神父と聖杯戦争 (サイトー)
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序章
0.始まりの夢


 気が付けば炎が支配する地獄に変わっていた。昔の、ほんの十年くらい前の、自分が持つ一番古い記憶の話。

 今の自分は、当時の自分について記憶が無い。過去の幼い自分は、あの地獄よりも昔にあった平和な日常がいつも通りに、それこそ平穏そのものを自分は過ごしていき、これからもそんな風に生きていくのだろうと、記憶から失った過去の自分は感じていた筈だ。

 しかし、悲劇は突然人を襲うもので。既に辺りは火の海と成り果てて―――自分は地獄を彷徨っていた。

 これが自分にとっての一番古い思い出であり、始まりの記憶。見渡す限りひろがっている炎は人を襲い、喰らう様に燃やしている。

 あまりにも酷い夢だった。死が支配している地上の地獄。

 そんな中、あても無く彷徨っている自分がいる。視界に入るのは、炎と燃えて崩れていく家とヒトの死体。実に無残で地獄は徹底的に日常を灰へと変えていく。地獄、地獄、ここはもう地獄としか例えようの無い死の世界。

 そうして、炎を中をどのくらい彷徨ったのだろうか……

 ―――気がつけば、

 夜空の中で燃える黒い太陽に見下ろされていた。

 死ぬ訳にはいけない。……いや、あれに殺されるのなら今死ぬ方が救いになる。

 しかし、自分が自分を殺すなど地獄であろうとできなかった。今はもう解からなくなってしまった誰かが、死ぬなと助けてくれた、行きなさいと、逃がしてくれた。

 自分が死ねば、彼らの死が意味を失くしてしまう気がして。価値のある尊い思いが無へときえていまいそうで。

 だから、ただ生きなければならない、と。力のこもらない足を無理やし動かし、止まりそうな呼吸に活を入れ死に満ちた灼熱の空気を吸いこんでいる。

 死にたくない。

 死ぬのは嫌だ。

 生きなければならない。

 幼い自分はただ、生きようと単純に行動し、体が止まったら全てが終わる。そう自分の本能が告げ、いずれ自分に訪れる終わりのカタチを、目の前に広がる地獄が目に刻みつけるように教えてくれた。

 ……しかし、そうやって足掻いて逃げた先にあったのは、不吉で、悪寒が奔り、吐き気しか感じられない、奈落の深さを持つ黒い泥だった。

 黒い太陽の分身のような闇色の泥に襲われたのは不運にも程があるし、自分にことであるが不幸すぎる。そのあとはもう、パクリと食べられてしまい、ボチャンと奈落に落ちながら闇に溶けていった。

 

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 ――――始まりの刑罰は五種。

 ――――生命刑、身体刑、自由刑、名誉刑、財産刑、様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける刑罰を与えよ。

 『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を呵責し嗜虐する事の溜飲降下』『名誉栄誉を没収する群体総意による抹殺』『資産財産を凍結する我欲と裁決による嘲笑』死刑懲役禁固拘留罰金科料、私怨による罪、私欲による罪、無意識を被る罪、自意識を謳う罪、内乱、勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、爆破、侵害、過失致死、集団暴力、業務致死、過信による事故、護身による事故、隠蔽。益を得る為に犯す。己を得る為に犯す。愛を得る為に犯す。得を得るために犯す。自分の為に■す。窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いおまえは汚い償え償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え。

 『この世は、人でない人に支配されている』

 罪を正すための良心を知れ罪を正すための刑罰を知れ。人の良性は此処にあり、余りにも多く有り触れるが故にその総量に気付かない。罪を隠す為の暴力を知れ。罪を隠す為の権力を知れ。人の悪性は此処にあり、余りにも少なく有り辛いが故に、その存在が浮き彫りになる。百の良性と一の悪性。バランスをとる為に悪性は強く輝き有象無象の良性と拮抗する為強大で凶悪な『悪』として君臨する。

 始まりの刑罰は―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ―――奈落の底の底。魂の牢獄。

 醜さをさらに醜さで上乗せする、醜く成り果てる無限の汚れ。

 ―――黒い太陽が唄う人のカタチ。

 ―――今でも呪いが魂の中で唄っている、太陽の歌。

 自分の『存在』そのものが再誕する痛み。自分の肉体、精神、魂、その全てが発したこの存在自体が感じた『ナニカ』。

 文字通り魂に刻まれたそれを、自分は未来永劫忘れられないだろう。

 ――……それでもなお、自分は泥から甦ることができた。

 今思えば何かしらの理由はあるのだろう。しかし、泥から当時幼い自分が生き残れたのは本当に奇跡だった。

 

 

 

 ………気づくと空が見えた。自分は生きているが、人間ならば大切なモノがごっそり死んでいて身の内から消えていた。カラダがやけに軽く感じられたのは、肉体に溜まった疲労が何故か苦しく感じ取れなかったかもしれない。

 炎が弱まり死灰(しかい)が舞っている。『自分』を殺されたただの殻が一つ、そこには存在していただけだった。心が空っぽになった自分が、何の思いもなく生きているのかと考えている。廃墟と化した街の地面を横たわり、崩れ落ちた瓦礫に囲まれながら見る空は暗かった。

 

「――――――――」

 

 ……足音が聞こえた。かつん、かつん、と道を人が道を進む音。死んでいる体が音を感知した。だから空から視線を外して音源を見た。地獄の中に見えたのは、血だらけの神父と裸の外国人。

 

「…………ほう、アレを凌げた生き残りがいるのか。―――どうする綺礼?」

 

「決まりきったことを聞くな。この身は神に仕える身だ、人助けは当然のことであろう。

 ……それにな、ギルガメッシュ、おまえなら気づいていると思うが――――――――」

 

「――――あぁ、この雑種はお前と同じモノになっているぞ。……フ、なかなかに愉快だ。雑種の身でありながら、幼い魂でアレを逆に喰らうとはな」

 

 地獄の中、平然としている二人は横たわる自分の横で会話をしている。

 

 ――――神父が問う。

 

「では少年、

 ――――――――生きたいかね?」

 

 自分は無表情な笑いを浮かべ、神父は全てを悟ったような笑みを浮かべた。

 金髪の外国人は愉快なモノを見たように、悠然と笑いながら二人を見届けた。そして自分は生きるために頷いたのだろう。

 

 ………映像は一旦途切れるがまだ記憶は続くようだ。

 次に目を開くとそこに映ったのは暗い灰色の空ではなく、石造りの天井であった。

 自分は瓦礫ではなく、綺麗なベットに寝ていた。ベットの横には血だらけではないが、自分を助けてくれた二人組の一人である神父が見えた。

 

「目は覚めているかね、少年」

 

「……ここは?」

 

「ここは私が神父をしている教会だよ。君は助かったのだ。……それで、君の名前は何と言う?」

 

「………………………………わからない」

 

「そうか」

 

 この時、自分は死ななかったのかと、何の思いも浮かばずそんなことを考えた。『自分』がさっぱり内側から消えていた。

 今の自分が思うのなら、既にそこに在るのは体は生きてはいるが中身をごっそり失った泥人形。空白だけとなった心を宿す『ヒト型のナニカ』であった。

 生者ではなく、死者でもない。獣や機械でもない。例えられるなら、人形。それも何のカタチをとっても何にも成れない泥人形。

 

 その時の自分は奈落の目をした目の前の男、何処か不吉な気配がする微笑みを浮かべる神父を見ていた。

 

「どうしたのだ少年?」

 

「……自分はあんたらに助けられたのか?」

 

「あぁ、あの火事現場で拾ったのだ。

 それと、あの区域での生き残りは君を除くとあと一人であったか。……同年代くらいの少年らしい」

 

「………そう」

 

「―――そうなのだ。

 故に私は、君に伝えないといけないことがある」

 

 この時のこの男の表情には、神父らしい慈悲など欠片もなく、愉悦のあまり耐えきれないとでも言う様に、底無しに不吉な笑い顔を浮かべている。

 ―――それなのに、まるで神から伝えられた言葉を宣告するかの如く、敬虔な聖職者のように呪われた言葉を告げた。

 

「実はな、私が火事の元凶だ。

 ―――お前の家族を皆殺しにして、お前の幸せな日常を灰にした。そして、おまえを不幸へと叩き落した張本人なのだよ」

 

 …そうして、語られたのは一つの戦争の話。

 魔術師、英霊、マスターにサーヴァント。世界の裏側にある暗い真実と戦争の要である聖杯。そして、聖杯戦争と呼ばれる魔による血の宴。荒唐無稽な話であるが、告げられた真実が嘘ではないと思えた。

 その男の雰囲気もそうであったが、何よりも自分は―――――――――――

 

「これが嘘ではないことをお前は体験したはずだ。

 ―――――――黒い孔と泥は忘れられまい。あれが万能の杯、聖杯だ」

 

 呑まれて飲み込んだんだ、あの地獄を。生まれ変わったような心身に轟く激痛と、助かった時の虚無感は今でも忘れてないだろう、死んでも忘れないであろう。

 …まぁ、当時の自分にとってだと難しいことだったので、概要をなんとなく理解しただけだが。

 

 話終えても自分が無反応なのが気になったのだろう、その神父が自分に話しかける。

 

「どうしたのだ。今の話を聞いて思うことはないのか?」

 

「………僕は一体、なにを思えばいいの?」

 

 神父の言葉がつまり確信を得られたような雰囲気に変わる。なにを悟ったのだろうか。それはまるで同胞でも迎えるみたいな、今思えばそんな歓喜に満ちている暗い笑い。

 

「―――…………くくっ。

 そうだな、私が仇なのだから憎いだとか、家族が死んでしまって悲しいとか、そのような感情だ」

 

「あの……憎いってどうゆうものだっけ? それにどうして家族が死ぬと悲しいって感じられるの? ―――そもそも感情って、どうすれば感じることができるんだろう?」

 

「――……くくク。フははははハハハハハっ、はははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!

 ―――やはりそうか…っ。

 視ている内にもしくはと思ったが、まさか私の同類に再誕するとはなんたる祝福。なんて愉悦だっっ!

 ――――――このような運命を神が用意するとはなッッ!!」

 

 

 死んだものは甦らない。失ったモノは手に入らない。

 中身が消えた心は、ずっと空のままで殻なのだろう。

 何を失ったのかワカラナイ程空っぽなら、何を入れればいいのか分かる訳がなく、入れ方も理解できない。

 

 ―――それも泥人形なら永遠に。

 

 

「………どうかした?」

 

「何でも無いぞ。面白いモノを私は笑っただけだからな、お前に非はない。」

 

 後に、自分の養父となる神父であるこの男は、通常の価値観とは真逆の価値観をもっている事が分かる。神父としては如何かと思うし、人としてなら極悪人だ。ただ、この神父がそういうものならば、そういうもので在り続けるのだろう。

 

 ――――――人々が幸福だと思えることが、私には幸福とは感じられない――――――

 

 そんな言葉を残している神父であり、そして自身を罪人と思い救いを求めて生きてきたことが分かる。求道者であるこの男はそんな生き方を選び、残った道がこれ一つだけならば、その在り方は当然のように貫いていくしかないのだろう。

 

 神父の笑い声が響き、部屋に一人の青年がやってきた。

 

「煩いぞ、綺礼。ついに狂ったのか」

 

 金髪紅眼の男。ひと目で自分とは違うと本能が告げている。存在感が巨大だった。………まぁ、すぐに英霊と説明されて人間ではないと知ったのであるが。

 

「いいところにきたな、ギルガメッシュ。この少年は今日から私の息子になる予定だ。

 新しい名は、そうだな、士人(ジンド)にしよう。名を失ったと聞いた時にな、想い付いたのだ。今日からの名前は言峰士人だ。

 ………そういうことで構わないかね、士人?」

 

 ここで自分は、生みの親から貰った名前を『士人』という名につけ直し、養父からの『言峰』の名字を受け取った。

 そして、そんな大事なことをサラッというあたり、この神父はやはり言峰で――――

 

「……………。………………うん」

 

 ―――それをサラっと返すあたり、私もこの男の息子だった。

 そして何よりも、この男からは自分に似たナニカを感じられたのだろう。そうして、この時に、自分はこの男の息子になったのだ。

 

 

 ……………………………久しぶりに、昔の夢を見た。

 



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第五次聖杯戦争
1.戦争前の日常


 この世界の基本となる節理は弱肉強食だ。

 例えるなら、正義が分かりやすいだろう。正義にはそれを想い実行する人間が必要だ。そして、同じ正義を持つ人々は団結し、定義が異なる正義を持つ人間は互いに争い奪い合う。

勝つのは単純に力が勝っていた人間の正義であり、敗れた者の正義はより強い正義に悪と定義され食われてしまう。

 力自体はもちろんのこと、善と悪、幸福と不幸、常識と非常識でさえ同じなのだろう。互いが違う善と善同士であるのなら潰し合うことも少なくなく、日常でもよくある出来事だ。それが悪と悪同士なら、妥協がなければより巨大な悪が勝つだろう。ついでに善と悪の意味が異なるもの同士ならば、互いに争うのか、認めるか、無視するか、無視仕切れずに反発するかだ。

 

 力がある方で、より優れたモノが残っていく。

 これらは個人同士の争いや集団同士の数の争いということもあるが、基本は力の優劣だ。もっとも、力と一口に言っても、暴力、知力、運、数、精神力などなどと、力にも多くの種別があり、分かりやすい個人の力でいうのなら、不断の努力とか天賦の才能があれば強い力を得られるだろう。

それに人の望みは他の望みを潰し、人の願いは他の願いを犠牲にする。さらに、自身の望みのために他の自身の願いを捨てなければならないこともある。逆もまた然り。

 このような喰っては喰われ喰っては喰われ続ける循環が、現代まで続けられた人の歴史の流れでもあるのだろう。これは魔術師も代行者も化け物も変わらないことであり、神と悪魔でさえ大差はないかもしれない。

 

 

 故に何処を目指すにも力が必要だ。

 ――――――だから私は、己を極めることにした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「―――――――(こんな時期だからか、昔の記憶を夢としてみたのは。……いい朝とは言えんな)」

 

 朝の清々しさをぶち壊しにする思考をしているのは、この教会の神父である言峰士人である。

 今は朝の5時少し前であり、寝起きが良いのか目覚めはハッキリしている。こんな朝早くから起きてこの神父が何をするかといえば、学校前に行う習慣と化した鍛錬と礼拝堂でのお祈りだ。朝の時間は家事もあるのでとても短く、鍛錬をする時間を作るには早起きしか無い。

 

 ―――時は朝食。

 料理(この男の特技かつ趣味)を済ませた士人は、通常の家の朝食より多めのご飯を机に用意している。鍛錬に使ったエネルギーはしっかり補充しなければ日々のバランスに悪い。ついでに、学校の弁当も準備万端であった。

 

「飯はできあがっているようだな、士人」

 

「……いやに早いな、ギル」

 

 食卓に現れたのは、金髪赤眼の青年であり名をギルガメッシュと言う。この教会の居候で今は元サーヴァントである英霊だ。

 

「なに、我(オレ)にも用というものがあってな、本格的に始まるまでにやっておくことがあるのだ」

 

「そうか。俺も聖杯戦争の前哨戦の片づけは面倒だからほどほどにな。………まぁ、七騎揃うともっと派手なことになりそうだが」

 

「ハハ、だがしかしな、この我が本気を出せば派手だけでは済まんぞ」

 

 そんな感じにギルガメッシュが笑っていると、この少年神父はため息を吐いた。

 

「……まったく。なんでこんな時期に死んだのだ、オヤジは。こんな大変なモノを遺して」

 

 そこでギルガメッシュはいつものニヤリ笑いで―――

 

「士人よ。貴様はただの雑種ではなく、我の最後の民であり臣下なのだ。たかだか監督役程度、軽くこなすが良い」

 

 ―――と言い放ち、

 

「……………大変なのはそれだけではないのだよ、ギル(ぼそっ)」

 

 と士人はとても小さく嘆息する。そこで、ギルガメッシュも小さい声が聞こえたのか聞き返した。

 

「どうした、何か言ったか?」

 

「いや、何でも。それより飯が冷える、食べよう」

 

 神父は話を逸らすことにした。

 

「ふむ? …まぁ、良いか。では、いただくぞ」

 

「はいはい、いただきます」

 

 綺礼が死んでしまった後、教会の割とよくある朝の風景である。朝食のあと、士人は平日のため学校へと登校し、ギルガメッシュは士人より早く街へと出かけて行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 いつものように、朝は静かに独りで登校する。学校に近づくと、いつものように着席時間十分前に来ているので生徒で混雑してきた。

 混雑の中に入り教室を目指す。校門を過ぎ歩いていると、ちょうど朝練の帰りなのか知り合いに出会った。言峰はその人物の背後から、なんとなく気配を殺して声をかけることにした。……ようは、イタズラ程度の嫌がらせである。

 

「おはよう美綴!」

 

 唐突に声を真後ろからかけられた知り合い―――美綴綾子は、声を上げながら後ろに振り向いた。

 

「うひゃあ!? ――――って、驚かせるな馬鹿神父! まったく朝から心臓に悪影響だ……」

 

「クックック、それはすまないな。それはともかく、朝から御苦労だな。相も変わらず熱心な事だ」

 

 まったく誠意が籠ってない、ある意味言峰らしい返事をする。

 この男は空気も読めるし、何事も本気で取り組み、真剣に活動をするかなり真面目な男だ。それなのに、こういった日常ではよく遊んでいる態度や相手をからかったりする。そんな捻くれまくった生真面目さを持っているのが、中々に厄介だと綾子は思った。

 

「それはともかくって…………話をそらすな。こっちは日々重なるお前のイタズラで精神が疲労困憊だよ」

 

「イタズラとは一体何が? 俺はただ朝に出会った友人に挨拶をしただけではないか。まったく、人聞きが悪いことだ」

 

「だから、その挨拶を、背後から、気配を消してしたことだ!」

 

 美綴綾子、突っ込む。

 朝の空気を読んで小声であったが、それは確かに絶叫だった。そんな美綴を見て言峰はさらに追い打ちを仕掛ける……愉しそうな笑顔で。

 

「もう一度言うがな、朝から御苦労だな、美綴」

 

 ニコ、と神父として完璧な笑顔を浮かべる。

 

「御苦労になってるのはお前のせいだ、ど腐れ神父!」

 

 そして美綴は、ついつい言峰のペースに嵌まってしまう。

 

「ダメだぞ美綴。女の子が、お前だとか、ど腐れだとか、そんな言葉を使っては。そんな言葉使いでは女の子というよりもなんだ…………姐さんだぜ」

 

 言峰は本当に心の底から悲痛そうな悲しい表情で、可哀想なモノを見る視線を向けて言い放った。……もちろん、さらなる追い打ちのためである。

 

「言峰、朝から弓で射られたい? ……それと、姐さん言うな」

 

 ニコッ、と言う擬音が似合う笑顔。美綴の表情は笑っているのに目が真剣だった。真剣と書いてマジだった。そんな魔術の師匠兼幼馴染にそっくりな“殺しちゃうぞ♪”的な笑顔。言峰は長年に鍛えて、今も極めている観察眼で美綴の心情を分析して悟る。

 

 ―――ここが限界だと。

 

 

「すまん。揶揄にも程が過ぎた、許せ。途中までだが教室に向かおうか」

 

「おい、話はまだおわっ、……ちょっと待て、今日こそは反省させてやる!」

 

「急がないと遅刻になってしまうぞ。それにこれはいつものコミュニケーションだろう?」

 

「だから反省させるのよ。それにいつものって、……お前は私を何だと思ってる?」

 

「姐さん」

 

「矯正してやる!」

 

「ハッハッハ、一気に反省の概念を超えたな。後、本当に遅刻になるから俺は急ごう!」

 

「あ、ホントだ…………って、遅刻になったら恨むからな!」

 

 二人は慌ただしく教室に向かっていった。

 その後言峰士人は美綴と別れ、自分のクラスの教室にある自分の席に座る。

 時間はそこそこ余裕を持って間に合ったが、あのトラが担任のクラスだ。遅刻をすればどんな愉快な刑罰が下るか分かったものではない…………見る分にはなかなか愉快な見世物の時もあるのだが。このクラスの担任について感慨に耽っていると後ろから声を掛けられた。

 

「言峰殿、言峰殿。朝に遠坂女史からの伝言を受けてるでござる」

 

「また口調が変わっているな後藤。それで何だ、伝言とは?」

 

 サムライ(?)口調のクラスメイトの名前は後藤。前にみたドラマに影響されて口調が変化するツワモノである。

 何故かいつも廊下側の一番後ろに席替えをするたびに選ばれるので、今ではクラスの中でボランティアの伝言係になっていた男。何気にクラスでの知名度はかなり高い。

 

「では、伝える故に短いがしっかりと聞きなされ。

 “昼休みに話がある”、以上じゃ。…………それで、拙者はその話とやらに興味があるのでござるが? やはりの男女的なのが拙者の期待なのじゃがのう」

 

「あ~~、後藤の期待に答えられるような色恋話じゃないな。というか、あの遠坂凛が俺に恋心を持つような異常事態、日本が海に沈没してもならない。

 ………それにそういうのは、隣にいる坊主の方がとてもとても怪しい」

 

 言峰の遊び心が聞き耳を立てていた生徒会長へ、ついつい向かってしまった。

 

「戯けが! 女狐に恋心を抱いているとでも言うか神父!」

 

 寺の和尚の息子である柳洞一成が神父に吠える。それと言峰は柳洞のことを坊主と呼び、柳洞は言峰のことを神父と呼んでいる。商売敵同士、何か思う事があるのだろう。

 

「いやいや、満更でもないだろう。お前はなかなか、その女狐を意識している会話をしてるではないか。衛宮もよくそういう会話を聞くだろう?」

 

「……まぁ、ある意味意識はしているかな、うん」

 

 この男は衛宮士郎。かなり色々と、“言峰”に因縁ができる男であるのだが、現時点では中学から続く友人である。

 もちろん、かの有名な魔術師殺し(メイガスマーダー)の息子であることだけは、言峰士人も知っている。

 

「おい、衛宮。友を裏切るのか?」

 

「一成、顔がマジで恐いぞ」

 

 ………そんな中、朝の時間は過ぎていく。

 

 その後、担任の藤村先生が教室にきたのはいいのだが、ホームルームの前に恒例のタイガー劇場が行われた。見ていて飽きないとはこのような人物のことであろう。さすがに常人ならあの角度の頭部への激突はやばそうであったが、トラは強いのだ、何も問題無い。

 そんな中、普段の日常に差異が一つ。朝の時間から間桐慎二の様子はおかしかった。明らかに言峰士人の方に注意が向かっていた。気になる事があるなら、知り合いであろうとズバッと言ってくる男が注意を向けてくるだけ。しかし、この時期なら大概の予想はついていた。結局のところ、間桐の家はいろいろありすぎるし、家族関係も複雑でトラブルもあるだろう。それに時期が時期だ、聖杯戦争がらみだろうと結論をつけた。

 もっとも、この結論自体は合っているのだが、後に間桐慎二は予想外な顛末を迎えることとなる。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 授業も消化されて時間は昼休み。

 いつもの言峰ならクラスの友人らと弁当や、食堂に行ったり生徒会室の二人とかと飯を食べるのであるが、今日は遠坂からの伝言もあるので会いに行くことにした。学校内での気配を探り、遠坂の巨大な魔力(それこそ自分が持つ3~5倍の量)もあり一瞬で見つける。

 

 彼女は何故か、この寒い時期に屋上にいた。

 

 人がいないということではいい場所だが屋上では寒くないかと思い、自分が学んだ常識が世間一般では正しいか間違っているのかほんの少しだけ気にした。だがしかし、「まぁ、遠坂だからな」ということにして気にしない言峰。

 ………それに話の内容は察しおり、この学校では確かに一番適している場所なのは理解していたので、気にせず屋上へ向かった。

 

 

――ビュゥゥゥウ~~――

 

 

 階段を上り屋上につく。扉を開けて外にでるが、やはり寒かった。この寒い中で待たされれば機嫌が悪いだろうなと予想できたので、彼はすぐ遠坂が座っている場所へ向かうことにした。

 

「遅いわ士人。寒いのだから急ぎなさいよ」

 

 遠坂凛の第一声。これは理不尽のでは、とそんな事を士人は思った。

 

「いやいや、では何故こんな時期に屋上なのだ?」

 

「人に聞かれると面倒だからに決まっているじゃない。

 ……後はね、た・ま・た・ま、なんだけど。久々に士人のご飯が食べたいな~、なんて思ったからよ」

 

 言峰も弁当を強請られるとは思わなかった。よく見れば、弁当も購買のパンも持っていない。しかし、そうであるのならば何故なのであろうか、昼休み前に買っておきここで食べ終えた事が予想できる空になった焼きそばのパックと、それについてくる割り箸をもっているのは。割り箸だけここにあるのは、いささか不自然だ。

 ……それは決して弁当が欲しいから朝の伝言が昼時指定で、居た場所が人目を気にすることのない屋上だった訳ではないからだよねと、遠坂に聞けなかったのはただ場の雰囲気を読んだに過ぎないのだと、言峰はそういうことにした。

 それに結局は身内みたいな人物だ。別に不快感がある訳でも無く、彼は凛に弁当を分けることにした。

 

「しかし、相変わらず真剣(マジ)で美味しいわね、士人の料理は。………真っ赤な麻婆豆腐以外はだけど。

 あの“激辛”の概念武装みたいな一品を弁当に入れてなくてホントよかったわ」

 

 遠坂凛は安心したように話した。しかし、言峰の目が真剣なものになっていく。

 

「………ふう。いいか、俺にとってマーボーの定義とはな、アツアツでこの世で最高の辛味である存在のことを言う。その中華料理の最高峰のマーボーを弁当に入れる?

 ――――――そんなこと、俺にはできん。その様なこともわからないから、泰山の麻婆豆腐の中辛クラスを破れない甘口レベルなのだ。

 ……俺はね、己の師匠の不甲斐無さが少しだけ無念だぞ」

 

 そんな一般の定義から外れた主張を神父は一息で言った。うんうん、と自信有り気に頷く言峰を呆れた目で見ていた遠坂は話をつなげる。

 

「………ほんと、料理とマーボーにはうるさい男ね。それと、今は師匠って呼ばないでくれる」

 

「まぁな、俺の趣味と好物だし。…それに凛は何時であろうと俺の師匠であるのだから、師匠と呼んで悪くはないだろう」

 

「はぁ~、それもそうなんでしょうけど。

 なんていうのかしら、魔術の修行中に師匠って呼ばれるのは違和感ないのよ。……なんかそれ以外の時だと、違和感がなんていうか…………こう、ねぇ」

 

 彼女が感じる違和感は、魔術師をしていない一般社会に混ざっているとき、魔術師としての呼称を言峰にかけられているための違和感である。

 しかし、それを言葉にすると「なんだ、普通の女の子したいのか?」なんて、弟子の士人からかわれるのは目に見えている。士人もそんな自分の心情が分かっているかどうかは微妙であったし、言えば確実に悟られてしまうだろう。それは、遠坂凛が持つツンデレじみた典型的な負けず嫌いであるからこその思考だった。

 ……そして当然のことだが、言峰士人は師の心情を悟っている。マジでタチが悪い弟子だった。

 

「違和感があるとは非道い話だ。それに師を敬うの弟子としての愛ではないか」

 

 クク、とそんな雰囲気の笑みを顔に作る。

 

「(分かって言ってるのでしょうかね? 判断しづらいわ、ホントに。そんなところも綺礼にそっくりじゃなくていいんだから。)

 ―――………だったら少しくらい言葉に誠意を込めなさいよ、似非神父二世」

 

「それは失礼だった」

 

 遠坂の言葉も捌いていく言峰士人。お弁当を食べ合っている師弟の、そんなほのぼの(?)としたお昼の会話だった。

 

 雑談もそこそこ。

 時間もある程度経ったあと、話の本題に入るのか遠坂の目が魔術師のモノになっている。食事も終わり、昼休みもチャイムが鳴ってそろそろ次の授業を迎えるだろう。

 それに合わせて言峰も裏側の世界の顔、今なら聖杯戦争監督役としてのモノへと変えていく。魔術師・遠坂凛は、監督役・言峰士人と話を始める。

 

「監督役・言峰。私、遠坂凛は聖杯戦争に参戦することをここで告げます」

 

「確かに聞き受けた。では魔術師よ、己が目的を果たすため死力を尽くし聖杯を目指すが良い」

 

 魔術師の言霊を監督役はそう受け取った。

 二人は雰囲気を日常のモノに戻す。遠坂凛は何処か気の抜けた目で言峰士人を見る。

 

「なんというか、呆気ないわね。……………あと、シリアスに成りきれてない」

 

「まぁ、仕方ないだろうな。ただの学校の屋上でシリアスになろうとしてなれるものでもない。

 ……それに呆気ないと言われても困る。マスター申告は正直な話、形式になっている。そもそも監督役の仕事自体、事後の後始末位だからな。

 そして、戦争の勝敗を決めるのは監督役ではなく聖杯だ。なんせ監督するものを聖杯戦争って呼ぶ訳だからな。それ故に、監督役の俺は参加者の“魔術師”にとやかく言うつもりもないし、言うこともない。言葉を掛けたところで、その行為は大した意味が生まれない。

 後はそうだな、戦争中に外道に走った参加者に対しては代行者としての役目が出てくるくらいか。……もっとも、戦争に挑む魔術師に違反行為の禁止を注意したところで、如何なる訳でもない」

 

 言峰はそんな風に自身の役目を語る。所詮、裏方の仕事。大変であるが、大変なだけだ。

 

「ふ~ん、そんなモノなの。それと、何か情報ないの?」

 

 遠坂凛は監督役の仕事をしている人間にとんでもないこと聞いてきた。

 言峰も少しだけ呆気に取られてしまうが、「やはりこの女、遠坂凛」ということで納得してしまった。言峰士人の中の遠坂凛はきっととんでもない扱いをされているのだろう。

 

「――……正気か? 中立の立場だからこその監督役だぞ。俺の師匠といえど、今は参加者と監督役の立場だ」

 

 神父は魔術師に返答するが、魔術師は妥協案を考える。それは、魔術師はこの神父が養父に似て生真面目であり、何事も本気で真剣であったことは知っていたからであるが、しかし、頑固者ではあり、自分がこのように在ろうと決めた事はともかく、それ以外の妥協しても問題がない事はしっかりと妥協を考えてくれるのだ。

 

「それじゃ、召喚されたサーヴァントを教えてくれない。これなら監督役としても大して問題じゃないでしょ?」

 

 よって、凛は士人が許せる範囲で情報をもらうことにした。

 

「………まぁ、サーヴァントを召喚していないみたいだ、クラスくらいであれば教えてもいいぞ」

 

 それなら質問の範囲ないか、と監督役の責任にならない程度には甘い言峰士人。

 

「そうだな。召喚されたのは一番目がバーサーカー。二番手がキャスター。その後の召喚の差に大差はない。……そして、呼び出されたサーヴァントのクラスに教会の礼装では不明だったイレギュラーのサーヴァントが一体含まれている。

 ……で、今残っているのは、セイバー、アーチャー、ランサー。都合良く三騎士が残っているからな。師匠が呼び出すのなら、この三騎士の内の一体だろう」

 

 言峰は遠坂にとって予想外な答えを言った。

 

「そうなの。残りはセイバーかアーチャー、もしくはランサーね。やっぱりセイバーが狙い目かしら。……それと、イレギュラーって何か予想ぐらいはついているのでしょう?」

 

 魔術師の顔で、鋭い声で問いかける。

 

「予想はついてる、あくまで予想だが」

 

「その予想って教えてもらえる?」

 

「何、師匠の家の資料を見直せばすぐに予想できることだ、別に構わん。

 ……この度で五回目の聖杯戦争になるがな、三回目の時に七騎士以外のイレギュラークラスが確認されている。そのサーヴァントのクラスはアヴェンジャーという名前だったそうだ。イレギュラーのクラスならば、このアヴェンジャーの確率が一番高い」

 

 言峰は自身の予想を答えた。それを聞いた凛は、その情報を脳内で吟味するような表情を浮かべた。

 

「ありがと、士人。助かったわ」

 

「それはどうも。

 ……さすがにここにいてが体が冷えるし、時間もない。そろそろ戻るか」

 

 

 そうして、魔術師と監督役の会合は終わった。

 

 



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2.戦争前の日常in泰山

 昔の話。養子となり、その他諸々の用事が済み教会生活が日常になった数週間後の話。

 珍しく、何処か楽しそうな笑顔をしているのが印象に残っている。オヤジはその日、私とギルをつれて夕飯を食べに外食に行こうとしていた。

 当時の私もそうだったが、ギルもオヤジの事を珍しがっていた。

 

「おい綺礼、この(オレ)に馳走する飯はうまいのだろうな?」

 

 ギルは少し疑問を感じていた。それもそう、この言峰綺礼と言う男の性根の歪みっぷりは当時の私も知っていたし、当然ギルも理解をしていた。感性も歪んでいてもおかしくない。どんな味をうまいと感じるのか分かったもんじゃなかった。

 

「安心しろ英雄王、最高の一品を見せてやろう………クックックックックック」

 

 物凄く自信に溢れているセリフ。なんというか、有無は言わせん、という覇気が満ちていた。そんなオヤジがなんか、不気味なナニカに見えたのは私もギルも同じだったと思う。

 いつもの死んでる目が生き生きしているのを見て、この男が喜べることなど碌なことではない、なんて事は解りきっていることだった。

 

「――………そ、そうか。ならば案内せよ」

 

 ギルはそう答えていた。ほんの少しだけ躊躇っている答えだったのは覚えてる。

 

「よろしい。では士人も構わないかね?」

 

「………あぁ、俺は構わないよ」

 

 当時の私が肯定する返答を返すとオヤジは何が楽しいのか、いつもの何処か悟ったような不吉な微笑みではなく明らかに笑っていた。その笑顔は生粋の神父が浮かべるものなのに、言峰綺礼らしいとでも言うべきなのか、不吉な印象が残るものだった。

 この時、ギルは感じ取れた王としての勘に従っていればあんな醜態は曝さなかったのだろうに、と今なら私はそう思う。

 ……それに、その時の何処となく不安そうだったギルの姿は珍しかったし、この男には似合わないモノだった。そして、不安として出ていた勘を信じれば、と今でもギルはそう思っていることだろう。

 

 ――――――――何せ自分の天敵と会ったのだから。

 

 そして、それは自分にとっては一生の付き合いとなる料理との出会いだった。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 商店街を長身の神父服の男(三十路手前のマッチョ)と、金ぴかで肌寒そうな服装の金髪外人(年齢不詳な感じで頭からして黄金一色。アクセサリーも物凄い成金です)と、八歳程度の少年(目が死んでる)が堂々と通り過ぎて行く。

 

 ――――その先に在ったのは「泰山」と書かれた、一軒の中華料理店。

 

 店を前にするとオヤジがなんかオーラっぽいのが見えるような雰囲気で店へと入っていく。私とギルは何故だろうか、一度だけなんとなく顔を見合わせてから続いて行き、オヤジの後から店の中に入る。

 

「お客さん、何名アルか~?」

 

 ……なんか、日本人が妄想する中国人の似非日本語が聞こえてきた。

 

「魃店長、今日は三名だ」

 

「おぉ~、キレイアルか。それにキレイが連れと一緒とは珍しいアル」

 

 オヤジが今見えたこの小さい女性(女の子?)の店長と名前で呼び合う程の仲になるほどには、頻繁にこの中華料理店に通っているのが分かる。この神父さんは常連客なのだろう。

 

「キレイの注文はいつものでよろしいアルね?」

 

「あぁ、お願いする。それとこの二人には同じものを甘口で頼む」

 

 何故に楽しそうに注文を頼むか、この神父。

 

「フッフッフ、分かったアル。三人前の注文、いただいたアルネ」

 

 そして、邪悪な笑いを残し店長は厨房に消えていった。意味が理解できないこの二人の理解し合ったこの態度。ギルも顔にはてなマークが出ているが取り敢えず、どんな注文をオヤジがしたのか楽しむことにしたのだろう、静かに待つことにしたみたいだ。オヤジも調理の音でも聞いているかのように無言で注文の品を待っている。自分も料理を黙って待つことにし、十分もしない内に注文は届けられた。店長が料理を持ってくる。

 

「麻婆豆腐お待たせアル。お二人さんが甘口で、キレイが辛口アルよ」

 

 届けられた麻婆豆腐を見る。なんかヤバげな雰囲気であったがとにかく見た。

 

 ……それは、紅。

 もうとにかく赤一色だった。危険なほど真っ赤だった。

 

 なんというか、地獄の釜みたいな、そんな麻婆豆腐のカタチなだけの香辛料地獄。その色はもう形容したくないまでなクリムゾンなファイヤーでブラッドですよ、これ。これは美味い不味いの次元を超えている。それにもう凄まじい良く分からない程香辛料の領域を超えた香りが離れていても判るではないですか。これをどうしろというか、オ………ヤ……ジ…?

 滅茶苦茶な混乱状態で思考しながら、オヤジを見る。ギルも同じ思いなのだろう。私と同時にオヤジに視線を向ける。

 

 ―――――なんか、マーボー食べてる。

 

 甘口でさえあの惨状なのに赤を超えて赤黒くなっている麻婆豆腐を食べてる。そこには神父服を着てマーボーに挑む修羅が、独り居た。

 視線を逸らす。なんか見ていると呪われそうだった、神父とマーボーに。自分はまた己のソレを見る。赤い。その後、とある決意を持ってギルを見る。ギルは固まっていた。

 

 ……数瞬後、固まっていたギルは私の視線に気付いて目を合わせる。

 

 そして私のその視線の意味をギルガメッシュは理解してしまった。それはそう、先に食べないなら俺が先に頂くよ、という意志が込められた視線。まぁ、わざと私がそんなイメージがする視線を投げつけたのだが。

 

 ………ギルガメッシュは思った。

 こんな些細なことであるが王が童に遅れをとっていいものなのか。いや、ありえない。そして王ならば喰い干さねばなるまい、マーボー程度の地獄なぞ!!! それにこの程度、三倍赤がろうがなんであろうがなんら問題ないわ。フハハハハハハハ!!!

 

 …と、私がそんなギルのおおよその心情が読み取れる位には、英雄王は結構このピンチに混乱していた。そしてついに蓮華を持ち、煉獄マーボーを掬う。そして一気に口の中に入れた。

 

「――――――――――――グフ」

 

―――ぬうおおぉォォぉおおオオオオオオオオオオオ!!!

   店主ぅううッ、水だッッッ! 水を我に持ってこいぃぃぃィィィィ!!!―――

 

 後にも先にもこんなに情けない姿のギルガメッシュはまず見れないだろう。今でもギルを見ながらその時の姿を思い出してみるとついついワラッてしまう。

 前にいるオヤジを見てみる。その時のオヤジの顔は邪悪に歪み、とことん不吉な笑みが刻まれた顔であった。そして、そんな養父と居候を視界から外して麻婆豆腐を見る。

 自分も覚悟(?)を決め蓮華を握る。麻婆豆腐を食べるため蓮華にマーボーを乗せ口に運んだ。

 

 

 ――――――――パクリ。

 

 

 その日、私は麻婆豆腐に出会った。

 

 

 その後、自分はしっかりとおいしく一杯食べ終えた。子供の時の自分の腹では一杯が限界であったので満腹だった。

 麻婆豆腐を食べ終えたオヤジはオカワリを注文していた、辛口よりさらにやばそうなマーボーを。まだまだ辛口以上の種類があるみたいだった。ギルは甘いものを頼んで食べていた。彼の私たち親子を見る目が、奇妙な何かを見る目だったのを覚えている。

 

 

 ………そんな、私の古い記憶。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 学校も終わりを迎える。今日は用事があるため、授業が終わると目的地に向かうことにした。遠坂も今日あたりにサーヴァントを召喚するのであろう、一応急ぐ様に伝えておいた。

 目的地のある商店街を目指す。この商店街は地方の商店街が危機に瀕しているような客離れは見られず、活気に満ちている。そんな活気に満ちた雰囲気の中、独特でこの商店街では異質な気配がする店がある。

 そこが目的地である店、泰山である。言峰は慣れたように店の扉に手を掛けた。彼が扉を開き、迎えるのは慣れた香辛料の香りと……

 

「いらっしゃいアル~」

 

 ……聞き慣れた魃店長の似非中国人訛り風な日本語だった。

 そして、初めて食べた時から言峰綺礼と同様にすっかり麻婆豆腐にハマっている士人を、チビッ子店長が見て口を開く。

 

「――……おぉ~。

 ジンド、久しぶりの来店ネ。どうしてたアル?」

 

 名前を覚えられている当たり、常連客なのであろう。言峰士人は店長の言葉に答える。

 

「教会でのゴタゴタがあってね、オヤジの遺しモノの始末をつけないといけない。それに現在進行でまだまだ続きそうでな、俺がここに来たのは息抜きと知り合いとの待ち合わせって訳だ」

 

 事情を話した言峰士人を見ながら魃店長は言った。

 

「―――…………そうアルか。

 キレイが死んでからは、ワタシのマーボーについて来れるのはジンドだけになってしまったネ。なかなか張り合いがなかったアル」

 

 店長の冗談に聞こえるようであるが、本音が多分に含まれている言葉だ。そんな料理店の店長としては間違ってるような、そんな料理人の性を語っている。中国四千年の料理、なかなか業が深いのだろう。まぁ、一応は養父の死を悼んでくれる店長の姿を見て少しだけオヤジを思い出した士人であった。魃店長が言い慣れた様に言峰に注文を聞く。

 

「では、いつものモノでいいアルネ?」

 

「お願いする」

 

「では待つヨロシ」

 

 士人が答えるとそうそうに店長は戦士のような笑顔を浮かべながら顔を厨房に引っ込めた。なにせこれから魃店長が始めるのは戦争(料理)なのだから。

 ―――それは真実、確かに戦争であった。

 香辛料とのサシでの決闘。気を抜いた瞬間、麻婆豆腐は死んでしまう。故に、死んでしまえば絶妙な味と、なによりも最高の辛味が死ぬ。

 ―――そんなことは許され無い。そして、負けてしまえば消えていくのがこの世の無常。

 失敗を許せば自身の誇り(プライド)が心を抹殺する。中華料理四千年に込められたその想念を感じ取ってしまう魃であるからこその戦い。負けはすなわち死を意味する、料理人魃としての。

 ―――それは料理人魂そのものが賭けられた戦場の理である。

 神父はそんな戦いがあったりなかったりするんだろうか、あったら面白いけどまずないだろうな、とそんな思考をしながらいつもの席に向かう。

 …実際は近くとも遠からずといった所なのだが。魃店長にもこのマーボーに至るまでには数々のドラマと、数多の試練がある中々にスパイシーな人生を送ってたりするのであった。

 士人がいつもの席に向かったのは、別にその席が自分の特等席だからではなかった。単に自分より先に待ち人がそこにいたからであった。

 

「お久ぶりです、マクレミッツさん」

 

 士人の待ち人とは魔術教会所属の封印指定執行者である、バゼット・フラガ・マクレミッツである。昔の士人は、この女性が養父の友人である事が結構驚くことのできる事実であった。

 なんせあの言峰綺礼の友人である。しかも、養父の本性に気付いている節がありながら信頼を寄せることなど、そうそうできるものではあるまい。そして、代行者の言葉に魔術師は懐かしむように答えた。

 

「お久しぶりです、士人(ジンド)君。かれこれキレイの葬式以来ですね、この街も懐かしいものです」

 

「そうですね。三週間前のオヤジの葬式以来ですから、そう感じるのも悪いものではないですよ」

 

 男装の麗人とも言えるスーツ姿の美女と制服姿の教会の神父が中華料理店で故人を偲んでいた。

 バゼット・フラガ・マクレミッツは思う、言峰綺礼の養子である言峰士人は彼の養父によく似ていると。

 明るい表情を浮かべていても何処か心が亡くなっているような笑顔。感情が欠けたようにも聞こえる言葉は、何処か透明で、重い何かが感じられる。そして、キレイに似た黒色の眼は、奈落のようで、底なしに深い闇が込められているようだった。

 

「そうです、士人(ジンド)君。これからは私にはそんなに固い敬語を使わないで欲しい。

 日本語の敬語と言うものは何処か回りくどい物に感じられる。それにお互い知らない仲という訳ではありません。……後、私のことは名前で呼んでも構いませんよ」

 

 バゼットは何かが気に食わないのだろう、そのような提案を突然出してきた。士人も特に拘りはないのでその提案に乗ることにした。

 

「そうで…………そうか。ならそうする事にする。後、バゼットさんも敬語も面倒だろう、楽な感じで大丈夫だ」

 

「いえ。これは私の素の日本語ですから。遠慮手加減は苦手でして……

 (“さん”付けは抜けないみたいですね。それにまだ固い。やはり父親の友人を呼び捨てで楽に話すというのは、日本人的にダメなのでしょうか…………)」

 

「…………そうか。

 (流石は親父(オヤジ)の友人、侮れない人格だ。それに、結構面白い人間のようだからオヤジがちょっかいだしたのが分かるな)」

 

 そんな風な再会をした二人であった。まぁ、らしいといえばらしいのであろう。士人とバゼットは共通の話題となる聖杯戦争の事について話を続ける。

 

「ジンド君、今日あった事件はどうでしたか?」

 

 今朝にあった一家惨殺事件。四人家族で父、母、姉、弟で構成されていたが、生き残ったのは弟1人だけであった。殺害に使われた凶器は刃物であったらしい。犯人は不明。警察も調査中である。士人は朝にあった聖堂教会と魔術教会の連絡と事件への対処を思い出していた。

 

「事件が一家惨殺事件の事だったら刃物で殺した以外はまったくの不明。とりあえず、魔術関連のことが漏れないように手配をしたくらいで、今は調査中だな。おそらくは聖杯戦争絡みだと考えられるが…」

 

 士人は監督役としての報告を、マスターである魔術師に世間話するようにあっさりと教えた。

 

「…大丈夫なのですか? 監督役がマスターに情報をそのように簡単に与えても」

 

「本来ならばマスター個人に情報を渡すなど規律違反であるが、情報が情報でね。

 監督役としては、冬木市民に危害を与えるようなマスターとサーヴァントは処分しないといけない。そして俺は神父であり代行者だ。みすみす人を見殺しには出来ないからな」

 

 代行者であり魔術師でもある監督役・言峰神父の返答。いろいろと複雑な立場であるからこそ、融通をきかせ臨機応変に対応できるのであろう。

 

「―――確かに。

 外道を殺すということには、執行者も代行者も大差はありません。それに外道の類は被害が広がる前に仕留めておきたい、ということですか?」

 

 バゼットは士人の考えを言い当てる。士人にとって、その外道が殺されるのは他のマスターなのか自分なのかの違いでしかないのでどちらでも構わない物。故に被害が広がる前に死んでもらったほうが仕事が増えなくて済むのだ。

 

「そう言う事だ。それに派手に動く者には前回のように監督役の権限の行使もあるが、いろいろと面倒だからな」

 

 話がちょうど区切れたあたりで店長の気配が近づいてくる。二人は話を中断し料理を待つこととした。魃店長が二人前のマーボーを運んでくる。

 

「麻婆豆腐二人前お待ちどう様ネ。では、ごゆっくりしていくネ」

 

 来た時には二人しかいなかった店内であるが、夕飯時となり客が入ってきた。店長もこの時間帯はでなかなか忙しい。

 バゼットは自分に運ばれてきたマーボーを見る。

 

「…………………………………(この料理を食べるのも三週間ぶりですね)」

 

 バゼットにとって、泰山の麻婆豆腐を食べるのは言峰綺礼の葬式のために冬木に来た時以来である。

 それは三週間前の出来事であった。言峰綺礼に聖杯戦争のマスターへの参加を推薦されて一ヶ月位が経った頃だろうか、あの男が死んだと連絡が来たのは。

 

 ―――最初は、本当に驚いた。

 

 あの殺しても死なないような男が、まさか突然死んだなどと連絡があった時は固まってしまった。この度の聖杯戦争では今までの借りを返す良い機会だと思った矢先にこれである。

 それに彼の養子であるジンド君からの連絡でもあったので、本当に死んだのだと信じられた。

 ジンド君とは、キレイと同じように仕事で会った時が初めての出会いで、その時にジンド君が言峰綺礼の息子だと知った。このような偶然もあるなのだな、と驚いたものだった。

 日本に渡り、冬木に訪れる。次の日の朝、教会では葬式が行われた。そして、葬式の後、キレイの墓の前にずっといたらジンド君に誘われてこの店に来たのであった。

 

「………………(あなたが死んでもう一カ月位になるのですね)」

 

 バゼットはそのような事を少しの時間の間、マーボーを見ながら思っていた。蓮華を握り麻婆豆腐を食べようとするが、ふと食べる前に日本の礼儀である「いただきます」を言ってから食べようと思った。

 なんとなくバゼットは、視界を麻婆豆腐から外し、士人がその時に視界へと入る。

 

 

 ――――なんか、マーボー食べてる。

 

 

 三週間前と同じように、黙々と蓮華を寸分も違わずに精密機械の如く麻婆豆腐を口に運んでいる。眼が胡乱としていて、マーボーにのみ己の専心が向けられている。

 その常人を遥かに超えた集中力を高速機動させながら、目標(マーボー)だけを視界に入れている。バゼットはその光景を見て、冬木に戻ってきたんですね、と実感した。



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3.戦争前夜

 これは私が神父に引き取られた頃の出来事。

 

「士人、お前に会わせたい者がいる」

 

 その日の朝、養父は私にそう話しかけてきた。私が視線を養父に向けると養父は言葉を続ける。

 

「以前に説明した通り、お前には魔術の才能がある。よって、お前の魔術の師となる人物を紹介したい。私もお前に魔術、武術、戦術を教えていくが実践的なモノとなる。代行者(エクスキューター)や魔術使いとしてならいいが、魔術師としてならばしっかりとした環境が必要だからな。

 今日は泥で覚醒し、半端な状態の回路を調整する。その後は魔術属性と魔術特性、最後に起源の判定となる予定だ」

 

 養父は前置きを長々と話していく。ようやく入る本題のため少し時間を空ける。

 

「これから行くところでその予定を消化する。…………つまりは今日、お前の魔術の師となる人物へ会いに行くのだ」

 

 以前の説明で養父となった人物の仕事や居候の正体等々は聞いていた。なかなかにファンタジーで血生臭い話であったのは覚えている。特に居候が昔、世界を我が物とした王様だったのは印象的だった。

 それでギルと呼ぶようになる前は王様とギルガメッシュのことを呼んでいたし、今も王様と呼ぶ事がある。私は淡々と養父に答えた。

 

「分かった。それで場所は何処?」

 

「なに、すぐ隣町だよ」

 

 昼になる前に行くそうで朝食を食べた後、オヤジのハーレーに乗って目的地に向かった。

 今思えば、神父服を着てハーレーをとばしながら法衣をたなびかせ道路を滑走していく姿はかなり派手で、コスプレもどきに見える神父との二人乗りはなかなか滑稽だったと思う。

 着いたところは洋館で教会程ではないが、大きい家であった。家というより、館と呼んだ方がいい位の大きさである。

 自分は前を歩いていく養父に付いていく。館の前で綺礼(オヤジ)は呼び鈴を鳴らした。

 

 

―――ピンポーン―――

 

 

 洋館であったが呼びリンは一般の物と変わらない様だ。しばらくして中から人の声が聞こえてきた。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 声の主は、当時の自分と同じ程度の歳の少女のものだった。養父はその声に応える。

 

「私だ、凛。連絡した通り用事を果たしに来たぞ」

 

「なによ、綺礼じゃない。今、開けるから待ってなさい」

 

 声の主は少しだけ不機嫌そうにそう言って、玄関を開いた。

 出てきたのでは、声で予想出来ていた通りの歳位な女の子だった。その女の子は養父に口を開く。

 

「それじゃ二人とも上がって頂戴」

 

 そう言って玄関を開いたら、すぐに家の中に戻っていく。オヤジもリンと呼んでいた女の子に続いて館の中に入っていくため、自分もついて行った。

 リビングに案内されたオヤジは出された紅茶を飲みながら要件を凛に伝えると、「自分は邪魔になるだろう。

 詳しい自己紹介なども部屋でするといい」、と言って、リビングに残る。当時の私は凛に案内されて、魔術の道具がある部屋へと向かった。

 その部屋には自分のために用意されたであろう、如何にもっぽい物がたくさんあった。部屋に着くとその女の子は自分に自己紹介をしてくる。

 

「改めまして。私は遠坂家六代目当主、遠坂凛。これからは、あなたの魔術の師となるのでよろしくね」

 

オヤジから私の事情を聞いていたのだろう、今にしてみれば凛としては、やわらかい声であった。その後、私も自己紹介をする。

 

「俺の名前は言峰士人。世話になるのでよろしく」

 

 自己紹介を済ませた後は、今日の用事を済ませる事となった。実に無愛想に挨拶をしたものだ。

 回路の開発は簡単に終了した。私という存在はあのときに、泥によって再構成されている。魂、霊体にあるべき回路が肉体にも現れるような変異的な回路で魔術師の探究心を擽るような造りだったが、とりあえずは33本のメイン回路は自然と機能するようになった。

 その後に、道具を使っての魔術属性と魔術特性を測り、起源を調べた。五大属性以外も詳しく測れるような道具などもあらかじめ準備していた事もあり、測定してから結果がでるまで、一時間程度であった。

結果が判る度に凛は顔を顰めていく。自分の師となった女の子は私に話しかける。

 

「―――……………士人(ジンド)。これから結果を言うわ」

 

「分かった、師匠」

 

 このときから、凛が呼び捨てだったのは確か、「弟子になるということは、遠坂の身内も同じ。これからは士人と呼ばせてもらうわ。歳も同じでしょうから、士人も敬語はいらないわよ」と言った感じであった。

 自分が凛の事を「師匠」と呼ぶのは安直に魔術師としての師匠であったからである。そして、当時の私が凛に対して師匠と言うと恥ずかしそうであったが嬉しそうであり、この時の私も輝きのあるこの人を師と敬うことには異論はなかった。

 ある程度の間があってから凛は言葉を紡いだ。自分の測定結果である現れた起源の相を告げていく。

 

 ――魔術属性「物」――

 ――魔術特性「物」――

 

 そして、魔術の大別と詳細の後に、混沌衝動の結果を最後に告げる。

 

 ――――起源「物」――――

 

 (サムライ)の意味を名に持つ言峰(コトミネ)士人(ジンド)の魂は、起源を「物」としていた。そして、それは根本的な士人の起源であり、より正確に示せば「存在すること」とでも言うべき力の流れだった。

 この時の凛は私の異端な魔術の才能に師匠として困っていたことだろう。測定結果をオヤジに凛は告げる。その後は、遠坂邸で昼食をとり、話をして解散となった。

 

 

 これは遠坂凛と出会った日の古い記憶である。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

二月一日。

 

 

 今日の朝も昨日と変わらず、日課となっている鍛錬を消化し本格的になってきた監督役の仕事を済ませる。朝食をとっていると、士人は昨日の事を思い出していた。

 泰山では、言峰士人とバゼット・フラガ・マクレミッツは麻婆豆腐を食べ終えた後、言峰綺礼の事を話題として話をした。言峰士人はバゼット・フラガ・マクレミッツからサーヴァントの存在を感じ取っていたが気にせずに話をしていた。

 そして、如何してか、このサーヴァントがどうしようもなく気になった。言峰士人はこんなに気になる自分自身に違和感を覚えた。

 二人は泰山の前で別れる。魔術師は隠れ家へ、代行者は教会へと帰っていく。教会に帰った後は仕事と鍛錬を済ませ、家事や風呂のあと就寝となった。

 

 ギルガメッシュと朝食を済ませた後、毎朝の時刻とかわらずに登校する。今日は教室に着いたのは、時間ギリギリであった。監督役の仕事で時間に余裕がないのである。着席時間一分前のほぼ遅刻状態であった。

 

「…………(あの人より低いが、遠坂の馬鹿みたいに巨大な魔力反応も気配も学校にはない。どうやら召喚したようだな、…………うっかりで失敗してなければの話だが)」

 

 言峰士人が教室の席につき、一息ついてから思ったことであった。自分の師匠に対して凄まじく失礼な考えであるが、土壇場でのうっかりを遠坂凛ならばやりかねないのだ。あらゆる意味であなどれない女であるのが遠坂凛という存在だ。ついでに、「あの人」とは教会の代行者であり、言峰士人の先輩でもある埋葬機関員のことだ。

 

 ―――言峰士人は当たり前の日常を過ごしていく。

 

 裏側では、冬木市は数十年に一度のお祭り騒ぎであるが、表側の日常はそのままで聖杯戦争の影響で事件もあり、平穏とは言えないが言峰士人の学校生活に変わりはなかった。

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 特に何もなく学校は終わりを迎える。結局、遠坂凛は登校しなかった。時間は放課後。言峰は仕事時間に間ができており、鍛錬の時間という訳でもなく、監督役としてのペースもあり鍛錬のペースも合わせないといけないので時間が余った。

 聖杯戦争という時期でもありいろいろと思うことがあるのだろう、自分が神父と王に命を救われた所で時間を潰すことにしたのは。

 

 …………今ではそこは荒れ放題な地面の公園になっていた。士人は公園の奥の方のベンチに腰を掛ける。

 人っ子一人いない公園の奥は外の視線から遮られている。ベンチに座りながら懐から箱を取り出す。木製の箱で大きさは煙草の箱くらいである。士人はその箱をパコという効果音とともに蓋を開く。

 中に詰っているのは、紙煙草であった。この煙草は言峰士人の自作であり教会で栽培されている魔術的な薬草が混ぜられている。煙草の原料と薬草をブレンドした特別品なのだ。それに薬草は当然として原料も魔術の加工がされている。そうやって煙草へ加工され、また魔術で加工されている、手間をかけた一品である。教会の薬草畑の世話は日々の日課もどき。朝の鍛錬の前に朝に体をほぐすのに丁度いいくらいで、そうやって鍛錬に臨んでいる。また煙草造りも魔術鍛錬の一環である。経験は力となるのだ。

 それに畑は結界やら霊脈やら魔術式やら使役霊で魔の庭園になっている。そんな念入りにしなくとも薬草達はスクスク育っていくので士人もできる時間があれば世話をしている位。実際、勝手に育ち整理されていく。基本は鍛錬が優先で鍛錬に時間を使っても意味がない余った時間を有効利用している。手入れは週に0~4日程度の頻度である。

 …………ついでに煙草はかなり生産されており、ギルガメッシュもたまに吸っている。

 

 この言峰士人印の煙草は、煙を肺に吸い込む事で大源(マナ)を自身の小源(オド)へと変換し、体内の魔力の流れを整える効果がある。

 

 ―――魔術師に一日一本、といえるような魔術品である。

 

 そして、この煙草は濃い癖に極力、人体に悪影響がでないようになっている。それでも悪影響があるのだが、霊媒治療を修練した言峰士人は毒素の浄化など余裕である。そんな世の喫煙者をなめた吸い方で煙草を吸っているので、ヘビースモーカーのクセに健康そのものなのだ。後、自分用に作った煙草が自分にとって一番合うのでそれしか吸わないし、他の煙草を吸ったとしても毒素の浄化は習慣であり、士人の体は毒素に異常に強いので浄化は簡単である。

 ベンチに座っている士人は、自分以外には聞こえない程小さい声でボソッと呪文を唱える。すると、片手に持っていた煙草の先端に火が灯る。発火の魔術で初歩中の初歩魔術である。

 士人はこの煙草を吸うときは魔術の炎と決めており、ライターなどの雑貨用品は使わない。しかし、言峰士人は日常で魔術を滅多に使用しない。日常は日常でしかなく、日常以外ではないからだ。

 つまりところ、言峰士人にとって、その煙草を吸うのは儀式なのだ。

 

 

―――赤い炎、灰色の煙、黒ずんだ燃え滓―――

 

 

 ここで起きた地獄を連想させる。己の始まりを思い出す。

 言峰士人にとって、煙草は特別なモノであり、考え事には最適であった。

 

 物思いに耽りながら一本目を吸い終え、二本目に入る。吸う事を愉しむというより、燃えて崩れて灰になる様子を見ている様であった。中ごろまで吸い終わった所で、彼は公園内で人の気配を感じとる。この公園に来客とは珍しく、その気配に士人は覚えがあった。

 その人物から視線を向けられる。向こうもこの公園に人がいることが珍しいと思っているだろうし、公園にいる人物が知人なら興味がでるだろう。その人は言峰士人に近寄って来た。その人物は士人に話掛ける。

 

「………何してるんだ、言峰?」

 

 その人物は衛宮士郎。中学からの友人であり、間桐慎二と共に友好がある仲だ。慎二の男友達は基本的に、衛宮と言峰の二人くらいである。よって、間桐慎二とも中学から付き合いであった。ついでに言峰が昔から煙草を吸ってる事を衛宮は知っている。

 

「何って、煙草だよ」

 

 一旦、煙草を口から離し、言峰は笑顔で答えた。その笑顔はヘラヘラしているように見えるが、苦笑に近いものだった。

 

「そういう衛宮こそ、こんな所にどの様な用だ?」

 

「バイトに行く途中だったけど、………目に入ったから寄っただけだ」

 

 いつも通りの無愛想な声で返してきたが、感情が籠った声であった。公園を見る衛宮の目は真剣そのものだ。

 

「……………………俺も、そんなところだ」

 

 言峰士人はどこか苦しそうな顔をした衛宮士郎にそう答えた。バイトまで時間があるのだろう、話を続けたいのか衛宮は言峰の隣に座る。同じベンチに離れて座り会話をする。

 

「どうした、衛宮?」

 

 言峰は疑問に思い質問する。衛宮は間を空けて言峰に言った。

 

「………ここで起きた火事も十年だ。

 この区域で生き残ったのは、俺とお前だけだった」

 

「―――そうだな。

 助かった時に、あの辺で助かった人が自分ともう1人だけと教えられて、その1人がお前だったのは正直、驚いた。しかも中学での同クラスだからな。………それにもう、十年か」

 

「あぁ、アレは俺も驚いたよ。

 中学で気が合った友人が、あの時の生存者だったんだ。………それでさ、ここには良く来るのか?」

 

衛宮は尋ねる。言峰の方ではなく、公園の方を見ながら尋ねた。

 

「どうだろう、暇な時間を考え事で潰す時に来るくらいか。なんというか、過去を振り返るには丁度良くてな、自分の事を考えるのにピッタリなのだ。火事以外の思い入れもあるからな。

