれなく仲間入りだと思うよ。

 打ち明けてくれたってことは信頼してくれてるととっていいのかな……? まあ、未遂だし普段からそういうことをしてないから見逃しておこう。

 

「もしかして俺って、あいつらと同じなのかな……」

「そ、それは違うよ。細田はあんなオープンに嫌われるようなことはしないし!」

 

 自己嫌悪に陥り始めた細田をなんとなく慰めていると、今度はなぜか一誠への愚痴に発展した。

 

「モテたいとか言いつつも好き放題変態行為を働いてるくせに、今では周りには美人が集まってる。不公平だ! なんであいつはリアス先輩や姫島先輩に気に入られてるんだ! アーシアちゃんやゼノヴィアさん、あとイリナさんもなんか兵藤とえらく親し気だしよ! それ以外にもなんか他の女子たちからの評価も上がってるし」

 

 自分はモテようと努力したのに、モテたいと言葉だけの相手が盛大にモテ始めたら悔しいよね。僕も別の意味だけど一誠と自分を比較していた時期があったからわかるよ。

 とりあえず話を聞きながらも落ち着けるように備え付けのお茶を淹れて出したりする。

 それからしばらく愚痴を言い続けた細田は一通り言い終えたようですっきりとした表情になった。

 

「あー吐き出したらすっきりしたわ。サンキュー、誇銅」

「このくらいでよければ」

 

 すっきりした笑顔でお礼を言われ、今度は普通のおしゃべりをする。細田とは普段しゃべらないから同室になった時は心配だったけど、新しい出会いみたいで案外ラッキーだったかもね。

 これでちょっと前にアザゼル総督からの呼び出しがなければな……。




 一誠のせいで痴漢にされてしまった男性。痴漢は例え冤罪でもその人の経歴に多大な傷を与えてしまう。場合によってはそれで人生を棒に振る結果になることも……。それも洗脳状態とはいえ現行犯。―――恐ろしい限りです……。
 男性の皆さん、痴漢冤罪には十分気を付けましょう!(私自身が痴漢冤罪に巻き込まれたとかではないですからね!)


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小さな八坂の姫

 原作を読んでちょっとやらかしてしまった部分を見つけてしまいました。ああ、それであんな感想があったんだなって納得。ちょっとしたギャグくらいのつもりだったのに。
 そういう設定だったことを完全に失念していた、もしくはちゃんと読んでなかったか。
 とりあえずその部分は原作と違う設定にして対処するか、最悪その部分をカットさせていただきたいと思います。

 お気に入り数と評価が急に伸びてびっくりしました。最近めっきり伸びが悪くなってたのに、いったい何があったんだと。


 僕たちグレモリー眷属とイリナさんは、夜にホテルを抜け出してアザゼル総督の先導で街の一角にある料亭の前に立っている。

 

「……料亭の『大楽(だいらく)』、ここにレヴィアタンさまがいらっしゃるのか」

 

 一誠の言った通り、話ではここに魔王の一人、レヴィアタンが京都入りしているらしい。

 これはアザゼル総督と魔王様から厄介ごとの報告を受けるのは回避できそうにないな。

 なかに通され、和の雰囲気が漂う通路を抜けると個室が現れる。

 戸を開けると着物姿の魔王様が座っていた。

 

「ハーロー! 赤龍帝ちゃん、リアスちゃんの眷属の皆、この間以来ね☆」

 

 テンションの高いあいさつをする魔王様。

 

「お、兵藤たちか」

 

 シトリー眷属の皆さんは先に来ていた。

 

「よう、匙。京都はどうだ? 午後どこか行ったか?」

「こちとら生徒会だ。今日の午後は先生方の手伝いで終わっちまったよ」

 

 一誠が訊くと匙さんはため息まじりで答える。生徒会だからってせっかくの修学旅行が一日つぶれたらため息くらい吐きたくなりますよね。

 他のシトリー眷属の皆さんも小さくため息をした。

 

「ここのお料理、とってもおいしいの。特に鶏料理は絶品なのよ☆ 赤龍帝ちゃんたちも匙くんもたくさん食べてね♪」

 

 僕たちが席に着くや否や魔王様は料理をドンドン追加していく。ちょっと前に夕食食べたばかりなんですけども。

 けど、あっさりしたものが多いし、おいしいから箸が進む。他のみんなも同じようだ。

 

「それでレヴィアタンさまはどうしてここにいらっしゃったんですか?」

 

 一誠の問いに魔王様は横チョキで答える。

 

「京都の妖怪さんたちと協力態勢を得るために来ました☆」

 

 もしかして、この人が外交担当だったりする? だ、大丈夫……?

 魔王様は箸を置き、今度は顔を陰らせる。

 

「けれどね……。どうにも大変なことになってるみたいなのよ」

「大変なこと?」

 

 一誠の問いに魔王様が答える。

 

「京都に住む妖怪の報告では、この地の妖怪を束ねていた九尾の御大将(おんたいしょう)が先日から行方不明なの」

 

 それを聞いて昼間の出来事を思い出した。―――こいし様から離れろ! 魔の者よ!

 あの言葉は僕からこいしちゃんを護ろうとしたのか。既に九尾の御大将が行方不明になってしまってるから。

 まあ、こいしちゃんを(さら)える人だったらあれくらいの妖怪なんて問題にしないだろうけども。

 だけれど、九尾ってことは藻女さんの血筋だよね? でも藻女さんも玉藻ちゃんも今は裏方に回ってるし。いったい今は誰なんだろう?

 

「―――っ。それって……」

 

 一誠は何か心当たりがあるようで、何かを言いかけて言葉を詰まらせる。

 魔王様は一誠が言いたいことがわかったのかうなずく。

 

「ええ、アザゼルちゃんからあなた達の報告を耳にしたのよ。恐らくそう言う事よね」

 

 アザゼル総督は杯の酒を(あお)ると言う。

 

「ここのドンである妖怪が攫われたって事だ。関与したのは――――」

「十中八九、『禍の団(カオス・ブリゲード)』よね」

 

 と、魔王様が真剣な面持ちで言った。

 今のところそういうことをする理由があるのは『禍の団(カオス・ブリゲード)』くらいしかないからね。だけど、もしもあの正体不明の敵の仕業だとしたら、ちょっと厄介すぎるかも。

 その話を聞いたシトリー眷属の皆さんは黙って目元をひくつかせたり額に手を置いたりしていた。

 

「ったく、こちとら修学旅行で学生の面倒見るだけで精一杯だってのにな。やってくれるぜ、テロリスト共が」

 

 アザゼル総督が忌々しそうに吐き捨てる。いや、あなた舞妓(まいこ)と遊ぶとか言ってたの聞いてましたからね? まあ、逆に何かされるのも迷惑になりそうだからいいんですけども。

 魔王様がアザゼル総督の杯に酒をつぎながら言う。

 

「どちらにしてもまだ(おおやけ)にする事は出来ないわね。何とか私達だけだ事を収束しなければならないの。私はこのまま協力してくださる妖怪の方々と連携して事に当たるつもりなのよ」

 

 僕の口から言うわけにはいかないけど、絶対やめた方がいい! 悪魔たちが介入するのを妖怪側は絶対に迷惑に思うし拒絶されるのは火を見るより明らか。むしろなんで悪魔側に妖怪側から報告が入ったのか。それすら疑わしい。

 

「了解。俺も独自に動こう。ったく、京都に来てまでやってくれるぜ。クソッタレどもが」

 

 再び酒を飲みながらアザゼル総督は毒づく。いや、何もしないでください。大人しく舞妓さんと遊んでお酒飲んでてください。

 けど、この人たちは動くんだろうな。自分たちがやらないといけないと独善的な意思で。

 

「あ、あの、俺たちは……?」

 

 一誠が恐る恐る訊くと、アザゼル総督が息を吐きながら苦笑した。

 

「とりあえず、旅行を楽しめ」

「え、でも……」

 

 遠慮がちな一誠の頭をアザゼル総督が手でわしゃわしゃと撫でる

 

「何かあったら呼ぶ。でも、お前らガキにとっちゃ貴重な修学旅行だろ? 俺達大人が出来るだけ何とかするから、今は京都を楽しめよ」

 

 いや、やめてください。できれば大人たちが動くのもやめてください。

 悪魔の協力は邪魔でしかないでしょうし、一誠が介入したらなぜか悪化する気がする。大人しくするのが一番の協力だと思うよ。

 そもそも日本も僕も聖書勢力を一切信用してないからね。何なら現御大将の行方不明も悪魔の仕業じゃないかとちょっと疑ってる。

 

「そうよ、赤龍帝ちゃん、ソーナちゃんの眷属ちゃん達も。今は京都を楽しんでね。私も楽しんじゃう!」

 

 うん、もういっそ楽しんでください。そうして何もしないで。

 そして何より不安なのが、一誠が何か意を決したみたいな顔をしてること。京都を守りたいとか的外れなことを考えてなきゃいいけど。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「今日も一日、はりきっていくっすよ―――っ!」

「いくぞー!」

 

 憂世さんがテンションを上げて叫び、それに続いてこいしちゃんも僕に肩車された状態で叫んだ。

 ちょっとしたアクシデントがあったものの、初日はこいしちゃんのおかげで予想外にいい観光になった。地元の人しか知らないような穴場スポットや、隠れ名店でサービスしてもらったり。

 京都駅から一駅先の稲荷駅でこいしちゃんと待ち合わせ合流。二日目もこいしちゃんの好意に甘えて案内してもらうことに。けど、今日行く最初の場所は伏見稲荷大社。狐の神様お稲荷様を(まつ)る神社の総本宮。

 

「なんでお稲荷様はお稲荷様って呼ばれてるんっすかね?」

「狐は田畑を荒らす害獣を食べるとこから田畑の守護者として祀られてる。稲荷の語源は稲がなる、稲で荷車がいっぱいになるとかで、そこから商売繁盛の神とされてるんだよ」

 

 憂世さんの疑問をこいしちゃんが答える。そうなんだ、僕も初めて知ったよ。ただ実際に稲荷神社に祀られてるお稲荷様は神様じゃなくて妖怪なんだよね。

 まあ、人間からすれば神様も妖怪も良い結果になるのなら変わりないだろう。

 

「へ~なるなるっす。こいしちゃんは賢いっすね」

 

 お互いどこか似たもの同士な憂世さんとこいしちゃんはすっかり仲良くなっている。お互い無意識に何かしらやっちゃうところとかね。

 

「おーっ、狐がいっぱいっすね。お稲荷様だけにって!」

 

 着いて早々にハイテンションな憂世さん。今日は体力満タンで昨日よりも高めだ。

 一番鳥居を抜けて、大きな門が出て来た。両脇には狛犬ではなく狛狐。魔除けの効果があるのだがお守りのおかげで特に効果はない。なぜかお守りがなくても前々から特に問題なかったんだけどね。

 

「罪千さんは大丈夫?」

「はい、特に変わりはありません」

 

 どうやら罪千さんにも特に問題はないようだ。それはリヴァイアサンだからなのか、古い魔物には効果がないのかはよくわからないけど。

 門を抜け先に進むと、本殿が見えて来た。そこで僕たちを待っていたのは。

 

「兄様!」

「よく来たのじゃ」

 

 玉藻ちゃんと藻女さんが僕たちを出迎えてくれた。一般人の前なので尻尾と耳は隠してある。二人の姿が見えるとこいしちゃんは僕の背中から後ろ向きで落ちるように一回転し着地とアクロバティックな降り方をした。

 僕の方へ走ってきて抱き着く玉藻ちゃんを抱っこし、玉藻ちゃんを抱っこして近づく僕ごと藻女さんが抱きしめる。そこへ僕の背中に上るこいしちゃん。心がとっても温かい。

 

「う~なんだか感動の再開って感じっすね」

 

 感動はオーバーだけど久しぶりに帰ってきたのは確かだね。最後に会ったのは夏休みの終わり頃だったし。

 

「初めまして。九尾藻女(くおみずくめ)と申します。こっちは娘の玉藻(たまも)

「初めましてなのじゃ!」

 

 藻女さんと玉藻ちゃんが二人に自己紹介をする。当然二人にも罪千さんのことは話してある。そして罪千さんにも三人のことはあらかじめ伝えてある。目の前の二人がそうであることはもうわかってるだろう。

 

「憂世純音っす」

「罪千海菜です。よ、よろしくお願いします」

 

 自己紹介を終えると僕に抱き着く三人は離れて玉藻ちゃんとこいしちゃんは僕の手を握る。 

 

「言うのが遅れたが、ようこそ伏見稲荷大社へ。ここでは私たちが案内しよう」

「おねがしま~す」

 

 こうして僕たちは藻女さんたちの案内で稲荷大社内を見学させてもらうことに。けど、一つだけ不安がある。

 

「ねえ、玉藻ちゃんたちが悪魔の僕と一緒で大丈夫?」

 

 小声で玉藻ちゃんに訊くと、こっそりと答えてくれた。

 

「いま稲荷大社におる妖怪はあの時代からおる古株のみじゃ。兄様と堂々と一緒にいても問題にならぬように母上が蘭に手配させた」

 

 それなら安心して大丈夫かな。確かに周りから感じる妖怪の気配は昨日のような下位とは明らかに違う。ちょこっと視線は感じても敵意は微塵もない。

 本殿の奥へと進み祭場を曲がると千本鳥居を潜りながら稲荷山へと登っていく。

 綺麗な景色を見ながら、道中野生の狐に出会ったりしながら階段を上る。

 勢いよく駆け上がり頂上に一番乗りした憂世さんは、たっぷりと汗をかきながら遊び足りない子供のように手を振って僕たちを呼ぶ。

 頂上で記念写真を撮ったり、お社で拝んだりして稲荷山を下りた。

 

「山登りで疲れたじゃろ。あまいお菓子とお茶でも飲んでから行くといい」

 

 そう言って稲荷大社内の甘味処(あまみどころ)へ案内される。そこで出されたみたらし団子と抹茶がとてもおいしかったよ。山登りで運動したから余計にね。藻女さんの紹介と言うことでいくつかサービスまでしてもらっちゃった。

 代金までいつの間には払ってくれていた。流石に悪いからと言っても頑なに金額は教えてくれない。

 藻女さんは申し訳なく思う僕の頭を優しく撫でながら言う。

 

「妾の財力をなめるでない。それよりも誇銅の幸せそうな表情を見れて妾は満足じゃ」

 

 そう言われては何も言い返せない。仕方ない、今度お返しに僕が藻女さんたちにいっぱいサービスしないとね。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 伏見稲荷大社を出たらそこで藻女さんと玉藻ちゃんとはお別れ。京都の真の御大将が悪魔に付きっきりと言うわけにはいかないからね。再びこいしちゃんだけの案内に戻る。

 次はバスに乗車して清水寺へ。あらかじめ京都駅でバスの一日乗車券は買ってある。

 目的地のバス停に到着し、坂を上って清水寺を目指す。両脇には(おもむき)のある日本家屋のお店が建ち並んでいる。

 

「ここは三年坂って言って、転ぶと三年以内に死ぬと言われてるんだよ」

「んぎゃー!」

 

 こいしちゃんがこの坂の逸話を話していると、坂を駆け上がっていた憂世さんが道の真ん中で盛大に転んだ。

 堅い石の坂で転んで怪我してないかと罪千さんが真っ先に包帯を取り出して駆け寄る。それに続いて僕も倒れる憂世さんに近づく。

 

「大丈夫ですか! 怪我したならすぐに治療しますので」

 

 罪千さんがそう言うと、憂世さんは平気そうにバッと顔を上げ立ち上がった。よかった、見た感じどこも怪我してはいなさそうだ。

 しかし憂世さんは顔を青くして罪千さんに詰め寄る。

 

「どうしよう海菜ちゃん、誇銅ちゃん。純音三年で死んじゃうんっすか!?」

「え、あ、その、特に外傷はないですし、めまいなどもないようなので命に別状はないかと思います……」

 

 罪千さんはあたふたしながら医療的な答えをした。

 

「今は大丈夫でも三年後には……。お経はロック調でお願いしたいっすー!」

 

 よくわからない願望を言いながら怯える憂世さん。

 

「そう呼ばれてるだけだから大丈夫だよ。それに、不安だったら清水寺でお願いすればいいんじゃないかな?」

「そうっすね! 純音いっぱいお願いするっす!」

 

 元気を取り戻した憂世さんは再び清水寺へダッシュした。たぶん清水寺に着いた頃には忘れてるだろう。

 こいしちゃんがさっきの説明の続きをする。

 

「でもこの坂の正式名称は『産寧坂』。清水寺にある子安観音へ『お産が(やすら)かでありますように』と祈願するために登る坂って意味だよ。もう一説では、願いが叶った後で再度御参りする時に通るから『再念坂』。向こうに『二寧坂(二年坂)』って名前の坂もあるよ」

 

 三年坂の三年で死ぬ話が打ち消されちゃったよ。迷信が迷信ですらなくなってしまった。

 それよりもこのまま憂世さんを行かせたらまた迷子になりそうな気がする。

 

「僕たちもちょっと急ごうか」

「え、あっ、はい」

 

 僕が声をかけると、罪千さんはどこか上の空で驚きながら返事した。

 一体どうしたんだろう? 昨日、今日の朝まではいつも通りだったのに。稲荷大社あたりから少し様子が変だ。まるで転校したばっかりの頃に戻ってしまったような。

 

「罪千さん、大丈夫?」

「は、はい。なんでもありません」

「そう? じゃあ行こう」

「ひぅっ!」

 

 僕が罪千さんの手を掴むと罪千さんはびっくりした声をもらす。不安が伝わってくる手を少しだけ強く握ると、罪千さんの表情が少しだけ和らいだように見えた。

 こうして罪千さんの手を引きながら坂を上る。坂を上りきると大きな門が、清水寺の仁王門だ。

 門の傍でそわそわしながら僕たちを待っていた憂世さんと合流し、門を潜り清水寺へ。

 あの有名な清水の舞台。清水の舞台から飛び降りるってことわざがあるけど、うん、どれほどの覚悟かは目で伝わったよ。だいたいビル四階くらいの高さかな? 普通の人間ならこの高さは転落死間違いなしだね。

 

「ほおー、これがあの清水の舞台ってやつっすか。純音知ってるんすよ、ここから落ちても助かることが多いって」

「昔は木々が多く茂って、地面も柔らかかったからね。今はダメだと思うよ」

 

 憂世さんの豆知識をこいしちゃんが打ち壊す。昔はどうか知らないけど……いや、思い出した、僕来たことあったわ。ここからの四季の景観とか楽しんでた。昔とすっかり様変わりしたせいで思い出せなかったよ。

 ちょっと懐かしさを感じた後、境内(けいだい)を回り、安全と合格祈願や恋愛成就などを願う小さなお社を見つけた。

 せっかくなので、お賽銭を入れてちょっとした願いをする。

 

「海菜ちゃん、誇銅ちゃん、おみくじあるっすよ」

 

 憂世さんが指さす方にはいくつかの種類のおみくじがあった。普通のはもちろん、干支おみくじや恋愛おみくじなんてのもあった。もちろん僕たちが引いたのは普通のおみくじ。

 

「見て見て! 大吉出たっす! ラッキー!」

 

  大吉を引いたことで上機嫌な憂世さん。ちなみに僕は末吉で罪千さんは吉だった。

 

争事(あらそひ)……招かざるものあり。待人(まちびと)……来るおとずれあり。恋愛……色事多し」

 

 基本的に良いことが書いてあるけどなんだか一筋縄ではなさそうなことが多い。特に争事と恋愛は怪しいな。

 

願事(ねがいごと)……他人を助けよ他人の助けにて叶います」

 

 僕のおみくじを覗いて一部を読み上げるこいしちゃん。まあ、情けは人の為ならずって言うしね。

 

「え~と、いいのが出たら結べばいいんすか?」

「いや、逆だよ。いい結果が出たら持って帰って、悪い結果の時はああやって結ぶんだよ」

 

 そう言うと、罪千さんは真っ先におみくじを結びに行った。吉でもあんまり良くなかったのかな。

 僕たちはその後、寺を一回りして、記念にお守りなどを買い、次の目的地のためバス停に向かった。

 次の目的地の八坂神社行きのバスに乗り、僕たちは清水寺を後にした。

 

 

 

「七不思議探検始めるっすよー!」

 

 目的のバス停に着き、憂世さんが早々に叫ぶ。

 この八坂神社は京都を代表する神社の一つで、祭神(さいじん)とする三神に素戔嗚尊(スサノオノミコト)が入っていたので行きたいと僕が言った。もう一つの目的にとも近いし。

 けれどバスの中でこいしちゃんが『八坂神社 七不思議』の話をしてやっと落ち着きだした憂世さんがはりきり始めたのだ。

 

「七不思議その一、西楼門(にしろうもん)

 

 立派な桜門に付けられた不思議は、蜘蛛の巣が張ったことが一度もないことと、石段に雨だれの跡が一切ないというもの。しかし僕たちにそれを確かめる術はなく、これには流石に憂世さんもあまり関心を示さなかった。

 石段を上り門を潜り境内に入り二つ目の場所へ向かう。

 

「七不思議その二、力水(ちからみず)

 

 境内にある社の入り口の右側にある湧き水。この水を飲んで、境内にある美御前社(うつくしごぜんしゃ)にお参りすると美人になるという逸話。

 

「マジっすか!? それじゃ純音も飲んでお参りするっす!」

「わ、わたしもいただいていいですか……? ひぃ! ごめんなさい! 私みたいなゲロブタが綺麗になろうなんて考えて」

 

 久しぶりに罪千さんの疑心的なネガティブ発言が出た気がする。僕がフォローを入れる前に憂世さんがフォローを入れてくれた。

 

「そんなことないっすよ。きれいになりたいってのは女の子なら誰しも願うことっす。海菜ちゃんは可愛いし、こんな立派なもんもあるんっすから」

「ひゃぁ!」

 

 憂世さんが罪千さんの後ろに回り込み、後ろから罪千さんの胸を握った。突然のセクハラに声をあげる罪千さん。僕はとっさに顔をそむけた。

 罪千さんはその性格から僕以外の人とあまりしゃべらない。と言うか、会話が長く続かないと言った方が正しいかな。本人が人と話すのが慣れてないのもあるけど、会話の途中で隙あらばネガティブ発言をするので気まずくなってしまうのだ。

 そんな中で憂世さんが例外的に罪千さんと長く会話ができる。会話と言うより憂世さんが一方的にしゃべってるだけだけども。

 若干強引ながら罪千さんを心配してよく声をかけてくれている。それはありがたいのだけど、後は男子が目の前にいることをちょっとだけでも考慮してくれたら。

 

「それに、落ち込んだ海菜ちゃんを純音見たくないっす。誇銅ちゃんだってきっとそうっすよ」

「うん、それには同意」

「あ、ありがとうございます。こんなにも私に優しくしてくださって」

 

 僕たちがそう言うと、罪千さんは半泣きでお礼を言う。その様子をこいしちゃんはいつも以上ににこやかな表情で見ていた。

 そうして女子二人がお参りを済ませた後、七不思議探索の続きをする。

 地球の地軸(ちぢく)に達する程深く伸びてると言われる『二見岩(ふたみいわ)』。夜になるとシクシクとすすり泣くと言われている『夜啼石(よなきいし)』。本殿の下にある井戸に龍が住んでいると言われる『龍穴(りゅうけつ)』。本殿の東の柱の下で拍手すると特別な反響音のする『龍吼(りゅうぼえ)』。忠盛という名の武士の機転を褒めたたえて名付けられた『忠盛灯篭(ただもりとうろう)

 殆どが確かめようがないものだったけど、全部回ったことで憂世さんは満足していた。

 最後に須佐之男尊の「荒魂(あらみたま)」を祀る悪王子社と、疫病退散パワースポット疫神社にお参りして八坂神社を後にした。

 

 

 八坂神社を出て少しばかり歩くと、今日最後の予定の祇園花見小路に到着。

 祇園と言えば舞妓さん。舞妓さんと言えば祇園。と言われるほどで、憂世さんは舞妓さんを見るのを楽しみにしていた。僕も舞妓さんを見るのは初めてでちょっぴり楽しみなんだけどね。

 けど残念ながら探しても舞妓さんは見つからなかった。

 

「舞妓さんを見たかったら夕方がいいよ」

 

 こいしちゃんによると、舞妓さんは夕方から夜にかけて、お呼びのかかったそれぞれのお座敷に向かうとのこと。だから見かける時間帯は夕方なんだって。

 

「……ちょっとがっかりっす。けど、まあいっか!」

 

 ほんの一瞬落ち込んですぐに元気を取り戻す憂世さん。切り替えがものすごく早いや。

 舞妓さんは見れなくとも祇園の中心を貫く花見小路には見どころが豊富だ。小路の周辺には寺社仏閣やお茶屋のような京都らしいものや、居酒屋なんかもといろいろな店舗が建ち並んでいる。

 お寺や神社を見学したり、お土産やさんを覗いたりしながら花見小路を進んで行く。すると―――。

 

「キャー! 痴漢! 変態!」

「お、おっぱいを! おっぱいをくれ!」

 

 また大胆に痴漢行為をする男性を目撃した。二日連続でこれは流石におかしい。一体何が起こってるんだ……? 昨日の電車内での一誠が怪しいな。

 一誠を怪しんでいると、颯爽(さっそう)と現れたおさげの中学生くらいの女の子が素早い顎への蹴り一発で意識を刈り取った。

 彼女は人間だったけど、気絶した痴漢を連れて行った人の気配は妖怪だ。

 

「なんか昨日から痴漢が多いっすね。朝のニュースでも言ってたっす」

 

 それは僕も細田と一緒に見たよ。「なんかうちの変態どもがそのまま大人になったらやりそうだな」ってつぶやいてた。さ、さすがにないよね……? いや、一誠はなんかやりそうで怖い。

 

「なんでだろうね、こいしちゃ……」

 

 ふと手を繋いでいたこいしちゃんの顔を見ると、いつも笑顔のこいしちゃんの右目だけから笑顔が消えていた。器用に怖い!

 

「う~ん、なんだろうね?」

 

 こちらを向き返事をした時には表情は元に戻っていた。な、なんだったんだ今のは……? あんな表情初めて見たよ。

 それからそこそこ歩いたところでこいしちゃんがおすすめしてくれたお茶屋で休憩。もちろん店員さんは人に紛れた妖怪だった。

 抹茶と和菓子がとっても合う。サービスしてもらった黒蜜団子もとってもおいしい。

 それから僕たちは祇園を帰る時間まで散策した。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 誇銅たちが祇園を散策し始めた頃、一誠たちは鹿苑寺(ろくおんじ)こと金閣寺に来ていた。

 金閣寺に来ていた他の生徒同様、一誠たちも夢中で記念撮影をしていた。一誠もっ記念の写メを駒王学園の他のメンバーに送る。

 一通り見て回った後はお土産を買い、お茶屋で一服し、鐘突きの順番待ちで痴漢現場をまたしても目撃したりした。

 しかし、観光途中で悪魔と無関係のメンバーが眠らされ、一般の観光客も眠らされ、一誠たちの周囲で起きているのは獣耳の妖怪ばかり。

 一誠たちはまたしても戦闘と準備をするが、そこで狐耳のメガネをかけた女性が一誠たちに話しかける。

 

「私は九尾の君に使える八尾の狐の(あやかし)でございます。先日は申し訳ございませんでした。我らが姫君もあなた方に謝罪したいと申され、あなたがたを迎えに行くように申し付かりました。どうか私たちについてきてくださいませ」

 

 一誠は誤解が解けたのかと安心する。そして、ついて来て欲しいとはどこにと訊こうとするが、その前に妖狐の女性が話を続けた。

 

「我ら京の妖怪が住む裏の都。魔王様と堕天使の総督殿も先にそちらへいらっしゃっております」

 

 こうして一誠たちは金閣寺の人気のない場所に設置された鳥居を潜り、妖怪たちの住む裏世界へと足を踏み入れた。

 薄暗い空間。独特の空気。古い家屋群。妖怪たちが住みよかった時代が再現されたような町並み。そこの住人たち、現代で生まれた下位の妖怪たちが好奇(こうき)の目線で一誠たちを迎え入れる。

 妖狐の女性に案内され、一誠たちは唯一の光源ともいえる灯火が続く道の先へと進む。

 

「うきゃきゃきゃ」

 

 提灯に目と口が現れ突然笑い出す。初めての提灯お化けの不意打ちに驚かされる一誠。

 

「すいません。ここの妖怪たちはイタズラ好きで。害をなせる程の者はいないと思います」

 

 と、先導の妖狐が歩きながら謝る。

 

「ここは妖怪の世界なんですか?」

 

 一誠がそう訊くと、妖狐の女性は答えた。

 

「はい、ここは京都に住む妖怪が身を置く場所。と、同時に現代で生まれた妖怪の避難所。我々妖怪のために日本神が作ってくださった空間です。悪魔の方々がレーティングゲームで使うフィールド空間があると思いますが、あれに近い方法でこの空間を作り出していると思ってくれてかまいません。私たちは裏街、裏京都などと呼んでおります。むろん、ここに住まず表の京都に住む妖怪もおりますが」

 

 妖狐はなるべく悪魔がわかりやすい例えで説明する。具体的にはレーティングゲームの空間とは異なり、ここに住む事情も悪魔と決定的に違う部分がある。だが、それを詳しく説明する理由も意味もなく、理解を得られるとも思っていない。そもそも悪魔相手にあまり詳しく説明しても良いものではない。

 

「……人間か?」

「いいや、悪魔だってよ」

「悪魔か。珍しいな」

「あのキレイな外国の娘っ子も悪魔か?」

「龍だ、龍の気配もあるぞ。悪魔と龍……」

 

 悪魔を珍しがる妖怪たち。この京都にいる限りそうそう悪魔と出会うことはなく、出会っても他と違い危険も段違いに低く大きな顔もできない。

 家屋が建ち並ぶ場所を抜けると、小さな川を挟んで林に入る。そこをさらに進むと巨大な赤い鳥居が出現した。

 その鳥居の先にはアザゼル総督と着物姿のセラフォルー・レヴィアタンがいる。

 

「お、来たか」

「やっほー、皆☆」

 

 二人の間には金髪の少女、一誠たちを襲った妖狐の女の子、九尾の御大将の娘がいた。

 今日は巫女装束ではなく、戦国時代のお姫様のような豪華な着物に身を包んでいる。

 

九重(くのう)さま、皆様をお連れいたしました」

 

 妖狐の女性はそれだけ報告すると、ドロンと炎を出現させて消えた。

 九重は一誠たちのほうに一歩出て口を開く。

 

「私は表と裏の京都に住む妖怪たちを束ねる者―――八坂の娘、九重と申す」

 

 自己紹介をしたあと、深く頭を下げる。

 

「先日は申し訳なかった。お主たちを事情も知らず襲ってしまった。どうか、許して欲しい」

 

 九重が謝ると、一誠は困り顔で頬をかく。

 

「ま、いいんじゃないか。誤解が解けたなら、私は別にいい。せっかくの京都を堪能できれば問題ないよ。もう二度と邪魔をしないならね」

 

 ゼノヴィアはそう言うと、イリナとアーシアもニッコリ笑顔で言う。

 

「そうね、許す心も天使に必要だわ。私はお姫様を恨みません」

「はい。平和が一番です」

 

 三人がそう言うなら断る理由はないと一誠は考える。それと同時に先に言われてしまったことを男として情けないと感じる。

 

「てな感じらしいんで、俺も別にもういいって。顔をあげてくれよ」

「し、しかし……」

 

 しかし九重は小さいながら理由もなく疑って危害を加えたことを気にしているようで一誠たちがそう言っても納得しない。ならばと一誠は膝をつき、九重と目線を合わせて言う。

 

「えーと、九重でいいかな? なあ、九重、お母さんのこと心配なんだろう?」

「と、当然じゃ」

「なら、あんなふうに間違えて襲撃してしまうこともあるさ。もちろん、それは場合によって問題になったり、相手を不快にさせてしまう。でも、九重は謝った。間違ったと思ったら俺たちに謝ったんだよな?」

 

 一誠は九重の肩に手を置き笑顔で続けた。

 

「それなら俺たちは何も九重のことを咎めたりしないよ」

 

 九重は一誠の言葉を聞き、顔を真っ赤に染めてもじもじしながらつぶやいた。

 

「……ありがとう」

 

 一誠は悪魔であり戦闘中でも変態思考を決して止めず、人間だった頃から常習的にのぞきなどの変態行為を行ってきた。それらを咎められても反省することなくひらきなおり続ける程に。

 しかし基本は下種な悪人ではない。場当たり的なところはあるが悪い人とは言えず、世間一般ではむしろ良い人と言える人物ではある。困ってる相手に優しい言葉をかけたり、ピンチを助けようとする気持ちはある。―――それが兵藤一誠と言う人物の評価を困らせる。

 位の高い妖怪や強い妖怪は得てして悪魔のやってきたことを知っている。なので悪魔に対して強い警戒心を持ち聞こえのいい言葉に騙されないように気を配っている。常に相手を疑いすぐには信じない。―――第一印象は所詮第一印象。それで相手がどんな人物かは把握するのは神でも不可能。

 九重は悪魔の汚い部分を知らない。ゆえに目の前の悪魔に対して何の先入観もない。子供の純真無垢な心は相手の優しさを疑わない。

 立ち上がる一誠にアザゼルが小突く。

 

「さすがおっぱいドラゴンだな。子供の扱いが上手だ」

「ちゃ、茶化さないでくださいよ。これでも精一杯なんですから!」

「いやいや、さすがおっぱいドラゴンだ」

「はい、さすがです! 感動しました!」

「本当、見事な子供の味方よね」

 

 照れる一斉にゼノヴィア、アーシア、イリナがうんうんとうなずきながら賛辞を送る。

 

「ま、負けていられないわ! こんなところまでおっぱいドラゴンの布教なんて! 魔女っ子テレビ番組『ミラクル☆レヴィアたん』の主演としては負けられないんだから!」

 

 セラフォルー・レヴィアタンは一誠に対抗意識を燃やす。

 九重は照れながら一誠たちに言った。

 

「……咎がある身で悪いのじゃが……どうか、どうか! 母上を助けるために力を貸してほしい!」

 

 少女の悲痛な叫びが木霊(こだま)する。

 

 

 

 

 事の始まりは京都を取り仕切る妖怪の首領、九尾の狐こと『八坂』が須弥山(しゅみせん)の帝釈天から遣わされた使者と会談するため、数日前に屋敷を出たことがきっかけだとこと。

 ところが八坂は帝釈天の使者との会談の席に姿を現さなかった。不審に思った妖怪たちが調査したところ、八坂に同行していた警護の烏天狗が瀕死の重傷で発見された。

 その烏天狗は死に際に、八坂が何者かに不意に襲撃され攫われたことを告げたのだ。

 いくら妖怪が感知に優れているとは言え四六時中気を張ってるわけではない。観光客に紛れれば侵入は容易、一定の水準の技術と知識があれば場所によっては短時間ながら気づかれず戦闘も行える。

 それで京都にいる怪しい輩を徹底的に探していた。その時に襲撃を受けたのが一誠たちとなる。

 その後、アザゼル総督とレヴィアタンが九重たちと交渉し、冥界側の関与はないことを告げ、手口から今回の首謀者が『禍の団(カオス・ブリゲード)』の可能性が高いと情報を提供した。

 

「……なんだか、えらいことになってますね」

 

 一誠たちは屋敷に上がらせてもらっていた。大広間で九重を上座にして座っている。

 

「ま、各勢力が手を取り合おうとすると、こう言う事が起こりやすい。オーディンの時もロキが来ただろう? 今回はその適役がテロリストどもだったわけだ」

 

 アザゼルは不機嫌そうに言う。平和な日常を願うアザゼルは、テロリストを絶対に許さない姿勢。腹の中は煮えくり返っている。―――その平和があらゆる問題を無視した自分たちにとって都合のいい平和な日常だとしても。

 九重の両脇には先ほどの八尾の妖狐と山伏姿で鼻の高いおじいさん。おじいさんは天狗の長であり、数百年前からあることがきっかけで九尾の一族に仕えている。今回さらわれた八坂と九重を心底心配している。

 

「総督殿、魔王殿、どうにか八坂姫を助けることはできんじゃろうか? 我らならばいくらでも力をお貸し申す」

 

 天狗の老人はそう言い、一枚の絵を見せた。巫女装束を着た金髪の綺麗な女性が描かれている。頭部にはピンと立った獣耳。一誠もそれが誰の絵か理解した。

 

「ここに描かれておりますのが八坂姫でございます」

 

 一誠の視線は絵の八坂の胸に集中した。そして、テロリストに誘拐されたであろう八坂が卑猥なことをされてたらと、卑猥な妄想をする。

 

「八坂姫をさらった奴らがいまだにこの京都にいるのは確実だ」

 

 アザゼルはそう口にした。

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

 一誠がそう訊くと、アザゼルはうなずきながら説明する。

 

「京都全域の気が乱れていないからだ。九尾の狐はこの地に流れる様々な気を総括してバランスを保つ存在でもある。京都ってのはその存在自体が大規模な力場だからな。九尾がこの地を離れるか、殺されていれば京都に異変が起こるんだよ。まだその予兆すら起きていないって事は八坂姫は無事であり、攫った奴らもここにいる可能性が高いって訳だ。セラフォルー、悪魔側のスタッフは既にどれくらい調査を行おこなっている?」

 

 実際はアザゼルがそう思ってるだけで違う。アザゼルが言っていることは、外国人が日本の知識の間違った知識を自慢げに披露しているのと同じなのだ。

 しかしその間違いを指摘するものはこの場には誰もない。九重の両脇の二人も京都の仕組みについてそこまで詳しくは知らないのだ。

 

「つぶさにやらせているのよ。京都に詳しいスタッフにも動いてもらっているし」

 

 アザゼルは一誠たち眷属を見渡すように視線を向ける。

 

「お前達にも動いてもらう事になるかもしれん。人手が足りな過ぎるからな。特にお前達は強者との戦いに慣れているから、対英雄派の際に力を貸してもらう事になるだろう。悪いが最悪の事態を想定しておいてくれ。あと、ここにいない木場と誇銅とシトリー眷属には俺から連絡しておく。それまでは旅行を満喫してて良いが、いざと言う時は頼むぞ」

『はい!』

 

 アザゼルの言葉に一誠たちは応じた。

 九重が手をついて深く頭を下げ、同じ様に両脇にいる狐の女性と天狗の老人も頭を下げる。

 

「……どうかお願いじゃ。母上を……母上を助けるのに力を貸してくれ……。いや、貸してください。お願いします」

 

 九重は涙で声を震わせながら、頭をさげる。

 まだ甘えたい年頃であろう九重から、何が目的かわからないが母親を攫った『禍の団(カオス・ブリゲード)』に対して怒りが込みあがる一誠。しかしその怒りすら「あんな乳の大きいお姉さんをさらうなんて絶対に許されない」と、性欲が混じっている。

 そうして救った褒美のことを考え卑猥な妄想をした。

 

「……イッセーさん、エッチなこと考えてませんか?」

 

 アーシアがジト目で一誠を見て言う。

 一誠は頭を振り切って、気持ちを新たに決意し、戦闘の覚悟をした。それと同時に自分の中から飛び散った可能性の行方を気にする。

 その時、大広間の襖が勢いよく開けられた。

 

「やっほー! 九重ちゃんいるー?」

 

 大広間の襖を勢いよく開けて入って来たのは、絵の八坂とよく似た狐耳の女性だった。その両脇には、狐耳に狐目の女性と、一誠たちの前に現れたピンク髪の少女。

 

「あれれ? なんで悪魔がいるの?」

 

 女性は人差し指を顎に当てて可愛く首をかしげる。

 一誠の視線は絵の八坂と同じぐらいある胸に集中した。

 

「この人は?」

「このお方は前京都の御大将であり、現御大将である八坂加奈様の母君であります」

「八坂卯歌(うか)で~す」

 

 卯歌は親指、人差し指、小指を立てつつキラッとした笑顔で自己紹介をした。




 原作と同じように流れるとでも? させるかそんなこと!
 卯歌や九尾の家族関係については次回以降に登場させる予定です。とりあえず次回の冒頭は聖書側のすんなり妖怪側と協力関係になった話をこじらせるところから始めます。


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不運な九尾の孫

 いろいろ考えた結果、キリが悪かったので今回は短めです。


「それで話を戻すけど、なんで悪魔がいるのかしら?」

 

 そう訊かれ、メガネの女性が今までのいきさつを説明する。御大将が行方不明になり九重が暴走し一誠たちを襲ってしまったこと、その謝罪をするために一誠たちを呼んだこと。そして今回の事件にテロリストが関わっている可能性が高いと聖書側から聞き、行方不明の八坂加奈の救出のため力を貸してもらおうと堕天使総督と魔王を呼んだと。

 

「それで今しがた総督殿と魔王殿が姫の救出に力を貸してくださるとのことで」

 

 それを聞いた前御大将の卯歌は笑顔のまま言う。

 

「それはちょっとおかしいな~?」

「お、おかしいと申しますと?」

「私、九重ちゃんが悪魔を襲っちゃった事さえついさっきさとりちゃんからの報告で知ったのだけど。これってどういうことかしらね」

 

 卯歌はつぶった目を少し開きながら言う。穏やかな雰囲気の背後に見え隠れする威圧的な何かを烏天狗たちも一誠たちも感じる。

 

「もしもこの話が私を飛び越したとしてもおかしい状況だし。もしかして、これってあなたたちの独断だったりする?」

 

 そう言って烏天狗の長とメガネの八尾に視線を送る。二人は卯歌の目を見ることができず黙って顔を伏せた。

 無言の肯定。それは当然卯歌にも伝わってしまう。

 

「ふーん、そうなんだ。私たち京都の妖怪よりも堕天使総督や魔王を信じるんだ」

「そのようなことは決して……!」

「まさか身内にこんなこと言うことになるとは思わなかったけど―――京の妖怪をなめないで」

 

 卯歌は笑顔から一転真顔で、背後に隠していた威圧を一瞬だけ前に出して言った。

 一瞬だけでしっかりと感じることはできなかったが、九重たちも一誠たちも、アザゼルとセラフォルーさえも戦慄を覚えた。

 

「でも、それってつまり私たちはそれほど不甲斐なく見えたってことだもんね」

 

 今度は先ほどの威圧をすっかり消し、わざとらしく涙を見せる。

 

「いや……その……!」

 

 烏天狗の長は非常にバツが悪そうにあたふたと焦った。八坂姫を心配するあまりことを急ぎ、良かれと思って聖書に協力を仰ぐと言う京都の面子に泥を塗る行為をしてしまったことに気づく。

 卯歌が現御大将の側近の二人を威圧的に責めていると、九重が二人の間に出る。

 

「まってくれなのじゃ! おばあ様、これ以上二人を責めないでほしいのじゃ。二人はただ母上のために行動してくれただけで」

 

 九重がそう言うと卯歌はニッコリ笑顔で九重の頭を撫でた。

 

「大丈夫よ九重ちゃん。別に二人を責めてるわけじゃないの。でも、悪いことをしたなら叱らなくちゃいけないでしょ? そうやって反省して二度と同じ間違いをしないようにしないとね」

「……うん」

 

 前御大将と現御大将の側近という上下関係から一転、祖母と孫というほっこりした関係性への変化に側近の二人はほっと胸を撫でおろす。

 

「お二人とも何安心してるんや? ウチが卯歌様の側近八尾として後できっちりお説教したりますから安心したらあきまへんえ」

 

 が、卯歌の連れの八尾がその安心をかき消した。その中でメガネの八尾がおずおずと手を挙げながら質問した。

 

「あの、それでは総督殿と魔王殿が力を貸してくれださると言う話はどのように……?」

「もちろん白紙やで。悪魔の人たちを巻き込まれへんわ」

 

 狐目の八尾がそう言うとアザゼルとセラフォルーが言う。

 

「こちらとしては平和な日常を壊そうとする敵を打倒するためならいくらでも手を貸す。それにこれは聖書と日本の友好関係を築くための協力でもあるだからな」

「日本のために頑張っちゃうんだから☆」

 

 相手が遠慮してると思ったアザゼルとセラフォルーは遠慮する必要はないと伝える。

 しかし京都側が協力を拒むのはそういうことではない。

 

「既に悪魔側のスタッフが京都内を調査中だ」

「ああ、それで悪魔が動き回ってたんやね。邪魔なんで引かせてくれまへんか?」

「なっ!?」

 

 自分たちが京都の妖怪に協力しようとしたことをはっきり邪魔と言われたことにショックを受ける総督と魔王。そんな二人の衝撃など無視して話を続ける。

 

「ただでさえ誘拐犯のダミー痕跡があちらこちらにあるんや、そこに悪魔が闇雲に動き回りますと余計なものが調査網に引っかかってややこしいんどす」

 

 悪魔は否応にも独特で強い魔の気配を放つ。それは自分たちを欺いて御大将を攫った侵入者の気配とは明らか違うが、感知範囲に入られると強く感じてしまうので邪魔になる。例えるなら、一つの匂いを注意深く辿ろうとしてる最中に数種類の香水をバラまかれるようなもの。それでも嗅ぎ分けができないわけではない。

 だからと言って完全に放置すれば調査と銘打って立ち入ってはいけない場所に入ってくるかもしれない。それを見落とせば最悪替えの利く御大将が誘拐されただけでなく、替えの利かない京都事態に取り返しのつかない被害が出る可能性がある。

 

「そもそもなんで悪魔が既にうごいとるん?」

「それは京都に住む妖怪の報告でこの地の妖怪を束ねていた九尾の御大将が先日から行方不明なのを知って…」

「報告? まるで私たちがあなたたちの部下みたいな言い方ですね」

 

 アザゼルの答えに対してピンク髪の少女が言った。その少女の左胸には管で体に繋がった目玉が浮遊していた。

 悪く捉えられえた表現についてアザゼルが弁解しようとするが、アザゼルが話す前にその少女が言葉を遮る。

 

「悪魔と商業的な仲介をする悪魔があなたたちに話したのですか。御大将が何者かに攫われた、何か知らないか。そしてあなたは心当たりがあるから協力する、と」

 

 内容を言い当てられたアザゼルは心底驚いた表情をした。

 

「俺の心を読んだのか」

「俺の心を読んだのか……?!」

「ええ、私は心を読む妖怪、(サトリ)ですから」

 

 アザゼルが言おうとしたことを奪うピンク髪のさとり妖怪。その能力を目の当たりにして悪魔側が頭に浮かべたのは一誠の乳語翻訳(パイリンガル)。とてつもなく卑猥な技でソーナ眷属に使用した際には防がれてしまったが、それでもその能力の強さは知っている。

 一誠が少女の能力が自分の乳語翻訳(パイリンガル)と同じだと心の中で思うと。

 

「……その卑猥なもんと一緒にすんじゃねぇよ」

「手ェ出したらあきまへんよ?」

 

 (サトリ)の少女は微かな笑顔を消して、嫌悪感の籠った目を向け小さくもイラついた声で言った。何かしら危害を加えそうな少女を前もって止めるように手で遮る。

 

「なるほどな。だったらわかるだろ? 俺たちが嘘を言ってないってことが。本当に九尾の御大将の救出に力を貸すってのも」

 

 アザゼルは心を読まれることを逆手に取り信頼を得ようとする。そう言われて卯歌は少女に訊く。

 

「で、どうだった?」

「結果から申し上げますと、その方たちは確かにシロです。しかし彼らの勢力が黒幕でない確証はありません」

「なっ……!」

 

 自分たちの潔白は証明されてなお疑われる。セラフォルーもまさかここまで信用が得られないとは予想外で思わず驚きの声が出た。

 アザゼルはやれやれと頭に手を置いてつぶやくように言う。

 

「たく、そんなに信用ないのかよ」

「うん、信じてないわよ」

 

 卯歌はいい笑顔で答えた。その答えを聞いてアザゼルたちは駒王町で行った三大勢力和平会談で悪魔と天使からのアザゼルの評価は一番下だったのを思い出す。

 あの時はすんなりと和平にこぎつけることができたが、今回の場合は相当手こずりそうだと頭を悩ませる。

 このまま追い出されれば京都の妖怪と再び関係を持つことが困難になる。そう考えたセラフォルーは外交担当として黙って引き下がるわけにはいかない。

 

「しかし、人手が増えればそれだけ早く御大将を救えるかもしれません。こちらの人員がそちらの調査の邪魔になるのでしたら、邪魔にならないように協力体制を整えれば単純に考えても効率は倍になります。どうか私たちを信じてください」

「そうね。でもダメ、あなたたちの力は借りない」

 

 しかし頑として卯歌は聖書の助力を拒否。取り付く島もない。

 すると今度は九重が卯歌の服を軽く引っ張り訊いた。

 

「おばあさま、どうしてこの者たちがそこまで信用できんのじゃ? この者たちは間違いで襲ってしまったわらわを優しい言葉で許してくれたのじゃ。それに総督殿も魔王殿も本気でわらわたちに協力してくれようとしてるとさとりが証明したではないか。それなのにどうしてそこまで邪険に扱いのじゃ? 母上を早く見つけ出すなら人では多い方がよいのではないのですか?」

 

 九重は子供ながらの純粋な疑問を口にする。一誠たちは襲撃してしまった自分を気遣うように優しい言葉で許してくれた。心を読む能力で犯人ではないことも確認済み。それなのになぜこんなにも拒むのか。

 妖怪の調査網に引っかかるならきちんと連携を取ればいい。そうすればセラフォルーが言った通り単純に人手が増え、早く救出できるかもしれない。

 例え黒幕が悪魔や堕天使だとしても、その堕天使と悪魔のトップが本気で協力してくれるのならば余計心強いとも言える。

 それなのになぜおばあさま(卯歌)は協力を拒むのか。母上を早く助け出したい九重はそれが納得できなかった。

 卯歌は悲しそうな顔で自分を見上げる九重へと視線を降ろし優しく言った。

 

「そうね九重ちゃん、本当は信用に足りるいい人なのかもしれない。けれどね、この場合それは関係ないの」

「……? それはいったいどういうことなのじゃ?」

「そうね。九重ちゃんがお役目を任されるようになったら教えてあげる」

 

 そんな説明では九重も納得できない。だが、御大将の娘としてトップの世界に僅かばかり触れ知る九重は半場納得せざる得なかった。九重はもう何も言わない。

 

「まさかこんなことになるとは……」

「それはこっちのセリフよ。まったく、不可解な連続痴漢事件について来たのにまさか誘拐されたなんて、こんなサプライズ初めてよ!」

 

 アザゼルがため息混じりに呟くと、卯歌もプンプンと頬を膨らませて言った。

 

「この事件もあなたたちが来た時期と重なるけど、まさかこれも関わってたりしないでしょうね」

「いや、そっちはマジでわからん」

「そっ、ならいいわ。なら京都観光の続きを楽しんでね!」

 

 あれだけ一誠たちを邪険に扱ってきた卯歌だが、最後は笑顔で一誠たちを見送った。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 夜、夕食も済ませ、お風呂にも入った僕は布団に転がっていた。ただし―――。

 

「ふふふ、昼間は少ししか会えんかったが夜はたっぷりじゃ」

「ここなら悪魔も一般人も、新参妖怪の目も気にする必要がないからの」

「えへへ、お兄ちゃんの匂い~」

 

 藻女さんの屋敷だけどね。藻女さん、玉藻ちゃん、こいしちゃんが僕に絡みつくように抱き着く。とても暖かくて幸せな気持ちになる。

 実は少し前まで僕はホテルの布団に転がっていた。だけど、部屋の扉がノックされて開けてみると、そこには微笑むこいしちゃんが。そしてそのまま誘われるまま藻女さんの屋敷へと案内されたということだ。

 ホテル内の道中でアザゼル総督とすれ違ったけど、こいしちゃんの能力でまったく気づいてなかったよ。

 ホテルの部屋にはこいしちゃんが作った僕の分身が身代わりをしてくれている。こいしちゃんレベルが作った身代わりなら悪魔に見破られることなんてないだろうし、作ったのはこいしちゃんでも素材は僕なので分身が得た情報は取り込むことで知ることができる。

 念のために罪千さんにはホテル内にいるのは僕の分身だからとメールしておいた。分身も今頃それを伝えてるかもしれない。

 

「藻女さん、玉藻ちゃん、昼間はありがとうございます。こいしちゃんも案内してくれてありがとう」

「そんなこと気にするでない。妾と誇銅の間柄ではないか」

 

 スキスキとじゃれて甘える三人。ああ、本当に幸せだ。こんなにも僕を愛してくれる家族を千年以上ほったらかしにしてしまったと考えると胸が痛い。これから時間をかけて今日のお礼もかねて埋め合わせしないとね。

 

「それにしても大変なことになってしまいましたね」

 

 僕がそう言うと、スリスリとする手を止め、抱き着いた体勢のまま藻女さんが言う。

 

「ふむ、その件か。まだ決定的な足取りは掴めておらんが、断片的な足取りなら少しは見つけ出したと聞いておる。京都内には役目を担う手練れの妖怪たちが気を張り巡らせておる。次奴らが動き出したならすぐにわかる。まさか香奈を攫って終わりと言うわけでもないじゃろうし」

「九尾の孫に手を出したんじゃ、それなりの落とし前はつけてもらわんとな」

 

 何気に玉藻ちゃんが怖いこと言ってる。それにしても手練れの妖怪の感知能力をもってしても見つけられないのか。僕の知る限りの戦績だと禍の団の力基準や価値観は悪魔や天使と同じだと思ったんだけどな。

 妖怪をあざむける技能があるとすればちょっと評価を改めるべきかも。

 

「この京都内で結界で身を隠すのは不可能と言っていいじゃろう。となれば、この裏京都のような別空間が妥当じゃろうな。流石に別空間にまで逃げられると追いきれぬ。今は犯行現場から痕跡を辿って出入り口を探っておる」

 

 別空間、異次元……か。レーティングゲームのような場所を秘密裏に作り逃げ込まれたら日本妖怪でも見つけ出すのは困難だろう。それでも時間をかければ見つけ出してしまうだろうけども。それまでに相手が変な動きをしないかどうかだ。

 これは僕が考えても仕方のないことか。今僕にできることは現御大将の無事を願うことと、藻女さんたちの邪魔をしないこと。あとできれば一誠たちが余計なことをしないように抑制または誘導することかな。

 どちらにせよこの話題はもうやめておこう。

 

「ところで今の御大将って誰なんですか?」

 

 当然今も昔も京都の本当のトップは藻女さんだろう。だけど藻女さんが御大将と呼ばれてないってことは表向きは別の誰かがしているということ。

 順当に考えれば玉藻ちゃんかこいしちゃん。だけどここにいると言うことはどちらでもないことは確か。それに魔王様は九尾の御大将って言ってたし。

 

「八坂加奈と言う九尾じゃ。ちなみに妾の孫じゃ」

 

 玉藻ちゃんの言葉に僕は驚いた! まさか玉藻ちゃんに孫ができてたなんて。と言うことはつまり、当然玉藻ちゃんには子供をつくったということに。

 

「そっか、そうだよね、玉藻ちゃんももう大人なんだもんね。相手はどんな人? 玉藻ちゃんの子供にも会ってみたいな」

「娘の卯歌ならそのうち紹介しよう。しかし夫は無理じゃな、なんせ妾は未婚で相手なんぞおらんからの」

 

 夫がいない? でも子供はいる。ん、どういうこと……?

 僕が?マークを頭にたくさん並べていると、その説明を藻女さんがしてくれた。

 

「妾たち九尾は少々特殊な子孫の残し方ができる妖怪でな、千年生き天狐となると一人で子を宿すことができるんじゃ。本来父と母の両方の血を半々受け継ぎ一つの命となるのじゃが、天狐となった時の特別な妖力で九尾一人の血で一つの命を一度だけ紡ぐことができるのじゃ。この方法で出産したのは妾と玉藻だけじゃがな」

 

 そういえばあまり気にしたことなかったけど、藻女さんの夫や玉藻ちゃんのお父さんについて話すら聞いたことがなかったな。少し気になった時でさえこういう話はデリケートだと思って避けてたし。

 ……ん? なんだろう、心の中に何かが引っかかる感じがする。今の話題とは当たらずとも遠からずって感じの何かが。

 その疑問を見つけようと今までの会話を逆に辿ると意外とすぐに疑問にぶち当たった。

 

「玉藻ちゃん、さっき現御大将の名前は八坂加奈って言ったよね」

「そうじゃが?」

「なんで九尾(くお)じゃなくて八坂なの?」

 

 そう、玉藻ちゃんの孫で現御大将の名前は八坂。藻女さんと玉藻ちゃんの苗字は九尾(くお)。最初は父親の姓を名乗ってるのかと思ったけど玉藻ちゃんに夫はいない。そもそも名家の九尾家の方が他の姓を使うより影響力は上のハズ。

 

「それはのう、妾の娘の卯歌と一度縁を切ったからじゃ」

 

 勘当!? 衝撃の事実にびっくりしたよ!

 そんな僕の衝撃をおいて玉藻ちゃんは笑い話のように話を続けた。

 

「当時な、卯歌が旅の男を婿にすると妾に言って来たんじゃ。しかし得体のしれぬ男を、それも一目ぼれに近いものでお互いのことを深く知らんときた。じゃから妾はそれはいかんと言ったんじゃ。するとそこから言い合いになってのう、それで最終的にその男と結婚するなら親子の縁を切ると言うと卯歌は旅の男と駆け落ちしてしまったんじゃ」

 

 ぜんぜん笑える話じゃなかった! でも藻女さんやこいしちゃんの顔をうかがうとややいい感じの苦笑いをしている。玉藻ちゃんもここからがおもしろいところと話を続けた。

 

「それでの、翌年ぐらいに蘭に連れられて泣き名がら帰って来たんじゃ。駆け落ちした男が衆道(しゅどう)に走ったと」

 

 ぷぷっと笑う玉藻ちゃんに相変わらず苦笑いの二人。衆道、つまり男色に走ったと言うこと。一体その男性に何が起こったのかは不明だが、名家の名を捨ててまで駆け落ちして相手が男色に走る結果なんてね……そりゃ泣きたくもなるよ。

 

「それから蘭の説得もあって流石に気の毒すぎるから復縁することにしたんじゃ。本人も反省してたことじゃし、ここまで痛い目見ればもう懲りたじゃろうし。……言っておくが妾は何もしとらんからな?」

「わかってるよ」

 

 僕が裏で手をまわしたんじゃないかと思ったのか少し慌て気味に付け加える。もちろん玉藻ちゃんがそんなことするわけないと思ってるよ。そもそもそんな悪質ないたずらを藻女さんが見逃すとは思えないし、もしもの時はこいしちゃんだって止めるだろう。

 

「そして卯歌が戻って来た頃、九尾家をどうするかに悩んでいたんじゃ。九尾家を表舞台に存続させるにはあまりにも古く、長く居すぎた。それで卯歌と復縁したことじゃし九尾家を表舞台から消し、卯歌に八坂の姓を与え新たな名家として表舞台に立ってもらうことにしたんじゃ。これなら勘当の体裁も保てるからのう」

 

 なるほど、そういうことだったんだ。災い転じてなんとやらで結果的に九尾の一族は京都の裏と表を治める力を維持したってわけか。歴史的政治の裏と流れを感じるよ。

 

「その後卯歌は武家の(おのこ)と付き合うことになったんじゃが、実は八坂の財産目当てと言うことが発覚したうえにがっつり浮気されてた」

「なんて悲惨な!」

 

 卯歌ちゃんの悲劇はまだ続いてた!? しかもある意味彼氏が衆道に走った以上に悲惨に、そして最低な男に!

 

「しかし最初の濃い失恋で耐性が付いたのかクヨクヨすることなくバッサリと別れ次に進み、今度は名家の男と恋に落ちたんじゃ。今度は衆道に落ちることも財産目当てもなく順調にお互いの仲を深めていったんじゃが、今度は相手の男が平民の娘に恋をし駆け落ちされたんじゃ」

「もう絶望だよ!」

「その通り、卯歌は絶望的に男運がなくてのう。流石に三度は堪えたようでしばらく塞ぎこんでしまった」

「……ご愁傷さまです」

 

 ここまで来ると玉藻ちゃんの笑い顔もどこか苦みを感じる。おそらく今だから言えることと、笑い話にでもしなきゃやってられないってところかな。僕も自分の娘がそこまで男運がなかったとしたらもう笑い話にでもしなきゃ浮かばれないと考えてしまうかもね。

 話すごとに苦笑いを増していく話しはもう少しだけ続いた。

 

「―――それからまあ、孫の香奈を生むまでに至ったわけじゃ。孕ませて逃げた外道には卯歌の知らぬところでしっかりと落とし前をつけさせたがのう」

 

 やっと終わった……。まるで小説のような男運のない物語だったよ。しかも最後はできちゃったってのがまた重い。その卯歌ちゃんに会った時僕はどんな顔をすればいいんだろうか……? せめてその卯歌ちゃんが明るい性格であることを祈ろう。

 

「卯歌もいろいろありすぎたせいか吹っ切れすぎて明後日の方へテンションが高くなった。もともとそういう性格でもあったがのう。誇銅も卯歌に会ったら優しく家族として迎え入れてやってほしいんじゃが」

「もちろんだよ。玉藻ちゃんの子供なんだから僕にとっても身内同然だからね!」

 

 よかった、マイナス性格になってないようだ。僕は玉藻ちゃんのお兄ちゃんだから卯歌ちゃんの伯父ってことになるのかな。

 

「その通りじゃな! じゃから卯歌に会ったら父親として接してやってくれ」

 

 ん、父親……?

 

「卯歌を孕んだ時に妾はずっと兄様のことを考えておった。じゃから血の繋がりはなくとも兄様は卯歌の父親と言っても過言ではないのじゃ」

 

 いやいやいや過言だと思うけど!? 妊娠から育児まで何一つ僕は関わってない人が父親ってのはだいぶ無理があると思うよ!

 

「のう兄様、二人目に挑戦せんか?」

 

 玉藻ちゃんが可愛らしい笑顔で言う。二人目どころか一人目も作った覚えはないんですけども。本当に変わらなかったのは見た目だけで、中身は藻女さんそっくりに成長したね。

 すると今度は後ろから藻女さんが言った。

 

「何なら玉藻の妹を作ってみんか? 妾は玉藻を宿した時に思い浮かべた男などおらんかった。妾も愛する人の子を産みたいのう」

 

 顔は見えなくとも大人な魅力が籠った甘えた声が耳に入る。前には玉藻ちゃん後ろは藻女さん。体も尻尾で絡められ逃げる隙はない。九尾流柔術もこうなってしまえば為すすべはない。柔術にしたって二人の方が僕よりも何倍も上だし。

 

「兄様が父上になるのか。それでもかまわぬぞ」

 

 僕が息子になろうと父親になろうと辿る結果は同じなんだろうな。ただ順序が多少変わるくらいで。

 

「前にも言ったじゃろ? 妾たちはいつでも誇銅を受け入れる準備ができてると」

「本気じゃからな?」

 

 ええ、その目を見ればわかりますとも。笑った目の奥が本気だ。

 

「安心するのじゃ、前のように暴走したりせぬ。誇銅の気持ちを妾たちは尊重する」

 

 そう言って藻女さんの尻尾が僕の服の中に入って来る。同じく玉藻ちゃんの尻尾も。

 ムードが高まると同時になんだか気持ちも昂ってくるように感じる。そして、藻女さんは僕の頬に、玉藻ちゃんは少し浴衣のはだけた胸元に軽くキスをした。

 これは暴走して襲われた時以上にヤバイ! この現状を打破すべくこいしちゃんに頼ろうと思ったのだが、こいしちゃんはいつの間にかいなくなってしまっていた。

 心の読めるこいしちゃんは空気も読める賢い(サトリ)だ。子供っぽく見えるがその内面は実際そうではない。そしてそのせいで僕の貞操がピンチに陥ってるわけだ。

 

「……ダメかのう兄様? 妾たちは兄様とこうして一緒にいられることが何よりも幸せな時間じゃ。これ以上を求めてはいけないのか?」

 

 少し悲しそうな顔をしながら言う玉藻ちゃん。うっ! そんな風に言われたら……ズルいよ。

 もちろん求めてもいい。僕だけ求めたもの(家族の温もり)を貰ったんだから、僕も求められて無視はできない。そもそもそれすら僕の求めた愛情でもあるんだからなおさら。

 望む通り応えられなくても最大限の努力はしなくちゃ。けど、今の僕にどれだけのことができるのか。

 そう思っていると、玉藻ちゃんは冗談だよと言うかのような無邪気な笑顔に変わる。そして後ろから僕の左頬に藻女さんの唇が触れた。

 

「そんなに体を固くして悩まんでもよいではないか。言ったじゃろ? 誇銅の気持ちを尊重すると」

「妾の言葉で変に急がせてしまったならすまぬ。じゃからいつも通りの優しい表情をしてほしいのじゃ。そんな難しい顔じゃなくて」

 

 妖術の達人にこれだけ体を密着させてるんだ、僕の不安や震えなんて二人には手に取るようにわかってしまう。また二人に心配かけちゃった。

 ぶっちゃけどこまで二人の愛に応えられるか、求めるところまでいけるか不安はいっぱいだけど、とりあえず今は僕にできる精一杯の愛情をあげるしかない。それが今僕がするべき善行(埋め合わせ)だ。

 

「うふふ、ごめん」

 

 僕は笑顔で玉藻ちゃんと鼻同士を合わせ、藻女さんには頬へキスの仕返しをする。

 

「それじゃお言葉に甘えてゆっくり応えさせていただきます」

 

 僕がそう言うと玉藻ちゃんは嬉しそうに、気配からしておそらく藻女さんも同じように嬉しそうな笑顔を浮かべてるのだろう。大好きな人の笑顔を見ると僕もつられて笑顔になっちゃうよ!

 

「おお! その気になってくれたか! それではこちらも本気になってもらえるように誇銅を誘惑せんとな」

「もちろん兄様が受け入れてくれると言うまではギリギリのところでちゃんとセーブするぞ。ギリギリでのう」

 

 服の中に入った尻尾が本当にギリギリの場所をまさぐり、服の上からも二人の指が僕をくすぐる。その絶妙な加減が僕を体の内側から熱くさせる。

 さらに後頭部には程よい弾力のあるものを押し付けられ、目の前からも幼い体型だが大人な色気を醸し出した玉藻ちゃんが(なま)めかしく迫って来る。

 

「あっ、ちょ、そこは……うぐぐ!」

「フフフ、いい声じゃぞ兄様」

「夜はまだ始まったばかりじゃ。時間はたっぷりあるからな」

 

 ああ、僕はこのまま朝まで貞操を守れるんだろうか……。ちょっと自信なくなってきたな。




 最近、書く気のないがヒロアカのオリ主設定が頭にチラついて仕方ないのでちょっとここで発散させてもらいます。

 個性「吸血鬼」:血を飲むほど吸血鬼になっていく。

 主人公は気弱で優しい性格。童顔で服装次第では完全に女の子に見える。さらに個性の理由で本人に女装癖はないが女の子の服を結構持っている。
 素の力は女子の平均以下の力だが、吸血レベル1で大人の男性以上になる。
 レベル1(身体能力強化)→レベル1.5(自分の血を固めて操れる)→レベル2(吸血鬼の翼や爪が使用可能)→レベル2.5(血を霧状にできる)→レベル3(性別転換)
 レベルが上がるにつれて気弱な性格から傲慢な性格に逆転していく。最終的には性格だけでなく性別まで逆転する。
 ギャスパー(ハイスクールD×D)→レミリア(東方)がイメージ。
 小食なため飲みすぎると強くはなるが吐き気に襲われる。レベルが上がるにつれて吸血鬼な部分が多くなるので吸血鬼としての弱点が増えていく。(レベル3で太陽の光で焼かれる)

 誰か使ってくれてもいいのよ(チラ


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襲来な嵐山の英雄派

 翌朝、僕は何とか綺麗なまま朝を迎えることができ、誰かに気づかれる前にホテルで分身と入れ替わる。

 

(はぁ~、今でもドキドキが治まりきらないよ……)

 

 昨夜の本気で誘惑する二人、ちょっとでも欲望に耳を貸そうものならズルズルと深みに嵌ってしまいそうな誘い。現代に戻って初めての頃の暴走と違い本当にヤバかったよ。

 今はまだ悪魔とのしがらみも残ってるし、僕自身も気持ちが不確かな状態だ。藻女さんも玉藻ちゃんも身を固めてもいいと思うほど好きだけど、実際するとなるとまた別の問題がある気がするというか……うぅ、もやもやするよ~。そして昨晩のことを思い出すとドキドキするぅ~。

 二人の本気の誘惑を無理やり普段の愛情表現でいなし、それも限界に近づいてきたとき、消灯時間を伝える先生のように現れた蘭さんに促され眠ることに。

 いつの間に戻ってきていたこいしちゃんも入れて、いつも通り変体川の字で少しだけ眠った。短い睡眠時間だったけどこいしちゃんが無意識を操り深い睡眠状態にしてくれたから目覚めはすっきり!

 ……けど、あそこまで好きを行動で示してくれたことは、戸惑ったけどすっごく嬉しかったなぁ。いつの日かその好きに全身全霊でこたえたいな。

 一旦ホテルの部屋に戻ると、同室の細田がちょうど起きた。

 

「ふぁ~ぁ!」

「おはよう」

 

 寝起きの細田にとりあえずおはようと言っておく。細田は大きなあくびをしながらこちらを見た。

 

「おはようさん。……あれ? まだこんな時間かよ。てか、もう着替えてるって早すぎじゃね?」

 

 現在時計は朝の六時を回ったところ。学生にしてみればギリギリ起きてくる時間帯だろう。

 

「ちょっと早く目が覚めちゃって。それで朝の散歩をね」

「早く目が覚めたってまだこんな時間で、ジジイじゃねぇんだから」

「ジジイとは失礼な奴じゃ。まだまだ若いもんには負けんぞ」

「元気なジジイじゃねえか」

 

 朝からキレのいいツッコミだ。ボケた甲斐があったってもんだよ。

 分身からの大雑把な記憶では昨日の夜には細田たちはまた女湯に向かったらしい。しかしまた変態三人組の今度は一誠を以外がシトリー眷属の女子に取り押さえられたのを知る。そこでまた覗きは断念。その代わり、その昨晩は細田の班に僕も加わって男子会をしていた。

 思い返してみるとこういう男子で仲良くおしゃべりするって機会はあんまりなかったな。こっちも楽しい思い出を作ってくれたようだ。

 

 その後、ゆっくりと準備をし朝食を済ませ、時間になると僕たちの班はホテルを出てバスに乗った。

 

「今日も憂世はワクワクガンアゲっすよ! 誇銅ちゃん、今日はどこから行くんっすか」

「銀閣寺ですよ。あと他のお客さんに迷惑になるからあんまり騒がないようにね?」

 

 修学旅行も後半に差し掛かり、加えて朝の元気満タン状態で自分のテンションをイマイチコントロールできてないようだ。

 そんな憂世さんを落ち着かせようとする罪千さんの声が聞こえる。その必要がなければ基本僕の隣にいる罪千さんだが、今日は憂世さんの隣の席に座っている。罪千さん自身がその席を選んだ。

 朝食の時もなんだかいつもより元気がなかったし、何より食後の指舐めの時でさえ元気がなかった。まるで憂世さんに元気を吸い取られたかの……いや、この人は自前で全部補えるだろう。

 それとなんか昨日から徐々に距離を感じるんだよね。一体どうしたんだろうか。僕何かした……?

 一人で悩んでいると後ろの席から憂世さんが体を乗り出して僕に訊く。

 

「ところで今日はこいしちゃんいないんっすか?」

「いるよ~?」

「ギャーッ!?」

 

 憂世さんが僕に訊くと、こいしちゃんが後ろの席からにゅっと顔を出して声をかける。憂世さんはド派手な声を上げて驚く。その声にバス中の人がびっくりした。

 

「いつの間に!? 気配を消して忍び寄る、まるで忍者っすね」

「ドーモ。アツネ=サン。コイシ=です」

「アイエエエ! ニンジャ! ニンジャナンデ!?」

 

 憂世さんのツッコミにノリでボケを入れるこいしちゃん。僕には元ネタがわからないけど何やら通じてるみたいだ。今日も楽しく騒がしい一日になりそうだね。

 

「今日もよろしくね、こいしちゃん」

「うん、まかせて!」

 

 やる気に満ちた顔で言うこいしちゃん。現在京都ではいろいろゴタゴタしてるからすっごく頼もしい。

 

「それじゃぁ今日も目一杯京都を楽しもう! ね、罪千さん」

「へ、あ、はい」

 

 憂世さんばかり盛り上げを任せないで僕も動かないとね。他の乗客に迷惑が掛からない程度に到着時間まで楽しくおしゃべりをする。

 三十分ほどしてバスは目的地へ到着した。

 

「到着っす」

 

 到着したあとは、銀閣寺まで徒歩。こいしちゃんがいるから迷うことは絶対にない。

 そしてついに目的の銀閣寺に到着した。銀閣寺を見て憂世さんが最初に言ったことは。

 

「タッハー! 銀閣寺って名前なのに銀要素ゼロっす!」

 

 爆笑気味に叫ぶ憂世さん。銀閣寺が銀色ではないことは日本人なら誰でも知ってることだけどね。

 

「どこが銀閣なんだって話っすね」

「銀閣寺の本当の名前は確か慈照寺(しょうおんじ)だっけ」

「慈照寺・観音殿だよ。銀箔を張った跡はないし、建立当時から銀箔にするつもりがなかったって言われてる」

「まさかの銀要素一つもナシッ!」

 

 銀閣寺なのに銀要素が皆無なことにまたしてもツッコミを入れる憂世さん。今日も最初っからマックステンションで飛ばしてるね。

 

「そもそも銀閣って名前も後の時代での呼び名で当時はそう呼ばれてなかったんだって。たぶん金閣寺を由来にしてるからだと思うよ」

 

 その辺は曖昧なんだね。妖怪からすれば人間が何を思って違う呼び名を付けたなんて、それが特に重要なことでなければ興味はないか。現代人が建物にあだ名をつけるのと同じようなものだったっぽいね。

 銀閣寺の風流な庭を堪能し、近くのお店を軽く覗き、次の目的地へと向かった。銀閣寺の次と言えば当然金閣寺。

 

 

 

 

「おぉー! 今度はちゃんと金っす!」

 

 金閣寺に着くと開口一番に再び叫ぶ憂世さん。先ほどと少し違い、今度は単純に喜んでるって感じだ。今度は名前に違えず金ピカだからね。

 僕も実物の金閣寺を見て感動している。やっぱり実際に足を運んで感じる感動は圧倒的だね。

 

「金閣寺も銀閣寺みたいに本当の名前ってあるんっすか?」

「うん、鹿苑寺・金閣」

「こっちはちゃんと金閣って名前なんっすね」

 

 だけど本当に綺麗に金色な建物だ。もう何百年も昔に建てられたハズなのにぱっと見それほど老朽が見られない。時間の流れに負けない強さを感じちゃうね。

 

「鹿苑寺は過去に放火で焼失しちゃって立て直されてるんだけどね」

 

 勝ててなかった!? 人の手によって大事に保たれてきのかと想像してたのに違った! 

 

「誇銅ちゃん! 海菜ちゃん! 記念写真撮るっす!」

 

 カメラを取り出しながら憂世さんが言った。一枚目はこいしちゃんにカメラを頼んで学生組だけで撮る。

 金閣寺を背景に場所を移動し並ぶ。その時罪千さんが僕から距離を取ろうとしたので、強引ながらその手を握って無理やり僕の隣に引き寄せた。その際罪千さんは困り顔でもじもじしてたけど、口元が緩んでいたのは見逃してないよ。どうやら不快な思いはさせてなかったようだね。

 反対の腕を憂世さんと組んでカメラに向かってピース。

 

「ひゅ~、両手に花っすね誇銅ちゃん」

「あはは、そうだね!」

 

 修学旅行なんだしこのくらいはちゃけてもバチは当たらないよね?

 一枚目を撮り終えたら今度はこいしちゃんを入れて二枚目。他の人にカメラを頼もうとしていたら。

 

「おー、誇銅じゃんか!」

 

 細田の班とばったり出くわした。細田の班は男子三人のグループで昨晩男子会したメンバーだ。

 だけどちょっと待てよ、同じタイミングで同じ場所にいるってことは、同じような順路で回ったってことじゃないのかな?

 

「もしかしてここ来る前に銀閣寺行った?」

「ああ、行ったけど」

「僕たちも行ったんだけど、同じバスにいたっけ?」

 

 僕がそう訊くと細田の班の一人の日向が言う。

 

「たぶん俺たちは電車を経由したからじゃないかな。少し遠回りだけど込んでる時期は電車を経由した方が早く着くってネットで見たから。結果あんまり混んでなかっしちょっと道に迷ったからただの遠回りになっちゃったんだけどね」

 

 事前の調べてその情報は僕もみた。けれど僕たちが行く時期はどちらかと言えばオフシーズンだったから大丈夫だろうと思ってバス路線を選んだ。バスの方が簡単だって書いてあったからね。

 

「ところでその子は?」

 

 日向がこいしちゃんを見て訊く。

 

「この子はこいしちゃん。僕の妹みたいな存在だよ」

「こいしで~す」

 

 笑顔であいさつするこいしちゃん。無邪気な笑顔に細田たちも笑顔で軽く自己紹介をする。こいしちゃんの明るく可愛い笑顔で笑顔にならなかった人を僕は見たことないよ。

 

「こいしちゃんは初日からずっと純音たちのガイドしてくれてたんっすよ」

 

 なぜか自慢げに言う憂世さん。初日から可愛いガイド付きの修学旅行なんて特別待遇もいいところ。そういう意味では特別な優越感なものもあり、不平等さに後ろめたさを感じたりもする。

 

「ガイド付きとか誇銅の班だけずりーぞ」

「あはは……ごめんね」

「有史以来、世界が平等であったことななんか一度もない。これもまた世界の理。だからこそ愚民は平等になろうと努力を続けるのだ!」

 

 細田の班のもう一人、厨二病っぽい言動の中田がフォロー? を入れてくれた。まあ細田事態が本気で不満を言ってたわけじゃないんだけどね。

 僕たちは細田たちにこいしちゃんを入れた集合写真を撮ってもらうことに。さっきの構図に僕がこいしちゃんを肩車する形だ。それから今度は逆に細田たちの班の集合写真を僕たちが撮り、最後に二班合わせた写真を別の人に頼んで撮った。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 誇銅たちが銀閣時へ向かっていた頃、一誠たちは電車で嵐山方面を目指していた。

 最初の目的の天龍寺へ到着し、大きな門を潜り系境内に進み受付で観光料金を払っていると。

 

「おおっ、お主たち、来たようじゃな」

 

 聞き覚えるある幼い声がする。振り返るとそこには巫女装束姿の九重がいた。

 

「九重か」

「うむ。約束通り、嵐山方面を観光案内してやろうと思うてな」

 

 昨日の帰り際に九重がこっそり一誠たちにお詫びとして嵐山方面の観光案内を約束したのだ。卯歌の叱責の直後ではあったが九重としては純粋に慰めてくれたお礼と襲ってしまったお詫びをしたかった。

 小さい金髪少女の九重を見て松田と元浜は驚く。

 

「はー、かわいい女の子だな。なんだ、イッセー、おまえ現地でこんなちっこい子をナンパしてたのか?」

 

 松田がそう言う一方で元浜は―――。

 

「……ちっこくてかわいいな……ハァハァ……」

 

 ロリコンな彼は危険な息づかいになる。そんな元浜を吹き飛ばして桐生が抱き着く。

 

「やーん! 可愛い! 何よ、兵藤、どこで出会ったのよ?」

「は、離せ! 馴れ馴れしいぞ、小娘め!」

 

 嫌がる九重だが、桐生はいっそう喜ぶ。

 

「お姫様口調で嫌がるなんて、最高だわ! キャラも完璧じゃないの!」

 

 そんな状況を一誠は嘆息しながら、九重を桐生から離し、話題を再開させた。

 

「こちらは九重。俺やアーシア達のちょっとした知り合いなんだ」

「九重じゃ、よろしく頼むぞ」

 

 一誠は改めて九重を紹介し、九重はえっへんと若干ふてぶてしい態度を取る

 

「あ、グレモリー先輩繋がり? それなら分かるかも。あのホテルだって先輩の親御さんが経営している会社と関係あるって話だし」

「ま、まあ、そんな所だ。それで九重、観光案内って何をしてくれるんだ?」

 

 一誠が訊くと九重は胸を張って自信満々に答える

 

「私が一緒に名所へついて回ってやるぞ!」

「じゃあ、早速天龍寺を案内してくれよ」

「勿論じゃ!」

 

 一誠がそう言うと久寿はパァッと笑顔を輝かせた。

 九重がやろうとしていることはこいしが誇銅の観光案内をしているのとほぼ同じ。上の立場と言うのも下の者から見れば同じと言って差し支えない。そんな二人が唯一違うのは、妖怪としての強さ。

 こいしは一人でも自分の身を守れるだけの強さがある。しかし九重は自分の身を自分の力で守れない。後者は非常に危険に晒されている。

 そんな状態にも関わらず九重の案内による名所めぐりが始まってしまった。

 

 

 

 

 九重に案内されて一誠たちは天龍寺を回る。九重は誰かに教えられた知識を自信満々に話し、一誠たちはその様子を可愛らしいと感じた。

 世界遺産に認定されている大方丈裏(だいほうじょううら)や、堂内(どうない)の天井に描かれた雲龍図(うんりゅうず)。天龍寺を一通り回り、それからそれから二尊院(にそんいん)、竹林の道、常寂光寺(常寂光寺)も見て回る。

 それらを見回った一誠たちは九重のお薦めで、湯豆腐やで昼食を取った。

 九重が一誠たちに湯豆腐をすくって器に入れたりしながら和気藹々と京都の食事を堪能する。

 

「あ、イッセーくん」

 

 一誠たちが食事する隣の席で偶然木場の班と出くわした。

 木場と一誠がこの後の予定を話していると、「秋の嵐山、風流なもんだぜ」と聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「おう、おまえら、嵐山堪能しているか?」

 

 その声の正体はアザゼル。それも真っ昼間から日本酒を飲んでいた。

 

「先生! 先生も来てたんですか? って、教師が昼酒はいかんでしょう」

 

 一誠が非難すると、アザゼルは「固いこと言うな。ちょっとした休憩だ」と言う。

 昼食を終え店をあとにし、次に渡月橋を目指す。

 店を出て数分ほど観光街を歩き桂川が見えてくる。

 

「知ってる? 渡月橋って渡りきるまでうしろを振り返っちゃいけないらしいわよ」

 

 桐生がそう言うと、アーシアが訊き返す。

 

「なんでですか?」

「それはね、アーシア。渡月橋を渡っている時に振り返ると授かった知恵がすべてかえってしまうらしいのよ。エロ三人組は振り返ったら終わりね。真の救いようのないバカになるわ」

「「「うるせえよ!」」」

 

 松田、元浜、一誠が異口同音に桐生の言葉に返す。

 桐生はそれを一切気にせず追加情報を言う。

 

「あと、もうひとつ。振り返ると、男女が別れるって言い伝えもあるそうね。まあ、こちらはジンクスに近いって話だけど」

「絶対に振り返りませんから!」

 

 桐生の説明を遮って、アーシアは涙目で一誠の腕につかまった。

 

「だ、大丈夫だよ、アーシア。言い伝えだって」

 

 一誠がそう言うものの、アーシアは首を横に振って「絶対に嫌」と一誠の腕に強くつかまる。

 渡月橋を渡っている最中、アーシアは頑として振り返らなかった。背後では松田と元浜が一誠たちをバカップルと言ったりして悔しがる。

 こうして無事に反対岸に到着すると、アーシアは大きく息を吐いて落ち着いた。

 反対側をどう攻略しようかと風景をぐるりと一望した時、突然、ぬるりと生暖かい感触が一誠たちだけを包み込んでいった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 不思議な感触が一誠たちを包み込むと、そこには一誠、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、九重、そして離れた位置にいる木場。人外世界を知らないクラスメイトや観光客がいなくなっていた。

 この現象に一誠たちは驚き身構える。周囲を警戒するが、怪しい者は近くに誰もいない。

 少しして、一誠たちの足元に霧のようなものが立ち込めて来た。

 

「この霧は」

 

 霧を見て驚いたのはアーシア。

 

「……この感じ、間違いありません。私がディオドラさんに捕まってた時、神殿の奥で私はこの霧に包まれてあの装置に囚われていたんです」

「―――『絶霧(ディメンション・ロスト)』」

 

 木場が一誠たちのほうに歩み寄りながらそう言う。

 

神滅具(ロンギヌス)のひとつだったはずだよ。先生やディオドラ・アスタロトがそれについて話していただろう? おそらく、これが……」

 

 木場はその場で屈み、足元の霧を手で触るようにする。

 

「おまえら、無事か?」

 

 空からの声。アザゼルが空を飛んで一誠たちのいるところへ降り立ち、翼をしまいながら言う。

 

「俺たち以外の存在はこの周辺からキレイさっぱり消えちまってる。俺たちだけで別空間に強制的に転移されられて閉じ込められたと思って間違いないだろう。……この様子だと、渡月橋周辺とまったく同じ風景をトレースして作り出した別空間に転移させたのか?」

 

 自分たちがおかれている状況を冷静に考察する。

 

「ここを形作っているのは悪魔の作るゲームフィールドの空間と同じものですか?」

 

 この空間がレーティングゲームのフィールドと酷似していると感じた一誠がアザゼルに訊く。

 

「ああ、三大勢力の技術は流れているだろうからな。これはゲームフィールドの作り方を応用したんだろう。――――で、霧の力でこのトレースフィールドに転移させたと言う訳だ。『絶霧』の霧は包み込んだ物を他の場所に転移させる事が出来るからな。……殆どアクション無しで俺とここにいるリアスの眷属を全員転移させるとは……。神滅具はこれだから怖いもんだぜ」

 

 アザゼルの説明の後、九重が震える声で口を開く

 

「……亡くなった母上の護衛が死ぬ間際に口にしておった。気付いた時には霧に包まれていた、と」

 

 渡月橋に向けると、渡月橋の方から複数の気配が現れる薄い霧の中から人影が幾つも近付いてきて、一誠たちも前に姿を現す

 

「初めまして、アザゼル総督、そして赤龍帝」

 

 挨拶してきたのは学生服を着た黒髪の青年、学生服の上から漢服(かんふく)を羽織っていた。見た目は一誠たちと一つ二つ程しか違わない。

 青年の手には槍が握られており、槍からは不気味なオーラが出ている。

 青年の周囲にはこれまたいろんな国々種類の民俗衣装のようなものを着た若い男女が複数人いる。

 悪魔やドラゴンとはまた違った異様なプレッシャーを放つ。

 

「おまえが噂の英雄派を仕切っている男か」

 

 アザゼルが一歩前に出て訊くと、中心の青年が肩に槍の柄をトントンと乗せながら答えた。

 

曹操(そうそう)と名乗っている。三国志で有名な曹操の子孫―――いちおうね」

 

 曹操と言う名前から三国志を連想した一誠は仰天しアザゼルに訊ねる。

 

「先生、あいつは……?」

 

 アザゼルは男から視線を外さずに答えた。

 

「全員、あの男の持つ槍には絶対に気を付けろ。最強の神滅具『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』だ。神をも貫く絶対の神器とされている。神滅具の代名詞になった原物。俺も見るのは久し振りだが……よりにもよって現在の使い手がテロリストとはな」

 

『――――ッ!?』

 

 アザゼルの言葉に全員が酷く狼狽し、曹操の持つ聖槍に驚きの視線を向けた。

 

「あれが天界のセラフの方々が恐れている聖槍……っ!」

 

 イリナが口元を震わせながら言い、ゼノヴィアも低い声で続ける

 

「私も幼い頃から教え込まれたよ。イエスを貫いた槍。イエスの血で濡れた槍。――――神を貫ける絶対の槍っ!」

 

 教会関係者の二人からしてみれば『黄昏の聖槍』はまさに究極の存在と言える。一誠も以前リアスからあの槍のことを聞いており、そのすごさを漠然とだが理解した。

 

「あれが聖槍……」

 

 一誠の隣にいるアーシアが虚ろな双眸で槍を見つめていた。まるで聖槍に魅了され、意識が吸い込まれていくかのように。

 そこへアザゼルが素早くアーシアの両目を手で隠した

 

「アーシア。信仰のある者はあの槍をあまり強く見つめるな。心を持っていかれるぞ。聖十字架、聖杯、聖骸布、聖釘と並ぶ聖遺物(レリック)のひとつでもあるからな」

 

 機械天使と違い存在するだけで圧倒的な力を見せつけるものではないが、それでも悪魔や堕天使や教会信徒にとって聖遺物としての脅威は強い。

 九重が憤怒の形相で槍を持つ青年――――曹操に叫ぶ

 

「貴様! 一つ訊くぞ!」

「これはこれは小さな姫君。何でしょう? この私ごときで宜しければ、何なりとお答えしましょう」

 

 曹操の声音は平然としているが、明らかに何かを知っている様な口調。

 

「母上をさらったのはお主達か!」

「左様で」

 

 あっさりと認める曹操。やはり『禍の団(カオス・ブリゲード)』が絡んでいたのかと一誠たちやアザゼルは思う。

 

「母上をどうするつもりじゃ!」

「お母上には我々の実験にお付き合いしていただくのですよ」

「実験?お主達、何を考えておる!?」

「スポンサーの要望を叶える為、と言うのが建前かな」

 

 それを聞いて九重は歯を剥き出しにして激怒、目にはうっすらと涙を溜めている。悔しい気持ちも無理はない。母親をさらわれた挙げ句、実験の材料にされそうになっているのだから。

 

「スポンサー……? オーフィスの事か?それで突然こちらに顔を見せたのはどういう事だ?」

 

 アザゼルが問い詰める。

 

「いえ、隠れる必要も無くなったもので実験の前に挨拶と共に少し手合わせをしておこうと思いましてね。俺もアザゼル総督と噂の赤龍帝殿にお会いしたかったのですよ」

「わかりやすくてけっこう。九尾の御大将を返してもらおうか。こちとらなぜか冷えてる妖怪との関係を改善させたいんでね」

 

 アザゼルが手元に光の槍を出現させ、一誠たちも戦闘の態勢を整える。一誠は禁手のカウントをはじめ、ゼノヴィアにアスカロンを渡す。

 

「ゼノヴィア!」

「すまない!」

 

 ゼノヴィアもアスカロンを受け取り前方に構えた。

 しかし敵は一誠たちが構えても一向に構える様子はない。すると、曹操の横に小さな男の子が並び、曹操がその男の子に話しかけた。

 

「レオナルド、悪魔用のアンチモンスターを頼む」

 

 この言葉に、男の子は無表情で小さく頷く。その直後、男の子の足下に不気味な影が現れて広がっていく。

 広がる影に一誠たちは背筋が冷たくなるような、得体のしれない戦慄を感じた。

 影は更に渡月橋全域に至るまで広がり、盛り上がって形を成していく。

 腕、足、頭が形成されていき、目玉が生まれて口が大きく裂けた。それも百以上の数が。

 

「ギュ」

「ギャッ!」

「ゴガッ!」

 

 耳障りな声を発して現れた黒ずくめのモンスター。二足で立ち、肉厚な体と鋭い牙と爪を持っている。それが大量に前方にずらりと並ぶ。

 生唾を飲み込みながら驚愕していると、アザゼルがぼそりと呟いた。

 

「『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』か」

「ご名答。そう、その子が持つ神器は『神滅具』の1つ。俺が持つ『黄昏の聖槍』とは別の意味で危険視されし、最悪の神器だ」

 

 アザゼルの言葉に曹操が笑みを見せながら言う。

 神滅具を安売りするかのように出してくる曹操に一誠の頭はこんがらがる。

 その間に禁手のカウントが終わったので一誠は素早く禁手化し、赤いオーラで鎧を形成した。

 

「せ、先生、何がなんだか……」

 

 混乱する一誠にアザゼルが説明を始める。

 

「あの男児が持っている神器はお前のと同じ『神滅具』だ。神滅具ロンギヌスは現時点で確認されているもので十三――――。グリゴリにも神滅具の協力者がいるが……。その神滅具の中でもあの神器は性質――――能力が『赤龍帝の籠手』や『白龍皇の光翼』よりも凶悪なんだよ」

「それは一誠のよりも強いって事か?」

「直接的な威力ならイッセーとヴァーリの神器の方が遥かに上だ。ただ、能力がな……。木場の『魔剣創造』、あれは如何なる魔剣も創り出せる能力だった。それは分かるな?」

「は、はい」

「『魔獣創造』がそれと同様だ。如何なる魔獣をも創り出す事が出来る。例えば、怪獣映画に出てくるような全長百メートル、口から火炎を吐く怪物。それを自分の意志でこの世に生み出す事も出来る。自分の想像力で好きな怪物を生み出せるとしたら、最悪極まりないだろう? そう言う能力だ。使い手次第じゃ、一気にそんなバケモノを数十、数百の規模で創り出せるんだよ。『絶霧』と並ぶ、神器システムのバグが生んだ最悪の結果とも言われている。『絶霧』も能力者次第では危険極まりない。霧を国家規模に発生させて、国民全てを別空間――――次元の狭間辺りに送り込めば一瞬で国を一つ滅ぼすなんて事も可能だろうからな」

「そ、それってどっちも世界的にヤバい神器じゃないですか!」

 

 仰天する一誠の言葉にアザゼルも苦笑する

 

「まあ、今の所どちらもそこまでの事件は前例が無い。何度か危ない時代はあったけどな。しかし、『黄昏の聖槍』、『絶霧』、『魔獣創造』。……神滅具の上位クラス四つの内、三つも保有か。それらの所有者は本来、生まれた瞬間に俺の所か、天界か、悪魔サイドが監視態勢に入るんだが……。二十年弱、俺達が気付かずにいたってのか……。それとも誰かが故意に隠したのか……。確かに過去の神滅具所有者に比べると、現所有者はほぼ全員、発見に難航している」

 

 アザゼルは一誠の方に視線を移す。当時の一誠も危ない神器と疑われ殺され、結局は違ったと判断されたが、最終的に神滅具の『赤龍帝の籠手』と評価が覆されていった。

 アザゼルのつぶやきは続く。

 

「……何か、現世に限って因果関係があるのか? 元々の神滅具自体が神器システムのバグ、エラーの類と言われているからな……。ここに来てそれらの因果律が所有者を含めて独自のうねりを見せて、俺達の予想の外側に行ったとかか? それは勘弁願いたい所だが……、イッセーの成長を見ていると現世の神滅具全体に変調が起き始めていると感じてしまっても不思議は無いな……。バグ、エラーの変化、いや、進化か? どちらにしろ、神器研究や神器システムを司っているわりに俺も含め、お互い甘いよな、ミカエル、サーゼクス」

 

 長々と自問自答を繰り返すアザゼル。

 一誠が『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』について訊く。

 

「先生、その凶悪神器の弱点は?」

「本体狙いだ。――――まあ、本人自体が強い場合もあるが、神器の凶悪さ程じゃないだろう。それに『魔獣創造』は現所有者がまだ成長段階であろうってのも大きい。やれるならとっくに各勢力の拠点に怪獣クラスを送り込めている筈だからな」

 

 アザゼルの言葉を聞いた曹操は苦笑した。

 

「あららら。何となく『魔獣創造』を把握された感があるな。その通りですよ、堕天使の総督殿。この子はまだそこまでの生産力と想像力は無い。――――ただ、一つの方面には大変優れていましてね。相手の弱点を突く魔物――――アンチモンスターを生み出す力に特化しているんだな、これが。今出したモンスターは対悪魔用のアンチモンスターだ」

 

 曹操が手をフィールドに存在する店の1つに向けると、アンチモンスターの1匹が口を大きく開けて一条の光が発せられ、その刹那―――店が吹き飛んで強烈な爆風を巻き起こす。

 

「光の攻撃――――。こいつは!」

 

 爆風の中、アザゼルが叫んだ

 

「曹操、貴様! 各陣営の主要機関に刺客を送ってきたのは俺達のアンチモンスターを創り出すデータも揃える為か!」

「半分正解かな。送り込んだ神器所有者と共に黒い守備兵もいただろう? あれはこの子が創った魔物だ。あれを通じて各陣営、天使、堕天使、悪魔、ドラゴン、各神話の神々の攻撃を敢えて受け続けた。部下の強い要望でかなり防御力を上げざるを得なかったが、おかげでこの子の神器にとって有益な情報を得られた」

「あの黒い怪人でデータを収集していたのか!」

「禁手を増やしつつ、アンチモンスターの構築も行おこなった。お陰で悪魔、天使、ドラゴンなど、メジャーな存在のアンチモンスターは創れるようになった。――――悪魔のアンチモンスターが最大で放てる光は中級天使の光力に匹敵する」

 

 神器所有者の禁手使いを増やしつつ、アンチモンスターを創り出すためのデータ収集。その用意周到さを厄介に感じていた。

 憎々し気ににらむアザゼルだが、一転して笑みを作り出した。

 

「だが、曹操。神殺しの魔物だけは創り出せていないようだな?」

「…………」

 

 アザゼルの一言に曹操は反論しない

 

「どうして分かるんですか?」

 

 一誠が訊くとアザゼルはニヤけながら答える

 

「やれるならとっくにやってる。こうやって俺達に差し向けてくるぐらいはな。各陣営に同時攻撃が出来た連中がそれを試さない訳が無い。それに各神話の神が殺されたら、この世界に影響が出てもおかしくないものな。――――まだ、神殺しの魔物は生み出せていない。これが分かっただけでも収穫はデカい」

 

 アンチ神モンスターがいないと聞かされた時、一誠の脳裏に神殺しの魔物、『神喰狼(フェンリル)』が頭をよぎった。

 

「神はこの槍で(ほふ)るさ。さ、戦闘だ。――――始めよう」

 

 それが開戦の合図となった。

 

『ゴガァァァァァッ!』

 

 不気味な鳴き声を唸らせたアンチモンスターの群れが突っ込んできた。木場とゼノヴィアが前線に立つ。

 

「木場、悪いが聖剣を一振り創ってくれ」

「了解。キミは二刀流の方が映えるからね」

 

 木場が素早く手元に剣を一振り創り出すと、駆け出したゼノヴィア目掛けて放り投げる。

 空中で聖剣をキャッチしたゼノヴィアはアスカロンとの二刀流で敵陣に突っ込んでいった。今回のモンスターは以前の守備兵型に比べて何倍も防御力が低かったため、ゼノヴィアの豪快な斬撃でアンチモンスターが大量に消えていく。

 アンチモンスターの一匹が口を大きく開けて光線を放とうとしたが、放たれた光線はゼノヴィアの前方に入った木場の聖魔剣によって弾かれた。

 弾かれた光線が離れた位置にある建物を崩壊させる。

 

「このぐらいの光なら、当たらなければ問題じゃない」

「いや、当たる前に倒せば良いだけだ」

 

 聖魔剣でアンチモンスターを切り払おうとした瞬間、敵のコサック帽子をかぶった男が背面跳びでゼノヴィアの前に立ちふさがり、長いコサック帽を支柱に上下さかさまの蹴りで二刀の攻撃を弾き返した。

 その蹴りで木場から渡された聖魔剣は砕けてしまった。

 

「くっ! デュランダルだけでなくアスカロンまで! なぜだ!?」

 

 ゼノヴィアはデュランダルがうまく扱えなくなったと言っていたが、まさかアスカロンまで同じようにうまく扱えなくなっていることを実感した。

 

「ふむ、良い聖剣だ。しかしだいぶ嫌われているようだな」

 

 コサック帽の男は両手を組んだまま足の回転の勢いで立ち上がり言った。

 

「貴様、それはどういう意味だ……!」

 

 聖剣に嫌われているとはいったいどういう意味か。この男は自分が二刀の聖剣をうまく扱えなくなった原因を知っているのか? ゼノヴィアはコサック帽の男に訊くが。

 

「わからないならいい。それよりもまずはそのお粗末な二刀流をどうにかした方がいい。見たところ君の力量では二刀流はまだ早い」

 

 男は無表情でそう言うだけ。ゼノヴィアの質問には何も答えなかった。

 

「曹操、お前は俺がやらしてもらおうか!」

 

 アザゼルがファーブニルの宝玉を取り出し、素早く人工神器の黄金の鎧を身に纏った。十ニ枚の黒い翼を展開すると、高速で曹操に向かっていく

 

「これは光栄の極み! 聖書に記されし、かの堕天使総督が俺と戦ってくれるとは!」

 

 曹操は桂川の岸に降り立つと不敵な笑みで槍を構えた。槍の先端が開くと光り輝く金色のオーラが刃を形成され、この空間全体の空気が震える。

 その神々しさに悪魔は見ているだけで体が締め付けられるようなプレッシャーを感じた。

 アザゼルの光の槍と曹操の聖槍がぶつかり、強大な波動が生み出された。その衝撃で桂川が大きく波立ち、舞い上がった水飛沫が周囲に雨の如く飛び散っていく

 アザゼルと曹操は攻め合いながら川の下流の方へ向かって岸を駆けていく。その姿を見てコサック帽の男は小さくため息をついた。

 一誠側で現在京都に存在する戦力は、アザゼル、イリナ、ゼノヴィア、木場、誇銅、一誠の七人。回復役のアーシアを入れたとしても、そのうち二人が既に欠けてしまっている。

 チームの要となっている回復役のアーシアの壁を作ることを最優先とした。

 普段は整っているチームバランスが現在(いちじる)しく低下している中、一誠は頭を回転させベストな回答を導き出そうとする。

 この状況で九重も死守しなければいけないと、まずはアーシアよりも後方に下げる。

 リアスならどうする、自分が『(キング)』になったらどうするかを必死に考えた。

 そうして導き出された答えを一誠は発した。

 

「ゼノヴィア! お前はアーシアと九重の護衛! それと聖なるオーラを飛ばしてこちらに近付く敵を倒すんだ!」

「――――っ。了解だ!」

 

 ゼノヴィアは一誠の指示に応じ、素早く後方に下がり、アーシアたちの護衛に入った。コサック帽の男も下がるゼノヴィアを追いはしない。

 

「限られた人数で瞬時に役割を決めるか、それは良い判断だな」

 

 一誠の指示を見てコサック帽の男がつぶやく。

 (つたな)い脳みそをさらに回転させる一誠。容量がよほど不足していたのか一誠は鼻血を噴きだす。

 しかしそのおかげで一誠は敵がアンチモンスターであることと、木場の能力を繋げることができた。

 

「木場! お前、光を喰う魔剣が創れたよな?」

「え? うん。――――そうか!」

 

 一誠の問いに祐斗は直ぐに理解し、闇の剣を足下に何本か創り出して仲間に放り投げる。

 

「その剣は普段、柄のみだ! 闇の刀身を出したい時は剣に魔力を送ってくれ!」

 

 木場からの補足説明。一誠からも追加の指示が送られる。

 

「ゼノヴィア、危うくなったらそいつを盾代わりに光を吸え! アーシアも不慣れかもしれないが、そいつを持っているんだ! 無いよりマシだ!」

「やるな、一誠!」

「は、はい!」

 

 ゼノヴィアは柄のみの闇の剣をスカートのポケットに入れる。

 一誠は木場から貰った闇の剣をアスカロンが抜けた籠手の穴に嵌め込み、闇の盾を作り上げた。

 剣の能力を籠手に与える荒技。無理をすれば命を削りかねないが、この場限りで時間を限定すれば無理なく可能。しかし多用は禁物とドライグは言う。

 そして今度はイリナに振り返り指示を送る。

 

「イリナ! 悪いがゼノヴィアの代わりに祐斗と前線に立ってくれ! 天使のお前なら光は弱点じゃないよな?」

「じゃ、弱点じゃないだけでダメージは受けるんだけど、悪魔ほどの傷は貰わないわ。――――わかった! 私、やってみるよ! ミカエル様のA(エース)だもん!」

 

イリナは純白の翼を羽ばたかせてゼノヴィアがいた前衛ポジションに行く。

 光の剣を出現させたイリナは空中を飛び回ってアンチモンスターを撹乱し、隙を見て一気に(ほふ)っていった。

 その様子をコサック帽の男はアンチモンスターたちがやられるのを黙ってみている。まるでその行為に何の意味もないだと言わんかのように。




 この間見た夢の話を少しさせていただきます。
 ニューダンガンロンパV3が基本舞台で一部キャラの変更された世界。登場人物として参加する私はV3の設定の記憶はありません。出演中は他のキャラと同じように役を演じ続けています。

 超高校級の民俗学者→超高校級の警備員(作者)
 超高校級の冒険家→超高校級の新聞部
 超高校級のコスプレイヤー→超高校級の歌舞伎役者

 私は四章で超高校級の警備員の研究室にある、

欠陥着ぐるみアニマトロニクスに詰められ超高校級の新聞部に殺されました。
 動機は超高校級の新聞部が同時に生存者であることと、その企みを知ってしまったから。
 一応霊体としてこの裁判の結末までは見ましたが、その後の展開はそこで目が覚めたので知りません。できればこの話は作品として書きたいな。だけど同時進行とかできそうにない。
 なので一応これ以上の詳細は伏せます。そんなの興味ない? 作者の自己満足だ、深く考えるな。
 でも……ちょっと気になるとか言われたら地味にやってみようかな~。ちょうどお手本になりそうな人の作品とかもあるし。


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悪役な英雄の宣戦布告

書き上げたけど、なんかすっきりせえへん!
だけどこれ以上時間をかけても悪化する気しかないから投稿。
ぶっちゃけ、誇銅が関わらない部分はやりにくいうえに危ない。実はカットも視野に入れてました。


 仲間たちに指示を出した一誠は次に自分の役割。

 木場とイリナの前衛とアーシアとゼノヴィアの後衛の中間、中衛として戦うことにした。

 

「『僧侶』にプロモーションするぜ、アーシア!」

「はい!」

 

 アーシアの同意を得て一誠は『僧侶』に昇格する。

 『僧侶』へとプロモーションした理由は魔力の底上げによるドラゴンショットの強化。単純な魔力攻撃ながらそれは一誠がもっとも得意とするところ。

 

「行くぜ、ドラゴンショット乱れ撃ち!」

 

 一誠は闇の盾を構えつつ、右腕から中規模のドラゴンショットをアンチモンスターと英雄派目掛けて乱れ撃ちで放った。

 英雄派の構成員は避けていくが、アンチモンスターは砲撃を受けて大量に消え去っていくと同時に、闇の盾が光の攻撃を吸い取る。

 九重のほうに放たれた光線も一誠がドラゴンショットで弾く。

 

「九重!もう少し後方に下がれ!」

「す、すまん」

 

 京都の現御大将の娘である九重を巻き込んで傷つけてしまえばそれこそ大事。そうなってしまえばもう一誠たちには言い訳する機会すら与えられない。

 後方からゼノヴィアが放つ聖剣の波動も加わり、前方にいる大量のアンチモンスターを狙う撃つ。

 例え不調でも強力な聖剣であることには変わりない。一誠とゼノヴィアの攻撃をくらい、アンチモンスターの群れは難なく霧散していく。

 しかし、レオナルドと呼ばれる少年は足下の影から何度も何度もアンチモンスターを生み出す。コサック帽の男も戦場の真っ只中に陣取り、危険な位置から虎視眈々と機をうかがっている。

 大量のアンチモンスターが放つ光線を打ち込まれても、すかさずアーシアが回復のオーラを飛ばすので大事には至らない。

 向かってくるのはアンチモンスターだけで、英雄派の連中は未だに攻撃の姿勢を見せていない。まるで高みの見物のような態度に不気味さを感じる。

 すると、制服姿の女子数名が一誠のもとに複数現れた。

 

「赤龍帝の相手は私達がします!」

 

 制服姿の女の子数名が槍、あるいは剣を携えて突貫してくる。

 

「――――っ。やめておけ、女性では赤龍帝には勝てないよ!」

 

 腰に何本も帯剣した白髪の優男がそう叫ぶが、一誠は嬉々として脳に魔力を送り込み迎撃準備を整えた。

 

「乳よ、その言葉を解放しろッ! 『乳語翻訳(パイリンガル)』ッ!」

 

 一誠は脳内に送った魔力を英雄派女子達に向かって解き放った。その瞬間、一誠を中心に謎の空間が広がっていく。

 

「さあ、お嬢さんのお乳達! 俺に心の内を話してごらん!」

『動きで翻弄した後、連携攻撃を叩き込むのよん』

『私は右から攻めるぞな』

『こちらは正面からなんだな』

 

 一誠はおっぱいの声を聞いた直後に開眼する。

 

「よっ! ほっ!」

「バカな!私たちの動きが把握されている!?」

 

 一誠が全ての攻撃を避けたことで英雄派女子の一人が驚愕した。

 

「読まれるはずがない! 私たちの連携は完璧なはずだ!」

 

 驚く英雄派女子。赤龍帝を警戒しておいてこれは情報不足にも程がある。

 一誠は不敵な笑みを見せた。

 

「読んだのさ! 否、喋ってくれた! あんた達のおっぱいがな! そして食らえ! 『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』ッ!」

 

 一誠はもう一つの最低な技の名を叫ぶ。先ほど避けると同時に英雄派女子たちの制服に触れていたのだ。

 

 バキンッ!

 

 英雄派女子たちの服に一誠の魔力がまとわりつくが、いつも通り丸裸にはできずせいぜい半裸。

 それでもわりと大事な部分が破れてしまい女性にとっては恥ずかしいことには変わりない。

 

「い、いやぁあああああっ!」

「魔術で施された服が……!」

「なんだと……!?」

 

 自分の自慢の技が失敗したことにショックを受ける一誠。他の人の数十倍強いエロ根性だけで創り上げた技だけにショックも大きい。

 そこへすかさずコサック帽の男が蹴りを入れる。蹴りはかすっただけで攻撃範囲外まで逃れたが、一誠は体の内から焼けるような熱いものを感じた。

 無敵と思っていたコンボが決まりきらなかった。この胸の熱さはそれが原因なのかと一誠は考える。

 

「僕たちの衣装は全て英雄専属の仕立て屋が一人で縫い上げたもの。構成員一人一人に合わせた完全オーダーメイド。高い魔術防御力に加えて着た者の能力を底上げしてくれる。それをもってしても裸技は防げても乳技は無理だった。この礼装をもってしても女では赤龍帝に勝てないか。どちらにせよ男には通じないけどね」

 

 英雄派の優男が冷静に分析する。

 

「誰が男にやるもんかよ!」

 

 優男はニッコリ笑んだ後、他の英雄派のメンバーに言う。

 

「皆も気を付けてほしい。今の赤龍帝は歴代で最も才能が無く、力も足りないが――――。その強大な力に溺れず、使いこなそうとする危険な赤龍帝だよ。強大な力を持ちながら、その力に過信しない者ほど恐ろしい物は無いね。あまり手を抜かないように」

「……敵にそんな事を言われたのは初めてだな」

 

 敵の評価にこそばゆいものを感じる一誠。

 一誠の反応に優男は少し首を傾げる。

 

「そうかな? キミ達が思っている以上に現赤龍帝の存在は危険視されるに値する物だと僕達は認識しているけどね。同様にキミ達の仲間の眷属と――――ヴァーリも。キミもそうは思わないかい?」

 

 優男はコサック帽の男へ話を振る。しかしコサック帽の男の返事は―――。

 

「いえ、私はそうは思いません。力は足りないが、才能がないとは思いません。ですが使いこなせているとも思えない。赤龍帝の力は強力とも使い手に致命的な問題が。あれを危険視するレベルとすることが問題だと思われます」

 

 優男とはまるで逆の評価。まるで今まで一誠を見下してきた相手と同じような評価。

 しかし今までの相手と違ってそこに慢心や馬鹿にする感情は含まれていない。一誠もそれは感じていた。

 

「手厳しい意見だね。だけどくれぐれも手を抜かないようね」

「戦場で敵に手を抜くなどありえません」

「そう? じゃあいつまで神器も両手も使わないつもりだい?」

 

 そう言われると、コサック帽の男は優男から目線をきり腕組も解かない。

 

「まあいいさ。さて、僕もやろうかな」

 

 白髪の優男が1歩前に出て腰に携えていた鞘から剣を抜き放つ。

 

「初めまして、グレモリー眷属。僕は英雄シグルドの末裔、ジーク。仲間は『ジークフリート』と呼ぶけど、ま、そちらも好きなように呼んでくれて構わないよ」

 

 ジークフリートの顔をずっと怪訝そうに見ていたゼノヴィアが、何か得心したような表情となる。

 

「……何処かで見覚えがあると思っていたが、やはりそうなのか?」

 

 ゼノヴィアの言葉にイリナが頷く。

 

「ええ、だと思うわ。あの腰に帯刀している複数の魔剣から考えて絶対にそう」

「どうした、二人とも? あのホワイト木場みたいなイケメンに覚えがあるのか?」

「ホワイトって……酷いよ、イッセーくん」

 

 一誠の例えに若干不満をつぶやく木場。

 一誠の問いにゼノヴィアが答える。

 

「あの男は悪魔祓い――――私とイリナの元同胞だ。カトリック、プロテスタント、正教会を含めて、トップクラスの戦士だ。――――『魔帝(カオスエッジ)ジーク』。白髪なのはフリードと同じ戦士育成機関の出だからだろう。あそこ出身の戦士は皆白髪だ。何かの実験の副作用らしいが……」

 

 悪魔祓いと言う肩書きに一誠はフリードを思い出し、嫌な気分になる。

 教会の戦士教育機関から二人の裏切り者が生まれ、若い男性が白髪になるほどの副作用。教会側がどれだけずさんで狂気的だったのかがこの短い説明からも見え隠れするが、それに目を向ける者はほとんどいない。

 

「フリードか、懐かしい。彼も正気を失うまではとても優秀な戦士だった」

 

 ジークフリートは過去を懐かしむようにつぶやいた。

 

「ジークさん! あなた、教会を――――天界を裏切ったの!?」

 

 イリナの叫びにジークフリートは愉快そうに口の端を吊り上げた。

 

「裏切ったって事になるかな。現在、『禍の団』に所属しているからね」

「……なんて事を! 教会を裏切って悪の組織に身を置くなんて万死に値しちゃうわ!」

「……少し耳が痛いな」

 

 ジークフリートの言葉にイリナが怒り、そのイリナの言葉にゼノヴィアはポリポリと頬を掻いた。ゼノヴィアも破れかぶれで悪魔になった身。以前にヴィロットが去り際に言い放った言葉とあわせて胸の内がチクチクする。

 ジークフリートはクスクスと小さく笑う。

 

「良いじゃないか。僕がいなくなった所で教会にはまだ最強の戦士が残っているよ。あの人だけで僕とデュランダル使いのゼノヴィアの分も充分に補えるだろうし。案外、あの人は『御使い(ブレイブ・セイント)』のジョーカー候補なんじゃないかな? ――――と、紹介も終わった所で剣士同士やろうじゃないか、デュランダルのゼノヴィア、天使長ミカエルのA(エース)――――紫藤イリナ、そして聖魔剣の木場祐斗」

 

 教会関係者だった3人に宣戦布告するジークフリート。手に持つ剣に不気味なオーラを纏わせた。

 そうこうしてる内に木場が神速で斬り込む。

 

 ガギィィィィンッ!

 

 聖魔剣を真っ正面から受けて尚、ジークフリートの剣は不気味なオーラを微塵も衰えさせない。

 

「――――魔帝剣グラム。魔剣最強のこの剣なら、聖魔剣を難無く受け止められる」

 

 鍔迫り合いを見せる両者。

 二人は直ぐに飛び退いて体勢を立て直した後、再び火花を散らしながら壮絶な剣戟(けんげき)を繰り広げ始めた。

 

「……木場と互角……いや!」

 

 ジークフリートに木場が徐々に押されている。その表情も少しずつ厳しいものになっていくのが見て取れる。木場の神速を当然のように捉え受け止められる。こうなってはいくら早くても無意味。

 

 木場のフェイントを織り混ぜた攻撃もジークフリートは最小限の動きだけでいなし、自身の魔剣を繰り出す。木場は避けるだけで精一杯、カウンターも出来ない状態だった。

 

「うちの組織では、派閥は違えど『聖王剣のアーサー』、『魔帝剣のジークフリート』として並び称されている。聖魔剣の木場祐斗では相手にならない」

 

 子フェンリル相手に終始余裕で戦っていたアーサーと互角と聞き、一誠は今の木場では勝てないと覚った。

 心配する一誠だったが、二人の剣戟にゼノヴィアも参戦した。

 

「ゼノヴィア!」

「木場! お前1人では無理だ! 悔しいかもしれないが、私も加勢する!」

「――――っ。ありがとう!」

「私も!」

 

 木場は剣士のこだわりを捨てゼノヴィアとの同時攻撃に乗り、更にイリナも参戦して3対1のバトルとなる。

 剣の切っ先が見えない程の斬戟が四者の間で起こるが、3人相手でもジークフリートは魔剣1本でいなしていき、数を物ともしてしない。

 木場が神速で分身を生みながら撹乱させて死角からの攻撃の構えを取り始め、ゼノヴィアは上空から強大なオーラを纏った聖剣で斬りかかった。更にイリナが空を滑空しながら、背後から光の剣で突き刺そうとする。

 この同時攻撃に勝利を確信する一誠だが、ジークフリートは背後から迫るイリナの攻撃を振り返らずに魔剣で防ぐ。

 更に空いた手で腰の帯剣を1本抜き放ち、上空から斬りかかってきたゼノヴィアの剣を1本破壊する。

 木場が渡した聖剣がガラスの如く儚い音を立てて砕け散った。

 

「――――バルムンク。北欧に伝わる伝説の魔剣の一振りだよ」

 

 ジークフリートは余裕の表情でそう言うが、まだ木場の死角からの攻撃が残っている。両手は2本の魔剣で塞がっているので避ける術すべが無い。そう思っていたのだが―――。

 横薙ぎの一閃がジークフリートの横腹に入る寸前――――

 

 ギィィィィンッ!

 

 金属音が鳴り響く。

 木場の聖魔剣はジークフリートが新たに鞘から抜いた魔剣によって受け止められていた。

 

「ノートゥング。こちらも伝説の魔剣だったりする」

 

 三本目の魔剣よりも一誠たちが驚いたのは、既に2本の魔剣を持っているジークフリートが何故3本目の魔剣を持てるのか。両手がふさがっているのにも関わらず。

 その答えは、ジークフリートの背中から生えた三本目の腕が魔剣を握っていたからだった。

 銀色の鱗に包まれたドラゴンの腕。それがジークフリートの背中から生えている。

 驚く一誠たちにジークフリートは笑みながら言う。

 

「この腕かい? これは『龍の手』さ。ありふれた神器の一つだけれど、僕のはちょいと特別でね。亜種だよ。ドラゴンの腕みたいな物が背中から生えてきたんだ」

 

 ジークフリートは両手に魔剣を持ち、背中の腕でもう一本を携える。計三刀流。

 ジークフリートの魔剣に神器の正体を知った木場の表情がより厳しい物に変わる。

 

「……同じ神器(セイクリッド・ギア)使い。けれど、あちらは剣の特性どころか、その神器の能力すらまだ出していない、か」

「ついでに言うなら、禁手(バランス・ブレイカー)にもなっていないけどね」

 

 残酷な報告が追い討ちを掛ける。あれほどの実験を繰り返し、これほどの強さの英雄派の構成員が禁手になれないハズがない。

 ジークフリートは素の状態で木場、ゼノヴィア、イリナの三名を圧倒する。

 

「そちらばかりに目を奪われてはいかんぞ」

 

 コサック帽の男の声が一誠の耳に入る。

 

「補給を断つのは戦争の基本だ。そして今、敵の補給源が目の前で無防備な状態である」

 

 その言葉の意味を理解するまでそう時間はかからなかった。一誠はハッとしてアーシアたちの方を見た。そして、コサック帽の男がそちらへ向かっているのも。

 

「アーシアに手は出させない!」

「イッセーさん!」

 

 一誠はすぐさまゼノヴィアの代わりにアーシアたちを守るように進路上に立ちふさがった。それでもコサック帽の男の進路は変わらない。

 

「退魔――10%」

 

 コサック帽の男の右足に穏やかな光―――退魔の波動が宿る。退魔の力が宿った右足の蹴りが一誠に向けられた。

 

「守ると言うなら、受け止めてみろ」

 

 事務的で無機質な言葉が攻撃の意志と共に一誠に向けられる。ならばと一誠も盾を構え受け止める体制に入った。

 退魔の蹴りが闇の盾、赤龍帝の堅牢な鎧とぶつかると、一誠は想像以上の衝撃を受けることに。

 蹴りに込められた退魔の波動が盾を破壊し防御を突き抜け一誠を襲い、その余波がさらに後方のアーシアたちを攻撃したのだ。

 敵の攻撃を受けなれておらずまともな自衛手段を持たないアーシア、まだ幼い妖狐の九重にとって余波とは言え強い退魔の波動は耐え難いもの。

 防御したとはいえ直接退魔の波動を受けた一誠は体中から煙を発しながらその場で膝をついた。

 

「な……なんだこれは……!?」

 

 この攻撃を受けようとしたのはサイラオーグの時のような受け止めてみせると言うものではなく、闇の盾もあることだしこのくらいなら十分受け止められると考えたから。コサック帽の男に宿った光が今まで見てきた光のどれよりも弱弱しく見えたから。

 一誠が今まで戦ってきた敵たちは一誠を侮って惨敗を(きっ)してきた。それと同じ過ちを一誠自身が犯してしまったのだ。その光の強さの鱗片をつい先ほどその身で味わったのにも関わらず。

 

「イッセーさん!」

「イッセー!」

 

 ダメージを見て慌てて飛び出そうとするアーシアを手で制止させた一誠。

 膝をつき無防備な一誠を至近距離から冷たい目で見降ろすコサック帽の男。やろうと思えばこのまま追撃をくらわすなり、一誠を無視して補給のアーシアを消すことだってできるだろうに。

 舐めてるとしか思えないコサック帽の男へがむしゃらな一撃を放つが、当然ながら簡単に距離を取られ避けられる。

 

「彼は伝説の聖剣レベルの波動を体術に乗せて扱える特異な存在でね。生きた聖剣の二つ名を持つちょっとした強札さ」

「伝説の聖剣レベル……。それで僕の聖魔剣も蹴りで破壊されたのか」

「相反する属性同士が合わさり生まれる反発力は確かに強い。だがそれゆえに均衡を崩せば容易く自壊する。聖魔剣とやらのバランスは危うく、少しばかり魔を浄化すれば簡単だ」

 

 木場の考察に余裕しゃくしゃくと補足を入れるコサック帽の男。

 ダメージが抜けきらないまま立ち上がる一誠。コサック帽の男は敵からの攻撃を警戒してか、アンチモンスターに紛れて慎重に様子をうかがう。

 『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』による大量のアンチモンスターにグレモリー剣士三人を圧倒するジークフリート。そこへさらに伝説の聖剣レベルの英雄派構成員。

 圧倒的数の前にして何とか張り合ってきた一誠たちだったが、ここに来て戦況が英雄派たちへと傾いていく。

 困惑する一誠の前にアザゼルが降り立った。同様に英雄派の中心に曹操が戻ってくる。

 一誠がチラリと二人が攻撃を打ち合いながら向かった下流方面を遠目に見やると――――煙が上げり、焦土と化していた。

アザゼルの鎧は所々壊れており、黒い翼もボロボロ。一方で曹操の方も制服や羽織っている漢服が破れていた。

 

「……これが英雄派のトップ……」

 

 伝説の存在でもある堕天使の総督と一戦交えて曹操の負傷が少ない事に驚きを隠せない一誠。

 

「……心配するな、イッセー。お互い本気じゃない。ちょっとした小競り合いだよ」

「小競り合いで下流の地域が崩壊しているんですけど!?」

 

 曹操は首をコキコキ鳴らしながら言う。

 

「いい眷属悪魔の集団だ。これが悪魔の若手でも有名なリアス・グレモリー眷属か。もう少し、楽に戦えると思ったんだが、意外にやってくれる。俺の理論が正しければ、このバカげた力を有するグレモリー眷属を集めたのは兵藤一誠―――キミの力だ。兵藤一誠は身体機能と魔力の才能は無いかもしれないが、ドラゴンの持つ他者を惹き付ける才能は歴代でもトップクラスだと思うけどね。ほら、ドラゴンは力を集めるって言うだろう? キミの場合は良くも悪くもその辺が輝いていたって事だよ。連続する名うての存在の襲来、各龍王との邂逅(かいこう)、そして多くに支持されている『おっぱいドラゴン』が良い例だ。『(キング)』無き眷属をこの状況で冷静に対処出来た。まだ稚拙で穴だらけとも言える手配だが……手慣れたら怖くなるかもしれない」

 

 曹操は一誠に槍の切っ先を向ける。

 

「だから、俺達は旧魔王派のように油断はしないつもりだ。将来、キミは歴代の中でも最も危険な赤龍帝になると確信している。そして、眷属も同様。今の内に摘むか、もしくは解析用のデータを集めておきたいものだ」

 

 一誠は英雄派が今までの敵と根本的な違いを感じた。ただし感じた違いは一誠たちを小馬鹿にしたりしない部分ぐらいである。

 アザゼルが曹操に改めて問う。

 

「一つ訊きたい。貴様ら英雄派が動く理由は何だ?」

「堕天使の総督殿。意外に俺達の活動理由はシンプルだ。『人間』として何処までやれるのか、知りたい。そこに挑戦したいんだ。それに悪魔、ドラゴン、堕天使、その他諸々、超常(ちょうじょう)の存在を倒すのはいつだって人間だった。――――いや、人間でなければならない」

「英雄になるつもりか?って、英雄の子孫だったな」

 

 曹操は人差し指を青空に真っ直ぐ突き立てた。

 

「弱っちい人間の細ささやかな挑戦だ。蒼天(そうてん)の下もと、人間のまま何処まで行けるか、やってみたくなっただけさ」

 

 曹操がその他にも何か企んでいそうな気配を感じ取る一誠。

 アザゼルが嘆息しながら一誠に言う。

 

「……イッセー、油断するなよ。こいつは――――旧魔王派、シャルバ以上の強敵だ。お前らを知ろうとする者はこれから先、全て強敵だと思え。特にこいつはその中でヴァーリと同じぐらい危険性が抜きん出ている」

 

 ヴァーリーと同等。その言葉だけで一誠の身が引き締まる。

 アザゼルが揃った事で両陣営が改めて身構えた。英雄派側では未だにアンチモンスターを生み続けている。そのうえ英雄派構成員は殆ど動いていない。

 だが今度は相手も構え、第二波の戦闘が始まろうとしたその時――――一誠たちと英雄派の間に一つの魔方陣が輝かせながら現れた。それは今まで見た事の無い紋様。

 

「――――これは」

 

 アザゼルは何か知っている様子。怪訝に思っている一誠達の眼前に現れたのは――――魔法使いの格好をした可愛らしい女の子だった。

 魔法使いが被るような帽子にマント。まさに魔法使いの格好で歳は中学生くらい。

 女の子はクルリと一誠達の方に体を向けると、深々と頭を下げ、ニッコリと笑顔で一誠達に微笑み掛ける。

 

「初めまして。私はルフェイ。ルフェイ・ペンドラゴンです。ヴァーリチームに属する魔法使いです。以後、お見知りおきを」

 

 まさかのヴァーリチームメンバーの登場に驚愕する一誠を他所に、アザゼルが魔法使いの女の子―――ルフェイに訊く。

 

「……ペンドラゴン? おまえさん、アーサーの何かか?」

「はい。アーサーは私の兄です。いつもお世話になっています」

 

 ルフェイがそう言うと、アザゼルは顎に手をやりながら言う。

 

「ルフェイか。伝説の魔女、モーガン・ル・フェイに倣ならった名前か? 確かにモーガンも英雄アーサーペンドラゴンと血縁関係にあったと言われていたかな……」

 

 ルフェイが目を爛々と輝かせながら一誠に視線を送り、一誠に近付くと手を突き出してくる

 

「あ、あの……私、『乳龍帝おっぱいドラゴン』のファンなのです! 差し支えないようでしたら、あ、握手してください!」

 

 一誠は突然握手を求められて反応に困るが、とりあえず「ありがとう……」とだけ呟いて握手に応じた。握手してもらったルフェイは「やったー!」ととても喜ぶ

 曹操側も呆気に取られ当惑している。だが頭をポリポリ掻きながら曹操は息を吐く。

 

「ヴァーリの所の者か。それで、ここに来た理由は?」

 

 曹操の問いにルフェイは屈託の無い満面の笑顔で返した

 

「はい! ヴァーリ様からの伝言をお伝え致します! 『邪魔だけはするなと言った筈だ』――――だそうです♪ うちのチームに監視者を送った罰ですよ~」

 

 ドウゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!

 

 ルフェイが可愛く発言した直後、大地を揺り動かす程の震動がこの場を襲う。一誠たちでさえ立っているのが精いっぱいの振動に、アーシアや九重は体制を崩してしりもちをついた。

 

 ガゴンッ!

 

 何かが割れる音。そちらに視線を送ると、地面が盛り上がって何か巨大な物体が出現する寸前だった。

 地を割り、砂を巻き上げながら姿を現したのは――――雄叫びを上げる巨人らしき物だった。

 

『ゴオオオオオオオォォォォォオオオッ!』

 

 石や岩かもわからぬ無機質な素材で創られたようなフォルム。腕も足も太く、全長十メートルはありそうな巨人。

 アザゼルが巨人を見上げて叫ぶ。

 

「――――ゴグマゴクか!」

「はい。私達のチームのパワーキャラで、ゴグマゴクゴッくんです♪」

「先生、あの石の巨人的なものは……?」

 

 一誠の問いにアザゼルがゴグマゴクについて説明を始めた。

 

「ゴグマゴク。次元の狭間に放置されたゴーレム的な物だ。稀まれに次元の狭間に停止状態で漂ただよってるんだよ。何でも古いにしえの神が量産した破壊兵器だったらしいが……。全機が完全に機能停止だった筈だ」

「あんなのが次元の狭間にいるんですか!? 機能停止って、あれ動いてますけど!」

「ああ、俺も動いているのを見るのは初めてだ。問題点多過ぎたようでな、機能停止させられて次元の狭間に放置されたと聞いていたんだが……動いてるぜ! 胸が躍おどるな……ッ!」

 

 アザゼルは少年のように目をらんらんと輝かせる。しかしハッと気づいてつぶやく。

 

「そうか。ヴァーリが次元の狭間で彷徨うろついていたのはグレートレッドの確認だけじゃなかったんだな」

 

 アザゼルの意見にルフェイが答えた。

 

「はい。ヴァーリ様はこのゴッくんを探していたのです。オーフィス様が以前、動きそうな巨人を次元の狭間の調査で感知したとおっしゃっておられまして、改めて探索した次第です」

「先生、次元の狭間ってあんなのやグレートレッドがいるんですね……」

「次元の狭間は、ああ言う処分に困った物が行き着く先でもある。グレートレッドも次元の狭間を泳ぐのが好きなだけで実害は無いぞ。各勢力でもグレートレッドはブラックリストや各種ランキングに入る事は無い。あれは特例だ。つつかず自由に泳がせておけば良いものを……」

 

 アザゼルがそう呟く中、ゴグマゴクが英雄派の方を向き、巨大な拳を振り下ろした。

 大きな破砕音と共に、ゴーレムの一撃が渡月橋が破壊し、同時に大量のアンチモンスターをも屠った。英雄派の構成員達はその場から飛び退き、橋の向こう岸に退避した。

 

「ハハハハ! ヴァーリはお冠か! どうやら監視していたのがバレたようだ!」

 

 曹操は愉快に高笑いしながら、槍をゴーレムに向け。

 

「伸びろっ!」

 

 そう叫ぶと、槍の切っ先が伸びゴーレムの方に突き刺さる。

 強大なゴーレムがその一撃で体制を崩し、その場に倒れた。その衝撃で辺りが大きく揺れた。

 橋が壊され向こう岸への次の一手を考えていると―――。

 

「あらあら、渡月橋壊してもうて。まあ、異空間やから別にかまへんけど」

 

 なんの前触れもなく卯歌の付き人の八尾がさも当然のように現れた。八尾は壊れた橋の真ん中の何もない空間に立っている。

 八尾の姿を見て九重はそっとアーシアの後ろに隠れた。

 

「九重様、帰ったらお説教どすえ」

「バレとったのか!?」

「自室からコソコソと出て行くところからずっと後をつけさせてもらいました」

 

 貼り付けなような笑顔の八尾にこの後のお説教のことを考えているのか九重は子供らしい震えを見せる。

 八尾は曹操たちの方へ向きなおし言う。

 

「さてと、えらい好き勝手してくれましたなぁ」

「京都の八尾か。貴様らがここに来た理由は九尾の奪還ってとこか」

「そのことなんやけど、一つ提案があるやけども」

「提案?」

「うちらの御大将今すぐ返してくれまへん? そやったら今回限りあんはんら見逃したります。すぐに京都から出て行くなら後ろの悪魔や堕天使にもうちらの領地で勝手なことはさせまへん」

 

 八尾からの提案。それは九尾を今すぐ解放する代わりに今回の一件をチャラにすると言うこと。それもテロリストの逃亡の手助けまですると言って。

 そんな取引を目の前でされてアザゼルもいい顔はしない。

 

「なるほど。しかし後ろの堕天使総督はよく思ってないようだが?」

「関係ありまへん。ここは日本の京都、悪魔や堕天使の領土とちゃいます。えらい好き勝手されてるから勘違いされるかもしれまへんけど、うちら別に仲間とかちゃいますから」

「ハハハハハ! どうやら日本妖怪との和平はうまくいっていないようだなアザゼル総督!」

 

 そう言われてもアザゼルは何も言い返せない。事実、三大勢力の和平会談で日本側から良い返事は得られていない。北欧神話を交えた会談でも日本神にアザゼルは無視された。

 あきらかに日本のトップは聖書に良い印象を持っていない。それをアザゼルもわかっていた。

 

「一つ訊きたい、もしも九尾の御大将は返せぬと言ったらどうなる?」

 

 ―――ツー……。

 

 そう言った瞬間、曹操の頬に一筋の薄い傷跡ができた。皮一枚切り裂かれた傷跡からうっすらと血が流れる。

 曹操はその怪我をわずかに感じた頬の違和感で触っりついた血で気づいた。

 

「すんまへんな、うちらの攻撃はあんさんらと違ってわかりにくうて」

「会話の最中にでも攻撃を仕込んでいたか、とんだ狸だな」

「狸ちゃいます、狐どす」

 

 お互い笑顔ながら場の空気が張り詰める。無言の圧迫感が一誠たちにも伝わっていく。

 沈黙の中、曹操の傍にローブを羽織った青年が現れ、手元に霧を発生させ英雄派の全員を薄い霧で覆い始める。

 

「少々、乱入が多すぎた。―――が、祭りの始まりとしては上々だ。アザゼル総督! それと京都の八尾! 我々は今夜この京都と言う特異な力場と九尾の御大将を使い、二条城で一つ大きな実験をする! 是非とも制止する為に我らの祭りに参加してくれ!」

 

 楽しそうに宣言する曹操。霧はどんどん濃くなり視界の全てを霧で包んでいく。

 

「おまえら、空間が元に戻るぞ! 攻撃を解除しておけ!」

 

 アザゼルの助言で一誠たちは急いで攻撃態勢を解いた。

 

 

 

 

 

 

 

 一拍空けて霧が晴れた時、そこは観光客で溢れた渡月橋周辺に戻っていた。周りは何事も無かったかの様に橋を往来していく。

 

「おい、イッセー。どうした、すげー険しい顔になってんぞ?」

「…………いや、何でもないよ」

 

 一誠の顔を覗き込む松田が語り掛けると、適当に誤魔化し大きく息を吐いた。

 他のメンバーも表情が険しく、ルフェイとゴグマゴクの姿はどこにもない。

 

 ガンッ!

 

 アザゼルが電柱を横殴りした。

 

「……ふざけた事を言いやがって……ッ! 京都で実験だと……?舐めるなよ、若造が!」

「……母上。母上は何もしていないのに……どうして……」

 

 アザゼルはマジ切れし、九重は体を震わせた。




このモヤモヤ感のまま次の展開どうしよ……。


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危険な英雄との開戦

ちょっと遅れたが、ギリギリアウトで完成した!


 金閣寺で細田の班と合流し、より賑やかになった京都観光。珍しく僕のテンションも意図せず上がりホクホク気分でホテルに帰ったと思ったら、帰った瞬間アザゼル総督から英雄派の襲撃を知らされ一気に気分が沈んだ。

 

「いやー、風呂も最高、食事も最高、俺たち駒王学園の生徒でマジで良かったな!」

「う、うん……」

 

 夕食を済ませ、風呂上りに部屋で足をマッサージしながら細田が言う。

 観光中に憂世さんが急に走り出すことがそこそこあって、それを追いかけて汗だくになったりしていた。僕と罪千さんは人間ではないので大丈夫だが、細田たち純人間には急に走らされるのは肉体的にも精神的にも辛いものがあっただろう。

 

「なんだよ誇銅、元気ねーな」

「今日はあれだけ走り回らされたんだ、誇銅だって疲れたんだろ」

「ふっ、あれしきのことで疲れを見せるなど貴様らもまだまだだな」

「いや、おまえが一番バテてただろうが」

 

 昨日の男子会メンバーで今日一緒に刊行した男子組は今僕と細田の部屋に来ている。みんな疲れてだらっとしながら楽しく談笑する。これだけなら昨日の男子会と変わらないが、今日はこのメンバーだけではない。

 

「ヤッホー! お待ちかねの女子がキタっすよ!」

「おじゃまします……」

 

 パジャマ姿の憂世さんが元気よく僕たちの部屋に飛び込んで来て、その後ろから罪千さんもおずおずと入って来る。二人ともお風呂上りのパジャマ姿だ。

 

「おやおや? なんだかテンション低いっすね。夜の楽しみはこれからなんっすよ!」

 

 それから僕たちは憂世さんの下がらぬテンションにつき合わされた。撮った写真を確認しながら談笑したり、トランプやウノなんかをしてね。

 この楽しい修学旅行で僕はこの後の憂鬱を少しの間だけでも忘れることができた。何者であろうと僕のこの幸せは絶対に奪わせるもんか。

 ―――そのためなら最悪、この残酷な力だって……やっぱり極力使いたくないな。

 

 

 

 

 

 楽しい時間もついにはお開きとなり、就寝時間の間近に一誠の部屋にグレモリー眷属とイリナさん、シトリー眷属とアザゼル総督、魔王様が集まった。

 八畳一間に十人以上はとても狭い。何人かは立ち見している。当然僕は立ち見。

 ゼノヴィアさんとイリナさんはなぜか押入れの中から話し合いに参加していた。

 アザゼル総督が皆を見回してから部屋の中心に京都の全体図を敷く。

 

「現在、二条城と京都駅を中心に非常警戒態勢を敷いた。京都を中心に動いていた悪魔、堕天使の関係者を総動員して、怪しい輩を探っている。未だ英雄派は動きを見せないが、僅かながら京都の各地から不穏な気の流れが二条城を中心に集まっているのは計測出来る」

「不穏な気の流れ?」

「ああ、京都ってのは古来、陰陽道、風水に基づいて創られた大規模な術式都市だ。それゆえ、各所に所謂いわゆるパワースポットを持つ。晴明神社の清明井(せいめいい)、鈴虫寺の幸福地蔵、伏見稲荷大社の膝松さん、挙げればキリが無い程に不思議な力を持つ力場に富んでいる。それらが現在、気の流れが僅かに乱れて二条城の方に極少量ながらパワーを流し始めているんだよ」

 

 木場さんが訊くとアザゼル総督はそう言う。

 アザゼル総督の言う京都が大規模な術式都市だと言うのは間違いではない。それだけ重要な地脈が集まっている。だからこそ昔は京都には七災怪が二人も配置されていた。

 

「どうなるかは分からんが、ロクでもない事は確かだ。奴らはこの都市の気脈を司っていた九尾の御大将を使って『実験』とやらを開始しようとしているんだからな。それを踏まえた上で作戦を伝える」

 

 ちょっと待った、作戦? 僕は藻女さんの屋敷でちょこっとだけ耳にしただけだけど、妖怪側に余計なことはするなと釘刺されたんじゃないの!?

 けどこの情報は妖怪側からもらったもので悪魔側からは何も知らされていない。知れるタイミングなんて皆無だった僕はそれを追求できない。なんとももどかしい。

 作戦が伝えられる前に巡さんが手を上げて言った。

 

「このことで京都側はなんて言ってるんですか?」

 

 すると、アザゼル総督も魔王様も緊張した表情で固まる。

 

「京都の妖怪には手を出すなと言われている」

「え、じゃあまずいんじゃ」

「だが『禍の団(カオス・ブリゲード)』を目の前に放ってはおけない。それに最初っから突っぱねられてるせいでまともに情報交換もできてねぇ。京都の奴らは禍の団を甘く見てる。あいつらを甘くみちゃいけねぇ。だから俺たちも動く、例え突っぱねられても。それが京都を守ることにも繋がる」

 

 アザゼル総督の答えに一様に難しい顔をするシトリー眷属。僕も頭を抱えたくなってくるよ。足の引っ張り合いになってとんでもない事態にならなければいいんだけど。

 

「まずシトリー眷属。お前達は京都駅周辺で待機。このホテルを守るのもお前達の仕事だ。一応このホテルは強固な結界を張っている為、有事の際でも最悪の結果だけは避けられるだろう。それでも不審な者が近付いたら、シトリー眷属のメンバーで当たれ」

『はい!』

 

 アザゼル総督の指示にシトリー眷属の皆が返事をする。まあ防衛は大事だし、これくらいなら日本側も特に文句はないだろう。

 

「次にグレモリー眷属とイリナ。いつも悪いが、お前達はオフェンスだ。この後二条城の方に向かってもらう。正直、相手の戦力は未知数。危険な賭けになるかもしれないが、優先すべきは八坂の姫を救う事。それが出来たらソッコーで逃げろ。奴らは八坂の姫で実験をおこなうと宣言しているぐらいだからな。……まあ、虚言の可能性も高いが、あの曹操の言動からすると恐らく本当だろう。――――俺達が参戦するのを望んでいるフシが多分にあったからな」

「お、俺達だけで戦力足りるんですか?」

 

 一誠がそう質問すると、アザゼル総督は不敵に笑う。

 

「安心しろ。テロリスト相手のプロフェッショナルを呼んでおいた。各地で『禍の団』相手に大暴れしている最強の助っ人だ。それが加われば奪還の可能性は高くなる」

「助っ人? 誰ですか?」

「とんでもないのが来てくれる事だけは覚えておけ。これは良い報せだな」

 

 木場さんが訊くと、アザゼル総督は口の端を愉快そうに吊り上げた。

 ここまで言うのなら相当な手練れが来るに違いないだろう。だけどこれは同時に凶報でもある。何せ京都に無断で現場の僕たちに知らされないような人が来るんだから。そして知らない助っ人相手に僕は何の手も打てない。

 

「それとこれはあまり良くない報せだ。――――今回、フェニックスの涙が3つしか支給されなかった」

「たった三つ……ですか」

 

 匙さんがつぶやく。

 

「ああ、分かっている。だが、世界各地で『禍の団』がテロってくれるお陰で涙の需要が急激に跳ね上がってな。各勢力の重要拠点への支給もままならない状態だ。元々大量生産が出来ない品だったもんでな、フェニックス家も大変な事になっているってよ。市場でも値段も高騰しちまって只でさえ高級品なのに、頭に超が二つは付きそうな代物に化けちまった。噂じゃ、レーティングゲームの涙使用のルールも改正せざるを得ないんじゃないかって話だ。お前達の今後のゲームに影響が出るかもしれない事だけ頭の隅に置いておけ」

 

 フェニックスの涙は冥界屈指の回復薬。テロなんかで怪我人が出ればそちらへ優先して回すのは当然のこと。最低でも今はレーティングゲームなんて戦争ごっこに使うべきではない。

 

「そしてこれは機密事項だが、各勢力協力して血眼になって『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』の所有者を捜している。レアな神器だが調査の結果、アーシアの他に所有者が世界に何人かいると発覚しているからな、スカウト成功は大きな利益になる。冥界最重要拠点にある医療施設などには既にいるんだが、スカウトの1番の理由は―――テロリストに所有者を捕獲されない為だ。優秀な回復要員を押さえられたらかなりマズい。現ベルゼブブ―――アジュカも回復能力について独自に研究しているそうだが……。まあ、良い。それとグリゴリでも回復系人工神器の研究も進んでいる。実はアーシアに陰で回復の神器について協力してもらっていてな。良い結果も出ている」

 

 アザゼル総督の言葉にアーシアさんは照れていた。

 僕もあの時代(千年前)で仙術を学んだ身として回復術も使える。が、アーシアさんほど素早くはできないし一誠たちのために使う気にはなれない。

 アザゼル総督はシトリー眷属の方を見て言う。

 

「てな訳だ。この涙は―――オフェンスのグレモリーに2個、サポートのシトリーに1個支給する。数に限りがあるから上手に使ってくれ」

『はい!』

 

 アザゼル総督の指示に皆が返事をすると、今度はアザゼル総督の視線が匙さんに移る。

 

「匙、お前は作戦時、グレモリー眷属の方に行け」

「え、またっスか?」

 

 匙さんはちょっと意外そうに自身を指で指す。ロキ戦の時も単独で加えられてましたもんね。

 

「……ヴリトラの力ですか?」

「ああ、そうだ。お前のヴリトラ―――龍王形態は使える。あの黒い炎は相手の動きを止め、力まで奪うからな。ロキ戦のようにお前がグレモリーをサポートしてやってくれ」

「はい、わかりました」

「それとシトリー眷属は全員が仙術を高いレベルで使えるらしいな。索敵や回復方面のサポートもついでに頼む」

 

 サポートの意味が広すぎる! まさかここまで広い範囲のサポートを求められるとは思っていなかったらしく驚きの表情をする匙さん。

 

「そ、それはちょっと厳しいですね。俺たちが扱う仙術はあくまで基礎の範囲内ですので。レーティングゲームの結果は眷属が全員揃ってこその成果ですから。それでもできなくはないですが、俺は神器の関係上索敵や回復はニガテ分野です」

「そっか、じゃあ仕方ない。ならできる範囲でサポートしてやってくれ。誇銅、その辺はおまえも協力してやれ」

「え、僕ですか……?」

 

 なぜかアザゼル総督は僕のことを指名した。なぜこのタイミングで僕が呼ばれたの!? ソーナ眷属のほうはそうでもないけどグレモリー眷属側は不思議な顔で僕を見ている。

 アザゼル総督は僕の目をしっかり見て言った。

 

「誇銅、確かにおまえは弱い。それに神器もハッキリ言って使い物にならない。だけどおまえには遥か格上のドラゴンから完全に逃げ切れる程の驚異的な危機察知能力がある。さらに身を隠すスキルも現時点で相当高い。磨きあがれば誇銅は襲撃不可能な超高性能レーダーになれると俺は思ってる」

「は、はぁ……」

 

 なんともありがた迷惑な評価なんだ。僕としてはどんな高評価を貰ったところで意味はない。むしろ変に期待されて干渉されるだけに困る。

 だけどもしこの評価をもっと前にもらっていたら……いやそれはない、だってこのスキルは見捨てられた結果として得たようなものだし。そもそも三大勢力が裏でどんなことをしてきたかを知り、リアスさんに見捨てられた時点でこの人たちのために使うつもりは一切ない。

 

「こんなこと言ったが誇銅のスキルはまだ何の訓練もさせていない発展途上もいいとこだ。あくまでサブ・サポートに加わってくれればそれでいい」

「はぁ、わかりました」

 

 どっちにしろ僕がどこかでフェードアウトしても匙さんくらいしか気づかないだろう。その時は黙っててもらえるようにお願いしておこう。

 いや待てよ、もしかしたら一誠たちを誘導して八坂香奈救出の手助けができるかも……いや、そうしたら三大勢力の株を上げてしまう。だったら邪魔しないように立ち寄らせないように……いや、これも僕への信頼が低いだろうから無理か。期待されても困るが期待されてないってのもこの場合一長一短だね。

 

「あの、この事は各勢力に伝わっているのですか?」

 

 イリナさんが手を上げて訊く。

 

「当然だ。この京都の外には悪魔、天使、堕天使が大勢集結している。奴らが逃げないように包囲網を張った。―――ここで仕留められるなら、仕留めておいた方が良いからだ」

 

 でも、日本や京都の皆さんには伝わってないんですよね? けどまあ、京都側もどうせ首突っ込んで来るって予想してるだろうな。

 アザゼル総督の言葉に魔王様が続く。

 

「外の指揮は任せてね☆ 悪い子がお外に出ようとしたら各勢力と私が一気に畳み掛けちゃうんだから♪」

 

 明るく宣言する魔王様。有事になったら大暴れしそうな雰囲気だ。だけどもしそんなことになろうことなら、藻女さんがその場の敵もろとも魔王様を殺しに行くだろう。

 

「それと駒王学園にいるソーナにも連絡はした。あちらはあちらで出来るバックアップをしてくれているようだ」

「先生、うちの部長達は?」

 

 一誠の質問にアザゼル総督は顔を少ししかめた

 

「ああ、伝えようとしたんだが……タイミングが悪かったらしくてな。現在、あいつらはグレモリー領にいる」

「何かあったんですか?」

「どうやら、グレモリー領のとある都市部で暴動事件が勃発してな。それの対応に出ているようだ」

 

 それを聞いて一誠は心配な顔をするが、アザゼル総督は苦笑いする。

 

「旧魔王派の一部が起こした暴動だ。『禍の団』に直接関与している輩でもないらしい。それでも暴れているらしくてな、あいつらが出ていった訳だ。一応、将来自分の領土になるであろう場所だからな。―――それにグレイフィアが出陣したと報告を受けた。まあ、あのグレイフィアが出たとなると、相手の暴徒共もおしまいだろう。正確かどうかは分からないが、グレモリー現当主の奥方もその場にいるそうだ。―――グレモリーの女を怒らせたら大変だろうさ」

「まあ、『亜麻髪(あまがみ)絶滅淑女(マダム・ザ・エクスティンクト)』、『紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)』、『銀髪(ぎんぱつ)殲滅女王(クイーン・オブ・ディバウア)』が揃っちゃうのね☆ うふふ、暴徒の人達、大変な事になっちゃうわね♪」

 

 アザゼル総督が若干体を震わせながらそう言い、魔王様が楽しげに不吉極まりない二つ名を連呼した。

 絶滅、滅殺、殲滅か……とても物騒な二つ名なのに不思議とあまり怖さを感じない。実際に鱗片を見てないからか、その辺の不良が殺すぞと言ってるくらいにしか感じない。

 何だろう、戻ってからリアスさんの消滅の力が最近なぜか全く脅威を感じなくなったのと関係あるのかな? 恐ろしい力のハズなのに。

 

「と、俺からの作戦は以上だ。俺も京都の上空から独自に奴らを探す。各員一時間後までにはポジションについてくれ。怪しい者を見たら、ソッコーで相互連絡だ。―――死ぬなよ? 修学旅行は帰るまでが修学旅行だ。―――京都は俺達が死守する。良いな?」

『はい!』

 

 全員が返事をしたところで作戦会議が終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議が終わると僕は準備のため部屋に戻る。が、特に何もないのですぐにロビーへ。誰もいなければこちらの事情を電話で伝えとこうと思って。

 グレモリー眷属はまだ誰も来ていない。だが、ロビーの横のテーブル席にアザゼル総督と小学生くらいの少女が対面して座っていた。

 堕天使総督に対してふてぶてしい態度の少女からは妖気が―――少女は妖怪だった。

 

「ほんで、これから感じるもんはそっちのドラゴンの兄ちゃんので間違いないな?」

「……ああ、解析の結果間違いない」

 

 何やら出ていける雰囲気ではない。僕は物陰からその様子をうかがった。

 少女は手に持つそろばんでテーブルの袋を指して言う。

 

「これな、どこで集めたと思う? みーんな痴漢男から飛び出してきたもんや。さっきあんたもホテル外の痴漢騒ぎで女の乳揉もうとした男とっちめて出て来たからわかるなぁ? ほんでもってあんた言うたらしいやんか、京都で起こっとる連続痴漢事件は知らんと。―――で、これはどういうことや?」

 

 テーブルの袋の中には小さな赤い宝玉が詰まっていた。宝玉からは一誠と同じ気配がしている。

 

「どうって言われても、俺もまさかこれが原因だとは完全予想外で。別に隠してたわけでもなく、これの持ち主も決して悪気があってやったわけじゃなくてな」

「悪気があろうとなかろうとこの際どうでもええんや! 既に多くの実害が出てるってことが真実なんや! 悪気がなかったら何してもええんかおお? ごめんで済んだら警察いらんのやで!」

 

 どんな時でも軽い雰囲気を崩さないアザゼル総督だが、今回は非が完全にこちらにあってか弱腰だ。

 

「今回の件は全面的にこちらの責任だ。そのせいで痴漢をしてしまった人たちにはこちらがフォローをしておこう」

「遅いはドアホ! もうこっちでやったわ! 言うとくけど痴漢した人だけちゃうで、被害者やそれを目撃した人、避けられる冤罪を防ぐためあらゆる手段を発生から素早く行った。それでも情報封鎖が間に合わん時も多かった。そうでなくても時間の損失はどう頑張っても防がれへんのや。もしもあんたらがこのクッソ遅い対応やったらいったいどうなっとったやろう。なぁ?」

 

 大阪弁でアザゼル総督を徹底的に責めたてる。これにはアザゼル総督もいつも通りの軽いノリはできない。

 そもそもアザゼル総督は被害者にどんなフォローをするつもりだったのだろうか? ちょっと気になるところではある。

 少女はため息をつくと椅子に深くもたれかかる。

 

「まああんたらが知らん所で起きたことやったらしゃあない。大きな組織になれば末端まで目が届かなくなることはよーわかる。うちが大阪に居った頃にもそういうのはあったわ」

「そう言ってくれると助かる。確かにあいつは変態だがこんな事件を起こすような奴じゃないんだ。むしろ変態なことがあいつの良いとこって言うか、今までも乳を突くことでいろんな奇跡を起こして他者を救ったりして……ってことは、乳を揉むことで京都内を駆け巡りその特異な力でもかき集めていたのか? 魔力やドラゴンの力以外の力。乳力と書いて『にゅーパワー』! なんて力をな」

 

 アザゼル総督がおちゃらけた感じで言うと。

 

「はあ?」

 

 若干ドスのきいた返事が帰ってきた。

 

「そいつがどんなに特別な奴か知らんけど、カタギの人生狂わせてもええくらい偉いんか、おっ? 何が『にゅーパワー』じゃ、多くのカタギに痴漢の罪着せて集めたもんや。詐欺師が人騙して得た(ゼニ)と何が違うんや」

 

 少女は最初より明らかにイライラした様子で言う。これにはアザゼル総督も下手を打ったと痛感したようだ。

 

「まあこんなこと言うたかてうちはただの会計士や、被害総額と被害者への賠償金の請求のために来ただけ。まあまだ被害総額が出そろってないから今は告知だけやけど。事件がいっぺんに起き過ぎてな」

 

 八坂香奈誘拐と大量痴漢冤罪、英雄派による挑発行為とついでに悪魔の独断行動かな。身を隠す英雄派よりも勝手に何をしでかす聖書勢力、どこで起こるかわからない痴漢に対応する方が面倒そうだ。

 

「この場合イッセーはどうなるんだ……?」

「知らん。言うたやんうちは会計士やって、そっちは上と交渉してや。けどまあ、一応エンコ詰める覚悟くらいはしときって言うとき」

「エンコって……どこのヤクザだよ」

「なんや知らんのか? 京都にも一代前の九尾を頭とする稲荷組ってのがあるんやで。ヤクザって言うよりオタクな連中やけど。それでもなめたらあかんで?」

 

 そう言うと少女は立ち上がり出口へ歩いて行った。少女がホテルから出て行くと僕もロビーに姿を現し、ちょうど一誠も来た。

 アザゼル総督が重い表情で宝玉の入った袋を一誠に渡し、これのせいでどんな事態になったかを軽く説明する。痴漢冤罪の話題で申し訳なさそうな顔をした一誠だったが、そのせいで自分が妖怪たちからどんな目にあわされるかを聞くと顔を青くした。今回はきっちりと代償を払わざるを得ないね。

 宝玉についてドライグを交えながら二人で話し合っていると、他のみんなもロビーに集まった。

 

 

 

 ホテル入り口から出ようとすると、自動ドアの先でシトリー眷属が集まっていた。

 

(げん)ちゃん、無理しちゃダメよ」

「そうよ、元ちゃん。明日は皆で会長へのお土産買うって約束なんだから」

「おう、花戒(はなかい)草下(くさか)

元士郎(げんしろう)! シトリー眷属代表としてデカいのぶちかましてやんな!」

「おう! と、言いたいところだけどな由良(ゆら)。それやっちまうと役割放棄になるぜ」

「危なくなったら逃げなさい。闇に紛れて一人で無様に」

「俺のこと嫌いなのか? (めぐり)

「ハハハ、冗談よ。でも、危なくなったら本気で逃げるのよ」

 

 匙が仲間に激励を貰っていた。陰の術者として認められてから眷属内でさらに絆が深まったらしい。ただ、肝心のソーナさんとの進展は今のとこないらしいけど。

 隣でため息を吐く一誠に木場さんが手を置く。

 

「部長不在の今、仮としての僕達の『(キング)』はイッセーくんだ」

 

「―――っ! マ、マジかよ! 俺が『(キング)』!? 良いのか、それで!?」

 

 木場さんの発言に驚愕し、自身を指差しながら問い返す一誠。

 

「何を言っているんだい。キミは将来部長のもとを離れて『(キング)』になろうとしている。それならこの様な場面で眷属に指示を送るのは当然となるんだよ?」

「そ、それはそうかもしれないが……」

 

 自分に代わりが務まるか……ってとこかな? 一誠は恥知らずに変態行為を繰り返す癖に、変に自信を無くすからね。まあ、いきなり王を任されて不安に思わない方が少数だと思うけど。

 

「昼間の渡月橋での一戦、キミの土壇場の判断とはいえ、僕達に指示を出した。それが最善だったか、良案だったかは分からないけれど、僕達は無事に今ここにいる。だから、僕は少なくとも良い指示だったと思える。―――だからこそ、今夜の一戦、僕達の指示をキミに任せようと思うんだ」

 

 木場さんは一誠に言う。昼間に何かあったの?

 

「そうだな。私やイリナ、アーシアは指示を仰いだ方が動ける。咄嗟とはいえ、部長の欠けたチームを上手く纏めたと思うぞ」

「うんうん。けど、無茶をして飛び出し過ぎるのはダメよ?」

「そうです。無理は禁物です」

 

 ゼノヴィアさん、イリナさん、アーシアさんが続いて一誠を評価する。

 これだけ信頼されてるなら僕も文句はない。どっちにしろ最終的に自分で判断するから。

 一誠の視線がゼノヴィアさんが手に持つものにいく。魔術文字らしき物が記された布にくるまれた長い得物。

 その視線に気づいたゼノヴィアさんは、その長い得物を見せた。

 

「ああ、これか。先程教会側から届いたばかりだ。―――改良されたデュランダルだよ。いきなり実戦投入だが、それも私とデュランダルらしくて良いだろう」

 

 誇らしげに見せるゼノヴィアさん。なんか変な感じがするけど、まあいいや放っておこう。

 

「わりぃ、少し話混んじまった」

 

 匙さんも合流し、シトリー眷属からも激励をもらった。

 

「よし、二条城に向かおう」

 

 グレモリー眷属とイリナさん、くわえて匙さん。このメンバーで僕たちは決戦の場所、二条城へ向かった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ホテルを出て京都駅のバス停に着く。ここからバスに乗って二条城へ向かう予定だ。

 僕たちは冬の制服、ゼノヴィアさんとイリナさんは教会製の戦闘服を下に着ているらしい。いざとなったら制服を脱いで動きやすくするためだとか。

 バス停でバスを待っていると、オーラが近づいてくるのを感じ取り、しばらくすると僕たちの足下に薄い霧が立ち込めてきた。

 同時にぬるりとした生暖かい感触が全身を襲う。この感覚は妖怪が使う術とは大きく違っている、おそらく敵の攻撃。燃やしてしまいたい気持ちをぐっと我慢する。

 他のみんなが霧に気づいた時には、既に霧は僕たちの全身を覆った。

 

 

 気付くとそこは京都駅の地下ホームだった。

 周囲に視線を配らせるが、一緒に転移させられたのであろう一誠しかいない。

 

「どうやら昼間の現象をまた食らったみたいだな」

「昼間の現象?」

「あっ、あの時誇銅はいなかったな。ワリィ」

 

 どうやら昼間にも同じような攻撃を受けたらしい。同じ日に二度も受けないでほしいと思ったが、二度目とはいえあの感覚を悪魔が察知するのは難しいか。

 

「俺たちはどうやら別の空間に創られた疑似京都に転移させられたみたいだ」

「へ~すごい技術力だね」

 

 妖術でこれほどの疑似空間を創り出すとなったらそうそうできるものではない。そもそも別空間に何かを創り出す術自体がない。やっぱり純粋なパワーは日本よりも聖書の方が圧倒的だ。

 

『~♪』

 

 一誠の携帯の着信音が鳴る。

 

「もしもし、木場か? 今何処だ? この奇妙な空間に転移してるんだよな?」

 

 電話の相手は木場さんだったようだ。この空間でも携帯電話は通じるんだね。

 一誠と木場さんの話を要約すると、木場さんは匙さんと一緒に京都御所に転移させられたらしい。それでこの空間が二条城を中心とした広範囲なフィールドではないかとということに。

 合流地点は予定通り二条城ということで木場さんとの通話を終えた。

 その後、アーシアさんたちと連絡を取り、教会トリオが一緒なのを確認した。それを聞いて一誠はとても安心した様子。

 さらに木場さんからもう一度連絡が届き、外のアザゼル総督とは連絡が取れなかったと。試しにこちらからかけても繋がらない。

 外部と連絡が取れないのはある意味当然。しかし逆に内部で連絡が取れるのが不可思議だ。僕たちを分断しても連絡が取りあえてしまったらその効果は半減。自分たちの連絡手段確保のためか? どちらにしろ敵の意図が読めない。

 

「どうやって二条城に行く?」

「昼間の観光帰りはホテルへ帰る手段として、二条城近くの地下鉄から電車に乗って京都駅まで帰ってきたんだ。だからここから線路沿いに進めば地下から二条城前の地下鉄駅まで行ける」

 

 そう言うと、一誠は籠手を出現させて禁手のカウントを始める。既に敵陣地内だからカウントを始めておくのは正解だと思う。

 

『WelshDragonBalanceBreaker!!!!!!!!』

 

 一誠が赤い閃光に包まれ、オーラが鎧の形に形成される。

 

「誇銅、敵の気配を感じたらすぐに俺の背後に隠れろ。俺がおまえを守るからさ」

 

 純粋に僕を心配して守ってくれようとする気持ちは素直に嬉しいや。まあ、人間だった頃の友達だし、ドの過ぎた変態でも悪い人じゃないからね一誠は。

 

「うん、期待してるよ一誠」

「よっしゃ、任せとけ!」

 

 一誠は僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。その手を強めに退かす。

 確かに背も低いし童顔だし力も一誠から見れば子供同然だろうけど、今子ども扱いしたことはムカついた。

 

「やめて。それと、来てるから」

「あっごめ……えっ? はっ!」

 

 僕が言った数秒後、強くなる敵意に一誠も気づいたようだ。

 視線をホームの先に送ると、英雄派と思われる男性がこちらに歩を進めてきた。この人、前に工場での戦いで影を使ってた人だ。

 男性は目と鼻の位置で足を止め、一誠へ笑みを見せる。

 

「こんばんは、赤龍帝殿。俺の事は覚えてくれているかな?」

 

 一誠の様子からして覚えてなさそうだね。

 

「一誠、工場で戦った影を操る神器所有者だよ」

 

 僕が教えてたところで思い出した表情をする一誠を見て、男は苦笑する。

 

「そっちの悪魔は覚えててくれたか。まあ、あんたにとってみれば俺なんて記憶に残らない程の雑魚なんだろう。―――けどな、おのときに得た力によって、俺はあんたと戦えるようになった。俺はあのとき、あんたたちにボコボコにされちまった。でも、今は違う。あんたたちにやられた悔しさ、怖さ、自分への不甲斐なさが俺を次の領域に至らせてくれた。見せてやるよ。本当の影の使い方を―――」

 

 強い重圧を感じ、男性の周囲にある柱、自動販売機などの影が不気味に動き出す。そして男は低い声音で一言つぶやく。

 

禁手化(バランス・ブレイク)

 

 ズズズズズッ……。

 

 男から放たれるプレッシャーが増し、周囲の影が男を包み込んでいく。それが徐々に影が形を成していき、鎧のような物が形成される。

 それはまるで一誠の赤龍帝の鎧とどこか似ていた。一誠の目にもそう見えたみたいだ。

 

「自分のような禁手だ。そうは思ったのかな?」

 

 一誠の心を見透かしたように、影使いの男は愉快そうに呟く。

 

「そう、あんた達にやられた時、俺はより強い防御のイメージを浮かべた。あんたみたいな鎧が欲しいと感じたよ。それだけ赤龍帝の攻撃力は恐ろしくて力強くて感動的だった。―――『闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)』の禁手状態、『闇夜の獣皮(ナイト・リフレクション・デス・クロス)』。さあ、赤龍帝、あの時の反撃をさせてもらうぜ?」

 

 これは間違いなく一誠の影響を受けている。対象への強い執着心が禁手に影響したってことなのかな。

 影の鎧は生きているように各部位が(うごめ)いており、影に覆われた顔は眼光を鋭く僕たちに向けていた。僕の炎なら燃やせるかな。

 一誠は拳を握り、背中のブーストを噴かして影使いに突貫していく。

 

 ブワッ!

 

 が、相手の体を通り過ぎ、男の体は煙のように霧散した。相手は何事もなかったかのようにたたずんでいる。

 一誠はすぐさま振り返り、ダッシュして男の背後から飛び蹴りをかますが、やはり攻撃は男の体を通り過ぎる。

 

「この影の鎧に直接攻撃はおろか、どんな攻撃も無駄だ」

 

 男は嘲笑した口調でそう言ってくる。

 影の鎧に身を包むことで自分の実態を影の中に隠してしまっているのか。破る手段はいくつか考えつくけど、一誠の攻撃手段ではちょっと厳しいな。

 一誠は手元から小規模のドラゴンショットを乱れ撃ちで男に放つが、ドラゴンショットは男の体の中に消えていった。―――今のは悪手だね。

 一誠も放つ攻撃が吸い込まれたところで気づいたようだ。ホーム内の物陰からドラゴンショットの乱れ撃ちが転移され、一誠のほうへ撃ち返された。

 

「クソッ! こっちの能力も相変わらずか!」

 

 あの時もこちらの攻撃を影の中に取り込み、他の影から攻撃を転移させていたからね。ただ跳ね返ってるだけだからこの攻撃には敵意がないため避けにくい。きちんと読み切らないと致命傷に繋がりかねない。

 すると一誠は僕を脇に抱え、襲い来るドラゴンショットを避けたり、蹴とばしたりしながらやり過ごす。これはこれで助かると同時にピンチだ。

 ホーム内の影もが意志を持ったように一誠の方へ向かっていく。鋭い刃と化した影が一誠を襲うが、赤龍帝の鎧に傷一つ付けることはできない。攻撃力や防御力など単純な能力値なら赤龍帝の鎧を纏った一誠は相当に強い。

 だが、影の一つが逃げる一誠の左足を掴み、ぐるぐると縛ろうとする。そこへ槍を形作った影が大量に迫る。

 

「まだまだ!」

 

 一誠は籠手からアスカロンの刃を出現させて足を縛る影を切り払い、後方に飛び退いて体勢を立て直す。

 

「チッ。厄介だな」

「ハハハハ! やるなぁ。さすが赤龍帝。けど、そちらの攻撃もこちらに効かない。持久戦になれば俺の勝ちだ!」

 

 男の言う通り、持久戦になれば時間制限のある一誠が先に禁手の鎧が解除されてしまうだろう。そうなれば僕は自分の身を守るためにも戦わざる得なくなる。例え悪魔だろうと誰かを見殺しにするのは気が引ける。

 

「一誠、思い出して。前にあの影使いを倒した方法を」

「前に倒した方法? ダメだ、あれは木場がいたからこそできたことで」

「ならさ、音や熱みたいな形ない攻撃ならどうかな?」

「音や熱……そうか! ナイスアイディアだ誇銅!」

 

 何か攻め手を思いついたようで、背中からドラゴンの翼を生やして僕を包み込んだ。

 

「ドライグ、誇銅を翼で何とか頼む」

 

 一誠が大きく息を吸い込む。そして―――。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

『Transfer!!』

 

 ボオオオオオオオオオオオオッ!

