感染 番外編 (saijya)
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逮捕

 ある光景を見て、前にも見たことがあると錯覚する経験をしたことはないか?記憶の中にある昔の映像と、見ている映像が脳で一致しているのだが、その昔の記憶の詳細を思い出せない場合に生ずる違和感、いわゆるデジャヴという現象だ。

 だが、それよりも厄介なのが、夢で見たことが現実に起きることだ。夢には不思議な力がある。

 こんな事件があった。孤児院で育てられていた少女の夢に、知らない女が現れ、毎夜、私はどこどこで殺されたと訴えかけてくる。その孤児院の経営者にとっても眉唾物の話しだ。しかし、あまりにも少女が困っていたのを見かねて警察に相談し、現場に赴くと、そこで何が行われていたのか、聴かなくても理解できる惨状が広がっていた。

 実際にあった凄惨な事件だ。

 昔から不思議だった。どうしてこんなことが実際に起きているのか。世の中にいる学者が揃って首を捻るような事態が、なぜあるのか。

 加えて、こんな事件もあった。

 オスカー・スレイター事件を知っているか?

 スコットランドで発生した殺人事件だ。裕福な老婦人が撲殺され、オスカー・スレイターが国外逃亡犯としてアメリカで逮捕された。スレイターは一貫して無実を主張したが、裁判では多数の目撃証言を決め手として有罪とされ、死刑判決を下された。

 しかし、裁判に対する疑問から集まった助命嘆願によりスレイターは終身刑に減刑され、作家コナン・ドイルを始めとした多くの著名人も事件の冤罪を訴えてスレイターを支援した。

 捜査に加わっていた現職警官も真犯人の存在を指摘する内部告発を行い、政府による事件の再調査も行われ、スレイターに対する有罪判決は覆らなかったものの、その後重要な目撃証人たちが相次いで証言を撤回し、冤罪を訴える声が高まったことにより政府は事件に対する控訴を認める特別法を定めた。そして、事件発生からおよそ20年が経過し、スレイターは控訴審で無罪判決を受け、事件は冤罪と認められた。

 不思議に思わないか?そう、俺は、これを集団デジャヴの一種だと考えた。要するに、脳ってやつは騙されやすいんだ。誰かが見たから、自分もその場にいたように思う。思い込みってやつだ。

 誰かが言い始めたことに、偶然、その時間に外を見た奴が、俺も私もと口を揃えて手をあげる。

 滑稽だよな?馬鹿馬鹿しいと一笑してやりたい。

 俺は、腹がむず痒くなり、低い声で笑みを漏らした。拘束具に縛られた身体は、口以外に動かすことができない。そんな不自由な状態にも関わらず、愉快で堪らなかった。

座り心地の悪いシートに揺られるのも案外悪くない。余計なことばかり考えられる。

 

「東、少し黙れ」

 

 隣に座る警官が俺を見ずに鋭く簡潔に、そう口にした。

 

「おいおい、そりゃねえだろ?こっちは指先すら動かせないんだぜ?アンタが俺の話し相手になってくれんのか?」

 

 わざとニヤニヤと唇を歪ませてみせた。若い男だ。どこまでも実直に職務を全うしようとする姿勢がある。

 そういう奴に限って言う言葉は決まっている。

 

「ふん……そういう話は、自分と同じような奴に……」

 

「話してろ。どうせ俺には理解できない。理解したくもない、か?」

 

 若い警官は、俺に化け物でも見るような目を向けてきた。その間抜け面が俺の笑いを誘う。

 

「ひゃっはははははは!良いねえ!良い表情じゃねえか!泣くの?泣いちゃうの?ねえ!」

 

 男は、短い悲鳴をあげて上半身をそらした。心理的に観察すれば、これは恐怖だ。少しでも距離をおきたい、この場から離れたい、その一心が窺え、俺は晴れやかに破顔して耳元でこう言ってやった。

 

「お前の表情、この前、俺が殺した奴と同じだぜ?」




番外編はじめます
不定期更新の可能性が……
これだけ書くのに何時間費やしたよ俺……w


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2話

 男は必死の形相で俺から距離をとろうとしている。その姿が面白くて堪らない。ああ、こいつは良いや。いい暇潰しが出来た。なんせ動けない俺にこの怯えようだ。多分、普段は仲間を大切にする振りをして、いざとなったら呆気なく 見捨てる、それか、捕まった相手に媚びを売って助かりたがる。そんなタイプだろう。

B級映画で見せしめに殺される役だ。

 

「おいおい、どうしたよ?なにビビっちゃってんの?仮にも警官だろうがよ!俺を殴るぐらいしてみろよ!」

 

 その時、拘束具越しに肩を掴まれ、強引に引かれた俺の右頬に鈍痛が走る。

唇の端から流れ出した懐かしい味は、同時に血を頭に登らせた。

 奥歯を食い縛り、唯一残った武器、歯で相手に噛みつこうとしたが、口には布が詰め込まれた。

 俺の額を抑えこんだ男は、よく身体の要点を分かっているようだ。起き上がる事が出来ず、俺は白髪の男を睨目付ける。

 

「東、あまり調子にのるなよ?」

 

 口を塞ぐ布を吹き出す。それなりにベテランなのだろう。俺とまっすぐに目を合わせられる奴は久しぶりだ。

 

「ひゃははは!そう怒んなよ、おっさんよお......ちょっとした冗談じゃねえかよ!あ、カルシウム不足?牛乳でも飲んだら?」

 

「......お前はもう喋るな。おい、あれ持ってこい」

 

 白髪の男が、さっきまで俺の暇潰し相手になっていた男が、厚手の袋を渡した。その使い道はすぐに察することが出来た。

 

「てめえみてえに因業な奴は、そういないぜ?あーーあ、冗談が通じない奴は本当につまんねえなあ!」

 

 視界が覆われた。また、真っ暗な中に戻されてしまう。

 まあ、良い。俺にとっちゃ光りがあろうと暗闇だろうと関係はない。どちらの世界にも俺を理解する人間も、理解しようとする人間もいないからだ。

 俺にとっての、街や人や虫や空も全て色のないものだった。色がないからこそ、心を知りたいとも思わない。

 

「真っ黒な中を一人で歩いたことはあるか?」

 

 誰からの返事もなく、車の排気音だけが聞こえてくる。

 俺は声を押し殺しながら笑った。こいつらは、一緒だ。彩りに囲まれて、なんとなく世の中を渡り歩いているだけの一般人だ。

 一日を大切にとか考えながら、生きているだけの人間だ。今日は一度きりだとのたまうのならば無駄が無ければ意味が無い。誰にも俺の世界は盗ませないし、分からせない。

 時間は贅沢に使わなければ意味が無いというのにな。カメラのフラッシュ音が聞こえ始める。どうやら、小倉北警察署に到着したようだ。

 写真に撮られるのは好きではないが、俺は窓があるであろう方向へ、ピースサインを送る。もちろん、皮肉だ。




一人称本当に難しいいいいいいいいいいい!よし、橘田さんが出てる番組見て癒されようw


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3話

 多くのカメラのフラッシュすら遮断される程の厚さがあるようだ。

 こいつは、好都合だ。何をしようとも文句を言われることもない。警察も頭が悪い奴等が増えてきている。勉強が出来る出来ないよりも、もっと重要視するべきことがある。

 相手の内側を読めるか読めないかだ。

 目は口ほどに内面を語る。そのパーツが点いた顔を隠すということは、相手を理解することもないということだ。随分と余裕があるもんだな。

 俺のせせら笑いは、袋の中で押し殺される。それすらも、こいつらには聞こえていない。要するに、世間ってやつは都合の悪いものには蓋をするのが上手いんだ。匂いがする前に塞いでしまう。

 

「おい、おっさんよお......ちょっと、小便したいんだけど?」

 

「......我慢しろ」

 

 短く遠回しな拒否の言葉と共に、カメラのシャッター音が途切れた。どうやら小倉北警察署の地下駐車場に到着したようだ。手錠の再確認、顔に被せられた布、俺にとっては抵抗が出来ない条件は揃っている。なのに、なのにだ。不思議なほど、警察官は俺に対して警戒心を剥き出しにしている。

 

......これほど、滑稽なことがあるか?

 

 俺は、アンドレイ・チカチーロのように特殊な体質や血液ではない。

 デュッセルドルフの連続殺人犯、ピーター・キュルテンのように、捕まるように自ら 動いた訳でもない。たった一人の男に俺は追い詰められた。そいつが、俺からの復讐を恐れるというなら話しは分かるが、ただ動いただけの警察が果たして何をした?無能な組織ほど、よく吠えるもんだ。

 車から降ろされ、警察官に先導されながら、俺は、暗闇の中を歩き始めた。久しぶりですの感覚は、俺に安堵をもたらす。

 色がない世界は、所詮は紛い物だ。見繕っているだけにすぎない。返ってくる答えはいつも同じだ。

 一度だけついた嘆息すらも、袋の中で僅かに響いただけに収まる。この世界は退屈だ。

 

「なあ、おっさんよお……アンタはどんな人生を歩んできたんだ?参考までに聞かせてくれよ」

 

 隣で鳴っていた靴音が止まった。それで俺が語りかけた人物の位置を特定できた。

 

「……お前には理解できない人生だよ。人を守るために頑張ってきた俺の行き方なんざ、お前に理解できる筈も無いだろ」

 

「さあな……それはおっさん自身がそう決めてるだけかもしんないぜ?やめようぜ綺麗ごとはよ」

 

「逆に聞くが、お前はなんで容易に人を殺せるんだ?」

 

「なんで?なんでだと?そいつは、俺があんたに『人をまもることになんの意味があるんだ?』って訊くのとおなじだ」

 

 

 

 

 

 

 




おそくなりすみません


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第4話

 おっさんは、どういう意味だ、と顔をしかめたようだ。なんだ、こいつは自分の内面に気付いていないだけか。たからだろうな、あんな綺麗なことだけの言動をとれるのは。全くもって人ってやつは自分の全面にしか興味を示さない。

 

「1886年、ある短編小説が発表された。それは、僅か数ページでありながら、見事に人間の本質が描かれている作品だ」

 

「......なんの話だ?」

 

 俺は、おっさんの疑問に喉を鳴らして答えた。

 

「まあ、聞けよ。面白い話だ。その小説は、ある男の奇行から始まる。ある男か曲がり角で女の子とぶつかるが、そいつは倒れた子供に構わず、まるで気付いていない様子で踏みつけて先を進むんだ。たまたま、通りかかった男が胸ぐらを掴んで現場に戻ると、人だかりの中、男は言った。面倒事は嫌いだ、いくら払えば良い?」

 

 気づけば、聞こえてくるのは廊下に響く足音だけになっていた。コツンコツンという軽い音が連続して反響している。

 六人......いや、八人だな。

 暗い世界で過ごしてきた俺にとって、足音から呼吸に至るまで全てが現状判断の材料となる。

 警察署に着いてから、少し人数が減ったらしい。それは、小倉北警察署の中枢部へ近づいている証拠だ。絶対に、逃がさないつもりだろう。逃げるつもりは毛頭ないのに、こいつらはどこまでも愉快だ。

 何故、愉快か?それはな、黙れと言ったおっさんが、俺の話を遮らないからだ。聞けよ、と念を押された時点で口を挟むべきなんだよ。

 

「物語の語り手は、その胸ぐらを掴んだ男と知り合いだった。そして、その乱暴者ともな。そいつの名前は......」

 

「......ハイド」

 

 俺は不意に聞こえた声に片眉を上げた。

 

「なんだ。知ってたのなら先に言えよ。意地が悪いな」

 

 おっさんが鼻を鳴らす。

 

「途中で思い出しただけだ。東、一つだけ教えてやる。知識をひけらかすのは馬鹿のすることだ」

 

「ひゃはははは!馬鹿のすることだと?それなら、ひけらかす知識がない奴はなんだ?アホか?マヌケか?それとも、化け物か?」

 

「......違うな。そいつらも、ちゃんとした人間だ!」

 

 語尾を強めたことで冷静さを装っているのが、丸分かりだ。俺はすぐにでも、その取り繕った皮を剥いでやりたくなった。

 

「ああああああ!つまんねえなあ!なんだよ、結局はアンタも他の奴等と同じかよ!」

 

 ざっ、と俺から一斉に距離を空けたのだろう。靴が床を擦れる音が多重に耳に吸い込まれる。それも一人ではなく、ほぼ、全員だ。加えて、何かを引き抜くような衣擦れまで聞こえる。やっぱりな。

 おっさんが怒鳴った。

 

「東!妙な真似はするな!」

 

 俺は、心の底から笑った。大爆笑ものだ。出来ることなら、腹をかかえて地面を転がりたい。

 切羽詰ったような声が聞こえる。もう、誰の声かなんてどうもで良かった。俺は、おっさんがいるであろう方向に首を回して、じっくりと言う。

 

「おっさんよお……気付いてねえの!?それがお前のハイドだよ!何が人をまもるためだよ!その為なら銃を向けんのか!?殺すのか!?そんなもんなんだよ人間なんてよお!ジキルとハイドの二面性、それを持ってるから人間なんだよ!良いか?お前らは俺を見る事が、世間は俺を見る事が怖いんだ!自分の中に必ずある凶暴性や暴力的嗜好、それを認められねえだけなんだよ!俺から見たら、お前らこそ人の皮を被った別物にみえるぜ?ひゃはははははは!!」




晩飯なんにしようかな……


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第5話

 何重にも重なった靴音が更に擦れた。俺を取り囲んだ数人が、また後退したようだ。最高の気分だ。善意を謳う男達が、自身の正義に押されている様は、荒唐無稽を通り越して滑稽にすら思える。馬鹿ばかりだ、本当にこの世界の骨組みは、馬鹿の集まりでできている。汚職にまみれた政治家に、自己を守ることすら出来ない人間、嘘も方便を貫けば真実になるなんざ、ただの戯れ言だというのにな。

 俺は、おっさんが突き付けた拳銃があるであろう方へ右手を伸ばし、銃口に触れると額へ押し付けた。

 

「弾けよ......いつまで、ジキルに隠れてるつもりだ?」

 

 銃口から伝わる震えは、全身を駆け巡り、遂にはおっさんの口調にまで表れ始めた。

 

「ひ......ひが......し......」

 

 さきほどまでの精悍さなど微塵も感じない、弱くか細い声は、廊下を照らす電球の小さなショート音にすら負けている。何を抵抗する必要がある。こいつらは、俺は、みんな生きている人間だ。自身の内面を見たことくらい、いくらでもあるだろうによ。

 ......ああ、そうか。自身の内面をみたとしても、目を逸らしていれば結局は無意味なんだな。だってよお、ジキルとハイドの結末もそうだったからな。人にとって、内側ってのは隠された自分の分身みたいなもんで、一度覗いてしまえば最後、否定するように死を選ぶ。人道を外れてまで、人間をやる必要はないとばかりに。

 そこで、ずいぶん前に聞いたドッペルゲンガーというものが脳裏を過った。まさに、それこそがドッペルゲンガーの正体なんじゃねえの?

