ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔 (三代目盲打ちテイク)
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賢者の石
第1話 逆さ磔の後継


 かつて魔法界を震撼させた闇の帝王が滅んで久しく、今や闇の魔法使いは時代の影に潜り魔法界は平和で安穏とした時代へと突入していた、とある一つの家を除いて。

 魔法界に存在する呪われし一族。日本において大正と呼ばれた時代において、渡英したとある日本人の血が混じったその一族は、この平和な時代において全てを呪い尽くそうとしていた。

 

 呪われたリラータの血族。生まれつき短命を宿命づけられ全てを呪った一族。逆さの磔の系譜。かつて名門であった名残は一切ない。そこにあるのはただの病魔だけだ。

 現在の当主はサルビアと言った。奇しくも、それは生き残った男の子と同じ年の少女であるという――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 魔法界某所。もはや、そこは廃墟といっても良かった。村であった形跡はもはやなく、かろうじて残っている建物ですら廃墟となんらかわらない。

 その一つがリラータの所有する屋敷であり、最後の財産でもあった。その屋敷の中もまた酷い有様だ。手入れなどされておらずぼろぼろであり、外の方がまだ過ごしやすいとすら思えるほど。

 

 その中でも比較的綺麗で人の手が入っている部屋がある。書斎。寝室。そう取れるような部屋。飾り気は一切ない。年頃の娘が住んでいるにしてはあまりにも不毛。

 それも仕方ないことではあった。この屋敷と同じく、主人もまた末期的状態であったからだ。

 

「ごはぁっ!」

 

 部屋の中にいた、少女であろう何かが血反吐を吐いた。ただそれだけのことで、肋骨がへし折れ、内臓全てに律儀に万遍なく突き刺さる。それでまた血を吐けば、痛みに耐えるために噛み締め続け変形した顎が砕け散り、その衝撃でまた身体のどこかの骨が折れ骨が内臓や肉に突き刺さる。

 無限にループする螺旋のように血を吐いては骨が折れて血を吐くの繰り返し。数度繰り返せば、顎の骨が折れるところなどもうないほどに折れ、手足の骨も全て折れきった。腐りきり変色したどす黒い肌から流れる血は赤を通り越して黒であり、膿み、糞のような腐臭を撒き散らしている。

 

 そんな状態にありながら少女は声一つあげない。声が出せないわけではないだろう。顎が折れているからでも、歯がないからでもない。そんなものなくとも叫び声くらいはあげられる。

 彼女は叫びをあげられないのではない。あげないのだ。頭が倍以上に膨れ上がり、眼球が飛び出て頭蓋骨がめきめきと音を立てていたとしても。脳がどろどろに溶けて、そのうち穴と言う穴から出てくるのではにかと思うほどに沸騰していたとしても。

 

 彼女は叫び声を上げることはない。もはや何も感じないのだ。全てにおいて破滅している少女にとっては、この程度など日常の一幕にすぎないのだ。

 なにせ、呼吸と言う生物が必ず行う行為すら少女にとっては破滅的な滅びを内包している。今更、骨が折れて内臓に骨が突き刺さろうとももはや感じない。

 

 それでも状態は深刻だ。息を吸うだけで鼻と口腔粘膜は剥がれ出血するか、腐り落ちてどす黒い液体が気道も食道も塞ぎ溢れたそれらが口から、鼻から流れ出す。

 心臓は止まっているのかと思えば、突如として異常な速度で鼓動を続けては止まり、また動き出すのを繰り返す。その圧に耐え切れない血管がはじけ飛び身体を内部から圧迫して限界を迎えた風船のように破裂させる。

 

 肺、胃、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、十二指腸、子宮、膀胱その他。体内に存在するありとあらゆる臓器には無事なところなどありはしない。

 まるで、全て取り出してから猛毒に浸して味付けしたよと言わんばかりの状態にして、体内を切り開き所定の場所ではなく、滅茶苦茶な場所に戻したかのようにただそこにあるだけで身体を蝕んでいく。

 

 免疫系はその仕事を放棄したのか数万を超す病原菌の侵入を赦しあまつさえ、悪事を黙認するどころか幇助すらしている。体の主人に対して自滅してしまえと言わんばかりに免疫は容易く主人の細胞を破壊し、病原菌、ウイルスはありとあらゆる疾病を合併させる。

 もはや、自分の身体すら自分の味方ではなく、全てが凄まじい痛みを発している。それでいて同じ痛みなど一種類もありはしない。ありとあらゆる責め苦が少女を襲っている。

 

 目の粗いおろし金でもみじおろしにされているかのような痛み。酸に浸され全身を溶かされているような痛み。牙で噛まれ獣に生きたまま食われているかのような痛み。

 火であぶられているような、氷づけにされているかのような痛み。あるいは無痛であることの精神的な痛みすらもそこにはありとあらゆる痛みがあった。痛みの万国博覧会だ。

 

 眼は濁り切り光を受容せず、削ぎ落ちたかのような耳はなにも伝えず、鼻は変形して匂いを感じるどころではない。肌も全てが腐り落ち爛れ膿み何も感じないどころか皮膚自体がない場所すらある。

 髪の毛などとっくの昔にない。わずかに美しかったのだろうとわかる毛のようなものが残っているだけに過ぎない。もっとも美しかった時など生まれたから片時もなかったが。

 

 全身の皮をはぎ取りたくなるような痒み。掻き毟れば爪が割れる、指の骨が折れる。皮膚が裂ける肉が抉られていく。ぼろぼろにぼろぼろに、ぼろぼろに。死へと転がり落ちていく。

 身をよじるだけで体重がかかった箇所の骨がありえない方向に爆ぜ折れて、筋肉をぐちゃぐちゃのミンチにして皮膚に穴をあけて外へと排出する。

 

 眼孔から、鼻孔から、耳穴から、膣から肛門から毛穴。ありとあらゆる穴と言う穴から人間の内容物を溶かして混合した液体が腐乱臭を放ちながらぼとり、ぼとりと零れ落ちていく。

 常人であれば発狂しそうなほどの痛みと苦痛。人間としても女としても終わっている。もはやなぜ生きているのかすらわからないような最悪の状態。

 

 だが、そんな中でも彼女の意識は鮮明であった。この程度などいつものことと言わんばかりに明鏡止水の如く澄み渡っている。

 この程度いつものことだ。痛みなど無視する。もとより感じないほどにありとあらゆる痛みが競合しているのだ。いつものこととして処理をした。

 

 それよりも今日は、出かけなければならない。そのために必要なことがある。

 

「はあ……、はぁ」

 

 倒れ伏した少女は、濁った瞳をぎらつかせて一振りの杖を握りしめる。強く握りすぎてもはや握り跡がついているほどに握り込まれた杖、ぼろぼろのそれを握りしめ彼女は呪文を唱えた。

 発音できたのか、杖は振れたのか。それすらも不明瞭。だが、結果は明瞭だった。

 

 少女の姿が変わる。へし折れねじ曲がっていた四肢は元の形を取り戻し、爛れ膿み、破けていた肌は瑞々しい少女のそれへと変貌した。

 それだけに変化はとどまらない。濁り切った眼球は澄み切った空色に変わり、削ぎ落とされたかのような歪な耳は小さくも可愛らしいものになる。

 

 潰れた鼻は綺麗に整えられ、禿た頭部が美しくも淡い色の髪が生えそろっていく。崩れた輪郭が成形され一本の例外なく砕け散っていた歯が美しい輝きを放っていた。

 瞬く間の間にそこには美少女と呼べるものが立っていた。変身術を行使したのだ。こうしなければ人前に出ることすらできない。しかし、ここまでしてもこれでごまかせるのは外側だけ。

 

 内側は末期、重篤患者のそれに他ならず、地獄の責め苦は今も続いている。

 

「さあ、行きましょう。ダイアゴン横丁へ」

 

 それでも少女――サルビアは、そんなものないかのように振る舞う。まずはダイアゴン横丁へ行かなければならない。そこで入学に必要なものを揃えるのだ。ホグワーツなどという学校には興味がないが、そこに存在する神秘には大いに興味がある。

 己の目的を果たす為に。生きるという目的を果たす為に。

 

 彼女は、切り抜いた日刊予言者(糞の役にも立たない)新聞の中でも辛うじて役立つであろう情報をまとめたスクラップの中、魔法インクで綺麗に下線が何重にも引かれた記事を見つめる。

 そこに書いてあったのは生き残った男の子に関する記事だ。彼の闇の帝王の死の呪文を浴びてなお生き残ったという奇跡の男の子。

 

 もし、その秘術、秘宝、なんでもいい。死を防いだその術法。私が生きるのに使わせろ。ゆえに彼女は吐き捨てるように言うのだ。

 

「せいぜい、私の役に立ちなさいよ」

 

 そして、杖を振るう。サルビアは屋敷から消え失せた。

 

 次に目を開けばそこはとあるパブの中だ。イギリスの小汚いパブ「漏れ鍋」。そこはマグル――魔法族ではない者――の世界とダイアゴン横丁を繋ぐ場所だ。

 漏れ鍋の奥。そこにある煉瓦の壁を規則正しく杖で叩くことによってそこへの道は開かれる。

 

 ダイアゴン横丁では魔法使いや魔女が必要とする、ありとあらゆる魔法道具が売られている。ここで揃わないものはない。揃わないものと言えば闇の魔術に関するものぐらいだろう。

 そもそも普通の魔法使いはそんなものを買い求めたりはしないので揃わないものはないと断言してしまっても問題はないだろう。

 

 その手のものが欲しい時は夜の闇(ノクターン)横丁に行くと良い。そこはダイアゴン横丁とは違って闇に近い。例えるならば裏通りとでも言おうか。

 違法ではないが、合法でもないそんな場所に行くと良い。賢明ならばここには来ないことだ。そうすれば、酷い目に合わなくて済むし、正常でいられる。

 

 そこはまた、好みではあったが今回はダイアゴン横丁が目的地。サルビアは、そこへ向かうために漏れ鍋へと赴いていたというわけだ。

 昼間だというのに客の多いパブ。どいつもこいつも古めかしい魔女や魔法使いの恰好をしている。それに内心でうんざりしながらも彼女は務めて人が好みそうな笑顔を作る。

 

 その後ろではもう用済みとなった自分の父親(失敗した屑)の杖をへし折り暖炉の中へとくべてやる。遺品だとかそんな感慨は一切ない。

 なにせ、父親だと名乗る男は、自分が生きるために健康な肉体を作ろうとしたのだ。それに乗り移って生き残るために。そうやって、リラータの家系は今まで続いてきた。先代が失敗したのは先代が屑だったから。俺が失敗するはずがないだろう。

 

 そういって失敗したサルビアの父親()。そんな屑の杖など使ってやるつもりはない。生きるために必要だったから使っていただけのこと。必要がなくなれば、捨てるのは道理だろう。

 

「私は、失敗しない。どうせ、私が子供を産んでも変わらないもの。そもそも、産めるかどうかも怪しいし。だったら、別の方法を探すまでよ。何をしても、生きればいいの」

 

 リラータの家系の者は例外なく病魔に犯される。それは不文律だ。神が敷いた絶対の法とでも言わんばかりに。あえなく父親だと名乗る屑は失敗して死んだ。

 だが、それでもサルビアの役には立った。彼が遺したものの中には利用できそうなものがいくつかあったのだ。

 

 賢者の石、ユニコーンの血、分霊箱。全てが不老不死を目指すものにとっては当たり前のこと。サルビアだって考えついた。役に立つとはそういうことではない。

 サルビアの父親は賢者の石がどこにあるかまで突き止めたのだ。それを奪取しようとしてあえなく失敗して惨たらしく死んだわけだ。その場所とはグリンゴッツ魔法銀行。

 

 おそらくは魔法界において最も侵入不可能な場所だ。しかも、灯台下暗しというべきか、賢者の石が入っている金庫は713番金庫。リラータ家の金庫はその隣712番金庫だ。

 そんな近くにあるという事実は、サルビアですら本当かどうか疑ったほどだ。

 

 しかし、本当だとしてグリンゴッツに侵入することは正気の沙汰ではない。その結末は、父親が証明してくれている。狙えるならば狙うが、とりあえずは保留にしておく。

 そんなことよりも重要なことがある。なんという幸運か。サルビアは、いい時に漏れ鍋にやってきたのだ。漏れ鍋の中に人垣ができている。

 

 まるで有名人を囲んでいるかのようだ。事実、それは正解だ。ここには有名人がいる。そういうわけでサルビアもそちらへ向かう。頑張って人混みをかき分けながら。

 向かうは、この漏れ鍋で現在注目を集めている者のところだ。巨人と言わんばかり、普通の男よりも遥かに大きな髭もじゃの男がそこにはいる。

 

 いや、彼ではない。確かに彼は目立つ容姿をしているが彼に注目が集まっているわけではない。ここの店主という禿げた老人――トムが声を上げた声にある。

 

「もしや、ハリー・ポッターか!」

 

 注目が集まっているのは大男の横にいる少年だ。眼鏡をかけた貧相な少年。がりがりに痩せているし、眼鏡なんてセロテープで補修をしてある。

 どこをどう見ても有名人には見えない。だが、魔法界において彼の名を知らない者はいない。

 

 彼の名はハリー・ポッター。闇の帝王の死の呪文(アバダ・ケタブラ)を受けて生き残った伝説、奇跡の男の子。

 しかし、そんな名声などサルビアにとって価値はない。

 

「役に立ちなさいよ。あなたの価値なんて、それ以外にあるわけないじゃない」

 

 サルビアはそう吐き捨て、ゆっくりとハリーへと近づいていく。彼が死の呪文から生き残ったその術を知るために。

 生きる為に。練習したとおりに取り入ればいいのだ。そう、練習したとおりに――。




やらかしてしまった。
初っ端から主人公が絶望的に崖っぷちですが、大丈夫。ほら、甘粕大尉も言っています。諦めなければ夢は叶うと。

南天と違って、黄もノブもいない。本当に味方がいない。更に彼女の結末は、勝つか、負けて死ぬか。ただそれだけ。
果たして、どうなることやら。

まあ、こんな主人公ですが愛してやってください。

ちなみにサルビア・リラータというのはセージの一種です。



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第2話 生き残った男の子

「ねえ、あなたがハリー・ポッター?」

 

 ハリー・ポッターは、ふと後ろからの声に振り返る。声からもわかるとおり、そこに立っていたのは少女だ。その姿は深窓の令嬢とでも言わんばかりに儚げな少女であった。華奢で、腕や足なんかは今にも折れてしまいそうなほどに細い。

 しかし、なぜかハリーは彼女を弱いとは思えなかった。むしろ、見ていると不安になる。その理由はわからなかったが、なぜか不安になる。

 

 それでも初めて話しかけて来てくれたダドリー以外の同世代の子である。それも女の子だ。話てみたいと思うのは少年の心として当然の反応であった。

 

「そうだけど? 君は?」

「私? 私は、サルビア・リラータ。あなたと同じ、ホグワーツに入学する生徒の一人よ。同じ寮になるかもしれないからよろくね」

「あ、うん、よろしく」

 

 満面の笑顔。きっと、誰もが恋をするかもしれないような笑顔から差し出された手をハリーはおずおずと取った。柔らかい少女の手。今の今まで、接してきた女性と言えば首が無駄に長い、キリンの生まれ変わりかと言わんばかりのペチュニアおばさんだけであったハリーの、おばさん以外の初めての女の子と接触である。

 当然のようにどぎまぎしてしまう。それがはかなげな美少女であれば尚更だ。それくらいには少女の容姿は美しい。不安になるような彼女の雰囲気は、気のせいだったのだろうと霧散する。あとに残るのは儚げな少女という印象だけだ。

 

「緊張してるの? 女の子と握手するのは初めて?」

「えあ、う、うん」

「そっか、私も男の子と握手するの初めてなの。一緒ね」

 

 そんなことを笑顔で言ってくるサルビア。顔を赤くして、どきりとしてしまうのも無理からぬことだろう。漏れ鍋の中が薄暗いことにハリーは感謝した。

 少なくとも、大勢の人に赤くした顔を見られることはない。目の前のサルビア以外には気が付かないだろうし、隣にいる大男――ハグリッドはそういうことには疎そうである。

 

「やったなハリー、もう友達が出来たぞ。俺は、ルビウス・ハグリッド。ホグワーツで森番をしちょる」

「よろしくお願いします、ハグリッドさん」

 

 そう言って握手を交わす。それから再びサルビアはハリーに向き直った。

 

「それで、ハリーも、学用品を買いに来たの?」

「そ、そうなんだ!」

「お金はあるの?」

「えっと……」

 

 持っていない。ホグワーツに新入生が揃えるものは多い。

 

 まずは制服。普段着のローブ三着、普段着の三角帽一個、ドラゴンの革またはそれに類する安全手袋が一組

、冬用の厚手のマント一着。

 教科書は八冊。杖、錫製、標準、2型の大なべ。ガラス製またはクリスタル製の薬瓶が一組、望遠鏡、真鍮製はかり一組。

 その他、希望するならばふくろう、または猫、またはヒキガエルを持ってきてもよい。

 

 それは相当な出費になるだろう。魔法界について詳しくないハリーですら、それだけのものを揃えるのはかなりの出費であると想像できる。

 なにせ、ダーズリー家にいた時でもダドリーの入学にはかなりの学費がかかっていることを彼は知っている。まあ、それを喜んでおじとおばは出していたのだが。

 

 それはそれとして、その出費をケチなダーズリー一家はその費用なんぞ出してはくれないだろうし、実際そう言われている。

 

「安心していいぞハリー。お前さんの両親が遺してくれたものがある」

「そうなの?」

「おうとも! それじゃあ、まずはグリンゴッツからだな。お前さんも行くだろ?」

「ええ、ぜひ」

 

 そう言うわけで、ハリーはサルビアと共にダイアゴン横丁で学用品を揃えることになった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

(はあ、しんどい。隣の大男が不潔すぎる。どっか行って欲しい)

 

 内心でそんなことを思いつつ、サルビアはグリンゴッツへ向かってダイアゴン横丁を歩いていた。人が多く、ごみごみした空気は容易くサルビアの肺や気道を傷つけていくがその痛みなど無視して終始笑顔を浮かべている。

 ハリー・ポッター(役に立ちそうな道具)に近づくという意味合いにおいてサルビアの目論見は容易く成功した。あとは、こいつから秘密を聞き出すだけだ。

 

 もし知らなかったら、その身体、体液、ありとあらゆるものを調べるまで。そのためには、恋人になることすら厭わない。髪の毛だとか血だとかは手に入れようと思えば手に入れられるが精液だとかそういうものは相当親密でも手に入れるのは難しい。

 だから、とにかく親密になる。ものすごく嫌だが、とりあえずの目標はこれ。それと並行して生きるための方法を探っていく。賢者の石を手に入られれば早いが、無理なことは言わない。チャンスを待つ。

 

「でね、おじさんも、おばさんも酷いんだよ」

「そうなんだ」

 

 その間、サルビアは終始笑顔でハリーのいかにマグルのおじとおば、その息子にいじめられてきたかという不幸話を聞いたり、珍しいお店について聞かれたら答えたりしていた。

 

--私の方が酷い。

 

 とりあえず、そんな言葉を必死に飲み込みながら。その程度の不幸で根をあげるとはやはり他人に持ち上げられているだけの屑か。しかし、それでも生き残ったことは事実。必ずその秘密を掴んでやると思いながら、内心で毒を吐きながら表で笑顔のまま受け答えを続ける。

 ハグリットはそんな二人を微笑ましげに見ている。見るなよ。気持ちが悪い目を向けるな。

 

「さあ、着いたぞ。グリンゴッツ魔法銀行。ホグワーツの次に安全なところだ」

 

 さて、そんなわけでようやくくその役にも立たない会話の応酬もハグリッドの言葉によって終わりを告げる。この時だけは、サルビアもハグリッドの存在に感謝してもいいかぐらいは思った。

 まあ、大きくて邪魔で不潔なことにかわりはないので思っただけだ。

 

 中に入れば、小鬼たちが働いている。上品そうな服装をきた小鬼たち。ゴブリン。サルビアにとっては見慣れたものだが、ハリーにとってはそうではないので珍しそうにしていた。

 

「あまり見ない方がいいわよ」

「え?」

「人にじろじろ見られていい気分はしないでしょ?」

「あ、そっか。うん、そうだね。気をつけるよ」

 

 はあ、なんで、こんなやつのお守りしてるんだろ。その仕事はお前のだろ、ハグリッド。仕事放棄するなよ。こっちに任せるな。そういう視線をハグリッドに向けるが、彼に気がついた様子はない。

 視線には気がついたが、その意図には気づかずとりあえず笑顔を返してきた。死ねばいいのに。

 

「ポッターさんの金庫と」

「私の金庫を開けたいのだけれど」

 

 奥にいた小鬼にハグリッドが話しかける。

 

「ああ、鍵はお持ちですかな?」

「ええ、ここに」

 

 錆びかけた鍵を取り出して小鬼に手渡す。ハリーの方はハグリッドがぽけっとをひっくり返して、周りをビスケットの粉だらけにしつつその奥から発見した。

 

「それと、ダンブルドアからの手紙を預かって来とる」

 

 ハグリッドが手紙を小鬼に渡す。サルビアは耳を澄ました。

 

「例の金庫には入ってる、例の、あれだ」

 

 こちらをちらちら気にしながらハグリッドがいう。隠せていないぞ。それについてハリーを焚きつけて聞いてみたが、答えてはくれなかった。役に立たん屑が。

 その後、やってきた小鬼に案内されまずは一番近いというハリーの金庫へと向かう。それは地獄だった。クネクネと縦横に曲がる迷路を四人を乗せたトロッコは風を切って走っていく。

 

 その速度が半端ではない。サルビアが何度死にかけたことか。どうやら今回も死にかけるようだ。変身術を使っていなければおそらくばらばらになっているだろう。

 停車の衝撃で血管が破裂しそうなほどだ。もちろん現在進行形で感じている激痛は悶絶するほどだが、サルビアは臆面にも出さず楽しかったねというハリーに笑顔で同意してやった。楽しくない、死ねばいいのに。

 

「687番金庫です。明かりをこちらへ」

 

 小鬼にハグリッドが明かりを渡すと同時にトロッコを降りる。ハリーもそれに続き、死にそうなサルビアも降りた。膝が震える。吐き気も酷い。そんな状態で、ハリーの金庫が開かれるのを見ていた。

 まず目に付いたのは、黄金の輝きだ。

 

「お前の両親が遺してくれたものだ」

「すごい」

「いい両親ね」

 

 ハリーが必要な分を取り出しているのを見ながら、心にもないことをサルビアはいう。お金持ちなんて死ねばいいのに。

 

 次に案内されたのはサルビアの金庫だ。712番金庫。中に入っている金の量は少ない。がらんどうだ。広い空間の中に数十枚程度の金がばら撒かれるように入っている。いつなくなるかわかったものではない。

 とある貧乏一家の方がまだマシとも言えるレベルで入っていない。先代、先先代が生きるために散財を繰り返した結果である。死んでも迷惑な役に立たん屑どもだ。

 

 そして、その隣の金庫からハグリッドは何かを取り出していた。サルビアはその中を覗き込んで見ている。入っているのは小さな袋。とる時の音からして何か硬いものが入っているのは間違いない。屑が残したレポートに書いてあった通りの金庫番号。そこにあるのは確かに賢者の石だ。

 だが、目の前にあるというのに手出しができない。杖がないのだ。杖がない状態では赤子にも負けるサルビアの運動能力である。まずハグリッドには勝てない。

 

 杖があればグリンゴッツを出たところでハグリッドに死の呪文を使い賢者の石を奪取するというのに。内心で歯噛みしながら、ハリーとともに何をハグリッドが取り出したのか気になるね、などと他愛ないことを話していた。

 その後、大きいだけの邪魔なやつ(ハグリッド)が漏れ鍋で元気薬を一杯ひっかけてくる、といって去っていった。本当なら後を追い殺して賢者の石を奪うのに杖がないためできない。

 

 杖をへし折った自分の浅はかさを呪う。そんな呪詛でも吐きそうなほどに落ち込んだサルビアだが、ここでそれを出すわけにもいかない。

 不本意ながらハリーと仲良くなるにはそういうことはNGだ。なにせ、この少年。真っ当だ。少ししか一緒にはいないが、同族の匂いがしない。

 

 つまり基本的に善人。サルビアが嫌いなタイプである。そんな彼と仲良くなるなら自分も善人を演じなければならない。

 善人はいきなり呪詛を吐き出したりはしないだろう。そういうわけで、務めてにこやかに。内心辟易としながら買い物を開始する。

 

 フローリシュ・アンド・フロッツ書店で必要な教科書を揃える。ハリーはどうやらダドリーとかいう豚に対して並々ならぬもの気持ちがあるらしく、丁度良い呪いの本でもないかと探してみたり。

 

「それなら、これかしら」

 

 呪いに関しては一日の長があるサルビアは快く紹介してやる。どうせフローリシュ・アンド・フロッツ書店にあるような書物だ。危険なものなんてありはしないし、ハリーに使える程度の呪いなどたかが知れている。

 それにポイントを稼げるだろう。この少年、抑圧されてきたのか、チョロイ。友達ごっこなどしたこともないサルビアですら、そう思うほどにチョロイ。

 

 それも今のうちだけだろうから、今のうちにポイントを稼いでおく。そうしておけば、ハリーが死ななかった秘宝を聞く出せなくとも盾くらいにはなるだろう。

 

「ありがとう。へえ、こんなのもあるんだ」

 

 ただ、そんなことよりもサルビアとしては荷物を持ってほしかった。八冊の教科書。それも無駄に大きい。マグルを見習って文庫サイズにしろよ阿呆どもめ、と内心で毒を吐くサルビアであるが有体に言って重いのだ。

 重すぎて腕がぷるぷるしているどころではない。変身術を使っていなければ重みで背骨がへし折れている頃だ。もはや一歩も歩けない。だというのに、気の利かないこの阿呆(ハリー)は、サルビアそっちのけで本を読み漁っている。

 

 とても楽しそうだ。今まで抑圧されていたのが、自由になったのだからそれも当然だろう。ハリーは楽しくて楽しくて仕方がないのだ。

 満面の笑顔で、見つけてきた本を持ってくる。楽しそうだ。本当に。くそ、忌々しい。犬のようだが、まだ犬の方が利口だ。

 

「気は済んだかしら? それなら、次に行きましょ。まだまだ、買うものは多いんだから」

「そうだね。えっと次は……」

「大鍋ね。魔法薬学に使う」

 

 そういうわけで二人は、鍋屋に向かい、魔法薬の授業などで用いる鍋を購入する。魔法動物ペットショップの前を通ったがスルーした。

 サルビアの財力はペットを飼うほどの余裕がない。ペットを飼う余裕があるなら、もっと別なことに使った方が有意義だと思っている。別に欲しいわけではない。断じてほしいわけではない。フクロウが可愛いとか思ってない。

 

「次は制服、だね。面倒だなぁ」

「そうね」

「でも、楽しい。僕、こういうことできなかったから」

 

――だからなに? 慰めろって? 不幸自慢なら余所でやりなさいよ。私の前でやらないで。

 

 などと言えるはずもなく、

 

「そうね。私もそうだったから。楽しいわ」

 

 無難に受け答えしておく。こうやって同族のフリでもしておけば、相手は勝手に懐いてくる。

 楽なものだ。

 

 そういうわけで二人はマダム・マルキンの洋装店で制服を買う。まさか男の子と一緒に採寸されるはずもなく。サルビアは別室で採寸を受ける。

 体力の限界なので早々に切り上げさせてさっさと制服を購入してしまったサルビアは、ハリーが誰かと話しているのを見た。金髪の少年だ。プライドが無駄に高そうに見える。

 

 おそらくは純潔の魔法族だ。良い感じにマグルを見下しているようだ。会話を聞く限りではマルフォイ家の子供のようだ。

 関わるつもりはない。あれはスリザリンの家系。リラータもそうだが、今回ばかりは良い子のフリをするのだ。スリザリンは闇の魔法使いが多い。そういうレッテルがある。

 

 それは邪魔なのだ。

 

「狙うは、グリフィンドール。たぶんハリーもそこでしょう。頭悪そうだし、まさか普通なところに行くとは思えないし。ダンブルドアもグリフィンドール生が賢者の石を奪おうとするだなんて思わないでしょ」

 

 だから、サルビアはハリーとマルフォイ家の息子の話が終わるのを待ってからちょうど終わったと言わんばかりにハリーの所へ行った。

 まさか、そこからあの少年がどんなに嫌な奴だったかと聞かされるとは思いもしなかったが。サルビアは死ねばいいのにとなんども思った。

 




ワー、サルビアちゃんはカワイラシイビショウジョダナー。

はい、序盤ハリー視点。何か可愛らしい美少女が居ますね。誰だろうこの子笑。
そのあとはサルビア視点。南天とセージを混ぜ合わせた感じにしようとしてます。

そして、この子どうやらグリフィンドールを狙うようです。リラータの家系はスリザリンの家系です。
スリザリンまっしぐらな逆十字がグリフィンドールに入る。確実に組み分け帽子を脅す気でねこの子。

さて、次回はオリバンダーの杖でサルビアの杖を買う話かな。

感想や意見などあればどうぞ。

ではまた。


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第3話 決意

 サルビアとハリーはオリバンダー杖店へと向かった。最後の買い物。これでこの面倒くさい買い物ともおさらば出来る。

 そう思いつつ最後の店へとやって来た。その店は酷く狭くみすぼらしく埃っぽい。中はたくさんの杖が入っているだろう箱でいっぱいであるが、手入れはどうなっているのか蜘蛛の巣もあったりしている。

 

 一刻も早くこんなところおさらばしたいサルビアであったが、ハリーは感嘆の声をあげていた。

 

「いらっしゃい」

 

 不意にそんな声と共に老人がやって来た。店主のオリバンダーだ。ハリーはいきなり現れた彼に酷く驚いていた。いい気味だ。

 

「いつお目にかかれると思っていましたよ。ポッターさん、リラータさん。あなたたちの両親もまた、ここで最初の杖を買っていった。さて、あなたたちにはどれがいいか」

 

 巻尺が勝手に動いて採寸していくなか、オリバンダー老は、狭い店内を動き回り杖を探していく。

 

「さて、まずはポッターさん。リンゴの木にユニコーンのたてがみ、26センチ、良くしなる。強力な杖じゃが、素直で扱いやすい。どうぞ」

 

 そう言って差し出された杖をハリーは手に取る。何も起こらない。ハリーはどうすれば良いのか困っていると。

 

「振ってみて」

「わかった」

 

 サルビアに言われた通りに振ってみる。すると、ぱりぃん、という音が響き花瓶が割れる。

 

「あわんようじゃな」

 

 そう言ってオリバンダーはまた別の杖を探し始める。ハリーは腫物を扱うように杖をそっと机の上に置いた。危険物を持っていたくないのだろう。

 

「では、これは? クリに不死鳥の尾羽、32センチ、頑固だが良くなじむ」

 

 受け取って振る。すると、積み上げられていた書類が吹き飛んだ。即座にハリーは杖を机の上に置いた。なお、サルビアに書類の雨が降っていたが、ハリーに気にしている余裕はなかった。

 あとで覚えていろと思うサルビアであった。その後もオリバンダーは何本もの杖を試していくが中々ハリーに合致したものは見つからない。

 

「さて、どうしたものか」

 

 数十本、もう少しで百に届くくらいで、流石にオリバンダーが悩んで奥へと引っ込む。

 

「ふぅ」

 

 ハリーもそこで一息ついた。

 

「杖を選ぶって大変だね」

「そうね」

 

 こっちはお前が起こした被害を喰らってるのだけれど、何か言葉はないのかしら。と言外に言って見るのだが、どうやらこの少年はかなり鈍感で気が付かない。

 

「それにしても使われている木は違うのに何で芯は三つしかないんだろう」

 

 ふとハリーは疑問を口にした。今まで、振ってみた数十本にまで及ぶ杖は全てがユニコーンのたてがみ、ドラゴンの心臓の琴線、不死鳥の尾羽が芯として使われていたのだ。

 だから、それが気になったとサルビアに聞く。知るわけないだろうと言いたかったがそういうわけにもいかず、どうしてなんだろうね、と言っていると、オリバンダー老が戻ってきた。

 

「それはですな、私がまだ見習いだったころ、やはり杖作りだった父は、ケルピーのたてがみのような質の悪い芯材に苦労させられていた。それを見て私は、自分はいずれ最高の芯材を見つけ、家業を継ぐころにはそうした芯材だけを使って仕事をしたいという野望を抱いた。そして、その望みは叶った。膨大な実験と調査の結果、私はある 3つの素材だけが、老舗オリバンダーで売るにふさわしい杖を生み出せると結論づけたのです」

 

 それこそがユニコーンのたてがみ、ドラゴンの心臓の琴線、不死鳥の尾羽。この三種だ。当代のオリバンダーは少なくともこの三種を使って杖を作ってきた。

 ハリーやサルビアの両親の杖もそう。かの闇の帝王の杖ですらそうだ。当代のオリバンダーが作った杖には全て三種類のいずれかの芯材が使われている。

 

「……さて、では、ポッターさんこれを。柊に不死鳥の尾羽、28センチ、良質でしなやか」

 

 それを持った瞬間空気が変わる。まるで何かが吹き上げるかのような風が吹いた。明らかに今までと違う。これが杖に選ばれるという事。

 

「不思議じゃ、なんとも不思議じゃ」

 

 オリバンダーはそれが不思議でならないようだった。

 

「何が、ですか?」

「私は、自分が作った杖は全て覚えている。その杖に使われている不死鳥の尾羽。その不死鳥の尾羽を使って作られた杖がもう一本だけある。

 その杖はとあるお方の手に渡り、そして、その兄弟羽の杖が、あなにその傷を負わせたのじゃ。これは運命かもしれん。ああ、申し訳ない。こんなことを」

「い、いえ」

「さて、ではリラータさん。お待たせしてもうしわけない。では、まずこれを」

 

 カエデに、ドラゴンの心臓の琴線、23センチ。堅く振り応えがある。目の前に出された杖。それを受け取って振ってみる。

 どうせ合わない。サルビアには確信があった。こんな杖が自分のもののはずがないだろうと。その通り、振ってみると、光の球がはじけ飛び店内を飛び回った。

 

 ほらな、屑めと、思わず悪態をつきそうになったがハリーがいたので我慢する。

 

「ほう、そうかね。ふむ、そう言うならば、これはどうかな」

 

 マツにユニコーンのたてがみ、21センチ。かなり頑丈でしなりにくい。振ってみるが結果は同じ。棚が捻じれるという結果に終わった。

 

「ふむふむ、そうかね。では、これはどうかな。黒檀にドラゴンの心臓の琴線、20センチ、硬く、頑固で、曲がらない。あらゆる戦闘の魔法と変身術に最適、強力な杖じゃ」

 

 持った瞬間、空気が変わった。

 

「やはりそうか。やはりか。あなたの御父上もここで黒檀の杖を買って行った。黒檀に不死鳥の尾羽。20センチ。堅く、頑固で、曲がらずしならない杖じゃった。まるで杖の主そのもののような」

「そうね」

 

 それは既に暖炉で消し炭になっている頃だろう。

 

「さて、それで代金はいくらかしら?」

 

 こうしてハリーと共に杖を手に入れた。財布の中は風前の灯だ。散財は出来ない。ハリーは未だにじゃらじゃら入っているようだった。

 羨ましいぞ、寄越せ。と言いたいが、そう言う事も出来ず。見せびらかすようなら殺して奪い取るところだ。まったく、お金持ちなんて死ねばいいのに。

 

 そして、これからどうしようかと思った時、店のショーウィンドウが叩かれる。そこにはハグリッドの姿。

 

「ハリー、ハッピーバースデー」

 

 そんなことを言いながらその手にある鳥かごを見せてくる。その中には純白のふくろうの姿。可愛い。外に出ると、ハグリッドが得意げにそのふくろうをハリーへと手渡す。

 

「お前さんへの誕生日プレゼントだ」

「ありがとう!」

「…………おめでと」

 

 そんなやり取りの後ろでサルビアはこっそりと顔をしかめていた。何が誕生日プレゼントよ。そんなもの貰っても嬉しくはないんだから。

 誕生日などと言うものを一度も祝ってもらったことのないサルビアは、忌々しげにハリーが嬉しそうにしているのを見ていた。いい加減見せびらかすなと言いたいが、ふくろうが可愛いので勘弁してやる。良いから撫でさせろ。

 

「……それじゃあ、私、帰るね」

「あ、うん……あ、あの」

「大丈夫。また会えるわ。ホグワーツに向かう時に、また会いましょう。それじゃあね、ハリー」

 

 そう言って有無を言わせずサルビアはハリーたちに背を向けた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ごはっ――」

 

 屋敷。己の領域に戻った途端、サルビアは血を吐いた。朝から、子守をさせられてくそ重い学用品を持たされて限界を迎えたのだろう。

 そう客観的に己の状態を分析する。変身術で誤魔化してはいるが、己の身体は既に末期。この一年を生き残れるかも危うい。

 

 いや、生き残るのだ。絶対に。そのために、準備をしなければ。

 

「――――」

 

 荒い息を吐きながら、サルビアは重たい身体を引きずるように歩く。目指すは調合部屋。ありとあらゆる試薬でごちゃごちゃになった部屋の中でサルビアは、数本の髪を取り出す。

 ハリー・ポッターの髪。こっそりと集めまくっていた。あとは、爪の欠片、垢。ありとあらゆるハリーの身体の一部。ダイアゴン横丁でこっそりと採取したものだ。

 

「…………」

 

 それらすべてを煮込む。そして、糞マズイそれを飲み干す。錆びた鍋から直接。火傷など気にせずに飲み干した。

 だが、効果はない。身体の一部では駄目か。何らかの魔法がかけられていることはわかっている。しかし、その原理がわからない。意味がわからない。

 

 だからこそ、食ってみた。だが、効果はない。

 

「役に立てよ、役に立ってよ。お前が生き残ったのは、そのためだろうが」

 

 食らう、食らう、飲み干す。しかし、何ら効果を及ぼさない。

 

「…………まあいいわ。どうせ、わかりきっていたことよ。賢者の石、それを手に入れる」

 

 ハグリットを殺して奪うのは論外だろう。ダンブルドアに知られてはならない。今世紀最高にして最強の魔法使い。アルバス・ダンブルドアを敵にして生きていられると思うほど理想論者ではない。

 だが、あれも人だ。出し抜くことは出来る。彼の過去を読み解けばそれは簡単だ。だからこそ、その方法を考えるのだ。

 

 おそらく賢者の石はホグワーツに移される。取るにはどうしたら良い。防衛されるだろう。賢者の石だ。間違いない神秘。そんなものをホグワーツの校長室などに安置するはずもない。

 絶好のチャンスなのだ。自分の通う学校に目的のものがある。最上のチャンス。だからこそ、その守りを突破する方策を考える。

 

「……どう考えても、私じゃ無理ね」

 

 それが単純なものならば魔法でどうにかなる。だが、それ以外のもの。例えば行動力を問うものであったならば、それは不可能だ。

 自分は弱い。病魔に犯され、動くことすらままならない。それで激しい運動などできるはずもないのだ。

 

「……駒がいる」

 

 何も自分で全てを破る必要はない。駒を使えばいい。しかし、ダンブルドアがわざわざ石を動かしたということは、警戒しているということだ。

 誰かが石を狙っている。少なくともダンブルドはそう考えて石を動かした。その何らかの相手と協力するか? 誰が狙っているかもわからないのに? 論外だ。

 

 そもそも、そんな相手を使えばバレる。ダンブルドアを欺く為にも明らかに狙っている奴らに取りに行かせるわけにはいかない。

 ふと、サルビアは気が付いた。

 

「ふふ――ふふふ、アハハハ、アハハハハッ! そうよ! そうだわ! ハリー・ポッター! 生き残った男の子! あいつを使えばいいのよ!」

 

 わざわざ、ホグワーツから森番がやってくるほどの人物だ。明らかに優遇されている。サルビアにはただ手紙が送られてきただけというのにだ。

 だというのに、森番が迎えに来る。好待遇じゃないか。マグルの家にいたからだとか、そういう理論は通じない。毎年、ホグワーツには少ないがマグル生まれ(穢れた血)の者が行くのだから。

 

 彼らに一々教員を送り込んでいたら足りないだろう。だが、そうでもないのにハリーのところには森番が来た。用事があったついでにしても好待遇と言わざるを得ないだろう。

 そんな人物ならば疑われない。明らかなお気に入りを疑うような奴はいないだろう。

 

 ハリーをそそのかし、賢者の石を手に入れさせる。服従の呪文(インペリオ)は使えない。使ってしまえばバレる。あくまでもハリーが自発的に動くようにしなければいけないだろう。

 彼が自発的に動いて賢者の石を手に入れてしまえば、サルビアは疑われない。石を狙う者がいるならば、ハリーたちを呷って潰させる。そちらの方が大義名分も手に入って隠れ蓑になる。

 

 最終的に、賢者の石さえ手に入れてしまえばハリー・ポッターなんて役に立たないクズはいならないのだ。死んでも構わない。

 むしろ、死ぬまで使ってやるのだ。感謝されこそすれ恨まれるようなことではないだろう。

 

「感謝しなさい、ハリー・ポッター! あなた、私の役に立てるのよ! アハッハハハハハ!」

 

 狂ったように嗤い続ける。嗤う。嗤う。嗤う。生きるためにあらゆることをやる。そのためならば、泥でもなんでも啜ってやろう。

 だからこそ、そのための準備をしよう。大きなトランクに荷物を詰めていく。役に立つものはこの屋敷にはもはや残っていない。

 

 だが、わずかに残ったものをかき集めて詰めていく。

 

「必ず、生き残ってやる。必ず。誰にも邪魔なんてさせない。私が願っているのは悪いことじゃないもの。生きるのに、良いも悪いもないでしょ。私に足りないのは寿命(これ)だけなんだから。生きようとして、何が悪い」

 

 その途中で力尽きて、天井へと手を伸ばす。穴が空きかけた天井。必ずこの手に全てを掴むのだ。掴めないものなんてない。

 この自分よりも上の存在なんていないのだ。自分に足りないものさえ手に入れてしまえば、勝てないものはいないのだ。

 

――少女は嗤う。

 

 栄光の未来を夢見て。叶うことのない理想を夢見て。現実の中で足掻くのだ。諦めものか。

 

 全ては、ここから始まる。そう、ここから――。

 




感想が結構来てるので、みんな逆十字大好きなんですねw。私も大好きです。

杖についての解説。一応、調べてたものそのままですが、黒檀の合ってる感は半端ないです笑。

黒檀にドラゴンの心臓の琴線、20センチ、硬く、頑固で、曲がらない。

黒檀
 あらゆる戦闘系の魔法および変身術に最適。持ち主として最適なのは、あるがままの自分でいることを恐れない者。
 この杖の持ち主には、体制にくみさず、自立心が強いか「はみだし者」の立場を好む者が多い

ドラゴンの心臓の琴線
 一般にドラゴンの心臓の琴線を用いると、最も強力な杖になる。ドラゴンの杖は特に華々しい呪文をかけることができ、他の杖よりも学習が速い傾向にある。
 最初の持ち主から勝ち取られた場合、新たな持ち主に忠誠を示すようになるが、そのときどきの持ち主に対しては常に強い結びつきを保つ。
 ドラゴンの杖は、闇の魔術に最も感化されやすい。とはいえ、自発的にそうなることはない。いくぶん気まぐれなところがあるため、3 つの芯材のうち一番事故を起こしやすい。

短い杖に選ばれるのは性格的に欠けたところのある人。

つまり、どこまでも頑固に、どこまでも真っ直ぐに、ただ一つの目的を突き通す者の杖です。あれ主人公っぽい笑。

さて、次回はホグワーツ特急編。同じコンパートメントのハリーとサルビア。そんな空間に飛び込むロン。
全部ちょうだい、で盛大に貧乏人サルビアを挑発してくるハリー。

そんな感じです。未定ですが。
あと、一巻後の、三巻までの案とかをアザトースさんから頂けて、これならやれるかもとか思ってます。ありがとうございます。四巻以降はまったく考えていませんが。
他にも、こうしたらいけるんじゃない? というような意見をいただけると最後まで続けられるかもしれません。

まあ、評判次第ですが。
そして、想う。やはり、私は、逆十字が、甘粕が大好きです。
では、皆さまで楽しく万仙陣を回しましょう。
願わくば、サルビアが幸せになれることを願って。


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第4話 ホグワーツ特急

 大勢のマグルが行き交うキングズ・クロス駅の中にサルビア・リラータはいた。真新しいシャツに黒のスカート。洒落っ気はないが爽やかで、儚げな印象もあってどこぞのお嬢様のようでもある。

 そんな外見はまあいいとして、癖のある空色の髪をなびかせながら、色素の薄い瞳で忌々しそうに目的の人物を探す。誰かといえばハリー・ポッターである。利用すると決めた以上、ポイントを稼ぐ。

 

 そのためにわざわざ手紙を出して一緒に行く約束をした。その際あのふくろうが手紙を持ってきた。きちんと配達できたので、撫でてやろうとしたのだが、即座に逃げられた。死にたくなった。

 そこまでやられたというのに、まだ来ないのである。約束を守らない屑は嫌いだ。というより、私の限りある時間を無駄にするやつなんて死んでしまえとすら思っている。

 

 そんな風に思っていると、

 

「ごめん、サルビア」

 

 そのハリーがやってくる。よし、落ち着け。ここからが大事だ。大丈夫。この日のためにくその役にも立たないマグルの本で勉強したのだ。

 

「大丈夫だよハリー、私も今来たところだから」

 

 よし、言えた。問題なし。相手の反応もなし。良し、死ね。少しは反応しろよついてんのか。

 

「えっと、キングス・クロス駅の9と3/4番線。だっけ? そんなホームあるわけないよね」

「あるのよ。もう、ハリー? 私たちはなに? 魔法使いでしょ? 隠されているのよ」

 

 ほら、見て? そう言ってサルビアはハリーの視線を誘導する。その先にはハリーたちと同じように大量の荷物を載せたカートを押す一団がいる。

 

「マグルで混み合ってるわね、当然だけど」

 

 ふっくらしたおばさんが、揃いも揃って見たことある赤毛の四人の男の子に話しかけていた。人をマグルだなんていうのは魔法族だけだ。つまり彼らもまたホグワーツへと向かう人たちだということ。

 彼らはそのうち、プラットホームの9と10の間へと赤毛の男の子が一人ずつ、カートを押して進んでいった。ぶつかることはなくすぅっと消えてしまう。

 

「ね、わかった?」

「よし、ならあの人たちに聞いてみよう!」

「あ、ちょっとーー」

 

 そんなつもりは一切なかったのに、ハリーはさっさとカートを押して行ってしまった。はあ、面倒臭い。そう影でため息を吐きながら、サルビアもハリーを追う。

 

「すみませーん」

 

 ハリーはカートで今にも行こうとしていた赤毛の男の子を止める。

 

「まぁ、そうなの。坊やとお嬢さんは、ホグワーツは初めてなのね? ロンもそうなのよ」

 

 おばさんは最後に残った男の子を指さした。背が高くそばかすだらけで、ひょろっとした体形の男の子だ。

 

 おばさんに9と4分の3番線への行き方を教えてもらった後、

 

「それじゃあ、見ていてね。私が行ってくるから。怖かったら小走りで行くといいの。それじゃあ、向こうでね」

 

 サルビアはさっさとホームへと飛びこんだ。もちろんぶつかることなく壁をすり抜けることができた。そこに見えるのは赤い汽車だ。ホームの上にはホグワーツ行特急11時発と書いてある。

 多くの人々が歩いており、その足元を猫が縫うように歩き、あちこちでフクロウが鳴いている。どこからかヒキガエルの鳴き声もしていた。至る場所で制服を着込んだ生徒と親らしき人物が言葉を交わし、あるいは入学の不安を語り合っている。ここがホグワーツへの特急が出る場所。

 

 待っていればハリーたちがやってくる。

 

「さあ、行きましょう?」

「うん」

 

 サルビアはハリーとともに空いているコンパートメントへと入り込んだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 やがて汽車が発進し、窓の外の風景が流れていく。駅がすぐに見えなくなり、辺り一面を自然の景色が覆う。

 いたって普通だ。これから魔法の学校に向かうにしてはいたって普通の旅路である。そうそうに景色を見ることに飽きたハリーは、対面に座って教科書を読んでいるサルビアに話しかけようとしてコンパートメントの扉が叩かれた。

 

 そこにいたのは先ほどの赤毛の男の子だ。

 

「ねえ、ここ座っていい? どこも空いてないんだ」

「ああ、良いよ」

 

 そう言ってハリーはサルビアにも聞くべきだったと思って視線を向けると、

 

「良いよ、ハリーが良いのなら」

 

 本から顔を上げてそういってまた本に視線を戻した。男の子はそれで安心したのかハリーの隣に座る。

 

「えっと、僕はロン、ロン・ウィーズリー」

「サルビアよ。サルビア・リラータ」

 

 顔も上げずに彼女はそういった。あまり話す気はないらしい。教科書はそんなに面白いのだろうか。確かに、はじめの頃は楽しく読めたが、次第にあまり楽しくなくなって読まなくなってしまった。

 勉強は苦手だ。ハリーはそう思う。もしもの時はサルビアに助けてもらおうかとか今から考えている辺り相当だ。

 

「僕は、ハリー、ハリーポッター」

「本当! じゃあ、あるの?」

 

 ハリーの言葉にロンは大いに驚いた。まさか、あの有名なハリー・ポッターとは思わなかったのだ。そして、それだけに気になることがある。

 ハリーはというとロンの問いの意味がわからず何が? と聞き返す。

 

「傷跡」

 

 そう言われれば察する。ハグリットにも聞いたが、額の傷跡は自然にできたものではなく、呪いによって刻まれたものだということ。その呪いは死の呪いであり、防げたのは自分一人ということ。

 

「ああ、あるよ」

 

 そういってハリーは髪をかきあげて傷跡を見せる。

 

「すげー」

「へえ、これが死の呪文による傷跡なのね」

 

 と、いつの間に本を読むのをやめたのだろう。サルビアが目の前にいた。それもかなりの至近距離。かなり近く、それこそ額同士がぶつかりそうなほどの距離で額を見ているため彼女の吐息がくすぐったい。

 思わず意識してしまう。なんとか落ち着こうと息を吸えば花のような女の子の香りを吸い込んでしまい、落ち着くどころではなくなる。そんな状態だというのに、サルビアは気にした様子すらなく、ひたすら額を見て挙句触ってみたりしている。

 

「面白かったわ」

 

 そういって満足したのか、また本に戻ったが、ハリーが我に返ったのはもうしばらくあとだった。車内販売のおばさんの声で我に返った。

 ロンは、自分のがあるからと断り、サルビアはお金がないから良い、と返していた。ハリーは少し考えて、

 

「ぜーんぶ、ちょうだい」

 

 そういってポケットの中のガリオン金貨を取り出して見せた。

 

「すっげー」

 

 ロンはその金額の多さに驚愕して声をあげている。その間も嬉しそうなおばさんは、おまけまでくれてコンパートメントの中はお菓子でいっぱいになった。甘ったるい匂いがコンパートメントを支配するが、ハリーとしてはこんなにお菓子に囲まれたことはないので嬉しそうだった。

 ロンも同じくだ。彼も貧乏なのである。

 

「みんなで食べよう?」

 

 そういうハリーの提案に従ってみんなで食べることに。バーティー・ボッツの百味ビーンズに蛙チョコレート、かぼちゃパイ、大鍋ケーキ。

 ロンなどは食べ慣れているがハリーにはどれもこれも初めてのものでどれから食べようかと迷っていた。

 

「どれがおいしいかな?」

 

 迷ったのでサルビアに聞いてみた。

 

「そうねぇ、私も食べたことないからわからないけど、かぼちゃパイとかはたぶん安全よ」

「安全?」

「そう、安全」

 

 そういって彼女はかぼちゃパイに手をつける。安全とはどういうことなのか。しかし、買ってみたのだから、食べなければ勿体無い。というわけで、手近にあったものを手に取る。

 

「パーティー・ボッツの百味ビーンズ?」

「いろんな味があるんだ」

 

 ハリーは一つ口に含みながらロンの解説を聞く。

 

「チョコにペパーミントだろ? それから……ほうれん草、レバー、熱血味に臓物味」

「うぇ」

 

 なんて味があるんだ。ハリーはそう思う。安全とはそういうことか。サルビアの言葉が今にしてわかった。魔法のお菓子侮れない。そう思っているとロンが特大の爆弾を投げ込んだ。

 

「ジョージは鼻くそ味に当たったことがあるってさ」

 

 そう言われると変な味がする気がしたので、急いで口の中のビーンズを吐き出して、そっと遠くへと百味ビーンズをコンパートメントの奥へと追いやった。

 必然、それはサルビアの隣の席ということになる。サルビアに睨まれたような気がしたが気のせいだろう。優しい彼女がそんなことするはずないじゃないか。

 

 それから次にハリーが手に取ったのは蛙チョコレートだ。

 

「本物の蛙じゃないよね?」

 

 今度は開ける前に聞いてみる。

 

「魔法だよ。カードのおまけがついてるんだ。有名な魔女や魔法使いのカード。僕500枚も集めたよ」

 

 それなら大丈夫かもしれない。そう思ってハリーは箱を開ける。確かにそこには魔法で動いている蛙チョコレートがいた。そいつは、窓に飛びつくと登っていく。

 まさか逃げるとはおもわず、見送ってしまうハリー。そこで動いたのはサルビアだ。

 

「あまりしてると跳んでいっちゃうわよハリー」

 

 サルビアが掴んだ蛙チョコレートをハリーへと手渡す。

 

「あ、ありがとう」

「よかったね。あいつらすぐに跳んで行っちゃうから」

「うん、おいしい」

 

 食べてみるとおいしい。これはあたりだろう。すぐに飛んでいくらしいが捕まえてしまえばただのチョコレートだ。ただし、食べる時に動くのだけはやめてほしいと思った。

 百味ビーンズよりはまともではあるが、好き好んで食べるものでもないな、とは思った。さて、お楽しみのおまけである。何かなと思って見てみると、

 

「ダンブルドアだ!」

 

 そこにはアルバス・ダンブルドアがいた。

 

「僕6枚も持ってる」

 

 自慢げにロンがいう。ドヤ顔である。

 そうやってちょっと目を離したすきに、カードの中のダンブルドアは消えていた。そこには黒が広がるばかりだ。

 

「消えちゃったよ!」

「そりゃあ、1日中そこにいるわけないよ。当たり前だろ?」

 

 当たり前なのか? そう思ってサルビアに視線で聞いてみる。彼女は肯定するように頷いた。どうやらそうらしい。魔法って不思議だ。そう思いながらふと、ロンの膝の上でお菓子を食べているネズミに目が行った。

 ロンも気がついたのだろう。

 

「ああ、この子はスキャバーズ。かっこ悪いだろう?」

 

 そう自嘲気味に指の一本かけたネズミのスキャバーズを紹介する。

 

「ちょっとね」

 

 消極的に同意しておいた。

 

「黄色に変える呪文をフレッドに習った。見たい?」

 

 すると空気を変えようとしたのか、ロンがそんなことをいう。

 

「へぇ!」

 

 ハリーは目を輝かせてその動向を見守る。魔法。それが目の前で見れる。しかも、同年代の男の子が使うのだから楽しみで仕方なかった。

 ロンは、少し咳払いをして、

 

「んん、お日さ……」

 

 呪文を唱え出す。しかし、それが最後まで行くことはなかった。突然コンパートメントが開いたからだ。そこにはボサボサした栗色の髪の少女が立っていた。

 すでにローブ姿の彼女は、コンパートメントを開けると、

 

「ヒキガエルを見なかった? ネビルの蛙が逃げたの」

 

 そう言った。はて、ヒキガエルなんて見ただろうか? ハリーたちは顔を見合わせてから、

 

「見なかった」

 

 そう答えた。そう、少女は少しだけ残念そうにして、ぼろぼろの、どうみてもお古の杖をみた。

 

「あら、魔法をかけるの? やって見せて」

 

 好奇心をむき出しにした様子でいう。ならばとばかりにロンは咳払いを一回。呪文を唱えだした。

 

「んん、お日様、雛菊、とろけたバター。このデブねずみを黄色に変えよ」

 

 スキャバーズの鼻は光ったが黄色にはならない。それ以上は何も起こらない。どうして? とでも言わんばかりのロンの視線を受けてハリーはさあ、とばかりに肩をすくめた。

 少女はというと呆れたような感じだ。

 

「その呪文、ちゃんとあってるの? 全然効かないみたいね。私は簡単な呪文しか試したこと無いけど、ちゃんと効いたわ。例えばこれ。オキュラス・レパロ!」

 

 ハリーに杖が向けられ、呪文が唱えられる。すると、メガネのセロテープが弾けるように消えた。驚くことにメガネは直っていたのだ。

 外して確認してみるが、どこにも壊れたところはなかった。すごく覚えなければならない呪文だとハリーは思った。

 

「直ったでしょ? あら、びっくり。あなた、ハリー・ポッターね? 私は、ハーマイオニー。あなたたちの名前は?」

「あぁ、ロン・ウィーズリー」

「サルビア・リラータ」

「よろしく。3人ともローブに着替えたら? もうすぐ着くはずだから。それからそこのあなた、鼻の横に泥がついてたのよ、知ってた? ここよ」

 

 そう捨て台詞のように言って少女はコンパートメントを出て行った。

 

「よし、じゃあ着替えるか」

 

 ロンがそういって服を脱ぎ出す。

 

「ロン!」

「あ」

 

 ハリーの視線と声でサルビアのことを思い出したのだろう。

 

「早く着替えてね」

 

 彼女はそういって何も言わずに出て行った。おもわず顔を見合わせたロンとハリーは、とりあえず彼女もいることなので早々に着替えることにした。

 ローブ。着慣れないものであったが、何とか着れてサルビアと交代する。その間ロンとハリーはコンパートメントの外で待っていた。

 

「良いわよ」

 

 その声にはいればローブ姿のサルビアがいた。実に様になっている。

 

「似合ってるね」

「ありがとう。ハリー、とロンも似合ってるわよ」

 

 明らかなお世辞である。

 

 さて、着替えたところでちょうどホグワーツ特急は駅へと到着するためにスピードを落とした。完全に止まって降りると、

 

「よっく来た、イッチ年生! こっちだぞ! ほらほらぐずぐずせんと、急いだ急いだ。ほら」

 

 懐かしい声が響いている。森番のハグリッドがそこに立っていた。大男は実によく目立っている。ハグリッドはハリーに気がついたのだろう。

 

「よお、ハリー、サルビア」

 

 誘導そっち除けで話しかけてきた。

 

「ハグリッド!」

「うわーぉ」

 

 ロンはハグリッドの大きさに驚いているようだ。

 

「さぁさぁ、あっちでボートに乗るぞ。着いて来い」

 

 そして、上級生たちと分けられ一年生たちはボートへ乗せられてホグワーツ城へと向かうのであった。湖をゆったり進む。そこからみたホグワーツの城はとても大きく。

 今日からここで学べることにハリーはとても嬉しく思うのであった。その横で誰かがボートから落ちていたが、そんなことすら気にならないほどハリーはホグワーツを見つめるのであった。

 

 




序盤サルビア視点からのハリー視点。
なので、サルビアが大人しく見えますね笑。
ハリー視点ではサルビアの内心を想像すると楽しいと思います。大抵罵倒とかしかしてない気がしますが笑。

さて、ようやくホグワーツ。次回は組み分けですね。組み分け帽子を逆さ磔(脅し)にしてグリフィンドールに入る作業に入ります。
ハリーも同時にそこに入れようと帽子を脅します。
割とそこだけご都合主義ですが許してください。あと今更ですが原作と映画版が混じってます。

意見は常に募集中です。
では、また次回。


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第5話 組み分け

サブタイトルつけてみました。どうでしょうか?
これでなにやっているかわかりやすいですし読み返しやすくなったかなと思います。


 森番のハグリッドの次に一年生たちを迎えたのは、エメラルド色のローブを羽織った黒髪の魔女だった。背が高く、深い皺の刻まれたその顔は厳格さを感じさせる。

 彼女はミネルバ・マクゴナガルといい、この学校の教頭を務めている人物であり変身術の使い手だ。生徒達全員を見回しながら、静かに、しかしよく通る声で説明をする

 

「ようこそ、ホグワーツへ。さて、今からこの扉をくぐり、上級生と合流しますが、その前にまず皆さんがどの寮に入るか組み分けをします。寮は四つ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリン。学校にいる間は寮があなた方の家です。良い行いをすれば寮の得点となり、規則を破ったりすれば、減点されます。学年末には最高得点の寮に優勝カップが渡されます。くれぐれも賢明な行動を心がけるように」

 

 良いですね。そう念を押そうとした瞬間、

 

「トレバー!!」

 

 小太りした生徒が、マクゴナガルの足元にいたヒキガエルに飛びついた。あれがネビルなのだろう。汽車でヒキガエルが逃げられたとか言っていた生徒なのだろう。

 まったく、ペットに逃げられるとはとんだ魔法使いもいたものだ。そうサルビアは思う。最悪だが、ただ飯が食えたので割と評価は高いホグワーツ特急での旅のあと、休む間もなく組み分けだ。

 

 考えてほしいところであるが、こればかりは仕方がない。とりあえず、さっさと進めてくれ、とサルビアは内心で邪魔をしたネビルを罵倒しまくる。

 さて、説明を終えたマクゴナガルは広間へと入って行った。組分けの準備をして来るらしい。その後ゴーストが現れて生徒達を驚かせたりした。

 

 その中の血みどろ男爵なるゴーストがサルビアをみておやおや、とか意味深なことを言っていたが無視した。あれはスリザリンのゴーストだ。

 そんなのに目をつけられるわけにはいかない。自分はハリーと同じ寮に行くのである。スリザリンなんて糞くらえ。あんな私は悪の魔法使いですよとでも言わんばかりの寮など願い下げだ。

 

「準備は出来ました。来なさい」

 

 その間に組み分けの準備ができたのだろう。マクゴナガルが戻ってきて、ついてくるようにいう。彼女について広間へ入ると、一年生の全員が驚いていた。

 それも当然の光景が広がっていたのだ。何千という蝋燭が広間を照らし、中央には4つの長テーブルが置かれている。そこには金色の皿やゴブレットが置かれ、そして何百人もの上級生達がすでに着席して一年生達を凝視していた。

 

 そんな広大な空間の天井には、空が広がっていたのだ。

 

「本物じゃないわ。魔法で夜空みたいに見えるだけ。ホグワーツの歴史という本に書いてあったわ」

 

 ハーマイオニーがそう得意げに言っている。はいはい、えらいえらい。よく覚えていましたね。聞いてないから黙っててね、うるさいから。

 

「はい、ここでお待ちなさい。では、儀式を始める前にダンブルドア校長からお言葉があります」

 

 そう言われると、教員の席、その中央に座っていたダンブルドアが立ち上がる。

 

「まず始めに、注意事項を言っておこうかの。1年生の諸君、暗黒の森は立ち入り禁止じゃ。生徒は決して入ってはならぬ。それから、管理人のミスター・フィルチからも注意事項がある。右側の3階の廊下には近寄らぬこと。そこには恐ろしい苦しみと死が待っている。以上だ」

 

 そういって彼は座った。皆、それについては何も思わないようだったが、サルビアは笑い出そうとするのをこらえることに必死であった。

 

(馬鹿が! そんな風に言えば何かがあると言っているようなもの! 賢者の石はそこにある。場所はわかった。そうすれば調べられる。見てなさい、必ず手に入れてやるんだから)

 

 賢者の石の場所がわかったのだ。右側3階の廊下。その先だ。そこに目的のものがある。今にも飛び出して行きたかったがまさか、今すぐ行くわけにもいけない。

 準備もできていないのだ。なに、焦る必要はない。場所はわかったのだ。あとはゆっくりと計画を練って手に入れればいいのだ。

 

 そんな風に笑みを深めていると、おもむろにマクゴナガルが4本足の椅子を置き、その上に汚らしい魔法使いの帽子を用意した。本当に汚らしい帽子だが、ここで出されたということはただの汚い帽子などであるはずがない。

 これこそが生徒達の入るべき寮を決めてくれる意志ある帽子、組分け帽子だ。帽子はまるで生きているかのように歌い出す。それは寮の紹介も兼ねた歌だ。

 

 ひたすらサルビアは聞き流していたが、まとめるとグリフィンドールは勇気ある者が住まう寮であり、他とは違う勇猛果敢な寮である。ハッフルパフは他と比べて特になにもない普通の寮。レイブンクローは頭のいい天才の集まり。スリザリンは手段を選ばない狡猾な寮ということだ。

 違うだろうが、サルビアの理解だとこうだった。

 

「サルビアはどこの寮がいい?」

 

 ふと、隣にいたハリーが小声で聞いてくる。

 

「私? ハリーと、同じところがいいな」

 

 とりあえずこう答えておく。男は、こう言われるとくらっとくるんだろ? そう言わんばかりだったが、ハリーは気がつかなかったようだ。糞が。

 

「ぼ、僕もだよ。でも、スリザリンは嫌だな」

「それなら帽子さんに言ってみたら、聞いてくれるかもしれないわよ。グリフィンドールがいいって」

「わかった言ってみるよ」

 

 問題は、ハリーより先に呼ばれるサルビアだ。リラータ・サルビア。そう呼ばれた場合、ハリーより先だ。これでもしハリーと別の寮になってしまえば目も当てられない。

 だからこそ、ここでハリーにグリフィンドールがいいって帽子に言うように仕向けた。本人が行きたい寮を言えば少しば考慮してくれるだろうし、何より、サルビアは考慮させる気だった。

 

「名前を呼ばれた生徒は前に出てきなさい。この組み分け帽子を頭にのせます。帽子が寮を決めてくれます。まずはアボット・ハンナ!」

 

 金髪おさげの少女が小走りで椅子の前に出てきて帽子を座る。一瞬の沈黙、そのあとに帽子は大声で彼女の進むべき寮を示した。

 

「ハッフルパフ!」

 

 すると右にあったハッフルパフのテーブルから歓声があがり、拍手が鳴り響く。ハンナと呼ばれた少女は恥ずかしそうにしながらもそのテーブルに着いた。そのあとも続々と名前が呼ばれていく。

 

「グレンジャー・ハーマイオニー!」

 

 ハーマイオニーは走るように椅子に座り、おずおずと帽子を被った。緊張しているようだ。大方スリザリンに行った時のことでも考えているのだろう。

 

「グリフィンドール!!!」

 

 そう叫ばれた瞬間、彼女は朗らかな笑顔になった。続々と呼ばれて人が減っていく中、ついにサルビアの番となる。

 

「リラータ・サルビア!」

 

 名前を呼ばれた彼女はゆっくりと組み分け帽子へと向かって行き、被った。

 

「ほう、ほうほう! またリラータの子だな。相も変わらず、才能もある、力もある。知識も誰よりもある。だが、その心には誰よりも苛烈な炎が燃えている。君の寮はすでに決まっておるーー」

「余計なことをいうなよ、この汚しい帽子が」

 

 声を下ろして帽子にだけ聞こえるようにいう。

 

「いいから黙って、私に従え。私はグリフィンドールに入る。ハリー・ポッターもだ。いいからそういうことにしろ」

「それを決めるのは君ではーー」

「あまり聞き分けがないようなら問答無用で消すわよ。舐めないでね、組み分け帽子。もしハリーと別の寮に入れてみなさい。お前がどこにいようとも探し出して消し炭にしてやるんだから」

 

 いいから黙って従えよ。圧倒的な意思の暴風に炎。燃え盛る炎に浮かぶのは逆さの磔だ。そこに組み分け帽子はくべられようとしている。そんな様を幻視した。それだけなくとも彼女は、従わなければ間違いなく帽子を消し炭にするだろう。

 恐れているわけではないが、率先して消し炭になる気も帽子にはない。本当ならばスリザリンにいれたいところではある。それが彼女が最も力を発揮する寮だからだ。だが、彼女は望んでグリフィンドールにいくという。ならば、それが彼女の道なのだろう。願わくば、彼女の道を正す誰かがいることを信じて。

 

「…………グリフィンドール!」

 

 帽子は判断を下した。

 それでいいのよとばかりに笑みを浮かべてグリフィンドールの席へと彼女は座る。

 

「よろしく」

「ええ、よろしくお願いします先輩」

 

 先輩と挨拶をかわしながら組み分けを見守る。

 

「アマカス・マサ――」

 

 その次も続々と呼ばれていきそして、

 

「ポッター・ハリー」

 

 メインイベントたるハリーの番。騒がしかった大広間の中も静まり返る。なにせ、生き残った男の子だからだ。

 有名人を自分たちの寮にと思うのは自然な事だろう。ハリーもまた緊張しながら帽子の椅子へと歩き、組み分け帽子を被った。

 

「ふ~む、難しい。才能もある。頭も悪くない。自分の力を発揮したと願っている」

「スリザリンは駄目、スリザリンは駄目」

「スリザリンは嫌か? 君は偉大になれる。スリザリンに行けばその道は必ず開かれるだろう」

「それでも、スリザリンは駄目。グリフィンドールが良い」

 

 そんな帽子とハリーのやり取りをサルビアは見ていた。そうよ。わかっているでしょう。組み分け帽子。

 

「…………ならば、グリフィンドール!」

 

 大歓声がグリフィンドールのテーブルから上がる。赤毛の双子なんかはポッターを取った!ポッターを取った! と叫んでいた。うるさい、人の耳元で叫ぶな塵が。

 しかし、これで第一関門はクリアだ。これで良い。もっとも安全なグリフィンドール。もっとも安牌に滑り込むことができた。

 

 ここからだ。ここから、全てが始まる。いや、終わらせるのだ。この死病(絶望)を。

 嗤う。ぎらりと瞳を誰からも隠してぎらつかせて嗤う。嗤う。嗤う。良いから、役に立て。私の役に立て。お前たちの価値なんてそれしかないだろうが。

 

 嗤う。嗤う。嗤う。少女は嗤う。必ず手に入れてやるぞ、そう己の心のうちにある誰もいない逆さの磔を燃やしながら。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 無事に組分けも終了し、校歌の斉唱が終わり、一番最後まで歌っていたウィーズリー兄弟が歌い終わり、いよいよ新入生の歓迎会へと移行した。

 数々の料理が空の皿やゴブレットに注がれ、お腹を空かせた生徒たちはそれをおいしそうに食べている。朗らかな空気。しかし――。

 

「…………」

 

 しかし、ダンブルドアは言い知れようのない不安を感じていた。怪しい空気とも言うべきだろうか。微かに感じる予感。

 ダンブルドアは見た目こそ陽気にしているが、その瞳は注意深く生徒たちを見渡していた。特に、新入生たち。ふと目が行くのはハリーの姿だ。

 

 元気そうに育っている。少しばかり痩せてはいるだろうが、ここにいればそれも改善されるだろう。きちんと入学してくれたことに対して嬉しく思う。

 今も、隣に座る少女と楽しそうに話をしている。サルビア・リラータ、と。

 

「…………」

 

 リラータ。その名に聞き覚えがないわけではない。むしろ、ヴォルデモートに続き最悪としてダンブルドアの中に刻まれている。

 ホグワーツ在学中から、あれは最悪であったと言える。スリザリンの中でも特に酷い人種であった。酷い選民思想。自己中心的。圧倒的な唯我。

 

 己こそが、最上として全てを道具と言ってはばからず、ダンブルドアとぶつかったことも一度や二度ではない。

 それでも才気あふれる男であったことにかわりはない。誰よりも才能にあふれ、もし正しい道を進んでいれば誰よりも素晴らしい魔法使いになっただろう。

 

 しかし、リラータという男は、魔法界を見限り、全てを見限り闇の陣営に付き、人体実験を行った。多くの魔法使い、魔女が犠牲になった。

 願わくば、あの少女がそんなことにならないことを祈る。今の彼に出来ることはそれくらいであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 寮に辿り着いた時、大半の新入生は興奮で眠れないか、疲れでさっさと眠るかの二択になる。ホグワーツという驚きな不思議な空間に入れば魔法族であろうともそうなるのは必然だ。マグル生まれなどは特にが顕著だ。

 誰も彼もが眠りについた。だからこそ、誰も気が付かない。サルビアがいないことに。先ほどまで談話室までついてきていたのは幻覚であることに誰一人として気が付いていなかった。

 

「時間もない、今日だけは、行けるはず」

 

 サルビアは一人図書館へと向かっていた。レプリカの透明マント、それに呪文を重ね掛けしたものだ。父親(失敗した屑)が持っていた者の中でも役に立つものの一つだ。それを頭からかぶってサルビアは校内を徘徊していた。

 既に頭の中に地図は入っている。先ほどの歓迎会でロン(塵屑)の兄というフレッドとジョージ(役に立つ屑たち)は実に有用な人材であることがわかった。この二人、悪戯に長けており、学校の抜け道をいくつも知っているのだ。

 

 図書館にこっそり行ける抜け道がないかと聞いたら、快く教えてくれた。綺麗な容姿にしておくものである。褒めながら微笑んでやればころっと教えてくれた。チョロイものだ。

 そういうわけで、彼女は今、抜け道を通って図書館に存在する閲覧禁止の棚へと向かっていた。無論、これは目的の為だ。

 

 賢者の石、ハリーの秘密。それがどうしようもなく失敗した場合。あるいは、意味を成さなかった場合。次の手段が必要になる。

 失敗してからでは遅い。先に調べておかなければならないのだ。まあ、既に色々と調べている為役に立つと思えないが仮にも閲覧禁止の棚だ。

 

 まさか、リラータの屋敷の闇の魔法図書館ともいえる書斎に劣るはずがないだろう。いつもならば警備も厚かろが、今は新学期初日。

 まさか、初日から問題を起こす生徒がいるとは思うまい。それも新入生が。

 

「ふぅ、遠い」

 

 しかし、少しばかり疲れた。抜け道から出て少し休む為にとある部屋に入る。そこにあったのは、鏡だった。みぞの鏡。そう書かれている。

 

「…………」

 

 そこに映ったのは――いや、何も映らなかった。みぞの鏡。それは見る者の心の奥底にある望みを映し出す。しかし、ここには何も映らない。

 ただ、変身術で作っている美しいと称される姿が映っていた。

 

「ただの鏡か」

 

 そう断じて、少しばかり休憩したサルビアは再び歩き出す。閲覧禁止の棚に至り、そこにある叡智へを手にする。

 朝まで帰って怪しまれないようにするギリギリの時間まで彼女は閲覧禁止の棚にある本を読み続けた。

 




組み分けでしたが如何でしたでしょう。組み分け帽子を脅してのグリフィンドール入りでした。彼女の逆さ磔には誰もいません。誰からもなにも奪っていない本当に身一つ。

みぞの鏡。彼女の願いは健常な自分なので、健常らしく偽装している姿が映った。ただそれだけです。切実ですね。

次回は授業風景をお送りいたします。
ではでは。


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第6話 授業

 サルビア・リラータは死にそうであった。ホグワーツの授業であるが正直舐めていた。いや、別に難易度の話ではない。

 正直な話、一年生で習う内容など寝ていてもサルビアは理解できるし、その程度の呪文ならば物心ついた時から使えている。

 

 そうでなければここまで生きて来られなかったのだから、仕方がない。そもそも、常時変身術を使っていたり使いたくもない上にまったくと言っていいほど役に立たない糞忌々しい治癒の呪文を定期的にかけているため魔法に対する理解も熟練度も新入生とは言えないレベルであるのだ。

 だから、問題はそれ以外にある。問題とは、すなわち、教室へ行くことだ。百を超える機能を持つとすら言われるホグワーツの階段はじっとしていない。

 

 面倒なことに奴らは行き先がしょっちゅう変わる。それを避けて目的の所に行くにはコツがいるが、慣れるまで大変だ。

 運動できないものは特に。サルビアなど走ってしまえば教室に入った時点で終了だ。授業中ずっと死にそうになっている。

 

 そんなわけだが、なんとか遅刻せずに彼女は優等生を演じていた。今はマクゴナガルが行う変身術の授業を受けている最中だ。

 サルビアによってハリーとロンは遅刻せずに済んだが、いきなり説教を受ける羽目になる。どちらかというと注意か。限りなく説教に近い注意だ。

 

「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険な物の一つです。いい加減な態度で授業を受ける者には出て行ってもらいますし、二度とこの教室には入れません。」

 

 彼女は注意を終えると目の前の机に魔法をかけ豚に変えてみせた。ハリーやロンに限らず、教室にいた生徒たちは全員感激し、自分も試したいとソワソワする。

 彼女は呪文を唱えさせる前に複雑なノートを採らせるようだ。黒板に向かい板書を始める。早く呪文を使ってみたい生徒たちはお預けをくらいながらもノートを取って行く。

 

 

 取らなければどうなるかは、先ほどの注意からもわかっているからだ。黒板を書き終え、それについて説明を終えた彼女は、一人一人にマッチ棒を配り始めた。

 マッチ棒を針に変えろと彼女は言う。それからマクゴナガルは呪文を生徒たちに教えて、自ら手本を見せる。そして、さあ、やってみなさい、と実技の時間となった。

 

 しかし、実技が始まってから数十分。誰も成功の声をあげない。生徒たちはこの変身術の授業が実はかなり難しいということを悟り始めた。

 

「どうやったら出来るんだろう」

 

 ハリーが愚痴るように呟く。彼は呪文をかけたが、マッチ棒は一ミリたりとも変化しない。

 

「イメージするのよ。マッチ棒を良く見て、針を良くイメージするの。こうよ」

 

 ハリーの前で呪文を唱える。すると、マッチ棒はみるみるうちに鋭い針へと変化した。

 

「おみごとです、ミス・リラータ。グリフィンドールに10点。さあ、みなさんもミス・リラータを見習って頑張ってください」

 

 いつの間にか背後に立っていたマクゴナガルは朗らかな笑顔でサルビアを褒めた。変身術は得意だ。常日頃から使っているからこの程度出来て当たり前だ。だが、褒められて悪い気分ではないし、印象は良かろう。

 結果、この授業で少しでも変化させられたのは、完璧に変化させたサルビアを除いてハーマイオニーだけだった。

 

 そんな風に日常は過ぎていく。城の尖塔の上で授業があったと思えば次は地下牢であったり。まったく程度の低い興味もない授業を受け、更に移動で死にそうなサルビアであった。

 スリザリンとの合同授業だが、どうってことはない。嫌味なマルフォイの言葉など馬耳東風。そんな塵屑の言葉など聞く価値はない。

 

 今、興味があるのは魔法薬学教諭の話だ。

 

「素質ある者には伝授しよう。人の心を操り、感覚を惑わせる技を。名声を瓶の中に詰め、栄光を醸造し、死にすら蓋をする、そういう技を」

 

 死に蓋をする。そういう技をこの教諭は教えてくれるのだという。果然やる気が出てきたと言わざるを得ない。だから、サルビアは隣でノートを取っているハリーに向かいそうなスネイプが気が付くように手を挙げた。

 多少驚いたようだが、

 

「何かな?」

 

 スネイプは無視することはなかった。

 

「本当に、教えていただけるのですか。死に蓋をする術を」

「本当だとも。君は……リラータだったかね。君に素質があるならば。知りたいのかね?」

「ぜひとも」

「ふむ……ならば今ここで、君の素質を見てやろう。隣に座っている、力を持っているから授業を聞かなくとも良いと思っている自信過剰な者にもな」

 

 ハーマイオニーに小突かれたハリーは自分もまきこまれたことに気が付いたようだ。

 

「ミスター・ポッター。その名も高きミスター・ポッター。さて、リラータもだ。アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

「…………わかりません」

 

 ハリーは即座に断念。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じると生ける屍の水薬と呼ばれる強力な眠り薬になります。スネイプ先生。ただ、それだけではなく刻んだカノコソウの根、催眠豆の汁を加える必要があります」

 

 サルビアは答えてみせた。この程度ならば知っている。強力な眠り薬。活用しない手がないだろうが。その材料どころか、作り方も、利用の仕方も全部頭に入っている。

 

「ふむ。リラータはきちんと予習をしているようだ。しかし、ポッター。どうやら、有名なだけではどうにもならんらしい。

 では、ベゾアール石を見つけて来いと言われたらどこを探す」

「…………わかりません」

「山羊の胃の中です。ほとんどの薬の解毒薬になります」

 

 ベゾアール石もまた、良く探したものだ。ほとんどの薬の解毒薬になるということは、毒に対して聞くという事だ。

 その解毒作用を使い死病に対して対抗してみようとしたことがあった。そのために、山羊を数百は殺してベアゾール石を集めたものだ。

 

 結果は見てのとおり意味を成さなかったが、切り裂きの呪文と引き寄せの呪文の練習にはなった。

 

「ポッター、隣の友人を見習ったならどうだね。まったく。では、モンクスフードとウルフスペーンとの違いはなんだね?」

「…………わかりません」

「どちらも同じ植物で、トリカブトのことです。その塊根を乾燥させたものは漢方薬や毒として用いられます」

 

 これも使った。漢方薬としてどれほどの量を飲み干してきただろうか。辺り一面に咲いていたトリカブトが消えるくらいか。

 それだけ飲んでも効果はなかった。むしろ飲み過ぎで胃が破裂した思い出がある。食道は破れ、腸は捻じれたか。あの頃はまだ物心付いたころだった。懐かしい思い出だ。消え失せろ。

 

「良く予習をしているようで何よりだ。さて、リラータ。君に免じてグリフィンドールに1点やろう。しかし、ポッター、君はまったくダメだな。グリフィンドールは2点減点だ。

 教えてやろうポッター。アスフォルデルとニガヨモギを合わせると、ミス・リラータが言った通り強力な眠り薬となる。余りに強力なため『生きる屍の水薬』と言われているほどだ。ベゾアール石も彼女が言った通り山羊の胃を探せば見つかる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、トリカブトの別名でもある。毒にもなれば薬にもなる。

 さて、諸君、何故いま言ったことを全てノートに書き取らんのだ?」

 

 一斉に羽ペンを取り出す音と羊皮紙を取り出す音がした。減点されたことなど気にする暇などなく、覚えている限りノートに書きとって行く。

 その後、スネイプは生徒を二人組にわけておできを治す簡単な薬の調合をさせた。サルビアはハーマイオニーと組み、ハリーはロンと組んでいた。

 

 無論、サルビアと優秀なハーマイオニーのペアが失敗することはなかったが、やはり褒められることはなかった。気にするまでもない。

 ネビルが酷く失敗して酷いことになったが、それも気にすることはない。グリフィンドールが幾ら減点されようともサルビアには興味の対象外だ。

 

 それよりも気になるのは、

 

「先生、それで私の素質はどうでしょうか。是非とも先生の秘術を伝授してもらいたいのです」

 

 授業終わり、スネイプの下へ向かう。

 

「他の生徒よりは見どころがあるが、その程度だ。……諦め給え」

「……そうですか」

 

 ふん、言っているが良い。ならば超優秀なところを見せ続けてやる。良いから役に立てよ。お前の秘術を私に寄越せ。

 

 そして、授業のない金曜日の午後。郵便によってネビルに思い出し玉が送られてきたりシェーマスが爆発したりしたが平和だった。

 日刊預言者新聞でグリンゴッツに強盗が入ったことが報道されたが、ハリーとサルビアは713番金庫は既に空になっていたことを話した。

 

 そう賢者の石だ。賢者の石を狙う者がいたわけだ。サルビアはそんなことを考えていた。少なくともここに移された事実は知らなかったようである。

 

「何が入れられてたんだろう」

「さあ、そんなことより課題をしないとね、ハリー」

「うぅ」

 

 そう言いながらハリーの好感度を稼ぐため今日も今日とて勉強を教えるサルビアなのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 次の週の木曜の朝、待ちに待った飛行訓練である。サルビアは死にそうな顔をしていたがハリーはとても楽しみであった。

 二十本の箒が地面に整然と並べられており、マダム・フーチの指示で、みんな箒の横に立つ。

 

「そして、こういうのです。上がれ」

 

 右手を箒の上に出して、上がれと唱える。たったの一度でハリーの手の中に箒が収まった。あのハーマイオニーですら苦戦している。

 ロンなんて箒が頭にぶつかったほどだ。少し笑ってしまった。

 

「上がれ」

 

 やる気なさそうに唱えるサルビアも箒が浮き上がる。

 

「皆箒を持ったわね、そしたら、またがりなさい。笛で合図したら全員で地面を蹴り浮き上がりなさい。しばらく浮いて、前かがみになって降りて来なさい。良いですね」

 

 全員が箒を手にできたところで、箒にまたがり、マダム・フーチが笛を吹いた。まず浮き上がったのはあのネビルだった。

 しかし、制御できていない。ハリーの心配、そんままに彼はどこかへ飛んで行き、城壁にぶつかって挙句、像に引っかかり落っこちてきた。

 

「ああ、手首が折れてる。大丈夫よ、しっかりしないさい。医務室に行きましょう。他のみなさんは地面に足を付けて待ってなさい! もし飛ぼうものなら、クィディッチのクを言う前にホグワーツから出て行ってもらいますよ」

 

 そう言ってマダム・フーチはネビルを連れて医務室へと向かって行った。

 

「見たかあの顔。思い出し玉があれば、綺麗な落ち方を思い出すさ」

 

 それを機会とばかりにマルフォイがネビルが落とした思い出し玉を拾い、馬鹿にする。

 

「それを返せよマルフォイ!」

 

 ハリーはそれが許せなくて突っかかるが、相手の思うつぼだ。

 

「嫌だね、ロングボトム自身に探させる……屋根に置こうか」

 

 そう言って彼は箒にのって浮き上がって行った。ハリーは迷うことなく箒にまたがる。それをハーマイオニーが止める。

 

「飛んじゃダメ! 先生に言われたでしょう。退学になるわよ! それに、飛び方も知らないのに!」

「…………」

 

 それでもハリーは飛ぶつもりだった。マルフォイにネビルが馬鹿にされたのだ。友達が馬鹿にされて黙っていられるほどお人好しではない。

 

「やめなさい。先生が戻ってくれば、彼は退学になるだけよ。あなたまでその危険を犯す必要はないわ」

 

 サルビアも止めてくる。それはそうなのだろう。それでも、

 

「…………」

 

 ハリーは飛んだ。

 

「なんて、馬鹿なの」

「…………」

 

 二人が後ろでそんなことを言っていたが、ハリーは聞き流し、

 

「それを返さないと箒から叩き落とすぞマルフォイ!」

 

 マルフォイと並びそう宣言する。マルフォイはそれを嘲笑うように思い出し玉を見せつけてくる。

 

「嫌だね」

 

 宣言通り叩き落とそうとするが、躱される。

 

「取れるもんならとってみろ!」

 

 そして、思い出し玉を全力で投げた。

 

「――!」

 

 即座に反応してハリーはそれを追った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「おいおいおいおい!」

 

 何をやっているんだあの馬鹿は! サルビアは、思わず声をあげてしまうほど気が気ではなかった。あれでハリーが死んでみろ計画が台無しだぞ。

 だというのに、あの馬鹿は箒に乗ってダイブを敢行しやがった。良いだろうが、思い出し玉程度。あんなものに命を賭ける理由がどこにある。

 

 だが、ハリーは更にスピードを上げる。馬鹿のように凄まじい速度のままダイブを敢行し、ぶつかる直前にキャッチして見せたのだ。

 歓声を上げるグリフィンドールたち。まずはロンが一番に降りてくるハリーへと向かって行った。あのハーマイオニーですら。

 

 サルビアは動かなかった。その後、マクゴナガルがやってきて、ハリーを連れて行ってもサルビアは動かなかった。

 ハリーが退学にならずグリフィンドールのシーカーになったと聞いた時ですら彼女は、何も言わなかった――。

 

 




授業風景をお送りいたしました。ハリー視点が少なくて少し悲しい。

サルビアの得意科目変身術。常時変身してるのだから当たり前ですね。

しかし、それ以上に大変なのは授業の教室への移動。体力がない。病弱薄幸美少女であるサルビアちゃんには移動教室だけで大変です。

しかし、逆十字ということを知らなければとことんハリーを心配するただの美少女ですねサルビアちゃん笑。

次回は、ハロウィーンです。

そして、賢者の石最終局面を構想しました。ダンブルドアに殺意が湧きました。



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第7話 ハロウィーン

「さて、じゃあ、そろそろ行きましょうか」

 

 サルビアがいたのは、3階の右側の扉だった。そう入るなと言われた場所だ。毎日、探りを入れていたが今日からは本格的に行動を開始する。

 そうしなければハリーがいつか絶対に無茶やって死ぬか退学してしまうだろうからだ。まったく役に立たない屑どころか足すら引っ張ってくる。

 

 これでは何のためにグリフィンドールに入ったかわからないではないか。何のために付き合いたくもない連中と付き合い、友達ごっこを演じていると思っている。

 全ては賢者の石の為。生きる為だ。道具に足を引っ張られるなど馬鹿すぎる。だが、予想以上に馬鹿なハリー以外に適役がいない。

 

 無駄な正義感があることもあの飛行訓練の一件で分かった。賢者の石を狙う奴もいるとわかればあとはそこから煽って行けばいい。

 だが、確実な保証がいる必ず成功する。そんなものが。だからこそ調査は欠かさない。この扉の奥にいるもの。それは三頭犬だ。つまりはケルベロス。その脚の下に扉がある。

 

 まったく合理的だ。ケルベロスほど守りに適した動物もいないだろう。大方魔法動物に詳しい奴が連れてきたのだ。

 しかし、弱点がないわけがないはずだ。それをサルビアは探っている。透明マントの下でサルビアはこっそりと移動していた。

 

「――!」

 

 その時、足音と話し声が聞こえてきた。生徒だ。

 

「誰よ、こんな時に――!?」

 

 やって来た生徒を見て、サルビアは背筋が凍る思いだった。そこにいたのはハリーたちだ。なぜ、こんなところにきた。死にたいのか。

 しかも、フィルチの猫までいる。三人は駆けだした。おいまて、馬鹿が! 思うが止めることが出来ず三人はそのまま奥の扉に入って行ってしまう。

 

 つまり、そこには三頭犬がいる。出ていくわけにはいかない。それではここにいた理由を説明しなければならなくなる。

 では、どうする。どうしようもないじゃないか。ふざけるな。フィルチがやってきて猫を連れて行ったがサルビアは動けない。

 

「くそ!」

 

 そんな心配を他所に三人は無事に戻ってきた。一安心だ。だが、ふざけるなよというイライラだけが残った。

 

「くそ、くそくそくそ! 屑が! 私の邪魔をするなよ塵がァ――」

 

 力任せに石像を叩く。

 

「――痛い」

 

 涙目になりながら、とぼとぼと寮へと戻るサルビアであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「サルビア」

「…………」

「あの」

「…………」

 

 どうやらサルビアは怒っているらしい。飛行訓練から機嫌がわるかったが、どうにも昨日からまったく返事すらしてくれない。

 ハリーにはサルビアが怒っている理由がわからなかった。昨日は何かあっただろうか。思い返してみるが、三頭犬に出会った以外に特に何もない。

 

 ロンに聞いてもわからないというし、仕方がないのでフリットウィック先生の授業のあとに少しだけこじれてしまったハーマイオニーとの関係を修復し、女の子である彼女にも相談してみた。

 怒っていたり泣いていたのかもしれないが、それでも流石に罪悪感を感じていたので謝れば許してくれた。そして、流石は優等生。答えは直ぐに返ってきた。

 

「それは、あなたが無茶をしたからじゃないかしら」

「無茶?」

「無茶だって? 一体なんだよ。ハリーは無茶なんてしてないだろ?」

「はあ、本当男の子って」

 

 ハリーとロンの言うことに心底呆れたといわんばかりのハーマイオニー。それから、あなたたちでもわかるように教えてあげる、と少し偉そうに前置きしてから話始めた。

 

「良い? 普通の人は――例えばそうね、車って、わかるわよね?」

「うん」

 

 ハリーは魔法族だが、マグルの世界で生きてきたのだ。もちろんわかる。

 

「あれだろ空飛ぶ奴」

「え、なにそれ」

 

 ロンは何やら車を空飛ぶ奴と思っているらしい。

 

「うちにある車は空飛ぶよ?」

「それは多分君だけじゃないかな」

「……続き話していいかしら?」

 

 どうぞどうぞ。

 

「車で例えるけど、あなた、乗り方わかる?」

「ううん」

 

 未成年だ。わかるはずがない。バーノン叔父さんが運転しているのは見たことがあるが、それで運転ができるはずもないだろう。

 

「つまり、そういうことよ」

「?」

 

 どういうことだ? ハリーにはとんと理解できない。ロンも同じようだった。またハーマイオニーは溜め息をつく。

 

「良いこと? 運転の仕方がわからないのに、車に乗る馬鹿はいない。箒も同じよ」

「でも、出来ると思ったんだ」

「そうね。実際、あなたは巧く飛べたわ。でも、それは結果論よ。普通は、危ないと思うし馬鹿だと思うわ」

「えっと?」

 

 女の子の気持ちと言うものにとんと疎いハリーとロンはその手の機微がまったくわからない。ダメだ、こいつら。そう思いながら、乗りかかった船である。

 ハーマイオニーは思う。このままあの儚い友人が怒ったままというのは目覚めも悪い。なにせ、ベッドが隣だ。不機嫌な顔を見て目覚めるというのは目覚めが悪すぎる。

 

 だから、ハーマイオニーはお節介を焼くことにした。どうやらこの二人は相当の馬鹿のようだから、言ってやる方が良いのだ。

 

「良いこと? サルビアの気持ちはわからないけれど、少なくともあなたを心配しているわ。あなたがあんな無茶をやって、それを自覚していないこと。それが問題なの。私だって怒るわ」

「…………」

 

 そうなのか。ハリーにはいまいちピンとこなかったが、ハーマイオニーがいうのならそうなのだろう。

 

「わかったよ。今度謝ってみる。もう無茶はしないって」

「ええ、そうした方が良いわ。そうじゃないといくつ命が合っても足りないもの。それじゃあ、寮に戻りましょうか」

 

 ハーマイオニーの言葉にうなずいて三人は寮へと戻るのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ハリーはサルビアに謝れずに時はハロウィーン。大広間は派手に飾り付けられ、いくつものジャック・オー・ランタンが広間を照らし、テーブルの上にはカボチャを贅沢に使った料理がズラリと並んでいた。

 楽しい日なのだろう。楽しいはずのパーティー。だが、そこにサルビアの姿はなかった。

 

「サルビアはどこに行ったんだろう?」

「そう言えば、トイレに行くって言ってから見てないわ」

「なにしてるんだろう? 早く戻ってこないと勿体無いのに」

 

 ロンは口いっぱいにお菓子を頬張りながらいう。確かにそうだ。普通にトイレだとしても長すぎる。何かあったのだろうか。そう思っていると、突然、大広間にクィレルが飛び込んできた。普段から歪みつつあるターバンは更に歪み、いつも青い顔はさらに濃い青一色だ。

 彼はふらふらと今にも倒れそうな状態でダンブルドアの席の前まで行くと、震えた声で告げる。

 

「トロールが……地下室に……! お、お知らせしようと……」

 

 まさに面倒事、混乱の種だけを残して無責任極まりないクィレルはガックリと気を失った。当然、残された生徒達は大混乱だ。

 ハリーですら、教科書を読んでトロールの危険性を知っているし、周りの連中の騒ぎ様を見て大変なことだとわかって騒ぐ。

 

「静まれ!」

 

 それをダンブルドアの一喝が鎮める。

 

「監督生は生徒たちを寮へ。先生方は私と地下室へ」

 

 その言葉で落ち着きを取り戻した監督生たちが、生徒たちを寮へと誘導し始める。ハリーたちも従おうとしたが、

 

「ハリー! サルビアはこのことを知らないよ!」

 

 ロンがそう叫ぶ。そうだ、彼女はこのことを知らない。

 

「助けに行こう!」

「そうこなくっちゃ!」

「ダメよ二人とも! ダンブルドア校長先生も言ってたでしょ。危険よ!」

「知らせにいくだけさ。な、ハリー」

「ああ、知らせにいくだけだし。トロールにあったら逃げるよ」

「早く行こうぜ!」

 

 ロンはもう走り出している。ハリーもまたそれを追った。

 

「ああ、もう!」

 

 そんな話を聞かされて黙っているわけにはいかないハーマイオニーもまた二人のあとを追うのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 サルビアはその頃、誰もこない女子トイレで鍋をかき回していた。その中にある液体は銀色をしている。どろりとした粘性。それはおそらくは血液であった。

 ユニコーンの血液。禁じられた森でユニコーンに会い、手に入れたものだ。それを煮詰め、その効能をはるかに高めるべく調合を行っていた。ユニコーンの血を飲めば、たとえ死の淵にいてもその命は長らえさせてくれる。

 

 その代わりに永遠の苦痛を味わうだとか、呪われるだとか言われているが、知ったことか。そんなことどうでもいい。重要なのは生き永らえられること。

 瀕死だろうがなんだろうが、命をつなげることができることだ。サルビアはここに来て、日に日に身体が動かなくなってきているのを自覚している。身体のどこかが腐っていく音が前よりも酷く響いてきている。

 

 時間がないのだろう。もはや痛みなどは痛すぎて、痛みがないような状態にすら感じている。身体は思い通りに動かなくなっているし時には目も霞む、耳すら聞こえなくなることもある。ひどい時には左腕が完全に動かない時すらもあるのだ。変身術で誤魔化していてこれなのだ。

 本当に時間がない。ここに来てこうなるということは、限界ということなのだろう。早く賢者の石を手に入れなければならない。そのために、ハリーを煽る必要がある。だが、もうひと押しが足りない。何かもう一つ、事件が起きれば。

 

 彼もハグリッドがグリンゴッツから何かを取り出したことについて知っている。あの部屋に怪物がいることも、何かを守っていることも知っている。あと一押し。それが賢者の石であることを教えて、誰かが奪おうとしていることを確信させる。そんな何かがあれば、楽にことが運ぶ。

 なければ自分でやる。そのためにも、力をつける必要がある。万全な力。ゆえに、ユニコーンの血を飲むのだ。煮詰めて濃縮した銀色の液体をサルビアは飲み干す。糞マズイ上に、気分が悪くなった。

 

 効果は劇的とは言えないが、身体は動く。目も見える、耳も聞こえる。全身を苦痛が苛むが今更その程度気にするほどでもない。

 あと少し。賢者の石を手にいれるだけの時間は生きながらえることができるはずだ。証拠を残さないように道具を隠して、サルビアはトイレを出た。そこで見たのは、

 

「トロール?」

 

 トロールだった。なぜこんなところにいるのか。まったくこの学校の警備はどうなっているのか。まあいい、丁度いい。

 

「ねえ、あなた、私の役に立ってよ。――クルーシオ!」

 

 私の苦しみを受けてろよとでも、言わんばかりに放たれた呪文。トロールにぶち当たったそれ。効果は劇的だった。あのトロールが悲鳴をあげるほどに。

 

「はははははははっ! いい気味ね。クルーシオ! クルーシオ! そろそろ良いかな。インペリオ!」

 

 そして、服従させる。

 

「ねえ、あなた、あの三階の右側の廊下の扉の奥に突撃しなさい。立ちふさがるものは全部、殺していいわ」

 

 トロールは走って三階の右側の廊下へと走って行った。生徒は寮に戻っている。出会うのは先生くらいだろう。少しでも殺してくれればやりやすくなる。

 これでもしあの扉に突入して三頭犬に被害でも与えてくれれば万々歳だ。そうした事実が伝わればハリーはどう思うだろう。

 

「ふふふ――あはははは! いいぞ。これで、状況は整った。あとはハリーをたきつけるだけ」

 

 だが、焦ってはならない。タイミングが重要だ。ダンブルドアが学校にいる時にやっても意味がない。やるならば、彼が学校にいない時だ。

 計画を練ろう。そう思った時、悲鳴が聞こえてきた。三人分の悲鳴。ああ、嫌な予感がする。そう思ってその声のほうに行けば案の定だ。ハリー一行のご到着だ。タイミング悪すぎるだろ屑どもが。

 

 とりあえず、服従の呪文は解除だ解除。命令してどこか別の場所に行かせるのが楽だが、それではハリーたちにバレるし怪しまれる。

 だから、いつもの阿保トロールに戻れ。まあ、戻ったところで目の前にいる三人組が襲われるのは確定なのだが。まあ、服従中は無視されていたクルーシオのダメージがあるので多少はふらふらなのが幸いか。

 

「どこまでも手間をかけさせてくれる屑どもめ」

 

 邪魔しかしない塵屑どもに忌々しげにしていると。

 

「いた! サルビアだよ! 無事だ!」

 

 目ざとくサルビアを見つけたロンが声を上げた。こっそりと舌打ちするが、もう遅い。ハリーたちにもばれてしまった。仕方がない。

 

「とりあえず、エクスペリアームズ」

 

 やる気なさげにとりあえず武装解除の呪文でトロールの棍棒を吹き飛ばしてしまう。これで危険度は下がった。その間にハリーたちがサルビアの下へ走ってきて合流。

 棍棒が飛んでいったことよりサルビアが無事だったことを喜ぶハリーとロン。本当、チョロい。

 

「サルビア! よかったよ」

「助けに来たんだよ!」

 

 ロンが何やらドヤ顔でそう言う。なに? 恩にきせたいの? 死ねよ塵屑。そんな本音がつい口から出そうになったが、

 

「ありがとう」

 

 寸前で押し込めてしおらしく可愛らしく、庇護欲をそそるようにお礼を言ってやった。お前にはこれが一番、効くだろ。ちらちらこっちを意識しているのは見え見えなんだよ。

 

「い、いやぁ」

 

 照れってれなロン。馬鹿が。

 

「ちょっと! 今の状況分かってるの! 逃げないと」

 

 とハーマイオニーが言うのと同時に、トロールが殴りかかって来た。わざわざ棍棒を拾って戻って来るとは律儀な奴め。話している間に攻撃されないわけだ。

 

「そうだね」

 

 ハリーが同意するが、

 

「逃げるって、この先女子トイレしかないわよ」

 

 サルビアの方に駆け寄った為、後ろは女子トイレしかない。とりあえず、そちらへ逃げるが、

 

「ああ、マズイ」

 

 トロールはしっかり追ってくる。ロンは顔を青くしている。

 

「ああ、もう仕方ないわね! スポンジファイ!」

 

 ハーマイオニーが仕方ないわね! とばかりに呪文を唱える。衰えの呪文。直撃したトロールは筋力が衰え振り上げた棍棒を取り落としてしまう。

 

「ワー! さっすがハーマイオニー!」

「あなたって、本当――はあ」

 

 調子の良いロンは授業でハーマイオニーを馬鹿にしたことをすっかり棚上げにして彼女を盛大にほめたたえる。謝ったとはいえど、本当に調子が良い奴だ。

 

「まだだ!」

 

 幾ら衰えたとはいえトロールだ。馬鹿なのである。自分をこんなにした相手、先ほど苦しみを与えた相手。その二人に対する攻撃意識は未だに健在だ。と言うより衰えたことが認識できないのかもしれない。

 ともかくとして、狙われるハーマイオニーとサルビア。

 

「サルビア!」

 

 その前に立ちふさがるように立つハリー。何自分から危険に飛び込んでるんだ。死んだらどうする。計画が台無しになるだろうがこの馬鹿が!

 

「フリペンド!」

 

 彼が使える唯一の攻撃呪文。壺くらいは破壊できる威力のそれであるが、現在スポンジファイによってトロールは衰えている。その程度の威力であっても吹っ飛ばせるくらいには。

 大きな音を立ててトロール。それでもまだ動いている。ほとんど動けていないが動こうとしてる。気絶しないとは流石はトロールと言うべきだろう。

 

「ど、どうしよう!」

 

 ロンが慌てる。今のうちに逃げようにも廊下を塞ぐように倒れてしまったトロールをまたいでいくことなどできない。

 

「あれを使ってみたら」

 

 サルビアはロンに棍棒を指さす。

 

「習ったでしょ?」

 

 物を浮かせるあれ。

 

「そ、そうか! ウィンガーディアム・レビオーサ!」

 

 ロンの呪文によって見事棍棒は持ち上がり、すぐに落っこちた。良い感じにトロールの頭に。トロールは動かなくなった。

 ようやく終わった。はあ、つかれた。計画もおじゃんである。それと同時にマクゴナガル先生たちがやってくる。遅いぞノロマ共め。

 

 その後、マクゴナガルにサルビアの猫かぶりによる演技でどうにかこうにか、減点を免れてみたり加点をもらったりして寮に戻った。その日以来、四人は共に危機を乗り越えた仲間として友情が深まり親友と呼べる間柄になっていった。

 




ハロウィーンの話でしたが、いかがでしたでしょうか。

ハリーとロン。女の子について相談できるのがハーマイオニーだけだったでさっさと仲直りしたために、サルビアがトロールに襲われる羽目に。
まあ、まったく問題なかったですけど。

次回はクィディッチでのお話
ではまた。


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第8話 クィディッチ

 トロール騒動が収束すると、校内はクィディッチシーズン真っ盛り。皆が皆、グリフィンドールとスリザリンの今期初試合を楽しみにしていた。サルビア以外は。

 

(はあ、なんであんな野蛮かつ危険極まりない試合なんてやりたがるんだろう。馬っ鹿じゃないの? それともマゾなの? 理解に苦しむわ)

 

 スポーツなど糞食らえ。とくに命の危険があるスポーツなど滅べ。そんな風に思っていても、興味津々な屑どもに合わせなければいけない。ハリーたちとはそれなりの付き合いでこの前のトロール騒ぎでより一層仲良くなった。計画通りだが忌々しい。

 また、なにやらもう無茶はしないよとかハリーが謝ってきた。なんのことだろう。身に覚えがなさすぎる。それよりもここからどうたきつけるかだ。

 

 そんなことを三人といながらサルビアは考えていた。四人でいることが半ば当たり前と化しているため、そばには三人組がいる。ハリーは来る試合の為にクィディッチ今昔を読みふけっているし、ロンとハーマイオニーも今更不安になっているバカを励ましていた。

 

(それはいいのよ。ええ、まったく。問題はなんで、こんな寒い中庭でやるのかってことよ。良いじゃない。談話室で。あったかい暖炉の前で。寒い、死ぬ。風邪ひいたら、貴様ら呪い殺してやる)

 

 ローブのうえに更に色々と重ね着しまくって手袋に帽子もしているというのにまったく暖かくならない。寒い。寒さは敵だ。寒くなると病が酷くなる。体の節々が痛む。

 いつもはまったく感じないくせに寒さだけ敏感に感じさせるわいた自分の脳みそが憎らしかった。

 

 そんな恨みつらみを呪詛の如く内心で吐き出しているとスネイプが通り掛かった。片足を引き摺っているのを見て、サルビアは眉をひそめる。観察したところ、何かの咬み傷だ。自然にできたものではない。

 ましてやあのスネイプである。何かの間違いで怪我をするなど考えられない。これでも教員のことはホグワーツに来てからも調べていたのだ。なにが得意なのかを徹底的に調べ尽くした。

 

 だから、スネイプが怪我を負っているのは怪しい。何かある。咬み傷。情報の中で連想されるのはあの三頭犬だ。もしかして、賢者の石を狙っているのはスネイプか。まあ、どうでもいい。

 どうせならこいつに囮にでもなってもらおう。ハリーはスネイプを快く思っていない。ならば、その心理を利用してスネイプが賢者の石を狙っている。そんな風に言えば、容易く守りにいくだろう。

 

 そんなことをサルビアが考えていることなどスネイプは気が付かず、ハリーの持っているクィディッチ今昔という本に目を留めた。

 

「ポッター、図書館の本は校外に持ち出してはならん。よこしなさい。グリフィンドール5点減点」

 

 あからさまな理不尽である。そんな規則はあっただろうか。まあいい、好都合だ。ハリーなどは騒いでいるので同意してやるが、それ以上はしない。

 とりかえすと息巻いている。勝手にしろ。私は忙しい。それより、早く中にはいろう。寒い。早く、早く。

 

 ようやく戻る気になった三人と談話室に戻る。そして、談話室の暖炉の前のあったかい場所をサルビアは独占しつつ、宿題をやっているロンとハーマイオニーと共にさっき飛び出していったハリーが職員室から戻って来るのを待っていた。サルビアはとっくの昔に宿題なんてものは終わらせているので問題はない。

 問題と言えばハリーだ。あの屑はスネイプから本を取り戻しにいったのだ。なぜ、あのバカは減点されに行くのだろうか。バカなのか。ああ、屑には変わりないか。

 そうこうしている内にハリーは戻って来た。

 

「大変だよ!」

 

 血相変えているところを見るとなにやら大変な話を聞いたらしい。ハリーは職員室で起きた事を話した。なにやらスネイプが三頭犬が守っているものを狙っているという。でかしたぞ屑!

 ハリーとロンはスネイプが三頭犬の守っているものを狙っているのだと結論づける。いいぞ。真実はともかく、疑ってくれるならば万々歳だ。手間が省ける。

 

 ハーマイオニーは仮にも教師であるスネイプが、そんなことをする筈はないと懐疑的だが、知ったことか。真実などどうでもいい。ハリーがどう感じるかだ。

 

 ハリーも、スネイプも役に立てよ。お前たちの価値などそれ以外にあるはずがないだろうが。それより暖炉の前あったかい。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そんなこんなでクィディッチの試合当日。前に送られてきたニンバス2000を手に緊張した面持ちでハリーは飛んでいる。サルビアたちも応援のために競技場へやってきたのだが、ロンが盛大に遅れたために空いている席がない。

 忌々しげにサルビアはロンを睨んでいるが、ロンは気がつかずハリーの応援に必死だ。死ねよ。更にハグリッドまでいる。狭い。どっかいけよ。なぜわざわざ詰まっている場所に入って来るんだ糞が。

 

 ホイッスルと共に試合が開始される。サルビアは寝ることにした。どうせ誰も見ていない。隣のロンやハーマイオニーも興味もなく疲れるので、目を閉じて眠っているとなにやら騒がしい。点を入れた時も騒がしいがそんなことじゃない。

 

「どうしたの?」

「スネイプよ! 箒に呪文をかけてる!」

 

 なにそれ? どういうこと? と受け取った双眼鏡で見て見ると確かにスネイプは呪文をかけているようだった。しかし、あのスネイプがこんな大観衆の前でそんなことをするだろうか。

 あのスネイプならば誰にも気がつかれずにやるに違いない。まあいいか。真実などどうでもいい。これでハーマイオニーもスネイプを疑ってくれるだろう。

 

「本当ね。呪文をかけてる」

「どうすればいいんだ!」

 

 騒がないでよ(ロン)、うるさい。役立たずは黙ってろ。黙れないなら死ね。時間の無駄だ。

 

「私に任せて!」

 

 さすが優秀な屑だ。私が何かせずともどうにかしてくれるらしい。いいぞ、役に立て。

 ハーマイオニーはスネイプの背後に回り、そのローブに火をつけた。そのおかげで、その周りにいた数人が驚いて倒れて、結果としてハリーは箒のコントロールを取り戻し急降下を始めた。

 

 どうやらスニッチを見つけたようだ。そして、箒から落ちる。なにやら苦しそうだ、と思ったら口でキャッチしたらしい。そのおかげでグリフィンドールは勝利。大歓声だ。スリザリンからはブーイングの嵐だが。

 その後、ハグリッドの家で祝勝会を兼ねて、スネイプが箒に呪文をかけていたことをハリーたちは話していた。

 

「バカな。何でスネイプがハリーの箒に魔法なんかかけるなくちゃならない。有り得ない有り得ない」

 

 ハグリッドは懐疑的だ。黙れよ。

 

「知らないけど、ハロウィーンの時に頭が3つある犬に近づいた」

「なぜ、フラッフィーを知ってる?」

「フラッフィー」

「あの犬に名前があるの?」

 

 ほう、つまりあの犬は貴様のか。まあいい。あの犬の弱点を知るやつがこんな間抜けであったのは僥倖だ。この手の輩はなんの気なしに弱点をばらすに決まっている。

 この男はそういう男だ。好きな物、欲しい物で懐柔して更に酔わせておけばばらすに決まってる。いいぞ、愚図は嫌いだが、役に立つ間抜けは嫌いではない。

 

「あるともさ。俺の犬だ。去年パブであったアイルランド人から買った。ダンブルドアに貸して学校の――」

「何?」

「――おっと、いけねぇ。これ以上聞かんでくれ。なんにも聞くな。重大な秘密なんだ」

 

 チッ、口は滑らせないか。デカブツのくせに。そこまで喋ったのなら喋れよ屑が。

 

「でも、ハグリッド。フラッフィーが守ってるものをスネイプが狙ってるんだよ?」

「バカ言え。スネイプ教授はホグワーツの先生だぞ」

「先生だろうとなんだろうと、呪文をかけてれば一目でわかるわ。本で読んだもの。目を逸らしちゃいけないの。スネイプは瞬きもしなかったわ」

「私も見たわ」

 

 いいぞ、スネイプ、貴様は役に立っているぞ。

 

「いいか、よく聞け、四人とも。関わっちゃいかん事に首をつっこんどる。危険だ。あの犬と先生方が守っている物に関われるのは、ダンブルドアとニコラス・フラメルだけだ」

 

 口を滑らせたなバカめ!

 サルビアはハグリッドの言葉に瞳を輝かせる。この塵屑馬鹿はいま、言ってはいけないことを言ってしまった。絶好の餌をハリーに与えてしまったのだ。

 

「ニコラス・フラメル?」

「あぁ、しまった。口が滑ってしまった。言うてはいかんかったな。もう帰ってくれ。頼む。俺がこれ以上なにも言わないうちに」

 

 そう言ってハグリッドに追い出されてしまう。ハリーたちは納得のいかない顔だったが、サルビアは満面の笑顔だった。邪魔なだけの大男が役に立つ塵へ格上げだ。

 いいぞ、その調子で役に立て。

 

「ニコラス・フラメル、何者なんだ?」

 

 答えてやろう愚図ども。最高に機嫌がいいサルビアは、嬉々としてハリーの問いに答えてやる。ニコラス・フラメルなどリラータの家系では常識だ。

 賢者の石を作り出した人物。その製法をしる人物。600年以上も生きているという不老不死の人間。リラータの家系は彼を追い続けている。賢者の石の製法を探るために。

 

 だが、結果は失敗。見つからず野垂れ死んだ先祖()ども多数だ。今度ばかりはそうもいかない。賢者の石は近くにある。あとは、ダンブルドアを出し抜き盗み出すまでだ。

 

「ニコラス・フラメルは賢者の石を作り出した人よ」

「賢者の石?」

「ええ、賢者の石。恐るべき力を秘めた伝説の物体で、いかなる金属をも黄金に変え、命の水を生み出す。これを飲めば不老不死となる。そう言われてる石よ」

「不老不死?」

 

 黙ってろ(ロン)

 

「死なないってことよ」

「それくらい知ってるよ!」

 

 なら聞くな屑。

 

「フラッフィーが守ってるのはこれじゃないかしら。あなたたちのいう仕掛け扉の下にあるのは賢者の石と私は思うわ」

「そうだとしたら、まずいかもしれないわね」

 

 ハーマイオニーがサルビアの話を聞いてそう呟く。ハリーとロンは頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「いい? さっきハグリッドは、あの犬と教員方が守っているものはって言ったわ」

「そうだっけ?」

「さあ?」

 

 ハグリッドの言葉を全て覚えているわけもない男性陣はまったくぴんと来ない。ハーマイオニーは呆れてため息を吐いたが、気をとりなおして説明してやる。

 こいつらが馬鹿なことはわかりきっているとでも言わんばかりだ。無論、そんな言外の言葉が伝わるのはサルビアだけでハリーたちには決して伝わらないのだが。

 

「言っていたのよ。ハグリッドは確かに。そもそも、犬だけが守っているわけないでしょ? ホグワーツの教員方全員が守っているのよ。その中にはスネイプもいるはずよ」

 

 さすがにそこまで言われたらハリーもロンもまずいことがどういうことかわかったようだった。

 

「じゃ、じゃあ!? スネイプは石の守りについて知っているってこと!?」

 

 ロンがこれでもかと驚く。

 

「そういうことになるわね」

「まずいよ。それならいつでも奴は石を取れるじゃないか」

「いいえ、それはないと思うわ。だって、今も石は奪われてないじゃない」

 

 確かに、守りについて知っているのならすぐに奪うはずだ。だというのに、今も、あの守りが破られた形跡はない。そもそも、石が盗まれればダンブルドアが動くはずである。

 それがないということは今も石は無事であるということ。

 

「たぶん、フラッフィーだ」

 

 その理由は意外にもハリーが気がついたようだ。

 

「スネイプはあのトロールの事件の時、きっと石を取るつもりだったんだよ。だけど、フラッフィーに阻まれた」

「あの傷はそういうこと……」

 

 サルビアは笑いをこらえるのに必死だった。ここまでうまくいくとは思いもしなかった。ハリーたちは賢者の石について知った。スネイプがそれを狙っていると勘違いすらしてくれた。それも自発的にだ。

 手間が大幅に省けた。スネイプとハグリッド。お前たちは役に立っているぞ。これからもせいぜい役に立なさいよ。

 

 そのまま賢者の石について教師に相談しようともハリーたちが言い出したので、証拠がないとサルビアが言って止めた。今のままではハグリッドと同じように誰も信じない。

 だから、クリスマス休暇に入るのでその間に調べように言った。

 

「証拠か。僕たちに見つけられるかなぁ」

 

 ロンが不安そうに言う。ハーマイオニー、サルビアの二人は休暇中は家に帰ってしまう。必然、予定が変更になってしまったロンと、帰る気のないハリーが調べることになる。

 

「大丈夫。2人ならやれるわ。がんばってね」

 

 発破をかけるようにサルビアが言う。

 

「そ、そうかなぁ」

 

 てれってれのロン。なんて扱いやすいんだこの屑は。そう内心で馬鹿にしながらサルビアは、ハリーに向き直る。

 

「あと、これだけは約束してね。無茶だけはしないで」

 

 お前は、私の為に生かされているんだから、無茶をやって死ぬなよ。別にこいつがどうなろうと関係ないが、役割を果たす前に死なれては困るのだ。

 

「う、うん、わかったよ」

 

 こうして、クリスマス休暇中、ハリーとロンの証拠集めが始まるのであった。

 




中々ハリー視点が出来なくて、少し悲しいテイクです。

あとサルビアがいることによってニコラス・フラメルについて知るのが早くなってます。
それにより、色々と前倒しになるかもしれませんが、サルビアとハーマイオニーが帰るので、クリスマス休暇後まで色々と待つことに。

次回はクリスマス休暇。
では、また次回。


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第9話 クリスマス休暇

 十二月ともなればホグワーツは白一色。雪に覆われている。無論、それはリラータの屋敷も同じであった。クリスマス休暇として彼女は今、家に戻ってきていた。

 小さな村。既に廃村であり、村の入り口にあるアーチには乾燥した生首が今も引っかかっている。村には小さな丘があり、その丘の上にあるのがリラータの屋敷だ。

 

 廃村と同じく。いや、それ以上にボロボロの屋敷は今まで人が住んでいたとは思えないほどであった。そこへ向かってサルビアは雪降り積もる道を白い息を吐きながら歩いていた。

 その時点で、違和感を彼女は感じていた。ここを訪れるのは彼女だけだ。サルビアだけ。他には誰もいない。だというのに屋敷へと続く足跡があるのだ。

 

「…………」

 

 誰だ。懐の杖に手を遣りながら彼女は足跡を確認する。大人のそれも男のものだ。良く見ればその脇には目立たないが小さな足跡がある。

 シモベか何かをつれた男。何者だ? 足跡は屋敷の中まで通じている。気配からしてどうやらまだ中にいるようだ。

 

「…………」

 

 そっと、扉を開く。軋みをあげながら開く扉。その向こう側にいたのはブロンドの長髪に杖を持った男。その下には小さな人形。妖精だ。屋敷しもべ妖精だろう。

 少しばかり探っていると、

 

「出てきたらどうだね?」

「…………」

「ふむ、ドビー止めよ」

「はい、ご主人様」

 

 パチン、と屋敷しもべ妖精が指を鳴らすとサルビアの身体の自由が奪われる。そして、男が杖をサルビアに向けた。

 

「フィニート」

「――っ!?」

 

 その瞬間、呪文が終わる。変身術が解ける。足の骨が自重で砕け散った。崩れ落ちるように身体が地面へと叩き付けられる。その衝撃で骨が折れる。皮膚を突き破り、全身のありとあらゆる穴から血が噴き出した。

 眼が潰れる。耳が腐り落ちる。息を吸えばそれだけで肺が破裂し、床はどす黒い血で染まって行く。全てが剥がれ落ちた。

 

 変身術で誤魔化していた間に蓄積されたありとあらゆる障害が同時にサルビアを襲う。その激痛は、まさに炎で焼かれているに等しい。

 それでいて万、いや億の痛みは加減などしない。免疫は仕事を幸いとばかりに放棄し、病原菌は最高の住処と言わんばかりに身体に根を張る。

 

「き、さ、ま!」

 

 その激痛。誰もが発狂しかねない激痛の中でもサルビアは発狂することなく意識を保っていた。いきなりの襲撃。変身術も剥がされた。

 凄まじい激痛が体内、体外を駆け巡っているがその思考は澄み渡っている。どこまでも、どこまでもその優秀な頭脳は回転し続けている。

 

 回転すればするほど脳の血管がはじけとび、脳細胞が死んでいくというのに、それでも彼女は未だ、サルビア・リラータという人格を保ち続け、それどころかわずかな特徴からこの男の正体を看過した。

 

「き、さま。ルシウス、マル、フォイ、だな」

 

 ドラコ・マルフォイの父親だ。ホグワーツ魔法魔術学校の理事の1人。紳士然としているが、かつては闇の陣営にいた人物だ。

 先代の手記の中に確かにその名があった。在学中の学友らしき何かであったらしい。それから死喰い人であることなどが書き連ねてあった。

 

 どうやら、色々と良い風に使っていたらしい。

 

「そういうお前は、リラータの子だな」

 

 サルビアの状態を平然と見下ろしながらルシウスはそう言う。

 

「まさか、滅んでいなかったとは驚きだ。エピスキー。効かんか。すまないな」

 

 応急処置の呪文。多少痛みが引くがそれだけだ忌々しい。もはやない歯を食いしばり変身術の呪文をサルビアは唱える。

 効果はいつも通り現れ、先ほどの重篤患者の姿はなく美しい少女の姿へと変わる。

 

「く、何の、用だ」

「何、息子のドラコからリラータの名が出たからな。様子を見に来ただけだ。お前の母君とはこれでも友人であったからな」

「母親?」

「ああ、スリザリンには似つかわしくない女だった。だから、あのような男について行ってしまったわけだがな」

「…………」

 

 サルビアは母を思う。まったく役に立たなかった母だ。自分をこんな身体に生んだこともそうだが、魔法の腕も悪かった。スクイブとすら言えるレベルだった。治癒の呪文だけは得意であったらしいが、糞の役にも立たん呪文が得意な時点で屑だ。

 だが、それでも誰よりも愛というものをサルビアには注いでいた。料理や裁縫。サルビアの父も下らんとしたもの。サルビアもそうだ。そんなもの(愛など)何の役にも立ちはしない。男を籠絡するだけのもの。意味がないものだ。

 

 父親が母親と結婚した理由など知れている。試験管として利用するためだ。サルビアを作るためだ。健康な身体を生むための試験管として利用するためだったのだ。

 結果は無論失敗。育ててこの死病が露呈するまでしっかり愛情(糞の役にも立たない物)を娘に注いだ母親は父親に無惨に殺されたわけだ。

 

「君が生まれた時、もしものときは君を助けてやってくれと言われていてね。お前のその眼はあの女によく似ている」

 

 ああ、こいつ、母に恋していたのだな。サルビアの観察眼がその心理を、心の奥底を垣間見る。正直な話気持ちが悪い。

 こいつは何を言っているのか理解できるが、そんなことすら理解したくなかった。お前、そんなことのためにこんなところに来たのかと当事者でなければ言っているところだ。

 

 だが、この好意は利用できる。せいぜい利用させてもらうとしよう。

 

「あなた、魔法省に多大な寄付をしてるわね」

 

 それがどうかしたかはわからないようだが、とりあえず、そうだと、言う風に彼は頷く。

 

「なら、そのコネを使ってダンブルドアを学校から遠ざけることは出来るかしら」

 

 精一杯可愛らしく言ってやる。おじさんを頼りにする親戚の娘。設定的にはそんな感じだろう。役に立てよ。この世の全ては道具に過ぎないのだから、役に立て。

 そうでないのなら死ね。役に立たないのであれば、貴様に生きている価値などない。

 

「その程度で良いのならすぐにでも手配しよう。私は心底あのダンブルドアが嫌いでね。それが彼の失態に繋がるというのなら協力は惜しまない」

「ええ、繋がるわよ。なにせ、彼は今まで守ってきたものを失うのだから。でも、すぐは駄目よ」

「なら、このシモベを貸してやろう。必要な時に言えば、すぐにでもダンブルドアをおびき出してやる」

「感謝してあげるわ」

 

 それだけ言ってルシウスは屋敷しもべ妖精を残して姿くらましし消え失せた。

 

「まったく、何をしに来たのか理解に苦しむわ」

 

 まあいい。好都合なことにダンブルドアをおびき出す役割を引き受けてくれた。役に立つ屑だ。屑の親のくせして、塵くらいには利用価値があるらしい。

 せいぜい利用してやる。役に立て。感謝しろ塵が。

 

「さて、ならそこの屋敷しもべ妖精」

「ど、ドビーに御座います」

「知るかよ塵屑。おまえは、この屋敷の掃除でもしていなさい」

 

 そう命令してサルビアは自室へ向かった。いつ石を奪うのかを考えながら。そのあとはひたすらサルビアは、サラマンダーの血液で強力な回復薬を作っては飲み干すことを繰り返しながら過ごした。

 やはり一向に良くならないので、そのうちサラマンダーを絶滅させる計画を考えつつ、屋敷しもべ妖精って中々使い勝手がいいのでどこからか手に入れられないだろうかと真剣に考えていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 クリスマス休暇が終わってしばらく。クィディッチでグリフィンドールがハッフルパフを破ったりして、ハリーは上機嫌だ。

 それはそれで良かったのだが、クリスマス休暇中スネイプを監視していた時に何やら不思議な鏡を見つけて両親の姿を見れたことも嬉しかった。

 

 ただ、スネイプが賢者の石を狙っているという証拠は手に入れられなかった。そこで、サルビアに止められていたが、勝手にハグリッドにそのことをまた話に行ったのだ。

 賢者の石について知った。今度は話を聞いてくれるだろうと信じて。

 

「スネイプ? バカ言え、まだ疑ぐってるのか? おっと、いかんいかん」

 

 しかし、信じてはくれなかった。しかも、彼はドラゴンを育てていた。それどころか、マルフォイに見られてしまったのだ。マクゴナガルに告げ口されグリフィンドールは減点。処罰を受けることになった。

 それを報告した時のサルビアの顔は、とても恐ろしかった。いつもの彼女とは思えないほどに。

 

 そういうわけで、ハリーとロン、ハーマイオニーはマルフォイと共に禁じられた森にいた。減点の処罰だ。まさか森に行くとは思っていなかった。

 こうなるとサルビアを誘わなくてよかったと思う。というか忙しいらしいのか捕まらなかったのだ。また、自分は無事でいられるのだろうかという心配も大きい。無茶はしないと約束したのにこれだ。

 

 また、怒るだろうな、と思いながらハリーはハグリッドとフィルチの説明を聞いていた。今度はどうやって仲直りしようかと今から考えている。

 そんな風で説明を聞いていなかった。どうやら、フィルチは昔を懐かしんでいるようである。

 

「昔はもっと厳しい罰があった。両手の親指を紐でくくって地下牢に吊るしたりしたもんだ。あの叫び声が聞きたいねぇ。今夜の処罰はハグリッドと一緒だ。一仕事してもらうよ。暗い森でな。哀れな生徒達だ。――なんじゃい、まだあんなドラゴンのことでめそめそしてんのか?」

「ノーバートはもういねぇ。ダンブルドアがルーマニアに送った、仲間の所に」

「その方が幸せじゃない? 仲間といられて」

 

 めそめそしているハグリッドにハーマイオニーが励ましの言葉をかける。

 

「ほんでも、ルーマニアが嫌だったら? 他のドラゴンにいじめられたらどうする?まだほんの赤ん坊なのに」

「いい加減にしゃきっとすることだな。これから森に入るんだぞ。覚悟していかないと」

「森へ!? 冗談じゃない……森へ行くなんて。生徒は入っちゃいけないはずだよ。だって森には狼男が!」

 

 マルフォイが冗談じゃない! と言った風に反論するがフィルチはそんなの知らないという風だ。むしろ、そんな風に怯える様を楽しんでいるようだった。

 

「それよりももっと怖いのがおる。せいぜい怖がれ」

「よし、行こう」

 

 ようやく気を取り直したハグリッドと共に一行は森へと向かうのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 さて、サルビアはと言うと、ハリーたちが処罰でどこかへ行ったので、大手を振って活動することができていた。

 行くなといったのにハグリッドの家に彼を説得しに行って、ドラゴンを見つけて? それをかばう為に処罰まで受けるとは馬鹿だ。どこまで阿呆などだと呆れたほどだ。役に立つ屑(ハーマイオニー)まで行くとは過大評価しすぎたようだ。一応、止めたらしいが押しきられ大人しくついていった時点で塵の仲間入りだ。

 

 思わずそんな報告を受けた時に素で睨みつけてしまった。度し難い屑どもめ。だが、今日だけは許そう。どうせ、城のどこかで処罰を受けている頃だ。

 今、サルビアは自由。猫を被る相手も、演技する相手もいない。とても晴れ晴れした気分で彼女は禁じられた森にいた。

 

 ユニコーンを探しに来たのである。血をもらうために。クリスマス休暇でサラマンダーの血の回復薬を腹が文字通り破れるくらい飲みまくったが、やはりユニコーンの血に勝るものはないのでレプリカの透明マントを頭からかぶってサルビアは森の中を進んでいた。

 しかし、いつもならばすぐに見つかるはずのユニコーンがいない。

 

「?」

 

 なぜだろうか。それどころか嫌な気配がしている。何かあったのだ。

 

「こんな時に。誰だ、私の邪魔をするのは」

 

 しかも、何やら話し声が聞こえる。若い声だ。この森のケンタウロス()どもではない。嫌な予感がする。本当に嫌な予感がする。

 ああ、こういう時あの三馬鹿塵屑どもは問題を起こしているのが相場なのだ。そう、いい加減サルビアも学んだ。

 

 隠れたまま声の方に移動してみると、そこには予想通り、あの塵屑どもがいた。

 

「…………」

 

 処罰で禁じられた森に入る? 阿呆か学校側は何を考えている。度し難い屑どもが、ハリーが死んだらどう責任を取るつもりなのだ。クソが!

 しかも、監督すべきハグリッドはチームを二つに分けて捜索をするという。邪魔なだけの大男が多少は使える塵になったのが、使えない屑に逆戻りした瞬間だった。いや、それ以下の存在になった瞬間だ。

 

 馬鹿が、危ない森の中で? しかもユニコーンが傷ついている。何かが起きているこの森の中で? 生徒二人で行動させる?

 ふざけるなよ、ハグリッドの塵屑が! 物の価値もわからんのか! あいつはいつか殺してやる。

 

 もはや怒りで死の呪文をハグリッドに放ってしまいそうになるのを必死でこらえながらサルビアはハリーたちについていく。

 何かあった時にハリーを護る為に、もはやこのホグワーツの教員はどいつもこいつも使えない塵屑であることを散々思い知らされた。もう動けないとか言っている余裕はない。自分で動くのだ。

 

 そして、彷徨う二人を尾行して幾許か。ハリーたちが何かを見つけた。ユニコーンの死体。そして、その血をすすっている。何か。影のようにも見える。

 マルフォイは逃げた。盾にもならない塵屑だった。ゆっくりと影がハリーへと向かっていく。サルビアは杖を抜いた。躊躇いもない。

 

「アバダ・ケタブラ!!」

 

 最初から全力だ。死の呪いを背後から影へと放った。ハリーを襲おうとした影。奇襲は限りなく最善のタイミングで放たれた。しかし、死の呪文が影を捉えることはなかった。気が付かれないはずの呪文にどうにか気が付いたのか、躱したのだ。

 それで狙われたことがわかった影は即座に森の中へと消えてしまう。サルビアも即座に離脱を選択した。ケンタウロスが現れたし、ハグリッドたちが走ってきているのが見えたからだ。背後で合流したのだろう。これで大丈夫だ。

 

「ドビー! 寮へ私を移動させろ!」

「は、はいぃ!」

 

 妖精の魔法で寮へと戻りベッドへと滑り込む。布団を頭までかぶる。

 

「くそ、くそくそくそくそくそ! どいつもこいつも!」

 

 今回は、ハリーは助かったはずだ。だが、これではっきりしただろう。賢者の石を狙っている奴がいる。此れでいい。これで、あとはとりに行くだけだ。

 

「おい、塵屑、明日だ。ご主人様に言ってダンブルドアをロンドンにおびきだせ! そこでダンブルドアをできる限り引き留めろと伝えろ!」

「は、はいぃ!」

 

 パチンと音を立てて消える屋敷しもべ妖精。

 

 いいから、お前ら、役に立て、役に立て、役に立て!