 

「炎だと! こ、この熱量は……!」

 

 一誠から放たれた大質量の炎がホームを包み、地下を炎で埋め尽くす。そんな攻撃もできたんだね。

 

「元龍王直伝の火炎だ。熱さは保証付きだよ。―――蒸し上がりやがれ」

「くそぉぉぉおおおおおおおっ! 赤龍帝ぇぇぇえええええっ!」

 

 どうやら熱で鎧内部を蒸し焼きにする作戦を取ったらしい。ドラゴンの翼に包まれて熱くないが男の絶叫から相当な火力なのだろう。どうやら形ない攻撃を防げない予想は当たったらしいね。

 

 

 

 

 プスプスと煙を上げる地下ホーム、至る所が黒焦げになっていた。影使いの男は煙を上げて倒れ伏しており、既に影の鎧は解除されている。

 男は全身にかなりの火傷を負っていた。あれではもうまともに戦う事は出来ないだろう。

 

「……強い。禁手(バランス・ブレイカー)になっても……天龍には届かないと言うのか……」

 

 男は体を震わせながら立とうとする。だが立つことすらままならない。

 

「まだやるのか? それ以上やったらあんた死ぬぞ!」

 

 一誠の忠告を聞き入れずに男は何度も転びながら立ち上がろうとした。

 

「……死んでも良い。あいつの……そ、曹操の(もと)で死ぬのなら本望だ……」

 

 その叫びは心の底からの物というのは僕も理解できた。

 

「あんたは曹操に洗脳されていないのか?」

「ああ、そうだよ……。俺は俺の意志で曹操に付き従っている……。何故かって? くくくく……」

 

 男が苦しそうに息を上げながら話し始める。口の中も熱で痛んでいるだろうにもかかわらず。

 

「……神器(セイクリッド・ギア)を得た者の悲劇を知らない訳じゃないだろう? ……神器を持って生まれた者は誰しもその力によって良い人生を送れた訳じゃない……。俺のように影を自在に動かす子供が身内にいたらどうなると思う……? 気味悪がられ、迫害されるに決まってるだろう。俺はこの力のせいでまともな生き方が出来なかったよ。……でもな、この力を素晴らしいと言ってくれた男がいた」

 

「それが曹操って奴か」

「この力を持って生まれた俺を才能に溢れた貴重な存在だと言ってくれた……。……英雄になれると言ってくれた……。今までの人生を全て薙ぎ払うかのような言葉を貰ったらどうなると思う……? ―――そいつの為に生きたいと思っちまっても仕方無いじゃないか……ッ」

 

 絞り出すように男はそう独白した。

 そこまでの忠誠心。例え彼がテロリストだとしても、自分の価値を初めて認めてくれた存在ともなれば僕もそう思うかもしれない

 事実、僕も自分の価値を認めてくれた日本の為に生きたいと思った。

 

「利用されているだけかもしれないんだぞ?」

「それの何処が悪い? 奴は、曹操は! 俺の生き方を、力の使い所を教えてくれたんだぞ……? それだけで充分じゃないか……ッ! それだけで俺は生きられるんだ……ッ! クソのような人生がようやっと実を得たんだぞ……ッ! それの何処が悪いってんだよぉぉぉぉぉっ! 赤龍帝ッ!」

 

 ただ黙って聞く僕達に男は涙を流し、思いの丈を吐き出した。

 

「……クソのような扱いを受けて、クソみたいな生き方を送ってきた俺達神器所有者にとって、あいつは光だった……ッ! 俺の力が、悪魔を、天使を、神々を倒す術に繋がるんだぞ……ッ! こんな凄い事が他にあるってのか……ッ!? それにな……悪魔も堕天使もドラゴンも元々人間の敵だ……ッ! 常識だろうが! そしてあんたは―――悪魔でドラゴンだ! 人間にとって脅威でしかないッ!」

 

 男は足をガクガクと震わせながらも立ち上がり、一誠達の方にゆっくりと歩みを進めてくる。敵意も消えていない。

 

「俺達人間を舐めるなよ……ッ! 悪魔……ッ!」

 

 侮蔑する叫びを上げて少しずつ近付いてくる。だから僕は―――。

 

「力があるからこんなことをするの? そんなのまるで、人の形をした怪物みたいじゃないか」

「あ゛!?」

 

 男性は歩みを止めて僕の方を睨んだ。

 

「怪物……だと……!」

 

 僕もドラゴンの翼から抜け出して男の方へ歩み寄る。

 

「あなたが今まで受けた苦しみには同情するし、曹操から受けた光も同感できる。だからその苦しみを種族の違う相手にぶつける。まるでクラスのいじめっ子がいじめられっ子をいじめるように」

 

 そう言いながら歩みを進め、男の手の届く範囲まで近づいた。

 

「これをあなたは英雄と呼ぶ? それとも、弱者を食らう怪物?」

「うっ……うぐぐ……!」

 

 男の目をじっと見つめ答えを待つ。男は何も答えることなく、崩れるようにその場に倒れ込み、そのまま気を失った。

 倒れる男に僕はそっとつぶやく。

 

「自分を認めてくれた人に、自分に価値をくれた人に尽くしたかっただけなんだよね? 辛かったんだよね、だから縋った。あなたは怪物じゃない。だから、誰かの希望を奪うのではなく、誰かの希望を守れるように力を振るってほしいな。それが僕は英雄なんだと思うから」

 

 男の頭を一撫でしたあと、一誠も男に一瞥(いちべつ)し暗がりの線路の先へ視線を向けた。

 

「誇銅、行くぞ」

「うん」

 

 僕は一誠の背中に乗り、ドラゴンの翼を広げて線路の先へ飛び出した。




 いろいろ悩みまくって結局原作に落ち着く。絶望的だね。


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危険な英雄との激戦

 もっと凝ったサブタイトル思いつけるようになりたい! が、あんまり奇をてらうようなことをしても独りよがりで滑ることも十分考えられる。だからこのくらいシンプルな方がいいんじゃないかと自分を納得させてみた。


 線路沿いに飛び、途中襲い掛かって来たモンスターを倒しながら二条城前の地下鉄ホームに辿り着く。

 階段を上がり外に出て、二条城の東大手門へ向かうと、他のメンバーは既に集まっていた。

 

「わりぃ、遅れた」

「いや、無事でよかったよ」

 

 木場さんが笑顔で迎える。皆の服が若干破れたりしているところを見ると、どうやら他での襲撃を受けていたみたいだ。それでも目立った怪我がないところを見るとそこまで強い刺客ではなかったようだね。

 

「アーシア無事だな」

「はい、ゼノヴィアさんとイリナさんが刺客の方から守ってくれました!」

「……ああ」

「逆に回復役がいて心強かったわ」

 

 既に戦闘服姿のゼノヴィアさんとイリナさんが言う。けど、ゼノヴィアさんの元気があきらかない。

 

「どうしたんだゼノヴィア?」

 

 一誠が訊くと、ゼノヴィアさんは黙って装飾された鞘に入ったデュランダルへ目線を落とした。

 

「……デュランダルが聖なるオーラを発しなかったの」

 

 その理由をイリナさんが答えた。

 

「マジかよ! 一体なんで? デュランダルの攻撃的なオーラを抑える術を見つけたんじゃなかったのか」

「わからん。だが、私がデュランダルを振るえないことだけは確かだ」

 

 攻撃的なオーラを抑えるどころかオーラ全てが抑えられてちゃ意味ないよね。まあ、それが直接の原因かはわからないけど。

 結局、デュランダルは僕たちの前で力を見せることなく亜空間にしまい、木場さんから聖魔剣を借りることに。

 

 ゴゴゴゴゴ……。

 

 すると、僕たちが合流したと同時に巨大な門が鈍い音を立てながら開いていく。開き放たれた門を見て、木場さんが苦笑した。

 

「あちらもお待ちしていたようだよ。演出が行き届いてるね」

「まったくだ。舐めてんな」

 

 木場さんが皮肉を言い、一誠も息を吐いた。

 全員、確認し合うと二条城の敷地へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

「僕が倒した刺客は本丸御殿(ほんまるごてん)で曹操が待っていると倒れる間際に言っていたよ」

 

 木場さんが走りながらそう言う。

 

「なあ、誇銅」

「うん、そこら中に感じる」

 

 走りながら匙さんが皆に聞こえないように小声で言う。

 敷地内のいたるとこから妖気の残り香のようなものを感じる。さらには場所は特定できないけど複数の妖気をどこからか感じる。妖気は素人ではギリギリわからない程度に隠されているため一誠たちにはわからないだろう。

 僕達は二条城の敷地内を進み、二の丸庭園を抜けて本丸御殿に続く『櫓門(やぐらもん)』を潜くぐった。

 辿り着いたのは古い日本家屋が建ち並ぶ場所。英雄派の気配を探る一誠達に声が投げ掛けられる。

 

禁手(バランス・ブレイカー)使いの刺客を倒したか。俺達の中で下位から中堅の使い手でも、禁手使いには変わりない。それでも倒してしまうキミ達はまさに驚異的だ」

 

 庭園に曹操の姿が見え、建物の陰からも英雄派の構成員が姿を見せる。そしてそこには着物姿の綺麗な女性―――現御大将である八坂香奈もいた。しかしながら、八坂香奈の瞳は(かげ)っており、ひどく無表情だ。

 それを見て一誠が曹操を睨みつけ叫んだ。

 

「曹操! 九重のお母さんに何をした!」

「言ったじゃないか。少しばかり実験に協力してもらうと」

 

 曹操はそう言って槍で地面をトンと叩く。すると―――。

 

「う……うぅぅ、うああああああああっ!」

 

 八坂香奈は悲鳴を上る。体が光り輝き、その姿を徐々に変貌させていった。

 その姿は、巨大な金色の九尾。そのフェンリルと同じくらい、だいたい十メートルほどか? 尻尾の分フェンリルよりも大きく感じる。

 九尾の狐の獣化、初めて見た。できることは知っていたが、藻女さんも他の七災怪の人も獣化することは殆どない。なぜなら獣化することでパワーは上がるが繊細さが失われるので総合的に弱くなる。だから驚かすくらいにしか使わない。

 それにしても妙だな、なんで八坂香奈はあんな状態になってしまったのか。九尾なら術による操作なんて弾けると思うけど。

 それだけ強い洗脳か、英雄派には九尾を洗脳できるくらいの技術があるのか。―――考えたくないけど、術ではない直接的な……ロキ様のような状態とか。いや、今はそんなこと考えないでおこう。

 

「曹操! こんな疑似京都まで作って、しかも九尾の御大将まで誘拐して、何をしようとしている!?」

「京都はその存在自体が強力な気脈に包まれた大規模な術式発生装置だ。名所と呼ばれるパワースポットが霊力、妖力、魔力に富んでいる。この疑似空間にもそのパワーは流れ込んでいる。そして、九尾の狐は妖怪でも最高クラスの存在。京都と九尾は切っても切り離せな関係だ。だからこそ、ここで行うことに意味がある」

 

 一誠が問い詰めると、曹操は槍の柄を肩にトントンとしながら答えた。

 

「都市の力と九尾の狐を使い、この空間にグレートレッドを呼び寄せる。本来なら複数の龍王を使った方が呼び寄せやすいんだが、龍王を数匹拉致するのは神仏でも難儀するレベルだ。都市と九尾の力で代用することにしたのさ」

 

 そんなことの為に京都は戦場に、玉藻ちゃんの孫が誘拐され、護衛の妖怪たちは殺されたのか……。僕の胸の中に怒りの炎が生まれる。

 

「よくわからねぇ。よくはわからねぇが、おまえらがあのデカいドラゴンを捕らえたら、ロクでもない事になりそうなのは確かだな。それに九尾の御大将は返してもらう」

 

 一誠がそう言うと、ゼノヴィアさんは剣を曹操に向ける。

 

「イッセーの言う通りだ。貴様達が何をしようとしているのかは底まで見えない。だが、貴様達の思想は私達や私達の周囲に危険を及ぼす。―――ここで屠るのが適切だ」

 

 ゼノヴィアさんの宣戦布告に木場さんがうなずく。

 

「意見としてはゼノヴィアに同意だね」

「同じく!」

 

 イリナさんも応じて光の剣を作り出し、匙さんが嘆息しながら言う

 

「グレモリー眷属に関わると死線ばかりだな……。ま、学園の皆とダチの為か―――」

 

 匙さんは神器を出現させ、逆の左手の指を軽く噛んで血を流し神器の蛇へ押し付ける。すると、神器から黒い何かが匙さんの影に潜り込み、影の中から体は犬で尻尾は蛇の黒い犬が出現した。

 ライオン程の大きさの黒い犬は匙さんの傍らで曹操たちを睨む。匙さん自身も仙術を練り上げ集中力を高める。

 

「口寄せの術。黒曜(こくよう)、悪いが力を貸してもらうぜ」

『グルルルル!』

 

 そう言いながら黒い犬の頭を撫でると、返事をするように凶暴な唸り声をあげた。

 口寄せの術とは血で契約した(あやかし)、主に妖獣を呼び出す術。術自体は難しくないが、相手との契約交渉が難関となる。

 あの黒い犬はいった何だろう? 妖怪ではない。僅かにドラゴンの気配を感じる。と言うことは、匙さんの神器に封印されてる邪龍と何か関係があるのかも。

 一誠が何か言おうとした瞬間―――。

 

「―――初手だ。食らっておけッ!」

 

 ドガァァァアアアンッ!

 

 ロキ様の時のように先制攻撃を仕掛けた。今だ! ゼノヴィアさんの放った攻撃に注目している隙に、炎をできるだけ生み出し、バレないように物陰に散らばらせておく。僕の能力がバレずに炎を出せる唯一のチャンスだろう。

 先制攻撃は戦況を有利に進められる。が、これもロキ様の時と同じで。

 

「ま、初手で倒せるほどだったら苦労もないな」

「いやー、いいね♪」

 

 ダメージを与えられる攻撃力が合って成り立つ。英雄派のメンバー全員は見た目は汚れているが無傷。彼らを薄い霧が覆っていた。あの霧が聖剣の攻撃を防いだのか。

 曹操が顎に手をやりながら笑む。本気で楽しそうな一言だ。

 

「彼らはもう上級悪魔の中堅―――いや、トップクラスの上級悪魔の眷属悪魔と比べても遜色が無い。魔王の妹君は本当に良い眷属を持った。レーティングゲームに本格参戦すれば短期間で2桁台―――十数年以内にトップランカー入りかな? どちらにしても、末恐ろしい。シャルバ・ベルゼブブはよくこんな連中をバカにしたものだね。あいつ、本当にアホだったんだな」

 

 曹操の言葉に傍にいた剣を帯刀した男性が苦笑する。

 

「古い尊厳にこだわり過ぎて下から来る者が見えなかった、と言った所でしょ。だからヴァーリにも見放され、旧魔王派は瓦解したわけさ。―――さて、どうするの? 僕、今の食らってテンションがおかしくなってるんだけど?」

「そうだな。とりあえず、実験をスタートしよう。暴走させられてるから上手く行くかどうか分からないけど」

 

 曹操が槍の石突きで地面を叩くと獣化した八坂香奈の足下が輝き出した。

 

「九尾の狐にパワースポットの力を注ぎ、グレートレッドを呼び出す準備に取り掛かる。―――ゲオルク!」

「了解」

 

 曹操の一言にローブを羽織った魔法使い風の青年が手を突き出した。ゲオルクの周囲に各種様々な紋様の魔方陣が縦横無尽に出現し、羅列された数字や魔術文字が物凄い勢いで回転する。

 九尾の足下に巨大な魔方陣が展開される。九尾が雄叫びを上げ、双眸が大きく見開いて危険な色を含み始める。全身の毛も逆立っていた。これは危ない!

 

「グレートレッドを呼ぶ魔方陣と贄の配置は良好。後はグレートレッドがこの都市のパワーに惹かれるかどうかだ。龍王と天龍が1匹ずついるのは案外幸いなのかもしれない。何かに阻害されてるのか都市のパワーが予想よりも流れてこなかったからな。曹操、悪いが自分はここを離れられない。その魔方陣を制御しなければならないんでね」

 

 ゲオルクの言葉に曹操は手を振って了承する。

 

「了解了解。さーて、どうしたものか。『魔獣創造』のレオナルドと他の構成員は外の連合軍とやり合っているし。彼らがどれだけ時間を稼げるか分からない所もある。外には堕天使の総督、魔王レヴィアタンがいる上、セラフのメンバーも来ると言う情報もあった。―――ジャンヌ、ヘラクレス」

「はいはい」

「おう!」

 

 曹操の呼び掛けに細い剣を持った金髪の女性と、巨体の男性が前に出た。

 

「彼らは英雄ジャンヌ・ダルクとヘラクレスの意志―――魂を引き継いだ者達だ。ジークフリート、お前はどれとやる?」

 

 曹操の問いにジークと呼ばれた男性は抜き放った剣の切っ先を木場さんとゼノヴィアさんに向ける。どうやら最初から決めていたようだね。

 

「じゃあ、私は天使ちゃんにしようかな。かわいい顔してるし」

「俺はそっちの邪龍だな」

 

 指名されたそれぞれが視線を交わす。木場さんとゼノヴィアさんがジークフリート、イリナさんがジャンヌ、匙さんがヘラクレス。

 

「んで、俺は赤龍帝っと。最後の戦車(ルーク)の君はどうする? 九尾の相手でもするかい?」

 

 曹操が僕に視線を送る。わかった、なら僕が抑えておこう。

 散らばらせた炎を簡単な形に形成して物陰から飛び出させる。昔遊んだゲームに出て来たマンドレイクに似た小さな生物だ。それを九尾の目の前で合体させる。スライムがキングスライムに変身するようにね。

 僕が術者と覚られないように最低限の鼻歌で素早く完成させたのは、なんとも不格好な形のゴーレム。とっさに散らばらせた分の炎なので大きさも獣化した九尾の半分以下で心もとない。だがこれでやるしかない。

 

「なんだこいつは!?」

 

 突然現れた物体が、それも目の前で合体して疑問を持たない人はいないだろう。

 

「この炎から京都内で感じた妖気を感じる。おそらくこれは妖怪のものだと思う」

 

     ―― 偽 証 ――

 

 ならば納得のいく理由を与えればいい。この場においてはむしろ妖怪の介入の方が僕が操ってるよりも真実味がある。

 真実である必要はない、相手が信じられさえすれば。特に今のように事実であることが重要視されない場面では。

 

「なるほど、妖怪共が御大将を取り戻しに来た」

 

 敵も味方も僕の説明で納得した様子。形成さえしてしまえば操作でバレることはまずない。

 しかし、ゴーレム型にしたのは本当に正解だったのだろうか。固めてゴーレムにすれば対峙することができる。だが、長時間耐えられるだけで鎮圧するのは無理だろう。

 逆にマンドレイクのままなら自爆炎上なりして獣化の妖気を燃やし尽くすことができたかもしれない。ただしこれも成功する確率は決して高くなく、失敗したときは耐えることができない。

 今更考えても仕方ない! もう分離は不可能なんだからこれでやるしかない!

 

「誇銅、アーシアを頼む」

「うん」

 

 一誠から見た僕の役割は重要な回復要因であるアーシアさんの護衛。術も技も使わないけど役目は果たすよ。

 

「なんで俺って最近ボス的存在とばかり相対してるんだろう? ま、いいか。おまえ、ヴァーリより強いのか?」

「弱くはないかな。弱っちい人間だけどね」

 

 一誠の質問に、曹操は口の端を楽しそうに吊り上げて肩をすくめた。

 

「嘘こけ。先生とやり合った奴が弱い筈ねぇだろ」

 

「ハハハハ、そりゃそうか。でもあの先生はチョー強かったけど? 俺もまだまだだと思うよ、おっぱいドラゴン」

 

 曹操と一誠が言い合いをしている間に、獣化した九尾と炎のゴーレム()の勝負が始まった。見た目はまるで大怪獣VS巨大ロボ(控えめ)だ。

 九尾は口から激しい火炎を吐き出した。相当な火力だが、一応炎で造られてるので無効にできる。

 次に九本の尻尾による攻撃が飛んでくる。すべてに対応するのは不可能なのでガード。その時の衝撃で漏れた炎が九尾のオーラに引火した。

 しっかりと形を造って固めてあるから炎の要素が少ない。だが、もともとが炎のため妖力に燃え移らないことはない。

 オーラ状の妖気に引火した炎を、同じ妖気の放出で吹き飛ばして消火した。燃え広がってくれれば妖気だけを燃焼させて安全に鎮圧できるんだが、そううまくは進まないか。

 幸いなことにこちらを阻害してる魔法陣は僕や僕の炎には効果がない。都市の力も阻害されてるようで思ったほど圧されていない。だが、単純に火力不足が否めない。足すことができない炎では九尾の妖力を燃やしきる前に燃え尽きてしまいそうだ。

 くっ、状況はやや有利なのに有利を生かせないことが歯痒い。

 再び九尾の火炎攻撃が放たれる。今度は火炎放射ではなく火炎玉。大火力の爆発場がゴーレムの前で炸裂する。爆風で周囲一帯が吹き荒れるが誰一人睨み合ったまま動かない。

 この爆風が開幕の合図となった。

 

「木場! ゼノヴィア! 少し離れて戦ってくれ! 九尾の御大将からこいつらを少しでも離したい!」

「「了解」」

 

 二人は応じて駆けだす。敵も二人を追う。金属音と共に火花を散らし戦闘が始まる。

 敵は背中から神器らしき腕を生やし、三刀流となってが木場さんとゼノヴィアさんの剣戟を最小限の動きだけで受け止め、鋭い突きを繰り出す。

 ゼノヴィアさんも戦闘中に木場さんから聖魔剣を受け取り二刀流となりスピードを上げた。それを見て敵は笑む。

 

「おもしろくなりそうだね。よし、大サービスだ」

 

 敵は大振りに剣を振るい、二人に避けさせて距離を取らせた。

 

禁手化(バランス・ブレイク)ッ!」

 

「面白くなりそうだね。よし、大サービスだ!―――禁手化バランス・ブレイクッ!」

 

 ズヌッ!

 

 ジークの背中から新しく三本の銀色の腕が生えてきた。新しい腕は帯剣してあった残りの剣を抜き放ち、三刀流から六刀流へと戦闘スタイルを変えた。

 

「魔剣のディルヴィングとダインスレイヴ。それに悪魔対策に光の剣もあるんだよ。これでも元教会の戦士だったからさ。これが僕の『阿修羅と魔龍の宴(カオスエッジ・アスラ・レヴィッジ)』。『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』の亜種たる神器は禁手もまた亜種だったわけだ。能力は単純だよ。―――腕の分だけ力が倍加するだけさ。技量と魔剣だけで戦える僕には充分過ぎる能力だ。さて、キミ達は何処まで戦えるかな?」

 

 敵の禁手が解放されピンチに陥る二人。そんな中でイリナさんがジャンヌと言う名の英雄派メンバーと戦を繰り広げていた。

 

「光よ! はっ!」

 

 イリナさんは純白の翼を羽ばたかせて上空から光の矢でジャンヌ目掛けて幾重にも放った。鋭さや太さから見ても、その一撃一撃は人間や並の悪魔を殺すには十分な力があるだろう。

 だがジャンヌはそれを軽々と避けていく。スピードに決定的な差がある。普通なら殆ど視認できない程の動きの敵相手にイリナさんの攻撃速度は遅い。攻撃も単純だし。

 

「いいね! 天使ちゃんは攻撃も素直でお姉さん感激!」

 

 敵の言う通り攻撃が素直。さらにジャンヌはレイピアで攻撃を弾いて見せた。

 

「じゃあ、これなら!」

 

 イリナさんは空中を滑空し一気に詰め寄って斬りかかる。ジャンヌもそれを真正面から受けて立つ。

 金属音を打ち鳴らし二人はつりばせ合う。その時、ジャンヌは不敵に笑んだ。

 

「―――聖剣よ!」

 

 ジャンヌがそう叫ぶと足下から聖剣が幾重にも生えてくる。イリナさんは驚きながらもそれを身をよじって何とか避けた。そこへ鋭い突きのおいうちを仕掛けられるが、翼を羽ばたかせて上空へ退避した。

 空で息を切らせるイリナさん。その様子を見てジャンヌがおかしそうに笑った。

 

「やるやる! へぇ、見くびってたな。さすが天使ちゃん」

「こ、これでも天使長ミカエルさまのA(エース)なんだから! 舐めないで!」

「そっかー。ミカエルさんのねー。わかった。お姉さんもジークくんみたいに大サービスで見せちゃう。お姉さんの能力は『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』。そっちの聖魔剣の人が持つ神器の聖剣バージョン。どんな属性の聖剣でも創れるのよ? でも、このままじゃ、本場の聖魔剣には勝てないわ。けれど、例外ってあると思わない? ―――禁手化(バランス・ブレイク)♪」

 

 可愛く笑むジャンヌの足下から聖剣が大量に生み出され重なっていく。そうしてジャンヌの背後に聖剣で創られた巨大なドラゴンが誕生した。

 

「この子は私の禁手。『断罪の聖龍(ステイク・ビクティム・ドラグーン)』。ジークン同様、亜種よ」

 

 微笑むジャンヌ。イリナさんは厳しい表情をしている。

 

「聖ジャンヌ・ダルク……。聖人の魂を引き継ぐ人と戦うなんて、天使としては複雑よね。けど、これもミカエルさまとみんなのため! 平和が一番!」

 

 平和が一番なのは同意できるが、平和の方法については異論が残るな。

 

 ドゴォンッ! ドオオンッ!

 

 炸裂音が何度も響く戦闘を繰り広げているのは匙さんと巨漢のヘラクレス。

 匙さんが気配を消して闇の中から姿を現すと、ヘラクレスもその瞬間だけは匙さんの気配を捕らえ拳を振り寄せ付けない。

 ヘラクレスは拳を付きだす度にその場を炸裂させる。まるで爆弾攻撃のようだ。

 口寄せされた黒い犬が黒い炎を吐き出しヘラクレスの拳と大爆発を引き起こす。

 

「ちっ、黒曜(こくよう)の火炎を受けてもモノともしないか」

 

 仙術を使い体内へダメージを与えてはいるものの、効果を発揮するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

「ハッハッハーッ! 無駄無駄! そんなへなちょこ攻撃じゃ俺は倒せねぇよ!」

 

 陰の特性上攻撃力に乏しいのは仕方ない。普通は攻撃できない弱い部分を攻撃する属性なのだからね。

 小さなダメージも内部に積み重ねれば致命的なダメージに繋がる。まるで遅効性の毒が体中に回るように。だがあの火炎で殆どダメージを受けないタフネスでは相当時間がかかるだろう。効果が表れるまでにあの爆発にやられないことが重要そうだ。

 

「俺の神器(セイクリッド・ギア)は攻撃と同時に相手を爆破させる『巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)』ッ! このまま、爆破ショーをしてもいいんだけどよォ。どいつもこいつも禁手(バランス・ブレイカー)になったら、流れ的に俺もやっとかないとおあとでうるさそうでな! 悪いが、一気に禁手になって吹っ飛ばさせてもらうぜ! おりゃああああああああッ! 禁手化(バランス・ブレイク)ゥゥゥゥッ!」

 

男が叫ぶと同時にその巨体が光り輝き出す。光が腕、足、背中で肉厚の物を形成し無数の突起物と化した。それはまるでミサイルのようにも見える。

 

「これが俺の禁手ッ! 『超人による悪意の波動(デトネイション・マイティ・コメット)』だァァァァァァアアッ!」

 

 姿が見えぬ匙さんに照準を合わせることなどできるハズもない。あれが予想通りのものなら相手がすることは―――周りを一掃する無差別攻撃!

 匙さんは闇の中から姿を現し、走って距離を取る。

 

「当たらねえなら無差別ってわけかよ!」

 

 どうやら本丸御殿から少しでも遠くへ移動しようとしているみたいだ。僕たちが爆破に巻き込まれないようにするために。黒い犬も匙さんと同じようについていく。

 

「ハッハッー! 仲間を爆破に巻き込まないように俺の気を逸らそうってか! いいぜ! 乗ってやるよォォォッ!」

 

 ヘラクレスは嬉々として高笑いし、全身から生えたミサイルが発射態勢となって撃ち出されていく。

 一誠がヘラクレスのほうに左腕を突き出し、ドラゴンショットで迎撃しようとしたが、曹操に槍で手を弾かれてあらぬ方向に飛んで行ってしまった。

 

 ドッゴォォオオオオオオオオオオオンッ!

 

 無数のミサイルは匙さんのいる場所へ直撃した瞬間、巨大な爆発を引き起こした。激しい爆発が一帯を襲う。

 爆炎の中見えてくる影は一つ……そこそこのダメージを負った様子の黒い犬だけ。

 

「匙―――ッ!」

 

 姿のない匙さんの名前を叫ぶ一誠。

 

「はっ! ヴリトラの方は吹き飛んじまったようだな! 残るはペットだけか」

 

 匙さんの姿がないということは今の爆発で遺体も残さず吹き飛んでしまったから。あれだけの威力の爆発だ、そうなっても仕方ない。―――もしもまともに当たっていれば。

 

「誰が吹き飛んだって?」

「うおっ!?」

「あとな、黒曜はペットじゃねぇ、猟犬だ」

 

 ヘラクレスの背後から強烈な拳を打ち込む匙さんの姿が。吹き飛ばされたのは闇で作られた分身だ。爆破で消える瞬間に気づいた。

 神器のラインを自分の腕に繋げて腕の力を底上げさせていた。油断したところへ底上げされた拳の不意打ちはさすがに効いたようだね。

 

「さっきのは囮だったか! けど、いつまでも俺の攻撃から逃げ切れるとは思うなよ!」

「ああ、わかってるさ。あんなもん何度もできるもんじゃない。邪気も溜まって来たしよ! 隠遁『闇投薬』!」

 

 匙さんは自分のラインを体の四肢へ数本繋げる。あれは、国木田先輩が使っていた筋肉を騙す隠遁。いや、あれは騙すと言うより直接邪気を送り込んでのドーピング。

 どうやら隠れきれないとわかり本格的に攻撃に打って出るつもりみたいだ。

 ヘラクレスは匙さんから放たれる威圧が目に見えて膨らむのを楽しみそうに眺めている。この人も質の悪い戦闘狂ってやつか。ヘラクレスはその場から駆け出し、匙さんの方へ向かって行った。

 

「……クソッタレ、どいつもこいつも禁手かよ!」

「良いだろ? 禁手のバーゲンセールってやつは。人間もこれぐらいインフレしないと超常の存在相手に戦えないんでね」

 

 一誠がそう言うと、曹操は愉快そうに笑いながら言う。

 槍を回して一誠からゆっくりと距離を取る。明らかに隙を見せてのカウンター狙い。一誠も警戒して誘いには乗らない。

 

「お前も奴らみたいにここで禁手になるのか?」

 

 一誠がそう訊くと曹操は首を横に振った。

 

「いやいや。そこまでしなくてもキミ達は倒せる。だが、今日は充分に赤龍帝を堪能するつもりだよ」

「……こいつはまた舐められたもんだ。でも、俺達をバカにしているようには思えないな」

「ああ、どうやればキミ達の力を引き出して戦いを満足出来るか考えているところだ。1つ、仲間が赤龍帝を倒せるある説を唱えた。時間を早める神器で攻撃する。禁手の制限時間がどんどん早まっていき、満足に戦えないまま鎧は解除されてしまう。仲間が持つ能力にそう言う制限時間のある者に効果がある神器があるのさ。時間の経過を一気に加速させて、浪費させる事が出来る。ただ、それだけの能力だ。直接的な攻撃力も特異な効果も無い。ただただ、制限時間を操作出来るだけだ。しかし、時間制限のあるキミには決定的な打撃となる。―――だが、恐らくこれでは赤龍帝を倒せない。キミは神器を深く知ろうとしている。もし、自ら禁手を解除して10秒毎に倍加していく禁手前の能力にそれを付加しようとしたら……? 瞬時に倍加していく厄介な存在と化すだろうな。勿論、禁手状態で食らった攻撃が禁手前の神器にそう言う影響を及ぼすかどうか不透明だ。けれど、神器の深奥に潜る赤龍帝なら、その可能性を叶えそうでね」

「何が言いたい?」

 

 一誠が訊くと、曹操は肩をすくめて答えた。

 

「案外、姑息な手よりもストレートな攻撃の方がキミを無理なく倒せるんじゃないかって話さ。―――キミはテクニックタイプを注意深く警戒していて、そのタイプでは逆にやりづらいんじゃないかなってね」

 

 その答えが案外普通でちょっと肩透かしだ。だが、一誠たちと真正面から戦える力があるならそれは正解と言えるだろう。

 一誠の力と能力が上級悪魔に匹敵するものだとしても、それを最大限に発揮するには一誠自身の技量が追い付いていない。なのでその単純な力を上回られるか、それを封じられれば一誠に勝つのはさほど難しくない。まあ、逆にその単純な力が厄介であるんだけれど。

 

「だが、そんな兵藤一誠にも決定的な弱点が2つある。―――龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)と光だ。ドラゴン、悪魔、2つの特性を有するキミは凶悪な分、自然と弱点も多くなってしまうわけだ。俺はこの弱点ってのに注目していてね。この世に無敵の存在なんていないと言う証明をしてみたいと感じてもいる。ま、この話はここまで。―――さて、やろうか」

 

 曹操は槍の切っ先を一誠に向けた。

 

「アーシア! 『女王(クイーン)』にプロモーションだ!」

「はい!」

 

 一誠はアーシアからの同意を得て『女王』となる。ドラゴンの翼を展開して背中のブーストを勢い良く噴出させた。

 拳を突き出したまま猛スピードで曹操に一撃を繰り出そうと突貫していくが、曹操は槍を器用に回しながら当たる寸前で身を軽やかに躱した。

 一誠はその場でブーストの軌道を変えて、曹操が避けた方向に二度目の突貫をする。それど同時に両手に魔力を集めていた。おそらく追撃用のドラゴンショットだろう。

 曹操は一誠の右手を蹴り上げ、槍で左手を横に払い弾く。予想通り集めた魔力はドラゴンショットのためであり、弾かれあらぬ方向に撃ちだされた。

 一誠が悔しそうな顔をしている間に、曹操の槍が一誠の腹に深々と刺さる。

 

「ごふっ!」

 

 一誠は大量の血を口から吐き出した。

 

「弱くはないんだけどね。真っ正面からの戦いだとまだ隙が多いな。それに仲間を気遣い過ぎる」

「悪かったな!」

 

 曹操が槍を一誠の腹から抜くと、傷口を中心に一誠の体のあちこちから煙が上がり始めた。悪魔が聖なる攻撃を受けた時の症状だ。

 

「イッセーさんっ!」

 

 アーシアさんから放たれた緑色のオーラが一誠を包み込む。一誠の気が穏やかになっていくのがわかる。あのままだったら一誠は意識を失ってそのまま消滅しかねなかった。

 だが傷口はまだ塞がりきってないし、煙もまだ少し上がってる。むしろ傷口が今にも開いてしまいそうだ。それだけ曹操や槍の聖なるオーラが強いということか。

 一誠が懐のフェニックスの涙を傷口にかけることによって、やっと傷口が完全に塞がった。

 

「今死にかけたのが分かったかい? 聖槍に貫かれて、キミは消滅しかけたんだ。案外、すんなりと逝くだろう?」

 

 軽く笑いながら言う曹操。

 消滅しかけた―――その言葉に一誠は確実に体を震わせた。死に恐怖しない生物は存在しない。特に目の前まで迫った死の恐怖、それがどれだけ恐ろしいか僕は知っている。

 

「よく覚えておくと良い。今のが聖槍だ。キミ達がどんなに強くなってもこの攻撃だけは克服出来ない。―――悪魔だからね。たとえヴァーリであろうとも悪魔である限り聖槍のダメージは絶対だ」

 

 だけど戦闘中なのもあってか恐怖が麻痺しているのか、一誠は思いのほか恐怖に囚われはしなかった。

 曹操は一誠の反応を見てきょとんとしている。

 

「あらら、ビビんないな。もっと怖がっておもしろい様を見せてくれると想像していたんだが……」

「あ? 怖いに決まってんだろう? だけどよ、ビビってもいられなくてさ。おまえの顔に一発入れないとあとで皆に怒られそうだよ。赤龍帝やってんのもけっこうキツいんだぞ」

 

 死んでしまうより強い恐怖を見つけたのか、それとも一誠にはまだ死が目の前まで迫っていなかったのか。どちらにせよ怯えて動けなくなるよりはいい。

 だけど事態が悪化していないだけで圧倒的な劣勢には変わりない。

 

「アハハハハッ! いいな、それ。ヴァーリがキミを気に入る理由が少しわかった気がする。なるほど、これはいい。ヴァーリ、いいのを見つけたなぁ」

 

 突然大笑いしだした曹操は、笑い涙を指で拭うと槍の先端を開かせて光の刃を作り出した。

 

「―――やろう」

 

 曹操からのプレッシャーが少しだけ増した。

 一誠は右手を突き出し、特大のドラゴンショットを曹操に放つ。

 

「そいつを生身にもらうのはマズいか」

 

 曹操がドラゴンショットを弾こうとすると、一誠はそれを予想していたとばかりに、撃ちだした瞬間に背中のブーストを噴出させて飛び出す。

 曹操は槍で勢いよく特大のドラゴンショットを両断した。槍を振るったところに一誠は拳を一閃。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 威力を増大させた拳で曹操に殴りかかった。

 

「パワーのなかのパワーを感じるよ!」

 

 曹操は嬉々としながら槍を素早く戻して一誠の腕を払おうとする。―――だが、その拳は一誠のフェイントだった。右の拳を直前で止め、曹操の払いが空を切る。

 次に一誠は左の拳を突き出した。同時に籠手の中へ力を譲渡する。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

『Transfer!!』

 

 籠手の中からアスカロンの刃が出現し、一誠はその場から飛び退いた。飛び退き様にアスカロンから波動が繰り出される。

 

 バシュッ!

 

 これには曹操も予想外だったらしく、避ける挙動を見せない。

 

 ズシュッ!

 

 鈍い音を立てて、曹操の左腕がアスカロンのオーラに切り落とされた。一誠の作戦勝ちだ。

 曹操は槍を地面に刺し、宙を舞う左腕を右手でキャッチした。無表情のまま左腕を小脇に抱えると、懐から見たことのある小瓶―――フェニックスの涙を取り出した。

 

「な、なんでおまえがそれを!」

「裏のルートで手に入れた。ルートを確保し、金さえ払えば手に入る物さ。フェニックス家の者はこれが俺達に回っているなんてつゆ程も思ってないだろうけど」

 

 貴重なアイテムだとしても原産地の冥界ではいまだに内部で反乱が起こっているくらいだ。盗まれたり横流しも十分考えられる。認知度も高く、もともと売買されていたものっぽいし余計にね。まあ、それが実際に横流しされテロリストの手に渡ることは大問題なのだけども。

 

「……怒りでオーラが増した、か。感情でオーラが上下するのは時と場合では破滅を生むぞ? キミの場合はそれで一度『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』になっているんだから」

 

 曹操がそう言うと、一誠の鎧が崩れていく。

 

「キミが飛び退くとき、いくつか斬った。少し時間差が生じたようだが、ちょっとした槍の攻撃でも赤龍帝の鎧は壊せるようだ。だがいい攻撃だった。強い強い。こちらもギアをもう少し上げないとダメか」

 

 一誠の攻撃力なら生身の曹操を一撃で死に至らしめられる。だが、逆に一誠もあの槍で一撃で殺される可能性がある。鎧の防御力がある分一誠が有利だが、一誠の方が敗色濃厚だ。それに相手はまだ禁手を隠し持っている。

 一誠が曹操の槍に苦慮していると。

 

「イリナさん!」

 

 アーシアさんの悲鳴まじりの叫び声に一誠が反応する。

 

「あら? こちらはまだやってるんだ?」

 

 女性の声へ視線を送ると、ジャンヌが血まみれのイリナさんを抱えていた。

 

「ま、赤龍帝だからさ。彼らよりはやるんじゃないの?」

 

 今度はジークが六本の腕で同じく血まみれの木場さんとゼノヴィアさんを。

 

『グオオオオオッ!』

 

 獣化した九尾の猛攻を受けて炎のゴーレムもボロボロになり、今にも崩れてしまいそうだ。九本の尾に縛られ、満足に動くこともできず活動限界は近い。―――そろそろ頃合いかもね。

 イリナさんと木場さんとゼノヴィアさんがやられ、一誠も勝ち目は薄い。残る匙さんは爆炎の中でヘラクレスといい感じに戦えているが、それでどうこうなる問題ではない。

 曹操は肩に槍をトントンとして言った。

 

「悪いな、赤龍帝。どうやら、フィナーレだ。強い。強いよ、キミたちは。悪魔の中でもなかなかのものだ。けど、まだその力では英雄の力を持つ俺たちに勝てない。それにな、悪魔や堕天使、ドラゴン、妖怪、人間の敵同士が協力したら怖いだろう? 人間にとって脅威と感じてしまうだろう? なら立ち上がらないとさ。―――人間が魔王やドラゴンを倒すのはごく自然なことだ。それが俺たち英雄派の基本的な行動原理さ。ま、俺やここにいるメンバーにとってみればそれは目的のひとつだけど。―――さて、ゲオルク。魔法陣はどうだ?」

 

 曹操の問いかけに霧使いがうなずく。

 

「もう少しだな。しかし、これでグレートレッドがくるかどうか。予定より都市の力の集まりも悪い」

「来ないなら来ないというデータを得られる。他の方法を試すだけだ」

「そうはいうが、これをするのにも大がかりなことをしたんだ。自分としては成功させたい」

 

 曹操たちの意識はすでに実験へと移っていた。

 ジャンヌもジークも倒れたグレモリー眷属をその場に置き去りにし、匙さんたちの戦いが終わるのを待ちながら話し始めた。




 キリも文字数もいいからここまで。おそらく次回で英雄騒動解決、勢いが良ければそのまま京都編完結まで。


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騒乱な京都事件の終戦

 まずは一誠のシーンから入ります。この作品を好きで見てる人にとっては茶番だと思いますが、お刺身に入っている作り物の菊の花みたいな感覚で見て下さい。


「皆さん!」

 

 アーシアが皆のもとに駆け寄り、涙を流しながら、回復を始める。

 ……。脳裏に、ここに来る前に皆で誓ったものが思い出される。―――京都は俺たちが死守する。

 先生……。俺……。まだ何もできてません……。

 倒れる木場に視線がいく。―――部長不在のいま、仮としての僕達の『(キング)』はイッセーくんだ。

 木場、おまえはそう言ってくれたけど……俺は何もできていない。

 あの時、九重は別れ際に俺にお母さんを助けてほしいと涙を流しながら俺に頼んだ。―――おまえのお母さんは俺が――俺達が助けるッ!

 何が助けるだ。俺、俺たち、何もできてないじゃないか……ッ!

 

「ゼノヴィアさん! イリナさん!」

 

 アーシアは涙を流しながら治療を続けていた。

 ……何してんだ、俺。……なんでこんなに情けない様を見せてんだよ……。赤龍帝の鎧が修復されても曹操たちは俺に視線すら向けなかった。

 奴らは俺たちのことを強いというが、それでも現状を覆すほどの脅威とは感じていないんだろう。そう考えてしまうと、必死にここまで来た俺達は―――。

 最初から俺たちは、奴らにとって、実験の余興程度の相手だったんだと痛感してしまう……。

 ……俺、赤龍帝なんだろう? おっぱいドラゴンだって、はやしたてられてさ……。

 悔しい。みんなを助けられなくて何が赤龍帝なんだ!

 俺は鎧の中で震え、悔し涙を流し続けた。……なんで俺は弱い? 肝心な時にいつもこれだ。

 どうしても一歩力が足りない。……努力しても努力しても、どうして手が届かない奴らが多いんだよ……。

 これが俺の限界なのか……? なんで俺は……。

 俺はその場に膝をつき、悔しさのあまりに地面を叩いた。仲間が奴らにやられて、俺も曹操に勝てる見込みが……。九重のお袋さんを助けるチャンスすら……見つからない。

 九尾の御大将を助けて逃げるって最低限の任務すら全うできそうにない悔しさ……。

 いや、諦めたくない! ここで終わりなんて嫌だ! まだ俺は戦える!

 ……でも、奴らに手が届かない。それがたまらなく悔してく……俺は……。

 

『泣いてしまうの?』

 

 ―――っ。俺の内に語りかける誰か。この声は―――。

 ……エルシャさん?

 

『ええ、そうよ。どうして泣いているの?』

 

 俺の内側から語りかてきたのは神器の内部にいる先輩のエルシャさんだった。

 ……俺、悔しくて……。どうしてこんなに自分が弱いのか……。肝心な時に全く役に立てないんです……。

 

『そう、それは悔しいでしょうね。けれど、忘れたの? 以前、堕天使の総督が言っていたことを。あなたは可能性の塊だと』

 

 その時、アザゼル先生に以前言われたことが脳裏に蘇る。そう、あれはロキと出会う直前の頃だ。

 

〈―――俺はおまえの可能性を信じている。歴代の赤龍帝はどいつもこいつも力に呑まれて死んでいった。おまえの才能は歴代最低かもしれない。だがな、女の乳で禁手になり、女の乳で暴走から戻ったおまえを俺は可能性の塊だと思っている〉

 

 ……可能性の塊。

 

〈おっぱいドラゴン! けっこうなことじゃねぇか。ドラゴンでそんな新しい二つ名を得られたのは随分久しいことなんだぞ? 身体能力、魔力がヴァーリや他の伝説のドラゴンに劣っていたとしても違う側面からおまえだけの方法で赤龍帝の力を使いこなして強くなっていけばいい。これからも努力と根性、そして意外性から活路を見つけていけよ」

 

 そうだ、あの時、先生はそう俺に言ってくれた。

 俺は、俺だけの側面から俺だけ方法で赤龍帝の力を使いこなす……。

 ―――俺はおっぱいドラゴンだから!

 

『そうよ、それがあなた。現赤龍帝であり、おっぱいドラゴン。私とベルザードが見た可能性! さあ、今こそ解き放ちましょう! あなたの可能性を!』

 

 俺の懐から光が漏れる。取り出して見ると、宝玉が赤く光り輝いていた。こ、これは……。

 

『その宝玉を天にかざして。呼びましょう!』

 

 よ、呼ぶ? 怪訝に思う俺にエルシャさんは高々と宣言した。

 

『そう、あなただけのおっぱいをッ!』

 

 刹那―――、パアアアアアアアアアアッ!

 宝玉がいっそう輝き、複数の宝玉は一つの宝玉となり、この一帯全体を照らすほどの光量となった!

 

「……なんだ?」

 

 曹操たちもその光に気づき、こちらに顔を向けていた!

 宝玉から光が照らされ、何かを映し出していく。それはしだいに人の形を成していき、一人、二人と増えていった。

 な、なんだ、これ……。疑問に思う俺にエルシャさんが答える。

 

『その宝玉はこの京都で様々な人の間を巡ってきた。あれらはその者たちの残留思念が人の形になったものよ』

 

 つ、つまり、俺のせいで痴漢になった皆さんの残留思念ってことですか……?

 残留思念の皆さんは総勢千人は超えそうな規模だった! この宝玉はどれだけ京都で痴漢作用していたんだよ! 謝る相手が多すぎるだろっ!

 

『おっぱい……』

『お、おっぱい』

『すごい、おっぱい』

『大変なおっぱい』

 

 ……残留思念が突然おっぱいおっぱい口走り始めた。おいおいおいおい! 変態の見本市場になってませんか!?

 それからも残留思念の大群が呪詛のようにおっぱいとつぶやきながら、のろのろとおぼつかない足取りで動き出していく。

 

『『『おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい』』』

 

 これは酷いっ!

 それしか言えない異様な光景だった。おっぱいおっぱい言いながら残留思念が、儀式めいた様相で円形に並んでいく。

 

「……おっぱいゾンビか?」

 

 曹操がそうつぶやいた。そうですね! ゾンビのようにも見えますね! 実際、宝玉によって痴漢になった人がおっぱいを揉んだら、もまれたやつ乳が見たくなるんだから、ゾンビの感染みたいだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 誇銅は涙を流しながら残留思念の方を見てそうつぶやいた。そしてアーシアがいつも神に祈るように誇銅も祈り始めた。やめてくれ! 俺の心が痛い! 

 残量思念―――おっぱいゾンビは円形を形作ると、今度は人の形を崩して地面に融けていった。そして、円形に光が走り出し、中央に紋様が刻まれていく。広大なひとつの魔法陣となっていった。

 ―――おっぱいゾンビが魔法陣に!

 衝撃的な出来事の連続で俺は何がなんだかわからなくなってきたが、エルシャさんが語りかけてくる。

 

『準備は整ったわ。呼びましょう』

 

 な、何をですか? もうわけのわからないことだらけで思考が麻痺しかけてます!

 

『―――あなただけのおっぱいよ!』

 

 俺のおっぱい―――。そう言われて最初に脳裏を過ぎったのは紅髪のお姉さま。

 

『さあ、叫んで! 召喚、おっぱい! ―――と!」

召喚(サモン)ッ! おっぱいぃぃぃぃぃぃぃッ!』

 

 パァァァァァァアアアアアッ!

 

 魔法陣が輝き出した! 紋様に刻まれた文字には「おっぱい」と書かれているし、おっぱいの形をした象形文字まで魔法陣に描かれている。

 呼び出すのか! ま、まさか、今俺が脳裏に思い描いたあの人を―――。

 魔法陣の中央に何かが出現しようとする。一瞬の閃光のあと、魔法陣から現れたのは―――紅髪の部長だった。

 魔法陣から現れた部長は―――上下下着姿だった。お着替え中だったのか! 風景が変わったことに気づいたお姉さまは仰天し周囲に目を配らせていた。

 

「な、何事!? ここはどこ? ほ、本丸御殿……? きょ、京都? あ、あら、イッセーじゃないの? どうしてここにって、私がどうしてこんなところに!? しょ、召喚されたの!? え? え?」

 

 ものすごく狼狽している部長! 俺もびっくりして言葉もない。英雄派の皆さんも呆気にとられていてどうしたらいいかわらからないでいた。ゴメンなさい! わけのわからないことが起きていて、俺も混乱しているんです!

 当惑している俺へエルシャさんは真面目に語りかけてくる。

 

『つつきなさい』

「え……?」

 

 我が耳を疑った。いま、信じられない言動が聞こえてきた。

 

『彼女のお乳をつつきなさい』

「つ、つつくんですか?」

『そうよ。つつくの。いつものように。―――ポチッと』

「ポチッと!? いやいや、つついてどうするの!?」

 

 この人、本当に女性で歴代最強の赤龍帝なの!? このお姉さん、錯乱しているとしか思えないよ!

 驚愕する俺なんておかまいなしにエルシャさんは続ける。

 

『あなたの可能性を開く最後の決め手。それがリアス・グレモリーの乳首なの。あれはスイッチ。あなたの可能性という名の扉を開くためのスイッチなの』

 

 エルシャさん、部長の乳首は決して俺の覚醒ボタンってわけじゃないんですよ!?

 

『いえ、覚醒ボタンだわ。理解しなさい。私は近くで見ていて確信を得ているのよ』

 

 酷いすぎる! が、説得力があるのはなぜだ!?

 そう思っているのも束の間、突然、部長の体が金色に輝き出した!

 

「な、何なの!? 光が私を包み込んでいくわ!」

 

 部長も驚きの連続で困惑している様子だった。だが、俺の視界にはとてつもない光景が飛び込んでくる。

 ―――部長のおっぱいが神々しい輝きを放っている。

 

『リアス・グレモリーのおっぱいはあなたの可能性に触れ、次のステージに進んだのよ』

 

 つ、次のステージ……?

 

『ええ、あのおっぱいは限界を超えたの。スイッチ媛の限界を。第二フェーズに突入したと言っていいわ』

 

 第二フェーズってなんですか!? 意味がわかりません! 俺の理解不能なことが起こりすぎて涙が出てくるんですけど!

 

『あれをつつくことであなたは変わる。劇的な変化を遂げるわ。あなたの中の「悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」はあとひと押しで力を解き放つ。その一押が」

 

 それがスイッチ―――乳首を……ブハッ。

 鼻血が吹き出る。わかった。俺はやっと理解できた。この状況を飲み込んだよ。

 

「……イッセー?」

 

 部長は怪訝な表情で首をかしげる。俺はそんな部長に真正面から言った。

 

「部長、乳をつつかせてください」

「―――ッ!」

 

 俺の告白に部長は絶句した。けど、しばらくして―――。

 

「……よくわからないわ。よくわからないけれど……わかったわ!」

 

 すごい。よくわからないけど通じた! なんだ、この状況! すんごいことになってんな! つつこう! そうだ、つつこう! 京都でつつこう! 部長のおっぱいを!

 他の野郎どもに部長の乳首を見せるのは癪なので見えない位置に移動してから、部長がブラジャーを脱ぐのを待った。

 ホックが外れ、豊かな双丘が現れる。俺の知っているはずのピンクの乳輪と乳首が―――淡い桃色の輝きを放っている。

 なんてこった! すげぇぇぇえっ! なんだか、難しいことを考えるのが馬鹿らしくなってきたぜ!

 俺は籠手の指部分だけ鎧を解いて、両手の人差し指で輝く乳首に向けた。覚悟はいいか、ドライグ?

 

『うおおおおおおおおんっ! うわぁぁぁぁぁぁああんっ!』

 

 大号泣してる。でも、俺、つつくよ! つつかなくちゃいけないんだっ!

 

「いきます!」

 

 俺は鼻血を噴出させながら乳首をつついた。

 

「……ぁふん……」

 

 トドメの桃色の吐息っ!

 部長の乳がまばゆい閃光を放ち始める!

 

「こ、これは……! あ、ああああああああっ!」

 

 部長はあまりの展開に声を上げる。

 部長は乳から輝きを放ちながら天高く昇っていき、この空間全体を桃色に照らした。

 乳首を輝かせ天に昇っていく部長を、俺は涙をこぼしながら自然と手を合わせていた。

 天高く昇っていった部長は、その後、光と共に空間から消えていった。同様に魔法陣も消えていく

 あ、あの、エルシャさん。部長は?

 

『元の場所に帰っていきました」

 

 こ、このためだけに京都に呼ばれましたか!? あっちに戻ったら、土下座して謝らないといけないじゃないか!

 

「……なんだったんだ、あれは?」

 

 曹操たちも呆然として、今の現象にどうしていいかわからずにいた!

 ――ドクン。突如、胸が脈打つ。

 

『来たわね。さあ、行きましょうか!』

 

 エルシャさんが叫ぶと、鎧の各部位にある宝玉から、赤閃光が溢れ出るっ! 内側から熱くて、力強い何かが、湧き上がってくるッ!

 『覇龍』ほどの戦慄は感じないが、それに匹敵する程の力。むしろ懐かしいものを感じる。ドライグ。これは―――。

 

『ああ、俺も感じるぞ、相棒。これは、本来の俺のオーラだ。激情に駆られ「覇」の力に身を任せたものじゃない。呪いでも、負の感情でもない。俺が肉体を持っていた頃の気質だ』

 

 ドライグの楽しそうな声色。

 何がドライグに起こったのかわかりかねたが、赤いオーラが全身から迸り、俺と周囲を包み込んでいった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 僕はいったい何を見せられているのか。―――それが最初に頭に浮かんだ感想だ。

 倒れる仲間を涙を流しながら回復させるアーシアさん。それを見て冷たくも心配せずに、どうすれば八坂香奈を救えるかばかりを考えていた僕。

 ところが急に、一誠の懐に入っていた宝玉がこの一帯を照らす程の光量を放ったと思ったら、今度は千を超える人の形をした思念体が「おっぱい」と口走り始めた。

 この光景についていろいろ言いたいことはあるが、あえてひとつ言うなら、酷い絵面だっ!

 しばらくして、それが痴漢にされてしまった人の残留思念だと理解した。それがわかったのなら僕が言えることは―――。

 

「……ごめんなさい」

 

 一誠のせいで痴漢の恐怖を味わってしまった人たち、そして強制的に痴漢の罪を背負わされてしまった人たちに対して申し訳ないと思う気持ちでいっぱいになった。電車内で一誠から何かが飛び出した気配を僕は知っていた。なのに僕は何も考えずに放置してしまった。

 僕にできることは、せめて被害者(加害者)になってしまった人たちが救われるように祈ることだけ。そう考えると涙が出てくる。

 思念体たちは円形を作ると、地面に融けて光だし、中央に見たことない紋様が刻まれた広大な魔法陣となった。

 もはや何が起こるか想像もつかない。すると一誠が突然―――。

 

召喚(サモン)ッ! おっぱいぃぃぃぃぃぃぃッ!』

 

 とんでもない言葉を叫び出した!

 すると魔法陣が輝き出した! 紋様に刻まれた文字には僕の目が正常なら「おっぱい」と書かれている。さらには胸の形をした象形文字まで魔法陣に描かれている。

 挙げ句の果てに、魔法陣から上下下着姿のリアスさんが召喚された! リアスさんも突然召喚されたことで仰天し周囲に目を配らせる。

 

「な、何事!? ここはどこ? ほ、本丸御殿……? きょ、京都? あ、あら、イッセーじゃないの? どうしてここにって、私がどうしてこんなところに!? しょ、召喚されたの!? え? え?」

 

 狼狽するリアスさん。英雄派の人たちも呆気に取られ、匙さんとヘラクレスも戦いの手を止めてこちらを見て呆然としていた。もちろん僕もね。

 それも束の間、突然、リアスさんの体が金色に輝き出した!

 

「な、何なの!? 光が私を包み込んでいくわ!」

 

 リアスさんも困惑しているけど、見せられてるこっちも困惑の連続ですよ! 今度は一体何が起こるの!?

 すると突然、一誠が鼻血を吹き出した。

 

「……イッセー?」

 

 怪訝な表情のリアスさん。一誠は真正面から―――。

 

「部長、乳をつつかせてください」

「―――ッ!」

 

 突然そう言われてリアスさんも絶句したが、しばらくしてリアスさんは。

 

「……よくわからないわ。よくわからないけれど……わかったわ!」

 

 普通に了承した。まあ、流れ自体はいつもの通りだし、リアスさんも好きな一誠が相手だからね。

 他の人にリアスさんの見られるのが嫌だからか見えない位置に移動した。どっちにしろ僕は目を逸らすけど。

 

「いきます!」

 

 鼻血が噴出したであろう音と共に一誠がそう言うと。

 

「……ぁふん……」

 

 次にリアスさんの桃色の吐息が聞こえてきた。ああ、耳を塞いでおくべきだったかな。

 

「こ、これは……! あ、ああああああああっ!」

 

 リアスさんの声と閃光に反応してもう一度そっちの方に目を向けた。

 リアスさんは胸から輝きを放ち、空間全体を桃色に照らした。そんなリアスさんを一誠は涙をこぼしながら手を合わせていた。

 一誠の知り合いということだけで恥ずかしくなってきた。もう……この現象の生贄となった人たちに祈りを捧げる事自体申し訳なくなって来る。

 

「……なんだったんだ、あれは?」

 

 曹操たちも呆然として、今の現象にどうしていいかわからずにいた。

 すると、一誠から強い力が溢れてくるのを感じた。赤いオーラが全身から迸り、俺と周囲を包み込んでいく。

 

「どうせ俺も変態ですよぉぉぉおおおおっ!」

 

 ほんの少しして、一誠が突然叫び出す。ど、どうしたの……!?

 

「いくぜぇぇぇぇええっ! ブーステッド・ギアァァァァアアアッ!」

 

 一誠の気合に反応するように、体を包む赤い閃光は極大のオーラを辺り一帯に解き放ち始めていく。―――一誠の中に力が溢れて満たしていく。それはあの時、アーシアさんを救うときに感じた「覇龍」とか言う力にも匹敵―――いや、暴走していない分強い!

 なぜそこへ辿り着くまでにあんなふざけた展開を挟まなきゃいけなかったんだよ! 僕にはパワーアップにかこつけて自分の欲望を満たしたようにしか見えないんだけどッ!?

 

「いこうぜッ! 赤龍帝をッ! 俺達の力をッ! グレモリー眷属の底力、とくとぶっ放してやるぜェェッ!」

Desire(デザイア)!』

Diabolos(ディアボロス)

Determineation(ディターミネイション)!』

Dragon(ドラゴン)!』

Disaster(ディザスター)!』

Desecration(ディシクレイション)!』

Discharge(ディスチャージ)!』

 

 宝玉から数々の音声が鳴り響かせ、壊れた家のように『D』を繰り返し始めた。

 

『DDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDD!!!!!』

 

 一誠は高らかに叫んだ。

 

「モードチェンジッ! 『龍牙の僧侶(ウェルシュ・ブラスター・ビショップ)』ッ!」

 

 『僧侶(ビショップ)』へのプロモーション宣言。だが、明らかに今までと変化が違う。アーシアさんの認証も必要としていない。

 一誠はその場で踏ん張りを利かせると、肩から背中にかけて赤いオーラが集まり形を成していく。

 出来上がったのは、背中のバックパックと両肩に大口径のキャノンを装着した新しい赤龍帝の鎧!

 莫大なパワーアップ! これだけのパワーがあればこの状況を打破できるかもしれない! ―――しかし、そうはうまく事は運ばなかった。

 

「―――ッ! な、なんだ……ッ!?」

 

 鎧の宝玉から呪印(じゅいん)が溢れ出し、赤龍帝の鎧を瞬く間に覆った。呪印の封印により一誠のオーラは完全に抑えつけられてしまう。どうやら妖怪たちが宝玉に封印を施していたみたいだ。おそらく、再び人間の中に入ってしまわぬように。

 しかも個々の宝玉に別々の妖怪が封印を施したようで呪印の種類も様々。しかしどの呪印も他の呪印を阻害することなく、程よく絡み合っている。

 封印の力は今の一誠なら簡単に引き剥がしてしまえるだろう。だが、複雑に、的確に絡み合った封印は力だけで安々とは解けない。

 痴漢の犠牲によって得た力を、痴漢の犠牲者を増やさないための封印で封じられた。ある意味自業自得と言える結果だ。―――しかし、この状況でそれも困る。

 

 バジッ! バジッ!

 

 突然、空間を震わせる音が鳴り響く。音の方を見上げてみると―――空間に穴が生まれつつあった!

 空間に現れた裂け目を見て、曹操が嬉しそうに笑む。

 

「どうやら始まったようだ。あの魔法陣、そしてキミが一瞬発した膨大なパワーが真龍を呼び寄せたのかもしれないな」

 

 曹操は皮肉げにそう言ってくる。これは一誠のパワーアップのおかげだと。だけど―――。

 

「ゲオルク、『龍喰者(ドラゴン・イーター)』を召喚する準備に取り掛かって―――」

 

 そこまで言いかけた曹操が言葉を止める。その目が細くなり、空に出来た次元の裂け目を見て疑問の生じた表情となった。

 そう、この気配はドラゴンではない。この気配は―――。

 

「……違う。グレートレッドではない? ……あれは、いったい何だ……?」

 

 空間の裂け目から姿を表したのは、巨大な古風なヘビのおもちゃ。

 今やっとわかった。敷地の至る所に残り香を感じたと思ったがそれは違った。残り香ではない、そして二条城の敷地内だけじゃない―――この空間全体を乗っ取ろうとする妖気だったんだ!

 おそらくこの二条城が侵食の中心点であったから感じる妖気が例外的に強かっただけってところだろう。

 建物自体を妖術で呪って自分のテリトリーにしてしまう術は平安時代から存在した。敵の造り出した疑似空間の主導権を乗っ取るこの術はその術の応用だろう。

 その言葉の真意を確かめるべく曹操はゲオルクに問いかける。

 

「どうなってるんだ! ゲオルク!」

「くっ! どうやら本主導権を奪われたみたいだ。魔法陣も都市のパワーも完全に遮断されてしまった……!」

「クソッ! いつのまに……!」

「ほんま、すんまへんな。うちらの攻撃はわかりにくうて」

 

 二条城の敷地内に霧が発生し、霧の中からキツネ目の八尾が現れ、曹操を見て挑発的に言った。その女性を見て曹操は驚いたが、すぐに苦虫を噛み潰したような顔に変わる。

 

「八尾の妖狐ッ!」

「また会いましたなぁ」

 

 二人はお互いを知っているような口ぶりで話す。僕は知らないけど。

 曹操は八尾を警戒していたが、八尾の方は余裕そうに背を向けて膝をつき頭を垂れる。

 そこへ乗っ取られた『絶霧』の霧が再び発生する。霧の中から現れたのは、僕が見たことのない九尾の女性―――おそらく玉藻ちゃんの娘の卯歌ちゃんだろう。

 

「あらぁ―――アナタが(くだん)の侵入者? 虎白(こはく)の言うとおり、馬鹿そうな人たちねー♡」

 

 出会い頭に喧嘩を売るスタイルな卯歌ちゃん。笑顔を浮かべてはいるけど、なんとなく怒ってるようにも見える。娘を誘拐されたうえに実験に使われれば当然の反応だろう。

 初対面で馬鹿にされたことに曹操も不快感が表情に出る。しかし、すぐにさっきまでの余裕の表情に戻す。

 

「それにしても馬鹿そうとは酷い言われようだね。そんなに馬鹿そうに見えますかな?」

「そりゃもうねぇ。こんな立派な疑似空間を作って、それをみすみす奪われてるんだから」

「それはこちらの認識が甘かったと言わざる得ない。まさか神滅具の力で造られた空間を乗っ取ることができるなんてね」

 

 曹操たちの見る目が厳しくなる。この空間を作ったゲオルグは特に。せっかく作り上げた広大な疑似空間の主導権を奪われあんなことを言われれば無理もない。

 卯歌ちゃんは曹操たちの視線を無視して、炎のゴーレムを締め上げる現御大将の方を見た。獣化し暴走した娘の姿を見る卯歌ちゃんからは、薄っすらとだが怒気を感じる。

 卯歌ちゃんは曹操たちの方へ向き直って言った。

 

「おとなしく香奈ちゃんを返して出ていけばよかったものの……私のかわいい香奈ちゃんにこんなことして、五体満足で帰れるなんて思わないことね。―――虎白、香奈ちゃんをお願い」

「はい、わかりました」

 

 怒気と共に妖気を纏う。それは決して大きくはないが曹操たちと比べると圧倒的に無駄がなく、洗練(せんれん)されている。

 卯歌ちゃんが―――曹操たちに歩み寄る。すると、ジークフリートが六本の腕を展開させながら、卯歌ちゃんに突貫していった。だが―――。

 

「!? ―――ッ!」

 

 卯歌ちゃんは風のようにスムーズに素早く近づき、ジークフリートをしっぺで難なくふっ飛ばした。周りの目からはただ単に卯歌ちゃんが素早く動いてジークフリートを吹き飛ばしたようにしか見えないだろう。しかし、ジークフリートの視点からは一瞬卯歌ちゃんの姿が完全に消えただろう。

 あの移動術は、風のように動くだけでなく相手の視点を妖術でズラして盲点に入り込む。だから相手は一度完全に見失う。風の速度に対応できても、その速度での戦いで相手を見失うのは致命傷。そのカラクリを理解しなければ防御はできても避けることは不可能。

 

 ドォォォオンッ!

 

 ジークフリートは一発で吹き飛ばされ、瓦礫の中に埋もれた。

 卯歌ちゃんの予想以上の強さに一誠も、治療を終えて起き上がった木場さんも驚愕していた。

 

「うーん、予想以上に強い洗脳どすな」

 

 獣化した九尾の相手をする虎白さんは、獣化した九尾の尻尾の猛攻を八の尾で簡単にあしらっていた。激しい火炎攻撃も風の障壁に遮られて全く届かない。それでも虎白さんは唸り声をあげる。

 

「仕方あらへん。香奈ちゃん、かんにんやで」

 

 そう言うと、手のひらに乱回転させ圧縮した風の球体を作り出した。

 獣化した九尾の猛攻を軽くいなしながら懐へ潜り込み、その球体をぶつけた。すると、獣化した九尾の腹に螺旋状の傷を負わせながら高速で吹き飛ばされた。

 

 バゴォォォオンッ!

 

「さてと。これで落ち着いて洗脳解除に専念できるわ」

「ッ!? 香奈ちゃ――――――んッ!!」

 

 それを見た卯歌ちゃんは叫んだ。

 壁に激突し瓦礫の上に倒れ込んだ香奈。今の一撃で気を失っている。さっきの攻撃で僕の炎のゴーレムがクッションになったのだが、なぜかいまだに活動可能なのに内心驚いている。こんなにしぶとかったんだ……。

 卯歌ちゃんが倒れる香奈に視線を移している間に、ゲオルグが卯歌ちゃんに手を突き出す。

 

「捕縛する。霧よッ!」

 

 卯歌ちゃんを包み込むように霧が集まる。主導権を奪われているのはあくまでこの疑似空間を形成する霧であって霧使い本人が新たに生み出したのは別のようだ。だが―――。

 

 パパッ。

 

 卯歌ちゃんが軽く手で払うだけで、霧は霧散してしまう。

 

「―――っ! あの挙動だけで我が霧を……ッ! 神滅具の力を散らすか!」

 

 散らされた魔法使いは仰天していた。確かに力は強いけど、こちら目線では練り方が甘すぎる。あれではいくら強くても、下位の上ほどの実力があれば無きに等しい。

 

「槍よッ!」

 

 ギュゥゥゥンッ!

 

 隙きでも突いたつもりかのように曹操が槍の切っ先を伸ばし、卯歌ちゃんを奇襲しようとする。伸びるんだ、あの槍。

 卯歌ちゃんはそれを指先一つで止めた。指先に妖力を集中させて防いでいる。さらに槍に風の妖術を這わせ曹操を攻撃した。

 

「うぐっ! 聖槍の一撃を軽く受け止めると同時に攻撃を仕掛けるとは……。まるで初代孫悟空並のバケモノぶりだな」

 

 反撃を受けた曹操は笑みを引きつらせながら言う。曹操の指は風の刃でズタズタにされていた。

 ジークフリートが瓦礫から立ち上がり、曹操に告げる。

 

「曹操。ここまでにしよう。神滅具の力でつくられた結界の主導権を奪われたんだ。完全に予想外な出来事だ。これ以上の下手な攻撃はせっかくの人材が傷つくよ。僕達の認識は甘かった。―――強い」

 

 それを聞き、曹操も槍をおろした。どちらにせよあの指では先程までのようには振るえないだろう。

 向こうでは匙さんとヘラクレスがお互い膝を突いていた。仙術で蓄積されたダメージが内側から響いてきたのだろう。匙さんは目立った外傷がないが頭を抑えてるところから見ると、どうやら術の反動なのだろう。どうやら引き分けのようだね。

 

「レオナルドも限界の時間だろう。流石にこれ以上の時間稼ぎは外のメンバーでも出来ないだろうしね。各種調整についてもこれで充分データを得られるし、良い勉強になったよ」

 

 ジークフリートは卯歌ちゃんを()めつけていた。

 

「退却時か。見誤ると深手になるな」

 

 バッ!

 

 英雄派のメンバーが素早く一箇所に集結し、霧使いが足元に巨大な魔法陣を展開し始める。転移用魔法陣で逃げる気か。

 

「ここまでにしておくよ。京都妖怪、グレモリー眷属、赤龍帝、再び(まみ)えよう」

「逃げられないわよ」

 

 卯歌ちゃんがつぶやく。

 英雄派の足元の魔法陣が霧によって妨害される。この擬似空間は既に妖怪の体内と言っても過言ではない。それも弱々しい妖怪の力ではなく、神滅具(ロンギヌス)で造られた強力な結界を、高い術技量を持つ妖怪が操作しているのだから。抜け出すのは至難の業だ。可能性があるとすれば―――。

 

「―――お咎めなしで帰れると思うのか?」

 

 ―――ッ!? 声の方を向くと、呪印で力を封印され膝をついていた一誠が立ち上がっていた! 強い龍のオーラで呪印の封印が少しばかり押し返されている! 動きはかなり制限されているが、あの状態なら一発大きな砲撃を放つには問題ない。―――マズイ!

 

「こいつは京都での土産だッ!」

 

 卯歌ちゃんもマズイと感じたのか動こうとしたが、もう間に合わない! 両肩のキャノン砲にエネルギーが溜まる。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

「吹っ飛べェェェェェェェェェェッ! ドラゴンブラスタァァァアアアアアッッ!」

 

 ズバァァアアアアアアアアアアッ!!

 

 肩のキャノン砲から極大の一発が放射されていく! 英雄派に向けられた大出量のエネルギー。

 しかし英雄派のメンバーはそれを素早く避けていく。手負いということもあり、受けてみようと考えることもしない。

 外したキャノン砲の一撃は、彼らの遥か後方に飛んでいき―――。

 

 ドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 

 空間全体を震わせる程の大爆発と共に背景の町並みが丸ごと巨大なオーラに包み込まれていく。京都の町が……丸ごと吹き飛んだ!

 

『んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』

呪魂(じゅこん)ちゃん!」

 

 町が吹き飛ぶと同時に、二条城の最上階に巨大な目玉が現れた! おそらくあれがこの疑似空間を乗っ取った妖怪。今のキャノン砲の一撃が彼に響いたのだろう。

 

「うぐっ……!」

 

 発射後、卯歌ちゃんはすぐさま一誠を抑えに向かった。これ以上下手なことをされないために。

 呪印の封印に卯歌ちゃんの力が加わり、進化した禁手の力でも押し返せぬ封印へと強化される。再び封印に抑えつけられた一誠は何もできぬまま膝をつく。

 この状況を三大勢力側が打破する最も現実的な方法、それは結界に多大な乱れを起こすこと。これだけ広大な疑似空間を制圧しようとすれば、それだけ術は複雑かつ繊細になる。破壊こそできなくとも大きな衝撃を与えれば乱れが発生する。力の強い三大勢力側ならそれが最も簡単。

 敵対しているわけでなく、封印で動けないハズということもあっての油断。空間内に漂う妖気に支配された神滅具の力。それらが数種類の呪印で覆われた一誠のオーラを紛らわせてしまった!

 

「―――! 今だッ」

 

 妨害がなくなると、霧使いはすぐさま転移用魔法陣を再展開し始める。確かに撤退するなら今が絶好のチャンス。

 

「九尾殿、そして赤龍帝―――否、兵藤一誠。ここいらで俺達は撤退させてもらおう。全く、ヴァーリの事を笑えないな。彼と同じ状況だ。キミ達は何故か土壇場でこちらを熱くさせてくれる」

 

 魔法陣がいっそう輝きを増した。曹操は消える間際に一誠に言った。

 

「兵藤一誠、もっと強くなれ。ヴァーリよりも。そうしたら、この槍の真の力を見せてあげるよ」

 

 それだけ言い残し、英雄派たちはこの空間から―――まんまと逃げられた。

 彼らが消えた瞬間、疲弊からか一誠の鎧が解除される。呪印で力を封じられていたからか進化したにしては持続時間がだいぶ長いように見えた。

 だけどまあ、今言えることは一つ。無事に終わってよかった……。

 

 

 

 

 ―――――――――ビクッ!

 

 気を緩めた刹那、異質な視線を感じ取った。この無機質な殺意―-―あいつだ!

 いくら異様であろうとも三度目ともなればもう体が覚えた。そして狙われているのは―――卯歌ちゃん!

 僕はもう消そうとした炎のゴーレムを走らせた。もう原型を留めるのに必死な、まさしく風前(ふうぜん)灯火(ともしび)。だけどそれで十分! ゴーレムを殺意と卯歌ちゃんの間に滑り込ませる。

 

「―――え?」

 

 バコン!

 

 卯歌ちゃんの身代わりとなり銃弾を受けたゴーレムは、その役目を終えて消え去る。消えた跡には、なんとか防ぎきった銃弾が残った。

 本当は最後に自爆させて香奈の妖力を大幅燃焼させるか、曹操たちへの妨害で時間を稼ぐつもりだったんだけどね。まあ、役に立ったならどっちでもいいか。

 敵は……撃ってすぐに逃げたか。ロキ様の時にも現れたが、あいつらは一体何者なのだろうか。こんなところまで来て、最後だけ現れ卯歌ちゃんの命を狙った。

 こうして九尾の御大将救出作戦は色々な波乱を巻き起こしながら幕を閉じた……。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 修学旅行最終日。前夜の大激戦が響いたのか、寝てもまるで疲れが取れなかったという感じのグレモリー眷属は、疲弊しきった様子で、最終日のお土産屋巡りへと向かっていた。

 僕は殆ど消費がなかったので大丈夫。匙さんも戦闘後にしっかりと邪気抜きをしてもらったようで少し頭痛がすると言っていたが、それ以外はみんなよりかは疲弊していない。

 これは後から知ったのだが、実は表の京都でも大変なことが起こっていたらしい。やっぱり、勝手に動いたのがまずかったらしく、敵と同様に扱いをうけていた。結界に封じられたり、身動きがとれないようにされたり、敵と同様に攻撃され死なない程度に戦闘不能にされた者もいたそうだ。

 助っ人に駆けつけてくれた戦闘勝仏(せんとうしょうぶつ)―――御大将と会談予定だった初代孫悟空と五大龍王の玉龍(ウーロン)すら小さな九尾に返り討ちにされたとか。なんでも、三大勢力の要請だったことと、テロリスト側である白龍皇の仲間に手助けしてもらおうとしたのが問題だったみたいだ。

 結果として、三大勢力側は京都妖怪にいらぬ手間を増やしただけだった。今は京都も事後処理に追われているが、勝手に動いたり被害を出したりと後で相当問題になるのだろうね。

 

 お土産も買い、京都を離れる時が来た。

 京都駅の新幹線ホームで卯歌ちゃんの孫、九重ちゃんと一人の男性妖怪が見送りに来ていた。

 

「赤龍帝」

「イッセーでいいよ」

 

 男性と手を繋ぎながら笑顔で一誠を呼ぶ九重。幼い子の無邪気で可愛らしい笑顔だ。

 九重は顔を真っ赤にしてもじもじしながら一誠に訊く。

 

「……イッセー。ま、また、京都に来てくれるか?」

「ああ、また来るよ」

 

 発射のホーム音が鳴り響く。九重が一誠に叫ぶ。

 

「必ずじゃぞ! 九重はいつだっておまえを待つ!」

「ああ、次は皆で来る。今度は裏京都も案内してくれよ?」

「うむ!」

 

 それを確認すると、微妙な表情になってる男性が表情を戻して言う。

 

「赤龍帝殿、卯歌様のご息女を救出しようとしてくれたことは礼を言う。しかし、あなたが京都で起こした数々の痴漢誘発、それが許されるわけではありません」

「うっ!」

 

 一誠はバツの悪そうな顔をする。そこへ男性は続けて言う。

 

「だが、香奈様をお救いする時間稼ぎをしてくれたとして、今回限り特別にあなた自身への罰を免除とします。宝玉に残ったままの封印も解きましょう」

 

 そう言って男性は一誠の右手の甲に軽く触れる。すると、一誠の神器にかけられた封印が解かれていく。

 

「ただし、次はもうない」

「あ、ありがとうございます……。気をつけます」

「まあ、流石にこんなことは二度とないようにはする」

 

 アザゼル総督がなだめるように言う。

 

「アザゼル殿、魔王殿、この度の我々に無断であのような行為、少々話がある」

 

 その一言に今度はアザゼル総督と魔王様も罰の悪そうな顔になる。特に魔王さまの表情が。アザゼル総督は先生として一緒に帰ると思うから、実際に話しを聞くのは魔王さまだけか。

 

「もともと貴殿らは勝手な行動をするだろうと、それを見越して動いていなければどれだけの混乱と被害が出たか。うまい言い訳でも考えておくんですな。あなたたちはそれだけのことを最低限自覚していただきたい」

 

 そんなやり取りを聞き、僕たちは新幹線に乗車した。

 ホームで九重が一誠に叫んだ。

 

「ありがとう、イッセー! 皆! また会おう!」

 

 手を振る九重ちゃんに僕達も手を振る。

 閉じる新幹線の扉。発射しても九重ちゃんは手を振り続けた。

 出発してからしばらくして一誠が「八坂さんにお願いしてお礼のおっぱいを見せてもらうの忘れてたぁぁぁあっ!」とか叫んでいた。

 扉にかじりついて叫びを発した時は、いっそ恩赦など出なかったほうがよかったと本気で思った。

 これは僕だけが知ってることなのだが、実はこれがきっかけで京都のあらゆるところが悪魔は出禁になった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 京都から帰り、僕たちは兵藤家の一室でリアスさんに怒られていた。

 正座する僕たち。アーシアさん、ゼノヴィアさん、木場さん、一誠、イリナさんも反省状態だ。

 リアスさんは半目で問い詰めてくる。

 

「なんで知らせてくれなかったの? ―――と言いたいところだけれど、こちらもグレモリー領で事件が起こっていたものね。でも、ソーナは知っていたのよ?」

「は、はい……」

 

 説明はすべて済んでいるハズ。なのに、朱乃さんも塔城さんも何故かご立腹な様子。

 

「こちらから電話をした時に、少しでも相談が欲しかったですわ……」

「……そうです。水くさいです」

 

 いや、そう言われても……。

 

「で、でも、皆さん無事で帰ってきたのですから……」

 

 ギャスパーくんは僕達を庇ってくれる。

 

「まあ、イッセーは現地で新しい女を作ってたからな」

 

 椅子に座るアザゼル総督が場を混乱させることを口走る。

 

「しかも九尾の娘だ」

「そ、そんなのじゃありませんよ! ったく、人聞きが悪いな、先生は!」

「でもよ、あの八坂を見た限りじゃ、将来相当な美人で巨乳に育ちそうだぞ?」

 

 確かに卯歌ちゃんは美人で巨乳だったけど……。一誠が妄想に入る。

 

「……そ、そうかもしれません。けど! オレはちっこい子への趣味はありませんって!」

 

 すると、塔城さんが一誠を殴った。

 

「ぐふっ! ……どうして……?」

「……なんとなくです」

「まあ、リアス。イッセーもあっちで劇的なパワーアップをしたんだから、大目に見てやれ」

 

 ここでアザゼル総督がフォローを入れる。

 リアスさんも息を吐きながら、そこはうなずいた。

 

「それは、まあ、嬉しいけれど……。けど、京都にいきなり召喚されて、む、胸を……」

 

 リアスさんは赤面してゴニョゴニョと口ごもる。あの無駄に壮絶な馬鹿らしい茶番にしか見えなかったあれですね。

 聞いた皆も最初信じられない様子だったが、ドライグが泣く泣く説明してくれたおかげでだいたい理解はできたよ。納得はできないけど。

 そこでアザゼル総督が「あ」と何かを思い出したようだった。

 

「そういや、学園祭前にフェニックス家の娘が駒王学園に転校してくるそうだぜ?」

 

 僕を含めた京都に言っていたメンバー全員がその一言に驚いた!

 

「レイヴェルがですか!? マジっすか!」

 

 一誠の問いにアザゼル総督が話を続ける。

 

「ああ、リアスやソーナの刺激を受けて日本で学びたいと申し出てきたらしい。学年は1年だったか。もう手続きは済みそうだって話だったな。小猫と同学年か。猫と鳥でウマが合わなさそうだが……それを見るのも一興か」

「……どうでも良いです」

 

 アザゼル総督の一言に塔城さんは不機嫌な様子だった。

 

「でも、なんで急に転校してくるんでしょうね?」

 

 一誠の疑問にアザゼル総督はいやらしい表情で一誠を見る。

 

「ま、そういうことだろうけどな。リアスは大変なもんだ」

 

 アザゼル総督の一言に、女子全員が複雑そうな表情を浮かべた。

 

「……帰ってきても安心できないんですね」

「耐えろ、アーシア。こいつに付き合うということは耐えることでもある。最近、私も覚えてきたぞ」

「そうね。……私も耐えなきゃだめなのかしら……?」

 

 声のトーンを低くして言うアーシアさん。ゼノヴィアさんとイリナさんもつぶやく。

 

「私は耐えるよりも攻めるほうに専念しますわ」

 

 挑戦的な笑みを見せる朱乃さん。リアスさんも嘆息し、苦笑していた。

 

「まあ、良いわ。皆、無事に帰ってきたと言う事でここまでにしておきましょう。詳しくは後でグレイフィアを通じてお兄さまに訊いてみるわ。さて、もうすぐ学園祭よ。あなた達がいない間、準備も進めてきたけれど―――ここからが本番よ。それに―――サイラオーグ戦もあるわ。レーティングゲーム、若手交流戦では最後の戦いと噂もされているけれど、絶対に気は抜けないわ。改めてそちらの準備にも取り掛かりましょう」

「「「「はい!」」」」

 

 リアスさんの言葉に皆が大きく返事をした。僕はしてないけど。

 そっか、学園祭と同時にサイラオーグさんとの一戦も間近に控えているんだった。

 

「イッセーくん、体力が復調したら手合わせしてくれないかい?京都で自分の不甲斐無さを痛感したからね。キミの力を借りたい」

「ああ、木場。ゲームの日まで模擬戦の繰り返しだな」

 

 でも、しばらくは普通の生活に戻れるかな。




 基礎がしっかりしていないのに応用に手を出す。ドツボにハマる典型的な例だと私は思います。私も基礎能力がないのを自己流の応用で誤魔化そうとして、大失態と挫折を味わった経験があります……。
 しかも厄介なことにはじめのうちは成功して、意外にそれが長く続き多用しそれで失敗になかなか気づけず、結局殆どが基礎能力不足で最終的に失敗に終わりました。ありがたいことに、そういう意外性や違う側面からのアプローチで自分や他人を誤魔化す能力は意外に高かった。だけど極められる程の才能はなかった。結局は楽で居心地のいいところへ逃げてただけだったから。
 一誠の都合のいいパワーアップを見ていると、言い訳な意外性で誤魔化してた昔の自分を思い出して嫌な気持ちになります。
 あとがき感覚で、ふと愚痴りたいと思い付きで書いて見ました。

 ps.次はお待ちかねの原作10巻だぁぁッ!


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妹な不死鳥姫の編入

 自分の手のひらを見つめ僕は考えた、この力は一体何なのだろうと。

 京都で英雄派との戦いで使用した炎のゴーレム。僕の炎は炎と言えない特性があるのは理解していた。だからゴーレムを形造って耐えながらオーラを燃焼させようとしたのだ。

 平安時代での修行でも自分の炎の力を知るためにいろいろなことを試したりもした。だからこの炎がどこまで応用が利くのか、どのくらいの耐久があるかは知っている……つもりだったんだ。

 だけどあの戦いで僕は自分の炎があそこまでしぶといことを初めて知った。思い返してみれば、僕はこの炎単体の限界については特に試していない。僕の戦い方と絡めた場合ばかりで、この炎だけでどれだけ戦えるなんて知らない。

 この()に頼ってるくせに何も知らない。この力の出処も、本質も、正体も。天地万有の恐怖(ユニバース・ホラー)なんて知ろうとも思っていない。だけど最低限この炎については知っておくべきだろう。

 

「どうしたんですか? 誇銅さん」

 

 難しい顔をする僕に声をかける罪千さん。不思議そうな顔で僕の顔を覗き込む。

 

「ちょっと考え事をしてて……そうだ、罪千さんは何か知らない? 僕の炎について」

「誇銅さんの炎……ですか?」

 

 リヴァイアサンの罪千さんならもしかしたら何か知っているかもしれないという淡い期待をこめて訊いてみる。

 

「炎じゃなくてもいいんだ、これに似た何かでも」

 

 そう訊くと罪千さんは「う~ん」と悩みこむ。しばらくして首を横に振る。知ってたらラッキー程度だったし。

 

「すいませんすいません! 何もお力になれなくて!」

「大丈夫だよ。別に急いでるわけでもないし」

 

 これからゆっくり一から調べていけばいい。そう思っていると、罪千さんがおずおずと言った。

 

「あまり参考にならないかもしれませんが、実は誇銅さんの炎、ちょっと美味しそうに見えるんです。もちろん食べられないのはわかってるんですけど」

 

 僕の炎が? 神が危惧して封印したリヴァイアサンの目から見て美味しそう? それが一体どういう意味なのか全くわからないが。

 

「教えてくれてありがとう」

 

 もしかしたら何か重要なことかもしれない。お礼を言いながら罪千さんの頭を撫でる。

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 嬉しそうな表情の罪千さん。

 それにしても美味しそうでも食べられないか。……もうちょっとだけ罪千さんに協力してもらおう。

 僕は炎を小さな球体―――飴ちゃんくらいの大きさのを作り出す。

 

「ねえ罪千さん、ちょっと舐めてみてくれない?」

「ふえ!?」

「食べなくていいし、何か異変があればすぐに吐き出してもいいから。ちょっとだけ協力してくれないかな?」

「は、はいぃぃっ! もちろんです!」

 

 罪千さんは嬉しそうに了承してくれた。

 僕は罪千さんの口の中に飴玉サイズの炎の玉を入れた。罪千さんはそれを口の中でコロコロさせる。

 

「……どう?」

「やっぱり美味しくはないです。ほんのり温かいだけでなんの味もしませんし、食べようとは思えません。最初ちょっぴり誇銅さんの味がしたのは誇銅さんが持っていたからでしょうし」

 

 そう言って炎の飴を口から出す。もしかしたらリヴァイアサンの味覚から何か得られるかと思ったけど、特に何もわからなかったか。

 だけどもしかしたらこれは大きなヒントなのかもしれない。普通の炎ならば罪千さんが美味しそうなんて言うはずがない。その辺の石ころを僕達が食べ物と絶対認識しないように。僕はこれを特別な炎だと考えていたけど、もしかしたら炎に見える別の何かって可能性も出てきた。

 

「ありがとう罪千さん、いろいろ参考になったよ」

「誇銅さんのお役に立てるのでしたらいつでも」

 

 罪千さんは幸せそうな笑顔を浮かべる。褒められて喜ぶ小さな子どものような笑顔に、僕の手は自然と罪千さんの頭を撫でていた。

 平安時代ではこういう時には特別な雰囲気の場合を除いて高確率で玉藻ちゃんかこいしちゃんがやってくる。そこそこの確率で藻女さんも混ざって来ることも。自分もしてほしいと僕にじゃれてくる姿がすごく愛おしい。だけどここは藻女さんの屋敷じゃないし、当然二人もいない。

 だけどそういう気持ちが湧き出て来る。ならば! この気持を罪千さん一人にぶつけよう!

 

「ひゃぁ!」

 

 罪千さんを僕の胸に抱き寄せると、急なことだったため驚き声が漏れた。だけどそんなのお構いなしにギュッと抱き寄せた罪千さんの可愛がる。

 最初は多少あたふたして顔が熱くなっていたが、そのうち落ち着いてリラックスモードに入った。僕に撫でられながら、僕が罪千さんの唇に触れさせた指をしゃぶる。

 とりあえずは僕の炎の限界点を見極めることだね。それがわからないとこの前みたいに炎単体で動かす時に困る。

 だけどこの炎の練習をするスペースが悩みのタネなんだよね。練習、それも限界値を知ろうとするならある程度の広さは必要。誰かに見られる危険があるから外ではできない。かと言って家の中じゃ広さが足りないし、燃えないからと言って室内で火を使うのも気が引ける。こんなことなら平安時代でもっとしっかりと練習しておくんだったよ。

 

「ジジー」

 

 お昼寝から目覚めたももたろうが飛んできた。僕の肩に止まり頬ずりで愛情表現をしてくれる。よし! 今は炎の事は考えずにこの幸せを満喫しよう!

 どうせしばらくしたら一誠かリアスさんが厄介事を持ち込んで来るだろうし、ちょっと休憩するくらいいいよね?

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 翌日、僕は学校の1年生の教室前にいた。塔城さんとギャスパーくんのいるクラス。

 今日、このクラスにレイヴェルさんが転入して来た。それで休み時間に挨拶のついでにちょっと様子を見に来た。一人で行こうと思ったんだけど、運悪く一誠とタイミングが被ってしまって一緒に来ている。

 一誠の日頃の行いの悪さによる一年の女子に怖がられていると。

 

「あら、イッセーと誇銅も様子見?」

 

 リアスさんの声に振り返ると、リアスさんも来ていた。

 

「ぶ、部長もですか?」

「ええ、ちょっと気になって」

 

 と、リアスさんと共にクラスの中を見ると、塔城さんとギャスパーくんは教室の隅で会話をしている様子。そしてレイヴェルさんは、

 

「フェニックスさん、教科書はあるの?」

「フェニックスって、珍しい名字だね。かっこいいわ!」

「ギャーくんにつづいて外国人の転校生が入ってくるなんてこのクラスで良かったわ!」

 

 などなど、女子に囲まれていた。転校生が、それも外国からとなるとああなるのはよく見た光景。うちのクラスでもあんな感じだったっけ。

 言い寄ってくる女子生徒たちへの対応に困って四苦八苦している。

 返答も「あ、あの……」や「えーと……」などしどろもどろで、視線も泳ぎまくっている。

 泳ぐ視線が僕たちの方へ向いた。こちらもリアスさんのファンの一年生が騒いでいたから気になって気づいたのかも。

 途端に「失礼しますわ」と席を立ち、僕たちの方に近づいてきた。

 レイヴェルさんは僕とリアスさんの手を取ると、そのままどこかへ引っ張っていき、廊下を曲がったところで手を離してくれた。

 

「ど、どうした、レイヴェル?」

 

 一緒に来た一誠が訝しげに訊くと、レイヴェルさんは気恥ずかしそうな表情で頬を染める。

 

「……て、転校が初めてですので……ど、どう皆さんと接したら良いか分からなくて……。わ、私、悪魔ですし、人間の方々との話題が見つからなくて……」

 

 悪魔、それも上級悪魔のお嬢様が人間界の一般人が通う学校に転校してくれば話題も見つかりづらい。同じ人間でも国が違えば多少なりともそうなのだから、それが悪魔ともなれば当然だろう。

 

「会話をしたくないわけではないのでしょう?」

「……も、もちろんですわ。わ、私だって、成長しているのです! 貴族以外の方とお知り合いになって平民の生活から何かを学ぶのも大切だと思っているんです!」

 

 リアスさんが訊くとレイヴェルさんはそう答えた。ならばそう難しいことでもない、これはある意味罪千さんの時と同じ状況だ。

 僕が言おうとする直前、一誠がポンと手を叩いた。

 

「ちょっと待ってな、小猫ちゃんに―――」

「……呼びましたか?」

 

 一誠が一年生の教室に戻ろうとした瞬間、一誠の近くに塔城さんとギャスパーくんが現れた。僕たちを追って隠れて話を聞いていたからね。

 

「小猫ちゃん、お願いがあるんだ」

「……なんですか?」

「レイヴェルの話し相手……というか、学校生活面でのフォローをしてあげてほしいんだ。同じ学年だし、同じクラスだろう? 頼むよ」

 

 一誠が頼み込むと、若干不機嫌そうになる塔城さん。眉根を寄せ、三角口になっているが少し考えた後に言う。

 

「…………。……先輩がそう言うなら、別に良いですけど……」

 

「てなわけで、レイヴェル、小猫がフォローをして―――」

「……ヘタレ焼き鳥姫」

 

 一誠の言葉を遮って塔城さんがそう呟く。一瞬のうちに空気が凍り、レイヴェルさんのコメカミに青筋が浮かび上がる。震える声で静かに言った。

 

「い、今、何とおっしゃいましたか……?」

「……ヘタレ」

 

 間髪入れずに返す塔城さん。なぜに喧嘩腰!?

 

「あ、あ、あなたね! フェニックス家の息女たる私にその様な物言いだなんて……!」

「……そんな物言いだから、いざと言う時にヘタレるんじゃないの? もっと決心を持って人間界に来たと思ったのに……。イッセー先輩の手を煩わずらわせるなんて……世間知らずの焼き鳥姫」

 

 ブチン! レイヴェルさんから何かがキレる音が聞こえてきた。不気味なオーラを漂ただよわせ、ロール状の髪もウヨウヨと動き始める。

 

「むむむむむむ! こ、この猫又は……!」

「……焼き鳥」

 

 二人の背後で猫と火の鳥が激しく睨み合ってる様な映像まで見えてくるようだ。

 

「あぅぅぅぅぅぅっ……こ、怖いですぅ!」

 

 ギャスパーは小猫とレイヴェルの迫力に恐れて僕の服を掴む。足が振るえているが後ろに隠れようとしないところを見ると、ちょっと成長が見えた気がするね。

 一誠も冷や汗を垂らしながらビビっている。

 これはマズイ。思った以上に塔城さんが喧嘩腰だ。これ以上火が燃え上がらないうちに止めなきゃ。本格的に喧嘩の火蓋が切られる前に二人の間に仲裁に入る。

 

「こらこら、喧嘩しないの。塔城さん、レイヴェルさんは初めて人間界の学校に通うんだよ。わからないことだらけなのは当然。それをいきなりヘタレ呼ばわりは流石にヒドイことじゃない? それとレイヴェルさんは御家の名前をここで使うのは良くないことだよ。言われた相手は見下されたように感じるから、嫌われる要因になっちゃう」

「……すみません」

 

 レイヴェルさんは謝ったが、塔城さんはまだ納得がいかない様子。可愛い嫉妬なのかもしれないけど、だからって免罪符にはならない。だからここはズルい手を使わせてもらうよ。

 

「ねえ、一誠。僕が言ったことに間違いはあったかな? 初めて人間の学校に通うレイヴェルさんをいきなりヘタレ呼ばわりはヒドイと思わない?」

「え、あ、まあ……そうだな」

「……ごめんなさい」

 

 謝る塔城さん。一誠を持ち出されたら塔城さんも素直に謝らざる得ない。相手の気持ちを利用するような方法で悪いけど、今は一番手っ取り早い方法を使わせてもらった。

 とりあえずこの場を(しず)めることはできたが、根本的な解決には至らない。

 

「あ」

 

 そこへ別の一年生女子たちが通りかかり、持っていたプリントの束を廊下に散らばらさせてしまった。

 僕が拾おうとする前に、レイヴェルさんがいち早く手を伸ばしてプリントを拾い出した。

 

「大丈夫ですか? たしか同じ教室の方でしたわね? お名前は……まだ訊いていませんけれど」

「あ、ありがとうございます……。覚えていてくれたんですね、フェニックスさん。私は、室田(むろた)といいます」

「レイヴェルでいいですわ。室田さん」

 

 自然に手が伸びたのを見てレイヴェルさんの優しさが垣間見えた。それにしても、転校してすぐにクラスメイトの顔を覚えるなんてね。相手も感動しているよ。これなら案外すぐにクラスメイトと打ち解けられそうだ。

 続いて塔城さんとギャスパーくんもプリントを拾い出す。

 プリントを拾い合うレイヴェルさんと塔城さんの目が合うが。

 

「「ふんっ!」」

 

 プイッとお互いに顔を逸らした……。こっちは前途多難だね。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 放課後、オカルト研究部はレイヴェルさんの入部あいさつのあと、学園祭の準備作業に入った。

 オカルト研究部が学園祭で披露する出し物は『オカルトの館』

 旧校舎全体を使って様々な催もよおしをすると言う案になった。お化け屋敷や占い部屋、喫茶店からオカルトの研究報告等々……皆が出した様々な案を採用する形になった。

 旧校舎全体をオカルト研究部が任されていることで、それを全部出し惜しみせずに活用しようって方向でね。使ってない教室や物置代わりになってる教室があるので、それを利用すれば可能だろうとのこと。

 なので今は旧校舎を学園祭仕様に改装中。魔力を使えば短時間で完成するが、リアスさんは出来るだけ手作りでやりたいと言っていた。その意見にみんな賛同して準備作業に入っている。

 範囲がとんでもなく広くて面倒と思う反面、やっぱり学校行事なのだから学生らしく手作りでやりたいと思うからね。

 女子は主に衣装作りや部屋の模様替えを担当。喫茶店やお化け屋敷の衣装を作ったり、教室を専用のスペースにかえていく。レイヴェルさんにとっては新鮮なことばかりで、驚きつつも一生懸命に手伝っていた。

 一誠や木場さんや僕は男手として大工作業。トンカチやノコギリを使って木材を切り分け、組み合わせたりしている

 

「ところでイッセーくん、誇銅くん。ディハウザー・ベリアルって知ってるかい?」

 

「名前だけなら。王者だろ?レーティングゲームの」

 

 一誠の答えに木場さんは頷く。

 

「そう、正式なレーティングゲームのランク1位。現王者(チャンピオン)。ディハウザー・ベリアルだよ。ベリアル家現当主であり、ベリアル家始まって以来の怪物。もう長いこと頂点に君臨し続ける本物のゲーム覇者。―――皇帝(エンペラー)ベリアルと称されている方さ」

 

 木場さんは作業をしながら話を続ける。

 

「ランキングが20位から別次元と言われ、トップテンとなれば英雄とさえ称される。その中でもランキング5位から上は不動とも言われていて、ほぼ変動が無い状態で業界に長期間君臨しているんだ。特に3位のビディゼ・アバドン、2位のロイガン・ベルフェゴール、1位のディハウザー・ベリアルは現魔王に匹敵する力量を持つ最上級悪魔の中の最上級悪魔だよ。お三方は大規模な戦争でも起きない限りは動かないと言われてはいるんだけどね。ゲームの特性で研磨され、数多くの試合の末に生み出された結晶だって褒め称えられているよ」

 

 例え強くてもそれを披露する舞台がなければそれを磨き上げようとはなかなか思えない。レーティングゲームによって強さが地位の高さに直結する悪魔社会。彼らがどんな理由でそこまで強くなったかは分からないが、ゲームがうまく機能し生み出された結晶と言うべきか。

 

「アバドンとベルフェゴールって聞いた事無い御家の名前だな」

 

 疑問を口にする一誠に木場さんが再び答える。

 

「それはそうだね。番外の悪魔(エキストラ・デーモン)だから。彼らは現政府に関わりたくないのが御家の特色だけど、中には異端もいたって事だよ。家とはほぼ縁切(えんき)り状態でゲームに参加しているみたいなんだ」

 

 悪魔だって十人十色、特殊な事情を抱えて参加している悪魔もいるってことか。それでも参加しているってことは、レーティングゲームにそれだけの価値があるのか、家と縁切りしてまでも成したい目的があるのか。

 ―――レーティングゲームは他の種族に被害を拡大させた一方で、悪魔にはそれだけの夢と野望を与えている。それが現悪魔政府のやり方なのか。

 

「でもよ、サーゼクス様や他の魔王様もゲームに参戦出来ればランキングは変わっていたんだろうな」

「仕方無いよ。ゲームのルール上、魔王は参戦出来ないからね。魔王の眷属ならば参戦出来るけど、その方々もその気が無いって話だから。あくまで魔王の眷属として生きると言うのが四大魔王眷属の皆さんの理念だそうだよ。それに実戦とゲームは似て非なるもの。悪魔の実戦不足を補う為に設置されたゲームだけど、ゲームはゲームで特殊なルールも多いし、実戦とは戦術、戦略の巡らせ方も違う物だと僕は思う。だから、実戦で強くてもゲームでは成績が上がらないなんて珍しくないと感じるんだけどね」

 

 言ってみればレーティングゲームの選手は武術家ではなく競技者。だが鍛え込まれた競技者は武術家にとって脅威になりえる。おそらく大半の武術家は―――圧倒的体力差に押し切られるだろう。それが実践により近いレーティングゲームならなおさら。

 木場さんの言ったとおり実践で強くてもゲームでは成績が上がらないことは珍しくなくとも、その逆は珍しいかもしれない。

 そして技を磨くことに重点を置く日本妖怪は武術家。残念なことに大半の妖怪は圧倒的力の差に押し切られてしまうだろう。

 

(いくさ)が無いゆえのシミュレーション用という面もあるゲームだけど、踏まえつつも実践は別個で望んだほうがいいってことか」

 

 一誠の言葉に木場さんも頷いた。リアス・グレモリー眷属は実践経験は豊富だが、ゲームの特殊ルールには慣れていない。シトリー眷属の時のように一番の強みが出せなかったり。

 

「どちらにしても部長やキミ達が将来ゲームで覇者を目指すなら、ディハウザー・ベリアルは避けては通れない大きな壁。悪魔の世界で上へ行くつもりなら、現トップランカーは全て倒すべき存在と想定していた方が良いね。まあ、部長の『騎士(ナイト)』である僕もいずれ、その世界に飛び込まないといけない訳だけどさ」

 

 リアスさんの本格参戦は大学卒業後だっけ。つまり、あと四年か五年ってところか。まあ、その頃には僕はいないと思うけど。……流石にズルズルとまだ残ってたりしたいよね?

 一誠は頭を振って、ノコギリを天に向けて言った。

 

「とりあえずはサイラオーグさんとの試合か」

 

 木場さんも大きく頷いていた。僕はいつも通り戦車(ルーク)として最低限の働きだけでそこそこに降りるとするか。真面目に勝とうとトレーニングしている一誠たちには悪いけど、僕はマジメに戦う気はないから。

 

「僕らの情報はある程度あちらも把握している。若手ゲーム戦で映像を通して能力は認知されているだろうからね。あちら側が知りそうにないこちらの手札はイッセーくんの新技ぐらいだろうか」

「あちらだって最善の事前情報を仕入れてリハするよな」

「それはそうだよ。ゲーム前に何も調べず『なんでもかかってこい!』では『(キング)』としても眷属としても力を疑われるレベルになる。だからこそ、こちらもあちらの情報を調査しているんだけどね……」

 

 サイラオーグさんは悪魔の中では珍しく激しいトレーニングを積むタイプだったっけ。なら、今参考にしているグラシャラアボラス? だっけ、その悪魔の眷属との試合も参考程度にしかならないだろうね。

 あの時の試合は一方的だったし、あれを最低ラインとして見るのがいいだろう。

 

「けど、イッセーくんのパワーアップは視野に入っているだろうね。先日の手合わせで何かを感じ取っていたようだし。警戒はされてる。問題はあの技をどのタイミングで出すかだね。技の特性上、所見での攻撃が最も有効的だ」

「ああ、どれも癖が強いから、サイラオーグさん相手じゃ二度目はまともに食らってくれそうにないからな」

 

 木場さんと一誠が言う技とは京都の擬似空間で新たに発現した禁手の進化のこと。その進化それを『赤龍帝の三叉成駒(イリーガム・ムーブ・トリアイナ)』、略してトリアイナと名付けたらしい。その能力は、それぞれの駒の特性を含んだ赤龍帝の鎧。

 『龍星の騎士(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)』は装甲をパージさせて防御力を下げる代わりに神速を得る。

 『龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)』は逆に装甲を厚くし鈍重になる代わりに強固な防御力とパワーを得る。

 『龍牙の僧侶(ウェルシュ・ブラスター・ビショップ)』は絶大な魔力砲撃を放つことができる。その威力は擬似空間の京都の町を吹き飛ばす程に強力。ただしチャージに時間がかかる。

 これらは京都から帰ってから力の検証をした一誠から教えてもらったことだ。

 

「コンボをすれば各昇格の弱点は補えるものの、イッセーくん自身の体力がかなり減る。しかし、そもそも窮地(きゅうち)ではコンボをしなければ生き残れないだろうから、したほうがいいんだけど……。長期戦はリスクが高すぎるね」

「そうだな、技自体は短期戦に向いてる。できるだけ温存した方がいいな」

 

 ここでもし僕がリアス眷属の勝利に知恵を貸すなら、まずは普通の禁手を鍛えた方がいいとアドバイスするね。

 新技の体力消耗が激しい。ならば使わなければいい。そもそもトリアイナを使わなければ勝てないなんて自体の方が稀だろう。まあ、最近ではその稀が結構あったりするんだけども……。

 トリアイナは本当に最終手段。だったらまずは赤龍帝の鎧で戦えるようにするべきだと僕は思う。それを十全に鍛え上げれば、その上位にあたるトリアイナも使いやすくなるだろう。

 一誠も一誠の周りも今の調子に乗って力を上げることを選択すると思うけどね。そもそも僕と一誠ではトレーニング環境が全く違ったから一概に僕が正しいとも言えない。僕自身一誠にアドバイスできるほど強くもないし偉くもないからね。

 

「やっぱコンボで仕留めるしかないよな……。昇格のタイミングと組み合わせ、シミュレーションを重ねないとな……」

「各種トレーニングにいつもどおり付き合うよ。僕もイッセーくんと同じように新技の構想をぶつけたいからさ」

「新技? マジか。気になるな。アテはあるのかよ?」

「うん、それなりにね。それより、ドライグは元気かい? 最近キミとの掛け合いをあまり見てないからさ」

 

 そう言われて一誠は籠手を手早く出現させて、ドライグに話しかけた。僕達にも聞こえる声で元気のない声音で深い溜め息をつく。とても落ち込んでいる様子。

 それから職員会議から戻ったアザゼル総督も混ざり、ドライグがカウンセリングが必要なほど精神的に参ってることが判明した。『おっぱい』『乳』『胸』などの単語を耳にする度に心が張り裂けそうになるらしく。完全に一誠が原因だね。

 一誠は自分が原因だったことを謝っていたが、改善する気はないらしい。今更改善もできないだろうからドライグもそこは諦めてしまっている。一誠は自分の左手―――籠手を抱いてお互い涙する。

 それを見て木場さんはどうしたらいいかわからず苦笑していた。僕は苦笑すら出ないので一時的に場を離れた。

 水場で顔を洗って汗を拭っていると、そこへ。

 

「あの、誇銅さん」

 

 レイヴェルさんが後ろから声をかけてきた。

 

「どうしたんですか?」

 

 僕がそう訊くと、レイヴェルさんはもじもじしながら言う。

 

「あの、少々お話したいことがあるんですが……」

「僕に?」

「はい」

 

 レイヴェルさんが僕に話? 一体なんだろうか。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 明くる日のこと。

 僕は僕の家でレイヴェルさんと二人っきりになっていた。話があると、それも僕個人にらしく、なのでせっかくだから僕の家に招待したのだ。

 罪千さんは憂世さんに連れられて朝から遊びに出かけている。一時はどうなるかと思ったけど、修学旅行を経て一緒に遊びに行く友達ができたことが嬉しく感じるよ。僕はいったいどこのお父さんなんだろうね。

 緊張した様子のレイヴェルさん。

 

「……」

「……」

 

 お互い対面したまま会話が始まらない。なんだか僕まで緊張してきたよ。

 よく考えるんだ僕、いったい僕に緊張する理由がどこにあるんだ? 平安時代ではもっとキツイ異性との交流もあっただろ! ……まあ、あれはそもそもレベルというか次元が違うけど。藻女さんの熱烈なアプローチや酔って全裸で抱きついてくる天鈿女命(アメノウズメ)様。……うん、意味合いが違いすぎて比較にならないや。

 まあ、(自分の家)に異性と二人っきりになることだって最近では珍しいことでもないし。でも、きっかけがきっかけだけに罪千さんをそれほど異性と意識してなかったような。それより前になると両親が生きてた時からこんな機会はなかったような……あれ? 考えれば緊張する理由ある……?

 自分を落ち着かせようと論理的に考えてみたが、逆にどツボに嵌まりそうだ。

 と、とりあえず! このままでは要件なんて聞ける空気じゃない! まずはそこを対処しないと!

 

「そういえばレイヴェルさんは今どこに住んでいるんですか?」

「あ、はい。イッセーさんの家に下宿させていただいています。リアスさんと同じところならお父様もお母様も安心とのことで」

 

 同じ名家の悪魔と同じ下宿先ならご両親も安心できるということか。それに兵藤家は今ではものすごい豪邸に変えられているから広さも申し分ない。初めての人間界で心細い思いをしてないか心配だったが、まあなんとか大丈夫そうかな。

 

「それならわからないこともすぐに聞けて安心ですね」

「はい。ですが……平民の生活は初めてでして……日常生活すら右も左もわからない状況でして……」

 

 レイヴェルさんは気恥ずかしそうに話す。

 

「お箸の使い方やお洗濯のやり方……しっかり勉強してから来るべきだったと反省しています」

「今までと全く違う環境で生活するとなればわからないのは仕方ないですよ。それに、レイヴェルさんはそれを学びに来てるんですから」

 

 百聞は一見にしかず。何回も見聞きするよりも一度体験してみたほうがいい。もしも勉強して全部理解できるのなら留学なんてする必要がないからね。わからないこと、知らないことを体験しに来てるんだから。周りだってそれはわかってるだろうし。

 

「そうですわね。一日も早く慣れるように頑張りますわ」

 

 何気ない話題で緊張も解けはじめた様子のレイヴェルさん。これならもうそろそろ訊いてもいいかな?

 

「ところで、僕にお話とは一体何でしょう?」

 

 僕がそう訊くと、レイヴェルさんは固まってしまう。よっぽど言いづらいことなのだろうか……?

 小さく深呼吸して僕の目を見て言った。

 

「誇銅さん、シトリー戦の前の社交界のことを覚えているでしょうか」

「ええ、覚えてます」

 

 レイヴェルさんとのダンスのことも、ギャスパー君とも踊ったことも、その後の本部親子のこともね。

 

「そこで私の言ったことを覚えてますか……?」

「それって、僕を励ましてくださったことですか?」

 

 あの言葉は今でも鮮明に覚えている。その温かい言葉に感動して、泣きはしなかったけど涙はかろうじて抑えきることができなかった程に嬉しかった。

 しかし、レイヴェルさんは首を横に振る。え、違うの? でも、これ以外に何かあったっけ……? 思い出そうと必死に記憶を探るが、これと言って引っかかるような記憶が見当たらない。

 

「……すいません」

「いえ、気にしないでください。そもそも私もきちんとは言ってなかったですし」

 

 内容はわからないけど、どうやら話とは冥界での社交界に言われたことらしい。はて、本当に何なのだろう?

 レイヴェルさんは今度は大きく深呼吸をしてから言った。

 

「このことはリアスさんにも言ってないことなのですが、実は私晴れて自分の眷属を持つことのできる『(キング)』となりました」

 

 その言葉にちょっぴり驚いたが、僕にすればあまり関係がない。

 レイヴェルさんは話を続ける。

 

「それでお話と言うのは―――誇銅さん。私の眷属になってはいただけませんか?」

「……ん!?」

 

 思いがけない告白のような言葉に僕は思わず変な声を漏らした。

 

「こ、この話はリアスさんとは……」

「これからですわ。ですがその前に、誇銅さんのお気持ちを聞きたくて」

 

 僕の悪魔としての『(キング)』はリアスさんであり、トレードの有無はリアスさんが最終的に判断することだ。だから僕に直接言われてもリアスさんが断れば成立しない。そしてその逆も。悪魔にとって僕たち(眷属)は文字通り駒なのだから。

 そのことは純血悪魔のレイヴェルさんならわかっているだろう。それなのにレイヴェルさんはまず僕の意志を確認した。―――いや、わかっているからまず僕に確認してくれた?

 僕はレイヴェルさんの目を見て訊いた。

 

「レイヴェルさんは―――僕が必要ですか?」

 

 僕がそう訊くと、レイヴェルさんは間を置かずに「はい」と答えた。

 レイヴェルさんの目は何も変わらず僕だけを見ていた。他には何も映さず、ただ僕だけを。レイヴェルさんの気持ちは伝わったよ。なら、次は僕の番だね。

 

「率直に言います。僕はリアスさんを、冥界を、三大勢力を信用していません。近いうちにリアス・グレモリー眷属を辞めようと考えてました。リアスさんも僕のことを必要とはしてなかったですし」

 

 僕は僕の思い、考えを正直に話した。それがレイヴェルさんの思いに対して僕がするべきことだと思ったから。

 例えこれでレイヴェルさんのと関係に溝ができようとも僕はそれを受け入れる。そうしなければ見えない溝が生まれるだけだ。

 

「僕には三大勢力のやってることが信用に足らない確信があります。だから僕は、三大勢力の発展のためには協力できません。冥界の、三大勢力の危機に僕は力を貸せません。例え魔王様やレイヴェルさんの命令でも。それはレイヴェルさんの評価を下げてしまう要因になってしまうでしょう。―――それでも僕が必要ですか?」

 

 ここまで言ってしまえば大抵の悪魔は断るだろう。なにせ眷属にしたところで肝心なところで働かないと断言してしまってるのだから。

 こんなことを言ってしまえばレイヴェルさんも僕を誘うのを躊躇(ためら)うだろうね。それでも、これは僕にとって譲れない一線。だからしっかりと言っておかなくてはいけない。

 流石にこんな条件を出されたレイヴェルさんは黙ったまま悩む。そしてしばらくして言った。

 

「―――それはつまり、私の眷属になることを了承してくださったとお受け取りしてもよろしいのですか?」

 

 今度は僕が間を置かずに「はい」と答える。

 先ほどとは立場を逆にレイヴェルさんをしっかりと見据える。

 トレードを受ける気があるからこそ、正直に言う必要があった。端から無ければ隠したまま遠回しに断った。

 

「なぜそこまで冥界を信用出来ないのに私の勧誘を了承してくださるのですか……?」

 

 レイヴェルさんは不思議そうな表情で僕に訊く。

 冥界や三大勢力、つまり悪魔に力を貸さないと言ったも同然。それなのになぜ自分に力を貸すのか、当然の疑問だ。

 だから僕は答えた。

 

「『自分を卑下しないで』そう言ってくれたからかな? レイヴェルさんなら信じられる、信じたいと思ったからです。それに、レイヴェルさんになら裏切られてもいい」

「ッ!」

 

 そう言うと、レイヴェルさんは驚いた表情で胸に手を当てた。顔もほんのりと赤い。

 レイヴェルさんはおずおずと僕に右手を差し出す。

 

「そ、それでも構いませんわ。よよよ、よろしくおねがいします……!」

 

 僕は差し出された右手を両手で優しく握った。するとレイヴェルさんの顔がいっそう赤味が増す。

 

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします! レイヴェル・フェニックス様」

 

 まさかこんな形でリアスさんの眷属を抜けられることになるとは思わなかったよ。結局は悪魔と縁が切れてないのはちょっとアレだけど、レイヴェルさんの力になれるのなら今はいっか。どうせ勢力として悪魔とはほぼ縁切り状態に接するつもりだし。

 となれば、時期的に今すぐリアス・グレモリー眷属を抜けるのは少し難しいかな。大事なレーティングゲームをもうすぐに控えてるし。そうすると、リアス・グレモリー眷属としては次のレーティングゲームが最後になるか。

 

「日本神話で培った技術、レイヴェル様のためだけに存分に振るいましょう!」

「そんな、レイヴェル様だなんて……ん、日本神話で培った技術?」

 

 顔を赤くして照れ顔から一転、(いぶか)しげな表情に変わるレイヴェルさん。ああそうか、そうだよね。突然日本神話で培った技術なんて言われたら。

 レイヴェルさんの力になるなら当然話しておかないとね。

 

「ああ、僕もリアスさんたちに秘密にしてたことがありまして。レイヴェルさんにならお話します。あれは数ヶ月前のこと……いや、レイヴェルさんたちから見れば数千年前のことです」

「す、数千年前……?!」




 誇銅の眷属抜けの正解はレイヴェルの眷属になるでした! ……どうかな? 納得できる結果ですか……? 期待されてた部分だけにものすごく不安。でも、今後の原作を加味するとその方が応用が利いて書きやすかったんです。


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新たな門出の準備期間

 レイヴェルさんが僕を勧誘してくれた後、僕は日本神話で体験した不思議な出来事を話した。嘘みたいな僕の話をレイヴェルさんは疑わずに真剣に聞いて信じてくれた。

 そうして幾つかのことはあえて曖昧に話したり伏せたりしたが大体の事は話したと思う。

 伏せたのは主に僕が男として幸せな体験談とかだ。これは人に話すもんじゃない、うん。だが、向こうでの家族のことを話す時に口が滑ってちょこっとだけ藻女さんとのそういう話をしてしまった。その時のレイヴェルさんの目には黒い動揺のようなものが見えたね。

 それから時間が経って、レイヴェルさんが『(キング)』になったことも、僕のトレードの話もいまだにリアスさんに言えないでいる。僕から話を通そうかと言うと、レイヴェルさんは『(キング)』として自分でやらなくてはいけないと言い切った。だけどその後に「……ですが、その時は側にいてくださいませんか……?」と言った。その時のレイヴェルさんはものすごく可愛く見えたよ。

 そうしてなかなか言い出せないまま時間が過ぎていった―――。

 

「うーん、やはりトリアイナのコンボは『僧侶(ビショップ)』が1番のネックか」

 

 休憩中、一誠はおにぎりを頬張りながら木場さんにそう言った。

 現在、リアス・グレモリー眷属は修行場―――グレモリー領の地下にある広大な空間でトレーニングを行っている。

 遠くではゼノヴィアさんのトレーニングにイリナさんが付き合い、ギャスパーくんと塔城さんがそれぞれのサポートに回っていた。それをリアスさんと朱乃さんがアドバイスをかけながら見守る。アーシアさんはイリナさんと話し合っていた神聖な術式について学んでいる。

 

「そうだね、トリアイナ版『僧侶(ビショップ)』はチャージが問題だ。『騎士(ナイト)』と『戦車(ルーク)』はそれぞれの使うタイミングさえ間違えなかったら相手に大きなダメージを与えられると思うよ。砲撃も発射後に上手く曲げられる様になれば虚を衝つける」

 

 木場さんは汗を拭きながら言った。

 僕は二人のトレーニングをサポートという名の見学。いちおうこれも僕のトレーニングらしいけど。戦闘の気配を間近で見て感じて覚えるっていうアザゼル総督が考えたね。僕が貧弱なので皆のトレーニングについていけないとも思われているんだろうけど。僕には直接戦闘をサポートするような力はないし。

 それはアザゼル総督もわかってるみたいだから本格的なトレーニングを考えるまでの繋ぎのつもりなのだろう。そのまま何も思いつかないでほしい。

 

「集団戦―――。それも仲間との連携が必須になるね。僕やゼノヴィアが前衛になり、その分、イッセーくんは後方に下がってチャージする。完了したら、こっちのものだ。あんなバカげた威力の砲撃をまともに受けて残ることができるバアル眷属は限られているだろうし。それで、消耗具合はどう?」

「うーん、能力を発現したばかりの頃に比べると多少は保つようになったけど、やっぱ、体力の消耗は半端じゃない」

 

 あれだけのパワーを垂れ流しにすれば消耗が激しいのは当然。といっても、そういう概念が薄い、またはない悪魔では厳しいだろう。一誠の体力では試合中一度きり。アーシアさんは体力の回復はできないので体力が尽きたらそこまで。

 だけど、試合ならばそういう天才が一人で流れを変えられるかもしれない。そういう意味では一誠はリアス・グレモリー眷属では必要不可欠とも言える。どちらにせよ現在のグレモリー眷属は一誠が中心だ。

 

「集団戦なら、いざというとき皆と一緒にキミをフォローするよ。僕も新技を得たしね」

 

 木場さんの新技。確かにすごいものではあるけど、僕はそこまで脅威に感じなかったな。いや、悪魔にとってはかなりの脅威になるだろうけども。

 

「あ、あの、ふと思ったのですが……」

 

 僕の隣で同じように二人のトレーニングを見学するレイヴェルさんが挙手した。

 

「先程の特化型の『僧侶(ビショップ)』ですが、砲身から砲撃ではなく、譲渡の力を撃つことはできないのでしょうか? そうすれば援護射撃にも幅が出るよな気がしまして」

 

 その意見を聞いた一誠と木場さんはしばらくの無言を経て―――。

 

「「それいいね!」」

 

 同時に笑顔で頷いた。

 

「それが可能ならば戦術に幅が生まれる。所見でもチャージ攻撃と見せかけて、味方に力を譲渡できたなら虚をつける上にラッシュをかけられそうだ」

「二撃目からも『砲撃か? 譲渡か?』って相手を揺さぶることができるか?」

「うん、大きな揺さぶりになると思う。遠距離への譲渡が可能なら、仲間との連携で、これほど役に立つ能力はないよ。譲渡が二人まで同時に可能という点も通常と同じなら、砲身も二つあるし、前衛を二人も底上げできる。プラン的にもう少し練り込む必要があるだろうけど、面白い試みだね」

 

 レイヴェルさんの発言に盛り上がる一誠と木場さん。

 すると、レイヴェルさんはハッとして申し訳なさそうに僕の方を見た。もしかして僕がリアスさんを信用してないのにグレモリー眷属にアドバイスを送ったことを気にしてるのかな? そのぐらい気にしないよ。そのことをレイヴェルさんにさり気なく伝えた。

 

「問題はゲームフィールド、でしょうね。集団戦ができる場所ならいいのだけれど……」

 

 そこへゼノヴィアさんとイリナさんのアドバイス役のリアスさんが会話に参加してくる。

 向こうでは全力で激闘を繰り広げていたゼノヴィアさんとイリナさんが倒れている。結構派手な音が聞こえてたからね、無理もない。

 リアスさんが話を続ける。

 

「サイラオーグは私たちの全てを受け入れると上役に打診し、上役もそれを許可したわ。私たちにとってシトリー戦ほどの力の束縛はないでしょう。けれど、上役はそれを踏まえた上での特殊ルールを敷いてきそうだわ」

「と、特殊ルールですか……?」

 

 一誠の言葉にリアスさんは頷く。

 

「今回の会場は大公アガレスの領土にある空中都市で行われるわ。大勢の観客を呼び込むつもりだから、最初から長期戦を見越してはいないわね」

 

 空中都市で大勢の観客の前でのレーティングゲーム。観客ありきってことは、過度な長期戦は無いと考えるべきか。あまりに試合が長引いたり展開が遅いとお客さんが飽きてしまうからね。

 グレモリー眷属とバアル眷属はお互い純粋なパワーを売りにしている。短期決戦のガチンコの方が盛り上がるか。

 

「レーティングゲームはエンターテイメントでもあるから、ファンありきなのは仕方ない部分もあるわ」

「冥界ではリアスさまのグレモリー眷属とサイラオーグさまのバアル眷属はプロ前の若手でありながら、プロに負けない人気がありますもの。今回の一戦もすでに大きな注目を集めていますわ。連日、テレビで煽っていますもの」

 

 リアスさんの説明にレイヴェルさんが付け加える。

 そうなるとバトルフィールドも観客が見やすいシンプルなものになりそうだ。だけどこれは戦闘での制限が代わりに、エンターテイメントとして魅せる縛りがかかりそうだね。

 こういう場合は試合を捨てて魅せるバトルに切り替えて今後に繋げるってのもアリかもしれない。まあ、それがメディアに通じても悪魔の評価としてはどうかわからないけど。

 

「ありがとうな、レイヴェル。いいアドバイスだったぜ」

 

 一誠がレイヴェルさんにお礼を言うと、

 

「こ、これぐらいでしたら。私もご厄介になっている身ですし……」

 

 少し困惑した様子で返した。ごめんなさいレイヴェルさん、僕の都合で変な負荷をかけてしまって。

 

「よっしゃ、その譲渡方法ができるかどうか、さっそく試してみようぜ!」

 

 一誠は気合を入れて練習を再開しようとするが。

 

「今日はここまでよ」

 

 と、リアスさんが制止させた。

 

「明日は記者会見だもの。あまり練習ばかりしていると、明日酷い状態で記者達の前に出る事になるわ」

 

 …………記者会見……?

 僕はその言葉に疑問で無反応になり、一誠は目をパチクリさせる。

 間の抜けた顔をしている一誠に、リアスさんは微笑みながら追加情報を告げる。

 

「あら、言ってなかったかしら。ゲーム前に私達とサイラオーグのところが合同で記者会見をする事になったのよ。テレビ中継されるのだから、変な顔しちゃダメよ?」

「え、えええええええええええっ!?」

 

 初めて聞いた情報に一誠は驚きの声を上げた。

 急な記者会見を告げられて今日のトレーニングはお開きとなる。その時、レイヴェルさんはチラッと僕の方へ振り返った。それからすぐに前を向き―――。

 

「リアスさん、大事なお話があります」

 

 レイヴェルさんは真剣な声色でリアスさんに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングによって若干の熱気と汗の匂いが漂う地下空間。殆どのリアス眷属が疲弊している最中、二人の『(キング)』の間に微細な緊張が生まれる。

 この場、このタイミングで言い出すつもりなのか……! ―――いや、そんなのはどうだっていい。覚悟を決めたタイミングがレイヴェルさんのベストタイミングなのだから! 僕は約束通りレイヴェルさんのすぐ近くで見守る。

 

「大事な話……?」

「はい、リアスさん。私とトレードをお願いしたいのです」

 

 リアスさんが訊くと、レイヴェルさんはまだ緊張した様子で言った。

 

「トレード……?」

 

 急にトレードを持ちかけられたリアスさんは不思議がる。そもそもリアスさんはレイヴェルさんが眷属を持てる『(キング)』になったことを知らないのだから当然の反応だ。

 レイヴェルさんは『(キング)』以外が揃った自分の駒を見せた。

 

「実は私、人間界に来る前に『(キング)』となったのです」

 

 悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を見てリアスさんは言葉の意味を納得する。そしてさらに、何かを理解したような表情もした。

 

「なるほど、そういういことね。もっと早く言ってくれればよかったのに。おめでとう、レイヴェル。だけどごめんなさい、私はトレードをする気は―――」

「私がトレードを望むのは『戦車(ルーク)』―――日鳥誇銅です」

『ッ!?』

 

 レイヴェルさんはリアスさんの話を遮ってトレードに僕を指名し、僕に視線を向けた。その緊張する顔に、僕は優しい笑みで返す。

 レイヴェルさんが僕を指名したことにリアスさんを含むリアス眷属の何名かは明らかな驚きの表情を見せた。主に一誠に惚れている女子だね。おそらくレイヴェルさんは一誠を指名すると思ったんだろう。

 特にリアスさんと塔城さんはものすごく意外そうな表情だ。

 

「―――正直、意外だったわ。まさか誇銅を指名するなんて。理由を訊いてもいいかしら?」

 

 リアスさんが訊くと、レイヴェルさんはよりいっそう緊張を増して固くなる。しばらく黙った後に――-、

 

「そ、それは……そ、側にいてほしい……から……ですわ」

 

 もごもごと小さな声でつぶやくように言った。ここは男として聞こえないのがいいんだろうけど、修行のおかげで結構耳が良いんだよね僕。やばい、めっちゃ嬉しい。今僕変にニヤけたりしてないかな?

 男でも女でも、こうも純粋な気持ちで思われるのは冥利に尽きるんじゃないかな。例え僕がニヤけていたとしてもそれは仕方ないことじゃないのかな?! っと、心の中で一人で言い訳をする。

 レイヴェルさんの返答を聞きくと、リアスさんはレイヴェルさんに微笑む。

 

「なるほど、そうだったの。どうやら私たちの勘違いだったみたいね。―――誇銅、あなたはどうかしら?」

 

 リアスさんが僕に返答を訊く。他のオカルト研究部のメンバーも僕の返事に興味津々だ。返答はとっくに決まっている。

 

「是非。僕からもお願いします」

 

 レイヴェルさんは僕を望んでいる。リアスさんは僕を望んでいない。最近は少しばかり目をかけられ初めてはいたが、どちらにせよ僕が望むものはここ(リアス眷属)にはない。このトレードは僕にとって渡りに船だ。

 

「この話は既に誇銅さんにはお話して承諾していただいてます」

「そう、もうそっちの話はついてるのね。―――いいわ、レイヴェル。私はあなたのことを応援するわ」

「ッ!? そ、それはつまり……」

「ええ、トレードを受けるわ」

 

 その言葉に僕とレイヴェルさんは喜びで顔を見合わせる。心底嬉しそうな表情だ。

 

「ありがとうございます!」

 

 レイヴェルさんはリアスさんの方へ向き直って頭を下げて礼を言った。

 

「いいのよ。大切にしてあげてね。それと、頑張りなさい」

「はい!」

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 そうして次の日の夜、学園祭の準備を含む一連の活動を終えた後、僕たちはグレモリー領にある高級ホテルへと向かった。

 そして現在、僕たちは上階の控室に待機していた。

 広い一室に高級家具一式が揃い、テーブルの上には見た事も無いフルーツ盛りやケーキ、お菓子などが並んでいる。

 このホテルの2階ホール会場にて、グレモリーとバアル、両眷属の合同記者会見が今夜開かれる。

 内容はシンプルにゲーム前の意気込み会見だと聞いている。

 両『(キング)』のリアスさんとサイラオーグさんが中心にインタビューをされる。その際に眷属にも一言二言のインタビューがあるだろうと。有名人の一誠はもう少し多いだろうね。

 自分にもインタビューがあると聞いてから一誠は緊張している様子。質問の内容もわからないのだから、何を言えばいいか事前に考えづらいからね。僕はもう大体考えてあるからそこまで緊張してないかな。

 ソファに座り込んで考える一誠の膝の上で塔城さんは落ち着いた様子でケーキを食べていた。

 アーシアさんは鏡の前でメイクの人と鏡の前でメイク調整に夢中で、ゼノヴィアさんは簡単な薄化粧だけで済ませていた。

 リアスさんと朱乃さんは準備万端。僕たちはいつもの制服姿だが、正直な感想、化粧のせいか、艶のある雰囲気を出している。

 

「ギャスパーくんはいつもの女子の制服で良いのかい?」

「は、はい。今更男子の制服を着てもなんなので……て言うか、出たくないですぅぅぅぅっ! 引きこもりの僕には記者会見なんて場違い過ぎて耐えられません!」

 

 身支度を終えた木場さんとギャスパーくん。そしてギャスパーくんは久々に段ボール箱に逃げた。気持ちはわかる。こういう勇気はまた別なんだよね。

 こうしてる間にも記者会見の時間は刻一刻と迫り、僕たちも最終チェックを済ませる。

 

「皆さん、そろそろお時間です」

 

 控室の扉が開かれ、スタッフの人が呼びに来た。記者会見が始まるか。なんだか今頃になって少し緊張してきたよ。

 

 

 

 通路を進む途中、見知った顔に出くわした。

 

「あ、リアス先輩に兵藤、誇銅、オカルト研究部の面々じゃないか」

 

 それは匙さんだった。

 

「匙! おまえ、何やってんだ?」

「言ってくれるぜ……。まあ、仕方ないか。こっちはあんま注目されないまま決定したわけだしな」

 

 一誠が言うと、匙さんはガックリと肩を落としため息を吐きながら言った。

 

「俺の所も対アガレス戦のゲームをするのさ。その記者会見を今日やるんだ」

「な、なにぃぃぃぃぃぃっ!? は、初めて聞いたぞ!」

 

 僕も今知ったよ。驚く一誠にリアスさんは首をかしげながら言う。

 

「言ってなかったかしら? ソーナの所も私達の試合と同時期にシーグヴァイラ・アガレスとゲームをやるのよ。あっちもアガレス領で湖上に浮かぶ島々が会場だったかしら」

 

 聞いてないですよ。記者会見の件もそうですけど、最近、事前情報の提供が滞ってる気がするのは気のせいじゃないと思う。最近は学園祭の準備やレーティングゲームの準備とかやることも多かったけれども。

 

「だから言ったろ? 注目されてないって。そりゃ、そっちはおっぱいドラゴンとリアス先輩と有名なグレモリー眷属と、あの若手ナンバーワンのサイラオーグ・バアル眷属の一戦だもんな」

 

 シトリー眷属は強いけど、まだ赤龍帝と若手ナンバーワンの知名度には敵わないってところか。それに忍術を使ったシトリー眷属の戦い方は悪魔にとって地味に見えて受けが悪いのかもしれないね。

 

「元ちゃん、行きましょう。遅れちゃまずいし。リアス先輩、それではごきげんよう」

「あ、ああ、そうだな。じゃあ、俺達はこれで」

 

 シトリー眷属の『僧侶(ビショップ)』花戒さんがそう言うと、匙さんは頭を深く下げてからその場をあとにした。

 僕たちはそのまま通路を抜けて会場となるホールに姿を現す。

 

『お着きになられたようです。グレモリー眷属の皆さんの登場です』

 

 拍手の中、僕たちは広い会見場に入っていく。瞬間―――ピリッとした緊迫感を感じた。隠せない……いや、隠す気のない闘気。

 会見席の上には悪魔文字で「サイラオーグ・バアルVSリアス・グレモリー」と書かれた幕があり、既にバアル眷属は揃っていた。

 間を空けて、バアル陣営の隣席に僕達が座る。リアスさんが中央、右隣に朱乃さん、左隣に一誠と注目される位置にグレモリー眷属の目玉が。ちなみに僕の席は後方二段目の末席。

 バアル側は、特にサイラオーグさんの体から張り詰めた気合が発せられている。入ってすぐに感じた数人混じった闘気の大本はサイラオーグさんなのはすぐにわかった。だけどそれより気になるのは……張り詰めた気合を発するバアル眷属たちの中でいやに自然体なのが三人ほどいる。

 僕の隣でギャスパーくんが目を白黒させて必死に恥ずかしさに耐えている。僕には軽く背中を叩いて僕が横にいると教えることしかできない。

 

『両眷属の皆さんが揃ったところで、記者会見を始めたいと思います』

 

 司会がそう言って記者会見がスタート。

 ゲームの概要、日取りなど基本的な事が司会によって改めて通達され、その後は両『(キング)』のリアスさんとサイラオーグさんが意気込みを語る。

 会見は順調に進み、次に両眷属の注目選手へ記者の質問が始まった。

 男性人気の高いグレモリー眷属女性陣が質問に一言返し、女性人気の高い木場さんも難なく返していく。

 そしてついに僕とギャスパーくんの順番に。質問の内容はシンプルに次の試合の意気込みについて。特定に需要があるだろうけど、そこまで目立たない僕達にはこのくらいの質問が妥当だろう。

 ギャスパーくんはガチガチに緊張しながらも答える。

 

「せせせせ、精一杯頑張りたいと思いますぅぅぅぅっ!

「僕は次のゲームが最後ですので、いままでお世話になったことも含めて、今度こそ良い成績で締めたいと思います」

 

 僕がそう言うと、司会者も記者の方達も軽く驚いてる。

 

『最後のゲーム。と、言うのは……?』

「はい、実は先日、僕のトレードが決まりまして。でもゲームが近いとのことで、このゲームを最後にとなりました」

 

 あの後、リアスさんとレイヴェルさんの話し合いの結果、やっぱりそういういことになった。なので最後のゲームは短い間でもお世話になったリアスさんへの恩返しと、新しい主のレイヴェルさんの為に、グレモリー眷属で最後に一度だけ本気で戦おうと思っている。

 僕の返答に記者の質問が続く。

 

『その新しい主とは一体誰なのでしょうか?』

「それは……まだ秘密です」

 

 口元に指を置いて少しだけ可愛く魅せる。機嫌がいいからちょっとだけサービス。

 秘密にするのはレイヴェルさんがどうしたいのかわからないから。下手に名前を出して迷惑をかけるわけにはいかない。

 だけどこの証言で僕がトレード先が決まっていることを大々的に発表できた。これならリアスさんも土壇場でトレードを拒否することも難しいだろう。まあ、そんなことはしないと信じたい。だからこれは保険。

 こうして僕への質問が終わる。そして次は一誠が質問された。

 

『冥界の人気者おっぱいドラゴンこと兵藤一誠さんにお訊きします』

「は、はい」

『今回もリアス姫の胸をつつくのでしょうか? つつくとしたら、どの場面で?』

 

 予想外の質問に僕は一瞬思考が停止した。おそらく言われた本人も真っ白になってるんじゃないかな?

 

「…………え、えーと……」

『特撮番組同様、リアス姫のお乳をつついたり、揉みしだくとパワーアップすると言う情報を得ています。それによって何度も危機的状況を乗り越えてきたと聞いているのですが?』

 

 確かに事実ではあるけどさ、それをそのまま質問するってどうなの?! 僕の常識では考えられない! 冥界ではこういうのは普通なの!? ……まあ、おっぱいドラゴンが子供向けに、それも大人気になる冥界では今更な気もしてきた。

 

「えーとですね、ぶ、ぶ、ぶちょ、じゃなくて」

『ぶちゅう!? 今ぶちゅうと言おうとしてませんでしたか!? それってつまり、ぶちゅうぅぅぅっと吸うと言う事ですか、胸を!?』

 

 突然たくさんのフラッシュがたかれ、記者たちもざわつき出す。

 おそらく一誠は「部長」と言いかけてマズイと思い口ごもったのだろう。「じゃなくて」とか言ってたし。

 だけど記者の前での失言はかなりマズイ事態だよ。

 

『それはリアス姫のお乳を吸うと言う意味ですか!?』

『つついたり揉むとパワーアップするとしたら、吸うとどうなるんですか!? 冥界が崩壊するとかあり得るんでしょうか!?』

 

 ほら、どんどん面白おかしく解釈されて収集がつかなくなる。

 

『リアス姫! これについてコメントをお願いします!』

「……し、知りません!」

 

 そしてリアスさんにも質問の被害が及んだ。リアスさんは赤面して恥ずかしそうに顔を両手で覆う。リアスさんの隣で朱乃さんが堪えきれずに噴き出していた。

 

『サイラオーグ選手はどう思いますか?』

「うむ、リアスの乳を吸ったら恐ろしく強くなりそうだな」

『おおおおおっ!』

 

 サイラオーグさんはマジメな表情で答える。それを聞いて沸き立つ記者達。もうこれは収集不可能だ。明日の朝刊を楽しみにするしかないね。

 そんなこんなで記者会見は張り詰めた雰囲気から一転、お笑いに満ちた状態で幕を閉じた。

 

 

 

 

「ハハハハハハハハ!」

 

 記者会見後、会見場の裏手に集まるグレモリー眷属とバアル眷属。そこでサイラオーグさんが豪快に笑っていた

 

「いや、すまん。しかし、お前達と絡むと楽しい事ばかりが起こるな。戦闘前だから闘志を纏って会場入りしたんだが、すっかり毒気を抜かれてしまった。いやいや、逆にリラックス出来たぞ」

「もう! サイラオーグも変な事言わないでちょうだい!」

 

 赤面して涙まで浮かべているリアスさんはサイラオーグに怒っていた。よほど恥ずかしかったのだろう。無理もない。

 

「良いではないか。結果的に血生臭(ちなまぐさ)い会見ではなく、話題性に富んだものになったではないか。明日の朝刊の見出しが楽しみだ」

 

 ハハハ、僕も少し楽しみだ。対岸の火事は燃えるほどなんとやらと誰かが言っていた記憶がある。これがそういうことなのかな。

 まあ、例えおっぱいドラゴンの発言がトップ記事にされたとしても、冥界の風潮なら案外悪いことにはならないかもね。

 ふーっと笑顔で息を吐くサイラオーグさん。

 

「なるほどな。これが赤龍帝―――おっぱいドラゴンと戦うということか。会見でもコメントで戦わねばならないとは思わなかったぞ」

「す、すみません、こんな調子で……決してバカにするつもりはなくて……」

「そんな事は無い。気にしないぞ、俺は。逆だ。あんなにも注目を集める場所であれだけの事を起こすお前達に未知のものを感じる」

 

 サイラオーグさんは(きびす)を返し、手を振って僕達のもとを去っていく。

 

「今夜は楽しかった。次に会うのは決戦の時だな。―――空で会おう」

 

 空―――つまり空中都市の決戦場ということか。

 記者会見も終わり、刻々と僕にとってグレモリー眷属で最後のレーティングゲームが迫ってくる。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「ん~気持ちいい」

 

 記者会見後、僕たちは帰宅しいつもの日常に戻った。

 反故の予防も果たし、自宅で軽く自主トレーニングで汗を流し、気分良くお風呂に入っている。

 試合が近いのでしっかりとお風呂場で柔軟もしておく。いろんな意味で大事な試合だ、ベストコンディションで望まないとね。

 お風呂場でのしっかりとリラックスし、ホクホクとお風呂から上がった。

 寝間着に着替えて寝るまでゆっくりするだけ。

 

 ピンポーン

 

 呼び鈴が鳴る。一体こんな時間に誰だろう? そう思いながら玄関を出ると。

 

「やあ」

月読(ツクヨミ)様!?」

 

 玄関の前に居たのは、なんと月読(ツクヨミ)様だった!?

 

「ど、どうしたんですか……? こんな夜中に。とりあえずどうぞ」

「ん、お邪魔するね」

 

 神様を玄関に立たせるのも申し訳ないのでとりあえず家に上がってもらう。

 まさか月読様が直接僕の家に来るなんて……! それに連絡もなしに。もしや、何かあったんじゃ!?

 お茶をお出しして、リビングのテーブルで月読命様と対面して座る。

 

「こんな時間に突然ですまんね。昼は遠出するのが億劫(おっくう)で。夜も億劫だけど」

 

 月の神である月読様はめったに姿を見ることはない。まるで雲に隠れる月のように。特に日のある内に出歩く姿は高天原に住む神様でさえ目撃者はほぼ皆無。夜の神様らしく日が落ちるとふらっと出て来るらしい。

 姉の天照様(いわ)く、ただ人見知りが激しいだけだとか。

 僕も昼間の月読様に会ったことはある。確かに夜とは別人だった。

 

「それで、どんな用事で僕のところに……?」

「特に。まあ、強いて言うなら悪魔に日本と関わりがあることを話したことについてかな」

 

 レイヴェルさんに過去の日本での出来事を大雑把に話したことは日本神話にも伝えておいた。事後承諾だが、こういうことはきちんと言っておくべきだと思ったから。

 その時に出たのはスサノオ様で、僕が困らないなら別に構わないとだけ言われた。

 

「やっぱり何か問題が……」

「いや、別にいいんだけど。私たちとしては別に困る理由なんてないよ。危ないのは悪魔陣営に身を置く誇銅のほうね」

 

 ……月読様の言うとおり、もしもこのことがレイヴェルさん以外の悪魔、そこから魔王などのお偉い所にバレてしまったら、僕は日本神話とのパイプとして利用される恐れが十二分にある。従わない転生悪魔がどうなるかわからない。最悪の場合……。

 逆に日本神話側は僕を切り捨てれば済む話だ。僕一人のために日本に住む人達を危険には晒せない。そうなったら是非とも切り捨ててほしい。

 月読様は話を続ける。

 

「だからちゃんと私たちを頼るね」

 

 いつも通りの鋭い眼光と無表情のまま、僕を気にかける言葉をかけてくれた。

 

「一人で何か溜め込んでないか見に来たけど、大丈夫そうだね」

「心配しくてくださってありがとうございます」

天照大神(姉さん)は誇銅を弟のように思ってる。姉さんの弟つまり私の弟。家族心配するのあたり前ね」

 

 冷酷な表情で眉一つ動かさず僕を家族と言い心配しくれる。

 日本(この国)の最高神に家族のように思ってもらえるなんてありがたいことこの上ないよ。日本人として一番光栄なことかもしれない。

 

「ご安心下さい。新しい先では日本での出来事を話す前にいくつか約束してくれました」

 

 僕はレイヴェルさんに三大勢力の利益になることで力を貸せないことを了承してもらったことを話した。すると月読様は目を細めて僕に言った。

 

「その悪魔は本当に信用できるね?」

 

 レイヴェルさんのことを全く知らない月読様にすれば、相手が悪魔の時点で信用に足りるか相当疑わしい。だけど―――。

 

「僕がまだ何も成し遂げていない時代から、僕を認め優しくしてくれた(悪魔)です。僕は信用したい……信用できる人だと確信しています」

 

 僕が自信ありげに言うと、月読様は変わらない疑いの目で僕の目をじっと見つめる。疑うのは当然、だから僕も逃げない。

 しばらくして、月読様は目を閉じ小さく息を吐く。

 

「わかったね。誇銅の人を見る目を信じるよ」

「ふぅ、ありがとうございます」

「勘違いしちゃだめね。私はその悪魔じゃなく、あくまで誇銅を信頼しただけ」

 

 日本神の悪魔に対する悪印象は相当深い。その中でこれくらいの信用を得られれば上出来だ。

 一段落ついたのか月読様はテーブルのお茶に手を付けた。僕も一息入れるために飲む。

 

「ところで、そろそろ後ろでチラチラ見てくる奴の紹介もしてくれないか?」

 

 月読様は顔を動かさずに僕にそう言った。後ろの出入り口の方を見ると、罪千さんが影からチラチラと僕達のほうを覗いていた。月読様に集中しすぎて気づかなかった……。

 僕は少し左にずれて隣をポンポンと叩き罪千さんを呼ぶ。罪千さんはオドオドしながら僕の隣に座った。どうやら月読様の雰囲気と表情に怯えてるみたいだ。

 

「罪千さん、こちらは日本神の月読様。月読様、この人が前に言っていた罪千さんです」

「よろしくお願いします」

「ん、よろしく」

 

 二人の軽い顔合わせの挨拶が済む。その後、罪千さんとの出会いについてできるだけ詳しく説明した。月読様レベルの人なら正直に話してしまった方がいいだろう。ただし、邪神のこととリヴァイアサンがどんな存在かはあえてぼかした。

 リヴァイアサンは強力な捕食能力、擬態能力、再生能力を持つ絶滅種の怪物の生き残りとだけ伝えておいた。嘘は言っていない。ただ神の手にも余った原初の怪物と言わなかっただけ。そんなことを伝えれば要らない心配をかけてしまう。邪神の件も同様。

 一通り話し終えると、僕の説明を黙って聞いていた月読様は罪千さんをじっと見る。

 

「へ~、そんな怪物がいたなんてね。私も知らなかったよ。なるほど、私から見ても完璧な擬態能力ね」

 

 じろじろと見る月読様が怖いのか、罪千さんはビクビクしている。落ち着かせるために僕は罪千さんの頭を優しく撫でる。すると、いつ戻り嬉しそうに大人しく僕に撫でられた。

 それを見て月読様は若干不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。なので罪千さんのナデナデはほどほどでやめる。

 

「私にとって誇銅さんは恩人で大切な人です。だから、誇銅さんは私が体を張ってお守ります……!」

 

 僕に撫でられて落ち着きを取り戻した罪千さんは、月読様にそう宣言した。すると月読様は―――。

 

「ふーん……守るねぇ…………」

「ッ!!?」

 

 月読様の鋭い殺気が僕を貫く。尖すぎる殺気に気圧されて反射的に動けなかった!

 

「ッッ!!」

 

 すると、罪千さんは僕を守るように僕の前に飛び出した。

 

「遅い……。けど、私の殺気に立ち向かえただけ良しとするね」

 

 月読様の言うお通り、もしもあれが本気だったら完全に出遅れている。が、それでも月読様の殺気に対して僕のために立ち向かってくれた。

 

「とりあえず、周りに信頼できそうな人がいてよかったよ。これなら少しは任せられるかもね」

 

 そう言うと、月詠様の口角が少しだけ上がった。

 

「それとキミの怯えた表情、とっても良かったよ」

「ひぃっ!」

 

 すると今度はサディスティックな笑みを浮かべた。

 罪千さんを試したのか。月読様も昔と変わりないようで。

 

「さてと、長居してしまったね。私はそろそろ帰るとするね」

 

 月読様は立ち上がり、玄関へ歩いて行く。僕達も立ち上がって玄関まで見送る。

 玄関で月読様が靴を履く時、ある違和感に気づく。その違和感は月読様が玄関で靴を脱いで家に上がった時にも感じていたが、それが何なのかたった今気づいた。

 

「シークレットブーツ…………。月詠様……やっぱり気にしてたんだ」

 

 月読様が昔から僕と同じように身長について気にしていた。



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痴情なもつれの反論ショーダウン

 前話の訂正:>張り詰めた気合を発するバアル眷属たちの中でいやに自然体なのが3人ほどいる。
 の部分を二人に修正しました。ちゃんと読み返してみたら人数ミスってた!






 明くる日の放課後。

 一誠は部室でため息をついていた。理由は知らないけど、この冥界の新聞が原因なのかな?

 

『おっぱいドラゴン、スイッチをぶちゅううううっと吸う!?』

 

 予想通り酷い見出しだ。見事に対岸の一誠が燃えている。なんだろう、苦笑も出ない。変態な一誠もこれでため息をついていたとしても不思議ではない。

 僕の眷属離脱の話も小さくだが載っているようだ。カットされてないか実は不安だったからね。

 これからアザゼル総督とレーティングゲームに関するミーティングがある。けど部室に来ているのは僕と一誠、木場さん、ギャスパーくんの4人だけ。

 他の皆はまだ来ておらず、教会組の三人は学園祭の準備作業に使う布地を求めて新校舎の方に行っている。

 リアスさんと朱乃さんもいない。ここにいるのは男子のみ。

 

「よー、ギャスパー。クラスでの2人の様子はどうだ?」

「は、はい……。小猫ちゃんとレイヴェルさんは事ある度に口喧嘩ばかりでしたが、今はそんなこともなくなりました」

 

 初日の口喧嘩から心配していたけど、杞憂(きゆう)そうでよかった。

 

「で、ですが、やっぱり二人共どこか距離があると言いますか、仲良くとは言えないですぅ」

 

 杞憂ではなかった。どうやら初日の喧嘩が尾を引いているみたいだね。

 

「う、うーん。わからん。乙女心は複雑怪奇だな……」

 

 そんなふうに天井を仰ぎながら一誠がつぶやくと―――。

 

「どっちも意中の相手に気づいてはいるんだろうさ。まあ、片方は勘違いだったみたいだが。それでも、一度始めちまったもんだから気まずいんだろう。同学年だから余計だな」

 

 入室してきたばかりのアザゼル総督が一誠の顔を覗き込みながら言った。

 

「……ど、どういうことですか、先生」

「ま、小猫もおまえの言うことを聞き続けてクラスでの面倒を見るだろうし、レイヴェルもクラスメイトの小猫を頼って人間界での生活に慣れていこうとするだろうってことだよ」

 

 抜いた刀は鞘に収めるのが難しい。特に第一印象であれだったから。何かわだかまりを解消するきっかけがあれば……。

 

「はぁ……そういうもんですか」

 

 気のない返事をする一誠。この件は一誠も浅からない関わりがあるんだけどね。

 

「……ぼ、僕は小猫ちゃんのようにレイヴェルさんのお役に立てそうにないです。と、というか、プライベートでも戦闘でも皆さんのお役に立てそうにもなくて……」

 

 ギャスパーくんが落ち込み気味に言う。

 

「おまえの眼は今回のゲームで解禁されているし、俺の血を入れた瓶も携帯できるようになったじゃないか。それでも不安か?」

 

 一誠が訊くと、ギャスパーくんはうなずく。

 

「……僕はイッセー先輩のように勇気も力もありませんし……祐斗先輩のように剣も使えません……。誇銅先輩のような感知能力もありません。せめてサポートだけでもお役に立てたら幸いなのですが……ぼ、僕、男子として恥ずかしい気持ちでいっぱいで

すぅぅぅっ!」

 

 女装していても、ギャスパーくんも男だってことか。

 こういうことは本人に自信を付けさせるのが一番の方法だと思う。だけど、ギャスパーくんには背骨(バックボーン)になりえるものがまだない。眼や豊富な知識のことを指摘しても納得はしないだろう。そういうものは日々の鍛錬や成功で作られていくものだ。

 僕が知ってる日本術式を教えてあげられれば少しは自信がつくかもしれないが、悪魔側に教えるわけにはいかない。信用はしていてもギャスパーくんは完全に悪魔勢力所属だからね。

 そんなギャスパーくんを見て、一誠が檄を飛ばす。

 

「ギャスパー! 俺が今から言う事を胸に刻め! 『グレモリー眷属男子訓戒その一! 男は女の子を守るべし』! ほら復唱!」

「お、男は女の子を守るべし!」

「よし、次! 『グレモリー眷属男子訓戒その二! 男はどんな時でも立ち上がる事』!」

「お、男はどんな時でも立ち上がる事!」

「最後! 『グレモリー眷属男子訓戒その三! 何が起きても決して諦めるな』!」

「な、何が起きても決して諦めるな!」

「よしよし、それを胸に刻んでグレモリー男子らしく戦えば良いのさ」

「は、はい! ぼ、僕、これらを胸に刻んで頑張りますぅぅぅっ!」

 

 一誠の激励のおかげでギャスパーくんに気合が入る。

 こう言っては悪いが、これで膨れ上がった気合は風船のようなもので一時しのぎくらいにしかならない。が、今のギャスパーくんには例え一時しのぎでもこれが必要だったかもしれない。

 

「いいね、それ。僕も胸に刻もうかな」

「そうしとけそうしとけ。何があっても諦めないのがグレモリー眷属の男子だぞ」

 

 木場さんも小さく笑う。僕も元気になったギャスパーくんを見て安心した。

 

「暑苦しいねぇ」

 

 一誠のやり取りを見ていたアザゼル総督は半目でぼやいていた。

 そんな風に盛り上がる中、リアスさん達が入室してきた。

 全員が集まったところでアザゼル総督は僕達を見渡すように言った。

 

「じゃあ、ミーティングを始めるぞ」

 

 

 

 

 開口一番にアザゼル総督は険しい顔つきで言った。

 

「ゲームのミーティング前に各勢力の情勢について話したいことがある。―――ちょいと神器に関して厄介なことになりそうでな」

「どういうことですか?」

 

 木場さんが訊くとアザゼル総督は続けた。

 

「英雄派の連中が禁手の研究をして、実際に結果を出しているのはおまえらも認識しているはずだ。身をもってその力を食らったわけだからな。あいつら、英雄派に属していない一般人に紛れている神器所有者や、悪魔に転生している神器所有者に禁手に至る方法を伝え始めているって話だ」

 

 伝えたところでそう簡単にはいかないんじゃないかな? やり方がわかっても強い力を得るためには相応のリスクは必要。難しいからこそ禁手と呼ばれてるわけだし。

 

「それがどういう結果を生むか。不遇な人生を送っていた者が一転して、世界の均衡を崩すと言われる力を得れば、そいつの価値観が変わる。知っての通り、神器を持った奴が必ずしも良い人生を送れたわけじゃない。人とは違う異能ゆえに迫害、差別された者も少なくない。悪魔に転生した所有者も理不尽な取引で眷属になったケースもある」

「……すべての悪魔が良心的なわけではないものね……。上級悪魔に心無い者が少なからずいるわ。人間界の影響で多様な考え方の悪魔が増えてきたけれど、本来は合理的な思考を持つのが悪魔だもの」

 

 アザゼル総督の言葉にリアスさんが続く。

 リアスさんの言うとおり、全ての悪魔が良心的なわけではない。それはよく知っている。

 アザゼル総督は話を続けた。

 

「そう、理不尽な思いで暮らしている神器所有者もいるってことだ。それらが力の使い方、圧倒的な能力―――禁手を得たらどうなるか?」

 

 皆、シンと静まり返る。アザゼル総督は表情に影を落としてながら言う。

 

「使う、だろうな。その力を。人間ならば、他者への復讐、世俗の逆襲に使うかもしれないし、神器持ちの転生悪魔なら己を虐げてきた主への報復を考えるだろう」

 

 間違いなくそうなるだろうね。特に、禁手に至る環境が作りやすいであろう虐げられてきた転生悪魔は。強い力を突然手に入れれば普通の人間でもタガが外れる危険がある。転生悪魔というもともと普通から逸脱した場所にいる人なら余計簡単に外れるだろうね。

 冥界、もちろん人間界でも暴動が起きる。それも憎しみで固められた禁手で。

 

「……怖い、ですね」

 

 一誠がそう言葉を漏らすと、アザゼル総督も頷いた。

 

「ああ、いろいろな意味で怖いことだ。人間がやれることの限界、超常の存在への挑戦、禁手の研究をしてきた英雄派の連中にとって、これから起こることかもしれない事象はある意味でひとつの成果だろう。人間界、冥界のどこかで不満を抱える神器所有者が暴動を起こすのは時間の問題だ。してやられたってわけだ。テロリストであるあいつらの結果がどうなるかまだわからないが、現時点で大きな一発をもらったのは確かだ。今後に影響は出る。悔しいが、見事だよ。人間の恐ろしさを改めて思い知った」

 

 それはある意味仕方のないこと。人と違うとのことで人間社会から弾かれる特別はあの時代でも見てきた。僕が知ってるそういう人たちはしっかりと受け入れてくれるところがあったが、全員が等しく受け入れられて幸せになれたなんて楽観はしていない。

 この時代でだってそうだ。京都で戦った影使いも、今までの自分たちの人生を悲観していた。

 誰が悪いとかの問題ではないが、何事も使い方次第で良くも悪くも、便利にも不便にもなる。毒だって薬になれるし、薬も用法を間違えたり過剰に摂取すれば死ぬ。

 空気が重くなった室内で、アザゼル総督は咳払いした。

 

「―――と、悪かったな。今日、ここに俺が来たのはサイラオーグ戦へのアドバイザーとしてだったな」

 

 本題のミーティングが始まったところで、重い空気を変えるためか、一誠は挙手して質問する。

 

「サイラオーグさんにも先生みたいなアドバイザーがついてるんですか?」

「ああ、一応あっちにもいるぞ。皇帝(エンペラー)さまが付いたそうだ」

「―――っ! ……ディハウザー・ベリアル」

 

 アザゼル総督の一声に一番反応したのはリアスさんだった。

 その名前が出たのはつい最近なので覚えている。現レーティングゲームの王者。

 

「まあ、リアスやイッセーが上級悪魔としてゲームに参加するのならば、正式参戦後の大きな目標と見ておいて良いだろう。眷属のメンバーも主がゲームに参加する以上は避けて通れない相手だろうしな。さて、お前達、サイラオーグ眷属のデータは覚えたな?」

 

 アザゼル総督の言葉に全員が頷いた。まあ、データと言っても能力がいくばかわかった程度だけど。

 アザゼル総督は立体映像を部室の宙に展開、バアル眷属の面々がパラメータ付きで表示されていった。アザゼル総督がそれを見ながら言う

 

「あのグラシャラボラス戦では能力を全部見せていない者もいたようだ。まあ、あの試合は途中でグラシャラボラスのガキ大将がサイラオーグ相手にタイマンを申し込んだしな。実質、サイラオーグが勝負を決めたようなものだ。それにサイラオーグ達はお前達と同じ、悪魔では珍しい修行をするタイプだ。グラシャラボラス戦の時とは明らかにレベルアップしているだろう」

 

 そこに少しばかり僕は驚いた。悪魔としては珍しい修行をするタイプ。力を価値観とする悪魔なのにそれを磨こうとするタイプがなぜ稀なのか。そこにいくらか悪魔社会のチグハグな考え方を感じた。

 いや、だからこそあんな社会が形成されたと言うべきか。

 

「あいつら、『禍の団(カオス・ブリゲード)』相手にも戦っている話だからな。危険な実践も積んでいる。『できるだけ若手を戦に駆り出さない』って宣言していたサーゼクス四大魔王の意向も虚しいか。ま、おまえたちみたいに無茶な戦闘に連続で出くわす若手もいるしな」

 

 アザゼル総督は苦笑いしながらそう言う。

 今までの相手は北欧の悪神や最強の神滅具などと強大な相手が多かった。それも狙い撃ちされたかのように巻き込まれることが。何者かの陰謀すら感じてくる。

 データを見て、僕はあることに気づく。

 

「……この『兵士(ポーン)』、記録映像のゲームに出てませんね」

 

 他の皆が視線を一点に向けた。そこにはサイバーな作りの仮面を被った者が映し出されていた。名前もただ『兵士(ポーン)』とだけしか。

サイラオーグさんの陣営は『女王(クイーン)』1、『戦車(ルーク)』2、『騎士(ナイト)』2、『僧侶(ビショップ)』2、『兵士(ポーン)』1とこちらの陣営と数が同じ。

 

「記者会見でも記者がこのヒトの事であろう質問をサイラオーグ・バアルに向けていましたね」

 

 木場さんが言う。

 話はあまり聞いてなかったから覚えていないが、この仮面の『兵士(ポーン)』は同席していなかったと思う。

 するとアザゼル総督が言う。

 

「……そいつは滅多な事ではサイラオーグも使わない『兵士(ポーン)』だそうだ。情報も殆ど無くてな。仮面を被っている為に何処の誰だか分かりもしない。今回初めて開示された者だ。って事は今度のゲームで使うって事だろう。サイラオーグもこいつを出来るだけ他者に引き合わせないようにさせているようだからな。ただ1つだけ噂で流れているのは―――消費した『兵士(ポーン)』の駒が6つだか、7つと聞く。ゆえに奴の『兵士(ポーン)』はこいつ1人なんだそうだ」

『6つ!? 7つ!?』

 

 異口同音で皆が驚愕の声音を出した。一誠が『兵士(ポーン)』8だったから、相当に力が強いか、神滅具レベルの潜在能力を持っている事か。

 アザゼル総督は話を続ける。

 

「データが揃っていない以上、この『兵士(ポーン)』には細心の注意を払って臨むべきだ。ただでさえ、今回はどんな選手でも参加出来るんだからな。……サイラオーグの隠し球、虎の子ってところか」

 

 その後はリアスさんが先頭に立ってゲームの戦術と相手への対策を僕達に話し、それを皆でひとつひとつ詰めていく。ぶっちゃけ、対策と言えるほど対策の話ではなかったけれど。

 議題がひとつ終わったところで、一誠は挙手してアザゼル総督に疑問をぶつけた。

 

「先生、俺達が正式なレーティングゲームに参加したとして、王者と将来的に当たる可能性は……? 先生の目測でも良いですから」

「お前達はサイラオーグと合わせて、若手でも異例の布陣だ。と言うのも正式に参戦もしていないのにこれだけの力を持ったメンツが集まっているんだからな。しかも実戦経験―――特に世界レベルでの強敵との戦闘経験がある。その上、全員生き残ってるんだからな。そんな事滅多に起こらないし、久方ぶりの大型新人チームと見られている。本物のゲームに参戦してもかなり上を目指せるだろうよ。トップ10入りは時間の問題だろうな」

 

 太鼓判を押すアザゼル総督。実戦経験があるのとないのではわかるが、世界レベルの強敵……? ま、まあそうか。日本の高い技量に慣れたせいで敵の技量がお粗末に見えるだけで、その力は決して侮れるものではないか。それを五体満足で生き残れば色眼鏡でも見られるか。

 アザゼル総督は話を続ける。

 

「だが、その分、冥界からの注目も大きい。今度のゲームは冥界中がお前達を見ているぞ。悪神ロキ、テロリストを止めているお前達はただでさえ有名人だ。更に記者会見であれだけの盛り上がりも見せたんだからな、冥界の住人は新しい息吹に悪魔の未来を見ている。勿論、ゲームの現トップランカーもお前達やサイラオーグ達に注目し、将来の敵になるであろう者の研究を始めるだろう。良い傾向だ。殆ど動かなかったゲームのランクトップ陣、遠くない未来にお前達やサイラオーグが差し込んでくれるかと思うと今からワクワクしちまうよ」

 

 アザゼルが愉快そうに笑んだ後に言った。

 

「―――変えてやれ、レーティングゲームを。ランキング10以内も皇帝(エンペラー)も、お前達若手がぶっ倒して新しい流れを作るんだよ」

 

 王者を倒してレーティングゲームを変える……か。

 ……いや、このメンバーならできてしまうかもね。グレモリー眷属の潜在能力は、聖書勢力では一級品だ。皇帝(エンペラー)の実力がどれほどかはわからないが、悪魔の頂点には届くかもしれない。

 それが日本の頂点に通じるかは別だけどね。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 ミーティングも終えた放課後。

 アザゼル総督はまだ教師としてやる事があるからと先に抜けていき、残った面々で学園祭の準備に取り掛かる。

 学園祭の準備を始めようとすると、テーブルの上に光が走る。光は円を描き、どことなく見覚えのある紋様をした魔方陣へと。

 

「……フェニックス?」

 

 塔城さんがそう呟いた。どこかで見たことがあると思ったら、フェニックスの魔法陣だったか。

 テーブルに収まるサイズの魔方陣。転移はちょっと無理があるから、連絡用とかかな?

 怪訝に思っていると、魔方陣から立体映像が投写され、高貴そうな雰囲気と面持ちをした若い女性の顔が映し出されていく。

 

「お母さま!」

 

 レイヴェルさんが素っ頓狂な声を出した。

 二十代ぐらいの顔つきでキレイな女性。このひとがレイヴェルさんのお母さんか。

 

『ごきげんよう、レイヴェル。急にごめんなさいね。なかなか時間が取れなくて、こんな時間帯になってしまったわ。人間界の日本ではまだ学校のお時間よね』

「は、はい、そうですけれど、突然どうされたのですか?」

『……リアスさんと赤龍帝さんはいらっしゃるかしら?』

 

 指名を受けたのはリアスさんと一誠。

 リアスさんが映像の前に立つ。

 

「ごきげんよう、おばさま。お久しぶりですわ」

『あら、リアスさん。ごきげんよう。久しぶりですわね。それと……』

 

 キョロキョロと見渡すフェニックス夫人。一誠を探しているのだろう。それに気づいた一誠は急いで視界に入る位置へと移動。

 

「あ、どうもはじめまして。兵藤一誠です」

『こちらこそ、ごきげんよう。こうしてお会いするのは初めてですわね、赤龍帝の兵藤一誠さん。このようなあいさつで申し訳ございませんわ』

「い、いえ。そ、それで俺に何かご用があるのでしょうか……?」

『ええ、改めてごあいさつだけでもと思いまして……。本来なら娘のホームステイ先の兵藤家と学園を取り仕切っているリアスさんのもとにごあいさつに行くべきなのですが、何分、こちらも外せない事情がありまして……』

「……ほら、フェニックスの涙の需要が高まっているから、それで時間が無いんじゃないかなって……」

 

 木場さんががコッソリと耳打ちする。

 フェニックスの涙の需要が高まっているのは何度も聞いた話しだ。テロリストの影響で特需で生産が追いつかなくなったとか。フェニックス夫人も駆り出されているのだろうな。

 リアスさんは微笑みながら返す。

 

「そんな事ありませんわ、おばさま。お気持ちだけで充分です。レイヴェルの事はお任せください」

『……本当にごめんなさいね、リアスさん。うちのライザーのゲーム後のケアから、レイヴェルの面倒まで見ていただいて……」

 

 次にフェニックス夫人の視線が一誠に向けられる。

 

『それと兵藤さん。特に娘をよろしく頼みますわ』

 

 一誠に「特に」と強調して言うフェニックス夫人。

 

「え、ええ、もちろんです。けど、部長もいますし、俺よりももっと面倒見の良い人が部にもいるんで……」

『はい。もちろん、リアスさんをはじめ、皆さんに任せておけば娘のレイヴェルはなんの不自由もなく人間界の学舎で過ごせるでしょう。しかし、それとは別にあなたへお願いしたいのです。人間界で変なムシがつかないようどうか守ってやってくれないでしょうか? 数々の殊勲(しゅくん)を立てていらっしゃる赤龍帝が側に付いててくださるなら、私も夫も安心して吉報を持てるのです」

「へ、変なムシですか……」

 

 どうやらこれは……話が変な方向に流れていっているようだ。そのズレに気づいた皆(一名を除く)はどう反応したらいいかわからず酷く微妙な表情となった。

 当事者のレイヴェルさんに至っては非常にバツが悪そうな困り顔だ。

 

「わかりました。俺がどこまでできるかわかりませんけど、娘さんは俺が守ります!

 

 一誠がそう言ってしまうと、フェニックス夫人はパァッと明るい表情となる。

 その時、なぜかリアスさんの顔が悲しげなものになっていた。

 

『感謝致しますわ。……レイヴェル』

「は、はい! お母さま」

『あなたのすべき事は分かっていますね? リアスさんを立て、諸先輩の言う事を聞いて、その上で兵藤一誠さんとの仲を深めなさい。フェニックス家の娘として、家の名を汚さぬよう精一杯励むのですよ?』

「も、もちろんですわ!」

 

 言葉をつまらせながらも、急場で用意したような気合が入った返事をした。

 

『最後に兵藤一誠さん』

「は、はい」

『上級悪魔になることが目標と聞きました』

「は、そうです……けど?」

『よーく、覚えておいてくださいまし。娘はフリーですわ。『(キング)』の資格は持っていますが、同時に私の『僧侶(ビショップ)』です。ライザーの手持ちではありません。眷属のいない『(キング)』が誰かの眷属になることもできるのです。よろしい?』

「は、はい! わ、わかりました!」

 

 眷属いるんですけど……。だが、ここでそれを発表する勇気は誰も持ち合わせていない。

 それを聞いて満足そうにうんうんとうなずくフェニックス夫人。

 

『こちらの用事は済みました。リアスさん、兵藤一誠さん、皆さん、突然のご挨拶を許してくださいましね。それではもう時間ですわ。レイヴェル、人間界でもレディとして恥ずかしくない態度で臨みなさい』

「はい、お母さま」

『それでは、皆さん。ごきげんよう』

 

 光がいっそう輝き、弾けて淡い粒子となって消える。

 嵐のようなフェニックス夫人のあいさつ。娘が心配だったんだろうけども……。僕はフェニックス夫人にとってレイヴェルさんの悪いムシ扱いになるんだろうか……? いや、なりそうだね。

 

「……ぶ、部長、どこに行くんですか?」

 

 一誠がそう訊くと、リアスさんは足を止めて、振り返らずにぼそりとつぶやく。

 

「……イッセー、私の事、守ってくれる?」

「もちろん、部長のことを守ります!」

「……アーシアのことも?」

「え? ええ、もちろんアーシアを守ります!」

「朱乃のことも?」

「朱乃さんですか? それは当然です。けど……。どうしたんですか、いきなりそんなこと訊いて?」

 

 ヘラヘラと笑いながら答える一誠。

 リアスさんは低い声音でさらに話しかける。

 

「…………ねぇ、イッセー」

「は、はい……」

「………あなたにとって、私は『何』? 『誰』?」

「……えっと、俺にとって部長は部長で―――」

 

 その答え(返答)が間違いだというのは誰の目から見ても明らか。

 一誠がそう言った瞬間―――。

 

「―――っ! バカッ!」

 

 涙混じりの罵声と共に、リアスさんはその場を飛び出し、部室を後にした。

 

「リアスお姉さま!」

 

 アーシアさんがリアスさんを追いかけていく。

 扉の前で一誠の方を振り返り、涙に濡れた瞳を一誠に向けた。

 

「イッセーさん! 酷いです! あんまりです! どうしてそこで……! お姉さまの気持ちをわかってあげられないんですか!」

 

 それだけ言い残し、アーシアさんはリアスさんを追いかけていく。

 言われた一誠はキョトンとしていた。

 

「いまのはマズいよ、イッセーくん」

 

 嘆息する木場さん。

 

「……マ、マズいって何がだよ?」

「それが、だよ。まったく、キミときたら……女性陣の苦労がよくわかるよ」

「本当ですわ。リアスとアーシアちゃんが怒るのも当然です」

 

 朱乃さんも怒気を含んで言った。

 

「こういうのに鈍い私でもいまのはさすがにどうかと思ったぞ、イッセー」

「もう! イッセーくんって、ホントにダメダメだわ! リアスさんがかわいそう!」

 

 ゼノヴィアさんは半目で見つめ、イリナさんはぷんすか怒る。

 

「……最低です」

 

 塔城さんはシンプルに冷たく言い放った。

 これだけ言われても一誠の様子はいつもとそう変わらない。せいぜい変態行為がバレた時程度。

 その場を駆け出そうとする一誠だったが、僕が腕を掴んでそれを制止させた。そして黙って首を横に振る。

 

「いまのイッセーくんでは追いかけてもあちらに深手を与えるだけですから、お止めなさい」

 

 僕の行動に朱乃さんが説明を入れる。

 

「……なあ、ギャスパー。俺ってそんなにダメか?」

 

 後輩のギャスパーくんにまで聞き出す一誠。ギャスパーくんはもじもじしながら、申し訳なさそうに言った。

 

「……えーと……。はい、とてもダメかなと……」

 

 ギャスパーくんにまで言われ落ち込む一誠。

 

「あ、あの……わ、私の、私とお母様のせい、ですよね……? すみません……」

 

 レイヴェルさんはハラハラしながら気まずそうに言う。

 タイミングはフェニックス夫人のせいと言えなくもないが、根本的な原因は一誠にある。レイヴェルさんが責任を感じる必要はない。もしもここで責任をレイヴェルさんたちに押し付けようものなら、一誠は救いようのないクズだ。

 

「レイヴェルちゃんは気にしなくてもいいのよ。いままでリアスとの大事なところを考えてあげなかったイッセーくんが一番悪いのですから」

 

 先に朱乃さんに言われてしまった。

 どうやら、眷属脱退を前にこんなもつれに巻き込まれることになるとはね……。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 あの後、朱乃さんの指示のもとで、学園祭の準備作業を進めることとなった。飛び出していったリアスさんとアーシアさんは朱乃さんが責任をもって探しに行くことであの場の空気は一旦落ち着いた。

 そして僕は旧校舎の空き部屋で一誠と二人で作業を続けることに。木場さんとギャスパーくんは外へ買い出しに。買い出しに乗じて逃げてもよかったのだが、生憎タイミングが悪くてついて行けなかった。

 ここは擬似的なお祓いのような出し物をする場所になる予定だ。本格的なお祓いは悪魔としてどうかとのことで、それっぽい様式にするらしい。いろいろ矛盾も感じるがまあいっか。

 和の雰囲気に模様替えで畳を敷いて、神棚のようなものを設置する。もしもこれが本物の神棚なら、日本神によって祟られていた可能性があったね。

 黙々と作業しているせいか、一誠がさっきのことを考えているみたいで、どことなく空気が重い。

 

「……なあ、誇銅」

 

 一誠が僕に話しかける。なんだかとっても嫌な予感がする……。

 

「……俺、そんなに部長のこと考えてなかったのかな」

 

 やっぱりその手の話題だったか。まったな、デリケートな問題だけにあまり関わりたくないと言うか、関わるべきじゃないというか。正直に言ってどうでもいい。数年前(数ヶ月前)なら親身に相談に乗ったかもしれないんだけど……。

 数秒間とは思えないほど脳内で思考を巡らせた結果―――。

 

「一誠はどう思う?」

 

 今回だけは乗ってあげることにした。おそらくだが、原因はきっと“あの事件”だろう。その時はまだ僕と一誠は正真正銘の友達だったからね。グレモリー眷属として最後にこのくらいのお節介を焼くくらいならいいかな?

 

「どう思うって……」

「リアスさんが出ていった時、自分がダメだったことはもうわかってるよね? それで一誠自身は何がダメだったと思ってるの?」

 

 僕が答えを教えるのは簡単だ。だが、それではダメ。あくまで自分で答えを探させないと、一誠はきっと僕の答えに甘える。

 

「…………いや」

 

 長めの思考の後、一誠の返答はまさかの否。あれだけ露骨な好意で気づかない……? いや、鈍くて無神経な一誠でもそれはないハズ! まずはそれを自覚させる必要があるね。

 

「わからないなんてことは無いだろう?」

「いや、本当にわからないんだ」

 

 僕が訊いても一誠はそう答えるばかり。だがそれが嘘なのは明らかだ。

 質問した時、一誠は真剣な表情でしばらく考えた後、顔を青くして、手も震わせた。自分で確信に迫って恐ろしくなったんだ。

 

「一誠はリアスさんの愛情表現に疑問を感じたことはない?」

「疑問……?」

「そう、一誠(自分)とそれ以外の男子で」

「ま、まあ……」

 

 目線を外らしながら肯定する。そこはわかっているようだ。

 

「具体的にはどんなところが違うの?」

「―――俺にキスしてくれる」

「へーそうなんだ。―――どこに?」

「そ、それは関係ないだろ!」

「ないことないかもよ? 男二人、人間だった馴染みで腹を割って話そうよ」

 

 おそらく、これが一誠と友達として接する最後。これからは本当の意味で昔のように仲良くはしないだろう。だから、最後にリアスさんのために本気を出すように、親友のように尽くそう。

 僕の説得に一誠は恥ずかしそうにしながらも話してくれた。

 

「―――口と口。しかもベロチューまで。それも一回じゃなくて何回も」

「それはすごいね! まさかそこまでとは思わなかったよ。進んでるね~」

「茶化すなよ」

「本当のことじゃないか。だって客観的に考えてみてよ。他の人がそんなことをしてたら一誠ならどう見えるよ」

 

 一誠が常日頃から嫉妬している対象に見えなくて何に見えると言うんだ。それを否定しようものなら一誠は何に嫉妬しているのかわからなくなる。

 僕の言葉で想像に入る一誠。すると、再び顔を青くさせて震えだす。ああ、これはやっぱり間違いないね。

 一誠はもともと無神経だ。それは普段の変態行動からも疑いようのない事実。だからと言ってあれだけの好意的行動に気づかないほどではない。絶対に気づいている。

 さあ、僕の言葉にどこまで反論し続けられるか……。

 

 反論ショーダウン 開始

 

「ま、まあな。けど部長は眷属想いで情愛が深いから、眷属男子へのスキンシップとしてのサービスじゃね?」

「他の眷属男子と愛情表現が違うんでしょ? 自分にだけキスしてくれるって言ったじゃないか。もちろん僕はそんなことされたことないし、ギャスパーくんや木場さんがされてるとこも見たこと無い」

 

 狼狽を見せる一誠。過去の自分の言葉で論破されちゃせわないよね。

 それでも負けじと反論する。

 

「け、けどよ! 部長は恋愛というのにこだわっていた。純情な部分が多々あって、とても年頃の乙女らしい気持ちを抱いている。だからこそ、ライザーとの婚約も解消したんだし」

「そう言えばその辺だよね、リアスさんが一誠の家に同居したのって」

 

 今度は過去の事実が逃げ道を塞ぐ。一誠の動揺が増していく。表情からも先程までの空元気な余裕すらなくなってきた。

 

「ま、待てよ誇銅。何言ってんだよ。それじゃまるで―――ありえないだろ?」

「でも、そうすると辻褄が合うと思わない?」

 

 僕がそう言うと、一誠は怒りの表情で僕に叫んだ。

 

「そんなわけないだろ! 主だぞ! 俺は下僕! 眷属悪魔! リアス・グレモリーの『兵士(ポーン)』! 主と下僕の超えられない一線があるんだ!」

 

 触れられたくないものに触れられ感情を爆発させた一誠。その爆発した感情が全て僕に向けられる。

 顔中から汗を噴き出し、身体中を振るえさせる。同時に恐ろしさで顔は青くなっても怒りで表情だけは険しい。そう、これを待っていた。こうなればもう自分の感情に蓋ができず、必ずや意識的に避けていたことを―――。

 

「部長が俺のことが好きなハズなんてないだろ!」

「ほら、やっぱりそう思ってるんじゃない」

 

 BREAK!!!