 そんな思惟にふけていると、あまりにも馬鹿らしい思考の到達にたいし、途端に笑いが込み上げてくる。

 

「ひひひ......ひひ!ひひ!ひゃーーははははははは!」

 

 瞬間、額に着けたままだった銃口が飛び退いた。

 これが、こんなくだらない答えを出すことが、無聊とした毎日を送る俺にとって、最高の時間だ。

 これからだ。これからが、楽しい、愉しい時間の始まりだ。

 警察は、どれだけ俺を理解できる?

 世間は、どれだけ俺を理解できる?

 世論は、どれだけ俺を理解できる?

 人は、動物は、植物に至るまで、どれだけ俺を理解できる?さあ、考えろ。考えて、思考して、熟考して、思索してみろ。

 俺に色を与えてみろ......

 

「......悪かったな、おっさんよお......ちっとばかし、からかいすぎたみてえだな。安心しろよ、俺は逃げるなんてことはしねえからよぉ」

 

 俺は、自ら進んで廊下を歩き始めた。やがて、背後から数名だけの足音が響いてくる。俺に付き従うような光景、立場の逆転にすら、気づいていないみたいだ。麻袋の下にある俺の表情?......口元の弛みがとめられない。破顔一笑てえのは、まさに、このことだろうよ



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第2部 発展

「人間というものは複雑に造られている。生まれながらにして反社会的な性質を持っているが、それはタブーになっている。人間にはタブーというものが必要なんだ。それが必要ということは、つまり、人間に本来、反社会の性質がある証拠だよ。犯罪本能と呼ばれているものも、それなんだ」

 

 暗い六畳ほどの部屋に通された俺を、物見遊山のような感覚で出迎えたのは、淡いスーツに身を包んだ初老の男だった。こいつは、俺のような特殊な人間は、今後起きるであろう、自分達が到底、理解出来ない犯罪において重要なアドバイザーになると言っていたらしい。

 警察や法律関連のいざこざが始まる前に、是非とも一度会ってみたいと申し出た奇特な人間だ。厚い壁を隔てた先にいるそいつは、俺の背後にいる数名の警官を見やったが、静かに首を振られていた。

 

「......江戸川乱歩だな」

 

「おや、知っていたかい?こいつは恥ずかしいな」

 

 男は鼻の頭を掻いた。

 

「ああ、知ってるよ。防空壕の市川清一だろ......あれは面白い話だったよなぁ......人を騙すってのはこういうことだと感心したもんだ」

 

 嬉しそうに両手を打ち付け、パン、と鋭い音が響いた。

 

「そう!あれこそ、乱歩らしい作品だよ!」

 

 理解者を得た子供のように目を輝かせ、立ち上がる男を仰ぎながら、俺は笑った。

 

「違うな。乱歩の真骨頂が詰め込まれているのは、芋虫だろ......」

 

 ピタリと男が落ち着きを取り戻し、ゆっくりと座り直すと咳払いをしてから顔をあげて言った。

 

「君は、あの作品をどう思った?」

 

「あ?あれこそ、純愛だろ?両手足、五感を失って、女を呼ぶ方法は頭を床に打ち付けるだけ......加えて食欲と性欲を持て余した男をお前は、お前らは甲斐甲斐しく世話を出来るのか?」

 

「だが、結局は、快楽に溺れていく。そして......」

 

「女は、唯一、意思の表示が出来る両目を潰してしまう......か?それは、女の病的興奮の一種だろ?つぶらな両目を嫌う。だが、そこにこそ、女の人間らしさが描かれている。分かるか?芋虫のようになってしまった男は、女の介護がなければ、何もできないんだよ......女の征服欲が膨れ上がるのは必然だろ?」

 

 男は、得心がいかない様子で首を傾げる。俺は黙って男の言葉を待った。

 

「......つまり、征服欲を満たす為に、女は男の両目を潰したと?」

 

 俺は、低く唸るように返す。

 

「ああ、そうだな。それ以外の解釈があるのか?」

 

 男は、天井を見上げる。その様が、芋虫に登場する男のようで俺は苦笑した。やがて男は、なるほど、と頷いた。

 

「最初に世間から向けられていた評価が薄くなっていくにつれ、何も出来ない男を虐げていくことが快感へと刷り変わったのだね。それは、確かに本文中にもあるな」



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第2話

そこまで言った男は、屈託そうに腕を組んだ俺を見て、僅かに唇を吊った。こいつは、見透かしているつもりなのだろう。先の考察も、こう返事があるはずだと、たかをくくっていたに違いない。

俺は、ギリ、と奥歯を強く噛み締んだ。

 

「では、次は羅生門についての解釈を尋ねたい。君は、あの下人に対してどう思ったのかな?」

 

「羅生門?あんなもんは、感想すらねえよ。人の振り見て我が振りなおせって教訓だろ」

 

「人間のエゴを見事に描いた作品だと思うのだけれど......」

 

「違うな。あの下人と老婆に思考が偏っちまってるよ。羅生門の周囲の様子を語るなか、ちらほらと動物がでてくるだろ?あれは、人間との対比を出す為に入れてるんだ」

 

男は俯くように視線を下げた。どうにも、得心を得ていない表情をそのままに、再び、顔をあげる。

 

「つまりは、動物には人間のような真似はできないと?」

 

わざと鼻を鳴らしてやれば、男は不愉快そうに眉間を狭めた。

 

「話を戻すようで悪いが、エゴを描いた作品を読みたいのなら、乱歩の蟲を読んでみると良い。身の丈以上の努力をせず、身の丈に合わない成果を期待する。まさに、人の心そのものだ」

 

神妙な声で、男はこう尋ねた。

 

「......どういう意味だい?」

 

呆れから、深い吐息をつく。いよいよもって、隠忍が崩れ始めているようだ。俺は喜色を込めて続ける。

 

「テメエは阿呆か?人は努力をした分の見返りがあると信じて行動を起こすが、奮励以上の成果を期待しちまう。浅ましい奴ほどそうだろ」

 

「......君は違うのか?」

 

その言葉を待っていた。一笑して、室内に響く大声で、こう言ってやる。

 

「おいおい!俺だって人間だぞ?そりゃ期待は大きくなりもするもんだ!例えばだ、数年前に暗闇に閉じ込めてやった奴なんざ、僅か半日で狂っちまった!俺は、期待したんだぜ?いつか、あの部屋から這い出してくるんじゃねえかってな!いやぁ、失敗だったよ!もっと骨のある奴を選ぶべきだったよなぁ!そうすりゃ、俺の罪も少しは軽くなってたってのによぉ!ひゃははははは!」

 

背後に屹立していた警官が、途端にざわつき始め、俺を硝子越しに眺めていた男は、青ざめた顔付きのまま、部屋を飛び出していく。去り際に、俺は叫んだ。

 

「おい!こっからが面白れえとこだろうが!俺を理解してえんだろ!戻って来いよ!もっと互いを知り合おうぜ!なあ!」

 

扉の奥から聴こえてきたのは、狂ってる、だの、イカれてる、とか、そんな聞き慣れた単語ばかりだった。分かってねえんだよな。人間ってのは、意識の内側では正しいことをして、意識の外で間違えてしまう。極端に言えば、自分しか見えていないんだ。だからこそ、メディアに踊らされてしまう。




こんな穿った読み方は、はっきり言って間違ってると自覚してますw
だから、引かないでくださいw


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第3話

 この世界でもっとも、人を殺しているのは、一体なんなのか分かるだろうか。考えたこともないだろう。それは、もっとも身近にあり、もっとも自分から遠いところにあるものだ。それに比べたら、俺なんざ優しいもんだと思う。

 

「東!両手を頭上に挙げて、膝を床に着け!」

 

 狭い室内で、背中を叩いた警官の怒号は、明らかな虚勢を含んでいる。その声にひどく退屈な時間が訪れたのだと察すると、途端、胸に穴が空いたような例えがたい空しさを覚えてしまう。こんな感覚を味わった経験はあるだろうか。

 ゆるりと振り返り、そこに立つ数名の警官へ向けて、唾を吐き捨てた。

 

「ずいぶんと身勝手な振る舞いだな?それとも、そんなに俺のことが恐いのかよ」

 

 じりっ、と足を出せば、同じ歩幅だけ警官が下がる。同調行動というやつだろう。つまり、この場の主導を担っているのは、この俺だ。では、なぜこうなってしまっているのか。答えは世間に根付いたイメージだ。

 ここで、さきほどの問いかけに対する解を教えてやる。世界で一番の殺人鬼、それは、世の中に蔓延する情報という名の化け物だ。容易に人を操り、容易く殺してしまう。毎日、どこかで起きている殺人を例にするとすれば、虐待やイジメが分かりやすい。これらは、もっともメディアの影響を受けやすい部類に入るだろう。歴史として刻まれ、それを知ることにより、心の奥底で罪悪感が薄れていく。一つの物差しでしか、物事を捉えることしか出来ない人間を、巧みに操る見えない魔手、それがメディアの正体だ。間接的な殺人、けれども、急所を貫くことを躊躇わない正確無比な刃を、こいつらは常に喉元に当てられていることに気づいていない。

 

「なあ......警察官、テメエらはどこを見てんだ?俺は、ここにいるんだぜ?」

 

 ガチガチの拘束具は、とても外れそうにない。それでも、警察官は透明人間にでも出くわしたような顔をする。透けているのか、はっきりと捉えているのに、見えないふりをしているのか。

 だから、見えない魔手が忍び寄ろうと無警戒なんだ。

 

「やっぱ、理解はできねえか?そうだろう、そうだろうな。テメエらじゃ無理だろうさ」

 

 俺は、一度、腰を落ち着けると天井を仰ぎ、警察官達へと両手を持ち上げた。怪訝そうに目を剥いた壮年の警官へ一言加えてやる。

 

「なんだよ。もう、話は終わりだろうが......それとも、ここが俺にとっての留置所になるのか?だとすれば、ずいぶんと退屈なとこだな、おい」

 

 くくくっ......と低く喉を震わせてやれば、面白いほどに身を引いた。冷徹な殺人鬼と呼ばれる俺のからかうような短い微笑でだ。分かるだろうか。これが、メディアの力というやつだ。

 何故かと問われれば、俺はこう答えてやる。

 

「それは、俺が人間だからだ」

 

「......そうです。貴方は、誰よりも人間であり、とても人を理解している」

 

 不意に耳へ入ってきた声に、俺は振り返った。

 そこに立っていた長身の男は、とても特徴的な身なりをしていた。胸から下げた十字架にスーダン、右手には辞書のように厚い一冊の本を持っている。一つ睨みを利かせてやるが、全く動じた様子もなく、眼鏡を指で押し上げると、失礼、と挟んで俺と向き合う。

 

「安部孝之と申します」

 

「......そいつは、ご丁寧にどうも」

 

 椅子に座りつつ、安部と名乗った男は一息吐き出す。その間、警官達を一瞥してみたが、随分な狼狽をみせていた。突然の来訪者ということだろう。この時、俺は脱獄の計画をたてることを決めたが、そんな考えは、硝子という壁を隔てた先にいる男の一声で霧散することになる。

 

「......東さん、貴方は神の存在を望んでいますか?」



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第4話

 意外な言葉だった。神を信じますか、ではなく、神を望んでいるのか。

 男の格好はどうみてもそれと分かるものだ。そんな奴が、開口一番に神を問う発言をした。思わず、一笑した俺は言った。

 

「残念ながら、そんな不確かなものを信じる余裕はねえよ」

 

 男は、顎を引いて目元に陰を落としたが、装いにそぐわない三日月形に唇をゆっくりと歪めていく。正直、不気味に思えた。服装との不一致が拍車をかける。だが、気づけば、六畳もない部屋の中心にいる俺の中に、この男はズカズカと土足で入り込み、溶け込んでいた。同じ目線で、同じ立場で、対等に俺と言葉を交わしている。不気味だという感情は、いつしか、不思議という感想へと変貌を遂げている。たった一言だけ交わっただけなのにだ。俺は、この男に興味を抱き始めているのだと自覚せざるおえない。