 ………だからまぁ、公園が目に入った時に寄ってみることもあるし、年に数回位かな、訪れるのは」

 

「………そうか。

 俺も言峰と同じで偶に訪れる。新都に用事がある時に時間が余ってると、この公園を少しだけ覗いてしまう」

 

 衛宮はナニカを自分に刻み込むように、公園を凝視する。心の中では、あの地獄が渦巻いているようだった。

 言峰もまた、顔が無くなったような、無表情ですらない空白の顔で公園を見る。心象風景は衛宮と同じなのだろう、過去の景色を想い見る。

 

 ………時間が過ぎた。言峰は公園を見続ける衛宮に話し掛ける。

 

「それで、バイトの時間は大丈夫なのか?」

 

 衛宮はそう言われて、公園にある時計を見た。

 

「そろそろ危ないが、まだ大丈夫だ。

 ……それに、暇潰しには丁度良い位に時間は潰れた。それと、話、ありがとな」

 

 そう言って、立ち上がる。言峰は立った衛宮に別れの挨拶を告げる。

 

「いいってことだ。では、バイトしっかりな」

 

「おう、じゃあな」

 

 衛宮も別れの挨拶を言い立ち去る。公園には言峰士人が独りだけとなった。そうして、言峰は新しく煙草を出し火をつける。時間まで煙草を公園で吸っていた。

 言峰士人はその後、買い物でもしておくか、と内心呟く。神父は寄り道をして教会に帰っていった。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 数時間後、新都のビルの屋上に男女の赤い二人組がいた。女はマスターであり、男はサーヴァントと呼ばれる存在だ。

 その女マスターは魔術師であり、昨日の夜(正確には今日なのだが)、サーヴァントを召喚した。サーヴァントの召喚は見事に失敗している。召喚そのものは成功であったが、肝心のサーヴァントは用意された魔法陣ではなく夜空からのスカイダイビングで召喚された。

 

 ―――スカイダイビング召喚。

 

 聖杯戦争有史以来の初めての出来事であろう。そんなダイナミック召喚されたサーヴァントは、当然、召喚者に嫌味の一つや二つ言いたくなる。しかし、哀れなそのサーヴァントを待っていたのは、自分の嫌味にブチギレになったマスターによる令呪での命令であった。

 

 ―――絶対服従。

 

 これまた聖杯戦争有史以来の珍事であろう。

 そんな出鱈目な命令内容の癖、効果は哀れなサーヴァントに現れてしまう。ここまででも理不尽な上、さらにそのサーヴァントは朝までに散らかった部屋を掃除しろと命令される。その哀れなサーヴァント、略して、(あい)サバが地獄に落ちろと呟いたのはとても分かる話だ。

 その哀サバはマスターが朝、起きるまでに部屋を片付け、さらにそんな理不尽なマスターのために紅茶まで用意していた。…………哀サバこそがサーヴァントの中のサーヴァント、略してSABASABA(サバサバ)なのかもしれない。

 

 だいたいそのようなことを思った魔術師は自分のサーヴァントにちょっとだけ申し訳ないかもと感じ、性格は捻くれてそうだが人格は当りっぽいかも、とマスター・遠坂凛は思った。

 ……そんな自身の従者(サーヴァント)(マスター)は街に連れて行く。

 それはマスターが戦場の下見をサーヴァントにさせていくためだった。冬木の街を回り、ちょうど今はこのビルの屋上にいる。ここで、自分のサーヴァントの性能を見ている所であった。殺気立ちながらビルの屋上から下を覗いている女に、男が話かける。

 

「――――凛。敵を見つけたのか」

 

 殺気だっている女、遠坂凛は自分のサーヴァントであるアーチャーに答えた。

 

「……………別に。

 ただの知り合い。わたしたちには関係のない、ただの一般人よ」

 

 何故か苛立ちながら遠坂凛はそう答える。そして、その場所から立ち去るために屋上の扉に向かおうとしたが、動きを停止させた。

 その後、アーチャーは凛の動きを疑問に思ったが、立ち去るために凛と同じ扉の方に視線を向ける。そして、アーチャーも動きを止めた。

 

 ―――扉の前には影が一つ。気配など欠片もなく、亡霊のような存在感でこちらを見ている。そして、その影が口を開いた。

 

「ふむ。お二人さん、もうお帰りで」

 

 影はフードを被っていて顔は見えなかった。まるで闇そのものを被っているように顔を隠している。おそらくは、そういった隠蔽能力のあるフードだと思われる。その影は真っ黒な法衣のような外套を纏っている。黒い手袋に黒い靴。夜に溶け込む闇一色。それが影の姿であった。そして、その言葉の後、影によって屋上に人払いの結界が張られた。

 遠坂凛はその姿を見て戦慄する。闇の中でさらに濃く映える奈落の闇。その闇の声が脳髄を凍結させる様な恐怖を与えてくる。

 

「…………凛。下がれ」

 

 アーチャーが己のマスターに声をかける。遠坂凛はそれでようやく機能を再起動させ、アーチャーの後ろへ下がった。

 

「……アーチャー、あれは?」

 

「―――サーヴァントだ」

 

 短く、はっきりとした従者からの答え。その後ろ姿を見て悟る。戦争が始まったのだ。敵のサーヴァントが最初の挨拶と同じように、冷たさも熱さも感じられない異質な殺気を込めながら話しかける。

 

「そうか、準備はできたようだな」

 

 薄かった気配が禍々しいまでに濃厚となり、存在感が巨大なモノとなる。

 

「―――ではここで、戦争前に前哨戦でも始めるとしよう」

 

 黒いサーヴァントは赤き主従にそう宣告した。

 その宣言を聞いた遠坂凛は、己のサーヴァントの背中を見て、ようやく気付く。アーチャーは自分の言葉を待っている。すでに準備は整っているのだと。

 

「―――………アーチャー。あなたの力、見せてもらうわ」

 

「―――ク」

 

 マスターの言葉に短く笑い、アーチャーは敵のサーヴァントに疾風の如く突撃していった。

 紅い弓兵の武器は、中華風の鉈の形に似た二刀である。そのアーチャーと対峙するサーヴァントの武器は、鉈の形に似た悪魔の爪や牙のような二刀だった。

 広い屋上ではあるが、サーヴァントの戦いには狭いと思われる場所であった。

 

 しかし、この二人には十分である。

 

 素早く接近してくるアーチャーに対して、黒いサーヴァントは城壁のように疾風を迎え出る。

アーチャーによる助走と踏み込みによって加速された一撃が放たれる。

 

 

 ―――ギィン………ッッ!!!―――

 

 

 突撃してきたアーチャーによる鋭く重い剣撃。それを黒いサーヴァントは剣で逸らしながら、もう一本の剣で迎え撃つ。アーチャーも黒いサーヴァントの剣撃を捌き、もう一本の剣で迎撃する。そして、そこから二体のサーヴァントによる剣戟が始まった。

 

 互いに斬撃を斬撃で迎え撃つ、アーチャーの一閃。

 敵の一閃を逸らすことで作り上げた隙にアーチャーは剣を叩き込む、弓兵によるカウンター。しかし、あらかじめ待っていたように闇色の剣が剣を弾く。

 

 ―――その剣速は、さながら魔速。

 

 初動を無くしたような動きは初速にて最高速へと加速する。

 剣を弾かれ、カウンターを防がれたアーチャーは、黒いサーヴァントに無防備な姿を晒す。

そこに、黒いサーヴァントが瞬時にもう片方の剣で襲撃する。刹那の時間差により、二刀による巧みな防御と攻撃。

 そこへ、空間を歪めるような速さで致死の一撃となる突きを黒いサーヴァントは撃ち放す。アーチャーがその突きを見る。確かに速い一撃だ。だが、その一撃は先読みの一つ。自身が誘導した場所に来た剣など致死には程遠い。

 わざと弾かれた剣を切り返す。白い夫婦剣の片割れは、闇色の双剣の片割れを迎え弾く。

 

 ―――その剣速は、さながら剛速。

 

 機械のような精密な動きは最高速を維持せんと加速する。

 目には目を、歯には歯を、反撃には反撃を。アーチャーは、突きの防衛と同時に致死の横薙ぎをその首落とさんと空間を切り裂くように一閃する。

 カウンターにより、隙ができた首に剣が迫る。黒いサーヴァントのカウンターをさらなるカウンターで迎撃をする巧みな戦術だった。

 黒いサーヴァントは首に迫る死を感じ取る。しかしこの程度の死、軽く凌駕してこその英霊。カウンターをカウンターで反撃してくるのは読んでいる。防衛のために準備した置いた、もう片方の双剣の片割れで受け止める。

 

 

―――ガキィィィンッッ!!―――

 

 

 黒色の剣と闇色の剣が交差し、停止する。

 そして、黒いサーヴァントは魔速と化し受け止めた剣でアーチャーの黒い剣の刃を滑らせながら、間合いを侵食する。

 幻影の如き踏み込み。そのまま、同じ速さで弾かれていた剣を切り返し、脳天へと斬り落とす。アーチャーは無表情のまま城壁のように迎え斬る。

 

 ―――――剣戟は、止まらない。

 

 

――ギギギギギギギギギギギギギィィィンッッッ!!!――

 

 

 鉄と鉄が奏でる鈍く重い不協和音。それは、連続してぶつかり合い、逸らし合う刃物の音。白黒の双剣と闇色の双剣が互いを捌き合う。一瞬にして、二体のサーヴァントによる斬撃の嵐による殺人空間が出来上がった。

 似た得物を使った同士の超人魔人の戦い。互いに武器のリーチが短く、狭い範囲での間合いの奪い合い。二刀による、近距離での斬り合いは壮絶であった。

 静動緩急の混じり合い、互いの虚と実が何度も一瞬で交差する戦術の競い合い。刹那の間に戦術で練り上げられた仮想の斬撃が互いに互いを必殺にせんとする。その刹那に仮想し造り上げられる戦術が、斬り合いの間、延々と続いていく精神の消耗戦。

 

 ………すでに数十、数百と剣戟が続く。

 ゆうにその十倍以上の先の読み合いによる架空の剣を交えたか、殺気と殺気が重なる。世界が鈍く崩れてしまいそうな重圧が高まっていく。剣と剣が交差し、フェイントとフェイントが交差する。双剣使い同士により間合いと間合いが、何度も鬩ぎ合う。

 心眼と心眼の潰し合いはつまるところ、先読みし切れなくなった方が敗北する。しかし、この戦いはアーチャーの不利であった。純粋な戦闘技能が黒いサーヴァントの方が上であるのだ。さらに、互いに経験と鍛錬による剣術の使い手であり、筋力、敏捷が黒いサーヴァントが上なのもあるだろう。

 なによりもアーチャーが武器とする心眼(真)のスキルも、黒いサーヴァントも持っているだろう心眼(真)のスキルに殺され続ける。

 相手より相手の先を読み続け、相手より先に先手を奪う。よって、戦術の選択ミスはお互い、確実な死を迎えることを意味する。アーチャーと黒いサーヴァントは互いに互いを翻弄し続け、騙し合いながら、剣を舞い続ける。

 

 

―――ジギギギギギギィギイイギギギギギィィンッッッッ!!!―――

 

 

 幾重にも双剣と双剣が衝突しあう音が屋上に響き轟く。二人の剣戟は続いていく。しかし、ゆっくりとだが確実にこの斬り合いは、アーチャーに限界が迫っていった。

 英霊二人の戦いは激化する。剣戟の苛烈さは時間と共に増していき、遠坂凛は英霊同士の戦いに目を奪われていた。しかし、優秀な精神を持つ魔術師である凛は、冷徹に戦場を観察する、魔術を眼の強化に集中する。綺礼や士人の影響もあり、武術が気付くと達人の領域だった凛は戦いの心得を持ち、この戦闘を見て戦術を練る。

 魔術による援護―――否。

 この戦闘で見るからに狡猾なサーヴァントと分かる。対魔術の装備の雰囲気もあるし、逆にその流れを利用される可能性が大きい。

 令呪による援護―――否。

 残り二つの令呪を使うのには早すぎる。まだ、機会ではない。

 宝石魔術による援護―――否。

 近距離による殺し合いだ、アーチャーも巻き添えになる。

 故に、ここは勝機を待つ。絶対に機会を逃さないよう強化した眼で見続ける。そして、「必殺の一撃」をアーチャーか自分が黒いサーヴァントに叩き込む。

 

「―――アーチャー……っ」

 

 魔術師は小さくそう呟いた。そして凛は、頑張れ、とアーチャーを心の中で応援した。サーヴァント同士による延々と続く斬り合い。しかし、極限にまで圧縮された戦闘による時間経過だ。実際は感じている時間より、短いものだろう。そんな斬り合いが続く中、流れが変わる。

 

 ……黒いサーヴァントはアーチャーの双剣を誘導し、自身の双剣で強引に弾き返す。

 その後、瞬時にアーチャーの隙だらけの腹に前蹴りを喰らわせる。隙とも言えない僅かな隙を突くだけの速さ重視の蹴撃。黒いサーヴァントの体勢が不安定なのも重なり、致死のダメージには程遠く、アーチャーを遠坂凛の前まで吹っ飛ばすのがやっとであった。

 アーチャーは「何故?」と怪訝に思う。無意味な攻撃であった。あの蹴りには攻撃力が足りない。

 自分に対して、隙も作れない吹っ飛ばすだけのもの。ここで自分に斬りかかる、もしくは遠距離系の攻撃でもどうとでもなる。逆に利用してみせよう。

 せっかく蹴りで体を空中に固定しても、あのバランスの悪い体勢と無理矢理な蹴りのせいで、瞬時にこちらには攻撃できないのだ。せいぜいが自分からの攻撃を守れるくらいだろう。

 

「――――――――っ!」

 

 そこでアーチャーは気付く。この蹴りは攻撃のための蹴りではなく、隙を作るための蹴りでもない。自分はマスターの前に飛ばされている。何のためにわざわざ、主を守りやすい位置に蹴り飛ばすのか。マスター狙いですらないのだ。

 つまり、その一撃は殺気に満ちた眼で勝機を窺っていた魔術師の牽制のためであり、牽制には十分に足りていたのだった。

 そして黒いサーヴァントはその刹那の隙の間を使い、反対側のビルの端に後退する。後退した後、黒いサーヴァントは赤いマスターとサーヴァントに言う。それは何処か、こちらをからかうような声色だった。

 

「すまんな、マスターが帰って来いとの事だ。前哨戦はここまでだな」

 

 そんな捨て台詞を放った後、外套を翻す。その黒いサーヴァントはそうそうにビルから飛び降り、夜の闇に完全に消えた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 遠坂凛は先ほどのサーヴァントを自分なりに解析する。

 去って行った、あの狡猾そうな気配のあるサーヴァントのことだ。アーチャーの千里眼などと言った探索スキルへの対策も考えてそうだし、逃げ切っているだろう。それに何処かしら、策略を得意とする策士のような、そんな雰囲気があった。

 凛はそんな雰囲気を持つを二人知っている。そして、それは自分の身内の二人のことだった。……………もっとも、既に一人は鬼籍に入っているのだが。

 赤い二人は慎重に黒いサーヴァントが去った反対側の屋上に近寄る。アーチャーは罠の事を気を付け、凛に注意を向けながらもビルの反対側に向かう。凛も不意打ちがあるかもしれないので、無言でアーチャーに付いていく。

 反対側に到着する。アーチャーは千里眼で、ビルの周囲を観察した。千里眼で索敵するが、アーチャーの視界にはそれらしきものは見当たらない。

 

 ………あの黒いサーヴァントは逃げ切っていた。

 

 そして、ようやく前哨戦はこれで終了した。十分も掛っていないが、遠坂凛にとっては長い戦いとなった。ある程度は安全も確認でき、遠坂凛は自分の相棒に声をかける。

 

「………………アーチャー、逃げられたわよ」

 

「そうだな、凛。しかし、あのサーヴァントも前哨戦と言っていたように聖杯戦争はこれからだぞ」

 

 アーチャーは己の主に、もっと苛烈な戦いになっていくと遠回しに伝える。これは、前哨戦にすぎないのだと。

 

「そんなことは分かってるわ。

 ………それにしてもあの黒コート、一体なんのサーヴァントかしら?」

 

 遠坂凛は先程のサーヴァントを思い出す。黒コートとは、直感でつけた名称である。見たまんまであった。

 

「私もいまいち解らなかった。………だが、人払いの結界は張れるようであったな」

 

「だとするとキャスターかしら。……けど、あれが魔術師?」

 

「凛。そのような早計は危ない。私が弓兵のクラスであるにも関わらず、剣を使うことができるようにな」

 

「――…アーチャー、あなた、真名は思い出せたの?」

 

 遠坂凛はサーヴァントの言葉を聞いて、疑問をぶつける。記憶は無くしたとっていたが、アーチャーのサーヴァントで在りながら双剣を完璧に使いこなしているあたり、何か思い出したかもしれないと凛は考えた。…………それとこいつ、そんな設定だったなぁ、と彼女は思い出した。

 

「いや、まったく」

 

 従者は主に短く答える。それは何処か、からかうような嫌味のある苦笑であった。アーチャーの答えを聞き、遠坂凛は黒いサーヴァントについてもう一度、思考する。

 

「しかし、魔術を使うサーヴァントねぇ。

 ――――………………うん、………ん。――――………は、……感………しら。………………の剣にかしら………投………術だとし……―――。―――…………、そん…………」

 

 双剣を使い魔術も使用可能な人物に思い当たる節があったのだろう、凛は思考に没頭する。彼女の悪い癖が出て、考え事があると自分の世界に没頭してしまう。アーチャーはため息を吐きながら、主に言葉を喋る。

 

「――――ハァ、全く、凛………凛!」

 

「ぅぇええ! ……んっん。何かしら、アーチャー?」

 

「で、これからどうするのだ。マスター」

 

 ジト目で弓兵は言った。マスターである遠坂凛は、答える。

 

「まぁ、家に戻りましょ。下見は十分したでしょうから」

 

「了解した、マスター」

 

 そうやって、今度こそ屋上を去っていく。赤い主従は、ビルの屋上入口の扉を過ぎる。バタン、と魔術師は扉を閉めた。



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4.聖杯戦争が始まる日

 最強で在る事に興味はない。

 

 誰よりも力がある。

 誰よりも速さがある。

 誰よりも技術がある。

 誰よりも魔力がある。

 誰よりも才能がある。

 誰よりも経験がある。

 

 そんなことに実感など有りはしない。

 

 人より優れていることに優越感など欠片もなく。

 人より劣っていることに劣等感など欠片もなく。

 

 自分は自分でしかないのだ。

 他人と自分を比べもそもそも強さなど相対的だ。何事にも相性やその時の流れがある。勝てないのなら勝てない。負けないなら負けないのだ。しかし、他人と比べれば自分がどのような位置にいるのかだいたいは理解できた。

 自分に戦いの才能はない、自分は凡人だ。達人にはなれない。

 

 しかし、最初から達人になる事に関心などなかった。

 

 私が目指したの己が至れる究極。

 自分にとっては、存在しない到達点。

 

 目標など最初から不必要だった。

 鍛えるために、鍛え続けた。

 ただ只管に、究めて、窮めて、極め尽くす。

 前より強く、前より巧く。

 戦いの中を生き残る。

 

 達人の技を盗み身に付け、人の業(ワザ)を己の業(ワザ)へと鍛えて極める。そうやって、自分の技術、自分の戦術、自分の戦略を創造しては鍛えていって新しく作り上げては極めていった。感覚を鋭く、思考を迅く、精神を加速させる。

 

 限界など目に映ることはない。

 才能など障害ですらない。

 

 自分が凡人という位置にいるのなら、それでいいのだ。

 自分に才能がなく非才であるならば、それでいいのだ。

 

 やる事は変わらない。

 出すべき結果は、戦いに勝ち、戦場で生き残る。

 経験を次に紡いでいく。

 自分を鍛え、また己の戦場へと身を投げる。

 

 それが自分にとって戦いにおける「強さ」としての目指していく何か。

 

 極めた業(ワザ)を理解する。そこで何が手に入るのかは分らなかった。そこに何が秘められるのかは分らなかった。

 

 

 故に私は―――

 

 ―――鍛えるために、ただただ鍛えたのだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月2日

 

 

「―――………………………ねむい」

 

 

 監督役の仕事が本格的となって来た。

 昨日も戦闘があったようで記録をするのが面倒で書類仕事は大変なのだ。まぁ分別のある魔術師とサーヴァントであったので後片付けの処理自体はなく楽なものだったが。それに報告で凛も戦争を始めたのが分かった。

 そんなこんなで、神父は短い睡眠から起床した。……魔術を使って肉体と精神の休息を睡眠時にしてもサッパリしなかった。

 

「…………………(まぁ、寝たのが、朝の三時で起きたのが四時位じゃ仕方ないか)」

 

 通常の睡眠の数倍は回復効果は見込めるのだが、数週間も続く書類地獄に連絡地獄が肉体に疲労を溜めていく。そもそも学校へ登校し、鍛錬も続けて聖杯戦争監督役も粗のなくこなすこの男の性能(スペック)がおかしいのだ。

 ――――――もっとも、元々おかしい存在であるが。

 

「……ふぁ~」

 

 眠気を飛ばすように盛大に欠伸をすると、朝の準備を始めた。

 

 

◆◇◆

 

 

 神父は教会の庭に作られた鍛錬場にいる。基礎を終えた神父は、イメージトレーニングを開始した。武器を持たず、身一つで体を動かす。

 点と線と円の動きを肉体で再現する。

 下段蹴り、中断蹴り、上段蹴り。

 正拳突き、掌底、肘打ち。

 穿ち、撃ち、受け、逸らして回る。

 回す、回す、回す。

 際限なく狂い高まり、回転する。

 肉体の全てを動かし己の業とする。

 精神を加速させ続け己の業とする。

 魂に深く刻み込ませ己の業とする。

 オヤジの套路の複製品。太古から模倣され続けられた技術を覚え、更に自分なりに模倣した技術。そして、鍛えて、戦い、極めて、生き残り、気が付けば我流の套路となっていた。

 ウォーミングアップはここまでとする。刹那の休みもなく全力で動かし続けて筋肉も神経も最高潮。このまま武器を使った鍛錬へと移りかえる。

 

 ―――そうして時間も経ち、鍛錬を終える。

 

 自身が愛剣とする得物と、一通りの武装の修練をした。朝の鍛錬の後、本格的になってきた監督役の仕事の書類まとめをする。

 

 今日も今日とて、聖杯戦争監督役の一日は始まった。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 朝食をギルガメッシュと済ませた言峰士人は、学校へと登校する。今日は時間に余裕を持ちながら、席へと向かえそうだ。

 校門に到着すると知人の魔術師に出会った。言峰士人の魔術の師である遠坂凛である。師匠を無視する弟子というのもアレなため言峰士人は目の前を歩く遠坂凛あの後ろから声をかける。それに周りの会話の声が聞こえる範囲に人の気配は皆無だ。短い間なら、裏側の話も問題ないだろう。

 

「おはよう、師匠」

 

 声に反応して、アーチャーがマスターに念話をする。

 

「――――(……奴は誰かね? 君程ではないが、そこそこの魔力反応があるぞ)」

 

「………………(心配しないで、アーチャー。彼の名前は言峰士人。私の魔術師としての弟子で聖杯戦争監督役の神父よ)」

 

 まぁ裏でどんなことをしていてもまったく不思議じゃないけど、と心の中で凛は呟いた。この神父は養父に似てしまって悪い神父なのだ。師としては悲しい限り。

 そうして士人に声を掛けられた遠坂凛は返答する。声色は疲れていた。身内にしか見せない遠坂凛の素の声である。

  

「………おはよう、士人」

 

 疲れたような遠坂凛の声と昨日の報告書から、なんとなく事情を察した言峰士人である。

 初めてのサーヴァント戦はそれなりに精神的な負荷にはなるのだろう。一昨日のサーヴァント召喚の魔力消費と前日の戦闘での魔力消費も流石の遠坂凛をしても消耗は避けられない。

 

「昨日は大変だったようだな、師匠。

 ………ふむ、どうやらしっかりと召喚はできたみたいだな。いや、良かった」

 

 遠坂凛の隣からはサーヴァントの鋭利な気配が感じ取れる。それはいつでもこちらを殺せるような、殺気が籠る警戒混じりの気配だった。

 

「――………え、えぇ、勿論よ! キッチリバッチリ召喚してやったわ」

 

 遠坂凛は少しだけ言葉が詰まる。その言葉を聞いたアーチャーは一言、自分のマスターに言いたくなった。

 

「…………(――――凛。あの召喚のどこが、キッチリバッチリだったのかね?)」

 

「…………(う、う、うるさいわね。“召喚”は、できたじゃない!)」

 

「…………(それは詭弁だぞ。結果を見れば、召喚自体は成功したが過程に問題があり過ぎだ。そもそも私の記憶は、――――――)」

 

「…………(そそ、それは、――――――)」

 

「…………(――――――――。だいたいだな、―――――――)」

 

 遠坂凛は自分のサーヴァントと言い争っているのだが、傍からみると見つめ合っている遠坂と言峰である。言峰士人も、遠坂凛が何かしらの相談をサーヴァントとしているのは察していたので、しばらく黙っていることにした。

 

「――………………」

 

 赤い主従が念話で口論が白熱しているところを神父は観察していた。

 師匠であり幼馴染である遠坂凛とは付き合いが長く、人となりは理解している。様子からだいたいのことは予想できる。

 

「―――――(……やはり、いつも通りにうっかりでもやらかしたか?)」

 

 士人は鋭かった。

 

 ―――数十秒が経過する。

 ずっと黙っていては、校門から脱出できないので自分から言峰は話す事にした。

 

「そうか、バッチリ召喚を決めたか。

 いやはや、いつものうっかりで召喚にミスでもしていたら、この聖杯戦争では大変な事だからな」

 

 遠坂凛は思う、失敗したことを悟られてはいけない。動揺は厳禁だ。もしもサーヴァントにスカイダイビングさせて召喚させたなんて知られたら最悪な事態になる。知られてしまえばまた新しく弱みをこの似非神父二世に握られることになるのだ。

 ただでさえ、バカ杖変身事件や、宝石昇天事変、ウッカリ事件シリーズ、その他諸々のトラウマを知られている。特に魔法少女は最悪な災厄だった。故にこれ以上、ネタを増やされてはたまらないのだ。

 ―――それにもう、ウッカ凛とは、呼ばれはしない!!

 

「――――――とと、当然じゃない。私は遠坂の魔術師なんだから」

 

「………(――――――遠坂だからだよ、凛)」

「………(――――――遠坂だからだろ、師匠)」

 

 弓兵と神父は同じ事を思った。そうやって、一人、言峰士人は校門を潜る。

 

 ―――瞬間、世界は一変した。鮮血の空間。

 

 言峰士人は外からでも学校の空間に違和感は感じられた。しかし、中に入って実際に感じてみれば異世界だった。

 後ろで遠坂凛は固まっている。仕方ないな、と思いながら足を進める。いつも通りに言峰は教室に向かった。

 師弟のコミュニケーションを終えた言峰士人は自分の教室に入る。

 そこはいつも通りの日常風景。しかし、昨日と違うのは間桐慎二の気配であった。間桐慎二に感じる違和感。本人からではないが僅かの魔力を感じ取れる。おそらくは魔術品だ。十中八九、サーヴァントに関する品物で聖杯戦争絡みなのは間違いないだろう。

 まぁどうでもいいことだ、と言峰士人は思考する。

 間桐の一族が何を考えていようとも、関わることではない。それにもし関わることがあるのならそのような時期が来るだろうし、それは聖杯戦争関連だろうと思ったからだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 時間が淡々と過ぎる。授業も終わり学校は放課後となった。

 ―――言峰士人は思う。

 結界のサーヴァントは、喧嘩を売っているのだ。冬木の管理者である魔術師・遠坂凛に。戦争を誘っている。それに学校の生徒と教員を人質にしているようなものだ。つまりは地獄を造ろうとしている。学校を戦いの舞台にしようとしている。

 ―――言峰士人は愉快に思った。

 この結界の魔力の感触は、間桐慎二から感知出来た魔力(モノ)にそっくりだった。知り合い同士が殺し合いを始める。つくづくこの聖杯戦争というモノは業が深いと一人、言峰士人は誰にも気づかれないよう壊れた笑顔を浮かべた。

 今日も一仕事ありそうだと、神父は教会へと帰って行った。



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5.因果な運命

2月2日

 

 

 

 教会に帰った言峰士人は、神父服に着替え監督役の仕事をこなしていた。学校での戦闘による後始末のことを考えながら、既に日課と化した書類整備をしている。

 

 時間は深夜。教会の外は、もう暗い。

 

 言峰士人は一人、煙草を吸いながら休憩をとっていた。

 

 学校での戦闘はどうなったのだろうか?

 とりあえず戦闘が終わり次第、戦闘の跡を整理するよう教会の人員に手配をしといたが、戦闘の結果はまだ届いてない。

 それに教会の礼装で、先程に最後のサーヴァントであるセイバーの召喚が確認できた。それに凛(師匠)とバゼット(オヤジの友人)はどうなったのだろうか。

 

 勝ったのか?

 負けたのか?

 生きているのか?

 死んでいるのか?

 

 色々と気になっていた言峰士人はそのようなことを考えながら一服していた。

 

 煙草を楽しんでいると、言峰士人が教会に張った結界に反応が出る。というよりも、これほど強大な存在感ならば教会の外だろうが気配を感じ取れるほどだ。

 

 ―――結界が、四体の存在を探知する。

 

 一人は身内。もう一人は友人でクラスメイト。そして、人外が二体。片方は何故か実体化しているようだ。結界には新しい用途にと、聖杯戦争用にサーヴァントも探知できるようにしている。

 

 夜の教会に訪れた実に意外な来客。いや、その人物と言峰士人との過去を考えればこの戦争で関わり合いができるのは、何かしらの必然なのかもしれない。

 言峰士人は、この聖杯戦争もようやく面白くおもしろくなってきた思い、笑みを浮かべる。さてお仕事お仕事、と呟いた後、煙草を吸い終えて灰皿に煙草を捨てる。夜分のお客人を迎えるために神父が法衣を纏った後、彼は礼拝堂に足を向けた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 遠坂凛が教会の扉を開き、礼拝堂の中に入っていく。後ろからは、セイバーのマスターである衛宮士郎が続いている。

 

―――バタン―――

 

 礼拝堂の扉が閉まる音が聞こえる。広い礼拝堂の中、衛宮士郎と遠坂凛の二人っきりとなる。衛宮士郎は遠坂凛に疑問に思ったことを質問をすることにした。

 

「遠坂。ここの神父さんっていうのはどんな人なんだ」

 

「……そういえば説明してなかったわね」

 

 遠坂凛は手品の種明かしをするマジシャンのように、ニヤリと人の悪い笑顔をする。

 

「ここの教会の名前は言峰教会っていうの」

 

「―――コトミネって………言峰!?

 それって言峰士人(コトミネジンド)のことか!!」

 

 そう言えば、と。言峰士人が見習い神父で教会に住んでる、と中学校くらいの昔に聞いていた事を衛宮士郎は遠坂凛に言われて思い出した。

 

「そうよ。ついでにいうと故人だけど、わたしの後見人の養子で、わたしの弟子よ」

 

「え、弟子って、魔術師としての弟子……っ!?」

 

「そうだけど。驚きすぎじゃない」

 

「だって、言峰が神父なのに魔術師で遠坂の弟子!? それに神父が魔術なんて、そんなの御法度じゃないか!」

 

 衛宮士郎が驚くのはわからないことでなかった。

 教会と魔術師は相容れないものだ。魔術師が所属する大規模組織を魔術協会と言い、倫敦に本部を持つ。

 逆に一大宗教の裏側であり、普通に生きていれば一生見ないであろうそれを、仮に聖堂教会と言い、ローマに本部を持つのだ。

 この二つは似て非なる者。形の上では手を結んではいるが、隙あればいつでも殺し合いをずっと続けているのだ。

 

 ―――教会は異端を嫌う。

 人ではないヒトを徹底的に排除する彼らの標的には勿論、魔術を扱う人間も含まれている。教会において、奇跡は選ばれた聖人だけが学ぶもの。それ以外の人間が扱う奇跡は全て異端なのだ。そして、その対象は教会に属する人間であろうと関係はない。教会では位が高くなればなるほど魔術の汚れを禁じている。

 教会を任されている信徒ならば言うまでもなく、神の加護が厚ければ厚いほど魔術からは遠ざかっていくものである。

 しかし――――

 

「………いや、そもそも言峰はこっち側の人だったのか」

 

「ええ。聖杯戦争の監督役として教会から派遣されているの。つまり、バリッバリの代行者なのよ。

 ……ま、もっとも神の加護があるかどうかは微妙だけど」

 

 凛はカツン、カツンと足音をたてながら祭壇へと歩いていく。士郎もそれに続いて歩く。

 

「―――微妙だとは酷い言われようだな。それで、その様な珍客を連れてどんな用なんだ」

 

 かつん、という足音。言峰士人は祭壇の裏側からゆっくりと二人の前に現れた。衛宮士郎の視界に神父が映る。

 

「……言峰」

 

「―――……なるほど、衛宮が七人目という訳か」

 

「そう。一応魔術師だけど、中身はてんで素人だから見てられなくなって。

 ……たしかマスターになった者はここに届けを出すのが決まりだったわよね。アンタたちが勝手に決めたルールだけど、気が向いたから守ってあげるわ」

 

「ふむ、それは結構。ではさっそくだが、衛宮には聖杯戦争について教えるとしよう」

 

 言峰士人が衛宮士郎に視線を向ける。どうしてか、衛宮士郎は言峰士人に違和感を覚えた。

 学校にいる時と変わらない表情。しかし、言峰士人のいつもの死んだ魚のような目は豹変していた。

敵意や害意、ましては殺意など欠片も感じ取れない。しかし、何処か愉しそうに見えるいつも通りのカタチをした笑顔にある二つの目。

 

 ―――奈落のような黒色の双眼は、

 ―――心臓を凍結させるような威圧感をもつ眼光へと変わっていた。

 

 衛宮士郎は、その違和感がどうしようもなく不吉に感じた。

 言峰が祭壇へと歩み寄る。遠坂凛は退屈そうな雰囲気で衛宮士郎の横まで下がっていく。言峰士人は衛宮士郎に問い掛けた。

 

「それでは衛宮、お前は七人目のマスターで間違いないな?」

 

「………いや。それは間違ってるぞ、言峰。

 俺はまだマスターなんて物になった覚えはないからな」

 

「しかし、令呪を持ちサーヴァントを従えているのだろう。セイバーのマスターになったのに違いはないと思うが」

 

「それは違う。確かに俺はセイバーと契約した。けどマスターとか聖杯戦争とか、そんな事を言われても俺にはてんで判らない。

 マスターってのが、ちゃんとした魔術師がなるモノなら、他にマスターを選び直したほうがいい」

 

「―――…………なるほど、これは重症だ。衛宮は本当に何も知らないようだな、師匠」

 

「だから素人だって言ったじゃない。そのあたりからしてあげて。…………そういう追い込みは得意でしょ、士人」

 

 遠坂凛は気が乗らない素振りで自分の弟子である神父を促す。

 

「――――――ク。これはこれは、そういう話か。

 いいだろう、師の頼みを叶えるのも弟子である俺の役目だ。……………まったく、衛宮には感謝をしてもし足りないぞ」

 

 ククク、と愉快そうに笑顔を浮かべる言峰神父。この師弟の会話は、衛宮士郎にとってますます不安にさせるモノだった。

 

「まずはその勘違いを正そう。

 いいか、衛宮。マスターという物は他人に譲れるような物ではない、なってしまった以上辞められる物ではないのだ。

 その腕に令呪を刻まれた者は、誰であろうともマスターは辞める事はできない。まずはその事実を受け入れろ」

 

 衛宮士郎は監督役が話す聖杯戦争の規則(ルール)を聞く。

 

「っ――――――――。辞める事はできないって、どうしてだよ」

 

「令呪とは聖痕でもある。マスターとは与えられた試練だ。都合が悪いからといって放棄する事はできん。

 その痛みからは、聖杯を手に入れるまでは解放されない」

 

 声は響き、神父は語る。

 

「お前がマスターを辞めたいと言うのであれば、聖杯を手に入れ己が望み叶える以外には解放されない。

そうなれば、何もかもが元通りとなるのだ、衛宮士郎。

 お前の望み、その心の裡(うち)に溜まり積もった泥を全て掻きだし、消す事ができるのだ。

 ――――業を背負うのは苦しかろう。

 ――――そうだ、初めからやり直す事とて可能だろう」

 

 衛宮士郎は言峰士人の声を聞き、訳も判らないまま戦慄する。

 

 ―――この男の声が心を侵食する―――

 

「故に望むのだ。もしその時が来るのなら、お前はマスターに選ばれた幸運に感謝するだろう。

 お前がその()に刻まれた目に入らぬ火傷を消したいのなら、その聖痕を受け入れるだけでいい」

 

「な――――――――――」

 

 ―――眼が眩む。

 神父の言葉は具体的な要領が得られない。聞けば聞くほど、衛宮士郎は頭が混乱する。それにも関らずどうして胸がざわつくのか。不吉な言葉が浸透する。

 ……………それは、まるで、どろりと粘り付く、変色した血のようで、―――――

 

「士人、回りくどい真似はしないで。わたしは彼にルールを説明してあげてって言ったのよ。誰も傷を開けなんて言ってない」

 

「――――と、遠坂?」

 

 その声を聞き、士郎は頭をハッキリとさせる。

 

「そうかね。衛宮みたいな頑固な手合いは、何を言っても始まらないし、無駄だからな。せめてと思い勘違いをしたまま、生き残る為に不必要な道徳をぬぐい去ってやろうと思ったのだが。

 ……ク、なるほどなるほど。情けは人の為ならず、とはよく言ったモノだ。ついつい、自分自身も愉しんでしまった」

 

 フ、と自身を神父は笑った。

 

「……なによ。彼を助けるといい事あるっていうの、アンタに?」

 

 師は弟子に問い掛けた。

 

「勿論。人を助けるという事は、いずれは自身を救うという事なんだ。……なんて、今更師匠に説いたところで始まらないか。

 では本題に戻ろう、衛宮。お前が巻き込まれたこの戦いは『聖杯戦争』と呼ばれるものだ。

 七人のマスターが七人のサーヴァントを用いて繰り広げられる争奪戦。……という事位は師匠から聞いているな?」

 

「……聞いてる。七人のマスターで殺し合うって言う、ふざけた話だろ」

 

「そうだ、そのふざけた話だ。

 だが我々とて好き好んでこのような非道を行っている訳ではない。全ては聖杯を得るに相応しい者を選抜する為の魔術儀式。

 ……なにしろ物が物だ、所有者の選定にはいくつかの試練が必要なのだろうな」

 

 衛宮士郎はクククと笑う言峰士人を見て思う。

 

 ……何が試練だ。

 賭けてもいいが、この友人は聖杯戦争とやらをこれっぽちも『試練』だなんて思っていない。せいぜい娯楽用品程度だ。

 

「―――待てよ。さっきから聖杯戦争って繰り返しているけど、それって一体なんなんだ。まさか本当にあの聖杯だって言うんじゃないだろうな」

 

 ―――聖杯。

 聖者の血を受けたとされる杯。数ある聖遺物の中で最高位とされるソレは、様々な奇蹟を行うという。その中でも広く伝わるのが、聖杯を持つ者は世界を手にする、というものである。

 ……もっとも、そんなのは眉唾だ。なにしろ聖杯の存在自体が『有るが無い物』に近い。

 

 確かに、『望みを叶える聖なる杯』は世界各国に散らばる伝説・伝承に顔を出す。

 だがそれだけだ。実在したとも、再現したとも聞かない架空の技術、それが聖杯なのだから。

 

「どうなんだ言峰。その聖杯は、本当に聖杯なのか」

 

「無論だとも。この町に現れる聖杯は本物だ。その証拠の一つとして、サーヴァントなどという法外な奇蹟が起きているだろう。

 過去の英霊を呼び出し使役する。否、既に死者の蘇生に近いこの奇蹟は魔法と言える。これだけの力を持つ聖杯ならば、持ち主のあらゆる望みに答えるだろう。物の真贋など、無価値だ」

 

 つまりは、偽物も本物以上の能力(チカラ)があるならば、真偽など問わないと言っている。

 

「……いいぜ。仮に聖杯があるとする。

 けど、ならなんだって聖杯戦争なんてものをさせるんだ。聖杯があるんなら殺し合う事なんてない。それだけ凄い物なら、みんなで分ければいい」

 

 監督役は衛宮士郎(マスター)の疑問に答える。

 

「まったく、判っていないようだな。確かにその考えはもっともなのだが、そんな自由は我々にはない。

 聖杯を手にする者はただ一人。それはな、我らが決めたのではない。聖杯そのものが決めた事なのだ」

 

 話を続け、その声は五臓六腑に染み込むかのような重圧を持つ。

 

「七人のマスターを選ぶのも、七人のサーヴァントを呼び出すのも、全ては聖杯自体が行っている。

 

 ―――これは儀式だ。

 

 聖杯はな、自らを持つに相応しい人間を選び、戦場で争わせる。そして、生き残った最後の一人を持ち主として選定する。

 それ故に、これは聖杯戦争と呼ばれる――――聖杯に選ばれ、持ち主を決める為に殺し合う降霊儀式だ」

 

 彼は淡々と語った。衛宮士郎は反論する事なく、左手に視線を落とす。そこにあるのは令呪という刻印。マスターの証。

 

「………納得いかないな。一人だけしか選ばれないにしたって、他のマスターを殺すしかないっていうのは、気にくわない」

 

 士郎はこんな話は納得できなかった。しかし、その話を聞いていた遠坂凛は口を開く。

 

「………? ちょっと待って。殺すしかない、っていうのは誤解よ衛宮くん。別にマスターを殺す必要なんてないんだから」

 

 遠坂凛は、ぽん、と衛宮士郎の肩を叩く。そして衛宮士郎にとって意外なつっこみを入れた。

 

「はぁ? だって殺し合いだって言ったじゃないか。言峰もそう言ってたぞ」

 

「殺し合いだ」

 

「士人、黙れ」

 

 言峰士人は、ヤレヤレと肩を竦める。

 

「あのね、衛宮くん。この町に伝わる聖杯って霊体なの。だから物として有る訳じゃなくて、特別な儀式で呼び出す――――つまりは降霊するしかないって訳」

 

 凛は、素人の見習い以下の魔術師もどきにも理解できるよう説明する。

 

「で、呼び出す事はわたしたち魔術師だけでもできるんだけど、これが霊体である以上わたしたちには触れられない。

 この意味、分かる?」

 

「分かる。霊体には霊体しか触れられないんだろ。

 ―――ああ、だからサーヴァントが必要なのか……………ッ!」

 

「そういう事。ぶっちゃけた話、聖杯戦争っていうのは自分のサーヴァント以外を撤去させるってコトよ。だからマスターを殺さなければならない、という決まりはないの」

 

 士郎は話を理解し、安心を得る。聖杯戦争に参加しても凛を殺すことはないのだ、と。

 

「なるほどな、そういう考えも有りといえば有りだな。

 安心そうな顔をしてるとこ悪いが一つ訊ねるぞ、衛宮。自分は自分のサーヴァントを倒せると思うか?」

 

「…?」

 

 そんなのは無理に決まっている。衛宮士郎はセイバーを倒すイメージさえ湧かないし、それは当然のことだろう。

 

「ふむ、判らないか。ではもうひとつ訊ねる。

 つまらない問いであるが、自分がサーヴァントより優れていると思えるか?」

 

「―――――あ」

 

 そこで理解に及ぶ。この男の言いたい事は当然で当たり前なことだった。それは実に単純な事。

 

「判ったみたいだな。

 サーヴァントはサーヴァントをもってしてでも破りがたい。では、どうするか。

 ……簡単な話だ。

 サーヴァントはマスターなくして存在できない。いかに強力無比なサーヴァントであろうとマスターが潰されれば、そのサーヴァントも消滅だ。

 ならば、――――――――」

 

 ―――マスターを殺すのが、サーヴァントを殺すもっとも効率的な手段。確実に聖杯を手に入れたいならサーヴァントではなく、マスターを殺すだろう。

 

「…ああ、サーヴァントを消す為にはマスターを倒した方が早いってのは解った。けど、それじゃあ逆にサーヴァントが先にやられたら、マスターはマスターでなくなるのか?

 聖杯に触れられるのはサーヴァントだけなんだろ。なら、サーヴァントを失ったマスターには価値がない」

 

「いや、令呪がある限りマスターの権利は残る。マスターとはサーヴァントと契約できる魔術師のことだ。令呪がある内は幾らでもサーヴァントと契約できる。

 マスターを失ったサーヴァントはすぐに消える訳ではない。彼らは体内の魔力が尽きなければ現世に存在できる。そういった、『マスターを失ったサーヴァント』がいれば、『サーヴァントを失ったマスター』と再契約が可能となる。ようは、戦線復帰ができる訳だ。

 故に、マスターはマスターを殺す。下手に生かしておけば、障害として立ち上がる可能性があるのだからな」

 

「……じゃあ令呪を使い切ったら?

 そうすれば他のサーヴァントと契約できないし、自由になったサーヴァントも他のマスターとくっつくだろ」

 

 衛宮士郎は何を考えたか、そのような事を言う。そもそもマスターだった者をマスターは放ってはおかない。

 今は、第三者である凛も口をとっさに挟んでしまう。

 

「待って、それは―――――――」

 

「ふむ、確かにその通りだ。令呪さえ使い切ってしまえば、マスターの責務からは解放されるな。

 ……まぁ、強力な魔術そのものである令呪を無駄に使う、なんて魔術師がいるとは思えないが。いたとしたらそいつは半人前なんて存在(モノ)ではない。ただの臆病なヘタレだろうよ」

 

 フフフ、と神父はマスターを見透かした目で笑いながら見る。

 

「……………ッ」

 

 衛宮士郎は癪に感じた。どうみても、挑発しているように小馬鹿にしてきた。

 ―――………………ついでに、『令呪を無駄に使う』というフレーズで反応してしまった遠坂凛に対して士人は目敏く勘付いた。

 

「では納得はいったな。ルール説明は以上だ。

 ―――――――話を戻すぞ、衛宮。

 お前はマスターになったつもりはないと言ったが、それは今も同じなのか」

 

 言峰は衛宮に問う。

 聖杯戦争に参戦するか、否か。

 ここでの決断は、大きなモノだ。

 

「マスターを放棄するのもいいだろう。

 そうしたいなら先程考えた通りにすれば、契約は断たれる。その場合、聖杯戦争が終わるまでの安全は保障しよう」

 

「…………? ちょっと待った。なんだって言峰に安全を保障されなくちゃならないんだ。自分の身ぐらい自分で守る」 

 

 その言葉に言峰士人は溜め息を吐いてから喋る。はぁ~、なんて重い溜め息だった。

 

「俺もな、お前に構うほど暇ではない。だが決まりは決まりだ。自分は繰り返されるこの戦争を監督するために派遣された。故にだ、聖杯戦争の犠牲は最小限にするのが仕事だ。マスターでなくなった魔術師を保護するのは、監督役として最優先事項なのだ」

 

 その話には切り捨てられない言葉があった、衛宮士郎には決して無視できない話。

 

「―――繰り返される聖杯戦争…………?

 それ、どういう事だよ。聖杯戦争っていうのは今に始まった事じゃないのか?」

 

「勿論。そもそも監督役が派遣されているのだぞ。この教会は聖遺物を回収する任を帯びる、特殊局の末端だ。本来なら正十字の調査、回収だが、ここは『聖杯』の査定の任を帯びる。

 極東の地に観測された第七百二十六聖杯を調査し、これが正しいモノなら回収しろ、違うなら否定しろ。そんな具合だな」

 

「七百二十六って……聖杯ってのはそんなに沢山あるのか」

 

「さて? まぁ、らしき物はあるのでは」

 

 とりあえずは、ここの聖杯について説明する。

 

「そして、その中の一つがこの町で観測される聖杯であり、それが聖杯戦争だ。記録では二百年程前が一度目の戦いになっている。以後五十年周期でマスターたちの争いは繰り返されている。

 聖杯戦争はこれで五度目。前回が十年前だから、最短のサイクルだな」

 

「な―――――正気かおまえら、こんな事を今まで四度も繰り返してきたって………!?」

 

 衛宮士郎(マスター)はそう、監督役に問い叫ぶ。

 

「それは同感だ、正気ではない。このような事を、連中は繰り返した。そうだ、これは繰り返されているのだ。

 過去の聖杯戦争はどれもが苛烈を極めている。マスターらは己が欲望の成就のためならば、魔術師としての教えを捨て去り、ただただ無差別に殺し合いを行った。

 魔術師ならば知っているとは思うが、魔術師とって魔術を一般社会で使用する事は第一の罪悪とされている。正体を人々には知られてはならないからな。

 だが、過去のマスターたちはそれを破った。魔術協会は彼らを戒めるために監督役を派遣した。まぁ、間にあったのは三度目の聖杯戦争だったが。その時に派遣されたのが、顔も見たことないが義理の祖父だった訳なのだが、納得したか」

 

 衛宮士郎の叫びに言峰士人は、黙々と答えた。教会の必要性も監督役の役目も一応の理解をした。

 

「……ああ、監督役が必要な理由は分かった。

 けど今の話からすると、この聖杯戦争っていうのはとんでもなく性質(タチ)が悪いモノじゃないのか」

 

「まぁ、なんだ、殺し合いにイイもワルイもないと思うが。

 ……それで、衛宮から見ると性質(タチ)が悪いとはどのあたりなんだ」

 

「それもそうだが、……とりあえず、以前のマスターたちは魔術師のルールを破るような奴らだったんだろ。

 なら、聖杯が仮にあるとして、最後まで勝ち残ったヤツが、聖杯を私利私欲で使うようなヤツだったらどうする。平気に人を殺すようなヤツにそんなモノが渡ったらまずいだろう。

 魔術師を監視するのが協会の仕事なら、言峰はそういうヤツを罰するべきじゃないか」

 

 衛宮士郎は僅かな期待を込めてそう問いた。

 しかし、それを聞いた言峰士人は、神父らしい仕草で神父らしく笑った。おかしそうな声で、ハハハ、と衛宮士郎を見た。

 それが、長年友人だった衛宮士郎にとっては予想通りで、言峰らしいからかった返答をするのだろうと思った。

 

「無茶を言うな、相手はサーヴァントを持っているのだ。

 そもそも私利私欲で動かぬ魔術師などおるまいて。管理するのは決まりのみ。その後は知らん。どのような人格が聖杯を手に入れようが、教会は関与しない」

 

「バカげてるっ………!

 じゃあ、聖杯を手に入れたマスターが最悪なヤツだったらどうするんだ?」

 

「それは困る……が、どうしようもない事だ。それにだ、聖杯が持ち主を選ぶ。選ばれたマスターを止める力など我々にはない。なにしろ望みを叶える聖なる杯だ。持ち主はやりたい放題さ。

 ―――――故にだ、それが嫌ならお前が勝ち残ればいい。他力本願よりかは、その方が確実だろう?」

 

 笑い声をかみ殺す言峰。それは、マスターである事を受け入れられずにいる衛宮を愉しんでいた。

 

「どうした衛宮、今のアイデアは気に入らないか?」

 

「………余計なお世話だ。第一、俺には戦う理由がない。聖杯なんて興味はないし、マスターなんて言われても実感が湧かない」

 

 言峰は笑みを深めた、もっと愉しむかのように。

 

「ならば、聖杯を手に入れた人間が何をするのか、それによって災害が起きたとしても興味はないのだな」

 

「それは――――――」

 

 言峰士人の言葉は反論を封じる。

 

 ……まるで暴力だ。

 

 衛宮士郎の心情など関係なく、ただ事実を一切の容赦もなく叩きつける。ただ、言葉がとても痛い。重い。辛い。そして苦しい。この男は視た現実を肯定した上で断罪する。

 衛宮士郎は、この男も遠坂のように裏表のある人間だと気付く。遠坂の様に性格や態度が大きく変化するモノではない。

 いままでの姿も、いまの姿も言峰だ。差など考えることが不毛だ。だが、言峰士人の素ではない。どうしてそう思ったのかは、判らなかった。

 多分、それが勘というヤツなのだろう。そして当たっていると確信に近いものを感じた。

 そして言峰士人は、渋る衛宮に過去の聖杯戦争の出来事を語ることにした。要は止めを刺す事としたのだ。

 

「理由がないという訳ではないのだ。

 ――――――――十年前の出来事、忘れはしまい?」

 

「――――――――十年、前…………?」

 

「あれはな、衛宮。なんの望みをどのように叶えたかは知らないが、聖杯によるものだ。

 ―――その災害が、あの結果だ」

 

「――――――――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――一瞬、脳裏に地獄が浮かぶ。

 

 

 

 

 

「――――待ってくれ。まさか、それは」

 

「ああ、俺とお前は良く知っている事だ。

 そして、この街に住む者なら誰でも記憶に残っている出来事。

 死傷者五百名、焼け落ちた建物は百三十四棟。未だに原因不明とされるあの火災は、聖杯戦争による爪痕だ」

 

「――――――――――――――――――――」

 

衛宮士郎は、狂いそうだった。

 

 ――吐き気がする。

 ――視界がぼやける。

 ――焦点が消える。

 ――視点が定まらない。

 

 ……ぐらりと、体が崩れ落ちる。

 しかし、その前に踏みとどまる。歯を噛みしめて意識を保っていた。士郎は倒れかねない吐き気を、ただただ、身の内から湧き立つ怒りだけで押し殺す。

 

「衛宮くん? どうしたのよ、いきなり顔面真っ白にしちゃって。・・・そりゃああんまり気持ちのいい話じゃなかったけど、その―――――――ほら、なんなら少し休んだりする?」

 

 蒼い顔の衛宮士郎を遠坂凛は心配していた。あれほど顔面蒼白なら、わからなくもないが。その光景を見て、言峰も衛宮もレア度が高い姿の遠坂だと思った。衛宮は衛宮で、衛宮士郎らしい返答をする。

 

「心配無用だ。遠坂のヘンな顔を見たら治った」

 

「……ちょっと。それ、どういう意味よ」

 

「いや、他意はないんだ。言葉通りの意味だから気にするな」

 

「ならいいけど…って、余計に悪いじゃないこの唐変朴ッ!」

 

 すかん、と遠坂凛は容赦なく頭を叩く。衛宮士郎の顔色も戻っていった。それを見ていた言峰士人は、ククク、ハハハと笑いながら遠坂凛に茶々を入れる。

 

「……フッ。師匠、ヘンな顔だとさ」

 

「士人、いいから黙れ」

 

 笑いながら凛はそう返した。出たな、あかいあくま、と言峰は思ったり思わなかったり。……この時、衛宮士郎は遠坂のオーラに少し震えた。

 

「とと、遠坂。悪かったと思うし助かったから、その笑顔はやめてくれ。

 ……今は、言峰に訊かなくちゃいけない事がある」

 

 ムッ、と不貞腐れたように場を凛は譲った。

 

「ほう、まだ質問があるようだな。疑問は晴らしていけ、戦いの邪魔になる」

 

 見透かした目で見られる衛宮士郎は、イラッ、とくる。愉快そうな神父を見て衛宮は思う。

 

 上等だ。衛宮士郎は、おまえには負けてなるものか、と。衛宮士郎は、尋常ではない位の気迫を込めて言峰士人を睨む。

 それは、隣の魔術師が息をのむ程の強さで。そして神父は顔に、ピキリ、と亀裂が入ったように笑みを刻む。

 

「じゃあ訊くけど、言峰はどうして監督役になった? 

 ――――――おまえも俺と同じであの火災の被害者だろ!」

 

「―――――――――――――え?」

 

 遠坂凛は予想外な衛宮士郎の言葉に息が止まった。師匠である遠坂凛は、弟子である言峰士人の過去を知っている。

 そして、衛宮士郎は弟子と自分の同胞であるのだ、何かを失ったという意味では。

 

 神父は笑い、答える。

 

「どうして、か。

 それは監督役になった、俺自身の理由を訊いたのか?」

 

「ああ、おまえの境遇は俺と同じだ。何もかもを失った元凶の監督役に、何故なったんだ?」

 

 士人は士郎を見て、話す事にした。全てではないが、嘘偽りのない自分の思いを語りだす。

 

「………そうだな、監督役を務める理由は降霊される聖杯に興味があるからだな。

 

 一体どのようなモノが、自分の家族を殺したのか?

 一体どのようなモノが、自分を焼いたのか?

 

 私はただ見てみようと思った。

 別に復讐だとかは考えてないぞ。物に当てても何も感じはしないし、八つ当たりにもならんからな。お前もそうだが、聖杯の災害は『今の自分』と言う存在の始まりだ。

 十年前、何もかもを無くしたその元凶。つまりは、なんだ、欲しくはないが、ただ知ってみようと思っただけだ」

 

 衛宮士郎はそれが、言峰士人が本心であると感じられた。全てではないと思うが、ここにいる理由。

 凛は複雑そうに、黙っている士郎を見た。弟子と同じ境遇で、なによりも自分と同じで聖杯戦争で家族を失っている。

 

「……ふん。実際、因果な運命だ。

 生き残りであるお前と俺が、マスターとなり、監督役になった」

 

 遠坂凛は、二人を見て思う。

 因果な運命だと皮肉った弟子のその言葉は、どうしようもなく的を射ている、と。この場の三人は全員、聖杯戦争で家族を失っている。

 嫌な話だ、巡り廻って殺し合いだ。

 人が死ぬ。

 誰を殺す。

 何を殺す。

 廻る日常。

 狂う日常。

 何を失う。

 何を得る。

 聖杯戦争。

 聖杯ってほんと、何なのかしらね、と魔術師は思った。

 

 ――沈黙する二人を見て、神父は言葉を告げる。

 

「…では、もう質問はないか、衛宮」

 

 そこで、ハッ、とする衛宮士郎。慌てて視線を士人に向ける。

 

「…まだある。言峰は聖杯戦争は今回で五度目だっていったな。なら、今まで聖杯を手に入れたヤツはいるのか」

 

「さぁ?」

 

「さぁ、っておまえな、――――――」

 

 しかし、彼は衛宮士郎の言葉を遮るよう続きを喋る。

 

「まぁ、待て。記録では聖杯の降霊自体は確認されている。

 聖杯自体は既に冬木にある。しかし、用意された聖杯の中身は空(から)なのだ。器だけの聖杯を触媒にし、願いを叶える杯とすることで聖杯は聖杯として完成する。

 聖杯は霊体とされるからな。

 ………そうだな、マスターやサーヴァントの関係に似ているだろう。それで、七人のマスターとサーヴァントが揃い、聖杯戦争を始めれば、いずれは冬木に聖杯は現れる。過去、完成された聖杯の降霊は失敗したらしい。

 しかし前回の聖杯戦争だと、聖杯の降霊は確認されたのだ」

 

「前回は聖杯が降霊したのか。じゃあ聖杯はどうなったんだ」

 

「完成しなかった。

 そして、お前の養父である衛宮切嗣と俺の養父の言峰綺礼が最後に殺し合ったが、その結果があれだったのだ」

 

「「――――――――――は?」」

 

 場が凍る。唐突に落とした爆弾発言に衛宮士郎と遠坂凛は固まった。

 

「ま、待て! 切嗣(じいさん)はマスターだったのか!?」

 

「ちょ、ちょっと! 綺礼が最後まで生き残ってたなんて知らないわよ!?」

 

 驚愕する二人を視界に入れる。神父は不思議そうな表情で、師の方を向く。

 

「綺礼(オヤジ)から聞いてないのか?」

 

「………聞いてないわよ。序盤でサーヴァントが敗北して保護されたって……あれ、でもまさか……何処でサーヴァントを……っ! ウソ、それじゃ、あいつ………―――――!!