 

 一誠の失言にすかさず突っ込んだ。すると一誠は一気に怯んだ。

 

「本当は気づいてるんでしょ? リアスさんの気持ちに。そして自分の気持に」

「うぐぐ……」

「……レイナーレのことだよね」

 

 あの事件のことは今でも覚えている。なんせあれが僕と一誠が悪魔の世界に足を踏み入れるきっかけだったのだから。

 レイナーレ―――その言葉を訊いて一誠は先程噴き出したのと同じ嫌な汗をかき、涙まで流しす。

 一誠は涙を拭いながらゆっくりと話す。

 

「……初めての彼女だったんだ……。告白された時、本当に嬉しかった。……あいつと付き合って、俺、すげえ頑張ったんだ。初めてのデートとか、念入りにプラン立ててさ。将来の事だって真剣に悩んだ。バカみたいにクリスマスとかバレンタインの事まで妄想して、1人で脳内お花畑満開だった」

 

 一誠は心の奥底にしまい込んでいたであろう感情を吐き出す。誰にも言えなかったであろう感情を。

 

「でも、あいつ、敵でさ……! 俺の事殺してさ……! 悪魔になった俺をすげえ冷たい目で見てきてさ……! あれらの事が本当に芝居だったって分かって……、それでも良かったんだけど、本当に悪い奴でさ! アーシアを殺して、俺、戦って! キレてさ! 初めて女をぶん殴って、それが俺の初めての彼女で……! そのあと、命乞いまでしてきてさ、けど、部長にやられちまって……」

 

 話すたびに痛烈な表情をする一誠。共感はできないが理解はできる。―――裏切られた傷の痛みは深く心を抉る。

 

「……俺、怖いんだ。本当は女の子と仲良くなるのが怖いんだ……。また、またあんな事になっちまうんじゃないかって……! アーシアも、皆も優しくしてくれるけど……1歩踏み込んで仲良くなろうとしたら、拒否られてバカにされるんじゃないかって……! 皆が悪くないって頭じゃ分かってる! 皆、良いヒトばかりだ! だけど、ダメなんだ! もっと知ろうとするとブレーキが掛かる!」

 

 一誠は手で顔を覆った。

 

「……あんな思いは2度と……嫌なんだ……っ」

 

 こんな時、誰かの優しい言葉を聞きたい。僕だったらそう思う。辛さと寂しさに耐えきれず八岐大蛇さんに電話した時、僕を思いやってくれる優しい言葉に救われた。

 僕は優しく一誠の手を下げさせて顔をこちらに向けさせた。

 

「一誠の気持ち(トラウマ)はよくわかった。辛いよね、初めて好きになった人に裏切られるのは。苦しいよね、人を好きになる度にそれを思い出すんだから。――――で、一誠はどうしたいわけ?」

 

 僕はあえて厳しい言葉をかけることにするよ。

 

「一誠が心に深い傷を負っているのはわかる。だけどそれとこれは話が別だよ。リアスさんは一誠の本気で気持ちを伝えたのに、一誠はそれをわかってて無視したんだ」

 

 気持ちに気づいて誰にも応えない僕よりも、応えようとしている一誠の方が誠実に見えるかもしれいな。まあ、僕も大概なのはこの際棚に上げとく。

 一誠は何か言いたそうにするが、何も言わせずに続ける。

 

「日頃の自分の行いを思い返してみなよ。自分の欲望に正直過ぎる行為の数々。伝説のドラゴンだって疲弊するレベルだ。どれだけの女子が一誠の欲望を満たすためだけの犠牲になったことか。まあ、その事は遺憾ながら周りがもう受け入れてるから何も言わない。が、そんな一誠だから自分もそれと同じと思われたって仕方ないと思わない?」

「違が……」

「相手に真摯に向き合わなくて、好きな人に愛されようなんて虫が良すぎる。この件はいつものように都合よく神器が突然パワーアップして助けてくれたりしないから。過去の不幸で現在の幸福を失っても僕は知らないからね」

 

 僕は言いたいことだけ言って一誠の弁解を何一つ耳を貸さずに、一誠の横を通り過ぎて扉へと向かう。

 閉じられた扉の前に立つ。

 

「あとはよろしくおねがいします」

 

 そう扉の前で言ってから扉を開けた。そこにはいつもの女子メンバーたちが。最初から立ち聞きしていたのは気づいていたよ。

 僕から鞭は与えた、だから次は女子たちから飴をもらうといい。




 ここはやるべきだと悪魔の声に従い、ダンガンロンパ要素をちょこっと混ぜちゃいました。不思議とやりきった感で後悔はしてません。が、雰囲気を壊してると感じさせてしまったら申し訳ありません。
 ダンガンロンパの二次創作も書きたいんだけどな~。いろいろ考えて後二枠埋まらない……。

超高校級の警備員
超高校級の海兵
超高校級の革命家(テロリスト)
超高校級の考古学者
超高校級の歌舞伎役者
超高校級の秀才
超高校級の牧師
超高校級の???
超高校級の数学者
超高校級の医者
超高校級の新聞部
超高校級の怪盗
超高校級のデザイナー
超高校級の巫女
超高校級の剣闘士
超高校級の???

 ???が決まってない才能。具体的には主人公枠と褐色枠。ちなみに、上八人が男で下八人が女。ちょうど???で区切ってあります。
 Ps:あとがきに関してだけの感想はお控え下さい。もしもこちらに感想がある方は、活動報告の方にも掲載しますのでそちらにお願いします。まあ、ハイスクールD×Dの二次創作を読みに来てダンガンロンパの感想をガッツリ書き込む酔狂な人はそういないと思いますが(笑)


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最後な試合の開幕

 とうとうやってきたゲーム当日。僕たちは空中都市に続いているゴンドラの中から上空に浮かぶ島を眺めていた。

 空に浮かぶ島、そこにある都市アグレアス。島を浮かばせている動力は旧魔王の時代に作られた物らしいが、詳細は魔王のベルゼブブ様ぐらいしかわかっていないとか。

 空に浮かぶ島に、都市から滝のように落ちる水。とても幻想的だね。どうも好きになれない冥界でもこの景色は好きになれそうだ。

 アガレス領にあるこの空中都市は、空に浮かぶ島の上に造られた都市で、この辺一帯の空すら領地らしい。そして冥界の世界遺産でもあるらしく、観光地でもあるとか。

 世界遺産の上でド派手な悪魔同士のバトルをさせるって、ちょっとどうかと思うんだけど……。まあ、都市が壊れるような過激なバトルはそうそうないだろうけども。

 

「実はな、今回のゲーム会場設定は上の連中がモメたらしくてな」

 

 空を眺めながら言ってくるアザゼル総督に全員が視線を集中させる。

 

「モメた? 会場の……決定にですか?」

 

 一誠の問いにアザゼル総督は頷く。

 

「現魔王派の上役はグレモリー領か魔王領での開催を望んだ。ところが、ここに血筋を重んじるバアル派がバアル領での開催を訴えてな。なかなかの泥仕合になったそうだ。現魔王は世襲じゃないからな。家柄、血筋重視の上級悪魔にとっちゃ、大王バアル家ってのは魔王以上に名のある重要なファクターなんだよ。元72柱の1位だからな」

「旧魔王に荷担してた悪魔達も過去にそんな事を言って悪魔内部でモメてたんですよね? なんで同じような事をするんだろう……」

 

 一誠がそう訊くと、アザゼル総督は手でジェスチャーを入れながら嘆息する。

 

「あれはあれ、これはこれ、ってな。大人ってのは人間界でも冥界でも難しい生き物なんだよ。体裁、(おもむき)、まあ、未だ貴族社会が幅を利かせてる悪魔業界じゃ色々とあるわな」

「……それで結局アガレス領……」

 

 塔城さんがボソリとつぶやくとアザゼル総督は頷いた。

 

「ああ、大公アガレスは魔王と大王の間を取り持ったって話だ。中間管理職、魔王の代行、大公アガレス。時代は変われど、毎度苦労する家だぜ」

「……僕達のゲームは魔王ルシファーと大王バアルの代理戦争ということになるのだろうか」

 

 木場さんが目を細めて言う。

 アザゼル総督は顎をさすりながら応える。

 

「ま、そういうふうに見る連中も多い。おっぱいドラゴン&スイッチ姫VS若手最強サイラオーグってのは表向き、一般人を注目させる煽り文句。裏じゃ、政治家連中があーだこーだと見守ってんだろうな」

「めんどくさいっスね。俺らは俺らの野望があって臨んでいるのに……」

 

 一誠がそう言うと、アザゼル総督は苦笑いした。

 

「お前達はそれで良い。それで充分だ。仮にお前達が負けたとしても政治的にサーゼクスが不利になるなんて事は無いさ。ただ、大王家の連中が少し甘い汁を吸うだけの事。それとサイラオーグの後ろについた奴らも良い思いするかな」

「サイラオーグの後ろに政治家か」

「体一つでここまでのし上がってきたあの男が今更政治家の意見に左右されはしないだろうがな。ただあいつ自身、上を目指す為のパイプ作りとして関係を持っているんだろう」

 

 大きな夢、野望を叶えるには政治の世界にも関与しなければならない。グレモリー眷属だって魔王様と言う強大な政治家と浅からぬ繋がりがある。

 向こう側にとってはこちらだって立派に政治と関わっている。むしろその手の人達にとっては羨ましすぎる繋がりだ。

 

「……家の特色を得られずに苦労したサイラオーグさんを利用する上級悪魔たち、か」

「複雑だろうが、それで良いんだよ。苦労した分、やっと注目されたと思ってやれば良いじゃないか。どんな理由があろうと名のある者に認められる事は1つの成果だ。後は結果次第だが……。お前達はあいつの事を気にせず全力で行け。自分の目的を果たす為にがむしゃらに行かないと奴には勝てん」

 

 ボソリとつぶやく一誠に、アザゼル総督がため息をつきながら言った。

 

「でも、大王派はサイラオーグ・バアルの夢を容認するのでしょうか? 彼は能力さえあれば身分を超えて、どんな夢でも叶えられる冥界を望んでいるんですよね?」

「……元1位とか家柄にこだわる大王派が容認すると思うか? あくまで表向きに協力すると言って、裏じゃ蔑んでいるんだろうさ。奴らが欲しいのは現魔王に一矢報いる為の駒。奴らにとって見ればサイラオーグの夢はそれに心酔する者を集め、それを後押しする自分達を支持してもらう政治道具だ。サイラオーグもそれは認識しているんだろう。それでも1つでも上へ向かえるならとパイプを繋げたんだろうな。純粋で我慢強い男だ」

 

 木場さんが訊くと、アザゼル総督はそう答えた。

 人間社会でも見えることだが、政治の世界は本当にドロドロとしている。自ら欲深いと言っている悪魔ならなおさらか。……酷い話だね。

 不快な話だが、サイラオーグさんは夢を叶えるためにそれを呑んだのか。自分を利用しようとする相手を利用してやろうってことかもしれないが……その心中は計り知れない。

 ここで一誠が1つの疑問を口にする。

 

「今更ですが、このゲーム、テロリスト―――英雄派に狙われるなんて事は?」

「あるだろうな。これだけ注目されているし、会場には業界の上役が多数揃う。狙うならここだ。英雄派にとっちゃ、お祭り騒ぎに自慢の禁手使いを投入する事は大きな行動になるだろう。一応、警戒レベルを最大にして会場を囲んでいるんだがな。ま、杞憂に終わるかもしれん」

「どうしてそう言い切れますの?」

 

 平然と答えるアザゼル総督に朱乃さんが訊く。

 アザゼル総督は頬を掻いた。

 

「……ヴァーリから個人的な連絡が届いてな」

『―――っ!』

 

 僕を含め、この場にいる全員が驚いた。

 

「ヴァーリ? あいつからですか」

「ああ、短くこう伝えてきやがった。『あのバアル家のサイラオーグとグレモリー眷属の大事な試合だ。俺も注目している。兵藤一誠の邪魔はさせないさ』―――だとさ。愛されてんな、イッセー」

「や、やめてくださいよ! 気持ち悪い!」

 

 ヴァーリって白龍皇のことだったよね? 禍の団に所属しておきながらロキ様の時に力を貸してきた。実のところあの人はいったいどういう立ち位置の人なんだ? 行動からしてイマイチわからない。

 なんでか悔しがってる一誠を放っておいてアザゼル総督が続ける。

 

「どちらにしてもあいつらがそう言ってきた以上、曹操側に牽制をしているのは確かかもしれない。あちらもヴァーリチームと相対してまでこの会場潰しなんてしやしないだろうからな。あの伝説級のバケモノが集まる白龍皇チームが相手じゃ大きく犠牲が出る。そんなもの、得でもないならやらない確率が高い」

「……ヴァーリに守られてるってことかな」

 

 腑に落ちないって感じだけど、安堵する一誠。まあ、ロキ様との戦いではあれだったけど、同じ伝説のドラゴンなのだから相当に強いんだろう。

 アザゼル総督が窓から風景を見やりながら言う。

 

「元々曹操はここを狙っていないって事も考えられるさ。隙を狙われる可能性もあるから他の勢力も自分の陣地を警戒してるってところだ」

 

 こんな話をしているうちにゴンドラは空中都市に辿り着いた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ゴンドラから降りた僕たちを出迎えてくれたのは、入り待ちのファンとマスコミの大群だった。早々にフラッシュと歓声に包まれ、多数のスタッフとボディーガードの誘導のもと、表に用意されたリムジンに乗り込んだ。

 

「お待ちしておりましたわ」

 

 リムジンの中で待機していたのはレイヴェルさんだった。先に空中都市に来て、準備を進めてくれていた。

 それにしても……すごい人混みだった。敗北続きでもこれだけの人気があるってすごいね。車の後ろからはマスコミの車が追っていてきた。

 

「……おまえたち、そろそろ個別にマネージャーつけろ。特にリアスとイッセーは必ずな。今回の試合、勝っても負けても認知度は上がる。日が経てば落ち着くだろうが、それでもしばらくは冥界に来る度にこんな調子だろう」

 

 そんな話をしながらリムジンは都市部を走り、会場となる巨大なドームへと辿り着いた。

 空中都市に数多に存在する娯楽施設。その中でも一際巨大な会場、アグレアス・ドーム。僕たちはそのドーム会場の横にある高層高級ホテルに移動していた。

 豪華絢爛な造り。冥界関係の場所ってどうしてこう高級なんだろうか。それだけ財政が潤ってるのか、そういう趣味なのか。

 ボーイに連れられ専用ルームまで移動していると、通路の向こう側から不穏な雰囲気と冷たいオーラを放ちながら歩いてくる集団が。

 フードを深く被り、足元すら見えない程に長いローブを着込んだ不気味な集団。

 集団の中央には司祭服を着込んだ者がいる。その者の顔を見て一誠は絶句した。無理はない、なんせ骸骨だったからね。

 骸骨の司祭は僕たちを眼前にして足を止め、目玉の無い眼孔の奥を光らせる。

 

≪これはこれは紅髪のグレモリーではないか。そして、堕天使の総督≫

 

 その声は口から発せられたものではなく、言葉を直接脳内に伝えているみたいだ。

 

「これは冥界下層―――地獄の底こと冥府に住まう、死を(つかさど)る神ハーデス殿。死神(グリムリッパー)をそんなに引き連れて上に上がってきましたか。しかし、悪魔と堕天使を何よりも嫌うあなたが来るとはな」

≪ファファファ……、言うてくれるものだな、カラスめが。最近上で何かとうるさいのでな、視察をとな≫

「骸骨ジジイ、ギリシャ側の中であんただけが勢力間の協定に否定的なようだな」

≪だとしたらどうする? この年寄りもロキのように屠るか?≫

 

 そのやり取りで、ハーデス様を囲むローブの集団が殺気を放つ。

 アザゼル総督は頭を振り嘆息した。

 

「オーディンのエロジジイのように寛容になれって話だ。黒い噂が絶えないんだよ、あんたの周囲は」

≪ファファファ……、カラスとコウモリの群れが上でピーチクと鳴いておるとな、私も防音対策をしたくもなる≫

 

 明らかな敵意と(さげす)み。そしてギリシャ神話の中で唯一否定的。その理由はとても気になる。

 こちらを見下して来た敵たちと同じ理由か、ロキ様のように三大勢力に疑心を持ってか。それによって黒い噂の意味合いがまた違ってくる。まあ、三大勢力側にしてみればどちらでも意味は一緒だろうけども。

 ハーデス様は一誠へ視線を移した。

 

赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)か。白い龍(バニシング・ドラゴン)と共に地獄の底で暴れ回っていた頃が懐かしい限りだ……。まあ良いわ。今日は楽しみとさせてもらおうか。せいぜい死なぬようにな。今宵は貴様達の魂を連れに来た訳ではないんでな≫

 

 それだけ言い残してハーデス様は僕達の前を通り過ぎていく。

 

《ヌッ……?》

 

 だが、突然僕の横で立ち止まり、今度は僕へ視線を落とした。

 

《…………貴様、どこかで会ったか?》

「い、いいえ」

 

 当然会ったことなどない。会っていれば絶対に忘れないだろう。死んだと思ったあの時でさえ会ってないんだから。

 

《そうだろうな。私も貴様の顔に覚えはない。……だが》

 

 そう言ってハーデス様は腑に落ちないって感じで今度こそ通り過ぎていった。なんだったのだろうか……?

 一誠は額の汗を拭い、息を吐いた。他のメンバーも緊張が解け、張り詰めていたものがなくなる。

 

「……魂を掴まれているような感覚で生きた心地がしなかった」

 

 そうつぶやくが、僕はなぜか不思議とそんな感じは全くしなかった。

 

「そりゃな。各勢力の主要陣の中でもトップクラスの実力者だからな」

「……先生よりも強いんですか?」

「俺より強いよ、あの骸骨ジジイは……。絶対に敵対するなよ、お前ら。ハーデス自身もそうだが、奴の周囲にいる死神どもは不気味だ」

「悪い神様ってことか……」

 

 一誠がそうつぶやくとアザゼル総督は首を横に振る。

 

「いや、単に悪魔と堕天使……と言うよりも他の神話に属するものが嫌いなんだろうな。人間には平常通りに接する神だよ。冥府には必要な存在だ。俺は嫌いだがね」

 

 良く思ってないのはお互い様ってところか。

 すると今度は豪快な笑い声が聞こえてくる。

 

「デハハハハハ! 来たぞ、アザゼルゥッ!」

「こちらも来たぞ、アザゼルめが! ガハハハハハ!」

 

 体格が良くてヒゲを生やした二人の老人が駆け寄って来て、アザゼル総督にまとわりついた。アザゼル総督は半眼で嘆息する。

 

「……来たな、ゼウスのオヤジにポセイドンのオヤジ……。こっちは相変わらずの暑苦しさ満開だな。ハーデスの野郎もこの2人ぐらい豪快で分かりやすかったら良いのによ」

 

 ゼウスとポセイドンは有名だから僕もそこそこ知っている。興味本位で昔少しだけ神話本を読んだことがある。

 だけど個人的にギリシャ神話はあまり好きではない。かなり略奪的な逸話が多くて、それで人生を壊された人がよく出てきた印象だ。

 だからと言って決めつけはできない。日本だって本の内容と実際は結構違ってたりするし。だけど……やっぱり先入観というのがどうしても。

 

「嫁を取らんのか、アザ坊! いつまでも独り身は寂しかろう!」

「紹介してやらんでもないぞ! 海の女は良いのがたくさんだぁぁぁぁっ! ガハハハハハハハハッ!」

「あー、余計な心配しなくて良いって……」

 

 あまりの勢いにアザゼル総督が押されている。やっぱり神話本で読んだ性格とは違う……のかな?

 

「来たぞ、おまえたち」

 

 今度は宙に浮いた小さなドラゴンが話しかけてきた。

 

「その声、タンニーンのおっさんか! ちっちゃくなっちゃって!」

「ハハハ、元のままだと何かと不便でな。こう言う行事の時は大抵この格好だ」

 

 タンニーンって確か一誠の修行相手をしていた大きなドラゴンだったよね? ここまで小さくもなれるんだ。―――アクシオさんもいるのかな? いたらちょっと気まずいんだけど。

 

「相手は若手最強と称される男だが、お前達が劣っているとは思っていない。存分にぶんかってこい」

「勿論さ! 俺達の勝利を見届けてくれよ!」

 

 自信満々に返す一誠。知り合いが応援に来てくれるとちょっと余計に気合が入るよね。

 気づいていないようだけど、向こうではオーディン様の姿も。隣にはヴィロットさんではないヴァルキリーの姿。

 少しこちらを見たが、遠慮してか話しかけては来なかった。

 もうすぐ試合が開始される……。ふふっ、なんだかちょっとワクワクしてきた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ゲーム開始時間を目前として、僕たちはドーム会場の入場ゲートに続く通路で開始を待っていた。ゲートの向こう側から会場の熱気と明かりが差し込んでくる。同時に観客たちの入り乱れた声も聞こえる。

 僕たちの戦闘服(舞台衣装)はいつもの駒王学園の制服。だが、ゲームのために用意された特別仕様だ。耐熱、耐寒、防弾、魔力防御などあらゆる面で防御力を高めた作り。

 英雄派が着ていたものよりも数十段ほど劣り、それほど頼りになる防御力ではないが、普通の制服よりはマシってくらいだね。

 ゼノヴィアさんはいつもの自前の戦闘服。作りは僕たちの特別仕様と同じになっているらしい。あとアーシアさんもシスター服で同じく。

 リアスさんが重い口を開く。

 

「……皆、これから始まるのは実戦ではないわ。レーティングゲームよ。けれど、実戦にも等しい重さと空気があるわ。人が見ている中での戦いだけれど、臆しないように気を付けてちょうだいね」

 

 そう言われて僕は思わず笑いそうになった。実戦にも等しい重さと空気か……。まあそうだね。今まで僕たち(グレモリー眷属)が体験した実戦はこんな感じだったか。

 笑った僕だって実戦の重さと空気を知ってるわけではない。……ただ、あの時代にたった一度だけ、軽い実戦を味わったことがあるだけ。最終的に内蔵が飛び出る程度の刀傷で済んだが、それでも感じたものは今の比ではなかった。

 

『さあ、いよいよ世紀の一戦が始まります! 東口ゲートからサイラオーグ・バアルチームの入場ですッ!』

「「「「「「「わぁぁぁぁぁああああああああああああああああぁぁぁっ!」」」」」」」

 

 こちらにまで響く声援、歓声。バアル眷属の入場にドーム会場は大きく震えた。

 

「……緊張しますぅぅぅぅっ!」

「……大丈夫、皆カボチャだと思えば良いってよく言うから」

 

 緊張するギャスパーくんと落ち着いた塔城さんのやり取り。

 

「ゼノヴィアさん、イリナさんがグレモリー側の応援席で応援団長をやっているって本当なのですか?」

「ああ、アーシア。そのようだぞ。なんでもおっぱいドラゴンのファン専用の一画で応援のお姉さんをすると言っていた」

 

 アーシアさんとゼノヴィアさんの会話。

 イリナさんは今回そういうポジションで参加するらしく、レイヴェルさんもファンの席にいるらしい。―――レイヴェルさん、いづらいんじゃないかな……?

 

『そしていよいよ、西口ゲートからリアス・グレモリーチームの入場ですッ!』

「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」

 

 既に観客もヒートアップ。皆も気持ちを切り替えて表情を厳しくしていた。

 リアスさんが皆を見渡して一言だけ。

 

「ここまで私についてきてくれてありがとう。―――さあ、行きましょう、私の眷属達。勝ちましょう!」

「「「「「「「はいッ!」」」」」」」

 

 返事をする僕たち。そして、ついにゲートを潜る―――。

 大歓声の中、僕たちが目の当たりにしたのは―――広大な楕円形の会場の上空に浮かぶ二つの浮島。むしろ岩と表現した方が適切かも。

 フィールドに浮く岩の1つにバアル眷属が揃っている

 

『さあ、グレモリーチームの皆さんもあの陣地へお上がりください』

 

 アナウンスにそう促され、螺旋の階段を上がって自分達の陣地となる岩の上に辿り着いた。

 陣地には人数分の椅子と謎の一つ。あとは一段高い所に設けられた移動式の魔方陣。向こう側を遠目に見てみるが、あちらの陣地も同様のようだ。

 会場に設置された巨大モニターにイヤホンマイクを耳に付けた派手な格好の男性が映り込んだ。

 

『ごきげんよう、皆さま! 今夜の実況は私、元72柱ガミジン家のナウド・ガミジンがお送り致します!』

 

 広大な舞台に大勢の大歓声、それらを盛り上げる実況者。これがレーティングゲームのプロ仕様か。

 

『今夜のゲームを取り仕切る審判(アービター)役にはリュディガー・ローゼンクロイツ!』

 

 宙に魔方陣が出現し、魔方陣から銀色の長髪に正装と言う出で立ちの若い男性が現れた。こちらも女性を中心に凄まじい歓声が上がる。

 

「……リュディガー・ローゼンクロイツ。元人間の転生悪魔にして、最上級悪魔。しかもランキング7位……」

 

 塔城さんがぼそりとそうつぶやく。

 元人間の転生悪魔。転生悪魔でありながら、最上級悪魔でレーティングゲームトップランカー。上を目指す転生悪魔にとってはまさに憧れ。さらに美形とくれば人気がないはずがない。

 それにしてもプロ入り前の試合には豪華過ぎる気がする。まあ、逆に考えればそれだけの価値がある試合だとされていることか。

 

「でも、グレイフィアさんじゃないんだな」

「大王家が納得する訳ありませんわね。グレイフィア様はグレモリー側ですから」

 

 一誠のつぶやきに朱乃さんが淡々と言った。

 開催地で揉める程なのだから、大王側がグレモリー側の者を審判になんて許さないだろう。そんなことをすればここを選んだ意味が薄れてしまうし、もしかしたら身内の情で甘い判定なんてされたらとんでもないハンデだ。逆にグレモリー側も向こうにそこを突つかれる危険だって。

 

『そして、特別ゲスト! 解説として堕天使の総督アザゼルさまにお越しいただいております! どうもはじめましてアザゼル総督!』

 

 画面いっぱいに映し出される見知った顔。僕たちは唖然としてそれを見た。

 

『いや、これはどうも初めまして。アザゼルです。今夜はよろしくお願い致します』

 

 なんでアザゼル総督があそこに。前に特別な仕事が入ったのでVIPルームには行けないと言っていたのに。―――いや、曲がりにも堕天使総督、あそこに座る資格はあるか。

 

『アザゼル総督はサーゼクス・ルシファー様を始め、各勢力の首領の方々と友好な関係を持ち、神器(セイクリッド・ギア)研究の第一人者として業界内で有名ではありますが、今日の一戦、リアス・グレモリーチームの専属コーチをされた上でどう注目されているのでしょうか?』

『そうですね。私としましては両チーム共に力を出し切れるのかと言う面で―――』

 

 営業スマイルで解説を始める。アザゼル総督の紹介が落ち着くと、次にカメラが隣に移り、端正な顔立ちに灰色の髪と瞳をした男性を映す。

 

『更に、もう一方お呼びしております! レーティングゲームのランキング第1位! 現王者! 皇帝(エンペラー)! ディハウザー・ベリアルさんですッ!』

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」」」」

 

 アザゼル総督の登場時よりも遥かに大きい叫声(きょうせい)が上がった。その震動は会場全体まで届きそうな勢いだ。

 皇帝―――ディハウザー・ベリアルが朗らかに口を開く。

 

『ごきげんよう、皆さん。ディハウザー・ベリアルです。今日はグレモリーとバアルの一戦を解説する事になりました。どうぞ、よろしくお願い致します』

 

 実況者がアザゼル総督と皇帝に話を振る。

 

『早速ですが、グレモリーチームのアドバイザーをしておられたアザゼル総督とバアルチームのアドバイザーをしておられた王者にそれぞれ見所を教えていただけると助かります』

『そうですね、グレモリーチームと言えば、まずはおっぱいドラゴンとスイッチ姫!なわけですが―――』

『はい、サイラオーグ選手は「(キング)」としても優秀だとは思いますが、それ以上に選手としてもチーム最強を誇り―――』

 

 実況者の質問にまずはアザゼル総督が答え、次に皇帝が答える。その際、リアスさんは画面越しに真剣な表情で見ていた。

 

「……ディハウザー・ベリアル……」

 

 確かリアスさんの夢はゲームの各タイトルの制覇。ならば王者が最後の壁となるのは必至。

 リアスは決意に満ちた表情をする。

 

「いつか必ず―――。けれど、今は目の前の強敵を倒さなければ、私は夢を叶える為の場所に立つ事すら出来ないわ」

 

 上ばかり見て足元の小石に躓くこともある。しかも今前にあるのは小石ではなく立派な敵。浮ついた気持ちではそのまま吹き飛ばされてしまいかねない。

 さてと、僕も今回だけはリアスさんの勝利に尽くすことに決めたんだ。しっかりと気を引き締めないとね。

 

『まずはフェニックスの涙についてです。皆さまもご存じの通り、現在テロリスト集団「禍の団(カオス・ブリゲード)」の連続テロにより各勢力間で緊張が高まり、涙の需要と価格が跳ね上がっております。その為、用意するだけでも至難の状況です。しか―――しっ!』

 

 実況者が巨大モニターに指を突きつける。そこに映し出されるのは、高価な箱に入った二つの瓶。

 

『涙を製造販売されているフェニックス家現当主のご厚意とバアル、グレモリー、両陣営を支持されるたくさんの皆さんの声が届きまして、今回のゲームで各チームに1つずつ支給される事になりました!』

「「「ワーーーーーーッ!」」」

 

 その報せに会場が再び沸き上がる。

 嬉しい報せだが、それは逆にバアルチームも1度だけ1名の復活が可能となる。考え方によっては不利にも働く。

 

「……サイラオーグ・バアルを2度倒す覚悟を持たないといけないみたいだね」

 

 木場さんが険しい面持ちでそうつぶやく。そう、バアル眷属での最大戦力はサイラオーグさんでほぼ間違いない。それがある意味バアル眷属の弱点でもあったのに。

 フェニックスの涙があることで向こうは最大戦力の維持と、『(キング)』を生き残らせることを同時にできるようになってしまった。

 あのサイラオーグさんを二度倒す、もしくは一撃で戦闘不能にしなくてはいけないということか。

 こちら側にはアーシアさんがいるし、もしもの場合は僕も回復ができる。涙の重要度は少し低い。

 それでも選択肢が多い。『(キング)』のリアスさんの生存率を上げる? それとも最大戦力の一誠に託す? 前者は涙を使う暇もなく倒れるリスク、後者は『(キング)』の生存率を下げる。

 そんなことを考えていると、最も気になる話題に移った。

 

『このゲームには特殊ルールがございます! 特殊ルールをご説明する前にまずはゲームの流れからご説明致します! ゲームはチーム全員がフィールドを駆け回るタイプの内容ではなく、試合方式で執り行われます! これは今回のゲームが短期決戦(ブリッツ)を念頭に置いたものであり、観客の皆さんが盛り上がるように設定されているからです! 若手同士のゲームとはいえ、その様式はまさにプロ仕様!』

 

 予想外のルールに皆は顔を険しくするが、僕には嬉しい誤算だ。僕にとってはチームプレーよりも個人プレーの方が断然やりやすい。短期決戦ならなおありがたい。

 僕の戦い方は悪魔のものと違いすぎて皆のチームプレーには全く合わない。合わせるトレーニングも何一つしていないしね。

 

『そして、その試合を決める特殊ルール! 両陣営の「(キング)」の方は専用の設置台の方へお進みください』

 

 促されリアスさんと、向こう陣地のサイラオーグさんがそれぞれの設置台前に移動した。すると設置台から何かが機械仕掛けで現れた。

 巨大モニターにその光景が映し出される―――サイコロだ。

 

『そこにダイスがございます!それが特殊ルールの要! そう、今回のルールはレーティングゲームのメジャーな競技の1つ! 「ダイス・フィギュア」です!』

「ダイス……フィギュア?」

 

 聞き慣れない単語に一誠は訝しげに傾げた。そこへ木場さんが一誠に向けて説明する。

 

「本格的なレーティングゲームには幾つも特殊なルールがあるからね。僕達のやってきたのは比較的プレーンなルールのゲームだ。その他に今回みたいなダイスを使ったり、フィールド中に設置された数多くの旗を奪い合う―――『スクランブル・フラッグ』と言うルールもあるよ。ダイス・フィギュアはダイスを使った代表的なゲームなんだ」

 

 木場さんが説明してくれるが、実況者がルールの詳しい解説をしてくれた。

 

『ご存じではない方の為に改めてダイス・フィギュアのルールをご説明致します! 使用されるダイスは通常のダイス同様6面、1から6までの目が振られております! それを振る事によって試合に出せる手持ちが決まるのです! 人間界のチェスには駒の価値と言うものがございます! これは基準として「兵士(ポーン)」の価値を1とした上での盤上での活躍度合いを数値化したもの。冥界のレーティングゲーム、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)でもその価値基準は一定の目安とされておりますね! 勿論、眷属の方が潜在能力以上の力を発揮して価値基準を超越したり、駒自体にアジュカ・ベルゼブブ様の隠し要素が盛り込まれていたりして想定以上の部分も多々ありますが! しかし、今回のルールではその価値基準に準じたもので執り行います!まず、両「(キング)」がダイスを振り、出た目の合計で出せる選手の基準が決まります! 例えば出た目の合計が「8」の場合! この数字に見合うだけの価値を持つ選手を試合に出す事が出来ます! 複数出場も可能です! 「騎士(ナイト)」なら価値は3なので、2人まで出せますね! 駒消費1の「兵士(ポーン)」ならば場に8人も出せます! 勿論、駒価値5の「戦車(ルーク)」1名と駒価値3の「騎士(ナイト)」1名も合計数字が8なので出す事が可能です! 数字以内ならば違う駒同士でも組ませて出場が可能と言う事です! そして複数の駒を消費された眷属の方もその分だけの価値となりますので、グレモリーチームであれば「兵士(ポーン)」の駒を8つ使われたと言う赤龍帝(せきりゅうてい)の兵藤一誠選手が駒価値8となります』

 

 出た数字によって出られるメンバーが決まってくるのか。低い数字なんか出されると基準値8の一誠はそもそも出られなかったりとか。

 でも、その場合出た目の合計が最低値ならどうするんだろうか? グレモリー眷属もバアル眷属も兵士一個分はいない。

 

『しかし、リアス・グレモリー選手とサイラオーグ・バアル選手の手持ちの駒には価値基準でいうところの1から2の該当選手がいません。出た目の数が3から、選手を出せるということになります! 合計数字ですので、最低値の「2」となった場合のみ振り直しとなります! 試合が進めば手持ちも減りますので、出せる選手の数字にも変化があると思いますので、それはその都度お互いの手持ちと合致するまで振り直しとなります! また「(キング)」自身の参加は事前に審査委員会の皆さまから出された評価によって出場出来る数字が決まります! 無論、基本ルール通り「(キング)」が負ければその場でゲーム終了でございます!』

 

 強い駒を出すか弱い駒を組み合わせるか、出目によって選択する必要出てくる。今まで以上にゲーム要素が強い。チェスというよりもトレーディングカードゲームに近いものを感じる。

 持ち駒の強さに大きな開きがあれば問題外だが、そうでなければ『(キング)』の戦術能力が問われるルールだ。

 

「てか、『(キング)』の出場は審査委員会の評価で決めるって何だ?」

 

 一誠が疑問を口にすると、朱乃さんが補足説明をしてくれる。

 

「説明の通りですわ。事前にゲームの審査委員会が部長とサイラオーグ・バアルがダイス・フィギュアで、どのぐらいの駒価値があるか評価を出しているのです。それによって両者が試合に出場出来る数字が決まりますわ。これは『(キング)』の自身の実力、手持ちの眷属の評価、対戦相手との比較などから算出されるそうです。だから、ゲームによって『(キング)』の数字は変動しますわ」

『それでは、審査委員会が決めた両「(キング)」の駒価値はこれですッ!』

 

 実況者が叫ぶと、巨大モニターにリアスさんとサイラオーグさんの名前が悪魔文字で表示され、その下に駒価値が表示される。

 

『サイラオーグ・バアル選手が12! リアス・グレモリー選手が8と表示されました! おおっと、サイラオーグ・バアル選手の方が高評価ですが、逆に言いますとMAXの合計が出ない限りは出場出来ない事になります!』

 

 サイラオーグさんの方が駒価値が高いのは当然として、一誠と同じ評価か。言い換えれば、『女王(クイーン)』の9よりも低い。まあ、算出方法が違うからそこはあまり参考にならないだろう。

 

「……内容で巻き返すだけだわ」

 

 逆に言い換えれば、出目が大きい時には他の眷属と一緒に出られる。そういう利点だってある。

 

「12が出たら確実にサイラオーグさんが来るのかな?」

 

 一誠がそう言うと、木場さんは難しそうな顔をした。

 

「サイラオーグさんが必ずしも出るとは限らないかも。特に序盤(オープニング)はね」

「何でだ?」

「それで勝利出来たとしても場合によっては評判が少し落ちる。ワンマンチームはあまり評価されないからね。ゲームでは眷属の力をフルに活用してこそ評価されるもの。しかも『(キング)』自身のワンマンゲーム進行だったら、冥界メディアも黙ってはいないだろうから、『(キング)』の将来自体が危ぶまれる事になる。更に生中継だ。それとこれだけの観客を目の前にしてそんな事をすれば評判はたちまち下がっていくだろうね。勝つことも大事だけど、見せ方も重要ってことかな。まあ、ダイス・フィギュアという競技で、合計数字が12である以上、そう簡単にサイラオーグ・バアルが出場できるものじゃないけど」

 

 勝つだけじゃなく見せ方も重要で世間の評判も視野に入れないと将来が暗転しかねない。逆に『(キング)』として高い能力を見せることができたなら、負けても評価が逆転するチャンスもあるということ。

 僕の考えた試合の勝敗を捨てるやり方も案外捨てたものじゃないのかも。まあ、この方法では絶対にトップには登れないけれど。

 

『それともう1つルールを。同じ選手を連続で出す事は出来ません! これは「(キング)」も同様です!』

「最初の数字が12だとしても、サイラオーグ自身が序盤(オープニング)から出てくるなんて事は無いと思うわ。彼の性格上、きっと自分の眷属をキチンと組み合わせて見せてくる。その為に厳しいトレーニングを重ねたのでしょうから。でも、きっと彼自身も出てくる。合計数字次第だけれど、何処かのタイミングで仕掛けてくるでしょうね。バトルマニアなのは確かだと思うから」

 

 リアスさんがアーシアさんに視線を向ける。

 

「このルールだとアーシアを単独で出すのも、組んで出すのも悪手ね。どちらも回復役のアーシアを集中的に狙うでしょうから。ここに残ってもらって勝って帰ってきた者を回復する役に回した方が得策だわ。これはこちらの利点の1つね、フェニックスの涙を使わずに回復出来るなんて。ゴメンなさい、アーシア。試合には出せないわ。ここで帰ってきた者を回復してあげてちょうだいね。それも立派なゲームでの役目よ」

 

 リアスさんにそう言われたアーシアさんは不満な顔はせずに笑顔で見せた。

 

「はい、お姉さま。私、ここで皆さんのケガを癒します!だから、皆さん、無事に戻ってきてくださいね」

「「「「「「「勿論」」」」」」」

 

 アーシアさんの激励に皆が声を合わせた。

 

「逆にアーシアが出てこない事は向こうにも読まれますね」

「ええ、こちらは実質戦闘要員が八名となるわ」

 

 木場さんが言うと、リアスさんは頷いた。

 それはいつも通り。戦闘での回復ができなくても、アーシアさんが絶対安全な場所で戦闘後に確実に回復できるメリットは大きい。

 

『さあ、そろそろ運命のゲームがスタートとなります! 両陣営、準備は宜しいでしょうか?』

 

 実況者が煽り、審判(アービター)が手を大きく挙げた。

 

『これより、サイラオーグ・バアルチームとリアス・グレモリーチームのレーティングゲームを開始致します! ゲームスタート!』

 

 開始を告げると共に観客の声援が会場中に響き渡る。

 遂にサイラオーグさんとのレーティングゲーム―――僕にとってグレモリー眷属最後のレーティングゲームが幕を開けた。



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若手な悪魔の最強決定戦(上)

 戦闘シーンが上手く描けているか。期待している読者の皆様に満足していただける出来か、非常に心配な今日此の頃。
 しかし、臆してもこれ以上良い出来にはなりそうにない。ならば、この早さで今の精一杯を投稿しよう! それが良くも悪くとも今後の成長に繋がるのだから。全てを受け入れよう。(作者は何かに影響されています)


『それでは、両「(キング)」の選手、台の前へ』

 

 審判(アービター)に促され、リアスさんとサイラオーグさんがダイスの置かれた台の前に立つ。

 

『第1試合を執り行います。出場させる選手をこれより決めます。両者共にダイスを手に取ってください』

 

 リアスさんがダイスを手に取る。

 

『シュート!』

 

 審判の掛け声を合図に両者がダイスを振った。

 台の上で転がり、ダイスの動きが止まる。2つのダイスの賽の目は―――。

 

『リアス・グレモリー選手が出した目は―――2! 対するサイラオーグ・バアル選手が出した目は1! 合計3となり、その数の分だけ眷属を送り出す事が出来ます! さあ、両陣営最初に出す眷属は誰なのか!?』

 

 最初の出目は最小の3か。まあ、滑り出しとしては控えめでいいんじゃないかな。

 

『作戦タイムは5分。その間に出場選手を選出してください。なお、「兵士(ポーン)」のプロモーションはフィールドに到着後、昇格可能となります。試合ごとにプロモーションが解除されますので、その都度フィールドでプロモーションを行おこなってください』

 

 審判の宣言後に作戦タイムが始まり、両陣営が謎の結界に覆われる。

 

「防音対策。作戦が外に漏れないようにするためのものだね。さらに外部の口元を読心術で読まれないよう、各選手の顔に特殊なマークがつくように加工されるんだ」

 

 木場さんの言うとおり巨大モニターを見てみると、顔に眷属の魔法陣が覆っているように加工されていた。

 そこまでの配慮をされてるとは。基礎程度の仙術ではこの結界を抜けて盗聴などはできそうにない。だが、(さとり)など心を読む妖怪や、高レベルの仙術なら突破できそうだ。まあ、僕にできないなら意味ないか。

 待機用の椅子に座る僕たち、リアスさんが見渡すように言った。

 

「あちらはこちらが祐斗を出すと既に読んでいるでしょうね」

「ど、どうしてですか?」

 

 一誠がそう訊くと、答えたのは木場さんだった。

 

「3が出た以上、こちらが出せる選手は四名。『騎士(ナイト)』の僕とゼノヴィア、『僧侶(ビショップ)』のアーシアさんとギャスパーくん。サポートタイプのアーシアさんとギャスパーくんを初っ端から単独で出せるはずもないだろう? 二人はもともと前衛になる戦士と組んでこそ真価を発揮する後衛タイプだ。ダイスの合計数字が6以上から出すべきメンバーさ。そうなると―――」

「……木場とゼノヴィアしか選択肢がなくなるわけか。それで木場になるってのは―――」

「ゼノヴィアはパワータイプの『騎士(ナイト)』だから、あちらの『騎士(ナイト)』二名、『僧侶(ビショップ)』二名と単独で戦う場合、テクニック―――ハメ技を貰うリスクが高いのよ」

 

 一誠の言葉にリアスさんが続く。

 それを聞いてゼノヴィアさんは頷く。

 

「……うむ、無傷で勝利は厳しそうだな。だが、テクニックタイプに後れを取るつもりはないぞ」

 

 自信満々なゼノヴィアさんだが、リアスさんが告げる。

 

「けれど、勝ったとしても手の内を知られて動きを読まれる可能性が高いわ。そこで祐斗なのよ。相手に手の内を知られていても臨機応変に戦える能力ならゼノヴィアよりも祐斗だわ」

「むっ、イッセー。おまえ、私が何も考えていないとか思っていないか?」

 

 ゼノヴィアさんが異を唱え、一誠は口元をひくつかせて首を横に振った。思ってるのが顔に出てるよ……。

 正直なところ僕も大して考えてないと思うけどね。

 

「読まれていても行かなきゃね。―――行くよ」

 

 木場さんが襟元を直しながら1歩前に出る。

 

「初戦から負けるんじゃねぇぞ?」

 

 一誠が煽りを入れる。

 

「当然勝つよ」

 

 木場さんは笑顔で返事をした。

 

『時間制限の五分になろうとしています。試合に出場する選手は魔法陣のもとに足を進めてください。魔法陣は移動式のものとなっておりまして、そこから別空間に用意されたバトルフィールドへ転移されます。試合はそのバトルフィールドで行われます。各種用意されたフィールドはランダムで選ばれます。なお、フィールドに転送されるまでの間、両陣営の陣地は結界によって不可視の状態になります。その状態が解かれるのは一つの試合を終えた後です』

 

 バトルフィールドは別次元に用意されて、ここが戦場にはならないというわけか。それなら世界遺産を破壊することはないね。

 両陣営の陣地が不可視になるのは相手の出場選手を見て、直前で相性のいい眷属に変更しないため。要するに後出し不正を防ぐためだろう。

 これだけ用心されてるということは、もしかしたら他にも不正対策がいくつかあるのかもね。

 そうこうしていると、陣地を覆う結界が濃くなり外と遮断される。

 

「では、行ってまいります」

 

 耳にイヤホンマイクを付けた木場さんが魔法陣の上に立つ。魔法陣が光だし、木場さんがバトルフィールドへ転移された。

 陣地上空に映像風景がいくつも現れる。一つは観客の様子を映したもので、一番大きな映像に広大な緑の平原が映し出された。

 

『おおっと! 第一試合の出場選手がバトルフィールドに登場です! フィールドは見渡す限りの広大な平原! この緑広がる原っぱが第1試合の舞台となります! 合計数字3によって両陣営から選ばれたのは―――グレモリー眷属の神速の貴公子! 木場祐斗選手です! リアス姫のナイトが登場です!』

「「「「「「「キャァァァァァァァァッ!木場きゅぅぅぅぅぅんっ!」」」」」」」

 

 実況に煽られ観客の女性達から黄色い歓声が上がる。

 

『対するバアル眷属は――――』

『英国生まれの転生悪魔、シャルル・ヴィッカース! サイラオーグ・バアル様の「騎士(ナイト)」デース! ヨロシクオネガイシマース!』

 

 なんともハイテンションな金髪の男性が、バネが異常に大きなホッピングのようなものに乗って実況よりも先に自己紹介した。

 若手悪魔の会合で紅茶盗んで両足ロープで縛られて引きずられてた人だ。

 ホッピングでぴょんぴょんと跳ね回りながらこちらに向かって笑顔で手を振る。

 

『僕はリアス・グレモリーさまの「騎士(ナイト)」、木場祐斗です。どうぞ、よろしく』

 

 相手の名乗りに木場さんも応えた。

 

『Hay! 聖魔剣の木場祐斗の噂は聞いてマース。剣士としてとても楽しみデース!』

『こちらこそ、貴殿との一戦を楽しみだと思えます』

 

 相手のハイテンションに崩されることなく木場さんも不敵に返す。

 

『第一試合、開始してください!』

 

 その合図と共に、木場さんは距離を取り、相手の騎士シャルルは逆に詰め寄った。

 

『Hi!』

 

 開始の合図とほぼ同時にホッピングの足を乗せている部分を強く蹴り、回転させながらバネの部分で木場さんに斬りかかった。

 

 ギィィィィン!

 

 鳴り響く金属音。とっさに作り出した聖魔剣で防ぎ、剣を弾き飛ばされはしたがなんとか防ぎきった。

 

『Oh あわよくば今ので決めたかったデ~ス』

 

 バネのパワーと回転が加わり威力とスピードが上がった一撃。だが代償に()めの予備動作と直線的な動きしかできない。だけど相手(木場さん)がそれを認知できていなかったのでそこは問題ではない。

 木場さんが助かったのは、距離を取ったことだ。それにより僅かだが余裕ができたことが大きい。でなければ不意打ちで終わっていた。

 実戦の緊張感を知っていた成果と言うべきか。

 

『かなり変則的な剣士とお見受けしました』

『Yes! ワタシの実力、まだまだ見せてあげるネ!』

 

 よく見るとバネの部分は刃、足を乗せてる部分は巨大な鍔、掴んでる場所は異様に長い柄。ホッピングのように見えたそれは、異様な形をした長刀だった。あまりにも異様すぎて画面越しではわからなかったよ。

 

『それじゃ、勝負再開デース!』

 

 腰の剣を抜き、溜めの一拍後に姿を消した。

 

『―――速いッ!』

 

 僕も木場さんと同じ感想だ。高速に目が慣れている木場さんでも追いきれない速さ。いや、読みきれない速さと言ったほうが正しい。

 木場さんは気配を感じ取るような姿勢で聖魔剣を構える。

 

 ギギィン! ギィィン!

 

 鳴り響く金属音。木場さんはその場をあまり動かずに、高速で仕掛けられる攻撃を受け流した。速い代わりにジャンプでの高速移動という弱点をうまく捉えられている。

 何度か受け流した後、木場さんも高速で動き出した。既に両者の姿は認識できず、金属音と火花でぶつかり合っているのがわかるくらい。

 だが、木場さんだけが度々足を止めていた。おそらくフェイントで動きを制限されてしまってるのだろう。よく見ると、地面の移動跡から木場さんは常に円の内側で動いていることがわかる。

 相手は直線的な攻撃で受け流しやすいが、うまい動きで木場さんの足が封じられている。これではいずれジリ貧だ。

 だが、二刀の聖魔剣のオーラで受け止め、ついに両者がつりばり合う形で姿を見せた。

 

『Oh shit! 着地時に合わせられてしまいました。リアス・グレモリーのナイト、恐るべしデース』

『そちらこそ、凄まじいスピードにこちらの動きを封じる巧みなフェイントの数々……恐ろしいですね。カウンターを狙おうにも、防いでる間にあなたは間合いから離れてしまう。足場を消し去るしかないか!』

『How?』

 

 そう言った木場さんは体にオーラを纏わせ、周囲の地面から聖魔剣の刃を幾重にも発生させた。

 だが、シャルルはバネで大きく距離を取り回避する。

 間髪入れずに木場さんが新たな聖魔剣を振りかざす。

 

『雷の聖魔剣よッ!』

 

 天が光り、雷がシャルル目掛けて降り注ぐ。朱乃さんが使っていたように、木場さんも似たように雷を降らせた。

 しかし、シャルルはホッピングの剣を上空に蹴り上げ、避雷針代わりにして雷をやり過ごす。

 対空中だったシャルルは空中で回転し両足でうまく着地した。

 躱されたはしたがこれで相手の得物と機動力を削ぎ落とした。

 

『チッチッチ。聖魔剣がどれだけ悪魔にとってweak (弱点)でも、当たらなければどーってことありまセーン!』

 

 シャルルは余裕そうに笑顔で言う。

 

『ですが、貴殿のあの剣を奪えれば十分な成果です。これで先程までの速さは出せませんから』

 

 木場さんも負けじと余裕そうに返す。

 実際に今の攻防でダメージこそ与えられなかったものの、あの厄介な機動力の源を奪うことができたなら上々の出来だろう。

 それでもあの一芸だけで追い詰められる程木場さんは弱くはない。一番の問題はあの癖の強そうな剣を手足のように扱っていたシャルルの技量にある。それでもあの機動力が問題だったのは間違いない。これで聖魔剣を作り出せる木場さんの方が優位。

 

『ノンノン、問題ナッシング』

 

 だが、それを問題ないと言い切った。

 シャルルは体にオーラを纏わせると、先ほどと同じ異様な長刀を創り出した。

 

『まさか、その能力は……ッ!』

『yes! ワタシの神器はアナタと同じ「魔剣創造(ソードバース)」デース』

 

 自分と同じ神器だと言われて驚く木場さん。

 同じ神器と言われても、シャルルが使う『魔剣創造(ソードバース)』は木場さんが今まで使ってきた魔剣と違いすぎる。

 そもそも刀身をバネ代わりにして飛ぶなんて。

 

『自由で柔軟な心で創れば、魔剣もこんなにも自由で柔軟な形になりマース。ワタシの魔剣は魔剣の特性に加え、バネの特性も持ち合わせているのデース』

『まさか今まで使ってきた自分の神器にそんな可能性があったなんて』

 

 これは木場さんが神器の可能性を引き出せなかったと言うよりも、シャルルが魔剣創造(ソードバース)の新たな可能性を生み出したと言ったほうが正しいだろう。刀身がバネの性質を併せ持つなんて普通はありえないことなんだから。

 僕の予想としては、魔剣が持つ属性を付与する能力を変質させた。属性ではなく性質を付与するって、もはや亜種じゃないかな?

 

『確かに驚かされたけど、僕は負けないよッ!』

 

 今度は木場さんの方から飛び出していく。あのバネが動き出せば捉えるのは困難。ならば先手を取ってしまおうと言うわけか。相手が止まってる今は絶好のチャンス。

 おそらく木場さんの思惑通り、溜めのタイミングが無くバネを十分に活かせなくなった。―――だが、木場さんの顔は険しい。

 確かにバネの加速はなくなったが、シャルルは空中でアクロバティックに剣を振るい木場さんを翻弄した。表情もカメラに向けるほど余裕がある。

 まるでサーカスの曲芸のようだ。例え実際の戦況が五分だとしても、相手は遊びを入れる余裕がある。心理的優位は圧倒的に向こうだ。

 最初こそ、剣で受け流すものの、縦横無尽に飛んでくる攻撃に翻弄され、木場さんもたまらずその身にダメージを受けていく。

 

『HayHay! もうバテて来ましたか?』

『くっ!』

 

 木場さんは二振りめ聖魔剣を創り出し、二刀で大きくオーラを弾けさせた。

 その勢いで周囲の平原が吹き飛ぶが、シャルルは長刀に乗ったままうまく避けて距離を取った。

 

『……初手からあまり勢い良く手の内を見せるのは嫌だったんだけどね……。どうやら、出し惜しみしていたら必要以上の体力を失いそうだ。ゼノヴィアの事を言えないな』

 

 自嘲気味に木場さんが言う。……あれを使うつもりか。まあ、力を温存して負けたなんて本末転倒だし。

 聖魔剣を消して聖剣だけを創り出し、堂々と宣言する

 

『僕はあなたよりも強い。この勝負、いずれは僕があなたの動きを捉えるだろう。けど、その為にはスタミナをかなり消耗する。今後の戦いを考えると短期決戦(ブリッツ)で仕留めた方が効率が良い』

『HaHaHa! 言ってくれますネ。まあ、確かにこのまま続けてればそのうち捉えられるかもしれません。ですが、ワタシだって全てを見せたわけではアリマセン! 例え負けても、後続に繋げるため、四肢を全部切り落としてやるネ!』

 

 一方でシャルルの方も已然底は見えない。冗談っぽいセリフだがその目は意外にも結構マジだ。

 

『そう、だからこそ、あなたが怖い。覚悟が完了した使い手ほど怖いものはありませんから。僕は―――もう1つの可能性を見せようと思います。―――禁手化(バランス・ブレイク)

 

 聖剣を携え、静かに呟いた。―――その瞬間、木場さんが聖なるオーラに包まれる。すると、地面から聖剣の刃が幾重にも出現。甲冑姿をした異形の存在が創り出されていき、地面に生えた聖剣を手に取り、木場さんの周囲に集まる。

 甲冑騎士の兜はドラゴンがモチーフとなっている。

 甲冑騎士達に囲まれた木場さんは、さながら騎士団を仕切る団長。

 

『Why!? 禁手化(バランス・ブレイク)!!? アナタは既に「双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)」に禁手化(バランス・ブレイク)してました! なのになんで違う禁手(バランス・ブレイカー)に!?』

 

 それを見てシャルルは大袈裟に表現しながら驚愕していた。

 木場さんの禁手は『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』で間違いないが、それは『魔剣創造(ソードバース)』の禁手化。だが、木場さんには後天的にもう一つ神器を持っていた。

 

「……ッ! まさか、『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の禁手化ですか……ッ!?」

「―――『聖覇の龍騎士団(グローリィ・ドラグ・トルーパー)』、『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の禁手にして亜種です」

 

 いつのことかは覚えてないが、元同胞の魂から聖剣使いの因子を譲り受けた時、聖剣を生み出す神器も得たらしい。

 その結果、『魔剣創造(ソードバース)』と『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の2つの神器を持つ剣士となった。

 そこで木場さんは京都での一戦で『聖剣創造』の禁手の発現を思い付き、一誠に協力してもらい、組手を繰り返し完成させたと。

 この禁手の能力は使い手と同じ速度と技量を龍騎士団に付与出来る。現状だと速度までらしいけども。

 一誠の禁手と違い1つの神器を極めようとして生み出された禁手なだけあって伸びしろを感じた。この禁手自体の能力上限以外のね。

それが活かされるかは木場さんがどれだけ極めようとするかにかかっているだろうけど。

 

『これに至る為に自前の聖剣のみで赤龍帝と戦ったけど……ふふふ、胆が冷えたよ。死さえ覚悟した。だって、イッセーくんは本気で殺しに来てくれたからね。そのお陰で二度めの禁手(バランス・ブレイカー)になれたんだけど』

 

 別の映像風景では実況席のアザゼル総督が面白そうに顎に手をやっていた。

 

『本来、「聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)」の禁手(バランス・ブレイカー)は聖剣を携たずさえた甲冑騎士を複数創り出す「聖輝の騎士団(ブレード・ナイトマス)」と言うものだ。木場選手の能力はそれを独自のアレンジで亜種として発現出来たようだ。しかも龍の騎士団! かーっ! 木場、お前な、イッセーの影響受け過ぎだぞ! 大きなお姉さん達が喜ぶ展開だな!』

 

 嬉々として実況するアザゼル総督。

 良くも悪くも木場さんも一誠の影響を強く受けている。やっぱり二天龍の影響力は噂通り、関わった神器所有者は異質な状態に目覚める傾向が強まるのかな?

 

『シャルル殿! いざ参ります!』

 

 木場さんが騎士団と共にその場を駆け出すと、シャルルは背を向けて逃げ出した。

 

『戦略的撤退デ―――ス!』

 

 地面に単純な魔剣を出現させ、長刀で魔剣を騎士団へ弾きながら逃げる。逃走と攻撃を同時に行うよい逃げ方だ。創造系の神器だから弾数の心配もない。

 問題は狙いが適当で、騎士団に当たってもダメージがほぼない。創造された魔剣は騎士団の足元に散らばるばかり。

 しばらくの抵抗虚しく、騎士団はシャルルに追いついた。

 

『No~~~~~~~~~!!』

 

 追い詰められたシャルルは長刀のバネを最大限まで発揮させて空高く飛び上がる。

 だが着地地点に木場さんの騎士団が待ち受ける。

 

『上空に逃げたのは失敗でしたね。もう、逃げ道はありません。チェックメイトです』

 

 苦し紛れの最後のあがきで、着地と同時に騎士団によって詰み。誰もがそう思っていたが―――。

 

禁手(バランス・ブレイク)デース!』

 

 シャルルが大声で宣言するが、シャルルに変化は見られない。―――変化が起こったのは()ではなく、地面()だった。

 

『なんだ!?』

 

 突如、地面から這い上がってきた何かによって拘束された木場さん。その正体は大蛇、魔剣が変化した大蛇だった。一匹の大蛇が木場さんを螺旋状に締め上げると、他数匹がさらに締め付け木場さんの動きを完全に封じ込めた。

 

『これがワタシの禁手化(バランス・ブレイク)! 「魔剣獣の曲芸団(ソード・パーサニファイ・サーカス)」ッ! ワタシの魔剣はワタシの禁手(バランス・ブレイカー)によって動物に擬獣化しマース!』

 

 騎士団の下に散らばった魔剣も蛇や大蛇となり、その周りの魔剣はライオンや鷹が騎士団を取り囲む。

 創造した魔剣を飛ばしていたのは逃げる時間を稼ぐためじゃなく、本命は魔剣を散らばらせ魔剣獣を敵懐に配置するのが目的だったんだ。

 身動きを封じられ一箇所に固められた騎士団へ、シャルルは乗っていた長刀を蹴り込んだ。

 長刀は徐々にその姿を変化させ、長刀は象へと変化し騎士たちを踏み潰す。残った騎士たちも剣の鼻に一掃された。

 シャルルは剣の鼻の上に見事着地して見せ、騎士団を失った騎士団長(木場さん)に言った。

 

『残念ですがチェックメイトデース。リタイアしてくださーい。今なら穏便に済ませマース』

『生憎、僕もリアス・グレモリーさまの「騎士(ナイト)」として諦めるつもりはない』

 

 この状況でなお木場さんは戦う姿勢を見せる。例えこのまま負けても後続に繋げるつもりだ。だが―――。

 

「そうですか。でも残念ながら、これでFinish』

 

 ここまで追い詰められてしまえば、木場さんに打つ手はない。

 シャルルの一言で木場さんの締め付けられてる部分から血が噴き出した。動物化させた魔剣に剣の要素を戻すこともできるのか。動物も哺乳類に鳥類に爬虫類まで、幅も広そうだ。

 宣言通り、木場さんは出来たての血溜まりの中に倒れ込み、リタイアの光に包まれフィールドから消えていく。

 

『リアス・グレモリー選手の「騎士(ナイト)」一名、リタイアです!』

 

 騎士団の団長とサーカス団の団長。勝利したのはサーカス団長。

 初戦はバアルチームが制することとなった。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

『初戦を制したのはバアルチーム! さあ、次の試合はどうなるのでしょうか!』

 

 実況が煽り、再び両者の『(キング)』がダイスを振る。出目は―――リアスさんが3、サイラオーグさんが2。合計は5となった。

 

『合計数字は5! 両陣営、5までの選手を出せることになります! さあ、次に出す眷属は誰なのか!?』

 

 今度の出目も選択肢は広がったものの出場可能なのは一人。

 作戦時間を利用してリアスさんが選手を選ぶ。

 

「小猫、あなたにお願いするわ」

「……了解」

 

 選ばれたのは『戦車(ルーク)』の塔城さん。僕を戦力外と考えれば選べるのは、塔城さんとゼノヴィアさん。駒価値3で他と組みやすいゼノヴィアさんを残したか。

 気合の入った塔城さんが魔法陣で転送されていく。映像に映し出されたフィールドは巨大な柱が林立する薄暗い神殿内らしき場所だった。

 対戦相手は、全身マントで巨体を隠している。

 

『俺はサイラオーグさまの「戦車(ルーク)」の一人、バッボ・オーブ。相手が小さな女だからって容赦はしねえ、大暴れしてやるぜ』

『……望むところです』

 

 相手の名乗りに塔城さんも強気に返す。

 

『第二試合、開始してください!』

 

 審判が試合開始を告げる。

 

『……初っ端から本気で行きます』

 

 塔城さんは全身に闘気を纏わせ、猫耳と2つに分かれた尻尾が出現させる。(いわ)くこれが新技、『猫又モードレベル2』らしい。仙術で、全身に闘気を纏わせることで一時的にパワーを爆発させる。―――一つ言うなら、改善するべき点が大量にあるね。

 塔城さんは素早く飛び出し、バッボの顔面に一撃加えた。

 

 ゴロン……。

 

 なんと、塔城さんの一撃で首が地面に落ちた。これには観客席も騒然となる。

 

『カラカラカラ! 問題ねぇよ』

 

 バッボから声が発せられ、マントを取った。

 そこにはなんと、落ちた首はただの鉄球で、左手首からは手ではなく鎖になっており鉄球とつながっていた。

 

『俺はデュラハン。昔、戦いで頭部を失ってから義頭なんだ。左手も同じく』

 

 バッボは鎖を操って鉄球をけん玉のようにトンガリのある所定の位置に戻す。

 

『さあ、続けようぜ。さあ、遠慮なく攻撃して来な。真正面から全て受けきってやる』

 

 指をクイクイと動かして塔城さんを挑発。挑発を受けた塔城さんは今度はボディを狙いにいく。

 

 ドゴンッ!

 

 豪快な音が鳴り響くが、バッボは直立不動で意にも介さない。鉄球で表情が分からないが、見た目からダメージは伺えない。

 塔城さんは反撃を危惧して距離を取るが、バッボは宣言通り塔城さんの次の攻撃を棒立ちで待つ。

 それから塔城さんは闘気を纏わせた拳でバッボにパンチを与え続ける。何十発か打ち込んだところでバッボが打ち込まれた拳を掴んだ。何十発も宣言通り無防備に受け続けた相手が突然動き出した事に驚く塔城さん。相手が宣言したことを守ってたからって油断大敵だよ。

 しかし、それは幸運にも誰もが想像した理由と違った。

 

『おいおい、もうちょっと本気出してこい。俺がこんなにもわかりやすい悪役(ヒール)やってんだからよ。遠慮することなんてないんだぞ?』

 

 バッボは心配するかのように優しく塔城さんに語りかけた。

 

『それともなんだ? ヘルキャットには荷が重かったか。善玉(ベビーフェイス)が巨体の悪役(ヒール)に善戦するなんて盛り上がる構図だったんだけどな。所詮マスコットか……』

 

 すると今度は手のひらを返すように煽りを入れる。挑発され怒りで塔城さんは闘気が増していく。

 バッボが手を離すと、さらに威力が増した拳で再び殴り続ける。そろそろ塔城さんも気づいてるかな?

 塔城さんはパンチの際に、仙術で練った気を内部に送り込んでいる。そうすることでパンチの効果が望めなくても、何発か当てていけば内部から破壊することができるようになる。本来はそれで魔法に対する防御を展開できなくしてサポートもできる。

 だが、バッボの鎧の体には仙術で練った気が通っていない。相当効きづらい体質なのだろう。塔城さんにとってバッボの体は絶縁体に等しい。

 

『これがただの興行ならこっちでもう少しなんとかしてやれたんだがな。レーティングゲームで見せ場重視の八百長はできねぇ』

 

 そう言うとバッボはゆっくりと動き出した。

 一度目の失態から学んだ塔城さんは、バッボが動き出すと同時にきちんと反応した。

 塔城さんは大振りなバッボの攻撃を掻い潜りながら素早く一発、もう一発とパンチを入れるが、一向に効いていない。

 これでは拳を痛めるだけと塔城さんは一度距離を取ろうとすると。

 

 ドガガガガガガガガガァァァァァァァッ!

 

 バッボは左手の鎖で頭の鉄球を横薙ぎに追撃。鉄球と鎖が柱を薙ぎ倒しながら半円を描く。

 舞い上がる塵芥(じんかい)の中、塔城さんが倒れる柱を避けていると、バッボは倒れる柱を力で無理矢理突破して急接近。落ちてくる柱を掴んで塔城さんに叩きつけた。

 

『うぐっ……!』

 

 闘気を纏わせ『戦車(ルーク)』の特性を持つ塔城さんなら柱の一撃くらいなら耐えられる。だが問題は別にある。

 刹那、衝撃で塔城さんは身を硬直させてしまう。つまり、防御態勢で回避行動ができなくなった。

 その隙きをバッボは見逃さなかった。

 

『オォラァ!』

 

 ブゥゥゥゥゥンッ!

 

 風を殴る音と共に巨大な拳が小柄な塔城さんに突き刺さる。

 塔城さんはリタイアの光に包まれ転送された。

 一誠は唇を噛み、怒りと悔しさを表情に表すが、その感情をグッと押し殺す。

 

『リアス・グレモリー選手の「戦車(ルーク)」1名、リタイヤです』

 

 審判が告げる。

 第二試合もバアルチームが制した。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

『第二試合を終えて、グレモリーは2名リタイヤ。バアル優勢ですが、まだ分かりません! ゲームは始まったばかりだからです!』

 

 実況がそう煽る。

 

「冷静だね。塔城さんがやられても感情を押し殺した」

 

 僕がそう言うと一誠は言う。

 

「……悔しいさ。木場がやられた時だって。だけど、溜めようかなって思ってよ。こういうのは後で爆発したほうがいいだろう?」

「その意見には賛成かな」

 

 第三試合を決めるダイスを両『(キング)』が振った。―――合計はまたまた5だった。

 作戦タイム時に僕は手を上げて言った。

 

「僕が出ます」

 

 すると一誠が心配そうに訊く。

 

「大丈夫か?」

「僕だってグレモリー眷属の『戦車(ルーク)』なんだから。それに、このルールならどのみちいつかは出ることになる」

 

 駒価値5の『戦車(ルーク)』となれば単体で出る確率が高いだろうし。ゼノヴィアさんを残した方がいいだろう。

 まあ、最終的な決断は『(キング)』のリアスさん次第なんだけど。

 僕はリアスさんの最終判断を待った。

 

「……そうね、誇銅の言うとおりだわ。あなたにお願いするわ」

「はい!」

 

 リアスさんの決断に僕は元気よく返事する。

 

「そうだよな、誇銅だってグレモリー眷属の男なんだからな。よし! 行って来い誇銅!」

 

 一誠は僕に激励を飛ばしてくれる。もちろんさ、グレモリー眷属最後のレーティングゲームなんだから。

 魔法陣の上に立ち、光に包まれ転送されていく。日鳥誇銅、推して参る!

 

 

 

 転移の光が止み、僕が到着したのは―――広い砂漠地帯だった。辺り一面砂だらけの場所。障害物なんて何もないや。

 僕の対戦相手は、長身の男性。資料で見たもう一人の『戦車(ルーク)』だ。

 

「リアス・グレモリーさまの『戦車(ルーク)』、日鳥誇銅です」

「サイラオーグ・バアルさまの『戦車(ルーク)』のラードラ・ブネだ」

 

 僕の自己紹介に向こうも返してくれる。

 

『バアル・チーム、「戦車(ルーク)」のラードラ・ブネ選手は断絶した元七十二柱のブネ家の末裔です! アザゼル総督、バアルチームには複数の断絶した家の末裔が所属しておりますが……』

 

 実況に訊かれたアザゼル総督が答える。

 

『能力さえあれば、どんな身分の者でも引き入れる。それがサイラオーグ・バアルの考えだ。それに断絶した家の末裔が呼応したと言う事でしょうな。断絶した家の末裔は現悪魔政府から保護の対象でありながらも一部の上役に厄介払いと蔑まれているのが実情。他の血と交じってまで生き残る家を無かった事にしたい純血重視の悪魔なんて上に行けばたくさんいますからね』

『ハハハハ、全くその通りです』

 

 アザゼル総督の皮肉なコメントに実況者は困り顔。皇帝は笑っていたけども……。

 

「その通り、我が主サイラオーグ様は人間と交じってまで生き永らえた我らの一族を迎え入れてくれた」

 

 その瞳は使命感に燃えており、固い信念の様な物も感じられる。同じ悪魔に厄介者として蔑まれるなんて……。でも、同情はしても手加減はしないよ!

 

『第三試合、開始してください』

 

 試合が始まると同時に僕は歩いてラードラさんに近づき―――友好的な笑顔で握手の手を差し出した。

 

「どうぞよろしくお願いします」

 

 試合中の対戦相手からの握手。さて、どう出るかな。

 ラードラさんは僕の顔を手を見て、しばらくしてから握手に応じてくれた。

 

「こちらこそよろしく頼む。冥界での会合で、グレモリー眷属でキミだけが殺意に満ちたオーラに平然としていた。それで是非戦ってみたいと思っていた」

「やはり見られていましたか。でも、光栄です」

「しかし、こういうのは試合の開始前にするものだ。礼儀正しいのは良いが、迂闊だな」

 

 僕を逃すまいと握る手を強めるラードラさん。わかっていますよ、自分より体格の大きい人にみすみす近づいて手を掴ませるなんて愚の骨頂。いかに友好の握手でも迂闊。―――ですが、それはあなたも同じです。

 

 ドサッ……。

 

 力を込めて先制攻撃を入れようとしたラードラさんの両膝が崩れて地面に付く。ふふっ、何が起こったのか本人もわからず驚いているね。

 

「試合中に握手に応じるなんて、迂闊過ぎますよ?」

 

 先程言われたことをそっくりお返ししてみた。

 手を握り合わせた状態からわざわざ力まで入れてくれたんだから、相手の力を操って動けなくしたり脱力させるなんてお茶の子さいさいだよ。

 

「くっ……!」

 

 ボゴッ! ドンッ!

 

 ラードラさんのひょろ長い体が突然盛り上がり、異様な体つきに変化していく。これはちょっとマズイかも。―――けどね。

 

「させませんよ」

 

 手のひらから仙術を体内に流し込み、肉体の変化をやめさせる。あぶないあぶない、何かしらの変身能力を持っていたみたいだ。でもまあ、こうやって封じてしまえば意味はない。

 最初に、体の自由を九尾流柔術で封じ、仙術で能力を封じ、相手の全てを手中に収めた。握手の体制のままラードラさんをゆっくり仰向けに寝かせる。

 

「不意打ちで申し訳ありませんが、一勝いただきます」

 

 仙術で闘気を纏わせた左掌(ひだりてのひら)(あご)掌底(しょうてい)を打ち込み脳震盪を起こさせる。だがこれでもまだ気を失ってないみたいなので、手を離し素早くオーラを左手から右足に移動させ蹴りを入れ完全に失神させた。

 ラードラさんは光に包まれ転移されていった。

 

『サイラオーグ・バアル選手の「戦車(ルーク)」1名、リタイヤです』

 

 第三試合をグレモリーチームが制することができた。やっとこれで一勝目。だけど、客受け最悪だろうな~。



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若手な悪魔の最強決定戦(中)

 サイラオーグ・バアル眷属の駒を一部変更しました。
 ペンタゴナ『僧侶(ビショップ)』→『騎士(ナイト)』。それに伴い『醜悪な悪魔の社会』も変更しています。
 急な変更ですが、そちらの方が都合がいいことが判明しまして、申し訳ありません。

 組み合わせの変更で数合わせで難航しています。投稿していてもこれでよかったのか……。なので今回はいつもよりも自信がありません。


『第三試合、なんと始まって数分での決着! 最速の決着です! アザゼル総督、日鳥誇銅選手はラードラ・ブネ選手に何をしたのでしょうか?』

 

 実況者がアザゼル総督に訊くと、アザゼル総督は難しい顔をなががら答えた。

 

『正直に申しますと、私も驚いています。グレモリーチームのコーチをしていましたが、誇銅選手があのような戦い方は初めて眼にしました。もちろん私が教えたものではありません。誇銅、どこであんな技を……』

 

 日本妖怪からです。まあ、絶対に教えないけど。

 

「でかした誇銅!」

 

 陣地に帰ってきた僕に最初に投げかけられたのは一誠の言葉だった。

 

「けど、勝ち方がなんかちょっと……卑怯って言うか」

 

 一誠が言葉を続ける。言葉を濁すようであまり濁せていない。けどまあ、言いたいことはわかる。あれは不意打ちの部類でも賛否両論ありそうな部類だからね。戦闘中の相手の隙を突くのではなく、戦闘中に戦闘外で隙を突くものだから。

 

「試合の開始はちゃんとされてたよ? それに、相手も言ってたように試合中に握手に応じるのは迂闊」

「でも、う~ん……」

 

 僕が説得するも一誠は悩み顔。理屈でわかっても気持ち的には割り切れないものがあるんだろうね。

 

「不意打ちが通じるのなんて最初の一回だけ。次からはもう引っかかってくれない。なら、勝利に貢献するなら使わない手はないじゃないかな」

「……誇銅、おまえって案外したたかなんだな」

 

 何かを無理矢理納得させたようにつぶやき、自己完結させる一誠。そうそう、それでいいんだよ。

 

「ところでさ、あれって何をやったんだ? 先生もわからないみたいだったし」

 

 先程の不意打ちに使った技の疑問を訊かれる。すると、他の眷属の皆も興味ありと僕の方を見た。

 

「何って、ちょっとした柔術と仙術の混合技だけど」

「仙術!? 誇銅も仙術が使えるのか!?」

「うん。シトリー眷属だって使えたんだから、僕が使えてもおかしくはないよね?」

 

 こんなやり取りをしている間に、両『(キング)』がダイスを振った。出目の合計は8。順調に数字が増えてきている。

 

 作戦タイムに移行しようとした時、サイラオーグさんが審判に告げた。

 

「こちらは『僧侶(ビショップ)』のコリアナ・アンドレアルフスを出す」

 

 即座にバトルフィールドに出す選手を宣言したサイラオーグさん。観客もどよめいていた。モニターの前に相手『僧侶(ビショップ)』が映し出される。

 ウェーブの掛かったロングの金髪にOLの様なビジネススーツを着込んだ、一誠好みなグラマーな女性。

 

『これは出場宣言でしょうか! サイラオーグ選手、その理由は?』

 

 実況がそう訊くと、サイラオーグさんが一誠の方に視線を向けた。

 

「兵藤一誠のスケベな技に対抗する術を彼女が持っているとしたら、兵藤一誠はどう応えるだろうか?」

 

 一誠のスケベ技に対抗する術? それも彼女が? なんだか悪い予感がして来たぞ。

 サイラオーグの言葉に観客がざわめき、アザゼル総督がその宣言に一番に乗った。

 

『ほお! 面白い宣言じゃねぇか! イッセー選手は女に対して無類の強さを発揮する。その理由は「洋服破壊(ドレス・ブレイク)」と「乳語翻訳(パイリンガル)」に集約されるのだが……』

『兵藤一誠選手は面白いですね。聞いた話では、毎回新しい技を閃いてくるとか』

 

 皇帝も興味津々の様子だった。もう少し違う形だったら僕も素直に賞賛できるんだけどね。

 

 『あれは頭がスポンジなので吸収率がとても良いんだ。元がカラカラに乾いたスポンジなせいか、教えた分すぐに吸い取ってな。頭の中にエロ以外余計な知識が入ってなくて空っぽってのがここまで恐ろしいものかと思ったよ』

「「「「「アハハハハッ!」」」」」

 

 アザゼル総督の解説に会場内の観客が爆笑した。言うとおり一誠の吸収率もとい成長率は意外と高い。変態思考で単調で単純ではあるが、一般人の一誠がここまで短期間でここまで成長したのは、神滅具のおかげだけと断定するべきではないだろう。

 皆の爆笑に一誠は恥ずかしさで顔を赤くしていた。日常の変態言動から恥知らずに見えるが羞恥心は人並みにあるんだよね。

 

『スポンジドラゴン!』

 

 観客の誰かが新たなニックネームを叫ぶ。

 

「うるさーい! 誰っスか!? 今スポンジドラゴンって言っただろう! 何でもかんでも○○ドラゴンって付けるんじゃなーいッ!」

 

 一誠は異を唱えても観客の爆笑の中に消えるだけ。

 

『いいっスよ! 俺、其の挑戦受けます!」

 

 一誠が独断と勢いで了承してしまう。

 リアスさんは額に手を当てて困り顔。

 

「……まったく。罠だろうけれど、どうなの? 実力的には貴方のほうが圧倒的に上でしょうけれど、おそらく相手は何かを企んでいるわ」

「興味あります。俺の技に対抗できる女性だなんて。それにこれ、サイラオーグさんからの挑戦状でもあるんだろうし……『これを超えられるか?』って。あんまり酷いハメ技はしてこないんじゃないでしょうか?」

 

 一誠の言うとおり、これはサイラオーグさんからの挑戦状だと思う。そうなれはあの性格上そういうことはしないかも。

 しかし、そうでなかったら。ああ見えても追い詰められて切羽詰まっていたなら。負けられないために泣く泣くそういう手段に出ることも。そもそもあからさまに一誠が得意な女性をぶつけてくるところから相当怪しい。

 リアスさんは息を吐いた。

 

「……行ってきなさい。私もあなたのあの技を破るという相手の術が気になるわ。でも、決して気を抜かないで」

 

 グレモリー眷属の気質から受けないなんて選択肢はそうないだろう。

 

「はい! 兵藤一誠、行ってまいります!」

 

 一誠は敬礼して魔法陣へ向かう。

 

『おっぱいドラゴンがどうやら戦うみたいです!』

「「「「「「おっぱいッ! おっぱいッ! おっぱいッ!」」」」」

 

 実況が叫ぶと、子連れの客席が今までに無いほどに沸いて揺れた。

 

『見てください! 子供たちのあの元気な笑顔! 冥界のヒーロー! 子供たちがおっぱいドラゴンの登場に大興奮しております!』

 

 実況者の言うとおり、モニターに映る子供たちは皆笑顔だった。顔の下に悪魔文字で『おっぱいドラゴン』と表示され、入場曲として「おっぱいドラゴンの歌」とか言う、一誠の覇龍を静めた歌まで流れ出した。ある意味ヒーローの不祥事だよ!

 僕がそんなことを思っていても、一誠はいい笑顔でバトルフィールドに転送されていった。

 映像に映し出されるフィールドは、ただっ広い花畑。色鮮やかな花々が一面に咲き誇る綺麗な場所だ。

 前方にいる『僧侶(ビショップ)』の女性に警戒する一誠。

 

『第四試合、開始してください!』

 

 試合開始の合図がなされた。とりあえずといった感じで籠手を出現させ、『女王(クイーン)』にプロモーションする一誠。その場を駆け出しながら禁手(バランス・ブレイカー)のカウントダウンに入る。

 それに応じて相手の『僧侶(ビショップ)』も走り出し、魔力での攻撃を放つ。投げ槍の様な氷の魔力が幾重にも撃ち放たれ、一誠はそれを避けていく。

 

『やるわね、坊や』

 

 淡々と言う『僧侶(ビショップ)』コリアナ。

 一誠は氷の魔力を躱し、次の魔力攻撃もやり過ごす。鎧を纏ってない状態を狙われることを危惧していた一誠は敵の攻撃から逃げる特訓もしていた。

 魔力を避けながら花畑を逃げ回ってるうちにカウントダウンが終わり、籠手からの赤い閃光に包まれ、禁手の鎧を形成し禁手化状態となった。

 

『出ました! おっぱいドラゴンです! 会場では子供たちがさらに興奮の一途!』

 

 実況が叫び、バトルフィールドの上空に映像が現れて子供達の姿が映し出される。

 

『おっぱいドラゴ―――-―ンッ! 頑張って――――ッ!』

 

 子供たちの無邪気で明るい声援。こんな子供たちが悪い影響を受けなければいいんだけど。

 一誠の魔力が高まり、何かしら準備に取り掛かる。

 

「きたきたきた! 広がれ、俺の―――」

 

 一誠が乳語翻訳(パイリンガル)の発動に入ろうとすると、コリアナは上着のボタンに手をかけ始め、上着を一枚脱ぎ捨てた。

 本気を出すために脱いだと考えたが―――違った。上着だけでなくスカートも脱いでいく。

 あまりの展開に一誠は攻撃の手を止めた。

 

 

『おおっと! これは! バアルチームのコリアナ・アンドレアルフス選手が、突然脱ぎ出した! 男性のお客さんも無言でガン見している状態です! アザゼル総督、これはいったい!』

『…………』

 

 アザゼル総督もガン見だ。

 

乳語翻訳(パイリンガル)! へい! そこのお姉さんのおっぱい! 次は何をするんだい?』

 

 映像の一誠は隠しきれない程興奮しながら、それでも技を発動した。

 一誠を中心に謎の空間が広がっていき、コリアナを捉えた。悪魔がこの類の術を防ぐ手段はあまり多くはないだろう。

 相手の次の行動がわかったであろうハズなのに、一誠は行動を起こさない。

 

「イッセー、何をしているの! 胸の内を聞いたのでしょう? なら、次の攻撃に備えて行動に移るのよ!」

 

 リアスさんがイヤホンマイクで指示を送るが。

 

『出来ませんッッ! だって、お姉さんのおっぱいは次に脱いでいく箇所を宣言してくれるんですッ!』

「―――っ! なんてこと! 胸のうちはそんなことを教えてくれたの!?」

 

 あまりの結果にリアスさんも驚いていた。

 

「それなら、ドラゴンショットを撃ち込めば決着はすぐに―――」

『それもできませ、部長! だって……だって! 今から脱ごうとしているお姉さんを攻撃することなんて、俺には無理です! 脱衣してくれているお姉さんを前にドレス・ブレイクで全裸って選択も俺の中でありません!』

 

 一誠は断固として攻撃を拒否。一誠の気持ちもわからないではないし、それがどれだ素晴らしい光景か男として理解できる。そんなことをされれば僕だって思わず目を逸して隙きを見せるかもしれない。そのくせチラチラ見てしまうだろうね。

 ある意味一誠の行動も許される可能性すらある。だがそれは自分のために戦っている場合に限る。誰かのために戦っているのなら、少なくても行動できる状態で何もしないは論外。

 ……けど、負けさえしなければ、一誠に限っては黙認されるだろうな。

 そこでアザゼル総督が力説を始めた。

 

『これがサイラオーグ眷属の用意したイッセーの技封じか! なんて、恐ろしい術だ! 目の前で美女美少女が1枚1枚脱いでいく。男にとっちゃ、目の前で1枚1枚服を脱いでいく女ってのは最高の状態だ。ストリップショーと言うジャンルが確立する程、男ってのは服を取り払っていく女性に夢中になっちまう生き物だ。ドレス・ブレイクで一気に裸にするなんて事は愚行に等しい!スケベの心理を捉えた的確で正確な攻め手! これ程のものか、バアル眷属!』

 

 わかるけど、なんとも頭の悪そうな解説だ。

 それにしてもこれがサイラオーグさんの一誠対策なのか。よっぽど迷走したんだろうな……。

 

『ちなみに、このストリップショーですが、お子様も見ているのでそろそろ特殊な加工を施して放送しますのでご了承ください』

 

 うん、それじゃ子供向け番組で「おっぱい」を連呼したり女性の胸をつつくシーンを入れるのはいいの? まあ、悪魔も流石にストリップはマズイと考えるか。でもまあ、悪ノリが過ぎるのは否めないけど。

 ちなみに僕はもう見ないように目を閉じているけど。

 するとしばらくしてから突然―――。

 

『ブラジャー外してから、パンツでしょッッ!』

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 怒りの叫びに目を開けて映像を見た。すると映像では、一誠が怒りに任せた極大のドラゴンショットをコリアナに放っていた。

 

『えっ!? ウソ!? キャァァァァァァアッ!』

『サイラオーグ・バアル選手の「僧侶(ビショップ)」一名、リタイヤです』

 

 第四試合はある意味僕より酷い勝利に終わった。

 それにしても自分の好みと少し違ってたかと、一方的な怒りで吹き飛ばすとはね。なんというか、いろんな意味で酷い。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 陣地に戻ってきた一誠に特に誰も絡むことなく次の合計数字が発表される。今度の合計は8。また連続で同じか。

 

「8か。私が出よう」

 

 ゼノヴィアさんが一歩前に出た。

 

「ええ、そうね。そろそろゼノヴィアに任せようかしら」

 

 『騎士(ナイト)』のゼノヴィアさんは3なので、残り数字は5。上限を利用するなら適任は僕だろう。しかし僕ではコンビとしてあまり適役ではない。それがわかってるから、リアスさんも僕に視線を向けても悩み顔だ。

 リアスさんが決めかねていると、ギャスパーくんが恐る恐る挙手した。

 

「……ぼ、僕が行きます。え、えっと、そろそろ中盤(ミドルゲーム)ですから……何が起こるか分かりませんし……、こ、誇銅先輩は強いですから、後半に向けて控えていただいた方が良いかなって……」

 

 皆、ギャスパーくんの意見に目を丸くしていた。ギャスパーくんが自主的にそんな意見をするとは誰も思わなかったのだろう。

 確かにギャスパーくんの言うとおり、僕が強い弱いどちらにせよ、僕の手の内も実力も知らない。端的に言えばお互いに信頼関係がない。それよりもコンビネーションが取りやすいギャスパーくんが出たほうが得策と言えるだろう。

 何より、ギャスパーくんの瞳が決意に満ちていた。

 

「じゃあ、ギャスパー、ゼノヴィアをサポートしてくれるかしら? あなたの邪眼やヴァンパイアの能力でゼノヴィアをサポートしてほしいの」

 

 リアスさんにそう言われ、頷くギャスパーくん。

 

「……ぼ、僕、男子だし、気合を見せなきゃ!」

 

 全身を震わせながらも気迫は十分。これなら大丈夫そうだ。

 

「うん、頼りにしているぞ、ギャスパー」

「は、はい、ゼノヴィア先輩!」

 

 これで第五試合の出場選手が決まった。

 

 第五試合、二人が転移されたバトルフィールドは、ゴツゴツした岩だらけの荒れ地。

 足場はあまり良くない。木場さんを残していたらちょっと支障があったかも。柔術家の僕にとっては割りとありがたいんだけどね。

 2人の眼前にバアルチームの相手が現れる。

 第二試合で塔城さんを圧倒したバッボと、不気味なデザインの杖を(たずさ)えた小柄な美少年。『戦車(ルーク)』と『僧侶(ビショップ)』のこちらと同じ編成だ。

 

『グレモリーチームは伝説の聖剣デュランダルを持つ「騎士(ナイト)」ゼノヴィア選手、一部で人気の「僧侶(ビショップ)」な男の娘、ギャスパー選手です!』

「「「「うおおおおっ!ギャーくぅぅぅぅんっ!」」」」

 

 実況の言うように観客席の一部からギャスパーくんに応援を送る男性ファンが。ちなみにゼノヴィアさんも異性より同性からの支持が多いみたい。

 

『対するバアルチームは、第二試合で圧倒的な力差で押した、「戦車(ルーク)のバッボ・オーブ選手と、断絶した元72柱のサブノック家の末裔、「僧侶(ビショップ)」のミスティータ・サブノック選手』

 

 互いに使命感に燃え、固い信念のようなものを感じる。

 

『第四試合、開始してください!』

 

 審判(アービター)の宣言後、両チームが素早く構えて攻撃を開始させた。

 

「ギャスパー、コウモリに変化して!ゼノヴィアはその後に攻撃!」

 

 リアスさんが陣地から指示する。

 ギャスパーくんが無数のコウモリに化けてフィールド中に散らばり、ゼノヴィアさんが早々に幾重ものアスカロンの波動を相手の『戦車(ルーク)と『僧侶(ビショップ)』に放った。

 聖剣の鋭い切れ味の波動が、岩肌を大きく削りながら飛んでいく。

 その攻撃を『戦車(ルーク)』のバッボが真正面から受け止め、念のためか回避行動をした『僧侶(ビショップ)』のミスティータが杖から複数の炎の魔力を放った。

 

『させません!』

 

 フィールド中に飛び回る無数のコウモリの眼が赤く輝き、炎の魔力を停止させる。宙に浮かぶ炎を、ゼノヴィアさんがアスカロンの波動で振り払い、相手の攻撃を打ち消した。

 

『バッボ! サイラオーグさまの指示が届いた! 先に剣士だ! 僕は準備する!』

『了解』

 

 ミスティータが後方に下がり、全身に禍々しいオーラを(ほとばし)らせる。

 バッボはミスティータを守るように前に立つ。塔城さんを圧倒し、ゼノヴィアさんの今の攻撃を受け止めた防御力なら壁としては申し分ない。

 

『おまえはあのマスコットよりは盛り上げてくれよ』

 

 バッボの挑発からゼノヴィアさんとバッボの攻防が始まった。

 ゼノヴィアさんは聖剣の波動と共に直接攻撃もバッボに放つが、堅牢過ぎる防御力の前に少しもダメージがあるように見えない。例えアスカロンより攻撃力の高いデュランダルでも結果は同じだろう。

 

『ギャスパー! あれを撃つ! 時間を稼いでくれないか!』

 

 後方にゼノヴィアさんが下がり、ギャスパーくんのコウモリがバッボを包み込む。

 バッボは両手を振るって鬱陶しそうに払うが、僕にはどこかわざとらしく見える。

 その間にゼノヴィアさんがアスカロンを天高く掲げて、パワーを溜め始めた時! 相手の『僧侶(ビショップ)』が叫んだ。

 

「ここだッ! 聖剣よッ! その力を閉じよッ!」

 

 ミスティータの手にした杖が怪しく光り、不気味な光がゼノヴィアさんを包み込む。体に不気味な紋様が浮かび上がり、ゼノヴィアさんの手元が震える。そしてゼノヴィアさんはアスカロンを下におろした。

 

『……これはなんだ……。アスカロンまでもが反応しない……!』

 

 ゼノヴィアさんの体に起こった現象に一誠も驚いている。

 ミスティータがやつれた表情で言う。

 

『……僕は人間の血も引いていてね。―――神器(セイクリッド・ギア)、「異能の棺(トリック・バニッシュ)」。最近になってようやく使えるようになった呪いの能力だよ……』

『「異能の棺(トリック・バニッシュ)」、自分の体力、精神力などを極限まで費やす事で特定の相手の能力を一定時間完全に封じる神器(セイクリッド・ギア)だな。―――バアルの「僧侶(ビショップ)」は自分の力と引き替えにゼノヴィア選手の聖剣を使う力を封じたようだ』

 

 アザゼル総督から説明が入る。

 あの急激な消耗は能力封じの代償というわけか。特定とはいえ相手の主要な能力を封じる代わりに自分の行動を封じる。デメリット分のリターンはあるね。

 

『……本当なら聖剣を封じた余波で、彼女自身にも聖剣のダメージを与えさせようと思ったんだが……。聖剣使いとしての才能は思った以上に濃かったようだ……』

 

 ミスティータはふらつきながらも苦笑する。自傷ダメージはなかったとは言え、アスカロンを封じられたのは致命的。なにせ相手を倒す手段が無きに等しい。

 無数のコウモリがゼノヴィアさんを包む。それと同時に相手の視界を遮る。敵がコウモリを払うとそこには誰もいない。

 ギャスパーくんのフォローででゼノヴィアさんを何処かの岩陰に避難させたようだ。

 

『……すまない、ギャスパー。だが、どうやら、私は役立たずになりそうだ』

『そ、そんな事無いです!ゼノヴィア先輩の方が僕よりもずっと部長のお役に立ちますよ!』

 

 ギャスパーくんはゼノヴィアさんを励まし、腰の小さなポシェットから小瓶やチョークなどの道具を取り出した。

 

『ぼ、僕、この手の呪いを解く方法をいくつか知ってます!』

 

 ギャスパーくんは手元に小さな魔法陣を展開させ、ゼノヴィアさんの体に当てる。魔法陣を通してゼノヴィアさんにかかった神器(セイクリッド・ギア)の呪いを調べているのか。

 

『逃げても無駄だ! すぐに見つけ出してやる!』

 

 バッボが周りの岩場を破壊しながら、ゼノヴィアさん達を探し回る。

 見つかるのは時間の問題だ……。

 

「ギャスパー、ゼノヴィアの呪いは解けそう?」

 

 リアスさんが訊く。 

 

『……分かりました。はい、僕流の解呪方法なら手持ちの道具で何とかなりそうです』

 

 ギャスパーくんはそう言ってゼノヴィアさんを中心にチョークで魔法陣を描いていく。

 見慣れない紋様を描くと、最後に血の入った小瓶―――本来ならギャスパーくんの力を底上げするための道具を持った。

 

『今描いた魔法陣にこのイッセー先輩の血を馴染ませる事で、呪いは解けると思います。ただ、解呪出来るまで少し時間が掛かりそうですけど……』

『ま、待て、ギャスパー。その血を使えばお前は―――』

 

 困惑するゼノヴィアさんにギャスパーくんは満面の笑みを見せた。

 

『ゼノヴィア先輩、僕、役目を見つけました』

『ギャスパー……?』

 

 訝しげな表情をするゼノヴィアさん。

 魔法陣を完成させたギャスパーくんは岩陰から飛び出していった。

 

『ぼ、僕が時間を稼ぎます! 呪いが解けたら、そのままアスカロンをチャージしてください!』

 

 ギャスパーくんが見つけた役目、それは囮になること。それも力の底上げも無しに。

 

「無謀よ! ギャスパー! 隠れなさい!」

 

 リアスさんが叫ぶが、ギャスパーくんは決意に満ちた表情で走り出した。

 

『ダメですぅっ! ぼ、僕が時間を稼がないとダメなんですぅっ! 部長が勝つにはゼノヴィア先輩の力が必要なんですぅっ!』

「いいから、早く逃げてッ!」

 

 リアスさんの叫びを無視し、ギャスパーくんはシャルルとミスティータの前に飛び出す。

 

『見つけたぜ!』

 

 巨躯(きょく)に迫られ、ギャスパーくんは全身を震わせたが―――逃げる素振りは見せず、手を前に出して、魔力を撃つ格好となった。

 

『あ、暴れさせるわけにはいきませんっ!』

『はぁ~、またマスコットの相手かよ。いくら俺でも弱い者いじめで心が痛む。けど、ボロボロにされる覚悟はできてるっつうことだよな!』

 

 バッボは鉄球を振り放ち、ギャスパーくんは防御魔法陣でそれを防ごうとするが……。

 

『うわああぁぁぁぁぁああがあっ!』

 

 防御魔法は破られ、鉄球の衝撃で吹き飛ばされていく。

 今の一撃でボロボロになりながらも、ギャスパーくんはよろよろと立ち上がった。

 

『……まだ、まだ大丈夫です!』

『ギャスパー! 無理はよせ!』

 

 ゼノヴィアさんが堪らず叫んでしまう。

 

『なるほど、あっちか』

 

 バッボがゼノヴィアさんの声がした方を向いた。今の声でだいたいの場所がバレてしまった。

 

「あああああああっ!」

 

 ギャスパーくんが悪魔の翼を展開して飛び出し、バッボの腕に食らいつく。

 

『まだやるか、ナイスガッツ。けどな、あの呪いは有限なんだ。マスコットの相手をしてやるほど暇じゃねーんだよ!』

 

 ギャスパーくんに掴まれた腕を岩や地面に叩きつける。手を離すまで何度も何度も。破壊音に紛れて聞こえてくる人体が破壊される鈍い音。破片で傷つき血も流れる。

 

『がぁっ! がぁぁッ! がはぁっ! がぁぁぁぁっっ!!』

 

 叩きつけられる度にギャスパーくんが激痛に絶叫した。

 あまりの光景にリアスさんは目を背けてしまう。

 

「……もうやめて!」

 

 アーシアさんも顔を手で覆い、絶叫する。

 叩きつけられた衝撃でついに手を離すギャスパーくん。激痛で息も出来ない状態でもがくも、それでも這って、バッボに食い下がる。

 

「……痛い……痛いけど……。まだ……僕は……グレモリー眷属の……男の子だから……。……ゼノヴィア先輩、待っていてください……」

 

 ギャスパーくんの覚悟を知り、映像のゼノヴィアさんは声と気配を完全に押し殺す。その目には涙が込み上げていた

 

『邪魔』

 

 邪魔くさそうに蹴られるギャスパーくん。それでもまだ這いつくばる。

 

『……グレモリー眷属男子……訓戒……その1……男は女の子を守るべし……ッ!』

 

 震える体を持ち上げて言ったその言葉は、部室で一誠がギャスパーに教えていたものだった。

 

『……グ、グレモリー眷属男子……訓戒……その2、男はどんな時でも……立ち上がること……ッ!』

 

 手元に再び魔方陣を展開させようとするが、ミスティータはフラフラになりながらもギャスパーを杖で横殴りにする。

 

『諦めろ、キミでは我々には勝てない』

 

 無情な一声を聞いても、ギャスパーくんは岩につかまり、立ち上がろうとしていた。

 

『……グレモリー……眷属……男子……訓戒……その3……』

 

 うわごとをつぶやきながら、ギャスパーくんは腫れ上がった顔を前に向けた。

 

『何が起きても……決して諦めるな……。……ゼノヴィア先輩は……僕が守らないと―――』

 

 ズンッ!

 

『がはッ!』

 

 非情な一撃……バッボが容赦無くギャスパーを踏みつける。

 立ち上がろうにも、もう絞り出す力すらなく、なかなか立ち上がれないでいる。戦うどころか足掻くことすらもう難しい状態。今すぐリタイアになってもおかしくない。

 あまりの光景にリアスさんは映像からも目を背けるが、そこに一誠が溢れるものを抑えられずに言った。

 

「……部長、お願いです。背けずに見てやってください。あいつはあなたの為に死ぬ覚悟であそこで頑張っているんです……。引きこもりで、誰よりも怖がりなあいつが、今誰よりも一生懸命頑張ってるんです……! 見てやってください……!」

 

 一誠の訴えにリアスさんは涙を溢れさせようとしたが―――それを我慢して映像に視線を送った。

 

「分かったわ。ゴメンなさい、イッセー、ギャスパー……」

 

 アーシアさんと朱乃さんは嗚咽を漏らし、僕も気づけば腕組みしている両腕を痛いほど強く握り締めていた。

 

『まだ動くのかよ。その執念、恐れ入ったよ。けどこれ以上の遅延はゴメンだ。次で確実にリタイアさせてやるから、死ぬなよ?』

 

 バッボは右拳を強く握り思いっきり振りかぶろうとした時―――。

 

『―――そうはさせない』

 

 極大で異様なオーラを放ちながらゼノヴィアさんが岩陰から姿を現した。アスカロンから(ほとばし)る聖なるオーラは、今までのゼノヴィアさんのものを遥かに超えた質量だった。

 呪いの紋様が体からすっかり消えている。ゼノヴィアさんは意識があるかないか不明なギャスパーを抱き寄せた。

 

『―――よくやったぞ、ギャスパー。男だな。―――すまなかった、私が不甲斐ないばかりにお前にこんな―――』

 

 ゼノヴィアさんは涙を流してギャスパーくんに謝る。

 

『呪いが解けたか!』

 

 呪いが解かれた事を知ったミスティータが杖の先端を向ける。バッボも腕を回してやる気を見せた。

 ゼノヴィアさんが静かに立ち上がり、ボソリと呟く。

 

『……足りなかった。私には覚悟が足りなかったようだ。だから、あんなものに捕らわれた。仲間の為に、部長の―――主の為に持つべきだった死ぬ覚悟がギャスパーよりも足りなかった。こいつの方が私なんかよりもずっと覚悟を決めてこの場に立っていた! 自分があまりにも情けない……ッ! 私は自分が許せなくて仕方がないんだ……ッ!』

 

 ゼノヴィアさんの言葉はグレモリー眷属の皆に突き刺さった。リアスさんへの忠誠心も仲間への信頼もない僕にさえも。

 あれだけの覚悟で戦ったギャスパーくんと、なんの覚悟もない僕が同じ舞台に立ってもいいのか? ―――心が揺れ動く。

 

『なら、どうすれば良い? どうすればこいつの思いに応えられる?』

 

 呪詛のように呟きながら涙を拭うゼノヴィアさん。

 

『そうだな。それしか無いだろう。すまない、ギャスパー。―――せめてお前の為にこいつらを完全に吹き飛ばしてやろう! それがお前への応えだと思うからなッ!』

 

 ゴオォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 

 アスカロンから生み出された極大のオーラが、聖なる光の柱となり天高く立ち上る。

 

『そうはさせるかッ! 今度はこの命を代償にもう一度あの『騎士(ナイト)』の能力を封じる!』

 

 ミスティータが杖を構えて神器(セイクリッド・ギア)を発動しようとしたが―――その体が意識ごと停止する。

 バッボがギャスパーくんに視線を向けると、ギャスパーくんはリタイヤの光に包まれながらも、双眸(そうぼう)を赤く輝かせていた。

 

『停止の邪眼(じゃがん)か』

 

 落ち着いた様子でつぶやくバッボ。回避は無理だと覚り一人防御態勢に入る。

 ゼノヴィアさんはアスカロンを大きく振り上げた。

 

『お前達はギャスパーに負けたんだッ!』

 

 ゼノヴィアさんはアスカロンをバッボと停止したミスティータ目掛けて解き放った。

 大質量の聖なるオーラの波動が相手二人を飲み込んでいった。

 こうして第四試合は終わりを―――

 

『サイラオーグ・バアル選手の「僧侶(ビショップ)」1名、リアス・グレモリー選手の「僧侶(ビショップ)」1名、リタイヤです』

 

 ―――告げなかった。リタイアのアナウンスにバアルチームの『戦車(ルーク)』の名前が無い! それはつまり……。

 

『ふぅ~! すげぇ一撃だったぜ!』

 

 光の波動が収まった跡地に、バアル眷属の『戦車(ルーク)』バッボ・オーブはその場に立っていた。しかも弱った様子が見られない! 今の一撃がき、効いてないのッ!

 

『………何…………だと…………!?』

 

 ゼノヴィアさんも今の一撃を耐えられたことがショックだったらしく、その場で固まる。

 

『―――っ。真正面からあの攻撃で無傷。……バケモノめ』

『良い覚悟の一撃だった。これが個人的な興行試合なら悪役(ヒール)として倒されたことにするんだが……生憎俺は倒れていない』

 

 バッボは頭の鉄球を外し、外した鉄球を右手にグローブのように装着。鉄球の拳となった右の拳を、ゆっくりと引いていく。

 

『倒れたグレモリーの「僧侶(ビショップ)」に敬意を表して見せてやる、相手を沈める本物の一撃を。かかってこい、それがおまえのラストターンだ』

 

 ボワァ……。

 

 なんとバッボの体が薄っすらと闘気を放ち始めた。いや、纏始めた! それは塔城さんの放った闘気と比べる程なく小さく、映像越しでは詳しくない人が見れば見落とすレベル。しかし、その質は比べる程なく高い! 悪魔が質が高い闘気をあの薄さで纏うだと!

 右拳の闘気のみが少しだけ多くなり、映像越しでも観客にもなんとか見える程度にまでになる。

 闘気が纏われた右ストレートが解き放たれる! それと同時にゼノヴィアさんも斬りかかった! バッボの右腕へ!

 剣は拳とぶつかり合わず、闘気と衝撃に吹き飛ばされ、岩を破壊しながらフィールドの奥へと消えていった。

 

『リアス・グレモリー選手の「騎士(ナイト)』一名、リタイアです』



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若手な悪魔の最強決定戦(下)

 第五試合を終えて、残った眷属はこちらがリアスさん、朱乃さん、アーシアさん、一誠、僕の五人。

 向こうはサイラオーグさん、『女王(クイーン)』、仮面の『兵士(ポーン)』、『騎士(ナイト)』二人に『戦車(ルーク)』の六名。

 人数差はほぼ互角。だがアーシアさんが回復専門とこちらの『(キング)』が実質出れないことを考えると、三対六で圧倒的不利。

 

『さあ、戦いも中盤(ミドルゲーム)を超えようとしているのかもしれません! サイラオーグ・バアル選手のチームは残り6名! 対するリアス・グレモリー選手は5名となっています! 前半バアルチームが押していたものの、両者残りメンバーの数はほぼ互角! このままバアルチームが差を広げるか! それともグレモリーチームの反撃なるか!』

 

 実況が会場を盛り上げる。

 

「誇銅、相手方の『兵士(ポーン)』は駒消費7だったか?」

 

 一誠が僕に確認を取るので、僕は頷く。

 

「そうだよ。駒価値で推測するなら今まで出てきたバアル眷属よりも強敵だろうね」

 

 闘気を使いこなす相手の『戦車(ルーク)』以上の強敵とかあまり想像したくはないけどね。もしそうだとしたら、おそらく一誠でも勝てない。

 そもそもそんな使い手を眷属にしているサイラオーグさんの強さも恐ろしい。もしもバッボの強さを基準に駒価値に比例した強さだとしたら……グレモリー眷属の勝利は絶望的だ。

 第五試合の賽が振られる。今度の出目の合計は6。

 こちらの残り選手で複数人は出られない。と言うかアーシアさんを除けば僕しか出られない。

 

「誇銅、わかってると思うが不意打ちは通じないぞ」

「わかってるよ」

 

 わかってるよ、僕自身が使えないって断言したんだから。一誠もそういう意味で言ったんじゃないんだろうけど。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

 そう言って、僕は魔法陣の上に立ちバトルフィールドへ転送された。

 

 

 

 転送されたバトルフィールドは大自然のサバンナ草原って感じだった。

 そして肝心(かんじん)の対戦相手は――――。

 

「皆さ~ん! 私の再登場デスヨ~!! もっと頑張るから、目を離しちゃNo! なんだからネ!」

 

 第一試合で木場さんに勝利したシャルルと、ライダースーツに室内なのに星の絵が描かれたバイクのヘルメットをかぶったままの女性。若手悪魔の会合で自己紹介した『騎士(ナイト)』の二人だ。

 

『バアルチームは、第一試合で剣士と思えぬトリッキーな剣技を披露した、「騎士(ナイト)」のシャルル・ヴィッカース選手と、断絶した元72柱のクロセル家の末裔、「騎士(ナイト)」のペンタゴナ・ロイム選手』

 

 ペンタゴナは黙ってこっちを見て、シャルルは異常なほどに自然体でカメラに向かって手を振っていた。

 

『対するグレモリーチームは、今だ実力を隠したままのダークホース『戦車(ルーク)』、日鳥誇銅選手です!』

 

 ハハハ、ダークホースか。そう言われるのも悪い気分ではないね。さてと、今度は第三試合みたいな楽はできない。楽しみたい気持ちもあるけど、勝ちは取りに行かないとね。

 

『第五試合、開始してください!』

 

 審判(アービター)の宣言後、『騎士(ナイト)』二人は素早く構えて攻撃を開始させた。シャルルがバネの魔剣を創っている間、ペンタゴナは翼を生やして低空飛行で接近してくる。

 ペンタゴナは『騎士(ナイト)』のスピードに羽ばたきで推進力を足してるのか。スピードは木場さん以上で、シャルルよりも小回りは効きそうだ。

 ペンタゴナは途中で一度地面を蹴って、僕に突き刺さるようなドロップキックを放つ。思っていた以上の瞬間的加速! 躱して骨の継ぎ目に打ち込むつもりだったけどズレた。けどオーラを纏った手刀なのでダメージは軽くないだろう。

 

「ラードラを倒したのはマグレとは思ってなかったが、予想以上に……ぐっ!」

 

 思った通り、着地時に打ち込まれた足をかばうようにしていた。

 

「まだだッ! これくらいで私を倒せたと思うな!」

 

 ペンタゴナは翼を出して空高く飛び上がる。

 軽やかな空中飛行、空中戦が得意と見た。

 

「三次元的に繰り出される私の攻撃を躱し続けられるか!」

 

 そう言うとペンタゴナは高速で飛び回り、フェイントを織り交ぜつつ無事な方の足で蹴りを連発する。格闘、それも蹴り主体の『騎士(ナイト)』って初めて見た気がする。

 それでも加速的な攻撃は直線的だし、変則攻撃は減速するので十分躱しきれる。片足を負傷しているのもかなり響いてるようだ。唯一の問題は頭上からの攻撃は対処が難しいという一点。

 再びペンタゴナの蹴りが放たれる瞬間、炎の壁を作り出しガードしたように見せかける。

 

「無駄だ! 私の速度ならその程度の炎なんて軽く貫通できる!」

 

 そうだろうね。だけど僕の炎は普通と違う。

 思惑通りペンタゴナはそのまま構わずと突っ込んで来ると、予想もしていない物理的な炎に包まれた。

 

「なんだこの炎は!?」

 

 炎の中―――僕の手の平に入ったペンタゴナを飛び立てないようにギュッと炎で押さえ込む。僕の炎の特性で魔力もガンガン燃焼しているだろうし脱出は非常に困難。

 相手の力はさほど強くないので片手間に抑えておける。僕は素早く接近し、闘気を纏った拳の正拳突きを打ち込んだ。攻撃が苦手でも動けない相手にくらい当てられる。

 『戦車(ルーク)』の特性+濃い目の闘気で僕でも腰を入れれば相当な威力が出せる。それを防御ができないところへ打ち込んだんだ。

 

『サイラオーグ・バアル選手の「騎士(ナイト)」、リタイヤです』

 

 一撃で戦闘不能にできた。炎が転移を阻害してしまうといけないので消しておいたが、まあ意識もなければ魔力もかなり燃やされてるし大丈夫か。

 さて、これで一対一に持ち込めた。手札()を明かしてしまったがまだ出し切ったわけではない。それよりも本気を出すと言っておきながら出し渋って負ける方が問題だ。

 

「……」

 

 ―――シャルルが攻めてこない。ペンタゴナとの戦闘中、シャルルからは一切の邪魔は入らなかったし気配もなかった。最初は同士討ちを警戒しているのかと思ったが、僕がこうして無防備を装っても来ない。

 シャルルのいた方を見ると、そこにシャルルの姿はなく、代わりに創造された魔剣が何本も散らばっていた。

 姿はなくともどこにいるかはわかる。()だ。

 

「ヘ~イ! 次はワタシのターンデース!」

 

 僕が見上げたとほぼ同じタイミングでシャルルが叫ぶ。バネの魔剣に乗り、色とりどりの、花のように綺麗な色を付けた魔剣をばら撒きながら。

 まるでショーの開幕と言わんばかりに派手に上空からばら撒く。適当にばら撒いてるから敵意も殺意もない。

 

 ズザザザザザザザザッ

 

 こちらに振ってくる剣を目視で避けていく。広範囲にばら撒くことが目的なため直接振ってくる剣は少ない。

 剣の花園と化してしまった現状はかなりの脅威。シャルルの禁手『魔剣獣の曲芸団(ソード・パーサニファイ・サーカス)』は創造した魔剣を動物化させる。これでシャルルはいつでも魔剣獣をどこからでも出現させられる。

 空からばら撒く前から辺りにはもうかなりの数の魔剣がばら撒かれている。

 

「それではイキます! 禁手化(バランス・ブレイク)ー!」

 

 宣言と同時に、地面に落ちている魔剣たちが動物へと姿を変えていく。ライオンやチーター、カバ、キリン、ダチョウにシマウマなどなど、実際サバンナにいそうな動物が勢揃い。他にも草原に隠れて見えない魔剣獣もいる。

 フィールドが危険なサファリパークへと変えられた。

 

魔剣獣(フレンズ)といっぱい触れ合って楽しんでくだサーイ!」

 

 シャルルは一番背の高いキリンの頭に着地し言う。その言葉で魔剣獣たちがこちらに攻撃して来る。

 仙術の感知と闘気を纏わせ身体能力を上げる。感知と予想を駆使して魔剣獣たちの猛攻を(しの)ぐことはできるが、僕の覚えている九尾流柔術は動物にはあまり対応できない。無理に攻撃に転じれば残りの反撃で倒されかねない。

 どう対処すればいいか考えていると、打開策は意外なところから見つかった。

 それは魔剣獣に囲まれ、炎で包み込んで動きを封じようとした時―――。

 

「ッ!?」

 

 炎に飲み込まれた魔剣獣は元の魔剣に戻ってしまった。魔力や妖力などを燃やす僕の炎の性質が禁手の力を燃焼させたのか……? 

 そうとわかればこちらも炎人形で対処すればいい。しかしゴーレム型は一体しか操れないので多勢に無勢。百匹まで同時操作できるマンドレイク型では弱すぎる。

 苦肉の策として僕が用意したのは―――。

 

「炎目、炎人形―――スライム」

 

 僕が知ってる動く生物として最もシンプルなデザイン、スライム型。

 生み出した大量の炎のスライムが魔剣獣たちを飲み込み魔剣へと戻していく。だけど適当に狙いもなく動いてることがバレるのは時間の問題。魔剣獣たちが寄ってこない間に歌いながらもう一体の炎人形を用意する。

 

「―――完成」

 

 大きな長方形の炎に太い四本足が付いただけの簡単な炎人形。なんだか虫みたいにも見えてきたよ。

 急ぎで作ったから雑な創りだが、炎はそれなりに込めたので大きさはある。これなら大型の魔剣獣も飲み込めるだろう。

 シャルルとの戦いは炎人形を主体にして僕がサポートに回れば。そう考えていると―――。

 

「……ッ!!」

 

 大きな脅威を感じて咄嗟(とっさ)に屈んだ。刹那―――

 

 ズサァァァァァァァァンッ!

 

 僕の上を斬撃が通り過ぎていった。僕の代わりに後ろにある二本の丈夫そうな木を斬り倒す。……屈んでなかったら斬られていた……。

 シャルルを見ると、身の丈以上の巨大な大剣を持ち、振るった後の体勢になっていた。

 予想の一つにはあったけど、ただのテクニックタイプではないらしい。しかし怪力というわけではないみたいで、握りは両手で動きも遅い。でもそうなるとここまで斬撃が届くわけがない。

 僕は巨大炎人形の上に退避。

 シャルルはもう一度大剣を持ち上げる。すると大剣に闘気に近いオーラを纏わせた。物質に自分のオーラを纏わせる悪魔がいるなんて……! 

 オーラを纏わせた大剣を巨大炎人形へ振り下ろす。

 

 ボゴォォォォォォォォォォッ!

 

 巨大炎人形の足が一本切断され大きく体勢を崩した。

 大剣を捨て、二本の剣を持ちこちらに向かってくる。バネの魔剣に乗ってる時ほど早くはないが速い!

 軽く火事状態となった草原を突っ切り、あっという間に巨大炎人形の足元にまで来た。

 残りの足で撃退しようとするも、鈍重(どんじゅう)な巨大炎人形の攻撃なんて簡単にくぐり抜ける。

 炎の足に魔剣を突き刺し、それを足場に登ってきた!

 

「Hello♪」

 

 両手に剣をぶら下げ笑顔で言うシャルル。その笑顔はどこか狂気じみていた。

 

「アンドGood bye」

 

 剣を構えてこちらに向かってくる。もちろん両手の剣にはオーラもしっかり。

 攻撃をオーラを纏った両腕で防御し、バックステップで威力も緩和させる。両腕にそこそこの出血量の傷が出来た。オーラで防御したとは言え生身で刃を受け止めるのは無理があったか。傷は仙術で治癒しておく。

 僕もまだまだ未熟だね。あの笑顔に少し気圧されて集中力が乱れた。殺意のある攻撃だったから反応出来たハズなのに……。

 

「ニィ~」

 

 シャルルは笑顔でこちらを見定める。これ以上長引いたらもっと危なくなるかもしれない。ここは賭けに出るか。

 僕は巨大炎人形から飛び降りると同時に巨大炎人形を元の炎へと戻す。しかしこんな炎の使い方は不慣れでスライム型も炎に戻ってしまう。サバンナは燃えない火事に包まれた。

 

「無駄デース! こんなもので私は倒せないヨー!」

 

 シャルルは回転で炎を振り払い綺麗に着地を決める。だが炎の煙幕で僕を見失ったようだ。

 僕は炎の中から飛び出し、シャルルへと攻撃を仕掛けた。得意の九尾流柔術を捨てて攻撃に意識を集中させる。

 シャルルも反撃しようとこちらに駆け出す。

 

 ボワァァァ!

 

 その瞬間、シャルルの背後の炎の波から僕がもう一人現れる。―――背後からの奇襲! 静かな奇襲だったがシャルルはその気配に気づく。突然現れた同じ姿の敵、どちらが本物か普通なら迷いが生じる。

 しかしシャルルは迷うこと無く右の剣をブレーキとして地面に刺し、左の剣で斬った―――――炎に写った偽物の僕を!

 

「Why!!」

「信じていました! 貴方ほどの剣士なら気づくと!」

 

 僕の姿を映した炎の波に強いオーラを込め、僕自身は必要最低限のオーラしか纏わない。気づけば騙されるが、気づかなければ弱いオーラでほぼ素の状態で受けることになる。まさに博打(バクチ)だ。

 だから僕は信じた、シャルルの剣士としての実力を。彼なら後ろから迫る偽物の僕の影に気づくと。そして前後の僕のオーラの違いに。柔軟に攻撃対象を変えることのできる技量を。

 どれか一つでも満たして無ければ(本体)が斬られていただろう。あの斬撃なら自己回復の間もなくリタイアしてたね。

 

「僕の勝ちです!」

 

 僕の体を覆う必要最低限のオーラを全て拳に移動させ、シャルルに打ち込んだ。

 

『サイラオーグ・バアル選手の「騎士(ナイト)」、リタイヤです』

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 第五試合を終えて陣地に戻り、アーシアさんに傷の回復をすると言われたが、仙術の自己治癒ができるからいいと断った。

 ちょっと悲しそうな顔をされたけど、生憎あまり世話にはなりたくない。

 

「すごかったぜ誇銅! 木場を倒した相手に、それも二体一で勝っちまうなんて。てか、いつの間にそんなに強くなってたんだよ!」

 

 いつの間にって……二千年前くらい? 戻った僕に労いの言葉をかけてくれる一誠。リアスさんからもお手柄の言葉をもらった。

 シャルルは本当に手ごわかった。まさか攻めの博打をせざる得ない程に追い詰められるとは。シャルルのオーラの使い方が妖怪の下の上程あれば気圧された時点で僕は敗けていただろう。刃物相手とは言え僕もまだまだ未熟だ。

 そんなことを考えている間に第六試合の出場選手を決める為の賽が振られ、小さい出目で何度か振り直しになりながら、最終的に合計数字が9となる。

 

「9ということは『女王(クイーン)』か『兵士(ポーン)』が出られるわ。……『兵士(ポーン)』はまだ出さないと思うの」

「根拠はあるんですか?」

 

 リアスさんがそう言うと、一誠が問う。

 

「サイラオーグはあの『兵士(ポーン)』をできるだけ使いたくないと思っているような気がするわ。まるで出てくる気配が感じられない。温存しているとしても温存しすぎよ。『兵士(ポーン)』がでられる試合は何度かあったし」

 

 こちらの手があらかた割れている以上、強力だからと言ってそこまで温存する必要はあまりない。いくら一誠の対策を持っていても第三試合で『僧侶(ビショップ)』を単騎で出すのはリスクが高い。駒価値的に誰かと組みやすいし、攻撃主体の誰かと組んだほうが効果的なのは明らかだった。

 あの『兵士(ポーン)』が女性でないのなら一誠を警戒する必要もないし。

 

「となると、次の相手は『戦車(ルーク)』か、『女王(クイーン)』ですか」

「ええ、誇銅。そして駒消費の関係から考えて、サイラオーグの『女王(クイーン)』―――クイーシャ・アバドン。『番外の悪魔(エキストラ・デーモン)』アバドン家の者が来るでしょうね」

 

 『番外の悪魔(エキストラ・デーモン)』、アバドン家。レーティングゲームの原役トップランカー三位がアバドン家。話では相当強力な悪魔の一族らしい。

 家自体は現政府と一定の距離を取っていて、冥界の隅でひっそりと住んでいるらしいけど……。

 

「―――私が行きますわ」

 

 朱乃さんがリアスさんに進言する。

 

「―――朱乃、良いの? 相手の『女王(クイーン)』はアバドンの者よ? 記録映像を見る限りでも相当な手練れだったわ」

 

 クイーシャ・アバドンはグラシャラボラス戦で絶大な魔力とアバドン家の特色―――『(ホール)』というものを使って他者を圧倒していた。

 『(ホール)』とはどんな物でも吸い込む厄介極まりない代物で、その先は異界に続いているらしい。

 

「俺が行きましょうか? 勝てる算段はあるんですけど」

 

 一誠がそう言うが、朱乃さんは首を横に振った。

 

「それは例のトリアイナを使ったものでしょう? まだ出してはダメよ、イッセーくん。もっと大きな数字が出た時―――終盤(エンドゲーム)で見せてこそですわ。それまでは私が何とか相手戦力を削りましょう。後ろに控えていてくれるからこそ、できる無茶もあるんです」

 

 ニコニコ笑顔で言う朱乃さん。

 そこまで言われ、一誠は何も言い返せなかった。

 

「……分かったわ、朱乃。お願いするわね」

「ええ、リアス。勝ちましょう、皆で」

 

 それだけ言い残し、朱乃さんは魔法陣でフィールドへ転送され消えた。

 

 

 

 

 

 朱乃が着いた場所は、無数の巨大な塔が並び立つフィールド。朱乃さんはその中の一つのてっぺんに立っていた。

 眼前の塔の頂上にはバアルチームの『女王(クイーン)』―――クイーシャ・アバドンの姿が。

 

『やはり、あなたが来ましたか、雷光(らいこう)の巫女』

『ええ、ふつつか者ですが、よろしくお願い致しますわ』

 

 クイーシャがそう漏らすと、不敵に返す朱乃さん。

 

 審判(アービター)が出現して両者を見据える。

 

『第6試合、開始してください!』

 

 試合開始が宣言されると、朱乃さんとクイーシャは翼を羽ばたかせて空中へ飛び出していく。そこで魔力による壮絶な撃ち合いが始まった。

 朱乃さんが炎を魔力を大質量で撃てば、相手は同質量の氷の魔力でそれを相殺する。

 更に朱乃が水を使えば、今度は風で相殺。魔力による空中戦はほぼ互角だ。

 しかし、相手は肝心の『(ホール)』をまだ使っていない。

 朱乃さんが魔力で空に暗雲を作り出し、そこから大質量の雷光を放った。

 閃光が走り、クイーシャを雷が包んでいく―――寸前で空間に歪みが生じて『(ホール)』が開かれ、大質量の雷光は為なす術すべ無く『(ホール)』に吸い込まれていく。

 

「ここですわ! これならどうでしょう!」

 

 朱乃さんはこの機会を狙っていたのか、更に天に雷光を走らせる。

 大質量かつ幾重もの雷光が周囲一帯を襲う。周りの塔が落ちた雷光によって次々と壊れていく。

 フィールドの大半を覆う程の雷光がクイーシャに襲い掛かる。直撃を受ければ致命傷、逃げ場もない。皆は勝利を確信した―――が、クイーシャが『(ホール)』を広げ、更に複数の『(ホール)』を周囲に展開させた。

 巨大な『(ホール)』と周囲に現れた複数の『(ホール)』が朱乃さんの雷光を全て飲み込んだ。その光景を見て朱乃さんは絶句する。

 クイーシャが冷笑を浮かべながら言う。

 

「私の『(ホール)』は広げる事も、幾つも出現させる事も出来ます。そして『(ホール)』の中で、吸い込んだ相手の攻撃を分解して放つ事も出来るのです。―――この様にして」

 

 朱乃さんを取り囲む様に無数の『(ホール)』が現れる。全てが朱乃さんへ向けられていた。

 

「雷光から雷だけを抜いて―――光だけ、そちらにお返ししましょう」

 

 ビィィィィィィィィッ!

 

 無数の『(ホール)』から朱乃さんに向けて幾重もの光の帯が撃ち放たれた。

 悪魔にとって光は猛毒であり天敵。光に包まれていく朱乃さん。

 

『リアス・グレモリー選手の「女王(クイーン)」、リタイヤです』

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「吸い込むだけじゃなくて、あんな風にカウンターにも使えるのか」

 

 僕がそう言うも、みんな朱乃さんが負けたことに対して衝撃を受けて反応はない。

 魔力勝負は互角で、あの雷光が決まっていれば勝っていた。が、アバドンの『(ホール)』を甘く見たのが決定的な敗因。

 

「クソ……やっぱり、俺が出ていって、ソッコーでぶっ倒せばよかった……」

 

 一誠が後悔の念に駆られながら言う。

 

「……気を取り直しましょう。終盤(エンドゲーム)に差し掛かっているのだから、気は抜けないわ」

 

 リアスさんは自分にも言い聞かせる様にそう言った。

 第七試合の出場選手を決めるダイスを両『(キング)』が振る。賽の目の合計は8。こちらが出られる選手は実質決まっている。―-―おそらく向こうもね。

 

「僕ですね」

 

 そう言って立ち上がろうとすると、一誠が僕の肩に手を置いてつぶやく。

 

「なあ、やっぱり俺が出ようか?」

「大丈夫、僕はまだまだ戦える」

 

 第五試合は賭けに出た分余力は十分残ってるし、短時間とは言え一試合挟んだおかげで傷も癒えてる。

 

「誇銅が強いのはもうわかった。けど次の相手はゼノヴィアの全力を耐えきった『戦車(ルーク)』だろうから。俺の方が適任かなって」

 

 なぜ一誠がここまで僕を引き留めようとするのか。理由はわかっている。前の試合、自分が出ていればと後悔したばかりだから。それと、僕に覚悟がないからだ。

 僕には他のグレモリー眷属のような覚悟はない。倒れていった仲間たちのようにリアスさんの為に命を懸ける覚悟も義理もない。そういった思いに触れることが多かった一誠は、図らずしもそういうものを感じる能力が高いのかもしれない。

 もしも僕に他の皆のような覚悟があれば一誠も「頼む」と送り出してくれただろう。

 

「それってトリアイナでしょ? それはまだダメだって朱乃さんも言ってたじゃないか」

 

 朱乃さんの言葉を持ち出されて流石に一誠も黙った。もしここで僕を押しのけて試合に出ようものなら、朱乃さんの想いを踏みにじることになる。

 

「さて、もう一勝貰いに行きますか」

 

 軽口を叩きながら転移の魔法陣に立ち、バトルフィールドへ転送されていく。

 二回目も相手もまだ侮ってくれていた。しかし三回目となればもうバレた。今度こそ相手は僕を侮ってはくれない。百里を行く者は九十を半ばとす。ここからが僕の本番だ!

 

 

 

 僕が到着したのは湖の湖畔(こはん)。朱乃さんの時のような場所をちょっと期待してたんだけどね。あれなら落下ダメージ、最高でリングアウトも狙えたのに。

 先に待機していたバッボが僕に手を差し出して来た。僕がラードラさん相手に握手を求めたのと同じように。

 

「さあ、取れるか?」

 

 明らかな挑発行為だったが、僕はそれにあえて乗り握手に応じた。

 僕が握手に応じると、バッボはラードラさんと同じく強く手を握る。そして同じように力が抜けて両膝を付いた。

 更にその手を後ろに回し指を取る。

 

「イデデデデ!」

 

 痛がるバッボ。九尾流柔術は力自慢相手には無類の強さを発揮する。

 同時に仙術での内部攻撃も試みるが、どうやら少し厳しそうだ。効きづらい体質已然にいくつかの点穴がない、もしくは既に潰れている。これはデュラハンの特徴なのか、バッボだからなのかはわからないが、気の経脈に僕のオーラを届かせ流し込むのは時間がかかる。

 この体勢ならその時間はあると思うけど―――。

 

「バッボさん、まだ試合開始の合図はされてませんよ?」

 

 試合開始前にこれ以上の攻撃はちょっとできないかな。

 

「律儀なガキだ。けどそうだな……。審判、このままでいい! 開始の合図をくれ!」

『しかし……』

「先に仕掛けたのは俺の方だ。このくらいのペナルティがあって当然さ」

 

 バッボはこの状況を受け入れると審判に言う。律儀なんですね。でもこれは『(キング)』の為のレーティングゲーム。その律儀さに甘えさせていただきます。

 

『第7試合、開始してください!』

 

 遅めの審判(アービター)からの合図。

 バッボは頭の鉄球を外し、僕に-―-自分の背中めがけて振り放つ。僕は指取りを解いて離れる。そうなると必然的に鉄球はバッボの背中に激突した。

 

「おっとっと」

 

 二、三歩前によろけると、取られていた腕を軽く動かしながらこちらを向く。

 

「カラカラ! イケると思ったんだけどな。まあ、やりようはまだあるさ」

 

 そう言うと、バッボがとったのはクラウチングスタートの姿勢。そのままつかみタックルってところか。それなら確かに柔術は使いづらい。柔術家相手にはまず正解の方法だ。

 

 ドンッ!

 

 強力な蹴りから生まれる加速。あっという間に距離が詰まる。

 それに対して僕は相手の懐に自ら飛び込んで、掴まれる前に投げ飛ばす。投げ飛ばされながらも僕をつかもうとした手は、翼ではねのけた。

 

 ドガァァッ!

 

 バッボはその勢いのまま、受け身が取れずに地面に叩きつけられた。

 自分の攻撃力と体重をそのまま跳ね返されたんだ、今までのようにノーダメージってわけにはいかない。立ち上がりからもそれは伺える。

 

「面白れぇ翼の使い方だな」

「人外相手にこういう技を使うとなると手が足りなくて。その御蔭(おかげ)で飛ぶという翼本来の使い方はできませんが」

「そりゃいい! 実は俺も飛べねぇんだよ。体が重すぎてな! 俺もその使い方練習してみるか……」

 

 試合中だと言うのにバッボはまるで友達にでも話しかけるように僕に話しかけた。

 

「技量はかなりのものだ。それじゃ……こいつはどうだい?」

 

 僕のすぐ近くで鉄球を右手にはめ、闘気を露わにした。ゼノヴィアさんを葬り去ったあの技だ。

 大丈夫、僕ならできる……。そう自分に言い聞かせ、威圧で体を固くしないように、適度の緊張感とリラックスを維持する。

 初めて目の前で身構えられたのは土影の土蜘蛛さん。腰のしっかり入った正拳突き。僕はその攻撃を返せなかった。それから何度か稽古を付けてもらってるうちに手加減されたものは返せるようになったが、結局一度たりとも本気の正拳突きを返すことはできなかった。

 バッボの威圧も構えも素晴らしいが、あの人(土蜘蛛さん)には程遠い。―――返せる……ッ!

 質の良い闘気が込められた拳が放たれ、僕に接触する!

 

 ドギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!!

 

 吹き飛んでいく――――――――――――バッボが……ッ!

 自身の全力に僕の僅かな力がプラスされ、フィールドの(はる)か先まで吹き飛ばされようとしていく。

 そのまま飛ばされまいとバッボも鉄球を(イカリ)のように使い、足でもブレーキをかけようとした。しかし止まらない!

 湖を真っ二つに割りながら更に吹き飛ばされていく。しかし止まろうと必死に抵抗したおかげで、どうやら湖の向こう岸で盛大に何かを破壊して止まったらしい。姿は見えないけど。

 

「成功したけど、無傷……ってなわけにはいかないか」

 

 未熟な僕ではバッボの攻撃をノーダメージで返すことができなかった。両腕にダメージが残り、指にヒビが入った。バッボが戻ってくるまで回復に専念しよう。

 そう思っていると、遠くから何かが飛んでくる。―――バッボだ。高いジャンプを何度かに分けて歩いたり走ったりするよりも早く戻って来てしまう。

 まだ戦えるし返すこともできる。相手にだって相当なダメージが入っているはずだし。

 思った通り、戻ってきたバッボは見るからに相当なダメージが入っていた。

 

「相手の攻撃力に応じて反撃の度合いが変化する。千の力で攻撃されれば、千+自分の力で反撃するってワケか」

「……よく出来てるでしょ」

 

 頭に設置された鉄球から二つの目がしっかりと開かれ僕を見る。そこに目があるってことは、外してる時は見えてないのかな。

 

「けどよ……俺が敵じゃなくなったらどうするよ。―――攻めないぜ?」

「理想的ですね。何もしてこない相手には何もする必要はありません。ですから、そこに争いが生まれる余地もなく―――勝ちも無ければ敗けもない。―――理想的な世界ですね」

 

 そう笑顔で返答しつつも、仙術での回復はしっかりとして反撃体勢は整えておく。向こうも会話で息を整える時間を稼いでるし。

 そう思っていると、バッボが突然その場に足を突き出し座り込んだ。

 

「ほらどうした? 俺は今、こんなにも無防備だぜ」

「せっかくの理想的な世界で藪をつついて蛇を出したくはないので。それに貴方の攻撃を返した衝撃でこちらもボロボロです」

 

 本当は攻撃できないんだけどね。本当に無防備な相手や九尾流柔術を封印しての攻撃ならできないこともない。しかしその間、攻撃に集中するから未熟な僕は防御にまで十分な意識を回せない。

 それに一見無防備に見えるが、とんでもない。極めて厄介な防御態勢を敷かれている。

 

「攻撃を誘ってんのか? なら無駄だぜ。攻めないって言っただろ。それに、こうしてる間にも自己回復してんのはバレてんだよ。俺も同じようにきちんと纏えるからわかんだよ。まあ、おまえの方が上手みたいだけど」

 

 やっぱりあのレベルで闘気を纏えるならわかるか。

 

「でもこれは試合です。このまま膠着(こうちゃく)状態を続けるわけにはいかないでしょう。レーティングゲームなんですし」

「そこで一つ提案がある。この試合、引き分け(ドロー)にしないか?」

 

 バッボから意外過ぎる提案がされた。

 

「このままだと果てしない長期戦になっちまう。それは誰も望んじゃいない。だからお互いドロップのドローで手を打たないか?」

 

 この提案は悪いものではない。だが―――。

 

「貴方はそれでいいんですか? 決着、付けたいんじゃないですか?」

 

 間違いなくバッボは僕と同じで力比べ、技くらべが好きだ。直接拳を合わせたからわかる。僕としてもできればこのまま続けて勝ちたい。

 

「これは『(キング)』の為のレーティングゲームだ。この際私情は置いておく。それに、自分の攻撃で負けるなんて馬鹿らしいからな。おまえを道連れにできりゃもう十分だろう」

「……この試合での目的は、後続のために貴方を落としておくことでした」

 

 僕もその場に両膝を付けて座り込む。戦闘の意志はもう無いことを行動で示す。

 

『サイラオーグ・バアル選手の「戦車(ルーク)」1名、リアス・グレモリー選手の「戦車(ルーク)」1名、リタイヤです』

 

 その意は審判にも伝わり受理された。

 僕とバッボは戦闘放棄の意思表示として座ったが、お互いのリタイアが決定するまで反撃の意は解かなかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 僕が戻されたのはグレモリー側の選手室ではなく、リタイアした者が飛ばされる治療室の方だった。

 命を捨てる覚悟で、ボロボロになるまで戦った皆のことを思うと、自主退場で無事なまま帰って来た事に引け目を感じる。なので病室には寄らず、試合の中継を見れる場所へ移動した。

 しばらく歩き、試合の様子を見れるところに辿り着いた。

 

『さあ、終盤(ラストゲーム)も終盤! 両『(キング)』はダイスをシュートしてください!』

 

 実況に促され、リアスさんとサイラオーグさんは台の前に立つ。出目はリアスさんが5で、サイラオーグさんは4。合計で9。リアスさんは一誠を、サイラオーグさんは『女王(クイーン)』を出すだろう。

 

 第八試合のフィールドは、人気のないコロシアムの舞台上。相対するように現れたのはやはり『女王(クイーン)』のクイーシャ・アバドン。

 一誠の落ち着いた様子に怪訝な様子を見せるクイーシャ。

 

『兵藤一誠、妙な落ち着きを見せますね。女である私が相手ならばもっと喜ぶかと思ったのですが……』

『……………。嬉しいっスよ! 美人は歓迎します!』

 

 一拍開けて、わざとらしい笑みを見せる。

 見てわかる。一誠は腸が煮えくり返る程の怒りを抱え込んでいる。仲間たちがバアル眷属に敗けていく姿を見て溜めた怒りが爆発寸前なのだろう。

 別に誰一人と死んだわけでもないし、これはレーティングゲームなのだから仕方のないこと。こちらだって同じことをしている。言うなれば一誠の感情は酷い八つ当たりだ。

 ……それでも、理屈の問題じゃないんだよね。一誠の感情がどうしてもそうさせてしまう。それが間違ってるとも言い難い。

 一誠が両手を広げて、ぶつぶつと独り言を始める。

 

『もう、いいよな? もう、我慢しなくていいよな? 木場、朱乃さん、小猫ちゃん、ゼノヴィア、ギャスパー、誇銅。―――俺、もう無理だわ』

 

 一誠のつぶやきにクイーシャは怪訝な様子。

 

『第8試合、開始してください!』

 

 試合開始の合図がされるも、クイーシャは何もせずに一誠の行動を待つ。

 

『赤龍帝、禁手(バランス・ブレイカー)となりなさい。私の主サイラオーグさまはあなたの本気の姿を所望(しょもう)している。ならば「女王(クイーン)」の私もそれを望みましょう』

 

 あの女性も強い覚悟を持っているようだ。そして、おそらくサイラオーグさんのことを……。

 カウントが済み、鎧を纏った一誠は一言だけ、クイーシャに漏らした。

 

『……手加減できません。死にたくなかったら、防御に全てをつぎ込んで下さい。そうすればリタイアだけで済むと思いますから』

『言ってくれるわね。いいでしょう。私も全力であなたに臨みます。赤龍帝だろうと、我が主のために私は―――』

『―――警告はしました』

 

 一誠の体が赤い閃光に包まれていく。

 

龍星の騎士(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)ォォォォォッッッ!』

『Change Star Sonic!!!!』

 

 鎧がパージされ、一誠が高速で飛び出し距離を詰め、クイーシャが認識するよりも速く眼前まで辿り着いた。動きは見えなかった。が、予測し反応することはできるかな。

 一誠は体に赤いオーラを纏わせ、叫ぶ。

 

龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)ゥゥゥゥゥッッ!』

『Cdange Solid Inpact!!!!』

 

 肉厚になる一誠の鎧。

 

『うおおおおおおおおおおおおおッッ!』

 

 絶叫を張り上げる一誠。肘にある撃鉄(げきてつ)を打ち鳴らし、オーラを噴き上げながら拳の勢いが激しく増す。その一撃がクイーシャに降りかかろうとする―-―。

 

 パァァァッ!

 

 その前にクイーシャの体が光に包まれ、フィールドから消えていった。

 

『サイラオーグ・バアル選手の「女王(クイーン)」リタイアです』

 

 審判が一誠の勝利を告げる。一誠はトリアイナを使って一気に距離を詰め、『(ホール)』を使う暇も与えず、一瞬で勝負をつけようとしていたか。けど、その前に、当たる直前に『女王(クイーン)』は強制退場されていた。

 モニターの映像にサイラオーグさんが映り込んだ。

 その評定は苦渋に塗れていた。

 

『………俺が強制的にクイーシャをリタイアさせた。あのままでは赤龍帝に殺されるところだったからな。殺すつもりだったのだろう?』

 

 一誠は鎧のマスクを収納し、顔を見せて言う。

 

『すみません。あなたたちへの敵意が止まらないもので。いまのは後輩たちの分ってことで許してください』

 

 冷淡な声音と残酷な言葉。それで本当に殺されでもしたら僕は納得できないけどね。

 それを理解してかサイラオーグさんは嬉しそうに笑んだ。

 

『……なんて目を向けてくれる……ッ! 殺意に満ちているではないか……ッ』

 

 サイラオーグさんはカメラ目線で訴え始めた。

 

『赤龍帝と拳を交える瞬間を俺は夢にまで見た。委員会に問いたい。もう、いいだろう? この男をルールで戦わせなくするのはあまりに愚だ! 俺は次の試合、こちらの全部とあちらの全部での団体戦を希望する……ッ!』

 

 一誠と拳を交えるのをそこまで望んでいるということは、一拍あけて戦闘を再開させるよりも、継続したテンションのままで決闘に持ち込みたいということかな。

 それが最高の状態の一誠と戦うベストタイミングと踏んだか。

 サイラオーグさんの提案に会場の観客席がどよめき、実況も叫んだ。

 

『おおっと! ここでサイラオーグ選手からの提案が出てしまいましたーっ!』

『確かにこの後の流れは簡単に読めてしまう。連続して出会っれないルール上、次がバアルの「兵士(ポーン)」とグレモリーの「僧侶(ビショップ)」、その次が……おそらくサイラオーグと赤龍帝の事実上の決定戦となるでしょう。それはもう読めてしまう。あまりにつまらないという点はありますね。』

 

 ディハウザー・ベリアルがにこやかに言う。

 アザゼル総督も顎に手をやりながら意見を口にする。

 

『それならば、次を団体戦にしてケリを付ける。わかりやすいし、このテンションを継続して見られるだろうな。さて、委員会の上役は読める流れのルールを取るか、この状態を維持したまま団体戦を選ぶか』

『私もそれで良いのなら、それで構わないわ』

 

 リアスさんも賛成意見を述べる。

 どちらかと言うと僕は反対かな。試合である以上、ルールは絶対的なものであるべきだと思う。それに場合によってはルールを逆手に取って戦略を練る人だっているだろうし。下手に例外を作ると絶対的に信頼がおけるハズのルールの信頼性が揺らぐ。

 そして何よりも、その条件だとこちらが不利になる。こちらはリアスさんという弱点を晒し、向こうは『(キング)』と『兵士(ポーン)』二人で戦える。サイラオーグさんの性格上、そういことはしないだろうけど、ピンチになった際に『兵士(ポーン)』がどう動くかなんてわからない。

 それでも、レーティングゲームがエンターテイメント性を重視していることを考えれば、決してナシな提案でもないとも思う。

 

 そこから数分間の時間が流れ、実況席に一報がもたらされる

 

『え、はい。今、委員会から報告を受けました! ―――認めるそうです! 次の試合、事実上の決定戦となる団体戦です! 両陣営の残りメンバーの総力戦となります!』

 

 その報告に会場が沸き上がった

 

『―――だそうだ。やり過ぎてしまうかもしれん。死んでも恨むなとは言わんが、死ぬ覚悟だけはしてくれ』

 

 一誠も口の両端を吊り上げて返す。

 

『――殺す気で行きます。そうじゃないとあなたに勝てなさそうですし、リタイアしていった仲間に顔向けできないんで』

『たまらないな……ッ』

 

 次で決着か……。



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努力家な大王の選択

 戦闘シーンに、やりたかったことを詰め込んだらここまで長くなるとは……。
 ぶっちゃけ今回のラストの展開、人によって好みが別れると私は思います。原作の流れが好きな人は合わないと思います(原作が好きな人は多分この作品を見に来てない)。
 まあどういう意味か一言で言うなら、『ただの感動試合で終わらせねーから!』
 


 既に鎧姿の一誠とリアス、サイラオーグとその眷属の『兵士』、レグルスは団体戦のフィールドとなる広大な平地に降り立つ。

 両者が揃うと実況がマイクを震わせる。

 

『さあ、バアルVSグレモリーの若手頂上決戦もついに最終局面となりました! サイラオーグ選手によってもたらされた提案により、団体戦世なった最終試合! バアル側は「(キング)」サイラオーグ選手と、謎多き仮面の「兵士(ポーン)」レグルス選手、対するグレモリー側はスイッチ姫こと「(キング)」のリアス選手と皆の味方おっぱいドラゴンこと「兵士(ポーン)」の赤龍帝・兵藤一誠選手!』

 

 グレモリー側の紹介にリアスも恥ずかしさで少しばかり頬を赤く染める。

 

『ずむずむいやーん!』

『おっぱお!』

 

 子供たちが観客席からおっぱいドラゴン的な応援を送る。

 アーシアは陣地に残す。回復役が真っ先に狙われるため、メンバーに入れておくリスクが高いから。

 回復役がいれば戦闘面で少し余裕ができるが、敵はサイラオーグと駒価値7の『兵士(ポーン)』。僅かも身を守る力のないアーシアを守りながらは戦えない。

 足手まといにしかならないアーシアには控えてもらうことになった。

 

『さて、最終試合を始めようと思います』

 

 審判(アービター)が両チームの間に入る。

 

『……では、開始してください!』

 

 ついに最終試合が始まった。両者の『兵士(ポーン)』は素早く『女王(クイーン)』にプロモーションをする。

 一誠とリアスが構えるも、サイラオーグは小さく笑うだけ。

 

「リアス、先に言っておく事がある。お前の眷属は素晴らしい。妬ましくなる程お前を想っている。それゆえに強敵ばかりだった」

 

 サイラオーグは真っ直ぐに言う。

 

「こちらは俺とそちらの『兵士(ポーン)』の二人。そちらも似たようなものだ。―――終局に近いな」

 

 サイラオーグが一誠の前に立った。

 

「兵藤一誠。遂に、だな」

「恨みはありません。妬みもありません。これはゲームですから。―――けど、仲間の仇を取らせてもらいます。俺の大事な仲間を屠って来たあなたを無心で殴れるほど、俺は大人じゃないんですよ……ッ!」

 

 一誠の言葉を耳にして、サイラオーグは心底打ち震える。

 

「極限とも言えるセリフだ……ッ! だろうな。お前は少なくとも仲間の敗北に耐えられる男ではない。よくぞ、ここまで耐えた。爆発させろ。ああ、それでいい。それでこそ、決着と思える戦の始まりに相応しいッ!」

 

 一誠は背中のブースとを最大にまで噴かして真正面からサイラオーグに向かう。

 サイラオーグも全身に膨大な闘気を纏わせて、地面を蹴って飛び込む。

 二人の拳が真正面から交錯(こうさく)する。クロスカウンターの要領でお互いの顔面に拳が直撃!

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『……なんて奴だ。闘気を纏ってやがる。しかもここまで可視化する程の濃厚な質量……』

 

 試合の映像を見ていると、解説のアザゼル総督が言った。

 

『となりますと、サイラオーグ選手は気を扱う戦闘術を習得していると?』

『いや、サイラオーグが仙術を習得していると言う情報は得ていない』

 

 実況が訊くもアザゼル総督も知らないと答える。

 アザゼル総督に皇帝(エンペラー)が続く。

 

『はい、彼は仙術を一切習得していませんよ。あれは体術を鍛え抜いた先に目覚めた闘気です。純粋にパワーだけを求め続けた彼の肉体はその身に魔力とは違う、生命の根本と言うべき力を纏わせたのです。彼の有り余る活力と生命力が噴出して、可視化したと言って良いでしょう』

 

 皇帝(エンペラー)の解説通り、あれは仙術を使用しての闘気とは違う。肉体を鍛え抜いた(すえ)に辿り着いた闘気。でなければあれほど荒々しくはならない。

 それにどちらかと言うと、あれは闘気を纏っていると言うよりも垂れ流しに近い。噴出の勢いは凄いが、纏い方や質はバッボやシャルルの方が明らかに上だ。

 その事実が逆にサイラオーグさんの闘気が体術の鍛錬だけで辿り着いたものだというのを証明する。あの量の闘気を仙術を覚えず身につけるとは―――凄まじい。

 この試合中に闘気を扱える悪魔が三人も。どうやら僕が知るよりも悪魔の世界は広いみたいだ。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ゴォォォンッ!

 

 鎧越しに中身が吹き飛びそうな衝撃と激痛が一誠の頭部を襲う。兜も破壊された。

 

「けど! 俺のはこっからだ! いくぜ、ドライグ!」

『応ッ!』

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 増大されたパワーが拳に宿り、サイラオーグの顔面へ叩きつけられる勢いが底上げされた。

 

 パァァァァアアァンッ!

 

 辺り一帯に乾いた音が木霊(こだま)するほどに、一誠のパンチは小気味よく打ち込まれた。

 サイラオーグは鼻から血を噴出し、口の端から血が流れる。

 

「練り上げられた拳だ……ッ! 気迫が体に入り込んでくるようだ。悪魔になって少ない月日の中でどれだけ自分をいじめ抜いた!? 生半可な想いで鍛えられたものではない! クイーシャに見せた新しい能力を見せないので、舐められたものかと若干感じたが、杞憂のようだ。その形態の禁手(バランス・ブレイカー)でも十分力が底上げされているではないか!」

 

 サイラオーグと一誠の殴り合いが始まった。

 しかし、サイラオーグの方はまともな体術を覚えており、実戦で覚えてきた一誠の格闘術では分が悪い。アザゼルから少しは指導を受けていたが、経験時間に雲泥の差があるので焼け石に水。

 それでも実戦で鍛えられた勘と、防御をドライグに任せているおかげでなんとか凌げている。

 

「実戦で練られた攻撃か! 余念が無い分、的確に確実にこちらの中心点を狙ってくるな!」

 

  何度かの近距離戦を終え、一定の距離を保ったところでバアル側の『兵士(ポーン)』が一誠の視界に映り込んだ。

 リアスと対峙している『兵士(ポーン)』が仮面を静かに取り払う。

 そこにあったのは、一誠たちとそう歳が変わらないであろう少年の顔。

 しかし、それは直ぐに変貌する。

 

 ボゴッ! ベキッ!

 

 体中から快音を発して少年の体が盛り上がっていき、徐々に姿を違う物に変化させていった。

 金毛が全身から生えていき腕や足が太くたくましくなっていく。さらに口が裂けて鋭い牙をのぞかせ、尻尾が生えて、首回りに金毛が揃っていく。

 

 ガゴォォォォォォォォオオオオオンッ!

 

 そこに姿を表したのは、巨大なライオン。五~六メートルはありそうな巨体。額には宝玉のようなものが。

 ライオンはたてがみを雄大になびかせ、リアスの眼前に立つ。

 

『おおっと! バアルチームの謎の「兵士(ポーン)」の正体は巨大な獅子だったーッ!』

『まさか、ネメアの獅子か!? いや、あの宝玉はまさか……』

 

 解説のアザゼルが何かを得心して驚きの声音を発すると、実況者が訊ねる。

 

『……元々はギリシャ神話に出てくる元祖ヘラクレスの試練の相手なんだが……。聖書に記されし神があの獅子の1匹を神器(セイクリッド・ギア)に封じた。そいつは13ある「神滅具(ロンギヌス)」に名を連ねる程の物になった。極めれば一振りで大地を割る程の威力を放ち、巨大な獅子にも変化出来る―――「獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)」! 敵の放った飛び道具から所有者を守る力も持っていたな。しかし、所有者がここ数年、行方不明になっていると報告を受けていたが、まさかバアル眷属の「兵士(ポーン)」になっていたとは……!』

「いや、残念ながら所有者は死んでいる。俺が『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』の本来の所有者を見つけた時、既に怪しげな集団に殺された後でな。神器(セイクリッド・ギア)となる斧だけが無事だった。所有者が死ねばいずれ消滅するであろうその戦斧(バトルアックス)は、あろうことか意志を持ったかの様に獅子に化け、所有者を殺した集団を根こそぎ全滅させていた。俺が眷属にしたのはその時だ。獅子を司る母の血筋が呼んだ縁だと思ってな」

 

 サイラオーグの母の実家ウァプラは獅子を司る一族。ゆえに運命の出会いだったと思った。

 

『……所有者抜きで単独で意志を持って動く神器(セイクリッド・ギア)……しかも神滅具(ロンギヌス)だと!? 更に悪魔に転生出来てしまった! 獅子が凄いのか、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)が凄いのか……。どちらにしろ興味深い! 実に興味深いぞ! うーん、そりゃ俺達も把握出来ない訳だ。クソ! なんでまた現世に限ってこんなレアごとばかりが神滅具(ロンギヌス)に起こるんだ!? って言うか、サイラオーグ! 今度その獅子を俺の研究所に連れてこい! すげー調べたい!』

 

 レグルスが単独で意思を持って動いた経緯を聞いたアザゼルは輝く笑顔で一人勝手に盛り上がる。

 そのことに誰も触れずそっとされている。

 

『俺も驚きだ。こんなことが起きるものなんだな。俺の場合は所有者が死ねば、すぐに意識が途切れて、気づいたら次の所有者の神器(セイクリッド・ギア)のなかだったが……』

 

 ドライグもレグルスに起きたことに驚く。

 

「所有者無しの状態のせいか、力がとても不安定でな。このゲームまで、とてもじゃないが出せる代物ではなかった。敵味方見境無しの暴走状態になっては勝負どころじゃなくなるからな。今回、出せるとしたら俺と組めるこの様な最終試合だけだった。いざと言う時、こいつを止められるのは俺だけだからな」

 

 サイラオーグが『兵士(ポーン)』を場に出さなかった理由を話す。

 

「……どちらにしても、私の相手はその神滅具(ロンギヌス)って事ね」

 

 リアスが獅子に構える。しかし実際の所、結果はわかりきっていた。

 一誠がサイラオーグに拳を繰り出し、リアスが獅子に滅びの魔力を撃ち込んでいく。

 拳の打ち合いの中、一誠はなんとか隙きを見つけ出し、サイラオーグに倍加した一撃を加える。そして―――駒を変更させて、トリアイナを使う。

 

龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)ゥゥッッ!』

『Cdange Solid Inpact!!!!』

 

 赤いオーラが膨れ上がり、一誠の体が肉厚の鎧に包まれた。

 極大の拳でサイラオーグにアッパーを打ち込み、撃鉄も撃ち込んで威力を上げた!

 派手な爆発音が鳴り響き、サイラオーグの体が空高く投げ出され。

 

龍牙の僧侶(ウェルシュ・ブラスター・ビショップ)ゥゥゥゥッ!』

『Change Fang Blasto!!!』

 

 通常の鎧に戻り、背中にバックパック、肩にキャノンが形成され、砲口をサイラオーグに向ける。

 チャージ時間の問題を逃げられない上空に投げることで弱点を埋めた算段なのだ。

 

「ドラゴンブラスタァァァァァァァァッ!」

 

 ズバァァァァァァァンッ!

 

 絶大なオーラの砲撃が解き放たれた。サイラオーグは空中で体勢を立て直して翼を展開し、左キャノンの砲撃を躱かわすも、右のキャノンから放たれたドラゴンブラスターに巻き込まれてしまった。

 空中で煙を立ち込めさせながら、ゆっくりと地に降りていく。

 オーラと体力を大きく消費した一誠も肩で息をしていた。

 地に降りたサイラオーグにも全身にかなりの怪我があるものの、決定打には届かない。砲撃が当たる直前、闘気で全身を包み込んだ。未熟と言えど生命力を大元とする闘気。生命力の強いサイラオーグが纏えばかなりの防御力となる。

 満足そうに笑みを浮かべるサイラオーグ。

 

「―――強い。これ程のものか……ッ!」

 

 サイラオーグは満足そうな表情を浮かべる。

 一誠が次の攻め方を考えていた時、「キャッ!」という悲鳴が上がる。リアスの悲鳴だ。

 リアスの悲鳴でそちらに視線を向けると―――。

 膝をつく血染めのリアス・グレモリー。獅子はダメージを負いながらも、リアスをリタイア近くまで追い詰めていた。

 

『リアス・グレモリーはこのままいけば失血でリタイアとなるだろう。助けたければ、フェニックスの涙を使用するしかない』

 

 レグルスはやろうと思えば『(キング)』のリアスを倒せるが、フェニックスの涙を使用させる為にあえて倒さずにいた。

 それはレグルスなりの『(キング)』への気遣いである。

 

「……『余計なことを』と言えば、俺の『王』としての資質に疑問が生まれる。いいだろう、それは認める。だが、赤龍帝との一戦はやらせてもらうぞ、レグルス」

『分かっております。申し訳ございません、主を思ってこその行動でございます』

 

 攻撃を再開しないレグルスとサイラオーグ。一誠は警戒しながらもリアスに近付き、ポケットからフェニックスの涙が入った小瓶を取り出した。

 

「部長、これを使います」

「……情けないわ。私が……あなたの枷になるなんて……」

 

 リアスは自分の不甲斐なさに嘆く。『(キング)』の自分が獅子に対抗できず、一誠の枷となってしまった自分が心底許せないでいた。

 フェニックスの涙をリアスに振り掛けると、リアスの怪我が消失していく。

 しかしこれでフェニックスの涙ぶん、明確な差がまたできてしまった。

 一誠がどうしたものかと考えていると、獅子が叫ぶ。

 

『サイラオーグ様! 私を! 私を身に纏ってください! あの禁手(バランス・ブレイカー)ならば、あなたは赤龍帝を遥かに超越する! 勝てる試合をみすみす本気も出さずに―――』

「黙れッ! あれは……あの力は冥界の危機に関しての時のみに使うと決めたものだ! 俺はこの体のみでこの男と戦うのだ!」

 

 叫ぶレグルスに、サイラオーグは怒号を飛ばした。

 すると、一誠はサイラオーグに言った。

 

「――――獅子の力を使ってください」

 

 自然を口にする一誠。リアスも隣で驚いていた。

 それはサイラオーグと同じステージで戦いたいという欲か、どんな強者も最終的には勝ってきという戦歴による慢心からくるものか。どんな理由であろうと一誠はサイラオーグに本気の全力を求めた。―――それが眷属の皆が作った勝利の好機を捨てるようなことだとわかっていても。

 

「それを使ったサイラオーグさんを越えなければ意味がないんです! この日まで培ってきた意味がないんです! 今日、俺は最高のあなたを倒して勝利をつかむッ! 俺たちの夢のために戦ってんだッ! 本気の相手を倒さないで何になるんだよッ!」

 

 一誠の叫びにサイラオーグは心打たれたように立ち尽くす。リアスも呆れ顔で「本当にバカ」と一誠に顔を寄せた。

 宣言した以上、一誠も責任を持って勝ちに行くつもりではある。

 一拍あけて、サイラオーグは不気味に笑う。

 

「…………すまなかった。心のどこかでゲームなのだと、二度目があるのだと、そんな甘い考えを頭に思い描いていたようだ。なんて、愚かな考えだろうか……ッ。このような戦いを終生一度あるかないかと想像すらできなかったじぶんがあまりに腹立たしいッッ。レグルスゥゥゥッ!」

『ハッ!』

 

 サイラオーグの叫びに応える獅子。

 巨体のライオンが全身を金色に輝かせ、光の奔流(ほんりゅう)と化してサイラオーグに向かう!

 

「よし、では行こうか。俺は今日この場を死戦と断定するッ!殺しても恨むなよ、兵藤一誠ッ!」

 

 黄金の光を浴びながら高らかに叫んだ。

 

「わが獅子よッ! ネメアの王よッ! 師子王と呼ばれた汝よ! 我が猛りに応じて、衣と化せェェェッ!」

 

 フィールド全体が震え出し、周囲の風景を吹き飛ばしてサイラオーグと獅子が弾けた。

 

禁手化(バランス・ブレイク)ッ!』

禁手化(バランス・ブレイク)ゥゥゥゥゥッ!」

 

 まばゆい閃光が辺り一面に広がっていく。その神々しさに思わず顔を覆うリアスと一誠。

 神々しい閃光が止んだ時、前方に現れたのは金色の姿をした獅子の全身鎧だった。

 頭部の兜には鬣たてがみを思わせる金色の毛がたなびく。

 胸に獅子の顔と思われるレリーフがあり、意志を持っているかの様に目を輝かせた。

 

「―――獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)禁手(バランス・ブレイカー)、『獅子王の剛皮(レグルス・レイ・レザー・レックス)』! 兵藤一誠、俺に本気を出させてくれた事に関して心から礼を言おう。だからこそ、お前に一撃をくれてやる。―――あの強力な『戦車(ルーク)』で攻めてみろ」

 

 そう言いながらサイラオーグは一歩一歩近づく。禁手の威圧と纏う闘気が合わさり、圧倒的な存在感となっていた。

 

 

『ある意味であれが直接攻撃重視の使い手にとって究極に近い形だからだろう。力の権化である鎧を着込み、それで直接殴る。だから、どうしても果てがあの様な形になる』

 

 ドライグが一誠に言う。

 打撃がメインならば、鎧で身を固めた方が攻守共にバランスが良く、肉体のズレもない。

 肉薄する距離でサイラオーグが一誠に言う

 

「さあ、一発打ってみろ」

「……後悔しないでくださいよ。マックスで撃ち込むんで! 『龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)ゥゥッッ!』」

『Cdange Solid Inpact!!!!』

 

 一誠の鎧が分厚くなり、腕の太さも何倍にも膨れ上がる。

 巨大な拳を振り上げ、一気に打ち抜く。肘の撃鉄も撃ち鳴らし、インパクトの威力を上げる―――だが、一誠の巨大な拳はサイラオーグの左手に軽々と止められてしまった。

 その事実に衝撃を受ける一誠。

 いや、ここからだ! と、もう一度撃鉄を撃ち、勢いの増した拳が放たれるが―――。

 

 ガゴォォンッ!

 

 一誠の拳はサイラオーグの掌底にやられ、無残に破壊されていく。

 

「―――これで限界か」

 

 サイラオーグがつぶやく。すると―――。

 

 ガギャァァァァンッ!

 

 サイラオーグの拳が分厚い一誠の腹部に撃ち込まれ、難なく鎧を砕いていく。

 内部の肉体まで届き、一誠の体を破壊していった。

 

「ごふっ!」

 

 口から大量の地を吐き出し、一誠はその場に倒れた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 室内で試合の映像を見ていた僕。試合は壮絶な殴り合いになったが、バアル眷属の『兵士(ポーン)』の正体が発覚し、その禁手(バランス・ブレイカー)の鎧を纏ったところからの勝負は一方的だった。

 切り札のトリアイナの拳は軽々と受け止められ、返しの一発で一誠が倒れた。

 

『おっぱいドラゴンが死んじゃったーっ!』

『やだよーっ!』

『立ってよーっ!』

 

 客席の子供たちの悲痛な叫び。憧れのヒーローが倒れたショックは子供には大きいだろう。しかし現実は非情だ。ヒーローが必ず勝つとは限らない。サンタさんを信じれなくなるように、大人になるにつれて思い知らされる。

 

『泣いちゃダメ――――ッ』

 

 映像が移り変わり、とある一人の帽子を被った子供が映し出された。その子は観客席でむせび泣く子供たちに向かって叫んだ。

 

『おっぱいドラゴンが言ってたんだ! 男は泣いちゃダメだって! 転んでも何度でも立ち上がって女の子を守れるぐらい強くならなくちゃいけないんだよ!』

 

 その一声を聞き、他の子供たちも立ち上がる。

 

『おっぱいドラゴンが負けるもんかッ! おっぱい! おっぱい!』

『おっぱい! 立ってよッ! おっぱいドラゴンっ!』

『おっぱい!』

『おっぱいドラゴン!』

『ちちりゅーてーっ!』

 

 子供たちの必死にヒーロー(一誠)を呼ぶ声。その中には、子供たちの観客席で応援団長をしていたイリナさんの声も。

 

『そうだよ! 皆! イッセーくん―――おっぱいドラゴンはどんなときでも立ち上がって強敵を倒してきたの! だから、応援しよう! 信じよう! おっぱいドラゴンは皆のヒーローなんだからっ!』

 

 涙で顔をくしゃくしゃにしながら、イリナさんは必死に子供たちに訴える。

 

『皆、おっぱいドラゴン好き?』

「「「「「「「「大好きーっ!」」」」」」」」」

『私も大好きだよ! すごいスケベで、いつもエッチなことを考えている人だけど……誰よりも熱くて、諦めなくて、努力して、大好きな人たちの為に戦える人だって、私は知ってる! 皆も知ってるよね!』

「「「「「「「「知ってるーっ!」」」」」」」」

『だから、応援しよう! 声を届けるの! おっぱいドラゴンは! どんなときでも立ち上がって! 冥界や展開、いろんな世界の皆のために戦ってくれるんだからーっ!』

『おっぱい!』

『おっぱい! おっぱい!』

『皆も一緒にぃぃっ! おっぱいッ!!』

『おっぱい! おっぱい! おっぱい!』

『おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!』

 

 子供たちの盛大なおっぱいの声援。

 大勢の子供たちが一誠が立ち上がることを望んでいる。一誠の勝利を望んでいる。つまりサイラオーグさんの敗北を望んでいる。僕がサイラオーグさんの立場だったら泣いてるかもしれない。

 さながら今のサイラオーグさんはヒーローをピンチに追い込んだ強大な敵。

 このままサイラオーグさんが勝っても、子供たちには嫌われるんじゃないだろうか……。

 

「ハハッ、完全に赤龍帝のホームだな」

 

 後ろからすごい聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り向くとやはりそこに居たのは―――。

 

「まあ、赤龍帝が子供たちのヒーローやってる時点でこっちがアウェイになるのは確定だったんだけどよ」

 

 第七試合で僕と引き分けになったバッボの姿が。なんでこんな所にッ!?

 

「病室の熱気立った空気に耐えられなくてよ。横いいか?」

「あ、はい、どうぞ」

 

 僕が左に寄っていくと、今度はシャルルが降ってくるようにアクロバティックに僕の左隣に着席した。そしてバッボも僕の右隣に座る。は、挟まれた!

 二人共僕が倒したバアルチームの……。いや、僕が倒してないバアルチームの方が少ない?

 

「隣失礼するネ!」

「は、はい……」

 

 シャルルの手にはLサイズのポップコーンとドリンク。映画でも見に来たような装備だ。一方でバッボの手にも大きな紙袋パンパンに詰まったたい焼きが。二人とも試合を楽しみに来た観客のような空気で、ここは観客席かと一瞬錯覚してしまう。

 てか、バッボはわかるがシャルルも既にここまで動ける程回復してるって、意外にタフな人なんだね。

 

『ねえ、イッセー。聞こえる? 皆、あなたを呼んでいるの』

 

 リアスさんが倒れる一誠を抱きかかえる。

 

『私もね。あなたを求めているのよ? だって、私はあなたのことを……』

 

 試合中の感動なのかもしれないが、両隣の人のせいでなんだかそういう映画を見てる気分になってきた……。なんだこの空気差は。

 それと盛り上がってるから言いづらいけど―――あれってリタイアにならなんだろうか? なんか意識あるように見えないんだけど……。

 僕の目の前で友達同士のようにポップコーンを分け合う。……席変わろうか?

 

『おっぱいドラゴン』

『がんばって!』

『立ち上がって!』

『おっぱい!』

『おっぱい!』

 

 子供たちの声援の中、サイラオーグさんも一誠に語りかける。

 

『どうした、兵藤一誠。―――終わりか? これで終わりなのか? そんなものではないだろう? ―――立ち上がってみせろ。おまえの想いはそんなに軽いものではないはずだッ!』

 

 さすがサイラオーグさん、目の前の勝利に手を出さずに倒れる強敵に立ち上がって見せろと言うとは。一誠の想い、強さを信頼してるんですね。

 本人が言ったとおり、サイラオーグさんにとってこの戦いは一生に一度の最高の戦い。ファイターとして当然の欲が出たのでしょう。

 相手の全力を受け止めて超えてこそ真の勝利。誇り高きファイターの魂。―――しかしサイラオーグさん。その行動、(キング)として(バツ)だ。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 突如リアスの胸から紅い輝きが放たれ一誠を包み込む。目覚めた一誠は光るリアスの胸に驚くが、一番驚くのはリアスの方だった。

 

「イッセー……その姿は……」

 

 目をパチクリさせるリアス。一誠も気になり全身を見ると、鎧の色が変わっており、形も通常の鎧と違うっていた。赤から紅へと―――。

 

『おおっと! 赤龍帝が、紅いオーラに包まれたと思ったら、スイッチ姫のおっぱいフラッシュを浴びて、鎧を変質させてたちあがった――――っ!』

 

 実況が叫ぶように現状説明をする。

 一誠の怪我は消え、砕けた鎧も復活していた。倒れている間に一誠は、神器内の世界で歴代の赤龍帝の黒い感情に呑まれようとしながら、子供たちの声援やリアスやサイラオーグの呼ぶ声と、歴代の白龍皇の一人に助けてもらったのだ。

 

『相棒!』

 

 ドライグが一誠に語りかける。

 

『おまえの意識が神器(セイクリッド・ギア)』の深奥に吹き飛ばされ、俺もそちらに向かおうとしたのだが、歴代の所有者が濃くなって、侵入できなくなっていたのだ。そして、目が覚めたと思ったら、こんなことになっている! 内部で何が起きた! 所有者が抱いていた呪いの殆どが消失しているのだぞ?』

『アルビオンの宝玉を奪った時にかすかに残っていた残留思念か。あれが神器(セイクリッド・ギア)の深部で動いた……』

 

 説明の際一誠は、内部での出来事を思い出し少しだけ体を強張らせた。

 

『それで、おまえは赤龍帝の力が開放されている状態で「女王(クイーン)」に昇格できたのか』

 

 ドライグに言われ内の駒を探り、一誠は自分が『女王(クイーン)』昇格してることをここにきて初めて自覚。

 解説のアザゼルが言う。

 

『赤いオーラ……。いや、赤ではない。もっと鮮やかで、気高い色。あれは―――。真紅のオーラ。そう、紅だ。「紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)」と称される男の髪と同じ色であり、あのバカが惚れた女の髪と同じ色―――。あいつにだけ許された奇跡か……ッ! ていうか、今回はリアスの乳を吸ってパワーアップするんじゃなかったのか!?』

 

 記者会見で一誠自身が失言し、朝刊の一面に乗り事実上宣言のようになってしまったことを言うアザゼル。

 一誠の変貌を見て、禁手の鎧を纏うサイラオーグが言う。

 

「――――『真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン。プロモーション)』と言ったところか。その色は紅と称された魔王様と全く同じもの。―――リアスの髪と同じ色だ」

 

 一誠は息を深く吐いて、決心の言葉を口にする。

 

「惚れた女のイメージカラーだ。部長は、リアス・グレモリーは俺が惚れた女だ。惚れた女を勝たせたい。惚れた女を守りたい。惚れた女の為に戦いたい。俺は―――俺はッ! 俺を求める冥界の子供たちと、惚れた女の目の前であなたを倒すッ! 俺の夢のためッ! 子供たちの夢のためッ! リアス・グレモリーの夢のためッ! 俺は今日あなたを越えるッ! 俺はリアス・グレモリーが大好きだぁぁぁぁぁぁああああっ!」 

 

 一誠は天高く叫んだ。一誠の想いを聞き、リアスは顔がいままでないぐらいに真っ赤になる。

 

「ハハハハハハハハハハハッ! リアスの胸が発する光を浴びて、何かに目覚めたようだな。ならば俺はそのおまえを打ち倒し我が夢の糧とするッッ!」

 

 一誠は莫大な紅いオーラを纏い、飛び出していく。

 

『Star sonic Booster!!!!』

 

 トリアイナ『騎士(ナイト)』に匹敵する速度だが、一誠はまだ余裕を感じていた。

 サイラオーグも全身に闘気をみなぎらせて一誠を迎え撃とうと構える。

 

『Solid Inpact Booster!!!!』

 

 トリアイナ『戦車(ルーク)』と同格の攻撃力と防御力だが、攻撃の消耗はそれ以下に感じていた。

 

『いや、まだこの状態での鎧の防御力が安定していない! 脱皮直後のカニみたいなものだ! 無理をすると本体に膨大なダメージが伝わるぞ!』

 

 ドライグが注意するも、一誠はサイラオーグを倒すために決心する。

 ただひたすら殴り、殴られる。顔、腹、胸、腕を。ただひたすら殴り続け、殴られ続けた。鎧の破壊と再生が繰り返され、両者とも攻撃が体に突き刺さり肉体を破壊していく。

 お互いノーガードで、単純な殴り合いが繰り広げられる。地が裂け、次元に穴が空いても、相手の意識と魂を絶つ勢いで。

 

『殴り合いですッ! 壮絶な殴り合いがフィールド中央で行われておりますッ! 華麗な戦術でもなく、練りに練られた魔力合戦でもなく、超至近距離による子供のような殴り合いッ! 殴って、殴られて、ただそれだけのことが、頑丈なバトルフィールド全体を壊さんばかりの大迫力で続けられておりますッ! 観客席は総立ちッ! スタンディングオベーション状態となっておりますッ! ただの打撃合戦に老若男女が興奮していますッ! よくやるぜ、二人共ォォォォッ!』

「「「「「「「「「「サイラオーグゥゥッ! サイラオーグゥゥッ!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「おっぱいドラゴンッ! おっぱいドラゴンッ!」」」」」」」」」」

 

 観客も湧き上がる!