 

「私は、貴方を知っています。だからこそ、こうしてお逢いできる時を心待にしていました」

 

「......俺はテメエなんざ知らねえよ」

 

「それでもです。これから、嫌でも知っていきますよ」

 

「......随分、外れた奴だな。なにを目論んでやがる」

 

「......全てです」

 

「......あ?」

 

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへいくのか」

 

「ポール・ゴーギャンか......」

 

「そう、この言葉こそ、人の根元へ語りかける声だと思いませんか?」

 

「いいや、俺には、自己陶酔にしか聞こえないな」

 

「......やはり、貴方は、現在の立場では違えど、私と同じかもしれない」

 

「どういう意味だ?」

 

「多くの声を耳で聞き、答えを口にできる。そんな人間が、王になる時代は終わりました。聖なる審判が訪れるときは、もう間近に迫っているとでも言いましょうか」

 

 そう呟いた男は、喉の奥で低く音を漏らした。それが、何を意味しているのか、俺には理解できなかったが、ひどく魅力的に映ったのは確かだ。何故だ、どうしてだ、と人に対して持つことすら、抱くこともなかった微細な情報が心に流れ込んでくる。それが広がるにつれて、徐々に明るみがでてきていることも自覚し始めている。

 一言でいえば、不快だ。たが、別の俺は心地よいと叫んでいる。得心がいかず、顔をあげた俺へ男が不敵に言った。

 

「この世界を構成するものの中で、もっとも必要なものをご存じですか?」

 

「......宗教的な返答を求めてんのか?」

 

「まさか......そんなことは断じてありませんよ。貴方の言葉を聞かせてください」

 

 本当に奇特な奴だ。質問の答えに窮しているところ、眼鏡の位置を自身の右手でなおした男は、音もなく立ち上がり、左手に持った聖書を小脇に抱えた。思わず見上げる形になった俺へと視線を下げたかと思うと、踵を返して扉へと歩き始める。

 

「おい......おい!どこ行くつもりだよ!」

 

「......また、ここへ訪ねます。その時までに返答を決めていて下さい」

 

「テメエ......馬鹿にしてやがんのか?」

 

「まさか......そんなことはありません。けれど、私がここにいることに対して、良く思わない方もいらっしゃいますし」

 

 男は、背後を差すように顎をしゃくった。俺の後ろにいる奴等など、いまさら、気にする必要はあるのだろうか。




ねっむ!!!!!!!!!!w


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第5話

「こんな奴等、居ても居なくても同じじゃねえか。なあアンタ、こっち来いよ、さっきの答えってやつを訊かせてくれねえか?ここは、退屈で退屈でしょうがねえんだよ」

 

男は、扉に手を掛けると、振り返ることなく言った。

 

「では、私が持っている物を一つ渡して貰うよう交渉してみます。良い暇潰しになると思いますよ」

 

「……聖書ならいらねえぞ?」

 

俺の返しに男は頬を弛めると、手にした分厚い聖書を僅かに振って言った。

 

「ははは、それは残念です。過去を改める為には、良い教科書となりえるのですがね」

 

「俺のことをアンタが決めてんじゃねえよ」

 

そう一蹴されようとも、男の頬は硬くもならず、泥濘のように緩いままだった。どれだけ俺から威圧されようと、能のような仮面をつけて変わらない。

そんな男を眺めていると、殺人犯というものは、必ず、こねくり回した文体を使うなんて文章を思い出す。

俺は更に深くこの男に興味を抱いた。この感情が興味なのか、嫌悪なのか、はたまた、憧憬……いや、それだけはないだろうな。

 

「いずれにしろ、貴方が拘留されている間、私は、またここを訪ねます。そのときには、土産話の一つ二つはお持ちしましょう」

 

「……はっ、アンタみてえな奴の土産話に面白味があるとは思えねえな」

 

「さあ、それは分かりませんよ?私が持ってくる土産話の内容を、貴方が決める、そんなことにはならないでしょうから」

 

「おいおい、神父が買い言葉なんざ放って良いのかよ?拘束具とアクリル板があるからって安心しすぎじゃねえの?」

 

俺の背後に流れる空気が強張るのを感じる。どんな情けない面を並べているんだろうかと、普段なら振り返ってやるところだが、俺は男から関心を外すことができなかった。一度、肩をすくねた男は、ドアノブを回して扉を開けた。

 

「貴方と私の間には、目に見えている以上の壁はありませんよ。私は、そう確信しています。では、また来ます」

 

静かに閉じられた扉の先から聞こえていた廊下を叩く靴音が遠ざかっていく。

俺は、今日ほど胸が震えた日は無かった。奴は、安部孝幸という男は、どこか俺と似ている。どこが、と問われれば、今は答えられないが、そう思えてならなかった。

笑えるよな?俺が、人間を知る為に、人を殺してきた俺を、誰よりも人間らしいと言った男は、俺から最も遠い存在である神様ってやつに仕える男だったなんてよ。けれど、これは悲劇ではない、むしろ、喜劇だ。

 

「また来るのなら、次は良い土産話を期待できそうだな……くひひ、ひゃはははははは!ここにゃあ、退屈しかないと思ってたけどなぁ、天国みてえな場所に早変りしちまったぜ!ひゃはははははは!」

 

もう、脱獄なんて勿体ない真似は出来ねえな。生まれて初めて、アンタに感謝してやるよ、神様よぉ……

 



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第3章 子供

 安部が初めてここにきた日から、早一週間が過ぎた。

 その間、国の偉い奴、警察の上層部、と様々な奴等が俺に会いに来ては、変わらない事を口にして帰っていく。その繰り返しは、俺に退屈ってやつをゴミのように積み重ねていった。全く、ここは地獄か何かか?

 いや、まてよ。一人だけ面白い奴がいたな。自身を精神科医と名乗った男だった。なにやら、世界に名を馳せているらしく、最近、海外のスラムで流行している麻薬が引き起こしている食人行為についての話しをしたいから会ってくれと連絡があったそう だ。

 そのとき、俺は、床に転がったまま、鼻を鳴らして言った。

 

「俺が行ってどうすれば気が済むんだ?ここに来てから、もうすぐ二週間……そろそろ、そっちも余裕がなくなる頃じゃねえの?退屈を凌げるでもねえ……それにな、そんな奴なら以前に会ってる」

 

 伝えにきた若い警官に背中を向けて、目を閉じた。俺に会いに来た奴等は、大抵、同じことしか言わない。

 一つは、俺が犯してきた犯罪についての判断に時間を喰われている、もう一つは、俺に強い興味を抱いている、ただのそれだけだ。

 今回も、その手の類だろうと無視を決め込んでいたが、責任感の強い警官がどうにも放れようとせず、ごちゃごちゃと喋り続けやがった。募らせた苛立ちを発散する術を考えている内、誰かが近付く音がし、俺の背中に声を掛けた。

 

「やあ、君が東さんかい?」

 

 随分と通る若い声に、俺は首だけを上げて目線を寄越した。歳にして、三十代半ばといったところだろう。これには正直、驚いた。世界に名前を知られているというには若すぎる。天才と呼ばれるタイプの人間なのか。俺は、軽く欠伸をして、上半身を起こす。

 

「随分な礼儀知らずだなぁ?誰だ、テメエはよぉ」

 

 何もかもにおいて、失敗を知らねえといった自信に満ちた表情が癪に触る男だった。着ている服はブランドのスーツ、腕から覗く時計も高級ブランドに名を連ねるメーカー品だ。どうにも胡散臭い笑顔を携えた男を制止するように、若い警官が声を荒げる。

 

「どうしてここにいるんですか!ここは、関係者意外の立ち入りは……」

 

「許可は貰っています。どうぞ、確認を」

 

 A4用紙ほどの大きさがある書類を鞄から出し手渡す。若い警官の視線が紙面に落とされ、左から右へ流れていき、男に対し一つ敬礼を挟み、男の背後に回り頷いた。

 

「ありがとう」

 

 そして、俺に向き直るや否や口を開く。

 

「初めまして。俺は、長浜という者で、一応、精神科医をしている」

 

「精神科医?ああ、さっき後ろの警官が言ってたのは、アンタのことかよ」




新章始まります


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第2話

 要するに、こいつは人間の根本は善であると言いたいらしい。それも、精神を話しの軸に置いて、理想を詰めていき、そうして、自身の安全を確保する為に俺を選んだと、つまりはそういう意味だ。

 まるで禅問答、いや、それ以下のやり取りになりそうだと、俺は辟易した。

 

「良いか?テメエの中にゃあ、ある程度の答えが出てる前提で話しをしてやるよ」

 

 暇潰し程度にしか相手をしてやるつもりもないにも関わらず、男は期待を膨らませているのか、両目を輝かせて俺を見る。

 

「まず、見解が真逆だ。究極の展開として例をあげた事件を参考にすると、カニバニズムっては、ほんの一列に過ぎねえ……それに、テメエはこう言ったな?食が人を食べる、食人行為だってよぉ」

 

「……ああ、認める」

 

 嵐の前兆を感じている雲のように、男の表情が流れていき影を作っていく。緊張からか、喉が唾を通っていた。

 

「その視点が間違いだ。食人行為、なんて言葉の枠から外れようとしねえのは、人間を信じているからか?笑わせるじゃねえか」

 

「どういう事だ?」

 

 房の檻を右手を掛け、ぐん、と顔を近づけてやれば、男の左足と上半身が下がった。

 

「分かりやすく言ってやろうか?食人行為なんて、御行儀の良い言葉を使わず、共食いって考えてみろよ。麻薬からくる精神疾患、麻薬による精神汚染なんざ言えなくなるぜ?」

 

 ひきつった笑顔を急拵えで繕った男は、その面白え顔のまま言った。

 

「だけど……人は本来、そういった欲求を抑えこんでいるものだろう?」

 

「テメエは馬鹿か?何故、食欲が人間の三大欲求に数えられているか、アンタならわかんだろ?」

 

「ああ、本来、人は……」

 

 男の言葉を遮るつもりもなかったのだが、我慢できず、大声で笑ってしまう。訳が分からない、とでも言いたげに狼狽する男の姿は、どうしてこうも滑稽なんだろうな。

 

「やっぱり、テメエは阿呆だなぁ!今、何を言おうとしたよ!今、何を口にしようとしていたよ!この期に及んで体裁を保とうとしてやがる!人間なんてもんはなぁ、どこまでも単純にできてんだよ!ひゃはははははははは!」

 

 そこで、プライドを刺激した俺に、男が凄まじい剣幕で言った。

 

「人間は単純になど出来ていない!」

 

 その一言が俺を更に掻き立てた。ぴたり、と笑いを収め、息を一つ吐いてから返す。

 

「何故、そう言い切れる?単純に出来てねえというのなら、何故、欲求なんてものが人間に存在するんだ?いや、この三大欲求ってのも、非常に曖昧なもんだ。そこに含有するものにこそ、人間の本質が潜んでいるんだからよぉ……」

 

「極端な持論は必要ない」

 

「極端だぁ?持論だぁ?いかにも、頭の固い奴等が口にしそうな言葉だな、おい」



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第3話

 房から手を放し、歩き出す俺を男の視線が追い掛けてくる。狭い室内は、常に監視に晒されているのだというのにだ。

 

「三大欲求には、食欲、性欲、睡眠欲がある。そのどれか一つを我慢することが出来るか?出来るはずがねぇよな。そんなことをしちまえば、死ぬだけだ。けどな、人間ってやつは、自制と理性を持ち合わせてやがる。その二つがあるから、人間は我慢を覚えるんだ。だが、原初の人間がそんなことを考えていたと思うか?」

 

 男は、さも当然とばかりに首を振って言った。

 

「だからこそ、人は進化を遂げてきたんだ。自らの欲求を満たす為に、欲求をよりよく開放する為に」

 

 俺も頷いて返す。

 

「そうだよなぁ、食欲をより満たす為に火を生み出し、武器を作った。それは、今となっても変わらねえ……人間ってやつの進化の過程には、必ず、閃きと発想が眠ってる。だがなぁ、その根幹はシンプルだ」

 

 中央で足を止めた俺は、頭の上に両手を挙げ、大きく弧を描きながら降ろしていき、両手を下半身辺りでぶつけた。

 

「さっき、テメエは人間を単純じゃねえと言ったな?なら、何故、人間の進化の根本に欲求があると思う?答えはさっきテメエが言ったように、進化を促す為だ。ならよぉ、その進化を全ての人間が同じタイミングで遂げたと思うか?」

 

「個体差があるから、それは、あり得ない。しかし、発展というものは、伝染病のようなものだ。人から人へ伝わっていくスピードは、ずば抜けている」

 

 俺は喉を震わせて言った。

 

「ああ、その通りだ。なら、ずば抜けた発展に追い付けない人間が出てくるのは、必然だよな?火を起こす、口では簡単に済ませられるが、物がない時代、とてつもない労力と技術を要する。火を神聖なるものだと、神格化されるまでにな……さあ、ここで新たな質問だ。追いていかれた人間はどうなっちまうだろうなぁ……?」

 

 この問い掛けに明確な答えが出ているであろうにも関わらず、男は、しばらく、首を提げて逡巡していた。考えをそのまま口にする。それだけでは足りないとでも思っているんだろうが、俺にとっちゃあ、温まってもいなかった熱を、余計に冷めさせる時間となった。

 

 このままじゃあ、埒が明かねえ……

 

 溜め息混じりに房を掌で叩き、驚いて顔をあげた男と視線を合わせる。

 

「コミュニティーから外される。それだけだろうが……お偉いさんが、こんなとこで躓いてんじゃねえよ。情けなくて笑えもしねえぞ」

 

 期待はしていなかったが、しかし、これは、あまりにも予想外だった。

 たった数回の会話だけで俺に呑まれ、思考をかきみだされているコイツには、俺を理解することなど、到底、不可能だろうなぁ。



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第4話

 一体、いつになったら俺の理解者は現れるんだ?それとも、この世の中には、俺の理解者なんざ存在してねえのか?