 

 呪詛のような祈りがホグワーツに木霊した――。




というわけで、剛蔵枠的な位置にいるルシウス・マルフォイでした。
大天使には程遠いので、まったくと言って言いほど更生には使えませんが、コネと財力によってサポートしてくれるだけの存在です。利用価値はそれくらいです。
って、書いている最中に気が付きましたが、こいつどちらかと言えば神野枠だな、よくよく考えたら。お友達じゃないけど。
でも、設定は剛蔵でもあるというちょっと複雑な感じ。

母親は、うん、某ちっさい眼鏡の聖女似の誰かです。一応、父親から病みを、母親からは愛を注がれているんですよねサルビアちゃん。

クリスマス休暇から帰ってしばらく色々と準備していたらハリーたちが処罰されていたの巻。
そして、禁じられた森でユニコーンときゃっきゃうふふしようとしていたらハリーたちに遭遇してしまったの巻。

そして、もう我慢できないと計画を早めることに。さあ、もうすぐ賢者の石ラスト。
果たしてサルビアの運命は。

では、また次回。


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第10話 試練

「それじゃあ、例のあの人があの森の中に潜んでるっていうの?」

 

 処罰で禁じられた森から帰った後ハリーはハーマイオニー、ロン、サルビアに森であったことを話した。

 

「でも弱っててユニコーンの血で生きてるか。筋は通りそうね」

「たぶん、スネイプが石を欲しがっていたのは自分のためじゃなかったんだ。ヴォルデモートのためなんだよ。あの石があればヴォルデモートは力を取り戻せる。そして、復活するんだ」

「そうね、彼も死喰い人だって、そういう噂があるらしいから、そうかもしれないわね」

 

 サルビアの言葉でハリーたちの疑念は確信を帯びていく。

 

「で、でも復活したらあいつは君の事……殺す気だと思う?」

「たぶんチャンスがあれば昨日、殺す気だったと思う」

「うぅ、そんな時に僕、自分の心配してたなんて」

「ちょっと待って。大事なこと忘れてない? この世で唯一人ヴォルデモートが恐れているのは誰? アルバス・ダンブルドアよ。ダンブルドア先生がいる限りハリーは大丈夫。あなたには指一本触れさせやしないわよ」

 

 ハーマイオニーの言葉で少しだけ安心する。

 

「あら? でも、今日、ロンドンに発ったって私聞いたわよ?」

「え?」

「あの、マクゴナガル先生、質問にいいですか? 今、ダンブルドア先生はおらっしゃられないですよね?」

 

 ふと、歩いてきていたマクゴナガル先生にサルビアが聞く。

 

「ええ、そうですよ。ミス・リラータ。魔法省から緊急の呼び出しがあって先ほどロンドンへと発ちました。どこでその話を?」

「いえ、今朝噂で」

「なるほど。質問は以上ですか? ならこんなところにいないで今日は天気がいいので、外で遊んでいらっしゃい」

 

 そう言ってマクゴナガルは歩いて行った。

 

「まずいよ! どうしてさっきマクゴナガル先生に賢者の石について言わせてくれなかったの!」

 

 ハリーはマクゴナガルに賢者の石が狙われていることを言おうとした。

 

「それで言ったとして、マクゴナガル先生が信じると思う? 信じたとしても私たちに何か言うはずもないわ」

「でも、ダンブルドアはいない。きっと、スネイプは石を取りに行くよ」

 

 そして、例のあの人は復活してハリーを殺しにくるだろう。

 

「それなら、私たちでやりましょう。スネイプより先に石を手にいれるの」

「そうか!」

 

 スネイプより先に手に入れて守る。それが一番だ。誰も動いてくれないのなら自分たちで動くしかない。サルビアの提案が一番の名案ではないかと、ハリーは思った。

 

「待って! 危険よ。やっぱり、ここは先生に報告すべきだわ」

「それじゃあ、スネイプに石を取られてもいいのかよ」

 

 反対するハーマイオニーにロンが強く言う。

 

「そうじゃないけど……」

「今夜だ。きっとスネイプも動く。スネイプよりも先に石を手にいれよう」

「……わかったわ。あなた、一度言い出したら聞かないんだもの」

「珍しい、ハーマイオニーなら学年末試験の方が大事って言いそうなのに」

 

 ロンが驚いたようにいう。確かにそうだ。

 

「そうね、でもまだ日にちはあるし。それに、あなたたちだけを行かせてもし死んだりしたら目覚めが悪いもの」

「そっか。でも、あの頭が三つある犬はどうするの?」

「……」

 

 そうだ。あの三頭犬、フラッフィーが守っている扉をくぐらなければ賢者の石を手にいれることはできない。ハグリッドからおとなしくさせる方法を聞ければいいが、さすがのハグリッドも教えてはくれないだろう。

 と、そこでハグリッドについて考えた時、ハリーはふいにあることに気が付いた。まるで天啓とも言えるひらめきだった。明らかにおかしなことがあったのだ。

 

「話がうますぎる。……ねえ、普通、ドラゴンを欲しがってるハグリッドの前にちょうど、それを持っている人が現れる確率ってどれくらい?」

「いきなりどうしたの?」

 

 ハーマイオニーが怪訝な顔をする。

 

「どれくらい? 結構高い?」

「いいえ、限りなく低いと思うわよ? というか、普通ないわよ」

 

 ドラゴンは希少な動物である。それを普通持ち歩く人間なんていない。しかも、それが欲しがっている人間の前にたまたま、偶然もって現れるなど奇跡に近い確率だろう。

 

「そうだよ。普通、ドラゴンの卵を持ち歩いてる人なんていないよ。早く気付けばよかった! きっとその人物がスネイプだよ」

「もしかして、そういうこと?」

 

 ハーマイオニーは気がついたようだ。

 

「? どういうこと? ドラゴンの卵をハグリッドに渡したのがスネイプだとして、それがなんか関係あるの?」

 

 ロンは一切わかっていなかった。

 

「いいかいロン、スネイプはドラゴンが欲しくてたまらないハグリッドにドラゴンの卵をもって近づいた。そして、その時にフラッフィーをおとなしくさせる方法を聞いたに違いないよ!」

「でも、待って? さすがのハグリッドも初対面の相手にそんなこと言わないんじゃない?」

 

 ハーマイオニーのいうとおり確かにそうだ。

 

「あら、そう? 私はその可能性、結構高いと思うわよ? だって、ハグリッドは、私たちに色々とバラしてるじゃない。お酒でも飲んで欲しいドラゴンの卵を手に入れて上機嫌な時に、ぽろっと漏らす可能性もあると思うわ」

 

 サルビアの援護にハーマイオニーも確かに、と納得したように頷いた。やっぱりそう思っていたんだ。そう思いながら、ハグリッドが本当にそこまで馬鹿なことをしてないことを祈りながら彼のいる小屋へと急いだ。

 ハグリッドは小屋の前で笛を吹いている。駆け寄って、

 

「ハグリッド! ドラゴンの卵をくれたのはどんな人だった?」

 

 ハリーは単刀直入にそう聞いた。

 

「いきなりどうした?」

「いいから! どんな人だった?」

「さぁな、フードを被ってて顔は見てねぇ」

 

 明らかに怪しい人物だ。

 

「でもその人と話はしたんだよね?」

「まぁな。どんな動物を世話してるかって聞かれてフラッフィーに比べりゃドラゴンなんか楽なもんだって言ってやった」

「フラッフィーに興味持ってた?」

「そりゃ興味持つに決まってんだろう。頭が3つある犬なんてそういねぇ、魔法界でもな。で、言ってやったんだ。なだめるコツさえ知ってりゃどんな怪物も怖かねぇ。フラッフィーの場合はちょいと音楽をきかせりゃねんねしちまう」

 

 間違いない。そのローブの男こそスネイプだ。そうハリーは確信した。しかもまずいことにハグリッドはフラッフィーをおとなしくさせる方法まで漏らしてしまった。

 

「いけね、秘密だった、あ、おい!」

 

 四人は頷きあって駆け出す。今夜だ。今夜実行する。寮まで走って戻った。

 

「あ、サルビアを置いてきちゃった」

 

 なにやら勢いで走ってしまったが、寮に戻って彼女がいないことに気がついた。彼女は運動ができない。勉強や魔法はハーマイオニーとともに学年でトップクラスなのに、走ったり運動したりができないのだ。

 ロンなどは最初完璧じゃないかと嫌味を言ったほどだが、運動が苦手なのがわかると手のひら返しである。というか、運動ができないというよりは病弱らしく体力もない。授業間の移動などいつも死にそうなところを見てときめいたとかなんとか。

 

「は、はしら、ない、で……」

 

 案の定、寮にサルビアがたどり着いた時、彼女は死にそうであった。

 

「ご、ごめん」

「大丈夫?」

 

 心配するのはロンだ。

 

「み、みず」

「今持ってくるよ」

 

 率先して動くロン。なんだか召使のようだ、と思ったのはここだけの話。

 

「それよりも今夜だ。必ず石を守ろう」

 

 賢者の石を守るのだ。そう深く決意した。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 深夜。生徒が全員寝静まった頃。学年末試験に備えて徹夜している生徒も、睡魔に負けて寝落ちしている頃だ。ハリーたちはこっそりと寮を抜け出した。

 四人で透明マントを被り3階の右側の廊下の奥へと向かう。ハーマイオニーの呪文で開錠する。中に入ると気がついたフラッフィーが唸り声を上げる。

 

「行くわよ」

 

 横笛の綺麗な音色が流れる。こんな状況だというのに思わず聞き入ってしまうほどに美しい横笛の音色。それを奏でるサルビアもいつもよりもどこか綺麗に見えた。

 儚げな少女が横笛で美しい旋律を奏でる姿にハリーも、ロンも、あのハーマイオニーですら釘付けだ。フラッフィーは最初の旋律が流れてきたところですでに眠りについている。

 

 サルビアはさっさとしなさいよと言わんばかりに顎で指示してきてようやく我に返ったハリーたちはフラッフィーの足をどかして仕掛け扉を開ける。

 そこにあるのは暗い闇だ。

 

「僕が先に行く。合図したら降りてきて」

「わかったわ」

「気をつけてねハリー」

 

 頷いてハリーは飛び込んだ。なんらかの植物がクッションになって助かった。

 

「大丈夫!」

 

 そう声をかければロンとハーマイオニーも飛び込んでくる。少し遅れてサルビアも飛び込んできた。

 

「ーー痛たた」

「この植物のおかげで助かったね」

 

 そうロンが入った瞬間、四人に植物が絡みついてくる。もがけばもがくほどそれはきつく絡みついてくる。

 

「悪魔の罠よ! じっとしててそうしたら大丈夫よ!」

 

 ハーマイオニーが叫ぶ。それとともにハーマイオニーがじっとすると飲み込まれるように下へと落ちていった。元からじっとしていたサルビアもまた同じく。

 それを見て、ロンは慌てるが、ハリーはハーマイオニーを信じて動かないでいる。すると、確かにするりと下へと降りることができた。

 

「ハリー!? ハーマイオニー!? サルビア!? ーー」

 

 その内口を塞がれたらしい。

 

「ロンはじっとしてないの!?」

「してないみたい」

「もう! えっと、悪魔の罠、悪魔の罠! そうよ苦手なものは太陽の光! ルーマス・ソレム!」

 

 ハーマイオニーの杖から太陽の光が出現しそれとともにロンが上から落ちてきた。

 

「ぐえっ」

 

 ちょうどサルビアの真上に。カエルが潰れたような音を出したサルビア。大丈夫だろうか。

 

「うぅ、わ、わぁああ!? ご、ごめん!」

「……ううん、い、いいわ」

「行こう」

 

 先へ進もう。奥へと続いていく緩やかな下り坂を進んでいくと、何やら奥の方から羽音のようなものと何か金属の擦れ合うような音が聞こえて来る。

 一応、警戒しながら進むと、そこはとても広い空間だった。天井はとても高い。そして、箒が一本浮いていた。それだけでなく、鍵が飛んでいるのだ。

 

「アロホモラ!」

 

 ロンが向こう側にあった扉に呪文を唱えるが効果はない。

 

「どれが本物の鍵なのかしら?」

「古いのね。たぶん」

「錆びてたりして」

「あれだ!」

 

 ハリーは見つけた。古くて大きく、錆びている鍵。羽の片方が折れているらしく飛び方がぎこちない。あれを箒で取ればいいだけだ。

 

「簡単すぎる」

 

 そう100年ぶりの最年少シーカーたるハリーならば簡単だ。そう思い、箒を手にした瞬間ーー

 

「うわっ!?」

 

 鍵たちが一斉に動き出した。先ほどまでの緩慢な動きはどこへ行ったのか。おそろくべき速度で飛行を開始し、ハリーを妨害すべく集まってきた。

 

「簡単じゃなさそう」

「あんなに高いと呪文も届かないし」

 

 ハリーに任せるしかない。三人の期待通り、ハリーは鍵をとった。それを投げ渡し即座に部屋を出て、扉を閉める。扉の向こう側で鍵鳥が刺さる音が響いた。

 次の部屋は暗かった。何やら像がいっぱい置いてある。ハリーはそれに見覚えを感じていた。それはロンもだった。部屋の中央まできた時、明かりがつく。

 

 白と黒の像。そして、白と黒の盤面。

 

「もしかして、これって……」

「ああ、チェスの盤の上だ」

 

 ロンが断言する。もしかしてこれでチェスでもしろというのか。白の駒の向こう側に扉がある。そちらに行こうとすれば相手の駒が道をふさいだ。

 

「やるしかない。ハリー、君はビショップ、ハーマイオニーはクイーン側のルーク。サルビアは、キングの位置。僕は、ナイトだ」

 

 四人の中で一番チェスが得意だったロンが指し手となりナイトの位置へ。他の三人も彼の指示に従ってボードの上に立つと、ゲームは始められた。

 ハリーたちが傷つかないように指示を出しつつ、ロンはゲームを進めていく。まさにこのチェスは魔法使いのチェスと同じであった。駒同士が争い、取られた敵の駒を粉砕する。

 

 驚くべきはハリーたちを傷つけないために、彼らに悪振られた四つの駒を動かせない状況で打っているということ。相手は相当に強い。ハリーでもそれくらいはわかる。

 だというのに、ロンは一切引かず、気付けばゲームは終盤に差し掛かっていたのだ。その技量にハリーは舌をまく。残りの駒の数も少なくなっており、これなら後何手かで黒が勝てる。

 

 だが、その時、ハリーは気がついた。クリスマス休暇中ロンと魔法使いのチェスをした。そのおかげで気がつけた。

 

「ちょっと、待って」

「気がついたかい、ハリー。そうだよ。次の手で僕はクイーンに取られる。そうしたら、君が、チェックメイトだ」

「どういうこと?」

 

 わからないハーマイオニーだけが聞いてくる。

 

「自分が犠牲になるつもりなんだ! ダメだロン! 他に方法があるはずだ!」

「ダメよロン!」

「スネイプに石を取られてもいいのか! ハリー、進むのは君なんだ。僕じゃない。石を頼んだよ!」

 

 そう言って彼はナイトを動かしクイーンに盤外まで弾き出された。その犠牲を無駄にせず、ハリーが動きチェックメイト。ハリーとハーマイオニーは即座にロンへと駆け寄った。

 どうやら無事だ。気絶しているだけらしい。

 

「行こう。ロンの犠牲を無駄にしないために」

 

 ハリーたちは進む決意をした。サルビアは応急処置の呪文を使ったので問題はないだろう。今のがマクゴナガルの試練だとしたら残りはクィレルとスネイプ。

 クィレルの試練は突破されたままになっていた。そこを通過し次の部屋に入ると背後の扉が紫色の炎で塞がれ、前方にある出口もまた黒い炎に遮られてしまった。

 

 どうやら何か仕掛けを解かない限り、進むことも戻ることも叶わないようである。部屋にある大小様々な七つの小瓶が置かれたテーブルへと近づいた。

 

「二人とも、これを見て」

 

 ハーマイオニーが巻き紙を見付けた。

 

『前には危険 後ろは安全

 君が見つけさえすれば二つが君を救う

 七つのうちの一つだけが君を前進させる

 別の一つで退却の道が開けるその人に

 二つはイラクサ酒

 残る三つは殺人者 列にまぎれて隠れてる

 長々居たくないならば どれかを選んでみるがよい

 君が選ぶのに役に立つ 四つのヒントを差し上げよう

 まず第一のヒントだが どんなにずるく隠れても

 毒入り瓶のある場所は いつもイラクサ酒の左

 第二のヒントは両端の 二つの瓶は種類が違う

 君が前進したいなら 二つのどちらも友ではない

 第三のヒントは見たとおり 七つの瓶は大きさが違う

 小人も巨人もどちらにも 死の毒薬は入ってない

 第四のヒントは双子の薬 ちょっと見た目は違っても

 左端から二番目と 右の端から二番目の 瓶の中身は同じ味』

 

 そう、書き記されていた。七つある小瓶の内の三つが毒薬でうち二つがお酒、残り一つは先に進め、最後の一つは前の部屋に戻れる。つまりはそういうことだ。

 

「凄いわ。これは魔法じゃなくて論理の問題よ!」

 

 魔法ではない。杖を振ることも呪文を唱える必要もない。この問題は頭を使わなければ解けないのだ。スネイプの試練である。どう考えてもこの問題はスネイプのものだ。

 そして、ここには頭を使うのが得意な者が二人もいる。二人が頭を突き合わせて考えると、いともたやすくその答えは出た。

 

「ハリー、あなたは進んで」

「なら、ハーマイオニーは戻ってロンを救助して」

「でも、それじゃあサルビアが」

 

 残ることになってしまう。

 

「いいのよ。もう体力の限界だし。ここでゆっくり救助でも待たせてもらうわ」

「わかった」

 

 そうして、ハリーは進み、ハーマイオニーは戻り、サルビアは残った。そして、ハリーはある男と対面するーー。

 




全編ハリー視点。サルビアの内心をご想像下さい。
しかし、サルビアのおかげで、学年末試験の前に賢者の石を取りに行くことになってしまった。

ロンはさりげなくサルビアをキングに配置している。動かなくていい場所に笑。
役に立っていますね。しかし、そうは思われてなさそう。

次回は最終局面ですね。果たして賢者の石を手に入れることは出来るのか。ダンブルドは、果たしてどのような行動をとるのか。
次回もよろしくお願いします。


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第11話 賢者の石

 サルビアは、ついにこの時が来たのだと思っていた。部屋にかけられたスネイプの魔法を終わらせて、彼女は先へと進む。すでに試練が突破されたためか、魔法が弱くなっていたのだ。

 だからこそ、サルビアでも容易く破れた。その先の部屋の中央には見覚えのある大きな姿鏡が置かれており、そこでハリーが一人の男と対峙していた。

 

「へぇー、クィレル先生だったんだ」

 

 その男とは闇の魔術に対する防衛術の教諭クィレルだった。まさか彼が狙っているとは。しかも、ダンブルドアがいない隙を同じく利用するとは。

 本当に気がつかなかった。それは別にサルビアが間抜けであったわけではない別に興味がなかったからだ。あんなおどおどした塵屑など欠片の興味も浮かぶはずない。授業も同じだ。一年生で習う程度の防衛術などサルビアは余裕で使える。

 

 もしそれも使えないようならこの年まで生きていない。のたれ死んでいただろう。そもそも許されざる呪文を使えるのだから当然のように他の呪文も使える。

 唯一使えないのは守護霊の呪文。幸福など感じたことのないサルビアにとって、幸福な気持ちや過去が必要となるあの呪文は使えるはずがないのだ。

 

 まあいい、そんな話は。重要なのは賢者の石だ。どうやらクィレルはハリーを前にしても余裕を崩さない。勝ち誇っているようだ。

 

「せいぜい勝ち誇っておきなさい。最後に勝利するのはこの私。お前たちの勝利なんてものは、ありはしない。早くしなさいハリー。そして、賢者の石を探し出すの。あなたの価値なんて、それだけなんだから」

 

 役に立ちなさいよ。そう思いながらこそこそと柱の陰に隠れて気配を最大限、もはや死んでいるのと変わらないようにして状況を見るのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「この鏡こそが、賢者の石を手に入れる手掛かりなのだ」

 

 コンコンと鏡の縁を叩くクィレル。ハリーは困惑しながらもクィレルと対峙ていた。なぜなら、今まで石を狙っていたのはスネイプだと思っていたのだ。

 それが、スネイプではなくクィレルで? しかも、クィディッチの際、守るために反対呪文を使っていたという。到底信じられない話だった。

 

 スネイプは嫌な奴で、理不尽な奴だった。だが、今の状況が自分が間違っていたことを伝える。相手はクィレル。いつもとは様子が違う男が相手だ。

 それでも逃げるわけにはいかなかった。ここに来るまでにみんなの力を借りてきた。みんなのために石を絶対に守るのだ。

 

「なにをしても無駄だ。あなたが石を探している間に、ダンブルドアは帰ってくる!」

「誰のおかげか知らないが、彼は今はロンドンに行っている。私がおびき出す手間が省けて何よりだ。ともかく、帰ってくる頃には私の姿はない」

 

 ハリーの言葉に適当に返しながら、クィレルは鏡を見つめる。

 

「石を持っている私が見える。それをご主人様に差し出している私も。だが、どうやって手に入れるのだ」

 

 クィレルが困惑している。その時、声が響いた。低い声だ。

 

『その子供を使え』

 

 しわがれた声。闇の奥底から響いていくるような亡者の声。亡霊の声だ。

 

「はい、ご主人様。――こっちに来いポッター!!」

 

 肩を掴まれそのまま鏡の前にハリーは引きずらていく。ハリーには見えた。鏡の中の自分が赤い石をポケットの中に入れるのを。そっと、ポケットを彼が触る。そこには確かに何かが入っているようだった。

 はっとした。なぜだかはわからないが、これが賢者の石だとわかる。自分が手に入れてしまったのだ。驚きが表情に出そうになるのを必死にこらえる。

 

 バレたら奪われる。気がつかれないようにしなければならない。

 

「なにが見える」

「ぼ、僕が見える! クィディッチで優勝して、だ、ダンブルドアと握手してる」

 

 咄嗟に嘘をついた。みぞの鏡。この鏡が己の心の中の最も深い望みを映し出すことをハリーはクリスマス休暇中に知っている。だから、ある意味で自分の望みを語って見せた。

 だが、

 

『嘘だ。ソイツは嘘を付いている』

 

 謎の声には通じない。まるで全てを見透かしているかのように、声は嘘であることを見抜いた。

 

「ポッター! 本当のことを話すんだ!」

『クィレル、俺様に変われ。直接話す』

「ですがご主人様、まだ貴方は力が……」

『話す程度には回復している』

 

 幾らかの問答のあと、分かりました、とクィレルは答えた。そして頭に何重にも巻きつけていたターバンを、渋々と云った様子で解き始めた。その光景を見た途端、傷跡が痛み出す。

 過去最大の痛み。頭が割れそうになる痛みの中で、ハリーはそこにある何かの存在がなにであるかを悟った。そうそこにあるのは顔だった。見覚えのない顔だ。醜い顔だ。

 

 だが、何よりもその顔が誰だかわかった。

 

「ヴォルデモート……」

 

 かつて、魔法界においてその名を知らぬ者などいないとされた悪の魔法使い。自らを闇の帝王と称すある意味で偉大な魔法使い。誰よりも強く、誰よりも強大で、魔法界を震撼させた一人の男。

 ヴォルデモート卿。その人だ。人相など知らないし、声を聞いたこともなければ、誰かに教えられたわけではない。だが、理解した。肌が、頭が、心が――傷跡が。

 

 その全てで理解した。この哀れな者こそが、かつて魔法界を恐怖のどん底に陥れた大魔法使いヴォルデモートであると。

 

『ハリー・ポッター。また、会ったな』

「そんな、お前は、死んだはずだ!」

『ああ、そうだ。だから、こうなっている。この有り様を見てみろ。もはや残滓としか言えない惨めな姿を。かつて闇の帝王とまで呼ばれたこの俺様が、誰かの助けを借りなければこうして存在することすら叶わないほどに弱りきっている。

 この数週間は、忠実なクィレルがユニコーンの血を飲んでくれたおかげで、ここまで俺様を強くしてくれた。だが、これではまだ足りぬ。お前が持っている賢者の石さえ手に入れば、俺様は再び甦れる。お前のそのポケットの中にある石を俺様に渡せ。そうすれば、俺様がお前の両親を蘇らせてやろう。会いたいのだろう、両親に』

 

 バレている!? それに両親を蘇らせるだって?

 

「…………」

 

 ハリーは思わず、ポケットの中の賢者の石を取り出していた。

 

『そうだ、それを俺様に渡せ』

 

 そうすれば両親に会える。鏡には今も両親が映っている。だが、それだけでなく。ロンも、ハーマイオニーも、サルビアもだ。みんなで笑っている。

 そうだ、みんなと一緒にここまで来たんだ。これを渡せば両親を生き返らせてくれるのかもしれない。

 

――でも、それでも!!

 

「やるもんか!」

 

 絶対に賢者の石をやるわけにはいかない。

 

『殺せ!』

 

 ヴォルデモートの圧倒的呪詛のような命令と共にクィレルがハリーへと飛びかかってくる。クィレルが両手でハリーの首を絞める。それと同時に刺すような痛みが傷を貫く。

 もがき苦しみから逃れようとクィレルの手を掴んだその時、クィレルがハリーの首から手を離した。そして、悲鳴をあげた。見れば、クィレルの腕が石像のように色を失い、ひび割れ崩れていたのだ。

 

 なにが起きたのか誰も理解できず、クィレルは痛みに悲鳴を上げた。

 

「なんだ、なんの魔法だ!? 私の、私の手がぁぁ!」

『早く殺すのだ!!』

 

 それでも命令に従うあたり凄まじい忠義だ。だが、ハリーはすでに動いていた。なにが起きたのかわからない。それでも自分が触れればクィレルにダメージを与えられる。

 だから、彼は突っ込んだ。両手をクィレルの顔に押し付けたのだ!

 

「あああああああ――!!!??」

 

 ぼろぼろと崩れていくクィレル。それでもハリーに向かってきたが、その前にその前に崩れて砂になってしまった。

 

「やった」

 

 ハリーは、改めて落とした賢者の石を拾う。守ったのだ。その達成感に感じ入る。だから、背後から迫る幽霊のごときヴォルデモートに気がつかなかった。

 それが体を貫く。その瞬間、ハリーは凄まじい傷の痛みを受けて気を失いヴォルデモートは炎の向こう側へと消えていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 サルビアはその瞬間、駆け出していた。一目散に賢者の石へと走り、それを手に収める。

 

「やった! ついに、ついにやった!」

 

 手に入れた賢者の石を。その石からは水が滴っている。これが命の水。もう我慢できそうになかった。それに口をつける。効果は、劇的だった。

 

「あ、ああ――」

 

 飲めば飲むほど、

 

「身体が軽くなる!」

 

 身体に巣食う病魔が消えていくのがわかる。ダムが崩壊するように、ありとあらゆる全てを飲み込むように、身体の中の病巣が小さくなり、弱まっていくのを感じる。

 

「空気の味がする!」

 

 めちゃくちゃだった感覚が正常なそれになる。感じたことのない感覚も多いが、もっとも感動的だったのはいつも地獄の炎としか思えなかった空気が、

 

「空気が、うまい!!」

 

 美味しかったことだった。これが、これが健常者の世界!

 

「ああ、ああああ! これが、これが死病(絶望)の消える感覚か!」

 

 快楽による絶頂とすら思えるほどの恍惚。なんという幸福感。これが、幸せか。これが幸福というものか。これが、世界か。めちゃくちゃだった真っ黒な世界に色がついていく。

 匂いが鮮明に感じられる。音が聞こえる。世界とはこんなにもうるさかったのか。不快感すら感じかねないほどの音の本流。今まで感じたことのないそれだが、もはやそれすらも感動を与えるものでしかなかった。

 

 これこそが、生。死を乗り越えた生の喜び。せきを切って涙が流れ出す。感涙。これぞ感嘆の涙。おそらくは世界でもっとも感動に打ち震えた涙だ。

 彼女以上に、感動を感じたものなどいるはずがないだろう。恍惚、絶頂。おそらくは、人生において最良の時間だ。

 

「私は、今、生きている!」

 

 もっと、もっとだ。賢者の石。もっと命の水をよこせ! じれったいほどゆっくりと溢れだす水を一滴ずつ飲んでいく。その度に、ゆっくりと、ゆっくりと病が癒されていくのを感じる。

 その感動は何者も理解できないだろう。彼女と同一の存在以外に理解すらできないはずだ。それは、今の状況すら忘れさせるほどの快楽であり、感動だったのだ。

 

「何をしておる。サルビアよ」

「――!?」

 

 ゆえに、見逃す。己に時間がないことを。普段の彼女ならば余裕で気がついただろう。だが、気がつかなかった。人生において、初の快楽、快感、感動に打ち震えていた彼女は気がつくことはなかった。

 もし気がついていれば、先に脱出していれば、この結果はなかっただろう。だが、彼女もまた11歳の少女であった。目の前の誘惑に抗うことはできなかったのだ。

 

 今まで耐えてきた反動とも言える。耐えてきたからこそ、健常者になるという誘惑に耐えきれなかったのだ。

 

「だ、ダンブルドア、こう、ちょう、なぜ」

 

 しまったという表情。だが、もう遅い。運命は決した見つかった時点で、終わりだ。

 

「ハリーが心配でのう。急いで戻ってきたのじゃ。ルシウスに止められたが、それも断ってのう」

「そ、そうでしたか」

「そうじゃ。そういうわけでのう。その石を渡してくれんかの」

「石を、どうするのですか?」

「ヴォルデモートがまだ生きておるとわかった以上、悪用されないように砕くつもりじゃよ」

 

 ふざけるな。砕くだと? 渡せるわけがないだろうが!

 

 渡せるはずがない。ならばどうする? 勝負する? それは馬鹿のやることだ。今世紀最大最強にして最高の魔法使いと謳われるこの男を前にしてただの11歳の少女が勝てるはずがないだろう。

 しかもサルビアは病魔に犯された状態だ。この状態で勝負しろ? 馬鹿も休み休み言え。最強のラスボスを前にして1レベルでしかも、初期装備縛りをしているようなものだぞ。

 

「君の事情はわかっておるつもりじゃ。君と似た者をわしは知っておる。あの時は、助けられんかった。じゃが、今度こそ助けたいと思っておる」

「…………」

 

 やるしかない。やるしかない。やるしかないのだ。幸い、相手は油断している。不意を突けばいけるかもしれない。

 可能性は低い。限りなく0だ。だが、諦めろと? ふざけるな。諦めるはずがない。サルビア・リラータは、諦めたことなどない。杖を引き抜き、呪文を唱えようとする。

 

「――!」

「エクスぺリアームズ。やはりこうなるのか。残念じゃよ。本当は、したくないのじゃが。少しばかり我慢しておくれ。フィニート・インカーターテム」

 

 しかし、驚異的な速度で振るわれたダンブルドアの杖。一瞬にして杖はサルビアの手を離れ、そして、化けの皮がはがされた。変身術が解ける。少女の肉体は、木乃伊のような干からびたそれに変わる。

 サルビアにとって変身術さえ解かれなければどうにかする手段はあった。石を呑み込む。自らの身体を盾に使い、ハリーをたたき起こし泣き落としをする。

 

 ああ、いくらでも手段あった。だというのに、ダンブルドアは一手目から最善手を打ってきた。そう、肝心要。サルビアの弱点となる変身術。それをまず剥がしたのだ、杖を飛ばしたうえで。

 こうなってしまえばそこに残るのはただの重篤患者ただ一人。

 

 多少マシになった程度。未だ、病魔はその肉体の中で未だ増殖を続けているのだ。完全なる治療にはまだ命の水を飲まなければならない。

 その前に化けの皮を剥がされればもはや、彼女に何かできる力など残されてはいないのだ。

 

「ごはぁっ――――」

 

 自重で足がへし折れた。膝が明後日の方向にへし曲がり筋肉は折れた骨によってぐちゃぐちゃにかき回され皮膚は引き裂け破れ、はじけ飛ぶ。

 地面に倒れればそれだけで全身の骨が砕け散った。内臓に飛び散り、刺さり喀血する。その動作を行うだけで全身がねじ曲がり腹膜を突き破って内臓が外へと飛び出す。

 

 それでも賢者の石を握り続けていた。だが、賢者の石の重さで指の骨が折れ、更には腕の骨すら折れる。賢者の石がその指から零れ落ちていく。

 希望が、救いが、その手から零れ落ちていく。

 

「ぁぁぁあぁあああぁあぁあぁぁあ!」

 

 手を伸ばす。無理矢理に。全ての痛み。全ての苦痛。へし折れた腕など知るか。そんなもの意志でねじ伏せて手を伸ばした。賢者の石へと。

 声をあげたことで、口が裂け脳の血管が切れる。構わない。目が圧力で爆裂する。構わない。自重で伸ばした腕がへし折れる。構わない! 神経がちぎれる。構わない!! 構わない構わない構わない!!!

 

 ただ手を伸ばした。もはやその手が原型すら留めておらず。もはやその眼が赤い石以外に移さなくなっても。耳が聞こえなくなっても。

 もうこれ以外にないのだ。実際に効果を示した。劇的な。もうない、これ以外に救いなんてない。だから、手を伸ばした。

 

 だが、

 

「アクシオ――君にこの石を渡すことは出来ん。じゃが、君の為に命の水を渡すことは出来る。いずれ砕くじゃろうが、それまでに君が生きるのに必要な分を確保すると約束しよう。安心すると良い。わしは君を絶対に見捨てんよ」

 

 その手は、何も、つかめなかった。目の前が真っ暗になる。賢者の石を、サルビアは、手に入れることが、出来なかった。

 死病(絶望)の淵から這い上がった少女は、再び、死病(絶望)の底へと墜落した。いや、わずかでも健常(希望)を知った今、その闇はより深い。

 

 もはや光すら届かぬそこへと、彼女は落ちた。そして、彼の憐みは、彼の言葉は、彼女の心にある最後の柱を、完全に折ってしまった。

 

 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。

 

「ふざけるなあああああああああああああああ!!!」

 

 何かが完全に切れてしまった。だが、誰もそのことに気が付かない。ダンブルドアも、ハリー・ポッターも。

 

 誰も、誰も、誰も――。

 

 




逆十字の伝統。あのセリフを言うと負けフラグがたつのはなぜなのか。少なくとも負けはせずとも逆転はされるといういつもの台詞です。
というわけで、ダンブルドアに寸前のところで逆転されました。

賢者の石編終了まであと一話。
どうか最後までよろしくお願いします。

二巻の内容は少しばかり休みが欲しいので11日スタートの予定でいきたいと思います。予定は未定ですが。

ではまた次回。


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第12話 終わり

 サルビアは医務室で気が付いた。変身術はかけなおされ、またいつもの美しい姿に戻っている。だが、何も変わっていない。世界は、未だ暗い闇で覆われている。

 気分は最悪で、何も感じなかった。先に目覚めていたお見舞いにハリーや、ロン、ハーマイオニーたちが来ている。

 

「良かった! 目が覚めたんだね。石、ちゃんと守れたよ」

 

 役に立たない屑(ハリー)が何かを言っている。

 

「ええ、そうね、そうかもね。あなたのおかげよ」

 

 何かを言った気がした。

 

「本当、僕ら凄いことしたよな。そりゃあ、僕はあまり役に立たなかったけどさ」

 

 塵屑(ロン)が、何かを言っている。

 

「ええ、そうね。そうかもね。でも、あなたのチェスの腕前は、凄かったわ」

 

 何かを言った気がした。

 

「本当、全員無事なのが信じられないくらいだわ。でも、良かった。みんな無事で。これで学年末試験も問題なさそうね」

 

 取るに足らない塵(ハーマイオニー)が何かを言っている。

 

「ええ、そうね。そうかもね。学年末試験も頑張らないとね」

 

 何かを、言った気がした。

 

 サルビアには、彼らが、何を言っているのかわからなかった。意味はわかる。内容も通じる。だが、何も聞こえない。

 

 何も感じない。何も、何も、何も。

 

 一度は極彩色を取り戻したのが原因。色を知っただけに、この暗闇は暗すぎる。いつもの場所。だが、いつもよりも深い。暗がりは、更に深く、誰の声も、誰の手もここには届かないし伸ばされない。

 身体は思い通りに動かせる。だが、動かない。目は見える。だが、世界は漆黒だった。耳は聞こえる。けれど何一つ聞こえてこなかった。痛みはある。だが、何も感じない。

 

「起きたようじゃのうサルビア。君には残念な知らせかもしれんが石は砕いてしまった。ヴォルデモートもまだ生きておるからのう。悪用されるのを防ぐために残しておくわけにはいかんかった。じゃが、安心すると良い。君とニコラスが生きるのに、必要な分の命の水は貯えてある。必要な時には、いつでも言うんじゃぞ。わしは、絶対に君を見捨てん」

 

 ダンブルドアがやって来た。生きるのに必要なだけの水を確保してくれているらしい。何かを言っていた。何も聞こえない。

 何も聞きたくない。何も、何も、何も。命の水? それがどうかしたのか。もはや、命の水に価値など感じられなかった。

 

「はい、ありがとうございます。このお礼(・・)は、必ずしますから。必ず……」

 

 何かを、言った気がした。

 

 いつものように笑顔で。心底、心底、心底、(憎しみ)を籠めて。

 

「明日には退院できますからね」

 

 存在が害悪でしかない蟲(マダム・ポンフリー)が何かを言ってる。

 

「……はい、ありがとうございます……」

 

 確実に言える。何かが変わっていたのだ。いや、終わったと言ってもいい。確実に。心の中の何かが完全に切れてしまっていた。切れてはいけないものが

 ハリーたちと同じく、一日医務室で過ごして明日には日常に戻れるという。戻ってどうするのだ。もはや、そこに価値はない。

 

 賢者の石は砕かれた。命の水は限りあるものとなり、永遠を保証するものではなくなったのだ。サルビアの身体を直し、尚且つ生きるには賢者の石が必要だ。莫大な命の水がいるのだ。

 限りある水で完全に回復できるはずがない。その証拠に、あの時、水を飲んだというのにまるで意味がなかったではないか。

 

 糞塵屑(ダンブルドア)に呪文を終わらされた程度で何もできない。水を飲んだというのに。あの程度で、あの程度で!!

 死ぬ。みじめに、惨たらしく死ぬのだ。何の価値もない、生きている意味のない有象無象は死なず、生きるべきサルビア・リラータは死ぬ。

 

 (ヤミ)は治せない。死病(絶望)は消えない。救いはない。希望はない。希望はない、希望は、ない。ここには、ただ死病(絶望)しかない。

 

「ふざけるな……」

 

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな、ふざけるなふざけるな!! 呪詛のように木霊する声。声が枯れるのも厭わずに、喉が潰れるのも厭わずに彼女はただ呪詛を吐き続ける。

 だが、ふいに、その声は止まる。

 

「――ああ、そうか……」

 

 塵屑に少しでも、ほんの砂塵ほどでも、期待した自分が間違いだったのだ。信じられるのはただ一人、自分だけ。そうだ、そんな単純なことに気が付かないなんて、なんて馬鹿だったのだ。

 塵屑が作った賢者の石とかいう糞に縋って、それを手に入れようとしたことが、求めたこと自体が間違いなのだ。まったく効かない治癒の呪文、病院も何もかも、塵屑が作り上げたものに他ならない。

 

 つまりはそう言うことだ。塵屑を幾らが作り出した塵に意味はない。意味があるものは自分だけだ。そう、自分だけ。自分だけが、自分を救えるのだ。

 それでも塵屑が羨ましい。何も持っていないくせに、一番必要なものをもっている貴様らが羨ましい(憎らしい)。お前たちはただ私に利用されるもののくせに。

 

――寄越せ、寄越せ、寄越せ、寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ、寄越せよ!!!!

――貴様ら塵屑が生きて、この私が、死んでいいはずがないだろうが!

――奪ってやる――

 

 彼女の背後で何かが立ち上がって行く。それは、逆さの十字。逆さの磔。劫火の中で燃える、死の象徴。彼女の、心。

 

「奪ってやる。お前たち塵屑どもが持っているより、私が持っていた方が良いに決まってる! お前らの寿命を寄越せ! 私の役に立てよ、お前たちの価値なんて、それ(奪われる)以外に、何もないだろうが」

 

 そうだ、新たな呪文を創る。塵屑の作った呪文なんぞ役に立たない。塵屑の呪文を使い、塵屑に全てを任せた結果がこれだ。だから今度は自分で。自分で、己が生きる為に必要なものを作り上げるのだ。

 賢者の石よりも優れたものを創りだせばいい。この世界は塵屑の山だ。何も役に立つわけがないだろう。貴様らが私を見下すのは、誰もが持っているもの(寿命)が、私よりも長いからだ。

 

 それ以外に価値なんてない。だから使ってやる。奪い、私が直接使うのだ。お前たちはせいぜい、私に使われていれば良い。

 目の前に出て来るな蛆虫共が。私の後ろで磔になってろ。

 

 皮膚の下をはい回る蛆虫共を掻き出し握りつぶす。

 

「生きてやる。生きるのに、良いも、悪いもない。生きたいと願って、何が悪い。何をしても、生きてやる。生きて、やる、んだ」

 

 生きてやる、生きてやる、生きてやる。呪詛に願いを織り交ぜて、彼女は生きることを諦めない。生きてやるのだ必ず。諦めない。

 諦めない、諦めない諦めない。諦めない。何をしても生き延びてやる。

 

 逆十字に救いなどいらない。救いは己で創りだす。希望は奪う。(絶望)は押し付ける。それこそが、逆さ十字。

 生者を磔にし、死者を踏みにじり、逆さの磔の前で嗤う。それこそが逆十字()だ。

 

 もう遅い。誰の手も彼女には届かない。誰の救いも、彼女には届かない。誰も、誰も、誰も――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 学年末試験を終えて、学年末パーティーがやってくる。ホグワーツの長かったようで短かった一年目が終わりを告げるのだ。

 大広間には全校生徒が座っていた。その様はお祭り騒ぎと言ってもいい。ただ一つの寮のテーブルを除いて。赤と黄金、獅子を模した紋章の旗飾りが大広間を飾っている。

 

 グリフィンドールが、スリザリンの七年連続寮杯獲得を阻止した。つまりはそういうこと。学校中がお祭り騒ぎになるのは頷ける。

 あのマクゴナガルですら、喜びの笑顔を浮かべているのだから。それもこれもハリーたちのおかげなのだ。賢者の石を守った。

 

 そのことがダンブルドアによって学校中に報告された。大幅にハリーたちは加点されたのだ。それによって、グリフィンドールが最下位から首位に浮上したのだ。

 

 ハリー・ポッター。その強い意志と卓越した勇気を讃えてグリフィンドールに60点。

 

 ロナルド・ウィーズリー。この何年間かホグワーツで見る事の出来なかったような最高のチェス・ゲーム見せてくれた事を称え、グリフィンドールに50点。

 

 ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処した事を称え、グリフィンドールに50点。

 

 サルビア・リラータ。不屈の意志で、目的を成し遂げようとしたその意志に50点。

 

 良く頑張ったと褒め称えられた。グリフィンドールのヒーロー。賢者の石を護った英雄。生き残った男の子万歳。

 その輝き、その勇気に、万来の喝采を。

 

 騒がしい大広間にゴブレットを叩く音がこだまし、ダンブルドアが立ち上がる。

 

「また1年が過ぎた! 一同、ご馳走にかぶりつく前に老いぼれの戯言をお聞き願おうかのう。この一年、君たちは多くの物を学んだはずじゃ、夏休みには抜けているかもしれんが、それは良いじゃろう。では、さっそく寮対抗の表彰を行うとしよう。点数は次の通りじゃ」

 

 グリフィンドール、658点。

 スリザリン、472点

 レイブンクロー、426点。

 ハッフルパフ、352点。

 

「グリフィンドールに優勝カップを!」

 

 大歓声が上がる。誰も彼も――スリザリン以外――が喜びの声をあげていた。グリフィンドールの優勝。誰もが夢見たものだ。

 スリザリンからの優勝カップの奪還。これが成されたのだ。嬉しくないはずがない。帽子を脱ぎ捨てて喜ぶみんな。

 

 だが、その中でハリーはサルビアが目に入った。みんなが喜んでいる中で、彼女だけが俯いている。ハリーは彼女もきっと喜ぶだろうと思っていた。

 一緒にあの難関を切り抜けた仲間だから。どこか悪いのだろうか? 心配になってハリーはサルビアへと声をかけた。

 

「大丈夫? ――っ!?」

 

 その瞳と目があった瞬間、思わず声をあげそうになった。その瞳の奥に、燃える何かを幻視したからだ。恐ろしさで言えばあのヴォルデモートすら霞むほどの何かを感じた。

 だが、

 

「どうしたのハリー?」

 

 次の瞬間にはそれは消える。だから、気のせいだったとハリーは思い直した。賢者の石をめぐるあの戦いがまだ頭から離れていないのだと。

 彼女は大切な仲間だ、大切な友人だ。恐ろしいなんて思うはずがない。そう思う。だから、生まれた考えや不安は全てハリーは頭の外に追いやることにした。

 

 もう彼女からそんな恐ろしさは感じない。いつものサルビアだったから。

 

「ううん、なんでもない。少し元気がなさそうだったから」

「そう? いつも通りよ。……ううん、そうね、少しだけ。いろんなことがあったなって、思っただけよ」

 

 もう終わり。お別れ。また二年。それに感傷を感じていたのと、彼女は言った。そうだ。もうお別れなのだ。ハリーもまたその言葉でそのことを思い出す。

 学校は夏休みに入る。自分はまた、ダーズリーの所に行くのだろう。そう思えば、確かにサルビアのようになってしまうのも少しは頷ける。

 

「また会えるよ」

 

 また会える。またダーズリーの所戻るけれど、来年もホグワーツに通うのだ。だから、きっと大丈夫。そうハリーは言った。

 

「ええ、そうね」

 

 そう言って彼女は笑ったのだ。その笑顔にどこか違和感を感じたけれど、次の瞬間にはフレッドとジョージに押しつぶされ、いろんな人に抱き着かれてそれどころではなくなった。

 パーティーを楽しむ間に、そのことも忘れてしまう。

 

 そうして、帰りの汽車が出る。

 

「さぁさぁ、急げ。遅れるぞ。もうすぐ汽車が出る! みんな急げよ!」

 

 ハグリッドが生徒たちを送り出している。ハリーは、さよならを言うために彼に近づいて行った。

 

「さよならも言わずに行っちまうかと思った。お前さんに」

 

 手渡されたのはアルバムだった。両親の写真と、それから、ハーマイオニー、ロン、サルビアの写真。いつの間に撮ったのだろう。

 けれど、これ以上ない品であることは間違いなかった。

 

「ありがとう!」

「さあ、もう行け。遅れるぞ。行け。あぁ、そうだ、ハリー。もしあの馬鹿いとこのダドリーに何か悪さされたら……んだ、脅してやれ。豚の尻尾に似合う耳をつけてやるとな」

「でも、ハグリッド。未成年は学校の外じゃ魔法を使えない。知ってるでしょ?」

「ああ、でもダドリーは知らん」

 

 それもそっか、とハリーは笑った。

 

「ありがとう」

「ああ、またなハリー。来年も待ってるからな」

「うん!」

 

 それじゃあ、と言ってハリーはコンパートメントに乗り込む。そこにはかけがえのない友人がいる。

 ロン、ハーマイオニー、そしてサルビア。ホグワーツで出来た。代わりのいない、大切な友人たちだ。そんな仲間たちとハリーはロンドンへ、プリベット通りへと、戻って行くのであった――。

 

 




というわけで賢者の石編終了です。お付きあいいただきありがとうございました。
ここまで来れたのも皆様のおかげです。

二巻に入る前にサルビア勝利ルートというご都合主義なIFルートでも書いてみようかと思ってます。
二巻の内容は11日辺りからやる予定。

では、また次回。


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if ありえたかもしれない歴史 賢者の石編

途中までは、正史ルートと変わりません。

また、割とご都合主義的です。

サルビアに優しい世界です。

それでも良い方はどうぞ。


 サルビアはその瞬間、駆け出していた。一目散に賢者の石へと走り、それを手に収める。

 

「やった! ついに、ついにやった!」

 

 手に入れた賢者の石を。その石からは水が滴っている。これが命の水。もう我慢できそうになかった。それに口をつける。効果は、劇的だった。

 

「あ、ああ――」

 

 飲めば飲むほど、

 

「身体が軽くなる!」

 

 身体に巣食う病魔が消えていくのがわかる。ダムが崩壊するように、ありとあらゆる全てを飲み込むように、身体の中の病巣が小さくなり、弱まっていくのを感じる。

 

「空気の味がする!」

 

 めちゃくちゃだった感覚が正常なそれになる。感じたことのない感覚も多いが、もっとも感動的だったのはいつも地獄の炎としか思えなかった空気が、

 

「空気が、うまい!!」

 

 美味しかったことだった。これが、これが健常者の世界!

 

「ああ、ああああ! これが、これが死病(絶望)の消える感覚か!」

 

 快楽による絶頂とすら思えるほどの恍惚。なんという幸福感。これが、幸せか。これが幸福というものか。これが、世界か。めちゃくちゃだった真っ黒な世界に色がついていく。

 匂いが鮮明に感じられる。音が聞こえる。世界とはこんなにもうるさかったのか。不快感すら感じかねないほどの音の本流。今まで感じたことのないそれだが、もはやそれすらも感動を与えるものでしかなかった。

 

 これこそが、生。死を乗り越えた生の喜び。せきを切って涙が流れ出す。感涙。これぞ感嘆の涙。おそらくは世界でもっとも感動に打ち震えた涙だ。

 彼女以上に、感動を感じたものなどいるはずがないだろう。恍惚、絶頂。おそらくは、人生において最良の時間だ。

 

「私は、今、生きている!」

 

 もっと、もっとだ。賢者の石。もっと命の水をよこせ! じれったいほどゆっくりと溢れだす水を一滴ずつ飲んでいく。その度に、ゆっくりと、ゆっくりと病が癒されていくのを感じる。

 その感動は何者も理解できないだろう。彼女と同一の存在以外に理解すらできないはずだ。それは、今の状況すら忘れさせるほどの快楽であり、感動だったのだ。

 

「何をしておる。サルビアよ」

「――!?」

 

 ゆえに、見逃す。己に時間がないことを。普段の彼女ならば余裕で気がついただろう。だが、気がつかなかった。人生において、初の快楽、快感、感動に打ち震えていた彼女は気がつくことはなかった。

 もし気がついていれば、先に脱出していれば、この結果はなかっただろう。だが、彼女もまた11歳の少女であった。目の前の誘惑に抗うことはできなかったのだ。

 

 今まで耐えてきた反動とも言える。耐えてきたからこそ、健常者になるという誘惑に耐えきれなかったのだ。

 

「だ、ダンブルドア、こう、ちょう、なぜ」

 

 しまったという表情。だが、もう遅い。運命は決した見つかった時点で、終わりだ。

 

「ハリーが心配でのう。急いで戻ってきたのじゃ。ルシウスに止められたが、それも断ってのう」

「そ、そうでしたか」

「そうじゃ。そういうわけでのう。その石を渡してくれんかの」

「石を、どうするのですか?」

「ヴォルデモートがまだ生きておるとわかった以上、悪用されないように砕くつもりじゃよ」

 

 ふざけるな。砕くだと? 渡せるわけがないだろうが!

 

 渡せるはずがない。ならばどうする? 勝負する? それは馬鹿のやることだ。今世紀最大最強にして最高の魔法使いと謳われるこの男を前にしてただの11歳の少女が勝てるはずがないだろう。

 しかもサルビアは病魔に犯された状態だ。この状態で勝負しろ? 馬鹿も休み休み言え。最強のラスボスを前にして1レベルでしかも、初期装備縛りをしているようなものだぞ。

 

「君の事情はわかっておるつもりじゃ。君と似た者をわしは知っておる。あの時は、助けられんかった。じゃが、今度こそ助けたいと思っておる」

「…………」

 

 やるしかない。やるしかない。やるしかないのだ。幸い、相手は油断している。不意を突けばいけるかもしれない。

 可能性は低い。限りなく0だ。だが、諦めろと? ふざけるな。諦めるはずがない。サルビア・リラータは、諦めたことなどない。杖を引き抜き、呪文を唱えようとする。

 

「――!」

「エクスぺリアームズ。やはりこうなるのか。残念じゃよ。本当は、したくないのじゃが。少しばかり我慢しておくれ。フィニート・インカーターテム」

 

 しかし、驚異的な速度で振るわれたダンブルドアの杖。一瞬にして杖はサルビアの手を離れ、そして、化けの皮がはがされた。変身術が解ける。少女の肉体は、木乃伊のような干からびたそれに変わる。

 サルビアにとって変身術さえ解かれなければどうにかする手段はあった。石を呑み込む。自らの身体を盾に使い、ハリーをたたき起こし泣き落としをする。

 

 ああ、いくらでも手段あった。だというのに、ダンブルドアは一手目から最善手を打ってきた。そう、肝心要。サルビアの弱点となる変身術。それをまず剥がしたのだ、杖を飛ばしたうえで。

 こうなってしまえばそこに残るのはただの重篤患者ただ一人。

 

 多少マシになった程度。未だ、病魔はその肉体の中で未だ増殖を続けているのだ。完全なる治療にはまだ命の水を飲まなければならない。

 その前に化けの皮を剥がされればもはや、彼女に何かできる力など残されてはいないのだ。

 

「ごはぁっ――――」

 

 自重で足がへし折れた。膝が明後日の方向にへし曲がり筋肉は折れた骨によってぐちゃぐちゃにかき回され皮膚は引き裂け破れ、はじけ飛ぶ。

 地面に倒れればそれだけで全身の骨が砕け散った。内臓に飛び散り、刺さり喀血する。その動作を行うだけで全身がねじ曲がり腹膜を突き破って内臓が外へと飛び出す。

 

 それでも賢者の石を握り続けていた。だが、賢者の石の重さで指の骨が折れ、更には腕の骨すら折れる。賢者の石がその指から零れ落ちていく。

 希望が、救いが、その手から零れ落ちていく。

 

「ぁぁぁあぁあああぁあぁあぁぁあ!」

 

 手を伸ばす。無理矢理に。全ての痛み。全ての苦痛。へし折れた腕など知るか。そんなもの意志でねじ伏せて手を伸ばした。賢者の石へと。

 声をあげたことで、口が裂け脳の血管が切れる。構わない。目が圧力で爆裂する。構わない。自重で伸ばした腕がへし折れる。構わない! 神経がちぎれる。構わない!! 構わない構わない構わない!!!

 

 ただ手を伸ばした。もはやその手が原型すら留めておらず。もはやその眼が赤い石以外に移さなくなっても。耳が聞こえなくなっても。

 もうこれ以外にないのだ。実際に効果を示した。劇的な。もうない、これ以外に救いなんてない。だから、手を伸ばした。

 

――諦めない。諦めない諦めない。諦めない!!!

 

 不屈の意志。強い意志に運命は応えてくれる。その手は、確かに掴んだ――落ちていた(・・・・・)、ハリーの杖を!

 

「アバダ・――」

「エクスペリアームス!」

 

 そして、その杖を真っ直ぐにハリーに向けて、死の呪文を使おうとした。即座に武装解除の呪文によって弾き飛ばされる。

 ハリーを護る為に少しだけ強くかけられた呪文によって飛ばされ、サルビアの身体もまた吹き飛ぶ。それによって腕が引きちぎれかけ僅かな血管と肉と神経で繋がっているのみになってしまった。

 

「ああああああ!?」

 

 声をあげる。今まで痛みで声をあげたことのない彼女が。

 

「しまった! 大丈夫――」

 

 流石のダンブルドアも咄嗟とはやりすぎてしまったと思った。だから、すぐに心配して駆け寄ってしまったのだ。杖を下げて。とんだ善人だ。

 心配? 憐れんでいるだけだろうが!

 

「私を、憐れんだな」

 

 ダンブルドアの目と鼻の先に杖があった。彼女の杖。そう、サルビアはわざと吹き飛ばされたのだ。わざと吹き飛ばされ引きちぎれかけて少しだけ長くなった腕を無理矢理に意思の力で動かして杖を拾い、その杖をダンブルドアに向けたのだ。

 こうなってしまえば、彼女の方が早い。

 

「クルシーオ!!!」

 

 閃光と共に磔の呪文が効果を発揮する。直撃を受けたダンブルドア。何の防備もない。そう何の防備もないのだ。いや、受けたところで痛みを与える程度だと思っていた。

 己の意志力ならば耐えられる。そう思っていた。だが、

 

「ぐ――おおおおおお!?」

 

 感じたのは、磔の呪文とは思えないほどの苦痛だった。まるで、全身が病巣になったかのようだった。痛みが、全身を苛む。

 ありとあらゆる闇の魔法使いがこの呪文を使ってきた。だが、これは別格だとダンブルドアは痛みの中で思った。

 

 ありえないほどの苦痛。これがサルビア・リラータが常時抱えている痛みだとでもいうのか。

 

 全身の骨が折れているような気がした。脳の血管がはじけ飛んだ気がした。皮膚の下を蟲がはい回り内臓を食い破り腹の中を闊歩しているように感じた。

 鼓膜でも吹き飛んだのか、音が遠いようにも感じた。皮膚が泡立ち血管が破裂し、身体がぐしゃぐしゃのミンチになっているかのように感じた。

 

 燃えている。凍っている。砕けている。ありとあらゆる責め苦はもはや痛みを感じる以前に痛みがないという矛盾。

 だが、確実に磔の呪文は効果を発揮している。精神にすら痛みを与えるほどの威力。世界最高の威力と言っても過言ではない。

 

 それでも辛うじて意識が残っていたのはダンブルドアだったからか。いいや違う。この痛みですらサルビア・リラータが抱えている痛みを希釈したものでしかないからだ。

 つまり、彼女は常にこれ以上の痛みを感じて笑っているのだ。数百倍、数万倍、あるいは数億倍に希釈した痛みですら発狂しかねないほどの痛み。

 

 これでは生きているより死んだ方がましだとすら思える痛み。なんということだ。それを少女が受けるとは、なんたる憐れな。

 

「私を、見下すなよ、塵が!! 貴様は私が永遠に利用してやる。せいぜい役に立てよ塵屑が!! クルーシオ、インペリオ!」

 

 最高の磔の呪文によってダンブルドアの意思を砕く。打ち砕く。そして、何もない心の防壁も抵抗しようとする意思すらも痛みの前に木端微塵に粉砕される。

 ゆえに、抵抗すらできず服従の呪文を受けてしまった。ダンブルドアは、彼女の忠実な奴隷になってしまったのだ。

 

「あ、あははははっはははははははは!!!!!」

 

 サルビアは賢者の石を引き寄せ、命の水をすする。治癒の呪文をかける。そのたびに、身体が治癒していく。啜れば啜るほど、身体の死病(絶望)が消えていく。

 実感する、勝ったのだ。己は勝利した。運命に。乗り越えたのだ宿業を。

 

「おい、塵屑。お前はハリーと私を連れて、ここから脱出しろ。賢者の石は砕いたとして報告しろ。そして、いつも通りに校長職を続けていろ」

「はい……」

 

 そして、ダンブルドアに連れられてハリーと共にサルビアは脱出を果たす。その後は、マダム・ポンフリーによって医務室に入院させられたが問題なく退院できた。

 学年末試験も無事トップの成績で終え、ついでにグリフィンドールが優勝カップを手にした。柄にもなくハリーたちと共にお祭り騒ぎに興じてしまったのは人生の汚点だ。

 

 そうして彼女はホグワーツから屋敷へと戻ってきた。その裏手には墓がある。墓石に刻まれた名は塵屑(父親)の名だ。

 

「どうだ、見ろ! 私は勝った! お前が出来なかったことをしてやったぞ! あははははははははは!」

 

 その前で見せびらかせるように再び賢者の石に、命の水に口を付けるのだ。一口飲むごとに、身体が治って行く。健常な状態とはこんなにも素晴らしいものなのか。

 

「空気が旨い!」

 

 地獄の劫火、排煙。猛毒でしかなかった空気が美味い。朝の清々しい空気とは、こうも素晴らしいものなのか。世界が輝いている。

 木々の匂いに、草木の囁きに、ただただ涙を流すほどに、彼女は嬉しさを感じた。日光が温かい。もはや皮膚がんを発生させるだけの冷たい光が今や祝福のように温かい。

 

「身体が軽い!」

 

 今ならば何でもできる。もはや、このサルビア・リラータを止める者は何もいないのだ。変身術を解く。その下にあったのは、変身術を使っていた時と何ら変わらない美しい姿だった――。

 




はい、ご都合主義のサルビア完全勝利ルート。

たぶん、ダンブルドアだったら杖を突きつけられた状態からでもなんとかできそうな気がします。
しかし、この世界線はサルビアに優しい世界線なのでクルーシオを喰らってしまいます。
人類最高のクルーシオを喰らったダンブルドア。あの四四八ですら、玻璃爛宮くらったら倒れるのだから、当然のように立ってられません。
そこでもう一発クルーシオを打ちこんで、服従の呪文を使って服従させれば、サルビアが賢者の石を持っていることをばらす人間はいなくなり、更にはダンブルドアの後ろ盾すらも手に入れられる。

最高の勝ちルート。あとは ゆっくり根治を目指すだけ。

分岐点は、サルビアが何に手を伸ばすか。

生に縋り、賢者の石に手を伸ばせばそこで負けます。

勝利の為に、杖に手を伸ばせば、そこから逆転できる可能性のあるルートに入ります。

はい、割と無理矢理ですね。すみません。

次回の更新ですが11日か、12日です。正確な日は言えません。私がどんな状態になっているかわからないので。
更新されたらそこから二巻開始で、よろしくお願いします。

では、また次回。


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幕間

 ホグワーツ城。いつもの活気はそこにはない。夏期休暇ということもあって、いつも楽しげな声をあげる生徒たちはいない。知識の探求を求めて図書館へ通う学徒はいない。ポルターガイストのピーブスはいつも通り、騒ぐばかりだが、がらんと城の中に響くばかりだ。

 そんなホグワーツ城。途方もなく醜い大きな石の怪物(ガーゴイル)像。合言葉を唱えて、その背後の壁から螺旋階段を昇って行くと部屋が存在していた。

 

 眩暈を覚えるほどに輝く樫の扉。ノッカーはグリフィンドールをかたどったもの。おそらくは一目見ただけで気が付くだろう。

 アルバス・ダンブルドアの住まい。校長室。ここがそれだとすぐに気が付くだろう。閉じられた扉の向こう。そこには確かに、今世紀最大にして最高の魔法使いがいる。

 

 中に入れば、美しい円形の部屋であろうことがわかる。おかしな道具や小さな物音で満ち溢れており、紡錘形の華奢な脚がついたテーブルの上には、奇妙な銀の道具がたちならんで煙を吐いていた。

 壁には歴代校長の写真がかかっているが、全員が全員すやすやと睡眠中であった。大きな鉤爪脚の机もあり、その棚の後ろにはみすぼらしい組み分け帽子が乗っている。

 

 ダンブルドアはそこにいた。自らの住処にて、羽ペンを動かす。彼が今行っているのは治療呪文の開発であった。不治の病ですら完治させる。ありとあらゆる死病を快復させる。そんな呪文を彼は創りだそうとしていた。

 

「…………」

 

 うまくはいっていない。リラータの家系に巣食う病魔の呪い。あれをどうにかするには、並みの呪文では不可能だ。考えることは山ほどある。

 ありとあらゆる病を同時併発的に身に宿すリラータの家系。それを治療するのはかなりの難易度だ。あの賢者の石ですら根治は出来ないと一目サルビアの状態を見て悟った。ゆえに、彼は彼女が数年を生き延びられるだけの命の水を確保して石を破壊した。

 

 間違ったのではないか。そんな思いは確かにある。しかし、それ以上にヴォルデモートの再来を許すわけには行かないのだ。

 かつて、ただ一人で魔法界を闇のどん底へと陥れた魔法使い。その再来をダンブルドアは許すわけにはいかないのだ。

 

 たとえ、一人の少女の救いを奪う事になっても。万が一にでもヴォルデモート復活の手段を残してはおけない。 このような己は地獄へ落ちるだろう。おそらくは、彼女の手で。だが、その前に彼女を救う。

 そのために、ダンブルドアはありとあらゆる書物をこの夏の間読みふけっていた。イギリス、ドイツ、フランス、ロシア、そして日本。

 

 ありとあらゆる場所に伝わる魔法の文献を読み漁っていた。一つ、日本の書物の中に秘匿された術式に関する記述を見つけた。それもマグルの読み物の中に。

 しかし、その術式について知ることは叶わなかった。それでも良い。諦めない限りは探し続け、新しい呪文を創り上げる。

 

 彼女の病を晴らす魔法を作り上げるのだ。ただ癒すだけではいけない。再発、病魔を完全に取り除き健康体にしなければならない。

 その上で、過剰に回復させても成らない。過剰な回復はそれだけで毒となる。それでサルビアが死んでしまっては元も子もないだろう。

 

 無論、彼女を回復させられたとして、己は死ぬだろう。もしそうなって死ぬとなっても問題はない。彼女という傑物は完全な状態で残るのだ。彼女の性格上、ヴォルデモートに恭順することはない。

 むしろ、ヴォルデモートを倒してくれるだろう。ダンブルドアを正面から殺せるのであればヴォルデモートも殺せる。まず間違いなく。

 

 つまり、ダンブルドアの考えはこうだ。サルビアを絶望へと叩き落とし、憎しみを己に集めて自分を殺させるように仕向ける。

 その上で治療し万全の状態にしてからヴォルデモートにぶつける。そして、ヴォルデモートを倒す。その手はずはセブルスに任せることにした。彼ならばやってくれるだろう。

 

 これはあくまで保険だ。ヴォルデモートの不死の秘密を解き明かし、それで滅ぼせたのであれば良し。もしそうならなかった場合。ハリーとサルビア。二人を切り札として利用するのだ。

 愛する者たちを利用することは心苦しい。しかし、魔法界、ひいては世界の為だ。そのためならば、己は何でもしよう。

 

「もう一つ、保険をかけておくかのう」

 

 そう言って彼は一人の男を呼び出す。セブルス・スネイプ。魔法薬学の教諭であり、ダンブルドアが信頼する魔法使いの一人であった。

 

「如何なようですかな校長」

「ああ、セブルス。実は頼みがあってのう。治療薬を作ってほしいのじゃ」

「治療薬ですか。どこか悪くされたのですかな」

「いいや、違うのじゃセブルス。わしではない。リラータじゃ」

 

 その言葉にセブルスは、目を細めた。彼もまたリラータの事を知っている。なぜならば、サルビア・リラータの父と彼は同じ寮の先輩と後輩の関係であったからだ。

 監督生でありながら監督生に向いていないことこの上ない学生であった。幽鬼のような男であり、ただ近くにいるだけで全てを不安にさせる男であったと記憶している。

 

 セブルスが彼の真実を知ったのは死喰い人時代だ。ある偶然から再開し、リラータの秘密を知った。死病に犯され半死半生のまま生き続けていた憐れな男のことを。

 そして、その憐れな男を愛した憐れな女のことをセブルスは思い出していた。

 

「なるほど。そういうことですか。しかし、あれを治すとなると非常に難しいですぞ」

「わかっておる。じゃが、やらねばならぬのじゃ」

 

 魔法界の未来の為に――。

 

 




短いですが幕間と、報告を。

とりあえず、ダンブルドアが今更なことをやっております。

二巻ですが少しばかり投稿が遅くなりそうです。申し訳ありません。執筆する時間が取れないというのもありますが、少しスランプに落ちいった感じなのでちょっと小説とか読みながらリハビリしてきます。

いつになるか明記できないのですが、最低でも九月には始めたいと思っているのでゆっくりとお待ちくださると幸いです。



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秘密の部屋
第13話 最悪の始まり


 魔法界某所。ロンドンから程遠い廃村。かつては隆盛を誇っていたのは今は昔。今や、かつての栄光の名残すらもなく全てが時間の彼方へと消え去っていた。

 住民はいない。村の住人は全て、入口のアーチにて首を吊るされている。塵の死にざまとしてさらされているのだ。

 

 辛うじて読める文字は、かつての村の名前だろうか。吊るされた村人はからからに乾いて残った骨がからんと風に揺れてからんと音を鳴らす。

 そんな村を進み、小高い丘を登ったところにリラータの屋敷は存在している。崩れかけた屋敷。最後の住人が住む場所だ。

 

 時は、ホグワーツの夏季休暇も残り少なくなった頃。比較的きれいな、蜘蛛の巣と鼠の巣、ありとあらゆる蟲が住み着いた地下室にサルビアの姿はあった。

 目の下には濃い隈を作り、手入れを怠っていた髪はぼさぼさでだらりと垂れている。その姿は、幽霊か悪魔のようだった。見る者全てを不安にさせる暗い病の気配を発しながら彼女は広げた羊皮紙に羽ペンを走らせている。

 

 見たこともない魔法構築理論。彼女は新しい呪文を創ろうとしていた。相手から寿命を奪い、病を押し付ける魔法。

 己の病魔に根本的な治癒の術がないのであれば、病を捨てて寿命を手に入れればいいのだ。そう奪う。全てを奪うのだ。

 

「…………」

 

 しかし、進捗は芳しくはない。ある程度、病を相手に移すことは出来る。呪文一つでこれは出来る。しかし、それ以上には別の何かが必要だとサルビアは感じていた。

 条件。例えば、守護霊の呪文のように幸福な気持ちだとか、記憶だとかがトリガーとなって発動する呪文のように新しい呪文に、病の交換と寿命などの奪取を両立させるには条件がいる。

 

 また、実験体がないのも拍車をかけているだろう。村に人でもいれば日がなそれらに呪文をかけて実験するところを人がいないためできない。

 だからと言って他の場所に行って魔法を使えば魔法省に感づかれる可能性がある。マグル界で実験を行っても同じことだ。というかそちらの方が面倒くさい。

 

 別段、感づかれたところで問題はない。追手も何もかも殺してしまうのは簡単だ。闇払いだろうが、まずは変身を解いて近づいてきたところを闇討ちすれば終わる。

 ダンブルドアクラスでなければ、どうとでもできる自信はあるし、猫を被ってやれば誰でも騙せる易い世界だ。だが、それは率先して感づかれても良いということではない。

 

 全ての病を消し去ったところで日陰でしか暮らせないのであれば意味がないのだ。大手を振って魔法界で生きる。なぜ、サルビア・リラータが日陰で闇の帝王のように暮さねばならないのだ。

 塵屑どもの影で暮らす? ふざけるなよ。屑どもこそが、己が作る日陰で暮らすべきなのだ。そうでなければおかしい。

 

 ゆえに、この世界は間違っている。だからこそ、面倒なことになっているともいえるわけだが。なぜならば、ホグワーツにも通い続けなければならない。

 得てして世間とは学校を出ていない学生というものには辛辣だ。同時にそれは模範生には寛容だということを示す。別に特別なことをやる必要などなく単純に昨年通り演技を続けていればいいだけの事である。

 

 また、あの学校ならば実験体には事欠かない。禁じられた森は魔法動物の宝庫であるし、何か事件が起きれば、それに乗じて行動できる。

 起きないわけがないだろう。ハリー・ポッターが入学しただけで、賢者の石、ハロウィーンのトロール。彼を中心に色々と動きがあった。

 

 何か起きる。起きなければ起こせばいい。生き残った男の子がいる上に、ヴォルデモートが生きているとわかった今、罪をなすりつける相手には事欠かない。

 せいぜい、利用されていろ有象無象ども。それに、ハリーたち良い子ちゃんな屑どものグループに属していれば自分もその色眼鏡で見てくれる。

 

 良い子にしていれば、大人の方が勝手にかばってくれるのだ。これほど利用しやすい屑もいないだろう。大人と言うのは子供に貼られた看板で容易く態度を変える生き物だからだ。

 甚だ役に立たない塵屑どもではあるが、世間においては有用な盾にはなるのだからせいぜい利用されていろ。

 

「さて、もう一つの方は……」

 

 もう一つの方。終息呪文への対策だ。二度も、去年はそれに敗れた。二度目は特に致命的だ。対策を考えなかったわけではないが、根本的に対策のしようがない。

 なにせ終息呪文だ。その名の通り、呪文の効果を終わらせる魔法。どのような呪文ですら終わらせられる。即効性の強い呪文には意味のないものだが、持続性の効果を持つ呪文を打ち消すことが出来る。

 

 簡単なくせに効果を及ぼす呪文の範囲が広い。呪いですら解除できる。その広範囲の効果と簡単に使用できる点からも優秀な文と言える。

 これに対して呪文での対策はほとんど不可能。だが、それでも一応の対策は施しておく。根本的に防ぐことは不可能な上に、完璧とは言えないばかりか動きづらくもなる。それに関しては身体などもとから動けているとは言えないので問題はない。

 

「あとは……」

 

 と、その時、ふくろうが郵便を届けてきたのをサルビアは感知した。ホグワーツからの手紙だろう。見なくてもわかる。

 それでも一度作業を中断し、サルビアは地下室を出た。壊れかけた暖炉の前にいくつかの手紙が落ちている。ほとんどがホグワーツのものであったが、一枚ほど違うものがあった。

 

「ルシウスか」

 

 あの男からの手紙であった。内容は単純。ダイアゴン横丁に行くので、君も来ると良いといったような内容だ。渡すものがあるとも書いてある。

 

「ふん、この私に命令か。気に入らん塵屑だが、まあいい。行ってやる。渡すものとやらも興味があるしな」

 

 どうせ買い物には行かなければならないのだから、サルビアは出かける用意をする。下手をすればダイアゴン横丁に来ているかもしれないハリーたちに出会うだろうから、容姿を整える。

 目の隈やぼさぼさの髪は変身術で整え、水を出して身体を洗浄し着替えを行う。ローブに着替えたら地下室にもある暖炉、その横に置いてある壺から煙突飛行粉(フルーパウダー)を一握り暖炉へと放った。

 

 炎が緑色に変わる。躊躇うことなくその中へ入り、

 

「ダイアゴン横丁」

 

 行き先を告げると落ちるような浮遊感を感じ、次の瞬間にはダイアゴン横丁へ通じる暖炉の中についている。

 

「……」

 

 この移動法は正直ナンセンスだ。というか身体に響く。ただでさえ、重篤な病に侵されているのが酷くなりそうだ。もっとも酷くなったところで今と何ら変わらないが。

 変身術とユニコ―ンの血、それと忌々しい糞塵屑(ダンブルドア)が送ってきた使いたくないが、使わなければ生きられないため使うしかない屈辱でしかない命の水を飲んで誤魔化しているとはいえ、短すぎる寿命は刻一刻と削れていっている。こんなハードな移動は寿命を削る行為だ。

 

 いつか絶対に廃止してやる。そう誓いながら彼女は手紙の中の必要なものリストを見ていく。今回はやけに教科書が多い。

 しかもほとんどの著者は同一人物だ。ギルデロイ・ロックハート。聞いたことがない。教科書のタイトルから考えるにそれなりに有名であるのだろう。だが、聞いたことがない。

 

 まあいい。そもそも闇の魔術に対する防衛術など受けなくても問題はないのだ。問題はどうやって買い揃えるかだ。金がない。

 

「ルシウスを利用するか。あの男の事だ、涙でも溜めて、困ってますと頼ってやれば動くに違いない。利用してやるんだから、感謝しろ塵が」

 

 そんなことを思いつつフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと向かう。何やら人だかりができている。どうやら、サイン会が行われるようだ、あの教科書の著者であるロックハートの。

 耳を澄ませていればどうやら、闇の魔術に対する防衛術の新しい教諭は奴らしい。

 

 人ごみの間から見てみるが、どうにもタイトルから予想した活躍をした人物には思えない。だが、そんなことに関心はない。

 目下の関心は自らの編み出した魔法の完成だ。なにやらハリー・ポッター(役に立たない塵)がいるようだが、知ったことか。良い顔はしてやるが、役に立たなければ殺してやる。

 

 か弱い美少女は守りたくなるだろう。ホグワーツで魔法の実験をして糞塵屑(ダンブルドア)が感づいたとしても、ハリーたちがサルビアを守る。

 せいぜい盾になれよ。お前の価値はそれだけだ。それも出来ないようなら、死ね、貴様に価値はない。

 

 そんなことより使える屑(ルシウス)はどこだ。どうせあちらも息子の学用品を買いに来ているだろうから、この辺りにいるだろう。呼び出しておいていないのであれば実験台になってもらうまでだ。

 

――使える塵屑だろうと、この私の時間を無駄にしたのだから万死に値する。

 

 そう思っていると案の定ウィーズリーともめているようであった。両者殴り合いのけんかの真っ最中だ。とことん塵屑のようだ。

 両家は非常に仲が悪い。主にマグル関連で。それが終わるのを待つ。時間が無駄にされた報いは必ず受けさせてやる。

 

「良い御身分ね。呼びつけておいて、他人と喧嘩? この私の時間を無駄にしておいて、無事で済むと思うなよ塵が」

「ああ、来ていたのか」

「良いから本題を言えよ塵」

「……これを渡そうと思ってね」

 

 教科書一式。先に用意しているとは使える屑だが、中に一冊ぼろぼろの日記帳のような何かが混じっている。本題はこちらなのだろう。

 

「本来ならばウィーズリーの無駄に多い子供の誰かにでも持たせようと思ったのだが、君に持たせた方が効率がよかろう。闇の帝王の日記帳だ。ホグワーツにある特別なものを呼び出す為のものらしい。うまく使うと良い」

 

 うまく使ってダンブルドアとついでにウィーズリーを失脚させてくれと言っているようだ。やはり塵屑は塵屑か。程度が知れる。あのウィーズリーにやらせたところでうまくいくわけがないだろうが。

 そう思いながら日記帳を見た。どうやら魔法がかけられているらしい。それも闇の魔法だろう。中でも非常に高度なものだ。感じる波動は、いつぞやのヴォルデモートのものに似ている。

 

 あのヴォルデモートが遺したものであるのならば研究のし甲斐があるというものだ。ルシウスに利用される気などさらさらない。

 ばらばにしてでもこの日記帳に秘密を暴いて利用してやる。闇の帝王が遺した何か。特別なものを呼び出すのならそれも利用してやる。

 

――感嘆にむせびながら利用されろよ塵共。

 

 サルビアは日記帳を懐に滑り込ませた。

 

「父上! ――リラータ? グリフィンドールのお前が父上と何の話だ。父上もなんで、こいつなんかと!」

 

 塵屑(マルフォイ)の登場だ。どちらもマルフォイだが使えない方のマルフォイである。

 

「なに、あちらがぶつかってきたのでね。少しばかり説教をしていたところだ、と言いたいがこちらのお嬢さんはどうやら気分が悪いらしい。介抱してやったのだよ。ドラコ、男ならば紳士的な行いを心掛けるようにしろ。嫌いだからと言って、このような少女を無下に扱えば大衆は味方せん」

「……わかりました父上」

「ええ、ごめんなさい。少し眩暈がしてしまったの。あなたの御父上だったのね」

 

 すかさず猫を被る。この関係がバレるのは面倒だ。ダンブルドアに感づかれる要因を与えることになる。また、こんなつかえない屑とお知り合いなど御免こうむるのだ。

 しかし、何やら色々言っているルシウスは滑稽だ。そんなにも母親の事が好きだったのか。なんて利用しやすい屑だ。

 

「そうさ! 僕の父上は凄いんだぞ」

「これ、ドラコ。あまり往来でそう言うでない。行くぞ」

「はい、父上」

 

 使えない方のマルフォイはサルビアを一瞥して馬鹿にしたような視線を投げかけてからルシウスについていった。父親の方は幾分紳士的で使える塵だが、息子の方はどこまでも使えない塵屑だった。

 

「さて、買うものは買った。屑どもに気が付かれる前に……」

「あ、サルビアじゃないか! 久しぶり!」

 

――また貴様か、塵屑(ロナルド・ウィーズリー)

 

「ええ、久しぶりね。会えてうれしいわ」

 

 まったく思っていなかったがそう言っておいた。

 

「サルビア! 久しぶり!」

 

 次いで現れる少しは役に立つ屑(ハーマイオニー・グレンジャー)。挨拶代りにと言わんばかりに抱き着いてくる。暑苦しい離れろよ塵。

 

「ええ久しぶりね」

「ハリーも来ているのよ。ハリー! こっちよ!」

 

 呼ぶな、塵が面倒くさいんだよ。

 

「なんだい、ハーマイオニー? サルビア!」

「久しぶりねハリー。ぼろぼろね」

 

 良いざまだな。塵屑にはお似合いの恰好だ。あとは、分別をわきまえて目の前に出て来るな塵が。何か起きて疑われた時にかばってくれれば良いんだよ。

 それ以外は、視界に入るな塵が。

 

「ちょっとね。サルビアは、夏休みは楽しかった?」

「まあまあよ」

 

 魔法の研究ばかりで屋敷から一歩も出ていない。

 

「そっか、僕は大変だったよ。バーノン叔父さんが窓に鉄格子を嵌めてね」

「そうなんだよ。ハリーを閉じ込めてたんだぜ? 酷いよなぁ」

 

 ハリー(役に立たない屑)の不幸話にロン(塵屑)が盛大に同意を求めてくる。サルビアは適当に同意しておいた。面倒くさい上に毛ほども興味がないからだ。

 だが、そこであしらうとこの馬鹿どもはどうかしたのと聞いてくる。面倒くさい。死ねばいいのに。そう思いながら適当に返してやる。

 

「でも、どうやってここに来たのかしら? 鳥かごの中の小鳥さん?」

「ロンに助けてもらったんだよ」

「そう! 空飛ぶ車でね。透明にもなれるんだぜ?」

 

 ロンのわかりにくい説明だとわからなかったので、ハーマイオニーが説明する。どうやら、ロンの父親が魔法をかけた空飛ぶ車によってダーズリーの家まで飛行し、ハリーを助け出して来たということらしい。

 その車というのが、透明にもなれる代物だという。相変わらず説明がわかりやすい使える塵屑だ。せいぜい役に立てよ。

 

「そうなの」

 

 そんな風に会話をしていると一年前に見たふっくらとした女が大量の教科書を抱えてやってきた。

 

「ハリー、ハリー! サインもらってきたわ。ふふふ、握手までしてもらっちゃったわ。はい、これ教科書。もし来年使わないんだったら私に頂戴ね」

「あー、あー、はい、ウィーズリーおばさん」

 

 ウィーズリーの母親か。

 

「ママは、あいつにご執心なんだ」

 

 ロンはサイン会をしているロックハートを顎でしゃくる。白い歯がきらりと輝くイケメン。興味ない。明らかに演技していたクィレルと同レベル、いや、あれ以下としか思えないのだ。

 あれでもし演技だとしたら相当なものだ。いや、ある意味で演技なのかもしれない。演技している身からすれば、あの演技は棒だ。

 

 実物を見たのでわかったのだが教科書に書いてあるようなことをやったとは思えなかった。そういう覇気がないのだ。

 匂いがないともいえる。まあいい、こいつが雑魚かろうがなんだろうが関係はない。利用できるなら利用する。どう考えても小物だが、小物は小物の使い方があるし、この小物があんな活躍をしているという裏がある以上何かしら特技があるはずだ。

 

 そう、例えば忘却呪文とか。生徒に実験して、その事実を忘れさせるという使い方が出来る。しかも、その全てをこのロックハートに押し付けてやれば学校からも追い出せて一石二鳥だ。

 

「君はどうなんだい?」

「興味ないわ」

「そっか。良かったよ」

「兄さん、見て、これ」

 

 そこに赤毛の少女が本を持ってやってくる。ウィーズリーの娘だろう。

 

「こいつはジニー。今年からホグワーツなんだ。ジニー、彼女はサルビア。僕たちの親友さ」

「よろしく」

「あ、よろしくお願いします」

「ねえ、暇なら一緒にご飯でもどう? 奢るよ」

「……行くわ」

 

 そうしてダイアゴン横丁でハリーたちに再会したサルビアは、彼らと嫌々ながらダイアゴン横丁を回るのであった。はた目にはまったくそれを見せずに。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 日も暮れかけ。しかし、サルビアは屋敷に戻らず夜の闇(ノクターン)横丁へと足を踏み入れていた。普通ならば彼女のような可憐な少女が足を踏み入れれば何かしらされるような危険のある場所であるが誰一人として彼女に関わろうとはしていなかった。

 彼女の放つ幽鬼のような雰囲気に誰もが気圧されていたのだ。圧倒的な闇の気配。いや、病の気配。誰もが嫌悪感を抱くほどのそれを隠す相手のいない彼女はまったく隠すことなく通りを歩いている。

 

 だからこそ、誰も彼女に対して声をかけようとも、何かしようともしようとはしなかった。彼女は暗い闇をたたえた瞳で通りを睨みつけながらボージン・アンド・バークス店へと向かっていた。

 ここは非合法の品が手に入る場所だ。薄汚れた路地を進み、小汚い店の中へとサルビアは入っていく。

 

 店の主人である猫背の男、ボージンは入ってきたサルビアを見た。

 

「おお、お久しぶりですな。今回は何をお求めで?」

 

 サルビアはこの店の常連だ。非合法の品なら大抵この店で揃えることが出来る。それなりに珍しいものも金があれば手に入れてくれるのだ。

 

「わかっているだろうが」

「はい、ユニコーンの血。仕入れてありますよ。いやはや苦労しました」

 

 いくつかの小瓶をボージンは取り出して見せた。

 

「苦労もしてないくせに何を言っている塵め。この程度当然だろうが。私の役に立ったと喜べ。それで、いくらだ」

「これくらいで」

 

 五本指を立てる。

 

「シックルか」

「ガリオン」

「――チッ」

 

 これでもまけているらしい。しかも、半分以上はあのルシウスが金を払っているとか。それなら全額払えよ屑が。

 ここでこの男を殺すのは簡単だが、この男はまだ使える。忌々しげに舌打ちしながらサルビアはなけなしのガリオン金貨をボージンに投げ渡す。

 

「どうも」

 

 小瓶を受けとりサルビアはこの店から屋敷へと戻る。屋敷に入ると、そこには屋敷しもべ妖精がいた。いつぞやルシウスが連れていた奴だ。

 

「ここで何をしている」

「ご、ご主人様から、あ、あなたに従うように言われて、きました」

「そう」

 

 言ってみるものだルシウスめつくづく役に立つ屑だ。

 

「じゃあ、寝るわ。明日の用意をしておきなさい。それから先に言っておくけど、私の邪魔をしたら殺すから。何があっても殺してあげるから。それと、私が出かけるときは常についてきなさい。ホグワーツにもよ。誰にも気が付かれず、常に私の後ろを付いてきなさい。お前は私の命令だけ聞いていればいいの。もし破って私の邪魔をしたら、殺す。お前の存在など塵屑以下だということを理解しなさい」

「は、はい、御主人さま」

 

 あとを役に立つ蟲に任せてサルビアは数日振りにベッドで眠るのであった。

 

 




お待たせしました。これより第二章。秘密の部屋編を開始いたします。

逆十字として覚醒したサルビアちゃん。表向きは変わらずとも、裏では自重を捨てて行動を開始いたします。

新たなサルビアちゃんの一年の開始。どうか皆さま応援よろしくお願いします。


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第14話 新たなる一年

 9月1日。キングズ・クロス駅。相も変わらず人でごったかえすそこをサルビアは息を切らして死にそうになりながら走っていた。どこぞの塵屑が遅れた為彼女もウィーズリー一家とハリーたちと同じく急ぐ羽目になったのだ。

 重たいカートを押して走る。死にそうだった。死にそうだった。とにかく死にそうだった。ただでさえ重たいカートを押して走るのだ。サルビアは死にそうだった。

 

「フレッド、ジョージ! 先に行きなさい!」

 

 まずは、とばかりにフレッドとジョージがホームへと駆けこんでいく。続いてジニー、ウィーズリーの母親、父親が続く。

 その次にハリーと共にサルビアもホームへと飛び込んだ。何とか時間内に乗り込むことができたが、一緒に座れるコンパートメントは空いていなかったので分かれて座ることに。

 

 嬉しかったが死にそうだった。

 

「はあ、はあ……はあ、かぃ、くぁ……そ、それじゃあ、ま、また後で」

 

 死にそうなサルビアは、パチル姉妹(記憶に残らない塵屑)のいるコンパートメントになんとか転がり込んだ。

 

「ハーイ、サルビア、夏は楽しかった?」

 

 おそらくは、姉の方がなんか言ってきた。名前は覚えていない。記憶に残ってすらいない上に、こんな奴グリフィンドールにいただろうかと思う始末だ。頭も良く一度聞けば忘れないが、興味のないことや覚える価値のないものはとことん覚えていないのがサルビアである。

 ディーン・トーマス(記憶に残っていない塵)あたりがサルビアも並べて学年一の美少女と称しているらしいが男子しか知らぬことであるし、サルビアは興味が一切ない。

 

「はあ、はあ、かっ、はっ、くぅぁ、な、夏ね、と、くぁっ、と、特に、何もないわ。はあ、ふぅ、はぁ、うち田舎だから」

 

 田舎どころか廃村だがな。というか、お前ら誰だ。一度でも名前を聞けば忘れないが、あまりにも記憶に残らな過ぎて思い出せない。

 ローブの紋章からして片方、妹の方はレイブンクローらしいが、誰だ本当に。役立たずなのは確定なのだが、記憶にない。そもそもあの学校は役立たずが多すぎる。

 

「って、死にそうね? 大丈夫?」

「……大丈夫」

 

 常に死にそうな身からしたら、息切れ如きで死ぬことはない。死にそうだが。身体の方が死にそうになるだけで問題は一切ないのだ。死にそうだが。

 今は筋肉痛で足が熱を持っているのが熱いくらいか。もはや熱さなどまったく苦にはならない。死にそうだが。気にしなければどうということはない上に、動かなくなれば魔法で動かせばいいのだ。死にそうだが。

 

「そっちこそ、夏はどうだったのかしら」

「うーん? 宿題が多かったかな」

「あんなもの一日で終わるでしょう」

「それは、あんたとハーマイオニーだけでしょ」

「なんで、レイブンクローじゃないのかしら」

 

 妹の方が不思議そうに首をかしげる。

 

「組み分け帽子が選択させてくれたのよ」

「そうなの?」

「ええ、選択肢がある場合は選択を迫る場合があるのよ」

 

 選択肢を提示されたというかは脅したのだが、そんなことを言うつもりはない。

 

「へえ、そうなんだ」

 

 感心している姉。さて、もういいだろう。サルビアはもう話す気がない。そもそもこんな輩と話していても何の得にもならないのだ。

 だから、ロックハートの本(くだらない塵)を取り出して読むことにした。別に読まなくてもいいのだが、暇つぶしくらいにはなる。いや、それはもう読みたくはないのだが、これ以外に良い本がない。まさか、何も書いてない日記帳を読むことなどできはしないのだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 サルビアが本を読み始めたので、パチル姉妹は何も言わなかった。サルビアがこういう奴というのは去年一年間で姉の方は理解している。

 あまり関わりはなかったがハリーたち三人組と関わっていることが多いためそれなりに噂は多い。ハーマイオニーと同じくらい優秀でもあれば知らない方がおかしい。

 

 運動は出来ないが魔法の腕はトップクラス。才色兼備という奴でそれなりに男子に人気があるが、あまり興味はないらしい。

 人付き合いをあまりしない方なのは、今の様子と去年一年間同じ寮にいたのにあまり関わってこなかったことが証明している。

 

 それでも、グリフィンドールの寮生として恥じない正義感があると噂だ。なにせ、あのハリーたちを焚きつけて賢者の石を護ろうとしたのは彼女だという話もある。

 彼女が体調不良で入院中にハリーたちから話を聞いたので間違いはないだろう。一応、ルームメイトであるし、できればお友達になりたいものだ。

 

 ただ、去年はいつもどこかに行っているので機会がなかった。この機会に少し歩み寄ってみるとしよう。そうパーバティ・パチルが思っていると、いきなりコンパートメントの扉が開く。

 誰が入ってきたのかと思いそちらを見ると雑誌を広げた不思議な少女がいた。腰まで伸びたダーク・ブロンド。眉毛は薄く、瞳は銀色で大きい可愛らしい少女であるが、バタービールのコルクで作ったネックレス、蕪のイヤリングなど、一風変わった装飾品を身につけているため、どこかおかしな雰囲気を醸し出している。

 

 見たことがない生徒なので一年生だろうか。幼さ的にもそんな感じだ。そんな彼女はいきなりコンパートメントを開いて、断りもなくサルビアの隣に座った。

 なんなのだろうかこの子、姉妹がそう思った。サルビアは無視しているのか、気が付いていないのか本から目を外さない。

 

 これには、パーバティもズルいと思った。こうなってしまえば話しかけるのは必然、自分になってしまう。なんとかしようと妹と顔を見合わせる。

 お姉ちゃん話しかけてよ。そんな風に言われている気がする。

 

「はあ」

 

 少しだけ溜め息を吐いて、

 

「あ、あの……あなたは?」

 

 声をかけられてゆっくりと少女は、雑誌を降ろしていく。

 

「ここはどこ?」

「え?」

「私、自分のコンパートメントに戻ったはずなのに。いつの間にか別の場所にいるわ。きっとナーグルのせいよ」

 

 この子大丈夫か? 無視を決め込んでいるらしいサルビアと少女以外の面々が思った。というかナーグルって何だ?

 とりあえず、第一印象からしてダメだ、この子、手におえない。そう思っていると、彼女の方からサルビアの方へ話しかけていた。なんなんだ、この子。

 

「しわしわ角スノーカックって知っているかしら?」

 

 なんだ、それは? というかやめた方が良い。彼女はいつも穏やかだが、自分のやっていることを邪魔されるのを嫌うのだ。

 激情を表に出すような怒り方をするのではなく静かに怒る。そして、それは周りに如実にわかる。雰囲気が極度に冷たくなるのだ。まるで別人のように。

 

 それも一瞬だが、そのあとはもう酷い。興味を失くしたように無視、無視、無視だ。ハリーが飛行訓練で許可なく飛んだ時ほど彼女が恐ろしかったことはない。

 というか、綺麗な女の子にいくら話しかけても無視されて興味のない瞳を向けられることの怖さは想像に難くない。去年のハリーが気の毒になった。

 

「…………」

 

 案の定サルビアは無視を決め込んでいる。だが、少女はめげずに、というか多分何も考えずに聞いている。頼むからやめてくれ。

 そうパーバティは思う。コンパートメントの気温が眼に見えて下がっているような気がするのだ。

 

「はあ……ザ・クィブラーとかいうインチキ雑誌がいるとか言っている架空の生物でしょ。これで満足?」

 

 なんで、知っているんだ、という驚きはさておいて、まさかあのサルビアが答えるとは思ってもいなかった。いや、これは新入生の根気勝ちなのだろうか。

 しかし、それは悪手だ。興味を引きたいと考えていろいろ話していて、それに対して興味を示してくれた上に知らないことを知っていた。これは更に追及が激しくなる。

 

「違うわ」

「違わないでしょ」

「しわしわ角スノーカックは実在するの。ほら、この記事を見て」

 

 そう言って、サルビアが視線を落としている本に被せるように雑誌を開いて見せる。

 

「…………」

 

 ザ・クィブラー。その雑誌の記事には確かにしわしわ角スノーカックについて書いてあるようだった。憶測ばかりで論理的でなく、希望的観測と楽観主義をこねまわして記者が持っている羽ペンが滑って転んで、猫がその上を歩いたことで偶然出来上がったような記事だ。

 これでしわしわ角のスノーカックの存在を信じられるような奴は馬鹿か、とんだアホか底抜けの間抜け、あるいは物を知らない奴だけだろう。そんな感じの記事であった。

 

 少なくともパーバティが盗み見た限りは。

 

「ね? この記事編集しているの、お父さんなの」

「………………そう」

 

 あ、凄い嫌そう。何か、早く助けろとか視線で言われている気がする。パーバティもまた助けを求めて妹の方を見る。彼女もまた関わりたくないとばかりに本を読んでいた。

 どうやっても助けはないらしい。

 

「あの、そろ――」

 

 やめてあげよう? という言葉は最後まで発音されなかった。その前に、少女がおかしなことを言ったからだ。

 

「あなたは、なんで変身してるの?」

「……なんのことかしら」

「それのことよ」

 

 すぃ、っと彼女の指先が指示したのはサルビア自身だ。どういうこと? サルビアが変身している?

 

「……これのことかしら?」

 

 そう言って彼女が取り出したのは日記帳であった。

 

「ちが――」

「ええ、少しばかり珍しい品でね。そういう気配を発するのではないかしら。そんなことより、あなたのコンパートメントは別の場所よ。早く帰りなさい」

 

 そう言ってサルビアは彼女に何も言わせることなく、コンパートメントから押し出す。

 

「あなたじゃないわ。ルーナよ、ルーナ・ラブグッド」

 

 いや、何名乗ってるんだよ。

 

「はいはい」

 

 そう言ってサルビアはぴしゃりとコンパートメントの扉を閉めた。

 

「はあ」

「あの、お疲れ?」

「ええ、あなたが助けてくれればもっと早く済んだと思うのだけれど?」

「ごめん。でも、その日記帳なに?」

「人の日記帳でも見たいの? ただの日記帳よ。少しばかり魔法をかけてあるけど」

 

 何の魔法かは言うつもりがないのか、サルビアはそのまま日記を懐に戻す。そして、また本へと視線を戻そうとする。

 ここだ。とりあえず、このままだといたたまれないというか居心地が悪い。空気を改善するためにもここは少し話をすべきだ。

 

「ね、ねえ? 教科書さ、ロックハートさんが多いよね。どうしてかな?」

「……大方、闇の魔術に対する防衛術の先生にでも立候補したんじゃないの?」

「やっぱり! 凄い人が教員になるのね! 知ってる! ロックハート――」 

「それ以上、私の前であの男の話はしないで」

「どうして?」

 

 心底嫌そうなサルビアの顔。どうしたのだろうか。彼女がここまでの顔をするのは本当に珍しい。

 

「ロンのお母さんから死に程、そいつの話を聞かされたのよ。頭が痛くなるからやめて」

「でも、その割には本読んでるじゃない」

「仕方なくよ。他にないんだもの。今も頭痛いんだからやめて」

 

 流石にそれ以上は会話が続くわけもなく、もうすぐホグワーツに着くということでローブに着替えた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ホグワーツ特急という地獄を乗り切ったサルビア。記憶にすら残っていなかった塵屑は気にならなかった。それ以上に彼女の気を引いたのは、いや警戒心を想起させたのはあのルーナとかいう少女だ。

 マクゴナガルにも見抜かれたことのない変身術を見抜いて来た。感覚が鋭いのだろう。あるいは何か見えないものでも見えているのか。

 

 どちらにせよ厄介だ。警戒しておくことにこしたことはない。そして、面倒なことになったとも言う。あの場はああやって誤魔化すしかなかったが、手を打つならばあの場が最良であった。

 狭いコンパートメント。ルーナを殺したとして、忘却呪文をかけるのは二人だけで良かったのだ。粉々にして窓から捨ててしまえばバレることはほとんどない。

 

 あとは塵屑たちの記憶を消去してしまえば、それで終了だ。学生に真実薬を使うことはできない。学生でいるメリットの一つだ。

 だからこそ、露呈する確率は低かったが、降りてしまえば露呈する確率は高くなる。別に殺さずとも服従の呪文をかけておくだけでもよかったのだ。

 

 手を間違えたともいえるが、まあいいだろう。今からでもドビー(役に立つ蟲)を送り込んでやってもいいが、所詮は塵屑だとやめることにする。変身術を見破られたところで問題はないのだ。その時は、盛大に呪文を解いてやろう。

 誰も彼もが糞上から見下して憐れむに違いない。そして、それは隠れ蓑にもなる。忌々しいが、使えるものは何でも使う。

 

 そうしなければ生き残れはしないだろう。病人には誰も優しい。病人だから、と言って許される。

 

――ああ、忌々しい。屑どもが上から見下すなよ塵のぶんざいで。

 

 そんな風に考え事をしながらサルビアは、ハリーたちと合流し上級生について行く。昨年と違い、これからは馬車での移動となる。

 

「馬がいない馬車なんて、すごい」

「魔法界じゃ当たり前だよ」

「…………」

 

 ハリーとロンの暢気な会話を聞き流しながらサルビアは馬車を引いているものを見ていた。目が白い、外見は骨ばっていてドラゴンの様な翼をしている馬のような生物。

 セストラルと呼ばれる生物だった。死を見たことのある人間にだけ姿が見えるらしい生物。気味の悪い生物だ。死を見た者にしか見えないということで死にまつわる何かとも考えていたが、実際に見たところで何かしらの効能があるとは思えない。

 

 しかし、それでもとりあえず血と毛を採取しておく。バレないようにやるのは簡単であった。どうせ誰にも見ないのだから。

 暴れられて蹴られかけたがなんとか躱して――無様にずっこけて――無事に採取できた。

 

「どうしたの?」

 

 不審な行動をしてハーマイオニーに怪訝な目で見られたが、

 

「なんでもない」

 

 そう言えば、簡単に信じてくれた。役に立たないものでも積み上げておくものである。乗り込めばゆっくりと進みだした馬車。

 ハリーたちの話題はどんな一年生が入って来るかだったり、ジニーがきちんとグリフィンドールに入れるかどうかなどなど。

 

 これから先の一年に何が起きるかという話にシフトしていった。城についたら大広間へと移動する。待っていれば不安顔の一年生たちがやって来た。

 ハリーやロンなどは去年はあんなんだったのかと感慨深げにしている。サルビアはというと、厄介な奴は居ないかと目を光らせていた。

 

 あまり目立つ奴はいや、ルーナがいた。組み分けの儀式だというのにまだ雑誌を手にしているあたりマイペースだ。あんなのに変身術を見破られたのかと思うと反吐が出る。

 組み分け帽子が歌を歌う。昨年と違う歌詞。その後は、組み分けが始まった。特に注目していたルーナは予想外にレイブンクローへと入った。

 

 あのタイプはハッフルパフだとばかり思っていたが、レイブンクロー。頭が良いのか。それとも、変身術を見抜いたあれを評価してなのか。

 理由はわからないが、とにかく要注意人物だ。下手をすればバレる。別段変身術がバレたところで問題はないが、それ以上のものに気づかれた場合が厄介だ。あの手のタイプは気が付く可能性がある。

 

 違う寮だからと言って安心はできないだろう。隠れ見ていたというのに、サルビアに気が付いて手を振ってきたのだ。厄介極まりない。

 

「さて、いい具合にお腹もすいたことじゃろうし長話はなしじゃ。今年もまた新入生を無事に迎えることができた。上級生はよく戻ってきてくれた。今宵もまた、一杯食べて、しっかり眠り明日からの授業に備えることじゃ。

 それと、新しい教員の紹介をせねばならんのう。闇の魔術に対する防衛術の先生で、ギルデロイ・ロックハート先生じゃ」

 

 組み分けが終わったのを見届けたダンブルドアが立ち上がり、新学期のあいさつと闇の魔術に対する防衛術の先生にロックハートが就いたことを発表した。

 

「やあやあ! みなさん知ってのとおり、ギルデロイ・ロックハートです。君たちに闇の魔術に対する防衛術を教えることになりました。

 みなさん、不安もあるでしょうが心配せずとも、私の授業を受ければ、私の本に載っている――とまではいかないでしょうが、それくらいの場面には対応できるくらいの力を付けられるはずです。では、私から入学のお祝いに一つ――」

「ロックハート先生――」

 

 ロックハートは無駄に大仰に立ち上がり生徒たちに無駄に爽やかな笑顔を振り撒き、歯を無駄に光らせて、無駄に大きく手を振る。それを見て無駄に一部の女子生徒が黄色い声を上げた。うるさい、死ねばいいのに。

 それから更に何かしらやろうとして杖を取り出したところで、マクゴナガルにやんわりと断られて座らされていた。

 

「ありがとうロックハート先生。さて、では、宴を始めよう」

 

 ダンブルドアが合図すると同時に大量の料理が出てきて待ってましたとばかりにお腹をすかせた生徒たちが群がるように食べ始める。

 サルビアは、ばくばくと食べているロンを気持ち悪いものを見る目で見ながら少しずつ皿によそってちびちびと食べ始めた。

 

 そんなサルビアを見てからかってくるのがウィーズリーの双子だ。

 

「もっと食えよ。じゃないとでかくならないぜ?」

「そうそう」

 

 そう言って胸を見るな。黙れよ塵屑双子。まだ12歳だ。成長の余地がある。それに死病さえなくなればないすばでーになるのは確定した未来だ。たぶん、きっと、おそらく。

 

「ちょっと! セクハラよ」

「おっと、ハーマイオニーがお怒りだ」

「おっと、ならやめておくかな」

「まったく」

 

 そんな双子とハーマイオニーとやり取りをしていれば、ぱしゃりとカメラのシャッターが切られる音が響いた。

 

「コリン・クリービーです! 会えて光栄です!!」

「あ、ああ、よろしく、コリン」

 

 グリフィンドールの新入生がハリーへ突撃していた。組み分けの時からハリーを気にしている奴らは多かったがこいつは別格だ。

 とにかくうるさい。特にとるに足らないが、五月蝿いだけマイナスだ。どうやらまたホグワーツには屑が入ってきたようだ。

 

 そんな風に楽しい楽しい宴は終わり、寮へと移動し皆が寝静まった頃、

 

「さて、いくか。おい、塵屑。今すぐ私を閲覧禁止の棚まで移動しろ」

「は、はいぃ!」

 

 屋敷しもべ妖精のドビーを使って去年と同じく閲覧禁止の棚へと向かうサルビアなのであった。今年は、闇の魔法。魂についての理論を調べ上げる。

 夜は長い、一年は始まったばかりだ。

 




さて、サルビアにとって厄介な奴ルーナちゃん登場。

昨年と一緒で何も変わらず初日から閲覧禁止の棚へ突撃するサルビアちゃん。去年と変わりませんが、ホグワーツでも姿現しできるドビーがいるため移動が楽に。
流石はルシウスできる屑である。

次回は、初授業。薬草学から変身術。そして、みんな大好きロックハート先生による闇の魔術に対する防衛術の授業です。

しかし、闇の魔術って打つと病みの魔術ってなってしまうあたり、私のパソコンはどうかしている。

あと、このサルビアちゃん、表向き変わってないようですが自重と切れてはいけないものが切れています。戻る道を彼女は失くしました。戻る気もありません。
無事に鬼畜外道の道を歩み始めたということです。此れから先大変な事になります。

それでも良い方はまた次回。
ではでは。


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第15話 二年目の授業

 ハリーは起きてくると朝食の為に大広間へ。去年とおなじように四人で座って朝食を食べる。相変わらず食の細いサルビアのことが心配になるが、本人が大丈夫と言っているので大丈夫なのだろう。食べなくてもなんとかなることはハリーも結構知っている。

 それよりも授業の時間割を見てハリーとロンはげんなりとしていた。勉強がそれほど得意ではない二人からしたら色々な教科が増えたこともあるが、なによりもスリザリンと合同授業が多いのだ。嫌味なスリザリンを顔を合わせるだけでも嫌なのにマルフォイと授業が同じとは気がめいる。

 

「無視すればいいのよ」

 

 サルビアはげんなりしている二人にげんなりしながらそう言った。それが出来たら苦労はしない。それが出来ないから苦労しているのである。

 

「そうだけど、向こうが突っかかって来るんだから仕方ないだろ?」

「それを無視するのが大人の対応よ」

 

 そう言って食後のコーヒーをすするサルビア。確かに大人だ。その姿は確かに大人っぽい。大量の砂糖が入ったコーヒーでなければ、きっともっと良い。

 

「そうなのかな」

 

 ロンと顔を見合わせて肩をすくめる。大人の対応とやらはまだまだ難しいようだ。まだまだ12歳なのだから大人でなくともいい気がする。

 とりあえずそういうことにして、時間割を確認して最初の授業へ。最初の授業は、スプラウト先生の薬草学の授業だ。

 

 薬草学の授業の作業服に着替えて三号温室へと向かう。今まで一号室でしか授業をやってこなかった為どうなっているのかとても気になる。

 そして、やはりサルビアは走って来たのではあはあ、言っている。

 

「大丈夫?」

「だい、じょう、ぶ、ごはっ――」

 

 まったく大丈夫に見えない。ゆっくり朝食を食べ過ぎたハリーとロンが悪い。もう少し時間があると思ったのだが、いつの間にか時間が過ぎ去っていた。不思議だ。どうしてまだ時間があると思っていると時間の歩みが早いのだろうか。

 というか、あまりはあはあ、辞めた方が良いとハリーは思う。自分の責任ではあるが、ディーンやシェーマスが変な視線を向けているような気がする。

 

 さりげなく彼女を隠すように移動して、スプラウト先生について温室に入る。中に入ると仄かに甘い匂いと肥料の匂いが混ざった土の匂いがした。

 見たところ一号温室と中はさほど変わりがないように見える。ずらりと並べられた鉢植えは何の植物だろうか? その近くの耳当てが置いてあった。

 

 そんな風に中の風景についてざわざわと話していると、スプライト先生が静かにするように言う。

 

「はいはい、お静かに。新学期早々医務室で過ごしたくないのならしっかりと説明を聞くように。いいですか? 今日はマンドレイクの植え替えをします。誰か、マンドレイクの特徴が分かる人は?」

 

 ハーマイオニーが手をあげる。サルビアは手をあげなかった。多分、サルビアもわかっているはずだとハリーは思う。

 

「サルビアはわからないの?」

「わかるわよ。疲れてるの」

「ご、ごめん」

 

 一年も付き合えば流石に、言外の言葉もだいたいわかるようになってきたハリー。今のは、あなたのおかげでね、と言われた。

 

「いいのよ。でも、今度から気を付けてね」

「う、うん」

 

 その間に当てられたハーマイオニーがマンドレイクの特徴について説明する。ハーマイオニーは見事に答えることができ、グリフィンドールは十点加点された。

 それに対して、グリフィンドールは歓声を上げ、スリザリンは呻き声を漏らした。相変わらずの光景だ。スプラウト先生は気が付いているのか、いないのかまったく気にせずに授業を進める。

 

 話をしていたハリーは聞いていなかったので、サルビアに聞くと溜め息をつきつつ彼女は説明してくれた。

 マンドレイクは、マンドラゴラとも言い大抵の解毒剤の材料になる。更に、きちんと調理して食べれば意外においしいらしく、薬膳としてニッポンという国では普通に食べられているとか。

 

 そんな話をハーマイオニーはしていなかったが、思い出したように彼女は付け足した。食べたことがあるのだろうか。

 それから泣き声を聞いたものは死んでしまうという。ここにあるのは全部若い苗で、死に至るほどの強さはないが気絶くらいはするらしい。

 

「では、耳当てを付けてください。今から、実践して見せます。いいですね? 付けましたね?」

 

 全員が耳当てをしっかりとつける。

 

「まず、力いっぱい引き抜く! そして、寒くないようにしっかりと土をかぶせる。簡単です」

 

 茎を持ってスプラウト先生がマンドラレイクを引き抜く。その途端凄まじい鳴き声が温室に木霊した。聞こえていなくても思わず耳を塞ぎたくなるほどだ。

 しっかりと埋めてしまえば声は聞こえないし、簡単そうではある。だが、厳しそうだ。なにせ、人形をしているように見える。それが泣き叫んでいる様は見ているだけでその叫び声が聞こえるほどだ。現に、それでネビルは気絶してしまった。

 

「ぐえ」

 

 もれなく隣にいたサルビアを巻き込んで倒れる。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 聞こえていないがすぐに助け起こす。このままではサルビアが潰れてしまうだろうからすぐにネビルの下から助け出した。

 

「まったく、つけてても気絶するって……」

「ロングボトムは耳当てを付けてなかったの?」

「つけていても気絶しました」

「そう、とりあえず、医務室に連れて行ってからやってみましょう」

 

 ネビルが医務室に連れていかれてから、授業は再開。四人組になって一つの苗を植え替えることになった。植え替えの途中でマルフォイがふざけてマンドレイクの口に指を突っ込んで噛まれていたのがおかしくてつい笑ってしまった。

 その次の授業は、変身術の授業だ。去年の授業のことなど頭がスポンジにでもなってしまったかのように忘れてしまっていたハリーであったが、なんとかなるだろうという楽観的な気持ちでマクゴナガル先生の授業に向かう。

 

「さて、では授業を始めます。まさか、この中には、去年の授業を忘れている者などいないとは思いますが、一応去年の復習をしてから内容に入りたいと思います」

 

 授業は、一応とでも言わんばかりの前の授業のわずかばかりの復習と少しばかり難易度をあげた実技だ。内容はコガネムシをボタンに変えるというもの。

 休み中に習った事を忘れてしまったハリーは当然できない。こんなの出来るのがおかしいと思う始末だ。きっと勉強が大好きに違いない。

 

 サルビアとハーマイオニーは完璧に変身させて見せる。相変わらずそつなくこなす二人には感心してしまう。去年からしっかりと練習と復習を繰り返していたのだろう。その成果が良く出ていたと言える。

 流石とは思うが、ハリーはそれで勉強しようとはまったく思わないのだが。勉強は試験で出来れば良いと思う。それよりも頑張るべきはクィディッチとかそういうことだろう。

 

 ただし、先生はそうは思わないようだった。

 

「すばらしいです。さすがはミス・グレンジャーとミス・リラータ。二人に10点ずつあげましょう。ほら、みなさんも彼女たちを見習って頑張ってください」

 

 本当にうれしそうなマクゴナガル先生に、ほんの少しだけ申し訳なくなりつつ、こんなの無理だよと言いながらハリーとロンはコガネムシ相手に杖を振り呪文を唱えては何も起きない結果、またやり直しという嫌になるループを体験する羽目になった。

 最終的には、教えてくれとサルビアとハーマイオニーに頼んで、コツを教えてもらって事なきを得た。それでも最低限度の最低ラインだったが。

 

「はあ」

「うへ~」

 

 お昼になる頃にはハリーとロンはすっかりまいってしまっていた。こんなに授業は大変だっただろうか。まさか、本当に自分の頭はスポンジにでもなってしまったのだろうかと心配になる。

 自業自得なのだが、ダーズリー家という環境もあるだろう。おちおち魔法など使っていられないし学用品は全て鍵付きの物置の中にしまわせられているのだ。

 

 そんな風に言い訳をしつつ昼食を食べる。やはり一年生が近くにやってきてハリーに話しかけてくる。中にはサルビアに向かう者もいた。

 彼女は容姿が良いからそういう奴もいるということだ。去年一年でわりと学んだハリー。学業は駄目でもそういうことは覚えているあたり男の子である。

 

 サルビアは優しいから詰め寄られても何も言わない。こういうのは友達が言うべきだろう。そう思って行こうとしたのだが、

 

「ハリー! コリン・クリービーです! 写真良いですか!」

 

 コリンに捕まって写真をせがまれてしまう。写真を撮っている間に話は終わったらしい。ロンが気になったのか口にものを詰めながらサルビアに何の話か聞く。

 

「何話してたんだい?」

 

 ナイスロン! とハリー内心でガッツポーズ。

 

「口にものをつめたまま話さないでロン、行儀が悪いわ。で? 話? 別に何もないわよ。交際を申し込まれただけ。ちゃんと断ったわ。だって、知らない人とお付き合いなんてしたくないもの。興味もないし。何? なに安心してるの?」

「べ、別に! な、ハリー!」

「え? あ、う、うん」

 

 怪訝そうな顔をしているサルビアであったが、すぐに何か納得したような顔になり、それはさらに悪戯っぽい表情となる。

 

「あー、そっか。もしかして、私がオーケーしちゃうんじゃないかって思っちゃった? そんなわけないじゃない。私は、あなたちといる方が楽しいんだから。さあ、次の授業に行きましょう。走りたくないもの」

 

 そう言ってさっさと行ってしまったサルビア。

 

「ほら、行くわよ」

 

 いつまでも動かないハリーとロンはハーマイオニーの言葉で我に返りすぐにサルビアを追った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 午後から闇の魔術の防衛術授業だ。糞重い無駄な教科書を七冊、七冊も抱えて教室に行く。それでも走らずにすんでとても良い気分だった。すこぶるというほどではないが。

 だが、ロックハートが入って来た瞬間、その気分はしぼんでいく。ロックハートはきざったらしく桃色のマントを手で払い、颯爽と階段を降りてきた。気持ち悪い。死ねよ塵屑。

 

 そんなことをサルビアが思っているとはつゆ知らずロックハートは教室を見渡す。

 

「ウーン、教科書は机の上に広く並べて欲しい。君たちの――キュートな顔が見えなくなってしまうからね」

 

 無駄な溜めをいれて、そんな歯の浮くようなセリフを吐く。さっさと授業に入れよ、なに、キザッたいこと言ってんだ糞が。ニヤッ、っとするな気持ち悪いんだよ塵が。

 そんな罵倒も内心でならば相手には聞こえない。しかし、それでも雰囲気くらいは伝わるはずなのだが、サルビアの演技とロックハートの鈍感さによってまったくと言ってよいほど気が付かれない。

 

 ロックハートは自分が馬鹿にされていると思わず、おもむろに教科書の一冊を手に取る。その表紙にある自らを指し示し、

 

「私だ。ギルデロイ・ロックハート、勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして週刊魔女で5回連続チャーミング・スマイル賞を受賞。もっとも私はそんな事を自慢するわけではありませんよ。スマイルでカーディフの狼男やら闇の生物たちを大人しくさせたわけではありませんからね」

 

――死ねよ糞野郎。

 

 素直な感想が出た。

 

――お前のそんな面白くもない洒落なんぞ聞きたくない。いい加減普通に授業をしろ。

 

 そんなことをサルビアは思う。こいつの自慢話を聞くよりはいくらかマシだろう。もっとも塵屑程度はマシだろうというレベルだろうが。

 ロックハートは上がって行くサルビアのイライラなどつゆ知らずにマイペースに進めていく。授業ではない。自分の話をだ。

 

「さて、どうやら全員が私の本を全巻揃えたようだね。たいへんよろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。なに、心配ご無用。君たちがどのぐらい私の本を読んでいるか、どのくらい覚えているかをチェックするだけですからね」

 

 ハリーなどはマジかよと思っているが、サルビアなどは別に心配はしていない。むしろ心配は、まともなテストなのかという一点だけだった。

 そして、その心配は的中する。配られたテスト用紙の問題は、第一問目からなかなかふざけたものだった。

 

――1 ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?

――2 ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望はなに?

――3 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?

 

 思わず破り捨てようとして、しなかったサルビアは自分を褒めたくなった。こんな質問が裏表びっしりと書かれているのだ。そんなものがわかる自分が腹立たしい。全ての本を読んだサルビアだからこそ、わかる。

 わかるし、わかってしまうし、わかりたくなかった。一度読めば内容を覚えてしまう天才の自分が初めて嫌になるとか初めての経験だった。

 

 この男は早々にホグワーツから追い出すしかない。そうだ、絶対に追い出してやる。こんな奴にずっと教えられるなど御免こうむる。さっさと退場願おう。

 それでも全問正解してやった。完璧主義だったからだ。それ以外に理由などあるはずがない。0点で出すことをサルビアは拒否したのだ。己が0点など獲得するわけにはいかない。

 

 塵屑(ロン)ならばまだしもサルビア・リラータはそういう人間ではない。表向き、真面目で病弱で儚げな誰もが守りたくなる可愛らしい美少女を演じているのだから真面目に取り組む以外に方法がない。

 早々にロックハートを追い出す。新たな目標をサルビアが持った瞬間だった。そして、魔法界から抹消してやるのだ。

 

 回収したテスト用紙はその場でロックハートが採点をする。

 

「嘆かわしい。どうやら、君たちはもう少し教科書を読みこむ必要があるようですね。だが、ハーマイオニー・グレンジャー嬢と、サルビア・リラータ嬢は満点どちらも満点だ。素晴らしい」

 

 そう言って、笑顔を向けてくる。きもい。それをハーマイオニーは喜んでいるようだった。サルビアにはその気持ちがまっったく理解できなかった。

 全問正解などしたくなかった。サルビアは正直に思う。苦渋の選択だったのだ。だが、そんな気もロックハートは知らず授業を始める。

 

「さあ、良いですか皆さん注目してください。この籠には恐ろしい悪魔が入っています。捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精ですよ」

 

 不用意に近づいて籠を揺らされて驚くロックハート。サルビアは完全に授業から興味を失くしていた。今、考えるのは新しい呪文についてだ。

 昨夜も朝まで閲覧禁止の棚で本を読みふけっていた。寿命と言う概念。取り換え。それについて知識を増やしていくが今のところ目ぼしいブレイクスルーはない。条件付けについても現在は考案中だ。

 

「――おおっと、小妖精だからと言って、馬鹿には出来ませんよ? この連中は狡賢く、脅威的だ。今から布を取りますが、決して悲鳴を上げないように……それっ!」

 

 教卓に乗せられていた籠の中には、身の丈二十センチ程で群青色をしたピクシー妖精が大量に入っていた。

籠から出ようと飛び回ったり、ガタガタ籠を揺らしている。大量のピクシー妖精が一斉にしゃべりまくるのでうるさくてたまらない。

 

「さあ、それでは、君たちがピクシーをどう扱うか見てみましょう!」

 

 あろうことか、あの馬鹿はピクシーを教室に放ったのだ。

 

 ピクシーが水を得た魚の如く、勢いよく籠から飛び出した。籠に閉じ込められていた鬱憤を晴らすが如く大勢のピクシーは教室のガラスを叩き割ったり、生徒の教科書を奪い取って投げつける。

 あげく二匹のピクシーがネビルの耳を引っ張ってシャンデリアに吊り上げた。やりたい放題だ。それでもサルビアの周りには寄ってこないのが救いか。

 

 その他の生徒は走り回ったり、机の下に隠れたりしてなんとか逃れようとするが全然意味を成さない。

 

「さあ、さあ。捕まえなさい。たかがピクシーでしょう――」

 

 こんなこともできないのですか? とでも言わんばかりにロックハートが腕まくりをして杖を振りかざす。

 

「ペスキピクシペステルノミ」

 

――…………。

 

 呪文の効果はいつまでたっても現れない。そこに一匹のピクシーが現れ、ロックハートの杖を奪った。それからその杖でシャンデリアと天井を結ぶ鎖を杖で破壊し、杖を窓の外へ放り投げた。

 やはり、この男、口だけだ。しかし、好都合だった。他の生徒たちもサルビアに気を裂いている余裕はなくなった。右往左往の阿鼻叫喚。

 

「良いわ。実験台になってもらいましょう」

 

 混乱で自分に注意を払っている奴はいないのを再三にわたり確認し、サルビアは杖を抜いて目の前に来たピクシーへとを向けた。

 

「コンキタント・クルーシフィクシオ」

 

 放たれた魔法はピクシーへと直撃する。しかし、意味を成さない。いや、意味はあった。突然ピクシーが机の上でもだえ苦しみだしたのだ。

 

「ふん、私の病魔の味はどうかしら……ああ、もう死んだの」

 

 死んだピクシーを机の下で粉々にして、窓から外へと捨てた。呪文が効果を及ぼすのはわかった。あとは、望む形にどう仕上げていくかだ。

 その後、ハーマイオニーがピクシーを魔法で止めて事なきを得た。授業はそれで終わりだった――。

 

 




というわけで二年目の授業でした。相変わらずハリー視点になると大人しいサルビア。

それと、今後の展開次第ではロックハート続投の可能性があります。なにせ、こいつ役には立つんですよ。
ああ、魔法とかじゃないですよ。利用しやすいとかそんな感じです。そうなるとホグワーツの戦力がダウンするけど、まあいいですよね。

コンキタント・クルーシフィクシオ
ラテン語で直訳すると逆さ磔。
現状はただの病魔を移すだけの魔法。単純な効果だが、効果絶大。常人ならほとんど発狂即死級の魔法。

あと色々と執筆してみて、二巻の内容、相当早く終わりそうです。
理由は日記がサルビアの手にあるからです。

どうしたもんかな。何か意見とか見てみたいシチュエーションでもあれば言ってもらえると嬉しいです。
とりあえず、書くことがなくなってカットされそうな12月から6月までの間で。
色々サルビアを絡ませるでもいいのですが、私はそういう目的のない絡みというのが非常に苦手なので。

どうかお願いします。


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第16話 日記帳

 ロックハートが廊下を歩いていればさっと隠れるを繰り返しながら移動するため移動時間がかかり、結果として走らねばならなくなって去年以上にサルビアは死にかけることになった。ドビーを使えば楽に移動できるがハリーたちと一緒ではそれも出来ない。邪魔しかしない塵屑どもめ。

 それでもなんとか金曜日にフリットウィック先生の妖精の魔法の授業を受けてその夜を迎えることができたのであった。

 

 誰もが寝静まりいびきやら寝息を立てている時間。サルビアは一人、談話室の暖炉の前、昨年の冬から定位置と化した場所にいた。

 別に宿題が終わらなくて徹夜をしているというわけではない。サルビアに限ってそれはない。彼女にとって宿題や課題というものは授業後に即座に終わらせるものであるからだ。

 

 では、何をしているのかというとルシウス・マルフォイから与えられた日記帳の研究であった。屋敷にいる時にしたかったのだが、塵屑(ドビー)の調教で忙しくてできなかったのだ。落ち着いた今、思う存分研究する。

 これは間違いなく闇の帝王と称されるヴォルデモートの所持品であったであろう。役に立つ塵屑(ドビー)からも確認が取れた。

 

 問題は、これが何かという点だ。まさか、ただの日記帳とか、闇の帝王の黒歴史ノートであるわけがあるまい。中身は白紙。全てのページにおいて何かが書かれているということはなく、隠された何かがあるというわけではない。

 この日記帳はこれだけで完結している。つまり、これは存在だけで価値があるものだということだ。闇の帝王の知識、記憶、あるいは、魂。それを保管するもの。

 

 おそらくは、ヴォルデモートがこのホグワーツに封じた何かを操る術を残すものとして作成したものだろう。少なくともサルビアはそう予測した。

 

「そうでなければ、死喰い人だったあいつがこんな汚らしい日記帳を保存しているはずがない」

 

 ページをぱらぱらとめくりながら、

 

「これが考えている通りのものであるならば、封じられているのは――ヴォルデモートの魂か記憶だろう」

 

 そう言いながらサルビアはインクを付けた羽ペンを手にする。ルシウスがそこまで知っているとは思えない。あの役に立つ屑は、おそらくこれがこのホグワーツにおいて何らかの事件を起こす引き金になるものと考えたはずだ。

 なぜならば、あの男はウィーズリーとダンブルドアがとてもとても嫌いなのだ。本来はウィーズリーに渡すも言っていた。

 

 つまり、それはたとえウィーズリーに渡しても問題ないものだということ。そこから導かれるのは所有者を洗脳し、このホグワーツを揺るがせるような大事件を起こせるということだ。

 そこから考えていくと、やはり魂なり、記憶なりが封じられているのはほとんど確定だろう。

 

 分霊箱というものがある。分割した霊魂を隠した物のことであり、闇の魔法だ。魂を分割し、分霊箱が存在している限り完全な死を防ぐ効果を持つ。

 本来の肉体と肉体に宿る魂が破壊されても魂の断片を納めた分霊箱が存在する限り死なない。ただし分割された魂が滅ぼされた状態で本体が肉体的な死を迎えると、魔法を講じた者は死滅する。

 

 魂を分割するという行為、そこから生じるデメリットからサルビアは使うつもりはなかったが、というかそもそも記述自体が少ない禁呪であるため使えない。だが、魂の物質化、保存というのは実に興味がある。

 このホグワーツの図書館にすら分霊箱の記述はたった一文のみで情報がない。ならばこそ、これで分霊箱について知ることは実に有意義だと言える。

 

 確証はある。もし分霊箱だとするならば昨年ヴォルデモートが生きていた理由がわかる。これは闇の帝王の重大な秘密だ。

 ルシウスは飛んだ馬鹿をやらかしていることになる。

 

「知ったことではない。ふふふ、そんなことより、分霊箱、その秘密をぜひとも教えてもらいたいものね」

 

 さて、では早速その秘密でも教えてもらうことにしよう。この手のものは何かを書きこんでみるに限る。サルビアは、白紙のページに書きこんでみた。

 最初から全てわかっている風に行くと相手も警戒するだろう。腐っても闇の帝王が作ったものだ。ここは利用されやすい純真無垢な少女を演じてやることにする。

 

 利用しようとした相手が実は利用していた。そんな滑稽な道化のように扱ってやる。

 だから、ただの日記を書くように、猫を被って――

 

「えーっとぉ」

 

――今日はとても楽しい一日だった。授業も順調。でも、移動だけは大変。一年通ったのに慣れない。

 

 そんなことを書いてみた。

 

『それは大変だね』

 

 予想通りというか、なんというか。書いた文章は日記帳にしみ込むように消えていき、代わりに同情しているかのような文章が浮かび上がる。

 サルビアは笑みを深める。まったく望んだとおりの展開に笑いを隠せない。

 

 さも驚いたように、

 

――あなたは誰?

 

 とでも書いてやる。

 

――こんばんは、僕はトム・マールヴォロ・リドルです。君は?

 

 さて、名乗ってろうか。別段、日記如きに知られたところでも問題はなく誰かに見られたところで問題になるようなことは言う気はない。

 

――サルビア・リラータです

――じゃあ、サルビア、君はこの日記をどのようにして見つけたのですか?

 

 さて、なんと答えてやるか。誰かから貰った……は、駄目だろう。

 

――拾いました。日記の持ち主は、あなた?

――はい、僕自身です。ですが、僕はただの記憶の一部で本物の僕は別にいます。今は西暦何年ですか?

 

 サルビアが、1991年と書くと、しばらく相手は何も返してこなかった。さて、何を考えているのか。しばらくして、ページに再び文字が浮かび上がった。

 

――なるほど、それほどの時が経っていたのですね。この日記が作られたのは、サルビアの言う通りなら今から50年前という事になります。当時ホグワーツの学生だった僕は、ある目的のために自分の記憶をこの日記に保存しました。

――その目的、とはなんですか?

 

 日記は沈黙した。

 

――……君に話すようなことではありません。どうかお気になさらず。誓って悪いことではありませんから

 

 明らかな嘘だろう。沈黙が物語っている。

 

――そうですか。では、この日記ををどうすればいいですか?