 ―――――士人。それ、ほんと?」

 

「ああ、そう言っていた」

 

 その言葉を聞き、顔を壮絶に歪める遠坂凛。

 目に見えそうな程の怒気を纏う。至ったそれは、最悪の結論。

 

 衛宮士郎は心配そうに声を掛ける。

 

「……どうしたんだ、遠坂?」

 

「なんでも。……ただ、父さんを殺した男が分かっただけ」

 

「―――――――――」

 

 衛宮は沈黙する。言峰はそれで、話を理解した。

 

「…なるほど。サーヴァントを奪われたのか」

 

「知ってたの、士人?」

 

「知らされていない。綺礼(オヤジ)からはただ、結末を語られただけだった」

 

「そう。まぁ、いいわよ。せいぜい地獄で哂っていればいいわ、綺礼。

 ―――それで衛宮くんは士人に訊かなくていいの?」

 

 遠坂凛は苦しそうに喋った。

 弟子の様子からみて、師の父親殺しの犯人が自身の養父だとは本当に知らなかったのだろう、と遠坂凛は思った。弟子の養父であり、兄弟子であった綺礼も隠し事はするが嘘はない男であった。言峰綺礼は嘘は言っていない。過去の自分にはただ保護されたと言っただけだった。

 だからこその矛盾。何故その後、弟子である綺礼がサーヴァントを得て敗者復活し、師である遠坂時臣が死んでいるのか。それは実に簡単な話だった。

 

 ―――歪んだ顔を下に伏せる遠坂凛は、溢れる怒りを抑えつけていた。

 

 ここにいない死者に罵倒をする事はできない、声が届く事もない。それに、大方そんなものだと、薄々は気付いていた。ただ、確証が得られただけ。

 そして、死んだ後も、ここまで人を虚仮(こけ)にするとは。

 

「(………………………綺礼!!!)」

 

 凛は史上かつてない程に、ブチ切れていた。そんな魔術の師、遠坂凛を、顔にも声にも出す事無く、言峰士人は愉しんでいた。

 

「………………」

 

 遠坂凛を心配そうに見ていたが、その声を聞き衛宮士郎は言峰士人に事情を訊く事にした。本当は遠坂を助けてやりたいのにが、何もできない、何も知らない自分を無力に感じながら。

 

「……衛宮切嗣がマスターだってのは確かなんだな?」

 

「確かだ。衛宮と同じセイバーのマスターだったと記録されている。綺礼(オヤジ)からも、衛宮切嗣と戦ったと聞いたぞ」

 

「……………はぁ。頭が追いつかない」

 

 衛宮士郎は両目を片手で覆いながら天井を見上げる。

 脳が焼けそうだ、と独りごとを言う。それもそうだろう、このような異常事態のオンパレードだ。いくら冷静さを保とうにも心の整理が追いつかない。

 遠坂凛も落ち着いたようだが、内心、葛藤に塗れているだろう。

 

「そうか。なら、この話はここまでにしよう。

 混乱しているならば、整理が必要だろう。それでまた訊きたい事ができたならば、改めて訊くといい」

 

 神父は、二人の様子を観察してそう言った。そのあと衛宮士郎に言葉を続ける。

 

「では衛宮、本題に戻る。

 聖杯の持ち主となる資格を持つのは七人のマスターのみ。勝ち残ったマスターが聖杯の所有者となる。

 その戦い―――――聖杯戦争に参加するか否かをここで決めよ」

 

 衛宮は神父を見た。神父の目がこちらを貫く。覚悟を決めろ、と語っている。

 ……言われるまでもない事だ。自分は、自分の意志で魔術師となった。魔術の修練に費やした時間は何のためか。

 衛宮切嗣(じいさん)はこの聖杯戦争に参加した。正義の味方が歩んだ道。

 

 ―――覚悟など、あの夜に決めている。

 

 衛宮士郎は魔術師だ。半人前だろうと関係はないんだ。

 憧れ続けた衛宮切嗣の後を追って、必ず正義の味方になると決めたのなら―――――

 

「―――――マスターとして戦う。

 十年前の火事の原因が聖杯戦争だっていうんなら、俺は、あんな出来事を二度も起させる訳にはいかない」

 

 神父は愉快げに微笑んだ。

 満足そうに、この瞬間にマスターとなった友人を見る。

 

「監督役としてその言葉、承諾する。七人目のマスターが認められたこの瞬間、聖杯戦争は受理された。

 ――――これよりマスターが残り一人となるまで、街での魔術戦を許可する。各々が望みの成就のため、自身の誇りに従い、存分に争うがいい」

 

 神父の声が空間を重圧する。

 その宣告が礼拝堂に響き、一瞬、異界に変わる。

 その言葉には、大した価値はない。聞き届けたマスターは二人のみ。

 ただ、聖杯戦争監督役の神父として、始まりの鐘を鳴らしただけ。

 

 ―――しかしその鐘の音は、深く重く、体の芯から響く音(声)だった。

 

 遠坂凛は、弟子である監督役の宣告を聞く。その様子を、士人らしいと思いながら言葉を掛ける。

 

「決まりね。それじゃ帰るけど、一つ確認してもいい、士人?」

 

「かまわんぞ。衛宮にも言ったが疑問は晴らしておけ。これが最後になっても不思議ではないしな」

 

「それじゃ遠慮なく。七騎揃ったみたいだけど結局、イレギュラーは一騎だけだったの?」

 

「そうだな、今回の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントでイレギュラーは一騎のみ確認された。ランサーが確認されなかった代わりに、クラスが正体不明のサーヴァントが一騎、参戦している」

 

「………なるほどね」

 

 遠坂凛の脳裏に浮かぶのは、一騎のサーヴァント。ビルの屋上と、学校の屋上であった、フードを被った黒いコートの男。近接戦闘を行い、魔術も行使した異常性。……ヘンなのは自分のアーチャーも同じだが。何を考えているかサッパリ読めない雰囲気のヤツ。悩んでも仕様がない、と思考を打ち切る。

 

「それじゃ士人、わたしはこれで」

 

「正式に聖杯戦争は開始された。師匠。聖杯戦争が終わるまでは、何も手伝うことはできないし、許されない。もし、この教会に訪れるとすれば、その時は―――――」

 

「―――――自分のサーヴァントを失って保護を願う場合のみ、でしょ。それ以外に士人を頼ったら減点ってコトね」

 

 それに師が弟子にそんな無様な姿を晒せないでしょ、と内心呟く。聖杯戦争は自分の戦争であり、監督役の弟子に手伝わせるのは遠坂凛らしくなく、弟子に保護されるなんて屈辱的過ぎる。

 

「そう言う事だ。師匠が勝つとは思うが、減点が付くとキョウカイがうるさい。

 連中のつまらん論議の末、聖杯が持ち主から奪われるなど興醒めだ。そのような最悪な展開だけはごめんこうむるぞ」

 

「この似非神父二世、教会の人間が魔術協会の肩を持つのね」

 

 凛は呆れ顔で弟子を見る。

 その弟子は、フ、と笑った後、口を開く。

 

「この身は神に仕えている。教会に仕えているのではないのだ」

 

「よく言うわ。…………いらんとこばっか似ちゃって、だからエセの二世なのよ」

 

「こちらも気付いたらこうだったのだ。どうしようもないな」

 

 その後、神父は魔術師に苦笑した。そんな神父に魔術師も苦笑する。

 じゃ、がんばりなさいよ、と遠坂凛は別れの挨拶をして出口に向かう。

 そちらもな、と返して言峰士人は見送る。

 そうして遠坂凛は「もう行くわよ、衛宮くん」と、衛宮士郎に声を掛けた後、礼拝堂を横切って出て行った。

 

 衛宮はそんな師弟のコミニケーションを見た後、遠坂凛の後ろに続いていく。その後、言峰に別れの挨拶をしようと、背後に振り返ようとする………と―――

 

「ッ――――――――――!?」

 

 ――――背後に気配を感じ、すぐに振り返った。

 いつのまにか、神父はマスターの背後に何を言うのでもなく見下ろす。

 

「……どうした、言峰。まだなんかあるのか?」

 

 神父は初めて学校で会った時の様に、何か喜ばしいモノに会った様に笑う。死んだ魚の目したいつもの言峰らしくない、心を震わせる様な、子供の様な人間的な笑顔。

 

「話がないなら帰るからな」

 

 初めて会い、衛宮士郎、と名を名乗った時以来の笑い方。この男と友人となり、今、始めて知った。この笑いは、良くないモノだ。

 空っぽな、いつもの死んだ魚のような目は、『ナニカ』に満たされている。形容しようのない『ナニカ』は自分にとって危険だ。そう感じた。……なにかが壊されそうだった。

 

 衛宮士郎は出口に向うため、体を振り返えようとする―――――その瞬間。

 

「――――――――喜べ衛宮。お前の願いは、ようやく叶う」

 

 そう、神託を告げる神父の様に言峰士人は断罪を下した。

 それは衛宮士郎の、本人さえ気付いていない、否、気付こうとしなかった本心を抉る言葉。体が硬直する。

 

「――――なにを、いきなり」

 

「判っているのだろう。いや、最初から気付いていた筈だ。

 お前の望みは明確な悪が必要となる。人を助けるには、人に害なす悪役がいる。たとえ、その存在が衛宮士郎にとって容認できないモノであろうとも、正義の味方には、倒すべき悪が必要だ」

 

 昔、神父に語った自分の原点。

 その原点でもあり、叶えなければならない衛宮士郎のただ一つの望み。

 

 ―――言峰士人は言った。衛宮士郎という人間が持つ最も崇高な願いと、最も醜悪な望みは同意であると。

 

 

 ――何かを守りたいという願いは、

 ――同時に、

 ――何かを犯そうとするモノを望む事に他ならない

 

 

「―――――――おま、え、は」

 

 衛宮士郎は哂う神父を睨みつける。

 そんな事を望む筈がない。望んだ覚えもない。その願望は不安定なだけだ。目指す理想が矛盾しているだけの話。

 それを言峰士人は嗤った。『敵が出来て良かった』と。そう、言葉で心臓を抉った。

 

 ―――――そして神父は正義の味方を見て、さらに言葉(ナイフ)を重ねる。

 

「別に取り繕う必要などない。矛盾を抱える願望なのだろう?

 ――――――お前の葛藤は、とても正しい」

 

 愉快だと、笑みを顔に刻む。

 

「っ――――――そうかよ、おまえにとってはこの戦いも、娯楽に過ぎないって言うんだな!」

 

 衛宮士郎は思い出す。この男も昔、自分が語ったように、己の事を語った事を。その内容を。

 

 衛宮士郎と言峰士人の二人。共に理解者など必要としないヒトであるが、しかし、二人は理解者同士であった。

 同じ過去を持ち、似通った異常者で。友情などないが、それでも友人であった、対等であったのだ。

 

 衛宮士郎は負けてなるものか、と睨みつけ、

 言峰士人は勝って見せろ、と笑い掛ける。

 

 ……そして衛宮士郎は、歩き出す。戦場へと、歩み出す。

 

「さらばだ衛宮。最後の忠告だ、帰り道には気を付けろ。

 これよりお前の世界は一変する。ヒトを殺し、ヒトに殺される側の人間になったのだ。自分がマスターであることを忘れるなよ。

 それと、友人としてお前の聖杯戦争を応援する」

 

 

 そうして、バタン、と教会の扉は閉まった。

 

 



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6.仕事

 ―――はぁ、はぁ、はぁ―――

 

 森の中を一人の男が疾走している。その人物は魔術師であり、人間だったモノ。所謂、吸血鬼であった。

 

「……ちっ、魔力が切れてしまうな」

 

 この男は吸血鬼ではあるが、血統の始まりを真祖に連ねる死徒ではない。己が魔術を極め人間を脱した存在。正確には吸血種の『魔』であり、人型の魔獣とでも言うべき存在。根源を目指すあまり長い時を生き、一つの概念に成り果てている。

 それ故、そこいらの死徒のように血を渇望する訳ではない。儀式魔術で変化した生命体の能力として吸血能力が付属していただけ。そして、血の摂取により、魂の肥大化と存在濃度の上昇を可能とする怪物であった。人間も魔術師も死徒でさえ関係なく、吸えば吸う程強力になるのだ。

 その吸血鬼は自身の体内と化した異界の森の中で研究を続けていた。森に迷った人間や、近郊の町の人間を攫い、食糧や実験材料にして生活していた。そうやって、百年以上の時間を研究に没頭していた。

 研究内容は『起源によって世界の起源に至る』と言うモノ。

 この吸血鬼は血液で遺伝情報を喰らうのでなく、正確には血を媒体にし、対象の魂を自身の魂の内に喰らう化け物。吸血鬼と言うよりも吸魂鬼と言った方がいい、真性のソウルイーターだ。

 そして、魔術師としての究極であり吸血鬼としての能力。太古の時代では、真性悪魔や妖精の力であった能力である固有結界にも至っている。

 名は『魂縛界(Soul・Prison)』。

 完成はしていないため外界に展開はまだ出来ないが、捕えた魂の起源を現象として再現できる大魔術。

 

 ―――そうして、研究の日々は終わりを告げた。代行者たちに居場所を気付かれたのである。

 

 この吸血鬼は研究三昧で自覚はないが、かなり強力な吸血鬼である。魔術師としても並の技量ではなく、大魔術師と呼べるモノ。

 配下に置いている戦闘用の怪物たちも並の吸血鬼より強力だ。配下の怪物は人間だった存在であり、肉体を改造され、さらに吸魂鬼の魂に繋がっている人形である。中には元が死徒だったモノや魔術師、代行者のモノさえ有る。固有結界に連結された人形は全て起源覚醒者と同じだ。純粋に強く、素体の能力も使える。……なによりも、その人物固有の魂が保有する起源の覚醒が厄介である。

 両キョウカイが送る執行者や代行者は強かった。しかし、己とその研究結果のほうが強かった。数度の討伐の末、ソウルイーターは健在であった。執行者や代行者の肉体と魂を得て、さらに強力になったともいえる。手駒の質と量が同時に増えたのだから。

 

 ―――そうして、また、教会から代行者らが新たに派遣された。

 

 今回の代行者らは強かった。運悪く、執行者共も強力な部隊で同時に来ていた。長年の勘が今回は殺されると告げていた。逃げる時間はまだある。

 

 手駒を全て迎撃に向かわせる。そして、肥大化した自身の魂を分化させ、自分を自分と同じ存在の人形に入れる。そして先程まで本体だった体を囮とし、元々最高傑作であり高い能力を持っていたそれを戦闘用の人形へと変換させる。新しい自分の存在濃度はかなり薄まるが仕様がない。今の自分は気配遮断に特化しているが、戦闘能力は殆んどない脆弱な素体だ。保険はこれ以外にも有るが、逃げ切れるのならばそれで御の字。しかし、自分の魂が死んでしまえば、研究はそこまで。やはりリスクは減らせる限り減らすものだ。

 

 準備は万全。人形(自分)にも迎撃に向かわせた。

 そして場面は最初に戻る。吸血鬼は誰にも気付かれぬまま見事逃げ切ったのだった。

 

 

「(逃げ切れたか。……む、人形(ワタシ)が死んだようだな)」

 

 手駒は全滅。自分の分身も死亡。愚かな執行者共と間抜けな代行者共はお互いを相手に殺し合いの真っ最中だ。

 化け物は静かに、誰にも聞こえぬ様、小さな笑い声を洩らす。

 

「フふ、ククク。あハハはははははハハははははハハハはは……………………………ハァ。さて、新しい我が家でも探すとしよう」

 

 吸血鬼は安心する。追手の気配も無く、敵は敵同士戦っている。戦場は遥か後方だ。吸血鬼の嘲笑。誰もいない筈の森の中、

 

―――ヒュン―――

 

 と、嘲笑の返答が返ってきた。トスッ、と吸血鬼の胸から音が鳴る。

 

「……あぁ?」

 

 胸から突起物が見える。

 

「―――――――ナ、に?」

 

 そうして、その安心が隙となった。ベシャ、と言う音とともに、取り返しのつかない量の血を口から吐き出す。

 

「グ、がァぁァァァ!! ガハ! ごホッ!」

 

 存在濃度が薄まっていたのが仇となった。人形に疑問を持たれたら終わりとは言え、力の減少で回復がままならない。節理の鍵が怪物としての肉体を苦しめる。

 唐突に、後方から気配を感じる。吸血鬼は急ぎ後ろに振り返った。眼前には一人の少年が右手に、尋常ではない程の退魔の気配を持つ白銀の剣を握っている。

 

「――――AMEN」

 

「ガァァァぁぁァあああああアアアアアアアアアアアアアア!!!!!???」

 

 ―――絶叫。代行者の一言で吸血鬼の心臓が焼け飛んだ。

 全身に先程以上の苦痛が走り回る。心臓に刺さった剣はさらに発熱し続ける。吸血鬼は目を見開き、顔を星々と月が輝く夜空へと仰いだ。かろうじて意識が残る中、黒鍵により魔力を全て浄化された肉体は死に囚われ、もう動かない。前方から、全身の血が凍結するような殺気に襲われる。

 ―――夜空を見て、吸血鬼は実感した。

 

 

 

 ―――自分はここで死ぬ―――

 

 

 

「……終わりだ」

 

 殺意が込められた声。化け物はその人間の声を聞いた。

 狩人は一切の油断も無く、死に体の標的に近づいて行く。力を無くした吸血鬼は地面に膝を付き、首をカクン、と下げる。視界に自分の死神となった存在を映し入れた。声の主は黒い法衣を纏った男。まだ少年と呼べる見た目であった。

 月の光で少年の顔が照らされる。感情が死んでいる、そう思えるような無表情。

 ……それは、空白の顔をしていた。人形の方が生気に満ちている。その空白に二つの暗黒。そうとしか見えない闇一色の、奈落の目が異様であった。その目に脳髄を鷲掴みにされる。

 

 

 ―――そうして、剣が振り上げられた。吸血鬼は最期の時を迎える。

 

 

「――――俺に殺されて、残念だったな」

 

 

 言葉と共に剣が堕ちる。絶望に染まる吸血鬼が最後に目をしたのは、

 

 

 

 ――――――――――悪魔のように、愉悦に歪んだ笑顔だった。

 

 

 

 これは、第五回聖杯戦争前の話。言峰士人にとっては当たり前の休日である。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月3日

 

 

 朝。

 

「……ねむい」

 

 神父の第一声。昨日の夜はかなり忙しいモノであった。

 何故なら、近くでサーヴァント戦が行われていたのだった。言峰士人は、その様子を物はついでだと教会から観察することにした。

 そうしたら、何処かの馬鹿共が最後に墓地を爆破したのだ。無人だからと言ってサーヴァント共は公共物を我が物顔で粉砕しまくった。墓石を切り刻んで粉々に吹き飛ばし、最後は爆破だ。監督役の仕事量も爆発だ。

 戦場に選ばれた墓地は墓地でなくなっていた。神父みたいに「……おぉ、神よ」と言いたくなるような惨状だ、主に後始末が大変な意味で。

 真夜中に、後処理で、大騒動だ。近隣住民の対処と墓地爆発の偽装に大変だったのだ。言峰士人は遠坂凛と衛宮士郎が帰った後忙しかった、主に二人の所為で。

 

「……………ねむいなぁ、ホントウ」

 

 神父はかなり寝惚けていた。

 寝不足であったが、生活リズムを崩すと鍛錬に影響が出るため朝の鍛錬はいつも通りであった。つまり、まったく寝ていない。まぁ、徹夜程度では何ともならない男であるので大丈夫と言えば大丈夫である。

 鍛錬が終わり水分を補給しながら、言峰士人は今日の日程を少し考える。徹夜明けの頭で、そういえば今日は日曜日だったから昼に寝ればいいか、とそんな風なコトを言峰士人は思った。

 

 鍛錬を終え、風呂でサッ、と体を洗った後、台所(キッチン)へ向かう。言峰士人の趣味と化した料理を始める。

 時は朝食。居候の王様も食事をとりに席に付いた。

 

「どうした士人(ジンド)、眠そうだな?」

 

 ギルガメッシュが、明らかに寝足りなそうな言峰士人に声を掛ける。

 

「……そもそも寝ていないからな。何処かの派手好きが墓地を爆破しやがった」

 

「ほう、中々本格的になって来たな」

 

「これからもっと派手になっていくだろうな。監督役は面倒だよ、本当に。それにキャスターの魂喰らいの偽装も重なってきたからな」

 

「ふ。我(オレ)が聖杯戦争を終わらせるまで雑用を励むのだな」

 

「……(大変になるな、余計に)」

 

 そんな物騒な会話が流れる教会の朝食風景。

 生活リズムが崩れない程度に少し眠った後、書類を片付けた。そのあと、昼飯を作り、またもギルガメッシュと一緒にとる事になった。

 飯の後は聖杯戦争絡みの連絡仕事を終え、鍛錬の続きとする。言峰士人にとって、鍛錬は既に趣味とか娯楽の領域に入っていた。彼の師曰く、習性である。そんな休日ではない休日を言峰士人は過ごしていた。

 言峰士人は鍛錬を終了させる。監督役の仕事も今はなく、暇であり、夕飯の事を考えていた。夕飯は泰山にしよう、と神父は思った。居候の王様に泰山に行くかどうか聞いたら、ノータイムで拒否されてしまった。からかい半分で訊いたのであったのだが、あれはまだギルガメッシュのトラウマになっているみたいだ。

 彼は泰山へは遠周りになるが、学校の結界を直接もう一度見ておく事にした。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 学校への道のりを独り神父は歩いて行く。時間に余裕もあり、煙草(士人特製)を吸いたい気分(それだけ大変で体が煙を欲していた。特製の煙草なので疲労回復にもなるため)になるが、学生で神父見習いの十代の自分が歩き煙草は駄目だな、と考え断念する。数十分散歩がてらと足を動かし続け、士人は学校の校門に到着する。

 

 

 ―――そこには、目を覆いたくなるような異界――

 

 

 …もっとも、士人にとっては後処理的な意味で目を覆いたくなる光景であるのだが。中に入り、結界の様子を見ておく。陣がどうなっているか確認をした。

 結界を視た士人は、監督役の仕事がさらに増えてしまうな、と内心で呟く。結界の主は師匠に殺されてしまえ、とも思った。

 結界自体は師匠と衛宮がどうにかするだろうから、自分は監督役として後始末の準備をしておこう、と言峰士人は結界を見ながら考える。

 こんな時に自分はどうすればいいかと思案し、言峰士人はとりあえず溜め息を吐く事にした。

 

「…………はぁ~」

 

 とりあえず飯だな、と神父は行きつけの中華店へ足を運ぶ事にした。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 散歩しながら言峰士人は夕食を食べるため目的地へ向かう。途中の公園で一服(人にばれないように)したり、目に付いた自販機の新商品の缶ジュースを飲んでみたりと寄り道をしつつ、目的の店に歩いていった。

 そうして神父は泰山の扉を開き店に入る。

 

「いらっしゃいアル~」

 

 魃店長の声が店に響き渡る。

 突然ではあるが、何故長い間、監督役が教会に待機してなくても大丈夫かと言うと、それは携帯電話のおかげだ。言峰は、聖杯戦争の期間は常に携帯電話の充電器も持ち歩いている。監督役としての指示は教会にいる必要が必ずしもあると言う訳ではないのだ。今の監督役は携帯電話に連絡がなく、今は職務から一時的に解放されている。

 ある程度の指示を出しておけばスタッフはそれに従い処理してくれるので、四六時中大変という訳ではなかった。というか、スタッフのまとめ役が主な仕事で、偽装や隠蔽の指示が監督役の仕事である。後は監督役がしなくてはならない書類仕事などもそれなりに多い。そうして心おきなく麻婆豆腐を、神父が食べられる訳であった。

 そして今は、いつもよりスパイシーなマーボーを食べたいこの頃である。

 

 魃店長は常連の言峰士人に注文を聞きに行く。親子二代に渡っての常連客だ。慣れ親しんだ様に会話をする。

 

「おおジンド、よく来たネ。注文はいつも通りのでいいアルカ?」

 

「いや、今日は激辛口がいいな」

 

「激辛口は久々ネ。直ぐに調理するから待ってるヨロシ」

 

「ああ、スパイシーな感じで頼みたい」

 

「フッフッフ。了解あるネ」

 

 そう言って魃店長はお冷を置いて、厨房へ向かった。この泰山は色々な中華料理が注文できる。そして、辛い。全てが辛い。まぁ、全部がそこまで辛いという訳ではないが、世間一般の感覚では余裕で辛く、香辛料を良く使う四川料理は特に辛い。

 

 ―――その中でも鬼門とされるのが、麻婆豆腐である。

 

 そして、泰山の麻婆豆腐には辛さにランクがある(他の料理だと四川系の中華料理でさえ、辛さは麻婆豆腐の甘口より辛くないのだ)。

 辛さのランクは下から順に、甘口、普通、辛口、小激辛口、激辛口、大激辛口、特大激辛口、超激辛口、超絶辛口、極限辛口の十段階である。

 例えであるが、一般人視点からの恐怖度で比べると、甘口は毒蠍、普通は虎、辛口は北極熊、小激辛口は巨大アナコンダ、激辛口は悪魔、大激辛口は邪龍、特大激辛口は魔王、超激辛口は若返った大魔王、超絶辛口は宇宙怪獣、極限辛口はクトゥルフ的なナニカである。一般人にとっては甘口で既に死亡モノ、激辛口以降は幻想の領域である。

 そして、言峰親子は全てコンプリートしている。さすがの言峰士人も大激辛口以降のマーボーの完食は命がけ(?)なので、今日のところは後の体調も考え、激辛口としたのであった。

 

「お待たせアル~」

 

 魃店長の声が店内に響く。麻婆豆腐がテーブルに運ばれてくる。イメージトレーニングや、考え事をして時間を潰していた言峰士人の前にマーボーが置かれる。

 

 

 ――それは、この世の地獄の顕現だった――

 

 

 それを見た人は思わず、そのようなナレーション(つっこみ)を入れたくなるような麻婆豆腐がそこにあった。

 赤、赫、朱、紅。辛口マーボーがお子様マーボーに見えるようなマーボーである。なんと言うか、邪悪であった。神父は蓮華を握り、戦いの鐘の音を上げる。

 

 

「―――いただきます」

 

 

 そして、周りには神父が麻婆豆腐を咀嚼する音と蓮華と皿が当たる音に支配される。

 

 

「……はぐハグ、もグ。モグモぐ、はグハぐ、モグッ、………ごく。もぐもぐ――――――」

 

 

 そうして十数分後。ごちそうさま、と言峰士人は麻婆豆腐を完食した。

 

 

 マーボーを食べ終えた後、言峰士人は食休みをとっていた。流石の神父もあのレベルのマーボーが相手では、体力の消費から逃げられる訳ではない。アカ一色の強敵は中々に手ごわいのだ。

 店の中、客は神父だけ。時間が遅いのもあるが、聖杯戦争で物騒になった影響でもあるのだろう。聖杯戦争の害はこのようなところにも出るのであった。

 魃店長が注文の品を言峰士人に持ってくる。

 

「はいジンド、杏仁豆腐持ってきたネ」

 

 食休みをとる前、言峰士人はデザートに杏仁豆腐を頼んでいた。言峰は杏仁豆腐を食べ始める。注文する客もいなくなり魃店長は言峰士人の座る隣のテーブルの席に腰を置いた。店長は常連の少年だった青年に話掛ける。

 

「イヤ~、良くあのマーボーを食べきれるアル」

 

 パク、と杏仁豆腐を食べた後、士人は苦笑を浮かべる。

 

「まぁ、激辛口ならまだまだ大丈夫だな」

 

「……そんなコト言えるの、キレイとジンドくらいアル。キレイが来るまで辛口が人類の限界だと思ってたアルヨ」

 

「ふむ。そう言えば、綺礼(オヤジ)が辛口を簡単に食べたから増えたのだったな」

 

「そうアル。一応、マーボーの辛さはワタシが食べられる辛さにしてるヨ。……ワタシの限界は極限辛口だったネ。それを食べられた時はホント、驚いたアルネ」

 

 遠い目で泰山の主はそう言った。魃店長は自分が食べられる辛さで麻婆豆腐の辛さを決めている。段々エスカレートして極限辛口になったのだ。原因は勿論、言峰親子の所為。

 それに実は、極限辛口は魃店長の限界をちょい超えており、食べきるのは無理無茶重ねてのギリギリの完食である。それを言峰親子は余裕な表情で完食したのであった。

 ……実は内心、中々に辛(カラ)く、結構|辛(ツラ)かったのだが。

 

 

 その後世間話をして時間を潰した後、言峰士人はお勘定を魃店長に払い、泰山を出た。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 士人は帰路についた。神父は教会に帰るため、新都を横切りながら帰り道を歩いていった。商店街で買い物をしておこうかとも思ったが、新都で買い物をしたのがまだ持つだろうとそのまま帰る事にした。言峰士人は夜も遅く、魔術の修行と監督役の仕事もあるので寄り道せず帰る事にした。

 

 

 ―――そして、帰り道。魔力の乱れを感じた。

 

 

 言峰士人は、仕方ないな、と思い現場に向かった。人助けは神父の宿命なのだ。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 美綴綾子は今、人生の中で最大の危機に陥っていた。部活帰りに友達と新都で遊んでいた。しかし、夜も深まり、家の門限(大して厳しくはない)が近づき、家に帰ることにした。

 新都から家へと帰ろうとする。道を歩いていると、嫌な違和感を感じた。いつもの道が異世界に迷い込んだような変な感覚。明らかに良くない兆候だった。

 危険だ、とそう自分の感覚が告げている。美綴綾子は足を速める。早く明かりがあり、人目のあるところに出て行きたかった。

 

 

 ―――そうして、美綴綾子は怪物と出会った。

 

 

 それを見た時、違和感が悪寒に変わった。闇が人型を造ったようなカタチ。自分の前に悪寒の正体が現れる。それは、女の形をした人外。美綴綾子は類まれな直感で一目でそれが、人間でないと理解した。

 日本の女性と比べると長身であり、見た目は黒いボンテージで、紫色の眼隠しをしている。格好はかなりアレであり、自分がしたのを自分で見たら悶絶モノの姿であったが、そんな事を気にしていられる余裕など次の瞬間に美綴綾子からは消え去った。

 

 

 ―――アレは、自分を捕食しようとしてる。

 

 

 目隠しをしているのに簡単に伝わってくる、獲物を見るような視線。その妖艶な笑みの正体は、肉食動物が草食動物に向ける獰猛な狩人(ハンター)の笑いだ。哀れな肉を捕まえ、喰らう時の笑顔。自分がもうテリトリーに入ってしまった事に綾子は気が付いた。

 

 

 ―――化け物が笑顔を向けてくる。

 

 

 美綴綾子は反転し、全力で逃げる。背後からの気味の悪い気配が自分で迫ってくる。足を止めたらそれで終わりだ。

 

――…ジャラジャラ…ジャラジャラ…ジャラジャラ…――

 

 後ろからは、足音もなく鎖の音がする。恐怖が身を震わせる。

 ジャッ、と言う音が迫ってくる。綾子は音の正体である鎖を避ける事は出来ず、片足を絡め取られてしまう。そしてそのまま前へと、勢いよく転倒した。頬を擦ってしまい、血が流れる。

 

「あぐ……っ!」

 

 痛みからか、声を上げる。そのまま黒い女に叫ぶ。

 

「な、何者よアンタ!?」

 

「―――………」

 

 女は反応もせず、黙っている。

 

「何とか言いなさいよ……っ!」

 

「……フ」

 

 眼帯の女はそう笑い声を上げた瞬間、鎖を操り美綴綾子の腕を拘束する。外見からは想像が出来ない程の力で壁へ、美綴綾子を押し倒した。

 

「―――フフ」

 

 笑いながら壁に拘束し、彼女の頬から流れる血を指で拭き取り、女は人の言葉で喋った。

 

「血は命を宿す魂の象徴。私のためにその血を捧げていただきましょう」

 

 そう言って、指についた血を舐めとった。綾子は恐怖のあまり頭がパンクしたような混乱状態になる。眼帯の女は首に噛みつこうと顔を近づけて来る。

 

「や……めろ」

 

 恐慌した頭で彼女は小さく、恐怖に震えた声を洩らした。

 段々ゆっくりと、女の顔が自分の首へとずれていく。

 眼帯をした女の顔が視界の外へと消える。

 首筋に女の吐息が当たる。背筋が凍り、自分が殺されるのだと実感した。

 

 

 ―――そうして、カツン、と足音がした。

 

 

 美綴綾子は、知人の男が数メートル先にいるのに気が付いた。女の背後に居た言峰士人は亡霊のように佇みながら、左手に真っ黒な剣を握っていた。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 魔力の乱れを感じられたところに神父は急いだ。念の為、あらかじめ武装を用意し、いざ戦闘となった時の準備を万端とする。脳みその中で対サーヴァントと対魔術師の策も良く練る。

 士人は異常があったところに向かい、サーヴァントに美綴綾子が襲われているのが目に入った。神父は代行者としては慣れていた、化け物特有の血の匂いをサーヴァントの気配から感じとる。気配を限界まで消して、サーヴァントの後ろを取る。

 ちょうど美綴が壁へとやられている瞬間であり、注意が散漫している内に背後の方へと近付いて行った。全体が建物の影に入っているので、自分の影を気にする必要はない。神父は相手を牽制できる位置に移動する。

 

 …サーヴァントは美綴綾子の首に咬み付こうと、顔を近づけていった。

 

 一応自分は監督役のため警告だけはして、それに逆らったら戦うと決める。もっとも、サーヴァントと戦うなど、ギルガメッシュと生活している神父からすれば自殺でしか無いと理解している。故に、戦うといっても基本は撤退戦であり、逃げるだけなら言峰士人にも策は幾つか有り、英霊を殺し切る奥の手を持っている。それに不意打ちして本気で敵対されたら面倒であり、そもそも戦う必要がない。

 何より自分は監督役だ、建前は守ってこその建前だ。戦闘は避けたい。態と足音を言峰士人は鳴らして、一歩前に出た。

 

「動くなサーヴァント、民間人への過度な干渉は規則違反だ」

 

 サーヴァントは言峰士人の方に背後を向けたまま返答する。

 

「……その口振りと行動。貴方はマスターではなく監督役ですね」

 

「そうだ。故に忠告をしに来た。サーヴァント、彼女を放し、ここから立ち去るがいい」

 

 監督役の言葉を聞き、サーヴァントは言峰士人の方に振り返った。フフッ、と笑みを浮かべた後、監督役の忠告に返答をする。

 

「忠告をする割には好戦的な雰囲気ですね。監督役が武器を持って交渉ですか?」

 

「仕方が無かろう。素手ではいざという場合、対応が出来ないからな。

 ―――それでどうする、サーヴァント?」

 

 再度言い渡される忠告。その確認に黒いサーヴァントは言い返した。

 

「――――忠告は断ります。

 マスターの命令には逆らえません」

 

 神父は監督役である事をやめる。忠告は告げた。今はどう生き延びるかが問題だ。その言葉を聞いた言峰士人はボソリと、口の中で非常に小さい声で呪文を呟く。あらかじめ用意しておいた結界を周囲に張った。

 

「―――結界ですか。しかし、これが一体どのような意味があると言うのです?」

 

「さぁ? どんな意味があるのだろうな」

 

「……………………」

 

 サーヴァントから殺気が漏れ、問い掛けるように神父の方に降りかかる。サーヴァントによる殺気を受けながら神父は何にも感じてないかの如く話を進めた。

 

「何だ、監督役に手を出す気か。全く、理性のある生き物とは思えんな、まるで化け物だ。その不出来な殺気は内にしまえ」

 

 神父は笑みをサーヴァントに向けながら挑発した。眼帯の女はその笑いを不吉に感じ警戒するが何よりも、その言葉で凄まじく不快になった。

 サーヴァントは杭のついた鎖を言峰士人の方へ構えた。拘束されていた美綴綾子は解放される。しかし、彼女の威圧感は上昇し、まるで空気が凍結しそうな冷たさを身に纏う。

 

「―――美綴、早く退いてろ」

 

 綾子はその言葉を聞いて、忘れていた呼吸を再開する。隣にはまだ、押し潰れそうな重圧を纏う女がいる。

 

「……こ、言峰?」

 

「大丈夫だ、逃げろ」

 

 士人は右手に黒鍵を握る。そして、その黒鍵を裏路地の先に向け、そっちに逃げろと綾子を促す。

 彼女は突然右手に三本の剣が出てきたのに驚いたが、士人に示された方向に走り去る。自分がお荷物でしかない事を実感したのもあり、言峰の邪魔にならないよう急いで逃げた。

 

「いいのか、獲物が逃げて行くぞ」

 

 眼帯のサーヴァントは、相手が男だったら虜に変えてしまう様な、そんな魔性に属する妖艶な笑みを士人へ向けた。

 

「……フフ、構いませんよ。私の獲物は目の前にいますから」

 

 それを聞き、言峰士人は態とらしく、そして疲れたように苦笑を浮かべた。

 

「……まったく、面倒だな。それで、マスターの命令とやらはいいのか?」

 

「命令変更、だそうです」

 

 少しの沈黙の後、クックック、と言峰士人は笑った後、話し出す。

 

「なるほど、気苦労なサーヴァントだな」

 

「……………………………」

 

 言峰士人はこれまでの話と態度で、このサーヴァントがマスターの命令に従っているだけだと気付いた。分かったからといって今の現実は変わらないが、このサーヴァントにとって綾子など如何でも良い獲物に過ぎないという事だ。それを邪魔した言峰士人も然り。

 このサーヴァントは自分の命を狙ってくる事は確かであるが、本気でこちらを殺しにかかることはなく、魔力補給のための魂食いなら宝具の使用をすることもなく、節約のために本気で全力は出さないだろう。

 そもそも、召喚されたサーヴァントと参加したマスターにとって監督役を殺すことに利益などない。そして、このサーヴァントは相手が人間であるので慢心があり、油断をしている。言峰士人は用意しておいた策のためにとりあえず、出来る限り時間を稼ぎたい。自分から仕掛けることはしなかった。

 何よりこのサーヴァントの気配、学校の結界の魔力と同じ『匂い』がした。

 あの遠坂凛をこれでもかと挑発し、冬木の管理者を愚弄したサーヴァント。マスター共々、血祭りは確定しているようなモノだ。人の獲物を殺す気にもなれず、時間稼ぎのために士人は会話を続けた。

 

「監督役として人助けも出来たし、俺としてはもう帰りたいのだがな」

 

「駄目です。貴方はあの少女の代わりですから。その命、魔力の糧にしてあげましょう」

 

「それは困るな。俺も死にたくはない」

 

「いえ、殺しはしませんよ。ただ血を貰うだけですから」

 

 士人はその言葉に嘘は感じられなかったが、だからと言って血を分ける気になる訳がない。相手は魂喰いを良しとするサーヴァントだ。

 

「………そうなのか。

 だが、この身は監督役だ。血を分け与え、特定のサーヴァントに魔力を提供すると言った贔屓はできないのでね」

 

 その言葉を聞いたサーヴァントは、クス、と可笑しそうに笑う。

 

「そうですか。では話はここまでとしましょう、無駄話は終わりです。

 ――――手足の二、三本は覚悟してください」



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7.遭遇戦

 ――――昔話。

 それは遠坂凛と言峰士人が師弟になった頃の記憶。

 

◇◇◇

 

 言峰士人は今、魔術の師匠である遠坂凛の家で修行中であった。

 

「今までの話の確認するわよ、士人。あなたの魔術回路は肉体と融合しているわ。肉体の中で擬似的な神経になってるの」

 

 これはアンリ・マユの呪いによるモノであった。肉体が泥を喰らったのが原因である。

 呪い、要は極大の魔力が入り混んで士人のモノになったのだ。霊体にある魔術回路が肉体にも同時に発現してしまった。あの時は、肉体を侵食されて、精神を吸収され、魂が取り込まれそうになっていた。

 魂の衝動。そのように呼べるモノで言峰士人は還って来たのだ、自分を喰らおうとしていた泥を逆に喰らった様に。言峰士人は―――呪いを自分のモノにした。

 

「そして、あなたの回路は非常に頑丈よ。普通の魔術師じゃできない無茶もできる」

 

 言峰士人の魔術回路の数は33。そして一本の魔術回路の耐えられる魔力の限界がとても高いのだ。回路の質が良い。概念的に硬いとも言える。

 長い時間を掛けて魔術回路の数を増やしてきた魔術師の家に喧嘩を売っているかの如く、彼は魔術回路を持っていた。呪いの影響か、本人の素質なのか、それとも両方かは言峰士人にも不明である。

 

「魔術属性は物、魔術特性も物。

 これはとても珍しいモノよ。士人が特化型の魔術師になるのは確実ね」

 

 言峰士人の魔術回路をONにする時のイメージは、『血管に血を流し込む』である。そして、体内に流れる魔力のイメージは『灼熱と煮え滾る溶岩』だ。この感覚をもって言峰士人は神秘を成す。

 

「得意魔術は、投影、強化、変化、それと解析。それに士人の投影は異端中の異端」

 

 一度投影したモノは壊れない限り消えなかった。数年後、士人はこれらの得意な魔術が一つの大魔術が大元になっていることに辿り着く。

 

「よって実践の修行はまず得意な魔術を伸ばすわ。士人は投影魔術師としては大成すると思う。もちろん他の魔術もするけど、あまり期待はしない方がいいわ、あんまり才能ないみたいだし。

 ………それでも士人には遠坂の弟子になった以上、他の魔術も頑張ってもらうわ」

 

 言峰士人の投影魔術は空白に映る幻想を存在させるといったモノであった。

 まずは視界に入った物体を解析して、その情報を空白に取り込む。次にその物体がどのような因子によって存在しているのか把握する。そして、その具現化した存在因子を組み合わせ固定する事で、『無』から『有』へと存在させるのが言峰士人の投影魔術である。

 余談であるが遠坂凛はそれを見た時、出鱈目だわ、と言って解剖したそうな目で弟子を睨んだそうな。

 

「それと魔術師なら魔術書が読めないと話にならないわ。各種言語の習得は必須ね、勿論魔術言語も覚えるのよ。魔術の専門知識も大切だわ、知識はとことん詰め込むの」

 

 言峰士人はひたすら自分の脳を鍛えに鍛えた。

 魔術師としての魔術の修行と代行者としての秘蹟の修行。そして戦士または兵士としての戦闘鍛錬。それらの合間に学問を学んだ。

 苦痛と云うモノを実感しなかった言峰士人は特に苦に思うことなく平行して、最大限の効率で習得し学んでいった。

 

「いい、士人。修行の道はとても長いわ。今は回路をしっかり使いこなして魔力を全部目覚めさせる。

 修練を積めば魔力量はある程度増えるの。

 ―――――分かった、士人?」

 

「了解したよ、師匠」

 

 

 その後、弟子は師匠の授業を受け教会に帰った。これは師匠と弟子のある日の出来事である。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 眼帯の女、ライダーのサーヴァントは目の前の監督役らしき青年を見る。

 ライダーがマスターから命じられた指示は先程の少女を襲い魔力を得る事である。しかしその現場に予想外の来訪者が現れた。聖杯戦争の監督役と思われる人間。

 自分のマスターから下された命令に従っていたライダーは、この状況を薄い人格を持つ仮のマスターに伝えた。偽臣の書を通じてライダーはマスターからの念話で指示を貰う。

 ―――少女の方は後回しで良い。先にその男の魔力を奪ってからまた襲え、と。

 目の前には右手に細い三本の剣を指の間に挟んで握り、左手には真っ黒な刀身の剣を持つ青年。年頃は自分が今マスターとしている仮のマスターと同じくらいかと考えた。自分から逃げた少女が遠くに逃げない内に監督役の青年の血を吸う事に決める。

 

「――――――――」

 

 ライダーのサーヴァントは、目の前の監督役らしき青年に杭を投げ放った。

 ゴルゴン三姉妹の末妹、メデゥーサを正体をするライダーは英霊としての側面がある化け物だ。生前戦ってきた人間……否、人間と“戦った”事などメデゥーサにはない。それはただ島から排除するための一方的な虐殺であった。有り余る性能を頼りにした戦闘方法、それはまさしく化け物に相応しく、メデゥーサはそもそも技術など必要としなかった。殺してきた人間は全て格下、睨んだだけで石に変わり、少し腕に力を込めて殴れば肉塊に変わる。

 人間では化け物に勝てない。大した抵抗もなく殺される。

 ―――それなのに、ライダーが放った杭は空中で弾け飛んだ。

 十メートルも離れていない近距離から飛来する杭を投擲で迎撃する。それは銃弾を銃弾で撃ち落とすのと変わらない事だ。

 言峰士人は三本の黒鍵を放っており、一本の黒鍵で迫り来る杭を迎撃した。そして残りの二本の黒鍵がライダーを襲う。

 

「っ――――――――!」

 

 ライダーはそれを避ける。黒鍵は建物に突き刺さった。

 彼女は驚愕していた。ただの人間にこうもあっさり、攻撃を防がれるとは思っていなかったからだ。それもとんでもない早業だ。

 そして、黒鍵を放った士人をライダーは見る。左に剣を握っているが、投擲で体勢が崩れている。彼女は元々大して距離は離れていないのもあり、一瞬で言峰士人へと距離を詰めた。神父に杭を突き刺し動きを封じんと、彼女は一撃を下そうとする。

 

 ―――瞬間、ライダーが代行者の前に出現する。

 

 だがしかし、士人はライダーが最初に武器を投げる前の刹那に肉体の強化を終わらせていた。眼も同時に強化を施しており、その動きを完全に目視する。

 

 

――キィィイン……!――

 

 

 左手に持つ魔剣で迫る鉄杭の一撃を受け流す。それと同時に、士人はライダーへ足払いを掛けた。

 

「――――……っ!?」

 

 彼女は代行者が仕掛けたフェイクに引っ掛かったのだ。攻撃の機会(チャンス)だと思ったのは、攻撃を誘うための罠。肉体性能を魔力で底上げした士人を見誤る。

 ライダーは本気ではないとはいえ人間にたやすく流されたのに瞠目してしまい、視覚外からの足払いを受けてしまう。サーヴァントといえど体重は見た目通りなのだ。人外の力を持っていようがそこは人間と変わらない。攻撃時の体勢が不安定なところをタイミング良く狙われて、文字通り足元を掬われる状態になってしまった。

 

「―――――――――」

 

 神父は瞬時に右手に一本の黒鍵を装填する。地面に倒れかかっているライダーの心臓を串刺しにするためだ。突きのスピードを落とさないために一本だけ手に握った。

 

 ――――黒鍵がライダーを穿つため突き放たれる。

 

 しかし、ライダーもその程度でやられる英霊ではない。足に力を込め、力任せに後方へ飛ぶ。突きは外れるが、そもそも言峰士人もこんなモノが当たるとは思っていない。突くと同時に前進した時の踏み込みを利用してもう一度踏み込む。

 まだ空中にいるライダーめがけ一本の黒鍵を放った。ライダーは迫り来る剣を自身の剣で迎撃せんと空中で黒鍵を剣で受ける。

 

 その瞬間ガキンと、そんな轟音が手元からライダーは聞こえた。

 

 この黒鍵は先程投擲された時の威力の比ではない。これほどの威力があるならば、最初に放たれた剣は建物に突き刺さるのではなく粉砕しているだろう。剣の威力を見誤ったライダーはそれを受け止めてしまった。本来なら杭で受け流すか、ライダーが得意とするようなトリッキーな動きで体を捻って避けるべきであった。この言峰士人による黒鍵の投擲には特殊な技術が使われていた。聖堂教会の代行者の先輩から後輩である神父に伝授されたモノ。

 ―――名前は鉄甲作用。

 魔術作用ではなく埋葬機関に伝わる投擲技法。当たった瞬間に剣同士が砕かれる。黒鍵は刀身が折れて消えてしまい、杭は柄の部分が残った状態になった。

 

「――――――――――ッッ!!」

 

 杭で黒鍵を受けたライダーはトラックに轢かれた様に吹き飛んでいった。地面をバウンドしてコンクリートを粉砕した後、壁へと衝突する。

 

「―――グッ…………………なっ!?」

 

 倒れ込むライダーは呻くが、すぐさま剣が迫りそれどころではない。その隙に速攻とばかりに近づきながら、神父は三本の黒鍵を放っていた。

 狙うはライダーの眉間、首、心臓。

 速攻性を重視していたので鉄甲作用は付けず最速で投げる。

 それと同時に言峰士人が左手に持った魔剣から禍々しい魔力が解放された。そして神父は呪文を唱え魔剣の能力(チカラ)を解き放つ。

 

「――――狂え、黒泥怨讐(ダインスレフ)

 

 彼がもつ黒い魔剣の名は、黒泥怨讐(ダインスレフ)

 元々は言峰士人が教会に居候をする王様の宝物庫のお宝であるダインスレフの原典たる魔剣で、ギルガメッシュ王の持つ『王の財宝』の中にある概念武装であり、宝具としての一面を持っていたモノを言峰士人が投影した改造魔剣。

 言峰士人が報復の魔剣を愛剣の一つとする理由は簡単で、ただ単に相性が凄まじく良かったためである。

 持ち主に狂気と呪いを与え破滅へと導く報復の魔剣・ダインスレフだが、アンリ・マユの呪いを受けた過去を持つ言峰士人は呪いが効かない体質、というよりも特性を持っていた。簡単に言えば、言峰士人はダインスレフの能力をノーリスクで使う事ができたのだ。

 そしてダインスレフ自体も言峰士人が持つ『呪い』と相性が非常に良かった。波長が合ったともいえるであろう。また言峰士人が使うダインスレフは言峰士人の魂の内にある元々はアンリ・マユの呪いだった物によって改造された魔剣である。そして言峰士人がまだまだ研究中の投影宝具の一つであり、誕生したオリジナルの存在。

 黒泥怨讐のは能力は主に三つ。

 一つ目は魔剣には有りがちであるが強力な能力で斬られた傷が治り難いと言うモノ。

 二つ目は対象の生き物を斬ったと同時に生命力を吸収すると言うモノ。

 宝具としての能力である最後の三つ目は敵対する者が強力である程強くなると言うモノ。それを正確に言えば、魔剣の対象である敵を殺し尽すまで際限無く自分が狂化され続ける――――悪意の刃である。

 ……黒鍵により吹き飛ばされたライダーは、黒鍵を避けるため素早く回避運動を取る。

 

「―――ハッ!」

 

 体を強打し、しっかりと肉体に活を入れるため肺から空気を吐き出す。「人間」と、神父を舐めていたのが仇として自分に返って来た。

 そして間髪入れず三本の剣がライダーを襲撃する。

 ライダーは黒鍵を身を振り返して急いでそれを避ける。黒鍵は壁に突き刺さるだけで威力は最初の時と同じ位であり、先程の様な破壊力は持っていなかった。―――その瞬間、強烈な悪寒がライダーの全身を襲う。

 ライダーが避けた先に神父は剣を構えて待っていた。魔力を放つ左手に持っていた魔剣を両手で握っている。ライダーは魔剣が嫌な気配を最初から纏っていたのを感じていたが、今は遥かにその気配の濃度が上がっている。その魔剣は桁外れの呪詛を纏っていた。人間とか、英霊とか、怪物とか、そんな事はもう関係ない。それは際限のない恐怖と狂気を宿していた。

 ―――そして彼は、ライダーを魔剣の間合いに入れる。地面を縫う様に高速で接近していた。

 

「―――シィィイッッッ!!」

 

 言峰士人の烈火の如き声。そして彼は、ライダーを狙い魔剣を下から上へとフルスイングで振り上げた。

 ―――裏路地に響く金属音。

 言峰士人の動きの速さは先程より明らかに上昇している。避け切れないと感じたライダーは咄嗟に二本の杭でそれを受け止める。不安定な体勢のところを狙われ足の踏ん張りがまるで効かない。

 ―――フルスイングを受けたライダーは空中へと打ち上げられた。

 何メートルも上空に高く打ち上げられたライダーは監督役と言った男を脅威に感じた。戦いの運び方がうまくペースを握られてしまっている。人外のパワーとスピードに慣れた様に対応してくる。武器を扱う技術の巧みさは此方を上回っている。こいつはただの魔術師ではないと、彼女は思考する。

 それもそのはず、言峰士人は代行者として幼い頃から鍛錬を日々重ね続け、死徒や魔獣などの化け物を狩り、堕ちた数多の魔術師たちを滅ぼしてきた。……言ってしまえば、ライダーと同じ戦闘方法の相手に慣れていた。基本性能が自分より高いのが当り前の連中と殺し合い倒してきたのだ。

 神父はライダーを見た時に武芸者の気配を一切感じなかった。感じた気配は怪物のモノ。これが正面から堂々と姿を見せた理由の一つ。言峰士人は倒せなくても死なない自信はあった。そして、敵が装備している武装は全て解析済み。使用法や効果も認識する。

 実際にライダーは言峰士人にとっては、どんなに力が有り動きが速かろうとも、今まで殺してきた化け物の延長上でしかなかった。彼女が現在身に付けている武装は、宝具クラスには達していない鎖杭と非常に強力な魔眼殺し。

 彼は油断など一切できないし、する事もない。しかしライダーが相手の場合なら、宝具や英霊特有の能力以外は未知のモノと言う訳ではない。結果論では有ったが、それを見抜いた神父こそ、若いながらも経験豊富な生粋の代行者であった。

 

「――――シッ!」

 

 ライダーが空中で杭を投げる。ライダーが杭を投げたとほぼ同時に、身動きできない彼女に対して三本の黒鍵が襲来する。ライダーがその時感じた壮絶な威圧感は、吹き飛ばされた鉄甲作用で投げられた黒鍵と同じであったからか。しかし、前とは違い黒鍵は同時に三本を投擲される。そして黒鍵のスピードは明らかに速かった。これは魔剣による肉体強化の影響であろう。

 

―――カキィン!――

 

 今の言峰士人の黒鍵を身に受けるのは、戦車砲が同時に三発当たるのと同じ意味だ。だが、ライダーは黒鍵が投擲される前に投げていた杭をビルの壁へと当てていた。壁に杭が当たり突き刺さったその瞬間に杭に繋がった鎖を思いっきり引き、迫る黒鍵を身を反して回避。黒鍵が明後日の方向に飛んで行く。

 言峰士人は黒鍵がライダーから外れてしまったので、街中に黒鍵がブチ込まれない様に黒鍵を解除しておく。人がまだ歩いている街中に黒鍵が飛んで行くなど監督役として不始末にも程がある。あらかじめ準備しておいたので刹那の間で黒鍵は消えた。

 そして、ライダーは一瞬で地面へと降り立った。僅かな間、二人の時間が止まる。互いの存在を見る。

 

「……………強いですね、貴方」

 

 言峰士人はライダーの言葉に、クックック、と笑いながら返答する。

 

「ふむ、サーヴァントに褒められるとは思っていなかったぞ。鍛えた甲斐があったというものだ」

 

 笑いながら返答した言峰士人にライダーは冷笑を浮かべながら喋る。

 

「ですが私には勝てません。その程度なら逃げる事さえできません」

 

「そうか。だが、そのような御託などどうでもいい。

 お前がそう言ったからには、しっかりとその言葉を証明してみせろ」

 

 その人を挑発させる言葉にライダーの殺気が高まる。一般人ならそれだけで吐き気のあまり気を失う程の殺気であった。

 

「……言いましたね、魔術師風情が」

 

「言ってやったぞ、化け物風情が」

 

 ライダーの怒気が込められた言葉。その言葉を言峰士人は、はっ、と笑う様に言葉を返した。

 

――ダン……っ!――

 

 ―――ライダーが杭を神父に向けて投げ放った。

 神父はライダーから放たれた杭を魔剣で受け流す。そして、杭に繋がる鎖で攻撃されて体を絡まれないよう、狭い路地裏の辺り一帯を注意する。言峰士人はあの鎖が厄介だと感じていた。

 

「…………―――――」

 

 戦いが長引き、ライダーは少女から血を吸い取るのを諦めていた。ライダーは杭を迎撃し、鎖の罠にも注意を向けるこの男にイラつきを覚え始める。彼女は言峰士人から血を奪う為、地面を蛇の様に疾走し接近戦に持ち込もうとする。

 

 ………しかし、その瞬間。

 ライダーは別方向から鋭い殺気の籠る視線を感じた。

 

「――――――――っ!?」

 

 ここにいるのは危ない、と感じたライダー。彼女は誰にも予想が出来ないトリッキーな動きにより、垂直の壁を走り上る。そして、上空から降り奔る鈍い色の飛来物。

 閃光が煌めいた直後、走り上がるライダーが居たところには矢が次々と突き刺さっていく。ビルの屋上へと僅かな時間で上ったライダーは矢が放たれた場所を見る。

 

「………………………………っ」

 

 ―――そこには、赤い外套に身を包んだ弓兵が独り佇んでいた。

 ビルの屋上で弓を構え此方を狙っているサーヴァント。ライダーはこの予想外の事態が続く中、撤退することを心に決めた。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 神父は建物の上に佇む赤い弓兵を見る。

 弓兵は神父が戦っていたサーヴァントを追い払っていた。眼帯の女に向けて弓兵の視線が“貴様を射る”と告げている。言峰士人は弓を構えるその姿に何故か既視感を覚えた。気配というか存在感が誰かに似ているように思う。

 その後、彼は慣れた気配を近くに感じ取る。気配の持ち主は神父に話し掛けてくる。

 

「―――何やってんのよ、バカ弟子」

 

「……ふむ。取り敢えずは人助けと言ったところだ。ともかく助かったぞ、師匠。それで美綴はどうした?」

 

 赤い弓兵がマスターの後ろへと降り立った。敵対サーヴァントの脅威は去ったのだろう。

 

「保護したわよ。……ったく、こんな目立つ結界張っちゃって。それも士人の魔力だったから様子を見に来れば綾子がいて、言峰が大変だ、って言ってくるわ。

 ……アンタ、弟子の分際で師匠を利用したわね?」

 

 つまり言峰士人は、近場に師である遠坂凛の魔力を感じ取っており、態(わざ)と魔術師から見ると目立つ結界を張ったのだった。そして美綴綾子には遠坂凛が此方に向かって来るであろう方向に逃がしたのであった。

 一応、遠坂凛以外の魔術師が近くにはいない事は確認していた。言峰士人の魔力察知は異常なまでに鋭く、そこらへんの配慮はしている。違うマスターが近場にいたら乱戦になるためだ。

 

「まさか、弟子が師匠を利用するなど恐れ多い。

 俺はただ知人を助けたまでだ。そもそも助けられる人を見殺しにするのは神父として失格だからな。それに美綴綾子は師匠の友人ではなかったか?」

 

 遠坂凛は少しの間沈黙する。その後、自分の弟子に口を開いた。

 

「―――そうね、わたしの友人を守ってくれて助かったわ。………ありがと、士人」

 

「それはどういたしまして」

 

 恥ずかしそうにお礼を言う師匠をニヤニヤしながら弟子は返事を返した。ムスッとした凛が士人を睨む。

 

「まぁ、いいわ。それで一つ訊きたいんだけど……その剣は何?」

 

「これか? これは魔剣だ」

 

「……そうじゃなくて。そんな禍々しいのどうしたって聞いてんの?」

 

「元のヤツを自分用に改造したのを投影した」

 

 魔剣の能力は既に切れている。しかしこの魔剣の禍々しい魔力は離れていた遠坂凛にも伝わってきていたし、魔力の残滓がまだこの場に漂っている。

 

「聖堂教会には多くの概念武装が保管されている。いつかは魔術協会の概念武装も見学したいものだ」

 

 簡単に言えば言峰士人は誤魔化した。この魔剣の大元は『王の財宝』の中の原典だ。誤魔化した理由は特に無いが、幼少頃にギルガメッシュの事は遠坂凛には黙っておくよう、言峰綺礼(オヤジ)から言峰士人は言われていた。ぶっちゃけ、今も誤魔化しているのはただ単に惰性だった。

 それにこう言っておけば、「師匠は勝手に勘違いをするだろう、それに自分は嘘を言ってないしな」とだいたいそのようなコトを言峰士人は思っている事だろう。

 

「………そう。

 でも今まで見た事ないヤツ。それにしても禍々しい」

 

「あぁ。そうなるように改造したからな」

 

 そう言って士人は魔剣を消す。

 

「それで師匠、美綴は結局どうしたんだ?」

 

「今は人通りがある所にいるわ。後で記憶を消して家に帰すことにするわ」

 

「なるほど、ご苦労だな。この後はキャスターの痕跡でも探すのか?」

 

「……なんだ、知ってるの?」

 

「監督役だからな。キャスターの魂喰いの偽装は俺がやっているのだぞ」

 

「ふ~ん、そう。わたしはこれから被害にあったビルを探すわ」

 

「そうか」

 

 弟子の気の抜けた返事に師匠は溜め息を洩らす。

 

「……はぁ。

 ま、いいわ。わたしはこれから、キャスターの居場所を見つける証拠を探し出すって訳」

 

「なるほど。キャスターが死ぬのは仕事が減って有り難いからな。キャスターの討伐を頑張ってくれ、師匠」

 

「別に士人のために戦う訳じゃないけど、キャスターのした事は許せない。

 ―――――冬木のセカンドオーナーとして、キャスターは必ずわたしが倒す」

 

 そう言って、遠坂凛は右手で拳を作り、パンッ、と左手の手の平に当てて音を鳴らした。彼女は今後の予定を思い浮かべながら弟子に別れの挨拶を伝える。

 

「綾子もいるし、わたしは急ぐわ。じゃあね」

 

「あぁ、分かった」

 

 別れの言葉を言って遠坂凛は振り返って来た道を戻って行った。ずっと神父を警戒していたアーチャーも霊体化をして自分のマスターに付いて行く。

 神父も遠回りし、長くなってしまった帰りの道に付き、家の教会へと歩いて行く。教会に帰る頃には新しい偽装工作の連絡があるのだろうな、と気の重くなる溜め息と共に思った。



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外伝1.何も無い心

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

昔話。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 言峰士人は公園で一人ベンチに座っていた。時刻は午後の八時頃。

 

「………………………………………」

 

 ボーとした容貌で夜空を眺める。星々と満月が輝く夜であった。

 地獄の焦げ跡から空を見上げても、夜空に輝く星と月は変わらないらしい。焼け跡に一人佇む生き残りも含め、星の全てを平等に照らしている。冬の寒い公園の中、神父服の少年は空を見上げていた。

 

「………………………………………」

 

 ただただ、空を見上げる。

 ……しかし、時間は過ぎていくモノ。何事も終わりがある。

 

 

―――スタ、スタ、スタ……―――

 

 

 ベンチに座る士人に近づく姿がある。金髪にライダースーツの青年、ギルガメッシュ。

 彼は第四回聖杯戦争でアーチャーのサーヴァントとして遠坂時臣に召喚された。しかし、マスターである遠坂時臣を裏切り、アサシンのマスターであった言峰綺礼を新たなマスターとした。そして、聖杯を汚染するアンリ・マユの泥により受肉し現世へと復活した英霊。今はマスターであった言峰綺礼が運営する教会に居候中だ。

 そのギルガメッシュが不機嫌そうに歩いている。日々の毎日が退屈なのだろう、この王様は新しい事を好む。ギルガメッシュは何年か過ぎ、現世も見慣れてきていた。一年も生きてみれば、現世への愛想も尽きた。

 彼の時代に比べても人間に変化は無かったが、人の世界は随分と変質していた。人間社会はとてもとても、ヒトそのものに優しくなっていた、実に生き易い世の中になっていた。…ああ、反吐が出る思いだ、これが彼の正直な感想。生きる価値の無い者が生きていける世界、視るに堪えない薄汚れた世界、王が支配する価値が無い世界。不愉快の余り、感情が窮まった。

 その英雄王ギルガメッシュは、ベンチに座る言峰士人に近づいて行った。この子供は王から見ても、実に滑稽で、実に哀れで、実に楽しい。そんな愉快な気持ちにさせる娯楽品。

 

「何をしているのだ雑種。こんな所には何もなかろう」

 

 黄金の王はベンチに座り込む士人に喋り掛けた。ギルガメッシュは薬を飲み子供になって日々を過ごしているが、今日はずっとそのままであったらしい。言峰親子と夕飯をとり、する事が何もないから冬木の街を散歩でもしていたのだろう、ここにはたまたま来ただけ。

 

「何もしていない。なんとなく、ここにいるだけだ」

 

「……ふん、まぁ良い」

 

 鼻でそう笑い、目の前の少年を哂い、彼はベンチに座った。ギルガメッシュは彼が座る隣のベンチに座っている。ちょうどベンチの端と端に士人とギルは腰を休ませており、ベンチの間を一人分だけ空けて隣同士で座る。

 

「……………………………………………………」

 

「……………………………………………………」

 

 二人は何をするのでもなく沈黙する。言峰士人は暗闇に覆われた公園を先程と変わらず見ている。ギルガメッシュも同じであった。しかし、ギルガメッシュは言峰士人の方へ顔だけを向けて言葉を話す。

 

「雑種、貴様は苦悩を抱えているな。暇潰しだ、話してみろ」

 