 

「コミュニティーってのは、人間社会の比率を大きく占めてんだ。どれだけ歴史を重ねようとも、それは進化と同じく変わらねえ……そこから外された人間が、強い劣等感を抱くのは当然だろ?どうにか先にいきたい、そんな前向きな感情を歪ませたのは、周囲の奴等だ。麻薬を使う人間に原因なんざねえんだよ」

 

「しかし、本人の意思次第で……」

 

「本人の意思なんてもんが、なによりも強固なものだと言い張るのか?まあ、日本人と麻薬、そこに限定するなら間違いではない。国内でもっとも、古い麻薬の記録は、千八百年にまで遡る。そこから阿片大国にまで流れていったが、阿片患者の数は少なかった。しかしよぉ、どうにもおかしいとは感じねえか?ならば、なぜ、日本人と麻薬の関係がこうも顕著になったのか。答えは簡単、そこにも、やはり、発展ってやつが含まれているからだ」

 

 長浜は、得心がいかない様子で唇をワナワナと動かしていた。それもそうだろう、人間の心は善で成り立っていると信じている内は、暗い井戸の中から這い上がってくるのは難しい。薄暗く、湿度が高く、居心地が悪かろうとも、たった一人でもがき苦しむしかない。それが、人間ってやつの本心に住まう魔物の正体だ。

 

「人間がなぜ麻薬を使うのか。それは、産み落とした奴等からのアンチテーゼだからだ。自身の生まれを恨むが、恨むべき者も分からない。そんな奴等のアンチテーゼ、それこそが麻薬の正体であり、もっとも麻薬の使用目的となっている部分だよ」

 

「……醜い嫉妬、とでも言えば良いかな?」

 

「どうとでも取りゃいい。ただし、本当にそれでテメエが納得できるんならなぁ」

 

 踵を返した俺は、殺風景な室内を見回す。

 人間のことを善人だとか、悪人だとか、そんなふうに区別するのはばかげたことだ。人というのは魅力があるか、さもなければ退屈か、そう言った詩人がいたな。確か、オスカー・ワイルドとかいうイギリス人だっただろうか。本当にその通りだ。悪人、聖人、魅力ってやつは、その二つにすら付随してきやがる。ただし、何者であるかは別問題だ。俺のように、こんな場所に放り込まれる奴もいれば、内面は俺と同じでも、世の中を闊歩している人間はごまんといる。

 隠しているだけで、悪意ってやつは、世界中にいる一人一人に必ず存在しているんだ。何者であろうともな。



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第5話

 背中を向けたことで、男は吐息をつき、参考にさせてもらう、と呟いて去っていく。その途中、俺は、あっ、と声を出して男の足を止めた。

 

「最後に、訊いておきたいんだけどよ、テメエの名前なんだったっけ?」

 

 男の眉がゆっくりと上がっていく様が面白く、俺は哄笑した。

 長年、積み上げてきた相手の沃野に、害のある言葉を投げ掛けるのは、素晴らしく甘美な一瞬だ。

 男は八の字に眉を曲げて言った。

 

「……長浜だ。名前は長浜という。覚えておいてくれ」

 

「……ああ、そういやぁ、そんなことを言ってたな?気が向いたら覚えといてやるよ。それから……」

 

 ガシャン、と檻を鳴らし、俺は半ば叫ぶように言った。

 

「覚えとけや!人ってやつは、進化を目指しちゃいねえんだよ!目指してるもの、それは安定だ!安定こそを目指しちまってやがんだよ!誰だってそうだ!自身の立場や環境を守る為に行動を起こすんだ!テメエの理想とする善意に溢れた人間なんざ、この世界にも、歴史にもいやしねえんだよ!しっかりと理解しろよ?人間ってやつは、歴史上に存在する、あらゆる種族の中で、最も汚く、最も醜悪な存在だってことをなぁ!それを理解したとき、お前はより高みに昇れるんだよ!理解できればの話だがなぁ!ヒャハハハハハハハハ!」

 

 ぐっ、と唇を締めた長浜は、俺の声を切るように振り向いて廊下を歩いていく。木で鼻を括るような最後にしたのは、俺なりの優しさってところだ。あの甘ちゃんは、これから先、どこかで今日のことを思い出して懊悩するだろうな。そのとき、初めて気が付くんだ。

 人間ってやつは、心底、脆く作られているってこにな。

 その瞬間に立ち会えないのは残念だが、まあ、それは良い。俺の暇潰しにはもってこいだ。

 

「いかなるものでも、自然という造物主の手から出るときは善である。人間の手に渡って悪となる……か。楽しみにしてるぜ?テメエの心情が自然と崩れ去る、その日をよぉ……!」

 

 冷めた檻の中に、木霊するように俺の笑いが響いた。愉快適悦、久方ぶりの気分が、更に満たされのは、その二日後だった。安部が俺の前に現れることになる。

 その日も、面会室での話しだった。変わらずの拘束具で縛られた俺を見るや、安部は分厚い聖書を小脇に抱えたまま、神妙な顔で席につく。聖職者という立場にあるにしては、前回のような快活とした様子もなく、嫌に暗い雰囲気を纏っているが、目元には剣が浮いていた。

 

「なんだよ。ようやく会いに来てくれたって喜んでのによぉ、随分な面してんじゃねえか」



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第6話

 安部は問い掛けに、小さく吐息をつくと、一瞥して、再び、目線を落とす。その先にあるものは、恐らく聖書だろう。額から鼻まで下がる影が、濃ゆくなっていき、口元にまで及ぼうとした直前に、安部が口火を切った。

 

「お訊きしたいことがあります……」

 

 アクリル板のせいもあるだろうが、安部の声は、深刻な事態に直面した人間特有の水の中で耳にするような重い口調だった。この男なら退屈な時間にはならないだろう。

 俺が、ギシリ、と椅子に凭れて先を促せば、重苦しい語り口をそのままに言った。

 

「先日、とある夫婦が一歳ほどの女の子を連れて訪ねて来ました。母親の腕に抱かれた女の子の顔は、まるで死人のように青白く、まともに椅子にも座れない状態な上、毎日、高熱に苦しめられているという話しでした……」

 

 妙な話しだ。

 俺は、当然、腑に落ちない箇所について突いてみようとしたが、もしかすると、もっと面白いことになるのではないかと、ひとまずは止めておくことにして、緘黙を貫く。安部は、俺がストップをかけないことを疑問視しているようだが、少しだけ間を空けて続けた。

 

「何故、病院ではなく教会へ?そう、当たり前のことを尋ねました。しかし、両親は私に言いました。病院にはいきましたが、原因が分からないのです。数多の投薬、数々の検査を受けても、何も変わらない……それならば、藁にもすがる思いで神頼みに来ましたと……私も我が子の為にと奔走する両親、なにより、女の子の為に祈りを捧げました。しかし、容態は悪くなる一方……」

 

 安部は、そこで更に項垂れた。それもそうだ、病が神に願って治るのなら、医療なんてものは必要ない。めまぐるしい発展の末に発達した医療、それすらも手に終えない未知の病に罹患しても、懸命に生きている女の子なんざ、泣かせる話しじゃねえかよ。

 

 ……まあ、それが本当に病ならの話しだがな。

 

 安部がもたげていた首を上げ、立ち上がるような勢いで前のめりになると、アクリル板に近付いて言う。

 

「貴方にお訊きしたいのです。意識が朦朧とし、ろくに話すことも喋ることもできない、幼児に……このような状況にある少女を救うには、私は何をすべきでしょうか?」

 

「それを、なんで俺に尋ねんだ?アンタを安心させる為の適任なら、他にいくらでもいるだろうが……」

 

 間髪いれずに返した俺に、安部は首を振った。

 

「貴方しかいないのです。数多くの命の終わりを見てきた貴方にしか……私に答えを教えられないのです。だからどうか、私に教えてください。どうすれば、彼女を……」



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第7話

「なあ、アンタ……安部って名前だったか?」

 

言葉を遮った俺に、目を丸くした安部が短く首肯したとき、俺は悪態の一つでもつきたい気分だった。

前回、俺に問い掛けたあの男は、どこにいったのだろうか。この男に強烈に引き寄せられていた理由がはっきりした。

俺と同じ価値観を持てる、もしくは、持っているからだ。それは、安部本人も認めている。そう、俺は安部に対して、理解者となりえるのではないか、そんな淡い期待を知らずに抱いていたのかもしれない。

しかし、結果はどうだ?この男はなんと言った?答えを教えてくれ、と口にしたんだ。

俺は、そのまま席を立つと、安部に無言で背中を向けた。

 

「ど……どこへ?」

 

狼狽から声が震えていた。不愉快甚だしい、こんな男に期待を寄せていた俺にすら落胆する。

 

「帰るんだよ。アンタと話すことなんざ、もうねえからなぁ」

 

扉の両隣に控えていた二人の警察官に、目を配れば、すっ、と道を空け扉のノブに手を掛ける。回す直前、ついに安部は盛大な音をたてて、立ち上がった。

 

「待ってください!なにか不快な発言があったのなら、謝罪しますから、どうか!」

 

盛大に舌を打ち、首だけで振り返る。

 

「必要ねえよ。さっさと帰れや」

 

「貴方も子供には、特別な思いがあるでしょう!それは、私も同じなのです!お願いします、私に彼女を救う方法を教えて下さい!」

 

俺は足を止め、疑問が増えたことを自覚した。まるで、鎌首をあげた蛇のように、安部は問題を小出しにしてきている。恐らくは興味を引き、逃がさない態勢を整える為、そして、俺の深い所を垣間見る為だ。

 

気に食わねぇ……

 

不意に沸き上がったのは、熱のある感情だった。鏡のように冷めきっていた退屈が、徐々に解していかれているのは、明確に理解できる。

 

「俺がガキなんざに?なんで、そう思んだよ」

 

「明かされた人数だけで三十三名、関わったと思われる事件は数百以上、空前絶後の犯罪者……そう呼ばれている貴方は、しかし、子供には、手を下していない」

 

「何を言い出すかと思えば……んなもん」

 

「偶然である、とは言わせない」

 

核心めいた口調で被せた安部は、ゆっくりと座り直し、顎を引く。俺にも座り直せと、安部の旋毛が言っていた。

俺は泰然とした態度を保ち、扉から離れ椅子へと向かったが、腰を据えることはないと、立ったまま伝える。それでも良いと前置きして安部が続ける。

 

「貴方は、子供に対して、どのような印象をお持ちですか?」

 

「別に?なーーんにも持ち合わせてねえよ。強いて言やぁ、無力ってとこか」

 

「それは……」




腰の電気治療ってどんな効果があるのか教えてくれ……
湿布貼ってた方が良かったよ……


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第8話

「待てよ。先に言っとくがよぉ……これ以上、下らねえことを言おうってんなら止めとけよ?こっちは、いますぐにでも、アクリルをぶち壊してアンタの喉を握り潰してやりてぇと思ってんだからよ」

 

 腰を曲げて顔だけを近づけるが、安部の動揺は、もう感じられなくなっていた。立ち直りが早いのか、それとも、温室育ちで鈍感なだけか。これは、俺にとっての品定めであることを、この男は気付いているはずだ。それでも目線を外さない。

 

「続けます。子供とは未来を定められる唯一の存在です。だからこそ、貴方は子供を手にかけていないのでは?」

 

 腰を戻した俺は、鼻から息を吸い込み、吐き出す過程で椅子を蹴りあげた。背後で、警官がざわつきだすが、無視して安部との会話を続ける。

 

「なぁ、安部よぉ……テメエは今、俺の逆鱗に触れちまったぜ?言ったよなぁ、つまんねえことを口にするなってよ」

 

「つまらないこと、今、そう言いましたか?」

 

「ああ、そう言ったがなんだ?神様にでも報告するってか?ひゃはははは!面白れえじゃねえか!おい!」

 

 俺は額をアクリルに勢いをつけてぶつけた。垂れてきた血が鼻を通り、唇を伝い味蕾に鉄の味が広がる。だが、憤懣を宿したのは、安部も同じだった。

 憤懣を宿した証のように、安部の頬が揺れる。

 

「未来を預かる子供をして、何がつまらない、というのか!」

 

 俺は、更に顔面を押し付けて反駁する。

 

「あ?未来を預かるだぁ?大層なことを口にしてんじゃねえっての!餓鬼の未来なんざ分かる訳がねえだろうが!神様ってやつに脳でもイジられたかぁ?」

 

 途端、安部は目元を沈めた。眉を寄せた俺には、どうにも様子を窺えないが、前髪の奥にある双眸が、さきほどの陰険なものとは違い、徐々に溌剌とした色を取り戻していくのが分かる。纏っていた荒々しい雰囲気が静まり、流動が細かな場所を通るような細い声で言った。