――何も。時折話相手になってもらえれば嬉しいですが、日記は持っていてくれて構いません。それからこの日記の事は他の人には言わないで。他の人に知られると、悪用される危険がありますので

――わかりました。では、おやすみなさいリドル。

――お休み、サルビア。

 

 そう書きこみ、日記帳を閉じた。

 

「この私を取り込もうとしたな?」

 

 この日記帳に書き込みを始めた時から闇の力がサルビアへ影響を与えようとゆっくりと浸透してきていたのをサルビアは感じていた。

 あの程度で呑み込まれるほどサルビアは弱くはない。

 

「まあいい。せいぜい利用しているとでも思っていろ」

 

 勝ち誇っているが良い。お前に価値などないのだから。せいぜい情報を吐き出して消え失せろ。それまでは虚構の勝利の上で踊っているが良い。

 

 サルビアは日記帳を懐に入れてベッドへと戻るのであった。今年初めてベッドに入ったが……ふかふかで寝にくい。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 土曜日となり、ハリーは今週の疲れを癒す為にハグリッドを訪ねるはずだった。なにせ、ロックハートから逃げる為、結果として移動の為に走り回る羽目になった。

 更にハリーの心身を疲れさせたのはコリン・クリービーだ。どうやら彼はハリーですらまだ暗記していない自分の時間割を暗記しているらしく、一日に六回、七回も呼びかけてくる。

 

 それに対して、返事をしてやれば、ハリーがどんなに嫌な声を出そうが、迷惑がろうが幸せなのだろう。最高に良い笑顔で去って行くのだ。

 最初は良かった。だが、それも何度も続けば嫌になる。そんな諸々もなんとかやり過ごして週末。ハグリッドと約束があったが、それでも少しくらいはゆっくり寝ようとしていたら。

 

「起きろハリー!」

 

 熱い声に揺り起こされた。

 

「にゃにごとなの」

 

 寝ぼけ声を出して目を開ければそこにはグリフィンドール・クィディッチ・チームのキャプテンのオリバー・ウッドがいた。

 

「クィディッチの練習だ! 起きろ!」

 

 ハリーは寝ぼけ眼で窓の方を見た。薄赤色と金の空。うっすらと朝靄がかかっている。まだ早い時間と思われる

。というか、まだ夜が明けたとおりだ。

 

「オリバー、まだ夜が明けたばかりじゃないか」

「その通り」

 

 どうやらまだ寝たいという言外の言葉は伝わらなかったらしい。まだ夜が明けたばかり。まだ他のチームは練習をしていない。

 そのことを言ってみると、

 

「これも新しい練習計画の一部だ」

 

 その一点張り。燃え上がる炎の如き情熱は今年も健在のようだ。

 ハリーは欠伸とともに少しだけ身震いしてからベッドを降りてクィディッチ用のローブを探す。

 

「それでこそ、男だ。十五分後に競技場で会おう」

 

 チームのユニフォームである深紅のローブを身に纏って、寒いのでその上にマントを着る。その後、ロンへと走り書きのメモを残して、ニンバス2000を手に螺旋階段を降りて談話室へと向かう。

 誰もいないだろうと思っていた談話室には、なんとサルビアがいた。何かの本を読んでいる。いつもこの時間に起きているのだろうか。

 

 そう思っていつつハリーは声をかける。

 

「おはよう」

「……はあ、おはよう」

「早いね」

「あなたも早いじゃない。クィディッチの練習?」

「そうなんだ」

 

 そのあとに、君も見に来るかい? と告げようとして螺旋階段を半ば転がるようにしてコリン・クリービーが降りてきた。

 

「ハリー! さっき君の名前を呼ぶ声が聞こえたんだ! 僕、僕! これを見て欲しいって思って! 現像したんだ! 見て!」

 

 コリンが何かを手渡してくる。それは写真だ。動く写真。そこに映っているのはロックハートで、何やら写真の端で誰かの腕を引っ張っている。

 どうやら写真の中のハリーは頑張って画面に引き込まれないようにしているらしい。それにハリーは嬉しくなる。できればロックハートをぶちのめしてくれればいいのだが。

 

 ついでに、反対側にはサルビアがいて画面に入らないようにしているようだった。ハリーがみている間に、ロックハートはついに諦めて写真の城枠にもたれかかる。

 その瞬間、サルビアの失神呪文が直撃してロックハートは画面外へと倒れた。よくやってくれた! とばかりに写真の中のハリーも画面に出てくる。

 

 これにはハリーもよくやったと言いたくなった。そんな彼にコリンは、

 

「これにサインしてくれる?」

 

 そう言ってきた。

 

「ダメ」

 

 即座に断る。

 

「これからクィディッチの練習があるんだ」

「クィディッチ! 僕、見たことないんだ! 見に行っても良い?!」

 

 たぶん許可しなくてもついて来るだろう。ハリーは内心で溜め息を吐く。それならこちらから提案して主導権を握った方が良いかもしれない。

 そうすれば、うるさくもなくなるかもしれない。

 

「……わかったよ。ただし、条件がある。黙っていてくれないか」

「わかりました!」

 

 二つ返事で了承するコリン。これで良し。

 

「サルビアもどう?」

 

 それから癒しを呼ぼう。コリンと二人っきりで競技場まで黙って行くよりは、誰かと一緒に行って話しながら行くのが良いかもしれない。

 少なくとも、コリンが条件を破って話しかけてきたとしても躱せる。

 

「……忙しいのだけれど」

「お願いだよ」

 

 割と切実に頼む。じっと彼女の目を見て頼み続ける。

 

「…………はあ、わかったわ。少し待っていなさい」

 

 そう言うとサルビアは一度螺旋階段を昇って行き、マントを羽織って戻ってきた。

 

「良し、それじゃあ行こう」

 

 ようやく準備ができたので、そのまま肖像画をよじ登り競技場へと向かう。サルビアがいるので、あまり早くはいけないが、なるべく急ぎながら。

 案の定コリンはハリーと一緒にいられるのが嬉しいのか先ほどの条件など忘れてマシンガンのように話している。

 

 それに生返事とサルビアへ回したしりて躱した。クィディッチのルールを説明させられたサルビアは目に見えて機嫌が悪そうだ。

 競技場が近くなるとようやく彼は良い席を取ってくると言って去って行った。解放された時は、これほど清々しい気分はないだろうと思ったほどだ。

 

 それはサルビアも同じなのだろう。

 

「「はあ」」

 

 溜め息がハモったのがその証拠だ。なんだか、ちょっと何とも言えない空気になってしまったので、ハリーは、またあとでと言って逃げるように更衣室へと向かった。

 更衣室では、既に全員集まっているようで、ハリーが最後だった。

 

「遅いぞハリー。何かあったのか?」

「ううん、なんでもないよ。ごめん」

「そうか? なにかあったのなら言ってくれ。君は大事なチームメイトだからな」

 

 そう謝りつつ、全員そろったのでウッドが説明を開始する。

 

「グラウンドに出る前に説明しよう」

 

 そう言って彼は新しい戦法や練習法などを説明する。去年はクィディッチ杯に優勝した。おそらくは、他のチームは優勝杯を取り戻そうと躍起になるだろう。

 グリフィンドールとしては、今年も優勝したい。ゆえに、ウッドは新たな戦法や練習法を考えた。

 

「今年も勝つ。去年勝てたからって、今年も勝てるわけじゃない。だから、今年は去年よりも厳しく練習したい」

 

 勝つ。栄光を再びこの手に。朝からの練習ということもあってフレッドやジョージは眠っていたり、四年生のチェイサーであるアリシア・スピネットは船をこいでいたりしたが、彼らも彼女も勝ちたいという思いは一緒だ。

 だからこそ、ウッドの話が終わると同時に全員が目覚めて声を上げる。

 

「行くぞ!」

『オオー!』

 

 気合十分。新しい戦術を実践するために彼らはグラウンドへ出た。随分と長く更衣室にいたため、太陽はしっかりと昇っている。

 いつの間にかロンとハーマイオニーがサルビアと一緒にスタンドに座っているのが見えた。

 

「まだ、終わってないのかい?」

 

 ロンは信じられないという顔をする。

 

「まだ始まってもいないんだよ」

 

 ロンとハーマイオニーが持ち出してきたマーマレード・トーストを恨めしそうに見ながら、ハリーは箒にまたがり地面を蹴った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 クィディッチの練習。なぜ、そんなものを見ているのか。サルビアはわからなかった。後で行くのも先に行くのも、どうせ連れて来られるのなら変わらない。

 だから先に来てロンとハーマイオニーを待って、彼らが来たら彼らと共に練習を見ていたのだが、どうやら問題が起きたらしい。

 

 飛んでいた選手たちが降りていく。見れば赤のユニフォームと緑のユニフォームの一団がにらみ合いでもしているのか集まっていた。

 

「うわぁ、揉めてそう」

「行きましょ」

 

 ロンとハーマイオニーは何があったのか確かめに行くためにそちらへ向かって行った。サルビアも表向きいい子ちゃんを演じる手前行かないわけにはいかずしぶしぶついて行く。

 話は単純だった。グラウンドをグリフィンドールが予約しているのに、スリザリンがスネイプを使って割り込みをかけてきたとのことだった。

 

 更に、新型の箒2001を見せつけてはグリフィンドールを馬鹿にしているらしい。程度の低いことだ。塵屑どもの騒ぎに一切興味のないサルビアはとりあえず近くにいるだけで何も言わない。

 しかし、ロンとハーマイオニーは積極的に介入していく。塵屑(マルフォイ)がスリザリンのシーカーになり、金に物を言わせて箒を買い揃えたりして、お前たちもやったらどうだ? と言って挑発してきた。

 

 乗らなければいいのに、それに乗ってしまう使える塵屑(ハーマイオニー)

 

「お金なんて関係ないわ。少なくとも、グリフィンドールの選手はお金じゃなくて、才能で選ばれてるもの」

「誰もお前に意見なんて求めてない、生まれ損ないの穢れた血め!」

 

 マルフォイがそう言った瞬間、空気が変わった。特に、ロンを含めたグリフィンドールの選手の選手たちは烈火のごとく怒りの声を上げる。

 それも当然だった。マルフォイが放ったのは最上級の侮辱の言葉だ。使える双子の塵屑(フレッドとジョージ)に至ってはマルフォイに殴りかからん勢いだ。

 

 ロンなど今にも杖を取り出して呪いを掛けようとしている。それほどの事態に発展するほどにマルフォイの放った言葉は最大の侮辱なのだ。

 マルフォイを守るように立ちふさがるスリザリンのクィディッチ・チームのリーダーであるフリント。マルフォイへ向かったロンの呪いは、彼へと直撃してしまった。

 

 吹き飛ばされるフリント。スリザリンの選手たちが彼へと駆け寄る。彼はゲップと共にナメクジを吐き出した。ロンで良かったと言うところだ。

 もし、ハーマイオニーやサルビアが呪いを使っていたら彼はあの程度では済まなかっただろう。

 

「ああ、もうなんてことなの」

 

 ハーマイオニーはそう嘆く。意味はわからないが、自分の為に怒ってくれたことはわかる。言われた言葉が最上級の侮辱であることもしっている。

 だが、だからと言って呪いをかけるのはやり過ぎだ。もし、ここで誰か先生でも来ようものなら――、

 

「騒がしいな」

 

 舐めるようなねっとりとした声が競技場に響く。考えられる限り最悪の先生がそこに立っていた。魔法薬学教諭のセブルス・スネイプだった。

 

「新しいスリザリンのチームを見に来たのだが、これはどういうことかね」

「ウィーズリーが呪いをかけたんです」

 

 マルフォイがここぞとばかりにスネイプにそう言う。そして、ハリーたちをにやりとした顔で見てくる。

 

「なるほど。グリフィンドール50点減点。ウィーズリーは罰則だ」

「そんな! 悪いのはマルフォイなんです! マルフォイがハーマイオニーに何か酷いことを言ったから、ロンは!」

 

 ハリーは納得がいかなくてそう言うが、

 

「口答えかねポッター。更に10点減点だ。なんなら君もウィーズリーと一緒に罰則を受けるかね? ああ、それともまだ減点が足りないと見える」

 

 そう言われてしまえば、ハリーは引き下がらずを得ない。

 

「さあ、医務室へ行くぞ」

 

 そして、スネイプはスリザリンの生徒たちと共に帰って行った。

 




日記帳でトムと出会うサルビア。猫かぶりまくっております。日記帳に乗っ取られることはないでしょう。
というか、乗っ取ろうと彼女の心を覗くと……。

後半はクィディッチの練習といざこざ。
ロンの杖が無事なので呪いは無事発動。しかし、ドラコをかばおうとしたフリントに直撃。良かったね、これでドラコに直撃していたらロンの明日はなかった。

呪いもロンがかけたので不完全なものですのでフリントも無事翌日には回復しました。
そして、厄介なところで登場したスネイプ。減点と罰則を嬉々として行いフリントを医務室へ。

今回はこんな感じですかね。
次回はサルビア、秘密の部屋へ突撃するという感じです。
では、また次回。


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第17話 秘密の部屋

 色々とあった九月も終わった。ロンが罰則でロックハートのファンレター書きを手伝わされたりしたり、コリンがハリーの写真にサインをねだったりしたくらいで目ぼしいことはなかった。

 だが、色々と鬱陶しいことこの上なく、面倒くさいことが山盛りにされたこともあった。そんな九月も終わり、季節は変わりゆく。

 

 十月に入った。校庭や城に湿った冷たい空気がやってきた。そのせいか、先生にも生徒にも急に風邪が流行をし始め、害悪でしかない塵屑(マダム・ポンフリー)は大忙しであった。

 校医特製の元気爆発薬は直ぐに効いたもののそれを飲むと数時間は耳から煙を出し続ける羽目になる。飲みたくなどないが、ハーマイオニーに風邪じゃないかと疑われてバレてしまってはもはやサルビアにはどうすることもできなかった。

 

 元気爆発薬を飲まされ醜態を演じる羽目になったのだ。最悪なことに、その場に居合わせたコリンがその写真を撮ってしまった。

 クィディッチで忙しいハリーではなくロンを使ってそれを取り返そうとしたが失敗。やはり塵屑は塵屑であることを証明する結果でしかなかった。

 

 それでも何とかそれを乗り切ってサルビアは順調にことが進んでいるのを感じていた。

 

――そうなんだ、楽しそうだね

 

 トム・リドルと名乗る男。おそらくはヴォルデモート卿の在学中の名。その男とサルビアは日記でよく話をしていた。

 純真無垢な少女を演じてサルビアはリドルに近づいていた。相変わらず闇の力はサルビアの身体を蝕んでいたが、この程度病に比べれば大したことはない。

 

 むしろ困っているのはリドルの方だろう。乗っ取ろうとしているのに乗っ取れないのだから。文字には出していないがリドルの動揺がサルビアには感じられた。

 それでも抵抗は緩めているので徐々に力が奪われていく。これはいい経験だった。魔法力を奪い、自らの力として顕現しようとする。

 

 おそらくはこういうことなのだろうが、本当にいい経験になっていた。奪われる感覚を逆転させればそれは奪う感覚なのだ。

 新呪文の開発には、これほどいい経験もない。そして、その中で彼女は一つのコツとも言うべきものを掴んだのだ。

 

「効率よく奪うには相手から向けられる感情が重要か。いいえ、そうじゃないわね。相手から意識を向けられることか」

 

 いうなれば方向性だ。別々の方向を向いていては意思疎通もままならないのと同じこと。相手からの感情とこちらからの感情。その二つが相互に作用することによって効率よい奪取が出来るわけだ。

 この日記帳とのコミュニケーションは実に有意義であった。ミジンコ並みには使える蟲であったらしい。だが、これ以上の発見はないだろう。

 

 あとはいい加減、この日記帳が作られた目的を知るぐらいだ。このホグワーツに隠された何か。これが持っている情報。それを知りさえすればあとは用済みだ。

 隠された何かが使えるなら使ってやろう。だからこそ、サルビアは己の闇の力を自らに招き入れる。リドルの嬉々とした感情が伝わってくる。

 

――阿呆め、誘われていることもわからないのかこの屑は。

 

 まあ、純粋無垢な女の子を演じていたのだから誘われているなど思いもしないだろう。怪しいと思ったところで、もう遅い。

 一度目を閉じる、己の精神に世界を描く。描くものは炎。燃える増悪の焔。そして、くべられる逆さの磔。生まれた時からくすぶっていたものが今燃えている。

 

 それを自覚したまま目を開く。そこは精神世界とも言うべき場所だ。何もない。トム・リドルによって浸食され、完全に乗っ取られた。少なくともそういう風に見せている。

 そこには整った顔立ちの美青年が立っていた。リドルだ。幾度となく見せられた過去の映像にて幾度となくであった姿だ。

 

「さて、早速で悪いんだけど、君の身体を借りるとしよう。サラザール・スリザリンの継承者として、やるべきことがあるんだ。秘密の部屋を開けて、バジリスクを開放し、マグル生まれを皆殺しにする。君には、それを手伝ってもらうよ」

「…………」

 

 その姿は、実に、実に――滑稽だった。

 

「くっ――」

「ん? なんだ?」

「あはははは、きゃはははははっ――! バァーカ! この私が、お前如き塵屑に、身体を明け渡すとでも本気で思っていたのか? 塵がァ!」

「なん……だと……」

 

 リドルは動揺を隠せない。純真無垢だと思っていた少女の変貌にリドルは動揺を隠せなかった。なんだ、これは、何が起きている。

 相手の魔法力を奪い、自らの力に変えて完全に闇の力によって乗っ取ったはずだ。

 

「どこまでもおめでたい屑ね。フリに決まってるじゃない。まさか、本気にしたの? お前ごときが、私の身体を奪えるだなんて。でも、良いわ。欲しいなら、やってみなさいよ。私の身体使いたいんでしょ? ほら、やってみなさいよ」

 

 何が狙いだ。リドルは疑う。しかし、それ以上にこんな少女に自分がまけるはずがないだろうと思う。現に、彼女の精神のほとんどを掌握している。

 あとは完全に乗っ取るだけなのだ。

 

「後悔させてやろう」

 

 だからこそ、後悔させてやろう。自分で隙を作ったことを。そして――。

 

「な、なんだ!?」

 

 彼の精神は、記憶は、魂は、逆さ磔に捕えられる。燃える、燃える、燃える。身体が動かない。身体が燃えていく。

 逃げられない。最強の魔法使いたるヴォルデモート卿が逃げることができない。なんだ、これは、何が起きている。

 

 激痛と苦痛。地獄の如き責め苦がリドルを襲う。乗っ取ろうと彼女の精神に触れた。その瞬間、彼は地に伏していた。

 全身を苦痛が苛んでいる。身体がぐじゅぐじゅに腐り落ちてしまったかのよう。脳みそがでろりと溶けて流れ出してしまったのではないかというほど物が考えられない。

 

「あはっ、あはははははははははは!!! お前如きの精神で、この私に勝てるかよ! 健康で、恵まれているくせに自分が不幸だと自慰(オナニー)にふけっている塵屑の精神で闇の帝王? 残念だったなァ! おめでたい自慰野郎! お前なんて、そこらに転がる塵屑の一つにすぎないだろうが!

 利用しているつもりだったんだろうが、利用していたのはこっちなんだよ! 感謝してやる。お前は有用だったぞ。ほら、私の感謝だ、泣いて喜べよ塵屑がァ! 全ての秘密を吐き出して、死ね」

 

 燃える。燃える。燃える。炎が燃える。逆さの磔が浮かび上がる。阿鼻叫喚の地獄。最初にくべられるのはトム・リドルの魂。

 もはや侵食していくのは逆だった。サルビアの魂が、リドルの魂を犯していく。もとより、切り離された魂ではサルビアの魂に勝つことなど不可能。

 

 並みの魔法使いであれば、リドルは乗っ取れる。学生ならばもっと簡単だ。だが、サルビアは並みではない。その精神はもはや、比べる者がいない。

 そもそもいるはずがないのだ。生まれてから死病に犯されてもなお、生きることを諦めなかった精神。

 

 同じ境遇、いやそれ以上の境遇でもなければ勝てるはずもない。

 そんなものを凌駕できるとしたら何も考えない、いや、考える必要すらないほどの自負を持った馬鹿(勇者)くらいのものだ。

 

 そして、リドルは、馬鹿ではなかった。強い、弱いではない。リドルは強い。ヴォルデモートと呼ばれた最悪になるのだから、それは間違いではない。

 ただ、相手が悪かったのだ。魂の強さ、精神の強さ。怪物とも言うべきそれらを持つ少女と同じ土俵で戦おうとしたことが間違いだったのだ。ただそれだけのことである。

 

「ふん」

 

 そして、リドルの魂は完全に掌握された。あまりの痛み、恨み、増悪の波動によって壊れたかもしれない。

 封ぜられた魂はまだ健在ではあるが、もはや何もできまい。

 

「さて、それじゃあ、人形になってもらいましょうか。ふふ、起きなさいよ。ねえ、リドル」

 

 誰よりも優しく。さながら聖母のような笑顔と口調で、サルビアは倒れ伏したリドルを支え起こしてやりその瞳を覗き込んで甘い言葉をささやく。

 相手を支配する方法は実に単純だ。優しく接してやればいいのである。依存させればいいのだ。自分の存在を割り込ませて、依存させて心のよりどころとする。

 

 この方法を教えてくれたのはトム・リドル本人だ。乗っ取りを行うとき、リドルは親密になる工程を作った。最初から乗っ取らずわざわざ。

 それは、相手の深いところに入る為だ。相手の深いところを開いてそこに入り込むことによって洗脳を成す。サルビアがやっているのはそれの逆。

 

 そうすれば、あら不思議。

 

「なんでも言ってくれ。僕に出来ることならなんでもするよ」

 

 こんなにも単純に相手は服従する。ちょろいものだった。従順なしもべの完成だ。いらんがな。

 

「それじゃあ、あなたの秘密を教えて?」

 

 秘密。作られた理由。この日記帳こそがサラザール・スリザリンの後継者の証であり、ホグワーツに隠された秘密の部屋というもの。そこに眠る怪物を蘇らせる為に作られたのだと彼は語る。

 また、それだけではなく彼が16歳までに調べ上げた様々な情報を吐き出して行った。

 

「ふぅーん、そう」

 

 全てを聞き出したサルビアは日記帳を閉じた。そして、3階の女子トイレへと向かう。そこが秘密の部屋と呼ばれるサラザール・スリザリンが残した部屋への入り口だという。

 三階の女子トイレ。ここに近づく者は少ない。なぜならば、ここには一人幽霊が住みついているからだ。嘆きのマートル。そう呼ばれる彼女はここで死んだという。

 

「アラ、あなたなの」

「ええ、マートル」

 

 サルビアは彼女と知り合いであった。人が寄りつかない場所というのは貴重だ。サルビアにとってここは調合室である。

 ユニコーンの血液を濃縮したり、薬効を高めるために実験を行うための場所。トイレの一室はもはやトイレではなく、一人前の調合室と化している。

 

「何か用? 今日も何か隠れて作るのかしら」

「さあ、別の用事よ」

「そぉー」

 

 そう言って彼女は自分の個室へ引きこもった。それ以上は興味もないのだろう。もとよりサルビアも無視していたので、今更引きこもられてもなにも思わない。

 サルビアは手洗い台へと向かう。そこある蛇口の一つ。そこにはひっかいたような蛇の傷跡がある。

 

「こいつね」

 

 それに対して、サルビアは蛇語(パーセルタング)を行使する。ありとあらゆる言語をサルビアは習得している。 

 ありとあらゆる書物。ありとあらゆる賢人に話を聞く為に。時には動物とも話す。彼らは思いもよらぬ発想をもたらしてくれるのだ。

 

 人間以下の畜生には変わりないが、塵屑よりも従順で役に立つことにかわりはない。懐かれないが。

 

『開け』

 

 蛇口が眩い光を放ち、手洗い台が動き出す。手洗い台は沈み込み、みるみるうちに消え去って巨大なパイプがむき出しになった。

 大人一人が滑り込めるほどの大きさだ。

 

「ドビー、行って安全を確認して戻って来なさい。それから私を連れて下へ姿現ししろ。急げ」

「は、はい!」

 

 ドビーは飛びこむように滑り落ちていく。その全身は憐れなほど傷ついていた。サルビアに逆らわない。余計なことをしない。それを徹底的に覚え込まされた。その傷だ。

 しばらくして、戻ってきたドビーと共に姿現しする。そこはじめじめと湿った石造りの空間だった。おそらくは湖の下だろう。

 

「ルーモス・マキシマ」

 

 杖先に灯りをともす。

 

「行け」

「はぃ」

 

 ドビーを先頭にサルビアは歩いていく。墓場のように静まり返ったトンネルをサルビアは進む。ぴちゃり、ぴちゃりと湿った床が音を慣らし。時折、踏みつけた鼠の骨が音を鳴らす。

 気配はない。気配はない。トンネルを進む、塵とサルビア以外に気配は何もない。

 

「ご、ご主人様」

「なんだ、塵」

「あ、あれを」

 

 ドビーが先を指し示す。そこにあったのは巨大な曲線を描くものだった。

 

「バジリスクの抜け殻か。巨大だな。何百年生きたのやら」

 

 おそらくはサラザール・スリザリンの時代から生きているのだろう。

 

「進め。こんなものに興味はない」

 

 進む。進む。進む。暗がりを進む。奥へ、奥へ。深淵へと。進む。ふと、前方に固い壁が見えた。二匹の蛇が絡み合った彫刻が施されており、蛇の目には輝く大粒のエメラルドが埋め込まれている。

 

『開け』

 

 再び蛇語で命令すれば、絡み合っていた蛇が分かれ、両側の壁がするすると滑るように消えた。深淵が口を開けている。

 

「行けよ塵が」

「は、はいぃ!」

 

 ドビーを先行させる。杖を抜く。襲い掛かっては来ないだろう。正規の手順で中へと入っている。それにリドルの日記もある。

 

「ここが最奥のようだな」

 

 サルビアはついに深層に辿り着いた。ここが最奥だろう。そう思う場所へと辿り着いたことを悟った。薄明るい部屋。天井を見ることは出来ず、暗がりがそこにはある。

 左右一対となった蛇の彫像の間をサルビアは進む。堂々と怯える様子のなくまるでこの部屋の主は己と言わんばかりに。

 

 部屋の奥には彫像があった。巨大な彫像だ。天井に届くほどあるだろう。年老いた猿のような顔に細長い顎鬚をたたえた魔法使いの彫像。

 これが彼のサラザール・スリザリンなのだろう。邪魔だが、壊すわけにはいかない。

 

『スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強のものよ。われに話したまえ』

 

 トム・リドルから聞き出した情報そのままにサルビアは蛇語を唱える。長いこと話したから舌を噛んで血が出てしまったが知るものか。成功しているのだから。

 スリザリンの口が開く。暗い、暗い穴を穿ち、ずるり、ずるり、と思い身体を引きずり現れるのは蛇の王――バジリスクだった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 バジリスクは目覚めの時を感じ取っていた。今、再び、50年という時を越えてスリザリンの継承者が秘密の部屋に訪れたのだ。

 なればこそ、己に課せられた役割を全うする時が来たという事。穢れた血を殺し、このホグワーツを真の形とすることだ。

 

 だからこそ、侍るべき主に呼ばれた時、彼は歓喜のままにその姿を現した。主を殺さぬよう目を向けはしなかったが、気配から感じられるのは深い、深い死の気配だった。

 病巣だ、病魔だ。嫌悪感すら感じるほどの病の気配。だが、それ以上に深い深い、死の気配をそれは内包していた。少女の形をしている。それはまさに死そのものと言って良い。

 

『待ち望んだぞ、継承者よ。殺そうぞ、穢れた血を』

 

 彼は蛇語で語りかける。歓喜だ。何よりも、新たなる死の主。仕えるべき主が来たのだから。

 

『下らん』

『?』

 

 バジリスクは何か間違えただろうかと、思う。ここに来たということはスリザリンの継承者なのだろう。なればこそ、ふさわしくない穢れた血。それを殺す為に来たはずだ。

 自分の存在意義とはそれであり、スリザリンにとってふさわしい世界をつくること。だが、だというのに継承者は下らないと言い放つ。

 

『実に下らん。こんなものがサラザール・スリザリンが遺したものだと? マグル生まれを殺す為の暴力装置。ああ、実に下らん。この程度のものが秘密とは。まあいい。使ってやろう。スリザリンでは殺す為に使うしかできなかったようだが、私は違う。せいぜい私の役に立て爬虫類』

 

 尊大に、主は言った。役に立て、役に立て。そうでなければ死ね。圧倒的な死の気配、病の気配がバジリスクへと叩き付けられる。

 気が付いた時には、彼女に恭順を示していた――。

 




トム・リドル終了のお知らせと秘密の部屋占拠、忠実な爬虫類ゲットの巻。

リドルさん乗っ取ろうとして逆に乗っ取られたでござる。
しかも、全ての情報吸い出されました。分霊箱に関する16歳相当の彼の情報を全てサルビアはゲット。
16歳当時のヴォルデモート卿なので、あまり役に立つ情報はなさそうなんですけどね。

秘密の部屋を無事占拠。死の気配濃すぎてバジリスクがペットになりました。
やったねサルビアちゃん、念願のペットと別荘だよ!

次回の最期の方で、サルビアちゃんが無辜のマグル攫って外道なことします。


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第18話 堕落

 ギルデロイ・ロックハート。闇の魔術に対する防衛術の新たな教諭。はっきり言って彼は塵であった。屑であった。塵屑ではあった。

 彼の授業は聞く必要などない。大抵が彼の自慢話かでしかないからだ。はっきりいって屑以外の何物でもない。なぜそんなものがホグワーツの教員になったのか。

 

 糞の役にも立たない邪魔な巨大塵(ハグリッド)によれば、糞塵屑(ダンブルドア)が彼を雇ったのは彼以外に応募がなかったからだという。

 闇の魔術に対する防衛術の教諭はこのところ変わり続けている。何やら不吉な何かがあるのではないか。そう思われる程度には。

 

 昨年度の事件がきっかけとなり、その噂は大いに広まった、確信を持って。ゆえに、誰もホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の授業を行いたいと思う教員がいなくなってしまったということらしい。

 だからといってあのような塵屑を採用する糞塵屑も糞塵屑ではあるが、利用価値は意外とあった。

 

「有名で偉大なロックハート先生ぇ、私ぃ、この本を借りたいんですけどぉ」

 

 猫なで声で彼へと迫る。

 

「はっはっは、いいとも。リラータ嬢。良いとも、良いとも。しかし、こんな本よりも、もっと私の本をだね――」

「――ありがとうございます。偉大で有名なロックハート先生」

 

 彼はチョロイ。ちょっとだけ褒めてやればいい気になって、借りたい本の内容など見もせずに許可を出す。閲覧禁止の棚。そこの閲覧許可を取りつけたり、下級生では借りられないような本の貸し出し許可もこの塵屑は出してくれる。

 それだけにとどまらず、あなたしか手に入れられませんよねとおだてて調達を頼めば下級生では絶対に手に入れることのできない、それこそスネイプの薬品棚でしか手に入らないような魔法薬の材料を手に入れて来てくれたりする。

 

 おだてれば何でもやってくれる便利な塵屑。それがギルデロイ・ロックハートだった。追い出してやろうと思ったが、このままいてくれた方が良いかもしれない。

 サルビアは習う必要はないが、他の奴らの戦力を落とすことも出来る。敵対した際の芽を摘むということもできるわけだ。

 

「実に使えるじゃない。まあ、当然よね。私が使ってやっているんですもの」

 

 ただし、あの糞な授業を卒業まで聞かなければいかないと思うと憂鬱にもなる。便利ではあるが、やはり追い出すべきか。

 悩ましいことだ。やはり塵屑は塵屑。

 

――私の手を煩わせるなんてなってない屑だ。

 

 そう思いながらサルビアは図書館で本を借りる。司書のマダム・ピンスは疑わしげに思いつつもサルビアが望む本を持ってきてくれる。

 なぜならばサインは本物で、正規の書式で書かれたものだからだ。借りた本は、『伝説の蛇の飼育と活用法』。閲覧禁止の棚の中にある本であり、そこにはバジリスクの飼育法と活用法が書かれている。

 

 あの爬虫類(バジリスク)の餌を探るのとバジリスクが持つ強力な毒の活用法を探る為である。ここ数日腹が減ったとかでサルビアに泣きついてきたのだ。

 知るかと言いたいところであるが、勝手に食事をさせて秘密の部屋を開いたことが露見するのは不味い。噂だけではあるが、そんなものがホグワーツにあることは伝わっているのだ。

 

 何らかの怪事件があればそこに繋がる可能性もある。生徒にも教員にも見つからずに思う存分闇の魔術が行使できるあの場所を逃す手はない。

 元々闇の魔術を教授するために作られたらしき場所だ。そのための設備は整っていた。少し古かったが役に立つ蟲(ドビー)に不眠不休で整備させている。そのうち使えるようになるだろう。

 

 だからこそ、餌となるものを探す。その辺で探してもいいが、できるなら手早く済ませる為に本を借りた。無論、本命はそれではなく毒の活用法のことだ。

 万物を殺すとも言われるほど強烈な腐食性の毒。バジリスクから定期的に抜いてストックしているそれの取り扱いについて探るのだ。

 

 強力な毒は強力な薬になりうる。病魔を払う鍵になるのではないか。そう考えたのである。

 

「……外れね」

 

 しかし、本にはそれほど良い活用法が載ってはいなかった。腐食性の毒をそのまま使う事ばかりだ。薬にしようなどとは一切書かれていない。

 

「まあ、塵屑が書いた本だもの役に立つはずもないか」

 

 それでも調べておいたのは、一応だ。ゆえに、読み終えた本はそのまま即返却して、サルビアは秘密の部屋に向かうことにした。

 毒を研究するためだ。こうなればあとは総当たりで試すのが良いだろう。希少物質ではあるが、バジリスクが手元にある以上、いくらでも手に入る。できれば何かの生物に注入して効能を試してみたいところだ。

 

 何によって中和できるのかも調べておきたい。成分を分析するのだ。

 

「マグルの設備が欲しい」

 

 その点に関してはマグルの設備の方が優秀ともいえる。切って、煎じて、混ぜて、煮て。魔法薬学でやることは基本的にこれだ。

 成分の分析ともなれば専用の機械も出てくるが、より簡単に行うならマグルの設備の方が楽である。ない物を言っても仕方ない。

 

 そんなことを考えていたからだろう。目の前からやってくる相手に気が付かなかった。相手も気づいていなかった。そうなれば正面衝突だ。

 

「きゃっ」

「ぐぁ」

 

 前者が相手。後者がサルビアである。サルビアの方がダメージが大きいのは、まあ、予想のとおりである。

 

――誰だ、この塵が!

 

 サルビアが相手を見る。そこにあったのは見覚えのある赤毛だ。そう塵屑(ウィーズリー)の色だ。ジネブラ・モリー・ウィーズリー。愛称はジニー。

 髪は赤く、たっぷりとしていて長い。瞳は鳶色で、顔にはそばかすがある。サルビアほどではないが、可愛らしい美少女だ。

 

「ああ、ごめんなさい! 考え事をしていて! あ、サルビア……」

「私も考え事をしていたから、ごめんなさいね。あなたは……ジニーね。ロンの妹の」

 

 ジニーは、なぜかサルビアを見て顔を落とす。あまり会いたくないといった感じだ。何もしていないはずだが、なぜだろう。

 少なくともサルビアは彼女に対して何もしていない。教科書を買うために来ていた彼女と少し話をしたくらいだ。ホグワーツでは学年も違うので会っていない。

 

――ならば、なぜ?

 

「あー、サルビアじゃない」

 

 そこに更に面倒な相手までやって来た。バタービールのコルクで作ったネックレス、蕪のイヤリングなどを付けた少女。

 ルーナ・ラブグッドだ。

 

「…………」

「ジニー? 大丈夫? またハリーのこと考えていたの?」

 

 そんな彼女はサルビアについて何も言わず、まずはジニーの方に話しかけていた。これは立ち去るべきなのか。それとも、ここにいるべきなのか。

 

「ち、ちがっ」

「じゃあ、サルビアの事?」

 

――なぜ、私の名前が出てくる。

 

 ジニーはそれに対してなんでわかったの? という顔をしてしまった。

 

「憧れのハリー・ポッターの近くにいて、あのハリーが気にしている人だもんね」

 

 つまりは、そういうことか。憧れの人の近くにいる女子でしかも、気を使われたり色々としているサルビアについて色々と思うことがあると。

 思春期の女子が考えそうな糞くだらないことこの上ないことだった。

 

 下らないと一蹴するのは簡単だが、容易には信じまい。このまま無視するのが一番楽だが、後を引くのは面倒だ。後顧の憂いを断つということではないが、関わりたくない為ここで縁を切っておくに限る。

 

「言っておくけど、別に私そういうことないから」

 

 そう、別にそういうことはない。ハリーは使えない屑なのだ。恋愛感情など持つことなどありえない。そういうことを物凄い枚数のオブラートに包んで伝えてやった。

 まだ不信がっているようなので、もうひと押し、

 

「手伝ってあげようか?」

 

 使えない屑なのだ。お前が引き取ってくれるなら是非もない。どうせ、あの馬鹿は誰かの彼氏になったところで一度仲間と認めた者は見捨てはしないだろうから。

 むしろ、サルビアとしては引き取ってくれれば楽になる。サルビアのいる位置にジニーが来ればサルビアは自由だ。

 

 ロンに付きまとわれる可能性があるが、あの塵屑の追跡など躱すのは容易い上にハリーやハーマイオニーがいないところに連れ込んで服従の呪文でも使えば体のいい操り人形の完成だ。

 スネイプの所で被害を起こさせて、その隙に彼の貯蔵している希少な薬品なんかを盗むなどすれば楽だ。更に、うるさくもなくなる。

 

――良い案だ。隙があれば実行してみるか。

 

 ともかく、協力すると言って別れる。憧れの人に向ける淡い恋心。利用する価値もない。ルーナが何か言う前にさっさと消えることにする。

 窓のある回廊を歩けば、クィディッチ競技場が眼に入った。そこでは、土砂降りの中必死に練習しているグリフィンドールチームの姿が見える。

 

 ウッドのやる気はこの雨の中でも燃え滾っているらしい。雨の中飛ぶハリーたちをいい気味だと思いながら眺めつつ三階の女子トイレからサルビアはドビー(塵屑)を呼び出して秘密の部屋に入った。

 掃除は着々と進んでいるようだ。濡れていた床は綺麗に拭かれて磨かれて輝きを放っている。薄暗い闇の空間は今や、明るさを取り戻していた。

 

 サルビアがやってくるとバジリスクが寄ってくる。

 

『鬱陶しい寄るな爬虫類!』

 

 そう蛇語で言ってやれば悲しそうに引き下がる。何がしたいのだこの爬虫類は。

 

『毒を寄越せ』

 

 ともかく今日もまたバジリスクの毒を集める。瓶に入れて、保存する。

 

「さて、どうするか」

 

 大鍋にかけるのは却下だ。毒性が強すぎて大鍋が腐食して大穴を開けたのだ。そのおかげで毒がリドルの日記にかかって使い物にならなくなった。まあ、別にもういらないのだから良いのだが。

 なので、今度は使える塵屑(ルシウス)に壊れない大鍋を強請って買わせた。快く買ってくれた使える塵屑は本当に使える。

 

「毒はいずれ使えるようにするとして――問題はこっち」

 

 水液の中で浮かぶ黄金の眼球。遮光された瓶の中に入っている綺麗に取り出されたそれはバジリスクの瞳だった。バジリスクから研究用に摘出した瞳。

 これを直視するだけで人は死ぬ。間接的に見ても石化する。そのことから、この瞳の呪いは光情報であることがわかる。

 

 鏡や水面に反射しても効果があるのだから、そう考えるのが妥当。そして、その効果は何から及んでいるのか。それを研究するために取り出してみたのだ。

 光情報であり、相手の目を通してそれが受容されることによって効果を及ぼす。そこまではわかった。問題はこの力がどこから生じているかだ。

 

 バジリスク自身か、あるいはこの瞳自体に力があるのか。後者ならば面白いことになる。取り出したバジリスクの瞳を人の多くの人の目につくところに置くだけで大量殺人兵器の完成だ。

 間接的に見ただけでも石化するほど強力な力を持っているのだ。その有用性は計り知れない。寄越せと言って抉りだして、治癒呪文で治してまた抉りだしてやった。

 

 今では十個ほどストックがある。一応、オリジナルと効力が違う可能性があるので、ラベルで何回目に抉りだしたのか、オリジナルなのかどうかラベルを張ってある。

 オリジナルの瓶を両手に持つ。かなり大きいそれ。遮光されていなければサルビアですら直視すれば死ぬほどの兵器。

 

 だが、それは綺麗なものだった。この力を取り込めれば切り札になるだろう。オンオフを付けられれば最高だ。糞塵屑(ダンブルドア)ですら防げないだろう。

 なぜならば瞳を直視すれば死ぬからだ。是非とも切り札としてほしい。生き残る為の方策を探すことも大事だが、力を付けることも肝要だ。

 

 そのためにはなんでもやる。

 

「おい、屑。持ってきたか」

「は、はい」

 

 ドビーから連れて来させた人間たち。鎖で繋がれた十数名の人間。全員がマグルだ。わざわざドイツ、フランスなどにドビーを派遣して攫わせてきた。

 足が付かないようにわざわざマグル界から、それも身寄りのない者たち、消えてもおかしくない者たちばかりを集めた。入念にそいつらの痕跡を消した。

 

 ダンブルドアだろうが、誰であろうが、人が消えたことに気が付かない。それくらいに入念に攫った。

 全員が全員、わけがわからないと言った表情で唸ったり、鎖を引きちぎろうとしている。

 

 バジリスクの瞳の効果を探る為には実験材料がいる。また、魔法薬の新薬開発や新呪文の実験をするにも実験体は必要だ。

 そのための人員(塵屑共)である。

 

「一人、連れて来い」

「は、はぃ」

 

 ドビーが言われた通り、一人を連れてくる。魔法で幕を作り、その中でサルビアは抉りだしたバジリスクの瞳をその人間に見せた。

 それを十度続ける。全てにおいて効果を発揮したが、十全に死亡と言う力を発揮したものはなかった。

 

 全て石化にとどまったのだ。これは抉ったからというよりは、バジリスク本体と瞳がセットで十全の効果を発揮するものということだ。

 瞳自体にも力があって石化という現象を引き起こせるが、死という現象を引き起こすにバジリスクの身体もいるということだ。

 

 ただ、それでも使える。

 

そう都合よくはいかないけど、力自体に瞳にあるようだし、これはこれで使える。ただ、死なせるにはバジリスク本体がいた方が良いか。バジリスクを量産するか」

 

 また使える塵屑(ルシウス)を使うとしよう。孵化させたバジリスクを魔法で急速に成長させるのだ。

 

「さて、じゃあ、解剖でもしましょうか」

 

 石化とは何か。それについて探求してみよう。上手くいけば病巣を石化させて転移や病状の進行をストップさせることができるかもしれない。

 幸いなことに石化した人間の標本がいっぱいだ。これを逃す手はない。

 

「この私の役に立てるのだから、泣いて喜びなさいよ」

 

 そう言って彼女は転がっている石化した人間の下へと向かう。そして、その腹を裂く。普通にはやはり石になっているため、魔法ですっぱりと裂いてしまう。

 心臓は動いていない。全てが止まっている。目から入った力がどうやって全身に作用しているのか。それも中身を見ればわかるだろう。

 

 そう言って切り開いていく。

 

「神経、かしらね」

 

 その結果、わかったのはおそらく神経に沿って石化しているということだ。目から入った光情報はそのまま神経を通して全身に作用させるのだろう。

 中々に興味深い。

 

「じゃあ、次、部分的に石化を解除したらどうなるのでしょーか」

 

 石化を戻す薬。それを心臓にかけてやる。すると心臓が動き出す。そして、破裂した。

 

「汚い。まったく」

 

 血を送り出そうとして石化している部位には送り出せず溜まり溜まった血液によって心臓が破裂した。そんなところだろう。

 心臓は呪文で再生させて全て元通りにしてから、石化を解いて再びバジリスクの瞳を見せて石化させる。

 

 次は腕だ。足、末端などにかける。すると、するりとちぎれたように抗石化薬をかけた部分から先が落ちた。

 興味深い結果ではあるがこれでは役に立ちそうにない。成功していれば石化によって病魔の進行を遅らせられるかもしれなかったが、失敗しては意味がない。

 

 部分石化解除で落ちた箇所を元に戻して、ドビーに別の部屋に仕舞わせる。ドビーはなんて恐ろしいことを、と恐れおののいていた。

 サルビアにはその理由がわかるが、それがどうしたとばかりだ。誰も死んでいないのだからいいだろう。

 

 今は、まだ糞塵屑に気が付かれては面倒なことになる。今はまだ、糞塵屑の掌の上から出ることができない。

 ここで無辜の人を殺したのであれば、糞塵屑(ダンブルドア)はサルビアを滅ぼすだろう。人として、魔法使いとして越えてはならない一線を越えたとして動き出す。

 

 今世紀、最大にして最強の魔法使い、アルバス・ダンブルドアが。

 

 何度シミュレートしても、負ける。バジリスクを嗾けたとしても撃退される。同時に襲ったとして、あしらわれる。

 終息呪文など使わずとも隔絶した魔法技術が、全てを叩き潰すだろう。

 

「今では、勝てん。ああ、忌々しいぞ、塵の分際で」

 

 去年は負けた。今年もまだ、負ける。だからこそ、今はまだ奴の下に従ってやる。足りないのは経験。それと魔法だ。それがそろうまでは、伏して待つ。

 

「だから、今は、何もしないでおいてやる」

 

 それに、石化している限り塵屑どもは死ななくて済むのだから、むしろ感謝されるべきだろう。

 永遠の命だ。誰もが望むものだろうが。永遠に使い潰されろ。

 

「さて、新呪文の実験でもしましょうか」

 

 トム・リドルから学んだ、感情の方向性による魔法力、生命力の奪取。それを試してみることにする。

 一人の石化を解く。石化から解けたマグルは、

 

「ひ、ひぃいい!」

 

 恐怖に駆られて逃げ出した。恐怖という感情は真っ直ぐにサルビアに向いている。サルビアは、

 

「コンキタント・クルーシフィクシオ!」

 

 呪文を唱えた。

 

「ぎゃあああああ――――!?」

 

 悲鳴が木霊する。うるさいので、石化させて次の新薬の実験まで保存する。

 呪文の効果は、

 

「多少奪えた感じがある。これで間違いない。相手が私に強い感情を向けていれば押し付けて、奪い取ることが出来る」

 

 ここから先に進むには生命力、魂、そういったものに対してもっと理解を深める必要があるだろう。重要なのはイメージと感覚、経験だ。

 だが、それでも大きな前進だった。サルビアは恐怖に歪んだ石像に一つを見下ろす。

 

「私の役に立てるのだから、泣いて喜びなさい」

 

 そして、そう呟いた。その言葉が、秘密の部屋に木霊した――。

 




サルビアちゃん、堕ちていく。逆十字よろしく、人を逆さ磔の生け贄ににくべながら、歩んでいきます。
本当は、人殺しさせようかと思ったのですが、個人的には殺して終了より永遠に実験し続ける方が鬼畜だと思うので、こうなりました。

死にそうになっても石化すれば死なないよ。やったね、永遠に実験し続けられるね(白目)

現在のサルビアの状態は、盧生の下で盧生の力を奪うために力をつけているセージ状態です。
ダンブルドアの能力は文字通り作中最強。現状ではサルビアが何をやっても勝てません。

だから伏して待つ。力がついたその時が、真の始まりです。だから、四巻とか、五巻あたりが怖いところ。

こんな魔法合戦に今後飛び込むことになりそうなハリー。本当についてこれるのでしょうか。
愛と勇気と友情でなにかが起きてパワーアップできればいいなぁ。

新呪文ももう少しで完成。来年には出来上がるかな。魂とかそういう文献を読み込んでこのレベルなので、ここから先は文献では無理。実体験が必要。
つまり吸魂鬼の力が必要になります。必然的に来年ですね。

果たしてサルビアちゃんに明日はあるのか。

次回、ハリーたちは絶命日パーティーへ。
サルビアは、ユニコーンときゃっきゃうふふしに森へ。

では、また次回。


一応の補足
サルビアがダンブルドアに勝てない理由
逆さ磔の条件には嵌りますが、勝てない理由。

逆さ磔とはいえど魔法バージョンなので防げます。エクスペリアームズで相殺とかできます。許されざる呪文クラスなのでプロテゴとかでは防げませんが、エクスペリアームズとかで力押しすると防げます。
ダンブルドアなら力押しで押し切れます。

また、逆十字の逆さ磔と違うところは広範囲に影響を及ぼせないという点。呪文が当たらないと効果がないという点です。
如何に速く相手に当てられるかが鍵なので、ダンブルドアに当てるには確実に不意打ち。あるいは魔法戦で上回る必要がある。

そのためまだ勝てないということです。


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第19話 絶命日パーティー

 クィディッチの練習を終えて、くたくたになりながらフィルチからの罰則をほとんど首なしニックのおかげで回避したハリーは談話室に戻って温かい暖炉の前でロンとハーマイオニー、サルビア、それから彼女が呼んだジニーと話をしていた。

 

「絶命日パーティーですって? 生きているうちに招かれた人って、そんなに多くないはずだわ――面白そう!」

 

 ハーマイオニーは笑顔でそう言った。彼女は魔法薬の宿題を終えていたので、そう言えるのである。隣のロンなどは、

 

「自分の死んだ日を祝うなんてどういうわけ?」

 

 と機嫌が悪い。なぜならば彼は宿題が半分しか終わっていないのだ。というのもハリーもまったく終わっていなかったが。

 

「死ぬほど落ち込みそうじゃないか」

 

 ジニーはそんなロンに何やらいいたそうにしていたが、ハリーの前なのか顔を赤くして何も言えなかった。ロンとハーマイオニーはそんな彼女を見て、顔を見合わせてからハリーを見て肩をすくめた。

 何が言いたいんだろうか? ハリーにはまったくわからなかった。

 

「サルビアはどう?」

「…………行かないわ。用事があるの、代わりにジニーでも連れて行きなさいな」

「そうなんだ」

 

 残念だった。でも、用事があるなら仕方ない。ハリーはそう思ってジニーの方を見る。

 

「どうだい、ジニー?」

「あ、い、行く!」

 

 何やら一世一代の決意を込めて言ったような気がするが、気のせいだろう。ハリーがそう思っていると、フレッドとジョージが連れてきたという火トカゲが空中に跳びあがり、派手に火花を散らして大きな音をたてながら部屋中を物凄い勢いでぐるぐるとまわり始めた。

 先ほどから騒いでいたのだが、フレッドとジョージは、火トカゲにフィリバスターの長々花火を食べさせたらどういうことになるかを試そうとしていたのだ。

 

 どうやら実行に移されたらしい。彼らの兄であり監督生であるパーシーは、声を枯らす勢いで双子を怒鳴りつけていた。

 火トカゲはというと、口から滝のように橙色の星を流れ出して素晴らしい眺めになっていた。爆発音とともに暖炉の中に逃げ込んだ。

 

 フィルチの事で考えることがあったのだが、そのことはすっぱりとハリーの頭の中から消えてしまった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ハロウィーンが近づくある日。

 

「…………」

「…………」

 

 空いた教室の中で、サルビアは面倒なことになった、と思っていた。目の前にいるのはグリフィンドールの監督生であるパーシー・ウィーズリー。

 別にサルビアは彼に睨まれるようなことをしたわけではない。いや、ある意味でしているというか、してしまったということかはあるのだが、それほど騒ぐことだろうか。

 

 そうパーシーが、レイブンクローの監督生であるペネロピー。クリアウォーターと逢っていたとか、こっそりとキスなんてことをしていることを目撃した、されたことがそんなに騒ぐことなのか。

 件のペネロピーはいない。パーシーが逃がした。それで、サルビアは空の教室でパーシーに引き留められていた。

 

「見た、よね」

「…………ええ」

「そうか。できれば、秘密にしておいてくれると助かる」

「そんなに秘密にしておくことかしら」

 

 別に良いだろう。そんなくだらないことを言うためだけに引き留めたのかこの塵屑は。やはり塵屑(ウィーズリー)の家系は邪魔しかしない。

 

「僕は監督生だ」

 

 だからなんだよ。監督生だからって一々秘密の交際をしなければならないのか? 面倒くさいことこの上ないぞこの塵が。

 

「……そう。誰にも言わないわ。もう行っていい?」

 

 いい加減解放しろ塵が。

 

「ああ、くれぐれも頼むよ」

「……わかったわよ」

 

 うんざりしながらサルビアは教室を出た。

 前向きに考えるとしよう。弱みを手に入れたのだ。もしものときは脅して従えればいい。あるいは、ペネロピーとかいう塵を人質にすれば勝手に動いてくれるだろう。

 

「さて、行きましょう」

 

 そういって彼女は秘密の部屋へと向かう。独自にそろえたヒキガエルと雄鶏の卵。孵化しているか確認したが孵化していないようだ。

 伝説の生物であるから、そう簡単に出来るものではないだろう。気長にやるしかないが気長にやる時間などないのがネックだ。

 

 爬虫類(バジリスク)は良く働いている。パイプの中を自在に動ける奴はホグワーツ中から情報を集めていた。

 役立つ情報は少ないと言える。奴が集めてくるのは痴情のもつれだとかくだらないものばかりだ。マクゴナガルが寮杯をうっとりと見ているとかそんな情報などいらない。

 

 そんなことよりもハロウィーンの夜の準備をしなければならない。

 

「一々、夜の森を走り回るのもいい加減疲れた。良い場所があるんだ。飼育してやる」

 

 そう、ユニコーンを――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ハロウィーンの夜。ハリーは自らの言葉に後悔していた。どうして、ほとんど首なしニックの絶命日パーティーなどというものに行こうと思ってしまったのだろう。

 あの時は、助けてもらったからお礼とばかりに軽率に約束したのが間違いだったのだ。サルビアは何をしているだろう。

 

 きっと、パーティーを楽しんでいるのかもしれない。何か用事があると言っていたけれどなんだったのだろう。手伝おうかと言えばよかった。

 親友の為。それならニックも許してくれるに違いなかった。だが、もう遅い。パーティーが始まる時間だ。

 

「ハリー、あなた約束したんでしょ? 約束は守らなくちゃ」

 

 ハーマイオニーは命令口調でそう言う。

 

「でも……」

「でもじゃない! 絶命日パーティーに行くってあなた言ったんだから」

 

 そんなわけでハリー、ロン、ハーマイオニー、それからジニーは七時に金の皿やキャンドルの吸い寄せられる輝きで満たされた大広間の入り口をスルーして、地下牢の方へと足を向けた。

 大広間の中は皆が楽しそうに笑っている。思わずサルビアを探したが、見つからなかった。それでもきっとどこかにいるだろう。

 

 羨ましいと思う。そんな輝きから遠ざかって、彼らは地下牢へと向かう。

 

「…………」

 

 移動中誰も話さない。ほとんど首無しニックのパーティーに続く道にもキャンドルが立てられていたが、とても楽しい雰囲気とは程遠かった。

 黒くひょろ長い細蝋燭は真っ青な光をあげている。どこかの遊園地のお化け屋敷と言った方が適切だろう。いや、というか此れから向かう場所自体お化けのパーティー会場なのでお化け屋敷よりもお化け屋敷しているのだが。

 

 ロンなどは露骨ににがにがしい顔をしていた。ジニーもその隣で似たような顔だ。流石は兄妹と言ったところ。あのハーマイオニーですら苦笑いを浮かべている。

 そんな感じに、ハリーたちは階段を下りていく。一歩進むごとに温度が下がるようで、ハリーたちはローブを身体に巻き付ける。

 

 その時だ、

 

「何の音?」

 

 ジニーがそう言った。耳を澄ませれば奥の方から、音が聞こえてくる。それは嫌悪感を催すような音だった。黒板をひっかくような音。

 規則多だしくまるで演奏のように奏でられる音に四人は身をすくませる。

 

「うぅ。これ、もしかして音楽とかいうんじゃないよな」

「まさか……」

 

 ロンの言葉にハーマイオニーがまさかというが、もしかしてくてもこれはまさかのようであった。音楽であったのだ。

 以前聞いたサルビアの演奏とは程遠い。音楽と呼んでいいのかすら疑問の旋律。それが流れて来ていた。身をすくませて、角を曲がればそこにはニックが立っていた。

 

「親愛なる友よ。これは、これは、良くおいでくださいました……」

 

 どこか悲しげに彼は四人に挨拶する。彼は羽根飾りの帽子を脱いで、三人を招き入れるように彼はお辞儀をした。それにしたがって中に入る。

 そこにあったのは信じられないような光景だった。地下牢は何百と言う、真珠のように輝く白銀のゴーストでひしめき合っていた。

 

 ダンスフロアとでもいうのだろうか、開けた場所をふわふわと漂いながらワルツを踊っているようだ。黒幕で飾られた壇上ではのこぎりのオーケストラが恐ろしい音楽を奏でている。

 頭上のシャンデリアは、来た道と同じく群青の炎が照らしている。淡く、青く、おどろおどろしく。さながらここはあの世のごとく。

 

「み、見て回ろうか」

 

 ハリーが白い息を吐き出しながら提案した。ここに来た時からまるで冷蔵庫の中にでも詰め込まれたかのような寒さが四人を襲っていた。

 ここに来て、ハリーはサルビアを無理にでも誘わなくてよかったと思った。病弱なサルビアがここに来たらきっと体調を崩していたに違いない。

 

 今頃、彼女は何をしているのだろうか。現実逃避としてそんなことを考えながら、ハリーたちは会場を見て回ことにしたのであった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ハリーたちが絶命日パーティーなる、絶望のパーティーに出席している頃。サルビアは、ドビーと共に禁じられた森にいた。

 フードを目深に。ローブにマント、マフラーに手袋と着込みに着込んで、サルビアは禁じられた森を走り回っていた。

 

 まだ十月だが、雨のおかげでだいぶ冷える。しかし、サルビアは、全力運動のおかげで、心臓は破裂しそうな上に、脚は熱で焼けそうなほどであった。もはや走ることができないほど息切れしている。

 先ほどまでは目標を追いたてるために全力で走っていたが、今はもうその必要もないのが救いだろうか。ここ数週間で作り上げた罠に獲物を無事飛びこませ、ドビーによって動きを止めさせた。

 

「はあ、はぁ、はあ、よ、よう、やく、――ステューピファイ! ステューピファイ!」

 

 赤い閃光は、馬のような生物に当たる。毛は白色、蹄は金色で、角がある。一角獣(ユニコーン)。それも(つがい)だった。

 

「こ、のわ、私を、手間取らせやがって」

 

 そう悪態をつきながら失神したユニコーンの下へと向かう。きちんと失神していることを確かめて、ドビーと共に姿くらましして秘密の部屋に姿現しする。

 そこは秘密の部屋の中に新たに作り上げられた部屋だ。さながら禁じられた森のようであり、天井に魔法がかけてあるのか、そこには夜空が浮かび月が動いていた。広さもかなり広く、じめじめはここにだけはない。

 

 飼育部屋である。ユニコーンを飼育し、繁殖させ効率よくその血を回収するのだ。角や毛も魔法素材としては優秀であり、金にもなる。

 延命で来て、金を稼ぐこともできる一石二鳥だ。ボージンなどという塵屑から買う必要もなくなった。

 

「飼育は爬虫類、お前がやりなさい」

 

 飼育はドビーではなくバジリスクに任せる。情報収集などよりずっと有意義だ。この程度の仕事くらいは出来るだろう。できないなら死ね。

 バジリスクは了解しました! とでも言わんばかりにこくこくと頷いてみせる。ちっとも可愛くないので、死ねと思った。

 

「塵蟲は、今まで通り私について来い」

「は、はい」

 

 そういってサルビアは、秘密の部屋から出て大広前へと向かう。少しくらいは出席していた方が良いだろうと言う考えだ。面倒くさいが、この積み重ねが馬鹿にならない。

 模範生は模範生らしく。そうしておけば、何かあっても疑われない。出来ることならば、役に立たない塵屑どもを処分してしまいたいものであるし、道具は道具らしくしていろと言いたい。

 

 だが、それをやれば父親(塵屑)の二の舞だ。良い魔法使いの皮を被っておくのは実に有用である。せいぜい利用されていろ。お前たちはそのために生かされているのだから。

 

「――サルビア?」

「あら……」

 

 ふと、ハリーたちと出会う。どうやらパーティーから逃げてきたようだ。

 

「パーティーはどうだった?」

「えっと」

「……そう」

 

 大方最悪だったのだろう。

 

「サルビアこそ、どうしてたの?」

「用事よ。もう終わったから、大広間に行くところ」

「それじゃあ、一緒に行こうよ」

「そうそう、デザートくらいはあると思うし」

 

 心底デザートが食べたいのだろう。ロンは、早くと言ってサルビアの手を了解もなく引っ張り出した。やめろ、肩が外れるだろうが。

 

「行こう」

 

 ハリーたちもそれに続く。良いから、この塵屑を止めろ。そう言いたいがそういうわけにもいかず、サルビアはされるがまま、大広間に向かうのであった。

 幸運にも残っていたデザートと食事にありつけて、ハリーたちはご満悦のようであった。死ねばいいのに。

 

 事件もなくハロウィーンは過ぎていく。何も起きることはない。何も――。

 




ユニコーン量産化計画開始。
面倒なので、世話は動物どうしてしろとバジリスクに丸投げするサルビア。
役に立つ蟲ことドビーは良いから後ろをついて来い。

パーシーに彼女がいることを知っちゃったよ。監督生の弱みゲットだね(白目)

しかし、これもう秘密の部屋自体はもう完全に原作どっかいってもう何も起きないだろ。
サルビアがバジリスク動かしてマグル襲うわけもない。地下の秘密基地と実験場を手離すわけもありませんし。

そうなるとハリーの経験値減少とグリフィンドールの剣がバジリスクの毒を吸収しないので分霊箱を破壊できなくなります(白目)。


あと書くとしたら、
ルシウスとクィディッチ観戦。ルシウス、初恋相手の子供とうきうき観戦。
ドラコ、ネビルとの絡み。
ドラコはとりあえず、終了のお知らせ。死ぬとは言ってない。
ネビルは、猫かぶりサルビアから逃げるだけ。

こんなところですかね。


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第20話 クィディッチのあとで

 十一月。何事もなく日々が過ぎていく。そんな中、ハリーはクィディッチの試合に臨んでいた。グリフィンドールVSスリザリン。

 注目の一戦だ。スリザリンの最新箒ニンバス2001がグリフィンドールを破るのか。それともグリフィンドールが、その強さを見せつけるのか。

 

 好カードとして、誰も彼もが注目している。学校の理事である、ルシウスすらも観戦に来るほどであった。帽子をかぶって、杖を手に彼は観客席に座っている。

 隣には見慣れない美女がいた。どこかサルビアにも似ているが、ゆるい雰囲気とどんくさそうな感じはサルビアからは程遠い。更に言えば胸がでかい。とてつもなくデカイ。背が低いのになんでこんなにでかいんだというくらいでかい。死ね。いや、死んでいるか。

 

 サルビアから一切の邪悪さや増悪などを抜いて、漂白して健やかに無事に栄養を取らせて、早寝早起きを徹底させて成長させたらこんなことになるとでも言わんばかりの容貌の女。

 ただし髪の癖はなく、どこかふんわりとしているあたり、サルビアから程遠くも感じられる。

 

「なぜ、私が変身術を使ってまで貴様の隣に座らないといけないのか、説明してもらおうか」

 

 そんな容貌とは似つかわしいとげとげしい声色が飛び出す。そう何を隠そう彼女はサルビア自身であった。今朝、クィディッチの試合の前にひそかにふくろう便が届き、誰にもバレないようにわざわざ変身術を使ってまで来たのだ。

 ロンやハーマイオニーの方には役に立つ蟲(ドビー)がサルビアに化けて行っている。余計な事を言わず、黙っていろと言ったのでばれることはないだろう。

 

「なに、少しばかり君と話をしようと思ったわけだよ。私があげたアレは、役に立っているかね。動いているようには見えないのだが」

「フン、わざわざその程度のことで来たのか。おめでたいな。――役には立っている。だが、貴様が考えているものではない。あれを使ってことを起こすと面倒なことになりかねん。だから、期待には応えられん」

「ふむ、そうか。残念だが、君がそういうのなら待つことにしよう。憎き虱たかりのウィーズリーとダンブルドアを追い出せる機会と思ったのだがね」

「それはまたの機会にしておけ。お前も今、理事をやめたくはないだろう。待っていろ、ダンブルドアをぼろ雑巾にしてやる」

 

 追い出したいのはやまやまだ。塵屑(ウィーズリー)をアズカバンに送り、ダンブルドアをホグワーツから追い出す。ああ、実にすばらしいことだ。

 だが、それを行うのは今は得策ではない。新たな呪文は未だ完成していない。実験を繰り返しているが、如何せんまだまだだ。あと一年はかかるだろう。

 

 そんな状態で無策にダンブルドアを追い出そうすれば負ける。更に余計な事をするのがいる。あのハリー・ポッターだ。何か事件があれば自分から巻き込まれに来るだろう。

 あの塵屑の守りの秘密も未だにわかっていないのだ。古い呪文であることはなんとなく察しているが、調べが足りない。

 

 もし敵対すれば確実に殺してしまうので、あの塵屑正義感の阿呆の秘密がわかるまでは丁重に扱ってやらねばならない。

 その時、スリザリンから歓声が上がる。いつものラフプレーで、選手が一人沈んだらしい。チェイサーの誰かだろう。名前なんぞ覚えていない。

 

「期待していよう。さて、それで君は、どちらが勝つと思うかね?」

「グリフィンドールだ」

「ほう、なぜか聞いても」

「才能の差だ。いくら箒の性能が上だろうと、所有者があれでは宝の持ち腐れだろう。特に貴様の息子だ。才能がないとは言わんが、経験不足だ。出直して来い」

 

 それは、自分にも言える。糞塵屑と同じくらい呪文は使える。魔法の腕もあるだろう。だが、経験が足りないのだ。

 だからこそ、今は雌伏の時だ。伏して時を待つ。今はただ、それだけだ。糞塵屑が渡してきた命の水とユニコーンの血。それで生きながらえて、必ずや殺すのだ。

 

 そして、生きる。生きることに、嘘も真もありはしない。生きたいと願って、何が悪い。

 

「なるほど、良く言い聞かせてはいるのだがね。教育とは、うまくはいかんものだ」

 

 サルビアの言葉通り、グリフィンドールのシーカーであるハリーがスニッチを手にして無事にグリフィンドールが勝利した。

 

「ふん、そう思うならもう少しまともに育てるんだな」

 

 そう言ってサルビアは彼に背を向ける。

 

「善処しているのだがね。……では、君も頑張りたまえ。何かあれば、協力しよう。ダンブルドアを追い落とし、ウィーズリーをどうにかできるのであれば協力は惜しまない」

「ふん――」

 

 競技場を去る時、サルビアは変身を解く。ドビー(役に立つ蟲)と入れ替わりで、ロン(塵屑)たちと合流する。グリフィンドールが勝利してご満悦のようだった。うざい、死ね。

 そのまま寮の談話室で祝勝パーティーだ。塵屑双子が役に立たない塵屑(ハリー)を担ぎ上げてやんややんやの大騒ぎだ。

 

 ウッドは今日の勝利についてくどくどと高説を述べて、そこから更に次の練習、その次の練習と熱を高ぶらせていっている。

 話半分に聞き流して誰もが塵屑双子が拝借してきた料理やお菓子を食べて、飲んではの大騒ぎだ。流石のパーシーも今日だけは何も言わずに少し離れたところで見守っている。

 

「見てたかい! 僕らの勝利をさ。あのマルフォイの顔、見ものだったぜ」

 

 塵屑双子のうちのどちらかが暖炉の前の椅子に、寒さで膝を抱えて座っているサルビアの所にやって来た。

 

「ええ、見ていたわ」

 

 とりあえずそう答える。一切見ていなかった。塵屑がやる糞スポーツなど欠片も興味がない上に、ルシウスと話していたのだから。

 双子のどちらか曰く、ハリーと最後の競争に負けたのが信じられないと言って呆然としていたらしい。お父様の前であんな無様を晒したのだから、とても面白かったという。

 

――知ったことか。

 

 サルビアの感想はこの一言に尽きた。お前たちの活躍は、全て無意味だ。なぜならば糞の役にも立たない。それをつらつらと述べたところで、なんになるというのだ。

 何か言いたければ役に立ってからにしろ。そうサルビアは思いながら、話を聞き流す。今年やるべきことは終わった。

 

 もう特にやるべきこともなく、研究をするだけだ。ユニコーンも量産体制に入った。あとはさっさと増やすだけだ。

 この一年はそれに費やす。まずは生きるのだ。時間はない。身体が重い。節々が痛む。頭痛がして吐き気が止まらない。

 

 先ほど、食べたものは軒並み吐いてきた。時間がない。延命処置をしてはいるが、刻一刻と時間がなくなっていくのを感じている。より克明に。健常な状態を体験してしまったがゆえに。

 

「……役に立ちなさいよ。私の為に、お前たちは、そのための道具だろうが――」

 

 そう小声で呟く。誰にも聞こえることなくその声は暖炉の中へと消えて行った。ぱりちと木が爆ぜて火の粉が舞う。

 

「こほっ――」

 

 吐いた咳。手には血。あとどれくらい生きられるだろうか。一年か、二年か。また命の水を飲まなければならない。屈辱だった。

 だからこそ、ぎりぎりまで飲みたくなどなかった。だが、時間はない。時間はない。時間は、ない。

 

 生きるのだ、必ず――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ドラコ・マルフォイはすこぶる機嫌が悪かった。昨日のクィディッチが原因だ。父親であるルシウスの前で負けたことが何よりも堪えた。

 競技用の箒、それも最新型。練習もしてきたはずだ。何より、自分は純潔の魔法族である。誰よりも優れているはずだし、誰よりも強い。それは当然のことのはずだった。

 

 だというのに、負け続けている。クィディッチではポッターに、学業では穢れた血のグレンジャーとリラータ。負けることがありえない奴らに負けている。その事実がたまらなくイライラさせた。

 だからこそ、一人でいるサルビアを前にして、取り巻きであるクラッブとゴイルがいない状況で普段なら無視するところを思わず絡んでしまうくらいにはイライラしていた。

 

「おい、リラータ。一人か? いつもいっしょのポッターはどうした?」

 

 ドラコは、リラータのことはそれほど気に喰わないとは思っていない。いや、確かに学業で負けていることは気に喰わないのだが、こいつはポッターたちと違ってわきまえているからだ。

 純潔とそうでない家柄。そこには隔絶した差が存在している。それを理解してわきまえて行動する。彼女は去年からポッターと違って少なくとも自分の邪魔はしていない。

 

 グリフィンドールではあるが、わきまえている。ならば、寛大に接してやるのが上の者としての在り方だろう。少なくとも彼女の事をドラコは下に見ていた。

 ただ頭が良いだけの魔女。魔法も出来るが身体が弱く、根本的に取るに足らない存在だろう。そう思っていた。だからこそ、

 

「…………」

 

 無視されたことに少しばかり驚いた。リラータは声をかけたのに何も返さなかったのである。顔をあげることなくただ歩き去ろうとした。まるで気が付いていないかのように。

 気が付いていないはずがない。すぐ横で話しかけたのだから。

 

「おい無視するな。僕が話しかけてるんだぞ」

 

 今度は少し強めに声を発する。絶対に気が付くように。だが、彼女はドラコを無視した。

 

「…………」

「おい!」

 

 だから、ドラコは歩き去ろうとする彼女の肩を掴んで引き留める。

 

「――」

 

 その瞬間、ドラコは思わず息が止まったかと思った。ドラコは間違えた。その間違いは誰もいない場所で彼女に話しかけたこと。

 そして、タイミングが悪かったのだ。気が付くべきだったのだ、彼女の雰囲気がまるで幽鬼のようであったことをに。

 

「今、機嫌が悪い。話しかけるなよ塵、邪魔だ」

「なっ!?」

 

 地獄の底から響いてくるような声。いつもと違う彼女の雰囲気に気が付いたドラコは大いに驚愕した。

 

――これがサルビア・リラータなのか?

 

 そう疑問に思う。少なくともドラコが見てきた彼女はこういうことを言うような人物ではなかったし、こんな恐ろしい雰囲気を出す奴ではなかった。

 どちらかと言えば、儚いだとか、虚弱だとか病弱だとか、そう言った感じの女だ。勉強は出来るが取るに足らない魔女だとドラコは思っていた。

 

――それが何だ、これは?

 

 まるで地獄の鬼のようだ。ぼさぼさの長い髪に血走った目。幽鬼のようであり、ただ傍に立っているだけで不安がこみあげて来るかのようだった。

 いつもの様子などどこにもない。別人だと言われても信じられるだろう。それくらいに彼女の雰囲気は異なっていた。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。そうドラコは断じる。そう、そんなことよりも重要なことがある。塵と言われたこと。

 ドラコは、まず塵と言われたことに腹を立てる。だから、さっさと歩き去ろうとする彼女の前に立ちふさがる。

 

「待てよ、誰が塵だって? 勉強が出来るだけの混血のくせ、に――」

 

 伏せていた顔をリラータがあげた。真っ直ぐにその視線がドラコを射ぬく。路傍に転がる石を見るような、いや、いいや違う。

 塵だ。そこらへんにある埃を見るかのような、目。遥かな高みから見下すような目線が、ドラコを射ぬいた。怒りを感じる前に、ただただ、恐怖した。

 

 淡い色の瞳。明るいと思っていた瞳は、今や漆黒としか思えなかった。闇だ。暗い、暗い闇。そこにあるのは底なしの闇。

 これがグリフィンドールだって? スリザリンじゃないか。そうドラコは思った。これは怪物だ。手を出してはいけない。

 

 だが、もう遅い。全ては遅いのだ。

 

「塵屑が、私の時間を無駄にして、覚悟は出来ているんだろうな」

「ぼ、僕に、何かしてみろ。ち、父上が、だ、黙ってい、いないぞ!」

「気が付かなければ終わりだ。お前自身が、何かされたと気が付かなければな。簡単なんだよ塵。跡形も残さず消し去って、それからお前を新しくつくってやればな。お前の父親も喜ぶだろうよ。だって、息子が優秀になって帰ってくるんですもの」

「ひっ――」

 

 本気だ。この女は、本気でやる。闇の目がそう告げている。に、逃げなければ。

 ゆえに、ドラコは逃走を開始した。わき目もふらず背を向けて。生存本能がここから逃げろと叫んでいる。だか逃げた。

 

「だが、それをやるのは面倒だ。材料はあるが、お前如きのために使うのはもったいない。だから、感謝しろよ塵屑。見逃してやる。その代わり、役に立てよ。犬として使ってやる。せいぜい、尻尾を振ると良いわ――オブリビエイト!」

「ああ――」

 

 ドラコの意識はそこで一度、途切れた。

 

「う、ううん?」

 

 気が付いた時、そこにはサルビア(・・・・)の顔があった。状況がわからない。何をやっていたんだっけ? 思い出せない。

 

「気が付いたのね。だったら、起きてくれるかしら」

「え? ――」

 

 そこで、ドラコは自らの状態に気が付いた。床に倒れている。誰もいなくてよかったと思うばかりだが、不意に気が付く。

 頭の下が柔らかい。正面に見えるサルビアの顔。つまりは、膝枕。

 

「う、うわっ!?」

 

 飛び上るように飛び起きて、

 

「な、なにが!」

「あなた、倒れていたのよ。大方ポルターガイストのピーブスにでもやられたのでしょう。気絶していただけだったから、看病してあげたのよ」

 

 ローブとスカートを払いながらサルビアが立ち上がる。そうなのか?

 

「そ、そうか」

 

 彼女が言うのだからそうなのだろう。彼女が言う事は絶対だ(・・・)

 

「それじゃあ、行くわ。約束覚えているわね?」

「ああ、もちろん」

「そう、それじゃいいわ」

 

 そういってサルビアは去って行った。

 

 約束。サルビアの言うことには絶対に従う。彼女が言う事に疑問に思わない。彼女の邪魔をしない。口を挟まない。余計な事をしない。

 彼女が視界にいるときは大人しくしておく。彼女の役に立つ。約束は口外しない。全て完璧に遵守する。

 

――約束は全て覚えている。

 

「あれ? いつしたんだ?」

 

――まあいいか。約束は絶対なのだから。

 

 ドラコはそう思いながらスリザリン寮へと戻るのであった――。

 




マルフォイ一家三昧。

前半ルシウスと話して後半ドラコ。

ルシウスは相変わらず。
ドラコは終了のお知らせ。昨日血を吐いて、命の水を飲む羽目になってキレ気味のサルビアの邪魔をするからこうなる。
なのに、膝枕とかいうご褒美をもらったドラコであった。あれ、一番、良い思いしてないかこいつ。出番少ないけど。

さて、原作を読み返してやはりロックハートは追放しないといけなかったので、そのうちサルビアちゃんがご褒美をあげることになりました。
もう少ししっかり読み直せばよかったと後悔。次からは頑張ります。

次回はネビルあたりと絡ませるかな。
あとユニコーン誕生の巻。


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第21話 クリスマスの日常

 十二月ともなればホグワーツは雪景色に包まれる。九月に植え替えをしたマンドレイクは順調に育っており、薬草学では、そのマフラー掛けをさせられた。

 それでもサルビアにとっては温室の中は天国とも言えた。授業終わりにまた、外を歩くなど正気の沙汰ではない。結局歩くことになった。灰色の雪が吹雪いている中の行軍。死にそうだった。

 

 クリスマス休暇までもう少し。休暇が近づくとあって生徒たちはそわそわとしている。しかし、サルビアは不機嫌であった。

 いつもならこんな塵屑どもの吹き溜まりから出られると思うと気分が良くなるのだが、今年は帰れそうにないのだ。

 

 なぜならば、ユニコーンの世話がある。雌が近いうちに出産を迎えるのだ。それの世話は流石にバジリスクだけでは不可能だ。

 面倒なことこの上ないがこんなところで死なれては困るで、世話をしなければならない。生息環境を如何に禁じられた森に似せようとも、あそこは禁じられた森ではない地下だ。

 

 どのように魔法で幾ら似せようとも限界はある。何が起きるかわからないので、自分の手で世話をする必要があるのだ。あと、何よりユニコーンの子供見たい。

 塵屑と共に残る羽目になるので、機嫌が悪いわけである。それだけではなく、現在進行形で起きている状況も機嫌の悪さに拍車をかけていた。

 

 あの塵屑デブ(ネビル)がすっ転んで、滑って転がって雪だるまになったのだ。サルビアを巻き込んで。それはもう大惨事であった。

 雪と泥でべちゃべちゃのぐちょぐちょであるし、何よりネビルがサルビアの上で止まってしまった。また押しつぶしているし、押しつぶされているのである。

 

「ちょ、っと!」

「う、うああああ、ご、ごご、ごめん!」

「ぐえ――」

 

 ネビルは慌てて立とうとするが、氷ついた地面に滑ってうまく立てないばかりかサルビアを更に押しつぶしてしまう。

 なんかもうやばいくらいにやばい。憐れなほどにネビルは顔を青くしていた。スネイプの前でもそんな青い顔はしていなかったのに、もはや死人に見えるほどに青い。

 

「ネビル! サルビア!」

「ほら、しっかりしなよ。まったくドジだなぁ」

「泥だらけね、待ってて」

 

 そこにやってくるのはハリー、ロン、ハーマイオニー。ハリーとロンが二人でネビルを立たせてサルビアを助け出す。

 ハーマイオニーは、雪と泥塗れのネビルとサルビアに洗浄呪文をかけて洗浄した。ただ、考えてほしかったのはこの場所だった。

 

「ありが、と――くしゅっ」

 

 猛吹雪の中でやるなよ塵が。寒い、死ぬ。

 

「早く戻りましょ。次はマクゴナガル先生の変身術だから」

「遅れると地図に変えられちゃうよ」

 

 暖炉に行けぬままサルビアは変身術を受ける羽目になった。塵屑デブあとで必ず殺す。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 変身術の授業を終えて、昼休み。ハリーが昼食を摂っていると、サルビアのところにネビルがやって来ていた。

 

「何かしら?」

 

 その時のネビルの様子は猛獣を前にした時のようであった。何がそんなに恐ろしいのだろうか。ハリーにはまったくわからない。

 

「あ、あの、その」

「はっきりしてほしいんだけど、何?」

「さ、ささ、さっきは、そのごめん」

「それならさっさと言いなさいよ。良いわ。別に気にしていないから」

 

 ネビルはそのままそそくさと去って行った。脱兎のごとくとはああいうことを言うのだろう。

 

 

「サルビア、ネビルに何かしたの?」

 

 あの怖がり方は尋常ではない。だから、ハリーは気になったので聞いてみた。

 

「別に。何もしてないわ」

「それにしちゃあ、ネビルの奴君の事怖がりすぎじゃね?」

 

 隣からロンもそう言う。

 

「そうね、なぜかしら」

 

 ハーマイオニーも気になっているようだ。サルビアはわからないという。四人で頭を捻ってもネビルがあれほど怯えている理由がまったくわからなかった。

 

「本人に聞いてみましょうよ。いつまでもあんな調子じゃ、困るでしょ?」

「――やあやあ、どうしたんだい君たち」

「げ――」

 

 そんな風に話していると、面倒くさいのがやって来た。

 

「ロックハート先生!」

「ええ、そうですよミス・グレンジャー。それで? 何か困りごとでも? 私で良ければ相談に乗りますよ」

 

 キランッ、と歯を無駄に輝かせてロックハートはそう言う。ハリーとしては、そんなことよりさっさとどっかに行ってほしかった。

 ロンにしても同じ気持ちなのだろう。ハリーに向けて非常に苦々しげな表情をしている。サルビアなど、本を取り出して読書を始める始末だ。

 

 そんな三人とは対照的な反応なのがハーマイオニー。彼女だけは尊敬のまなざしを向けているし、嬉しそうだ。何でそんな風に思えるのかわからない。

 

「ネビルがサルビアを見て怯えていて」

「ふむふむ、なるほど」

 

 ロックハートは、ははん、全部わかりましたよとでも言わんばかりのドヤ顔をする。無駄に輝く歯。ハリは正直、嫌な予感を感じた。

 

「大丈夫ですよ。男は、誰しもそういう時期があります。私だって、そう。そういう時期がありました。でも大丈夫! 時間が解決しますよ。そうです。その時のことを書いた、私の自伝をあげましょう。サイン入りですよ、ほら」

「ありがとうございます!」

 

 いったいどこに入れているのだろうか。自伝を取り出し、更にそれにサインしてハーマイオニーに手渡す。

 

「君たちにもあげよう。内緒だよ?」

 

 大広間の真ん中でやっているのに内緒とはどういうことなのか。

 

「あの、いりません」

「ハリー。ああ、ハリー。遠慮するもんじゃあない。このくらい、私にとってはどうということはないのさ。自分たちだけもらうというのが、心苦しいのならお友達のぶんもあげよう。さあ、受け取りなさい」

 

 そう言っていらないのに、もっと渡してきた。全部直筆のサイン入りだ。

 

「それじゃあ、私は行こう。これから、マクゴナガル先生と変身術についての話をしに行かなくては」

 

 良いことをした、という顔で彼は去って行った。とりあえず、いらないので、自伝はそのあたりに放置しておく。どうせ、欲しい誰かが持っていくだろう。

 それからマクゴナガル先生にエールを送った。あんなのに付き合わされるマクゴナガル先生が哀れでしかたがない。

 

「良いものもらっちゃったわ」

「良いもの!? ハーマイオニーやっぱり君ってどうかしてるぜ」

「ロン。彼の自伝なのよ? 読んで損があるはずないじゃない」

 

 どうしてそこまでロックハートに夢中になれるのだろう。まったくわからない。ロンと顔を見合わせる。ロンも同じ思いのようだった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 とうとう学期が終わり、降り積もった雪と同じく、ホグワーツを静寂が包み込んでいた。多くの学生が実家に帰っている。

 その中にはハーマイオニーも含まれていた。ロンはというと、両親と一緒にエジプトに行くよりはホグワーツに残った方が楽しいと踏んだのだろう。フレッド、ジョージ、ジニーと共に学校に残った。パーシーは彼らが残ることが不安そうであったが、実家に戻った。

 

 ハリーは当然のように残る。何が楽しくてクリスマスにダーズリーの所に戻らねばならないのか。あんなところに好き好んで帰れるのはよほどの変人に違いない。

 クリスマスになればプレゼントも寄越さないような家なのだ。いや、プレゼントとも言えない爪楊枝と夏も帰ってくるなと書いたメモが送られて来たか。

 

 そんなものはとっくの昔に暖炉に放り込んだ。それ以外のプレゼントは普通に嬉しいものばかりだ。ハグリッドは糖蜜ヌガーを缶一杯送ってくれた。

 ロンはお気に色のクィディッチ・チームの面白いことがあれこれ書いてある「キャノンズと飛ぼう」という本をくれた。ハーマイオニーはデラックスな鷲羽のペンと勉強しなさいというメモ紙。

 

 メモ紙の方はとりあえずみなかったことにする。ダーズリーの時のように捨てることはないが、見ることがないように丁寧に鞄の奥底に放り込んでおく。

 サルビアからは、彼女が呪文をかけたという獅子の石像をもらった。それぞれに性格が付けてあるらしく、ハリーのは大人しいが勇敢で、ロンのは言うことを聞かない悪戯好き。貰ってからもう何度もロンは指を噛まれている。

 

 ウィーズリーおばさんからは去年と同じくセーターとプラムケーキ。セーターは温かく早速着た。ロンにもサルビアにも手編みのセーターが送られており、サルビアは嬉しそうに着ていた。

 寒がりなので、温かいセーターはかなり嬉しいらしい。

 

「さあ、クリスマスパーティーに行こう」

「楽しみだな」

「ええ」

 

 ハーマイオニーがいないのは残念だが、三人は大広間に向かう。豪華絢爛な飾り付けが成された大広間。霜に輝くクリスマスツリーが何本も立ち並び、柊と寄生木の小枝が天井を縫うように飾られている。

 魔法の天井からは温かく乾いた雪が降り注ぎ、その中でダンブルドアがお気に入りのクリスマスキャロルを二、三曲指揮していた。

 

 ハグリッドなどはエッグノッグをゴブレットでがぶ飲みして大声を超大声に進化させている。うるさいほどであるが、とても楽しそうだった。

 フレッドとジョージはお目付け役がいないのを良いことに悪戯を敢行。盛大におお騒がせを巻き起こして笑いの渦をつくりあげていた。

 

 少しおかしいのは、いつもならスリザリンのテーブルからこれみよがしにハリーたちの新しいセーターの悪口を言うマルフォイがいるはずだが、今日は大人しかったことくらいだ。

 大人しいなら大人しいで不気味ではあるが、何か言われるよりは良いので気にも留めずクリスマスの豪勢な食事に舌鼓を打つ。

 

「ふぅ、ごちそうさま」

「もういいの?」

「もっと食べなよ」

 

 相変わらずあまり食べないサルビア。ハリーとロンはもう三皿目のクリスマス・プディングを食べ終えて四皿目に行こうとしているというのに彼女はたった一皿で終了だ。

 

「さっき死ぬほど砂糖かけて食べたか大丈夫よ。それほど食べられないの」

「身体弱いんだっけ」

「そうよ。とぉーっても弱いの。だから、走らせるのだけはやめてね」

「ごめん」

 

 悠長に構えていたりして、授業に遅刻しそうになって散々走らせてしまった。来年はそういうことがないようにしたいと思う。たぶん無理だけど。

 そんな感じにクリスマスパーティーは楽しいまま終了した――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 塵屑どもとくだらないクリスマス・パーティーに参加したあと、夜、誰もが眠り切った頃、サルビアは役に立つ蟲(ドビー)を使って秘密の部屋に来ていた。

 

「塵屑どもが浮かれやがって」

 

 クリスマスだからどうした。なぜ、わざわざ塵屑の為にプレゼントなるものを用意しなければならないのか。向こうから貰った物はセーターと、羽根ペン、その他だ。

 もらってしまった以上返さないわけにはいかない。返さなければ関係に悪影響が出る。まったく人間関係など面倒くさいことこの上ない。

 

「まあいいわ」

 

 あれには、盗聴魔法、位置探知などの魔法がかけてある。サルビアに不利益になる行動をとろうとした瞬間、あの石像は牙を剥くのだ。

 そして、所有者を殺して死体を持ち帰ってくる。一応、何かあった際の守りの呪文もかけてあるので、サルビアがいなくとも石像が塵屑たちを守るだろう。

 

 つまりは監視役だ。石像をどこかに置いておいてもこっそりと所有者についてくるのである。ただでプレゼントなど渡すものかよ。

 

「そんなことよりも、始まりそうね」

 

 めでたいことに、どうやら出産が始まったらしいのだ。無事に生まれて増やせば前以上にユニコーンの血が利用できる。

 もっと延命できるだろう。時間さえあれば、新しい魔法を完成させることが出来る。生きることが出来るのだ。そして、力をつけて糞塵屑(ダンブルドア)を殺す。

 

 いや、殺すのはあとは。永遠の屈辱に落としてやる。ただでは殺さない。隷属させ、従属させ、馬車馬のようにこき使ってぼろ雑巾のようになってから殺してやる。

 

「役に立てよ。お前が、生かされているのは、ただそれだけの為だ」

 

 糞塵屑にそれ以外の価値などありはしない。

 

「う、うまれました!」

 

 その時、役に立つ蟲がユニコ―ンが生まれたことを伝えてくる。急いで、地下の森に向かう。確かに、新たな命がそこに生まれていた。

 小さくも、確かなユニコーン。とても可愛らしい。一応、魔法で検査してみたが無事だった。問題はない。健康そのもの。

 

 地下であることが影響した様子はない。だが、今後、影響が出ないともいえない。血の効果も養殖したものと天然もので何か違いがあるかも比べなければならない。

 しかし、これは大きな一歩だ。作り上げた森に一杯に育てば浴びるように使っても良いだろう。

 

「いいぞ、役に立て、お前たちの価値はただそれだけだ」

 

 そして、その夜、なんて名前を付けようか一晩中悩んだサルビアなのであった――。

 

 




ネビル、またサルビアを潰す。そして、逃げる。
ネビルが猫かぶりサルビアを見て逃げるのはきちんと理由があります。

クリスマス。ロックハートから実は全校生徒にサイン色紙が配られてますがファン以外は即座に捨てました。
サルビアは焼却処分しました。

ハリー視点でサルビアのクリスマスプレゼント見ると、危ない時に助けてくれるお守りなんですよね。うん、サルビアの評価があがるね(白目)

そして、ユニコーン第一子誕生。名前募集中。

次回はクィディッチ。
ルーナ「あなたって怖いもの」
ダンブルドア「サルビアお薬の時間じゃ」
サルビア、ロックハートにご褒美。
第二部完

な感じです。
では、また次回。


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第22話 二年目の終わり

 ロックハートがバレンタインに大広間でハートを降らせるという暴挙をやってのけてから、数週間。復活祭(イースター)の休暇となり、二年生には新しい課題が与えられた。三年生で選択する科目を決めるのだ。

 

 四人で新しい科目リストに舐めるように目を通して、選択科目に印をつけていく。

 

「サルビアは、決めた?」

「ええ、決めたわよ」

 

 流石は優等生。もう受けるのは決めてしまったようだった。ハーマイオニーと同じく、誰からの助言もなく決めてしまえるのは本当に凄いと思う。

 ハリーやロンなど、如何に難しくない教科を受けるかに重点をおいて――無論それを外に出すことはなく――パーシーに助言を求めた。

 

「そうだね、ハリー。自分の将来を考えるんだ。どっちに進みたいかを明確にすることで、受ける授業を決めることさ。招来を考えるのに早すぎるということはない。

 そうだね、迷っているなら占い術を勧めたいね。もし、マグルと身近に接触するような仕事を考えているのならマグル学は必須だよ。マグル学なんかを選ぶのは軟弱だっていう人もいるだろうけど、僕の個人的意見では、魔法使いたるもの、魔法社会以外のことを完璧に理解しておくべきだと思う。

 それから、兄のチャーリーは外で何かをするのが好きなタイプだったから、魔法生物飼育学を取った。自分の強みを生かすことだよ、ハリー」

 

 強み。自分の強みとはなんだろうか。本当に得意なのは、クィディッチ以外に思い浮かぶことはない。考えてもわからない。

 だからパーシーに話を聞いたあと、ハリーはサルビアにも助言をもらうことにした。ハーマイオニーには聞かない。彼女は全部受けろとかいうに違いない。

 

 その点サルビアはそういうことは言わないから良い。

 

「そういうわけなんだけど、何を受けるべきかな?」

「……なんで、私に聞くの。パーシーに聞いていたじゃない」

「聞いたけど」

 

 結局強みがわからないのであまり参考にならなかった。今から将来を考えても想像がつかない。

 

「はあ、マグル学は、魔法界の視点からマグルの文化を考察する授業。占い学は未来を予見する方法を学び、実践する授業よ。数占い学もあるけど、数秘的だから、あなた向きではないわね。

 あなたは、マグルの事に詳しいからマグル学でも良いとは思うけれど、考察とか苦手でしょ? なら、占い学を取るべきね。

 魔法生物飼育学は、魔法生物の飼育法、生態を学べるわ。古代ルーン文字学もあるけど、あなたが文学なんて嗜むとは思えないから、取るなら占い学と魔法生物飼育学じゃないかしら」

「うん、そうするよ。ありがとう」

 

 ちょうどロンとも同じ選択科目だ。どうせ考えてもわからないし、サルビアもそう言っている。どうせなら友達がいた方が楽しいに違いない。

 後悔するにしても、仲間がいればそれほど後悔せずに済むだろうという判断だった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 クィディッチ。糞スポーツ。いい加減、観戦など面倒くさいのだが、全校生徒が行くとあっては行かないわけにもいかない。

 病欠などしたいがそう頻繁に病欠など使えるわけもなく。そもそも存在自体が害悪の塵屑(マダム・ポンフリー)には仮病とすぐに見破られる為意味がない。

 

 仮病ではないが、重病を出すわけにもいかないのだ。そうなってしまえば医務室にしばれつけられて自由がなくなる。

 せっかく、子供ユニコーンが育ってきて、可愛らしくなんと懐いてくれたのだから医務室などという牢獄に入るわけにはいかないのだ。

 

 そういうわけで、仮病も使えず、サルビアはグリフィンドール対ハッフルパフを観戦する羽目になった。それも。

 

「ねえ、どっちが勝つと思う?」

 

 あのルーナ・ラブグッドと。

 

「状況次第」

「グリフィンドールを応援しないの?」

「あなたは、なんで、ここにいるのかしら」

 

 レイブンクローのくせに、わざわざグリフィンドールのサルビアの隣に座るという意味不明なことをやっている。

 

「ここの方が見やすいからね」

「…………」

 

 そうは言うが、彼女は手に持っている雑誌をさかさまにしたまま読んでいる。試合など一片たりとも見ていない。どの口が見やすいというのだろうか。

 あれか? 雑誌が見やすいという意味か? わかりきっていたことだが、ルーナは相変わらず常人では及びもつかない法則の中を生きているらしい。

 

 普通に雑誌を読んでいるだけならば問題ない。そう思っていれば、

 

「どうして、変身してるの?」

 

 これだ。

 

「必要にかられて」

「そうなんだ。ほら、このページを見て」

 

――変身術の健康被害

 

 どうでもいいページを見せて来る。健康被害など知ったことか。それ以上にやばいことになっているんだから、今更な話だ。

 問題は、こいつがどういうつもりかだ。

 

「何を考えている」

「何を? 一杯考えてるよ。ナーグルとか、しわしわ角スノーカックのこととか。夢の世界のこととか。そこではなんでも出来るのよ。楽しいんだからン」

「そうじゃなくて――」

「夢の中じゃ、捕まえられるのにここにはいない。しわしわ角スノーカック、どこにいるのかな。あなた知ってる?」

 

――…………。

 

 殴りたい。盛大に殴ってやりたいが大衆の前だ。それも出来ない。

 

「はあ」

 

 握った拳を落とす。いい加減こいつを警戒しなくていいんじゃないかと思えてきた。思考があっちこっち言って論理的ではない。

 空想的で、不安定。だというのに、サルビアの変身術を見破る直感を持つ。だというのに、追求せずに、何もしない。

 

 何を考えているのかが一切読めない。何がしたいのだこいつは。いや、それすらも考えていないのか。

 

「あんたも頭が固いネ」

「…………」

「あと、怖いよあんた。真っ黒、真っ黒。すっごくまっくろ。ハリーたちとは全然違うネ。でも、同じ。たぶん、色が違うだけ」

 

 核心的なことを言ったかと思えば、

 

「ヘリオパスってご存知?」

 

 すぐに別の場所へ飛んで行く。ふわふわと、ふわふわと。掴ませない。掌の上に乗せようとも、抜け出すだろう。

 むしろ、こいつが仏の方か。これの裏は誰にも取れない。漠然とした、感覚をサルビアは感じる。

 

 最悪だ。それでいて、何もしていないから、手を出すわけにも行かない。この女は常に、人の目がある場所でサルビアに接触するのだ。

 まるで、サルビアが人の目がある場所では何もできないのをしっているかのように。

 

「終わった。勝ったね。じゃあ、帰るよ」

 

 グリフィンドールが勝利した。彼女は雑誌を丸めてそそくさと立ち上がる。そして、彼女の姿は人ごみの中に消えていった。

 爬虫類に襲わせるか。そこまで考えたところで、周囲に誰もいなくなっていることに気が付いた。そして、

 

「サルビア」

「ダンブルドア校長」

 

 糞塵屑(ダンブルドア)が彼女の肩をたたいた。

 

「これを、スネイプ先生からじゃ」

 

 そうして渡されるのは、一本の小瓶だ。見たこともない魔法薬。毒か?

 

「治療薬じゃ。強力な。禁じられたものじゃよ。君の為に去年から作らせて、ようやく完成したものじゃ。完治にはいたらんかもしれんが、生きながらえることが出来る」

 

 熟成に半年以上もかかる治療薬。だが、

 

「いらん」

 

 サルビアは受け取る気がなかった。

 

「施しなどいらん。私は、私でなんとかする。見下すなよ」

「そうか」

「ごはっ――――」

 

 無理矢理に飲まされた。重い身体が少し軽くなる。呼吸が楽になる。頭痛が、弱まって思考の淀みが抜けていく。

 効果はあった。それゆえに、感じるのは、怒りだった。

 

「待っておれ。わしは、君を見捨てない」

 

 そう言って彼は立ち去った。

 

「ふざけるなよ。どこまで、私を愚弄する気だ、塵がァ!!」

 

 殺す。必ず殺してやる。増悪は強まる。どこまでも、どこまでも。

 

「やあ、リラータ嬢、顔色が悪いようだが、大丈夫かい? 困っているなら、私に相談すると良い。なにせ、私は――」

「うるさい、消えろ。私は機嫌が悪い」

「――り、リラータ嬢? ど、どうしたのかね。いつもと様子が違うようだ。なにかあったのなら私が――」

 

 ただでさえ機嫌の悪いサルビアにロックハートは火に油だった。

 

「消えろと言ったんだよ。目障りなんだよ塵がァ! 私の前にうろつくな、何もできない蛆蟲にも劣る無能がァ!!! コンキタント・クルーシフィクシオ!!」

 

 誰かにタイミング悪くやって来させられたロックハートにサルビアの新呪文は直撃し、彼は医務室へと運ばれることになった。

 重篤な白血病、脳腫瘍、心臓病、その他数百を超えるありとあらゆる病魔に侵されていて再起不能と診断され、彼は教職を止めることになってしまった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そうして、時は過ぎて行った。一年とは長いようで早いもの。グリフィンドールは無事にまた寮杯を獲得することができた。

 二年連続の快挙だ。それもこれもハリーのクィディッチでの活躍と他の先生たちにハーマイオニーとサルビアが点をもらい続けたおかげだ。

 

 事件らしい事件もなく、この年は過ぎて行った。事件と言えばハグリッドが森のユニコーンの番がいなくなったと言っていたが結局見つかることはなかった。それだけだ。

 ああ、もう一つあった。なんとあのパーシーに彼女が出来ていたのだ。ジニーとサルビアは知っていたらしい。フレッドとジョージが誕生日プレゼントを早くもらったような顔でにやにやとしていたので、きっとからかいに行くのだろう。

 

 それくらいで、去年のように明らかな危険はなく、平和な一年であった。それゆえに、ハリーは帰るとなればまた憂鬱にもなる。

 ただ、良いこともあった。

 

「来年はロックハートと付き合わなくていいってことだよ」

「本当、それだけは救いだよな」

 

 帰りのホグワーツ特急の中で、ハリーとロンはそのことで喝采して喜ぶ。無事に一年を乗り切って不祥事もなかった彼は突然病気になって辞めることになったのだ。

 

「なんでよ? 彼最高だったじゃない。残念だわ」

 

 相変わらずのロックハート信者であるところのハーマイオニーは残念と言う。この一年、彼の下で何が学べたというのか。何もだ。何一つ学べていないだろうになぜそうも奴を最高と思えるのか。

 ハリーにはまったくわからないというのに、女子信者は残念と騒ぐばかりだ。ロックハートがやったことなど闇の魔術に対する防衛術に関しての自学自習の習慣をつけさせたことくらいだ。

 

 ハリーやロンですら真面目にサルビアを拝み倒して教えてもらう習慣が付いたほどだ。そのおかげで、期末試験はそれなりの点数を取れた。

 相変わらずトップはサルビアとハーマイオニーだ。

 

「ハリーこっちむいて!」

 

 ぱしゃり。

 

 コリンの癖も治っていない。来年から大丈夫だろうか。そう思わずにはいられなかった。

 

「もう、やめなさいよ」

 

 それをたしなめるジニー。いつの間にか慣れたおかげで、そんな役割に落ち着いたらしい。ありがたいことだった。

 

「しわしわ角スノーカックって知ってるかしら?」

「いや、知らないけど」

 

 そのおかげで友人が増えた。ジニーの友人だというルーナ・ラブグッド。彼女は、控えめに言って、すごく、変だ。

 サルビアとは既に知り合いだったらしいが、彼女が無視をし続ける理由がハリーは数時間の間で分かって来ていた。

 

 可愛らしい少女であるが、変わり者だ。ザ・クィブラーなる雑誌を見せつけて来ては、しわしわ角スノーカックなる生物について聞いてくる。

 ロン曰く、そんな生物いるわけないよ、である。サルビアなども、無視するのが得策と言っていたが、ハリーはどうにも彼女を無視するのは難しかった。

 

「今年は何もなかったわね」

「そうだね」

「去年は、賢者の石の事件があったんでしょう?」

 

 ルーナはそう聞いてきた。

 

「そうだね」

 

 毎年毎年何かあったら困るから、なくてよかったと思おうばかりだ。

 

「おかしいな」

「何が?」

「私、ぜったい何かあると思ってたのに。きっとナーグルのせいよ。あっ、あなたのクィディッチの試合、楽しかったわ。来年も楽しみにしてる」

「あ、ありがとう」

「ねえ、日記帳はどうしたの?」

 

 ルーナは次はサルビアへと向かう。ころころと話す対象が変わり、話す内容もふわふわしている。まるで、気ままに飛ぶ風船だ。

 

「ないわよ」

 

 何か察したのだろうか。ルーナはそれ以上何も言わずに雑誌に戻った。ハリーにはどういうことかまったくわからない。

 

「日記?」

「気にしないで」

「そう?」

「ええ、そう。それより、もうすぐ着くけれどやり残したことはないかしら?」

「ああ、そうだ」

 

 そう言われて、ハリーは急いで紙に番号を走り書く。三回同じ番号を書いて、それを破いてサルビア、ロン、ハーマイオニーに渡す。

 

「これ、電話番号って言うんだ。良かったらかけてほしいんだ。夏休みの間ダドリーしか話し相手がいないのは辛すぎるから」

「わかった。必ずかけるよ」

「ロン、かけるときはホグワーツだとか、魔法使いだとか言わないようにしましょ」

「なんでさ?」

「話に聞く限り、ハリーのおじさんもおばさんも、その――ねえ」

 

 どう言っていいのか曖昧にハーマイオニーは笑みを作った。

 

「うん、そうして。たぶん、魔法とか言っちゃうとおじさんキレて電話を投げちゃうよ」

 

 そう言いながら、四人はロンドンへと戻る柵を越える。ダーズリーおじさんを見つけて、ハリーはげんなりする。

 

「それじゃあね」

 

 柵を越えて、サルビアが一人さきに帰って行く。ふと、その背に、燃える何かを見えた気がした――。

 




これにて秘密の部屋編終了。

秘密の部屋が秘密の部屋のまま終了し、ハリーがバジリスクと戦わずに終わった為経験値が減少。

ダンブルドアの行為によってブチギレてロックハートご褒美(死病)を貰う。いままでつくしてくれたからサルビアちゃんからの極上のご褒美です。

さて、アズカバンの囚人編ですが、とりあえず一週間前後くらいの休みを挟んだあと更新して行こうかなと。
たぶん、原作がなくなった二巻と違って三巻はまだ原作が残るかもしれない。
ただし、マルフォイが大人しくなってしまう為、必然的にバックビークが生き残ることになりそう。

まあ、どうなるかは未定ですが、ではまた次回。


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アズカバンの囚人
第23話 湖岸の病魔


 干からびた木乃伊のようなナニカがそこにはあった。辛うじて人の形をしているが、もはや憐れみすら通り越して酷い。

 これでは木乃伊の方がまだましに思える。それほどまでに、そのナニカの状態は酷かった。一体何が、あればこのような惨状になるのか。ハリーにはまったくと言ってよいほど想像がつかない。

 

 上から下まで、見ていく。見たくないのに自らの意志に関係なく、自分の視点は動いた。見れば見るほど、目の前の何かの状態が分かって行く。木乃伊の方が遥かにマシだった。

 頭髪は抜け落ち、一片たりとも髪の毛は残っていたりはしない。禿上がった頭は、内部から圧迫されているように、まるで風船のように膨れ上がり触れば破裂してしまうのではないかと思うほどだ。

 

 現に頭皮はその圧力に耐えられず破れてだらだらと血を流している。その血は赤くなかった。異臭を放つ黒い血。膿み腐りきり、もはやどす黒い黒に変色してしまった血がだらだらと流れて血溜まりを作っている。。

 眼は濁り切って、今にも飛び出してきそうなほど眼孔から出てきている。焦点の合わない瞳は、光を受容することなどないのだろう。

 

 鼻は、もはやその名残すら見られない。潰れて、砕けて見るも無残な姿をさらしている。顎もそう。口もそう。歯なんて抜けていて一本も残ってやしない。

 頭だけでこれだ。身体もまた酷い。ぐちゃぐちゃだ。手足は正常な形をしていない。指など全部そろっているのが奇跡に思えるくらいだ。

 

 肌はどす黒く染まっていて、正常な色が見つからない。膿み、腐り、病魔が侵している。ありとあらゆる癌が併発し、肉体を殺しているのだ。壊死しているのかもしれない。

 そんな状態ですら、ソレは生きていたのだ。死んだ方がましかもしれない。だというのに、生きていた。燃えるような白濁した瞳の輝きは衰えていない。

 

 そこに誰かの姿を幻視したような気がした。這いずるように、ソレは手を伸ばしてくる。

 

――役に立てよ

 

 思わず、あとずさってしまう。けれど、伸ばされた手はハリーの足を掴んだ。その瞬間、莫大な痛みが、ハリーを突き抜けた。

 

 目の粗いおろし金でもみじおろしにされているかのような痛み。酸に浸され全身を溶かされているような痛み。牙で噛まれ獣に生きたまま食われているかのような痛み。

 火であぶられているような、氷づけにされているかのような痛み。あるいは無痛であることの精神的な痛みすらもそこにはありとあらゆる痛みがあった。

 

 まるで、痛みの万国博覧会。これが、目の前のナニカが感じている痛みだとでもいうのか。意味がわからない。何が起きているのかわからない。

 もはや意識を保っていられなかった。耐えられない。耐えられるわけがない。こんなものに耐えられるのは化け物くらいのものだろう。

 

 きっと、ヴォルデモートですら耐えられないに違いない。なぜならば、奴は闇の帝王ではあるが、人間なのだ。ダンブルドアですらきっと。

 深い、深い絶望。意識が切れる。

 

「う、うわああああ!?」

 

 そこで、ハリーは目を覚ました。ベッドから飛び起きる。ダーズリーによって与えられた部屋に自分がいることを確認して安堵する。

 汗をびっしょりとかいている。何か恐ろしい夢を見た。そのはずだが、ほとんど覚えてない。夢を見てはいたが、詳しい内容はわからない。ただ悪い夢だということはわかる。

 

 どうしてそんな悪い夢を見てしまったのだろう。

 

「きっと、ダーズリーの所にいてストレスが溜まってるんだ」

 

 ロンとハーマイオニーから電話が来て話せたとはいえ、少しだけであるし根本的なストレス源と一緒にいるのだから堪ったものではない。

 誕生日だというのに最悪の目覚めだった。けれど部屋の中に落とされた便りが気分を良くしてくれた。ロンとハーマイオニー、それとサルビアからの手紙と誕生日プレゼント。

 

 親友たちからのプレゼントで、まだまだ頑張れる。ハリーはそう思うのであった。夢のことはすっかりとその頃には忘れてしまった。

 これ以降思い出すこともない。マージおばさんを膨らませたりと、トラブルに見舞われて思い出す機会をハリーは失ってしまったのだ。

 

 もとより、覚えてもいない夢の出来事。何の意味もない。そう、意味などないのだ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 サルビアの故郷である廃村は、名をオーランドステットという。かつては、湖の近くにある魔法使いたちの保養地として有名であった。

 有力な魔法使いたちが、ここにやってきては夏を過ごしたという。大いににぎわい、リラータの屋敷もその名残の一つであった。

 

 それもかつての夏の話であり、現在(いま)のオーランドステットの夏というのは、実に何もない。廃村であるのだから当然だった。村の住人は全て、入口のアーチにて首を吊るされている。

 昔はよく肉をついばみに来ていた鳥も今では珍しい。からからと乾いた骨になったのだから当然だろう。その村の近くには村の名前であるオーランドステットの由来となる湖が存在している。

 

 妖精郷に続いているとされており、時折、妖精種が遊んでいるとされた湖。そのほとりにサルビア・リラータの姿はあった。

 

「暑い……」

 

 パラソルで影をつくって、召使い(ドビー)に風を送らせる。どこかの貴族のような優雅な休み。去年までならば地下室にこもっている頃であるが、バジリスクの毒が過剰反応して爆発してしまったのだ。

 過剰な毒を過剰な薬に変えようとしたツケと言える。それでできた薬はかなりの劇薬で、常人なら数日は死んだ方がましの苦しみを受けるだろう代物だった。

 

 無論、効果は比例して高い。あの糞塵屑(ダンブルドア)が持ってきた薬よりも効能で言えば上だ。副作用がでかすぎるのが珠に傷だが。

 そんなわけで、使える屑(ルシウス)を利用して屋敷を立て直す間、暑いので湖で涼んでいるわけである。

 

 かつては、この湖に生息しているケルピーを使ってレースが行われていた。無論、それはサルビアの先代までの話であり、今では見る影もない。

 だが、今でもケルピーは生息しており、今も水面を走っている。馬に魚の尾、藻のたてがみを持つ。歩き疲れた人間の前に現れて、その背に乗せて水の中へと突っ込み、水深が深いところで潜る。しかし、懐かせれば何者にも負けない馬になるという。

 

 ただし、それ以外に役に立たない為、サルビアからしたら役に立つ蟲以下の塵屑でしかない。可愛らしいので、生きているのは許容するが。

 先ほど手懐けようとしてが、逃げられた。死ね。

 

 湖のほとりで、サルビアは日刊預言者新聞(役に立たない塵)を読む。

 

「あのウィーズリーがガリオンくじグランプリを当てたか」

 

 サルビアも送っていたが、当たらなかった。

 

「エジプト旅行か。糞の役にも立たんことを記事にするとは。ウィーズリーの動向など砂塵以下の事象だろうが」

 

 それから次の新聞を手にする。纏めておいたのを読んでいるのだ。

 

「シリウス・ブラックアズカバンから脱獄。あのアズカバンから脱獄するなんてね。ぜひ、その方法が知りたいわ」

 

 アズカバン。魔法使いの監獄。吸魂鬼(ディメンター)が守っているという難攻不落の監獄だ。今回、ブラックが逃げ出したおかげでその信頼は揺らいでいるが。

 重要なのは吸魂鬼の方だ。人間の心から発せられる幸福、歓喜などの感情を感知し、それを吸い取って自身の糧とする。そして、彼らにキスをされてしまえば、魂を吸われる。だからこそ、吸魂鬼なのだ。

 

 幸福や歓喜などの感情を吸え、魂すらキスによって吸収できる。その生態、実体、理屈を知ることによって、サルビアは自らの新呪文を完成させられるのではないかと考えている。

 そのために、アズカバンに行くのは有効な手段だ。真っ当な手段で訪れるには捕まるのが早い。侵入するのも、出るのも困難だが、少なくとも出れる人間がいるのだから出るのは不可能ではない。

 

 その方法さえ知っていれば、入ってしまえばあとは出るだけ。魔法省に捕まる前にシリウス・ブラックとは話しておきたいものだ。

 あるいは服従させてその方法を聞きだし、彼の代わりにアズカバンに入るか。その場合、その場で吸魂鬼のキスを受ける可能性もある。

 

 そうなればそうなったで、逆に好都合ともいえる。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 呪文を唱えると、サルビアの杖先から銀色のドラゴンが現れる。

 守護霊というにはあまりに巨大。凶悪で禍々しく守護霊というよりは悪魔か、地獄の使者、邪神、廃神と言った方が良い。

 

 守護霊の呪文(パトローナス・チャーム)。守護霊を作り出す呪文であり、非常に高度かつ古い魔法である。サルビアが使えない魔法の一つであった、二年前までは。

 守護霊とは一種のプラスのエネルギーであり、混じり気のない幸福感や希望を魔法で凝縮させることによって作り出す。

 

 幸福を感じたことのない、希望など持てない彼女はどうあがいたところで守護霊の呪文を使えなかった。だが、一年生の時、命の水を飲むことによって、幸福感と希望を感じた。

 最上にして、最高。おそらくは全人類の中であの瞬間、彼女ほどの幸福感と希望を感じた者はいないだろう。それゆえに、それからの絶望はより深いものだったが、今も、その感覚は消えることはない。

 

 だからこそ、守護霊の呪文が使えるようになった。

 

「これで、捕えて、解剖して確かめてやる」

 

 あとは、吸魂鬼を手に入れる為にシリウス・ブラックを捕まえる。奴が何を狙っているかを考えなければならない。

 

「いや、明らかか」

 

 奴は役に立たない屑(ハリー・ポッター)を狙っている。調べた限りでは、塵の夫妻(ポッター夫妻)の殺害に関与および塵の帝王(ヴォルデモート)失踪直後に大量殺人を犯してアズカバンに収監された。

 ヴォルデモートの手下であるならば、脱獄してやることは一つだろう。ポッターを殺すのだ。

 

「使えない塵屑を囮にして、ブラックをおびき寄せて捕まえる。それから、吸魂鬼の餌にしてやればいい。魔法省の役人どもを相手にしなければならないが、爬虫類共を消しかけてやればいいだろう」

 

 爬虫類(バジリスク)はこの夏の間に増えた。現在は成長促進の魔法で促成栽培中である。役に立つ蟲(ドビー)が時々ホグワーツに戻って世話をしているので、戻る頃にはもっと増えているだろう。

 コツがわかれば量産など簡単だった。無論、生まれた時から呪文をかけてサルビアに絶対服従にしているので、反逆される心配もない。

 

「うん?」

 

 その時、ふくろうが手紙を運んできた。ホグワーツからの手紙とルシウスからの小包だった。まずはホグワーツのいつもよりも封筒が分厚い。封を切って読む。

 

 拝啓 リラータ殿

 新学期は九月一日に始まることをお知らせいたします。ホグワーツ特急はキングズ・クロス駅、9と4分の3番線から十一時に出発します。

 三年生は週末に何回かホグズミード村に行くことが許されます。同封の許可証にご両親もしくは保護者同意署名をもらってください。

 来学期の教科書リストを同封いたします。

                     敬具

 

 副校長 ミネルバ・マクゴナガル

 

「ホグズミードね。興味もない。で、役に立つ屑はなんだ毎度毎度」

 

 役に立つ屑(ルシウス)から送られて来たのは必修の教科書セットだった。手紙にはホグズミード行きの許可証でも同封したかったらしいが、保護者でも親でもない塵屑にそんな真似が出来るわけもない。

 だが、関係などない。ホグワーツには隠し通路が山とある。秘密の部屋の存在もその一つ。あの塵屑双子を使えばホグズミードに勝手に行くこと術もあるだろう。癪だが、あの塵屑双子はその方面に関して実に有用だ。

 

 色目でも使ってやれば秘密を吐くだろう。吐かないなら吐かせるまでだ。

 

「さて、行くとするか」

 

 学用品を揃えに彼女はダイアゴン横丁へと向かうのであった――。

 




というわけで第三巻目の開始でございます。

なんというか、プロット的な何かを組んでみた結果、原作が途中からさらばしそうな予感が。
というか、確実にさらばします。序盤、ブラックを捕まえるとか言っていたけど、タイムリミットでなりふり構ってられなくなります。

どうなるかはさておいて、これからもがんばります。四年目行けるといいなぁ。

あと、Fate/Grand Orderとても楽しいです。先日、現在無課金ながらヴラド様に続く星5サーヴァントであるアルテラさんをお迎えすることが出来て非常に充実しております。


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第24話 始動

 矢のように日々は過ぎていく。九月一日。ホグワーツ特急にて、ハリーはロンやハーマイオニーたちと一緒に誰もいないコンパートメントを探していた。

 話すことがあったのだ。魔法省の来るまで駅まで送ってもらえた真実。それがシリウス・ブラックについてのことであると話す為に。

 

 どのコンパートメントも一杯であったが、汽車の真ん中あたりのコンパートメントの一つに見知った少女がただ一人で乗っていた。

 

「サルビア!」

 

 サルビア・リラータ。ハリーの親友の一人だった。彼女にも聞いておいてほしいと思っていたので好都合だった。

 

「ここ良いかい?」

「ええ、――良いわよ」

 

 許可を取って中へ入る。引き戸を閉めて誰も中の話を聞けないようにした。そのどこかこそこそした様子に気が付いたのだろう。

 

「どうかしたの?」

 

 全員座ったところで、サルビアがそう聞いてくる。

 

「そうだよ、ハリー何の話なんだい?」

 

 ハリーはウィーズリー夫妻の言い合いの事や、先ほどホグワーツ特急に乗る前に聞かされた警告について全部三人に話した。

 聞き終わると、ロンは愕然として、ハーマイオニーは、両手で口を押えていた。唯一、サルビアだけが動じていない様子である。

 

 話の内容は単純で、シリウス・ブラックがハリーを狙っているということだ。それについて魔法省が警戒しているということ。

 また、ホグワーツ特急に乗る前に、絶対にシリウス・ブラックを探すなといわれたということだ。

 

「ああ、ハリー、シリウス・ブラックが脱獄したのは、あなたを狙うためですって? ほんとに、ほんとに気を付けなくちゃ。自分からわざわざトラブルに飛び込んで行ったりしないでね」

「そうね、トラブルの方から来るにしても、もうすこし思慮深く行動なさい」

 

 女子二人は、そうハリーに言う。反論したかったが、ハーマイオニーとサルビア二人で、反論する方向を全部潰している為反論することができなかった。

 飛び込んでいかないと言おうとしたら、それをサルビアに潰された。自分を心配してくれているのはわかるが、どうして、いつもトラブルに飛び込んで行っているように言われるのだろうか。

 

「ハリーを殺そうとしている狂人だぜ? 誰が探しに行くんだよ」

 

 味方はロンだけらしい。

 ただ、ハリーが想像したよりもみんなは強い反応を示した。サルビアはそうでもなさそうだが、ロンもハーマイオニーもブラックのことをハリーよりもずっと恐れているようだった。ロンなど震えている。

 

「ブラックがどうやってアズカバンから逃げたのか、誰にもわからない。これまで脱獄した奴は誰もいないんだよ」

 

 ロンが落ち着かない様子で言った。

 

「だけど、また掴まるでしょう? マグルまで総動員してブラックを追っているのよ。すぐに……」

「――まって? なんの音だろう?」

 

 ハーマイオニーの言葉が最後まで結ばれる前に、ロンが遮る。何かの音が聞こえた。そういう。小さく、口笛を吹くような音がハリーにも聞こえた。

 かすかで、どこから聞こえて来るかはわからないが、確かに響いてきている。ハリーたちはコンパートメントを見渡した。

 

「ハリー、君のトランクからだ」

 

 ポケットの中のスキャバーズが立てている音でないことを確認したロンが気が付いたように立ち上がり、荷物棚に手を伸ばして、ハリーのローブの間から携帯かくれん防止器(スニーコスコープ)を取り出した。

 ロンの掌の上でそれは激しく回転し、眩しいほどに輝いていた。

 

「それ、スニーコスコープ?」

 

 ハーマイオニーが興味津々で、もっと良く見ようと立ち上がった。

 

「ウン、だけど、安物だよ。エロールの脚にハリーへの手紙をくくりつけようとしたら、メッチャ回ってたもの」

「その時、怪しげなことしてなかった?」

「してない! でも……エロールを使っちゃいけなかったんだ。じいさん、長旅には向かないしね……だけど、ハリーにプレゼントを届けるのに、他はどうすりゃよかったんだい?」

「それはそうと、早くトランクに戻してくれないかしら。うるさいのだけれど?」

「あ、うん」

 

 スニーコスコープが耳をつんざくような音を出し始めたので、サルビアがうるさいので戻してくれと注意した。ロンは、スニーコスコープをバーノンおじさんのとびきりオンボロ靴下の中に押し込んで、音を殺してその上からトランクの蓋を閉めた。

 ロンが席に座り直しながら、

 

「ホグズミードでそれをチェックしてもらえるかもしれない」

 

 そう言った。

 

「ダービシュ・アンド・バングズの店で魔法の機械とかいろいろ売ってるって、フレッドっとジョージが教えてくれた」

「ホグズミードの事、良く知ってるの? イギリスで唯一の完全にマグルなしの村だって本で読んだけど――」

「ああ、そうだと思うよ」

 

 ロンはそんなことに関心がなさそうだった。

 

「どうサルビアは知ってる?」

 

 ハーマイオニーはロンに聞くのを諦めたようだ。

 

「……そうね、その認識で間違いないわ」

 

 いつの間にか取り出していた本を読んでいた彼女が一度だけ顔をあげて、それだけ言ってまた本に目を戻した。

 

「そうなんだ! 凄いわ!」

「魔法のお菓子屋もあるだよ。なーんでもあるんだ。激辛ペッパー――食べると、口から煙が出るんだ――それにイチゴムースやクリームがいっぱい詰まっている大粒のふっくらチョコレート――それから砂糖羽根ペン、授業中にこれを舐めていたって、つぎに何を書こうか考えているみたいに見えるんだ――」

「ホグズミードってとっても面白いところね。魔法の史跡を読むと、そこの旅籠は一六一二年の小鬼の反乱で本部になったところだし、叫びの屋敷はイギリスで一番恐ろしい呪われた幽霊屋敷だって書いてあるし――」

「――それにおっきな炭酸入りキャンディ。舐めている間、地上から数センチ浮き上がるんだ」

 

 ロンはハーマイオニーの言ったことを聞いていないし、ハーマイオニーもしつこく聞いた。ハーマイオニーはハリーとサルビアの方に向き直った。

 

「ちょっと、学校を離れてホグズミードを探検するのも素敵じゃない?」

「だろうね」

 

 ハリーは沈んだ声で言った。

 

「見てきたら、僕に教えてくれなきゃ」

「どういうこと?」

 

 ハリーはホグズミードに行けないことを話した。ダーズリーおじさんは許可証にサインしてくれないし、ファッジ大臣もサインしてくれなかったことを言う。

 

「そりゃないぜ! マクゴナガルか誰かが許可してくれないかな」

 

 それは無理だろとハリーは思う。グリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生はとても厳しい先生だ。許可を申し出たらシリウス・ブラックがいるから無理ですと言うに決まっている。

 もとより、保護者でも両親でもない先生は許可証にサインしても意味がない。それで魔法省大臣のファッジ大臣にも断られたのだ。

 

「そうだ! フレッドとジョージに聞いてみなよ。あの二人なら、城から抜け出す秘密の道を全部知っている――」

「ロン! ダメよ! ブラックが捕まってないのに、ハリーは学校を抜け出すべきじゃないわ」

 

 ハーマイオニーの厳しい声が飛ぶ。正論だけれど、恨めしい。

 

「でも、僕たちが一緒にいれば」

 

 ロンはそれに反論するが、

 

「まあ、ロン、馬鹿な事言わないで。ブラックは雑踏の真ん中であんなに大勢殺したのよ。私たちがハリーのそばにいればブラックが尻込みすると思ってるの?」

「そ、それは……」

 

 そう言われればそれ以上反論ができない。だから、ロンは反論できそうなサルビアに助けを求める。

 

「サルビアもなんか言ってやってくれよ。このままじゃハリーが可哀想だ」

「……私も別に許可証にサインなんてもらってないのだけれど?」

「ほんと?」

 

 それはサルビアもホグズミードに行けないということだ。

 

「両親が死んで一人で暮らしてるから。保護者なんていないのよ」

「そ、そうなんだ」

 

 初めてハリーはサルビアの両親の話を聞いた。まさか、自分と同じように亡くなっているだなんて。彼女にシンパシーを感じるハリーであった。

 

「そ、その、あの、私、ごめんなさい」

「良いわ。別に気にしてないから」

 

 そう言って彼女は再び本に視線を戻す。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 嫌な沈黙がコンパートメントを支配した。

 

「あ、あの、えっと、あ、そうそうサルビア、見てほしいんだけど」

 

 空気を変えようと、ハーマイオニーはダイアゴン横丁で買ったペットの猫であるクルックシャンクスを見せようと籠の紐を解こうとしていた。

 

「そいつを出しちゃダメ!」

 

 ロンが叫んだが遅かった。クルックシャンクスがヒラリと籠から飛び出し、伸びに続いて欠伸をしたかと思うとロンの膝に跳び乗った。

 ロンのポケットの中にいるスキャバーズがブルブル震えたのがハリーにはわかった。ロンは怒ってクルックシャンクスを払いのける。

 

「どけよ!」

「ロン、やめて!」

 

 二人が言い合いを始める。その間にサルビアに向かって何やら毛を逆立てているクルックシャンクスを捕まえて籠に戻そうとしたがハリーを嘲笑うかのようにぺちゃんこの顔に笑みを浮かべて跳んで逃げて、結局荷台の上に落ち着いた。

 その黄色い目はロンのシャツのポケットに向いている。鼠を狙うのは本能だけれど、これはこれで困ったものだった。

 

 空気は変わったが、もっと嫌な方向に変わってしまった。そんな空気を払拭してくれたのは一時にやって来た、食べ物を積んだカートを押している丸っこい魔女だった。

 

「あの、魔女鍋スポンジケーキを一山下さい」

「はいよ」

 

 そう言って、魔女はハリーに大きな魔女鍋スポンジケーキを渡す。

 

「はい、みんなで食べよう」

 

 それを食べる頃には、普段通りの空気に戻っていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 汽車が更に北に進む。振り始めた雨は激しさを増し、窓の外は雨足が微かに光るだけの灰色一色になっていた。いや、今やその色は墨色に変わっている。

 通路と荷物棚にポッとランプが灯った。汽車はガタゴトと揺れる。塵屑(ロン)が窓の外を見て、

 

「もうすぐ着く頃だ」

 

 そんな塵屑の言葉が終わるか終わらないうちに、汽車は速度を落とし始めてた。サルビアは訝しげにする。まだ着く時間ではない。

 汽車はますます速度を落とす。ピストンの音が弱くなり、窓を打つ雨音が一層激しく聞こえるようになる。そして、汽車が止まる。

 

 一番ドアに近いところにいた囮に使う予定の塵屑(ハリー)が立ち上がって通路の様子をうかがう。それと同時に何の前触れもなく、明かりが一斉に消えた。

 

「いったい何が起こったんだ!」

 

 ロンがハリーの後ろで叫ぶ。

 

「痛い!」

 

 ロンの足がサルビアの足を踏みつけた。痛みはそうでもないが、踏まれたことに怒りを感じる。殺す。絶対殺す、塵屑が。

 

「大丈夫?」

 

 ハリーが手探りで戻りながら心配してくる。余計な御世話だ。

 

「故障しちゃったのかな?」

「さあ……」

「暗すぎるわ。ルーモス」

 

 何も見えないのでしびれを切らしたサルビアが魔法を使う。明かりがコンパートメントを淡く照らす。その時、ドアが開いて、塵屑デブ(ネビル)が入ってきた。

 

「なにがどうなってるかわかる?」

「やあ、ネビル。わからないよ」

「何かが乗り込んでくるのが見えたよ」

 

 ロンがそう言う。時にはまともなことを言うのか。塵屑は塵屑だが。

 

「私、運転手の所に行って聞いてこようかしら」

 

 役に立つ塵屑(ハーマイオニー)が立ち上がって出て行こうとした時、ドアが開き塵屑妹(ジニー)が入ってきた。

 

「ロン、大丈夫?」

「ああ、大丈夫さジニー。とりあえずこっち来て座れよ」

「もう満員なんだけど?」

 

 その時だ、入口に気配を感じてサルビアがそちらに光を向けた。皆もそれに倣って入り口を見る。そこには、マントを着た天井までも届きそうな黒い影だった。

 顔はすっぽりと頭巾で覆われている。その手は、灰白色に冷たく光、汚らわしいかさぶたに覆われ、水中で腐敗したような死骸のような手をしていた。

 

 サルビアは人知れず笑みを作った。吸魂鬼(ディメンター)だ。それは、ゆっくりとがらがらと音を立てながら長く息を吸い込む。周囲から幸福や歓喜などの感情を吸いこもうとしているのだ。

 冷気が全員を襲う。隣でハリーが突然倒れ、引きつけでも起こしたかのように痙攣し出す。他の連中も気分悪そうにしていた。

 

 その中で、サルビアは笑みを浮かべていた。これだ、これだ、これだ!! 幸福、歓喜。これが、形のないものを吸われていく感覚か! 

 実に、ああ、こうか、こうなのか。奪われていく感覚を体感すればするほど、サルビアの中で理論が、理屈が、ありとあらゆる全てが組みあがって行く。

 

 今、サルビアの中で全てのパズルが完成し、研ぎ澄まされていく。鋭く、どこまでも強く燃え盛る。

 

――このままいつまでもこの感覚を味わっていたいものだが、丁度良い。実地練習と行こう。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 ただ一度感じただけの小さくも最上の歓喜、最大の幸福(希望)。吸魂鬼が周囲にいるだけで人間は活力を失ってしまうが、サルビアにとって活力など充足していたことなど一度もない。もとより、渡すものかよ。

 圧倒的な意思で、全てをねじ伏せて彼女は吸魂鬼を前に立っている。その背に燃え盛る逆さ磔を浮かべて、笑みのままに彼女は呪文を唱えた。

 

 銀の咢が吸魂鬼を喰らう。ただの守護霊が、吸魂鬼を滅する。それほどまでに強大な守護霊。もはや、絶望の中でこそ幸福(希望)は輝く。

 だからこそ、彼女が放つ守護霊は、守護霊という枠すらはみ出して、吸魂鬼を滅する。禍々しい守護霊(廃神)と共に、サルビアはコンパートメントを出ていく。

 

 吸魂鬼のお仲間がそこにはいた。それにも守護霊を嗾ける。吸魂鬼の声ならぬ絶叫が響いた。

 

「痛みを感じるんだァ。あははは! もっと叫びなさい。この私を餌にしようとしたたんでしょ? ほら、もっと悲鳴をあげなさいよ!」

 

 吸魂鬼にも感情というものはあるらしい。本当にわずかであり、ないも同然だが、それで十分。それが、サルビアに向けられているのを彼女は感じていた。

 それで十分。彼らもまた生物であれば、感情を持たないということはない。痛めつけられれば感情は向く。ゆえに、向いた感情は負。

 

 もとより負の生物が正の感情など抱けるはずもない。そして、サルビアは、そんな奴らをも羨ましいと思う。生きている全てがサルビアは羨ましいのだ。

 

「この私に感情を向けたな? コンキタント・クルーシフィクシオ」

 

 呪文とともに漆黒が放たれる。ホグワーツでの人体実験を繰り返したあと、この夏に改良を加えて完成した呪文。足りなかった経験が今、この瞬間にも満たされていく。吸魂鬼は実に役に立った。その瞬間、立ち上がって行く逆さ磔。

 

「あははははははは!!」

 

 くべられる吸魂鬼。奪っていく。呪文は絶大な効果を発揮していた。生命力を奪い、押し付けるは、(ヤミ)

 抵抗できるのは、サルビアと同等の強力な魔法使い。あるいは感情を鍵にしていることから閉心術の使い手だろう。

 

 更に、サルビアは新たな可能性を感じ取った。寿命を奪うだけの呪文のはずだった。だが、今この瞬間に気が付いたのだ。このままこの呪文を研ぎ澄ませればありとあらゆるものを略奪する呪文になると。そう相手の大事なもの(輝き)を奪えるのだ。

 サルビアは笑みを深めた。見下している塵屑共から、全てを奪い尽くす。ああ、実に、実に気分が良い。これこそが己であると、ぴらと最後の欠片が嵌ったかのように。

 

「あはっ、あはははははははははははははは――――!!!」

 

 サルビアは、嗤う。

 

「寄越せェ!! 生きている者全て、寄越せ、全てを! それ以外にお前たちに価値なんてあるわけないだろうがァ!!」

 

 直撃した呪文は、弾けるように周囲に影響を及ぼしていく。さながら病が感染していくかのように。

 重篤な病に侵されてた吸魂鬼どもは逃げ出そうとする。

 

「逃がすものかよ。パック」

 

 吸魂鬼の一体を持ってきていた何も入っていない箱に詰めてしまう。そして、ドビーに秘密の部屋に持っていかせた。

 

「オブリビエイト」

 

 見ていた全ての者の記憶を修正したと同時に、継ぎ接ぎだらけのローブを纏っている見慣れない男がやって来た。顔は青白く病人のようにやつれ、鳶色の髪には白髪が交じっている。

 

「君が追い払ったのかい?」

 

 即座に、サルビアは優等生の皮を被る。

 

「ええそうです」

「若いのに君は素晴らしい魔女のようだね」

「どうも。あなたは?」

「私かい? 私は、リーマス・ルーピン。今年からホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えることになっているんだ」

「そうですか。サルビア・リラータです」

「リラータ…………そうか、よろしく」

 

 なるほど、役に立った糞塵屑(ロックハート)よりはまともそうだ。だが、使えそうにない。むしろ、厄介かもしれない。

 リラータの名に反応したということは、敵になる可能性がある。この善良そうな男は確実に糞塵屑(ダンブルドア)側だ。

 

「さあ、戻って。君のコンパートメントのお友達の様子を見よう。どうやら大変なようだ」

 

 そう言われてルーピンと共にサルビアはコンパートメントに戻る。確かにハリーが倒れている。面倒くさい。いや、ある意味で好都合か。

 

――逆さ磔が駆動する。

――全てを磔にして、屍の山の上で笑う逆十字の完成だ。

 




逆さ磔の完成でございます。ここから先はこの呪文の精度を上げていくことになるでしょう。

新呪文は閃光を当てなければなりませんが、何かに当たった瞬間一定範囲に呪文の効果が広がる仕様になりました。
壁があろうが直撃すればその向こう側にまで効果を及ぼすという鬼畜性能。
防ぐには強大な魔法力、あるいは閉心術を使う必要があります。
本家とちがって協力強制のおかげで発動できないというのがない。感情を向けてなくても病を押し付けることは出来るというのが本家玻璃爛宮と違う点。

次回は、ハリー視点で休憩回です。
では、また次回。

Fate/GOですかようやく再臨素材があつまりヴラドを再臨。これで、星5二人を無事に再臨させることができました。
レベルあげしたいですが、レベルあげよりまずは次の再臨素材集め。長い旅の始まりだ(白目)。
本当、まだまだ先は長い。とりあえず三章実装が楽しみです。


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第25話 吸魂鬼

 ハリーは目を開けた。床が揺れている。ホグワーツ特急が再び動き出していた。車内も明るさを取り戻している。座席から滑り落ちたらしいが何があったのだろう。

 頭巾に覆われた得体のしれない何者かを見た瞬間、息が胸の途中で使えた気が下。寒気がして、心臓を掴まれたような気すら。

 

 冷気に引きずり込まれ、何かのうなり声と叫び声を聞いたような気がした。哀願の叫び。誰かしらないその人を助けたいとすら思った。

 その跡、ハリーは何かを見た気がした。炎に燃える逆さまの十字架のような何か。その前でサルビアが笑っていたような気がしたのだ。

 

 それはあまりにもありえない光景。あの優しいサルビアが、まるで蟲を踏みつぶして、塵を見るかのような目をして哄笑をあげているなどありえない光景だ。

 だから、きっと何かの見間違いだろう。そう思いながら悪い気分の中ずりおちた眼鏡をあげる。そうすることで周りが見れるようになった。

 

 ロンとハーマイオニーが心配そうに脇にかがみこんでハリーを覗き込んでいる。その上からネビルとジニー、サルビアと見慣れない男の人がが覗きこんでいた。

 

「大丈夫かい?」

 

 ロンが恐々聞いてきた。

 

「あ、ああ」

 

 ハリーはドアの方を見た。頭巾の生き物は消えていた。

 

「何が、起こったの? あいつはどこに行ったんだ? 誰が叫んだの?」

「誰も叫びやしないよ」

 

 ますます心配そうにロンが答えた。ハリーは明るくなったコンパートメントを見渡す。ジニーとネビルの二人が顔面蒼白でハリーを見返してきた。

 

「でも、僕、叫び声を聞いたんだ――」

「落ち着きなさいハリー」

「そうだ、落ち着きなさいハリー」

 

 その時、ひんやりと水をかけるように冷静なサルビアの声がコンパートメントに静かに響き渡った。皆が顔面蒼白の中彼女だけはいつも通りだった。

 もとから顔が病的に白いということもあるだろうけれど、いつも通りの彼女を見てハリーは安心と共に冷静さを取り戻していく。

 

 そのおかげで、男の人に気を回す余裕が出来た。

 

「あ、あのあなたは?」

「ルーピン先生。新しい闇の魔術に対する防衛術の先生よ」

 

 サルビアがそう答えた。

 

「よろしく」

「あ。あのよろしくお願いします。えっと、あれは一体なんだったのですか?」

吸魂鬼(ディメンター)。アズカバンの看守だよ。あれは、そこにあるだけで活力を奪う。特に、凄惨な経験をした者が大好物なんだ。こういうときは――」

「これでも食べなさい」

 

 ルーピン先生が何かを取りだそうとする前にサルビアが鞄からチョコレートを取り出して渡してくる。ついでとばかりに皆にも配って自分も食べていた。

 本当は何があったのかもっと話を聞きたかったけれど、食べるまで話す気はないという言外の言葉を感じ取ってハリーもおずおずと食べる。

 

「君は、本当に優秀だね」

「どうも」

 

 ルーピン先生とサルビアがそんな会話している間にチョコレートを食べる。それだけで、身体の中があったかくなっていくようだった。とてもおいしくいいものだとわかる。こんなに良いものをくれるサルビアはとても良い人なんだと思った。彼女の為に働きたいとすら思うほどに。

 

――あれ?