 ギルガメッシュは沈黙を破り言峰士人にそう話した。

 言峰士人が一人で抱えているモノが気になった、と言うより気まぐれで訊いただけだ。しかし、気まぐれでもあるが、言峰綺礼と同等の異常者でも在り、生き残りの少年が抱えているモノがそれなりに自分を愉しませてくれるのではないかと言う、彼らしい悪趣味な期待がない訳でもなかった。言峰士人が自分の事で苦悩していることに、ギルガメッシュは見て気が付いたので言峰士人に尋ねたのだ。

 

「……苦悩、か。そういえばそうだな」

 

「どうした、話すのなら早く話せ」

 

「分かった、話すことにする。つまらない話になるが構わないか?」

 

「構わん。暇潰しと我(オレ)は言った筈だ。そのような遠慮はいらん」

 

 言峰士人は彼の言葉を聞き、自分が生き残ってから抱えているモノを話すことにした。

 地獄が残留し怨嗟の声が未だに轟く始まりの場所。ここで拾われた子供がここで子供を拾った王に語りかけた。

 

 

「―――私には感情がない。

 生の実感も死の実感も存在しない、心にあるのは空白だけだ」

 

 

 言峰士人はギルガメッシュに語り始めた。身の内に抱えた、何も感じず何も無いその心を。

 

「心の内に何も無い。何も感じるモノが無い。喜怒哀楽が死んでいた。

 ヒトが当たり前に行っている喜び方も、怒り方も、悲しみ方も、楽しみ方も、何もかもが理解出来ない、実感が無い。どのような方法で人が感情を得ているのか解らない。何を見ても何をしても何をされても、心が何も解らない。

 ――――目に映る全てに、価値が失われていた」

 

 言峰士人は一切の表情がない何もかもが死に果てた無表情であった。本当に空白であった。

 ギルガメッシュは少年の話を黙ったまま聞いている。

 

「……それなのに―――――」

 

 そして、少年は王へ話を続ける。

 

「――――衝動が、心の外側だが身の内に在った」

 

 言峰士人は一旦言葉を切り、公園を見た後、夜空を見上げた。

 

「私は、人間(ヒト)が愉しい。彼らの業を愉悦に感じた。私のモノとなり、私になったあの黒い太陽が笑うのだ。自分は何ともないのに魂が震える。何も解らないのに業をただ愉しめる」

 

 顔を空白としたまま、淡々と語り続ける。

 

「私は愉悦に震える太陽を感じても、心だけは空白のままだった。人の業が愉しいモノだと実感する事は出来た。業を愉しむのは、自分自身の衝動だ。

 ……しかし、呪いは呪いだ。自分ではあるが結局は後付けの衝動だった」

 

 奈落の眼が何かを映し出す。

 

「だが、後付けではあるが、自分の衝動は偽物ではなく確かに本物だった。それでも、それは違った。自分の呪いではあるが、自分に変化した自分以外の呪いに過ぎない。

 実感はあれど、如何して自分の衝動が人の業を愉悦とするか、私には理解できない」

 

 言峰士人の黒い目は、まるで何もかもを焼き殺す灼熱とした黒い太陽の様でだった。

 

「自分には何もなかった。希望も絶望もない。

 世界は変わらない、世界は私にとってずっと同じ世界でしかない。希望も絶望も関係が無い、私にとってあらゆる未来が等価だった。

 それにどれだけ自分を追い詰めて修練しても、欠片も苦しいと思えない、何も感じられない。毎日毎日、限界を超えて動けなくなるまで鍛錬をしても苦しむコトが出来ない。何を極めようとも、自分が鍛えられただけだった。何かを鍛えて極めた分、強くなっていくだけだ。

 私にとって、感謝の言葉も憎悪の怨嗟も変わらない。自分に向けられてもそれをどうしたらいいのか、何を感じて何を思えばいいのか、そんな事さえ解らなかった」

 

 言峰士人は話を終える。そうして、少し間を空けて自分の結論をギルガメッシュに伝えた。

 

「結局の所、自分という存在(モノ)に何の意味が在り、一体これには何の価値が在るのかと、そんな事を悩んでいただけだ」

 

 士人が語り終える。その話を聞いていた黄金の王は黙って聞いていたが、突然顔を上げる。彼の顔は、愉しそうに歪んでいる。

 ―――そうして、唇を震わせながらギルガメッシュは口を開いた。

 

「ククク、はは。フハハ…、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」

 

 口を開いたギルガメッシュは大声で笑い声を上げる。公園の中で笑い続けた。一分は笑い続けていただろう。

 相当毎日が退屈だったのだろうか、と士人はその姿を見て何となく思った。

 

「クックッ……久々に声を上げて笑ったぞ、雑種。

 中々に面白い話だった。良いだろう、褒美だ。その苦悩は我が解決してやろう」

 

「―――――――――――――本当、か?」

 

「ああ、本当だ。何、簡単な事よ」

 

 そうしてギルガメッシュは言峰士人に答えた。

 

「いいか、雑種。否、士人(ジンド)よ。

 ――――今日から貴様はこのギルガメッシュの臣下となれ。そして自身を究極へと鍛え上げろ」

 

 言峰士人はギルガメッシュをただただ見る。王は臣下に言葉を告げる。

 

「貴様の魂は何にも属さない。貴様は人間ではなく、怪物でもなく、無論のこと英雄でもなく、そして神には程遠い存在だ。

 貴様は言峰士人でしかなく、だからこそ我の臣下となるに相応しい。故に貴様は、いずれ己の究極へと至れるだろう。

 ……そして、貴様は強い。貴様のその強さの前では、この世の有象無象など取るに足りん。好きなように弄ぶが良い。弱者を殺すのも助けるのも貴様の自由だ。だが決して、貴様が搾取した弱者どもの弱さに同情するな。それは強者の役目ではない、弱者の役目だ。強者なら何があろうとも己を恥じぬ事だ、強者で在るなら己が己で在る事に負い目など存在せん。

 故に、士人よ。答えを求めるなら己に誇りを抱け。

 ――――我の臣下になった貴様が歩む道、それそのものを言峰士人の誇りとするが良い」

 

 

「―――――――――――………」

 

 

 言峰士人は頷き、王の言葉を了承する。彼は誇らしく笑顔を浮かべた。

 その時士人は、己が己である事に誇りを抱いた。そして両目から流れる涙が魂に誇りが刻まれた証であり、神父はこれ以降永久に涙を流す事はなかった。




 原作で例えますと、士郎が切嗣の理想を受け継ぐ所と相対しています。彼にとってギルガメッシュの臣下であると言う事は、ただそれだけでこの世界で自分が生きていくのに十分な価値となります。


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8.寝不足

「(………ダインスレフ、だと?)」

 

 

 アーチャーは目の前でマスターと話をする学生を見た。

 

 ――ダインスレフ。

 ニーベルンゲンの魔剣。持ち主に破滅をもたらす呪いの宝具。

 

 北欧の英雄シグルドを殺した一族に伝わる魔剣で、元はファフニール竜が収集していた宝具である。また、デンマーク王ホグニの持っていた魔剣でもあり、一度鞘から抜き放つと人を殺すまで戻らない、という恐ろしい力を持っている。強力な“報復”の呪詛を持つが、同時に持ち主の運命さえも破滅に追い落とす。魔剣、聖剣は栄光と破滅を両立させるが、これは破滅のみを所有者に与えると言われる。

 この魔剣は伝承にある様に、本当に『魔剣』なのだ。抜いたら最後、殺すまで止まらない。その魔剣を持ちながら正気でいるなど人にはできない。宝具である固有結界『無限の剣製』の中にも複製品である報復の魔剣は存在する。オリジナルを見た事がある。しかしこれは違う。呪詛の濃さが段違いだ。

 宝具能力に大差はないが、この魔剣はオリジナルと違った。斬られたら死ぬ。『視た』だけでそう実感できた。

 

 ―――極限の怨念。

 剣として生きた自分だからこそ分かる、“魔”剣であるが故の“魔剣”。

 

 何せ、敵を殺し尽くすまで際限なく狂化していくのだ。そして斬れば相手の命を吸い取り、さらに『魔』は濃度を増し狂っていく。

 この剣を使いこなせるこの男だからこそ狂わずに敵を倒せる。さらに敵対した場合も厄介極まりない。おそらく剣が体を掠っただけでごっそり魔力を奪われ、魔剣の呪詛で斬られた傷は癒やせない。そして相手である魔剣の担い手は奪った魔力でさらに強くなっていく。

 機会(チャンス)があればこの男が先程のサーヴァントを倒していたかもしれない。

 

 それにこの男、自分と同じ異端の投影魔術師だ。そこを疑念に思う。自分以外の投影使い、正体は何なのだろうか。生前の記憶が殆んどないので何も分からないが、自分は守護者化した全てのエミヤシロウだ。無尽蔵にある平行世界のエミヤシロウの生前の記憶は膨大であり、全てが霞んでしまっている。

 

「(……………仕方ない、様子を見よう)」

 

 アーチャーはマスターと共に街を歩いて行った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月4日。

 

「…………あさ、か」

 

 神父の朝の一言。

 

 それは昨晩の事。

 サーヴァントとの戦闘が終わった教会への帰り道、何故かそこには美綴綾子がいた。

 

「っ―――――無事だったのか言峰っ!」

 

「どうしたんだ美綴、遠坂は?」

 

「―――……あ、いや、その、あのまま言峰を放って置けなかったから遠坂に着いて行ったんだ、遠坂だけだと危ないと思って。

 ……それに警察に連絡するんじゃ間に合わないし、そもそも携帯落としちゃったからな」

 

「(…結界を破って来たのか、魔術師(こちら側)の才能があるのだろうか?)」

 

 士人が張った結界は中から外へは大丈夫だが、外からだと魔術師以外は注意が外れる人払いの結界であった。それを、また外から中へと入って来た。

 

「だけど遠坂がもう見当たらなかったから、言峰がいた所へ近道して向かった。そしたら、裏路地から出て来た所を見たと言う感じだったんだ」

 

 それを聞いた彼は思案する。取り敢えず、自分の師匠が混乱しているだろうから連絡を取る事にした。

 

「……なるほど。

 それは仕方ないな、少し待ってくれ」

 

 士人はそう言って携帯電話を取り出す。そして携帯電話を操作して凛へと電話を掛ける。神父が電話をしてから十数秒して遠坂凛の携帯電話へ繋がった。

 

「――――――もしもし」

 

「…………すいませんが、そちらは遠坂凛さんの携帯電話だと思うのですが、そちらはどちら様でしょうか?」

 

 もしもし、と出て来た声は何故か男の声だった。言峰士人は口調を変えて対応した。そして、電話口の向こう側が騒がしい。

 

「ア、アーチャー、電話繋がったの!? よかった。この携帯電話っての意味が分からないのよね」

 

「そもそも何故私が電話にでないといけない。まさかサーヴァントに対して、自分の携帯電話を代わりに出ろと命令するとは。

 ……まったく、現代人としてどうなのだ、凛」

 

「し、仕方ないじゃない、全然分からないんだから。それに士人みたいな事言わないでよ。

 それはともかく良くやったわ、アーチャー。もう電話代わっていいわよ」

 

「――――――――――…ハァ」

 

 そんな喧騒が向こうから士人に伝わって来た。

 昔の事だが、言峰士人は遠坂凛に携帯電話の使い方をみっちり教えた事がある。連絡方法として携帯電話はかなり優秀な物だ。そもそも一人暮らしで携帯電話なしで現代に生きるのは不便だったので、携帯電話を買った遠坂に言峰は使い方を教えたのだ。

 そして、それがこのザマであった。教えて時間が経つと機械音痴が発動する。

 言峰は師匠はそういう存在なのだと諦めた。

 

「もしもし、士人」

 

「やっと出たか、師匠」

 

 一応ではあるが弟子は師匠にツッコミを入れておいた。その後に弟子は要件を言った。

 

「要件を言うと美綴綾子は教会が保護した。心配は無用だ」

 

「―――はぁ、良かった。士人が保護しておいたのね。取り敢えず綾子は任せるわ」

 

 遠坂凛は安堵の溜め息を吐く。親友の姿が消えていたのだ、中々にその不安は心身に堪えるものがあったのであろう。

 

「了解した、師匠。伝えることは伝えたからな、では切るぞ」

 

「うん、さよなら」

 

「あぁ、ではまた」

 

 

 師弟は要件を伝えたらそうそうに会話をやめ、別れの挨拶をする。

 ピッと電話は音を鳴らし通信が切れる。言峰士人は、「アーチャー、これどうやって切」と師匠の声が途中まで聞こえていたが師匠に対して既に諦観を得ている弟子はとっとと電話を切る。

 …その間、綾子は電話の様子をずっと不思議そうに見ていた。

 

「――――――――――――」

 

 士人は場所を確認する。ここはまだ裏路地。一目は無く、魔術の行使が十分可能だ。監督役の役目として魔術の秘匿を行う。言峰士人は美綴の方を向き、その目を見た。

 

「……ど、どうした、言峰?」

 

 彼女は顔を赤らめてそう質問した。それなりに至近距離から見つめ合っているのだ、異性に興味が出てくるこの年代で、交際経験零な美綴なら仕方がないのだろう。

 

 ―――数秒後。

 

「――………魔眼が効かん」

 

 

 言峰士人は、そう独り言を呟いた。魔眼で記憶操作の魔術を美綴綾子に掛けていたのであるが、元々の霊的ポテンシャルが高い為か、そういった精神干渉を防ぐ異能持ちなのか、魔眼の魔術が効かなかった。

 魔術師が相手ならともかく、一般人なら有効なレベルの言峰の記憶操作が無効化された。ついでに言峰はこの事を夢と錯覚するよう暗示もかけたがそちらも無効化されてしまった。二つとも美綴にかけたはいいのだが、一瞬で魔術を弾かれてしまった。

 言峰士人は監督役として美綴に対する対処の仕方を悩む。

 

「ふむ、どうしたものか」

 

「…?」

 

「仕方がないか」

 

「……??」

 

 悩む様に士人は綾子を見つめる。美綴綾子は何も理解できない状況に疑問だらけになった。混乱している美綴に対して、言峰は唐突に口を重々しく開ける。

 

「美綴、今夜は教会に泊まって行け」

 

「――――ハァッ! なんでよ!?」

 

 混乱する美綴綾子をさらに混乱させる爆弾を言峰士人は落とした。それに綾子は絶叫する。状況についていけず、頭の中が更に混沌としていく。

 

「状況を説明したい。街中では危険だからな、教会で話をしよう」

 

「………む」

 

 真剣な言峰士人に美綴綾子は話を聞く事にした。泊まるかどうかは別であったが。

 それに状況が気になって仕方がなかった。あの女は明らかに普通ではなかったし、言峰は吐き気でどうにかなってしまいそうな剣を持っていたし、言峰の右手から剣がいきなり現れてきた。さらに街が危険と言うのは先程ので理解している。

 しぶしぶとだが、巻き込まれた綾子は神父について行く事を決めた。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 教会までの道のりを言峰士人と美綴綾子は歩いていく。

 

「ねぇ言峰、それにしてもあの眼帯女はなんだ?」

 

「それもまとめて教会で説明するが、簡単に言えばアレは人間ではない」

 

「…ハァ、厄介なことになったもんだ」

 

 くく、言峰士人は面白そうに美綴綾子に笑いかけてそれに応える。

 

「ああ、それはもう厄介だぞ」

 

「――…………………ほんとに厄介だよ」

 

 綾子は力なく溜息を溢し士人について行き、二人は新都を抜け冬木教会へ到着した。教会に到着した言峰士人は美綴綾子に自分が今どんな状況に陥ったのか、簡単に纏め上げて説明した。

 魔術師、マスター、サーヴァント、監督役、そして聖杯戦争について。取り敢えず魔術を見てしまったので放置することができず教会にいる事となった。セカンドオーナーである遠坂凛と色々と話し合わないといけなくなってしまったので、弟子は師匠に後で連絡をする事にする。今日はまだ街に危険があると思ったのか、一応泊まっていく事にした美綴には空き部屋を使わせることになった。

 

「ここの部屋を使ってくれ、本来は脱落者用の部屋だが構わんだろう」

 

「………牢屋みたいな部屋ね」

 

「他の部屋は冷暖房なしでテレビもなしだ。それとここは凛もたまに使っていた部屋だ」

 

 この部屋に冷暖房もテレビも揃っていたのは、凛が使っていたので家電機器を揃えたからだ。誕生日などのイベントや、中国武術という名の殺人技術を習っていた時に使っていた部屋である。脱落者用の部屋といったのは遠坂凛が脱落した場合この部屋で生活することになっていたからだった。

 勿論、弟子の士人が師匠である凛のために脱落用の部屋を用意していた事がばれたら、彼はきっと殺された方が救いになる状況に士人は落ちるだろう。そしてもし、凛が脱落したらニコニコ顔で士人がこの部屋に案内する事になる。

 

 士人は綾子に説明をした後、そうそうに煙草を吸っていた。

 魔力の回復に便利なので良く戦闘が終わった後に言峰士人は特製の煙草を吸うのが習慣になっている(臭いがつかないように改造してあるので口は煙草臭くならない)。

 美綴綾子は今、風呂に入っていた。何でも気分を変えたかったそうで、なにより汗で気持ちが悪かったみたいだ。

 余談であるが、着替えは士人が投影して用意した。ついでにサイズはピッタリだ。

 

 そうして神父は一人で煙草を吸っていた。台所の換気扇を回して持ってきた椅子に座っている。

 士人が換気扇の下で煙草を吸っていると教会の居候が台所に入ってくる。何か飲み物か食べ物を取りに来たのだろう。居候の正体は前回の聖杯戦争の生き残ったサーヴァント、ギルガメッシュである。そしていつもの様子と違いかなり上機嫌であった。外に出かけていた昼間の間に何かがあったのだろうか。

 

 神父は王様が気になったので問い掛けた。

 

「どうした、ギル?」

 

「―――セイバーだ」

 

「……む、セイバーがどうした?」

 

「ふん、分からないなら教えてやろう。今回のセイバーは、前回のセイバーと同じ真名を持つアーサー王だ。

 ―――――前回より10年も待った我の妻よ、今回はセイバーを我(オレ)の物とする」

 

 ギルガメッシュは王のカリスマ性を結構無駄に発揮しながら臣下の神父にそう言った。それを聞いた神父は色々と頭の中が混乱するが結論を出す。

 

「――――………………………………………………………………ギルはホモだったのか」

 

 長い長い沈黙の後、そう言峰士人は言った。王様が遠い所の住民だと気付いたような声で言った。物凄く珍しいことだが、予想外過ぎて言峰士人は無表情になってしまった。表情そのものを作れなかった。

 

「…………ハ?」

 

 ギルガメッシュは珍しく茫然とする。そして茫然となったギルガメッシュに言峰士人は追い打ちを掛ける。

 言峰士人は感情が死んだような無表情のまま、自分の王であるギルガメッシュに嘘偽りない自分の本心を告げた。

 

「すまない。私は理解者にはなれない」

 

 ギルガメッシュはようやく事態を把握する。

 

「―――た、戯け! アーサー王は女だ!!」

 

「…………そう、か。あーさー王はおんなの子、なのだな」

 

 王様の言葉に対して絞り出すように神父は言葉を返した。

 

「……貴様、信じてなかろう?」

 

「一体、何処をどう信じたら良いと言うのだ?」

 

 王様の殺意が籠もった詰問に士人は即答した。

 確かにアーサー王が本当は女だなんて事を簡単に信じられる訳がない。そんな世迷言はアレキサンダー大王がアレキサンダー女帝だったとか、ゴルゴン三姉妹がゴルゴン三兄弟だとか、三蔵法師が尼さんで孫悟空、猪八戒、沙悟浄が雌猿、雌豚、雌河童(?)だったとかの次元だ。

 ギルガメッシュが嘘をつかない事を言峰士人は知っているが、それと同時にうっかりな所もあるのを知っていた。結構迂闊な王様なのだ。それにギルガメッシュの趣味は知らないが、彼が生きてた時代くらい昔なら男色も普通だったのかもしれない。

 女顔か中性的な顔立ちな不老の少年騎士王を女に間違えたとかそんなオチだったりするのではないか、そうなるとショタコンでロリコンにもなるのか、凄まじいカルマだな、流石(?)英雄王だ、ギルガメッシュの魂に憐みを、AMEN―――と、絶賛混乱中で無表情な顔で無理やり慈悲の笑顔を作っている神父の説得には天下のギルガメッシュ王も梃子摺った。

 

 ……そうして一悶着があった後、ギルガメッシュの誤解は一応解けた様だった。王様はアーサー王がまた聖杯戦争に参戦して来た運命がそれ程面白かったのか、誤解されたと言うのに上機嫌で自分の部屋に帰って行った。

 しかし、神父にはまだまだ試練(?)が待ち構えていた。

 

 風呂から出てきた美綴綾子が言峰士人がいる台所へ、バタン! と扉を開けて現れる。その姿は言峰が用意した服装で濃い灰色一色のパジャマである。

 そうして美綴は煙草を吸っている神父に対して重々しく言葉を話す。

 

「……………なァ、言峰。女物の服と、目を瞑りたくないが女物の下着があるのは目を瞑ってやる。

 ―――でもね、何でサイズが私にピッタリなのよ!?」

 

 今度は士人が誤解される番であった。神父は、ふむ、と頷いた後、向けられた視線を返す。そうして、女性の機敏に疎い神父は淡々と真実を告げた。

 

「魔術だ」

 

「なにが魔術だ!」

 

 神父は誤解を解くのに少々時間が掛ったとさ。

 

 ギルと綾子との寸劇の後、神父は水分などを補給しながら鍛錬前の休憩を取る。体内魔力を整えた言峰は魔術の鍛錬を始めようと思った。サーヴァント戦というアクシデントが合ったが、いつも通りの時間帯であった。つまり今は魔術行使がピークに使える時間帯である。

 そうしていざ言峰士人がそう思い魔術鍛練場兼工房へ向かおうとする。

 

 しかし―――――――――

 

 

――プルルルル、プルルルル、プルルルル-――

 

「…………………………」

 

 鳴り響く電話の音。

 

――プルルルル、プルルルル、プルルルル――

 

「…………言峰です」

 

 

 そして、言峰士人は徹夜が決定になった。散々だった。

 数時間掛け、キャスターの魂喰いの偽装を終えるが、その後最低限の魔術鍛練をする。そして新たにできた書類整備を行う。街での今後もライダーによる魂喰いも続いて行くと思われるので、ついでにそれの処理と対処も行った。

 士人はキャスターのねちっこさに呆れに似た諦観を監督役として考える様になった。キャスターと言う存在は、監督役の仕事の中では最悪の存在と決定する。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 そうして神父は窓を見る。朝焼けが暗闇を照らしていた。

 この二月三日は言峰士人に疲れが溜まる日であり、師匠の誕生日であったのだが弟子にとってそれなりに厄日となった。

 聖杯戦争があるからと事前に誕生日を祝うために、アノまるで似合わない服のプレゼントをしたのがいけなかったのだろうか。綺礼(オヤジ)からの遺品でもあるプレゼントであったのだが。それとも泰山で麻婆豆腐を奢ったのがいけなかったのか、それとも代行者として魔術師を狩りに行った時に殺した魔術師からくすねた宝石ら(一応言峰が確認した呪いも魔術も掛っていない普通の高級宝石)をプレゼントしたのがいけなかったのか。しっかりと自分が本気で全力を尽くした渾身の誕生日ケーキとかの普通のプレゼントもしたのだが。

 服に宿った綺礼(オヤジ)の残留思念が一番当たりに感じるな、と言峰士人は思考し、朝の礼拝堂でお祈りをした。

 

 朝を迎えた言峰士人は眠かった。しかし眠気など何でもないように朝の修練のため鍛錬場へ向かう。

 雰囲気がいつものそれとはまるで違う。何せ表情がない。言峰が修練を開始するため精神を加速させる。神父の呼吸のリズムが変化する。閉じていた目をゆっくりと開いた。

 

 

 ―――言峰士人は朝の鍛練を始める。

 

 昔、師匠は弟子が持つ鍛練の入れようを習性と言った。

 昔、養父は養子が持つ鍛練の入れようを狂気と呼んだ。

 

 この神父は苦しむという事を実感出来なかった。文字通り限界まで毎日鍛練をしてしまった。

 

 師匠の魔術師はその姿に純粋さを見た。鍛えるために鍛えている様な神父は歪な透明さがあった。

 養父の代行者はその姿に愉悦を感じた。奈落に落ち続ける様な鍛練は神父に歪んだ強さを与えた。

 

 自分に対して手加減を必要としなかった神父は際限なく過酷さを増し強さを得ていった。他人から見ればその鍛錬の風景は拷問であろうか。

 毎日毎日己を追い詰める姿はまるで自分を殺し続けている様だった。

 

「―――――ふぅ」

 

 そうして、士人は何でもない日常のようにいつもの鍛練(苦行)を終える。

 

 朝の修行を終えた言峰士人は一息つく。洗濯機で洗っておいた服を庭に干した後、鍛錬をした言峰士人は汗を大量にかいているのもあり、学校に行く前に風呂で体を水で流す。

 睡眠不足は学校で補うか、と言峰士人は思った。眠気も無視できる位のもので支障はないが、眠いものは眠いのだ。体そのものが睡眠を欲している。塵も積もれば山となる、言峰士人は疲れは溜めず眠れる時に寝ることにした。

 

 

 風呂から出た士人は朝食作りのために台所へと向かった。

 言峰士人は十年近く続けている朝食作りをする。今日はなんとなく和食にした。見た目と味のシンプルさが和食の朝食の良い所だと神父は思っていた。

 

「(……今思えばだが、納豆をかき混ぜてご飯を食べる古代ウルクの王の姿というものは、実際目の前で見ると中々にシュールなものだな)」

 

 黙々と料理を作り、朝食の時間となる。

 昨日保護した綾子はまだ食卓には来ていない。しかし、ギルガメッシュは珍しい事であるが、既に席に着いていた。ギルは自分に素直な男で、嬉しいときは嬉しそうな行動をする。中々子供っぽい所がある居候なのだ。いつもより上機嫌なギルガメッシュが上機嫌に朝食を食べる。

 美味しそうに食べているなら構わないか、と言峰士人は納得する事にした。同じ物を食べる場合、不機嫌に食べるより楽しそうに食べた方が、料理を美味しく感じるのは普通の事だろう。

 ついでの事であったが、女アーサー王(アーサー女王?)がギルが気にいる程の女ならどれほどのモノなのだろうか、と神父は疑問に思った。それもそうだろう、あの天上天下唯我独尊の神嫌いの男が思いを寄せるのだ。美の女神を駄目女と振った過去を持つ王様が妻になれと言った女だ。

 セイバーがどんな人格(カタチ)をした人間なのか、神父に興味がないと言えば嘘になる。そうとう内面が屈折した女なのだろうな、と勝手にアーサー王を想像した。

 

 朝食までには美綴綾子は起きて来なかった。そうとう疲労が溜まっていたのだろうと士人は想像した。朝食を終えた言峰士人は、取り敢えずギルに綾子のことを伝える。昨日は色々あり伝えられなかった。

 

「ギル、教会に保護した民間人がいる。取り敢えず連絡をしておく」

 

「そうか」

 

 あっさりとした会話で話は終わる。そして言峰士人は、美綴用の朝食を台所に置き昼飯をテーブルの上に用意しておく。投影を応用して置手紙も一緒に置いておいた。

 準備を終え弁当を学生鞄に入れ、士人は教会を出て行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 言峰士人は学校へと時間に余裕を持って登校する。歩きで長い道のりをゆったりと進んで行った。いつもと変わらない景色でありながら、いつもと違い騒がしい様子の街が違和感を発している。

 

 暫くして学校の校門に到着する。

 相変わらず趣味の悪い結界が学校に張られており、血の様にべっとりとしたイメージを与える結界。前よりも濃くなって来ているのは気のせいではないだろう。そして、昨晩に遭遇したサーヴァントの魔力の気配がする鮮血の城だ、血のように紅く見える。

 そこで前方に言峰士人は遠坂凛と衛宮士郎を見えた。ちょうど衛宮士郎が遠坂凛に挨拶をしているところである。

 その様子に士人は驚いた。何せ、サーヴァントを持つマスターの前にサーヴァントを連れずに出て来ていた。それは、殺してくださいお願いします、と言っているのと同じ行動だ。言峰士人は衛宮士郎の事を直球で、あいつは馬鹿だな、と考えてしまった。丁度その時、神父は衛宮のサーヴァントであるセイバーが、ギルの言っていたアーサー王だったと思い出す。

 

「(……こんな魔術師ではないマスターを持って、噂のアーサー王も大変だろう)」

 

 言峰士人は結界のためにべっとりとした空気がする学校の中に入って行く。視線の先にいた衛宮士郎と遠坂凛は先に校舎に入って行った。

 

 

 

「………ん」

 

 教室に着いた言峰は眠いので寝た。それはもう全力で寝た。寝ないと魔力の回復が大きく捗らない。

肉体と回路が必要とする分は寝ておく事にした。朝のトラ先生の話をサクリと聞き流す。授業はピシッ、と姿勢を整えて眠り続けた。

 

 昼休み。言峰士人は教室で弁当を食べている。士人の弁当はうまいので、衛宮士郎と同じ様におかずを男子生徒らはハシをつついていたが今はもうそれはない。昔、士人の弁当のおかずを取って食べた男子生徒達が、床を涙を流しながらのたうちまくり死にかけた事があった。言峰士人の弁当は最高にうまいが、たまに激辛であった。

 女子からも衛宮士郎とこれまた同じ様に茶化されていた士人だが、その料理の腕前と知識に似非神父による毒舌で女どもは女としての誇り(プライド)をズタズタにされた事があった。面白半分で茶化した結果がこれだった。

 

 これによって言峰士人は静かなお昼タイムを手に入れた。クラスで神父の弁当は鬼門である。弁当を食べ終えた言峰士人は後ろから声をかけられる。

 

「言峰さんや、今日は眠そうでやんすな」

 

 士人は、ふわぁ、と欠伸をしていた。そんな神父に声を掛けて来たのはクラスメイトの後藤。観たテレビによっていちいち口調と人呼ぶ名称が日々変化し続ける男である。

 

「何だ後藤か。

 ……にしても、相も変わらず愉快な口調だな」

 

「ぐっひっひっひっひっひ、これはあっしの癖でやんす。そういう言峰さんは呼吸をするのが精一杯って感じげすな」

 

「徹夜が連続した。四日間くらいはどうと言う事はないが、寝ないと体に疲労がたまり効率が少しづつ下がってしまうからな。学校で寝ることにした」

 

「徹夜は辛いでやすから。自分の体なんでやすから労わってやるゲスよ」

 

 後藤は時代劇の咬ませ犬っぽい口調でそう喋る。

 

「そうした方がいいのは解っているのだがな、仕方がないことに中々休みがないのだよ」

 

 ぼちぼち後ろの後藤と会話した後、言峰は寝る。昼休みの時間はまだまだ余っていたので彼は睡眠に時間を充てて時間を過ごした。

 その後言峰士人は、体が欲するまま午後の授業を寝た。先生にばれないように眠り続けた。

 

 

 うつらうつらと放課後になる。

 同じ眠そうな柳洞一成に、喝ッ! と放課後に起こされたが少しだけ寝てから帰ると伝えた。

 数十分後。言峰士人は魔術回路に魔力が蓄えられ、肉体の疲労も回復しているのを確認した。仕事が教会で待っているぞ、と内心呟き帰ることにする。

 

 そうして神父は教室から出ようとする。しかし廊下から変というより、ヤバい音が言峰の耳に聞こえてきた。

 

 

 

――バンバンバン、ピチューン、ドドドドド、ズガガガガガガ………!!――

 

 

 

 後、衛宮の悲鳴と師匠の怒号が言峰士人の耳に聞こえてくる。

 

 

「……どうするか」

 

 

 彼の聖杯戦争に休みはなかった。

 

 監督役がこの戦い、かどうかは疑問だが、マスター同士の争いに首を突っ込むわけにもいかないので、教室で待機することにした。まだ衛宮士郎の悲鳴と遠坂凛の怒号が聞こえてくる。時間が経ち校舎が鎮まるまで、神父は椅子に座って戦いが終わるのを待った。

 

 



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9.蛇の暗躍

「……ん」

 

 

 美綴綾子は目を覚ます。石畳の部屋のベッドから身を上げる。ボサボサになった頭を両手で掻くが、脳みそがすっきりしない。

 眠気で細めた目で部屋を見回す。そして、ふぅわぁあ、と欠伸をして一言―――

 

「あれ、私の部屋じゃない?」

 

 今の時刻は午後一時。太陽は既に空高くに上がっていた。

 

 

 

 昨日の夜は中々眠る事が出来ず遅くまで起きていた美綴綾子は疲れも重なって思いっきり寝坊をした。

 頭を覚醒させしっかりと現状を確認する。ここは言峰の教会だ。部屋を出た美綴綾子はまず台所に向かうため教会の中庭に出る。教会の中からでも行けるが此方の方が近道だ。美綴は他に服がないのでパジャマ(言峰士人の投影品)のままであった。廊下を歩き、物珍しさからか広い中庭を見る。

 

「……あれ?」

 

 美綴綾子は思わず声を上げてしまう。中庭にはあって欲しくないものが存在していた。それは物差しに干されている洗濯物。男モノ(士人とギルガメッシュの衣類)の中に混ざる女モノ。

 

「――言峰殺す、絶対殺す」

 

 殺意が籠もった呟き。その姿が怒気を纏っているのが見えそうな程美綴綾子は怒っていた。美綴綾子は言峰士人のマイペースさに沸々と殴りたい気持ちが湧いてくる。そしてそのまま台所へと向かって行った。

 台所の隣にある食卓には料理が置かれていた。料理には置手紙が付いている。美綴はその置手紙を読む。

 

『美綴へ

 朝食は台所にある。昼食にこれを作っておいた。温めて食べるように。夕飯には戻る』

    

 そこには女子高生が食べるにしては多いチャーハンが置かれていた。しかし、腹が減っている美綴にはちょうどいい量だ。朝食と昼食を二つとも食べきれないので、朝食の卵焼きのおかずと温め直した味噌汁にレンジでチンしたチャーハンをテーブルに用意する。

 

「いただきます」

 

 ピリリとした味のチャーハンはとても美味しかった。そうして、飯を食べ終え食休みをとる。

 冷蔵庫の中にあるウーロン茶を飲みながら考え事をしていた。今後どうするのか、学校を休んでしまった、とかと綾子は色々と考えている。そしてある事に美綴綾子は気付いた。

 

「―――あ、家に連絡してない」

 

 

 

 

 

 ちょうどこの頃、家と学校では美綴綾子は行方不明の扱いになっていた。

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 言峰士人は教室でまったりしながら戦いが終わるのを待っていた。こことは違う教室に遠坂凛が結界を張ったのを魔力の流れで感じ取る。衛宮士郎を完膚なきまでにボコボコにするためだろう。朝の様子から遠坂凛が衛宮士郎にかなりの怒りを感じていたのは明らかであり、死なない程度にしか加減はされないと見える。

 そして、逃走劇の騒音が鎮まる。だが、しかし―――

 

 

 ―――きゃあああああ、と女性の声が下の階から響いてくる。

 言峰士人は教室で衛宮士郎(逃亡者)と遠坂凛(追跡者)による命懸けの鬼ごっこの終了を待っていると、女性の悲鳴が耳に聞こえてきた。士人(ジンド)は悲鳴のした所へ向かう。取り敢えず様子を見に行くことにした。悲鳴の主が高い確率で民間人であり、監督役の仕事に聖杯戦争に関わった民間人の対処も加わっているのが様子を見に行った理由であった。

 

 言峰士人は歩いて目的地に向かう。階段を下り、声が聞こえた廊下にへと出る。

そこには廊下に倒れ伏した女生徒とその女子生徒を治療しようとする遠坂凛と、右手に杭を貫通させた衛宮士郎がいた。

 衛宮士郎はそのまま開いたままの非常口から飛び出して行く。

 言峰士人は最初から感じ取っていた気配から、衛宮士郎の右腕に刺さっている見覚えのある武器を使うサーヴァントがいるのは分かっていた。街ではマンハントを行い学校に結界を張るサーヴァント、その眼帯の女が女生徒を囮にして師匠を始末しようとしたが衛宮が防いだのだろう、と士人は状況からそう読んだ。言峰士人は治療を続ける遠坂凛に近づきながら声を掛ける。

 

「ついにヤッてしまったか、師匠」

 

「なにもヤッってないわよ! バカ弟子!」

 

 女子生徒の治療を遠坂凛は数秒で終わらせていた。言峰が声を掛けた時点で治療をある程度は施し、死亡の危険性はもうなかった。宝石魔術はその即効性が強みなのだ、金は消えていくが。

 

「て、こんな事してる場合じゃない。

 あのバカ、一人でサーヴァントに挑むなんて正気?」

 

「衛宮士郎の事か?

 そもそもあの男に正気などない。特にこのような人が死ぬ場面ではな」

 

遠坂凛は自分の弟子を見る。その言葉に困惑した様子であった。

 

「―――……へ、それってどういう……?」

 

「さて、な。俺は見たままの様子を言っただけだ。

 衛宮士郎にとっては自分の命より、他人の命の方が重いように見えたのだが」

 

遠坂凛は言峰士人の言葉に惑わされる。言峰士人は悩んだ様子の遠坂凛に喋り掛ける。

 

「で、このままでいいのか」

 

「―――あ、この子任せた!」

 

「………別にそれは構わんが」

 

 遠坂凛は女子生徒を言峰士人に任せた。遠坂凛はそのまま、衛宮士郎を追いかけて行く。

 取り敢えず言峰士人は倒れている生徒を保健室に運ぶ事にするだがその前に、言峰士人はここに来た仕事をする。

 

宣告(セット)

 

 魔術回路を開き呪文を唱える。そして、右手で女子生徒の頭を鷲掴みにする。

 

範囲限定(ポイント)記憶消去(メモリーデリート)

 

 

 普段は魔眼で行う記憶改竄を直接、魔術を唱え脳髄に叩き込む。ここ一時間の記憶を消し去った。その後に暗示も掛け、封印された記憶を思い出しても夢と錯覚する様、保険をかける。

 魔眼の方が燃費が良く、魔力の消費を抑えられるのであるが仕方がなかった。魔眼は意識のある者にしかかけられない。直接的な接触による精神干渉より魔眼を通した間接的な精神干渉の方が言峰士人はやりやすいという性質を持った魔術師である。というよりも、記憶改竄や暗示などは魔眼でやった方が効果が高かった。もっとも意識がない相手なら直接的なモノは魔眼でやるのと同じくらいとなるのだが、燃費は魔眼の方がいい(実際はそこまで大きな燃費の差はない)。

 しかし、魔眼では魔術をかけるだけで対象の記憶を読み取る事はできないのであるが、直接的に干渉すれば記憶も盗み見ることができる。よって細かい内容で精密な記憶改竄や暗示をするためには、相手の記憶を知る必要が出てくるので、そういう場合は言峰士人の魔眼は向いておらず直接的に魔術で対象に干渉する。

 暗示や記憶改竄などの精神干渉魔術は便利なので才能はなかったが、鍛えていき一般人の精神くらいなら効くようになっている。

 そうして言峰士人は、女子生徒を担いでせっせとすぐ近くにある保健室に運んで行った。保健室に足を運んだ後、マスターらがいる林に向かう。取り敢えず状況を伝えに行く為だ。そこには怪我をした衛宮士郎を治療する遠坂凛を発見する。女子生徒の事を報告するために近づいて行った。

 

「師匠、先程の女子は処置を施した上で保健室に運んでおいた」

 

「そう、それは助かったわ」

 

 遠坂凛が言峰士人に礼を述べる。それを聞いた衛宮士郎は安堵の溜め息をもらす。その後に悩んだ顔を言峰士人に向け口を開いた。

 

「なんで言峰はここにいるんだ?」

 

 怪訝そうな顔の衛宮士郎が言峰士人に質問した。純粋に疑問に思ったのであろう。言峰士人はその質問に答える。

 

「教室で寝ていた。監督役の仕事で疲れが溜まっていたのでな」

 

「……ああ、うん。そう言えば朝からずっと寝てたな、おまえ」

 

 呆れた様に答えを返した言峰士人に衛宮士郎は言い放った。遠坂凛も呆れた顔を弟子に向けていた。その後に言峰士人は「大変なのだ」と呟く。

 そして弟子は昨晩にあった師匠に伝えておかなければならない要件を言う事にした。

 

「それと、師匠。美綴は教会で保護されてるから安心して良いぞ」

 

「「は?」」

 

 遠坂凛と衛宮士郎は二人同時に声を上げた。

 

「なんで綾子が教会にいるのよ!」

 

「美綴は行方不明じゃないのかよ!」

 

 同時に声を荒げるマスター二人に監督役は昨晩の説明を始める。いつもの様にヘラヘラとした笑顔のまま口を開く。

 

「美綴は何故か俺の精神干渉を無効化したのだ。仕方がないから教会で保護をした」

 

「どういう事だ、言峰?」

 

 昨晩の事情を知らない士郎は士人にそう質問をした。

 

「昨日の事だが、新都で美綴が杭を持ったサーヴァントに襲われた所を保護したのだがな。助けたのはいいが、魔術の秘匿のために美綴の記憶を消そうとしたがそれを無効化されたのだ」

 

 衛宮士郎の真剣な問いに、ヤレヤレ、と苦笑しながら言峰士人は答えた。

 それによって言峰士人から衛宮士郎は事情を聞き、学校で調べていた美綴綾子行方不明の真相を知った。そしてその話を聞いていた遠坂凛は思いっきり言峰士人に詰め寄る。

 

「どういうことかしら、バカ弟子?」

 

 師匠は弟子の襟を掴んでガクガク揺らして質問、というより尋問をする。衛宮士郎は言峰士人の頭が残像によっていくつにも見えていた。そして遠坂凛は、フフフ、と笑いながら弟子を揺すり続ける。

 

「あの、遠坂? それじゃ言峰が話せないぞ」

 

「……そうね」

 

 弟子は友人の助けで師匠から解放された。基本的に弟子は師匠にされるがままである。弟子には拒否権がまるでなかった、そして言峰士人は遠坂凛に対して貸しが多すぎる。

 

「ゴホッ、ゴホッ。助かったぞ、衛宮。いつもみたいに殺されるところだった」

 

「アンタ、殺しても死にそうにないものね」

 

 遠坂凛は弟子の言峰士人に対しては遠慮手加減というものをしないことにしていた。人形みたいだったこの男が弟子になった時、遠坂凛はこの男の師匠になったのだから。

 

「……あ、ああ」

 

 衛宮士郎は取り合えず言峰士人に返事を返した。その後に、ゴホン、と遠坂凛と音を鳴らし二人の注意を引く。そして話を続ける。

 

「それじゃ、士人。綾子をどうするのよ」

 

「そうだな、一旦は家に帰すしかないだろう。行方不明の扱いだから連絡をしなくてはな。その後の処遇は聖杯戦争が終了してからとなる」

 

「そう。任せるけどもし綾子に―――」

 

「―――心配するな。無用なことはしない」

 

 言葉を切って言峰士人は遠坂凛の方を見る。

 

「まぁ、いざとなったら誰かの弟子にするしかないだろう。関係者なら問題がない」

 

「アンタっ……!」

 

「しかしそれも本人の意思次第といったところだ。

 だが無理矢理に美綴の精神をいじるとどうなるか解らないな。アレの精神防壁は素の状態で魔術師クラスだった。俺の魔眼がいとも簡単に弾かれたからな。

 師匠の魔術でも、眠らせて意識を無防備にさせたくらいではおそらく破れない。アレに精神干渉するにはそれこそ精神防壁を抉じ開ける必要がある。それでは心が破損して本末転倒だ。ショックで記憶を奪う手段もあるがうまくはいかないぞ」

 

「「………」」

 

 遠坂凛は黙り、衛宮士郎は状況を見守る。

 

「今は聖杯戦争に集中することだ。美綴の件は後に考えるしかないな。聖杯戦争中は俺が責任を背負う事とする」

 

 言峰士人はマスターの二人に美綴綾子の件は自分に任せろと言った。遠坂凛は監督役である言峰士人の言葉を聞いて頷いた。

 

「………そうね、そうしましょう。

 後、士人なら衛宮くんの腕くらい簡単………って、アンタは監督役だったわね」

 

「?」

 

 衛宮士郎は遠坂凛が途中で言葉を切ったのを疑問に思った。途中までだったが遠坂凛の言葉からおそらく治療を行えると予測できた。

 

「そうだな、衛宮がマスターを降りるなら無償で治してもいい。また、監督役としてマスター・衛宮士郎に借りがある訳ではないから、俺が参加者を治療することは許されない。監督役がマスターを贔屓するのは違反だからな」

 

 言峰は衛宮の腕の治療はできないと遠坂凛に伝えた。

 

「仕方ないわね。衛宮くん、わたしの家で腕の手当てをして上げる」

 

 遠坂凛は衛宮士郎を連れて家に帰っていった。借り云々なら言峰士人は遠坂凛に借りがあり、また逆も然り。だが、他人のために師弟間の貸し借りに第三者を入れるのを遠坂凛は嫌がったので、彼女はすぐに引き下がったのだった。それに言峰士人に貸しが増えるのは心の贅肉増加であり、避けたい所だった。そして、凛が士人に貸した借りが一つチャラになるのがイラっとしたのも理由である。そもそも衛宮士郎の傷程度なら遠坂凛は家で治すことができたので、わざわざ監督役に頼るのも魔術師として抵抗があるのだった。

 ……ついでであるが、昨日アーチャーが士人を助けたのであるが、士人は凛の友人の美綴綾子を助けていたので、これは遠坂凛にとっては貸し借り零である。

 そうして、言峰士人に衛宮士郎と遠坂凛は別れの挨拶をし、早々と遠坂邸に向かって行った。



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10.Sin of the evil

第五回聖杯戦争の数カ月前の話。

 

◇◇◇

 

「言峰くん、お久しぶりです」

 

「シエルさんか、確かに久しいな」

 

 埋葬機関第七位であり弓の名を冠する代行者であり、代行者である言峰士人の先輩の代行者でもあるシエルは後輩の言峰士人に声をかける。

 

「アレ以来ですから、数ヵ月ぶりですね」

 

「ああ、死徒狩り以来の再開だ」

 

 言峰士人とシスター・シエルは日本語で会話をしている。シエルが日本語で喋りかけた為だ。士人が先輩であるシエルに敬語を使っていないのは、シエルが気にする必要がないと士人に言った過去があるからだった。

 士人はシエルに、代行者の技術を教えられた事もあれば、同じ任務にもついた事がある。そして何よりも、後輩である士人にシエルはあまり気を使われたくなかったのだろう。それも当時十代前半の少年に殺し屋の先輩として敬われるのは中々にキツイものがある。

 

「今回は只の吸血鬼ではなく、死徒化した魔術師が浄化対象のようだ」

 

「はい。同僚が既に魔術師に何人も殺害されてます。今回の浄化対象は強力みたいですね」

 

「そうなのか。シエルさんはもう不死性が無いのだから、体には気を付けなよ」

 

「ええ、分かっています」

 

「そうか」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 言峰士人の言葉を聞いたシエルは忌々しかった不死を失うことのできた三咲町での出来事を思い出す。遠野志貴との出会い、真祖の姫君との再会、ロアの完全消滅、タタリの襲来、訪れる真祖の限界、そして殺人貴の誕生。毎日が濃厚だった日々が消えたあの日。自分は古巣に戻った。

 ……だからであろうか。楽しかったと言える昔を思い出したシエルが普段ならしない質問を、言峰士人に喋ったのは。

 

「―――………言峰くんは魔術師をどう思いますか?」

 

「魔術師か? 突然だな」

 

「自分でもそう思いますが、質問したのは何というか気紛れです」

 

「ほう、気紛れね」

 

「―――――……」

 

 言峰士人はニヤリと笑顔を浮かべてシエルに問い直した。

 

「……本音を言えばですね、私と同じ魔術師でありながら、代行者もしている人の内心を聞いてみたい思いもありましたよ。ええ」

 

 少し怒ったようにシエルは答えた。それを聞いた言峰士人はククと笑う。

 

「つまりは、俺の本音を聞いてみたいと。……ふむ、そうだな、―――――」

 

 士人はシエルの突然の質問に考える仕草をする。そうして言葉を告げるため口を開く。

 

「――――面白い存在かな、愚かだとも思うが」

 

「……面白い、ですか?」

 

 シエルは士人の言葉に困惑する。予想外な答えだった。

 

「ああ、そうだ」

 

「…それは、どうして?」

 

 話を始めた言峰士人は、養父にそっくりな不吉な笑顔を浮かべた。そして、長くなるが構わないか、と聞く言峰士人にシエルは了承する。

 

「―――――魔術師たちは根源を求める集団だ。報われないと知っていながら根源を目指す。

 その姿のなんと滑稽なことか。

 今のところ分かっている魔法の魔術理論開発成功者は五人だけだ。魔術師はその魔法を目指し、己の魔術を鍛える。自身の魔術には魔法使いの才能がないと理解した上で根源を信じ続ける。

 自分が届かないならと自分の子孫に魔術を残し続ける、まるで延々と受け継がれる呪いの様にな。見る事も感じる事もできないモノが己の答えなのだと求め続けている」

 

「………」

 

 シエルは士人の言葉を聞いている。士人はシエルの目を、その奈落の様に黒い目で直視しながら話を続ける。

 

「それは何て滑稽な姿だろうか。

 根源を目指す魔術師は、人類の進化を否定し過去に心を向き続ける。今の人類は片手で容易く火を灯し、兵器は音の速度を凌駕し、天空には鉄塊を飛ばし、人間はもうこの星の外へも飛んで行けるのだ。思うに、今この時代に魔術師と並ぶ愚か者は存在しないだろう。

 ……いや、例外が一つあったな。我々代行者もそういう意味では魔術師と同じだ。神を唄い、魔術を消し続ける。我々も本質は魔術師と同じ、神を答えとして、ヒトを殺し続けているのが代行者の正体だろう。自分には、根源が神の代わりであり、魔術が神の教えに変わっているだけにしか見えない。盲目なのはどちらも同じ事なのだろう」

 

 シエルは言峰士人の話を淡々と聞いている。内心に何を抱えているのか、悟ることのできない無表情であった。

 

「まったくもって愉快極まりない。何処までも何処までも、根源に至らんと足掻き続ける。そのために魔術師は、己の生涯に報いも幸せも根源に至るためには不必要だと捨て去るのだ。その時に失ったモノに未練も後悔もないと、魔術師は前に進み続ける。……そうやって何度も何度も、魔術師はこの世界に業を積み重ね続ける。

 ―――それはなんて、無価値な存在か。

 何もかも捨てて、結局何も手に入らない。成果も何もなく死んでいく。そう死ぬことが当たり前で、根源に至れず志半ばに死ぬことに大した後悔もなく消えていく。自分が魔術師を選んだことに未練もなく、魔術師は最期を迎える」

 

 愉快だと笑う顔。シエルは初めて士人のその笑顔を見た。何故だか判らないが、シエルはその時の士人の顔が、殺人貴が殺人を犯している時の顔と重なって見えた。

 

「その姿はひどく愚かだ。しかし、哀れでは無い。

 何故なら魔術師としての彼らには絶望も希望も価値がないのだ。何も得られず、何もかもを失っても、魔術師には関係がない。求め続けるからこその魔術師だ。

 ――――故に、魔術師を愚かだと断じると同時に、面白い存在だと感じたのだ」

 

 シエルは言峰士人の話を聞き終えた。気紛れに聞いた質問に答えてくれた士人に、シエルは視線を向けた。

 

「なるほど。言峰くんにとって、魔術師は娯楽用品ですか」

 

「……娯楽用品か。成程、確かにそうなるだろうな」

 

「相変わらず内面が邪悪の権化ですね。…まったく、初めて会った時は礼儀正しい良い子でしたのに。私は色々と残念です。

 何だか今の言峰くんを見ていると綺礼神父を思い出します」

 

「む、そうか?」

 

「ええ。彼は古参の代行者で、私や言峰くんと同じで魔術師でもありますからね。本来なら会うコトも無かったのでしょうが、色々と因縁が言峰家と私はあるみたいですね。仕事が向いているという事で、綺礼神父とは死徒化した魔術師の討伐任務を一緒に参加した事もあります。その後も、何度か彼と同じ魔術師狩りの任務を担当しました。

 ……それに彼にはトラウマを抉られたことがあるのです、フフ」

 

 シエルは遠坂凛にそっくりなあくまの笑顔でそう言った。綺麗な笑顔が逆に恐怖を煽るのだ。

 

「あ~、何かすまんな」

 

「いいですよ、似た者親子ですからね。

 それと忠告ですけど、先ほどの話は他の代行者にはしないほうがいいです。厄介なことになりますからね」

 

「残念だがもうなったな」

 

「……あ、アハハハ」

 

 あくまの笑いが苦笑いになった。

 

「そろそろ時間ですね、言峰くん」

 

「ああ、仕事の時間だ」

 

 そう言った二人は淡々と魔物が犇めく街へと歩き出す。その後、代行者たちは死都へと入り吸血鬼化していた魔術師を浄化したのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……それで出て来たらどうだ、ライダー」

 

 言峰士人がそう声を発したあと、何もない空間から人型が突然現れた。

 

「何故、私がライダーだと?」

 

 現れた人型、ライダーのサーヴァントは監督役の士人に話しかけた。

 

「見た目と武器だよ。三騎士には条件が合わず、魔術を使わず、狂っておらず、暗殺者としてはお粗末だからな。

 俺がお前をライダーと判断したのは消去法だ」

 

 サーヴァントと監督役。彼が今話をしている場所は新都にある公園であった。言峰士人は陰湿な殺気をライダーに学校を出た直後から送られ続け、人眼が無いこの公園に向かったのがここにいる理由。つまりは、ライダーに士人は誘い込まれたのだった。

 それに教会を戦場にされると色々と不都合が士人にはあった。マスターの戦争の避難場所を戦場にする訳にもいかず、今は保護対象の民間人もいる。如何でも良いが、気難しい王様もいるのだ。

 

 

 太陽が沈む。仄暗い夕暮れは、闇色の夜へと変わる。暗闇が満ちる刻、サーヴァントと監督役が夜の公園で対峙していた。

 

 

「今回はマスターが、『貴方』を始末しろとの命令です。

 貴方は優しく殺してあげません。可愛がった後に、その血を飲み干してあげましょう」

 

 ライダーが士人に口を開く。その声は重苦しい重圧のあるモノ。前回のライダーは言峰士人を相手に手加減をしていた。その声の威圧感からか、今回は違うみたいだと彼は悟れた。

 

「それはまた、浅慮なことだな。監督役を相手にするなど百害あって一利なしだぞ」

 

 言峰士人は呆れた顔でそうライダーに喋る。面倒だと顔が語っている。

 

「何はともあれ、今回は逃げられませんよ。前回のマスターとサーヴァントはここらの周辺にいないのは確認済みです。貴方を助けにはきませんからね。

 他のサーヴァントの気配も皆無ですから、邪魔も入らないでしょう」

 

「まったく、仕方がないな。………む、これは結界か」

 

 言峰士人と自分がいる公園に、ライダーは人除けの結界を張った。魔に属する者以外、公園には誰も侵入できない。

 

「魔術を使えるのか。ライダーと決め付けたのは早計だったかな」

 

 士人は困った様にそのような事を喋った。ライダーはそんな言峰が面白かったのか笑いながら話かける。

 

「ふふ、そうですね。あのような推理で簡単に決め付けるのは良くないですよ、私はライダーではなくキャスターかもしれませんからね」

 

 眼帯で目は見えないが口が笑みの形を作っている。ライダーは、今までの鬱積を晴らすかのように士人に言葉を喋った。

 

「クク、実を言えばキャスターが寺を根城にしているのは知っているのだ。悪いな、ライダー」

 

 神父が邪悪に笑う。それはもう、莫迦にした声だった。

 

「………」

 

 無言になったライダーは杭の形をした凶器を士人に向けて構えた。

 

「お喋りはここまでです。――――そろそろ終わりにしましょう」

 

 ライダーは苛ついた声で士人に言った。眼帯で隠れていても感じ取れる程鋭い視線が、殺意と共に士人を貫く。

 

「全く、我慢強くない女だ。面倒だが仕様がない、久々に全力で戦うことにするか。…俺も死にたくないからな」

 

 ライダーと言峰士人が言葉を交わす。二人の殺気が公園の空気をざわめかせる。

 

「フフ、戦うのですか。

 ならば精々足掻きなさい、監督役。でないと血袋が弾ける様に死んでしまいますよ」

 

「ほう、良かろう。

 無様に油断でもして足元を掬われているがいい、サーヴァント。愉快な様で死に果てろ」

 

 ライダーのサーヴァントは、いつかの路地裏での決着を決めるため、言峰士人に斬りかかっていった。

 

 

◆◇◆

 

 

 ライダーは杭を構えて間合いへと入り込むために、地面を蛇が動くかの如く近づいて行った。その動きは素早く、移動速度は言峰士人が戦ってきた化け物の中でも圧倒的な速度であった。蛇の動きを連想させる疾走の軌道は予測しづらく実に厄介。

 ライダーが士人に接近戦を挑んでいったのは、武器の投擲戦では単純に勝ち目がないからだ。投擲の速度自体はほぼ同等といえるもので、ライダーが僅かに速い程度でありお互い銃弾に匹敵、または凌駕する。つまり、ライダーの力任せの投擲は言峰士人の黒鍵の投擲技術の前では、サーヴァントとしての人間に対する有利性は殆ど存在しないモノなのだ。

 そして、速度以外の他の要素は言峰士人による黒鍵の投擲の方がライダーの投擲を上回って行った。投擲の破壊力に一度に投げられる武器の数、連射性も負けていた。それにライダーは中距離攻撃は出来るだけで、そこまで得意な攻撃手段では無い。

 何より速攻を選んだのは、あの怖気が壮絶に襲いかかってくる魔剣を構えさせないためでもあった。路地裏でこの監督役は、【ダインスレフ】と呪文を唱えて剣の能力を発動させていた。おそらくは魔力の禍々しさから視ても、かの魔剣の本物ないし、それに匹敵する概念武装であろう。人間を狂気に陥れる剣を平然と使っていたこの男の精神はどんな構造をしているのか、とライダーは甚だ疑問であったが、何よりも恐ろしいのはその効果であった。

 サーヴァントである己に追いつく速度を出し、剣の破壊力はただの人間が出せる領域ではなかった。それにあれは殺すまで強くなり続ける魔剣だ。限界があるかどうかは解らないが、こちらを殺せる力を持っていた。

今は何も武装をしていないがこの男はどんな不可思議があるかわからないのだ。ライダーは言峰士人を「敵」として戦いを挑んでいた、油断は最初からない。……が、しかし、偽りのマスターでは本領の何割が出せるのか、ライダー本人も弱体化は非常に厳しい。

 結論として、宝具に匹敵する魔剣の能力は使わせない。そう考えたライダーは無手の士人の心臓を刺さんと、杭を突き出した。そうして、ライダーが迫りくるその瞬間に言峰士人は強化を完了させ、自分が愛用する本来の剣を投影し両手に装備する。

 

 ――その剣は例えるなら、まるで悪魔がカタチを変えた姿をしていた。

 

 刃はただ純粋に黒い色をしていた。刀身の長さは約二尺といったところである。片刃で分厚く、そして刀身の幅が広い。

 それは殺すためだけに存在する剣であった。一切に装飾がない。日本刀なら鍔と柄頭にあたるでろう箇所の部分は灰色で血管が走っているような赤い線の模様がランダムにあり、手で握る柄の部分は刀身と同じで黒色なだけであった。

 

 

「シィ―――ッ!」

 

 

――ガキィンっ!!!――

 

 

「っ――――――」

 

 神父は両手に剣を一本づつ構えライダーを迎撃する。士人は迫りくるライダーの突きが心臓を串刺しになる前に二本の剣を交差させ、剣の腹で受け止めた。彼は突きの威力を態と逸らすことなく真正面から剣で受けた。力を受けた士人は逆らうことぜず、逆にライダーの突きを利用して背後へと後退する。

 

――ザザッ……!――

 

 数十メートルも吹き飛んでいく。トラックの事故と対して変わらない威力であった。吹き飛ばされながらも、神父は呪文も唱え、工程を完了させておいた魔術を発動させる。

 

「―――投影(バース)始動(セット)

 

 空中に数十本の黒鍵が出現する。まるで目には見えない弓に装填されているようにライダーに標準を狙いつけている。ギリギリと限界まで弓の弦が引かれている様で威圧感を出し続ける。

 

「――――――っ!」

 

 自分が吹き飛ばした神父を追撃するために走っていたライダーは唐突に姿を現した剣軍に速度が急激に減速する。何せライダーから見た場合、正面とそれの斜め右と左に斜め上空から囲まれるように剣が中に浮いているのだ。ライダーは串刺しにされたら堪らないので方向を転換するために足に力を思いっきり込める。言峰士人はその隙に地面へと着陸し、魔術を使うために口を開く。

 

 

「―――投影(バース)完成(アウト)

 

 

――ダダダダダダダダダダダンンンッッッ!!!――

 

 

 ―――その呪文と共に、ライダーを囲うように虚空へと固定させた黒鍵を一斉に射出。

 ライダーの前後左右に逃げ場はなかった。逃走ルートを縫うように黒鍵が射出されている。しかしライダーは、足に込めた力を解放する。

 

 

――ドォオンッ!!――

 

 

 その刹那、ライダーは上空へと高く舞い上がった。彼はそれを好機と見る。敵は身動きができない。士人はライダーを空中へとわざと逃がしたのだった。身動きが取れないであろうライダーに向けて、両手の剣をブーメランの様に投擲する。剣が宙を進む姿は悪魔の翼に良く似ていた。

 ―――ビュンビュン、と刃が風を切り裂く音。ライダーに死神の鎌が迫った。

 しかしライダーは慌てなかった。その顔には余裕さえ見える。そして彼女は逆に、この展開を読んでいたように行動する。

 

――ガキキィン!――

 

 彼女は瞬時に二本の剣に杭を投擲した。金属が出す高い音とともに双剣を撃ち落とす。そうしてお返しにと、複数の鎖付きの杭を連続で投擲した。数多の杭が士人に襲いかかる。つまり、士人の攻撃は失敗に終わった。

 

「―――――――――」

 