 

『相棒! 「女王(クイーン)」の状態はまだ完全におまの体に浸透しきっていない! 力の上昇もこれからが本番だが、それ以上に、このままでは禁手(バランス・ブレイカー)の状態が解ける!』

 

 そう言われ、ドライグになんとか食らいつくように頼む。

 

「俺はッ! あんたを倒してッ! 上に行く……ッ!」

 

 紅いオーラが右腕を覆い、右腕だけがトリアイナの『戦車(ルーク)』へと形成された。撃鉄を打ち鳴らしインパクトを引き上げる。

 

『Solid Inpact Booster!!!!』

 

 一誠の右拳がサイラオーグの腹部に突き刺さり、獅子の鎧を砕き生身に食い込んでいく。

 サイラオーグは膝をついた。

 深刻なダメージでブルブル震える足に激高する。

 

「どうした、足よ! なぜ震える!? まだ! まだこれからではないか!」

 

 地を大きく踏み込み、サイラオーぐは立ち上がっていく。なけなしの闘気を全身に纏わせるが、その質量はあきらかに減っていた。

 

「保て、保て俺の体よ……ッ! このような戦い、いま心底味わわずに大王バアル家の次期当主が名乗れると思うのか……ッ!」

 

 気迫で一誠に迫るサイラオーグに一誠は拳を繰り出そうとしたが、それを引っ込めてローキックを太ももに放つ。鎧ごと太ももが破壊された。

 サイラオーグの体がぐらつく。しかし一誠は間髪入れずに体勢を崩したサイラオーグの顔面に鋭く拳を入れた。兜が割れ、生身の顔面でまともに受ける。

 拳の勢いで後方へ吹き飛ばされるサイラオーグだが、そこへ一誠は両翼から展開したキャノン砲で追撃を狙う。

 

 トゥゥゥゥゥッ……。

 

 静かに、トリアイナ『僧侶(ビショップ)』よりも速いチャージ時間で完了した。

 

『先程のアザゼルの話では、あの獅子の神器(セイクリッド・ギア)は飛び道具に対して抵抗力があると思っていいだろう! 広範囲の一発よりは範囲を狭めに狭めた方がダメージも通るのではないか?』

 

 ドライグの助言通り、一誠はできるだけ範囲を狭くし威力を濃縮する。

 

「クリムゾンブラスタァァァァァァァァアッ!」

『Fang Blast Booster!!!!』

 

 紅色のオーラが放射され、サイラオーグを包み込む。強大な爆発を生み出した後、煙が止み、地を大きく抉って出来たクレーターの中央にサイラオーグが倒れていた。

 その瞬間、会場が歓声に満ち溢れる

 一誠ももう立てないだろうと勝利を確信したその時―――視界に女性が一人、ゆらりゆらりと出現し、サイラオーグの傍らに立って何かを話しかけていた

 その姿は一誠以外は気づいておらず、他の者には姿が見えていない。

 

『―――なさい』

 

 女性は静か且つ、確かな口調で言葉を発し始めた。

 すると、サイラオーグの体が僅かに動いた。そして、ボロボロとなった顔をあげる。目は虚ろだが、瞳の奥にはまだ強い意志を残す。

 

『サイラオーグ』

 

 女性がサイラオーグを呼び続ける。

 その女性に一誠は見覚えがあった。―――病院で見た病で深い眠りから覚めぬサイラオーグの母。

 まるで寄り添う様に息子のサイラオーグを見守っている。

 その口が一誠にだけ聞こえる声で静かに言葉を発する。それは必死に戦う息子を労ねぎらい、心配する母親の優しい激励―――ではなかった。

 

『立ちなさい。立ちなさい! サイラオーグ!』

 

 サイラオーグの母親の表情は厳しく、誇り高く、気丈なもの。放たれたその声は応援などではなく、息子を叱咤するものだった。

 

『あなたは誰よりも強くなると私に約束したでしょう?』

 

 再びサイラオーグの体が動く。それは徐々に確かになっていき、手から腕、足が動いて体も持ち上がり始めた

 

『夢を叶えなさい! あなたの望む世界を、冥界の未来の為に、自分が味わったものを後世に残さない為に、その為にあなたは拳を握り締めたのでしょう!』

 

 その言葉がサイラオーグに届いているのかは定かではない。だが、それでもサイラオーグの体が確かに動いていく。

 

『たとえ生まれがどうであろうと結果的に素晴らしい能力を持っていれば、誰もが相応の位置につける世界―――。それがあなたの望む世界の筈です! これから生まれてくるであろう冥界の子供達が悲しい思いを味わわないで済む世界―――ッ! それを作るのでしょう!』

 

 サイラオーグの母は徐々に消え行くなか、最後に一瞬だけ微笑みを浮かべた。自慢の息子を見る母親の顔を……。

 

『さあ、行きなさい。私の愛しいサイラオーグ。あなたは―――私の息子なのだから』

 

 その刹那―――地を大きく踏み締め、血を撒き散らしながらサイラオーグが完全に立ち上がる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ‼」

 

 獅子が咆哮を上げる。雄々しいが、何処か悲哀にも感じる、透き通る程に見事な獅子王の咆哮。

 会場が大きく震え、一誠も心底打ち震えた。

 

「兵藤一誠ッ! 負けんッ! 俺はッ! 俺には叶えねばならないものがあるのだッ!」

 

 ボロボロの状態でサイラオーグが向かってくる。一誠もそれに呼応して飛び込んだ

 

「俺だって! 負けられねぇんだよォォォォォォッ!」

 

 一誠とサイラオーグの拳が同時に放たれ、再び殴り合いが始まった。

 しかし倒れない。何度殴ってもサイラオーグは倒れず、ギラギラした双眸を薄めないまま拳を打ち込む。

 ダメージはサイラオーグの方が大きいハズなのに、その威力は一誠の気力と体力を根こそぎ奪っていくような一撃ばかり。

 一誠がどれだけ攻撃を打ち込んでも、サイラオーグは攻撃の手を緩めない。

 滅びを持たない大王―――一誠は特別を持たないこの男の強さを噛みしめる。何よりも、今までの強敵とは違う、狂信的な勝利への執着を感じ取っていた。

 負ければ全てが終わる。二度目はない。今日死んでもいい覚悟。夢の為に全てを賭けた(おとこ)の意地。

 後退と言う選択肢を捨てた強靭な精神がこの漢の背中を後押ししている。一誠はそう確信した。

 一誠は言葉にならないほどに、カッコイイ男をサイラオーグに見た。そんなサイラオーグに一誠は勝ちたいと心から渇望した。

 

「……はぁはぁ……お、俺にも夢がある……! 部長を……ゲーム王者にして……。俺も……いずれ王者になる……ッ! 誰よりも強くなる! 俺は! 最強の『兵士(ポーン)』になるんだァァァァァアアアァァァァッッ!」

 

 鎧の維持も限界が近くなる一誠。それでも前に進み、サイラオーグに拳を放つ。

 

 パシッ!

 

 突如、サイラオーグの禁手が解除され、割って現れたサイラオーグの人形の『兵士(ポーン)』が一誠の拳を受け止めた。

 突然現れた『兵士(ポーン)』に二人は目を丸くした。

 

「……どういうつもりだ……レグルス……ッ!」

 

 ボロボロとなってはいるが、サイラオーグは強く怒鳴る。

 『兵士(ポーン)』は一誠の拳を掴んだまま冷たい目をサイラオーグに向けた。

 

『情けない姿だな。私のもとで鍛錬を続けていれば、この場でそのような姿を晒すことはなかっただろうな』

 

 そう言われ、サイラオーグは驚愕の表情をした。

 

「―――ッ!? まさか……ッ!?」

『あの窮地から立ち上がったその根性、それでも夢を叶えようとする執念に免じて、最後の餞別として貴様に勝利をプレゼントしてやろう』

 

 『兵士(ポーン)』は誇銅がラードラを完封した時のように手一つで一誠を押さえ込んだ。だが実際は誇銅がラードラを完全に抑え込んだのと違い、自分の僅かな筋力と闘気にもなっていないオーラのみで完全に抑えつけている。

 生身の『兵士(ポーン)』よりもトリアイナ『女王(クイーン)』の方が圧倒的に力は勝っている。それはつまり、『兵士(ポーン)』のオーラが一誠の力を大きく上回っている証拠。

 

「貴方がなぜレグルスの中にいるかは今は問いません。しかし、これは私と赤龍帝の勝負です。邪魔はしないでいただきたい、師匠」

 

 サイラオーグは雰囲気の変わった自分の『兵士(ポーン)』を師匠と呼ぶ。そのことに一誠も実況側も怪訝そうにする。

 『兵士(ポーン)』サイラオーグに向かって言う。

 

『久しいな、サイラオーグ。覚えているか? 貴様が私のもとを去った日のことを。絶望の淵でがむしゃらに自分を鍛え上げようとする貴様に私が鍛え方を指導してやったというのに、私の指導を無視してより激しく自分を鍛え上げることに執着しだした。こんな状況にならぬよう、なってしまった時の対処、全てを貴様に教えてやるつもりだった。その闘気の使い方もな。勝つための力と手段を与えてやったというのに……』

 

 『兵士(ポーン)』は少し悲しそうに語る。その際も一誠への押さえつけは一切緩めない。一誠も脱出しようと全力で抵抗するがびくともしない。

 『兵士(ポーン)』は続ける。

 

『見切りをつけようと思ったが、下等な悪魔ながらその勝利への執着。私はそこを評価したからこそ、指導はせずとも陰ながら貴様に力を貸してきた。神滅具(ロンギヌス)などと呼ばれる『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』が貴様の手に渡るように導き、貴様とは別に私が鍛え上げた弟子の二人、バッボとシャルルを貴様の眷属になるように差し向けた』

「私に力を貸してくださっていたことには感謝します。しかしそれとこれとは話が別です! この戦いは大王バアル家の次期当主として、我が夢を叶える為に―――」

『目的を見誤るなッ! それは王の戦い方ではある。だが貴様は王ではない! 王を名乗るだけの者でしかない。王でない者が王の戦いを語るなど片腹痛いわ! 貴様がただのファイターであるならそれでもよかろう。しかし王を目指す貴様がしなければいけないことは、何が何でも勝利すること、それしかあるまい! 卑怯な手など言語道断だが、期待に応え必ず勝ちを持ち帰ること。それが王を目指す者の戦いだ!』

 

 サイラオーグを否定する『兵士(ポーン)』の言葉にサイラオーグはショックを受ける。自分が目指していたものを自分自身が否定してしまった。やるべきではないことをやってしまった。その事実がサイラオーグに重くのしかかる。

 

『今の貴様はファイターとしての(キング)としても半端な未熟者でしかない! 今度こそ私は貴様に見切りを付けることにした! これは私の最後の慈悲だ! ありがたく思うが良い!』

 

 『兵士(ポーン)』は一誠を潰そうと向き直す。が、サイラオーグが『兵士(ポーン)』の肩に手を置き止める。

 

「失うことなど端から覚悟の上です! なんと言われようが私は夢を叶えます! 師匠だろうと邪魔はさせません!」

 

 ぐらぐらしながらもサイラオーグは強い決意を込めた眼差しを向ける。

 

『……そうか、ならば自らの手で勝利を手にするがよい。貴様の懐には我が弟子が貴様の勝利の為に残したものがある』

 

 その言葉でハッとなるサイラオーグ。説教で冷静になった頭が忘れていた存在を思い出させた。

 戦いの中で忘れていた―――未使用のフェニックスの涙が……。

 

『その言葉が本心なら使うがよい。回復さえすれば盤石な勝利が手に入る。だが、もしもこのまま続けると言うのなら、私はもう何も口出しせぬ』

 

 『兵士(ポーン)』は掴んだ一誠の拳を解いた。

 サイラオーグの心は揺れ動く。ファイターとしてのプライドと、王としての義務に。 前者を取れば敗けて夢への道を失うかもしれない。後者を取ればきっと自分は生涯後悔する。どちらを取るにしても赤龍帝も限界に近い。一秒ごとに絶望(タイムリミット)が押し寄せる。迷う時間すらない。

 小瓶に入った希望(フェニックスの涙)が、サイラオーグに最後の選択を迫る。




 次回で締めます。主に最後の決着部分と、試合後の出来事を少々。
 本当はここで締める予定だったのですが、思った以上に長くて分けることに。が、キリのいいとこで期待感を持ち越したいという思いからこんな事態に。
 あと、流れ的に使用機会のなかったフェニックスの涙をなんとか活用しようとした結果です。
 自分でもこれちゃっちゃっていいのかな~? って書いてる最中に思いましたが、最初に考えていた展開よりはマシだし、フェニックスの涙を浮いたままにするよりかはマシかなと考え実行しました。
 二次創作ですらこの不安なのに……。そう考えるとプロの小説家ってすげーって改めて思います。


 前作を読んでいくださってる読者の方は、最後の『兵士(ポーン)』から前作の黒歴史な失敗を連想されるかもしれません。ですが、そういう意図ではないです。どちらかと言うと、神器に関する私の独自設定が関係しています。
 それはそれでどうなんだと思うかもしれませんが……。


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勝敗な個々の終着

 誇銅としてやりたい事は全開までで殆ど終わらせたので、今回は締めと消化です。


 揺れ動く心で迫られた選択。心のなかで自問自答を繰り返す。数秒後、サイラオーグが出した答えは―――。

 フェニックスの涙を取り出し、自分に使用した。しかし小瓶の中にフェニックスの涙はまだ半分ほど残っている。サイラオーグは残りの半分を一誠に投げ渡した。

 一誠は戸惑いながらも小瓶を受け取る。

 

「確かに俺は王として選択を誤った。しかし、今では誰もがこれを望んでいる。これでなければ誰もが、俺達も納得はできない。―――もう、誰も引き返せない……ッ!」

 

 サイラオーグは迷いを断ち切り宣言。それを聞いて『兵士(ポーン)』は黙り込んだまま。

 

「馬鹿な選択かもしれません。それでも、ここまで来たからには引き返せません。どうか認めてください」

 

 サイラオーグは『兵士(ポーン)』に強い意志を込めて言った。

 

『……私は何も口出しせぬと言ったはずだ』

 

 それだけ言って目を閉じる。そして再び開けると……。

 

『サイラオーグさま、一体何が……? 何故か突然意識を失って記憶が……』

 

 『兵士(ポーン)』はレグルスへと戻っていた。

 

「そんなことはどうでもいい! それよりももう一度だッ!」

『ハ、ハッ!』

 

 サイラオーグの叫びに応え、獅子が再び全身を金色に輝かせ、光の奔流と化してサイラオーグに向かう。

 まばゆい閃光と神々しさでサイラオーグの禁手(バランス・ブレイカー)が再構成される。

 

「使え、兵藤一誠! 仕切り直しだ!」

 

 最初こそ戸惑った一誠だったが、サイラオーグの意に同調し自らにフェニックスの涙を使用した。

 サイラオーグの禁手が再構成され、お互いの体力が少しばかり回復し、激しい殴り合いが再開された。

 フェニックスの涙で多少なりとも回復したとて、それまでの積み重ねたダメージは膨大であり、半分に分けたフェニックスの涙では回復しきれない。

 全力の殴り合いにお互いの限界はすぐに来た。

 

 ドゴンッ!

 

 鎧を維持するのも限界になったところで、一誠の拳がサイラオーグに届く。芯に響く程の一撃。

 サイラオーグはふらつき、ぐらぐらと体を揺らすも倒れない。

 一誠も鎧を維持する力をついに失い禁手(バランス・ブレイカー)が解かれた。

 それでもと一誠はふらつきながらも生身で向かっていく。

 生身の拳でサイラオーグに立ち向かおうとすると―――。

 

『赤龍帝……もういい……』

 

 サイラオーグの鎧の胸部にある獅子が声を発する。

 

『……我が主は……サイラオーグ様は……』

 

 獅子は目の部分から涙を溢れさせる。

 

「サイラオーグさん……?」

 

 一誠は不審に思いサイラオーグへ視線を移すと、サイラオーグは拳を突き出し、一誠に向かおうとしたまま意識を失っていた、笑ったままの表情で。

 意識を失っても瞳は戦意に満ちており、ギラギラしたものを浮かべていた。

 

『……サイラオーグ様は……少し前から意識を失っていた……。それでも……嬉しそうに……ただ嬉しそうに……向かっていった……。……ただ、真っ直ぐに……あなたとの夢を賭けた戦いを真に楽しんで……』

 

 ライオンは慟哭(どうこく)した。

 意識を失っても……意地だけで……母の叱咤、師父(しふ)の説教……それを糧に前に……。胸を張って夢を叶えるために……。

 一誠は無意識のまま深く頭を下げていた。そしてそのボロボロの体を抱きしめる。

 一誠は震える声で叫んだ。

 

「……ありがとう……、ありがとうございましたぁぁあッッ!」

 

『サイラオーグ・バアル選手、投了。リタイヤです。ゲーム終了、リアス・グレモリーチームの勝利です!』

 

 最後のアナウンスがされ、会場が熱気に包まれた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 試合終了後、記者の前に姿を表した皇帝(エンペラー)ディハウザー・ベリアルはこうインタビューに答えた。

 

「いい試合でした。両眷属ともプロになればすぐに上位陣に食い込んでくるでしょう。新しい時代の到来を感じました」

「あの試合の最終局面でサイラオーグ・バアルが眷属の『兵士(ポーン)』にリアス・グレモリーの撃破(テイク)を命じればサイラオーグ・バアルの勝利だったのではないでしょうか?」

 

 皇帝は熱を帯びた声音で答えた。

 

「あの場面、この会場で、そんな選択があるのでしょうか。誰もが望んだのは紅い天龍と滅びを持たない大王の一戦です。そんなことは子供でもわかることでしょう。―――あれでなければ誰もが納得できなかった。あれ以外の何があるというのですか?」

 

 記者の誰もがその答えに黙り込んだ。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「……ここは?」

 

 目が覚めると見知らぬ天井。一誠は周囲を見渡し、自分が包帯姿で個室のベッドにいる事を理解する。

 怪我はトリアイナ『女王(クイーン)』の覚醒でともかく、体力の消耗は膨大で微塵も力が入らない。

 

「起きたか」

 

 聞き覚えのある声に隣を見てみると、包帯姿のサイラオーグがそこに。

 

「サイラオーグさん……。と、隣のベッドだったんですね」

「偶然にもな。病室なら余っているだろうに。サーゼクス様かアザゼル総督か、体力が回復するまでの話し相手としてマッチングしてくれたのかもしれないな」

「ははは、流石にベッドでまで戦いたくありませんよ……」

「……負けたか」

 

 穏やかな表情でつぶやく。

 

「……悪くない。こんなにも充実した負けは初めてかもしれないな。だが、最後の一瞬はよく覚えていない。気付いたらここだった」

「俺も……正直、記憶が飛び飛びで」

「一つだけハッキリしている。―――とても最高の殴り合いだった」

「俺もボコボコになって、ボコボコにしてやって、変に気分が良いです」

 

 お互いに包帯姿で笑みを見せていると、サーゼクスが入室して来る。

 

「失礼するよ」

「サーゼクス様」

「やあ、イッセーくん、サイラオーグ。本当に良い試合だった。私もそう強く思うし、上役も全員満足していたよ。将来が実に楽しみになる一戦だった」

 

 サーゼクスが二人に激励を送った後、近くの椅子に腰を下ろす。

 

「さて、イッセーくんにお話があるんだ。サイラオーグ、暫し彼と話して良いだろうか?」

 

「俺は構いません。……席を外しましょうか?」

「いや、構わないよ。キミもそこで聞いておいて損は無いかもしれない」

 

 サーゼクスは真面目な顔で話を始めた。

 

「イッセーくん、キミ達に昇格の話があるのだよ」

 

 一誠は今言われた言葉の意味が理解出来なかった。サーゼクスは話を続ける

 

「正確に言うとキミと木場くんと朱乃くんだが。ここまでキミ達はテロリストの攻撃を防いでくれた。三大勢力の会談テロ、旧魔王派のテロ、神のロキですら退けた。そして先の京都での一件と今回の見事な試合で完全に決定がされた。―――近い内にキミ達三人は階級が上がるだろう。おめでとう。これは異例であり、昨今では稀まれな昇格だ」

 

 サーゼクスは笑顔でそう言った。

 

「へ……? お、俺が昇格⁉ え⁉ プロモーションとかじゃなくてですか⁉」

 

 一誠の問いにサーゼクスが笑む。

 

「それだけの事をキミ達は示してくれた。まだ足りない部分もあるが、将来を見込んだ上でと言う事だよ」

 

 いまだ事の成り行きを受け止めきれていない一誠にサイラオーグが言う。

 

「受けろ、兵藤一誠。お前はそれだけの事をやって来たのだ。出自など関係無い。お前は―――冥界の英雄になるべき男だ」

「そ、そんな事を言われても俺は……」

 

 混乱する一誠を見て、サーゼクスも苦笑する。

 

「うむ。詳細は今後改めて通知しよう。キチンとした儀礼を済まして昇格といきたいのでね。会場の設置や承認すべき事柄もこれから決めていかないといけないのだよ。では、これで失礼する」

 

 それだけ言い残してサーゼクスは退室する。

 残された一誠とサーゼクス。突然の昇格の話で混乱する一斉にサーゼクスが言う。

 

「昇格もいいが、それよりも今はリアスのことだ。おまえは、好きなのだろう? リアスのことが」

「えっと……はい。大好きです」

「なら、もう一度想いを伝えてみたらどうだ? 今度は真っ正面で二人きりでだ。―――あれだけの大衆の前で惚れた女と叫んだのだ、今更だろう」

 

 会場ではノリと勢いで言えたが、二人きりと考え再び尻すぼみする一誠。

 一誠はおそるおそる口にする。

 

「……俺……俺、自信持っていいんですよね?」

「ダメならダメで俺のところへ来い。慰めのコーヒーぐらいは出して話を聞いてやる」

「……サイラオーグさん、ありがとうございます。俺……俺!」

 

 サイラオーグの気遣いに涙する一誠。今度、改めてお茶を飲みたいと思った。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ゲームの解説が終わった後、俺―――アザゼルは要人用の観戦室の方に足を向けていた。

 ゲーム中、解説をしていたために席を外せなかったが、配下からの連絡で「例の者」が要人用の観戦室に姿を表したと一報を受けていた。

 要人用の観戦室は個室となっていて、いつくもドーム会場内に用意されており、今回はそれがフルにりようされたようだ。オーディンのじいさんは「ヴァルハラ」専用に、ゼウスやポセイドンなどは「オリンポス」専用のそれぞれの観戦室に護衛をつけて入室しているはずだ。

 その要人用の一部屋に俺は歩みを進めていた。

 ―――と、俺がお邪魔する予定だった部屋から「例の者」が護衛と共に退出するところだった。五分刈りの頭に、丸レンズのサングラス、アロハシャツ、首には数珠という要人にあるまじきラフな格好をしている「礼の者」。……まあ、俺も言える立場じゃないか。

 俺は「例の者」―――帝釈天に話しかけた。

 

「これは帝釈天殿、ゲームはいかがでしたかな?」

「HAHAHA! ンだよ、正義の堕天使兄さん! 俺様でよかったらなんぼでも答えてやンぜ?」

「……神滅具(ロンギヌス)所有者のことを、曹操のことを俺たちよりも先に知っていたな?」

 

 帝釈天の配下でもある初代孫悟空が、曹操を知っていたと俺はイッセーから報告を受けていた。そう、こいつは―――曹操を幼いころから知っていた。最強の聖槍を持つ、あの男と接触を持っていた。―――俺達が知らないところで。

 帝釈天は意味深に口の端を愉快そうに笑ました。

 

「だとしたら、どうすンよ? 俺様があいつをガキんちょの頃から知っていたとして何が不満だ? 報告しなかったこと? それとも……通じていたことか?」

 

 ……言ってくれやがるぜ、この野郎……ッ! 自分からバラしやがった……ッ!

 

「インドラ……ッ!」

「HAHAHA! そっちの名で呼ぶなんて粋なことしてくれるじゃねぇか。そんな怖い顔すンなや、アザ坊。ンなことでキレんなら、冥府の神ハーデスのやってることなんざ、勢力図を塗り替えるレベルだぜ?」

 

 ハーデスのことも知ってるのか……。こいつ、どこまで「通じて」やがる……?

 帝釈天は俺に指を突きつけてくる。

 

「ひとつ言っておくぜ、若造。どこの勢力も表面じゃ平和、和議なんてもんを謳ってやがるがな、腹の底じゃ『俺らも神話こそ最強! 他の神話なんて滅べ、クソが!』って思ってンよ。オーディンのクソジジイやゼウスのクソオヤジが例外的に甘々なだけだ。何せ、信じる神が少なきゃ、人間どもの意志を統一できて万々歳だからな! 異教徒なんてクソ食らえが基本だぜ? だいたい、てめえらの神話に攻め込まれて信者を持って行かれて民間の伝説レベルにまで信仰を落とした神々がどれくらいいると思う? 各種神話でも見直せや。―――神ってのは人間以上に恨み辛みに正直なもンだぜ?」

 

 ……それはわかってんだよ。どこの神話の神々も建前で協力体制を呑んでも、腹の中じゃ何を考えているかわからない。いや、おそらくは隙あらばなんてことを思っていて当然だろう。それでも、その建前が大事な時期なんだよ!

 勢力図が変われば、人間界は簡単に滅ぶんだ……!

 

「ま、表向きのことは協力してやンよ。確かにオーフィスたちは邪魔だからな」

 

 オーフィス“たち”か。なあ、帝釈天、そこに曹操たちは入るのか……?

 

「それと、あの乳龍帝に言っておいてくれ。最高だったぜってな。もし、世界の脅威になったら、俺が魂ごと消滅させてやるってよ。『天』を称するのは俺達だけで十分だ」

 

 それだけ言い残し、去っていく帝釈天。まだこの世界は揺れそうだ。

 オーフィス、おまえが与えた黒い蛇は力を集め、力を高め、力を酔わせて、世界の脅威となっている。おまえの夢は……世界を混沌にしていく。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 僕にとってグレモリー眷属での最後のレーティングゲームが終わり、当初の約束通り僕は正式にレイヴェル・フェニックスの眷属となった。

 やっぱり同じ上級悪魔同士の取引なだけにリアスさんも簡単には反故できないらしい。こちらには一切の落ち度はないし、ライザーさんの時のような大義名分もまるでないからね。

 実力を示す前にマスコミに明かした楔も役に立ったのかもしれない。

 まあ仮にリアスさんの立場の方が高く反故にされた時は、『約束通りあれがグレモリー眷属で振るう最後の本気だから二度とグレモリー眷属の為にあの力は使わない』と、条件を突きつけるつもりだったけどね。

 レイヴェルさんはある意味それ以上に厳しい条件を飲んでまで僕を必要としてくれた。ならリアスさんも僕を必要とするならそれぐらいの条件は飲んでもらわないとね。

 結果としてその備えは無駄になった。非常時の用意なんて無駄になるに越したことはない。

 

 

 そして駒王学園の学園祭当日―――。

 

「一列になってお並びくださーい!」

 

 ウエイトレス姿の格好のアーシアさんが、廊下に並ぶ生徒たちを整列させていた。喫茶店のため並ぶ長蛇の列。

 

「はーい、こちらは占いの館とお祓いコーナーですよー。塔城小猫ちゃんと姫島朱乃先輩が占いとお祓いをしてくれまーす」

 

 イリナさんがウエイトレスの傍らに各コーナーの呼び子をしている。

 旧校舎を丸ごと使ったオカルト研究部の出し物は大盛況! 男子も女子も、一般の来場者さんもたくさん来ている。

 

「はい、チーズ」

 

 喫茶店で写真を撮っているのはウエイトレス姿のリアスさん。

 部員と写真を取れるシステムを作ったら、すぐさま話題の的になり、好きな部員と一緒の写真撮影は大好評となった。僕も何度か指名されたよ。

 

「誇銅くん、これお願いしますわ」

「はーい!」

 

 僕もこの時間は喫茶店のウエイター。

 隠す必要のなくなった武術で鍛えた身体能力を使ってせっせと働く。

 注文を届けた戻りについでに空いた席の片付けも。

 

「誇銅くん! 危ないって!」

 

 そうすると高確率で心配されるんだよね。両手をフリーにするために空いた器を置いた盆を頭の上に載せてるだけなのに。まあ、わかってるんだけどね。

 この状態のまま注文を訊いたら後でいいとか言われる。

 各コーナー大盛況で皆、行ったり来たりと旧校舎を駆け回っている。少しでも手が空いたら忙しいコーナーの手伝いをするから。

 終わった後もちょっとゴタゴタがあったけど、それでも肩の荷が降りた僕はとっても身軽さ!

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「じゃあ、グレモリー側は『ダイス・フィギュア』だったんだな」

「うん、いつもみたいに駆け回ることはなかったんだけど、どこで誰を出すかが序盤問題になって。まあ、本当に最初だけで賽の出目で殆ど決まってるようなものだったけどね」

 

 休憩中に新校舎を歩きながら匙さんと話し込む。

 匙さんは生徒会の仕事として校舎の様子を見て回っている。そこで休憩中に他のクラスの店を見て回っていた僕とギャスパーくんとばったり出くわした。

 同時期にシトリー眷属もアガレス眷属と戦っていたらしい。

 

「匙さんの方はどうでした?」

「こっちは『スクランブル・フラッグ』。一言で言うと旗取り合戦だ。フェールド中を走り回るタイプのルールさ。プロ仕様でやってみて、ゲームって難しいなって思ったわ」

「でも、先生になるためには頑張らないとね」

「もちろん! ゲーム教師の道は遠いけど、それでこそ目指し甲斐があるってもんよ!」

 

 レーティングゲームの学校を建てるのがソーナさんの野望で、そこの先生になるのが匙さんの夢ですもんね。

 

「ところで勝負はどうでした?」

 

 校舎の外に出た僕たち。出店でイカ焼きを買いながら匙さんに訊いてみた。

 

「俺達の圧勝だったぜ! 旗取り合戦だから、強ければいいってわけじゃないからさ。忍術で手数の多い俺達が圧倒的に有利だった。けど、勝ちを確実なものにしようとして死体蹴りみたいになったけどな。その中でも俺の黒曜が興奮して暴走し始めた時は酷くてさ……。ただでさえ客受けが悪いのに、評価が最悪なんじゃないかって話だ……。ああ、俺、会長に迷惑かけちまったよ……」

 

 頭を抱えてその場で崩れ落ちてしまう匙さん。

 黒曜と言うのは京都で使った口寄せした猟犬の名前だったよね。かなり凶暴そうだったし、暴走すると僕も手を焼きそうだ。

 

「ところでその黒曜って一体何なのですか? なんかいくつか気配が混ざってるように感じたんですけど」

 

 京都で英雄派と戦う際に匙さんが口寄せで呼び出した猟犬の黒曜。結局のところ詳細はわかっていない。

 口寄せの術は本来妖や妖獣を呼び出すもので、黒曜からもそれに近い気配自体はあったけど……。

 

「ああ、黒曜は端的に言うと、俺の神器(セイクリッド・ギア)に封印されてるヴリトラだ。それを口寄せ契約したんだよ。幸い神器(セイクリッド・ギア)に封じられてるヴリトラは四分の一だしな。国木田先輩に手伝ってもらってなんとか契約に成功したんだ」

 

 それで僅かにドラゴンの気配を感じたのか。納得したよ。

 口寄せの原理からも何ら外れていないやり方だ。

 

「あ! そこの男子! 花壇のところに座るなって書いてあるだろう! わりぃ、誇銅!」

 

 仕事熱心な匙さんはそれだけ言い残し、規則を破った生徒のもとに行ってしまった。その熱心さは先生に向いてると僕は思うな。

 

「誇銅先輩、あっちで何かやってますよ」

 

 ギャスパーくんが僕の手を引いてそう言う。

 

「じゃあ行ってみようか」

「はい!」

 

 楽しそうな笑顔で返事をするギャスパーくん。とっても楽しそうで何よりだよ。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 俺―――兵藤一誠はなんとかチケットを売り終わり、疲れた体で部室に戻る。まだバアル戦の疲れが取れてないんだよな。

 学園祭の終盤に差し掛かり、校庭でキャンプファイヤーを焚いて、その周囲でオクラホマミキサーとなっていた。今頃、男女が楽しく踊っているに違いない!

 真『女王(クイーン)』はまだ覚醒したばかりで力の上げ幅にムラがあり、調整はこれからだってドライグが言っていたな。現時点ではトリアイナの方を使いこなせるようになったほうが真『女王(クイーン)』全体の力の底上げになるって話だ。まあ、うまく使いこなすのはこれからだ。

 そういえば、サーゼクス様やレヴィアタン様も今日来てた。顔見見せだけですぐにグレイフィアさんや会長に引きずられていったけど……。

 部室に入る俺。部室は特に会場にしなかったから、内部はそのまんまだ。

 中に誰かいる。部長の座る椅子に―――部長が座っていた。いつの間にかウェイトレス姿から制服に着替えていたようだ。

 

「イッセー……」

 

 俺を視界に捉え、そうつぶやいた。

 

「……お仕事お疲れ様」

「あ、はい」

「三年生だから、最後でしょ。だから、ちょっとここに戻りたくなって」

「な、なるほど……」

「……」

「……」

 

 無言になる俺と部長。実は、あの戦いの後、俺と部長は会話がギクシャクしてしまっていた。理由は当然―――大衆の面前で俺が告ったからだ。

 まだ返事をもらってないし、合う度にこの状態なので俺としてもたまらないものがある。

 いま思い出しても恥ずかしい! ノリと勢いとはいえ、俺もよくあんなところで好きな女だと告げたよな! あのあと、冥界の新聞には一面で報道されていたようだ。

 『おっぱいドラゴンとスイッチ姫、主従を超えた真剣恋愛か!?』って。当面は冥界に帰れそうもないって話だ。帰れば必ずあちらのマスコミに囲まれるからだ。

 サイラオーグさんの言葉が脳裏に蘇る。

 もう今更、か。勇気を持とうぜ、俺。このひとに惚れているのは本当なんだからさ!

 俺がずっと言いたかったこと。呼ぶんだ。今度こそ、必ず!

 俺は生唾を飲み込むと息を深く吸って、上ずった声音で言ってやった。

 

「……リ、リアス……」

「…………………え?」

 

 一瞬、呆然とした部長が聞き直す。だから俺はもう一度、ハッキリと伝える。

 

「……俺、リアスのことが……リアスのことを一生守っていきたいです……。俺、惚れてます! リアスのことが大好きです!」

「―――っ」

 

 言葉を詰まらせた様子の部長。次の瞬間、目から大粒のナミダをボロボロと流していく。

 青ざめる俺。部長は首を横に振って涙を拭った。

 

「………違うの。私、私……。嬉しくて―――」

 

 部長が俺の方に歩み寄り、俺の頬を撫でる。

 

「やっと、名前で呼んでくれた……。ずっと待ってた。ずっと待ってたのよ……。ううん、私、勇気がなくて、言えなくて……。もうダメかと思った……。けど、あの時貴方の想いを聞いて……本当に嬉しくて、試合中なのにどうにかなりそうだった……」

 

 それを聞いて、間の抜けた顔になる俺だが……。

 

「……そ、そう思って良いんですか?」

 

 俺の問に彼女は頷いた。

 ―――ッ! マ、マジか……! お、俺……、俺、この人と……?

 

「イッセー、私、あなたのことを愛している……。誰よりもずっと、あなたのことを―――」

 

 部長―――いや、リアスの唇が俺の唇に近づいてくる―――。

 

「リアス……」

「イッセー……」

 

 キス、しようとしたときだった。

 

 ガタッ。

 

 扉の方で音がする。

 

「ちょ、ちょっと、押さないでよ、ゼノヴィア!」

 

 イリナの声だった。

 見れば、部屋の扉から部員の面々が顔を覗かせていた―――ッ! 覗かれた!? この場面を覗かれていましたか!?

 

「お、おめでとう、イッセー、部長! これで私も気兼ねなく言い寄れるんだな!」

 

 ゼノヴィアがギクシャクしながらもそう言う。

 

「あ、あの、お二人ともおめでとうございます! わ、私もこれでお姉さまの後を追えます!」

 

 アーシアちゃんも見ていたの!?

 

「あらあら。これで『浮気』を本格的に狙えますわね」

 

 朱乃さんまで!

 

「……ここから本番だったりしますよね」

 

 小猫ちゃん、何を言っているの!?

 

「ゴメン、僕も見てた」

「感動しましたぁぁぁっ!」

 

 木場とギャー助!? ふざけんな!

 

「家庭科室をお借りして、ケーキが完成しましたわ!」

 

 と、レイヴェルと誇銅が大きなケーキを持って入室してくる。その様子から、二人だけは覗いていなかったようだ

 

「あれ、皆様、どうかなされたんですか?」

 

 レイヴェルは首を傾げ、怪訝そうに俺たちを見ていた。

 

「あー……おめでとう」

 

 この様子だと誇銅も見てなかったみたいだけど、完全に空気で全てを理解したな!

 俺の隣でリアスがぶるぶると全身を震わせていた。

 

「もう! あなたたち! 私の貴重で大切な一シーンだったのに! どうしてくれるのよ! これもイッセーのせいよ! こんなところで告白するんだもの!」

「え! 俺のせいなんですか!」

「「「「「「「「ということにしましょうか」」」」」」」」

 

 皆も同意する! ふざけんなぁぁぁぁぁっ!

 こうして、波乱に満ちた学園祭とサイラオーグさんとの戦いは幕を閉じたのだった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「総督殿」

「よー、打撃王」

 

 アザゼルは冥界の用事ついでにシトリー領の病院に足を運んでいた。

 そこで院内の売店で花を物色しているサイラオーグと会った

  

「兵藤一誠はどうですか?」

 

 通路を歩きながら話し込むサイラオーグとアザゼル。その話題は一誠たちに移る。

 アザゼルはサイラオーグの問に豪快に笑って答えた。

 

「ああ、告ったらしいぜ? ハハハハ、学園祭以降、どっちも初々しくて見てらんねぇよ。だが、周囲の女子も黙っちゃいないだろうから、まさにこれからだな。あいつのハーレム道ってやつは」

「そうですか。それは良かった。リアスにはあの者が一番似合うでしょう」

 

 そういうサイラオーグだが、実際は人の心配をできる立場ではない。

 

「……一からか」

 

 アザゼルの問にサイラオーグが頷く。

 今回のレーティングゲームの敗北によりサイラオーグを支持していたお偉方は去ってしまい、上層部とのパイプを失ってしまった。幸いなことに大王家次期当主の座は変動はない。敗けたとは言えあれだけの実力者を、世論もあり無下にはできなかった。

 

「ええ。問題ありません。慣れていますのでね」

「うちの一誠(バカ)は心配してたけどな」

「伝えておいてください。―――直ぐに追い付くと」

 

 サイラオーグは負けたにもかかわらず、清々しさに満ちた笑顔で答える。

 アザゼルも彼なら直ぐに追い付き、再び良い試合を見せてくれるだろうと確信する。

 そこに執事らしき者が息を切らしながら姿を現した。その表情は歓喜の涙に濡れている

 

「どうした?」

「サイラオーグ様……ミスラ様が……」

 

 

 

 その病室に駆け付けてきていた医師や看護師が驚愕の表情を浮かべ、口々に「奇跡だ」「信じられない」と漏らしていた。

 ベッドを覗けば―――そこには長い眠りから目を覚ました女性が窓から風景を眺めていた。

 サイラオーグは体を震わせ、下の売店で購入した花を床に落としながらベッドに近付いていく。それに女性―――サイラオーグの母親、ミスラ・バアルも気付いた。

 

「……母上、サイラオーグです。お分かりになりますか?」

「……ええ、分かりますよ……」

 

 子の頬を撫でようとする母の手。震えるその手をサイラオーグの大きな手が取った。

 

「……私の愛しいサイラオーグ……。……夢の中で……あなたの成長をずっと見続けていたような気がします……」

 

 母親は静かに笑み、一言だけ続けた

 

「……立派になりましたね……」

「…………っ」

 

 母親のその一言を聞いたサイラオーグの目から一筋の涙が零こぼれた。

 

「……まだまだです、母上。……元気になったら、家に帰りましょう。あの家に……」




 これ以上グレモリー眷属を敗けさせると取り返しがつかなくなるので。これでグレモリー眷属は若手No.1に勝ったことで首の皮一枚繋がった。
 もうひと悶着ついでに起こそうと思いましたが、なんだか蛇足感があったのでやめました。(手の平返しの部分+邪神関係)
 主に後者はかなりガッツリとしたものなので今後改めてやります。

 次回はオリジナル回! ……を、予定していましたが、次巻が今巻の割りと直後の話しだったのでどうしようかなって。またいろいろ考えて調節します。
 ちょこっとだけ予告すると(嘘予告になる可能性アリ)
 オリジナル回ならレイヴェルの誇銅以外の今後の眷属について。
 原作沿いなら機械勢力(仮名)が出て来る予定。


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重複な二つの試験

 予定を少し変更します。誇銅の話と原作を別々の話として投稿するのを止めます。
 理由としましては、そうした場合に誇銅が出てない場面で原作を変える必要性が皆無となり、つまり原作をそのまま引用せざる得なくなるからです。
 今までは例え大きく引用する時も誇銅が絡む話としては必要だったのですが、今回は全く必要がありません。
 なので話の流れは変えずに書き方だけ変えます。

 今回の部分も誇銅の出番はありませんが、誇銅が存在することによって変化がある部分なので投稿します。
 なおこの話は原作11巻の頭に相当する部分なので後日移動させます。


 学園祭が終わってすぐのことだった。

 その話を持ちかけられた時、アザゼルは生涯でもそうないであろう間の抜けた声を出してしまった。

 

「……そいつは本気なのか、ヴァーリ」

 

 ヴァーリ・ルシファーからアザゼル宛てにプライベート回線が開かれる。

 通信用の小型魔方陣を介してヴァーリの元気そうな顔が見える。

 

『ああ、彼―――今は彼女か。彼女はそれを望んでいてね。俺としても興味があるので便宜を図はかりたい』

 

 ヴァーリから出されたのはとんでもない提案であり、それは勢力図が塗り替えられてもおかしくないレベルだった。

 

「……お前の事だ。それだけじゃないんじゃないか?」

 

 アザゼルの言葉にヴァーリは苦笑する。

 

『相変わらず鋭い。ゆえに他の勢力からも疎うとまれ始めている訳か』

「余計なお世話だ」

『その「余計なお世話」を振り撒き過ぎて「何かを企んでいるのではないか?」と思う者も少なくないと聞くが?』

 

 ヴァーリの言うとおり、アザゼルは各勢力の上層部に疎まれている。堕天使の総督と言う肩書きだけでも胡散臭い上、各勢力との和平・和議を持ち掛けてきたのだから。

 お節介な性格も疑いに拍車をかけている。

 

「……性分だ。それで背中を狙われるのなら、それはそれで受け入れるさ」

 

 アザゼルは嘆息しながらそう言う。ヴァーリも呆れた様な表情をした後、不意に呟いた

 

『……彼女を狙う者がいてね』

「そりゃな、当然だろう。それこそ星の数だ。だが、滅する事が叶わないからどいつも歯痒い思いをしているんだがな」

『それはそうなんだが、身内から出そうでね。いや、そろそろ仕掛けてくるかな』

 

 アザゼルの脳裏に聖槍を持った男が過よぎる……。

 

「―――いぶり出す気か?」

『俺の敵かどうか、ハッキリさせるだけさ。まあ、敵だろうな。―――ケリをつけるには頃合いか』

 

 最高に楽しそうな笑みを浮かべるヴァーリ。

 元の居場所を裏切ってまで戦いの場に身を置く彼はどうしようもない程のバトルマニア。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 その日の朝、兵藤一誠の一日は寝床での一戦から始まった。

 一誠が目を覚ますと、ベットの近くで一誠を起こすための目覚めのキスを巡って牽制しあっている制服姿のリアスと朱乃の姿が飛び込む。

 リアスがフッと余裕の笑みを浮かべる。

 

「私はイッセーに朝のキスだなんて! ……と、言いたいところだけれど、昨夜はたっぷりと甘えさせてもらったから許してあげる」

「あら、それは結構なことですわね。イッセーくんったら、さっそくすごいことをしていたのね?」

 

 口元に手を当てながら興味深そうに訊く朱乃。しかし朱乃が想像しているようなことは特に起こってはいなかった。

 それでもただ単にリアスに甘えられるだけで今の一誠は破壊力抜群の幸せを感じていた。その幸せを噛み締め、魔王に、特に悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を制作したアジュカ・ベルゼブブに、悪魔に転生できたことを感謝する。そしてこれからも冥界の為に頑張ることを心のなかで誓う一誠。

 リアスの反応に朱乃は若干つまらなそうに息を吐いた。

 

「リアスったら、意外と冷静なのね。もっと嫉妬の炎を燃やしてくれるものだと思っていたのだけれど……。ちょっと反応が面白くないですわ」

「それはゴメンなさいね。けれど、彼は私のイッセーだから、それだけは揺るがないわ」

 

 サイラオーグ戦前の不安定な様子は一切無く、いつもの自信に満ち溢れた調子。

 

「あらあら、正妻の余裕ってものを見せつけられてしまいましたわ」

 

 朱乃がそう言う。リアスは小さく笑むと一誠の頬にキスをし、「ご飯よ、下に下りて来なさい」と一言だけ残して退室していった。

 

「ああ、見えて、少し無理をしているところもあるのよ、彼女」

 

 朱乃がベットに腰をおろしてつぶやく。

 

「……無理? ぶ、じゃなくて、リ、リアスに何かあったんですか?」

「実はレーティングゲーム、最終戦であまり活躍出来なかったのがリアスにとって尾を引く結果になってしまったようです」

 

 サイラオーグとの一戦、リアスは自律する神滅具(ロンギヌス)―――『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』の獅子と戦い、致命傷を受けてしまったことを深く気にしていた。

 

「……あなたの枷になってしまったのがとても許せないと、リアスは凄く悩んでいるのです」

「……そ、そんな、あれは相手が悪かっただけで……リ、リアスも決して弱い訳じゃないし、戦術面でもいろいろ前もって作戦を考えていましたし……」

「……戦術面では、同時期に行おこなわれたソーナ会長とアガレスの戦いの方が注目されましたわ。あっちの旗取り合戦―――スクランブル・フラッグは派手さや認知度こそ低かったものの、批評家から見れば隠れた名勝負として高い評価を得たそうです」

 

 当然、最近出た冥界雑誌で大きく報道されたのは一誠達とサイラオーグチームとの一戦だが、批評家が書いた記事では長々とシトリーVSアガレスに対するゲームの感想が高評価で掲載されていた。

 シトリーチームのあっという間に盤面の有利を取る展開力、相手の逆転を許さぬ制圧力。終始翻弄され何もできなかったアガレスも戦術自体は非情に優れたものだったと。

 

「リアスとしてもこれから『(キング)』として覚える事が多いでしょうけれど、まずはお兄さまの―――サーゼクスさまからのアドバイスを聞いて、滅びの力について本格的に研究し始めたそうですわよ」

 

「……修行とはまた違うんですか?」

「リアスとサーゼクスさまの滅びの力は同じ魔力でも性質―――性格とも言うのかしら。それが違うのです。サーゼクスさまの力はテクニック、ウィザードタイプの究極と言われています。あれだけ絶大な消滅魔力を手足の様に自在に操るのですから、その技術は悪魔の中でも1、2を争うとまで言われます。逆にリアスの力はウィザードタイプのパワー寄りだから、技術的なものよりも威力に恵まれていると言えます。けれど……」

 

 朱乃は目を細めながら言う。

 

「決定打が不足している―――簡単に言えば『必殺技』と呼べる一歩先に進んだ滅びの力が無いのよ」

「ただ、放つだけでも十分に威力があると思いますけど……。確かに、俺達がよく遭遇する強者が相手だとぶちょ……リ、リアスは必殺となる技を持ってもいいかもしれませんが……」

「それを模索しているようですわよ。……私もバアル戦では情けない姿を見せてしまいましたし……」

 

 朱乃が沈んだ声音でそう漏らすが、一誠は首を横に振って言う

 

「いえ、相手の『女王(クイーン)』は相当な手練れでした」

 

 『(ホール)』と呼ばれる能力を使うアバドン家の『女王(クイーン)』若手上級悪魔の眷属『女王(クイーン)』の中でもトップクラスの使い手と言う噂も立っており、朱乃との試合でも雷光を『(ホール)』の中で雷と光に分解して勝利を収めた。

 しかしその意味では朱乃も悪魔が持ち得ない雷光を使える。相性の差があったとは言え、朱乃の雷光(それ)も他から見れば『(ホール)』同様に反則級の強さがある。

 

「イッセーくんは彼女を相手に一瞬で勝負を決めてしまったけれど……」

 

 一誠もあの時にキレてトリアイナで撃破したが、今ではやり過ぎたかなと思い反省している。朱乃にギリギリまでトリアイナは使うなと言われたとに使ってしまったわけで……。

 

「……私のことは今後どうにかしないとダメね。―――それはともかく、まだリアスのことを『リアス』って、ハッキリ呼べませんの?」

「え、えっと……。よ、呼べる時は呼んでますけど……。まだ慣れないというか、恥ずかしいというか! 呼びたくないわけじゃなくて、俺が恥ずかしいだけです!」

 

 一誠がそう言うと、朱乃がクスクスと微笑んだ。

 

「まあ、それはご馳走様。では、そろそろ私のことも『朱乃』って呼んでもらわないといけませんわね。それに思いを遂げてすぐに浮気なんて、燃えると思わない?」

「う、う、う、う、浮気ですか!?」

「そう、私は浮気相手に立候補だって、以前から言っているでしょう? 本格的にイッセーくんと浮気したくて体がとても火照りますわ」

 

 朱乃が自分の体を手で官能的になぞっていく。そして一誠に顔を近づけ、鼻先にキスをした。

 

「朝はこれで十分ですわ。うふふ、アーシアちゃんも来てしまったことですし」

 

 朱乃の言葉を聞いて一誠が部屋の扉の方へ視線を移すと、そこにはエプロン姿のアーシアが。笑顔を浮かべたまま表情を凍らせていた。

 それからゼノヴィアやイリナまでもややって来て教会トリオが揃う。

 

 

 

 

 そういった朝の展開が終わり、一誠は異界のリビングにいた。朝食の時間。一誠の母を筆頭に兵藤家に下宿している女子の多くがテキパキと動いてテーブルに朝のメニューを置いていく。

 

「イッセーのお弁当はこれね♪」

 

 満面の笑みを浮かべながらリアスが昼の弁当を一誠の前に置く。

 兵藤家の弁当の用意はローテーションだが、最近は一誠の弁当だけはリアスに限定されている。

 

「イッセーだけリアスさん限定の弁当とは……。やるもんだな、イッセー」

 

 うんうんと頷きながら言う一誠のお父さん。

 アーシアや朱乃が作っていた時の弁当も松田や元浜に「愛妻弁当かよ!」とよく言われていたので、さしずめこれは『正妻弁当』といったところである。

 笑顔が絶えないでいる一誠の視界に、弁当箱に料理を詰め込むレイヴェルの姿が。それはレイヴェルがいつも持っている弁当箱じゃない。

 

「おっ、レイヴェル。その弁当箱は誰のだ?」

「これはギャスパーさんへの差し入れですわ。お一人で朝練をしているそうですから」

「朝練!? ギャー助が!?」

 

 一誠は素っ頓狂な声を上げると、リアスが一誠の隣に腰を下ろしながら言う。

 

「先日の一件で、自分の力不足を強く感じてしまったと言って、あなたと祐斗との合同訓練の他にも自主メニューでしているようなのよ。ハードワークにならない程度に体を1から鍛え始めたの」

 

 先日の一件―――つまりバアル戦のこと。一般人の兵藤の父母の前では詳しくは話せないので言葉を濁す。

 それに朱乃も続く。

 

「力を使いこなして、あの領域に至りたいと気合を入れてましたわ。その為には体を1から作り直すと、朝から筋トレと走り込みをしているそうです」

 

 あの領域―――つまり禁手(バランス・ブレイカー)に至りたいということ。

 サイラオーグ戦での試合を相当気にしているからこそ、自分の力量の足りなさを許せなかった。一誠はそう認識した。

 ゼノヴィアも真剣な眼差しで言う。

 

「うん。あいつは男だ。きっと強くなるに決まっているさ」

 

 身近でギャスパーのサポートを受け実感したゼノヴィア。

 

「……小猫さん? 顔色が優れませんわよ?」

 

 レイヴェルが小猫の顔を覗き込む。言うとおり、小猫の顔色はあまり良くなかった。顔が赤く、若干ツラそうな顔をしている。

 

「……なんでもない」

 

 子猫は簡素に返す。それでもレイヴェルは心配そうに小猫の額に手を当てる。

 

「でも、ちょっとお顔が赤いですわ。風邪ではなくて? そうですわね……、フェニックス家に伝わる特製のアップルシャーベットを作ってあげますわ。実家から地元産のリンゴが届きましたの。それを使って特別にこの私が作ってあげますわね!」

 

 小猫はレイヴェルの手を除のけると一言告げる。

 

「……ありがた迷惑」

 

 それを聞いてレイヴェルは頭の縦ロールを回転させる程の勢いで怒り出した。

 

「んまー! ヒトの好意を即否定だなんて! 猫は自由気ままで良いですわね!」

「……鳥頭には言われたくない」

「……と、鳥頭って! 確か日本では鳥頭とは物忘れの激しい方を指しましたわよね……?」

「よく勉強しているようだから、褒めてあげる」

「んもー! この猫娘は……ッ!」

 

 今でも時々起こる小猫とレイヴェルの口喧嘩。それでも仲が悪いわけではなく、日常面ではレイヴェルを助けていて、レイヴェルも頼ることが多い。

 二人の微笑ましい喧嘩を見てる一誠側では、兵藤のお母さんの「孫はいつ見られるの?」からまだ見ぬ孫の話題へと発展していった。

 そこからさらに一誠とリアスのバカップルぶりを発揮し事態が収まる。

 その際、一誠とリアスをじっと見つめる小猫が途端にうつむく。

 

「……孫……赤ちゃん……幸せ……」

 

 そんなことをぼそりと呟いた。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 その日、深夜に訪問してきたのは―――サーゼクスとグレイフィア、そしてアザゼルというお偉い方ばかりだった。兵藤家上階のVIPルームに終結。

 そのメンツが真面目な顔で、グレモリー眷属を全員集める。サーゼクスは一誠と木場、朱乃とリアスを前に座らせて正面から切り出した。

 

「先日も話した通り、イッセーくん、木場くん、朱乃くんの3名は数々の殊勲を挙げた結果、私を含めた四大魔王と上層部の決定のもと、昇格の推薦が発せられる」

 

 目標であった昇格がこんなにも早く告げられたことに興奮する一誠。

 悪神ロキや『禍の団(カオス・ブリゲード)』との戦績が大きな功績となった。実際の戦闘がどうかだったよりも、結果的に生き残って解決に貢献したことが大事。

 

「昇格なのだが……本来、殊勲の内容から見ても中級を飛び越えて上級悪魔相当の昇格が妥当なのだが、昇格のシステム上、まずは中級悪魔の試験を受けてもらいたい」

 

 一誠は自分たちが上級悪魔相当と言われたことに驚く。隣りに座る木場と朱乃も驚いているが、一誠程の狼狽ではない。一誠だけ表情豊かに百面相となっている。

 アザゼルがグラスの酒をあおりながら言う。

 

「イッセーと木場と朱乃は殊勲だけ考えれば上級悪魔になってもおかしくないんだが、悪魔業界にも順序があるらしいからな。特に上がうるさいそうでな。お前らに特例を認めておきながらも順序は守れと告げてきたそうだ。―――とりあえず中級悪魔になって、少しの間それで活動しろ。その内、再び上から上級悪魔への昇格推薦状やらが届く筈だ。なーに、中級の間に上級悪魔になった時の計画を練り出せば良い」

「ちゅ、中級とか、じょ、上級悪魔……っスか! お、俺にそんな資格があると……?」

 

 一誠の問いにサーゼクスが笑顔で頷く。

 

「うむ。テロリストと闇人やみびと、悪神ロキの撃退は大きな功績だ。そしてバアル戦でも見事な戦いぶりを見せてくれた。何よりもイッセーくんは冥界の人気者『乳龍帝おっぱいドラゴン』でもある。昇格の話が出てもおかしくないのだよ。いや、寧ろ当然の結果だろう」

 

 まさかの特撮番組がポイントになっていたことにも驚かされる。一誠はこれを単にグレモリー家が金づるを得たぐらいにしか思っておらず、この間の試合後にも新商品として『スポンジドラゴン』という洗い場用スポンジを売り出した商魂を知っていた。

 そう言う意味では神滅具の存在と今までの功績、これだけ冥界で光を浴びる一誠を特別扱いせざる得ない。

 

「昇格推薦おめでとう、イッセー、朱乃、祐斗。あなた達は私の自慢の眷属だわ。本当に幸せ者ね、私は」

 

 リアスも心底嬉しそうな笑みを浮かべる。自慢の眷属が評価されて最高の喜びを感じていた。

 

「イッセーさん、木場さん、朱乃さん、おめでとうございます!」

「うん、めでたいな。自慢の仲間だ」

「中級悪魔の試験とか、とても興味があるわ!」

 

 アーシア、ゼノヴィア、イリナの教会トリオも喜ぶ。

 

「ぼ、僕も先輩に負けないように精進したいですぅ」

 

 ギャスパーもどこか引きつり気味だが前向きなコメントを発する。

 

「ライザーお兄さまのチームではもう太刀打ち出来ない程の眷属構成になってしまいましたわね」

 

 レイヴェルも賛辞の言葉を贈る。

 

「フェニックスの所は長男がトップレベルのプレイヤーじゃないか。あそこのチームはバランスが良い」

「うちの長兄は次期当主ですもの、強くなくては困りますわ。それはともかく、流石リアスさまのご眷属ですわ。短期間で3人も昇格推薦だなんて。ね、小猫さん?」

 

 レイヴェルが小猫にそう投げ掛けるも。

 

「……当たり前。―――おめでとうございます、イッセー先輩、祐斗先輩、朱乃さん」

 

 笑顔を見せる小猫だが、心なし若干テンションが低い。

 

「ま、その3人以外のグレモリー眷属にも直に昇格の話が出るさ。お前らがやってきた事は大きいからな。強さって点だけで言えばほぼ全員が上級悪魔クラス。そんな強さを持った下級悪魔ばかりの眷属チームなんざレア中のレアだぜ?」

 

 アザゼルが言うように他のメンバーにも昇格が大いに有り得る。実際は大した活躍ができてなかったと言ってもグレモリー眷属のレベルは高く、あの死線を生き残ったというだけでも意味がある。

 木場と朱乃は立ち上がり、サーゼクスに一礼した。

 

「この度の昇格のご推薦、まことにありがとうございます。身に余る光栄です。―――リアス・グレモリー眷属の『騎士(ナイト)』として謹んでお受け致します、魔王サーゼクス・ルシファーさま」

「私もグレモリー眷属の『女王(クイーン)』として、お受け致します。この度は評価していただきまして、まことにありがとうございました」

 

 木場と朱乃はしっかりと厚意を受け取った。

 

「イッセーくんはどうだろうか?」

 

 サーゼクスに問われ、イッセも立ち上がり深々と頭を下げた。

 

「勿論、お受け致します! 本当にありがとうございます! ……正直、夢想だにしなかった展開なので驚いてますけど、目標の為に精進したいと思います! リ……部長の期待にも応えられて満足です!」

 

 リアスの兄であり魔王であるサーゼクスの手前、名前で呼ぶのは失礼かもと判断する。だが、サーゼクスはイタズラな笑みを浮かべて言った。

 

「おやおや、イッセーくん。私の手前でもリアスのことは名前で呼んでくれてもかまわないよ」

「いえ、しかし……」

「ハハハ、むしろ呼んでくれたまえ! 私も嬉しいし、見ていて幸せな気持ちになれる」

 

 サーゼクスは嬉々として言う。

 

「も、もう! お兄様! 茶化さないでください!」

 

 リアスは顔を赤く染め、ぷんすかと怒る。

 

「ハハハ、いいではないか。なあ、グレイフィア」

「私風情が分に過ぎた事など言えません。……ですが、この場の雰囲気ならば名前で呼び合っても差し支えないかと」

「……グレイフィア……お義姉さままで」

 

 そう言われリアスも顔を赤くしたまま黙るしかなかった。それを見てうんうんと頷くサーゼクス。

 

「よしよし。それならばついでに私の事も義兄上と呼んでくれて構わないのだよ! さあ、呼びたまえ、イッセーくん! お義兄ちゃんと!」

 

 しかしグレイフィアによって、その頭部をハリセンで激しく叩かれる。

 

「サーゼクスさま、それはこの場ではやり過ぎですよ。―――いずれでよろしいではありませんか」

「……そ、そうだな。性急過ぎるのがグレモリー男子の悪いところかもしれない……コホン」

 

 一連の流れを見て隣でゲラゲラ笑っていたアザゼルは息を吐くと改めて言う。

 

「てな訳で来週、イッセー、朱乃、木場の3人は冥界にて中級悪魔昇格試験に参加だ。それが1番近い試験日だからな」

「来週ですか、早いですね」

 

 想像以上に早い日程に木場がそう言い、朱乃も続く。

 

「中級悪魔の試験って、確かレポート作成と筆記と実技でしたわよね? 実技はともかく、レポートと筆記試験は大丈夫かしら」

 

 レポートと筆記試験の存在に不安になる一誠。アザゼルが言う。

 

「心配するな。筆記は朱乃と木場なら全く問題無いだろう。悪魔の基礎知識と応用問題、それにレーティングゲームに関する事が出されるが、今更だろうしな。レポートは……何を書くんだ?」

 

 アザゼルがグレイフィアに訊ねると、グレイフィアは1歩前に出て説明し始めた。

 

「試験の時に提出するレポートは砕いて説明しますと、『中級悪魔になったら何をしたいか?』と言う目標と野望をテーマにして、『これまで得たもの』と絡めて書いていくのがポピュラーですね」

「何だか、人間界の試験みたいですね」

 

 一誠がそういうとアザゼルがサーゼクスの方に視線を向ける。

 

「ま、(なら)ってんだろう?」

 

 サーゼクスは頷く。

 

「中級悪魔に昇格する悪魔の大半は人間からの転生者なのだよ。その為、人間界の試験に倣った物を参考にして、昇格試験を作成している」

 

 現魔王の政策により急増した人間の転生悪魔。その人数が多ければ自然とそちらに寄ってくるもの。

 

 アザゼルが膝を叩くとイッセー達を見渡す

 

「何はともあれ、レポートの締め切りが試験当日らしいから、まずはそれを優先だ。だが、イッセー!」

「は、はい?」

 

 アザゼルが一誠に指を突きつけて言う。

 

「お前らはレポートの他に筆記試験の為の試験勉強だ! 基礎知識はともかく、1週間で応用問題に答えられる頭に仕上げろ! 安心しろよ。お前らの周りには才女、才児が何でもござれ状態だ」

 

 一誠の肩に手を置くリアス。

 

「任せない、イッセー。私が色々と教えてあげるわ」

「イッセーくん、僕も改めて再確認したいから一緒に勉強しよう」

「あらあら。じゃあ、私も一緒に勉強ね」

 

 試験勉強で心強い味方に安堵する。一誠は残りの試験について考える。

 

「えーと、じゃあ実技の方は?」

 

 一誠がそう言うとサーゼクス、グレイフィア、アザゼルがキョトンとした表情で見合わせる。

 

「それは必要ないんじゃないか?」

「え……でも、俺的に1番得点を稼げそうな所なんで是非ともトレーニングとか欲しいところなんですけど!」

 

 一誠がそう言ってもアザゼルは手を横に振るだけ。―――あまりにも短期間に大きな変化を伴ってしまったのもあり、一誠は自分という存在を正しく認識できていない。

 

「だから、いらないって。ぶっつけ本番にしとけ。そこは試験当日じゃないと分からないかもな。朱乃、木場、お前らも実技の練習はいらんからレポートに集中しとけよ」

 

 アザゼルの言葉に朱乃と木場は返事を返す。

 不安に駆られる一誠が恐る恐る手を上げて質問する。

 

「あのー、最後に1つだけ。……まことに恥ずかしい話なんですけど、もし落ちたらどうなるんですか?推薦取り下げですか?」

 

 サーゼクスは首を横に振る。

 

「いいや、そんな事は無いよ。1度挙げられた推薦は、仮に来週の試験で落ちても受かるまで何度でも挑戦出来る。よほど素行の悪い事でも無い限りは推薦の取り下げは起こらないよ」

 

 そのことにとりあえず安堵する一誠にサーゼクスが力強く言う。

 

「それに私はイッセーくんが次の試験で合格すると確信している。突然の事で不安かもしれないが、全く問題無いのではないかな」

 

 魔王からの太鼓判を貰った一誠は期待に応えようと気合を入れ直す。

 

「俺、頑張ります! 絶対に中級悪魔になります! そして、いずれ上級悪魔にもなります!」

 

 気合を入れて宣言する。そしてハーレム王への夢を再燃させた。―――相思相愛の相手にも気恥ずかしがるばかりの現状だろうとも。

 

「昇格試験もそうですが学校もテストがあると聞いたのですが」

 

 レイヴェルが思い出したようにつぶやくと朱乃がうなずく。

 

「そうでしたわね。学校でもそろそろ中間テストの時期ですわ」

 

 立ち上がって叫ぶ一誠。

 自分の頭が良くないことを自覚している一誠は、どうしようどうしようと慌てる。

 頭を抱える一誠をよそにサーゼクスがレイヴェルに言う。

 

「やべぇ! そうだ、中間テストもあるんだった! べ、勉強あんまりしてねぇぇぇっ!」」

 

 頭を抱える一誠をよそにサーゼクスがレイヴェルに言う。

 

「レイヴェル、例の件を承諾してくれるだろうか?」

 

 サーゼクスがそう言うもレイヴェルは渋い顔で「う~ん……」と唸るばかり。

 

「例の件ってなんですか?」

 

 気になった一誠はサーゼクスに訊く。

 

「レイヴェルにイッセーくんのアシスタントをしてもらおうと思っているのだよ。いわゆる『マネージャー』だね」

 

 バアル戦前に少しだけアザゼルに言われたことを思い出す一誠。

 

「イッセーくんもこれから忙しくなるだろう。人間界での学業でも、冥界の興行でも。グレイフィアはグレモリー眷属のスケジュールを管理しているが、それでも身は1つだ。どうしても賄えきれない部分も今後増えるだろう。特に細かい面で。それならば、今の内からイッセーくんにはマネージャーを付けるべきだと思ってね。そこで冥界に精通し、人間界でも勉強中のレイヴェルを推薦したのだよ」

 

 一誠も今後そういったものが必要になってくるのは理解している。「おっぱいドラゴン」を応援しに来てくれた子供の数を見てどれだけ人気があるか、それにともない需要が高まるのも想像できる。

 

「『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を持つ『(キング)』となったことは知っている。イッセーくんのアシスタントは君にもいい経験になると思うんだ」

 

 サーゼクスがレイヴェルにマネージャーとなることをお願いする。

 それを断れなこともないが、魔王直々のお願いとなればそれ相応の理由がなければお願いされた当人としては難しいものがある。

 悩んだ結果、レイヴェルは渋々といった感じで引き受けた。

 

「ありがとう。早速で悪いのだが、レイヴェル、中級悪魔の試験についてイッセーくんをサポートしてあげてほしい」

 

 サーゼクスの言葉にレイヴェルは立ち上がり、一呼吸おいて手をあげた。引き受けたからには責任を持ってやりきる。そんな気持ちが見て取れる。

 

「分かりました。このレイヴェル・フェニックスめにお任せくださいませ。必ずやイッセーさんを昇格させてみせますわ! 早速、必要になりそうな資料などを集めてきます!」

 

 渋々でも受けたからには責任を持ってその役割を果たす。

 言うや否やレイヴェルは部屋を飛び出していく。

 

「そう言えば戦車(ルーク)の子がいないみたいだね」

 

 サーゼクスがふとリアス眷属を見渡したと際に誇銅の姿がないことに気づいた。

 

「サーゼクスさま、彼はバアルチームとのゲームを最後にと」

 

 グレイフィアが言うとサーゼクスは思い出す。

 誇銅はあの試合で活躍と言ってもそれまでの影が薄すぎる。よってサーゼクスのような関わりの薄い者にとって誇銅の活躍は新参の初披露に等しい。

 誇銅のリアス眷属脱退のニュースなど一誠VSサイラオーグ戦の記憶にすっかり埋もれてしまっている。

 

「ああ、そうだったね。残念だよ」

「リアスの眷属は圧倒的に火力が高いが、全体的に見ると防御面が薄く、テクニック―――ハメ技にやられやすい。過去、実戦でもゲームでもそれにつけ込まれているからな。要はチーム全体的に脳みそまで筋肉傾向なんだよ。『やられる前にやれ』ってな」

 

 アザゼルの評価に眷属側の全員が苦笑い。リアスも恥ずかしそうに顔を赤く染めた。

 アザゼルの評価は妥当であり、本人たちも特攻ばかりでテクニックに翻弄されてきたことは自覚している。

 そこへアザゼルは「将来的には苦手となる相手チームが必ず生まれるタイプのチーム構成だろう」と付け加えた。

 

「だが、そちらの方が好みだと言うファンはとても多い。戦術タイプのチームやテクニック重視のチームだと一目では判断が付きづらく、派手さも少なめな為か、玄人のファンが好むからね」

 

 サーゼクスが言うと、アザゼル総督もうなずいて言う。

 

「だな。リアスとサイラオーグのチームは派手さを売りにしつつ、戦術を高めた方が将来のプロ戦で盛り上がるぞ。何はともあれ、そのパワーを補う力は必要だ。そう言う意味ではあの試合の誇銅はまさに適任だったんだけどな。他にもいろいろ器用なことができるみたいだったし、テクニックチームのハメ技にやられるリスクを下げてくれただろう」

 

 しかし無い物ねだりをしたところで誇銅は戻らない。現在の誇銅の主であるレイヴェルも返す気はさらさらない。

 

「小猫、あんまり油断してるとおまえの大好きな先輩がレイヴェルに取られるなんてことになっちまうかもよ?」

 

 アザゼル総督が小猫を煽る。

 レイヴェルの恋愛対象が一誠ではないことは周知の事実となっているが、最初の確執から小猫はレイヴェルをライバル視してしまう。普段なら―――。

 

「…………」

 

 しかし当の小猫は顔をうつむけ、心ここにあらずの状態だった。

 

『……?』

 

 小猫の無反応ぶりに皆一様に首を傾げていた。

 「やはり小猫ちゃんの様子が変だ」そう思う一誠は小猫が病気ではなければと願う。

 しかし一誠も小猫のことばかり気にしてるわけにもいかず、まずは目先の試験だ! と、昇格試験と中間テストの二つの問題に大いに頭を抱える。




 お楽しみにしてくださる読者の方々には大変申し訳ないのですが、繋ぎ繋ぎの部分がなかなか固まらずまだお待たせいただくことになってしまいます。ですので今しばらくお待ち下さい。


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雪災な積雪の恋心

 大変長らくお待たせしました。やっと次の構想がだいたい出来上がりました!
 ですが、まだ迷ってる部分もあるので次話はまた時間をいただくと思います。申し訳ありません。
 ここまでならいくらでも練り直しができるので取り敢えず生存報告的な感じて投稿しました。


 ps.彼女を出すタイミングはもうここしかない! そう思いました。一誠たちは11巻でも、誇銅自身の物語は3巻ぐらいですから。


 早朝、まだ日が登りきっていなくて暗い道を走る。予定のない休日は日課のトレーニング前に軽く走り込みをすることにしている。体力はいくらあっても困ることはないからね。

 その他にも家に帰ったら筋トレもしておく。いくら九尾流柔術が筋力に頼らないとは言っても未熟な僕ではまだまだ扱いきれていない。戦車(ルーク)のパワーに頼ってしまうことも多々ある。むしろ現段階ではそっちの方が多かったりするしね。

 人間にしてみればかなり長距離なランニングコース。それでも悪魔の身体能力が暗い時間帯で高められてかなり楽だ。逆にこのくらいしないとあまり意味はないだろう。

 偶にすれ違う人に軽く挨拶しながら、すっかり見慣れた道を走っていく。こんな時間に外で運動してる人なんて極少数なのですれ違う人も毎回殆ど同じ。そのおかげで自然と顔馴染みになった。

 ランニングコースも中盤に差し掛かった頃、いつもの時計を見て軽く自己タイムを確認する。

 

「まあ、こんなものかな」

 

 別に記録してるわけじゃないけど、たぶん少し縮んでる。そうして再び走り出す。折り返し地点の反対側の出入り口までもう少しだ。

 折り返し地点から家に戻って走っていると、もう家の近所にまで戻ったところである女性の姿を見て立ち止まる。長髪のストレートな綺麗な黒髪、朱乃さんとは全く違った和風な美少女。

 このあたりで見たことのない女の子だ。

 初めて会ったハズのその女の子に僕はなぜかちょっとした懐かしさを感じていた。

 女の子は僕の顔を見ると心底嬉しそうに、だけどちょっと恥ずかしそうに小さく僕に手を振る。そして僕に向かって言った。

 

「約束通り、戻ってきたよ」

 

 何の約束かわからなかったけど、女の子はそれだけ言って僕の前から去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 学園祭が終わって数日後、僕は罪千さんを連れて高天原に訪れていた。

 グレモリー眷属も正式に抜けたことだし、そろそろ僕の現状を天照様にも一度しっかりと報告しておこうと思って。

 だけど事の大きさだけに万が一漏れるような事があってはいけない。それで月詠様に事情を話して高天原に招き入れてもらえるようにお願いした。

 いくら日本最高神から信用されていても高天原に自由に出入りできる身じゃないからね。

 月詠様に自宅で待ってるように言われ誰か迎えを寄越してくれるのかと言われ待つ。早朝のトレーニングでかいた汗を流して昼前、月詠様自身が迎えに来てくれた。日のある時間だから昼の姿なのに……。ありがとうと言うべきか、すいませんと謝るべきだったか。

 

「――――と、今お話したのが僕の周りで起こった全てです」

 

 僕は僕の身の回りで起こった事を嘘偽りなく天照様に説明した。邪神との接触、僕の神器に封印されてるもの、グレモリー眷属を抜けたこと。唯一の例外は『デッドウイルス』のことくらいかな。あれは僕個人が話せる範疇を超えてしまってるから。

 それ以外はだいたい全て。―――あの時月詠様にはあえてぼかしたリヴァイアサンの全ても……。

 

「う~む……誇銅の周りでそのような奇っ怪なことが……。世界は広いと思っとったが、予想を超える広さじゃのう。まあそれは一旦置いといて……」

「ヒィッ!」

 

 天照様が罪千さんの方を見る。その視線に思わず声を漏らす罪千さん。

 

「お主がその他のリヴァイアサンとは違うのは誇銅の説明でよくわかった。月詠から話も聞いたしのう。しかし、お主が万が一にも誇銅に危害を加えたなら、儂は容赦なくお主が死ぬまで儂の光で焼き続ける。死なぬのなら儂が死ぬまで死の苦痛を与え続ける」

 

 罪千さんを押し潰す勢いのプレッシャーで脅しをかける。これが……天照様の圧力! 照りつけるようなプレッシャーはまるで炎天下のように痛くもある。しかもこれでも鱗片、それも僕に直接当てられたわけでもないのにこれだ……!

 ほんの数秒のプレッシャーだったが、背中にはかなりの汗が流れ出ている。

 

「すまんすまん、誇銅まで怖がらせてしまった。でも、ああは言ったが誇銅がそこまで言う相手だから信用はしとるぞ? それでも絶対に人を噛まないと保証できる猛獣はおらんからな。それが人間を好物とする猛獣ならなおさら」

 

 天照様の言い分は最もだ。僕も罪千さんのリヴァイアサンとしての姿をこの目でしっかりと見たからわかる。恐怖こそ感じなかったが、あれは間違いなく恐怖するべき存在だ。むしろ恐怖しなかった僕の方が異常。

 威圧が解かれ落ち着きを取り戻した罪千さんが叫ぶ。

 

「むしろお願いします! 私をもっと警戒してください! そして、もしも誇銅さんに害を与えてしまったら私を凄惨に罰してください!」

 

 そんなことを言い出した罪千さんに僕も天照様も唖然とした。

 すると一拍置いて天照様は笑いだす。

 

「クククク……ハハハハハッ! 自分から罰してほしいとはな。とんだマゾヒストなやつじゃの。望みどおりもしもの時は覚悟しておけ!」

「はいっ!」

 

 元気よく返事する罪千さん。僕は依然唖然とした表情のまま戻らない。予想の斜め上過ぎる展開でもう。

 

「誇銅、お主は本当に愛され上手じゃな」

 

 天照様にそう言われ、僕はとても照れくさくなった。

 そう言われるともう随分と多くの人に愛されて来たなと感じる。最初の頃は欲しい欲しいと心の中で駄々っ子な子供のように求めていたのに、気づけばいろんな人の愛情を感じるようになった。

 何が良かったのかは正直なところよくわからない。

 まあどの道僕がすることは変わらない。愛情には愛情で応えるだけだ。

 

「とりあえず話はわかった。こちらも遅れを取らぬように注意しておこう。全く、奴ら聖書は本当に厄介事を持ち込んでくれるな」

 

 嘆息しながら面倒くさそうに言う。

 

「それと天照様、ついでに一つお訊きしたいことが」

「ん? なんじゃ?」

 

 僕は手の平に野球ボール程の炎の球体を創り出して見せた。

 

「僕の炎の件なのですが、天照様はこの炎について何かご存知ありませんか? 何か近いものでも」

 

 天照様は立ち上がって僕の方に近づき炎の球体を手に取る。

 

「う~ん……なんか見たことがある気がするのう」

 

 期待が持てそうなつぶやきをした天照様! これはもしかして何かわかるかも……!

 しかしその後、しばらく炎の球体を触ったり見つめたりするだけで沈黙が続く。

 

「昔、どこかで似たような力を使う人を見たとかですか?」

「いや、昔にどこかでとかではなく、割りと最近……むしろよく見かけているような感じな……うーむ、モヤモヤするの~……」

 

 難しい顔をしながら僕の炎を見つめるばかり。

 

迦具土(カグツチ)……いや、あんな荒々しさはない。それにこんな特性もない」

 

 天照様は炎の球体を上へ放り投げキャッチすると、それを僕に返した。

 

「すまん、何も力になれなくて」

「いえ、それなりにわかったこともあります。天照様がよく見かけているものかもしれない。神の炎とは違う。それだけでも収穫です」

 

 今まで手に入れた他の情報も合わせると、昔の日本ではこんな炎を扱う術者はいない。おそらく冥界にもいない。リヴァイアサンにとって美味しそうに見える。

 答えは全く見えてはこないけど、明らかに普通ではないという選択肢の除外はできた。

 話がちょうど一段落ついたところで、部屋の襖が開かれる。

 入ってきたのはスサノオさんだった。

 

「よう、誇銅。元気にしてたか」

「はい! この通りです」

 

 僕は笑顔で答える。するとスサノオさんはフッと口角を上げた。

 スサノオさんは上げた口角をすぐに下げて、罪千さんの方を見た。

 

「あ、彼女がリヴァイアサンの」

「ざ、ざざざざ、罪千海菜と申します! よ、よよよ、よろしくお願いします!」

 

 カミカミで自己紹介する罪千さん。スサノオさんの巨体で迫力のある立ち振舞いに驚いてしまったんだろう。

 

「ああ、よろしくな」

 

 スサノオさんもいつもどおりの表情で返す。

 スサノオさんは見た目も中身も貫禄があるけど、そんなに気難しいって人ではないんだけどね。それを伝えても今は無駄っぽいな。

 罪千さんをじっと見続けるスサノオさん。

 

「なるほど、これは見事だ。月詠が見破れなかったのも当然」

「そうじゃろ? 儂も事前情報が無ければ、完璧な人の皮に向こう側にある些細な人ならざる魔性に絶対気づけんかっただろう」

 

 どうやら罪千さんの正体を見破ろうとしていたらしい。神様の目を持ってすれば事前情報ありでなんとか気づくことができるらしい。

 罪千さんの正体破りが終わるとスサノオさんは天照様の方を向いて言う。

 

「姉貴、来たぞ」

 

 スサノオさまが親指で襖の方を指す。

 

「おお、そうか。すまん誇銅、ゆっくり話したいところじゃが来客の予定があってな。まあ昼飯までには終わらすからゆっくりしとくれ」

 

 そう言って僕たちを残して出ていく。

 

「前の眷属を抜けたそうだな」

「はい。でも、まだ悪魔は抜けられそうにないですけど」

「それでも嫌なところは抜けられたんだろ? それならよかった」

 

 固い表情がほんの少し緩んだように見えた。

 

「今の悪魔には自分の本当の立場を話したそうだな」

「ええ。それだけ信用してもいいと僕は思えました。僕が出した厳しい条件も飲んでくれましたし」

「そこは月詠からも聞いた。俺も誇銅が信じたその悪魔を信じよう」

 

 その意は月詠様と同じくレイヴェルさんではなくあくまで僕を信じるという意味なんだろうね。悪魔が今までに日本でいろいろことをしでかし過ぎた。

 日本で育った純血悪魔の神無さん。彼女の話では自分を引き取った日本妖怪の父が周りから冷たい目で見られるようになったと聞いた。

 神無さんのお父さんは自分の看板を持つほどの強さで、当時それなりに高い地位にいたであろうその人でさえ悪魔と関わりを持って白い目で見られるようになってしまう。果てしなく長い時間で信用を得てやっとその視線がだいぶ薄まったと。

 一部の若い世代は悪魔に偏見を持っていないらしいが、よっぽどの事がない限りどこにでもそういう例外は存在しているだろう。

 日本全体と見れば悪魔に対して嫌悪の態度を見せている。

 日本勢力と全く関係のないレイヴェルさんがすぐに信用されようなんて無茶な話だ。

 

「もしもの時はいつでも逃げ込んでこい。おまえは俺たちの恩人で友人で仲間で、守るべき日本の民だ。必ず守ってみせる」

 

 スサノオさんが言う。その言葉はとても頼もしかった。だからこそ僕は頑張れる。

 それから一応スサノオさんにも僕の炎について訊いて見たが、やっぱり天照様と似たような答えが返ってきた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 次の朝、教室の日差しがいい具合に差し込む自席で平穏を想いながら軽く日向ぼっこしていると、元浜が話しかけてきた。すると続いて松田が言う。

 

「なんか嬉しそうだな誇銅」

「ん~、そう?」

「そりゃ嬉しいだろうよ。なんたって罪千さんとあんなにお近づきになれてるんだからな」

 

 まあ他人目から見れば僕と罪千さんはそんな感じに見えるよね。

 転校して間もない頃は挙動不審でいまいち馴染めるか少し心配だった罪千さんだったけど、今では控えめなドジっ子キャラでクラスに浸透している。流石はリヴァイアサンと言えるのかな?

 まあ、よくネガティブ思考になってその度に僕が出ることにはなってるけど。

 だけど僕も小学生頃にそういう経験があるからわかるよ。もじもじしてうまく輪に入っていけなかった時も仲のいい友達が引率してくれてね。そうやって馴染めないときは間に入ってくれる人がいるととても助かる。だから昔助けてもらった僕が今度は助ける側に回らないとね。

 

「しかも毎朝一緒に登校してるそうじゃないか」

「この野郎、うらやましいことしやがって」

 

 元浜と松田が軽くぐりぐりとしてくる。今はこの程度だが一誠がモテ始めた時は嫉妬全開で思いっきりプロレス技をかけてたけど、僕も罪千さんと一緒に住んでると知られたらやられるのかな? まあ、もしやってきても軽く返り討ちにするけども。

 

「ハイハイ、そこの童貞共。誇銅君に絡まないの」

 

 桐生さんが手を叩いて二人を鎮めようとする。半笑いで、どことなく二人を挑発してるようにも見えるけどもね。その表情に二人も気づいている。

 

「なんだよ桐生! 何か言いたそうな顔しやがってよ!」

「誇銅君はあんたらとは前提条件が違うのよ」

「違う! 確かに誇銅は俺たちと違って女子受けはいいけども、今も昔も俺たちと同類なんだよ!」

 

 控えめに言うけど、非常に不本意なんだけど。

 松田、元浜、一誠の変態三人組のエロに対する執着はちょっと異常だと思うけどそれ以外に特に思うことはない。だけど、変態行為に関しては昔からどうかと思っていた。今までは周りの反応も比較的穏便だったから黙認してたけども。

 

「果たしてそうかしらね」

「なに?」

「知ってるのよ? あんたらが誇銅君を出汁にナンパしてたことも、最近それを断られてることもね」

「「ぐはっ!」」

 

 その言葉で元浜と松田はダメージを受け僕から離れる。

 桐生さんからのダメージでなぜか足がふらふらになった二人は、よれよれと僕の方に戻ってきて僕の肩を掴んだ。

 

「そんなことないよな誇銅? また俺たちと一緒に来てくれるよな?」

 

 お断りします。―――と、面と向かって言う勇気はない。だからと言ってイエスと言うつもりもない。だからここは笑顔で黙っていることにした。

 

「……」

「「なんか答えろよ!」」

「イッセーに先越されて誇銅君に見放されて、惨めさにどんどん拍車がかかってるわねあんたたち」

「「うっせ!!」」

 

 言いくるめられて涙する元浜と松田、そんな二人を見て愉快そうにしている桐生さん。いつも言い負けてるけど今日は徹底的に敗れたね。

 そんな二人を気にせずに僕は日向ぼっこの続きをしようとする。けれど、今度は僕をじっと見る桐生さんの視線が気になる。

 

「なんですか?」

「いやね、なんか前と変わったなって思って。最近心なしか明るくなったって言うか、それでか可愛さ増したなって。女子の間で噂になってんのよ」

 

 可愛さ増したって、ちょっと心外なんだけども。大体この低身長と童顔はちょっとしたコンプレックスでもあるんだからね? まあ、言うほど気にしてはいないんだけども。

 明るくなったか。意識はしてなかったけどそれも当然かもね。なんたって僕が心底望んでいた家族ができたんだから。さらにグレモリー眷属も抜けられ、家に帰ると「おかえり」と言ってくれる相手罪千さんもいる。とっても幸せな気持ちだ。

 

「そうかな~?」

 

 ここは笑顔ではぐらかしておこう。すると、桐生さんはニヤニヤしながら罪千さんの方を見ている。……いやそういうのじゃないからね! 確かに罪千さんが来てから幸福度は確実に増したけども!

 

「何考えてるのか知りませんけど、僕と罪千さんはそういう関係じゃないですからね?」

「ふーん。そういう関係ってどういう関係?」

「いや、その、それは……」

「ほらほら、恥ずかしがってないでお姉ちゃんに行ってみなさい」

 

 誰が小さな子供だ! むしろ年上だよ!

 

「ぶ~~~」

 

 と、抗議できるわけもなく僕はただ不服な顔で黙って抗議するしかない。そんな僕を桐生さんはまるで可愛い子犬でも見るかのような満足した顔で見る。

 再び日向ぼっこの続きをしようとした時、なぜかふと廊下に目が行った。そこには昨日の早朝に会った不思議な女の子の姿が。

 その女の子は僕に手を振ると歩いてその場から姿を消した。

 女の子が姿を消すと、代わりに幼少の記憶にある顔と名前が頭に浮かんだ。

 

「……舞雪(まゆき)ちゃん?」

 

 そこで授業のチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間、僕はその女の子を探した。僕の記憶通りならこの学年のどこかにいると思う。だけど、全部のクラスを探してみてもその女の子は見つからなかった。

 諦めて教室に戻ろうとした時、冷たい手が僕の手を掴んだ。振り返ると、そこにはあの女の子が。

 女の子は何も言わずに僕の手を引いて人気のない場所に引っ張った。

 

「久しぶりですね」

 

 女の子は笑顔でそう言う。一度目はわからず、二度目で思い出し、三度目で確信した。その懐かしい声に。

 

「やっぱり舞雪ちゃんだよね!」

「はい! 舞雪です!」

 

 目の前の女の子の名前は伊鶴(いづる)舞雪(まゆき)。僕の幼馴染だ。

 

「本当に久しぶりだよ、舞雪ちゃん。あまりに昔過ぎてすぐにはわからなかったよ」

 

 舞雪ちゃんは僕が幼稚園に入る前くらいに近所に引っ越して来て、そのまま仲良くなってよく遊ぶように。それから幼稚園、小学校と一緒に通っていたが小学一年の途中で引っ越してしまった。

 最も一緒に遊んで最も仲のよかった幼馴染。

 よく見ると昔の面影がしっかりとあるが、何せ最後に会ったのが小学一年生だからね。

 

「いつ駒王に来たの?」

「昨日です。昨日引っ越しの挨拶で回った時は留守だったけど」

 

 昨日と言えば高天原に行っていた時だね。それにしても舞雪ちゃんとまたこうして会えるなんて嬉しいな。

 

「約束通り、舞雪は帰って来ました!」

 

 約束……? 突然の“約束”にキョトンとなってしまう。しかし記憶を探ってみると思い当たる節が。

 そう言えば引っ越しの日、絶対に帰ってくるからと指切りしたっけ。小学生低学年の頃はその約束を楽しみにしてたけど、いつの間に忘れちゃってたよ。

 

「あ、ああ、約束ね!」

「はい! 約束通り誇銅くんのお嫁さんになる為にね」

「………………んっ!?」

 

 その記憶と違う約束に思わず思考が停止した。そ、そんな約束したっけ……? 記憶を全力で思い返してもそれらしい記憶は一切ない。

 

「約束してくれましたよね? 私をお嫁さんにしてくれるって」

 

 舞雪ちゃんは笑顔で言うが、した覚えのない重い約束に汗が止まらない。だけど嘘を言ってるようには見えない。久しぶりに会った幼馴染にそんな嘘を言う理由も見つからないし。

 

「……ねえ、舞雪ちゃん」

「なんですか? ダーリン」

 

 もう既に呼び方がダーリンに変わった! もう舞雪ちゃんの中では決定事項なの?

 

「そ、それってさ……いつの約束……?」

 

 焦り気味に訊いてみると舞雪ちゃんはサラッと答える。

 

「ほら、11月の初雪が降ってた日に私と約束してくれたじゃないですか」

 

 11月の初雪………………ダメだ、全く思い出せない。

 

「将来私をお嫁さんにして欲しいって言ったらダーリンはいいよって。―――四歳の時に」

 

 いや、四歳児の約束を本気にされても! どうやらただの懐かしい幼馴染との再会とはいかなそうだ。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 お昼休み、舞雪ちゃんと一緒にお昼ごはん。ちょっと話したいことがあるので罪千さんには外してもらっている。

 

「舞雪ちゃん、僕のことを好きって思ってくれたのは正直とっても嬉しい。けれど、それだけで結婚ってのは……。そもそも四歳の時の約束だし」

 

 なんとか四歳の約束の時効を説得してみる。舞雪ちゃんのことは好きだけど、それは友達としてで。長い間会ってなかったんだからいきなりそういうのはね?

 

「それだけじゃありませんよ」

 

 それだけじゃない? 舞雪ちゃんは確認するかのように僕の顔をじっと見つめる。

 

「ダーリンが悪魔になってるってことはもうわかりますよね」

 

 僕が悪魔だってことを見抜いてる!? それともうわかる……?

 

「ふぅっ」

「ひゃ!」

 

 舞雪ちゃんが僕の耳へフッっと息を吹きかけた。まるで氷を押し付けられたかのような冷たさが僕の耳を襲う。

 その時、僕はある妖怪が頭に浮かんだ。だけどあの妖怪がわざわざ僕に会いに来る理由があるのか? こんな悪魔の巣窟にわざわざ足を踏み入れてまで。でもこの感覚はあの妖怪―――雪女以外に考えられない。

 

 雪女、僕も直接出会ったことは一度しかない。日本妖怪の中でも希少で強い妖怪だ。

 平安時代での環境修行で雪女の集落のある富士の山に行く前に、藻女さんから雪女という妖怪について説明を受けた。

 

 

 

 

 

『天照様が富士の雪に自らの血を混ぜて新しい妖怪を創り出した。もしもの時に自分の力を幾分削ぐことのできる存在、自身の太陽の力を鎮める対極の力を持つ妖怪。そんな天照様の想いから生まれた妖怪が雪女じゃ』

 

 端的に言えば天照様の想いから生まれた雪の妖怪。人間の恐怖から生まれる妖怪だが、それが神様となれば格が違う。

 さらに、その妖怪は日本神の想いだけでなく血まで使われている。つまり、ほんの少しでも神の力を持つ妖怪と言うわけだ。

 

『まあ、天照様が創ったとは言え所詮はただの大妖怪。せいぜい雪女全員一丸となって怒りで冷静さを欠いた天照様の頭を冷ますくらいじゃな。最高神が創り出しただけあって他の大妖怪に比べてだいぶ妖力は強いが、妾ら七災怪には敵わぬ!』

 

 胸を張って言う藻女さん。あの天照様の頭を冷ませるって相当な強さだと思いますけど。まあ、やっぱり日本最高神が創り出しただけあって相応の強さを持つ妖怪だと言うことは伝わりました。

 だけどちょっと安心しました、例え天照様が創り出した妖怪でも達人たちである七災怪には敵わないことが。例え天照様の強大な力の一端を受け継いでも、数千年培ってきた達人の強さを否定できないことが。

 

『雪女は文字通り女の妖怪、性別も女のみ。そのため子孫を残すために人間の男を夫に取る。その方法は気に入った男を凍らせ、強制的に集落に連れていく強引なやり方じゃ。長い時間眠らされはするが死ぬことは殆どない。が、目覚めた時には父親にされだいたい出産まで終えている。美しい姿をしている雪女の妻と我が子の姿を見て去る男はそうおらん。そのまま雪女の夫としてそこに残る』

 

 連れ去られ死んだと思ってる遺族にとっては悲惨だけど、冷凍保存され連れ去られた本人にしてみれば美人な奥さんと娘がいるという悪くない案外悪くない状況。見方を変えれば父親としてはかなり良い人生と言ってもいいかもね。

 しかしまあ、僕は遠慮したいな。浦島太郎の結末はあまり好きではない。

 

『一応雪女の女王には言っておいておるが、誇銅はとても魅力的じゃからな。くれぐれも天気と雪女には気を付けるのじゃぞ?』

 

 藻女さんは僕をぎゅっと抱きしめてくれる。まるで自分の子を心配する母親のようで、とても暖かい気持ちになってくる。

 山の天気は変わりやすいと言うからね。吹雪での遭難や雪崩には気を付けないと。そして、藻女さんはそれらと雪女を同列視している。さしずめ、雪女は雪災の化身と言うわけかな?

 こうして僕は一人での雪山環境修行へと出かけた。

 

 

 

 

 

「もしかして、雪山で会った雪ん子……」

「覚えていてくれたんですね! そう、私とダーリンが初めて会ったのは十三年前じゃなくて、数百年前の雪山!」

 

 雪ん子とは子供の雪女の名称。殆ど違いはないが、女の人で言う女性と女の子の違いくらいだ。大人と子供で若干呼び方が変わるだけ。

 その修行の際に一度だけ迷子になった雪ん子を保護したことがある。僕が直接関わったことのある雪女はその子ただ一人。それが舞雪ちゃんのようだ。

 

「あの時、ダーリンに助けてもらえなかったら私はあのまま凍え死んでしまっていたわ」

 

 雪ん子は雪女としての高い妖力を有しているが、その妖力をうまく扱えず冷気として体外に漏らしてしまう。体が出来上がっていないので耐性がなく、自分の冷気で凍え死んでしまうこともある。それを防ぐために雪ん子はあまり集落から出てこない。

 僕が白雪ちゃんを保護したのもまさにその時だった。自分の冷気と雪山の寒さで凍えていたのを僕の炎目の衣で包んで温めていた。

 あの時はまだ未熟だったから炎目を出せる量が少なくて僕が凍え死にそうになっちゃったけどね。それでせめてもと炎目で包んだ舞雪ちゃんを抱っこしていたけど、炎目で燃焼しきれなかった冷気の妖力で逆効果になってたのに気づかなかったっけ。

 

「あの日から私決めたの、ダーリンのお嫁さんになるんだって。千年過ぎようが変わりません!」

 

 僕に近づきながら熱く僕への恋心を語る白雪ちゃん。まさかここまで好きって思ってくれてたなんてね。

 

「それから何百年と経ってダーリンに会いに行きました。けど、私が会いに行った時のダーリンはまだ小さな子供で……。なので同じ歳に姿を変えてお側にいることにしたんです」

 

 これは仮説だけど、もしかしたら僕が過去の日本に干渉したことでタイムパラドックスが起こったのかも。いや、この場合明らかに過去で行ったことが原因だね。

 

「でも、悪魔が積極的に活動しだして離れざるを得なくなっちゃいまして。だから今、一人前になって戻ってきました!」

 

 それほどの好意を向けてくれるのは素直に嬉しいんだけど、だからって二つ返事で応えるわけにはいかない。

 そんなことを考えていると、舞雪ちゃんは目をつぶってゆっくりと自分の唇を僕の唇に近づけていた。だから僕は急いで自分の口を手で覆った。

 雪女が意中の男性を氷漬けにする方法が口づけなのだ。自分の妖力を口移しで相手の体内に侵入させて内側から一瞬で凍らせる。一般人ならその強大な冷気の妖力に抗うことはできない。

 今の僕なら炎目で氷漬けにされることはないだろうが、それでも危険なことには変わらない。

 

「そんな警戒しなくてもいいんですよ。あの風習はとっくの昔に日本神から禁止されたので。私はダーリンとキスがしたいだけです」

 

 いや、だからって素直にキスしないからね! いくら好きだからって女の子がそんな簡単に異性とキスするのはどうかと思う。ぼ、僕もファーストキスは大事にしたいし……。

 何度もキスしようとせがむ舞雪ちゃんだけど、僕は手で口を覆ったまま沈黙の否定を貫く。

 

「そんなに私とキスするのが嫌ですか……?」

 

 そんな悲しそうな顔で見るのは反則だよ! だけど、どんな言い方をすれば納得してくれるのか今の僕にはわからない。

 

「……お、お互い知り合って間もないんだからさ。もっとちゃんとした関係になってからキスはするものだと僕は思うよ」

 

 古臭い考えとか言われるかもしれないけど今の僕に言えるのはこの程度のことだけだ。僕の言葉を聞いても舞雪ちゃんはいまいち不満気な表情。

 

「まあいいです。今日は私の秘密を打ち明けられましたし」

 

 やっと僕を開放してくれた。

 

「これからは一緒ですからね」

 

 それだけ言って舞雪ちゃんはお弁当を片付けて立ち上がる。去り際に投げキッスを残して。まさか千年前の出来事が今こんな形で僕に影響が出るとは思ってもみなかったよ。




 原作前にいくつかやっておきたいことがある。しかし、原作11巻が始まるのは原作10巻からそう時間は経っていない。やりたいことがそう多くはないからこの期間でもできないことはない。が、私のポリシーとして一章10万文字以上(ライトノベル一冊のおおよそ最低基準)にしたいと思っています。
 原作11巻が始まるまでの僅かな間に10万文字以上の話を詰め込む。なんとも難しいと考えました。
 そこで一つのアイディアが浮かびました。これを原作11巻が始まってからの空白期間の閑話のようにするという方法。原作11巻の中に何度か数日後などの表記が多々ありました。そこの間で誇銅の周りで起こったこと、誇銅が自由にできて尚且つ誇銅が映らない物語の裏側での行動をここで書こうと。
 もしも原作11巻の話で書こうと思ったら書く必要、書きたい部分も合わせるとどうしてもクドくなるのが目に見えていました。
 閑話なら10万文字を厳守する必要がありません。ちょうど誇銅もグレモリー眷属ではなくなりましたし。

 誇銅sideが本格的に原作11巻と合流するまで書きます。原作11巻が始まった際には裏でこういうことがあってこういうことになったんだなと解釈していただきたいと思います。

 説明がくどくてすいません。


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酷暑な吹雪の冬暖

 楽しみにしてくださっていた読者をこんなに長い間待たせてしまって申し訳ありませんでした。まずそれをお詫びします。
 なぜこんなに投稿が遅れたかを申しますと、忙しかったというよりも納得のいくネタが出なかったからです。ある程度のプロットは作っていたのですが、実際に書いていくとどうもうまくいかない。これだから物語を創るのは難しいですね。
 そういうわけで原作sideを並行させて二つの矛盾と辻褄確認などをしながら、どうしても納得のいかない部分を思案していたらこんなに時間が経ってしまいました。それでいてこれかな……? って感じの出来で完成となってしまいました。本当に申し訳ないです。
 どうでもいいことを長々とすいません。それではどうぞ!


 舞雪ちゃんとの再会から数日。あれから登校時、昼休み、下校時に必ず現れるようになった。逆にそれ以外で舞雪ちゃんの姿を見ることはない。探せば向こうから出てくるけど、決して僕の方からは見つけられない。

 昼休み、授業が終わったと言うのに僕は自席でぼーっと考え事をしていた。それは舞雪ちゃんと罪千さんのこと。初日近くは僕しか目に入ってないようであまり気にしてなかったようだけど、日に日に舞雪ちゃんの罪千さんを見る目が鋭くなっていく。舞雪ちゃんの気持ちを考えれば当然のこと。まだ関係に触れられてないことが奇跡だ。

 けどもう時間の問題。なんとかいい解決策を考えなければ。それを授業中もずーっと考えていて授業が頭に入ってこない。もうすぐ中間試験だと言うのに。さらに解決策も何も考えつかないし。

 

「どうしたんですか?」

 

 そんなことを考えているとひょっこり現れた舞雪ちゃん。お弁当を手にニコニコ笑顔で僕の顔を覗き込む。-―――なぜか虫の知らせ的なものがする。

 

「何か悩み事でしたら力になります!」

 

 君のことで悩んでるんだけどね。再会の喜びも一筋縄ではいかないというか。

 

「おやおや~? 誇銅ちゃんまた新しい子に手を出したんっすか」

 

 憂世さんが僕たちを見て言う。その横で罪千さんがちょっと不安そうな顔でこちらを見る。罪千さんにも舞雪ちゃんが雪女ということは伝えてある。だからって何かしてほしいわけじゃないけど。

 

「手を出したって、人聞きの悪い」

「でも、海菜ちゃんには転校初日から手を出してたっすよね? あ、この場合手が早いっすか」

 

 同じ意味だよ! あと、そのことを言われるとちょっと痛いところはあるけど、どっちもそういう意味じゃないから!

 

「憂世純音っす!」

「伊鶴舞雪といいます」

 

 飽きたのかもう話を切り替えて舞雪ちゃんと自己紹介していた。

 今度は舞雪ちゃんの顔をじっと見て何か考え出す。そして数秒見た後に言った。

 

「思い出したっす! 最近毎日誇銅ちゃんと海菜ちゃんと一緒に登校してたっすよね。朝練の時に見たっすよ」

 

 そう言えば何度か見られてたっけ。ちなみに憂世は偶に軽音楽部の練習に混ざっているが所属はしていない。一年の終わりくらいに音楽性の違いとか言って退部したらしい。

 

「まるで彼氏と彼女みたいだったっすよ。誇銅ちゃんも可愛い顔して案外やり手っすね~」

 

 その言葉にクラスの何人かが反応する。視線は無くとも意識がこちらに向いてるのを感じる。

 

「そんな彼女だなんて」

 

 嬉しそうに照れる舞雪ちゃん。

 

「うふふ、ダーリン♪」

 

 そう言って舞雪ちゃんは僕の腕を組む。舞雪ちゃんの発言に聞き耳を立てているクラスメイトの意識が強くなっていく。

 

「あの、舞雪ちゃん。離してくれると助かるんだけど」

「まあ、ダーリンったら照れちゃって。でも大丈夫、なんたって私とダーリンの仲だもん。何も気にする必要はないわ」

 

 ダメだ、完全に自分の世界に僕を含んでいる。いったい舞雪ちゃんの中でどんな解釈をされたの!?

 離れてほしい気持ちはあるけどここまで好意的に接してくれる舞雪ちゃんを邪険(じゃけん)にできない。

 

「ま、舞雪ちゃん。人前でこういうのはちょっと。ほら、周りの目とか……ね?」

「でしたらこれが当たり前になるくらいになりましょう! そうすれば周りの人たちにとっても普通の光景になって元通りになります!」

 

 説得しようにも話が通じなかった!

 

「わーお、本当に舞雪ちゃんと誇銅ちゃんって恋人同士だったりするんっすか?」

 

 憂世さんが訊く。すると舞雪ちゃんが頬をほんのり染めながら言う。

 

「私とダーリンの関係と言われますと……うふふふ」

 

 意味ありげに笑う舞雪ちゃん。ここであらぬ誤解を生むわけにはいかない!

 

「舞雪ちゃんは数年ぶりに再開した幼馴染で」

「でも、結婚の約束はしてくれましたよね?」

『結婚!?』

 

 聞き耳を立てるだけだったクラスメイトの視線が一気にこちらに向いた。さらに強めに発せられた『結婚』というワードが他のクラスメイトの意識も惹きつけた。

 これは非常にマズイ! 炎上必死だ。まさか火種に気をつけてたら放火されるとは。

 

「いやいや、それ四歳の頃の約束なんでしょ?! 流石に確約はできないよ!」

 

 その言葉で幾分僕への視線は和らいだ。が、なくなったわけではない。関係ないけど、いつもの二人(松田と元浜)は血の涙を流す勢いで悔しがっていた。

 けど当時舞雪ちゃんは僕に合わせた姿をしていただけで妖怪としても一人前の年齢。たった数十年前の約束、それも数百年も胸の内に秘めていた恋心を忘れるはずもないか。

 どんな手を尽くしてもこの騒ぎを終結させることは不可能だろう。足掻くほどに泥沼に嵌まるばかり。ならいっそ放って置いて自然鎮火を待つのがいいかもしれない。

 早く授業が始まらないかと時計を見ても時間はまだたっぷり残っている。まあ、考えようによっては悪いものではないし、リアスさんたちといることと比べたらぜんぜんいい。ある意味幸せの苦行とも考えられるこの状況も精神修行と考えてみよう。……僕、明日からどんな噂が立つんだろうか。

 

「あ、あの、そろそろ誇銅さんから離れた方が。誇銅さんも困ってるみたいですし」

 

 いろいろ諦めかけてた時、まさかの罪千さんが手を差し伸べてくれた。

 罪千さんは僕が恥ずかしがってることを言ったのだろう。だけど舞雪ちゃんはそうは攻撃的な意味で受け取った。

 

「そう言うあなたは一体ダーリンとどういう関係なんですか? 毎朝ダーリンと一緒ですし」

 

 物腰柔らかくも理不尽な言い分で罪千さんを責めると舞雪ちゃん。それと同時に僕の立場をさらにややこしくされていく。ここは僕が仲裁しないとあまりにも理不尽な責められ方だ。ついでに僕自身の風評被害もどんどん広がってしまう。

 

「わ、私が誇銅さんと一緒に暮らしてても伊鶴さんには関係ないことです! この件に誇銅さんは関係ありません!」

 

 そして罪千さんの方も舞雪ちゃんの言葉を深読みして受け取ったようだ。いや、めちゃくちゃ関係してるよ! 当事者だよ! 関係の中心人物だよ!

 何とか事態を収拾しようとしたけど手遅れ。今の一言で僕の女性関係についての噂が確定した。

 

「……え?」

「私はただ伊鶴さんが誇銅さんに迷惑をかけるのを止めたいだけです!」

 

 違う、いまそういうことじゃないから。罪千さん気づいて、僕を助けようと振るった刀が手からすっぽ抜けて僕に刺さってることに。

 舞雪ちゃんが罪千さんの両肩を掴んで激しく問いかける。

 

「い、一緒に住んでるとはいったいどういうこと……!? ま、さか……ダーリンと既に深い関係になってるとでも言うんですか! もしかして……ダーリンともう……」

 

「へっ……? …………はわぁ! わ、私と誇銅さんはそんな関係じゃありません!」

 

 やっと僕にぶっ刺さった善意の刃に気づいてくれたんだね。だけどどうやってここから巻き返したらいいのか。正直なところもう致命傷な気がするけども、もしかしたら一命を取り留めるぐらいにはもち直せるかも。

 

「誇銅さんの家に私が居候させてもらってるだけで、そういう男女の関係は何もありません! 時々同じ布団に入れてもらったり、指を舐めさせてもらってるだけでそれ以外は本当に何もありません!」

『なんだって!!?』

 

 希望なんてどこにもなかった!! 罪千さんの衝撃カミングアウトに舞雪ちゃんはガタガタと震えだす。クラス中も今日最大に驚愕している。

 刺さった刀を抜こうとしてくれたんだろうけど逆に押し込んでるから! 刃先が刺さった状態から貫通しちゃったよ!

 

「ひぃぅ! はわわわ……」

 

 大きな声でちょっとだけ冷静になって自分の言ったことを振り返り、今どういう状況なのか気づいてくれたみたい。だけどもう遅いよ、どう考えても取り返しがつくとは思えないよ。

 

「ごごごごめんなさい誇銅さん! 私余計なことまでしゃべってしまって! なんでもしますからどうか捨てないでくださいぃぃぃ!」

 

 泣きながら必死に許しを請う罪千さん。まさかこれ以上状況が悪化するなんて思ってもみなかった。もうダメだ、今日から僕のあだ名は鬼畜ショタだ。

 

「ねえ、それっていったいどういう意味なんですか……?」

「ひぃぃぃ!!」

 

 動揺しつつも罪千さんを威嚇し続ける舞雪ちゃんと怯える罪千さん。まだ何か続けそうな予感。もうヤダ、何も考えたくない。けどそういうわけにもいかないか。

 

「……よし」

 

 この手は使いたくはなかったけどこうなっちゃもう仕方ない。男にはやらなきゃいけない時がある。僕は覚悟を決めて立ち上がる。

 

「ねえ、もう喧嘩はやめて」

 

 僕は二人に近づき―――。

 

「お願い?」

 

 上目遣いで自分の可愛さを最大限に引き出し利用しお願いした。これが僕の男の尊厳を削って発動させる必殺技、可愛いお願いだ。

 男の尊厳をかなぐり捨てるこの技。使った後は必ず自己嫌悪に陥る。ああ、これでまた男の子から子が取れる日が遠のいてしまった……

 しかしその甲斐あって二人共喧嘩をやめてくれた。と言うか二人共倒れた。その顔はとても幸せそうな表情だった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 放課後。昼の一件でもう精神的にクタクタ。こんな疲労感は仙術修行の時にだって味わったことがないよ。

 

「ダーリン、一緒に帰りましょ♪」

 

 いつもと変わらない様子で帰ろうと言ってくる舞雪ちゃん。起きた時には記憶が吹き飛んでいたらしく僕と罪千さんが一緒に住んでる事は忘れていた。近いうちに思い出すだろうけどけどこれで寿命が伸びた。

 

「ごめん、今日はちょっと学校で勉強して帰るつもりで」

 

 嘘は言っていない。もうすぐ中間試験だからテスト勉強をしなくちゃいけない。けど一番の理由はこのまま舞雪ちゃんと一緒に帰るわけにはいかないから。

 普段は舞雪ちゃんとは途中で別れるから問題ないけど、今日はあんなことがあったばかりだからね。ふと昼のことを思い出されると困る。だから今日は帰る時間をズラすことにした。

 

「そうですか、残念です。あ、そうだ! 今日は私が晩御飯を作りに行きますね!」

 

 その一言で体は凍ったように固まる。最低でも明日まで寿命が伸びたと思ったら最後の晩餐に変更されました。

 

「ッ!? そ、そんなの悪いよ!」

「楽しみにしてくださいね!」

 

 そう言って僕の返事も聞かず、笑顔で手を振って走り去ってしまった。ど、どうしよう……。

 

「あの、誇銅さん」

 

 軽く内心パニック状態になっていると罪千さんが戻ってきた。

 

「あの誇銅さん。先程連絡がありましてその……あっちの件で」

 

 あっちの件―――罪千さんと関わりがあって言葉を濁す相手と言えば一つ、アメリカ勢力しかないだろう。

 

「それで今日は少々帰りが遅くなるので晩御飯には帰れそうもないんです。今日中には帰れると思いますけど……」

 

 罪千さんが呼ばれ今日中に帰れるかも怪しい要件とは一体なんだろうか。

 

「うん、わかったよ。気をつけてね」

 

 罪千さんは一礼してから先に帰る。アメリカからの要件は気になるけど僕は一切関与することはできない。罪千さんは僕が引き取った形になってるのでそこは関与できなくもないんだけどね。それよりも最後の晩餐を回避できたことに安堵することにしよう。まあ結局延命措置ってだけで何の解決の糸口にもならないんだけどね。

 下校時間をズラす必要がなくなったけどせっかくだから少し勉強してから帰ろうかな。そう思って図書室へ行くも。

 

「ふぅ……」

 

 心配事が多すぎて全然頭に入ってこない。単純に精神的に疲れてるからかもしれないけども。そうでなくても最近は悪魔関係で慌ただしかったのに。

 夏休みの冥界合宿、体育祭にはディオドラと旧魔王派、修学旅行前には北欧騒動、そして修学旅行では京都に厄介事を持ち込んだ。学園祭では同時期にサイラオーグさんとのレーティングゲーム。

 平安時代で過ごした二年間の学業ブランクは何とか埋まって今では授業にしっかりとついて行けてる。だけど授業について行けてるだけだ。それをテストで発揮できる程にかはかなり怪しい。特に戻ってきたばかりの時は授業がさっぱりだった。

 これでも毎晩ノートで復習はしているが、正直一夜漬けくらいの成果しか感じない。タイムスリップ前も僕の成績って平均点ぐらいしかなかったし。

 けどこれも仕方ないことだし頑張るしかない! 一誠なんて昇格試験と中間テストがブッキングしても頑張ってるんだし! 僕のなんて出来ないことなんてない! そう思って気を入れ直すもやっぱり……。

 集中力が続かないことに軽くため息を吐きながら机に突っ伏すと―――図書室のドアが開けられた。

 

「あ、日向」

「お、誇銅。おまえもテスト勉強か?」

 

 日向も僕と同じく図書室で自主勉強しに来たので一緒に勉強することにした。わからないところを教えあったりして一人でやるよりもずっとはかどったよ。まあ教えてもらう方がずっと多かったんだけどね。

 一人よりは進むと言っても頭の中では舞雪ちゃんの件が片隅に常にあり集中しきれない。それを見抜いた日向が勉強の途中なのに相談にのってくれると言ってくれた。

 僕は日向に話せる部分だけで相談してみた。

 

「ラブコメ漫画みたいな話だな。細田だが聞いたら羨ましがるだろうな」

 

 日向は弱冠苦笑いしながら言った。そりゃ普通の男子高生なら羨ましい話だろうし惚気話しくらいにしか聞こえないだろう。実際僕も悪い気はしていないし。

 僕の話を真剣に聞いてくれる日向に僕の心は幾分(いくぶん)軽くなった。

 

「ごめんね、なんか自慢話みたいで」

「確かにそれっぽい話だけどさ、結局は全部誇銅の優しさの結果じゃんか。これがもし兵藤みたいに日頃の素行が悪い奴だったらちょっとムカつくけどさ」

 

 真実を言うと一誠は僕よりも凄いことになってるけどね。同居してる女の子も僕の倍以上だし。まあ一誠は初っ端からハーレム願望だけども。

 

「それよりも問題は誇銅がどうしたいかだ。そこんところはどうなんだ?」

 

 そう訊かれるも僕は悩んだまま何も答えられないでいた。一誠みたいにハーレム願望なんてないし、どちらかを選ぶなんてことも考えていない。かと言って二人と別れるのも嫌だ。だからといってこのままなんてのも不可能。

 ある程度現実的な願望のビジョンが浮かばない。

 

「いろんな問題が一度に押し寄せて混乱して先延ばしにしようとする気持ちはわかる。それを見つけ出そうと時間を稼ぐのも理解できる。だけど誇銅がどうしたいかを考えないと答えなんてでてこないぞ」

 

 日向の厳しい一言が僕の胸に突き刺さる。言うとおりこのままではその場しのぎを続けて間違った方向に行くだけ。

 

「こんなこと言ったが逆の立場だったとしたら俺も何も浮かびそうにないけどな。そりゃどっちも傷つけたくないもんな」

 

 そんな優しい言葉もかけてくれる。

 

「悪いな上から説教みたいなこと言っておいて具体的なことは何も言ってやれなくて」

「ううん、最高の相談役だったよ!」

「おいおい、それって褒め言葉かよ。なんか微妙に褒められてる気がしないぞ」

「ははは、ごめんね」

 

 確かに何一つ問題は解決しなかっが、それでも問題の解き方のヒントを貰えただけで僕の心はだいぶ軽くなった。

 それからしばらくはテスト勉強に身が入ったが、しばらくすると今度は僕がどうしたいのかが気になって集中できなくなってくる。

 結果的に心が軽くはなったがテスト勉強は大してはかどりはしなかった。まあ、仕方ないかな。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「どうでしたか?」

「とっても美味しかったよ。それになんかちょっと懐かしい気がして」

 

 言っていた通り舞雪ちゃんが晩御飯を家まで作りに来てくれた。とっても美味しかった以前になんだか懐かしい味だったよ。

 

「ダーリンのお母様の味を私なりに真似てみたんですが上手くできてたみたいですね」

 

 それで懐かしい味がしたわけか。僕のお母さんの手料理は舞雪ちゃんも小さい頃によく食べに来ていたけどそれでもこうも真似られるってのは凄い。

 

「ダーリンに褒めてもらえて頑張った甲斐がありました!」

 

 嬉しそうにしながらテキパキと洗い物をこなす舞雪ちゃん。着替えなども持ってきており完全に泊まるつもりだ。

 舞雪ちゃんが夕食を作りに来たいと言った時は正直冷や汗が絶えなかった。もしも罪千さんがタイミング良く出かける用事がなかったら終わっていた。

 日向のアドバイス後にずっといろいろ考えてみたが肝心なことは何一つ。それでももう避けられない運命。むしろこんな時間までよく持たせられたなと自分でも感心している。

 それでも抗うことをやめたらお終いだ。僕はギリギリまで答えを思考し続ける。

 

「じゃあお風呂の支度してくるね」

 

 そう言って僕は逃げるようにリビングを出ようとするが。

 

「あ、そうそうダーリン」

 

 不意に呼び止められる。舞雪ちゃんは僕の方を見ず洗い物をしながら言った。

 

「お昼のお話はまだ終わってませんからね」

 

 その一言に僕の背筋は凍りついた。

 

 

 

 

 

「―――ですからそういうわけで……」

 

 お風呂にも入って一段落した後で僕が罪千さんと一つ屋根の下で暮らしてる理由についてじっくりと問い詰められた。なのでいろいろ事実を伏せつつ、話せる範囲で説明した。

 

「そうでしたか。でもダーリン、それだけじゃないですよね?」

 

 だがそれでは舞雪ちゃんは納得してくれない。それはきっと僕が何かを隠してることに勘付いてるから。

 リヴァイアさんのことは最近まで日本の神様にすら秘密にしていたこと。例え幼馴染の舞雪ちゃんにだっておいそれとは教えられない。アメリカ勢力の関わりも例え雪女であろうと一介の妖怪でしかない舞雪ちゃんには明かせない。

 

「私に何か隠し事をしていますね。ダーリンは隠し事が下手ですからね」

 

 言うとおり僕は図星をかするだけですぐに態度を崩してしまう。特に気を許せる相手に対しては。そういう相手に対して僕は心を無防備にし過ぎてしまう癖があるらしい。昔こいしちゃんにそう指摘された。

 

「例え何であろうと怒ったりしませんから、正直に話してくださいね」

 

 ニコニコ笑顔の裏から威圧的な何かが漏れる。きっと舞雪ちゃんは僕が罪千さんともっと密接な関係なのを隠していると思っているんだろう。だけど舞雪ちゃんが想像してるだろうことは本当に何もない。関係の上限は昼に罪千さんが暴露したから。

 僕が秘密を抱える限り舞雪ちゃんはそれを疑い続けるだろう。

 

「舞雪ちゃんの言うとおり罪千さんのことで舞雪ちゃんに秘密にしてることはある」

 

 最悪その秘密を抱えたままこのまま関係を続けることは不可能ではない。一晩中続くであろう尋問を耐え抜けばとりあえず追及はやめてくれると思う。だけどそれではお互いの心の中によくないものを残す。

 

「だけどそれは言えないんだ」

 

 僕にはヨグ=ソトースさんから罪千さんを任された責任と、秘密を守る義務がある。話せば簡単に解決できるけどそれはできない。

 僕がそう言うと不安そうな顔で言う。

 

「私には話してくれないんですね」

 

 伏せ目になる舞雪ちゃんの手を握って僕は言う。

 

「だけどね、僕と罪千さんの関係はさっき言ったので全部だよ。僕に好きと伝えてくれた舞雪ちゃんに隠したりなんてしない。それが僕を好きでいてくれる大好きな舞雪ちゃんに対して僕のできるせめてものお返しなんだから」

 

 舞雪ちゃんの愛にYESと答えることはまだできない。だってそれよりも前に僕のことを愛してると伝えてくれた人がいる。僕のことを好きと思ってくれる人がいる。その人たちに僕はまだ何も答えられてないんだから。

 僕はまだ自分の答えを見つけられていない。だから僕はその人達に待っててと言う事しかできない。

 舞雪ちゃんはきっと不安なんだと思う。千年も恋い焦がれてきたのに手を伸ばすこともできないかもしれないと。だから今こうして必死に掴もうと手を伸ばそうとしている。自分にどれだけの猶予が残されているかを知りたいのだろう。

 

「僕を信じて」

 

 だから僕は真摯な気持ちでそういい続けるしかない。舞雪ちゃんは僕の目を真っ直ぐにじっと見つめる。

 

「……わかりました」

 

 やや不満そうな顔だが一応納得してくれた。

 日向には悪いけどどう頑張っても答えなんて今は出る気がしない。だから今は僕がしたいようにすることにした。思いっきり子供っぽく好きな人に好きって感情を伝えることに。

 

「本当に罪千さんとは何もしてないんですよね」

「うん、何もしてないよ」

 

 僕は舞雪ちゃんの顔をそっと僕の方へ近づけてその頬にキスをした。

 急にほっぺにキスをされた舞雪ちゃんは赤くなって僕から離れる。

 

「な、ななな……!」

「これも罪千さんにはまだしてないよ」

 

 藻女さんと玉藻ちゃんにはやったけどね。あとこいしちゃんにも大好きな妹としてしたこともある。

 再開してからずっと舞雪ちゃんには押されっぱなしだったけど、ここにきて押し返すことができた。せっかくだからもう少しね。壁際に逃げた舞雪ちゃんを軽く追い詰めてそっと手を取る。

 

「舞雪ちゃんも罪千さんと同じことしてみる?」

「同じこと……?」

「今日は一緒に寝る?」

 

 そう言うと顔を赤くしてとても緊張した様子で僕の顔をじっと見たまま固まった。

 

「あ、あわわ、わわわわわわ……」

 

 何か言おうとするがうまく喋れず、数秒頑張った後に頷いて返事する。

 僕は舞雪ちゃんをお姫様だっこで自室のベットへと連れて行った。

 布団の中で舞雪ちゃんを抱き寄せてサラサラの髪を撫でていると舞雪ちゃんの緊張がほぐれていくのを感じる。

 僕の胸の中で小さく固まっていた舞雪ちゃんが僕の体に手を回し軽くギュっと抱きつく。

 

「思い出しました。ダーリンにまた会えたらまずあの日助けてもらった時みたいに抱きしめてもらいたいと思っていたことを。ダーリンに会いたいってことばかり考えてすっかり忘れていました」

 

 小さく「ふふっ」と漏れる喜びの声と共に抱きつきが少し強くなる。

 そう言われると僕も思い出してきたよ。小さかった舞雪ちゃんを保護して抱きしめていた日のことを。僕の腕の中で寒さに震える姿。子供ながら僕が寒がってる姿に不安そうな表情。そして自分も僕も助かったことに喜ぶ明るい笑顔。それを守ろうとして僕はまた一つ強くなれた。

 

「あの日私を救い包んでくれた頼もしい腕の中。こうしてもらえるとなんだか不安が全て吸い込まれてしまうように安心できます」

 

 やっぱり命を救われたという小さい頃の経験がそう思わせるのかな。

 

「私を包んでくれる頼もしいあなたを支えられる人に私はなりたいとずっと思ってきました」

 

 舞雪ちゃんは胸の中に埋めた顔をあげる。不意の上目遣いで少しドキッとしてしまった。

 

「そして今、そのチャンスがやってきました」

 

 舞雪ちゃんの気持ちはわからないでもない。いやむしろよくわかる。僕が強くなろうとしたのだって似たような理由だ。大好きな人を守りたい、大切な人の力になりたい、愛するひとを支えられる人になりたい。大切に守られる枷でなく、会いしてくれる人を悲しませない為に強さを得る。そんな強さがないと本当に大切な時、その人が苦しんでる時に何の力にもなれないと知ったから。

 だからそう願ってきた舞雪ちゃんの気持ちはよく理解できる。

 僕の体から手を離し首元へと手を回す。

 

「私は一切手を緩めるつもりはありませんからね」

 

 そう言って顔を近づけて僕の頬にキスをした。僕がキスしたことへのお返しかな?

 これからどんな激しいアプローチになるかと少しばかり身構えていたが、とくにそういったことはせずに手を体に回して顔を僕の胸の中に埋め直した。今日はこのまま大人しく寝るつもりなのかな。

 そうして寝に入ったところで携帯が鳴る。電話の相手は罪千さんだった。

 

「あ、すいません、起こしてしまって」

 

 まず第一声に謝る罪千さん。ちょっと寝に入ってたから眠そうな声を聞かれてしまったようだ。それよりいったい何だろう? 合鍵は渡してあるのに。

 

「要件は終わったの?」

「はい。それで、私もう帰っても大丈夫ですか?」

 

 なるほど、昼のことを忘れたままの舞雪ちゃんと家で接触しないように気を使ってくれたわけか。

 

「うん、もう大丈夫だよ」

 

 電話越しに安堵のため息が聞こえてくる。大丈夫だけど僕の真横に舞雪ちゃんがいるんだけどね。それを知ったら罪千さんはどんな反応をするんだろうか。

 

「それと、帰ったら少々お話したいことがあるんですけども。けどもうお休みになるのでしたら別に明日でも」

「いや、今日で大丈夫だよ。気をつけて帰ってきてね」

「はい! それでは今から帰りますね」

 

 罪千さんの話とは一体なんだろう? そう思ってると再び電話が鳴り出す。今度はレイヴェルさんからだ。こんどは一体なんだろうか。




 年内中にもう一話くらい投稿できたらいいな。


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巨大な危険の訪問

 前話の最後に付け忘れたものがあるので本文にちょっと付け足ししました)

 遅すぎですが、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 いや、三が日内に投稿しようと考えていたんですが、なんか納得がいかなくて全部書き直しや流れの変更を何度も行った結果ものすごく遅くなりました。長らくおまたせして申し訳ありません。
 本来はガッツリと別sideの話にするつもりだったのですが、結局中途半端に原作に沿う形になってしまい、自分の腕の悪さに軽く失望しました。これでは自分の作品を書き上げるのなんてまだまだ先になりそうです(苦笑)


「う~ん、たぶん発情期じゃないかな」

 

 レイヴェルさんからの電話の内容は塔城さんの様子がおかしく、それで妖怪に詳しいだろう僕に相談したいというものだった。

 一通り事情を訊いてみて僕は発情期ではないかと診断した。

 他の何かが原因だったとしても電話だけじゃわからないし、塔城さんに直接会わないことには何もできない。

 

「発情期、ですか」

 

 レイヴェルさんがボソリと言う。

 

「獣系の妖怪は元の獣としての色を多少あれど残しています。猫魈は猫の妖怪ですか猫と酷似した本能があるはずです」

 

 どれだけ獣としての色を残してるかは妖怪としての格に依存する部分があるけどね。下位になるほど考え方も行動も元の動物に近いものになっていく傾向が強い。だから獣系妖怪は知性はあっても理性がない危険な妖怪だと言われたりしていた。

 まあその辺は良い人もいれば悪い人もいる人間と同じだ。悪魔が一般的に良いイメージを持たれないのと同じようなもの。格以上に環境が影響する。

 

「実際に何も診てないのでわかりませんが、発情期が原因というよりも何か心的ストレスが本能に悪い影響を与えて強い発情状態になってるんじゃないかと思います。その急性な発情期はなんだか違和感がありますし」

「それでしたら兵藤家に下宿させていただいてる身として何となくわかります」

 

 僕もぼんやりとだが察しはついている。塔城さんの性格や環境から考えて獣の傾向がそれほど強いとは考えにくいしね。

 レイヴェルさんは話を続ける。

 

「おそらく、小猫さんはイッセーさんとリアスさんの関係を見て」

 

 予想通りの内容に僕は「あ~」とだけ言った。

 塔城さんが一誠に特別な感情を抱いてることは知っている。そして一誠の周りの女性は悪魔の常識だからかかなり積極的。塔城さんも行動にそういう一面が見え隠れしていた。当の本人(一誠)は気づいてるかわからないけども。

 

「本能で乱れた氣を外部からの仙術で落ち着ければ収まりはすると思いますけど、本人がコントロールする術を持っていなければ一時しのぎにしかならないでしょう」

 

 おそらく仙術修行の取り込んだ邪気を体内で清めるやり方の応用で抑制可能なんだろうけど、完全に悪魔側の人にそこまでしっかりとした仙術を教えられない。僕ができるのはせいぜい外部からの仙術で氣を整えてあげることくらい。

 

「しばらくすれば発情期が過ぎて自然と落ち着くと思いますけど……。とりあえず一度そちらに伺いましょうか?」

「いえ、先程リアスさんが知り合いの魔物使いの方に連絡し診ていただくと言っていましたので」

 

 生物的な意味合いなら妖怪も魔物も似た部分が多いだろうし何かしらの処置はしてくれるだろう。

 また何か困ったことがあったら連絡して欲しいとだけ伝えてレイヴェルさんとの電話を終えた。するとちょうど罪千さんの帰ってくる音がしたので舞雪ちゃんを布団に残し玄関へと向かう。

 

「おかえり、罪千さん」

「はい、ただいま帰りました」

 

 帰ってきたばかりだがさっそく話を訊くためにリビングへ移動する。

 

「それで話って?」

「私も詳しくはわからなかったんですが、アメリカの方で何かあったらしく、それがこの町も関係することらしいんです」

 

 以前アメリカ勢力がこちらに出向いたのは、危険なウイルス兵器が盗み出されたのが理由。逆にそれ以外には一切関心がなく、他の勢力から危険視されている禍の団(カオス・ブリゲード)のことなど歯牙にもかけなかった。

 ヨグ=ソトースさんの話でも三大勢力とそれに張り合ってるような勢力はアメリカの敵ではないようなことも言っていた。

 つまり、そのアメリカが動かざる得ない何かがこの町で起こったってこと……!

 

「ねえ、それって何なの? 詳しくじゃなくてもいいから教えてほしい」

「えっと、アメリカから兵器を盗んだ犯人が禍の団(カオス・ブリゲード)を隠れ蓑にして何かを企んでいると情報が入ったとか言っていました」

 

 そう言えば旧魔王派の襲撃の時に撃退したゾンビ兵器は禍の団(カオス・ブリゲード)の手に渡ってしまったものと聞いた。その時は深くは考えなかったけど、禍の団(カオス・ブリゲード)のテロリストが全力で潰しにかかっている三大勢力を、歯牙にもかけない程の強さを持つアメリカから盗み出せるような人が禍の団(カオス・ブリゲード)なんかに力を貸すのはおかしい。まあ単純に大金が理由ってのもあるかもしれないけれど。

 

「それで罪千さんが呼ばれたってこと?」

「いいえ、そうではなくて、アメリカの人員が日本に長期滞在するってことで一応呼ばれました」

「それって大丈夫なの? その……領土的な問題が」

 

 スパイを長年潜り込ませてたんだから今更な気もするけども。

 

「日本には話は通してると言ってました」

 

 つまり悪魔側には言ってないってことですね。あっもしかして前に高天原に行った時に天照様に来客があったのって!

 罪千さんの話によると罪千さんが呼ばれた理由はアメリカ勢力の人間がこちらにしばらく居ることになるから一応同じ勢力の罪千さんには知らせておいたという。

 けどそれだけのことでこんなにも時間が掛かるのは流石におかしいと思い訊いてみる。

 

「その、さっそく何か事件が起こったらしく、犯人特定のために私の……リヴァイアサンの能力が必要だとのことで」

 

 リヴァイアサンの能力が犯人特定に必要? 一体なぜ……? 確かリヴァイアサンの能力はあらゆる生物を殺せる力、完璧に近い不死、捕食した相手に成り代わる……! そうか! 成りすます能力か!

 最初の説明でヨグ=ソトースさんが言ってたっけ、リヴァイアサンは僅かなDNAで対象に成りすますことができると。その能力で潜入や影武者、つまり姿のわからない犯人の姿を写し取ることもできる。

 

「それでその事件って?」

 

 肝心の事件の内容を訊いてみるが。

 

「私もいくつか現場らしいところを一緒に回ってただけなので何も……。結局犯人に繋がりそうな証拠もDNAも見つからなかったですし」

 

 そっか、事件解決の進展はなかったのか。一体この町で何が起こってるのか気になるけど、今は動いてくれている人たちを信用して任せるしかないか。―――だけど……。

 

「ねえ、その人達と話ってできるかな?」

 

 僕だって罪千さん(リヴァイアサン)に深く関わる人物として無関係ではない。だからと言って関係者かと問われればかなり微妙だけども。

 

「はい、たぶん大丈夫だと思います……?」

 

 僕の質問に不思議そうに応える罪千さん。僕自身何か訊きたい事が特別あるわけではない。ほぼ部外者の僕にはそう多くは話してくれないだろうし話せないだろう。けど、三大勢力が絡まない日本が関わるならぜひ力になりたい。もしかしたら悪魔側にいる僕が役に立つかもしれないし、何もしない方がいいのかも判断がつく。

 単純に情報を頭に入れておくだけでも大きな意味があるしね。

 罪千さんは折りたたまれたチラシのようなものを取り出す。

 

「それではこの場所に……ひぃ!」

「何の話をしてるんですか?」

 

 しびれをきらした舞雪ちゃんがリビングへやって来た。舞雪ちゃんの姿を見た罪千さんは怯えてか反射的に防御態勢に入る。

 

「な、なんで伊鶴さんがここに……!?」

 

 そういえば舞雪ちゃんを説得できたことに安心して罪千さんに言うの忘れてた。それでも玄関には舞雪ちゃんの靴があったんだけどね。

 

「もうちゃんと説明して納得してもらったから大丈夫だよ」

「納得はしてませんよ? ただダーリンのことを信じてるだけです」

 

 あ、そうだったんだ……。けどまあ、もうそれでいっか。

 

「誇銅さんがそう言うのでしたら」

 

 そう言いつつも防御の腕を若干下がりきらず、表情にも緊張感が残っていた。やっぱり一度ついた苦手意識はそう簡単に拭えないか。

 

「ところでこんな時間に何の話をしていたんですか?」

「えっと……」

 

 どう言ったらいいものか困り罪千さんの方を見るが罪千さんは僕以上に困り顔、というか焦り顔になっていた。

 ここで僕がどうにかしないとまた誤爆してしまうかもと思うとなぜだか冷静に考えられるようになる。

 

「え~と、舞雪ちゃんに秘密にしている罪千さんのことに関係するから話せないんだ」

「む~、ダーリンは秘密が多すぎます。もっと私を頼ってくれてもいいですのに……」

 

 話せないと言うと、舞雪ちゃんはぷくっと頬を膨らませた。そうだよね、力になりたいのに除け者にされるのは嫌だよね。

 そんな舞雪ちゃんの頬を両手の人差し指で押さえ込む。

 

「ごめんね。それでも舞雪ちゃんに力を貸してほしい時はお願いしてもいいかな?」

「もちろんです!」

 

 舞雪ちゃんは頬に触れる指に触れながら笑顔で返事をしてくれる。機嫌を直してくれたみたいでよかった。

 話が終わったところで罪千さんは寝る前にシャワーを浴びる為に一足先にリビングから出ていく。僕も部屋に戻ろうかと思ったが舞雪ちゃんがなぜか動こうとしてくれない。

 

「さっきみたいに運んでくれないんですか?」

 

 つまりお姫様抱っこのおねだりだね。さっきは動揺中の流れだったから今度は冷静な状態でゆっくりと味わいたいってことか。

 まあ今日くらいはいいかな。そう思って「いいよ」って言うと。

 

「やった!」

 

 小さく喜びを表現する舞雪ちゃん。

 僕は舞雪ちゃんの要望通りにお姫様だっこで寝室に運んであげようとするが、ドアの向こうを見て思わず足が止まる。

 

「うぅ……」

 

 ドアの影から罪千さんが羨ましそうにこちらを見てた。なのに舞雪ちゃんは抱っこされたまま甘えだす。気付いてか気づいてないんだか。たぶん気づいてやってる。いや、確実に気づいてやってるね。

 一難去ってまた一難。それでもまあ、ちょっと幸せだからいいか。

 幸せな苦労を感じつつぐっすりと眠りにつくも、次の朝、アザゼル総督に兵藤家に呼び出された事に目覚めの悪さを感じることとなる。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 次の日。急に呼び出されて何事かと思ったら、兵藤家から底の見えない大きな力の気配を感じた。兵藤家から感じると言うことはおそらく安全なんだろうけど今度は一体何が……。

 そうして兵藤家のVIPルームに集ったのは―――。

 グレモリー眷属(塔城さんは部屋で休んでるらしい)にイリナさん、レイヴェルさん、アザゼル総督、そしてヴァーリチームの面々。そしてもう一人、黒いゴスロリ衣装の細身の女の子―――オーフィス。

 

「お茶ですわ」

 

 朱乃さんが警戒しつつもヴァーリチームとオーフィスにお茶を淹れる。魔女の格好をした女の子はお茶を口にし、猫魈の黒歌はお茶請けのお菓子をもぐもぐと食べていた。こちらと違って向こうから緊張感は伝わってこない。

 木場さんは僕と同じく後方で待機して表情はいつも通りだが、感覚を研ぎ澄ませていつでも飛び出せる準備はしている様子。

 ギャスパーくんは塔城さんのもとに行った。やっぱりクラスメイトの塔城さんが心配ならしい。

 一誠は隣に座っているアザゼル総督に何やら耳打ちしている。

 それよりも目の前の少女、オーフィス。初めて見た時は気にしなかったけど、邪神のような深味はなく、機械天使のような格別な強大さもない。それらと比べると見劣りするがそれでも無限と言われるだけあって大きさに圧倒されるようなこの感じ。これが無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)か……。

 一誠が頬をポリポリと掻いて当惑している。

 試験が被ってるのにこれはご愁傷様としか言いようがないね。けどこれも赤龍帝の厄介事を呼び込む特性なのだとしたら……いや多分そうなんだろうね。

 嘆息していると、オーフィスがジッと一誠を見つめる。

 

「……」

 

 一誠は口元を引きつらせながら、笑みを無理矢理浮かべて訊いた。

 

「そ、そ、それで、俺に用って何でしょうか……?」

 

 オーフィスはお茶を口にして、ティーカップをテーブルに置くと口を開いた。

 

「ドライグ、天龍をやめる?」

 

 いきなり理解し難い質問が飛ばされる。それでも一誠は笑顔を絶やさないまま声を絞り出す。

 

「……いや、言っている意味が……」

「宿主の人間、今までと違う成長している。我、とても不思議。今までの天龍と違う。ヴァーリも同じ。不思議。とても不思議」

 

 まるで小さな子どもが大人に素朴な疑問を投げかけるように問いかける。オーフィスは続ける。

 

「曹操との戦い、バアルとの戦い。ドライグ、違う進化した。鎧、紅色になった。初めて。我の知っている限り、初めての事。だから、訊きたい。ドライグ、何になる?」

 

 可愛く首を傾げながら訊いてくる。予想はしてたけどやっぱり情報は筒抜けか。

 それにしても返答に困りそうな問いだね。本人は無我夢中で鍛えたぐらいにしか思ってないだろうし、周りから見てもどんな時でも女性のおっぱいに執着してきた(特にリアスさんの)生粋の変態ぐらいにしか。ハッキリ言ってなぜ劇的にパワーアップできたのか疑問で仕方ない。

 おそらくそんな答えは誰一人として求めてないだろう。

 すると、一誠の左手に籠手が出現し、ドライグが皆に聞こえるように声を発した。

 

『分からんよ、オーフィス。こいつが何になりたいなどと、俺には分からん。分からんが……面白い成長をしようとしているのは確かだ』

 

 オーフィスは一誠の籠手に視線を移して話を続ける。

 

「二天龍、我を無限、グレートレッドを夢幻(むげん)として、『覇』の力の呪文に混ぜた。ドライグ、なぜ、覇王になろうとした?」

『……力を求めた結果だろうな。その末に俺は滅ぼされたのだ。「覇」以外の力を高める事にあの時は気付けなんだ。俺の赤が紅になれるなぞ、予想だにしなかった』

「我、『覇』、分からない。『禍の団(カオス・ブリゲード)』の者達、『覇』を求める。分からない。グレートレッドも『覇』ではない。我も『覇』ではない」

『最初から強い存在に「覇」の(ことわり)なぞ、理解出来る筈も無い。無限とされる「無」から生じたお前と夢幻の幻想から生じたグレートレッドは別次元のものだったのだろう。オーフィスよ、次元の狭間から抜け出てこの世界に現れたお前は、この世界で何を得て、何故故郷に戻りたいと思ったのだ?』

「質問、我もしたい。ドライグ、なぜ違う存在になろうとする?『覇』、捨てる?その先に何がある?」

 

 質問を質問で返すからイタチごっこになってるね。会話の内容もよくわからないし。

 でもまあ、最上位のドラゴンと人間レベルでは住む世界が全く違うのだから当然っちゃ当然かも。神話の神々とかのように無理に人間に干渉する必要もない存在だしね。

 

「……実に興味深い。龍神と天龍の会話なんてそう見られるもんじゃない」

 

 アザゼル総督は目を爛々と輝かせて二人の会話を聞いていた。というか僕たちは一体何をさせられてるの? なんかテロ組織を止められるかもしれないとか聞かされたけれども。

 

「ドライグ、乳龍帝になる? 乳揉むと天龍、超えられる? ドライグ、乳を司つかさどるドラゴンになる?」

 

 それを聞いたドライグは過呼吸気味になる。

 

『うぅ……こいつにまでそんな事を……。うっ! はぁはぁ……! 意識が途切れてきた! カウンセラーを! カウンセラーを呼んでくれぇぇぇぇっ!』

 

 ドライグは精神的なダメージを受け過ぎてか精神が崩壊してきていた。

 一誠は懐ふところから薬を取り出して、籠手の宝玉に振りかけた。

 

「落ち着け、ドライグ!ほら、お薬だ!」

 

 薬をかけられたドライグは気持ちが和らいだからか次第に落ち着きを取り戻していく。

 

『……あ、ああ……す、すまない……。この薬、き、効くなぁ……』

 

 高位のドラゴンとして恐れ崇められていたのが、突如一誠(変態)と同格にされれば精神も崩壊して仕方ない。いくら一誠が根は良いやつだとしてもよく力を貸し続けられるなと思うよ。ドラゴンってプライドが高いと聞くのに。

 

「我、見ていたい。ドライグ、この所有者、もっと見たい」

 

 一誠をジッと見つめるオーフィス。無表情ながらも瞳だけは興味の色に染まっているのがわかる。

 

「てなわけで、数日だけそれぞれの家に置いてくれないか? この通り、オーフィスはイッセーを見ていたいんだとよ。そこに何の理由があるかまでは分からないが、見るぐらいなら良いだろう?」

 

 そう言われ一誠は助け舟を期待するようにリアスさんに視線を送るが―――。

 

「イッセーが良いなら私は構わないわ。勿論、警戒は最大でさせてもらうし、何か遭ったら全力で止めるしか無いでしょうね。それで良いなら、私は……呑むわ、アザゼル」

 

 リアスさんは了承する。オーフィスの真意に興味を持ったってところかな? 悪魔側としても話し合いでテロ組織を瓦解させられるならそれに越したことはないだろうしね。

 でもそれだけではきっと終わらない。曹操たち英雄派は現状に不満を持つ神器所有者の集まりだし。

 それでもトップのオーフィスの選択は現状を大きく左右するのは違いない。その鍵を握るのが一誠と言うのは、今までの流れからして安心できる反面、個人としてはとても不安が残る。

 

「……俺もOKですよ。ただ試験が近いんで、そちらの邪魔だけはしないでくれるなら」

 

 最低限の条件付きで一誠は折れた。どっちにしろこの状況でアザゼルの提案を呑む以外の道は残されてなかったんだけどね。

 

「毎度悪いな、イッセー。大切な試験前だってのに、おまえに負担を掛けちまって。―――だが、これはチャンスなんだ。上手くいけば各勢力を襲う脅威が緩和されるかもしれん」

 

 目に見える脅威が去ったら次は目に見えなかった脅威が晒されるだろうなと思うのは黙っておこう。日本としても僕としてもそれが望ましいから。

 

「俺が言える義理じゃないが、オーフィス、黒歌、こいつらは大事な試験前なんだ。邪魔だけはしないでやってくれ」

 

「わかった」

「適当に(くつろ)ぐだけにゃん♪」

 

 オーフィスも黒歌も了解した。が、真意は定かではない。

 話が終わったみたいなので僕はさっさとお邪魔させてもらうことにした。この後に用事があるから。

 お邪魔する前に塔城さんの様子は見てみたけど案の定だった。元凶(一誠)が近くにいる限り僕が氣を整えても焼け石に水だ。

 一応一時的な処置はしておいたから一誠との接触がなければ数時間は安定すると思う。そのことは全てギャスパーくんに伝えて後でレイヴェルさんにも伝えてほしいと頼んでおいた。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 兵藤家での用事も終わり、昨晩罪千さんから貰ったチラシの場所へやって来た。

 チラシの地図を頼りに辿り着いた場所は小さなレストラン。本当にこの場所で合ってるのか不安になった。

 チラシを見る限りこの場所で間違いない。他にそれらしい場所もないし。

 しかもチラシの開店日を見るにまだ開店前だ。

 チラシ片手に店先でまごまごしていると、店の中からウェーブのかかった茶髪の女性が出てきた。腰までかかった髪を後ろで結んだ優しそうな人。

 

「あの~どうしました?」

「えっと、あの、その……」

 

 僕が返答に困っていると、女性は僕が手に持つチラシに気づき言う。

 

「あの~日本の方ですか?」

「……?」

 

 質問の意味がよくわからなかった。外国人に見える顔はしてないと思ってたんだけども。

 

「あ、そういう意味ではなくて、日本神話の方ですか」

 

 顔を赤くして訂正する女性。そして質問の意味を理解した僕も変な勘ぐりをしてしまった事に顔が熱くなった。

 お互い照れながらもその女性が僕を店の中に招き入れてくれた。店内は想像通りそんなに広くなく席数も少ない。だが雰囲気はとても良い。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

 そう言い残して厨房の奥へ行った。

 そうして厨房の奥から出てきたのは―――。

 

「「あっ」」

 

 白いコックコート姿のヴィロットさんが現れた。突然の再会に思わず同時に声を漏らす。

 

「え、なんで誇銅がここに?」

「それはこっちのセリフでもあります。なんでヴィロットさんこそ……」

「……まあその辺も含めて話しましょうか」

 

 僕とヴィロットさんは近くの席に座った。

 

「まず私の方から順に説明するわ。その前に一つ確認。現状の事情をどこまで知ってる?」

 

 ヴィロットさんが僕に訊く。僕は罪千さんから訊いた大雑把な情報を言った。

 

「そ、じゃあ前提から話すわね。その前に改めて自己紹介するわ。私はヴィットリーオ・ヴィロット。メイデン・アイン様を主とするアメリカ勢力の者よ」

 

 アメリカ勢力! まあここにいた以上その可能性はとても大きかった。それでもヴィロットさんがアメリカ勢力の人間だった事実は驚いた。けど、悪魔を中心とした三大勢力、日本勢力と続いて僕の周りでよく聞く勢力なんだよね。でもあれ?

 

「僕が聞いた話ではアメリカの首領は確か違う名前だったような……」

「アメリカ勢力は大きく分けて二つの派閥があるの。裏アメリカの大統領、Mrドン・アトラス。そしてアメリカ教会の最高指導者、メイデン・アイン様」

 

 アメリカにもそんな派閥があったんだね。かくいう日本も天照様を最高神としてもスサノオ様の派閥もある。昔はむしろスサノオ様の派閥の方が大きかったりもした。

 同じ三貴神でも月読様は信仰はされても派閥はなぜか聞かなかったけどね。今はどうなんだろう?

 

「派閥と言ってもアメリカ人外世界の支配者はMrドン。メイデン様も私たちもそれは認めてるし、メイデン様本人がドンの傘下であることを明言しているわ。つまり結局どっちでもドン大統領の配下には違いってことね」

 

 そう言われると冥界だって魔王が統括しても魔王自体は四人いる。北欧神話だってオーディンが主神ってだけでロキ様のように他にも有力な神様はいるらしいし。やっぱり大きな勢力になればあたり前のことなのかな。

 ヴィロットさんがここにいる理由は何となく理解できたが、僕にはもう一つとても気になることがある。

 

「それじゃあ北欧でヴァルキリーのフリをしていたのも、北欧からアメリカに移ったのも」

 

 メイデンさんの志に共感してヴァルキリーとして北欧を支えるため、アメリカに移ったのはメイデンさんを追いかけて。

 以前アザゼル総督の話でメイデンさんが追放された時にも大勢の人が汚名を着せられ、苛烈な一面を見てなおついて行った言っていた。つまりヴィロットさんの行動もそれに近いんじゃないかと思ったが。

 

「違う違う、北欧神話からアメリカ勢力に移ったんじゃんじゃなくて、私は元々アメリカ側の人間だったの。端的に言えば北欧神話へ潜入調査してたってわけ」

 

 見当違いの予想でした。というかヴィロットさんはスパイだったの!?

 

「別に映画のスパイみたいな事はしてないわ。ただその勢力に潜り込んで危険な思想や行動をしてないか監視してただけ。あと国柄の観察とか。それを数年単位で替わる替わるやってきた。そして今回の北欧担当に私が選ばれたってだけよ」

 

 さらっと言ったけどそれもかなり危険な役目じゃないですか?

 

「けどまあ危険な仕事には変わりないんだけど。無事に帰ってこれなかった同胞もいたし」

 

 やっぱり危険な役目だったんだ。というかそんな大事なことを……。

 

「それって僕に喋っちゃってよかったんですか?」

 

 そんな大事な情報を僕なんかに明かしちゃってもよかったのか。普通に考えれば部外者の僕には絶対に言ったらいけない情報と思うんですけど。

 

「うん。だってそのプロジェクト自体がもう終了したから。三大勢力が改革と称して表と裏の均衡を危うくさせたからね。だから誇銅にだったら別に明かしてもいいかなって」

 

 信用してくれてるって捉えていいのかな……? それでも明かされた事実が大きくて戸惑う。国家レベルのプロジェクトを他国の小市民に明かされたんだからね。

 

「ということは、その諜報員って北欧だけじゃなくて」

「他は知らないけど北欧神話にだけじゃなくていろんな所に派遣されてたらしいわ。三大勢力や他の神話、日本神話にもいたんじゃない?」

 

 やっぱり派遣されてたんだ! とういかそれも僕に明かしちゃうの!?

 

「あ、ちなみに今のことは他言無用ね」

「無論ですよ!」

 

 あーまた墓まで持っていくであろう秘密が増えてしまった。しかもその一つ一つが重すぎて墓からはみ出すどころか地盤沈下が起きるんじゃないか。

 

「私の話はこれくらいね。それじゃ次は誇銅の方を聞かせてくれる?」

 

 ヴィロットさんの打ち明け話が終わり僕の番に。

 

「わかりました。それを説明するためには少し僕の昔の話をする必要があります。あれは数ヶ月前のこと。いや、数千年前と言うべきが」

「え、なに? 数千年前?」

 

 僕の立場を説明するために過去にタイムスリップしたところから話すことに。しかし数千年前とかから言い始めたせいでヴィロットさんによくわからない不思議な表情にさせてしまった。

 過去の日本にタイムスリップしそこで日本の神や妖怪と共に過ごした事。二年間の修業から突如元の時代に戻り悪魔に混じりながらも日本神話と繋がっていることを説明した。

 突拍子もない不思議な話しだったがヴィロットさんは特に僕の話を疑わずに聞き入れてくれた。

 

「つまり僕は日本から悪魔側に潜入してるようなものですからヴィロットさんと同じですね」

「そうかもしれないわね。それにしてもタイムスリップか」

「やっぱりにわかに信じがたいですよね」

「確かに信じられないような話だけど、信じれられないようなことも実現し得るものよ。私たちの存在だって」

 

 確かに僕たちのような悪魔や妖怪、天使や神様が実在してることも表の人から見れば眉唾ですもんね。ヴィロットさんは人間だけど一時期は北欧神話のヴァルキリーだったし。

 

「それよりも私にとってはこの再会こそが驚きよ。またどこかで会えたらと思っていたけど、まさかこんなに早くになるとはね」

 

 同感です。僕もこんな早い再会は予想外でした。

 

 ドゴン!

 

「「ッ!?」」

 

 店の奥から突然大きな物音が! 何事かとヴィロットさんが様子を見に行くと、程なくして今度は入り口側から同じような大きな音が!

 振り返るとそこには灰色の大型犬……いや、違う。この感覚は……。―――神喰狼(フェンリル)ッ! サイズこそ小さくなってるけど間違いない!

 

「グルルルルルルル! ……クゥ」

 

 敵意むき出しの威嚇状態のフェンリルだったが僕の姿を見て牙を収めてくれた。どうやら僕がヴィロットさんと一緒に行動していたことを覚えていてくれたみたいだ。

 

「ごめんなさい、どうやら悪魔の気配で興奮しちゃったみたい」

 

 奥から戻ってきたヴィロットさんがフェンリルを撫でる。北欧神話から抜けたのになんでフェンリルがこんな所に?

 

「実は北欧神話を抜ける時にフェンリルにものすごく引き止められてね。それでも出て行ったら追いかけて来ちゃって。そういうわけでウチが預かることになったの」

 

 大人しくヴィロットさんに撫でられる姿は大人しい大型犬。だがその正体は神殺しの狼。なんだか凄まじいギャップだね。

 

「こーら! お店の方に来ちゃメッって言ったでしょ!」

「クゥーン」

 

 茶髪の女性が出てきて小さな子供に注意するようにフェンリルを叱った。フェンリルの反応も含めて余計にただの犬のようだ。

 

「気晴らしに散歩にでも行く?」

「オン!」

「じゃあ私がちょっと行ってくるわ」

「ありがとう姉さん。フェリル、ちゃんと姉さんの言うことを聞いてやたら吠えちゃダメよ」

「オン」

 

 フェンリルに念押しするヴィロットさん。外でばったり悪魔と遭遇して同じことをすればえらいことになっちゃうからね。

 茶髪の女性はフェンリルを連れて店から出た。

 それでもってさっきヴィロットさんあの人を「姉さん」って。

 

「あの人、ヴィロットさんのお姉さんなんですか」

「あんまり似てないってよく言われるわ」

 

 確かにツリ目で気の強そうなヴィロットさんとは対象的にお姉さんはタレ目で大人しそうな雰囲気だ。しかしよくよく見るとどことなく似ている。

 

「先に言っとくけど姉さんはこの件に関係ないから。姉さんは私に付いてきてくれただけで組織の人間じゃない。一緒にいて嬉しい半面、危険な所に来てほしくない気持ちもあるんだけどね」

 

 そう言うもちょっと嬉しそうにお姉さんのことを話す。

 

「それじゃこのレストランはお姉さんと二人で経営を?」

「自分たちのレストランを開くことが姉さんと私の子供の頃の夢だったの。しばらく日本で過ごさなきゃいけないからせっかくだからついでにね。イタリアで姉さんを一人にするのも別の意味で危ないし」

 

 任務のついでにちゃっかり子供の頃の夢を叶えたってわけですか。そして別の意味で危ないってどういう意味なんだろう?

 

「お姉さんの事が大好きなんですね」

「そりゃたった一人の肉親だからね。私にとってメイデン様と同じくらい大切な存在よ。そんな姉さんと今でも一緒にいられるのはメイデン様のおかげ」

「何があったんですか?」

「あーん~……」

 

 僕がそのことを訊くとヴィロットさんは苦い表情で店内の時計を見た。もしかしてちょっとした好奇心でマズイこと訊いちゃったのかな? いやもしかしなくても絶対にそうだろう。

 

「変なこと訊いてしまったみたいでごめんなさい」

「別に誇銅が謝ることじゃないわ。全部過去の私の罪が原因なんだから」

 

 あの正義感の固まりのようなヴィロットさんが過去に一体どんな罪を……。

 

「ところで、何か訊きたいことがあるんじゃないの?」

「あっそうだった!」

 

 ヴィロットさんとの再会でここに来た理由をすっかり忘れていた。

 

と言っても説明できる程の情報は得られてないんだけどね。今他の方面から犯人特定に繋がるものがないか模索中よ」

 

 ぶっちゃけ些細な情報でもよかったから知りたかった。だけどヴィロットさんがそう言うからにはこれ以上の追及はできない。度々巻き込まれはするがあくまで僕の立場は一般人とそう変わらないのだから。

 

「それってやっぱり盗まれた兵器が関係あると思いますか?」

 

 それでもやっぱり知りたい。無粋を承知で訊いてみる。

 

「さぁ? 少なくても兵器自体は関わってないわ。盗まれた兵器について詳しくは言えないけど、もしそうなら今頃大惨事よ」

 

 盗まれた兵器がどんなものかはよく知ってるんですけどね。何なら直接対峙して戦闘も行いました。

 

「だけどそんな大惨事は絶対に起こさせない。その為に私たちはここに来た」

 

 ヴィロットさんはあの時と同じ強い意志の宿った目で言った。―――生きる屍となったロキ様を倒そうと(助けようと)した時と同じ。そんな目で言われたら僕は何も言えませんよ。僕はこれ以上の質問を止めた。



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禍事な町中の作戦会議

 感想欄でも宣言したことですが、本来ならこの章は中章の初めから中間辺りでしたが、中章の後半から終わりとします! つまり、次か、遅くてもその次を三大勢力崩壊の終章の幕開けとします!
 だからと言っていきなり三大勢力が崩壊とかはありません。しかし本格的な他神話の介入で見えない崩壊が見える崩壊に変わっていきます。
 例えば、この章のラストではそのきっかけを起こす予定です。
 まだ何章か続ける予定ではありますが、もうしばらく我慢して見ても良いと考えてくださるのならこれからもこの作品をお願いします。


 ヴィロットさんのお店を出た僕は思った以上に早く終わったのでそのままぶらぶら散歩をすることにした。

 それにしてもアメリカ勢力が本格的に参入してきたのか。

 今回は全くの別件での訪問だが今後そうではなくなるだろう。アメリカ勢力だって三大勢力を良くは思っていない。もはや三大勢力の膝下となりつつある駒王町に拠点を置くなら何かしらの

 もしかしたら今後も日本と協力体制を取ってくれる希望もある。そうなればかなり心強い。

 

 しかし他力本願な考え方をしていればどう転ぼうともろくな結果にならないだろう。

 まあ、天照様やスサノオ様を見ていればそのあたりは大丈夫かな。

 それよりも今一番懸念しなきゃいけないのは、この町が戦場になってしまい一般人に大きな被害が出ることだ。

 今までもこの町が三大勢力絡みの戦場となってしまったことはあった。はぐれ悪魔の時には死者すら出してしまう事態に。

 現在事件もそうだが、小規模だが禍の団との戦闘がこの町で起こっていた。

 裏世界の不文律のようなもので表に被害がバレないようにしてるのかもしれないけど、それがどこまで守られるか保証はない。そもそもバレなければいいじゃ三大勢力がやってきた悪事と同じだ。

 

 結局は天照様たち日本神話の皆さんや、ヴィロットさんたちアメリカ勢力の人たちの行動と頑張り次第。

 そのどちらとも関わりのある僕だがこれといって大きな影響力があるわけではない。

 知っていて行動できないってのは辛い。例え行動しないことが正解だとしても。

 

「ま、どうにかなるかな?」

 

 僕が変に深く考えても仕方ない。もしも僕が力になれる時は全力を尽くすまでだ。

 仮に最悪の事態には邪神としての権力を行使することも視野に入れておいた方がいいかも……?

 ……って、僕はなんでそんな黒いこと考えたの? うわっ自分で自分が怖い! 

 なにもしもの時はって。その時は代わりに世界の支配者になろうって? 勇者に退治される魔王一直線な発想じゃん。ちょうど邪悪な神と書いて邪神だし。

 このままではいけない! そう思って水に映った自分の姿を見直そうと池を覗き込むと。

 

「うわぁ―――ッ! 人が池の中に沈んでる―――!」

 

 大人の男性が沈んでるのを発見してしまった!

 子供でも溺れられないくらいの浅い池なのに!

 見た感じ完全に溺れた様子だったので、周りに人気がなかったのもあり炎の手を使って救出した。

 

「うぅ……」

 

 水から引き上げると蘇生作業を行うこともなく男性はすぐに目を覚ました。

 よかった、なんともないようだ。けどどうしてこんな浅い池で溺れてたんだろうか。

 

「大丈夫ですか」

「はぁ……はぁ……」

 

 まだ完全に意識が戻りきってはいない様子だが問題はなさそうだ。

 男性は頭を振って意識をハッキリさせると突然周りを警戒しだす。

 

「君は一人か?」

「え、はい?」

「ここに来るまでに何か怪しい人影のようなものは見なかったか?」

「え、ええ、特には」

 

 突然変な事を聞き出す男性。一体どうしたんだろうか?

 一安心した様子の男性はすぐに気を引き締めて立ち上がる。

 

「助けてくれてありがとう。でも早くここから離れたほうがいい。まだこの辺にいるかもしれないから」

 

 そう言って走り去る。まだこの辺にいるかもしれない? どういう意味かさっぱりわからない。

 曲がり角で男性の姿が見えなくなると。

 

「ヒィィッ!」

 

 悲鳴と共に尻もちをつく男性の姿が見えた。

 何事かと思い近づくと、そこには倒れる男性と鳥人のようなロボットが立っていた。

 鳥のようなマスクを付け手足の先端は動物の爪のように鋭い。骨格はかなり人間に近い姿をしている。

 倒れる人の下からはおびただしい量の血が。ピクリとも動く気配のないその人はもう完全に手遅れだろう。

 側に立つロボットのアームからは血が滴り落ちる。

 直感だが確信できた。このロボットは以前僕たちを襲った機械兵と同じものだと。

 

「う、ううっ……うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 男性は声を上げて逃げ出した。

 一般人がこんな状況に遭遇すれば無理もない。このまま逃げてもらった方が僕としてもやりやすい。

 機械兵は立ちふさがる僕よりも逃げた男性の方を見ていた。そして僕を無視して男性を追いかけようとする素振りを見せた。

 

「待てッ!」

 

 隙きだらけの機械兵の横腹に炎の打撃を与えた。

 かなり力を入れた打撃だっただけに転倒させて足を止めさせることはできたがダメージはない。

 攻撃を受けたことで機械兵は僕を敵として認識した。

 

「そうだよ、僕は敵だよ」

 

 軽く挑発するように言ってみる。もしも操縦者がいるなら反応があるかもしれない。

 だが機械兵は特に反応を示すことなく、僕の目の前で徐々に透明になっていく。

 

「透明化。なるほど、それでこんな町中で活動ができたってわけか」

 

 おそらく密偵や暗殺を得意とするタイプの機械兵なのだろう。

 敵の姿は完全に見えなくなっても近くにいることはわかる。

 潜伏を得意とするのもあってか生物としての視線や気配は全く感じない。が、機械的な殺意は何度も経験して覚えた!

 

「そこ!」

 

 背後からの見えない一撃を躱し透明な腕を取って地面に叩きつけた。

 相手の呼吸はわからないからその分は悪魔(ルーク)の力でカバーする。

 

「でも手応えはないか」

 

 痛覚のない機械相手では凌ぐ程度の効果しかないか。

 痛覚がないのはゾンビと戦った時と同じだが肉体の強度が違う。簡単に破壊とはいかない。

 手応えからして僕の力でこの機械兵を破壊することは難しい。僕の技は殆どが小技で大技も見た目ほどの威力はない。

 さっきの人が逃げるくらいの時間稼ぎは十分にできそうだけど、その代わり他の人が集まって来てしまったら元も子もない。さてどうしたものか。

 そう考えながら隠密機械兵と対峙していると。

 

 バヂン!

 

 突然コンクリートの向こうからオーラのようなものが飛び出し機械兵を吹き飛ばした。

 突然のことに驚いているとそこへボサボサ髪に無精髭を生やした男が現れる。

 

「これで壊れてくりゃ楽だったんだがな」

 

 出てきた場所と言動を見るに今の攻撃はこの人のものなのだろう。

 倒れる機械兵は僕の時と同じように傷一つ無く立ち上がる。

 立ち上がった機械兵は素早い動きで襲いかかる。

 さっきは透明化で姿自体が見えなかったが滑らかで早い。普通に騎士(ナイト)ぐらいはある。

 

「よっと」

 

 しかし男は機械兵の動きを読みきって懐に潜り込み、掌底一発で軽々と弾き飛ばした。

 気配から察するに普通の人間なのに凄い。何より驚くのは纏うオーラ。纏う質だけなら七災怪に匹敵するかもしれない。

 だけどあれではいくら打っても決定打にはならない。

 しかし予想に反して外傷ことないものの、機械兵はバランス感覚を失ったかのように立ち上がっては転んでを繰り返す。

 

「やっぱそういうタイプか」

 

 男はうまく立ち上がれず倒れる機械兵に跨りまるで打診するかのように叩く。

 

(コア)はここか」

『ギギギギギ』

 

 いくら感覚が狂っていても手が届く位置への攻撃はできる。

 だがその攻撃が届く前に男は機械兵の胸の中心に手の平を付けて。

 

「フンッ!」

 

 バジィン!

 

 機械兵の体内で何かが壊れた音が響く。

 その音を最後に機械兵の動きが完全に停止した。

 

「鎮圧完了」

 

 おそらく氣か何かを飛ばして内側のみを破壊したんだ。

 弾き飛ばした掌底でも同じことをして、バランス感覚を失ったのはそれで機械兵にとって大事な何かにズレが生じたからか。

 もしかしたら最初の不意打ちも同じ原理だったのかも。

 

「え~と……おまえさん悪魔だよな?」

 

 男は僕を見て訊く。

 敵ではないだろうけど一応距離を取ったまま小さく「はい」と答えた。

 

「悪魔にここまでオーラを使いこなさせる奴がいたとは驚きだ。それも能力にまで昇華させてるとは。……ん? もしかしておまえさんが日本が言ってた悪魔か?」

 

 今の質問の仕方でこの人が何者なのかだいたいわかってきた。

 いくつか気になる単語が出てきたけどそれは後にしておこう。

 

「はい、日鳥誇銅です。なぜ僕が日本の関係者と?」

「そういう悪魔がいると日本側から話を聞いてたからだ」

「つまり貴方はアメリカ勢力の人なんですね?」

「自己紹介がまだだったな。俺はジル。今日本に滞在しているアメリカ側のリーダーを任されている者だ」

 

 やっぱり。このタイミングでこんな強い人で尚且つ若干悪魔を下に見ると言えばアメリカ勢力の人間だと思ったよ。

 流石に隊長格だとは思ってなかったけど。

 

「助けてくださってありがとうございます。それと向こうに殺された人が!」

「うちの構成員だ。心臓を一突きにされてる。もう手遅れだ」

 

 あんなに強いアメリカ勢力の人がそんなあっさりと。

 

「そんじゃそこらの奴よりかは強ぇが全員が腕利きってわけじゃない。殺された奴も非戦闘員側だ」

 

 そうだったのか。そう言われるとあんなに強かったヴィロットさんも機械兵の視線には気づいていなかった。

 それが非戦闘員になれば透明になってる相手に遅れを取ってしまうのは仕方ない。

 

「既に遺体は回収済みだ。さっき逃げた一般人もな」

 

 え、あの人も!?

 

「こんなとこ見られて簡単に帰せっかよ」

 

 そう言われるとそうだ。だけど直接非日常な現場を見られたとなると……。

 

「記憶の操作ですか?」

 

 マズイ現場を見られたり不都合な事実を捻じ曲げる時に悪魔などが使う手段。

 

「それが一番手っ取り早いけどな。けど脳をいじるのは相手への負担が大きい。うち(アメリカ)では推奨されない方法だ」

 

 その言葉を聞いて少しホッとした。何となく想像してたけどやっぱり記憶操作って危険だったんだ。

 

「回収したのは保護するためだ。犯人が目撃者を消しに来るかもしれないからな」

 

 そう言うとジルさんは動かなくなった機械兵へと視線を落とす。

 

「ま、こいつを確保出来たのは大収穫だ。殺されたあいつと、時間を稼いでくれたおまえさんのお手柄だ」

「そんな僕は大したことはなにも」

 

 ジルさんは機械兵を担ぎ上げる。

 

「こいつを調べるのは部下に任せるとして。ちょうどいい、明日一度日本のと会談するからおまえも来い」

「えっ!?」

「場所はおまえんとこのリヴァイアサンが知ってるから聞け」

「ちょ…」

「じゃあな」

 

 一方的に言ってジルさんは行ってしまった。

 というかあんなに重い機械兵を担いでもうあんな遠くへ。オーラを使ってはいるけど凄いパワーだ。やっぱり日本が使ってるものとは根本的に質感が違うのだろうか。

 まあ急に決まりはしたが特に予定があるわけじゃないしいいか。仮にあったとしてもこっちを優先させるしね。

 疲れたのでこのまま真っ直ぐ家に帰ることにした。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 次の日。約束通りにヴィロットさんのお店へ行った。

 僕が来た時には店の隅の方にジルさんともう一人、頭にバンダナを巻いた小柄な男性の姿が。

 小柄ではあるが筋肉はガッシリとしている。それと同族でないとわからない程度に隠された妖気。おそらく悪魔には、塔城さんもギリギリ気づくことはできないだろう。

 

「おーこっちこっち」

 

 僕に気づいたジルさんが手を振って僕を呼ぶ。

 二人の方へ近づきまず挨拶と自己紹介をする。

 

「はじめまして。僕は…」

「日鳥誇銅くんだね。須佐之男様と陰影()から聞いてるよ。僕は二代目火影、多摩。よろしく」

 

 この人が二代目の火影。つまり昇降さんの後任者。

 現火影様から感じる妖気は昇降さんと比べてかなり穏やかだ。

 

「出所不明の戦闘用ロボを確保と聞いたが、今回の犯人はそのロボットだったと見ていいのかい?」

 

 出所不明の戦闘用ロボ。それは昨日僕が対峙した機械兵のことを指してるのだろう。

 そして犯人とは罪千さんも調査に協力したというこの町での事件。

 

「そうかもしれないがそうじゃないかもしれん」

「曖昧だね」

「まだ調査不足なんだ。下手な安心はさせられねぇ」

 

 確か事件が起きたというのがほんの数日前。機械兵に至ってはつい昨日のこと。結論はまだ出せないってことか。

 

「調査も進んでないわ俺達が来てから二度も殺人を許しちまうわで、表への被害を防ぐために来たのに情けねぇ」

「いや、こちらも一度目の事件後には警戒していたのに安々と許してしまった。半分悪魔に侵略されてるとは言え僕たちが守らなくてはいけないのに」

 

 え、二度も? 僕は一度しか聞いてないんですけど。それともこの短期間で二度目が起こったってこと?

 疑問に思っている間に今度は僕に火影様が訊く。

 

「それにしてもこの町はいつもこんな感じなのかい? 悪魔に侵略された土地の中でも厄介な問題を起こすと聞いてはいたが」

「まあそれなりに起こってます」

 

 確かにスケールの大きい問題を引き込んでる。聖剣事件の堕天使幹部や三大勢力会談、ロキ様の襲撃とか。

 比較的穏便な英雄派構成員の襲撃も下手をすれば無視できない被害が出ていただろうし。

 

「それと現場に居合わせた一般人がいたらしいじゃないか」

 

 火影様は今度はジルさんに話しかける。

 

「あ、そうそう。あいつ保護した時びしょ濡れだったんだけどなんでか知ってるか?」

 

 すると思い出したようにジルさんが僕に訊く。

 

「あの人が溺れてたところを助けた直後に敵と対峙したのでそれが原因でしょう」

「溺れてた? 確かあの時近くにあった水場と言えば浅っさい池くらいしかなかったように思うんだが」

「信じられないですけどそこで溺れてました」

 

 僕も目撃した時は目を疑いましたよ。そして肝心のなんで沈んでたのかは不明。

 ジルさんも想像のギャップに訝しげな表情をしている。

 

「ところで僕からも一つ訊きたいことがあるのですが。もしよければ事件について詳しく教えてもらえませんか?」

 

 今回起こった事件についての詳細を僕は何も知らない。だからせっかくリーダー格の話し合いに参加させてもらえたのだから訊いてみる。

 

「僕もまだ大まかな報告しか訊いてない」

「わかってるよ。元々本題はそれだったし」

 

 そう言うとジルさんは火影様にタブレットを差し出した。

 火影様が手にとって見てしまってるため僕は見えない。後で見せてもらうことにしよう。

 

「次僕にも見せて貰えませんか?」

「あーやめといた方がいいぞ」

 

 僕が言うとジルさんがやめたほうがいいと忠告する。

 

「そうだね。これは誇銅くんはやめたほうがいい」

 

 その意見に火影様も賛成のようだ。そのタブレットにはどれだけ凄惨な現場が映ってるんですか!?

 

「でも、僕も転生悪魔として、昔の日本でそれなりに見てきました」

 

 僕は大丈夫だと二人に伝えて見せてもらえるように交渉する。

 その時ちょうどヴィロットさんが人数分のコーヒーを持ってきてくれた。

 するとジルさんが来たばかりのヴィロットさんに言う。

 

「おまえはどう思う」

「やめときなさい」

 

 完全に子供扱いされてるよね!? まあこの人達からすれば僕なんて立場も実力も子供同然なんだろうけど。見た目も相まって。……うるさいよ!