 

 何かおかしなことをハリーは考えたような気がしたが、すぐにそれはルーピン先生の言葉によって霧散する。

 

「落ち着いたみたいだね。私は運転手と話してこなければならない。すまないが、失礼……」

 

 そう言ってルーピン先生はコンパートメントを出て行った。

 

「ハリー、本当に大丈夫?」

「う、うん。だけど、僕、わけがわからないよ」

「吸魂鬼が、あなたの感情を吸ったのよ。そうしたらあなたは倒れてしまった。強く影響を受けたのね」

「僕、君がひきつけかなんか起こしたのかと思った」

 

 サルビアが説明して、続けるようにロンが言った。まだ恐ろしさが消えないとでもいうように。

 

「君、なんだか硬直して、座席から降りて、ヒクヒクし始めたんだ――」

「そうしたら、私も気分が悪くて覚えてないんだけど、サルビアが吸魂鬼に杖を向けたの。それから呪文を唱えたら、銀色の恐ろしいドラゴン現れてが吸魂鬼を追い払ったの。あれはなんなの?」

「守護霊の呪文よ。あれらに対して有効な呪文の一つ」

「怖かったよぉ」

 

 ネビルが声を上ずらせながら言う。それはどっちにいったのか。吸魂鬼か、それとも銀色のドラゴンか。なんだか両方な気がする。

 未だに、恐ろしさが抜けないのかブルブルと震えていた。

 

「あいつが入ってきた時、どんなに寒かったか、みんな感じたよね」

「僕、妙な気分になった。もう一生楽しい気分になれないんじゃないかって」

 

 ジニーはハリーと同じくらい気分が悪そうで隅の方で膝を抱えている。小声ですすりあげた。ハーマイオニーは彼女を慰めるように抱いた。

 

「だけど……誰か、座席から落ちた?」

「ウウン、ジニーがめちゃくちゃ震えてたけど」

 

 ロンがまた心配そうにハリーを見た。

 ハリーにはなんだかわからなかった。まるで病み上がりのように弱り震えていた。しかも恥ずかしい。なぜ、自分だけがこんなに酷いことになったのだろう。

 わからないまま、汽車はホグズミード駅に停車した。下車するのは相変わらずひと騒動だ。ふくろうやネコが鳴いて、ネビルのヒキガエルは帽子の下でゲロゲロと五月蝿く泣いている。

 

 それに紛れて、

 

「イッチ年生はこっちだ!」

 

 懐かしいハグリッドの声が聞こえてきた。ハリー、ロン、ハーマイオニーが振り向くとプラットホームの向こう側にハグリッドがいた。

 びくびくとしている新入生たちを手招きしている。

 

「四人とも、元気かー!」

 

 ハリーたちはハグリッドの呼び声に手を振った。話しかける機会はなかった。周りの人波に流されながら馬車道に出て例年通り馬車に乗った。

 

「はあ」

 

 ハリーは息を吐く。チョコレートを食べて気分がよくなってはいたが、ハリーはまだ体に力は入らなかった。ロンとハーマイオニーはハリーがまた気絶するのではないかと心配してか横目でしょっちゅうハリーを見てきた。

 心配はありがたいが、みんなが気絶してないのに自分だけ気絶した恥ずかしさと惨めさを思い出して良い気分にはならない。サルビアのようにいつも通りにしてくれている方が幾分も気分が良かった。

 

 馬車は壮大な鋳鉄の門をゆるゆると走り抜けた。門の両脇の石柱には、羽の生えたイノシシの像が立っており、頭巾をかぶった、聳え立つような吸魂鬼がここにも二人、警護に立っていた。

 ハリーは、またしても冷たい吐き気に襲われそうになり座席のクッションに深々と寄りかかって門を通過し終えるまで目を閉じていた。

 

「なんで、あんなのがホグワーツにいるんだ?」

 

 ハリーが誰となく問いかける。

 

「シリウス・ブラックが脱獄したせいでしょう」

 

 サルビアがそれだけ言う。

 

「でも、ダンブルドアが居れば、ブラックは手を出せないはずでしょ」

「万全を期すというやつだと思うわ」

 

 それでもあんなものがホグワーツにいるというのは嫌だった。

 

 そのうちにひと揺れして馬車は停まる。四人は馬車から降りて城への石段を上る。こういう時に意地の悪いことをいうマルフォイはハリーの姿を見たかと思うと、サルビアに視線を向けてそのままどこかへ行ってしまった。

 それにハリーはそれを珍しいやおかしいなと思いながらも気にする余裕はなく、生徒の群れに交じって大広前へと向かう。このまま大広間に入るという時、

 

「ポッター! グレンジャー! 二人とも(わたくし)の所へおいでなさい!」

 

 誰かに名前を呼ばれた。驚いて二人して振り返るとマクゴナガル先生が生徒の頭越しに呼んでいた。マクゴナガル先生にかわりはなく、いつも通り厳格な顔をして髪をきっちりと髷に結い、四角い縁の眼鏡の奥の目は鋭い。

 どうして呼ばれたんだろうと思いながら人ごみをかき分けて先生の方へ向かう。少し不吉な予感がした。どういうわけかマクゴナガル先生は自分が悪いことにしたに違いないという気持ちにさせる。

 

「そんなに心配そうな顔をしなくてよろしい――少し私の事務室で話があるだけです。ウィーズリーとリラータはみんなと行きなさい」

 

 そうロンとサルビアに行ってその背中を押す。

 マクゴナガル先生はハリーとハーマイオニーを引き連れてにぎやかな生徒の群れから離れていく。マクゴナガル先生の事務室に着くと、先生は二人に座る様に合図した。

 

 おずおずと座る。

 

「聞きましたよポッター。汽車の中で気分が悪くなったそうですね」

 

 なぜ知っているのかはともかく、ハリーが答える前にドアを軽くノックする音が響き、校医のマダム・ポンフリーが気ぜわしく入ってきた。

 ハリーは顔が熱くなるのを感じた。気絶したのとか気分が悪くなるのはもういい。それも恥ずかしいというのに、みんなが大騒ぎするなんて本当に恥ずかしい。

 

「僕、大丈夫です。何もする必要はありません」

「ポッター、一応です。気分が悪くなったものは他にもいます。しかし、その、あなたほど酷い者はいませんでしたからね。

 ――ポッピー、吸魂鬼です」

「ああ、あんなものを学校の周りに放つなんて」

 

 そう言いながらマダム・ポンフリーはハリーの前髪をかきあげて額の熱を測る。

 

「倒れるのはこの子だけではないでしょうよ。そう、この子はすっかり冷え切ってます。ああ、なんて恐ろしい連中。もともと繊細な者に連中がどんな影響を及ぼすことか」

「僕、繊細じゃありません!」

「ええ、そうじゃありませんとも」

 

 マダム・ポンフリーは、ハリの脈を取りながら上の空で答えた。そんな彼女にマクゴナガル先生がきびきびと聞く。

 

「この子にはどんな処置が必要ですか? 絶対安静ですか? 今夜は医務室に泊めた方が良いのでは?」

「僕、大丈夫です!」

 

 そんな先生の問いにハリーは弾けるように立ち上がった。病棟に入院なんてしたら、ドラコ・マルフォイになんて言われるか。

 さっきは何も言わなかったが、次こそこれ幸いとばかりに行ってくるに違いない。そうに決まっている。

 

「そうね。少なくともチョコレートは食べさせないと」

 

 マダム・ポンフリーがハリーの目を覗きこもうとしながら言った。

 

「もう食べました。サルビアにもらいました。みんなに配ってくれたんです」

「そう? ちゃんと治療法を知っているなんて流石ね」

「ポッター、本当に大丈夫なのですね?」

 

 マクゴナガル先生が念を押してくる。

 

「はい」

 

 ハリーはなるべく力強く答えた。

 

「いいでしょう。ミス・グレンジャーとちょっと時間割の話をするので、外で待ってらっしゃい。それから一緒に宴会に参りましょう」

 

 外に出てほんの数分待てばハーマイオニーが何やら酷く嬉しそうな顔をして現れた。そのあと、マクゴナガル先生が出てきた。

 三人で先ほど昇ってきた大理石の階段を下りて大広間に戻った。フリットウィック先生が古めかしい帽子と三本脚の丸椅子を大広間から運び出していた。

 

「あー、組み分けを見逃しちゃった」

「そうだね」

 

 そう言いつつ、マクゴナガル先生と別れた二人は出来るだけ目立たないように進んだ。ロンとサルビアが席を取ってくれていたので、ロンの隣にハーマイオニーが、サルビアの隣にハリーが座る。

 

「いったいなんだったの?」

 

 ロンが小声でハリーに聞いてきたので、ハリーが耳打ちで説明を始めた時、ダンブルドア校長があいさつするために立ち上がったので話を中断する。

 ハリーはダンブルドア校長がにっこりと笑いかけたのを見て、吸魂鬼がコンパートメントに入ってきた時以来初めて安らいだ気持ちになった。

 

「まずは、おめでとう!」

 

 ダンブルドアは顎鬚を蝋燭で輝かせながらそう言った。

 

「新学期おめでとう! 皆にいくつかお知らせがある。一つは深刻な問題じゃから、皆がごちそうでぼーっとなる前に片付けてしまおう」

 

 そこでダンブルドア校長は咳払いをしてから言葉を続けた。

 

「皆も知っている通り、ホグワーツ特急で捜査があった。我が校は、ただいまアズカバンの吸魂鬼、ディメンターたちを受け入れて折る。魔法省の用でここに来ておるのじゃ」

 

 ダンブルドアは言葉をそこで切る。ハリーはウィーズリー氏が言ったことを思い出す。出発前に聞いた、吸魂鬼が学校を警備するという話を。そして、ダンブルドアはそれを快く思っていないということを。

 

「吸魂鬼たちは学校への入口という入口を固めておる。はっきり言っておくが、あの者たちが折る限り、誰も許可なしで学校を離れてはならんぞ。あの者たちは、いたずらや変装に引っかかるようなシロモノではない。――透明マントでさえ無駄じゃ」

 

 ダンブルドアがさらりと付け加えた一言にハリーはロンと顔を見合わせた。

 

「言い訳やお願いも無駄じゃ。ディメンターにはできない相談じゃ。一人一人注意しておくぞ。あの者たちが皆に危害を加えるような口実を与えるではないぞ。監督生よ、男子女子、それぞれの新任の首席よ、頼みましたぞ。誰一人としてディメンターといざこざを起こすことのないよう気を付けるのじゃぞ」

 

 ダンブルドアはそうしっかりと言い含めた。パーシーが胸を張ってもったいぶって周りを見渡すのをハリーは見た。

 

「では、楽しい話に移ろうかの。今学期から嬉しいことに、新任の先生を二人、お迎えすることになった。まずは、ルーピン先生。ありがたいことに空席になっている闇の魔術に対する防衛術の担当をお引き受け下さった」

 

 ぱらぱらとあまり気のない拍手が起こった。ルーピン先生は一張羅を着込んだ先生方の間で一層みすぼらしく見えた。

 よく見ればスネイプ先生がルーピン先生を酷く睨んでいた。また闇の魔術に対する防衛術の担当になれなかったからひがんで睨んでいるのだろう。

 

「もう一人の新任の先生じゃが、前年度末に魔法生物飼育学の先生じゃったケトルバーン先生が退職なされた。その後任として、ルビウス・ハグリッドが森番役に加えて教鞭をとって下さることになった」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは驚いて顔を見合わせた。そして、三人ともみなと共に拍手した。グリフィンドールからの拍手は一段と大きく。逆にスリザリンからの拍手は驚くほど小さい。

 ハグリッドをハリーが身を乗り出して見ると、夕日のように真っ赤な顔をして自分の巨大な手を見つめていた。嬉しそうな顔はもじゃもじゃの髭に埋もれている。

 

「そうだったのか!」

 

 ロンが合点がいったという風に言う。

 

「噛みつく本を指定するなんて、ハグリッド以外にいないよな!」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは最後まで拍手し続けた。サルビアは手が痛くなるからか早々に拍手を終えている。

 

「さて、これで大切な話はみな終わった、宴じゃ!」

 

 ダンブルドアの宣言と共に、金の皿、金のゴブレットに突然食べ物、飲み物が現れた。ハリーは急にハラペコになり、手当たり次第にガツガツと食べた。

 吸魂鬼の恐怖もこの時には、忘れることができた――。

 




ハリー視点。サルビアとの約束によってマルフォイが大人しい。こんなのフォイじゃねえ。とかスリザリンでいざこざあってるけど、まあ、サルビアには関係ないので良いよね。

そして、ハリー視点なので、実に平和。本当、平和。これがいつまで続くのやら。

次回はいつもの授業回。平和、まだ平和。

Fate/GOですが、イベントで召喚札的なのが手に入ったので、引いてみました。魔導書でした。深い悲しみが襲いました。以上。
うん、まあ、アルテラみたいな奇跡は早々起きませんよね。わかってた。


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第26話 平穏な授業

 暗がり。三階の女子トイレ、嘆きのマートルが住み着いた女子トイレから蛇語を響かせることによって、そこへの道は開かれる。

 暗い、暗い通路を進んで、奥へ、奥へ。じめり、じめりと湖の下の地下通路を進む。そこには部屋がある。かつて、四強と呼ばれたホグワーツ創始者たちの一人がその余技にて作り上げた部屋。

 

 

 秘密の部屋。この部屋を知る者は多い。されど、実在を知り、この部屋に辿り着けるものは少ない。いや、今は、ただ一人。

 この部屋について探ろうとしてはならない。命が惜しければ。もとより、この部屋について探ろうとする者はいないだろう。あくまでも実在を噂されるだけの部屋なのだから。

 

 そんな部屋にサルビア・リラータはいた。育ってきたユニコーンを眺めて、彼女は捕えたディメンターを踏みつけにして椅子にしていた。

 ディメンターはそんな彼女の感情を吸っている。吸い続けている。奪い続けている。だが、だというのに彼女に堪えた様子はない。一切。

 

 まるで、この程度? とでも言わんばかりだ。強靭な意志。それが彼女を支えている。病魔に身体を侵されて死にかけた彼女が今まで命を繋いできた最大の要因たる意志。

 それが、吸魂鬼の影響をものともしない精神を作り上げていたのだ。

 

「今日はこのくらいにしておくか」

 

 吸魂鬼を箱に仕舞いこみ、一息つく。役に立つ蟲(ドビー)がいれた紅茶を飲む。役に立つ屑(ルシウス)が送ってきた紅茶だが、味がわからない。

 砂糖を山のように入れて、ようやく甘さを感じた。

 

「ふぅ――ごはっ」

 

 流石に、サルビアも疲れた。倒れるということも、気分が悪くなるということもないが、というよりは苦痛を感じても病魔に埋もれて意味がないだけである。疲れはするし、それによって失う体力は大きい。時間が刻一刻となくなっている為、今も何もないのに血反吐を吐いた。

 

 症状の進行が早い。薬も、効かなくなってきた。ユニコーンの血など以前ほど効果を実感できない。症状の進行に伴って命の水すらも効果が下降気味であった。

 また、厄介な先生が入ってきたので警戒するのも負担となる。リーマス・ルーピン。あれは本物だ。ロックハートなど目ではない、本物の実力のある魔法使いだ。しかも、糞塵屑(ダンブルドア)と同じ側の人間であることは間違いない。

 

 リラータについても知っているということは、少なくとも良い感情を持っているわけがないのだ。先代はそれだけのことをやった。

 在学中にもやらかしていたから、その話を彼は聞いたのだろう。少なくとも、生きていれば年はあのルシウスと同じくらいだから、後輩として悪逆非道の話を聞いたのかもしれない。

 

「つくづく足をひっぱてくれるな失敗した塵屑(父親)の分際で。まあいい。今に見ているが良いさ」

 

 呪文の習熟を行い。全てを奪い尽くしてやる。健全な肉体も、寿命も、その魔法力も、何もかもだ。それからゆっくり糞塵屑をぼろ雑巾になるまで使い潰してから殺してやろう。

 

『ご主人様』

 

 そこにずり、ずり、と巨体を引きずってバジリスクと、生まれたばかりで促成栽培したそれなりの大きさのバジリスク数十匹が、破壊したサラザール・スリザリンの開きっぱなしの住処から現れた。

 

「何の用だ」

『臭いが、する。人と狼、混じったもの。城の中に、いる』

「人と狼? ああ、人狼か。――ええい、寄るな生臭いんだよ離れろ!」

『…………』

「ふん、で、人狼か」

 

 人狼、狼人間、狼男。狼人間に噛まれた人間だけが狼人間になり、一ヶ月に一度、満月の時にだけ残忍な動物に変身します。他のどんな獲物よりも人を求めるという忌み嫌われている生き物だ。

 ホグワーツの禁じられた森にそれがいるという噂されているが、そんなものは見たことがない。そんなものは二年間禁じられた森に通い詰め走り回ったサルビアが一番よく知っている。

 

 あそこには人狼ではなく蜘蛛がいる。邪魔だったので全滅させたが、珍しい蜘蛛だった、本来ならこんな場所にはいないような。

 そもそも、去年からめざめて校内を徘徊していたこの爬虫類が、今更のように報告してきたのだ。つまり、それは今年新しく入ってきた誰かということになる。

 

 まさか、新入生ということはあるまい。普通に考えて人狼をホグワーツに入学させるわけがない。人狼とはそういう存在だ。差別対象。忌み嫌われ疎まれる者。

 一晩だけ人狼に変身するだけとはいえ、噛まれれば噛まれた人間も人狼になる。まるで病だ。そのため廃絶された。忌み嫌われた。差別された。

 

 今は、脱狼薬もあるものの、根強い差別は残っている。別にそれについて思うことも興味もない。ただ、この情報をどう使うかだ。

 別段、人狼など興味はないが情報は持っておくだけで価値がある。使える屑に告げ口してやれば面白いことになるだろう。

 

『おい、爬虫類。臭いはどこからしている』

『ここだ』

 

 わざわざサルビアが作成した、ホムンクルスの術をかけて城の中にいるすべての人の動きを追跡できるようになっているホグワーツの地図を指し示す爬虫類。何やら嬉しそうなのが気持ち悪い上に鬱陶しいことこの上ないが、役に立った。

 

「くく、くははははは、あははははははは! 褒めてあげるわ、バジリスク! お前は役に立った! あはははは!! あの糞塵屑め人狼を教師にしやがった!」

 

 役に立つ爬虫類が指し示したのは闇の魔術に対する防衛術教諭の部屋だ。そう、あのリーマス・ルーピンの部屋だ。そこにはルーピンがいる。

 

「さて、さて。どうしてやろうかしら」

 

 まだ、証拠はないがこれは実に使える情報だ。確認が取れ次第。切り札として大事に使わせてもらうとしてよう。

 そう決めて、サルビアはいつものように去年攫ってきたマグルに逆さ磔の呪文をかけ続ける。使えば使うほど、経験を積めば積むほど呪文の効果が上がって行くのが分かった。

 

 一晩、そうして過ごし、濃縮ユニコーンの血ジュース(仮)を飲んで、血を吐いて、骨を折り、残りをボトルに入れてグリフィンドール寮に戻るのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 翌朝。ハリー、ロン、ハーマイオニー、サルビアの四人が朝食を取りに大広間に行くと、ドラコ・マルフォイが何やらおかしな話をしているらしかった。

 しかし、四人が入ってくるとマルフォイは、そのばかばかしい話をぴたりとやめてしまった。ハリーをからかおうともしない。

 

 本格的に奴はどうかしてしまったのだろうか。心配するわけでもなく、どうかしたのなら寧ろ好都合だったり嬉しかったりするのだが、それはそれで不審である。

 スリザリン生ですらどうしたのだろうかと思っているようだった。

 

「どうしちゃったんだあいつ?」

「さあ、どうでもいいだろ?」

 

 ロンの一言にそうだねと頷いて席に座ろうとすると、

 

「あーら、ポッター!」

 

 マルフォイの代わりとでも言わんばかりにバグ犬のような顔をしたスリザリンの女子寮生、パンジー・パーキンソンが甲高い声で呼びかけて来た。

 

「ポッター! 吸魂鬼が来るわよ。ほら、ポッター!! うぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 迫真だったが、ハリーは怒りを覚えつつも無視してグリフィンドールの席にドサッと座った。隣にジョージ・ウィーズリーがいた。

 

「ほら、三年生の新学期の時間割だ。気にするなよハリー」

 

 ジョージが時間割を手渡しながら言ってくる。

 

「あのろくでなし野郎は、列車の中で吸魂鬼がこっちに近づいてきた時、僕たちのコンパートメントに駆け込んできたんだ。なあ、フレッド」

「ああ、ほとんどおもらししかかってたぜ」

 

 その言葉を聞いて、少しは気分が晴れた。

 

「あいつが、僕たちとのクィディッチの第一戦のあとでどのくらい幸せでいられるか、拝見しようじゃないか」

 

 グリフィンドール対スリザリン。シーズン開幕の第一戦だ。ハリーとマルフォイの対戦成績は今のところハリーが勝ち越している。

 少しは気を良くして、ハリーはソーセージと焼きトマトに手を伸ばした。

 

「わあ、うれしい。今日から新しい学科が始まるわ」

 

 幸せそうな声でハーマイオニーは新しい時間割を見ている。ロンが気になったのかそれを肩越しに覗き込むと、

 

「ねえ、ハーマイオニー……君の時間割、メチャクチャじゃないか。ほら、一日に十科目もあるぜ。そんなに時間があるわけないよ」

 

 そのあまりの詰まりっぷりに愕然としていた。

 

「なんとかなるわ。マクゴナガル先生と一緒に決めたんだから」

 

 ハリーも気になって見てみた。確かに詰まっている。しかも、九時の占い学とマグル学でかぶっていた。よくよく見てみれば、もう一つ、数占い学の授業も九時となっていた。

 授業が三つもかぶっている。

 

「おいおい、ハーマイオニー。そりゃ、君が優秀なのは認めるけど、そこまで優秀な人間がいるわけないだろ。三つの授業にいっぺんにどうやって出席するんだい」

「ふーん」

 

 サルビアはそんなロンの言葉を聞いて、何かわかったようだった。ハリーが聞こうとした時、ハグリッドが大広間に入ってきた。長い厚手木綿(モールスキン)のオーバーを着て、片方の巨大な手にスカンクの死骸をぶら下げ、無意識に振り回している。

 

「元気か?」

 

 教職員テーブルの方に向かいながら、立ち止まってハグリッドが真顔で声をかけてきた。

 

「お前さんたちが折れのイッチ番最初の授業だ! 昼食のすぐあとだぞ! 五時起きしてなんだかんだ準備してたんだ。うまくいきゃあいいが……俺が先生。いやはや」

 

 ハグリッドはいかにもうれしそうに笑って教職員テーブルに向かった。

 

「何の準備をしてたんだろ?」

 

 ロンは少し心配そうだった。そういうハリーも心配であった。ハグリッドの事は好きであるが、ドラゴンを飼育しようとしたりやることはちょっと、すごくあれなのだ。

 そのあと、生徒が各々最初の授業に向かい始めた。ハリーたちの最初の授業は占い学である。占い学は北塔のてっぺんでやるので着くのに時間がかかる。

 

「そうだね、行こう」

 

 慌てて朝食を済ませて、別の授業に行くというサルビアと別れたハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は来た時と同じように大広間を横切った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 午前中の学科を終えて昼食のあと、サルビアは憂鬱になりながら魔法生物飼育学の授業に向かっていた。ハリー、ロン、ハーマイオニーも一緒である。

 城の外へ出るということが苦痛である。日差しが強い。出来るなら秘密の部屋に引きこもっていたい。ユニコーンが可愛い盛りであるので今後の為にもそばにいたいのである。

 

 また、何かあったのかロンとハーマイオニーが口をきかない。それに困ったハリーがしきりに助けてほしいという視線を向けてくるのだ。

 とりあえず、面倒なので気が付かないフリで黙って歩く。事情も知らないし聞く気もない。これからあの巨大塵(ハグリッド)の授業を受ける羽目になって憂鬱なのだ。

 

 巨大塵が教諭になるのなら絶対に取らなかった科目だ。ユニコーンとバジリスクの飼育。あと吸魂鬼もついでに増やしておこうかと思っているのだ。

 飼育法について学ぶのはいいことである。だから、取ったというのに。過去に戻って自分にやめろと言いたいがそれは出来ない。過去に戻る技術はあるが、自分に会ってはならないのだ。

 

 そういうわけで、澄み切った空を忌々しげに――表向きとてもいい笑顔で――眺めながらサルビアは、校庭端にある巨大塵の小屋へと向かって歩いていた。

 目の前を(ドラコ)が歩いている。サルビアに気が付くと、彼は途端に大人しくなった。洗脳は効いているようだ。あの時は糞塵屑の命の水を飲んで機嫌が悪く衝動的にやってしまったが、うるさいのが消えて実に清々しい。そのまま一生黙ってろ塵屑。

 

 ハリーたちなどは訝しげであるし、スリザリン生も疑っているが、そのあたりは勝手にしろだ。奴がどうなったところでサルビアには一切関係がないし興味もない。

 手駒の一つとして所有しているだけだ。人間の手駒もあっていいだろう。蟲と爬虫類だけでは手が足りないというものだ。

 

 それにもしもの時のスケープゴートとしてスリザリン生で嫌な奴のドラコは実に有用な人材である。何かあったところで使える屑(ルシウス)がなんとかするだろう。何度でも使える駒というのは実に素晴らしい。

 そんな風に思っていると、

 

「さあ、急げ! 早く来いや!」

 

 巨大塵の大声が響く。うるさい。死ね。

 

「今日はすごい授業だぞ。みんな来たか? よーし。ついてこいや」

 

 そういってハグリッドは生徒たちを放牧場のようなところに連れてきた。そこには何もいなかった。ハグリッドはみなを柵の所に集める。

 

「さて、まずやるべきことは、教科書を開くことだ」

 

 サルビアは、怪物的な怪物の本を取り出す。所有者の手すら噛み千切ろうとしてくるような凶暴な本だ。買ったその日に調教してやって背表紙を撫でなくても大人しい。

 

「教科書を開けたのはサルビアだけか?」

 

 皆がサルビアを驚愕の表情で見ていた。むしろ、サルビアはこんなのも開けなかったのかと彼らの顔を見返す。やはり塵屑は塵屑だと、更に評価を下方修正する。

 

「どうやって開けるの?」

 

 ハリーがハグリッドに聞く。

 

「撫ぜりゃー良い、それでそいつらは大人しくなる」

 

 ハリーたちが言われた通りすると、本当に怪物的な怪物の本は大人しくなった。

 

「よしよし。それじゃあー、えっと、教科書はある。そいじゃあ、魔法生物が必要だな。まっとれ、連れてくる」

 

 そう言って彼は大股で森へと入り姿が見えなくなった。彼が連れてきたのはヒッポグリフだった。頭、前足、羽は大鷲。胴体。後ろ脚、尻尾は馬の半鳥半馬の魔法生物だ。

 前脚の鉤爪は鋭く15、6cmほどの大きさで、毛並みは嵐の空のような灰色から赤銅色、赤ゴマの入った褐色、栗毛、漆黒などとりどりであった。

 

「ヒッポグリフだ! どうだ、美しかろう、え?」

 

 ハグリッドが嬉しそうに大声を出す。

 

 巨大塵にしてはいい仕事をしたとサルビアは少しだけ評価をあげやる。まさか、授業にヒッポグリフを持ってくるとは。

 ペットにするならば爬虫類よりもこういうタイプだ。飛べる上に、頭も良い。しかも美しい。移動が楽になるようなペットこそが至高だろう。

 

 爬虫類? ないない。特にバジリスクとか論外だろう。目を見れば死ぬような危険生物をペットにするとか頭がわいているに違いない。

 シモベであるバジリスクを内心で罵倒しながら、サルビアはハグリッドの説明を聞き流していた。そんなことくらい知っている。

 

 ヒッポグリフは誇り高い。それゆえにすぐ怒る。侮辱すれば攻撃される。洗脳する前のドラコならそれで攻撃されていそうだ。

 

「よーっし、誰か乗りたい奴はいるか? 一番乗りだぞ?」

 

 サルビアが手を挙げた。やらない手はない。ユニコーンと戯れるのも良いがやはり、飛ぶ生き物とも戯れておきたい。それに毛並も良さそうだし。もふもふしてそうだし。

 

「私がやるわ」

「ぼ、僕も!」

 

 サルビアが手をあげたらハリーもついてきた。なにやら、後ろの方で名前も知らない塵(ラベンダー)記憶に残っていない屑(パーバティ)がハリーにやめるように何事か囁いていたが知るか。

 

「偉いぞ、ハリー、サルビア。よーし、そんじゃあ、ハリーはバックビークとやってみよう。サルビアは、ジェイムズとだ」

 

 ハグリッドが鎖を二本ほどき、灰色のヒッポグリフと漆黒で隻眼のヒッポグリフを群れから引き離し、革の首輪を外した。

 

「さあ、落ち着け、二人とも。目をそらすなよ。なるべく、まばたきもだ。ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせる奴を信用せんからな」

 

 サルビアは一切瞬きしなかった。目が痛くなろうが、その程度で瞬きしない。サルビアの空色の瞳を、ヒッポグリフの淡い青の瞳が射抜く。

 眼を逸らさない。むしろ、真っ直ぐに見つめ返す。

 

「よーしよし、そうだそうだ。それ、お辞儀だ」

 

 サルビアとハリーは言われる通りにお辞儀した。ハリーの方は気位高く彼を見据えていたが、サルビアの方は、良いだろうと言わんばかりにお辞儀をした。

 遅れて、ハリーの方もうろこに覆われた前脚を折り、どう見てもお辞儀だと思われる格好をしたのだ。

 

「やったぞ二人とも! よーし、触ってもええぞ。くちばしを撫でてやれ」

 

 サルビアは真っ直ぐに向って撫でに行った。だが、いらんとばかりに顔を背ける。

 

「むぅ」

「こいつは少し気難しいんだ。ただ、乗せてくれるかもしれんぞ」

 

 ハグリッドの言うとおり、確かにその背には乗せてくれるらしく、ヒッポグリフは乗りやすいように脚を曲げた。

 ハグリッドに抱えられるという屈辱に耐えながらサルビアはその背にまたがる。そして、なんの前触れなく空へと飛びあがった。遅れてハリーも同じように跳びあがってくる。

 

「これが、空を飛ぶ感覚」

 

 何も遮るものがない。澄み渡った空を飛ぶ感覚か。箒ではあまり飛べなかった。病魔が邪魔をした。だが、これは良い。実に、気分が良い。

 何より、

 

「塵屑共を見下ろすのは実に気分が良い――ごはっ」

 

 力強く羽ばたくヒッポグリフの翼に揺られながら、振動で骨を折り、血を吐きながらサルビアと、ハリーは放牧場を一周して地面へ降りた。

 サルビアの洗脳によってドラコは大人しくしていた為、何の問題もなくハグリッドの授業は終わったのであった。スリザリン生と彼が何やら一悶着あったようだが知らん。

 

 




なんか一瞬でルーピンが人狼だとバレたけど、バジリスクなら気が付きそうだし、良いかな。
バジリスクが役に立っておりますが、ペットとしては失格の模様。
平和平和。まだ、平和。実に平和。
次回は闇の魔術に対する防衛術。ルーピンの授業。ボガート。果たして、サルビアが恐れるものとは。

それはともかくとして、キャンペーン第二弾も来たから適当にFate/GO単発引いたら、なんと三回目で英雄王が降臨してくださいました!
やべえ、超嬉しい。まったく予想してなかったからこれは嬉しい。嬉しすぎてもうなんだこれ笑。

ともかく、これで英雄王からもらう星4はマリーかエリザベートのどちらかを選ぶだけ。今のところマリーかなと思っています。
でも、どうなんだろうか。実際もらうならどっちがいいのだろうか。

とりあえず、GOは超順調。執筆はあまり進んでないけど、英雄王が来てくださっただけでいいやと思える。こんな雑種のところによくぞ来てくださいました。ありがとうございます。
諦めなかったら本当に夢は叶うんですね。では、また次回。


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第27話 まね妖怪

 魔法薬学の授業。縮み薬の調合を終えたあとハリーは理不尽な減点に憤りを感じながら昼食を食べて、闇の魔術に対する防衛術の最初の授業へと向かっていた。

 

「先生いないね」

「そうね」

 

 隣に座って教科書と羽ペンを取り出しながらハリーは彼女に話しかけた。

 

「どんな授業をするんだろう」

「去年よりはマシになるでしょうね。まともそうだから」

 

 少しやつれているけれど、確かにまともそうではあった。ロックハートのように演劇をさせられることは少なくともなさそうである。

 そんな風におしゃべりをしているとルーピン先生があいまいに微笑みながら入ってきた。くたびれた古い鞄を先生用の机に置く。

 

 相変わらずみすぼらしいが、汽車で見た時よりはなんだかマシに見えた。

 

「やあ、みんな。そうだな、まずは教科書をカバンに戻してもらおうかな。今日は実地練習をすることにしよう。杖だけあれば良いよ」

 

 全生徒が教科書をしまう中、ハリーは怪訝そうな顔をした。今まで、闇の魔術に対する防衛術の授業で実地訓練なんてあっただろうか。

 いいやない。あのロックハートがピクシーを解き放ったことを一回とするならあったことになるが、あれを一回とカウントしていいはずがない。

 

「よし、それじゃあ。私についておいで」

 

 ルーピン先生は皆の準備が出来ると声をかけた。

 

「何をやるんだろう」

「さあ、でもどうやるのか楽しみね」

 

 サルビアに聞いたら彼女は肩をすくめてそういった。どんな授業をしてくれるのか楽しみと。なるほど、確かに実地演習なんて今までなかったのだから、とても楽しみだ。

 教室を出て廊下を進む。角を曲がったところ、ポルターガイストのピーブスに遭遇してしまった。

 

「ゲェ! サルビア!?」

 

 いつもなら無礼にいろいろと悪戯やら妨害やらなんやらをやってくる彼は、なにやらサルビアに気が付くと、そのまま逃げるようにどこかへ言ってしまった。

 みなが、サルビアを見る。サルビアは知らん顔だ。

 

「何したの?」

「しつけ」

 

 面倒くさそうに答えた彼女はハリーが初めて見る表情をしていた。忌々しげにしていたのだ。いつも優しい彼女が忌々しげにするほどのことをやったのかと、逆に驚いた。

 そして、あのピーブスが脱兎のごとく逃げるようになる出来事を想像して、サルビアを絶対に怒らせないようにしようと誓うのであった。

 

「さあ、止まってる暇はないよ、行こう」

 

 再び歩きはじめる。辿り着いたのは職員室だ。ルーピン先生はドアを開けて、一歩下がり皆を招き入れる。

 職員室は板壁の奥の深い部屋で、ちぐはぐな椅子がたくさん置いてあった。がらんとした部屋にたった一人、スネイプ先生が低い肘掛け椅子に座っている。

 

 彼はクラス全員が入ってくるのを見て、ルーピン先生が扉を閉めようとしたときに、立ち上がった。

 

「ルーピン、開けておいてくれ。我輩、出来れば見たくないのでね」

 

 黒いマントを翻して大股でみんなの脇を通り過ぎていく。ドアの所で彼は立ち止まって捨て台詞を吐いて行った。

 

「ルーピン、たぶん誰も君に忠告していないと思うから言っておいてやろう。このクラスにはネビル・ロングボトムがいる。この子には難しい課題を与えないようご忠告申し上げよう。ミス、グレンジャーが耳元でヒソヒソ指図を与えるなら別だがね」

 

 ネビルは顔を真っ赤にした。ハリーはスネイプを睨みつけたが、そんなこと気にもしない。

 

「術の最初の段階で、ネビルには僕のアシスタントを務めてもらいたいと思ってましてね。それにネビルはきっと、とてもうまくやってくれると思いますよ」

「そうだと良いがな」

 

 スネイプはそれだけ言ってバタンとドアを閉めてスネイプは出て行った。その後、ルーピン先生は、みんなに部屋の奥まで来るように合図した。

 そこには先生方が着替え用のローブを入れる古い洋箪笥がポツンと置かれていた。ルーピン先生がその脇に立つと箪笥が急に揺れて壁から離れた。

 

「心配しなくていい。中にまね妖怪――ボガートが入っているんだ」

 

 それは心配すべきことじゃないのか? とほとんどの生徒はそう思った。なにせ、彼はみすぼらしいのだ。少しでもなにかあってもどうにもできないのではないか。そう思うほどに。

 

「ボガートは暗くて狭いところを好む。洋箪笥、ベッドの下の隙間、流しの下の食器棚など――私は一度、大きな柱時計の中に引っかかっているのを見たことがある。ここにいるのは昨日の午後入り込んだ奴で、三年生の実習に使いたいから、先生方にはそのまま放っておいていただきたいと、お願いしたんですよ。

 さて、それで質問ですが、まね妖怪のボガートとはなんでしょう」

 

 質問にはハーマイオニーが手を挙げた。

 

「形態模写妖怪です。私たちが一番怖いと思うのはこれだ、と判断すると、それに姿を変えることが出来ます」

「私でもそんなにうまく説明はできなかったろう。ボガートは君たちの怖いものに変身する。だから、中の暗がりに座り込んでいるボガートはまだ、何の姿にもなっていない。箪笥の外にいる誰かが何を怖がるのかまだ知らない。ボガートが一人ぼっちのときにどんな姿をしているのか、誰も知らない。しかし、私が外に出してやるとたちまち、それぞれが一番怖いと思っているものに姿に変わるはずです」

 

 しかし、そんなに恐ろしい生き物ではないと彼は言う。なぜならボガートよりもこちらがとても有利であるから。これにはハリーが答えた。

 人数が多いため、何に変身すべきかわからないためだ。

 

「ボガートを退散させる呪文は簡単だ。初めは杖なしで練習しよう。こうだ、リディクラス」

『リディクラス』

 

 全員が一斉に唱えた。

 

「そうそう、上手だ。ここまでは簡単だよ。でも、ここからは呪文だけじゃだめなんだ。ここで、ネビル、君の出番だ」

 

 ルーピン先生はネビルに世界一怖いものを聞いた。それはスネイプ先生だと彼は答えた。次に、ネビルのおばあさんがいつもどんな服を着ているのかを聞いた。

 事細かくネビルは答えそれに対して、ルーピンがそれを思い浮かべて、呪文を唱えるように言った。

 

「そうすると、ボガートスネイプ先生はてっぺんにハゲタカのついた帽子を被って、緑のドレスを着て、赤いハンドバッグを持った姿になってしまう」

 

 みんな大爆笑だった。その後、ネビルがやっつけたあとも順番に挑むということになり、怖いものを考えるように言われた。

 ハリーはヴォルデモートを最初思い浮かべた。しかし、その時、するりと腐った、冷たく光る手、黒いマントの下にするする消えた手。見えない口から吐き出される長いしわがれた息遣いの生物が入り込んできた。

 

 そう吸魂鬼だ。思わずぶるりと震えてしまった。隣にいるサルビアに気づかれてしまっただろうか。ちらりとそちらを見ると目があった。

 

「え、えっと、サルビアは何が怖いの?」

 

 思わずそう聞いてしまった。

 

「ないわ。怖いものなんて」

「そうなの?」

「でも、そうね。怖いとしたら、死ぬのが、怖いわ」

 

 そんな彼女に何か言おうとして、

 

「さあ、みんな良いかい?」

 

 ルーピン先生がそう言って始めてしまう。ネビルが洋箪笥の前に取り残され、

 

「さあ、いくよ? いーち、にー、さん、それ!」

 

 洋箪笥が勢い良く開き、鉤鼻の恐ろしげなスネイプ先生が、ネビルに向かって目をぎらつかせながら現れた。ネビルは杖をあげて、

 

「り、リディクラス!」

 

 上ずった声で呪文を唱える。すると、パチン、鞭を鳴らすような音がして、スネイプが躓いた。今度は長い、レースで縁どりしたドレスを着ている。

 どっと、笑いが湧き上がった。スネイプのこんな姿を見たら笑わずにはいられないだろう。まね妖怪ボガートは途方に暮れたように立ち止まった。

 

「パーバティー、前へ!」

 

 その後は、みんなが次々と前へ出てボガートと対決していく。ミイラ、バンシー、ネズミ、ガラガラヘビ、血走った目玉。

 続継ぎと姿を変えては、魔法によって面白い姿に変えられていく。

 

「ロン、次だ!」

 

 ロンが飛び出した。ボガートは蜘蛛へと変わる。

 

「リディクラス!」

 

 蜘蛛の足が消えてゴロゴロ転がり出した。ラベンダー・ブラウンが悲鳴を上げて避けた。蜘蛛は転がって順番で前に出ていたサルビアの前で止まった。ルーピン先生が動こうとしたが、それよりも早くサルビアが前に歩み出た。

 足なし蜘蛛が消える。現れたものは、この世のものとは思えないものだった。女子がのきなみ短い息を呑むような悲鳴をあげて、男子ですら後ずさった。

 

 干からびた木乃伊のようなナニカがそこにはあった。辛うじて人の形をしているが、もはや憐れみすら通り越して酷い。

 これでは木乃伊の方がまだましに思える。それほどまでに、そのナニカの状態は酷かった。

 

 異臭なんてないはずが、皆が異臭を感じた。膿み腐りきった臭い。何もかもが終わっているかのような死臭を感じた。骨という骨が折り曲がり、砕け、腐りきった皮を突き破ってその姿をさらしている。

 それは死骸だった。何かが生きていたもののなれの果てだ。誰もが吐き気を感じそうになりながら、それを見た。見てしまった。

 

「こっちだ!」

 

 呆けていた生徒たちを現実に引き戻すようにルーピンの声が響く。その瞬間、死骸は消えてボガートは銀白色の玉となる。

 

「リディクラス!」

 

 そう彼が唱えると、玉は風船に変わって箪笥の中へ戻って行った。

 

「ふぅ、いやはや。みんなお疲れ様。良くできた。そうだな、ボガートと対決したグリフィンドール生には一人に付き5点をやろう。ハーマイオニーとハリーにも5点ずつだ。それから、宿題だ。ボガートに関する章を読んで、まとめを提出してくれ。月曜までだ。それと、さっきので気分が悪くなった者はここにチョコレートがある。食べていきなさい。今日の授業はこれで終わり。それと、サルビアは、あとで私の部屋に来るように」

 

 そう言って、授業は終わり、皆はチョコレートを受け取って職員室を出た。最後のあれがなんだったか皆話さない。すっかりと、楽しい気分が消えてしまった。

 サルビアのあれはいったいなんだったのか。あれが怖いものとは一体。そんな話ばかり。

 

「え、ええっと、ルーピン先生って、いい先生だったよね!」

 

 空気を察してロンがみんなに対してそう言った。それによって暗い空気が霧散して、皆が一応に、同意して自分の手柄を話し始めた。

 シェーマスがバンシーと対決したことを話し、帽子をかぶったスネイプの話題を出して笑い合った。廊下を一つ曲がる頃には、先ほど見たものを忘れることができた。

 

 だが、ハリーは、忘れることができなかった。むしろ気になった。いったい、あれは何だったのか。呼び出されたサルビアはどうなったのだとか。

 そんなことばかり考えていた。どこかで、あれと似たなにかを見た気がして。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「それで、先生、私に何か用ですか?」

 

 ルーピンの部屋に呼び出されたサルビアは面倒くさそうに聞いた。検討は突いている。おおかた、先ほどの授業のことだろう。

 ボガートが変身したあれは、サルビアが死んだ姿だ。おぞましく、醜く、手を伸ばし、何かに縋りつこうとした憐れな残骸だ。自らの予想通り、やはり死という形であれは姿を現した。

 

 だが、それはおそらく他に変身できるものがなかったからだ。比較的恐れているだろうものにあれは姿を変えたに過ぎない。

 何も怖いものはない。恐ろしいものは何もない。だから、そんな人間が立ったらどうなるのか試してみた。そして、やはり死になった。

 

 恐れるもの、忌避すべきもの、必ず防がなければならないもの。強い生への執着が、ボガートに変身させた。

 

「その前に、まずは座りなさい。紅茶で良いかな?」

「いいえ、お気遣いなく」

「そうかい? ――わかった。本題に入ろう。君は、リラータの子だね?」

「ええ、そうですよ。気が付いていたのでしょう」

「確証がなかった。あの人の子供がまさか、グリフィンドールに入っているなんて思いもしなかったんだ。でも、ボガートが変身した姿を見て確信したよ。君は、あの人に良く似ている。ボガートが変身する姿まで一緒だ」

 

 あの人。それは先代のことを言っているのか。

 

「だから呼び出したんですか?」

「いや、……ああ、そうだよ。君の人となりが知りたかったんだ」

「そうですか。心配は無用ですよ。私は、私です」

 

 それでも厄介な塵(ルーピン)は訝しげにサルビアを見ていた。これは疑っている。それはそうだ。話はこうだ、例えば、ヴォルデモートの子供がいたとする。

 彼の子供というだけで色眼鏡で見ないだろうか。もしかして、あいつも親と同じことをするんじゃないのか、と。少しは思うし、心配する。不安にもなるだろう。

 

 ルーピンが感じているのはそういう類のもので、小さなものだ。だが、厄介なことこの上なかった。まさに、同じ道を歩もうとしている者にとっては。

 

――厄介だな。本当に、つくづく邪魔しかしない()だ。

 

「そうか。わかった。呼んですまないね。さあ、行きなさい」

「いえ、ありがとうございました」

 

 サルビアはルーピンの部屋をあとにする。心配はいらない。奴に対する切り札をサルビアは持っているのだから――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業は酷く人気だった。嫌いなのはスリザリンの一部の生徒くらいだ。サルビアの目のないところでマルフォイが騒いでいる。その程度だ。

 ボガートのあとは赤帽鬼(レッドキャップ)、その次は河童。皆がとても楽しげにしている。だから人気だった。ルーピンの人柄もあるだろう。公平だし、ユーモアだ。それに実力のある魔法使いでもある。

 

 そして、サルビアのことを気にかけている。警戒というよりは心配といったレベルだが。厄介なことにかわりはなかった。

 そうされるだけのことを先代はやったのだ。多くのマグルや魔法族を攫っては人体実験を繰り返した。残忍で、残酷にして最悪の実験をだ。

 

 生きたまま皮をはぎ、筋肉を一本一本線維をほぐしながら剥いでいく。巧く止血をやるので、死ぬに死ねない。人間の臓器を動物の臓器に置き換えたり、脳移植すら彼は行った。

 人間同士を戦わせて呪いを強くする蠱毒、そういう術式すら扱った。人狼を捕まえて、マグルの都市のど真ん中に解き放ち、多くの人間を噛ませて実験材料にしてバラバラにしたという話は、その界隈ではあまりにも有名だ。

 

 彼が討たれる時、彼の屋敷には数千を超える生きたナニカがあったという。死んだ方がましだと言えるようなものが作り出されていたのだ。

 また、派遣された闇祓い数十人を彼はただ一人で返り討ちにした。あげく、切り刻み、ゾンビにして魔法省に嗾けた。死にかけの重篤患者だというのに、十年以上も闇祓いの捜索から逃れ時には打倒し、捕えては実験しながら逃げたという。

 

 闇の帝王が死ぬ前に死んだが、その終わりは酷く呆気なかった。単純だ。病である。ついに身体が限界にきて死んだ。ただそれだけである。

 人狼であるなら、おそらくは先代の人狼にまつわる事件が気に入らないのだろう。ボガートの前にたって見えた銀の玉。それは満月だ。

 

 つまり、ルーピンが怖がっているのは満月ということになる。人狼が満月を恐れる。変身することを恐れているということに他ならない。

 そんな人間が、人狼を街に解き放ち人間を実験体にしたなどと聞いたら気分が良くなかろう。それだけではないが、まあ、警戒されるだけのことを先代はしたのだ。

 

「自分を有能だと思っている屑ほど面倒なものはない」

 

 しかし、人狼は実験して見たくもある。何が人間を人狼にさせるのか。それは実に気になる案件だ。サルビアが病魔を克服してやりたいことは、探求である。世界の全てを解き明かす。

 そのために人狼のサンプルは是非とも手に入れておきたい。出来ることなら警戒を解いておきたいものだ。警戒されては動きにくい。

 

 死んだと言われているピーター・ペディグリューがホグワーツの中をうろついているのを見つけたので、それも捕まえたくある。

 なにより動きにくいのは面倒だ。

 

「まったく、自分の分すらわからん塵屑共め――ごはァ!」

 

 血を吐く。骨が折れた。変身術で誤魔化しているのが、もはやごまかしがきかないのか浮遊呪文を自身にかけていなければ脚がへし折れるほどになっていた。

 ボトルに入ったユニコーンの血を飲み干す。命の水を飲み干す。症状が進んだ今では意味がない。まったく効果を実感できない。悪寒がとまらない、震えるだけで皮膚が裂けた。肉体を蝕む癌の這いずる音が耳に響く。

 

 脳の血管が全身の筋肉がぷちぷちとこの瞬間にもちぎれていっているようだ。手が動かなくなり、杖も触れなくなる時がある。

 咳が止まらないし、もはや目など何も見えないのと一緒だった。皮膚がどす黒く染まっている。変身術を使っても意味を成さないほどに深い病巣が顕現している。

 

 垂れ流す体液、排泄物全てがどす黒い何かだった。蛆虫が皮膚を食い破っているし、歯など、残っていたわずかなものもぽろぽろと落ちて、その辺に転がっている。

 眼球はもはや眼孔にはまっているだけのぶにぶにした塊だ。何かあればぽろりと落ちるだろう。痛みが酷く、何も感じない。神経がとけて千切れていそうだ。

 

 もはや、待つということはできない。

 

「――やるしかない」

 

 幸いにしてまだ頭は働く、手も絶大な意志を持って魔法力を使えば動く。しかし、一刻の猶予もない。

 呪文の習熟の為に、禁じられた森で魔法生物を襲う必要がある。そのあとは、マグルの街でマグルを襲って身体や生命力を補填しなければ近いうちに死ぬ。

 

「ふざける、な。死んで、たまるか」

 

 もはやなりふり構っていられない。そもそも構う必要などないだろう。塵屑などどうなったところで構わないのだから。

 マグルで身体を補填し、生命力を奪ったあとは、魔法界だ。全ての者から、体力を奪い、力を奪うのだ。糞塵屑を使い潰して、自分が、いつまでも生きるために。

 

 完治の為の最適解などない。いまだ、闇の中だ。だが、それでも世界中の人間から生命力を奪えば少しはたしにはなるだろう

 全ての塵屑の寿命を奪い、病を押し付け、時間を作る。

 

 時間さえあれば、治療法をつくれる。作れないはずがない。自分はサルビア・リラータなのだ。できないはずがない。

 人権? 善悪? 知るかそんなもの。生きるために役に立たないものなどに価値があるわけがないだろう。生きるのに、善いも悪いもない。生きたいと願って何が悪い――。

 




まね妖怪は彼女が死んだ姿に変わりました。
そして、ついに、そうついにタイムリミット。もはや一刻の猶予もありません。
ここまで良くもった方です。命の水がなければ一年目で終了でしたので、三年目までよくもったものです。

播磨外道開催。べんぼうの扉が開きます。魔法生物、マグルの都市、終了のお知らせ。
鬼畜外道タイム開催です。ついに本性を現した逆十字がハリポタ世界に牙を剥く。

てなわけで次回平穏終了。


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第28話 播磨外道

 禁じられた森。ホグワーツのその森には多種多様な魔法生物たちが生きている。知能のあるものから、人語を介すものまで、実に様々なだ。

 そんな森を小柄な少女が一人、歩いていた。その存在は曖昧模糊としたものであり、果たして人間なのかどうかすら怪しい。

 

 幽鬼の類だと言われればそれを信じる手合いすらいるだろう。何を馬鹿なと一笑できる者は総じて彼女の本質を知らないからに他ならない。

 彼女の本質とはこうだ。何者にも協調せず、ただ一人、己のみで完結している存在。単独で全世界すらも敵に回すことすらも厭わず、それですら生き残って見せるという既知外の意志を持った存在。

 

 それだけの自負と凶兆を今、全開にした彼女は、それど同時に指で押せば崩れかねない儚さをも内包していた。生きながら死んでいると言っても間違いではない少女は、サルビア・リラータは森の奥へと行き着いた。

 

 まるでここが終着であり、ここから全てが始まるのだと言わんばかりに。そこはまるで蜘蛛の巣だった。いや、まさに蜘蛛の巣なのだろう。巨大な蜘蛛がそこにいた。

 

『ここに、ハグリッド以外の人間が来るとは』

 

 その存在はサルビアを見て、そう言った。サルビアの周りに子蜘蛛が集まってくる。久方ぶりの食事とでも言わんばかりに。

 

『何の用だ、人間』

「…………こいつで良いか」

『何?』

「光栄に思え、塵虫ども、この私がお前たちが持っていても無駄なものをもらってやる」

『何を言っている』

「死ねよ、塵虫が。ディフィンド・マキシマ」

 

 サルビアはただ、子蜘蛛の群れに杖を向けて呪文を放った。引き裂かれる子蜘蛛。縦に引き裂かれてバラバラになる。

 そして、それをサルビアは足蹴にした。踏みにじった。

 

「コンキタント・クルーシフィクシオ」

 

 漆黒が放たれる。直撃し、それは弾けて病が感染するように病が広がって行く。木々の合間からわずかに見える晴れ渡った空が黒く染まる。

 子蜘蛛たちが痙攣を起こしたように倒れていく。

 

『何をした!』

「ふん、塵などこの程度か」

 

 それを端から踏みつぶしていく。蜘蛛の体液の異臭が窪地に充満し始めていた。

 

『ヤメロ!』

「知るか塵屑」

 

 踏みつけ、叩き潰し、殺して、殺して、奪う。

 

 漆黒が直撃する。一際巨大な、この場のボスとも言うべき存在に。こいつらの親だろう存在に。なまじ知性がある分、子が蹂躙される姿など見たくないだろう。

 見れば、怒りを覚えるのは本能だ。人間と違って、こういう生物はやりやすい。恐怖を感じる前に怒りを感じてくれる。

 

「その程度か塵め、ボンバーダ・マキシマ!」

 

 砕く、砕く、砕く。子蜘蛛を砕き、怒りに任せて迫る巨大蜘蛛の足を砕いて叩き斬る。杖裁きは、彼らが怒りを感じるほどに鋭くなっていく。

 それにともなって、子蜘蛛は加速度的に倒れて死んでいく。彼女が逆十字の呪文を使うたびに漆黒が放たれ、それは感染症のように広がって行くのだ。

 

 それの結果は、すなわち輝きの略奪と病の交換。彼女に対して、負の感情を向ければ最後、奪われる。彼女が望むものを望むままに奪われる。

 当たらなければどうということはない? 直撃しなくとも感染症のようにある一定範囲までその呪文の効果は広がる。

 

 躱したところで効果範囲にいれば意味はなく、隠れたところで、隠れたものに直撃すれば球形に広がる効果範囲は壁越しだろうと効果を発揮する。

 逃げられるものかよ。逃げるには、サルビア以上の力で弾き返すか、閉心術で心を閉ざす以外にない。彼女に対して向ける感情を抱いたのを悟られないように隠す以外に方法はない。

 

「足りない、もっとだ、もっと……」

 

 うわごとのように呟きながら、彼女は森を進む。遭遇する生物全てにその凶行を見せつけて、逆さ磔にくべながら、彼女は森と突き進む。

 その一歩は、病人のそれから次第に軽いものへと変わって行った。呪文を使い習熟するにつれて奪える幅が大きくなる。病で失われた体力を人間以上の身体能力を持つ魔法生物から略奪することすら可能となる。

 

「おい、なにしちょる!」

 

 そこに猟銃を手にしたハグリッドがやってきた。腰には傘がある。森の異変を察知してやってきたのだろう。そんな彼は、サルビアを見て、首をかしげた。

 

「サルビア?」

 

 彼には目の前の少女がサルビアには見えなかったのだ。何かの体液で全身が汚れている。血でもかぶったかのように淡い髪は赤い液体がこびりついている。

 眼はぎらぎらと獲物を探す狼のようにぎらついていて、いつもの彼女の面影などどこにもない。鬼の形相とはこういうことを言うのだろう。

 

 明らかに尋常の様子ではない。ハグリッドはシリウス・ブラックに何かされたのではないかと、心配した。

 

「大丈夫か! え? おい」

 

 駆け寄って、その肩に触れようとて弾かれた。ありえないほどの力で。サルビアにこれほどの力はあっただろうか。ますますもって尋常ではない。

 ダンブルドアに報告しなければならない。そう思った時には、

 

「オブリビエイト!」

 

 ハグリッドの意識は白一色に染まった。

 サルビアはハグリッドの記憶を弄繰り回す。自分に都合のいいように、利用するために。それでいてダンブルドアに気が付かれないように細心の注意を払う。

 

 来るべき戦いの為に。巨大塵でも糞塵屑にとっては大切な教員であり森番だ。そうこの男には価値があるのだ。ダンブルドアにとっての人質として。

 

「せいぜい利用されろ巨大塵。お前の価値なんて、これ以外にはないのよ。私の価値に比べたら、塵芥に等しいのだから」

 

 そのまま巨大塵を放置して再び彼女は森を徘徊する。目につくもの、ありとあらゆるものを病に侵し、生命力を、寿命を、そいつが持つ身体能力や特殊な力、魔法力まで全てを奪う。

 呪文をつかえば使うほど精度が増していく。ありとあらゆるものを奪い、病を押し付ける。地獄の苦痛の中にあることは変わらない。

 

 だが、身体は動く。何よりも強くなっていく。塵屑どもから奪えるものは呪文の精度の上昇と共に増えていった。

 足りない。それでもまだ足りない。ありとあらゆるものを奪い尽くしても、病を押し付け続けてもこの身に宿る呪いの如き病巣は未だ消えてなくならない。

 

 ケンタウロスの群れを全滅させたところで、もういいかと、彼女は呟いた。

 

「行くか……ああ、その前に、蟲、お前にご褒美をあげる」

「ご、御主人、さま? ――ああああああ―――」

 

 容赦なく呪文を当ててやる。調教して従順にしたが、こいつは恐怖で従っていただけだ。そして、蟲は常にサルビアを憐れに思っていた。

 優しいことだ。忌々しいぞ、塵蟲が。だが、その魔法は役に立つ。使ってやるよ、喜べ。四肢を奪い、脳髄を奪い、ありとあらゆるものを奪い、最後に妖精が使う独自の魔法を奪った。これでサルビアは、杖を使わずとも呪文を使えるようになったのだ。

 

 これより、マグル界へと向かう。無論、奪うものは決まっている。

 異端とされているが、治療の方法としては至極単純なことをやりに行くのである。そう補填だ。奪う呪文があるのだから簡単に行える。

 

 目が悪い。ならば目を奪う。胃が悪い、ならば胃を奪う。脳髄ならば無論、然り。補填する。魔法族とて価値はないが、魔法族以下のマグルに価値などあるはずもない。

 ならばせめて治療に使ってやるのが慈悲というものだろう。だから、まずはどこかの都市へと移動した。どこかなど知らないし、興味もない。

 

「おい、君、大丈夫か?」

 

 血などの得体のしれない体液を体中に付けたぼろぼろの少女がいきなり現れれば警官も来るだろう。その警官は、何かを言っている。塵屑の言葉などもとから聞こえるわけもない。

 そんなもの聞こえない。多分にその言葉に含まれているのは憐れみだ。ぼろぼろであるし、傷も多い。周りの人間も同じ風に思っているようだ。

 

「コンキタント・クルーシフィクシオ」

 

 まずは警官の向けて、呪文を放つ。漆黒に警官が吹き飛ばされ、病のように広がって行く。それと同時に倒れていく。

 呪文を放つと同時に奪い、病を病を押し付ける。全ての人間は耐えられずに地面へと倒れ伏していく。都市のど真ん中が、平和であった日常の光景は一瞬にして地獄絵図へと変り果てる。

 

 その真ん中にいるサルビアは塵屑を見るような目でそれを見下ろしていた。まったくと言ってよいほど無意味であったからだ。

 

 身体は動くようになる。目が見えるようになる。だが、病魔が進行はとまらない。生命力を奪えば、病魔に即座に削り取られる。

 ああ、どうしてこの世の者らはこうも役に立たないのか。

 

「貴様ら、私よりも遥かに生きられる身なのだろうが!」

 

 役に立たない。どいつもこいつも役に立たない塵屑蒙昧ばかり。なぜこうも塵屑以下の存在でしかないのか。

 

 呪わしい。苛立たしい。サルビアは、ただただ増悪する。自分にお前らほどの時間があれば、森羅万象全てを容易く掴み取って見せるというのに。

 

 羨ましい、寄越せ、寄越せ、寄越せ――。

 

 当然のように、真昼間にそんな大事件を引き起こせば魔法省が動く。それも当然だ。闇祓いが来る。だからどうした?

 押し寄せる無知蒙昧な阿呆どもなどものの数ではない。数多の魔法生物から奪っている。動体視力、筋力、速度、柔軟性。

 

 そして、何より、

 

「私の瞳を見たな?」

 

 それだけで闇祓いたちは石化していく。量産したバジリスクから奪った瞳。実に有用だ。効力は落ちているが目を合わせれば最後、石化するのだ。

 あとは砕いてやればいい。そんな悪行を見て、激昂すればもはやこちらのものだった。そうなるようにしているのだから当然なのだ。

 

 情もわかる。人の性の動き、心の動きなど手に取るように全て把握している。ゆえに、自分の行動、言動が何を引き起こすかなども承知の上だ。

 その上で、行動している。もう時間はない。奪っても奪ってもわずかにしか伸びない寿命。足りないのだ。だからこそ、奪い続ける。

 

「エクスペリアームズ!」

 

 一人の風船ガムのように明るいピンク色のツンツンしたショートヘアでハート形の輪郭をした闇祓いの呪文によって杖が吹き飛ばされる。

 

「よくやった!」

 

 そこに禿げた長身の黒人もまた杖を向けたままやってくる。目を合わせようとはしないし、警戒は最大限だった。常に最速で呪文をを使えるようにしているし、どんなことに呪文が来ても反応できるようにしていた。

 例え、死の呪文だろうとも回避したし、広範囲に影響を及ぼす魔法だろうとも防御できる。それだけの腕前はあった。実に一流の闇祓いだ。

 

――だからどうした。

 

「ガッ――」

 

 次の瞬間には、黒人が吹き飛ばされていた。サルビアが殴りつけたのだ。ケンタウロス群れからの脚力と筋力を奪っている。

 この身は既に人の領域にはない。だからこそ、人の目で追いつけるわけがないのだ。呪文を警戒していた。しかし、まさか殴られるとは思ってもいなかったようでクリーンヒットして黒人は壁にめり込むことになった。

 

 素晴らしいが無論弊害はある。強度が違うのだ。病に侵された身体は、先ほどの衝撃に耐えられず粉々だった。だからどうした? なくなれば取り換えればいいだけのことだ。

 そこらで転がっている闇祓いの腕を奪い取って、交換する。素材はいくらでもあるのだ、使い潰すことになんら躊躇いはない。

 

 壁に激突させた黒人を地面へと倒し踏みつける。その際、内臓を踏み抜いたが、まあいいだろう。そうすればお仲間という馬鹿げた絆などを大事にしている屑どもは激昂する。

 

「やめなさ――」

「あなたも磔になりなさいよ」

 

 それでも呪文を躱したのは見事だった。躱して更には対抗に魔法を放ってくる。盾の呪文でその魔法を防ぎ、再び呪文を放つ。

 流石は闇祓いと言ったところか。

 

「なら、これはどうだ」

 

 呪文ではなく、黒人の腕を引きちぎって投げた。それには相手もぎょっとしていた。その隙に、踏み込む。武術などはマグルから奪い取った。圧倒的な筋力によってスピードは十分。

 その技術を使って接近し、

 

「終わりよ、塵」

 

 至近距離で逆さ磔にしてやった。

 

「ガアアアアアアア――――」

 

 魔女が悲鳴を上げて倒れる。奪って奪って奪い尽くしてやる。奪ったものは実にすばらしいものだった。

 

「変身能力ね。実に良いわ、あなた少しくらいは役に立つ塵のようじゃない」

 

 踏みつけにした名も知らぬ塵屑を褒めてやる。ほら、泣いて喜べよ。肺癌の末期症状程度でギャーギャー騒いでいる魔女の顔面を踏みつけ、踏みつぶしながらその能力を確かめる。

 自由自在に身体を変身させることができた。これによって、身体を補強する。変身術を行使しては終息呪文に弱いが、これは呪文ではないので効かない。

 

「さて、このくらいでいいか」

 

 一つの都市を潰した。目撃者もすべて処理した。ホグワーツ近郊にある山間部の小さな都市だったから、山を崩崩してすべて地面の下に埋めてやる。

 

 その結果、完治にはほど遠いが、それでも以前よりも格段に動けるようになった。呪文の精度も去年の比ではない。

 使えば使うほど習熟する。闇祓いどもから才能も奪い取ったので、更に習熟は加速する。

 

「これでよし。そろそろ、糞塵屑を潰しましょ」

 

 サルビアは杖を回収し寄り道をしてから、ホグワーツの大広間へと姿現しした――。

 




もはや語ることなし。
奪い、押し付け、邪魔者を潰す。
逆十字が世界に牙を剥く。
蹂躙の開始。

メタルギアを買ったので、どこかで更新ストップするかも知れませんがご了承下さい。


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第29話 襲撃

『蹂躙しなさい、バジリスク』

 

 ハリーはその声を聞いた。どこからともなく響いた声。その声と共に、大広間の壁や床を突き破り、十匹の巨大な蛇が出現する。

 突然の出現。予兆はハリーが聞いたという声ただ一つ。ゆえに、誰も反応すらできなかった。ただ、その巨体を見上げるばかりであった。

 

 その瞬間、誰よりも早く、出現した大きな蛇――バジリスクが下を向く前にまるで何か起きることがわかっていたかのようにダンブルドアが即座にその杖から閃光を放った。

 大広間中央で、破裂し強烈な閃光を撒き散らす。生徒たちは誰もが眼を閉じた。目を開けることすらできないほどに強い光だったからだ。

 

「ピエルトータム ロコモーター」

 

 それにマクゴナガル先生が続く。彼女が呪文を唱えた瞬間、ホグワーツ城内に存在する全ての石像が、生きているかのように動き出した。

 騎士の像も、動物の像も、何もかもが動きだしバジリスクを押さえにかかる。鳥の鳴き声が響き、蛇の悲鳴が上がる。

 

 ルーピンの行動も早い。バジリスクの瞳は目を合わせれた者を死に至らしめる。ゆえに、それを封じるために結膜炎の呪いを利用した。

 

「セクタムセンプラ」

 

 スネイプは、切り裂きの呪文でバジリスクの目を切り裂いていく。

 

「プロテゴ・ホリビリス」

 

 続き、ダンブルドアが守りの呪文を生徒全てにかける。出現したバジリスクを避けるように展開された守りの呪文がバジリスクの進行を阻むと同時に、フリットウィックが宙に浮かせた騒ぎに乗じて割れた鋭い物体を全てのバジリスクの瞳へと突き刺していた。

 

「屋敷しもべ妖精たちよ!」

 

 その声と共に、大広間に準備していたかのように無数の屋敷しもべ妖精たちが現れる。それは、ホグワーツで働いている者たちであった。

 

「今すぐ生徒たちを安全な場所へ」

 

 その言葉と共に現れた屋敷しもべ妖精たちは、生徒たちを掴み、彼らと共に姿現しを行い各自の寮へと移動する。その他、多くの教員が生徒たちを逃がす。

 その間の時間をダンブルドアたちは十分に稼いでいた。問題などない。目を潰されたバジリスクはただの巨大な蛇だ。

 

 しかも、これだけの巨大でありながらまるで若い個体のように動きが洗練されていないのだ。まるで促成栽培された兵士のように。

 そんなバジリスクにホグワーツの教師が負けるわけがないだろう。ダンブルドアが選んだ最高の教師たちがここにはいるのだ。

 

 いや、むしろこれこそが狙いか。生徒たちがいなくなった大広間。ここにいるのは教員だけだ。この状況を作り出すことこそが狙いなのか。

 全てのバジリスクが討伐される。

 

「校長、これは一体?」

 

 バジリスクを殴り飛ばし最後が倒れた時、ハグリッドがそうダンブルドアに聞く。

 

「マグルの都市が襲撃されたことと無関係ではあるまい。おそらく――」

 

 何かを言いかけた時だった。

 

「なによ、一人も死んでないじゃない。やっぱり、塵は塵ね」

 

 全てを俯瞰し見下ろしながら、サルビア・リラータは現れた。彼女を知る者はダンブルドア以外、一様に驚いた。幽鬼の如き姿に、以前までの彼女を見つけられなかったからだ。

 姿形は以前となんら変わらないというのに、中身だけ取り換えたかのように。そんな彼女に対して動いたのは寮監たる女だった。

 

「ミス・リラータ、これは、それに先ほどの言葉。この事態は、もしやあなたが――」

「そうよ、マクゴナガル。全部私がやったの。まったく、少しは殺せるかと思ったのに、促成栽培の急造品じゃ、この程度も出来ないなんて」

 

 そう吐き捨てるように彼女は言った。そして、バジリスクの死体を足蹴にする。役立たずと言わんばかりに。

 

「これじゃあ、マグルの塵屑どもの方がまだ役に立つわ。ああ、そうそう、マグルの塵屑どもは役に立ったわよ。私の寿命を少しは伸ばしてくれたの。まあ、塵は塵だけど」

「なんという、ことを」

 

 こんな生徒が己の寮にいたことが信じられなかった。怒りも嘆きも両方同時に来た。今まで、気が付かなかった自分に憤るし、彼女をこのままにしておくことができないという義憤もあった。

 それは大方これを聞いていた先生方にも言える。スネイプだけは、何を考えているのかわからないように端に立っている。

 

「やはり、君はあの人の娘だったということだね」

「どうとでもいいなさいよ人狼の塵屑。言葉を吐かないでよ。畜生は畜生らしく、糞塵屑の足下で尻尾でも振っていなさい。私は生きる。何をしても! やれ巨大塵!」

「任せてくだせえ、サルビア!」

 

 その瞬間、ダンブルドアの背後に立っていたハグリッドがその拳をダンブルドアへと叩き付ける。しかし、それダンブルドアの盾の呪文に阻まれた上に、即座に気絶させられてしまった。

 

「まったく、役に立たない巨大塵ね」

「ハグリッドに何をした」

「あなたの立ち位置に私を置いたのよ」

 

 忘却呪文によって記憶を修正した。ダンブルドアを綺麗さっぱり消して、そこにサルビアの存在を滑り込ませたのだ。

 服従の呪文は呪文を解かれればそれで終わりだが、忘却呪文は記憶を修正した時点で呪文の効果は終わる。つまり、一度修正してしまえば終息呪文だろうが、洗脳とも言うべきその効果を抜くことはできないのだ。

 

「なんということを!」

 

 誰も彼もが彼女のやった行為に対して憤る。個人の記憶をもてあそび、あまつさえダンブルドアを最も尊敬している優しいハグリッドに襲わせたのだ。

 そんな怒りの視線を受けながら彼女は、杖を向けてただ呪文を唱えた。

 

「コンキタント・クルーシフィクシオ!」

「プロテゴ・トタラム!」

 

 即座にダンブルドアが守りの呪文でそれを防ぐ。暗い漆黒が盾の呪文に直撃すると同時に広がりを見せた。まるで病が感染するが如く。

 しかし、何も起きない。なんの呪文だと、教員が警戒しているその時だ、

 

「――ぇ? ――ッ、ごはっ」

 

 まず、マクゴナガルが倒れた。

 

 逆さ磔、逆十字。そんな名の呪文は、略奪し押し付ける呪文。対象が誇る何か、重要に思っている宝、手足や臓器という単純な肉体器官はもちろんのこと、気質や能力、魔法力と言った無形のものまで奪い取る。

 奪い、そして、自らの死病と交換する。それが、この呪文。唱え、十全の効果を発揮するには、漆黒の病魔の霧とも言うべき呪文の顕現にふれて、サルビアに対して、悪感情、負の感情を抱き、彼女が対象を羨ましい、輝きが欲しいと思うこと。

 

 そうすることで初めて、呪文は効果を発揮する。ゆえに、警戒し、彼女に対して怒り、義憤、憎悪、嫌悪、忌避、憐憫ありとあらゆる悪感情を抱けば最後、呪文は最大効率でその効果を発揮する。

 その最初の犠牲者がマクゴナガルだった。ただ、それだけのことだ。彼女が弱いのではない、この呪文が凶悪すぎるのだ。

 

 平たく言えば、興味だ。相手を知らなければ抱きようがない心であり、戦闘の場でその思いを封殺することは不可能に近い。

 なぜならば、敵を知り、己を知れというのが兵法の基本である。魔法の決闘もまた然り。それだけは変わらない。相手を知ろうとし、相手の使う呪文を予測する。

 

 これでは誰もこの呪文からは逃れられない。閃光に直撃しなかったとしても、弾けた病原菌のような漆黒に触れれば最後、呪文に嵌る。

 そもそも、サルビア・リラータを無視することが不可能なのだ。凄まじい凶源としての己を猫を被ることなく晒した彼女を無視することはできない。

 

 彼女を前にして、無関心を貫くのは人間として、いや、生物として終わっている。彼女を前にして、無関心を抱ける者など、自然災害以外にありはしない。

 彼のヴォルデモートですら例外ではない。人である以上、人並みに感情を抱けば最後、彼女の呪文は効果を発揮する。

 

 ゆえに、その毒牙はマクゴナガルを貫く。いきなり両の眼球が奪い取られ、換わりと言わんばかりに規格外、常識外の末期的腫瘍を脳髄に植え付けられたのだ。

 もはや、立ち上がることも考えることすらも不可能。戦うことなどもってのほかだ。健常な人間には希釈された死病と言えど耐えられるわけがない。

 

 突如襲来した、暗黒、それと死そのものともいえる激痛を受ければ立っているどころか、杖を持つことも戦う事などできない。抵抗できず床を這いずるばかりだ。

 続いて、肺、続いて片腕と、まるで消去呪文でも掛けられたかのように重要器官を喪失していく。そして、お礼とばかりに死病が次から次へと発現していくのだ。

 

 その中で、マクゴナガルを含めて、その毒牙にかかった教員は即座に理解した。これですら、生ぬるいのだと。数倍、数百倍、数万倍に希釈されたものでしかないのだと。

 むしろ、それが劣悪な状況であっても理解できるからこそ、もっとリラータという呪われし家系の深みに嵌るとすらいえる。

 

 ゆえに、奪われ、与えられる。

 

「お前たちの目が気に入らなかったのよ。お前たちの病弱な私を気に掛け、見下していたお前たちの目が」

 

 死病の感染は止まらない。彼女の杖から降り注ぐ死病、死病、死病。その全てが彼女が源泉だと信じられるだろうか。ただ一人、13年という短い時しか生きていない少女が身に宿す病であると。

 信じられなかった。だが、事実だ。こんなものを抱えていれば狂うのは当然だ。むしろ、生きていること自体が奇跡と言ってもいいのだ。

 

 その意志で生きていたという事実。おそらく、それが善性であったのならば誰よりも優れた魔法使いになっていただろう。

 だが、彼女は悪だ。生まれてから鬼畜外道。愛など塵屑だ。絆など無価値である。ただ一人、唯我。だからこそ、今、こうなっている。

 

「インカーセラス!」

 

 ダンブルドアが呪文によって生じさせたロープ。そのロープが伸びてサルビアへ巻き付かんと疾走する。

 

「インセンディオ」

 

 それをサルビアは燃やし尽くした。

 そして、強大な魔法力でもって抵抗を続けるダンブルドアが杖を吹き飛ばそうが、役に立つ蟲から奪い取った魔法によって関係なく放たれる呪文に善良な者から嵌って行く。

 

「どいつもこいつも見下して、気に入らないのよ。塵屑の分際で、私を見下すなんて、あっていいはずないじゃない!」

 

 それは限りなく被害妄想に近い。しかし、サルビア・リラータは病んでいる。彼女の真実は、もはや立ち上がることすらできない末期の重病人である。

 そんな彼女を前にして、少しでも憐れに思わないなどできるだろうか。いいや、できはしないだろう。少なくとも、彼女が出会ってきた、彼女が重病人であることを知る塵屑たちは、全員が全員、憐憫を抱いた。

 

 なんと憐れなのだろうと、見下したのだ。実際は、そんなことはないだろう。見下すだなんてありえない。だが、サルビア・リラータの世界では等しく全てが見下しているのだ。

 視線。その全てが気に入らない。見下すなよ、塵屑共と怨嗟は募って行った。その結果が、これだ。何より尊い己に対し、不遜な見下しの目を向ける者は許さない。

 

 そして、気が付けば残るのは、ダンブルドアとスネイプだけだった。誰かに対して意識を裂いて憂慮できる善人ほど深く深く嵌っている。

 残っている二人は、呪文に対する防御を成功させることが出来るほどの人物だった。ダンブルドアはその強大な魔法力、今世紀最強の魔法使いたる所以によって防御している。

 

 セブルス・スネイプはこのホグワーツでも類を見ない閉心術の使い手だ。だからこそ、耐えられている。

 

「インペディメンタ!」

 

 スネイプが唱えた呪文によってサルビアの動きを妨害し、

 

「ステューピファイ」

 

 続けてダンブルドアが失神呪文を放つ。

 

「だが、それがどうした?」

 

 それを無言の盾の呪文で防ぐ。ダンブルドアたちは確かに強い。だが、サルビアは、彼に負けない才能があると自負している。

 サルビアに足りないものは経験だ。そして、寿命という枷がある以上、その差は決して埋まらない。それが、サルビアがダンブルドアに勝てない理由だ。

 

 だったら、簡単だ、奪えばいい。足りないのは時間だ。だからこそ、お前たちの時間を奪う。健康な人間から奪い磔にする。

 それが闇祓いたちのなれの果てだ。あの場に来た十数人分の魔法力。それをサルビアは全て奪っている。一人一人が積み上げてきたものをダンブルドア相手にぶつける。

 

 経験が足りない? ああ百も承知だ。それもこれも、この身が病魔に侵されているせいである。それがなくなれば、勝てない道理はない。

 だからこそ、足りないものを手に入れる為に、奪った全てを叩き付けるのだ。力で押して、叩き潰す。圧倒的な力の前には技量で優れていようとも無駄であることを見せつけてやる。

 

 絶対的な意志のままに逆さ磔が駆動する――。




ホグワーツ襲撃前編。
阿鼻叫喚の地獄ですが、マグルの都市が何者かに襲われたという情報が魔法省から共有されているため、一応、警戒していたらバジリスクが襲撃してきたとかそんな感じ。なので、対応が取れたと思っていただければ幸いです。

今回の話で重要なのは逆さ磔の原作を知らないヒトのための説明だったり。
次回は、後半戦。果たしてサルビアは無事ホグワーツを掌握できるのか。というか、この展開まじで大丈夫か? 作者色々と大変なことやっている気がしてならない。
原作どちらも大好きですよ。それだけは確かです。たりないのは私の技量。もっとうまくなりたいです。

まあ、そんなことよりもメタルギア楽しいです。オープンワールドを走り回り、熊に殺されかけたり、敵兵に殺されたり、海に落ちかけたり、敵兵に殺されたり、ダンボールでそこら辺を滑り回ったり、犬に襲われたり、敵兵を拉致ったり、マザーベースで味方を殴りまくったり、敵兵に殺されたりしてます。
もっとうまくなりたい(血涙)。

Fate/GOの方は、もう我慢できねえぜヒャッハーとかいうレベルで残りの石で召喚してみた結果、星4のマルタさんが来てくださいました。礼装ガチャって言われてるのに、鯖ばかりくる。もっと礼装が欲しい。星5礼装が欲しい。カレイドスコープを。贅沢な悩みですまない(ジーク並感)
その結果、私は英雄王からエリザちゃんをもらうことに。マリーさんはまた別の機会に。いつかきっと出会えることを信じて(泣)。

それによって、アルテラ、ギルガメッシュ、エリザベートの三騎士とヴラドという統治者万歳なパーティーが完成。バフ、デバフかけまくってからの宝具ブッパが可能なパーティーです。
こいつらが沈んでも、後ろにヴラドさんとフレンドのキャラが控えているという安心感。バランスは取れたかなと思ってます。

そんな感じで楽しんでいたり。リアル忙しくて死にそうだし、死にたくなってるけど、頑張ります。
では、また次回。


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第30話 終息の逆さ磔

――逆さ磔は駆動する。

 

 強靭な意志が、暗黒の太陽の如き意志が、全てを贄として生きんと咆哮する。生きる、生きる、生きる。その執念は何よりも強く。

 ただ一人で、全人類すら凌駕するほどの力を生み出していた。

 

「逃げても良いわよ。その瞬間、教師としてのお前は死ぬ」

「逃げんよ、サルビア」

「そう」

 

 奪った莫大な魔法力。生命力、技術。それら全てを用いて、蹂躙してやる。持てあますものなどなにもない。全ての技術は問題なくしよう出来る。それが出来るほどの才覚をサルビアは持っているのだから。

 良いから寄越せよ。己が病に侵され死ぬという間違った理を正す為、分相応に叩き落として、生贄として踏み台にしてやる。

 

 生きるのだ。生きることに善いも悪いもないのだから。生きる。生きたい。それだけは嘘偽りのない真だ。ただ、生きたいのだ。それは生物にとって普遍的なものだろう。

 抱いて当然の感情だろう。生物の至上命題として、生きることに必死になることの何が悪いというのだ。例え、自分が生きるのに人類全てを生贄にする必要があるというのならば迷わず生贄に捧げてやろう。

 

 生きることに必死になることは悪いことではないのだから。生きるために他者を害するのは生物として基本原理だ。

 生きるのだ。必ず。何があろうとも。何をしてでも。リラータたる己こそが至高だ。そんな己が死んでいいはずがないのだ。

 

 少女の自負は暗黒の太陽めいて、執念という名の毒と病の猛牙を撒き散らす。何より強く、誰よりも、生きる為に。

 

『バジリスク! その男を襲いなさい!』

 

 まずは邪魔者を排除するとばかりに、残りのバジリスクを嗾ける。

 

「セブルス!」

「――――くっ!」

 

 再び床を突き破って現れるバジリスク。五体の大蛇がその口を広げてスネイプへと向かう。即座にダンブルドアが反応し呪文を唱える。

 凄まじい速度の杖さばき。もはや動く手が見えないほどの速度で紡がれた魔法は、最強の名をほしいままにするにふさわしい威力で以て、バジリスクを討滅する。

 

「そうそう忘れていた。役に立てよ塵屑」

 

 ならば、バジリスクに連れて来させた塵を利用する。

 

「――――っ!」

「エクスペリアームス!」

 

 若い声が武装解除の杖で吹き飛ばそうとして、しかし、ダンブルドアに阻まれる。凄まじい速度で紡がれた武装解除と気絶の呪文によって一瞬にしてドラコ・マルフォイは杖を吹き飛ばされる。

 まったく考慮していなかった事態にすら即座に反応して反撃する。流石は最強の魔法使いか。

 

「なら、バジリス――」

「や、り、なさい!」

 

 その時、かろうじてマクゴナガルが声を上げる。同時に、三方向からサルビアを石像が襲う。

 

「まったく、この程度のことも理解できないのかしら、お前たちは。馬鹿な塵屑どもめ」

 

 遅い来る石像をサルビアは殴りつけて粉砕して見せた。奪ったのだ。奪い尽くしたのだ。禁じられた森のありとあらゆる魔法生物を、数万人のマグルからありとあらゆるものを。

 塵というなの贄は、今もサルビアの背で逆さの磔に捕えられている。奪ったものの大きさはもはやダンブルドアですら及ばない。

 

「それでも、諦めるわけにはいかん」

 

 ダンブルドアはそれでも諦めず杖をサルビアへと向けた。放たれる呪文。それを防ぎ、反撃しようとするが、もう一人の敵であるスネイプがお得意の呪文を放つ。

 

「リラータ。やはり、貴様、奴と同じか」

「同じなわけないでしょ! 私が上よ! ディフィンド!」

「セクタスセンプラ!」

 

 二つの呪文がぶつかり合う。その瞬間を狙ってダンブルドアが更なる呪文を放ってきた。躱せない。直撃する。だが、ダンブルドアの呪文がサルビアを害することはなかった。

 その時、床を突き破って現れた一際巨大なバジリスクが盾となって防いだのだ。

 

「役に立ったわよ、爬虫類。褒めてあげるわ」

 

 そのままバジリスクはダンブルドアへと突撃する。サルビアは、スネイプへと即座に武装解除呪文を放つ。スネイプはそれを魔法薬の瓶を投げることで防ぐ。

 そこから更に呪文をサルビアに向けて放とうとするが、

 

「終わりよスネイプ」

「ぐ、おおおお――!?」

 

 その瞬間には、逆さ磔の呪文を叩き付けたのだ。その瞬間、スネイプの四肢が喪失し死病を押し付けられて、床に転がる。もはやこれではなにも出来ない。

 

「閉心術。ああ、確かに、それがあればある程度は防げるでしょうね。でも、だから? 心がないわけではないでしょう? ただ巧妙に隠しているだけ。だったら、こじ開ければいい。十数人分、それも一流の闇祓いから奪ってやった魔法力でこじ開けてやれば、それくらいは出来るのよ」

 

 だが、これ以上は奪えない。無理矢理の力技で四肢を奪えただけでも儲けものだ。これ以上は望めない。資質、気質を奪うなら閉心術を解かせねばならない。

 それだけスネイプが巧みだと言えばそうなのだ。そして、それはダンブルドアにも言えた。バジリスクを退けた彼は、サルビアに向けて言葉を紡ぐ。

 

「もうやめるのじゃサルビア」

「やめろ? ふざけるなよ塵がァ! どいつもこいつも私が生きるのを邪魔する。もう邪魔なんてさせない。私が生きるのを邪魔なんてさせない! 止めたいのなら止めてみろよ糞塵屑がァ!」

 

 互いに魔法を放つ。閃光が舞い、大広間が超常の力を以て沈み、崩壊する。呪文のぶつかり、世界すら歪ませるほどの魔法力がぶつかり合った。

 互いに放った呪文の反対呪文の輝きが大広間を照らす。

 

「役に立てよ、道具の分際で、私の邪魔をするなぁぁああああぁあああ――!!!」

 

 どんな呪文を放とうとも、何をしようとも力で押し切ろうとしても、その全てに対してダンブルドアは対応して見せた。

 アルバス・ダンブルドア。最強の魔法使いの名は伊達ではない。十数人分の魔法力を手に入れてなお拮抗しているというのは驚嘆に値する。

 

 防いだり、受けるたりするのではなく呪文をそらすのだ。あろうことか、直進する呪文の進行を捻じ曲げるという神業的行為すら容易く行って見せる。

 逆さ磔の呪文を叩きつけようとしても盾の呪文によって自分に効果が及ばない位置で拡散させている。

 

「だったら――」

 

 その瞬間、サルビアが踏み込んだ。魔法の熟練度、杖さばきに経験からくる勘働きは凄まじい。だが、いくら魔法に優れていても目の前にいるのは老人だ。

 ならばこそ、打撃だ。格闘だ、物理だ。そもそも、相手の得意とする土俵で戦ってやる義理などないのである。勝負の基本だ。自分が有利に戦える土俵で戦うのは当たり前だ。

 

 速度、力、武術。既に奪ったもの全てを統合して使えば人間の領域を超えて動くことが出来る。無論、そんなことをすれば人間であるサルビアの肉体は激痛に襲われる。

 ばらばらになることもあるだろう。それを闇祓いの魔女から奪った変身能力を利用して強度を高める。身体が空中分解しなければ、痛みなどないも同じだ。

 

 今更痛みの種類が増えたところで、変わりはない。病魔に年がら年中侵され続ければ、痛みなどもはやそこにあって当然のものになるのだから。

 ただの一撃で終わるだろう。そう思った、しかし、ダンブルドアが盾の呪文を張る。

 

 拳は盾の呪文を砕く。その瞬間に放たれる失神呪文。それを回避しようとすれば、命を持ったような鎖やロープたちがサルビアを拘束せんと迫ってくる。

 それらを振り払えば、また呪文が放たれる。如何に速度でもって接近しようとしても巧妙に呪文や罠を配置されて逆に距離を取らされる。

 

 年季が違う。根本的な時間の差が重くのしかかる。いかに強大な魔法力、才能があろうとも、13年の時しか生きていない少女と百年以上も生きている賢者の差は容易く覆らないということか。

 

「この、塵がァ!!」

 

 逆さ磔にくべられろ。奪い取った十数人分の魔法力でもって接近して、逆さ磔の呪文をダンブルドアへと叩き付ける。しかし、盾の呪文を呪文の軌道上に配置し、直撃する前に拡散させることによって最小限の被害で押さえられる。

 それによって彼が喪失したのは耳と左足だ。膝をつくことになるが、それでもまだダンブルドアの目は輝きを宿している。

 

「その眼が、気に入らないんだよォ!! コンキタント・クルーシフィクシオ!!」

 

 再び動けないダンブルドアに接近して拳と共に呪文を叩き込んだ。それによってダンブルドアの両腕と口を奪い、最悪の病魔をその脳髄にいたるありとあらゆる場所に送り込んでやる。

 

「はあ、はあ」

『ご主人様、捕えたぞ』

 

 ダンブルドアに退けられたバジリスクが不死鳥を捕えていた。決着だ。

 

『残りのバジリスクはどうなっている』

『もう少ない。次が最後だ』

『チッ、時間がないか』

 

 ならば、

 

「クルーシオ」

 

 サルビアはダンブルドアに磔の呪文を使う。苦しみを与える。逆十字の呪文を使って、全てを奪い尽くしてやりたいが、それでは面白くない。

 この糞塵屑はただでは殺さない。使い潰すのだ。ぼろ雑巾のようになるまで、使い潰し、思い知らせてから殺してやるのだ。

 

 そもそも、この現状になってすら閉心術を行使し、尚且つ強大な魔法力で防御するという離れ業を行っているという時点でこれ以上の略奪は不可能である。

 ダンブルドアを現状において人類最高峰の魔法使いと認めざるを得ない。それも、サルビアにはない時間をかけて辿り着いた極致であるならば、いつかサルビアも到達できるだろうから別になんら思うことはないが。

 

 だからこそ、使い潰すのだ。これ以上奪えないとあれば何のことはない。道具として使い潰す。忘却術でも良いが、それはあとまわしだ。

 生徒を寮に送り届けた教員たちが残っている。戦闘中、こちらに来ないように逐次四つの寮に量産型バジリスクを嗾けてやっていたが、役に立つ爬虫類曰く、もうすぐ全部やられるという。

 

 いつ戻ってくるかわからない現状において、ゆっくりと修正する暇がないのだ。服従の呪文で妥協するしかない。そのために、磔の呪文を行使した。その意思を奪うために。

 普通に服従の呪文を使ったところで、ダンブルドアや他の教員は抵抗するだろう。それでは意味がないのだ。完全なる傀儡にする。そして、使い潰すのだ。

 

 そのための磔の呪文だった。抵抗する意志を奪う。まずはそこからだ。ゆっくりやれない。ゆえに、最大威力の磔の呪文を叩き込んだ。一度ではない。何度も、何度も叩き込む。

 磔の呪文を行使されたダンブルドアが感じたのは、磔の呪文とは思えないほどの苦痛だった。まるで、全身が病巣になったかのようだった。痛みが、全身を苛む。

 

 それは植え付けられた病巣と相乗してダンブルドアの防壁を削って行く。もはや魔法は使えない。抵抗する意志すらも削り取られていく。

 サルビアと同等の苦しみを味合わされるのだ。常人では、健常な常人ではどうあがいても耐えられない。如何に強固な意志を持とうとも耐えられるはずがない。

 

 なぜならば、この苦しみは、健常な十代の活力に満ちた若者が一瞬にして余命数日になり、立ち上がることすらできなくなるほどの苦痛なのだ。

 この状態を常に味わい続けているサルビアの磔の呪文を喰らって、抵抗の意志を残せるはずもない。

 

「せいぜい、役に立ちなさいよ。お前たちの価値なんて、それ以外にあるわけないじゃない。クルーシオ!!」

 

 都合十度となる磔の呪文が行使され、ダンブルドアの意志は完全に削り取られた。

 

「インペリオ!」

 

 服従の呪文を行使する。それによってまずダンブルドアがサルビアの手に堕ちた。その肉体をわざわざ補填してやり、残りの教員たちにも磔の呪文を行使して堕としていく。裏切らないように入念に。

 サルビアはその全てに服従の呪文をかけ終えた。この瞬間、ホグワーツはサルビアの手に堕ちた。そう全てがサルビアの下に終息したのだ。

 

「さあ、役に立ちなさい塵屑ども」

 

 逆さ十字が燃えるままに、全てが彼女の手の中に堕ちた――。

 




なんというか、これで最終回でエピローグにいっても良さそうな展開になりました。
どうしたものかな。とりあえず、考えたいのでしばらく更新ストップします。あとメタルギアやりたいので、申し訳ありません。

考えたいのも事実なので、何かしら意見などあったら気軽にどうぞ。

今考えていること
・このままのエンドだと人類滅亡サルビア寿命で死亡か、辛うじて生きて2015年の朔へエンド

続く場合
・ピーターにシリウス、サルビアの全ての罪をなすりつけて(記憶書き換え)、無罪のシリウスを十年もアズカバンにぶちこんでたとルシウスに言わせて、魔法省の評判を落として大臣を引きずり落とす?
・ルシウスが全ての真相を暴いたことにして、彼の評価をあげて魔法大臣に? サルビアからご褒美?
・ルシウスはヴォルデモートに逆らってることになるけど、魔法界をそのまま明け渡せる方がメリットがデカイからルシウスも賛成する?
・四年目は、サルビアが掌握したホグワーツでの三校対試合を行う? ハリーは出ない。
・ヴォルデモート陣営は、ピーターが捕まったせいで、動くに動けない。手駒が足りない為。
・復活するなら五年目か六年目。こっそり復活。ルシウスにより掌握された魔法省が闇の陣営としてこっそりと行動開始?

ふむ、どうしたものかな。

とりあえず考えます。


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if ありえたかもしれない終わり

低クオリティ、超展開注意。

人類滅亡ルート入ったあとのサルビアです。

また、戦神館のキャラや設定などががっつりと登場します。可能な限り説明を載せてはいますが、わかりにくいと思います。
とりあえずノリで読んでもらえると嬉しい限りです。


 全てが逆さ磔に終息した。ゆえに、世界は彼女の手に堕ちる。賢者は彼女の手の中にあり、全ての希望は潰えている。希望はない。

 それは彼女にも言える。サルビア・リラータ。お前に希望はない。ゆえに、ここに生じるのはただ一つの結果。

 

――無意味。

 

 全てが無意味なのだ。治療の術などなく、そこに至る道もない。あるのはただ病魔に侵された逆さ十字のみ。一つの結果として、全てが彼女の手に堕ちた。

 全てを奪い尽くす。生きるために。ありとあらゆる手段を講じながら、彼女はただ生きる為に全てを奪う。もはや彼女を止める者などいない。

 

 友人? いるわけがない。そんなもの表面上だけだ。全ては利用するために。

 親友? そんなもの、都合の良い道具の名前だろう。利用価値もない。だからこそ、他人がただそう思っているだけにすぎないのだ。

 

 ハリー・ポッターですら、彼女を止めることはできない。生き残った男の子ですら、不可能。逆さ十字の炎を消すには不適格。

 ならばヴォルデモートならば? 否。それもまた不適格。彼女を救うに値しない。そも、賢者と同等であるのならば彼女を救えるはずもない。

 

 真に賢者を超えたとうそぶくならば救って見せろよ塵屑。ゆえに、不死でもないただの人間に彼女を救う事は不可能。

 全ては奪われて、逆さ磔にくべられる。ただ、それだけだ。

 

 その結果として、時代の空白がここに生まれる。人類の集合的無意識、阿頼耶(アラヤ)たる存在が、ここにただ一つの結果を観測する。

 人類の滅びを。それを望む者などありはしない。だが、観測される結果は変わらない。ただ一人の唯我が、全てを呑み込んで人類を無に帰す。

 

 ゆえに、生命の全てを奪い尽くしてでも生きんとする逆さ磔に対して、阿頼耶は一つの事象を顕象する。盧生と呼ばれる存在を。

 自らの記録に存在する三名の盧生を。時代の間隙。ここに生じたわずかな隙間において阿頼耶は人類の滅びを回避せんと、盧生を呼び出したのだ。

 

 盧生。それは古くは故事にその名を知ることが出来るだろう。そう邯鄲(かんたん)の枕。それは唐の唐の沈既済の小説『枕中記』の故事の一つに登場する人物の名だ。

 簡単に言えば廬生という若者が人生の目標も定まらぬまま故郷を離れ、趙の都の邯鄲に赴き、呂翁という道士に出会い彼から貰った枕によって一生を一夜のうちに体験するという話だ。

 

 それによって盧生は人の栄枯盛衰は所詮夢に過ぎないと悟った。これはそういうことを伝える故事であるが、ここでいう盧生とはその人物で言う盧生ではない。

 ここでいう盧生とは人類の代表者であり、思想に沿った神仏、超越存在を現実に紡ぎだすことが出来る最強の召喚士のことを指す。

 

 かつて、極東が大正時代においてリラータのこの呪いの祖とも言える人物が作り出した「邯鄲の夢」と呼ばれる術式、儀式によって生まれた存在。人類の普遍無意識たる阿頼耶識に触れ、悟り(人類の代表者)に至った人物。

 まあ、簡単に言えば超人であり、夢のような力を現実に持ち出し、神や仏やら超常の存在を召喚し使役することの出来る人間と、そう思ってもらえればそれでいい。

 

 重要なのは、そういう人物が過去に三人いるということ。そして、こいつらは総じて人類を愛している馬鹿(勇者)なのだということを知っておけばいい。

 何が言いたいのか。簡単だ。人類が大好きな連中が、人類の滅びを許容できるわけがない。つまりは、そういうことだ。

 

「なんだ、貴様らは」

 

――一人は魔王と呼ばれている。

――最初の盧生

――最強にして、類を見ない審判の盧生。

――甘粕正彦

 

「くくく、セージの後継か。いやはや、まさか、セージの後継に一人ならずもう一人めぐり合うとは思いもしなかったぞ。呼び出しをくらって来てみればなんとも素敵な状況じゃないか。お前は、どうだ? お前はセージの宿命を乗り越えられるのか。見させてもらうとしよう」

 

 

 大外套を羽織った軍装の偉丈夫が、中空に浮かぶ三つの玉座のうち一つに腰かけていた。軍刀を手に、生きる者のいない滅んだ街を見渡して笑顔でそう言った。

 

――一人は、死神と呼ばれている。

――史上三番目の盧生であり、初の女の盧生。

――機械的なまでに完成された死を尊ぶ者の代表者

――クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタイン

 

「まったく、こちらも忙しいというのに。だが、来てよかったようだ。セイシロウと同じか。なるほど、おの状況ならば、来ないわけには行くまい。なあ、ヨシヤ」

 

 

 漆黒の軍装を身に纏い、豪奢な金髪をなびかせながら不敵な笑みを浮かべた女が現れた。輝く金の髪に翡翠の瞳はとても美しかった。軍属ながら完璧な容姿を持つ女もまた、それなりに不敵な笑みを浮かべて真ん中の玉座に座る男へと語りかけた。

 

――一人は、英雄と呼ばれている。

――繋ぎ継ぐことを理想とした者。

――甘粕正彦に次ぐ第二の盧生であり、盧生として唯一その資格を返上した者。

――柊四四八(ひいらぎよしや)

 

「まったくだ。そのおかげで、二度と使わんと思っていたものを使う羽目になった。だが、確かに来て正解だったようだ」

 

 インバネスを羽織り、制帽に軍装のような学生服に眼鏡の男がサルビアを見てそう言う。

 

「なんなのよ、お前ら。いきなり出てきて、上から見下してるんじゃないわよ! コンキタント・クルーシフィクシオ!!」

 

 サルビアはただただ気に入らない。それは血に宿る根源的な感情なのかもしれないが、とにかく殺す。漆黒を放つ。

 しかし、それは意味を成さない。心が読めないわけではない、魔法もしっかりと効果を発揮している。だが、奪えない。押し付けられない。

 

「ほう! なんだ、それは夢ではないな。英国には面白い技術もあるものだ。なるほど、魔法というものか。邯鄲の夢を越えては見たが、どうやらまだ世界には知らないものが溢れているらしい。いいぞ、お前のその魔法(輝き)是非とも俺に見せてくれ」

 

 甘粕正彦は、魔法が効果をなさず怒りをあらわにしているサルビアに対して、心底良い、笑顔でそう言う。

 

「まあ、まてアマカス。お前が出ると、ろくなことにならないとヨシヤに聞いている。ゆえに、ここはヨシヤの出番だろう」

「そういうことだ。甘粕。手を出すなよ」

「そういう無粋は好まん。なにより、もう一人のセージの後継がどういう結末を迎えるのか、興味深くもある」

 

 ゆえに、やれよ、お前たちの輝きを存分に見せてくれよ。と、そう言って甘粕は玉座に深々と座り足を組む。そこにポップコーンでもあれば上質な映画でも見に来た客のようにも見えた。

 

「そういうわけだ。君の相手はこの俺ということになる」

「…………」

 

 

 ますますもってサルビアは気に入らなかった。突然現れた上に、いきなり相手をする? 何がしたいのだこいつらは。

 閉心術すら行使していない。そもそも口ぶりからして魔法使いですらないマグルどもだ。魔法族ですらないただの価値のない塵の分際でなにをするつもりなのだ。

 

「まず初めに言っておこう。俺はスパルタだ。親父にはついぞ、出来なかったし。女の子相手にこんなことをするのはだいぶ気が引けるわけだが――」

 

 日本語というのだろう。英語だけでなく極東の言語すら習得しているサルビアに不自由はない。だが、言っていることがまったく理解できない。

 

 そんな彼女をよそに、柊四四八はその拳を握っていた。

 

「そういうわけにもいかん。お前には叱ってくれる親がいないみたいだからな。代わりに俺が叱ってやる」

 

 何が言いたいのか皆目見当もつかないが、とりあえず殴るのか。ならば、その腕を奪い取ればいい。殴る。つまり敵意がある。

 この状況にでも憂慮しているのだろう。憎しみ、怒りもあるだろう。ならば、簡単だ。奪ってやればいい。殴りかかってくるということは間違いなく敵意を抱いているのだから、四肢くらい簡単に奪えるだろう。その暴力は届かない。

 

 そう思い呪文を行使した。直撃して弾ける呪文。

 

「――がはァッ!?」

 

 しかし――。

 

「ごふぁ――」

 

 サルビアの頬を拳骨が頬を貫き、続けて顎をゆする。視界の端で星が散った。よろめく身体に向けて三発。肉体に痛みが広がって行く。膝から崩れ落ちるのを必死に支える。

 そして、そんな現状に対して、サルビアは困惑した。紛うことなくこれは暴力、つまりは敵意だ。ならば奪えないはずがない。

 

 だというのに、目の前の男の四肢どころか、髪の毛すら奪えない。間違いなく奪えると思って通常通りに力もかけずにやったのが悪かったのか。

 いや、そもそもマグル相手に過剰に力をかける必要すらないだろう。奪えて当然だ。病を落ち着けているはずなのに、堪えた様子もない。

 

「――ぐぅ、ッ……馬鹿な!」

 

 ありえない。そんなことあっていいはずがない。サルビア・リラータがつくりあげた呪文だぞ。そこらの塵や屑ではない。

 このサルビア・リラータが作り上げた呪文が効果を発揮しないなどあるはずがない。あの最高の魔法使いであったアルバス・ダンブルドアにすら通じた。

 

 だというのに、目の前の男には通じない。

 

「玻璃爛宮か。確かに、手を焼いた。だが、それだけだ。魔法と言ったか。夢と違って協力強制がなくても発動するらしいが、効果も条件も同じなら、俺には効かない」

「だとしても、病を押し付けているはずだ!」

 

 病魔を押し付けている。だというのに、男の拳は止まらない弱まるどころか、逆に鋭くなっていっているようにすら思える。

 なんだ、これはどういうことだ。

 

「俺の親父も、君みたいな奴だったし、同じことをされたよ。あの時は本当に苦労した。あいつを許すのは難しい。けどな、俺はそれでも親父(あいつ)の息子なんだよ。あの糞親父にできて俺に出来ないはずがないだろ!」

 

 なんだ、何を言っている。

 

「なに、がぁ! なにを言っているこの塵がァ!!」

 

――理解できる言葉でしゃべれよ屑が!

 

「安心しろ。理解させてやる。俺は、どんなに理解が悪い生徒だろうと教えてきたからな。ただし、スパルタだぞ、覚悟しろ」

 

 その言葉とともに熱い拳が突き刺さる。それと共にサルビアは男の心の中を垣間見た。怒りも敵意もなにもない。

 澄んだ心。さながら明鏡止水が如く。義憤もない。増悪も持とうとしない。まして、重篤患者に対して気の毒だという思いさえ欠片もない。

 

 あるのは、今度こそ救うというただの一つ。そこにあるのは深い愛だけだ。母がかつてサルビアに向けていたような。

 病魔も効いていないわけではない。口の端に血を吐いているのを見た。内臓がぐじゅぐじゅになっているのすら透けて見える。ただ我慢している。サルビアと同じように。

 

「あり、えない」

 

 そんな人間などいるはずがない。ましてやマグルの塵屑の分際で。いるはずがないだろう。

 

 だが、事実、目の前にいる。その事実ですら、サルビアには理解できない。

 

「理解しろ。君は確かに凄い。阿頼耶に見せられただけでも、君がやったことは到底、他人に真似できることじゃない。だからこそ、人の手を取ることが出来ないんだ。それじゃあ、助からないってことを、いい加減理解しろ!」

「ごはっ――」

 

 自分を救おうとする人間は全て不快で邪魔で鬱陶しくて仕方がなく、助けを求めるという行為など理解できない。

 あんなもの弱い人間が強い者に寄生するのを口当たりが良い言葉に変えただけだろう。

 

 だからこそ――

 

「ワケのわからないことを、いうなぁあああ!!」

 

 ただ愚直に殴り返す。魔法を使う余裕などなかった。魔法を使おうとすればそれを察知して殴りつけてくる。相手は魔法使いではない。

 明らかに武術を極めた人間だ。達人だ。そんな者相手に、魔法で戦うか、それとも武術で戦うという二つの選択肢を持っていると負ける。

 

 相手は常に一直線に突っ込める。そこに葛藤はない。それ以外に選択肢などないのだからそれに向かって突き進めばいいのだ。

 だからこそ、サルビアもまた同じ選択肢を取る。魔法ではどうやっても突っ込んでくる相手と相性が悪い。魔法は魔法と戦うためのもの。

 

 無言呪文だろうが、それなりに間というものがいる。だから、サルビアもまた拳を振るう。奪った技術を全て使う。

 達人だろうが、達人から奪った技術をサルビアが使えば、腕前という意味では相手よりも上だ。それだけの才能が彼女にはある。だが、繰り出した拳は、そんな風ではなく――、

 

「――――」

 

 そのとき、手に伝わった感触は何なのか。

 

「それが、人を殴るということだ」

 

 初めて()を殴るという感覚。サルビアにとって今まで、殴ってきたものは全て塵屑砂塵以下のものだったのだ。

 過去に何度も人は殴っていたし、殺しもした。しかし、それらすべて塵屑としか思っておらず視界から取り除く行為でしかなかった。

 

 相手に殴り返す。ただそれだけだというのに、何かが違った。何かが違う。何だ、これは。

 

「防衛心という奴だ。人間、誰しも持っているもので、つまりそれは恐怖だ」

「ふざけないで! この私が、お前に恐怖している? ありえない。ぽっとでの塵屑の分際で、魔法が効かないからって図に乗るなよ塵がァ!」

 

 だが、事実として男の言葉は的を射ていたのだろう。感情のままがむしゃらに振るった拳は稚拙極まりない。精彩を欠いている上に、続く一撃の予備動作すら悟らされてしまうほどにお粗末だった。

 サルビア・リラータらしくない。天災とすら呼ばれるほどの天才には似つかわしくなかった。

 

 当然のように攻撃は外れるし、カウンターをもらってしまう。相手はじっと目を見てくる。真っ直ぐに。ここでバジリスクの目を使えばよかったのに、サルビアはそれすらも忘れて殴り返す。

 理解できない、得たいのしれない男。サルビアの中で何かが大きくなっていくのを感じた。それは、感情というものだった。

 

 生のままの彼女の。

 

「君は、本当に凄いな。親父もそうだが、身体がボロボロで、今にも死にそうなくせに、ずっと耐えて抗う。誰にだって出来ることじゃないさ。

 けどな、だからこそ、救われないんだ。いい加減気が付け。お前を思ってくれる人がいるってことを」

「知った風な口をきくなああああああ!! お前に何がわかる。健常な人間の分際で何が!」

「ああ、俺にはわからないだろうさ。でもな、君に似た男を知っている。そして、その男を続けた妻と友人がいることを知っている。救いはそこにあるんだ。だから、手を伸ばせよ! 助けてくれって言えば、きっと誰もが喜んで手を貸してくれるんだ!」

 

 わけがわからない。何を言っている。言葉も理解できる。言っている内容もわかる。だが、どうしようもなく理解できないのだ。

 助けを求める? 塵屑に何を求めるというのだ。手を貸す? 当たり前だろうが。道具は使われてこそだろうが。

 

「口で言っても仕方がないのは知っている。だからこそ、見せてやる」

 

 どんなに慕われているのかを。

 

「やめろー!」

「サルビアから離れろよ! 眼鏡野郎!」

「サルビア! 今、助けるわ!」

 

 突然声が響いた。聞いたことのある声だった。誰だったか。サルビアの記憶にはそんな塵屑の名前があった。

 

――ハリー・ポッター

――ロン・ウィーズリー

――ハーマイオニー・グレンジャー

 

 役に持たない塵屑たちだった。彼らはこの惨状を見て、なお殴られているサルビアに味方しようというつもりらしい。

 

 ハリーは男とサルビアの間に割って入り、杖を向けている。

 ロンは、思わず崩れ落ちかけた身体を支えようとしている。

 ハーマイオニーは、どうにかしないとと考えを巡らせていた。

 

 なんだ? こいつらは何がしたい。邪魔ばかりしていた塵がなぜ目の前にいる。

 

「そういうことだよ」

 

 どういうことだ。

 

「なにをしている塵屑、なにがしたい」

 

 お前たちが勝てるわけもないだろう。ただの魔法使いの子供など目の前の男ならば簡単に屠れる。それがわかる。

 そんなことくらいわかっているのだろう。三人は震えている。

 

「それでも君を、助けたいんだ。いっぱい助けてもらったから。う、うおおおおおお!!」

 

 そうハリーが言って男に殴りかかって行った。

 

 それは、貴様を利用するためだ。利用する前に死んでしまっては元も子もないだろう。

 

「そりゃ、ダンブルドア先生から手紙が来て、君のこと聞いた時は酷い奴だって思ったよ。でも……君と過ごした日々はさ、その嘘じゃないって思ったんだ」

 

 ロンが言った。

 

 仕方なく一緒にいただけだ。貴様などすぐに殺してやりたいと思ったほどだ。

 

「私は単純よ。あなたにいなくなられたら、私とあなたどっちが上かわからないじゃない」

 

 勉強の話よ? とハーマイオニーが言った。

 

 こんな時も勉強の話とはつくづく頭が湧いているとしか思えない。

 

 だが、サルビアは何も言えなかった。おそらくは、塵屑たちの馬鹿さ加減に呆れて言葉もでなかっただけだろう。少なくとも、サルビアはそう思った。

 そして、気が付けば四人とも仲良く地を這っていた。雲っていた空はいつの間にか晴れ渡っていた。綺麗な大空だ。眩しいほどの。

 

 あの三人の意味不明な者たちもいつの間にかいなくなっていた。何か最後に言っていたようだが、わからない。それにしても、

 

「まったく、何がしたかったのよあなたたち」

 

 ボロボロだった。勝てもしないのに勝負を挑んで、負けてボロボロで横たわっている。それも何度もだ。

 度し難い馬鹿どもだった。

 

「いたたた、うぅ、痛い」

「もぅ、ロン、そんなに痛がらないでよ。私だっていたくなっちゃうじゃない。マダム・ポンフリーなら治してくれるわよ」

「ロン、ハーマイオニー、サルビア、治ったらみんなでホグズミードにでも遊びにいかない?」

「良いね」

「賛成するわ」

 

 まったく以て度し難い。何も解決していないというのに。サルビアがやったことは変わらない。何も終わってもいないし、解決もしてないというのに、何を暢気なことを言っているのだ。

 

「それから、サルビアの治療法を探さないとね。古い本を調べるわ」

「そうそう、僕も手伝うよ」

「絶対に治療法を探してみせるからね」

「…………勝手にしろ」

 

 もう知らん。塵屑の思考を理解することも諦めた。というか、理解できそうにない。馬鹿や阿呆など理解せず勝手にやらせるに限る。

 

 そんなサルビアを知る者がみたら卒倒するようなことを思いながら、サルビアは目を閉じた。

 いつまでも澄み渡る空が、瞼の裏に映っていた――。

 




人類滅亡ルート。ありえたかもしれない終わり。だいぶ超展開です。もう少しなんとかなったんじゃないかと思うんですけど、どうにもかけないのでこのままいきます。

さて、というわけで、一区切りとしてこんな感じであのまま行くと終わります。

ダンブルドアが、時限性の吠えメールを仕込んでました。そのおかげでハリーたちがサルビアの本性を知っていたりします。

本性をしって受け入れるのかですが。
三人ともか嫌な奴とか酷い奴とか最悪の奴とか思ってましたけど、三年間を過ごしたあの日々は嘘ではないというダンブルドアの言葉によってとにかくサルビアに会う、彼女を救うとかいう方向に持って行ったということにしておきます。

まあ、色々あるでしょうが番外編みたいなものなので許してください。リアル忙しい上に微妙にスランプ気味なので。

さて真面目な話はここまでにしてFate/GOの話でも。
ネロ祭楽しいです。礼装ドロップで手に入りましたし、混沌の爪も手に入るしでとても楽しい。現在超級を周回してます。
ギルとアルテラとフレアルトリアの宝具をぶっぱしたら一瞬でボスが溶けました笑。オーバーキルも甚だしいw。
とりあえず金メダルを500個、銀を300、銅を100個集めればいいので、金を集め終わったら銀、銅と言った感じに集めようかな。

あと、最近アルテラさんかわいすぎてやばい。膝枕とかされたい。良い匂いしそう。いや、待てよ逆にしてあげたい。
最初から好感度高かったけど、なんだ、最近ちょっとやばいくらいもっとアルテラが好きになってる。
ネロ祭でかなーり活躍してるからかな。うむ、好感度うなぎのぼりです。早く最後まで再臨させてあげたいな(再臨素材から目を背けながら)。

メタルギアの方は一章をクリア。中々のボリュームで楽しかった。けど、予告が不穏でした。やめてよーと言いたい。
あともっとうまくなりたい。

それから24日にはうたわれるもの偽りの仮面が発売。プレミアムエディションを予約しています。
プレプレイレポート見ましたけど、とても良い出来でしたし、早くプレイしたい。

さて、では、そろそろお開きとします。
次回の予定は未定ですが、そのうち活動報告などに次回のことについても書くかもしれませんので続報をお待ちください。
では。


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第31話 逆転

 サルビアはその全てに服従の呪文をかけ終えた。この瞬間、ホグワーツはサルビアの手に堕ちた。そう全てがサルビアの下に終息したのだ。

 

「さあ、役に立ちなさい塵屑ども」

 

 逆さ十字が燃えるままに、全てが彼女の手の中に堕ちた――わけがない。このまま黙って堕ちるのを見過ごすほど、ダンブルドアは甘くない。対策など既に講じているに決まっているだろう。

 

 その瞬間、物陰に潜んでいた黒い影がサルビアへと飛びかかった。完全に気配を消していたがゆえに、バジリスクですらその存在があまりにも矮小であったがために見逃した小さな影がサルビアの背へと突撃した。

 それは黒い犬だ。グリムを思わせる漆黒の犬。それがサルビアの背へと突撃し組み敷く。

 

 ただの犬ならば組み敷かれるなどありえないだろう。だが、相手は動物もどきだった。この学校に潜んでいると言われた、犯罪者――シリウス・ブラック。

 サルビアの凶行が及ぶ直前、ダンブルドアとルーピンにより匿われていた男が今、ここにその姿をさらしていた。ゆえに奇襲となる。

 

 元来病人であるサルビア。彼女の真実は、もはや立ち上がることすらできない末期の重病人。何も対策していなければ、その強度などたかが知れている。ゆえに、大の男が彼女を組み敷くとどうなるだろうか。

 単純だ、砕ける。バキリと大広間に何かが折れる音が響いた。その程度の痛みなど苦にしないサルビアだが、手を押さえられ背に乗られ背骨が折れて肋骨が砕けてしまえばろくに身動きなど取れるはずがなかった。

 

 それは彼女自身の意志が弱いとかそういうことではない。生物としての性質のせいだ。神経は繋がっていなければ動かない。

 切れてしまえば、傷ついてしまえば、例え気合いと根性があろうとも、執念があろうとも動くことはできないだろう。

 

 ならば魔法を使うか。無言呪文。ダメだ。自分も巻き込む。馬乗りになられている状態。片腕をおされられ、片腕を砕かれ足を押さえられ、呪文を向けるべき相手へと手を向けることすらできない。

 ご丁寧に床に押し付けられて口までふさがれている。体重は容赦なく彼女の身体を壊していく。メキメキと刻一刻と身体が砕け、臓物が潰れていく感触が全身を駆け巡る。

 

 既に血だまりが出来ている。しかし、シリウス・ブラックはどく気などなかった。彼女がどのような人間か、先ほどの惨状を目の当たりにすればわかる。

 ここでけりをつけないのはせめてもの温情ともいえるくらいだ。だからこそ、容赦なく、躊躇いなく彼女を止める為に全力を尽くす。

 

 魔法を使えなくする拘束具を使ってまでサルビアを拘束する。

 

「すまないとは、思うが辞める気はないよお嬢さん。リーマス!」

 

 更に、ルーピンまでもが現れる。終息呪文を唱え、服従の呪文を解いていく。終息呪文によりありとあらゆる呪文が終息し、教師たちが解放されていく。

 逆さ磔に奪われたものは戻らない。だが、それらは決して奪い尽くせるものではない。記憶も感情も、全て湧き上がるものであり、何より手駒として使うために奪った部位を返還している。

 

 だからこそ状態はほぼ万全。バジリスクすらも歴戦の魔法使いたちが退けて、今、状況は逆転する。

 

「ぎ、ざ、まらああ」

 

 辛うじて出た言葉は叫びだった。いったいどこに隠れていたのか。いつの間に。そんな思いが一瞬で駆け巡り、全て怒りで埋め尽くされる。良くも邪魔をしてくれたなと。

 

「ダンブルドアはこの事態を予想していたんだ。だからこそ、校長は自らを囮とすることで私たちの存在を隠し、反撃の機会をうかがわせてくれたのだ」

 

 ダンブルドアとサルビアが戦っているのを隠れてみていた。ダンブルドアが呪文で隠してくれたおかげでサルビアにも気が付かれずにこのチャンスを待っていたのだ。

 勝利した瞬間。わずかに緩んだその瞬間を狙って。もう少し、彼女が大人であったのならばその隙もなかっただろう。だが、彼女は子供だった。

 

 如何に才能があったとして彼女はまだ子供なのだ。だからこそ、ミスもする。それが一瞬だろうとも、その一瞬は致命的だ。

 動物もどきであるシリウスが突っ込み、あとは見てのとおりだった。

 

「これで終わりじゃ、サルビア」

「だん、ぶるどア――」

 

 ここに最強の賢者が復活する。絶望は終わりだ、そう言わんばかりに大賢者が彼女の前に立つ。

 

「お前さんが感じ取った痛み。確かに、感じさせてもらったわい。よく頑張った。もう大丈夫じゃ」

 

 何が大丈夫だというのだ。何が、何が大丈夫なのだ。言ってみろ。死にかけの人間を前に、お前はいったい、何を言っているのだ。

 

「いったじゃろう。お主を救うと。今、それを証明しよう」

 

 彼が聞いたこともない呪文を唱える。その瞬間、ありとあらゆる苦痛が消え失せた。

 

「え――」

 

 絶句する。その感覚をどう表現すれば良いのかすら、わからないほどに。サルビアは呆けた。それは癒しだった。それは、願ってもやまないものだった。

 手に入らないはずの癒しが、今目の前にある。もはや、この感情はどうしようもない。そう、どうしようもない、この救いに――。

 

 この癒しに。

 

 彼女(サルビア)は、抗う事なんてできないのだから。それほどまでに彼女の病魔(ヤミ)は深く重い。そもそも、癒しを求める為だけに彼女はこの凶行に及んだのだから。

 

「癒せ、私を!!」

「ああ癒してあげよう。――ベネディケイション」

 

 それゆえに、その魔法が彼女へ作用する。強烈に劇的に。

 

「ふふ、ふふふふふ。くくくくくく、くははははははははは――――」

 

 サルビアは、その魔法を受けて、喉がはちきれんばかりに快笑した。

 

「空気が旨い」

 

 清々しく呼吸ができる。それは二年前の比ではない。あれ以上の希望などないはずだったそれを超えた希望。呼吸が出来ることの素晴らしさ。

 息するだけで喉が潰れることもない。息をすえば当たり前に気道が、肺が仕事をする。剥がれ落ちることなどなく、水が溜まることもない。

 

「身体が軽い」

 

 腹の中から結晶が消えた。折れた背骨も肋骨も全てが元通りになる。大の大人が乗っているというのに、身体が羽のように軽い。

 歯があることの喜び、鼓膜が破れていないことの素晴らしさ。目が見える、鼻が正常に匂いを嗅ぎ分けさせてくれる。

 

「これが、本当に死病(ゼツボウ)が消える感覚か!」

 

 賢者の石よりも劇的な変化。もはや治りすぎて痛みすら感じるほど。まさしく祝福。神々の祝福に他らない。それはまさしく、福音であった。

 サルビアの身体は末期だった。時限爆弾もかくやというが如く死病が襲い来る。臓腑は腐り果て次々発症する不治の病に、激痛、幻覚など当たり前のような状態だった。

 

 それに付随する憤りといった悪感情の全てが、今消えていくのを感じた。かつてない開放感が息吹となって彼女の中を駆け巡って行く。

 己の悲願が成った、それを彼女は感じ取った。

 

「うまくいったようじゃのう」

 

 彼がしたことは単純だった。健常な状態へと彼女を回帰させること。

 しかし、生まれてから健常な状態がない彼女がそれをやっても不可能。この呪文は健常な状態を知っていなければ効果がない。それでいて、当然のように治す範囲を決めるために自分の状態を正確に把握しなければこの呪文は使えない。

 

 サルビアを救うためにダンブルドアが作り出したこの魔法は、真に健常な状態を体験してなければならず、それでいて本人の状態を何よりも知っていなければならない。つまり使用者本人しか使えない。だというのにサルビアは健常な状態を知らない。

 だが、それもクルーシオによる苦痛、それから彼女の呪文を受けたことによってダンブルドアは、サルビアの心の中を覗き、それに乗じて記憶を追体験した。地獄のような試練の果てに条件はクリアされたのだ。

 

 ダンブルドアは覗いた。苦痛と憎悪、絶望に彩られた暗い漆黒の心を。気が狂いそうになる中でただ生きることだけを望み続けた彼女をダンブルドアは完全に同一化し、彼女の人生を追体験することによって理解した。

 健常者では絶対に耐えられないとされた彼女の絶望。それは、教育者としての意地か、あるいは――初めから狂っていたのか。

 

 ともかくダンブルドアは耐えきり、彼女の人生を手に入れた。それにより、条件はクリアされた。自らの健常の状態を参照し、彼女にとっての健常の状態を創造して適用させたのだ。

 時すらも越えられる魔法。この程度の奇跡が起こせないで何が魔法だ。そう言わんばかりの奇跡(まほう)だった。

 

「よくやったぞ、なんて役に立つんだ、お前は!」

 

 最高の貢献度だった。塵屑どもなんぞどうでもいいくらいに。

 しかし、だからこそサルビアはダンブルドアという男が何か企んでいることを感じ取っていた。そうでなければ、この罪に塗れた悪を救済するなどありえない。

 

「で、何をたくらんでいるダンブルドア。貴様、ただで私を救ったなどと世迷い言を述べるわけはあるまい」

 

 サルビアにとって人とは利用するべき道具でしかない。人への施しなど、利用したいから借りを作っているにすぎないのだから。

 ゆえに、真なる善意からの救済など逆十字には理解できない。そして、ダンブルドアもまた、彼女をそれで救済したわけではない。

 

 救済による彼女の魔法の弱体化。病みの押し付けとこちらの輝きの奪取。狙っていたわけではないが、病が消えたいま、その魔法は役に立たない。

 だが、それでも彼女は強い。ダンブルドアが見て来たどの魔女よりも聡明で狡猾で強い。かつての闇の帝王に匹敵するほどに。

 

「ハリーを守って欲しいのじゃ」

 

 ゆえに、ダンブルドアは考える。罪深き彼女。更生させられぬとは言わぬが、彼女の人生を垣間見追体験し、彼女を理解したダンブルドアには、彼女がどうしようもなく鬼畜であることを知っている。

 だからこそ、ダンブルドアはサルビアを駒とする。ヴォルデモートに対抗するための。そのための駒であり、ハリーたちの盾だ。

 

「私に、塵屑を守れと言うか」

「そうじゃ。容易かろう」

 

 それだけで見逃すと言っている。マグルの街を滅ぼし闇払いを殺したことを。その代わりにハリーの守護者とする。

 無論、ダンブルドアは全てを見逃すとは言っていない。保留にするのだ。ヴォルデモートを滅ぼした暁には、裁きを彼女へと下す。

 

 自らの手で。なぜならば、

 

「もし従わぬのなら、こうするほかない」

 

 呪文を解く。そうすることによって、得られた救済は、全て失われる。ダンブルドアがかけた呪文は、病みを払うのではなく、情報の上書きであるからだ。

 だからこそ、彼女の最悪の状態を上書きしてやれば救済は、消え失せ絶望が生じる。この呪文の詳細な使い方を知らないサルビアにとって、それは死に等しい。

 

 サルビアは歯噛みする。だが、

 

「良いわ。したがってあげる、今は」

 

 今はまだダンブルドアに活かされている。だが、健常な状態を知った今ならば、使われた呪文を解析し対抗呪文を生み出せばいい。あるいは自分で使えるようになれば問題はなくなるのだ。

 せいぜいそこに居座って見下しているが良い。いつか必ず墜落させてやる――。

 

 新たな誓いを胸に、ここに終息し、そして、始まる。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そこはまるで深海の底に沈んだような空間だった。いや、あるいは真空の宇宙空間か。どちらかと言えば後者の方が正しくもある。

 重く、暗く、冷たく、静か。およそ、温かみと呼ばれるものが何一つない闇のそこ。さながら正常な世界から切り離されたかのような場所。

 

 一見すればそこは冥府や墓所、そういった類の場所にも思える。それは正しいのだろう、今は。なにせ、ここには今、生者がいないのだ。

 だとすれば未だ異形なれど生命という括りに属する深海魚が存在する、あるいはしうる深海とは異なり、ここは真空の宇宙空間。

 

 まあ、より正確に言うならばここにも存在している者はいるにはいる。ただ、それを生者と呼んでよいかは甚だ微妙なだけであって、いないわけではない。

 辛うじて生きているだけの何かがそこにはいた。かつては闇の帝王とすら呼ばれた存在は、今や赤子にも劣る存在へと成り果てていた。

 

 そこに現れるのは小さな怯えた男だ。ピーター・ペディグリュー。サルビアに捕まっていたはずの男は、再び脱走していた。

 その執念は凄まじく、サルビアの強固な呪文すら破ったほどだ。逃げることに関して、彼の右に出る者はいない。臆病ゆえに、彼は逃げることにかけては天才的であった。

 

 だからこそ逃げることが出来た。塵屑とサルビアが侮っていたということもある。まあ、別段逃げたところで何もできないと思っていただけなのだが。

 そして、逃げた先で闇の帝王と出くわした。必死で逃げたはずが、泥沼に嵌っているというドツボ。必死に抗って脱出(しょうり)したというのに、また次の試練がやってきたのだ。

 

 それでも何とかどうにかこうにか逃げようとして、逃げ切れず彼は再びしもべとなってしまった。闇のしもべ。更に悪いことに、あるものの憑代とされてしまった。

 

「ご主人様、準備ができました」

 

 そんなかつてペディグリューであった男は恭しくそこにある闇の帝王と呼ばれた存在を抱え上げる。今、その姿はもはや元の彼の面影などありはしなかった。

 口を開けば蝿が飛び回っているかのような蝿声(さばえ)。あるいはありとあらゆる嫌悪感の対象となる蟲の大群のような醜悪な姿と化している。

 

『さぁ……始めろ』

 

 ヴォルデモートの冷たい声と共に、ペティグリューは包みを開いて中身を大釜の中へと入れる。ペティグリューは杖を振るう。

 床に無造作に置かれていた石の棺の蓋が開き、中から一本の骨が出てくる。

 

「父親の骨、知らぬ間に与えられーん。父親は息子を蘇らせん」

 

 ペティグリューは取り出した骨を大釜へと入れる。すると、先ほどまで白かった湯気は毒々しい青へと変化した。大釜の淵から四方八方へと青い火花を散らしている。

 次にペティグリューは懐から短刀を取り出す。

 

「しもべの肉、喜んで差し出されん。しもべはご主人様を蘇らせん」

 

 言い終えるや否や、ペティグリューは伸ばした右手を手首から短刀で切り落とした。切り落とされた右手は大釜へと落ちていった。

 腕は、即座に大量の蟲により再度形作られる。

 

 次に彼が取り出したんは真っ赤な血の入った小瓶だった。ハリー・ポッターの血だった。

 

「敵の血、力ずくで奪われん。汝は敵を蘇らせん」

 

 燃えるような赤い湯気を発していた大釜は、ハリーの血が入ると眩いほどの白い湯気を立ち昇らせる。本来ならばこれで術式は完成だ。

 だが、もう一段階ペディグリューは進める。

 

「腐った友の血、悪逆非道の限りを作った黒い血。友は友を蘇らせる」

 

 そして、黒い血が鍋へと入る。白い湯気が漆黒へと変わった。それは余計なお節介とも言えた。せっかく呼び出されたのだから、少し面白くしたいという悪魔的な思考からペディグリューは最後の一つを付け加えた。

 闇の帝王という凡百から親友(セージ)へと作り変える為に。無論、大元はヴォルデモートなのは変わらないだろうが、面白くはなるだろう。

 

 閃光を放っていた大釜は急に静まり、煮える音も火の音も消え失せる。全ての音が消えたかのように無音の世界。静かに、音を発せずに輝く湯気は立ち昇る。

 やがて、それもなくなり、

 

「――ローブを着せろ」

 

 闇の帝王は静かに復活を遂げた。誰にも悟られず、誰にも気が付かれずひっそりと、深海のような深淵の中でただ一人の従者だけを連れて復活した。

 




すっかり遅くなってしまったすまない。色々と展開考えてうだうだしていたらこんなに期間が開いてしまった。

さて、ダンブルドアさん実利を取るの巻。ヴォルデモート絶対殺すマンさんが本気出してきました。
サルビアを救ってやって、つまりは戦神館でいうところの眷属のような状態へ。それで良い手駒として使う気です。
ヴォルデモートを滅ぼすまでは見逃すけど、滅ぼしたらサルビアを滅ぼすつもりです。それくらいのことをサルビアはやってますのでおとがめなしとかありえない。
というかハリーの盾にならせる気満々でございますね。

まあ、おとなしくサルビアがやられるわけもありませんがね。それによってサルビアを弱体化しつつ、玻璃爛宮はヴォルデモートの所へ。
このままじゃヴォルさんいじめになるので、ヴォルさんを強化するべく従者をパワーアップさせました。
で、ヴォルさんに逆十字要素とじん★ろん要素をぶっこみ、勇者として新生させました。
彼の思想は病みこそが至高にして救済なのだから、お前ら全員病みに堕ちろ。
とかいう意味不明理論で闇に落とし病みへと引き込む感じになっております。

色々展開について言われそうですが、私は私のやりたいようにやっていきます。
さて、しばらくは平和な話が続くかな。そんなわけで四巻へと進みます。
あ、もちろん、サルビアちゃんがこのまま助かるなんて思ってませんよね、誰も。
もちろん、このまま助ける気はないですよ。これも愛ゆえに。誰かから与えられた救済なんて逆十字がそのまま浸っているわけないじゃないですか。

そして、三校対抗試合に現れる日本の盲打ち。
あ、あともう一つ。幸せな夢って浸りたくなりますよね。
ではでは


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炎のゴブレット
第32話 クィディッチ・ワールドカップ


 古来より日本の魔法世界の組織として有名なものは神祇省と呼ばれる組織だ。神祇、つまりは神であり神秘を用いることにより政をより良い方向へと導く神道系の組織が始まりではあったが、魔法の伝来によってこの組織は魔法の探究と護国を掲げるようになったと言われている。

 それらの来歴を今ここで述べることはできないが、それなりに歴史のある組織であり日本における魔法の全てを把握しているとも言われている。

 

 特に、鬼面衆と呼ばれる神祇省でも生え抜きとされるチームの頭目は神祇省に置いても特殊な立場だ。時代における転換期において大抵の魔法的事象に介入してきた。

 直近は約百年前、大正時代。甘粕正彦と呼ばれる破格の魔法使いとされる人物が引き起こした世界が滅亡する可能性すらあった事象に介入し見事に収めて見せたのだ。

 

 その記録は、全て公的記録からも魔法界の記録からもほとんど抹消されている。遺せるものではないし、後の世に必要なものではなかったからだ。

 そんな鬼面衆の頭目たる男がイギリスまで来ている理由とはなんなのか。

 

「たいぎぃのぉ。こげな島国までこなあかんとは」

 

 広島の奥地で、一人好き勝手にしていれば、日本の魔法学校から呼び出しとはついていない。神祇省としては、魔法界とは仲良くしておくに越したことはないわけだが、石神静摩としては乗り気ではない。

 まあ、その時の気分で、ノリノリで魔法界に言ってイギリスまで来たくせして、面倒くさくなったのかもう既に他人のせいにしているのでアレなのだが。

 

「しっかし、なんじゃ。こらァ、おもろいことになりそうじゃわい」

 

 日本で見る星も、異国で見る星も変わらないが、気が付いているだろうかこの国の魔法使いどもは。

 

「特大の凶兆よのォ。そら、俺らが呼ばれるんも当然じゃわい。さて、まずは観光でもしようか。イギリス娘と楽しむで」

 

 とりあえず、適当に地下鉄にでも乗ったり、色々と適当なところに行くとしよう。とくになにもなく思いつきで行動するこの盲打ちという男は、やることなすこと反射神経だ。

 やばい案件に気が付いておきながら何もしない。いや、あるいは何かしようとでもしているのか。そもそもこの男の行動自体何か理由があるわけでもない。

 

 単純に思いつきで行動しているだけなのだ。それが、神祇省鬼面衆頭目、二代目盲打ちと呼ばれる石神静摩という男だ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 クィディッチワールドカップ。名の通り、クィディッチの世界大会だ。決勝戦、アイルランド対ブルガリア。三十年ぶりのイギリス開催とあってイギリス魔法界は沸き立っているわけだ。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーたちもウィーズリー一家に交じって沸き立っている。そりゃみなさんアウトドア大好き、特にハリーはクィディッチの選手とあればこういうのはとても楽しいのだろう。

 

 ゆえに、酷く憂鬱にしているのが一人。そうサルビアだ。サルビア・リラータはこの手の行事が心底嫌いだ。だが、昨年度末の事件の末、ほとんどの戦力を失い秘密の部屋を失い、少しは優秀だったバジリスクを失い、とても大切な可愛いユニコーンを失った。

 その対価は、首輪付きの健康。ああ、嬉しいとも、そりゃそうだ。夢にまで見た健康体。飛び上るほどに喜んでいいだろう。首輪がなければ。

 

 生きれればいい。生きれればいい。そう思ってきたが、これは駄目だ。血が騒ぐのだ。首輪という枷を外せと。今にも首を掻き毟りそうになる。

 首輪付きでも生きれればそれでいいと思う心と、どうしようもなく上から見下す存在が気に入らないという感情が内心で争いまくっている。

 

 ゆえに、サルビアは実に機嫌が悪かった。

 

「サルビア、どうしたのかしら?」

 

 そんな機嫌が悪い彼女を気にしてハーマイオニーがロンとハリーに相談する。

 

「知らないよ」

 

 ロンは早々に匙を投げた。どうせ去年からであるし、別段何かあるわけでもない。気にするだけ無駄だろうとか思っているらしい。

 

「でも、顔色は良いよね」

 

 ハリーが言う。去年の何者かによるホグワーツ襲撃。ヴォルデモートの残党。シリウス・ブラックだとも言われている。それ以降、彼女はどこか調子が良いのだろう、顔色が良いのだ。

 走ればすぐに息切れしていた身体の弱い彼女の顔色が良いことは良いことだろう。ただ、それを指摘すれば途端に彼女は機嫌を悪くするのだが。

 

「もう本人に聞いてみようぜ?」

 

 手っ取り早い案をロンが提示する。

 

「ならあなたが行きなさいよ」

「えー」

 

 ロンが提案したのに彼は行きたくないようだった。あの不機嫌な彼女の前になど立ちたくないのはハリーも同感であった。

 端的に、怖いのだ。恐ろしいとも言う。機嫌が悪い時の彼女はとことん怖い。

 

 だから誰も行きたがらずどうしようかと思っていると、

 

「おーおー、そこのジャリども」

 

 男に声をかけられた。黒いスーツの男だ。ここにいるということは魔法族なのは間違いないが、不思議な髪の色をしている。白と黒が混じった不思議な髪だ。

 

「はい、何か用ですか?」

「なぁに、用があったわけやない。話しかけてみようと思ったから話しかけたまでよ」

「は、はあ?」

 

 なんだろうこの人。用がないのに話しかけた。しかもその理由が話しかけてみようと思ったからと完全に思いつきの行動。あきらかにおかしな人だ。

 

「大丈夫かしら、この人」

「ルーナよりマシじゃね?」

「おいおい、ジャリども、何、こそこそ話しとるんじゃ。気になるやろいうてみぃ」

 

 こいつわかって言っているだろう。

 

「いえ、すみません。あの、それで、用がないなら私たち行ってもいいですか?」

「お、いや、そうじゃのぅ。用があった方が良いちゅうなら、案内でもしてくれんか。俺ァこの英国には来たばかりでの暇じゃけぇ、ここに来てみたんじゃが、何があるんかのう」

 

 ハリーたちは唖然とする。とりあえず、ここで何があるのかも知らずに来たというのだから。本当なんなんだこの男はと。

 この時点で三人は自分たちの手に負えないことを確信した。

 

「ね、ねえ、サルビア、あなたも手伝ってよ」

「お、お前さんめんこいのォ。ほれ、もちっとこっち来てみぃ。胸も尻も貧相じゃが、なぁに外人っちゅうのは最終的にでこぉなるからのぉ。かははははは」

 

 サルビアに気が付いた男はサルビアを舐めるように上から下へ視線を動かしてからそう言った。失礼な男だった。

 

「なに、この変態」

「さ、さあ」

 

 変態に間違いはなさそうなのだが、何者なのかまったくわからない。さっさとこの人から離れたいが、どんなに離れようとしてもこの男はついて来そうな気配がする。ハーマイオニーでは持て余すし、ロンとハリーでもこれはどうにもできないだろう。

 だから、サルビアに助けを求めた。溜め息を吐いてサルビアは仕方なく、男と話すことにする。危険な人物ではないだろうが、端的に不愉快だ。さっさと退場願おう。

 

「で、なに、あなた何が目的なわけ」

「目的なんぞあるわけないわい。俺は、反射神経の男よ」

「つまり馬鹿ってわけ」

 

 反射神経で動く馬鹿。制御不能な箒とかその手合いだ、この男。

 

「そう、じゃあ、私たちは行くわ」

「つれないのォ、うちの国じゃ女は愛嬌つってな。もう少し可愛げがないと嫁の貰い手がなくなるぞ。ほれ、わろうてみぃ」

「…………はあ」

「やあやあ、みんな、そろそろ時間だよ。おや、誰だね君は?」

 

 そこに現れる救世主。アーサー・ウィーズリー。

 

「俺は、石神静摩じゃ。こっち風に言えばシズマ・イシガミっちゅうところかのぉ。こいつらに案内してもらおうと思ってのぉ」

「そうなのか?」

 

 アーサーがハリーたちに問う。どう答えればいいのかわからない為、答えようがない三人。

 

「なぁに、恥ずかしがっちょるんじゃ。俺とお前らの仲じゃろうが」

 

 さっき会ったばかりなのになんで馴れ馴れしいんだこの男は。

 

「違うわよ」

「つれないのォ。まあ、ええわ」

「案内ならば私がしよう。子供たちは先に行きなさい」

 

 とりあえず、アーサーがこの男をなんとかするので先に行くように言われる。とりあえず言われた通りにする。

 

 会場の貴賓席には既に何人かの人が座っており、そのうちの何人かは新しくきたハリーたちを見てひそひそと話し始める。

 なにせ、ハリー・ポッターの名前は有名だ。生き残った男の子。それが貴賓席に来ればそれなりに話題になるし、ウィーズリー一家はそれなりに有名だ。もちろん、良い意味ではなく。

 

 そして、なぜ、石神静摩も貴賓席にいる。

 

「いやぁ、運が良いとはこのことよのォ! 貴賓席に空きが出るとはのォ!」

 

 大笑いしてパンフレットをもって隣に座っている男にサルビアは辟易する。

 

「しっかし、にちょるにちょる思うとったが、こりゃぁ、そのまんまかいな。ほんに、たいぎぃのぉ」

「……なに」

「いや、お前さんににちょるのをしっちょるだけじゃ」

「そ」

 

 そうやって話していると、入り口にファッジ魔法大臣が現れる。両脇にいる豪華なローブを着た男性に大声で話しているが、騒がしすぎて言葉が伝わってないようだった。ファッジは貴賓席にいる人たちと会話をしながら男性を案内している。

 途中、ハリーに気がついたのだろうファッジは彼と挨拶を交わす。それから両脇にいる男性にハリーを紹介してるようだった。ブルガリアの魔法大臣がハリーの額を指差して騒いでいたので、ハリーが誰かというのは伝えられたようだ。

 

「なんぞ、あの坊主は有名なんか。あそこにおるの魔法大臣じゃろ。イギリスとブルガリア、それとアイルランド。おーおー、大した有名人じゃのう、で、あの坊主なにもんじゃ」

「……それ、私に言っているのかしら」

「お前以外に誰がおるんじゃ」

「ハリー・ポッターの名前くらいしらないの」

「知るわけないじゃろ。こちとら片田舎の日本から来たばかりよ。クィディッチもさほど興味ないしのォ!」

「じゃあ、なんで来たのよ」

「知るかいそんなもん。いうなれば反射神経よ。こっちに来たらなんぞ面白いことになりそうじゃと思ったら来た、それだけよ」

 

 本当、この男殴りたい。

 サルビアはそう思う。

 

「まあ、正解だったんじゃろ。お前さんに会えたしのォ。こりゃ、俺が解決せなあかんじゃろうが」

「なに? 口説いてつもり」

「うははは、お前なんぞ口説くかい。自意識過剰じゃぞ。もうちっと成長してから出直してきいィや。それともあれか? 口説いた方がよかったかのォ、いや、すまんのォ、俺はお前みたいなの好みじゃないしのォ」

「…………」

 

 良し殴ろう。もう殴ってもいいよな。

 

 とか思っていると微妙な空気が貴賓席に漂っているのに気が付いた。見ればルシウス・マルフォイがファッジと話している。

 当然、親がいれば子がいるのも当たり前で、ドラコ・マルフォイもそこにいた。ルシウスはこちらを気にしているようだが、公に話すような真似はしないようだ。

 

 その代わりに、ファッジと話、ついでにアーサーと話している。その空気は総じて悪い。あの二人、殴り合いのけんかするくらいには仲が悪いのだから。

 当然、その息子同士も仲が悪いのはいつものことで、空気は険悪の一言だ。

 

「なんぞ、空気が悪いのォ」

「あなたが気にする性質かしら」

「気にせん」

「はあ」

 

 そんなこんなしていると試合が始まる。サルビアは興味がないので、結果だけ言うと試合はアイルランドの勝利で終わった。

 点数はブルガリアが160点でアイルランドが170点。試合は終始アイルランドの優勢で、ブルガリア側のシーカーであるビクトール・クラムがスニッチを取って終わった。

 

「ルールもわからんスポーツを見ても楽しめんのう。うはははは」

 

 本当何しに来たんだこの男は。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 深海のような深き場所。ある意味でそこは礼拝堂であった。ただし、ただの礼拝堂ではない。和洋折衷というように、ありとあらゆる宗派が混じり合い、元がなんだったかすら不鮮明に混沌としている。

 かつてはカクレと呼ばれたキリシタンたちの礼拝堂であった場所。キリシタンを排斥する動きによって、カクレざるえなかった彼らによって変化させられた神々たちのなれの果てがここだった。

 

 立ち寄りがたい場所だ。神聖な場所ではあるが、それと同時に深い恨みに淀んだ場所だった。誰かと話をする場所でも祈りをささげるような場所でもない。そんなことは断じて言えない場所だった。

 そこにヴォルデモートとピーター・ペディグリューはいた。この場所を用意したのはペディグリューだ。誰にも見つからない、忘れられた地下室を改装した。

 

「さて、我が主、これからどうします?」

「時を待つのだ。まだ、その時ではない」

 

 死喰い人を集め、軍団を編成することもできる。だが、今ではない。己の復活は誰にも知られてはいないだろうが、それで魔法界を落とせるほど甘くはないだろう。

 一度失敗したからこそ、慎重にもなる。だが、慎重にし過ぎても駄目なことはわかる。ゆえに、今は暗躍の時だった。

 

「各地に味方を忍ばせよ。悟られぬように潜り込ませるのだ」

 

 既に、死喰い人たちには自らの復活が伝わっていることだろう。裏切り者には死を与える。その意図もまた伝えてある。

 ゆえに、復活がバレることはない。

 

「邪魔なものはハリー・ポッターとダンブルドアだ。幸いなことに三大魔法学校対抗試合が行われる年。それを利用しない手はあるまい」

「なるほど、流石は我が主」

 

 蝿声を吐き出すペディグリューは黒々とした笑みを浮かべる。

 

「幸いなことに、ホグワーツの教職に空きがある」

 

 闇の魔法に対する防衛術。昨年度はリーマス・ルーピンが担当していたのだが、諸事情により教職を辞していた。

 諸事情。それは彼が人狼ということが日刊預言者新聞にリークされたのだ。リークしたのはペディグリューだった。

 

 彼の記憶の中にある情報を有効利用したに過ぎない。

 

「ああ、では、僕が行きましょう。ほら、こうやればバレないだろうしー。別にバレても問題ないしー」

 

 そこにいたのはどこにでも居そうな金髪の男だった。黒々とした蝿声を吐き出す男はどこにもいない。ただの好青年だけがいた。

 この空間において、甚だ不釣り合いな男は、笑みを浮かべている。なにせ、見るからに傷だらけのハリー・ポッターがいる学校だぞ? それに、親友に似た女。実に楽しみではないか。

 

「任せよう。全てのものに安らぎを与えるためにな」

「では、主、期待してまっててねぇー」

 

 そう言って消えるペディグリュー。

 

 闇は静かに広がって行く。静かに、静かに――。

 




平和ですねぇ。ワールドカップで何の事件も起きませんでしたよ! ほら、平和!