 無詠唱による双剣の投影。彼は、己を穿たん、と迫るライダーの杭を新しく投影した剣で迎撃する。そして、それらに紛れて一本の杭が言峰士人の上空に飛んでいった。士人はその杭に気が付いていたが、どうすることもできない。

 

――ダン……っ!――

 

 ライダーが投げたその一本が地面に突き刺さり、杭の魔力によるものか地面ごと固定化された。士人がライダーから延びる鎖に注意を払い、動きを観察する。戦術思考を頭の中で展開しながら、未だ上空にいるライダーを仕留めるために武器を準備しようとする。同時に鎖の迎撃方法を準備する。

 …しかし、それはできなかった。何故かライダーは身動きできない筈の空の中、砲弾の如く地面に向けて弾け飛ぶ。言峰士人の頭上を過ぎていった。多数の杭に紛らわした一本の杭をライダーは怪力をもって引っ張ったのである。

 ――ズガン、と轟音を立てる。

 地面に刺さった杭に付く鎖をなぞるように、彼女は杭の刺さった地面に着陸した。神父の方を向きながら、四肢を使って獣のようにライダーは構えている。彼女の顔にはニィと、獲物を仕留める瞬間の肉食獣に良く似た笑顔が刻まれている。

 

「っ―――――――」

 

 頭上を飛んで行ったライダーに、士人は後ろを取られた。言峰士人が背後へと首を振り返り、横目で彼女を見る。ライダーは着陸した時の力の反動を利用するように四肢を伸縮させ、踏み込む直前である。士人は強烈な殺気を回られた背後から察知する。ライダーを迎撃するために自分の体を全力で振り向かせた。

 ―――ライダーが今までの戦いの中で最高速を出し一直線で士人に接近する。

 

「――――シッッ!!」

 

 振り上げられていた杭をライダーは士人へとその怪力を持って振り下ろした。振り向いてはいるが、体勢が不安定な士人はライダーの振り下ろしを逸らすことはできなかった。士人はなんとか両手の二刀で杭を受け止めるが、怪力で体が軋む。

 

 

――ドゴォオンン…ッ!――

 

「っ―――――!」

 

 

 ―――その一撃で、地面にクレーターが出現する。

 士人は黒鍵の徹甲作用を複数同時に食らった威力と同等な破壊力を前に、肉体が悲鳴を上げているのに耐えていた。

 容易く人間の体を粉々にする、そのライダーの怪力。とある理由で彼女は弱体化しているとは言え、怪物の怪力は人間からすれば尋常ではない膂力を誇る。言峰士人は肉体に強化をかけ、力の大部分を地面へと全身を使い逃してはいるのもあり、体だけは無事であった。しかし、やはりと言うべきか人間が相手をするのにサーヴァントは荷が重過ぎる。

 ……神父の体勢が崩れる。

 そして、ライダーは言峰士人にできた隙を狙い、杭を突き放つ。だがその危機に対して彼は、してやったり、と言いたげな態とらしい笑みを浮かべていた。彼女はその笑顔を見て寒気を感じた。例えるならそう、知らず知らず大蛇の口の中に入り込んでしまった様な―――――

 

「ぁ――――――」

 

 ―――そして、悪寒で凍ったライダーの小さく短い呟き。極限まで圧縮された二人の精神が感じ取れる刹那の間。本当に僅かながら洩れた息の音。

 そもそも神父は、ライダーが自分にできた隙を狙ってくるのは十分承知であり、そして相手が隙を攻撃することでできる致命的な隙を狙わない理由はなかった。何よりも、士人はライダーを必殺できる距離へと詰められるこの機会を、戦いが始まった一番最初の段階から待っていた。

 ――死角より襲来する蹴り。

 ライダーが突きを体めがけて放つと同時に、士人はライダーの杭を握る手を目がけて蹴りを放つ。速度を重視した高速の蹴り。死角から狙われたライダーの手が脚で、トンと蹴り上げられた。杭が明後日の方向へ飛んで行った。

 ――瞬間。士人は一歩、前へと詰める。

 士人は両手の剣を離し、そのまま振り上げた足の勢いを利用した踏み込みでライダーの間合いを侵食していた。ライダーの腹に言峰士人の拳が添えられる。

 

 

「―――はっっ!!!」

 

 

 その瞬間と同時に、言峰士人の掛け声が暗い公園に響き渡る。

 

――ズガンッッッ!!!――

 

 只の打撃音とは思えない爆音。それは言峰士人が養父から盗んだ格闘技術によるもの。それは寸勁と呼ばれる、彼が養父より伝授された中国拳法が誇る技の一つ。轟音を鳴らし、ライダーは後方へ吹き飛ばされた。

 

「―――がはっっ!! ・・・・ごほ! ・・ごほ」

 

 ライダーは士人の重い一撃を腹部に、受け内臓をズタズタされてしまう。咳き込むと同時に吐血していまった。口からは血が流れ出ていき、地面を紅に染める。

 そもそもライダーがダメージを受けた寸勁は、ただの寸勁ではない。腕だけでは無く、全身のバネを使い物を壊すのが寸勁であり、この時の士人は全身を強化されており、技の破壊力は大幅に増加される。それに加え、拳も「拳」として概念が強化されているため概念の重みが拳を重くする。そして、魔術師なら誰でも使える魔力を使用した魔術ではない魔力をそのまま使う技術。士人はライダーとの拳が接触する面に魔力そのものを凝縮させ、その魔力をライダーに向けて寸勁の衝撃と重ねて解放させた。

 

「―――……(致命とはいかなかったか。

 それにしても、ライダーの動きには独特の鈍さを感じる。何らかの理由で弱まっているのか?)」

 

 ライダーが如何にサーヴァントと言えど、ダメージからは逃れられなかった。そして、もともと耐久性が低く、今はステータスの低下が深刻なライダーにとっては必殺の威力を持っていた。それに寸勁を心臓に当てられていたら、弱体化している今のライダーならそのまま死んでいただろう。

ライダーは本来なら心臓に拳を当てられていたが、その時にライダーが拳を避けようとして瞬時に膝を伸ばし腰を上げたことで如何にか腹に士人の拳を逸らす事ができた。そして避けられないと理解したライダーであったが、寸勁の衝撃と同時に自分から後方へ跳ぶ事が間に合ったのでダメージを軽減させることができたのであった。

 十秒にも満たない攻防。神父と戦った騎乗兵はこの結果を忌々しく思い、口から血を吐きだした。ライダーが士人を眼帯越しから睨みつける。

 

 

「なるほど、そういうことですか。私ではそもそも貴方を生け捕りにするなど無理だったのですね。残念ですが、血は諦めましょう」

 

「何だ、諦めるのか。随分と早い決断だな」

 

 相変わらず相手をイラつかせる表情を、士人は顔に浮かべている。

 

「いえ、昨日にも考えたことです。最初から血を飲んでから始末しようとするのが、そもそもの間違いでした。

 ――――――ここからは本気でいきましょう。気を抜けば一瞬で死にますよ」

 

 ライダーの殺気が上昇していく。言峰士人は雰囲気が変化したライダーを視ている。その挙動を見逃さず、周囲を警戒する。

 ―――次の瞬間、ライダーは眼帯を剥ぎ取った。紫色の眼が言峰士人の体を縛りつける。

 

「―――……む、これは石化か」

 

 距離が離れているのもあり、士人が見えていても何一つ反応できない早さで眼帯をライダーは取ったため注意をはらっていた士人は逆に魔眼の力に束縛されてしまった。四角の形をした瞳孔が士人を睨み縛る。

 

「―――つまり、お前は……」

 

「……ええ。ゴルゴン三姉妹のメデゥーサです」

 

その名前はあまりにも有名な神話の怪物。人を石に変える蛇の魔物。それが言峰士人の眼前にいる英霊だった。

 

「これは抜かったな。全く、生きた心地が欠片もしないぞ」

 

 魔眼で体を縛られている言峰士人の前で、ライダーは手に持った杭を自分の首に突き刺した。空中に血がばら撒かれる。そしてライダーの血が一つの術式を作り上げた。

 空中には召喚陣が浮いている。陣に描かれた文字が不気味に脈動していた。

 やがて、召喚陣にある禍々しい眼球が開けられていく。ライダーの流血が描いた魔法陣の輝きが、天空へと登っていく。

 

「――――なるほど。それがメドゥーサがライダーのサーヴァントになった訳か」

 

 そうして、身動きせず士人は視線を上空に上げる。そこには伝説の生き物がいた。

 ―――天馬・ペガサス。

 翼を羽ばたかせ神々しくペガサスは天空に光輝いていた。天馬の上には眼帯を外したメドゥーサが素顔を晒して乗馬している。

 ―――それは、心を奪われる光景だった。

 しかし、それを言峰士人は苦笑いで見ている。代行者であり化け物を狩り殺してきた士人だが、まさか伝説の魔物と伝説の幻想種を同時に相手をすることになるとは思いもよらなかった。監督役の言峰士人は聖杯戦争の非常識さをその身で味わうことになった。

 ライダーは天空から、美しい色を輝き放つ魔眼で言峰士人を封じている。

 

「せめて、何も感じさせず一撃で消してあげましょう」

 

 言峰士人は、ライダーの言葉を聞くと同時に状況の打開を考えていた。ライダーの攻撃は天馬による突進だと思われる。高速で体当たりをすると言ったところであろう。それもただの突撃ではなく、魔力によって形成されたエーテルの壁で圧殺するモノと考えられた。今も微量であるがエーテルにより周囲が守られている。

 

「それに貴方からは危険な気配がします。加減は無しです」

 

 ライダーの手に綱と鞭が出現する。そしてその綱が天馬(ペガサス)の首に巻き付く。士人はそれが宝具だと見ただけで戦闘者の感覚で感じ取った。そして、見ると同時に『視』ていた。この宝具で操られた天馬はリミッターをカットされ、能力がランクアップする。そして膨大な魔力の守りにより天馬の防御力はさらに向上するみたいであった。

 士人は天馬の突進を防ぐことは不可能だと悟ることができた。攻撃方法や能力が推測できただけで防ぐことは無理である。

 

「さようなら、監督役。貴方は中々に強かったですよ」

 

 天馬の魔力が際限なく上がり続ける。ライダーは上空高くへと上がっていき、結界の頂上に辿り着く。

 

「―――騎英の手綱(ベルレフォーン)―――」

 

 ライダーは虫けらを潰すようにあっさりと真名を呟いた。

 

 

―――ゴォォオオオオオオオオオオオオッッ!!――

 

 

 それは全開の真名解放ではなかった。しかし、魔術師一人消すにはあまりにも強大な神秘である。そもそも過剰すぎる攻撃力だ。通常の突進でも直撃すれば、言峰士人は破裂した真っ赤な水風船になる。そしてこれを受ければ細胞が一つも残らず神父はこの世から消えることだろう。だが、神父は絶望など一欠けらも感じてなどいなかった。

 

 

「――――投影(バース)始動(セット)

 

 

 ライダーの宝具の真名が解放されたその瞬間、言峰士人は魔力が込められた紅い槍を一本投影する。士人は槍を投げるために、予め構えてから槍を手に装填した。魔眼で動けない筈の神父は当たり前のように、投影した槍を構えていた。

 ―――そして、真名解放により天馬が突撃落下を開始する。

 

「―――――ハァア!!」

 

 

 ―――赤い閃光が、天馬へと迫った。

 士人は光を纏い突撃を始めた天馬に向けて、その槍を投げつけていた。その一撃は鉄甲作用を使った全力の投擲。

 ライダーは魔眼の影響下で動ける神父に瞠目するが、もはやこの段階で動けたところで意味は無い。後はもう、殺すのみ。それよりもライダーは、何故だかこちらに迫る紅い槍を見て、どうしようもない程の悪寒が身に走った。紅い槍に込められた魔力は天馬に比べれば半分にも届かない。確かに槍は特級の概念武装であったが、ライダーにしてみれば苦し紛れに投げた槍にしか見えなかった。しかし、高速で接近する槍の威圧感はライダーの精神を圧迫する。神父が造り出した槍が、天馬により練り上げられていたエーテルの障壁に衝突する。

 ―――紅い魔槍はやすやすと、空を舞う天馬を串刺しにした。

 紅い槍はギルガメッシュの原典の一つ、伝承ではゲイ・ジャルグの名を冠する槍であった。宝具殺しの槍は魔力を切り裂く武器である。エーテルによる障壁など、ただの獲物で水で濡れた紙に過ぎない。

 ……だがしかし、必殺であった宝具殺しの魔槍は天馬の足に刺さっていた。

 ライダーは己の直感に従い、ほんの僅かであったが槍の軌道からずれることに成功していた。ゲイ・ジャルグはペガサスの前足に当たり前足を粉砕し、そのまま後ろの足を串刺しにしていた。そのまま進んでいれば、槍は天馬の首を粉砕しながら貫き、ライダーの頭を吹き飛ばしていただろう。

 天馬はバランスを失い、回転しながら地面へと墜落して行った。ライダーは地面へ投げ出される。

 

「――――ぐ ……あ、…………くっ!」

 

 ライダーは地面に伏せながら呻き声を出す。ペガサスはライダーから離れている所で美しかった姿を土で泥だらけとなっていた。翼は地面に落ちた衝撃で圧し折れている。天を飛んでいた姿が想像できない程、天馬は傷つき地面に横たわっている。身動き一つしていなかった。

 

「ふむ、逆転といったところだな」

 

 言峰士人はライダーへと歩み寄る。両手には拾い直した剣を握っている。すると神父は、背後で物音がするの聞き取った。

 モノが動く気配。墜落した天馬の意識が甦ったのだろう。

 

宣告(セット)存在破裂(ブレイク)

 

 神父は煩わしそうに、横たわるライダーを見たまま呪文を唱えた。そうして、バンと音が公園に響き渡る。天馬は四肢を抉り取られ、(はらわた)を撒き散らす。ズタズタにされ体の構成を維持できず、ペガサスは世界の裏側へ還って行った。

 

「――――――ぁ」

 

 ライダーの声。その音は確かに悲しみが帯びている。

 

――スタ…スタ…スタ…――

 

 宝具クラスの概念武装の爆破にしては低威力であったが、瀕死状態の天馬なら十分であった。低威力だったのは、即興で造ったのもあり能力分の幻想しかなかったためである。宝具の能力を解放し、さらに宝具級の爆破をすると投影武装に込めるのに必要な魔力の消費が大きいのだ。故に呪文は簡易的なスペルで唱えた。

士人は公園の草で擦れた足音を上げながら、油断なくライダーへ近づいて行く。

 

「飛べない天馬はただの駄馬、とは先程消えたお前の子の事を言うのだろうな。そうは思わないか、ライダー」

 

 言峰士人が一定の間合いを取り、ライダーを視界に入れていた。ライダーも、士人を『視界』に入れている。

 

「―――………何故、魔眼が効かないのです」

 

 立ち上がったライダーはペガサスを向こう側に返されたことに怒っているのか、殺気だって質問をした。何よりも、自分の子を愚弄したこの男に怒りに抱いているのだろう。

 

「体質としか言えんな。

 それに加え、俺は化け物狩りを仕事としていている。備えあれば憂いなし、ということだ」

 

 代行者である言峰士人にとって、魔眼対策など当たり前のことであった。ましてや前回の戦闘で魔眼殺しを持っている事は解析済みである。代行者として魔眼に注意するのは当然の流れであった。故に、隠し持っている呪物の一つにライダーの石化を軽減するものがあっただけ。伝説にある魔眼の中で石化は有名どころの一つ。相手が魔眼殺しらしき物を付けている最初の時点で、神父は対策を考えていた。そして、言峰士人は呪いの類には滅法強い。魔眼から発せられる石化の呪いにより重圧を感じたが、それだけだ。

 

 

「……………………最悪ですね」

 

 

 愉快気な笑みを自分に向ける神父に、ライダーは言葉を吐き捨てる。そして何よりも、ライダーの脳髄をズキズキと刺激するこの苛々の正体は、人間に裏をかかれ敗北したからだ。弱体化し、本領を発揮出来ないとは言え、この屈辱は相当な傷だ。

 ライダーは化け物殺しの代行者を、この狂った強さを持つ魔術師の力量を見間違えていた。この“怪物”には、自分も万全でなくてはならない。油断や慢心をすれば、その精神の隙間から神父に喰い殺される。

 

 

――ザァ…ッ!――

 

 

 彼女はそう呟いた後、土を蹴る僅かな音のみを残して撤退していった。言峰士人に逃げに入ったライダーを追撃できる能力もなく、気配を消し隠れたサーヴァントを見つけ出すのは至難。今の士人で殺し切るのは不可能だ。サーヴァントの機動力を持って逃走された場合、単純に性能の差が出るので追い切れない。狙撃をしても良いが、警戒している今のライダーには勘付かれるだろうし、魔力量が不安定な今では遠距離用狙撃宝具も満足に使えない。

 そして、言峰士人にとっては、宝具殺しの槍による一撃で殺せなかったのが致命的であった。そもそもライダーが逃げに入らない内に討つため、士人は色々と工夫をしていたのだ。…ゲイ・ジャルグの一撃もそうだった。

 アレは宝具ではない。正確に言えば、世界の伝承により宝具としての側面を持っているだけの無銘の魔槍。紅き魔槍は宝具になる前の伝承なき幻想、ギルガメッシュの財宝の一つ。

 彼の倉の中に、真名解放能力を持つ武器もあるにはあるのだが、能力を使うのにそもそも真名の解放など必要としない概念武装が基本なのだ。ギルガメッシュが持つ原典は宝具になる前の名無しの概念武装、魔力を込め武器を使えば能力を使用できる。もっとも真名を解放した方が投影“魔術師”である言峰士人にとっては神秘を顕現すると言う意味で魔力消費の燃費が良くなる概念武装も中にはあり、貴き幻想として概念武装を宝具として能力を解放するために、真名の解放を行うこともある。

 エネルギー放出系の概念武装なら燃費の良さは能力の出力に直結するが、ゲイ・ジャルグのような宝具は発動する神秘を顕現し易くなるくらいだ。それに元々ゲイ・ジャルグは魔力による常時発動型の宝具である。

 故に今回、士人は相手に怪しまれない様、速攻で投擲したのだった。ライダーは槍を受けてようやく、この魔槍が破魔の紅薔薇だと気付くのである。

 ―――そうして、霊体化したライダーは言峰士人の前から完全に消え去っていった。公園での戦いが終わりを迎える。

 

「まったく、監督役の仕事は命が一つでは足りないな」

 

 神父はそう呟いた後、家の冷蔵庫が空であり、夕飯の材料が家に無くなっている事に気付いた。神父は近くのスーパーに寄った後、教会に帰るために重い足取りで帰って行った。



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11.戦いの後

 ライダーは新都を走り抜けていた。霊体化しているため、人々に気付かれることはない。

 

「‥………………(それにしても、手酷くやられましたね)」

 

 マスターに命じられ、始末しに行った監督役の戦闘能力は異様な程高かった。

 ―――石化の魔眼の無効化。天馬の守りを貫く槍。

 言峰士人は泥による変質で呪いには耐性を持つ。呪いの様な間接的な干渉は殆ど効くことはない。彼は生きている呪いそのものであり、真実呪詛の集合体の様な存在であった。そして、ギルガメッシュからの褒美として見せてもらった概念武装はありとあらゆる障害を薙ぎ払い、様々な状況に対応できる力がある。宝具の投影魔術とは戦闘において悪辣極まり、極めれば殺せない敵が存在しなくなる。

 そもそも前回の戦いの時に、士人は眼帯が魔眼殺しの力のある宝具と知ることができたので、いつもの様に魔眼対策をしておいた。更に戦いから得られた情報から、数ある候補から対ライダー用の戦術はある程度立てていた。

 

「………(あの魔槍はゲイ・ジャルグでしょうか)」

 

 ライダーは次にと、言峰士人との戦闘を思考して対策を考えていた。魔眼を無効化し、守護を切り裂く強敵だ。白兵戦も人間にしてはかなり高い能力。そして、貧弱な偽りのマスターが自分の主であるため、ステータスの低下が深刻だ。

 魔力が十分なら、ライダーが言峰士人に白兵戦で後れをとる事はまずなかっただろう。士人は意図的に隙を攻撃させ、その時の攻撃でライダーに隙を作らせることで、彼はライダーを攻撃していくカウンターによる一撃必殺の戦術を言峰士人は使っていた。故に士人は言葉や殺気でいちいちライダーを挑発し、ライダーに対してお喋りが多かったのも攻撃を誘うため。そもそも士人が自分から斬りかかった場合、ライダーに殺害される可能性が飛躍的に上昇する。だからこそ士人は、回避不可能な反撃による一撃必殺を狙っていたのだ。

 そして弱体化したライダーでは言峰士人の戦術を破る事が出来ず、ライダーは士人に殺せれることはなかったが、士人を殺すことができなかった。

 その事を考えていたライダーは、言峰士人を不意を突いた奇襲か、対応できない距離での天馬による不可避の突進で仕留めようかと考えていた。

 

 

「………(しかし、あの男ならそんな事は承知でしょう)」

 

 

 監督役戦での戦略をライダーは練っていく。そうしてライダーは、仮のマスターと本来のマスターがいる屋敷へと戻って行った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 公園での一戦を終えた言峰士人は教会へと戻って行った。両手は買い物が詰まったビニール袋で塞がっている。彼が教会に到着した時間は七時を超えており時間も大分遅くなっている。士人は夕飯を作るために台所に向かった。

 食材をビニール袋から取り出し夕飯の支度を始める。すると、この教会の主が戻ってきたことに気付いた客人が台所に現れた。

 

「………朝は寝坊してすまなかったね、言峰」

 

 教会の客人、美綴綾子はすまなそうな顔をしながら言峰士人に声をかけた。

 

「構わんよ。ストレスの負荷が大きいため、疲れが蓄積していたのだろう」

 

 言峰士人は棚から調理器具を出しながら美綴綾子に答えた。

 

「確かに昨日はひどく疲れたよ。まぁ、それはいいけどさ、随分と学校からの帰りが遅くないか」

 

「美綴を襲ったサーヴァントに襲撃されたのだ。撃退に手古摺ってしまってな、実際のところ死ぬ寸前だった」

 

 言峰士人は公園での出来事を語りながら料理を進めていく。

 

「……監督役も大変だな」

 

「まったくだ」

 

 美綴綾子の労わりの言葉を言峰士人は素直に受けた。そして美綴の言葉は真実であり、士人の肉体的疲労も溜まり続ける一方だった。毎日仕事が連続し、サーヴァントには襲撃されているのだから仕方がないのだが。

 士人は何か言いたそうな綾子を見る。調理は時間がかかるので、美綴に待っているよう伝えるため口を開く。

 

「取り合えず椅子にでも座って待っててくれ」

 

「――…わかった」

 

 綾子は士人の言葉を聞いて食卓の椅子に座り、待つことにした。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 言峰士人は調理を一旦終わらせる。後は飯が炊き終わるのを待つだけとなった。言峰は話がしたい雰囲気を纏っている美綴が此方を見ているので、話を聞くために食卓に向って行った。

 

「それで、何か言いたいことがあるのではないか?」

 

 士人が綾子に問いかけた。テーブルの反対側にいる美綴綾子は口を開く。言いたい事はたくさんあるのだ。

 

「……言峰、家に連絡したいんだ。携帯を落としていて連絡出来なかったから、アンタの電話を貸して欲しい」

 

 教会の電話は仕事部屋にあり、部屋の扉には鍵が掛っていた。美綴綾子は連絡手段が一つも存在しなかったので、神父の帰りを待っていたのだった。家に帰るにしても、この聖杯戦争監督役に一言連絡しないと助けてもらった手前失礼である。

 

「そう言えば、そうだったな。

 確かに美綴は行方不明の扱いを受けているだろうから、親御さんを安心させてやらなくてはならないな」

 

 士人はポケットから携帯電話を取り出した。美綴綾子は携帯電話を受け取る。

 

「――――――――……」

 

 美綴綾子は携帯電話を持ったまま悩み困った様子の顔で黙ってしまった。

 

「どうした?」

 

 言峰士人は携帯を黙ったまま握っている美綴綾子に喋りかけた。美綴綾子はしばらく時間が経った後口を開いた。

 

「………いや、外出していた理由を考えていたんだ」

 

「なるほど。美綴にとっては深刻だな」

 

 士人は綾子に対して軽く言葉を返した。

 

「深刻だなって言峰、中々に他人事な言い方じゃないか」

 

「真実他人事だからな。この身は監督役の任を帯びてはいるが、そこまで細かいアフターケアは任務の範囲外だ」

 

「なんて冷たいんだ。それでも男か」

 

 言峰の谷底に蹴り落とす言葉。美綴はいつもの調子で悪態をついた。

 

「仕方がない。困っている人を助けるのも神父の仕事だ。俺も考えてやろう」

 

 綾子の悪態に士人はそんな言葉を返す。幾ばくかの時間が経つ。そして、ふむ、と頷いた後に士人は口を開く。

 

「ここは正直に、友人が住む教会に泊まっちゃった、とでも言えばいいのでは?」

 

「言えるか腐れ神父! 誤解されるわっ!!」

 

 言峰士人の案に顔を赤くして美綴綾子は罵倒を言い放った。もし綾子が家族にそんな事を言えば、家での居場所が狭くなる。一日何やってたんだ、と追及されたうえに、ただ泊まっていただけだと本当のことを言っても生温かい目で見られるのがオチだろう。

 言峰士人は怒鳴りつける美綴綾子にそれはそれは綺麗な笑顔で、ククク、と不吉な笑い声を口から漏らす。

 

「冗談だよ美綴。半分だけな」

 

 神父はそんな言葉を笑った後に言った。

 

「半分!? 半分って何がさ!」

 

「まぁまぁ、落ち着くのだ。お前が一体なにをどう誤解されると思ったのか、今は正直どうでもいい」

 

「どうでもいいって……アンタそれ、どういう意味だ!?」

 

「――――ふ」

 

「なぁ言峰、なんで笑ったのよ?」

 

 綾子は士人にいつもの様にからかわれる。そして士人は神父の鏡とも言える、これぞ慈愛の顔、みたいな笑顔でその後も綾子をからかっていた。

 ―――で、数分後。

 

「ふむ、話がずれたな。本題に戻るか」

 

「誰のせいだ、まったく」

 

 そうして言峰士人と美綴綾子は話の本題である、家族誤魔化し案を考えることにした。

 

「そうだな。隠し事をするなら真実をぼかし、嘘ではないが全部ではないと言った感じが良いだろう」

 

「ふ~ん。なら、どんな感じにぼかすのさ?」

 

 言峰士人は美綴綾子が聞いてきた疑問を思案する。

 

「例えばだが、お前が帰り道に襲われたとする。そして丁度その場面に俺が立ち会わせ、その凶行を未然に阻止する。で、俺が美綴を助けるが、お前はその時に錯乱状態になっている設定にする。そして、襲われた場所がここの教会の近くと言うことにして、知人であり神父である俺を信用して美綴は落ち着くまで教会にいた。

 ……だいたいその様な流れの話でいいと思うのだが?」

 

「なるほど、大まかな話はそんなのでいいかな。でも、家や警察に連絡しなかった理由はどうする?」

 

「美綴は携帯を落としていたから、それを利用しよう。 

 俺が連絡しなかった理由は、美綴が落ち着いたら携帯で自分の家へ既に連絡したものと思っていた設定にする。警察への連絡は美綴の外聞を気にしていた事にでもして、本人が落ち着いたら、連絡するか否か、それを聞こうとしたことにすれば良かろう。

 美綴が連絡しなかった理由は、単純に忘れていたと誤魔化せばいい。なにせ錯乱状態だったのだからな」

 

 そうすれば矛盾点も減るだろう、と言って美綴の質問に答える。

 

「これで納得したならば、細かいところは美綴が決めれば良い。家に連絡する時、家族への説明に証言が必要なら、俺が電話に出て話をするのも構わないぞ」

 

「わかった、それでいくよ」

 

 美綴綾子は言峰士人の案に賛成をした。少し話し合った後、タイミング良く炊飯器が飯の炊き終わった音がする。

 美綴は、夕飯の前に家族へと連絡することにした。言峰は美綴の分の夕飯を作っており、美綴が食べてから帰ることにしたからだ。よって綾子は家に行方不明になっていた理由と夕飯を食べてから帰ることを言峰の携帯で伝えた。綾子は家族からは心配され電話越しに無事でよかったと言われていた。士人も話をした後、美綴の家族の人に感謝の言葉を貰った。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 電話の後、士人と綾子の二人は食卓に料理を並べていく。そして料理が三人前準備されているのに美綴は不思議に思い、頭に浮かんだ疑問を言峰士人に言った。

 

「あれ? 言峰、アンタに親御さんはいないんじゃなかったっけ?」

 

 美綴綾子は言峰士人に家族がいないことを知っていた。教会に来た時に綾子は教会に人の気配がしなかったことが気になってしまい、士人に対して家族の事を質問した。そして士人は綾子に自分は天涯孤独で家族がいないのだと教え、約三週間前に養父が死んだことを伝えたのだった。

 

「……ふむ、そうだったな。美綴には言ってないがこの教会には、居候が一人いるのだ」

 

「へ? そうなの」

 

 綾子は取り合えず夕飯の準備を手伝いを続ける。準備を続けながら言峰士人の話を聞く。

 

「朝から出かけているみたいだから、寝坊した美綴とは会っていないのだろう。ギルは帰って来る時間が気紛れだから何時に帰って来るか分から―――……どうやら、帰ってきたみたいだな」

 

 食卓に料理が並んだ。言峰士人と美綴綾子は夕飯の支度を終わらせる。そうして料理を並び終え、士人と綾子が席に着くと同時に扉が開いた。

 

「帰ったぞ、士人」

 

 教会の居候であるギルガメッシュが扉から現れる。

 

「……む、その女が朝言っていた奴だな」

 

「ああ、保護した一般市民もどきだ」

 

 ギルガメッシュが美綴綾子を興味が無さそうに見た後、言峰士人に尋ねた。

 

「こんばんわ、お邪魔してます」

 

 綾子は士人に対して、もどきとは何だ、と思ったが取り敢えず迷惑になっている人への挨拶を優先する。美綴綾子は席を立ってギルガメッシュに挨拶をした。

 

「ふむ」

 

 ギルガメッシュは美綴綾子を見て頷く。

 

「座るといい、女。貴様はこの教会の客なのだ、楽にして飯を食べると良い」

 

 そう言って、ギルガメッシュは椅子に腰を下ろした。綾子も椅子に座る。その後、士人が二人が座るのを確認した後、夕飯の挨拶を告げる。

 

「では、いただきます」

 

「いただきます」

 

「ああ、頂くか」

 

 上から順に、言峰士人、美綴綾子、ギルガメッシュの言葉であった。



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12.教会の晩餐

2月4日

 

 

 

 衛宮士郎は今、台所にいる。そして自分が参戦した聖杯戦争について考え事をしていた。

 学校の校庭で目撃したサーヴァントの戦い。

 白黒の双剣を振るう赤い外套の男と漆黒の双剣を振るうフードを被った黒衣の男。壮絶な殺し合いは今になっても鮮明に思い出せる。そして、黒い刃から突如として感じた濃厚な死の気配。

 自分はその時に足音を立ててしまい、校庭から逃げ去り校舎へと駆け込んだ。そして廊下で黒衣の男に心臓をレイピアの様な細い剣で刺されて殺された。しかし何故か自分は生きており、そのまま家に帰った。

 家に帰り一息つく。しかし、家の結界が侵入者来訪の警戒音が鳴った。居間で警戒していると黒衣の男が出現し片手に持った剣に斬られそうになり、それを強化したポスターで防ぐが庭に吹き飛ばされる。そして庭に黒衣の男も家から出てくる。

 庭に出た男は突然手に持った剣を自分へあっさりと放り投げた。それに気を取られた自分は腹を男に殴られ土蔵へと一直線に吹きとばされる。

 

 ―――そして、自分は彼女に出会った。

 

 自分が召喚したサーヴァント、セイバーが黒衣の男を撃退する。そして、外に違う敵がいると言って襲いかかっていくセイバーを令呪で止めた。そこで自分は一人の魔術師―――遠坂凛とそのサーヴァントであるアーチャーに出会った。家で遠坂の話を聞き、監督役のいる教会へと向かうことになる。

 教会で監督役をしていたのは慎二と同じで中学からの友人である言峰士人。

 そこで聞いたのは、聖杯戦争に自分が巻き込まれたことと、戦争の詳細。そして、自分と聖杯戦争の関係であった。

 話を聞いた後、教会を出て家に帰る事となった。しかし、帰り道にはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンとそのサーヴァントであるバーサーカーが待ち受けていた。墓地での死闘を生き抜いたが自分はアーチャーの攻撃の巻き添いを喰らい、あっさりと気絶してしまったのだった。

 

「―――――(良く生きてたな、俺)」

 

 衛宮士郎は朝食を作りながら、聖杯戦争に巻き込まれマスターになった日のことを思い出していた。

 

「どうしました先輩? 手が止まっていますよ」

 

「……おっと、すまん桜。虎とセイバーが腹ペコだから休んでいられないな」

 

 調理中にしみじみと思い耽っている衛宮士郎に間桐桜が話しかける。衛宮士郎はそれを謝り、料理を続けた。

 

 

 この後、衛宮士郎はセイバーの忠告を聞くことなく学校に向かい遠坂凛に襲撃される。そして、ライダーに無謀にも挑みかかり返り討ちに合うが、遠坂凛に助けられる。その時の怪我を遠坂邸で遠坂凛に治療してもらい、アーチャーに警護されながら家に帰ったのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 テーブルの上には三人前の料理が並んでいる。中心にサラダが盛られた大皿があり、一人づつ目の前に大きい丼が三つ置かれている。それとサラダ用の小皿が三つある。

 余談であるがドンブリの中身は牛丼であった。

 

―――カチャカチャ、パクパク―――

 

 教会の食卓では食器から音がなり、席に座る三人が飯を咀嚼している。

 

「―――うまっ、この味は相当じゃないか。今までの牛丼で一番うまいね」

 

 言峰士人の料理を食べた美綴綾子は思わずそう言ってしまう。中々にいい笑顔で料理を口に運んでいく。

 

「ふむ、それは有り難い。お褒めの言葉を貰えば、俺も夕飯を作った甲斐があるというものだからな」

 

 言峰士人はいつものヘラヘラとした笑顔で美綴綾子に称賛のお礼を言う。その後に「本当はマーボーを食べさせたかったがこの前俺が食べたしな、美綴の昼も中華を用意してしまったし」と神父は呟いた。

 話を聞きながら夕飯を食べていたギルガメッシュが、士人と話している綾子の方を向く。

 

「士人は(オレ)の臣下だからな。基本何でもできるぞ、女」

 

「そ、そうなんですか」

 

 ギルガメッシュが夕飯を食べている綾子に喋りかけた。

 美綴の言葉はギルガメッシュのカリスマが宿る王気(オーラ)で自然と敬語になってしまっていた。そして美綴綾子は突然話し掛けられたことに、内心ドキリと驚いたが返事を失礼のないよう努力して返した。その言葉を聞いて綾子は臣下というワードを疑問に思い、士人に尋ねる。

 

「……ん、臣下? そういえば言峰、居候と言ったけど彼は誰なんだ?」

 

 綾子は禍々しいまでの威厳を発し、人とは思えないカリスマ性を感じられるこの男が気になった。疑問が産まれた彼女は、その事について言峰士人に質問をする。

 

「―――ん、そうだな。一言で言うのなら、王様だな。で、俺はギルの家来だ」

 

 少しだけ考えた後、士人はそう言った。

 

「あ~~、マジ?」

 

「マジ」

 

 思わず尋ね返した綾子に士人はその言葉を肯定する。質問に答える言峰士人を見た後に、困惑気味に美綴綾子はギルガメッシュの方を向く。

 ……確かに王様っぽい雰囲気を持っていた。そこで、ふと思った事をそのまま美綴はギルガメッシュに質問をしてしまう。

 

「すいません、貴方はサーヴァントなのですか?」

 

 言峰士人から聖杯戦争の説明を聞いており、英霊の事を大まかだが知識として知っていた。この前に襲われた眼帯女と同じ、人外の気配。この人物を見て感じられるのは、自分とはまったく違う存在であり人間ではないという事。美綴綾子が目の前の存在に思い当たるのは、サーヴァントという存在だけであった。ここで、魔術師や自分と同じ様に保護された人と思わないところが、美綴綾子と言う人間が持つ直感の鋭さを表している。

 

「ほう、何故そう思ったのだ」

 

 ギルガメッシュが綾子に尋ねる。顔には冷たい冷笑が浮かんでいる。

 

「……いや。その、間違ってましたか?」

 

 ギルガメッシュの冷たい笑いを見た綾子は、失言だったかな、と思った。

 

「いや、間違ってないぞ。元ではあるがな」

 

 そう言った後、ギルガメッシュはパクリと料理を口に運ぶ。

 

「だが、何故そう思ったのかと気になってな」

 

 ギルガメッシュがサラダを自分の小皿に別けながらに美綴綾子にそう言った。美綴綾子も小皿にサラダを別けながら、キョトンとした顔でギルガメッシュを見る。

 

「そうですね、勘でしょうか。……オーラと言ってもいいです」

 

「―――ほう。(オレ)から王気(オーラ)が感じ取れると」

 

 ギルガメッシュは美綴綾子を見る時の、興味が皆無な眼に何かしらの輝きが宿る。士人はギルガメッシュがまたうっかりで勘違いでもしているな、とその様子を見て思うが、もぐもぐと料理を食べながらその事を黙っていた。

 

「はい。自分たちとは違うと言うか、何と言いますか、その……とても王様みたいです」

 

 ギルガメッシュは箸を止めて、美綴綾子を神の混血の証である紅い目の視線が真っ直ぐに貫いた。

 

「雑種の女、名前を何と言う?」

 

「へ、あ、はい。美綴綾子と言います」

 

 突然の質問に美綴は言葉が詰まってしまったが名前を言った。それと綾子は、雑種ってまた凄いこと言うな、とギルガメッシュのことを考えた。

 

「フ。普段の(オレ)から王気(オーラ)を悟れるとは、現世の女にしては中々の眼力だ。今の世にモノの真贋が分かる雑種は珍しいからな」

 

 そしてギルガメッシュはふむふむと頷く。顔はいつもの退屈そうな様子ではなく、人間らしい感情が混ざっている。

 

「綾子か。良かろう、我が名はギルガメッシュだ。覚えておけ」

 

「ギルガメッシュ……ですか?」

 

 美綴綾子は外国にある大昔の伝承にそんな名前を聞いた事があった。神父は牛丼を飲み込んだ後、戸惑っている綾子にいつもの悪い笑顔で説明をする。

 

「説明するとな、美綴。彼はサーヴァントでな、本物のギルガメッシュ王だ。お前の知っての通り、大昔にこの世を支配していた王様なのだぞ」

 

「………―――」

 

 ―――――呆然とする。

 聖杯戦争の説明は簡単に受け、綾子は士人に殺されたくないのなら黙っておくよう言われていたが、本物を見るとやっぱり色々と実感するものがあった。

 

「それと余談だが、お前を襲ったサーヴァントの正体はメドゥーサ だったぞ」

 

 その後に言峰士人は独り言で、いやはや危なかったな、危く石にされそうだったぞ、と呟いたがその声は部屋にいる二人にも聞こえていた。

 

「………何。我が嫌う蛇がいるだと」

 

「ああ。石化の魔眼と天馬を使っていたから確かだ」

 

「ほう。ならば暇潰しに我が直々に蛇を退治してやるのも一興だな、ククク」

 

「ギルが動くのか。まあ、サーヴァントが消えれば仕事がやりや―――――――――」

 

「――――――、ならば――――――」

 

「それでは、――――――」

 

「―――――――――」

 

「―――――――――」

 

 彼女は神父と居候の会話を聞いていた。そして、乾いた笑いを小さく呟く様に発する。

 

「―――………あ、あははは」

 

 美綴綾子は自分がもう後戻りできない人外魔境に迷い込んだのだと実感した。そうして綾子は言峰の魔術を弾いた自分の素質に結構後悔の念を抱いていたのだった。

 言峰家での時間がそうやって過ぎていく。教会の食卓はいつもより賑やかであった。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 夕飯が食べ終わる。ギルガメッシュは部屋に戻って行った。言峰士人は洗い物を数分で終わらせる。美綴綾子は遠慮する言峰士人を押し切り洗い物を手伝った。

 後片付けも終わり、士人は綾子をタクシーでも呼んで家に送ろうと考えた。そして携帯電話に登録されているタクシー会社(キョウカイの手が届いている組織の一つの末端だが、通常業務もしている)に連絡したが、忘れていることが一つあったのを思い出した。

 

「すまんな、美綴。

 サーヴァントの襲撃で俺は洗濯物を入れられなかった。お前には洗濯物を入れてくれた礼をいってなかったな」

 

「―――……ふ、ふふふ」

 

 神父の謝罪の言葉を聞いて彼女は突如として不気味な声で笑った。顔は俯いていて言峰士人が美綴綾子の顔を見ることができない。

 

「礼には及ばないなぁ、言峰ぇ。洗濯物はぁ、しっかりとォ、ワたしが入れておいたサァ」

 

「………………そうなのか。それは気が効くな、美綴」

 

 士人は綾子から伝わってくる怒気を疑問に思った。後、語尾になんか違和感があった。ふふふ、と笑っている美綴に言峰は取り敢えず疑問をぶつけてみる事にした。

 

「あ~~、それでどうしたのだ、一体?」

 

 笑い声が消えた。

 

「―――どうした、ね………」

 

 美綴綾子は顔を上げる。その顔は綺麗な笑顔であった、威圧感が凄まじいが。

 

「……ブラウスと、下着が、庭に干されてた」

 

 美綴綾子は言峰士人が帰宅する前に、既に乾いている制服と下着に着替えている。綾子はかなりイライラしながら家に服を運んだのを覚えている。

 

「―――あ、なるほど」

 

 神父は衣類を勝手に洗われた思春期女子の常識的心情に察知した様な、そんな感じでいい加減な声を上げた。そして士人のその言葉を綾子が聞いた。

 ぶちっ。そんな音が聞こえても不思議じゃない修羅っぽい雰囲気とそれに似合う怒った顔。

 

「―――なるほどじゃない!!」

 

 漸く気が付いた様子を見せる言峰士人のセリフを聞いて、美綴綾子は唯単純に怒った。

 

「このアンポンタン!! アンタはあたしを何だと思っている!!?」

 

「勿論、友人だ。からかうと面白いというフレーズが付くけどな」

 

 士人の顔は悪い笑顔になっている。

 

「なぁ言峰、死にたいのならそう言ってくれよ。友人として介錯をしてやるからさァ、フフ」

 

 綾子は殺気立っていた。顔を手で覆いながら指の間から見える目が歪み、口がニタリと笑みを刻んでいる。

 

「まぁまぁ、落ち着くのだ。その形相は女の子として如何なものだぞ、顔が姐さんになってる」

 

「誰が姐さんだっ!!」

 

「ハッハッハッハ。すまんな、美綴。思わず口が滑ってしまった」

 

「お、お、思わず! 思わずと言ったのかコトミネ!? 」

 

 

 ―――で、数分後。

 

 

「………はぁ、似たやりとりを夕飯前にやったばっかじゃないか」

 

「いいリアクションだ、美綴。お前はやはり、面白い」

 

 士人はまるで、グッジョブ、と言いたげに親指を上げて綾子に伝えた。言峰士人と美綴綾子は中学生時代で偶々知り合ってからこんな関係が続いている。お互いもう、慣れた日常である。もっとも今は学校と違い周りを気にする必要がないので、美綴自身のテンションもはっちゃけているが。

 取り敢えず、言峰士人は命の恩人で付き合いのある知人なので彼女は許すことにした。

 

「今回は許すけど、次はないからな」

 

「本当に悪気はなかったのだ。というか、次って……また泊まりにくるのか?」

 

「う、うるさいな。とにかく今回は許す!」

 

「いやまぁ、お前がそう言うなら、その言葉は受け取っておこう」

 

 そんなこんなで、二人の騒動(士人が一方的にからかったとも言う)は一旦終了する。言峰士人は時計を見る。

 

「そろそろ呼んだタクシーが教会に到着するだろう」

 

 綾子を連れて士人は教会の外まで送っていった。教会の外でタクシーの到着を二人は待つ。早めに出て行ったためか、タクシーはまだ来ていなかった。タクシーを待っている途中で士人は思ったことがあったのか、綾子に喋りかける。

 

「そうだったな。一言だけ一応は忠告をしておきたいが、言ってもいいか美綴?」

 

「……何さ」

 

 士人が唐突に重要なことを言ってきたり、からかってくるので綾子は気持ち構えて、言峰士人の言葉に返答する。

 

「学校には結界が張られている為、休みを取った方がいいぞ。設置されてる結界は下手をしなくても学園内にいる人間を皆殺しにする代物だ」

 

「――――は? あ、いや……何それ?」

 

 それはもう、驚くなんて事実ではなかった。彼女にとっては思考が停止する程の事柄だった。固まっている目の前の友人を見て、神父は話を続ける。

 

「だから結界だ。おそらくは、肉体を溶かし生命を吸収するといったところだろう。

 お前は偶然にもこの戦いに関わり、異端の素質を持っていた。そして態々助けた人間を死地に送るなど神父のすることではない。

 これはお前が得られた幸運だ。死から逃れたいならこの言葉を受け取っておけ」

 

「………―――」

 

 美綴綾子は沈黙をしていた。内心は葛藤しているのだろう。美綴綾子は顔を下に向けて、言峰士人の言葉を理解しようとし、その言葉の意味を理解したくなかった。そんな様子の美綴綾子を言峰士人は見ていた。

 

「何とかできないのか? 避難させたり、結界を消したりさ!」

 

「無理だ」

 

 彼はその言葉を冷徹に切った捨てた。

 

「監督役としては避難させる手段がそもそもない。そして結界もサーヴァントの力だ、唯の人間ではどうすることもできん」

 

 神父はそういって、断言をする。だから幸運を得られたお前は逃げるが良い、と視線で冷徹に伝える。

 

「じゃあ、―――――――」

 

 しかし、学校の生徒であり友人もいる彼女にとっては認められることではない。

 

「だから無理だ。

 お前は家で休んでいるといい」

 

「――――――っ」

 

 綾子は葛藤していた。学校に行けば死ぬかもしれない、しかし、そのことを知っていて家に避難するのは友人たちを見殺しにするのと同じではないかと思った。自分にはどうする事もできないけど、一人だけ死にたくないから逃げるのかと自問する。

 士人はそんな様子の綾子を、笑いながら見ていた。友人を見殺しにして一人生き残ることに葛藤を抱いているであろうその心情。自分には理解できない罪悪感というその感情がはたしてどれ程、心に苦痛を与え傷を刻みつけるのか、冷徹に観察して士人は愉しんでいた。

 

「なあ言峰。結界が人を溶かすと言ったが、すぐに死んでしまうモノなのかい?」

 

 黙っていた綾子は、顔を上げて士人を見ながら質問をした。

 

「いや、今の段階の結界ならばゆっくりと殺されていくだろう。あれはまだ、準備段階に感じ取れたからな」

 

「遠坂ってマスターなんだよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「じゃあ、遠坂がマスターなら結界を止めようとするんじゃないか?」

 

「無論だ。アレが一般人を見殺しにできるとは思えんな」

 

「なら言峰は結界が発動したらどうするんだ?」

 

「自分に止められるなら止めるが。神父が殺人行為を放置するのもいかんだろう」

 

「そもそも発動した結界は止められるの?」

 

「止められるぞ。制限時間内に学校に現れる術者を倒せばいい。中にいる人はすぐに死ぬわけではない」

 

「……そうか」

 

 美綴綾子は何かを決心したように一度頷く。

 

「―――私は学校に行くよ。遠坂と言峰が頑張ってるのに自分一人、逃げられないだろ」

 

 美綴綾子は、そう言った。

 

「――――……ほお」

 

 言峰士人は美綴綾子の決断を聞いて、面白そうに笑った。その後に士人は一度頷き、綾子に向けて口を開く。

 

「分かった。

 学校で結界の発動中に術者を見つけた場合、監督役の代行者として術者の蛮行を阻止し、結界の停止を約束しよう」

 

 彼女はその言葉を聞き、面白そうに神父に喋りかける。

 

「へぇ、中々言うじゃない」

 

「まぁ、努力はしよう。そもそも神父が人を見殺しにするのは体裁が良くないのでな」

 

 言峰士人は美綴綾子にいつもの表情で、そう言ったのだった。美綴綾子は、この男が嘘を吐いたことがないので言峰士人の言葉を信用することにした。こいつは嘘を付く機能が無いのではないかと思える程、嘘を吐かないのだ。

 二人が会話をしているとタクシーが到着する。綾子はタクシーに乗り、家に帰って行った。




 神父が一般人の美綴にペラペラ喋る理由は簡単で、隠す気が欠片も無いからです。聖杯戦争に巻き込まれたなら、彼女が知りたい事や別に知られても良い事はかなりあっさり喋ります。ギルガメッシュの正体も、そもそも隠そうと別に考えていません。ギルガメッシュが隠そうとしたり話さないなら自分も隠しますが、今回はギルガメッシュから喋りましたので、別に隠す事無く説明しました。


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13.呪刻探し

2月4日

 

 

 

 夜の話。

 美綴綾子が教会から去った後、言峰士人は工房に入り魔術鍛錬を始めていた。言峰士人は床に座り込み、魔術行使に集中し精神を際限無く加速させている。

 

循環(バース)始動(セット)

 

 言峰士人は回路を開き魔力が流していく。そして自分自身を感覚し、己を把握する。

 

循環(バース)完成(アウト)

 

 呪文と共に魔術が完成する。言峰士人が行っていた魔術は強化魔術。概念が高まり、存在が強化されることで肉体機能が上昇する。生身で並の死徒を撲殺するような魔人が強化魔術を掛けることで、一応はサーヴァントと何とか戦いはできるようになるのだ。

 

「ふぅ」

 

 彼は深呼吸をし、魔力の回転を加速し始める。肉体の機能は上昇し続け、存在の規模が上がっていく。体は硬くなり、より耐久性を上げていく。そして、次に肉体の部分強化を始める。拳を強化し、足を強化し、目を強化し、次々と強化箇所を変更して魔術を使っていった。

 強化魔術で各部分を強化すれば、その部分の概念が高まっていく。例えるなら、全身を強化してのパンチなら運動性能の上昇で破壊が増すのだが、拳を強化してのパンチなら「拳」が持つ概念が高まり破壊力が増す。神父は自分が使う強化魔術の使い分けを鍛錬し続けていた。

 それに、士人が強化できるのは自分だけではなく、「物」にも強化魔術が使えるので強化魔術は使いどころも多く、均等に鍛えるのが難しかった。

 つまるところ、言峰士人にとって強化魔術は極め甲斐のある魔術であった。極めるためにまず、一定の強化における消費魔力を節減していき燃費を良くする。そうして、段々と少ない魔力での強化の効果を上げていく様に鍛えていた。そして強化可能な限界点を引き上げる。

 彼は黙々と魔術を使い、呪文を唱え続けた。時間が過ぎ士人は強化魔術の鍛錬を終える。その後に投影魔術の鍛錬を始めた。

 

投影(バース)始動(セット)

 

 手のひらを開けて、何かを握るようにしていた。

 

投影(バース)完成(アウト)

 

 呪文を唱え手に現れたのは、ライダーとの戦いで双剣として使っていた漆黒の刃をした一本の剣。

 この剣は無銘だったが士人が「悪罪(ツイン)」と名前を付けた投影武装である。これにはオリジナルは存在していない投影品、言峰士人が投影魔術を使い始めてから何故か投影できた。その正体は、士人の魂が持つ呪いが武器と化した概念武装である。二本同時に投影をして、主に双剣として使っている。

 その後にも、得意とするもの以外の魔術も修練をし、今晩の魔術鍛錬を言峰士人は終了させた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月5日

 

 

 

 神父は学校へ登校して行った。聖杯戦争監督役としての忙しい日々が既に日常となった忙しい朝であったが、学校には遅刻にならないように教会を出て行った。

 学校に着いたが相も変わらず血生臭い結界が張られている。そのまま校舎へと足を運んで行くが、後ろから声を掛けられた。

 

「よ、言峰」

 

 昨日に教会から家へ帰って行った美綴綾子がいた。さすがに、今日にあった部活の早朝練習には出ていなかったようだ。彼女は士人と同じ時間に学校に登校してきた。美綴綾子の視点から見てみると、彼の顔は普段とは違っていて少しだけ意外そうな顔に見えた。

 

「……本当に登校してくるとは。まったく、(きも)が座っているとは正にこの事だな」

 

「女は度胸ってね、アハハハ……」

 

 昨日言っていたように、綾子が来たことが予想通りとは言え、命の危機より自分の意思を選べる程の強さを持っていることを再認識した。と言うよりも、自分の友人である遠坂と一応は自分を信用していると言ったところだろう、と考えた。

 美綴綾子という女は、友人を見捨てることができないのだろう。他人のために自分の命を掛けて行動できる人間は滅多にいない。いや、命を掛けると言うよりも、命を預けると言った方が良いのかもしれない。

 

「しかし、今日はいい朝だ。言峰を驚かせたんだからな」

 

 彼女はそう笑って、バン、と隣を歩く士人の背中を叩く。隣を歩く美綴の方を向いて少しの間見た後、士人は綾子に眠そうな死んだ魚の目で笑いながら言い返す。

 

「……まあ、構わないか。死んでも恨むなよ」

 

「でも私が死んでる状況だと、アンタも死んでるんじゃない?」

 

 確かに学校内で士人は術者を相手どった場合、美綴綾子が死ぬ未来なら高確率で言峰士人や遠坂凛、綾子は知らないが衛宮士郎も術者に敗れていることになっているだろう。元々の直感も優れているのもあり、聡明である彼女はそう言った事を得られた情報を元に言われることなく理解していた。

 

「それもそうだな。溶け切るまでの時間に勝負は着くだろう、戦場が狭い学校内なら尚更だ」

 

「そういうこと。もし死んで恨みを抱くなら犯人に、ってことさ」

 

 そう言って笑った。神父はやれやれと肩を揺らしている。

 

「勇ましいものだ」

 

「いやいや」

 

 

 そして会話をその後も続けていく。二人は校舎の玄関まで歩いて行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

――キンコンカンコン、カンコンキンコーン――

 

 

 時は昼休み。衛宮士郎は悩んでいた。言峰士人によって士郎は父である衛宮切嗣が過去にマスターとして聖杯戦争に参加していることを知った。自分はオヤジのことを正義の味方として憧れている。その衛宮切嗣が何故、聖杯戦争に参加し何を聖杯に祈ろうとしていたのか悩んでいる。

 そして、彼は教室で自分の席に座りながら衛宮邸での出来事を思い出していた。

 

 

◇◆◇

 

 

「どうしました、シロウ?」

 

 士郎のサーヴァントであるセイバーが、己のマスターである衛宮士郎に声を掛けた。

 

「何か悩み事でもあるみたいですが?」

 

 セイバーは判り易いマスターの表情を観察し、ドンピシャリと一言で士郎が悩んでいることを見抜いた。 

 

「……良く分かったな、セイバー」

 

「ええ。シロウは判り易いですから」

 

 士郎は人差し指で鼻の頭を掻きながら、はは、と言いながら苦笑いをする。

 

「わたしに聞ける事でしたら、話してみてはどうでしょう。モノによりますが悩みごとは一人で悩んでいますと、そのまま泥沼に嵌まり出られなくなってしまうのが大抵ですよ」

 

 セイバーが、逆らい難いカリスマ王気(オーラ)を出しながら士郎に助言をする。リンとした表情は可憐であると同時に威厳に満ちていた。彼はキョトンとした顔を向けた後、セイバーに笑顔を向ける。

 

「ありがとうセイバー。じゃあ、話を聞いて貰ってもいいか?」

 

「はい。勿論です」

 

 衛宮士郎は彼女に教会での出来事を相談することを決めた。彼は教会での出来事をセイバーに説明をする。

 

「教会で監督役、まぁ友人の言峰に聞いたんだが、切嗣(オヤジ)が前回の聖杯戦争に参加したって聞いたんだ。

 それで、オヤジはどんな魔術師で一体聖杯に何を求めたんだろうと気になってな」

 

「――――………オヤジとは、衛宮切嗣のことですか?」

 

 士郎の話を聞いたセイバーは苦虫を数匹まとめて噛んだような苦渋の表情を浮かべる。僅かながら怒気も漂っている。士郎はセイバーの態度に驚いたが彼女が自身の養父知っていることを疑問に思い、問い掛けることにした。

 

「セイバー。………おまえは切嗣を、俺の親父を知っているのか?」

 

 衛宮士郎は驚いていた。英霊であるセイバーが、現代の人間でさらには故人である衛宮切嗣を知れる訳がない。故に彼女は己のマスターに返答する、居心地の悪さを十分に感じながら。

 

「………ええ、まあ」

 

 そして、セイバーは悩んだ表情を浮かべる。

 

「そうですね、シロウには伝えておきましょう」

 

 そう言った後、セイバーは何処かしら懺悔を述べる罪人の様な雰囲気を纏う。その表情はまるで鉄みたいに固かった。

 

「私は前回の聖杯戦争において、切嗣のサーヴァントです。衛宮切嗣は、マスターの一人として参戦してました。

 私は彼と契約して聖杯戦争に挑み、最後まで勝ち残りました」

 

「――――――――――――――」

 

 つまるところセイバーは士郎に、自分と衛宮切嗣が地獄を巻き起こした元凶であると言っていた。

 

「……待て。切嗣(オヤジ)は前回の勝者で……セイバーがそのサーヴァント?」

 

「――――はい。

 ……あ、いえ、しかし、厳密に言えば勝者ではありません。聖杯は切嗣の令呪で私が破壊しました。前回の聖杯戦争に勝者はいなかった」

 

 セイバーの話だと、聖杯は衛宮切嗣とセイバーの目の前に現れたがそれを切嗣が破壊した様だった。

 

切嗣(オヤジ)が聖杯を破壊っ……?!