 確かに狼を殺した時には気持ち悪くなったのは事実だし。そんな僕が殺人の現場を見るのを止められるのは当然っちゃ当然のことか。

 子供扱いされてることが少々悔しく頬を膨らませてしまう。

 

「見たところ同じ犯人だな。一般人が相手とは言えこの人数を一人も逃してない。遺体の状態から凶器はその場にあったものを巧みに利用している。実戦慣れしているな」

 

 火影様はタブレットの写真を見ながら推測を口にする。

 写真を見ただけでそれだけの情報を得られるものなのか。

 

「しかしこれだけ手慣れた感じなのに逃走は非常に素人的。二度目の現場と同じく痕跡を残している」

「血の足跡を追いかけてみたが川岸で血まみれの迷彩服と靴を発見し追跡不可となった」

「やっぱりな。最初の現場も同じだ」

 

 話から察するに二人は二度目の現場で会ったことがあるらしい。

 二人はさらに話を続ける。

 

「被害者の殺され方は凄惨かつ多様。かなりの凶暴性が見える」

「それでいて緻密な殺しぶり。ただの快楽殺人鬼じゃねぇ。もしかしたら戦場経験者かもな」

 

 火影様の言葉にジルさんが続けて言う。何も反応がないところを見るに火影様もジルさんも同意見らしい。

 二人の会話から犯人像が徐々に絞られていく。

 火影様がタブレットから目を離してジルさんを見る。

 

「こういう動きは捕獲したロボットに可能か?」

「たぶんな。俺は速攻で鎮圧したがそれぐらいのスペックはあったな」

 

 僕も戦った感じでは多数の一般人を手早く殺害するぐらいの性能はあったと思う。

 ただ被害者数も現場も時間も殺害方法も知らないから憶測もいいところだけども。

 でも僕より実戦経験豊富な二人が同じ意見を出したのならそうなのだろう。

 

「はぐれ悪魔って可能性はないんですか?」

 

 自分でも絶対に無いだろうと思う質問だ。

 だけど今言われた犯人像が一般的なはぐれ悪魔のそれに被った気がしたので訊いてみた。

 

「ねぇな。これははぐれ悪魔みたいな人外の殺し方じゃねぇ。間違いない。本職の奴らなら詳しく説明できるんだろうけどワリィな」

「いえ、大丈夫です」

 

 ジルさんの中では説得力のある確信があるのだろう。それなら僕は信じるだけ。

 それに目的はわからないけど機械兵が町に侵入してたんだしそっちを疑った方がいい。

 火影様がタブレットを返すと、ジルさんは次に地図を広げた。

 

「最初の被害現場がここ。次がここだ」

 

 ジルさんが地図上で赤く丸が付いてる場所を指さしながら説明する。

 二人は慣れたように難しい作戦会議をグイグイ進めていった。

 単独で動くことばかりだった僕にはついていけない。専門用語のようなものは少なかったので何となくはわかるが。

 

「と、まあこんな感じだ」

「厳しいね。できればそのロボットが犯人であることを祈るよ」

「全くだ。仮にアレが犯人だとしても一機だけとは限らねぇし、再投入されることだってある。警戒は解けない」

 

 以前僕たちを襲撃した機械兵は旧式だと言っていた。それでも僕たちからすればい今まで対峙して来た敵の中でも上位に食い込むほど強かった。

 今回の機械兵は隠密能力に長けてはいたが戦闘能力は低め。

 機体は全く違うがあれも量産機と見たほうが無難だろう。

 そうなれば送られて来たのが一機だけとは思わない方がいい。

 

「後はテロリスト共やはぐれ悪魔が侵入して問題を起こさないこともな。そうなった場合三大勢力の要人が広く動き出してしてこっちが動きにくくなっちまう」

「彼らも一応は表へ被害を出さないようにはしてるんだけどね。だが表沙汰にならなければって思ってフシがある」

 

 それは僕もリアスさんたちといて思ったことがある。

 古い記憶で定かではないけど、堕天使が町に侵入することを許し被害者が出ても積極的に動く姿勢はなかったと記憶している。

 堕天使幹部が町に来た時だって種族間の問題を重視するばかり。それに堕天使幹部の行為が確定した時点ですら魔王への打診を躊躇していた気が。

 修学旅行の時は少し事情が違うから省くとして、悪魔そのものがどれだけ人間側への被害防止に努めているかは知らないが、リアスさんの周りでは表沙汰さへ防げれば良いと思ってるように見える。

 

「まあその辺りはこちらがさっさと対処してやれば防げるだろうよ。散らばってる部下も非戦闘員とは言えはぐれ悪魔や下っ端テロリストぐらいは追い返せる力はある」

 

 それはもはや非戦闘員と言っていいものか?

 けど本国から離れ任務をするとなると最低限の戦闘能力は必要かも。

 単に基準が高いだけかもしれないけど。

 

「この町にいる悪魔や堕天使総督とかがよっぽど変なもん持ち込んでなきゃ大丈夫だろ」

 

 ッ!! ジルさんが何気なく言った言葉にビクッとしてしまう。

 今まさにその堕天使総督がとんでもないものを持ち込んでることを僕は知っている。

 僕の露骨な反応に既に嫌な予感を悟るお二人。

 

「……何があったんだ?」

「実は……」

 

 僕はアザゼル総督が多方面に内緒で禍の団(カオス・ブリゲード)のトップであるオーフィスを匿っていること。そのついでにヴァーリチームの面々を招いてることを明かした。

 念のためにアザゼル総督がどんな考えでオーフィスを匿うことにしたのかも説明しておいた。

 

「よりによってこのタイミングでそんなことしてやがったのかよ……」

 

 その事実にジルさんは頭を抱え、火影様も気だるそうにため息を吐く。

 

「若干関わりがあるから何となくで呼んだだけだったけど、あとから別に呼ばなくてもよかったなと思ったけど呼んでおいてよかった」

 

 そんな風に思われてたんだ僕! まあそりゃそうか。

 僕個人で持つ有益な情報と言えば悪魔側にいることからの三大勢力の情報。だけどこれも向こうからすればさほど時間をかけず入手できる。

 もしかすると場当たりでも対処できる程度のものかもしれない。

 

「けど唯でさえ警戒度が上がってんだ。これ以上の警戒事項を増やすと連れてきた人数じゃキツイ。わかった、いざとなったら俺がオーフィスを対処する」

 

 ジルさんはそう言うが、僕にはジルさんがオーフィスに勝てるビジョンが全く見えない。

 そりゃ僕もジルさんの力量を満足に知っているわけではないが、ジルさんとオーフィスから感じるものの総量が圧倒的に違う。

 その辺りは何かしら秘策があるのだろうけどいざという時に対処できると言える程のものなのだろうか疑問に思わざる得ない。

 

「その時はどうするのですか?」

 

 不安と疑問を解消するべく僕はそれを訊いて見た。

 

「俺じゃどうやっても無限は殺せねぇ。けど殺せる奴ならいる。もしもの時はそいつが来るまで俺がオーフィスを抑えつけておく」

 

 抑えつけておくか。それなら幾分可能性が見えてくるだろう。

 しかし無限の存在ともなればそう長い時間拘束してはいられない。それも個人の力となると。

 果たして殺せる人物が来るまでに足りる時間があるのか。

 

「そうだな、相手が無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)となりゃ一週間が限度ってとこだな。不眠不休を計算に入れてもそれ以上は無謀だ」

 

 間に合うかどうかのレベルじゃなかった! しかも不眠不休前提!? 大国アメリカ勢力のリーダー格半端ないね!

 

「言っとくけど能力、オーラ込みでそれだけに全能力を割いた場合だからな。素でそんなことできる程人間辞めてねぇよ」

 

 あ、やっぱり素でそういうのは無理なんですね。ちょっと安心。

 それでも半端ないのは変わりないですけどね。

 

「そうですよね。そんな無茶できるわけ」

「そうだよ。できるあいつらがおかしいんだ」

 

 できる人いるんだッ!?

 でも確かにジルさんの上、メイデンさんとかはできそう。けどジルさんはあいつらと複数形だった。

 邪神の件もあるしどちらにせよアメリカがとんでもない人材を多数確保してることは間違いない。

 けどそれが三大勢力の悪徳に気づき、日本に協力してくれるということは間違いなく頼もしいことだ。

 

「おまえさんもそれでいいか?」

「こちらの戦力では不可能なことだ。やってくれると助かる」

 

 ジルさんが火影様に確認を取ると、火影様は頼むように了承した。

 するとジルさんは地図へと視線を落とす。

 

「話を戻すがこちらが連れてきた人員でカバーできるのはこの場所を中心としたこことこの辺りが限度ってとこだ」

 

 地図に新たに書き足しながら言う。

 

「残念ながらこちらには腕の立つ人員はいない。そちらの非戦闘員にも確実に劣るだろう。それでも広範囲の索敵カバーを可能にする人数と能力はある。そちらは任せてほしい」

 

 火影様も積極的に協力する姿勢を見せる。

 それから二人はさらに細かい連携についての話を始めた。

 ちょっと驚いたこともあったけど、話し合いは順調に進んでいく。

 

「と、こんなものかな」

「だな」

 

 二人の話し合いが終わり会談は終わりな雰囲気となる。

 火影様が席を立ち一度背伸びをすると、少し早足で出口へと向かう。

 出口手前で立ち止まり一度こちらに手を振って店を出た。

 僕も帰ろうと出口へ向かおうとするとジルさんに呼び止められる。

 

「おまえさんの住んでる地域も警戒範囲に入っている。そうでなくてもあいつらに目をつけられたかもしれない。夜出かける時とかは十分に注意しろよ」

 

 地図に記された次の予測危険地帯には僕が住んでる辺りも含まれていた。

 だけど僕はあいつら(機械兵)に直接狙われたこともあるし、親玉であろう人物とも機械越しだけど会っている。

 残念ながらとっくに目は付けられてるだろうね。




 


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トラブルな誇銅のかまくら

 この投稿は嘘じゃないよ!


 ジルさんと火影様の話を聞いた次の日の夜。もはや通い妻と化した舞雪ちゃんが今日も晩御飯を作りに来てくれた。

 

「舞雪ちゃんの手料理は美味しくて嬉しいんだけど、毎日来るのって大変じゃない?」

 

 初めて晩御飯を作りに来てくれた日から舞雪ちゃんは毎晩やって来る。

 

「ダーリンに美味しく食べてもらえるのなら大変なことなんて何もありません!」

 

 割烹着姿の舞雪ちゃんが胸を張って言う。

 舞雪ちゃんがニコニコ笑顔を僕に向けている中、罪千さんは不安そうにそれを眺めている。

 

「でも夜道を女の子一人でって危険じゃないかな」

 

 舞雪ちゃんが一人暮らしをしてるところはここから一駅分ほど離れていて、僕も最寄り駅まで見送るくらいしかできていない。

 舞雪ちゃんが住んでる範囲も警戒範囲内だし、一人の時にもしものことがあったら。

 

「大丈夫です。雪女はとっても強い妖怪なんです。悪魔が襲ってきたってへっちゃらです」

 

 言う通り雪女は天照様の血を継ぐだけあって強い妖怪だ。悪魔にだって敗けないだろうし、人間相手でも妖気をうまく使って自然に撃退できるだろう。

 しかしそれは機械兵相手には通じないだろう。下手に戦えば逃走を選ぶ間もなく殺されてしまうかも。

 

「じゃあいっそ一緒に住む?」

 

 僕がそう言った瞬間、二人の動きがピタッと止まった。

 舞雪ちゃんが僕の家に通うことをやめさせるのは無理なら通う必要をなくしてしまえばいい。

 強引な作戦だけどこうすれば舞雪ちゃんが一人で夜中出歩くことも、一人で寂しい思いをすることもなくなる。

 部屋の空きもあるし、一緒に住む相手としても気心も知れてる。学校でまた噂されるかもしれないけど特大の爆弾が既に投下されてるから。

 

「そ、それってつまり……プロポーズってことですか……?」

 

 舞雪ちゃんがワナワナと身を震わせながら言う。

 

「え……?」

「もう一緒にいようってことですよね?!」

 

 驚愕から歓喜へと表情を変えていく舞雪ちゃん。

 どうやら僕の意図していたものより数段上に受け止められてしまったようだ。

 

「その、そういうことじゃなくて……!」

「舞雪は感激です! 毎朝ダーリンの為に美味しいお味噌汁を作ります!」

 

 ダメだ、僕の声が届いていない。幸せ過ぎて完全にトリップしてる。

 この誤解は早く解かないと大変なことになる。間違っても学校にまで持ち越してしまったら誤解の第二次世界大戦が始まってしまう!

 焦る僕の手を罪千さんが横から両手で握る。

 

「お願いします……私なんでもします。奴隷でもペットでも構いません。どんな仕打ちにも耐えますから……」

 

 ぶるぶる震えながらとんでもないことを口走る罪千さん。

 舞雪ちゃんとは正反対の不安が表情と震えから伝わってくる。

 そもそもなんで罪千さんはこんなことをいい出したんだ?!

 

「いったいどうしたの!?」

「お願いします! 捨てないでくださいご主人様~!」

「子供は何人欲しいですか? あっそれはまだ早いですよね。まずは結婚式とハネムーンはどこにするかですよね」

「え、えぇッ!!?」

 

 恐怖と涙を浮かべた罪千さんと、幸せな未来予想図を広げる舞雪ちゃん。

 たった一言から突然始まった大パニック。いったいどう収集をつければいいのか。

 それから時間はガッツリ掛かったが何とか二人を話ができる程度までには落ち着かせることに成功した。よかった。なんとかできて本当によかった。

 

「プロポーズ……じゃなかったんですね……」

「ご主人様……」

 

 プロポーズではないことがわかった舞雪ちゃんは反動で暗くなり、罪千さんはまだ不安なのか僕に膝枕して離れようとしない。

 それにしてもまさかこんな自体になるなんて。これって僕が悪いのかな? 勘違いさせるようなことを口にした僕が悪いのかな? 舞雪ちゃんの気持ちを知ってるのにあんな言い方したのが悪いのかな? 罪悪感で胸が苦しい! 

 もうこうなってしまった以上秘密にしておくのは逆に危険か。

 

「舞雪ちゃん、実は今日の昼にね」

 

 そう判断した僕はジルさんと火影様の会談の内容を少しだけ話すことにした。主に機械兵の部分を。

 事情を話していると舞雪ちゃんの元気が少しずつ戻りだし、最終的に僕に膝枕されながら撫でられている罪千さんを気にするぐらいまでに戻った。

 罪千さんも膝の上でずっと優しく撫でられ続けたおかげか先程の不安もだいぶ落ち着いてきたようだ。

 …………あれこれもしかして他のトラブル引き起こそうとしてる?

 

「そんなことが今この町で。だから一緒に住もうって言ってくださったのですね」

 

 幾分元気を取り戻した舞雪ちゃんだったけどガッカリした様子は否めない。

 ずっと僕を一途に想っていてくれた舞雪ちゃんには悪いけどまだその気持に返事はできない。

 

「その機械兵というのはそれほど危険なのですか」

「うん。悪魔とは比べ物にならないくらいに。それに何よりも相手が機械だから感知が難しい」

「そうなんですか?」

「陰影様のお墨付きなぐらいにね。舞雪ちゃんの感知能力は僕以上ではあるけど七災怪以上ではないでしょ」

 

 というか陰影の称号が日本妖怪一の感知能力の高さの証明とも言える。その陰影様が難しいと言えば最低でも七災怪に匹敵するのが条件だ。

 陰影様を出されては自信満々だった舞雪ちゃんも何も言えない。

 

「でもダーリンと同じ屋根の下で暮らせるきっかけになったのだから構いません!」

 

 考え方を変えてパァと明るくなる舞雪ちゃん。前向きな発想で受け止めてくれるのは精神的に助かる。

 

「そう言えば最近妖気を持った妖怪未満の猫をよく見かけるなと思っていましたが火影様が来てたんですね」

 

 舞雪ちゃんは納得したように呟く。

 

「それって何か関係が?」

 

 内容の繋がりがいまいちわからなかったので訊いてみると。

 

「そりゃ火影様は火車ですから関係大アリですよ。それも噂では二代目火影様は猫又でありながら火車へと至った方と聞いています」

 

 火車――つまり元は猫の妖怪であるということ。

 

「でも火車になれるのって猫魈じゃ」

 

 火車へと到れるのは猫妖怪の最上位の猫魈のみ。それが僕が知る妖怪の常識。

 

「だから凄いお方なんです。火車へと昇華できるのは猫魈だけという概念を壊し、猫魈の火車から火影の座を勝ち取った。猫妖怪たちにとってもはや伝説と言われてるお方なのです」

 

 猫魈ですら火車へと進化できるのは稀なのだから成れないとされていた猫又が至ればそれは凄いことだ。

 人間社会でもその時代の常識を打ち破り名を残した偉人は多い。二代目火影様も妖怪世界のそれだろう。

 先代の昇降さんは猫魈から火車に至って、火影は二代続けて火車になったのか。

 

「それよりもダーリン。明日のお弁当何かリクエストありますか? 材料が限られてるので大したものはできませんが腕によりをかけて作ります」

 

 さっそく家の台所は舞雪ちゃんに掌握されようとしている。というかもはや確定だろうね。

 

「それと……本当に罪千さんとは何も無いんですよね?」

 

 今だに僕の膝の上でリラックスする罪千さんをジト目で見る。

 あまりにもベタベタし過ぎな罪千さんを見て再び疑心が沸いてきてしまったようだ。

 

「も、もちろんだよ」

 

 問題はこれだけではない。これから舞雪ちゃんも一緒に住むとなるといつも罪千さんがするアレも隠し通すのは不可能。

 流石にアレをしてるのを見られて何もないとは言い切りにくい。だからと言って罪千さんがリヴァイアサンだと説明することもできない。というか説明したところで解決するとも思えないし。

 こうして舞雪ちゃんとも一緒に住むこととなった。

 僕のことを好きと言ってくれる罪千さんと舞雪ちゃん。このまま一誠のところみたいなことになっていくのではないかと心配になってきたよ。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 休日に一人で散歩をする僕。試験も近いし勉強しないといけないのだが、現在家の中はとても集中して勉強できる環境ではない。もちろん原因は舞雪ちゃんと罪千さんだ。

 あれから数日経過したが、相変わらず二人の間には微妙だが確実な溝がある。

 以前のようににらみ合いはないものの舞雪ちゃんはライバル意識、罪千さんは苦手意識が強めだ。

 

 二人は喧嘩することなく表面上はすっかり仲直りしたものの、その微妙に居心地の悪い空気は耐え難い。これでもだいぶマシになったのが幻想のようだ。

 というわけであの空間から逃れリフレッシュするために町中を散歩することにした。

 

 舞雪ちゃんが町中で妖気を持った猫をよく見かけるようになったと言っていたが、言われてみれば町中で野良猫を見る機会が異様に増えた気がする。

 気を凝らして感じてみると僅かながら妖気を感じる。これは生粋の日本妖怪並の感知能力がないと気づくのは無理だ。

 僕は視界に入った妖気を持った猫に近づいてみた。

 

「そ~」

 

 妖気を持ってるからか普通の猫のようにすぐに逃げ出さずそのままの体勢でこちらを見ている。

 しかしかなり近づいたところで猫が鼻をスンスンと鳴らすと逃げ出してしまった。

 

「ん~ダメか」

 

 日本妖怪の舞雪ちゃんの匂いが付いてるだろうから触らせてもらえるかと想ったがダメか。

 でも最後近づいた時にものすごい警戒心を表してたな。なんでだろう?

 

「悪魔の匂いに気づかれたね」

 

 ふと後ろから声をかけられ振り向くと、そこには火影様が立っていた。

 

「火影様」

「多摩でいいよ。僕も誇銅くんって呼ぶから」

「わかりました。それでは多摩さん」

 

 そう笑顔で言ってくれる多摩さん。まあ多摩さんとはこれから町中で話す機会とかもありそうだしその時に火影様なんて言えないからね。

 

「多摩さんはなんでこんなところに?」

「そうだね、こんな道中で立ち話もあれだし歩きながら話そう」

 

 そう言って歩きだす多摩さんを追いかけるように僕も歩く。

 この辺りは警戒範囲ではあるけど中心ではなかったはず。

 それに悪魔と、特にリアスさんたちのような三大勢力の中心に近い人物との接触は避けたいはず。

 

「ぶらぶらついでにオーフィスと噂の赤龍帝とその取り巻きを見ておこうと思ってね」

 

 と思ったらむしろ接近してた!

 それって割と危なくない?! リアスさんやヴァーリチームはともかくアザゼル総督なら気づくかもしれな……いかもね。アザゼル総督も学校で舞雪ちゃんとすれ違ったこともあったけど何か勘付いた素振りすら全くなかったし。

 それでも元日本妖怪の黒歌さんとかならその可能性が。

 

「とりあえずそいつらの家に侵入して観察してみた。広いくせに警備が甘かったし、気付きもしなかったよ。実力者と言われてるみたいだけど大したことないね」

 

 元日本妖怪の黒歌さんもダメだった様子で。これはもう悪魔が七災怪レベルの気配を探るのは不可能だね。

 でもまあそこは妖怪の強味だから僕としては安心感はある。例え基本能力が上の悪魔でも勝機が十分見込める。

 

「あの多摩さん、兵藤家には猫魈の転生悪魔がいたと思うのですが……」

 

 塔城さんとそのお姉さんの黒歌さんは悪魔側では最後の生き残りと言われている日本の妖怪、猫魈の転生悪魔だ。

 猫妖怪である多摩さんからしたら複雑な心境だろう。

 

「ん、ああいたね。それが?」

 

 と、思ったが予想外にあっさりとした返答だった。

 

「驚いたりはしなかったんですか?」

「事前情報があったから別に驚きはしないさ。ちょっぴり残念には思ったけどね」

 

 やっぱり残念には思ってるのか。しかし全体的には全く気にしてない様子。

 

「猫魈が悪魔と仲良くしてるのを見て僕が気にすると思ったのかい?」

「はい」

「そりゃ少しは気にするけども彼女たちは至って悪魔たちと仲良くやってる様子だったからね。あそこまで馴染んでいたらもはや同族とは言えない。元は猫魈と言っても完全に悪魔だ。そう定義した方がお互い余計な厄介事にならなくて幸せってもんだろ」

 

 悪魔側に馴染んだ同族は同族としてみなさないってことか。確かに塔城さんや黒歌さんが日本妖怪として日本側になれるかといったら絶対に無理だ。悪魔側と仲良くしてる妖怪もいるらしいが、そういう妖怪は日本神話や七災怪たちなどの日本の中核との関係性が希薄だ。

 

「それと猫魈はあの二人が最後の生き残りと言われてるのですが」

「悪魔側ではそうなってるのかい。それは好都合だ」

「好都合。つまり猫魈はあの二人が最後の生き残りではないんですね」

「そうだね、昔と比べてだいぶ減ってしまったのは確かだ。今では初代火影を含めて30ほどしか確認されてない」

 

 絶滅危惧種にはなってるのか。それでもそこそこの数が生き残ってるみたいでちょっと安心。

 

「それじゃ多摩さんから見てオーフィスはどうでした」

 

 悪魔は簡単でも無限の龍神ともなればそうはいかないだろう。そう思って多摩さんの評価を訊いてみる。

 

「まあ噂に違わぬってところかな。無限の存在と言われるだけのものは確かに感じた。暴れられたら僕では到底抑え込めそうもない」

 

 オーフィスには勝てないと自ら宣言する多摩さん。その判断はおおいに正しいと僕も思う。

 

「圧倒的な強者特有の落ち着きもあってか彼ら(悪魔)ともうまくやってるようだった。しかし直ちに危険があるわけではなかったが危ない存在には変わりない。彼女はテロリストの頭だそうじゃないか。彼女自身が暴れなくとも彼女を取り返そうとするならこの町は戦場になってしまう。どっちにしろとんでもないものを持ち込んでくれたよ彼らは」

 

 ため息を吐きながらやれやれと頭を振る多摩さん。こんな大変なタイミングで特大の問題を引き込んだアザゼル総督に文句の一つも言いたい気分なんでしょう。

 現状を憂い改善しようと賭けに出たアザゼル総督の行動を僕は悪いとは思わない。オーフィスを見る限り分の悪い賭けでもなさそうだったし。

 でも一つ気になることがある。その勘定には果たして無関係な人への被害が含まれるのか。

 三大勢力への疑心からそんなことを考えてしまう。アザゼル総督は本当に正しい決断をしたのか。

 そして僕がこんな考えを持つのが悪魔に見捨てられた恨みからくる極度の否定的な考えなのではないかと。疑い出すとキリがない。

 暗い気持ちで視線を落とすと僕はあることに気づいた。

 

「あの多摩さん、今って变化してますよね」

 

 気づいたこと、それは多摩さんが变化の術で姿を変えていたこと。

 疑問に思って訊いてみると。

 

「そうだよ」

 

 多摩さんは隠すつもりがないのかあっさりと白状した。

 それから多摩さんは僕の顔をジロジロと見て言う。

 

「影だね」

「え、あ、はい。そうです」

 

 多摩さんが言った『影』とは、僕が多摩さんの影を見て变化を見破ったということ。

 でもなぜ気づかれたのか。

 

「なんで僕が影で判断したと」

「僕の影を見た時に変な反応をしてたからね。その直後に姿を変えているかなんて聞いたからだよ」

 

 僕の視線から判断したのか。僕が露骨だったとはいえ鋭い。

 变化の術で化けた相手を直接見破ることはできないが、僕の目には化けた本人の本当の影が見える。

 多摩さんの影を見た時に多摩さんの影のシルエットが微妙だがハッキリと違っていた。

 

「その、なんで变化を? やっぱり正体を隠すためですか?」

 

 まあ变化で正体を隠す意味としてはその辺が妥当だろう。鵺さんのような極度の恥ずかしがり屋な方が稀だろう

 僕が訊くと多摩さんは答えてくれた。

 

「新参者の私ではどうしても威厳が足りなくて。特に元の姿では舐める奴も多い。そんな輩を一々シメるのは意外に面倒でね。最近の妖怪はちょっと威嚇した程度じゃ実力の差を察知できないのも多いし」

「それでその姿なんですか?」

 

 でも、お世辞にも今の姿が威厳たっぷりかと訊かれればそうとはいい難い。

 筋肉はしっかりしててもどちらかと言えば童顔寄りで身長も高くない。

 

「この姿でも舐める奴は舐めるけどね。けど長年使ってきた姿だし、この姿が何かとちょうどいい」

 

 そう言うと多摩さんは一瞬だが狩る者の目をした。

 その“ちょうどいい”とはおそらくそこが多摩さんにとってのある種の相手を図る物差しのようなものなのだろう。

 そしてあの目からして、その姿でも舐めるような徹底的に舐めた相手には……。

 でもよくよく思い出してみると昇降さんの時代からそんな感じだったような。

 あの人も七災怪最弱と言われ知能の低い妖怪によく襲われたりしてたって言ってたっけ。全員昇降さんの足元にも及んでなかったけど。

 

「あれから捜査の方はどうなってますか?」

「目ぼしい進展はなかったが、やっぱりロボットは一機だけじゃなかった。現在こちらと向こうで計2機の存在を発見した」

「やっぱりいましたか」

 

 多少驚きはしたけど意外ではない。むしろまだいると思ってる。

 

「そのロボットはどうなったんですか」

「あのロボットには自爆機能があったようで、どうやら作戦続行不可能な状態に陥ると自爆して証拠を抹消するようプログラムされていてね。残念ながらコアを的確に破壊できず自爆を許してしまった」

 

 そんなプログラムが組み込まれてたんだあの機械兵。それじゃあの時もジルさんがコアを的確に破壊できなかったら僕たち結構危なかったんだ。

 

「でも多摩さんが無事でよかったです」

「問題は向こうの方でね。部下の一人が取り押さえたのはいいもののロボットが自爆してしまって大変なことになったらしい」

 

 取り押さえた状態で……自爆。つまりその人は至近距離で爆発を受けて……。

 多摩さんは話を続ける。

 

「なんでも上半身は残ったのだけど……」

「つまり下半身は……」

「ああ。下半身は完全に吹き飛んで恥部がまる出しになってしまったらしいんだ」

 

 ………ん? どゆこと?

 

「え、無事……なんですか……?」

「吹き飛んだのは衣服だけで本人は無傷だ。でも運悪く警察に見つかって公然わいせつ罪で逮捕されてしまった」

 

 え~~~~~! このタイミングで公然わいせつ罪で逮捕?! 至近距離の自爆で無傷だったのに?!

 よくよく考えてみれば機械兵を取り押さえられる人物となれば武闘派な戦闘員。非戦闘員のように安々とは殺されないだろう。

 それでも至近距離からの自爆で無傷ってめちゃくちゃ頑丈だね。さすがアメリカ勢力の戦闘員。

 

「でもまあ無事でよかった」

「あっちも安否に関しては全く心配してなかったけど、逮捕されたことには半ば呆れてたたよ」

 

 まさか捜査中に部下が公然わいせつ罪で逮捕されるなんて思いませんもんね。呆れてしまうのも無理ない。

 なんか思ってたより平和でなんか安心したよ。実際は既に機械兵が二機も出没して危険なんだけども。

 まさか人外世界に足を踏み入れて普通に逮捕される関係者を見ることになるなんてね。それも第一号がまさかのアメリカ勢力の人。その類いの第一号は絶対一誠あたりだと思ってた。

 まあ悪魔の場合は完全に隠蔽して表の警察に介入なんてさせないけれど。

 それでも被害者も混乱も起こってない現状に僕はとても安心した。このまま何も大事が起これなければいいけど。

 そう思いながら事件は起こらず、中級試験にオーフィスの来訪もあって悪魔側からの接触もなく平和な日々が続いていった。

 

 

 

 

 

 

 舞雪ちゃんが家に住むことになってしばらくしての夜のこと。

 その日は舞雪ちゃんが作ってくれた夜食を口にしながらリビングで試験勉強していたのだが、切りもいいことだし今日はそろそろ寝ようと思い自分の部屋に移動する。

 

「お待ちしてました」

 

 僕のベットの上で舞雪ちゃんが寝る準備バッチリで待っていた。

 舞雪ちゃんが一緒に住むことになり今まで罪千さんとしていた添い寝を舞雪ちゃんもしたいとのことで、舞雪ちゃんと罪千さんで代わりばんこにすると三人で話し合いをして決めたのだ。

 そして今日は舞雪ちゃんの番というわけ。罪千さんはギリギリまで僕の側にいて、僕の今日着ていたシャツを持って一足先に部屋に戻った。

 わくわくしている舞雪ちゃんの隣に入り布団の中へ入ると。

 

「ダーリン」

「おやすみ舞雪ちゃ……ん?」

 

 いつもは真横で少し興奮しながらピタッとくっつく舞雪ちゃんなのだが、今日はこころなしかいつもより顔を赤くしながら僕の上に乗った。

 僕の上に乗って寝るのはこいしちゃんが一緒に寝る時の寝方なのだが、舞雪ちゃんがそんな寝方をしようとするのは始めて。というかいつも寝る前の様子と根本的に違う気が。

 

「ど、どうしたの……?」

「うふふ」

 

 含みの笑みを浮かべて顔を近づける。

 嫌な予感がするが腕を動かそうにも舞雪ちゃんが両手を握ってるので動かせないので、せめてもの抵抗に顔をそむけた。

 そうする僕の頬に舞雪ちゃんの唇が触れる。雪女だけに少しひやっとした感触がした。

 

「ハァ……ダーリン」

 

 舞雪ちゃんの顔を見ると、うっとりとした表情で僕の顔を眺めていた。

 というかもうこの状況ってアレだよね? 舞雪ちゃんの僕への気持ちから考えてこれはもう勘違いとか自意識過剰とかじゃないよね?!

 それでも何かそうではないかもという希薄な希望を思案していると、舞雪ちゃんは抱きつきながらもぞもぞと動きながら僕に体を擦り付ける。舞雪ちゃんのスレンダーなボディを体で感じられる。

 可愛い幼馴染に告白され同じ布団で抱きつかれる。男子学生にとってまさに夢のシチュエーション! 僕だって一端の男子だからこの状況を嬉しいとも感じている!

 平安時代でわりとこういったことはあったりしたけどそれとはまた別のものがあるよね!

 すると今度は騎乗の体勢から体を少し浮かせて言った。

 

「ダーリン……しよ?」

 

 ―――っ!! え、え……ええッッ!!

 舞雪ちゃんは具体的な単語は言わなかったけどこの状況でそれが何を指すかわからないほど鈍感ではない!

 

「ちょっと! そういうことはちゃんとそういう関係になってからに……!」

「はい、ですので唇へのキスは我慢します」

「いやそれもそうなんだけど、それだけじゃなくて!」

 

 僕の言葉になぜか一度キョトンとする舞雪ちゃん。なんで一瞬とはいえ疑問に思ったの!?

 

「もちろん子作りは正式に結婚してからにします。昔の雪女とは時代が違うのですから」

 

 え、そうなの……? じゃあこれって……。なんだ違うのか、あーびっくりした。そしてそういうことだと勘違いしてしまったことに羞恥心が湧き上がって

 

「これは初夜ではなく姫始めです」

 

 勘違いじゃなかった!!? というか何が違うの! まあ厳密には違うんだろうけど。この場合はもう同じだよ!

 騎乗したまま舞雪ちゃんは寝巻きの浴衣の腰紐を外す。

 

「もちろん私の初めてはダーリンです」

「僕だって未経験だよ!」

「でしたら初めては私なんですね。やった!」

 

 そういうことじゃないよ!

 舞雪ちゃんの白い綺麗な肌が緩んだ浴衣の間から見えてくる。それはエロいというよりただただ綺麗だった。しかし性的なものを感じてしまう。これが雪女というものなのだろうか……。

 

「私のこといっぱい教えます。だからダーリンのこといっぱい教えて?」

 

 その意味深な言葉に脳が沸騰してしまいそうになり、顔から火が出そうになるほど熱くなる。

 熱々になった僕の顔に冷たい舞雪ちゃんの手が触れた。その手が僕の熱さを冷ましてくれた代わりに僕の心臓の鼓動が激しくなってるのがハッキリとわかるようになる。

 

「こんなにもドキドキしてくれてるんですね。すごく嬉しい」

 

 そう言うと舞雪ちゃんは僕の右手をとって自分の胸に当てた。すると触れた手から舞雪ちゃんの鼓動も激しくドキドキと鳴っているのを感じた。

 平安時代に何度も味わった藻女さんの官能的で濃密なものとは違う。もっと初々しく甘酸っぱい誘い。

 

「ダーリン…………」

「舞雪ちゃん……」

 

 お互い見つめ合ったままゆったりとした時間が流れる。このまま流れに乗って舞雪ちゃんと――――。

 

「ダメだよぅ」

 

 (すん)でのところで僕の理性が正常に働き出した。危なッッ! もう少しで流されて一夜の過ちを冒してしまうところだった!

 真っ白な高校生時代に藻女さんの誘惑にも二年間耐えたんだ。このくらいで僕の理性という名の牙城は崩れない! 崩れかけたけどね!

 

「私ではダメなんですか?」

 

 瞳を潤ませながら言う舞雪ちゃん。

 

「舞雪ちゃんはとっても魅力的だよ。ダメなのは僕の方だよ。まだ舞雪ちゃんの気持ちに答える準備ができてないんだ」

 

 それにこれで流されては今まで散々拒んできた藻女さんに義理が立たない。

 情けない話だけど僕にはまだ童貞を捨てる覚悟ができてないようだ。据え膳食わぬは男の恥とはよく言ったものだよ。

 

「例え遊びだとしてもね」

 

 僕がそう言うと舞雪ちゃんはうつむいた。でも舞雪ちゃんがどんな考えでいいと言っても僕は僕を曲げる気はないよ。

 うつむいていた舞雪ちゃんは顔を上げて言った。

 

「それではこれは犬に噛まれたと思ってください」

「へ……?」

 

 先程の空気が収まったかと思いきや、舞雪ちゃんの乙女の瞳が飢えた野獣の目へと変わった。

 僕の両手首を掴んで抵抗できないようにされる。さっきまで愛し合う流れだったのになんで捕食されそうになってるの!?

 このままじゃ舞雪ちゃんに食べられる……! そう思って僕も防衛手段に出た!

 

「お願い舞雪ちゃん。やめて……?」

 

 自分の身を守るべく全力の可愛さで必殺のお願いを繰り出す! 

 

「キュン! ハァハァ、ダーリン可愛い……!」

 

 が、舞雪ちゃんを別ベクトルへ興奮させただけで効果はなかったようだ。むしろ逆効果になってしまった。

 

「誰かに取られる前にダーリンの初めてだけは……!」

「ちょ、ちょっと!!」

 

 ―――カチャ……。 

 

「キャッ!」

 

 ―――バダン!

 

 今まさに舞雪ちゃんが暴走した時、突然自室のドアが開かれて罪千さんが倒れてきた。倒れた体勢からしてどうやらのぞき見をしようとして失敗したみたいだ。おそらくドア越しに聞き耳も立てていたと思う。舞雪ちゃんにドキドキし過ぎて気配に気づかなかった。

 

「す、すすすす、すいませぇーん!」

 

 倒れた体勢からすぐさま土下座へと移行する罪千さん。その流れるような動作には慣れを感じる。

 

「なんでもしますので、許してくださぁーい!」

 

 なんだかわからないけどこれはチャンスだ! 罪千さんの乱入で空気が完全に壊れた!

 僕は布団を上げて空いた隣をポンポンと叩く。

 

「そんなとこにいないでおいで」

「許してくれるんですか?」

「怒ってないよ。おいで」

 

 顔を上げてパァと明るい表情になる罪千さん。

 しかし対象的に舞雪ちゃんは不満そうな表情に。

 

「ダーリン!」

「ダメって言ったのにやろうとしたから今日の二人きりはなし」

 

 自分を襲おうとした人と二人っきりでなんて眠れないよ! それに前半はお互いいい雰囲気だっただけに今でもドキドキして眠れそうにないし。

 間に罪千さんが入ってくれれば襲われる心配もなくなるしドキドキもマシになるだろう。

 嬉しそうに僕の隣に入る罪千さんと不服そうに大人しく降りる舞雪ちゃん。

 僕はベットの中で二人の間に挟まれた。……まあ当然っちゃ当然か。でもこれで少しは治まるかな。

 

「舞雪ちゃんもう変なことしちゃダメだからね。罪千さんもしもの時は守ってください。それじゃ二人共おやすみ」

「おやすみなさい」

「はぃ、おやすみダーリン」

 

 これでやっと落ち着いて眠れ……いやこの作戦は失敗だ! 二倍ドキドキしてしまって余計に眠れないッ!! 隣に舞雪ちゃんがいるのもそうだが、さっきまでのことで罪千さんにまでドキドキしてしまう!

 罪千さんが僕に抱きつきながら眠るのはいつものことなのだが、今日は罪千さんの大きな胸と健康的で肉付きのいい体が気になってしかたない。普段から何気なくボディタッチが多いけど罪千さんの体つきはエロい。

 しかも僕が守ってといったせいでか抱き込むかたちになってるから目の前に罪千さんの大きな胸が!

 そうして心配とは全く関係のないことで眠れぬよるを過ごすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――一時間後―――

 

 

「Zzz……」



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機兵な騒動の男達

 今回は少し短めです。キリのいいところで終わらせたら思った以上に話が進みませんでした。ごめんなさい。


 今日は一誠たちの昇格試験当日ということで、オカルト研究部の皆も応援に付いて行くらしく、それに僕も誘われたが断った。

 リアス眷属を抜けた僕には応援に行く義務も義理もないからね。レイヴェルさんの付き添いならまた話が変わるが、今回レイヴェルさんは一誠のマネージャーとしてなので僕には関係ない。

 まあどちらにせよ今日は行けなかったんだけどね。

 

「お待たせしました」

 

 なぜなら多摩さんから突然の呼び出しがあったからだ。何やら急ぎらしく詳しい話もお店で説明すると言われた。

 

「おっ、来たな」

 

 既に来ていたジルさんが言う。

 店の中にはジルさん、多摩さん、私服のヴィロットさん、それと迷彩服の人物が二人多摩さんの後ろに控えていた。気が妖怪なとこから見ても部下で間違いないだろう。

 

「本当に火影様が。そしてあちらが大国の人外勢力」

 

 とても緊張した様子で僕の後ろに隠れながらつぶやく舞雪ちゃん。

 多摩さんから連絡がきた際にできれば舞雪ちゃんも連れてきてほしいと言われた。理由を訊いてみると有能な人手が一人でも多く欲しいとのこと。

 そのために家を出る前に一通りの事情を舞雪ちゃんに説明したのだが、その時はワナワナと震えていた。

 

『向こうの人達がかなり頼りになると言ってもそれ相応に危ないことであることには違いないんだ。舞雪ちゃんが無理だと思うなら無理はしないで。大丈夫、僕がしっかりと断っておくから』

『いえ、行きます! ダーリンと一緒なら、ダーリンの為ならどこへでも行きます!」

 

 と、家を出た時は意気込んでたけど、いざ目の前にして尻すぼみしてしまったようだ。

 

「よっしゃ全員集まったな」

 

 一度全体を見回してジルさんが言い始める。

 

「突然集まってもらったのはこいつを探してほしいからだ」

 

 ヴィロットさんから資料が配られる。その資料に載っていた写真は―――。

 

「ジルさん、この人ってあの時の」

 

 その写真の人物はこの前巻き込まれていた一般人の男性だった。

 僕の言葉を無視してジルさんは続ける。

 

「本名はフー・リッピ・アン。歳は二十四。ベトナムの退役軍人だ。調べではかなり優秀な軍人だったらしくベトナムの裏勢力で特殊部隊を率いた。しかしある作戦で部隊は彼を除いて全滅。そのことで精神疾患を発症し退役することとなった」

 

 たった二十四歳で特殊部隊を率いたということだけで彼が優秀だったことがよくわかる。というかたった二十四歳で部隊を率いれることにも疑問はあるけどね。それまでの経歴がどうなってるのか個人的に気になる。

 ジルさんが男性のプロフィールを一通り説明すると多摩さんが質問した。

 

「彼と今回の緊急召集とどう関係があるんだい?」

 

 僕も気になっていた。特殊な経緯を持ってはいるがそんなに怪しいとは思えない。

 するとジルさんは言う。

 

「捕獲しらロボットだが、調べた結果あのロボットはサーモグラフも内蔵されていた」

「つまり逃げ切るには視界を振り切ってなお体温を誤魔化す必要があるってことか」

「そうだ。簡単なところで泥を被ったり水に潜ったりな」

 

 ッ! 僕はその男性と初めて会った時の光景を思い出す! あの時、男性は不自然にも水の中にいた。水の中に潜っていた!

 

「どんな偶然かこの男はロボットが出現した付近で水の中に潜っていた」

「しかし元軍人なら怪しいロボットと対峙したならそのような行動もそこまで不自然ではないのでは」

 

 迷彩服の片方が手を上げて異議を唱えた。

 

「こいつが潜ってたのはものすごく浅い池だったらしい。他に隠れる場所はあったにも関わらず。さらにそのロボットはあきらかにこの男を狙っていた。ここまで偶然が重なったら必然って考える方が自然だろ」

 

 あの時、機械兵は僕を無視してあの人を追いかけようとしていた。目撃者を消すためだと深く考えなかったが、今思い出すと不自然な言動が多かったような。

 

「そんでもってこの男、ロボット兵に狙われてるのもあってこっちで監視をしていたのだが、今朝その監視が振り切られ現在行方不明だ」

 

 アメリカ勢力の監視を振り切った!! アメリカ勢力の監視能力がどれほどかは未知数だが悪魔のようにヌルいものでは決してないはず。

 

「現在進行系で捜索を開始しているが成果は上がっていない。町の出口には特に厳しい警戒網を張ってるから駒王町のどこかに潜伏してるはずだ。ロボット兵が追い、それらから逃げる術を知っていることから奴らにとってかなりの重要人物の可能性が高い。早急に見つけ出し保護してほしい」

「わかった。こちらも見つけ次第情報を共有するようにしよう。捕獲したロボット兵については他に何かないのかい?」

 

 多摩さんが機械兵について訊く。

 

「頭部の内部に単発式の銃器が内蔵されていた。だがあの高性能な機体にしては銃身も銃弾も一般的なものだった」

 

 あれだけ高性能な機体でわざわざ頭部に仕込んだ遠距離武器が普通? あの機械兵を作れるんだったらもっと高性能な、レーザー砲くらい仕込めそうなもの。

 実際にあいつらが強力なレーザー砲を機体に仕込めるのは知っている。だったらなぜ?

 多摩さんがサッと指示を出すと、後ろに控えていた迷彩服の二人が店から出て行った。

 

「僕たちもその捜索に加わればいいのですか?」

「微妙な立場なのに悪い」

「お互い重要なことです。協力は惜しみません」

 

 この状況でアメリカ側に協力することは日本に協力するのと同意義。だったら是非とも協力したい。

 

「サンキュー。そんじゃおまえらにはこの辺りの巡回を頼む」

 

 ジルさんが指した場所は僕があの人と初めてあった場所周辺だった。

 

「了解です」

「気をつけてね」

「はい、ありがとうございます多摩さん」

 

 そう言って僕たちは店を出た。

 目的地まで急ぎ歩きしながら舞雪ちゃんに言う。

 

「舞雪ちゃん、もう一度だけ言うけどやめたかったら無理はしなくてもいいんだよ」

「無理なんかしてません。それにダーリンが私を頼ってくれたんです。私もダーリンの力になりたいんです!」

「……わかったよ。頼りにしてるよ舞雪ちゃん」

「はい!」

「でも無茶だけはしないでね。危ないと思ったらちゃんと逃げてね」

 

 やる気満々な舞雪ちゃんにそう言いながら任された場所へと向かった。

 何が起こってるかはわからないが、この非常時に一誠たちの昇級試験が重なったのはせめてもの幸運だったと言えるかもしれない。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 その場所に辿り着いた僕たちは目視で探しつつ気配でも探り出した。

 まず妖怪として僕よりも探知に長けた舞雪ちゃんが広範囲まで探知し、機械兵を察知できる僕は近くに機械兵がいないかを注意しつつ探す。

 罪千さんには探知中にできないことを手伝ってもらうことに。

 

「でも、私その人の気配知らないのですが」

 

 顔も知らない人を探すことはできない。それと同じように会ったこともない人を気配探知で見つけ出すことは不可能だ。

 

「直接探そうとするんじゃなくて怪しい動きを探るんだ。この人は逃げてるんだからきっと行動の仕方が一般人とは全く違うはず」

「なるほど。わかりました」

 

 そもそも探知に引っかかればラッキー程度としか思っていないけどね。

 監視体制がどれほどのものだったのかはわからないが、ここまで逃げ切ったあの男性は気配を消す能力を持っていると思う。その能力の高さによってはこちらの探知もかいくぐられてしまう。

 となると人海戦術での目視が一番確実だ。

 

「それにしても外の大勢力と日本神話が協力関係を築いていたとは驚きでした。外の勢力と言えば悪魔のことがあるので心配でしたが、日本神話がお認めになり火影様がいらっしゃるなら安心ですね」

 

 外の勢力と言えば日本としては悪魔の侵略が最も頭に浮かぶ事だろう。そういうことで最初は舞雪ちゃんも不信感たっぷりな目をしており、悪魔と違って正式に日本神話が認め火影様が協力に来ていると説明してやっと納得してくれた。

 というか僕も日本神話が認めてなかったら絶対に疑いから入ってただろう。

 

「そしてそんな大きなところにお呼ばれするなんてさすがダーリン!」

 

 キラキラとした目で大袈裟に褒める舞雪ちゃん。

 

「たまたま両側に面識があっただけだから」

 

 須佐之男様に藻女さん、罪千さんにヴィロットさんと偶然恵まれた出会いがあっただけだ。

 

「そういえば罪千さんは向こう(アメリカ勢力)の人物だったってことですよね」

「うん、そうだよ」

「ずっと気になってたのですが、罪千さんの種族って何なのですか?」

 

 舞雪ちゃんが罪千さんの種族について訊くと、僕と罪千さんは思わずビクッとなってしまう。

 罪千さんの正体については一切秘密にしていたのだが、罪千さんが人間ではないことだけは必要に迫られ説明した。罪千さんが毎日僕の匂いを執拗に嗅いだり指を舐めたりすることを納得させるには仕方なかった。

 

「それは言えないかな」

「なんでですか。もう外の勢力との協力関係も明かしてくれさったのに」

「それとこれとはまた別の問題なんだ。僕が言えるのは罪千さんは強力な絶滅種の唯一の生き残りで知る人間も一握りってことまで。日本で罪千さんの種族を正しく知ってるのは僕と天照様たち三貴神だけ」

「つまり外の勢力が大事にし、最高神にしか知か伝えられない存在を任されていると。日本神話だけでなく外の勢力にまで認められているなんて……」

 

 僕の説明に戦慄する舞雪ちゃん。まあ文面だけ見れば僕の存在は一誠にも勝るとも劣らないものだけどね。

 でもそれは全部実力とかではなくただのコネみたいなもんだから。実力や信用じゃなくて罪千さんに懐かれたからという理由なんだ。まあこれ言ったらまた一悶着ありそうだから黙っておくけども。

 見る目を変えてマジマジと罪千さんを見る舞雪ちゃん。その目線に少し怯える罪千さん。

 

「それにしてもまさか罪千さんがそんな凄い存在でしたなんて…………ッ!」

 

 罪千さんを見ていた舞雪ちゃんだが突然バッと別の方向へ振り返る。

 

「今、向こうの方で突然一人分の気配が消えました」

「えっ!?」

 

 気配が……消えた。

 

「それってどっち!?」

「向こうです」

 

 僕たちは舞雪ちゃんが異変を感じた方へと向かう。

 人一人分の気配が突然消えた。考えられる原因は主に二つ。あの男性が途中で気配を消したかそれとも……。

 僕は前者であること、もしくは後者ではないことを祈った。

 

「ヒィヒィヒィ!」

 

 現場に向かって走っていると、なんとあの男性とバッタリ出くわした!

 しかしその評定は何か恐ろしいもから逃げてるかのような必死の形相。

 男性は僕の顔を見ると僕の両肩を掴んで言う。

 

「ああっ! 君はっ! よかった、無事だったんだね」

 

 僕が無事だったことに軽く安堵する男性。僕の身も案じてくれてたのかと考えると少し嬉しかった。

 しかし男性はすぐさま表情に恐怖を戻し言った。

 

「でも早く逃げて! あいつらがまた――来た!」

 

 男性が後ろを振り向き叫ぶと、そこにはあの時の機械兵がこちらに走って来ていた。

 その機械兵のアームには赤黒い液体――血がついていた。近くに遺体は見当たらないが誰かを襲ったのは間違いない。

 

「あいつの動きを封じればいいのね!」

 

 そう言って舞雪ちゃんは前に出て大きく息を吸い込み、機械兵に向かって吹雪のような吐息を放った。

 舞雪ちゃんの吹雪によって機械兵は一瞬のうちにカチコチの氷像へと変わった。

 

「ふふん、こんなものです」

 

 振り向き得意げに笑顔を向ける舞雪ちゃんだが。

 

「いや、まだだ!」

 

 しかし機械兵は内部から氷を砕き自力で脱出した。舞雪ちゃんの放った妖術の吹雪はよく練り込まれて強力だったが、機械兵を数秒間足止めすることしかできなかった。

 氷塊から脱出した機械兵は再びこちらに向かってくる。その目標は自分の邪魔をした舞雪ちゃんだ!

 

「舞雪ちゃん!」

 

 僕は舞雪ちゃんを守るため炎目で機械兵の進行を妨害したが舞雪ちゃんの氷同様大した足止めにはならない。

 それでも舞雪ちゃんを下がらせて僕が前に出るぐらいの時間稼ぎはできた。

 ぶっちゃけあの機械兵を倒す手段は特にない。でもここは駒の特性から一番頑丈な僕が前に出なくちゃいけない。

 機械的な殺意を持って機械兵がこちらに向かってくる。すると―――。

 

「はっ!」

 

 機械兵の真横から他の男性が現れ強烈な飛び蹴りを機械兵の側頭部へと食らわせた。

 その一撃により機械兵は真横に大きく飛んだ。

 

「アメリカの裏勢力だな。加勢する」

 

 この人が何者かはわからないがどうやら味方のようだ。

 突然現れた援軍と共に機械兵と対峙する。

 

 

 

 先程この人は『アメリカ裏勢力だな。加勢する』と言った。それはつまりアメリカ勢力の人間ではないということ。そして感じる気配も人間そのもので妖怪側でもない。

 しっかりとオーラが練り込まれた蹴りを見るだけただの者ではないことは明白。

 

「貴方が何者かはあとで聞きます。とりあえず味方と考えていいんですよね」

「無論だ」

 

 男性は機械兵から目を離さず答えた。

 もう一人の探していた男性は僕らが機械兵と対峙してる間に脇目もふらずにその場から逃げ去った。かなりの足の速さでもう姿が見えない。

 

「舞雪ちゃんと罪千さんはあの人を追って!」

 

 僕がそう言うも舞雪ちゃんも罪千さんも心配そうにしたまま動いてくれない。

 

「でもダーリン」

「僕なら大丈夫だから! 作戦はちゃんとあるから。だからそっちはお願い」

「……わかりました。絶対に無事でいてくださいよ」

 

 そう言って最後まで煮え切らない様子の罪千さんを連れて舞雪ちゃんたちはあの人を追いかけていった。

 二人が行ったところで加勢した男性が言う。

 

「大事になる前にすばやく鎮めよう」

 

 そう行って男性が機械兵へと飛び出すと、右足の足首に枷が現れそこから鎖が形成されていき先端には大きめの鉄球が形成された。

 先端の鉄球をまるでサッカーボールのように蹴り飛ばすと、鉄球は大きくなりながら機械兵へと飛んでいく。

 機械兵は巨大鉄球を受け止めるも受け止めきれずよろけた。

 

「私の神器『魔人の足枷(ディモン・チェイン)』は鉄球の大きさ、重さを私の意志で自由に変えられます」

 

 足枷の神器か。今まで見てきた神器と比べるとものすごくシンプルな能力だね。

 だがそのシンプルな能力が彼の戦闘スタイルと合致しているようだ。

 

「もう一発!」

 

 足元に戻した鉄球は再びサッカーボールサイズに戻り、蹴り飛ばされると再び巨大化した。

 しかし一発目で学習したのか今度は真正面から受け止めず横にいなした。

 足元に武器の鉄球がない男性を狙いに行く機械兵に男性はジャンプし足で鎖を操り、機械兵の腕に巻き付けた。

 

「いい忘れていましたが鎖の長さも自由自在です」

 

 そう言うと男性は機械兵の腕に巻き付けたまま鎖を急速に縮めた。

 急速に縮められた鎖によって機械兵は男性の蹴りと鉄球にサンドされた。鎖を縮めた勢いで挟み撃ちにしたのか!

 機械兵の反撃が来る前に腕の鎖を神器ごと消すことにより解き、機械兵を蹴りながら空中で一回転しながら距離を取り再び神器を発現させた。

 軽やかで強力な連撃だが機械兵を倒すにはまだ足りない。

 立ち上がろうとする機械兵に僕は炎目で追い打ちをかけた。

 

「炎目・『火葬体験』」

 

 以前デッド・ウイルスに感染したゾンビに使った技で拘束する。

 だがやはり機械相手には効果が薄く、多少動きにくそうにするだけで炎に拘束されたまま立ち上がってしまった。

 

「もうしばらく止めておいてください!」

 

 僕の炎の特性を見抜いた男性はそう言うと足にオーラを纏い駆け出す。

 右足で鉄球を蹴り上げると鉄球にもオーラが移り、浮かび上がった鉄球を両足で撃ち出した。すると鉄球のオーラが爆発的に大きくなった!

 その一撃は機械兵を大きく吹き飛ばしダメージを与えたのだが。

 

「むっ!?」

「すいません。どうやら僕が邪魔してしまったみたいです」

 

 男性も自分のオーラが着弾の瞬間減少する違和感に気づく。僕の炎が着弾時にオーラを燃焼させてしまったのだ。

 僕の炎の特性は魔力やオーラを使った連携には相性が悪い。

 

「そう言えば作戦があると言っていたな」

「……はい、うまくいくかはわかりませんが一応は」

「そうか。なら私はどうすればいい?」

 

 僕に支持を仰ぐ男子に正直戸惑った。でもまた立ち上がる機械兵を前にそんな暇はない!

 

「それでは僕がサポートするのであいつに今と同じぐらいのダメージを与えてダウンさせてください」

「了解した」

 

 僕たちが作戦会議をしてる間、あいつは立ち上がり姿を消そうとしていた。

 

「あいつは姿を消せます! なので僕が見つけます!」

 

 あいつが姿を消した辺りに炎をばら撒き、姿の見えない何かにぶつかるとそこに集中させた。

 

「そこだ!」

 

 男性は炎の目印がついた姿を消した機械兵へ攻撃する。だが今度は機械兵もうまく対応し攻撃を捌きながら鎖を引っ張り引き寄せるが、男性も再び神器を消して掴まれる前に機械兵を蹴って距離を離す。

 再び神器を発現させる前に機械兵がこちらへ急接近した。

 

「下がってください!」

 

 僕がそう言うと男性は素直に指示に従ってくれ、炎目の幕で機械兵の周りを覆う。だが人目を気にした炎目の幕ぐらいあいつは簡単に破ってくるだろう。

 機械兵の視界が遮られてる間に炎の幕の外側から、機械兵の死角となる箇所から挟み撃ちする。が、機械兵はその二つにすばやく気づき見切りその爪で貫いた。――炎で出来たただの人形をね!

  あの機械兵はカメラ以外に熱感知で敵を補足することができる。それを逆手に取って炎目で視界を遮った後は人一人分の熱を持ったデコイ人形で騙した。

 

「今です!」

 

 両手のみが炎目で塞がった機械兵に男性が向かう。

 足枷の鎖で機械兵を拘束し、そこへオーラと巨大化された鉄球を蹴り飛ばす。その一撃で倒れた機械兵を拘束したままさらに鉄球で追撃。そして鎖に拘束され鉄球の下敷きになる機械兵へ鉄球の上からオーラをたっぷりと込めた両足で強力なスタンプ!

 神器の鉄球を通じて強化されたオーラが機械兵に襲いかかる!

 

「後は任せてください!」

 

 僕がそう言うと男性は神器を消して離れ、僕は確かにダメージを負った機械兵を再び炎の檻に閉じ込める。しかし今度の檻はさっきよりもずっと強固だ。

 炎目の硬度を上げる程に炎の熱量もグングン上昇していく。

 強固な炎目の檻で敵を蒸し焼きにするつもりで閉じ込めたが、この調子では脱出はされない代わりにそこまで長くは持たない。ロボット相手なので炙り殺すことはできない。

 だが作戦がうまくいったならそうする必要はない。

 

「ん~~~~~! ……うまくいったみたいだ」

 

 作戦が成功したのを感じ炎目を解除すると、中からバラバラになった機械兵が残った。

 あれだけ頑丈な機械兵が無残にバラバラになっているのを見て男性は目を丸める。

 

「あの機械がここまでなるとは」

「僕がやったんじゃありませんよ。ただの自爆です」

 

 あの機械兵は戦闘不能になった際には証拠隠滅のため自爆する。それは取り押さえられ行動不能になった際も同じ。その特性を利用して自分が捕らえられたと錯覚させ自爆を促す。――という作戦をついさっき思いついた。

 舞雪ちゃんたちにああ言った手前どうしようかフル回転で考えてたのだが、いいヒントをありがとうございます多摩さん。

 

 

 

 

 戦闘が終わり男性は僕に自己紹介した。

 

「私の名はフョードル。現在は禍の団(カオス・ブリゲード)・英雄派に所属しております。裏アメリカの部隊がこの町に駐屯していると耳にし参上いたしました」

 

 男性は名乗ると礼儀正しく深々と頭を下げたが禍の団(カオス・ブリゲード)の英雄派という衝撃の事実!

 共闘した仲とはいえテロリストを名乗った男性に警戒度を上げざる得ない

 

「戦う意志はございません。実はぜひともお耳に入れたい情報がございまして」

 

 男性は距離を開けたまま手を上げて戦意がないことを示す。

 

「なぜ禍の団(カオス・ブリゲード)の英雄派が情報提供を」

「助けてほしいのです」

 

 助けてほしい。一体どういう意味?

 警戒を少し解くと男性は話を続ける。

 

「今の英雄派は元々神器(セイクリッド・ギア)によって迫害された人を救い、悪魔や人に危害を加える人外から人々を守ることを目的とした集団でした」

 

 確かに京都で出会った影使いの構成員も迫害されていた自分を救ってくれたと言っていた。だがそれは僕が見た感じ戦力として利用するためにしか見えなかった。実際に強制的に禁手化(バランス・ブレイカー)に至らせようとするのもそうだ。

 

「だがいつからか曹操たちは変わってしまった。本来の目的を見失い力を、戦いを求め始めるようになった。それから程なくして我々は禍の団(カオス・ブリゲード)・英雄派と今のようになったのです」

 

 男性は真剣に英雄派について語る。その真摯な気持ちは僕にも伝わってくる。

 

「曹操を含め創設時のメンバーである幹部たちも人が変わってしまい、英雄派はどんどんおかしくなってしまいました。今までは私を含む五人の同士と共になんとかしようとしましたがこの通りです。しかし私たちはやっと曹操たちがおかしくなった原因と思われる情報と証拠を掴んだのです! この情報はそちらにとっても無視できないものだと思います。どうかそのついでに曹操たちを止めてください」

 

 男性は深々と頭を下げ僕にお願いする。きっとこの人の言葉に嘘偽りは一切ないだろう。無責任な勘だけど確信できる

 

「その情報についてもう少しだけ具体的にお願いできますか?」

 

 このままジルさんに連絡してもいいのだが、できる限りの安全を確認しておく。

 男性は壊れた機械兵に一度目をやり言う。

 

「おそらくこの機械にも関係するものだと思っています。私たちも断片的かつ憶測の情報ゆえにぜひ直接確認いただきたいと思いまして」

 

 これは思った以上に重要そうな情報だ。共闘してくれ様子からも特に怪しい様子はなかった。

 

「ジルさん、誇銅です。こっちであの男性を発見しました。はい、現在二人が追いかけています」

 

 ターゲットの男性を見つけたことも含めてジルさんに連絡する。

 

「それと先程機械兵との戦闘がありまして、加勢に来てくれた人と協力して倒しました。そしてその方がジルさんにお話があると。何やらこの機械兵にも関係するかもしれないことらしいです」

 

 電話で男性のことを伝えていると、男性はなんだか緊張した様子。

 

「はい、はい。わかりました。それではお願いします」

「どうでしたか?」

 

 男性は電話を終えた僕におずおずと訊ねる。

 

「とりあえず一度あなたを連れてくるようにと言われました。それとこの残骸も回収するようにと。すいませんが手伝ってもらえませんか?」

「わかりました」

 

 話し終えたところでちょうど舞雪ちゃんと罪千さんも戻ってきた。二人の表情とあの人がいないことから逃げられてしまったようだ。

 ジルさんの指示は逃げ切られる前提だったから大丈夫なんだけどね。なんで二人が振り切られることがわかったんだろう。

 

「すいません、逃げられてしまいました」

「大丈夫、大丈夫。とりあえず一度戻るように言われたから」

 

 同時に謝る二人をなだめて、機械兵の残骸を回収し一度お店へ戻った。



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凶暴な退役軍人の二重人格

「で、そいつが英雄派の」

「フョードルと申します」

 

 僕たち四人は一度店に戻り、貸し切り状態となった店の中でジルさんに状況を報告した。店には僕たち以外にはヴィロットのお姉さんと外にいるフェンリルだけ。

 戻ってきた僕たちを労うようにお姉さんが人数分の珈琲を入れてくれた。

 

「そんで話ってのはなんだ? 現在こちらは非常に忙しい。できるだけ手短に頼む」

「はい」

 

 ジルさんが急かすように言うとフョードルさんは何枚かの写真をテーブルに出した。

 その写真の何枚かに映っていたのは以前僕とヴィロットさんが対峙した機械兵や今戦っている機械兵によく似た機械。

 

「こちらは最近、英雄派に導入された機械です。私たちも詳しいことは知らないのですが、かなりの戦闘能力を持つ機械の兵隊だと」

 

 その見た目は以前僕たちが戦ったものの新型っぽい感じだった。

 

「テスト仕様の結果でははぐれ悪魔を真正面から一方的に叩き潰し、おびき寄せた悪魔の集団も瞬く間に殲滅。これが量産さるとなるとアメリカにとっても無視できない脅威となるやもしれません。さらにこちらの方からそちらが現在この機械に似た敵と交戦中と聞きました。タイミング的にも関連性がある可能性が非常に高いと思われます」

 

 テキパキと説得力のある発言を続ける。おそらく無関係ではないだろう。

 あの機械兵は京都で曹操たちと戦った後にも卯歌ちゃんを狙って姿を表した。それに今の説明を合わせるとその可能性は非常に濃厚だ。

 

「出処は曹操ら幹部しか知らず、それに準ずる私たちが訊いても協力者からの贈り物としか答えてくれませんでした。この協力者と言うのは以前からその存在だけは知っていましたが何者かは一切不明のまま。その全てが曹操と幹部たちしか知りません」

 

 その協力者と言うのはおそらくロキ様の時に機械兵越しに話したあの男のことだろう。

 思い出す会話の内容から曹操たちと目的は同じようにも感じるがそれだけとは思えないものも感じる。あの男は一誠たちを低く評価していたから考え方は同じではないはず。

 

「ただいま英雄派はハーデスら死神と協力関係を結び冥界への侵攻を開始しており、この機械も投入予定です」

 

 冥界には今レイヴェルさんもいるのに! でも今から僕だけが冥界に向かうわけにもいかない。というか僕一人が駆けつけたところでレイヴェルさん一人救出ってこともできそうもない。

 

「冥界に侵攻? なんでまたこんなタイミングで」

 

 落ち着いた様子でジルさんが訊く。

 

「新しいおもちゃ(ロボット)を試すためか?」

「いえ、私たちの今回の狙いはオーフィスです」

 

 オーフィスがターゲット? オーフィスは禍の団(カオス・ブリゲード)の首領。それなのになぜ禍の団(カオス・ブリゲード)に所属している英雄派がオーフィスを狙うのか。

 現在オーフィスは一誠たちと一緒にいるから取り戻すというならわかるが、今の言い方はそういう風ではなかった。

 

「オーフィスはおまえさんたち(禍の団)のボスだろ? 一体どういうことだ」

 

 ジルさんも訝しげ問いかける。

 

「その詳細については私たちには知らされていません。ただ曹操は俺たちにオーフィスは必要だが、いまのオーフィスは必要ではないと言っていました」

「目的はわかんねぇけど何するかはだいたい予想がつくな」

 

 無限の龍神であり文字通りの無限の存在のオーフィスを一体どうするのか。僕には予想もつかない。

 

「ハーデスが管理する冥界のコキュートスにいる、サマエルを使うつもりだな」

「ムッ、サマエルを……ですか」

 

 サマエル? その名前を聞いてフョードルさんは緊張する。

 

「それがオーフィスに対する答えなんですか」

 

 僕はジルさんに訊く。そのサマエルというのがオーフィスとどう繋がるのか今の所さっぱりだ。

 

「『龍喰者(ドラゴン・イーター)、サマエル。神の怒りに触れ、神の悪意をその身に受けた堕天使。その強大な呪いの猛毒を持って、存在するだけでドラゴンを絶滅させることのできる最強の龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)

 

 神の怒りに触れ、神の悪意をその身に受けた堕天使……。存在するだけでドラゴンを絶滅させることのできる最強の最強の龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)……!

 もう、その説明だけでどれだけ危険な存在なのかが伝わってくる。

 

「そのサマエルを使ってオーフィスを殺すのが目的だと」

「いや、それはわからん。そりゃ殺すこともできるが、制御の仕方によってはそれ以外もできると思うぞ。例えばオーフィスの力だけをゴッソリ抜き取るとか、理論上はな。オーフィスが必要って言ってたしそっちの可能性の方が高い」

 

 オーフィスの力を奪うか。オーフィス自身は非常に大人しそうだったので直接敵に回ることはなさそうだったが、場合によってはあの力が直接牙を向くことになってしまうのか。恐ろしい……。

 

「オーフィスの力を抜き取って一体なにを!?」

「そこまではわからん。最終的に何がしたいのかはな」

 

 そっから先はジルさんもわからないそうだ。でも、ここまでわかったことだけでもかなりの大事件だ!

 そしてそのハーデスという神様はなぜテロリストに手を貸したのだろうか?

 そう言えばハーデスって試合前に会った神様だったっけ。その時アザゼル総督がギリシャ側でハーデスだけが協定に否定的と言っていた。つまり今回の理由はそういうこと? いや、三大勢力との協定の否定で言えばロキ様の時のようなこともある。まあ今回は手段があれだけども。

 

「今回の目的はオーフィスだけなのか」

「そのように聞いています。しかし曹操の性格からして本来必要のない戦闘が行われ無駄に規模が大きくなると私たちの軍師は予想しています。さらには現在は二天龍に強い興味を持っているので、現在冥界にいる赤龍帝と出会ってしまえばその悪い癖が間違いなく出てしまうだろうと」

「ふ~ん。おまえさんはどう思う?」

「私も同意見です。曹操は口では謙譲ですが、その本心は慢心に満ちています。それでいて好戦的な性格であり目的に必要ない戦闘も何度か」

 

 やっぱり仲間だけに曹操の性格をよく理解しているようだ。てか曹操って仲間からそんな風に思われてるんだ。

 それにしてもヴァーリさんしかりサイラオーグさんしかり、一誠の周りの強い人たちって戦闘狂がやたら多い。それが聖書周辺の特色なのかは知らないけれど。

 

「話はだいたい理解した。だが今すぐ俺達が動くことはできない」

 

 それは冥界に攻め入った英雄派には関与しないということ。つまり今回は英雄派も冥界も助けはしない。まあアメリカ勢力が悪魔を助ける理由なんかないし当然っちゃ当然か。

 

「だがこの話は俺から上に伝えておこう。たぶん動いてくれると思うぜ」

「ありがとうございます」

 

 感謝と共に頭を下げるフョードルさん。

 運が良ければこのまま英雄派も瓦解して問題が一つ解決するかも。あれ? でもそうなったら聖書が勢いづくのでは?

 

「とりあえず時間もいい感じだし軽くメシでも食うか。なあ、なんかパパっと食えるもんないか?」

 

 ジルさんが厨房の方にいるヴィロットさんのお姉さんに向かって言う。

 朝からゴタゴタが続いて意識してなかったがもうお昼を回っていて、それを意識するとお腹の減りも感じてきた。

 するとあらかじめ用意されていたらしいフランスパンでピザをサンドしたものを僕たちの分まで用意してくれた。

 

「お仕事頑張ってくださいね」

「僕たちの分まですいません。ありがとうございます」

 

 笑顔でサンドイッチを僕たちに手渡してくれる。

 

「私にまでも! ありがとうございます」

「頑張ってくださいね」

 

 それは英雄派のフョードルさんにも同じように。この場にいる全員に平等に用意してくれていた。

 まさか自分の分まで渡されると思ってなかったフョードルさんは驚きつつも照れているようだった。不意打ちで優しくされると普通はそうなるよね。

 僕たちがそんなことをしているとどこからか携帯が鳴る音。それはジルさんのだった。口の中のサンドイッチを呑み込みながら電話に出る。

 

「ん、なんだ。――――わかった、今からそっちに向かう! それまで耐えられそうか?」

 

 通話を終えるとすぐさまジルさんは僕たちに言う。

 

「被害を拡大させないためにも人手がいる。ワリィがすぐに動いてもらうぜ」

「はい!」

 

 詳細はわからないがかなりの大事なことだけはわかった。

 ジルさんは残り半分のサンドイッチを急いで食べ終え店の外へと向う。

 

「私も微力ながらご協力させていただきます」

あっち(英雄派)の方はいいのか?」

「構いません。いざって時にはあとの四人がいます。それよりも町の人間を守る方が最優先です」

 

 こうしてフョードルさんも協力してくれることになった。とても心強い加勢だ。

 僕も残りのサンドイッチを急いで頬張った。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 店を出た僕たちは現場に向かいながらジルさんから今起こっていることを聞いた。あの後僕たちの情報を元に男性を確保することが出来たのだが、同時に複数の機械兵に遭遇し追われて、男性を確保した人員では機械兵を倒すことが出来ずに現在逃げ回っている。

 それから移動中にもう一度ジルさんの携帯が鳴った。今度は機械兵が他の場所でも暴れ始めたという報告だった。

 

「こっちの戦力を分散させるための陽動だろうけど」

 

 敵は揺動の為に機械兵という人員を使い捨てる手法に出た。既に一機確保されてるため情報の守秘も必要ないってわけか。

 命令に絶対服従の機械だからこそ安易に捨て駒にできる。敵は多数なのにこちらには機械兵に対抗できる人員は数える程しかいない。

 後ろを走る僕たちをチラッと見た。

 

「こっちは僕たちに任せてください」

「……今回は複数だぜ。いけるか?」

「大丈夫です。策ならあります」

 

 僕の炎なら視界を遮りダミーの炎人形で機械兵の追跡を振り切れる。僕の炎が通じるかは確認済みだ。

 しばらく僕の目をじっと見たジルさん。

 

「オッケー、じゃあ任せた」

 

 保護任務を僕らに任せてくれたジルさんは次の現場へと向かった。

 僕たちも保護対象と合流するため舞雪ちゃんに探知をお願いする。

 

「舞雪ちゃん、探せる?」

「任せて下さい!」

 

 今度はあの時と違いあの人も気配を消してないし、一度会って気配も覚えたから直接妖術で探知できる。 

 

「こっちです!」

 

 舞雪ちゃんの探知を頼りに逃げ回る護衛の人達のもとへ向かう。

 しばらく走りやっと護衛の人達と合流することができた。ただし三機の機械兵に追われている最中。

 周りに他の人の気配もなかったのですぐさま炎目で機械兵と護衛の人達を分断させた。

 

「ジルさんから任されて来ました。今のうちに行って下さい」

 

 そう言うと護衛の人達は軽くお礼を言って二人の護衛と男性はそのまま先に行く。

 機械兵は今にも炎の壁を突破してきそうだったので炎を淡くして煙幕のようにしてみた。今思いついて咄嗟にやってみたけど成功してよかった。

 ここから時間を稼ぐ、出来ればこいつらを全員倒す方法を考えていたら。

 

 バン!

 

 炎の煙幕の向こう側から大きめの銃声が聞こえ僕たちの横のコンクリートの壁に撃ち込まれた。

 僕たちを狙ったが炎の煙幕で照準がずれた? だけどそれにしてはズレすぎてる気がする。そう思った瞬間! 背後からとてつもなく嫌な危険の気配を感じ振り向くと!

 

「え?」

 

 護衛の一人が男性に頭を掴まれコンクリートの壁に思いっきり叩きつけられた! 護衛の男性の頭部からはおびただしい量の血が溢れ出し動かなくなった。

 

「何をして……!?」

 

 もう一人の護衛が取り押さえようとするが、男性は護衛の首根っこを掴み片手で持ち上げる。

 

「うぐぐぐ……ぐっ!」

 

 首の骨がへし折れる嫌な音が聞こえた。

 

「グハハハハ……」

 

 こちらに振り向く男性の目は以前の穏やかなものではなく、血に飢えた荒々しいものへと変貌していた。気配も別人のように禍々しいもの変わり果てている。姿は同じだがそれ以外はもはや別人と言ってもいい。

 その異変にいち早く反応したのはフョードルさん。男性――フーリッピを鎮圧しようと飛び出す。

 フョードルさんが接近するとフーリッピは掴みかかるが、目の前で逆立ちし両手を蹴り弾き、片手で体を支えながらもう片手で足を取った。

 

「眠れっ」

 

 相手の体勢を崩しパンチを繰り出すように顎めがけて蹴りを放つ。あの強烈な蹴りを顎へモロに受ければ失神は避けられない。

 両腕は弾かれ体勢も崩され防御も間に合わない。これは決まった!

 

「ギイイ」

 

 だが、フーリッピは額でフョードルさんの蹴りを受け止めていた。それもオーラでしっかりと防御して。

 

「なっ!?」

「ウラァァァァァ!」

 

 今の防御で攻防が逆転してしまった。あの状態ではフョードルさんの防御は間に合わない! あの体勢は攻めには強いがその分守備が弱いんだ!

 

魔人の足枷(ディモン・チェイン)ッ!」

 

 受け止められたことで少しばかり動きを止めてしまったが、それでもすばやく神器を発動させ距離を取ろうとしたのだが。

 

「ラァァァァ!!」

 

 それをものともせず鎖を掴み行動と妨害を阻止。並々ならぬ殺意がフョードルさんを殺そうと向けられる。

 

「ならば! 退魔――50%!」

「ウワァ! ウラワァァァァァ!」

 

 フョードルさんの捨て身に近い反撃を感じ取ったフーリッピはフョードルさんをコンクリートの壁に投げつけた! その衝撃でコンクリートの壁は崩れフョードルさんの背が地面についた。

 変異したフーリッピを取り押さえることができず手痛い反撃を受けただけだったが、最悪(殺される)ことだけは防いだ。

 

「ワァァ……」

 

 フョードルさんを倒したフーリッピは次の得物に目をつけた。視界の中で最も手近な得物、舞雪ちゃんへと。

 今すぐ助けないと! でも煙幕の壁で機械兵を遮断するので手一杯。これを解除してしまうと挟み撃ちとなりいよいよ打つ手がなくなってしまう。

 

「呪いの吹雪・雪化粧!」

 

 もちろん抵抗する舞雪ちゃんは吹雪でフーリッピを氷漬けにしようとするが、機械兵の時以上に時間稼ぎにもならない。

 前門の虎、後門の狼……ええい、ままよ! 僕は炎の煙幕を解除して舞雪ちゃんのもとへ向かう! 迷ったせいで間に合うかどうかわからない! 間に合って!!

 

「ダーリン! 逃げて!」

 

 殺意をむき出しにしたフーリッピが向かってくる中で舞雪ちゃんが叫ぶ! 自分がピンチなのに僕の身を心配するなんて……!

 大好きで大切な舞雪ちゃんを殺させるもんか!! 絶対にだッ!!

 舞雪ちゃんの直ぐ側まで接近したフーリッピ!

 

「させません!」

 

 僕より先に罪千さんが舞雪ちゃんの前に出た。

 

「罪千さんっ!」

 

 舞雪ちゃんもまさか罪千さんがとは予想外で驚いている。

 罪千さんもリヴァイアサンの力で対抗しようとしたみたいだが、リヴァイアさんの顔が出る前に手刀を首に突き刺され、そのまま胴体から引きちぎられた。

 舞雪ちゃんの目の前で黒い血飛沫を上げ倒れた。

 

「舞雪ちゃん!」

 

 その間に僕は舞雪ちゃんを抱き寄せた。罪千さんが身を張って時間を稼いでくれたおかげで舞雪ちゃんを救い出すことができた。

 

「ダーリン……罪千さんが……」

 

 目の前で罪千さんが殺されたことに酷いショックを受けている様子。だが残酷だけど今はあまり気にしてる余裕がない。それに舞雪ちゃんは知らないけど罪千さんの状態は一時的な行動不能なだけだ。

 

「舞雪ちゃん! 気をしっかりもって!」

 

 舞雪ちゃんのフォローはあとでするとして今はこっちをどうにかしないと。僕の炎の煙幕が途切れたことで機械兵たちが自由になってしまった。

 機械兵と変貌したフーリッピの両方を、舞雪ちゃんを抱えながら対処するのはどう考えても無理だ。でも無理でもなんとかしないと行けない場面!

 そう思っていのだが、なぜか機械兵は僕を無視してフーリッピの方へ歩いていった。

 

「ウガワァァァァァ!」

 

 しかしフーリッピはその機械兵の一機を素手で捻り切り破壊した。それをきっかけに穏便から実力行使に移った機械へだがそれも全て返り討ちにし破壊してしまう。

 これで片方の脅威は消えたのだが、逆にもう一方の脅威が消えた脅威を遥かに上回ることがわかってしまった。

 フーリッピは次の得物に目を移す。つまりこの場で唯一無事な僕たちにだ。

 

「舞雪ちゃん、下がってて」

 

 舞雪ちゃんを下がらせて僕も翼を出し神経を集中させ反撃の体制を万全に整える。相手は僕たちが苦戦した機械兵を軽く倒す格上。

 フーリッピは凶悪な笑みを浮かべながらジリジリとこちらに近づく。

 九尾流柔術を会得した僕は殺意に反応して瞬時に敵の攻撃を返すことができる。ただしその殺意に気圧され出遅れたりしなければ技量さ以外ではそうそう遅れは取らない。

 しかしフーリッピの出す殺意は今まで出会った誰よりも濃厚! その濃厚さに敵意・殺意を感じ取ることが出来るか不安になる。下手すれば技量の面でも劣っているかもれいない相手に。

 でも生き残る為に絶対に敗けられない! 僕が敗ければ死ぬのは僕だけじゃない! 僕も後ろにいる舞雪ちゃんだって! そう考えると敗北の不安が静まっていく。

 

「ウラワァァァァァ!」

「はぁぁッ!」

 

 殺意が集中する箇所を察知できないままフーリッピの手が僕に触れる。機械の体を難なく引き裂く握力に掴まれ、それを意識した時にはフーリッピはトドメとなる次の行動に移ろうとしていた。

 

「だったら!」

 

 このまま殺されるくらいなら捨ててやる!

 掴まれた左腕を捨てるつもりで合気を止め捨て身の反撃に出る! 何も守れないなら殺してでも守ってみせる!

 絶対に逃さないようにフーリッピに抱きつき炎のドームで逃さないようにしようとしたが、僕の意図が気づかれ離れられてしまった。

 掴まれた箇所が痛い。でもまだまだやれる。

 

「ふーふーふー」

 

 左腕に最低限の治癒を施す。今は治癒に割く集中力もオーラも惜しい。

 一度離れたフーリッピだが相も変わらず凶悪な笑みでこちらを見る。少しは歯ごたえがある敵で楽しんでいるのか?

 どうにせよこのままじゃジリ貧どころか次の一発を耐えられるかも怪しい。

 僕の捨て身が通じたのもある意味向こうがただの得物と舐めていたからだ。実際にそれぐらいの技量さはあるかも。そんな状態で得物から少しは楽しめる敵に警戒度を上げられたら。

 

「ウラァァァァァ!」

「ぐぅっッ!!」

 

 ――守りたい。その一心だけで僕はこの殺意と向き合った。

 フーリッピの手が僕に触れるが濃すぎる殺意にどの部分に殺意が向けられてるのか判断できず僕の意識は次の反撃の手をうまく導き出せなかった。

 しかし僕はなぜかフーリッピの攻撃を返し合気を成功させていた。僕の意識は確実に反応が間に合ってなかったのに体が勝手に動いていた。一体なぜ……?

 いわゆる生存本能ってやつかな? どっちにしろ今のはただのまぐれに過ぎない。下手に今の感覚に囚われず向き合わなければ。

 今の幸運が功を奏し向こうも慎重になった。だがそれと同時に油断も消えた。

 

「ガルルルルル……ガァ!?」

 

 僕と向き合っていたフーリッピが突然後ろを向いた。

 

「意外と早く気づかれてしまったね」

 

 そこには多摩さんがただただこちらに歩いてきていた。

 フーリッピに集中し過ぎていたとはいえ僕から丸見えの位置なのに気が付かなかった。姿を全く消していないのに周りの空気にうまくとけこんでいる。

 逆にそれほど自然に背後から接近する多摩さんにフーリッピは気づいたのか。

 

「一体何があったんだい?」

「機械兵からこの人たちを逃がそうとしてたら急に豹変して。それからアメリカの護衛の人二人と機械兵を」

「なるほど。とりあえず彼をどうにかしないとね」

「ウガァァァァァ!」

 

 フーリッピが多摩さんに襲いかかる。多摩さんはフーリッピの初激を弾き逆に拳を打ち込むがフーリッピも負けじと躱し蹴りを放つがそれをまた多摩さんがカット。間合いに入った二人の変わる変わる攻防が繰り広げられる。

 

「ウワァァァァァ!」

 

 肉弾戦のさなか、フーリッピは自然に素早く腰に手を回し隠していたサバイバルナイフを抜いた! そして多摩さんの目を狙って横薙ぎに振るった!

 そのナイフは多摩さんに当たった! 当たったのだが、ナイフは当たらなかった。

 ナイフが当たったはずの箇所からは血は出ず、ナイフが通った不自然な空間跡だけが残る。

 

「ガア?」

「……ニャン」

 

 多摩さんの腕の位置からあきらかに低い位置からフーリッピの腹目掛けて肘打ちが撃ち込まれた!

 

「ガァァァ!?」

 

 フーリッピ自身何が起こったのか不思議そうに驚いている。僕自身も何が起こったのか理解できていない。

 

「一流の軍人としての身のこなしに申し分なし。ナイフの扱いもタイミングもなかなか、咄嗟の防御もよし。荒々しいがソルジャーとして非常によいモノを持っている。なら多摩も軍人として久々に本気を出す」

 

 多摩さんの姿がブレ始める。多摩さんがバンダナを外しスキンヘッドが見えると、多摩さんの姿は幻影のように消え服装からシルエットまで全てが変化した。

 

「にゃ」

 

 軍人っぽい迷彩服のスキンヘッドの男性から、セーラー服に短パンの青い短髪の可愛い女の子に変化した! その女の子のお尻の辺りから二股に割れた尻尾が覗く。

 

「全員、邪魔をするなにゃ」

 

 变化を解き本気になった多摩さんの妖気が高まり、体から赤い炎が薄っすらと漏れる。

 フーリッピも笑みを消しナイフを構える。やっぱり僕の時には本気ではなかったか。

 

「ウラァァァァァ!」

 

 再び攻め込むフーリッピだが、多摩さんはその攻撃を全て紙一重で軽やかに躱す。

 变化時は変身前と比べて数センチ背が高かった。変身時の差異がなくなり動きやすくなっているのか。

 

「もう当たらないにゃ。君の動きは全て君の体が教えてくれるにゃ」

 

 体が教えてくれる? 全て紙一重で躱せるのはそのため?

 

「君の体はもう君の味方じゃないにゃ」

 

 それを聞いたフーリッピは上着を脱いで多摩さんの視界を遮った。見切られるなら見せなければいい。単純だが効果的な手法だ。

 自分が視界からが消えたところで上着の上からナイフで多摩さんを突き刺す!

 

「言ったはずにゃ、君の体は君の味方じゃない。その溢れ出るオーラすらも」

 

 しかしそれすらお見通しとナイフを持つ手と逆側から回り込む。

 

「それと目くらましはこれくらいしないとにゃ」

 

 多摩さんの手には砂のようなものが握られていた。それを握りながら炎で熱しながら振りかぶった。

 

「にゃあ!」

 

 熱された砂礫がフーリッピの顔面目掛けて放たれる! 目潰しとしてはお手軽で効果的な方法だが熱されることで目潰し以上の効果が期待される。万が一に目に入れば失明もありえるだろう。

 視界を奪われ礫の熱さに集中力を乱されてるところへオーラが籠った強力なブローが鳩尾に叩き込まれた!

 

「グヘェェェェェ!」

 

 ガッチリと防御を固め多摩さんから距離を取る。かなり苦しそうだが膝もつかず隙きも見せない。おそらく一応はオーラのガードが間に合っていたようだ。それでも第ダメージには変わりない。

 流石は七災怪だ。フーリッピを圧倒している。

 このままいけば間違いなく多摩さんがフーリッピを制圧できただろうが。

 

「は~い、そこまで~」

 

 そこへ聞き覚えのない女性の声が水を差す。

 多摩さんとフーリッピの間、少々フーリッピ寄りに次元が歪みそこから緑のスラッとした長髪の女性が現れた。

 

「やっと見つけましたよ。もーずいぶん探したんですからね」

 

 突然現れた女性に凶暴そのものなフーリッピがたじろいだ。

 

「さ、帰りましょう」

「待つにゃ。おまえら一体何者にゃ」

 

 撤退する雰囲気な二人に多摩さんがにらみを聞かせて言う。

 以前多摩さんが元の姿では威厳がないと言っていたが、確かに猫っぽい可愛さで迫力がない。

 

「名乗るほどのものじゃありません」

 

 それをサラッとボケで返す。いやそっちが決めることじゃないから! 名乗る程ののものだから!

 

「グルルルル……」

「ん? どうしたの?」

 

 女性が一歩近づくごとにフーリッピは一歩下がっていく。あの女性を恐れている……?

 

「怖いの? 私が怖いの?」

 

 ニヤニヤ笑顔でジリジリと近づいていく。知ってるのに虐めて楽しんでる。

 

「その状態ではまともにお話することもできませんか」

 

 パンパン・パチンパチン・パン!

 

 女性が二度手を叩き二度指を鳴らし最後に一度大きく手を叩く。するとフーリッピの凶暴な瞳が正常なものへと戻った。

 

「え、あっ、ヒィィ! ヒッ、ヒィィィィィ!!」

 

 目を覚ましたフーリッピは目の前の女性に怯え、血がついた自分の手を見て二度怯える。暴走していた時の記憶がないのか。

 

「た、助けて!」

「ちょっと助けてってどういう意味ですか! 私たちは苦楽を共にした戦友じゃありませんか」

 

 女性は逃げようとするフーリッピの後ろ襟を掴んで阻止しながら言う。

 

「あっ、ご迷惑おかけしました」

 

 女性が僕たちに向かってそう言うと、同じように次元の歪みから三機の新型っぽい機械兵が現れ、一機がフーリッピをしっかりと捕まえ残りは邪魔されないように立ち塞がる。

 

「おまえらはなぜこの町でこんなことをしたにゃ!」

「それは誤解です! 私たち逃げ出したこの人を探していただけなんです。ちょっとこれから冥界で戦争がありますので。まあ兵力差から余裕過ぎてお遊びみたいな戦争ですので別に必要ってわけじゃないんですけどね」

 

 それって喋っちゃっていいことなの? でも言い方からして悪魔をだいぶ舐めきってる。実際冥界の強さがどれぐらいかわからないけどこの機械兵が大量生産されてるのなら勝てるだろう。

 

「それじゃ先に戻っててください。私はちょっと寄るところがあるので」

 

 女性が機械兵に言うと女性と機械兵たちが現れた時と同じように次元が歪み始めた。

 

「待つにゃ!」

 

 逃亡を阻止するべく多摩さんが動くが、二機の最新機械兵が電磁バリアを張る。

 

「にゃあ!!」

 

 多摩さんは炎を纏わせた爪から炎の斬撃を放った! すると電磁バリアを切り裂き、破壊までは出来なかったが最新機械兵をも深く切り裂いた!

 斬撃は初代火影の昇降さんも得意としていたがそれに負けていない。

 だが結果としては未知の相手に逃げられフーリッピも奪還されてしまった。

 

「逃げられてしまいましたか」

 

 崩れた壁の影からフョードルさんが姿を見せ言う。投げ飛ばされはしたが目立った怪我もなく大丈夫そうだ。

 

「……君たちは大丈夫かにゃ」

 

 多摩さんが心配した様子で僕たちに近づき言った。

 

「はい、僕たちは大丈夫ですが」

「ううう……」

 

 舞雪ちゃんはショックが大きいようでふさぎ込んでいる。

 

「私を庇って罪千さんが……」

 

 目の前で罪千さんが殺されたことに大きなショックを受けたようだ。確かに自分を庇って誰かが死んでしまったら僕だって大きなショックを受けて同じようになってしまうだろう。

 舞雪ちゃんの涙がポタポタと地面に落ちていく。

 

「舞雪ちゃん、罪千さんなら大丈夫だから」

「そうです! 私なら大丈夫ですから!」

「………………えっ?」

 

 罪千さんの声かけで顔を上げる舞雪ちゃんだが、罪千さんの全くの無傷な姿を見るとキョトンとした表情で固まった。



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形骸な英雄の襲来

 遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
 新年のご挨拶と共に投稿の方が大変遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。

 一応理由の方を申し上げますと、この話を書いてる時にあまりにも原作との変更点が特にないなと感じこのままで良いのか? もっとオリジナリティを出すべきか、大幅なカットを入れるべきか大変悩みました。
 今日まで悩みに悩み抜いた結果、必要な部分だと判断して投稿することにしました。

 言い訳ついでに必要箇所も後書きにてご説明もしておきます。必要ないと思う方は読み飛ばしていただいても大丈夫です。


「てなわけで、試験お疲れさん。乾杯」

 

 アザゼルがそう言うと注がれた酒を(あお)る。まだ昼間だというのに既に酔いどれ状態のアザゼル総督。

 一誠達はホテルに移動し、貸し切りのレストランで試験後の疲れを労ねぎらってもらっていた。

 レストランには一旦離れているギャスパー以外のメンバーが揃っており、皆レストランの料理に舌鼓を打っている。

 

 ギャスパーは一足先に冥界のグレゴリの神器(セイクリッド・ギア)研究機関に行っていた。バアル戦が終わってしばらくして、自分の神器(セイクリッド・ギア)に向き合い深く知るためグリゴリの門を叩いた。

 自分が強くなるためには基礎トレーニングだけでは足りず、強くなるには自分の能力について深く知る必要があると判断し、今まで逃げ続けていた自分の神器(セイクリッド・ギア)と向き合う覚悟をしたのだ。

 

「どうだった?」

 

 横に座るリアスが一誠に問う。

 

「えーと。そうですね。どちらも手応えがありました。これも皆が協力してくれたおかげですね。でも、実技でちょっとやり過ぎまして……」

 

 実技試験の際、一誠は赤龍帝のパワーで相手を吹っ飛ばした。それも試験会場に穴を空ける程に。

 

「壊してしまった壁の修理代はこちらで払っておくから、気にしなくて良いわ。けれど、今後他の中級悪魔と出会ってイザコザに発展したとしても、いきなり本気で殴りかかってはダメよ? あなた達は現時点でかなりの強さなのだから」

 

 リアスに注意され反省する一誠。

 神滅具(ロンギヌス)を宿し禁手まで至ってる一誠は下級悪魔の中では異例の強さを誇るのは当然のこと。

 さらにはグレモリー眷属が相手にしてきたのは、伝説級ばかりのヴァーリチーム、北欧のロキに神殺しのフェンリル。そして最強の神滅具(ロンギヌス)黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』。その他にも大物ばかり戦い敗けもあったが全員生き残ってきた。

 多くの修羅場を潜り、そんな異常な強さの相手に負けぬよう修行したグレモリー眷属のレベルは一般的な中級悪魔の実力は大きく超えている。

 

『お前の場合、天龍の俺を宿しているだけで常軌を逸しているのに、目標としているライバルが歴代最強の白龍皇だからな。最初から目標があまりに高過ぎた。その上でそれを目指して力を発揮させていったのだから、知らずの内に他の悪魔をごぼう抜きなんて当然の事だろう。夏の終わりには主であるリアス・グレモリーも超えてしまったではないか。あの女も決して弱いわけではないぞ。―――赤龍帝の成長率が凄まじかっただけだ』

「それでも歴代と比べると成長が遅い方なんだろう?」

 

 一誠はやっぱり自分には才能が無いと嘆く。

 

『確かに遅い。―――が、今までに無い異例の成長を見せているお前を他の赤龍帝と比べるのもな。未だ成長の頂上が見えないのが恐ろしい程だよ。……まあ、その成長の要因が乳なわけだが……はぁ……』

 

 ドライグはまた深い溜め息を吐く。

 この話題はここまでにした方がいいなと思った一誠の視界に微笑ましい一場面が映り込む。

 

「ほら、小猫さん。これとこれとこれを食べた方がよろしいですわ」

「……別に取ってもらわなくても自分で食べられる」

「あなたが元気にならないとイッセーさんが悲しみますわよ」

「……分かった。食べる。……ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

 

 というレイヴェルと小猫のやり取り。

 口喧嘩もするが打ち解け合ってきている二人。

 

「……我、じーっとドライグを見る」

 

 レストランの隅で一誠をジッと見つめるオーフィス。モグモグとパスタ料理を口に運んでいた。テロリストの首領がいるのに騒ぎになるが無論ホテル従業員には内緒。

 黒歌やルフェイたちもレストランの片隅で甘いものを食べている。

 黒歌ははぐれ悪魔であり冥界では指名手配の為、猫耳と尻尾をしまい、服装もルフェイと同室のローブを着込んでいる。更にサングラスも着け、『気』の質も変えているので余程の事が無ければ悪魔相手にはバレない。

 その術はルフェイやオーフィスにもかけているので、彼女達も怪しまれない。

 彼女達が神出鬼没なのはこの様に上手く忍び込める能力に長けているからである。

 酔ったアザゼルが一誠、木場に言う。

 

「イッセー、木場、お前ら二人はグレモリー眷属でも破格だな」

「破格……ですか」

 

 木場の言葉にアザゼル総督はうなずいた。

 

「とんでもない可能性を持った若手悪魔って事だよ。イッセーは才能こそ無いものの、赤龍帝を宿す者。歴代所有者とは違う方向から力を高め、遂に『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』とは真逆の能力に目覚めた。木場は後付けに得たものがあったとはいえ、それでも才能が抜きん出ている。禁手(バランスブレイカー)を二つも目覚めさせるなんて信じられない程の才だ。しかも未だ発展途上中ときた。さらに言うならお互いにトレーニングして高めあっているなんてな。……お前ら、リアスがプロデビューする前に最上級悪魔になるんじゃないか」

 

 木場が遠慮がちに言う。

 

「僕は恵まれています。すぐ近くに天龍―――赤龍帝のイッセーくんがいますから。練習相手として、これ以上の相手はいません。しかも未だ成長途上の中。イッセーくんと模擬で戦っているだけで光栄ですね」

「笑顔で恥ずかしい事を言うな! ……ったく、俺もテクニックタイプの天才のお前が相手だから修行がはかどるよ。俺の弱点はテクニックタイプだからさ」

 

 一誠がそう言った直後、アザゼルが首を横に振った。

 

「いや、お前にはもう1つ大きな弱点がある。と言うよりも露呈された。強力なトリアイナと真『女王』、その弱点はずばりスタミナだ。どちらも使用するには体力とオーラの消耗が激し過ぎる。イッセー、現状で真『女王』の使用時間はどれ程だ?」

「……正直、力が安定しなさ過ぎて攻撃1回で状態が解除される事もあります。制御があまりに難し過ぎるんです」

 

 一誠の真『女王』はあまりに制御が難しく、真『女王』の力の安定にはトリアイナ状態での能力向上が必須。

 パワー出力と防御力を高めたいのなら、トリアイナの『戦車』を使い続けて慣れていくしかない。同じく速度ならトリアイナの『騎士』、砲撃ならトリアイナの『僧侶』。

 それぞれの駒を成長させる事が真『女王』の力を上げる根底となると考える。

 

「トリアイナでそれぞれの駒の力に慣れていき、同時に高めていくしかないです。真『女王』は各駒の総括版みたいなものだから」

 

 激しいスタミナ消耗の解消。そう考える一誠にアザゼルはそれを拭い去る様な事を言う。

 

「力の安定が可能になったとしても直ぐには消耗の根本的な解決にはならないかもしれないな。心身に深刻な影響を与えない為に発現した新しい力だが、とにかく消耗するものが凄まじい。命を削らず、生命的な危険が無い分、体力やオーラを余計に食うんだろうな」

 

 命に関わる代償が無いからこその大きな消耗。それが『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』以外の選択を突き進んだ一誠の力の答え。

 これからの強敵との戦いを見越して長時間の戦闘をするべくことを考える。

 一誠はふと思ったことをアザゼルに訊ねた。

 

「そういや、サイラオーグさんのところのレグルスとかいう自律した神滅具―――レグルス、あれも『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』みたいなことができるんですか? 強力な魔物やドラゴンが封印されたタイプの神器って、『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』みたいなことができるって、冥界での合宿の時に先生言ってましたよね?」

「システム上は可能だな。『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』や魔物封印系神器(セイクリッド・ギア)だと覇の獣と書いて『覇獣(ブレイクダウン・ザ・ビースト)』だ。天龍の『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』の方が強力だがな。あれは特異だ。まあ、これらは凶悪だから使用可能になったとしても使わない方が良い。『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』みたいに生命力を神器に吸われて、大暴れした挙げ句に死ぬだろうさ」

 

 同格なだけに同じ使いづらさがあるのかと思う一誠。

 

「神滅具の事は同盟した今、発見次第三大勢力のトップ陣に知らされる事になっているんですよね? でも、先生はあの獅子がサイラオーグさんの所にいる事を知らなかった。それってバアル側の同盟違反では?」

 

 『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』は悪魔サイドに属する事になるので、魔王のサーゼクスやアザゼルに報告が入っているはず。

 しかし、アザゼルがその神滅具(ロンギスヌ)の正体を知ったのはサイラオーグとのゲームの時。

 サイラオーグが故意に隠したとは思えない。それが一誠は疑問だった。

 その事についてアザゼルは息を吐いて言う

 

「サーゼクスすら知らなかったようだからな。どうにも大王派の連中がサイラオーグに『兵士』の正体を隠すよう打診していたようでな。サイラオーグは魔王に報告すべきだと訴えたようだが、次期当主ともなると現当主によって行動を縛られる部分も出てくる。その上、大王派はゲームでも徹底的に隠すべきだと主張してな。出したとしても正体を晒すな、と」

「でも、最後に出てきて正体を晒しましたよね」

「さすがにサイラオーグも黙っているのが我慢の限界だったらしくてな、使える場面があれば使う気だったようだ。あの終盤戦エンドゲームを誰も予想なんて出来なかっただろうが、それでもああいう形で晒されたわけだ。お陰で現在、大王派は魔王派の連中に相当追及されているようだぜ?グリゴリと天界も同盟関係上、一応の文句を悪魔サイドに発信したけどな」

 

 裏で大王派の上役連中がサイラオーグにレグルスを出さない様に言っていた。だが、真っ正面から本気でぶつかりたかったサイラオーグは獅子を出す事を躊躇ためらわなかった。

 悪魔の派閥は一誠の想像以上に泥沼と化している。

 一誠はレグルスの話からもう1つ、思い出した事を訊く。

 

「……先生、『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』の『覇輝(トゥルース・イデア)』って言うのは? それも『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』や『覇獣(ブレイクダウン・ザ・ビースト)』みたいな現象なんですか? あれにも魔物が封印されている?」

「……あの槍にはな、魔物が封印されているわけじゃないんだ。あれに封印されているのは『聖書に記されし神』の遺志みたいなもんさ。―――『神』と言う存在を殺せる槍。始まりの神滅具(ロンギヌス)。それを『聖書に記されし神』は現世に遺した。しかも人間だけの能力―――神器としてだ。それが何の為かは俺の組織でも意見が割れているところだな。自分が消滅しても信徒の布教が進められる様に他の神話体系の神々を殺す為の侵略兵器を作ったとか、逆に信徒のもとに襲い掛かってくるかもしれない他勢力の神々に対抗させる為の防衛手段だとか、単に偶然作り出されたとか、説は様々だ。天界でも結論は出ないって話だな。どちらにしてもあの聖槍(せいそう)の後に他の強力な神器(セイクリッド・ギア)が発見されて、神滅具ってものが定義されていったわけだ」

「始まりの神滅具(ロンギスヌ)、か……」

「今世に限っては各神滅具の状態が前例の無い変化を見せている。―――十三種以外の神滅具ロンギヌス、十四種め、十五種めが偶然発現されてもおかしくない流れだ」

 

 新しい神滅具(ロンギヌス)が生まれるかもしれない。そうアザゼルは言う。

 ただでさえ凶悪な位置にある神器(セイクリッド・ギア)が増えていくとなると、畏怖せざるを得ない……。それが味方なら心強いが、敵となれば怖い。そう一誠は思った。

 

「…………」

 

 一誠の近くに座るアーシアが何やら考え事をしている。食事もあまり摂らず、ジュースを延々と少しずつ飲んでいた。

 一誠が話し掛けると、アーシアは静かに言う。

 

「……私も神器(セイクリッド・ギア)についてもう少し深く知ろうかなって思いまして」

「回復を……強化するって事?」

 

 一誠がそう訊くとアーシアは頷いた。

 

「ギャスパーくんも神器(セイクリッド・ギア)を深く知ろうとアザゼル先生の研究施設に向かったと言いますし、私も次、そこにお世話になろうかなと思ったんです」

 

 バアル戦以降、グレモリー眷属の皆が自分の能力に更に向き合い始め、奥手のギャスパーですら自らを鍛える為にグリゴリの門を叩いた。

 アーシアの回復能力はグレモリー眷属では凄まじいサポートを発揮するが、それでもアーシアはその事に満足出来ていないのだ。

 

「先生、二つお訊きします。『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』は禁手(バランス・ブレイカー)になる事が可能なのかと言う事と、私も禁手(バランス・ブレイカー)になれるのか、それが知りたいです」

 

 アーシアの質問を聞き、アザゼルは酒を一口呷ったあとに口を開く。

 

「1つめの質問だが、ある。『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』にも禁手(バランス・ブレイカー)の状態が予測されている。二つめの質問もYESだ。いろんなイレギュラーな現象を起こしている赤龍帝イッセーの傍にいれば、修行――努力次第で至れるだろうし、亜種の禁手(バランス・ブレイカー)になる事もセンス次第で可能だろう。―――だがな、アーシア。お前の能力は既に完成の域に達しているんだよ」

 

 アザゼルの言葉にアーシアは若干訝しげな様子となる。

 

「それはどういう事なのでしょうか?」

「言葉の通りだ。お前の回復能力は既に極めて高くてな。見ての通り、お前の能力でイッセー達は何度も危険な場面を抜け出ている。アーシアは神器(セイクリッド・ギア)能力を既に引き出しきっていると言って良い。他の『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』所有者と比べても回復能力の高さ、回復の速度、どれを取っても一級品だ。遠距離での回復も平均値を超えたものを叩き出している。仮に禁手(バランス・ブレイカー)になったとしてもそれらのスケールアップのものになるだろうな」

 

 アザゼルはアーシアの能力を大絶賛した。

 アザゼルの言う通り、アーシアの能力は現時点でも相当なもの。アーシアという回復があるおかげで高水準での安定した戦いが出来る。

 傷を負ってもアーシアの回復を受ければ直ぐに戦線復帰が出来る。

 アザゼルから絶賛され、強くなりたい思いとは裏腹の複雑な表情をアーシアは浮かべた。そのアーシアにアザゼルは話を続ける。

「アーシア、お前は眷属の(かなめ)だ。回復要員は貴重であり重要。グレモリー眷属―――否、ここにいるメンバーでの戦闘で一番大事なのはお前だ。それは他のメンバーからも聞いて分かっているだろうし、お前自身も自覚しているな?」

 

 アザゼルの言葉にアーシアは頷く。

 

「では、お前の弱点は分かるか?」

「……回復以外でお役に立てないと言う事でしょうか?」

「いや、少し違うな。お前は回復に専念すべきだ。他の事はイッセー達に任せれば良い。だが、お前は狙われる。回復を潰せばそれだけでこっちが大打撃だからだ。そうなるとお前を守護する為にアタッカーか、後衛が守備に回らないといけなくなる。それは陣形が乱れ、戦闘のテンポが途切れる事に繋がるだろう。おまえの弱点は自ら守る術がないことだ。だからこそ、お前が今後伸ばすべきは自分を守る能力を得る事。……そうだな、お前には結界系か、幻術系、または召喚の魔力、魔法が合うかもしれん。壁となる魔物と契約して召喚すればお前の守備にイッセー達が回らなくても済む。リアス、アーシアは気難しい『蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)』と契約を結んでいるんだろう?」

「ええ、アーシアの使い魔になっているわ」

 

 アザゼルの問にリアスがうなずく。

 

 アーシアが使い魔の森でゲットした上位ドラゴンの子供。兵藤家でよくアーシアと遊んでいる。

 

「案外、魔物を使役する能力が高いかもしれないな。盲点だった。伝説級の魔物と出会って片っ端から契約を持ち掛けてみるのはどうだろうか?意外にもすんなりいくんじゃないか? 壁役となる魔物と言うと―――」

 

 アザゼルは楽しそうにアーシアの能力強化をブツブツと模索し始めた。

 眷属全員の強化プランが纏まっていく。

 一誠が負けてられないと強くなる決意を新たにした時、全身をヌルリとした嫌な感覚が包み込んでいく。

 この場の空気が一瞬で変化し、同じ風景なのに全く違う場所に転移したかの様な錯覚を覚える……。

 アザゼルや木場も同じものを感じ顔を険しくして目線をレストラン内に配らせた。

 黒歌が一誠たちに近付き、猫耳と尻尾を出してピクピクと耳を動かす。服装もいつもの着物に戻し、皮肉げな笑みを浮かべていた。

 

「ありゃりゃ、ヴァーリは撒かれたようにゃ。―――本命がこっちに来ちゃうなんてね」

 

 黒歌が意味深な事を言った刹那―――見覚えのある霧が一誠達の周囲に立ち込めて、辺りを包み込んでいった。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 ホテル内のレストランを飛び出していく一誠達。建物内の人気ひとけが一切無くなっている。

 京都で二度も体験したあの霧と全く同一の現象に、一誠は走りながら禁手のカウントダウンをスタートさせた。

 自分たちはまた強制的に転移させられた。自分たちのいたホテルと全く同じものを異空間に創り出して、自分たちだけをそこに転移させたと。

 一誠の隣に位置したゼノヴィアが叫ぶ。

 

「イッセー、これはまさか!」

「ああ、ゼノヴィア。だろうよ。忘れたくても忘れられない霧だった!」

 

 一誠の脳裏に英雄派の霧使いが()ぎる。

 レストランから広いロビーに到着すると―――近くに備えられた黒いソファーに堂々と座る三人の男の姿と大柄なロボットの姿が見えた。

 刹那、そこから球状の火炎が飛び込んでくる。狙いはアーシアとイリナ。しかし、その火炎は2人に衝突したなかった。

 オーフィスが二人の壁になって火炎を難なく打ち消したから。

 

「あ、ありがとうこざいます」

「……」

 

 アーシアの礼にオーフィスは無反応。

 一誠達はソファーに視線を戻す。

 見覚えのある学生服にローブを羽織った青年と―――同じく学生服の上から漢服を着た黒髪の青年が一誠達を見据えていた。もう一人の見たことない軍服を着た男は我関せずと本を読み続けている。

 漢服の青年は座ったまま槍で肩を軽く叩くと一誠達に向けて言う。

 

「やあ、久しいな、赤龍帝、それにアザゼル総督。京都以来だ。いきなりの挨拶をさせてもらった。先日のアスカロンのお返しだ」

「……曹操っ!」

 

 一誠がその男の名を叫ぶ。

 『禍の団』英雄派のリーダーにして最強の神滅具を持つ男、曹操。

 曹操は拍手をした。

 

「この間のバアル戦、良い試合だったじゃないか。禁手の鎧を纏った者同士の壮絶な殴り合い。戦闘が好きな者からすれば聞いただけで達してしまいそうな戦いだ。改めて賛辞の言葉を送ろう、グレモリー眷属。若手悪魔ナンバーワン、おめでとう。良い眷属だな、リアス・グレモリー。恐ろしい限りだ」

「テロリストの幹部に褒めてもらえるなんて、光栄なのかしら? 複雑なところね。ごきげんよう、曹操」

 

 リアスは最大に警戒しながらも皮肉げな笑みを見せる

 

「ああ、ごきげんよう。京都での出会いは少ししかなかったから、これが本当の初めましてかな。あの時は突然の召喚で驚いたが。いやー、なかなかに刺激的だった」

「言わないで! ……思い出しただけでも恥ずかしいのだから!」

 

 曹操の言葉にリアスは手を前に出して「やめて!」と最大限に強調。あんなとんでもない召喚法で京都に呼び出されたのだから無理も無い。

 

「それで、またこんなフィールドを別空間に作ってまで俺達を転移させた理由は何だ? どうせろくでもない事なんだろう?」

 

 アザゼルがそう訊くと曹操は視線を一誠達の後方に向けた。その視線の先にいたのはオーフィス。

 

「やあ、オーフィス。ヴァーリと何処かに出掛けたと思ったら、こっちにいるとは。少々虚を突かれたよ」

 

 オーフィスの前に黒歌が立つ。

 

「にゃはは、こっちも驚いたにゃ。てっきりヴァーリの方に向かったと思ったんだけどねー」

「あっちには別動隊を送った。今頃それらとやり合っているんじゃないかな」

 

 両者の意味深な会話を怪訝な様子で見守る一誠達を前にルフェイが笑顔で挙手した。

 コホンと咳払いすると、嬉々として説明を始める。

 

「えーとですね。事の発端は二つありました。一つはオーフィスさまが赤龍帝『おっぱいドラゴン』さんに大変ご興味をお持ちだった事。それを知ったヴァーリさまが独自のルートで『おっぱいドラゴン』さんとの出会いの場を提供されました」

 

 一つめを話したルフェイは一本だけ出していた指を二本にする。

 

「二つめ、オーフィスさまを陰で付け狙う方がいると言う情報をヴァーリさまが得たので、確証を得る為、いぶり出す事にしたのです。運が良ければオーフィスさまを囮役にして私達のチームの障害となる方々とも直接対決が出来る―――と。……えーとつまりですね」

 

 遠慮がちにルフェイが曹操達に指を突きつけた。

 

「そちらの方々がオーフィスさまと私達を狙っているので、ヴァーリさまがオーフィスさまをアジトからお連れして動けばそちらも動くでしょうから、狙ってきたところを一気にお片付けしようとしたのです。ただ、オーフィスさまを危険に晒す事も無いので、美猴(びこう)さまが変化された偽のオーフィスさまをヴァーリさまがお連れして、本物のオーフィスさまは『おっぱいドラゴン』さんのお家にお連れしたのです」

 

 ルフェイの言葉を聞いて一誠は曹操、オーフィス、アザゼルへと視線を配った。

 ヴァーリ達が最初に言っていたオーフィスを狙っている脅威とは曹操達、英雄派のことであった。

 驚愕しているグレモリー眷属達を尻目に、曹操は頷きながら槍で肩を叩く。

 

「ま、ヴァーリの事だから、オーフィスをただ連れ回すわけもないと踏んでいた。どうせ俺達と相対する為にオーフィスを囮にするんだろう―――と。だが、ヴァーリの事だ。オーフィスを無闇に囮にする筈も無いと思った。オーフィスが今世野赤龍帝と白龍皇の変異に興味を抱いているのも知っていたものだから、もしやと思って二手に分かれて奇襲をかける事にした。一方はヴァーリを追う。そして俺とゲオルクは赤龍帝側に探りを入れる。―――案の定、こちらにオーフィスがいたと来た。それで、この様な形でご対面を果たす事にしたんだよ」

 

 ヴァーリが本物のオーフィスを危険に晒す事無く偽のオーフィスを囮にして曹操を誘おびき出そうとしたが曹操はヴァーリの行動に疑念を抱き、グレモリー側にオーフィスがいるかもしれないと予想した。

 曹操の予想は見事正解。

 オーフィスが静かに口を開く。

 

「曹操、我を狙う?」

「ああ、オーフィス。俺達にはオーフィスが必要だが、今のあなたは必要ではないと判断した」

「分からない。けど、我、曹操には負けない」

「そうだろうな。あなたはあまりに強すぎる。正直、正面からやったらどうなるか。―――でも、ちょっとやってみるか」

 

 曹操は立ち上がると聖槍せいそうを器用に回し、槍の先端が開かれてまばゆいばかりの光の刃が現れる。

 それと同時に曹操の姿が消え、次に現れた時は曹操の槍がオーフィスの腹部を深々と貫いていた。

 予備動作無しに致命傷の一撃を加え曹操は槍を持つ手に力を込めて叫ぶ。

 

「―――輝け、神を滅ぼす槍よっ!」

 

 突き刺したと同時に膨大な閃光が槍から溢れ出していく。

 

「これはマズいにゃ。ルフェイ」

 

 黒歌がそう言うと、ルフェイと共に何かをボソボソと呟つぶやき一誠達の周囲に闇の霧が発生する。

 

「光を大きく軽減する闇の霧です。かなりの濃さなので霧をあまり吸い込まないでくださいね! 体に毒ですから! でもこれぐらいしないと聖槍の光は軽減出来ません!」

「しかも私とルフェイの二重にゃ」

 

 ルフェイと黒歌がそう説明した瞬間、聖槍から発生する膨大な光の奔流がホテル内に広がっていく。

 暗い霧の中でも聖槍が放つ光は凄まじく、霧が無ければ攻撃の余波でリアス達は致命傷を受けていただろう。

 聖槍の光が止んで闇の霧も消え去り、腹部に槍を刺されたままのオーフィスの姿がハッキリと浮かぶ。しかし、オーフィスの腹部から鮮血が溢れるどころが苦痛の表情すらない。

 曹操はゆっくりと槍を引き抜くがオーフィスの腹部は血すら噴き出さずに穴が空いているだけで、その穴も何事も無かったかの如く塞がり、曹操が呆れ顔で言う

 

「悪魔なら瞬殺の攻撃。それ以外の相手でも余裕で消し飛ぶ程の力の込めようだったんだが……。この槍が弱点となる神仏なら力の半分を奪う程だった。見たか、赤龍帝? これがオーフィスだ。最強の神滅具でも致命傷を負わす事が出来ない。ダメージは通っている。―――が、無限の存在を削るにはこの槍を持ってしても届かないと言う事だ」

 

 無限を司るオーフィスには聖槍でどんなに攻撃しても無意味。

 曹操が更に話を続ける。

 

「攻撃をした俺に反撃もしてこない。理由は簡単だ。いつでも俺を殺せるから。だから、こんな事をしてもやろうともしない。グレートレッド以外、興味が無いんだよ。基本的にな。グレートレッドを抜かした全勢力の中で五指に入るであろう強者―――一番がオーフィスであり、二番目との間には別次元とも言える程の差が生じている。無限の体現者とはこう言う事だ」

 

 ここで一誠は一つの疑問が生じる。――ならこいつらはその無限をどうするつもりなんだ?

 倒すのが無理であり、今の口ぶりから曹操自身も勝てないと公言している。それは禁手か、『覇輝』になれば勝てるというものでもない。

 疑問が尽きない一誠達の視界にまばゆい光が映り込む。

 黒歌とルフェイの足下に転移型魔法陣が発生しており、黒歌が笑みながら言った。

 

「にゃはは、余興をしてくれている間に繋がったにゃ。―――いくよ、ルフェイ。そろそろあいつを呼んでやらにゃーダメっしょ♪」

 

 魔法陣の輝きは一層強くなり弾けていき、光が止むとそこ一人の男が出現していた。ダークカラーが強い銀髪に碧眼(へきがん)の男ヴァーリ。

 

「ご苦労だった、黒歌、ルフェイ。―――面と向かって会うのは久しいな、曹操」

 

 ヴァーリと対峙する曹操は彼の登場に苦笑する。

 

「ヴァーリ、これまた驚きの召喚だ」

 

 ルフェイが魔法の杖で宙に円を描きながら言う。

 

「あらかじめ用意しておいた転移法でヴァーリさまをここに呼び寄せました」

「曹操がこちらに赴く事は予想出来たからな。保険は付けておいた。さて、お前との決着をつけようか。しかし、ゲオルクと二人だけとは剛胆な英雄だな」

 

 ヴァーリの物言いに対し、曹操が不敵に笑む。

 

「剛胆と言うよりも俺とゲオルクだけで充分と踏んだだけだよ、ヴァーリ」

「強気なものだな、曹操。例の『龍喰者()』なる者を奥の手に有していると言う事か? 英雄派が作り出した、龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)に特化した神器(セイクリッド・ギア)所有者か、新たな神滅具(ロンギヌス)所有者と言ったところだろう?」

 

 ヴァーリの言葉に曹操は首を横に振る。

 

「違う。違うんだよ、ヴァーリ。『龍喰者(ドラゴン・イーター)』とは現存する存在に俺達が付けたコードネームみたいなもの。作った訳じゃない。既に作られていた。―――『聖書に記されし神』が、あれを」

 

 それを聞いたローブの青年、ゲオルクが言葉を発する。

 

「曹操、良いのか?」

「ああ、頃合いだ、ゲオルク。ヴァーリもいる、オーフィスもいる、赤龍帝もいる、闇皇もいる。無限の龍神に二天龍だ。これ以上無い組み合わせじゃないか。呼ぼう。地獄の釜の蓋を開ける時だ」

「了解だ。―――無限を食う時が来たか」

 

 口の端を吊り上げたゲオルクが後方―――広いロビー全体に巨大な魔法陣を出現させた。

 同時にホテル全体を激しい揺れが襲い、ドス黒く禍々しいオーラが魔法陣から発生していく。

 ゾッとする程の寒気と、魔法陣からかつて無い程のプレッシャーが放たれる。

 

『……これは、この気配は。ドラゴンにだけ向けられた圧倒的なまでの悪意……っ!』

 

 一誠の籠手に宿るドライグも何かを感じ声が震えていた。

 禍々しい魔法陣から巨大な何かが徐々に姿を現していく。

 十字架に磔はりつけにされ、全身に拘束具が付けられており、その拘束具に不気味な文字が浮かんでいた。目元にも拘束具があり、隙間から血涙が流れている。

 下半身は蛇や東洋のドラゴンに似た長細い姿、上半身は堕天使。

 両手や黒い羽、尻尾など、全身のあらゆる箇所に太い釘が打ち込まれていた。その姿はまるで罪を犯した罪人の様。

 

『オオオオオォォォォォオオオオオオオオォォォォォォォオ……』

 

 磔の罪人の口から不気味な声が発せられ、ロビー一帯に響き渡る。牙むき出しの口から血と共に唾液が吐き出され、苦しみ、妬み痛み、恨み、ありとあらゆる負の感情が入り交じったかの様な低く苦悶に満ちた声音。

 アザゼルが目元を引くつかせ、憤怒の形相と化す。

 

「……こ、こいつは……。なんてものを……。コキュートスの封印を解いたのか……ッ!」

 

 曹操が1歩前に出て詩を詠む様に口ずさむ・

 

「―――曰いわく、『神の毒』。―――曰いわく、『神の悪意』。エデンにいた者に知恵の実を食わせた禁忌の存在。今は亡き聖書の神の呪いが未だ渦巻く原初の罪―――。『龍喰者ドラゴン・イーター』、サマエル。蛇とドラゴンを嫌った神の呪いを一身に受けた天使であり、ドラゴンだ。そう、存在を抹消されたドラゴン―――」

 

 拘束具を付けられた堕天使ドラゴン―――サマエルの名を聞いて、一誠以外の誰もが驚愕していた。

 

「……先生、何ですか、あれ……。俺でもヤバいって見ただけでも分かるんですけど」

「アダムとイブの話を知っているか?」

「え、ええ、それぐらいは」

「蛇に化け、アダムとイブに知恵の実を食わせる様に仕向けたのがあれだ。それが『聖書に記されし神』の怒りに触れてな。神は極度の蛇―――ドラゴン嫌いになった。教会の書物の数々でドラゴンが悪として描かれた由縁だよ。奴はドラゴンを憎悪した神の悪意、毒、呪いと言うものをその身に全て受けた存在だ。神聖である筈の神の悪意は本来あり得ない。ゆえにそれだけの猛毒。ドラゴン以外にも影響が出る上、ドラゴンを絶滅しかねない理由から、コキュートスの深奥に封じられていた筈だ。あいつにかけられた神の呪いは究極の龍殺しドラゴン・スレイヤー。それだけにこいつの存在自体が凶悪な龍殺しドラゴン・スレイヤーなんだよ……ッ!」

 

 その説明だけで相当危険な代物だと言う事が理解した。

 サマエルの登場にアザゼルが怒号を発する。

 

「冥界の下層―――冥府を司るオリュンポスの神ハーデスは何を考えてやがる……? ―――ッ! ま、まさか……っ!」

 

 アザゼルの得心に曹操が笑んだ。

 

「そう、ハーデス殿と交渉してね。何重もの制限を設けた上で彼の召喚を許可してもらったのさ」

「……野郎! ゼウスが各勢力との協力態勢に入ったのがそんなに気にくわなかったのかよッ!」

 

 アザゼルは憎々しげに吐き捨てた。

 曹操は聖槍を回して矛先を一誠達に向けた。

 

「と言うわけで、アザゼル殿、ヴァーリ、赤龍帝、彼の持つ呪いはドラゴンを食らい殺す。彼はドラゴンだけは確実に殺せるからだ。龍殺しの聖剣など比ではない。比べるに値あたいしない程だ。アスカロンは彼に比べたら爪楊枝だよ」

「それを使ってどうするつもりだ⁉ドラゴンを絶滅させる気か⁉ ……いや、お前ら……オーフィスを……?」

 

 アザゼルの問いに曹操は口の端を愉快そうに吊り上げた。そして指を鳴らし「―――喰らえ」と一言だけ告げる。

 その刹那、一誠達の横を何かが高速で通り過ぎていき―――バグンッ! と何かを飲み込む奇怪な音が発せられた。

 振り返ると―――オーフィスがいた場所に黒い塊が生まれていた。

 黒い塊には触手のような物が伸びており、それはサマエルの口元に繋がっていた。―――サマエルがオーフィスを飲み込んだ―――

 突然の事に当惑するが、英雄派のやる事はまともじゃないことを理解した。

 

「おい、オーフィス! 返事しろ!」

 

 一誠が黒い塊に話し掛けるが返事は無し。

 

「祐斗! 斬って!」

 

 リアスの指示で祐斗が手元に聖魔剣を創り出し、黒い塊に斬りかかった。しかし、黒い塊は聖魔剣を飲み込み、刃先を消失させる。

 

「……聖魔剣を消した? この黒い塊は攻撃をそのまま消し去るのか?」

 

 木場は聖魔剣をもう一本創り、今度はサマエルに繋がる触手―――舌に斬りかかるが、結果は先程と同じ結果になるだけだった。

 

『HalfDimension!』

 

 ヴァーリが背中から光翼―――『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』を出現させ、音声と共に周囲を歪ませていく。

 あらゆる物を半分にする半減能力も黒い塊とサマエルには全く効果がなかった。

 次にヴァーリは手元から魔力の波動を撃ち込むが、それも黒い塊に飲み込まれてしまうだけ。

 

「なら、消滅魔力で!」

 

 リアスが消滅魔力を放つが、それすらも意に介さなかった。

 ゴクンゴクンと不気味な音が鳴り、触手が盛り上がってサマエルの口元に運ばれていく。まるで黒い塊の中にいるオーフィスから何かを吸い取っている様に。

 

「それなら、禁手の力で!」

 

 一誠は素早く禁手の鎧を身に纏い、通常の『女王』に昇格。オーフィスを包み込む黒い塊に殴りかかろうとした時、アザゼルが強く止めてくる。

 

「イッセー! 絶対に相手をするな! お前にとって究極の天敵だ! ヴァーリどころじゃないぞ! あれはお前らドラゴンを簡単に屠れる力を持っている筈だ! それにこの塊はどうやら俺達の攻撃を無効にする力を持っているらしい! て言うかな、オーフィスでも中から脱出できない時点で相当にヤバい状況になってんだよ! 相手はドラゴンだが、アスカロンは使うな! 最凶の龍殺し相手じゃ何が起こるか分からん!」

「そんな事言ったって、オーフィスが奴らに捕らえられたら大変な事になるんでしょう⁉」

 

 一誠が叫ぶと横のロビーの壁が突然吹き飛ぶ。

 その場の全員が吹き飛んだ壁の方を見ると壁の向こう側には誇銅、ヴィロット、フョードルの三人の姿が。

 その時、今までただ(たたず)んでいただけのロボットの顔が少しだけ動き、無関心を決め込んでいた男もそっと本を閉じた。




1:試験終わりの労いの部分はグレモリー眷属及び頭脳担当のアザゼルの眷属自己評価を説明させるために残しました。得意げに評価と考察を語った後でそれが的外れだったとしたら滑稽じゃないかと思いまして。あと普通に説明もしておきたかった。

2:英雄派との会話はカットしたら話の繋がりがよくわからなくなると思ったからです。たぶん私の作品を読んで頂いてる読者様は原作を知っているとは思いますが、それでは私が気持ちが悪いと感じたからです。

 リアルが少々忙しいですが、また以前のように定期的に投稿していきたいと思っております。


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敗戦な無限龍の崩落

過去の頼もしい味方と強敵を連れて現れたことに驚きの視線を向ける一誠達だが、ヴィロットもフョードルもグレモリー眷属側など眼中にない。

 三人の登場と共にゼノヴィアが一応出していたエクス・デュランダルが僅かだが輝き初めて反応を示した。

 フョードルは黒い塊を見て「くっ、一足遅かったか」と眉をひそめる。

 

「あいつは京都で襲ってきた英雄派の……!」

 

 誇銅達と一緒にフョードルがいたことにグレモリー眷属の注目が集まる。

 味方であった誇銅とヴィロットはともかくフョードルは敵、それも現在対峙している英雄派の構成員。一誠達からすればヴィロットが一緒にいること以上の疑問だ。

 曹操がフョードルに話しかける。

 

「フョードル、一体そこで何をしているんだ?」

「それはこちらのセリフです!」

 

 曹操の疑問にフョードルはより強い疑問で問い返す。

 

「テロリスト共に協力し不要な戦を仕掛け、仲間をいたずらに危険に晒す。昔の貴方ならこんな馬鹿な真似は決してしなかった!」

 

 その質問に曹操はやれやれといった表情で答える。

 

「フョードル、前にも説明しただろう」

「ええ聞きましたよ。英雄の子孫としての挑戦。しかしこれが貴方が目指す英雄の道なのですか!? 私がついて行こうと決めた貴方は今よりずっと英雄に相応しかった!」

 

 フョードルは神器である足枷の鉄球を出現させ強い眼差しを曹操に向けた。

 その様子を見て曹操も聖槍を持つ手を僅かに強める。京都で一誠達との戦いで使用すらしなかった神器を出現させた。その意味を曹操も察した。

 

「過去の貴方なら今の貴方を必ずや止めるでしょう。しかし過去の貴方にはそれはできない。だから私達が代わり行います」

「裏切るのか? フョードル」

「私は裏切ってなどいない。裏切っていないから私は貴方と対峙しているのです。間違った道を進む貴方を止めるために!」

 

 話してる最中にフョードルが素早く鉄球を蹴り上げ、対魔の力を込めてサマエルの方へ蹴り放った。

 対魔と共に練り込まれたオーラを纏う鉄球がサマエルに向かっていが、それをロボットの両指の銃撃が弾く。

 

「邪魔はさせない」

 

 軍服の男がそう言うと、ロボットがフョードルに向かって飛んで行く。

 男と同じく黒い軍服に黒マント、最新鋭のガスマスクのような頭部のロボットのそれは誇銅やヴィロットが対峙したそれと比べて明らかに最新式のようだった。

 そのロボットを迎え撃とうとヴィロットが前に出るが、ロボットよりも先に軍服の男がヴィロットの眼前に現れマントに隠れた両手から二本のサーベルで斬りかかる。左右の手から縦横無尽に隙きなく放たれる剣戟に防戦一方。

 フョードルもロボットとの戦闘。誇銅はいざという時レイヴェルを守るため備えている。

 

「フョードルを相手にしても引けを取らないか。これはますます期待できそうだ」

 

 フョードルと戦うロボットを見て曹操はつぶやく。

 ヴィロットが軍服の男、フョードルが機械兵と戦闘。二人の戦いに割り込む余地のないことを理解した誇銅は警戒しつつレイヴェルを守る。一誠達の戦況は三人が駆けつける前と何一つ変わらなかった。

 ヴァーリが白い閃光を放って鎧姿となる。

 

「相手はサマエルか。その上、上位神滅具所有者が二人、不足は無い」

 

 ヴァーリの一言に黒歌とルフェイも戦闘の構えを取る。他のメンバーも戦闘態勢に入り、アザゼルもファーブニルの黄金の鎧を身に纏った。

 黒い塊と舌に攻撃が通じないなら、サマエル本体に直接攻撃するしかない。とにかく曹操達にオーフィスを奪われるのは絶対に阻止しなければならない。そう考えたのだ。

 

「レイヴェルさん、僕の後ろに下がってください。大丈夫、僕が絶対に守ってみせます」

 

 誇銅の頼みにレイヴェルはコクリと頷き、後方に下がった。

 一誠達の戦闘態勢を見て、曹操が狂喜に彩いろどられた笑みを浮かべた。

 

「このメンツだとさすがに俺も力を出さないと危ないな。何せハーデスからは一度しかサマエルの使用を許可してもらえてないんだ。ここで決めないと俺達の計画は頓挫する。ゲオルク! サマエルの制御を頼む。俺はこいつらの相手をしよう」

「一人で二天龍と堕天使総督、グレモリー眷属を相手に出来るか?」

「やってみるよ。これぐらい出来なければ、この槍を持つ資格なんて無いにも等しい」

 

 曹操の槍がまばゆい閃光が放た。

 

「―――禁手化(バランス・ブレイク)

 

神々しく輝く後光輪が背後に出現し、曹操を囲む様にボウリング球程の大きさの球体が七つ宙に浮かんで出現した。

 それは嘗て無い程シンプルで静かな禁手化(バランス・ブレイク)

 

「これが俺の『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』の禁手(バランス・ブレイカー)、『|極夜なる天輪聖王の輪廻槍《ポーラーナイト・ロンギヌス・チャクラヴァルティン》』まだ未完成だけどね」

 

 曹操の状態を見て、アザゼルが叫ぶ。

 

「―――ッ! 亜種か! 『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』の今までの所有者が発現した禁手(バランス・ブレイカー)は『真冥白夜の聖槍(トゥルー・ロンギヌス・ゲッターデメルング)』だった! 名称から察するに自分は転輪聖王とでも言いたいのか⁉ くそったれめが! あの七つの球体は俺にも分からん!」

「俺の場合は転輪聖王の『転』を敢えて『天』として発現させた。そっちの方がカッコイイだろう?」

 

 ヴァーリが一誠の隣に並んで言う。

 

「気を付けろよ。あの禁手(バランス・ブレイカー)は『七宝(しっぽう)』と呼ばれる力を有していて、神器(セイクリッド・ギア)としての能力が七つある。あの球体一つ一つに能力が付加されているわけだ」

「七つッ⁉ 二つとか三つとかじゃなくてか⁉」

「ああ、七つだ。それのどれもが凶悪だ。と言っても俺が知っているのは三つだけだが。だから称されるわけだ。最強の神滅具(ロンギヌス)と。紛れもなく、奴は純粋な人間の中で一番強い男だ。……そう、人間の中で」

 

 ヴァーリにここまで言わせる程の男。奴の体から放たれる重圧自体はサマエル程ではないにしろ、油断は一切禁物と一誠は思う。

 そもそも一誠は京都で一度曹操に殺されかけている。それも“通常状態”の聖槍で。油断してはいけないと考えることがもはや油断。

 曹操が空いている手を前に突き出すと―――球体の1つが呼応して曹操の手の前に出ていく

 

「七宝が1つ―――輪宝(チャッカラタナ)

 

 小さく呟いた後、球体が消え去り―――ガシャンッ! と何かが派手に壊れる音がロビーに響いた。

 音のした方に振り返れば―――ゼノヴィアのエクス・デュランダルが破壊されていた。

 

「……ッッ! エクス・デュランダルが……ッ!」

 

 突然の事になす術も無くデュランダルが破壊され、制御機能としての鞘となっていたエクスカリバーの部分も四散する。エクス・デュランダルとなって初めて反応したにも関わらず、ただの一度も力を見せることなく再び無反応となった。

 誰もが反応出来ず、エクス・デュランダルの破壊に呆気に取られた。

 

「―――まずは1つ、輪宝(チャッカラタナ)の能力は武器破壊。これに逆らえるのは相当な手練れのみだ」

 

 曹操が不敵に一言漏らした次の瞬間、ゼノヴィアの体から鮮血が噴き出ていく。

 

「ごぶっ」

 

 腹部に穴を開けられたゼノヴィアは口から血を吐き出し、その場にくず折れていく。それはどう見ても致命傷であった。

 

「ついでに輪宝(チャッカラタナ)を槍状に形態変化させて腹を貫いた。今のが見えなかったとしたら、キミでは俺には勝てないな、デュランダル使い」

 

 曹操の一言を聞いて全員がその場から散開した

 

「ゼノヴィアの回復急いで!アーシア!」

 

 リアスが直ぐに反応してアーシアに回復の指示を出す。

 アーシアは呆然と倒れ込むゼノヴィアを眺めていたが、直ぐに我を取り戻してゼノヴィアに駆け寄った。

 

「ゼノヴィアさんッッ!いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 アーシアは泣き叫びながらゼノヴィアの回復を始める。

 怒りに包まれた一誠と木場が飛びかかった。

 

「曹操ォォォォォォォッ!」

「許さないよッ!」

 

 一誠と祐斗は同時攻撃を仕掛けるが、曹操は聖槍で軽々とさばき再び球体の1つを手元に寄せた。

 

「―――女宝(イッティラタナ)

 

 その球体が2人の横を高速で通り過ぎ、リアスと朱乃のもとに飛んでいく。

 リアスと朱乃は反応してその球体に攻撃を加えようとするが―――。

 

「弾けろッ!」

 

 曹操の言葉に反応して球体が輝きを発し、リアスと朱乃を包み込む。

 

「くっ!」

「こんなものでっ!」

 

 2人がまばゆい光に包まれながらも攻撃をしようとするが、リアスも朱乃も手を突きだしたまま何も起こらない。

 自分の手元を怪訝に窺うかがい、もう一度球体に攻撃を加えようと手を突きだすが……やはり何も起こらない

 

女宝(イッティラタナ)は異能を持つ女性の力を一定時間、完全に封じる。これも相当な手練れでもない限りは無効化出来ない。―――これで3人」

 

 曹操の説明を聞きアーシアを封じられることに危機感を感じる。治療中のゼノヴィアは死んでしまう。

 アーシアの回復を重要視しておきながらその実防衛する手段を殆ど持っていない。

 曹操は高笑い、その表情は完全に戦いを楽しんでいるものだった

 

「ふふふ、この限られた空間でキミ達を全員倒す―――。派手な攻撃はサマエルの繊細な操作に悪影響を与えるからな。出来るだけ最小の動きだけで、サマエルとゲオルクを死守しながら俺1人で突破する! なんとも最高難度のミッションだッ! だが―――」

 

 黒歌とルフェイが手に魔力、魔法の光を煌きらめかせて、ゲオルクとサマエルの方に突き出していた。

 防御が薄いそこに攻撃を加えるつもりだが、そこにも曹操の球体が1つ向かう。

 

「ちょこざいにゃん!」

 

 黒歌がもう一方の手を突き出して迎撃しようとするも。

 

「―――馬宝(アッサラタナ)、任意の相手を転移させる」

 

 曹操が発言すると同時に黒歌とルフェイの姿がその場から消え去り、違う場所に出現する。

 そちらを見ればとんでもない光景が―――手を突き出したままの黒歌とルフェイ、彼女達の手の先がゼノヴィアを回復させるアーシアに向けられていた。

 攻撃は元々サマエルとゲオルクに向けられていたものだったが、強制転移の影響で矛先が変わっていた。手に灯った攻撃の火は急に止める事など出来ずに。

 

「ふざけるなよォォォォッ! 『龍星の騎士(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)』ッ!」

 

Change(チェンジ )Star(スター) Sonic(ソニック)!!!!』

 

 一誠は瞬時に体内の駒を切り替え、装甲をパージした高速仕様の鎧でアーシアのもとに飛び出していく。

 高速でアーシアの前に到着し、彼女の壁となる一誠。アーシアはゼノヴィアの治療に夢中で反応すら出来ていない。

 薄い装甲では矛先を変えられた黒歌とルフェイの魔法攻撃に耐えうるか怪しいが、一誠は命を賭けてアーシアを守る覚悟で壁となった。

 けたたましい轟音と共に2人の魔法攻撃が容赦無く炸裂。衝撃と激痛が一誠の全身を駆け巡った。

 薄い装甲の鎧はものの見事に魔法攻撃で破壊され、一誠は大量の血を吐き出す。胸から腹部にかけて黒焦げとなり、肉が弾け飛び、鮮血が溢れ出していく。

 一誠がくず折れる中で曹操は嘲笑するかの様な笑みを見せた。

 

「赤龍帝、キミの力はもう知っている。バアル戦では不安定で強力な能力にも目覚めたようだが―――。やりようなんていくらでもあるさ。トリアイナのコンボは強力だ。だが、一瞬だけ内の駒を変更するところにタイムラグがある。それを踏襲した攻撃方法で攻めれば俺なら潰せるんだ。―――攻略法が確立すれば数手でキミを詰められるよ」

 

 曹操はトリアイナの特性と一誠の弱点を完璧に把握しそこを突いた―――トリアイナ版『騎士(ナイト)』の薄い装甲と異常な仲間意識を。

 仲間が、特に女性が酷い目に遭えばいかなる場合でも激高を抑えられない。サイラオーグ戦で朱乃を倒した相手のクイーンを殺しにかかったのもその異常な仲間意識の裏返しだ。

 となれば不意打ちの転移をアーシアの前に出現させれば、そこへ一誠が無防備に飛び込んでいくことは必然。

 1度しか見ていないにもかかわらず、自分(一誠)の技を全て把握しきっている曹操にまるで相手にならないとばかりの実力の差を感じた。

 

「イッセーさんッ!」

 

 アーシアが致命傷を受けた一誠に気付き、回復のオーラを飛ばそうとするが、

 

「来るなッ! アーシアッ! ……俺はまだ良い。先にゼノヴィアを治療しろ……」

 

 一誠はゼノヴィアの治療を優先させた。

 

「でも! イッセーさん、お腹が……ッ!」

 

 倒れる一誠を見て新は更に怒りのボルテージを上昇させ、鎧を着込んだアザゼルとヴァーリが飛び出す

 

「ヴァーリィィィィッ!俺に合わせろッ!」

「まったく、俺は単独でやりたいところなんだがな……ッ!」

 

 両者は瞬時に曹操との距離を詰め、アザゼルは光の槍、ヴァーリは魔力のこもった拳を同時に撃ち込んでいく。

 

「堕天使の総督と白龍皇の競演! これを御す事が出来れば俺は更に高みを目指せるなッ!」

 

 嬉々としてその状況を受け入れる曹操。アザゼルとヴァーリが撃ち込んでくる高速の攻撃を軽々と避けていく。

 

「力の権化たる鎧装着型の禁手(バランス・ブレイカー)は莫大なパワーアップを果たすが、パワーアップが過剰すぎて鎧からオーラが迸ほとばしり過ぎる! その結果、オーラの流れに注視すれば、次に何処から攻撃が来るか容易に把握しやすいッ! ほら、手にしている得物や拳に攻撃力を高める為、オーラが集中するからねッ!」

 

 曹操が避けながらそう告げてきた。

 

ドズンッ!

 

 鈍い音と共にアザゼルの腹部に聖槍が突き刺さった。黄金の鎧は難なく破壊され、鮮血が迸る。

 

「……ぐはっ! ……何だ、こいつのバカげた強さは……ッ!」

 

 アザゼルは口から大量の血を吐き出し、くず折れていく。

 曹操は聖槍を引き抜きながら言った。

 

「いえ、あなたとは1度戦いましたから、対処は出来てました。その人工神器(セイクリッド・ギア)の弱点はファーブニルの力をあなたに合わせて反映出来ていない点です」

「アザゼルッッ! おのれ、曹操ォォォォォォッ!」

「両親にバケモノとされて捨てられたキミを唯一拾って力の使い方を教えたのがアザゼル総督だったかなっ⁉育ての恩人をやられて激怒したか!」

 

 ヴァーリが魔力の一撃を繰り出すが、そこにも球体の1つが飛来していく。

 

「―――珠宝(マニラタナ)、襲い掛かってくる攻撃を他者に受け流す。ヴァーリ、キミの魔力は強大だ。当たれば俺でも死ぬ。防御も厳しい。だが、受け流す術すべならある」

 

 ヴァーリの魔力は球体の前方に生まれた黒い渦に吸い込まれていった。全てを吸い取った渦は消失し、小猫の前方に新しい渦が発生する。

 カラクリに気づいた一誠は踏ん張り立ち上がろうとするが、口から血を吐き出し倒れ込む。

 新たに発生した渦からヴァーリの魔力が放たれ―――

 

「バカ、なんで避けないの!白音しろねッ!」

 

 黒歌が悲鳴を上げて小猫の前に立ち、盾となった。爆音がロビー内を駆け巡り、小猫の目の前で黒歌は曹操に受け流された魔力の一撃をまともに食らってしまった

 血を噴き出し、煙を上げて倒れていく黒歌。小猫が直ぐ様その体を抱き留めた。

 

「……な、なに、ちんたらしてんのよ……」

 

 消えそうな声音で黒歌はそう言い、小猫が首を横に振って叫ぶ。 

 

「……ね、姉さまッ!」

「曹操―――、俺の手で俺の仲間をやってくれたな……ッ!」

 

 怒りのオーラを全身に滾たぎらせるヴァーリ。

 

「ヴァーリ、キミは仲間想い過ぎる。まるでそこに無様に転がる赤龍帝のようだ。二天龍はいつそんなにヤワくなった? それと、俺の七宝のいくつかを見た事のあるキミが、能力が把握しづらいのは分かっているよ。キミに見せていない七宝でわざわざ攻撃しているからな。良かったな?これで七宝の全てを知っているのはキミだけになったぞ」

「では、こちらも見せようかッ!我、目覚めるは、覇の理ことわりに全てを奪われし―――」

 

 ヴァーリは『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』の呪文を唱え出したが、それを察した曹操がゲオルクに叫ぶ。

 

「ゲオルクッ! 『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』はこの疑似空間を壊しかねない!」

「分かっている。サマエルよ!」

 

 ゲオルクが手を突き出して魔法陣を展開させると、それに反応してサマエルの右手の拘束具が解き放たれた。

 

『オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォオオオオンッ』

 

 不気味な声を発しながらサマエルの右手がヴァーリに向けられ、空気を震撼させる音と同時にヴァーリが黒い塊に包み込まれた。

 

『オオオオオォォッォォォォォォオオオォォォォォオオオッ』

 

 サマエルが吼えると黒い塊が勢い良く弾け飛び、四散した塊の中からヴァーリが解放される。しかし、彼の鎧は塊と共に弾け飛んでいき、体中からも大量の血が飛び散っていく。

 

「……ゴハッ!」

 

 ヴァーリはロビーの床に倒れ込んでしまった。白龍皇ヴァーリはなす術も無く倒された。

 床に倒れるヴァーリを見下ろし、曹操は息を吐いた。

 

「どうだ、ヴァーリ? 神の毒の味は? ドラゴンにはたまらない味だろう? ここで『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』になって暴れられてはサマエルの制御に支障をきたすだろうから、これで勘弁してもらおうか。俺は弱っちい人間風情だから、弱点攻撃しか出来ないんだ。悪いな、ヴァーリ」

「……曹操……ッ!」

「あのオーフィスですら、サマエルの前では何も出来ないじゃないか。サマエルだけがオーフィスにとっての天敵だった。俺達の読みは当たってたって事だ」

 

 曹操は肩を槍で軽く叩きながらそう言う。

 オーフィスを包む黒い塊は未だにオーフィスから何かを吸い上げていた。

 

「えーと、これであと何人だ。赤龍帝、白龍皇、アザゼル総督を倒した今、大きな脅威は無くなったかな。後は聖魔剣の木場祐斗、ミカエルの天使とルフェイと言ったところか。少し気がかりなのは飛び入りの三人だが……彼らに任せても大丈夫そうだな」

 

 曹操の圧倒的な力にルフェイはどう出て良いのか分からずにいた。イリナも光の剣を構えたまま怒りの涙を流す。

 

「……よくも! ゼノヴィアを! 私の仲間をッ!」

「ダメよ、イリナ! 闇雲に出れば殺される!」

 

 リアスが今にも飛び出していきそうなイリナを制する。

 

「あの七宝と言うものをどうにかしなければ、攻撃は全てカウンターとしてこちらに返ってくるわ。7つの球体はどれも同じ大きさと形をしているから、何が飛んでくるか読みにくい上に複数でこられたら対応も極めて難しくなる。能力を同時に発動までされたら……。次の手がここまで読みにくい能力に出会ったのは初めてだわ。それらを意図して能力を発現させたとしたら恐ろしいまでの鬼才。―――イッセー達をあれだけ簡単に屠ほふれる相手よ。気がおかしくなるぐらいに私達を研究し尽くしてきた強敵だわ……ッ!」

 

 リアスはこれまでの戦闘から状況を把握する。

 

「イッセーさん! ゼノヴィアさんの治療が終わりました!次はイッセーさんに!」

 

 アーシアが駆け寄るが、一誠は「先に黒歌を頼む」と告げる。自分(一誠)よりも黒歌の方が重傷と見た。

 アーシアは一瞬当惑するが、コクリと頷いて直ぐに黒歌のもとに向かう。

 そんなアーシアを曹操は追撃しようともしない。もう勝利が揺るがないと確信してのことだ。

 

 ギィィィンッ!

 

 突如、金属音がロビー内に響き渡る。木場が聖魔剣で曹操に斬り込んでいた。

 曹操は剣戟を聖槍で難なく受け止める。

 

「あなたは強すぎる! しかし、一太刀ぐらい入れたいのが剣士としての心情だっ!」

「良い剣だ、木場祐斗。ジークフリートに届きうる才能か。正直言うと、俺との相性で1番無難に戦えるのはキミだ。強大なパワーは無いが、どんな状況でも臨機応変に振る舞える聖魔剣は特性を突き詰めれば非常に厄介になる。―――だが、成長途中の今のキミなら難なく倒せるさ」

 

 曹操が横薙ぎに聖槍を振るう。木場は瞬時に後方へ飛び退き、聖魔剣を消失させて聖剣を創り出した。そして龍騎士団を出現させて曹操の方に向かわせる。

 

「新しい禁手(バランス・ブレイカー)か! 是非見せてくれ! 良いデータとなる!」

 

 狂喜する曹操は球体を自在に操って龍騎士団を破壊していく。

 曹操が木場に向けて聖槍を構えるが―――頭を振って槍を下ろした。

 

「―――やるまでもないか。直ぐに特性は理解出来た。速度はともかく、技術は反映出来ていない状態だろう? 良い技だ。もっと高めると良いさ」

 

 息を吐いて断ずる曹操。それを聞いた木場は屈辱にまみれた憤怒の形相となっていた。仲間を死守するつもりで剣を構えたのに、相手はそれを意にも介さなかった……。それは剣士としての誇りを持つ木場が受けた侮蔑、屈辱、心中は計り知れない。―――だが曹操の言ったことは正しい。

 仲間をバカにされた事に、倒れ伏している一誠も心中でキレていた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっッ!!」

 

 離れた場所で戦っていた機械兵がフョードルの蹴りの連撃で曹操達の近くまで押し込む。鉄球の攻撃に押し込まれながらも機械兵は鉄球を弾き、フョードルは弾かれた鉄球を踏み台にして、より高く跳躍する。そして、その勢いのまま鉄球に聖なるオーラを注ぎ込む。

 

「聖主砲 Верный級!」

 

 トドメと言わんばかりに両足で鉄球を踏みつけるようにして放つ。駆逐艦の主砲の如き迫力でロボットに迫る。

 発射された鉄球を機械兵はスラスターを全力で噴かせサッカーのキーパーのように受け止めた。しかし受け止めはしたものの体から煙を上げる。

 そこへ機械兵の眼前に急接近したヴィロットが聖なる砲弾がセットされた大剣を振りかぶる。

 

「聖主砲Roma級!」

 

 大剣から発射された聖なる砲弾が無防備なロボットの上半身を吹き飛ばす。

 機械兵を完全に破壊したが二人の体には差があれど傷だらけ。一方で軍服の男は無傷。

 

「そっちはそろそろ終わったかね?」

 

 ヴィロットと戦っていた軍服の男が龍騎士団の中を通って曹操の隣へと戻る。

 男が通った後僅かに残っていた龍騎士団は全て切り刻まれた。

 

「そろそろ彼女たちを抑えておくのがキツくなってきた。機械兵も壊されてしまったし」

「どれだけ取れた?」

 

 男からの質問をそのまま渡すように曹操がゲオルクに訊ねる。

 

「四分の三強程だろうな。大半と言える。これ以上はサマエルを現世に繋ぎ止められないな」

 

 そう漏らすゲオルクの後方で不気味なものを出現させている魔法陣が輝きを徐々に失っていく。

 サマエルの召喚には時間制限があり、それが間もなく限界を迎えようとしていた。

 ゲオルクの報告を聞いて曹操が頷く。

 

「上出来だ。充分だよ」

 

 指を打ち鳴らすと黒い塊は四散。塊の中からはオーフィスが。

 繋がっていたサマエルの舌も口に戻り、役目を終えたサマエルが魔法陣の中に沈んでいく。

 苦悶に満ちた呻き声を発しながら魔法陣の中へと消え、その魔法陣も消滅していった。

 塊から解放されたオーフィスは以前と変わらぬ姿だが、オーフィスは曹操に視線を向ける

 

「我の力、奪われた。これが曹操の目的?」

 

 オーフィスの力が奪われた事態に驚愕する一同、曹操は愉快そうに笑む。

 

「ああ、そうだ。オーフィス。俺達はあなたを支配下に置き、その力を利用したかった。だが、あなたを俺達の思い通りにするのは至難だ。そこで俺達は考え方を変えた」

 

 曹操は聖槍の切っ先を天に向ける。

 

「あなたの力をいただき、新しい『ウロボロス』を創り出す」

 

 血を吐きながらアザゼル総督が言う。

 

「―――ッ! ……そうか! サマエルを使ってオーフィスの力を削ぎ落とし、手に入れた分を使って生み出す―――。……新たなオーフィスか」

 

 アザゼル総督の言葉に曹操は頷いた。

 

「その通りですよ、総督。我々は自分達に都合の良いウロボロスを欲したわけだ。グレートレッドは正直、俺達にとってそこまで重要な存在でもなくてね。それを餌にご機嫌取りをするのにうんざりしたのがこの計画の発端です。そして、『無限の存在は倒し得るのか?』と言う英雄派の超常の存在に挑む理念も試す事が出来た」

「……見事だよ、無限の存在をこう言う形で消し去るとはな」

「いえ、総督。これは消し去るのとはまた違う。やはり、力を集める為の象徴は必要だ。オーフィスはその点では優れていた。あれだけの集団を作り上げる程に力を呼び込むプロパガンダになったわけだからね。―――だが、考え方の読めない異質な龍神は傀儡(かいらい)にするには不向きだ」

「……人間らしいな。実に人間らしいイヤらしい考え方だ」

「お褒めいただき光栄の至りです、堕天使の総督殿。―――人間ですよ、俺は」

 

 曹操はアザゼル総督の言葉に笑みを見せ、ゲオルクが満身創痍の一誠達に視線を向けた。

 

「曹操、今ならヴァーリと兵藤一誠をやれるけど?」

「そうだな。やれる内にやった方が良いんだが……。二人ともあり得ない方向に力を高めているからな。将来的にオーフィス以上に厄介なドラゴンとなるだろう。だが、最近勿体無いと思えてなぁ……。各勢力のトップから二天龍を見守りたいと言う意見が出ているのも頷ける。―――今世に限って成長の仕方があまりに異質過ぎるから。それは彼らに関わる者も含めてなんだが……データとしては極めて稀まれな存在だ。神器(セイクリッド・ギア)に秘められた部分を全て発揮させるのは案外俺達ではなく、彼らかもしれない」

 

 曹操がそう言った時「ふっ」っと軍服の男が小さく嘲笑した。

 そこまで言った曹操は踵きびすを返してロビーを去ろうとする。

 

「やっぱりやめだ。ゲオルク、サマエルが奪ったオーフィスの力は何処に転送される予定だ?」

「本部の研究施設に流すよう召喚する際に術式を組んでおいたよ、曹操」

「そうか、なら俺は一足早く帰還する」

 

 機械兵に確認を取ると戻ろうとする曹操。

 ヴァーリが全身から血を垂れ流しながら立ち上がる。

 

「……曹操、何故俺を……俺達を殺さない……? 禁手(バランス・ブレイカー)のお前ならばここにいる全員を全滅出来た筈だ……。女の異能を封じる七宝でアーシア・アルジェントの能力を止めれば、それでグレモリーチームはほぼ詰みだった」

 

 一旦足を止める曹操が言う。

 

「作戦を止めると共に殺さず御する縛りも入れてみた……では納得出来ないか? 正直話すと聖槍の禁手(バランス・ブレイカー)はまだ調整が大きく必要なんだよ。だから、この状況を利用して長所と短所を調べようと思ってね」

「……舐めきってくれるな」

「ヴァーリ、それはお互い様だろう? キミもそんな事をするのが大好きじゃないか」

 

 曹操が自身に親指を指し示す。

 

「赤龍帝の兵藤一誠。何年掛かっても良い。俺と戦える位置まで来てくれ。将来的に俺と神器(セイクリッド・ギア)の究極戦が出来るのはキミとヴァーリを含めて数人もいないだろう。―――いつだって英雄が決戦に挑むのは魔王か伝説のドラゴンだ」

 

 挑発的な物言いをした曹操は次にゲオルグに言う。

 

「ゲオルク、死神(グリムリッパー)の一行さまをお呼びしてくれ。ハーデスは絞りかすのオーフィスの方をご所望だからな。……それと、ヴァーリチームの者がやってみせた入れ替え転移、あれをやってみてくれ。俺とジークフリートを入れ替えで転移出来るか? 後はジークフリートに任せる」

「一度見ただけだから上手くいくか分からないが、試してみよう」

「流石はあの伝説の悪魔メフィスト・フェレスと契約したゲオルク・ファウスト博士の子孫だ」

「……先祖が偉大過ぎて、この名にプレッシャーを感じるけども。まあ、了解だ。曹操。……それとさっき入ってきた情報なんだが……」

 

 ゲオルクが何やら険しい表情で曹操に紙切れを渡す。

 それを見た曹操の目が細くなっていく。

 

「……なるほど、助けた恩はこうやって返すのが旧魔王のやり方か……。いや、分かってはいたさ。まあ、充分に協力してもらった」

 

 ゲオルクは魔法陣を展開させて何処かに消え、軍服の男も少し離れた受付の奥で何かを拾い上げ帰り支度をした。

 曹操がこちら方に振り返る。

 

「ゲオルクはホテルの外に出た。俺とジークフリートの入れ替え転移の準備だ。まあ良い。一つゲームをしよう、ヴァーリチームとグレモリーチーム、それにフョードル。もうすぐここにハーデスの命を受けてそのオーフィスを回収に死神の一行が到着する。そこに俺の所のジークフリートも参加させよう。キミ達が無事ここから脱出できるかどうかがゲームのキモだ。そのオーフィスがハーデスに奪われたらどうなるか分からない。―――さあ、オーフィスを死守しながらここを抜け出せるかどうか。是非挑戦してみてくれ。俺は二天龍に生き残って欲しいが、それを仲間や死神に強制する気は更々無い。襲い来る脅威を乗り越えてこそ、戦う相手に相応しいと思うよ、俺は」

 

 それだけ言い残し、曹操はロビーから去っていった。

 

『……ゲームだと……?ふざけやがって……ッ!』

 

 舐めきった態度の曹操に一誠は怒りの感情を止められなかった。

 動けない一誠の代わりにフョードルが曹操に向かって飛び出す。

 

「待て曹操! 禁手―――」

「それはやめてもらおう」

 

 禁手(バランス・ブレイカー)を発動させようと飛び出したフョードルを発動前に軍服の男が斬った。

 もう片手のサーベルが倒れ込むフョードルの素っ首に振り下ろされるが、それにはなんとかヴィロットが間に合い防ぐ。さらに誇銅の炎による追撃で軍服の男を重症のフョードルから完全に引き剥がした。

 さっきまで被っていなかった軍帽が地面に落ちる。

 

「ふう、どうやら君たち三人はそこの彼らとは別格のようだね。なぜ三大勢力なんかに協力しているんだい?」

「そういう貴方も違うでしょ。こちらこそなんで共闘してるのか教えてほしいわ」

 

 落ちた軍帽を拾い上げながら「ん~」と唸る。

 

「別にその質問全部に答えても構わないが生憎今は彼ら(曹操)のターンということで余計なことはしないようにと総統閣下から言われている。私達の所まで着いたら答え合わせをしよう」

 

 鷹と髑髏の装飾がされた軍帽を被り直しサーベルを鞘に戻した。

 

「アルベルトだ。また会おう」

 

 アルベルトは背を向け手を振りながら去っていく。

 黒マントの背には卍を傾けた特徴的なシンボルがあった。




 原作とほぼ同じですいません。でもここを逃したら(曹操)の見せ場がほぼ無い可能性があるので許してください。


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改善な敵手の協力者

 少し前からだけど、お気に入り数が1000突破! 
 読者の皆様ありがとうございます! これからも頑張って投稿を続けていきたいと思います!
 今回は少し短めですが、お待たせしました。


「誇銅、外の様子はわかる?」

 

 ホテルの室内でヴィロットさんが僕に聞く。

 

「う~んあっちの方……駐車場辺り? その辺りに相当な数の気配を感じます。これは人間でも悪魔でもないですね」

「協力者はハーデスだから恐らく死神でしょうね。それより他の気配はないかしら? 例えば機械兵とかの」

「それなら今のところは。でも機械兵の種類によっては僕では感知が難しいのもあるので」

「それでも心強いわ。私達では種類問わず感知できないもの」

 

 曹操との戦いの後、怪我人続出だらけのグレモリー眷属達は擬似空間のホテル上階に陣取った。60階まであるホテルの真ん中―――30階まで移動し、その階層を丸ごとルフェイの強靭な結界で幾重(いくえ)にも覆って陣地としていた。

 同じ階層の別室に僕達を除く怪我人を休ませ、アーシアさんの治療を待つ。一誠、ゼノヴィアさん、アザゼル総督は既に完治している。

 

 僕達は一誠達と比べて傷が浅いので別室で自分で治療することにした。と言いつつもヴィロットさんが治癒の魔道具を持っているのでそれで治療するだけだ。

 ただフョードルさんの腹の傷がそこそこ深いのと、魔道具の性能があまり高くないらしく効きが悪い。なので代わりに僕が仙術で治療している。

 

 黒歌さんは治療を終えたが、大事を取って別室で休んでいる。レイヴェルさんと塔城さんも一緒にそっちにいる。

 サマエルの呪いを受けたヴァーリさんは怪我が治っても呪いが解けず、別室で激痛に耐えていた。話によれば解呪かいじゅの術はかけたが、サマエルの呪いはあまりにも強力な為―――並大抵の術では解けないらしい。

 

 アーシアさんは連続での治療で疲労が溜まり、一誠達のいる隣の部屋で仮眠を取っている。その間に僕が変わりに怪我人の治療とかするわけではない。たぶん僕がアーシアさん程ではないが治療できること忘れてるね。

 

 アザゼル総督の話によればこの空間は絶霧(ディメンション・ロスト)を持つゲオルクが作り出した空間。

 絶霧(ディメンション・ロスト)禁手(バランス・ブレイカー)―――霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)は霧を用いて固有の結界を創り出す事が出来る。以前、嵐山周辺と二条城を中心にした京の町を再現した空間と同じものらしい。景色だけでなく建造物の内部を細かく再現できるのは流石神滅具(ロンギヌス)ってところか。

 

 治療中のフョードルさんが携帯を眺めて一言「フム」と呟いた。

 

「同士から禍の団(カオス・ブリゲード)の本部から通達が来たと連絡が入りました。要点だけ説明しますと―――『ヴァーリチームはクーデターを企くわだて、オーフィスを騙して組織を自分のものにしようとした。オーフィスは英雄派が無事救助。残ったヴァーリチームは見つけ次第始末せよ』とのことです」

 

 フョードルさんがヴァーリチームの現状を報告するも特に僕らが思うようなことはなにもない。

 

「ま、テロリスト共からすれば白龍皇の行動は裏切り行為に違いない。多少事実が違ってようとも結果は同じでしょうね」

 

 ヴィロットさんは軽く方をすくめた。今回の1件でヴァーリチームは『禍の団(カオス・ブリゲード)』から裏切り者に認定されてしまったようだが、まあ罪状が違うくらいで裏切り者ってのは間違いじゃないと思うけどね。ヴァーリチームは現状どちらも裏切ってると言える立場だ。

 

「ヴァーリチームは私達が知る所では、グレートレッドのことや世界の謎を調べたり、伝説の強者を探し回ったりしていました。そして時々オーフィスの願いを叶えたりなど。組織内では高い実力は持っていましたが、とにかく好き勝手に動き回ることが多かったですね。英雄派の主流な意見としてはかなり目障りに思っていたのでこれを機に排除したかったのでしょう」

 

 大変そうないざこざだが、正直なところ経緯としては自業自得な気もしないこともない。

 

「なんだかテロリストらしくないですね」

「そうですね。我々が把握してるもので次元の狭間を泳ぐグレートレッドの秘密、滅んだ文明―――ムー大陸やアトランティスの技術、それと異世界の事について調査していたようです。北欧神話勢力の世界樹ユグドラシルへも行っていたらしく。他にも伝説の強者とは逸話だけを残して、生死不明となっている魔物や英雄の探索なども。そして時折、組織の仕事としてテロ行為を行うといった感じですね」

 

「テロがついでなんだけど……」

「普通に冒険家でもやってなさいよ」

 

 ヴィロットさんはため息混じりに言った。最初っから冒険家とかじゃだめだったのかな? そっちの方が縛られることなく自由に動けたのに。でも強者と戦うのが第一目標ならテロ組織に身を置くのも選択の一つかもしれない。守られぬ者は縛られないからね。

 今の状況は好き勝手してきたツケの一部ってところかな。それを僕らも払わされてるのは不服ではあるけどね。

 

「彼の探究心は決して悪いものではないとは思うのですが……」

 

 探究心が先行しすぎて突っ走ってる感じだね。探究心が強いと言えばアザゼル総督もだが、何だが自分の考えで突っ走るところは似てる気がするよ。

 

「そんな馬鹿はどうでもいいとして―――あいつのマントに刺繍(ししゅう)されてたシンボルマーク覚えてる?」

「……ええ」

 

 話を振られたフョードルさんは言い淀みながら答える。確か卍を逆にして傾けたようなマークだった。

 

「ハーケンクロイツでしたね」

「ハーケンクロイツ?」

 

 僕が疑問を口に出すとフョードルさんが説明してくれた。

 

「ハーケンクロイツとは20世紀以降にドイツで民族主義運動のシンボルとされていたものです。第2次世界大戦までは国旗にもなっていました」

 

 20世紀以降ということは大体100年前ぐらいか。今まで関わってきた伝説や神話と比べるとだいぶ最近のことのように感じてしまう。

 

「今でも当時のドイツ国の呼称であるナチス・ドイツのシンボルマークとして広く知られています」

「それじゃ英雄派に強力しているのはそのナチス・ドイツということでしょうか?」

「恐らくは。今の表世界でもネオナチとして当時のナチズムを復興しようとする運動があります。ただしそれらはオリジナルに近いものや相違点が大きいものまであり、曹操達に協力してるのがどの部類なのかまではわかりかねます」

 

 英雄派だって言ってしまえば『英雄』を名乗っているだけだ。本物である確証は正直な所ない。ヴィロットさんが続くように言う。

 

「本物かどうかはともかく、実力は間違いなく本物。それが重要なことよ。―――あいつらが扱う機械兵もアルベルトとか言う奴も聖書勢力あたりではありえないわ」

 

 名は偽であろうと実力は本物。それだけは真実だと僕らもこの目で見て体験している。そうなれば本物だろうが偽物だろうが関係ない。本物の実力を兼ね備えた敵がいる事実のみ意味がある。

 

「こんな厄介事にそちらを巻き込んでしまい申し訳ない」

「こうなってはそっちだけの問題では収まらないわ。それにこちらとしても調査中の事案の手掛かりになるかもしれないし」

 

 ロキ様がウイルス兵器でゾンビ化させられた時にあの機械兵は密かに現れていた。つまりナチスは間違いなく盗まれたウイルス兵器について重要な情報を持っているはず。アメリカ勢力としても協力を拒む理由はないだろう。それに……そんな組織が危険極まりないウイルス兵器を所持していることも。

 と考えていると、結界内に誰かが侵入したのを感じた。

 

「誰かが結界内に侵入しました!」

 

 ルフェイさんの防御結界は破壊されていない。となるとアザゼル総督達は気づいてはいないだろう。なにせ幾重(いくえ)にも覆われた結界は解除も破壊もされていないのだから。

 緊張した様子のヴィロットさんと対照的に妙に落ち着いてるフョードルさんが僕に聞く。

 

「その侵入者というのは二人ではないですか? 片方は人間でもう片方は純粋な人間ではないです」

 

 フョードルさんの言ったことは的中している。確かに間違いなく人間と魔獣っぽい人間の気配。しかしなぜわかったのか。

 

「それなら心配ありません。先程の連絡と一緒に同士が二人こちらに来ると連絡が入っていました。同士が一人と今回の協力者が一人。お伝えするのが遅くなって申し訳ありません」

 

 そう言ってフョードルさんは僕達に緊張を解くように促す。その言葉を信じつつも念のためすぐ動けるぐらいの緊張感は残しておく。

 侵入した気配が部屋の直ぐ側まで近づく。静かな部屋にノックの音が響きドアが開かれる。

 

「失礼するだで」

 

 麦わら帽子をかぶった長身の男性が部屋に入ってきた。純粋な人間の気配なのでこの人はフョードルさんが言う同士で間違いないだろう。

 問題なのは次に現れた人物。その人物は僕も知っている人物だった。その白髪の男性は部屋に入ると礼儀正しく自己紹介をした。

 

「始めましてフリード・セルゼンと申します」

 

 禍の団(カオス・ブリゲード)によって合成獣(キメラ)となったはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)のフリード。確かに最後に会った時は様子が変わっていたがなぜここに!? しかし驚きはこれだけでは終わらなかった。

 

「フリード……!」

「……! ヴィロット!! どうして君がここに!?」

 

 まさかのヴィロットさんとフリードに面識が!? お互い顔を見合わせた状態で暫く固まった後に歩み寄る。

 

「任務に失敗して死んだって聞いたのに……!」

 

 近づきフリードの肩に手を置いたヴィロットさんはなにかに気づいたように深刻そうな顔をした。

 

「運悪く死に損なってしまってね。それからまあいろいろあって」

「……どういう理由にせよまた会えて嬉しいわ」

 

 ヴィロットさんがまるで同級生のようにフリードの背中をバンバンと叩く。あの様子からして二人はかなり前から友人関係にあったようだ。

 

「まさかお前さんの知り合いだったなんてな」

 

 そんな二人へ英雄派の男性が近づきヴィロットさんに握手の手を出しだす。

 

「ルディール・ハルロだ。この度の協力に感謝ずる」

「ヴィットリーオ・ヴィロットよ」

 

 しっかりと握手を交わすと次に僕の方へ来て同じように握手を求めた。

 

「日鳥誇銅です。微力ながら力にならせていただきます」

「いや頼もしいど。君の試合は見させてもらった。近年類を見ない素晴らしい戦い方だった。協力感謝する」

 

 そんなに褒められると照れてしまうよ。でもこうやって面と向かって評価してくれるのって凄く嬉しい。

 ハルロさんがまだ完治はしていないフョードルさんに目線を移す。

 

「怪我したって聞いたから心配しとったが大丈夫そうだな」

「ええ、彼らのおかげで。まだまだ前線で戦うことは出来ます」

「そっが。あんま無茶すんじゃねぇぞ」

 

 二人はそう言ってお互い頷く。

 

「しっかしおまえさんに深傷を負うとは。曹操以外に誰かいたな」

「例の協力者に遅れを取りました。それと協力者の素性が少しわかりました。彼らはハーケンクロイツをシンボルマークにしていました」

「ハーケンクロイツか。フリード、お前さんがくれた情報と類似しているな」

 

 その場の全員がフリードの方を向いた。

 

「フリード、どこでその情報を? ていうか今まで一体何をやっていたの?」

 

 ヴィロットさんが訝しげに聞く。

 何やら事情があるようだがフリードは確かに僕らの敵だった。今では見る影もなくなった快楽殺人鬼のような雰囲気も演技には思えなかった。一誠の話では実際に一般人を惨殺したらしい。様子がガラリと変わったからといっていきなり信用できるような人物ではない。

 

「そうだな。それじゃ質問の答えになる部分から話そう。俺はとある事情で正気を失っていたんだが、グレモリーの騎士(ナイト)との戦闘の最中(さなか)に回復しつつあった正気を完全に取り戻した。それからはアメリカから盗まれ『禍の団(カオス・ブリゲード)』に持ち込まれた兵器について内部から探っていたんだ」

 

 確かに以前のフリードは正気を疑う程にまともではなかったが本当に正気を失ってたんだ。というか一体何があってあそこまで錯乱していたのだろうか。

 それとアメリカから盗まれ持ち込まれた兵器ってデッドウイルスのことだよね? なんでフリードがそのことを知ってなおかつ探っていたのだろうか? 