盲打ちがゴブレットに余計な事するの確定です。具体的に言えば砂をぶっかけるとかね! その関係で参加者が増えます。誰が参加するか、お分かりですね?

そして、ムーディーの代わりに神野ペディグリューが教職になるようです。
大丈夫、天使状態だから! うん、絶対に教えてもらいたくない。

原作との変更点
シリウス・ブラックとハリーが接触していない。
ホグズミードへの許可なんてなかった。相変わらずハリーはサルビアと居残りです。
ムーディーの代わりにもっとやばいのが来る。
ヴォルデモート復活済み暗躍中。

サルビアを救ったは良いが、もうぐちゃぐちゃどろどろの描写ができないとなると悲しいなぁ。


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第33話 三大魔法学校対抗試合

 ホグワーツ特急。四年目となると慣れたもので、いつもの四人で一つのコンパートメントを占領する。ネビルたちも隣のコンパートメントにいる。

 

「凄かったよねクィディッチ・ワールドカップ」

 

 あれからどれだけ経っても興奮は冷めない。ああいうスポーツを直接見るといったことも中々なかったハリーが初めてプロの試合を見た。

 学生の試合も凄いが、プロの試合はもっとすごい。それを実感したのだ。

 

「だよな!」

「まったく男子って。ねえ、サルビア」

「まあ、良いんじゃない」

 

 ハーマイオニーは呆れ気味だが、サルビアは至って気にした様子はない。多少は機嫌がなおったのだろうか。いつもと同じように教科書を読んでいる。

 相変わらず教科書は面白いと思えないハリーからすれば本当に脱帽だ。

 

「そう言えば、今年はどんな人が防衛術の先生になるのかしら」

「ルーピン先生、良い人だったのに」

「だよなー。いきなり辞めちゃうなんて」

「仕方ないわ。彼、人狼だったのよ。まあ、いい先生であったとは思うわ」

 

 サルビアの言葉に同意する。人狼であったことを差し引いても一番いい先生だったとハリーは思っている。なにせ、今までの防衛術の先生はろくな奴らはいなかった。

 ヴォルデモートを後頭部で匿っていたハゲターバン。口だけのイケメンっぽい何か。

 これらと比べるとルーピン先生がいかにまともで素晴らしい先生であったか。今ならば、如何に彼が素晴らしかったかについて苦手なレポートでも数メートル分は書けるだろう。

 

「だよね。今年も良い人が来ると良いけど」

 

 どんな人が来るのか。それもまた楽しみになりつつあるような、不安にしかならなくなりつつある。出来れば普通の人が着てくれると嬉しいとハリーは思う。

 まあ、駄目なら駄目でサルビアに習えばいいのだ。彼女は本当にどんな魔法も知っているし、頼みこめばなんだかんだ言いながら教えてくれるのだから。

 

「なにか食べるかい」

 

 そうこうしている間に車内販売。いつものように、大量のお菓子やらを買って、みんなで食べる。

 

「ねえ、それもちょうだい」

「あれ、珍しいね。サルビアが他のも食べようとするなんて」

 

 少なくともハリーが知っている中では、最初に大鍋ケーキを少しだけ切ったあとはまったく口をつけようとはしなかった。

 それが今日は、大鍋ケーキだけじゃなくて、カボチャのパイだとか、蛙チョコレートあとかに手を付けているし、他にも食べていた。

 

「何? 私が食べると悪いの?」

「いや、そうじゃないけど」

 

 ただ珍しかった。それだけだ。

 

「うん、ごめん。はい」

「ありがと。別に気にしてないわ。ちょっとだけ食べられるようになった。それだけよ」

 

 彼女は身体が弱いようだ。それはうすうす知ってるし、体力もなかった。その彼女が少しだけ良くなったのなら嬉しいとハリーは思う。

 

「そうなんだ。じゃあ、これも食べてみる?」

 

 ロンが出すのは見慣れたバーティ・ボッツの百味ビーンズ。それもよくわからない色をした奴だ。明らかに不味そうなの確定な奴。

 

「遠慮するわ」

 

 当然サルビアが食べるわけもない。そもそもそんな地雷な感じのビーンズを食べるのは相当の馬鹿かかなりお腹が空いているやつくらいだ。

 

「いや、たぶん美味しいって」

「それなら、あなたが食べなさいよロン・ウィーズリー? そうしたら、食べてあげるわ。ほら、貸しなさい。半分でも良いから食べさせてあげるわ」

 

 あ、これは駄目だとハリーは思った。もう四年も付き合ってきた仲である。親友と言ってもいいだろう。なんども困難と戦ってきた。

 だから、わかる。これは確実に機嫌を損ねたと。

 

「え、いや、うん、うぇ、鼻くそ味だ」

「そう、で、それを私に食べさせようとしたと」

 

 コンパートメントの空気が氷点下まで下がったかのように感じた。その空気を破壊したのは、

 

「おーおー、ジャリども元気しちょったか」

「へ?」

「あれ?」

「なんで」

「…………」

 

 いつぞやの石神静摩がそこにいた。

 

「なんぞ、鳩が豆鉄砲くらったみたいに。なにをそんなに驚いちょる」

「いや、なんで、あんたがここにいるわけ」

 

 一番最初に我に返ったサルビアが聞いてくれる。

 

「俺もホグワーツに行くからよ。俺は、日本の魔法界を背負っちょる男よ。ダンブルドアに親善を申し込んでみたらちょうどよく良い感じの行事があるっちゅうからのォ。俺らにも一枚かませろっちゅうこっちゃ」

 

 この人はいったい何を言っているのだろうか。

 

 四人で顔を見合わせる。

 

「なんぞ、なんもきいちょらんか。なら、楽しみにしとれよジャリども」

「ふぅん」

 

 サルビアは何かに気が付いたのだろうか。

 

「さて、俺は行くわ」

 

 それから特になにもせずに静摩はコンパートメントを出て行った。彼はいったいなんなのか、何があるのか話し合いつつ、時間は過ぎて行った。

 久しぶりのホグワーツ。帰って来たのだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 あのよくわからない男が言っていることはおそらく――とサルビアは考えながら食事に手を付ける。ホグワーツの食事は美味しかった。

 今まで味を感じたことなどなかったが、美味いという感覚を初めて感じた。甘さ、辛さ、苦み、酸っぱさ。それらが普通に感じられる。

 

 栄養補給の最低限以外にも食べる気になった。うまいのだ。初めて感じる料理の味は、サルビアにとって極上の阿片のようであった。

 

「今日は一杯食べるんだね」

 

 うるさい、黙れ、塵屑(ハリー)。味わうのに忙しいんだこっちは。

 

「そうね」

 

 次は、何を食べてみようか。あれも食べてみたいとは思う。こんな味を感じていたのか、塵屑どもの分際でこんな味を感じていたとは許しがたい。

 そもそもハリーの声を始めて真っ当に聞いた。雑音しか聞こえなかった他者の声を普通に認識できる。鼓膜が破れていないから。聴覚が正常だから。

 

 これが健常者の感覚。願って、願って、ようやく手に入れたもの。与えられたものでなければ素直に喜べたというのに。

 それがあのダンブルドアだというのが喜べない要因だ。ふざけるなよ。上から見下してさぞいい気分だろうな。いつかそこから引きずりおろしてやる。

 

――とりあえず、そんなことよりデザートが甘くておいしいから、もう一つ寄越せ屑ども。

 

「さて諸君。よく食べよく飲み、はち切れんばかりに満腹となったことじゃろう」

 

 新入生の組み分けが終わり、夕食最後のデザートがなくなったところで教職員テーブルの中央に座るダンブルドアが立ち上がった。

 

「満腹になった君らがベッドに潜りたいという気持ちは十分に分かるが、いま少しだけ耳を傾けてもらいたい。まずは管理人のフィルチさんからのお知らせじゃ。学校内への持込禁止の品が新たに追加された。禁止品のリストはフィルチさんの事務所で閲覧可能なので、見たいと思う生徒は確認するように」

 

 その後も例年通りに禁じられた森への立ち入り禁止とホグズミード村についての諸注意が伝えられる。もとよりサルビアにとっては関係のない話だ。

 それよりも秘密の部屋を失ったのが痛い。自由になれる空間を新たに探さねばならないだろう。バジリスクとも連絡を取らねばならない。

 

 ここに来て蛇語で語りかけてきたのだ。あの爬虫類はどうやらまだ生きているようだった。あのダンブルドアの追撃を逃げ切るとはできる奴だ。

 褒美として名前でも付けてやろう。そう思う程度には生き残ったのはいいことだ。ユニコーンどもはもう用済みだが、バジリスクはこれから使える。

 

 まさか生き残っているとは思ってもいなかったが生き残っているのならば最後まで使ってやる。問題はどこで接触するかだ。

 ふと、サルビアが思考から戻ると、生徒たちがざわめいていた。ダンブルドアが発した言葉のせいだ。

 

――今学期の寮対抗クィディッチ試合の中止。

 

 サルビアとしてはもろ手を挙げて喜ぶべき事態だったが、周りが許さない。

 

 各寮のクィディッチ・メンバーが唖然としている。当然反発の声が上がりそうになる生徒を手で制したダンブルドア。

 

 クィディッチを中止にする理由を説明しようとしたとき、突如として大広間の扉が音をたてて開いた。笑顔を浮かべた金髪の男だった。

 

「はぁーい、みんなー。僕が新しい闇の魔術に対する防衛術のせんせいの、ナイア・ルシファーでぇーっす」

 

 いきなり現れた男に唖然とする。ダンブルドアが言うには本当に彼が新しい防衛術の先生だという。それなりに優秀とのことだが、あまり聞き覚えのない名前だった。

 仕方がないのだろう。闇の魔術に対する防衛術の先生は長続きしないから来たのがこの男だけだったというオチに決まっている。

 

 

「さて、新しい先生の紹介が済んだところで、先ほども言いかけていたのじゃが、これから数ヶ月に渡り我が校では心躍るイベントが開催される。この開催を発表するのはわしとしても大いに喜ばしい」

 

 そこで一息いれたダンブルドア校長は再度口を開く。

 

「今年、ホグワーツにて三大魔法学校対抗試合(トライウィザートトーナメント)を行う!」

 

 刹那、大広間が先ほど以上の騒ぎに包まれる。

 

 大魔法学校対抗試合とは、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校から代表選手が一人選出されて三つの競技を競い合う親善試合のことだ。

 今まで行われてこなかったのは、競技の最中に夥しい数の死者が出ることによって競技そのものが中止にされていたため。しかし、今年は日本から来た男の提案により日本魔法界との親善も兼ねて開催することになったという。

 

「ボーバトンとダームストラングの校長が代表選手最終候補生を連れて十月にホグワーツへと来校される。生憎と日本の方は代表選手として参加はなされないが、日本魔法界の代表としてシズマ・イシガミさんが来ておる」

「よーよー、俺よ。俺が石神静摩よ」

 

 あの男が言っていたのはこれか。

 

「その後、ハロウィーンの日に三校の代表選手が選ばれるのじゃ。そして、見事優勝した暁には優勝杯と栄誉、さらに選手個人には一千ガリオンの賞金が与えられる」

 

 誰もがその大金に胸を躍らせる。しかし――。

 

「いかに我々が予防措置を取ろうとも試合の種目は難しく危険であることから立候補できる生徒に基準を設けることにした。その基準は年齢制限であり、十七歳以上の者にしか参加資格を与えないというものじゃ。参加資格を持たぬ者が参加できぬようにわし自らが目を光らせることとなる」

 

 ダンブルドアの言う参加資格に一部の生徒が強く反発していたが話は進み、ボーバトンとダームストラングや来校した際の注意事項などを話したあと解散となる。

 大広間から出て寮へと戻る間では、あちらこちらから不満の声が上がっている。中には十一月中旬に十七歳になる人がいるらしく、どうにかして参加できないか話し合っているのもいた。

 

 サルビアはというと、さっさと寮に戻って寝ることにした。そして、全員が寝静まった頃、

 

「さて、行きましょうか」

 

 どこまで動いてよいかを確かめる為に、まずは閲覧禁止の棚へと向かった――。

 




これより炎のゴブレット編。

もちろん、盲打ちが黙っているわけがないよね。ゴブレットとか見たらあいつが何するかわかるよね!
はい、フラグです。


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第34話 必要の部屋

 闇の魔術に対する防衛術。毎年毎年様変わりする授業。今年の初授業として、グリフィンドール生は、ナイア・ルシファーの教室へとやってきていた。

 教室もその先生の趣味により様変わりするが、今回の教室はいたって普通のようであった。普通。ようは、魔法使いが使いそうな様々な道具が置いてあり、それっぽいということ。

 

 ただし、言い知れぬ感覚をサルビアは感じていた。舐めるように見られている。そんな感覚だ。特に顕著なのは、名前を呼ばれるとき。

 出席簿で生徒一人一人の名を呼ぶ際、少しだけねっとりとした何かをサルビアは感じる。正直に言って不快だ。

 

「さんたまりあ うらうらのーべす さんただーじんみちびし うらうらのーべす」

 

 無駄にいい声で、オラショを歌いながら彼は教室に入ってくる。

 

「さて、それじゃぁ、授業を始めようか。おっとォォ、その前に僕の自己紹介をしておこう。僕は、ナイア・ルシファー、女の子は可愛く親愛を込めてナイア先生♡って呼んでねぇ。男どもは先生と呼んでね。別に名前呼ばなくていいから。呼ばれたくないしぃ。で、僕はねぇ、片田舎で魔法の研究をしていたしがない魔法使いさ。ここで講師を募集していたから来たわけさ」

 

 ダンブルドアが採用するくらいならば、それなりに優秀なのだろう。

 

「でも、まぁ、君たちとしては、僕の実力が知りたいよねぇ。僕としても、君たちの実力はさぁ、知っておきたいよねぇ。とぉーいうわけでー、決闘をしまーす。なんでもあり、君たちの実力をぼぉくに見せてねぇー」

 

 いきなりの決闘。何を考えている、この教師は。

 

「それじゃァ、そこの傷有の君、ハリー・ポッター、君からやろうか。聞いてるよォ、賢者の石の事件を解決したの君なんだってねぇ。守護霊も使えるってきいてるよぉー。すごいねぇ、すごいねぇ、才能の塊だ」

「あ、ありがとうございます?」

 

 褒められているのか、それとも煽られているのか判断が付かなさそうな、塵屑(ハリー)。あれは褒めてない。煽っている。皮肉だ。

 まあいい、守る羽目になった塵屑が負ける姿を拝めて、塵の実力を見れるのならば喜んで死んで来い塵屑。

 

「さあ、立って、壇上に上がると良い。僕は、手加減をしてあげよう。さあ、杖を抜くと良い。僕は、杖を抜くところから始めるからさぁ。僕の杖を飛ばしたら勝ちで良いよ。何をしてもかまわないからねぇ」

 

 明らかに不利な条件。杖を最初から抜いておけば、あとは振って呪文を唱えるだけ。武装解除の呪文で終わりだ。

 

「それじゃぁ、始めようか」

「エクス――」

 

 だから、教本通り、塵屑は武装解除を選択した。もっとも効果的な呪文だ。それさえ当ててしまえば杖は弾き跳び、魔法使いは無防備になる。

 対する塵は、

 

「なっ――」

 

 あろうことか杖を抜かずにハリーへと踏み込んでいた。喜色満面の笑顔で、ハリーへとその大柄な体躯を使って即座に踏み込む。

 魔法戦で接近してくるなどありえないことだった。そのためハリーは混乱する。それでも何とか呪文を放とうとするが一瞬だけ躊躇った。

 

 そりゃそうだ。魔法使いの決闘をすると言った相手が杖も抜かずに突っ込んでくるのだ。意味が解らない。これでは、ダドリーの喧嘩とかプロレスじゃないか。

 それでもなんとか呪文を放とうとする。その時には既にナイアは目の前だ。右腕で杖腕が弾かれる。たったそれだけで武装解除の呪文は明後日の方向へ飛んで行ってしまった。

 

 そして、ハリーは床に倒された。

 

「はーい、僕の勝ちー」

「え?」

 

 目を白黒させるハリー。

 

「…………」

 

 サルビアは、呆れた顔で見ていた。魔法使いの決闘でなんで格闘戦をしているのだとか、色々言いたいことはあるが、それにまったく対応できてないハリーに呆れていた。

 相手の実力を視るどころか、見せることすらできないとは、流石は塵屑だ。

 

「せ、先生! それは卑怯じゃ」

 

 ハーマイオニーがそう言うが、

 

「うーん、僕は最初に言ったよ、なんでもありだってねぇ。それに決闘と僕は言った。魔法使いの決闘とは一言も

言っていないし、魔法を使うとも言ってないんだよねぇ」

「それは、そうですけど。闇の魔術に対する防衛術の授業ですよね」

 

 それなりに役に立つ塵(ハーマイオニー)がそう言うが、こいつはなにもわかっていない。

 

「良し、じゃあ、そこの一人わかってそうな、君、説明してやって」

 

――そこでなぜ私を指名する。まあいいだろう。塵共にもわかるように教えてやろう。

 

「これも闇の魔術に対する防衛術よ。何も反対呪文を唱えたり魔法を使うことだけが、対抗する術の全てではないってこと」

 

 これでもわからないらしい、首をかしげる塵らが何人か。

 

「はぁ、じゃあ、もっと簡単に言ってあげるわ。近づいて殴った方が魔法を使うより早いし、確実でしょ。それにこれなら杖を失った後にでもやったら奇襲になるしね」

 

 まあ、極端な話だが。そういう対抗措置もあるということを教えたいのだろう。超好意的に解釈すれば。魔法使いという生き物は格闘戦に総じて弱い。

 魔法という便利なものがあるからそれに頼る。魔法の軌道を読み切りそれを躱して接近して殴り飛ばす。それが出来れば魔法を使わずに魔法使いを倒せるということだ。

 

 その有用性はとっくの昔にサルビア自身が証明している。歴戦の闇払いたちに対して格闘戦をやり、勝利した。それが何よりも有用だと物語っている。

 なにせ、杖を吹き飛ばされてから相手が油断したところへの奇襲だ。巧くいかない要素の方が少ない。

 

「そういうことそういうこと。君たちは杖を失ったら終わりと思っているだろうけれど、こういう選択肢もあるということを知っておいて欲しかったのさ。さあて、大丈夫かい、ハリー。ごめんねぇ、投げちゃって」

「だ、大丈夫です」

「そうかい、じゃあ、座って授業をしよう」

 

 ハリーが席に座ると、彼は授業を始める。酷くまともな内容だった。つまるところ闇の魔法とは何か。

 

「僕が教えるのは、反対呪文とかそういのだけどさぁ、闇の魔法というのがどのようなものなのか。君たちは本当に知っているのかなぁ? たぶん知らないよねぇ、知識だけの闇の魔法なんて知っているうちに入らないよ。だからさぁ、君たちにはこれから闇の魔法を使ってもらうよ」

 

 そして、あろうことかこの男はそんなことを言い出した。

 

「闇の魔法において尤も忌み嫌われている呪文とは何か。それを知っている子はいるぅ?」

 

 おずおずと自信がないのか、怖がっているのか手をあげる生徒たち。ナイアは、女子ばかり当てて言って答えさせる。

 服従の呪文、磔の呪文。

 

「最後の一つ、わかるひと。いや、そうだねぇ、君に答えてもらおうかな、サルビアちゃぁん」

「…………死の呪文」

「そうだよ、正解。死の呪文。さあ、てここに、大きな大きな蟲がいまぁあっす。これから君たち全員にこの三つの呪文を使ってもらうよぉ」

 

 グリフィンドールの全員がざわめく。そりゃそうだ。授業で禁じられた呪文を使う事になるとはだれも予想していない。

 

「しゃらっぷ! さあ、静かに。だってさぁ、知識で知っているより、君たち使って理解した方がはやいでしょぉ? あ、それとも先に体験が良い? 良し、じゃあ一人ずつ磔と服従をかけよう、そうしよう」

「せ、先生!?」

 

 というわけで、と言うが早い。彼は古びた杖を取り出して、問答無用で呪文をかけていく。服従の呪文をかけて動けなくしてから磔のコンボ。

 サルビアは抗ってやったし、磔も受けて平然としていた。身体中を蟲が食い破るかのような苦しみ。この程度ならばまったくもって問題なかった。何人か服従には抗ったが、磔を食らって息も絶え絶え。叫ぶ暇すらない。

 

 特にネビルなんて気絶して起きないほどだ。

 

「はい、軽くかけたからもぉう、大丈夫。さあ、じゅぎょうさいかーい、いくよー。さあ、みんなでレッツチャレンジ!」

 

 というわけで実技スタート。誰も動けない。そりゃ動かないだろう。動けないのだ。

 

「ね、ねえ、どうしたらいいのかしら」

 

 ハーマイオニーがそうサルビアに聞く。

 

「やらないで良いんじゃない」

 

 教師が使えと言った、ならば使っていいということだが、おそらくこの教師、ダンブルドアにもその辺の許可を取っていない気がする。

 

「考えてもみなさいよ。あのダンブルドアが許可するとでも」

「使わないと終わらないよー。ちなみにダンブルドアにかける許可はもらったけど、使わせる許可はないんだよねー」

「ほらね」

 

 結局、時間になるまで誰一人として呪文を使った奴はいなかった。そして、それが正解だった。曰く、闇の魔法の誘惑に勝てるかどうかとかいう感じの授業だったらしいのだ。

 それを聞いた、グリフィンドール生はとても疲れた顔をしていた。

 

「はいはい、みんなにチョコレートをあげよう。食べると楽になるよ」

 

 サルビアは受け取ったチョコを食べなかった。あの男からのもらったものなど食わないに限る。嫌な予感がしたのだ。だから、ネビルにくれてやった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「なんだよ、あの授業! 生徒に禁じられた呪文をかけたりして、ありえないって!」

 

 談話室に戻るとロンがそう言う。ハリーも積極的に同意したかった。気持ちが悪かったのだ、あの呪文は相当に。闇が心を包み込むというか、とにかく気持ちが悪い。

 平然としているサルビアは、本当凄いというかなんというか。

 

「そう思えるのなら、あなたは正常ってことよ。少なくとも闇の魔法使いになろうとは思わないでしょ」

「当然だね」

 

 ロンがサルビアの言葉に激しく同意する。そういう目的もあるのかなとハリーはぼんやりと思った。

 

「そこまであの先生が考えているとは思えないんだけど」

 

 ハーマイオニーがそういう。確かにそうだ。あの先生がそんなことまで考えているとは思えない。ただ、色々と規格外なのはわかった。

 今後も闇の魔法を教えられる。それからそれに対する対抗呪文も教えてくれるので、まともな先生ではあるのだが、まともと言いたくない。

 

「ほんとだよ、なんで、あんなのダンブルドアは採用したんだ?」

 

 他にまともなのいただろと続けるロン。

 

「仕方ないわよ」

「そうだね、ハーマイオニー」

 

 なにせ、一年以上続けられた先生がいないのだから、呪われているとか思われてしまうのも当然だ。

 

「……ねえ、文句ばかり言うのなら、私のいないところでしてくれるかしら。不愉快よ」

「あ、ごめんサルビア。じゃあさ、三校対試合の話は?」

「酷い話だよな。17歳以上じゃなきゃ参加しちゃだめだって。一千ガリオンだぜ、それだけあったら――」

 

 一千ガリオンが手に入った時のことを妄想するロン。確かに良いとは思うけれど、ハリーからしたらあまり魅力的とは言えない。

 確かに、それだけのお金があれば新型の箒を買えるとか考えたりはするけれど現実的じゃない。きっとサルビアだって参加したいとは言わないはずだ。

 

「ぐだぐだ言っている暇があるのなら、課題でもやったら? 時間の無駄よ」

 

――ほらね。

 

「少しくらい教えてくれても?」

「そういうのは自分で考えてから言いなさい」

 

 ロンは課題の答えを聞こうとしてサルビアに断られている。ハーマイオニーは最初から教える気がない。

 

「誰が選ばれるんだろう」

 

 ハリーは話を戻す。課題をやるよりそうやって話している方が良いからだ。

 

「誰だろうな!」

 

 これ幸いとばかりに乗ってくるロン。

 

「誰がなっても応援するだけよ。だから、課題をやりましょ」

 

 ハーマイオニーはそういうけれど、初日から頑張らなくてもいいんじゃないかと思う。そんなことよりもっと大切なことがあると思うのだ。

 クィディッチとか。そういっても、今年はクィディッチがない。楽しみがなくなって悲しいとても悲しい限りだ。

 

 そう言っても、ハーマイオニーやサルビアはとりあってくれず課題をやるまで談話室から出してもらえなかった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 深夜、サルビアは一人ホグワーツを徘徊していた。監視は見られない。信用されているのか。だとしたら、ダンブルドは底抜けの馬鹿ということになる。賢い馬鹿ほど手におえないものはない。

 このあるいは、この城内ならばどうにでもなると思っているのか。少なくとも今のサルビアでは、ダンブルドアに勝てない。

 

 業腹だが、手順を踏めばいいのだ。勝てないのならば勝てるようになるまで。幸いなことに、あのお人好しの善人は、病魔を完治させてくれた。実に役に立つ屑だ。

 ダンブルドアさえ殺してしまえば、この身は真に完治と言える。まだ手はある。

 

「手駒が、バジリスクが生き残っていた」

 

 ゆえに、まずやるべきことはバジリスクとの接触だ。そのために必要な場所。誰にも見つからない場所が必要だ。

 

「ん?」

 

 そう思っていると部屋があった。サルビアの記憶にはこんなところに部屋などないはずだ。ホグワーツ城8階、バカのバーナバスがトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側。

 ここには部屋などないはずだった。また魔法の何かだ。サルビアは入る。そこは穴の開いた部屋だった。穴はパイプのようでもある。

 

「もしかすると――来い、バジリスク」

 

 呼びかける。すると穴の中からバジリスクの巨体が現れた。

 

「まさか、バジリスク専用の部屋というわけはないわね。なら、ここは、そういう部屋ということかしら」

 

 必要なものが存在する部屋。ホグワーツでも珍しい部屋だと言えるだろう。その手の書物にも載っていないということは特別な方法でしか入れないということ。

 知られていなければ誰にも見つけられないのだから。

 

「こんな好都合な部屋があるとはね。ん?」

 

 ふと、他には何があるのかと部屋の中を物色していると、髪飾りを見つけた。計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なりと刻まれた黒ずんだティアラだ。

 

「これは……この装飾からして、レイブンクロー?」

 

 おそらくはゆかりのある代物に違いない。

 

「それがなぜ、こんなところに」

 

 まあいいか。

 

「砕け」

 

 別にいらないので、バジリスクに壊させることにした。投げ渡したら、良い感じに牙が突き刺さり砕け散った。

 

「ああ、そうだ。今まで生きていた褒美だ。名前をくれてやる……そうだな。お前は、セージだ」

 

 何やら名前をくれてやったら狂乱して喜んだ。うるさい。引っ付いて来るな。生臭い。

 

「たまに様子を見に来る。誰にも見つからず潜伏していろ。時が来たら呼び出す」

 

 そう言って部屋をあとにした。

 




髪飾りがしれっと破壊されるの巻。物色してたらなんか出てきた。別にいらないのと汚いのでバジリスクに壊させました以上。

さて、次回はボーバトンとかが来て炎のゴブレットかな。


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第35話 来校

 10月30日。ハロウィーンの前日である今日の夕方にはボーバトンとダームストラングの二校が来校することになっている。

 それに伴って生徒は城の前に立ちわざわざ二校を出迎えをしなければならない。欠片の興味もないサルビアとしては城の中でゆっくりしておきたいところなのだが、ハリーたちが行くと言った以上残るわけにもいかない。

 

 ダンブルドアを殺すための駒としてハリーたちを利用するのは確定事項。あの贔屓爺には効果的だハリー・ポッターとかいう駒は。

 だからこそ、仲良くしておく必要がある。未だ、ハリーたちはダンブルドアとサルビアの関係を知らない。この関係を知った時、少しでもこちらに味方させて盾にするためにも好感度は今まで通り稼がなければならないという面倒くさいことこの上ない状況なわけだ。

 

 泣き落としでもしてやれば、あいつらはサルビアを裏切れない。善人というのは、得てして操りやすいものなのだ。その善性こそが、奴らの弱点なのだから。

 善人の中でも狡猾な者には注意が必要だ。ダブルドアがその典型。あの男、善人ではあるが目的の為ならば一を斬り捨てることができる。

 

 そうでなければ、サルビアは今頃アズカバンか、死んでいる。

 

「まあいいわ。せいぜい利用されてあげましょう」

 

 その代わり、必ず報いを受けさせてやる。

 

 そんなことを思いながら大広間に行くと、勉強ができるだけの屑(ハーマイオニー)塵屑(ハリー)まるで役に立た無い塵(ロン)(ネビル)やロンの兄である双子(名前も覚えてい無い塵屑)に小さなバッジを見せながら熱く語っているところに遭遇した。

 

「あ、サルビア! ちょうどいいところに来たわね!」

 

 猛烈に嫌な予感がしたので素知らぬふりをして寮に戻ろうとしたが、塵屑(ハーマイオニー)は目ざとくサルビアを見つけた。そのめざとさをもう1年前に発揮していれば利用してやったものを。

 

 と思いながらしぶしぶ、そこへ行く。ハリーたちは助かったというような顔。どうやらまた面倒ごとらしい。

 

「なに?」

「サルビアにも是非入会してほしいのよ」

 

 そう言ってバッジを突きつけてくるハーマイオニー。バッジにはS・P・E・Wと書かれている。サルビアの灰色の脳髄をもってしても何のことだか分からない。

 というかこれは明らかに造語というか頭文字だ。これだけの情報で何かを察せというのが無理だろう。そもそも、かけらも興味のない塵屑どもの集まりだ。察するつもりもない。

 

 ただし、厄介ごとの種だということは否応でもわかる。

 

「あなたは、まともだと思っていたのだけれど、類は友を呼ぶということなのかしら」

「失礼ね、ちゃんとした活動よ。S・P・E・W、屋敷しもべ妖精福祉振興協会。サルビアは知っているかしら、魔法使いの家やホグワーツで働いている多くの屋敷しもべ妖精たちはお給料も年金も休暇も福利厚生も何も与えられないで奴隷のように強制労働されているのよ。S・P・E・Wはそんな不遇で不当な扱いを受けている屋敷しもべ妖精たちにちゃんとした労働基準に条件と与えられるべき正当な報酬を保証するの。将来的には法律を改正して彼らにも一定の権利と主張が与えられるようにするのが目標よ!」

 

 ああ、こいつは頭の良い馬鹿なのだとサルビアは理解した。やはり塵屑であることに変わりはないらしい。そして、そんな活動に巻き込ま無いでほしい。

 そんな益のないことをやってなにが楽しいのだ。自慰なら一人で勝手にやってろ。他人ーー私を巻き込むな塵。と、そう言えればなんと楽か。言えるわけがない。仮にも彼らの親友で通っているのだから。これだから塵どもの相手は疲れるのだ。

 

 そもそも、

 

「……そんな活動をしている組織なんて聞いたこともないけれど?」

「当然よ! 私が最近設立したんだから。メンバーは今のところ数人しかいないけれど、これからどんどん増やしていくわ。ちなみにハリーが書記担当でロンが財務担当となっているわ。あなたが入ってくれれば百人力だと思うの」

 

 ああ、本当この馬鹿な塵屑どもは手に負えない。屋敷しもべ妖精の権利の保証? 労働には正当な対価を? それは良いことなんだろうさ、お前の中ではな。

 勝手にやってろ、こっち巻き込むなよ塵屑。そんなことのために貴重な時間を割かれてたまるものかよ。

 

 下手なことをすれば死病への回帰が約束されてなければ、ここで殺しているところだ。全くもって度し難い。ゆえに、ここは正論で打倒してやることにする。

 

「悪いけど、断るわ」

 

 そう言うと、ハーマイオニーは心底信じられないというような顔をしている。ハリーたちの顔を窺ってみたが、ハーマイオニー以外の人は当然のような顔をしていた。ネビルだけはオロオロとしているが内心では同感だろう。

 そもそもこんな無意味な活動に参加したがる奴はいないだろう。こんな、無意味で無駄で、お節介でしかない善意の押し付けなど自慰以外のなにものでもない。

 

 いや、自慰の方がまだマシだろう。一人で完結する分誰にも迷惑がかからないのだから。そもそもだ、どうせこの塵も虐げられているかわいそうな屋敷しもべ妖精を見下して、そんな彼らを助ける自分は素晴らしいとか悦に入っているに決まっているのだ。

 無償の善意? そんなもの他者が相手を見下して悦にいることへの言い訳でしかないだろう。不愉快極まりない。まさにハーマイオニーの目はサルビアを見下していたダンブルドアと同じ目だ。

 

 不愉快極まりない。

 

 そんなサルビアの感情に気がつかずただただハーマイオニーは自らの主張を述べる。

 

「ど、どうして!? 屋敷しもべ妖精はあたりまえのように奴隷として強制労働されているのよ?! 何にも思わないの!?」

「思わないわ。屋敷しもべ妖精という種族はね、主人に忠実で無休無償で奉仕することが名誉であり、自由になることや労働代償を求めることは不名誉と思う本能を持っているの。私たちとは根本から違う生き物なのよ」

 

 塵の主張は鳥に飛ぶな、魚に泳ぐなと言っているのと同じことだ。なぜそれがわからないのだ、この塵は。所詮、塵は塵でしかないということか。

 こんな塵と仲良しごっこをしなければならないのが腹立たしい。それもこれもダンブルドアの糞のせいだ。あれがいなければ今頃は、こんな場所からさっさと去っていたというのに。

 

「おかしいわ。私達は労働すればそれに見合った報酬を受け取るのが当然でしょ? 違う?」

「違わないわね。私たちにとっては」

「同じことよ。私たちと同じように彼らも働いているのなら正当な報酬が払われるべきじゃないかしら。彼らは誰よりも働いているのよ!」

 

 そうなのだろうな、お前の中ではな。痴れるのならば自分だけにしろ。自分だけの世界で悪趣味なフルートを奏でて、下劣な太鼓でリズムを刻んでいるが良い。

 盲目白痴に痴れるのは勝手だが、それにこちらを巻き込むな。

 

 もしダンブルドアの枷がなければ今頃ここで磔の呪文をかけているところだ。

 

「それはあなたの理論よ。屋敷しもべ妖精にはなんら関係がないわ。あなたにはこう言う方が良いかしら。あなたは勉強のしすぎだから、あなたの受けられる授業を減らしますって言われたら? 嫌でしょう。反論なんて聞かないわ、嫌か、嫌じゃないかで答えなさい」

「……いやよ。そんなの私の勝手でしょっていうわ」

「あなたがやろうとしていることはね、あなたにそういうのをやるのと同じことなのよ」

「でも」

「でもじゃないわ、同じことなのよ。あなたは屋敷しもべ妖精がかわいそうだからと見下して、だから助けなきゃって言って悦にいっているだけよ。見下してるんじゃないわよ。あんたに私たち(じゃくしゃ)のなにがわかるっていうのかしら。大丈夫? 手を貸そうか? は、見下して見下して悦に言っているだけだろうが、そんなの自慰だろ。お前らの自慰に私を付き合わせるなよ」

 

 有無を言わせず言い切る。こう言ってやれば、他人を慈しんでいますとか言っている奴らはなにも言えなくなる。

 不愉快なのは、弱者を演じなければいけないところだが、まあ良いだろう、見下している塵を誰になにも言われずに潰せるということで我慢しておいてやる。

 

「そ、そういうつもりじゃ」

「そういうつもりじゃなくても、言われる側にはそう感じられるのよ」

 

 病弱なのはみんな知っている。そういうことを言われるとなにも言えなくなる。それは何よりも確かな真だからだ。彼女が背負ってきたものをハリーたちはなにも知らない。

 だから、善意だと思ってやってきたことが、彼女がどう感じるのか、同じ境遇の誰かがどう感じるのかを考えたことはなかったのだ。善意が悪意に変わることを知らなかった。

 

「だから、私をそんな活動に誘わないで。あなたが個人で勝手にやる分にはなにも言わないわ。あなた個人でやる分には応援してあげるから。失敗することもまた学習よ」

「サルビア……」

「はあ、言いすぎたわ」

「ううん、ごめん、私全然わかってなかったわ。とりあえず一人でやってみる。ハリーも、ロンもごめんなさい」

「い、いいよ。うん、何かあれば僕もハリーも手伝うしさ」

「そうだよ」

「そうそう、よく言うだろなにもしないよりぶつかって砕けろってね」

「それダメじゃね?」

 

 フレッドとジョージがそう言って笑いが出る。場が和む。とりあえず、この件はハーマイオニーが一人でやってみることになった。そのうち現実を見て諦めるだろう。

 サルビアはそれには加わらず憂鬱なお出迎えの時間を待つのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「こんばんは、紳士淑女の諸君。そしてホグワーツへようこそ、客人の皆さん」

 

 夕方、ボーバトンとダームストラングの二校がホグワーツへと到着した。

 

 ボーバトンは、大きな館ほどもある馬車を天馬に引かれながら空を飛んで来校してみせた。生徒は水色の薄い絹のようなローブを着ており、ボーバトンがある地域と気候が違うためか非常に寒そうにしている。寒さを紛らわせる魔法を使っていない時点で程度が知れる。

 校長であるでかすぎる塵屑(オリンベ・マクシーム)は女だが、巨人の血でも引いているのかホグワーツで最も大きなでかいだけの塵屑(ハグリッド)と同等かそれ以上の体格をしており非常に邪魔だった。

 

 ダームストラングは巨大な船で湖から現れた。ボーバトンとは逆に分厚そうな毛皮のマントを纏い、寒さを感じていないかのようにその屈強な身体を誇示していた。むさ苦しい。目に入るな目が汚れる。

 校長は、かつてヴォルデモートの部下でもあったらしいイゴール・カルカロフ。細い体格をした男性で先の縮れた山羊髭をしている姿はまったくもってまともそうで拍子抜けだ。

 

 今は、彼らのために歓迎会を開くため大広間に入っている。ボーバトンはレイブンクロー、ダームストロングはスリザリンの席に座っている。

 

「ボーバトン、そしてダームストラングの皆さんの来校を心より歓迎しましょうぞ。本校での滞在が皆さんにとって有意義かつ快適で楽しいものになることを、わしは希望しておる」

 

 ダンブルドアの言葉に何人かのボーバトンの女生徒が声を押し殺しながら笑う声が聞こえる。こちらも笑いたいくらいなのだが、羨ましい限りだ。

 無論、その笑いを聞いた塵どもは、険悪な視線をボーバトンの女子生徒に向けている。そのほかは、単に綺麗な女子に向ける不快な視線だ。

 

 挨拶が終わると同時に大量の料理がテーブルの上に現れる。来校した二校のことも考えられており、それぞれの学校がある国の料理が振舞われていた。

 そのおかげでイギリスの料理がまずいことがはっきりとわかった。今までは味を感じなかったので良かったが、まともになってみて一番の弊害がこれだ。

 

 今回は特にひどい。うまいもの、まずいものを食って初めてわかる自国の料理のひどさ。朝食はまだましだが、それ以外がひどいとは知識では知っていったが実感するとなおひどいことがよくわかる。

 よくもまあ、こんなものを毎日食べられるものだと塵屑どもに呆れた。

 

 そんなテーブルの上から料理がなくなったところでダンブルドアが立ち上がり、対抗試合について話し出す。

 三大魔法学校対抗試合の開催に尽力したという人物たちの紹介から入った。一人はルード・バグマン。もう一人は魔法省の国際魔法協力部部長のバーテミウス・クラウチ。日本の魔法界から交流にやってきた石神静摩。

 

 この三人と各学校の校長六人で審査委員会に加わるとのこと。ほかのやつらが魔法使いっぽい姿をしているなか黒スーツのマグルのような石神静摩はひどく浮いていたが、何が楽しいのかずっと笑みを浮かべていた。

 そして、試合について話し終えたあと、大きな荒削りの木のゴブレットがもってこられる。青い炎が灯ったそれを炎のゴブレットとダンブルドアはいった。これで代表選手を決めるのだと。




盲打ちの被害を食らう哀れなやつは今まで役に立ってない塵屑です。


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第36話 炎のゴブレット

 大きな荒削りの木のゴブレットであり、衆目に晒されると同時に青白い炎が燃え盛った。

 このゴブレットに羊皮紙で名前と所属校名を記入して入れることで代表選手に立候補できる。期限は一日。

 

 翌日のこの時間にゴブレットが各校より一人だけ代表選手を選び出す。

 無論、十七歳未満の生徒が参加できないようにダンブルドアが直々に年齢線を張る。十七歳未満は、何人たりともこの線を越えることは許されない。

 

 それでも諦めきれない人たちは何とか年齢線を越えられないかと様々な策を練っている。誰も彼もが一千ガリオンの栄光を手にしたいと諦めきれずに挑戦して失敗してはまた挑戦している。

 見るまでもなく、その全てが徒労に終わるだろうとサルビアが呆れ果ていた。

 

 ハリーもそう思う。ダンブルドア校長の偉大さは誰よりも知っている。ゆえに、その呪文が正確無比であることも先刻承知。

 ゆえに、無駄な努力であるとハリーですら断じることができるだろう。

 

 サルビアがいなければロンと二人してどうにかできないかと話していたかもしれないが、サルビアと過ごしたことですっかりとそんな考えはなくなっている。

 それでもハリーは、朝早くから多くの生徒たちに交じって朝から炎のゴブレットが置かれている玄関ホールへと集まっていた。

 

 殆どの生徒と同じ野次馬であったが、時折ゴブレットへ羊皮紙を入れる生徒を見に来たのだ。ボーバトン、ダームストロングの全生徒。

 ホグワーツからはセドリック・ディゴリーなどがいれていた。彼は優秀らしい。サルビアに聞いた話でしかないが、一応ハリーも本人にはクィディッチ・ワールドカップの時に会っている。

 

 好青年であるし、彼が選ばれたならきっと優勝できるかもしれない。その時、

 

「見てろよ、今度こそ!」

 

 フレッドとジョージが何等かの魔法薬をつかって年齢線を越えようとしていた。薬を飲んで年齢線を越えたのだ。

 一瞬だけ、静けさが訪れる。誰もが成功したのかと思った。

 

 しかし、

 

「無理ね」

 

 サルビアだけが冷静にそう告げる。

 成功したかに見えたが、ゴブレットに髪を入れた途端、二人が吹っ飛ばされた。失敗したのだ。

 

「やっぱり無理か」

「仕方ないよ、ダブルドア先生の年齢線だしね」

 

 ロンと共にそれを見ながら、二人で納得して頷く。

 それから隣に座るサルビアの方を見る。彼女を誘ってここへ来たが、彼女は代表選手に興味などないようでいつもの通り本を読んでいる。

 

「ねえ、君でもやっぱり無理かな?」

 

 ふと、そんなことを思った。

 ダンブルドア校長の年齢線は強固だ。でも、どうしてか彼女ならばどうにかできるのではないかと思うのだ。誰よりも強く魔法を使える彼女ならばあるいはと。

 

 そうサルビアは誰よりも魔法が巧く使えるし、凄い魔法を一杯知っている。きっと試合に出られればいい成績を修められると思う。

 そう問いかけるとサルビアは本を閉じてこちらを向く。綺麗な翡翠の瞳がハリーを射ぬく。

 

 ごくりと思わず喉を鳴らす。その瞳の奥底に何かを垣間見た気がした。

 

「今は、無理ね」

「今は?」

 

 予想していた答えとは少しだけ違ったので思わず聞き返してしまった。

 

「気にしないでちょうだい。こっちの話だから」

 

 けれど、サルビアは答えてくれなかった。

 どういうことなのだろうか。

 

「やあ、少し良いかね」

 

 話していると、ダームストロングの校長がハリーたちの前にいた。

 

「え、えっと」

「リラータ君だったかね。少し話があるので来てくれないか」

「知り合いなの?」

「いいえ。でも、父の知り合いなのかしらね」

「お父さん?」

 

 そう言えばサルビアの両親の話はあまり聞かない。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

「あ、ああ、うん」

 

 ダームストロングの校長と一緒にどこかへ行くサルビアをハリーは見送る。

 

「なんだったんだう?」

「さあ」

 

 ロンと二人で考えてもよくわからなかった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 サルビアはカルカロフと歩いていた。向かったのは誰もいない教室。カルカロフが防音の魔法をかける。何か内緒話がしたいのだろう。

 

「で? 何か用ですか」

「演技などせずとも良い。私は、君の父君を知っている。あれの娘がそんな殊勝ではあるまい」

 

 なるほど、やはりか。

 

「こちらこそ、お前を知っているぞ。イゴール・カルカロフ。元死喰い人の裏切り者だ」

「リラータほどではないさ」

 

 かつてのリラータ。その暴虐を闇の魔法使いで知らない者はない。それはある種の羨望だ。あのような悪逆非道を行えた魔法使いは、ヴォルデモートを除けばリラータの一族だけだ。

 それもどの一族も同じことをしている。人々を恐怖に陥れ、闇の魔法の深淵を探求する。

 

 その力は自陣にあれば何よりも有効であることを闇の魔法使いは知っている。だから、カルカロフのこれは勧誘なのだ。

 リラータの力を手に入れる。そうすればあの悪魔の魔法使い。闇の魔法使いの頂点たる男に怯えなくとも済むとカルカロフは思考する。

 

 恐ろしくて仕方がない。自分は裏切り者。それは自明の理。友を裏切り仲間を裏切り今の地位にある。

 それを盤石にするならば、リラータは手に入れておきたい。

 

「で、何の用だ。あの塵屑を知っているのなら、用件を言え」

 

 何が言いたいのかはわかる。このような男の思考など手に取るようにわかるのだ。

 目が物語っている。力が欲しいと近づいてきたハイエナだこの男は。光に寄ってくる塵虫と変わらない。

 

 利用価値はあるだろうが、誰が貴様なぞに利用されてたまるものか。

 

 ――利用するのはこの私だ。お前ではない。

 

 そうこの世の全ては塵屑でしかない。ただそれでも使ってやればそれなりに輝く。ゆえに、利用するのは頂点たるこのサルビア・リラータなのだ。

 他の誰でもない。闇の帝王でも、ダンブルドアでも。ましてや、この男では断じてない。

 

「なに、少し話をしてみようと思ったのだ。あのリラータの娘が、この学校にいると聞いてね」

 

 胡乱な言い回し。つくづく気に入らない。時間は貴重なのだ。病魔に犯され、死に瀕していたからこそわかる。時間こそが何よりも尊いものだ。

 時間さえあれば、ダンブルドアもヴォルデモートも倒すことなどわけはない。サルビア・リラータに不可能などないのだから。

 

「帰る。貴様と話すことは何もない」

 

 ゆえに、話すことなどなにもない。この男は必要ない。

 

「わかった。ところで、ダームストラングに来る気はないかね。そこでならば君に資質を伸ばせるだろう」

 

 しかし、サルビアにとってその提案は魅力的ではある。闇の魔法に傾倒できる場というのは非常に魅力的だ。

 だが、セージがここにいる以上、離れるわけにもいかんだろう。また、ダンブルドアを殺すならば、その掌の上からの方がやりやすいのもある。

 

 従っているふりをして、その後ろから刺す。それがもっとも確実な方法だ。どこか遠くに行くなど無駄に警戒されるのだ。

 今も警戒されているが、掌の中におさまっていると誤解させておいた方がそれを踏みにじった時が楽しみになる。

 

「遠慮しておこう」

「そうか、残念だ」

 

 自陣に加えられなくて残念という意味だろう。つくづく気にくわない男だった。

 戻り再び意味もない観察。代表選手選考の為のゴブレットの見学より、寮で大人しくダンブルドアを倒す算段を付ける方が有意義であるというのにまったく面倒な事だった。

 

 それもようやく帰るという段になって、一人ゴブレットの部屋に入って行く石神静摩をサルビアは見た――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そして、一日が過ぎ代表選手の発表になった。

 

「ゴブレットは、誰が試練に挑むべきかほぼ決定したようじゃのう。代表選手に選ばれた者は、前まで来た後に隣の部屋へと向かいなさい。そこで最初の指示が与えられることじゃろう」

 

 ダンブルドアが杖を振り大広間の明かりは僅かばかり残して消し去る。暗闇の中で尤も光を放つのはゴブレットのみ。

 青白い炎が燃え盛り幻想的であった。

 

 そして、次の瞬間、ゴブレットはこれまで以上に燃え盛り、青白い炎は真っ赤な炎へと転じる。そして、一枚の焦げた羊皮紙を吐き出す。

 

 羊皮紙はひらりと宙を舞い、ダンブルドアの手に収まる。

 

「ダームストラングの代表選手は――ビクトール・クラム!」

 

 その名が出た瞬間、大広間は拍手と歓声に包まれた。特に各寮のクィディッチ選手やイゴール・カルカロフの声など拡声器を使っているのではと思うほどの音量であった。

 それもそうだろう。ビクトール・クラムだ。クィディッチにおけるヒーロー。あの様子では、ダームストロングでも優秀であるようだ。誰もが彼の健闘をたたえての拍手を惜しまない。

 

 一度、その拍手に応えてからビクトール・クラムが隣の部屋へと消えていく。

 再びゴブレットが赤く燃え盛る。

 

 先ほどの熱気なんてなかったかのように大広間が静まり返り次の選手の名前を今か今かと待つ。

 燃え盛る炎から再び先程と同じように羊皮紙が吐き出されて、ダンブルドアの手に渡る。それを彼が見て読み上げる。

 

「ボーバトンの代表選手は――フラー・デラクール!」

 

 再び大広間は拍手と歓声に包まれる。

 フラー・デラクールは席から立ち上がると、その長い髪を流しながら歩いていく。

 選ばれなかった他のボーバトン生の反応は様々で、フラーに拍手を送っている者もいれば顔を伏せて泣いている者もいる。

 

 ただその他大勢は拍手だ。特に男子生徒は彼女の容姿を見て拍手している者も多い。美しいことはそれだけで得だということか。

 それに応えて一度だけくるりとパフォーマンスをしてみせるフラー・デラクール。より一層拍手と歓声が大きくなった。

 

「最後じゃ」

 

 フラー・デラクールが隣部屋へいなくなると、ダンブルドアはゴブレットに手を翳しながらそう言い放つ。同時にゴブレットが燃え盛り、最後の、ホグワーツ代表の名が記されているであろう羊皮紙を吐き出した。

 

「ホグワーツの代表選手は――セドリック・ディゴリー!」

 

 ダンブルドアが言い終える前に、すでにハッフルパフのテーブルから今までに負けないほどの拍手と歓声が響き渡る。自分たちの寮から代表選手が出たのだ。当然だろう。

 特に彼は優秀だ。もし彼が優勝したらとても名誉なことである。きっと、同じ寮であるということだけで誰かに自慢したくなるほどになるだろう。

 

 同じ寮の紋章をつけるだけで自分たちもまた彼のようになりたい、そうありたいと思うほどに。

 名前を呼ばれたセドリック・ディゴリーはハッフルパフ生に笑いかけながら進んでいく。選ばれたからには必ず勝つ。気負いではなく、覚悟の笑みを浮かべて隣部屋へと入っていった。

 

「結構、結構! さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれなかった者も含め、全員が代表選手にあらん限りの応援をしてくれることを信じておる。代表選手へ真摯な声援を送ることで、君らは真の意味で彼らに貢献でき―――」

 

 そして、ダンブルドアが締めの言葉を遮るかのように、役目を終えたはずのゴブレットが再度燃え盛った。その予想外の出来事に、生徒や先生、クラウチやバグマン、ダンブルドアでさえ信じられないものを見ているように唖然としている。

 ただ一人、石神静摩だけが、この状況をわかっていたのかと言わんばかり笑みを作っている。いや、あれは驚いているのか。

 

 誰もが驚いて声も出せないなか、サルビアだけは、周囲を見ていた。

 

 この状況は誰かが意図したものだ。誰かがゴブレットに細工をしなければこのようなことはありえない。

 ならば目的は何だ。誰がやった。

 

 ゆえに、サルビアは周囲を俯瞰する。

 

 怪しいのは一人だけだった。

 石神静摩。この男だけが動じていない。普段と変わらぬ様子で笑みを浮かべているのだ。

 

「あいつがなにかやったっての?」

 

 何の目的で? いや、うすうす感じているのだが、もしかするとあの男は何も考えていないのかもしれない。クィディッチワールドカップでもそうだが、あの男が何かを考えてうごいているとは到底思えないのだ。

 

「考えても仕方ないわね」

 

 自分に被害がこなければそれでいい。ともかく今は、誰が選ばれたのかを見るべきだ。

 

 

「…………」

 

 ダンブルドアは、ゴブレットから新たに吐き出された二枚の羊皮紙を無言で手に取り、それをじっと見つめていた。

 時間にして数秒か数分か。緊張に包まれる中、ダンブルドア校長はついに口を開いた。重々しく混乱の中であったが、誰にでも聞こえるようにと、声を出した。

 

「ロナルド・ウィーズリー――」

 

 そして、羊皮紙に書かれたその名を告げた。

 特筆して何もない、ただのチェスが得意なだけのその赤毛の少年の名を。

 




代表選手選抜。

サルビアかと思った、残念、ロンです。
まあ、大方の方は予想通りなんでしょうけど。
これはまあロン育成計画です。

盲打ちの意図しないロン育成計画。彼にはもっと強くなってもらわねばならないのです。
ちなみに、それに伴い、ロンの中にある要素が追加されました。
狼になってもらいましょう。輝く光を喰らう狼に。

あとセドリックさんとかピクトール・クラムさんたりが意図せず鋼の英雄になるかもしれませんがその時は許してください。なにもしませんから。

というわけで、今回はサルビアは完全サポート。
そして、湖の試練で捕えられるのは、誰でしょうね(ゲス顔)

関係ないけど最近、傾城反魂香聞きながら執筆しているのですが調子がいい。なんかいい気分ですし。なんででしょう?


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第37話 代表選手

「ロナルド・ウィーズリー――!」

 

 その名前が呼ばれた瞬間、何かの間違いだと思った。だってそうだろう。自分が呼ばれるはずがない。自分はどんなに高く見積もっても普通の生徒なのだ。

 特別な出自があるわけ(ハリー・ポッター)じゃない。学年でもトップクラスの才女(ハーマイオニ・グレンジャー)じゃない。この学校一の天才(サルビア・リラータ)でもない。

 

 誰かと間違っているんじゃないのか? そう思う気持ちの方が強い。ダンブルドア校長先生が、誰か似たような名前を呼んだだけかもしれない。

 そうだ、そうに違いないと思って気を落ち着かせようとしても無駄だった。

 

 ダンブルドア校長先生が名前を告げた瞬間、全ての視線は自分へと向いていた。誰もが、なんでお前の名前が? という視線。

 それは一番、自分が言いたい言葉だった。

 

 ――なんで、僕が。

 

 年齢線なんて越えられるはずがない。誰かが勝手に入れたのかもしれない。だとしたらなぜ? 自分にはそんなことされる覚えもない。

 まさかマルフォイたちの嫌がらせか? 去年からすっかりなりをひそめたマルフォイが、こんなことをするのだろうか。

 

「行きなさい。あなたが行かないと話が進まないわ。あなたが考えても仕方ないのだから」

「わ、わかった」

 

 サルビアに背中を押された。だから、あまりのことに今にも逃げ出しそうになる足を必死に前に出して他の代表選手が向かった扉に入っていく。

 扉の先はゆるい螺旋の階段で下へと向かっていた。

 

 部屋に入ると多くの肖像画に描かれた人からの視線が集中し、そして先に入っていた代表選手たちも少し遅れて気がついた。三人ともなんともいえない表情をしている。

 

「どうしたのあなーた。私達に何か伝言でもあるの?」

 

 フラー・デラクールは、ロンを代表選手に伝言を伝えにきたメッセンジャーか何かだと思っているようだった。その言葉を聞き、残る二人もこちらへと近づいてくる。

 どうやら、この三人の中ではメッセンジャーとして認識されているようだ。

 

 そりゃそうだろう。ロンの名前は一年目の事件のこともあってそれなりには有名だ。その学業成績がふつ……かんばしくないこともまあまあ知れ渡ってしまっている。

 だから、四人目の代表選手として選ばれてきたなど。想像もできないだろうから仕方がないと言える。

 

 とりあえず、どうしようかと迷っていると後ろの階段から勢いよく扉が開かれる音が響く。

 荒くして校長や教員をはじめとする対抗試合の関係者が部屋へと入ってきた。

 

 その中で、誰よりも先んじて近寄ってきたのは、バグマンだ。

 

「いやいや、これは凄い! まったく驚きだ! 諸君驚きたまえ! 信じがたいことかもしれないが、たったいま新たに代表選手が選ばれた! 四人目の代表選手だよ!!」

 

 バグマンを何言ってんだこいつという目で見る三人。それも当然だ。

 そんなことをいきなり言われたらロンですらそんな目をする。

 

 それからマダム・マクシーム校長とカルカロフ校長と共にダンブルドア校長先生が激しく言い争いながらやってきた。

 

「炎のゴブレットに名前を入れたのか?」

「い、いいえ」

 

 否定する。

 

「上級生に頼んで炎のゴブレットに名前を入れたのかね?」

「いいえ」

 

 それからふと思いついたことがある。

 

「その言い方だと上級生に頼めば下級生でもゴブレットに名前を入れられるように聞こえるのだがな、ダンブルドア?」

 

 カルカロフ校長がダンブルドア校長へと詰め寄っていく。

 

「そうじゃの、カルカロフ……ワシの不備じゃ」

「であれば、ホグワーツから選手が二人も選ばれた以上、残る二校からもあと一人選手が選ばれるまで選考を行うべきだと私は思いますがね」

「君の言いたいことは分かる。しかし、ゴブレットの炎は先ほど完全に消えてしまった。次の試合が訪れるまで再び火が灯ることはない」

「ほう? では今回の試合にホグワーツは二人の選手で挑むと仰るか? 対し我々は一人の選手で挑まなくてはならないと?」

「そんなのは、とてーも認められませーん!」

 

 カルカロフ校長の言葉にマダム・マクシーム校長も同調して声を荒げる。

 それは当然であるが、しかしそれではどうしようもないこともあるのだ。

 

「かははは、わやじゃのォ。なら、俺に良い考えがあるんじゃが聞くか?」

 

 この剣幕の中一人、涼しげに笑っている石神静摩がそう言う。

 

「何かあるのかのう」

「おうよ、そこの坊主を俺んとこの代表っちゅうことにすれば万事解決よ。三校対抗じゃのォて、四校対抗になるがのォ!」

「ふむ、なるほど」

 

 確かにそれは名案と言えた。ホグワーツ代表として見るからいけないのであって、別の学校の代表としてみれば問題はない。

 ただし、ホグワーツ生であることにかわりはないため、根本的な問題の解決にはならないような気もするがこのまま三校で進めるよりは問題がないように思える。

 

「なぁに、一時的にこっちの学校の生徒っちゅうことにすればええでよ。こっちの制服もまあ、もっちょるしのぅ。納得はできんかもしれんが、ホグワーツの一人勝ちっちゅうのは避けられるでのォ」

「確かに、納得は出来んが」

「一人で相手するよりはましでーすか」

「それにのォ、こんなは14のガキじゃわ。俺らんとこが間違っても優勝することなんぞなかろうしのォ! 見てみぃこの顔。とても優等生には見えん。見てみぃ、こいつが勝てると全員、本気でおもっちょるんか?」

 

 静摩の言葉に、全員が消極的に頷く。流石にダンブルドア校長先生やマクゴナガル先生などは頷いてはいなかったが、スネイプなどはこれ幸いとばかりに頷いていた。

 更には、

 

「校長方、このウィーズリーですが、授業もろくに聞かず問題ばかり起こす問題児。魔法もそれほど使えるわけではない。試合に出したところでなにもできますまい。その男の言うとおり勝てる確率などないでしょう」

 

 そんないらぬ援護まで出して来る。

 

「そういうことなら私はこの意見に賛成するとしよう。四校目の参加者として認める」

「私もでーす」

「うむ、良かろう。ではシズマ殿」

「おうよ、そういうわけじゃ坊主。しばらくの付き合いになる」

「は、はい」

「さて、話もまとまった。ではバーティ、早速第一の課題について説明をお願いしたい」

「よろしい」

 

 ダブルドア校長先生に言われてクラウチが説明を始める。

 

「最初の課題は君達の勇気を試すものだ。この場では詳しいことは伝えない。なぜなら、未知のものに遭遇したときの勇気とは、魔法使いにとって非常に重要な資質であるからだ。

 課題は十一月二十四日に全生徒及び審査員の前で行われる。選手は課題に取り組むに当たって誰からの援助を得ることは許されない。武器は杖だけ。第一の課題が終了した時点で第二の課題についての情報が選手に与えられる」

 

 クラウチが説明を終えるとこの場は解散となり、クラウチとバグマンが部屋から出て行った。

 壁際に立つ石神静摩とこの後のことについて話す為に最後まで残ることになったので、他の人たちを見送る。

 

「がんばーてーくださーいf」

 

 フラーには同情されるようにそう言われた。

 

「勝つのはヴぉくだ」

 

 ビクトール・クラムにはそう言われた。あまり眼中になさそうである。

 

 それから石神静摩が、

 

「さて、それじゃ今後のことじゃが。とりあえず、これに着替えりぃ」

 

 そう言って日本の魔法学校の制服が手渡される。軍服のような黒い制服だ。きてみると、

 

「見事に着られとるのォ。まあ、ええわ。今後、お前さんは日本の魔法学校の生徒よ。ホグワーツ出身のまあ、編入生ってところじゃ。期間限定じゃがの。一応、魔法契約でそういうことにしちゃる。なぁに、心配せんでもええぞ。特になにもなし、いつも通りでええ」

 

 そりゃ、いつも通りにするなと言われるよりは楽ではあるが、この格好は酷く落ち着かない。

 

「さて、それじゃ、今日はもう寮に戻れ」

 

 静摩に言われ、部屋から出て大広間への階段を登っていった。

 もう大広間にはもう誰も残っておらず、宙に浮かぶ蝋燭とくり抜きかぼちゃだけが光を放ちながら浮かんでいた。

 

「やあ」

 

 大広間の出口近くにまで来たところで、そこにいたセドリック・ディゴリーが話しかけてきた。

 

「一応は別の学校の生徒扱いだけど、実際は同じホグワーツの生徒だ、お互い精一杯頑張ろうね」

「あ、はい」

 

 出口で分かれて、一人寮への道を歩いていると、自分が代表に選ばれたのだという実感がわいてきた。他校の生徒扱いだけれど、代表は代表だ。

 みんな驚くだろう。なんて言ってやろうか。そう思いながら寮に戻ると、大歓声をもって迎えられた。

 

「どうやったんだよ、まさかお前が選ばれるなんて!」

「なんだ、その制服、似合ってねえな!」

 

 フレッドとジョージがそうはやし立てる。

 

「す、すごいよね」

「どうやったんだよ、教えてくれても良かっただろ」

「一番にやられんなよ」

 

 ネビル、ディーン、シェーマスがそう言って背中を叩いてくれる。ネビルは叩いてないが、しきりにすごいよと言ってくれた。

 気分が良い。これが有名になるということなのかと思わずにはいられなかった。いつもは見向きもしないような人から色々と言われる。

 

「ハリーたちはいる?」

 

 それから一向に姿を見せないハリーたちを探す。色々言ってくる寮生をかきわけて、いつもの暖炉横の定位置へと向かうと、そこでまったく興味がないのか本を読んでいるサルビアとやってくるこちらを見ているハリーとハーマイオニーがいた。

 

「やあ」

「ええ」

「…………」

 

 会話が続かなかった。もっと何か言ってくれるものだと思っていたのだが。

 

「代表選手に選ばれたよ」

 

 そう言うと、

 

「え、ええ、おめでとう。どうやって選ばれたの?」

 

 ハーマイオニーがそう返してくれる。

 

「それがわからないんだ。ハーマイオニーかサルビアならわかるかなって思ったんだけど」

「あなたは入れてないのよね」

「そうだよ。入れてたら君たちに言うよ」

「そうね……」

 

 ハーマイオニーが可能性について考える。

 

「ハリー、どうしたんだいさっきから黙って?」

「……なんでもないよ。おめでとう」

「?」

 

 ――変な奴だな。

 

「サルビアは、何かわからないかい?」

「…………」

 

 ちらりと本から視線をあげて、こちらを見てまた視線を本に戻してから言う。

 

「そうね。誰かが入れたんでしょ」

「でも、なんのために? 私もそのことは考えたけど理由が思いつかないのよ。ハリーなら、ちょっとは思いつくんだけど」

「それはどういう意味だいハーマイオニー」

「あ、ち、違うわよ。そういう意味じゃなくてね」

「ハリーならゴブレットに名前を入れて狙われてもおかしくない理由がある。あなたにはない。ただそれだけよ」

 

 サルビアの言葉にむっとする。ハリーならって。なんだよ。今は僕が選ばれたんだぞ。ハリーじゃない。

 

「案外理由なんてないのかもしれないわね。ただ適当に書いたものがそういうものだった。そういうこともあるかもしれないわ。だって、意図なんてまったく感じられないんですもの」

 

 何かを誰かが企むのならそこには必ず意図がある。暗躍する理由。

 生きたいや、誰かを陥れたいという意図や理由がそこには存在するのだ。

 

 だが、今回の件に関してはまったくと言ってよいほど感じられない。なぜロン・ウィーズリーなのだ。彼を害して誰が得をする。

 得をしそうなのはルシウス・マルフォイくらいだが、こんなせこい手を使ってもさほどアーサー・ウィーズリーにもダンブルドアにも打撃を与えられないだろう。

 

 そもそも、そういうことをするならサルビアに事前に連絡があるし、この会場にも来ていたはずだ。だが、それもない。

 選ばれたのはハリー・ポッターでもなく、サルビア・リラータでもない。脇役としか言えないロン・ウィーズリーだ。

 

 特に何か特別なものがあるわけではない平凡な少年。まさか闇の陣営がハリーを苦しめたいからこのような回りくどいことをやったとでもいうのだろうか。

 そうであれば、何とも阿呆なことであるとサルビアは馬鹿にするだろう。

 

 だが、そのためだけに危険を冒すだろうか。ダンブルドアの目をかいくぐり年齢線を越えてロンの名前をゴブレットに入れる。

 割に合わないだろう。

 

 ゆえに、サルビアが出す結論は、

 

「何の意図も理由もない。これだけ考えてもまともな意見がでないのであればこれをやったのはまともな奴ではないということ。そもそも、あなたにそんなことを考えている余裕があるのかしら」

「え?」

「そうよ、ロン。本当に大丈夫なの?」

「え、えっと、だ、大丈夫だよ。僕は代表なんだから」

「そ、まあ、それならそれでいいわ」

 

 サルビアは、興味を失って本へと視線を戻す。

 

「…………」

 

 ハリーはその間もずっと黙っていた。ロンを見て。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 選ばれることなんてないと思っていた。

 だってまだ14歳だ。選ばれるはずがない。

 だけど、友達のロンが選ばれた。

 この感覚はなんだろう。

 喜ばしいはずなのに、素直に喜べない。

 この感覚はいったいなんだろう。

 




感想のままに書き上げたのを昼に投稿しますねー。

盲打ちが場を収めましたね。流石盲打ち頼りになるわー(白目)


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第38話 ドラゴン

最近サルビアちゃんが健康でとてもツマリませーん。
初期のゴハァ! とか言ってたサルビアちゃんって可愛いよねぇ。
病魔再発させてぐちゃぐちゃであがく姿なんてそそるじゃないか。
だって、彼女はそこでこそ一番輝いている。
ぼぉくは、その輝きを永劫愛していたいのさ。主と一緒でねぇ。
アハハハハハ――

君によく似た男の親友より愛をこめて♡




 ロンが代表選手に選ばれた。発表によれば石神静摩、日本の魔法学校の代表ということにするらしいが、ホグワーツの生徒から二人選ばれたという事実は変わらない。

 その事実に、グリフィンドールは沸き立っている。それに対して思うところがあるのはハッフルパフだ。彼らは目立たない。

 

 ゆえに、この機会を最上のチャンスととらえていた。そこに割り込まれたと思われたのだ。だが、大っぴらに何かをするということはなかった。

 選ばれたのはあのロン・ウィーズリーだからだ。彼を知っている者はこう思おう、ハリー・ポッターの付属品だと。

 

 ハリー・ポッターには箒やクィディッチの才能がある。彼の友人ハーマイオニー・グレンジャーは誰もが認める秀才だし、サルビア・リラータに至っては学年、いやこの学校随一の天才だと言っても過言ではない。

 だが、ロン・ウィーズリーには何もない。だからこそ、セドリック・ディゴリーの敵ではないと思われたのだ。ゆえに、ハッフルパフは座すのみ。

 

 我らが英雄セドリック・ディゴリーの誕生を今か今かと待ちながら試練を待つのだ。

 

 そんな空気をロンは感じ取って不機嫌になっていた。

 

「仕方ないわよ。まだ14歳なんだから。当然でしょ」

 

 それに付き合わされているサルビアは内心で苦い顔をしていた。いや、というかこの塵屑うざいとぶっちゃけている。

 ハリーとハーマイオニーは用事があるらしくていない。

 

 だから、サルビアが付き合わされているのだ。

 

「でもさ」

「でもじゃないわ。それが嫌なら見返して見なさいよ。ここで不機嫌に愚痴を垂れているのがあなたのやることなのかしら。あなたはね、日本の魔法学校の名を背負っているのよ」

「…………」

 

 その自覚が足りない。お前は魔法学校の名誉を背負っているという自覚。

 それも当然だろう。彼はそういうことにはとんと縁がなかった人種なのだから。

 

「あなた、試練対策とかしているのかしら」

「え、でもまだ試練の内容は発表されていないし」

「はあ、それでも過去の記録はあるでしょう。そういうことを調べて、対策をするの当然よ」

 

 そのためにハリーとハーマイオニーは動いている。

 

「それであなた、これから代表選手の集まりがあるんじゃなかったっけ?」

「あ――」

 

 ロンは走った。

 この日は代表選手の杖を調べることになっていた。何とか時間通りに間に合って、部屋に入るとロン以外は全員集まっており、バグマンと記者――リータ・スキーターと名乗った――が並べられた椅子に座って話していた。

 リータ・スキーターは、ロンに気が付いて視線を向ける。それからバグマンと話を切り上げて、こちらにやってきた。

 

「ロン・ウィーズリー、少しだけお話の時間をいただいてもよろしいかしら? ほんのちょっとでいいのですけど。みなさんにもどうようのインタビューをさせていただきましたから」

「え、あ、はい」

 

 そう答えるや否や有無を言わさずにそそくさと部屋の入り口へ向かい、柱の影へ。そこでインタビューをするということなのだろう。

 ついていくと、

 

「自動速記羽ペンQQQを使っていいざんしょ? こちらのほうが速く取材ができるますし」

「自動、なに?」

「自動速記羽ペンQQQ、言動に合わせて素早くかつ精密に動く魔法の羽ペンざんす」

「はあ」

 

 そんなものがあるのか。課題のレポートとかで楽できるかもしれない。そんなことをロンは思った。

 

「それじゃまずは……どうして三校対抗試合、いえ、今は四校対試合ざんすね、に参加しようと決めたのかしら?」

「誰かが僕の名前を勝手にゴブレットに入れたんだ」

「なら、もともと参加しようという気はなかったと?」

「できることなら参加したかったよ」

 

 一千ガリオンである。その栄誉は誰だって欲しいに決まっている。

 

「ほうほうほう」

 

 それを聞いた彼女と羽ペンは意味深に素早く動いている。こちらからでは何が書いてあるか読めないので、わからないが、なんだか嫌な予感がした。

 チェスが得意であるからこういう相手との読み合いということはそれなりにできる。さっきうった手、それを基点にこの女は何か嫌な事をした。

 

 そんな気配がしたのだ。

 

「あの――」

「あらあら、そうなの。それじゃ、そんな貴方が試合に挑む心構えを聞かせてもらえるざんすか?」

「ええと、そりゃ優勝を狙いたいよ」

「なるほどなるほど」

 

 ――ああ、なんだろう。

 実に嫌な感じというか。言っていることと書いていることが一致していない気がする。気のせいかもしれないが。

 

「あの、メモを見せてもらっても?」

「ああ、大丈夫。きちんと書いてあるざんすから。それじゃあ、次の質問だけど――」

 

 みっちりと嫌な質問をされたあとは杖調べの儀式となる。

 

 杖調べの儀式は六人の審査員、ダンブルドア校長先生にカルカロフ校長、マダム・マクシーム、クラウチ、バグマン、石神静摩の前で、オリバンダーが行う。

 オリバンダーは部屋の中央に立ち、選手を一人ひとり呼んで杖を調べていく。フラーから始まりセドリック、ビクトール・クラム、そしてロン。

 

「本体はトネリコ、芯は一角獣のたてがみ。良く覚えておる。君のお兄さんが買って行った杖じゃ」

 

 チャーリーのおさがりである。

 

「ふむ、少しくたびれておるが、杖の状態は悪くはない。問題はないじゃろう」

 

 その後は選手と審査員の集合写真と、選手個別の写真を撮影して解散となる。その時、石神静摩がやってくる。

 

「おうおう、調子はどうじゃ、うちらの代表」

「えっと、まあまあ」

「おうおう、それは上々じゃ。ええか、その制服はのう。うちの魔法学校でも特別な制服じゃ。そいつはのォ。英雄が着ちょったもんと同じ制服よ。わかるかのォ。その制服に恥じない結果を期待しちょるけぇのォ!」

「えっ――」

「なぁに、気楽にやれ。この俺の代表じゃ。それなら、仏だろうと天魔だろうと、裏ァ、誰にもとれん。そんくらいの気概でのぞんでみィ」

 

 期待したり、気楽でいけって、言っていることが尽く変わる。ロンは思った。この男の言うことはあまり気にしないでいいんじゃないかと。

 

「おお、それとな。どれくらいかあとで呼びにいくけェの」

「はい?」

「楽しみにしちょれ」

 

 その宣言は数日後に実現することになる。

 

「ロン、今までの三大魔法学校対抗試合では、初戦は強力な魔法生物と戦って生き残るという課題が多かったそうよ」

「そうなの?」

「そうよ、ハリーと二人して色々調べたわ。どれもこれも危険な魔法生物との戦いだったわ」

 

 それを聞いて、本当に僕は大丈夫なのだろうかという不安がロンの心中で鎌首をもたげてきた。

 その矢先だ、いきなり眠っていると盛大にたたき起こされ、そのまま連れ出されたのだ。

 

「なんなんですか!」

「良いから来い。おっと、そこの坊主なんか便利そうじゃ。来い!」

「は? え?」

「おい、マントあるんなら持って来い。俺の勘がそういっちょる。お前さんのマントは使えるってのォ!」

 

 混乱のまま、石神静摩にハリーともどもロンは連れ出された。

 

「透明マントのこと知ってたのかな」

「さ、さあ」

 

 彼の後ろで透明マントを被ってハリーと二人で彼の後ろをついていく。

 

「今から見せるんは、お前の課題の相手じゃ」

「!」

 

 課題の相手。つまり、課題の内容について教えてくれるということか。

 

「ほれ、見てみぃ」

 

 彼の指先を追って、視線を前に。

 

「――――っ」

 

 思わず叫びだしそうになったのを必死に押しとどめた。

 そこにいたのは誰もが良く知る生物だったからだ。

 

『GRAAAAAAAA――――』

 

 咆哮をあげる魔法生物。トカゲのようであって、トカゲでなく、翼を持った偉大なる魔法生物の頂点。王者と言っても過言ではない。

 その者の名は――。

 

「ドラゴン――」

 

 ルーマニアのチャーリー兄さんがいた。つまりはそういうことだ。

 

 これと戦う。それが第一の試練。ここに来て、自分が何に足を突っ込んだのかと理解した。

 

「おうよ、ドラゴンよ。こいつと戦う。それが第一の試練よ。やるからには勝つ。お前さんは、日本の名を背負っちょるんじゃ。気張れ、漢みせてみぃ! かははははは」

 

 ドラゴンを前にして平静でいられる者などいはなしない。人間がドラゴンに勝てるはずがない。だからこそ、世界に残る伝説がある。

 竜殺しの逸話。マグルの世界では御伽噺であるが、魔法界では異なる。まさしく、正しくそれは伝説なのだ。

 

 魔法使いでは勝つことの出来ない圧倒的強者が牙をむく。その咆哮は聞いただけで失神しそうになる。失神しなければ、恐怖で呼吸困難に陥り気絶するのがオチ。

 そんなのと戦う?

 

 ――そいつら頭おかしいんじゃないか?

 

「ろ、ロン!」

 

 ロンは何も言えなかった。隣のハリーが連れ帰ってくれなければ一晩中あの場所にいたかもしれない。

 談話室に戻った二人をハーマイオニーとサルビアが迎える。

 

「ロンはどうしたの? 何があったの?」

「…………」

 

 黙りこくったロンに心配そうにハーマイオニーが訪ねる。

 答えたのはハリーだった。

 

「第一の課題の内容を教えてもらったんだ。ドラゴンだった」

「まあ!?」

「ふぅん」

 

 ハーマイオニーはなんてことでしょうと大いに驚いて、サルビアは対照的にまあ、そんなものかという風に納得した様子だった。

 

「なに、それであなた戦意喪失してるわけ?」

 

 何も言わないロンにサルビアがそう言う。

 

「仕方ないよ。僕だって、あんなのとは戦いたくないよ」

 

 ハリーもそう言う。ロンに抱いていた気持ちはすっかりどこかへ行った。あんなものと戦うロンが今は、不憫で仕方がない。

 だから、棄権したらと言おうとした。あんな危ないことする必要なんてない。そう言おうとして、

 

「駄目よ」

 

 サルビアの声が響いた。

 

「棄権なんて認められるわけないじゃない。良い、こいつはね。代表なのよ。ホグワーツじゃない。日本の魔法学校の。それがどういう意味か分かる? あなたはね既に背負っているのよ日本の魔法界をね。それとね、その制服はかつて日本の魔法界を救った大英雄が着ていたものよ。あなたはそれだけの期待と責任を背負っているという事なのに、まったく」

 

 呆れたようなサルビアの言葉。それはハリーにも理解できた。

 

 ロンはもう個人の事情で棄権もできないし、無様なこともできないという事だ。

 なぜならば、彼はもう日本の魔法学校の代表なのだ。ホグワーツ出身だからとか関係ない。そういうことになっている以上、最善を、それも優勝を目指して奮闘しなければならない。

 

 それがどれほどの重責なのだろうか。

 

「無理だよ、できっこないよ」

 

 ロンの言葉が四人以外誰もいない談話室に木霊する。

 

 重い、重すぎる。ただの平凡な魔法使いでしかないロン・ウィーズリーに日本の魔法学校の名誉なんて背負えるはずがない。

 重大すぎる責任。その重さも知らないで喜んでいた自分。重圧に今にも潰れてしまいそうだった。

 

 選択肢は三つ。

 

 ――勝利する。

 ――潔く敗北を認める。

 ――逃げ出す。

 

 いずれかを選べる。

 

「そう。なら良いわ。ハーマイオニーがうるさいからせっかく助けてあげようと思ったのだけれど、本人にその意思がないのなら、無価値よ」

「でも、サルビア」

「どれだけ私たちがやってもね。本人にその気がないのなら意味がないのよ。私は、こんな負け犬に何かを教えるつもりはないわ。でも、やる気があるのなら勝たせてあげるわ。あなたは勝ちたいんじゃないの? 見返してやりたんじゃないの? なら、やるべきことは一つよ」

「僕は……」

 

 勝ちたいのか。見返してやりたいのか。

 

「ロン、やるだけやってみようよ。ロンは凄いってところを、みんなに見せつけてやろうよ」

「そうよロン。あなただってやればできるんだから。やれるだけやってみましょうよ。ね、サルビアも何か言ってあげてよ」

「そうね……なら、勝ったらご褒美でもあげましょうか」

「ご褒美……わかった絶対に勝つよ!」

 

 男とは単純な生き物である。

 

「それじゃ、まずはドラゴンとはどういう生物からね」

 

 ハーマイオニーがもてる知識の全てをロンへと享受する。

 ドラゴンの武器とは何か。ブレスや爪、尾だ。そのどれも一撃喰らっただけで即死。

 

 つまり試合では如何にそれらを喰らわないかを考えなければいけない。盾の呪文はほとんど役に立たないだろう。

 だから回避だ。相手の動きを見て避ける。危ないところには近づかない。

 

「まあ、基本ね」

「ドラゴンの弱点は目よ。だから、結膜炎の呪いが有効なんだけど」

 

 まだ四年生でしかないロンたちには使えない。それにと、サルビアが否定する。

 

「それ、痛がって暴れるからむしろ危険よ」

「それもそうね」

「やるなら単純な魔法の組み合わせかしらね」

 

 ロンにでもできる魔法の組み合わせで、まずは相手の動きを封じる。

 

「どんな試練にせよ。ドラゴンと正面から戦うなんてナンセンスよ。魔法使いなら場を有利に運びなさい。あなたならわかるでしょ」

 

 使える呪文を最大限組み合わせて、勝つための道筋を作る。そうすれば、極論どんな相手にも負けることはない。

 ドラゴンなどと怯える必要はないとサルビアは言う。

 

「あんなの火を吐いておおきくて、爪が鋭いだけの飛べるトカゲよ」

「トカゲって」

 

 サルビアのあまりの言いようにハリーたちは絶句する。

 しかも、その程度には負ける気がいないという自負が感じられた。サルビアなら当然だろうと思うが。

 

「必要以上に怯えたら何もできないって話よ」

「そうね。あ、そうだわ! ロン、取り換えの呪文よ。それを使ってドラゴンの牙とか爪を全部マシュマロに変えてしまいましょ。そうすれば危なくないはずよ」

「そううまくいくかな」

 

 みんなでああだこうだいいながら対策を立てていく。

 その陰で、ロンは修業した。自分に使える呪文を精一杯できるように必死に。

 そして、試練の日がやってくる。

 




さあ、次回は第一の試練。
ロンの適性はチェスのみ。そんな中でどうするのか。
よくよく考えるとチェスが巧いってことは、筋道の組み立てが巧いってことだと私は思うわけです。
一手の意味を考えて、のちの手をゴールに向かって組み立てていくとか。
だから、ロンはその方向で行きます。勝てばご褒美だぞ。まあ、ご褒美はアレなんですが。

静摩さんが渡した制服は、英雄が着ていたものと同じもの。日本の魔法学校では特別な者しか着ることが許されないものです。
なぜかって、大人の事情というか。こちらの事情。
日本の魔法学校の制服って色変わるおかげでロンが着た時どんな色になるかわからないんですもん。
サルビアなら黒にできるんですけどね! 一発で闇の魔法使ったってバレますが。
そういうわけで戦真館の制服です。

ちなみになんかサルビアが凄い良いこと言ってますが、みなさん内心を想像してください。あのサルビアが本心からあんなこと言うはずがありません。騙されないでください。

さて、明日は7時からFGOのコラボイベント開始ですね。さあ、頑張るぞ。


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第39話 第一の試練

 試練の日。第一の試練がドラゴンであることは、代表選手の間では周知の事実だ。

 昨夜あの場に一人連れて来られなかったセドリックにもそれとなく伝えられている。

 

 試練ではライバルとはいえどホグワーツの代表である。彼が一方的に不利なることはロンも望まない。

 伝えるように言ったのは、ハーマイオニーであるが。

 

 そんなことよりも酷いことがある。

 杖調べの日に行われたリータ・スキーターによる代表選手の取材の記事だ。その記事は取材を行った四日後に発行された。

 

 内容はとにかく酷い。そうとしか言いようがないようなものであった。無論、記事に関して何も嘘は言っていない。

 ある意味では聞いたことを聞いたまま載せていると言っても過言ではない。ただその規模が遥かに巨大になっているだけである。

 

 彼女の記事はとにかく巨大だった。嘘はついていない。ただし、巨大に誇張している。

 どれほど些細なことであろうともそれが主張の主題、彼の本心であると巧みに記事にしてみせたのだ。

 

 代表選手全員にそれが当てはまるが、特にロンを出汁にしてダンブルドアやバグマン、クラウチ、石神静摩などの審査員にして企画者たちへの攻撃が記事の九割九分九厘を閉めていた。

 一人だけ下級生であり、ロンが迂闊にもできることなら参加したかったという発言を利用してあることないこと書いて、そこからダンブルドアへの責任の追及へ。

 

 責任問題を全ての者に広げてから、まったく別の話題を巧みに混ぜてダンブルドアを絶妙に批評。そこで自分の著書を宣伝することも忘れないマスゴミの鑑だった。

 その厚顔無恥で凄まじい脚色技術に、サルビアですら一瞬感心したほどだ。

 

 その際のロンの荒れようと言ったらそれはもう酷いものだった。廊下で出会ったセドリックがいなかったらそのままリータを殴りに行っていただろう。

 それこそ餌を与えに行く行為である。

 

 だが、そのおかげでロンは燃えた。必ず見返してやると。

 

「ふぅ」

 

 それでも緊張に押しつぶされそうだった。緊張を紛らわせようと周りを見ている。

 フラー・デラクールは『魅了呪文』がうまく目に当たりますようにとぶつぶつ祈っており、クラムは腕を組んで目を閉じていて、セドリックは杖の確認をしていた。

 

 皆がそれぞれのことに集中しているのを見て、ロンはよりいっそう焦る。

 

「ロン、いる?」

「大丈夫?」

 

 そんな時だ、背後から声がする。ここはテントだ。誰かが外で名前を呼んだ。

 テントの隙間からはハリーとハーマイオニーの姿があった。

 

「ハリー、ハーマイオニー」

「心配で見に来たの、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 心配そうなハーマイオニーに向けて気丈に答えてみるが、脚が震えている。顔色も微妙に悪く大丈夫には見えない。

 ハーマイオニーは、それに何かを言いかけて、

 

「絶対勝ってよ。君に賭けてるんだから」

 

 ハリーに遮られる。

 

「わかってるよ。って、賭け?」

「フレッドとジョージがね。君は大穴だってさ。だから、僕のお小遣いを全部賭けてきた。勝てば大儲けだよ。君にも分けてあげるからさ」

「それは、良いね」

 

 ハリーの言葉にロンは笑う。ひとしきり笑ってからハリーが拳を差し出す。ロンはそれに自分の拳を打ち付けた。

 いつの間にか脚の震えは止まっている。きっとやれる。やるだけのことはやった。友達が見てくれている。ならきっと大丈夫だ。

 

「……男の子って」

 

 そんなやり取りにハーマイオニーは苦笑する。ただそういう友情も羨ましくは思う。

 

「そういえばサルビアは?」

「僕らの席を取ってくれてるんだ」

「そっか」

 

 正直に言えば来てほしかったけれど、そういう理由なら仕方ない。

 

「だから伝言を預かってるわ」

 

 こほん、と咳払いをしたハーマイオニーが自らの喉に杖を当てて呪文を唱える。

 

「この私が貴重な時間を割いて教えてあげたのよ。無様を晒したら、わかっているわね。勝ったら、それなりのご褒美をあげるわ。だから、勝ちなさい」

 

 変身術を応用した声真似でサルビアの声と口調でハーマイオニーが言い切る。

 

「怖いなぁ」

 

 口調は真似しきれてなかったけれど、声のおかげで脳内で再生できる。もし無様を晒してしまったらどうなるだろう。

 きっとそれはもう恐ろしいことになるだろうということは想像に難くない。あのサルビアに頼み込んで色々と教えてもらったのだ。

 

 それはもう色々と。夜遅くまで。もちろんハリーとハーマイオニーもである。

 

「だから、僕はドラゴンに勝つよ」

 

 決意を前に二人へと拳を突きだす。

 

「素敵ざんすわ」

 

 その瞬間、冷や水がかけられた。

 そこにいたのは、リータ・スキーター。

 

 その登場に三人は表情を険しくする。彼女の本性、彼女がやったこと。それは余さず知っている。

 だからこそ、この場で一番見たくなかった女だ。

 

「帰れよ!」

「あらん……別にいいざんしょ、誰もが知りたいことを広めること。それこそがあたくしの使命ザマス。だから、色々と取材させて――」

 

 そう言おうとした瞬間、圧力がリータ・スキーターを襲う。

 目の前にいつの間にかビクトール・クラムが立っている。鍛えられた体躯はリータ・スキーターを見下ろしている。

 

 怒りという名の圧力が彼女を襲う。

 

「ここヴぁ選手関係者以外、立ち入り禁止のはずだ。友達は例外だがな。出ていけ。不愉快だ」

 

 鋼の肉体には鋼の精神が宿る。圧倒的なまでの覇気。

 しかし、それをうけてなおリータ・スキーターは不敵な笑みを浮かべている。学生にはやられないそんな大人としての自負だろうか。

 

 それも良いだろう。だが、

 

「ダンブルドアを呼ぶぞ」

「――チッ」

 

 クラムの言葉にリータ・スキーターは露骨に舌打ちした。

 ダンブルドアにバレるとまずいのだろう。彼ならば、子供の心を護るためという理由で一切の取材を認めず出入り禁止を言い渡すことくらいやる。

 

 それは彼女の望むところではない。彼女は引き際を知っている。肩をすくめて、彼女は退散した。

 それと入れ違いにやってきたのは、ダンブルドアとクラウチだ。

 

「選手諸君。競技内容を発表する」

 

 ダンブルドアがそう宣言する。ハリーとハーマイオニーの存在は黙認するようだった。

 

「選手諸君らには、まずこの袋の中にあるミニチュア模型を手に取ってもらう。それが君たちの戦う相手じゃ」

 

 ダンブルドアの言葉と共に、クラウチが持っている袋がフラー・デラクールの前に差し出される。

 

「レディファーストだ」

 

 開けられた袋の口からはなにやら小さな鳴き声が聞こえ細い煙がゆらゆらとあがっている。

 何が入っているのか想像したくない。ミニチュアなのだろうが、魔法使いのミニチュアなんてものが大人しいわけないのである。

 

 それを察してフラー・デラクールは少し笑顔を引きつらせながらも、なんとか余裕の表情を取り繕い袋にその手を滑り入れる。

 

 手を袋から出せば小さなドラゴンがその手の平に乗っていた。

 それは緑色の鱗を持つ竜。吼え声はどこか音楽的でもあり、時折吐く炎は細く噴射するように吐いていた。

 

「ウェールズ・グリーン普通種。臆病な種だが、今回もそうとは限らんぞ」

 

 クラウチが脅し文句のような言葉を残す。それから次にセドリックへと袋を差し出す。

 セドリックも少しばかり顔が引きつり気味ではあったが、それでも堂々と袋に手を突っ込み、ミニチュアドラゴンを引っ張り出した。

 

 現れたのはシルバーブルーの鱗。ミニチュアが小さく吐いた炎は、青く美しいものだった。

 

「スウェーデン・ショート‐スナウト種。美しい炎に見とれていると焼かれるぞ」

 

 クラウチは次に、クラムのもとへ近づいて袋を差し出した。

 

「チャイニーズ・ファイヤボール種。まさに東洋の神秘だな」

 

 奇妙な形をした深紅の鱗を持つドラゴンが、クラムの手の平の上でとぐろを巻いていた。鱗は深紅で、目は飛び出して、獅子鼻。

 まるで蛇のようだが、長い胴体のところどころに生えた手足と黄金に輝く角が竜種であることを主張している。吐く炎はキノコ型で、ロンはサルビアに聞いたあるマグルの兵器を思い出してげんなりした。

 

 だが、とうのクラム本人は短く鼻を鳴らしただけだ。ただ黙って自分の元居た場所へ戻る。 

 何が在ろうとも勝つのは己だという強い自負が感じられる。

 

「さあ、最後だ」

 

 といっても残り一匹。そして、最後の一匹をロンは知っている。

 

「ハンガリー・ホーンテール種だ。一番凶暴だ」

 

 ハンガリー・ホーンテール。その名の通り、ハンガリーを原産地とするドラゴンであり鱗は黒く、目は黄色、角はブロンズ色のドラゴンである。

 炎は最大15mまで吐けることが知られており、尾からブロンズ色の棘が生えている。

 

 ロンはサルビアに言われたことを思い出していた。ある日の深夜。眠くて不機嫌な彼女が言ったそれぞれのドラゴンの対処法。

 ホーンテールは、

 

『一番凶暴なドラゴン。その武器は当然、炎、爪と牙、それから尻尾の棘。この四つよ。これを無効化してやれば、あなたでも勝てるでしょ』

 

 武器がなければ相手は何もできないのだから。

 

『だから、そのためにあなたは筋道を立てなさい。どうやったら勝てるかを必死に考えるのよ。あなた、チェスが得意でしょ。それと同じよ。できないなら死ぬだけね。ふわぁ、それじゃ寝るわ』

 

 具体的な対策を聞いても教えてくれなかったけれど、やり方は分かった。

 

「競技内容はこうじゃ。各々その手の中にいるドラゴンが守る金の卵を手に入れること。

 無論、彼奴らとてタマゴを奪われそうになれば抵抗くらいする。それを潜り抜けて出し抜いて、どれほど鮮やかに金の卵を手中にできるかが問われる競技なのじゃ」

 

 奪うこと。完全に倒さなくても良いから隙を作り、そこで卵を奪えば良いのか。

 

「良かった」

 

 倒せと言われたらかなり難しかっただろう。けれど、奪うならばまだ何かやり様があるかもしれない。

 

「諸君らの無事と健闘を祈る。大砲が鳴ったら呼ばれた者から行っ」

 

――ズドン。

 

 気の早い誰かが大砲を鳴らしたようだ。ダンブルドアの話を遮るかのように大砲が鳴った。

 大音量と共に観客となった生徒たちの歓声があがる。

 

 肩を竦めたダンブルドアは、

 

「最初はフラー・デラクール嬢からじゃ」

 

 いよいよとなったフラーの顔色は悪い。彼女は何度かロケットの中の写真に祈ると、意を決した顔でテントから出て行った。

 それから何やら歓声が響いたり悲鳴が響いたりしながら、試合は進んでいく。セドリック、クラムと続きついにロンの番が来る。

 

「い、行ってくる」

 

 声が引きつらせながらもハリーとハーマイオニーにそう何とか言って、ロンはテントを出た。ここからは本当に一人だ。

 賢者の石の時は仲間がいた。けれど、今回は一人。一人になると足に震えが来た。

 

 けれどその度にサルビアの事を思い出す。それから、自分が来ている制服が目に入る。

 

 黒い軍服のような衣装。戦と真の字が刻まれたその制服。

 

 石神静摩は言った。この制服はかつてニホンという国を救ったいや、世界を救った英雄が来ていたものだと。

 英雄の名は柊四四八。ハーマイオニーに聞けば、起こりかけた大戦を止めた大英雄だらしい。

 

 文字通り世界が戦争という名の地獄に落ちかけたのを救った英雄だ。そんな彼が来ていたのと同じ制服を着ている。

 それがロンを奮い立たせる。

 

 サルビアも言っていた。もはや、自分は一人ではないのだということを。自分は日本の魔法学校の名を背負っているのだ。

 本来ならば背負う必要のないもの。けれど、背負ってしまった。ならばその名に恥じぬようにするのだ。

 

「それに、ご褒美あるって言ってたし」

 

 どんなものだろうか。思春期の男であるから、色々と想像してしまう。

 だから頑張ろう。そう己を奮い立たせて舞台へと上がる。

 

 観客の歓声は今までと比べると低い。それの方がありがたいともロンは思った。

 だって、その方が随分と声が聞こえやすいのだ。

 

 ハリー、ハーマイオニー、ネビル、シェーマス、ディーン、フレッド、ジョージ。彼らの声が聞こえる。

 そして、サルビアの姿も良く見える。

 

 彼女の髪は綺麗な空色をしている。とても珍しい色だ。だから、この観客の中でもすぐにわかる。

 絶対勝つという視線をそちらに向ける。

 

 それに気が付いてくれたのだろうか。視線を向けてはくれなかったが、軽く手を振ってくれた。

 気合いが入る。たったそれだけで気合いが入るのは現金だろうか。いや、男だということだ。

 

「良し、勝つぞ」

 

 そう息巻いて、そして、ホーンテールを見た。

 

『GRAAAAAAAAAA――――!!!!』

 

 その刹那、咆哮がロンを直撃する。黄色の瞳がロンを射ぬく。

 

 呼吸が止まる。恐怖で。

 息を吸っても、吐いても、空気が肺に入って行かない。苦しさを感じる。息をするという生物が普遍的に行う呼吸が止まって、苦しくない生き物はいない。

 視界が、歪む。我知らず喘いで、強烈な眩暈がロンを襲う。

 

「む、無理だ――」

 

 その時、ロンが心の中に積み上げていた気合いとやる気が折れた。




ロンの試合にいけるかなと思ったらいけなかったので、次回第一の試練へ。

さあ、ロンよ、へたれている場合ではないぞ。
そして、ホーンテールさんですがその咆哮がクリッターボイスになってますが気にしないでください。ただのクリッターボイスですから。

一瞬、ここで釈迦の掌発動しようかなとか思ったけど静摩だからやめました。

ちなみにやってみたらロンが猛牛でホーンテールは銅将、ダンブルドアが金将、サルビアが獅子、ハリーは堅行、ハーマイオニーが横行。
生徒連中を軒並み強化してホーンテールを弱体化させてます。
まあ、本編には関係ないんですけどね。


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第40話 ホーンテール

『GRAAAAAAAAAA――――!!!!』

 

 ホーンテールの咆哮がロンを直撃する。黄色の瞳がロンを射ぬく。

 ただそれだけで、呼吸が止まる。息を吸っても吐いても空気が肺に入って行かない。苦しさを感じる。息をするという生物が普遍的に行う呼吸が止まって、苦しくない生き物はいない。

 

 視界が、歪む。我知らず喘いで、強烈な眩暈がロンを襲う。

 

「む、無理だ――」

 

 その時、ロンが心の中に積み上げていた気合いとやる気が折れた。

 そんな風でもホーンテールは止まってはくれない。咆哮をあげて、炎を吐いてくる。

 

「避けろ馬鹿が――!!」

「はっ――!!」

 

 響いてきた声。その声に反射的にしたがって、ロンは岩陰へと入った。

 それと同時に放たれるドラゴンブレス。15メートルにもなる炎が岩を融かさんと灼熱の嚇怒を放つ。

 

 陽炎が見えるほど。まるで太陽でも生まれたんじゃないかと思うようなのような莫大な熱量が噴出している。炎に触れずとも肌が焼けるかのような感覚。

 もはやその熱量自体が致死の猛毒。拡散する熱量だけで人は近づくだけで炭化し岩は溶けていく。

 

 そんな莫大な熱量。盾の呪文で防ぐことすら無謀。それは、どのような魔法使いでも例外ではなく。人間という括り、タンパク質にて構成される人間だからこそ不可能。

 タンパク質は高熱で変性する。ゆえに、人体に高熱は禁忌。人が平温でしか生きれぬ理由がそれだ。例え英雄であったりしても人間としての物理法則には逆らえないのだ。

 

 ゆえにロンは、岩の後ろから出ることができない。いずれ岩が解けるかもしれないことはわかっている。けれど、そこから出ることができないのだ。

 歓声が遠い。どうしてこんなことになってしまったのか。走馬灯のように流れていく。40度を超えれば問答無用でアウト。

 

「動きなさい」

「――――ッ!!」

 

 声に従ってロンは岩の後ろを飛び出す。タイミングよく炎が止まった瞬間だった。再びホーンテールが火炎を吐き出す前にロンは別の岩の後ろへ隠れることに成功する。

 だが、それがなんになるというのだ。場所が変わっただけで状況は一切変わっていない。

 

「あ、アグアメンティ!」

 

 ブレスに対して水を出してみる。杖先から、鉄砲水のように水が飛び出すが、炎の前に一瞬で蒸発させられた。

 ブレスに対抗することはできない。それが証明された。

 

 いや、今更証明されたところでなんだという話だ。そんなことはわかっていたじゃないか。だから、今度は自分に水をかけた。

 少しは涼しくなった。そして、落ち着いた。

 

「落ち着け、やらないと」

 

 思い出せ、やったことを。

 息を吐いて、思考を回転させる。チェスをやっていると思うのだ。勝利への筋道を考えるのだ。

 

「まずは、相手の観察」

 

 炎が切れた瞬間、ロンは飛び出した。勇気を振り絞りホーンテールの前に立つ。

 相手を観察する。相手の動き、癖。それらを見抜くのだ。チェスも同じだ。初めての相手と戦う時はまず互いに様子を見る。

 

 相手が得意とする定石を知り、それに対する定石を探す。無論、相手もそのくらいわかるから、それに対応すべく手を考えてくる。

 定石通りには決していかない。だが、定石があるからこそ勝つための打ち方を知ることができるのだ。

 

 まずは相手を知ることだ。全てはそれからだ。ホーンテールがどのように動くのか、どういう性格なのか、金の卵は? 特性は?

 まずはそれを確認する。事前情報として種のことはわかるが、このホーンテールの事はわからない。だから、まずは情報を収集する。

 

「フリペンド――!!」

 

 簡単な攻撃呪文を放つ。ホーンテールは避けもしない。その程度の魔法など効かないと言っているのだろう。

 事実、フルペンドによって生じた光弾はホーンテールの鱗に当たって消滅した。

 

 攻撃呪文が効かない。それは予想していたことだった。だから次の手を考える。岩場を走り回りながら、時折炎から身を隠しながらロンは考える。

 どうすれば生き残れるか、どうすれば勝てるのか。考える。何とか思考は回る。身体は動いてくれている。何とか戦えているという実感がロンを支えていた。

 

 だが、それを嘲笑うかのようにホーンテールは咆哮をあげる。

 矮小な鼠は追い詰められれば猫を噛む。だが、それだけだ。

 

 鼠が竜を噛んだところで痛手になるわけもなし。むしろ、噛んだ方が痛手を負う。

 魔法生物の頂点。まさしく王と言うべき生物。それがドラゴンだ。

 

 ゆえにホーンテールは目の前を飛び回る羽虫に近いロンに対して何ら思うことはない。

 卵を狙う不届きもの。ならば撃退する。

 

 何かしら魔法を放ってくるが、その全てがホーンテールを害するものではない。ただ煩わしいだけだ。炎を吐けば相手は隠れる。

 次第に隠れる岩がなくなって行くがいつまでもつだろうか。そんなことをホーンテ-ルは考えるが、無駄であると放棄する。

 

 もとより矮小な人間に負けるはずもない。それが震える鼠であるならば負けるどころか傷つけられることすらないだろう。

 それは驕りではなく単純な性能差の問題だ。

 

 ドラゴンという生物は巨大である。それだけにその身体を支えるために骨は強く、筋肉は発達している。小さな身体を支えるだけの骨と筋肉しかない人間とは比べものにならない。

 その上で強靭な身体は、これまた強靭な鱗に覆われている。並みの魔法を弾き、魔法以外の攻撃も防ぐ最高の盾だ。

 

 牙と爪は、人間にはない鋭さを持つ最高の武器だ。吐き出す火炎は岩をも融かす高温。羽根を拡げれば飛ぶことすら可能。

 陸と空にておいドラゴンを食らう生物がいないことを考えれば、まさしく生物ピラミッドの頂点に位置すると言っても良い。

 

 だからこそ、伝説なのだ。このドラゴンを倒すというのは。

 怪物殺しの王(ベオウルフ)

 竜殺しの英雄(ジークフリート)

 神のペットを殺した王(カドモス)

 竜を退治した聖人(ゲオルギウス)

 八頭八尾を殺した神(スサノオ)

 

 伝説に謳われる英傑たち。彼らに並ばなければ竜の打倒など不可能。

 

 それでも何とかしようとロンは足掻く。魔法を当てて反応を見て、どうにかならないか。どうすればいいかを模索する。

 だが、炎を防ぐための岩がなくなる。前に出るしかない。

 

 だから前にでた。その瞬間。

 

「――――ガアアアァァア」

 

 ロンの身体をホーンテールの爪が襲う。咄嗟に後ろに跳んだ為に爪を受けることはなかったが、その風圧に飛ばされて叩き付けられる。

 たったそれだけで、心がへし折れた。

 

「無理だ、勝てるわけがないよぉ」

 

 ロン・ウィーズリーはどうしようもなく凡人である。

 出自も大したことはない。秀でたことと言えばチェスしかなく、それ以外は人並みか人よりできないかくらいだ。

 普通の少年なのだ。思春期の14歳の少年。有名になってみたいという夢を抱くそんな普通の少年なのだ。

 

 ハリー・ポッターのように何か特別があるわけでもない。彼のように何かをしようとしてもロンにはできないだろう。ハリーがここに立っていればまた結果は違ったかもしれない。

 ハーマイオニー・グレンジャーのように勉強ができるわけでもない。彼女ならばきっと呪文を一杯知っているからこんな試練も乗り越えてしまえるかもしれない。

 サルビア・リラータは言うまでもない。彼女は天才だ。この程度の試練なんて眠りながらでも突破してしまう。彼女が何かに負けている姿なんて想像できない。

 

 それくらい彼女は凄い。

 

 それに比べてどうだロン・ウィーズリーは。

 どうしようもなくロン・ウィーズリーは凡人だ。凡人なのだ。

 

 今も、尾を躱しきれず吹っ飛ばされている。棄権する暇すらホーンテールは与えてはくれない。生きているのはサルビアから逃げる訓練で散々特訓させられたからだ。

 避けることに関しては、ちょっと自慢できるくらいはあるかもしれない。

 

 だが、それはこのつらい時間を長引かせているだけだ。もういっそのこと諦めた方がいいのかもしれない。

 

 自嘲、増悪、後悔、諦観。それらがごちゃまぜになった悪感情をそのままに罵倒を吐き出しながら転げまわる。無様だと笑われているのだろうか。

 そんなことすらもうどうでもよく、ただただ思う。どうしてこうなったのかと。

 

 それでもどうにかこうにか生き残りたいという一心でただただ逃げ惑う。振るわれる尾をしゃがんで躱せば動きが止まったところにドラゴンブレス。

 こんがり焼ける前に地面を転がってでも逃げる。逃げる、逃げる、逃げる。

 

 もう勝つとかどうでもよく、生き残る為の方法を考えていた。反骨心なんてものはとっくになえている。さっきまではどうにかこうにかやっていただけに過ぎない。

 なにせ、最初の咆哮の時点で折れてしまっているのだから。

 

「いっそ、気絶しちゃえば」

 

 そうなればこんがり丸焼き。きっとダンブルドア校長などが助けてくれるかもしれないが――。

 

 ぼろぼろになりかけた制服が目に入る。

 

 ――それは許されない。

 

 しかし、心は萎えたままだ。

 

 ドラゴンをどうにかする手段はある。攻撃手段をまず奪う事。簡単な魔法を使えばいい。ヒントはハーマイオニーが言ってくれた。

 その次は? 相手の動きを止める。少し難しいが何度もやれば不可能じゃない。

 そして、卵を奪う。

 

 勝利への筋道は見えている。問題は使える駒が自分(キング)しかないということ。

 

 だが、どうしてもその手段を取れない。

 だって――

 

 ――怖い。

 

 どうしようもなく怖い。

 

 日本の魔法界を背負う責任? そんなの背負えるわけがない。重すぎる。

 英雄に恥じないように? 無理だそんなこと。一学生が英雄に恥じない行為をしろだなんて不可能だ。

 怖いし重い。

 

 もう嫌だ。

 

『それでいいの?』

 

 ふと声が聞こえた。いいや、聞こえるはずがない。ならばこれは幻聴だろうか。

 その声は問いかけてくる。

 

――今こそ、勝利する?

 

「無理だ」

 

 ――僕には向いてない。

 

 ならば、

 

――わき目もふらず逃走する?

 

「できない」

 

 ――そんな状況にはない。

 

 逃げることは許されない。

 では、

 

――潔く敗北を受け入れる?

 

「やりたくない」

 

 ――もう傷つくのは嫌だ。

 

 ゆえに、どの選択肢も不適格。この場合選ぶことができるものではない

 主役のように光を求めて駆けることをしようとして、できなくて今這いずりまわっている。

 

 そんな己の分では、主役にはなれない。それがわかっても認めることを嫌がって、それでいて雄々しく散ることを心底怖れている。

 

 その性根はまさに凡夫だ。

 どこにでもいる普通の少年に過ぎない。

 

 ならばこそ願うことは一つだ。主役になれなず、脇役でいることも認められないのであるならば、もうできることは一つしかない。

 

 つまりは――。

 

 ――逆襲を。

 

 その選択を誰も肯定しない。されど、肯定してほしい人へと向けて、少年はただ目を向けるのだ。

 

「そう――」

 

 それを見て女はまた思うのだ。

 

 逆襲の本質。弱者が強者を滅ぼすからこそ成立する概念。勝利の栄光を手にした者にはその権利はない。負けた者、あるいは栄光の中にない凡夫、物語の中心にいない脇役だからこそ引き起こせる奇跡。

 

「見せろよ。お前が役に立つところを――」

 

――ならば、逆襲(ヴェンデッタ)を始めよう

 

「わかったよ」

 

 声が確かに聞こえた。だからこそ、(ロン)は立つ。

 

 既に勝利への筋道は出来上がっている。観客が何かを言っている。実況が何かを言っている。だが、そんなものは聞こえない。

 霞んだ視界にとらえているのはドラゴンですらなく。ただ一人の女。逆襲を捧げる。

 

 ゆえに、まずは一手だ。取り換えの呪文。それで鱗一枚を自分の替えのパンツと取り換える。当然、それは鱗じゃないからどこかへと飛んで行く。

 むき出しになるホーンテールの肉。紅く強い強靭性が感じられる。

 

「スポンジファイ」

 

 そこに、

 

『GRAAAAAA――?!!』

 

 有りっ丈を込めて衰えの呪文を使う。

 

「スポンジファイ!!」

 

 もう一度、衰えたそこへともう一度。更に、もう一度。何度も何度も魔法を放つ。弱い魔法でも積み上げればその効力は甚大なものへと変貌する。

 ドラゴンの筋力が衰えその翼でも腕を地面につく。そうしなければ支えられないのだ。それでもなんとか卵だけは潰さないように前に出て地面へと腹もつける。

 

 それほどまでにホーンテールは弱っている。

 

「アグアメンティ!!」

 

 ロンは前に出た。放たれる火炎に向かって水を被ったまま突撃して相手の翼の下へ。

 

「スポンジファイ!!」

 

 狙いは翼の皮膜。如何に竜であろうとも皮膜は薄い。だから衰えさせて、

 

「レダクト!!」

 

 粉々にする。

 これで飛んで逃げることもできない。

 

 もとより逃がす気はない。絶対強者に教えてやる、鼠の恐ろしさというものを。

 

『GRAAAAAAAAA――』

 

 それでもホーンテールはロンをかみ殺そうと迫る。身体が魔法を受けて衰えている。だから首だけ動かしてロンを狙う。

 ハーマイオニーに言われた通り、ロンは迫る牙をマシュマロに交換した。言われてから散々練習してきた呪文は成功する。

 

 牙の一撃はマシュマロになった。そのおかげで、牙の分顎を閉めただけのホーンテールはロンをかみ殺すことができない。

 それどころか顎の力も衰えさせられる。口をあけて体内に直接魔法を打ちこんだ。どんな生物も体内は鍛えられない。

 

 もはや首も動かせないだろう。轟音を立ててホーンテールが倒れる。

 

「チェック」

 

 それでも安心できない。ロン・ウィーズリーは臆病者だから。衰えさせたが、まだホーンテールの目は生きているから。

 だからまた取り換えの呪文でドラゴンの爪をケーキに取り換えてやった。散々練習してきた。あの無理に頼んだサルビアとの地獄の特訓の日々は無駄ではない。

 

 ハーマイオニーに教えてもらったくらげ足の呪いをドラゴンへとかける。一発ではなく四発。前脚、後ろ足をくにゃくにゃにしてやった。

 十分に衰えさせたからこそできたことだ。

 

 そして、

 

「ラングロック!」

 

 サルビアから教えてもらった呪文を行使する。舌を口蓋に貼り付ける呪文らしい。誰も知らない呪文でどこから彼女が調べて来たのか、それとも作ったのか知らないが、敵を黙らせるのに使えるとのこと。

 それをつかってホーンテールの舌を口蓋に貼りつけた。これで炎は吐けない。

 

「チェックメイト――」

 

 あとは卵をとればいい。

 

 卵をとる。

 

 会場はしんと静まり返っていた。

 逃げ惑っていた少年が、まさかの逆転勝利。それも文句も言わせぬほどの。

 

「ほら、見せつけてやりなさいよ」

「うん――」

 

 だから、ロンは彼女の言葉に従って金の卵を掲げて見せた。

 

 それからやってくる大歓声。誰もがロンを讃える。良くやったと。

 それから点数の発表だ。審査員六名がそれぞれ10点満点で発表する。

 

 最初にマダム・マクシームが杖を宙に掲げて8を描いた。

 続いて、クラウチが8を描く。

 バグマンも同様に8点。

 ダンブルドア校長は10を描き、石神静摩は10点と書かれたフリップを出した。

 残るカルカロフは、3の数字を描いた。

 

 合計点数47点。

 1位は50点のビクトール・クラムで、2位はセドリック・ディゴリー、フラーと続きロンだ。それでも良くやった方だ。

 

 これにて、第一の試練は終わった――。

 




筆が乗ったために連続更新。
スポンジファイによって衰えさせてから取り換えて戦力を奪う作戦でした。
衰えの呪文って結構便利だと思うの。あと取り換えの呪文。
それによってドラゴンの武器を尽く使えなくしてくことが勝利への道筋だったようです。

もう少し修業期間があればね、サルビア監修の新魔法ガンマレイとか、シルヴァリオクライとかを習得させられた可能性のあるロン君でしたが、時間が足りなかったために今回はパス。
ラングロックは半純潔のプリンスのだけど同じ発想したサルビアが塵屑黙らせるために開発した奴です。
そして、ロンはサルビアときゃっきゃうふふな追いかけっこしたおかげでドラゴンの攻撃とか避けられるようになりました。
アレ、これがご褒美で良くないか?

得点について。
 マダム・マクシーム。時間がかかり怪我もしたが、ドラゴンを無力化してみせた為の評価。
 クラウチとバグマンもマダム・マクシームと同様の理由である。
 ダンブルドア校長は言わずもがな。
 石神静摩は、常に10点しか出さない。こいつは真面目に審査する気がない。誰か連れて帰れ。
 カルカロフ。いつもの贔屓。時間がかかったし、怪我もしているためにこの点数。本人は厳しめにしたと言っているが、実際はパンツが顔に飛んできたため。本当0点とかにしたかった。


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第41話 試練が終わって

「くくく、あはははっははは――」

 

 哄笑が響き渡る。これが嗤わずにはいられるものか。

 使えない、使えないと思っていた駒が使えるとわかったのだ。これが嗤わずにいられるものか。あの塵がその有用性を証明して見せたのだ。

 

 思春期の男のなんと御しやすいことか。

 ご褒美をあげるという言葉一つで、あの塵はドラゴンに勝って見せたのだ。

 

「良いわよ塵屑。この私に使われるためにせいぜい頑張って見せなさいよ」

 

 ああ、なんて、なんて――滑稽なのだ。

 

 滑稽すぎて、笑いすぎて、腹が破裂しそうだ。

 愛? 気合いと根性?