 

「神は……神は死んだ、死んだのですよ、東さん」

 

「あ?なんの話だ?」

 

「おや、ご存知ありませんか?死んだ、というよりも、神の意思はない、と改めたほうが?」

 

「テメエら宗教家って奴らは、どうしてこうも鬱陶しいんだろうなぁ」

 

 俺が額を離せば、アクリルに残った血痕が垂れていく。一番長く伸びた筋が安部の腹部に差し掛かったとき、俺から口火を切った。

 

「そいつは、ニーチェの言葉だ。ニヒリズムを全面に展開する虚無主義者は、世界的にも歴史的にも、どこにでもいる。けどな、ニーチェは虚無主義でも絶対主義でもなく、相対主義だった。疑うことを知らねぇ、馬鹿共に教えてやる為にな。その言葉を持ってくんのは、お門違いってもんだよなぁ」



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第9話

「ええ、全く、その通りです。しかし、それが本当のことであるとしたら?」

 

予想外の返しだった。あまりにも、想像を離れていた為に、俺は数年ぶりに目を剥いたくらいだ。安部の激昂を煽ることを目的とした発言だったが、意図も虚しく、俺は安部の返事に僅かだが、興味をひかれてしまう。

後生大事に聖書まで携えている男が、はっきりと俺に問いかけた。

 

神の意思は別にあり、それが事実なのだと。

 

安部に興味を失いかけていた俺の内側で燻っていた炎が、薪をくべられたかのように燃え盛る。激しい熱が胸を満たしていく。

やっぱ、コイツ、おもしれえ……

俺は無言で椅子に座り、立ったまま目を丸くした安部を仰いで言った。

 

「なんだ?テメエのお望み通り、腰を据えてやったんだ。礼の一つもなく、見下ろすなんざ、礼節ってやつに反するんじゃねえのか?」

 

「あ、ああ……これは失礼……」

 

安部は座り直す前に、俺に礼節を説かれたことで、自身の中の激情を落ち着かせようと、一度、深く息を吸い込んで吐き出した。礼節なんざ、俺に言われたくねえだろうな。

座り終えた安部に、切り出す。

 

「神ってやつは、実に曖昧だよな。宗教の歴史を辿れば、いつだって殺戮と差別に溢れている。ユダヤから始まり、神の名を借り強奪を受けたインディアン、しかも未だに根強く残っちまってやがんだ。神の存在がなければ、それらが歴史に存在しなかったとは言わねえが、助長されていたことは間違いねえ……その神が死んだとなりゃ、未来は予想にもできない大きな可能性を含むことになる」

 

安部は、雄弁に語る俺を眺めていた。話しを遮らず、時折、頷くもあいずちも打たず黙然と、まっすぐな姿勢すらも崩さない。

 

「まず、一つは倫理観は欠落することになる。宗教の始まりは理想だ。歴史の途中で捻じ曲げられちゃあいるが、根幹を辿れば行き着く。なあ、安部よぉ……前にテメエが言ってた、この世界を構成する上で最も必要なもの、てのは、この部分の話しじゃねえのか?」

 

安部は首を横に振った。

 

「そうではありませんよ。私が持つ答えは、貴方の考えよりも先にあります」

 

「……どういう意味だ?」

 

安部は口調に熱を込め、身振りを加えて言う。まずは、両手を広げると頭上に掲げた。地球、直感でそう思った俺は、さきほどの安部のように口を閉ざした。

 

「歴史とは、これまで積み上げられてきた出来事をさします。過去を知ること、それこそが未来を照す光になるからです。そこに神の存在はありましょうか?神の言葉は、全て解釈にすぎないというのに、人間は愚かにも依存を繰り返しているのです。そして、同じ過ちを繰り返す。そこになんの意味がありましょうか」



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第10話

「あ?つまりは……どういうことだよ」

 

「選別ですよ。本当に必要な使徒のみの世界を造りあげる。その為の審判です。そして、それはもう、間近に迫っている」

 

「まさかとは思うけどよぉ……アンタ、その世界の神になる、なんざ言わねえよな?」

 

「神、ではなく、導き手ですよ、東さん」

 

「導き手ねぇ……子供一人も救えねえんじゃ話しになんねえなぁ」

 

安部は、ドキリ、としたのか唇をすぼめた。なんとも情けない面だが、餓鬼の戯言だと切り捨てるには、勿体無い頭のイカれ具合だ。少なくとも、これまで俺に会いに来た奴等のように、整然あろうとする様子はない。

……あくまで自身の信念を全面に出した姿勢、面白すぎんぞ、おい。

 

「なあ、アンタはどうすれば、その子供を救えるのか、そう悩んで、懊悩するあまりに俺に会いに来たんだよな?」

 

「はい、その通りです。ですが、私には……」

 

「言っただろう?馬鹿みてえなこと言うんじゃねえってよぉ、テメエの悩み全てに答えがあるとでも思ってやがんのか?勘違いしてんなよ?答えなんてもんは、一握りの人間しか得られるもんじゃねえんだ。だから、人間は行動する。アンタは行動して、俺に会いに来た。それだけでも良いんだよ」

 

安部は期待を抱いたのか、瞳に光が戻る。他と比べて、なんとも扱いやすい男だ、俺は若干、俯いてつり上がり気味の唇を隠して言った。

 

「さっきの症状、椅子にも座れないほど意識が混濁し高熱がある。そして、検査をしても原因が分からない」

 

「はい、間違いありません」

 

「なら、一つ加えてやるよ。頭髪が異様に抜けやすくなってるはずだ。違うか?」

 

雷にでも撃たれたかのような驚愕の表情を浮かべた安部は、右手で口を塞ぎ首肯した。

俺は肩を震わせ、鼻を鳴らした。

 

「そいつは、謎の奇病じゃねえよ。タリウムによる症状だ。アガサ・クリスティーの蒼ざめた馬に出てくる症状とよく似ていやがる。二人の女が取っ組みあい場面が出てくる小説だ」

 

オカルト扱いって点では、今回の話しも変わりはない。しかし、どうして医学が発達した現在で、こういった事例が発生するんだろうな。確かに、発見はされにくいらしいけど……ああ、なるほど、そういうことか。

 

「しかし、なぜ、そのようなものを……」

 

「大人ってやつは難儀だよな。成長の過程で不必要なものは排除してっちまう。例えば……危ういまでの好奇心、とかよ。アンタが言葉にするなら、子供の好奇心は未来を作るってとこかな?」

 

以前、俺が鈍器で頭を打った男がいたが、そいつと全く同じ顔をした安部が喉を鳴らして言った。

 

「解毒の方法はあるのですか?」



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第11話

「ブルシアン・ブルー……日本では紺青だったか?それを投与すりゃ糞と一緒に出てくだろうよ。分からなけりゃ、より強い鉄分を摂らせてみろ。それで回復していくはずだ。さすがに、使ったこたぁねえけどな……まあ、試してみろや」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

弾かれたように、席を立った安部の背中に俺は声を掛けた。

 

「安部、もしも、これで上手くいけば俺もアンタの話しに一枚噛ませてくれや。所詮は叶いもしねえ与太話だが退屈はなくなりそうだからよぉ」

 

ピタリ、と足を止めた安部は、振り返らず言った。

 

「東さん……世の中や歴史に存在する偉人は、そういったことを覆したから、英雄足り得るのですよ」

 

「言うじゃねえか!なら、俺もアンタの言う審判のときってやつを俺が死ぬまでは待っててやんよ!それが訪れれば、アンタの右腕にさせてくれや!ひゃはははは!」

 

「……その言葉、お忘れなく」

 

音をたて閉ざされた扉のノブが上がりきる。

よく肥えた沃野を歩く人間は、大半がそれまでの過程を無視して享受している。一つの畑を作り上げるのに、どれだけの時間を使ってきたか。原人から現在に至るまで、あらゆる試行錯誤を繰り返し、今がある。言うなれば、それは思考の視野を進化により狭めているのと同義だ。それすらもない子供が、新たな世界を産み出す。

随分とひねくれてやがるもんだよなぁ……

そんな世界は、それこそ、人類が一度、滅びでもしなけりゃあ有り得ねえってのによ。

 

「もしも、そんな世界に一歩でも近付けたなら……」

 

そう口にしてみてたものの、俺は一笑して仰け反った勢いで背中から椅子ごと倒れてしまう。笑いが止まらねぇよ。数々の夢物語を聞かされてきたが、奴ほど狂ったのは初めてだ。しかも、去り際の台詞めいた決め言葉のオマケ付きだ。笑わねえ奴がどうかしてやがる。

俺に下される判決は、誰がどう解釈しようと、死刑しか残されていない。弁護士なんざ求めることもない。ガチガチの拘束具以外は、衣食住も事足りる上、こうした暇潰し、いや、最上の話し相手にも巡り合えた。東京で追ってきた記者みてえな偽善の塊もいない九州地方で、こんな出会いがあるなんざ、思ってもみなかった。それも俺自身とは真逆な道を歩んできたであろう男がだ。

糞のように下らねえ、路傍の石のように誰も気にしねえ、幼稚な思考と無駄な自信……アンタの子供染みた理想をどこまで突き詰められるのか……期待してるぜ、安部さんよぉ……




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第4部 審判

子供への無関心は、緩やかな滅びと同じだ。だが、干渉も過ぎれば毒になり、次第に子供への関心が、子供ではなく、子供の成果物へと変わっていく。良い成績を取れたか、他人よりもどれだけ優れた者になれているか、そんなものは普通の関心ではない。現在、子供を育てる本を購入し実践したり、少子化を嘆く大人が増えてきているが、それは子供への関心ではなく、むしろ、その逆で、より深刻化してきている。社会全体が子供への関心を失っているという、なによりの証拠だ。他人との競争に負けてはならない。他人より劣ってはならない。こんな強迫観念が生じた子供に未来などあるはずがない。社会的な立場にある者が子供を追い詰めている、この現実を受け入れない馬鹿者の多さが、社会を狂わせている。

餓鬼が一命をとりとめたとの報告から、約一年、俺は月に一度のペースで会いにくる安部の主張を簡単に纏めた。

 

「1955年、ある一冊の本がアメリカに衝撃をもたらした。ロリータ、我が命の光、我が腰の炎、我が罪、我が魂……ロ、リー、タ……舌の先が口蓋を三歩下がって、三歩目に、そっと歯を叩く。ロ、リー、タ……今、思い出しても随分と偏屈な一文だ」

 

物語の主人公は、再婚相手の娘を愛する中年男性だったか?正直、内容はうろ覚えだが、さっきの文章はガムみてえに頭へへばりつく。それほどのおぞましさを感じたのは、後にも先にも、これだけだったかもしれない。ロリータ、これが少女の愛称だという点も鳥肌ものだ。それでも男は、文明人として大人しく振る舞うと、それこそ誠心誠意努力をすることを誓う。だが、未熟な果実を味蕾でゆっくりと感じとろうとするような、薄気味悪さは最後まで拭えない。

だが、この物語の少女は幾度となく男を誘惑していた。今でいう小悪魔のようなやり口でだ。

子供の特権とも言える愛嬌や純真、安部はそこに騙されているのではないか、奴と話したことがある人間は、そう思うだろう。安部の思想の基本は、殺人者と変わらない。それこそ、殺人犯というものは、必ず、こねくり回したような文体を使う、そう現されているようにな。

さきほど特権と述べたが、子供は時代や環境において、残酷にも無垢にも、どうとでも転ぶ。第一次世界大戦、とあるフランス人の兵士が子供に、ドイツ人のヘルメットを持って帰ってきて、と言われた話しがある。勿論、父親は戦場から送った手紙に、持ち帰ることはできない、ドイツ人だって敵とはいえ同じなんだ。もしも、逆の立場になった場合を考えてごらん、と残し1915年に戦死した。




第4部に入ります


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第2話

子供が戦地に向かう父親の背中に何を見ていたのかは、分からない。けれど、こんなことを口にした事実が残されているのなら、安部が理想とする子供だって作れそうだ。

本日の取調べを終え、部屋から出された俺は、腰縄を付けられたまま、時期なのか暖かくなってきた廊下を歩いていた。

徹底的な取調べと名目された回数は、もう何度繰り返されたのか覚えていない。調書の枚数だけが次々と増えていく淡々とした日々に辟易しそうだ。弁護士を雇う金もねえから、さっさと終わらせてもらおうと協力してやっているってのに、どいつもこいつも、数十分後には青ざめた面でげんなりとしてやがる。

今日なんざ、詳しく話しをしろと言ってきたから、エド・ゲインの気持ちを理解しようとして、人間の臓物を壁に張り付けたが、さっぱり分からなく残念だった時のことを語ってやったってのに、調書をとっていた男は、机から立ち上がって出ていきやがった。一体、なにがしてえのやら……

異例中の異例とは言われているが、こうにも勾留が長引くと、刑罰を受けさせる気があるのかと問いたくなる。

 

「なあ、今日は面会の予定は入ってんのか?」

 

腰縄を持った刑務官に尋ねるも、声は出さずに頷くだけだ。俺と無駄な話しをするつもりはないのだろう。

俺は、反応の薄い男を気にせずに、来訪者への会話へ胸を踊らせる。退屈で真っ白な日々に色を持たせる僅かな時間、それだけが、今の俺にとって唯一の楽しみだ。

いつもの房に戻されてから数時間、ベッドでくつろいでいた俺に来訪者の報告が入った。拘束具を着ることにも慣れてきただけあって、準備をスムーズに終えられる。あとは、腰縄をつけられれば、楽しい愉しい時間の始まりだ。代わり映えのしない風景が豁然と広がる中に、いつもの男が椅子に座っている。

 

「どうも、東さん」

 

抱えられた聖書は、初対面のときよりも随分とくたびれている。俺は聖書に一瞥飛ばしてから、挨拶もそこそこに、腰を下ろしながら言った。

 

「もう少し早い間隔でも良いんじゃねえの?モタモタしてっと俺の刑罰が確定しちまうぞ?」

 

「すみません、なにぶん、こちらも都合がありますので」

 

どうかご容赦を、と付け加えて安部は笑う。

ここにきて、安部の態度は、だいぶ柔らかくなってきていた。切っ掛けは、タリウムを呑んでいた餓鬼が絡んだ事件からだ。

あのあと、安部が餓鬼の両親に、何故、分かったのかと問われたらしい。そのとき、安部は正直に俺のことを伝えたという。すると、どうなったと思う?