 

「その過程で兵器を『禍の団(カオス・ブリゲード)』へ持ち込んだ者と思わしき外部の人物と英雄派との接触があることを知り彼らと接触した。その外部の人物との接触をきっかけに曹操を始めとする英雄派の在り方が変わってしまったらしいとのことで彼らはその原因を、俺は兵器との繋がりを知るため協力関係を結んだ。彼らが英雄派の内部から、私は禍の団(カオス・ブリゲード)を含めた外部から情報交換を続けた」

 

 ロキ様がデッドウイルスを撃ち込まれゾンビ化した時にそのナチスの機械兵は現れた。ディオドラの時に現れたウイルスの感染体も同じ経緯で持ち込まれたのだろう。

 そしてフョードルさん達とフリードは目的は違えど探す対象が同じということで協力しあっていたというわけか。内部の人間と外部の人間が協力し合えばとても効率が良いだろうし。

 

「しかし得られた情報はそう多いもじゃなかった。英雄派には機械兵にいくつかを、魔王派に兵器の一部を実験的に提供していたこと。それと英雄派の幹部のみと多少多めの接触があったこと。それによって彼らが完全に独立した組織だということぐらいしか」

 

 ということはそのナチスってのは禍の団(カオス・ブリゲード)とは全く関係ないのか。ロキ様の時に接触した機械兵越しの言葉を思い出してみると、確かに三大勢力と敵対する姿勢はあるものの禍の団(カオス・ブリゲード)程の荒々しさは感じなかった。そもそも主張が禍の団(カオス・ブリゲード)らしくないまともなものだった。

 そこまで聞いたヴィロットさんが「なるほど」と頷く。

 

「そしてハーケンクロイツについてだが、ほんの少し前に英雄派の拠点にハーケンクロイツを身に着けた紫髪の女性が入っていくのを目撃したからだ」

 

 女性と言えば僕達の目の前でフーリッピを連れて行ったあの人もナチスの関係者に違いないだろう。ただフーリッピを連れて行った女性の髪色は緑。ということはまた別の女性ということか。

 でも英雄派内の情報を外部のフリードが知れて内部のハルロさん達が知れなかったのだろう。

 

「ハルロさん達はその女性について何か知らないんですか?」

「俺たちの不審な動きに薄々気づいとったのか俺たちはもう曹操達からあまり信用されてねぇで。そういった内部の事情はもうほどんど知らざれねぇ」

 

 そいえば機械兵についても協力者からの贈り物としか伝えられていなかった。その協力者のこととなれば知らされないのも当然か。

 

「その女性は監視していた俺にピースしたんだ。気付かれないように遠くから監視してた俺にな。本当はもう少し監視するつもりでしたがそこで断念し彼らに情報を伝えた」

 

 監視に気づかれて早々に切り上げたというわけか。フリードがどのくらい離れていたかわからないが監視の目に気づいたその女性も只者ではないだろう。監視相手にピース出来るほどに精神的余裕もあるみたいだ。

 ヴィロットさんは目を閉じ考え込み、息を吐く。

 

「ま、事情は一通りわかったわ。それでここからどうする? 外の死神だってオーフィスの抵抗も予想して来てるだろうし。何かしらの策は用意してるでしょう」

 

 ヴィロットさんがハルロさんに訊く。

 

「外の死神に気づかれずここまで侵入できたんでしょ。じゃあ逆に気づかれずに脱出も出来るんじゃない?」

「出来んこともねぇ。―――だが、気づかれずはこの包囲網じゃ無理だ。オデらがこの空間に侵入したのは半場力技だ。内側で同じごとをやれば必ずバレる。そもそも二人だからここまで気づかれずに来れただけだで」

 

 脱出は出来る。ただし、隠密でという最高の条件は不可能か。

 

「それでは死神と戦いながら脱出するんですか?」

 

 僕がそう訊くも、ハルロさんは首を横に振る。

 

「いんや。この空間オーフィスを捕らえる特別な結界だ。その方法ではオーフィスだけは脱出できん。オーフィスを死神に連れて行かれては困る。結界を破壊して脱出が一番確実だ。それに死神も甘く見ないほうがいい。死神の(かま)に斬られるとダメージと共に生命力も刈り取られる」

 

 ダメージと共に生命力を刈り取る攻撃か、生命に直接干渉する攻撃って受けるとゾワッとして気持ち悪いんだよね。

 傷を短時間で回復させても生命力は時間を掛けて回復させないといけないし、さっきの戦闘で重傷を負った人たちには余計に危ない相手だ。

 

「この一件はこちらとしても急を要することだし、仕方ない」

 

 ヴィロットさんが十字架が刻まれた拳銃を取り出すが、フリードがそれを止めた。

 

「ちょっと待て! 確かに神滅具(ロンギヌス)の結界であろうと勝算はあると思う。けど使ったら死神も悪魔も無事じゃ済まないから。それはそれで不味いから」

「あーそれもそうね」

 

 そう言われ拳銃を懐へ戻す。一体その拳銃は何なのだろうか? なんか凄い聖なる気配がしたんだけれども。

 

「とにかく俺達のことをグレモリーやヴァーリ達に了承してもらわねぇと。あいつらを脱出させるためにもあいつらとも連携を取る必要があるし。都合上あいつらに死なれたら困る」

 

 そっか、ハロルさんとフリードの参加をリアスさん達に説明しないといけないのか。敵側の協力はヴァーリチームもそうだったがそれと同じようにおいそれとはいかないだろうな~。しかもフョードルさんとヴィロットさんのこともまだ説明していない。戦いが始まる前から前途多難だよ。

 フリードが僕の肩にポンと叩く。

 

「だからグレモリー眷属としてそれは頼む」

「えっ!?」

 

 指名されて驚いたけど、冷静に考えてみたら必然だよね。なにせこの中で唯一僕だけが悪魔側の人間なんだし。他は三大勢力とすら関わりがなく、四人の内三人が敵対勢力。フリードに至っては何度か直接敵対してきた過去がある。

 

「いえ、僕はもうグレモリー眷属ではありません。でも今の主のレイヴェルさんに話を通してもらえるようお願いしてみます」

 

 レイヴェルさんに迷惑は掛けたくないが、現状レイヴェルさんも既に巻き込まれてる。なら現状を打破するためにも協力を頼むしかない。少なくとも僕がするよりはスムーズに話が通るだろう。

 ハルロさんが嘆息する。

 

「本来ならオデらだけで片を付けるにゃならねぇごとなのにすまねぇ。それにしても今代の神滅具(ロンギヌス)所有者は戦闘狂(せんとうきょう)や女の胸に執着したり、自分勝手な奴らが多い。そのせいか亜種がやたら多い気がするで。なんでも殆どの奴らが歴代所有者とは違う面で力を高めているらしい。通常の神器(セイクリッド・ギア)だってそうだ、従来の通りとは違うもんを見かける。こうなるとなんかしらの歪みを感じるで」

「どちらかと言うと歪みが戻り始めてるといった方が正しいでしょうね」

 

 ヤレヤレと頭を抱えるハルロさんに、ヴィロットさんがつぶやくように言った。

 それを聞き逃さなかったハルロさんがそのことについて訊く。

 

「歪みが戻り始めている? それは一体どういうごとだ?」

神器(セイクリッド・ギア)とはいったい何なのか。元々はどんなものだったのか。それらを知っていればわかるわ」

 

 ヴィロットさんがそう言うと、フリードとフョードルさんが俯いた。

 ハルロさんは質問を続ける。

 

「じゃあ神器(セイクリッド・ギア)は元々何だったんだ?」

「今教えても混乱するだけよ。事態が落ち着いたら私かフリードもしくは(フョードル)にでも聞きなさい」

 

 凄く意味深な言葉を残して話が閉じられた。神器(セイクリッド・ギア)とは元々何だったのか凄く気になる! でもパッと終わるような話ではなさそうだし後回しにしよう。

 

「ゴホゴホッ!」

 

 突然苦しそうに咳き込みだし片膝を着くフリードは、注射器を取り出し自分の腹に刺す。するとその表情はまだ少し苦しそうだが先程よりはだいぶマシになった。

 

「大丈夫だ、心配ない。そんなことより時間が惜しい、さっさと話をつけようぜ」

 

 こうして、僕はレイヴェルさんにこの事を伝えに行くこととなった。

 ややこしい事情なため僕では納得できる説明ができないかもしれないので、ヴィロットさんとフリードも一緒に行くこととなった。フリードは休んでたほうがいいんじゃないかと言うも大丈夫の一点張り。まあ話をしに行くだけだからいいか。

 後になってこの部屋を出た後に一誠達にバッタリ出会わないか凄く不安になった。いろいろ考え事をし過ぎて考えが回らなかったよ。

 

「そういえばヴィロットさんはフリードと親しそうでしたがお二人はどこで知り合ったんですか?」

 

 部屋を出て周りに僕達だけになったので思い切って訊いてみた。

 

「そうね……前に私が北欧に居た事情を説明したのを覚えてる?」

「はい」

「大体はそれと同じ事情よ。私とフリードは同じメイデン・アイン様の信徒であり、メイデン様をトップとするアメリカ組織の一つX-LAWS(エックス・ロウズ)のメンバー。そして私が北欧でやってたことをフリードは天界陣営でやってたってわけ」

 

 ヴィロットさんはアメリカから北欧神話へのスパイ活動をしていた。つまりフリードはアメリカ勢力の人間で天界でスパイ活動をしていたというわけか。しかもヴィロットさんと同じ派閥所属で。それであんなに親しげだったというわけか。

 そこまで説明されたところで、フリードが少し不安げに訊く。

 

「一応確認しとくけど言って大丈夫なんだよな?」

「正式に協力してもらうにあたって事情は一通り説明したわ。それに前に一度この子とは共闘した。個人的にもこの子のことは信頼できると思ってるわ」

 

 フリードは一言「そっか」と言い、ヴィロットさんの説明に続くように言った。

 

「正確には天界と直接繋がりのある教会だけどな。そこで悪魔祓い(エクソシスト)として潜入活動をしてかいた。天使に成りすます魔道具もあるが、気配を偽装するだけだからな」

 

 その魔道具というのは、ヴィロットさんがヴァルキリーのフリをしていた時のと同じものか。

 最初の出会いはイカレた神父。二度の撃退を経て三度目のディオドラの時に様子が変わり憑き物が剥がれたかのようだった。あの後にもう一度一誠達の所に現れたらしいけど僕はその時いなかった。

 そんな彼が紆余曲折を経て僕らの味方になっちゃうなんてね。本当に人生って不思議だね。



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邪険な協力者の脱出作戦

 説得を手伝ってもらうため、僕たちはレイヴェルさんがいる部屋に訪れた。

 部屋にはレイヴェルさん意外にも塔城さんとベッドに横になっている黒歌さんもいた。

 この部屋の中では絶対に話せないので、レイヴェルさんだけ部屋の外に来てもらい事情を説明した。

 

「わかりました。お役に立てるかわかりませんが、私の方から説得してみます」

 

 こちら側(悪魔陣営)の事も含めるとかなりややこしい事情なのだが、レイヴェルさんは快く引き受けてくれた。

 

「ありがとうございます。こっちの事情にレイヴェルさんまで巻き込んでしまい申し訳ありません」

「いえ、現状を打破するために必要なことなら私も協力させていただきます」

 

 必要なことだと引き受けてくれたが、それでも二重に巻き込んでしまったことが後ろめたい。

 

「本当ならレイヴェルさんだけ先に出してあげられたらいいんだけど……」

「私は不死身のフェニックス家の者です。そう簡単に死ぬことはありませんわ」

 

 気丈に振る舞うレイヴェルさん。流石は不死身の一族なだけあって肝が座ってる。だけど相手が相手だ、一切の油断はできない。

 

「実は嬉しかったんです。誇銅さんが私を頼ってくださったことが。こんな状況で私に出来ることがあるんだって」

 

 不安そうにする僕にニッコリと笑顔を向けるレイヴェルさん。

 

「それに私は誇銅さんの(キング)なんですから、もっと私を頼ってくださってもいいのですよ」

 

 そう言って胸を張るレイヴェルさんはとても頼もしく見えた。

 

「それに……もしもの時は、誇銅さんが助けてくれますよね」

 

 最後に少し自信なさげに、いたずらっぽく笑うレイヴェルさん。先程とのギャップの可愛さに思わずキュンとなってしまった。

 

「も、もちろんです! レイヴェルさんのことは僕が絶対に守ってみせます!」

 

 あの日、レイヴェルさんに誓ったことを、レイヴェルさんの手を握りもう一度誓った。この力はレイヴェルさんを守るためなら全力を尽くす!

 

「レイヴェルさんは僕の大切な人なんですから!」

「あ、ありがとうございます……」

「え、あぁ……」

 

 勢いとはいえ冷静になると恥ずかしくなってきた。レイヴェルさんも顔を赤くしたまま固まっている。とても恥ずかしいけれども目をそらせない……。

 お互い見つめ合ったまま動けずにいると、部屋から塔城さんが飛び出していった!

 

「小猫ちゃん!」

 

 部屋の中には一誠の姿もあり、どうやら話してる最中に来ていたようだ。

 一誠が追おうとするのを、黒歌さんが腕を引いて引き留めていた。

 

「私が追いますわ。誇銅さん、先程の件はお任せください」

 

 そう言い残し、塔城さんのあとをレイヴェルさんが追って行った。

 

「この非常時の真っ只中に大丈夫かよ」

 

 フリードが塔城さんが走り去って行った方を見ながら言う。ぶっちゃけ何があったのかわからないから何とも言えないけど、大丈夫だろうと思いたい。

 目的を終えた僕達は一度部屋へ戻り待機することに。

 

「お互い見つめ合っちゃって、なんかいい雰囲気だったじゃない?」

「おい、フェニックスの姫と一体どういう関係なんだい?」

 

 帰路の道中、フリードとヴィロットさんにレイヴェルさんとの関係をめっちゃイジられた。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 しばらくしてレイヴェルさんが話を通してくれたことを伝えに来てくれ、僕達はアザゼル総督、リアスさん、朱乃さんがいる部屋へと向かった。

 僕達が部屋に入ると案の定警戒されていた。特にフリードの姿を見たリアスさんと朱乃さんは一層警戒心を強めていた。

 この空気でどんな話し合いになるのか胃がキリキリする気分で臨んでいたが、話し合いが始まってほぼすぐに部屋を追い出された。

 

「ま、そう時間は掛からないだろうし、大人しく待ってようぜ」

 

 フリードと一緒に。というかフリードの自主退室に僕も強制的に付き合わされただけなんだけれど。というかなんで僕まで? 一人で外で待ってればいいのに。

 

「俺が一人で出歩いたら袋叩きにされてつまみ出されちまう」

 

 確かにここにいる面子の殆どはフリードと面識がある。フリードのことは凶悪な狂人との認識なのでまともに取り合わず攻撃されるだろう。僕も事前情報がなければ似たようなことをするだろうし。

 

「それにあの場から誇銅を引き離す必要があったしな」

 

 僕を話し合いの場から引き離す? 僕があの場にいた理由としては仲介以上の理由はなかった。口利き自体はレイヴェルさんにやってもらったが、それでも僕がいてはいけない理由はわからない。

 

「どういうことですか?」

「堕天使総督が誇銅を通じてこっちの真意を読み取ろうとしていた」

 

 追い出される前にヴィロットさんはこちらの経緯を説明する際、その大部分を省いて適当に話していた。要点は抑えていたので話の辻褄や整合性は取れていたが、事が大きいだけに何か隠してる感は否めなかった。

 なるほど、だからあの中で一番隠し事が出来ない僕を通じて探りを入れようとしていたのか。

 

「俺も長いこと教会に身をおいていたからな」

 

 聖書陣営の腹の探り合いはわかるということか。本人以外の様子から真意を読み取る手法は案外よくある。幻術などを術なしで見抜く時とかも似たようなことをする。

 

「それに間接的に探らなくても向こうが誇銅に直接聞いて確かめるって方法もあるしな。誇銅も俺たちとあまり親しく思われるのは面倒だろ?」

 

 確かにアザゼル総督やリアスさんに直接聞かれたらどう答えればいいかわからない。問い詰められても知らないで押し通せばいいんだろうけど、それで押し通せる自信がそもそもない。話し合いの最中で実はいろいろ知ってるような反応をしちゃってるだろうから。

 

「だからこうやって蚊帳の外で、出来るだけ巻き込まれた体裁でいたほうがいい」

 

 そう言われると連れ出してくれたことはとてもありがたい。

 そんな話をしていると目的の場所に着いた。

 

「……本当にいいんですか?」

「後回しにしてもゴタゴタが長引くだけだ。さっさと済ませて時間の余裕を作りたい」

 

 目的の場所―――現在一誠がいる部屋。フリードの加入に反対姿勢を見せるのはグレモリー眷属の面々だ。その中でも一番難色を示すであろうが一誠。逆に一誠さえ納得させてしまえば他のメンバーも渋々ながら納得するだろう。

 だけど一誠は軟派(なんぱ)な性格だが悪い意味で堅物だ。きっと安安とは理解してくれないだろう。しかも今一誠がいるこの部屋って確かヴァーリさんが休んでる部屋じゃなかったっけ。

 けど先延ばしにしても仕方ない。ノックをしてからまず僕だけで部屋へ入る。

 部屋の中には一誠と上半身だけ起こしているヴァーリさんがいた。

 

「ん、誇銅か。どうしたんだ?」

「うーんと……」

 

 一体どうやって切り出すべきか……。チラチラと視線を動かしながら考えていると、ふとヴァーリさんに視線を止める。ヴァーリさんは怪我は完治してるようだが、顔色は悪い。呼吸も荒いし、呪いの苦痛は現在も続いてるようだ。

 

「ちょっといいですか」

 

 僕はヴァーリさんに近づきそっと触れる。

 

「特定の条件にのみ反応し、部位ではなく気脈に流れていくタイプの呪いだね」

 

 観察と触診によって呪いの種類を特定する。

 呪いというのは大きく分けて二種類あり、僕はそれを毒と(やまい)と分けている。部位に感染し瞬発的な殺傷力があるのが毒、気脈に流れてジワジワと全身を蝕むのが(やまい)

 

「わかるのか誇銅!?」

「え、あっ……!」

 

 考え事に夢中になってついやっちゃった! 今更誤魔化すこともできない。

 

「もしかしてサマエルの呪いを解呪できるのか!?」

 

 一誠が一筋の期待に満ちた表情で訊いてくる。

 

「で、出来ないこともないかもしれない」

「じゃあ!」

「でも無事な状態で解呪出来る保証はないから。もしかしたら神器ごと再起不能になるかもしれない」

 

 僕の解呪方法は僕の神器の特性を使用する。自分自身にならなんの問題もないのだが、他人にするとなるといろいろ保証が出来ない。最悪の場合呪いは解けても解呪の影響で神器が破壊され死亡ってこともありえる。そうでなくとも大きく破損する恐れがお大きい。

 

「それでは本末転倒だな」

 

 僕の説明を聞き、ヴァーリさんは苦笑した。

 

「だがもしもの時はそれに賭けてみるのも悪くない。いざとなったら頼むかもな」

 

 その時は頼まれてもしないかな。それで殺してしまったら多方面から物凄く恨まれそうだし、現状ですらヴァーリさんが命を残す確率の方が低い。申し訳ないけど、その時がもし来たら準備不足と言っておこう。

 

「ありがとな誇銅。わざわざヴァーリにかけられた呪いを見に来てくれて」

「いや、僕が来たのは解呪のためじゃないんだ」

 

 言いにくそうにする僕に首を傾げる一誠。

 僕は意を決して話すことにした。

 

「僕がヴィロットさんと英雄派の人と一緒にいたでしょ?」

「あ……!」

 

 僕が話を切り出すと、そう言えばと言った感じに反応する一誠。もしかして、忘れてたの?

 

「そうだぞ誇銅! なんで英雄派の奴と一緒にいたんだよ!?」

「まあまあ、その説明もするから。それよりもまず僕がここに来たのは、もう二人新しく来たってことを伝えに来たんだ」

「もしかして、そいつも英雄派の構成員なのか」

「一人はね。ヴィロットさんと英雄派の二人は今アザゼル総督やリアスさん達と話し合いの最中。そして残りの一人は外で待ってる」

 

 そう言ってドアを開けてフリードを呼ぶ。もうこの時点からややこしい事になるのが目に見えてて気が進まない。

 

「やっほー、久しぶり」

 

 ふ開けたドアからひょっこりとフリードが顔を出してフランクに挨拶した。その瞬間、一誠の警戒度が跳ね上がる。

 

「フリードッ! 誇銅、なんでコイツがここにいるんだ!?」

「それは……!」

 

 説明しようとすると、フリードが僕の肩を掴んで後ろに下がらせる。

 

「そいつに訊いても無駄だ。なにせ俺はついさっき来たばかりの飛び入り参加だからな。道案内兼見張りってところだな。ま、ここにいるからには今回は敵じゃなく味方だ。だから安心してくれ」

 

 ニッコリと笑顔を浮かべるフリードと対象的に一誠は険しい表情。フリードが握手を求めるも一誠はそれに応じようとはしない。するとフリードは手を引き、わからないほど小さくため息を吐く。

 

「確かに俺とお前たちの間にはいろいろあったさ。常に敵対関係で利害が一致したことなんて一度もなかった。だが今回ばかりは違う。考えてみろ、敵ならわざわざこんなところで姿を表したりなんかしないだろ? それにこんな危機的状況だ。猫の手も借りたい状況だろ。だから仲間なんて思ってもらえなくてもいいからさ、味方だってことだけは信じてくれよ」

「うるせぇ! お前みたいな奴、信用できるか!」

「酷いなぁ、流石の俺も傷つくぜ」

 

 と言いつつも全く傷ついてる様子のないフリード。だけどそれが一誠の強い敵対心を煽っていると思う。

 

「そもそもお前は『禍の団(カオス・ブリゲード)』の仲間だろうが!」

「そんなこと言ったら後ろの白龍皇だって『禍の団(カオス・ブリゲード)』のメンバーだぜ?」

「残念だったな、ヴァーリ達は禍の団(カオス・ブリゲード)から裏切り者扱いされてるんだよ」

「本当? 奇遇だな、俺もだよ。これで俺が信頼できない理由がなくなったな」

 

 一誠はうまい反撃をしたと思っただろうけど、簡単にいなされてしまった。というか今回の助っ人の殆どが『禍の団(カオス・ブリゲード)』関係の人達なんだけどね。

 理詰めで説得するフリードだが、一誠は全く納得してない。全くの逆効果と言ってもいいだろう。

 

「実はヴァーリチームが裏切り者扱いされた経緯(いきさつ)は知ってるんだ。そもそもそいつらがそっちに加担した時点では『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属していたじゃないか」

 

 フリードの言う通り、ヴァーリさんだって『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属していた状態で何度もこちらと好意的な接触をしていたし、裏切り者扱いされたのも三大勢力と協力を結んだ後だ。

 

「だけどヴァーリはオーフィスを助ける為にやったんだ!」

「俺だってお前らを助ける為にわざわざこんな危険地帯に駆けつけたんだぜ? 他ならぬお前らのピンチを救うために」

 

 懸命に自分は敵ではなく味方だと訴えかけるが、説得を試みる度に信用を失ってるように見える。てか間違いなくそうだ。

 過度にフリードを信用しようとしない一誠だが、自分の正当性を押し売りするような言い方にも問題があると思う。ヴィロットさんと話してる時はそんな感じじゃなかったのに。

 

「そんな邪険に扱わないでくれよ。それに聞いてないのか? 次元の狭間でアーシアを助けたのは俺だぞ」

 

 そういえばディオドラの時にアーシアさんを助けたのはフリードだって話を聞いたような。仲間の命を助けられたとあっては一誠も今までのように邪険にしずらいようで苦々しい表情を浮かべる。

 

「自分が今まで何をしたかわかってるのかよ」

 

 それでも絞り出すように不信を口にする。

 

「ああわかってるさ。俺が今までやってきたことはあまりにも罪深過ぎた」

 

 睨みつける一誠に対しフリードは真摯に答えた。先程までとは一変しおちゃらけた雰囲気など消え去った。

 

「人間のアーシア・アルジェントの殺害に協力し、コカビエルの際にも君たちの仲間と町の人々全員の命を奪おうとした。ディオドラの時にも君たちを傷つけようとした。それ以外にも俺は多くの悪行を重ね、多くの尊い命を奪ってきた。それらは決して許されることではない」

 

 懺悔するように自らの罪を説いた。その姿は自らの罪に許しを請うのではなく、ただ罪を認め裁きを待つ。僕にはそう見えた。

 

「なるほど、さしずめ罪滅ぼしというわけか」

「これは償いなんかじゃない。俺はやるべきことの為にここにいるんだ」

 

 ヴァーリさんが言うも、フリードはそれを否定した。

 

「最後にもう一度だけ言っておく。俺はお前らの敵じゃないし、お前らは俺の敵じゃない」

 

 それだけ言ってフリードは背を向け出口へと歩いていく。しかし一誠への説明は出来ても説得はこれっぽちも出来ていない。これではここに来た意味が殆ど無い。

 ドアに手をかけたところで手を止め、今度は聞こえるくらい大きくため息を吐いた。

 

「俺はお前らの味方ってわけじゃないが、お前らを助けようとしてる奴らの味方だ」

 

 そう言って今度こそドアを開けて出ていった。僕もさらに居心地の悪くなった部屋からいそいそと出て行く。

 僕らは部屋の外の少し進んだところで合流し、元々いた部屋へと戻った。

 

「本当に正気に戻ってます……?」

 

 さっきのフリードは前半は昔のフリードっぽかった。道すがらそのことを思い切って訊いてみた。

 

「ん~ぶっちゃけ自信ないな。本来俺はこんな性格だったのか自分でもわからない」

 

 見た感じ本当に自信がなさそうだ。

 

「だが少なくても記憶と信仰は取り戻してる。それだけは間違いない」

 

 先程とは違い自信を持ってそこだけは間違いないと断言する。ヴィロットさんとも親しげに話していたしそれは間違いないだろう。

 深刻な顔で自分の胸をグッと掴む。

 

「正気ではなかったが覚えている。自分が一体何をしていたのか。喜々として行ってきた全ての感触が残っている。ドロリとした気持ち悪いものが体中に染み付くこの感覚……」

 

 フリードの顔色がどんどん悪くなっていく。そして苦しそうに大きく咳き込み、少量だが血を吐いた。もしかしてフリードの体と心はもう限界に近いのではないだろうか。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ホテルの一室の窓から外を観てみると、漆黒のローブを着込んだ不気味な雰囲気の集団が多数見上げていた。フードを深く被っていて顔は見えないが、眼光だけはギラギラと輝かせている。この殺意と敵意は僕でなくても感じ取れるだろう。

 手には髑髏やモンスターの手などの装飾が施された大鎌が握られている。お世辞にも趣味が良いとは言えない、いかにも悪役って感じの武器だ。

 ―――死神(グリム・リッパー)。それを率いる存在は冥府を司つかさどる骸骨神ハーデス。そんな人物が英雄派に力を貸し、僕達に襲い掛かろうとこの疑似空間にやって来た。

 ハーデスの行動は完全な越権行為。状況的にはロキ様の時と似ている。……一体どんな理由でこんなことをしたのだろうか。それを教えてくれる人はこの場にいない。

 それを考えるのは後、このフィールドをどうにか脱出するのが優先だ。

 ゲオルクによって創られた疑似空間を抜け出すには3つの方法。アザゼルがその説明を始める。

 

「3つの方法とは、1つ、術者―――ゲオルクが自ら空間を解除する事。これは京都での戦闘が例だ。2つ、強制的に出入りする。これはルフェイがやってのけた事だ。さっきも説明したが、こいつは相当な術者でなければ不可能。ルフェイの場合は現状1度が限界で連れて行けるメンバーも限られる。ルフェイの術での3度目の出入りは無理だ。―――ゲオルクが結界を更に強固にするだろうからな」

 

 2つ目の案は一部採用されることとなっており、イリナさんとその護衛にゼノヴィアさんが先に脱出し助けを呼びに行く。

 

「最後は単純明快。術者を倒すか、この結界を支えている中心点を破壊する事だ。アーシアが捕らえられた時にイッセーが結界装置を破壊したが、あの様に結界の中心となっている装置を壊す」

 

 結界の核とも言える部分が破壊されれば、当然ながら空間は崩壊してしまう。問題はその装置が何処にあるか。

 その装置についてはルフェイさんと黒歌さんが魔法や仙術で探りを入れている。部屋

の床に紙に描いたホテルの見取り図を置き、そこに駒となる物を複数置いて、外部に『目』を作り出す。

 見取り図に魔術文字を書き、謎の呪文を唱え、謎の灰を撒けば術式は完成。

 瞑目するルフェイさんが手を見取り図に向けると、駒がカタカタと動き出し、魔術文字が光り、灰が独りでに動いて見知らぬ紋様を描いていく。

 

「駐車場に1つ、ホテルの屋上に1つ、ホテル内部の2階ホール会場にも1つ、計3つの結界装置が確認出来ました。それらは蛇……いえ、尾を口にくわえたウロボロスの形の像です」

 

 ルフェイさんが紙に描いた像のデザインをアザゼルは受け取る。円を描くように尾を喰らう蛇の像。

 報告を受けたアザゼル総督が言う。

 

「壊すべき結界装置はウロボロスの像か。しかも3つ。相当大掛かりだな。この空間はオーフィスを留める為だけに作られた特別な専用フィールドって事だ。本来のオーフィスなら問題は無かった。力が削がれたオーフィスを封じる前提で結界空間を作ったんだろうな。それでルフェイ、装置の首尾はどうだ? 死神の数はさっき調べた時より増えているか?」

「はい、総督。どの結界装置にも死神の方々が集結してます。と言うか、駐車場が1番敵が多いです。曹操様はこの空間から既に離れてますが、代わりにジークフリート様がいらっしゃってますし、ゲオルク様も当然駐車場にいらっしゃいますね」

「駐車場にある装置は、3つある中で1番の機能を発揮しているんだろう。それを直ぐに壊せれば良いんだが……」

 

 リアスさんがアザゼル総督に言う。

 

「アザゼル、先程話した作戦通りに行きましょう」

 

 リアスさんの提案にアザゼルも頷く。

 

「ああ、ったく、えらい方法を考えるもんだぜ、お前もよ。イッセー、お前の惚れた女は誰よりもお前を理解しているようだぜ?」

 

 アザゼル総督が苦笑しながらそう言う。リアスさんも何故か自信満々の様子だった。

 正直あまりいい予感はしないが、一体どんな作戦なのだろうか?

 さり気なくヴィロットさんに作戦内容を訊いてみた。

 

「ただの脳筋ぶっぱよ。まあ下手な作戦立てられるよりはマシだし、好きにやらせとくことにしたわ」

 

 僕と同じく訝しげに思っていた一誠に朱乃さんが耳打ちしている。

 

「とんでもない事を考えたもんスね!」

 

 仰天した一誠がそう一言漏らす。

 詳しい作戦内容は知らないが、ヴィロットさんがこう言うからにはそういうものなのだろう。

 一誠はリアスさんに尊敬の眼差しを送るが、ヴィロットさんは既に興味なさげに別のことを考えてる様子。

 アザゼル総督が一誠の肩に手を置く。

 

「まあ、確かにすごいんだが、リアスはおまえに夢中だから思いついた作戦だぞ? ソーナの戦術とはまた違う方向だ」

 

 あー……何をするかはわからないが、どんな事をしようとしてるかはわかったかもしれない。

 

「さて、皆、集まって」

 

 リアスさんが部屋の中央に皆が集まるよう告げる。

 ほぼ全員の視線がリアスさんに集中し、自信満々な笑みを見せたリアスさんは宣言した。

 

「さあ、私の大事な眷属達。ここをさっさと突破しましょう。その作戦を今から説明するわ!」

 

 こうして脱出作戦は始まっていった。



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共謀な死神達の集団戦

 なんか筆が進んで思ったよりずっと早く書けました。平成最後に間に合った……(特に意識はしてなかったですが(笑))
 原作と同じ流れの部分も設定を考慮して一部意図的に変えたりしています。


 ホテル内、ルフェイさんの結界に覆われた階層―――その廊下の一角に一誠が立っており、横には猫耳モードの塔城さん。瞑目状態で廊下に正座している。

 その近くの部屋にルフェイさんとイリナさん、ゼノヴィアさんがおり、脱出用魔法陣の準備中だ。扉は開けっ放しの状態。

 その部屋の窓際には他の作戦メンバーが待機している。未だ体力の戻らない黒歌さんと呪いが解呪出来ていないヴァーリさんもいる。

 作戦を立てていた部屋から移動し、窓から駐車場の様子が1番広く見下ろせる部屋に集まった。

 この階層を囲む結界もそう長くは保たない。既に非常階段の所では死神が結界を壊しており、各部屋の窓辺にも死神が集結している。メンバーが集結している窓際の締め切ったカーテンの向こうでは、死神達が結界を破壊しようとしてるのを感じる。

 一誠は鎧を展開し、後はルフェイさんの魔法陣が完成次第、作戦開始。

 瞑目状態でとあるものを探っていた塔城さんが立ち上がり、天井の一角と床の一点を指し示した。

 

「……先輩、そことそこです」

「了解だ」

 

 うなずく一誠。それを確認すると塔城さんはこちらの部屋に入っていこうとするが、一誠が塔城さんの手を引いた。

 

「小猫ちゃん、黒歌は悪い奴だと思う。仙術に魅入られて力を求めているのも分かる。テロリストに身を置いているあいつが善良なわけがない。―――だが」

 

 一誠は黒歌さんの方に視線を向ける。

 

「やっぱり、小猫ちゃんのお姉さんなんだと思うよ。野良猫でイタズラ好きで悪い女だけどさ、小猫ちゃんの肉親なんだ」

「……姉さまのせいで私はツラい目に遭いました」

 

 どんな理由であれ、主を殺して「はぐれ悪魔」となった者に対して悪魔の世界は厳しい。それはその人物の関係者、家族にも及ぶ。恐らくだが、塔城さんは「はぐれ悪魔」となった黒歌さんの罪を唯一の肉親として一身に浴びたのだろう。……そりゃ辛かったに決まっている。心を壊し不安定にさせてしまうかもしれない。いや、実際そうなのだろう。

 

「……姉さまを恨んでいます。……嫌いです。―――でも、私をさっき助けてくれました」

 

 塔城さんは強い気持ちがこもった言葉で一誠に言った。

 

「今だけは信じようと思います。少なくともここを抜け出るまでは」

 

 どうやら塔城さんは既に自分で答えを見つけていたようだ。言葉で通じ合えなくとも、家族の絆は深く強い。まさに血は水よりも濃い。―――だからこそ神無さんはスッキリと断ち切れたのだろう。

 

「それで十分だ。もし、これからも黒歌から何か変な事されそうになったら俺に言ってくれ。懲らしめてやるから」

 

 そう言って塔城さんの頭を撫でると、塔城さんが一誠に抱きつく。

 

「……先輩のお陰で強くなれたんです。先輩のお陰でギャーくんも強くなれた。だから、私も強くなろうと思って……」

「なれるさ。俺でもなれたんだ。小猫ちゃんならすぐだよ」

「……大好きです、先輩……。部長が先にいても、朱乃さんが先にいても、必ず追いかけていきます……。だから―――」

 

 塔城さんは真っ直ぐに一誠を見上げて言った。

 

「おっきくなったら、お嫁さんにしてください」

「「「「「「えっ⁉そこで逆プロポーズしちゃうの⁉」」」」」」

 

 塔城さんのプロポーズにリアスさん、アーシアさん、朱乃さん、ゼノヴィアさん、イリナさん、フリードが仰天していた。

 聞かれていたのが意外だったのか一誠はこちらに少しだけ意識を向けた。すぐそこで扉も開いてるんだから聞こえるよ。外にいるのは一誠達だけだし意識だって向ける。

 

「背と、おっぱいをおっきくしてくれると……俺は嬉しい!」

 

 一誠は一体何を言ってるんだい? まあ一誠らしいけれども。たぶん懸命に絞り出したけど、そんなことしか言えなかったってところかな。たぶんだけど気の乱れ方から大後悔してる。

 ドストレートに自分の意思を伝えた結果、塔城さんも強く頷いてくれた

 

「……わかりました。牛乳たくさん飲みます。待っててくださいね、先輩。先輩のお嫁さんになる為、姉さまに負けないお乳になってみせます」

 

 良かったね一誠、全面的に受け入れてもらえて。普通だったらセクハラで嫌われてもおかしくなかったよ。まあそこで嫌いになるような人はそもそも一誠に惚れないと思うけれどね。

 

「―――術式、組み終わりました」

 

 よくわからない逆プロポーズが終わった直後、ルフェイさんが転移魔法陣の完成を告げる。

 ルフェイさん、イリナさん、ゼノヴィアさんの足下に円形の光が走り、魔法陣が展開されていく。3人は英雄派とハーデスのことを魔王と天界に伝えるため、とっておきの転移魔法で先に出る。

 塔城さんもも窓際に移動し、作戦が開始される。

 リアスさんがうなずく。それが作戦開始の合図だ。

 一誠はトリアイナ版の『僧侶(ビショップ)』にプロモーションする。

 

「『龍牙の僧侶(ウェルス・ブラスター・ビショップ)にプロモーション!」

『Change Fang Blasto!!!』

 

 一誠は両肩に形成したキャノンの砲口をそれぞれ上下に向ける。

 塔城さんが仙術で屋上と2階ホールにいる死神の気配を察し、位置を事前に把握していた。

 一誠はこちらに向けて叫んだ。

 

「―――行きます!」

 

 リアスさんの作戦―――それはトリアイナ版『僧侶(ビショップ)』による奇襲同時砲撃。

 結界装置があるのは屋上と2階ホール会場、そして駐車場の計3ヶ所。それぞれ屋上とホールにチームを分けて装置を破壊、その後駐車場に合流すると言う作戦は時間がかかる。それに手の内も読まれやすい。

 そこで提案されたのが、それらを作戦開始と同時に破壊すると言う息もつかせぬ速攻。

 だが死神が大量にいる位置目掛けて砲撃を遠し、死神ごと装置を破壊してしまおうと言うこの作戦は単純だがかなり有効的だ。装置も破壊でき敵も一緒に減らせる。まさに一石二鳥。

 

「さあ、いこうぜ、ドライグ! 当てるべくは結界の装置とその周囲にいる死神だ! 一気にぶっ壊していくぞ!」

 

 砲身に強大なオーラが溜まっていき、左右の砲身は天井と床に向けられている。

 

「ドラゴンブラスタァァァァァァッ!」

 

 ズオオオォォォォォォォオオオオッ!

 膨大な赤いオーラが天井と床にへ一直線に発射され、砲撃がホテルを大きく揺らした。

 天井と床に大きな穴が生まれ、瞑目していたルフェイさんが告げる。

 

「屋上とホールに設置されていた結界装置が破壊されました! 周囲にいた死神の方々ごとです! これで残るは駐車場の1つだけ! ―――転移の準備も完全に整いました!」

 

 その刹那、転移魔法陣も輝きを増してルフェイさん達を光が包み込む。

 

「ゼノヴィア! イリナ! 頼むぞ!」

「イッセー! 死ぬなよ!」

「必ずこの事を天界と魔王さまに伝えてくるから!」

 

 ルフェイさん達が疑似空間から消え、脱出の方は成功したようだ。

 だが屋上と2階ホールが片付いたわけではない。確かに結界装置の周囲から死神の気配は消えた。しかし新たに別の気配を感じた。これは―――機械兵!?

 一度は完全に消えた気配の中から新たな気配が現れた。だが結界内に侵入してきたのとは違う。もしかして結界の装置が破壊されると動き出すようにプログラムされていたのか?

 

「よし! これで後はあいつらをぶっ倒して装置も破壊すれば終しまいだ! 行くぞ、お前らっ!」

『はい!』

 

 アザゼル総督が光の槍を横薙ぎして部屋の窓を破壊し、前衛のアザゼル総督、リアスさん、木場さん、朱乃さんが翼を広げて割れた窓から外に飛び出していく。

 その先には死神が群がる駐車場。鎌を持った死神の群れが空へ飛び出し、アザゼル総督達と空中戦を開始した。

 一足遅れてヴィロットさんとフリードが飛び出そうとするのに待ったをかける。

 

「気をつけてください。破壊した結界装置の場所辺りから機械兵の気配を感じました」

 

 僕がそう伝えると、リラックス状態だった僕達外部勢力側が緊張を高めた。

 

「恐らくですが、結界装置が破壊されたことで動き出したと思います。僕の予想が当たっていれば、最後の結界装置にも起動していない機械兵が待ち構えているはずです」

 

 ヴィロットさんとフリード、フョードルさんとハロルさんが互いに顔を見合わせる。

 

「敵の数は?」

「それぞれ最低2機は感知しましたが、今は1機ずつしか感知出来ません。おそらく片方が姿を消してしまっていると思います」

 

 予想では新型の重機型と姿を消せる偵察型の組み合わせ。

 

「わかったわ」

 

 ヴィロットさんは一言お礼を言って飛び出し、フリードも親指をグッと立てて続く。二人共ロキ様の時に使われた空中歩行の靴を履いてるようだ。

 他に窓際に残ったのは後衛の黒歌さん、ヴァーリさん、オーフィス、アーシアさん、そして黒歌をサポートする為の塔城さんとレイヴェルさん。

 黒歌さんは魔力で堅牢な防御壁を生み出し、それで部屋ごと後衛メンバーを守る。今の黒歌さんでも一室ぐらいなら守れるそうだ。

 部屋の周りには死神が近付いているが、部屋を覆う結界の破壊に時間が掛かると判断したのか、ホテルを飛び出してアザゼル総督達の方に向かっていった。

 

「皆さんのお怪我は私が治します!」

 

 アーシアさんはこの部屋でダメージを受けた仲間に向けて回復のオーラを飛ばす係だ。アーシアさんも成長しており、オーラで弓矢の形を作り出し、回復のオーラを矢として放てる程になっていた。

 見たところ命中精度も高く、仮に敵に回復のオーラが当たりそうになっても、仲間以外に命中しそうになると自動で霧散するように作り出したらしい。

 そういった制約以外で条件を付けるのは一朝一夕で出来ることではない。以前は出来なかったであろうことをこの短期間で習得したとなると、その手の才能に秀でるものを持っていたのだろう。

 いまだ本調子ではない黒歌の体を支える塔城さんとレイヴェルさん。2人で黒歌の体を支えていた。

 

「あら、白音。……助けてくれるの?」

「……私を助けてくれた借りを返すだけです。防御の魔法陣に集中してください。仙術でフォローしますから」

「そっちのお嬢ちゃんはどうしてにゃん?」

「私が今出来ることといったらこのくらいのことですから」

「そ。じゃあ、お言葉に甘えちゃう。……白音、今度仙術だけじゃなくて猫又流の妖術とかを教えてあげちゃおうか? ……嫌なら良いけどねん」

 

 黒歌さんが冗談半分っぽく言うが、塔城さんは真剣な面持ちで頷いていた。

 

「……いえ、教えてください。私も仲間を支える為に強くなりたいです。姉さまに頼ってでも前に進まないと―――」

 

 どうやらお姉さんとの和解とまではいかなくても、塔城さんは前に進みだそうとしているようだ。

 一方、同じく後衛であるヴァーリさんの方は。

 

禁手(バランス・ブレイカー)でなくとも―――」

 

 ドゥッ!

 手から巨大な魔力の弾を撃ち出し、宙を飛んでいた死神を数体(ほふ)る。呪いを受けていても魔力での攻撃を繰り返し、死神達を四散させていく。

 前衛で戦うヴィロットさんとフリードは積極的に死神を狩るようなことはせず、近づいてきた死神だけを迎撃し無力化している。これは実力差があまりにも大きいからこそ出来る芸当。死神にあまり集中していないようで、それよりも機械兵の襲撃に備えているのだろう。

 

「我も」

 

 オーフィスも後衛からのサポートに入ろうとする。現状最大の攻撃のオーフィスが動けば脱出は容易だが―――。

 オーフィスが手元を光らせた瞬間、けたましい快音と爆音と共に、とんでもない破壊が駐車場で巻き起こり、死神の群れだけじゃなくリアスさん達まで巻き込まれた。

 煙の中から何とか無事なリアスさん、木場さん、朱乃さんが現れる。

 オーフィスは首を傾げて自分の手を見ていた。

 

「……おかしい。加減、難しい」

 

 やっぱり力加減が出来ていないか。万全でない状態での微調整は慣れてないと難しい。それは元々の力が大きいほどに危険だ。おそらくオーフィスは力を力を削がれた経験など皆無だろう。

 巻き添えの危険性が高い攻撃をされては安心出来ず、前衛にしても力が不安定過ぎて何が起こるか分からない。今のオーフィスを戦力として数えるには不安要素が大きすぎる。

 アザゼル総督が翼を羽ばたかせて窓際に飛んできた。

 

「おい、オーフィス! お前は戦わなくて良い! その様子じゃサマエルの影響で一時的に力が上手くコントロール出来なくなっているんだろうさ! 見学してろ! お前がここで不安定に力を振るえば敵味方問わず全滅だ! 俺達で活路を切り開く!」

 

 アザゼル総督はそれだけ告げると再び戦場に戻っていき、オーフィスも頷いてその場に座り込む。力が不安定である以上、仕方無い。

 窓際に立つ一誠、再び両肩の砲身を駐車場に向け、照準を駐車場の死神達に向けた。

 

「もう一丁! ドラゴンブラスタァァァァァァッ!」

 

 砲身から放たれる赤い極大の砲撃が駐車場を大きく包み込んでいった。

 その砲撃範囲内の中を突き進む無機質な気配が―――。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 一誠による2度の砲撃とオーフィスの不安定な一撃で、疑似空間がバチバチと悲鳴を上げていた。

 あの強力な砲撃を受けても未だに結界が健在なのか。装置が壊れていないとしても、使い手の能力が凄まじく強力な証拠だ。

 駐車場は見る影も無く崩壊しており、足場なんて無い程にまで地が裂けていた。宙に舞う粉塵も大量だ。

 その駐車場に一誠が降りたってしまった!

 

「ダメだ一誠ッ! 戻って!」

 

 ダメだ、怪訝そうな顔で振り返りはしたが聞き入れてはいない。例え聞き入れたとしても手遅れかもしれない。粉塵が落ち着いてきたところでそれは徐々に姿を見せた。

 かなり力を入れて踏ん張って進んだような姿勢で停止しているが、その機体にはダメージらしきものはない。

 一誠はアザゼル総督達の戦闘の光景に目を向け、粉塵が舞う前方の機械兵が見えていない! 停止していた機械兵の頭部が動き、一誠の方をしっかりと見た。

 

「一誠、前ッ!!」

「えっ?」

 

 やっと僕の言葉が届いたようで前方を意識した。けれど機械兵は既に手の銃口を一誠へ向けていた。

 

「はぁッ!」

 

 窓際から飛び出したフョードルさんが鉄球を蹴り飛ばし、機械兵の体勢を大きく崩した。それにより弾道は大きく逸れ、一誠の鎧に掠っただけで済んだ。

 掠っただけの弾丸だったが、その銃撃によってほんの一部だが鎧が壊された。

 

「これの相手は私がします! 下がっていてください!」

 

 掠っただけで一部とは言え破壊された事実に機械兵のヤバさを感じ取ってくれたみたいが、機械兵は二機いる。一誠も引くに引けないはず……ん?

 粉塵が完全に落ち着き敵の全貌が見えるようになったのだが、そこには機械兵が一機だけ。おかしい、確かに二機感じたのに。

 怪訝に思った僕はもう一度細密に探知する。一体どこに行ったかと思えば、もう一機の機械兵は感じたときよりも遠くにいた。おそらくは一誠の砲撃に踏ん張れず吹き飛んでしまったのだろう。

 二機目の機械兵はこちらに向かって飛んで―――いや、こちらに突進している!?

 

「もう一機がこちらに突っ込んできます!」

 

 僕がそう言ってる間にも機械兵は凄いスピードでこちらに突撃しに来ている。まるでミサイルのように周りの死神を跳ね飛ばしてこちらに向かってきていた。

 このまま突っ込んで来ればこの階層の防御壁も間違いなく突破される。僕の炎がそれなりの強度を得るためには少し下準備が必要でその時間はない。

 

 バギィィィィィィィン!

 まるで薄い窓ガラスを突破するかのように、堅牢な防御壁ごと壁をぶち抜いて僕たちがいる階層に侵入した! このタイプとの戦闘経験は僕にはない。偵察型ですらかなり強いのに。不安に思いながらもレイヴェルさんを守るために僕は動き出したのだが。

 

「出て行げぇぇぇっ!」

 

 それより先にハルロさんが動いた。手首に付いてる神器(セイクリッド・ギア)であろう手枷から、腕を包む青い巨大な手のオーラによる張り手で機械兵を窓外へと追い出した。

 

「そっちは任せるで!」

 

 そう言い残して機械兵を追いかけハロルさんも外へ。

 

禁手化(バランス・ブレイク)ッ! 『大海の守護巨兵(グレートオーシャン・スピリッツ)』ッ!」

 

 ハロルさんの両腕の千切れた鎖に繋がれた実体化し浮遊する巨大な籠手。それとオーラで創られた肩から先のない巨人の上半身。その背後にいる僕達を階層ごと青い厚いバリアが包み込む。

 階層の防御壁が壊れたと見ると、アザゼル総督達の方へ向かっていた死神達がこちらに戻ってきた。だが死神達がバリアを壊そうにも(ぬか)に釘でまるで手応えがない。突っ込もうともある程度まで進めど強い浮力で押し戻され、逆らえど波に攫われるように外に排出されていく。どうやらこのバリアは水―――いや海に近い性質を持っているようだ。これなら一安心…………ッッ!?

 僕は感覚がした方向へ薄い炎を広く放った。すると炎の一部が透明な何かに当たり不自然な形になる。

 

「そこだ!」

 

 その場所に向かって今度は厚手の炎でレイヴェルさん達から引き剥がす。外に追い出そうにも僕の炎でバリアに触れるわけにはいかないので壁に叩きつける。透明化を解除し姿を表したのは、やはり偵察側の機械兵だった。

 一体いつの間に侵入されたのか。考えられる可能性は一つ、機械兵が防御壁を破壊しこの階層が無防備になった瞬間。あのスキに侵入されたか。

 機械兵の鳥のような頭部が左右に開き、中から射出口にエネルギーがチャージされる。照準から見て狙いは回復中のアーシアさんだ! 回復の要を狙っていたのか。

 

「させないッ!」

 

 機械兵の頭部へと炎を暑く、そして熱くさせ燃焼させてしまう。これで止められなかったとしてもかなり時間を稼げる。

 しかし僕では偵察型の機械兵の装甲すら突破することはできない。以前と同じ倒し方もこの状況では難しい。そこで僕は僕以外の倒し方を試すことにした。

 思い出しながら全神経を集中させる。チャンスは一度の一瞬!

 

「ここッ」

 

 バジェン! 機械兵の内部で何かが壊れる音がし、その場で停止した。僕が試したのはジルさんの内部攻撃、いわゆる鎧通しという技。それを真似て手にオーラを纏い全神経を集中させ放つ僕なりの鎧通し。この鎧通しは練習としてやったことはあったのだが、実践使用は初だったので成功してよかった。もし失敗したらもう禁手(バランス・ブレイカー)を使うつもりだった。秘密の為にレイヴェルさんを危険に晒すわけにはいかない。

 大量生産品なら製造効率を図るため構造は全く同じなはずなので、(コア)の位置も当たりがついていたのも助かった。

 辺にもう機械兵が接近していないか注意深く探ってみるが、どうやら一安心といったところか。だが油断は出来ない。さっき偵察型の機械兵を感知出来たのも攻撃態勢に入って無機質な殺気を感じたからだ。注意だけは怠ってはならない。

 機械兵によって崩壊させられかけたが、外の様子も見るに何とかなったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木場が神速で死神を斬り伏せ、アザゼルは巨大な光の槍で大勢の相手を一気に消し去る。

 

「雷光よ!」

 

 朱乃は指先から膨大な量の雷光を生み出して、死神の大群を一網打尽。

 

「消し飛びなさい!」

 

 リアスも巨大な滅びの弾を幾重にも撃ち出し、風景ごと死神の群れを消滅させていく。彼女達の能力はこの様な集団戦だと遺憾無く威力を発揮される。広範囲に大きく効果を出すので、大勢の格下相手には一点突破されない限り相当な戦果は約束する。

 下級の死神は下手な中級悪魔よりも強いが、リアス眷属は全員そのランクの相手を余裕で倒せる程の強さがある。

 リアスと朱乃が一誠の近くに飛び降りる。

 

「イッセー! 譲渡でパワーを引き上げてちょうだい! 一気に消し飛ばすわ!」

「同じく! お願いしますわ!」

「了解!」

 

 一誠はドラゴンの力を高めて二人の肩に手を置く。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

『Transfer‼』

 

 パワーが譲渡され、リアスと朱乃のオーラが大きく膨れ上がった。

 2人は空高く飛び上がり、死神の大群に極大な滅びの一撃と雷光を解き放った。疑似空間の上空を覆い尽くす程の滅びの渦と雷光の輝きが広がる。それはもはや二人だけで死神の蹂躙できそうな程に。

 元々のスペックが並の悪魔と比べ高く、力の譲渡だけでここまでの規模となる。

 だがトリアイナ版『僧侶(ビショップ)』による砲撃2発に、二人に譲渡までしたことによって一誠自身のスタミナはかなり消費されていた。

 

「やあ、久しいね。赤龍帝」

 

 前方から一誠に話し掛けてくる者が。魔剣を数多く帯剣した白髪の優男―――。

 

「よー、英雄さん。ジークルフィーとだっけ? お前が相手をするのか?」

 

 一誠そう言うとジークフリートは肩を竦すくめた。

 

「それは楽しいね。今のキミ達なら僕と良い勝負も出来るだろう。―――けど、先にこちらの方々の相手をして欲しいな」

 

 音も無くジークフリートの周囲に死神の群れが集まってくる。リアス達が相手をしている死神に比べるとローブと鎌の装飾が凝っており、殺気も強い。

 

「死神か。鎌に当たったらヤバいんだよな。ま、とりあえず、当たらずにいきますか」

 

 一誠はそれだけ確認して迫り来る死神達と対峙した。大きく振るわれる鎌を最小限の動きで避け、ドラゴンショットを撃ち込む。死神は一撃で霧散していく。

 数を増やし襲いかかってくる死神達だが、拳と蹴りのカウンターで楽々と倒されていく。

 一誠の戦闘を見てジークフリートは大きく関心していた。

 

「ほ―――っ! 赤龍帝の相手は中級クラスの死神なのに!」

 

 一誠達が最近まで対峙して来た相手はどれも中級クラスの死神以上の強者。それらく比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 

「驚いたな。その通常の禁手(バランス・ブレイカー)でもそこまで強いなんてね」

 

「曹操には全く通じなかったけどな」

 

 一誠の言葉にジークフリートは苦笑する

 

「彼はまたスペシャルだからさ。気にしないほうがいい。今のキミでも十分過ぎる程の強者だよ」

 

 ジークフリートから賛辞が送られる。

 この脱出作戦が始まる前、一誠は「俺が曹操に勝つにはどうしたら良いでしょうか?」とアザゼルに訊いていた。一誠の力と神器(セイクリッド・ギア)の事をよく理解していると思っているからこそ、アザゼルに訊いてみた。

 

『……今のお前はある意味で曹操よりも強いさ。攻撃が当たればの話だが。……だが、まるで当たる気がしないんだろう?そうだな……奴専用の必殺技でも作って初見で葬るのが1番だろうな。無論、あのバカげた技量を超えられるだけの技ならな』

 

 しかしヴァーリですら強敵と賞賛する曹操を倒せるだけの技、それを逆立ちしても到底思い付きそうにない。そう考える一誠。なぜ自分を狙う敵は、こんなにアホみたいに強い奴ばかりなのかと。―――少し前までただの高校生だった一誠には泣きたくなるような状況。

 

「だから言ったろ? お前は現時点でも相当強いってな」

 

 そう言いながら一誠のもとにアザゼルが下りてくる。

 

「サイラオーグや曹操と戦っていりゃ、このぐらいの死神じゃ束になってもお前の相手にはならないだろうよ。ま、俺にとっても同じだ」

 

 自信満々に自分を指差すアザゼル。

 

≪死神を舐めてもらっては困ります≫

 

 突如駐車場に響き渡る謎の声。

 不穏な気配を感じて、そちらに視線を送れば―――空間に生じた歪みから何かが現れようとしていた。

 歪みの中心から姿を現したのは、装飾が施されたローブに身を包み、道化師の様な仮面を着けた死神らしき者。ドス黒い刀身の鎌を携たずさえ、明らかに他の死神よりも高位の存在だと認識出来る。

 アザゼルがその者を見て驚愕する。

 

「貴様は……!」

≪初めまして、堕天使の総督殿。私はハーデスさまに仕える死神の1人―――プルートと申します≫

「……ッ! 最上級死神のプルートか……ッ! 伝説にも残る死神を寄越すなんてハーデスの骸骨オヤジもやってくれるもんだな!」

≪あなた方はテロリストの首領オーフィスと結託して、同盟勢力との連携を陰から崩そうとしました。それは万死に値します。同盟を訴えたあなたがこの様な事をするとは≫

 

 困惑する一誠、ブチギレるアザゼル。

 

「……なるほど、今回はそう言う事にするつもりか。そう言う理由をでっち上げて俺達を消す気か! その為にテロリストどもと戦っていた俺達に襲い掛かったと! どこまで話が済んでるんだ⁉ この道化師どもが!」

≪いずれそんな理由付けもいらなくなりますが、今回は一応の理由を立てさせて頂いただけです。―――さて、私は悪魔や堕天使に(おく)れを取るほど弱くはないですよ≫

「と言うよりもお前ら、単に俺達に嫌がらせしたいだけだろう⁉」

≪ええ、そうとも言いますね。死神にとって悪魔も堕天使も目障りですので≫

「―――ッッ!舐めてくれるもんだなッ!」

≪舐めてはおりません。真剣です。偽者と言う事になったオーフィスをいただきます≫

 

 そう言った直後に最上級死神プルートの姿が消え去り、金属音が聞こえてくる。アザゼルは人工神器(セイクリッド・ギア)の槍で死神の鎌を受け止めていた。

 

「……さっき曹操の野郎にやられたばかりで人工神器(セイクリッド・ギア)も回復しきってないが、出し渋りは危険を伴ともなうな! ファーブニル! もう少し踏ん張ってもらうぞ!」

 

 アザゼルは槍から黄金のオーラを発生させて、素早く全身鎧全身鎧(プレート・アーマー)を装着。12枚の黒い翼を展開させ、プルートを空中に押し上げて飛び出していった。

 駐車場の上空で派手に剣戟を始める両者。プルートの動きはアザゼルに負けず劣らずの速度で、漆黒の像が幾重にも残る程だった。

 

「先生!」

「イッセー、来るな! こいつの相手は俺がする!」

 

 そう言うなり、アザゼルはプルートとの空中戦を継続。激突する度に宙が大きく震える。

 

「さて、キミ達の相手は僕じゃないとダメなんだろうね」

 

 今度はジークフリートがそう言う。

 既に龍の腕が4本生えており、自前の腕と合わせた6本の腕に魔剣を握っていた。ジークフリートの神器(セイクリッド・ギア)能力は腕の本数分の倍加。つまり4回の倍加を行おこなう事が可能。

 身構える一誠だが、そこに木場が現れた。一誠の隣に来ると、一言告げる

 

「悪いね、イッセーくん、。―――彼は僕がやる」

 

 木場がハッキリと敵意を向けることは珍しく、目線を真っ直ぐとジークフリートに向けていた。ジークフリートは木場の登場と口上に苦笑した。

 

「木場祐斗か。新しい能力を得たそうじゃないか」

「京都であなたに圧倒されたのが個人的に許せなかったもので。赤龍帝を相手に修行を重ねたんだ」

「それは面白い」

 

 木場は手元に聖魔剣を新たに作り出し、ジークフリートに構える。ジークフリートも6本の魔剣を木場に向けた。

 木場が瞬時にその場から消え去り、金属音が前方から聞こえてくる。ジークフリートが剣を動かす先に火花が生まれていた。

 高速で繰り出す祐斗の剣戟をジークフリートは最小の動きで捌さばいている。

 木場の姿はもはや視認すら出来ない程速いが、以前の戦いではジークフリートに全く届かなかった。それもゼノヴィアと2人がかりで。

 何か秘策でもあるのか、と心配げに見守っていた一誠だが、ジークフリーとの衣服に傷が生まれていた。僅かだが、木場の剣戟がジークフリートに届きつつある。

 しかし、ジークフリートはまだ余裕の笑みを浮かべていた。

 

「なるほど。以前よりも速度と技量が上がっているね。けれど、キミの剣は僕に切っ先が触れる程度でしかないだろう」」

 

 そう言いながらジークフリートは頬を掠りそうになった剣戟を避ける。以前よりも攻撃は通じているが、その剣はまだ届かないようだ。

 ジークフリートの魔剣が光る

 

「ノートゥング! ディルヴィング!」

 

 魔剣の1本を横に薙ぐと剣戟と共に空間に大きな裂け目が生まれ、更に他の魔剣を振り下ろすと地響きと共に大きなクレーターが作り出される。

 ノートゥングは切れ味重視、ディルヴィングは破壊力重視の魔剣。

 

「次はこれでどうかな! バルムンク!」

 

 ドリル状の莫大なオーラを纏った魔剣バルムンクを木場にむけて突き出すと―――剣から放たれた禍々しい渦巻きが空間を大きく削りながら襲い掛かっていく。

 木場は得物を聖剣にチェンジすると素早く龍騎士団を生み出し、それらの半分を盾にした。強大な渦巻きのオーラによって、龍騎士団は無惨にも四散していく。

 残った半数がジークフリートに高速で斬りかかっていく。

 

「ハッ! ダインスレイブ!」

 

 ジークフリートが魔剣ダインスレイブを横に薙ぐと地面から巨大な氷の柱が木場に向かって次々と発生し、龍騎士団を貫いて凍らせていく。儚はかない音を立てて氷と共に龍騎士団は散り逝く。

 残りの龍騎士団がジークフリートに斬りかかるが、ジークフリートは木場の創った龍騎士団の弱点を察したのか―――龍騎士団の剣戟を体捌きだけでやり過ごす。

 

「その新しい禁手(バランス・ブレイカー)の弱点は少しの手合いだけで理解できた。―――キミの能力を龍騎士達に反映出来るんだね? けれど、技術はまだ反映出来ていない。速度だけの騎士団ではこの僕に通じるわけもない!」

 

 ジークフリートが最後の1体を軽く受け流そうとしたその時―――ラスト1体の龍騎士は今までの龍騎士とは違い、軽やかな動きを見せてジークフリートの龍の腕を斬り落とそうと剣をを振り下ろし―――龍の腕一本に深くはない傷を与えた。

 傷を負ったジークフリードの顔が苦痛に歪む。

 

「危なかった……! もう少しで腕を1本斬り落とされるところだった。素直に認めるよ、今のは驚かされた。キミも赤龍帝と同じく十分過ぎる程の強者だ」

 

 惜しみなく賛辞を送るジークフリート。

 剣を弾かれたことにより龍騎士は兜が外れ―――そこには祐斗の姿が。

 少し離れた位置で龍騎士団に指示を飛ばしている木場だが……そちらの方は姿が徐々にぼやけていき、遂には消えていった。

 

「久々の感覚だった。魔力で作り出した幻術か。本物は龍騎士団の鎧を身に纏い、騎士団に紛れ込んで油断を誘ったのか。龍騎士団を盾にした時に紛れ込んだのか?」

「……ええ。そして、あなたが僕の龍騎士団の弱点を把握して、油断するのを待った。案の定、あなたは僕の能力の弱点を見つけ、油断してくれた。―――相手の弱点を探るのが英雄派の戦い方でしょうから。それを逆手に取ろうとしたのですが」

 

 ジークフリートの質問に木場は白状した。この手のだまし討は二度は通じない。特に所見で見破るような強者相手にはなおさら。

 土壇場で自分の能力の弱点を逆に利用した木場は内心失敗を悔しんでいる。

 木場の言葉にジークフリートは悔しそうに歯噛みしていた

 ジークフリートは回避しきれなかった自分の過失に憤慨している様子だったが、それ以上に驚いてもいる

 

「それにこのダメージ……キミは龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の力を得たのか!」

 

 ジークフリートの言葉に一誠も驚き、木場が手に持つ聖剣を前に突き出して言う。

 

「ええ。―――『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の聖剣』、あなたの神器(セイクリッド・ギア)が龍―――ドラゴンを冠する以上、例外無くこれには抗あらがえない」

「……龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の魔剣、聖剣は神器(セイクリッド・ギア)で創り出すのが1番困難だと言われていたんだけどね。発現してしまったのか。大した才能だ」

「元々龍殺し(ドラゴンスレイヤー)についてはイッセーくんが再び暴走した時用の止める手段の1つとしてディオドラ・アスタロト戦後すぐにアザゼル先生から打診されていたんだ。龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の聖剣、または魔剣をね。勿論、龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の聖魔剣にも出来る」

 

 木場は苦笑する。

 

「けれど、その後イッセーくんが『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』をやめて、暴走しない道を選ぼうと模索していたから、僕は龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の聖魔剣の修行を中断していた。でも、あなたに敗北した後、再び発現を目指したんだ」

 

 木場の言葉にジークフリートは悔しそうに歯噛みしていた。とっさに受け止めたとはいえ、虚を突かれたのが屈辱だった。

 

「さすがね」

 

 いつの間にか一誠の近くに下りてきたリアス。そのまま言葉を続ける

 

「イッセー、祐斗と毎回トレーニングしているでしょう?」

「ああ、そうだけど」

「……私はそれが凄いと思うの。あなたとそこまで付き合える祐斗の実力に感服するわ。今のあなたは相当な強さを持っている。全力を出し切れば、獅子の神滅具(ロンギヌス)と同化したあのサイラオーグと戦える程よ。そのあなたと毎回トレーニングに付き合える祐斗をどう思う?」

「生身で俺に付き合える時点であいつもバケモノですよ」

 

 木場は弱点とされていた防御力を高める事をほぼ捨て、「当たらなければ良い」と言う持論を極めようとしていた。そのため、一誠とのトレーニングでは防御を捨て回避に専念する方向で続けている。

 

「イッセーのパワーの陰に隠れてしまうけれど、あの子も相当な手練れに育っているわ。私から見ればあなたと祐斗は若手悪魔を代表できる程の実力者よ」

 

 自慢の拳属を誇るようにリアスは笑んでいた。

 

「赤龍帝との修行が僕をどこまでも高まらせてくれる。一度、彼らとのトレーニングをオススメするよ。―――ただし、毎回死ぬ覚悟を持って臨まないといけないけどね。イッセーくんは手加減なんてしてくれないから」

 

 木場にそう言われたジークフリートが息を吐く。

 

「……そうだね。それも考えよう。彼らは手加減ばかりだったからね。けれど、まずはこれらを退けてからだよ」

 

 ジークフリートの周囲に霧が発生し、そこから死神の大群が再び姿を現す。




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不賛な現状の反骨者

 一誠がグイグイ前に来るせいで誇銅が全く前に出せない(汗) 立場上誇銅は一誠と同じ前線には出れないし、だからと言って一誠を下げさせる展開も不自然な故にできない。―――誇銅の活躍を期待してくださってる読者の皆様には申し訳ないです。
 チャンスがあれば積極的に出そうと思ってるのでもう少々お待ち下さい。
 もう少し話が進めば、一誠を下げさせる展開も自然に出来るかもしれない。(他強豪勢力や手に負えない敵の初手出現があれば自然と一誠を下げさせられる)


 ゲオルクが『絶霧(ディメンション・ロスト)』を介して外部から死神を召喚したことで、駐車場を埋め尽くす勢いで出てくる死神達。

「上手く鎌を避けきったキミ達だが、さすがにこの物量をぶつければ鎌も当たるよね」

 

 ジークフリートは愉快そうに笑んでいた。質より量の物量作戦、何体やられても鎌さえ通れば良いと言う態勢で挑む。

 

「……あらあら、これはちょっと大変ですわね」

 

 空中で雷光を落としていた朱乃も一誠達のもとに合流してきた。一誠、リアス、朱乃、木場は1ヶ所に固まって構える。

 死神の数は軽く見積もっても1000体以上。駐車場、ホテルの上下、空中にも死神が蔓延(はびこ)っている。アザゼルとプルートの一騎打ちだけ別世界の如く誰も近づかない。

 流石にこの数で一気に斬りかかられたら避けられない。特に一誠は先の砲撃によってオーラを消費し過ぎているため致命傷になりやすい。

 次の一手に苦慮していると―――。

 

『やあ、兵藤一誠。ピンチのようだね』

『それは大変だ』

『死神はとても厄介だ』

 

一誠に話しかけてくる謎の声。それは神器(セイクリッド・ギア)深奥(しんおう)に眠る歴代所有者のものだった。

 一誠は目を閉じて深奥に意識を向ける。

 歴代の所有者達は何故かタキシードにワイングラスと言う紳士の出で立ちで椅子に座っていた。歴代最強のアランだけは以前通り、いびきをかいて寝ていた。

 その内の1人が空っぽのグラスを揺らしながら紳士的な口調で話す。

 

『ふふふ、こんなピンチを抜け出すにはあれしか無いんじゃないかな?』

『そうさ!あれしかない!』

 

『あれだろう!』

「あれって、まさか『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』とかまた言うんじゃないでしょうね⁉」

 

 危惧した一誠の意見に歴代の所有者達はチッチッチッと指を横に振った。

 

『違う!』

『そう、私達は「覇龍ジャガーノート・ドライブ」を卒業したのだ!』

『もっと素晴らしいものをキミ達に教えてもらったからね。―――そう』

『『『『『『乳力(にゅう)パワーをッ!』』』』』』

『「う、うん……? 何を言うとるんだぁぁぁぁぁぁっ⁉ 何を言い出すかと思えば乳力(にゅう)パワー⁉ それは先生が提唱したとんでもないものでして、実証された力とは違うんですよ⁉」』

 

 紳士的な格好をした歴代の所有者に一誠が猛抗議するものの、歴代の所有者達は聞く耳を持たず白い世界の宙に映像を映し出した。そこには見覚えのある乳が―――その場景は一誠の隣にいるリアスのおっぱいだった。

 歴代の所有者の1人が宙に映し出された乳に指を差す。

 

『―――あの乳に頼ろうじゃないか』

『そうさ、あの乳は未来を守るおっぱいドラゴンの源みなもとなのだからね』

『私達はキミ達に触れて、おっぱいを嗜たしなむ紳士になれた。ふふふ、悪くない気分だ』

 

 とんでもないことを口走る歴代所有者達に嘆く一誠に、歴代の所有者達は真剣な表情で言い放った。

 

『―――スイッチ姫のステージを再び上げる時が来たようだ』

 

 その一言に一誠は言葉を失った。エロい……いやいや、エラい事になろうとしている……と。

 

「せ、先生っ! 大変な事になってる!」

「なんだ、バカ野郎!こっちは死神さまと超絶バトル中だ、くそったれ! って、この会話! タンニーンから聞いた話と被るんだが⁉ まさか、あれか⁉ あれなのか⁉」

 

 死神プルートの鎌を掻い潜くぐりながら仰天しているアザゼルに一誠は言った。

 

「歴代の先輩達が部長のおっぱいを次の段階に進めようって言ってきてるんだ!」

 

 それを聞いたアザゼルは狂喜乱舞した。

 

「きたぁぁぁぁぁっ!よぉぉぉぉぉしっ! 今すぐやれ! つつけ! 揉め! 触れっ! しゃぶれっ! ふはははははははっ!おい、英雄と死神ども! うちのおっぱい夫婦が噂の乳力を発揮するぞ! グレモリー眷属必勝のパターンだッ!」

 

 一誠を置いてきぼりに、敵を煽り始めるアザゼル。

 

「…………まさか、そんなバカな……」

 

 なぜか戦慄しだすジークフリート。

 

『いいか、後輩よ。あの乳に向けて譲渡の力を使う時が来たのだよ』

 

 再び一誠の脳内に聞こえてくる歴代所有者の声。

 

「じょ、譲渡の力……? ギフトを部長のお乳に使えと⁉」

『ああ、そうだよ。キミ達はあのお乳にギフトを使ったらどうなるか、ずっと疑問だった筈だよ。―――それが今解明されるんだ』

 

 リアスのおっぱいにギフト。一誠は以前から、リアスのおっぱいに赤龍帝の力を譲渡したらどうなるか疑問に思っていた。

 大きさを増すのか、美しさが増すのか、それとも弾力が増すのか、それらをいつか必ず解明したいと思っていた。

 それをやってもいいとなると、一誠はリアスに確認を取った。

 

「あ、あの、聞いて欲しいことがあります!」

「何? 今更何が来ても驚かないわ」

 

 リアスは一誠の要求に覚悟した。

 一誠は生唾を飲み込んだ後に告げる。

 

「……そのおっぱいに赤龍帝のパワーを譲渡していいですか?」

「―――っ」

 

 一誠の告白に一瞬言葉を失うリアス。その光景は京都の時と同じ。少し考えた後にリアスは力強く言った。

 

「やっぱり、分からないわ。京都でもよく分からなかったし、今も正直理解が出来ない。―――けれど、分かったわ! 私の胸に譲渡してみせてちょうだい!」

 

 普通ならこんな危機的状況で、こんな頭のおかしい要求など拒否するもの。だがリアスは一誠を信じ、(いさぎよ)く覚悟を決めた。

 一誠は鎧の中で号泣し、籠手に力を込めた。

 

「いくぜ、ブーステッドギア! リアスのお乳に力を流せぇぇぇぇぇっ!」

 

 手の部分だけ籠手を消し、両手をワシワシとさせて、一気にリアスの胸に触れた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

『Transfer‼』

「いやぁぁんっ!」

 

 赤龍帝の譲渡にリアスが鳴いた。その刹那―――リアスの胸が紅いオーラを発し始めた

 

『BustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBust‼』

 

 一誠の宝玉から聞き覚えの無い音声が鳴り響く。

 

「乳が光っている!」

 

 それを確認した直後、リアスの胸から一直線に放たれた紅い閃光が一誠を包み込んだ。それはアーシアの回復のオーラに似た光。

 温かな光に包まれた一誠に変化が訪れる。

 

「これは―――オーラが回復していく!」

 

 先程の連続砲撃で消費されたオーラが回復していき、一誠の全身にパワーが(みなぎ)っていく。

 その光景を見ていたアザゼルが叫んだ

 

「第3フェーズだッ! リアス! お前はッ! お前の乳は第3フェーズに入ったぞ! 乳力(にゅう)パワーだ! また1つ俺が唱える乳力の実在証明の証拠が見つかったぜ!」

 

 阿呆な発言をするアザゼルをさて置き、一誠は再び砲撃の準備を始めた。

 

「『龍牙の僧侶(ウェルス・ブラスター・ビショップ)』にプロモーション!」

『Change Fang Blasto!!!』

 

 一誠はトリアイナ『僧侶(ビショップ)』に昇格し、死神の大群に照準を合わせる。

 

「いっけぇぇぇえええっ!」

 

 砲身から放たれる莫大なオーラの砲撃が死神達を消滅させていった。

 今の一撃で死神軍団の三分の一が消えたが、またもやオーラを消費しきってしまった。

 ところが―――リアスの胸から再び紅い閃光が一直線に放たれ、一誠を包み込む。先程と同じくオーラが即座に回復される。

 

『BustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBust‼』

 

 紅いオーラを受けて宝玉のテンションも上がっていた。

 その光景を見ていたジークフリートが叫ぶ。

 

「マズいッ! あの胸を放置しておくと危険だ! 召喚に応じる胸、赤龍帝のオーラを回復させる胸、このままでは次にどうなるか分かったものではない! 真に恐ろしいのは赤龍帝でもオーフィスでもなく、リアス・グレモリーの胸かもしれない。赤龍帝、リアス・グレモリー、この2人が揃うと奇跡レベルの現象が何度でも発現すると言う事か……! その中心となるのが―――あの胸だ!」

 

 真剣な表情で馬鹿げた考察を叫ぶジークフリート。

 

「………」

 

 リアスは恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。

 空中でプルートと戦うアザゼルも叫ぶ。

 

「さしずめ『紅髪の魔乳姫(クリムゾン・バスト・プリンセス)』と言うべきか! 一言で表すなら『おっぱいビーム』! または『おっぱいバッテリー』か! とんでもないバカップルだな、おまえら!」

 

 案外余裕ある感じで変な名称を付けていく。

 

「……そっか、私、遂に『ビーム』で『バッテリー』なのね」

 

 もはやリアスも諦めムードになっていた。

 

「あの2人を止めるんだッ!」

 

 そう叫ぶジークフリートだが、一誠は構う事無くドラゴンブラスターを撃ち続けた。死神を一気に吹き飛ばし、オーラが尽きればリアスの胸の光で回復させていく。

 

『BustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBust‼』

 

 胸から紅い閃光を放ちながらリアスが言う。

 

「イッセー……、私、何だかもう色々と諦めたわ」

「―――ッ! ど、どういうことですか?」

 

 リアスは首を振りながら悟りを開いた様な表情で続けた。

 

「いえ、新たな決意表明をした方が良いわね。―――私はあなたが強くなるのなら、この胸を強化オプションにしても良いわ」

「そ、そんな……俺は貴方のこと、そんな風に思ったことなんて……ッ!」

 

 もはやどう言い逃れしようとも、そう思ってるとしか思えない扱い。実際、一誠自身も少しそう思い始めていた。

 リアスは微笑して頷く。

 

「ええ、分かってる。―――でも、私の胸はそれを選んでしまった。ふふふ、きっとあなたを助けたい私の心中を察して何かが起こってしまったのかもしれないわね」

 

 その時、一誠の視界に信じられない光景が映り込んだ。

 ―――リアスの胸が小さくなっていた―――

 

「あ、あああああああっ! む、胸が! おっぱいが縮んでいく⁉」

 

 一誠は涙を流し泣き叫んだ。もはや一誠の頭の中にはおっぱいが縮んでいく悲しみ以外ない。―――この状況の他の全てを差し置いて。

 

「イッセーにオーラを送ると同時にサイズが落ちていくのかしら……? けれど、まだこのサイズならオーラは送れる!」

 

 一誠は砲撃を一時中断し、号泣しながら首を横に振った。

 

「やめてください! このままじゃ、そのおっぱいがッ! 俺の大好きなおっぱいが無くなってしまう!」

「一時的なものかもしれないわ。一晩眠ればきっと元のサイズに戻っている筈よ!」

「それでも俺は貴方のおっぱいが縮んでいく姿なんて見たくないッ! そこまでするぐらいなら俺は……ッ!」

 

 俺は死を選ぶ! そう心の中で叫ぶ一誠。――――リアスが恥も外聞も捨て一誠の為にその胸を捧げたというのに。

 リアスは泣きながら笑顔を作った。

 

「ありがとう、イッセー。でもね、これで良いのよ! 私にとって、あなたと一緒に戦える事が嬉しい事なのだから―――。愛しているわ、イッセー!」

 

 その一言に一誠は鎧の中で涙を溢れさせた。ここまで言われた以上、一誠も覚悟を決めた。

 一誠は大声で愛する女性の名を叫ぶ。

 

「俺も愛してます、リアスッ! リアスリアスリアスッ!」

「どこまでも一緒よ! イッセー! イッセーイッセーイッセー!」

『BustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBustBust‼』

 

 それを機に送られてくるオーラの質量が上がる。が、その代わり……。

 

『……うへへへ、おっぱい、たのちーなぁ』

 

 遂にドライグの精神が耐えきれなかった。

 

「ドライグゥゥゥゥゥゥゥゥッ! うおおおおおおおおおおおおおおっ! 俺はッ! おっぱいドラゴンはッ! スイッチ姫の乳力と赤龍帝の力でテメェ等テロリストを吹っ飛ばしてやるぜェェェェェッ! ドライグの仇だぁぁぁぁぁッ!」

 

 完全な八つ当たりで放たれる連続砲撃により、疑似空間は崩壊しつつあった。

 

「止めろォォォォォッ! あの2人を止めるんだァァァァァッ! このままじゃ本当に乳のパワーで構成員が全滅するッ!」

 

 ジークフリートが必死に死神達に作戦を指示するが、アザゼルもグレモリー眷属に指示を送った。

 

「お前ら、全力でバカップルを救えッ! そいつらが俺達の(かなめ)だッ!」

「あの2人の邪魔はさせないよ。せっかく盛り上がっているのだから、邪魔したら悪いだろう?」

「うふふ、羨ましいわ、リアス。私も後でイッセーくんに甘えちゃおうかしら。2人の仲が燃え上がる度に浮気心も更に燃えるわね」

 

 その後も一誠とリアスによる砲撃は続いたのだが―――――。

 

(さえず)るな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドグゥゥゥゥン!

 歴代所有者がいる深奥(しんおう)の更に奥底から響く謎の声。その声と共に湧き上がる威圧により、一誠の全身が内側から爆発したかのような衝撃が走る。

 その威圧は神器(セイクリッド・ギア)を、一誠の体を突き抜けて外部まで漏れ出した。

 突然の強大過ぎる何者かによる刹那の威圧は、一瞬にフィールドを掌握し敵味方両方の一切を萎縮させた。

 

「がはっ!!」

「ッ!!? イッセー!!」

 

 内側からの衝撃により回復したオーラも消し飛び、激しいダメージにより膝から崩れ落ちる。一誠を回復させ続けていたリアスの胸の光もすっかり消えてしまった。

 一誠は先程の声の正体を確かめるべく、目を閉じて深奥に意識を向ける。

 先程まで馬鹿騒ぎしていた歴代の所有者達は床に倒れ込み気絶していた。起きているのはただ一人。

 

『誰だこいつら!? てか他の奴らは……ああ、こいつらか。なんでこんな格好してんだ?』

 

 歴代最強と謳われ、どんな時でも一人だけただ変わらず眠りこけていたアラン。先程の威圧で目を覚ましたアランは、まず周りで倒れる見慣れない人達―――様変わりした歴代の所有者達の変化に疑問を抱いた。

 

『まあどうでもいいか。まず“アイツ”の所へ行かねぇとな。こいつらが気絶してるのも“アイツ”が原因だろうし』

 

 一誠が問いかける間もなく、アランは一誠が立ち寄れない深奥の更に深部へと()ってしまった。

 動けない一誠の眼前に偵察型の機械兵が突如姿を表し、その鋭い爪を一誠へと振り下ろした。

 

「……ッ?!」

 

 先程の内側の衝撃のダメージによって回避も防御も間に合わない。

 威圧の余韻だけが残る中、真っ先に動き出した二人――――ヴィロットとフリードが一誠達の元へ駆けつける。

 先に辿り着いたフリードは一誠の前で立ち塞がり機械兵の爪をオーラで防御した肩で受け止めた。オーラでも完全に防御はできず、骨が絶たれる寸前まで爪は肉へと食い込んだ。

 反撃にあえて受け止めなかった聖剣を機械兵の喉元に突き刺すも刺さりはしなかった。だが続いて聖剣の先端へ無駄なくオーラを集中させゼロ距離から押し込むことで何とか頭部を斬り落とす。そして、丸見えとなった内部へ聖剣を突き立て、内部を(コア)ごと破壊した。

 少し遅れて到着したヴィロットはまだ余韻が抜けきっていない死神達を、大振りな一撃で全て消滅させた。

 

「大丈夫か、赤龍帝!」

 

 心配の声を掛けるフリードは顔を上げさせ一誠の無事を確かめる。

 顔を上げた一誠は物凄く驚いた表情で“何か”を見て涙を流し始めた。

 

「ああ、これぐらいキメラの俺にとっちゃ屁でもねぇよ。それに言っただろ、俺は敵じゃないって。味方として無事を確かめるのは当然だって……?」

 

 一誠の視線の方向が自分から逸れていることに気づいたフリードはその視線の先を見てみると、そこには“ぺったんこになったリアス・ブレモリーの胸”。一誠に送り続けた結果、リアスの乳は消耗され尽くし、豊満な胸は見る影も無かった。

 

「これじゃ、小猫ちゃんと変わらないじゃないか……!」

 

 小猫とリアスの胸元を交互に見比べて、一誠は号泣していた。

 

「えらく余裕そうだな! おい!」

 

 それに気づいたフリードは上げさせた一誠の横っ面を張り倒した。ヴィロットも冷ややかな横目でそれを見ていた。

 視線だけで何かを感じ取った小猫は、ホテル三十階にある後衛の部屋から一誠目掛けて何かを投げ飛ばすが、海のバリアに阻まれ威力が全く無くなった状態で外へ排出されるだけ。

 

「あれからだいぶ成長したなって思って見れば、何も成長してねぇ見てぇだな! おっぱいで奇跡を起こすって何だよ?! お前自身の成長がまるで見えてこねぇよ! そうやって大事な相棒もただの道具扱いしてるからそういうそういう目に遭うんだよ!」

 

 張り倒した一誠を再び起こしぐわんぐわんさせながら叱咤(しった)する。

 

「ドライグの精神負担をかけてるのは認めるが、決して道具扱いなんてしてない!」

「確かに赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のことは相棒として認識している。だからこそお前は歴代の赤龍帝とは全く違った進化をすることが出来たんだ。だが赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)自体は未だに道具としか思ってねぇ! 神器(セイクリッド・ギア)ってのは本来そういったものじゃねぇんだよ! それじゃ一生かかっても神器(セイクリッド・ギア)の力を引き出すことなんて出来ねぇ!」

 

 フリードは叱責兼助言のようなものをするが、一誠にはフリードが言っている意味が理解できなかった。

 一頻(ひとしき)り叱ったことでハッと我に返る。余計なことまで言ってしまったことを後悔しながら、自分の肩をキメラの能力と魔道具で治療する。

 

「いいか、他人の意思を無視した行いに協力の道はない。互いを尊重し認めあってこその共生だ。今のお前は全てが独りよがりだ」

 

 最後に一言だけそう告げた。

 ぼちぼちと威圧の余韻も消え去り、死神の大群も退けられ、残るはジークフリート、ゲオルグ、プルートのみとなっていた。

 プルートと距離を取ったアザゼルは一誠達のもとに降り立ち、同様にプルートもあちら側に降り立つ。

 

「おいイッセー、今のことは後でじっくり説明してもらうからな。さて、ジークフリート、ゲオルク、チェックメイトだな」

 

 光の槍の切っ先を彼らに向けるアザゼル。

 

「……相変わらずバカげた攻撃力だな、赤龍帝。しかもさらに進化の兆しがあると見える」

 

 そう言いながら肩で息をするゲオルク。

 駐車場の結界装置は未だ健在。小規模で強固な防御結界をゲオルクが作り出しており、先程の連続砲撃でも破壊されることはなかった。だが、守備に全力を費やしたせいでゲオルクは息切れしており、装置を覆う結界も歪みだしている。

 上位神滅具(ロンギヌス)の所有者と言えど限界はあり、このまま押し切れば突破は可能というところまで来ていた。

 ジークフリートも苦渋に満ちた表情を浮かべるが―――その時だった。

 空間にバチバチと快音が鳴り響く。見上げれば空間に歪みが生じて穴が空きつつあった。

 敵の援軍かと思われたが、ジークフリート達も(いぶか)しげな表情を浮かべていた。それは互いに想定外の乱入者。

 次元に穴を空けて侵入してきたのは軽鎧(ライト・アーマー)にマントと言う出で立ちの男が一人。見覚えのある男が一誠達とジークフリートの間に降り立つ。

 

「久しいな、赤龍帝。―――それとヴァーリ」

 

 男は一誠を睨み付け、後衛のホテル上階の窓際にいるヴァーリも睨み付けた。

 アザゼルが目を細める

 

「シャルバ……ベルゼブブ。旧魔王派のトップか」

 

 現れたのはディオドラ・アスタロトを裏で操っていた旧魔王ベルゼブブの子孫―――シャルバ・ベルゼブブだった。

 

 『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』と化した一誠に葬られたと思われていたが、その実は生き延びていた。

 ジークフリートが1歩前に出る。

 

「……シャルバ、報告は受けていたけど、まさか本当に独断で動いているとはね」

「やあ、ジークフリート。貴公らには世話になった。礼を言おう。おかげで傷も癒えた。……オーフィスの『蛇』を失い、多少パワーダウンしてしまったがね」

「それで、ここに来た理由は?」

「なーに、宣戦布告をと思ってね」

 

 大胆不敵にそう言うシャルバは醜悪な笑みを浮かべ指を鳴らす。すると、再び疑似空間に生じた裂け目から1人の少年が姿を現す。その少年は瞳が陰り、操られている様子だった。

 一誠はどこかで見たことのあるその少年の記憶を思い出す。それは京都でアンチモンスターを生み出していた、神滅具(ロンギヌス)である『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』の使い手。

 ジークフリートとゲオルクが驚愕する。

 

「……レオナルド!」

「シャルバ、その子を何故ここに連れてきた? いや、なぜ貴様と一緒にいるのだ? レオナルドは別作戦に当たっていた筈だ! 連れ出してきたのか⁉」

 

 2人が面食らっている間に、シャルバの体が幽霊のように薄い蛇のようなものが巻き付く。その蛇の先から超回転しながら伸びてくる鉄球。拘束され回避できぬシャルバは、力で強引に拘束を緩め魔力でガードした。

 鉄球の攻撃は防がれたが鉄球の根本から引っ張られるように鎖が急速に縮んでいき、フョードルが急速に距離を詰める。奇襲が防がれると矢継ぎ早(やつぎばや)に追撃を行った。

 

「退魔80%―――聖主砲Верный(ヴェールヌイ)級」

 

 退魔の波動を込めた鉄球をシャルバへ蹴り出すが、またしても強大な魔力に阻まれ攻撃は届かない。その様子をフリードは(いぶか)しげに見た。

 

「シャルバ・ベルゼブブ“程度”があの攻撃を止めた……?」

 

 目の前の他愛もない結果に納得がいかない。シャルバはフョードルの退魔の波動を防ぎきった。その事実を怪訝(けげん)に思った。

 シャルバが防御を固めた隙きにレオナルドへと手を伸ばす。

 だが、後少しでレオナルドに手が届きそうなところで魔力の反撃に弾かれ救出は失敗に終わった。

 

 こちらを見る英雄派の面々にシャルバは大胆不敵に言った。

 

「そう焦るな。少しばかり協力してもらおうと思っただけだ。―――こんな風にね!」

 

 ブゥゥゥンッ!

 シャルバが手元に禍々まがまがしいオーラの小型魔法陣を展開させると―――レオナルドの体にそれを近付ける。魔法陣の悪魔文字が高速で動き、途端にレオナルドが叫んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああっ!」

 

 絶叫を張り上げて苦悶の表情を浮かべるレオナルド。それと同時に彼の影が広がっていき、フィールド全体を覆う程の規模となっていく。

 その場で空中に浮き始めたシャルバが哄笑を上げる。

 

「ふはははははははっ! 『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』とはとても素晴らしく、理想的な能力だ。しかも彼はアンチモンスターを作るのに特化していると言うではないか! 英雄派の行動を調べ、人間界で別働隊と共に動いていた彼を拉致してきたのだよ! 別働隊の英雄派構成員に多少抵抗されたので殺してしまったがね! それでは作ってもらおうか! 現悪魔どもを滅ぼせるだけの怪物をッ!」

 

 レオナルドの影から何かが生み出されていく。影を大きく波立たせ、巨大なものが頭部から姿を現していく。

 規格外の頭部、胴体、腕、それらを支える圧倒的な脚。フィールドを埋め尽くす程に広がった影から生み出されたのは―――。

 

『ゴガァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!』

 

 鼓膜を破る様な声量で咆哮を上げる200メートル程の超巨大モンスターだった。

 更にそれよりサイズが一回り小さい巨大モンスターも何体かレオナルドの影から生み出されていく。100メートルを超えるモンスター軍団が出現した。

 その規格外の怪物達の足下に今度は巨大な転移型の魔法陣が出現する。

 シャルバが哄笑しながら叫んだ。

 

「フハハハハハハッ! 今からこの魔獣達を冥界に転移させて、暴れてもらう予定なのだよ! これだけの規模のアンチモンスターだ、さぞかし冥界の悪魔を滅ぼしてくれるだろう!」

 

 魔法陣が輝き、巨大なアンチモンスターの群れが転移の光に包まれていく。

 

「止めろォォォォッ!」

 

 アザゼルの指示のもと、一誠達は巨大なアンチモンスター達に攻撃を放つが―――全くびくともしない。ヴィロットとフリードは転移型魔法陣に向けて聖剣を振りかぶったが、巨大なアンチモンスター達がこの場に残り一誠達を殺してしまうことを危惧し、舌打ちしながら攻撃を止めた。

 攻撃も虚しく終わり、巨大なモンスター達は全て転移型魔法陣の光の中に消えていった。

 怪物達が消えた途端、フィールドが不穏な音を立て始める。白い空に断裂が生まれ、ホテルなどの建造物も崩壊していく。強制的な怪物の創造と転移に疑似空間が耐えられなくなったのだ。

 ゲオルクがジークフリートに叫ぶ。

 

「装置がもう保たん! シャルバめ、所有者のキャパシティを超える無理な能力発現をさせたのか!」

「……仕方ない、頃合いかな。レオナルドを回収して一旦退こうか。プルート、あなたも―――」

 

 ジークフリートはそこまで言いかけ、既に姿を消していた死神に気付いた。それを知り、ジークフリートが何かを得心した様な表情となる。

 

「……そうか、シャルバに陰で協力したのは……。あの骸骨神の考えそうな事だよ。嫌がらせの為なら、手段を選ばずと言うわけだね。『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』の強制的な禁手(バランス・ブレイカー)の方法もシャルバに教えたのか……? あんな一瞬だけの雑な禁手(バランス・ブレイカー)だなんて、どれだけの犠牲と悪影響が出るか分かったものではない。僕達はゆっくりとレオナルドの力を高めようとしていたのにね……。これでは、この子は……」

 

 それだけ漏らしたジークフリートとゲオルクは気絶したレオナルドを回収し、そのまま霧と共に消えていった。

 速攻で逃げ去った英雄派に心の中で毒づいていると、今度はホテルの方から爆音が鳴り響く。見上げれば、シャルバが後衛のメンバーに魔力の攻撃を放っていた

 

「どうしたどうした! ヴァーリィィィィィィッ! ご自慢の魔力と! 白龍皇の力は! どうしたと言うのだァァァァァッ! フハハハハハハッ! 所詮、人と混じった雑種風情が真の魔王に勝てる道理が無いッ!」

 

シャルバはヴァーリを攻撃していた。今は海のバリアがシャルバの攻撃の大部分をを削ぎ落とされ攻撃の多くはまともに届かないが、今のヴァーリではシャルバに対抗できない。それでも防御の魔法陣を展開させ、防戦一方だった

 

「……他者の力を借りてまで魔王を語るお前には言われたくない」

 

 (かんば)しくない状況でもヴァーリはシャルバを言葉で切り捨てる。

 

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハヒハハハッ! 最後に勝てば良いのだよ! さて、私が欲しいのはまだあるのだ!」

 

 オーフィスの方に手を突き出すシャルバ。オーフィスの体に悪魔文字を表現した螺旋状の魔力が浮かび、縄の如く絡み付いた。

 

「ほう! 情報通りだ! 今のオーフィスは力が不安定であり、今の私でも捕らえやすいと! このオーフィスは真なる魔王の協力者への土産だ! パワーダウンした私に再び『蛇』も与えてもらおうか! いただいていくぞ!」

「させるかよッ!」

 

 一誠はドラゴンの翼を広げて、一気にシャルバに詰め寄る。

 シャルバは醜悪な笑みを浮かべて言い放った。

 

「呪いだ! これは呪いなのだ! 私自身が毒となって、冥界を覆い尽くしてやる……ッ! 私を拒絶した悪魔なぞ! 冥界なぞ、もはや用無しだっ! もうどうでも良いのだよッ! そう、冥界の覇権も支配も既にどうでも良い! フハハハハハハッ! このシャルバ・ベルゼブブ、最後の力を持って魔獣達と共にこの冥界を滅ぼす!」

 

 狂喜に包まれたシャルバはまともな目をしていなかった。思想も何もかも破綻したシャルバは一誠に指を突きつけてきた。

 

「……そうだな、貴殿が大切にしている冥界の子供も我が呪い―――魔獣どもによって全滅だよ、赤龍帝! 我が呪いを浴びて苦しめ! もがけ! 血反吐ちへどを吐きながら、のたうち回って絶息しろッ! フハハハハハハッ!傑作だな! 下級、中級の低俗な悪魔の子供を始め、上級悪魔のエリートの子息子女まで平等に悶死もんししていく! ほら! これがお前達の(のたま)う『差別の無い冥界』なのだろう? フハハハハハハッ!」

 

 もはやシャルバは復讐の鬼と化していた。自分を認めなかった冥界に未練も誇りも捨て、全ての悪魔を滅ぼそうとしていた。

 そうこうしている内にフィールドの崩壊は進んでいく。遂に壁に複数の穴が空き、フィールドの瓦礫を吸い込みだした。

 ホテルの室内にいる黒歌が叫ぶ。

 

「もう、このフィールドは限界にゃん! 今なら転移も可能だろうから、魔法陣を展開するわ! それで皆でここからおさらばするよ!」

「邪魔は入ったけど、任務完了」

 

 魔法陣を展開する黒歌のもとにグレモリー眷属達やフョードル達が集結。シャルバの攻撃で傷を負ったヴァーリにアーシアが回復のオーラを当てる。

 未だに哄笑を上げるシャルバ、その近くには捕らえられたままのオーフィス。

 一誠はそれを見てふたつの思いに駆られた。

 

「イッセー! 転移するわ! 早くこちらにいらっしゃい!」

 

 リアスがそう告げてくるが―――一誠は魔法陣の方には行かなかった。

 怪訝に思っているリアスとグレモリー眷属に一誠は告げた。

 

「俺、オーフィスを救います。ついでにあのシャルバもぶっ倒します」

『―――っ!』

 

 一誠の言葉に全員が度肝を抜かれた。

 

「僕も戦うよ!」

「1人だけ格好つけても仕方ないのよ⁉」

 

 木場、朱乃がそう言うが、一誠は首を横に振った。

 

「いや、俺だけで充分だ。皆はあの魔獣どもの脅威を冥界に伝えてくれ。どっちにしろフィールドはもう保もたないだろう。俺なら鎧を着込んでいればフィールドが壊れても少しの間、次元の狭間で活動できる筈だ。ヴァーリもそうやって次元の狭間で活動していた頃があるんだろうから。……今、シャルバを見逃す事も、オーフィスを何者かの手に渡す事も出来ません」

 

 これは自分達にしか出来ないと思った一誠。アザゼルの疑似禁手(バランス・ブレイカー)も限界まで来ている。

 一誠の意思に引き下がるグレモリー眷属達だが、フリードは一誠の腕を掴み食い下がった。

 

「待て、赤龍帝。ぶっちゃけ自棄になったシャルバ・ベルゼブブ程度ならお前なら十分勝機はある。けど今のシャルバ・ベルゼブブは何かおかしい。それに今さっき神滅具(ロンギヌス)の拒絶でダメージを受けたばっかりだろ。残念だがオーフィスは今は見捨てろ。どっちもまたチャンスはある。だから今は引け」

「見捨てられるわけないだろ! それに、ここでシャルバを討たなかったら犠牲が増えるに決まってる! あいつは、冥界の子供達を手に掛けると言ったんだ! それだけは……それだけは絶対に許しちゃいけない!」

「もう限界にゃん! 今飛ばないと転移できなくなるわ!」

 

 黒歌がそう叫ぶ。

 

「兵藤一誠」

 

 アザゼルに肩を貸してもらっているヴァーリ。先程のシャルバの攻撃が体に響き、ツラそうな表情。

 

「ヴァーリ! お前の分もシャルバに返してくる!」

 

 一誠の言葉を聞いてヴァーリは口の端を笑ました。

 

「イッセー! 後で龍門(ドラゴン・ゲート)を開き、お前とオーフィスを召喚するつもりだ! それで良いんだな?」

 

 アザゼルの提案に一誠は(うなず)いた。

 

「あーもうわかった! その代わり俺も残る。本来なら俺が代わりに残ると言いたいが、それじゃ納得しないだろ? だからこれが最大の譲歩(じょうほ)だ」

 

 これ以上犠牲者を増やさない為にとの一誠の判断は理にかなっている。ならば説得は不可能と判断したフリードは自分も残ることを譲歩とした。

 一誠は腕を掴む手を外そうとするが、フリードはさらに力を入れ離さない。

 

「いや、俺だけで充分だって。それに生身のお前じゃ次元の狭間での活動は出来ないだろ」

「何度も言うがこの体はキメラだ。多少破損しても生きていられるし、オーラを纏ってれば次元の狭間でもしばらく活動も出来る。自力で次元の狭間を脱出する手段もあるから龍門(ドラゴン・ゲート)で召喚してもらう必要もない」

 

 互いに目線を合わせる。一誠は外そうとする手を離し、その後フリードも腕から手を離した。

 一誠はドラゴンの翼を展開させる。

 

「イッセー!」

 

 リアスの声に振り向く。

 

「必ず私のところに戻ってきなさい」

「ええ、必ず戻ります!」

 

 それだけ告げて一誠とフリードはシャルバの方へ突っ込んでいった。同時に転移の光が一層膨らんで弾ける。他の皆の転移は成功した。

 

「くれぐれも、いのちだいじにで頼むぜ」

「死ぬつもりはねぇよ!」

「……そうだな、ここで死ぬのはちと早いかもな」

 

 軽口を叩きながらも軽く激を飛ばし合う。

 そうして一誠はシャルバを倒し、オーフィスを救い、リアスの元へと帰ることを決意した。




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渇望な赤龍帝の帰路

 ホテル上空で哄笑するシャルバの眼前に辿り着く一誠とフリード。フィールドは既に半分以上が消失している。

 シャルバは一誠を視界に映すと途端に不快そうな顔となる。

 

「ヴァーリならともかく、貴殿の様な天龍の出来損ないごときに追撃されるとはな……ッ! どこまでもドラゴンは私をバカにしてくれる……ッ!」

 

 どこまでも他者を見下すシャルバ・ベルゼブブに内心ため息を吐く。

 

「私を追撃するのは何が目的だ⁉ 貴殿も真なる魔王の血筋を蔑ないがしろにするのか⁉ それともオーフィスに取り入る事で力を求めるのか⁉ 天龍の貴殿の事だ、腹の底では冥界と人間界の覇権を狙っているのだろう⁉」

 

 こいつの考える事は血筋だとか、覇権だとか、そんな事ばっかりな事に辟易(へきへき)した。

 一誠は息を吐いて言う。

 

「難しい事を並べられても俺には全く分からん。オーフィスもどうしたら良いか分からないし、覇権がどうたらなんてのも興味ねぇ。―――ただな」

 

 一誠はシャルバに指を突きつけた。

 

「あんた、さっき悪魔の子供達を殺すって言っただろう? それはダメだろ」

 

 一誠の言い分にシャルバは嘲笑う。

 

「それがどうした! 当然なのだよ! 偽りの魔王が統治する冥界で育つ悪魔など、害虫以下の存在に過ぎない! 成熟したところで真なる魔王である私を敬う事も無いだろう! そんな悪魔どもは滅んだ方が良いに決まっているのだ! だから、あの巨大な魔獣でゼロに戻す! あの魔獣どもは『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』の外法(げほう)によって創られた悪鬼のごときアンチモンスターなのだ! 圧倒的な破壊をもたらしてくれるであろう! 穢れの無い冥界が破壊によって蘇るッ! それこそが冥界なのだよッ!」

「……あんたの妄想はやっぱりよく分からねぇや。―――けど、悪魔の子供を殺そうとしているんだろう?」

 

 一誠は内部のオーラを全面に押し出して言った。

 

「じゃあ、ぶっ倒さなきゃなっ! 俺、子供達のヒーローやってるからよッ! あんたみてぇな子供の敵は絶対に許しておくわけにはいかないんだよッ! 俺は『おっぱいドラゴン』だからなッッ!」

 

 一誠の言葉を聞いてシャルバの笑みが止まる。

 

「―――っ。……貴殿からのプレッシャーが跳ね上がった。分からん理屈で動く天龍だ。まあ、良いだろう! ならば我が呪いを一身に浴び、この狭間で果てろ、赤い龍ッッ!」

「それはてめえだ、三流悪魔がッッ!」

 

 一誠は体内の駒を紅く爆発させ、呪文を唱える。

 

 『真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)』―――サイラオーグが命名した真の『女王(クイーン)』形態。

 

「―――我、目覚めるは王の真理を天に掲げし、赤龍帝なり!」

 

 歴代所有者達の絞り出すような声も聞こえてくる

 

『行こう! 兵藤一誠!』

『ああ、そうだ! 未来を―――我らは皆の未来を守る赤龍帝なのだ!』

『紅き王道を掲げる時だッ!』

「無限の希望と不滅の夢を抱いだいて、王道を()く! 我、紅き龍の帝王と成りて―――汝なんじを真紅に光り輝く天道へ導こう―――ッ!」

『CardinalCrimsonFullDrive!!!!』

 

「―――ッ! 紅い……鎧だと⁉ 何だ、その変化は⁉ 紅……ッ! あの紅色の髪を持つ偽りの男を思い出す忌々いまいましい色だッ!」

 

 そう憎々しげに吐き捨てるシャルバ。

 鎧の形状が変わると同時に一誠の全身からパワーが溢れ出す。

 シャルバが一誠に向けて手を突き出すと空間が歪み、そこから大量の(はえ)らしきものが出現していく。周囲一帯が蝿の群れに埋め尽くされた

 

「真なるベルゼブブの力を見せてくれようッ!」

 

 吼えるシャルバは大量の蝿を操り、幾重もの円陣を組ませて極大の魔力の波動を無数に撃ち出した。

 

『StarSonicBooster!!!!』

 

 一誠はそれらを瞬時に躱かわしていき、一気に距離を詰めてシャルバの腹部に拳の一撃を入れた。

 

『SolidImpactBooster!!!!』

 

 右腕を紅いオーラが覆い、巨大な拳を形成する。

 肘の撃鉄(げきてつ)を打ち鳴らし、渾身のボディブローがシャルバの腹部に深く食い込む。

 

「ぐはっ!」

 

 その威力にシャルバは堪らず血を吐き出した。

 

「この、下級ごときがぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 シャルバは幾重にも魔法陣を展開し、そこから様々な属性の砲撃を放つ。一誠はそれに対して真っ正面から立ち向かっていった。

 

「こんなもの……ッ! 避けるまでもあるかよ……ッ!」

 

 シャルバの放った魔力を拳で打ち落とし、再び神速で距離を詰める。

 一誠の体を紅いオーラが包み込み、鎧を紅く染めていく。

 

『SolidImpactBooster!!!!』

 

グゴンッ!

シャルバの顔面に巨大な拳が直撃。一誠のパンチを受けて、シャルバは顔中から血を垂れ流した。それを見た一誠は一言つまらなそうに漏らす。

 

「こんなもんか」

 

 それを聞いたシャルバのこめかみに青筋が幾重にも浮かび上がる。

 

「……何だと……?」

 

 憤怒の形相となったシャルバに一誠は構わず言う。

 

「魔王って言うから、サーゼクスさまやヴァーリみたいな強さがあるのかと思った。ヴァーリと戦った事のある俺だから、『ルシファー』―――魔王って強さがよく分かる。けど、あんたからはあれ程の重圧は感じない」

 

 シャルバは顔を引きつらせて高笑いする。

 

「言ってくれるものだな……ッ! 穢けがれたドラゴンごときが……ッ! 塵芥(ちりあくた)と同義である元人間の分際で真の魔王を愚弄するとはな……ッ!」

「俺は二天龍の『赤い龍』―――赤龍帝ッ! あんたみたいな紛い物の魔王なんかにやられはしねぇッ!」

「ほざけッ! 腐れドラゴンめがァァァァッッ!」

 

 シャルバが魔力を放てば一誠はそれを拳で叩き落とし、一誠が拳打を放り込めばシャルバは大きく仰け反る。不気味なオーラを漂わせる蝿の群れもドラゴンショットで打ち消していく。

 圧倒的なまでに一誠の方が優勢だった

 

『……こんなもんか。こんなものなのかよ! 冥界を語った男―――サイラオーグさんはこんなの喰らっても平気だったんだぞ⁉』

 

 サイラオーグは一誠のパンチを受けても何度も立ち上がり、己の夢の為に進んできた。それに対してシャルバはただ仰け反るのみ。己の身体を突き動かすものが一切感じられない。一誠はそこに両者の違いを感じた。

 

「シャルバ、あんたには莫大な才能と魔力があるんだろうさ。俺よりも強大なものを持って生まれてきた」

「そうだ! 私は選ばれた悪魔なのだよ! 魔王だ! 真の魔王だ!」

「でも、ダメだ。あんたの攻撃は……己の拳だけで、己の肉体だけで向かってきた(おとこ)に比べたらカトンボ以下だ! そんな攻撃じゃ、俺を倒せやしねぇんだよォォォッ!」

 

 ドゴンッ!

 今度は手応えを感じる一撃が決まり、シャルバの表情がかつてないほど苦悶に満ちた

 『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』で無くても俺はこいつを倒せる! 何が真の魔王だ! 何が「冥界をゼロに戻す」だ! 俺が出会い、戦ってきた冥界の男達はこいつほど甘くはなかった! 皆、誰よりも強くて厳しかった! 一誠の心は自信に満ちていた。

 

「クソ天龍が! これならどうだァァァァッ!」

 

 シャルバが血を撒き散らしながら手元から魔法陣を展開―――そこから1本の矢が飛び出す。

 高速で一誠に飛来し、一誠の鎧に突き刺さる―――直前にフリードが矢を掴み取った。矢の先端を少し嗅ぎ言う。

 

「呪いを含んだ血の匂い。たぶん、(やじり)にサマエルの血でも塗り込んでたんだろう。ハーデスと繋がってんならサマエルの血を借り受けるぐらい訳無いよなぁ。大方、いざって時の白龍皇対策ってところか? それを赤龍帝に使うってこたぁ……相当に追い詰められてるってことか」

 

 状況と匂いでシャルバの思惑を考察する。

 

「お前もなぁ~真面目に応対してんじゃねえよ。よけろよけろ。魔力の素養が全くねぇお前じゃ直ぐ死んでたぞ。いのちだいじにで行けって言っただろ」

 

 一誠にも軽く説教をかます。それと同時にフリードは不審に思っていた。なぜこんなにも赤龍帝に追い詰められているかを。

 今のシャルバ・ベルゼブブではフョードルの聖主砲は絶対に受け止められず、最悪致命傷で消滅していた。先程とは全くの別人のようにすら感じていた。

 シャルバは妨害したフリードを憎々しげに睨みつける。

 

「不出来な合成獣(キメラ)の分際でよくも邪魔をしてくれたな……! だが、サマエルの血がそれ一本分だとは限らんぞ。貴殿の言う通り、ヴァーリのように魔力が高ければ多少は耐性があるのだろうが……魔力の素養が無さそうな赤龍帝では直ぐに死ぬぞ」

 

 形勢逆転とでも言うかのように見えぬ龍殺しの血をチラつかせる。

 過去の聖槍(せいそう)を受けた痛みを思い出す一誠だったが、ドラゴンの両翼を広げシャルバに向かって飛び出していく。

 それを見てシャルバは仰天した

 

「呪いを受けているのだぞ! そいつが言ったと通り貴殿では耐えれぬ呪いなのだぞ! 何故に動く⁉ 何故に恐怖しない⁉ 死が怖くないと言うのか⁉」

「うるせぇな……! 怖いに決まってんだろう……ッ! だがな、お前を生かしておくともっと怖い事が起こりそうなんだよ! だから、まずはお前をぶっ倒す!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 一誠は思い付く限りの拳と蹴りのコンボをシャルバに叩き込む。攻撃を受けたシャルバはホテルの屋上に落下し、這いつくばった。

 

「バカな……ッ! 私は真の魔王だぞ⁉ 人間やハーデスに助けを求めてまで、屈辱を、恥辱に塗まみれながらも復讐を遂げようと……ッ! 吐き気を催もよおすような英雄派の実験にまで付き合ったと言うのに……ッ! なぜ貴様やヴァーリの様な天龍が立ち塞がるのだ⁉ 大した理念も無い低俗なドラゴン風情が! 何故に私のような高みに臨む存在を蔑ないがしろにしようとする⁉ 理解不能! 理解不能だァァァァッ!」

 

 シャルバは捕らえられたままのオーフィスのもとに辿り着くと懇願する。

 

「オーフィス! オーフィスよ! あの『蛇』をもう一度私にくれ! そうすれば再び私は前魔王クラス以上の力を得られる! この者を倒すにはあの『蛇』が必要なのだ!」

「今の我、不安定。力を増大させるタイプの『蛇』、作れない」

 

 オーフィスの言葉にシャルバは絶望しきった表情となった。

 一誠はシャルバの眼前に降り立つ。震えながら下を見てぶつぶつ呟くシャルバに対し、一誠は正面から言い放った

 

「あんたは子供達から笑顔を奪おうとした―――。ぶっ倒される理由はそれだけで充分だろッ! 俺はな! 俺はッ! 子供達のヒーローやってる、『おっぱいドラゴン』なんだよッ! あの子達の未来を奪おうとするなら、ここで俺が消し飛ばすッ!」

 

 一誠は翼からキャノンを展開させ、砲撃の準備を始める。静かに鳴動し、砲身に強大な魔力がチャージされていく。

 

「……私は……私は選ばれた悪魔……。魔王……魔王だ。……そうだ、私は……真の魔王だ。真の魔王である私が……穢けがれたドラゴン(ごと)きに…………元人間の分際で……………」

 

 シャルバから強大な禍々しいプレッシャーが放たれる。一誠もシャルバの変化に気づくも、砲身の魔力チャージは既に完了していた。

 

「吹き飛べェェッ! クリムゾンブラスタァァァァァァアアアアアアアアアアッ!」

『FangBlastBooster!!!!』

 

 砲口から紅色の極大のオーラが解き放たれた。

 

「真の魔王である私が劣るハズがないッ!!」

 

 シャルバから放たれる強大な魔力が紅色の極大オーラとぶつかり合い、周りを吹き飛ばしながらオーラを相殺させた。

 あの状況から砲撃を相殺されるとは思っていなかった一誠は、驚きのあまりしばし固ってしまう。その間にシャルバはゆらりと立ち上がり、目の前に魔法陣を展開したった一発の砲撃を放った。

 そのたった一発の砲撃は一誠を吹き飛ばし、確かなダメージを与えた。先程までどれだけ攻撃されようが全くダメージを受けなかった一誠だが、今度はたった一発で確実なダメージを受けた。

 

「真なる魔王である私を散々愚弄してくれたなッ! その罪、万死に値する!」

 

 シャルバは怒りを表ししながら魔力を高めていく中、再び神速で距離を詰める。

 

『StarSonicBooster!!!!』

 

シャルバの顔面に巨大な拳を打ち込むが、今度は片手の魔法陣で受け止められてしまう。一誠のパンチを受けとめ、シャルバは一言つまらなそうに言った。

 

「こんなもんか」

 

 先程一誠がシャルバに言った言葉をそのまま返した。シャルバのこめかみに青筋が幾重にも浮かび上がる。

 

「こんなものに……私はやられていたというのかッ!!」

 

 掴んだ手を引っ張り、もう片方の手に魔法陣を展開し超至近距離の顔面へ魔力の波動を叩き込み、一誠を地面に叩きつけた。

 ホテルの屋上から地に這いつくばる一誠に向かって急降下した。

 

「クソ天龍か! 死を持って償うがいい!」

 

 一誠を殺そうと急接近するシャルバは、突如胸にとてつもないダメージを感じ、痛みを認識するまでもなく地面へ落下した。

 

「なるほどな。攻撃力は凄まじく上昇している。だが、防御力はそのままだ。視野が狭くなった分、むしろ下降してるかもな」

 

 先程までシャルバが滞空していた位置に立つフリード。聖剣に付いた血を一振りで拭う。激高(げっこう)し一誠しか視界に捉えられなかったシャルバをすれ違うように深く斬り裂いたのだ。 

 シャルバに致命傷を与えたフリードは一誠の眼前に降り立ち、一誠に手を貸す。

 

「まったく何怯んでんだよ。逆境からの奇跡はお前の特権じゃねーんだぜ」

 

 ま、赤龍帝程じゃないがシャルバのこれは異常だけどな。シャルバの先程のパワーアップを見ていてフリードはそう思う。

 多少一誠がピンチに陥っても本当にギリギリまでは手出しするつもりはなく、サマエルの血は明らかに怪しかったので例外的に介入した。しかし、シャルバがパワーアップを見せたことでギリギリのピンチは一瞬にして訪れた。それほどまでにシャルバのパワーアップは凄まじいものだった。

 

「しかし、一体何が起こったんだ?」

「魔王の血が覚醒したとかじゃね? 仮にも魔王の血筋だ。莫大な才能と魔力を生まれ持っている。それが目覚めればあれぐらいのパワーは出るだろう」

 

 ただし悪魔の(さが)なのかそれを腐らせてるけどな。っと、心の中で付け加える。先程のシャルバのパワーアップには酷い(ムラ)があったにしろ、何か別の力が混じったようなものは感じられなかった。そうなると、あれはシャルバの中で腐っていた本来の実力なのではないかと考えた。

 

『もしかしたら今のパワーアップ分の力はフョードルの攻撃を防いだ時にも使えていたのかもしれない。それが使えなくなってたってことは、平常時との均衡を戻す為に余剰なパワーが一時使えなくなった。それが怒りで解除された。となると、やっぱり本来の実力を底上げはされてはいたみたいだな」

 

 墜落したシャルバがよろよろと立ち上がる。不意打ちをもってしても今のシャルバは消滅させることは出来ないが、それでも確実な致命傷を負っている。力を振り絞り立ち上がったとしても、戦う力は残らず絶命は免れない。

 シャルバの最善の策は残る力で全力で逃走し、早急な手当を受けること。そうすることで今のシャルバなら僅かだが生存の道が残されていた。

 これがシャルバを倒す絶好のチャンスだとしても、フリードとしては一誠を生きて脱出させることが第一であり、その可能性を僅かでも下げることを懸念して何もするつもりはなかった。

 

「よもや私が……元人間共に……穢らわしいドラゴンに……不出来な合成獣(キメラ)に……真の魔王である……冥界の真の支配者である私に……」

 

 シャルバが手にした注射器を見るまでは。

 

「―――まさかあれは……!」

 

 ―――デッドウイルス!!?

 

「『蛇』を得られぬのなら仕方ない。魔王である私が、貴殿らのような下賤(げせん)の者共に負けるなど」

「待て! 俺の予想が正しければ、それを使えばお前は確実に死ぬことになるぞ!」

 

 フリードが慌てて叫ぶと、シャルバは意外そうに驚きつつも不敵に笑う。

 

「ほう、これが何かわかるのか? その通りだ。これを使えば私の死と引き換えに、オーフィスの『蛇』を使う以上の力を得られる」

 

 注射器のキャップを外し自らの腕に針を刺した。

 

「シャルバ・ベルゼブブ、お前は真なる魔王の血族なのだろう。こんなところでその血を絶やしてもいいのか?」

「真の魔王たる私がこんなところで死ぬはずがなかろう。この命と引き換えに得た力で貴殿らを抹殺し、破壊で浄化された穢れの無い冥界に君臨するのだ」

「……? おい、自分で何を言ってるのかわかってるのか?」

 

 自分が死ぬと断言しておきながら生きて冥界を統治する。矛盾した発言をさも当然のように言い切った。自分で言った矛盾にまるで気づいていない。シャルバは疲弊しつつも意識の混濁のような異常は感じられない。

 

「となると、常識の改変か?」

 

 シャルバの異変を考察しながらも、すぐにでも動き出せるように臨戦態勢を整える。

 

「ぐぶぅ……ぐごごごごぉぉぉぉぉぉっッ!!!?」

 

 苦悶(くもん)の表情で立ちながら絶命したシャルバの体が変色していき、再び躍動していく。

 

「これは流石にヤベェな。おい赤龍帝、持ってな」

 

 フリードは自分の聖剣を一誠に差し出す。突然武器を渡された一誠は困惑した。

 

「此処から先は俺に任せろ。安心しろ、一瞬で終わらせる。だからしっかり持ってろ」

 

 強引に自分の聖剣を一誠に押し付ける。

 

「頼んだぞ」

 

 そう言ってフリードは渡した聖剣を軽く叩く。すると聖剣は光を放ち、一誠を薄い光の膜で覆った。

 フリードは懐から十字架が刻まれた拳銃を取り出し銃口を向ける。

 

「アギィィィィィィィィィィッ!!!」

 

 適合率が低かったため、シャルバの体は異形へと変質していた。

 半分蝿のような異形に成り果てたシャルバに向かって引き金を引く。

 

「ガギエル」

 

 光の粒子と共にシャルバの眼前に弓を引いた神々しい聖なるオーラを放つ巨大ロボットが現れる。引ききった弓の矢先はシャルバと直線上の至近距離に構えられていた。

 一瞬にしてシャルバは聖なるオーラに呑み込まれ、跡形も無く消し飛ばされた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、一瞬だろ」

「確かに一瞬だったけど、何だったんだ今のは?」

 

 先程のロボットが何なのか気になる一誠だったが、まずオーフィスを魔力の縄から解放した。

 

「赤龍帝、フリード、どうして我助けた?」

 

 オーフィスの問いかけに一誠は嘆息しながら言う。

 

「お前、アーシアとイリナを助けたじゃねぇか」

「あれ、あの者達への礼。赤龍帝が我助ける理由にならない」

「アーシアとイリナは俺の大事な仲間だ。それを助けてくれたなら、俺もお前を助ける理由が出来ちまう。―――俺はお前が悪い奴には思えなくなってきたんだよ。オーフィス、何故あいつらと手を組んだ」

 

 一誠の問いにオーフィスはこう答えた。

 

「グレートレッドを倒す協力をしてくれると約束してくれた。我、次元の狭間に戻り、静寂を得たい」

 

 あまりにも安易過ぎる口約束に一誠は呆気に取られてしまった。

 

「あいつらがお前との約束を果たすわけねぇだろ。随分と利用されたんじゃないのか?」

「グレートレッド倒せるなら、我はそれで良い。だから蛇を与えた」

 

 オーフィスは続ける。

 

「赤龍帝の家に行ったのは、我が望む夢を果たせる何か、あるかもしれないと思っただけ。普通ではない成長。そこに真龍、天龍の隠された何かがあると思った。我、なぜ存在するのか、その理由、あると思った」

「……そっか。ようやく分かったわ」

 

 オーフィスの言葉に一誠は確信を得た。こいつは誰よりも純粋なんだと。それを旧魔王派や英雄派が担ぎ上げて、利用してきた。

 ―――自分達の私利私欲の為に。

 世界を手中に収めたり、超常の存在との戦いであったりと様々な思惑が交錯する。だが、それはオーフィスにとってどうでも良い事だった。

 全ては『禍の団(カオス・ブリゲード)』が作り出した仮初めの首領。

 ただ自分の夢に純粋で何も知らないドラゴン。単に強くて無限なだけ―――それを皆が恐れてしまい、神聖化してしまった挙げ句、テロリストの親玉に仕立て上げてしまった。

 寂しくて可哀想なドラゴン……それがオーフィス。そう一誠は理解した。

 

「なあ、オーフィス。俺と―――俺と友達になるか?」

 

 一誠がオーフィスに言う

 

「……友達? それ、なると、何かお得?」

「せめて、話し相手にはなってやるよ」

「そう。それは楽しそう」

「ああ、楽しいさ。だから、帰ろう」

 

 その様子を見ていたフリードは何とも言えない顔で小さくため息を吐き、小さくつぶやいた。

 

「何問題解決みたいにしてんだよ」

 

 確かにオーフィスは無垢なドラゴン。だが、オーフィスが行った無責任な行動は無垢で済まされるものではない。

 仮にオーフィスが無垢であり『禍の団(カオス・ブリゲード)』に体良く利用されていただけと証明されようとも、被害者は決してオーフィスの無罪など納得はしない。

 無知は罪でなくとも、無知に気づかぬ無責任な行動は罪である。

 オーフィスの最大の不幸はテロリストの親玉に仕立て上げてしまったことではなく、長い年月の中で大いなる力には大いなる責任が伴うことを知れなかったこと。

 

 この件を正式に落着させる為には原因である『禍の団(カオス・ブリゲード)』、さらにその発端となった聖書勢力にまで(さかのぼ)らなければならない。だが聖書がそれを良しとするか。そして、良しとしなかった場合の諸勢力の動きは。どれも考えたところでなるようにしかならない。

 

「ま、俺が判断することじゃねぇか」

 

 オーフィスの今後を考えることを止め、なんとなく辺を見回すフリード。建物が崩れ、瓦礫や風景が次元の穴に吸い込まれていく。するとあるものが視界には入る。―――機械兵の残骸だ。それを見てのほほんとしていたフリードがハッと目を見開いた。

 

 

 

 ―――――ザシュ!

 

 一誠は突然の激しい痛みに下を見ると、自分の胸から毛に覆われた血まみれの機械の腕が生えているのを目にした。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 崩壊していくフィールド。

 機械兵に胸を貫かれた一誠だったが、フリードの横槍により一命は取り留めた。だがそれは即死を免れただけに過ぎない。

 フリードは2機の機械兵相手に殿(しんがり)を務める。

 その間に一誠はオーフィスに肩を貸してもらって移動していた。

 

『相棒! もうすぐだ! アザゼル達が俺達を呼び寄せる龍門(ドラゴン・ゲート)を開いてくれる筈だ! そうすれば後はあちらが俺達を呼び出してくれる!』

 

 必死に呼び掛けるドライグだが、一誠の体力はもはや限界。

 

「……なぁ、オーフィス」

「?」

「お前、帰ったら何がしたい……?」

「帰る? 我、どこにも帰るところ無い。次元の狭間、帰る力ももう無い」

「……それなら、俺の家に……帰れば良い」

「赤龍帝の家?」

「……ああ、そうだ。アーシアと……イリナと……仲良くなれたんなら……きっと、他の……皆とも……」

 

 足が先に進まず目線が横に、上に傾く。自分が倒れたことすら認識できない。

 

「……オーフィス、お前、誰かを……好きになった事はあるか……?」

『相棒、気をしっかりしろ! 皆が待っているのだぞ!』

「ドライグ、この者はもう。―――限界」

 

 機械兵の一撃で血を流しすぎただけでなく、心臓を致命的な程に損傷させられていた。

 

『分かっている、オーフィス! そんな事は分かっている! だが、死なぬ! この男はいつだって立ち上がったのだ! なあ、帰ろう! 相棒! 何をしている! 立て! お前はいつだって、立ってきたじゃないか!』

 

 一誠の脳裏にそれぞれの想い人が蘇よみがえる。

 

 

「大好きだよ、リアス…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ドライグ、この者、動かない」

『…………ああ』

「……ドライグ、泣いている?」

『…………ああ』

「我、少しの付き合いだった」

『…………そうだな』

「悪い者達ではなかった。―――我の最初の友達」

『……ああ、楽しかった。……なあ、オーフィス。いや、この男の最後の友よ』

「なに?」

『俺の意識が次の宿主に移るまでの間、少しだけ話を聞いてくれないか?』

「分かった」

『この男と、この男の友の事を、どうか覚えておいて欲しい。その話をさせてくれ……』

「良い赤龍帝だった?」

『ああ、最高の赤龍帝だった男と、その友の話だ』

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 皆の前でアザゼルと元龍王のタンニーンの協力を得て召喚用の儀式が執り行おこなわれた。

 

「召喚用の魔法陣を用意できた。―――龍門(ドラゴン・ゲート)を開くぞ」

 

 アザゼルがそう告げ、魔法陣が輝きを増していく。

 中級悪魔の昇格試験センターにある転移魔法陣フロアにグレモリー眷属と関係者が一堂に会していた。

 疑似空間での戦闘後、アザゼル達は一誠を呼び寄せるだけの魔法陣を描ける場所に移動し、強制召喚の準備を始めた

 元龍王のタンニーンの他、白龍皇のヴァーリもサマエルの呪いによるダメージに耐えながら魔法陣の隅で待機していた。

 リアスや他の眷属達はその様子を心配そうに見守っている。

 疑似空間で生み出された『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』のアンチモンスター軍は現実の冥界に出現し、各都市部に向けて進撃を開始した。

 既に悪魔と堕天使の同盟による迎撃部隊が派遣されたが……規格外の大きさと凶悪な堅牢さに手を焼いていた。

 魔獣達は進撃と共に数多くのアンチモンスターを独自に生み出し、そこに旧魔王派の残党が合流し、巨大な魔獣達の進行方向にある村や町を襲撃し始めていた。

 冥府の神ハーデスは英雄派だけでなく旧魔王派にも手広く手を貸していた。悪魔や堕天使、各神話勢力に一泡吹かせられるなら手段を選ばぬ判断。

 事態はどんどん深刻になっていき、魔王達も各勢力に打診しているのだが……神々を仕留められる聖槍を持つ曹操の存在がネックとなり、協力を仰げない。

 各勢力の神々や冥界の魔王が聖槍で(ほふ)られるようなことがあれば、情勢は覆くつがえってしまう。それを懸念しているせいで各トップ陣は動きづらい状態となっていた。

 その為、力のある若手悪魔や最上級悪魔の眷属チームにも超巨大魔獣迎撃の話が届いている。

 同盟関係にある各勢力からも救援部隊が派遣されることとなっている。天界からは『御使い(ブレイド・セイント)』、堕天使サイドからは神器(セイクリッド・ギア)所有者、北欧からはヴァルキリーの部隊などが冥界―――悪魔側の危機に応じた。神や魔王が出られない以上、配下が率先して戦わなければならない。

 

 ゼノヴィアとイリナは無事に事件の顛末を各上層部に伝える事が出来た。今は天界でデュランダルの修復に入っている。

 しかし、このままでは魔獣が魔王領にある首都を破壊しかねない。既に都民の避難が開始されているが、全ての完了が間に合うかどうかは厳しい状況。

 

『……キミ達の力が必要だ、イッセーくん。赤龍帝力を今こそ冥界の為に使わないといけない。―――首都ではキミ達の登場を心待ちにしている子供達が多いんだよっ! だからこそ、帰ってきてくれ!』

 

 木場は胸の中でそう願った。

 

「―――よし、繋がった!」

 

 アザゼルがそう叫び、巨大な魔法陣に光が走る。アザゼルの持つファーブニルの宝玉が金色に光り、ヴァーリの体も白く発光し、タンニーンの体も紫色に輝いた。それに呼応するように魔法陣の輝きが一層広がっていく。

 力強く光り輝く魔法陣は遂に弾けて何かを出現させようとした。

 眩い閃光が止み、魔法陣の中央に出現したのは―――紅い8つの『兵士(ポーン)』の駒だった。

 目の前で起きた現象がまるで理解できないリアス達。

 一誠の姿はなく、『兵士(ポーン)』の駒8のみ。それが何を意味するのか未だに理解できていないが、アザゼルが力無くその場で膝をつき―――フロアの床を叩いた。

 

「……バカ野郎……ッ!」

 

 アザゼルの絞り出した声を聞いて徐々に理解し始める。

 朱乃はその場に力が抜けるように座り込み、リアスは呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

「……イッセーさんは? ……え?」

 

 怪訝そうに窺うアーシア。反応を示さない小猫。

 

『……卑怯だよ、イッセーくん。。駒だけ帰すなんて……。……ちゃんと戻るって言ったじゃないか……っ』

 

 木場の頬を伝う涙が止まらない。

 その日、リアス達は一誠を失った。




 今後の展開を構想してたら思いました、やっぱり一誠が死なないと無理だなと。なので彼にはやっぱり死んでいただきました。
 本来ならご都合主義を排除して死んだら生き返れないだろうから、死ぬ展開は削除しようかと考えました。が、死なないと今後の展開に割と支障が出るなと判断しました。
 一誠が死んだ原作沿いだからこそ出来ることも多々ありますので、そちらに切り替えたいと思います。
 怪訝に思われるであろう私の作品を長く見てくださってる読者に納得していただけるよう少しだけネタバレしますと―――『人間として完全に死んだ』部分をイジりたいと思っております。

 よろしければ感想、お願いします。
 だいぶ早く投稿出来ましたが、次の章を構成するのにまた少し長めのお時間をいただくと思います。ご了承お願いいたします。


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欠落な依存のグレモリー

 ぶっちゃけまだ細かい構想は固まっていないが、一ヶ月経ったので問題ない部分なので先に投稿しておきます。
 殆ど原作と同じですが、ちょこちょこ違う部分があります。微妙な変化をお楽しみください。


 中級悪魔の昇格試験日から2日程経過した昼頃、木場祐斗はグレモリー城のフロアの一角にいた。

 グレモリー城は慌ただしく、使用人だけでなく私兵もバタバタと動いていた。

 理由は現在冥界が危機に瀕しているからだ。

 旧魔王派のシャルバ・ベルゼブブの外法(げほう)よって生み出された『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』の超巨大アンチモンスターの群れは冥界に出現後、各重要拠点及び都市部への進撃を開始した。

 フロアに備え付けられている大型テレビではトップニュースとして、進撃中の巨大な魔獣が映し出される。

 

『ご覧ください! 突如現れた超巨大モンスターは歩みを止めぬまま、一路都市部へと向かっております!』

 

 魔力駆動の飛行船やヘリコプターからレポーターがその様子を恐々と報道している。

 冥界に出現した巨大なアンチモンスターは全部で13体、どれも100メートルを超える巨獣。テレビにもそれら全ての様子が克明に報道される。

 疑似空間では黒いオーラに包まれた人型のモンスター群だったが、冥界に現れてから姿を変えたものもいる。

 人型の巨人タイプもいれば、四足歩行の獣タイプもいるが姿形は1体として同じものがいない。

 人型タイプは二足歩行であるものの、頭部が水棲生物であったり、眼が1つであったり、腕が4本も生えているタイプもいる。一言で表すなら合成獣(キメラ)のよう。四足歩行型の魔獣達も同様にあらゆる生物、魔獣のパーツで体が構成されていた。

 アンチモンスター群はゆっくりと1歩ずつ歩みを止めぬまま進撃し続けている。このままで行けば重要地点に1番近い魔獣は今日中、他の魔獣達もほぼ明日には都市部に辿り着くことになる。

 特に厄介なのは―――この魔獣達が進撃をしながら小型のモンスターを独自に生み出している点。魔獣の体の各部位が盛り上がり、そこから次々と肉を破って小型モンスターが誕生していく。大きさは人間サイズだが、とにかく数が多い。1回で数十体から100体程生み出され、通り掛かった森、山、自然を破壊し、そこに住む生き物を喰らい尽くしていく。

 進撃先にあった町や村の住民は今のところ最小の被害で避難できているが、町村その物は丸ごと蹂躙されていった。

 魔獣達が通った後は何も残らないと言う凄惨な状況に変わる。

 同じ創造系の神器(セイクリッド・ギア)を持つ木場も畏怖するばかりだった。

 上位神滅具(ロンギヌス)―――神に匹敵すると称される異能、世界を滅ぼせるだけの能力、その凶悪さを現在進行形で見せつけている。その異形の中でも群を抜いて巨大なのが、冥界―――魔王領にある首都リリスに向かっている規格外の魔獣だ。人型であり、他の魔獣よりも一回り大きく、背中に蜘蛛の脚を生やした巨体を有している。

 一際巨大なその魔獣を冥界政府は『超獣鬼(ジャバウォック)』と呼び、その他12体の巨大な魔獣は『豪獣鬼(バンダースナッチ)』と呼称された。これらはアザゼルがルイス・キャロルの創作物にちなんで名付けたもの。

 テレビの向こうで『豪獣鬼(バンダースナッチ)』を相手に冥界の戦士達が迎撃を開始していた。黒き翼を広げ、正面、側面、背面からほぼ同時攻撃で魔力の火を撃ち込んでいく。

 周囲一帯を覆い尽くす質量の魔力が魔獣に直撃。強力な攻撃を繰り広げる迎撃チームは最上級悪魔とその眷属。普通の魔獣ならば、これだけの攻撃を受ければ間違いなく滅ぼされているだろう。

 しかし――――

 

『何という事でしょうか! 最上級悪魔チームの攻撃がまるで通じておりません!』

 

 戦慄しているレポーターの声……。

 魔獣は最上級悪魔チームが放った絶大な攻撃を全く意に介してなかった。

 体の表面にしかダメージを与えられておらず、致命的な傷は一切加える事が出来なかった。

 迎撃に出ている各最上級悪魔チームはどれもがレーティングゲームの上位ランカー。それでも効果のある迎撃が出来ていない。次々と生み出される小型モンスターを壊滅させるだけで手いっぱいだった。

 各魔獣の迎撃には堕天使が派遣した部隊、天界側が送り込んだ『御使い(ブレイブ・セイント)』、ヴァルハラからは戦乙女(いくさおとめ)たるヴァルキリー部隊、ギリシャからも戦士の大隊が駆けつけ、悪魔と協力関係を結んだ勢力からの援護を受けていた。それによって現状最悪の状況だけは脱している。

 だが、問題は山積みとなっていた。

 1つは『超獣鬼(ジャバウォック)

 昨夜、レーティングゲーム王者―――ディハウザー・ベリアル率いる眷属チームが迎撃に出たのだが……『超獣鬼(ジャバウォック)』にダメージこそ与えられたものの、歩みを一時しか止められなかった。『超獣鬼(ジャバウォック)』はダメージを速効で再生、治癒してしまい、何事も無かったかの様に進撃を再開させた。

 その事実は衝撃的なニュースとして冥界中を駆け回り、冥界の民衆の不安を煽る結果となってしまった。誰もが「あの王者とその眷属が出撃すれば強大な魔獣も倒れるだろう」と内心で信じきっていた。

 皇帝(エンペラー)ベリアルと眷属の力はグレモリー眷属と比べ疑いようの無いものだが、それでも止められなかった。

 もう1つの問題はこの混乱に乗じて、各地で身を潜めていた旧魔王派によるクーデターの頻発。魔獣群の進撃に合わせて現在各都市部で暴れ回っていた。

 そちらの迎撃にも冥界の戦士達が派遣されており、悪魔世界は混乱の一途を辿っていた。

 更にこの混乱によって冥界の各地で上級悪魔の眷属が主に反旗を翻したと言う報告も届いていた。無理矢理悪魔に転生させられた神器(セイクリッド・ギア)所有者がこれを機に今までの怨恨をぶつけている。

 アザゼル風に言うなら各地で禁手(バランス・ブレイカー)のバーゲンセール状態、こちらにも各勢力の戦士達が向かっている。だが、魔獣群の進行阻止が最優先の為、これ以上戦力を割さく事は出来ない。都市部と重要拠点が機能を失えば、敵対組織には打ってつけの侵略条件になってしまう。

 今まさに冥界は深刻な危機に直面していた。

 旧魔王派のクーデターによる超巨大魔獣の進撃―――それを裏で促したのは冥府の神ハーデス。『禍の団(カオス・ブリゲード)』英雄派も現在どこで暗躍しているか分かったものではない。

 疑似空間では英雄派がハーデスと旧魔王派に利用されたが、計画外の現在でも何をしでかすか危惧しなければならない。

 魔獣の迎撃に強大な力を持つ神仏や魔王達が赴く事が出来ないのも、曹操が何処で狙っているか予想が出来ないからである。彼が持つ聖槍は神仏や魔王を容易に滅ぼせる。

 この1件で神仏や魔王が1名でも滅ぼされたら、今後の各勢力情勢に何が起こるか分からない。

 幸い各地域の民衆の避難が最優先で行おこなわれており、大きな死傷者が出ていない。

 悪魔がこれ以上の打撃を受ければ、種の存続が本格的に危ぶまれる。

 シャルバ・ベルゼブブ―――旧魔王派が現冥界政府に抱いだいた怨恨は想像以上のものだった。

 

「『超獣鬼(ジャバウォック)』と『豪獣鬼(バンダースナッチ)』の迎撃に魔王さま方の眷属が遂に出撃されるようだ」

 

 突然の声に木場が顔を向けると―――そこにはライザー・フェニックスがいた。

 ライザーは息を吐く。

 

「兄貴の付き添いでな、ついでにリアスとレイヴェルの顔でも見に来たんだが。やっぱり状況が状況だからな。……察するぜ、木場祐斗」

 

 眉をひそめ、深刻な表情をするライザー。どうやら一誠の死は既にライザーにも届いているようだ。

 グレモリー眷属はこの1件の発端となった事件で一誠を失ってしまった。シャルバ・ベルゼブブに拉致されたオーフィスを奪還するべく疑似空間に残り、元の世界に戻った木場達は龍門(ドラゴン・ゲート)を開いて彼らを呼び寄せようとしたのだが。

 戻ってきたのは一誠の『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』―――『兵士(ポーン)』の駒8つのみだった。

それらと共に龍門(ドラゴン・ゲート)からサマエルのオーラも極微量ながら感知された為、シャルバとの戦闘中にサマエルの呪いを受けたのだと直ぐに得心した。

 魔力に不得手な一誠ではサマエルの呪いを受ければ助かる見込みはまず無い。アザゼルからもハッキリとそう告げられた。だがあまりにも微量なため直接的な原因かは断定できないとも言った。

 駒だけが召喚に応じる現象は過去にもあったらしく、その場合も確実に本人は生きていない。

 天界にも赤龍帝の魂がどうなったのか、調査してもらっていた。宿主が死ねばドライグの魂は自動で次の所有者を求めるらしく、情報は天界にある神器(セイクリッド・ギア)システムのデータベースに登録されるのだが、現世の神滅具(ロンギヌス)所有者の特定が過去よりも非常に困難になっているせいで、それに関する情報がまるで現れなかった。

 グリゴリの方でも現在進行形で調査しているが、詳しい情報の期待は薄い。

 そして、同行していたであろうオーフィスも行方が知れないでいた。そのまま次元の狭間に留まっているのか、または滅びたか。龍神の調査は継続中だが、シャルバの手によってハーデスのもとに行った可能性は低いとされていた。

 何故なら、一誠がシャルバを仕損じる筈が無い。一誠なら命を賭としてでも確実にシャルバを仕留める。木場を含め、三大勢力側の誰もがそれを信じきっていた。

 だが、どれだけ調べても一誠の死を拭ぬぐい去るものが出てこない。

 彼の死は報道されず、一部の者にしか伝えられていない。

 

「痛み入ります。―――部長に会う事は出来ましたか?」

 

 頭を何とか切り替えた祐斗の問いにライザーは首を横に振る。

 

「無理だったな。部屋のドアを開けてくれなかったぜ。呼んでも反応も無かった。……ま、会える状況でもないだろう。愛した男がああいう形になってしまったんだからな」

「……お茶、どうぞ」

 

 フロアに備えてあるテーブルにティーカップを置く小猫。いつもと変わらぬ表情の小猫はフロアの隅にある椅子に座った。

 

「良いかね、レイヴェル。とにかく元気を出すのだよ?」

 

 フロアに更に3名が姿を現す。1人はレイヴェル、もう1人は誇銅、そして最後はフェニックス家の長兄にして次期当主―――ルヴァル・フェニックス。レーティングゲームでもトップ10内に入った事もある男性で、近々最上級悪魔に昇格するとも噂されている。ライザーは彼の付き添いでここに来た。

 ルヴァルは妹であるレイヴェルを励ました後、木場を確認する。

 

「リアスさんの『騎士(ナイト)』か。この様な状況だ。キミで良いだろう」

 

 ルヴァルは木場に近づき、懐から数個の小瓶―――フェニックスの涙を取り出した。

 

「これをキミ達に渡すついでに妹とリアスさんの様子を見に来たのだよ。こんな非非常時だ、涙も各迎撃部隊のもとに出回りこれしか用意できなかった。有望な若手であるキミ達に大変申し訳無く思う。―――もうすぐ私は愚弟を連れて魔獣迎撃に出るつもりでね」

 

 フェニックスの兄弟も魔獣の迎撃に参加することに。確かに不死身のフェニックスは前線の心強い戦力となるだろう。

 ライザーは「……愚弟で悪かったな」と口を尖らせる。

 フェニックス家は現代の上級悪魔にしては珍しく多い4兄弟。長男と三男がゲームに参加し、次男がメディア報道の幹部。

 木場はルヴァルからフェニックスの涙を受け取る。

 

「リアスさんもリアスさんの『女王(クイーン)』も彼の死で酷く落ち込んでいる。こんな時に冷静であるべきは恐らくキミだろうね。情愛の深い眷属でありながら、仲間の死に耐える―――。見事だよ」

「ありがとうございます」

 

 そう言われるものの、正直木場もいっぱいいっぱいだが……それでも耐えなければならない。何故なら、この場にいないリアスと朱乃がルヴァルの言うようにまともな状態ではないからだ。

 リアスは城の自室に一誠の駒を持ったまま閉じこもってしまった。朱乃も心の均衡を失い、虚ろな表情でゲストルームのソファに座っている。

 2人とも話しかけても一切反応を示さない……。

 一誠に依存していた2人のその心中は深く沈んでいた。

 アーシアもゲストルームでずっと泣いていた。

 

「……今すぐにイッセーさんのもとに行きたい……。……でも、私がイッセーさんを追ったら……イッセーさんはきっと悲しむから……。……ずっと一緒だって、約束したんです……。それなら、私もそこに行ければずっと一緒だと思ってしまって……。……イッセーさん……私はどうすれば良いんですか……?」

 

 アーシアも心を深く沈み込ませてしまいながらも必死に悲しみと戦っていた。

 ゼノヴィアとイリナは未だ天界にいるが、一誠の死が伝えられているかどうかは分からない。

 天界の『システム』に影響を与えるであろうゼノヴィア(神の不在を知る)が天界にいられるのは、アザゼルや北欧神話の世界樹―――ユグドラシルの協力で『システム』がある程度補強されたのだが、それでも短期間しかいられない。

 ギャスパーも強化を図る為に出掛けたまま連絡が無い。

 少し前まではチームの雰囲気としてはこれ以上無い程に最高だったグレモリー眷属も、今ではその面影すら無い。

 チームの要だった一誠を失ったのは大き過ぎる。それほどまでにグレモリー眷属全体が一誠に依存してしまっていた。

 ルヴァルは言う。

 

「我が家としてもレイヴェルを赤龍帝の眷属にしていただきたかったのだよ。出来る事ならそのまま彼のもとに送り出したかった。まあ、レイヴェルは(キング)となる道を選んだようだが。レイヴェルの今後をどうするかはこれからだが、今はここに置いてくれないだろうか? せっかく友人も出来たようだし。小猫さんとギャスパーくんだったかな? 連絡用の魔法陣越しによく彼女達の事を話してくれていた。とても楽しそうだったよ」

「はい、レイヴェルさんは僕達がお預かり致します」

 

 木場の一声にルヴァルは笑んだ。

 

「うむ、では行くぞ、ライザー。お前もフェニックス家の男子ならば業火の翼を冥界中に見せつけておくのだ。これ以上、成り上がりとバカにされたくはないだろう?」

「分かっていますよ、兄上。じゃあな、木場祐斗。リアス達を頼むぜ」

 

 ルヴァル氏とライザーはそれだけ言い残してこの場を去っていった。

 再び静まり返るフロアレイヴェルが小猫の隣に座り―――優しく語りかける。

 

「……こんなのってないですわよね……。心から敬愛できる殿方のもとに近づけたのに……」

 

 その言葉を自分に、自分の大切な人に置き換え震えるレイヴェルの手を誇銅がそっと取ると、レイヴェルはその手をぎゅっと握った。

 小猫がボソリと呟く。

 

「……私は何となく覚悟はしていたよ。……激戦ばかりだから、いくらイッセー先輩、祐斗先輩が強くても、いつか限界が来るかもしれないって」

 

 小猫は心中で既に覚悟を決めていた。あれだけ多くの死線に直面すれば、そう考えるのは当然。

 小猫の一言を聞いたレイヴェルは立ち上がり、涙を流しながら激昂した

 

「……割り切り過ぎですわよ……ッ。私は小猫さんのように強くなれませんわ……っ!」

 

 同級生からの激情を当てられた小猫。いつもの無表情が徐々に崩壊し、震えながら涙を流していく。

 

「……私だって……っ。……いろいろ限界だよ! やっと想いを打ち明けられたのに、死んじゃうなんてないもん……っ! イッセー先輩……バカ! バカです……ッ!」

 

 嗚咽を漏らしながら、小猫は制服の袖口で目元を隠した。実は小猫も相当無理をしていた。懸命に堪えていたものが一気に崩れたかの如く泣き崩れた。

 レイヴェルはその小猫の姿を見て、優しく抱き締めた。

 

「小猫さん……ごめんなさい」

「……うぅ、レイヴェル。つらいよぉ、こんなのってないよぉ……」

 

 小猫にとってイッセーの死はあまりにも大きかった。木場はそれでも耐えた。ここで泣いても何も変わらないと……。

 

「木場祐斗くんか」

 

 第三者の声、振り返れば―――そこには堕天使幹部『雷光』のバラキエルと朱乃の母、姫島朱璃の姿があった

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 一誠が死んだことに関しては、皆程ではないが悲しい。最近ではあまり仲良くはしてなかったが、それでも人間だった頃の友達だ。身近な人間の死が悲しくないわけなどない。

 木場さんがバラキエルさんと朱乃さんのお母さんを朱乃さんのいるゲストルームへ連れていき、部屋には僕とレイヴェルさん、塔城さんとアーシアさん。

 部屋を出る際に僕たちは木場さんからアーシアのフォローを頼まれた。正直なところ頼まれた側もそのような状態ではない。同じ境遇で傷を舐め合うだけ。

 僕たちに一誠の代わりなど出来るはずがない。下手なフォローは辛い現実を再確認させるだけだ。思い入れのない僕では慰めの言葉など何一持ち合わせていない。

 ただ時間が傷を癒やすのを待ち見守る。僕達に出来るのはそのぐらいだ。

 

 一誠が死んだ日からヴィロットさん達とは会っていない。

 フョードルさん達は例え英雄派を裏切っても三大勢力とその関係者に見つかれば拘束されてしまう。

 作戦前にフョードルさんが言っていた。

 

「曹操はかなりマメな性格をしている。一つの目標を達成しない限り次の段階へは進まない。今曹操が目標にしてるのはグレモリー眷属と赤龍帝。彼ら生きてる限りは曹操は彼らを無視出来ず次に進めない。彼らを守りきりさえすれば曹操の作戦は停滞する」

 

 被害を防ぐつもりで動いてた彼らにとって既に作戦は失敗。一誠を死なせてしまい事態を食い止められなかったことですぐにでも次の行動に出なければならない。

 彼らの目的と三大勢力の目的は微妙に違うため共闘はできない。

 ヴィロットさん達アメリカ勢力としては冥界の安否、悪魔の存続などどうでもいい。もはや冥界で動く理由がない。それよりもナチスの動きを追うのが優先。

 一時は重なった目的はバラバラに分かれた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「―――匙くん」

 

 木場がフロアに戻る道中、廊下で匙と出会でくわす。

 

「よ、木場」

「どうしてここに?」

「ま、会長がちょいとリアス先輩の様子を見に来たってところかな。その付き添い。表ですれ違い様フェニックスの人達にも会ったけどさ」

「そっか、ありがとう」

 

 ソーナもリアスの様子を見に来ていた。

 木場は匙と共にフロアまで歩き、その中で匙が決意の眼差しで言う。

 

「木場、俺も今回の1件に参加するつもりだ。都市部の一般人を守る」

 

 シトリー眷属も冥界の危機に立ち上がる。

 実力のある若手悪魔には召集が掛けられており、大王バアル眷属と大公アガレス眷属が出るのも間違いない。

 本来ならばグレモリー達も今回の1件に参加しなければならないが。

 

「僕達も後で合流するつもりだ」

 

 現在のグレモリー眷属はとても使い物にならない。

 匙は心配そうに訊く。

 

「……リアス先輩達は戦えるのか?」

 

 今のリアス達を知れば誰もが同じ感想を抱く。まともに戦える状態ではない。しかし、それでも行かなければならない。

 

「戦うしかないさ。この冥界の危機に力のある悪魔全てに召集が掛けられているのだから。僕達は力のある悪魔だ。―――やらなきゃダメさ」

 

 木場は自分の心情とグレモリー眷属のあるべき姿を重ねてそう吐露した。

 匙はそっと目を閉じ一言。

 

「そうか」

 

 目を開き、少し険しい表情になる。

 

「兵藤を殺した奴はわかるか?」

 

 そう訊く匙の瞳には静かな殺意が籠もっていた。

 

「おそらくだけど、もうこの世には存在しないよ。―――その者はイッセーくんが倒しただろうからね。予想が違ったらわからないけどね」

 

 木場は一切の疑いもなく一誠がシャルバを滅ぼしたと信じた。そして一誠と共に戻らぬフリードのことも容疑者としていた。

 匙は再び目を閉じ、上を向いて息を吐く。

 

「そうか。相討ちか。兵藤は、最後まで戦い抜いたんだな。そんで勝って死んだ。勝ったところで死んだらどうしようもねぇな」

 

 匙は目元から涙を流すも、目をつぶったまま表情を変えない。

 その静かな表情のまま、匙は言う。

 

「あいつは命を()して戦った。だったら、そいつが属してた『禍の団(カオス・ブリゲード)』の奴らは俺達がぶっ倒さないとな」

「匙くん、キミは……」

「俺の目標でもあったんだ、あいつはさ。俺がここまで頑張れたのはあいつのお陰でもあるんだ。同じ『兵士(ポーン)』として超えなくちゃいけないと思っていた」

 

 方向性は違えど、同期である一誠の存在はそれなりのものであった。だからこそ、爆進するその背中を追いかけていた。

 涙を拭い目を開ける。

 

「俺の目標を―――ダチを殺されたんだ。敵討ちしたいと思うのは当然のことだよなぁ。それによ、あいつが最後まで成し遂げられなかったことを引き継ぐことが最高の手向けだと思うぜ」

 

 匙は静かにオーラを内部から(たぎ)らせていた。溢れてしまいそうな殺意を精神力で抑え込む。

 

「その通りですよ、匙」

 

 声がした方に振り向けば、そこにはソーナの姿があった。

 

「会長」

「匙、その考えには賛成しますが、だからと言ってあなたまで死んでもらっては困りますよ。―――やるのなら、必ず生きて戻りなさい」

「はいっ!」

 

 ソーナの言葉に匙は大きく頷いた。

 ソーナの視線が木場に移る。

 

「私達はこれで失礼します。魔王領にある首都リリスの防衛及び都民の避難に協力するようセラフォルー・レヴィアタンさまから(おお)せつかっていますので」

 

 最上級悪魔クラスの強者は各巨大魔獣の迎撃に回っている為、政府は有望な若手悪魔に防衛と民衆の避難を要請している。木場達も本来そこに行かなければならない。

 

「部長にお会いになられたんですね?」

 

 木場の問いにソーナは静かに頷いた

 

「部屋にこもったきりです。私が問い掛けても反応はあまりありませんでした」

 

 リアスの親友であるソーナでもダメだったのか。と思う木場。

 

「代わりにこう言う時に打ってつけの相手を呼んでおきました」

「打ってつけの相手?」

 

 木場が(いぶか)しげに問い返しても、ソーナは薄く笑みを見せるだけでその者の正体を教えてくれなかった。いったい誰を呼んだのだろうか……? そう疑問に思う木場だった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 木場がフロアに戻ってくると丁度テレビには首都の様子が映し出されていた。避難が続く状況、大勢の人々が冥界の兵隊によって安全な場所に導かれていく。

 不意にテレビに首都の子供達が映し出され、レポーターの女性が1人の子供に尋ねた。

 

『ぼく、怖くない?』

 

 レポーターの質問に子供は笑顔で答える。

 

『へいきだよ! だって、あんなモンスター、おっぱいドラゴンがきてたおしてくれるもん!』

 

 満面の笑顔でそう応える子供の手には―――『おっぱいドラゴン』を模した人形が握られていた。

 画面の端から元気な顔と声が次々と現れていく。

 

『そうだよ! おっぱいドラゴンがたおしてくれるよ!』

『おっぱい! おっぱい!』

 

 子供達は不安な顔をしないばかりか、一誠おっぱいドラゴンが助けてくれると信じ切っていた。

 

『はやくきて、おっぱいドラゴン!』

 

 子供達の元気な姿を見た木場は口元を押さえ、必死に込み上げてくるものを堪こらえていた。

 

『……見ていてくれているかい、イッセーくん。キミ達を待ち望む子供達の姿……。皆、不安な顔1つ見せていないよ? 皆、キミが助けてくれると心から信じ切っているんだ……。だからさ、来ないとダメじゃないか……っ! ここにいなきゃ、ダメじゃないか……っ! どうして、キミはそこに行けないんだ……っ! キミはこの子達のヒーローじゃないか……っ! 応えてくれよ、イッセーくん。この子達を裏切っちゃダメだろう……っ!』

「俺達が思っている以上に冥界の子供達は強い」

 

 突然の声、いつの間にか隣にその(おとこ)はいた。

 

「あなたは!」

「兵藤一誠はとてつもなく大きなものを冥界の子供達に宿したのだな。―――久しいな、木場祐斗。リアスに会いに来た」

 

 その(おとこ)の名は―――サイラオーグ・バアル。

 

 

 

 

 

 ソーナに呼ばれたと言うサイラオーグは木場を連れてリアスの部屋の前に到着する。

 

「入るぞ、リアス」

 

 それだけ言ってサイラオーグはリアスの部屋に堂々と入っていく。

 室内を進むと、ベッドの上で体育座りをしているリアスの姿があった。表情は虚ろであり、目元は赤く腫れ上がっていた。それはずっと泣いていた証。

 サイラオーグは近づくなり、つまらなそうに嘆息する。

 

「情けない姿を見せてくれるものだな、リアス」

 

 彼の態度を見て、リアスは不機嫌な表情と口調で訊く。

 

「……サイラオーグ、何をしに来たの……?」

「ソーナ・シトリーから連絡を貰ってな。安心しろ、プライベート回線だ。大王側にあの男が現在どのような状態か一切漏れてはいない」

 

 大王側の政治家に一誠の死が伝われば、どの様な手段で現魔王政権に食ってかかるか分からない。一誠は既に冥界にとって大きな存在となっていた。

 サイラオーグはリアスに真っ正面から言い放つ

 

「―――行くぞ。冥界の危機だ。強力な眷属を率いるお前がこの局面に立たずにしてどうする? 俺とお前は若手の最有力として後続の者に手本を見せねばならない。それに今まで俺達を守ってくださった上層部の方々―――魔王さまの恩に報むくいるまたとない機会ではないか」

 

 もっともな意見を口にするサイラオーグ。

 普段のリアスならそれを聞いて奮起するのだが、リアスは顔を背けるだけだった。

 

「……知らないわ」

「……自分の男が行方知れずと言うだけでここまで堕ちるか、リアス。お前はもっと良い女だった筈だ」

 

 サイラオーグの一言を聞き、リアスは枕を投げて激昂する。

 

「彼がいない世界なんてッ! イッセーがいない世界なんてもうどうでも良いのよッ! ……私にとって彼は、あのヒトは……誰よりも大切なものだった。あのヒト無しで生きるなんて私には……」

 

 再び涙を浮かべて表情を落ち込ませようとするが、サイラオーグがリアスに大きく言い放つ。

 

「あの男が……赤龍帝の兵藤一誠が愛した女はこの程度の女ではなかった筈だッ! あの男はお前の想いに応える為、お前の夢に殉ずる覚悟で誰よりも勇ましく前に出ていく強者だったではないかッ! 主のお前が、あの男を愛したお前が、その程度の度量と器量で何とする⁉」

 

 サイラオーグの言葉を聞いてリアスは驚いているようだった。

 構わずにサイラオーグは続ける

 

「立て、リアス。あの男はどんな時でも立ったぞ? 前に出た。ただ、前に出た。この俺を真っ正面から殴り倒した男を、お前は誰よりも知っている筈だッ!」

 

 好敵手(ライバル)だからこそ分かる事がある。レーティングゲームでの激戦でサイラオーグは一誠の生き様を認識した。そう木場は感じ取った。

 

「それにお前はあの男達が本当に死んだと思っているのか?」

 

 サイラオーグの問いにリアスだけでなく木場も一瞬言葉を失い、その反応を見てサイラオーグは苦笑する。

 

「それこそ滑稽だ。あの男が死ぬ筈が無い。ひとつ訊こう。お前はあの漢に抱かれたか?」

「……抱いてもらえなかったわ」

 

 リアスの一言を聞いて、サイラオーグ・バアルは声を上げて笑う。

 

「ハハハハハハハッ!」

 

 一際笑った後、サイラオーグ・バアルは強い眼差しで言う。

 

「なら、やはりあの男は死んでいない。おまえを、愛した女を、そして、周りであの男を好いていた女達がいるのに兵藤一誠が死ぬものか。奴は誰よりもお前を抱きたかったはずだ。お前を抱かずに死ねるわけがあるまい?」

 

 不確かで馬鹿らしい根拠だが、リアスと木場はその言葉に説得力があるように思えてならなかった。―――全員が兵藤一誠という男にすっかり毒されていた。いや、兵藤一誠という人物を一切の拒絶無く受け入れていた彼らは、最初っからそうだったのかもしれない。

 

「それが『おっぱいドラゴン』だろう?」

 

 それだけ言うとサイラオーグ・バアルは踵を返す。

 

「俺は先に戦場で待つ。―――必ず来い、リアス。そしてグレモリー眷属! あの男が守ろうとしている冥界の子供達を守らずして何が『おっぱいドラゴン』の仲間かッ!」

 

 それだけ言い残すとサイラオーグは部屋から去っていった。

 ソーナの言うまさに今のリアスにとって打ってつけだった。

 

『……そうだ、彼らが生きている可能性をもっともっと模索しても良いじゃないか。駒だけになったとしても、腕だけになったとしても復活を探す事をしても良いじゃないか!どうして、そんな簡単で分かりやすい事に僕は―――僕達は辿り着けなかったんだろう……』

 

 リアスの瞳に少しだけ光が戻り、木場の心中にも少しだけ希望が戻った。

 拳だけで戦い抜いてきた漢サイラオーグだからこそ、彼だけに分かるものがある。木場達にはそれが確かに伝わった。―――希望に縋らなければ、絶望で溺死してしまうから。



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本物な出来損ないの逆襲(前編)

 調子に乗って感想おかわりします(笑)
 今後の構想に問題ない部分なのと、ストックがあるから調子にのって投稿しました。


 城内にある人物が現れたと聞いた木場は城内地下の一室に向かった。その一室にいたのはヴァーリチーム。

 疑似空間での一戦後、ヴァーリが不調な事もあってグレモリーの当主はサーゼクスとアザゼルの進言で彼らを秘密裏に匿っていた。

 勿論、テロリストである彼らをグレモリー城に置くのは重大問題だが、リアス達を助けてくれた事実のお陰でグレモリーの現当主は一時的な保護を決めたのだ。

 ヴァーリが身を休めている部屋に入ると、ヴァーリチームの面々と小柄なご老体の姿が視界に入る。その人物は初代孫悟空、木場が今会いたかった人物。

 初代孫悟空はベッドで上半身だけを起こしているヴァーリの体に手を当てて、仙術の気を流しているところだった。白く発光する闘気に満ちた手を腹部から胸、胸から首、そして口元に移していく。

 ゴボッ、とヴァーリの口から黒い塊――ヴァーリの体を蝕んでいたサマエルの毒が吐き出され、初代孫悟空はそれを透明な容器に入れて蓋をした。その上から呪符を貼り封印する。

 初代孫悟空が口元を笑ます。

 

「身に潜んでおった主な呪いは仙術で取り出せたわい。これで体も楽になるだろうよぃ。まったく、大馬鹿もんの美猴が珍しく連絡なぞ寄越したと思ったら、白い龍(バニシング・ドラゴン)の面倒を見ろとはのぉ」

 

 ベッド横の椅子に座る美猴が半眼になっていた。初代孫悟空を呼び寄せたのは美猴。

 誰よりも初代孫悟空に対して苦手意識を持っていたのだが、ヴァーリを救いたい一心で呼んだのだ。

 

「うるせぃ、クソジジイ。―――で、ヴァーリは治るんかよ?」

「ま、こやつ自身が規格外の魔力の持ち主だからのぉ。儂わしが切っ掛けを与えりゃ充分だろうて」

 

 不調だったヴァーリの体は今の治療で快復に向かう。

 

「……礼を言う、初代殿。これで戦えそうだ」

 

 ヴァーリが初代孫悟空に敬意を払って礼を口にしていた。

 初代孫悟空が美猴の頭をポンポン叩きながら言う。

 

「呪いが解けて直ぐに戦いの事を考えるなんぞ、まったくどうして、どうしようもない戦闘狂じゃい。―――さての、儂もそろそろ出掛けさせてもらうぜぃ。バカの顔も見られた事だしのぅ」

「ジジイ、どっか行くのか?」

 

 美猴の問いに初代孫悟空は煙管を吹かす。

 

「そりゃ、儂はこれでも天帝んところの先兵じゃからのぉ。ちょいと冥界にお遣いじゃわい。―――テロリスト駆除ってやつよ。年寄り使いの荒い天帝じゃしのぉ」

 

 初代孫悟空も今回の1件に力を貸す意思を示す。これ程心強い申し出もないものだが、引っ掛かるものも感じていた。

 木場の心中をヴァーリが代弁する。

 

「……初代殿、天帝は曹操と繋がっているのだろう? 京都の1件―――妖怪と帝釈天側の会談を邪魔したと曹操と言う図式は天帝の中ではどういう位置付けになっている?」

 

 ヴァーリの質問に初代孫悟空は愉快そうに笑むだけだった。

 

「さーての。儂はあくまで天帝の先兵兼自由なジジイじゃてな。あの坊主頭の武神が何処まで裏で企んでいるかなんて興味も無いわい。ただのぅ、天帝は暴れんと思うぜぃ? これから先の事は分からんがねぃ。どちらかと言うと、高みの見物だろうよぃ。ま、今回はハーデスがやり過ぎたんだろうぜぃ」

 

 やはりハーデスが今回の1件を操っていたと見て間違いないと確信した。

 ヴァーリ達と初代孫悟空の話が一段落ついたところで木場が話を切り出した。

 

「初代、おひとつお訊きしたい事があってここに来ました」

「なんだい、聖魔剣の。このジジイで良ければ答えられる範囲で答えてやるぜぃ?」

「今サマエルの呪いに触れたあなたに訊きたいのです。この呪いを受けたドラゴンが生き残るとしたら、どのような状況なのかを」

 

 仙術と妖術を極めたと称される大妖怪であり、仏にまで神格化された斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空。『エデンの蛇』サマエルの呪いに触れてどう感じたのか、木場はそれが訊きたかった。

 

「肉体はまず助からねぇだろうねぃ。この呪いの濃度じゃ最初に肉体が滅ぶ。次に魂だ。肉体と言う器を無くした魂ほど脆いものはねぇやねぃ。こいつもちっとの時間で呪いに蝕まれて消滅しちまうだろうよ。さて、問題はここからだぜぃ。―――じゃあ、なんで魂と連結しているであろう悪魔の駒(イーヴィル・ピース)は呪いを受けてなかったか? 赤龍帝の事はこのジジイの耳にも入ってるぜぃ。主のもとに駒だけは戻ってきたんだろぉ?」

「はい、駒だけが召喚に応じました」

「その駒からサマエルの呪いは検出されたんかぃ?」

「いいえ、検出されませんでした。サマエルのオーラを感じ取れたのは龍門(ドラゴン・ゲート)からのみです。彼の駒はサマエルの呪いに掛かっていませんでした」

 

 一誠の駒が帰還した後、アザゼルがその駒を調査した結果サマエルの呪いは掛かっていなかった。それを知ったアザゼルは目を細め、そのままグリゴリ本部に戻った。もしかしたら、その時から一誠の死に疑問の片鱗があったのかもしれない。

 木場を含め誰もが駒だけの帰還。そのケースが生じた場合が例に違わず戦死となる事、一誠を失った悲しみ、それらの事実を突きつけられて可能性を捨てきってしまっていた。

 木場の答えを聞いた初代孫悟空は煙管を吹かし、口の端を笑ました。

 

「―――て事はだ、赤龍帝の魂は少なくとも無事な可能性があるって事だぜぃ。今あのエロ坊主がどんな状況になっているかは分からんけどねぃ、案外次元の狭間の何処かでひょっこり漂ただよっているかもしれんぜ」

 

 木場はその言葉を聞き、内側から湧き上がるものを懸命に抑え込んだ。

 

『まだだ。まだ早い。まだ歓喜するには早いじゃないか……っ! けれど、可能性がある! 僕の親友が生きている可能性がある!』

 

 打ち震える木場の様子を見て、初代孫悟空は口の端を笑ます。

 

「じゃあな。表に玉龍(ウーロン)を待たせたまんまでねぃ。―――と、美猴はこれからどうすんだぃ? おめえさん達、各勢力からも『禍の団(カオス・ブリゲード)』からも手配されてんだって?」

 

 美猴の横で黒歌が挙手して言う。

 

「私はリーダーについていくにゃん。何だかんだでこのチームでやっていくのが1番楽しいし?」

 

 魔法使いのルフェイも頷く。

 

「はい、私も皆さまと共に行きますよ! アーサーお兄さまは?」

 

 静かなオーラを漂わせるアーサーは笑顔のまま口を開く。

 

「英雄派に興味や未練は微塵もありません。今まで通りここにいた方が強者と戦えるでしょうしね。少なくとも私は曹操よりもヴァーリの方が付き合いやすいですよ」

 

 彼らの言葉を聞いて美猴が改まってヴァーリに言う。

 

「俺っちも今まで通り、お前に付き合うだけだぜぃ?俺らみてぇなハンパもんを指揮できるのなんざおめぇだけさ、ヴァーリ」

 

 チームメンバー全員の残留を聞いたヴァーリは小さく口元を緩ませた。

 

「……すまない」

「らしくねぇし! 謝んな、ケツ龍皇!」

「やめろ、アルビオンが泣く。ただでさえカウンセラー希望の状態だ」

 

 その光景を見ていた初代孫悟空は煙管を吹かす。

 

「赤龍帝は民衆の心を惹き付け、白龍皇は『はぐれ者』の心を惹き付ける。二天龍、表と裏。お主ら、面白い天龍じゃて」

 

 それだけ言い残して初代孫悟空は退室していった。

 それを確認してから木場はヴァーリに改めて問う。

 

「ヴァーリ・ルシファー、キミはどうするんだい?」

「……兵藤一誠の仇かたき討ちと言えばキミは満足するのかな、木場祐斗?」

「いや、ガラじゃないと吐き捨てるだけさ。それに仇がいるとするのなら、それは僕達の役目だ。いいや、僕が討つ」

「なるほど、その通りだ。―――俺は出し切れなかった力を誰かにぶつけたいだけだ。なに、俺が狙う相手と俺を狙う相手は豊富だからな」

 

 ヴァーリはバトルマニアらしい戦意に満ちた不敵な笑みを見せる。

 

 

 

 

 

 

 地下から戻った木場は初代孫悟空からの助言を元にある人物への連絡を取り付けようとしていた。

 

「祐斗さん、こちらにいたのね」

 

 背後から祐斗を呼び止めたのはグレイフィアだった。いつものメイド服ではなく、髪を1本の三つ編みに束ね、ボディラインが浮き彫りになる戦闘服を身に着けていた。

 一目で魔王眷属として出陣する為だと理解できてしまう。

 

「グレイフィアさま。……前線に?」

「ええ、聖槍の手前、サーゼクスが出られない以上、私とルシファー眷属で魔王領の首都に向かう魔獣―――『超獣鬼(ジャバウォック)』を迎撃します。最低でもその歩みを止めてみせます」

 

 他の迎撃部隊も強大な魔獣達を凍り漬けにしたり、強制転移、巨大な落とし穴を作り上げて進行を止めようとした。だが、それら全て失敗に終わっている。

 強制転移などの魔力や魔法の類が通じず、それらの術式に対して無効化の呪法も組み込まれているらしい。

 そこまで凶悪な形式を生み出したものに付与できる……やはり『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』の持つ可能性は危険極まりないものだった。

 しかし、それでも悪魔の中でも最強と名高いルシファー眷属なら魔獣を止められるかもしれない。

 木場の剣の師匠であるルシファー眷属の『騎士(ナイト)』も。

 

「これをリアスに渡してもらえますか? サーゼクスとアザゼル総督からの情報です」

 

 グレイフィアが木場に1枚のメモを渡す。

 

 それには悪魔文字で『アジュカ・ベルゼブブ』、『拠点』と走り書きされていた。

 

「現ベルゼブブ―――アジュカ・ベルゼブブさまがいらっしゃる現在地です。アザゼル総督からの伝言も伝えます。『イッセーの駒を見てもらえ。あの男なら、残された何かを解析できるだろう』―――と。リアス達を連れてここに赴きなさい、祐斗さん。アジュカさまならば僅かな可能性でも拾い上げてくれるでしょう」

 

 アジュカ・ベルゼブブは『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を制作した張本人であり、木場が連絡を取りたかった人物でもある。アザゼルはこの状況下でもいち早く情報を集めていた。

 グレイフィアが微笑む。

 

「私の義弟(おとうと)になる者がこの程度で消滅など許される事ではありませんから。早く生存の情報を得てリアスを奮い立たせておあげなさい。力のある若手がこの冥界の危機に立たずして次世代を名乗るなどおこがましい事です。私は義妹と義弟が冥界を背負える程の逸材だと信じていますから」

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 深夜、木場とリアス、朱乃、アーシア、小猫、レイヴェル、誇銅の7人はグレイフィアに渡されたメモ書きに記される場所に到達していた。

 あの後、木場はリアスに事の顛末を話して何とか部屋から連れ出す事が出来た。他のメンバーにも同様にグレイフィアからの言葉を伝え、何とかここに連れてきた。

 ほぼ全員が藁にもすがる思いでここに来ている。

 そこは駒王超(くおうちょう)から電車で8駅程離れた市街だった。

 人気の無い町外れに存在する廃ビル。そこがアジュカ・ベルゼブブがいる人間界での隠れ家の1。他の魔王は人間界で自分の名前を大々的に使用し豪華な施設を建設する中、この様な廃れた町に魔王の1人がいるとは想像が難しい。

 廃ビルに足を踏み入れる。1階ロビーには疎らにに人気があった。若い男女が幾つかのグループに分かれて話し合いをしている。

 悪魔ではないが、異様な気配を放つ。ここにいる全員が異能を持つ人間が体に纏う独特の空気を発していた。

 1つのグループが木場達に気付き、携帯を取り出して向ける。1人の男性が険しい表情で驚愕の声音を口にした。

 

「……あいつら、悪魔だぜ。しかも、何だ……この異様な『レベル』と『ランク』は……っ!」

 

 その言葉を切っ掛けにロビー内の全員が携帯を取り出して木場達を捉える。全員が携帯の画面を食い入るように見つめており、表情を険しくしていた。彼らが取り出した携帯は異形を計る機能を有している。

 不意に木場の脳裏に過よぎったのはアジュカ・ベルゼブブの性質―――趣味だ。人間界で『ゲーム』を開発し、その運営を取り仕切っている。

 彼らが持つ携帯は恐らくその『ゲーム』に関するツールか何かだろうと推測した。それを通して木場達の正体を把握したのだ。

 

『……あまり目立つのも嫌だな……』

 

 木場がそう感じていると、ロビーの奥から木場達と同質のオーラを持つ者が現れる。

 

「申し訳ございません。このフロアは文字通り我らが運営するゲームの『ロビー』の1つになっておりまして……」

 

 スーツを着た悪魔の女性が現れ、その女性は一礼した後、奥のエレベーターに手を向ける。

 

「こちらへ。―――屋上でアジュカさまがお待ちです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーターで屋上に到着した木場達。

 女性悪魔によって案内されたのは屋上に広がる庭園。緑に囲まれた広い場所で、芝や草花だけじゃなく木々も植えられており、水場も設置されていた。

 深夜もあって屋上の風は冷たく、夜空に浮かぶ月だけが明かりとなっている。

 女性が一礼して下がっていくと同時に誰かが木場達に話し掛ける者。

 

「グレモリー眷属か。勢揃いでここに来るとはね」

 

 視線をそちらに送ると、庭園の中央にテーブルと椅子が置かれていて、その椅子に若い男性が1人座っている。

 

「アジュカさま」

 

 リアスが1歩前に出て、その男性の名を呼んだ。こ魔王の1人、アジュカ・ベルゼブブ。魔王様はテーブルのティーカップを手に取ると一言漏らす。

 

「話は聞いている。大変なものに巻き込まれたようだ。いや、キミ達には今更な事か。毎度、その手の襲撃を受けていて有名だからね」

「アジュカさまに見ていただきたいものがあるのです」

 

 リアスが懐から一誠の駒を取り出そうとした時だった。

 

「ほう、見て欲しいもの。―――しかし、それは後になりそうだ。キミ達の他にもお客様が来訪しているようなのでね」

 

 アジュカ・ベルゼブブがリアスを手で制し、庭園の奥へ視線を送る。アジュカの言葉で視線で木場達も初めて気配に気付く。

 庭園の奥から闇より生じたのは木場達と同様の悪魔だった。

 

「人間界のこのような所にいたとはな。偽りの魔王アジュカ」

 

 強大なオーラを体に漂ただよわせている男性が数名。そのどれも上級悪魔クラスか、それ以上のオーラを発する。彼らがアジュカ・ベルゼブブを「偽りの魔王」と呼んだだことでその正体に木場達も気づく。

 アジュカ・ベルゼブブが苦笑して言う。

 

「口調だけで1発で把握できてしまえるのが旧魔王派の魅力だと俺は思うよ」

「僕もいるんだ」

「ウチもおるでー」

 

 聞き覚えのある声と聞き覚えのない声が闇夜から聞こえてきた。先程の悪魔達の近くに現れたのは白髪の青年―――ジークフリート。それと黒い軍服を着たピンク髪の小柄な少女。右腕には逆鉤十字の腕章。

 ジークフリートは木場達を一瞥するだけで直ぐにアジュカ・ベルゼブブへ視線を戻す。一方で少女は誰かに注目することもなく木場達もアジュカも同じように眺めていた。唯一自分に注目する誇銅にだけは少しだけ注目している。

 ジークフリートの行為を見た木場は腹の中で沸き上がる怒りを懸命に抑え込んだ。

 

「……彼を殺した者達……」

 

 後方で朱乃達の殺気がざわつき始めた。危険な程のオーラが全身から滲み出てる。一誠の仇―――怨敵を目の前にして殺意を抱く。

 唯一、アーシアだけが悔しそうに涙を浮かべた。「……どうしてイッセーさんが冥界政府の争いに巻き込まれないといけないんですか……?」と。―――全ては一誠自身が選択したことであり、現冥界政府から大きな厚意を受けていた立場として巻き込まれるのは必然。

 

「初めまして、アジュカ・ベルゼブブ。英雄派のジークフリートです。それとこの方々は英雄派に協力してくれている前魔王関係者ですよ」

 

 ジークフリートがアジュカ・ベルゼブブに挨拶する。その話から英雄派に加担する魔王派の者もいることを知る。

 

「知っているよ、キミは元教会の戦士だったね、ジークフリートくん。上位ランクに名を連ねていた者だ。協力態勢前は我々にとって脅威だった。二つ名は魔帝カ(オスエッジ)ジークだったかな。―――それで、俺に何の用があるのだろうか? 先客がいるのでね、用件を聞こうか」

 

 テーブルの上で手を組みながらアジュカ・ベルゼブブが静かに問う。

 旧魔王派の悪魔達は体から敵意のオーラを(ほとばし)らせる。一触即発―――アジュカ・ベルゼブブが少しでも不信を口にすれば、直ぐにでも襲い掛かるつもりでいる。

 

「以前より打診していた事ですよ。―――我々と同盟を結ばないだろうか、アジュカ・ベルゼブブ」

 

 誇銅を除く木場達は驚愕に包まれた。混乱の一途を辿っている現状で現ベルゼブブを相手に同盟を持ちかけてきたのだから当然の反応。しかも悪魔全体としてではなく、アジュカ・ベルゼブブ個人との同盟。

 ジークフリートは淡々と続ける。

 

「あなたは現四大魔王でありながら、あのサーゼクス・ルシファーとは違う思想を持ち、独自の権利すらも有している。そしてその異能に関する研究、技術は他を圧倒し、超越している。ひとたび声を掛ければサーゼクス派の議員数に匹敵する協力者を得られると言うではありませんか」

 

 現状、現魔王政府の中で魔王派は大きく4つに分けられており、それぞれの魔王に派閥議員が従っている。その中で最も支持者が多いのがサーゼクス派とアジュカ派。両派閥は現政府の維持と言う面では協力しているが、細かい政治面では対立も多く、よく冥界のニュースでも報道されている。

 ジークフリートの言葉を聞いたアジュカ・ベルゼブブは息を吐く。

 

「確かに俺は魔王でありながら、個人的な嗜好で動いている。サーゼクスからの打診も言い付けも悉ことごとく破っている。傍はたから見れば俺がサーゼクスの考えに反対しているように見えるだろう。今運営している『ゲーム』も趣味の一環だからね」

「その趣味のせいで僕達もかなり手痛い目に遭った」

 

 ジークフリートが苦笑する。

 

「それはお互い様だろう」

 

 アジュカ・ベルゼブブが返すと、ジークフリートは肩を竦める。

 

「我々が1番あなたに魅力を感じているのは―――あのサーゼクス・ルシファーに唯一対応できる悪魔だからだ。あなたとサーゼクス・ルシファーのお二人は前魔王の血筋から最大級にまで疎うとまれ、畏おそれられる程のイレギュラーな悪魔だと聞いている。その一方がこちらに加わってくれればこれ以上の戦力はない」

 

 ジークフリートの意見を聞き、アジュカ・ベルゼブブは顎に手を当てた。

 少し面白そうに表情を緩和させる。

 

「なるほど、俺がテロリストになってサーゼクスと敵対するのも面白いかもしれない。あの男の驚く顔を見るだけでもその価値はあるだろう」

「こちらも有している情報と研究の資料を提供します。常に新しい物作りを思慮しているあなたにとって、それらは充分に価値のあるものだと断言できる」

 

 ジークフリートの更なる甘言にアジュカ・ベルゼブブは頷く。

 

「そうか。『禍の団(カオス・ブリゲード)』が得ている情報と研究資料。うむ、魅力的に思えるね」

 

 冗談なのか本心なのかわかりにくい返答をする。

 アジュカ・ベルゼブブは1度瞑目し、目を開くと同時にハッキリと断じた。

 

「―――だが、いらないな。俺にとってキミ達との同盟は魅力的だが、否定しなければならないものなのでね」

 

 否定を聞いてもジークフリートは顔色を変えない。

 周囲にいる旧魔王派の悪魔達は殺気を一気に高め、少女は大きなあくびをした。

 ジークフリートがアジュカ・ベルゼブブに訊く。

 

「詳しく訊きたいところだけれど、簡潔にしよう。―――どうしてなのだろうか?」

「俺が趣味に没頭できるのは、サーゼクスが俺の意志を全て汲んでくれるからだ。彼とは―――いや、あいつとは長い付き合いでね。俺が唯一の友と呼べる存在なのだよ。だから、あいつの事は誰よりも知っているし、あいつも俺の事を誰よりもやく認識している。あいつが魔王になったから、俺も魔王になっているに過ぎない。俺とサーゼクス・ルシファーの関係と言うのはつまりそう言う事だ」

 

 アジュカ・ベルゼブブとサーゼクス・ルシファーは旧知の間柄であり、ライバル関係でもある。それゆえに2人の間には、2人にしか分からないものがあった。

 それがアジュカ・ベルゼブブの中で確固たるものであり、テロリストとの同盟を破棄する理由。

 ジークフリートもこの返答を予想していたため表情を変えずに頷いていた。

 

「そうですか。『友達』、僕にとっては分からない理由だが、そう言う断り方もあると言うのは知っているよ」

 

 ジークフリートの皮肉げな笑みと言葉を受けて、旧魔王派の悪魔達が色めき立つ。

 

「だから言ったであろう! この男は! この男とサーゼクスは独善で冥界を支配しているのだ! いくら冥界に多大な技術繁栄をもたらしたと言えど、このような遊びに興じている魔王を野放しにしておくわけにはいかないのだ!」

「今まさに滅する時ぞ! 忌々しい偽りの存在め! 我ら真なる魔王の遺志を継ぎし者が貴様を消し去ってみせよう!」

 

 怨恨にまみれた言葉を受けてアジュカ・ベルゼブブは苦笑した。

 

「如何にもな台詞だ。もしかしてあなた方は同様の事を現魔王関係者に言っているのだろうか? 怨念に彩られ過ぎた言動には華も無ければ興も無い。―――つまり、つまらないと言う事だな」

「我らを愚弄するか、アジュカッ!」

 

 アジュカ・ベルゼブブは旧魔王派の悪魔としての誇りを“つまらない”の一言で切り捨てた。もしかしてと口にした時点で、アジュカ・ベルゼブブが旧魔王派の主張に耳を傾けてこなかった証拠でもある。

 現魔王にキッパリと切り捨てられ、旧魔王派の悪魔達は殺気を一層濃厚に漂わせる。一触即発を通り越し、戦闘開始と呼べる雰囲気。

 アジュカ・ベルゼブブがテーブルの上で組んでいた手を解き、片手を前に突き出して小さな魔法陣を展開させる

 

「言っても無駄だとは分かっている。仕方ない、俺も魔王の仕事を久しぶりにしようか。―――あなた方を消そう」

「「「ふざけるなッ!」」」

 

 激昂した旧魔王派の悪魔達が手元から大質量の魔力の波動を同時に放出させた。アジュカ・ベルゼブブはその同時攻撃に動じる事無く、手元の小型魔法陣を操作するだけだった。

 魔法陣に記された数式と悪魔文字が高速で動いていく。相手の攻撃が直撃する刹那、当たる寸前で魔力の波動が全て軌道を外し、あらぬ方向に飛んでいった。矛先を違たがえた魔力は深夜の空を切るように放出されていく。その現象を見て旧魔王派の悪魔達は仰天し、アジュカ・ベルゼブブは椅子に座ったまま言う。

 

「俺の能力の事は大体把握してここに赴いているのだろう? まさか自分の魔力だけは問題なく通るとでも思ったのだろうか? それとも強化してきて、この結果だった事に驚いているのか……、どちらにしてもあなた方では無理だ」

 

 アジュカ・ベルゼブブの苦笑に旧魔王派の悪魔達は顔を引くつかせる。

 過去に起きた前魔王政府とのいざこざでサーゼクスとアジュカ・ベルゼブブは反魔王派のエースとして当時最前線に出ていた歴戦の英雄であり、2人の英雄譚は冥界でも広く伝わっている。

 サーゼクスは全てを滅ぼす絶大な消滅魔力を有し、アジュカ・ベルゼブブは全ての現象を数式と方程式で操る絶技を持つと言われていた。

 それを承知の上で旧魔王派の悪魔達は自身を強化してきたが、それでもアジュカ・ベルゼブブには全く通じなかった。

 旧魔王派の悪魔達の表情は一転して戦慄に彩られ、アジュカ・ベルゼブブが淡々と語る。

 

「俺から言わせればこの世で起こるあらゆる現象、異能は大概法則性などが決まっていてね。数式や方程式に当てはめて答えを導き出す事が出来る。俺は幼い頃から計算が好きだったんだ。自然に魔力もそちら方面に特化した。ほら、だからこう言う事も出来る」

 

 アジュカ・ベルゼブブが空を見上げる。

 怪訝に思った旧魔王派の悪魔達や木場達も視線を上に向けると、少しずつ風を切る音が大きくなっていく。

 空より迫ってくるのは先程軌道をずらされて飛んでいった魔力の波動。

 上空から降り注ぐ魔力の波動が旧魔王派の悪魔達を襲い、1人は絶叫すら上げられないまま消滅していった。

 当たる直前で避けた者達のもとに魔力の波動が追撃を開始する。追撃する波動を見て旧魔王派は驚愕していた。

 

「我らの攻撃を操ったか!」

「こうする事も出来る」

 

 アジュカ・ベルゼブブは魔法陣に刻まれた数式と悪魔文字を更に速く動かし続ける。魔法陣に刻まれた数式と悪魔文字が現象を計算して操る彼独自の術式プログラム。

 旧魔王派を追撃する魔力の波動が弾けて散弾と化し、他の波動も細かく枝分かれして逃げる旧魔王派を執拗に追う。

 他者が放った魔力をそのまま操り、形式までも容易に変えている。

 

「お、おのれぇぇぇぇっ!」

 

 高速で追ってくる波動を避けきれないと分かった旧魔王派は手元を再び煌めかせ、攻撃のオーラを解き放つ。

 だが、アジュカ・ベルゼブブが操る波動は放たれたばかりの魔力を軽々と打ち砕き、旧魔王派の悪魔達の体を貫通させていく。

 あるいは散弾と化した魔力の波動が彼らの体にいくつもの大きな穴を開けていった。

 速度だけじゃなく、操っている魔力の波動の威力まで変化させている。

 向かってくる攻撃の軸をずらし、そのまま術式を乗っ取って操る。そこに形式変更を加え、速度と威力も上乗せさせた。

 

「……これがこの男の『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』か……」

「軽く動かしてこれとは……いったい、貴様とサーゼクスはどれだけの力を持って……」

 

 旧魔王派の悪魔達はそれを言い残して、無念を抱いた表情で絶命した。

 魔王アジュカ・ベルゼブブの力に木場達は驚嘆を通り越して畏怖の念を抱く。逆に誇銅は畏怖の念などな抱かず、なぜああも無感情に同族を殺せるのかが疑問に思う。

 アジュカ・ベルゼブブの視線が残ったジークフリートに向けられる。

 

「さて、残るは君達だけか。どうするかな?」

「エゲツないことするなぁ」

 

 ジークフリートは肩を竦めるだけだった。

 

「まだ切り札は残っているので、撤退はそれを使ってからにしてみようと思っているよ」

「じゃあ早よ終わらせてな。ウチもう布団入って寝たい」

 

 隣の少女がジークフリートに催促する。

 ジークフリートの嫌みを含んだ笑みを見て、木場は自分の体の底から沸き立つ激情を感じた。

 少女の言動に多少毒気を抜かれるも、アジュカ・ベルゼブブはジークフリートの物言いに関心を示す

 

「ほう、それは興味深い。―――だが」

 

 アジュカ・ベルゼブブの視線が今度は木場に向けられる。

 

「そちらのグレモリー眷属の『騎士(ナイト)』くん。さっきから彼らに良い殺気を送っていたね」

 

 アジュカ・ベルゼブブは木場の戦意を察知していた。

 アジュカ・ベルゼブブはジークフリートと少女に指を示しながら言う

 

「どうだろうか、彼らはキミが相手をしてみては? 見たところ、この英雄派の彼とは面識があるようだ。このビルと屋上庭園は特別に手を掛けていてね。かなりの堅牢さを持ち合わせているよ。多少威力のある攻撃をしても崩壊する事は無い」

 

 木場にとって願ってもない申し出だった。彼の中で駆け巡る抑えようの無い感情……それをぶつけられる相手が目の前にいる。

 木場は1歩前に出ていく。

 

「……祐斗?」

「……部長、僕は行きます。もし、共に戦ってくださるのであれば、その時はよろしくお願いします」

 

 それだけ伝えた祐斗は歩きながら手元に聖魔剣(せいまけん)を一振り創り出す

 一誠を失った木場は自分なりに眷属を支えようとした。リアス達は一誠を失う事で心の均衡を保てなくなると予想できていたから。

 だから自分だけでも冷静に感情を押し殺して動こうと思った。

 木場は一誠とのそう約束したから―――。

 だが木場も憎い相手が目の前に現れ、抑えるのが限界になっていた。

 聖魔剣を構えた木場は憎悪の瞳で怨敵を捉える。

 

「ジークフリート。悪いが僕のこの抑えられない激情をぶつけさせてもらう。あなたのせいで僕の親友は帰ってこられなかった。―――あなたが死ぬには充分な理由だ」

 

 木場の殺気を当てられ、ジークフリートは口の端を愉快そうに吊り上げ、少女は眠そうな顔で携帯で時間を確認する。

 

「キミからかつて無い程の重圧が滲み出ているね……。面白い。しかし、キミ達グレモリー眷属とは驚く程に縁があるようだ。この様なところでも出会うだなんてさすがに想像は出来なかった。まあ、良いか。―――さあ、決着をつけようか、赤龍帝の無二の親友ナイトくん」

 

 ジークフリートの背中に禁手(バランス・ブレイカー)の龍の腕が4本出現する。帯剣している魔剣を全て抜き放ち、異形の手に握らせていく。

 木場は聖魔剣に龍殺しドラゴンスレイヤーの力を付与させて、その場を駆け出した。

 高速で接近し、ジークフリートに一太刀繰り出すと軽々と魔剣の一振りで受け止める。

 

「キミの実力は京都での時とは比べ物にならない程までに向上している。龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の力を得たことにも驚かされた。思わず不覚を取ってしまった。そんなキミの才能と努力に敬意を払おう。―――圧倒的な実力差をもって」

 

 木場の一撃を受け止めたジークフリートは木場の剣を弾き、一旦距離を取ろうと考えた時にはジークフリートは木場の間合いを詰めていた。

 龍の腕が魔剣を振り下ろす。それなりに死線をくぐり抜けた剣士の感覚が告げる。避けられない、防げない―――木場は自分の死を視た。

 ガチンッ!