 

 ――はっ。

 

 言葉一つ、微笑み一つ、心配そうな顔一つ。たったそれだけで、あの塵屑は死ぬ気で頑張ったわけだ。

 劣等感を抱いていた。無意識のうちに自らがわき役だからと思って鬱屈している屑ほど御しやすいものはない。甘露を流し込めばあとはもう堕ちるだけだ。

 

 お前は逆襲の甘露を知ってしまった。もはや逃れられない。

 見下した相手を奈落へと引きずり降ろす快感を知ってしまったお前はもはや勝者にはなれない。

 

 勝者とは輝く者だ。暗く、深淵の底で引きずりおろすべき美しいものを待つ痩せた狼など勝者からは程遠い。ロン・ウィーズリーはもはや逃れられない奈落へと落ちたのだ。

 だが、安心すると良い。

 

「あんたは、私がちゃんと使ってあげる」

 

 慈愛に満ちた女神のような表情で引き揚げてあげるのだ。

 笑顔の鎖で縛ってあげよう。

 

 お前はもう逃げられない。

 サルビア・リラータからは逃れられない。

 

 最後の瞬間まで、駒として生きるが良い。

 

「役に立ちなさいよ。お前が生まれてきた理由なんて、それで十分でしょう。私の為に死ねるのよ。泣いて喜びなさいよ」

 

 暗い深淵に嗤う女あり。

 健常になっても変わらず、歪みは更に純度を増して歪んでいる。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 第一の競技が終わり、ロンはまさしく英雄扱いだ。酷い怪我もマダム・ポンフリーの手にかかればあっという間に治ってしまった。

 それで数日遅れたがそれはもうどんちゃん騒ぎだ。あのロン・ウィーズリーがドラゴンと戦って勝った。マクゴナガルにチェスで勝った時以来の衝撃だ。

 

 宴会だ。グリフィンドール寮で好き勝手騒いだ。騒ぎまくったほどだ。そのおかげで、ロンが解放されて、ハリーやハーマイオニー、サルビアとゆっくり話せるようになったのはすっかり遅くなった時間だった。

 

「ふぅ、ようやく静かになった」

「仕方ないわよ。だって本当に凄いことなんだから」

「ううん、みんなのおかげだよ」

 

 一人じゃ絶対に勝てなかった。皆が、色々としてくれたから勝てたのだとロンは今でも思っている。いや、勝てたからこそ思っている。

 特にサルビアだ。

 

「サルビア、本当にありがとう」

「そう。なら次も頑張りなさい」

「うん!」

「で、その卵あけないの?」

「え、あける?」

 

 ロンは忘れていた。その卵が実は開くということを。

 サルビアは呆れながら言ってやれば、

 

「そこを捻ればあくわよただ――」

 

 ロンは忠告を最後まで聞く前に卵の蝶番を開けた。

 

 その瞬間、ガラスか黒板を鋭い爪で掻き毟った騒音を何倍にもしたかのような、甲高く鋭い音が談話室中に響き渡る。

 驚くような速度で締めるロン。

 

「な、なんだよこれ、ヒントじゃないのかよ!!」

 

 ハリーもハーマイオニーもみんなして憤慨する。ヒントがこれってどういうことなのかと。

 

 ――こいつらは阿呆か。

 

 この程度の言葉も聞き取れなかったというのかとサルビアだけは正確に聞き取っていた。

 

 ――探しにおいで声を頼りに

 ――地上じゃ歌は歌えない

 ――探しながらも考えよう

 ――われらが捕らえし大切なもの

 ――探す時間は一時間

 ――取り返すべし大切なもの

 ――一時間のその後は

 ――もはや望みはありえない

 ――遅すぎたなら

 ――そのものはもはや二度とは戻らない

 

 歌だ。水中人(マーピープル)の歌である。これほどまでに美しい歌を歌えるのは自分を除けば彼らくらいのものだ。

 まあ、塵屑に高尚な歌を理解しろというのが元来無理な話なのだ。

 

 いや、そもそも彼らの歌は水の中でしか理解できないのだから地上で聞いて理解できているサルビアの方がおかしいのだ。

 水中人の言語マーミッシュ語を理解しない者が水中以外でマーミッシュ言語を聞くと耐え難い騒音として聞こえてしまう。

 

 サルビアは昔、水中人と取引して色々な薬草などを集めたこともあったので理解できるのである。

 

 ――それにしても歌詞からすると湖での試練らしいわね。

 

 水中人は水中に生きる魔法生物。湖の底に暮らし集団で狩りを行う。水魔を飼いならしているものも確認されている。

 ホグワーツの湖にも生息していたはずだ。少しばかり刈り取ったはずだが、まだ生きていたとは驚きである。

 

 セージもそうだが、魔法生物は大概、死ににくいらしい。

 

 ――なら、もう少しこき使っても大丈夫そうね。

 

 セージをもう少し酷使することを決めて、サルビアはああだこーだ意見を言い合っている三人がいい加減うるさくなったので答えを提示してやる。

 いつまでもうだうだ悩まれるよりさっさと教えて色々と対策を仕込んでやるのだ。そう自分好みの役に立つロン・ウィーズリーに仕立て上げる為に。

 

 そのために恩を売る。売って売って売りまくるのだ。

 

「水につけて開いてみなさい。それマーミッシュ語の歌よ」

「へ?」

「あっ!!」

 

 どういうこと? というハリーとロン。ハーマイオニーだけは一瞬で理解できたのだろう。

 

「そうよ、そうだわ! マーミッシュ語よ!」

「まー? なに?」

「マーミッシュ語! 水中人の言語よ。水中人はね、水の中で生活している魔法生物で、とても素晴らしい歌を歌うの。ホグワーツの湖にもいるはずよ」

「これが歌?」

 

 こんな騒音が? と言いたげなハリーとロン。

 

「それは私たちがマーミッシュ語を理解できてないからだわ。そういう時は、水中で聞くの」

 

 早速タライに水を入れて卵をつけておそるおそる開いてみた。音はするが先ほどのような騒音ではない。

 顔を水につけて見ると綺麗な歌声が響いていた。

 

「凄い!」

「探しにおいで声を頼りに……つまり、大切なものを探せってことね。水中人だから、たぶん湖で行うはずよ」

「僕、一時間も息なんてとめてられないよ」

 

 どうやら今回も第二の試練にふさわしい内容のようだとロンが絶望していると、

 

「あなたはなに、魔法使いでしょ。魔法でどうにかすれば良いわ」

「あっ、そっか!」

「さて、湖で息を続かせる方法はいくつかあるけれど、どれがいい?」

 

 サルビアがいくつかの選択肢を提示する。

 

「その一、泡頭呪文。頭を空気の泡で覆う呪文よ。これを使えば水中でも呼吸ができる。

 その二、変身する。水中生物に変身すれば呼吸を考えなくてもいいわ。

 その三、湖を蒸発させる。これをすればそもそも水中だということを考えなくて済むわ。捕まえられた人も探しやすいでしょう」

「どれも無理そうだけど、それは絶対に無理だよ」

 

 そもそも三つ目とかできるとしたらサルビアくらいではないだろうか。一体どれだけの火力がいるのだろう。

 

「大丈夫よ。ガンマレイを使えば」

 

 あれは普通に使っていい呪文じゃない。

 

 ロンの修行中にサルビアが編み出した呪文なのだが、なんというかヤバいなんてもものではない。かすっただけでもやばい。

 そんな代物だ。無論、ロンに使えるわけもなくお蔵入りしたわけだが。

 

「時間があるでしょう」

「無理だよ」

「そう……ならその四ね」

「その四?」

「ええ、鰓昆布(ギリウィード)よ」

 

 また聞きなれない単語でおうむ返しのようにしか反応出来ないロン。

 

「なにそれ」

「深緑色をした昆布。これを食べると1時間、耳の後ろに鰓が生え、鰓呼吸が可能になるのよ」

「凄い! それがあればらくしょーじゃん!」

「でも、それどこで手に入れるの?」

 

 ハーマイオニーがもっともなことを言う。鰓昆布の事は知っていたが、このホグワーツで手に入れるとなると非常に難しい。

 あるところにはあるだろう。具体的に言えばスネイプの薬草倉庫とか、薬品棚とかそういったところにはあるはずである。

 

「昔は持っていたけれど今はないわね」

「持ってたんだ……」

 

 なんでそんなものをサルビアが持っていたかは脇に置いておくとして、

 

「でもそれならどうするの?」

 

 ハリーがそう問う。

 あとはもう呪文を習得するしかない。またスパルタ地獄に叩き込まれる。しかも、水中呼吸だけじゃなく色々と役に立つものを覚えなければならない。

 なんとかして鰓昆布が欲しいと思ったロン。

 

「そうね、二つ心当たりがあるわ」

「二つ? 一つじゃなくて?」

「ええ」

 

 スネイプのところと、

 

「ナイア先生のところよ」

「あ」

 

 一同は、新しい防衛術の先生を思い出す。あの笑顔が、なんとも言えないあの先生は、自分の教員室に色々なものを持っているらしい。

 特に植物など多くある。魔法の研究をしているだけあって、その手の薬草などには事欠かないと自慢げに話していたのをハリーたちは思い出した。

 

「持っているかもしれないわよ」

「でも、くれるかしら」

「あの人ならくれるんじゃない」

 

 そういうわけで翌日、相変わらず闇の呪文を理解するまで使わされて、どういう対処法があるかを懇切丁寧にねっとりと説明するナイアの例年に比べてまともどころか、途轍もなく授業らしい授業を終えて皆がぐったりしながら帰ろうとしている時、ハリーたちは気力を振り絞ってナイアを呼びとめた。

 

「あのナイア先生!」

「んー、なんだい?」

「あの、鰓昆布って持ってますか?」

「ああ、持っているよ」

「やった」

 

 ナイアの返答に喜ぶ。

 

「あ、あの、それを分けてもらうことはできないでしょうか」

「えー」

 

 ロンが頼むとナイアは難色を示す。

 

「御願いします。試練の為なんです!」

 

 ハリーが頼んでも

 

「えー」

 

 難色を示す。

 

「どうしてもだめですか?」

「んー、そうだねぇ」

 

 ハーマイオニーがそう上目遣いで頼んでみると、露骨に態度を軟化させるナイア。もう一押しである。というかわかりやすすぎである。

 

「はあ、あるならわけで下さい」

「いいともー!」

 

 サルビアも頼めば、了承の一声。

 良いなら最初からくれよと言いたい。

 

「必要なときに、とりにくると良い。もちろん、女の子たち二人でとりに来てよねぇ」

「あ、はい」

 

 とりあえず約束を取り付けられたので良いことにする。あの先生はいつもこうなのだ。

 だが、これで試練はなんとかなりそうだった。

 

 ――地獄の修行さえ乗り越えればだが。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そして、クリスマスが近くなって来たある日。

 

「クリスマスの日。魔法学校対抗試合の伝統として、ダンスパーティが行われます」

 

 大きめの教室はすっかり空になり、ハリーたちはその左右の壁際に男女に分かれてマクゴナガル先生によって座わらされていた。

 いまこの教室には、四年生以上のグリフィンドール生が全員集まっている。これから何をさせられるのか。ハリーは、又聞きで聞いているがあまりやる気はなかった。

 

 女子の方は楽しそうにお喋りしているが、ハリーを含めた男子たちはやる気がない。

 なにせ、ダンスである。ダンス。この年頃の男の子が好き好んでやるものではない。

 

 だが、それでもマクゴナガル先生はやる。

 

「良いですかみなさん。我がグリフィンドールは千年もの間、誇り高い心を受け継いできました。三校が集まってのダンスパーティです。きっと楽しい一夜となるでしょう。

 くれぐれも羽目を外し過ぎないように。良いですね、先達から脈々と保たれてきた誇りをたった一晩で叩き潰さないよう、ご注意願いたいものです。

 そこで今回の授業で行うのはダンス指導です。ダンスの一つも出来ないのでは恥ずかしいですよ。

 ダンスパーティの一夜では、男の子は素敵なジェントルマンに。女の子は華麗なレディーとなるのです。その時、相手に恥をかかせないように必要なので真面目にやるように」

 

 いつものお叱りと注意の狭間のトーンでマクゴナガル先生が言う。

 

「エロイーズ・ミジョンは別かな」

「くくくっ」

 

 思わずと言ったようにロンとシェーマスがひそひそ話してにやにやしていた。

 無論、小声なのだろうがマクゴナガル先生に目を付けられるには十分目立ったようだ。

 

「ふむ、ではミスター・ウィーズリー。お手本としてこちらへおいでなさい」

「えええ!?」

 

 マクゴナガル先生に呼ばれて、奇声をあげて驚くロン。

 

「あなたは代表選手なのです。代表選手は伝統として一番最初に踊るのですよ。あなたはホグワーツの名も日本の魔法学校の名も背負っているのです。しっかりと練習しましょう」

「うそ、だろ」

「ですので、さあ、腰に手を当てて」

「なんだって?」

 

 ロンは聞こえたマクゴナガル先生の言葉が信じられなくて聞き返す。この時点で、フレッドとジョージは嗤うのをこらえきれなくなっていた。

 

「腰に手を当てるんですよ、ウィーズリー」

 

 最高のネタだった。フレッドとジョージは当然のようにはやし立て、口笛を鳴らす。

 ハリーも気の毒には思ったが、あんまりな構図であったので思わず笑ってしまった。無論、ロンのダンスはへたっぴだったと言わざるを得ない。

 

「さあ、みなさんもペアを見つけて踊ってごらんなさい」

 

 マクゴナガルの宣言と共に、ハリーたちは椅子から立ち上がったのだが、悲しいかな思春期の男子にとって女子をダンスに誘うなどかなり難しいのだ。

 そんな中で動くのはフレッドとジョージ。彼らは物怖じして動けない男子とは違って軽く笑みを浮かべて女子を誘う。フレッドはアンジェリーナに軽く練習を申し込んでいた。

 

 あんまり動けないでいると、

 

「ほら、早くペアを作りなさい」

 

 マクゴナガル先生のことばによってようやく男子は動き出したのであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ――ダンス。

 

 ダンスパーティー。

 

「はぁ」

 

 サルビアは酷く憂鬱そうにしていた。誰が好き好んで塵屑とペアをつくって踊らねばならないのかと。

 だが、サルビアは己の容姿を自覚している。必ず誰かに誘われることになると。一々断るのは面倒くさい。それならば、誰かに誘われて相手がいると言って断れる口実がある方が楽であろう。

 

 それでも練習は面倒臭い。サルビア・リラータである。魔法だけでなく一般教養、マグルの科学知識も完備時ている彼女の灰色の脳髄がダンスを覚えていないわけがないのだ。

 ダンスパーティーのダンスならば全種類躍ることができる。それもこれも駒を増やす為の知恵と知識だ。

 

「さ、サルビア、ぼ、僕と踊ってくれない?」

 

 さて、練習なので誰かに誘われるのは当然で、誘われた相手はハリーだった。良く来れたなとは言わないでおこう。

 

「ええ、良いわよ。しっかり、リードしてちょうだい」

「わ、わかった」

 

 自信なさげであったが、当然ダンスもそりゃ酷い。こいつ初めてなのだろう。

 なのでサルビアがそれとなくリードしてやる。足を踏まれてはたまったものではないからだ。全力で踏まれかけたのであとはもう回避の一手だ。

 

「ふふ、上手よ」

「そ、そうかな」

 

 ドが付くほど下手に上手だ。どうしてそんな風に上手く下手にできるのか教えてもらいたいほどである。絶妙にテンポはずれているし。

 だが、それでもサルビアと一曲踊ればそれなりにはなった。彼女が足を踏まれないようにリードしたからだ。

 

「はい、ありがとう」

「うん、サルビアダンス上手だね」

「ありがとう。それなりにね」

 

 練習は続く。役に立ち始めた屑(ロン)はというと、代表選手なのでいろんな女子に囲まれている。あるいはダメダメなのでマクゴナガルに指導してもらっていた。

 次にサルビアの相手になったのは屑塵(ネビル)だった。

 

「よろしくね」

「よ、よ、よろしく」

 

 どもり気味だし、相変わらず怯えているがネビルはダンスが巧かった。サルビアがそれとなく誘導しなくてもしてほしいステップ、してほしい動きを読み取って彼はリードするのだ。

 

 ――へぇ。

 

 塵であることに違いはないが足を踏まなかったことは褒めてやろう。

 

 

「上手じゃない」

「あ、ありがとう」

 

 怯えているが、身体に染みついているのだろう。

 

「おばあさまの薫陶かしら」

「う、うん。え、えっとね、サ、サルビアは、小さいからって合わせて大きく動こうとしないで良いよ。癖なんだろうけど、それを止めて普通にして合わせてもらった方が、楽だと思う。」

「そう、ありがとう」

 

 しかも、アドバイスまで。怯えているとは思えない。

 

「有意義な時間だったわ」

 

 一曲終わればネビルとのペアは解消だ。

 

「あ、あの」

「何かしら」

「……う。ううん、なんでもない」

「そう。そうね、私からも少しアドバイスのお返しよ。自信を持ちなさい。あなた、それだけでも変わると思うわよ」

「う、うん」

 

 ネビルがそう言って去って行く。その途中で、

 

 ――うん、やっぱり、怖がる必要ない、よね。サルビアは、優しい、し。

 

 そんなネビルの呟きが聞こえた。

 

 そんなこんなでダンスの授業は終わり、ホグワーツは別の意味で沸き立つ。ダンスパートナーを探すという一大イベントの開催であった。

 




次回は、ダンス相手を探すのとロンのドレスローブの改修作業が入ります。

さあ、誰がサルビアと踊るのか。
彼女のドレスは?

そして、ナイア先生は果たしてダンスのペアを見つけられるのか!


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第42話 パートナー

 ダンスパーティに出るからには当然のように相手が必要だ。相手がいないと話にならないと言ってもいい。

 そういうわけでロンがモテ期に突入した。いきなり脈絡がないが、全てが全て脈絡がないわけではない。

 

 ダンスパーティーは、パートナーがいないと話にならない。さて、そこでパートナーは誰が良いか。

 女として目指す相手は一番が良いだろう。顔が良いことにこしたことはないだろうが、ここで最も重視されるのは人気だ。

 

 さて、そこでロンのモテ期に繋がるのだが、ロンは魔法を組み立ててうまくドラゴンを倒した。顔は普通であるが、彼のかっこいい姿というのはそれなりに広がっている。

 むしろ、最初情けない顔で逃げ回っていた姿からの見事な逆転勝利。その姿は相当にかっこよかったらしい。サルビアにまったくと言ってよいほど理解できなかったが。

 

「大変ね、代表選手は」

 

 さて、そんな他人行儀に言ってるが、サルビアはサルビアで大変である。なにせ、容姿が良い。儚げな深窓の令嬢然とした姿は男子ならば誰でも気にせずにはいられない。

 その全てをサルビアは一刀両断する。塵屑と踊る気はない。

 

 だが、それでも来る相手は途切れない。特に三年生以下の少年少女はそれはもう必死だった。四年生から上の学年に該当する生徒のみがパーティに出られるとあってのだ。

 そりゃ必死にもなるだろう。彼ら彼女らが出るにはパーティーへの参加資格がある生徒とペアを組まなければならないのだから。

 

「さて、どうしたものかしら」

 

 できればパートナーなしで行きたいところであるが、自分の美貌がそれを許さない。適当な相手でもいればいいが、そう思いながら廊下をあるいていると、

 

「おい」

 

 ふと、聞き慣れない声に呼び止められる。

 

「何かしら。ビクトール・クラムさん?」

 

 そこにいたのはビクトール・クラムだった。

 ダームストロングの代表選手が何をしにきたのだろうか。

 

「どうか、ヴぉくと踊ってはくれないだろうか。そして、それ以上も」

 

 それは実質的な男女交際の申し込みだったのだろう。

 

「なぜ?」

「聞いた、あのロン君を勝利に導いたのは君だと」

「それが理由?」

 

 美貌、頭脳。そこら辺が理由か。あるいは、猫を被ったこの皮にでも引かれたのだろうこの阿呆は。

 しかし、面倒くさい。

 

 サルビアは誰もが憧れるヒーローからのダンスの申し込みとそこから付随する男女交際の申し込みを面倒くさいと斬って捨てる。

 ここは断る一択。

 

「断るわ」

「なぜ? もう誰かとパートナーに?」

 

 さて、ここで否定すれば面倒くさい追及になるだろう。

 ゆえに誰か適当な奴を指名するのがこの面倒くさい塵屑をさっさとどこかへやれるのだが、生憎と適当な相手というのは中々難しい。

 

 まったく役に立たない屑だと思っていると、そこにちょうどよくマルフォイが通りかかった。

 

 ――いいタイミングだ、塵。

 

「ええ、そうよ。そこの彼」

「フォイ!?」

 

 いきなり指名されたマルフォイは変な声を上げるが、サルビアはお構いなく彼の腕を組む。そして耳元で、

 

「合わせなさい」

 

 そう呟いた。

 マルフォイはサルビアの手駒だ。ゆえに、命令に服従する。

 

「ああ、そうさ。そういうことだから、彼女を誘うのはやめてもらおうか」

 

 ここぞとばかりにその嫌味な顔にドヤ顔を張り付けるマルフォイ。こういうことをさせると本当に適役だ。役に立たない屑ではあるが。

 

「そうか。わかった。もう一つの方の話は考えてもらっても?」

「考えるだけなら」

「ならば良い」

 

 そう言ってクラムは去って行った。

 

「それじゃ」

「はい!」

 

 サルビアも即座にマルフォイに口止めして去って行った。

 

「…………なんで――」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ねえ、ロンはどこへ行ったのかしら」

 

 ここ数日の訓練をさぼっている。寒くなってきて暖炉の前から動きたくないというのに、わざわざ時間をとってやっているというのに塵屑(ロン)は教室に現れなかった。

 それどころか、サルビアを避けている節もある。ハリーとハーマイオニーには普通なので、サルビアだけ避けられている形だ。

 

「君、何かしたの?」

「何もしてないわよ」

 

 ハリーが心外なことを言うので否定しておく。心当たりはない。特に何かをした覚えもない。

 いや、心当たりと言えばクラムにダンスパーティーに誘われたあの日以降ロンを見た覚えがない。

 

「…………」

 

 もしかしたらアレを見られていたのか。

 見られていたと仮定して、どこまで見られたのか。どこから見ていたのか。最悪を想定して最初から最後までだとすると、面倒だった。

 

 思春期男子の心情を想像して面倒くささに溜め息を吐くたくもなる。

 

「何かあるの?」

 

 そんなサルビアの心情をどことなく察したハリーがそう聞いてくる。

 

「ないわよ。そんなことよりあなたはダンスの相手は見つかったのかしら?」

「ええっと」

「見つかっていないのならさっさと見つけなさい。気心がしれた相手の方が楽よ。ハーマイオニーとか誘っておきなさい」

「君は?」

「私を誘うならパートナーの足を踏まない程度に上達してからね」

「うっ」

 

 何せ、塵屑《ハリー》はやる気がないために全然上達しない。ロンはマクゴナガルが付きっ切りで指導しているから実は彼よりも上だ。

 まあ五十歩百歩であるが。辛うじて人に見せられるレベル。ただ、下手すると足を踏まれるかもしれない相手(ハリー)とパートナーにはなりたくないのは当然だろう。

 

 というか誘うな塵屑。なぜ、至高の存在足るサルビア・リラータがハリー・ポッター如きとダンスを踊らなければならないのか。

 

「それに、躍るならあなたじゃないわね」

「じゃあ、誰?」

「教えないわ。ただ、これはご褒美というところよ。それにあなたなら私じゃなくても大丈夫でしょう」

 

 遠回しにあいつが他の奴と言ったら心配だと言っている。

 それを言外に察したハリーは、

 

「そっか。それなら僕はハーマイオニーを誘うよ」

 

 そう言った。少しだけ笑顔だ。ただそれをサルビアは気色わるいと思った。

 

「そう。じゃあ、さっさと行ってきなさい」

「わかった」

 

 サルビアはそれからロンを探すこととする。取るに足らない塵屑であるが、駒として使うと決めた以上役に立ってもらう。

 

 そのためにサボることなど許さない。

 

「さて、面倒だけど探しましょうか」

 

 魔法を使いロンの位置を特定する。この程度雑作もなく、

 

「ロン・ウィーズリー」

「さ、サルビア」

「私がわざわざ割いてあげた時間を無駄にするとはどういうつもりかしら」

「き、君には関係ないだろ!」

 

 そう言って彼は逃げ出した。

 

「そう、そう言うつもりなの」

 

 しかし、どこにいても位置を特定できるサルビアに呆気なくロンは追い詰められた。誰も使っていない古教室。

 話をするには話しやすい場所だろう

 

「…………」

「さて、話は聞かせてもらえるんでしょうね。どうして私を避けるのかしら」

「……君には関係ないだろ」

「大有りなのよ。まあ、おおむね理由はわかっているわ。どうせ、私のダンスのパートナーについてでしょう?」

「…………」

 

 ほら、わかりやすい。この屑はなんてわかりやすいのだろうか。

 露骨に表情の変わったロン。それでは正解ですと言っているようなものだ。まあいい。わかりやすい塵屑と使いやすい塵屑は嫌いではない。

 

 度し難いのは使いにくい上に使えない塵屑だ。害悪とすら言える。存在していることすら許容したくないほどだ。

 だが、この塵屑《ロン》は有用性を証明した。ならば使ってやる。

 

「……そうだよ。君はマルフォイと行くんだろ」

「そうね。そうだとして、なんで、あなたは私を避けるのかしら」

「それは…………。君がスリザリンとつるむから」

「そう。まあいいわ。あなたが短慮なのは知っているもの」

「なんだよそれ!」

「私はね、マルフォイとなんてダンスパーティーなんて行かないわよ」

「へ? そうなの?!」

「あれはあなたの勘違い。ビクトール・クラムの誘いを蹴るために仕方なくよ。そうでもなきゃなんであのマルフォイと一緒に躍らなければいけないのかしら」

 

 いつもと変わらぬサルビアの鋭い言いようにロンは思わず笑ってしまった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「はは、そうだよね」

 

 そう彼女がマルフォイと踊るはずがない。自分が一番わかっていることだというのに何をしていたんだと今更になっておかしくなったのだ。

 

「そっか」

「そういうことよ」

「って、ちょっとまって? それなら君は誰と行くんだい?」

「まだ誰とも。決めていないわ」

「うそだろ!?」

 

 あのサルビア・リラータがダンスの相手が決まっていない? そんなことがありえるのか? きっと引く手あまたに違いないのに。

 だって彼女はとてもきれいだ。

 

「本当よ。色々とお誘いはあるけれど、全部断ったわ」

「どうして?」

「行く気がしないわね。そもそも親しくない相手ばかりだし」

 

 確かにそう考えると、サルビアは入学してから自分たち以外の誰かと親しげにしているのをみたことがない。社交性がないわけじゃないから、そういう性質なのだ。

 それよりもだ、それならばどうだろうか。誘ってもいいのだろうか。とロンは考える。

 

 彼女の言い分ならば親しい相手ならば一緒に言ってくれるはずである。つまりはハリーかロンだ。

 

「な、ならさ、ぼ、僕と……僕と踊ってくれないか」

 

 精一杯、ロンはそう言った。

 

「……ええ、良いわよ。ご褒美として、あなたと踊ってあげるわ」

 

 上から目線であったが、それが彼女だ。そんな物言いの彼女が躍ってくれる。それだけでなんでも出来そうな気がした。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

  深海のような深き場所。ある意味でそこは礼拝堂であった。ただし、ただの礼拝堂ではない。和洋折衷というように、ありとあらゆる宗派が混じり合い、元がなんだったかすら不鮮明に混沌としている。

 かつてはカクレと呼ばれたキリシタンたちの礼拝堂であった場所。キリシタンを排斥する動きによって、カクレざるえなかった彼らによって変化させられた神々たちのなれの果てがここだった。

 

 立ち寄りがたい場所だ。神聖な場所ではあるが、それと同時に深い恨みに淀んだ場所だった。誰かと話をする場所でも祈りをささげるような場所でもない。そんなことは断じて言えない場所だった。

 そこにヴォルデモートとピーター・ペディグリューはいた。

 

「首尾はどうだ、ペディグリュー。いや、ナイアと呼んだ方がいいか」

「お好きに我が主。ぼくにとっては、名前なんて数あるうちの一つでしかないんだよ。そういう存在なのさ、ぼくは」

 

 椅子に座るヴォルデモートにいつも通りの調子でナイアは答える。

 

「しっかりと闇の魔法を教えてますよ」

「そうだ、しっかりと教えるのだ。いずれ救済へと至るためにな。そのためにまずはしっかりと学生に教えなければな」

 

 闇の陣営は大きく弱体化した。それもこれもかつて自らが敗れたせいである。ならばこそ、その増強こそが急務。

 だが、かつてと同じではまた負ける。

 

 ゆえにかつてと同じでは駄目なのだ。死喰い人を集め、軍団を編成することではダンブルドアには勝てない。

 そう魔法界を落とす最大の障害であるダンブルドアは闇の魔法使いにとって天敵である。

 

 どのように実力のある闇の魔法使いであろうともダンブルドアは勝つだろう。彼はそのような相手と戦い続けてきたのだから。

 だが、弱点がないわけではない。彼は闇の魔法使いを相手にするのは得意だろう。しかし、ならばそれ以外をぶつけたらどうなのか。

 

 そう例えば――彼が愛するものだとか。

 

「愛も情もわかる。人間の性に属するありとあらゆるもの全てを知っている」

 

 ゆえに、ダンブルドアの弱点もまた承知している。

 

「愛だ。愛ゆえに、俺様は敗れたのだ」

 

 愛に負けたのならば、愛でもって勝つのが常道。

 

「そして、病み()に堕ちろ。それこそが、救いだ」

 

 この世界は眩すぎる。死と生の狭間の眠りの中で見た魔法界の崩壊は、まばゆい輝きのせいで起きるのだ。

 そう全てが正しいと思っていた純潔が滅ぼすのだ自らを。ゆえに、己の闇に身をゆだねることが救いだ。正しさも悪も全てを呑みこんだ闇こそが救済である。

 

 己が与える病こそが救済となるのだ。誰もが苦痛を知ることで、彼女のような美しい輝きを持つことだろう。それが見たいのだ。

 

「誰もが、あの娘のように輝けるのだと俺様は信じている」

 

 漆黒の輝きをこそ愛している。

 

 暗い闇の底で、変革した闇の帝王が人類の救済を願うのだ。

 

 




ご褒美の正体はダンスの相手でした。良かったね、ロン。

さて、次回待望のダンスパーティー。
サルビア加入によって色々と変わっています。

ヴォルデモートは着実に勇者のみちと逆十字の血を受けて色々とやっております。
さあ、救済はすぐそこだとかそのうち言うんじゃないかなぁ。


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第43話 ダンスパーティー

 時間という時間はあっという間で、ダンスパーティー当日となる。

 今まではクリスマスの日となると殆どの生徒が実家へ帰省してホグワーツに残るのはほんの僅かであったところが、今年は一大イベントがあるということもあり逆に殆どの生徒が残っていた。

 

 サルビアもその一人だった。仕方のないこととはいえど、塵屑とダンスパーティーに参加せねばならない。そのためのドレスローブも一応は用意している。

 黒いドレスローブ。飾り気のないものでウエスト部分がすっきりしていて、裾に向かってスカートがふわっと広がるデザインのドレスである。それに同色のロンググローブ。

 

 黒い色は肌や髪の色の薄いサルビアを良く際立たせるし、何より黒は女を大人に見せる。ウエスト部分も高めにしてありヒールも高め。

 成長期の男子と比べて、当然だがサルビアは格段に背が低い。今の今まで病魔に侵されていたのだから仕方ない。これからその遅れも取り戻せるだろうが今はまだ全然である。

 

 少しばかり身長も伸びてはいるものの標準とは言い難い。だというのに塵屑(ロン)という成長期真っ只中で背が伸び出した相手とダンスをするのである。

 塵屑が笑われるのはまあいいとして、自らが笑われるのは我慢ならない。だが、身長はどうにもならない。変身術でも行使すればいいのかもしれないが、あからさまだとバレる。

 

 ただでさえダンブルドアに目をつけられているのだから、大人しくしておくべきだろう。まだ時が来るまでは。

 だからこんな面倒な努力をしている。

 

 さて衣装が出来上がればあとは中身になる。

 

「化粧は、した方がいいのかしら?」

 

 化粧という名の変身術は得意であるが、今回は自前で行ける。そういえば、自前で化粧なんぞしたことがないことにサルビアは今気が付いた。

 それが与える効果などは知っているが、あまり過剰にしすぎても駄目だ。しかし、パーティー。ある程度はしておいた方がいいだろう。

 

 何より自分の美貌には自身がある。あまり過剰にせずここは素材で勝負する方がいい。ロン・ウィーズリーが裏切らないようにするために籠絡する。

 その為の努力である。まったく面倒くさいが効果は期待できる。

 

「ん、薄めにしておきましょうか。あまり過剰にしすぎてもみっともないだけだわ」

 

 化粧も施し、髪も結い上げる。いつもは無造作にしている髪であるがゆるふわのものを結い上げれば、また印象は変わる。

 

「アクセサリは、ないから良いか」

 

 アクセサリなどには金が回らなかった。相変わらずの貧乏。だからこそ最低限度の装備で素材勝負である。

 素材勝負ならば誰にも負ける気などしないサルビアなので問題ないだろう。自らは誰よりも美少女である。病の消えたサルビア・リラータに勝てる女などいない。

 

「サルビア、準備できた?」

 

 全ての準備が終わったところでハーマイオニーがやってきた。彼女も普段とは違いボサボサの髪を整えて結い上げている。

 立ち振る舞いもいつもの雑な感じはなく、そのままでいれば優雅なお嬢様のような気品さすら窺えるようであった。

 

「見違えたわねハーマイオニー」

「ありがとうサルビアも綺麗よ」

「そう、慣れないからよくわからないわ」

「私もよ。あとは何かネックレスとかあればいいと思うのだけれど」

「ないわ」

 

 ハーマイオニーもサルビアの家が貧しいことは知っている。制服は特に買い替えていないし――背が伸びてないというのもある――嗜好品の類は本ばかりで流行りのものなど特に何も持っていない。

 だからこそこういう時もあまりそういうものはないのだろうなとハーマイオニーは思っていたので、

 

「ならこれをつけて、サルビア」

 

 銀のネックレス。花のあしらわれたそれ。花びらには魔法がかけられていて見るたびに色が変わる。

 

「クリスマスプレゼントよ。あなたの名前の花をあしらってみたの。あまりないものだから時間がかかっちゃって、魔法もかけるのにも手間取ったけれどついさっき完成してたの。間に合ってよかったわ」

 

 彼女からのクリスマスプレゼントがなかった理由はこれか。何か裏でごそごそやっていたのは知っていたがまさかこんなことをしていたのかとサルビアは呆れる。

 サルビア・リラータ。あまり花としては綺麗ではないがそこは細工師が見事にやってのけたのだろう。綺麗なものになっている。

 

 装飾も過多ではなく、花一つで魔法で色が変わるようになっているのみ。サルビアの嗜好を良く理解していると言える。

 

「ありがとう。ならつけてくれるかしら」

 

 実に使える屑(ハーマイオニー)は良く働く。自主的に動くところが役に立つ。この調子でこれからも役に立て。

 

「うん、これで良いわ。似合ってるわよ」

「そう?」

 

 確かに装飾のない中で唯一の装飾である。映える。

 

「そうよ」

「そう」

「それじゃ行きましょ」

 

 グリフィンドールの談話室で男子二人が来るのを待つ。しかし、約束の時間になっても二人は現れない。

 

「どうしたのかしら? ハリー?」

 

 ハーマイオニーがハリーを呼ぶ。

 

「ご、ごめん、ロンが――」

 

 クシャクシャな癖毛をなんとかなでつけようと努力をしたらしいハリーがドレスローブ姿であらわれる。いつもの姿からは想像できないほど紳士のように見えるが、中身がともなわなければ意味がないだろう。

 そんな彼はサルビアとハーマイオニーを見て固まってしまった。

 

「どうしたの?」

「あ、いや、えっと二人がとっても綺麗だったから」

「そう、ありがとう。それよりロンはどうしたのかしら」

「えっと、ドレスローブが」

「ドレスローブ? わかったわ、入らせてもらうけど大丈夫?」

「うん、僕とロンが最後だから」

 

 事情を察したサルビアは、ハリーの脇を通って男子部屋へと入る。すると何かと格闘しているロンがいた。

 

「何をしているのかしら」

「さ、サルビア」

「まあ、見たらわかるわ。少し待っていなさい」

 

 サルビアはロンから古ぼけたドレスローブをひったくる。それからまじまじとそれを見た。時代遅れの女物のようなヒラヒラのローブ。

 どう考えても古着だ。サルビアも貧乏だがロンの家も貧乏である。ただ、1人分で良いサルビアと比べて何人ものドレスローブを用意しなければいけなかったウィーズリー家に余裕などない。

 

 だからロンは古着。代表選手にえらばれると知っていれば何とかしただろうが、どうにもならなかった。手紙で送った時はおばさんは卒倒したとか言っていたのでここまで気が回らなかったようである。

 双子曰く、何か贈り物を考えているようで金を貯めているらしいのでこれまで回せる金はなかったようだ。

 

 しかし、これでは困る。サルビアと踊るのである。格闘のあとが見えるのはなんとかしようといた努力の結果だろう。

 どうにもなっていないしみすぼらしいままだ。

 

「まったく。手がかかる」

 

 そう言いながらサルビアはドレスローブに魔法をかけた。簡単な魔法を用いて新品のようなドレスローブへと仕立て直してやる。

 

「はい、これで良い?」

「あ、ありがとう」

「さっさと着替えなさい。時間が迫っているわ」

 

 そう言ってサルビアはさっさと部屋を出た。

 しばらくしてロンがやってくる。髪もなでつけて、サルビアに仕立て直されたローブを着ている。あの古臭いドレスローブを着るよりははるかにましな状態だ。

 

「馬子にも衣装ね」

「酷いな」

「さあ、行きましょうか。手を取ってくれるのでしょう? ジェントル?」

 

 芝居がかったしぐさで手を差し出してやる。

 

「えっと?」

 

 しかし、ロンは理解できなかったようだ。後ろでハリーとハーマイオニーが笑っていた。

 

「……ここは乗ってきなさいよ」

「あ、ごめん!」

 

 慌ててサルビアの手を取るロン。こんなので大丈夫なのか。先が思いやられるサルビアであった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 他の代表選手が集まっている扉横へと向かうとどうやらロンとサルビアが最後だったようだ。

 

「全員集まりましたね。それでは、準備が整うまで皆さんはここで待機していてください」

 

 ロンを確認したいつもと違いドレスを身に纏った淑女なマクゴナガルが、一言で言い切ると大広間へと入っていった。

 そのあとロンは代表選手たちを見ている。ふらふらと視線は彷徨ってフラー・デラクールへと向かう。

 

 クィディッチのレイブンクロー・チームのキャプテンのロジャー・デイビースとダンスパーティーにやってきた彼女は率直に言って魔性だ。

 男を虜にするヴィーラの血もあるが、何より彼女自身が綺麗なのだ。思春期まっただ中の男子がほだされるのも当然な相手。

 

「さて、ロン大丈夫かしら?」

「え、あ、え? なにが?」

「見惚れてるところ悪いのだけれど、そろそろ時間よ」

 

 マクゴナガルが大広間から出てくる。

 

「さあ、準備はいいですか? まずは代表選手たちのダンスからです。良いですね?」

 

 くれぐれも失敗しないようにと言外にロンが言われて、大広間の扉が開く。

 それから順番に大広間へと入っていく。

 

 大広間は普段とはその景色が異なっていた。氷と雪の城のような幻想的な空間へと変貌している。生徒が左右に分かれ、その間に出来た道を代表選手たちが進んでいく。

 審査員の座るテーブルへと近づき代表選手とそのパートナーも空いている席に座る。近くにいたクラウチがロンに話しかけていた。兄のパーシーが役に立つだとかそんな感じの事を話していた。

 

 テーブルには一人ひとりの前に小さなメニュー表が置かれているのでサルビアはロンを無視してそれを見る。ダンブルドアがメニューに書かれている料理を言うと目の前の皿に料理が現れたので、サルビアも食べたいものを注文していく。

 

「おいしいわね」

 

 またむかつくことに美味しい料理だ。この手のパーティーは美味いが、今日は尚更気合いが入っているように思える。

 そんな料理を食べると良いところでダンスの時間となる。

 

 マクゴナガルの言葉と共に、代表選手たちがステージに上がる。誰も彼もがその煌びやかさに声をあげたものだ。

 そんな中、ロンは緊張していた。

 

「ロン、腰に手を」

「あ、うん」

「落ち着きなさい。無理なときはリードしてあげるわ。だから――」

「い、いや、僕が、ちゃんとリードするよ」

「そう、なら深呼吸して。大丈夫よ」

「わかった」

 

 曲が始まれば、ぎこちないながらもロンは動く。最初こそそうであったが曲が進むにつれて練習のとおりに動けるようになってきた。

 サルビアがリードしなくても勝手にリードする。加減などわかっていない為、全然ダメなリードだが見られるくらいには踊れていた。

 

 一曲終われば他の者たちも踊りだす。

 皆の中で踊る中、ロンは幸せを感じていた。

 

「はは」

「なに笑っているのよ」

「え、そう? うん、楽しくて」

「そう」

「サルビアは楽しい?」

「……どうかしらね」

「素直に言えばいいのに」

「誰が素直じゃないのよ」

 

 そんな風に踊りながら言い合う。楽しい時間だった。ロン・ウィーズリーがずっとこのままでいたいと思うほどに。

 誰も彼もがダンスパーティーを楽しんでいる。ハリーにハーマイオニー、ダンブルドアにマクゴナガル。ハグリッドにマクシーム。その他大勢が一夜の夢を楽しんでいた。

 

 そんな楽しい時間が過ぎるのは早い。

 優雅なダンスミュージックが途切れたかと思えば、とんでもない大音量で大広間中にシャウトが響き渡った。

 

「イェエエエエエエイ! お上品なダンスに飽きたら、刺激的なダンスもね!」

 

 それぞれが楽器を振り回しながら現れたのは、妖女シスターズの面々だ。楽団の指揮をしていたフリットウィックが放り投げられ、熱狂的な歓声が響く。

 

 今までの優雅なダンスはどこへやら。熱狂的で滅茶苦茶なダンスが始まった。もう何が何だかわけがわからない。

 そんな騒音にサルビアは早々に庭へと退散していた。

 

「何が楽しいのかしらアレ」

「サルビアはそう言うよね」

「やあ、ロン。楽しんでる?」

 

 そこにハリーたちもやってくる。

 

「うん、まあまあかな。サルビアがあの騒音の中にいられるかって」

「ははサルビアなら言いそう」

「そうね。サルビア、ああいううるさそうなの苦手そうだし」

「うるさいわね」

 

 楽しい夜だった。パーティーが解散するまで疲れ果てるまで踊り続ける。一夜の楽しい楽しいダンスパーティーは、誰も彼もが疲れて寮の部屋で寝るまで続いた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「服従してもらうねー」

「なん――」

 

 光があれば影がある。

 闇が蠢き胎動する。

 

 ダンブルドアですら気が付かぬ闇。なぜならば、暗躍こそが彼の本領。

 

 ダンブルドアの牙城の中で、廃神、日本における神祇省にて役に立たぬとまでされた神のその最上位。

 災厄とまで称される第八等廃神が静かに蠢いていく。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そして、第二の課題当日。

 

「サルビア、どうしたんだろう?」

 

 ハリーとハーマイオニーはいつまでも来ない友人を観客席で待っていた。ハーマイオニーが言うには部屋にはいないという。

 しかし、観客席にもその姿は見えない。

 

「わからないわ。何かあったのかしら」

 

 サルビアを欠いたまま、試練は始まる。

 

 暗い湖の底で、試練は始まるのだ――。

 




さあ、第二の試練を始めよう。
パーティーは終わりだ。
これより第二の試練を始める。
それはお前にとっての最悪。
お前自身が失いたくないと思っているもの。
鼠が狼になるか。
それとも鼠のまま死ぬのか。
湖の底で、第二の試練が始まる。

もしもその手を掴みたいのであれば
さあ、逆襲《ヴェンデッタ》を始めよう。

予告風の何か。
というわけで第二の試練開始です。サルビアのおかげで恋愛模様が変わったりしておりますね。
というか病がなくなってからただの美少女になりつつある。なんとかしないといけないと愉悦神様が言っている。

まあ、それは良いとして。
五巻の構想ですが、ハリーが明晰夢見るくらいで特にやることがない。まだ平和が続きそうです。何かネタはないものか。
ヴォルもまだ動かないし、防衛術はナイア先生が続投するしなんて平和なんでしょうね。
その分書くことがあまりない。

ダンブルドアも動いてはいるんですが、如何せん秘密の部屋スルーのおかげで分霊箱を複数作ったという考えに至るフラグが足りない。
さて、お辞儀卿絶対殺すマンのダンブルドアはお辞儀卿を倒すことができるのか。


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第44話 第二の試練

第二の試練を始めよう。
それはお前にとっての最悪。
お前自身が失いたくないと思っているもの。
サルビア・リラータを奪還せよ


――ここはどこだ。

 

 サルビアはその強靭な精神で目を覚ました。マクゴナガルに呼び出されてから少し記憶がない。ダンブルドアがいたことは覚えているが、どういうことになったのか。

 サルビアは一瞬で自らがどのような状態なのかを理解する。水の中だ。苦しくないのは魔法がかけられているからであろう。

 

 水中人が周りにいる。つまりは湖。第二試練の場所だ。

 

――宝物を探せ。そういうことか。

 

 自分は誰かの賞品にされてしまったということ。

 

 目を閉じながら、振動操作の呪文を用いる。それによって、周囲の環境を誰に気が付かれることなく知覚してみせる。

 うまく振動を操作し水中人たちに気が付かれずにサルビアは周囲の環境を知る。

 

 他に捕まっているのは、むかつく塵(ルーナ・ラブグッド)レイブンクローの名も知らぬ塵(チョウ・チャン)。ボーバトンの誰か()

 ダンスパーティーでそれぞれ代表選手と踊っていた面々とその妹だ。

 

 いわば人質。

 

――まったく、情けない。

 

 それは自分か、あるい他人か。自分で抜け出せるのだが、ここで抜け出してやるのは面白くないだろう。どうせならば、もっと面白くしてやるのはどうだろうか。

 そう例えば、駒を成長させる為に試練を追加してやるとか。

 

 サルビアは、暗い水底を更に漆黒へと染め上げる。

 

――インペリオ

 

 そして、服従の呪文を自らを中心に広げる。

 

――従えよ有象無象ども。

 

 自らを繋いでいる水草の鎖を引き千切り、水底へと降り立つ。傅くは水中人。隔離されていたはずの大イカ。湖に住む全ての魔法生物がサルビアへと恭順する。

 

――さあ、行けよ。ここに来るやつら全員、ぼこぼこにしてやりなさい。

 

 それで死ぬのならばそれまで。死なぬのならばそれは使えるということだ。それから変身術を使い岩を変身させる。

 水の精霊ヴォジャノーイ。その姿を模した怪物だ。サルビアの強大な魔法力を込めて作り上げた水の悪魔だ。倒せる者などいるはずがない。

 

 それから岩をくりぬいた玉座に座って勇者を待つ。早く来るが良い。お前たちの宝物はここだぞ。

 第二の試練は、まったく意図しない女の手によって、混迷を極めていくのだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 フラー・デラクールは水中を行く。泡頭の呪文を使い空気を吸いながら。その時、彼女は気配を感じ取った。自らを見る気配。

 人から見られるほどの美貌を備えているフラーからすればその視線は慣れた物。ゆえに、彼女は見られるという事に対しての察知能力だけは高い。

 

 見られている。つまりは、敵の存在だ。今まで何もなかったが、来た。そう思い杖を構える。現れるのは薄緑色をして、指はが長く角があり、歯は緑のグリンデロー。

 

 グリンデロー、あるいはグリンディロー。それはイギリスに存在する水魔の名だ。攻撃的であり、水中人が勝っていることがある。

 つまり敵。そう認識した瞬間、グリンデローが襲いかかってくる。

 

 すかさずフラーは、躱す。その長い指が狙ってくるのは首だ。彼らの指の握力はとても高く、その指で締めてくるのだ。

 人を引き込み、首を絞めることもある。ペグ・パウラーに近く、人を引き込み食らうのだ。

 

 この程度に負けるつもりなどフラーはない。呪文で応戦する。曲がりなりにも代表選手になったのだ。魅了だけが武器ではない。

 煌びやかな魔法で応戦して見せる。もしここに観客がいたのならばその姿にまるごと魅了されていただろう。

 

 それほどまでに綺羅綺羅しい魔法が飛び交い、グリンデローを追い払う。

 

「行きましょう」

 

 そう言って先へ進もうとした瞬間――。

 

「きゃあ――」

 

 何かに足を掴まれ引き込まれた。髭を生やしたカエルのようなナニカ。

 

『GRAAAAAAAAAAA――』

 

 水の中だというのにはっきりと耳の中に響いてきた声。それを聞いた瞬間、背中を恐怖が駆け抜けた。呼吸が止まる。

 だが、それでもどうにかこうにか、

 

「――」

 

 呪文を唱える。レダクト。それによって掴んでいる腕が砕け散った。それによって逃げ出す。

 だが、追跡者は逃しはしない。水中人がフラーを取り囲む。グリンデローの大群が押し寄せる。

 

 視界を埋め尽くす大群を見て、フラーは杖を構える。自らの大切なものの為に戦うのだ。

 

――諦めない。

 

 輝く美貌を強く結び、決意を胸にフラー・デラクールは戦う。綺羅綺羅しい輝く呪文で大群と戦う。

 だが、数は力である。倒しても倒しても次の敵、次の敵がやってくる。

 

 それどころかより強い相手が集まってくるのだ。悪循環。ならば倒さず逃げればいいだろうと思うが、水中での性能差が露骨に出る。

 人間は水中で速く動けるようには出来ていないのだ。だから、逃げきれない。

 

 否、もとより逃げる気などない。愛する捕えられた宝物の為ならば、己は逃げはしない。

 

 しかし、現実は非常だ。如何に愛があろうとも、強き意思があろうとも、それでどうにかなるのは自力が伴っている場合のみだ。

 これだけの大群を相手にできるだけの力を学生が持っているわけがなく。蹂躙される。

 

 そうその結末が出るその刹那――。

 

「――そこまでだ」

 

 一人の男が辿り着く。

 

「セドリック・ディゴリー――」

 

 ホグワーツの代表選手がここに降りたつ。同時に、もう一人の代表選手(えいゆう)が来る。

 

「ビクトール・クラム」

 

 半分サメと化した男がやってきた。

 

 二人の男が今、戦場に立つ。

 

「寄ってたかって女の子を狙うのは見逃せないな」

 

 セドリックがそう言う。キザな台詞であるが、この状況だ流石に見逃すのもしのばれた。それに、目的地はこの先である。

 他にルートはない。ここを突破しなければ宝物へ近づけないというのであれば。

 

「通らせてもらうよ」

「…………」

 

 対するクラムは無言。もとより喋るだけの機能はサメの頭にはない。だが、鋭い牙が備わっている。敵をかみ砕くにはそれで十分。

 共闘する気などない。勝つのは己である。その強い自負の下、ビクトール・クラムは、勝利を目指すのだ。

 

 そんな彼らを見て水中人たちが思うことはない。主の命の下に彼らを倒す。ただそれだけである。

 

 ゆえに――

 

 三人での共闘などなく、ただ個人による突破が始まる。

 

 まず動くのは当然のようにクラムであった。サメの頭のまま突撃を敢行する。なにせ、その牙はそれだけで脅威だ。

 変身であるため通常のサメのように抜ける心配もない。強靭なエナメル質の刃がグリンデローを血祭りにあげていく。

 

 その死骸で出来た道をクラムは行く。

 

 他の二人もまた同時に動いた。

 

 セドリックは、高等呪文を行使して道を切り開く。簡単な呪いから、難易度の高い呪文を組み合わせてグリンデローや水中人たちを無効化して堅実に進んでいく。

 進みながら戦うことができないので動きを止めてまずは掃除から。

 

 フラーは同じく魔法を行使する。綺羅綺羅しい魔法によって魅了、目くらましなどを駆使して突破をかける。少しずつではあるが前に進んでいる。

 魅了が効きにくいこともあって難航しているが他の2人がいるおかげでどうにかなっていた。

 

 彼らは進む。自らの宝へと。呪文という輝きを放ちながら。

 

 そしてそこに巨大な足が通り過ぎていく。真っ白なそれ。吸盤のついたそれは紛れもなくイカの脚だった。

 

 大イカが彼らの前に立ちふさがっている。それでも彼らは逃げない。クラムもセドリックも。逃げずに戦う。

 まさに輝く者たちだった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「あいつら、頭おかしいんじゃないか?」

 

 それを見ながらロンの正直な感想はこんなものだった。ドラゴンに立ち向かうのもいっぱいいっぱいだった。今度は水中人だ。

 それも水の中で。あんな大群、自分には到底相手にできそうにないし、大イカなんてもってのほかだ。

 

 鰓昆布のおかげで呼吸できているが、それがなければ水圧などで死ぬような場所。そこでの戦いなんて恐ろしすぎてロンには出来そうにない。

 早々にサルビアと積み上げてきた自信は崩れ去っていた。

 

 またあのような綺羅綺羅しいものを見せられれば戦意も萎える。あのようなこと自分にできないことはわかりきっているのだ。

 だが、だからこそ自分にできることをする。

 

「このまま行こう」

 

 そうこのままいく。逃げることも勇気。あのように戦えることもまた凄いのだろう。尊敬する。だから自分もだなんてもう思わない。

 できること、出来ないことがあるのだ。だから、先に行く。宝物を取り戻すために。声がする方向へとロンは隠れながら進む。

 

 勝てる道筋なんてこれくらいしかない。自らが劣ることなど百も承知。だから、こうやって水底を這い蹲っている。

 そうして戦場を越えて大回りして時間をかけながらロンは辿り着いた。

 

 綺麗な歌声が響く場所。残る時間は十分を切っていると歌声が告げている。それだけの時間をかけてきたのだ当然だろう。

 

 そして、そこにはサルビアがいた。他の三人も到着して助けようとしているところだ。自分が最後。後ろを見れば、凄まじい戦いのあとだけがあった。

 そう自分には到底できないような。

 

 セドリックが顔をあげて時計を指さしてくる。時間がないというのだろう。頷くと彼はそのまま上がって行った。

 

 早くサルビアを助けよう。彼女を助け出す。やった、これで終われる。そう思ったその瞬間、足を掴まれた。巨大な蛙のようなナニカ。ヴォジャノーイ。

 それが真っ直ぐにロンを見ていた。

 

 他には誰もおらず。嫌な予感は的中する。そう狙いは自分だ。その瞬間、更に暗い水底へと引き込まれた。

 

「よォ、逃げるなよ」

 

 そう水の言葉が響いて――。

 

「ガハ――」

 

 それを理解する暇もないまま一気に背後へと視界が流れていく。ヴォジャノーイの突進は身体の芯へと突き刺さった。

 のみならず、死なないような絶妙な加減で繰り出された剛腕にて掴まれて水底へと叩き付けられる。

 

 一対一のおぜん立ては済んだそう言わんばかりにヴォジャノーイは笑った。

 

 その笑みにただただ、ロンは、

 

「……おいおい」

 

 水底を這いずりながら逃げ出すべく動いていた。サルビアは助けたのだ、目的は果たした。ゆえに、戦う意気など残ってはいなかった。

 暗い水底にいるだけでも恐ろしい。今にも水中人やグリンデロー、大イカが襲ってくるかもしれない。それだけでも恐ろしいのに、それ以上に恐ろしい悪魔が目の前にいるのだ。

 

 目的を果たす前ならば戦う気力もあっただろうが、今はそんなものありはしない。

 だから、必死に逃げようとする。生きる。死にたくないというように。

 

「呆れた」

 

 そう言われて蹴り飛ばされ、しかし水上に浮上することは許されない。肘が背中にめり込む。

 

 なんでこうなる。

 

 サルビアやハリー、ハーマイオニーとの相談で、とにかく見つからずに行くことだけを考えてきた。水中という動きが制限される場所。視界も悪く、水中生物たちの楽園。

 そんな場所で戦うなど愚の骨頂とハーマイオニーは力説した。だから、それにしたがって隠れて進む方法なんかをとにかく練習した。

 

 サルビアは光の剣(ガンマレイ)を推してきたけれど、そんなもの使えるわけない。代わりに振動操作の魔法だけは覚えてた。

 それを使って敵をかく乱して、逃げて、先へと進んできた。

 

 ドラゴンと違って明確に恐ろしい敵なんていなかったから、どうにかなるそう思ってここまで来た。結果、どうにかなった。

 ゆえにこの状況など想像の埒外。

 

 同時に納得もする。あの三人は強い。自分なんかとは比べものにならないほどに強いのだ。それは彼らの戦いを見ればわかる。

 あんな大群を相手にして真正面から戦いを挑むなど明らかにおかしい。

 

 だが、それができるからこそ脚光を浴びれるのだ。なぜならばそれは自らの力への強い自負に他ならない。

 強いからこそ立ち向かった。それだけのことなのだ。

 

 そして、弱いからこそ狙われて、嬲られている。

 

「ガ――」

 

 抵抗も防御すら許されない。巨体に似合わぬ俊敏さで水中を移動して縦横関係なく嬲ってくる。水の精霊は容赦なくロンを死の間際へと追い込んでいくのだ。

 反撃などできるはずがない。

 

 必死に呪文をうつも当たらないし、生半可な呪文では弾かれる。

 

「嫌だ」

 

 死にたくない。生きたい。

 

「なら、わかっているでしょう」

 

――もう一度。 

 

 見せてくれという声を聴く。

 こんな弱い男に見せられるものなんて一つしかないだろう。そう決めつけるような声が響く。

 

 何を見せろというのだ。

 

――勝利?

 

 そんなものではない。

 

――敗北?

 

 しても良い。けれど見せるべきものじゃない。

 

――逃げる?

 

 できない。やるべきことではない。

 

 それらはどうあがいたところで形にはできない。ふさわしくないのだと声は語る。

 

「なら、やるべきことは一つでしょ」

 

――逆襲。

 

「さあ、逆襲(ヴェンデッタ)を見せてちょうだい」

 

 強大な敵と倒して引きずり堕とすべく、自らの力を振り絞るが良い。目の前の敵を噛み殺し、天上へと昇った者を引きずり落とすのだ。

 その思いに、頷いた――。 

 

 その瞬間、爆音が泡となって現出した。

 

『GRAAAAAAAA――!?』

 

 ヴォジャノーイの悲鳴が響き渡る。そんなものなどもはや聞こえてはいなかった。加減なく、目いっぱい引き起こした爆音の奔流。

 自らに使えるのはこれくらい。できることはそんなにない。ゆえに、出来ることをするのだ。

 

 暗い水底から勝利者を引きずり下ろす。今は、目の前の悪魔を。

 

「スポンジファイ!!」

 

 ゆえに、まずは衰えさせる。爆音を響かされて混乱のさなかのヴォジャノーイにそれは効く。

 まずは武器を奪うのだ。相手の武器はなんだ。

 

 腕、脚、それからその巨体。ならば、衰えさせろ――。

 

「スポンジファイ!!」

 

 全力で放つ衰え呪文。逃げようとしてももう遅い。どれほど早く動いても全て把握している。

 

 いわばソナー。自らを中心として薄く広げた振動波。それによって相手の動きを感知する。あとは、先読みだ。

 チェスの手と同じ。相手がどう動くかを先読みしてそこに手を合わせるのだ。

 

「チェック」

 

 衰えの呪文を当て続けてもはやヴォジャノーイの動きに精彩さなど欠片もない。ただ水中を舞う水草に同じ。

 

「そして、チェックメイトだ」

 

 放つのは粉砕呪文。あのヴォジャノーイが岩で出来ていることはわかっている。だから、砕く。衰えた岩など四年生の魔法でも粉々になる。

 それを見届けるまでもなく、水上へと上がる。そこで待つ存在へと手を伸ばして。

 

「おめでとう。お前は、私の役に立てるわ」

 

 その(しゅくふく)を受けるのだ。

 




サルビアがただ捕まっているわけもなく。難易度をあげることに。
まあ、ほとんどの敵はあの三人がそれぞれ倒していたんですけどね。いや、より正確に言えば英雄成分入っているクラムとセドリックの二人がですが。
フラーさんは、他2人の後ろで頑張ってました。

人材発掘のクラム君はどうやら不思議ちゃんに目をつけたようです。
クラム君の人を見る眼はかなりと思ったので不思議ちゃんを発掘させました。なお不思議ちゃん本人はいたって気にしてない模様。

次回はどうしようかな。第三試練にさっさと行ってもいいが、その間に何かやるかもです。
ではまた。


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第45話 第三試練

 第三の課題については六月二十四日に行われ、その一ヶ月前に課題の内容が知らされる。その内容についてハリーとハーマイオニーはロンの為にあれこれと記録を調べて予測を出しているらしい。

 現状、ロンは四番手だ。それも致し方ないこととはいえど、まだ逆転の目はあると二人は考えているらしい。

 

 しかしわかっているのか。その勝利が、どういうことに繋がるというのかを。

 ロン・ウィーズリーは辿り着いてしまったのだ。痩せ細った狼。遥か冥府の底で胎動する屑星への道へと至ってしまった。

 

 勝利からは逃られない。

 

 そう何人たりとも勝利から逃げられない。

 

 二度の逆襲を経て、彼は(ガイジュウ)と成った。ならば、そうだ、次に来るのは狩人に他ならない。痩せ細った一匹狼を狩る狩人。

 それを退けるとまた次、また次というように試練がやってくるのだ。

 

「それでも、あなた進むのかしら」

 

 それとも、ここで逃げるのかしら。

 

 敗北する?

 

 勝利へと進む?

 

 どの道を選んだとしても、彼にとって試練になることにかわりはない。

 

 勝利からは逃げられない――。

 

 第三の試練は迷路の踏破。難敵が配置された迷路をいち早く踏破し優勝杯を手に入れること。それが第三の試練。

 迷路に入る順は得点順。ロンは四番目であるが、ハグリッドやナイアが迷路に様々な試練を用意しているという。

 

 ゆえに、誰であろうとも優勝が可能だ。そして、この中ならば、誰が何をしようとも黙認される。

 

 これはそういう試練。

 

 第一の敵は竜、第二の敵は水中人、では第三は迷宮か?

 否、断じて否。

 

 第三の試練の敵は、迷宮ではない。迷路に配置された障害ではない。

 第三の試練における敵は、代表選手らそのものにほかならない。

 

 そうだ、第三の試練の敵は人だ。自らと同じ学校という名の名誉を背負った、雄々しき者ども。

 第一に迷宮に入った男、ビクトール・クラム。彼が迷宮に入り、最初に考えたことは、相手の排除。勝利を盤石とするために取った行動は待ち伏せ。

 

 気配を殺し相手を待ち構えるのは卑怯と謗られる行為だろうか。英雄的でない? だからどうしたと勝利者《ビクトール》の名を持つ男は吐き捨てる。

 勝利という結果こそが輝けるのだ。過程が大事? ほざくな。それは勝利という二文字を得られず、敗北を得てしまった負け犬の理論だ。

 

 敗北という二文字を正当化し、自らの中で納得させるための言い訳に過ぎない。負けたくないのならば、どのような手でも使うが良い。

 ここでは全てが許されている。ありとあらゆる手段を講じて自らに勝利という二文字を引き寄せろ。

 

 ゆえに、行う手段は単純明快。待ち構え、奇襲し、倒す。自分以外の存在が迷路からいなくなればあとはもう簡単だ。

 ゆっくりと優勝杯を探せばいい。

 

「…………」

 

 聞こえる足音。二番の男。セドリック・ディゴリー。

 その姿を確認した瞬間、クラムは飛び出した。

 

 放たれる武装解除呪文。呪文が当たれば問答無用で相手の武装を奪っていく呪文(ぼうぎゃく)。そこに如何に手放さないという強い意思は無意味。

 呪文に意思などなく機械的に効力を発揮する。それが魔法であり、それが呪文だ。

 

 しかし、その呪文は効力を発揮しない。

 

「プロテゴ――守れ――」

 

 セドリックの杖から放たれた盾の呪文がクラムの武装解除呪文を弾く。

 

「やはり、こう来ると思っていたよ」

 

 何よりも勝利すると言っていた男だ。彼がこの迷路で取る手段をセドリックは予測していた。だからこそ、備えていた。

 場所を見て、奇襲があるならばここだろうと。だからこそ、先の一撃を防いだ。

 

 ここから始まるのは正面からの衝突だ。つぶし合いになる。迷宮が生きているかのように動きだし、戦いの場を整える。

 まるでこの戦いを歓迎するというようにホールが出来上がった。

 

 2人は杖を構える。魔法使いの決闘の所作。お辞儀をして、そこから綺羅綺羅しい魔法を放つのだ。

 

「エクスペリアームズ!!」

 

 互いに放つのは武装解除。決闘に置いてこれ以上に相手を無力化する呪文など存在しえない。魔法使いは杖を奪われれば何もできない。

 杖が手元になければ魔法は使えないのだ。だからこそ誰もが杖を折られることを恐れる。杖こそが魔法使いにとっての力の象徴。

 

 それを奪うことは魔法使いの無力化を意味する。第三の試練とはいえど、生徒の戦いゆえに死傷させるわけにはいかない為にこれが最も効果的な戦法。

 互いに決闘場として形作られた場の中心を挟んで走り回りながら呪文を放ち続ける。

 

 頭の上を通過する呪文に微動だにせず、互いを常に見据えながら呪文を放つ。互角。互いに呪文には当たらない。

 ならばと動きを変えるのはセドリック。クラムはそれに対応する待ちの構え。

 

 ここに来て二人の関係性が見えてくる。動きを変えて麻痺の呪文を使うセドリック。それを基点として、変身術を行使しての兵団の編成やロープの召喚。

 相手の動きを制限し、止める方向へとシフトする。

 

 つまりは、相手に対して試行錯誤を始めた。それはクラムに対して挑戦しているということにほかならない。関係性としてセドリックは自らを挑戦者として定義した。

 相手を倒す挑戦者。つまりそれはクラムを格上として定義したということだ。

 

 対するクラムは不動。走り回ることはあれど、手は変えない。相手の手段に対応しながら武装解除呪文による武装解除を行おうとする。

 クラムは自らを上位者として定義している。セドリックを格下と定義した。だが、侮りはない。勝利者は何事にも確実に。

 

 なぜならば格下が持つ牙の存在をクラムは知っている。第一の試練、第二の試練。その全てにおいて、格下であった男が勝利を手にしてきた。

 彼らが持つ牙をクラムは知っている。伊達にクィディッチ・ワールドカップに出場している選手というわけではない。

 

 次の勝利の為には、今後の為には、負けすらも選択する男に油断はない。油断なく相手を見据えてその手を読むのだ。

 確実に躱し、反撃の手を打つ。

 

 攻防は拮抗。どちらも攻めきれず、どちらも守り切っている。

 暗闇の中で呪文の光だけが二人を照らしている。その拮抗は迷路が崩した。

 

 胎動する迷路は、生きている。ゆえに、じっとしていない。長い攻防に迷路が飽いたというわけではないが、形成されていたフィールドが崩れ去る。

 奇しくもそれはセドリックの側から。通路が狭まる様に様相を変えていく。それは動かざるを得ないということであり、その計算の狂った動きは間隙だ。

 

 わずかであるが、それをクラムが逃すはずがない。

 

「エクスペリアームズ」

 

 放たれた武装解除呪文。セドリックは躱そうとするも、動く壁、振動する床に一瞬足をとられた。手首に辺り杖が飛ぶ。

 その瞬間、クラムは勝ちを確信した。

 

 何度も言うが、魔法使いは魔法の杖があってこその存在だ。つまり魔法の発動体たる杖などがなければ魔法は使えない。

 それは闇の魔法使いの頂点たる闇の帝王ですら例外ではない。例外となりえるのは独自の魔法を持つ妖精たち。彼らは杖がなくとも魔法が使える。

 

 セドリックはそんな例外ではない。ゆえに、ここは決着。鋼の精神を持つクラムはそう確信する。

 ゆえに、次の瞬間にセドリックが起こしたアクションはクラムを驚愕させる。

 

「なにィイ――!?」

 

 その拳がクラムの顔面へと叩き込まれたのだ。

 

 魔法使いにあるまじき行動にクラムは混乱の中に叩き込まれる。それだけではない叩き込まれた右に続くように左の拳が彼の腹へと叩き込まれる。

 くの字に折れる身体。下がった頭へと叩き付けられるセドリックの拳が叩き付けられた。

 

「ナイア先生の教え通りだ。確かに、油断したな」

 

 魔法使いは魔法の杖がなければ何もできない。だからこそ魔法使いは武装解除の呪文を使うのだ。それが最も効果的。

 強い魔法力があろうとも杖などの発動体がなければ無力。ゆえに、誰も警戒しない。杖を奪った魔法使いが、こうやって反撃してくることなど。

 

 どうしようもなく魔法使いたちは魔法使いなのだ。魔法がなければなにもできないと思う。魔法族の限界。それが魔法しかないということ。

 思い出せよ、お前たち。お前たちは人間だろうとナイアは言った。

 

 それを理解できたものはいったい何人いたのだろうか。少なくともほとんどの者が理解できなかった。けれど、セドリックはどうにか理解した。

 人間。魔法使いではなく人間であること。つまり、魔法だけが武器ではないということ。

 

「オオオオオオォォオォオ――――!!」

 

 セドリックが吠える。魔法を使う暇など与えない。攻める、攻める攻める。

 右、左、そこに蹴りも混ぜながらクラムを攻め立てる。一方的だ。如何にクラムと言えど、想定していたのは魔法使いとの戦い、それと魔法生物との戦い。

 

 だからこそ、こんな戦いなど想定しているはずがなかった。だからこそ、動けない。動けるはずが動けない。魔法という絶対を信じるがゆえに、魔法と使おうと杖を動かしてその隙に拳を、蹴りを叩き込まれる。

 その戦いに観客の反応は二分されている。ホグワーツの生徒は押せ押せとはやし立て、ダームストロングの生徒はブーイングだ。

 

 その声を受けて、セドリックは止まらない。これは試練だ。戦いなのだ。この程度で止まるわけがない。躊躇いなく倒せ。それがナイアの教え。

 

「卑怯だと言われようとも、僕は人間だ。だから、魔法以外も使うさ!!」

 

 勝つ為に、己という全てを使おう。それがセドリック・ディゴリーの覚悟。相手も同じ覚悟で臨んでいるならばこそ、手加減は失礼というものだ。

 授業で教えられたとおりに、過去最高に駆動する魔法防衛の為の格闘術。相手の杖腕を弾きながら開いた手や足で相手を強打していく。

 

 だが、クラムは倒れない。

 

「まだだ――」

 

 殴られながら、不屈の言葉をクラムは呟いた。

 そうここに至り、クラムもまた己の杖を投げ捨て拳を握った。厳しい冬の大地が産んだ肉体の力を乗せて拳を放つ。

 

 戦いは更なる局面へと突入していた。

 

 クラムとセドリックがそんな戦いを演じている間、ロンは逃げ惑っていた。彼を追うのは蜘蛛。ロンは蜘蛛が苦手なのだ。

 だから逃げていた。更に言えば、その蜘蛛を操っている者からだ。

 

 フランス語の歌が響いている。聞く者を魅了する魔歌。迷路に潜む魔法生物たちを魅了して、配下としてロンへと嗾けていた。

 それら全てを突破したとして、また次の相手がやってくる。蜘蛛を突破すれば、トロールが。決死の想いでトロールを突破すれば、また別の魔法生物が襲いかかってくるのだ。

 

 戦いを始めて幾許かだが、既に何体の魔法生物をぶつけられたかわからない。最初こそ、なんとかしてやるという意気があった。

 しかし、次々と訪れる敵にロンの戦意は萎えていた。そこに現れた蜘蛛という苦手なもの。もはや逃走以外の選択肢などなかった。

 

 そんな彼を見て、

 

「ロン……」

 

 観客席のハリーは何もできない自分に歯噛みする。見ているしかできない。応援することしかできない。自分はなんと無力なのだろうか。

 拳を握りしめる。このままではロンが負けてしまうのではないかという想像を止められない。

 

「ハリー……」

 

 そんなハリーをハーマイオニーは心配そうに見る。

 

「大丈夫よ」

「……でも」

「おうおう、大丈夫じゃ」

 

 そこに現れたのは審査員席にいるはずの静摩であった。

 

「なんでここに」

「そんなんどうでもええじゃろ。それより、お前じゃお前。なにを思っちょるんじゃ。おお、言わんでええぞ。おおかた、あの坊主が負けるかもとか、そんな風に思っちょるんじゃろ」

「違う!」

「何が違うんかいな。何もできない自分が恨めしい? お前、何さまじゃ? お前に何が出来るいうんじゃ。お前にできるんはここで見てることだけじゃ。それなのに、自分の無力を恥じる? それは、お前、あの坊主を馬鹿にしちょるのと同じじゃ」

 

 静摩は言った。自分の無力を恥じることは傲慢だと。あそこで戦っているのはロン・ウィーズリーなのだ。ハリー・ポッターに何かできるはずがない。

 そうなにもできないのだ。できることは見ていることだけ。だというのに、何もできないと自責する。それは、傲慢だ。

 

 自分には何かできるはずだと思っているにほかならず。それはロン・ウィーズリーにはこれ以上何もできないと言っているのと同じだ。

 つまりは信じていないということ。

 

「お前の親友はあれくらいで死ぬようなタマかいな。信じてやれや。それ以上は過保護じゃ。それともあれか。分際知って亀になっちょれとでもいうんか? それこそ、あの男に失礼じゃろう。親友を気取るのなら、信じて見守っちょれ」

「…………」

 

 彼の言うとおりである。ロンは頑張ったではないか。それは自分が一番よく知っている。二人で遅くまで頑張ってきた。

 彼に言われたことだけが腹立たしいが、

 

「頑張れ、ロン」

 

 己は信じて待つ。

 ロンの勝利を願って――。

 




対人戦、書くの楽しいです。
セドリックとクラムの対決。
魔法使いの決闘のはずが、どういうわけか、殴り合いになっていた。それもこれもナイアって先生が悪いんだ。

ロンはフラーと遭遇。フラーの魅了による魔法生物の嗾けによって試練に次ぐ試練を受けております。
そんな中でハリーはなぜかまともな静摩に何やら諭されていた。

さて、次回は第三試練その2ですかね。
頑張ります。

ではでは。


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第46話 闇の蠢き

 サルビア・リラータは迷路の中にいた。暗闇の中、唯一この迷路において誰の監視も届かぬ漆黒の領域。ナイアが仕掛けた罠を利用してサルビアは、迷路に中に入り込んでいた。

 迷路は衆人環視。その中で潜入できる場所がここだけであったのだ。だが、これで十分。中に入ればあとはもういい。

 

「さあ、最後の試練を始めましょう。あなたの覚悟、駒としての有用性を見せて」

 

 そうロン・ウィーズリーが駒足りえるのかをここでいま見せてくれ。

 

「手伝ってあげようか、サルビアちゃぁん」

「――!?」

 

 その時、声が響き渡った。暗く光すらない暗闇の中。自分一人しかいないはずの場所で声が響き渡った。

それは酷く耳障りな声だった。まるで蝿が耳元で飛んでいるかのような不快感を感じる声。もしかしたら実際に蝿でも飛んでいてそれが言葉に感じただけなのかもしれないと錯覚するほどだ。

 

 そうその声はまるで羽虫の羽音が言葉として形を持ったかのようなものだった。否応なく人を不快にさせる声。

そんな不快感の塊には視線というものがあった。ぶしつけにサルビアの全身を舐めて、唾液でぐちゃぐちゃに強姦しているかのようなねっとりと生暖かい視線だ。

 

 異様な感覚だった。人間が他人に与える感覚ではない。どちらかと言えば魔性のものが出す感覚だ。

 そうこれに似た感覚をサルビアは知っている。この魔性の感覚。悪魔じみた、いや、悪魔そのものの感覚を。

 

 自分に似た存在。これは同種とでもいうとしようか。厳密に言えば種別として大きく異なるのだろうが、大別すると同じになる。

 悪魔。そう悪鬼羅刹。そのたぐい。病魔とも呼ぼうか。自らと同じ人を堕落させる病原体であることにかわりはない。

 

 これはそういう存在だ。そばにいるだけで怖気がはしるほどの悪感情を張り付けていながら、そいつにとってはそれらすべてが喜色で表現されるという生物種しての心というマテリアルが感じる矛盾。

 暗闇そのものがまるで意思をもったかのようにサルビアへと語りかけてくる。羽虫の羽音、百足の多足が関節ごとに動く音、ありとあらゆる害虫が這いずりまわる音が響く。

 

 それはサルビアの精神すら遠慮なく強姦していくようであった。いや、精神だけでは決してない。実際に這いずっていた。

 羽虫が実際に耳元を飛び交い、百足や蜘蛛、ありとあらゆる害虫と呼ばれるものがサルビアの四肢を這いずっている。

 

 白磁のような瑞々しい肌を無遠慮にその多足で踏み荒らしていく。髪へと入り込み、静かにかき分けて這いずりまわる。

 服の上も、服の下も、サルビア・リラータという少女のありとあらゆる場所を古今東西のありとあらゆる害虫が這いずりまわっている。

 

 幸運なのは、中に入られてはいないこと。膣、口、目、耳、鼻、肛門。粘膜や人体に存在する穴から体内に侵入されていない。ただ身体の表面だけを無遠慮に、ぶしつけに、時に柔肌に爪を立てるように害虫たちは這いずりまわって行く。

 かさり、かさり。足音が響く。身体を通じて、全身へと響き渡って行く。耳元で飛ぶ羽虫は時折、その耳にとまって羽を休める。そしてまた飛んで羽音の合奏を響かせるのだ。

 

そんな害虫たちの愛撫を受けるのがサルビアでなければ今頃発狂している頃だろう。病魔に侵されていた頃であれば、この程度まだましなのだ。体内外数億を超える病魔に侵されていたサルビアには、何かが身体を這いずる感覚などいつものことである。

おそらく常人であれば、この異常空間と悪意に晒されれば数秒で廃人と化すだろう責め苦の中でもサルビアははっきりと意識を保っていた。

 

 だが、サルビアは冷めたように思う。この空間は相手を廃人にするためのものではないと。

この状況を俯瞰して狂った異常な空間を演出している者は人を廃人にして楽しむような存在ではないと確信していた。

 

 この空間を演出している者は堕落を望んでいる。零落を渇望している。輝く魂が醜く穢れて黒くなることを何よりも望んでいるのだ。それがおのれという存在。まさしく正しく悪魔というものだと言わんばかりに。

 それがこの空間を演出している存在についてサルビアが読み取ったものだった。気に入らないと思う。このサルビア・リラータを落とす? 何を言っているのだと一蹴したいほどだ。

 

「良いから顔を見せなさいよ」

 

 そう言葉を発する。自らを覆う蟲どもは、サルビアが喋ろうとすれば律儀に口の周りから消えて、言葉を発し終わればまた口を覆う。

 口をふさぎたいのではなく、ただただサルビアという存在を蟲が覆っているという状態。酷く不快な状態を蟲どもは維持する。

 

 そんな彼女に対して紡がれるのは、漆黒に染まった祝詞(オラショ)

 

 アー 参ロヤナ 参ロヤナァ

 パライゾノ寺ニゾ 参ロヤナァ

 

 ――きりやれんず きりすてれんず

 あんめいいえぞすまりや

 

 オオォォォォオオオオ――ぐろおおおおぉおおりああぁぁす――

 

 漆黒の中に響く毒沼から立ち昇る瘴気のような祝詞。

 かつて極東の島にて存在した江戸時代における異端の迫害を受けながらも隠れてキリスト教の信仰を続けたカクレキリシタンたちの悲哀と祈りの歌。

 

 しかし、それを祈りとはもっとも遠き者が歌うという皮肉を強烈にサルビアは感じ取っていた。

 

「んー、やっぱり良いねぇ君は。僕の親友とはいかないけれど、友達くらいには、なってもいいかもしれないねぇ。やあ、はじめましてサルビア・リラータちゃん」

 

 そう言って現れたのは人の形をした何かだった。黒い微笑の何かが寄り集まってできたかのような。いや、実際に蟲が寄り集まって形作られていた。

形作られるのは男の形。黒い肌、金の髪、紅く輝く目に、真っ白な歯をこれでもかと見せつける笑みを浮かべて大手を広げた男がそこにたっていた。

 

人形を形成した悪意が吐き出すのは蝿声。黒く煙上に揺らめく貌も、僧衣(カソック)もなにもかもが漆黒。

顔がない無貌のように見えて笑みを浮かべているのがわかるのは、嫌らしい愉悦をたたえた瞳が輝いているからに他ならない。

 

「お前はなんだ」

「んー、僕がなにかだなんて些細な問題じゃぁないか。大事なのは、僕が君を手伝っても良いということだけだろう?」

 

 何人もの男が輪唱しているかのような声で男は心底楽しそうに告げるのだ。手伝ってやると。

 

「何が目的」

「目的なんてないさ。僕は、僕がやりたいようにやるだけ。今回なんて蛇足も蛇足。偶然の産物でしかないんだからさ。どーでもいいし。僕を呼んだ鼠君と主に興味がわいたから手伝いをしてみたくなった。それだけのことなんだよ。サルビアちゃん」

「…………」

「あれれー? 信じられなーい? こん――なにも誠意たっぷりな顔をしているっていうのに」

「どの口が言っているのかしらこの蝿声」

 

 誠意たっぷりの顔? どこからどうみても嗤っているようにしか見えない。この世の全てを愚かしいとして嘲笑っている。

 どこに誠意があるというのか。この存在に誠意などあるはずがない。そもそも誠意などという善性に類する感情など持っていないに決まっているのだ。

 

「酷いなぁ。僕だって、傷ついちゃうんだよー」

 

 そう蝿声は嗤いながらのたまう。まったくそんなこと思ってもいないだろうに。

 

「だが、手伝うとは殊勝な心がけね。良いわ、手伝わせてあげる」

「あ、でもでもー、僕ってインドアだからさ、運動とかは無理だからね!」

「もとから期待なんてしてないわ。この空間を広げればいいの。迷路を漆黒に包んでしまいなさい。ダンブルドアも知覚できないようにね」

「お安い御用さ。外にいるジジイに気が付かれないようにするのなんて容易い容易い。でも、僕としてはあちらを堕としてしまいたいんだけどねぇ」

「ふん、それには同感だけれど、まったく忌々しいことに私は奴に鎖を握られている。それを解くまで手を出せないのよ」

 

 ああ、忌々しいと呪詛を吐き捨てる。

 

「だから、さ、僕が手伝ってあげようって言っているじゃぁないか」

「黙れよ蝿声。誰がお前の手など借りるか。悪魔の取引とでも言いたいの? あなた、どうせそれを口実に私から代償でもとって行こうという魂胆でしょ。奪わせるわけないじゃない。寄越しなさいよ。奪うのは私。お前如きが、私から何かを奪う? 舐めるな蝿声。お前の手など借りなくとも、私は成し遂げる。できないはずがないでしょう」

 

 健康を手に入れたのだ。もはや病魔などという制限時間(リミット)もない。何も気にすることなくダンブルドアを縊り殺せるのだ。そのための力は今、磨いている。届かないはずがないだろう。サルビア・リラータは誰よりも優れた魔女なのだから。

 強い漆黒の意思が、冷徹に断言する。自らが頂点。その他など、自らに群がる蟲に過ぎないのだ。せいぜいそこらを飛んでいるが良い。自らの加減一つで吹き飛ぶ羽虫程度など、自分一人の力で落とせるに決まっているのだ。

 

「だから、お前は塵屑の相手をしていろ」

「んー、まあ、いいか」

 

 蝿声が何事かを呟けば、サルビアを覆う蟲共は迷路の壁へと走り去っていく。漆黒が、広がって行く。

 漆黒が迷路を包み込んでいく。誰も知覚できない暗闇。ダンブルドアですらも誰も知覚できない暗闇が、誰も彼もを包み込んでいった。

 

 そして、三度言葉が上がる。

 

「インペリオ――服従せよ――」

 

 服従の呪文。蝿声に乗って響く三度の服従の呪文。そして、試練の間には、試練を行う者と挑戦者だけが残される。

 すなわち、サルビア・リラータと、ロン・ウィーズリーが。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「え、あれ?」

 

 突然、自分を追って来ているはずのフラーが消えた。それどころか迷路から光が消えていく。

 ルーモスを唱えても光が灯るが何も見通せない。壁はまるで蠢いているかのような闇。否応なく恐怖を想起させる。

 

 何が起きているのか。何か罠にでも引っかかってしまったのか。なにもわからないが、唯一分かることは進む方向だけだった。

 前方へ続く道がある。暗闇の中でこちらへ来いと呼ぶ声が響いているかのように道がひらけている。

 

 そちらに行くべきだろうか。それは明らかに悪手に思えた。罠ならばここでじっとしているか無理なら花火を打ち上げて救助してもらうのが良いかもしれない。

 だが、ロンは進むことを選択した。脳裏に浮かんだのは一人の少女。はかなげなサルビア・リラータ。彼女が見ているはずだ。ならば無様を晒したくないと思うのは男として当然の事。

 

 ゆえに、進んだその先にあった優勝杯とともにそこにいた存在に驚く。

 

「え、サルビア? どうして」

「ようやく来たわね塵屑。私を待たせるんじゃないわよ」

「え――」

 

 コツリと、靴音を鳴らして、優勝杯が置いてある台座に腰かけていた彼女は立ち上がる。ただそれだけで、まるで世界が変わったかのような変貌が周囲を、ロンを襲う。

凄まじいまでの環境改変。いや、何一つ変わっていないというのに、全てが百八十度逆転したかのような感覚の異常を脳が訴える。

 

 そう錯覚するほどの魔力の奔流とでも言おうか。凄まじい魔法力が風として吹き荒れたようなそんな感覚だ。

 目の前に立つ存在はサルビア・リラータである。だが、中身が、違うとロンはただ感じた。

 

 あんなに誰かを見下すような眼を彼女がするはずがない。

 

「お、お前は、誰だ!」

 

 だから、そう声を絞り出す。サルビア・リラータの姿を真似た存在に向かって。

 

「ふん、誰だ? おい、塵屑、お前、私の姿を忘れたとでもいうのか? サルビア・リラータの姿を。まったく馬鹿だとは思っていたがこれほどとは」

「サルビアの姿で、そんなことをいうな!」

「煩い、黙れ」

「――――」

 

 睨みつけられただけで、口が縫いとめられる。動かない。

 

「さて、最後の試練を始めましょう。お前が、私の役に立つのかどうか。それを見極める為に。さあ、死ね――」

 

 放たれる緑の閃光。死の呪文が、最後の試練の口火を切った――。

 




さあ、最終試練を始めよう。
というわけで最後はサルビアという最大試練です。
クラム、セドリック、フラーは蝿声の誰かがうまくやったらしいです。


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第47話 逆襲

 死の呪文(アバダケタブラ)を躱すことが出来たのは単なる幸運だった。段差があって、後ろに下がったら足を踏み外した。ただそれだけ。

 だが、そのおかげでロンは生きながらえた。

 

「運は良いようね。さあ、見せてよ。あなたの力を」

 

 サルビアの口で、サルビアの声で誰かが何かを言っている。やめろと義憤で立ち上がったところでロンには何もできない。

 彼女が放つ呪文は強力無比だ。そのうえで速い。一秒の間に最低でも七つ。最大で二十を超えるほどの呪文が飛翔する。

 

 それを寸前で躱したり防ぐ。第一の試練の前にサルビアとの特訓のように無様は晒さない。あの時は防ぐどころか躱すことも出来ず何もわからないまま吹き飛ばされるだけだった。

 だが今は違う。紙一重とはいえど、全ての呪文に対してなんとか対応して防いで見せている。防戦という体裁を整えて見せていた。

 

「ふぅん」

 

 それを見て彼女は嗤う。なんだ、その程度かと。彼女は桁が違う。いいや、この場合は悪辣と言うべきだろう。

 

「うわあ――!?」

 

 直線の軌道を描いていた呪文が壁に激突して植物が花を広げるように拡散する。その異常ともいえる呪文の改変も問題であり、凄まじいまでの威力を内包しているが問題なのはその直前に行われている行為だった。

 彼女の動きが、呪文の構成が、何もかもがガラリと変わったのだ。まるで別人にでもなったかのよう。もとからサルビアと比べて別人のようであるが、それとは別で今言っているのは戦い方(スタイル)の方だ。

 

 瞬きの瞬間にサルビア・リラータという少女は戦い方を次から次へと変えていく。

 闇払い(ごうりてきに)魔法生物(ふじょうりに)妖精(きらきらしく)老齢な魔法使い(かんせいされたように)若々しく勢力溢れた魔女(あらあらしくせいちょうとちゅう)

 

 次の瞬間にはまた違うものへと変わる。考えて対応など不可能。勝ちへの筋道を立てようとしても次々と手が変わって追いつけない。

 変幻自在に、好き勝手に、節操なく一秒ごとに同じものにはならずサルビア・リラータの中身が切り替わる。一貫してサルビア・リラータというものではあるのだが、そうは思えないほど。

 

 もとよりサルビアが、こんなところにいるはずもなく。あんなにも禍々しい凶兆などでは決してありえないのだから、あれはこの迷路に存在する試練に間違いないのだろう。

 そう試練だ。ロンの前に立ちふさがる試練。まただと思う。三対抗試合なのだから当然だが、ロンは気が付き始めていた。

 

 勝利したからこんなことになっているのではないかということに。例えばドラゴンに勝たなければ、第二の試練に自分は進んでいただろうか。第二の試練で、水の精に勝利したからここに来たのではないだろうか。

 どこかでリタイアしていれば、こうはならなかったのだと思わず思ってしまった。その思考は、止まらない。

 

 そう、勝利からは逃れられない。勝利しなければいいのだとは言わないが、それでも思わずにはいられないのだ。

 勝利することによって状況は悪くなるんじゃないのかと、思わずにはいられない。

 

「ああ、くそ、こんな時に」

 

 考えることじゃない。今考えるべきことはどうにかしてここから逃げること。だが、そうこんなときだからこそ考えてしまうのだ。どうしてこんなことになってしまったのかという現実逃避も兼ねる。

 大切な人と戦うということは、もうそれだけで最大試練であり、当然磨いてきた牙を突き立てることができない。躊躇が生まれるのだ。違うとわかっていても。

 

「サルビアに、勝てるはずがない」

 

 そう勝てるはずがない。凡人でしかないロン・ウィーズリーがどう勝てるというのだ。あれが偽物だとしても、サルビア・リラータにはロン・ウィーズリーは勝てない。

 ありとあらゆる全てに秀でる天才に、凡人でしかないロンが勝てる道理などあるはずがないだろう。

 

 それでも、どうにかこうにか戦えて(いきて)いるのは、そのサルビアの特訓のおかげなのだから皮肉である。

 それにだ、死ぬのは怖い。傷つくのは嫌だ。誰だって傷つきたくない。死ぬのは怖い。そんな普通の感情が大半を占めている。だから、必死に抵抗する。

 

 死の呪文の閃光を見て、ロンの中のスイッチが強制的に入らされた。死にたくないから足掻く。どうすればいいと煩悶する。頭の中はぐるぐるぐるぐる同じことばかり考える。

 どうやればこの状況を打開できる。どうすれば逃げられる。丸く収まる。どうするのが正解だ。

 

 いや、そもそもどういう風にしたいのかという具体的な理想すらないのだ。煩悶しながら今でもどうしてこうなったと現実を認めたくないと叫んでいる。

 詰んでいる。その事実に気が付いていながら、見えないふりをしているだけ。まだどうにかできるのだと前向きになれるほどロンは自分に自信がない。

 かといって諦めて死を選ぶという強さもない。ただ死にたくないその一心で、ひたすらその臆病さから来る危機感センサーをフル稼働して相手の魔法を知覚して刹那で盾の呪文や衰え呪文を駆使して防ぐ。

 

「教えたことはできるんだ。少し評価をあげてあげようかしら。ほうら、もっと頑張りなさいよ。役に立ってくれるんでしょう? ほら、足掻いて見せなさいよ塵屑から屑くらいにはなれるかもしれないわよ」

「やめてくれよ」

 

 その姿と声でそんなことを言わないでくれよ。そんなことを彼女は言わない。そういう義憤が逃げることを邪魔する。友達を侮辱されているような気がしてロンは逃げられない。

 

――僕は、逃げたいんだ。

 

 一刻も早くこの場から逃げ出したい。降り注ぐ巧緻な魔法の一発一発の威力なんて想像したくないし、どこに死の呪文が混じっているか気が気でない。

 とにかく逃げたい。逃げたい、無事に帰りたい。本物のサルビアの所へ行きたい。死にたくない、怪我もしたくない。

 

 サルビアの偽物が前に立ってから戦闘意欲なんてとっくの昔に萎えているし、勝とうという意気なんて発生の仕様がない。ほとんど条件反射で躱しているにすぎず、いや、生かされているのか。

 どちらでも良いが、状況は最悪というほかなくこういう場合とにかく体勢を整えるために逃げるのだ。だが、それも出来ない。

 

 友達を侮辱されてロン・ウィーズリーが逃げるわけがないのだ。

 

 それをサルビア・リラータは良く知っている。なんとも読みやすく浅ましいのだと馬鹿にしながら最大限利用するのだ。

 ロンは逃げられない。サルビア・リラータからは絶対に。なぜならば、彼女が本性を露わにすればするほど、彼の中のサルビアを侮辱したとして逃げることが出来なくなるからだ。

 

 義憤という自らの怒りを正当化して、逃げるという選択肢がとれない。なんと愚かなのだろうか。

 だが、そんな相反する状態でサルビアの本気を防いでいるというのは、特訓の成果と視るべきか。火事場の馬鹿力ととるべきだろうか。

 

「でも、屑くらいにはしてあげてもいいかしら」

「やめろよ」

 

 死にたくないから必死に逃げるにはどうすればいいのかを考えているというのに、そんな風に誰かを馬鹿にするような絶対にサルビアが言わないようなことを彼女の姿で言われて、

 

「だから、だからやめろよ!!」

 

 考えられるわけがない。

 

 駆けだした。半ば八つ当たり気味の駆けだしだが、そうしなければ駆けだせなかったのだ。ここに来てロンの初めての反撃だ。

 チェスの駒のような複数の台座を盾替わりにして接近する。狙いは手首、足首、膝、肘、首、心臓。相手の身体駆動を制限する為の関節各所と相手を絶命せしめる急所だ。

 

 ナイア先生から教えられた格闘技術。成長期の男子であるロンにとって、格闘技術というものは魔法よりも幾分かは性に合った。

 だから大きくなりかけの身体を持て余すことなく使用して、ロンは病的なまでの臆病さで相手の魔法を防ぎながらサルビアの懐へと飛び込む。

 その瞬間、ロンの顎をサルビアの拳が撃ちぬいた。

 

「接近戦ならいけると思った? か弱い女だから組み敷けると本当に思っていたのかしら。そうだったとしたら、どれだけ馬鹿なのかしらあなたは。あなたが出来ることくらい簡単に私にできる。生物としての出来が違うのよ屑」

 

 そこからは魔法と格闘が入り混じったインファイトだ。もはや杖なんていいかと言わんばかりに杖を放り投げたサルビアが指を鳴らすだけで魔法を行使して、更に殴る蹴るだ。

 いいや、ただの殴る蹴るじゃない。きちんとした武術の型。しかも、魔法と同じく一秒ごとに切り替わって行く。

 

 一撃必殺から一撃離脱、変幻自在な攻め手はどれもこれも達人の領域だった。必然として、凡人で付け焼刃の素人でしかないロンにまともに防げるはずもなくぼこぼこにされる。

 そんな中で少しだけロンは安堵していた。なぜならば、こんなにサルビアは動けないのだから彼女はサルビアではないということになるから。

 

 だが、それだけだ。

 

「あああぁぁぁ――」

 

 爆熱がロンを焼く。ドラゴンの息吹(ブレス)よりも強烈な、酸素だろうが、二酸化炭素だろうが、窒素だろうがその全てが不条理(まほう)に従って燃焼し爆発する。

 サルビアの放った魔法だった。それで終わりではない。爆裂の向こう側からやってくるのは小さな手、されどそれは死神の手だ。

 

 握られた拳。硬いと思えないそれは、異常な硬度を以てロンの腹を討ちぬいていく。その上、焔の中を通ってきたことによって焼き鏝のようになっているというおまけつき。

 当然、肉の焼ける臭いが鼻を突く。ならば相手の拳もどうようなのではないかと言えばそういうことはなく至って、無傷。

 

 鳩尾から九の字に折れ曲がり、更に逃がさないとばかりに抉られ五臓六腑がかき回される。

 それが小さな女の子の手で行われたと信じられないが、怪物なのだとしたら当然の結果。つくづく安堵させてくれる。少なくとも完全にサルビアではないことが証明された。

 

 こんな時に何を考えているのだと思われるかもしれないが、重要なことだった。そう重要なことなのだ。サルビア・リラータだけは汚したくない。

 

――彼女でなくて本当に良かった。

 

 ぼろぼろにされているというのに、思考だけがどういうわけか澄み渡っていた。おかしくなってしまったのだろうか。

 たぶんそうだろう。痛みでおかしくなったのだ。だって、さっきまで必死扱いて逃げよう逃げようと必死だったのが、嘘のようになにもなくなって、義憤もなにもなくなって、ただあるのは一つの感情だけだったのだ。

 

 本物でないと確信した瞬間、ある意味で最悪の感情が湧きあがった。もはやそれは止められない。

 

 そして、声が響くのだ。サルビア本人が、語りかけてきているようだった。

 

――何をすべきかわかっているでしょう。

 

「ああ」

 

 勝利ではない。

 敗北ではない。

 逃走ではない。

 

 ロン・ウィーズリーやるべきことは一つだ。

 

 もはやそれを止めることなんてできない。

 願うことは栄光の崩落。素晴らしきものを奈落の底へと引き摺り下ろす負の悦楽に他ならない。

 

 主役となり光となって駆け巡ることはできない。その器ではない。なのに、その光を追い求める愚か者。

 その責任の重さを知ってすぐに放り出したくなる凡夫であるがゆえに、その重みで沈んでしまう。

 

 ならばこそ、願うのだ。己と共に、栄光よ、沈んでしまえ。彼女は誰よりも輝いているから、やるべきことは――。

 

 逆襲を――。

 逆襲を――。

 逆襲を――。

 

――そう、そうよ。

 

 誰よりも求める女の声が響く。ロン・ウィーズリーの選択を肯定する。

 それが逆襲の本質。弱者が強者を滅ぼすからこそ成立する概念であるがゆえに、弱者でなければ起こすことはできない。

 

 一度でも栄冠を頂けばもう逆襲という甘露を飲むことはできない。なぜならば、逆襲とは弱者が強者を滅ぼすことだから。

 暗く醜い者が、輝く者を引き摺り下ろすからこそ、何よりも強い快感を得られるのだ。

 

 そう窮鼠が猫を噛むように。自らは窮鼠であり、痩せさらばえた害獣。1人きりの呪われた狼。

 ずっとずっと感じていた暗く、ほの暗い感情。誰でも感じたことのある、栄光を踏みにじってしまいたいという暗い欲求を自覚する。

 

 それがどんな結末をもたらすのかわかっているのにやめることはできない。次にやってくる狩人が更に凶悪になっていくというのに、己の宿命から逃れることなどできはしない。

 だって、輝く者を踏みにじる快楽を知ってしまったから。もう知らない頃には戻れない。勝利からは逃れられない。

 

 ゆえに――。

 

――さあ、逆襲(ヴェンデッタ)を始めよう。

 

 お前に期待している女がいるのだ。

 役に立て。

 最高の栄光(アルバス・ダンブルドア)を零落させる為に、お前が役に立つと教えてくれ。

 




頑張って更新。
てなわけで、ロン覚醒。
完全にルート入りました。

こんなロンで良いのか。ロンファンの皆さんごめんなさいと土下座しながら、輝く全てを天墜させる狼に覚醒。
このロンは衰え魔法特化型です。
しかし、下手したらネビルがこれやってたんだよな。
そのバージョンも面白そうではあるなぁ。

さて、次回で四巻も終わりかな。平和でしたね(棒)


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第48話 四年目の終わり

 臨界点を突破した暗い暗い感情が噴出する。この一年で成長させられた漆黒の悦楽が行き場を求めて肉体の内で暴れ狂う。

 絶頂のような法悦の限りに、身体が震え心的圧迫に感情が爆縮されていく。爽快感は何より強く、これから触れてはならない大切な輝きを踏みにじるという悪逆非道の選択に心がじれて仕方がない。

 

 杖を構える。もとよりやるべきことは決まっている。相手を墜とす。その言葉のもつ快感にロンは知らず打ち震える。

 

「そう。なら、ここで消えなさい塵蟲。煌めく光に焼かれて消え失せると良いわ。何の役にも立たない塵蟲――」

 

 放たれる魔法。まさしくそれは、光の波動。彼女の指先から放たれる致死の光。それこそまさに望むもの。

 堕落させる第一のものにふさわしく、ゆえにロンはその呪文を行使するのだ。

 

 闇の情動をかき集め、いざ、光を墜落させるのだ。

 

「スポンジファイ――衰えよ――」

 

 全てを堕落させ天墜させる呪文。衰えの呪文が光の剣へと放たれる。か弱い光と侮るな。その光こそ、全てを天墜させるのだ。

 魔法という不条理にあって、その呪文はドラゴンですら衰えさせる。ならば、呪文を衰えさせることなど簡単だ。

 

 必殺の光が弱まって行く。数度当ててしまえばその光はロンを傷つけることなどなくなる。

 致死の光が衰えて闇へと消え失せた。だが、まだだ。この程度では足りない。

 

 振動操作魔法によって、ロンは足音を増幅して駆ける。迷宮、しかも漆黒の闇の空間の中に響き渡る大音量。鼓膜を直接刺激して耳を破壊し、相手の三半規管を揺らす。

 それでは足りぬとばかりに衰え呪文を放つ。どこから飛んでくるかもわからない。例え目で見たとしても躱すことはできない。

 

 人というのは複合的なシステムの上に成り立っている。何が言いたいのかと言えば、人は視覚のみで全てを判断しているわけではない。視覚、聴覚、嗅覚、触覚。この四種の感覚を総合して人は現実を知覚しているのだ。

 どれか一つが突出していたとしてもそれだけで判断を行うわけではなく、それぞれが密接に知覚という行為に結びついている。どれか一つでも歪めば、知覚が歪むほどだ。

 

 丁寧に聴覚を揺らしてやれば、例え見えていたとしても人はつい音の方で反応してしまう。それは本能のようなものだ。

 目という限られた範囲での判断よりも耳で聞いた音により広範囲の判断を優先する。そういう風に人は出来ている。

 

「ぐ――」

 

 だが、そこはサルビア・リラータの偽物だ。怪物じみたその天才性(かがやき)は偽物であっても何よりも眩しく輝いている。

 この程度で倒れるはずもなく、反撃の魔法が凄まじいまでの精度で放たれる。それどころか自らを透明にして、魔法の発射を悟らせないようにしてみせる。

 

「無駄だよ」

 

 だが、無駄だ。ロンには見えている。魔法を躱す際に地面を蹴った。その時に発生させた高周波(エコーロケーション)。微細に揺り動かされた振動の波が広域へと広がり、揺らぎとなってロンの耳に返ってくる。

 可聴域をはるかに超えた領域の音が触覚として透明になった敵を浮き彫りにして見せる。それはさながら暗闇を飛ぶ蝙蝠のように。

 

 そう相手の顔すらはっきりと知覚して、相手が笑っていることに気が付いた。まるで見つけることすら予期していたように。

 いや当然だ。サルビア・リラータならば、この程度の余技など片手間で出来るだろう。だから、予想できるはずだ。だというのに、姿を消したのはなぜか。

 

 探させることが目的。探すということは、相手を見るという事であるから。そのことから推測されるのは。

 邪視。魔の瞳。そのたぐい。魔性の輝きを秘めたその瞳が黄金の輝きへと煌めく。

 

 ロンの本能が反射的にその効果を察知した。それが石化だとかそういうものだとはわからないにしても、その瞳を見てはいけないことを臆病さで嗅ぎ分けて――。

 

「スポンジファイ」

 

 自らの視力を衰えさせた。目を合わせることで効果を発揮する魔眼は、行使する側の視力も重要であるが魔眼を見る側の視力も重要なのだ。

 見えていても相手が見えていなければ効果は発揮されない。ゆえに、自分の視力を衰えさせた。見えなければ意味はない。

 

 だが、視力を失うということは知覚の一つを失う事であるが、

 

「僕は、視える」

 

 しかして今のロンには意味を成さない。もとより暗闇。視覚よりも聴覚に頼ることが多いのであれば、自らの放つ高周波は先ほどからソナーとしての役割を与えている。

 つまり蝙蝠が如くそこにあるものを知覚している。

 

「あはははは、そんな防ぎ方をするなんて。あなた、正気じゃないわね」

 

 そうかもしれない。サルビアの姿をした何かに同意する。自分は正気じゃないのかもしれない。

だってこれから、大切なものを汚そうとしているのだから。それがあまりにも気持ちが良くて、止められないのだから――。

 

自らの中にあるほの暗い感情。何もない自分を悔しく思い、輝きを羨むなかで、ひそかに溜まって行った暗い淀みが今流され解放されている。

その恍惚は凄まじく、ゆえにそれを完遂するべくロンの思考は回転する。チェスと同じく勝利への道筋を見つけるだけだ。

 

手札が少ない分、わかりやすい。もとより自分にできることなど少ないのだからそれを組み合わせて相手を刺すしかないのだ。痩せばらせた狼にはもはやその牙しかないのだから。

 

「だから、チェックだ」

 

 奈落で吠える狼が、その咢を相手の首へとかけた。

 

 衰えの呪文。振動操作。今まで覚えてきた、教えられてきた呪文を組み合わせて勝利の道筋を創りだす。

 

「その程度で――」

 

 サルビアの靴が壁の一部と取り換えられる。壁の一部が靴型にくりぬかれ、それは巨大な楔となってサルビアを一瞬だが縫いとめた。

 その一瞬で十分。最大まで増幅した振動を鼓膜へと叩き込み、三半規管を揺らす揺らす。同時に衰え呪文を行使する。射撃呪文で物理攻撃力も織り交ぜながら放たれる輝き。

 

 しかし、無論サルビアはその全てを迎撃して見せる。そう、このくらいやるだろう。そう思った。

 だから、

 

「ここ――」

 

 必ず避けてくれると思った。防いでくれると思った。その信頼があった。サルビア・リラータではないが、サルビア・リラータであればそのように動くとロンは知っている。

 サルビアが呪文を防ぎ、躱したことによってやってきた位置、その上空に浮かせていた石像。

 

 その瞬間、石像が振動する。増大された共振波によって石像は即席の爆弾と化している。

 

「だから?」

 

 爆裂した石像。落下エネルギーも合わせて凄まじい速度で飛翔する石像の欠片。

 だが、サルビアはそれすらも防ぐ。

 

「うん、君なら絶対に防いでくれると思ったよ」

 

 避けるでなく、全て迎撃する。自分自身に絶大の自信がある彼女ならではの行動。本当の彼女ならそれを誇りもしないだろうけれど、

 

「君なら、そうすると思っていたよ」

 

 反響させた音で居場所を隠していたロンはサルビアの懐へと飛び込もうとしている。

 

「そうね。でも、問題ないのよ」

 

 それにすらサルビアは対応する。だからこそ、次にロンが起こした行動に驚愕することになる。

 

「な――」

 

 あろうことか、彼は杖を突きだしてきたのだ。魔法使いの命、魔法を使うために必要な魔法の杖を、だ。

 オンボロの杖は真っ直ぐにサルビアへと向かってくる。迎撃は止まらず、ロンの杖は合えなくへし折れる。

 

 その効果はそれをやった本人ではなく、サルビアに多大な影響を及ぼす。

 この男は今何をやったのかと理解が出来ない。魔法使いであるがゆえに、サルビアは理解できてもその意図がわからない。

 

自棄になった? いいや違う。今まで冷静に攻めてきた男がそんなことをするはずがない。

 勝てないとわかっても向かってきた逆襲の狼が、そんなことで自棄になることなどない。ならば杖がなくても良いと思ったのか? それもないだろう。

 

 杖、つまり魔法なしにサルビア・リラータになど勝てるはずがないのだから。

 ならばこれも相手の罠だ。そう一瞬で看過する。どのような意図かなど関係ない。叩き潰せばいいだけのことなのだ。

 

 しかし、ロンがやったことは無駄ではない。たった一瞬とはいえど、サルビアの思考に空隙を穿った。

そこに存在するのは限りなく黒い意思。奈落で蠢く凶兆の星。栄光ある輝かしき者を天墜させる悦楽の徒がその牙を剥く。

 

 サルビアの細い首に手を伸ばした、その刹那

 

「――――」

 

 サルビアは嗤っていた。

 

 ああ、なんて想定通りに動いてくれるのだろうか、この塵蟲は。

 

 想定通り。ロン・ウィーズリーは奈落の底で蠢く者になった。輝く者を墜落させて悦に至る破滅の痩せ狼。

 出来は上々。十分サルビアの使用に耐えられる出来だろう。手加減してやっているとはいえ、ここまで追い詰めてくれるのだから。

 

 ゆえに、

 

「少しだけ、本気を見せてあげる」

 

 勝負は一瞬。ロン・ウィーズリーは何が起きたかわからない。ただ閃光が、視界を覆った――。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「あれ?」

 

 医務室でロンは目覚めた。傍らには心配そうに自分の顔を覗き込む、ハリーとハーマイオニーの姿がある。

 

「あれ?」

「良かった、気が付いたのね、ロン」

「惜しかったね」

「えっと」

 

 何がなんだかわからない。

 

「負けたのよ。優勝はクラムとセドリックの同率。まったく同時に優勝杯を掴んだんですって」

 

 ベッドの反対側に座っていたサルビアがそう言う。

 

「えっと、僕、負けちゃった?」

「そうよ」

「そっか……」

 

 なんだろうか。ロンは少しだけ思う。本当に負けたのだろうか、と。

 

「さあ、そんなものはどうでも良いでしょう」

「なんか機嫌いいね。何かあったの?」

「ええ、とてもいいことがあったわ」

 

 サルビアはとてもいい笑顔でそう言った。

 

「おうおう、じゃり共。いい加減、目ぇ覚めたんなら行くぞ。制服返してもらわないかんし、なによりパーティーじゃわい。ガキはガキらしく。さっさと楽しんどけ」

 

 静摩がそう言って、さっさと行けと保健室からハリーたちを追い出す。

 

「もう、あの人いっつもこれ」

「まあまあ、ハーマイオニー。お腹すいたしことだしちょうどいい。さあ、行こうロン」

「そうね。行きましょ、ロン」

「さっさとしなさい」

「うん!」

 

 激動の四年目は終わった。もう二度とこういうことはないだろうけれど、色々なものを得られたと思う。

 優勝できなかったことだけが残念ではあるけれど、それでも得られるものは多かった四年目であった――。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

 

 ダンブルドアは校長室で石神静摩と対面していた。ボーバトン、ダームストロング両校が帰り、静まり返った学校内。生徒たちもまた休みということもあって帰省している。

 では、彼は? 彼はいったい何を目的としてここに来たのか。彼の要請で始まった三校対試合。

 

 ロン・ウィーズリーが代表選手に選ばれるというトラブルもあったが、なんとか無事に終了した。何事もなく。

 

「では、そろそろ聞かせてもらえんかのう。シズマ殿、どうしてロン・ウィーズリーの名をゴブレットに入れたのじゃ」

「さてのォ。まったく身に覚えもないんじゃが、まあ、気分じゃ。こいつならなんとかするじゃろと思ってのォ」

 

 身に覚えがないというのに、偉く具体的に言い放つ静摩。この男は何も考えていないのだから当然だ。

 自分が何をやったのかも目の前で何かしたとしても次の瞬間には忘れている。

 

「なんとかするか。ニッポンでは、星読みが盛んであったのう。それに何か見たということかのう」

「さて、どうじゃろうなァ。俺は反射神経の人間よ。星を見て何かするなんぞ俺の性分じゃなし。それに星に全てを決めてもらうんならそれを読まれれば終わりじゃけぇの。

 俺としても朔に関係ありそうじゃけェ来たようなもんじゃ。特に何もなかったからよかったのォ」

 

 本当にそうだろうか。

 

「本当にそうか」

「おそらく校長がおもっちょる通りよ」

「ヴォルデモート」

「じゃが、俺はもうこれ以上は関われんし。そっち任せにする以外にないからのォ。見込みありそうなのを鍛える意味も込めてやってみたっちゅうことにすればええじゃろ」

「なら事前に許可が欲しかったのう」

「おお、忘れとったわ。うはははは」

 

 ひとしきり静摩は笑ってから、

 

「まあ、そういうことよ。俺の勘がいっちょる。ヴォルなんとかは生きちょる。しかも、最悪、邯鄲に浸かってしまっちょるかもしれん」

「邯鄲。中国の故事じゃったかのう」

 

 邯鄲の夢枕。要約すれば盧生と呼ばれる人間が一晩のうちに人生を体験し、悟りを得るという話。

 人の世の栄枯盛衰は、はかないものであるという教訓を教える為のものである。

 

 だが、日本において神祇に関わるもの、ある一部の一族に関しては話は別になる。邯鄲の夢。それはとある男が作り上げた超人を作り上げる為のシステム。

 柊聖十郎。初代逆十字。そう呼ばれる男が作り上げた資質を持つ者が、超人となるためのシステムであり、夢の修行である。

 

 その資格者を盧生と呼び、その盧生は悟りの果てに人類の代表者となる。阿頼耶と呼ばれる人類の普遍無意識と繋がることによって彼らは夢を現実に持ちだすことができ、己と同調する英雄や神格を呼び出せる。

 

「ヴォルなんとかが盧生かどうかは俺は知らん。盧生の条件はある程度予測はついてもはっきりせんからのォ。なにせ、一人、二人、三人とかしか例がないんでの」

「もしヴォルデモートが盧生であった場合どうなるんじゃ」

「さて、どうなるじゃろうな。盧生は盧生でしか対抗できんことだけは確かじゃのォ。まあ、盧生なんてもんは現代じゃ産まれんというのが通説じゃ。しっかし、魔法界はどうじゃろうな。古い中世の風習やらなんやらがのこっちょる。思想的にも、文化的にも、お前さんらは旧い時代を引きずっちょる。そのおかげで、他よりも盧生なんてもんが生まれやすいかもしれんしのォ」

 

 いわば邯鄲の法なんてものは補助輪と言ってもいい。盧生が悟りへ至る為の修行場。極論、悟りをきわめて自らの思想において人類への愛を発露させることが出来たのであれば邯鄲などなくとも阿頼耶に近づくことができる。

 その例が、仏陀。釈迦と呼ばれる仏教における信仰対象だ。古い話になるが、調査によれば彼は邯鄲を用いずとも悟りを開き、阿頼耶に触れたと第二盧生は言っていた。

 

 つまり、何が起きるかわからないということである。

 

「十分に注意をしておく必要があるか」

「さてのォ。ヴォルなんとかが生きておったとしても、誰も信じんじゃろ。あんたが、言えば多少は信じる奴がおるかもしれんが。それだけじゃ」

「それでも何もしないよりはマシじゃろう」

 

 何もしないよりは遥かにマシだ。それにヴォルデモートは必ず狙ってくるものがここにはある。

 

「ハリー・ポッター。彼の者が殺し損ねた存在であり、自らが死ぬこととなった引き金であり、彼の者を倒しうる存在でもある」

 

 予言がある。かつて、闇の帝王の破滅を暗示した予言。闇の帝王を倒す者が生まれるという予言。

 シビル・トレローニーという占い学を教える教員であり、占い師が告げた予言だ。その予言は生きている。

 

闇の帝王は、その予言の始まりを聞いているが、その続きを知らない。だが、問題ではない。

ハリー・ポッターを狙う。それだけが、闇の帝王に確定している真実だとダンブルドアは睨んでいる。そうでなければ己が破滅させられてしまうからだ。

 

「彼を守るために盾も用意している」

 

 サルビア・リラータ。健康になったことによってその才能を十全に発揮できることだろう。ヴォルデモートと戦っても互角に戦えるほどにの才能を彼女は持っている。

 手綱さえ握れていればこれほど有用な盾はないだろう。だが、油断をすれば敵になるのは間違いない。

 

「まあ、そう言うなら任せるわ。こっちもこっちで忙しいからのぉ。せいぜい足下しっかりみちょることじゃ」

 

 そう言って、石神静摩は去って行った。

 

「…………」

 

 ダンブルドアは思う。必ず闇の帝王を葬り去ると。

 




はい、これにて四年目は終了でございます。長くなりましたね、予想外予想外。

それでも予定通りロンが狼となりました。
続いてはハリーです。五年目は平和ですよ。なにせヴォルさんの復活にまだほとんど誰も気が付いてませんからね。だから平和です。
ヴォルさんがある場所に突入したのでそこに引きずられる形でハリーが巻き込まれます。やったねハリー、経験が積めるよ!

ハリーにはifの世界を体験してもらいましょう。可能性の世界を。
まあ、予定は未定ですがね!

では、また次回。


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邯鄲の夢
第49話 夢


 夢とは何か。

 それについては個々人色々と思うところがあるだろうが、大抵の場合。そう一般常識においてという前振りを付けるならば、夢とは記憶の整理ということになる。

 

 ああ、将来の希望とかそう言ったものもまた夢になるが、そちらを連想したのならば申し訳ないがもう一つ前振りを足しておくとしよう。

 大抵の場合、夜眠る際に視る夢とは何か。こうするのが一番正しいだろう。正しい認識において答えるならば、もう一度言うが、夢とは記憶の整理ということになる。

 

 少しばかり難しい話になるが、神経生理学的研究において、夢というものは主としてレム睡眠の時に出現するとされている。

 眠っていても大脳皮質および辺縁系が起きている時と近い水準で活動しているにあるために、外的あるいは内的な刺激と関連する興奮によって記憶の中から過去の記憶映像が再生されつつ、記憶映像に合致するストーリーをつくってゆく。

 

 それが映像を伴って睡眠中に再生されたものを人は一般的に夢という。荒唐無稽でありながらどこか理路整然としていて、ここではなんでも出来るがある一定のルールに縛られているとも感じる。

 それはそうだろう。所詮、夢なのだ。前述したとおりであるならば、過去の記憶の切り貼り。そこからある程度の想像力が加味された上で成り立つ夢の領域。

 

 現実のルールと想像のルールが混同しているから荒唐無稽でもあるし、理路整然としたルールを感じることもある。

 夢とはあいまいなもので、大抵の場合自分の思い通りにはならない。いや、これだと少し語弊があるか。

 

 夢は自らの無意識から来る。興奮という意識的に内在する無意識化の働きによって人は夢を見るのだから、そこには確固として人の意識が介在しているのだ。

 気が付かないだけ。夢を見ようと考えていなくても、無意識化で願望を具現している。だから、夢は思い通りにならないというのは語弊がある。

 

 正確を言うのならルールに縛られると言うべきだ。無意識が構築したストーリーに沿ってでしか行動できない。意識がルールにとらわれている状態だ。

 その状態では思い通りになんて動けないし、ただ見ているだけだ。だが、もちろん物事の常として例外が存在する。それが明晰夢と呼ばれるものだ。

 

 明晰夢とは、睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のこと。無意識の構築したルールに縛られることなく自由に夢をコントロールできる状態の事だ。

 睡眠からの半覚醒状態で視るものだとされているが、実際のところはよくわかっていない。わかっているのは夢を意識的に自在にコントロールできるということ。

 

 ハリー・ポッターは明晰夢を視ていた。誰もいないリトル・ウィンジングプリベット通り4番地。がみがみうるさいダーズリー叔父さんはおらず、ことあるごとにハリーに対して小姑の如く文句を言う叔母さんもいない。

 最近ボクシングを習い出してそれを試したいとことあるごとに突っかかってくるダドリーも同じく。ここには誰もいない。

 

 初めこそ何が起きたのかわからなかったが、次第にこれは夢だと理解し始めた。なぜならば、ここではできないことができるのだ。

 空を飛ぶこともできるし、ありえない力で建物を壊すことも出来れば、直すことだってできる。神様にでもなったかのような感覚。

 

 魔法なんかよりもよっぽど凄いと思うのは夢だからだろうか。この空間の支配者は自分であるということの優越感は筆舌に尽くしがたい。

 休みになれば鬱屈した日々を過ごすと覚悟していたハリーであったが、眠りという人生の半分を自由にできるようになってからは余裕をもてるようになってきた。

 

 起きている時に何かあれば、こちらで解消すればいい。それはとても素晴らしいことのように思えた。自分だけが持っている特権のように思えてダドリーに対しても優しくなれそうであった。

 

「今日は、何をしようかな」

 

 空を飛ぶのも良い。ここならば誰にも何も言われず住宅街を飛ぶ回るという経験が出来るし、何より休みの間は出来ないクィディッチの練習もできるのだ。

 ブラッチャーやスニッチも作り出してしまえば本格的な練習ができる。ただ、相手がいないというのが悲しかったが。

 

 ただ、今日はどこかおかしかった。誕生日を迎えた日。今日もまた夢の中でなにをしようかと考えているとふと雰囲気が違う事に気が付いた。

 そうどこか古いような、そんな気配。見慣れた街並みがどこか古いような雰囲気を感じる。完全にではなくまじりあっているというべきだろうか。

 

 そして、一番の違いは人がいたことだった。

 

 美しい女性であった。そう美しい女性だ。漆黒の軍装を身に纏い、豪奢な金髪をなびかせながら不敵な笑みを浮かべた女性。

 貴族然とした雰囲気を醸し出す女性だった。それも本家本物。王や貴族ですら、一級の戦士でなければ通用しなかった。いいや、成立すらしなかった硬骨とした世界観を感じさせる雰囲気。

 

 それを醸し出す存在を見た時、ハリーは思わず息を呑んだ。

 有体に言って輝く金の髪に翡翠の瞳はとても、そうとても美しかった。軍属ながら完璧な容姿を持つ女の姿にハリーはただ見惚れた。

 

 美しかった。完成された兵器を思わせるこの女がとても美しかった。

 

「迷い込んだか、少年」

 

 そんな女性はハリーに気が付くと、そう優しく語りかける。彼女にとって優しくという意味合いであって、ハリーが感じる優しさとはだいぶ違う。

 古いというか硬いというか。女性的な柔らかさを感じる優しさではなかったが、敵意などは感じない。少なくとも敵ではないのだろう。

 

 その存在感は自分と同じだと直感させる。夢の登場人物ではないのだと直感的にハリーは感じる。

 

「あ、えっと」

「ふむ、表層に誰かいる気配を感じて来てみたが。何も知らないようだ。何かに巻き込まれたのか。施術も杜撰であるし、術式もあいまい。だが、根本だけは間違えていない。酩酊しているようで、しっかりとした執念も感じる。さて、原因はあれなのだろうが、法則が違いすぎて私が手を出すとどうなるか読めないな。ああ、すまない少年。こちらの話だ。さて、迷い込んだのか少年?」

「えっと、たぶん?」

 

 迷い込んだのがどういう意味かはわからないけれど、たぶんそうなのだろうからハリーは頷いた。

 

「そうか。ここには良く来るのか?」

「いえ、えっと、はい。毎日」

「…………そうか。なら誰かに会った経験は?」

「今日が初めてです」

「……盧生ではない。だが、かといって正式な眷属というわけでもなさそうだ」

 

 彼女はハリーにはわからないことを喋る。何のことを言っているのだろう。それを理解しようとしてもなにもわからない。

 

「あのあなたは?」

「私の名か。そうだな。可惜、名を名乗ることもできないが――ヘル。そう呼ぶと良い。親しい者にはそう呼ばれていたし、それくらいなら良いだろう」

「えっと、じゃあヘルさん。僕は、ハリー、ハリー・ポッターです。あの、ここはどこなんですか。あなたは知ってますか」

 

 この人は何かを知っている。だから、ハリーは聞いてみた。この場所のことを。

 

「ここか。夢の中だ少年。おまえも気が付いている通りに、ここは夢の中だ。夢界(カナン)と私の知り合いは言っていた」

「夢界……」

「さて、ここの場所を聞いたということは。次に君が知りたいのはどうして僕がこんなところに、だろう。至極当然の帰結だし、場所が分かれば次に思うのはどうしてそんな場所にいるかだからな。

 それは私にもわからない。おまえが盧生に合っていて、その者が許可を出したのかもしれないし、別の理由かもしれない。これに関しては私の阿頼耶でも答えようがない。人類の無意識につながっているとはいえ、私は全知ではないし、私が知らぬことを探すのは阿頼耶でも難しい」

 

 いわば窓だから、と彼女は言う。

 

「そうですか」

「だが、そうだな。ただ迷い込んでいるだけならば良いが、これ以上深いところに行くのであれば危険もある」

「え?」

「ここはおまえが思っているほど良い場所ではないからな」

 

 それからハリーはここのルールを聞いた。どういう力が使えるのかそういうのは明確にわけられているという。体系化されていると言った方が良いか。

 明晰夢の特性としてイメージの力が現実では有り得ない超常能力を発現させる。大別すると五種、細分化して十種の夢に分類される。

 その得手不得手によって個性が出るものの、あくまでにこれは基礎技能にすぎないため、誰でも十種――一つは例外だが――の夢を使用可能である。

 

 そんなことをハリーは説明された。

 

「――良い時間だな。今日は帰ると良い。そろそろ夜が明けるだろう」

「……あの、また会えますか?」

「なんだ私にまた会いたいのか? 奇特な奴だ。ただ話をしただけだろうに」

 

 どうしてかハリーはもう一度この女性に会いたくなったのだ。

 彼女から感じる不思議な気配。どこかで感じたことがあるような、されどどこかもっとも遠い気配。それがなんなのか知りたいとも思った。

 

 単純に何も気にせず話せるというのもある。だから、もう一度会えるなら会いたいとそう思った。

 

「だが、まあそう言われるのは悪くないのだろう。会えるかはわからんが、会えたのなら話の続きでもしてやる。ここが私の知る夢界ではあるが、邯鄲の施術が違うからまた会えるかはわからんがな」

 

 夢から覚めるようにハリーの意識は薄れていく。気が付けば、いつもの部屋だ。ダーズリー夫妻の声で、目を覚まして、新しい一日が始まる。

 そして、また夢を見る。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 何かが血反吐を吐いた。ただそれだけのことで、肋骨がへし折れ、内臓全てに律儀に万遍なく突き刺さる。それでまた血を吐けば、痛みに耐えるために噛み締め続け変形した顎が砕け散り、その衝撃でまた身体のどこかの骨が折れ骨が内臓や肉に突き刺さる。

 

 無限にループする螺旋のように血を吐いては骨が折れて血を吐くの繰り返し。数度繰り返せば、顎の骨が折れるところなどもうないほどに折れ、手足の骨も全て折れきった。腐りきり変色したどす黒い肌から流れる血は赤を通り越して黒であり、膿み、糞のような腐臭を撒き散らしている。

 

 そんな状態にありながらその何かは声一つあげない。声が出せないわけではないだろう。顎が折れているからでも、歯がないからでもない。そんなものなくとも叫び声くらいはあげられる。

 何かは叫びをあげられないのではない。あげないのだ。頭が倍以上に膨れ上がり、眼球が飛び出て頭蓋骨がめきめきと音を立てていたとしても。脳がどろどろに溶けて、そのうち穴と言う穴から出てくるのではにかと思うほどに沸騰していたとしても声をあげない。

 

 ただただ嗤うばかりだ。なぜ、叫び声をあげる必要があるのだろう。なぜ、声を上げる必要があるのだろう。この程度のことで、何かする必要があるのだろうか。

 これは祝福なのに。与えられる病は、湧き出す病は祝福だというのに。人の生とは苦である。ゆえに、苦しみこそが人類を人類足らしめる。

 

 苦しみを失った人類のなんと堕落したことか。かつて闇の帝王がいなくなった時がいい例だ。それから人は、何をしただろうか。

 何もしていない。堕落している。苦しみのない平和な時代は人間を堕落させる。

 

 夢の中でそれを見た。闇の帝王が復活した。それを見たと証言してもひと夏の間にはそんなことはありえないという風潮が蔓延した。

 栄光の光は陰り、それでも対抗しようと不死鳥の騎士団を以て挑もうとした。

 

 結果、多くが死ぬことになった。最初から対策していればそんなことにはならなかっただろう。それが平和を享受し、苦しみを忘れた結果だ。

 それでいいのか。そんな結果をもたらしてもいいのだろうか。良いはずがないだろう。だからこそ苦しみを与えるのだ。苦しみがあるからこそ、人は輝く。

 

 息を吸うだけで鼻と口腔粘膜は剥がれ出血するか、腐り落ちてどす黒い液体が気道も食道も塞ぎ溢れたそれらが口から、鼻から流れ出す。

 心臓は止まっているのかと思えば、突如として異常な速度で鼓動を続けては止まり、また動き出すのを繰り返す。その圧に耐え切れない血管がはじけ飛び身体を内部から圧迫して限界を迎えた風船のように破裂させる。

 

 肺、胃、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、十二指腸、膀胱その他。体内に存在するありとあらゆる臓器には無事なところなどありはしない。

 まるで、全て取り出してから猛毒に浸して味付けしたよと言わんばかりの状態にして、体内を切り開き所定の場所ではなく、滅茶苦茶な場所に戻したかのようにただそこにあるだけで身体を蝕んでいく。

 

 ありとあらゆる病魔の痛みが、蝕んでいくのが分かる。免疫系はその仕事を放棄したのか数万を超す病原菌の侵入を赦しあまつさえ、悪事を黙認するどころか幇助すらしている。体の主人に対して自滅してしまえと言わんばかりに免疫は容易く主人の細胞を破壊し、病原菌、ウイルスはありとあらゆる疾病を合併させる。

 もはや、自分の身体すら自分の味方ではなく、全てが凄まじい痛みを発している。それでいて同じ痛みなど一種類もありはしない。ありとあらゆる責め苦が襲っている。

 

 それでも生きおうという意思が身体を駆動させる。魔法力は高まっていく。

 苦しみこそが人類を輝かせることの証拠だ。それで輝いた人類を知っている。ゆえに、

 

(しゅくふく)を失ったか、リラータ」

 

 それを奪った怨敵(ダンブルドア)を許すことができない。

 

「だが、まだだ」

 

 怒りはある。しかし、それはダンブルドアが祝福を知らないからだ。彼にも祝福を与えなければならない。魔法界が存続するために。

 此れから先も全ての人類が輝けるように。

 

「そのために、俺様は――」

 

 夢へと潜るのだ。

 

 かつて賢者の石を奪取しようとして失敗し生死の境をさまよった時、その存在とその概念を理解した。

 生死の境において、阿頼耶と呼ばれるものに接近し、そこで全てを見たのだ。

 

 そしてそこに散らばる欠片の一つより、何をすべきかを悟った。

 

 ゆえに、ヴォルデモートは救済の帝王となろう。

 苦しみの中でこそ人類は輝くがゆえに、全てのものに苦しみを与えよう。

 

 平和な世界で生きがいを感じられぬものたちの代表者。

 苦しみがあるからこそ、生を実感できる者、苦しみがあるからこそ輝ける者たちの代表者となるべく、ヴォルデモートは夢へと潜るのだ。

 

 




ハリーとヴォルデモート、夢へと潜るの巻。
ただし、邯鄲の施術がセージのものと違うためそのルールも違います。

ヴォルさんの思想は、大幅変化。苦しみがあるからこそ人は輝けるのだというもの。
苦しみは病であったり物理的な脅威であったりです。
予定では一年後に全てが始まるでしょう。

で、微妙に出てきた我が愛しのヘル。ハリーを導く者として設定しております。
ハリーがひかれる理由は、アバダケタブラを受けて生き残った為。
まあ、正確には受けてはないけれど、アバダほど明確な死を感じられるものもないと思ったのでヘルが水先案内人です。

これより先、ハリーは夢の中で自らの人生に挑むことになります。
具体的に言えば、原作の一巻から七巻までの内容を追体験して行こうかなーとか思ったり思わなかったり。
これほどハリーを鍛えられるものもないでしょうし。
ご意見などあれば言ってもらえると嬉しいです。

おまけ
ハリーの才能はこんなイメージ。
熟練度Lv.1
 戟法 剛 6
    迅 7
 楯法 堅 2
    活 1
 咒法 射 10
    散 8
 解法 崩 10
    透 6
 創法 形 5
    界 1

では、また次回。


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第50話 違い

「おい、なんだこれは」

 

 サルビア・リラータは目の前の光景が理解できない。いや、明晰夢だということは理解できている。いやいいや違う。それ以上のことも理解している。

 ここが魔法による何らかの術理が働いていること。夢の中だということ。それでいて実体があり、感覚すら存在しているということ。

 

 この世界の大まかなルールを彼女の類まれなる頭脳と才能は嗅ぎ取った。あるいは、血が成せる業か。ともかくとして、彼女はこの世界のルールをいち早く理解した。

 だからこそ、目の前の光景はいささか理解しかねる光景であったゆえにそのような言葉が口を突いたのだ。

 

「おはよー、サルビア。ん? なんだい、サルビア。そんなおかしな顔をして。もしかして、どこか具合が悪いのかい?」

「は?」

 

 なんだ、それは。

 

 そこにいたのは、紛れもない父の姿である。空色の髪と瞳は紛れもなく彼である。だが、サルビアの知る彼とは根本からして異なる。

 まず執念がない、病魔がない。ぎらぎらとした野獣めいた眼孔もなければ、病魔におかされつくした肉体もない。だというのに紛れもなく彼は父親だった。

 

 だからこそ、意味がわからない。リラータの者が、なぜ娘を心配している。

 

「や、やめろ!!」

 

 額に手を置くな、怖気が走る。

 

「熱はないようだね。寝ぼけているのかな? 早く顔を洗ってきなさい。そして、朝ごはんを一緒に食べよう。お母さんがおいしいごはんを作ってくれているよ」

 

 ――なんだ、これは。何が繰り広げられている。

 

「あなたー、駄目ですよー。サルビアもお年頃なんですから。御父さんに近づかれるのも嫌がる頃ですよ」

「そんな、クラリー。そんなことになったら、僕はどうすれば」

 

 そこに現れるもう一人の女性。金髪に碧眼。小さくも豊満な胸を持った女性。サルビアの母がそこにいた。死んだはずの彼女は、どういうわけか頭のねじが吹っ飛んだらしい先代(ちちおや)といちゃいちゃしているピンク空間を見せつけている。

 頭が痛くなってくるほどだった。これが夢でなかったら、なんだという話だ。いや、夢だからこそ理解不能だ。昨日までは誰もいなかったというのに、何かが切り替わったかのように人が現れてこれだ。

 

「大丈夫ですよあなた。一時の事ですよ。私だってありましたし。そんなことよりごはんにしましょう」

「そうだね。さあ、サルビア、食卓に行こうじゃないか」

 

 果てしなく殺してしまいたい。だが、それをやるとどうなるかわかったものではない。この夢が何によって構成されているか定かではない上に、下手に干渉すると何が起きるかわからないほどの不安定さだ。

 この術式を使った奴はよほどの未熟者か馬鹿なのだろう。基本骨子は不安定どころか曖昧模糊としていて、ふらふらと揺れ動くくせして外殻だけは強固であり再生されているらしい可能性の破壊は事実上不可能という意味不明さ。

 

 内部破壊でも行おうものなら術式の崩壊に巻き込まれて死亡確定とかいう親切設計。とことんこれをやった術師の未熟さ加減がしれて頭が痛くなってくる。

 一番頭が痛くなる原因は、この意味不明夫婦に従わなければいけないということだ。なんだ、それ。拷問でしかないだろこれ。

 

「うーん、クラリーのご飯はいつみても美味しそうだね」

「ありがとうございますあなた。はい、あーん」

「あーん。うーん、おいしい。さあ、クラリーも。あーん」

「あーん――。あむ、もー、いっぱいいれすぎですよ」

「ああ、ごめんごめん。クラリーの料理がおいしすぎるからさ」

 

 キラって歯が光った。なんだ、それ。

 

「…………」

 

 どんなことにも耐えられる自信はあった。苦痛だろうが、なんだろうが、死ぬ程度の痛みだろうが、死んだ方がまし程度の痛みだろうが、苦痛だろうが耐えられる。

 だが、なんだこれ。もうこれそういうの通り越して、耐えるとか耐えないとかいう次元じゃないだろう。

 

「どうしたんだいサルビア。進んでないじゃないか。今日は、ホグワーツに行く日だ。食べないと駄目じゃないか」

「…………」

 

 その上、時が戻っている。またあの屑共と過ごす。

 

「緊張しているのかい? どの寮に入るか、不安なのかい?」

「仕方ありませんよ。私が、スリザリンの家系ですし」

「もう、何を言っているんだい。君は僕と同じグリフィンドール。きっとサルビアもそうに決まっているよ」

 

 しかも、この両親はグリフィンドール出身。頭が痛くなってきた。この意味不明設定があり得る可能性だとか誰が信じるものか。

 どうせ、どこぞの誰かが面白おかしくいじったに決まっている。

 

 そんなことを想っていると、なにやらスプーンが目の前に付き出されてきた。

 

「僕が食べさせてあげよう。あーん」

「…………」

 

 ――殺したい。

 

「あなた、サルビアが恥ずかしがってますよ」

「もう可愛いなぁ、サルビアは。家族なんだから恥ずかしがる必要なんてないのに」

 

 早くこの空間を逃げ出したいので、サルビアは即行で食べ終わり、

 

「出かけてくる」

 

 そう言って両親が止めても屋敷の外へ出た。

 

「…………なんだ、あれは」

 

 良く耐えたと自分を褒めたい気分になった。なにあれ、意味不明。理解不能。というか理解したくない。

 

「はあ、なにこれ。本当、なにこれ」

 

 夏に入ってから明晰夢を見るようになって階層が切り替わったかと思えば、この始末。何が来るのか少しだけ期待していたというのに、これでは期待はずれも良いところだ。

 

「それにしても……」

 

 村が活気で溢れている。保養地としての機能を発揮した場合の可能性とでもいうのだろうか。致死の光(ガンマレイ)で割ったはずの湖はそんなことなどなかったとでも言わんばかりであるし、何より村人たちがいる。

 今時の魔法使いたちが。夏だからシーズンだろうとでも言わんばかりに保養地としての役割をこの村は全うしていた。

 

 こんなにも活気にあふれた村をサルビアは見たことがない。というか、

 

「なんで、こんなにも馴れ馴れしいんだこいつらは」

 

 通りを歩けば、店主が持って行けと商品を渡してくる。妙にかわいがられているらしい。ここに住む一族の一人娘だから当然か。

 それとサルビア自身が可愛いのもある。まったくもって大人というのは単純だなとサルビアはいつものように見下す。

 

「しかし、寝るのやめようか」

 

 夢を見なければこんな光景を見なくて済む。夢を見ないで疲れだけ取る呪文か魔法薬でも作ってしまえば問題ない。

 良し、寝るのをやめよう。と思いかけて、

 

「でも、ここで過ごすのは中々に有用なのよね」

 

 いわば、昼を二度過ごしているという事で何かできる時間が倍になるのだ。新しい呪文を作るのも、その魔法の習熟訓練をするのもここほど良い場所はない。

 夢である為に、何をしても良いのだから。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ハリーは夢を見る。

 ハリーは夢を見る。

 ハリーは夢を見る。

 

 また、あの人に会えるかと期待して。そして、期待通り。女――ヘルはそこにいた。

 

「こんばんは、ヘルさん。また会えてうれしいです」

「まったく奇特な奴だな、おまえは。私に会えて嬉しいと言った奴は今までいないぞ。しかし、会えてよかったというべきだな。気が付かないか?」

「え?」

 

 そこでハリーは初めて気が付いた。周りの景色が変わっている。プリベット通りであることには変わりない。しかし、人がいなかったはずの場所に人が溢れていた。

 そして、気が付けば自分はあの懐かしの階段下の物置にいたのだ。背も低く感じる。

 