 でも話を聞く限りじゃあ、切嗣(オヤジ)は聖杯を得るために冬木に来たんだろ?」

 

 士郎は疑念を深める。魔術師、衛宮切嗣は聖杯を得るために冬木に訪れ、殺し合いである聖杯戦争に参戦したのだと思われる。それなのに衛宮切嗣は目的そのものである聖杯を否定しているのだ。

 

「それは私の知るところではありません。そして、切嗣が何を考え聖杯を破壊したのかも判りません。

 そもそも切嗣を私を避けていました。それに彼に掛けられた言葉は三回だけですし、その言葉も令呪越しの命令だった。結局、己のマスターを理解することは最後までできなかった。しかし、聖杯は彼と私にとっては悲願なのは同じだった筈なのです。

 ――――――それを、それなのに、あの男は最後の瞬間、己のサーヴァントである私を裏切り、聖杯を私自身の手で破壊させました」

 

 

 その時のセイバーの表情は衛宮切嗣への怒りと、何よりも衛宮士郎に対する重い懺悔で歪んでいた。

 

 

◆◇◆

 

 

 衛宮士郎はセイバーとの会話を思い出す。士郎は養父である衛宮切嗣がどのような過去を持っているのか知りたかった。そして、おそらく言峰士人は正義の味方が歩んできた道を資料を見て知っているのだろう。聖杯戦争のことなら監督役に聞くのが一番早い。確証はないが、監督役である士人は前回のマスターの情報を持っていると思われる。

 

「言峰、聞きたい事があるんだ」

 

 学校の教室で、弁当箱を取り出し机の上に置いた士人に士郎は声をかける。

 

「…………ふむ、放課後で構わないか?」

 

 神父は真面目な、それこそ真剣そのものな衛宮士郎の顔を見て、その話が聖杯戦争絡みでありお昼休みの教室でできることではないと思った。それにどうしても裏側の話は色々と長くなるため、短い昼休みの時間に話し込むと飯を食べる時間が消えてしまう。

 

「放課後かぁ。……遠坂と約束があるから遅くなりそうだぞ」

 

 士郎は凛との会話を思い出した。放課後では学校に張られた結界での対処があるのだった。

 

「なるほど、別に構わんぞ。それに今回は俺も手伝ってやろう。あれとの約束もあるのでな」

 

 彼の言葉から、士人は師匠との約束が学校に張られた結界絡みだと予測した。その結界は自分も消したいと考えており、遠坂凛にも言峰士人は美綴綾子の事を伝えたかった。

 

「手伝うのか? 俺達に、おまえが?」

 

 士郎の顔には意外だと、ハッキリと心情が浮かんでいた。

 

「そういうな。俺にも(しがらみ)があるのだ。そもそもこれをそのまま放っておく事は、自分の仕事内容を考えると職務怠慢になってしまう。……それに約束もしてしまったしな」

 

 やれやれ、と監督役は首を振る。

 

「話はそれらが終わった後にしよう」

 

「…………わかった」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「―――――――って、なんでアンタがいるのよ?」

 

 遠坂凛の第一声。師匠は弟子にキツイお言葉を言い放つ。

 

「相も変わらずつれない言葉だな、師匠」

 

 ―――時は放課後。学校の授業も終了し凛は士郎と協力して結界潰しをするために廊下で待っていたら、何故か自分の弟子もそこにいたのだ。偏屈な弟子がいれば、遠坂凛も疑問に思う。

 

「まったく、この状況で俺がここいる理由など一つしかあるまい」

 

 彼は凛にそう言った。神父は魔術師に、学校に張られた結界は監督役として見逃せない、と告げていた。

 

「……でも、特定のマスターへの肩入れになるんじゃない?」

 

 凛は士人にこの行動は違反にならないのかと疑問に思った。凛の表情も困惑したものであり、あの言峰士人が師匠と言えど今は一人のマスターでしかない自分に協力することが疑わしく思えたのだ。

 

「詳しい話は後だ。今は目的である呪刻の発見と除去を急ぐべきだろう」

 

 士人は放課後となり人一人見当たらない淋しくなった廊下を足早に進んでいく。

 

「それもそうだな」

 

 士郎は士人に着いて行った。そうして遠坂凛は一人廊下に置いて行かれる。

 

「―――って、待ちなさいよ!」

 

 トコトコ、と勝手に進んでいく男二人に凛はそう叫ぶ。どうやらこの二人のマイペースっぷりは、自分にとって鬼門みたいなのだと凛は悟るコトが出来た。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「………ふぅ」

 

 遠坂凛が左腕の魔術刻印を輝かせ、屋上に隠された呪刻を消去する。しかし、呪刻は消してもその度に新しい呪刻を作られたり、再度消した呪刻が浮かび上がったりとイタチごっこになってしまうのが現状だ。そのため完全に結界を消すことはできない。

 彼女は士郎に対して「結界自体はもう張られちゃってるから。わたしがやってる事は効力を弱めているだけよ。それでもやらないよりはマシだし、不完全なうちは相手だって結界を発動させないでしょ?」と、説明していた。

 士郎は呪刻の除去を一段落させた凛を見た。

 

「遠坂。訊きたい事があるんだけど、いいか」

 

 呪刻を除去した凛に士郎は声をかける。

 

「え、なに? まだ屋上に違和感を感じるの?」

 

「あ――――――いや、それとは別件。ここはもうおかしなところはない。俺の方はここで打ち止めだ」

 

「そう、なら生きている呪刻はほとんど消せたかな。

 衛宮くん、魔力感知はできないクセに場所の異常には敏感なんだもの。まさかこんなに早く、校舎内の呪刻を消せるとは思わなかった。

 ………士人もそう思わない?」

 

 凛は屋上で煙草を吸っている士人にそう話掛けた。それに士郎の予想外な才能に加え、作業には士人も参加していたため彼女が予想していたより、かなり早く終わってしまった。

 そしてこの男は屋上に出た途端に魔術で煙草に火を付け、凛が作業の最後となる屋上に刻まれた呪刻の除去をしている様子を煙草を吹かしながら見ていたのだ。

 

「そうだな。俺も並よりは鋭い方だが、場の歪みを見つけ世界の異常を感知する能力は衛宮の方が俺よりも上だろう」

 

 言峰士人の感知能力は平均よりかなり高い能力を持っていた。しかし、衛宮士郎の世界の歪みへの感知はそれ以上の能力であった。

 

「そうなのか、言峰?」

 

「ああ。羨ましい限りだ」

 

 士人は、ぷはぁ~、と口から煙を出す。煙草の煙が輪っかを描いて吐き出されるが、屋上に吹く風に形を崩されすぐに消えていく。

 

「思ったんだが、言峰はその煙草を良く公園で吸ってるよな」

 

 士郎は誰もいない公園に訪れる時、士人が先客としていたことが少ない頻度だが何度かあった。中学以来の友人だが、その時から煙草を吸っていたような気がする。注意するものの止める気配は無いので、禁煙させるのは既に諦めている。

 

「数少ない俺の趣味だ。正確に言えば、これは煙草ではなく魔薬になるがな」

 

「ま、麻薬!? バカか! そんなもん吸うな!!」

 

 士郎は士人の言葉を聞き怒鳴りつけた。正義の味方志望な少年は、友人が麻薬常習者になっていることを許す事はできないのだろう。それを見ていた凛が士郎へと声をかける。

 

「違うわよ、衛宮くん。それは衛宮くんが思っているような品物じゃない。

 士人が吸っているのは違法薬物(ドラッグ)じゃなくて、魔術薬品(ミスティック・メディシン)とでも言った物なのよ。それを無理矢理略して魔薬って態と言ったの。正確に言えばお店で売っているような煙草ではなく、紙の中身も自作した魔術的な薬草よ」

 

 士郎は凛の話を聞き、取り敢えず落ち着きを取り戻す。士人は相変わらずな表情でニヤニヤと笑っていた。

 

「……そ、そうなのか?」

 

 そう呟いた士郎はその後に士人の方を見た。

 

「………っ(こいつ、笑ってやがる)」

 

 結構イラッとした。

 

「おい、言峰。さっきのはワザなんだろ?」

 

 士郎はそう言って士人を睨んだ。彼は、やれやれ、と肩を揺らしてから返答する。

 

「ワザとも何も、そのままの事を言っただけだ。

 それよりも衛宮は師匠に聞きたいことがあったように見えたのだが、聞かなくて良いのか?」

 

「っ――――――!」

 

 士郎は身の内から湧き出る何かを抑えながら凛から聞こうと思っていたことを思い出す。ふぅ、と溜め息を吐いて士郎は凛の方を向くと思い士人を視界から外す。そして、その時の士人は相変わらずな笑顔であった。

衛宮士郎は何となく神父をボコボコにしたい衝動に襲われるが気を取り直す。そして士郎が凛の方に向くと彼女は上機嫌であった。予想より断然早く呪刻の除去が終わり、結界の妨害ができたためだと思われた。

 

「なあ遠坂。マスターってのはマスターが判るのか。その、サーヴァントは隠していても、ただいるだけで気配が変わるとか」

 

 士郎が質問をする。彼はライダーへと森で戦いに行く時に知人を見かけていた。その事が気になったが故の問いであった。

 

「え、別にそんな事はないけど………そうね、何も細工をしなければ、マスターの認識はできるでしょうね」

 

 凛は士郎へと質問に答える。…ついでであるが、士人は先程また新しく煙草を懐から取り出し、煙草を吸い始めていたのであった。

 

「マスターはもともと魔術師がなる物だから、魔力を探っていけば魔術師を見つけられる。加えてサーヴァントなんていう破格の使い魔と契約しているんだから、隠したって魔力は漏れるわ。

 衛宮くんは鈍感だから気が付かないけど、わたしだって魔力を残して歩いてる。魔術師が見たら一目でわたしが魔術師だって判るだろうし、わたしだってマスターを見れば認識できるんじゃないかな」

 

「そうなのか……!? けど遠坂、俺が魔術師だって知らなかっただろ。それはどういう事だよ」

 

「なに? それ、言っていいの?」

 

 凛はいじわるそうな口調で言った。士郎はそれを聞いていやな予感がビシバシとした。

 

「いや、いい。だいたい想像ついた、今」

 

「賢明ね。ま、そう言う事よ。魔術師でなくても微弱な魔力を持つ人はいる。魔術師はね、一定以上の魔力を帯びた者しか魔術師って認めないの」

 

 士郎はいやな予感が思いっきり当った。つまりは、魔術師と呼べる程、魔力を持っていないと言われたのだった。

 

「はいはい、そんなコトだろうと思ったよ。

 ……あ、けどそれじゃあ、今の俺はどうなんだ?」

 

「う~ん、それがまるっきり変化なし。

 まぁ不完全な召喚だったって言うし、傷を治す以外の繋がりは薄いんでしょうね。ま、衛宮くんは特例みたいだからそういう事もあるんじゃない」

 

 士郎は林で間桐慎二を見かけていてマスターではないかと疑っていたが、凛の話からその可能性は薄いと結論が出た。

 魔術師である遠坂凛ならば漏れ出す魔力を見逃すこともないだろう、と士郎は考えた。余談であるが、士人は吸い終わった煙草を「宣告(セット)」と呟いて焼きつくした後、また魔術を使って新しい煙草に火をつけて吸い始めていた。

 

「なんだ。マスター捜しだなんて言うけど、その気になればすぐにでも見つけられるんじゃないか。強い魔力の残り香を辿っていけばいいんだから」

 

「そうでもないわよ。例えばの話、魔力を隠してしまう道具を待っていれば敵に悟られないの。

 ……まぁ、サーヴァントの出鱈目な魔力を隠せる道具なんて少ないから、そんなマスターはいないと思うけど」

 

「じゃあ、もし身近にいる人間がマスターでもそんな道具を持っていたら判らないってコトか?」

 

 士郎は間桐慎二がマスターではないか、とまた疑いが浮かんできた。

 

「どうかな。物によるけど、どんなにどんなに隠していても近くにいれば判ると思う。サーヴァント契約してる以上、どうしても世界との摩擦は避けられないからね。

 身近にいてもマスターかどうか判らないってことは、そのマスターがサーヴァントを使っていないってことよ。ま、例外はあるかもしれないけど、九割方そう考えて間違いないと思うわ」

 

 そう言い終わった凛は、さて、と呟く。

 

「呪刻も殆んど消したことだし。……士人、話してもらうわよ」

 

 凛は気侭に煙草を吸っていた士人の方を睨みつける。

 

「アンタがわたしたちに肩入れするなんて、どんな状況よ?」

 

「………ふむ」

 

 神父は吸っていた煙草を口から離し自分の師匠の方を向いた。

 

「状況が状況だからな。取り敢えず、監督役として結界のマスターは狩ることに決めたのだ。

 これを放置すれば、大多数の民間人が犠牲となると判っているのだ。そもそもな話であるが、代行者としてはこの所業を見逃すことはできない。故にこの討伐を決定した」

 

 士郎はその話を聞き、監督役に質問をする。

 

「―――……討伐って、殺すのか?」

 

 士人はいつもと変わらない表情で当たり前の事を言うように士郎へと告げる。

 

「無論だ」

 

 この男はなんでもない事の様に人を殺すと言っていた。

 

「―――――――なっ!」

 

 士郎が驚愕の声を漏らすが、士人は特に反応することもなく言葉を続けるために口を開く。凛は士人の話を黙って聞いていた。

 

「もっとも、それは結界が発動した場合だ。そこまで積極的なものではない」

 

 衛宮士郎は監督役の言葉を疑問に思う。彼は悩んだ表情で神父に疑問を問う。

 

「どういうことだ、言峰?」

 

「なに。衛宮が敵のマスターを死なせたくないのなら、お前のサーヴァントが敵のサーヴァントを倒せばいいのだ。

 俺も監督役であるからな、それ故に結界の主を見逃すことが出来ないと言っただけの話。別に好き好んで人を殺したいと言う訳ではない」

 

 士人の話を聞いていた凛が声を上げる。

 

「なるほど。まあ、それはどうでもいいわ。けどもし、わたしたちが結界のサーヴァントを撃退したら、あんたは監督役として何かしらの報酬があるんでしょうね。それが監督役としての決定なら、そいつらを倒したマスターに何かしらの褒美があってもいいんじゃない?」

 

 師匠は弟子に平然とそんな事を言った。

 

「流石は師匠。がめついな」

 

「がめつい言うな。殴ッ血KILLわよ」

 

 綺麗な笑顔で毒を吐く言峰士人と、とてもにこやかな微笑を浮かべる遠坂凛(あかいあくま)

 

「―――――ッッ(あ、悪魔だ。あかいあくまがここにいる……!)」

 

 それはその時、(ある意味)この世で一番恐ろしい笑顔見た衛宮士郎の心情であった。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 三人は教室に戻る。マスターの手がかりはなかったものの、大部分の呪刻を消すことができ、凛は満足そうであった。何よりも、結界のサーヴァントの討伐成功には監督役からの令呪の報酬をもぎ取れたのが嬉しかった。

 それもそうだろう、遠坂凛は無駄に令呪を一つ使用してしまっていた。それも聖杯戦争初日に。

 

「ま、これだけ派手にやれば向こうも黙っていられないでしょ。近い内にボロを出すと思うわ」

 

「気が長いな。近いうちといっても、どのくらい先か判らないだろ」

 

「そう? こんな結界を張るアホだもの、邪魔されて我慢できる性格じゃないわ。わたしの見立てでは明日よ。

 二度目は黙っていられない性格でしょ、こいつ」

 

「ふうん。そんなもんなのか」

 

「そんなもんよ、実際」

 

 凛と士郎の会話。士人は特に言うことはないのか黙って二人の様子を見ていた。

 

「そう言えば、士人。綾子の件は結局どうなったの。学校には来てたみたいで普段通りだったけど」

 

 士人は凛からその言葉を聞いて、綺礼に似た不吉に見える笑顔を浮かべる。

 

「なるほど、普段通りね。

 ―――なあ、師匠。アレはな、学校に結界が張られているのを知っているぞ」

 

「……どういうことよ、それ」

 

 この件の話のために色々と思い浮かべ、頭の中を整理していく。

 

「そうだな。美綴が俺の魔眼を弾くのは知っているな?」

 

「ええ」

 

「故にだ、俺ではアレに対する対処法がない。それこそ殺害以外では黙っているよう、口止めするしか手段がないのだ。それに状況が状況だったからな、美綴は俺や師匠、そして眼帯の女が裏側の存在だと知ってしまった。そして、今の状況も何かの縁だと思い、学校には結界が張られているからしばらくは行くなと忠告をしてな。そうしたらな、自分一人が逃げる訳にはいかないと言ったのだ。

 ……どうして美綴が学校に来れたのか、その理由が判ったか師匠?」

 

「――――嘘」

 

 凛はこうして綾子の心情を理解する。その姿はいつも通りだったが内心どれだけ不安であり、いつも通りであろうと凛に気を使って、綾子が裏側のことを一切現わさなかったのかを。

 

「美綴のためにも頑張らないとな」

 

 神父は二人の魔術師にそう言って、そして神父の顔は笑顔のままだ。その言葉で魔術師はハッキリと気付かされる。つまり美綴は、友人の遠坂凛が結界を阻止するだろうと信頼して学校に来ていたのだ。自分一人が家に籠もり、逃げるのは嫌だと考えたのだろう。そして、友人である凛にそれを悟られないようにしていたのは、友人にプレッシャーをかけるのが嫌だったのだろう。凛は女の子に言うことではないが、綾子がそういった男気溢れる女だと知っていた。

 

「……そう」

 

 凛は色々と悩んでいたが、今は聖杯戦争。それに学校の結界はできることをできる限りするしかないので凛は新しく気合いを入れ直した。

 

「―――――――さて、わたしは用事があるから先に帰るわ。明日の決戦に備えて色々と買わなくちゃいけないし」

 

 そう言って廊下を悠々と歩き出す。

 

「それじゃあまた明日。それと、今日は早めに帰りなさい。特に衛宮くんは寄り道なんてしたら駄目だからね」

 

「む? なんだ、心配してくれるんだ、遠坂」

 

 士郎は意外そうな顔で声を上げる。凛の顔が赤くなった。

 

「っ――――――! ち、違うわよ、協力関係になったんだから、かってに脱落されちゃ予定が狂うじゃないっ! 今のはそれだけの、ちょっとした確認事項っ!」

 

 があー、とまくし立てる遠坂凛。士郎は、はっはぁん、と言いたげな顔をしており、士人は微笑ましいモノを見る聖人っぽい笑顔で凛を見ていた。そして、士郎と士人は一回だけお互いを見た後、もう一度凛の方を見る。

 士郎と士人が二人同時に凛へと微笑んだ。…凛の顔がさらに赤くなる。

 

「ともかく! 衛宮くんは無防備すぎるんだから、あんまり軽率な行動はしない事! わたしは例外で、他の連中は即命を奪いにくるだからねっ」

 

 ふん、と顔を背けて立ち去ろうとする凛。そして、やはりというか、士人はそんな師匠にいらない事を言う。

 

「師匠! 衛宮だけでなく俺にも愛をくれっ」

 

 神父はそんな言葉を凛に言った。

 

「ああああ、愛!? 誰がやるかっ! このバカ弟子っっ!!」 

 

 遠坂凛の顔はそれはもう真っ赤であった。凛はそのまま、一足先に階段へと消えて行く。それを見ていた男二人。そして士人が師匠の姿を見て思い出したことがあり、士郎へと声を掛けたのであるが、まあ表情はお互い苦笑と言った感じである。

 

「なあ衛宮。確か後藤が言っていたと思うのだが、ああ言った態度を何と呼ぶのだったかな?」

 

「後藤が言ってた事? その時は俺もいたか?」

 

「いた筈だ。朝のホームルーム前だったな」

 

 ムムム、と士郎は悩む。

 

「何だっけ? 確か、ツ、つ、ツン……?」

 

 士郎は思い出しかかっているが、中々言葉が浮かんでこない。士人は腕を組んで無表情のまま眼を瞑っている。そして、ああ、と何かを思い出した様に口から声を漏らす。

 

「―――思い出した。ツンデレだ」

 

 士人は士郎の呟きを聞き、後藤の言葉を思い出した。

 

「――ああ、ツンデレね。確かにアレはツンデレだったなぁ……」

 

 士郎が先程の凛を思い出しながら、そんな事を言っていた。

 

「まあ、師匠がツンデレなのはこの際置いておこう。でだ、そもそも衛宮は俺に聞きたいことがあったのではなかったかな?」

 

 士人は、衛宮はそもそも何かを自分から聞きたかったのではないか、と思い出していたのでその事を彼に聞いた。士郎も昼間に士人に問い掛けようとした内容を思い出す。

 

「そうだ。おまえに聞かなくてはならない事があるんだ」

 

 衛宮士郎は、理想である正義の味方を目指す大元になった養父を思い浮かべる。憧れた正義の味方を知るために、彼は監督役に問い掛けた。

 

「俺の養父(オヤジ)、衛宮切嗣のことを知りたいんだ」



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14.Magus murder

 原作の説明分が殆んどですので、サクッとした雰囲気で読んで頂けると、面倒が嫌いな人には良いかもしれません。


 衛宮切嗣の義理の息子、衛宮士郎によって召喚されたセイバーのサーヴァント―――アルトリア・ペンドラゴンは前回の聖杯戦争をマスターとの話で思い出していた。

 第四次聖杯戦争は苛烈を極めた戦であった。

 強大な英霊たちによる聖杯の争奪戦。生き残った者が勝者となるサバイバルゲーム。衛宮切嗣のサーヴァントとして召喚されたのが運命の始まりだったのだろうか。いや、これを運命と呼ぶならばこうなったことは、アルトリアが選定の剣を抜いた時から決まった事だったのかもしれない。

 セイバーである自分。そして、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、最後にバーサーカー。七人の英霊による殺し合い。ただ只管に凄惨だった聖杯戦争と言う名の生存闘争。その中でセイバーは、子供を目の前で殺され、王であることを否定され、騎士道を汚され、己の臣下一人救う事もできず、悲願と成り果てた聖杯は己の手で消す事になった。

 ―――彼女は今回のマスターの言葉を思い出す。

 マスターである衛宮士郎に、あの地獄はセイバーが自分で望んでやったことではないだろ、と許して貰えた。自分が意図して起こした訳ではないとは言えあのマスターは本気でそう言って、おまえは悪くない、と許してくれたのであった。そしてそんな強い心を持った自分のマスターを見て、地獄の元凶の一人であるセイバーはよりいっそう、自分を許す事が出来なくなっていた。

 彼の言葉は全て、罰となって心を突き刺す。途方も無い罪悪感は確かに英霊の尊厳を削げ落としていた。恨まれた方が正直、心がなれると感じてしまった。

 セイバーの頭に思い浮かぶのは、カムランの丘。アーサー王が至った最期の戦場。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ここは神父行きつけの中華料理店、宴歳館・泰山。マスターと監督役は話をするためここまでやって来たのだった。

 

「言峰。……なんで、俺は、ここはいるんだ?」

 

「何故も何も、話を聞くためだろう」

 

 衛宮士郎は言峰士人に連れられてここにやって来た。話をするのにちょうどいい場所があると士郎は連れてこられたのだった。

 席に着いた士人はマーボーを既に注文し、既に例の一品は店長によって地獄風味に調理されていることだろう。。

 

「それでだ、衛宮。俺から衛宮切嗣の何が知りたいのだ?」

 

 彼はテーブルの対面に座る士郎に問い掛けた。

 士郎はあのマーボーを辛口で頼んでいた神父を、まるで地獄で悪人を痛めつける鬼を見るかの如く呆れた目で視線を送っていたのだが、その言葉で表情が真剣なものに戻る。

 

「おまえが知っていること限りだ。切嗣(オヤジ)がどんな魔術師で、なんで聖杯を求めたのか知りたい。

 俺より知識のある言峰から話を聞けばヒントくらいは判るんじゃないかと思ったんだ」

 

 士人はそれを聞き、思案するように眼を瞑る。

 

「知っていることは資料からの情報と、綺礼(オヤジ)からの話だけだ。

 それに説明となると内容の補完のために俺自身の考察も幾分か入ってしまう。それで構わないなら話をしても良いが。」 

 

「ああ。話してくれ」

 

 士郎は彼の言葉にそう答えた。神父は古い過去と監督役として読み漁った聖杯戦争の記録を思い出す。

 それは昔の士人が聖杯戦争のことを綺礼から聞いた時に気紛れに話された戦争と宿敵の話。そして読んで知ることとなった過去の出来事。

 

「魔術師、衛宮切嗣。元々は聖杯戦争とは無関係な魔術師であった。そして己が望みの成就のための手段として聖杯に辿りついた魔術師。

 己では叶う事のない奇跡。人間では不可能な理想。そう言った現実に潰されていくであろう願望を求めたが故に、《願望機》である聖杯に己を賭けたのだと、資料を見る限りではそう予想できる。そして彼は、とある魔術師の血族にマスターとして雇われることとなった。

 アインツベルン。おまえはもう会っているが、その家系は聖杯戦争の大元の原因となった魔術の名門だ」

 

「アインツベルン……?」

 

 士郎はバーサーカーを従えた少女を思い出す。確かイリヤと名乗ったマスターの名前は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった筈だ。

 

「判らないか? 確か、お前らが爆破した墓地で戦っていただろう。

 バーサーカーだと思われるサーヴァントの主である少女の形(なり)をしたマスター。遠目から見てもわかる人間のものではない存在感は、正しくアインツベルン製のホムンクルスだったと思うのだが」

 

 神父は教会のすぐ近くの墓地で派手にドンパチしている光景を見ていた。その時に、遠坂凛とアーチャー、衛宮士郎とセイバー、アインツベルンとバーサーカーが引き起こしていた戦いを教会から見学していたのだった。

 

「イリヤスフィールは人間じゃないのか?」 

 

「おそらくな。アレは人間ではなく人造の存在、ホムンクルスだと感じられたが」

 

 それにアレらは見た目が判りやすいからな、と士人は呟く。彼にとって同じ人型でも造り出された人形と産み出された人間の区別をするのは容易いことだった。魔のものを見抜く眼力は職業上肥えているのだ。そして士郎はその言葉に驚いていた。自分から見たら人間の少女にしか見えなかったイリヤスフィールがホムンクルスだったのは中々に衝撃である。その後に士人は一呼吸置いてから、話の続きを進めた。

 

「では、話を進める。

 アインツベルンは三度に渡る聖杯戦争を敗退し、より戦闘に特化した魔術師を求めたのだろう。

 戦闘向きではないアインツベルンの魔術師は当時、魔術協会に属さず、『魔術師殺し(メイガスマーダー)』と異名を付けられていた程までに戦闘に長けていたお前の親父に目を付け、アインツベルンのマスターの役目を託した。そして魔術師にとって異端である魔術使いだった男に聖杯の知識とマスターとしての力を与えた。情報によれば、アインツベルンの血と交わり戦闘に特出した後継者も産み出しているそうだ。

 そしてお前の父は第四次聖杯戦争ではアインツベルンの期待に応えていたのが記録から良く判る。

 ――魔術師殺し(メイガスマーダー)、そう呼ばれていた男は、強く、何よりも人殺しが巧みだった。過去の資料を見る限りでは衛宮切嗣からは情というものが俺には感じられない。何よりも衛宮切嗣は的確で周到、そしてその手段は悪辣だ。資料を読んだだけで魔術師殺しが機械の様に淡々と聖杯に近づいていった様子がよく想像できる。

 そうして最後まで生き残り、衛宮切嗣は俺の養父であった言峰綺礼と聖杯を賭けて殺し合ったのだ。

 しかし、―――――――――――」

 

「――――切嗣(オヤジ)が聖杯を壊してしまった、と」

 

 士郎が士人の話の結末を先に喋った。士郎はセイバーから聞いていた話をそのまま言葉にしたのであった。

 

「……なんだ、知っていたのか」

 

 士人はどうでも良さそうな声でそんな言葉を喋った。

 

「まあ色々あってな。

 ……メイガスマーダーとか、アインツベルンの辺りは知らないけど」

 

「ふむ。まあ、俺が知っているだいたいその様なこと位だ。他に知っているといってもだ、資料に乗っていた衛宮切嗣(メイガスマーダー)の過去の活動記録や、お前にも関わってくる魔術一門アインツベルンの監督役として知りえた情報くらいだな。

 詳しく知りたいなら、衛宮にその情報を話してもいいぞ」

 

 彼が口を開き、ただで情報を与えてやる、と一人のマスターに対してそう言っていた。意外だ、と顔を見てそんな事を考えているのが一目で判断できる表情を士郎はしていた。

 

「肩入れはしないんじゃなかったか?」

 

 士人は彼の言葉に即答する。当たり前のことを話す様に、神父は話す。

 

「肩入れではない。これは仕事だよ。

 聖杯戦争の監督が自分の役目でね、ある程度の情報提供なら求められたら応えなければなるまい。それも相手は素人同然な魔術師がマスターとなった参加者なのだ。公平、と言う意味なら飛び入り参加のマスターの前条件くらい整えてやるべきだろうよ」

 

 ム、と士郎はその言葉を聞いて唸った。今まで毎日と魔術を鍛錬してきたのだから、一般人と大差がないと言われているのと同じ事を言われれば、その事を士郎は理解できようとも納得いくものではなかった。

 

「……素人で悪かったな」

 

 不機嫌そうに彼が言う。その声は目の前にいる士人には聞こえないように呟いたのだが、人外な代行者の耳にはしっかり聞こえていた。

 

「話してくれるなら早く話してくれ」

 

「ならば何から訊きたいのだ?」

 

 士人は士郎に質問をする。口を歪めた不吉な笑顔で話していた。凛がいれば、綺礼にそっくりと思っていただろう。

 

「じゃあ、切嗣(オヤジ)のことから頼む」

 

「わかった。……と言ってもだ、これが魔術師殺し(メイガスマーダー)の過去の記録の全てと言う訳でもない。

 中には間違いがあるかもしれない。オヤジは宿敵とお前の父を捉えていた節もあり理解を示していたが、記録を知るだけの俺は衛宮切嗣の人格をまったく知らない。

 故にだ、俺からは監督役として知りえた情報をそのまま伝えることとする」

 

 言峰士人が衛宮士郎に伝えたのは、教会に眠っていた資料の情報。言峰綺礼が保管していた物を彼が読み、得られた記録をそのまま言った。

 

 

 ――――――――「魔術師殺し」の衛宮。

 その正体は魔術師専門に特化した、フリーランスの暗殺者の様な者であった。自身が魔術師であるが故に、もっとも魔術師らしからぬ方法で魔術師を殺害する。狙撃や暗殺は序の口。公衆の面前での爆発や、乗り合わせた旅客機ごと墜落させて魔術師を葬った、などという報告もあった。

 過去に報道され世間を震撼させた無差別テロ事件の大惨事が、実はメイガスマーダーと悪名高き魔術師一人が魔術師をただ一人標的にして起こしたのではないか、という推測までもが資料には記されている。そして、それの信憑性も証拠もあり高いのである。

 魔術師同士の対立が殺し合いに発展するケースはままあることで、それらは往々にして魔術師として鍛え上げた己の神秘による純然たる魔術勝負となる。それは決闘の様に段取りを形式として行われるのが常なのだ。魔術師と言う生き物は世間から外れているからこそ、自らに課した法を厳格に尊守し、魔術師は魔術師としての誇りを持つ。

 衛宮切嗣は魔術師でありながら、術師として尋常な手段を使う事は無かった。故に衛宮切嗣は、魔術師たちに暗殺者として怖れられ、“魔術師殺し”と侮蔑され、その悪名を得るに至ったのだった。

 

 

魔術師殺し(メイガスマーダー)。その悪名は当時ではな、相当なものだったそうだ」

 

「………そうか」

 

 士郎が茫然と呟く。衛宮切嗣の過去。その事実は彼の想像を遥かに超えて重いモノだった。

 そして自分が憧れた|正義の味方(エミヤ・キリツグ)が最期に、正義の味方に憧れてた、とそう言った意味が士郎には理解できた。その話を聞いた士郎は理解した。

 ―――切嗣では、「|正義の味方(エミヤキリツグ)」では、人を救えなかったのだ。

 

 ……だから殺したのだろう。

 人の命を守るために、赤の他人を助けるために、命を賭けて命を消して生きてきたのだと、衛宮士郎は衛宮切嗣のことをそう思った。この世界は誰かが誰かの幸せを汚し、命を奪い、不幸を生み出していく。それを今すぐ止めたいなら、不幸の元凶をなくすしかない。人々の平穏を守るには戦うしかなく、その時の衛宮切嗣にはその手段しかない。そんな現実の中を生きたのだろう。

 大人になるとは現実に生きるという事だ。大人になると正義の味方を名乗るのが難しくなってしまうのは、現実では全てが救われることなど有り得ないからだ。そんな空想は子供時代が限定だ。そして空想では誰も救えない。

 

「だがそれも、アインツベルンに雇われてからはその蛮行もなくなった」

 

 何故、衛宮切嗣(セイギノミカタ)がその様な道を進んできたのか、と自分なりに考えていた士郎に士人は声をかけた。

 神父は不吉な笑顔を浮かべながら話を進める。

 

「そして、衛宮切嗣はアインツベルンのマスターとして十年前の第四次聖杯戦争に参戦した訳だ」

 

 言峰士人は話終える。

 

「―――で。納得いったか、衛宮」

 

 言峰士人は知りえた衛宮切嗣の情報を全て話した。そして、納得いかなそうな顔の士郎にそう問いを掛ける。

 数秒後、彼は士人に応えた。心では混乱の渦となっているが、今答えられることを言う。

 

「―――――いかない。……けど、おまえは嘘を言ってないだろ。

 ならこれは、俺が自分で考えた結論を出して決着を着けなきゃいけないコトだ」

 

「なるほど」

 

 士郎の言葉に士人は頷く。理想を目指す精密機械(エミヤシロウ)は一つの真実を知り、求道に生きる泥人形(コトミネジンド)は真実をそのまま伝えた。

 彼らはお互いがそうであるからこそ、二人はこの『友人』と言う関係でいるのだろう。衛宮士郎は言峰士人を信頼することはないだろうが、その男の言葉は信用していた。言峰士人は衛宮士郎の生き様が愉しいから、その男に助けを与えるのだろう。

 

「では、次にアインツベルンの話をしよう。

 魔術師殺しの息子であるお前は、彼らの抹殺対象だろうからな」

 

 抹殺対象。確かにその話もアインツベルン側からの理屈なら判らぬことでもない。自分たちの望みを打ち砕いた魔術師の息子。それもその魔術師は、ワザワザ外から招いて自分たちの身内にした男であり、何よりも裏切り者なのだ。

 

「そうだ、その話は詳しく聞きたい。

 そもそもアインツベルンってなんだか判らないし、聖杯戦争の原因って言ってたけど、どういうことだ?」

 

 監督役は戦争の参加者に対して、丁寧に質問に答える。

 

「言葉通り、そのままの意味だよ。

 聖杯戦争は魔術儀式。ならば儀式を仕組んだ者がいるのは道理だろう。

 二百年前の話、この地に歪んだ霊脈があると知った魔術師たちがいた。彼らは互いに秘術を提供し合い、聖杯を起動させる陣を作った。

 それが聖杯戦争の発端だ。この起動式の作成に関わった三つの家系こそが、聖杯の正統な所有者でもある。聖杯を造り上げたもの。英霊を酷使する令呪を考案したもの。土地を提供し、世界に孔(みち)を穿つ秘術を提供したもの。

 アインツベルン、マキリ、遠坂。

 始まりの御三家と呼ばれる聖杯の原因であり、聖杯戦争の始まり。長い年月の間、聖杯を望みとして在り続けた魔術師たちだ」

 

「む。つまりアインツベルンってのは、聖杯戦争の一番偉いヤツって事か?」

 

「昔はな。しかし聖杯の召喚が失敗して以降、聖杯の所有者が曖昧になってしまってな。今ではただの一参加者になると言う体たらく振り。今となっては聖杯の器を作り上げるだけの役割だ。

 マキリと遠坂もアインツベルンと大差はなく、彼らはマスターに選ばれやすい、という権利があるだけの家系だな。

 ……と、言ってもだ。もともと聖杯はアインツベルン考案だ。彼の一族の歴史は一千年。分家も持たず、他と交わることもなく一千年の年月を重ねた家系は非常に稀だ。

 これがどういう意味を持っているのかお前は解るか、衛宮。アインツベルンは聖杯の成就だけを千年間、何も変わる事無く只管に追い求めてきた。

 一千年。それは聖地奪還などという使命を盾に殺して殺して殺して殺し尽くすという現代では異次元の蛮行が当たり前にまかり通った昔、中世より連綿と続くその意思は、人の領域など逸脱した狂気の沙汰だ。アインツベルンには、熱狂はなく、偏執はなく、狂信もなく、魂を砕く様な絶望の十字架のみを身に付け、その無価値な狂気を背負い通してきた。故にアインツベルンの魔術師は魔の領域さえ突破していると考えられている。数十年ももたない集団の意思を千年間も貫いた一族。その連中が自分たち以外の魔術師を招き入れる屈辱と挫折は、我々が想像ができない程までに壮絶な念であろう」

 

「それがアインツベルン、か」

 

 士郎は思わず呟いた。その言葉は何処か気が抜けた声であり、実感が湧かないと言ったところだろう。一千年を超える歴史とそれを貫く狂気など人間が対峙できる執念ではない。

 

「ああ、これが伝えられているアインツベルンの姿だな。

 そして彼らは文字通り、死ぬ思いで下賤の者たち(マキリと遠坂)と協力したのだろう。何せ八百年の積み重ねを売り出して同盟を組んだのだ。

 その結果が今の様だ。その屈辱に耐え、先祖から守り通してきた血の結束を破り外来の魔術師であるお前の父を招き入れたと言うのに、その魔術師も聖杯を裏切ってアインツベルンを捨て去った。

 これがお前の父と聖杯の一族との関係だ。衛宮とアインツベルンはこういった因縁の下にある」

 

「―――…………………」

 

 士郎は茫然とする。そしてイリヤスフィールが殺しに来た理由が分かった。もし裏切り者の息子がマスターになったのなら、そんな者はアインツベルンの魔術師なら許すことはできないだろう、と。

 

「理解出来たか、衛宮。マスターに選ばれる魔術師は皆何かしらの業を背負っているものだが、中でもマキリとアインツベルンの執念は言葉で表せる領域を超えている。

 マキリが五百年に、アインツベルンは一千年。彼らは願いを長い年月を掛け、挑み続けた。もしどちらも聖杯に至る事無く聖杯戦争が終わりを迎えるのならば、彼らは本当に救われない」

 

「…………―――」

 

 士郎は黙っていた。自分が対峙するであろう相手の正体、それがこんなモノを背負い殺しにくるマスターならば思うことは沢山ある。

 士人は士郎の内心など構う事無くそのまま話続ける。

 

「まあ、お前が気にすることでもあるまい。お前の父は確かにアインツベルンを裏切ったが、それを非難するのもおかしな話だ。聖杯は誰かのモノ、という訳ではないからな。殺し合いに参加していたのは衛宮切嗣であり、聖杯の決定権は最後まで生き残った衛宮切嗣にあったのだ。

 なにがあったかは詳しく解らないが、彼はそれらを捨ててでも願望機を破壊した。お前が衛宮切嗣の息子ならば、それは誇るべきことだろう」

 

 衛宮士郎は考える。自分を迎え入れた者たち。一千年の歴史を向こうに回して張り通したもの。言峰の話を鵜呑みにする訳ではない。だけど、もし、それが本当にそうならば、―――――

 

―――俺が切嗣(オヤジ)の息子を名乗るなら、

   切嗣(オヤジ)と同じように、自分の信じる道を行かなくては―――

 

 と、|正義の味方|エミヤキリツグ|に正義の味方を受け継ぐと言った嘗ての子供は、そう思い決意を新たにした。

 

「どうした。悩んでいるみたいだが、まだ何か話があるのか?」

 

「ない。訊きたいことは全部聞いた」

 

「それは結構。もし話を聞いて戦意が削がれ戦いを下りるとでも言われたら、興醒めにも程があったからな」

 

 士人はその後に、ククク、と嫌味な笑顔で笑い声を上げた。士郎は、イラつきを覚えキツイ口調で言い返す。

 

「何も削がれてないし、戦いを下りる気は欠片もない。理由はどうあれ、俺は戦うと決めた。他のマスターが何を考えてようが関係無い。

 もう二度と、十年前のような出来事は起こさせない」

 

 衛宮士郎は教会で誓った決意をまた口にする。彼は、それだけだ、言い顔を上げて言峰を睨みつけ、神父は楽しそうに笑顔で頷いた。監督役とマスターの会話が一旦途切れる。

 

「お待たせしたアル~」

 

 そのタイミングで魃店長が料理を持ってきた。士人の前に麻婆豆腐が置かれる。ついでに士郎は餡かけチャーハンを頼んでいた。

 そして店長はそそくさと厨房へと戻っていった。

 

「ではマーボーも届いたことだ。話はここまでにしよう」

 

 そういった神父は、目の前の士郎には眼もくれずに麻婆豆腐を口に運んで行った。

 

「――………な、に?」

 

 衛宮士郎は麻婆豆腐を食べる士人を見た。そして驚愕する。

 

「……………(なんか、言峰がマーボー食ってる。いやマーボーを食べてるだけならおかしな点はないが、食べている物がヤバい。とにかくヤバい。だってあの麻婆豆腐は舌が溶ける。地獄では閻魔が舌を抜くと言うからきっとあの麻婆豆腐は地獄の料理だ。きっと店長は獄卒だ。言峰が頼んだ時はもしやと思ったがまさかあんな神速で食べるなんて。いや神でもあのマーボーはあんなに早く食べられないから魔速とでも言った方が正しいのか? うわ、喰ってるよ、本当になんだよこれ!)」

 

 士郎は目の前の惨状(?)に混乱していた。そしてその現実が信じられない。泰山の麻婆豆腐の凶悪さは身をもって体験している。甘口であの領域なのだ。それを士人は甘口を超えた魔のマーボーを食べていたのだ。

その、すでに麻婆豆腐というよりも魔婆豆腐と呼ぶべき料理(料理人、衛宮士郎はこんな香辛料お化けを料理とは認められない)を魔速で食す言峰を常識で認識出来なかった。

 

 その時、士人が顔を上げる。皿には蓮華で丁度一掬いの麻婆豆腐が残されている。

 

「――――――――――食うか?」

 

「――――――――――食うか!」

 

 士郎はそう言った後、頼んでいた辛くない餡かけチャーハンを食べる。餡かけチャーハンはとても美味しく自分では作れない技量の逸品だ。そして、それがなんとなく癪に触る。辛く無い料理なら普通に美味いのが、普通に納得いかない。

 四川料理を地獄料理と勘違いしているような麻婆豆腐を作る店長のチャーハンがなんでどうして何故ここまでうまいのか、と。料理人、衛宮士郎は敗北を悟った。

 

「――――店長。激辛でおかわり」

 

「おかわり!? それも激辛!!?」

 

 十分後。マスターと監督役は中華料理店宴歳館泰山を出て行った。



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15.器のホムンクルス

 今回は短いです。とても短いですので、おまけを付けてみました。


 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは昼間が暇で暇で退屈だった。城での毎日に変化はない。メイドのセラとリズがいるが、暇潰しにはならない。なにより折角、退屈で精神が病みそうなアインツベルンの外に出たのなら楽しまないと損である。

 そんな訳でイリヤは城から街へと高級車をブイブイさせて遊びにくり出して行った。

 

「~~~~~~~~~~♪」

 

 彼女はドライブをしながらご機嫌に歌を口ずさんでいた。ラジオを聞き、そこから流れてくる曲を歌っている。

 歌を歌いながら、前に戦ったマスターとサーヴァントの主従を思い出していた。

 

 門番の侍とキャスターのコンビ、アーチャーと遠坂のマスター、セイバーと復讐の相手である衛宮士郎、そしてフードを被った真っ黒いコートのサーヴァントとおそらく協会所属と思われる魔術師。

 戦ったサーヴァントらヘラクレスに比べれば格下の英霊であったが、全員が全員、危険な強敵。そして戦闘を見れば、バーサーカーは全てのサーヴァントを下し聖杯へと至れると信じられる結果でもあった。

 

「―――♪!! ~~~~♪」

 

 しかし、取るに足らないサーヴァントを倒せなかったのも事実。見逃した部分もあったが、思い通りに行かなければそれなりにイラつきが溜まっていくのだ。

 

「~~~~~~~~~♪♪」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはラジオ局から流れてくる曲に熱を入れて歌いながら、車を運転する。こんな風に歌っているところをお付きのメイドに見られたら赤面モノであるが、車内には自分一人なため気にする必要はない。ラジオなど初めて聞き、海外の歌も初めて歌っているのでテンションもそれなりに上がって行き、それに比例するように車も加速していく。

 

 

「~~~~♪―――――――――」

 

 

 イリヤは冬木の街へと車をさらに加速させ飛ばして行った。気分は上々。聖杯戦争を送るマスターの日々にしては、とても良い日になりそうだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「………………………………うわぁ、最悪」

 

「これはまた御挨拶だな、アインツベルン」

 

 嘗て焼け野原であった公園。夕暮れもそろそろ終わり日が沈みそうな時、アインツベルンの聖杯と聖杯戦争の監督役は会った。

 言峰士人が泰山からの帰り道、一服してから帰ろうと公園によると、そこにはこの公園には相応しくない色を持つ白銀の少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが先客として椅子に座っていた。彼女は実に気分が悪い。

 

「なんで言峰の人間がここに来るのよ?」

 

 わたし不機嫌です、とありありに伝わってくる表情をイリヤはしていた。士人は攻撃的な、そして相手をイラつかせる笑顔をしながら彼女に答える。

 余談だが彼女が士人のことを言峰だと分かったのは、アインツベルンのマスターとして聖杯戦争の前情報くらいは入手していたからである。勿論、士人も綺礼から引き継いだ監督役のため、ある程度の前情報を持っていた。

 

「ここは特等席でな。それとこの公園は、何処かの誰かさんが俺の家族を焼き殺した場所でもあるのだよ」

 

「………ふ~ん、それは御愁傷様ね」

 

「でだ、前回の聖杯がその末路を辿った場所でもある」

 

 神父は笑顔だった。そして、哀れだ、とその目がイリヤに語っていた。イリヤはさらに不機嫌そうな、それこそ殺気が混ざった雰囲気を纏う。

 

「貴方、ここで死にたい?」

 

 殺意が籠もった言葉。少女とは思えない、大の大人でも聞いたら震えあがる程の威圧的な声だ。

 

「それは勘弁して貰おうか。自身の死を願った事など一度もないから、な」

 

 士人はそう言った後、イリヤが座っているベンチの端に腰を下ろす。

 

「…なんで同じ所に座るのよ?」

 

「特等席だと言っただろう」

 

 士人は懐から煙草を出し口に運ぶ。イリヤはさらに不機嫌になり、心底嫌そうな顔で煙草を睨む。

 

「―――宣告(セット)―――」

 

 呪文と共に煙草の先端に火が灯る。

 

「………………はぁ~」

 

 溜め息と共に口から煙が出た。言峰神父は気が緩んだ目で口から吐かれる煙を見ていた。

 

「――――――――――――――――――――――――――………」

 

 そして、こいつ何やってんだ、とそんな事を言いたげな目でイリヤは士人を見ている。

 

「それで、アインツベルンのマスターがサーヴァントも連れずに何をしていた?」

 

 士人がイリヤに問うた。イリヤが放つ強大な魔力反応は公園の外からでも伝わって来ていたが、そこにはあの規格外なサーヴァントの気配は皆無であった。

 

「………別に。

 貴方こそ、こんなところに煙草を吸いに来ただけなの?」

 

 イリヤはただ暇潰しに出かけていただけだった。一人で色々と見て回って、最後に来た場所がここだっただけの話。それに夜も深まり聖杯戦争の時間になるので、バーサーカーをここに呼び戦いを始めるか、もう城へと車で帰ろうかと悩んでいたところ。

 

「ああ。…それにな、そもそもここでは煙草を吸うくらいしかする事がないだろう」

 

 ぷはぁ~、と煙を吐く神父さん。

 

「……レディの隣で煙草を吸うなんて最低な神父ね」

 

 ふむ、と神父は頷く。

 

「……確かにな。お子様の前で煙草を吸うのはマナー違反だ。失礼したな、リトル・レディ」

 

「―――――――(ここ、ここまでムカつく人間、生まれてから会った事がないわ…ッ!)」

 

 憤怒の顔をして下を向きながら呟くイリヤスフィール。まあ、もっとも、少女の姿をした彼女がそんな表情を浮かべたところで愛くるしいだけだ。そしてこの神父にとっては、そもそもイリヤが怒ろうが笑おうがどうでもいい事だった。

 

「レディを自称するならば、歳をとってもう少しいい女になるのだな」

 

 ククク、と邪悪に笑う神父。この男、相手がおそらくもう成長することはないホムンクルスだろうと勘付いていながらそんな事言うのだ。正しく外道である。

 

「ふんだ。わたしは十分いい女だもん。そもそも貴方風情にレディの価値が解るとは思えないわ」

 

 別にイリヤスフィールはホムンクルスだから子供の姿と言う訳でもなく、アインツベルンのホムンクルスは不老であるがそれとイリヤが子供の姿というのも関係はない。

 確かに彼女は半人半人造人間というかなり特殊な生まれであったが、普通に成長して大人の姿になる存在。しかし、母胎にいた時から始まっていた聖杯戦争への調整の影響で成長が止まってしまったのだ。士人はそんなことは知らないが、その言葉がかなりの嫌味になっていることに違いはなかった。

 

「しかし、今この時、お前と会うとはな。噂をすれば影を刺すと言うが、それは本当だな」

 

 イリヤに構わず煙草を吸い続けながら士人は喋っていた。

 

「……なに。わたしの事でも話してたの?」

 

 こいつ気持ち悪い、とイリヤは嫌悪の表情を浮かべていた。普通の、それこそ特殊な性癖を持っていない男ならば心が砕けそうな声色と表情。このような少女に男がこんな風に接されれば精神が死ぬだろう。もっとも、士人は別に心がガラスで出来ている訳でもなく、どちらかと言うと金剛じみて図太いので特に問題はない。

 

「――――………そうだな。衛宮士郎が自分の養父のことを教えて欲しいと言ってきてな、その時にアインツベルンのことも教えてやった」

 

 士人は嘘や誤魔化しもなく本当の事を喋った。言峰士人は監督役としては公平なので、答えられる問いには素直に答えるのだ。神父としてはプライバシーの保護や、秘匿義務とかは一般的な神父として守る男だが、聖杯戦争の監督役としては別であった。ルールに触らない程度にはマスターと会話をするのだ、言峰士人が監督役である限りは。

 

「――――――へぇ、お兄ちゃんに」

 

 イリヤの表情が消える。能面みたいな、それこそ人形の様な顔をする。

 

「お兄ちゃん? 家族なのか、お前たちは?」

 

 士人が問い掛ける。そして彼はその言葉からは特別な感情が込もっているように感じられた。

 それに、士人はイリヤの言葉が自分より年上の年長者を呼称する言葉ではなく、イリヤスフィールと衛宮士郎が本当の兄妹だと考えたのは理由があった。状況を考えればアインツベルンの魔術師に衛宮切嗣の血が混ざったホムンクルスがいても不思議ではないし、その様な情報も嘘か本当か判らないが受け継いだ監督役の資料の中にあるにはあるのだ。

 もしこの人形が造り出された肉細工ではなく、しっかりと母から産み出された人間もどきの生肉人形なら、それは一体どれ程の運命なのか、と士人は心の内で呟いた。

 

「―――………貴方には関係ない事よ」

 

「……なるほど、図星か。しかしこれはまた、真(まこと)に因果な話だ。衛宮切嗣の実子と養子が戦い、家族同士殺し合う。

 神がもしこのような運命を用意したと言うのならば、一体何を考えているのだろうな」

 

 イリヤは膝の上に手を握りしめた。内心で葛藤しているイリヤを見ながら士人はそう言って嗤った。

 

「……本当、そう思うわ。貴方、神父なんだから聞いてみれば、神様に?」

 

「残念だがそれは難しい。

 ここ十年、神に祈りを捧げているが、俺の祈りに神が応えてくれたことはないのでね」

 

 神父の言葉を聞いたイリヤは、フン、と拗ねたように彼とは反対方向を向いた。士人は特に気にした素振りもなく、淡々と煙草を吸い煙を吐いていた。

 

 

 ―――――ポワポワと、輪っかの形をした煙が宙を漂っては消えていく。

 

 

 

「………………………それ、止めなさい。鬱陶しいわ」

 

「――――――――………」

 

 ヤレヤレと無言で煙草を携帯灰皿の中に捨てる。それに丁度、口に挟んでいた煙草も吸い終わっていた。

 

 

◆◇◆

 

 

 数分間、両者は無言でベンチに座っていた。物凄く気まずい雰囲気であったが、この二人はそんな雰囲気など気にしていなかった。後、数時間で夜も深まる。聖杯戦争の殺し合いに相応しい、魔が跋扈する魔都へと冬木が変貌する。

 

「―――さて、監督役の仕事もあるし俺は帰るか」

 

「そうね、わたしもそろそろ行くとするわ」

 

 二人はベンチから立ち、公園の出口を目指して歩いて行く。

 

「ねぇ言峰」

 

「なんだ、アインツベルン」

 

 その途中、イリヤが士人に話掛ける。子供とは思えない危険で妖艶な顔で、頭の上にある士人の目を見詰める。

 

「―――お兄ちゃんはわたしのだから。絶対に手を出さないでね」

 

「まったく。そもそも俺は監督役だぞ。事情がない限り、監督役が参加者に手を出す道理がないだろう」

 

「わたしは貴方のことがまったく信用できないの。

 そんな道理は欠片も信頼に値しないし、勿論だけど貴方を信じられる程わたしはお人好しじゃないわ」

 

 イリヤはバカにする様に士人に喋る。彼は、このホムンクルスは案外子供っぽいな、と考えていたが顔には出さなかった。

 

「……ではな、アインツベルンの聖杯。

 用事が出来たら聖杯を奪いに行ってやるから、サーヴァントが死んでもお前は壊れるなよ」

 

 公園の出口。神父は聖杯の器であるマスターに言い放った。

 

「―――ふん。楽しみにしてるわ。

 この聖杯戦争でわたしとバーサーカーが貴方を必ず潰して上げる」

 

 白銀の少女は、薄汚れた物を見下す様な目で見ながら士人に言った。お互いに「殺す」と宣言した二人は背を向けて反対の道を歩いて行く。

 イリヤは心底苛つき不機嫌なまま道を進み、士人は面白い見世物を見た後に似た愉快げな雰囲気で進んで行った。

 

 




おまけIF編。
ヘルシングのパロディver第六次聖杯戦争



黒い聖杯が輝いている。太陽の如く天上へ上がっている。
これの燃料は果たして何で、何故黒く燃えているのか、考えたくも無い邪悪な色。悪魔が住まう聖杯はただ黒く燃える。

―――そして言峰士人は半身を失い地面へ倒れ込んでいた。体は殆んど塵となり消滅していく。


「―――“おまえ”は“おれ”だ!!」


衛宮士郎が叫ぶ。魂を慟哭させ泣きそうな顔で叫んでいた。


「“おまえ”は“おれ”だ・・・・!
 おれもこの通りの有り様だった――――――俺もこの通りの様だったんだ!!!」


顔を手で隠し、彼はそう声を上げた。

「・・・かは。・・・かはっ、かははは、クハハ・・・・・・・」

笑い声。既に人型ですらない神父が笑う。


「英雄が泣くな。人でも殺してしまったのか」 


白く、空白へ成り果てた神父は、半分になった顔を自分を打ち倒した宿敵へ向ける。


「英雄が泣くな。泣きたくないから英雄になったのだろう。人は泣いて涙が枯れてしまうから、強くなり英雄になり、“成”って“果てる”のだ。
 ―――ならば笑え。いつもの様に皮肉気に不遜に笑え、いつもの様に」


―――彼は笑う彼に笑った。
正義の味方は求道に果てた神父に戦場で会ったいつかの様に、皮肉気に笑顔を浮かべた。


「私はいく。お前はいつまで戦い続ける。
 哀れなお前は一体いつまで戦いを続けなけらばならないのだ」


「理想に生きた俺の過去を、絶望が待つ俺の未来が粉砕するまでだ。
 ・・・・なに、直ぐさ。宿敵よ、いづれ輪廻の先で」


顔が消え、それでも神父は口だけで笑う。


「―――・・・・・ああ、声が聞こえる。これは誰の声・・・なんだ」
 

神父は崩れながらも手を虚空へと伸ばす。
黙っていた遠坂凛はただ何かを言う訳でもなく、弟子の最期を見届けていた。


「・・・・思い出した。・・・これは・・・父さんと母さんと・・・士郎の声だ。
 王様と親父に壊された、もう何も感じない・・・日常だ。・・・・・・ははは、最期にこれを、失くした心を、死に様に思い出されるなど。
 ・・・皆が向こうにいるのなら・・・・行かないと。
 ああ、こんな暗い闇が・・・くく、はははははは。では、お祈りをしなければ――――」


神父は笑っていた。体は朽ち果て、もう何にも残っていない。


「――――――――――――Amen.」

「・・・・・・・・・・・・Amen.」


神父が死ぬ。戦いに勝ったのは、正義の味方。


「――――――Amen♪」

――・・・ゴッ!!――


――――そうして。
間桐桜はそう笑い声を上げながら、言峰士人の亡骸を踏みつぶした。


――グシャグシャ・・・――


・・・・人を人が踏み砕く音。
出現した闇から現れた間桐桜は、笑顔を刻みながら神父だったソレを踏み砕く。


「―――桜・・・!
 サクラァアア、アンタは・・・・・・ッッ!!!!!」

「ゴミです。人は死ぬとゴミになるんです。
 ――――蟲以下のゴミに弔いは必要ありません。そうでしょう、姉さん」


言峰士人は完全にこの世から消え去った。ここにはもう神父は欠片も存在しない。

「――――桜」

「・・・桜。
 おまえは一体、どうしてっ・・・?」


「“おまえは一体どうして”・・・ですか。
 ―――ふふ、そうですね。
 蟲に凌辱され続け、
 お爺様に心を操られ、
 聖杯の泥に精神を狂わされ、
 哀れにも無理矢理愛しい先輩と大切な姉さんと戦っている―――――――」
 

深まる笑みが消える。完全な無表情、黒き聖杯はただ佇んでいる。


「―――とでも、
 わたしが言えば満足ですか先輩?」


彼女は既に人間ではなくなっていた。
衛宮士郎や言峰士人と同列の存在、英雄の対極―――怪物だった、生きた反英霊となっていた。


「わたしは何者にも束縛されずここに立っている。わたしはわたしとして立っています。
 
 ――――間桐桜として、ここに存在しています。
 
 間桐桜は間桐桜の殺意だけで、この夜明けに世界を滅ぼそうと思います」


断固として意志で、人間は皆殺しだ、と黒い聖杯―――間桐桜は断言する。
神父は死に、正義の味方の敵はあと一人。遠坂凛と今は共闘しているが、間桐桜を殺して世界を救ってしまえば、遠坂凛との戦いは間逃れない。
―――聖杯が何であれ、言峰士人も間桐桜も死んでしまえば、衛宮士郎も遠坂凛も決着を着けざる終えない。

聖杯戦争は今夜を持って終結する。


◆◆◆

登場人物

アラヤのゴミ処理係エミヤ、魔術師リン、死神サクラ、天使の塵コトミネ




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16.Gorgon's Andromeda

 自分には何もなかった。

 

 嬉しくない。

 悲しくない。

 楽しくない。

 苦しくない。

 

 何を見ても何も感じない。

 喜怒哀楽が身の内にない。感情が消えていた。

 

 私にあったのは空白。それと呪いによる衝動だけ。

 

 王から与えられた誇りと父から譲られた求道は私にとって数少ない価値ある存在だが、自分が産み出したものでもなく、また造り出したものでもない。

 

 衝動も後付けに過ぎない。

 

 自分には自分の「何か」が一つもなかった。心にあるのは空白だけで、何もない空っぽだった。

 

 だから求めた。衝動を震わせ、王からの誇りを抱き、父の言葉だった求道を歩んだ。死んでしまった心を、あの時失った何かを理解できなくて、自分はそうやって生きていくしかなかった。

 

 自分で決めた生き方。変わる事のない自分の在り方。

 

 心の中には何もない、と。自分はそうなのだと解っていたが、それこそどうでも良かった。答えが欲しいなら求め続ければいい。理解したいなら求め続ければいい。感情を感じたいなら求め続ければいい。

 

 自分には、何かを得たい、と言う感傷さえなかったが、それでも何かを求めることは出来たのだ。

 

 だから私は、戦うため戦い、極めるために極めて、理解するために理解して、学ぶために学んで、鍛えるために鍛えて、求めるために求め続けて。

 

 

 結局、この心ではその様な単純なコトしか出来なかった。

 

 

 ―――永遠(とわ)と続く、この長い長い旅の中で。私はただ、自分の価値を自分の心で感じてみたかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月6日

 

 

 

「…………」

 

 久方ぶりにゆっくり眠った言峰士人はとても変な夢を見た。と言うよりも、見覚えのない記憶を閲覧したと言った方が感覚的に正しい。何故だか、それが酷くざわつく。

 見たのは断片的な場面(シーン)の連続。途切れ途切れに続く記憶の澱。

 見慣れた地獄の風景。死体が散らばる残骸の山。夢の中で戦場を歩み続ける『自分』。

 その夢は、どうしようもなく不吉な夢だった。それにあまり夢を見ない士人が夢を見るのは珍しいことだった。見たとしても気にすることも無くすぐ忘れるのが大抵だ。

 

 しかし、その悪夢を目覚めた士人はハッキリと覚えていた。

 

「………」

 

 今日も一日が始まる。

 

 

△▼△▼

 

 

 

「はあ、面倒だな」

 

 学校へ登校した、その第一声。結界を見てワザとらしく溜め息を吐く神父。血生臭い結界はそのままだ。

 

「面倒なのはこっちも同じよ」

 

「しかし、それは仕方がないことだ。そもそも師匠が遠坂で在るならば、このような狼藉者の処理も仕事だろう。此方はともかく其方は失敗が許されないからな、心中お察しする」

 

 朝の校門、凛と士人が会っていた。彼女はいつもより不機嫌な表情をしている。しかし、それも仕方がないことだった。昨日の夜は自身のサーヴァントが勝手に独断行動を取り、協力関係であった衛宮士郎の殺害を企てたのだ。殺人は未遂に終わったが、そのサーヴァントのマスターとして彼に不義理を働いたのは間違いない。

 何よりも、三つしかない令呪を自分で決めたことだが、アーチャーに使用してしまい残り一つである。凛に色々と心労が溜まっていくのも仕様がないだろう。

 

「アンタも気張りなさいよ。派手なことになったら監督役も大変でしょ」

 

「そうは言ってもな、奴らが相手ならば逃げるだけで精一杯だ。俺に出来ることなど高が知れているのは、師匠もわかっていると思うが」

 

「そんなこと知ってるわよ。わたしが言ってるのは、あんたのやる気の問題」

 

「ふむ。まあ、心の準備はしておこう」

 

 士人は疲れた感じの苦笑を漏らすと校舎の玄関に向かって進んでいく。凛は弟子の後ろ姿を見た後、結界を考える。頭が痛くなった凛は疲れた様に士人そっくりに溜め息を吐く。

 

「はあ、厄介事がてんこ盛りだわ。………うっかりだけは気を付けないとね」

 

 気合いを入れてる時に弟子を見たためか、凛は過去に士人の前でうっかりをかまし、盛大に恥をかいたのを唐突に思い出した。脳の奥底に封印したい記憶と言うヤツである。

 今思い出しても、アレは酷かった。六年以上前の話だが、その時に凛は「ククク、間抜けだな。その様では師匠の名はウッカ凛で十分だ、ハハハ」と言われたのを克明に覚えている。殴ッ血KILL程まで殺意が内から溢れて来たが、羞恥心の方が遙かに上回っていた。

 ……もっとも、結局はその後に凛は士人を半殺しにしたのだが。それは中国拳法の修行で練習試合の事であった。当時の凛と士人の強さは伯仲していた。その時の凛がハシャギ過ぎて、そのまま死闘になってしまったのはいい思い出である。

 そして凛は、重要な場面で気合いを入れて物事に挑むと、何故かうっかりが発動する自分のジンクスが色々と恐ろしかった。さらに、邪悪なる言峰親子に自分のうっかりをイジられ、彼女はうっかりをした過去がすっかりトラウマになっていた。遠坂凛の『うっかり』は中々に業が深いのだ。

 

「………(良しっっ!!!)」

 

 心の中で気合いを入れた凛は校舎へと向かって行った。

 

 二人が校舎へと入る。玄関は混雑していた。上靴に履き替え二人は生徒たちで溢れる廊下を進んでいき階段を上る。凛と別れた士人は自分の教室へと入った。

 

「やあ言峰」

 

 聖杯戦争の時期になってから会話が殆んど無かった友人、間桐慎二が士人に久しぶり話し掛けて来た。士人を見る顔は歪んでおり、慎二の目は士人を睨みつけている。まさにガンつけだったのだが、間桐慎二という人間の雰囲気の所為か士人から見れば小物臭さが目立つ。彼はまったく怖くなかったし、周りの学生も何だまた間桐の癇癪かと、まったく気にしていない。

 

「どうした間桐、機嫌が最悪に見えるが?」

 

「っ! うるさいな。誰のオカゲで僕の計画が狂ったと思ってるんだい?」

 

「ふむ。やはりあの眼帯の所業はお前の命令か」

 

 神父は呆れたように苦笑を浮かべ、ヤレヤレと肩を揺らす。

 

「まったく、はしゃぐのは程々にしろよ。これは友人としての忠告だ。手遅れになったらどうしようもないのだぞ」

 

 慎二が士人を睨みつけながら口を開く。

 

「何、この僕に言峰風情が指図しようって訳。たまたま戦いが上手くいっただけで調子に乗るのは恥ずかしいよ?」

 

 その言葉を受けた神父は、ニタリ、と不吉な笑みを浮かべる。

 

「……仕方がないな。お前が俺の言葉が判らないのなら、それで良い。そもそも俺としてはそれなりに自重してくれれば、別にお前が何をしたって構わないのだ」

 

 そう言った士人は席に向かって行った。慎二はその言葉を聞き、クスクスと笑う。何か愉快な事でも耳にしたような笑いだった。

 

「へえ、そりゃいい。じゃあさ、出来るだけ派手にやらないとね。本当、君が今日来てくれて良かったよ。

 ……後は衛宮が来てくれれば、結構面白くなるのに」

 

「ああ。派手で構わん。それらに対して出来る限りの責任を持って事に当たるのもまた、俺の仕事だ」

 

「そうかい。後始末も大変だけど、言峰は僕たちのために頑張ってくれよ」

 

 はは、と笑って間桐は自分の席に戻る。

 

「…………その責任を規定に則り本人に償わせるのもまた、監督役の仕事なのだがな」

 

 士人はそう口の中で小さく呟いたが、その声は誰にも聞こえることなく、朝の騒がしい教室の喧騒の中に消える。それは誰かに聞かせる言葉ではなく、士人はただ、自分が背負うことになった役目の確認を言葉に出しただけである。

 朝のホームルームも少しで始まる時間となる。虎の騒がしい声でこのクラスは今日も学校の生活が始まっていくのだろう。

 

 

 

▼△▼△

 

 

 

 昼休み。衛宮士郎は一時目が終わり二時間目が始まる前に登校していた。

 勿論、クラス担任の虎は朝のホームルームで怒りながら咆え、教室が混沌とした。「まさか!? セイバーちゃんと―――」とか「―――許すまじ士郎!」とか言い放っていた。聖杯戦争監督役として少々聞き逃せない単語があったが、敢えてそれには触れないことにした。何せ、虎とその飼育係なのだ。

 

「………」

 

 士人は昼食を取ろうとする。すると、話し声が耳に入った。教室の男子が騒がしく会話をしていた。それを聞いた彼は久方ぶりに後藤たちと弁当を食べようと思い、近づいて声を掛けようと口を開いた。

 

「「どうした。騒がしいな?/おーい。どした、なにかあったのか?」」

 

 士人は士郎と声が被る。

 

「「――…………」」

 

 どうやら、士郎も士郎で騒がしかった後藤たちが気になって話掛けたみたいだった。

 

「言峰殿と衛宮殿か。気になるのでござるなら、それ、教室の外を見てみるがよい。ただしこっそり。あくまで隠密」

 

後藤は相変わらず愉快な口調だった。

士郎と士人の二人は、いつものことなので変てこな口調を気にする事なく教室の外を見た。

 

「――――――――――な」

 

「…………まったく」

 

 士郎は驚愕に声を漏らし、士人は呆れた感じに声を漏らした。教室の外、つまり廊下には、後藤らの男子たち以上に挙動不審な影が一つ。

 

 ――遠坂凛が、なんかキョロキョロしてる。

 

 言峰が、なんだかなぁ、とだいたいそんな感じの感想を内心で呟いていると、後藤たちがそのまま会話を進めた。衛宮はまだ固まったまま凛を見ている。

 

「2Aの遠坂だよな。う、うちのクラスになんか用かな?」

 

「間違いござらん。先程から盗み見ていたが、あちらも同様の草っぷり。さりげなく、しかし大胆に我らが教室を覗いておる。ドアの前を通り過ぎるのも七回目。いや、今ので八回目よ」

 

「………だよな。こうなると偶然じゃねえ。つうかさあ、なんか目つき悪くねえか? 遠坂さん、もっとこう、普段は涼しげな顔してない?」

 

「あ、おまえもそう思う? こう、通りがかるたびに目尻があがってんだよなあ。近寄りがたくなっていく一方だ。ありゃイライラしてるね。なんか気にくわないコトでもあったんかな」

 

「待ち人きたらずというより、待ち人気づかずというところ。こう、誕生日にこっそりプレゼントを仕掛けておいたのに、贈られたヤツは一年経っても気づかないんでもう、ブチ切れ寸前、といったところであろう」

 

「確かにな。あれはキレかかった顔だ。頭の中ではそいつをどう処刑してやろうかと思案でもしているのだろう。後藤が言った通り、正しくブチ切れ寸前といった雰囲気。あの遠坂凛をここまで追い詰めた者が一体どの様な処分を彼女から受けるのか、見るのが非常に楽しみだ」

 

「後藤ってさ、時々すごい表現するよな。的確すぎ。なに、おまえ前世は軍師か何か?