 しかし木場が視た未来は現実にはならなかった。ジークフリートと似た容姿をしたその人物が―――元教会の悪魔祓い(エクソシスト)であるフリードが魔剣を受け止めていた。

 

「ふぃ~間一髪」

 

 まるでページを読み飛ばしたように突然現れたフリード。思わぬ人物の登場に全員が目を見開いた。

 

「そう言えば初めましてだな。パパと呼んだほうがいいか?」

 

 ニシシと冗談っぽく言うフリードに、ジークフリードは怪訝な表情で斬撃を繰り出す。フリードはそれを全て軽々といなした。

 

「ほんの冗談だよ」

 

 さらに剣速を高めるも、それすらフリードは困り顔で淡々と受け流す。

 

「ホントごめんって。そんなキレんなよ」

 

 剣速が増したのは冗談に怒っているからと推測したが、ジークフリートは別に怒っているわけではない。

 受けに回っていたフリードは一歩前に出て軽い一太刀を繰り出すとジークフリートが魔剣で受け止める。そうしてやっと一方的な剣戟が止んだ。

 フリードの一撃を受けたジークフリートは訊く。

 

「何処でそんな力を手に入れたんだい」

 

 教会のとある暗部の研究機関の一つで、完成体としての性能を証明した自分と、その劣化とも言える存在であるフリードがなぜ自分と並び立つ―――現状では凌駕することに理解できないジークフリートは叫びたい気持ちをグッと抑え込み、あくまで冷静を保つ。

 

「1人の信徒として真面目に頑張ってきただけさ。天は自ら助くる者を助くってな」

「はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)となったキミが信徒として真面目にね」

「やめてくれ、黒歴史」

 

 愉快そうに皮肉を言うジークフリートに、泣きそうな顔になるフリード。表情は苦笑いだが、その瞳には苦痛が浮かぶ。

 

「勘違いしないでもらいたいんだが、別に俺は悪魔共の助太刀に来たわけじゃねぇからな。俺が用があるのはそっちの彼女だ」

 

 フリードがジークフリートと一緒に現れた軍服の少女に言う。

 

「ヘイ彼女、俺と一緒にお茶でもしながらじっくりお話でもしないかい? もとろんホ代含めて出すからさ」

「ウチをナンパするなんて自分見る目あるなぁ。けど安い女に見られるのはごめんやで。それにな、残念やけど自分ウチの好みとちゃうねん」

「あちゃー、振られちゃった。けど、女性を口説くには押しが強くねぇとな」

 

 額に手を当てておちゃらけながら言うフリード。

 

「悪いが彼女は大切な客人なんだ。手出しはさせないよ」

 

 ジークフリートが視界から少女の姿を遮るように動くと、フリードは「参ったな」と頭を掻く。

 

「キャー、イケメンな王子様に守ってもらえるなんて、乙女の憧れやわ~」

「そいつと似たような顔してると思うんだけどな……」

 

 自分はタイプじゃないと言われたのに自分と似た顔をイケメンと称することに若干の不満をつぶやく。

 軽く笑ったところでジークフリートは目を細めて何かを考え込んだ。

 

「現状でキミと戦い、勝ったとしても深手は否めないだろうね。それ程までにキミの実力は高い。キミに勝利したとしても、その後にリアス・グレモリーや姫島朱乃、木場祐斗の攻撃を貰えば僕は確実に命を落とす。このまま逃げるのも悪くはないんだけど……アジュカ・ベルゼブブとの交渉に失敗して、グレモリー眷属を相手に何もせずに逃げたとあっては仲間や下の者に示しがつかない。それも元はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)なんかの介入で。難しい立ち位置だね。特にヘラクレスとジャンヌに笑われるのは面白くないんだ」

 

 愚痴ながらジークフリートは懐ふところを探り出す。取り出したのはピストル型の注射器。ジークフリートは針先を自分の首筋に突き立てようとする格好となり、皮肉げな笑みを浮かべる。

 

「これは旧魔王シャルバ・ベルゼブブの協力により完成に至ったもの。謂わばドーピング剤だ。―――神器(セイクリッド・ギア)のね」

神器(セイクリッド・ギア)を強化すると言う事か」

神器(セイクリッド・ギア)か。ふぅ……」

 

 神器(セイクリッド・ギア)のドーピング剤と聞き、デッドウイルスではないことに安堵した。

 木場の問いにジークフリートは頷く。

 

「聖書に記されし神が生み出した神器(セイクリッド・ギア)に、宿敵である真の魔王の血を加工して注入した場合、どのような結果を生み出すか。それが研究のテーマだった。かなりの犠牲と膨大なデータの蓄積の末に神聖なアイテムと深淵の魔性は融合を果たしたのさ」

 

 ジークフリートは手に握る魔剣グラムに視線を向ける。

 

「本来ならばこの魔帝剣グラムの力を出し切ればキミ達を倒せたのだろうが……残念ながら僕はこの剣に選ばれながらも呪われていると言って良い。木場祐斗、キミならその意味を理解できるだろう?」

 

 ジークフリートの言うように木場にはその理由が分かった。それはフリードも理解していた。

 伝承では魔帝剣グラムは凄まじい切れ味の魔剣。攻撃的なオーラを纏い、如何なる物をも断ち切る鋭利さを持ち合わせている。

 そしてもう1つの特性が龍殺し(ドラゴンスレイヤー)。かの五大龍王『黄金龍君(ギガンティス・ドラゴン)』ファーブニルを1度滅ぼしたのもグラムの特性ゆえ。(その後、北欧の神々によってファーブニルは再生された)

 何もかも切り刻める凶悪な切れ味と強力な龍殺し(ドラゴンスレイヤー)、その2つの特性を有しているのが魔帝剣グラム。

 これらの特性を踏まえた上で持ち主であるジークフリートの特徴を捉えると、皮肉な答えが生まれてくる。

 ジークフリートの神器(セイクリッド・ギア)は『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』の亜種で、禁手(バランス・ブレイカー)もその亜種版。ドラゴン系神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれ、名の通りドラゴンの性質を持ち合わせている。

 通常状態を発現している程度ならグラムを振るうのに問題は無いのだが、能力が上昇する禁手バランス・ブレイカー―――つまり、ジークフリートは自分の能力を高めれば高める程に魔帝剣グラムとの相性が悪くなっていく。

 赤龍帝の一誠が籠手にアスカロンを収納し、何事も無く使用する事が出来たのは天界の助力と神器(セイクリッド・ギア)が例外の類にあったから。

 ジークフリートの神器(セイクリッド・ギア)は亜種であったものの、例外の類ではない。

 最強の魔剣に選ばれても、その者が有していた能力までは受け入れられない。まさに運命の悪戯。

 ジークフリートがグラムをヒュンヒュンと回す。

 

「……禁手(バランス・ブレイカー)状態で、こうやって攻撃的なオーラを完全に殺して使用する分には鋭利で強固なバランスの良い魔剣なのだけれどね。それではこの剣の真の特性を解き放つ事が出来ない。かと言って力を解放すれば……禁手(バランス・ブレイカー)状態の僕では自分の魔剣で致命傷を受けてしまう。こいつは主の体を気遣うなんて殊勝な事をしてくれないのさ」

 

 ジークフリートがグラムを本格的に使用できるのは禁手(バランス・ブレイカー)を解除した時。威力を抑えたグラムを含む5本の魔剣と1本の光の剣+禁手(バランス・ブレイカー)の『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』と通常の『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』で本気のグラムを含んだ魔剣三刀流。

 この場や疑似空間でどちらが木場達を相手に立ち回る事が出来るか。ジークフリートの出した答えは前者だった。

 

「そう、グラムを使いたければ普通の状態でやれば良い。けれど、禁手(バランス・ブレイカー)六刀流と比べるとそれでは対応しきれないんだよ。特にキミ達との戦いではそれが顕著だ。―――禁手(バランス・ブレイカー)の能力を使わなければ上手く相対できないからね。しかし、禁手(バランス・ブレイカー)状態でも魔帝剣グラムを使用できるようになるとしたら話は別だ」

 

 ジークフリートはピストル型の注射器を自身の首元に近づけ―――挿入させていく




 前後編系のオリジナル要素が少なめな部分なので、次話もなるべく早く投稿しようと思っています。


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本物な出来損ないの逆襲(後編)

 やっと感想全部返信終わった。……さてと、おかわり注文しますか(笑)


 僅かな静寂……そしてジークフリートの体が脈動する。それは次第に大きくなっていき、体そのものにも変化が現れ始めた。

 奇っ怪で鈍い音を立てながら、ジークフリートの背に生える4本の腕が太く肥大化していく。五指も徐々に形を崩し始め、持っていた魔剣と同化していった。

 ジークフリートの表情は険しくなり、顔中に血管が浮かび上がる。全身の筋肉が別の生物のようにうごめき回り、身に着けていた英雄派の制服が端々から破れていく。

 地に手が届く程にまで長く太く巨大化した4本の腕を背に生やす怪人。

 その姿は既に阿修羅ではなく、蜘蛛のバケモノの様なシルエットだった。同時に放つオーラとプレッシャーも化物のように不気味に膨れ上がる。

 変貌したジークフリートは顔面に痙攣を起こしながら口元を笑ました。

 

『―――「業魔人(カオス・ドライブ)」、この状態を僕達はそう呼称している。このドーピング剤を「魔人化(カオス・ブレイク)」と呼んでいてね、それぞれ「覇龍(ジャガーノート・ドライブ)」と「禁手(バランス・ブレイカー)」から名称の一部を拝借しているんだよ』

 低く重い声質、既に声すらも変調したジークフリート。それを見てアジュカ・ベルゼブブが語る。

 

「素晴らしい。人間とは、時に天使や悪魔すらも超えるものを作り出してしまう。俺はやはり人間こそが可能性の塊なのだと思えてしまうよ」

 

 そう言うアジュカ・ベルゼブブにフリードは軽蔑を込めた冷やかな視線を送った。

 人間でありながら神が作り出したものを肥大化させ、魔王の血肉すらも利用する。人間は何処までも欲望を進化させてしまう。時に神以上に、悪魔以上に。―――その人間の欲望を最も欲したのがまさに現代の悪魔。 

 魔人と化したジークフリートが1歩足を踏み出す。それだけでこの場の空気が一変し、瘴気(しょうき)が渦巻いていく。

 魔剣と同化して異常な進化を遂げた4本の腕が大きくしなる。攻撃が来ると判断した木場とフリードは攻撃を視認するよりも前に瞬時に駆け出した。

 木場達がいた場所に渦巻き状の鋭いオーラと氷の柱が生まれ、更に地が抉れて次元の裂け目まで生じていた。

 各魔剣の相乗攻撃に一瞬でも判断が遅ければ五体は弾け飛んでいた。

 木場は前方から感じる異様な寒気を察し、その場で聖魔剣を聖剣に変化させ、禁手(バランス・ブレイカー)の騎士団を1体だけ具現化させる。それを空中で蹴って距離を取る。

 同時にフリードも聖剣を放り投げ素早く一回転させキャッチすると、フリードの姿が消えた。

 その瞬間、祐斗がいた空間に極大で凄まじいオーラの奔流が通り過ぎていった。空中で足場にした甲冑騎士は跡形も無く消え去っていく。

 宙でジークフリートの方に視線を向けると、グラムを振るった後だった。

 攻撃の余波だけでもグラムの一撃は木場の全身に痛みを走らせる。直撃すれば完全に消滅は免れない。

 少し離れたところでフリードがまたしても突然姿を現し、ジークフリートの攻撃跡とジークフリート本人を確認した。

 屋上に降り立った木場は手元の剣を聖魔剣に戻して瞬時にジークフリートに詰め寄る。横薙ぎの斬撃を放つが軽々と魔剣の1本で受け止められてしまう。

 極太の腕4本から繰り出される剣戟は破壊力に満ちており、直撃すれば木場の体は容易に砕け散る。唯一、ジークフリートが左手に構える光の剣は光を喰らう聖魔剣で消失させたものの、魔剣5本はそう簡単に消す事など出来ない。

 木場とジークフリートの剣戟合戦は暫しばらく続いていった。残像を生みながら高速で動く木場の攻撃をジークフリートは全て魔剣で防いでいく。

 時折、振るわれてくるグラムのオーラが木場の体を端々から痛めつける。

 当たらなかったグラムの波動は地を抉りながら後方まで走り抜け、屋上庭園は幾重ものグラムの波動によって荒れ地へと様変わりしていた。これだけ多くの攻撃をされてもアジュカ・ベルゼブブがここを魔力などで堅固に補強しているためビルは健在。

 5本の魔剣の刃が一斉に木場目掛けて刺し込まれてくる。木場はそれらを避けるついでに足先に聖魔剣を創り出し、相手の脇腹に蹴り込む。その際の聖魔剣の仕様は龍殺し(ドラゴンスレイヤー)であり、直撃すれば形勢が変わる。そう思っていた矢先、木場の聖魔剣は儚い金属音を立てて砕け散った。

 その結果を見てジークフリートが不敵に笑む。

 

『―――どうやら、強化された僕の肉体はキミの龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の聖魔剣を超えていたようだ』

 

 脇腹に一撃入れた祐斗の足をジークフリートが掴み、そのまま宙に高く持ち上げ―――勢いに任せたジークフリートの剛力が木場を地面へ叩きつけた。

 更にそこへ魔剣が一振り放たれる。全身を押し潰されていく様な重い衝撃が木場の体を突き抜け、地面に巨大なクレーターを生み出した。

 言い難い激痛が全身を駆け巡り、口から吐き出された大量の血反吐が庭園の緑を赤く染める。

 地面に叩きつけられた衝撃と魔剣の一撃によって体の各部位が深刻なダメージを受けて痙攣を起こし、骨も相当な数が深い損傷を受けた。

 それでも木場は懸命に意識を繋ぎ止めて足を動かした。その場から一時的に退避した後、体勢を立て直して斬り込んでいく。

 ジークフリートは2本の魔剣をクロスして木場の剣戟を難無く制した。

 

『防御の薄いキミでは、今の一撃で相当な傷を負ったんじゃないかな?』

 

 ジークフリートが低い声音で笑い、クロスした魔剣ごと木場を突き押す。

 体を弾かれた木場は足下をふらつかせるが、体中から残った力を総動員させて、ふらつきを止める。

 ふらつきが止まったと思った矢先―――木場の足先が氷に包まれていた。ジークフリートの魔剣による攻撃。直ぐに聖魔剣を炎の属性に変化させて氷を溶かそうとしたが、地面から突き上がってきた2本の氷柱が木場の両足を貫く。

 そこにジークフリートは更なる魔剣を振り下ろした。足を封じられて避けようの無い木場は体を捻り、手元に聖魔剣を複数創造して盾のようにする

 しかし、束となった聖魔剣は破壊され―――木場の左腕が肩口から切り落とされてしまった。

 片腕を切り落とされながらも木場は足場の氷を炎の聖魔剣で振り払い、後方に飛び退いた。

 失った左腕の肩口から大量の血が流れ出てくる。剣を氷の聖魔剣に変更し、肩口と両足の傷口を凍らせた。

 木場の体は既にボロボロで、自慢の両足にも穴を開けられ無様に膝をついている

 

「祐斗……ッ!」

 

 沈痛な表情でリアスが木場の名を呼ぶ。一誠の駒を両手で握り、何かを待ち望む。

 

『……部長、そうやってイッセーくんを頼ろうとしても彼はここに来られないんですよ? ……あなたが立ち上がらないでどうするんですか。あなたが戦う意志を失えば、眷属にも影響が出てしまう……』

 

 朱乃も小猫もハラハラと見ているだけで動けない状態にいる。一誠を失って皆が戦う意志を無くした。

 先程の殺意も一時的なものに過ぎず、己の体を突き動かすまでには至らない。

 

『こんな状況の僕らでは冥界の危機を救うなんて到底出来やしませんよ、サイラオーグ・バアル……ッ! ……僕にもイッセーくんのように誰かを激しく鼓舞できる程の要領があればと思ってならないよ……っ』 

「……木場さんまで死んでしまう……。いや……もう、こんなのはいやです……」

 

 アーシアは恐慌状態に陥り、手からは弱々しいオーラが出現するだけでいつもの出量が放出できない。一誠を失ったショックで神器(セイクリッド・ギア)の能力が一時的に弱まっていた。

 

リアスと朱乃が何とか攻撃を加えようと魔力を放つが―――その勢いと威力はあまりにも弱々しく、ジークフリートの一振りに難無く払い除けられ、アドラスに至っては腕さえ振るわずに攻撃を受け止める始末……

 小猫の闘気も力が陰り、もはや満足に能力が扱えるのはレイヴェルと誇銅のみ。

 

「そろそろ代わろうか?」

 

 フリードが近づき木場の顔を覗き込み訊く。だが今の木場に答える余裕はない。だが顔を覗き込んだ際に木場の闘志が死んでいないことは確認した。

 木場はルヴァル・フェニックスから貰ったフェニックスの涙を1つ取り出して傷口にかけていく。瞬時に痛みが和らぎ、傷も塞がっていくが―――左腕の再生には至らない。

 傷は治ったものの、流血による体力の消耗は著しく、足にも力が入らない。

 木場の状態を見てジークフリートは嘲笑した。

 

『酷いな。先日出会った時のグレモリー眷属とは思えない。先程良い殺気を放ってくれたから、木場祐斗との戦いに乱入でもしてくれるものかと期待していたんだけどね。まさか、この程度とは……』

 

 不甲斐ないと思いながらも限界だった。木場も必死に耐えてはいるが、一誠への依存度はリアス達と変わりない。

 いつも一緒に戦ってきた一誠がいない。その事実の辛さ、厳しさが木場やリアス達の戦意を大きく削ぎ落としていた。

 

『キミも遠慮しなくていいんだよ? フリード・セルゼン』

「いや、別に俺はこいつら助けに来たわけじゃないから。もうグレモリー眷属を助ける理由も無ければ義理もないし」

 

 問いかけられたフリードはしれっと言う。

 

「さっきつい勢いで助けちゃったけども、別に俺的に悪魔が滅ぶのは困らないから」

 

 一応といえど一度は協力した間柄なだけに、黙って見捨てるのはフリードとしても全く心が動かないわけではない。だからこそ一度ははずみで命を救った。

 だが元々悪魔もとい聖書に良い印象などなく、滅ぼすべきとすら考えている。逆に必要とあらばそんな相手を救うことにも躊躇なく命を懸ける。

 フリードは木場の横を通り過ぎて前に出る。

 

「だが、目の前で死んでいくのを鑑賞するような趣味はない。脱落したなら俺の番だ」

 

 木場の闘志は死んでいないが、限界の体を動かすのには足りないと判断した。

 ジークフリートは再び愉快そうに口元を笑ました。

 フリードの聖剣が輝き光を纏う。その輝きはグレモリー眷属の聖剣使いが本気を出した時の輝きには遠く及ばないものの、聖剣にキッチリと収められたオーラがその認識は間違いであると物語っている。しかし、それを理解出来る者は本人を除きこの場に2人しかいない。 

 ジークフリートが最初の攻撃同様に魔剣と同化した4本の腕をしならせると、フリードは聖剣の剣先を屋上の地面に付けた。

 最初同様にフリードがいた場所に渦巻き状の鋭いオーラと氷の柱が生まれ、更に地が抉れて次元の裂け目まで生じていたが、フリードが立つ聖なるオーラに護られた場所だけは全くの無傷だった。

 

「小手調べのつもりか? それにしても全く同じってのは芸がないぜ」

 

 各魔剣の相乗攻撃を堂々と耐えた事にジークフリートは一瞬驚いたが、すぐより一層愉快そうに笑む。

 再び同じようにグラムを振るうが、フリードはその場で聖剣を一振り空振りした。

 その瞬間、またしても同様にグラムの極太で凄まじいオーラの奔流が襲いかかるが、棒立ちのフリードの目の前で不自然にオーラは斬り裂かれフリードの左右を通り過ぎていった。涼しい顔で攻撃の余波も感じさせない。

 不可解な現象にジークフリートも訝しげな表情をした。

 

「ぼさっとしてんなよ!」

 

 一言と共にフリードは距離を詰める。縦割り斬撃を受けたジークフリートはある違和感を感じた。

 受けた斬撃の衝撃と手応えがおかしい。その違和感に繰り出す魔剣を次々と弾かれながらも、5本の魔剣という圧倒的手数で互角の剣戟を繰り広げる。

 ジークフリートとフリードの剣戟合戦は木場よりも長く続くと思われたが、フリードが間合いを間違えたのかジークフリートの目の前で空振りをした。「やべっ」と一言残し後方へ下がるフリードを喜々として追撃しようとしたジークフリートだが、フリードがニヤリと笑った。

 前方へを踏み出すとジークフリートの腹部が突然斬られ、深々とした傷口から血を流す。

 痛みと共に傷口が聖剣の聖なるオーラに焼かれていく。

 そこへ詰め寄るフリードに魔剣を構えるジークフリートだったが、フリードは目の前で不自然に空振りしてみせた。ジークフリートはその挑発に怒りを(あらわ)にしたが、空振りの軌道と全く同じ軌道で再び聖剣を振るう。

 ジークフリートはその剣を自身が最も信頼する魔剣帝グラムで受け止めたが、フリードの聖剣に完全に競り負けた。剣戟の瞬間、ジークフリートは先程までの剣戟よりも大きな違和感を感じた。だがそれが何なのか未だ確信には至らない。

 その思考がジークフリートの動きを僅かに鈍らせた。それは致命的な隙きに繋がり、聖剣の一撃を生身で受けてしまう。

業魔人(カオス・ドライブ)』による強化のおかげで致命傷には至らなかった。

 二度の不可解な現象と生身で攻撃を受けたことでジークフリートは違和感の正体に確信を得た。

 フリードは一度空振りをしてから距離を取る。その空振った場所へジークフリートが魔剣を振り下ろすと、剣戟がぶつかる音が鳴った。

 

『やっぱり、見えない斬撃が空間に(とど)まっているのか』

「正解だ。聖剣に時空の力を帯びさせ、自分の行動の一部を空間に記録する。それが俺の、俺達の『自らの行いを記録せよ(メメント・モース)』の能力だ」

 

 フリードは軽く拍手し自分の能力を説明し、それに呼応するように聖剣が輝く。

 

「ちなみに、二重の時空を帯びているから直接の攻撃が倍近くになるぜ。記録された行動に重複させれば約3倍だ」

『いいのかい? 能力をバラしてしまって』

「人間同士の決闘だ。フェアにやろうぜ。それに知ったところで対処なんて出来ないだろ?」

 

 最後の一言に眉をピクリと動かすが、愉快そうに口角を吊り上げた。

 そこからジークフリートとフリードの剣戟合戦が始まった。能力を知ったジークフリートは空間に記録された攻撃に注意し、フリードは散り散りに鳴った注意の糸を縫って攻撃する。

 相変わらずペースはフリードが握ってはいるが、能力の正体を知っただけにジークフリートもより善戦している。

 

『フリード・セルゼン、キミの登場はグレモリー眷属以上に予想外だった。だが今は感謝しているよ。木場祐斗との戦いもとんだ期待はずれだったからね。彼がいなくなったことでグレモリー眷属はすっかり腑抜けてしまった。兵藤一誠は無駄死にをしたよ。出涸らしとなったオーフィスを救う為にあの空間に残り、シャルバと相討ちになったんだろう? あれからシャルバの気配が消えたからね。生きていれば僕達に堂々と宣戦布告して、冥界にも旧魔王派の力を宣言しているところだろうから。あのまま兵藤一誠がオーフィスを放置して帰還すれば、今頃態勢を整えて再出撃できただろうに。オーフィスはともかく、シャルバは後で討てた筈だよ。自分の後先を考えないで行動するのは赤龍帝の良くないところだった』

 

 多少情報の間違いはありつつもフリードは内心「まったくだ」と思い鼻を鳴らす。それと同時に今からでもなんとか戦闘を中断出来ないものかと画策する。ここでジークフリートと戦うのはフリードとしても大変不本意なのだ。

 ジークフリートの台詞を聞いて木場の思考は一瞬真っ白になり、次の瞬間にはドス黒いものが体の奥底から沸き上がってきた。

 

 ――――ヒョウドウイッセイ ハ ムダジニ シタヨ

 

『……ふざけるな。……ふざけるなよ……ッ!』

 

 木場の心を支配したのは……悔しさ、悲しみ、一誠との約束した事だった。

 全身を震わせながらも木場は足に力を込めていき、徐々に足が上がり始めた。

 情けなく震える両足で立ち上がり、喉まで上がってきたものを遠慮無しに天に向けて放った。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 自分でも信じられない程の声量腹の底から、心の底から噴き出してきた。

 一誠の声が木場の脳裏に蘇る。

 

 “木場、俺達はグレモリー眷属の男子だ”

 

『ああ、分かっているよ、イッセーくん!』

 

 “だから、どんな時でも立ち上がって皆と共に戦おうぜ”

 

『そうだね、イッセーくん。どんな相手だろうと、立ち向かっていかなければならないッ!』

 

 1歩、また1歩と木場はジークフリートに近付いていく。手元に聖魔剣を創り出しながら

 

「まだだ! まだ戦えるッ! 僕は立たないといけないッ! あの男のようにッ! グレモリー眷属の兵藤一誠はどんな時でも、どんな相手でも臆せずに立ち向かったッ! 赤龍帝はあなた達が貶していい男じゃないッ! 僕の親友をバカにするなッ!」

 

 涙混じりの咆哮を解き放つが、それは勢いしか無い。

 ジークフリートはきっぱりと断ずる。

 

『無駄だっ! あの赤龍帝のようにいこうとも、キミでは限界がある! ただの人からの転生者では、いくら才能があろうとも肉体の限界が―――ダメージがキミを止める!』

 

 事実もう木場の肉体は限界であり、剣を握る力すら満足に無い。それでも―――。

 

『イッセーくんはそれでも立ち向かえる筈だ! 宿れ! 少しでも良いから宿ってくれ……! 兵藤一誠を突き動かしていた意地と気合よ! どうか、少しでも僕に宿ってくれ!』

 

 剣を構えて前に飛び出していこうとしたその時、視界の隅に紅い閃光が映り込んでくる。そちらに視線を送ると―――。

 

「……イッセーの駒が」

 

 リアスが手にする一誠の駒が紅い光を発していた。

 そこから1個だけ『兵士(ポーン)』の駒が宙に浮かび始め、いっそう輝きを増して深夜の暗闇を紅く照らしていく。

 その駒が木場のもとに飛来し、弾けるように光を深めた。

 あまりの光量に一瞬だけ眼を伏せる木場が次に目にしたのは、宙に浮かぶ1本の聖剣―――アスカロンだった。

 

「……イッセーくんの駒が……アスカロンに……?」

 

 ―――行こうぜ、ダチ公。

 

 聞こえてきた一誠の声に涙が溢れる。

 

「……キミはなんてお人好しなんだろう。たとえ駒だけでも、キミは仲間を……僕を……ッ!」

 

 アスカロンから伝わる勇気を貰い、木場の体に信じられない程の活力が沸き上がってきた。

 

「そうだね、イッセーくん。行こうよ! キミとなら、僕は何処までも強くなれるんだからさッ! キミが力を貸してくれるならッ! どんな相手だろうと切り刻めるッ!」

 

 自然と足の震えは止まり、アスカロンを握る手にも力を込めて、木場はジークフリートに斬りかかる。

 木場の一撃を受け止めながらジークフリートは驚愕に包まれていた。

 

『……ッッ! バカな……ッ! 立つと言うのか……ッ! 血をあれだけ失えば自慢の足も動かなくなる筈だ……ッ!』

「行けってさ。立てってさ。この剣を通してイッセーくんが僕に無茶を言うんだ。じゃあ、行かなきゃダメじゃないか……ッ!」

 

 アスカロンから膨大なオーラが解き放たれていく。

 龍殺し(ドラゴンスレイヤー)の聖剣アスカロンを受けて、ジークフリートの体に変化が訪れる。体から異様な煙を上げ、表情も苦痛にまみれた。

 

『……何だ、その聖剣から感じる……力は……ッ!』

 

 アスカロンがジークフリートを苦しめる。『魔人化(カオス・ブレイク)』でグラムの力に対応できるようになったとしても、アスカロンに対しては別。

 更にジークフリートが手に持つグラムが輝きだす。その輝きは攻撃的なものではなく、まるで“誰か”を迎え入れるかの様な輝きだった。

 

『―――っ! グラムが! 魔帝剣が呼応している⁉ ―――木場祐斗に⁉ まさか、魔人化(カオス・ブレイク)の弊害なのか⁉』

 

 尋常ならざる焦りを見せるジークフリート。―――この土壇場でグラムは持ち主を再度選び直した。

 木場はグラムを真っ正面から捉えて叫んだ。

 

「―――来い、グラム! 僕を選ぶと言うのなら、僕はキミを受け入れよう!」

 

 木場の言葉を受けてもグラムは変わらぬ輝きを放つ。その輝きは持ち主であったジークフリートを拒絶するかのように手を焦がしていく。

 グラムは宙に飛び出し、祐斗とフリードの近くの地面に突き刺さった。

 それを見たジークフリートは首を横に振って、起きた事を信じられないように言う。

 

『こんな事が……ッ! こんな事があり得るのか⁉ 駒だけでも赤龍帝はッ! 戦うと言うのか⁉ この男を立たせると言うのか⁉』

 

 せっかくのグラムも片腕だけでは扱う事が出来ない。

 そう思っていたら、木場に近付く者がいた。

 アーシア、小猫、レイヴェルの4人。

 小猫が切り落とされた木場の腕を持って、肩口に当てるそこへアーシアが手を向けて淡い緑色のオーラを放出し、レイヴェルと誇銅が木場の体をしっかりと支える。

 優しい回復のオーラを受けた木場の腕は徐々に繋がり、機能を回復させていく。

 

「……イッセーさんが『アーシアも戦え』って、駒を通して言ってくれた様な気がしたんです」

 

 アーシアは必死に泣くのを耐えながら微笑んでいた。

 

「……『俺のダチを助けてやってくれ』って、イッセー先輩が言ったような気がします」

 

 小猫もそう微笑み、手から仙術による治療の気が送られる。

 

「私にも聞こえた気がしましたわ。イッセーさまの声が……『小猫や皆を支えてくれ』と」

 

 レイヴェルは小さく笑顔を浮かべてそう漏らす。

 

 誇銅も黙って笑顔を浮かべる。実は誇銅も一誠の声のようなものが聞こえたのだが、何かを言う前にかき消されてしまった。一誠の思念が呪いの類かなにかとして誇銅の体質に引っかかり浄化されてしまったのだ。

 だから思い入れが全く無い誇銅は場の空気を読んでレイヴェルについて行っただけ。

 

「―――『皆と共に戦ってくれ』、か。そうよね。あのヒトなら、そう言うに決まってるわ」

 

 リアスが一誠の駒を持って前に立つ。

 涙に濡れながらも瞳には戦意の火が灯っていた。

 

「さあ、私のかわいい下僕悪魔達! グレモリー眷属として、目の前の敵を消し飛ばしてあげましょうッ!」

 

 リアスのいつもの口上が戻る。

 アーシアのお陰で切り落とされた腕が完全に繋がり、木場は眼前に突き刺さったままのグラムを抜き―――。

 

「―――――⁉」

 

 放つことが出来なかった。

 なぜ抜けないのか困惑する木場は、グラムが突き刺さった際に近くにいたフリードを見た。フリードはグラムが自分の近くに突き刺さった時点でジリジリと離れ、微妙な目でグラムを見る。

 魔剣帝グラムがフリードを新たな持ち主に選んだことに気づき、選ばれたと勘違いしたことに恥ずかしさを覚えた。だが、すぐにその気持を切り替える。

 今のアスカロンの龍殺し(ドラゴンスレイヤー)ならば、如何にジークフリートの体が堅牢でも崩せるだろう。

 木場はアスカロンを構えて足に力を注ぐ。

 

「さあ、もう一度戦おうか。けれど、さっきとは違う。―――こちらは僕だけじゃなく、グレモリー眷属だっ!」

 

 リアス、アーシア、小猫がジークフリートを鋭く見据える。

 リアスが手から強大な滅びの魔力を解き放ち、それと同時に木場も前に飛び出して行く。

 

『まだだよ! それでも僕は英雄の子孫として―――』

 

 言いかけたジークフリートの頭上で稲光が閃き、夜空を裂くような極大の雷光がジークフリートの全身、その周囲まで飲み込んだ。

 宙に視線を向けると―――そこには6枚にも及ぶ堕天使の黒い翼を広げる朱乃の姿があった。

 

「―――これが私の最後の手。堕天使化ですわ。父とアザゼルに頼んで『雷光』の血を高めてもらったの」

 

 朱乃の両手首に光るのは魔術文字が刻まれたブレスレット、魔術文字が金色に輝いて浮かび上がっていた。それが本来眠っていた堕天使の血を呼び覚まさせたのだ。

 

「ゴメンなさい、イッセー。『いつもの笑顔を見せて』―――あなたの残してくれた想いまで私は……押し殺そうとしていた……っ! もう大丈夫ですわ。私も戦えます!」

 

 朱乃が決意の眼差しでそう宣言する。

 グレモリー眷属の王と女王が完全復活を果たす。

 極大の雷撃をまともにくらったジークフリートは全身が黒焦げと化していた。体の至るところから煙を上げている。『魔人化(カオス・ブレイク)』で体が堅牢になったジークフリートにここまでのダメージを与えたことが朱乃の雷光は更に威力を増した証拠。

 そこに追撃とばかりに先程リアスが放った滅びの一撃が襲い掛かった。

 ジークフリートの肥大化していた龍の腕が全て弾け飛び消滅していく。

 

「これがトドメだよ、ジークフリートッ!」

 

 木場の持つ聖剣アスカロンが正面からジークフリートに深々と突き刺さった。

 ジークフリートは口から血の塊を吐き出す。

 

『……この僕が……やられる……?』

「勝ったよ、イッセーくん」

 

 木場はそれだけ呟き、剣をジークフリートの体から抜き放とうとした。だが、ジークフリートは突き刺さった刃を強く握りしめて放さない。刃を素手で握りしめているのだから当然刃に手が切られるもお構いなし。

 

『負けるはずがない……僕は英雄なんだ……英雄が悪魔に敗れてはならない……英雄は怪異に打ち勝たなければ……僕の……僕達の……英雄の道なんだ……!』

 

 ジークフリートの体からは既に血が流れる事はなく―――龍殺し(ドラゴンスレイヤー)を受けたジークフリートの体は徐々に崩壊しつつあった。

 体の至るところにヒビが走り、やがて崩れていく。そんな瀕死のジークフリートが握るアスカロンを引き抜けない。

 ジークフリートの背中から黒い泥のようなものが溢れ出し、消失した龍の手が生えていく。それだけでは収まらず背中の龍の手はどんどん伸び、ついには4本手の龍の顔をした龍人の上半身が生えた。

 ただしジークフリートの背中から生えた龍人は溶けかかっており、崩れ行くジークフリートを表すようだった。

 ジークフリートと龍人が同時に木場を見た。死にゆく2つの眼光に木場は威圧され恐怖する。

 

「祐斗ッ! 離れなさいッ!」

 

 その威圧は後ろのリアス達にもハッキリと感じ取れた。

 木場はアスカロンを残して後方へ下がり、味方を巻き込むことの無くなったジークフリートへリアスと朱乃が特大の攻撃を放つ。

 視界を覆い尽くす程の2人の攻撃は龍人の口へと吸い込まれ、雷光と滅びの特性を兼ね備えた吐息(ブレス)として吐き出した。

 より強力になって跳ね返された攻撃に誇銅は自分とレイヴェルの身を護る為に高密度の炎目を準備した。

 誇銅が炎を放つよりも前にフリードが前に飛び出す。フリードが持つ聖剣の輝きが増し、振り下ろした聖剣の光が極大の吐息(ブレス)をも飲み込みこんだ。

 攻撃を相殺されたジークフリートはだが、以前瀕死とは思えぬ程の戦意を滾らせる。

 龍人は魔剣を拾い上げ魔剣を喰らおうとしたが、フリードが高速で接近し自らの右手を龍の口に突っ込んだ。

 龍人はフリードの腕を噛み切ろうと力を入れるが、腕を守るオーラが強くて噛み切れない。それでも龍人の牙は腕に深く食い込み痛々しく血が流れ落ちる。

 苦痛に顔を歪ませながらもフリードはジークフリートに言った。

 

「もうやめろ。お前の負けだ」

『負けていない! 僕は……まだ戦えるッ!』

 

 一歩踏み出そうとするジークフリートを残った左手で止めるフリード。龍人の噛む力が更に増し、一層血が流れ出る。

 

『英雄がこんな所で倒れるわけにはいかない……。英雄が悪魔なんかに負けるわけがない……。……英雄である僕が……こいつらは滅ぼさないと……。じゃなきゃ僕は英雄じゃない……』

 

 幽鬼のような目と足取りで進もうとするジークフリート。

 

「それがテメェらの英雄譚か!? 怪異に苦しめられる人間を一人でも多く救いたいって初志は何処行ったんだ!?」

『ッ!!?』

 

 その言葉を聞いてジークフリートは驚いた様子で足を止めた。幽鬼のような目は戻り、恐怖にも似た驚愕の表情をする。

 

「なぜ知ってるって顔だな。お前らを止めようとしてるお仲間から聞いたんだよ。神器(セイクリッド・ギア)によって迫害された人や、神器のせいで悪魔や堕天使に目をつけられた人を救う。話を聞いた時はお前らすげぇと思って尊敬したぜ。マジで英雄に相応しい連中だと思った」

 

 輝かしいハズの過去の偉業を聞かされる度にジークフリートの表情に恐怖が増していく。

 

「いくら立派でも欲が出ることはある。俺だって見返りも考えず戦ったりしてない。そんなことが出来るのはあのお方ぐらいだろう。―――けどよ、自分達の行動を振り返ってみろ。それはかつてお前たちが目指した英雄譚か? 守るべき者達を危険に晒し、仲間を犠牲にして、異形共を狩り力を誇示するだけのテメェらの行動がよ!? 今この場でしっかりと考えてみろッ!!」

 

 そう言われジークフリートは今までの行動を比べて考えた。―――“疲労と痛みで思考正常ではないからこそ考えられた”。

 そして気づく、自分が正しいと感じる2つの理想―――その2つに確かな矛盾が生じていることに。

 過去の輝かしい理想と比較すれば今の戦争は間違いだと思える。思考はハッキリそう思えど、自分が出す答えはなぜか戦争が正しいと出た。

 ジークフリートは自分に決定的な矛盾を感じた。

 

『僕は……僕達は……ぼ、僕…達………あぁ…………ああああああああああああああぁぁッ!』

「取り乱してんじゃねぇよ! お前の英雄譚はまだ終わっちゃいない!」

 

 思考のバグに自我が崩壊しかけるジークフリートにフリードが一喝入れる。

 固執した英雄という称号、それがまだ終わってないと言われギリギリのところで自我の崩壊が食い止められた。

 

「お前ら英雄の帰還を信じて待っている仲間がいる。英雄となることを焦るな。まだまだお前の英雄譚は始まったばかりさ。だから生きろ、ジークフリート」

 

 ジークフリートの目から涙が流れ、それと同時に龍人がボロボロと崩れていく。

 恐怖から安堵の表情に変わったジークフリートは倒れるように体をフリードに預けた。

 

「やっと1人救えた」

 

 憑き物が剥がれたジークフリートの様子を見て、フリードは心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの安堵も束の間、ジークフリートの顔にまで崩壊の裂傷が生まれていた。

 

「フェニックスの涙はどこだ? 英雄派は独自のルートで入手してんだろ?」

 

 まだ所持していてもおかしくないのだが、体が崩壊しつつある現状でもジークフリートは使う素振りすら見せない。

 ジークフリートは首を横に振る。

 

『……この状態になると、フェニックスの涙での回復を受け付けなくなってしまう……。……理由は未だに不明だけどね……』

 

 極度のパワーアップが出来る反面、回復が一切望めない。それが『魔人化(カオス・ブレイク)』のリスク。

 

『……やっぱりそうさ。……あの戦士育成機関で育った教会の戦士は……まともな生き方をしないのさ……。最期に僕を人間に戻してくれてありがとう。おかげで怪物ではなく、人として死ぬことができた』

「こんな所で死なせる為に助けたんじゃねぇ! 意識をしっかり保て!」

 

 崩れ去りそうな程に脆くなったジークフリートの体を支えながら叫ぶフリード。治癒の魔導具での回復を試みるも、ジークフリートの言った通り受け付けない。

 

『魔帝剣は次の持ち主にキミを選んだ。キミが次の持ち主に選ばれたことは誇りにすら感じるよ。勝手な願いだが……曹操を……ボクの仲間達を止めてくれ。それが唯一心残りなんだ』

「諦めるんじゃねぇ! それに勝手に次の持ち主に選ばれても困る。さっきからグラムから熱烈アプローチされてるが、鬱憤溜まってたのかだんだん言動が過激な束縛系ヤンデレになってきて怖い」

 

 グラムが乱雑に輝きを増すとは反対に、ジークフリートの命の灯火は消えかかっていく。懸命に呼びかけ回復を試みるも、一向に好転の兆しはない。

 誇銅がジークフリートとフリードのもとへ駆け出した。

 

「その状態だから回復を受け付けないんですよね? でしたら、その状態を強制解除出来れば見込みはあるんですよね」

「―――出来るのか!?」

「わかりません。もしかしたらそのまま命を落とすかもしれません」

 

 自分で言いつつも震える誇銅。放っておけば失われる命だが、もしかしたら自分の手で殺してしまうかもしれない恐怖。それでも懸命に助けようとする人がいて、自分だけが救える見込みがあるのなら。そう思ったから誇銅は駆け出した。

 誇銅の強い覚悟を感じたからか、ジークフリートも拒絶はしなかった。

 

「かなり熱いですが我慢してください」

 

 誇銅は炎目でジークフリートの体を包んだ。肥大化したジークフリートの体は誇銅の炎によってみるみる燃焼されていき、かなり元の姿に近い状態へ戻った。

 

「まだ魔王の血を燃焼しきれてませんが、これ以上はこの人の体が持ちません」

「十分だ」

 

 フリードは自分の注射器をジークフリートに刺した。

 

「それは」

「自己治癒能力を限界を超えて引き出す薬品だ。フェニックスの涙のような外部から回復を受け付けないなら、自己治癒能力に訴えかける。ぶっちゃけ瀕死状態で使えば死にかねない劇薬だが耐えてくれ」

 

 その願いが通じたのかジークフリートは苦しそうなうめき声を上げ気絶したものの、安らかな寝息を立て始めた。体の崩壊は止まり、裂傷は癒合されていく。姿も元に戻っていった。

 

「さてと、ナンパの続きといこうか」

 

 ジークフリートの安否を見届けたフリードは立ち上がり、軍服の少女に視線を向ける。

 

「ウチが直接戦うのはルール違反なんやけど、自己防衛なら仕方ないなぁ。ちょっとだけ相手したるわ」

 

 軍服の少女が拳をボキボキと鳴らすと、覆っていた薄っすらとしたオーラが解除される。少女本来の自然体であろうオーラが発せられる。

 何かしらの方法で制御されてたであろう少女のオーラの質は現在のフリードを圧倒していた。相手の力量をある程度正しく見極められる者ならば、オーラの総量でも圧倒的な差を感じられるだろう。

 

「もちろん手加減はしたるけど、ホンマに自分満身創痍やけどやるん?」

「なに、手はいくらでもあるさ」

 

 そう言ってフリードは十字架が刻まれた拳銃―――天使の銃を取り出す。

 

「ちょ、それって……!? 自分聖書の連中とちゃうんかい!?」

 

 それを見た少女はたじろぐ。

 

「だから悪魔共が全滅しようが構わないって言ったろ」

「ぐぬぬぬぬ。けど、聖少女の信者ってことはさぁ、一般人は見捨てられへんやろ?」

 

 ニヤリと笑う軍服の少女は右腕を振り上げ―――

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 一瞬にして莫大なオーラを拳に込めて屋上の地面を殴りつけた!

 凄まじい轟音と共に一撃でビル全体に亀裂が生まれ崩れはじめる。

 

「手加減はしたからすぐには崩れへん……と思う。どっちにしろはよ助けに行ったらなアカンとちゃう?」

 

 少女はフリードがビル内部の人間を見殺しには出来ないと踏み、自分なりに手加減し救出の猶予を与えた。

 アジュカ・ベルゼブブがビルを補強している魔力を操作し防ごうとするが、崩壊が酷く時間稼ぎ精一杯。

 その間に少女は屋上から逃走する。

 フリードは迷い、唇を噛みながらも遅れて少女を追いかけようとしたのだが―――。

 

「待ちやが……ごふっ!」

 

 口から血を吐き出し苦しそうに膝をつく。フリードは急いで携帯薬箱を開くが、数本の注射器の中身は全てカラ。最後の一本はジークフリートを助けるのに使ってしまった。

 その間に少女は屋上から飛び降りて逃走する。

 

(あか)n……ラインハルトちゃんやで!」

 

 うっかり口を滑らせそうになりながら、去り際にそれだけ言い残し彼女は完全に姿を消してしまった。



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不出来な赤龍帝の新生

 気づいたら最終投稿から一月過ぎてたので投稿します。
 ぶっちゃけ今回の話も変えられた部分は最初と最後辺りぐらいです。後は地の文にちょこちょこ辛辣な一言を添える程度です。―――それぐらいしか手を入れられる隙間がなかった。
 次の話ももう少しで完成するので出来上がり次第投稿したいと思います。


 旧魔王派、ジークフリートを退けたリアス達だったが、ラインハルトと名乗る少女の一撃によって現ベルゼブブの隠れ家である廃ビルは崩壊。勝利の余韻に浸る暇さえなく外へ避難することに。

 アジュカ・ベルゼブブがビル全体を補強していた魔力を操り時間を稼いだおかげで、内部の人間も含め全員が無事脱出できた。

 脱出したメンバーの中にフリードとジークフリードの姿はない。結界内での出来事を訊くために辺を捜索するも、痕跡すら見つけることは出来なかった。それは伝えはしないが圧倒的な感知能力の高さを持つ誇銅ですら。

 

 フリードとジークフリートを見つけるのは諦めたリアス達は改めて一誠の駒をアジュカ・ベルゼブブに見てもらう事にした。先程アスカロンに変化した駒は役目を終えた後に再び駒へと戻っている。

 一誠が駒に残した何かと、アスカロンの残留オーラが木場達の想いに呼応してあの様な変化を起こしたのではないか? と、アジュカ・ベルゼブブは語る。

 テーブルの上にチェス盤が置かれ、アジュカ・ベルゼブブは『兵士(ポーン)』の初期位置に一誠の駒を8つ置いた。

 小型の魔法陣を展開させて調査を始め、少ししてアジュカ・ベルゼブブは興味深そうに息を漏らす

 

「ほう、これは……」

「何か分かりましたか?」

 

 リアスが訊ねるとアジュカ・ベルゼブブは一誠の駒を指で擦さする

 

「8つ中、4つの駒が『変異の駒(ミューテーション・ピース)』になっている。1つ1つの価値にばらつきこそあるが……恐ろしい事だ。例のトリアイナの分と真紅の鎧がこれらを現しているのだろうか。兵藤一誠が引き出した天龍と悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の組み合わせ―――調和のスペックは想像を遥かに超えるもののようだね。あの時に調整した甲斐があったと言うものだ。先程の現象も実に興味深かった。……彼の意志が駒にダイレクトに反映されているのか」

 

 一誠の駒が8つの内、4つが『変異の駒(ミューテーション・ピース)』に変化していた事が明らかとなった。

 一誠を転生する際、彼に使用した駒は全て通常の駒だった。リアスが所持していた『変異の駒(ミューテーション・ピース)』はギャスパーと新に使用した。

 この現象もアジュカ・ベルゼブブが『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』に(あらかじ)め仕込んでいた隠し要素が反映されているのだろう。

 

「それで、その駒から他に何か分かった事は……?」

 

 リアスが再度聞き、木場を含めた他の面々もアジュカ・ベルゼブブの言葉に真剣に耳を傾ける。

 アジュカ・ベルゼブブはハッキリと語られた。

 

「この駒から俺が言える答えはこうだ。―――どんな状態になっているかは分からないが、彼らが次元の狭間で生きている可能性は高いだろうね。この駒の最後の記録情報が『死』ではないからだ。それと赤龍帝(ドライグ)の魂も神器(セイクリッド・ギア)として、まだ残っているようだね。兵藤一誠と赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は共にあるのだろう。そして、この駒も機能が停止しておらず、まだ使用できる。この駒に刻まれた登録上、彼限定にだけどね。いや、『兵藤一誠に戻せる』と言った方が適切か」

 

 言葉にならない感情が全身を駆け巡り、全員が言葉を失った中、アジュカ・ベルゼブブは説明を続ける。

 

「この駒を受け入れた器―――つまり、魂と肉体が不安定な状態になっている事だけは確かだろう。サマエルの毒を受けたのなら、肉体は助からないだろうね。それはこの駒からの情報でも確認できる。しかし、次にサマエルの呪いを受けそうな魂が、これを調べる限り消滅してはいないのだよ。肉体が滅びれば直ぐに魂にまで毒牙は迫るのだが……。肉体がダメになってから魂が消えるであろう時間が経過しても魂が無事だったとこの駒が教えてくれている。魂だけではどういう状態か把握しづらいが、アザゼル総督サイドからあのオーフィスが彼に同伴しているかもしれないと聞いている、何が起こっていても不思議ではない。たとえ、どんな形であれ魂だけで生きていてもね」

「魂が無事だったとして、滅んだ肉体は……どうすれば良いのでしょうか?」

 

 木場がアジュカ・ベルゼブブにそう問う。

 

「ふむ。彼のご両親は健在かな? もしくは彼の部屋にあるDNA情報―――抜けた体毛の類などでも良い」

「ご両親は健在です。……体毛も探せば彼の自室にあるとは思いますが」

「ならば、まず魂が帰還した後に彼のご両親か、その体毛からDNAを検出して出来るだけ近しい体を新たに構築する必要がある。グリゴリが運営する研究施設でそれが出来るのではないだろうか。再現自体は可能だろう。クローン技術の応用でね」

「……問題は他にあると?」

 

 リアスの問いにアジュカ・ベルゼブブは頷きながら話を続ける。

 

「新しい体に魂が定着するのかと言う点と、その体が神器(セイクリッド・ギア)―――赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を受け入れられるのか。この二点が問題だろうね。前者は仮に拒絶反応を示しても、投薬やその他魔法、魔力による治療で何とかなるだろう。ただし、一生治療が必要になるかもしれないが。1番の問題は次の後者だ。―――神器(セイクリッド・ギア)は繊細だ。特に神滅具(ロンギヌス)はね。神器(セイクリッド・ギア)を取り出して移植する技術は堕天使によって確立しているが、新しい体に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が移ったとしてもその後にどんな後遺症やらが出るか全く予測できない。とにかく、その新しい体を得た後で魂を定着させて、戻ってきた悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を使用すれば再びキミの眷属として生きられる筈だ。駒でも拒絶反応が起これば、まあ、そこは俺が微調整するので心配しなくても良い。駒がサマエルの呪いにやられていなくて幸いだったね」

 

 それはつまるところ、移植は可能で一誠が仮に新しい肉体を得て魂と神器(セイクリッド・ギア)を移し替えたとしても、後遺症やその他の能力の失うかも知れないと言う事。

 

悪魔の駒(イーヴィル・ピース)が機能を停止しておらず、魂と神器(セイクリッド・ギア)が残っていればこれだけの再生は可能だ。逆に言えばこれらが消えてしまったら、さすがに手も足も出なかったけれども。しかし、神器(セイクリッド・ギア)と共にある……? そうか、獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)の例があったね。案外あの様な例に漏れず、神器(セイクリッド・ギア)その物だけが残り、そこに魂が留まっているのかもしれない。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の中に魂があれば次元の狭間にいようと、暫しばらくは耐えられるだろう。今世の神滅具(ロンギヌス)は全て異例の進化を遂げつつあると話には聞いているから、彼もその恩恵に預かっているのだろうね。―――例に無い状況であり、強運とも言える」

「うえぇぇぇぇぇぇぇんっ! イッセーさぁぁぁぁんっ!」

 

 アーシアは大声で泣いていた。それは悲しみではなく、歓喜の涙。

 朱乃も小猫も大粒の涙を流していた。

 絶望の中、一筋の光明、大きな希望が得られたグレモリー眷属。生きている可能性があるなら、彼らは絶対に生きている。それをこの場にいる皆が誰よりも強く盲信していた。

 リアスは顔を両手で覆い、喜びの涙を流す。

 

「……イッセー、生きているのね……。そうよね、彼が死ぬ筈ないもの!」

 

 アジュカ・ベルゼブブは調べ終えた駒をリアスに手渡す

 

「ともかく、これらはキミが持っているべきだ、リアス・グレモリー。もしかしたら、オーフィスと赤龍帝(ドライグ)の力で魂だけでもひょっこり帰ってくるのではないかな? ―――俺のつてで次元の狭間を調査してもらおう。ファルビウムの眷属に詳しいのがいた筈だからね」

「……はい、ありがとうございます、アジュカさま」

「さて、俺はここから眷属に命令して例の巨大怪獣討伐を指揮するつもりだ。対抗策ぐらいはどうにかしよう。だが、最後に決めるのはキミ達現悪魔とサーゼクス眷属であるべきだ。それでこそ、冥界は保たれる」

 

 アジュカ・ベルゼブブが手を前に出すとリアス達の前方に転移型魔法陣が展開された。

 

「キミ達も行くと良い。冥界は今、力のある若手悪魔の協力が必要な時だろう。なに、彼らなら来るだろうね。それはキミ達が1番よく知っていると思う。そういう悪魔なのだろう、彼らは」

 

 アジュカ・ベルゼブブの言う通り、“生きているのなら、彼らは必ず帰ってくる。どんな事になろうとも生きてさえいれば彼は絶対に帰ってくるだろう”。ここにいる誰もがそれを信じて疑わなかった。―――それは何の根拠もなく信頼ではない、ただの盲信だと一切の疑いを持たず。

 彼らだけではない。兵藤一誠という存在を深く認知している者達は皆が皆兵藤一誠という存在を盲信―――狂信しているのだ。

 

『イッセーくん、僕達は待つよ。だから、必ず帰ってきて欲しい。冥界は―――冥界の子供達はキミ達の帰還を待ち望んでいるんだ!』

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

『……んあ、寝てた……?』

 

 一誠が目覚めたのは赤い地面の上だった。

 周りを見渡せば赤い地面、空は様々な色が混ざりあったような景色が広がっていた。

 

『目が覚めたか。一時はどうなるかと思ったぞ』

 

 記憶が曖昧なところにドライグの声が聞こえてくる。

 

『ドライグ? ああ、俺、気を失ってた―――って、あれ?おかしいな。なんだか、体の感覚が変だ』

 

 一誠は自身の変化に気付いた。何かに触れている感覚が無い。

 いつものようにマスクを解除しようとするが……解除できない。

 試しに手の部分だけ鎧を解除してみると―――中身の腕が無かった。

 自分の身に何が起こったか全く理解できない一誠にドライグが言う。

 

『お前の肉体は激しい損傷で死にかけている。魂だけを抜き出して鎧に定着させている状況だ。現在、魂だけの状態と言える。しかし、成功するかどうかのかなり危ない橋だったぞ』

 

 “体が死んだ”―――“魂だけの状態”―――。

 ふとその事を考えた一誠は直ぐに―――頭を抱えて絶叫した。

 

『……なんてこった! 体が無ければアーシアとエッチ出来んじゃないかぁぁぁっ! なんてこったよ! 体が無いとおっぱいに触る事も出来ないんだぞ⁉ 成長途上のアーシアのおっぱい! それに触る事が出来ないなんて、そんなのってないだろォォォォォォッ!』

 

 この期に及んで一誠の脳内にはエロに関する危機感しかなかった。

 

『……え? そ、それが感想なのか……?』

 

 間の抜けた声を出すドライグに一誠は再度荒ぶる。

 

『「え?」じゃねぇよ! これは死活問題だ! せっかくアーシアと良い関係になれてきたのに体が無いんじゃエロエロな事が出来ねぇじゃねぇかッ! アーシアのおっぱいを手で! 生で揉めないなんて死んだ方がマシだぁぁぁぁっ! 鎧だけの状態でどうエッチしろって言うんだよ! アーシアのおっぱいはこれからが本番なんだぞ⁉ ただ見守っているだけの状態なんて最悪極まりないじゃないか! 鎧の中に入ってもらうプレイなんてデュラハンだけにしてくれよ。ゼノヴィアとの子作りも無理だってのか! クソ! イリナとも子作りしたかったのにぃぃぃっ! もう、最悪鎧プレイでも良いよ、くそったれぇぇぇっ! 鎧でおっぱいを感じ取れば良いんだろう⁉』

『あー、えーと……あのだな、相棒』

『んだよ、ドライグ! 俺は今最高に悲しみに暮れてんだ! 話は後にしてくれ! くっそぉぉぉっ! せっかく、あの偽者魔王のシャルバをぶっ倒して帰還しようと思ってたのに……。あ、そう言えばオーフィスは? あいつを助ける為に俺はあのフィールドに残ったんだろう』

 

 今更ながら記憶が戻ってきて、少しは頭が正常に機能した一誠がオーフィスを探すべくキョロキョロと辺りを見回してみると―――オーフィスが「えいえいえい」と赤い地面をペチペチ叩いている姿が見えた。

 

『お、お前、何をしてんだ?』

 

 一誠が近づいて訊いてみるとオーフィスはこう答えた。

 

「グレートレッド、倒す」

 

 オーフィスの一言で一誠は“今、自分が何処にいるのか”初めて気付いた。

 赤い地を駆け、程無くして果てが見えてきた。そこに見えたのは赤い突起物―――角だった。

 更に歩みを進めると巨大な何かの頭部が見えた。

 何処かで見覚えのある生物。赤い地の正体は―――グレートレッドの背中だった。

 

『……な、なんで俺、グレートレッドの上にいるんだよ……?』

 

 ドライグが嘆息して言う。

 

『お前シャルバ・ベルゼブブを倒した後謎の敵に奇襲され、崩れゆく疑似空間フィールドで力尽きた。その後すぐにフィールドも完全に崩れきったのだ。そこに偶然グレートレッドが通り掛かった。そこでオーフィスはお前を連れて、グレートレッドの背に乗ったのだ。ここは次元の狭間だ。ちなみにだが、既にあれから幾日か過ぎている。お前の巡り合わせを考慮すると、グレートレッドを自然に引き寄せたように思えてならんがな……。ただでさえ各伝説級の存在との遭遇率が異常なのだからな。他者を引き寄せる己の力だけで危機を脱するなんて相変わらずお前は読めんよ』

 

 それはもはや深刻を通り過ぎて危険レベルにまで達している。だが、本人も周りその危険を遥かに甘く認識していた。その全てを己の力だけで脱してきたと誤認してしまった。

 オーフィスはグレートレッドをペチペチ叩くのを止めて空を眺める。

 

『何だよ、お前、元の世界に戻らなかったのか?』

「我にとって、元の世界はここ」

『……言い間違えた。冥界、もしくは人間界に戻らなかったのか?どうしてだ?』

「ドライグが共に帰ろうと言った。だから、ここにいる。一緒に帰る」

『……お前、本当に変な奴だな。でも、やっぱり悪い奴じゃねぇよな……。はぁ……。つーかさ、俺、帰れるのかな。先生達からの召喚は無かったのか?』

『あった。しかし、お前の内にあった駒だけがあちらに帰還してな。特異な現象だった。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)とは謎の多い代物だな』

『召喚あったんかい! しかも駒だけ帰った⁉ マジか!あ、本当だ。駒の反応が感じられない!』

 

 『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』も肉体も消え、残ったのは魂と神器(セイクリッド・ギア)とドライグのみ。

 完全に消滅していないだけでも奇跡的な幸運。

 

『あの駒があってこその相棒の強さがあるからな』

『その通りだよ……。とりあえず、皆に無事を……無事ってわけじゃないんだけどな……。ま、まあ、生きている事だけは伝えたいところだな。って、俺ってずーっとこのままでも大丈夫なの?』

 

 一誠の問いに対してドライグが答える

 

『現在はグレートレッドからパワーを借りている。今は問題ない』

『じゃあ、グレートレッドと一緒じゃなきゃダメって事じゃんか!どちらにしても普通には帰れないのかよ!あー、こいつはまいったな……』

『そろそろ先程の会話の続きに戻しても良いだろうか、相棒』

『ん?何かあったっけ?』

『ああ、現在の状況の再確認だ』

『現在の状況って……。この状態じゃ、俺はグレートレッドと一生次元の狭間で旅に出なきゃならないんだろう? 女の乳も尻も太股ふとももも無い世界で永遠に過ごせと……。地獄だぜ。俺のハーレム王の道は遠いな』

『ハハハハ!まだこの状態でもハーレム王を諦めないとは! さすが俺の相棒だ!』

『笑い事じゃねぇ! 俺にとっては真剣な事だ!』

『それで良い。それでこそ、歴代所有者の残留思念がお前に全てを託したと言える』

 

 ドライグの言葉に一誠は一瞬言葉を失い、神器(セイクリッド・ギア)の深奥に意識を向けた。

 白い空間が見え、椅子とテーブルも見えてくるが……誰1人としてその場にいない。

 ドライグが静かに語る。

 

『……相棒、お前の魂は危機に瀕していた。サマエルの毒でな。毒矢自体はフリードが防いでくれたが、微量ながら相棒も受けてしまっていたんだ。微量と言えど瀕死の肉体では耐えられない。肉体は既に手遅れで手放すしかなかった。肉体の次に呪いに犯されるのは魂だ。あのままでは、お前の魂はサマエルの毒によって消滅するところだった。俺もさすがにダメだと思ったぞ。次の所有者のもとに意識が移ると覚悟した程だ』

『……待てよ、じゃあ俺の魂はどうやって助かったんだ?』

『彼らの残留思念がサマエルの呪いからお前の魂を守ったんだよ。彼らが身代わりになって呪いを受けている間に、お前の魂を肉体から抜いて鎧に定着させたのだ。絶妙なタイミングだった。一瞬でも判断が遅ければ、今ここに俺もお前もいない』

『…………んだよ、それ……。じゃあ、俺は……先輩達が助けてくれたお陰で、ここにいられるって事なのかよ……ッ! まだ先輩達とろくに話してもいないんだぞ⁉ せっかく、あのヒト達は赤龍帝の呪いから解き放たれて、良い顔するようになったんだ! あの疑似空間でも俺にアドバイスくれたし! これからも上手くやっていけそうだって思えたんだ! こんな……こんなお別れなんて無いだろうがよッ!』

『……気持ちは分かる。だから、彼らの最後の言葉を聞いてもらえるか? 一応、声だけ残した。―――彼らの最後のメッセージだ』

 

 以前にもあったシチュエーションに嫌な予感を過よぎらせる一誠。

 籠手の宝玉から映像が映し出され、歴代所有者は晴れやか過ぎる程の満面の笑顔で―――。

 

『『『『『ポチっとポチっとずむずむいやーん!』』』』』

 

 もはや返す言葉も無かった。

 

『どんだけあの歌が好きなんだよ⁉』

『ホントそうだよね……』

 

 映像の隅で歴代白龍皇の1―――魔性な雰囲気な美青年が一誠の言葉に同意した。

 

『…………え?』

 

 嘆息する一誠だったが、映像であるはずの歴代白龍皇の1人が今の一誠の言葉に同意するという不可思議な現象に気づき疑問の声を漏らす。

 そして映像が消えるも、歴代白龍皇だけは消えなかった。

 

『やあ、現赤龍帝クン』

『残ってくれたことは嬉しいんですけど、なんで歴代白龍皇だけが残っちゃってんだよ!?』

 

 赤龍帝の意識の中に歴代白龍皇の残留思念だけが残るという矛盾した現状にツッコミを入れる。

 

『ボクだけじゃないよ。この場にいないけどアランも残ってる。キミが死にかけた時にはもっと深いところにいたからね』

 

 歴代最強の赤龍帝であるアランも残っていると聞かされ回りを見回すが、どこにもアランの姿はない。

 

『まだ深部から戻ってないみたいだよ。ボクも起きてる彼とまたお話がしたいからね』

 

 歴代白龍皇はアランがこの場にいない理由を告げる。

 話し込む一誠にドライグは言う。

 

『右手側の奥を見ろ』

 

 ドライグに言われて視線を移すと―――そこにはせり上がった肉の塊があった。

 

『あれは?』

『あれは繭だ。いや、培養カプセルと言っても良い』

『繭? 培養? 何が入っているんだ?』

『ああ、お前の肉体だ。1度滅んだ肉体があそこで新たな受肉を果たそうとしている。グレートレッドの体の一部とオーフィスの龍神の力を拝借して、お前の体を新生させているところだ』

 

 驚きで言葉を失う一誠にドライグは愉快そうに笑った。

 

『お前の体は真龍と龍神によって再生される。―――相棒、反撃の準備に入ろうか』

 

 

 

 

 

 

 

 一誠の意識が離れた後、歴代白龍皇は上を眺めながめる。

 

『頑張ってね。しっかり育ってくれよ、今代の赤龍帝クン』

 

 外の一誠に軽く激励を送り独り言を続ける。

 

『それにしてもずいぶん長いこと外はつまらなかったけど、今はとっても楽しそうだ。―――そう思わないかい?』

 

 天井を見上げたまま後ろに立つ人物に語りかける。振り返るとそこに立っていたのは深部から戻ってきたアラン。

 神器(セイクリッド・ギア)の深奥にて二人の―――歴代二天龍の最強(赤龍帝)最恐(白龍皇)が対面した。

 歴代白龍皇は怪しい笑みを浮かべる。

 

『やあ、アラン。また会えて嬉しいよ』

()せろ、変態サイコ野郎』

 

 射抜くような視線で相手を押し潰さんばかりの威圧に、歴代白龍皇は全く怯まない。それどころか狂気的な笑みで身悶えした。

 

『あぁ、凄い。昔を思い出して軽くイッちゃったよ。やっぱりキミは最高だよアラン』

 

 アランは黙って嫌悪感を顔に出す。

 

『だけど残念。この中じゃボクの存在が少なすぎるせいもあってぜんぜん本気出せない。せっかくキミから誘ってくれてるのに申し訳ないよ』

『何が目的だ』

『ん?』

『あの小僧に手を貸すなんてテメェらしくねぇ。この数十年で心を入れ替えたってわけねぇだろうし、あの小僧程度に期待なんてするわけもねぇだろう』

『数百年は軽く経ってるよ。寝過ぎて時間間隔が狂い過ぎじゃないかい? まあ彼はちょっとばかり変わってるとは思うけど、間違いなく“不合格”だよ』

 

 歴代最強の赤龍帝と白龍皇の双方は兵藤一誠の成長に期待していないと意見を一致させた。

 そうした評価を下しながらも歴代白龍皇は「だけどね」と話を話を続けながらアランに近づき、至近距離から小さな声で言う。

 

『―――――――』

『―――!?』

『ふふふ、向こうのボクも頑張ってると思うから』

 

 そう言い残しアランの真横を通り過ぎた時、歴代白龍皇の上半身が吹き飛んだ。残ったのは裏拳を放った姿勢のアランただ1人。

 

『チッ、クソ野郎が』

 

 誰も居なくなった神器(セイクリッド・ギア)の深奥にアランの悪態だけが響く。



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誤認識な反撃の狼煙

 どうやって入れたい話を無理なく詰め込めるか悩んでいたが、結果カットして後に無理なく回すのが最善策だと結論に至った。
 やりたいと思ったことを詰め込みすぎない。それが私が今回、そしてこれまでで学んだことです。―――毎回このパターンで完成に二の足を踏んでしまいます。


 冥府―――それは冥界の下層に位置する死者の魂が選別される場所。

 そこにアザゼルが赴いていた。

 冥府はオリュンポス―――ギリシャ勢力の神ハーデスが統治する世界。

 冥界程の広大さは無いが、荒れ地が広がり、生物が棲息(せいそく)できない死の世界でもある。

 その深奥に古代ギリシャ式の神殿が姿を見せる。

 冥府に住む死神(グリムリッパー)の住み処であり、ハーデスの根城でもある『ハーデス神殿』。

 アザゼルは数人のメンバーと共にそこに足を踏み入れていた。

 入って直ぐに死神が群がり、アザゼル達に敵意の眼差しを向ける。

 ここに来た理由は至ってシンプル、ハーデスに抗議する為と、現在危機に置かれている冥界を好きにさせない為の牽制だった。

 巨大魔獣が暴れている最中に横槍を入れてくるだろうと予想しての抑止力。

 アザゼル達が辿り着いたのは祭儀場らしき場所で、広い場内は装飾に黄金などが使われており、冥府に不似合いな(きら)びやかで豪華な作り。

 一際大きい祭壇とオリュンポス三柱神―――ゼウス、ポセイドン、ハーデスを象かたどった彫刻。

 祭儀場の奥から死神を複数引き連れて、司祭の祭服にミトラと言う出で立ちのハーデスが現れた。

嫌なオーラを纏い、連れている死神も相当な手練れ。そこには先日襲ってきた最上級死神のプルートはいなかった。

 ハーデスを視認するやいなや、アザゼルの隣にいた男が1歩前に出る。

 

「お久しぶりです。冥界の魔王ルシファー―――サーゼクスでございます。冥府の神、ハーデスさま。急な来訪、申し訳ございません」

 

 アザゼルと共に来たメンバーの1人はサーゼクスだった。

 疑似空間から帰還したアザゼルはオーフィスの件を始め、一誠の事も包み隠さずサーゼクスに全て話した。サーゼクスはアザゼルからの情報を顔色1つ変えずにただ黙って聞き、アザゼルを咎める事すらしなかった。……アザゼルはリアス達を危険に遭わせた落とし前として殴られる覚悟だった。―――そこには個人の感情的な引け目はあれど、危険を持ち込んだことに対しての罪悪感は一切ない。

 

 サーゼクスは進撃する巨大魔獣の群れと各地で暴れ出した旧魔王派の対応、民衆の保護優先を配下に伝達し終えた後でアザゼルを誘ってきた。「冥府に行く予定だ。アザゼルも同伴して欲しい」と。

 この混乱に乗じてハーデスが動き出すのではないかとサーゼクスも勘ぐった。

 言っても聞かないハーデスを相手にどう出れば良いのか? 

 その答えが魔王自らの訪問だった。後手後手の対処しかしてこなかった彼らに他に切れる効果的なカードはない。

 そして、先程入ってきた一誠の最新情報もサーゼクスに伝え、その知らせにサーゼクスも安堵していた。

 眼球の無い眼孔の奥を不気味に輝かせ、ハーデスは笑いを漏らす。

 

≪貴殿らが直接ここに来るとは……。ファファファ、これはまた虚を突かれたものだ≫

 

 その割には余裕があるような口調、今ここでアザゼルやサーゼクスと戦う事になっても勝てると踏んでいると考える。

 本来ならミカエルもここに顔を出したいと言っていたが、天使長が地獄の底まで来るのは体裁的にもマズいのでアザゼルが制した。

 ハーデスの視線がアザゼル達の後方にいる者に注がれる

 

≪そちらの天使もどきは?尋常ならざる波動を感じてならぬが≫

 

 アザゼル達の後方にいるのは神父服に身を包んだブロンド髪にグリーンの瞳をした青年。その背には10枚にも及ぶ純白の翼が生えている。

 

「これはどうも。「御使い(ブレイブ・セイント)」のジョーカー、デュリオ・ジェズアルドです。今日はルシファーさまとアザゼルさまの護衛でして。まー、恐らくいらないのでしょうが、『一応』とミカエルさまに命じられたものですから。天使のお仕事っスお仕事」

 

 かなり軽い口調で会釈する変わり者のジョーカー、デュリオ・ジェズアルド。

 彼は神滅具(ロンギヌス)の1つ『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』の所有者にして、空を支配する『御使い(ブレイブ・セイント)』だ。

 

≪……噂の天界の切り札か。その身に宿る神滅具(ロンギヌス)は世界の天候を自在に操り、支配できると聞く……。ファファファ、ミカエルめ、まさかジョーカーを切るとはな。ファファファ、コウモリとカラスの首領、それに神滅具ロンギヌスが2つ……。この老人を相手にするには些いささかイジメが過ぎるのではないか?≫

『よく言うぜ、これだけ用意しても退けそうな実力持っているくせによ。……そうか、表にいる刃狗(スラッシュ・ドッグ)も補足されているか。さすがだな、冥府の神さまよ』

≪茶を飲みながらその方らと話すのもやぶさかではないのだが……敢えて訊ねよう。何用か?≫

『……分かってるくせによ。こちらを何処まで逆撫ですりゃ気が済むんだか……!』

 

 サーゼクスはあくまで自然に答える。

 

「先日、冥界の悪魔側にあるグラシャラボラス領で事件がありました。中級悪魔の試験を行おこなうセンター会場付近に存在する某ホテルにて、我が妹とその眷属、ここにいるアザゼル総督が『禍の団(カオス・ブリゲード)』の襲撃を受けたのです」

≪ああ、それか。報告は受けているが≫

「そこで総督方は死神からも襲われたと聞き及んでおります」

≪なんでも貴殿の妹君がアザゼル殿と結託して、かのウロボロス―――オーフィスと密談をしていると耳にしてな。調査を頼んだのだよ。せっかく、どの勢力も協力態勢を敷こうとしている最中、そのような危険極まりない裏切り行為があっては全勢力の足並みが乱れると言うものだからなぁ。それが和平を誰よりも(うた)うアザゼル総督自らとなれば事も大きくなるであろう? 敬愛する総督の是非が知りたくなってなぁ、配下の者に調査を頼んだのだよ。仮にそのような裏切り行為があった場合、最低限の警告をするようにも命じただけのこと≫

 

 会話の端々にわざとらしい敬意を払って説明するハーデス。

 アザゼルにとっては(はらわた)が煮え繰り返りそうな物言いだった。―――しかしアザゼルの秘密裏に行った行為は他勢力に対する裏切り行為に違いない。ハーデスを攻める権利はない。それは片棒を黙認したサーゼクスも同罪。一方でハーデスは『禍の団(カオス・ブリゲード)』親玉であるオーフィスを英雄派を利用し捕らえるという大義名分が立ち、ギリギリ裏切り行為にはならない可能性がある。

 ハーデスは肉の無い顎を擦さすりながら続ける。

 

≪だが、それは私の早とちりだったようだ。もしそちらに被害が出てしまっていたのなら、非礼を詫びよう。贖罪も望むのであれば何なりと言うが良い。私の命以外ならば大概のものは叶えてやらんでもないが≫

 

 完全に上から目線の物言いと態度。

 今のアザゼルには効果覿面(てきめん)だった。

 しかし、それでもアザゼルがハーデスに食っていかない。そんなことが出来ない立場だと理解していたからではない。―――すぐ近くでサーゼクスが濃厚なプレッシャーを放っていたからだ。

 普段は乱れたオーラを見せないのだが、腹の内では相当荒立っていた。

 ハーデスの報告を聞いてサーゼクスは1つだけ頷いた。

 

「そうですか。早とちり……。なるほど。それと良くない噂を小耳に挟んだもので、それの確認をしたくまいった部分もございます」

 

 サーゼクスが改めて、ここに来た本題―――不義を問う。

 

「ハーデスさま、あなたが『禍の団(カオス・ブリゲード)』と裏で繋がっていると言う報告を受けています。英雄派、旧魔王派共にあなたが手を貸している―――と。かのサマエルを使用したと言うではありませんか。もしこれが本当だとしたら、重大な裏切り行為です。立場は違えど、あれを表に出さない事だけは各勢力で合意だった筈です。私としてもあなたの潔白を疑うつもりは無いのですが、一応の確認としてサマエルの封印状況を見せていただけないでしょうか?」

 

 ハーデスがサマエルを使用したかどうかは封印術式の経過具合を調査すれば直ぐに分かる。潔白なら大昔に施された封印術式、黒なら最近施された封印術式と言う事になる。

 それが確認できれば、ハーデスを糾弾する口実が得られる。

 サーゼクスからの問いにハーデスは嘆息した。

 

≪くだらんな。私は忙しいのだ。そのような疑惑を問われている暇など無い≫

 

 ハーデスはそれだけ言い捨てて、この場を去ろうとする。

 

『この野郎、都合の悪い事はガン無視かよ!』

 

 追い掛けようとするアザゼルをサーゼクスが手で制する。

 

「分かりました。では、それを問うのはやめましょう。しかし、ハーデスさまに疑いの目が向けられているのは事実。ここは1つ、こうしませんか?冥界での魔獣騒動が収まるまで、私達と共にこの祭儀場にいてもらいたいのです」

 

 サーゼクスはこの場にハーデスを繋ぎ止める案を申し出た。

 ハーデスが冥界の危機に横槍を入れないよう、事件が収まるまでここで監視をすると言う案。

 元々アザゼルは巨大魔獣を全て殲滅するまでハーデスを神殿ごと結界で覆う案を検討したのだが、サーゼクスが話し合いの場を一応用意したいと強く訴えかけた。

 被害を最小限に留めたいと思うサーゼクス生来の優しさ―――中途半端な優しさがそうさせる。それが旧魔王派を冷遇と放置に繋がり、『禍の団(カオス・ブリゲード)』を生む切っ掛けとなったことをサーゼクスは理解していないだろう。

 ハーデスは足を止めて、その場で振り返る。

 

≪面白い事を口にするな、若造。そうだな……。これはどうだろう。―――お主が真の姿を見せると言うのなら、考えてやらんでもないが≫

 

 アザゼルはハーデスの注文に一瞬言葉を失い、ハーデスは眼孔を光らせて続ける。

 

≪噂にな、聞いておるからな。サーゼクスと言う悪魔が何故『ルシファー』を冠するに至ったか。それは『悪魔』と言う存在を逸しているがゆえだと≫

 

 一瞬の静寂、それを裂くようにサーゼクスが頷く。

 

「―――良いでしょう。それであなたがここに留まってくださるのならば安いものだ。ただし、身辺の者達は離れさせた方が良い。―――確実に消滅してしまう」

≪ほう、それは面白い。私の周囲にいるのは上級死神だけじゃなく、最上級死神も列している。それでもお主の言げんには偽りが無いと思えてならぬな≫

 

 サーゼクスの言葉にハーデスの周囲を守護する死神達が敵意を一層濃くする。

 サーゼクスは上着を脱ぎ捨て、アザゼルとデュリオに後方に下がるよう視線を配らせた。

 

『……本気でやるつもりか、サーゼクス』

 

 見守るアザゼルとデュリオの前でサーゼクスは魔力を高め始める。

 滅びの魔力がサーゼクスから発され、その身を紅く紅く染めていく。

 刹那―――神殿全体が震動し始めた。サーゼクスの魔力を受けて神殿が震えだした。頑丈な祭儀場の至るところ、壁や床、天井にも激しくヒビが走る。

 サーゼクスの周囲が彼自身の体から漏れ始めた滅びの魔力によって塵も遺さず消滅していく。

 この時、アザゼル達が回りを注意深く観察できていれば気づけたかもしれない。神殿の壊れ方が不自然だった箇所があったことに。―-―まるで滅びの魔力に耐えられる障害物があったかのような。

 

 サーゼクスの体が紅いオーラに包まれた瞬間、莫大な魔力が場内全体を包み込んだ。

 神殿の震動が止み、再び静寂が訪れた祭儀場。その中央に現れたのは―――人型に浮かび上がる滅びのオーラだった。

 滅びの化身となったサーゼクスがハーデスを見据える。

 

『この状態になると、私の意志に関係無く滅びの魔力が周囲に広がっていく。特定の結界か、フィールドを用意しなければ全てのものを無に帰してしまう。―――この神殿が強固で幸いでした。どうやら、まだここは保もつようだ』

 

 それがサーゼクスの正体。凄まじい質量の消滅魔力が人型に圧縮した姿。

 以前、グレモリー家に行った時、サーゼクスの父―――グレモリー現当主がアザゼルに語った事がある。

 

「アザゼル総督。私の息子は―――悪魔とカテゴライズして良いのか分からない、異なる存在なのではないかと時折思っているのですよ」

 

 アザゼルはその時、「それはどういう意味なのでしょうか?」と訊ねると、現当主は目元を細めながらこう続けた。

 

「息子が悪魔の変異体である事は間違いないようです。どうしてそうなったのか。私の血筋に何かがあったのか、それともバアル家の血筋に特異なものが含まれていたのか。それすらも分からないのです。―――ただ、サーゼクスとアジュカは現悪魔世界において、たった2人のみの超越者である事は間違いないでしょうな。あの2人は生まれながらにして魔王になる事が運命付けられていたのかもしれません。何せ、それ以外に収まるポストがあり得なかったのですから。それ程にサーゼクスは強すぎた」

 

 アザゼルは固唾を飲み、サーゼクスの正体を目の当たりにしたデュリオは「……ハハハ、これは護衛いらないかな」と苦笑いせざるを得なかった。

 

『これでご満足いただけただろうか、ハーデス殿』

 

 サーゼクスの言葉にハーデスは不敵な笑いを漏らす。

 

≪ファファファ、バケモノめが。なるほど、前ルシファーを遥かに超越した存在だ。魔王と言うカテゴリーすら逸脱するものだ。いや、悪魔ですらあるのか疑わしい程の力を感じる。―――お主は何なのだ?≫

『私が知りたいぐらいですよ。突然変異なのは確かなのですけどね。―――どちらにしても、今の私ならあなたを消滅できます』

≪ファファファ、冗談には聞こえない、か。この場で争えば確実に冥府が消し去るな≫

 

 恐ろしくもあるが、今のアザゼルにとっては嬉しい誤算。最悪の場合、アザゼル達でハーデスを力ずくで抑えるつもりだったが、今のサーゼクスなら対応も可能だ。

 サーゼクスを見据えるハーデスのもとに物陰から死神が1名現れ、ハーデスに耳打ちする。

 報告を受けたハーデスは祭壇に設置されてある載火台の炎に手を向けた。

 すると、揺らめきと共に炎に映像が映し出される。そこに映し出されたのは―――とある連中が死神の大群を相手に大暴れしている様子だった。

 

『おらおらおら! 俺っちの如意棒に何処まで耐えられるんでぃ、死神さんよ!』

 

 如意棒を振り回す美猴。

 その横で巨大なゴーレム―――ゴグマゴグが極太の剛腕を振り下ろして死神を一斉に吹き飛ばしていく。更には腕の一部が変形して対魔獣用に仕込まれた機関銃が現れ、火を噴いていた。

 黒歌、ルフェイの魔法攻撃に続き、アーサーが聖王剣を振るって100単位の死神を(ほふ)る。

 ヴァーリチームが冥府に現れて、死神を相手に抗争を仕掛けてきた。

 

『ああ、何となく予想はしていたさ。あいつらがやられっぱなしなわけがない』

 

 実に良いタイミングだとばかりに密かに口元を笑ますアザゼル。

 だがヴァーリの姿だけが見当たらない。恐らく別行動を取っているのだろうと推測する。

 

≪……貴様の仕業か、カラスの首領よ≫

 

 ハーデスが不機嫌な声音でアザゼルに訊いてくる。

 アザゼルは堪えきれずに嫌みに満ちた笑みを浮かべて言った。

 

「さあ、知らね」

≪…………ッッ!≫

 

 その瞬間、ハーデスが体に纏うオーラの質が激情の色となった。

 

「死神を総動員しなければ白龍皇の一派は仕留められないでしょうな。それはあなたがここで指揮でもしないとダメでしょうねぇ」

 

 これでハーデスが冥界の危機に横槍を入れられなくなったのが確定した。冥府でヴァーリチームが暴れ回り、サーゼクスまで本気と化しているから冥界への嫌がらせどころではない。

 アザゼルの意見にサーゼクスが同意する。

 

『ええ、ですから、あなたにはここに留まってもらうしかないのですよ』

 

 迫力と緊張に満ちた空間でサーゼクスは指を1本だけ立てた。

 

『1つだけ。これはあくまで私的なものです。ですが、敢えて言わせていただこう』

 

 滅びの化身となったサーゼクスは憎悪に満ちた眼光でハーデスを鋭く睨み付ける。

 視線を向けられていなくとも、この場にいるだけで全身が凍りつきそうな程の敵意を発する。

 

『冥府の神ハーデスよ。我が妹リアスと我が義弟に向けた悪意、万死に値する。この場で立ち合う状況となった時は覚悟していただこう。―――私は一切の手加減も躊躇も捨てて貴殿をこの世から滅ぼし尽くす』

 

 ハーデスはミスを犯した―――それはサーゼクスを激怒させてしまった事。

 アザゼルも光の槍を手元に出現させる。

 

「骸骨神さまよ、俺も一応キレてるって事、忘れないでくれ。まあ、個人的な恨みなんだがな、それでも一応の事を物申しておくぜ? ―――俺の教え子どもを泣かすんじゃねぇよ……ッ!」

 

 アザゼルとサーゼクスの敵意を存分に受けてもハーデスは微塵も気配を変えなかった。

 これでハーデスの件は何とかなる。

 

『若手悪魔ども、後は任せるぜ? それとよ―――イッセー、そろそろ帰ってこいや。良い場面を全部取られちまうぜ?』

 

 ハーデスはミスを犯した。だがそれはサーゼクスとアザゼルも同じ。

 彼らが犯したミス―――それは自分達の弱点(密談の証拠)をここへ招いてしまったこと。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

アジュカ・ベルゼブブの隠れ家からグレモリー城に帰還した僕達。リアスさん達は気持ちを切り替えて首都に向かう準備を整えていた。

 少ししてフロアでゼノヴィアさんとイリナさんに再会する。

 

「悪い、遅くなったな」

 

 いつもの戦闘服に身を包む2人。ゼノヴィアさんは布にくるまれた長い得物を携えていた。布には見慣れない文字も刻まれている。中身は修復が終わったエクス・デュランダルだろう。だけど……。

 イリナさんも新しい剣を腰に携行していた。こちらも恐らくアザゼル総督が言っていた天界で行おこなわれていた実験の成果だろう。

 ゼノヴィアさんはリアスさんに問う。

 

「部長、イッセーは? ある程度の話は家の方に聞いた。魔王ベルゼブブは何と?」

「ええ、最悪の事態にはなっていないようだわ。―――(かたわ)らにオーフィスとドライグがいるようだから、何とか連絡だけでも取れれば良いのだけれど……」

「うん、まあ、あいつなら生きてさえいれば帰ってくるだろう。今頃、部長や朱乃副部長の胸を恋しがっている筈だ」

 

 ゼノヴィアさんも一誠の帰還を信じて疑わないようだ。それにしても、胸を恋しがるって……一誠ならあり得るね。

 

「それで、これからどうするの?」

 

 今度はイリナさんがリアスさんに訊く。

 リアスさんはフロアに備え付けられている大型テレビに電源を入れる。映し出される映像は各領土で暴れ回る巨大な魔獣達だった。

 時間の経過的にそろそろ重要拠点に辿り着いた魔獣が出てもおかしくない。だけど、テレビでは『豪獣鬼(バンダースナッチ)』相手に善戦する悪魔や同盟関係の戦士達の姿が。

 僕も“最後に部屋に入ってきた人”と軽く目線を合わせてテレビを見た。

 

『ご覧ください! 魔王アジュカ・ベルゼブブさまを始めとしたベルゼブブ眷属が構築した対抗術式! それによって展開する魔法陣の攻撃が「豪獣鬼(バンダースナッチ)」に効果を与えております!』

 

 上空からヘリコプターで中継するレポーターが嬉々としてその様子を報道する。映画だったら絶対に墜落するパターンだ。

 『豪獣鬼(バンダースナッチ)』の1体が同盟関係の戦士達の攻撃によって深いダメージを受けていた。

 魔獣への対処法を確立してから数時間、形勢は優勢に転じ始めていた。

 

「……アジュカさまは魔獣が出現して直ぐにファルビウム・アスモデウスさまと連絡を取り合いながら術式構築作業を開始されて、私達が人間界に行った時には術式プログラムを完成させていたと言うわ」

 

 リアスさんは画面に視線を向けながらそう漏らす。

 情報によると『豪獣鬼(バンダースナッチ)』への攻撃戦術は魔王ファルビウム・アスモデウスが構築したらしく、頭脳派でもある魔王2人の共同戦線によって各地の『豪獣鬼(バンダースナッチ)』は足が止まり、ダメージを蓄積させていった

 

『大怪獣対レヴィアたんなのよ!』

 

 チャンネルが移り変わって映し出されたのは魔王セラフォルー・レヴィアタン。

 話によれば冥界の危機に居てもたってもいられなくなった魔王セラフォルーが魔王領を飛び出し、『豪獣鬼(バンダースナッチ)』の1体とバトルを開始してしまったらしい。

 レヴィアタン眷属と共に『豪獣鬼(バンダースナッチ)』の1体を一方的に攻撃し続けていた。

 極大とも言える氷の魔力が画面一杯に広がり、『豪獣鬼(バンダースナッチ)』もろとも広大な荒れ地が全て氷の世界と化していた。

 他のチャンネルではタンニーンが眷属のドラゴン達と『豪獣鬼(バンダースナッチ)』の1体を追い詰めているところだった

 

『あーっと! 遂に! 遂に巨大魔獣「豪獣鬼(バンダースナッチ)」の1体が活動を停止させましたーっ!』

 

 レポーターの叫声(きょうせい)がテレビを通して聞こえてくる。

 最初に『豪獣鬼(バンダースナッチ)』を仕留めたのは皇帝(エンペラー)ベリアルが率いる同盟軍だった。画面に映る人型の『豪獣鬼バンダースナッチ』が地に倒れ伏しており、再び動き出す気配を感じられない。テレビ越しに勝利の叫びが聞こえてくる。

 この優勢状況なら『豪獣鬼(バンダースナッチ)』は半日ほどで終わりそうだ。

 ……なんだか簡単すぎる。アメリカの戦闘員と戦えるナチスが関わってるにしては順調に事が進みすぎている気がする。アンチモンスターはシャルバ・ベルゼブブの独断だから? それともナチスは僕が考えるほど深く関わってないのか。それとも……他に目的があるのか。

 

「残る問題は魔王領の首都に向かう『超獣鬼(ジャバウォック)』だな」

『ッ!?』

 

 聞き覚えのある声が後方から聞こえてくる。

 振り返るとそこにいたのは―――フリードだった

 

「フリード!?」

「よっ、お前ら。さっきぶりだなガハゴホゴホ!!」

 

 先程のダメージを感じさせない軽い挨拶をしたが苦しそうに咳き込む。気丈に振る舞いつつもダメージを引き継いで絶不調みたいだ。

 いつの間にか混じっていたフリードにリアスさん達は戦闘態勢に入る。

 

「何処から入ってきたの?!」

「うん? 普通に玄関からだけど?」

 

 フリードはリアスさんの問いに平然と答えた。

 ちなみにフリードが入ってきたのは大型テレビに電源を入れた時だ。ちょうど視線がテレビに向いたのと、気配を探る技術を持ってないため気づかれなかった。

 

「先に言っとくが赤龍帝があの後どうなったかは知らない。ちょっと目を離した隙きに胸に風穴開けられて、俺がそいつとの戦闘中に目を離したらオーフィスと一緒に消えてた。普通に考えれば致命傷で生きちゃいないだろうが、オーフィスと一緒に消えたとなるとワンチャンあるかもな」

 

 リアスさん達が知りたいであろう質問を先読みし答えた。僕も一誠をそこまで評価してるわけじゃないけど、今までの経験からなんとなく戻って来そうとは思う。

 それでもリアスさん達は半信半疑な様子で警戒心を解かない。

 フリードはそんなのは気にせず話を続けた。

 

「そう邪険にするなよ。またいい話を持ってきたんだ」

「いい話ですって?」

「そうだ。お前らが冥界の危機―――『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』によって生み出された超巨大モンスターや旧魔王派の反乱に集中出来るように俺たちがサポートしてやる」

 

 フリードの提案、おそらくはアメリカ勢力側からの指示だとは思うが悪魔側からすればかなり良い提案。要するに他勢力からの援護と同じようなものだ。

 しかしただの善意ではないだろう。脱出作戦時の共闘も英雄派の作戦を停滞させるのが本来の目的だった。

 

「代わりにそれ以外から手を引いてもらう。英雄派の幹部や構成員、それとハーケンクロイツを身に着けた奴らは全て俺達で引き受ける。その後の処遇にも三大勢力の介入は一切なしだ」

 

 予想通り条件を付けてきた。アメリカ側からすれば三大勢力はむしろ滅んでほしいぐらいの相手だし他の目的がなければ援護などしないだろう。

 何かを言い出そうとするリアスさんの言葉を遮ってフリードは話を続ける。

 

「ちなみに提案を断っても俺達は強行するつもりだ。邪魔をするなら生死を問わず排除する。提案を受け入れてくれるならこちらとしても最大限の配慮しよう」

 

 フリードは少しだけこちらを威圧しながら脅迫に近い選択を迫った。

 

「そちらにも言い分があるのはわかる。だけどよく考えてほしい。赤龍帝は生きていて、必ず帰ってくるんだろ? だったら帰る場所であるお前達が欠けるなんて絶対にあっちゃいけねぇ。帰る場所がなくなるなんて本末転倒だからな。だからここは妥協すると考えて提案を受け入れな。絶対に損はさせないからさ」

 

 一転して優しい言葉で再び選択を迫る。あくまで選択権をこちらに渡して。

 一人二役で良い警官と悪い警官の戦術を仕掛けてきた。

 

「皆さま! 大変ですわ!」

 

 そんな中にフロアにパタパタと駆け寄ってくるのはレイヴェルさんだった。

 

「緊急事態発生みたいだな。返事は現場での行動でしてもらう」

 

 ついてくる気満々のフリードは備え付けのお菓子の袋を破りながら言う。

 そう言ってお菓子を口にしたフリードだが、すぐに咳き込んで吐き出した。

 

「駄目だ、もう胃が受け付けねぇ」

 

 どうやら想像以上にフリードは衰弱しているようだ。

 レイヴェルさんは険しい顔で告げてくる。

 

「……首都で活動中のシトリー眷属の皆さんが都民の避難を護衛している途中で……『禍の団(カオス・ブリゲード)』の構成員と戦闘に入ったそうです!」

 

 これによりグレモリー眷属出陣の狼煙が上がった。




 フリードの能力は作中で説明するのが困難な可能性が大きくなったのでここで簡単にまとめておきます。(作中で登場した部分のみ)

 名前:フリード・セルゼン/出身:ギリシャ(シグルド機関)
 誕生日:不明/人造人間→合成獣

 教会の暗部の一つである戦士育成機関、シグルド機関によって試験管ベイビーとして生まれた。メイデンが教会所属だった頃からの信徒。立場上付いて行くことは出来なかったが、その後もメイデン側との交流を持っており、その立場を買われ潜入調査をマルコから頼まれメイデン様の為にと承諾した。しかしその後は……(現在明かされているのはここまで)
 聖剣使いとしての適正は高く普通は??????????????のに対し、フリードは???????????????????。

自らの行いを記録せよ(メメント・モース)』/聖剣に時空の力を帯びさせ、自分の行動の一部を空間にオーラとして記録することができる。記録された行動はオーラを視る技術を持っていれば可視できる。

『時空重畳』/直接時空の力を帯びた聖剣は、同じ時空の動きが重複されるため1.5倍の直接攻撃を行うことができる。記録された行動に重複させれば3倍の攻撃行動となる。

儚い虚像の世界(エフェメラル・ワールド)』/自身のオーラを染み込ませたアンティークカメラで写真を撮ることで、時の止まった写真の世界を生成することができる。写真世界には門となる写真と鍵となる時空の力を帯びた聖剣を持つフリードだけが自由に出入りすることができる。(その際には聖剣を一回転させて自身の時空を反転させる)
 写真世界にいる間、現実世界にいる人物からは感知されない。逆に現実世界にいる人物を感知することもできない。
 写真世界内で時の止まった人物に干渉することはできるが、写真世界消滅後に半減した状態で現実世界に反映され、決して破壊・切断・死亡した状態にはならない。
 写真世界は生成されてから約1時間で消滅する。


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強力な闘気の衝突

 いろいろ悩んだが、とりあえず今月中に出来上がった。


 魔王領にある冥界(悪魔側)の首都―――リリス。

 今その首都は危機に直面しており、規格外の魔獣『超獣鬼(ジャバウォック)』が接近しつつある。

 到達すれば首都は壊滅的打撃を受け、機能を失うだろう。首都が機能を失えば冥界の各所に影響は出るだろうが人間界には微塵も影響はない。―――むしろ大規模な復旧作業でしばらく冥界に引きこもってくれるのではないか?

 現在、魔王サーゼクスのルシファー眷属達が『超獣鬼(ジャバウォック)』の相手をしていた。その戦況は今のところ五分(ごぶ)といったようで、決定打を与えぬまでも足止めには成功している。

 グレイフィアさんの放った魔力の波動は想像を絶する規模であり、地形その物を消してしまえる程の破壊力。絶対に日本の地でこんな戦闘はさせまいと強く思った。

 だが、『超獣鬼(ジャバウォック)』はそのグレイフィアさん率いるルシファー眷属でも打倒できない。

 しかし、ルシファー眷属の足止めのお陰で都民の避難はほぼ完了している。

 シトリー眷属などの若手悪魔は残った人々がいないかどうかを確認する為に派遣されており、中でもサイラオーグさんは首都で暴れている旧魔王派を相手にしているらしい。

グレモリー眷属とイリナさんはグレモリー城の地下にある大型転移用魔法陣からジャンプをし続けて、首都の北西区画に出た。

 完全に戦闘要員として数えられているが、本来ならレイヴェルさんの眷属となる時に『冥界、三大勢力の発展や危機には力を貸さない』とあらかじめ契約をしているので参戦を拒否することもできる。

 でもあらかじめ了承されていたとしてもレイヴェルさんの立場もあるしやっぱり断りにくい。レイヴェルさんも立場上要請されれば断れないだろう。

 そこでレイヴェルさんは本来客分で戦闘に介入させてはいけないが、リアスさん達の説得を聞かず無理やり同行した。

 レイヴェルさんが同行すれば僕が戦闘に参加しない理由となる。僕との約束を守るため身の危険を代償としたのだ。

 でも今回の敵は危険過ぎる。不死身のフェニックスでも危ういので残るように説得したのだが『悪魔の契約は絶対です』と曲げなかった。なら僕のその覚悟に応えなくてはならない。絶対にレイヴェルさんを守ってみせる!

 転移魔法陣でのジャンプで辿り着いたのは区域の中でも1番高い高層ビルの屋上。シトリー眷属に追いつこうとした時、リアスさん達を呼び止める声が。

 

「み、皆さん! よ、よかった! ここにいれば皆さんが来るって堕天使の方々に言われたんですけど、来なくて寂しかったんですぅ!」

 

 涙目のギャスパー君が合流し、現状のグレモリー眷属が全員揃う。

 

「ギャスパー、トレーニングの成果、期待するわよ!」

 

 リアスさんにそう言われるギャスパー君だったが―――何やら伏し目がちで顔色が悪かった。

 

「……は、はい、期待に添えるよう頑張りますぅ。……あれ? イッセー先輩は?」

 

 ここにいない一誠をキョロキョロと探すギャスパー君。どうやらまだ伝わっていないようだ。

 木場がギャスパーに詳細を説明しようとした時、「……あれ!」と塔城さんがとある方向を指差す。

 そちらの方角に視線を送ると―――遠目に巨大な黒いドラゴンが黒炎を巻き上げて暴れてる様子が見えた。だけど実際は見えてるものとは違うものだろう。

 全員がそれを視認すると、そのまま翼を広げて空に飛び出していった。飛べない僕は炎目で創った大きな火の鳥に乗って一足遅れて飛び出す。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 巨大な黒いドラゴンの姿が見えた場所―――高層ビル群が建ち並ぶ区域の広い車道に降り立った僕達。そこは既に戦火に包まれており、建物や道路、公共物に至るまで大きく破損されていた。

 被害は酷いが、人気を感じないことからこの区域の避難はほぼ完了しているようだ。

 そして辺り一帯の黒霧は妖怪が自分に優位な環境を創る手法と似ている。この結界が展開されているということは……。

 

「グレモリー眷属!」

 

 聞き覚えのある声に引かれてそちらに振り向くと―――タイヤが外れた1台のバスを守るようにして囲むシトリー眷属女性陣の姿があった。

 バスの中には大勢の子供達が乗っていた。

 

「状況は?」

 

 リアスがシトリー眷属の『騎士(ナイト)巡巴柄(めぐりともえ)さんに問う

 

「このバスを先導している最中に英雄派と出くわしてしまいまして……。相手はこちらがシトリー眷属だと分かると突然攻撃を仕掛けてきたんです。バスが軽く攻撃を受けて機能を停止してしまったのでここで応戦するしかなくて。元ちゃんで隠遁の結界で攻撃は凌げても離脱ができなくて」

 

 遠目から見えた黒いドラゴンはこの一帯を包み込む陰の妖術で形成された幻影。そこに黒曜の黒炎を織り交ぜて攻撃力を高めている。隠匿を得意とする隠遁に注意を引く強力な黒炎は相性が良さそうだ。

 

「あれは!」

 

 レイヴェルさんが右手側を指差す。ショップが立ち並ぶ歩道で英雄派の巨漢ヘラクレスに喉元を掴まれている匙さんの姿が映り込んできた。

 既に匙さんは身体中が血だらけとなっているが、苦しそうに不屈の笑みを浮かべている。そこへ黒曜がヘラクレスに襲いかかり匙さんを救出した。

 ヘラクレスは匙さんを圧倒的に追い詰めてるつもりだろうけど……あれは幻覚だ。黒曜と黒炎だけが本物で、それが匙さんも本物とより強く錯覚させているのか。

 ……いや、匙さん本人も度々本物と入れ替わってるな。邪気の侵食を抑えるためか。

 ヘラクレスの攻撃はだいたい躱しているが、一撃が重く傷は本物で浅くもない。それに体に溜まった邪気と凶暴な黒炎の巻き添えで自滅しかねない。

 その近くで英雄派のジャンヌと戦っている真羅椿姫(しんらつばき)さんの姿も目に入った。

 ヘラクレスは匙さんを殴りつけるも、腕を取り黒曜が攻撃する隙きをつくりだす。

 腕に掴みかかる匙さんごと黒曜を振り払い、本物の匙さんが重症の体を無理やり起こす。

 もう上手く立ち上がれない匙さん、ヘラクレスは吐き捨てるように言う。

 

「んだよ、レーティングゲームで大公アガレスに勝ったって言うから期待してたがよ。戦い方も気持ち悪いしよ」

「子供の乗ったバスばかり執拗に狙ってきたくせに。それを庇う為に私達の戦い方が出来ないのよ。そうするように仕掛けたのはあなた達じゃないの」

 

 計略と奇襲で常に有利な位置取りで戦うシトリー眷属には守る戦いは不得手。

 椿姫さんがそう言うには、どうやらヘラクレスが子供達の乗っているバスを狙って攻撃したから。子供を狙う卑劣な挑発には怒りを覚えるた。

 この場にいる敵はヘラクレスとジャンヌのみ、曹操とゲオルクの姿は無い。

 椿姫さんを聖剣で突き返すジャンヌが嘆息する

 

「私はそんな事するのやめておけばって言ったけど? まあ、ヘラクレスを止める事もしなかったけれどっ!」

 

 ジャンヌが周囲に聖剣の刃を幾重にも発生させて、椿姫さんの足場を破壊する。

 体勢を崩した椿姫さんのもとにジャンヌの剣が襲い掛かり、木場さんは瞬時にその場を駆け出した。

 一瞬で間合いを詰めた木場さんは鋭く放たれたジャンヌの一撃を抜刀した魔剣で防ぐ。

 

「いい加減にしてくれないかな」

 

 木場さんは低い声音でそう言い、ジャンヌは木場さんが手にしている得物を見て仰天する。

 

「……その魔剣!? まさかジークフリートが!?」

 

 木場さんの腰にはグラム以外の、ジークフリートが持っていた魔剣全てが鞘に収まっている。手に持っているのはその中の一本。

 ジークフリートが消えた後、他の魔剣達は木場さんが所有することになった。

 

「へっ! こんな奴らに負けるなんてあいつもたかが知れてたってわけだ」

 

 ヘラクレスはジークフリートを嘲笑うだけだった。どうやら英雄派に仲間意識は殆ど無いようだ。まあ倒したのはフリードだけど。

 

「英雄派の正規メンバーがやられ続きか。グレモリー眷属にこれ以上関わると根こそぎ全滅しかねないな」

 

 ヘラクレス側の後方から第三者の声。霧と共に現れたのは霧使いのゲオルク。今の言い方からすると、巨大怪獣を生み出した神滅惧(ロンギヌス)の使い手の子供も再起不能なのかもしれない。

 

「悪いな、ヘラクレス、ジャンヌ。そのヴリトラの黒い炎が予想よりも遥かに濃く複雑なものだから、異空間での解呪に時間が掛かった。解呪専用の結界空間を組んだのは久し振りだ。―――伝説通り、呪いや縛りに長けた能力のようだヴリトラめ」

「はっ! 未成熟とは言え、龍王の一角をやっちまうなんてな!さすがは神滅具(ロンギヌス)所有者ってところだな、ゲオルク!」

 

 ヘラクレスがゲオルクを称賛する。

 祐斗は右手に魔剣、左手に聖魔剣を出現させて、2本の剣を振るう。剣から発生した攻撃的なオーラがジャンヌとヘラクレスに向かっていく。

 両者は軽々と避けるが、そのお陰で隙が生まれた。

 木場さんは素早く近くの椿姫さんを抱えて、倒れる匙さんのもとに駆け寄った。

 

「速いな」

 

 ゲオルクの手元に魔法形式の魔法陣が出現。

 木場さんは聖魔剣を手元から消し、周囲に龍の騎士団を出現させた。

 騎士団に匙さん、椿姫さんを運んでもらうよう命じ、騎士団は2人を抱えるとそのままリアスさん達のもとに向かっていく。

 残るはゲオルクが放つ炎の球体。これなら……下手に手を出さないほうがいいか。

 木場さんは魔剣を両手で握り締め、襲い来る炎の球体を縦に両断した。

 木場さんの一連の動きを見てゲオルクが驚嘆の言葉を漏らす。

 

「……強い。我ら3人を相手にして尚、仲間も全て救うとは……。これが聖魔剣の木場祐斗か。あの赤龍帝の陰に隠れがちだが、リアス・グレモリーは恐ろしいナイトを有しているな」

「お褒めに預かり光栄……と言えば良いのかな。僕は影で良いのさ。ヒーローはイッセーくんだ。僕はただのリアス・グレモリーの剣で良い」

「しっかりしてください!」

 

 アーシアさんが匙さんの回復を始めようとしたが。

 

「待ってください。先に邪気抜きをしないといけません。今の状態で下手に回復すると悪影響の恐れがあります」

 

 回復のオーラで一緒に邪気を活性化させてしまう可能性がある。

 それにヘラクレスからの外傷は見た目ほど大したことはない。邪気による消耗の方が大きい。

 

「ここは僕がやります。僕なら邪気抜きが出来ますから」

 

 両手の手のひらから火を灯し、匙さんを照らすように近づける。

 薄っすらとした陽だまりのような光が匙さんを優しく包み込む。

 僕の回復術はアーシアさんと比べ圧倒的に回復速度は遅い。それでも邪気の浄化をしつつ外部からと内部からで両面から回復を促せる。 

 

「……子供が大事に握り締めてたんだ……おっぱいドラゴンの人形を……だけどよ……今ここであの子達を怪我なく守りきったのは……間違いなく俺達だぜ……」

「ええ、そうですね」

 

 回復される匙さんは微かな意識でそう漏らし、ちょっと誇らしげに笑みを浮かべた。

 

「椿姫、私達が彼らの相手をするわ。その間にバスにいる子供達の避難をお願いできないかしら」

 

 リアスさんが椿姫さんにそう言う。

 椿姫は相手、リアスさん達、子供達を交互に見る。

 

「……けれど」

「お願いします。副会長。あなた達が受けた分は僕達が返しますから」

「……木場くん。はい、分かりました」

 

 椿姫さんは木場さんの進言を応じた。

 後は英雄派を倒すのみなのだが……。

 ゼノヴィアさんが1歩前に出る。

 

「さて、やるか。せっかくデュランダルを鍛え直したんだ。暴れさせないとダメだろう」

 

 ゼノヴィアさんは持っている得物から布を取り払う。そこにはエクス・デュランダルの姿があった。話では更に天界で『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』もプラスして鍛え直したらしい。

 

「こっちも良いものを貰ってきたんだから!」

 

 イリナさんが腰に帯剣していた剣を抜き放つ。

 抜刀されるまで正体不明だった剣は―――なんと聖魔剣だった。

 驚く木場さんを見てイリナさんが微笑む。

 

「ええ、そうよ。これは三大勢力が同盟を結ぶ時に悪魔側が天界に提供した木場くんの聖魔剣から作り出した量産型の聖魔剣なの! これは試作の1本! 天使が持てるようにかなりカスタマイズされて作られたようだけれどね。木場くんの聖魔剣ほど多様で強くはないけれど、天使が持つ分には充分だわ!」

 

 ゼノヴィアさんは剣の切っ先をジャンヌに向ける。

 

「ジークフリートに借りがあったんだが、生憎倒されてしまったのなら、仕方がない。―――まずはお前からだ、ジャンヌ」

 

 ゼノヴィアさんの挑戦的な物言いにイリナさんも同意する。

 

「そうよそうよ! いくら聖人の魂を受け継いだとしても、あなたはダメダメよ!」

 

 イリナさんもゼノヴィアさんの真似をして聖魔剣の切っ先をジャンヌに向ける。仲の良いコンビだな。

 

「あらあら、じゃあ私も参戦して良いかしら? ―――あれを持っているでしょうから、1人でも多い方が良いわ」

 

 朱乃さんもジャンヌを相手にするようだ。恐らく『業魔人(カオス・ドライブ)』化を用心し、出来るだけ複数人で対処するつもりなのだろう。

 朱乃さんは両手のブレスレットを金色に輝かせると、背に六翼の羽を出現させる。

 堕天使化―――今はブレスレットによる補助が必要だが、いずれは無くても堕天使化が出来るようになりたいと言っていた。

 三人からの挑戦にジャンヌは不敵な笑みを見せた。―――でも……。

 

「ちょ、ちょっと待った……!」

 

 病み上がりのフリードが待ったをかけた。

 ついさっきまでも二日酔いの如く絶不調だった。それを注射で誤魔化す姿はもはや依存症そのもの。

 動ける程度まで回復したフリードだが見た目はまともに戦える様子ではない。

 

「へー、3人も相手をしてくれるんだ。それにそちらのお姉さんはアレを知ってるようね。面白いわ!『禁手化(バランス・ブレイク)』!」

 

 ジャンヌもそんなフリードを戦力外として無視した。

 力のある言葉を発し、ジャンヌの背後に聖剣で形作られたドラゴンが出現する。

 ジャンヌが使う『聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)』の亜種禁手(バランス・ブレイカー)

 

「ッ!!」

 

 その時、フリードの様子が一瞬にして変わった。

 ジャンヌが禁手(バランス・ブレイカー)を発動させた瞬間、若干ふらついていた体に芯が通り鋭いオーラを(たぎ)らせる。

 指輪も聖剣に戻し時空のオーラを纏わせた。時空の力の影響で刀身が蜃気楼のように重なって見える。

 その姿を見たジャンヌは驚きもつかの間に目の色を変えた。

 

「さっきは止む得なかったから見逃したが、仕切り直したならそうはいかない。約束通りお前らには手を引いてもらう」

 

 フリードが背を向けたままゼノヴィアさん達に言う。ただあえて言わせてもらうならフリード自身も止む得ない体調不良だったんだけどね。

 

「私は全員まとめて相手してもいいのよ?」

「いいや、権利は俺一人だ。なんせジークフリートを倒したのは俺だからな」

 

 自分がジークフリートを倒したと告白すると、ジャンヌは「へぇ……貴方がね」と意味深な笑みを浮かべた。

 

「ちょっと待て、あんな一方的な提案を飲んだつもりはないぞ!」

「そうよ! なんで私達が手を出したらダメなのよ!」

「ん……? それはデュランダルか?」

 

 二人の意見を無視してエクス・デュランダルをまじまじと見た。

 

 なんと気配だけでデュランダルとエクスカリバーが同化してることを見破った!

 

「そうだ。このエクス・デュランダルには7つに分かれたエクスカリバーの能力が全て付加されている。使いこなせば私は更なる強さを手に入れられる。だが、残念ながら私はバカだ。今すぐにテクニック云々うんぬんとなっても能力を使いこなせないだろう。だからこそ、これだ」

 

 ゼノヴィアさんがエクス・デュランダルを振るう。

 激しい破砕音と共に彼女の前方の路面に大きなクレーターが生まれた。

 全く扱えなくなっていたエクス・デュランダルが使えるようになってる……? だけど屋敷では依然変わらずって気配だったのに。それに妙な違和感を感じる。

 

「―――破壊のエクスカリバーとデュランダルのパワーで倒す!」

 

 テクニックを捨てた発言に木場さんが視線を向けると、それを感じたゼノヴィアさんは不満げな表情となる。

 

「むっ、木場。今お前はパワーバカだと思ったな。だが私から言わせれば、グレモリーのテクニック芸はお前だけで良いと思うんだ。だから私は破壊力だけに費やす!」

 

 その発言に頭を抱える木場さん。グレモリー眷属は現状パワータイプが占めている。悪魔基準でのテクニックタイプは木場さんただ一人。構成的にはだいぶ偏ってる。比較的常識的な考え方の木場さんが不安に思うのも無理はない。だからってチラッと僕を見ないでください。

 

「……眷属一の苦労人、祐斗先輩」

 

 塔城さんが一言かける。

 

「なるほど錬金術でデュランダルの刀身に鞘の形で被せてるのか。それならデュランダルの攻撃的なオーラを漏らさず覆えるな。2つの伝説級の聖剣による相乗効果によって性能を大幅に上げられる。理論上の性能としては神滅具(ロンギヌス)禁手(バランス・ブレイカー)にも劣らない。―――致命的に不正解だな」

 

 フリードはそう言って深くため息を吐いた。

 

「元同士として少しだけ忠告しておいてやる。そのままだといずれエクス・デュランダルを扱えなくなる。最悪―――エクス・デュランダルに殺されるぞ」

 

 エクス・デュランダルに殺される……? それは一体どういうことなのだろうか。

 

「で、結局私の相手は誰がしてくれるのかしら?」

「もちろん俺だ」

「ちょっと! 話は終わってないんだから! それにゼノヴィアがエクス・デュランダルに殺されるってどういうことよ!?」

 

 イリナさんがフリードに詰め寄り質問するが、急にピタリと足を止めた。

 背を向けていたフリードが半身でこちらを向く。

 

「悪いことは言わない。だから下がれ。それにこれも言ったよな? 断っても強行する。―――邪魔をするなら生死は問わないって」

 

 鋭い殺意のプレッシャーが襲いかかる。それはグレモリー眷属としては経験したことのない濃密で鋭い殺気だった。

 グレモリー眷属もこれまで何度も命のやり取りをしてきたが、どうも壁一枚隔てたいるように感じられた。例えるなら本気の喧嘩ぐらい。

 だがフリードは殺気はその壁を一歩踏み越えた。普通の人間が武器一つで熊やライオンなどの猛獣と相対しているかのような。

 ある種対等以上な立場から命をかけてきた彼女たちにとって、対等以下の精神的立場に置かれるのは初めてのことだろう。

 そんな事をしてる間にゲオルグは携帯で誰かと話していた。そして携帯から耳を離しジャンヌに言った。

 

「ジャンヌ、フリードは放っておけ。向こうが対処するそうだ」

「あ゛っ!?」

 

 そう言った瞬間、フリードの足に矢が刺さった! どこから飛んできたのか、全く気づかなかった。

 

「ぐっ……!  どこから……!?」

 

 そうしてまた万全の警戒をしていたにも関わらず再び矢がフリードに刺さった。今度は脇腹に。

 だが注意していたおかげで避けることは出来なかったが絡繰りはわかった。

 弓矢は性質上直線の的にしか射ることしかできない。矢は正面から刺さった。ならば必ず眼前から飛んで来る矢をフリードが見落とすはずがない。

 “矢は刺さる直前に突然現れた”。

 その方角をオーラを纏わせた目で見ると、弓道着姿の長い緑髪の女性が大きな弓を持っていた。駒王町でフーリッピを連れ去った人だ! 

 恐らくオーラで飛距離は劇的に伸ばしてるのは思うが、それでもあの距離から弓を正確に射るのは相当難しい。それだけで技術の高さがうかがえる。しかものんきに緑色のあんこの乗った餅を食べてる。

 

「ついていらっしゃい! 悪魔に天使に堕天使だなんて! 私はモテモテね! イケメンをフラないといけないのは残念だけど」

 

 ジャンヌは嬉々としながら聖剣で作られたドラゴンの背に乗る。

 ドラゴンはジャンヌを背に乗せると、近くにある高層ビルの壁に手足を引っ掛けて高速で駆け上がり始めた。

 ゼノヴィアさん、イリナさん、朱乃さんも翼を広げて追うと、直ぐに空高くで激しいぶつかり合いが始まった。

 足を怪我し、遠くから狙撃を注意しなくてはいけないフリードは追いかけることは出来なかった。

 残るはヘラクレスとゲオルク。

 木場さんはゲオルクに問う。

 

「何故あのバスを狙った? と言うよりも何故首都リリスにいるんだい?」

「まず後者の方から答えようか。―――見学だ。曹操があの超巨大魔獣が何処まで攻め込む事が出来るか、その目で見てみたいと言うのでね」

 

 見学、もしくは見学に来たと言う曹操の付き添いか。でもその肝心の曹操はいない。何処かで高みの見物でもしているのだろうか?

 

「では、何故バスを狙った?」

 

 木場さんが再度訊くと、ゲオルクは嘆息するだけだった。

 

「偶然、そのバスと出くわしてな。そうしたら、ヴリトラの匙元士郎とシトリー眷属が乗っていたのだ。あちらもこちらの顔を知っている。まあ、相対する事になってしまうのも否めないだろう」

 

 偶然の相対と言い分を述べるゲオルクだが、ヘラクレスは挑戦的な笑みを見せる。

 

「俺が煽ったって面もあるぜ? 偶然、あのヴリトラに出会ったんだ。魔獣の都市侵略の見学だけじゃ、物足りなくなってな。『子供を狙われたくなけりゃ戦え』って言ったんだよ。―――で、戦闘開始ってわけだ」

 

 あまりにも身勝手な理由だった。それで匙さんは子供達を守る為に傷だらけとなったのか。

 僕の中に静かな怒りが湧き上がったその時―――。

 

「英雄派は異形との戦いを望む英雄の集まりだと聞いていたが……どうやら、ただの外道がいたようだ」

 

 そう言いながら対峙するリアスさん達の間に現れる男性。

 金色の獅子を引き連れ、極大なまでのパワーを有するその者。純粋に『力』を高め、己の体術だけでグレモリー眷属を追い詰めたその人物―――サイラオーグ・バアルの登場。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 金色の獅子―――レグルスをその場に留めさせると、サイラオーグさんは一歩前に出て一言漏らした。

 

「―――俺が行こう」

 

 上着をを脱ぎ捨て鍛え上げられた肉体を露わにする。

 その身からは戦意と闘気が滾っていた。

 

「首都で暴れ回っていた旧魔王派の残党を一通り(ほふ)ったところでな、遠目に黒いドラゴン―――匙元士郎の姿が見えた。ゲームでの記録映像でしか見た事の無い姿だったが、直ぐに理解した。―――強大な何かと戦っていると」

 

 サイラオーグさんはヘラクレスに視線を向ける。

 ヘラクレスも戦意を受けて、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「バアル家の次期当主か。知ってるぜ? 滅びの魔力が特色の大王バアル家で、滅びを持たずに生まれた無能な次期当主。悪魔のくせに肉弾戦しか出来ないって言うじゃねぇか。ハハハ、そんなわけの分からねぇ悪魔なんざ初めて聞いたぜ!」

 

 ヘラクレスの煽りを入れるもサイラオーグさんは微塵も表情を変えない。

 この程度の嘲笑なんて、同族から何度も浴びせられた罵詈雑言だろう。

 

「英雄ヘラクレスの魂を引き継ぎし者」

「ああ、そうだぜ、バアルさんよ」

 

 ヘラクレスの方にゆっくりと足を進めながらサイラオーグさんは断ずる。

 

「―――どうやら、俺は勘違いしたようだ。貴様のような弱小な輩やからが英雄の筈がない」

 

 それを聞いてヘラクレスの顔に青筋が浮き上がる。

 今の一言でヘラクレスのプライドが沸き立ったのだろう。

 

「へっ、赤龍帝との殴打合戦を繰り広げたらしいじゃねぇか。だせぇな。悪魔っていや、魔力だ。魔力の塊、魔力での超常現象こそが悪魔だと言って良い。それが一切無い赤龍帝とあんたは何なんだろうな?」

 

 ヘラクレスがいくら煽ろうとサイラオーグさんは眉1つ動かさない。

 それでもヘラクレスの煽り続ける。

 

「元祖ヘラクレスが倒したって言うネメアの獅子の神器(セイクリッド・ギア)を手に入れているって言うじゃねぇか。―――皮肉だな、俺と会うなんてよ。それを使わなきゃ俺には勝てないぜ?」

 

 ヘラクレスの物言いをサイラオーグさんは再び断ずる。

 

「使わん」

「は?」

 

 更にコメカミに青筋を浮かび上がらせ、ヘラクレスは怒りの口調で問い返すが。

 

「貴様ごときに獅子の衣は使わん。どう見ても貴様が赤龍帝よりも強いとは思えないからな」

 

 サイラオーグはただそう断言するだけだった。

 それを聞いたヘラクレスは哄笑を上げる。

 

「ハハハハ! 俺の神器(セイクリッド・ギア)で爆破できないものはねぇのよ! たとえ、あんたが闘気に包まれたってな! 俺の神器(セイクリッド・ギア)にかかれば造作もねぇのよ!」

 

 ヘラクレスが飛び出し、手にオーラを纏わせる。

 サイラオーグさんの両腕を掴むと―――神器(セイクリッド・ギア)による爆破攻撃を始めた。

 確かヘラクレスの神器(セイクリッド・ギア)の名前は『巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)』。能力は攻撃と同時に対象物を爆破する。

 爆音と共にサイラオーグの両腕が爆はぜる。

 だが、サイラオーグさんは平然としていた。ダメージも体の表面で留まってる。

 

「なるほど。―――こんなものか」

 

 肉が爆ぜ、血が噴き出ても彼らは表情を変えなかった。

 ヘラクレスは完全に激怒した様子で両手のオーラを更に高まらせる。

 

「へへへ、言ってくれるじゃねぇか。じゃあ、これならどうよッ⁉」

 

 そのまま路面に向けて拳を連打で繰り出した。その瞬間、路面ごと大規模な爆破が巻き起こり、サイラオーグさんの全身を包み込む。

 煙、塵と埃、粉塵が渦巻いて辺り一面を激しく覆う。

 路面は完全に崩壊して瓦礫の山となり、瓦礫の上でヘラクレスが再び哄笑を上げる

 

「ハハハハハハハハッ! ほら、見たことかよ! 何も出来ずに散りやがった! これだから魔力もねぇ悪魔は出来損ないってんだよ! たかが体術だけで何が出来るって―――」

 

 そこまで言ってヘラクレスの口が止まる―――その表情は驚愕に包まれていた。

 煙が止んだ車道の中央でサイラオーグさんは何事も無いように立っていたのだから。

 全身に軽度のダメージを負い、血を流そうとも表情を一切変えていなかった。

 

「―――こんなものか?」

 

 全く薄れない闘気を目の当たりにしたヘラクレスの表情が軽く戦慄する。

 

「……舐めんな、クソ悪魔がッッ!」

 

 毒づくが先程の余裕はない。

 そのヘラクレスへ、サイラオーグさんは進撃を開始した。

 重圧を放ちながら、ヘラクレスとの間合いを詰めていく。

 

「英雄ヘラクレスの魂を引き継ぎし人間と言うから、少しは期待したのだが……。どうやら、俺の期待は(ことごと)く裏切られたようだ」

 

 ヘラクレスが再び両手を構えるが―――サイラオーグさんの姿が瞬時に消え去り、ヘラクレスの眼前に現れる。

 

「俺の番だ」

 

 ドズンッ!

 

 重く、低く、鋭いサイラオーグさんの拳打がヘラクレスの腹部に深々と突き刺さり、その衝撃はヘラクレスの体を通り抜けて後方のビルの壁を難無く破壊する。

 

「――――ッッッ⁉」

 

 予想以上の破壊力だったのか、ヘラクレスは当惑した表情を浮かべた後、苦悶に包まれていく。

 その場に膝をつき、腹部を手で押さえ、口から血反吐が吐き出される。

 たった一撃で形勢が逆転した。

 サイラオーグさんがヘラクレスを見下ろして言う。

 

「どうした。今の一撃はただの拳打だ。お前がバカにした赤龍帝はこれを食らっても一切怯まずに立ち向かってきたが?」

 

 それを聞いてヘラクレスはくぐもった声音で不気味な笑いを発し、同時に激情に駆られた憤怒の形相で立ち上がる。

 ……だが、憤怒の形相も次第に消え、固く握りしめられた拳から徐々に力が抜けていく。

 

「……へっ、骨のねぇ悪罵ばっかり相手にしてたせいで鈍っちまってたみたいだ。久々の感覚だぜ。へへっ、一回基本に立ち返るのも悪くねぇな」

 

 どうやら怒りが限界を突破し一周回ってヘラクレスが冷静さを取り戻してしまったようだ。

 ヘラクレスの雰囲気が少し変わり、手のオーラをも静まっていく。

 

神器(セイクリッド・ギア)は使わないんだったよな? だったら俺も神器(セイクリッド・ギア)はもう使わねぇ」

 

 サイラオーグさん同様にヘラクレスの体が闘気に包まれた!

 膝をつかされたにも関わらずノーガードで「来いよ」と挑発する。

 

「面白い……!!」

 

 サイラオーグさんはならば見せてみよと言わんばかりに同じ部位へ、ヘラクレスの腹部へ拳打を突き刺した。

 同じく凄まじい衝撃はヘラクレスの体を通り抜けていく。むしろその闘気と衝撃は先程よりも強力だ。ただ一つ違うのは―――ヘラクレスが倒れなかったこと。

 ヘラクレスが纏う闘気は一見サイラオーグさんより二回り程少ない。だがそれはヘラクレスがサイラオーグさんに劣っているわけではなく無駄の少ない纏い方をしているだけ。さらに闘気の質はヘラクレスの方が高い。

 そこを計算に入れて考慮するならヘラクレスの闘気はサイラオーグさんより一回り程多いはず。

 

「どうした。まさかこの程度で終わりってわけじゃねぇよな……!」

 

 サイラオーグさんを上から強烈な張り手で地面に叩きつけるように押さえつけた。その衝撃は地面にクレーターを生むほどの威力。

 

「―――ぐぐッ!?」

 

 あれ程まで効いた拳を同じ部位で受け止められ、あまつさえ強烈な反撃までされた。侮っていた相手から予想外の出来事にサイラオーグさんの動揺は闘気が一瞬緩んだことから察せられる。

 闘気の緩みはガードを失うのと同義。おそらく闘気を纏う前のヘラクレスが生身で受けたダメージと同様―――地面で衝撃を逃がせなかった分それ以上のダメージを受けたかもしれない。

 相手の強さを楽しもうとするサイラオーグさんの悪い癖が出てしまった。

 ヘラクレスもサイラオーグさんを侮り手痛い一撃を受けたが、怒りによって覚醒へと至った。

 なんとも分の悪い痛み分けだろうか。

 だがサイラオーグさんもそれで終わるほど軟ではない。かなりのダメージは見られるが立ち上がる。

 

「ライオンさん! がんばってぇぇぇっ!」

「ライオーンッ! 負けないでぇぇぇっ!」

 

 避難をし始めていた子供たちがヘラクレスと対峙するサイラオーグに向けての声援を送る。

 サイラオーグさんはその声援が予想外のものだったのか、キョトンとした表情を浮かべていた

 子供達からの声援を受けたサイラオーグさんは嬉しそうに笑いを上げる。

 

「ふはははははははっ!」

 

 サイラオーグさんの闘気が勢いを増していく。

 

「あの子達から『がんばって』と、『負けないで』と言われてしまった。心地よいものだな、兵藤一誠。これが子供達から貰える力か。―――貴様に負ける道理は一切無くなったぞ、英雄ヘラクレスよ」

「声援と武者震いか……。へっ、実は俺も経験があるぜ。ガキじゃなくて仲間からだけどな。体の奥底から力が湧いてきて、もう誰にも負ける気がしないあの心の震えは心地いいよな。来いよ! 能無し大王がッ!」

 

 吼えるヘラクレスの顔面に闘気に満ちたサイラオーグの拳が撃ち込まれる。一歩に二歩とよろめき鼻血を吹き出すヘラクレスだがそこまで。

 

「へっ、いいパンチだ」

 

 子供たちの声援による精神の昂りによって強化された闘気だったが、それでもまだヘラクレスの方が量はそもかく質で勝てない。

 こっちの番だと今度はヘラクレスがサイラオーグさんの顔面に闘気を纏った拳が打ち込まれる。鼻血どころではない血しぶきを撒き散らし地に膝を付けた。

 

「あの時の俺もそうだったぜ。仲間からの声援に心を動かされ負ける道理なんて無いと思ってた。だけどよ本当の実力差ってのはそう簡単には埋まらねえのさ」

 

 力で完全に劣っていたサイラオーグさんだが精神はまだ折れてはおらず、表情に絶望は見えない。

 その様子を見てヘラクレスは挑発的な笑みを浮かべるが、そこに嘲笑のようなものは感じれない。

 

「クソ悪魔にしちゃ悪くなかったぜ。能無し大王だが、認めてやるよ。だがな―――」

 

 拳を振り上げるヘラクレスにサイラオーグさんは両手でガードの構え。

 

「―――これで終わりだ」

 

 サイラオーグさんのガードを突き破りヘラクレスの拳が腹部へと撃ち込まれた!

 小気味の良い音が一帯に木霊する。

 完全に意識を絶たれたサイラオーグさんが路面に突っ伏していく。

 サイラオーグさんの拳は外道に身を落とした相手のプライドを蘇らせる。だが今回はそれが敗因となってしまった。

 

「ふん、その程度の相手に何も出来ぬとはな。―――未熟者め」

 

 倒れるサイラオーグさんに向かってレグルスがボソリと悪態をつく。

 

「久々のガチの殴り合いに熱くなって来ちまった。おい! グレモリーの戦車(ルーク)、次はお前が戦え!」

 

 グレモリーの戦車(ルーク)と言えば塔城さんだが、その視線の先はどう見ても僕。どうやらまだグレモリー眷属の一員と認識されてるようだ。

 

「不思議な技でバアルとのゲームじゃ異質な大活躍をしたらしいな。その実力が本物かどうか俺が試してやるよ」

 

 グレモリー眷属ならともかく今の僕にヘラクレスと戦わなければいけない理由はない。が、断れば暴れまわるのは目に見えている。

 それでレイヴェルさんやギャスパー君に危害が及ぶかもしれない。そうなれば結局僕も戦わなくてはいけない。

 フリードもまだ万全の状態では戦えそうにない。

 しぶしぶ前に出ようとしたその時、近づいてくる気配が一つ。

 

「やめろ、ヘラクレス」

 

 第三者の声が響く。声のする方へ視線を向けるとこちらに悠々と歩いて来るアフロの黒スーツの男性。

 

「まったくお前ら、くだらんマネをしたもんだ。こんなもんただの戦争じゃねぇか」

 

 男性は厳しい顔つきでヘラクレスとゲオルグに向かって言った。

 そして今度はこちらを見て言う。

 

「よぉ世界の厄介者共、クズに成り果てた俺の仲間が凄まじく迷惑をかけた」

 

 にっこり笑いながら目の前で両方ともディスった!

 

「へっ、ずいぶんな言いようじゃないか“イクサ”」

 

 “イクサ”は男性の名前だろう。

 ゲオルグが言う。

 

「……イクサ、やはりキミもか。やはりグレモリーと関わってから組織はおかしくなった」

「それを言うなら禍の団(カオス・ブリゲード)と関わってからだ。つまらん悪党共とつるみやがって」

 

 フョードルさんの話では英雄派は元々はかなりまともな組織だった。それが狂って今のテロリスト―――英雄派と成り果てた。その過程には何があったのだろうか。

 イクサはフリードを見て言う。

 

「遅れて悪い。少々足止めをくらってな。馬鹿共の相手を押し付けてしまってすまん。だいぶ苦労させてしまったみたいだな。この馬鹿は俺に任せておけ」

 

 グレモリー眷属を置き去りに勝手に話を進めイクサは前に出る。

 このイクサって人―――強いな。闘気を纏っているのはもはや勿論のことその量も質も今のヘラクレスに勝るとも劣らない。

 

「へっ、あの時の俺とは違うぜ。今は本当に負ける気が一切しない」

「ああ、確かに違うみたいだな。昔のお前の方がよっぽど見所があった」

「言ってくれるじゃねぇかよッ!」

 

 完全に互いの間合いに入った二人はさっそく互いの顔面へ拳を撃ち込んだ。



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恐怖な吸血鬼の暗黒領域

 何かしらタグを追加した方がいいのかなと時々思う。


 サイラオーグさんが倒れ駆けつけた脱英雄派のイクサがヘラクレスと戦い、朱乃さん達がジャンヌと戦っている中、残る相手はゲオルクだけ。

 もちろん、曹操が何処から現れるか分からないし、ナチス勢力は手付かずなので油断は一切出来ない。

 遠目で極大の雷光と聖なるオーラが高層ビル群の間で暴れているのが見える。未だジャンヌとの交戦が続いているようだ。朱乃さん達の力は増してはいるだろうけどジャンヌは『魔人化(カオス・ブレイク)』は使用してないね。

 近場ではヘラクレスとイクサが拳の撃ち合いをしている。サイラオーグさんとの戦いに比べ衝撃が少なく一見地味だが、それは強度の闘気が衝撃を吸収し集中させているから。それを行ってるのは主にイクサの方だけどね。

 それはまるで挑戦者(ヘラクレス)防衛者(イクサ)の試合のようだ。

 二人が戦ってる最中に炎目でサイラオーグさんをこっそりと回収し、回復させる。

 勝ち越しているものの英雄派の戦力は想像以上だ。サイラオーグさんを含めたとしても、戦力不足だろう。『魔人化(カオス・ブレイク)』を使用されなくても勝機は薄いかもしれない。

 ゲオルクが倒れるサイラオーグさんを一瞥して、笑んだ。

 

「強い。これが現若手悪魔か。まさか本気のヘラクレスにあそこまで食い下がるとは。バアルのサイラオーグ、そしてリアス・グレモリーが率いるグレモリー眷属。まさか、先日会ったばかりで力を増してくるだなんて……。この調子では、そちらの猫又やヴァンパイアも得ている情報通りにはいかないか」

 

 塔城さんとギャスパー君の方に視線を送るゲオルグ。

 ゲオルクから視線を向けられたギャスパー君表情を青ざめさせていた。

 

「……どうしたの? ギャスパー君」

 

 眷属の変化に気付いたリアスさんも怪訝そうにしていた。

 僕が声をかけるとギャスパーは次第に表情を崩していき、ポロポロと涙を流し始める。

 

「……すみません、皆さん。……僕……僕! グリゴリの研究施設に行っても……強くなれなかったんです!」

 

 その告白にこの場にいる眷属全員が驚き、ギャスパー君は嗚咽を漏らしながら吐露する。

 

「皆さんのお役に立ちたかったから……強くなりたかったのに! ……今のままではこれ以上は、強くなれないってグリゴリの方に言われて……僕は女の子も守れない……グレモリー眷属男子の恥なんです……っ!」

 

 グレモリー眷属の全員はここ数ヶ月で急激に強さを増した。それなのにグレモリー眷属の中で自分だけ置いていかれる焦り……わかるよ。以前は僕もそうだったから……。

 その場で泣き崩れるギャスパー君。

 

「昔僕が言ったこと覚えてる? ゆっくりと強くなっていけばいい。強さってのはそんな簡単には得られないんだ。大丈夫、ゆっくりと確実に身に着けたらいい」

 

 そう言ってみるもやっぱり納得はしてくれない。

 短期間で得る強さなんて一時しのぎに過ぎず、決して地力としては身につかない。最悪の場合本来得るはずだった強さを食い潰してしまう。

 そういう意味ではグレモリー眷属は急激に強くなりすぎた。まさにそれが今までの敗因だろう。

 ギャスパー君の姿を見てゲオルクはつまらなさそうに息を吐く。

 

「亡き赤龍帝もこの後輩の情けない姿を見たら浮かばれないだろう」

 

 その一言を聞いたギャスパー君は顔だけ上げてキョトンとした様子で漏らした。

 

「……亡き……赤龍帝?」

 

 ギャスパー君は周囲を見渡す。

 そういえば一誠がここにいない理由をギャスパー君はまだ知らない。

 

「……イッセー先輩は……? イッセー先輩がここにいないのはあの大きな怪物を止めに行っているからじゃないんですか……?」

「ギャスパー、イッセーは―――」

 

 真相を知らないギャスパー君にリアスさんが告げようとするが―――立ち上がったサイラオーグさんがリアスさんに視線を配らせて首を横に振った。リアスさんもそれを確認して、言いかけた口を閉ざす。

 2人の視線の応答に気付いていないゲオルクは口元を笑ましてギャスパー君に話し始めた。

 

「そうか。キミはまだ知らなかったのか。赤龍帝は旧魔王の―――いや、今更言い訳をしても仕方ない。俺達『禍の団(カオス・ブリゲード)』と戦い、戦死した。究極の龍殺し(ドラゴンスレイヤー)とされるサマエルの毒を受けて、だろう。まあ、俺達もその場にいたわけではないから詳しい死因は分からないが、あの赤龍帝が死んだとするなら、それだ」

 

 英雄派はまだ一誠が次元の狭間で魂のみの状態で存在する事を知らない。普通ならサマエルの毒をくらったドラゴンは死ぬのだから当然だろう。―――それが死んではいないとは言い難いところではあるけども。

 リアスさんが敢えて真実を伝えない事に塔城さんやアーシアさんは何となく気付いたようだ。僕もなんとなくは、真意まではわからないけれど。

 未だゲオルクの言葉は続く。

 

「悔やむ事はない。あのオーフィスと白龍皇ヴァーリですらサマエルに打倒

 ゲオルクはそう告げた後、軽く笑った

 

「……イッセー先輩が……死んだ……?」

 

 呆然とするギャスパー君の頬を一筋の涙が伝う。全身が震え、視線もおぼろげになっている。身近な仲間の死を受けて、戦場での死を強く実感したのだろう。顔を伏し、沈黙を続けるギャスパー君。

 あまりの光景に居たたまれなくなり、塔城さんが近寄ろうとした時だった。

 ギャスパー君はふらついた体を上げ、伏せていた顔も徐々に上げた。

 その評定は絶望と恐怖に支配された状態……だが、冷たいか熱いかよくわからないものが肌を刺激する。

 ギャスパー君は小さく口を開くと一言だけ呟く。

 震える声で、まるで呪詛のように。

 

≪―――死んでください≫

 

 その瞬間、一瞬でこの区域全てが暗黒に包まれた。

 地面、空、景色、その全てが暗く冷たく、光すら消失してしまう程の暗闇に包まれていく。

 ギャスパー君の体から暗黒が滲み出ていき、それが周囲を黒く染め上げていった。

 

「……何だ、これは……ッ!」

 

 突然の現象にゲオルクは驚き、周囲を見渡し始めた。

 先程まで建ち並んでいた建物群は消えて無くなり、リアスさん達以外の全てが漆黒の闇に変貌していた。

 

「……禁手《バランス・ブレイカー》の暴走か? いや、これは違う。ヴァンパイアの力……? だが、これはあまりにも……桁違いな……ッ!」

 

 この光景に魔法に秀でているゲオルグも驚くばかりだった。

 暗黒の領域と化した中央で、より一層闇に包まれた人型が異様な動きをしながらゲオルクに近付いていく。首をあらぬ方向に折り曲げ、肩を痙攣させ、足を引きずりながら1歩ずつゲオルクとの間合いを詰めていく。

 その双眸は赤く赤く、ただ不気味に非対称に輝いていた。

 

≪コロシテヤル……ッ! オマエラ全員、僕ガ殺シ尽クシテヤル……ッ!≫

 

 発せられた声はギャスパーのものではなく、呪詛、怨嗟、怨念、それらを全て含んだ危険な声のようにも聞こえる。だが実際は違うように感じる。そんな攻撃的な感情ではなくむしろ防御的な……。

 

 サイラオーグさんが目を見開いて言う。

 

「……赤龍帝の死と言う切っ掛けがあれば化けるのではないかと踏んでいた。ギャスパー・ヴラディが屈辱に塗まみれる男の目をしていたからだ。何か吹っ切れる事柄が被さればグリゴリでも解放できなかったものが解き放たれると思ったのだ。あの総督の組織が単純に力を目覚めさせられなかったと言うのは考えられないからな」

 

 サイラオーグさんの言う通り、数々の研究を行おこなっているグリゴリがギャスパー君を相手にただ何も出来なかったと言うのは少し考えにくい。何かに目覚めつつあるが、その切っ掛けを見つけられなかった。―――僕の神器の時のように。

 サイラオーグさんは眉間を険しくしながらリアスさんに言った。

 

「リアス、ギャスパー・ヴラディの内に眠っていたものは―――俺達の想像を遥かに超えるものだったようだ。これは―――バケモノの類たぐいだ。……お前は、いったい何を眷属にした……?」

「……ヴァンパイアの名門ヴラディ家がギャスパーを蔑ないがしろにしていたのは……停止の邪眼ではなく、これを知っていたから……? 恐怖から……城を離れさせた……?」

 

 リアスさんは声を震わせながらそう漏らしていた。ギャスパー君の過去に一体何が……?

 眼前で黒い化身となったギャスパー君が手らしきものを突き出した。

 ゲオルクが直ぐに反応して魔法陣を展開するが―――その魔法陣が闇に喰われていく。

 

「……ッ! 何だ、これは! 魔法でもない! 神器(セイクリッド・ギア)の力でもない! どうやって我が魔法陣を消した⁉」

 

 ギャスパー君の行動に驚愕するゲオルクは距離を取り、無数の攻撃魔法陣を宙に展開した。あらゆる属性、魔法術式が入り乱れた砲撃がギャスパーに降り注いでいくが……。

 暗黒の世界に幾つもの赤い眼が縦横無尽に出現して妖しく輝いた。

 刹那、撃ち出された無数の攻撃魔法は空中で全て停止してしまう。

 停止した魔法の数々が闇に喰われて消失していく。

 その結果に驚くゲオルク、徐々に顔色が恐怖に彩られていた。

 歩みを再開する暗黒の化身、現世の生物とは思えない異様な存在感と動きで少しずつゲオルクに近付いていく。

 ゲオルクは手元に霧を集めていった。『絶霧(ディメンション・ロスト)』の霧でギャスパー君を祓うつもりだろう。

 霧を操ってギャスパー君を包み込もうとするが、その霧もまたギャスパー君を覆う闇、影、漆黒に喰われていった。

 

≪……喰う……くう……クウ……喰ってヤッた……おマエの霧モ魔法も……効かナイぞ……。全部、クッてやっタぞ……≫

 

 言動が僕達の知ってるギャスパー君ではない。

 上位神滅具(ロンギヌス)の霧でも常闇の存在と化したギャスパー君を制する事が出来ないどころか、霧使いのゲオルクがまるで相手になっていない。

 

≪……怖くナイ……。殺シ尽クセバ……モウ怖クナイ……≫

 

 小さな声でギャスパー君らしい本音が聞こえる。なるほど、違和感の正体はこれか。

 ギャスパー君は元々これだけの潜在能力を秘めており、ギャスパー君に割り振られた駒が『変異の駒(ミューテーション・ピース)』なのはそのため。

 自分の恐怖を克服しようと自分を変えようとしていたギャスパー君。

 それが新たな恐怖―――それは以前から隣に存在していたのだが、今迄実感することが困難だった死の恐怖。それを切っ掛けに防衛本能が爆発した―――。

 その結果があの闇の化身。

 もしかしたら、潜在能力ではギャスパー君が一番高いのかもしれない。そして……あの姿は常軌を逸している。悪魔でもドラゴンでもない……ヴァンパイアと分類して良いのかさえ分からない。―――でも、これと似た感覚をどこかで……。

 ゲオルクは思いつく限りの魔法と霧の能力をギャスパー君に放っていく。

 それらも闇に喰われ、また無数の『眼』によって停止されていった

 攻撃を全て打ち払われる中、結界空間を作ろうと霧で形成用魔法陣を展開させようともしていたが―――悉ことごとく闇に喰われていき、成形が失敗する。

 ゲオルクの周囲の闇が(うごめ)き、獣のような形に作られていく。されたのだから。如何に赤龍帝だろうと、あの呪いには打ち勝てない」

 

 1つ目の狼、 五翼ある巨鳥、顔に口が2つも付いているドラゴン、足が20本以上ある蜘蛛。そのどれもが生来の生物を逸脱したフォルム。異様な生物の群れがゲオルクを囲む。

 

「くっ! 我が霧が……ッ! 魔法が効かぬッ! 何だ、こいつは! いったい何だと言うんだ⁉」

 

 異様な生物の群れがゲオルクを囲む。

 それを見て今のギャスパー君に似た感覚を思い出した。ディオドラ・アスタロト―――あの時に見た罪千さんのリヴァイアサンの顔だ! 異形と化した罪千さんに全く恐怖を感じなかったあの時と!

 だけどゲオルグは僕と同じとはいかなかった。表情は既に絶望に包まれており、戦いはどう見てもギャスパー君の圧勝。もはや勝負と呼べるものじゃない。 

 

「……これがギャーくんの本当の力……」

 

 呆然と眺めるしかない塔城さんはそれだけを何とか口から絞り出していた。

 

「くっ……一時引くしかない!」

 

 ゲオルクは正体と能力が測りきれないギャスパー君の相手を諦め、転移用の魔法陣を足下に出現させる。

 ―――ヘラクレスとジャンヌを残して逃げるつもりか。

 ゲオルクの体が魔法陣の輝きに包まれ、飛ぼうとする瞬間―――ゲオルクの体から黒い炎が現れる。

 黒い炎は執拗なまでにゲオルクに絡み付き、暗黒とは別の闇が逃さないようにしていた。

 木場さんはふいに匙さんの方に振り返る。

 意識を取り戻した匙さんは、上半身だけ起こしてゲオルクを睨み付けていた。

 

「……逃がさねぇよ。ここはまだ俺の結界内なんだぜ。それにお前ら、俺のダチをやったんだ。―――ただで済むわけねぇだろ!」

 

 ドスの利いた声音で匙さんは手を突き出す。

 ゲオルクを捕らえる黒い炎が大蛇を思わすシルエットを作りながら―――隠遁の闇がゲオルグを包み込んでいく。

 黒き龍王(ヴィリトラ)の炎は命を吸い取り燃え尽きるまで絡みつくと言われていると聞いた。

 (ふところ)からフェニックスの涙を取り出すゲオルクだったが、その小瓶をも黒き炎は飲み込んでいく

 

「……ヴリトラの……呪いか……ッ!」

 

 解呪に成功したと言った黒い炎は消えていなかった。

 闇から生み出された異様な獣達がゲオルグに襲い掛かっていく。

 

「くっ! くぅぅぅぅっ! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ゲオルグの力が爆発的に高まっていく。

 逃げ場を完全に失い背水の陣となったことでタガが外れたのだろうか。

 ゲオルグの周囲に再び霧が生まれ、そこから次元の膜を突き破ろうとする巨大な腕のようなものが。次元が形を形成し、霧が肉付けをする。そんな何かが生まれ出ようとしていた。

 これはまるで絶体絶命になったジークフリードの時のような……!

 その時、暗黒を突き破った何者かが獣達を一掃した。その人物はそのままゲオルグに接近し、霧から何かが生まれ出る前にゲオルグを気絶させた。

 その人物は、ピエロのような仮面を被った男だった。

 

「…………」

 

 男性は動かないゲオルグを抑え何も喋らずこちらに攻撃を止めるようジャスチャーで訴えかける。

 だがギャスパー君の歩みは止まらない。一掃された獣達も再び姿を取り戻していく。やはりこの闇はゲオルグを喰らうまで止まらない。

 

「ギャスパー君、ごめんね……」

 

 小さな声で謝罪しつつ僕は周囲を包む暗黒に向けて炎目を放った。

 炎は瞬く間に広がりこの区域を包む暗黒を炎に変え、辺り一面を炎の海に変えた。見た目は凄まじいが危険は少ない。―――普通の人にはね。

 炎は異様な生物達も焼き尽くす。そして黒い化身となったギャスパー君をも……。

 全てを支配し喰らい尽くさんとしていた暗黒は―――業火の大津波に沈んでいった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 闇が燃え尽き元の風景―――首都リリスに戻った時、ギャスパーは路面に横たわっていた。

 僕はギャスパーに歩み寄り、顔を覗き込んでみるが、スヤスヤと安らかな寝息を立てているだけだった。物理的な燃焼能力はないとは言えギャスパー君が無事でホッとしたよ。

 先程の危険な雰囲気が微塵も感じられない、力を燃焼し尽くされ気絶したのだろう。

 リアスさんはギャスパー君を抱き寄せて髪をそっと優しく撫でた。

 

「……この子について、ヴァンパイアに訊かなくちゃならない事がいろいろ出来たわね。けれど、ただでさえ吸血鬼は悪魔を嫌う。ヴラディ家が私の質問に答えてくれるかは分からないけれど……。以前に話を持ちかけた時は丁寧に断られたわ」

 

 吸血鬼は悪魔以上に階級を大事にしていて、純血とそれ以下を完全に区別している。さらに吸血鬼の業界は未だ悪魔や他勢力と交渉すらしない閉鎖された世界らしい。前にギャスパー君から聞いたことだ。

 

「……それもそうですが、今後は魔法使いにも気をつけた方が良いでしょう」

 

 この場に残っていたソーナさん……の分身がこちらに近づき言う。状況整理を兼ねていざって時の為に分身を残していたのか。

 

「どういう事?」

 

 リアスさんの問いに、ソーナさんはメガネの位置を直しながら続けた。

 

「……彼ら魔法使いは実力、才能主義です。その中でも今あなた達が倒した霧使いのゲオルクはトップクラスの実力者でした。そのゲオルクを倒したあなた達に魔術協会が興味を抱いてもおかしくない。ただでさえ、あなた達は強い事で有名なのだから。彼ら魔法使い―――主に召喚系の使い手は実力のある悪魔と契約するのをステータスの1つとしています。特に将来性のありそうな若手悪魔は交渉の場に呼び出されやすい。名うての悪魔は既に先客がいるか、取り引きできたとしても高値となりますから、手のつけられていない若手悪魔を買い漁あさる魔法使いも少なくないのです。先物買いと言えるでしょうね。―――近い将来、必ずコンタクトを取ってくる筈です」

 

 魔法使い、か。魔法使いは悪魔と関係が深いって漫画とかでもよく言うからね。今の話からもその認識で違いなさそうだ。……そいういことならグレモリー眷属はかなり魅力的な契約対象だろうね。本人たちにはあまり自覚はなさそうだけども。

 自分の力量と立場を理解していのに、それなりに高い地位にいることだけ漠然と理解しているだけ。こういった無自覚なのもグレモリー眷属の欠点だ。

 

「おっ、来ていたか“パペット”」

 

 声の方へ向くと、イクサがヘラクレスを引き摺ってこちらに来る。子供の喧嘩程度の傷に対してヘラクレスは試合後のボクサーみたいになっていた。

 このピエロのような仮面を被った男はやはりフョードルさん側の英雄派メンバーだったか。

 

「お前もゲオルグも無事みたいだし、残るはジャンヌだけ……どうしたフリード! その傷は!?」

「ちょっと狙撃されちまってな。射って来たのがとびっきりの可愛子ちゃんだったのが唯一の救いだ」

 

 ガッツリ貫通してるのに余裕そうに振る舞う。相手は確かに可愛かったけれども、それってなんの救いにもなってないよね。

 あの女性の姿もなくなっていた。

 

「ガハハ、それはよかったな。さて、この場に残るのはジャンヌだけだが」

 

 イクサがそう言うとパペットは左手で自分と上を指して右手でOKサインを出した。この人全然喋らないな。

 その時、背後から気配が近づいてくるのを感じた。

 

「あらら、ヘラクレスがやられてしまったようね。ゲオルクも……? これはまいったわ」

 

 そこに現れたのはジャンヌ。そしてなぜか小さな男の子を脇に抱えていた。

 さらに今度は旧型の重機型機械兵が現れた! しかし様子が変だ。

 機械兵は少し破損しており、浅い凹みや切り傷が多数。胸の辺りは貫通した跡がある。

 そこはちょうど(コア)のある箇所。そして頭上に十字の板のようなものが浮遊していた。

 

「待て! ジャンヌ!」

「卑怯よ、子供を人質に取るなんて!」

「……やられましたわね。まさか、あんな所に逃げ遅れた親子連れがいたなんて」

 

 ゼノヴィアさん、イリナさん、そして朱乃さんが苦渋に満ちた表情で合流する。全身傷だらけで満身創痍だった。

 どうやら戦いの形勢は渉達の劣勢だったようだが、ならなぜジャンヌが子供を盾にしてここまで逃げてきたのだろうか。

 ジャンヌは手に持つ聖剣の切っ先を子供の首もとに突き立てる。

 悪魔の僕が言うのもなんだけど、悪魔のような卑劣さだ。

 

「卑怯だな」

 

 サイラオーグさんは僕が心中で抱いていたのと同じ感想を素直に述べる。

 ジャンヌがそれを聞いておかしそうに笑う。

 

「悪魔が言うものではないのではないかしら? ま、義理に厚そうなあなたならそう言うかもしれないわね。バアルの獅子王さん。―――とりあえず、曹操を呼ばせてもらうわ。私が逃げの一手になるなんてね。あなた達、本当に厄介なのよ。この子は曹操がここに来るまでの間の人質。OK?」

 

 曹操がここに来てしまったらどう形成が転ぶかわからない。フリードやイクサさん達のような心強い味方はいるが、それでも曹操が持つ聖槍がどんな状況を創り出すか分からない。こちらには聖槍に弱い悪魔が多数いるのだから。

 

「あら、ボク、案外静かね。怖くて何も言えないのかしら?」

 

 ジャンヌが人質に取っている子供の様子を見てそう漏らしていた。ジャンヌが言うように人質の子供はこの様な状況でも平気な表情だった。

 

「ううん。ぜんぜんこわくないよ。おっぱいドラゴンがもうすぐきてくれるんだ」

 

 その言葉は一切の怯えも無い、純粋で安心しきったものだった。

 

「ふふふ、残念ね、ボク。おっぱいドラゴンは死んだわ。お姉さんのお友達がね、倒してしまったの。だから、もうおっぱいドラゴンはここには来られないわ」

 

 ジャンヌはそう言うが、男の子はそれでも笑みを絶やさない。

 

「だいじょうぶだよ。ゆめのなかでやくそくしたんだ。ぼくがね、おっきなモンスターをみてこわいっておもってねていたら、ゆめのなかにでてきてくれたんだよ」

 

 ……夢? 男の子は元気に、ただ嬉しそうに語った。

 

「もうすぐそっちにいくから、ないちゃダメだっていってたんだ。まほうのじゅもんをとなえたら、かならずもどってきてくれるっていってたんだよ!」

 

 男の子は人差し指を突きだして、宙に円を描いていく。

 

「こうやって、えんをかいて、まんなかをゆびでおすの! ずむずむいやーんって、これをやればかならずもどってきてくれるって! みんなもおなじゆめをみたんだよ! フィーラーくんもトゥラスちゃんもぼくとおなじゆめをみたんだ! となりのクラスのこもおなじゆめをみたんだ! みんなみんなおなじゆめをみたんだよ!」

 

 冥界の子供達が皆同じ夢を見た。

 子供は空に向けて歌を歌い出す。

 

「とあるくにのすみっこに~、おっぱいだいすきドラゴンすんでいる~♪」

 

 ―――その時、首都の上空で快音が鳴り響いた。見上げるとそこには―――宙に次元の裂け目が生じようとしていた。

 開いていく空間の裂け口、そこから見知ったオーラが感じ取れた。

 それは―――ま子供達が待ち望んでいる英雄ヒーローの登場だった。



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再生な異次元の赤龍帝

 あんまり必要性は感じないがつなぎの部分なので一応投稿します。全くの無意味ってわけでもないんで。


『―――夢?』

「ああ、寝ているうちに変な夢を見たんだよ。大勢の子供達が泣いてんだ。聞いたらさ、でっかいモンスターが怖いって泣いてんだよ。だから、俺はその子達に言ったんだ。指で円を描いて真ん中を押して、ずむずむいやーんってやっていれば俺がそのうち必ず戻っていくからってさ」

 

 一誠の話を聞いてドライグは嘆息する。

 

『……あれほど他者にやられたら嫌がっていたその仕草をお前がやるとはな……』

「仕方ねぇだろ! あんなに大勢の子供を励ますにはそう言うポーズみたいなのが必要だと思ったんだよ! ……でもさ、俺がそうやったら、夢の中の子供達の不安な顔が消えてたよ。おっぱいってすげえよな」

『……はぁ、そうだな。―――で、どうだ、新しい体は?』

 

 確認するドライグ。一誠は繭から取り出したばかりの自分の体に魂を移し替えてもらっていた。以前の体と寸分違わず、手を握って感触も確認する。

 

「よっしゃ! これでアーシアのおっぱいが揉める! ……あ、でも、前の体と何が変わったんだ?」

『姿形と一部基本は人間のままだ。普段通りに生活できるだろう。ただし、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)が消失している事で、現在お前は人型のドラゴンと言える。オーフィスの協力があってこそとはいえ、受肉に成功したのがグレートレッドの体なのだからな。小さな真龍とも言えるだろう』

「つまり、今の俺はグレートレッドの子供みたいなもんか」

『そこにウロボロスの力が加わっている。この状態でも以前の体より多少は身体能力が向上している。……まあ、元が悪かったからその程度しか強化できなかったとも言えるんだが……』

「元が悪くてごめんなさいね!どうせ、元々はただの男子高校生でしたよ!」

『メリットは今述べた身体能力向上と真龍と龍神の力が加わった事で、今後どのような成長が起こるか予測が立てられなくなった事だろうな。あと、もうグレートレッドから離れても大丈夫だ』

「もともと俺の成長なんて予測できなくねぇか? 乳力(にゅうパワー)やら何やらでさ」

『まあ、それはそうなんだが……。デメリットはこれも先程話した通り、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)から得ていた各種能力が無くなった事、グレートレッドとオーフィスの力を得ている為に以前よりも龍殺し(ドラゴンスレイヤー)による危険性が増した事だろうか』

 

 悪魔の駒(イーヴィル・ピース)についてはもう一度リアス達に出会ってから対応するので問題ないが、龍殺し(ドラゴンスレイヤー)のダメージが増してしまったのは怖い。―――一誠はその程度のことにしか考えなかった。

 一誠はドラゴンで構成された体に人間の魂を移し替えることについてあまりにも楽観視していた。とは言えそれはドライグも同じ。

 ……この場に誰一人としてそれらの深い知識はなく、また深く考えることはしなかった。―――他に選択肢のなかった彼らからすれば考えたところでどうすることも出来ないことではあったが。

 一誠はこれからどうするかを考えた。

 次元の狭間にいても停止状態のゴーレム―――ゴグマゴグぐらいしか見つかる物がない。どうやって皆のもとに帰ろうかと思慮している時だった。

 耳に懐かしいメロディが聞こえてくる。

 

『……見ろ、相棒』

 

 一誠はドライグに促されて次元の狭間の空を見る。万華鏡の中身のような空に―――冥界の子供達の笑顔が次々と映されていく。

 子供達は指で円を描き、真ん中を指でつつきながら大きな声で“あの歌”を歌っていた。

 

『おっぱいドラゴンの歌』

 

『―――冥界中の子供達の思いをここに投射しているとグレートレッドは言っている』

 

 冥界中の子供達の呼ぶ声に一誠は嬉しさで胸がいっぱいになった。

 

『グレートレッドは、夢幻(むげん)を司つかさどる……。誰かが抱いた夢を、誰かが見た夢を、誰かが思い描いた夢を、それらを俺達に見せているのだろう。もしかしたら、今際いまわの際きわにお前が家に帰りたいと思った強烈な願い―――夢に反応してグレートレッドは姿を現したのかもしれない』

「ああ、だけど、これはきっと本物だ。子供達が歌ってくれてるんだ……っ! それがここに届いた……っ! 俺に届いてきたんだ……っ!」

 

 一誠は子供達の笑顔とその歌を聴いて、込み上げてくるものを抑えきれずにいた。

 

『……不思議だ。あんなにも不快に感じていたあの歌が……今は力強く感じる。……ククク、俺も本格的に壊れてきたか』

「いや、良いんじゃねぇかな、ドライグ。これはきっとそう言うあったかい歌だ。そうさ、俺はとある町の隅っこで、笑いながら、天気の日でも、嵐の日でも、おっぱい探して飛んでいく―――おっぱいドラゴンだ……っ! おっぱいが大好きだからよっ! 皆のところに帰らなきゃダメなんだよなっ!」

『ああ、帰ろう、相棒。―――グレートレッド、頼めるか? この男をあの子達のもとに帰してやってくれないか?』

 

 ドライグがそう頼むと―――グレートレッドが一際大きい咆哮を上げる。すると前方の空間に歪みが生じて、裂け目が生まれていく。

 そこから大都市の町並みが一望できた。冥界の都市らしき景色から懐かしいオーラを感じ取れる。

 大事な仲間のオーラ、愛する女性(ひと)のオーラ。

 一誠は隣にいるオーフィスに言った。

 

「オーフィス、俺は行くよ。俺が帰られる場所へ―――」

「そうか。それは……少しだけ羨ましいこと」

 

 寂しげなオーフィスに一誠は手を差し伸ばした。

 

「―――お前も来い」

 

 その行為と言葉にオーフィスは驚き目を見開いていた。

 一誠は笑顔を浮かべて言う。

 

「俺と友達だろう? なら、来いよ。一緒に行こう」

 

 その時、最強と称された存在ドラゴンは微笑んだ。

 

「我とドライグは―――友達。我、お前と共に行く」

 

 手を取り合う一誠とオーフィス。

 一誠はオーフィス、グレートレッドと共に次元の裂け目を超えていった。

 ――そこに一人を取り残して――

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

次元の狭間からグレートレッド達と共に抜け出た一誠は、目の前の光景に度肝(どぎも)を抜かれた。

 “自分の視線の先にドデカい怪獣がいる”―――と。

 シャルバが外法で作ったアンチモンスターだと直ぐに得心し、後方の都市部と遠目に確認する。

 アンチモンスターの周辺は既に破壊し尽くされた後であり、地面には大きなクレーターが無数に点在し、山も森も建物も全部無惨に崩壊している。

 超巨大なアンチモンスター『超獣鬼(ジャバウォック)』をどうするか考え込んでいると視界にグレイフィアが映り込む。

 グレイフィアは凄まじいオーラを漂わせる者達と一緒にアンチモンスターと戦っていた。

 新撰組の羽織を着た侍や神の獣と称されし麒麟もいる。

 

『あれは相当な手練ればかりだな……。全員尋常じゃない力量の持ち主だ』

 

 ドライグが感嘆するように言う。

 しかし、悪魔の中でも最強と名高いルシファー眷属でさえ、アンチモンスター『超獣鬼(ジャバウォック)』に苦戦している。

 アンチモンスターが一誠が乗っているグレートレッドに気付き、6つの目玉を全て向けてくる。認識した途端に敵意むき出しの視線を送るアンチモンスター。

 

『…………何だと?それは本気で言っているのか……?』

「ん? ドライグ、どうかしたのか?」

『……ああ、グレートレッドが「ガン付けられたのであのモンスターが気に入らない」と言うのだ……』

 

 『超獣鬼(ジャバウォック)』の視線は赤龍神帝(グレートレッド)の怒りに触れた。

 

『それでだな、相棒。グレートレッドが手を貸すから、あのモンスターを倒そうと言うのだ』

「エエッ⁉ 倒す⁉ あのでっかいのを⁉ しかも俺も数に入ってますか⁉」

 

 グレートレッドが進言してきたあまりにも無茶苦茶な注文に一誠は嫌な汗が止まらない。するとオーフィスが言う

 

「大丈夫、ドライグとグレートレッド、合体すればいい。今のドライグの体、真龍とある意味で同じ。合体できる」

 

 ドライグ、つまり一誠とグレートレッドな合体。

 冗談なのか本気なのか、オーフィス達の言葉に判断がつかない一誠だが突如、グレートレッドの体が赤く神々しいオーラを発していく。

 赤いオーラが一帯を赤く赤く染め、一誠の体もその膨大な赤い光に包まれていった。

 赤い光が止み目を開けると一誠の眼前に 『超獣鬼(ジャバウォック)』の姿が。

 

『気付いたか、相棒』

『……ん? ああ、気付いたけど、どうして目の前にあの怪物そっくりなのがいるんだ? しかも俺と同じぐらいのサイズ』

『それはそうだろう。―――お前が巨大になったのだからな』

 

 ドライグの報告に一瞬言葉を失い、驚愕する一誠。

 足下や自分の全身、後方の都市部にも目を配らせる。

 

『俺、でっかくなってんのぉぉっぉぉぉぉおおおおっ⁉』

 

 驚愕の声音を辺り一面に響かせる一誠。

 グレイフィア達も巨大化した一誠に気付いた。

 

『ああ、そうだ。やっと理解したか。グレートレッドがお前に力を貸してくれると言ってただろう? あれはこう言う事だ。グレートレッドのサイズでお前を再現させたんだよ。オーフィスが言う通り、合体だな。しかも巨大化でな』

 

 合体するならリアスや朱乃さんと合体したかったよ! とわけのわからない不満を内心垂れ流す一誠。

 

 ゴアアアアアアアアアアアアアッ!