「え、これは」

 

 しかし、疑問を感じている暇などなかった。

 

「ハリー・ポッタ-!!」

 

 あのバーノン叔父さんの声が響いている。怒っている。すぐに行かないと爆発するのは目に見えていた。だから眼鏡をかけて外に出てみると、怒り心頭ですと言わんばかりに顔を赤らめたバーノン叔父さんがそこにいた。

 

「朝食の用意はどうした。え?」

 

 彼はヘルなんぞ見えていないかのように、ハリーに対して怒りをぶつける。ヘルがいればすぐにでも誰がお前はと言いそうなのにだ。

 それだけがここが夢の中であると告げている。

 

「ふむ、私は見えていないようだ。私の存在が妙におぼろげなのは、ここがお前を軸に回っているかららしいな」

「そうなの?」

「なにがそうなのだ。ハリー!」

「あ、ご、ごめんなさい」

「良いから朝食の用意をしろ! 今すぐ!」

「はい、叔父さん」

 

 なんでだよと言いたくもなったが、夢の中でもあのバーノン叔父さんは本気だった。すぐに痛い目に合わされるに決まっているので従っておく。

 大量のベーコンとスクランブルエッグを焼いていく。昔なら手間取るだろうが、今は手間取らない。サルビアと会ってから色々と効率的にやる方法を学んだのだ。

 

 そうやって作り終えた時はぎりぎりいつも通りの時間。ハリーは物置に戻る。食事は物置だ。それにここでならだれにも気にせずヘルと話せる。

 

「これどういうことなの?」

 

 これは五年前だった。11歳の誕生日の歳。ハリーがホグワーツに入学することになる歳だ。

 

「おそらくこれは可能性の体験なのだろう」

「可能性の体験?」

「そうだ。私も詳しくはないが、ここはお前が辿る可能性を再生しているのだろうさ。いや、再生と言うよりはシミュレーションという奴だったか。まあ、言葉は色々とあるだろうが、そういうことだ。これからお前はおそらく、お前が辿らなかった可能性を体験する」

「どうして」

「おそらく、盧生となった何者かがそうしているからだろう。お前と盧生の繋がりはどうやら思っている以上に深い。並みの眷属ではないほどだ。だが、それゆえに、相手は気が付いていない上に、こんな世界まで創りだしてしまっている。正直、私にも何がなにやらだ」

「どうすればいいんだろう」

「さて、それはおまえが考えることだ。おまえが考え答えに辿り着かなければならない。なに、気楽に挑めばいい。どうやら、この邯鄲は緩いらしい。繋がりが浅いのか術式が杜撰なのかはわからないが、本当に眠っている時にしかここには来れないようだからな」

「……わかった」

 

 それから手早く食事を終えて片付けに備える。ダーズリー一家が食べ終えた頃を見計らって食事の片づけを行う。

 翌日。ダーズリー一家は朝から上機嫌だった。なにせ、彼らの親愛なる一人息子でありハリーの従兄弟であるダドリー・ダーズリーの誕生日なのだ。

 

「起きろ、ハリー! 動物園に行くぞー! くはははははっ!」

 

 まだ寝ていると思ったのだろう。物置に向かって階段上から飛んだり跳ねたりしているダドリーであるが。

 

「しってるよ」

 

 ハリーは既に起きている。これは経験したことがある。だから予測できるし、回避可能だ。

 

「ハリーの癖に生意気だぞ」

 

 そんな物言いをしているダドリーをたしなめるようにペチュニア叔母さんとバーノン叔父さんがやって来る。

 

「ん~、可愛いダドリーちゃん。さっ、お誕生日ね~今日は何から何まで完璧にしなくっちゃ。可愛いダドリー坊やの特別な日だもの」

「おめでとう、ダドリー。おい、コー」

 

 次に叔父さんはコーヒーを所望する。ゆえに、既にコーヒーは淹れたてがバーノン叔父さんの座る位置で最も取りやすい位置に置いてある。

 

「ずいぶんと手際が良いな」

 

 バーノン叔父さんは、ハリーの手際に訝しげな表情を剥ける。

 

「そんなの良いでしょバーノン。そんなことよりプレゼントよ」

「ああ、そうだったなペチュニア」

「さあ、ダドリーちゃん、プレゼントよ。どう素敵でしょ?」

「全部でいくつなの!?」

 

 ハリーが知るとおり、ダドリーはプレゼントの数を聞いた。このあと、プレゼントの個数が気に入らなくて、癇癪をあげるので、動物園でもう二つ買うことになる。

 そんな会話を聞きながら、ハリーは食事の準備を完了してさっさと食事を済ませて部屋で動物園に行く準備を整えてヘルと話をする。

 

「おんなじだよ。どこが可能性のシミュレーションなの?」

「私に聞かれてもな。だが、まだ始まりのはずだ。お前の人生の基点がここだとするのなら、これから先に何か変化があるはずだ」

「そうかな」

「あるいはお前が変えるのかもしれんがな」

 

 その後もハリーが知る限りかわりはなかった。いや、爬虫類館でダドリーを蛇の展示室の中に落とさないでやった。その代りに蛇は逃げられなかったけれど。

 そのおかげで、バーノン叔父さんには怒られずに済んだ。あとは、ホグワーツの手紙をすぐに物置に置いたからバーノン叔父さんたちにそんな手紙が来ていることを知られることはなかったくらい。

 

 そのおかげでプリベット通りにハグリッドが来ることになった。その影響かダドリーに尻尾は生えなかった。少しそこは残念に思うが、夢の中だから特に問題もなくダドリーを倒せるから良いと思うことにした。

 それからハグリッドと共に漏れ鍋に行ってダイアゴン横丁で買い物。オリバンダーの店で最初に自分の杖を注文して時間をかからないようにしたりと効率的に動いた。

 

 明確な違いは出ていた。サルビアに出会わなかったことが、何よりも大きな違いだった。

 

「なるほど、君の友人がいないという可能性の世界か」

「そうみたい」

 

 サルビアがいないというのは悲しいが、そういう可能性もあるということなのだろう。

 

 ホグワーツ特急で話していると、ロンがやってきた。同じやり取り。違うのはやっぱりサルビアがいないことだけだ。

 

「駄目だ、ちゃんとしないと」

 

 サルビアにも言われた。前を向いて行こう。これから先どんな風になっていくのか。そう考えながら、組み分けを終えて寮に戻ったハリーは眠りについた。

 




クリエイトなドラマCD開始なサルビア。
原作開始なハリー。
どうしてこうなったんでしょうね笑。

五巻の内容は夢に焦点を絞っていこうかなと思います。なにせ、ホグワーツに行っても特に何事もなくナイア先生の授業を受けたりするだけですので。

ちなみに、ハリポタ原作時空だとサルビアは死んでいます。病魔におかされ、誰にも看取られることなく朽ち果てました。
死体は今でも屋敷の中で届かぬ生に手を伸ばし続けていることでしょう。

おまけ
サルビアの資質。
熟練度Lv.1
 戟法 剛 10
    迅 10
 楯法 堅 10
    活 10
 咒法 射 10
    散 10
 解法 崩 10
    透 10
 創法 形 10
    界 10

面白みなんてなかった。


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第51話 二度目の授業

 ハリーは、ロンをたたき起こし変身術の教室に向かう。

 

「そんなに急がなくても大丈夫だろ?」

「道覚えてる? 遅刻したらマクゴナガル先生が何をいうかわからないよ」

「…………よし、急ごう」

 

 想像したロンは一度ぶるりと震えてからハリーと共に歩き出した。問題なく変身術の教室に入ることが出来て、限りなく説教に近い注意をまた受ける。

 

「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険な物の一つです。いい加減な態度で授業を受ける者には出て行ってもらいますし、二度とこの教室には入れません。」

 

 彼女は注意を終えると目の前の机に魔法をかけ豚に変えてみせた。それにハリー以外の面々は全員感激し、自分も試したいとソワソワする。これは一年生の時に見たので、もう感激はしない。

 そんなことよりも板書に備え、黒板の前に立ってチョークを動かし始めたマクゴナガル先生に合わせて板書していく。早く呪文を使ってみたい生徒たちはお預けをくらいながらもノートを取って行く。

 

 黒板を書き終え、それについて説明を終えたマクゴナガル先生は、一人一人にマッチ棒を配り始めた。マッチ棒を針に変えろと彼女は言う。

 それからマクゴナガル先生は呪文を生徒たちに教えて、自ら手本を見せる。そして、さあ、やってみなさい、と実技の時間。

 

 ハリーは即座にマッチを針に変えて見せた。

 

「なんとまあ。きちんと予習をしていたのかしら。おみごと。完璧ですよハリー。グリフィンドールに10点。さあ、みなさんもミスター・ポッターに負けないように頑張ってください」

「君、凄いね。僕なんて、どうやれば良いのか全然わからないよ」

 

 隣に座ったロンが愚痴るように呟く。彼は呪文をかけたが、マッチ棒は一ミリたりとも変化しない。そう言えば、サルビアの前でこんなふうに愚痴をいったなとハリーは思い出しながら、

 

「イメージするんだ。マッチ棒を良く見て、針を良くイメージすると良いよ」

「イメージか。ん、んん」

 

 そう大仰にロンは呟きながら咳払いをして呪文を唱える。少しであったが変化の兆しがあった。

 

「凄い!」

 

 そう言えば、自分もそうだったなと思い出す。

 結果、この授業でマッチ棒を変化させられたのは、ハリーとハーマイオニーだけだった。

 

 そしてやってくる魔法薬学の授業。

 

「この授業では杖を振ったり、ばかげた呪文を唱えたりしない。いいかな。

 魔法薬調合の微妙な科学と芸術的な技を諸君が理解できるとは期待していない。だが、一部の素質のある選ばれた者には伝授してやろう。人の心を操り感覚を惑わせる技を。名声を瓶の中に詰め栄光を醸造し死にすら蓋をする、そういう技を」

 

 そう言ってスネイプはハリーをロックオンする。

 

「ところで。諸君の中にはどうやら魔法が出来るからと調子に乗っている者がいるようだ。ミスター・ポッター。その名も高きミスター・ポッター」

 

 授業は聞いていたが、どうにも他の授業でハリーの評判を聞いて難癖をつける方向らしい。

 

「さて、アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを加えると何になる?」

「アスフォルデルとニガヨモギを合わせると、強力な眠り薬となります。あまりに強力なため『生きる屍の水薬』と言われているほどです」

「ほう、予習はしているようだな。では、もう1問。ベゾアール石を見つけて来いと言われたらどこを探す」

「山羊の胃の中です。ほとんどの薬の解毒薬になります」

「…………」

 

 思い通りにならなくて、スネイプは若干歯噛みしているようだった。サルビアに散々馬鹿と言われながら覚えさせられたのが役に立った。

 

「モンクスフードとウルフスペーンとの違いは」

「どちらも同じ植物で、トリカブトの別名のことで、その塊根を乾燥させたものは漢方薬や毒として用いられます」

「授業の予習はして当然だ。点数を与えるまでもない。

 そうだミスター・ポッターが言った通り、アスフォルデルとニガヨモギを合わせると強力な眠り薬となる。あまりに強力なため『生きる屍の水薬』と呼ばれる。

 ベゾアール石を探すならば山羊の胃の中だ。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、トリカブトの別名でもある。毒にもなれば薬にもなる。

 さて、諸君らは何故いま言ったことを全てノートに書き取らんのだ」

 

 一斉に羽ペンを取り出す音と羊皮紙を取り出す音がした。その後、スネイプは生徒を二人組にわけておできを治す簡単な薬の調合をさせた。ハリーはロンと組んでいた。

 当然、これもやったことがある。いくら苦手な魔法薬学とは言っても中身は四年生である。それなりにはできるようになっているし、サルビアやハーマイオニーに習ってきた。

 失敗することはなかったが、やはり褒められることはなかった。

 

 次の週の木曜の朝、そうついに待ちに待った飛行訓練である。サルビアは死にそうな顔をしてたっけとハリーは思い出しながらようやく箒に乗れると、とても楽しみであった。

 二十本の箒が地面に整然と並べられており、マダム・フーチの指示で、みんな箒の横に立つ。

 

「そして、こういうのです。上がれ」

 

 右手を箒の上に出して、上がれと唱える。やはりたったの一度でハリーの手の中に箒が収まった。

 

「皆箒を持ったわね、そしたら、またがりなさい。笛で合図したら全員で地面を蹴り浮き上がりなさい。しばらく浮いて、前かがみになって降りて来なさい。良いですね」

 

 全員が箒を手にできたところで、箒にまたがり、マダム・フーチが笛を吹いた。まず浮き上がったのはやっぱりネビルだった。

 彼はどこかへ飛んで行き、ハリーの知るとおりに城壁にぶつかって挙句、像に引っかかり落っこちてきた。

 

「ああ、手首が折れてる。大丈夫よ、しっかりしないさい。医務室に行きましょう。他のみなさんは地面に足を付けて待ってなさい! もし飛ぼうものなら、クィディッチのクを言う前にホグワーツから出て行ってもらいますよ」

 

 一文字も変わらない脅し文句を言ってマダム・フーチはネビルを連れて医務室へと向かって行った。

 

「見たかあの顔。思い出し玉があれば、綺麗な落ち方を思い出すさ」

 

 それを機会とばかりにマルフォイがネビルが落とした思い出し玉を拾い、馬鹿にする。

 

「それを返せよマルフォイ!」

 

 二回目になるがやっぱり許せない。友達を馬鹿にされるのはどうやっても許せることではないのだ。

 

「嫌だね、ロングボトム自身に探させる……屋根に置こうか」

 

 そう言って彼は箒にのって浮き上がって行った。

 

「なぜ、取り返さなかったんだ?」

 

 大抵は黙って物珍しそうに魔法などを観察していたヘルがそう言った。

 

「おまえならあの少年が飛びあがる前に腕なりを掴んで地面に引き倒すこともできただろう」

「箒に乗って飛びたいんだ」

「それほどか。私には空を飛ぶというのはいささか理解できないが。人は自由を好む。空を自由に飛ぶというのはそれだけで魅力的であることはわかる。そこに至るまでの過程は私には理解できても実感はないが」

「飛んじゃダメ! 先生に言われたでしょう。退学になるわよ! それに、飛び方も知らないのに!」

「彼女がそう言っているが良いのか?」

「良いんだ。あとでちゃんと謝るから」

 

 そう言ってハリーは空へと飛びあがる。案の定ハーマイオニーはなんて馬鹿なのと言っていたが。

 

「それを返さないと箒から叩き落とすぞマルフォイ!」

 

 マルフォイと並びそう宣言する。マルフォイはそれを嘲笑うように思い出し玉を見せつけてくる。

 

「嫌だね」

 

 宣言通り叩き落とそうとするが、躱される。

 

「取れるもんならとってみろ!」

 

 そして、思い出し玉を全力で投げた。

 

「――!」

 

 即座に反応してハリーはそれを追った。

 

 箒の性能は悪いが、追いつけることは知っている。だから、スピードを上げる。前にやった時よりも早く。そして、危なげなく追い越し、思い出し玉を掴み取った。

 

「ハリー・ポッター。来なさい」

 

 そして、地上に降りたところでマクゴナガル先生に呼ばれて連れて行かれる。

 

 そこはクィレルの教室。クィレルをなんとかしたいけれど、何もできない。証拠がないうちにあいつがヴォルデモートだと言っても誰も信じないだろう。

 ダンブルドア先生なら信じてくれるかもしれないが、どうしてそんなことを知っているのかという話になる。夢の中だから気にする必要はないと思うだろうか。

 

 それをヘルに聞いてみると。

 

「あまりオススメはしないな。ここが夢だと夢の住人に言ったところでおまえの正気を疑われるだけだ。それではおまえが敵だと言っている彼をどうこうするどころの話ではなくなってしまうだろう。ここは大人しく機会を待つのが良い。単純な話では殺してしまうのが一番なのだろうが、彼も人だ。なによりおまえ、殺しはせんだろう」

「うん。人を殺すのは悪いことだからね」

 

 そう機会はあるのだ。危険ではあったけれど。結局、何か大きな違いが起きるまでは前と同じ通りに進めるということことになった。

 そんなことを放している間に、オリバー・ウッドが連れてこられた。

 

「ポッター、オリバー・ウッドです。この子は最高のシーカーですよ!」

 

 二回目だけれどやはり褒められるのは悪い気分ではなかった。

 

「して、ハリー、シーカーとは探索者のことだとは思うのだが、何を探すのかね。こういう場合の王道はお宝だと思うのだが。

 確かに、この城にはその手のものがありそうではある。ここはこういうのが常道だろう。心が躍ると。まあ、私には心なんてものはないが得てして男の子というものは宝探しが好きな人種なのだろう。それならばおまえのはしゃぎようも納得というものだ」

「違うよ。クィディッチっていうスポーツでのポジションのことだよ。スニッチっていうボールを探して取るのが仕事なんだ」

「ふむ、となると箒に巧く乗れたからこそか。いや、自明であったな」

 

 そんな風に夢は過ぎていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 玉座に男が座っている。大外套を見に纏った軍服の男。黒髪の東洋人。それがヴォルデモートの前の玉座に座っている。

 

「さて、聞かせてはくれないかね闇の帝王殿。俺としてはお前の思想を気に入っているのだがね。人間は苦しみの中でこそ輝く。すなわち試練だ。

 であれば、俺とお前は共存できると思うのだが、俺の何が気に入らないのかね?」

「お前は救いを与えない」

「ほう」

「試練を与えるだけだ。それでは救われない。祝福(ヤミ)を以て、初めて人は救われるのだ」

「俺としては試練を越えた勇者には等しく褒美となるものを与えているつもりではあるのだがな」

「全て等しく救うのだ。俺様は」

 

 互いの思想は似ている。

 どちらも人間には、苦しみという名の試練が必要であると定義し、平時、平穏、平和による人間の堕落を憂いている。

 だからこそ互いに交わらない。

 

 玉座の男は試練を与えることによる乱世を望んでいる。そこで生き残れる者は輝く者たち。弱き者でも覚悟が残せればそれで良いと言うようなことを是とする世界。

 救われるのは、玉座の男が認めるだけの強さを持っている必要がある。往々にしてそれは滅びへの道だろう。少なくともヴォルデモートは玉座に座る男の思想(ユメ)をそう定義した。

 

 ヴォルデモートは病を与えることによって人間に苦しみを植え付ける。誰もが死にたくないと思い抗うことで人々の意思は輝く。

 そこにあるのは滅びではなく進化だ。病を与えることで死ぬ命があるだろう。しかし、死にたくないと抗う事で人とその文明は進化する。

 

 少なくない犠牲は出るかもしれない。だが、それを乗り越えて人々は次なる段階へと進めるのだ。試練による乱世は滅びを内包している。

 それは己も一緒だが、その後の結末が互いに乖離しているがゆえに相容れない。どれほど玉座の男がヴォルデモートの思想を肯定しようとも、ヴォルデモート自身が認められないのであれば、そこに存在するのは対決以外の道はない。

 

 ゆえに、

 

「由緒正しく決闘と行こうではないか。察するにお前もその方が良いだろう」

 

 そう言って、玉座から立ち上がる男。戦闘意気が高まり、覇気が空間を捻じ曲げていく。神威が生じている。圧倒的な神威。

 己と相手の間にある格差はいかほどのものか。考えるだけでも眩暈がするほど。

 

「待つのだ、まずは、お辞儀からだ」

「ああ、そうであったな。互いに礼を尽くしてこそだな。我も人、彼も人、故に対等」

 

 ヴォルデモートが礼をする。これは忘れていたと玉座の男もまた、礼をする。

 

「さあ、お前の輝きを俺に見せてくれ」

 

 ゆえに、まずは小手調べと行こうではないか。天高く手を掲げて男はまず叫ぶのだ。

 

「リトルボォォォイ!」

 

 創形される知らぬ者などいない最も有名な核兵器。所謂広島原爆。それは第二次大戦において、使用され日本国に多大な傷跡を残した兵器。アメリカが開発したウラン型原子爆弾。

 上空約600mで爆発してなお焼失面積13,200,000m²、死者118,661人、負傷者82,807人、全焼全壊計61,820棟の被害をもたらした爆弾だ。

 

 夢の中の法則にて紡ぎだされる核兵器。大別して五種、細分化して十種に分類される夢の中で通じる力のうち創法と呼ばれるイメージを形にするもの、創法の形と呼ばれる力によって現出したのは前述したとおり核兵器。

 創法の資質が高ければ高いほど、その再現度は高くなる。そして、目の前の男は作り出すことに関しては一家言ある。

 

 ゆえにその爆裂は容赦なくヴォルデモートと彼についてきた死喰い人を直撃する。

 

「プロテゴ・マキシマ」

 

 ヴォルデモートが選択するのは防御。魔法による盾の呪文と、夢の力を使用する。楯法と呼ばれる回復と防御に特化した五種のうちの一つの夢。

 体力やスタミナ、自分自身の耐久性を強化する夢であり防御型の(けん)と回復型の(かつ)の二つに分かれる。

 

 そのうちの堅ともう一つ夢を重ねる。

 咒法(じゅほう)と呼ばれるイメージを放つ夢。矢のように飛ばす(しゃ)と爆発のように広げる(さん)の二つに分かれるうちの散を用いて、自らの盾を強化して見せる。

 

 そうやって耐えられたのはヴォルデモートを含めても数名。死喰い人の中でも選りすぐりと呼ばれる者たち。レストレンジ、クラウチ、マルフォイ。

 十数名はいたはずの死喰い人は、呆気なく爆裂の中に散って行った。

 

「ほう、俺の知らぬ術理がどうやら存在しているらしい。良いぞ、そうでなくては――ならばこれはどうだ!」

 

 男は感嘆の声をあげると同時に次なる術式を装填する。いや、その時点で、上空。成層圏を超えた先に彼の軍団は召喚されていた。

 高水準の創法の形と咒法の射による芸当。

 

「神鳴る裁きよ、降れい雷ィ――ロッズ・フロォム・ゴォォォッド!!!」

 

 大気圏外にて召喚されていた数十万を超える彼の軍勢が一斉に牙を剥く。降り注ぐ天の光。それらすべてが破壊をもたらす最悪の兵器だ。

 

 その名の通り、それは神の杖である。アメリカ軍が核兵器に代わる戦略兵器として計画している事実上の軍事衛星であり、タングステン・チタン・ウランからなる全長6.1m、直径30cm、重量100kgの合金の金属棒に小型推進ロケットを取り付け、高度1,000kmの低軌道上に配備された宇宙プラットホームから発射し、地上へ投下するというもの。

 

 莫大な範囲を星の一撃が呑みこむ。

 

「ほう、やはり夢とは違う術理というのは中々に面白い。さあ、今度はどうする」

 

 この一撃は、盾では防げない。おそらく単純な効果範囲や放射能による汚染を考えれば先のリトルボーイの方が被害は上だろう。

 だが、直上から放たれ視認など到底不可能な速度で迫るそれを防げる者などいはなしない。威力もまたしかりだ。なにせ、これは星が協力する一撃。つまりは、星の一撃に他ならないそれ。

 

 それを盾の呪文で防ぎきることなど不可能。数十万、星の一撃がヴォルデモートたちに叩き込まれようとする。

 

「ルシウス!」

「は――! インペディメンタ」

 

 ルシウスが放った妨害の呪文を咒法の散で広げロッズ・フロム・ゴッドの落下が一時的に停滞する。

 

「ベラトリックス」

「はい、ご主人様」

 

 次に動くの豊かな黒髪を持ち、厚ぼったい瞼の女だ。彼女は杖を掲げて、

 

「エバネスコ」

 

 呪文を唱えた。それによって生じる結果は単純だ。ロッズ・フロム・ゴッドが消える。男との実力差、夢の強度で考えれば呪文一つでは不可能であるが。

 ベラトリックスは夢を二つ用いた。

 

 一つは、解法(かいほう)と呼ばれる他者の力や感覚、場の状況等を解析、解体する夢だ。すり抜ける(とう)と破壊する(ほう)の二つのうち崩によって消失呪文を強化させたのだ。

 そして、咒法の散でその効果を広げた。それによって、ロッズ・フロム・ゴッドを消して見せたわけである。

 

「ふははははは――実に、実にすばらしい。ああ、俺の愛しの彼らを見ているかのようではないか」

「行くぞ」

「来い、お前の愛を俺に見せてくれ!!」

 

 死喰い人とヴォルデモートの戦いは、始まったばかりだ。




つい、戦闘シーンが書きたいとムラムラしてやってしまいました。反省はしない。

ヴォルとアマなんとかさんの対決。ああ、書いていて非常に楽しかった。
ついでにここである程度の夢の説明でもしておこうかと思ってやってみた。

おまけのハリーの二度目の授業ですけど、流石に二度目なので優等生化しているハリー。
サルビアというスパルタ先生のおかげですね。

さて、ここからハロウィンのトロール戦と賢者の石奪還編へ一気に行きます。
正直一巻の内容はほとんど変わらないので飛ばします。
あとは現実での話もしていこうかと思います。
サルビア側は、私のテンションがおかしいときじゃないと書き切れる気がしないので書けたときにでも。あんな父親がいるリラータ家とかソフマップ特典ドラマCDを聞きながら深夜テンションじゃないとかけません。

あと報告として明日の更新はないかもです。今日は忙しい上に早く起きなければならないので。
では、また更新があった時に。


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第52話 オログ=ハイ

 時はハロウィーン。大広間は派手に飾り付けられ、いくつものジャック・オー・ランタンが広間を照らし、テーブルの上にはカボチャを贅沢に使った料理がズラリと並んでいりることだろう。

 しかし、ハリーとロンは女子トイレの前にいた。

 

「ハーマイオニー、おーい。ほら、ロン、早く謝って」

「ごめんよ、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「そうなんだだから」

「きゃああああああ――」

 

 その瞬間、女子トイレから悲鳴が上がった。間違いなくハーマイオニーのもの。ハリーとロンは顔を見合わせて、女子トイレへと飛び込んだ。

 

「うそ、だろ……」

 

 ロンがそこにいたものを見て絶句している。

 ハリーもまた絶句していた。

 

「なに、こいつ」

 

 そこで見たのは、その身を鎧兜や巨大な剣で武装したトロールだった。だが、トロールにはない知性をその瞳に感じ取る。

 

「オログ=ハイだ、なんで、こんなところにいるんだよぉ」

 

 ロンの震えた涙声が響き渡る。

 

 オログ=ハイ。凶暴な山トロールの上位種であり、本来なら深い山奥に生息しており、人里には出てこない。一説によればトロールを統べるものだとも言われている。

 一年目はただのトロールだったはず。なんでこんなものが? と混乱していると、

 

「落ち着け。たかだか知性が宿って武装をして、武術の心得があるだけだろう。ここにはありとあらゆる可能性があるのだから、こういうこともある」

 

 ヘルがそう言ってハリーの肩を叩く。

 

「無理なようなら私がどうにかしてやっても良いが」

「良いよ、僕がやる」

 

 友達が目の前で襲われている。なら助けにいかないといけない。ハリー・ポッターは、相手がなんだろうと助けに行く。

 一年生の時の自分に出来て今の自分に出来なはずなどないのだから。

 

 壁を突き破り侵入してきたそいつに対して、ハリーは駆けだした。そこに夢は使用しない。なぜならばハリーは夢を同時に使うことなどできない。

 一つの夢を使うのが今は精一杯。ゆえに、ハリーはここでは夢を使わなかった。使う夢は決めている。

 

 解法。夢を解く夢。その中でも破壊の為の崩。

 

 恐ろしい。けれど、友達がピンチだ。ならば行かない理由などなかった。ロンがハリーを止める声が響く。

 それに大丈夫だと言ってやって、ハリーは夢を杖へと装填する。

 

 使用する呪文は、射撃呪文(フリペンド)。単純なエネルギーを飛ばすだけの呪文。攻撃性がある射撃呪文である。

 それに対して解法を使用すればどうなるか。答えは単純な威力の向上として現れる。それだけでなく直撃したものを破壊するという結果をもたらした。

 

 直撃したのは鎧。鋼鉄の鎧がただのフリペンドの呪文で砕け散る。

 

「ロン!!」

 

 そして、ハリーは叫ぶ。

 

「今すぐ、ハーマイオニーを連れて逃げるんだ!」

「む、無理だよ」

「やるんだ! 僕がこいつを足止めしておくから」

「だ、だって」

「君ならやれるはずだよ。だって君はドラゴンにだって立ち向かえるんだから!」

「――……わかった」

 

 ロンは頷いた。なぜだかわからない。けれど、ハリーの言葉は強く誰よりもそれを信じているようだった。だったら、負けていられない。

 

「ハーマイオニー!!」

 

 ロンはオログ=ハイの横を走って抜けようとかけていく。当然、通さない。

 

「やらせるか!」

 

 更にもう一度フリペンドを放つ。強靭な肉体を持つオログ=ハイの皮膚を普通の呪文では抜けないだろう。だが、解法の崩を用いた呪文ならば届く。

 

『GUOOOOOOO――』

「流石だよ、ロン」

 

 迷わず走って行った。ハリーもまた負けられないとオログ=ハイの前に立っている。相手は完全にハリーを敵と認識した。

 鎧が壊された、腕に傷を受けた。だが、未だ身体は動く。であれば、ハリーを叩き潰さんとその武器を振るう。それは巨大な剣。

 

 オログ=ハイの動きはトロールというある種鈍重であるという固定概念を打ち砕くほどに俊敏であった。

 それも当然だろう。彼ははその名の通りトロールの上位種。その体型が最も理想として生まれた。であれば、その速度が鈍重であるわけなどないのだ。

 

 咄嗟にハリーは夢を行使する。身体能力を強化する夢。戟法と呼ばれる夢で、パワー型の(ごう)とスピード型の(じん)のうち迅を使用し自らの速度をあげてオログ=ハイの攻撃を躱す。

 躱し方も戦い方もナイア先生から習っている。

 

「エクスペリアームス!!」

 

 使用するのは単純な魔法。武装解除。直撃した呪文はその魔法としての魔法(リフジン)の結果を出力する。すなわち、武装解除の名の通り剣が吹き飛び壁へと突き刺さる。

 オログ=ハイは、それでも向かってくる。武器を失った。だからどうしたと言わんばかりに向かってくる。それだけで人間の脅威になることを彼は知っているのだ。

 

 それだけにハリーは明確に感じとった。死という感覚を。莫大な圧力。死の圧力が降り注ぐ。明確な死。死。死。死。

 緑に彩られた死。恐ろしい。怖い。誰かの悲鳴が頭に響く。それでも、確かなものがある。

 

 逃げたら、ハーマイオニーとロンが危ない。それにヘルよりは怖くない。

 

「それに怖いからって、逃げられないんだ」

 

 死は恐ろしいものだ。ヘルがそう言っていた。だからと言って目を背けてはいけない。人はいつか必ず死ぬ。どんな存在だっていつかは必ず死んでしまう。

 だから目を背けずにただ精一杯、胸を張って生きる。いつかやってくる死を恐れず、堂々と向き合って今を笑えるように。

 

「ハリー!!」

「ハリー逃げて!!」

 

 ロンとハーマイオニーの声が聞こえる。突っ込んでくるオログ=ハイは恐ろしい。怖い。

 でも、友達がいるんだ。夢かもしれないだなんてことはハリーの頭の中から抜け落ちている。今あるのは友達を助けるということだけ。

 

「インペディメンタ!!」

 

 呪文を受けたオログ=ハイの動きが停滞する。

 

「スポンジファイ!!」

 

 衰え呪文によってオログ=ハイの筋力が衰えていく。

 

「ステューピファイ!!!」

 

 夢を飛ばす夢、咒法の射によって強化された失神呪文が自在に飛翔しオログ=ハイの瞳を貫く。衰え呪文によって衰えたオログ=ハイはその呪文に耐えられない。

 前のめりハリーの前に倒れ伏す。11歳の少年によってトロールの上位種が倒された瞬間だった。

 

 それと同時にマクゴナガル先生たちが女子トイレになだれ込んで来た。破壊された女子トイレ、倒れ伏すオログ=ハイの前に立つ杖を抜いたハリー。それに近づいているロンとハーマイオニー。

 さて、ここから連想されることはなんでしょう。あまり多くはない。むしろ少ない。少なくとも、信じられないだろうがこの光景を見て無事な三人と倒れているオログ=ハイを見れば真実に辿り着くのは簡単だ。

 

「一体全体、どういうおつもりですかッ!」

 

 マクゴナガルの第一声がこれだった。少なくとも褒められることはないだろうと思っていたので、ハリーからしたら想像通りなのだが、露骨にびくりとするのはロンとハーマイオニーだ。まさかこんな剣幕にさらされるとは思ってもいなかったらしい。

 

「野生のオログ=ハイと逃げずに対決するなど正気の沙汰ではありません。殺されなかっただけ運が良かったのですよ!」

「あ、いえ、あの、トイレにいたらいきなり襲ってきて。彼らがいなかったら、私死んでました」

「なぜ、トイレにいたのですミス・グレンジャー、今日はハロウィーンパーティーですよ」

 

 ハーマイオニーにマクゴナガル先生の剣幕が向く。震える手でロンが手をあげる。

 

「あ、あの、ぼ、僕が悪いんです。僕がハーマイオニーに悪口を言って、泣かせてしまったから。それで謝りに来たら悲鳴が聞こえて慌てて飛び込んだんです。ハリーがいなかったら僕も死んでました」

「ミスター・ウィーズリー。レディに涙させるなど紳士としてあるまじき行為です。それが彼女を危険にさらしました。グリフィンドールから十点減点です。今後は、紳士としての己を忘れてはいけませんよ。さて、ミスター・ポッター。見るからにあなたがこれを一人でやったのですか?」

 

 マクゴナガル先生が場を見ながら言った。入ってきたときの状況からしてハリーが戦っていたのは間違いない。それを問う。

 

「えっと、はい」

 

 ハリーは嘘をつくことなくそう言った。先生に嘘をついてもすぐにバレるだろうし、この剣幕の中で嘘をつけるならそいつは人間じゃないだろう。

 

「優秀だとは思っていましたが、これほどとは。しかし、あまりに軽率です。更に十点減点です」

「すみません、先生。でも、友達が危ない時に何もしないなんて僕にはできません」

「……まったく。しかし、野生のオログ=ハイを相手にして無傷で倒せる一年生などいないでしょう。この様子を見るに見事な魔法だったようです。それに対して五十点、グリフィンドールに差し上げましょう。ですが、これで調子に乗って危険に自ら飛び込むようなことをしないように良いですね。三人ともですよ」

「「「はい、マクゴナガル先生」」」

「よろしい。では、寮に戻る前に、マダム・ポンフリーのところで怪我がないか調べてチョコレートをもらってから寮にお戻りなさい。良いですね? さあ、お行きなさい」

 

 言われた通りマダム・ポンフリーの所に行って怪我がないかを確かめて三人で寮に戻る。

 

「ハリー、君ってすごいね」

「ロンこそ」

「僕なんて、君に言われてなかった何もできなかったよ」

「いいえ、二人とも凄いわ。私なんて叫んでることしかできなかったもの」

「……ハーマイオニー、ごめんよ。あんなこと言ってさ」

「良いのよ。だって、助けに来てくれたんですもの。2人ともかっこよかったわよ」

 

 三人で笑いあう。また友達になれた。ここにサルビアがいないことに、ハリーは寂しさを感じた。

 それから、ふとロンが疑問を口にする。

 

「それにしてもなんでこんなところにオログ=ハイなんて入ってきたんだろう」

 

 オログ=ハイは山奥のトロールの集落に生息している。滅多な事では人里には出てこないとロンは言う。だから、こんなところに入り込むのはおかしい。

 誰かが連れてきたのではないかという話になる。

 

「たぶんクィレルだよ」

「でも、おかしいわ。どうしてホグワーツの教員がそんな危険な生物を校内に引き込むの?」

「そうだぜハリー。あのクィレル、さっきオログ=ハイが先生たちに縛られて気絶しているのにびびって気絶してたぜ?」

「この前、三頭犬を見たの覚えてる?」

 

 階段が動いたせいで、ロンがこっちだと言ってハリーとハーマイオニーが止める間もなく廊下を突き進み。フィルチの猫のおかげでまた三頭犬がいる部屋に突っ込む羽目になったのだ。

 あんな衝撃な体験そうそう忘れられるわけがないので、ロンもハーマイオニーも頷く。

 

「ハグリッドはグリンゴッツの金庫から何かを出してきた。学校の用事で中身は秘密だって。それをクィレルが狙っているんだよ」

「あの三頭犬が守っているのはそれってことね。そうだとしてもなんで狙うの?」

「…………」

 

 ハリーは考える。このまま話て信じてくれるだろうかと。

 

「話さんのか? 親友とは包み隠さず互いのことを話すほどの間柄なのだろう。おまえにとって彼らは親友なのだろう。ならば話してみたらどうだ」

「……そうだね」

 

 ハリーは話すことを決めた。ロンとハーマイオニーならきっと信じてくれると信じて。

 

「賢者の石があるからだよ」

「賢者の石?」

 

 なにそれ? とロンはハテナマークをあげる。

 

「賢者の石、賢者の石、賢者の石……。思い出したわ! 恐るべき力を秘めた伝説の物体で、いかなる金属をも黄金に変え、命の水を生み出す。これを飲めば不老不死となる。そう言われてる石よ」

「不老不死?」

「死なないってことだよロン」

「それくらい知ってるよ! そうじゃなくて、なんでクィレルが不老不死になる石なんて欲しがるんだってこと」

「クィレルはターバンの下にヴォル――例のあの人を宿してるんだ」

「ウソ……」

「まじ?」

「ああ、僕の額の傷がクィレルを見た時傷んだんだ。だから、なんとなくわかったって感じなんだけど。きっと彼を復活させようとしてるんだ」

 

 嘘は言っていない。現実ではスネイプを見て痛くなったと思っていたけれど、よくよく考えればクィレルがいたからなんだと今では思っている。

 

「信じられないよね、こんな話」

「……にわかには信じられないけど、ハリー、私信じるわ。あなたが嘘を言うとは思えないし。こんな嘘を言って人を騙す人が私をあんなに一生懸命助けてくれるとは思えないもの」

「ぼ、僕も。こんな嘘言っても意味ないしね」

「ありがとう、二人とも」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「サルビアあああああああ」

「いい加減離して!!」

 

 ようやくホグワーツに行ける日。ようやく離れられるというのに、腰に抱き着いてくるな。

 ふくろうを買ってくれたことだけは評価してやるが、それ以外で触るな気持ち悪いんだよ。

 

「あらあら、仲がいいのねぇ」

「うおおお、一年も会えないんだぞ」

「もう、あなた、いい加減サルビア離れしないと。これからサルビアは大人になって行くんですよ? いつかは私たちの下からも羽ばたいていくんですから」

「でもおおおおおおお」

「離せえええええ――」

 

 今日もリラータ家は平和です。

 




トロール戦が意外にもながくなったのでもう一話。次こそは賢者の石編終了して秘密の部屋編へ。
現実の描写も次回に回そう、そうしよう。

トロールが上位種に変化。トールキンですねはい。
邯鄲の夢補正があるので、その分レベルアップしている敵たち。原作通りと言ったなあれは嘘だ。
同じことやっても邯鄲ハリーなら余裕ですので多少はレベルをあげてます。
三千体のバジリスクとか出そうかな。

トム「一匹? いいや、三千体だ――」

あかん……。

ではでは。


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第53話 賢者の石

「行こう」

 

 眠っている三頭犬。

 現実よりも幾分か遅い学年末。クィレルは動き出した。それに合わせてダンブルドアも学校かいなくなった。クィレルから賢者の石を守れるのはハリーたちのみ。

 ゆえに、ハリーたちは現実と同じく三頭犬が守る扉へと入った。そこにはやはり悪魔の罠。対処法がわかっている罠ほど容易いものはない。

 

 太陽の光を用いて罠を無効化し、ハリーたちは用意された罠をかいくぐっていく。ロンがチェスにて大立ち回りをし、ハーマイオニーがスネイプの論理問題を解いた。

 そして、ハリーはクィレルの前に立った。

 

「やはりやって来たな。ハリー・ポッター。お前は、最初から私を疑っていた。私を監視し、私が満足に動けないようにした。だが、私はやりとげた。ここまで辿り着いた。賢者の石を手に入れてご主人様に献上している私の姿が見える。どこにあるのだ!!」

「お前には手に入れられないところだ!」

 

 ハリーは杖を構える。

 

「私と戦うのか? 一年生が、忠実な闇のシモベたる私と?」

 

 クィレルが嗤う。もはやそこには気弱な先生という印象はどこにもない。あるのは、まさしく正しく闇のシモベたる男。

 

「さあ、来いハリー・ポッター。はい、わかっていますご主人様」

 

 杖を抜いたクィレルがお辞儀をする。

 

「さあ、ポッター、お辞儀をするのだ」

「…………」

 

 ハリーがしないでいると、勝手に身体がお辞儀をする。

 

「そう、それでいい。魔法使いの決闘はまずお辞儀からだとご主人様も言っている」

 

 それから杖を構える。ハリーもまた杖を構え直し。

 

「さあ、お前を殺してからゆっくりと賢者の石を探すとしよう。ご主人様、身体を明け渡します。――良いぞクィレルよ。さあ、お前が持っている賢者の石を渡すのだこの俺様にな!!」

 

 大手を広げたクィレル、いやヴォルデモート。その杖に魔法力の輝きが見て取れる。

 

「さあ、行くぞポッター。教育をしてやろう――エクスパルソ!!」

 

 爆裂魔法が飛ぶ。

 

「プロテゴ!!」

「盾の呪文か。存外優秀なのだな、ハリー・ポッター。だが、まだまだ甘いな」

「ステューピファイ!」

「失神呪文。確かにそれは有効だ。だが、当たればだ」

 

 ヴォルデモートの杖から閃光が飛ぶ。それだけでハリーの呪文が相殺される。

 

「ディフィンド」

 

 それどころか相殺した端から次の呪文を放つ。当たれば裂ける。それに対して、ハリーは避けることが出来なかった。身体をかばって腕に受ける。左腕が裂けた。

 痛みが走り抜ける。楯法によって治療をしようとしするが、ハリーはそれが苦手だ。だが、それでも傷口に薄い膜を張って血を止めるくらいは出来る。

 

「く」

「そうら踊れ、ポッター! タラントアレグラ」

 

 ハリーの脚が勝手にタップを刻む。それから持ち上げられて上へ下へ。

 

「ふ、フリペンド!!」

 

 放った射撃魔法はたった一歩、ヴォルデモートが動くだけで躱される。

 これがヴォルデモート。クィレルの身体を借りた闇の帝王の実力。

 

「く、この!! エクスペクトパトローナム!!」

 

 宙吊りにされたハリーは自身にできる最大の呪文を行使する。ルーピン先生に習った吸魂鬼対策の魔法。サルビアに訓練してもらって実体を持つ守護霊を出せるようになった。

 牡鹿が駆ける。幸福な日々を想って作り上げた守護霊はヴォルデモートへと向かっていく。

 

「一年生ごときが、守護霊の呪文を使うだと」

 

 驚きの声を上げるヴォルデモート。それが一瞬の隙。相手の隙は突いてこそとサルビアも言っていた。だから、そこだ。

 

「スポンジファイ!!」

 

 衰えの呪文によって相手の呪文の効果を衰えさせ、戟法を用いて身体能力を強化して地面に着地。

 

「やるなポッターだが、無駄だ。一年生が、弱っているとはいえ闇の帝王たるこの俺様に勝てるわけがないだろう」

「そうかもね」

 

 そう魔法なら。魔法で敵わないなら魔法で戦う必要なんてない。だから、ハリーは杖を放り捨てた。

 

「なに!? 気でも狂ったかポッター! ――!!?」

 

 だが、次の瞬間にはヴォルデモートは更に驚愕することになる。杖を放り捨てたハリーが拳を握って向かって来ていたからだ。

 これは魔法使いの決闘である。魔法でもって雌雄を決するべきもの。だというのに、目の前に少年はいったい何をしているのだ。

 

 理解できない行動に、ヴォルデモートは混乱する。そして、それは隙だ。

 

「魔法使いほど嵌りやすい、だよね」

 

 それはナイアも、石神静摩も、サルビアも言っていたこと。最初の授業。ナイア先生に倒されてから教わったこと。

 魔法使いというのは旧い魔法使いほど魔法にこだわる。魔法こそが唯一にして絶対の力だと信じてやまない。だが、それも杖というよりどころ失くしては使えないものである。

 

 それを知るからこそ、杖を失った者に警戒はしない。だからこそ杖を放り投げるという暴挙は相手の隙を作る。

 

――でも、それじゃあ、こっちもなにもできませんよ?

 

 シェーマスの質問にナイアが笑って答えていたのをハリーは覚えている。

 

――何もできない? じゃあ、君の両手は何のためにあるんだい? 杖を握る為? 違うよ、戦う時、その両手は武器を持つものでもあるけど、立派な武器じゃないか。

――武器?

――そうさ。思い出せよ、君たちは人間なんだろう? 魔法使いだけれど人間なら杖を失ったくらいで諦めるなんてことは言わないでくれよ。その両手は立派な武器なんだよ。

 

 そう武器たる両手を握りしめて、困惑と混乱の中にあるヴォルデモートを殴りつけた。

 

 戟法の乗った拳がヴォルデモートへと突き刺さる。逃がさない。逆の手で殴りつける。休ませない。殴って殴って殴りつける。

 戟法に強化された拳。それほど得意でない戟法であるが、それでも十分。なによりも。

 

「な、なんだ、これはあああ」

 

 ヴォルデモートの身体はハリーが触れた先からひび割れて崩れていく。原理はわからない。けれど、この身はそういう守りがある。

 だから、ハリーは、殴りつける。

 

「こ、こんなもの、、魔法使いの――」

「僕は人間だ!」

 

 魔法使いだけれど人間でもある。ナイアの言葉通りにハリーは魔法ではなく拳を振るった。それだけで伝説の魔法使いは崩れて消え去った。

 あとにはゴーストのようになったヴォルデモートが逃げ去って行く。最後の攻撃も躱してハリーは無事に賢者の石を守り通した。

 

 ポケットの中の赤い石を手に取る。

 

「ハリー、無事かねハリー」

「ダンブルドア先生、ロンとハーマイオニーは?」

「無事じゃよ。君も無事そうでなによりじゃ。さあ、ハリー、賢者の石をこちらに。今日は疲れたじゃろう。しっかり休むと良い」

「はい、先生」

 

 こうして一年目の夢は終わりを告げる。眠りにつけば現実に戻るのだろう。

 

「これが君にとっての第一の試練ということかな?」

「ヘルさん」

「おめでとうというべきなのだろうな。しかし、魔法使いが殴り合いとは。目から鱗とこういう時はいうのだろう」

「そうだね」

「どうした。おまえは試練を超えた。今宵の夢はここまでだ。であれば、少なからず喜んだりするものだと思うのだがな」

「そうなんだけど」

 

 やっぱり足りないとハリーは思う。ロンがいて、ハーマイオニーがいて、自分がいる。でも、足りないのだ。三人の輪の中で一人ちょっと外れた位置で自分たちを見てくれているサルビアがいない。

 それがやっぱりさびしいのだと今回の結末を迎えてハリーは思った。いつも四人でいた。この四年間、そうだったからやっぱりいないというのは寂しいものだ。

 

「ふむ、つまりあれか、これは恋というものだな」

「…………」

「なんだ、どうした? なにを赤くなっている。恥ずかしがることではないだろう。人を愛するということは誰もが持つ機能だ。私は、未だその辺がよくわかっていないから駄目なのだと怒られてばかりなのだが、おまえはそういうこともあるまい。ならばあとは前進あるのみだ」

「違うって」

「む? そうなのか? やはり理屈でわかっていても男女の機微というものはわからんな」

「うん、違うよ」

 

 そう違う。親友がいないんだから、寂しいのはあたり前。

 

「それじゃあヘルさん、僕は帰るよ」

「そうすると良い。私のことなど忘れていても構わんぞ。所詮は夢だ。現実でお前は精一杯生きろ」

「わかってる」

 

 だから、朝へ帰る。

 

 目覚めると9月1日の朝。恒例となったウィーズリー家での目覚め。八月の最期の二週間をハリーはここウィーズリー家で過ごしている。

 

「ふぁあー、おはよう、ハリー」

「ああ、おはよう、ロン」

「なんか雰囲気変わったかい?」

「そうかな? そうかも。ちょっと長い夢を見たからね」

「夢?」

「うん、少しだけ長い夢をね」

 

 ロンは首をかしげていたが、そういうものだと言っておく。

 

「そっか」

「さあ、準備をし。早くしないと遅れますからね!」

 

 モリーおばさんの大声で、一斉に動き出す。新しい学用品をトランクに詰め込んで。大荷物を車に詰め込んで

キングス・クロス駅へ。

 そこで、いつものようにハーマイオニーと合流し、サルビアを探す。

 

「いたわ!」

「おーい、サルビア―!」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「あ? ――なに?」

 

 どうしてこうこの屑どもは目ざとく見つけるのか。酷く機嫌が悪いサルビアは、内心でぼろくそに吐き捨てる。顔色が悪い上に。眼の下にくまがあるように見えるからかハリーたちがサルビアに心配そうな顔を向けてくる。

 

「ど、どうしたのサルビア?」

「別に、眠れないだけ」

 

 眠らないで済む魔法薬を作ろうとしたら、材料がどれもこれも希少で手に入りにくい。ならば調達をルシウスに任せようと思えば連絡が取れない。

 仕方なく探しに行こうとした行く先々でナイアの邪魔が入ったのだ。研究目的でうろついていると言ってサルビアの目的のものを根こそぎ採取していきやがったのだ。

 

 わけてもらうために愛想を振りまいてもなんに使うんだい? と一点張り。使えない塵め。そういうわけでサルビアは気力で起き続けているのだ。

 

「眠れないだけ? 君ならそういう魔法薬だって作れるだろ?」

「……」

 

 うるさい、作るには材料がいるんだよ塵蟲が。お前が取って来いよ塵蟲が。

 

「ご、ごめん」

「夢見が悪いの。最悪な夢を見るから極力寝たくないの」

 

 夢は端的に言えば地獄(テンゴク)だという。あの地獄(テンゴク)を利用しようと一時でも考えたが、どうあがいても無理。

 あんなものサルビア・リラータでも、いやそれどころかどんな聖人君主だろうが耐えられるわけがないだろう。きっと一日もせずに逃げ出すに決まっている。

 

 あんなおぞましい地獄(テンゴク)にこれ以上いられるわけがない。ゆえに、サルビアは現在不眠不休。機嫌も悪くなるだろう。

 

「そうなんだ」

「さあさあ、行きますよ。遅れちゃうわ」

 

 塵蟲の塵母が急かすので、そのままホグワーツ特急に乗ってしまう。いつものように一つのコンパートメントを占領し、サルビアは窓際に陣取る。

 窓に反射した自分の顔は酷いものだった。鏡を見るのも億劫で何もせずに家を出たのだから当然だが。それでも人に見られても問題ない程度なのは元が良いからだ。これが目の前の役に立ちそうで立たない塵なら相当ひどいことになっていることだろう。

 

「サルビア、眠たいなら寝れば? 僕らこっちに座っておくからさ」

 

 塵蟲がそんなことを言う。

 

「話聞いてた? 寝たくないからこうなってるの」

「そっかー、じゃおやすみー!」

 

 突然のナイアの声。気が付いた瞬間には全てが終わっていた。サルビアは、眠りに落ちる。眠っていないから状態が最悪だったというのもある。

 健常になる前はどうということもなかったものが、健常になったことで影響を及ぼすようになったのだ。

 

「き、さま……」

 

 コンパートメントの扉の前に立つナイアのにやにやとした顔だけがただただ憎らしかった。

 そして、気が付けば。

 

「サルビアあああああああああああ!! あいたかったよおおおおおお」

「…………」

「あらあら、まったくあなたったら。あ、そうだったわ、サルビアちゃん、どうも弟か妹が出来たみたいなの」

 

 続きとかどうでもよく、なにやら一年目が終わって帰ってきたところからスタートのようだった。どうやらこれをやっている誰かはひたすらサルビアを地獄(テンゴク)に叩き落としておきたいらしい。

 

「死ねよ」

 

 サルビアの声だけが響き渡る。その声は誰にも届かない。そう誰にも。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ふむ。どうやらまだ俺の知らぬ術理が働いているようだな、闇の帝王殿」

「…………」

 

 ヴォルデモートは死んだ。そう確実に死んだのだ。目の前の男の手によって殺された。力を見たいと言っていたのが、テンションが上がってついやりすぎてしまったのだ。

 

「まさか、盧生が死んだら終わり。しかし、どういうわけかお前は違うらしいな闇の帝王殿。盧生が死んだら全て終わりだが、どういう術理かお前は死んでも死なん。そのからくりよろしければご教授願いたいものだ」

「教えるとでも?」

「そうだろうとも。なに、単純な知的好奇心という奴だ。俺にも人並みに好奇心というものはあってね。ついつい聞いてみただけなのだよ。自制しようとしても出来んしするつもりもない」

「はた迷惑な奴だ」

「良く言われる。だが、お前の勇気、お前の輝きは素晴らしいぞ。気に入った。しばらくは、見学させてもらうとしよう。新たなる盧生となりえるかもしれぬ闇の帝王殿」

「ふん、勝手にしろ。お前がいる邯鄲の最終目標たる盧生になって、お前に引導を渡してやろう」

「待っているとも。ああ、待ちきれんな。楽しみが出来て結構結構。やはりいつの時代でも勇気は枯れ果ててないようだ。この夢も存外侮れん。では、次に出会う時は盧生としての相対を心待ちにしている」

 

 そう言って玉座と共に男は消えた。

 

「行くぞ」

 

 ヴォルデモートの復活共に死喰い人たちも復活している。次なる場所へ、ヴォルデモートは進む――。

 




クィレルとヴォルデモートが超合体! というわけでレベルアップした敵はクィレルinヴォルデモートでした。
それなりに強かったけど、殴り合いをするにはクィレルの身体は貧弱すぎた。
それとナイア先生の授業が嫌らしいまでに魔法使い殺しに的確だったのです。流石ナイア先生名教師ですね(棒)。
それに邯鄲の夢が加わればまだまだ行けるハリー君。
しかし、二年目からは露骨に展開が変わって来るぞ。さあ、頑張るのだ。
そういえば夢界って七層あったが、ホグワーツには七年間があるという類似点があることに気が付いた。

サルビアパートは全編地獄(天国)に決定。どこぞの誰かの差し金です。
ヴォルパートはこの先、何も考えてないが、最終的に最終決戦は親父との相対になるかな。自らの名を認められるかどうかが分岐点。

ではまた次回。


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第54話 二年目

 ハリーは夢を見る。

 それはまた新たな始まり。

 

 ハリーはダーズリー一家にて新しい部屋を手に入れていた。理由は単純。昨年度の終わりにハリーはダドリーを脅した。そのおかげで、ダーズリー一家はハリーの機嫌を損なわないようにしているというわけだ。

 現在はそこへ向かっている。階段を静かにゆっくりと幽霊の用に昇っている最中だ。そして、部屋の前で、立ち止まる。

 

 扉を開ければ誰もいない部屋だ。手紙はない。今日は12歳の誕生日だというのに。

 

「…………」

「どうした寂しそうだな」

「うん、手紙が来ないんだ」

 

 ロンとハーマイオニーに出した手紙が来ない。ハーマイオニーには電話もかけてみたが通話中で通じなかったのだ。

 何かあったのだろうか。現実とは違う展開。ここからが本番なのだろうとヘルは言う。

 

 夢であろうとロンとハーマイオニーは大切な友達だ。例え夢であろうと2人になにかあったのではないかと不安になる。

 

「ふむ、おまえは友人に見捨てられたのではないかと不安なわけか」

「違うよ。何かあったんじゃないかって思って」

 

 三人の絆は本物だった。たとえ一年だけの短い付き合いでも、夏の間に切れてしまうほど脆くはない。そう信じている。

 

「しかし、おまえには今、それよりも心配するべきことがあるだろう」

 

 穴あけドリルの製造会社「グランニングズ社」の社長であるバーノン叔父さんは現在、本人いわく超重要なお仕事の真っ最中なのだ。

 どこかの金持ちの建築業者――メイソン夫妻が現在やってきているわけなのだ。ハリーの役割というのは単純明快。何もせずいないフリ。

 

 だからこうやって部屋にやってきたわけなのだが――、

 そこにいたのはハリーが今まで一度も見た事がないとっても小柄な生き物だった。いや、どういう生物かだけは一度ハーマイオニーに耳にタコができるくらい聞かされたことがある。

 

 屋敷しもべ妖精だ。小さく醜い人型の魔法生物。茶色い顔にテニスボールくらいの大きな目が二つついている。顔が割れて見えるほどに大きな口があって、コウモリのような長い耳が揺れている。

 細く短い手足に長い指をしているそんな彼らは特定の魔法使いを自身の主人として、その主人や家族に一生涯仕え、日常の家事や雑用などの労働奉仕を行うのだ。

 

 そんな屋敷しもべ妖精は甲高い声で、

 

「ハリー・ポッター!」

 

 と叫びかと見まがうような声を出す。

 

「ちょ、やめてよ」

 

 下まで聞こえたに違いないとハリーは危惧する。そうなればバーノン叔父さんがどうなるか予測できたからだ。しかし屋敷しもべ妖精はまったく気にしたようすなどなく、謝ることすらせずハリーに、

 

「ドビーめはずっとあなた様にお目にかかりたかった。とっても光栄です」

 

 そう言った。

 

「そ、そうなんだ。君は、何をしに来たんだい?」

「ドビーめは。ハリー・ポッター。あなたに警告をしに参りました」

「……警告?」

 

 予想外の言葉だった。なにかの使いかと思えば、警告。何を言われるのかハリーには想像ができない。警告と言われても誰かに何かされるような覚えは、あるが、こんなマグルの所に堂々と攻めて来られるような奴の心当たりはない。

 ヴォルデモートは撃退した。ゆえに、復活して出てくるなどありえないだろう。

 

「そうです、ハリー・ポッター。あなたはホグワーツに戻ってはいけません。あそこは危険です」

「何が危険なんだい」

「…………」

 

 しかしドビーは黙り込む。

 

「言えないのかい?」

「申し訳ございませんハリー・ポッター。それは言えないのです。こうして私がここに来ていること自体いけないことだというのに」

 

 そう言うと、ドビーは立ち上がり、

 

「ドビーは悪い子! トビーは悪い子!!」

 

 突然、自分の頭を壁に打ち付け始めた。

 

「や、やめて! 静かにして。どうしたんだ」

「ドビーは自分で自分を叱らねばならないのです」

「やめてよ。今は、お願いだから」

「……はい。ですが、ハリー・ポッター。あなたは偉大なお方」

「偉大? 僕が?」

 

 そう言われるのは確かに嬉しい。でも、僕のどこが偉大なのだろうかとハリーは思う。サルビアに勝っているところは一つもないというのに。

 偉大というのなら彼女の方が偉大なのだ。

 

「いえ、いいえ。あなたは偉大なお方です。ハリー・ポッターは謙虚で威張らない方で名前を呼んではいけないあの人に勝った事をおっしゃらない。

 ハリー・ポッターは勇猛果敢! もう何度も危機を切り抜けていらっしゃった! それでもドビーはハリー・ポッターは学校に戻ってはならないというのでございます」

「どうして。ドビー、言ってくれなくちゃわからないよ」

「ハリー・ポッターは偉大なお方失うわけには参りません。だから安全な場所にいないといけない。ホグワーツに戻れば死ぬほど危険な目に遭うでしょう。危険な罠が仕掛けられているのです」

「世にも恐ろしい事って? 誰がそんな罠を?」

 

 ハリーがそう訊くとドビーは喉を絞められるような奇妙な声を上げ壁に頭を打ちつけ始める。慌てて止める。

 

「わかった、わかったから静かにしてくれ」

 

 ハリーは考える。

 罠とはなんだろうか。最も危険な罠。危険。頭に浮かぶのはヴォルデモート。しかし、彼は今、動けないはずだ。ならば別の誰かが何かを起こそうとしているのではないだろうか。

 

「さて、最有力候補はヴォルデモートとかいう奴だったか。しかし、それは昨年おまえが倒した。つまり、今回は奴の仕業ではないということだ。あまり時間もないし、その騒がしいのを騒がしいままにするのはおまえの為にならんだろうから、さっさと結論を出してしまうとしよう。おまえが思う中で、おまえに害をなしそうな奴はいるか」

「…………」

 

 ヴォルデモート以外でという条件をつけると、一番最初に浮かぶのはマルフォイだった。

 

「ふむ、あの少年か。しかし、あの少年がおまえを危機に陥れるのは不可能だろう。控え目に言ってあれは全然だめだからな」

「…………」

 

 何があるにしても、とにかく警戒はしておく必要があるだろう。今のままではどうやったって真相はわかるはずなどないのだから。

 

「ハリー・ポッター?」

「ああ、うん、聞いてるよ。でも、どんなに危険があったって、僕は帰らなくちゃいけないんだ。僕が危険にさらされるのは良い。でも、友達がいるんだよ」

「ああ、なんと偉大なお方。御自分のことだけでなくご友人のことも心配なさるとは。だからこそ、そんなあなただからこそ、ドビーめはあなた様への手紙をとめてでも、あなたをホグワーツに戻りたくないと思わせようとしたのでございます」

「なんだって?」

 

 こいつは今何を言った? 僕への手紙を止めた?

 

「君が、僕への手紙をとめてたの?」

「はいドビーめはここに持っております」

 

 ハリーの手の届かない位置へとするりと移動したドビーは着ている枕カバーの中から手紙の束を引っ張り出した。それは確かにハリー宛の手紙だった。ロンやハーマイオニーからの。

 

「ご友人に忘れられたと思えばホグワーツに戻りたくなくなるかと思ったのです」

「……返して、それは僕の手紙だ」

 

 寸前で怒りをこらえる。なぜならば、

 

「ホグワーツに戻らないと約束してくださればお返しします」

「返せよ!」

「ハリー・ポッター。それではドビーはこうする他ありません」

 

 そう言って扉をあけ放ちドビーが廊下に出ようとした瞬間――

 

「――――」

 

 ヘルの拳がドビーへと突き刺さった。

 

「ふむ、ハリーでは殴れんだろうから代わりに殴っておいた。この手合いは話を聞かない上に、このままいかせてはハリーにとって最悪だろうからな。誰でも怒られるのはいやだろう。なに、安心しろ夢は使っていないし、軽く殴った。ん? おい、ちょっと待て、ハリー何を引いている」

「あ、いや、えっと」

 

 ドビーは廊下から一気に部屋の中に戻った。そして、絨毯の上でびくんびくんしている。なんというか、一瞬で怒りが冷めたほどだ。あれを見たら怒る気にはなれない。

 あれで軽く? 本当に女の人なのだろうか。なんかありえない音が出ていた気がする。ズゴンとか。そんな感じの。

 

「おい、待て目を背けるな。軽くだ。ほら、軽く。力もさほど入れていないし、夢も使っていない」

 

 そういって軽く腕を振るのだが、凄い風切音が鳴っている。風圧、というか拳圧が凄まじい。暴風じゃないかと思うほどだ。

 そして、その轟音は一階に聞こえているわけで。

 

「ダドリーがテレビをつけっぱなしにしたようですな。しようがないやんちゃ坊主で!」

 

 そんなバーノン叔父さんの大声が聞こえてきた。ハリーは慌てて扉を閉めてベッドの下にドビーを押し込んだ。

 それと同時にバーノン叔父さんが部屋に入ってくる。

 

「お前はいったい何をしているんだ!!」

「な、なにも。さっき、屋根で猫が喧嘩してたんだ」

「良いな、とにかく静かにしていろ。ちょっとでも音を出してみろ、ちょっとでも。二度と部屋から出さんからな!!」

 

 そう小声で叫ぶという無駄なすご技を発揮してバーノン叔父さんは部屋を出て行った。階段を下りて行ったのを確認してハリーはドビーをベッド下から引きずり出す。

 気絶しているようなので手紙を回収して洋服ダンスの中に入れておく。

 

「白目剥いちゃってる」

「私は、軽く殴ったんだ」

 

 彼女の中の軽くが全然軽くないことが判明した瞬間だった。

 

「とりあえず、どうしよう」

「気絶しているのならそこらに捨ててきたらどうだ?」

「それは」

 

 流石に酷いような気がする。確かに手紙をとめられたのは最悪だけれど、それでもその根本はハリーを思ってのことなのだ。

 

「とりあえず、起きるまで待とう。それまでにはきっとお客さんも帰っているよ」

 

 結果、その通りになった。ドビーはまったく起きる気配はなく、メイソン夫妻が帰ったのとほとんど同時にドビーは目を覚ました。

 しかも都合が良いことに、どうやら商談がまとまったらしく、ダーズリー一家は一家総出でメイソン夫妻を見送りに行ったらしい。

 

 なぜだか、メイソン夫妻の車がパンクしていたのだ。だから、ダーズリー一家はこれ幸いとばかりに彼らを見送りに行った。

 好都合極まりないが、ありがたいことではあった。しばらくは騒いでも問題ないのだ。

 

「ドビーめはいったい」

「やあ、起きたかい?」

「ハリー・ポッター! 手紙がない!?」

「手紙は返してもらったよ」

「そんな、ハリー・ポッター、危険なのです。ホグワーツに戻っては」

「わかってるよ。たぶん、きっと死ぬかもしれないほど危険なんだと思う」

「では……」

「でも、それでも僕は戻らないと」

 

 ハリーは言い切った。断固として。

 

「そうですか」

 

 ならばここではドビーにすることはない。家の住人はどこかへ言っている。彼らに対して何かを働きかけることはできない。

 家を汚すことは他人の家とはいえど屋敷しもべ妖精としてのプライドが許さない。それにもう遅い時間だ。これ以上時間をかけてしまえば主人に何を言われるかわからない。

 

「ハリー・ポッター、ドビーめは諦めません。あなたを守る」

 

 そう言ってドビーは指を鳴らす。すると彼の姿は音と共に消え失せた。

 

 それからハリーは手紙を見る。そこには泊まりにおいでよという内容の手紙がダース単位であった。全てロンからの手紙だ。

 ハリーはすぐに泊まりたい、迎えに来てほしいという手紙を書いて、解法の崩を用いヘドウィグの籠の鍵を壊して外へと出す。

 

「すぐに手紙を届けてほしいんだ」

 

 了解というようにヘドウィグが一鳴きする。手紙を加えるとヘドウィグは夜空へと飛び出して行った。

 数日後、返事は来ない。ちゃんと届いただろうか? そう思っているとダーズリー家のチャイムが鳴らされる。

 

「誰だ、休みの日に」

 

 バーノン叔父さんが扉を開けると、

 

「どうも、こちらにハリー・ポッターという子はいるかな?」

 

 そう見知らぬ男がそう言った。よれたスーツのようなものを着ては言るがどこかうさんくさいとバーノン叔父さんは感じたようだった。

 

「そんな奴はいない。誰だお前は」

「ああ、私はアーサー・ウィーズリー。あー、ハリー・ポッター君の御学友の父です。ずっと挨拶に参りたいと思っていたんですよ。お噂はかねがね。やり手なんですってね。いや、実に羨ましい」

 

 そういう褒め言葉を聞いて、バーノン叔父さんは露骨にいい気分になる。褒められて悪い気はしないだろう。しかし、ハリーの学友ということはまのつくアレであるということに気が付いた。

 

「おい、出ていけ。うちに入るなよ」

「いえいえ、そういうわけにはいかないのですよ。うちの息子がそちらのハリー・ポッター君と約束をしていましてね。どうでしょう? うちに泊まりに来るということになっているのですが。約束を破りますと、あー、ちょっと大変なことになります」

 

 大変な事と聞いて顔を青ざめさせたり、紅くしたりと忙しいバーノン叔父さん。

 

「どうです? 食費も全てうちでもちますし、夏休みの残りの間だけで良いのです」

「あいつは――」

 

 バーノン叔父さんが何か言おうとしたとき、

 

「良いじゃないですかバーノン」

「ペチュニア、なんで」

「周りの噂ですよ。近所に言われるんです。眼鏡のお子さん、友達はいないのかって? 家からあまり出ませんし」

「む」

 

 ほのかに悪い噂があるとペチュニア叔母さんに聞かされて、バーノン叔父さんは少しだけ思案する。

 

「ほら、どうやら車で来ているようですし、ここは送り出してあげた方がご近所さんにとっては良い噂になりますし。なにより、うるさいのがいなくなりますよ」

「それもそうか。おい、ハリー・ポッター!」

 

 ハリーは呼ばれて部屋から出ていくと、玄関に見知らぬ男の人がいた。長身で細身の赤毛の男の人だ。どことなくロンに似ているような気がしないでもない。

 

「お前の客だ。さっさと準備をして出ていけ」

「え?」

「やあやあ、ハリー。僕はアーサー・ウィーズリー。ロンの父親だよ」

「ロンの?」

「君をむかえに来た。さあ、行こう」

 

 そう言って彼は表の車を指さす。ロンが手を振っていた。

 ひそかに準備をしていたので特に時間もかからずハリーは荷物をウィーズリーおじさんの車に詰め込むことが出来た。

 

「忘れ物はないかい?」

「はい」

「良し、じゃあ行こう!」

 

 車は走りだす。

 

「ハリー、大丈夫だった?」

 

 車が走り出してからロンがそう言った。

 

「うん、なんとかね」

「僕、またあいつらが君に手紙を渡してないんだと思ってた」

「違うよ。ちょっとね。それよりもこの車、どうしたの?」

「パパのさ。マグルっぽくしてみた方がいいと思って。でも、とってもすごいんだ」

「すごい?」

 

 その答えは誰もいない郊外に出た時にわかった。

 車が浮かび上がったのだ。

 

「すごい」

 

 箒で空を飛ぶとはまた違う感覚だった。

 

「私が魔法をかけたんだ」

 

 ウィーズリーおじさんはそう言う。

 

「さあ、うちはすぐだよ」

 

 すぐと言いつつ数時間は走り続け日が暮れる頃ようやくハリーたちはウィーズリー家に辿り着いた。

 南部海岸沿いのオッタリー・セント・キャッチポール村から少しだけ離れた場所にある隠れ穴。それがロンたち家族の家だった。

 

 




秘密の部屋編開始。
ドビーは、わりと好きなキャラですが、どうしてこう私の小説だと酷い目に遭うのか。あ、好きなキャラだからだ。これもまた我が愛です。

さて、二年目は、本作でやれなかったところを描写しつつ、現実も描写しつつということでかなり長いことになりそうな予感。
七巻の内容一巻、二話くらいでいけるかなと思っていた過去の私を殴りたい。
さて、五年目はいったいどれだけの話数になるのやら。

まあ、好き勝手やらせていただきます。
ではまた次回。


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第55話 手記

 あちらこちらに部屋をくっつけて数階建ての家になったように見えた。くねくねと曲がっていてまるで魔法で支えているようにハリーには見えた。

 

 ロンは、

 

「たいしたことないだろ」

 

 という。

 

「ううん、凄いよ」

 

 何度も来たことがあるけれど、この感想だけは変わらない。

 

「ようやくご到着だ。軟禁されてたって聞いたぜハリー?」

「そうそう。南京錠とかそんなのでな」

「されかけたけど大丈夫だったよ、フレッド、ジョージ」

「そりゃよかった」

「そりゃよかった」

 

 相変わらずの双子。

 

「まあまあまあ! はじめまして、ハリー! 良く来たわね」

 

 それからウィーズリーおばさん。ロンやフレッド・ジョージの母親であり、七人兄弟を子に持つモリー・ウィーズリーの包容力は伊達ではなくいつものように熱い抱擁を受ける。

 

「会いたかったです、ウィーズリーおばさん」

「まあ、嬉しいわ。さあ、座って夕食にしましょう」

 

 夕食を食べて、その後、ロンの部屋で眠りにつく。

 ハリーは一人、考え事をしていた。

 

「…………」

「考え事か。夢の展開についてかね」

「うん、現実と大きく違うなって思って」

「そうか。そういうこともあるとはいえるが、何か思うことがあるんだな」

「うん」

 

 サルビアがいないこと、それからドビーという存在。かつてはそんなことは起きなかった。ホグワーツに危機なんて何も起こらなかった。

 マルフォイだっていつも通りうるさいし、何かを言ってくる。

 

 夢の中で同年代よりも精神が先行し始めているハリーは、考える。そして、一つの考えに達しかけていた。否定しようとしてもどうしようもなく、否定できない類の。

 この夢、現実との差異を考えた時一番に出てくるものがあるのだ。

 

 サルビア・リラータの不在。

 

 ハリーにとって最も大きな変化。それによって全ての事態が狂っている、いや進行しているのではないかと思わずにはいられなかった。

 サルビアやハーマイオニーから問題を解く時のコツとして教えられた順序立てて考えるということを利用して考えるとそうなのだ。

 

 引き起こされる現象や事件の内容が現実と食い違う原因として最も大きな差異となりうるのが彼女だった。それ以外は何一つ変わっていないというのに事件が変化している。

 確かに自分が行動を起こしていることはあれど、大きく食い違うようなことはしてないと思う。夢が可能性のシミュレートだとヘルは言った。これが起こりうる可能性だとしてその原因となりうるのはやはり不在の人物だろう。

 

 それはつまり、荒唐無稽ではあれどサルビア・リラータという存在が現実においてもこの夢において変化を与えるほどの事態に、何かしらに関わっているのではないかということの証明ではないだろうか。

 

「そんなバカな」

 

 そんな荒唐無稽な考えを自分で否定する。

 しかし、気になるのも事実だ。去年は探すことは出来なかったが、この場であれば探すことができる。煙突飛行粉(フル-パウダー)をここでなら使えるのだ。

 

 来年はシリウス・ブラックがハリーを狙ってくるため魔法省が夏休みの間でも自由行動をさせてはくれない。こっそりサルビアを探すなどできないだろう。

 四年目もここに泊まりに来るので探しに行けないことはないだろうが、それまで待てそうにない。気になったからには今すぐ調べに生きたい。

 

 五年目はどうなるかわからない。

 ともかく、いたはずの人間がいない。彼女は今どこで何をしているのだろうか。とても気になるのだ。

 

「ならば確かめに行けば良いだろう」

「そうだね」

 

 そう。だからハリーはそっと寝床を抜け出して暖炉を利用する。煙突飛行粉(フル-パウダー)を利用して、ハリーは一度だけ聞いたことのあるサルビアの住所へと赴いた。

 

「うへ」

 

 その移動はやはり何度やっても慣れないものだ。

 

「なんだ、ここ」

 

 辿り着いたのは廃墟だった。間違えたのだろうか。それはわからない。

 中は酷い有様だ。手入れなどされておらずぼろぼろであり、外の方がまだ過ごしやすいとすら思えるほど。

 

 蜘蛛の巣が張り、埃は山となって積み重なっている。そして、

 

「う、うわあ!?」

 

 その中に、死体があった。

 

 干からびた木乃伊のような死体だった。どす黒く染まった絨毯の上に手を伸ばした死体があった。新しさなどわからないが、小さな死体だ。まるで少女のような。

 それは酷い有様の死体だった。大分昔に死んだはずの誰かであったが、魔法薬の効果なのか変わらずその姿を残している。

 

 どこを見ても無事な個所などない死体だった。まず全ての骨がへし折れていた。どうすればこんなことになるのかわからないほどに骨はぼろぼろで、破片があちこちに突き刺さり白い刃として肉体を内部から突き穿っている。

 顎は変形し歯の全てが砕け散ってそこらへんに転がっている。

 

 腐りきり変色したどす黒い肌には蛆虫がたかっており、皮膚の下を住処にしているようだった。血管だったものは尽くがはじけ飛び、頭蓋などハリーの倍くらいには膨らんでいる。

 腐りきった腐乱臭にハリーは思わず吐いてしまった。こんなものを見て、正気で居られるはずがない。

 

「…………」

 

 ヘルは黙ってそれを見ていた。

 

「なに、が」

 

 何があったんだ。

 

「病だ。ああ、一つ言っておくなら伝染する類ではないから気にすることはない」

「病気……」

 

 何がどういう病気になればこんなことになるのだとハリーには思わずにはいられなかった。

 とりあえず、ハリーはカーテンを使って死体を隠す。いつまでも見ていたものではないし、また吐きそうだったからだ。

 

 その時、死体の近くに落ちているものに気が付く。それは手記だった。

 

「手記だ。何があったのかわかるかもしれない」

 

 ハリーは、そう思いそれを手に取って読み始めた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

――○月○○日

 

 また実験に失敗した。何が悪い。治癒呪文は効果を成さない。いや、弱すぎるのだ。これだから凡人が作り上げた呪文は使えない。

 理屈は合っているし、手抜かりなどないはずだ。だというのに、効果を及ぼさないのであれば、それは呪文の方が悪いのだ。

 マグルの医学に手を出してみたが使えない。せいぜい、癌の原因がなんであるだとか、遺伝子だとかその手のことがわかっただけだ。

 マグルの医療技術はあてにできないだろう。同時併発する癌や常時発病する数億を超える病に有効な薬などあるはずもない。

 だが、マグルの薬というのはそれなりにでも効果はある。探しに行くか。

 

――○月○○日

 

 使えない新聞がマグルの病院に何者かが魔法を用いて押し入ったと言っている。相変わらずの愚図どもだが、その愚図さ使えなさは好都合だ。

 どのみち私の成すことが唯一無二の絶対であり、価値のあるものなのだから凡人共がいくら騒ごうとも知ったことではない。これこそが天下の法なのだ。

 ゆえにしかるべき手段で黙らせることにした。騒ぎ立てられているが知ったことではない。未成年魔法使いの魔法使用に関する条例など知ったことか。時間の無駄でしかない。

 症状の方は相変わらずだ。皮膚の下を蛆虫が這いまわっている。取り出して潰してやるのも面倒になったからそのままだ。

 問題はない。頭は働く。手足は動かないが、変身術と魔法を使えば十分に動く。問題はない。

 しかし一刻の猶予もない。次の実験を始める。

 

――○月○○日

 

 事態は好転を見せない。悪化の一途を辿るばかりだ。先ほど耳が腐り落ちた。もとから聞こえてなどいないから問題などない。鼠が咥えていったのが癪だったので殺しておいた。

 それにしても、役に立たない。マグルの医者という奴は見当違いの治療法ばかりだ。何が放射線だ。あれでは悪化するばかりではないか。

 そんな屑は殺しておいた。しかし、良い体験ではあった。放射線というのは束ねて相手に叩き付ければ致命的な病を発症させることができる。

 わかりやすい示威効果として光る剣にでもしてみればそれなりに使いやすいだろう。

 治療法は思いつかず、こんな呪文ばかりを思いつく。前に進んでいないのが客観的でなくともわかる。

 しかし、なぜこの世の者らは役に立たないのだ。私より長生きできるのだろうが。

 そんな塵屑の分際で私よりも生きられる貴様らが許せない、羨ましい。

 

――○月○○日

 

 今朝、気が付けば背骨が折れて、鼻がもげていた。もげた鼻はどこにもなかった。窓の外を見ればカラスが食べているようだった。食べた端から死んでいたので殺す手間が省けたと言える。

 薬は効かない。マグルの薬だけではダメだ。魔法薬でも駄目だ。ならば二種類を混ぜ合わせてはどうだ。違う理を混ぜ合わせることによって別の効果が発揮されるかもしれない。

 足りない知識をマグルから魔法で搾りだし、自らのものとした。薬学に必要な機材が足りない。仕方がないので病院から魔法を使って奪い取った。

 生きてやるのだ。何をしてでも。

 

――○月○○日

 

 今日も目覚めることが出来たと言うべきだろうか。どうやら眠っている間にカラスが目玉をついばんで行ったらしい。

 どの道、そこにあるだけの意味のない玉だ。なくても問題はない。振動を操作する魔法で脳内に直接外の光景を描き出せば目に見えるよりもはっきりと見える。

 吸血鬼の住処を発見した。吸血鬼となって延命するというのは考えたが弱点が多すぎる。何より日陰でしか生きられぬ屑どもだった。

 痴れている。駆逐された塵どもだ。しかし、その不死の法は有用だ。

 その血の成分、肉体に宿る頑強さを調べるために解剖し尽くした。だが、有用なものは何一つなかった。

 役に立た無ない屑共め。

 

――○月○○日

 

 あろうことか街の往来で血を吐いた。道行く蒙昧共が駆け寄ってきたが魔法で吹き飛ばしてやった。魔法省の闇払いとかいう連中が出てきたがとりあえずガンマレイで軽くあしらっておいた。

 時間は有限だ。無駄になど一切できない。

 不死の人魚伝説があるように、湖に住む水中人やら人魚やらを食い尽くしてみたがやはり効果はないようだった。

 ドラゴンの肉や血を浴びたがやはり効果はない。

 唯一効果があったのはマグルの技術で濃縮したユニコ―ンの血だ。愚図蒙昧な人間よりも遥かに役に立つ。

 飲みすぎて腹が破裂したがまあいいだろう。

 相変わらず生き残る為の方策はない。延命のための方策以外にない。やはり賢者の石を探す以外に方法はないか。

 グリンゴッツに押し入るのは阿呆のやることだ。先代がそれで死んだのだ。私は違う。持ちだされる日を待つのだ。

 そのためには生き延びねばならない。

 

――○月○○日

 

 シーツがどす黒く染まっている。もはや血なのか、糞尿かなど区別がつかないので放っておく。そんなことよりも時間がない。

 グリンゴッツに変化はない。

 同時にニコラス・フラメルも探す。私ならば賢者の石を再現できなくもないが、やはり技術的な問題が存在する。

 ならばフラメル自身を利用するのだ。

 その過程でアルバス・ダンブルドアの邪魔が入った。髭を引き抜いて逃げることしかできなかった。

 目をつけられただろう。

 やはり塵屑の杖では駄目だ。

 とりあえず髭は煮込んで食っておいた。

 

――○月○○日

 

 左足がもげた。野犬にでもくれてやった。変身術で補填する。また歯が抜け落ちたが、どのみち食物など食えないのだから問題はない。

 ニコラス・フラメルを探すが見つからない。

 ユニコーンの血が効かなくなってきた。成分を取りだし、マグルの医療技術で更に濃縮して、効果を強めるべく分子構造を変えてやった。

 ようやく効いたがすぐに効かなくなるだろう。

 急がなければならない。

 

――○月○○日

 

 ニコラス・フラメルの髪の毛を入手した。煮込んで食ってみたがやはり意味はない。不死の肉ならばあるいは効果があるかもしれないが、本人が見つからないのでれあれば意味はない。

 症状は悪化の一途だ。脳に腫瘍が見つかった。記憶が途切れていることがある。自分が何をしているのかわからなくなってきた。

 何をするのかも、どうすればいいのかも分からなくなる時がある。文字の書き方すら忘れてきた。

 ふざけるなよ。死んでなるものか。天才たるこの私が、何かわからなくなるなどあって良いはずがない。

 魔法で外部記憶装置を作った。マグルのパソコンとかいう道具からヒントを得た。自分の頭が使えなくなるなら代わりを用意すればいいだけのことだ。

 病状がなおったら戻せばいい。

 

――○月○○日

 

 中国で太歳なるものが発見されたらしい。どうやら食すと不老不死になれるとかいうふれこみの食料だ。中国に姿あらわししその食物を奪った。冷水につけておくと戻るとは。

 一先ずそれを食してみた。効果は実感できない。まあいい、どうせそんなものだと思っていた。

 屑共の発見など期待できないのだ。

 

――○月○○日

 

 日付が飛んでいる。自分が何をしていたのかわからない。自分が誰なのかすら忘れるようになってきた。私はサルビア・リラータだ。

 外部に記憶する装置を作っておいて正解ではあったが、怒りが湧き上がる。

 こんな無様な運命など認めない。必ず生きてやるのだ。

 

――○月○○日

 

 生きたい。

 

――○月○○日

 

 生きたい、生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい。

 

 意識がない間に書いたらしい。書いた覚えがない。インクではなく血で書いたのか。時間がない。

 

――○月○○日

 

 ふざけるな、どうしてお前たち塵屑が私より長生きしているのだ。私は生きたいのだ。死にたくないだけだ。そんなもの誰でも思う事だろうが。

 それの何が悪いのだ。

 

 誰も彼もが私を追ってくる。私はただ生きたいだけだというのに。

 ただ健康なだけの塵屑共が。なぜ、ただ健康になりたいだけの私を害する。邪魔をするな屑どもが。

 

 諦めて堪るか。私は生きる。私が死んでいい理由なんてあるわけないだろう。

 

――○月○○日

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そこを最後に、あとの頁にはなにも書かれていなかった。ページにはただ血の跡だけが残っている。

 

「…………」

 

 そこにあったのは、ただ純粋に生きたいという願望だった。それ以外に伝わってこない。それ以外などなにもないのだと言わんばかりに書きなぐられた文字には生きたい、死にたくないという思いが込められている。

 最後のページには、ただ生きるという書きなぐりがあった。

 

「まったく、こんなところにもいるとはな」

 

 ヘルのそんな呟きはハリーには聞こえなかった。

 




夢界におけるハリーの邯鄲、つまり原作時空におけるサルビアは前にも言ったと思いますが死んでいます。
その過程は手記を見てのとおり。邯鄲とかそういう情報がないから迷走しまくりのサルビアちゃん享年10歳です。
ちなみに、ハリーがダイアゴン横丁に行くのと同じときに死にました。
本編一話が分水嶺。あそこで生き残れるか、生き残れないかが鍵ですね。

さて、はからずも邯鄲によりサルビアの秘密を知ることになったハリー。彼はどう思うでしょうか。
このヒミツに辿り着けそうな年が二年目か四年目しかなかったので二年目にしました。
四年目はワールドカップもあるので。
それに秘密の部屋ですからね。ある意味でここも秘密の部屋ですから。

次回は現実から開始。久しぶりに絶不調のサルビアちゃんとかからスタートですかね。
ではでは。


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第56話 平和な五年目

「ヘル。これは」

「私から言うことはない。おまえがどう思うかだ。私が何か言ったところで、おまえ自身が納得せねば意味がないだろう」

「…………」

「ただ、例え騙されていたとしても、おまえが彼女と過ごしたその時間は真実だ」

 

 そうハリーは知ってしまった。サルビア・リラータの真実を。

 病に侵され、闇に沈み、それでも生に縋りついた少女の真実を。

 

 到底現実のサルビアとは似ても似つかない印象。だが、そうしかし、そうだハリーは知っている。この気配をその存在を。

 醜く腐り、それでも生きる執念を燃やす烈火の意志を知っている。

 

 夢だと思って現実で否定したものが、現実でない夢に真実であると肯定される。ゆえに、この手記は真実であるとハリーの中の■■■■■■が肯定する。

 そして、生じるのは実に人間らしい感情で。

 

「…………」

 

 それゆえに――、

 

『■■■■■■■――』

 

 全てを羨む■が鎌首をもたげ、病がここに顕象する。

 

 ここは夢界。こんなことも起きるのだというお手本。なぜならば、夢の世界は常に誰かの意思が介在しているのだから。

 全てが混ざり合う不確定の空間において、それは悪手。なぜならばここには全てがあるのだから――。

 

「ガッ――」

 

 その瞬間、ハリーを襲ったのは病だった。

 

「――――」

 

 声すらあげられない。ただの一瞬で健常であったはずの肉体が末期がん患者へと変貌する。ただのそれだけでハリーは動けない。

 脳が攪拌される。脳が溶ける。脳が腐る音が響く。

 

 手が、脚が、身体の中に何かが這い回っている。痛みがない場所などない。動いていないのに視界が回転している。

 血を吐いた。紅いはずの血が一瞬にしてどす黒く変色していた。息をしても酸素は肺に入らない。むしろ息をすればするほど気道が引き裂け、粘膜が焼けただれるかのよう。

 

 そんな彼の首に手がかけられる。辛うじて見えたのは、木乃伊のような死体が妖しく眼孔を輝かせて首を絞めているとう光景。

 その瞬間、その死体の思念が流れ込んできた。

 

 羨ましい、羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい。

 どうして、私が生きられないで、おまえが生きているんだ。こんなにも生きたいと、死にたくないと思っているのに。どうしてお前が生きられて、私が死んでいるんだ。

 

「サル、ビア……」

 

 私が死んでいいはずがないだろうが――。

 

 純粋な生への渇望。これほどの、いやこれ以上の苦しみを身に受けてなお生きることを諦めなかった規格外の意志。

 それがまるで力になっていると言わんばかりに細い干からびた腕がハリーの首を万力のような力で締め上げる。

 

 これがサルビア・リラータの真実だ。そう鬼畜外道である。だが、どこまでも純粋に、誰よりも強く生きることを願った者。

 それがサルビア・リラータ。

 

 そして、ハリーは――………………。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「さーサルビアー、今日はお父さんと寝ましょうねー」

「…………」

 

 高度な魔法戦を繰り広げた後、サルビアの父はサルビアを抱き上げていた。

 

 ――おかしい、なんだこれ。

 

 サルビアの内心はこれに尽きた。

 いつもいつもナイアに眠らされてこの天国(ジゴク)に落とされているわけなのだが意味が解らないことがある。

 なぜ、目の前のことの男はサルビアと戦って平然としているのかということだ。

 

 覇気もない、妄執もない。ただ健常なだけの男に、なぜサルビア・リラータが敗北を喫しているのだ。

 

 理解不能。

 

 致死の光(ガンマレイ)死の呪文(アバダ・ケタブラ)。ありとあらゆる呪文を行使してなお、この父親とかいう生物(なまもの)は乗り切ってくるのだ。

 結局、最後は体力勝負になる。

 

 殴り合いに持ち込んでも全て躱される為にこちらも体力勝負なりサルビアのスタミナ切れだ。

 

 昨年度まで重病人だったから仕方ないが夢まで使っているのに、どういう理屈かこの気持ちの悪い父親(バケモノ)はそれにすら対応して来る。

 いや、理屈としては理解できるのだ。

 

 なぜならば彼はサルビア・リラータの父なのだ。

 サルビア・リラータは天才である。逆説として両親のどちらかも天才でなくてはならないという単純な方程式が成り立つ。

 

 必ずどちらかにそうなるべくした因子があるのだ。そして、それがあるのは確実にリラータの家系。つまるところ父親という生き物の家系だ。

 ゆえに、父親とかいう生き物もまた天才であるのだ。

 

 だが、それでは説明が付かない部分もまた存在している。彼は健常な人間だ。それがこのサルビア・リラータに勝てるはずがない。

 意志も精神も、サルビアの方が圧倒的に上だ。

 

 だが、勝てないのはどういうことなのか。

 

「ここが夢だからか」

 

 その理屈もサルビアは理解し始めていた。

 

 ここが夢であるからだ。術式を紐解いたサルビアはこの場所がどういう場所かを知っている。ここは修行場なのだ。

 修業場であるがゆえに相手は自分のレベルにあわせて強くなる。

 

 その結果がこの父親とかいう生物の発生理由なのだろう。優秀過ぎるがゆえに自らの首が締まって行くというジレンマ。

 自らの優秀さを嘆く日が来るとは思いもしなかった。

 

「ふざけるなよ」

「――ふざけているのは貴様だ」

「――――」

 

 その瞬間、何かの笑い声が響き、最悪が襲来した。

 

 それは白のスーツを身に纏った男だった。黒髪の東洋人。

 だが、ただの東洋人ではない。さながら幽鬼のような男だった。ただそこにいるだけで全てを侵食する。不安にさせる男。

 

 それはまるでかつての自分のようだった。

 隙のない凍結した鋼のような気配を纏った男。顔立ちこそ整っているが非人間的なほどその印象は温かみを感じない。

 

 この男、決定的に人間として致命的に終わっている。

 サルビアは一目で理解する。解法の透など使う必要などなく、目の前の存在は何から何まで自分と同質の存在であると理解した。

 

「甘粕と蝿声め、無理矢理血を飲ませたあげくこんな場所に放り込まれた時は、何を考えているのかと思ったが、こういうことか」

「がは――」

 

 その瞬間、サルビアは血を吐いていた。

 男の背に見えるのは破滅の逆十字。幾人もの人間が破滅の逆十字にくべられている。

 

 そして、サルビアもその一端に巻き込まれた。本来ならば条件が必要であるが、この場においてはそれを必要としないだけの下地が存在している。

 男の言う血と甘粕という男。これがあればこそ、この場において目の前の男は己が権能を発揮している。そうでなければサルビアが嵌ることなどないのだから。

 

「ふん、蝿声から聞いていたが健常になっているな。まったくもって度し難い。おい貴様、何をしている」

「なに」

「貴様、俺を差し置いて健常になって何をしているのかと聞いている。お前、少なくとも俺の系譜に連なる血が混じっているのだろう。ならば、俺の役に立てと言っている。健常になって夢に来たのだ、ならば俺の所に来てそれを献上するのが当然だろう」

 

 身体を這いまわる病魔の気配。幾分も薄いそれ。久方ぶりに感じた病巣の感覚。

 だが、そんなものなどどうでもよかった。目の前の男だ。

 

「この程度の理解も出来ないか。所詮、血も薄まればそこらの塵屑と変わらんとみえる。やはり、あれも恵理子の血が混じったから愚鈍というわけだ」

「…………」

 

 男の手に熱量が集まって行く。魔法ではなく、それは夢だ。凄まじい練度で来り出される夢の波動。次の瞬間には熱線が男の手より照射される。

 それを躱そうとして、立てば足が消える。相手の権能はこの場において限りなく最高出力だ。

 

 ゆえに奪われる。かつての己が作りだした呪文のように。

 

 しかしだ、問題ない。この程度の回復などサルビア・リラータには可能だ。押し付けられる病巣などかつて存在したものゆえに問題などまったくない。

 薄まっている分耐えることなど簡単だ。

 

 その中でサルビアは思考する。目の前の存在を。明らかに常軌を逸した権能を操るこの男は何者なのか。

 少なくとも現代の人間ではない。彼に感じる歴史が古いのだ。百年ほど前の人物であることは彼の歴史を見ればわかる。

 

 だが、問題はなぜ今、ここで出てきたのかだ。

 何がトリガーになった。

 

 いや、誰が引き金を引いたかが正しい。明らかに誰かの思惑が介在している。

 

「まあいい。誰であろうと私の前に立ちふさがるなら、潰すまでよ」

「貴様如きの力で出来るというのならやってみせろ。そして、寄越せよ。お前の全てを」

「いやよ。あんたが寄越せ。お前の力、私が使ってやる」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「何度も言いますがみなさん、五年生はOWL試験の年です。これの結果によって将来あなた方が就く職業の幅が広まったり狭まったりします。よって私たち教師陣は、あなた方に大量の宿題を出します」

 

 マクゴナガル先生が授業開始恒例の言葉を叫んだ。

 何度聞いてもそんな言葉に喜ぶものはいない。ハリーやロンもそうであるが、教室の大半がうげぇと叫びそうになっていた。

 ただしハーマイオニーを除いて。

 

「いつも思うけどなんであいつ宿題であんなに喜んでるんだよ」

 

 ロンは代表選手に選ばれた記念としてウィーズリー家一同が祝福として送った新しい杖を振りながら前の席で喜んでいるハーマイオニーを見やってハリーにこっそり耳打ちした。

 ハリーは肩をすくめて答えておく。ハリーとて大変ではあるが、夢の中で考えているので、大変ではあるが難しいものではないのだ。

 

 変身術の授業は昨年と比べても密度が濃い。どうにかこうにかついて言っているのはサルビアとハーマイオニーだけ。

 そして、なんと一番はハーマイオニーだ。このところ調子の悪いサルビアを抜いて一位を独走中である。日に日に得意げになって行くのは少しだけ勘弁してほしいところがある。

 

 最近は図書館に住んでいるんじゃないかと思えるほどに彼女は図書館にこもっている。そして、帰ってくると凄まじいほどに呪文が上達していたりするのだ。

 

「素晴らしい、ミス・グレンジャー。さて、ミス・リラータ。今日も集中できていませんよ」

「……はい」

「ふむ、どこか体調がすぐれないのであれば医務室に連れていきましょうか? 最初に言いましたが今年はふくろうが控えています。いつまでも体調がすぐれないのであれば――」

「……大丈夫です」

「そうですか。ですが、無理は禁物ですよ」

「……わかっています」

 

 大丈夫だろうかとハリーが思っていると、もう恒例となった例年以上の大量の宿題が出されて授業は終わった。

 

 大量の宿題。それは今年に入ったどの授業でも例外でない。

 呪文学に薬草学は当然のように山のような宿題が出る。魔法薬学など嫌がらせか、もしかしたら親の仇とでも思われているんじゃないかと思うほどに大量の宿題が放出されていた。

 

 睡眠授業とすら言われる魔法史ですら大量の宿題がビンズ先生の口から飛び出し、授業中を睡眠時間にあてている大半の生徒たちから怨嗟の声があがるほどだ。

 授業が終われば談話室や図書館では羽ペンの立てる音が鳴り止むことはなく、日が沈んでからはそれに加えて悲鳴やらいびきやらがこだまするようになる。

 

「はぁ、無理だろ、こんなの」

 

 ロンは宿題を初めて十分もしないうちに談話室の机に突っ伏する。

 

「終わらせても、終わらせても、次の宿題が来る。しかも、難易度をあげて」

 

 まさにエンドレス試練とでも言わんばかり。ハリーやロンが死力を尽くして終わらせた宿題は、次の日には更に難しい課題となって戻ってくるのだ。しかも倍近い量。

 寧ろ逆に終わらせなければ宿題は増えないんじゃね? とかトチ狂った馬鹿がいたが、そいつは次の日には絶望した面持ちで倍以上に増えた宿題の山を見上げるばかりになった。

 

「仕方ないよ」

「おお、ハリー、君はこっち側だと思っていたのに、あっち側なのかい?」

 

 そう大仰に言って指差すのは女子二人。ハーマイオニーとサルビアである。

 

「そうは言わないけど、言っても仕方ないだろ? それなら、口より手を動かせってたぶん今にもハーマイオニーとかサルビアが――」

「喋っているのなら口よりも手を動かしたら?」

 

 そう言われたからなのか、それとも初めから言おうとしていたのかは定かではないがハーマイオニーがそう言った。

 

「――ほらね」

「おお、神は死んだ」

「ほら、二人が教えてくれているうちに頑張って終わらそうよ」

「はあ監督生の仕事で疲れてるってのに」

 

 そうロンは監督生になった。

 

 五年生になると、各寮から男女一人ずつの監督生が選ばれるわけなのだが、夏休み明け間際になって学校から二羽のふくろうがやってきて、ロンとハーマイオニーがそれを受け取ったのである。グリフィンドールの監督生はこの二人。

 その驚きの報にウィーズリー家はてんやわんやだったらしい。モリーおばさんなど泣いて卒倒したほど。

 

 パーシーはようやく正気に戻ったんだねと言って素直に祝福し、双子は、お前はこっち側だと思っていたと素直じゃない祝福をしたりなどなど大変だった模様。

 それに比べて女子はサルビアかハーマイオニーだと高確率で思われていたのであまりそれほどの衝撃は誰にもなかったが、ホグワーツに来てからの同級生の反応はロンのバッチを見ての驚愕が大半だった。

 

 ただ昨年の活躍を考えれば当然かもしれないとハリーは思っている。それほどのことを彼はしたのだと素直にそう思えるようになった。

 それも夢のおかげだろう。そして、夢で見たことは未だにハリーの中に残っている。

 

 そう全て――。

 




サルビアちゃんにガイドつけてほしいと言っていた方がいたのでガイド呼びました。
現実ではふくろうに向けて大量の宿題。
みんな苦労してますが夢を活用できるハリーはまだ余裕。
ロンはエンドレス宿題にまいっております。
サルビア絶不調。ハーマイオニー絶好調。
その結果、順位変動。

まだまだ平和ですね。
本当、平和ですね


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第57話 罠と怪物

 ハリーとしては夢の二年目の最悪の始まりにだいぶまいっていた。まさかホームに入れずホグワーツ特急に乗り遅れることになろうとは思いもしなかった。

 それもこれも怪しいのはあのドビーであろう。なにせ、どうやってもハリーをホグワーツに行かせないようにしたい彼である。もしかしたらこれくらいやるかもしれないとハリーは思った。ホームの魔法が切れたとかなければであるが。

 

 しかし、どうやってもハリーはドビーじゃないかとしか思えなかった。それほどまでに彼との出会いとヘルのパンチは衝撃的だったのだ。

 あの轟音と風切音をどうして忘れられるだろうか、いや忘れられるわけがない。

 

 ともかく、どうしようかと焦っているロンと平然としているヘルを見てなんとか落ち着いたハリーはとりあえず中から出てくる人を待つことにした。

 しばらくしてモリーおばさんたちが出てきてくれたおかげでどうにかこうにかホグワーツに手紙を送るという方策をとって迎えが来てくれた。

 

 まさかの迎えはスネイプという最悪の滑り出し。そして、あの教師が帰ってきた。

 

「どうも、ギルデロイ・ロックハートです」

 

 またこいつの授業を受けるのかと思うと鳥肌が止まらない。悪い意味で。

 二年目と同じくひたすら言われる通りに演劇ばかりだ。初めは同じくピクシー小妖精を解き放っただけで他はまったく変わりない。

 変化があったのは、クィディッチの試合だった。

 

 恒例のスリザリン戦。変化は、ここにあった。

 

「なんだ――っ!」

 

 マルフォイの煽りをスルーしながらハリーはスニッチを探して飛んでいた。そんな彼にブラッジャーが執拗に迫ってきたのだ。

 フレッドやジョージがいくら弾いても、ハリーを追ってくる。

 

「なんなんだ」

 

 ハリーはそれでもシーカーとしての役割を全うすべくスニッチを探す。

 

「くそ」

 

 しかし、ブラッジャーの妨害は執拗。ハリーを必ず落とさんと迫りくる。その勢いは、進行上に何が在ろうとも止まることはない。

 さながらそれは二頭の獣だ。力を持った飢えた獣。進路に存在する全てを呑みこみながら疾走する暴虐は大気を引き裂き競技場に存在する観覧塔の一本を突き破った。

 

 ブラッジャーの変容はこの場にいるものにとっては理解不能。そもそも縦横無尽にありとあらゆるもの全てに攻撃をしかけるブラッジャーがたった一人の選手を狙うなどありえない。

 何者かの魔法であるとわかるが、しかし誰がそんなことをする。しかもハリー・ポッターを衆人環視の中で。大魔法使いダンブルドアのいる目の前で誰がそんなことをするのだ。

 

 誰も彼もがその事実には気がつけない。悪意ある者の魔法ならばわかっただろうが、この魔法には悪意がない。あるのはただ一つだけなのだから。

 ゆえに、その暴虐を防ぐことはできなかった。そして、競技が始まった以上、誰も干渉することは不可能。つまり、ハリー・ポッター自身の手で乗り越えねばならない。

 

 ニンバス2000を握りしめハリーは競技場(センジョウ)を俯瞰する。

 

「来いよ!」

「おらぁ!!」

 

 フレッドとジョージ。ビーターの2人がブラッジャーを打ち返すべくハリーの前に立ちふさがる。

 

 しかし、無駄だ。

 

 振るった己が得物はブラッジャーによって砕かれた。一個目で、それが起き、二個目のブラッジャーが二人の箒を破壊し地面へと叩き落とす。

 

「く――」

 

 二人が無事かハリーに確かめる余裕などありはしない。

 二つのブラッジャーはハリーを狙う。大気を引き裂き、その疾走は止まらない。

 

 ハリーはその中でも懸命にスニッチを探していた。

 そして、見つけた。この無様な惨状を大笑いしているマルフォイの耳元に飛ぶ金の光を。

 

 ハリーはその刹那、風になった。

 一陣の風となり疾走する。背後に二つのブラッジャーが迫る。

 

 マルフォイは突っ込んでくるハリーとブラッジャーに心底怯えたように慌てて自慢の箒ニンバス2001を加速させる。それを無視してハリーはスニッチへと飛ぶ。

 それを見たマルフォイもまた突っ込んでくる。

 

「取るのは僕さ」

「…………」

 

 ハリーに答える余裕などない。全神経を集中し、四方から後方から迫るブラッジャーに備えただひたすらに加速を続ける。

 その様は馬鹿になったと言われてもおかしなほどだ。クィディッチ競技場内の下部。そこに存在する土台の中へと彼は飛び込んでいた。

 

 多くの障害物があり、横には壁。ブラッジャーの接近が分かりやすい。そこにスニッチが飛び込んだからこそであるが、ハリーにとってもこれは好都合であった。

 ハリーは極限の集中を発揮していた。スニッチだけを見る。あとには何も考えず箒と自分の身体に任せてハリーは飛んでいた。

 

 どこからブラッジャーが来るかわかる。此処では終われない。その意志がハリーを強くする。

 なぜならば、答えを出さなければいけないから。そのために、

 

「僕は、先へ行くんだ」

 

 スニッチが競技場へ上昇して飛び出す。

 ハリーは箒を跳ね上げた。

 

 その急激な変化にマルフォイはついて来れない。その上でブラッジャーに煽られて無様に落下する羽目になった。

 

 ハリーは手を伸ばす。誰でも捕食と同じく何かを捕まえようとした瞬間に隙が出来る。全神経を獲物に集中するためだ。

 ゆえにこの瞬間こそがブラッジャーという獣の狙い。

 

「――っ!」

 

 ブラッジャーがハリーの右腕をへし折ってみせる。

 熱がハリーの腕を貫通する。灼熱だ。溶岩でも流し込まれたかのように折れた右腕が熱をあげて、ハリーの視界に火花を散らす。

 

 骨が折れた。文字にすれば、言葉にすればただそれだけ。しかし、ハリーは心底酷いダメージにそれを認識してしまう。

 いいや、どんな人間であろうともこの痛みに対して酷いという枕詞をつけなければいけないのだ。大けがとは言わないが、酷いけがには違いないのだから。

 

 だからこそ、ハリーは構わずに飛んで、左手を伸ばした――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その晩、ハリーは医務室にいた。ロックハートが余計な事をしたおかげでの入院ということになる。あの野郎はこともあろうにハリーの腕を治すどころか骨を失くしてしまったのだ。

 そうなってしまえばあとは楯法の領分ではなく創法の領分となり、人体の構造に門外漢のハリーにとって自分で自分の骨を作るというのは自殺行為にしかならない。

 

 ただ骨が無事であっても楯法が不得意なハリーにとってはあまり結果としては変わらなかっただろうが。

 

「無事かね」

「なんとか」

「しかしすごいな。骨を消してしまって、それから再生もできるとは」

「薬は酷い味だけどね」

「良薬は口に苦しというだろう。甘んじて飲むことだ」

 

 熱を持った右腕は今骨の再生作業中だ。

 

「さあ、子供は眠る時間だ。おやすみハリー」

「うん、おやすみヘル」

 

 ハリーは夢を見る。夢の中で、夢を見る。

 

 原初の夢。死の夢。緑の閃光。蛇。

 死。死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。

 

 濃密なる死。ハリーは死の中にいる。死が近くにいる。死神がそこにいる。

 

 それだけではない、干からびた木乃伊のようなナニカがそこにはあった。辛うじて人の形をしているが、もはや憐れみすら通り越して酷い。

 これでは木乃伊の方がまだましに思える。それほどまでに、そのナニカの状態は酷かった。一体何が、あればこのような惨状になるのか。ハリーにはまったくと言ってよいほど想像がつかない。

 

 上から下まで、見ていく。見たくないのに自らの意志に関係なく、自分の視点は動いた。見れば見るほど、目の前の何かの状態が分かって行く。木乃伊の方が遥かにマシだった。

 頭髪は抜け落ち、一片たりとも髪の毛は残っていたりはしない。禿上がった頭は、内部から圧迫されているように、まるで風船のように膨れ上がり触れば破裂してしまうのではないかと思うほど。

 

 現に頭皮はその圧力に耐えられず破れてだらだらと血を流している。その血は赤くなかった。異臭を放つ黒い血。膿み腐りきり、もはやどす黒い黒に変色してしまった血がだらだらと流れて血溜まりを作っている。。

 眼は濁り切って、今にも飛び出してきそうなほど眼孔から出てきている。焦点の合わない瞳は、光を受容することなどないのだろう。

 

 鼻は、もはやその名残すら見られない。潰れて、砕けて見るも無残な姿をさらしている。顎もそう。口もそう。歯なんて抜けていて一本も残ってやしない。

 頭だけでこれだ。身体もまた酷い。ぐちゃぐちゃだ。手足は正常な形をしていない。指など全部そろっているのが奇跡に思えるくらいだ。

 

 肌はどす黒く染まっていて、正常な色が見つからない。膿み、腐り、病魔が侵している。ありとあらゆる癌が併発し、肉体を殺しているのだ。壊死しているのかもしれない。

 そんな状態ですら、ソレは生きていたのだ。死んだ方がましかもしれない。だというのに、生きていた。燃えるような白濁した瞳の輝きは衰えていない。

 

 そこに誰かの姿を幻視したような気がした。這いずるように、ソレは手を伸ばしてくる。

 

 かつてとどこか同じ夢は唐突に変わる。その姿は、ハリーが良く知る姿へと変わる。

 

――役に立てよ、お前の価値なんてそれしかないだろうが。

――役に立てよ。私の役に立て。

 

 そして、そういうのだ。全てを見下したように。

 感じられるのはただ切実な願いであった。生きたい、自由に生きたいというただ生への渇望だった――。

 

「ああ、ハリー・ポッター。お労しや……」

 

 不意に、その声でハリーは目を覚ました。

 

「…………ドビー。やっぱり君だったんだね」

 

 眼鏡をかけてベッドの上にいる存在を認識する。

 

 屋敷しもべ妖精のドビーがそこにいた。

 

「君だな、9と3/4番線に入れないようにしてのも、ブラッジャーに何かやったのも」

 

 ハリーは半ば確信をもってそういった。そうでなければ彼はここには来ないだろう。

 

「はい、そうでございます」

 

 彼は涙を流しながらキーキーと自らの罪を告白する。

 

「そうすればハリー・ポッターはホグワーツから帰るだろうと思っていたのでございます」

「…………」

「ドビーめは、ハリー・ポッターのためを思ってやっているのでございます。ハリー・ポッターはドビーめを怒ってはだめなのでございます」

「また殴るか?」

 

 ふといつの間にかそこに立っていたヘルがそう言った。

 

「良いよ。今度こそ本当に忘れられそうになりそうだし」

「安心すると良いわ。おまえが日々成長しているように。私もまた成長しているのだ」

 

 筋肉が? とは口が裂けても言えないだろう。

 

「手加減は覚えた。なに、少しばかりか弱い生物の相手はしたことがなかったのでな手間取ったが今度は大丈夫だ。安心すると良い。デコピンだ」

 

 そう言って彼女が形作るのはデコピン。

 解法を使わなくともハリーは悟った。あれは不味いと。

 

 拳の代わりにデコピン。普通ならば威力は下がる。威力のありすぎる殴るという行為で手加減をするというのであればこれ以上ない手加減だろう。

 だが、わかっているだろうか。拳が広い面積にダメージを与えるのに対してデコピンは一点集中なのだということに。

 

 さほど差がないように思えるだろうが、拳とデコピンでは衝撃を与える面積に明確な差がある。拳というある種の面に対してデコピンは点。

 この場合ヘルという規格外(メスゴリラ)の力が一点に集中されることを意味している。もっとも硬い頭蓋に。

 

 さしもの頭蓋でもそれには耐えられまい。おそらくはじけ飛んで終了だろう。そうなってしまえばどうなるだろうか。

 大問題どころの話ではなくなる。しかも容疑者はハリー。マズイ以外の何物でもない。

 

 ぐぐぐぐと力が籠められるデコピンははたから見ても異常な威力を内包していることがわかってしまう。これで手加減なのだからおまえの手加減はおかしいと言わなければならない。

 

「ヘル、良いから。絶対にやらなくていいから」

「任せろ。フリというやつだな」

「ふりじゃないよ!?」

 

 その時、ずいぶんと騒がしく、複数人がやってくる声と音が聞こえてきた。

 ハリーは安堵する。ヘルも流石に誰かが来たらやめるし、ドビーも見られるのをいやがって帰る。なんとかこの場は収まる。

 

 そう思った時、ドビーはハリーにこういった。

 

「ハリー・ポッター、お願いです。秘密の部屋が、開かれた。怪物に殺される前に、早くお逃げ下さい。どうか、どうか」

「待って、怪物? 怪物ってなに!」

 

 そんなの知らない。ハリーの二年目は特に何事もなかったはずなのだから。

 追及しようとしたところで、ぱちん、と鞭で床を叩くような音と共にドビーは消え失せ、同時に乱暴に扉が開け放たれた。

 

 そしてハリーは、二年目の怪物の存在をしる。

 

 




さあ、二年目。ハリーも知らぬ秘密の部屋が開かれる。

さてここにも何か難易度を上昇させる何かが欲しいところですね。
どうしようかな三千体はネタだから良いとして。
普通にバジリスクだけじゃなくやばめの蛇系の怪物の住処にでも、あメデューサ――。

それから最近なぜだかフラーが辰宮のお嬢とかぶってしかたない。これは、お嬢を顕象させろという阿頼耶からのメッセージなのだろうか。

まあ考えるとしよう。ではまた次回。
次回は捜査パートとか飛ばして秘密の部屋にスキップします。
あまり長くしてもあれなので、早々に私は地獄――じゃなかった六年目を書きたいので。
ではでは。


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第58話 秘密の部屋

 そこは一般的に校長室と呼ばれる場所であった。そこは広くて美しい円形の部屋でおかしくて小さな物音で満ち溢れている。

 テーブルの上には奇妙な銀の道具が立ち並びくるくる回りながらポッポッと小さな煙を吐いていて、壁には歴代の校長先生の写真が掛かっていましたが全員が眠っている。

 

 そう一般的に校長室と呼ばれる場所だった。今、この場の雰囲気は校長室とは程遠い。いるのは、マクゴナガル、スネイプ、ダンブルドアの三人であった。

 職員会議かと思われるような場面ではあれど、その様子はありえないほどに暗い。校長室というある種明るい空間であるはずなのに暗いのだ。

 

 どんよりと淀み、暗く、さながら深海のようにも感じられた。重苦しく、全てを圧迫する理由はただ一つ。

 

「ダンブルドア校長。本当なのですか、例のあの人が戻ってきたというのは」

 

 マクゴナガルが信じられないように問う。

 

「本当じゃ」

 

 重い口を開いてダンブルドアはそう言った。

 

「しかし、何事も起きていません」

「どうやら潜んでおるようなのじゃ。ゆえにこの情報も本当かどうかはわからないが、わしはあやつは復活していると思う」

「証拠は、証拠はないのですか?」

「残念ながらないのじゃ。じゃが、この件にはシズマ殿も復活していると言っておった」

「盲打ちを信用なさるのですか!?」

 

 盲打ち。

 そのままの意味だ。盲目の打ち手。思想、行動、その全てが過激を通り越した出鱈目。何も考えていない適当な手しか打たない棋士ながら、その結末はなぜか詰め将棋のごとく嵌るという馬鹿げた存在のこと。

 

 魔法界において、その存在は二人目と言える。初代は百年ほど昔に日本の魔法界、超常を一手に引き受けていた神祇省の男。

 その子孫なのかは不明だが、どう考えても子孫以外に考えられない石神静摩という男は二代目。

 

 神祇省の長い歴史を見ても二人しかいない稀代の馬鹿。

 

 しかし、その馬鹿はやることなすことデタラメであるものの、結果として全てが思い通りに嵌る。その男がヴォルデモートが復活していると何も考えず証拠もなしに言ってのけたのだ。

 つまりはヴォルデモートは復活して機会をうかがっているとみるべきである。盲打ちの言うことなど信じない方が得策なのだが、ダンブルドアも嫌な予感を感じている。

 

 だからこそこうやって動いてきて少しでも証拠と仲間を集めようとした。不死鳥の騎士団を。

 しかし、証拠もなくただ復活したと言っても意味はない。かつての死喰い人たちも普通に生活しているし、アズカバンに変わらずに入っていることは確認している。

 

 現状、ヴォルデモートが復活したとはまったく言えない。そんな現状で、ヴォルデモート復活を唱えてもダンブルドアは狂人扱いされるだろう。

 そうなってしまえば闇の勢力に対抗するどころの話ではなくなる。

 

 そのため一部の信用できる者たちを頼り、少しでも警戒を促すのがやっとの現状だ。こうやって話の場を設けたのもその一つ。

 

「それしかないのじゃ」

「しかし、あれは何を考えているかわかったものではありませんよ」

「そうかもしれん。しかし、見過ごすわけにはいかんのじゃ」

 

 ヴォルデモートは必ず倒す。そうしなければ魔法界に明日はない。

 そのためならば自分の死も、ハリー・ポッターの死も、悪人であるサルビア・リラータですら利用してみせよう。無論、罰は受けることになる。それでも闇の帝王を倒せるのならば甘んじて受けるとも。

 

 勿論、誰も無駄死になどさせないし、死なせないことをこそ重要視する。最初から犠牲ありきで考えては救えるものも救えない。

 これまでも手酷い失敗をしてきた。リラータを見誤ったのもそう。彼女を見誤った結果、数百、数千もの人間が彼女の手によって帰らぬ者となったのだから。

 

 間違えぬと誓っても、間違えてしまう。己の愚かさがただただ恨めしい。

 しかし、後悔などしてはいられない。

 

 ヴォルデモートを倒す。話はそれからだ。そうして初めて、間違いの清算が始まるのだから。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 怪物が現れた。マグル生まれが次々に襲われていく。ほとんど首なしニックまでもが襲われて、石にされていく。

 何かがこの学校の中を這いずっているのをハリーは聞いていた。ハリーにしか聞こえない声が聞こえる。ヘルにも聞こえない声。誰にも、そうハリーにしか聞こえない声。

 

 それがなんなのかハリーにはわからない。そんな中、ロックハートが戦う術を教えるという名目で決闘クラブなるクラブを開いた。

 魔法使いの決闘の方法を教えるらしい。大事なのはお辞儀だとか。

 

 ハリーはマルフォイと決闘をすることになった。一発で武装解除してやった。

 

 その後、また襲われていく。ハーマイオニーまでもが襲われてしまった。だが、彼女はヒントを残してくれていた。

 鏡とバジリスク。石に成った理由もわかり、怪物がいることもわかった。

 

 そこに至るまでに色々と遠回りさせられたが。ハグリッドのおかげで禁じられた森で蜘蛛と追いかけっこになったりとか、トム・リドルの日記で色々なことをしったり。

 ダンブルドアも校長を追われ、ハグリッドはアズカバンへ。

 

 現実との違いに悪戦苦闘しながら、ハリーはロンと共に怪物をどうにかすべく奮闘していた。その中で日記がなくなったことに気が付き、ジニーがスリザリンの継承者に攫われ嘆きのマートルというゴーストのいるトイレが怪しいことも気が付いた。

 

「でも、二人だけじゃ無理だよ」

「……先生の力を借りよう」

 

 そうやって職員室に行く。その途中で何やら今にもどこかへ逃げ出しそうなロックハートを捕まえた。とりあえず彼を何かに役立つかもしれないと連れていこうと騒いでいるとどこから騒ぎを聞きつけたのかスネイプが現れた。

 ロックハートの余計なひと言によりスネイプまで伴ってマートルのトイレへ。そこには秘密の部屋の入り口があった。

 

 ロックハートを一番に突き落とし安全を確認してから降りていく。じめじめとした通路。巨大な蛇の抜け殻。どうやらバジリスクは本当にいるようだった。

 

「よし、私はここまでだ」

 

 そう言って、ロックハートが杖をハリーたちに向ける。そうしてぺらぺらぺらぺらと自分の秘密を暴露してくれた。

 

「そうかね。エクスペリアームス!!」

 

 その瞬間、スネイプの魔法が炸裂した。避けることなどできず壁に叩き付けられるロックハート。思い切り吹っ飛んだ。

 どうやら数百年の間にだいぶ劣化していたのだろう。その衝撃によって天井が崩れる。

 

 結果、ハリーだけ残して他の皆は壁の向こう。

 

「僕、いくよ」

「待つのだポッター!」

 

 スネイプが引き留める声を聞かずハリーはジニーを救うべく秘密の部屋へと足を踏み入れた。

 

「やあ、待っていたよハリー・ポッター」

「トム?」

「そうだ。僕だよハリー」

「どうして――ジニー!」

 

 その時、倒れているジニーを見つけてハリーは駆けよる。まるで死人のように冷たいが、まだ息がある。

 

「トム、僕は今すぐジニーを……待って、どうして君がここにいるんだい?」

「思ったよりも聡明だなハリー・ポッター。杖も放り出さないとは。まあいい。ジニーの杖がある。少し予定が狂ったが、良いだろう。教えてやろうハリー・ポッター」

 

 そう言ってトム・リドルという青年は杖で文字を空中に書き出す。

 

――TOM MARVOLO RIDDLE

 

 空中に描かれた文字列は簡単だ。名前である。トム・マールヴォロ・リドル。

 

「僕は父の名前が嫌いでね。在学中に新しい名前を作った。僕だけの、誰もが恐れる名前だ」

 

 文字が空中で組み換わって行く。

 

――I AM LOAD VOLDEMORT

 

 私はヴォルデモート卿だ。

 

 アナグラムである文章に使われているアルファベットを入れ替えて、全く別の文章とする言葉遊び。それによって彼は新たな名前を作り上げたのだ。

 

「君が、君が、五十年前も君が」

「そうだともハリー・ポッター。全ては僕の掌の上だとも。恋するジニー・ウィーズリーをたぶらかし、秘密の部屋を再び開いた。スリザリンの継承者たるこの僕が戻ってきたのだから。そして、未来の僕がやり残したことを――」

「ハリー!!」

 

 その瞬間、ヘルが声をあげた。

 何かが来る。そう何かが来た。何かが見ている。何かが見ている。

 

『愛い愛い。好きにすると良い。痴れた音を聞かせてくれ。幸せになってくれ。それだけを望んでいる』

 

 何かの声が響く。それはハリーも聞いたことのある声で。

 

 その瞬間、トム・リドルの雰囲気が変わる。

 

「ああ、そうだった。そうだ、救うんだった。さあ、行けバジリスク。憐れなハリー・ポッターを救ってやろう」

 

 バジリスクが疾走する。その直進は真っ直ぐにハリーを目指してやってくる。

 

「く――」

 

 ハリーは夢を回す。

 

 戟法にて自らの身体能力を向上させて回避する。

 

「フリペンド!!」

 

 そこから射につなげる。

 

「ぐ――」

 

 しかし、身体能力向上の夢を切ったところをバジリスクの尾が直撃する。

 

「この期に及んで、君はまだ序で止まっているのかい? もしその程度であれば本当に期待外れだよ。無敵のヴォルデモート卿を倒した君が、この程度だとしたら僕の評判が落ちてしまうじゃないか」

 

 戟法で躱していざ攻撃しようとしたら戟法が使えない。戟法を使わなければ到底バジリスクの攻撃を回避など不可能。

 目を見ないで回避しないといけないという制約もある中で身体能力を落とすなど自殺行為。

 

 ゆえに、ここはもう一つの夢を同時に使えないといけない。ヘルが言っていた詠段。夢を一つではなく二つ使えるようにしなければならない。

 できるだろうか。そう不安がある。自分にできるだろうか。

 

「なに、やらねば死ぬだけだ」

 

 ヘルの言葉が響いた。そうやらなければ死ぬ。ならば、

 

「やるしかない」

 

 ハリー夢を回す。

 

 今まで以上に真剣に自らが出来ると思って夢を回す。そうしなければハリーもジニーも死んでしまうのだから。

 

「フリペンド!!」

 

 放たれた射撃魔法。そこにはきちんと咒法の射が乗っていた。

 

「そうでなくては。さあ、まだだ。だが、その上にあがれなければ君はどの道死ぬよ」

 

 暗にトムはこう言っている。

 

――僕は五常楽破ノ段であると。

 

 それは戦術利用された邯鄲の夢に関連して、術者個人の戦闘技能、または熟練深度を判定する為の評価尺度である。

 夢を揮う者の技量に応じた五つの段階に分けられ 序、詠、破、急、■と名付けられている。

 

 ハリーが先ほど詠段に上がった。もとから夢を使い続けていたのだ。一年間の下積みがあればこの程度は余裕だ、むしろ遅いくらいと言える。

 詠段は二つの夢を同時に行使できる段階である。夢を扱う者としてのスタートラインとも言える。

 

 邯鄲の夢の性質上、夢の複数展開が持つ意義とは、ただ単純に個々の夢が持つ特性を足し算的に増加させるのではなく、掛け算のごとく倍増させるという点にある 。

 

 そして、破段。それは五常楽の第三段階にして、術者個人が思い描く『自分だけの夢』を構築し展開する段階だ。いうなれば『固有技』を習得する段階と言える。

 この破段に到達してからが夢界(このせかい)における戦闘の本領であり、詠段以下ではこの破段が紡ぐ夢には対抗できない。

 

 トムはその破段だと言っている。どういうことなのかハリーには考える余裕などない。バジリスクの攻撃は苛烈だ。

 

「良いか、ハリー。破段は今のおまえではどうしようもない。どうにかしたいのなら破段に上がることだ」

 

 ヘルの言葉が届くと同時に膠着しかけていた戦闘に介入がある。

 

 それはトムではなく、ダンブルドアのペットである不死鳥のフォークスだ。何かを落とし、バジリスクの瞳を潰してくれた。

 

 落とした何かは、

 

「組み分け帽子?」

 

 組み分け帽子だった。なんでこんなものを? と思う。それは隙だ。バジリスクの尾がハリーを捉える。

 

「ぐ――」

 

 壁に叩き付けられる。気絶しそうな痛み。ハリーが楯法で癒せる限度を超えていた。だが、

 

「立つか。それでこそだハリー・ポッター」

 

 ハリーは立つ。こんなところで負けてなどいられないのだ。ジニーを助けなければいけない。

 バジリスクは恐ろしくその後ろに控えるトムは更に怖い。死んでしまうかもしれない。それでも、ハリーは逃げない。

 

 その時だ、するりと手の中に何かが滑り込む。

 

 同時に突っ込んでくるバジリスク。ハリーは咄嗟にそれを突きだした。

 

 バジリスクが開いていた口からハリーが付き出した何か――剣が脳へと突き抜ける。

 

「これは……」

 

 赤い宝石が柄にはめ込まれた剣。使い方などわからない。けれど、ハリーは突きこんだ。バジリスクの口の中にその剣を。

 それによってバジリスクが倒れる。

 

「よくぞ、倒したハリー・ポッター。そうでなくてはならない。無敵のヴォルデモート卿を倒したのであれば――」

 

 その瞬間にハリーは突っ込んでいた。

 ナイアの教えは相手の隙や油断は突けというものだ。剣の扱い方もナイアから習っていた。五年目の授業で習ったのだ。

 剣というか鉄パイプとかその辺にありそうな棒とかの使い方だったが、ハリーはそれに感謝する。

 

「ぐお、人が話している時に」

「フリペンド! エクスペリアームス!」

 

 休む暇など与えずにハリーは攻め立てる。夢を回す。今まで以上の高域で夢を回す。

 

 射、崩。あるいは戟法を用いて。

 

 夢を使わせなければいい。その暇を与えなければいい。

 破段なんてハリーには至れるとは思えなかった。今二つの夢を使い始めたばかりなのだから。だから、相手に夢を使わせなければいいとそう思った。

 

 しかし、

 

「聡明かとおも思ったが、やはり馬鹿なのか?」

 

 その瞬間、ハリーは吹き飛ばされ、

 

「破段、顕象――」

 

 トムの夢を展開されてしまう。

 

 その圧にハリーは吹き飛ばされ壁に叩き付けられる。

 

「ぐ、ああああああああああああ」

 

 走り抜ける全身の痛み。ハリーの肉体を病魔が穿っていた。

 

「まったく。その手は昔からあるんだ。それは無意味だと先達が証明している」

 

 そう、破段に至った相手に対して連続攻撃とか飽和攻撃とかで破段を使わせないという作戦は無駄だ。そんなこと意味がない。

 詠段では破段には勝てない。それが自明。絶対に定められた法なのだ。

 

 だから、勝つためには、

 

「破段にならねばな」

 

 破段に至ることしかない。

 

――できるのか。僕に。

 

――出来るのか? 馬鹿じゃないの? やるのよ。そうでないならここで死になさいよ。

 

 幻聴が聞こえた気がした。この世界にはいないはずの存在の声が。

 

――役に立て。お前の生まれてきた意味なんてそれ以外にあるわけないでしょう。

 

 そんな声が。

 

「――破段、顕象――」

 

 だから、ハリーは、解号を紡いだ――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ことの顛末はこうだ。

 トム・リドルは倒され、秘密の部屋はもう永久に開くことはない。怪物は倒され、全ては万事解決した。

 

 トム・リドルの日記帳を渡したルシウス・マルフォイは理事を辞めることになり、そのシモベであったドビーはハリーの機転により解放された。

 

 二年目の試練は終わった。

 

 そして、三年目の試練が来る。

 




ちょっとダイジェスト風味ですが、あまり夢を長引かせてもあれですし。

トムさんに何かが介入しました、スパァ。破段使えるトムさんでしたが、破段による戦闘を書き出すと変なところに行きそうな気がしたのでこんな感じになりました。

ハリーは何か背後にサルビアの背後霊でもいるかのような破段顕象です。

で、ハリーの破段なんて考えてない。良い破段案ないですかね。
一応、咒法の射と解法の崩あたりを使いたい感じなんです。

ともかかく、さくさく行こう。私早く六巻(地獄)が書きたいの。


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第59話 泡沫の夢

「良いか、無知蒙昧でどうしようもない役立たずの塵屑にもわかるように教えてやる」

 

 柊聖十郎と名乗った男はサルビアに対してそう言った。

 

「殺すわよセージューロー」

「ふん、貴様のようなものに殺されるものか。自分の格すらもわからなぬとは」

 

 心底呆れた顔をする聖十郎。

 

「……なら、その偉いセージューローは何を教えてくれるのかしら」

「決まっているだろう。邯鄲だ」

「邯鄲……」

 

 彼が言っているのは故事の邯鄲の枕のことではないだろう。おそらくはこの夢の世界に関すること。

 

「そうだ。無知蒙昧な屑どもが寄ってたかってこの邯鄲を再現しようともがいていた。それも通常の法ではなく魔法とかいう力を使ってな。そのおかげで、様々な箇所が歪だ。百年単位の邯鄲の周回も歪に歪んでいる。それどころか、並行的に無自覚的におまえたちは周回を重ねている。このままいけばどれほどまでの年月が立つか見ものと言えるほどにな。それもこれもこれを施術した未熟な蒙昧が悪いのだが、色々と抜け道があるがゆえに俺もこうしてここに立っているというわけだ。わかったか塵」

「吹っ飛ばすわよ塵」

 

 ともかくとして、魔法による邯鄲の再現。邯鄲とは夢の行。

 資格を有した者を盧生へと至らせるための修行場とも言いかえられる。それを再現するということはすなわち夢を手に入れようとしたか、あるいは盧生を創りだそうとしたことに他ならない。

 

「全ては盧生になるためね」

 

 柊聖十郎曰く、盧生とは夢界に入り込める資格を持つ者のことだ。無意識と現世を紡ぐ架け橋。それになれる人間。

 邯鄲による修業、つまるところ夢界と呼ばれる場所を制覇することにより邯鄲――夢を現実に持ち出すことを可能とする選ばれし者である。

 

 本来、邯鄲とは万人を無条件で受け付けるほど敷居の低いものではなく、夢界に入れる人間はそもそも相当に限られている。

 その資格を有する者を盧生と呼ぶのだ。いや、正確に言えば盧生とは邯鄲を制覇した者のことである。資格を持つだけでは盧生たりえない。邯鄲を制覇して初めて資格者は盧生となるのだ。

 

 つまるところ、盧生の資格とは背の高さや低さと同じく生得的な個々人の差異でしかなく、言い換えれば才能のようなものでしかない。

 才能の保有者が出来ることは大まかに四つある。

 

 一つ、夢の中に入れる。

 二つ、自身と強い繋がりを持っている者を、同じく夢界に導ける。

 三つ、邯鄲を征した暁には、夢を現実へ紡ぎ出せるようになる。

 四つ、邯鄲制覇の後、夢を夢のまま封じれる。

 

「俺は盧生になる。本来の歴史がどうなっていようが知ったことか。俺は盧生になる。そのための貴様だ塵」

「……盧生になるねえこういう事かしら。肉体の病を消すべく邯鄲を構築した。己には必ず盧生の資格があると信じて。でも、なかったわけだ。なぁに、それなんて滑稽なのかしら」

「殺されたいようだな塵が」

「あら、殺すのかしら。おまえが私を? やってみろよ塵が。おまえにない盧生の資格とやらを持つ私を殺せるのならな!」

 

 聖十郎にそれが出来るはずがない。

 

「殺すまでもない奪えばいいのだ」

「お前の力が私に効くわけないだろうが」

 

 互いに逆さの十字を背負う者である。そうであるがゆえに、互いの夢は互いに影響を及ぼさない。先ほどのように盧生の血でもって眷属としての繋がりを強化すれば一時的に夢を条件を無視して扱うことができるがその効果が切れてしまえば何もできない。

 

「お前は黙って私に従うだけの憐れな塵だ」

「…………」

「夢を扱うとかどうでも良いけど、盧生というのは良い。やる気などなかっけど、セージューロー、あんたの悔しがる顔は見てみたいわ。

 盧生になる。ふふふ、あんたにできないことを私がやるのよ。悔しがって這いつくばれよ。ねぇ、ヒーラギセージューロー」

 

 それにだ、盧生という力があればダンブルドアなど即座にひねりつぶせる。ヴォルデモートでもなんでも。誰もサルビア・リラータを止めることなどできない。

 ゆえに、サルビアは盧生となるのだ。自らにその資格があるのならばなる。サルビア・リラータに不可能などないのだ。

 

「黙れよガキが。お前、辿れば俺の系譜だろう。俺から与えられた力を我が物顔で振るう。呆れてものも言えん。せいぜいいい気になっておくがいい。盧生になるのは俺だ。断じてお前などではない」

 

 闇の中で逆十字が胎動する。

 盧生になる。それがどのような結末をもたらすのかも知らずに、逆さの磔を背負い、サルビア・リラータは夢へと侵攻を開始した。

 

 その瞬間、サルビア・リラータは貴族の館にいた。いるだけで感じる高貴なる青い血の気配。気品だとかそういうものではなく、ただただそうあることが当然のような貴族の気配。

 

「あら、あらあら、こういうこともあるのでしょうか。ねぇ、宗冬」

「はい、お嬢様」

「誰かしら」

「辰宮百合香、こちらの無愛想な執事は宗冬。この館の主と言えばよいでしょうか。いえ、正確にはこの夢と言うべきなのかしら。甘粕事件以降、このようなことなどあるはずないと思っていましたのに。いいえ、夢だからこと言いましょうか。ねえ、宗冬」

「はい、お嬢様」

「ふぅ、やはりそれ以外に言ってはくれないのですね。それもまた仕方のないこと。私の中にいるあなたはきっと、そう言うのでしょうから。これもまた私の業なのでしょう。

 さて、申し訳ありませんお客様。紅茶はいかがかしら可愛いお客様。生憎、野枝はいないためこちらの宗冬が淹れたものになりますけれど」

 

 サルビア・リラータはどこに出たというのだろうか。いつの間にか柊聖十郎は消えている。それもこれもこの夢の中にある結界のせいだろうか。

 

「ああ、柊殿には退場願いました。なにせ、彼がいてはお話になりませんもの」

「なるほど、それで、何か用かしら」

「ええ、そう。用というほどではないのだけれど、しいて言えばお話を」

「話?」

「ええ、そう(わたくし)はきっと目を覚ませば忘れてしまうのだろうけれど」

 

 つまりはこれもまた夢ということだ。不安定な邯鄲だと柊聖十郎が称した魔法版邯鄲は普遍無意識による夢の形成が非常に不安定なのだ。

 ゆえに、どこに繋がるかもわからない。過去、未来、現在にまで干渉する可能性を秘めた魔法による邯鄲の施術は通常は起こりえない時間や次元の跳躍すらも可能としている。

 

 これもまたそんな事例の一つ。不安定な邯鄲が起こす泡沫の夢。

 

「あなたがどんな人なのかを教えてくださらないかしら」

「なぜ私がそんなことをしなければならない」

「さあ、私もあまり深くは考えていませんし、どうせ忘れる夢のことですから。ならば自分のことよりもあなたのことを知りたいと思うのはごく自然のことではなくて? そうですね、現代風、あなた方風にいうのであればがーるずとーくという奴です」

 

 このお嬢様はいったい何を言っているのだろうか。サルビアには理解が出来そうにない。

 

「そういう顔をしないで。あなたも年頃の女の子のはず。恋の一つや二つしているのではなくて?」

「なぜ、私があのような塵屑どもに恋をしなければならないんだ。恋や愛などそんなもの男女の生殖行為を良いものにすべく論点を置き換えているだけに過ぎない」

「あら、なんとも夢のないことを言うのですね。恋は良いものです。まあ、(わたくし)も本当のところは良くわかっていなかったのですけれど。一つ、アドバイスをするならば愛を知ること。愛すること。

 それがあなたが盧生になるために必要なことなのです。(わたくし)が答えを言うのも無粋でしょうし、それをすることもおそらくは叶わないのでしょうけれど」

 

 サルビアにはこの女が何を言っているのか理解が出来ても理解する気が起きない。頭がお花畑の女が何かを言っているだけだ。

 愛がどうだの。そんなものが何になるというのか。どうして塵屑に何かしてやらねばならないのか。

 

「帰るわ」

「あら、まだ紅茶に口もつけていないのに。もう帰るのですか」

「お前との話に意義がない」

「これでも先達として伝えるべきことは伝えたと自負しておりますが、そうですか。それならば仕方ありませんね。でも、きっとあなたもわかる時が来ます。あなたも女の子なのですから」

「知らん」

 

 掻き消えるように女と館が消える。後に残ったのは執事だけだ。

 

「何をしている」

「いえ、差し出がましいとは思いましたが、再びお嬢様に出会えたことについて感謝として一つお手伝いをと。逆十字は私が押さえていよう。その間に、答えを探すことだ」

「ふん、余計な御世話だ」

 

 言葉少なく執事も消える。次に世界が歪むと同時に、獣が姿を現した。双頭の犬が咆哮をあげる。玉座に座るは赤い服の少女だ。

 いや、あれは王だった。

 

「ふむ、客か。まったくもって千客万来だな」

「誰だ、お前」

「ふん、匂いは逆十字に似ているが。まあいい。問うのであれば聞けキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワである」

「何が目的だ」

「目的? 目的など決まっている。盧生となる。そして、我が臣民と共に暮らすのだ。それ以外などどうでも良い」

 

 臣民。その言葉の意味をサルビアは正しく理解している。

 

 彼女の背後に見える超獣の姿。三千人もの獣化聯隊を細切れの肉片に分解したのち、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワを核とした外科手術で科学・魔術的に接合させた大巨人兵の帝国。

 まさに巨人。それはまさしく彼女を王とした帝国の姿なのだ。目の前の可憐な妖精の如き少女の本当の姿がそれとは酷く笑えるものだった。

 

「貴様、何がおかしい」

「これほど滑稽なことが他にあるとでも?」

「ふむ、今宵の私は怒らん。申してみよ。聞くだけ聞いてやる」

「人間ぶってる獣が酷く滑稽で嗤えるのよ」

「そうか。ならば死ね――」

 

 巨人が動き、視えざる手がサルビアを圧殺すべく動く。

 単純にして協力無比。何よりも強い物理的な力の圧力がサルビアへと襲い掛かる。

 

「アバダ・ケタブラ」

 

 死ねよ雑魚共。

 

 咒法の散にて拡散させた死の呪文が当たった先からその不条理を発動していく。当たれば死ぬ。その単純な魔法は夢においてはそれ以外の機能などまったく発揮しない。当たれば死ぬ。ただそれだけだ。だが、それだけゆえに強い。

 単純な力の勝負であれば強い方が勝つのが道理だ。ゆえに、サルビア・リラータが勝つ。

 

「ぐおおおおおおおおおおおお」

 

 響くのは慟哭だ。血の涙を流して、黄金瞳を輝かせる少女が慟哭する。同胞の死を嘆き、悲しみ、怨敵を殺さんとその力を振るうのだ。

 そこにあるのは愛だった。自らに繋がれた三千人に向ける彼女の愛。

 

「くだらん」

 

 それを真っ向からくだらないと吐き捨てる。愛がどうした。愛はわかる、人間の情など余すことなく知り尽くしている。

 だからこそ、それはくだらないものだ。そんなものを抱いてどうするというのか。

 

「ほら見ろ、愛を向ける同胞がやられただけでこのざまだぞ」

 

 キーラ・グルジェワは酷い有様と化していた。死の呪文を浴びて、自らの肉体が、臣民が死に絶えていく。

 

「とどめだ」

 

 そう思い杖を振ろうとして、

 

「もう、駄目でしょ」

 

 ぺしと頭を叩かれる。それは決して痛いものではなかった。

 

「誰だ、私の邪魔をするのは」

「こぉら、もう女の子がそんな乱暴な口調じゃだめでしょ、め! だよ」

 

 そこにいたのはサルビアとあまり変わらないような身長をしたふわふわとした女だった。眼鏡をかけて、どこかサルビアが話に聞いた母親に似ているらしいような女。

 

「他人が嫌がることはしたらいけません。他人のお子さんだって、私ちゃんと叱っちゃうんだから」

「は?」

「言うことがあるでしょ? ごめんなさいって、そう言えば相手もきっと許してくれるからね」

 

 何を言っているんだこの女は。塵屑に謝る? 利用するだけのものに? 何を言っているんだこの女は馬鹿なのか?