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第3話

両親はこう口にしたらしい。

 

「そんな人に助けられたなんて……お願いします、このことは、秘密にしていて下さい。娘の未来に関わりかねませんので……」

 

病院側は、すぐさま承諾し、マスコミや報道への対応も早く公になることはなかった。しかし、それに納得するはずもない安部は、断固として反対した。その結果、事情を知る僅かな一部から白い目を向けられることとなり、俺がどれだけ世間から鼻摘み者と思われているか、シッカリと理解できる笑い話だな、と答えたが、安部の憤懣は大きく爆発したようだった。

その日以来、安部は様々な話しを俺にだけするようになり、俺もまた、安部の疑問や質問に一つ一つ返してやっていき、現状に落ち着いた。いわば、相談役のような立ち位置になっている。

俺は背凭れを軋ませて、謝罪を述べた安部へ言う。

 

「あの厚みを増してきた調書の束を見る限り、時間は確実に迫ってきてるぜ?安部よぉ、一体、いつになるんだろうな?テメエの言う審判の時ってのはよぉ」

 

「そう遠くはありません、もうじきです。 もうじき訪れます」

 

平然と顔色も変えずに、安部は口角をあげた。どこから、その自信は湧いてくるのやら……

今日で13回目の対話となったが、どうも俺は安部という男の底を掴みきれていないように思える。そうまでして理解したいとは思わねえってのが、本音だけどな。あくまで、コイツは俺にとっての暇潰しに過ぎない点は、変わっていない。俺は鼻を鳴らす。

 

「はっ、もうじき、もうじきってよぉ……このままいけば、俺の刑の確定か、審判ってやつが先かって話しになるぜ?いや、それは最初からだったな、ひゃはははは!」

 

「ふふっ、随分と余裕ですね。それは良いことです」

 

その一言に、 眉があがりかけるが、俺は挑発の意味も込めて、わざとらしく首を傾げた。

 

「アンタほどじゃねえけどな」

 

動じた様子もなく、瞼を閉じた安部は言う。

 

「私は、必ず訪れると信じていますので……」

 

「お気楽な野郎だ……まあいいさ、俺は端から世迷言の一種のつもりだしな。どうなろうと知ったこっちゃねえよ」

 

「まだ疑っていたのですね」

 

「あ?当然だろ?信じるなんざ、一言も言った覚えもねえぞ」

 

一度、首だけで天井を仰いで背凭れから離れた俺は、安部の両目を窺いながら続ける。

 

「俺は、これまでだーーれも、なーーんにも信じたことはねえよ」

 

安部の黒目は揺すぶられることなく、俺を見据えている。

 

「どいつもこいつも、俺に落胆させやがる。何故か?それは、人間の本質ってやつを誰もが見抜いていねえからだよ」



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第4話

アンタなら理解してるだろ、とニュアンスを含ませれば、安部は首を縦に振った。

 

「人間の本質は、刺激、そうですね?」

 

「ああ、そうだ。さすが、よく分かってんな。人間っやつは因業なことに、自らが本来、求めているものが受け入れられないなければ遠ざけちまう。その最たるもんが刺激ってやつだよ」

 

首だけを回して、後ろに立っている二人の男を目で示せば、安部の視線が自然と動く。

 

「フランス革命なんか、特に現代から近い分、わかりやすいんじゃねえか?人がなにかを無そうと立ち上がる時、大層な大義名分を掲げちゃいるが、底を見りゃ、なんてことはねえよ。新たな変革を求めるという刺激を見出だし、その先に訪れる娯楽に胸を踊らせてんだ。当時のフランスは、処刑の見学が一番の娯楽だった。ロベスピエールだって、腹に何かを抱えてやがったに決まってる。処刑に反対していたくせに、歯向かうものをギロチンに送り続け、恐怖政治で人生の幕を下ろしたのが良い例だ。そういった娯楽は人間しか求めねえ……テレビや映画、小説、ゲーム、酒……娯楽ってやつをひっくり返せば、全てが刺激へと集約されちまう。日常では味わえない快楽を理性で抑え込まなくなったとき、人は本物の好奇心を抱け、その姿こそが本当の人間だ」

 

「……貴方の瞳には、私も同じように映っているのでしょうね」

 

「あ?んな訳ねえだろ。アンタはその殻を、手段はともかく破ろうとしてる。前にも言ったはずだぜ?それだけで良いってよ」

 

退屈ってのはどうにもいけない。それを埋める最適な方法は刺激を求めることだ。歴史を大きな十字路に例えると、必ず中央で交わる。どの位置から進みだそうともな。しかし、濁流が通った道なぞ必要とないとばかりに、人は整った道を歩きたがる。一度、洗い流さなければならない。例えそれが、濁流滾々の荒れた場所でなろうともな。

 

「ゆっくりと進む人でも、常に真っ直ぐな道を辿るなら、走りながらも道を逸れてしまう人よりも、はるかに前進することができるって、どっかの国の哲学者が言っていた。アンタは、進むべきなんだよ、俺のように急がずな。卑屈になる必要はねえよ」

 

安部は破顔すると、肩を揺らす。

 

「東さんは、急いでしまったのですか?」

 

「ああ、急いだ。その結果、ここにいる」

 

何故だか分からない。けれど、久しぶりに、自然と笑いが洩れた。それは次第に大きくなっていく。そして、安部も同じように笑った。

この腹のむず痒さ、懐かしい感覚だった。息を吸う度に腹部が痙攣する。



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第5話

誰かと笑いあうなんざ、もう俺には無縁だとばかりに思っていたが、存外、そうでもなかったらしい。

一息いれて、涙を拭った安部が深々と頭を下げる。

 

「東さん……ありがとうございます。お陰で私の道を進むことができます」

 

顔をあげた安部に言った。

 

「まあ、こうなると、心残りができちまうなぁ……刺激に満ちたアンタの理想郷ってもんを見てみてえ気持ちが芽生えちまってやがる」

 

安部は不敵な笑みを浮かべる。

 

「安心して下さい。審判の時は、訪れます、必ずね」

 

言いながら、安部は懐より新聞の切抜きを取り出し、俺の顔の位置でアクリル板掌で張り付ける。記事の内容は、戦争における子供を題材にしているようだ。

 

『とある国の少女には、夢があった。優しい人になって困ってる人を助けたいと、少女は語った。そんな少女が、身体に爆弾を巻かれ、遠隔操作で人間爆弾として使用される事件があった。これが悲劇じゃなくてなんだというのか。これは、世界の悲劇そのものだ。小さな願いすら叶えられない世の中をどう見詰めれば愛せるのか、今、我々は試されているのかもしれない』

 

記事を眺めていたとき、不意に声が聞こえた。

 

「私と貴方は、今のような軽口を叩き合えるような、そんな仲になれますか?」

 

突飛な発想に対し、俺は、さあな、と言葉を濁す。俺自身も、なにか気恥ずかしさを覚えたのは認める。

質問の真意は、恐らく、互いに対等な立場になれるかどうか。俺が求めているものは根本的に違う。

それは、ただ、ひとつ。理解者だけだ。口には出さないが、安部は、そこに限りなく近い一人として数えてはいる。もうひとつ、もうひとつ踏み込んだ出来事でもあれば教えてやろう。それまでは、コイツは暇潰しの粋を出ることはない。

一般的に人100万色を識別するが、世の中にはその100倍である、1億もの色を識別する4色型色覚を持つ人間が存在する。

俺はそんな奴等ですら、認識できない「色」が見たい。無色な俺に、色を与えてくれる、そんな人間に出会いたい。

 

「……時間のようですね。本日は、ここで退出します。では、また……」

 

席を立とうとした安部を制するように、俺は小声で言った。

 

「なあ、安部……テメエは、俺に色を与えられるか?」

 

「はい?」

 

頓狂な声と共に、目を丸くして俺を見る安部の間抜け面は、少しだけ笑える。

 

「いや……ここに来る奴が、テメエみてえな真面目じゃなければ、もうちょい笑えたんだろうなってよ」

 

「同感です。私も貴方でなければ、と思ったことがありますよ」



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第6話

「泣きついてきやがったのはテメエだったと思うけどなぁ」

 

「そうでしたね。あのときは、助かりましたが、それを引き合いにするのは、些か卑怯では?」

 

「はっ、卑怯か。それなら、テメエの審判ってやつも同じくだな」

 

安部が珍しく鼻から息を出し、一瞬だけ目を閉じた。

 

「東さん、偶然も起これば事実、なのですよ」

 

「そうだな。起これば……な」

 

踵を返し、安部が面談室から出ていく。

東京で俺を追い回した記者、確か、名前は田辺だったか。

奴と安部を比べるのは、間違っているかもしれないが、自分勝手な正義という共通点はある。人の為が正義、自分の為が悪、この対極を一言で現すなら、俺はこれしかないと思っている。では、この二人の場合は?

決まっている。理想を実現させたほうが正義だ。どちらつかずな正義と悪ならば、理想に辿り着いた者だけが本物だ。

 

「人間のことを善人だとか、悪人だとか、そんなふうに区別するのは馬鹿げたことだ。人というのは魅力があるか、さもなければ退屈か、そのいずれかしかない。そんなことを言っていた作家がいたが、この言葉は逃げでしかねえな……理想を追求し、果たせなかった者の言い訳だ。正義ってやつは、どれだけ姿は変えようとも、いつでも誰かの掌にある。逃すか、潰すか、投げるか、掴むか、それは自分次第ってことだ」

 

席を立った俺に腰縄を巻く刑務官を眺めていると、無性にコイツらが馬鹿らしく思えてくる。安部のように、ハッキリとした理想が見えているか?

それとも、東京の記者のように、理想とする正義に振り回されているだけじゃねえのか?

 

「まあ……俺もそんなに変わらねえのかもしれねえけどな」

 

「東、余計なことを口にするな」

 

鋭利な刃物のような冷たさをまとった言葉を、へいへい、と軽く流せば、それっきり会話はなくなり、再び、入れられた質素な房内には、一段と冷えた風が流れているように感じた。

それから、数日後、とある事件が発生したとの一報があった。なんでも、飛行機が北九州の皿倉山に墜落したらしい。

そして、その翌日の早朝、建物内に響く喧騒で目が覚めた俺は、何気無く柵に目を向け目を疑った。全身を白で覆った長身の男が、黙って俺に目線を投げている。

 

「おはようございます、東さん」

 

声を聞いて、ようやく、安部だと気付いた。これまでのスーダン姿が印象に残りすぎていたらしい。

いや、それよりも、何故、安部がここにいる?