 ……後、言峰。そんな怖いこと言うなよ。俺も少しだけ、遠坂さんの折檻を見てみたくなるだろ?」

 

 男子連中には言峰士人もさりげなく混ざっていた。そして好き放題言っている。

 

「……………」

 

 士郎は恐る恐るもう一度、廊下を隠れながら盗み見た。

 

 ――そこにいるのは、沈黙の遠坂凛。

 

 怒っていた。凛は怒っていた。今も際限なく怒りは燃え上げっている様に見受けられる。士郎は凛が何に怒っているか不明だが、なんとなく、後藤の考えが正しいと思った。そして凛の素の姿を知った士郎にとって言峰が言っていたコトは、それが自分ではなく他人事であっても物凄く怖く感じたので考えてたくもなかった。

 

「ふーん。遠坂も色々人付き合いがあるんだなあ」

 

 士郎は凛を気にしないことにした。誰に用事があってうろついているのか気にはなったが、わざわざ声をかけて邪魔をしては悪いと思い放っておくことを選んだ。第一、学園のアイドル(士人の視点だとアイドル(笑)、いやアイドル(哂)となる)である遠坂凛に衛宮士郎が話しかけるところを見られたらクラスの男子(特に後藤のこと。彼は中々にミーハーな男子学生だ)に槍玉にあげられるだろう。そういう意味で士郎は実に賢い選択をした。

 …もっとも、士郎はすぐにそのことを後悔することになる。短い付き合いの衛宮士郎は、遠坂凛という《あかいあくま》のことをまだまだ判っていないのだ。

 

「それより昼飯だ。放課後に備えて栄養をとっととかないと」

 

 今は遠坂よりも飯だ、と席に戻る。自分の席に座った士郎は、よいしょ、と声を上げて机から弁当を取り出した。

 今日は士郎のおかずをたかりに来る遊撃部隊は言峰も混ざって遠坂ウォッチングで忙しい、もっとも士人は面白がって参加している雰囲気だが。今日はヤツらを気にすることなく教室で弁当を広げられると彼は安心した。

 言峰も混ざった男子連中は話し続けている。

 

「あれ? 遠坂さん、A組に戻っていっちゃったぞ?」

 

「なんだよ、結局理由は分からずじまいか。

 ……まー、案外ただの散歩かもな。ほら、遠坂って時々突拍子もない行動をするらしいじゃん? 交際しろって迫ってきた三年をフルのに屋上で飛び降り寸前までいったって話、知ってるか?」

 

「違うって、三年に飛び降りさせる寸前、だろ。フェンス乗り越えてさ、屋上の端で立ったまま一日付き合ってくれたら付き合ってもいいってヤツ。あの三年生、しばらく登校拒否になったんだってな。

 ……でもさあ、なんでそんなコトしたんだろうなあ。イヤならイヤって言うタイプらしいじゃん、遠坂さん」

 

「あー、それでござるか。遠坂殿曰く、つり橋の恋愛理論だとか。

 とりあえず好きになれそうにないので、緊迫状態で一日過ごせば恋愛感情が芽生えるかもしれない、とのコト。いや、下々の人間には考え至らぬオツムでござる」

 

「いやはや、それは怖い話だ。もしアレと付き合うコトにでもなれば、その男は命がいくつ有っても足りぬ状態に陥るのだろう。

 言ってしまえば、登校拒否になった三年生の不幸は、遠坂凛に惚れたコトそのものだな」

 

「言峰殿も言うでござるなー。まあ、それは、拙者も同じだがの。恐ろしや恐ろしや」

 

「ああ、恐ろしいコトだ」

 

「後藤も言峰もズバッと言うよな。……俺もその話は恐ろしかったけど」

 

 そんな男子たちの会話。士郎は弁当を開こうとしていたが、その話を聞いて手が止まる。

 

「―――――(遠坂のやつ、そんな武勇伝を待っていのか……よし、これからは屋上に行った時は気を付けよう)」

 

 士郎がそんなコトを考えていると凛は自分の教室から戻ってくる。溢れていた怒気は身の内に収められ、表情もかなりやわらかくなっていた。

 

「おお? ラッキー、戻って来たぜ遠坂さん!」

 

「……けど、なんかこう違くね? さっきまでは殺気だってたけど、今はこう、寒気がするくらい涼しげっていうか」

 

「天使の笑顔でござるな。アレはもう、『アンタがでそうでるならこっちも容赦しない、ワタシ開き直ったわ』という覚悟の現れでござろう」

 

「それが正しいだろう。見た目は綺麗な笑顔だが、目が悪魔の如く灼熱としている。覚悟というよりも、あの笑いは処刑宣告だな」

 

「確かに。あれは獲物を狩り取る悪魔の笑顔にも見えるでござる。遠坂殿は、綺麗な花には棘がある、そんな例えが似合いそうな御仁であるからなあ。それはそれは恐ろしいお仕置きでござろうよ」

 

「ああ、そうだな。もっとも、お仕置きだけで済むならそれでいいのだが」

 

「い、言いたい放題だな、おまえら」

 

「でも自分、遠坂さんのお仕置きって興味あるなぁ……」

 

「「「おいおい/変態でござるな/罪深いコトで」」」

 

 言峰も混ざった男子連中が好き勝手に言いまくっている。すると、廊下から殺気が漂ってくるのを士郎は感じ取った。士人にとってその殺気は感じなれた気配である。そう、それは、最近になって慣れてきた人物の気配だった。

 

「――――む?」

 

 その時、士郎の背中に尋常ではない寒気が走り抜ける。セイバーに鍛え上げられたおかげか、危険を察する感覚が上がり、その能力が、危ない危険だ命の危機だ直ちに避難しろ、と警報を鳴らす。

 

「・・・・・・」

 

 ブルリ、と背中を震わせる士郎。彼は寒気の元がいるだろう廊下を盗み見た。

 

 ――そこにいるのは、微笑みの遠坂凛。

 

 戻った自分の教室から持ってきたのか、新品の消しゴムを持っている。怒りのためか、消しゴムを握っている手はブルブル震えていた。

 それを見た士郎の背筋に稲妻が走る。なんかヤバい、と士郎は危険を察知する。と言うか、士郎は見るからにヤバい何かを直視してしまった。そして凛と目が合った。

 

 

 ―――瞬間、凛の投げた消しゴムが士郎の額を直撃した。

 

 

 彼は投げられた消しゴムの勢いのまま、椅子に座りながら一回転をかます。超絶な吃驚大回転だ。教室を沈黙が支配した。

 

「なんだぁーーーー!? 突如衛宮くんが回ったぞう……!?」

 

「ありえねぇーー! どうしたよ衛宮、椅子にモーターでも仕込んだか!?」

 

「忍法!? 今のは忍法でござるか衛宮!?」

 

 それを見ていた後藤他、男子連中はその奇行に興奮して士郎に近寄っていく。白昼堂々と行われた奇行に盛り上がる後藤たち。椅子ごと床に倒れ込んだ士郎を囲み、ワクワクした雰囲気を纏っている。

 

「あ……いったぁ――――――」

 

 そう声を漏らす士郎。後藤は呻いている士郎に手を貸して立ち上がるのを助けた。

 

「う、さんきゅ……って、後藤、いまの、どう見えた?」

 

「む? どうって、にゃんと一回転でござる。衛宮殿が椅子に座ったまま、一人で側転したように見えたのである。

 ――――拙者、衛宮殿からその技を、是非ご教授していただきたいでござるよ」

 

 後藤が言いたいことも判らなくはない。授業中に先生に指された瞬間、ぐるんと一回転したら大ウケだ。その技を羨ましいと思うのにも頷けなくもない。混乱中の頭で、士郎は後藤の申し出も断りながらそんなコトを考えていた。

 そして後藤と話をしている士郎の視界には、後藤たちの後ろにいる士人が目に入る。士郎は椅子に座ったまま此方を見ていた士人と目が合った。

 

 士人は士郎の方を向いて、指で空中を十字に切る。その後に「――――――AMEN」なんて、口ずさんでいるのを士郎は目撃した。

 

「――――――っ」

 

 彼は士人に結構な勢いで怒りが噴出したが、今はそれを抑えなければならない。何故なら、もう弾丸としか思えない消しゴムを一投したあくまが、廊下で第二弾を発射しようと据わった目で士郎を睨んでいたからだ。

 

「すまない後藤、その話はまた今度な。ちょっと用事が出来た」

 

 士郎はそう言って机の弁当を持って廊下に向かった。赤くなったおでこを片方の手で押さえながら教室を進んでいく。そのまま廊下に出た彼は、教室の前いた凛に話しかけていた。

 士人がいる所に後藤たちが戻ってくる。しかし、廊下を再び見れば驚きのその光景。突然の奇行の後、士郎がアイドルである凛と廊下で仲良く会話をしているこの状況。席に座った男子連中は混乱と驚愕に襲われていた。

 

「ななな、な、なな、ナント! 衛宮殿が遠坂殿と談笑してるーーー!!! い、一体、何が起きたでござるか!! セセ拙者、コココ混ラ乱ンンノキョキョ極地ナリリリ」

 

「衛宮くん。君はいい級友だったが、それも今日までだね。……フフ、フハハハハハ!!!」

 

「ふ。そうか、遠坂が待ってたのは衛宮だったのか。……くっ、嫉妬で人が殺せたら!!!」

 

 そんな衛宮に対する妬みと驚きで震えている男子連中を見ながら士人は弁当を食べている。一通り騒いでいた彼らを見た士人は、自分の弁当の飯を飲み込み声をかける。

 

「落ち着くのだ。冷静になって状況を良く考えろ。その後にもう一度、廊下を見てみるがいい」

 

 そう言われた後藤たちは、取り敢えず冷静になった。その後に落ち着きを取り戻した彼らは廊下を見た。

 

 ……そこにあるのは変わらない現実。

 

 高嶺の花と仲良くなった同じクラスの男子。そして遠坂凛と並んで廊下を去っていく、憎き衛宮士郎の背中であった。ああ、無情。

 

「なんてコトだ! 衛宮くんめ! 抜け駆けは死あるのみ!!」

 

「あああ! 嫉妬が湧くぜ! どんどん漲(みなぎ)ってくるんだぜ!!」

 

「変わらんでござる!! 現実はっ! 何もっ! ……変わらんでござるぅぅう~~」

 

 

 彼らは現実を再確認した。辛いだけだった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「――――で。いいのでござるか、言峰殿」

 

 もう一度落ち着きを取り戻した(結構時間が掛った)彼らは、昼食を食べながら会話を続けていた。しかし、弁当も食べ終わり、今は後藤と言峰しか席にいない。残り二人は教室から出て行っていた。

 

「何がだ、後藤」

 

「遠坂殿のことよ。言峰殿は幼馴染ではなかったでござるか?」

 

「ああ、そうだぞ。家同士に付き合いがあったからな。――――で、それが何だ?」

 

「幼馴染を衛宮殿に取られてさぞ悔しいでござろう、と思ったところよ」

 

 下世話なことを訊く後藤。

 

「まったく」

 

 即答する士人。一秒も掛らず、考える素振りさえなく士人は答えた。

 

「早い否定でござるな~。拙者がお主なら遠坂殿を放っておかないでござるのに」

 

 勿体無いのー、と呟く後藤。彼から見れば、憧れの遠坂凛と幼馴染というポジッションは羨ましい限りなのだろう。

 

「アレと交際するなど有り得ないな。

 確かに古い関係だが、それは長年放って置き過ぎた為、歪に萎びれた頑固な乾燥食品みたいに固まった関係に過ぎない。そもそも向こうは俺の事を男だと思っていないし、それは此方も同じ事だ」

 

「そこを発展させるのが男の腕の見せ所だと拙者は思うでござるよ。見る限り、今まで仲が良かった男子は言峰殿、唯一人。そこに現れるが衛宮殿。

 一人の女をめぐって二人の男は血みどろな愛憎劇を繰り広げる! そんな感じにはならんでござるか?」

 

「ならんな。アレは、そうだな、後藤に解かり易く言えば、姉弟みたいなモノだ。俺から見れば世話好きな姉、向こうから見れば生意気な弟、良く言えばその様な関係だな」

 

「そうでござるか~。いやいや真(まこと)に勿体無いことでござる。

 しかし、遠坂殿の高嶺の花という印象はかなり強いでござるからなあ。衛宮殿と普段と違う雰囲気で歩いてるところを見たのは驚きでござったよ」

 

彼はしみじみと先程の光景を思い出す。

 

「………そうなのか?

 俺としては凛に漸く春が来たといったところ。衛宮との仲がこのまま進めば、赤飯でも炊いてやって祝福を上げてやろうかと考えているぞ」

 

「おお。拙者では嫉妬の余り、衛宮殿を殴りかかるのが良い所をお主は祝ってやると? ・・・・赤飯は余計だと思うでござるがな」

 

「まだまだ未熟だが、神に仕える身でね。祈り、祝い、無償の愛を胸に抱くのが神父たる者の姿だろう? だから俺は、記念として赤飯を炊いてやるのだよ。アレも赤飯のように顔を真っ赤にして喜んでくれるだろう」

 

 くくく、と邪悪な笑みを浮かべる神父。相変わらずな友人を見て後藤も思わず苦笑い。この神父の厚意は、実に捻くれているのだ。

 

「言峰殿も余り遠坂殿を、ォ―――――――――」

 

 

 ―――そうして、世界が赤く染まった。

 

 士人の前にいた後藤がバタリ、と椅子から落ちる。糸が切れた操り人形の如く床に転がった。教室にいた生徒たちは言峰を除いて全員、倒れ込んだ。

 

「……(派手にやったな、間桐慎二)」

 

 ――――世界が、赤い。人が死へと溶け逝く化け物の胃。ジワジワ、と命を啜っていく。視界は紅一色と化す。

 彼は教室を抜け廊下へと出る。感じる気配は二つ。上にサーヴァントの気配、下からはもう一つのサーヴァントと結界の気配。

 

「………――――(サーヴァントが二体か。乱戦になるかもな)」

 

 士人は即座に結界の核がある方へ向っていく。

 呪刻を解析した時に、この結界宝具が術者を始末すれば解除されるのは分かっていた。この陰惨な魔力で造られた結界の気配はライダーと同じものだ。脳裏にはライダー用に練っておいた戦術を纏めていく。そして瞬時に投影出来るよう、ライダーの必殺を可能とする武器を固有結界の中に準備しておく。

 階段を飛び降り、一階へと士人は一瞬で降りて行く。目的の教室に行く途中に使い魔らしきゴーレムがいたが、後の戦闘を考え無駄な魔力消費は抑えたい。故に投影はせず、軽い強化魔術を肉体に掛けた。言峰士人は素手でゴーレムたちを粉砕して進むことを選ぶ。それに最近は魔力の消費が多く、節約しなければまらない。

カシャ、カシャ、と骨細工が動く。耳障りな音を発しながら士人に近づいて行く。無言のまま、骨の人形は剣を振り上げ襲撃し始める。ゴーレムが間合いに入った士人を切りつけようと持っている剣―――もっとも、士人から見れば剣とは呼べないただの棒切れでお粗末なモノだが―――を振り下ろし攻撃してくる。代行者である彼にとっては余りにも幼稚な太刀筋。簡単に見切り間合いを詰める。

 

「ふっ!」

 

 抉り込む掌底。スガンッ、と内部から爆発した様にゴーレムは弾けて崩れる。ゴーレムたちで出来た壁に空洞が生まれる。そこに入り込み、彼は身を屈める。頭上を剣が通り過ぎていくが剣速は余りにも遅い。

 

「シッ!」

 

 力を溜めこまれた砲弾。その拳を解放し前方のゴーレムが崩れながら後ろのゴーレムを巻き込んで飛んで行く。辺りにいる使い魔たちに円を描く様な足払いを放ち転ばせる。邪魔なゴーレムは踏みつぶし壊した。

 

「(脆い。が、厄介だな、数が多い)」

 

 解析魔術でゴーレムの強度や脆い部分は把握しているので、士人は簡単に一撃で破壊していく。ゴーレムたちにとって、神父の技は文字通りの一撃必殺。しかし全てを倒すのは面倒であり、この使い魔らは標的ではない。通るのに邪魔なヤツだけを破壊して進んでいくので、彼は骨人形の隙間を通り廊下を三次元的に進む。

 代行者である士人は、化け物狩りの活動をしており、死徒を相手にすることも多い。代行者から見て、ゴーレムは死徒が造る死者よりも鈍く脆いので大した苦労もなく破壊出来る。

 そして廊下にいた彼は、結界の中心となっている教室から気配の変化を感じ取れる。

 教室から把握出来るのは、生者が二人とサーヴァントが一体。

 しかし空間の歪みを感じ取れたらサーヴァントの気配がいきなり一つ増え、元々いたサーヴァントの気配が一つが一気に弱まった。今はもう、そのサーヴァントは消えかかっている。今の学校の状態では生者の気配は目立つので良く判るのだが、おそらくは突然現れたサーヴァントのマスターと思われる人が魔力を纏ったと思えば、一瞬でサーヴァントを撃破していた。

 士人は戦う者として戦慄する思いだ。感じた限りでは、マスターの方が敵対するサーヴァントを破っていた。自分が戦ったあのサーヴァントを瞬殺するマスター。これ程のジョーカーはそうそうないだろう、と。そして空間がもう一度歪むのが感じられ、サーヴァントとマスターの気配が消え去った。今となっては死体になったライダーとそのマスターが教室にいるだけだ。

 ゴーレムを壊していた士人は、教室の中の出来事を大まかに把握した。空間転移をするサーヴァントはキャスターであり、学校にはキャスターのマスターが存在するのだと理解する。

 

「―――は」

 

 一人、それこそ石ころみたいに取り残されたであろう間桐慎二を嗤う様に戦っている士人は笑い声を上げた。鼻で笑った神父は、何も映していない目で結界の基点がある教室の扉を見る。ゴーレムの群れを抜けた士人は血に染まっている教室に入いった。

 

 ―――――そこにあるのは見慣れた景色、赤い地獄だった。いつか見た教会の地下、そこにあったのは痩せ細ったヒトが苦しむだけの牢獄。

 

 聖杯戦争が原因で起こる地獄。そのどうしようもない繋がりを思い浮かべ、士人がまだ、代行者にもなっていない子供の頃を連想した。代行者として異端を狩っている士人は、この程度の惨劇は見慣れている。もっとも異端共の惨劇を初めて見た時も、別にどうこう思うコトもなかったが。人が造り上げる地獄を見て、過去を思い浮かべることなど今まで無かった士人だが、聖杯戦争となれば別であるみたいだ。

 

「……ハハ」

 

 教会の地下であった出来事を思い浮かべた士人は、そんなコトを思い出した自分を哂う。何を思っているのだ、と。自分は何を考えているのだ、と。そんな事を考えていた士人だが結論はすぐに出た。

 

 ―――私は何も感じなかった。

 今の出来事も、過去の記憶も、自分を震わせるのはいつもと同じアノ――――――――

 

「―――やめよう。考え事はコトを終わらせてからだ」

 

 教室が鮮血で満ちている。そのように感じるほど、血の匂いが染みついている。この教室は結界の起点であり、吸収が一番激しく行われた場所。他の教室の生徒とは別物と考えていいだろう。士人が慎二を見る。彼は倒れ伏す生徒たちに紛れるように尻餅をついていた。そして士人を見上げる。

 

「どうした間桐。今にも死にそうな顔だな」

 

「……ひ、ひぃひゃぁァァあああああああああああアアアアアアアアアア!!?」

 

 慎二は物凄い奇声を発して立ち上がった。

 

「こ、ココ、ことこと、コト、言峰!?」

 

「ああ。俺は言峰だが」

 

 士人は、慎二を小馬鹿にした様に言葉を返す。

 

「い、いや。そうじゃない、そうじゃない! これは違う!! 僕じゃないんだ!!!」

 

「……混乱しているな。まあ、落ち着けというのが酷だろう」

 

 冷めた感情のない声。神父は何もない奈落の眼で慎二を見ていた。

 

「別にお前は何もしなくていい。術者が死ねば結界がなくなるのは分かっているからな」

 

 ニタリ。そんな擬音が相応しい笑顔。

 

「――――え?」

 

 慎二は突然そんな言葉を掛けられ混乱が拍車する。何を喋っているのか、どんな言葉の意味なのか、彼には判らなかった。

 

 ―――神父の腕が伸びる。

 

 その手が間桐慎二の頭を固定する、ガチリと鷲掴みにする。彼はもう逃げられなかった。

 

「……え。いや、え?」

 

「言った筈だ。手遅れになってしまえば、どうしようもないのだと。この結界を消すにはサーヴァントを殺すのが手っとりばやい。お前のサーヴァントはあそこに倒れているが、まだ結界は消えて無い。そして、そのマスターが俺の目の前に立っている。

 ――――それがどういうコトか、お前は判るか?」

 

「あ、ああ……ああああああああああああっ!!」

 

「もっとも、これ程までに大規模な神秘の漏洩を犯した者を、教会の人間が生かしておく事などそもそも有り得ないのだがな」

 

「殺すのか!? 僕を殺すのか、言峰!!?」

 

 顔が罅割れた様な笑顔を、神父は創造(ツク)る。その顔が、お前を殺すと、()げている。

 

「い、嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ!! 死にたくない!! 僕は死にたくない!!!」

 

 騒ぐ間桐慎二。言峰士人の腕を握って振りほどこうと足掻くが、彼の腕は万力のように握りしめられ微動だにしない。

 

「―――ではな間桐。聖杯が手に入らず、残念だったな」

 

 悪魔にしか見えない笑い。そんな言葉を神父は脱落者に言い放った。

 

「死にたくない!! 死にたくなァ―――――――――――――――」

 

「―――宣告(セット)

 

 そして間桐慎二は死んだ。眠るように息を引き取った。本当に彼は呆気なく死んだ。言峰士人が強引に強化魔術を慎二の脳に叩き込んだのが死因である。見た目は綺麗なままの姿だが脳みそはミキサーで掻き混ぜられたように、グチャグチャな様へと成り果てた。

 間桐慎二は魔術師となるためこの戦いに挑んだが、何も果たせず、何かを得ることも無く、その生涯を終わらせるコトになった。

 死んだ慎二が手から解放される。この結界の被害者たちがそうだったように倒れ伏す。倒れていく彼の姿は糸が切られた操り人形とそっくりだった。

 

 

「――――AMEN」

 

 

 十字を切りながら、言峰神父は亡骸に向けてそう呟いた。



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外伝2.求道者の終わり

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 昔話。第五次聖杯戦争直前の頃。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 今の冬木市の天気は曇り。どんよりとした空模様の中、墓地では棺が埋葬されていた。

 

 

 

 ――――その葬儀は一人の青年が喪主を務めていた。隣には少女が一人いる。

 

 

 

 葬儀は西欧生まれと思われる老年の神父が進行させていた。葬儀の参列者たちは、老年の神父が述べる死者への祈りを聞いている。

 

 

 

 ―――祈りの中、棺は土の中へと埋められていく。

 

 

 

「――――――――――I know that my Redeemer lives,and that in the end he will stand upon the earth.」

 

 

 喪主の青年、言峰士人は養父である言峰綺礼の入った棺を祈りの言葉が流れる中見ていた。棺が大地に贈られる。その様子を見ていた神父は、養父の最期を思い出していた。

 

 

 

 

 時期は一月、高校生である言峰士人は冬休みであった。教会で言峰士人は暇な日常を過ごしていた。しかし12月は、言峰士人にも友達付き合いがあり学校の知り合いとちょくちょく外で遊びに出掛ける日や、クリスマスやクリスマス・イヴ、それと大晦日と言う行事が神父としてあるので忙しかった。そして一月のその日、士人は教会で時間を過ごしていた。

 12月での教会の行事が終わった言峰士人は、1月は特に何もない冬休みを送り、やることもないので暇潰しに濃厚な鍛錬を日々行っていた。特に武器造りに精を出し、銃の改造(先輩の代行者や剣を振り回しながらショットガンをぶっ放す二十七祖の影響)や魔術礼装、概念武装の開発をしている。

 工房からでた言峰士人は、日課である祈りをするため礼拝堂に向かう事にした。すると、礼拝堂からは養父である言峰綺礼が祈りの言葉が扉から聞こえてくる。

 

 士人にはその声が明らかにいつもの声とは違って聞こえた。礼拝堂への扉を開け、言峰士人は入っていく。神父が唄う祈りの声はもう止んでいた。

 言峰綺礼は椅子に腰を下ろし休んでおり、士人はその姿がいつもと養父である言峰綺礼の雰囲気がまったく違った。

 ―――そうして、士人は養父を視界に入れた瞬間。これが言峰綺礼の最期なのだと悟る事ができた。

 

 

 言峰綺礼(神父)が礼拝堂に入ってきた自分の養子を見る。

 

「……士人、か。ちょうどいいところに来た。話があるから椅子に座るといい」

 

「ああ」

 

 言峰綺礼が礼拝堂に入ってきた言峰士人に声をかける。その声を聞いた士人は話を聞くために綺礼に向かって行った。綺礼が座っている最前列の席に座る。士人は綺礼とは一人分の間を空けて座っていた。

 

 

 言峰綺礼は自分の養子にした少年を見た。そして過去を思い浮かべる。

 第四次聖杯戦争のおり、気紛れで拾った自分の養子。この男が同類であり自分と同等の奇形な精神をしていると理解した時、どれ程愉快だったか。思えば面白い話だ。若い頃は枢機卿の道を蹴り、健常な精神を得るために色々と経験を積み重ねてきた。鍛錬を重ね、代行者となり異端を狩り続けた。そして聖遺物を回収していく日々。世界中を巡礼して回ったこともある。

 旅を続け、ある日一人の女に出会った。その女は死病を患っていたが、自分はその女と結婚し子をもうけた。そこにあったのは幸せな当たり前の日常。そして時が経ち、自分を愛している女との共同生活は自分と女の娘も加わり三人暮らしへと変わった。妻と娘との家族の団欒、しかし自分が変わることが無かった。妻にした女が目の前で死んだ時も思えた事は、いっその事自分が殺してやりたかったという倒錯した思考だった。女が残して逝った自分の娘も、結局は愛せず孤児院に預けた。

 そうして、また旅を始める。時間が過ぎ自分にまた、転機が訪れたのは聖杯戦争の令呪が腕に刻まれた時だろう。父の友人の息子である遠坂時臣を魔術の師として魔術を学ぶことになり、遠坂家に弟子入りすることになった。自分は魔術を修練したがこれと言って感慨はなかった。

そして第四次聖杯戦争は訪れ、冬木市が戦場になる。あの時の自分は資料で見た衛宮切嗣に答えを求めて戦いに臨んで行った。そして、時臣師を裏切り、師の妻を娯楽半分で道具にし、衛宮切嗣の妻を殺した。そして、奴と戦い自分は聖杯を知る。やっと、答えが得られる存在に会ったがそれも奴に心臓を撃ち抜かれ、答えを得る事は叶わなかった。戦いも終わり、己を理解できた。破壊された心臓は呪いが補完していた。

 ―――そして、その帰り道だったのだろうか、呪われただ生きているだけの子供を拾ったのは。

 言峰綺礼は気紛れに拾った子供の中身を知った時、中々愉快だった。先天的なのか後天的なのかの違いはあれど、この養子は自分の同類であった。内に価値のあるモノが存在しない。

 言峰綺礼が反転した価値観を持つなら、言峰士人は空(カラ)の価値観を持っていた。不幸を至福とし、幸福を苦痛に感じる綺礼だが、士人は幸福も不幸も等価であるが故に平等に無価値であった。

 彼は自分の父でもなく、妻にした女でもなく、気紛れに拾った子どもが己の理解者であった運命が愉快だった。自分が養子にした子の家族を皆殺しにし、幸せを壊し、日常を燃やし、何もかもを灰に変えたのだ。その息子が、自分と家族となり互いを許容した。つまるところ、お互いにお互いの異常性はどうでも良かったのだ。恐れることも、嫌悪することもなく、それはそういう存在なのだと認識していた。

 ―――言峰綺礼が息子に向けて声を掛けた。

 

 

「私はもう死ぬ。ここは父親らしく遺言でも残しておこうと思ってな」

 

 死に逝く神父は息子に語りかけた。その顔には苦笑が浮かんでいる。

 

「全く。本当にらしくないな、父親(ちちおや)なぞ。

 ……だが、俺も息子だ。その遺言を受け取ろう」

 

 綺礼は心臓をアンリ・マユの呪いによって蘇生されており、泥によって今まで生き永らえてきた。そして、養子にした言峰士人と生活してきた言峰綺礼の呪いは少量であったが段々と削られていった。

 呪われた魂である士人にとって、憎悪、苦痛、悲哀、憤怒、絶望、罪悪などのヒトを生み出す怨念の類は魂の栄養に過ぎない。アンリマユの呪いなど生命と同等な唯のエネルギーだった。士人は綺礼の呪いを吸収する気が欠片もなくとも本当に少しづつであったが、呪いが傾いていったのである。死者に纏わり付く呪詛と、生者に憑いて強くなり続けていく呪詛とでは、大きな差が出て来るのは当然のこと。日々深化する黒い泥に、色褪せる一方でしか無い泥では濃度が違う。

 ―――故に、父である死人の腐肉を子は遂に喰い殺した。

 しかし、言峰綺礼にとっては自分の死は別にどうでも良かった。解っていて言峰士人と生活をしていた。人は鏡を見て自分の姿を知ることができる。結局、言峰綺礼は答えに至るのに存在する過程は解らなかった。それでも己の答えは既に得ている、結末はどうでも良かった。

 この終わり方も悪くはないと思った。この世で他に見たことのない同類であり、必然的に理解者となった息子に最期を見送られるのも一興だった。

 言峰綺礼が養子に向けて口を開く。その顔はいつもの様に不吉な笑いを浮かべている。

 

「士人よ、聖杯戦争の監督役はおまえが引き継ぐが良い。聖堂教会の方もそう伝えてくるだろう」

 

「わかった」

 

「―――聖杯に願いはあるか?」

 

「ない。そもそも叶えたい願いが解らない」

 

 綺礼の言葉に対して士人は断言する。自分には願いの持ち方すら解らないと言った。

 

「だが、聖杯の誕生に興味はない、という訳ではあるまい」

 

「―――無論だ。

 自分が自分になった原因の一つだからな、余程愉快な一品なのだろう。一度は見ておきたい」

 

「ならば、見ておけ。あれは業の塊だ。おまえにとっても中々に見応えのある代物だろう」

 

「そうか」

 

 神父は己の息子のことを理解していた。……これはただの確認作業に過ぎない。

 

「……では、聖杯により失くした過去を取り戻したくはないか?」

 

「まさか。過去は過去だ、未来に選ぶ価値がない」

 

 言峰士人にとっては火事以前の記憶は失ったからこそ、今の自分には意味が有った。呪いによって自分が何を失くし何が解らなくなったのかさえ、士人には理解できない。過去を取り戻したところで言峰士人には理解できないのだ。それを得られたとしても、≪言峰士人≫にとっては無価値であり、失くした過去を願うこと自体が無意味なのだ。

 

「―――クク、そうか。その願いには価値がないと」

 

「ああ。今の自分にとってはな」

 

 “出来た”息子の言葉に笑った。そして笑いを止めた後、士人に話し掛ける。

 

「袖を捲って右腕を出せ。選別だ、刻印を渡してやる」

 

 士人は黙って右袖を捲り、綺礼の方に腕を差し出した。これによって父が死ぬと理解していながら、迷い無く彼の祝福を受諾する。

 

「神は御霊なり。故に神を崇める者は、魂と真理をもって拝むべし――――――――」

 

 言峰綺礼が呪文を唱える。腕に有った令呪が一つづつ鈍い痛みと共に言峰士人の右腕に移植させていく。そして、その呪文が言峰綺礼の止めとなった。残りすくない魔力が令呪の受け渡しで消えてしまう。体の中から生命力が消失し、最後の呪いも無くなった。

 ――――心臓が止まる。命が空になった綺礼は息子に言葉をこの世に残す。

 

「―――士人よ、己の答えが欲しいならば求めることだ。

 おまえはまだまだ世界を知らない。

 この聖杯戦争に生き残ったならば―――この世を旅し、巡らねばならない」

 

「―――遺言は受け取った。その言葉、叶えておこう」

 

「…………………そう、か―――――――――」

 

 神父はその日、礼拝堂で息を引き取った。その顔には笑みが浮かんでいた。

 ……言峰士人は進んでいく埋葬を見る。神父は養父の最期を思い出していた。祈りの言葉が墓場の中で続いていく。

 

「And after my skin has been destroyed,yet in my flesh I will see God;I myself will see him with my own eyes ―――――――――I,and not another.How my heart yearns within me …………… Amen.」

 

 言峰綺礼が納められた棺桶が大地へと送られる。葬儀が祈りの声が途切れると共に終わりを迎えた。墓地に集まっていた参列者たちは、言峰士人に挨拶をして帰って行く。

 式辞を任されていた言峰綺礼の知人である神父も仕事を終え、挨拶をした後墓地から出て行く。しかし、言峰士人は墓地に葬儀が終わっても居続けた。

 

「ねぇ、士人」

 

 士人へと凛が声をかける。顔に表情を浮かべてない士人は、養父が眠る墓を見ていた。

 

「……何だ」

 

 遠坂凛は言峰士人の顔が、初めて会った時の顔にそっくりに思えた。何も宿さぬ無貌の表情をしている。

 

「わたしは先に戻ってるわ。だから、士人は-――――」

 

「――――分かっている。すまないな、師匠」

 

 士人はいつもの笑顔で魔術の師匠に言葉を返した。

 

「バカ弟子。キッチリしなさいよ」

 

 凛は、弟子に苦笑しながら言い返した。その声には遠坂凛らしい不器用な優しさが入っている。そして弟子は師匠に同じ苦笑で笑い返す。

 

「無論だとも。いつもと変わらないさ」

 

「―――……そう」

 

 師匠と弟子はそうして墓地で別れた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 言峰士人が墓地に残っている。そして、墓地にいる人間が士人を除いて一人だけとなった。墓の前に女性が一人、ポツンと立っていた。

 

「お久しぶりですね、マクレミッツさん」

 

 士人が墓の前にいる女性に声を掛けた。

 

「士人くんですか。

 ……すいません、迷惑でしたか?」

 

 ―――バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 魔術協会の封印指定執行者である魔術師であり、本来なら聖堂教会とは敵対関係にある。では何故、バゼットが代行者の葬儀にいるかと言うと、単純に綺礼の友人であったからである。

 

「いえ、そういう訳ではないです。ただ、オヤジの墓から動かないから気になっただけです」

 

「……そうですか」

 

 言峰士人にとってバゼット・フラガ・マクレミッツは、唯の他人と言う訳ではなかった。

 この魔術師とは数回共闘しただけであったが、その時に養父である言峰綺礼の友人だと知った。バゼットは言峰綺礼が悪であると分かっていて、彼の友人だと士人に言っていた。借りを返してやりたい、と呟いていたのを覚えていた。

 養父の中身を分かっていて、信頼できる人などそうそういない。言峰綺礼の中身に気付いていてそう言える魔術師が、とても気になったのである。

 

「確か………マクレミッツさんはオヤジの推薦でマスターになったのでしたね」

 

「ええ。聖杯戦争は彼に借りを返す良い機会だと、思ったのですが――――――」

 

「―――そう思った矢先にオヤジが死んでしまったと」

 

「……はい」

 

 何と言うか、バゼット・フラガ・マクレミッツはとても暗かった。

 言峰士人から見てもこれは暗いと見ただけで思える程、鬱になっていた。養父の友人をそのままにしておく程、言峰士人は神父をやめていないため取り合えず声を掛けることにした。

 言峰士人にある、こういった殊勝な心掛けができる生真面目な部分は言峰綺礼に似たのだろう。

 

「マクレミッツさん、腹が空きませんか?」

 

「――……はい?」

 

 神父はタクシーを呼んだ。

 ―――で、数十分後。代行者と執行者は泰山に居た。

 

「ここの麻婆豆腐はオヤジのお気に入りだったのですよ」

 

「……そうなんですか」

 

 バゼットは、どうして中華料理店にいるのか、と自問していた。しかし、隣にいる言峰士人を見てなんかどうでも良くなった。

 

「お待たせアル」

 

 魃店長が士人がいつも通りの麻婆豆腐を運んできた。

 

「それにしても、その格好はどうしたネ? 誰かの葬式でもあったカ」

 

 魃店長は言峰士人とバゼット・フラガ・マクレミッツを見た。言峰士人はいつも以上にキッチリとした神父服をきており、バゼット・フラガ・マクレミッツは喪服として真っ黒い礼服を着ていた。

 

「今日はオヤジの葬儀があったのだ、魃店長」

 

「ナント――――――っ!

 ……そうか、キレイが死んだアルカ。

 それは残念ネ。今日はサービスしてただにしてやるから元気を出すネ、ジンド」

 

 葬式には常連客と言うだけの間柄だったので出なかったが、魃店長は確かに言峰綺礼のことを良く知っていた。故に、そのショックも大きかった。

 

「……そうだな。有り難く好意を受け取るよ」

 

 人の好意を無碍には出来ない。彼にとっては当然のこと。この施しの借りは何時か返せば良い。

 常連客が一人死んでしまったことに悲しんだ魃店長であったが、仕事は仕事として厨房に戻る。そして、数分もすればバゼットが注文した麻婆豆腐が運ばれテーブルに届いた。

 

「いただきます」

 

「……いただきます」

 

 少し早めであるが夕飯を食べることになったのだった―――

 

 ―――そして時は夕暮れ。

 黄昏の光が教会を照らす。死者を悼むような儚い陽光。オレンジ色の輝きは素直に綺麗だと感じられた。

 

「すいませんでした、士人君」

 

 教会の玄関でバゼット・フラガ・マクレミッツが言峰士人に別れの挨拶をしていた。

 

「いえ、謝ることではありませんよ。マクレミッツさん」

 

 言峰士人も客人に返事を返す。バゼットは聖杯戦争のために準備をしているので、そうそうに帰ることになっている。

 

「―――……そうですね、士人くんにはこれを上げます」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは、身に持っていたアクセサリーを一つ手に取った。

 

「………これは?」

 

「まぁ、お守りの様な物です。

 ………彼には借りを返すことができませんでした。息子である士人くんに、これを受け取って欲しいのです」

 

 士人は、バゼットが持つアクセサリーを見る。

 

「―――わかりました。これは受け取っておきます」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは、アクセサリーを受け取った言峰士人を見て笑いながらお礼を言った。

 

「いえ、礼を言うのは此方ですよ」

 

 笑顔を浮かべるバゼットに士人はそう言葉を返した。そして時間も経っている。バゼットは教会から去っていく。

 

「さようなら、士人くん」

 

「それではまたです、マクレミッツさん。今度はマスターとしてですね」

 

「ええ、貴方も監督役を頑張ってください」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは、教会を去って行った。言峰士人は教会の玄関へと向かって行く。この後彼らが再開したのは、聖杯戦争が開始してからだった。



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17.笑い神父

 突然、体の力が抜ける。力が入らず椅子から床へと落ちてしまった。

 

「……(これが言峰の言ってた結界かぁ)」

 

 美綴綾子は鮮血に染まった世界で身動きが取れなくなっていた。綾子は意識を保っていたが周りの人は意識を失っている様だった。もっとも、この状況で意識を保てることが良い事なのかと思えば疑問だが。

 

「……(こりゃ、生き地獄だわ)」

 

 それもそのはず、生きながら生命力を抜き取っていくのが結界の能力だ。

 本来なら一瞬でただの人間など融解する結界であるが、今は不完全な結界のためじわじわと溶かしているようなもの。苦しくない訳がない。しかし美綴綾子は持って生まれた異端の才からか、周りの人間に比べればかなり軽い症状だ。昼休みだったこの教室にいる生徒たちは生きているだけの様で殆んど死人状態だが、綾子は体に力が入らず脱力したといった状態だ。

 

「(やっぱ家にいれば良かった。……なんてことは今更思わないが、これはかなりきついぞ。早くしてくれよな、遠坂)」

 

 無理をすれば動けるが、正直動きたくない。何よりも教室の外からは凶悪なまでの寒気を感じる。あの眼帯女と同種の圧迫感だった。

 

「(そう言えば、後の話は全てが終わってから、って遠坂から電話で言われてたな。……今は関係ないけど)」

 

 そして、今日は教室では物凄く心配そうな、というよりも不安げな目で見られたが普段通りに接していた。殺し合いなんてしていれば、人のストレスは半端なく巨大なものとなる。彼女は友人の負担にワザワザなるつもりはなかったので結界のコトは知らない振りをした。

 

「(………言峰は、まあ、やると言ったコトは必ずやるヤツだから。うん、大丈夫だろ)」

 

 実はサーヴァントも連れていないので結構危険な立場に士人はいた。綾子はあの眼帯女から逃げ切れるくらいには彼が強いと知っているので、心配ではあるのだが、実際あまり心配ではなかった。やる事もなにも、身動きが出来ないので綾子は床に伏せたまま時を過ごす。

 

「――――って、あれ。終わった、のか………?」

 

 赤い世界は十分もしない内に消えた。

 

「ほい、っと」

 

 声を掛け、綾子は立ち上がる。周りの生徒たちは気を失っているのか、転がったままである。

 

「取り敢えず、言峰と連ら、く…………って、そうだった。携帯失くしたんだっけ」

 

 鞄から携帯電話を出そうとするが裏路地での事を思い出した。携帯電話は落とし紛失中であった。一応、神父から連絡先が書かれたメモを貰っておいたが、そのメモを活用する道具が手元になかった。

 

「外からの悪寒ももうないし、……う~ん」

 

 考えをまとめるために口に出して、これからのコトを考える。数分間悩むが、自分が余計なことをすればいい迷惑だ。

 

「やっぱり、探すことにしよ―――っ!!」

 

 ガラリ、という音。この場所は本来ならば無音でなければいけない。

 言葉の途中。綾子がいる教室の扉が開かれた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 言峰士人の足元には骸が一つ。間桐慎二だったモノが横たわっている。

 

 

「お前はつまらない人間であったが、道化師としては一流だったぞ」

 

 

 死者への冒涜。神父としてあるまじきその行い。だがそれは、間桐慎二という外道の手向けには相応しい言葉だった。

 未遂と言えど、大量殺人を笑いながら出来る人間の死を悼むべきことなのか、と言えば違うのだろう。その悪党の死を悲しめるのは、その人間の身内くらいだ。犠牲とは尊くも、他人の幸せを喜べる者にとっては、それこそ反吐が出る醜い行いだ。間桐慎二は自分の為だけに犠牲を強要した悪人だった。まあ、彼を殺した言峰士人も悪人に違いはないのだが。

 間桐慎二が抱いていた欲望の犠牲となった人が今も学校で苦しんでおり、この教室も被害者たちで満ちている。そして、彼らは死んで当たり前のことを強制的に味わされた。このまま結界が消えてくれるなら、幸いにも死者は出ないと考えられる。が、それは早々に間桐慎二とライダーのサーヴァントが呆気なく死んでくれたおかげなのだ。

 くくく、と言峰は声を上げる。

 

 ―――――赤い世界で神父は人の死に様を笑っていた。

 

 

「しかし、死体の処分が面倒だ。……まったく。死んでも手間が掛かるのだな、お前は」

 

 倒れている生徒たちと違い、間桐慎二は脳を破壊され、ライダーは首を抉り切られ死んでいる。士人は後の処理の事を考え、慎二を綺麗な形で殺したのであった。脳のみを破壊された慎二は生前と何も変わらない姿であり、今も生きているようだった。周りの生徒たちも慎二と同じように倒れ伏しているが、この教室で死んでいるのは彼と彼のサーヴァントだけだ。

 世界はまだ赤い。死体になっているライダーが消滅してないところを考えると、彼女が完全に消えないかぎり結界は消えないと予想出来る。

 

「――――む」

 

 教室の外から派手な破壊音が鳴り響いている。ゴーレムの破壊音が教室まで届いていた。どうやら士郎と凛が即席の相棒としてペアを組み、廊下で戦闘を行っているみたいだ。

 しばらくすると、凛が発する協力な魔力の反応がする。

 次の瞬間には廊下から白い光が教室に入って来た。士人はそれが師匠お得意の宝石魔術だと判り、さて、どうするか、と足元の骸を見た。

 

「行きましょう。あそこに慎二がいる筈よ」

 

 廊下から声が聞こえた。彼は自分が戦ってたゴーレムの残りが、師匠たちに破壊し尽くされたと分かる。彼女らしい派手な魔術で使い魔をまとめて撃退したのだった。

 教室の扉が開く。士人は教室に入って来た凛の方へと振り向く。

 彼女は足を震わせていた。教室を、ただ、凝視していた。

 カチカチと音がなる。

 遠坂凛は溢れる感情を抑えていた。その感情は恐れなのか、それとも怒りなのか。おそらくはその両方であり、この光景に恐怖しながらも、これを引き起こした下手人に対して憤怒を覚えていた。

 凛が机と机の間に立っている言峰を見る。震える足をあげて進んでいく。士郎は凛とは違い、落ち着いた様子で彼女に付いて行った。何が起きても守れるように士郎は周囲を警戒して進んでいく。

 

「―――士人っ! これはどういう事!」

 

 凛の怒声。

 士人は隣にやって来た自分の師を見下ろす。彼は養父譲りな不吉な笑顔をしていた。

 

「分からないのか? 足元を良く見てみろ」

 

 士郎と凛がその言葉を受ける。その後に二人は視線を下げた。

 

「――――……シン、…ジ………」

 

 士郎が呟く。そこには他の生徒と同じように死んだように倒れている慎二がいた。しかし彼にはわかった。間桐慎二は死んでいる。死者のようになっていたが、確かに生きていた生徒らとは違い、彼は完璧な死者だった。他の生徒たちと同じように倒れているが、間桐慎二からは一切の生気が感じられない。

 

「……あれ、慎二?」

 

 凛は混乱した。結界の下手人と思っていた彼が倒れこんでいるこの状況。弟子がいる時点でこうなっているのは半ば予想出来たが、この結果は拍子抜けだった。そして眠るように倒れている慎二を起こそうと思い、凛は彼に手を伸ばそうとし、そして手が止まる。凛は間桐慎二の姿に違和感を覚えた。

 

「―――――――――――死ん、で……る?」

 

 呼吸が止まる。

 

「ああ、死んでる。俺が殺した」

 

 ―――神父が二人に、そう告げた。

 

 士郎の視界が赤く染まる。怒りでさらに世界が赤くなっていくように士郎は感じた。

 言峰は殺したと言った。間桐慎二が死んでるのは、この男に殺されたからだ。命が消えた慎二が動くことはもうない。自分の目の前にある物は、間桐慎二だった骸。

 許せない、とそう思う。怒りの表情で士郎は士人に問い詰る。

 

「言峰、おまえは…!」

 

 怒鳴る士郎であったが、士人は嫌味な程冷静に対応する。

 

「落ち付け衛宮。間桐のサーヴァントもそこでくたばっている。結界の解除は時間の問題だ」

 

 神父が向けた視線の先。そこにいたのは、二人にも見覚えがあるサーヴァント。それは慎二と違い一目で完璧に死んでいると分かるライダーの姿だった。首から大量に血を流し息絶えている。怒声を上げた士郎が黙り、凛もその光景を見て沈黙した。

 

「士人。これはアンタがやったの?」

 

 沈黙していた凛が呟く。声には感情が込められていなかった。

 

「間桐は俺が始末したが、そこのサーヴァントは元々殺されていたな」

 

「―――――そ。まあ、いいわ。手間も省けたし」

 

 冷たい声。キレていた士郎は彼女の言葉を聞いて、怒りのまま詰め寄ろうとしたが出来なかった。凛の表情は強がっているのが丸わかりだ。

 揺らぐ目。

 震える足。

 凛はただ、悔しげに歯を噛んでいた。士郎から見た凛の表情はいつも通りである。しかし、膝は震えており、両目は今にも泣きだしそうであった。

 彼は、この少女が悔やんでいるのか、悲しんでいるのか判らなかった。だけど、今の凛を見て彼は気付いた事がある。

 強気で何でもできる一人前の魔術師、それが遠坂凛だ。だが、そんな魔術師の中身は、年相応な女の子なのだと、士郎はわかった。彼女を見た士郎は言峰の言葉に奪われていた冷静さを取り戻す。

 二人は改めて死んだサーヴァントを見る。

 凛と士郎の視線の先、そこには絶命したライダーがいた。

 サーヴァントを相手にただの一撃。首だけを狙われ、それを引き千切られて仕留められたライダーの遺体。それが一体どの様な過程で殺したのかイメージ出来ない程、異様なモノであった。いくら虚を突いたと言えど、首を一撃で断つその手腕。

 そして、「断つ」というよりも、まるで抉った様な首の傷跡。まるで万力か何かを首にセットして、押し潰す事で肉と骨を抉り取ったみたいだ。

 

 ――――そして、ライダーのサーヴァントは消滅した。

 

 同時に結界も消え去り、世界は元の色を取り戻す。

 赤い世界はライダーが元凶であり、これを保っていた術者も消えたので結界もカタチを維持出来なくなった。

 ライダーは三人の魔術師に看取られて現世を去って逝った。

 

「――――で。これをやったのは誰か教えてもらえるかしら、士人?」

 

「さあ? 来た時にはこうだったからな。サーヴァントを下したのは誰なのか、はっきりしないのだ」

 

「――――遠坂」

 

 冷静な士郎の声。二人の会話を中断させる。

 

「今はそんな事を聞いてる場合じゃない。一時も早く皆を助けないと」

 

「た、助けるって・・・? みんなは生きてるの?」

 

「勿論だ、師匠。

 今は死者同然な状態だが、彼らは立派な生者だぞ。良く見てみろ、息があるのがわかるだろう」

 

 その言葉に凛は冷静になる。そしてパン、と両手で頬を叩く。

 

「じゃ士人。後はよろしく」

 

 と、あっさり告げた。

 

「………遠坂?」

 

「分かっている。

 そうだな。俺達だけが学校で無事なのは面倒だから、取り敢えずは居なかったことにしたい。お前達は教室から荷物を持ってきて目立たぬように学校を出ろ。それと衛宮は俺の荷物と・・・そうだったな、間桐の荷物も頼む」

 

「‥……言峰?」

 

「わかったわ。

 みんなが心配だからなるべく迅速に行動しないと。後はそうね、校舎から出たら裏口を使って学校を出ましょう。士人もそこで衛宮くんから荷物を貰いなさい。

 ……ほら、衛宮くん。ぼさっとしないで、とっとと動く!」

 

「なんでさ」

 

 教室から出ていく凛の後ろ姿を見ながら士郎は呟いた。後ろにいる士人は携帯電話を片手に連絡を取っていた。

 士郎も凛に続き、教室から出て行った。

 

 

◇◆◇

 

 

 処理のための連絡をしながら士人は間桐慎二の遺体を担いで裏口に続く雑草林へと向かって行く。奥の方へと行き外からだと目立たない所まで進んで行った。監督役の仕事を終わらせ、人目が入らない所に着く。

 

「―――――」

 

 ドサリ、と音を上げる。士人が担いでいた間桐慎二の死体を地面へと放り投げた。目を見開いたままの死体は仰向けで倒れている。

 

投影(バース)始動(セット)

 

 ――存在因子、具現――

 ――誕生理念、鑑定――

 ――基礎骨子、想定――

 ――構成材質、複製――

 ――創造技術、模倣――

 ――内包経験、共感――

 ――蓄積年月、再現――

 

 ――因子固定、完了――

 

投影(バース)完成(アウト)

 

 呪文を唱え、投影魔術を発動する。手には黒鍵が一本。彼はそれを逆手に持ち、地面に突き立てるように振りかぶる。

 

 ―――グサリ―――

 

 肉が貫かれる音。心臓を穿つ剣。代行者に握られてる黒鍵が間桐慎二の遺体を串刺しにする。

 

宣告(セット)―――」

 

 代行者が呪文を呟く。

 

「―――穢れは灰へと還される(クレメイション・セレモニー)

 

 代行者が教会の魔術基盤を使い扱う秘蹟。とある代行者が愛用する魔術であり、先輩の代行者が後輩である言峰士人へと伝授した魔術。

 ―――黒鍵魔術、火葬式典。

 これは聖堂教会伝統の概念武装である『節理の鍵(黒鍵)』を媒介とした神秘だ。

 火葬式典、名前の通り能力は火による浄化である。この魔術は対象が概念干渉を受け、炎が燃え上がる事で灰へと変わり大地に還るのだ。まさしく殺し屋らしい代行者が使う、神に仕える者としては物騒な神秘であり、正しく『灰は灰に、塵は塵に』といった魔術なのだ。

 しかし彼が今、使っている火葬式典は違う。死体処理用に改造されており、遺体が灰へと浄化されるだけのモノになっている。代行者として死体処理用の魔術の一つくらいは持っていなければ、いざという時の神秘の秘匿が出来ない。

 実際、『間桐慎二』を対象として使われている魔力も少量だ。大した概念干渉能力はない。しかし、ただの人間の、それこそ魔術師でもない遺体を一つ灰へ返すのには十分だった。

 そうして間桐慎二が灰へ変わる。衣服ごと遺体は段々と、人の形を保つことが出来ずに崩れていく。

 

 ――――数秒後。彼は完全にこの世から消え去った。



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18.笑う悪魔

 ライダーが消えた教室を二人は出ていく。

 

「じゃ衛宮くん、急いでよね」

 

「わかってる。遠坂もな」

 

 階段を上った凛は士郎に一時の別れを告げ自分の教室に向かう。結界はなくなったとは言え、彼女は空気はまだ重く感じる。と言うよりも、遠坂凛が気落ちしているといった方がいいだろう。

 結界の発動。倒れる生徒たち。間桐慎二の死。そしてライダーの脱落。

 全てが重い現実だ。こうして一段落すると、一気に考え事が悩みとして自分の精神に襲ってくる。天才、と言うよりも、化け物クラスの魔術師である遠坂凛とはいえ、辛いモノは辛いし、疲れるコトは疲れる。言ってしまえば、凛は魔術師であると同時に人間なのだ。遠坂凛は「遠坂凛」という存在として「人」と「魔術師」の面を持つ。

 彼女が覚悟を幾ら持とうと、ついこの間までは日常を謳歌してきた少女である。「魔」に属する存在として異端の時間も過ごしたとは言え、代行者としてドップリ異端に浸ってきた士人とは密度が違った。

 凛にはこういった「魔」の経験が少ない。修羅場を踏んだことは皆無といっても良い。要は「慣れ」というものがまるで無いのだ。全てが初めての体験であり、命懸けの殺し合いで何でも有りなサバイバルなど経験ゼロ。聖杯戦争が参加者に与える極限状態は、凛の精神をガリガリと削っていく。いくら本人の心が強かろうとも、戦いの緊張と死の恐怖は日々は疲れとして心身に溜まっていく。

 凛は思わず足を止めていた。

 悩み事は尽かない今の自分。考えれば考える程、考えてしまう悪循環。

 

「……はぁ。こんなんじゃ、地獄にいる綺礼に笑われるわ」

 

 脳裏には邪悪な兄弟子の邪悪な笑み。不吉な笑顔と同時に、あの不愉快な笑い声が鮮明に頭の中に甦る。溜め息を吐いた彼女はそのイメージを消す様にゴシゴシと乱暴に頭を掻く。

 

「なんで神父なのに地獄の方が似合うんだろ? ……ま、綺礼だから仕方ないか。………父さんの仇でもあるみたいだし」

 

 小さい声で呟く。疲れているのか、凛はストレスを少しでも発散したくて思わず声に出してしまった。彼女はそう言った後、地獄の様な風景を自分の背景にして此方を嘲笑う兄弟子の姿を、ハッキリとイメージ出来た。

 

「――――――ち」

 

 凛は教室の扉に手を掛けた時に、思わず今は亡き言峰綺礼に対して殺意を抱く。扉を開く腕に少々力が入ってしまう。

 ガラン、という音。乱暴に開けられた扉の悲鳴。

 

「うわっっ!? って、遠坂かい」

 

 そして友人の悲鳴が教室から聞こえた。

 

「――――綾子?」

 

 それを聞いた凛が思わず呟いた。扉が開いたのに驚き、ふい~、と安堵の声を漏らす美綴綾子。教室にいた彼女は突然入ってきた凛に驚いた。数秒間、凛はフリーズする。

 

「――――って、なんで綾子!?」

 

「え? いや、なんでって言われても。―――それはあたしがあたしだから?」

 

 哲学的(?)な返答をする綾子。双方ともに混乱しているのが良くわかる。

 

「聞いてないわよ、そんなコトっ!」

 

 暴走する凛。ズバシ、と指先を綾子の方に指して、そんなコトを叫んだ。そうしたら、ダンダン、と人が走る音が廊下から聞こえてくる。凛と綾子が扉の方に顔を向ける。

 

「どうしたんだ遠坂っっ!?」

 

 騒ぎを聞き付けた士郎が教室に駆け込んで二人の所まで来た。三人分の荷物を持っているので、少し間抜けな姿だ。そして教室は段々と混沌としてきた。気絶した生徒たちが床に伏しているこの状況だと、中々にシュールな光景だ。

 

「ぬおっ! って、衛宮か。……なんで衛宮?」

 

「あ……美綴? なんで美綴が?」

 

 その時、またもや廊下から人が走ってくる音が聞こえてきた。と言うか、ズダンズダン、と階段を飛び降りた感じの音の後、ズダダダダダ、って感じの廊下を走る轟音が聞こえた。それは人が発する音ではなく、いうなれば高速移動する二足歩行生命体が走ったらそんな音がすると思われる未知の足音だ。何と言うか、本気で廊下が壊れそうな足音だった。美綴綾子は色々と恐怖した。それはもう色々と怖かった。

 

「士郎、凛! ご無事でしたか!?」

 

 綾子が見た足音の正体は甲冑姿の女の子だった。セイバーだった。叫び声を聞いてセイバーが教室に入って来る。

 

「――……誰さ?」

 

 

 疲れた声で彼女はそう言った。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 雑木林に風が吹く。間桐慎二だった灰を風が撒き散らしながら、何処かへと運んで行く。

 

「・・・ふむ」

 

 士人は間桐慎二だった灰を眺める。風に乗り消えていく遺灰。彼は共に日常を過ごした友人であったが、神父は慎二を殺した時には何の感情も浮かばなかった。強いて言うなら衝動と言えばいいのだろうか、少しだけその死に様に、彼は胸に迫るものを感じた。最後に友人だった男の遺灰が消えていく光景を見て、士人は感傷に浸ってみようと考えたが特に何もないみたいだ。

 

「(ほう。あれはセイバー……と何故か後ろに美綴もいるな。それにアーチャーの視線もある)」

 