 

「それから、誰かに何かしてもらったらありがとうございますって言わないと。そうしたら言われた方も気持ちが良いし、また手伝ってあげようって気になるの」

 

 サルビアの話など聞かずに目の前の女は言葉を続ける。

 

「何かしたらごめんなさい。そうすれば許してくれる。そして、助けてほしい時は、助けてほしいって言えばいいの。きっとあなたのことを大切に思っている誰かが助けてくれるわ」

「何の話だ」

「お節介かな。ううん。きっと大丈夫と私は思ってる。だって、まだ若いんだもの。きっと一杯失敗とかしちゃうだろうけれど、そうやってみんな大人になって行くの。だからあなたも怖がらないで、きちんと言葉にするの。ありがとうって」

「さすが恵理子さん、良いことを言う!」

 

 それからまた誰かが現れる。ハゲだった。

 

「ハゲって言うなああああっ! ――おっと、ごほん。ついくせで。いやぁ、恥ずかしい恵理子さんの前で」

「だいじょーぶですよー、剛蔵さんはかっこいいですから」

「――」

 

 何やら感極まった様子のハゲ。

 それからサルビアの方を見る。

 

「セージに良く似てるな。だが、違う。君はセージじゃないし、きっとセージにはならないと俺は思う」

 

 ハゲは言う。

 

「根拠なんて全然ないが君はどうやらいろんな人に思われているらしいからな。だからきっと大丈夫だと俺は思う」

 

 何を言っているのだろうか。この頭がお花畑の連中は。

 

 サルビアには何一つわからない。何一つ。そう何一つだ。塵屑共の言葉などわかるはずがない。

 そうわかるはずがないのだ。

 

 ――本当に?

 




久しぶりにサルビアメイン。セージはお嬢様とくらなくんはまぞによってちょこっと退場。

我らが大天使ハゲエルとエリコエル登場。
二大天使(悪魔)。ここに三人目の天使(悪魔)神野を加えることで逆十字的には天使(悪魔)なユニットが出来るのではないか!?
とかなんか意味不明なことを思いついた。SAN値が削れそう。

邯鄲と盧生の説明。
盧生の説明は良いとして。魔法式邯鄲は非常に不安定ながらも途轍もないことが出来ます。逆転時計とか作れる魔法世界なので、時空を超えるのは当たり前の魔法式邯鄲。
ゆえに大正時代だろうがなんだろうがに飛べるわけです。

さて、次回か次々回くらいには、アズカバンの囚人を終わらせて四年目に行ければいいなぁ。
正直、アズカバンの変更点ってシリウス関連をそのままやってホグワーツ特急でハリーが吸魂鬼を追い払うくらいだし。
色々カットしつつ、サルビアの愛を知る旅を続けていければとか思ったり思わなかったり。


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第60話 邂逅

 三年目。ホグズミードに行くべく、ハリーはバーノン叔父さんの命令に嫌な顔せず従っていた。笑顔で返事をして爽やかさで良い子ですよアピールしてみたら気持ち悪いと言われた。

 それはともかくとして、なんとか頑張ってホグズミードへ行くための許可証にサインをしてもらおうとしたわけなのだが、

 

「どうして僕は夜中の公園にいるんだろうね」

 

 夜中の公園でトランクなどの荷物をもって一人ハリーは黄昏ていた。正確に言えばヘルがいるが、他人には見えないので一人といっても過言ではない。

 

「おまえは家族のことになると我を忘れるからな。それも当然の気持ちだろうが、自業自得だな」

 

 やはり家族をろくでなし呼ばわりされたのに我を忘れてまたやらかしてしまったのだ。大人になったと思ったけれどやはりまだまだ自分は子供なのだと思わずにはいられない。

 でも譲れないことはあるのだ。絶対に譲ってはいけないことはあるのだ。それが家族のこと、それから友達の事。だから、ハリーは後悔はしない。

 

「あ、でも今年はサルビアがいないのか」

 

 そうなれば一人でホグワーツに居残りである。それは寂しい。どうにかしていけないものか。

 

「フレッドとジョージなら抜け道を知ってるかな?」

「あの双子ならば知っていてもおかしくあるまい」

「聞いてみようかな。さてと――」

 

 杖腕をあげて夜の騎士バス(ナイトバス)を呼んで漏れ鍋へとハリーは向かった。

 

 彼は気が付かない。彼を見る黒い犬の姿に。

 

 その後は特に変わりはない。ダイアゴン横丁でひと夏を過ごす。

 ファイアボルトという箒を毎日見に行って、教科書を買いそろえたり魔法の練習をしたり。

 

 シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄したことは日刊預言者新聞を購読していればわかった。ファッジ大臣にも言われたが、危険なのは変わりない。

 退屈ではあれど何も問題のない夏を過ごし、再びホグワーツへと行く日がやってきた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 サルビア・リラータは、盧生というものについて考える。

 

 盧生。

 

 サルビア・リラータは急速に盧生というものから興味を失くしていた。それは、この邂逅。ある少女との邂逅が思い出させていた。

 自分と似た少女だ。緋衣南天と彼女は名乗った。

 

 あの場では、単純に柊聖十郎という男が気に入らないがゆえに盧生になるだなどと言ってみせたが、あとになり冷静に考えれば盧生などというものになんの価値があるというのだろうか。

 あの男、柊聖十郎はかつての己である。それはまず間違いない。同類だ、見ればわかる。

 

 ゆえに彼は盧生になろうとした理由もわかる。

 生きるためだ。夢を持ち出し生きる為。

 

 夢を現実に持ちだせる。

 相性の良い神格を召喚できる。

 

 それで? だから?

 

 そんなものに価値はない。いや、あるいは盧生を頂点と据えるがゆえに彼はそこに至ろうとしたのだろうともいえる。

 そう考えるとあの男もまた破綻している。

 

 治療、生きることが目的であるならば、盧生になどなる必要はないのだ。

 眷属という奴にでもなって誰かの下でも生きられれば目的は達成だ。それを己の自尊心(プライド)が許せるか許せないかだけ。

 

 柊聖十郎は目的を間違えている。

 盧生となり生きることが目的。

 

 ああ、それは確かに正しい目的だろう。

 だが、違うのだ。

 

 違う。目的はそうじゃない。

 正しくは、生きるだ。

 

 生きる。生き残る。例えどのような手を使ってでも生き残る。

 それが正しい目的だ。盧生となるなどという言葉は必要ない。

 

 しかし、そうは考えられないのが柊聖十郎。逆十字という人間の性。

 見下すなよ、俺が上だ。

 

 誰よりも強い自負。その強い意志があったからこそ病魔に侵されながら生きることが出来た。

 それは己にも良くわかる。

 

 だが、それでも盧生になることの意義は感じられない。

 

 なぜならば、盧生を頂点と誰が決めたのだ。

 

「つまり、そういうことでしょう」

「ええ、そうよ同類」

 

 そう目の前の緋衣南天という少女は言った。

 

「盧生は、サルビア・リラータが出来ないことができる」

 

 そうそれは紛れもない事実であると彼女自身も認識している。

 柊聖十郎が語った盧生という存在の話からも事実であるとわかっている。

 

 だが、それが事実だとして問題があるのかと目の前の緋衣南天は嗤う。

 

「なにも問題なんてあるわけないじゃない。だって、鳥が空を飛べることは当たり前でしょう? 魚が息継ぎしないで泳ぎ続けられるなんて当たり前でしょう?

 それでイコール私たちよりも格上だなんて頭でも湧いてるんじゃないのあんた。そんなんで私の先輩名乗ってんじゃないわよ虫唾が走るわ」

 

 緋衣南天という少女はそう言って嗤う。

 

 当たり前というのは重要だ。

 例えば、日常的に誰もが銃や剣なんて武器で武装していたとする。

 普通に考えればそれは異常事態だ。明らかにおかしいと言うことができるだろう。現実の常識で考えれば。

 

 しかし、もしそれが当たり前で誰も彼もが銃や剣で武装していることが普通であるのなら誰も疑問を抱かない。

 例えば死人が立って歩くのが日常でそれが普通のことならだれもそれに疑問を抱かないだろう。

 誰もが超能力を持っていれば誰も持っているということに疑問を抱かないはずだ。

 

 だって、それらは当たり前で普通の事だから。

 当たり前は常識的でもあるということだ。

 たとえ、それが現実的に見てどんなに異常事態(フィクション)であっても、当たり前なら誰も疑問すら抱かない。

 

 誰もドラマの中で人が飛んだり変身したりすることをおかしいとは言わないだろう。それが羨ましいとも思う者は少ないだろう。

 つまりはそういうことだ。

 

 盧生が如何に超人であったとして、それは一側面からの話である。

 かつて第二盧生と呼ばれた男が言っていた。

 

――盧生は決して大したものではない。

 

 たとえば、サルビア・リラータが盧生と勝負をして負けるとすればそれは夢だのなんだのの話だろう。

 だが、現実的なステータスで勝負をしたらどうだ。どれくらい負けるだろうか。

 

 否だ。負けるはずがない。

 胸の大きさだとか、背の高さだとか、体重の重さであればサルビア・リラータは勝ちようがない。無論、それは今という現状においてはだ。

 

 将来的には誰よりも美しく成長することは既定事項で微塵も疑っていない。それでも体重の重さでは一生涯勝てないだろうが、それは良い。どうでも良い。

 今のサルビア・リラータは健常である。ああ、認めよう。枷を嵌められながらも健常であることには変わりない。

 

 成長をするだけの時間もサルビア・リラータにはあるのだ。

 そして、それ以外ならばサルビア・リラータに負けはない。

 

 学力、魔法技術、その他ありとあらゆる全て。

 サルビア・リラータは天才である。

 

 ありとあらゆる全てのことなど常人が如何に時間をかけて真剣にやろうとも片手間でやってしまえる。万能の王なども足元にも及ばぬ天才。

 それがサルビア・リラータだ。

 

 この世界の全ては容易い。それだけの才覚を持っている。

 生き残るために病の中で磨かれた天稟は、病の中で磨かれて漆黒に輝いている。

 

 だったら腕力ならどうだ?

 馬鹿か、女に腕力で挑んで何が誇らしいのだと言ってやればいい。女相手に腕力を振りかざす男など今の社会に晒されてみろ。死ぬだけだ。

 

 脚力は? 足の速さは?

 そうね、それで?

 女相手に体力勝負だなんてみっともないと思わないのかと言ってやればいい。

 

 屁理屈じゃないか? 勝負から逃げているですって?

 はっ――。

 

 勝負というものは本質的に同じ土俵に立てるもの同士で成立するのだ。

 男と女。性差ゆえに当然として存在する体格差と筋力差。それがある限りサルビア・リラータを真の意味で同じ土俵に立たせることなど不可能。

 

 これも鳥や魚と同じことだ。どれだけ力が強かろうが、脚が早かろうが、空を飛べようが泳げようが、人間と同じ土俵に立つなど不可能。

 全てがサルビア・リラータよりも劣っていることは事実なのだ。

 

 そして、

 

「私に足りないものはない」

 

 サルビア・リラータに足りない寿命(もの)などありはしない。

 

 その肉体は健常なものになっている。もはや何を慮る必要があるというのか。

 ダンブルドアの枷がある。ああ、それは確かに忌々しいだろう。

 

 だが、ダンブルドアとて無敵ではない。

 

 その魔法技術は確かに強敵だ。それでもサルビア・リラータが克服できぬはずがないだろう。

 盧生になれば勝てる。楽になる。

 

 今にして思えばそれは、

 

「この私が、盧生にならなければあの塵屑に勝てないとそう言っているのと同じだ」

 

 盧生になれば楽に勝てる。

 つまり盧生にならなければ楽に勝てない、あるいは負ける。

 

「――負けるわけない」

 

 そう盧生にならずとも勝てるのだ。サルビア・リラータだ。勝てないはずがない。

 

 百年を生きた魔法使い? 今世紀最も偉大な魔法使い?

 

 知ったことか。

 

「このサルビア・リラータ以上の存在なんているはずない」

 

 そう、存在するはずがないのだ。

 

 誰が万を超える病の中で生き残る為に足掻くことができる。

 誰が万を超える痛みの中で病床を抜け出し足掻くことができる。

 

 誰もできるはずがない。

 逆十字だからこそ。サルビア・リラータだからこそできたことだ。

 

 そこに一点の曇りもない。それこそ最も誇るべき我らが性。

 

「羨ましい? 羨ましがれでしょう」

 

 そう目の前の緋衣南天は嗤う。

 

 そうそうなのだ。逆十字であることを誇れよ、先達共。

 お前ら、誰よりも優れているのだろうが。

 盧生になりたい? ふざけるのも大概にしろ。

 ひよってるんじゃないぞ馬鹿ども。

 

 治療し、癒されればそれでいい。生きることが出来ればいいのだ。

 柊聖十郎がやるべきことは治療の夢を顕象させることだった。

 

 奪う夢ではない。彼自身の手で彼自身の救済を顕象させればよかったのだ。

 

 そのために協力を惜しむものなどいないだろう。それを顎で使えば良い。全てを見下して道具として使ってやればいい。

 感謝? する必要ないだろう。

 

 見下し? そんなもの被害妄想だ。誰よりも優れた天才たる逆十字を羨んでいるに過ぎないのだから。

 

 これを堕落と呼ぶか。あるいは、向上と呼ぶかは人それぞれであろう。

 逆十字としてみれば堕落であるが、人として見れば向上と言えるのかもしれない。

 

 それは良いのだ。彼女にとってはさほど意味のあるものではない。他者から見れば意味のあることであっても彼女にとっては意味のないことだ。

 

「ふん、なんで私がこんなことを。はぁ、信明君ったらどこにいったのよ。役に立てっていっているでしょう」

 

 そんな緋衣南天の呟きは、夢に消えた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 莫大な密度を持った夢がぶつかっていた。

 その密度は異常ともいえる領域。夢界自体を破壊してあまりあるほどの夢の奔流。

 

 その中心で、己の夢を回すのはヴォルデモートに他ならない。

 

 破段を越えて急ノ段。

 

 己の夢を際限なく、ヴォルデモートは回し続けていた。

 その範囲は今や世界の半分にまで達している。

 

 故にその強度は過去最高にまで高まっていた。

 

 交錯する呪文と呪文。

 

 相手の夢もまた何よりも強大だ。

 

 それは人類救済の光。誰よりも強く、誰よりも偉大な男の夢が今まさにヴォルデモートを食いつぶさんとその圧倒的な覇気をぶつけてくる。

 杖を振るえば山が砕ける。凄まじい杖捌きに風が巻き起こり、ただそれだけでヴォルデモートの配下の魔法使いたちを戦闘不能へと落としていく。

 

 これが今世紀最強の魔法使いの実力だった。

 否、こんなものではない。ただ杖を振っただけだ。その真価はその先にある。紡がれた極大の魔法がヴォルデモートを襲う。

 

 その魔法は単純な引き寄せ呪文だ。だが、引き寄せたのは月だ。ここが夢であると初めから理解していたダンブルドアの判断は非常に合理的だ。

 何を利用しても現実に被害がない。

 

 であれば、ヴォルデモートを滅することに躊躇などあるはずもなし。

 

「アルバス・ダンブルドア――!」

 

 月が降ってくる。そんな天変地異規模の魔法を前にヴォルデモートがひくはずもない。

 己の自負と共に杖を握り締め、呪文を構築し魔法を放つ。

 

 ダンブルドアの攻撃をいなし、振ってくる月を消し飛ばす。

 そんなものはまだまだ序の口であったと知るのは直ぐだ。

 

「行くぞい」

 

 ダンブルドアが言ったその瞬間には彼の姿は空中へと浮かんでいる。そして降り注ぐ岩の槍。砕かれた月の破片は彼の莫大なまでの魔力と創法によって槍へと変化し圧倒的な咒法によってヴォルデモートに当たるまで飛翔する。

 ただ一人の槍衾。当たれば最後、全身を穴だらけにされるだろう。

 

「俺様は、逃げん」

 

 だが、ヴォルデモートは一歩たりとも退かない。

 

 咒法の散にて広げた妨害魔法。同時に広げる解法によって相手の魔法を解いていく。

 やっていることは単純であるが高速飛翔する槍を躱しながら、その一個一個を解いていくのだ。

 

 並大抵のものではなくまさしく絶技と言える。

 

 ゆえに、

 

「まだじゃぞ」

 

 飛翔する守護霊。不死鳥の守護霊がヴォルデモートへと飛翔する。

 

 創法による掛け合わされた実体の守護霊。その性能は一時的であるが、盧生の第六法と呼ばれる力にまで匹敵する。

 槍と不死鳥。

 絶体絶命。誰もが敗北を想起する。

 

「――まだだ」

 

 だが、ヴォルデモートには、闇の帝王としての自負がある。

 負けるわけにはいかない。己こそが、誰よりも優れた魔法使いだ。

 何より、救わなければならない。この魔法界も、この世界も救わなければならない。

 

 病で、全てを救うのだ。

 

 ゆえに、ここで立ち止まる道理などありはしない――。

 




ハリーは三年目へ。
サルビアは、盧生病治癒の為に緋衣セラピーへ。
ヴォルデモートは超絶阿頼耶さんによる強化を施されたダンブルドアとの対決。

そろそろね、殴り合いというか魔法なしの近接戦闘が書きたくなってきた。
ダンブルドアとヴォルデモートの殴り合いにさせようかと思ったけど、こいつら蛇とか不死鳥のスタンド背負っての魔法合戦しか出てこなかった。

ハリーが殴り合いするのはまだ先だし、ロンさんにはもっと逆襲させたいし。
ハーマイオニーとサルビアの殴り合いでも書くか。
盲打ち不思議ちゃんの活躍か、英雄クラムか、辰宮フラーか、三千倍ルーピンか、幽雫ネビルか、バジリスクセージの奮闘記か。

色々書けそうだけどやめとこう。うん。


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第61話 思想

 降り注ぐ閃光。

 爆裂する大魔力。

 夢と魔法の相乗によって、地形と空間が歪み世界がひび割れていくほど。

 

 魔法と夢の応酬。それこそがヴォルデモートとダンブルドアの話し合いだ。

 

「トムよ、お主は一体、何をするというのじゃ」

「愚問だな、ダンブルドア」

「ならば止めるほかない」

 

 言葉と共に千の魔法が紡がれる。アルバス・ダンブルドアの背後に浮かびあがる砕けた月の欠片はその姿を万の兵士に変えている。

 殺到する兵団。彼が杖を振るえば、軍団はまるで生き物のようにダンブルドアを頭とした一個の生命体としてその一撃を繰り出していく。

 

 その数三万。その重さ、単純な足し算とはなりえない。そこにあるのは非常なまでの乗算だ。全てを圧殺する莫大な意思がそこにはある。

 超常の魔法。ありえざる範囲にまでダンブルドアの手は届いている。その規模、世界の半分。その全てを己の領域としながら、極一点にその威力を集中させている。

 

 そして、今も目の前の敵を倒さんと天候を変えるほどの魔力を練り上げている。

 彼こそ今世紀最大にして最高の魔法使い。最強。その名こそが真実。

 阿頼耶の海にて誰もがそう願っている。そう思っている。

 

 偉大なる人。ゆえに、その力は現実を超えて、全盛期すら超えて最強。

 

 それに対するヴォルデモートは当然ながら苦しむことになる。世界の半分が相手の領域ならばその半分はどうか。ヴォルデモートの領域か?

 答えは否だ。彼の支持者などそこに転がっている死喰い人だけに過ぎない。

 

 狭いイギリスの中のほんの一握り。ただそれだけが彼の支持者なのだ。

 

 夢の対決。とりわけ、ここまで高度な夢の対決になると個人だけの優劣では勝敗が付かなくなってくる。

 なにせ、ダンブルドアとヴォルデモートの夢は互いに賛同者を募ることによってその力を増すという類のもの。

 

 いうなれば選挙という奴だ。

 賛同者が多ければ多いほど力が増していく。そして、現状世界の半分はダンブルドアへと傾いている。

 それも当然だった。

 

 ダンブルドアの夢は単純も明快。ヴォルデモートを倒すというもの。それに賛同するのであれば、ダンブルドアに力は力を増していく。

 ただ一人を倒すという為だけに紡がれる夢。効果は単純で協力強制の難易度も低い。

 

 それはヴォルデモートの所業もある。彼がかつて犯した罪の数々。その爪痕は今も色濃く残っている。その恐怖は今も残っている。遍く三千世界にヴォルデモートの悪行は伝わっているのだ。

 ゆえに、ダンブルドアの賛同者は夢の力が範囲を広げる度に加速度的に増えていく。それと共にダンブルドアの力は増していく。

 

 では増え続けるダンブルドアの賛同者と比べてヴォルデモートはどうかと言われれば賛同者は一向に増えない。

 

 彼の思想の骨子にあるものは、未来を見たことによって変動している。

 

 自分の望む通りの夢を見るが良いさと語ったのあの声のままに、見たいものを見ていた。

 だが、その結果、ヴォルデモートが直面したのはどうしようもない絶望であったのだ。

 

 純血主義による魔法界の滅び。ヴォルデモートを滅ぼさんと数多くの者が団結し、その尽くを打ち破ったあとに残ったのは、何もない荒野だった。

 不完全な■■■では、完成していない■■■では真に望むままを描くことはできない。夢ではあるが、■■■が漂う阿頼耶の影響を深く受ける。

 

 つまるところそれは歴史シミュレーションだった。ただ設定がヴォルデモートが望む通りの設定になるだけ。初期設定だけ整えた歴史シミュレーションの全ては魔法界の消滅、魔法族の終焉で幕を閉じる。

 何度やり直しても、何度条件を変えても。

 

 ヴォルデモートが望む、魔法族だけの完璧な魔法界というものは成立しない。必ず滅び消える。

 その様相は様々なだ。ヴォルデモート本人による自滅。

 近親婚による遺伝子異常による魔法族の限界による自然絶滅。

 

 他にも多くの破滅があった。

 

 試行回数が数万を超えた時、ヴォルデモートはついに悟ったのだ。

 スリザリンの思想では、魔法界は潰える。純血主義の限界をヴォルデモートは悟った。

 ヴォルデモートは嫌でも悟ったのだ。己の間違いを。

 

 そして、己の身に宿る病に救いを見出した。

 

 病があることによる苦しみ。それに抗うことによって磨かれていく才能と生の輝きを。

 苦しみこそが人を輝かせる。病こそが、人に気づきを与える。だからヴォルデモートは誰も彼もを病にしようとしている。

 

 ゆえに自分は、病になりたいもの、病を尊重する者たちの憧憬を――。

 

「――いや違う。そうか。そうではない。俺様は――」

 

 その瞬間、ヴォルデモートの支持者が膨れ上がる。

 

「なんと」

「そうだ、違う違う違う。憧憬ではないのだ」

 

 起きたのは夢の反転。

 

 結果は見ての通り莫大な支持者が生まれた。

 

 この身は闇の帝王。憧憬を得られる存在であるはずがない。

 受けるべきは反支持。

 

「そうだ、気がつけ」

 

 人間はどうしても比べるものがなくてはその値打ちがわからない生き物だ。

 

 健康な時は身体の存在を忘れるほど、外に意識を向けることができる。

 それだけに健康の有り難さも忘れてしまう。しかして病気の味を知らなければ健康の味はわからない。

 

 ゆえに病を与える。

 気がつけ、生きる喜びを。

 気がつけ、世界の美しさを。

 気がつけ、救いは生の中にあるのだ。

 

 死ではなく病を与えるのは、気づいてもらうため。

 死は救いではない。

 生きることにこそ救いがある。

 人は比べられないと価値がわからない生き物だ。

 ゆえに病になれ。

 健常の喜びに気が付くために。

 生きることの救いに気が付くために!

 

 それこそがヴォルデモートが提唱する(キボウ)にして人間賛歌。

 

「俺様を嫌悪しろ。それが、俺様を支持するということだ」

 

 ゆえにここに真なる五常楽急ノ段が顕象する。

 

 盧生は人類の代表者(ヒーロー)である。支持を得られることでその力を増す。

 だが、ヴォルデモートは悪である。

 

 ゆえに、その支持とは嫌悪であるべきだ。

 それでなお、彼は人類賛歌を謳うのだ。

 

 病は救い足りえる悪魔の祈りだ。

 

 だからこそ、彼は盧生足りえる。

 いわばダークヒーローというところか。闇の英雄。まさしくヴォルデモートが冠するにふさわしい名に違いない。

 

「行くぞ、ダンブルドア!」

「来い」

 

 これでようやく互いが同じラインに立った。

 ここから先勝負の行く先を決めるのは互いの支持者の総数と、彼ら自身の技量だ。

 現状、総数はほとんど同数といってもいい。

 

 なぜならばヴォルデモートの支持者とは即ち彼を嫌悪する者たちだからだ。

 人は誰しも嫌悪感を抱かずに生きてはいない、あのダンブルドアでさえ嫌悪感は抱く。

 

 病とはそういうものであり、そういう嫌悪して遠ざけようとすればするほど(アクマ)はやってくるのだ。

 忘れるな、ここにいるぞと。

 

 日常の大切さ、健常の尊さ。生きることの救いとはどういうことかを教えるためにヴォルデモートという勇者(ろせい)は病を振りまく。

 それに対して忌避するということは病を忘れるということ。

 

 忘れさせない。そう思えばこそ夢は回る。互いに協力強制へと嵌るのだ。

 現状同数。なぜならばダンブルドアの支持者と彼の支持者は同一であるからだ。

 これより先は本当に自力と意思の強いほうが勝つ。

 

 えてして夢というのはそうものだ。どれほど幼稚な空想に命を賭けられるか。行ってしまえばそういう覚悟を競うのが邯鄲での戦。

 ゆえに互いに冗談のような魔法がぶつかり合う。

 

 まず動くのはダンブルドアだ。

 

 握りしめた最強の杖を振るう。そこに迷いはない。ヴォルデモートを倒す。それだけに今を賭けているのだ。

 魔法使い同士の夢の競い合いとは夢の技だけでは優劣がつかない。いかに魔法と夢を合一させ扱うか。それが魔法使いの邯鄲における戦いの神髄。

 

 一つの魔法に三つの夢を重ねるもよし。複数の魔法に複数の夢を重ねてまったく新しい魔法を作り出してもいい。

 ともかく、夢だけでなく魔法の熟練度も競うのだ。

 

 夢という一面で見ればヴォルデモートの方が数段格上といえる。

 盧生候補という身である以上に、夢で培った熟練度が違う。この階層まで夢を下ってきたことによる試練によってヴォルデモートはすでに十分なほど夢の行を行ったといってもいい。

 

 それだけに夢の熟練度という意味合いにおいてはダンブルドアよりも数段上だ。たとえ阿頼耶の後押しがあり、夢というものがどういうものかを理解させられた一夜だけの泡沫の存在であるダンブルドアであってもかけた時間による理解度の差によって夢の熟練度は数段の差を示している。

 だが、戦闘という局面で見れば有利なのはダンブルドアだ。どれほどヴォルデモートが巧みに夢と魔法を組み合わせ綺羅綺羅しい輝きを放ったとしてダンブルドアの鋭い杖さばきがたやすく反対呪文を繰り出す。

 

 炎には水を、水には炎を。反対呪文は現実の相性を超えて作用する。反対呪文はぶつければ消滅する。それが魔法のルール。

 現実においては炎が水を蒸発させることがあるが、この魔法において反対呪文をぶつければ即座に呪文は効果をなくす。

 

 どれほど呪文を解法によって隠したとしてもダンブルドアは自らに直撃するそのコンマ数秒のうちに反対呪文で相殺を行う。

 すさまじい技巧。まさに絶技といえる杖捌き。そこに感じるのはただひたすらに磨き上げられた最高の魔法使いとしての年月が感じられる。

 

 これがヴォルデモートが不利な理由の一つ。

 

 魔法と夢の掛け合わせ。それは足し算ではない。乗算なのだ。

 

 大きい数字を同士をかければそれだけ大きな数字となる。それは片方が小さな数字であっても、片方がそれを関係ないと言い張るほどに巨大であれば何ら問題はない。

 つまりはそういうこと。ダンブルドアの魔法の技量はこの場に限りヴォルデモートを大きくしのいでいる。

 

 夢という空間。普遍無意識において構築されたダンブルドアは正しく今世紀最大にして最強の魔法使いとして顕象しているということ。

 それだけではない。

 

「――――」

 

 戦っているヴォルデモート自身がダンブルドアには及ばないと思っている。

 今現在戦って勝つと意気をたぎらせていようが、無意識はこう思っている。

 

――アルバス・ダンブルドアは自らと同等。いや、しのぐのではないか。

 

 闇の帝王としての自負は確かにある。自らこそが最強であるという自負が確かにある。

 だが、ならばなぜ自分は学生時代、ダンブルドアに対して力を行使しなくなった。

 

 ヴォルデモート卿が唯一恐れたもの。それが彼。誰よりも彼の偉大さを認めるがゆえに、戦闘は大きくダンブルドアへと傾いている。

 

 バジリスクを模した悪霊の火を放つ。強烈な衝撃波をまき散らす大破壊魔法を行使する。

 

「――――」

 

 しかし、それすらもダンブルドアは防ぎきる。

 

 ここにきて彼は夢の熟練度すら引き上げてきていた。

 

「ここで、おぬしを止められるのであれば、死んでもよい」

「く――」

 

 夢は覚悟を問う。

 

 己の死すらも冷徹に計算に入れてこの先を見据える。

 ヴォルデモートを倒せばそれでいい。そのあとはハリー・ポッターがいる。己の意思を引き継ぐ生徒たちが、教員たちがいる。

 

 ゆえに、たとえここで死んだとしても何を躊躇う必要があるのか。

 

 大地を割るほどの強力な切断魔法が行使される。ヴォルデモートが浮遊しそれをかわせば、引き裂けた大地からマグマが噴出する。

 その熱量すべてを瞬時に圧縮したダンブルドアはそれをヴォルデモートへと放つ。

 

 それを躱そうと上空へ逃げるヴォルデモート。

 

「逃がさぬよ」

 

 容赦なくダンブルドアは咒法の射を掛け合わせ圧縮した熱量をヴォルデモートへと飛翔させる。

 

 いや、そこにさらに創法が加わる。形によって形作られる守護霊。その莫大な熱量をまとえば真なる不死鳥として飛翔する。

 いかに逃げようとも複数の魔法、複数の夢を組み合わせた不死鳥から逃れられる者はいない。

 

 恒星のごとき熱量の不死鳥が舞う。

 

「――まだだ!」

 

 だが、ヴォルデモートはあきらめない。

 逃げられないのであれば迎え撃つ。

 

 プロテゴと死の呪文を散で広げ、そこにありったけの解法を流し込む。死の呪文をまとった盾。当たれば最後、解法と死の呪文によって究極まで高められた解体性が夢を破壊する。

 

「そうするじゃろうと思っておったよ」

 

 ゆえに、ここにはもう一つの夢が重なっていた。

 

「オオオォォォオォォオオオ――!?」

 

 それは解法の透。ダンブルドアが最も秀でる資質であった。もとは守護霊という実体のない存在を核とした魔法だ。

 解法で透過させることなど容易い。高い解法資質が可能とした妙技。

 

 不死鳥は盾に当たる瞬間に、盾をすり抜けヴォルデモートへと直撃した。三千度を超える超高熱がヴォルデモートを襲う。

 だが、ヴォルデモートも負けてはいない。

 

 その瞬間、超高熱に耐えられる障壁を創形する。極限においてコンマ一秒も掛からない創法は、しかし完璧な精度をもって破滅を防ぎ切った。

 

「終わりじゃアクシオ」

 

 だが、そこに告げられる終わりの言葉。

 

 使用されたのは引き寄せ呪文。引き寄せられるのはこの空に浮かぶすべての天体。

 

 太陽、水星、金星、ありとあらゆる惑星から、隕石まで。

 ありとあらゆる星々が今ここに向かって降り注ぐ。

 

 文字通りの星の一撃。

 

「ダンブルドアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 そんなものを防ぐ手立てなどなく――全ては白へと染まった。

 




ヴォルデモートVSダンブルドアをお送りいたしました。

ダンブルドアが強くない?
A.阿頼耶の後押しと普遍無意識において誰もがダンブルドアが最高にして最強の魔法使いという者が多かったためにそのように顕象しているからです。

まあ、これによってダンブルドアが闇の軍勢がなにやら大変なことやってんじゃね? ということに気が付くのでよいでしょう。
一応、言っておくとあんな星落とししてるダンブルドアは本物じゃないですからね? あくまでも夢存在ですからね。
ダンブルドアの意識はあれど、夢を見ているだけですから。現実であそこまでのことできません。

さて、次回はハリーでさっさと三年目終了させて四年目へ行きたい。
サルビアは八命陣キャラとの邂逅を行って自らのルーツへ迫ることにしましょう。
まあ予定は未定ですが。
ではまた次回。


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第62話 第一試練・夢

 三年目。夢においての三年目は、現実とは大きな違いはさほどない。いや、あった。何者かによるホグワーツ襲撃がなかった。

 あとはマルフォイが余計なことをしてバックビークを処刑しようとした。

 それから、シリウス・ブラックが無実で、本当はロンのネズミのスキャバーズ――ピーター・ペディグリューが犯人だったということ。シリウスがハリーの名付け親だということを知った。

 

「ねえ、ヘル。なんとか、ならなかったのかな」

 

 ハーマイオニーの逆転時計を使ってバックビークとともにシリウスを逃がした。

 飛び去っていく彼を見ながら、ハリーはヘルへと話しかけていた。

 

「さて、何が正しいのかはわからないが、おまえは今日失われるはずだった二つの命を救った。これは事実だ。ハリー、おまえは命を救ったんだ。彼らが生きて、素晴らしい時を生きる時間を作った。私は、誇っても良いと思う」

「うん、そうだね」

 

 シリウスとバックビークの命を救えた。夢だけど、大切なことを知れた三年目だったといえた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その日は、ホグズミードへと皆が出かけていた。フクロウ試験に向けての勉強の一時の疲れを癒やすために許可がある生徒はみなホグズミードへと向かっていた。

 サルビアは相変わらず居残り組である。

 

「…………」

「…………」

 

 寒さがやってきたホグワーツ。サルビアは暖炉の隣といういつものぬくぬくポイントに居座っていると隣にハリーが座ってきた。

 この数か月で、彼は何かが変わったかのようである。まるで数年、年齢が先行でもしているんじゃないかと思うほどだ。

 

「なに」

「なんでもないよ。ちょっとね」

「そう」

 

 最近、ハリーはサルビアの隣に来ることが多い。過剰なほどだ。うっとうしくてかなわないが今考えるべきことはない。

 至上命題はすでに解消してしまっている。この隣にいるハリーとかいう塵を守る限りダンブルドアは何もしてこない。

 そうつまるところ、目的が今のところないのである。ふくろう試験など何もしなくても問題ない。サルビア・リラータが普通レベルの魔法使い試験で躓くなどありえないのだ。

 

 ただし、相変わらず眠りたくない日々だ。眠ればうっとうしい何かがやってくるのだ。入れ代わり立ち替わり、何かがやってくる。

 

「…………」

「どこいくの?」

「別に、散歩よ」

「……わかった」

 

 前ならついてくるとか言っただろうが、ハリーはそういわなかった。これも大きな変化といえる。

 

 サルビアが向かったのは必要の部屋だ。

 

「おい、セージ」

 

 呼べはすぐにバジリスクのセージはやってくる。

 

「何かあったか――そうか」

 

 何もない。今年もホグワーツは平和だという。

 

「サルビア」

「なんの用だ、ダンブルドア」

「もはや隠しもせんのぅ」

 

 必要の部屋の中にダンブルドアが立っていた。

 

「まさかまだバジリスクが生き残っておったとはのう」

 

 ちらりとセージを見てすぐに視線を逸らすダンブルドア。セージは警戒するようにダンブルドアを睨み付けている。

 

「不本意だけど私のペットよ」

「生徒のペットであれば、何もできんのぅ」

「白々しい、目的を話しなさいよ」

「そうじゃ。先日、夢を見てのぅ」

「世間話ならよそでしなさい」

「これこれ、話は最後まで聞かんか。どうにもなヴォルデモートが何かをしておるようなのじゃ」

 

 それがどうしたとサルビアは思う。ヴォルデモート如きがサルビア・リラータに及ぶわけもない。足りないものなどないのだから。

 

「それで、何が言いたい」

「ヴォルデモート卿がどこにおるか探り、それを滅ぼすことなどサルビアには容易かろう」

「ふん、くだらない挑発だな。良いだろう。ヴォルデモート、私が滅ぼしてやる。だが、その暁には、わかっているな」

「ああ、わしの命でもなんでもくれてやるわ。本当にヴォルデモートが滅ぼせたのであればな」

「出来ないはずがないだろう。このサルビア・リラータに。私に足りないものなどないのだから」

 

 そして、この日、サルビア・リラータはホグワーツから姿を消した――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 四年目。大きな違いは石神静摩という人間がいないということと、ハリーが代表選手に選ばれたことだった。まさか自分が選ばれるなどとは思いもせずに

 

 試練の日。第一の試練がドラゴンであることは、代表選手の間では周知の事実だ。

 昨夜あの場に一人連れて来られなかったセドリックにもそれとなく伝えられている。

 試練ではライバルとはいえどホグワーツの代表である。彼が一方的に不利なることはハリーも望まない。ロンがそうであったように。

 

 そんなことよりも酷いことがある。

 杖調べの日に行われたリータ・スキーターによる代表選手の取材の記事だ。その記事は取材を行った四日後に発行された。

 

 内容はとにかく酷い。そうとしか言いようがないようなものであった。無論、記事に関して何も嘘は言っていない。

 ある意味では聞いたことを聞いたまま載せていると言っても過言ではない。ただその規模が遥かに巨大になっているだけである。

 

 彼女の記事はとにかく巨大だった。嘘はついていない。ただし、巨大に誇張している。

 どれほど些細なことであろうともそれが主張の主題、彼の本心であると巧みに記事にしてみせたのだ。

 

 代表選手全員にそれが当てはまるが、特にハリーを出汁にしてダンブルドアやバグマン、クラウチなどの審査員にして企画者たちへの攻撃が記事の九割九分九厘を閉めていた。

 一人だけ下級生であり、ハリーが迂闊にもできることなら参加したかったという発言を利用してあることないこと書いて、そこからダンブルドアへの責任の追及へ。

 責任問題を全ての者に広げてから、まったく別の話題を巧みに混ぜてダンブルドアを絶妙に批評。そこで自分の著書を宣伝することも忘れないマスゴミの鑑だった。

 

 何とかするには見返すしかないだろう。やる気は十分だ。ロンがやった。なら自分もと。

 

「ふぅ」

 

 それでも緊張に押しつぶされそうだった。緊張を紛らわせようと周りを見ている。

 フラー・デラクールは『魅了呪文』がうまく目に当たりますようにとぶつぶつ祈っており、クラムは腕を組んで目を閉じていて、セドリックは杖の確認をしていた。

 

 皆がそれぞれのことに集中しているのを見て、ハリーはより若干焦る。うまくいくとは思っているが、どうなるかはわからないのだ。

 

「ハリー、いる?」

「大丈夫?」

 

 そんな時だ、背後から声がする。ここはテントだ。誰かが外で名前を呼んだ。

 テントの隙間からはロンとハーマイオニーの姿があった。

 

「ロン、ハーマイオニー」

「心配で見に来たの、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 心配そうなハーマイオニーに向けて気丈に答えてみるが、顔色も微妙に悪く大丈夫には見えない。

 ハーマイオニーは、それに何かを言いかけて、

 

「ハリー、頑張ってくれよな。ドラゴンになんて、負けるな」

「ああ」

 

 ハリーはロンと二人でドラゴンを見に行った。あの時と同じに。

 いつの間にか脚の震えは止まっている。きっとやれる。やるだけのことはやった。友達が見てくれている。ならきっと大丈夫だ。

 

「素敵ざんすわ」

 

 その瞬間、冷や水がかけられた。

 そこにいたのは、リータ・スキーター。

 

 その登場に三人は表情を険しくする。彼女の本性、彼女がやったこと。それは余さず知っている。

 だからこそ、この場で一番見たくなかった女だ。

 

「帰れよ!」

「あらん……別にいいざんしょ、誰もが知りたいことを広めること。それこそがあたくしの使命ザマス。だから、色々と取材させて――」

 

 そう言おうとした瞬間、圧力がリータ・スキーターを襲う。

 目の前にいつの間にかビクトール・クラムが立っている。鍛えられた体躯はリータ・スキーターを見下ろしている。

 

 怒りという名の圧力が彼女を襲う。

 

「ここヴぁ選手関係者以外、立ち入り禁止のはずだ。友達は例外だがな。出ていけ。不愉快だ」

 

 鋼の肉体には鋼の精神が宿る。圧倒的なまでの覇気。

 しかし、それをうけてなおリータ・スキーターは不敵な笑みを浮かべている。学生にはやられないそんな大人としての自負だろうか。

 

 それも良いだろう。だが、

 

「ダンブルドアを呼ぶぞ」

「――チッ」

 

 クラムの言葉にリータ・スキーターは露骨に舌打ちした。

 ダンブルドアにバレるとまずいのだろう。彼ならば、子供の心を護るためという理由で一切の取材を認めず出入り禁止を言い渡すことくらいやる。

 

 それは彼女の望むところではない。彼女は引き際を知っている。肩をすくめて、彼女は退散した。

 それと入れ違いにやってきたのは、ダンブルドアとクラウチだ。

 

「選手諸君。競技内容を発表する」

 

 ダンブルドアがそう宣言する。ハリーとハーマイオニーの存在は黙認するようだった。

 

「選手諸君らには、まずこの袋の中にあるミニチュア模型を手に取ってもらう。それが君たちの戦う相手じゃ」

 

 ダンブルドアの言葉と共に、クラウチが持っている袋がフラー・デラクールの前に差し出される。

 

「レディファーストだ」

 

 開けられた袋の口からはなにやら小さな鳴き声が聞こえ細い煙がゆらゆらとあがっている。

 何が入っているのか想像したくない。ミニチュアなのだろうが、魔法使いのミニチュアなんてものが大人しいわけないのである。

 

 それを察してフラー・デラクールは少し笑顔を引きつらせながらも、なんとか余裕の表情を取り繕い袋にその手を滑り入れる。

 

 手を袋から出せば小さなドラゴンがその手の平に乗っていた。

 それは緑色の鱗を持つ竜。吼え声はどこか音楽的でもあり、時折吐く炎は細く噴射するように吐いていた。

 

「ウェールズ・グリーン普通種。臆病な種だが、今回もそうとは限らんぞ」

 

 クラウチが脅し文句のような言葉を残す。それから次にセドリックへと袋を差し出す。

 セドリックも少しばかり顔が引きつり気味ではあったが、それでも堂々と袋に手を突っ込み、ミニチュアドラゴンを引っ張り出した。

 

 現れたのはシルバーブルーの鱗。ミニチュアが小さく吐いた炎は、青く美しいものだった。

 

「スウェーデン・ショート‐スナウト種。美しい炎に見とれていると焼かれるぞ」

 

 クラウチは次に、クラムのもとへ近づいて袋を差し出した。

 

「チャイニーズ・ファイヤボール種。まさに東洋の神秘だな」

 

 奇妙な形をした深紅の鱗を持つドラゴンが、クラムの手の平の上でとぐろを巻いていた。鱗は深紅で、目は飛び出して、獅子鼻。

 まるで蛇のようだが、長い胴体のところどころに生えた手足と黄金に輝く角が竜種であることを主張している。吐く炎はキノコ型。

 

 だが、とうのクラム本人は短く鼻を鳴らしただけだ。ただ黙って自分の元居た場所へ戻る。 

 何が在ろうとも勝つのは己だという強い自負が感じられる。

 

「さあ、最後だ」

 

 といっても残り一匹。そして、最後の一匹をハリーは知っている。

 

「ハンガリー・ホーンテール種だ。一番凶暴だ」

 

 ハンガリー・ホーンテール。その名の通り、ハンガリーを原産地とするドラゴンであり鱗は黒く、目は黄色、角はブロンズ色のドラゴンである。

 炎は最大15mまで吐けることが知られており、尾からブロンズ色の棘が生えている。

 

 奇しくもロンも戦った相手。

 

「――――」

 

 相手にとって不足はない。むしろ望むところだった。

 

「僕だってやれるんだ」

 

 ロンのように真正面から戦っても良い。けれど、ハリーはハリーらしくやるつもりだった。得意分野。つまり、箒での勝負だ。

 

「競技内容はこうじゃ。各々その手の中にいるドラゴンが守る金の卵を手に入れること。

 無論、彼奴らとてタマゴを奪われそうになれば抵抗くらいする。それを潜り抜けて出し抜いて、どれほど鮮やかに金の卵を手中にできるかが問われる競技なのじゃ」

 

 知っていた。だから対策も十分だ。

 

「諸君らの無事と健闘を祈る。大砲が鳴ったら呼ばれた者から行っ」

 

――ズドン。

 

 気の早い誰かが大砲を鳴らしたようだ。ダンブルドアの話を遮るかのように大砲が鳴った。

 大音量と共に観客となった生徒たちの歓声があがる。

 

 肩を竦めたダンブルドアは、

 

「最初はフラー・デラクール嬢からじゃ」

 

 いよいよとなったフラーの顔色は悪い。彼女は何度かロケットの中の写真に祈ると、意を決した顔でテントから出て行った。

 それから何やら歓声が響いたり悲鳴が響いたりしながら、試合は進んでいく。セドリック、クラムと続きついにハリーの番が来る。

 

「良し、勝つぞ」

 

 そう息巻いて、会場へとである。

 そして、ホーンテールを見た。

 

『GRAAAAAAAAAA――――!!!!』

 

 咆哮がハリーを直撃する。黄色の瞳がハリーを射ぬく。

 

 呼吸が止まる。恐怖で。

 息を吸っても、吐いても、空気が肺に入って行かない。苦しさを感じる。息をするという生物が普遍的に行う呼吸が止まって、苦しくない生き物はいない。

 視界が、歪む。我知らず喘いで、強烈な眩暈がハリーを襲う。

 

 それを頭を振って振り払う。

 

 ――負けるもんか!!

 

「アクシオ!!」

 

 ハリーは己の箒を呼んだ――。

 




おそくなって申し訳ない。いろいろとあったり、色々とやったいりしてました。

ハリーによるホーンテール戦。まあ、映画通りなんで省略などしつつ第二試練、第三試練とやっていきつつお辞儀と相対です。

そして、サルビアはホグワーツを去ってヴォルデモートを倒しに行くそうです。


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病みの帝王
第63話 落日


 ホグワーツを出るというのは、実に清々しい気分にしてくれた。塵屑どもに合せずとも済むというのは実に実に気分がいいとサルビアは思い自然と笑顔になる。

 だが、あるものが視界に入った途端にその笑顔も消え去り憤怒のそれに変わる。サルビアの視界に入ったのは一羽の鳥だ。

 

 美しい鳥。この世のものとは思えぬほどに美しい鳥の名は不死鳥。忌々しくも不死というものを体現し、生まれ変わりながら永劫を生き続ける火の鳥だ。

 ダンブルドアが寄越した監視役なのは一目でわかるが、鬱陶しいことこの上ない。その上、気高いのか、誇り高いのか、それともサルビアなんかに触らせたくないのか、羽根も触らせてくれない。

 

 だからサルビアはこの鳥が心底嫌いだった。いっそ連れて来たセージに食わせてしまおうかとも思うのだが、そんなことをして悲願の健康を奪われでもしたらたまったものではない。

 さっさとヴォルデモートを倒し、首輪を外して真の自由を満喫して生きるのだ。そのためにもこの不死鳥のフォークスは殺せない。

 

 それにもったいないとも思ってしまうのだ。不死鳥だ。その不死の秘密はぜひとも知りたいもの。それを応用して自らに適応できれば自らは不死になれる。

 面倒なのは、生まれ変わりによって赤ん坊からスタートということだが、そこはどうにか変えればいいだろう。無理ならセージにでも世話をさせればいい。

 

 そんなことを考えながら、どうやったらその秘密を調べる為にフォークスを触れるだろうか考える。そんなサルビアの思考を知ってか知らずか地下を掘り進んででもサルビアについて行っているセージはというと蛇では感じ得ない悪寒のようなものを感じていた。

 

(――――!!)

 

 それが何かはわからないが、もう少し頑張って役にたとうと決意し、セージはひたすら地下を掘り進みサルビアへとついて行くのであった。

 

「さて、勇んで出てきたは良いけど……」

 

 まずは情報がほしい。ヴォルデモートが復活したという情報は頭のイカれた糞爺(ダンブルドア)からもたらされたものだ。信用には値しない。

 だが、一年生の時、ヴォルデモートがひっそりと生きていることを知った。生きているのなら、つまり死んでいないのであれば復活する手段などいくらでもある。

 

 そう闇の知識にそれはある。ゆえに、ヴォルデモートは少なからず復活しているか、復活しかけていると考える。

 問題はその居場所だ。どこへ向かえばいいのか。まずはそれを知る必要がある。ゆえに、向かうのはまず自らの屋敷だった。そこにあるひとつの知識を求めてそこへ向かう。

 

 だが、今現在ここにひとつ問題が残っていた。

 

「どうしてここにいるのかしら」

 

 反響音を飛ばしてその存在を捉える。否、そんなことすらする必要などなかったが、それでも必要なプロセス。相手もまた同じことができるゆえに発見されたということがわかる。

 だから、今見つけたという茶番(プロセス)が必要なのだ。

 

「ば、バレてた?」

 

 物陰から現れたのはロン・ウィーズリーだった。ホグワーツを出て来た時からついてきていることはわかったが、気にする存在でもないために放っておいたがセージが鬱陶しく指摘してくるので仕方なくかまってやることにしたのだ。

 

「ええ、 バレてるわよ。バレバレよ。それで、私に何か用かしら」

「どこに行くのかと思って」

 

 心配でついてきたと彼は言った。何を言っているんだこいつはと呆れる。心配? 思い上がりも甚だしい。他のごみよりも多少利用価値が出て来ただけの分際で何を言っているのだろうかこいつは。

 だが、ヴォルデモートを相手にするにあたって負けるつもりはないが、もし復活しているのであれば彼のしもべである死喰い人が邪魔ではある。

 

 路傍の石如きにかかずる気もない。ならば、こいつに相手をさせるのもいいのではないだろうか。名案であるが、こいつにそこまでやれる力はない。

 盾にすらならない塵屑、星屑の分際で、栄光に唾はきあらゆる全てを零落させる狼になった気でいる。事実才能はあるのだ。

 

 この男、どういうわけか衰え呪文に関してはありえないくらいに秀でている。他が軒並み駄目なくせに、衰え呪文その一点においてはすさまじい精度と威力を持っているのだ。

 そして、本気になったときの発想と思い切りの良さは、塵屑の中でもかなりマシな方。手ごまにするなら(ハリー)よりもこちらの星屑(ロン)の方がよいと思う程度には役に立つかもしれない。

 

 だが、それならまだ役立っていた屑(ハーマイオニー)の方が良いだろう。あれはサルビアに及ぶべくもないが才能がある。マグルのくせしてあらゆる魔法を平均的に使いこなす。

 能力値に不足はなく、あらゆる面で優秀というまさしく秀才だ。それでいて吸収する意欲も高い。

 

 ――まあ、私ひとりで充分だけど。

 

 だが、すべてはそこに行きつく。サルビア・リラータに不可能はなく、彼女以上の存在など存在しない。その自負は何があろうとも変わることはない。

 あらゆる面で横道にそれたこともあるが、生きると言う至上命題も達成できるだろう。初志を貫徹する。そのために、今糞の要請を受けて糞《ヴォルデモート》を殺しに行くのだから。

 

「まあいいわ。どこに行くかはこれから決める。それより……そこにいるもうひとり」

「フォイ!?」

 

 放射線の光剣(ガンマレイ)を軽く振るってやって物陰から追い出す。

 

「マルフォイ!?」

「こんなところで何をしているのかしら」

「そこのウィーズリーと同じさ。君たちが出ていくのが見えたからね。良いのか、校則違反だぞ」

「校長の許可はとっているし、そもそも私が出ていくのは校長からの依頼よ。ヴォルデモートを殺しに行くの」

「な、なんだってー!?」

 

 ロンとマルフォイが驚愕に染まる。何をそんなに驚いているのだろうかこの塵屑はと思う。

 

「だ、だって、例のあの人だよ、例の!」

 

 一瞬にしてロンの体を恐怖が突き抜けていく。実際に相対したことなどないが、風聞は聞き及んでいる。魔法界の住人で闇の帝王の所業を知らぬものなどいはしない。

 彼の残した爪痕は今もなお、多くの人々の心に残っているのだから。誰もが畏れる闇の魔法使い。強大な魔法使いだ。学生がかなうはずのない相手。

 

 しかし、だ。その闇の栄光を思い、それをもし零落させることができたならどんなに気分がいいだろうか。そう無意識下の思考の奥底に眠る暗い願望が胎動する。

 

「か、勝てるわけないだろ!」

 

 声をあげるマルフォイ。

 

「ええそうね、だから?」

「え、だ、だから?」

「ええ、だから何? それはおまえが倒せないだけでしょう。逆らう気すらない、むしろ尻尾を振る犬の分際で、何を言っているのかしら。いっそ滑稽ね。。この私に不可能なことなどないわ。でもそうね、面倒くさいことにはかわらないし、二人にはついてきてもらおうかしら」

 

 拒否権などない。いいから役にたてよ。おまえたちの価値などそれしかないのだから――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ハリー!! 起きてハリー!」

「――――ちょ!? ハーマイオニー!? ここは男子部屋だよ!?」

 

 夢の中で三校対試合を勝ち抜き、ヴォルデモートの復活セドリックの死というショッキングな光景を目にしてグロッキーになっているハリーであったが、ハーマイオニーの存在を認識してその全てはどっかへ吹っ飛んだ。

 

「そんなことはどうでもいいのよ!」

 

 いや、どうでもよくないだろうというハリーの反論は彼女の剣幕に吹っ飛ばされる。なにかよっぽどのことがあったのかもしれない。

 

「何があったの?」

「サルビアがいなくなったのよ!」

「なんだって!?」

「荷物が全部なくなってるの」

 

 それはつまり荷物をもってどこかにいったということだ。なんで、どうしてと思う前に、まずはロンを起こしてとハリーが思ってロンのベッドを見る。

 

「ロン?」

 

 そこにはロンの姿もなかった。ついでに言えば荷物もない。

 

「ロンもどこかに行っちゃた?!」

 

 ハリーとハーマイオニーは着替えて談話室で話している。二人がどこへ行ったのかを。しかしいくら考えてもなにも答えは出ない。

 同時期の失踪。二人でどこかへ行ったのだと思うがいったいなにがあったのだろうか。何かしら不測の事態? それならば話してくれないのはおかしい。

 

 では、もっと何か別のことがあったのだ。それを考える。サルビアとロンが二人してどこかへ行く用事。つまり先生に頼まれて何かをしているということではないか。

 だとするとマクゴナガル先生ではないと直感で思う。マクゴナガル先生ならは少なくとも友人のハリーとハーマイオニーに何も伝えないということはないだろう。

 

 おそらく全員呼び出されて話をされたはずだ。そうなると別の先生ということになるが、マクゴナガル先生が抜けると、必然的に一人の人物が想起された。

 アルバス・ダンブルドア。このホグワーツの校長であり最高権力者。彼ならば、隠れて二人に何かを依頼するのではないか。

 

 そんな漠然とした予感があった。あくまで推測、暴論ではあるが、それ以外にないようにどういうわけか思えた。

 

「だから、ダンブルドア先生のところに行こう」

「驚いたわ。あなたならまず探しに行くんだと思っていたわ」

「酷い……」

 

 まあ、確かに昔の自分ならばいなくなった時点で探しに行っていたかもしれない。だが、それでは駄目だと夢界で気が付いたのだ。

 

「とりあえず行こう」

 

 朝は早いがダンブルドア先生ならば悪い顔はしないだろう。だから、まずはマクゴナガル先生のところに行って先生がいるかどうかを聞くことにした。

 

「ダンブルドア校長なら、先ほどロンドンへ発ちました。魔法省から呼び出しを受けたのです」

「魔法省から?」

「ええ。そんなことよりこのような早朝に校長に会いたいとは何かあったのですか?」

 

 話していいだろうかとハーマイオニーとアイコンタクトして、ハーマイオニーが頷いたのでマクゴナガル先生に話す。

 

「なんですって……」

 

 マクゴナガル先生はひどく驚いた様子だった。彼女も知らないということはやはりダンブルドア校長が関わっている可能性が高いだろうと思う。

 ひとまずお礼とこれからどうするかを任せることにして、職員室をあとにした。

 

「…………」

「何考えているか当ててあげましょうか、ハリー?」

「どうぞ?」

「僕は、探しに行く、でしょ」

「うん。行こうと思う。何か嫌な予感がするんだ」

 

 傷が痛んだ。夢の中でも何度もあった。ヴォルデモート卿との絆の証だというそれ。ゆえに何かがあるのだとハリーは感じ取っていたのだ。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ダンブルアは魔法省に来ていた。呼び出されたためであるが、魔法省は驚くほど閑散としていた。

 

「これは……」

 

 嫌な予感がダンブルドアによぎる。杖を取り出し備えようとした瞬間、コーネリウス・ファッジ魔法大臣が現れる。

 

「おおお、待っていたぞ」

「コーネリウス、ずいぶんと閑散としておるがこれは」

「ああ、幾分と立て込んでいてね。今日呼んだのはちょっとした話があってね」

「話?」

 

 嫌な予感が増大していく。明らかにおかしい。だが、大っぴらに何かするわけにもいかない。そのため、ダンブルドアはおとなしく彼について行く。しかしいつでも杖を抜けるように備えていた。

 

「ここだ」

 

 案内されたのは黒塗りの扉の前。さあ、と促され中に入ると暗い広間が彼を迎える。警戒して杖を抜いた、その時、現れたのは男だった。

 そう誰もが知る男だ。誰もが知る誰もが畏れた男。そう――。

 

「トム……」

「ああ、そうだ。トム・リドル。帰ってきたと言おうかダンブルドア。そして、さようならだ――」

 

 ダンブルドアは彼を認識した瞬間に動いていたが、それよりも早く、まるで人外のような速度で杖が振るわれ、

 

「アバダ・ケタブラ――」

 

 緑の閃光がダンブルドアを貫いた。

 

「さて、魔法省は既に掌握した、これより世界を掌握するぞ」

 

 彼の言葉に、死喰い人が無言で立ち上がる。

 

 この日、静かに世界は闇に覆われ始めた――。

 




随分と遅くなってしまった。お久しぶりですです。

これより世界が闇でおおわれる。光の尊さを教えるために、盧生にして盧生にあらず、あらゆる人類の嫌悪を集める反盧生がその牙を剥く。

サルビアは、ハリーは、果たしてどうするのか。

ダンブルドアが何もできずに退場。そりゃ戟法の迅使われて杖を振られたらいかに速く反応しても負けます。
だが、まだまだ彼には役立ってもらわねば。


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第64話 奈落

 魔法省がひそかに陥落したその日。

 アルバス・ダンブルドアは、ヴォルデモート卿の復活を発表した。

 魔法界に激震する。

 

 ありえないと誰もが思った。

 だが、魔法省もまたそれが事実であると言った。

 そも魔法省が陥落したという事実がそれに拍車をかける。

 

 ヴォルデモート卿の復活。

 世界は、闇の陣営へと傾いた。

 死喰い人が来る。世界は、闇に包まれる。

 

 希望などない。

 神は死んだ。

 誰もがそう絶望する中。

 

 希望は、まだ残っているとアルバス・ダンブルドアは言った。

 

 不死鳥の騎士団。

 彼が持つ最大戦力。

 善なる者ども。

 ダンブルドア、自身もまた陣頭に立ち、ヴォルデモートへと戦いを挑む

 

 かつて戦った、不死鳥の騎士団全メンバーを招集し、アルバス・ダンブルドアは、戦いを挑んだ。

 

 だが、誰も知らない。

 アルバス・ダンブルドアがとっくの昔に死んでいることなど。

 今、目の前にいるアルバス・ダンブルドアが、死体であることなど誰も知らない。

 

 ゆえに、全滅は必然だった。

 不死鳥の騎士団として、はせ参じた魔法使いども、全員、ここから生きて帰ることはない。

 突入と同時に牙を剥く、ダンブルドアと死喰い人。

 裏切りがあらゆる全てを瓦解させる。

 

 ここは、魔法省。

 かつて、そう呼ばれた地獄。

 そう、地獄だ。ここは今や、善なる魔法使いたちにとって地獄と化していた。

 

 全てが焼けている。

 全てが死んでいる。

 全てが、全てが、全てが。

 

 闇の帝王に逆らう愚か者どもよ死に絶えろ。

 

 呪詛(しゅくふく)が放たれ、あらゆる全ては苦痛の中、必死にもがき、希望を掴めず死んでいく。

 

 ただ一人の女の手によって。

 

「ヒヒヒ!」

 

 ベラトリックス・レストレンジ。

 最も忠義に厚き女がただ一人、数多の魔法使いを相手取り、蹂躙していた。

 そう蹂躙だ。

 ただ一振り、死の呪文を放てばいい。ただそれだけで、拡散する死が敵の脚を引く。

 

「我らが主に与しない愚か者ども。これは滅びではない。再生だとなぜわからないのかしら!」

 

 彼女の中で嚇怒が燃えている。

 全ては愛するヴォルデモートのために。

 彼を否定する全てを打ち滅ぼすと彼女は誓っている。

 

 彼を盲信している。

 彼こそが全てにして絶対。

 彼のやることに間違いはなく、彼のやることこそが神意。

 

 魔法界が滅びる。

 

 ――だからどうした。

 

 彼女にとっての大事なものとはヴォルデモートただ一人。

 闇のカリスマ。

 圧倒的なまでのそれに魅入られた。

 

「これが、我が主に捧げる愛!」

 

 彼に立ちふさがる全てを滅ぼそう。

 彼に降りかかる火の粉を振り払おう。

 彼の敵を滅し、血の川を築き、屍の山を作り上げよう。

 

 彼の道を暗く照らす闇になるのだ。

 

「アバダ・ケダブラ」

「モリー!!」

 

 妻を庇い死ぬ夫。

 麗しき愛。

 立ち上がる妻のなんと雄々しきことか。

 

 怒りで立ち上がり、実力以上の力を発揮する妻。

 だが――。

 

「無駄無駄無駄ァ!!」

 

 無駄だ。全て。

 夢を使える眷属に、ただの魔法族が勝てるはずがないだろう。

 だが、困難こそが、苦痛こそが人を成長させる。輝きを増させる。その証明はできたのだ。ヴォルデモートも満足していることだろう。

 そう思うがゆえにベラトリックスは止まらない。

 

 死を。もっと死を。

 その痛みを知って、向かってくるが良い。

 それこそが偉大なりし主が望むことゆえに。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「GROOOOOO――――!!!」

 

 遠吠え。いや、咆哮が全てを切り裂くと告げていた。

 

 フェンリール・グレイバック。

 現存する狼人間の中で最も残酷とされる男。

 彼は死喰い人ではなかった。

 だが、彼は闇の陣営側の人狼たちのリーダーだ。ゆえに、名誉的に、彼もまた死喰い人として邯鄲の夢を与えられている。

 眷属としての栄誉。

 

 その資質は、圧倒的なまでの戟法と楯法特化。それ以外はゴミとすらいえる資質。だが、彼にとっては、それだけで十分だった。

 圧倒的なまでの力とスピード。回復力に硬さ。それで十分なのだ。

 

 なぜならば、フェンリール・グレイバックは、狼人間なのだから。力があればそれでいい。魔法などいらないのだから。

 疾走する影。それこそがフェンリールだった。魔法族に、捉えられる者などいはしない。

 

 また一人、また一人と、爪で引き裂かれ、血の池に沈む。ここはもはや戦場などではない。狩場だ。それもあまりにも愚鈍な家畜しかいいない狩場。

 最も残酷にして、残忍なる狼人間がその身体性能を発揮して、殺戮を繰り返す。

 

 夢の位階は詠ノ段。破にも満たぬ者。

 だが、人獣にとっては些事である。

 ただ、圧倒的なまでの身体性能で、立ちふさがる全てを粉砕する。

 

「GOOOOOO――――!!!」

 

 それでいい、それで十分なのだ。

 

「く――!」

「リーマス!!」

 

 ただそれだけで、魔法使いを圧倒できる。

 

 シリウス・ブラックも、リーマス・ルーピンですら。

 歴戦の魔法使いが、彼を前にして赤子のようにひねりつぶされる。

 

 咆哮が轟いて、人獣は、破壊の嵐となる。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ぉおぉおぉおお、グロロオォォオリアァァス!」

 

 戦場の一角で地獄が形成されていた。

 

「ナイア先生、なぜです!」

「アハハ! 君たちはほっんとうに馬鹿だよねぇ」

 

 ミネルバ・マクゴナガルの言葉をナイアは、嗤う。

 

「何故だなんて、最初から、ボクは、こっち側だったってことだよ」

 

 地下から這いずりだしたありとあらゆる害獣の軍勢に、ホグワーツの生徒たちがホグワーツの教師たちを取り囲む。

 一斉に放たれる死の魔法。それを何とか躱せば、打撃が教師たちを襲う。

 

「ボクの生徒たちは優秀だなー」

 

 どの口が言うのか。そう言葉を吐きたいが不可能。

 夢によって強化された生徒とあらゆる害獣、害虫の群れが襲い来る。

 犯す、犯す、犯す。

 

 その中心で、蝿声をまき散らしてナイアと呼ばれた男は嗤い続けている。

 

「仕込みはするものさ。ボクみたいなよわーい、悪魔は、仕込みをしないと魔法使いと戦うなんてとてもとても」

 

 虫が、蝿が散々飛び回っているかのような、否応なく嫌悪感を催す声でしゃべる男の顔は、マクゴナガルたちには見えているはずなのに見えない。

 嗤っているとわかるのにわからない。

 

 今まで同僚として付き合っていて、今、初めて気が付いた。

 

 ――この男の顔はいったい、どんなものだったか。

 

「貴方は、いったい、なんなのです!」

 

 声をかけるたび、質問をなげかける度、底なし沼に沈み込んでいくような感覚を覚える。これと長く一緒にいてはならない。それは明白だ。

 いつの間にか、空間が穢れている。ここがどこかもわからないほどの穢れ。魔法省のエントランスは、今はどこもかしこも吐き気を催すかのような害虫が這いずりまわっている。

 

 腐敗していた。どうしようもなく、腐敗している。嗤う男が元はいったい、なんだったのかすらわからないほどに腐りきっている。

 ここまで腐敗した何かに出会ったことがあっただろうか。誰の記憶にもない。

 空間が爛れている。例えるならば大層美しい絵画に糞を塗りたくるかのようとでも言おうか。ともかくとして、目の前の存在がいる限りこの場は正常にはならない。例え帰ったところで正常になどなりはしないだろう。

 

「んー。何者か、さあ」

「ふざけているのですか! ナイアなどではないでしょう!」

「いやいや、ふざけてなどいないさ。ボクとしては、至極真っ当に答えているつもりだよ」

 

 質問にさあ、とだけ答えるのがどこが真っ当なのか。いや、彼本人の性質を考えれば至極真っ当なのは当然なのかもしれない。

 この異形はそういうものであることこそが真っ当なのだ。たとえるならば、深海魚だ。深海魚は何もかもが陸上の生物とは異なる異形だ。されど彼らにとってはそれがもっとも最適であり、もっとも当然な姿なのだ。

 つまりは、これもそれと同一であるということ。ならばまともにとりあうこと自体が間違い。

 

「なにせ、ボクのことを答えるのか、それとも、この身体のことを答えるのか、それによって答えはかわるのさ」

 

 体はピーター・ペディグリューという男のもの。だが、それとは程遠い。

 

「ボクは、役に立つためにこうなったのさ。偉大なる主の為にねぇ。それが恐怖からくる忠誠だろうと、願ってった。だからボクが来た。

 君たちにだって、聞こえるだろう?」

 

 ――愛いな、愛い。

 

 ――夢を描けばいい。

 

 ――痴れた音を聞かせておくれ――。

 

「ほんっとぅに、めんどぅーだよねぇ! アハハハ!」

「何を――く」

 

 マクゴナガルらの言葉は通じない。

 もはや、全ては害虫に、害獣に飲み込まれていった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そんな地獄の戦場にサルビアはやってきた。

 ダンブルドアが動いたという話を聞いてやってきてみたわけだ。

 出迎えるは、ルシウス・マルフォイ。

 

「やはり、来たか」

「――ええ、来たわ」

「あの腐った塵屑(ダンブルドア)を殺してくれて、どうもありがとう」

「礼は、帝王に言えばよい」

「ハッ――」

 

 何を言っているのだとサルビア・リラータは嗤った。

 

「闇の帝王に礼など言うものかよ。この私の役に立つことは当然だろうが」

「……かわらんな」

「貴様も変わらないでしょう、ルシウス」

「そうか。だがいいかね。帝王は君に用があるらしい」

「だからついて来いと?」

 

 この地獄の中で、平然と二人は会話する。

 

「ドラコも来ているのならばちょうどよい。おまえも来るんだ」

「ち、父上……?」

「なんで、私が行かなければいけないのかしら。用があるのならそっちから来なさいよ」

 

 何よりも傲慢に、誰よりも高みにいるという自負の言葉。ドラコにはそれが信じられない。この状況で、父上にいったい何を言っているんだこいつはという。

 それに、そこで潜伏しているロナルド・ウィーズリーもおかしい。だが、どうしても、サルビアには逆らえない。

 この場を動くことはできない。

 

 さらに最悪なことに――。

 

「それもそうか」

 

 ここに闇の帝王は降臨する。

 

「よく来たな、リラータの末裔」

 

 そこに立っていたのは、イケメンである。かつての醜い姿などではなく、在学中に近い姿。若々しい姿となってヴォルデモートは顕現していた。

 全盛期の姿を取り戻したといえる。だが、サルビアにはわかった。感じられる気配がある。

 

 病みの気配。何よりも濃い闇の気配。かつて、自らが持っていたものをこの男も持っている。思うことは、せいぜい苦労していろということくらいだ。

 既に克服し、健康体となったサルビアからすれば、哀れなだけ。

 

「私は悲しいぞ」

「何がよ、自称闇の帝王」

「おまえが、輝きを失ってしまったのが悲しい」

 

 ヴォルデモートは言う。

 

 人は苦しみがあるからこそ、強くなるのだと。

 貧困にあえぎ、食う手段もなく、少年兵として戦場におくられた子供たちが、強固な絆で結ばれるように。

 病の中で才能が磨かれた男や、少女のように。

 

 人々は苦しみがあればこそ、輝く。

 病みがあれば、光る。

 闇があればこそ、光は際立つ。

 光あるところに必ず闇はあり。この世に善性が存在する限り、悪性もまた消えることは無い。

それは即ちコインの裏表であり。そこに優劣は無く全ては側面の違いでしか無い。

 

「ゆえに、お前の病みを引き出そう」

 

 人類は病んでいる。

 だが、だれひとりとしてそれを自覚していない。

 その病みは癌のように今も広がっている。手遅れになれば、ヒトは滅びてしまう。

 魔法界が滅びてしまう。

 

 そんなことはさせない。

 

 ヴォルデモート、いや、トム・リドルの希望は、サルビア・リラータに他ならない。

 

 病に早期から向き合ってきたものは、決して堕落などしない。

 病を克服するために努力する。

 その果てに病を克服したなら、誰よりも現実を見据えて前に進む。

 

 人間は病んでいる。

 世界は病んでいる。

 だが、誰も自覚していない。

 

 ならば、それを自覚させよう。

 おまえの病みを引き出して、自覚させよう。

 それを克服すれば世界はまた一歩、前に進める。

 

「忘れたのならば思い出させよう。

 私の、闇の帝王の足音を。

 我々の魔法の閃光を

 

 ――おまえの病みを」

「ごはぁっ!」

 

 蘇る、病。

 病み。

 

 内臓が一瞬にして腐敗した。耳が聞こえなくなり、目が溶け落ちる。

 足は力を失い、すかすかになった骨は、羽根のように軽くなった体重でさえ木っ端みじんに砕けさせる。

 地面へと立っているのに落下した。その衝撃で、頭蓋が割れる、歯が全て欠け落ちた。髪の毛は抜け落ちて、美しかった美貌は、醜悪なものへと置き換わる。

 

 それが一瞬の出来事。

 肋骨がへし折れ、内臓全てに律儀に万遍なく突き刺さる。それでまた血を吐けば、痛みに耐えるために噛み締め続け変形した顎が砕け散り、その衝撃でまた身体のどこかの骨が折れ骨が内臓や肉に突き刺さる。

 無限にループする螺旋のように血を吐いては骨が折れて血を吐くの繰り返し。数度繰り返せば、顎の骨が折れるところなどもうないほどに折れ、手足の骨も全て折れきった。腐りきり変色したどす黒い肌から流れる血は赤を通り越して黒であり、膿み、糞のような腐臭を撒き散らしている。

 

 頭が倍以上に膨れ上がり、眼球が飛び出て頭蓋骨がめきめきと音を立てていたとしても。脳がどろどろに溶けて、そのうち穴と言う穴から出てくるのではにかと思うほどに膨張している。

 息を吸うだけで鼻と口腔粘膜は剥がれ出血するか、腐り落ちてどす黒い液体が気道も食道も塞ぎ溢れたそれらが口から、鼻から流れ出す。

 心臓は止まっているのかと思えば、突如として異常な速度で鼓動を続けては止まり、また動き出すのを繰り返す。その圧に耐え切れない血管がはじけ飛び身体を内部から圧迫して限界を迎えた風船のように破裂させる。

 

 肺、胃、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、十二指腸、子宮、膀胱その他。体内に存在するありとあらゆる臓器には無事なところなどありはしない。

 まるで、全て取り出してから猛毒に浸して味付けしたよと言わんばかりの状態にして、体内を切り開き所定の場所ではなく、滅茶苦茶な場所に戻したかのようにただそこにあるだけで身体を蝕んでいく。

 

 免疫系はその仕事を放棄したのか数万を超す病原菌の侵入を赦しあまつさえ、悪事を黙認するどころか幇助すらしている。体の主人に対して自滅してしまえと言わんばかりに免疫は容易く主人の細胞を破壊し、病原菌、ウイルスはありとあらゆる疾病を合併させる。

 もはや、自分の身体すら自分の味方ではなく、全てが凄まじい痛みを発している。それでいて同じ痛みなど一種類もありはしない。ありとあらゆる責め苦が少女を襲っている。

 

 目の粗いおろし金でもみじおろしにされているかのような痛み。酸に浸され全身を溶かされているような痛み。牙で噛まれ獣に生きたまま食われているかのような痛み。

 火であぶられているような、氷づけにされているかのような痛み。あるいは無痛であることの精神的な痛みすらもそこにはありとあらゆる痛みがあった。痛みの万国博覧会だ。

 

 眼は濁り切り光を受容せず、削ぎ落ちたかのような耳はなにも伝えず、鼻は変形して匂いを感じるどころではない。肌も全てが腐り落ち爛れ膿み何も感じないどころか皮膚自体がない場所すらある。

 

 一瞬にして、かつての姿に舞い戻った。

 

「さあ、助けてやるぞ。手を伸ばせ。おまえが手を伸ばせば、誰もがおまえを救ってくれる。なあ、おまえの病みを自覚して克服してくれ」

「ふざ……け、る、な!」

 

 なぜ、この私が、貴様らのような塵屑に助けを求めなければならない。

 自分は自分で救う。

 塵屑どの手を借りるなどまっぴらだった。

 

「――――」

 

 ゆえに、自分で治そうとする。

 そのための呪文はあった。

 健康的な状態を知った、今ならば可能。

 そのはずだった――。

 

「無駄だ。リラータの末裔。それをどうにかするには、お前自身の病みを克服しなければならない」

 

 人に縋れないという逆十字の人間性を。

 

「さあ、克服してくれ」

 

 人類よ病み、克服してくれ。

 




いやー、すっかりとお待たせしてしまって申し訳ない。

更新です。
まあ、うん。カオスな状況がより一層カオスなことになっておりますねぇ。
場面がわかりにくいので、あとで捕捉いれますが、ダンブルドアは利用されて、魔法省に不死鳥の騎士団を招集して乗り込んだ。
それを聞きつけたサルビアがやってきたという感じです。

うん、やっぱりサルビアは病んでいてこそだと思うの。
そして、やっぱり盧生は逆十字特攻である。

特にトム・リドルの思想のおかげで人に縋れない逆十字に人に縋れという鬼畜難易度。
しかも、心の底から助けてと言わないとダメ。

うん、頑張れサルビア(愉悦愉悦)


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第65話 サイカイ

 不死鳥の騎士団の壊滅と同時にホグワーツもまた終わりを告げた。

 それはハリーが、ホグワーツを抜け出しサルビアを探そうとしてホグワーツを抜け出そうとしていた時の出来事だった。

 突如としてあふれ出した闇の軍勢。ヴォルデモートの進軍。

 

 彼は、人々の闇を暴き出した。

 生徒がひた隠しにしていた、人間の本性を引きずり出し、おまえはこういう人間なのだと告げていったのだ。誰もが暴かれたくなどない。

 自覚などしていない病を暴かれ、さあ、それを克服しろと手を伸ばす闇の帝王。

 富も貧も、優劣もなんら彼にとっては関係ない。あらゆる全てを受け入れる冥王ハデスが如く、彼はあらゆるものに手を伸ばし続けていた。

 その思想はとても単純だ。

 

 人間も、世界も病んでいる。

 ゆえに、その病みを自覚して克服してほしい。 

 

 ただそれだけである。

 だからこそ、己は闇の帝王となった。あらゆる全ての闇であり、病みである。

 冥界より帰還した帝王は、もはやあらゆる全てに手を伸ばす者として再誕した。それは、ある因子の関わりも会っただろう。

 

 彼は盧生。

 人類の代表者。

 闇の盧生。

 あらゆる闇の代表である。

 

 闇は乗り越えられるものである。克服するものである。

 歴史がそれを証明している。

 光があるから闇があるなどと、そんなことは言わないでくれ。

 闇をなくす努力をするのだ。その先に素晴らしい未来がまっている。

 

 誰もかれもが阿鼻叫喚の中に陥った。

 

 だが、ハリーは何とか逃げ出す事に成功していた。ハーマイオニーと二人、サルビアやロンを探しに行こうとしていたのが功を奏した。

 あと逃げ出せたのはジニーやルーナ、ネビルたち。フレッドにジョージ。彼女たちはルーナの直感によって逃げ出してきたのだ。

 

 だが、問題はそこではない。主眼を当てるべきは彼らではなく――。

 

「ごはぁ――」

 

 彼女(サルビア・リラータ)だ。

 

 血を吐いていた。ただそれだけで、骨が砕けて皮下でピンボール大会を開催する。内部ではじけ、肉を裂いて、身体から飛び出して転がっていく。

 血みどろになっても叫び声一つ上げることはできないだろう。声帯を含めたあらゆる意識的稼働部位は、既にさび付いた機械のように異音を発している。

 

 腐っているのだ。膿み腐り、もはや役割を果たすことは断じてないだろう。身体は動かない。そもそも動くという脳からの命令自体届かない。

 神経は既に、ずたずたにちぎれ飛んでいた。骨に切断されたのもあれば、自切したものもある。腐っていく肉体に耐えられなかったのだ。

 

 あるいは、肉の中を這いまわる蟲に喰われたのもあるだろう。生きた人間でありながら、彼女は蟲の苗床でもあった。

 蛆、蛭、あらゆる害虫が彼女の膿み腐った体内を住処へと変えていた。死人の如く、枯れていながら未だ生者であり血が通っていることは、少なくとも生命活動が多少なりとも行われていることであり、栄養がまだ循環しているということ。

 

 まさしく腐葉土と言えた。なんと肥えた土壌だろうか。見眼麗しかった少女は、もはや見る影もない穴あきチーズと化している。

 だが、そんなものまだ序の口だった。

 

 骨がはじけた? 関節が膿み腐った? 神経が切れた? 蟲が体内を這いずりまわっている? そんなもの、ただの一端に過ぎない。

 彼女を襲う、ありとあらゆる責め苦の一端の一端だ。

 

 全身を蝕むあらゆる癌腫瘍。正常な細胞など一つもありはしない。あらゆる全てがどす黒い末期がん細胞へと切り替わっている。

 血は赤いという事実が嘘のように、黒いタールのよう。経血などただの泥と見まがうくらいにおぞましい。

 

 病巣は、もはや手遅れの領域で全身に根付いて離れない。脳など、数倍以上に膨れて頭蓋を破砕するほどに膨張している。

 その影響下の眼孔の一つから目玉は既に飛び出して、わずかに残った視神経の名残につりさげられている。歪に歪んだ頭部のせいか、歯のかみ合わせは絶対的にすれ違って合わない。もとより噛みあう歯などどもにもないのだが。

 

 肺、気道、胃、腎臓、膵臓、脾臓、小腸、大腸、膀胱、子宮、卵巣。その他あらゆる臓器は、異常増殖の憂き目にあって膨れて破裂したか、細胞死(アポトーシス)で絞んだか。

 そのどちらかの末路を辿っていて、無事なものなどどこにもない。無事な部位などありはしない。何より無事な部位など、既に蟲が喰って行った。

 

 すかすかだ。皮膚の下は砕けた骨の破片とわずかな筋線維、蟲の苗床となった肉以外、何もありはしない。もはや人の形をした袋と言われた方が実に正しい。

 穴という穴は蟲が這い出す出入り口。そこを通る正しいものは、永劫、戻らないだろう。この異常な状態こそが正常なのだから。

 

 痛みはもはや在りすぎてないも同然だった。なんと律儀なことに脳は未だ活動を放棄していなかった。大した責任感で、サルビアに苦痛を出力し続けている。

 あらゆる痛みのオンパレード。まさしく痛みの場国博覧会はここだ。全身が氷漬けになっているかのような痛み。炎でじりじりとあぶられているかのような痛み。

 全身を剣で串刺しにされたまま放置されているかのような痛み。刻一刻と切り替わる痛みの螺旋階段は、どこまでもどこまでも伸びていく。

 

 病みは深い。かつて以上に深いといえる。なぜならば、彼女は光に属してしまった。一度知った(けんじょう)は、失ってしまった分だけ、その尊さの分だけ痛みを、苦しみを、病みを深めるのだ。

 その超深度の病み、常人ならば既に死んでいるか、発狂している苦痛の中で、彼女は、いまだ――。

 

「まだだ――」

 

 諦めてなどいなかった。

 

「ごはぁ、この、この程度の、痛み、で、諦めるものか」

 

 諦めるものか。

 一度手に入れたものを、リラータの家系が諦めない。奪われたのならば奪い返すのが、リラータの家系だ。いいや、ただ奪い返すだけではない。あらゆる全てを根こそぎ奪うのだ。

 相手を地獄の底に突き落とし、健常をこの手にするまで、サルビア・リラータは止まらない。かつてのように。いいや、かつて以上に苛烈に。

 

 一度手に入れたものを奪われたからには、その報復はなによりも強くなることは当然だった。意志力は十分。動かない肉体は、魔法で無理矢理に動かす。

 動けないという道理など、意志の力でこじ開ける。

 

 限界突破、限界突破、限界突破。

 

「この、サルビア・リラータに、不可能など、あるはずがない」

 

 血反吐を吐いて、なお止まらない。圧倒的なまでの自己と意志力に彩られた圧倒的自負。強靭すぎる意志力による限界突破は止まらない。

 自らの病み? それを克服しろ? そんなものなどあるはずがない。サルビア・リラータは完全である。ただ数億程度の病に侵されているだけだ。

 

「あ、ァ、ァアァァァ!」

 

 へし折れる足などいらぬ。

 役に立たぬ腕などいらぬ。

 

 誰かに頼らねば治らない? 見くびるなよ闇の帝王。この程度、自分でどうにかできる。天才であるはずのサルビア・リラータに出来ないはずはない。

 だというのに、健常だというだけで、健康だというだけで、自分よりも長く生きる塵屑どもが憎い(うらやましい)

 

 なぜ、自分がこんな目に遭う。ただ、生きたいだけだ。ただ、生きたかっただけだ。誰もが願う事だろう。そんなことすら願うことを世界は許さない。

 逆十字、死すべし。

 滅相されよ、おまえは呪われている。

 

 世界から呪われし、リラータの一族。

 

「知るもの、か」

 

 そんなもの知らない。生きるのだ。他の何を犠牲にしても、必ずや生きて見せる。生きることに嘘も真もありはしないのだから。

 

「待っていろ、闇の帝王、必ず貴様を!」

 

 増大を続ける闇の波濤。

 

「ごはぁ――」

 

 だが――如何なる意思があろうとも、彼女の身体は末期だ。

 辛うじて、命を繋いでいるにすぎない。

 

「大丈夫?!」

「触るな、ごみがぁ――」

 

 彼女をここまでなんとか運んだのは彼だ。

 ロン・ウィーズリー。

 逆襲の担い手。

 才能はない。何者にもなれない敗北者。三人の中で、彼は何も秀でたところのなかった男の子だ。

 

「ごめん……」

 

 だが、それでも、彼は此処にいる。サルビアの真実を知ってなお、彼は此処にいた。そんな理由は決まっている。

 いまだ、小さく淡い感情なれど、愛というものだ。サルビア・リラータに抱いた恋心が、彼をここにとどめている。

 

「ぼく、何か食べられるものでも探してくるよ。待ってて」

 

 逃げるように部屋を飛び出して、彼は村の中を歩く。ここがサルビアの生まれ育った村だと知ったのはつい先ほどになる。

 誰にも知られていない失われた村。ゆえにここを訪れる者はいない。阿鼻叫喚に落ちた魔法界の中で唯一、安全であると言えた。

 

「何もないか」

 

 そんな場所だから、何かあるはずもない。何かあるならばやはりリラータの屋敷だけだろう。しかし、今戻ることもロンには選択できなかった。

 彼女に何を言えばいいのか、それすらもわからない。彼女にとって、ロン・ウィーズリーとは路傍の塵屑でしかないのだから。

 

 意識すらされていない。それは最初からなのだろう。役に立つ道具だからこそ、捨てられていないだけ。だが、逆に考えれば、役に立つことを証明し続ければ、このまま彼女といることができるのだ。

 だが――

 

「僕には無理だ……」

 

 ロン・ウィーズリ-は凡人である。誰よりも特異なことと言えばチェスくらい。魔法はハーマイオニーには及ばない。箒は、ハリーに及ばない。自分は、劣っている。

 それでも、守りたいと思うものが出来たから。今も、こうしてここにいるし、魔法の研鑽も忘れていない。

 しかし、それでもと、思ってしまうのはやめられない。僕だってやれるのだと、奮起しても成果は出ない。そして、ずるずるとサボってしまうこともある。

 

「……はあ」

 

 だから溜め息を吐いた時――。

 

「ロン――」

 

 親友の声を聴いた。

 

「ハリー……」

「無事だったんだね。サルビアはどこ?」

「屋敷にいるよ、でも、今は――」

 

 行かない方がいい。そう言った、ハリーはきっと何も知らないだろうから。その後ろにいるハーマイオニーやジニーたちもきっと何も知らないだろうから。

 

「知ってるよ」

「え……?」

「サルビアが、どんな風になっているのか、たぶんわかる。出てこないってことはきっとそういうことなんだろ? ロン」

「なんで……」

 

 何故知っているのか。最初から知っていて、自分だけのけ者にされたのだろうか。

 

「ちょっと、夢で見たんだ……不思議な夢だから、信じてくれるかはわからないけれど」

「…………どうして」

「ロン?」

「どうして、君ばかり……」

 

 主役の座なんて、こりごりだと四年生の時に思った。何かに巻き込まれ続ける人生。誰かの意思によって、何かを左右される人生。

 まさしくハリーの人生はそれだ。悲劇の主人公。ヴォルデモートの襲撃から唯一生き残った伝説を持ち、数多の事件を解決して見せた。

 

 まさしく、物語で言えば主人公だ。

 対して、ロン・ウィーズリーはどうだ? たった一度、その座に立っただけで何か変わっただろうか。

 いいや、何も変わっていない。ただ、自覚した。自分はどうやっても、その輝きを手に入れることはないのだろうと。

 そういう器でもない。

 

「ロン、どうしたんだ?」

「ハリー、君は、どうしてここに来たんだい?」

「それは、サルビアならここだと思ったし、安全かと思ったんだ」

 

 誰にも知られていない村。確かにここは安全だろう。

 

「ハリー、君は、サルビアをどう思っているんだい」

「ロン?」

 

 その質問はいったい何なのか。ハリーにも。果てはそれを問うたロンにもわからない。だが――口から出ていた。

 

「僕は……」

 

 ハリーは、思う。サルビア・リラータを。

 どう思っているのかを。

 彼女は、初めての友達だった。そして、夢の中でその真実を知った。その時――。

 

「僕は、彼女を救いたい」

「――――」

 

 ああ、そうか。

 わかった。ならばこそ――。

 

「ハリー――」

 

 ロンは杖を抜いた。

 

「ロン!?」

「お兄ちゃん!?」

「おいおい、どうしたんだよロン」

「そうだぜ、ロン!」

「仕方ないのよ。だって、男の子なんだもの」

 

 唯一、理解を示したのはルーナのみ。彼女だけが、ロンとハリーの間にあるものを理解していた。サルビアの現状をなんとなくだが察知していたのも大きいだろう。

 彼女は、こうなることを勘で知っていた。だから――。

 

「離れていよう? あっちの方に、ナーグルがいるから」

 

 彼女は、皆をここから引き離す。後に残るのはハリーとロン。二人の男の子だけ。

 

「ロン――」

「ハリー、僕には譲れないものが出来たんだ」

 

 だから、ここで親友と戦う。

 そう決めた。

 

「わかったよ、ロン」

 

 ハリーもまたその覚悟に賛同する。

 その裏にある源泉の思いがなにかは互いにわからない。

 けれど、二人ともサルビアをどうにかしたいと思っているのだ。

 

 目の前で死にそうな女の子を前にして、何も思わない男はいないのだから――。

 

 ゆえに、二人の少年は、ここで初めて、争う――。

 




なんとなく錬金術師と人狼の戦いを思う、私であった。
ロンとハリーの戦いがなんとなくそれとかぶった。

まあ、それは良いとして。
遅くなりましたが更新でございます。
ヴォルデモートが誰テメェ状態ですが、まあいいのです。
闇の帝王ですから。

物語も佳境。
果たして逆十字は本気で、誰かに助けを求めることが出来るのか。
逆十字で一番問題なのは、その誰人も頼れない精神性だからネ。
闇の盧生が逃がすはずもない。
それを自覚して克服してほしいと望むゆえに。

久々にかいた病魔描写楽しかった。
今まで、この小説に足りなかったのはこれなのだと思い知らされたよ。
やっぱり逆十字は、病んでないと駄目だな、と。

では、また次回。


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第66話 救――

 一触即発。

 滅びた村の中で、二人の男が睨み合っている。

 ハリー・ポッターとロン・ウィーズリー。

 親友同士。

 

 互いに矛を向けたコトのない相手に、今、ここに初めて矛を向けていた。

 譲れないものがあるから。

 

 二人の少年が戦う。魔法が飛び、拳が飛ぶ。

 新しい魔法決闘。

 

 過去最大に回転する呪文。知る限りの呪文が飛び交う。

 

「君が、これから何をするつもりなのか、わかっているのか!?」

「わかっているよ、だからこそ、ロン! 君にも手伝ってほしいんだ!」

「サルビアを倒すことを?」

 

 ハリーは頷いた。

 サルビア・リラータを救うためには、まず、彼女を超えなければならないから。

 

「彼女は病人だぞ!」

 

 もはや、美しさの欠片もない死にかけの木乃伊。彼女などそう言っても差し支えない。きっと魔法で戦おうものならば、即座に死ぬ、死んでしまう。

 そうなってしまえば、殺人だ。未来へ歩いて行くことなどできやしない。そして、光であればあるほど、それはどうしたって出来ない。

 

 だから――。

 

「それは、僕の役目だ!」

 

 天へと吠える逆襲の狼。サルビアに与えられた役割のまま、彼は尊きモノの喉元に食らいつくことが出来る。

 

「それじゃダメだ!」

 

 だからこそ、親友を止めなければならない。互いに互いを止めるために二人はここに争っている。

 単純だ。誰もが、みんな、相手が大切だから戦う。そんなことはさせられないと――。

 

 ゆえに――。

 

「本当、男の子ってバカね!」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーもまた、舞台に上がるのだ。

 戦いは三つ巴へと様相を変える。

 

「ハーマイオニー!」

「本当、馬鹿ばっかよ。そんなので戦うなんて!」

 

 放たれる閃光。

 この一年で、溜め込まれた知識の粋。放たれるロンの放射光(ガンマレイ)を一瞬にして、炉心とも呼べる盾の呪文で包み込み解体する。

 それにとどまらず、翻る杖は、ハリーへと向かい放たれる守護霊。

 

「エクスペクトパトローナム!」

 

 ハリーもまたそれに対抗して生み出すは牡鹿の守護霊。術の修練において、ハリーはハーマイオニーを凌駕している。

 

「僕だって――」

 

 放たれる呪文共振動(スペルレゾナンス)。数多ある対抗呪文を選別するのではなく、ただ一種の呪文の固有振動を割り出して、相殺する。

 

増幅振(ハーモニクス)!!」

 

 さらに放たれる増幅振動によって、爆弾と化した小石ども。成長期を迎えて向上した身体能力にて優れるロンは、瓦礫を蹴り上げ、爆弾として利用する。

 

「やるわね――」

 

 だが、ハーマイオニー・グレンジャーも。

 

「でも――」

 

 ハリー・ポッターも。

 

 ましてやロン・ウィーズリーは。

 

「「「まだだ――!」」」

 

 退きはしない。彼らもまた、サルビア・リラータと紡いで来た時間がある。

 

「あなたたち勝手すぎよ。私にもわかるように説明しなさい!」

「ハーマイオニーが理解できないんじゃ、僕らが説明なんて無理だよ!」

「だから、サルビアを救うんだよ!」

「あなたたち、それで、こんな決闘してるってわけ! 馬鹿じゃないの!?」

 

 ああ、馬鹿だとも。理解している。こんなことは無駄だし、意味がない。それはわかっているとも。数年、友人たちよりも精神が先行したハリーには百も承知。

 だが、わかっていてもやめられない戦いというものがある。互いに互いを思うがゆえに、避けられない衝突というものがある。

 

 だからこそ、誰一人として退くことはない。

 自らが学んだ呪文を駆使して綺羅綺羅と三つ巴を続けるのだ。

 

「――なあ、お願いだよ。君たち二人を、殺人犯にはしたくない――」

 

 ロン・ウィーズリーが思おうのはそれだけだ。サルビア・リラータを救うには、彼女よりも優れていることを示すことが必要となる。

 サルビア・リラータを救える人間であるのだと、示す必要がある。それは、彼女を負かすというもっとも単純なこと。

 

 そして、それが出来るのは魔法の決闘にほかならず、完膚なきまでに彼女を叩きのめすのだ。諦めない彼女を諦めさせるために。

 その果てに、彼女が死んでしまうかもしれない。だとしたら、そんなリスクを二人に背負わせることなどできない。

 なぜならば。

 

「ハリーは、例のあの人を倒さないといけない!」

 

 なぜならば、ハリー・ポッターは光だから。闇を倒すのはきっと君なのだとロン・ウィーズリーは確信している。

 それは、彼という主役に対する羨望がそうさせている。あるいは、敗残者として逆襲譚に身を寄せたからかわかるのだ。光というものが。

 神に愛された人(しゅやく)の気配が。

 

「君ならやれると信じている――」

 

 だから、君に闇は背負わせない。

 

「僕はどうしたって、主役にはなれそうにないから。ハーマイオニーのように勉強だって出来ないからね」

 

 だから、君の為に闇になろう。サルビア・リラータの為に闇になろう。

 

「馬鹿いってんじゃないわよ!!」

 

 それに吠えるのはハーマイオニー・グレンジャー。

 

「聞いていれば主役だとかそうじゃないとか、馬鹿じゃないの! 失敗する可能性ばかり考えて。確かに、私はそういうの嫌いよ。ええ、でもね、一つ忘れてることがあるんじゃないかしら」

 

 そうロンは決定的なことを忘れている。

 

「あのサルビアが、そう簡単に死ぬはずないでしょう」

 

 そう、忘れていないか? 病に犯された姿を見て忘れていないか?

 彼女はどういう人間なのかを忘れていないか?

 ハーマイオニー・グレンジャーは、事情を何ら一つしらない。

 ハリーにように邯鄲で彼女の真実を知った訳でも、ロンのように実際を見たわけでもない。だが、それでも彼女は、事の本質を誰よりも理解していた。

 

「サルビアの為に、何かするのならみんなでしましょう。私たちは、いつも三人で、いえ、四人でやってきたじゃない。例え、サルビアがどんな悪いことをしていたのかわからない。でも、それにはきっと理由があった。あなたたちが、そんなに必死になって救おうとするんですもの。だったら、一人でやるだなんて馬鹿なこと言わないで。みんなでやりましょう」

 

 そう、いつもみんなでやってきた通りに。

 

「例え何があろうとも、三人ならばやれるはずよ」

 

 そう、三人ならば。

 サルビアをいれて、四人になればきっと魔法界だって救える。

 

 よって、これより一つの決戦を始めるとしよう。

 それはサルビア・リラータを救うために決戦だ。

 彼女の為に、彼女を倒す。

 救うために、彼女を零落させるのだ。

 

 さあ、逆 襲 劇(ヴェンデッタ)を始めよう――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ぐ――」

 

 命を繋ぐにはどうすればいい。

 生きるにはどうすればいい。

 

 生きることは簡単だろう? 誰だ、そんなことを言ったのは。

 そんなことを言っている奴には、この惨状を見るが良い。数多の病に侵され、もはや死んでいなければおかしいほどの苦痛に犯された女。

 サルビア・リラータ。

 

 救われるために必要なことは、誰かに縋ること。

 誰かに助けてと、一言いえばいい。それだけで、その病から救われる。

 

 なぜならば、それこそがサルビア・リラータが、逆十字の係累が持つ宿痾なればこそ。真に逆十字の病みとは、誰にも縋れぬその精神性だ。

 決して、数億程度の病の数々などではありはしない。

 

 才能、天稟、天運。

 あらゆる全てが与えられているがゆえに、彼らは誰かに縋るということが出来ない。逆十字という精神性が、誰かに縋るということを赦さない。

 それは、初代から続く最悪の呪いだ。ゆえにこそ、闇の盧生は願っている。その病の克服を。

 

 いずれ来たる未来において、逆十字の後継が救われるのではない。自らを自らで救ってくれと。

 誰の力も借りずとは言わない。人は、自分一人で救われるものではないのだから。

 だだ、誰かが行ったから救われたなどでもなく。

 誰か(ヒーロー)がいたから救われたでもない。

 

 自分で、誰かに助けを求めて救われてくれ。

 それは真の逆十字からの脱却。

 それは、誰でもないサルビア・リラータに課せられた宿業。

 

 だってそうだろう。

 誰か(ヒーロー)がいるから救われたなどと言われてしまっては、それ以降の逆十字にどう顔向けするつもりだ?

 あなたはヒーローがいないから救われないなどと言われては、可哀想ではないか。

 シンノヒカリ(ヒーロー)がいなくとも、救われることができると。

 誰かに助けを求め、その誰かの助けを受けて、自分で救われることが出来るのだと示してくれ。

 

 ゆえに、与えられた病。闇、病み。

 

「ごはっ――」

 

 刻一刻と悪化を続ける病態に、されどサルビア・リラータは不屈の精神でもって立ち上がる。誰かに縋ることなど許容不可。

 彼女の精神は、過去最高に燃え上がる。魂を燃やして飛翔する。

 それは、蝋の翼で空を飛ぶイカロスが如き所業。だがそれでも、彼女は前に進むのだ。諦めなければ夢は必ずかなうと信じている。

 

 願われる超深度の生への渇望。

 悪いことなど何一つも考えていない。ただ生きたいだけだ。サルビア・リラータは、ただ、生きたいだけなのだ。

 嘘も真もなく、全ての真実はそこに行きつく。

 

 サルビア・リラータという存在の根幹は、何度も語った通り、ただ生きたいだけなのだ。

 ならば、縋ればいいと? そう簡単に行くはずもない。

 

 なぜならば、この世は総じて塵屑なのだ。サルビア・リラータに敵う者などいはしない。サルビア・リラータを超えられずして、誰が彼女を救えるというのか。

 否、誰も救えない。救うとは、掬うことだ。

 地獄から掬いあげるためには、彼女以上の力がなければできない。カンダタを釈迦が救おうとしたように。超常の力が必要だ。

 

 よって、彼女が縋る相手はいない。だから、自分で救われる。自分を救えるのは自分だけであるがゆえに、彼女は誰にも縋らない。

 

「ふ、ざけ、るな――」

 

 気道を這いまわる害獣を血とともに吐き出しながら、サルビア・リラータは天へと吠える。

 

「あぁ、救われてくれよ。なぁ、サルビア・リラータ。ただ手を伸ばせばいい。それだけで、貴様は救われるのだ」

 

 現れるのはすべての元凶、闇の盧生。

 

「う、る、さぃ――」

 

 歯を砕き折り、顎を粉砕しながら、サルビアは、認めない。体中からどす黒い血を吹き出しながらも、彼女は誰かに縋ることなどしない。

 

「さあ、来たぞ」

 

 だからこそ、来る。

 

「サルビア――」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニー。

 

 友情を結んだ、友が来た。

 

「助けに来たよ――」

「来るなぁアァ――!」

 

 助けなど求めていない。

 救いがほしいなどと言っていない。

 サルビア・リラータは、サルビア・リラータが救う。それ以外の道などありはしないし、それ以外など認めない。

 

「塵屑がァ! 貴様らに、一体何が出来る!」

「何もできないよ。でも、君を救って見せるさ」

「黙れ、黙れよ、塵屑どもが、このサルビア・リラータを救う? この私以下の塵屑の分際で!」

「だから、君に勝つよ」

「――――」

 

 こいつは何を言っているのだ。

 勝つ? このサルビア・リラータに?

 この塵屑(ハリー・ポッター)が?

 

 不可能だろう。誰が、そんなことが出来ると思う。

 才能が違う。

 経験が違う。

 意思が違う。

 覚悟が違う。

 

 健常者の分際で、どうして勝てるという。

 

「それで、三人なら。君を救って見せる」

 

 一人で勝てないのなら三人で。

 一人で救えないのなら三人で。

 いつだって、ハリー・ポッターの物語は、ロンとハーマイオニー、友がいた。

 誰かと一緒に、いつだって戦った。

 だから、サルビアにだって勝てる。

 

「僕は、闇の帝王に勝つ男だからね」

 

 いつか、どこか。

 其れは未来の話かもしれない。

 サルビア・リラータがいなかった未来で、ハリー・ポッターは、闇の帝王に勝っている。ならば、サルビアにだって勝って見せるさ。

 

「行くよ――」

 

 杖を構える。

 決闘はここに――。

 

「必ず、君に助けてって言わせる」

 

 その折れない精神をへし折って、その覚悟に泥を塗ってでも。

 

 サルビア・リラータが救われることは、こんなにも簡単なことなんだと教えてやるのだ。

 




さあ、逆襲劇(ヴェンデッタ)を始めよう。

 尊き覚悟に泥を塗り、その精神をへし折ってでも、必ずやサルビア・リラータに助けてと言わせるのだ。

というわけでー、殴り合い? 残念、そんなことはなかった。
だが、サルビアとの殴り合いはありそうだ。

ちゃんと書けているか不安だが、これがサルビアの救済法。
ちゃんと真正面から逆十字に勝つ。
逆十字に自分たちの方が上と思わせてから。

縋る相手がいない。だって、サルビア・リラータにとって全ては塵だから。
ならばその塵屑に負けて、ハリー・ポッターを認識させるほかない。
そもそも、演技以外で、本気でサルビア・リラータは、誰の名前もまだ呼んでない。

だから、まずは名前を呼ばせるところから。


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第67話 朝を迎えて

 視界が機能していることがおかしかった。

 嗅覚はありもしない匂いを受容していた。

 聴覚は用をなさず、ただただ身体が腐り壊れていく音だけを脳に響かせていた。

 味覚など最初からない。

 触覚は、痛みだけをただただ伝える。

 

 飽和した痛みに、脳細胞の一部がはじけ飛んだ。覚えたはずの呪文が消えた。自分という存在を構成するものが失われていく。

 天賦の才も、最上の天稟も、天才たる由縁も刻一刻と失われていく。

 

 まだ頭が破裂していないことが不思議だった。末期の脳腫瘍が頭蓋を押し出し、脳を圧迫していた。脳の血管で破れていない場所などどこにもない。

 記憶、思考、無事なものなどどこにもない。

 

 歯は全て砕けるか抜け落ちた、舌は重すぎて動かない。下顎はその重量に耐えきれず外れて垂れさがっているだけになっていた。

 胃、肝臓、腎臓、胆のう、子宮、あらゆる体内に存在する臓器は穴あきチーズと一緒だった。機能しているものなどありはしない。

 

 全て虫食いが如く病魔に食い散らかされている。健常な細胞を探す方が早い。なぜならば探す必要がないからだ。

 もはや彼女に健常な細胞などありはしない。

 

 骨は総じて自らの重さに耐えきれずにへし折れ砕け散った。破片は全て肉袋を突き破って全身を穴あきチーズに変えてくれた。

 全身の骨は全てへし折れている。神経なんぞズタズタに引き裂さかれている。さながら手入れを怠った弦楽器のよう。

 

 それでもなお、サルビア・リラータという女は諦めてなどいなかった。

 

 死ぬはずがない。

 自らはサルビア・リラータである。

 この世界において価値のある人類。死んでいいはずがない。塵の役にも立たない糞どもが生きながらえて、サルビアが死ぬなどあってはならない。

 

 生きることに嘘も、真もあるものか。

 善悪などない。生きることは、ただそれだけで正しいことのはずだ。

 

 ならば、サルビア・リラータが生きられないはずがない。

 生きられるはずだ。

 

 また病魔に侵されようとも、出来るはずだ。

 生きることが、出来るはずだ。

 

 出来ないはずなどないのだ。

 

 杖を握る。杖の重さで腕が引きちぎれかけるが知ったことか。

 

 立ち上がろうとして、おれた骨が皮膚を突き破ってハリネズミの有り様になる。

 知ったことか。

 

 目の前にいる三人がただただ憐れに思うほどの肉袋、ただの肉塊のようになり果てようとも、サルビア・リラータは生きようとしていた。

 サルビア・リラータに足りないものなどありはしない。足りないのは寿命だけ。それさえあれば、誰にも負けることなどないのだ。

 

 救う? 何をほざいている。

 サルビア・リラータを助ける?

 

 自分の身すらも守れない愚図どもが?

 度し難い、度し難い度し難い!

 

 憐れむなよ。

 塵屑でしかない分際で、このサルビア・リラータを憐れむな!!

 

「死ね――コンキタント・クルーシフィクシオ」

 

 発音できたかもわからない。

 杖を振れたかもわからない。

 

 だが、魔法は確実に作用する。

 発動する。

 これをこの場で防げるはずがない。

 

 手加減などしない。

 向かってくるのならば全てを滅ぼすまで。

 逆十字は止まらない。

 

「ハリー!!」

 

 そして、あえなく、死病に侵され、ハリー・ポッターは死んだ。

 何かを成し遂げることもなければ、何かを響かせることすらできなかった。

 

 その果てに、ハリー・ポッターは殺された。何の感慨もなく、ただ何度も、まだだ、と叫んだところで死は確定した。

 

 そう、ハリー・ポッターはここで死んだ。

 

 逆十字は救われない。

 

 全ては、闇の中に沈み消えた――。

 

 ――本当に?

 

 本当にそれで良いの? ハリー。

 

 それは一体誰の声だったのだろうか。

 

 お友達と喧嘩して、そのままで言い訳ないわよね。

 

 ――そうだ。

 

 喧嘩したままじゃ死ねない。

 

 それなら行ってきなさい男の子でしょう?

 

「さあ、ハリー」

「ダンブルドア先生」

 

 彼は頷いて何かをハリーへと渡した。

 

「うははは、さあ、欠片の一つじゃ、なんか探しちょったら見つけたけェ! あいつに渡すんよりもおまえに渡しちゃるわ! さあ、好きにやれやヒーロー」

 

 ――愛い愛い、そうだ、友人と仲直りがしたいのだろう。

 ――おまえの望みを描くが良い。

 ――その中で、おまえだけの夢を見ていればいい。

 

 ――眷属の許可を与える。

 ――幸せになってくれよ。

 

 ああ、これは駄目だとそう思う。

 けれど、これが必要だ。

 

 ――持っていけば良い。

 ――好きに用立てるが良い。

 ――おまえの世界の中で、おまえは主人公だ。

 ――おまえに不可能などあるはずがない。

 ――おまえが幸せになることを願っている。

 

 それは一度使えば二度とは元に戻れぬ麻薬。

 吸ってはならない阿片に他ならない。

 けれど、それでも。

 

 ハリー・ポッターは眼をひらいた。

 

「――っ……ロン、ハーマイオニー」

「うん」

「ええ、わかってるわ。みんなで」

 

 まずどうして死んでいないなどということはわからない。だが、ひとつだけわかることがある。ハリー・ポッターはまだ、死んでいない。

 

「貴様、なぜ、――ごはっ……――ぐぉ」

 

 サルビアは血を吐いた。もうどこにも無事な場所などありはしないのだ。

 精神力でここまで耐えられたことが異常。彼女はとっくの昔に限界なのだ。数年前に、もう死んでいなければおかしい。

 それがここまで生きたことが奇跡。死んでいなければおかしい。

 

 それをハリーは全力で殴りつけた。

 重篤な病人を殴りつける。ああ、最悪だ。そんなこと善人に出来るはずがない。だが、それでも、ハリーはやった。

 

「コンキタント・クルーシフィクシオ!」

 

 執念の略奪押し付けの呪文が発動する。

 

「な、に……?」

 

 その時、起こったことを、サルビアは理解できない。

 なんだ、何が起きた。

 

 自らの身体に満ちた病みが消えた? 自らが作った呪文の効果は自分が一番知っている。どれだけ押し付けたところで、意味をなさないはずがなぜ。

 

「ごはっ――」

 

 代わりに血を吐いたのは三人だった。

 

「なに、なにが……? おまえ、なにをした!」

「さ、あ?」

 

 ハリーにすらわからない。けれど、サルビアの病みが全て三人へと移ったことは確かだった。

 

 ここにもし、夢の使い手がいたのならばそれがどういうことかわかったはずだ。

 まさしくこれこそ盧生ならざる夢の使い手が到達する最高点。

 

 急段の顕象なのだから――。

 

 大いなる石、絆とともにそれを護り、秘密なりし部屋にて友の為に勇気を以て剣を抜く。

 囚人を助ける慈愛は家族への愛、大いなる陰謀の炎杯に選ばれて、自らの未熟と友の大切さを知った。

 騎士団は己を護る。されど、己の浅慮こそが全ての終わりを招いたのだ。

 自らのことを知らず、されど死宝探索をもって、闇を払う。

 

 それはありえざる物語。

 自らが歩んだはずの軌跡。

 そこに一人の命はない。

 そこに少女の姿はない。

 だからこそ、手を伸ばしたのだ。

 

「でも……これで君はもう大丈夫だ」

 

 サルビアが放った呪文は、奪うもの。

 それを逆転させた。

 奪う呪文を使ったら奪われる。

 

 協力強制は強い感情を向けること。

 それに対して彼自身が愛を持つこと。

 

 簡単に成立する故に効果も単純だ。

 それはあらゆる全ての逆転。死を呼ぶ呪文は、生を呼ぶ呪文となり、奪う呪文は、奪われる呪文になる。

 ただあらゆる全てを反転させる。そう、それは逆十字が救えないという運命すらも反転させる。奪った病魔。その原巣すらも。

 

 治らないという不可能が、今この場においてのみ、可能となるのだ。

 盧生が与えた試練であろうとも、あらゆる全てが反転している今、サルビアが拒めば拒むほど、試練を乗り越えたということになる。

 

「この、ふざけるな! アバダケダブラ!」

 

 生を呼ぶ呪文と化した死の呪文によって消え失せる。

 問答無用で人の命を奪う呪文は、ハリーの急段によって問答無用で人を生かす呪文となっているのだ。

 

「サルビア……ありがとう」

「ハリー、君ってやつは」

「ほんと、滅茶苦茶なんだから」

「みんなだろ?」

 

 そう無茶苦茶だ。だが、忘れてはいないか? 彼は主人公なのだ。彼らは主役なのだ。

 例え、どれほどの困難であろうとも、例え、どれほどの苦難であろうとも。

 それを乗り越えていく。

 

 友と愛と絆によって。

 それが嫌いな奴はいない。

 きっと誰だってそれを見たいのだ。

 

 普遍無意識がそれに賛同すれば、奇跡は起きる。

 

 彼は盧生と直接的に繋がっている。

 魂の一部を彼は取り込んでいる。

 つまりは、彼もまた盧生の一部であり、阿頼耶と繋がっていることに他ならない。

 

 だからこそ普遍無意識は彼の行動を見て、奇跡が起きてほしいと願ったのだ。

 

「何をした貴様! これは、どういうことだ!」

「違うよ。これは僕だけの力じゃない。世界のみんなが君に生きてほしいと願った結果だ」

「なんで、なぜ、どうして貴様が、私を救う!! 上位者気取りか、ヒーロー気取りか! そんなもの大概にしろ! 何だ貴様は! 私を救って、何がしたいのよ!!」

 

 訳が分からない。

 理解できない。

 なんだ、何なのだ。

 こいつは、目のまえのこいつは、いったい、なんだ。

 

「別に何かしたいってわけじゃないよ。愛、絆、友情。たぶん、きっとそういうことなんだと思う」

「うん、ハリーが言いたいことは僕にもわかるよ。サルビア。僕たちは君を助けたいんだ。君がどんなになっても、友達として、大切な人として」

「あぁ……」

 

 最悪だった。

 最低の気分だ。

 こいつらが何を言っているのか理解してしまった。理解できてしまった。

 夢で見た有象無象どもが言っていたことが、わかってしまった。

 

「そうね。これ、私たちにはほんっとうに難しいわよね。でも、理屈じゃないのよ」

 

 最もサルビアと対等に、彼女の思考に近づいていたハーマイオニーはよくわかる。

 自分以外が馬鹿ばかり、どうしてそうなのかまったくわからなくて、けれど全ては理屈ではないのだ。

 

「人間理屈じゃないもの。なにがあっても、あなたを救いたいって思う人間がいてもおかしくないし。なにより、私、まだあなたに勝ったことないもの。勝ち逃げなんて赦さないわ」

 

 なんだ、それは。

 

「僕はもっと単純だよ。純粋に、君のことが好きになった。それだけ。理屈じゃないんだよなぁ、うん。あんな君の姿をみても、全然ね。嫌いとかそういう気分にはならなかったんだ。

 寧ろ、今まで隠してたのを見せてくれて嬉しく思ったりね」

 

 頭がおかしい。

 

「理屈で説明できないことをする、それが人間だよサルビア。ほら、見てよ、君はもう救われてる。こんな簡単なことなんだよ」

 

 …………。

 

「…………」

 

 この状態を解決し、破却する術がある。

 死の呪文で、今、この空間がどのような状態にあるのか把握した。

 己の状態がどのようなものになっているのかもわかった。

 

 ならば、ハリー・ポッターらを負けさせる為に言うべき言葉など分かり切っている。

 

 今この場では全てが反転している。

 救いを拒絶すればするほど、サルビア・リラータは闇の帝王の試練をクリアしたことになる。

 ならば、そう、ならば――。

 

 ――助けて、と言えばいいのだ。

 

 誰かに縋れば結果は反転したものとなるのだから。

 そう簡単だ。

 

 簡単なことなのだ――。

 

「ぐ、ふ、っ――!!」

 

 だが、サルビアはその一言をどうしたって口に出来ない。

 逆十字は他者に縋れない。

 

 何があろうとも、自らその言葉を口にすることなどできやしないのだ。

 

 ゆえに、拒絶するしかなく――それは彼女の救いになるのだ。

 




遅くなってごめんなさい。

さて、まず作中で普遍無意識とか阿頼耶とか出てますが、そこ読者とか感想欄とルビ振っておいてください。

サルビアの救いが欲しいという普遍無意識さんがいろいろブーストしてくれました的なサムシングです。
いや、うん、誰が何を言おうとも、私はこうするって決めてた。

ハリーの急段は相手がハリーに感情を向けていること。それに対してハリーが相手に対して愛、友情、絆を抱いていることが条件。
それによって発動するのは、あらゆる全ての反転。

一定領域内のあらゆる全ての事象、呪文の反転。

本来ならばハリー・ポッターには発動できない。
しかして、普遍無意識がその奇跡を見たいと願った故に発動した。
まさしく奇跡だよ。

でも、ハリー・ポッターってそういう物語だと思う。
奇跡も希望もある。
戦神館の世界とは少し違って、でもそういうので良いと今の私は思っている。

だって、私、ハッピーエンドが大好きなんだ。
ご都合主義でも、何でもいい。
苦しんだ登場人物たちには、報酬をあげたいから。

だから、今回のお話はこんな感じでした。


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第68話 出発

 闇の陣営に堕ちた魔法省の奥底で、今、歓喜の笑みがあがっていた。

 それは闇の帝王が発するもの。

 

「はは――」

 

 ついに、ついにやったのだなと、自らの希望を見つけたような歓喜の笑みだった。

 求めていたもの。

 それこそが、見たかったものだ。

 

 反盧生、闇の帝王、トム・リドルが見た輝きだった。

 

 人は病みを乗り越えることが出来るのだという証明。

 自らの穢れを乗り越え、己がヴォルデモートになったように。

 人は自ら変わることが出来るのだ。

 

 だからこそ闇を自覚せよ。

 病みを受け止め、乗り越えるが良い。

 そこに人の輝きはある。

 

 人はその病みに耐えられず大半が死ぬだろうが、知ったことではない。

 今、世界中に広がる反盧生の支持者たち。

 彼らはトムを支持しようとすら思っていない。

 

 悪感情。

 悪意。

 害意。

 殺意。

 

 あらゆる反感こそが闇の帝王の支持。

 盧生ならざる盧生。

 反転した盧生。

 

 悪の主役。

 それこそがトム・リドルゆえに。

 

 彼のことを悪と思えば思うほどに、彼は強大になっていく。

 魔法族もマグルももはや関係ない。全世界の全てが彼の敵であり、支持者。

 もはや、彼に勝てる者はいない。

 

「そうだ。オレ様は信じているのだ。人は、変われるのだと。オレ様が変わったように。それこそが未来へ繋がる一歩であると信じている」

 

 咆哮。

 賛同の声

 

 闇の中で死喰い人が声を上げる。

 彼らもまた眷属として邯鄲を超えて、今までの思想を超過した。

 極みに達した彼らは、トムの支持者ではない。

 

 彼らだけは、トムの急段に嵌らない。

 

 故に。

 

「…………」

 

 ただ一人。

 その中で一人の女のことを考えている男がいた。

 

 ドラコ・マルフォイ。

 彼は考えていた。

 震えながら強い方であるトムについてトムを支持しながら、サルビアの役に立つにはどうすればいいのかと。

 

 植え付けられた記憶。植え付けられた感情。

 だが、それでも、それはもはや彼のものだ。

 

 ドラコは考える。

 考え続けている。

 闇の中で。

 闇の底で。

 

 彼女が来るのを待っている。

 

 彼女は来るだろう。

 救われた彼女が、次に何をするかなどドラコにもわかる。

 八つ当たりだ。

 

 なにせ、アレほどではないがドラコもプライドが高い。

 気に入らないものに対して当たり散らす。

 理性ではないのだ。どうしようもなく抑えきれないのだ。

 

 ただただ、気に入らないからこそその脚を引く。

 純血であり、名門である。

 だからこそ、己よりも劣る者が優れていることが気に入らない。

 

 それを完膚なきまでに叩き潰された。

 闇の帝王ですらこれで、サルビアですらそうだった。

 ならば己は何かあっただろうか。

 

 純血、家柄、死喰い人である父。

 それらを除いて、己が成したこと、誇れることは?

 

 答えはない。

 何一つ。

 それをサルビア・リラータに見せつけられた。

 

「…………」

「どうした、ドラコ」

「……なんでも」

 

 そうなんでもない。

 なにもない。

 

 だからこそどうする。

 ドラコ・マルフォイは、どうするのだ。

 

 やるべきことなど決まっている。

 サルビア・リラータの役に立つ。

 

 それこそが、『約束』だ。

 

「……これは証明だ」

 

 僕にだって、役に立てるという。

 約束を守ることこそが己の誇りになるのだと信じて。

 

 闇の中、一人の少年が、歩き出そうとしていた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 最悪だ。

 最悪に過ぎる。

 まさか、何の役にも立たない塵屑(ハリー・ポッター)に救われるなど。

 

 見ろ、奴らの勝ち誇った顔を。癪に障る。むかつく。

 だというのに、最悪なことにほっとしている自分がどこかにいるのが猶更最低の気分だった。

 

 病魔から完全に救われた。

 魂にすら根付いた呪いじみたアレを片っ端から持って行って、サルビアが放った死を反転させた死の呪文でそれらすべてを破却した。

 まったくもって、最悪だ。これであいてが苦しんでくれていれば多少は溜飲が下がったというのに。

 

 彼を助けたことも、彼に助けられたこともなにもかもが、サルビア・リラータにとって最高(サイアク)の展開だった。

 

 ああ、まったく他者を生き返らせる呪文があるのならば教えてくれ、この場ならばそれは死の呪文となる。

 しかし、そんなものなどあるはずがない。あれば、とっくの昔にサルビアが使っている。

 

「最悪よ……」

 

 やつらを負けさせるためには、誰かに縋るしかない。そんなこと出来るはずもなく、なにより――。

 手にいれた健常を手放すことが出来るほど、逆十字という死の十字架は軽いはずもない。

 

「やったね、ハリー」

「ああやったよロン」

「大丈夫かしら、サルビア? どこか悪いところは?」

 

 最悪だ。

 最悪に最高(サイアク)だ。

 己の目的は果たせた。果たせてしまった。

 健常な寿命と肉体を手にいれたのだ。

 

 空気がうまい。

 身体が軽い。

 だが、最高(サイアク)だ。

 

「…………」

 

 ならばこれから、この三人を殺すか?

 それをしてどうなる。なんの意味もない。

 それに、殺せやしないだろう。

 塵屑が使った魔法ならざる力。

 あれはきっとまた使える。

 

 それにそんなやる気も全て消え失せた。

 心の内で燃えていた逆さ十字の炎はすっかりと消えていた。

 今はただただ、とにかく不愉快極まりないだけだ。

 

「……出てって。ハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、全員、ここから、今すぐ、出て行って」

「サルビア?」

「わかった。落ち着いたらまた来るよ」

 

 なんだそれは、大人のつもりか。

 どこまでも不快にさせる天才だな、ハリー・ポッターは。

 

 そそくさと出て行った三人は、どうせ村の中にいることだろう。

 

「…………」

 

 とりあえず自分の身体を確認する。

 どこにも悪いところはない。

 

「身体が軽い……」

 

 腕が動く、足が動く。

 目が見える。

 耳が聞こえる。

 匂いがわかる。

 

「空気がうまい……」

 

 内臓の全てが無事だ。

 痛みが本当にない。

 

 サルビアは静かに息を吐いた。

 肋骨はへし折れない、内臓全てに律儀に万遍なく突き刺さらない。

 血を吐くこともなく、痛みに耐えるために噛み締め続け変形した顎が砕け散り、その衝撃でまた身体のどこかの骨が折れ骨が内臓や肉に突き刺さるという末期症状にはならない。

 

 無限にループする螺旋のように血を吐いては骨が折れて血を吐くの繰り返しには程遠い、何度も息が吸える。何度も、何度も吸える、吐ける。

 そんな普通の呼吸を数度繰り返せば、顎の骨が折れるところなどもうないほどに折れ、手足の骨も全て折れきったはずの身体には何の異常も起きていない。

 

 すっぱりと腕を切る。そこから流れるのは赤い血だった。これが腐りきり変色したどす黒い肌から流れる血は赤を通り越して黒であり、膿み、糞のような腐臭を撒き散らしていた腐った黒血であったことなど誰が信じられよう。

 

「……いたい……」

 

 正常な感覚だ。何の問題もありはしない。

 

 息を吸うだけで鼻と口腔粘膜は剥がれ出血するか、腐り落ちてどす黒い液体が気道も食道も塞ぎ溢れたそれらが口から、鼻から流れ出すということは起きそうにない。

 心臓は普通に拍動している。血管は順当に血液を運び循環させている。

 

 肺、胃、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、十二指腸、子宮、膀胱その他。体内に存在するありとあらゆる臓器には無事なところしかない。

 免疫系はストライキをやめて正常に働いている。痛みは何一つない。

 

「……あぁ、最悪」

 

 本当に救われてしまった。

 全て確認して、全て正常。

 ここから体調が崩れるといった予兆もなにもない。

 完全に、完璧に救済されてしまった。

 

 格上であったダンブルドアにでもなければ。闇の帝王にでもない。

 それらならばまだ納得もできよう。いいや、納得はしないが、少なくとも理解はできる。己の力を正確に把握しているサルビアには、彼らの力が良くわかる。

 だが、現実としてサルビアを今こうして救って見せたのは、遥かに格下であり、役にも立たない塵屑でしかなかったハリー・ポッターと、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーだった。

 

 ならばどうする?

 このままどこかへと逃げるか? 

 却下だ。

 これでは完全に敗北して、ハリーたちから逃げているようではないか。そんなことサルビア・リラータに耐えられるはずがない。

 

 ならばどうする?

 

「決まっているだろうが」

 

 このサルビア・リラータが奴ら如きに負けるはずがない。

 正常な寿命と正常な肉体を手にいれたのだ。

 ならば、あの三人如きに負けるはずがない。やつらが勝っていた部分など寿命と、あの夢だけだ。

 

「借りを返す」

 

 借りっぱなしなどありえない。

 

 サルビアは支度を整えると、玄関先でなにやら待ち構えていた不快極まりない馬鹿どもに告げる。

 

「行くぞ。闇の帝王に借りを返しにな。貴様らが出来ないことを私がやってやるんだ。むせび泣け」

 

 決して、決して、三人のためなどではない。

 借りを返しに行くのだ。それだけだ。それ以外になにもない。

 

 




少し短めですが更新。

闇の帝王の試練を乗り越えたことになってしまったために、サルビアから急速に病みと闇が抜けるの巻。
なんだよ、ただの虚弱ツンデレ美少女になってしまったじゃないか。
いかん、空に浮かぶセージの笑みが浮かんでしまう。

次回あたりから闇の陣営との対決に入ろうかな。
ぶっちゃけ魔法界ほぼほぼ全滅してるけど、大丈夫大丈夫、イケルって、きっと

???「まだだ――!! 明日の希望は奪わせん」

???「ゆえに邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ」

とかいうよくわからない金髪の連中と闇の陣営は戦ってるからイケルって!


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