 

 眼前の怪物が咆哮して一直線に一誠へと突進していく。

 

『クソッタレ! どうすりゃ良い⁉ 教えろ、ドライグ!』

『要領は同じだ。いつも通りに体を動かせる。グレートレッドは基本の動きをこちらに委ねてくれているようだ。ただ体が大きくなっただけだと思えばいい』

『なるほど、分かりやすい限りだ!』

 

 一誠は突っ込んでくるモンスターに向かって右のストレートを撃ち放つ。

 モンスターの顔面にクリーンヒットし、モンスターはその一撃で体をよろめかせる。顔を伏せたと思いきや、牙むき出しの口内から危険な火の揺らめきが見えた。

 モンスターが炎を吐き出そうとしていることを察した。

 

『相棒、その炎が後方の都市部に向かったら被害が出るだろう。避けるのはまずいんじゃないのか?』

『んな事は分かってるよ! 避けるのが無理なら―――』

 

 一誠は右手を前に突き出してドラゴンショットの構えを取る。

 怪獣の口から大質量の火炎球が吐き出される。

 

『いっけぇぇっ!』

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 増大させた魔力の一撃が火炎球目掛けて放たれる。

 火炎球とドラゴンショットがぶつかる手前で一誠は『曲がれぇぇぇえぇっ!』と念じる。

 一誠の叫びに呼応するようにドラゴンショットは軌道を変えて下に曲がり―――

 

『今度は上がれっ!』

 

 右手を上方向に突き上げ、ドラゴンショットが真上に軌道を変えていく。サーゼクスの魔力操作を見て、一誠は撃ち出したドラゴンショットを操る方法を密かに練習していた。

 火炎球の下にドラゴンショットが潜り込み、一気に上へ押し上げる。

 激しい衝突音を響かせ、火炎球は上空に持ち上げられた。2つの強大な魔力は空を裂き、遥か上空の彼方で弾け―――空を爆炎一色に染めた。

 怪獣は更に咆哮を上げて再突進。

 しかし、一誠は一切恐れなかった。サイラオーグの突進と比べたら大したこと無いと。

 一誠は突進してきた怪獣の顔面に拳打を撃ち込み、更に側頭部に回し蹴りも入れた。

 怪獣の目が妖しく輝き出す。

 

『目から光を放つ気か!』

 

 ドライグがそう叫び、一誠は直ぐに体を捻ってその光をやり過ごす。

 怪獣の6つの目から光の帯が体を掠めて、後方の地に一直線に掃射されていく。

 刹那―――大きな爆音と共に地が激しく揺れ、遥か地平の彼方まで大きな裂け目が生じ、そこから大質量の火炎が巻き起こっていた。

 

『……相棒、グレートレッドから良い報せがある』

『んだよ、早く言ってくれ!』

『決め技はある。それが決まれば確実に勝てる―――と』

『良いねぇ! そう言うのが欲しかったんだよ!』

『だが、問題はそれをここで放てば、ここいら一帯が全て消滅してしまうそうだ。―――破壊力がバカげていると言っている』

『マジか! ……よっぽどのものなんだろうな。やるとしたら、上空にぶん投げて上に向かって使うって感じかな?』

『ああ、それしかないだろうな』

 

 一誠は頭の中で自分なりに作戦を巡らせ、グレイフィアに向けて言葉を投げかけた。

 

『グレイフィアさん! 聞こえますか? 俺、イッセーです!』

「一誠さん……? では、やはり巨大な赤龍帝はあなただったのですね? 無事で何よりです。しかし、この巨大化はいったい?」

『グレイフィアさん、巨大化については後でお話するんで、いまはお願いがあるんです。―――あのモンスターをぶっ倒す術があります。強力してください』 

 

 一誠の言葉にグレイフィアは一転して戦士の顔付きになった。

 

「聞きましょう。私は―――いえ、私達は何をすべきか?」

「はい、あいつを上空に跳ね上げることはできますか? それが出来れば、後は俺が上に向けて特大なのをぶっ放します」

 

 一誠が考え出し作戦はもはや作戦と言えないほど単純なもの。グレイフィアは笑む。

 

「なるほど。分かりやすい作戦です。そして、何よりあなたの『特大』と言う言葉は心強いわ。―――やりましょう。それぐらい出来ないで、何がルシファー眷属の『女王(クイーン)』か!」

 

 同意したグレイフィアが濃密なオーラを身に纏って飛び出し、新撰組の羽織を着た侍に指示を飛ばす。

 

「総司さん!『超獣鬼(ジャバウォック)』の足を両断してください!」

「了解です、グレイフィア殿」

 

 侍は神速で怪獣の足下に詰め寄り、腰に帯刀する日本刀に手をかけた。

 一瞬の静寂の後、怪獣の右足は膝から両断されていた。

 地響きを立てながら倒れていく怪獣へ近付き、怪獣を中心に魔法陣を展開し始める。

 怪獣の斬られた足が既に再生を始め、膝から下の断たれた部分を引き寄せようとしていた。

 その間にグレイフィアを中心にした術式は完成、怪獣の下に巨大な魔法陣が輝き出した。

 

「上にあげますよ!」

 

 グレイフィアが叫ぶと刹那、巨大な怪獣は魔法陣からの衝撃を受けて、遥か上空に投げ出される。

 

『よっしゃ、ドライグ!その特大な必殺技を用意しろ!』

『応ッ!任せろ!』

 

 ドライグが応じて直ぐに鎧の胸部分が音を立てながらスライドしていき、何かの発射口が現れる。

 

『……ロンギヌス・スマッシャー。本来、得てはいけない忌々しき技だ』

 

 ドライグが低い声音でそう呟く。

 静かな鳴動、信じられない程の質量のオーラが胸の砲口に集まっていく。

 上空の怪獣は顔を向けて目と口から、それぞれ光と炎を吐き出そうとしていた。

 だが、一誠のチャージの方が速い。

 

『ロンギヌス・スマッシャァァァァアアアアアアアアアアアッ!』

 

 叫びと共に極大な赤いオーラの砲撃が放射されていく。

 怪獣の光線と火炎球が今まさに吐き出されそうだったが、グレートレッドの絶大なオーラが丸ごと飲み込んでいった。

 空一面が赤いオーラに染め上がる程の広範囲で膨大な威力―――それによって『超獣鬼(ジャバウォック)』は跡形もなく消し去っていた。

 赤龍神帝の力に“すげえ”以外の言葉しかでない一誠。刹那、一誠の体が赤く輝き、元の等身のサイズに戻る。

 自分のサイズが戻ったことを確認し上空を見上げると、グレートレッドの姿があった。

 グレートレッドの目が輝くと、空に歪みが生じていく。

 その歪みはグレートレッドが潜れる程の大きさとなり、グレートレッドはドライグ……一誠を視認すると大きな口を開ける。

 それは初めて耳にするグレートレッドの声だった。

 

<―――ずむずむいやーん>

「――――ッ!」

 

 一誠も、誰もが絶句するしかなかった……。

 

<ずむずむいやーん、ずむずむいやーん>

 

 ただひたすら“ずむずむいやーん”を連呼しながら次元の穴に消えていくグレートレッド。

 

『聞こえん。僕には何も聞こえないもーん』

 

 ドライグは口調が変わるほど現実逃避していた。

 

「ずむずむいやーん」

 

 いつの間にか近くにいたオーフィスまで“ずむずむいやーん”と言ってくる。。

 

「んもー! なんで伝説のドラゴンやそれに関わった連中はそんなのが大好きなんだよぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 赤龍神帝との酷い別れ方に一誠は叫ぶしかなかった。―――ハッキリ言って全て身から出た錆であり、鏡を見て嘆いてるだけだ。

 

 

 

 

 

 

「いや~いい()が取れた。巨大同士の戦いは流石に迫力があるな」

 

 離れた高台で一連の流れを眺めていたその男は満足そうにスマホで撮ったばかりの映像を確認していた。

 

「けど……最後のしょーもないシーンはカットだな」

 

 映像を確認し終えると食べかけの板チョコを服のポケットから取り出し一口かじる。

 

「そろそろ頃合いか……。いいところ見逃す前に行くか」

 

 そう独り言をつぶやきながらも隣にいる機械兵の下腹部から缶コーラを取り出す。

 

「やっぱりシャルバ・ベルゼブブはしくじったか。下賤な悪魔の中でもさらに愚かしい存在には最弱の赤龍帝すら手に余る」

 

 男は戦場を眺めながらニヤリと笑みを浮かべる。

 

「シャルバ・ベルゼブブは、旧魔王派は、不名誉に甘んじなかった。その志のまま名誉ある死の瞬間を迎えた貴様に敬意を表する。そして我々に作戦に尽力してくれたことを感謝する。死の瞬間を恐れぬバカな古き悪魔共にどうか祝福を」

 

 コーラ缶を片手に天に向かって乾杯した。

 

乾杯(プロースト)!(カチャ、プシュー!!)ぐぁぁぁぁっ!! 炭酸が目に~~~!!」




 次の話も半分以上は出来上がってるので近いうちに投稿する予定です。


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脱退な同士の対英雄

「快適」

 

 禁手(バランス・ブレイカー)状態で空を飛ぶ一誠、その背に乗るオーフィス。

 『超獣鬼(ジャバウォック)』を倒し、その後の事をグレイフィアに任せて都市部の方に向かっていた。

 街の至る所から煙が上がっており、建物や道路の破損が視界に飛び込んでくる。人気ひとけが無いのは都市部全域に避難警報が発令されたから。

 

『この混乱に乗じて旧魔王派の残党が街で暴れていたとかは考えられないか? もしくは英雄派か』

 

 ドライグの説明になるほどと納得する一誠。

 

「……西の方」

 

 一誠の背中にいるオーフィスがそう告げる。

 

「西?」

「あっち、あのアーシア、イリナと言う者いる」

 

 一誠はオーフィスが示した方向に翼を羽ばたかせていった。

 その方角に数分程進んだ時、一誠は懐かしいオーラを感じ取る。

 更に進んだ先の煙が上がっている場所に複数の人影が確認できた。空から懐かしい顔ぶれを確認した一誠は中央に降り立つ。

 皆も空を飛んできた一誠の姿を捉えていた。

 

「兵藤一誠! ただいま帰還致しました!」

 

 大声で叫ぶ一誠。

 しかし、周囲を見渡すと―――グレモリーの皆は狐につままれた様にキョトンとしていた。英雄派のジャンヌもキョトンと見ている。

 フリード達部外者は一見だけして意識を向けつつ視線をジャンヌの腕の中の人質へ戻し、誇銅はグレモリーの皆より一足先に驚愕の表情を浮かべた。

 

『お前だと認識していないんじゃないか?』

「そんな事あり得るのか?」

 

 とりあえずらしいことを言ってみようと一誠は兜のマスクを収納し、顔を見せる。

 

「えーと、おっぱい! グレートレッドに乗って帰ってきました!」

 

 一誠がそう叫んだ瞬間。

 

「イッセー!」

「イッセーさん!」

「イッセーくん!」

「イッセーくん!」

「イッセー先輩!」

「イッセー!」

「イッセーくん!」

「イッセー先輩!」

「一誠……」

「兵藤くん!」

「兵藤、生きてたのかよ⁉」

 

 リアス、アーシア、朱乃、祐斗、小猫、ゼノヴィア、イリナ、レイヴェル、誇銅、ソーナ、匙が一斉に名を叫んだ。

 おっぱいで確認を取らないと気づかれないことに一誠は軽くショックを受けるが、一誠のもとにアーシア、小猫、朱乃が駆け寄り抱きついた。

 

「イッセーさん! イッセーさんイッセーさんイッセーさんイッセーさん!」

「先輩……おかえりなさい」

「……お願い。私を置いていかないで……あなたのいない世界なんてもうゴメンなのだから……」

 

 大泣きする三人。

 

「うん、私は泣いてないぞ。私が選んだ男は死んでも死なないからな」

「何よ! 泣いてるじゃない! 私は無理せず泣くもん! うえぇぇぇんっ!」

 

 ゼノヴィアとイリナは涙ぐんでいる様子だった。

 リアスが涙を流しながら一誠のもとに歩み寄り、頬に手を当てて一言漏らした。

 

「……よく、帰ってきたわね」

 

 一誠は頬に触れる最愛の主ヒトの手に自分の手を重ねて言った。

 

「そりゃ、もちろん。あなたや―――仲間の皆がいる所が俺の生きるべき場所ですから」

 

 ベチンッと一誠の頭を叩く匙。彼もまた笑顔で男泣きしていた。

 

「心配かけやがって、バカ野郎ォ! おまえが死んだって聞いたから、マジで死んだと思ったじゃねぇか! ちゃんと肉体もあるみたいだし幽霊じゃねぇな!」

「次元の間でいろいろあって、体は再生できたんだ」

 

 お返しに一誠も匙の肩をパンと叩く。

 

「グレートレッドらしきドラゴンが上空に出現した時、もしやと感じたのだが……。さすがだな」

 

 サイラオーグが少し離れたところから手を上げて微笑む。

 

「あっ!」

 

 突然声が上がり、そちらに顔を向ければ―――ジャンヌがニヤリと笑いながら木場の奇襲を躱していた。

 

「隙だらけと思った? 残念でした―――――??」

 

 一誠の登場で隙きを見せたジャンヌに木場が人質の子供を奪還しようとしたのだが、ジャンヌはキッチリ対応し阻止した。

 木場の手の中に子供の姿はない。だがジャンヌの中にもない。

 

「えっ!?」

「怪我はないかい? 坊や」

 

 子供はさらに離れた位置にいた正体不明のカウボーイのもとにいた。カウボーイの左右の腰には長い鞭が携帯されている。

 

「ジャンヌ、まさかキミがね……」

 

 暗い雰囲気でカウボーイハットを深く被り人質の子供をそっと降ろす。

 

「キミが決めたことだ、俺が口出しすることじゃない。だけど一つだけ言わせてくれ。――――いくら幼い少年が好きでも強引なのはよくないぜ」

 

 その一言に全員がぽかんとした。

 

「激しい愛の情熱は思考を燃やし尽くし時として過ちを犯す。情熱的に踊るだけでなく、次のステップを踏むための冷静さも必要なんだ。時にはパートナーの足を踏んでしまうかもしれないが、それもまた恋愛。最も重要なのは二人で愛は踊るという意識。ワルツは一人じゃ踊れないのさ」

 

 カウボーイの熱弁にジャンヌは顔を赤面させてプルプルと震えだし、イクサとパペットとフリードも必死に笑いを堪え震える。

 

「悪魔と言えど年端も行かない子供に求愛するのは世間的にアウトだろうが、愛に年の差なんね関係ない。俺は応援するぜ!」

「違うわよッ!!」

「「「ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」」」

 

 ジャンヌは真っ赤になって全力で否定し、三人は腹を抱えて大笑い。

 

「まさかそういう理由だったとは思いも寄らなかった! いやいや、勘違いしてすまなかったジャンヌ! まさかお前が……ショタコンだったとは知らなくてな。ワハハハハハハハハハハハハ!」

「違うわよ! 違うわよ! ちょっと何言ってんのよガヴィン!」

「いいかい坊や。キミにはまだ恋愛はまだ難しすぎるだろう。しかし最初はそれでいいんだ。少しずつ互いを深く知り、時には別れを決断しなくてはならなくなる。それはとても辛いことだが互いのためだ。恋愛ってのはそういうものでもある。だがその経験がきっとキミをワンランク上の男にしてくれる」

「なに子供に変なアドバイスしてんのよ! 私はショタコンじゃないわ!」

「「「ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」」

 

 さらに大笑いする三人。パペットも腹を抱えすぎてひっくり返った。

 カウボーイの男―――ガヴィンは仲間であるジャンヌが人質をとったとは端から考えなどしなかった。だからこそ恋愛感情の暴走と解釈したのだ。

 羞恥に赤面で涙目になるジャンヌが涙を拭った刹那、パペットが倒れた体勢から反転した状態でジャンヌに急接近した。

 

「―――ッ!」

 

 あまりにも不安定な体勢からなため虚は付かれても怪物の世界では十分対処できる範囲の速さ。

 パペットの奇妙な体勢からの接近はジャンヌの視線を釘付けにし、その隙に機械兵が背後に回り込みジャンヌを取り押さえようとした。

 ジャンヌが自ら視界を遮った隙きを付いた変則的な奇襲に、自分へ視線を向けさせた隙に機械兵を回り込ませ奇襲の挟み撃ちにする二重の奇襲。だがジャンヌは寸でのところで背後の機械兵の接近に気づき逃げた。

 体勢的に受け身の取れないパペットを機械兵がキャッチしそこから曲芸のような軽やかな身のこなしで機械兵の肩に立つ。舌打ちの代わりに指をパチンと鳴らした。

 

「もう、油断もすきもないわ」

「戦場のド真ん中で性癖暴露するお前はどうなんだよ」

「うるさいうるさいうるさい!!」

 

 イクサに再びいじられもう相手をしたくないジャンヌは一誠を激しく睨めつけ強引に話題を変える。 

 

「それはそうと赤龍帝……まさか、シャルバの奸計(かんけい)から生き残るとはね。恐ろしいわ」

「そりゃどうも。―――で、どうする? 俺達とやるのか?」

 

 一誠がそう挑発すると、ジャンヌは懐ふところからピストル型の注射器―――『魔人化(カオス・ブレイク)』を取り出した。

 人質も失い障害が増え、さらにはショタコン扱いされたジャンヌはあらゆる意味で一刻も早く現状を打開したいと考えていた。

 

「イッセーくん、気を付けて! あれは神器(セイクリッド・ギア)能力を格段にパワーアップさせるものだ!」

 

 木場が一誠にそう説明を飛ばし、ジャンヌは首もとに針を向ける。

 

「……二度目の使用は相当命が縮まるからあまり使いたくはなかったけど、使わざるを得ないわ」

 

 そう口にした後、針を首に射ち込もうとしたが次の瞬間、注射器はましてもジャンヌの手元から消える。

 

「美しいレディにこんな危ないものは似合わない」

 

 ガヴィンは鞭を片手に奪った注射器を見せつけ放り捨てた。

 ジャンヌの体から放たれる重圧は増していき、顔に血管が浮かび上がらせながら笑う。

 

「……わかったわ。そっち(悪魔)に付くってことでいいのね!」

 

 ジャンヌが吼えると同時に足下から刃が無数に出現していく。

 出現した聖剣がジャンヌ自身を覆っていき、眼前に君臨したのは―――聖剣で形作られた1匹の巨大な蛇。頭の部分にジャンヌが上半身だけ露出しており、その姿は蛇型の女モンスター『ラミア』のようだった。

 

「あの状態は厄介ですよ。禁手(バランス・ブレイカー)のドラゴンを使っていた時よりも攻守とスピードが増す」

 

 先程までジャンヌと戦っていたゼノヴィアがそう言う。

 

『うふふ、この姿はちょっと好みではないけれど、強くなったのは確実よ。曹操が来るまでの間、これで逃げさせてもらうわ!』

「そこまで言っておいて逃げるのかよ!」

 

 ジャンヌの逃げの姿勢にツッコむイクサ。

 この状況で真っ先に動いたパペットは機械兵を引き連れジャンヌに向かっていく。

 地面から聖剣を発生させ進路妨害をするが華麗に躱されていく。体勢的に躱せない聖剣は機械兵が破壊する。パペットは徐々に距離を詰めていく。

 だがパペットより少し遅れて一誠もほぼ同時に行動を開始していた。

 一誠は脳内の妄想力を高めて、ジャンヌに向けて久しぶりの夢空間を展開させた。

 

乳語翻訳(パイリンガル)』!」

 

 一誠はジャンヌの胸に向けて技を放ち、質問を飛ばす。

 

「へい! そこのジャンヌのおっぱいさん! いったいこれからどうするんだい?」

『えーとね。路面を壊して、下水道にでも逃げようかなーって思っててー』

 

 ギャル風で可愛い声と思いつつも、企みを暴いた一誠は下水へ逃さんとした。

 ジャンヌが聖剣で作られた蛇腹を軽やかに動かし、一際大きい聖剣を創り出して路面に突き立てようとしたところに一誠が入ってくる。

 パペットの進路妨害や元仲間の妨害を強く警戒していたため一誠に付け入るすきを与えた。

 一誠は横から殴りかかる要領で次の必殺技に展開させていく。ジャンヌの体に触れ、脳みその妄想を解き放つ。

 

洋服破壊(ドレス・ブレイク)!』

 

 一誠は自分なりに格好いいポーズを取りながら技名を放つと、それと同時にジャンヌの下半身を覆っていた巨大な蛇型の聖剣が儚い金属音を立ててバラバラになっていく。

 ついでにジャンヌの衣服も吹き飛ばしその裸体を脳内に保存しようとしたが、そこには破れた衣服の破片だけ舞い散っていた。

 

「レディに恥をかかせないのが紳士の役目だ」

 

 またしても気づいたときにはガヴィンの腕の中へ。

 ジャンヌはガヴィンが羽織っていたポンチョに裸体を包まれ裸体を隠された状態で鞭で縛られていた。

 

「これが噂に聞く赤龍帝レディの衣服だけを吹き飛ばす技か。確かにレディの肌を傷つける事なく無力化出来る素晴らしい技だ。だが戦場であろうとレディを辱める行為は紳士的とは言えないぜ」

 

 カウボーイハットを深く被っているので表情は見えない。

 鞭で縛られて些細な抵抗しかできないジャンヌをそっと降ろす。

 

「赤龍帝、お前がやった行為はレディを愛するものとして恥ずべき行為だが責めるつもりはない。戦場では良い子で通じるような甘い世界じゃぁない。非情な行いだって時には必要だ。相手を守るため公衆の面前でレディの服をひん剥くことだって必要かもしれない。むしろジャンヌを傷つけずに無力化してくれたことには感謝している。―――だがエロ目的でジャンヌの裸体を拝もうとしたことは話が別だ」

 

 一誠がジャンヌを裸にしたのはエロ目的でもあったことをガヴィンは見抜いていた。

 

「同じレディを愛する者でも、チープな変態とナイスガイの違いはそこに現れるのさ」

 

 そう言って鼻血を流しながら格好つける。―――間に合っていない上に自分はジャンヌの裸体をバッチリ見ていた。

 

「おー変態(ガヴィン)変態(赤龍帝)になんか言ってる」

 

 その様子を興味なさげに眺めているイクサは聖剣の残骸に目を向けた。

 “聖剣の残骸が消えていない”その不自然な状態に注意を向ける。

 誰もが戦いは終わったと安心しきった中で、バラバラになった聖剣が再び動き出し形を成そうとした。

 

「……!? 聖剣の欠片が!」

 

 その異変に最も早く気づいた誇銅が指摘し他の皆が注目した頃にはイクサは既に行動に出ていた。

 神々しく輝く拳をまだ不定形の聖剣の塊へ撃ち込んだ。しかし聖剣の塊から龍の首が生えイクサの拳とぶつかり攻撃を弾かれた。新しく生えた2つ目の龍の首が追撃を行う。しかしそれは向かわせていた機械兵が全速タックルで弾くが、さらに3つ目の龍の首により噛み砕かれた。

 完全に破壊された機械兵の頭上を浮遊していたものがパペットのもとへ戻る。

 

 聖剣の塊からは3つの龍の首に見合った巨大な龍の体へと聖剣が重なっていく。

 幾重にも聖剣から出来上がったのは巨大な三つ首のドラゴン。首が増えた分前の禁手(バランス・ブレイカー)よりも大きい。

 機械兵を破壊されたパペットは首を傾げ、イクサと視線を合わせる。

 

「“覚醒”……じゃあないな。あいつらは誰も覚醒に到れるほど神器(セイクリッド・ギア)を理解していない」

 

 聖剣のドラゴンは大きな翼を広げ向かってきた。

 眼前のイクサとパペットを無視してガヴィンとジャンヌの方へ首を伸ばした。ガヴィンはジャンヌを担いで悠々と避ける。パペットは待てと手を突き出すとその場から全速力で走り去ってしまった。

 一誠が聖剣のドラゴンに向かっていこうとするが……。

 

「引っ込んでろ赤龍帝!!」

 

 イクサが力強く叫ぶ。

 

「これは俺達の問題だ! ケジメは俺たちで付ける!」

 

 その覚悟の叫びに一誠は思わず怯んだ。

 ガヴィンが一誠に言う。

 

「赤龍帝、お仲間を連れて早く逃げな。仲間の不始末はこっちでしておく」

 

 イクサの体から神々しい金色のオーラが溢れ出した。

 

「暴走による半覚醒状態ってところか。どちらにせよ早々に退場願おう!」

 

 三ツ首の攻撃を掻い潜り聖剣のドラゴンのボディへと潜り込むと、掌から強力な衝撃波を打ち込んだ。

 聖剣のドラゴンに大きなダメージが入ったが、同時にジャンヌが苦しみだす。

 

「どうしたジャンヌ!? おいまさか……イクサ!」

「チッ暴走の代償か覚醒の制約かはわからんが、ダメージを本体と共有してるのか」

 

 その事実からイクサは追撃をせずに聖剣のドラゴンに防戦一方となり突破されてしまった。

 聖剣のドラゴンはジャンヌを担いで逃げるガヴィンを追いかける。

 

「俺の仲間に手を出すな!」

 

 それをリアス達が狙われていると勘違いした一誠が止めに入るが、龍の首の一突きで鎧を砕かれた。

 邪魔者を排除しガヴィンに向かって首を伸ばす。三つ首の猛攻を暴れるジャンヌを担ぎながらは困難を極める。そのうちの一撃を躱しきれないと判断したガヴィンはジャンヌの盾になって背中でモロに受けた。

 その衝撃でジャンヌはガヴィンの手から離れてしまい奪還されてしまう。

 ジャンヌを奪還したドラゴンはジャンヌを取り込むと踵を返し、暴走前にジャンヌが壊した路面へ逃げ込もうとした。強くはなったが目的は暴走前の思考のままだった。

 

「やれやれ、困った子猫ちゃんだぜ」

 

 立ち上がったガヴィンは投げ縄状の鞭を聖剣のドラゴンの首の一本に括り付けた。

 ドラゴンに引き寄せられた瞬間ガヴィンは飛び上がり、残りの首と翼と腕もまとめて縛り上げドラゴンに乗った。

 

「ロデオドライブ!!」

 

 ドラゴンの上でガヴィンのロデオが始まる。

 ドラゴンがどんなに暴れようともガヴィンは見事な腕前で乗り続ける。激しく暴れるほどに聖剣のドラゴンからオーラが急激に放出されていく。

 

「yeehaa! yeehaa! yeehaa!!」

 

 乗りこなされて数十秒後、ドラゴンはその場に倒れ込みバラバラの聖剣へと戻った。

 今度はきっちり消滅した聖剣の中からは、体力とオーラを消耗しきり気を失ったジャンヌが残った。

 全てが終わった後に数体の損傷している機械兵を抱えた機械兵を連れてパペットが戻ってきた。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

「つまりオーフィスの力を借りて……グレートレッドの体の一部で体を再生させた⁉」

 

 ジャンヌが倒れた後に一誠の経緯を聞き、素っ頓狂な声を上げるフリード。当然皆も驚いていた。

 

「……どうせ戻ってくるだろうと思っていたが……まさか、ここまで常軌を逸した助かり方をしているとは……流石に予想の範疇外だぜ……」

 

 僕も死に戻りした身だけどそんな再生の仕方はしていない。……自覚と記憶がないだけかもしれないけども

 

「―――強者を引き寄せる力、ここまで来ると怖いな。首都リリスを壊滅させるモンスターと言う情景を見学しに来たら、まさかグレートレッドと共にキミが現れるなんてね」

 

 第3者の声、振り向けばそこには曹操の姿があった。

 曹操は相変わらず槍を手に持って、倒された仲間を見て目を細めていた。

 

「……まだ君達を超えることはできなかったか……。ヘラクレスはともかく、ジャンヌは『魔人化(カオス・ブレイク)』を使った筈なのだが……2度使うと弊害が出ると言うのかな……」

 

 仲間の心配よりも負けた理由を独りごちながら模索しているようだった。

 曹操が登場した事で一気に空気が一変する。

 

「……フョードルとハロルに続きイクサ、パペット、ガヴィン。やっぱりキミ達も裏切るのかい?」

「オレはお前らが正しい道に進むと思って乗ったんだ。道を踏み外しゃ降りるさ」

「まったくもって同感だな」

 

 ガヴィンとイクサに同調するようにパペットも首を縦に振る。

 「……そうか」と一言つぶやき次に曹操の視線が一誠に移る。以前の興味に彩られたものではなく、異質なものを見るような目つきになっていた。

 

「……帰ってきたと言うのか、兵藤一誠。旧魔王派から得た情報ではシャルバ・ベルゼブブはサマエルの血が塗られた矢を持っていたと聞いていたのだが」

「ああ、喰らったぜ。体が1度ダメになっちまったけど、グレートレッドが偶然通りかかったようでさ。力貸してもらって肉体を再生させた。……先輩達やオーフィスの協力があってこそだったけどな」

 

 一誠の台詞を受けていつもの余裕はなく曹操は目元をひくつかせていた。

 

「……信じられない。あの毒を受けたら、キミが助かる可能性なんてゼロだった。それがグレートレッドの力で体を再生させて、自力で帰還してくるなど……っ! グレートレッドとの遭遇も偶然で済ませられるレベルではないんだぞ……っ!」

 

 とても信じられないといった顔で独りでぶつぶつと話している。

 動揺してすぐには襲いかかってくる気配はないのを感じた一誠はリアスさんに正面から言った。

 

「リアス、俺をもう一度あなたの眷属にしてください」

 

 今の一誠には悪魔の駒(イーヴィル・ピース)は宿っていない。

 もうそんなもの必要ないだろうに。だけど一誠はそれでは本当の意味で再生した事にならないとか考えるんだろう。むしろ得るものより失うものの方が多い気もするけども。

 リアスさんは懐から紅い『兵士(ポーン)』の駒を八つ取り出し一誠へ向ける。

 駒は一誠の胸の前でいっそう輝きを増し体へ入っていく。

 そのまま二人は唇を合わせ、抱き合った。

 

「―――私と共に生きなさい」

「はい、俺はリアスと共に生きます。―――最強の『兵士(ポーン)』になるのが夢ですから!」

 

 強く宣言し、決意を新たにする。この間お互い隙だらけ。

 戦場で、それも敵が眼前にいるのになぜこうも隙きを見せられるのか。それをする二人もそれが許容される現状も何もかもが不自然に感じる。まるで何か大きな力によって演じさせられてるように思えてきた。

 

「よし、ソッコーで馴染んだ! さすが俺の駒!」

 

 気合を入れ直したその時、不気味な波動を出現した。

 そちらを見やれば、車道の一角に黒いモヤのようなものが発生し、そこから鎌らしき得物が飛び出してきた。

 装飾が施されたローブ、道化師のような仮面を着けた者―――最上級死神(グリムリッパー)プルートが現れた。

 

≪先日ぶりですね、皆さま≫

「プルート、何故あなたがここに?」

 

 曹操にとっても予定外の登場だったらしく、プルートは曹操に会釈する。

 

≪ハーデスさまのご命令でして。もしオーフィスが出現したら、何がなんでも奪取してこいと≫

 

 プルートの視線が一誠の隣にいるオーフィスに注がれた。

 ハーデスはまだオーフィスを狙っているようだ。

 

「お前の相手は俺がしよう。―――最上級死神プルート」

 

 またまた聞き覚えのある声。

 僕達と曹操、プルートの間に光の翼と共に空から舞い降りてきたのは―――純白の鎧に身を包んだ男性。

 

「やはり、帰ってきたか、兵藤一誠」

「ヴァーリッ!」

「あのホテルの疑似空間でやられた分を何処かにぶつけたくてな。ハーデスか、英雄派か悩んだんだが、ハーデスはアザゼルと美猴(びこう)達に任せた。英雄派は出てくるのを待っていたらグレモリー眷属がやってしまったんでな。こうなると俺の内に溜まったものを吐き出せるのがお前だけになるんだよ、プルート」

 

 大胆不敵に告げてくるヴァーリさん。いつもと変わらないポーカーフェイスだが、語気に怒りの色が見える。相当ストレスが溜まってるようだ。

 プルートが鎌をくるくる回してヴァーリさんに構える。

 

≪ハーデスさまのもとに部下を送ったそうですね。先程、連絡が届きましたものですから。まあ良いでしょう。しかし、真なる魔王ルシファーの血を受け継ぎ、尚且つ白龍皇であるあなたと対峙するとは……。長く生きると何が起こるか分からないものです。―――あなたを倒せば私の魂は至高の頂きに達する事が出来そうです≫

 

 プルートは白龍皇の挑戦を嬉々として応じ、ヴァーリさんは兜をつけ直して言う。

 

「兵藤一誠は天龍の歴代所有者を説き伏せたようだが、俺は違う」

 

 ドンッッ!

 いきなり特大のオーラを纏い始めるヴァーリさん。

 

「―――歴代所有者の意識を完全に封じた『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』のもう1つの姿を見せてやろう」

 

 光翼が広がり、魔力を大量に放出させる。

 純白の鎧が神々しい光に包まれ、各部位にある宝玉から歴代白龍皇の所有者とおぼしき者達の意識が流れ込んでくる。

 

「我、目覚めるは―――律の絶対を闇に堕とす白龍皇なり―――」

『極めるは、天龍の高み!』

『往くは、白龍の覇道なりッ!』

『我らは、無限を制して夢幻をも喰らう!』

 

 それは恨みも妬みも吐き出さない代わりに圧倒的なまでに純粋な闘志に満ちていた。しかしなんだろうか……99%の純粋の中に1%の不純物が混じっているのを感じた。影に隠れたたった1%には99%を飲み込みかねない圧倒的何かを感じる。

 

「無限の破滅と黎明の夢を穿うがちて覇道を往く―――我、無垢なる龍の皇帝と成りて―――」

 

 ヴァーリさんの鎧が形状を少し変化させ、白銀の閃光を放ち始めた。

 

「「「「「「汝なんじを白銀の幻想と魔道の極致へと従えよう」」」」」」

『JuggernautOverDrive!!!!!!!!!!!‼』

 

 そこに出現したのは白銀の鎧に包まれし、極大のオーラを解き放つ別次元の存在としか思えない者だった。

 周囲の公共物、乗用車が触れてもいないのに潰れていく。ヴァーリさんが体から滲ませるオーラだけで物が破壊される。

 

「―――『白銀の(エンピレオ・)極覇龍(ジャガーノート・オーバードライブ)』、『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』とは似ているようで違う、俺だけの強化形態。この力、とくとその身に刻めッ!」

 

 言い放つヴァーリさんに斬りかかるプルート。残像を生み出しながら高速で動き回り、赤い刀身の鎌を振るう。

 バリンッ!

 儚い金属音が響き渡る。―――プルートの鎌がヴァーリさんの拳によって難無く砕かれた。

 

≪ッッ!≫

 

 驚愕している様子のプルートだったが、そのプルートの顎に鋭いアッパーが撃ち込まれていく。激しい打撃音を叩き出して、プルートが上空に浮かされる。

 そのプルートに向けてヴァーリさんは右手を上げ、開いた手を握った。

 

「―――圧縮しろ」

『CompressionDivider!!!!』

『DividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDividDivid‼』

 

 空中に投げ出されたプルートの体が縦半分に圧縮し、更に横に圧縮していく。

 プルートの体が瞬時に半分へ、また半分へと体積を減らしていく。

 

≪こんな事が……! このような力が……ッ!≫

 

 プルートは自身に起こった事が信じられないように叫ぶが、ヴァーリさんは容赦無く言い放つ。

 

「―――滅べ」

 

 目視できない程のサイズまで圧縮されていった死神は遂に何も確認できなくなる程体積を無くしていく。

 空中で震動が生まれたのを最後にプルートは完全に消滅。最上級死神プルートはこの世に微塵の欠片も残さず消えていった。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 白銀から通常の禁手(バランスブレイカー)に戻ったヴァーリさんは肩で息をしていた。消耗は激しいが、最上級死神プルートを何もさせずに瞬殺した力は凄まじい。

 間違いなくヴァーリさんも一誠の進化に影響を受けて強くなっている。その方向性が良いか悪いかはわからないが。

 リアスさん達もヴァーリさんのかけ離れた実力に言葉を失っていた。サイラオーグさんだけは嬉しそうに笑みを見せていた。

 

「……恐ろしいな、二天龍は」

 

 そう言いながら近付いてくる曹操。

 

「ヴァーリ、あの空間でキミに『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を使わせなかったのは正解だったか……」

「『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』は破壊と言う一点に優れているが、命の危険と暴走が隣り合わせ。今俺が見せた形態はその危険性を出来るだけ省いたものだ。しかも『覇龍(ジャガーノートドライブ)』と違うのは伸びしろがあると言う事。曹操、仕留められる時に俺を仕留めなかったのがお前の最大の失点だな」

 

 ヴァーリさんの言葉に曹操は無言だった。

 曹操の視線が今度は一誠に移る。

 

「確認しておきたい。―――兵藤一誠、キミは何者だ?」

 

 苦慮する一誠を前にして曹操は首を捻る。

 

「やはり、どう考えてもおかしいんだよ。自力でここまで帰ってこられたキミは形容しがたい存在だ。もはや、天龍どころではなく、しかし、真竜、龍神に当てはまるわけでもない……。だからこそ、キミはいったい―――」

「じゃあ、おっぱいドラゴンで良いじゃねぇか」

 

 面倒くさそうに断ずる一誠。曹操は一瞬間の抜けた表情を見せるが直ぐに苦笑して頷いた。

 

「……なるほど、そうだな。分かりやすいね」

 

 それだけ確認すると、曹操は聖槍の先端を向ける。

 

「さて、どうしようか。俺と遊んでくれるのは兵藤一誠か、それともヴァーリか、もしくはサイラオーグ・バアルか。または全員で来るか? いや、さすがに全員は無理だな。神滅具(ロンギヌス)3つを相手にするのは相当な無茶だ」

 

 挑発的な物言いをする曹操。ヴァーリやサイラオーグさんまで参戦したら、いくら曹操でも耐えられない……だろう? ただ今までの英雄派幹部の強さを見るに断言できないレベルではある。

 ヴァーリさんが一誠に歩み寄り訊く。

 

「奴の七宝(しっぽう)、4つまでは知っているな?」

「ああ、女の異能を封じるのと、武器破壊、攻撃を転移させるのと、相手の位置も移動できるんだよな」

「他の3つは飛行能力を得るものと木場祐斗が有する聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)禁手(バランス・ブレイカー)のように分身を多く生み出す能力、そして最後は破壊力重視の球体だ」

「とりあえず、礼は言っとく」

 

 なんだか一誠が戦う雰囲気になっていた。

 一誠が1歩前に出たのを見て曹操は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「俺の相手は赤龍帝か。他はそれを察してまるで動かないときた」

「ああ、借りを返さないと気が済まなくてさ」

 

 曹操の言う通り、“みんなは”一誠と曹操のバトルを確認および容認したようだ。しかし“全員ではない”。

 一誠の前をフリードが聖剣で遮った。

 

「一度だけしか説明しないからよく聞け。ここに来る前にお前の主に一つ提案をした。現在冥界で起きてる騒動を鎮める為に俺たちがサポートする代わりに、それ以外の英雄派の事柄などは俺達に一任する。悪魔の介入は許さない。だから引き下がれ、兵藤一誠」

 

 フリードはリアスさんとの(一方的な)約束を一誠に説明した。そのまま「なあ?」とリアスさんに同意を投げかけるが、納得をしていないリアスさんは返事をしない。その様子から同意を得てないことを察した一誠は押し通ろうとするが、フリードは銃―――十字架の拳銃を見せつけた。

 

「これがどんなものなのかもう理解してるよな? 確かに提案には了承してもらってないが、そんなの関係ない。それに邪魔をするなら生死を問わず排除するとも説明した。―――邪魔するんじゃねえ」

 

 一誠はあの銃がどんなものなのか理解している様子。だが以前あの銃が使われた時は暴走状態だった。だとすればあの結界内で使用されたと考えるべきか。

 もしあれを使われたら近くに存在するだけで悪魔は消滅するだろう。

 フリードが牽制してる間にイクサ、パペットが前に出る。ガヴィンは倒れた幹部三人を退避させていた。

 戦意を感じ取った曹操は肩を槍で軽く叩く。

 

「結局キミ達か。できれば全力の赤龍帝と戦いたいんだけどな」

「曹操、遊びはもう終わりだ。本当はもっと早くこうするべきだった。そのせいで多くの被害が出てしまった。悔やんでも悔やみきれない。俺達はお前を信じすぎていた。その責任をとりにきた!」

 

 二人から濃密なオーラが放たれていた。

 仲間の暴走を止めるべく立ち上がる男達。裏切り者と揶揄されようとも仲間を想うが故に対峙する。罪を重ねる仲間を止められなかった責任感から。

 こんな彼らが慕っていた曹操はきっと英雄と呼ぶに相応しい人だったのだろう。今ではその影も形もなくなってしまったが。

 

「覚悟しろ曹操! 寝ぼけた貴様を叩き起こしてやる! 禁手(バランス・ブレイ)……」

 

 チン!

 急にこの場に似つかわしくない日常的な音が緊迫した空間に鳴り響いた。

 そこへ目を向けると機械兵の上腹部のレンジから袋ポップコーンを取り出す黒軍服の黒い長髪の男性の姿が。……なにあの家電を搭載した機械兵?。

 

「ごめんごめん、気にせず続けて」

 

 シリアスな映画を画面越しに見るかのような場違いな男性がそこにいた。




 次回、英雄・ナチスVS脱英雄・悪魔。敵味方が入り交じる大乱戦!


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新時代なナチスの総統

 パソコン壊れてサボリ癖が付いてしまいましたが、ぼちぼち再開したいと思います。


「誰だ貴様は」

 

 男性は気にせずと言ったが、突然現れた異色の人物を気にせず続行なんてできるわけがない。

 

「俺が誰かなんて重要なことじゃない。今重要なのは目の前で始まろうとしていた熱き男たちの戦いだ。水を差すようなことをしてしまったのは大変申し訳無いと思っている。こちらとしてもノー編集で使える最高の撮れ高を台無しにしてしまったと深く反省している」

「おまえの都合なんてどうでもいい。俺は誰だと聞いているんだ」

 

 残念そうに謝罪する男性にイクサは語勢を強く質問を繰り返した。

 男性は、少し悩んでから答えた。

 

「俺の名は“ヒトラー”。この場にはナチス・ドイツの総統として立っている」

 

 あっさりと自分がナチスの首領であることを明かした。

 禍の団(カオス・ブリゲード)の幹部達も問われれば簡単に名乗っていた。それは彼らの自信の表れから。曹操なんかもそうだった。だけどこの人は――ヒトラーはその中でも一味違う。僅かに滲み出ているオーラの練度が桁違いで、誰よりも不気味。全てが実力で本物だとわかる。

 

「貴様が曹操に妙なことを吹き込んだのか」

「言いがかりはよしてくれ。世間体が悪くなるだろ。俺はただ相談相手になっただけで、曹操自身が本当の望みに気づいただけ。徹頭徹尾(てっとうてつび)曹操の意思だ」

 

 フョードルさんの話によると曹操達がおかしくなったのは第三者の影があった。

 そのことに関してヒトラーは関係性を否定しているがおそらく高い確率で原因は彼だろう。

 

 ヒトラーは機械兵で充電していた何かを外すとその場からこちらへジャンプした。着地から素早く、速さは騎士(ナイト)並だが木場さんよりも遅く、だが全ての動きがスムーズで無駄がない。

 ヒトラーは一直線に鎧を纏った一誠へと向かい、直前で姿勢を低くし背後に回った。おそらく一誠からすれば目の前でいきなり消えたように錯覚しているだろう。

 背後から右横に周り左肩へと手をかける。置かれた手に反応して左側に注目している間に右側の自分へと一誠を引き寄せた。そうして決定的に一誠の不意をつき続けたヒトラーは――カシャ。手に持ったカメラ? のようなもので一誠とツーショットを撮った。

 

「へっ?」

 

 呆気にとられてる間にヒトラーは次にヴァーリさんへと向かう。

 一連の流れを見ていたヴァーリさんは一誠のように油断をしなかったが、それでもあっさりと背後に回られ同じようにツーショットを撮る。

 満足したヒトラーはカメラ? を見ながら満足そうに離れた。

 

「“二天龍の最期”かもしれないからな。そうなったらこの写真はさらに価値が付く」

 

 二天龍がここで死ねば価値が上がる。そういうことをさらっと言い放つ。

 禍の団(カオス・ブリゲード)や三大勢力だって人間の命なんてそう大切に思ってなんかいない。人外にとって人間が、生命がどういった存在なのか考えればわからなくもない。だけどヒトラーが言い放った言葉は違う。その言葉に人間だからこその底知れない悪意を垣間見たような気がした。

 

「なかなかいいんじゃない? さっそくSNS更新しよっと!」

「直接会うのは久しいな、ヒトラー」

「おお、曹操!」

 

 ヒトラーの嬉しそうな表情でハグした。まるで長年離れていた親友との再会のように。曹操も若干困惑しつつも受け入れていた。

 ヒトラーが現れてから一誠とはまた違う感じで空気を変えられている。

 

「活躍は聞いてるよ。三大勢力だけじゃなく、他の神話相手にも一歩も引かない大進撃だったらしいじゃないか。どう、俺の贈り物は役に立った?」

「ああ、とても役に立った。むしろ申し訳ないとすら思ったよ」

「こっちこそいろいろデータをくれてありがとう! 性能の最終テストや現場の情報データは本当に助かったよ。こういうのは表立ってやらないといけないから困ってたんだよ。準備段階で下手に目を付けられたくなかったから。だけど君達のおかげでもう大丈夫! “いままでありがとう”」

「え? ……!!?」

 

 突然その場で崩れ落ちる曹操。

 

「こうなったら死んでくれた方が都合がいいからな」

「曹操!!!」

 

 英雄派の三人が駆け寄ったその時、地面から電流のような魔力が網目状に発生し全員の動きが封じられてしまった。魔力で拘束というよりも痺れさせるタイプか。魔法的な力であるがとても科学的なトラップ。

 地面をよく見ると発生地点に点々と小さな機械が散らばっていた。一誠と写真を撮った時に仕掛けられていたようだ。

 

 簡易的な足止めなだけに力業の解除も難しそうではないが、人外の戦いにおいてとてつもなく効果的な罠だ。

 仕掛けのお手軽さと効果は威力が低いことを差し引いても割に合わないコストの良さだ。

 誰もがすぐには行動できない中、パペットだけは意に(かい)せず飛び出した。

 

「ほ~考えたな。神器で自分自身を操ったか」

 

 十字の木片がパペットの頭上に。自分の神器(セイクリッド・ギア)の操る能力で肉体を強制的に動かしているのか。それならば物理的な拘束ではないシビレ罠を無視できる。さらに自分の完璧な理想の動きを強制することもできる。

 ただし限界を無視した動きは肉体的な負荷が大きいだろう。肉体の麻痺を強制的に動かすのも苦痛はあるだろう。仮面の下の彼は今どんな表情で平静の無言を貫き通しているのか。

 

 飛び掛かるパペットだったが、側面から二つの影が飛び出しパペットに襲い掛かる。

 襲い掛かってきたのは二人の男性。二人を跳ね除けようと攻撃するも一人が捨て身同然に組み付き、もう一人がパペットの右腕を取り―――バキッ! 折った。

 うめき声一つ出さないが、強い痛みを感じたのは反応でわかる。パペットは即座に反撃に出た。組み付いた男性の股間を膝で強打し緩んだところへ腹部へもう片方の膝を打ち込む。完全に引き剥がした男性ももう一人の男性へと蹴り込んだ。

 男性は飛び込んでくる仲間を受け止めず塵のように払いのけると、その一瞬の隙に“

折れた右腕で男性を殴り飛ばした”。

 肉体の状態を無視した操り人形だからこそできる方法。相手も折った右側への注意は薄かっただろう。だからといって自分の肉体でそれをやるのは恐ろしい。彼は本当に意思のない操り人形(パペット)なのかと錯覚してしまう。

 

「……」

「……キヒ」

 

 対する二人の男性も場慣れした動きで痛みなど感じていない様子で立て直す。それになんか目の焦点もおかしい。

 そんな中で僕は上空に妙な胸騒ぎを感じた。その瞬間、次元が裂けそこから50以上の機械兵が降ってきた。

 

「ふんっ!」

 

 イクサが強引な力業で魔力を弾き、乱れ弱まったところへガヴィンが鞭で地面の機械を破壊したことで全員が解放された。

 解放されてからも体に痺れが残っている。だが体内の氣を操れば問題ない。だが他のこちら側(悪魔)は十全に動くには少しかかるだろう。

 上空の大量の機械兵に二人の狂兵士。ヒトラー自身の力も未知数。状況は悪くなる一方。

 

「フリード、悪魔共を抑えておいてくれ。ガヴィンは曹操を見張れ。パペット! その二人は俺が変わる。お前はロボの対処を頼む!」

 

 悪魔は完全にお荷物扱いされている。そして実際お荷物だろう。下手な人数差は同士討ちなど利用されやすい。

 指示を受けたパペットは左人差し指を高く上げ、それから三本指で曹操と僕ら悪魔を指した。

 パペットの頭上の木片を巨大な手が掴み、同じように木片を持った手が動かない機械兵の頭上に現れ立ち上がらせたる。さらに巨大なピエロの幻影がパペットの背後に浮かび上がった。

 

神器(セイクリッド・ギア)の覚醒者か」

 

 パペットを見て呟くヒトラー。そういえばジャンヌの時も“覚醒”という単語が出てきた。神器(セイクリッド・ギア)の覚醒とは一体。言葉の雰囲気から神器(セイクリッド・ギア)を発現した者という意味ではなさそうだ。

 ピエロの幻影に操られた機械兵達が上空の機械兵を迎え撃つ。

 上空ではパペットの機械兵が機械兵と衝突するが、圧倒的数の違いで突破された機械兵がイクサとパペットに襲い掛かる。

 そのほんの一部がこちらに向かって来る。

 一誠が翼を広げて迎え撃とうとする。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 高層ビルが建ち並ぶ空中で一誠はドラゴンショットを繰り出した。

 巨大な一撃を見舞うが、機械兵に目立ったダメージはない。

 

「一誠! 下だ!」

 

 上空にばかり警戒していると、先に降り立った機械兵が真下からの銃撃の構え。

 

「おわっと!」

 

 銃撃の嵐を避けながら今度は散弾のような魔力を無数に放つ。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 それでも機械兵は防御する素振りすらなく悠然と指先の銃口を向ける。

 僕は一誠の左右から回り込ませるように二枚の炎の扉を創り出した。

 

「防火扉」

 

 炎の扉で攻撃を防ぎきる。両手をぎゅっと合わせると二枚の扉を本のように(たた)まれ機械兵を閉じ込める。

 今までと違い造形に一工夫して閉じるとロックされるように創った。これなら力負けしてもそう簡単には抜け出せない。

 決定打には全くならないが一番時間が稼げると思う。

 

「ナイスだ誇銅!」 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

「え、ちょっとま……!」

 

 より魔力を込めたドラゴンショットが炎に閉じ込められた機械兵に放たれる。だが炎に阻まれ魔力は焼失し機械兵は無傷。

 一誠は僕の炎ごと機械兵を消し飛ばそうとしたのだろう。だけどわかっていた、一誠では僕の炎目を突破できないことに。僕の炎は魔力にめっぽう強いし、炎目として形成されれば硬度もある程度高い。上回れなければ傷一つ付かないのが自慢だ。

 日本での修行中には何度も“削り取られた”が僕がしる悪魔はその域には達してない。

 どちらにせよあの攻撃では機械兵を破壊するのは到底不可能だ。せいぜい軽傷を負わせるぐらい。

 

「こいつらは僕が抑えてるから。一誠はみんなを守ることに集中して」

 

 こんな時に意地にはならないだろうが、機械兵も炎も破壊するには力不足というのには触れないように言葉に注意しておく。

 ヒトラーがよそ見をしてる間にガヴィンが鞭で曹操を奪還し、安全圏であろう僕らの方へ連れてくる。

 

「大丈夫か曹操。……曹操? おい、嘘だろ……曹操!!」

 

 体温を感じない曹操の体はすでに死人となり果てていた。皮膚の色が既に死人の色へ変色してきている。だが即死だとしても腐敗があまりにも早すぎる。

 フリードは曹操の首筋から長い針を抜き取った。

 

「これは……もしや……!」

 

 フリードが徐々に青ざめていく。

 動かなくなった曹操の指がピクリと動いた。

 

「!? 曹操!」

「曹操から離れろ!!」

「そいつらを片付けろ」

「ッ?!」

 

 ヒトラーの言葉を切っ掛けに動き出した曹操は聖槍でガヴィンを突き刺そうとした。それを躱すことができたのはフリードの言葉を素直に信じたからだ。そうでなければ間に合わなかっただろう。

 立ち上がった曹操の目はやはり死んでいる。生気だった感じれれない。

 死人が生き返って襲い掛かってくる。この現象を僕は何度か目撃している。

 

「まさかこれって例のウイルスでは!?」

「違うな。これはブードゥー教の古代呪術だ。ブードゥー教の呪術は死の使役を得意とする。たしか人間を死体に変える呪術と、ゾンビを使役する術だったっけか」

「見りゃなんとなくわかる。どうやったら助けられる」

「術者が死ねば解けるはずだ」

 

 つまりヒトラーを殺せば曹操を助けられる。だけど大量の機械兵との混戦状態でそれを成し遂げるのは難しい。ヒトラー自身の強さも未知数だ。

 それとなぜ曹操は黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)を所持しているのか。神器(セイクリッド・ギア)は死ねば次の所有者へと移る仕組みだったはず。

 

「曹操は生きたまま死体にされた。死んでないから魂が肉体を離れない。死体に魂が縛り付けられてるんだ。神器(セイクリッド・ギア)ごと使役できるのがブードゥー呪術の強みだな」

「それって呪いを解けば生き返るってことですか」

「そうとも言い切れない。このまま体が死体に馴染めば呪いを解いても死を取り戻し魂が解放されるだけだ」

 

 となれば曹操を助けられるかは時間の勝負。

 呪術的なものならもしかしたら僕の炎で浄化することができるかもしれない。今は機械兵を抑え込むのに手がふさがってるけど。

 

「まず肉体の保護からだな。肉体が壊れたら生き返らない」

「捕縛なら俺の得意分野だ!」

 

 ガヴィンが素早い投げ縄で曹操を捕らえた。

 

「yeehaa!!」

 

 引っ張る曹操に合わせて肩に飛び乗ったガヴィンのロデオが始まる。

 器用に肩にの上で立ち回る。曹操も倒れまいと、振り落とそうと激しく抵抗した。

 ジャンヌの時のように激しくオーラが排出されていくが……。

 

「ゾンビには肉体的な制約がない! 苦痛も疲労もない! むしろ魂を消耗させてしまうぞ!」

 

 それを聞いてガヴィンは振り落とされてしまった。拘束を解かれた曹操はガヴィンを追撃しようとするが、振り落とされる際に持ち手を鞭で近くの建物と繋がれていた。

 

「イテテ、先に言えよ」

 

 鞭を一つ失ったが無事こちらまで走って逃げきれた。

 こちらが態勢を立て直すのを確認すると、輪後光と七つの球体を出現させる。

 

禁手化(バランス・ブレイカー)まで使えるのかよ」

 

 ゾンビとなって本来の曹操の実力をどれほど有しているのか。もしかしてゾンビの特性に加えほとんど遜色がないのかもしれない。

 機械兵を閉じ込めた防火扉も今にもこじ開けられそうだ。

 まさかここまで厳しい仕切り直しになるとは想像もできなかった。




 歴史上でヒトラーの逸話の一つとして、ヒトラーは演説のテクニックが非常に巧みだったとありました。
 会場ごとにしゃべり方を適切に変え、内容は会場全体の民衆の気持ちを盛り上げることに注力を注いだり、演説を行う時間帯は疲労で思考力が低下する夕方を選んだなど。
 他にも現代でもよくつかわれている大衆の支持を集めやすい短く具体的なスローガン。身振り手振りで人々の意識を釘付けにするため鏡の前で練習していたなどの話もあります。まさに心理学を駆使した演説テクニック。
 まるで役者のように、熱狂した人々がファンのように囃し立てる。

 そのスキルを活かせ、他にもいろいろ調べて漠然と浮かんだヒトラー像を物語に落とし込もうと思った結果……YouTuberとかいいんじゃね? と思って出来上がったのがこれです。
 発達した情報発信技術を駆使し、効果的に演説(注目を集める)を行えるのではないかと。


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頑強な機械群の進撃

 大変長らくお待たせしました! いろいろ思案した結果、やっととりあえず納得がいくものが書きあがりました。
 書きたい部分を削らざる得なくなって難産でしたが、なんとかやりたいことは押し込められました。


 曹操は球体を足元に置くと宙に飛び出した。それを追いかけようとフリードが空中に宙を踏む。フリードはかつてヴィロットが使った空中歩行と同じ術式を仕込んでいた。

 しかしある程度の高さに飛んだ曹操はフリードとガヴィンの上空を通り過ぎ一誠をターゲットにした。

 

「は、なんで俺たちを無視して赤龍帝を」

「曹操は赤龍帝と戦いがってたな。生前の意思が色濃く出たか」

 

 曹操は球体の一つの任意の場所に相手を転移させる能力を使い一誠達の目の前で消えたり現れたりする。

 一誠の背後に現れ槍を伸ばす。それに反応はしているが肉体が若干追い付いていない。堅牢な鎧で身を守りブースターでの高速移動に慣れてる一誠は地に足付けた咄嗟の回避に慣れていなかった。

 しかし次の瞬間には一誠の姿も消えガヴィンに担がれていた。

 

「あんまり野郎を担ぎたくないんだけどな」

 

 地面に刺さった槍を戻すと、槍の先端に球体が出現する。

 球体はグレモリー眷属目掛けて衝突しようとしたが、方向を変えたフリードが曹操を通り過ぎ横から球体を弾いた。弾かれた球体は防火扉の炎の中に静かに消えた。

 

「悪魔であろうと約束は守る」

 

 グレモリー眷属の前で立ち塞がるフリード。

 曹操は安易に動かずグレモリー眷属へ槍を向けたまま一誠を見ていた。

 

「一応命令は守ってるみたいだな。赤龍帝を優先的に狙ってはいるが。グレモリー眷属を攻撃したのは挑発の意味合いもあるな」

 

 フリードは飛び出そうとする一誠を手で制しながら少し考え言った。

 

「赤龍帝――ちょっと生き残ってろ」

 

 そう言うと機械兵の群れの中一直線にヒトラーへと駆け出した。度々新しく投入される機械兵でヒトラーとの間は大混戦と化している。

 機械兵を躱しながら駆け抜けるが全ての機械兵を躱すことはできず一機の機械兵に足が止められた。

 

「ちっ、仕方ねぇ」

 

 フリードはあれほど出し渋っていた十字架の銃を取り出す。それほどに決着を急いだ。

 

「今一度私に力をお貸しください。ガギエル!」

 

 銃口の先から巨大なロボットが召喚発射される。

 ヒトラーはマントを壁に貼り付けるように広げた。マントの内側には血で描かれた魔法陣が描かれている。

 ロボットがヒトラーを討とうとする瞬間に血の魔法陣を叩くと眩い光と共にロボットの姿が消えた。

 

「X-LAWSの天使使いがいることは事前報告にあったからな。もちろんそれなりの対策はしてきた」

「血の魔法陣!! 天使祓いか!!」

 

 ロボット天使をかき消され動揺を隠せないフリードだがそれでも足を止めず機械兵を一刀両断し駆け抜ける。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

 ヒトラーへ辿り着いたフリードは全力の一太刀に斬り捨てようとするが、ヒトラーは手にした振った缶コーラをフリードに向けて開けた。

 

「ぐぅっっ!?」

 

 勢いよく噴き出た炭酸がフリードの顔面に噴きつけられる。炭酸が目に染みても剣を振り下ろすが闇雲な太刀筋など容易く避けられた。

 目を押さえてる間にヒトラーは大きく距離を離すとそこへ大量の機械兵がフリード目掛けて飛んできた。

 襲撃が失敗に終わったことで本格的に戦闘に入ってしまい、完全に足が止まってしまったことでフリードはしばらくあの場から動けなくなってしまう。

 ヒトラーは悠々(ゆうゆう)と離れ腰かけ眺める。ナチスの幹部級は全員戦場のど真っ只中とは思えない程にリラックスしていた。それは圧倒的優位からか相応の実力差かもしくはその両方なのか。全貌の見えない今までとレベルの違う敵組織の存在に誇銅は恐怖を感じた。そして曹操との睨み合いでお茶を濁すのも限界に来ていた。

 

 しびれを切らした曹操が一誠へと襲い掛かる。それとほぼ同時に防火扉も壊れ機械兵が解放されてしまった。

 誇銅はもうなあなあで護るのは無理と判断し、他を見捨ててレイヴェルとギャスパーだけを守る方向に切り替えることにした。

 それぞれが対処しようとした瞬間、空から太い光炎が降り注ぎ機械兵を飲み込んだ。

 いまだ降り注ぐ光炎の火柱から飛び出した影が曹操を横から蹴り飛ばす。

 

「すまん、遅くなった!」

 

 その正体はフョードル。神器(セイクリッド・ギア)である足の鉄球は浮遊する太陽のように輝く火の玉に変化していた。その姿が禁手化(バランス・ブレイカー)であることは明白。

 

「どうやら間に合わなかったようだな」

 

 周りを一目見て現状をなんとなく把握し、自分達が間に合わなかったことを痛感する。それでもすぐに気持ちを切り替え曹操を見据える。

 

「フョードル、曹操は生きたままゾンビとして操られてる。フリードの話では肉体が無事なら呪が解ければまだ助かるかもしれない」

「ならまだ助かる見込みはあるのだな」

「ああ、だけど肉体的な制限を無視するから取り押さえるのも難しい。後は赤龍帝に執着してることぐらいだな」

 

 その話を聞き機械兵の大群の中で戦うフリードをちらりと横目で見た。

 

「赤龍帝、頼みがある。君を含め君の仲間が無事この場を離れられるようにすると約束する。その代わり曹操との戦いは私に譲ってほしい」

 

 フョードルは曹操と睨み合ったまま一誠に勝負を譲るように頼んだ。残された希望を全力で掴みに行く強い意志を込めて。

 ヴァーリと違い戦闘狂ではない一誠だが胸にもやもやしたものを感じていた。

 

「……これは私達なりの償いの一つなのだ。曹操をこの場に留める為に君には残ってもらうことになるが、どうか私に曹操を止めさせてもらいたい」

 

 そのもやもやを気配で感じ取ったフョードルはさらに懇願する。その真剣な気持ちを感じた一誠は勝負を譲ることを決心した。

 

「わかった。必ず勝てよ」

「命に代えても」

 

 赤龍帝の鎧を纏ったまま一歩下がりフョードルと曹操の戦いを見守る姿勢。

 曹操とフョードルがぶつかる。聖槍の間合いを潰す蹴り主体のインファイトに一誠が入り込む隙間はない。

 

「ガヴィン! 彼らを頼みました!」

「了解」

 

 そうしてる間に状況の変化に気づいた機械兵がこちらへ追加投入される。

 今度は先ほどの三倍ほどの数の機械兵だが投入されるがフョードルの太陽の高熱フレアに焼かれる。ゾンビ化した曹操と戦いながらまだ周りに気を配る余裕を持っていた。

 しかし片方がもう片方を盾にして一機が直撃を防ぐ。さらに盾にされた機械兵も機能停止には至っていない。凄まじい学習能力と頑丈さを誇銅達に見せつけた。

 それでも今度は鉄球として蹴り飛ばされた太陽に溶解されながら粉砕される。その間にもフョードルは蹴りと鎖で曹操を逃がさないように聖槍をあしらっていた。

 

 それを見た誇銅はふと思う。焼かれた機械兵は機能停止してなかった。……もしかして!?

 不安は的中。最初に焼かれた機械兵がまだ動いていた。迎撃とは桁違いのダメージで機能停止寸前ではあるが。

 さほど脅威ではないと思いながらも念のために壊しておいた方が良さそうとトドメを刺しに動く。

 銃口をゆっくりとグレモリー眷属に向ける。それに反応してか僕より一足遅れてヴァーリが動き出した。

 

「ほう、あの攻撃を受けてまだ動くか」

 

 誇銅は片手の炎で機械兵の銃撃を受け止め、もう片手はいざって時にレイヴェルを守れるようにフリーに。

 機械兵の反応が鈍くそのまま懐へ入り込んで(コア)を鎧通しで破壊。無事一機を機能停止へ。

 残る一機へ同じ攻撃を仕掛けようとすると同時にヴァーリが攻撃を仕掛けたが、機械兵はヴァーリに目もくれずその攻撃で機能停止もしなかった。

 

「なんだと……ッ!?」

 

 本気には程遠い攻撃だったがそれでも停止寸前の機械兵を破壊できなかったことに驚きを隠せない。ボロボロであろうと堅牢な装甲は健在だった。

 機械兵は真っすぐ誇銅だけを見据えて鎧通しを躱そうと動き出すが、その行動も読んで打ち込んだ。だが機械兵は自分の噴出装置に耐え切れず足が壊れて体制を崩す。そのせいで狙いが大きくズレてしまった。

 それでも(コア)への鎧通しは外れたが今の内部衝撃で機能停止寸前の後押しになり機械兵は完全に機能を停止した。

 

「ん、これって……?」

 

 熱で溶けた装甲の下が目に入る。ハイテクロボットにしては妙に古臭い感じがするそれに誇銅はなぜか見覚えがあるような気がしてなかった。

 それを数秒間見続けていると不意に古い記憶が脳裏に蘇った。それは誇銅が死ぬ前に見たもの。駒王での会談に現れた強固なゴーレム達に彫られていたルーンによく似ていた。

 

(確か全ての呪文が相互関係になるように彫られていたんだっけ。それを高スペックなロボットで再現し装甲で覆い文字を削れないようにしているのか。装甲に使われている金属も普通の物ではないだろう。もしかしたらあの時の犯人もナチスの実験に利用されていたのか)

 

 誇銅は過去と今の思わぬ繋がりを思案する。

 

「誇銅さん!」

「……はっ!」

 

 戦場の真っただ中で考え込んでしまった誇銅だが、レイヴェルの声ではっと我に返る。一誠も合流したことだし邪魔になるだけだから素早く撤退しよう。そう思って振り向くと……既に退路も断たれていた。

 逃走方向に炎の壁を創り飛んできた鋭い刃物を受け止める。殺気の出所がわからなかったから広範囲の薄壁だったので貫通されなくてよかったと安堵する。

 しかし安堵も束の間、逃走方向から十機程の機械兵がグレモリー眷属を殲滅せんと襲い来る。

 

「くっ、挟み撃ちにされていたのか!」

 

 戦闘は避けられないと木場は皆を守るように聖魔剣を構え、ゼノヴィアも“オーラの宿らないエクス・デュランダル”を構えた。

 リアス、朱乃、イリナもただ守られてるだけじゃないと臨戦態勢に入る。

 機械兵の強さを正しく感じ取った一誠、ヴァーリ、サイラオーグは先ほどの壊れかけの機械兵と違い万全の機械兵の襲来により一層警戒心を高めた。

 

「最初に約束したハズだぜ。こっち関係は全部俺達が受け持つってな」

 

 一番に飛び出そうとした一誠に鞭を巻き付け一誠を、他のグレモリー眷属をも飛び越して一番前に躍り出るガヴィン。

 

「自分の身を護ることだけに集中しな!」

 

 鞭を携え機械兵の小隊へと単身で乗り込む。

 機械兵は当然銃口を向け攻撃の構えをするが、撃たれる寸前に銃口の腕を鞭で取り飛び上がりながら空中で銃口を他の機械兵へと向けさせ同士討ちさせた。

 誇銅もガヴィンは救助や援護に特化したタイプであり直接の戦闘力は低いと見立てた。実際その通りである。だからこそ敵の妨害(サポート)をすることでその戦闘力を利用したのだ。

 ガヴィンを厄介と判断した機械兵はガヴィンをほぼ無視してグレモリー眷属に襲い掛かる。

 

「雷光よ!」

 

 朱乃が指先から膨大な量の雷光を生み出し、機械兵の大群を包み込むが全く効かない。

 

「だったら消し飛びなさい!」

 

 リアスも大きな滅びの弾を幾重にも撃ちだすが、通常の魔力弾のように意に介さず突っ込んで来る。

 それを見て迎え撃とうとサイラオーグが一番に動き出すが。

 

「させねぇよ」

 

 先程と同じように機械兵を飛び越え前に躍り出ると、行動のタイミングにピッタリ合わせて誘導し同士討ちを誘発させる。

 それならばと機械兵も行動パターンを変えてくるが、ガヴィンは一機の機械兵の体全体を鞭で締め上げると手元に引き寄せ、

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっッ!!」

 

 鉄球のように振り回し機械兵の大群の中へと投げつけた。

 それでもやはり混戦は避けられずグレモリー眷属も交えた戦闘へと発展してしまう。グレモリー眷属の面々はそれぞれ多対一になるように立ち回りなんとか対処する。危なくなればガヴィンが鞭の救助によって一時離脱させてくれる。

 

「鞭の消耗が激しいな」

 

 しかしグレモリー眷属では機械兵相手に全く対応できていなかった。そもそも多対一で対処できるようになっているのもガヴィンが絶妙なタイミングで救助と妨害をこなして同士討ちさせているだけだ。

 

「絶対に護ります。ですから僕の傍を離れないでください」

 

 誇銅もレイヴェルとギャスパーを守ることを第一に援護に回る。誇銅が機械兵を仕留め得るため機械兵も積極的に誇銅に近づかず、遠距離攻撃は炎で簡単に防ぐことができる。炎のサポートもガヴィンの邪魔をせず、相性の悪いグレモリー眷属の攻撃はそもそも機械兵には通じない。悪化はせずとも好転もしない状況だが、その事実が誇銅に少しだけ余裕を与えた。

 

 その余裕の中で誇銅はふと思った。さっきの刃物はどこから飛んできた?

 機械兵の気配は探りづらく鳴りを潜めれば誇銅も気づけない。なのに刃物の殺気には気づけた。そもそも機械兵はナイフのような刃物は使わない。

 誇銅の中で答えが出た。機械兵が出現した辺りまで円形に気配を探ると一瞬だけに何かの気配を感じ取った。

 

禁手化(バランス・ブレイク)ッ!」

 

 敵の気配を感じると誇銅はグレモリー眷属にひた隠しにしていた自身の禁手(バランス・ブレイカー)を発動させた。

 

「『世界五大病苦(ファイブ・ディダスター)』第二の厄災!!」

 

 めったに攻撃に出ない誇銅が一番近くにいた機械兵に掌底を当てる。当てられた場所から苦痛の概念が広がり、苦痛なんてものを感じるハズのない機械兵が痛みに混乱するような仕草を始めた。

 その機械兵を炎を操って他の機械兵へとぶつけると、ぶつけられた機械兵も同じような仕草を始めた。

 

「敵は機械兵だけじゃない! 人間の敵が隠れてる!」

 

 探った気配から敵の強さを感じ取った誇銅は機械兵まで相手にしてる余裕がないと判断し禁手(バランス・ブレイカー)を晒すのも厭わず敵の数を早急に減らすことを優先した。そうしなければ守りたい人を守れないと。

 誇銅が攻撃に意識を割いたせいで途切れた感知を再開しようとしたその刹那、すぐ近くから細く嫌な殺気を感じ取った。

 

「ッ!!!?」

 

 その正体はわからず殺気に敏感な誇銅も余所見しては気づけなかった。だが気づいてしまえば方向ぐらいはわかる。その殺気は一番外側にいたレイヴェルに向いていた。

 誇銅はそれに気づくよりも先に炎目を放ってレイヴェルを守ろうとしていた。それは標的がレイヴェルと気づいたからか、レイヴェルだけは絶対に守ろうとしたのか誇銅にはわからなかった。それでも体が反応したのは幸いと思った。

 

「ひぃっ!」

 

 なんとか間に合った炎目がレイヴェルに迫る手を弾く。

 

「ラウァ!」

 

 誇銅はそのまま炎目で包んで拘束しようとするがすぐに離れてしまい失敗。

 今ので全員が襲撃者の存在に気づき誇銅もその襲撃者の姿を目にした。

 

「ウルルルル」

 

 野獣のような唸り声と眼光を放つその人物は、駒王町で連れ去られたフーリッピだった。

 

「なんだこいつは!?」

 

 フーリッピは皆が警戒を始めた瞬間、構えも許さず驚きで緩んだ隙を確実に狙いに行った。一番厳重な場所にいて一番無防備で弱いアーシアを。手裏剣のような鋭い刃物を驚愕から警戒へ移り変わる意識の間と隙に沿って綺麗に投げ込まれた。 

 投げ込まれた刃物はアーシアの喉を深く抉ろうとしたが、アーシアを過ぎて線上に居たサイラオーグの上腕を抉るだけに留まった。

 

「レディが傷つけられるのは見過ごせないぜ!」

 

 今の一瞬でガヴィンが縄で救助し流れるように優しくアーシアを地面に降ろす。

 まだ数機残っている。フーリッピはそこに紛れて皆の視界から消え様子を伺っている。それを確実に追えるのは誇銅だけであり、対処できるのも誇銅だけ。

 一連の流れから数も減り機械兵の猛攻が緩やかになっているうちに誇銅はガヴィンに話しかける。

 

「彼は僕が相手をします。その代わり……」

 

 僕の大切な人を守ってほしい。誇銅は今後の事を感がえてみなまで言うのは控えた。

 それでもガヴィンはみなまで言うなと理解したと目で伝えた。

 

「頼みました!」

「我が命に代えても!」

 

 誇銅はレイヴェルのもとを離れ隠れたフーリッピを追撃する。追撃に意識を割いた誇銅はかなり無防備だが先程の苦痛の中で消滅した同胞(機械兵)を見た機械兵はプログラムに反し誇銅を避けた。

 

「もう逃がさない! 今度は絶対に“救ってみせる”!」

 

 誇銅の脳裏に浮かぶは自分達に助けを求めるフーリッピの顔だった。

 

「逃がさない!」

 

 誇銅は距離を取ろうとするフーリッピに一気に間合いを詰めて急接近した。

 本来防御とカウンターを主体とした長期戦を得意とする誇銅だが短期決戦を仕掛けた。それは技量を自分を上回り長期戦だできない状況において誇銅が打てる手段がそれだけしかなかっただけ。

 力では大きく、技術力も総合的には劣っている誇銅だが勝算はあった。それが禁手(バランス・ブレイカー)

 禁手(バランス・ブレイカー)を発動すれば相手は自分の両手に必要以上に意識を向けることは重々承知していた。だからこそ両手以外の意識外の奇襲が生きる。だからといって炎では目立ちすぎる。だからこそ誇銅が選んだのは。

 

「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 誇銅が使用したのは自分の悪魔の翼。悪魔の翼なら炎のように目立つことなく、直前まで隠し自由自在に扱うことができる。

 両手のように扱える悪魔の翼でフーリッピの両手を弾いて無防備を晒させ、右手をフーリッピの額に軽く触れさせた。

 

「『世界五大病苦(ファイブ・ディダスター)』第五の厄災!!」

 

 能力が発動すると誇銅の右手が漆黒に染まりフーリッピの頭の中へと入っていく。

 誇銅が与える痛みの呪い。その最後の厄災(五番目の厄災)。その呪いは記憶を侵食する。呪いによって浸食された記憶は痛みの記憶となり、その記憶が表層へ出てくる度に耐えがたい痛みの概念に(さいな)まれる。

 

「あった。これだ!」

 

 侵食された記憶を思い出さなければ痛みはない。しかしその記憶が思い出さざる得ないものなら。例えば食の記憶を侵食すれば食べ物を目にするだけで、食というものを認識するだけで耐え難い痛みを味わうことになる。思い出さないなんて不可能。

 やがて防衛本能から食にという概念を記憶の奥底へ忘れ去る。そして痛みから逃れる為に餓死しようとも食べるという行為を思い出しはしない。

 

 そんな自身が最も恐れる禁手(バランス・ブレイカー)を使ってまで誇銅が侵食したのはフーリッピの戦争の記憶。仲間が目の前で無残に死んでいく恐怖の記憶。

 誇銅はフーリッピの簡単な過去を知り凶暴な多重人格が戦争の過去による防衛本能ではないかと考えた。ならばその記憶を痛みの概念をもって忘却の彼方へと沈めてしまえばと考えた。自分の痛みの概念自体で死ぬことは決してない。ならば激しい生存本能で狙い通りになるだろうと。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

 痛みに叫び散らすフーリッピ。数秒間叫び続けたフーリッピだったが、ふと何事もなかったかのように叫ぶのを止めた。その顔は凶暴とは無縁の顔つきだった。

 

「え、あっ、君は……」

「よかった。助けられた」

 

 誇銅はフーリッピを救うことができたことを確信すると安堵の表情を浮かべた。

 しかしすぐに気を引き締め直す。誇銅にはまだそんな時間は許されていない。

 

「すぐに安全な所へ避難させます。ですからもう少しだけ待っていてください」

 

 それだけ言い残してレイヴェルのもとへと駆け戻る。そこでは残り一機となった機械兵に手を焼いていた。たった一機だけになってしまい同士討ちをされられなくなった。グレモリー眷属とガヴィンには機械兵を直接破壊する力がない。最後の最後で手詰まりを起こしていた。それでも全員で残り一機を囲い千日手にはすることができた。

 

「お待たせしました!」

 

 第二の厄災で機械兵を侵食し苦痛に悶え始める機械兵を速やかに鎧通しで沈黙させる。例え機械であろうと無駄に苦しめたくはないから。

 

「助かったぜ。これでとりあえず一難去っ……うごっ!?」

 

 全ての機械兵を倒し一息ついたところに何かが突進してきてガヴィンが横から吹き飛ばされる。その正体は新たな機械兵。それも誇銅が見たこともない最新型。

 

「本日初披露の最新型だ。どうか試してくれたまえ」

 

 高所から家電型の機械兵のスピーカーからヒトラーが響き渡る。

 そちらへ視線を向けて誇銅は初めて向こう側の様子の変化に気づいた。パペットの禁手(バランス・ブレイカー)で数の不利は抑えているが、追加投入されたたった二機の最新型で戦況は押され気味になっていたのだ。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 その最新型はフョードルの方にも来ており曹操の相手は一誠へ交代を余儀なくされていた。最新型の性能と遊びが減った曹操に両者若干押され気味。

 投入された最新型は計四機。脱英雄派の面々に一機ずつ対応する戦場に配置された。

 さらに悪い状況は続く。一度は全て撃退した機械兵が再び逃走経路側から湧いてきた。ガヴィンは最新型が妨害に入らないように引き付けておくので精一杯で対応できない。

 

「来いッ! レグルスゥッ!」

「我、目覚めるは―――」

 

 サイラオーグはレグルスを呼びヴァーリも『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』の呪文を唱え全力で最前線に飛び出そうとするが。

 

「邪魔だから下がってて!!」

 

 誇銅にしては珍しく怒鳴り声を上げた。例え信頼してなくても礼儀を重んじて物腰柔らかに接していた誇銅だがこの時ばかりは邪険に扱った。それほどまでに余裕がなかった。

 

「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」

 

 大きく息を吸い込みその酸素を炎に変えるかのように翼に巨大な炎纏わせる。そうして形を成し出来上がったのは全てを掴み取る悪魔の大腕。それは一匹たりとも決して取り逃さない魔神の如き意思に満ちていた。それでもやはり全てを相手取るのは不可能だと誇銅も理解していたし、戦闘データを取られているなら自分は避けられる。それでも機械兵のサーモグラフを誤魔化し注目を集めるぐらいはできると考えた。

 それでもいざとなれば……。誇銅の中では守るべきものの明確な優先順位は決まっていた。

 しかしあるものを見て誇銅の思考は吹き飛んだ。

 

 ズゥゥゥゥン!! ズゥゥゥン!! ズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!

 

 迫り来る機械兵の大群の奥、転送ゲートから誇銅達の目の前に現れたのは重厚感あふれる巨大な機械兵。若干の劣勢で保っていた戦力差が一気に崩れ去る。

 

(レイヴェルさんとギャスパー君さえ守れればいい。なりふり構わずやればそれぐらいならできると思っていた。だけどもうそれさえできる気がしない。ほんの少し周りの悪魔より優位に立ち回れることに思い上がっていた)

 

 本物の格上が油断もなく圧倒的質量をもって潰しにかかれば自分の命すら守り切れない。誇銅は現代に戻って初めて自分の力が遠く及ばない敵の存在に恐怖した。

 八方塞がりな窮地に絶望しまるで意識が眠りに落ちるような感覚と引き換えに誇銅の中の何かが目覚めよとする。

 だがそんな絶望的な戦況に一筋の光が差し込む。

 

「ラミエル!!」

 

 光と共に突如現れた右手が異様に大きなロボットが左ストレートで巨大機械兵を殴り飛ばす。そしてトドメに膨大な光を溜め込んだ右が膨大な光のエネルギー波と共に繰り出される。

 上半身に大きな拳サイズの大穴が開いて、巨大機械兵は倒れた。

 眼前の機械兵達が聖なる魔力弾と斬撃でほぼ同時に全て破壊される。誇銅の放っていた膨大な熱量に機械兵のセンサーが反応し背後に気づかない。

 

「フィナーレには間に合ったようね」

 

 破壊された機械兵の奥には右手に大聖剣を、左手に天使の銃を持ったヴィロットが立っていた。

 絶望に兆しが舞い込み希望に目が覚めると誇銅の中の何かが再び深い眠りに落ちる。



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咎人な英雄の意志

 やっと少し涼しくなってパソコンのある部屋に長時間いられるようになった。
阿吽の呼吸法。実は人は自分自身と呼吸を合わせることが完璧には出来ていない。だから自分というものを把握しきれず体がイメージ通りに動かない。自分自身の出来ること出来ないこと限界を把握できず致命的なズレが生じる。呼吸が合えば自分自身を知り、イメージ通りに体を動かすことができる。自分自身のデータが全て正確に体全体に伝わる。


 これまでの悪魔関係では考えられない程に手強い敵が矢継ぎ早に襲って来る現状にかつてない程の焦りを感じていた。とても多くの枷を付けた状態では対処しきれない。だからこそ多くの枷を外す決意をした。本当に大事なものを一つ二つぐらい守り通せる力はあると自負している。だけどそれは間違いだった。

 迫り来る危機はどんどん大きさを増し間髪入れずやって来る。それらを跳ね返す力はなく、どう頑張っても守れないと痛感させられるそれはまさに絶望と呼ぶに相応しい。

 絶望に心を閉ざしてしまった僕は向かってきていた大きな希望の存在を感知することができなかった。

 巨大機械兵が倒れると巨大ロボット天使のラミエルが光の粒子となって姿を消した。

 

「おまたせ」

「ヴィロットさん!」

 

 いつもと変わらない様子で話すヴィロットさん。

 この危機的状況でも日常を感じる凛とした姿に頼もしさを感じる。その背後にはいつもの変わらぬ平和な日常が待っていると安心させてくれる。

 僕に向けられていたヴィロットさんの視線がふと外れる。その視線の先ではガヴィンが新型機械兵相手に善戦していた。ロデオドライブで拘束ロデオをしているがそこからの決め手がないようだ。

 

「あれと戦ってるのは味方でいいの」

「はい」

 

 僕の返事を聞くとすぐさま飛び出し動けない新型機械兵を一刀両断してみせる。新型機械兵も行動を妨害されつつも電磁バリアを纏った腕でガードしたものの意味はなかった。

 

「ヴィロットよ。とりあえずお仲間から話は聞いてるわ」

「頼もしいお嬢さんだ。できれば原型を留めるぐらいにしてくれればパペットが操れて戦力が増えるんだが」

「無理」

 

 即答するヴィロットさん。そういう手加減は一切できないのね。

 ガヴィンを助けたヴィロットさんはリアスさん達をガン無視して僕のところへ来ると、

 

「頑張ったわね」

 

 優しく微笑んで僕の頭を撫でてくれる。まるでお姉ちゃんのようだ。僕一人っ子だけども。

 

「ヒーローは遅れてやって来るとはよく言ったもんだ。本当に大遅刻でもう来ないと思ったぜ」

 

 向こうで戦っていたフリードがこちらに戻って来た。怪我はないが服は血塗れだった。

 

「安心しろ、全部返り血だ」

「真っ赤な血が通ってるロボットねぇ」

 

 平然と見え見えの嘘を吐くフリード。

 もちろん機械兵から生命力は感じない。服が真っ赤になるほどの返り血なんて浴びようがない。つまり服の血はフリード本人のものということ。怪我がないのは合成獣(キメラ)の再生能力だろうか。

 

「薬と体力は大丈夫?」

「もう息苦しさも感じねぇよ」

「……」

 

 平気な顔して言うフリードだがあれだけ苦しそうにしていたものが簡単に治るはずがない。やせ我慢ではないのならフリードの体がもう……。

 

「まあ普通に考えたらそうなんだろうけどさ。こうやって動けるってことは俺にはまだ時間が残されてるってことだ」

「……最後まで付き合ってあげるわ。ちょうど片づけたい要件もあるし」

「じゃあ見送りまで頼むわ」

 

 二人の会話から二人が信頼し合う仲であることがよくわかる。同じ(メイデン)を信じる者同士からなのか。これが信仰心というものなのだろうか。

 

「先に言っとくがガギエルは使えない。さっき天使祓いの魔法陣で吹き飛ばされた。それと曹操がブードゥー教の古代呪術でゾンビにされた」

「最新鋭のロボット工学に失われた古代魔術か……本当に何者?」

 

 一瞬驚いた顔をしたヴィロットさんだがすぐに鋭い目つきで戦場を見つめる。新旧併せ持つ謎の組織ナチス。全貌の見えない敵の脅威は計り知れない。

 

「ヒトラーは私が相手するわ。剣術で貴方に勝ったことないけど天使が残ってる私の方が分がいいわ」

「よく言うぜ。剣術では勝っても最終的に殴り飛ばされた記憶しかねぇよ」

 

 ヴィロットさんよりフリードの方が剣術は上なんだ。確かに数回とはいえ二人の剣術を間近で見た僕としてはテクニックではフリードに軍配が上がるのが正直な感想だ。だがカバー範囲の広い大剣で強引に補う剛腕のテクニックは並大抵では打ち負かせないだろう。

 失礼な感想なのだが戦闘スタイルも聖剣使いとしても二人は木場さんとゼノヴィアさんの上位互換のような存在に感じる。唯一上回るのが聖剣の知名度というのはある意味皮肉だ。

 軽口をたたき合う二人が膝をつくガヴィンに目を向けた。

 

「大丈夫かい?」

「まあ、支障はあるが戦えないことはない」

 

 新型の攻撃を耐え続けていたガヴィンだが大怪我していないだけでダメージが蓄積しているであろうことは見て取れる。

 

「情けない話だが俺は大人数を守って戦える程の実力はない。俺の能力は妨害と離脱に特化させちまってる」

 

 ガヴィンのサポートにより僕達は幾度となくメンバー欠如の危機を間一髪救われた。一機の旧型機械兵にすら苦戦する集団を補助し続けたサポート能力は驚異的と言わざる得ない。

 

「自分を卑下するなよ。そういう能力が控えてる安心感は回復役にも引けを取らないぜ」

 

 レーティングバトルのような試合形式ではそこまで有用な能力ではないが、こういった戦場では確実に撤退し立て直せるというのはとても頼もしい。悪魔基準では評価されないだろうが心強い。

 

「そう言ってくれるのはありがたいが鞭が使い過ぎでちぎれかけてんだ」

「…………」

「なんか言えよオイ」

 

 ガヴィンのサポートが限界を迎えつつあるようだ。

 

「どちらにせよ安心なさい。勝利はもうすぐやって来るわ」

 

 ヴィロットさんが言う勝利とは一体何のことなのだろうか。

 なんにせよ眼前の問題としてガヴィンのサポートが限界を迎えつつある中でグレモリー眷属かいつまで五体満足でいれるか。

 

「せいぜい死なないように頑張りなさい」

 

 その心配も二人が飛び出す背中を見ていると幾分軽くなった。

 ヴィロットさんはその勇猛さに幾度となく勇気をもらった。この戦いの中でフリードには何度も救ってもらった。二人とも頼もしい助っ人だ。二人がいなきゃ脱英雄派とは共闘は難しかっただろうし、もっと序盤に誰かは欠けていただろう。もしかしたら壊滅まであったかもしれない。

 絶望的な局面も一先ず越した。ここが最後の踏ん張りところだ。……とは言ったものの現状数少ないヴィロットさんの進撃を止めるためか僅かの機械兵すらこちらには振り分けられていない。随時新たな機械兵が投入されてなお。

 あちらの戦場にはイクサやパペットの禁手(バランス・ブレイカー)で奪取した機械兵もいる。心配はないだろう。むしろ問題はこっちだ。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

「よく生き残ってたな赤龍帝! 上等上等!」

 

 フリードが曹操と一誠の戦いに割って入る。

 

「またダメそうだな、選手交代してやるよ」

「こんなもん平気だ!」

「そうかい? だいぶ分の悪い戦いしてたようにお目見えしますが?」

「そんなことねぇよ!」

 

 強く反論するも余裕のない一誠の表情を見透かすように覗き込む。

 これまでグレモリー眷属が曹操を退けられていたのは戦いを楽しむ遊び心が曹操の中にあったから。

 しかしゾンビ化してることで曹操の戦い方に遊びがなく、積み上げてきた修練の時間の差が重く圧し掛かっていた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 高層ビルが建ち並ぶ空中で一誠はドラゴンショットを繰り出した。巨大な一撃を見舞うが、曹操は球体の1つを近付けさせる。球体の前方に渦が発生し、攻撃を受け流す七宝がドラゴンショットを吸い込む

 今度は何処かから攻撃が吐き出されるかと警戒していると―――2人の真下から渦が発生してドラゴンショットが返ってくる。

 瞬時に反応したフリードは反応が遅れた一誠を蹴り飛ばし、自身もひょいと避ける。

 

「ほら、やっぱ余裕ないじゃん」

「うるせえ! お前に邪魔されて反応が遅れただけだ!」

 

 フリードが横にいるせいでか真っ只中で気が散ってる一誠。まだフリードのことを味方どころか敵として認識してしまっていた。

 何とかやり過ごしたのも束の間、今度は聖槍から生み出された聖なる波動が飛んでくる。

 それを避けて、もう一度魔力を放つ。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 今度は散弾式のドラゴンショットを撃ち出す。

 曹操が球体の1つを前方に移動させると、それが弾けて光り輝く人型の存在が複数出現する。自分の分身を多く生み出す七宝。

 それらは散弾式のドラゴンショットを受けて消滅していくが大半は残ったが、フリードの聖剣の横なぎから放たれた聖なる波動を受けて完全に消滅していく。

 今の攻防に紛れて曹操の姿が消えており、一誠の横合いから伸びてくる聖槍をフリードが片手間に弾く。

 

「てめえ! 木場と同じ能力使いやがって! しかもお前がバカにした木場の能力とお前の能力、あんま差が無いように思えるぜ? そっちのもまだお前の技術とか反映できてないじゃないか! よくそれであいつをバカに出来たもんだな!」

 

 物言えぬゾンビに指摘したところで答えなんて帰ってこない。

 

「ゾンビ化の影響でいろんなタガが外れてんな。その分動きは大味になってるようだが、悪魔と戦ってた時は遊んでたから体感変わんねえか。能力自体も調整中って感じだな」

「ったくよ、アザゼル先生に勝った相手はキツいったらありゃしねぇ!」

「へーそうなんだ。まあこの様子なら次は勝てるだろう」

「? 何でだ?」

「アザゼルは研究者気質(かたぎ)の実力者だからな。次戦う時には曹操の能力を徹底的に研究してるだろう。脆い人間の神器(セイクリッド・ギア)持ちならかなり優位に立ち回れる。堕天使総督の名は伊達じゃないってこった。……聖書の中ではな」

 

 フリードの考察の最後の一言に引っ掛かる一誠だがあまり気にしてる余裕はない。

 曹操はクセのように槍をくるくると回した後に構える。

 

「おしゃべりはこのぐらいだ。戦闘再開されるぜ」

 

 相手を任意の場所に転移させる七宝の能力を応用し姿を消したり、現れたりして二人を翻弄する。

 町中での空中戦の為、下にまで気を回さなければならなく神出鬼没な出現の仕方に2人は神経を磨り減らす。

 七宝の球体はどれも同じ形と大きさなので、仕掛けてくるまで能力の把握が極めて難しく、曹操の七宝の多様性は群を抜いている。

 悪魔である一誠はただでさえ致命傷となる聖槍の攻撃を警戒しなければならないのに、七宝の能力も加わって対処が厳しくなっている。逆にフリードは曹操を上回る技量と聖なる属性を持つことで聖槍を苦手としない。

 しかしゾンビ化で無限の体力を持つ曹操に長期戦は不利にしかならない。

 

『参ったな。体の感覚が鈍くなってきた。痛覚が消えた時はラッキーと思ったんだが、後どれぐらいまともに戦えるか……仕方ない、ゾンビ化させられた時点で曹操の命は終わったと諦めてもらうか』

 

 フリードはポケットから注射器を取り出す。それはフリードが打っていた物とは形状が違う、ピストル型の注射器――『魔人化(カオス・ブレイク)』だ。

 

「その注射器ってジャンヌが使おうとしてた」

「“神器(セイクリッド・ギア)の能力を格段に上げる”英雄派の秘密兵器だ。だからって別に英雄派だけが強くなれるもんじゃないかなら、いざって時の為に拾っておいた」

 

 そう言うと、フリードは針を首に射ち込むとフリードの体が脈動する。フリードの精錬されつつも弱々しかったオーラが増大されていく。

 鈍い音を立てながら肥大化しようとする肉体を抑え込む。それでも一回り程大きくなった肉体に合わせるように聖剣が纏う時空のオーラを一回り大きくなった。

 どことなく優れなかった顔色に生気が戻る。それでも口の中に溜まった血を吐き出し自分の限界を知った。

 それでも爽やかな顔で口元を笑ませた。

 

「『業魔人(カオス・ドライブ)』だっけ。それなりの負担はあるが気に入った。ある程度の問題はあるみたいだが、実践投入する価値はある代物だ」

 

 先程までの無理していた声色とは変わってご機嫌な調子で言う。

 多少オーラが禍々しくなってしまったが、それでも受け入れる聖剣の聖なるオーラがフリードを優しく包み込み中和し混ざり合う。

 その姿を見て自我のないはずの曹操の口元が僅かに笑った。

 

 魔人化(カオス・ブレイク)したフリードが聖剣を振るうと、聖魔を合わせた時空の斬撃が生まれ、空間に見えぬ斬撃を残した。

 見事に反応してみせた曹操は球体で対処しない正しい判断で避けた。

 どのような攻撃を仕掛けても球体の能力で受け流す、防ぐかされてしまい、あらぬ方向から伸びてくる聖槍の攻撃を避けるので精一杯だった状態を崩し均衡させた。

 ただしそれは一誠が介入しないことを前提としている。

 悪魔同士の戦いではまず見られない真のテクニックのぶつかり合い。悪魔になって浅いながらも実践を積んだ一誠はパワー馬鹿の自分では割り込めない事をしっかり自覚した。もしも一誠が介入すれば聖槍に貫かれる前に見えぬ聖魔の時空斬撃に肉体まで切断されていただろう。

 

 一方で曹操は空間に残る時空斬撃に触れぬよう動き、どうしても避けられない時には転移の球体でしっかりと脱出し距離を離す。

 時には球体で作り出した兵隊を瞬間移動させ僅かな足止めの中から隙を作り出そうと戦略を組み立てていた。どれだけ距離を詰めても態勢を立て直しを図る。

 安全地帯に移った曹操を一誠が高速で距離を詰めても転移で逃げられるか、球体で生み出した分身を盾にして回避までの時間稼ぎにされてしまう。

 何とか追い詰めて破壊力のある一撃を叩き込もうとしても槍で弾かれるか、球体による能力で避けられる。

 

「同じ人間同士としても正々堂々の決闘しようぜ! まあ、お互いほぼ化け物だけどな!」

 

 自分たちの似た境遇を皮肉るフリード。

 曹操との空中戦は激戦の一途を辿る。どの様な攻撃を仕掛けてもフリードの攻撃は避けられ、一誠の場合は球体の能力で受け流す、または防ぐ。聖槍の攻撃も避けるだけで精一杯。

 撃ち出した魔力の軌道をふいに変えても曹操の虚を突けない。更に曹操が球体で作り出した分身も転移の球体で瞬間移動させて間を詰めてくることも。どれだけ離れていても体勢を立て直す暇が無い。

 ならばと高速で距離を詰めても転移で逃げられるか、球体で生み出した分身を盾にして回避までの時間稼ぎにされてしまう。

 何とか追い詰めて破壊力のある一撃を叩き込もうとしても槍で弾かれるか、球体による能力で避けられる。

 曹操はオーラの揺らぎから何処から攻撃されるのか予測していた。過剰なパワーアップでオーラの集中がわかりやすい鎧装着型など簡単に予測される。それを実践で可能とするのは(ひとえ)に曹操の技量の高さである。

 お互い攻めきれない紙一重の膠着状態。それでも消耗具合で少しずつ押されつつある。

 

 そんな戦いの最中にフリードは曹操に違和感を感じ始める。先程まで回避中心だった曹操が追撃する一誠に反撃を与えるようになってきたのだ。

 それらは自分の攻撃に慣れて余裕が生まれたように思えるが、フリードにはどうも強引な動きに見て取れた。

 その行動を観察し原因を理解したフリードは、曹操を一誠から引き剥がして一時戦闘を止めさせた。

 

「何すんだ!」

「曹操の自我がだいぶ薄くなってる」

「それがどうしたってんだ!」

「曹操がお前に執着してるのは死に際に残った我ゆえのものだ。曹操の自我が薄れる程に執着は薄れ命令にただ忠実になる。命令はあくまで全員の抹殺。つまり狙いやすいお前の仲間から襲う可能性が高くなった」

 

 それを聞いた一誠の意識が切り替わる。一誠の目的は守ることであり曹操を倒すことではないためこれまでのような攻め一辺倒では済まなくなった。

 

「だからここからは守りに重きを置け。どうせ攻撃しても当たらないんだから魔力の無駄だ。守りに集中してればその対処ぐらいはできるだろ」

 

 棘のある言い方にムッとなるがフリードの言うことに一理あるとしぶしぶ納得する。

 

「その代わりに俺が曹操と直接戦うことになるが、その最中に致命的な隙があれば俺ごと大技でやれ」

「ッ! ……いいのかよ」

「腹はくくってる」

 

 曹操が二人の攻撃スタイルを把握すると同時にフリードも曹操の動きを把握しつつある。

 枷が全て無くなったフリードが押されつつあった戦況の均衡を着々と取り戻した。消耗も損傷も、何より一誠の行動を考慮する必要がなくなったのが大きい。

 はじめてみる木場すら軽く超える、真のテクニックタイプの攻防。パワー重視の一誠では相性が悪すぎる。

 ふいに何かを感じ取る一誠。そちらの方に翼を羽ばたかせると、一筋の紅い閃光が一誠のもとに届いてオーラを回復させていく。

 遠目にビルの屋上から一誠におっぱいビームを放つリアスの姿が確認できた。

 その様子を見て思わず苦笑いするのが数名。

 

「これでもくらいやがれッ!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼』

 

 一誠は腹の中の種火に力を与えて一気に膨大な火炎を吐き出した。広範囲に渡る炎が空一面を覆い尽くす。その際には一応味方のフリードにも考慮し離れたタイミングを狙った。

 相手はゾンビ化してるが人間、直撃しなくとも炎の熱によるダメージは免まぬがれない。

 だが、聖槍が強大な聖なる光を放ち、炎のブレスを一掃してしまう。

 逆に隙ができてしまった一誠に向かって横薙ぎに振るう。

 不味いと思った一誠が回避のため上昇すると、後方のビルが聖槍の波動一閃で真っ二つに崩落。

 悪魔の身であれを喰らってたらと戦慄する一誠だったが、回避した先には球体で既に回り込んでいた曹操の姿が。一切の遊びも油断もない曹操は回避後の一誠の動きも読み切っていた。

 回避の安堵で完全に油断した一誠は聖槍が振るわれてもすぐには気づけず、気づいたのは追撃を妨害しに来たフリードが横槍を入れたと同時だった。

 

「さ、さんきゅー……」

「曹操から一瞬たりとも目を離すな。見失ったら回避のため全方位に集中しろ。1秒油断したら次は死ぬと思え」

 

 一誠を救って仕切り直しと思われたが、ビルの屋上で無防備を晒すリアスを放っておくはずがなかった。

 

「リアスに手を出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 目標に“フリードよりもはやく気づいてしまった”一誠が曹操を止めようと飛び出す。

 戦闘に神経を集中していたフリードは目標の変更に気づくのが遅れてしまった。

 

 向かって来る一誠に移動しながら槍を回転させながら器用に振るい迎撃する。

 下からの斬りかかりを避け、そのまま上からの一撃も後方に退いて回避するが、聖槍の先端に球体が出現する。

 球体が一誠の腹部目掛けて突き進んでくる。寸前で一誠は両手にオーラを集めて肉厚な腕を形成し、両腕を縦に合わせて受け止めようとするが……直撃の瞬間、ありえない程の衝撃が一誠の腕を通り越して全身を襲う。それこそが破壊力重視の七宝だった。

 一誠は球体の直撃を受けて後方に吹っ飛ばされていく。

 ビルを次々と突き破っていき、遂にはその姿が見えなくなった。

 致命的な一撃を与えても曹操は追撃せず移動する。時間が掛かる相手から手早く倒せる相手へと私情なく機械的に切り替えた。

 

兵士(ポーン)も取らずに(キング)は取れねぇだろうよ!」

 

 一誠が僅かに足止めしたおかげで機動力の低いフリードも追いた。

 

「好きなだけ恨んでくれやぁぁっ!」

 

 勢いよく突き出された聖剣が曹操の体を貫く。曹操が通常の状態なら今の一撃で勝負は決していた。しかしゾンビと化した体は致命傷程度では止まらない。

 それをわかってるフリードは内側から外側へ一刀両断しようとするが、体を貫き動きが止まる一瞬に曹操が右足に濃厚なオーラを集め腹部を蹴りぬいた。

 その蹴りは『業魔人(カオス・ドライブ)』で強化された肉体に大きなダメージを与えた。

 蹴りに押し出され体から剣も抜けフリードは地面へと落ちる。

 

「がぁぁっ……今のは……聖主砲……。はぁはぁ、使える仲間がいるんだから教えてても不思議はないか」

 

 着地の際にオーラのクッションで受け身を取ったが腹を押さえながら息苦しく起こった事を整理する。

 どうしたものかと考えていると、あるものが視界に入る。

 

「時間を掛け過ぎたか……!」

 

 一誠とフリードを蹴散らした曹操はそう時間が掛からずリアスを射程内に捉えた。

 曹操の攻撃は常に最前線で実践を体験した一誠が勘と神滅具(ロンギヌス)に頼ってやっと避けられるもの。それ以下のリアスが避けるどころか反応することすら難しい。

 曹操の槍の一撃はリアスが立っていたビルを一振りで瓦礫へと変えた。

 

「気持ちは分かるが無茶するお嬢ちゃんだぜ」

 

 そのビルの跡地を背にリアスを担ぎながら走るガヴィンがつぶやく。

 リアスが死を確信した刹那、有効範囲ギリギリから全力を振り絞ったガヴィンが救助に成功したのだ。

 

「か、感謝するわ……」

「レディの為なら命を……ッ!?」

 

 背後からの爆発に吹き飛ばされ倒れるガヴィン。担がれていたリアスは攻撃寸前に前方へ投げ飛ばされていたので爆発のダメージはない。

 爆煙の中から現れたのは新型機械兵。戦いが想定より長引いたため新たな新型機械兵がこちらに投入されてしまった。

 

「小出しにしてただけで物がねぇってわけじゃないってわけか」

 

 新型機械兵だけでも絶望的な状況で曹操も降りてきてしまう。

 どうしたものかと刹那の中で頭をフル回転させたその時、一誠達を見覚えのある霧が覆い、霧の中から人影を視認する。

 現れたのは――ボロボロのゲオルクだった

 片目と片腕を失っており、左足も黒く変色していた。

 

「逃げろゲオルグ! ヒトラーは俺達ごと皆殺しにするつもりだ!」

 

 最悪な状況で現れてしまったゲオルグ。そう言われるも状況の理解が追い付けないでいた。

 負傷し体力も限界なガヴィンでは先程の速さで鞭を振るうことができない。

 全員手一杯で突然現れたゲオルグの危機に駆けつけられる味方はいない。

 そんなゲオルグを救ったのは――

 

「曹操……!」

 

 ――曹操だった。

 自我のないゾンビとなり皆殺しを命じられた曹操だったが、溢れるオーラを纏わせた槍で新型機械兵を突き刺し、内側から波動で破裂させた。

 

「帰還しよう、曹操」

「ゲオルグか……」

 

 何が起こったか知らないゲオルグが曹操に語り掛ける。

 曹操も先程までと違い目に生気が戻り意思疎通ができるようになったため、ゲオルグも重症ぐらいにしか思っていなかった。 

 

「曹操、俺達は……多少の計算違いはあれど、大きくは間違っていなかった。間違っていなかったハズなのに」

 

 曹操の手を取り、転移の魔法陣を展開するゲオルグ。ガヴィンも含めて敵としての視線を向ける。

 リアスを救おうとこちらに向かっていた木場とサイラオーグが取り押さえようとするが、ガヴィンが身を盾にして立ち塞がる。

 

「……二天龍に関わると、滅びる。シャルバ達のように……」

「……違う」

「えっ」

「俺達は……いや、俺は間違っていたんだ。俺は、英雄になりたかった。だからこそ……欲望に付け込まれた。悪魔の囁きに耳を傾け、我を忘れた」

「いったい何を言ってるんだ……? もういい、しゃべるな。傷口に響く」

 

 転移の魔法陣を発動させようとするも、それを拒むかのようにゲオルグを握る手を強める。

 

「……俺を英雄と呼んでくれた仲間の言葉に耳を塞ぎ、多くの仲間を破滅へと導いてしまった。それでも見捨てず止めようとしてくれた仲間がいた。俺は……本当に仲間に恵まれていた。それなのに俺は……」

「本当に何を言ってるんだ……?」

「今思えば俺はもともと英雄として相応しくなかったのかもしれない」 

 

 曹操は神滅具(ロンギヌス)に選ばれるだけあって英雄の資質を持っていると自負していた。周りの人間もそれを認め、曹操も英雄となることを望んでいた。

 人間界では武力で英雄と成れる時代ではなかったが、幸か不幸か人外勢力に目を向ければ神滅具(ロンギヌス)を持って英雄と呼ばれることは可能である。

 曹操は生まれ持った才能を活かし人外の被害者を救い続けた。そうしてるうちに仲間も増え、自分が救った人々が自分を英雄と呼んでくれるようになっていった。

 しかしそれで曹操は満足していなかった。それは自分が恋焦がれていた英雄像とは遠くかけ離れているものであったから。

 このままチマチマと被害者を救うことで自分は英雄となれるのか。本当に平和になってしまったら英雄となれる機会は来るのだろうか。そんなことを心の奥底で考えるようになっていった。

 曹操は英雄としての資質に恵まれていたが、素質には恵まれてるとは言い難かった。

 

「最期ぐらい夢に見た英雄のようにいたい」

「曹操、一体何を……!」

「英雄失格な俺を支えてくれてありがとう」

 

 そう言うと曹操はゲオルグを突き飛ばし自身は転移の魔法陣から出ていく。

 

「俺の体は魔法でまだ動き続けるだろう。だけど意識はここで終わりだ」

「曹操!!」

「さようなら。ありがとうと皆にも伝えてくれ」

 

 転移の魔法陣はゲオルグ一人だけを転移させ消えていった。

 

「赤龍帝のようには……期待すまい」

 

 意識が朦朧とする中で薄ら笑いに自嘲する。自分は赤龍帝のように時代に愛されていないと。

 しかし聖槍の先端が大きく開き、そこから莫大な光が輝く。

 

覇輝(トゥルース・イデア)……」

 

 アザゼルの話では、聖槍に込められたのは亡くなった聖書の神の遺志。

 ヴァーリ(いわ)く『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』と近くて遠い能力。

 呪文を唱えることなく発動したそれを見て曹操は目を見開き、絶句する。と、同時に少しばかり嬉しそうに微笑んだ。

 

「それがあなたの「意思」か。そうか俺はまだ――――選んでくれたことは身に余る光栄。しかし――大事な仲間を、これ以上俺に傷つけさせん……!!」

 

 聖槍を両手で握るとグッと手に力を籠め、最後の力を振り絞り聖槍を真ん中から折った。僅かに生き残る可能性を捨て去り、自ら神器を破壊し仲間を傷つける術を捨てて見せた。

 所有者の命と繋がる神器(セイクリッド・ギア)を破壊し自ら命を絶った。これ以上希望に囚われぬようにと。まだ自分に希望を見出してくれていた仲間に、見限らないでくれた「意思」に申し訳ない気持ちを胸一杯に抱えたまま完全に息を引き取った。



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誤な英雄譚の終戦

 自分の未熟さゆえに書き進めていくうちに自分が思い描いていたものから外れてしまい、本当はもうエタるつもりでした。しかし続きが読みたいと言われてしまい、なら答えないわけにはいかないと考え少しづつ、亀の歩みのような頻度になると思いますがまだ続けようかと思いました。
 ぶっちゃけプロットも不完全だし、構想もうろ覚えです。それでもまあ納得できるものにはなったので投稿します。


 今、僕の目の前で一つの誇り高い戦いが幕を閉じた。

 神器(セイクリッド・ギア)を失うという事は命を失うということ。

 英雄派に、曹操の身に何が起こったのかはわからない。だけど曹操は最期に正気を取り戻し、自らにケリを付けた。そこにはただのテロリストにはない誇り高さを感じた。

 命を失ってもゾンビ化した曹操は素手で襲い掛かるが、神器(セイクリッド・ギア)もオーラも失ったただの人間なんて容易く制圧できてしまう。仲間の死に大粒の涙を流しながら動いてるだけの曹操を捕縛した。

 

「……助けられなくてすまなかった」

「最悪の想定は皆覚悟していた」

 

 前掛けが必要なぐらい吐血したフリードが声をかける。

 見るからに重傷なのに不自然なほど自然体。やせ我慢をしているのか、それとも瀕死を感じない程に死に近づいているのか。

 

「慰めってわけじゃないけどよ。英雄譚はまだ完結してない。英雄の評価はどう死んでいったかで決まり、英雄譚はどう終わったかで決まる。お前らが生きてる限り曹操の英雄譚は終わってない」

「……ああ」

 

 英雄譚が終わってないかはわからないが、この戦いはまだ終わっていない。

 遠目では混戦しすぎてわかりづらいが、パペットが操る機械兵が敵の機械兵の数を上回ってはいない。捕獲より補充の数が上回っている。

 しかも敵の機械兵の投入数がなぜか突然爆発的に増えだした!

 

「逃げな悪魔共ッ! 大切なものを守るために!」

 

 ガヴィンが僕らに背を向け叫ぶ。負傷したまま回復もしておらず、鞭のストックもない。だがその背中は闘気に満ちていた。死兵となる覚悟を決めた男の背中。

 フリードが次元からとても古いカメラを取り出し写真を撮ると、古いカメラなのに映写機のように鏡像を映し出す。

 

「この写真世界に入れ! こっちの世界なら命ない機械は入れないから安全に逃げられる! あんまり力を込めてないから5分もすれば崩壊してしまう。だからそれまでに遠くへ逃げろ!」

 

 そう説明すると糸に繋がれた機械兵が僕らを掴み上げ、近場から順に強制的に鏡像を潜らせる。鏡像を潜ると人だけが消え機械兵は素通りした。

 残りの機械兵が敵の爆発的増加に僕らを守るように振り分けられる。

 だが敵の流れ弾でカメラが壊され悪魔側男性陣と、僕が傍で護っていたレイヴェルさんが取り残されてしまった。

 ある程度離れていた方が守り易いと離れていたのが仇となってしまった。こうなったら何をおいてもレイヴェルさんを安全に逃がすことを考えないと……。

 

 そう考えていると自分を掴んでる手が機械兵ではないことに気づいた。

 その手は人間のもの、パペットの腕だった。なぜ僕が気づかなかったというと――

 

「パペットの禁手(バランス・ブレイカー)絶対な創造主の人形劇(パペット・マイマスター)』は主導権を全て差し出すことで制限を全て取っ払った状態だ。一度リクエストした演目を終えるまで動き続ける。所有者が意識を失っても止まらない。――例え本体が死亡していてもな」

 

 機械のように冷たく生命力を一切感じない仲間(パペット)は既に事切れていた。

 目を背けたくなるほどボロボロになっても禁手(バランス・ブレイカー)の糸にぶら下がって力なく操られている。趣味の悪い操り人形(パペット)のように。

 

「赤龍帝拾ってきたから悪魔と一緒に逃げな。逃げる時間ぐらいは稼いでみせるからよ」

 

 自分たちの都合に巻き込まぬよう離脱する建前だろう。フリードが僅か残った命の捨て場所を強制しない為の配慮。

 しかしフリードに既に闘志はなくかといって諦めた様子もない。ただ遠く背後を見ていた。

 

「その心配はない」

 

 フリードがそう告げる。

 死神(グリムリパー)戦のような夥しい数の機械兵が溢れこちらに向かって来る。

 

「これにて俺達の勝利だ」

 

 その言葉には勝利の確信を通り越し勝利後の安堵感が込められていた。

 凄まじい数の機械兵が突如地面から太い鉄の杭が伸び全ての機械兵が串刺しとなった。

 その杭は確実に機械兵の(コア)を破壊、または大きく損傷させ僅かに動く者はあれど全員がすぐに動かなくなった。

 ロボットだからそうは見えないが、人間に例えるとなかなかに凄惨な光景だ。

 フリードの見ていた方角に目を向けるとそれは視認できる程の距離まで近づいていた。機械天使に乗った二人のとても強力な助っ人。

 

「いったい何が起こって……曹操!!」

 

 何事かと戻って来たイクサが動かなくなった曹操の前で膝を折り首を垂れる。フョードルさん悔しそうに両手を握りしめる。

 それに目もくれず機械天使が降り立つとフリードとヴィロットさんはその場で膝をつきかしずく。

 機械天使はこちらに近づくとすぐに消えてしまう。悪魔の身にあの光はかなり毒だから助かる。

 そこへ降り立ったのは一人の男性――マルコさんとアイアンメイデンが一つ。

 

「ご苦労様でした。ヴィットリーオ・ヴィロット、フリード・セルゼン」

「「ありがたきお言葉」」

 

 役目を終えた禁手(バランス・ブレイカー)の道化師が消え、糸の途切れた機械兵がバタバタと倒れていく。その中の一人にパペットも含まれている。

 

「まずはこの戦いによって負った傷を癒しましょう」

 

 そう言うとマルコさんが大事そうに首にかけていた鍵をアイアンメイデンの鍵穴に差し込んだ。鍵が外れる音がすると、アイアンメイデンが独りでに開帳されていく。

 

『――――ッ!!!』

 

 アイアンメイデンの中身が露わになり全員が絶句した。同然の反応だ。なぜなら中には全身血塗れの少女が茨に捉えられてる姿があったのだから。

 空洞の内部には左右の扉と背後に長い釘が大量に植えられており、ガワだけでなく拷問器具としての役割をしっかり残している。

 その傷口と溢れる鮮血、釘にこびりついた血が長時間少女を拷問していた事実を物語る。

 優しい目をした少女――メイデン・アインが茨から解放され地に足を付けると、優しい光に包まれアイアンメイデンに似た鎧を身に纏っていた。鎧から見える素肌には傷口どころか血の跡もすっかり消え去っている。

 メイデンさんが無言で祈りを捧げると光が一瞬にして広がりこの場の全員を突き抜け遥か彼方へ広がっていく。

 光を受けた僕達の傷はすっかり無くなり疲労感さえ消え去った。これがメイデンさんの癒し……。そう思ったのだが――。

 

「―――??!!」

 

 死んだはずのパペットが起き上がった。死体となったはずの肉体に生命力が満ちている。死んだ人間が生き返ったことに周りも、パペット本人も自分の現状に酷く困惑していた。

 

「この戦いで傷ついた全ての人に癒しを与えました」

 

 それを聞くとパペットの復活に目を奪われていた脱英雄派の面々が曹操の方を見た。

 そこにはゾンビではない普通の人間として生き返っていた曹操の姿があった。

 

「「「曹操!!!」」」

 

 うれし涙を流しながら駆け寄る脱英雄派の面々。生き返ったばかりの曹操は状況が飲み込めずいまだに困惑するばかり。

 その様子をメイデンさんはニコニコしながら眺めていた。

 

「これがメイデン・アインの奇跡……」

 

 目の前で起きた奇跡に目を丸くするフョードルさん。

 

「何が起こったかわからんがお前たちが無事生きていたことは喜ばしい」

 

 曹操も仲間が生きていたことに喜びの言葉を口にするが浮かない様子。

 

「だが俺は大きな過ちを犯しお前たちの命を危険に晒しただけでなく、他の仲間にも大きな罪を背負わせてしまった。……俺はお前達に合わせる顔がない」

 

 仲間にテロリストという大きな罪を背負わせてしまった負い目。生き返り正気を取り戻した曹操は自責の念に苛まれているのだろう。

 

「だから俺をこのテロの首班として差し出せ。そうすれば英雄派は事実上の壊滅だ。身を潜めていれば積極的に追われることもない。それが俺にできる唯一の償いだ。幸いなことに俺の中に聖槍はもうない。神滅具(ロンギヌス)を奪われることもない」

「バカ野郎ッ! 必死こいてテメェを助けに来たってのにそんな馬鹿な話があるかァ!」 

 

 親が子を叱るように弱気な曹操に拳骨を食らわせた。

 

「ぶん殴ってでも目を覚まさせて連れ帰る。それが俺達がここに来た理由だ!」

「私たちは貴方がやったこと全てが間違っていたとは考えていません。あのままでもいずれ大きな戦いは避けられなかった。ですから帰ってやり直しましょう。今度は間違えぬように」

「そうは言っても唯一俺を英雄たらしめてくれた聖槍は自分で折ってしまった。俺にはもうお前らの期待に応える資格も力もない」

「口を挟んで申し訳ないのですがで、彼はそう思ってないみたいですよ」

 

 メイデンさんが指さす方を見ると、そこへ光が集まり何かが形成されていく。

 

「なぜこれがここに……!?」

 

 神滅具(ロンギヌス)――黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)が。

 

「……『覇輝(トゥルース・イデア)』は聖書の『遺志』が関係する。亡き神の『遺志』はその槍を持つ者の野望を吸い上げ、相対する者の存在の大きさに応じて多様な効果、奇跡を生み出す……。それは相手を打ち倒す圧倒的な破壊であったり……相手を祝福して心を得られるものであった。その『覇輝(トゥルース・イデア)』の答えが帰還だった。……つまり、もう一度俺に夢を見たいという事なのか……?」

 

 曹操は恐る恐る聖槍に手を伸ばす。

 聖槍を掴むと聖槍は光となって曹操の中へと消えていった。

 

「もう二度と失望はさせない」

 

 胸に拳を置いて誓いを立てる。黒幕がいたにせよ曹操がやってしまった罪は大きい。それでも彼のこの先に幸あることを願う。

 英雄に相応しい人物となる。それがきっと一番素敵な罪の償い方だと思う。

 

「うちの大将がとんでもない迷惑をかけてしまってすまなかった。必要な償いはいつか必ずしよう。だが必要以上の罪を償わされるのは御免だ。今回は逃げさせてもらおう」

 

 そう言う曹操の服の襟を掴み距離と取ったところで、取り出した札から転移の魔法陣を展開する。

 確かにこの場で捕まればこのいざこざ全ての責任を押し付けられる可能性が高い。こちらとしても独断で黙ってオーフィスを引き入れたことは大きな有責だ。

 逃がすかと、ヴァーリさん以外の皆が一斉に取り押さえようとしたが、脱英雄派の面々が魔法陣から出て一瞬で全員を返り討ちにしてまう。圧倒できる程の力量差はなくとも、実力派悪魔を一瞬で一時無力化させる技量差は脱英雄派にはある。

 

「この礼はまたどこかで」

 

 そう言い残して消えてしまった。

 この戦いで悪魔は防衛も制圧も何一つ満足に成し遂げられなかった。これまで三大勢力で使われていた力の基準が大きく変わろうとしているのかもしれない。時代が流れゆくように。

 時代の一部が腐り落ちる幻聴が聞こえた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ……肝心なところで役に立てなかった。

 曹操に全く歯が立たなかった。力不足の自分に閉口しちまう。自身を嘆く俺の頭をサイラオーグさんがなでる。

 

「そう落ち込むな。なに、あの様子なら両者共に当面戦うことはないだろう」

 

 サイラオーグさんがそう漏らしていた。

 ヴァーリが俺の方に視線を向ける。

 

「キミがグレートレッドと通じたと言うのなら、あの赤龍神帝に挑戦する前にキミと決着をつけないといけないようだ」

 

 ―――っ。こんな状況でも宣戦布告かよ。こいつらしいな。

 

「ああ、来いよ。俺ももっと強くなって、お前をぶっ倒してやるさ」

「だが、気を付けろ。キミを恐れる者が増える一方で、狙う者も今後増えるだろう。―――真龍と龍神と通じたと言うのはそう言う事だ」

 

 それは怖いですね。でも、まあ、来るなら超えていくしかないだろう。

 

「何が来ても俺は俺の目標の為に突き進むだけだ。―――上級悪魔になって、俺はハーレム王になる! あと、レーティングゲームの王者にもなりたいしな!」

 

 俺の宣言を聞いて、ヴァーリは楽しそうに口の端を上げていた

 

『ドライグ……少し休むのか?』

『ああ、そうかもしれないな。あるいは……。すまんな、アルビオン』

 

 アルビオンとドライグが会話をしている? 何の会話だ?

 その横でヴィロットさん達が話をしていた。

 

「ヴィロット、敵の首領はどこに行った」

「メイデン様が到着する数分前に突如逃走しました。追いかけはしましたが機械兵に妨害され、そのすぐ後に大量の機械兵が投入されました」

「我々の接近を早い段階で察知したか。そしてメイデン様に敵わないと判断し我々を足止めするためだけに戦力を使い潰した。的確な判断だな」

 

 どうやらロボット達を串刺しにして全滅させたのはこの人達のようだ。それにしてもあれだけ苦戦させられたロボットを一瞬って……。

 それとメイデンって女の子の回復能力も相当なものだ。なんせ死者蘇生が可能なレベルなんだからな。幼くてもアーシアと同じ聖女と呼ばれた者同士ってわけか。

 

「となれば我々が残る理由もないな。任務完了だ」

「そうですね。……フリード・セルゼン、お体の調子はどうですか?」

「メイデン様の祝福のおかげで薬に侵されていたのが嘘のように好調です」

「それはよかった。ですが私が治癒できるのは肉体だけです。摩耗した精神や魂まで癒すことは出来ません」

「はい、承知しております。嬉々として奪った数々の罪なき命。正気は失えど目にしたもの、手に染み込んだ生暖かい血の感触も全て覚えています。私は……なんということをしてしまったのか……」

 

 フリードの奴震えてやがる。俺達もフリードには散々な目にあわされたが、そこまで反省してるなら許してやってもいいかもな。結果的にアーシアも無事だったし、今回の戦いでは何かと助けてもらった。

 

「ふとした時に脳裏に鮮明に浮かぶ己の罪に押しつぶされそうになります。私はもう疲れました」

「わかりました。それでは貴方をその苦しみから解放して差し上げましょう。これまでご苦労様でした。後の事は私に任せください」

「メイデン様の慈悲に感謝します。そして貴方に再び会わせてくださった神の慈悲に感謝します」

 

 そう言うとフリードはそのままの態勢で体を、首を少し前に突き出した。一体何をする気なんだ?

 

「フリード・セルゼン、貴方はあまりに多くの平和に生きる人々を殺めてきました。それは許されざる罪。よって判決を言い渡します―――判決、死刑」

 

 その宣言と同時にどこから不自然に飛んできたガラスが、(こうべ)を差し出すフリードの首をギロチンのように綺麗に切り落とした! 

 

「メイデン・アイン様の判決はこの世界の絶対。メイデン様が判決を下せば世界がそれを執行する」

 

 メイデンが両ひざを付いてフリードの首を拾い抱きしめる。一緒に来た男が魔法陣から棺桶を召喚しフリードの胴体を納め、最後にフリードの首が入れられた。

 あれだけ頑張った味方をあっさりと、それもあんな小さな女の子が……。その様子を見て絶句してしまった。

 

「なぜそこまでするのですか」

 

 静まり返った中にレイヴェルの震える声が響く。

 メイデンはフリードの入った棺桶に目を落とす。

 

「彼は十分に苦しみました。彼が死を望むのであればその罪と共に解放してあげることが私にできる救い。もしも彼にまだ贖罪が必要とあれば、彼を殺した私が背負います。それが彼を裁いた私が背負うべき罪です」

 

 前にアザゼル先生から聞いた話も先生自身が半信半疑だった。だけど本物を目にして確信した。あの話は全部本当だ。一連の流れがそう確信させる。

 悪の親玉と言われていたが実は純粋だったオーフィスとは全くの逆だ。初めて会った時のゼノヴィアが霞む程の狂信的な正義感。俺には全く理解できない。

 

「私の正義が理解されがたいのは悲しいことですがわかっています。しかし世界平和の為には必要なことであり、誰かが血に染まる必要があるのです。そうして、世界が平和でありますように」

 

 そう言うと鉄の拷問器具の中に自ら戻って行った。

 言ってることは全くわからん。自らに文字通りの拷問を課すのもその精神力の成せる技なのか。てかあんな痛々しい棘だらけの中に入るなんて想像するだけでゾッとする。

 一緒に来たメガネの男が敵だった軍服の男に話しかける。

 

「フーリッピさんですね。貴方は我々アメリカが保護します」

「はい、わかりました。あの……ありがとうございました」

 

 洗脳されてた軍服の男が誇銅に深々と頭を下げる。

 

「ではこちらへ。ミカエル!」

 

 銃声と共に聖なるオーラを纏った巨大なロボットが現れた! すげぇ聖なるオーラで傍にいるだけでもの凄く痛い!

 ロボットは素早くメイデンとメガネの男、軍服の男とフリードの棺にヴィロットさんを連れて飛び去ってしまった。

 

 

 ―――と、また誰かがここに来る気配が感じられた。瓦礫の向こうからやってきたのは紳士な出で立ちの男―――ボロボロな姿のアーサーだった。

 

「ヴァーリ、皆……こちらに来ています。予定通り……一暴れしてきましたが……」

「どうした! 一体何があったんだ?」

 

 ヴァーリは今にも倒れそうなアーサーに肩を貸す。

 

「少々イレギュラーがあってね。重症だが皆無事ですよ。ですがゴグマグが奪われてしまいました」

「詳しい話は後でしてもらう」

 

 ボロボロのアーサーは木場に視線を送る。

 

「―――木場祐斗。私が探し求めていた聖王剣コールブランドの相手として、あなたは相応しい剣士のようです。ヴァーリが兵藤一誠と決着をつける時、私もあなたとの戦いを望みましょう。それまではお互い、無病息災を願いたいものですね」

 

 そう言い残してアーサーはヴァーリと共に去っていった。

 木場もアーサーの挑戦を受けて、不敵な笑みを見せる。

 

「ジークフリートを倒したのか?」

 

 俺が腰の魔剣を指差して木場に訊く。

 

「え? ああ、これ? まあ、色々あってね。ジークフリートは皆で倒したんだ」

 

 あ、そうなのか。でも、魔剣はゲットしたと。でもそう言った木場の表情はどこか複雑そうだ。

 

「さて、俺も眷属を待たせているのでな。そろそろおいとまさせてもらおうか」

 

 サイラオーグさんが背を向ける。

 

「サイラオーグさん、ありがとうございました」

 

 俺の礼にサイラオーグさんは手を上げて応え、そのまま飛び去って行った。

 

「ところでカメラが壊れてしまいましたけど写真世界に避難した皆さんは大丈夫なのでしょうか」

「たぶん閉じ込められるとかの心配はないと思う。この手の結界術は崩壊した地点と同じ位置に放り出されるはずだから。全く感知できないけども。もうすぐ5分経つから探しに行ってみるよ。遠くに行ってなければすぐに感知できる」

「じゃあ僕も皆を手伝うよ。イッセーくんはここで休んでいて」

 

 そう言って木場も誇銅もレイヴェルも行ってしまった。

 ……独りだけになっちまった。皆が来るまで休んでようと思った矢先。

 

『相棒、良い戦いだった。まだまだ足りない部分もあるだろうが……それでも良い戦いだった』

 

 ドライグが賛辞を送ってくる。

 

「なんだよ、急に」

『……いや、お前はこれで良いんだろうな』

「……何だか、元気ないじゃないか」

『……お前の体を再生するのに俺は色々と使い過ぎてしまった……もうじき、意識を失う……』

「……な、なんだよ、そりゃ!どういう事だよ!なんで話してくれなかった⁉」

『……安心しろ……俺がいなくても赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が機能するようにはしておいてやる。……だから……最後に良い戦いが見られて……良かったよ……』

 

 ドライグの声がどんどんかすれ、小さく弱くなっていく

 

「待ってくれよ!……俺、まだ……お前がいなきゃ何も出来ねぇよっ!」

『出来るさ……お前には……仲間が……る……。……俺はもう必要……ない……さ』

 

 既に声が所々ところどころ聞こえなくなってきている! マジかよ! そんなのねぇって!

 必要だよ! 相棒だろう! ずっと一緒にいようぜ! 俺とお前で赤龍帝だろうがよ!

 俺は涙が止まらなかった。ボロボロと流れ、鼻水も出てくる。

 それでも脳裏に次々と蘇よみがえるドライグとの思い出が溢れて、どうしようもなかった。

 ドライグは最後にハッキリとした口調で言った。

 

『俺の相棒―――イッセー、ありがとう。楽しかったぞ…………――――』

「ドライグ……? なあ……返事をしてくれよ……なあ、相棒……」

 

 問いかけても返事をしない宝玉。

 もう、喋ってくれないのかよ……?

 などと思っていた俺の耳に入ってきたのは―――。

 

『…………グゴゴゴゴ』

「……あれ?い、いびき? ね、寝てる……?」

「ドライグ、次元の狭間と今の戦いで力使って疲れた。寝てる」

 

 俺の籠手にそっと触れてくきたのはオーフィス。

 いつの前にか辿り着いていたようだ。

 

「……オーフィス? って、ドライグは寝てるだけなの⁉ ドライグ!……バカ野郎……ッ! バカ野郎……っ!」

 

 俺は籠手を抱きながら泣くしかなかった! きなり別れの挨拶なんて酷いだろう! 俺とお前はずっとやっていく相棒なんだからよ!

 仲間達の気配がどんどん近付くのが感じる。やっと終わりだ、中級悪魔の試験が。長く険しかった試験がようやく終わりを迎えたんだ。

 

「帰ろうぜ、オーフィス。今度こそ―――皆で」

「我、赤龍帝の家に帰る」

 

 オーフィスが浮かべていたのは可愛らしい笑顔だった。

 ああ、こいつはやっぱり、テロリストの親玉なんかじゃねぇよ。ただの強くて寂しいドラゴンだっただけあ。

 と、万事良く決めたところで俺はとあることを思い出してしまった。

 あ、学校の中間テスト、どうしよう……。

 俺はそこで初めて絶望しきった。



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滑稽な戯曲のカーテンコール

 『豪獣鬼(バンダースナッチ)』と『超獣鬼(ジャバウォック)』の殲滅に成功した事がアザゼルのもとに届く前、冥府でも別の事件が起こっていた。

 

『フム、流石ハ超越者ト呼バレル悪魔ノ変異体ダ。悪魔モドキノ数値ヲ遥カニ超エテイル。ガ、悪魔モドキニハ違イナイ範囲ダナ』

 

 神殿内に透明化していた機械兵の軍団にサーゼクス達は酷く苦戦させられていた。

 滅びの化身となったサーゼクスでも特殊な装甲を持つ機械兵を消滅させることができず、既に滅びの魔力を消費し元の姿に戻っていた。

 神殿外も数十機程の機械兵に取り囲まれ逃げることすら困難。

 

『セイゼイ有象無象ノ模造品共ニ優位性ヲ誇ル」

 

 リーダー機体の機械兵が床に散らばる氷漬けのモノを見て言う。

 神殿内の床には氷り漬けにされ砕かれた大多数の死神の残骸が転がっている。

 ジョーカー・デュリオは自分のせいで死神たちが逃げられなかったことに罪悪感を感じた。

 

『気ニ病ム必要ハナイゾ? 天使ノ模造品モドキ。元々皆殺シニスルツモリダ。逃ゲル死神共ヲ捕マエル手間ガ省ケタダケニ過ギナイ』

 

 そう言って氷漬けにされた死神の生首を見せつけ踏み砕いて見せた。

 

『我ラニ繋ガル証拠ハ全テ処分スル。当然、貴様ラモナ』

 

 アザゼルが秘密裏に呼んだ刃狗(スラッシュ・ドッグ)も既に他の機械兵に制圧され動けない。

 冥府ではこれ以上の援軍も期待できない。まさに絶体絶命の状況。

 

『少シバカリ性能テストモ出来タ。デハ、ソロソロ処分スルトシヨウ』

 

 サーゼクス達がまだ殺されていないのは敵の嗜虐心ゆえの結果である。だがそれすらも今まさに尽きようとしていた。

 

『オット、処分スル前ニ名乗ッテオカネバ。ヨーゼフ・メンゲレ。――死ニ行ク者ニ名乗ッタトコロデ仕方ナイガナ。コレモ閣下ノ命令ダカラ仕方ナイ』

 

 ヨーゼフ・メンゲレと名乗ったリーダー機体の機械兵が五指の銃口をアザゼル達に向けると、突如「ム?」と機械音声と共に動きが止まる。

 

『……悪運ノ強イ奴ラダ』

 

 リーダー機体を除く全機が上空へ飛び去って行く。

 そしてリーダー機体の機械兵もトドメを刺すことことなくどこかへ行ってしまった。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 ヴァーリチームが冥府で大暴れしてしばらくしての事。突如僅か十数機のロボットを従えて冥府に現れたのは黒い軍服を着た青い髪の少女。

 

「やあ、はじめまして。私の名前はアイヒマン。たぶんもう会うことはないだろうけど、初めて対峙した相手には名乗る決まりなんだ」

 

 自己紹介をするや否や気怠そうな目つきとしゃべり方の少女が短い呪文を唱えると、ヴァーリチームの面々はテレビの停止ボタンを押されたかのように目と口以外ピクリとも動かすことができなくなった。

 聞いたこともない言語の呪文で完全に動きを封じられてしまったヴァーリチーム。

 そこで数少ない動く口で魔法に対しても堅牢な装甲を持つゴグマグに指示を出すも、少女はゴグマグを指さし呪文を唱えるとゴグマグは機能停止し両腕をだらりとさせた。

 

「汝の忠誠を示せ」

 

 そう言うとゴグマグの口部分から掌に収まるほど小さな布の巻物が出て来た。

 その巻物に名前を書いてゴグマグに戻すとゴグマグは少女にかしずいた。

 

「次からは忠誠の継承をしっかりしておくように。まあ、次があればね」

 

 そして少女はゴグマグと連れて来たロボットを使い周りの死神を次々と屠っていった。

 その一方で少女は無防備なヴァーリチームに近づき一番手前にいた美猴の眼前に立つ。

 

「?」

「――――」

 

 そして何かを握らせ耳元で囁く。すると―――

 

「ッ!? …………」

「美猴……?」

 

 少女がパチンと指を鳴らすと美猴だけが動き出しゆっくりと仲間の方へ振り返る。

 美猴の目が異常な程に血走った眼で狂犬のような唸り声を上げる。

 

「グルルルルルッ!!」

auf Wiedersehen(アウフ ビーダーゼーン)(さようなら)」

 

 一番近くにいたまだ動けないアーサーに今にも襲い掛からんと動き出した美猴。

 しかしその時――黒い靄で形作られた大鎌が美猴の体を貫いた! すると美猴は力なくその場に倒れ込む。

 その場に現れたのは骸骨頭の神様――

 

「ハーデス……!」

 

 危機を救ったのはまさかのハーデスであった。

 ヴァーリチームの傍に降り立ったハーデスは美猴を貫いた物と同じ黒い靄の大鎌を作り出し残りのヴァーリチームを纏めて横薙ぎに斬る。

 大鎌が体を通過するとヴァーリチームに傷跡はなく金縛りが解けた。

 

≪死神達よ、総員今すぐ撤退せよ! これ以上死ぬことは許さん! 貴様らもそいつを連れてさっさと冥界から消えろ。そして二度と足を踏み入るな≫

 

 倒れる美猴を指さして言う。

 

「助けていただき感謝します」

≪フン、勘違いするな。奴らの思い通り事が運ぶのが気に入らぬだけだ。次は姿を見せれば殺す≫

 

 逃げさんとする機械兵だが、マントの中から取り出した形ある死神の大鎌で機械兵を斬る。だが切り裂くことはできず吹き飛ばすことしかできなかった。

 しかしそのおかげでヴァーリチームは無事転移することができた。

 

「彼らも逃がすのですね」

≪全ての死には意味がある。意味なき死を認めることはできん。例え部下を消滅させた生意気な小僧共でもな≫

 

 両脇に護衛の機械兵を配置する少女は一般家庭に置いてありそうなナイフを握りハーデスと対峙する。

 

「しかし私たちを知る者には敵も協力者も、皆消えてもらわなくてはならない」

≪初めから裏切るつもりだったか≫

「総統閣下の命令でね。証拠は可能な限り消し尽くせと。あの方は邪魔になれば味方だろうと容赦はしない」

 

 ハーデスは纏うオーラと共に濃厚なプレッシャーを発する。

 しかし少女は平然とした表情で言う。

 

「……私個人として申し訳ないと思ってる。でも私個人にも譲れないものがある。そのために私はやる」

≪ファファファ、そうか。ならば此度の裏切り、死の恐怖を以て贖罪としよう。小娘よ、己の愚かさを悔いるが良い…ッ!≫

 

 向かって来るハーデスに護衛の機械兵を下がらせナイフを握り立ち向かう。

 間合いに入ったハーデスが大鎌を振るうが、少女はそれを華麗に避けていく。どれだけ大鎌を振り下ろそうが未来を予知したかのように先手先手に躱す。

 

≪死の秩序を守ることこそ死神の存在意義。大義の為に部下を失うのは仕方のないこと。故に見過ごすわけにはいかぬ!≫

 

 ハーデスの纏うオーラが漆黒に変色し漆黒のオーラが吹き荒れた。触れる物全てに死を与える冥府の死神王の息吹。

 だが少女はこれも予備動作を確認する前に距離を取り、放たれた死の息吹を魔法で散らす。そうしてまたハーデスの懐に潜り込もうと接近した。

 

「ハーデス、貴方したことは今の情勢から見て正しいとは言い難い。でも三大勢力なんかよりもずっと正しい存在だった。そして私達よりも正しいかもしれない。だがそれを成し遂げる力がなかった。それが貴方にとって何よりの罪」

 

 少女は一切の攻撃をしない。同時に自分の攻撃も一切届かない。ハーデスの中に焦りが生まれ始める。未知の言語呪文を除き矮小な人間のそのものの小娘になぜ届かないのか。

 

≪ガハ……ッ!!≫

 

 その焦りがとうとう少女を懐に潜り込ませる致命的な隙を生んでしまった。

 ハーデスの胸にナイフが深々と突き刺さる。

 

「苦しめはしない。辱しめもしない。それが私ができるせめてもの情け」

≪小娘が……! この程度で私を殺せると思ってるのか!≫

 

 しかしギリシャ神話の一柱であるハーデスはナイフの一突きで殺せる程容易い存在ではない。

 少女はさらに隠し持っていた片手で扱える小さな鎌を素早く取り出しハーデスの胸に突き立てた。それは特別な魔力も感じない普通の古い鎌にも見える。

 

≪……ッッ!?≫

 

 ナイフを突き刺された時とは比べ物にならない程苦しそうにする。纏うオーラも不規則に乱れる。

 

「これは現存する数少ない死神の鎌。死神の王を名乗る貴方に敬意を表しあえてこれを使いました」

 

 一歩二歩とゆらゆらと後ろに下がり今にも倒れそうな体で踏ん張る。

 

「本来なら一瞬で絶命するはず。やはり(ことわり)がズレてるせいか」

 

 その姿を見て申し訳なさそうに下を向く。

 

≪ハァ……ハァ……≫

 

 ハーデスは自分の死を悟った。ならば最期にできることは――。

 

≪なら私も一つ言わせてもらおう。貴様らが私に言ったように≫

 

 ハーデスは最期の力を振り絞り炎を通して見ているであろう者達に叫んだ。

 

≪聞けッ! 若造共ッ! 貴様らの考えは私なりに理解しているつもりだ。感情の力は凄まじい。魂を扱う身として昔から度々そう思わされる出来事に遭遇してきた。だが! 上に立つ者が感情で動くことは許されん! ましてや魂の尊厳を穢す行為は決して許されぬこと! それを破れば貴様らだけの償いでは済まぬ! 必ずや今いる生きとし生ける魂全てが償いを受けることになる! それだけは許されぬ! 決して許さぬ! だから私は動いた!≫ 

 

 命を振り絞る魂の叫び。少女も機械兵達に攻撃の手を止めさせ静かに見届ける。

 

≪サーゼクス、アザゼル。貴様らが私に怒りを向けるのはわかる。だがあえて私からも言わせてもらおう。貴様らが世に放った無自覚の悪意が今まさに世界を蝕んでいるということを。私は私の守るべきものを守る為なら、私は恥も命も捨てて死を与える。死の秩序と安寧。それは誰であろうと犯してはならぬ世界の理なのだ!≫

 

 一息に叫んだところで踏ん張る力すらなくなり崩れるように倒れ込む、

 

≪すまぬ、ペルセポネ……≫

 

 一人残してしまった最愛の妻の名を呟き、ハーデスは息絶え消滅した。その姿を見て何かを重ね胸を押さえ「……お姉ちゃん」と小さくつぶやいた。

 その場に残ったのは胸に突き立てられたナイフと鎌だけ。

 

「貴方の部下は無事戦場を離れることができました。ですが私はそれを追い殲滅させねばなりません。残念ながら貴方の数分の最期は僅かな時間稼ぎにしかならなかった」

 

 得物を拾い上げ少女が機械兵に殲滅命令を出そうとした瞬間、少女の小型タブレットが鳴る。

 その内容を見て少女は小さく笑う。

 

「貴方が稼いだ数分は無駄ではなかったみたいですね」

『アイヒマン』

 

 神殿内で死神と魔王達を屠る役割を任されていた機械兵、ヨーゼフがやって来る。

 

『天使共ガ来タ。アノ性能ノ機械兵デハ時間稼ギモママナラン。スグニ撤退スル』

「わかった」

 

 ナイフと鎌を回収し、アイヒマンとヨーゼフは冥府から離脱した。

 彼女たちが転移魔法で離脱すると、一瞬の強大な聖なるオーラの発生と共に上空に飛び立った機械兵の残骸が空から降り落ちた。

 冥府は壊滅的な被害を受けたが、短く激しい攻防の結末はこうして終結された。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 危機を脱し冥界と冥府を繋ぐゲートに辿り着いたところで、サーゼクスが改まった顔をしてアザゼルを呼ぶ。

 

「アザゼル」

「何だよ。改まって」

「私は最近常々思う事がある。私やアジュカのような魔王の時代は終わりが近いのかもしれない―――と」

 

 アザゼルが黙って聞いているとサーゼクスは続ける。

 

「私達が魔王になれた最大の理由は『力』だ」

 

 魔王の血筋以外から生まれてしまった強大な力を有した特異な悪魔―――それが現四大魔王。三大勢力が争った大戦の終結以降、そのような悪魔が何名か誕生した。

 サーゼクスは拳を握りながら悲しげな表情を浮かべる。

 

「どれだけ強くとも『個』の力では、覆くつがえせないものがある。反発するものを生み出してしまう」

 

 現政府は力で旧政府を打倒して冥界を変えた。その先頭に立ったのがサーゼクスや現四大魔王などの強力な悪魔だった。

 その結果、追いやられた悪魔達はサーゼクスの力を妬み、呪った。前時代の(ゆが)みを力でへし曲げ(いびつ)に修正した。

 それがクーデターという形で一部浮き彫りになり今に至る。

 

「だが、アザゼル。『個』の力とは違う、大きなものがある。それが今の悪魔の世界にあるのだ」

「それは何だよ?」

「それは『輪』の力だ。我が妹リアスと義弟イッセーくんはそれを持って生まれてきた。たとえ『個』の力に限度があろうとも己の周りに集まる力―――『輪』によって、力と絆を確かなものとする。その結果、どのような限界、壁をも突き崩して成長していく。リアス達だけではないな。滅びを持てなかったサイラオーグも夢を抱き、信念を貫つらぬく事で信頼する仲間を得ている。それもまた『輪』だろう」

「―――なるほど、『輪』か。サーゼクス、イッセーは遂にオーフィスまで引き込んだ。―――もう、いろんなものがあいつらを無視できないだろう」

「うむ。それは『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を超越したヴァーリにも言える事だろう。―――『無限の龍神』と二天龍、そこに集う龍王達。―――やはり、この世界の流れを、力の奔流を動かすのはドラゴンとなるか」

 

 ドラゴンは力の塊。そして、人間もドラゴンを力の象徴として古いにしえより崇めてきた。強いドラゴンは強者を引き寄せてしまう。

 

「あ、じゃあ、俺はここで帰ります。ミカエルさまに報告する事があるので」

 

 ジョーカー・デュリオは天使の翼を羽ばたかせて、簡素にアザゼル達へ別れの挨拶を告げる。

 

「では、どうも」

 

 少しばかり暗い顔をしながら飛んでいくデュリオ。

 去っていくデュリオを眺めながらアザゼルは息を吐いた。

 

「さーて、俺も再就職口を見つけないとな」

 

 アザゼルの言葉を聞いてサーゼクスは目を細めた

 

「……やはり、そうなるか」

「ああ、オーフィスを独断でイッセー達に会わせたのはどう考えても免職を免れない事柄だ。俺は―――総督を降りる」

 

 各勢力に黙ってオーフィスをリアス達に会わせた事は、どう見繕っても条約違反。糾弾されるのは必然。

 

「それにうちの組織の異分子―――奴らに手を貸していた連中も大方締め上げたしな」

 

 アザゼルの組織内の裏切り者はヴァーリの他、中間管理職に位置する者達であった。特に上位クラスの堕天使の一部がかなり情報を横流しにしていた。

 既にその者達の身柄を確保して裁くところまで話は進んでいるが、逃げた者もいる。

 

「……俺の組織も潮時かね」

 

 アザゼルがボソリと呟くとサーゼクスは何とも言えない表情をするだけだった。

 

「天界の方でも裏切り者を把握して、裁いたそうだよ」

「逃げた連中は堕天使と化して『禍の団(カオス・ブリゲード)』に合流か。ま、奴らに協力している間、よく堕天しなかったもんだな。その上級クラスの天使どもは」

「神がいないと言う裏をかいて、天界の各種システムに穴が生まれているのは聞いている。そこを突かれたのだろう。何処も一枚岩ではないな」

 

 悪魔側も旧魔王派とのイザコザが今後も散発的に起こるだろう。だが、今回の1件で旧魔王派の実力者も相当消えた。よほどの事が起きない限りは鳴りを潜めて静観するだろう。と、二人はまだどこか楽観的に現状を考えていた。組織を浄化するだけなら問題ないが、それらはその先の最終目的である和平に致命的な影響を与えかねない危険を孕んでいることに目が向かない。

 

「堕天使は天界の『御使い(ブレイブ・セイント)』システムのように要員を増やす事はしないのか?」

 

 サーゼクスはそう訊くが、アザゼルは首を横に振った。

 

「良いさ。俺らみたいな悪党天使さまは俺らだけで充分。これは俺だけの意見じゃなくてな。残った幹部連中も同意なんだわ。三大勢力が和平組んでいるなら、もうこれ以上組織を肥大化したって仕方ねぇんじゃねぇかってな。現状維持だけで良い。まお空の天使が堕ちるなんて事があるならいつでもウェルカムだけどな」

 

 拡大はしない。だが受け皿は残す。はみ出し者を受け入れ続けたアザゼルらしい選択だった。

 

「……しかし、グリゴリの―――アザゼルの功績であるオーフィスがこちらに来た事実は大きな事態だ。我らの歴史に残ってもおかしくない偉業なのだよ、アザゼル。それを促したのは―――紛れもないあなただ」

「今頃改まって『あなただ』とか言うなよ。恥ずかしい。だがな、サーゼクス。俺は悪党どもを率いるボスだ。聖書に刻まれても冥界の歴史に残っちゃいけないのさ。―――これからの冥界の歴史に残るのはお前やリアス、イッセーで充分だ。俺は堕ちた天使の親玉で良いんだよ」

「アザゼル……」

 

 残念そうな顔をするサーゼクスに、アザゼルは頬を掻きながら悪戯な笑顔で言う

 

「なーに、ちょっと肩書きが変わるだけだ。俺は俺だよ。それと俺も前線に行くのは引退する。お前やミカエルのお陰で良い教え子がたくさん出来たからよ。そいつらの面倒を見るだけで余生を過ごせるさ」

 

 それを聞いてサーゼクスはおかしそうに吹き出した。

 

「急に年寄り臭くなってしまったな」

「見た目若いけど、年寄りだぜ俺? お前が生まれる前から存在するんだからな。そこはキミ、年長者を立てたまえ」

「そうだな。今後はそうしたいと建前上は言っておこう」

「まー、とりあえず、これで今回の事件は終わりだ」

 

 堕天使組織『神の子を見張る者(グリゴリ)』総督アザゼルが総督を辞する事は各勢力の上層部に伝達される事となる。

 数々の殊勲、戦績を残すが、何よりも1番の功績は異例の成長を遂げる現赤龍帝(せきりゅうてい)と歴代最強と称される現白龍皇(はくりゅうこう

)

 この二者を指導した事だと各勢力の要人は後に語り継ぐ……。

 

 そして二人はハーデスの言葉を胸に残せはすれど深く考えることはなかった。

 ハーデスの最期の忠告を受け止めるにはこの二人は若すぎた。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 冥界での騒動から幾日か経った後、僕達は部室で“ある事”をアザゼルから聞かされていた

 

「そ、総督を更迭された⁉ マジっスか⁉ ええええええええええええええっ!」

 

 “ある事”とはアザゼルが総督を辞職した件についてだった。

 もちろん理由はオーフィスを会わせた件だった。

 アザゼル元総督は耳をほじりながら嘆息する。

 

「うるせぇな。仕方ねぇだろ。うるさい連中に黙ってオーフィスなんざをここに引き連れて来たんだからな」

「じゃ、じゃあ、今の先生の肩書きは……?」

 

 一誠がそう聞くとアザゼルさんは首を捻ひねる。

 

「三大勢力の重要拠点の1つであるこの地域の監督ってところか。グリゴリでの役割は特別技術顧問だな」

「……総督から、監督」

 

 塔城さんがぼそりとつぶやく。

 

「ま、そう言う事だ。グリゴリの総督はシェムハザがなったよ。副総督はバラキエル。あー、さっぱりした!ああいう堅苦しい役職はあいつらみたいな頭の堅い連中がお似合いだ。俺はこれで自分の趣味に没頭できる」

 

 そう言うアザゼルさんは以前よりも開放的な表情となっていた。

 つまり総督と言う肩書きと役職が無くなっただけで何も変わらないと。ただアザゼルさんの自由度が増すだけですね。

 これから先、より自由になったこの人がどんなトラブルを持ち込むのか考えるだけで頭が痛くなりそうだ。

 などと、浮かれていたアザゼルさんが書類を3通取り出した

 

「先日の中級悪魔昇格試験なんだが、先程合否が発表された。忙しいサーゼクスの代わりに俺が代理で告げる。まず、木場。合格! おめでとう、今日から中級悪魔だ。正式な授与は後日連絡があるだろう。とりあえず、書類の面だ」

「ありがとうございます。慎んでお受け致します」

 

 書類を手に取り、頭を下げる木場さん。

 

「次に朱乃。お前も合格。中級悪魔だな。一足早くバラキエルに話したんだが、伝えた瞬間に男泣きしてたぞ」

「……もう、父さまったら。ありがとうございますわ、お受け致します」

 

 赤面しながら書類を受け取る朱乃さん。

 2人とも無事に中級悪魔へ昇格したんですね。おめでとうございます。

 

「最後にイッセー」

「は、はい!」

「お前も合格だ。おめでとさん、中級悪魔の赤龍帝が誕生だ」

「や、やったぁぁぁぁあああああっ! 今日から俺も中級悪魔だ! やった!マジ嬉しいっス!」

 

 両手を上げて大声を張り上げる一誠。

 

「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「まあ、このぐらいは。でも、おめでとうございます」

「おめでとう」

「おめでとうございますわ。一誠先輩」

 

 アーシアさん、ゼノヴィアさん、イリナさん、塔城さん、僕、レイヴェルさんが賛辞を贈る。

 皆から賛辞が贈られる中、アザゼルさんが指を突きつけてくる

 

「て言うか、お前はあの危機的状況から自力で戻ってこられる程のバカ野郎だからな。お前の復活劇は既に上役連中の間で語り草になってるぜ? 何せ、現魔王派の対立派閥はお前らに畏怖し始めたって話だ」

「ど、どうしてですか?」

「当然だろう。文字通り、殺しても死なないんだぞ? こんなに怖い存在はねぇだろう? サマエルの毒で死なない上にグレートレッドの力借りて体新調してきて自力で次元の狭間から帰還しただなんてどんだけだ。どんだけだよ! おまえ、本っ当におかしいぞ? 頭もそうだが、存在がだ」

 

 まあ、一連の流れを改めて語られるとおかしな事の連続であるのは頷ける。けど一誠の異様な幸運の連続は今に始まったことではない。それも普段の行いや努力の質と量的にも絶対にありえないレベルのもの。―――今後の反動が怖いところだ。

 

 ところで一誠は本当に一誠なのだろうか……? ドラゴンの気配が強くなってるのは別として、僕の目にも特に反応はない。偽物ではないのは間違いない。―――だけど、どうしても違和感を感じる。違うと言うか……足りない? 完全に人間でなくドラゴンになったせい?

 

 冥界では偶然現れたグレートレッドと共にルシファー眷属と一誠が共闘して『超獣鬼(ジャバウォック)』を倒したと言う内容で報道されている。

 一誠がグレートレッドと合体した事は一般の悪魔には伏せられており、一誠とグレートレッドとの間で起きた事は極秘にすべき事柄らしい。

 一誠が危機的状況だった事に関する事柄は伏せられてるようだ。

 

「ま、お前の強者を引き寄せる力はもはや異常を通り越して、何でもござれ状態だからな。もう、あれだ。各世界で悪さする奴らもお前らが倒せ。そうすりゃ俺もサーゼクスも楽が出来る」

 

 でもその場合悪い奴らが向こうから来るんでしょ? それはこっちが困るんですけど……。一誠も完全に人間じゃなくなり本格的に悪魔陣営に染まったし、そういうのは冥界で済ませて欲しいかな~。

 

「あの、先生、『禍の団(カオス・ブリゲード)』―――英雄派のその後の動きはどうなんですか?」

「ハーデスや旧魔王派の横槍もあってか、正規メンバーの中枢がやられたからな。奴ら英雄派が行おこなっていた各勢力の重要拠点への襲撃も止んだよ。正規メンバーの一人でも生きたまま捕らえて尋問できればよかったんだが、大規模な作戦が失敗したからにはしばらくは攻めてこれないだろう。問題は奴らを操っていたナチス勢力の方だ。英雄派に属する『禍の団(カオス・ブリゲード)』のメンバーだと思ったが英雄派を消そうとしたところを見ると違うらしい。使う技術も魔法も未知数のものばかりだ。ただ、天界では奴らが保有する神滅具(ロンギヌス)の消失が確認されていない為、生存しているのではないかとの見解だ」

 

 アザゼルさんは息を吐きながらそう答えた。

 曹操を含め英雄派の幹部クラスは全員深手を負って戦闘不能状態。脱英雄派の皆も機械兵に優位を取れていなかった。――しかし、神滅具(ロンギヌス)は消えていない。

同様が存在しない神滅具(ロンギヌス)は、所有者が亡くなれば次の宿主となる新生児に移り変わるハズ。

 なら消失が確認されていないのなら、曹操達は無事逃げ切り生存している可能性が高い。

 しかし、アザゼルさんは合点がいかないような表情をしていた。

 

「……奪われた、って事はないのかしら? 曹操達神滅具(ロンギヌス)所有者が重傷なら、強力な神滅具(ロンギヌス)を横から奪う輩やからが出てもおかしくないわ。あの集団は派閥が生じていて内部抗争も激しそうだもの」

 

 リアスさんがそう口にする。

 確かに神器(セイクリッド・ギア)を抜き出して保存したり、他の者に移す技術はグリゴリが既に開発している。その技術は『禍の団(カオス・ブリゲード)』に合流した裏切り者の手によって流れているだろう。彼ら以外にも漁夫の利を狙う輩もいるかもしれない。

 アザゼルさんもリアスさんの意見に頷いていた。

 

「まあ、その線が浮かぶって事になるよな。……そうだとして、俺が考え得る最悪のシナリオが今後起きない事を願うばかりなんだが……」

 

 険しい顔つきをするアザゼルさんだったが、途端に苦笑いする。

 

「ま、あいつらの最大の失点はお前らに手を出した事だな。見ろ、奴らを返り討ちにしやがった。成長率が桁違いのお前らを相手にしたのが英雄派の間違いだ。触らぬ神に祟りなしってな。あ、この場合は触らぬ悪魔に祟りなし、かな?」

「腫れ物のように言わないでくださいよ! 俺達からしてみれば襲い掛かってきたから応戦しただけです! なあ、皆!」

「そうだな、修学旅行で襲撃してきた恨みは大きい」

「ミカエルさまのエースだもの!襲ってきたらギチョンギチョンにしちゃうわ!」

 

 ウンウンと頷くゼノヴィアさんとイリナさん。

 

「……来たら潰す。これ、最近のグレモリーの鉄則ですから」

 

 塔城さんからは恐ろしい一言が飛んでくる

 一誠が皆に訊くも、返ってくるのは過激発言ばかりだった……。まあ、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に対しては戦績良かったか。

 皆の意見を聞いてアザゼルさんが豪快に笑う。

 

「さすがグレモリー眷属だ! こりゃその内伝説になるぞ。『奴らに喧嘩を売ったら生きて帰れない』―――とかよ」

 

 アザゼルさんの冗談にリアスさんが嘆息していた。

 

「私達は怨霊や悪霊ではないのよ? 変な風に言わないでちょうだい」

「うふふ。けれど、実際襲われたらやっちゃうしかありませんわ」

 

 朱乃さんは微笑みつつもSっ気を表情に見せていた。

 アザゼルさんが話を続ける。

 

「だがな、『禍の団(カオス・ブリゲード)』はまだ活動をしている。1番大きい派閥『旧魔王派』と2番目に大きい派閥『英雄派』も幹部を失い活動停止したと見て良い。三大勢力の裏切り者もある程度粛清が済んだ。だが……それでも俺達の主張に異を唱える奴らはそこに残っている。2つの派閥の陰に隠れていた連中も浮上してくる筈だろう」

 

 そういうば魔法使いの派閥もあるとか。魔法を主軸にするだけあって直接対峙する戦いは避けてきそうで厄介そうだ。……いや、三大勢力関係者なら意外と真正面から襲い掛かって来る可能性もありそう。

 アザゼルさんは部屋の隅に視線を送る。

 

「とりあえず、元ボスがこっちにいるからな」

 

 視線の先に目を向けると―――そこにはオーフィスの姿があった。ぶっちゃけこれが一番の問題だと思う。絶対他神話勢力に話を通してないもん。状況証拠で裏切者だよぉ。

 一誠と目が合うとオーフィスは言う。

 

「我、ドライグと友達」

「俺、ドライグじゃなくて、兵藤一誠って名前があるんだよ……。友達は俺の事を『イッセー』って呼ぶんだ」

「わかった。イッセー」

「俺の呼び方はそれで良し」

 

 一誠とオーフィスのやり取りを見ていたアザゼルさんが言う。

 

「言っておくがイッセー、お前が将来上級悪魔になったとしてもオーフィスは眷属には出来ないぞ。理由は話さなくても分かるな?」

「はい、オーフィスはここにいない事になっているから、ですよね?」

 

 ほらやっぱり身内だけの秘密裏だ! まあどうせアメリカとかは既に知ってるだろうけど。

 えっと、確か曹操に奪われたオーフィスの力が、現在の『禍の団(カオス・ブリゲード)』にとっての「オーフィス」となっているんだっけ?

 アザゼルさんが続ける。

 

「そいつはテロリストの親玉だった奴だ。いくらこちら側に引き込めたからと言って、それを冥界の連中に知られてはまずい。現にそいつの力は幾重にも封印を施して、ちょっと強すぎるドラゴン程度に留めてある。と言うよりも神格クラスは『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』の転生対象外だった筈だ」

 

 サマエルに力を吸い取られて相当弱まっているが、そこいらの上級悪魔よりは強いらしい。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』に奪われたオーフィスの力がどうなるか、それが気になるところですね」

 

 木場さんがそう口にしていた。

 曹操はそれを使って新しいウロボロスを作ると言っていたが、肝心の英雄派は改心している。

 その事についてアザゼルさんが言う。

 

「……それは俺を含め、事情を知っている連中の中でも意見が割れているな。ただ、そのまま計画が進行しているって意見だけは一致している。……どんな形になろうとも近い内に見まみえるかもしれない。それだけは覚悟しておけ」

 

 うなだれる一誠だが、リアスさんは話題を切り替える。

 

「いつ来るか分からないものに対する備えも大事だけれど、私の当面の目的は三点。一点はギャスパーね」

 

 リアスさんの視線がギャスパーに注がれる。

 当のギャスパー君は相変わらずアワアワするだけだった。

 冥界では一誠の死と言う誤報を聞いた直後、大妖怪のような力を発揮しゲオルクを圧倒していた。

 リアスさんが続ける。

 

「今まで他の事情が立て込んでいて静観していたけれど、あれを切っ掛けにそろそろ本格的に窺うかがっても良いと思ったわ」

「と、言いますと?」

 

 一誠の問いにリアスさんが頷く。

 

「―――ヴラディ家、いえ、ヴァンパイアの一族にコンタクトを取るわ。あのギャスパーの力はきちんと把握しなければ、ギャスパー自身―――私達にもいずれ累を及ぼすでしょうね」

「……す、すみません。ぼ、僕にそのような力があったなんて全く知らなくて……この眼だけが問題だと思っていたものですから……」

 

 ギャスパー君が恐縮しながらそう言う。

 ギャスパー君自身はその時の記憶が全く無いそうだ。ギャスパー君自身も知らない、無意識に存在する隠された力……か。僕の感覚では神器(セイクリッド・ギア)ではない。せいぜい間接的に関係があるぐらいだろう。

 リアスさんはギャスパー君が家を追い出された理由がそこにあると踏んでいるようだ。

 

「ヴァンパイアも今内部で相当もめている。……閉鎖された世界だが、だからこそ変な事情に巻き込まれなければ良いんだが」

 

 アザゼルさんが嘆息しながら言う。

 吸血鬼も色々と立て込んでいるのか、部外者があまり関わるべきではないのかもしれないが、ギャスパー君を放置するわけにもいかないか。グレモリー眷属でなければ頼るあてはいくつかあるんだけどね。ギャスパー君を手放すことはまずありえないだろう。

 

「ご、ご迷惑おかけします……。で、でも……家のヒト達とはあまり……」

 

 ギャスパー君が言葉をつぐんでしまった。

 どうやらギャスパー君としては家族に会いたくないようだ。

 かける言葉もない僕にはギャスパー君の頭を撫でてあげて少しでも落ち着かせてあげることぐらいだ。

 朱乃さんが顎に指をやりながらリアスさんに言う。

 

「ギャスパーくんの事と、後は魔法使いかしら?」

 

 リアスさんは頷いて続けた。

 

「そうよ。そろそろ魔法使いから契約を持ちかけられる時期でもあるの」

「それって、本とかに書かれてる魔法使いとの関係性とか言うやつですか?」

 

 一誠の問いにリアスさんが首を縦に振る。

 

「ええ、そうよ。魔法使いは悪魔を召喚して、代価と共に契約を結ぶ。私達は必要に応じて力を貸すの。一般の人間の願いを叶えるのとはちょっと様式が違うわね。名のある悪魔が呼ばれるのが常だけれど、若手悪魔にもその話は来るわ」

「それって、本とかに書かれてる魔法使いとの関係性とかいうやつですか?」

 

 一誠の問いにリアスさんが頷き、アザゼルさんが紅茶をすすると話を続ける。

 

「先日、魔術師の協会が全世界の魔法使いに向けて若手悪魔―――お前達の世代に関するだいたいの評価を発表したようだ。奴らにとって若手悪魔の青田買いは早い者勝ちだ。特に評価が高いであろうグレモリー眷属は格好の的。魔王の妹たるリアスを始め、赤龍帝のイッセー、聖魔剣の木場、バラキエルの娘で雷光の巫女である朱乃、デュランダルのゼノヴィアなどなど、そうそうたるメンツだ。―――大挙して契約を持ちかけられるぞ? 契約する魔法使いはきちんと選定しろよ? ろくでもない奴に呼ばれたらお前達自身の価値を下げるだけだからな」

 

 魔法使いとの契約も悪魔の活動範囲内というわけか。契約を持ちかけられれば、それだけ自分の評価にも繋がる。けど悪魔と深くかかわるつもりもない僕には関係ないか。グレモリー眷属も脱退してるからその面子にも入ってないし。

 そう思ってる僕を見てアザゼルさんが言う。

 

「なに自分には関係ないみたいな顔してんだ。めざとい魔法使いならむしろお前の方に契約を持ちかけるだろう。元グレモリー眷属で競争率が低く、最後のレーティングゲームでは大金星を上げてたからな」

 

 うぇっ。下手に悪魔として契約すると悪魔として余計なしがらみを作ってしまう。かと言って断り続ければレイヴェルさんに不利益を与えかねない。

 これはヨグ=ソトースさんに魔法使いを紹介してもらって先手を打った方がいいかもしれない。

 エロ妄想してるであろう一誠の頭をリアスさんがポンと叩く。

 

「ところでイッセー。試験前に約束した事覚えているかしら?それが私の当面の目的の最後の一点なのだけれど?」

 

 リアスさんはほんのり頬を赤く染めていた。

 

「リアス、今度の休日、デートしましょう」

 

 一誠の答えにリアスは満面の笑みを見せる。

 

「ええ、楽しみにしているわ、愛いとしのイッセー」

 

 そこへゼノヴィアさんが自身を指差す。

 

「イッセー、部長の後でも構わない。その次は私とデートをしてくれ」

「あー、ずるいわ!次は私よね!私だって、新くんとデートしてみたいわ!」

 

 更にはイリナさんまで申し出でて。

 

「はぅ! 私もです! 私もデートします!

「じゃあ、私もです」

 

 アーシアさんと塔城さんまで加わり―――

 

「……我も」

 

 オーフィスまでも加わりさらに混沌としていく。

 

「あらあら、それなら私は全員終わった後、ベッドの上でデートしますわ」

 

 最後に朱乃さんがおいしいところをかっさらおうとした。

 さらにノリで便乗したアザゼルさんや木場さん、ギャスパー君で混沌がさらに加速する。

 僕は? グレモリー眷属じゃないし付き合わないよ。

 

「で、では誇銅さん。私も、日本を満喫させてくださいませんか?」

 

 レイヴェルさんが僕の腕を軽く引いて優しく抱き寄せる。

 僕はニッコリとし手を握り返すことで返事をした。

 

 

 

 ++++

 

 

 全ての問題が終結しやっと自宅でゆっくり体を休ませることができる。

 ここ数日の緊張と疲労をほぐすためゆっくりとお風呂に浸かり、お風呂上りには冷えた牛乳を飲む。

 つけっぱなしのテレビを見ると、ちょうどいい番組がやっていた。どうやら今日はスペシャルゲストが来日しており、ちょうどゲスト紹介の場面だった。

 

『現在動画投稿サイトにて登録者4000万人超え、人気爆発中のあの人が日本に来日!!!』

「ッッ!!?」

 

 そのゲストの登場に思わず口に含んでいた牛乳を噴き出してしまった。

 綺麗な黒の長髪に黒が映える白い肌、女性っぽい顔立ちで妙に大物感を漂わせる男性。

 気安そうな雰囲気で登場したそのゲストの顔はどう見てもヒトラーだったからだ。



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