俺の思案を遮るように、安部が外から房の鍵穴を回す音がして、続け様に鉄扉が開いた。

 

「東さん、訪れましたよ。審判の時が、この世界に鉄槌を下す、その時が」

 

「あ?おいおい、どうしたよ?ついに、頭が壊れちまったのか?」



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第7話

重苦しい扉の音が止り、俺と安部は数秒間、互いの視線を交差させた。ほんの僅かな目線のやりとりで、安部がどんな思索を巡らせているのかは読み取れなかったが、ただ、一つだけ分かったことがある。

コイツは嘘をついちゃいねえ……

俺は、ベッドから降りて安部の眼前に立ち、微動だにしない双眸へ言った。

 

「確かめさせてもらうぜ?アンタの審判ってやつが、どんなもんなのか」

 

「ええ、それでは二階へ行きましょう。そこからでも、充分に理解できるでしょうから」

 

鍵を捨てた安部の背中が異様に大きく映っている。奇特な奴だとは認めていたが、異質な雰囲気が膨れている。原因はここだろう。

房があった地下一階から、階段を登ればエントランスホールへ繋がる長い廊下が現れる。恐らくは、その広間からだろうが、幾人の怒号が響いていた。眉を寄せた俺は、安部に声を掛けようとしたが、意外なことに、黙々と階段を登り始めている。

一体、なんだってんだ。安部が緘黙を貫く以上、浮かんだ疑問の答えを聞くのも憚られた。

丁々発止のホールから目を離して、俺は二階へ到着し、安部が指差す窓ガラスから外を見て絶句することになる。

平和の日本では、到底、あり得ない光景が広がっていたからだ。

小倉の街のあちこちから煙が立ち上り、空へと吸い込まれるように消えていく。逃げ惑う人々の悲鳴も木霊しているが、追う側も同じ人間であることに、俺が首を傾げていたところ、捕らえられた瞬間、追いかけていた男により肩を食いちぎられた。痛苦の声をあげているが、男は放すこともなく、耳を歯で千切り、嚥下した。やがて、人数が三人に増えると、肩を破られた人間が地面へ沈んでいく。

まさに、共食いだ。しかし、随分とイカれていやがる。

凝視する俺の意識を戻したのは、安部の声だった。

 

「ああ、やはり、選ばれなかったようですね。マタイによる福音書にも、思慮の浅い者たちは、灯りは持っていたが油は持っていなかったと記されているというのに……まったく、ここまで少ないとなると、誰を信じて良いのだか……」

 

「……選ばれなかった?」

 

ようやく口を開いたかと思えば、訳の分からんことを口走りやがる。だが、安部の陶酔しきった顔付きをみる悦に入っているのは間違いない。安部は、喜色満面といった口振りで言った。

 

「東さん、これこそが審判の時です。今!この地では、死者が甦り生者を食らい潰しています!この意味が分かりますか!神による選別が始まったのですよ!見てください、この光景を!不要な人間は、徹底的に排除されている!しかし!神の御心はあまりにも寛大!その不要ですら、新たな選別者を探す為に役割を与えている!そう!死の国より甦りし者達、あの方々は神より遣わされた使徒!使徒なのです!」




もうすぐ終わります


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第8話

大袈裟な身振り手振りを交えた安部の演説に、俺は溜め息をつきながら、もう一度、外を眺めた。

なるほど、この現実を安部は脳内で都合よく変換したのだろう。堅苦しいものを除いて一言で表すとすれば、思わぬ僥倖を掴みとった、それだけにすぎない。予言者よろしく、与太話が実現し、チャンスが訪れた。そういや、ヒトラーも嘘もつき続ければ真実になる、とかほざいてやがったな。まあ、あっちはそれだけの努力をするべきだって意味だろうけど。

しかし、安部は気にしちゃいないが妙な点があるのも事実だ。一回目の公判が近付きつつあったタイミング、そして場所、なによりも時期、これらがどうにも腑に落ちない。単純に偶然が重なっただけなのか、それとも、俺に深い恨みがある人物の仕業か……

……思い当たる数が多すぎて特定できねえな……

外では、安部が使徒と呼んだ一人が獲物を捕らえたライオンのように人間に噛みつき、破った腹部から漏れだした臓器を鷲掴みにして、力ずくで引きちぎっては口にはこんでいた。その様子に陶酔しきった熱い眼差しを向ける安部を盗み見る。

話しに尾ひれをつけ誇大妄想を大きく膨らませる、カリスマと呼ばれる人間にはよくあることだが、この安部という男の場合はどちらなんだろうな。正直、自身の言動で他者に影響を与えることが出来る者をカリスマに定義するのであれば、カリスマと呼ぶには真逆の存在とさえ思える。安部は、この惨状を予知したのではなく、予言していた訳でもない。何故なら、予言も予知も、確かな計算の元に成り立っているものだからだ。

安部に計算はなく、あくまで本人の願望のみだった。それでも、安部の内面から溢れでる自信は、俺にまで伝わっている。

面倒な奴に当たっちまったもんだなぁ……けど、おもしれえ……おもしれえよ、安部……ここまでくると、アンタがどこまでいけるのか、見届けたくなっちまうじゃねえか……俺をどこまで理解できるのか、試したくなるじゃねえか……さしあたって、カリスマを引き出すには、悪役が必要か。

 

「安部、お前は……」

 

「東さん、約束は覚えていますよね?」

 

俺の発言を遮った安部は、窓から視線を剥がすことなくそう言った。短く鼻を鳴らして返す。

 

「俺が言ったことだ。忘れる訳ねえだろ?」

 

「それならば良かった」

 

ようやく俺を見て、安部は微笑んだ。バツが悪くなり、俺は舌を打って安部に言った。

 

「とりあえずよ、煙草か甘いもん、持ってねえか?」

 

安部が目を丸くする。

 

「煙草は分かりますが、甘い物……ですか?」

 

「ああ、あるか?」



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第9話

スーダンを探る仕種すらせずに、首を横に振られる。

まあ、期待はしてなかったが、久しぶりに拘束具や腰縄もなく出歩ける解放感を満たすには、やや物足りねえのも事実だ。ホールから響いてくる声を聞く限り、相当な人数は集まっていりだろう。そこにいきゃあ、甘味はなかろうが、煙草の一本でもあるはずだ。

階段に向け歩きだした俺の背中を安部の声が叩いた。

 

「東さん、どちらへ?」

 

俺は振り返らずに言った。

 

「なにをするにしても、まずは情報と物資だ。安心しろや、アンタの右腕となって動くことに異論はねえからよ、安部さん」

 

ああ、本当に異論なんざねえさ。俺は年甲斐もなく胸が跳梁しているのを自覚している。人間が人間を襲い喰らう、真の共食いが、あちこちで繰り広げられる。俺が心の底で望んでいた殺伐とした世界。人間の人間による人間の為の真に正しい世界。ある意味では、安部は俺をこの世界に導いてくれたのかもしれねえなぁ……

さあて、ここからだ。ここから、俺の新たな人生が始まろうとしている。長かった、俺の透明な場所に何かを流し込んでくれるだろうか。なあ、お前ら、平和に溢れていた日常から、一気に崩壊した世界は、俺を受けいれられるか?

これからだ。これからが、楽しい、愉しい時間の始まりだ。

この崩落した世界は、どれだけ俺を理解できる?

崩れた世間は、どれだけ俺を理解できる?

壊れた世論は、どれだけ俺を理解できる?

人は、動物は、植物に至るまで、どれだけ俺を理解できる?さあ、考えろ。考えて、思考して、熟考して、思索してみろ。

 

「俺に色を与えてみろ......」

 

踏み出した段差に靴底が当たり、まるで、いまの俺の心境を表すような高い音が廊下を駆け巡ったとき、ふと、思い出したのは、とある小説に記載された、こんな文章だ。

私達は、黒く燃えあがる雲に覆われた西の空を眺め、地平線いっぱいに、鉄色から血のように輝く赤まで、この世のものとも思えない色合いでたえずさまざまに幻想的に形を変えていく雲をながめた。その下には、対照的に収容所の殺伐とした灰色の棟の群れとぬかるんだ点呼場が広がり、水たまりは燃えるような天空を映していた。

私達は少しの間、言葉もなく心を奪われていたが、誰かが両腕を広げて言った。

世界はどうして!こんなにも美しいんだ!

 

「ああ、本当に世界ってやつは、とことん皮肉なもんだよなぁ……どんな出合いがあって、どんな楽しい事が起こるのか、分かりゃしねえんだ。そう、だからこそ世界は美しいんだよなぁ!ヒャハハハハハハ!」

 

俺と安部はホールの扉に手を掛けて、新たな世界への扉を開いた。

 

感染番外編 終わり




これで終わりです
あとがきで遊びます


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あとがき

saijya「終わったーー!もう、なんつうか……いろいろ終わったーー!あれだよ、もう、なんて言うの!こう、なんつうか、終わったーー!」

 

ゾンビ「うるせえええええ!いきなり叫びやがって!気でも触れたか!」

 

s「あぁぁぁぁぁぁ!久しぶりぃぃぃぃ!終わったーー!」

 

ゾ「だから、うるせえええええ!」

 

s「吐き出したところで、久しぶりだね。え?なに、三年とかそれぐらい振り?」

 

ゾ「お前……」

 

s「あっ、まって。冗談だから!冗談だから、その目をやめて?白く濁ってるくせに、憐愍が伝わるその目をやめて?器用だねーー」

 

ゾ「させてんのはお前だけどな。落ち着いたか?」

 

s「落ち着かないな。だって終わったんただもの」

 

ゾ「はあ?普通、終わりってのは、落ち着くもんだろ?」

 

s「まあ、そうなんだけどさ……こう、なんつうか……胸に痼があんだよな」

ゾ「大きさは?」

 

s「拳大」

 

ゾ「だいぶ、でかいな」

 

s「なんなんだろ……この引っ掛り……」

 

ゾ「病気じゃね?」

 

s「え?なに?俺、死ぬの?」

 

ゾ「看取ってはやるからな」

 

s「お前らの看取るって=食うってこと?」

 

ゾ「……」

 

s「なんか言えや!不安になるやろ!」

 

ゾ「まあ、冗談は置いといて、多分だけど、その痼の原因は東にあると思うぞ」

 

s「あ、やっぱり?」

 

ゾ「気付いてたん?」

 

s「そりゃ、まあね。だって、感染のあとがきにも書いたこと、そのままやってるだけだし、なんかこう、オリジナルって感じじゃないよね。なぞられた文章だなぁっと」

 

ゾ「そこは、しゃーねーだろ。もともと、そんなに跳梁するような奴でもないんだし」

 

s「いや、跳梁してたじゃん。徒党も組んでないとは言えないし」

 

ゾ「まあ……ん?どうなんだろ……?」

 

s「なにが?」

 

ゾ「いやさ、ハッチャけてる奴にも見えるし、俺みたいに言われなきゃ冷静な奴でもあるし……なあ、東ってどっちなん?」

 

s「嫌な奴だなお前……」

 

ゾ「え?もしかして、どっちの面も持たせようとして、失敗した?ねえ、失敗した?」

 

s「ほんっと嫌な奴だな、お前えええ!なに煽ってきてんだよ、腹立つわぁ!」

 

ゾ「あ、マジなんや」

 

s「あーー!いつもみたいにしときゃ良かった!色気だすんじゃなかった!」

 

ゾ「色気なんか、全くねえだろお前」

 

s「俺にじゃねえよ!あったら嫌だろ!」

 

ゾ「信じられないくらいのブサイクだもんなお前」

 

s「……死人に言われんの傷つくわぁ」

 

ゾ「で、詳しく言うとどこ失敗したん?」

 

s「いやさ、まず根本なんだけど、一人称にしなきゃ良かったって……俺、本当に駄目だわ、苦手だわぁ……」

 

ゾ「別に他の書き方でも上手くないけどな」

 

s「……いやぁ、本当に苦手だわぁ」

 

ゾ「おい、現実みろや」

 

s「しかも、短期間で終わらせるつもりだったのに、蓋あけてみりゃ、腰をやっちまうわ、仕事忙しいわ、散々だわ……」

 

ゾ「腰の調子は?もうだいぶ、良いのか?」

 

s「痛みはないよ。けどさぁ、腰で通院してたとき、電気治療されてたんだけど、あれなに?あんな効かないもんなの?」

 

ゾ「いや……知らんけど……」

 

s「シップのほうが早いからね、あれ!あったかーーくされただけだったからね!目の前では整体受けてる、じいちゃんやばあちゃんの呻き声聞かされるだけだったし……一人、痛いが!痛いがぁぁぁ!って叫んでたじいちゃんには笑ったけど」



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あとがき2

ゾ「笑うなよ。そして、遅いぞ」

 

s「忙しいかったからね、しょうがないね」

 

ゾ「年末年始のだしな」

 

s「でね、俺さ、思ったんだよ。この小説、書くのムズくね?って」

 

ゾ「えらい、ウーーンっていってたしな」

 

s「でね、原因がわかったのよ。訊きたい?」

 

ゾ「いや、別に」

 

s「嘘ん!?マジで?」

 

ゾ「なんとなく想像つくしな」

 

s「……なんで、こんなに難しいかったか、それはね……」

 

ゾ「出たよ、悪い癖、一人語り」

 

s「ズバリ、動きがないからなんだよ。いや、本当はね?羊たちの沈黙のレクター目線やりたかったのよ。けどね、これあれだ。なんでレクター博士目線じゃないのかよく分かった。まっっっっっったくもって書きにくい!そして、一人称だろ?もう馬鹿じゃねえの、東……って思ってた」

 

ゾ「サラッ、と責任押し付けたな。少し見ない間にズルさに磨きがかかってんな」

 

s「でさ、読み返してみて気付いたんだけどさ、これ、安部さぁ……突き詰めればロリコンだよねw」

 

ゾ「ん?ああ、まあ……そうなるか」

 

s「神を建前にした、ロリコンだよねw」

 

ゾ「言い方よ……」

 

s「安部ってさ、ジュンパ・ラヒリってアメリカ人がいるんだけど、その人の言葉そのものだよね」

 

ゾ「なんて?どんな?」

 

s「私の言葉が分からないのは、分かろうとしていないからだ。みたいな一言だったはずだけど、詳しくは覚えてないね。けど、まあ、そゆことw」

 

ゾ「うん、多分、その人はお前の解釈と違うとこにいると思うぞ」

 

s「そんなことない!」

 

ゾ「多分、私のことを考慮せずに済む、それだけ楽になる、ってことだと思うぞ?」

 

s「……でさぁ」

 

ゾ「お前、本当ズルいな……」

 

s「友達の数人から、感染の続き書かねえの?って言われてんだけどさ……」

 

ゾ「へえ、良かったじゃん、何人?」

 

s「三人」

 

ゾ「少なっ!」

 

s「基本的に教えてないしな……本当は、Twitterも張りたくなかったけど、その内の一人が熱心に張ったがええ!って言ってきたから張ってるだけだし……」

 

ゾ「お前のTwitterって更新してんの?」

 

s「年に数回……っすね……」

 

ゾ「Twitterやめちまえ」

 

s「呟くことないんだもん……みんなの呟き見てニヤニヤしてるだけで……寂しい人生という現実を突き付けられてる気分だね……ええ、どうせ変わらぬ毎日ですよ、悪いか?」

 

ゾ「いきなり開きなおりやがって……」

 

s「年末なんて仕事行って帰って寝る!行って帰って寝る!だったよ!わりいのかよ、おい!」

 

ゾ「わーーかったって。俺が悪かったって」



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あとがき3

s「くそっ!彼女さえ……!彼女さえいれば……!」

 

ゾ「いねえのか」

 

s「いたらクリスマスだって男三人で集まって朝まで酒呑んでねえだろ!」

 

ゾ「地獄絵図みてえになってんな」

 

s「一人でミルフィーユ鍋ともつ鍋の準備してたからな俺。で、夜に集まってレンタルしてきてた実写の銀魂を見て……夜中一時にカラオケ行って、五時頃に出て、俺の家でもつ鍋よ。終わったの朝七時……」

 

ゾ「じゃあ、翌日は寝てただけか?」

 

s「昼から仕事」

 

ゾ「お前、社会人だよな?」

 

s「男三人って結構、盛り上がるくね?しかも、NHK特集の残された原住民とかいうのも見てた」

 

ゾ「なにそれ?」

 

s「たった一人残された部族の特集でね。面白かったよ、ツッコミどころ多くて三人で爆笑してた」

 

ゾ「一番の場所は?」

 

s「その部族って元々二人だったんだけど、片方亡くなっちゃったから、誰にも理解されない言語を、一人しか話せない状態になってるって説明が入った直後、その亡くなった片方の生前映像が入るんだけどさ」

 

ゾ「うん」

 

s「その映像の中で、その男の人さ、間違いなく返事で「OK」って言ってたんだよね。あれは、三人で、えーー!?ってなったよw」

 

ゾ「別の言葉なんじゃねえの?」

 

s「かもしれないけどね。放送後にヤラセ疑惑浮上してたし。けど、別にヤラセでも面白けりゃ良いんじゃね?と思う側としては、やっぱり、そのシーンは笑えたw」

 

ゾ「なーーんか、そんな見方されてると考えてると浮かばれねえなぁ……」

 

s「あ、けど、新たなネタは仕入れられたなぁっと思ってるから感謝してます、はい。ああいうのって本では仕入れられないから有り難いよね」

 

ゾ「いや、知らんけど……」

 

s「まあ、話を戻して、感染の続きなんだけど、なんつうか……わかんねえのよ。広けようと思えば広げられるしなぁって。リーダーとして皆を率いていた浩太が闇落ちして……みたいな?」

 

ゾ「へぇ、一応はあるんだな。で?」

 

s「いや、それだけだけど?」

 

ゾ「ねえのかよ!」

 

s「だってさぁ、そうなってくると、ソンビ特有のエンドレス状態になるじゃん……終わり見えません、てさぁ」

 

ゾ「世紀末もんにはアリガチだとは思うけど……終着点決めたら?」

 

s「世界にワクチンが出来て幸せ、みたいな?」

 

ゾ「そうそう」

 

s「ゾンビもんにワクチンなんかいるかぁぁぁぁぁ!なにその幸せ空間!噛まれましたーー、はいワクチンーー治ったーー助かったーーって?そんなん嫌だわ!」

 

ゾ「ドラえもんみたいな口調がイラッとしたわ……」



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あとがき4

s「よしんば、ワクチンの本数がなくて、誰を生かすか?的な展開もありっちゃありだけど、そんなん見たい?俺、嫌いなのよ、それ。好きなキャラ選ばれなかったとき、あれ?俺が間違ってた?ん?いやいや、あれ?ってなるから」

 

ゾ「うーーん、なんとなくは分かる……」

 

s「だってそうじゃん。こっちは、好きなキャラに感情移入しながら映画みるし、いうなれば、俺が活躍してるようなもんだし」

 

ゾ「うーーん、わかんないなぁ……」

 

s「なんで!?言ってることさっきと変わんないじゃん!」

 

ゾ「変わってんじゃん!客観的か主観的かとなると真逆だわ!」

 

s「えーー……最初だって「俺」って言ったじゃーーん、あくまで主観で話してたじゃーーん」

 

ゾ「初めに俺に問い掛けてんだろうが……」

 

s「……まあ、とにかくさ、感染の続編の件に戻るけどさ」

 

ゾ「お前本当にズルいな!?」

 

s「感染ってさ、自分の育った地域を舞台にして、範囲を出来るだけ絞ったから完結できたんじゃないかって思っててね」

 

ゾ「それはあるだろうな」

 

s「うん、ずっと前からいろんな物語をネットに載せずに机に向かって書いたりしてたんんだけど、そんとき思ったんだよね。完結できるやつと出来ねえやつがあるって……延々と書いてたからね」

 

ゾ「良かったじゃん、気付けて。いや、良かったのか?」

 

s「今は良かったと思ってる。でさ、そうなってくると、続編は範囲を広げることになるから、厳しいなぁって」

 

ゾ「徐々に福岡に戻ってくるとかもありじゃね?東京から広島とか経由して」

 

s「行ったことあるの、広島と東京、大阪山口、しかないんだよねw」

 

ゾ「ああ、絶望的だな」

 

s「まあ、妥協するなら、ネットの力をフル活用して書くってのもありだけど、いまは続編に関しては検討中ってことでね」

 

ゾ「なるほどね」

 

s「で、この短編なんだけど、ある人が気に入ってくれた台詞があってね。そのときの出来事が凄いんだよ」

 

ゾ「なに?」

 

s「東と安部の会話で、神は死んだのですよ、東さん。そいつは、ニーチェの言葉だって流れ気に入ってくれたみたいでね、ただ言うのはつまんないから、誘導して俺に言わせようとしてたのよ。いやぁ、ガッツリ引っ掛かったね」

 

ゾ「ん?お前にどこを言わせたの?日常会話で出るようなワードじゃなかろうに」

 

s「それが出たんだよ。俺は何も考えず口にしたもん、神は死んだって」

 

ゾ「どんな流れで!?厨二か!?」

 

s「話題になってたゴブリンスレイヤーってアニメあったじゃん?それに、目が見えない女性パラディンいたでしょ?ムチムチボンバーみたいな」

 

ゾ「頭悪そうな造語が出てきたな……」

 

s「じゃあ、なんて言えば良いんだよ!恵体とでも言えば良かったのかよ!」

 

ゾ「グラマー、で良いんじゃね?恵体ってまだネット用語みたいなとこあるじゃん」

 

s「……でさあ」

 

ゾ「うん、もう何も言わない。お前はそういう奴」

 

s「リザレクション?だかなんだかの奇跡の力で傷を癒した、みたいな場面の話しになってね」



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あとがき5

ゾ「ああ、あのシーンな」

 

s「めっちゃ神官ちゃん可愛かったな。あら、駄目だわ。可愛かったもん」

 

ゾ「まーーた、話し逸れ始めてんぞ?」

 

s「同時進行しよか?あの神官ちゃんの唇好き。で、そのときに、あのムチムチボンバーが処女かどうかって議論になってね。唇の艶、あれええなってね」

 

ゾ「待て、なに?剣の乙女の唇のことなの?」

 

s「え?いや、違うけど?」

 

ゾ「神官の話しは別にしろ……ややこしいし、面倒くせえ……」

 

s「やっぱり?そうだと思ったんだよ。間に挟んだしねw」

 

ゾ「コイツわざとだわぁ……ブチ殺してえわ……」

 

s「でね、その人が突然言ってきたんだよ、あのムチムチボンバーは処女だと。俺は、いやいや、あれは確実に貫かれてましたやんと」

 

ゾ「いい年齢に差し掛かってるおっさん二人の会話じゃねえぞ……てか、ムチムチボンバーやめろ……」

 

s「彼の言い分は、神様にとってゴブリンはノーカン♥️だから処女、らしいのよ」

 

ゾ「いい年齢の男がハート使うな……」

 

s「俺は、いやいや、貫かれてる時点で違うでしょwって話してたんだよね。その流れで、言わされたんだよ、いやぁ、凄かった」

 

ゾ「その流れが大事なのになんでぶっ切った?」

 

s「詳しく言うとね、その人曰く、処女じゃなきゃリザレクションが……ね?みたいな流れ作られて、俺が、えーーってなってて、なら、神は死んだってことですねってとこまで持ってかれたんだよ。そしたら、返す刀で、それはニーチェの言葉だよsaijya君って良い声で言われたのw」

 

ゾ「誘導すげえな!?」

 

s「俺、理解した瞬間、思わず、はぁん!?って言っちゃったもんwそのあとのこちらが深淵を覗くとき……ってやつはスルーされたけど……」

 

ゾ「自分が書いたキャラの台詞をネタにされるってどうだった?」

 

s「恥ずかしすぎてやめてほしかったw」

 

ゾ「そういうのって嬉しいもんじゃねえの?」

 

s「受け入れたら嬉しいもんだよ。ただ時間はかかるよね。もう大丈夫だけどね」

 

ゾ「なら、良かったじゃん。でだ、話題を切るようで悪いけど、こっから個人的に気になってた安部の話しをしていきたいんだけど、良いか?」

 

s「水差すような内容じゃなければ良いよ」

 

ゾ「あ、でた。その言葉……逃げの準備しやがるなぁお前は……まあ、いいや。でさ、結局、安部ってなにがしたいの?」

 

s「ん?基本は東と同じだよ。ただ、もとの性格が違っただけ」

 

ゾ「もとの性格?」

 

s「まあ、極端に言うと、安部は真面目すぎたんだよ。真面目な奴って一歩間違えたら、どこまでも間違えだすからね」



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あとがき6

ゾ「んーー、もしかしてだけどさ、本編の野田も似たようなもんなの?」

 

s「そうそう。野田とかは特に典型的にしたつもりだったよ。伝わってるかはともかくとして」

 

ゾ「なら、安部って、真面目な性格が災いして、本来なら背負う必要のない責任を使命と勘違いした奴ってことでええの?」

 

s「そうなるね。もひとつ加えるとするなら、真面目って言い換えれば頑固って意味だから、そこ拗らせちゃうと、ある意味では東より厄介だよね。俺も真面目だから、よくわかるんだ」

 

ゾ「いや、お前が真面目なのって一部だけだから、首を縦には振れないし振りたくない」

 

s「俺、一応、真面目だけが取り柄って言われてんだけど……」

 

ゾ「お前は生き方もズルいってことだろ?」

 

s「お前、俺のこと嫌い?」

 

ゾ「話しを戻すけど、てより締めるのだけどさ、安部と東は対極的な位置にあったからこそ、互いの歯車が噛み合っただけで、潤滑油もなく滑らかに動き始めた。これが二人の馴初めって感じで捉えてもいいの?」

 

s「風車みたいなもんだよ」

 

ゾ「……それ歯車だろうがぁ!」

 

s「えーー……そんな怒んの?ちょっとフザけただけじゃん……俺のこと嫌い?」

 

ゾ「ん?ああ、わりと嫌いだよ?」

 

s「素で言われるの傷つくわぁ……俺も嫌いだけどさぁ」

 

ゾ「質問もなく、嫌い、言われたんだけど」

 

s「まあ、あれだよ。もしも話しになるけど、安部と東が生き延びてたら、確実にマンソンファミリーみたいになってる。いや、そうしてるw」

 

ゾ「恐ええな、それ……」

 

s「恐さで例えるなら、死人の顔には及ばないけどな」

 

ゾ「それはそれとして、次どうすんの?途中のやつ書いてくの?」

 

s「うーーん、そっちでも良いし、最近短編もあげてないし、新しいやつも良いしなぁって……正直、Sinはムズいから逃げ出したい気持ちもあるw」

 

ゾ「新しい方向を切り開くって豪語してたのに?」

 

s「圧倒的な読書不足なんだろうね。書いては消し、書いては消ししてたからね。んで、ちょっと時間置くかぁってw」

 

ゾ「笑ってんじゃねえよ……本当、呆れるわぁ……」

 

s・ゾ「だってムズいんだもん!」

 

ゾ「絶対、くると思ったわぁ。完全にお前は掌の上にいたわぁ」

 

s「コイツ、マジでムカつくわ……」

 

ゾ「じゃあ、まあ、なんだ。次は未定ってことでいいんだな?」

 

s「そうねーー、何もなければSinあげてくよ。お気に入りに登録してくれてる人もいるしね」

 

ゾ「おう、なら、頑張れよ。嫌いだけど応援はしてやるよ」

 

s「それ本音?」

 

ゾ「いや、建前」

 

s「お前、本当、嫌い!」

 

ゾ「まあまあ、嫌い同士よろしくな」

 

s「よろしくしたくねえよ!大体、お前……」

 

ゾ「あ、時間きたし、じゃあな。これから用事があるもんでな」

 

s「いや、話し聞けやあぁぁぁぁぁ!え?マジで、そんな急いで帰るの?……女か!女じゃねえだろうな、おい!おいぃぃぃぃ!」

 

ゾ「うおっ!?なんだよ!走ってくんな!」

 

s「死人の分際で俺より早く幸せになろうなんざ、十年はええぞクソッタレええええ!」

 

ゾ「恐っ!目がガチやん!女じゃねえって!ゾンビの会合だって!」

 

s「なら、なんで逃げてんだよ!絶対嘘だろうが!止まれコラア!」

 

ゾ「お前が追いかけてくるからだろうがあぁぁぁぁぁ!」

 

あとがき終わり




風邪ひいて遅れました……


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