 視界には遠坂凛、衛宮士郎、セイバーらしきサーヴァントに美綴綾子がいた。そして、此方を射抜く弓兵の視線。一度だけ裏路地で有ったサーヴァントの気配も感知する。言峰士人は四人が集まっている師匠たちのグループに向かって行った。

 

「言峰、慎二はどうしたんだ!」

 

 士人を見た士郎が開口一番に聞いてくる。今はもう緊急事態ではないので、聞きたいことを遠慮なく聞くことが出来る。士郎は士人に詰め寄った。

 

「既に処分した」

 

 そう言いながら士人は自分の荷物を士郎の腕から奪う様にして取った。

 

「―――言峰っ……!」

 

 その言葉には色々と思いが詰っていた。如何して、何故、殺したんだ、と目が訴える。怒りの形相で神父の制服の襟を握りしめ、士郎は怒鳴りつけた。

 

「まったく。そもそもあの状況では殺さないのが論外だ。此方も仕事でね、処断出来る者を処断しなくては職務怠慢だろう?」

 

「――――――――ッ」

 

 いつもの言峰の雰囲気で、それが当たり前の事であるように士人は彼に言う。友人を殺された士郎は一気に頭に血が上る。

 

「―――っ。

 そうかよ、てめぇ……!」

 

 士人へと振りかぶられる腕。そのままでは顔面へと直撃する筈だったが、士人に当たる事はなかった。

 

「――――――遠坂」

 

 腕を止めたのは士郎の後ろにいた凛だった。振り返った士郎が見た彼女は、酷く冷たい顔をしていた。

 

「やめなさい、衛宮くん。士人はみんなを助ける為に慎二を殺したのよ。……それに魔術師としても監督役としても、彼は間違ってないわ」

 

「だ、そうだぞ。いい加減手を放せ、衛宮。

 それにこれは魔術師としての教えでもある。魔術師ならば、俺が師匠からそう教えられたように、お前も自分の師から同じコトを教えられた筈だが」

 

 冷たい声と重苦しい声が士郎へと掛けられた。辛そうに揺らいだ目の凛といつも通りの死んだ魚に似た目をした士人。この師弟が揃って、激昂した士郎を見続けている。

 

「――――くそっ!」

 

 士人から離れる士郎。忌々しそうに手を放した。魔術師として非情に徹しようと自分を我慢する凛にはまだ許容できた。しかし、非情であることを当たり前に出来るこの男には酷く腹が立つ。

 あそこで、間桐慎二とライダーを殺すことが「間違いではない」のは分かる。何せ彼らの凶行を止めないと、何百人の生徒が殺されることになる。理想は、慎二を生きたまま止めて、生徒も助ける事だ。しかし、確実に大勢の命を助けるのなら慎二が生徒たちを手に掛ける前に消してしまうのが一番だというのも士郎は理解が出来た。失敗は許されない、泣きごとなどもっての他だ。

 

 ―――それでも、士郎は慎二が死んでしまった現実が悔しく、人の死が悲しかった。

 

 セイバーからも離れた位置で綾子はさっきに会話を聞いていた。友人たちの会話は酷く重い。空気も暗い。見ているだけで自分も嫌な気分に成ってくる。

 

「(―――――間桐慎二が、死んだ?)」

 

 離れていた綾子はこの会話で、間桐慎二が言峰士人に殺された事、学校の生徒たちが間桐慎二に虐殺されそうだった事、最後に言峰士人が人助けの為に人殺しをした事が判った。そして、判ってしまった綾子は頭の中が壮絶に思考が乱れる。

 

「(これが魔術師の世界、か。ホント、一般人には辛い世界だ)」

 

 だけど、この話は余りにも現実感がない。平和な日常の裏側は、血塗れた不思議の世界。ただ、自分が迷い込んではいけない場所に迷い込んだのは理解出来た。

 ―――と、そんな時、彼らへと声が掛けられる。

 

「む。これは随分と大所帯になったものだな」

 

 裏口に向かう途中の雑木林。そこでアーチャーのサーヴァントが現れた。

 

「アーチャー……! アンタ今頃やってきてなんのつもりよ!」

 

「決まってるだろう、主の異常を察して駆けつけたのだ。もっとも遅すぎたようだがな。セイバーがいて凛が無事なら、事はもう済んでしまったのだろう?」

 

「っ! ええ、もう済んじまったわよ! アンタがのんびりしている間に何が起きたのか、一から聞かせてやるからそこに直れっていうの!」 

 

「どうやら最悪の間で到着してしまったか」

 

 がやがや、と二人は周りを忘れて言い争う。学校であった事とサーヴァントへ文句を言うマスターと、マスターの愚痴と状況説明を甲斐甲斐し過ぎてもはや嫌味っぽくそれを聞くサーヴァントの図。と言ってもだ、凛が一方的に怒鳴り、それをアーチャーがやんわりと受け流しているだけなのだが。

 

「やはり仲が良いのですね、あの二人は。凛が怒っているのはアーチャーを信頼していた裏返しですし、それを黙って聞いているアーチャーも、凛に申し訳がないからでしょう」

 

 士郎の隣へと移っていたセイバーの声。

 

「―――言いたい事は判る。けど、どうしてそれをいちいち俺に言うんだセイバー」

 

「いえ、シロウが難しい顔をしていたものですから。代わりに解説してみただけです」

 

「………」

 

 意味ありげに笑うセイバーと憮然とする士郎。ニコニコしているセイバーとムスッとした士郎は対照的だった。

 凛とアーチャーが騒いでいる所、士人は離れたところで彼らの様子を見ていた。

 

「なあ言峰」

 

「どうしたのだ、美綴」

 

 士人と同じで、話し込むマスターとサーヴァントの主従二人組から外れていた美綴は彼に話しかけた。

 

「あたしはどうすればいい?」

 

「悪いようにはせん。ただ、本格的な処遇は聖杯戦争が終わった後だ」

 

「あー、それも気になるが。あたしはこの後どうすればいいかと思ってな」

 

「? そのまま家に帰ればいいのでは?」

 

「………いやいや無理でしょ。学校に居なかったことを家族にどう説明すればいいのよ」

 

 そう言った後に、そのまま家に帰って良いとは思わなかったし、と小さく呟く綾子。おそらく家族への言い訳など、考えていなかったのだろう。思わず疑問に思ったことを士人に喋ってしまった。綾子の小さい声は士人に聞こえていたが、特に気にする事でもなかったのでそのまま話を続けることにした。

 

「―――ふむ。では、アレだな。

 昼時だったから外に食べに行っていた、もしくは昼飯を買いに行っていた。で、学校に帰って来たらこの騒ぎだったので家に帰る事となった。

 言い訳としてはこれで充分だと、俺は思うが」

 

 さっくりと解決案を出す神父。

 

「……なるほど。その手があった」

 

 自分が悩んだ事を簡単に思いつくこの男に綾子は呆れていた。

 

「それと、言峰にはまだ聞きたい事があるのよ。学校から出たら話がしたいわ」

 

「ああ、別に構わないぞ」

 

 慎二の事や衛宮の事。今は頭が混乱していて考えが纏まらないので、綾子は今は早く学校を出て詳しい事が聞きたかった。

 士郎とセイバー、綾子と士人が話している内に、凛とアーチャーの会話が鎮まっていく。どうやら粗方話が付いたようだった。

 

「わかったわかった、次からは体裁など気にしない。それで今回の件は分けという事にしておこう。

 ――――で。結局、脱落したのはどのサーヴァントだ?」

 

 アーチャーの眼付が変わる。いつもの皮肉げな余裕は影に潜め、そこにあるのは冷徹な戦士の趣だった。

 

「……消えたのはライダーのサーヴァントだ。状況は判らないが、キャスターにやられたんだろう」

 

「キャスターに? ではキャスターはどうなった。よもや無事という訳ではなかろう」

 

「それも判らない。ただライダーは一撃で倒されていたから、キャスターは無傷だと思う」

 

 士郎が代表してアーチャーに言う。アーチャーもあの状態の凛からは、はっきりした情報を得られなかった。彼は得られた情報をまとめる為、士郎から改めて情報を聞いたようだ。

 

「……ふん。腑抜けめ、所詮口だけの女だったか」

 

 と、それを聞いたアーチャーは一笑する。その後に言葉を続けた。

 

「勝ち抜ける器ではないと思ってが、よもやただの一撃で倒されるとは。まったく、敵と相討つぐらいの気迫は見せろというのだ」

 

 いつもの調子に戻って彼は、消えたライダーを罵倒した。

 

「――――アーチャー。

 ライダーはマスターを守って死んだ。腑抜けなどと、貴方に言う資格はない」

 

 騎士であるセイバーには、その侮辱は許す事が出来ない。死者への罵倒などと言う、死んでいった戦士に対する鞭打つ行為は見逃せないのだ。

 

「は、何を言うかと思えば。腑抜けは腑抜けだろう。英霊を名乗るのなら、最低限一人は殺さなければ面目が立つまい。それが出来ぬのなら、せめて命懸けで相討ちを狙えと言うのだ。そもそも、その守ったというマスターもライダーが殺された後に、そこの神父に殺されたようではないか。

 ―――――私から言わせて貰えば、ライダーは犬死に等しい」

 

 犬死だと、ライダーの死が無様だと、赤い弓兵は哂う。

 

「―――――犬死だと。

 勝手な事をほざくな、アーチャー。戦士の散り様を罵るとは、貴様こそ英霊を名乗る者か」

 

「く。どのような理由であれ、無様に破れた事に変わりはあるまい。

 ……まあ、確かに英霊であるから、というのは失言だったな。英霊であろうがなかろうが、弱ければ死ぬだけだ。この戦いに相応しくない“英霊”とやらは、早々に消えればいい」

 

 看過できない弓兵の言葉。

 

「―――よく言った。ならば私と戦うか、アーチャー」

 

「おまえと? これは驚いたな。何が癇に障ったかは知らんが、協力関係にある者に戦いを挑むとは。

 だが残念。私はおまえたちと戦うな、と令呪が下されている。

 いま挑まれては、ライダーと同じく無抵抗で倒されるだけだが―――――そんな相手と戦うのが君の騎士道なのか、セイバー」

 

「ぬ―――――――」

 

 無言で睨みあう二人。英霊が造り出す重圧はとても重く、空間そのものが固く感じる程だ。酷く居心地が悪い。

 

「―――――ク」

 

 そこに、耐えきれぬ、とそんな感じの笑い声が入った。それはこの言い争いを見ていた神父の嘲笑。

 

「……何が面白い、神父」

 

「いや。ただ、何だ、お前は英霊が憎いのか、アーチャー?」

 

 ク、と笑い声はした時、弓兵は視界にいた士人が笑っているのを見ていた。セイバーは士人が横にいたため見えていなかったが、アーチャーが見たアレは完全に哀れなものを愉しんでいる目で笑っていた。苦笑に近い笑顔だったが、目が余りにも異質だった。

 

「―――――なに」

 

「聞こえなかったか? 俺は、英霊が憎いのか、と訊いたのだ。

 お前の“英霊”という言葉には、明らかに憎悪と嫌悪の感情が含まれていたからな」

 

 戸惑った顔をしたアーチャーに、神父がそう告げた。

 

「―――――――――」

 

 黙るアーチャー。段々と纏う雰囲気が変質していく彼を愉しそうな目で見ながら、士人は話を進める。

 

「お前のソレは、神職に就いてる俺とっては馴染みな他者の感情だ。後悔、絶望、憎悪、悲嘆。全てが当てはまるように感じただけだ。

 そんな『人間』が語る話ならば、ほら、神父である俺は笑顔でその話を聞き取ってやらねばいかんだろう」

 

「――――貴様」

 

 それを聞いていた弓兵の視線が、言葉と共に神父を貫いた。その言霊は一般人なら意識を失う程の威圧を持っている。彼は自分の内心を悟られた己自身に怒りを感じ、何もかもを飲み込む奈落の眼で此方を見る神父を異常に感じる。この男、何処か楽しそうだ。

 

「何だ。何かお前の気分を害することでも言ってしまったかな。

 もしそうならば、ちゃんとそう言って欲しい。しっかりとその部分を訂正してやろう」

 

「………」

 

 暗い殺意を宿し始めるアーチャー。そんな彼が面白いのか、神父は愉快そうに目の前のサーヴァントをからかっていた。神父から見たアーチャーは、一目見ただけで中々に業が深そうなのが理解出来た。それに士人は彼が士郎を見る目が常軌を逸しているのも気になっていた。目に宿るアレは殺意だ、それも全ての負の感情が凝り固まった如く、狂気的であり、盲目的な殺意だった。

 ク、と一笑した士人は業の解体を始める。そして何処か不吉な雰囲気を纏い始めた神父が、会話を続けようと口を開いた。

 

「―――そこまでにしなさい」

 

 しかし、士人は言葉を告げられなかった。遠坂凛の静かな一喝。それが彼らを止めたのであった。

 

「今は喧嘩なんてしている場合じゃないでしょ。

 ライダーは消えて、マスターも一人脱落した。けど学校にはあと一人、正体不明のマスターが潜んでいる事は間違いない。

 いい、アーチャー。わたしと衛宮くんの協力条件は“学校に潜むマスターを倒すまで”よ。それともなに? あなたは、今度はセイバーと戦うな、なんて令呪を使わせたいの?」

 

 それを聞いたアーチャーは、ふん、と士人を視界から外す。

 

「―――――そうだな。セイバー“殿”があまりにも王道ゆえ、からかいに興が乗ってしまった。

 すまんな、セイバー。私と戦うのは、協力関係が終わってからにしてくれ」

 

「……いいえ。私も大人げなかったようです。凛に免じて、今の発言は聞き流します」

 

 と、謝罪をするサーヴァント二名。

 

「―――で、バカ弟子。次、いらぬコトをしたら、マジでブチ殺すから」

 

 あかいあくまな笑顔。何と言うか、先程のアーチャーの比ではなかった。凛の後ろに下がったアーチャーが冷や汗をかいている。さっきの殺伐空間を何気なく普通に凌いでいた綾子でさえ、ひっ、と漏れる声を抑えている。『言峰』の習性というか、言峰士人基準で面白そうだったアーチャーを養父譲りの悪い癖でからかっていた神父は、過去の師の所業を思い出している。勿論、士郎も色々と凛が怖かったし、セイバーも言い様のない凛から威圧感をその類い稀な直感で感じ取る。

 

「………………肝に命じとく」

 

 士人の返答は、何処かぎこちなかった。

 

「はぁ」

 

 凛の疲れた感じの溜め息。その後、後ろにいるアーチャーに声を掛ける。

 

「アーチャーも内のバカ弟子はこういうのだから気にしないでね」

 

「あ、ああ。了解した、マスター」

 

 マスターに冷や汗を出したままの状態のアーチャーが返答する。らしくない、皮肉な雰囲気など欠片も無い引き攣った笑顔をしていた。いつもの遠坂凛に戻った凛は、士郎へと向き直す。

 

「とにかくっ! 話は今の通りよ。

 わたしたちの協力関係はまだ続いている。今日はもう無理だろうけど、明日になれば学校でキャスターのマスターを捜す事だって出来るわ。

 ―――――つまりは現状維持って訳だけど、衛宮くんはそれでいい?」

 

「ああ、そのつもりだ。それで今日はどうするんだ? やっぱり柳洞寺に行ってみるのか?」

 

「そんな訳ないでしょう。アーチャーの話じゃ柳洞寺に行くのは自殺行為だって話だし。キャスターを倒すんならマスターを捜すのが先決よ。

 幸か不幸か、キャスターのマスターは毎日学校に来ている。こっちからつついて警戒されるより、今は続けさせた方がいいわ」

 

「む……?」

 

 士郎の唸り声。

 

「……つまり、誰がマスターなのか確かめた後、柳洞寺に戻る前に襲おうってハラか?」

 

 悩んでいた士郎が、凛の考えを理解する。

 

「そういう事。どうもね、キャスターのマスターはわたしと衛宮くんがマスターだって知らないと思うのよ。

 だって、知ってたら学校になんか来ないでしょ?」

 

「あ―――――うん、それはそうだ」

 

 

 士郎と凛はこれからの方針を話合っていった。

 

 

◇◆◇

 

 

「言峰さ、アレはヤバかったんじゃない?」

 

 マスターとサーヴァント連中が会議をしているところから少し離れて、綾子が士人が話をしていた。

 

「ヤバいって、ふむ。俺が紅いのをからかっていた事か?」

 

「そうだよ。あんま余分なことはしない方がいいぞ、如何見ても堅気じゃないし」

 

 魔術師でもないのに直感でサーヴァントの危険さが判る辺り、綾子の霊的感覚は優れているのがわかる。見た目からしてサーヴァントの恰好は普通ではないが、それらが持つ雰囲気だけで彼らが人間ではないと綾子には何となく感じ取れた。

 

「そうは言ってもな。ああいう業が深そうなのは、色々と手を出したくなるのだよ(横のセイバーも面白そうな印象だが、アレはギルが欲しそうにしてたから、な)」

 

 内心でセイバーのことをそう考えていた神父。彼女の事を士人は教会の居候の女で彼の現世での玩具という認識のため、自分から関わろうとは思っていなかった。王様から聞いた事と実際に見た感じ、中々に愉しそうな人物みたいだが、それはギルガメッシュの娯楽だ。態々、他人の遊びに手を出すのもどうかと思い、からかうことはしなかった。

 

「……あ、悪趣味だよ、アンタ」

 

 少し引く綾子。

 

「そうか? 俺みたいな神父は他人の悩み事とか大歓迎なのだぞ。それと関わるのが仕事でもあり、その仕事が喜びでもある」

 

 やましい事は微塵もない、とそんな雰囲気で言う士人。

 

「……そう聞くとまともに聞こえるから不思議だわ」

 

「ふむ、俺の知人である神父連中に比べれば、自分はまだまだ人間的でまともだと思うぞ。こんな裏側で生活しているからな、宗教組織のイカレ具合とか良く知ってる。教会の人間で、神のためと歓喜しながら戦い殺し尽くす、なんてざらにいる人種だ」

 

「―――――うわぁ。リアルにそんな狂信者がいるの」

 

「ああ、リアルでその様な狂信者は少なくない。

 判り易く言うのなら、魔女狩りの時代や聖地奪還の時代の、そんな今から大昔の人間だと考えてくれればいい。要は、神の為なら全て良し、というヤツだな」

 

 話を聞いて引き攣った顔をする綾子に、いつもの笑顔を向ける士人。

 

「怖いねえ、嫌だ嫌だ。殺すだとか死ぬだとか、世知辛いにも程があるでしょ。

 ……はぁ。いつからあたしはこんな不思議の世界に迷ってしまったのよ、まったく……」

 

「まあ、確実に路地裏で襲われた時からだな」

 

「……ついてないのかなあ、あたしって」

 

 しみじみと呟く綾子であった。今思えば、あの出来事が分岐点だったのだろう。

 

「勿論それもあると思うが、美綴が聖杯戦争に巻き込まれたのは霊的ポテンシャルの高さや生まれ持った才能や異能も理由だろう。

 異端は異端を引き付ける。常識から外れた非常識は非常識同士、引き寄せ合うのが世の常だ」

 

「本当、世知辛いわ」

 

「人生など、その様なものだ」

 

 士人は綾子の嘆きを、ク、と笑い飛ばす。落ち込み肩を落とす綾子と、そんな彼女を笑う外道神父。色々とおかしな光景だ。

 

「士人、アンタはこの後どうするのよ?」

 

 話終えたのか、凛が離れていた士人に声を掛けてきた。何故だかわからないがその隣にいる士郎は顔を赤くしていた。

 おそらく、凛の無自覚なスキンシップにやられたのだろう。

 

「帰って書類整備だ。主に今回の件で出た報告書のまとめだな。

 と言ってもだ、俺には書類整備の前に今は違う監督役の仕事がある。学校から出た後は、聖杯戦争に関わってしまった美綴と少しこれからの事について話合いをする予定だ」

 

 む、とそれを聞いた凛は少し悩む。

 

「じゃ綾子は士人に任せたわ。

 それじゃ、綾子。これから大変だけど頑張りなさいよ。わたしも友人として心配してるんだから」

 

「うん、わかってるよ、遠坂。アンタもしっかりしなさいよ」

 

 凛と綾子が別れを告げた。

 

「行くわよ、アーチャー! 帰ったら本気でさっきの不始末を追求するからねっ!」

 

「ああ、やはりそうきたか。どうもな、凛には口汚さが足りないと思っていた」

 

「――――アンタね。ほんっと、一度とことん白黒つけないとダメわけ?」

 

 あれこれと文句を言い合いながら、凛とアーチャーは去って行った。その後に士郎がセイバーに口を開く。

 

「俺たちも帰ろうか。確かに少し疲れたし、今日は早めに夕食にしよう」

 

「いいですね。その意見には賛成です、シロウ」

 

 士郎とセイバーも帰るみたいだ。彼は言峰と美綴の方へ振り向き別れを告げる。

 

「じゃあ、俺たちも帰る。美綴のことは頼んだぞ、言峰」

 

「わかっている。これは監督役である俺の仕事だ。美綴のことは任せておけ」

 

「それじゃ衛宮。

 アンタがそうだったのは驚いたけど、やめる気はないみたいだからね。絶対に死ぬなよ」

 

「大丈夫だ。俺にはセイバーがいるし」

 

 そうい言って士郎は二人に挨拶をした後、凛とアーチャーに続き、セイバーを連れて学校を出て行った。

 

「さて、あたしたちも帰りますか」

 

「そうだな。それで話は何処でする?」

 

 綾子の言葉に士人は返す。

 

「そうねぇ。あたしは別にどこでもいいわ」

 

 それを聞いた神父は、ふむ、と呟いて数秒悩む。

 

「腹も減った事だ、飯が食えるところでいいだろう」

 

「確かに。昼食の後なのに、何かだるいというか、空腹感があるというか」

 

「あの結界は生命力を吸収するからな。腹が減っているのはその為だと思われる」

 

 士人は一旦、会話を切り間を空ける。

 

「―――――でだ、美綴。一軒、うまい店を知っているのだが、そこに行かないか?」

 

 雑木林を歩きながら横にいる綾子に、とても明るい笑顔で神父はそう言った。



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19.神父と麻婆豆腐

 夜。ヨーロッパに属するとある国。ここは地方都市の光が入らない路地裏。闇に覆われ、月と星の光は一切入り込む余地がない。

 

「――――お前は昔、俺が殺した筈だが……?」

 

「……確かにな。だが、私は肉体の代えなど幾らでもあるのでね」

 

 言峰士人の前にいるのはいつか殺した死徒だった。今は止めを刺したその瞬間であり、彼は油断をすることなく命を奪っていた。が、その時の相手の言葉で、1,2年前の昔に自分が一度殺した相手だったのを思い出した。

 

「しかし真に残念だ。今回もまた貴様に殺されることになるとはな」

 

「何。ただの偶然だろうよ、吸血鬼」

 

 固有結界「魂縛界」を持つ吸血種となった魂を操る魔術師。森の中で士人が不意を突き、一撃で始末したことがある相手であった。しかし、今回の戦闘は先手必勝と言う訳にもいかず、士人は吸血鬼と交戦することになった。吸血鬼にしては珍しく拳銃を武器とし、そしてこの吸血鬼は前回とは桁外れの性能と技量を持った難敵となって士人に立ち塞がった。

 

「しかし、私を殺したところで無駄なのだよ。予備の肉体は違う街に準備してある。本体である魂が入った肉体を殺されるのはまだ二度目だが……何、今回も転移は成功するだろう」

 

 死徒は心臓を聖剣で串刺しにされたまま喋っていた。

 

「ほう。……それは、つまり――――――」

 

「――――そうだ……!

 二番目の私を倒した所で、第三、第四の私がまだまだいるのだよ、代行者・・・・っ!!」

 

 士人に止めを刺された男の体は、心臓から広がって行くように灰となって消えていく。

 

「くく! くははははは!! あぁあははははははははははははははははっ!!!!!」

 

 笑い声と共に、死徒は消滅した。肺が消えても口と目で笑っていた。魔術師が消える。そしてまた、魔術師は現れることとなるだろう。限り無く不滅に近い存在。本当に「殺す」為には魂そのものを死なせる必要が出てくる。

 

「それはまた、疲れる事だな……」

 

 代行者は灰となって消えた魔術師の跡を見ながら呟いた。これはある日の代行者の日常。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 言峰士人と美綴綾子の二人は飲食店の座っている。そして、ここでは独特な音楽が流れていた。今は客も少なく、周りの席に人は座っておらず厨房からも遠い位置にある。

 

「――――へえ。

 吸血鬼なんてのも実在するのか」

 

「ああ。主に死徒と呼ばれる吸血種でな、中々狂ってる連中だぞ」

 

 綾子の言葉に士人は答えた。その時にとある死徒を一人思い出したが、今はどうでもいい事だ。魔術師上がりだったその死徒はかなり強烈なインパクトを持った奴で、どういう運命なのか、自分が何度かその魔術師を倒していた。その魔術師は限り無く不滅の存在であり、理論上、魂を潰さない限り死ぬことが無いのだ。何度か遭遇して殺し合う内に記憶に残ってしまった。

 

「じゃあ悪魔だとか妖怪なんてのもいるのかい?」

 

「無論だ。それらは確かに実在する。

 俺は悪魔召喚が可能なソロモンの魔道書の原典を見たことがあるし、日本には妖怪である鬼と人の混血がいると聞く。本物の魔である鬼も未だに存在しているのなら、自然が造り上げた天然の結界の内側。要は異界で、この現世の世を生活しているのだろうよ。

 こういった常識外の生命体は人間社会に隠れているが、人々の裏側にいるだけでしかりとこの『世界』に存在しているぞ」

 

「マジ? そんなヤバいのがいるの?」

 

「本当だ。そして大抵は人を殺し人を食べるのが当たり前の連中だな」

 

 そう言って目の前の麻婆豆腐を食べる士人。神父の話に顔を顰めていた綾子もマーボーを、あの魃店長が調理した麻婆豆腐を苦も無く食べていた。二人は今、宴歳館・泰山にいる。

 

 

◆◇◆

 

 

 学校を出た二人は商店街を目指して歩いて行く。外に出ると救急車とパトカーの音が段々としてくる。どうやら、士人がすぐに連絡した為、公共機関も迅速に動いている様だ。

 

「―――で。美味い店って何処にあるのよ?」

 

 学校から外に出た綾子は士人に問い掛ける。

 

「商店街の一角にある中華料理店だ」

 

 固まる綾子。彼女は前に一度聞いたことのあった、商店街には地獄が存在すると。彼の地の名前は、泰山。自分は食べた事はないが、なんでも紅色の煉獄がそこには顕現する、と綾子は聞いていた。

 

「まさか、それって……泰山?」

 

「なんだ、知っているのか」

 

 見事的中。

 

「そう言う冗談は好きじゃないぞ、言峰、ははははは……………」

 

 取り敢えず否定して欲しく、そんなコトを言った。ワザとらしい笑い声で、その声も段々と萎んでいった。

 

「ハハハハ……―――――――本当だ」

 

 取り敢えず笑った後、士人は肯定した。

 再度、固まる綾子。

 食通だった知人の女子が泰山の麻婆豆腐を食べて、余りの辛さに号泣して意識が保てそうになかった、と綾子は聞かされていた。その女子は辛いモノ好きで他の店のものなら激辛を食べても大丈夫な強者だが、泰山のマーボーはダメであった。

 

「……死ぬ気、アンタ?」

 

「いや、そこまで言う程ヒドくはないぞ」

 

 真顔で断言する綾子に、らしくなく傷付いた顔を向ける士人であった。二人は泰山のある商店街へ向けて足を進めていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 それから数十分後。そんなこんなで泰山でマーボーを食べている二人。蓮華を握り、マーボーを口に運ぶ綾子。

 

「しかし、この麻婆豆腐は美味い。やっぱり噂なんてあてにしちゃダメだね」

 

「だろう? この辛さが食を進めるのだ」

 

 士人は新たに同志を得た。食とはやはり気が合う者と食べれば旨くなるのだろう。もっとも士人はそんな情緒は関係なく、ただ麻婆豆腐が好きなだけであるが。

 

「このマーボーの辛さが、こう、何と言うか、タマらないかもしれないよ」

 

「美綴、お前は実に正しい。

 今日は俺の奢りだ。好きなだけ食べて良いぞ」

 

「本当かい! じゃオカワリ頼んでもいい?」

 

「勿論だ」

 

 魃店長が聞けば感涙ものの台詞を綾子は言っていた。麻婆豆腐の理解者をバゼット以来初めて得た士人は、その祝福として気前よく綾子に奢ることを決めた。美綴が言峰に遠慮する事も無く、また、女に奢ると言った男の申し出を断るのも如何かと思い喜んでゴチになる事にした。

 常連と言えど、最近よく来店する士人を魃店長は不思議に思った。また、同じく常連だった士人の養父である綺礼が死んだのが吹っ切れた様に見え、同時に安心もしていた。

 それに今回は同じ年くらいの女の子を連れて来ていたので、内心色々と勘繰ってしまう店長だった。

 

「(士人が女を連れてくるとは、ネ。時が経つのは早いアル)」

 

 士人が初めて来た時から外見が全く変わらない魃店長は、しみじみとそんなコトを思っていた。

 二人がマーボーを食べて初めて十数分。おかわりも食べ減っていた体力や、感じていた空腹感が消える。食べている間に裏側の事を質問していた綾子だったが、そろそろ本題に入ろうとした。

 

「でさ、言峰。

 ―――――どうして間桐を殺せたんだ?」

 

 意を決して綾子は士人に問い掛けた。

 目は揺らぐ事無く、真直ぐに彼を貫いている。師匠に似ているな、とそれを見て士人は思った。そして、凛と綾子が仲が良いのも、神父は納得出来た。

 

「ほう。どうして、か……。お前は、何故、では無く、如何して、と聞くのだな」

 

「ああ、間桐が殺された理由なんて判り切ってるじゃないか。

 アンタは監督役で、間桐はあたしたちを皆殺しにしようとした犯人なんでしょ? 状況を見ればなんとなくわかるコトだし、みんなの話を聞いていれば自然と理解する。

 ――――あたしが知りたいのは、それじゃない。あたしはおまえが、どうしてそんなコトをしたのか、それを知らなくてはならないと思ったんだ」

 

 む、と悩むように首を捻る士人。そして、1、2秒間、沈黙する。そのあと合点がいったように苦笑した。

 

「……間桐の死にお前が責任を感じる必要はない。

 俺は確かに美綴との約束で下手人を倒すと言ったが、それでお前が罪悪感を感じるのはお門違いだ」

 

「―――――……ん」

 

 図星だった。綾子は士人とあの時、結界の犯人を倒すと約束して為に、間桐慎二が殺されたことに言い様のない後味の悪さがあった。それは、ただ人が死ぬという現実に対するモノだけではない。事件に関わった者として芽生える罪の意識であった。

 

「それに間桐慎二はお前を路地裏で襲った犯人でもある。

 ほら。自分を殺そうとした相手の死を悼むなど、人に褒められる趣味ではないぞ」

 

「――――悼んでなんかない。

 自分を殺そうとした人間をあたしは悼む事はしないし、出来ないよ。

 ……ただ、な。周りの人が消えるのは悲しいコトで、アンタが人を殺したのが、何と言うか……そう、虚しいと思っただけさ」

 

「そうか」

 

 綾子の言葉。人の死は悲しいのだと、人が人を殺すのは虚しいのだと、そんな当たり前の感情。それが士人にぶつけられる。神父は、それを笑顔で受け取った。神父らしい微笑だった。

 

「まあ、それはそれとしてだ。お前の、如何して、という質問に答えよう」

 

 話を区切る士人。

 

「うん」

 

 綾子は話を促した。彼は真剣な顔をしている綾子の眼を見ながら話出す。

 

「一言で言ってしまえば、代行者、だからだ。

 神父であり代行者である自分には少なからず社会的責任がある。それはな、教会に所属する代行者として魔を払い、神秘の漏洩を防ぐ事で人間社会を維持する事だ。賃金を貰い仕事に就いているのだから当然の事だが、自分の仕事は果たさなければならないだろう。それにこれは、信仰、という精神的な宗教上の事でもあるしな」

 

それを聞いて綾子は、はぁ、と溜め息を吐く。

 

「……だから言峰さ。あたしは、どうして、と聞いているのよ」

 

 長くなりそうな話。綾子は呆れ顔で、結論を言え、とそんな意味のコトを喋り掛ける。言われた彼は、相変わらずないつも通りの笑顔で謝罪する。……もっとも彼の表情は全然すまなそうではなかったが。逆にイラつかせるのを楽しんでいるみたいであった。

 

「すまないな。では、長話になる前に話を纏めよう」

 

 神父は一息入れてから語り出す。

 

「俺の話は簡単でな。血に酔った化け物も、魔に狂っていた間桐慎二も、浄化の対象としては大差がなかったからだ。

 衛宮にも言ったが、あそこで間桐慎二という大量虐殺未遂犯を取り逃がすのは職務怠慢にも程がある。それにアレは隠すべき神秘の漏洩を全く気にしていなかった。殺さない方がどうかしている。さらにアレは監督役を殺すと敵対してきた違反者でもあったからな」

 

 士人の答え。間桐慎二は人殺しに過ぎなかったから殺した、とそう言った。

 それもただの人殺しでは無く、魔に属する人殺し。解り易く言ってしまえば、警察官が民間人を守るために仕方なく発砲して犯人を殺したようなモノだ、と士人は綾子に説明した。つまり今回の事はそれが裏側の場合に変化しただけ。警察官役が言峰士人であり、犯人役が間桐慎二に当てはまるのだった。

 

「そうかい。つまりアンタにとってはアレが日常だって、コトか……」

 

 綾子は理解する、この神父にとって殺し殺されは当たり前の日常でしかないのだと。あの場で間桐慎二を処断したのは当然の事であり、彼にとっては殺し合いは慣れ切った出来事に過ぎなかった。殺人を悪だと識っていながら当然の様に出来るのなら、それは言峰士人からすれば既に許容したモノなのだろう。

 

「そうだな。日常とは少し違うが、今回に似たモノは良くある事だ」

 

 そう答える士人。だが自分で言った言葉に違和感があったのか、むぅ、と怪訝そうな顔をする。

 

「……いや。やはり美綴が言った様に日常と言ってもいいかもしれないな。

 魔に属する悲劇は俺にとって既に違和感がない。教会の仕事はこのようなコトばかりだからな」

 

 神父は学校に行き、教会や遠坂邸で過ごす日々を日常だと考えていた。友人と話をしたり、学校で勉学に励み、師匠と魔術の修行をしたり、鍛錬に没頭したり、そんな日々を日常と考えていたのだ。代行者として、化け物や魔術師を討伐するのは非日常と士人は扱っていた。

 しかしいざ考えてみれば、これらにはあまり大差を感じるコトはない。士人は綾子に問われ、彼は日常も非日常も、自分にはその二つに境界が存在しないことに気が付いた。

 

「ふ~ん。なんと言うか、ご苦労様だな、それ」

 

「……いや。お前に労われてもな。

 しかもその言葉には全くのゼロと言える程、誠意が欠片も込められていないぞ」

 

 呆れ顔の神父。対面に座る友人にジト目を向けた。

 

「まあ、ね。それは今のあたしが実感できる世界ではないし。正直言って今の状況については、なにがなんだかさっぱりだわ」

 

「ふむ。まあ、それもそうだろうな。そもそも此方の知識がない美綴に理解しろというのが酷な話、こういうのは慣れが大切だ」

 

 疲れた様子の綾子は手元にあるお冷をグイッと一杯飲む。美味かったが灼熱としたマーボーの痕である、口に残った煉獄の熱が水に冷やされて引いていく。

 

「そう。まあ、話はだいたいわかったよ。

 アンタは別に正義感や偽善心で間桐をヤったって訳じゃないのね」

 

 と、彼女はそんなコトを喋った。取り敢えずと言った感じであるが聞きたいコトは士人から聞けたようだった。

 

「ああ。そもそも感情で誰かを殺めたことは一度も無い」

 

「―――――………。そっかぁ………」

 

 長く沈黙した後、綾子がそう呟く。と、丁度その時のことだった。

 

「ハイ、追加の杏仁豆腐お待たせアル。

 ……若いお二人さんは遠慮しないでもっとゆっくりしていくといいネ、フッフッフ」

 

 ―――まさにエアブレイク。そして店長は、ニタリ、と言う擬音が似合う笑顔を士人に向ける。

 年齢不明のロリ中華な店長はまるで、お邪魔ムシは退散アル~、と言いたげな雰囲気で厨房に戻って行った。

 

「……なあ言峰。あの店長、なんか勘違いしてない?」

 

 綾子は去って行く魃店長の後ろ姿を見て話し掛ける。そして士人の方に向き直った。

 

「………………む?」

 

「(――――こいつ、杏仁豆腐食ってるよ……)」

 

 綾子の視線を今気付いたように声を上げる士人。彼女は、パクパク、とデザートを食べて、食後を楽しんでる神父が目に入った。

 

「はぁ……ったく」

 

 悪態をつく美綴綾子。そして、ヤレヤレ、と首を振る。そうして綾子は、目の前の杏仁豆腐を食べる為にスプーンを握る。士人の様子を見ていた彼女は神父が、自分のコトを何も気にしていないのか、そもそも店長の妄言を聞いていなかったのか、と予想した。

 とは言え綾子は、あの言峰が色恋沙汰であたふたする姿など全く想像出来ないのであるが。彼女が今思うと、感情的な言峰を見た事が無かったのに気付く。怒鳴ったり、恥ずかしがったり、怖がったり、とそんな姿を見た事がなかったのだ。

 

「気にするな美綴。俺は別に不快ではない」

 

「――――――へ?」

 

 まさに不意打ち。真顔で士人が綾子に言った。

 

「……え、いや、ちょっと!?」

 

 無関心な姿を見せておきながら時間差で話掛けてきた士人に戸惑う綾子。学校で綾子に見せる人をからかったヘラヘラとした笑顔でもなく、お気楽で自由気侭な雰囲気も無く、死んだ魚のように無関心な目でも無く、物凄く男前な表情と意志が宿った目で士人は綾子を見ていた。一言で纏めてしまえば、カッコいいのだ。それも普段の士人と今の士人とのギャップがかなりスゴいことになっている。そりゃ戸惑って当然だった。

 

「―――――――――ク」

 

 と、そんな綾子から視線を逸らして神父は笑った。凄く失礼な笑い声だった。

 

「……オイ」

 

 震える声。綾子は理解する、自分はからかわれたのだと。そして思った、乙女の心を笑った外道神父に天罰をと。

 

「気にするな美綴。ただ何だ、少しからかいたくなっただけだ。他意は全くない」

 

「気にするわ! ってか、他意はないってどういうコト!?」

 

 再度混乱に落とされる綾子。そして、ククク、笑う士人がそこにいた、杏仁豆腐のスプーンを握りながらではあるが。

 

「さて? お前の好きに考えるといい」

 

何故(なにゆえ)っ!? それとアンタはあたしの質問にちゃんと答えろ!!」

 

 とぼける士人にツッコミを入れる綾子。第三者から見れば青春を謳歌する高校生同士の痴話喧嘩。所謂、青春の一時と言ったところだろう。社会人が見れば自分の青春時代を思い出す微笑ましい光景。または嫉妬を感じる光景だろうか。

 

「まあ、落ち着け美綴。その可哀想な様に免じて冗談はここまでにしてやろう」

 

 そしてソンナコトを言う神父さん。彼はとても良い笑顔をしているのであった。

 

「ア、アンタってヤツは! 本当に!!」

 

 震えるスプーン。綾子が握っているスプーンは今折れても不思議ではない程の握りっぷりであった。ついでであるが、厨房にまで聞こえてくる綾子の声は、魃店長からしてみれば痴話喧嘩にしか聞こえなかった。

 

「だから落ち着くといい、美綴。それでは杏仁豆腐を味わって食べられないぞ」

 

 パクリ、と食べ続けている士人。

 

「………なんかもう疲れた」

 

 スプーンでデザートを掬う。

 

「―――おぉ、これはなかなか」

 

 口の中に溶け込むように味わい深いソレ。さっきまでの表情を一転させ、綾子の顔が笑みを作る。それは疲れた心を癒してくれる味だった。

 

「ここの杏仁豆腐は店長秘伝の手作りだからな、そこらのモノとは質が違う。そして値段も良心的なのだ」

 

「ほうほう……って。随分詳しいな」

 

「まあな。俺はここの常連でな、もう十年近く通っている」

 

「それはまた長いね」

 

 士人が一掬いして口にスプーンを運ぶ。その後、味わった口の中の杏仁豆腐を喉に飲み込んだ。

 

「……気になったのがな、美綴」

 

「ん?」

 

 一口食べた後に彼は目の前の少女に問い掛ける。

 

「俺は人殺しだぞ? それにしてはお前の反応は酷く薄く感じられる」

 

 それは彼にとって当然の疑問だった。衣食住を保護され人権を約束された日本では、どのような理由があろうと殺人は禁忌となる。いや、どの様な理由があろうとも人を殺すという事は道徳に反し、現代日本の思想では殺人は罪悪とされる。その国の高等学校に通う女学生にとって士人のような人外の力を持つ人殺しは化け物に見える筈だ。

 美綴綾子にとって言峰士人という存在は殺人を許容した異常者。嫌悪感を覚え自分から遠ざけたいと思うのが当然の話だ。

 

「いや、アンタが何をしようが、言峰は言峰でしょ? 特に思うコトはないね」

 

 そう言って、また食べ始める綾子。それを見て、キョトンとした雰囲気になる士人。

 

「これはまた。予想外というか、何と言えばいいか……」

 

 む、と悩んだ顔になった神父。彼の目の前にいる彼女はそんな士人を面白そうに見ていた。

 

「……どうしたのよ。変なことでも言ったかい?」

 

 言われた士人は、むむ、とさらに悩んだ表情を浮かべる。

 

「まあ、変と言えば変だな。

 人の死を嫌悪するのは日本人の感覚としては当然の倫理観だ。殺人者を嫌悪するのもまた同じ。どの様な理由があろうと、人が人を害する姿は醜く映るのが自然だと思うのだがな。

 それに人の営みは善悪で区別され成り立っている。勿論、個人個人で認識は違ってくるが、お前にとって、『殺人』は、『悪』に属する人間の営みである筈だ」

 

 もっともどう考えるかは美綴の好きだが、と彼は最後に呟いた。

 

「―――と、言われてもね。

 あたしは殺害現場を見ていた訳でもないし、実感なんてないんだぞ」

 

 悩んだ雰囲気で綾子は士人に応える。

 

「それでも変だ。お前は真実として俺の行いを知っている。俺を否定しないコトは俺が間桐慎二を死に追いやったコトを否定しないのと同じだ。

 ―――お前はそれをわかっているのか、美綴?」

 

「………わかってるよ。

 人殺しはいけない。けどね、別に間桐が殺されたことにはなんの感慨もない。

 さっきも言ったが、人が死ぬのは悲しいコトで、そしてあたしが感じたのはそんなモノさ。間桐慎二が死んだコトで、特別に何かを思う事は別にないんだ」

 

 士人は黙ってそれを聞いている。

 

「例えるなら、そうだね、ニュースで人の死を知るのに近いかな。それが悲しい事とは思う、でも心に響くモノが何もないのさ。

 惨劇の場にいて、聖杯戦争に関わった者として、思うコトは多々ある。あたしがアンタにああ言わなくても結果は変わらないんだろうけど、間桐慎二の死にも関わってるから罪悪感に似た感傷も少なからず存在するよ。まあ、本当にちょっとしたモノだけどね」

 

 そう言った彼女は、パクリ、と掬っていたデザートを一口。

 

「なんとまあ、これは驚きだ。お前も大分歪んでいるのだな」

 

「失礼だね、アンタ」

 

 憮然とした顔を向ける。もっとも、歪んでいると言われて愉快な気分になれる人はそうそういないだろうから普通であるが。それに対して神父は笑顔を返した。

 

「いやいや。俺は褒めているのだよ、美綴。

 ――――お前の心は歪んでいる。

 平和に生きて来たお前が、突然目の前で起きた惨劇とそれによる人の死を許容できる時点で、普通の精神とは何処かが最初からおかしいのだろう。魔に適した人間というのはそういう部分が精神に少なからず存在する。

 美綴。お前にはやはり、此方側の才能が有りそうだ」

 

「……そうかねえ。

 あたしは自分の認識は普通だと思うよ。だって突然の惨劇と言っても惨劇自体が起こるのはわかってたし。それに間桐が死んだっていっても、いちいち他人の死に構っていたら疲れるだろ?

 身内の人間なら兎も角、他人は他人故に関心が湧かない。無関心なヤツがどうなっても関心は得られないのが普通だと思う……ま、あたしはだけど」

 

 そう言ってまた水を飲む綾子。やはりマーボー適性が高かった彼女も初めての泰山製麻婆豆腐は舌にくるモノがあった。杏仁豆腐だけでは、このマーボー、完全な口直しにはならないのだ。水のひんやり感がなんとも言えない。そして水を飲んでもまだ口の中がヒリヒリする。だが今の綾子にはそれさえも心地良かった。

綺礼や士人と同じで、綾子は確実にマーボー中毒になっていた。

 

「ふむ。では間桐はどうでもいいと?」

 

「部活の時以外では、ね。あいつとは部長と副部長という関係だけさ。間桐の死は悲しいモノだけど、それ以外はこれといって何も」

 

 綾子は「美綴綾子」として、間桐慎二には特別な思いやりはないと告げた。それを聞いて楽しそうに笑みを深める士人。彼は声を少し漏らして笑みを浮かべている。

 

「―――ク。そうか。

 しかしアレは学校の生徒を傷つけた外道だぞ。それについて思った事も、その挙句死んだアレに対しても何も思う事は無いと、お前はそう言うのか?」

 

「ないね。学校の人は今も心配だけど、間桐には全く。

 詳しく聞いてないからまだ学校の友達が全員無事かどうかわからないけど、一人でも生徒が間桐の犠牲になってたら遠坂はもっと暗くなってる筈だもの。過剰な不安はあまりないわ。

 あと確かに間桐のああいった行為は心底腹が立つが、死んだ人間自体には感情が湧かない」

 

 そう断言した。興味が無いと、関心がないと、身内でも無い悪党の死に思うことがないと。

 

「なるほど。お前がそう言うのなら俺は特に言うことはない。

 ……それと学校の方は安心して良いと思うぞ。見た限りだが、一番被害が大きいところでも死人は皆無であった」

 

「―――そっか。そりゃ良かったよ」

 

 

 安心した様に綾子は頷いた。

 

 

◆◇◆

 

 

 杏仁豆腐を完食した二人。口直しに頼んだデザートも楽しみ、今はお冷を一杯飲んでいるところだった。水を飲んだ士人が声を上げる。

 

「しかし随分と内心をブチまけるな。如何したのだ、一体?」

 

 話をしていく内に気になっていったコト。本来なら他人に隠しておくべき自分の内心を語る綾子を不可思議に思うのは当然だった。そして綾子が話していた事は自分自身の倫理観に関わる事柄だ。あまり他人に打ち明けるような内容ではない。

 

「アンタ相手に隠しゴトをしたって意味がないじゃない。身近な人に自分の本音を喋るのはひどく恥ずかしいけど、言峰が相手じゃ羞恥心が欠片も湧かないよ。

 それにアンタは神父さんなんでしょ、こういう話を聞くのが仕事じゃないのかい?」

 

 何でもないように綾子は言った。

 

「確かにそうだが。ふむ。まあ、お前の言う通り他人の懺悔を聞くのも俺の役目。お前の話を聞く事に不満は欠片も無いが、如何にも気になったのでな」

 

 神父は机に肘をつき、顔の前で手を指で合わせている。そんな士人を見ながら綾子はコップを片手に持ちながら、もう片方の腕の肘を机につき手で顔を支えていた。ふ~ん、と彼女は士人の会話に相槌する。

 

「しかし言峰、なんでこんなにあたしの質問に答えてくれるんだ? 裏側のコトは極力秘匿するのが義務じゃなかったのかとあたしは思うんだけど」

 

 疑問の声を上げる綾子。それに士人は呆れた声で返答する。

 

「……まったく、何を今更。

 気付いてないならここで言っておくが、お前は既に手遅れだ。完全に此方側の人間になっているのだよ」

 

「―――――は?」

 

 思わず口から漏れた声。

 

「いやいやいや。そんな話は全然聞いてないよ。……それ、どういうコト?」

 

 当然の疑問だった。自分はまだ一般人という認識である綾子は、異端の道を知ってしまった唯の女学生だ、と自分のことを考えていた。

 

「無自覚な素質で俺の精神干渉を完殺したお前が、前と何も変わらない日常に戻れるわけないだろう。別に特にこれと言って今までの生活が変わることもないが、異端を知った者として非日常と同時に日常を生きていく事になる」

 

「えっと、それはつまり……?」

 

 いまいち理解しづらい言葉まわしである士人の話に首をひねる。

 

「資格の有無だよ。美綴が此方側に来たいなら来ると良い。また来たくないなら別にそれで良い。

 そもそもこの冬木の地において、お前の生殺与奪は全てセカンドオーナーの遠坂凛にある。アレの弟子である俺は、半ば聖杯戦争の管轄から外れているお前の処遇を決める権利はないのだ。この地の異能力者の管理は師匠に責任があるからな」

 

 その話を聞いて思いっきり顔を顰める綾子。眉を歪め眉間に皺が寄っていて、どれ程悩んでいるか表情で良く解かる。

 

「―――生殺与奪って。その、遠坂が……?」

 

 戸惑いながら口を開ける。士人はそれを聞いて、ウム、と頷いてから話し始める。

 

「ああ、そうだぞ。しかしな、師匠は要らぬ殺生は好まないし、俺も殺さなくてよい人物を態々殺す殺人嗜好者ではない。

 本来なら異端を知った者は始末するのが魔術師の慣わしだが、ここのセカンドオーナーは魔術師とは思えない程のお人好しだ。まあ、その人の弟子である俺が『お人好し』などと言える事ではないのだがな。

 ……簡単にな、今のお前の状況を纏めて言ってしまえば、不幸中の幸い、という言葉通りの状態だ」 

 

 と、士人は話を終えた。そしてこの話を聞いて綾子は言い様の無い奇妙な気分となる。魔術などと言うのは本来なら御伽話だ。そこに、英霊と何でも叶う聖杯、さらにこの世界は幻想の生き物が跋扈する魔窟みたいな世界だと知る事となった。そして自分もそんな異端どもの一部分となってしまったみたいなのだ。

 未知に対する興味と血生臭い世界に対する不安。その二つが彼女の内にあった。

 

「なんだか面倒なコトになってるのね。じゃあ結局、聖杯戦争が終わったらあたしはどうすればいいのよ?」

 

 結論を知っておきたい。どうせ悩むのなら時間は多い方が良い、と綾子は考えた。

 

「お前の好きにして良いぞ。

 俺としては学びたいというなら魔術を学んで構わないし、このまま日常を過ごしたいというならこの事を忘れて生きていけばいい。

 だがまあ、この戦争で師匠が生き残ったら、美綴の意見を聞いた上で最終的な決定は師匠が決めるだろうよ。しかしお前はもう記憶の消去という段階はもう過ぎ去ってしまったからな、俺の意見では最低でもある程度は知っておき此方側の存在になるのが最善だと思うぞ。まぁ、無理矢理消去されると言う選択肢もあるにはあるのだが。

 此方側に来たとしても必ずしも魔に関わって生きていく必要がある訳でもないしな」

 

「……へぇ~」

 

 いまいち明確なビジョンが浮かばないので、綾子は気の抜けた声で取り敢えず相槌をうっておいた。ある程度の問答を終えた彼ら。入店してから長い時間が既に経っている。言峰士人と美綴綾子は結構長居をしてしまっていた。

 水を飲んでいた士人だが、前にいる綾子へと声を掛ける。

 

「さて、空腹も満たされた事だ。そろそろ帰るとしよう」

 

「そうだね」

 

 そう言って二人は席を立つ。お会計を済ませるためレジへと歩いて行く士人の後ろを綾子は付いて行った。



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20.黄昏スモーカー

 私に名はない

 もっとも、立会いで名乗りを上げるべき相手がいなかった。

 

 学も無く読み書きも出来ない。

 そもそも、生きる為に必要なものではなかった。

 

 ……毎日毎日、ただただ刀を振る日々。戦も無く平和な日常。

 

 追い剥ぎや山賊などはいるが、これといって何もない世界。

 しかし、争い事が全くない訳ではなく、自分は殺し合いを何度か経験した。鍛えた剣技で悪党の類は斬った事は何度かあるが、強敵に巡り合うこともなく、剣術家としては何の達成感もなかった。一人の人間として、自分の剣で人を助けられたことに喜びは確かにあったが、欲しかったものは十分に立会いのできる相手だった。

 本来なら、戦士である侍もただの階級に落ち切っていた。武家生まれの男と死合いをした事もあったが一撃で首を撥ねることが出来た。それでも、世には強者と言える程の猛者たる侍がいるのだろうが、自分がその者らと出会うことは一度も無かった。

 

 ―――戦いの充実が得たかった。いつかは自分と斬り合える者に巡り合いたかった。

 

 だが、自分と斬り結べる敵に会うこともなかった。田畑を耕す傍らで剣を振っていた。いつかは、とそう思って鍛えていた。

 

 ―――あれはいつだったか、見上げた空を飛んでいた鳥を斬ろうと決めたのは。

 

 とにかくする事が何もなかった。だから自分は目指す場所が欲しかったのだろう。それからは、「つばめ」と呼ばれる鳥を斬るために刀を毎日振って過ごしていった。

 

 

 ―――春夏秋冬、剣を振る―――

 

 

 ただ燕を斬る為に剣を振る。

 振って振って振り続ける。苗植えの時期も、収穫の時期も、刀と生きて剣を振る。

 

 

 

 

 ―――そして自分は秘剣を完成させ、何も得ることなく生涯を終わらせた。

 最期の時、この秘剣を存分に振える者と立会いがしたい、と無念を募らせて死んだのだった。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 柳洞寺の山門。そこには誰も見当たらないが、確かに目に見えない「何か」が存在した。

 

「…………(いやはや如何も、人生はまこと不可思議なことが起こるものよ。まさか、死んでから己が望みが叶うとは)」

 

 太陽が沈む黄昏の時間。侍が一人、佇んでいた。

 

「…………(まさに、夢。死後の夢がここまで愉快なものだとは思わなんだ)」

 

 現世に呼び出された彼は、真名を佐々木小次郎と名づけられたサーヴァントである。

 本来の彼には名前はないが、佐々木小次郎として召喚されたのなら、無名であるその身は佐々木小次郎なのであろう。

 

「……………(出来る事なら山を下りて現世も楽しんでみたいが・・・、ふ、詮無き事よの)」

 

 魔力に余分がないので戦闘の時以外は常に霊体となって山門に待機していた。それは己の召喚者である性根が捻じり曲がった魔女の仕業であった。小次郎は、あの女は男が苦しむ姿が好きなのだろう、と魔女の事を最悪だと思った。

 

「―――(召喚されしサーヴァントは七騎、未だ誰とも決着はついておらん。…さてはて、次に果たし合う強者は一体誰なのか、まこと楽しみよ)」

 

 

 

 ―――侍が笑う。

 山の頂きから、愛しき強敵がいる冬木の町を見下ろしていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 泰山を二人は出る。士人が会計をサクッと済まし店を出ていた。

 代行者として働き、経費として教会から賃金を貰っている士人はかなりお金持ちなのだ。飯を奢ったくらいで懐にダメージはない。

 

 

 ―――夕焼けの川岸。二人がいる場所をオレンジ色の光が照らしていた。

 

 

「…………………はぁ~」

 

「ごほっ、ゴホッッ………キツゥ。なんでこんなのを吸えるのよ?」

 

 ぷはぁ、と士人の口から灰色の濁った煙が出る。そして神父から一本興味本位で吸ってみた綾子は、おもいっきり咽ていた。

 なんでも無い様に吸っている士人を変なものを見る様に彼女は見ていた。

 

「……さあ、こういう物は好みの問題だと思うが」

 

 士人は小型の結界を張り、周りの一般人から認識されないようにしていた。煙草を吸っている姿を人に見られても特に問題はない。何せそこに何が有るか認識できないのだ。士人は魔術師ならあまり見向きをしない、こういった便利な魔術を多く習得している。

 そして一息ついた後、彼は綾子へと言葉を続けた。

 

「それとな、煙がキツイならまずは口に入れるだけで肺に入れないようにしてみるといい。慣れてきたら徐々に肺へ送ってみろ。それでも駄目なのならお前には合わないのだろう」

 

 言われた綾子は口に煙を溜め、ぷは、と煙を出す。次に少しだけ煙を吸い込み咽ることなく煙を出した。徐々に繰り返していくと慣れた感じに煙草を吸っていく。

 顔が段々と恍惚としたモノに変わっていった。口には笑みが造られてる。

 

 ――ぷはぁ――

 

 そんな擬音が似合う様に綾子の口から煙が漏れた。

 

「………これ、イイかも」

 

 思わず、といった表情で呟いた。

 そんな綾子を見ながら士人は箱から一本煙草を取り出しソレを二本の指で挿んでゆらゆらと揺らす。

 

「――――欲しいか?」

 

「――――頂くよ」

 

 ……士人の持っていた煙草の先端に火が灯り、それを綾子は受け取った。

 

 橋の近くにある公園で神父が魔力回復の為、日課の煙草を吸っている。

 教会の過剰なまでに洗浄された空気や工房の濁った空気に満ちる大源より、外の新鮮な空気に満ちている大源の方が風情があるというものだ。それに教会は言峰士人が管理している落ちた霊脈がある。教会の空気は必然的に魔に歪んでいるのだ。部屋の中で吸うより、こうして外で吸う方がヘビースモーカーとしては情緒があるというものだ。

 それと綾子がこの場にいるのは単純で泰山で食べ過ぎたからだ。彼女は回り道をして長い距離を歩いて帰ろうと考えていた。このままでは夕飯を残してしまうし、何より女の怨敵が増加する。

 

「美綴は煙草を初めて吸ったのか?」

 

「そうだよ。・・・こんな姿を父親に見られたら、思いっきり怒鳴られるからね。それに母親にばれた場合も不良になったって泣かれて怒られるわ。

 ほんと、考えただけで、怖い怖い」

 

「―――家族、か。

 ふむ……やはり俺には全く解らないな。親と言う存在は恐ろしいものなのか?」

 

「そりゃ勿論さ。あたしじゃ全然勝てない相手、それが肉親ってもんだよ」

 

 それは士人には解からない理屈だった。

 

「―――む。そうなのか。

 俺は綺礼(オヤジ)と本気の殴り合いをした事があったが、何とか勝ったな。内臓がいくつか駄目になり両腕も粉砕したが、アレの意識を奪ってやった」

 

 あれは三、四年くらい前の事だったなぁ、と最後にしみじみと呟く神父。

 

「…………そういう意味じゃないんだけど」

 

 ジトっとした目を向ける美綴。それに士人は苦笑して話を続ける。

 

「冗談だよ、美綴。言葉に込められた意味くらいは俺でもわかる。

 ただ俺には、怒鳴られるとか、叱られるとか、そういった経験がなくてな、お前が言った事に対して実感が欠片も無いのだよ」

 

「………どんな親さ、それ?」

 

「――……そうだな。一言で纏めると外道神父、だな。

 俺は自分に不都合が無ければ、養父に言われた事を、言われた事以上の出来で成果を出してきたからな。まあ、叱られる事をしていないと言うのもあるのだろうが、その様な怒ると言う親の行動は愛があってこそなのだろう。

 それから、そもそもアレにまともな親としての機能がついていないのも原因だな」

 

 士人の話を聞いた綾子。表情で内心が丸わかりだ。

 

「―――壮絶、だね」

 

 と、そんな一言を呟いた。

 

「――…………壮絶って、美綴お前なぁ」

 

 なんだかなあ、と言いたげに神父は隣の少女に言い返した。

 

「子が子なら親も親って訳なんでしょ、どうせ。

 遠坂やアンタの知り合いからは、その神父さんに良く似ているって言われてるだろ?」

 

 沈黙した士人は、スー、ハー、と煙草を吸って吐いた。視線の先は今にも沈みそうな橙色の太陽だ。灰色の煙が光に溶けて、無くなっていく。

 

「……わかるか?」

 

「そりゃ勿論わかるよ。アンタも正真正銘の外道神父じゃないか」

 

 そう言い切った彼女。そして異様にうまく感じる煙草の煙を吐いた。光の中に消えていく灰煙は中々に風情があった。

 

「俺が養父に似ているか否かは、さておいて。

 親に勝てないとはどの様な心情なのだ? 出来れば聞いてみたいのだがな」

 

「……そうねえ。こう何と言ったらいいか……そうだね、精神的に勝てないってヤツ。最終的にはどうしても頭が上がらないのよ」

 

 首を捻りながら綾子は答えた。

 改めて考えてみれば身近な事程、難しいコトもない。自分がそこに関わっているならなおさらなのだろう。単純に客観的に見ればいいというわけでもない。逆に主観的なモノだけでも間違っている訳ではないが正しくもないし、そこには如何しても違和感が残ってしまう。

 綾子にしてみれば士人のそれは、中々考え深い質問であった。

 

「なるほど。やはり、俺には解らないな。そういうのは経験しないと得られないのだろう」

 

 残念そうな雰囲気を纏う神父は、迷った学者みたいに苦笑を浮かべる。そして困った表情を浮かべる士人は珍しく、綾子は不思議そうに彼を見ていた。

 

「…そう言えば孤児だったんだよね、アンタって?」

 

そこで、ふ、と綾子は、言峰士人は確か養父に引き取られた過去を持っていたのを思い出した。

 

「………どうだろうな。孤児、と言うのは正しくない、と思う。

 火事で一人になったが、その後すぐに拾われたからな。実際、気が付いたら養父のところにいた。俺は独りだったことは一度もないし、独りで生きてきたこともないからな」

 

 重苦しい会話。だが二人ともこれと言って気にした様子はない。もとより地雷原のごとき過去を持つのがこの神父だ。過去話や家族の話をすれば、不幸話になるのが必然だ。

 それに暗い内容になってしまうが既にわかっているコトなので、一々気にするのも失礼だろう。そもそも質問してきたのも士人からであり、綾子が気に病む事でもないのだ。

 

 

 二人が吸っている煙草も段々と灰へと変わっていく。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 煙草も殆ど吸い終わる。

 日も沈みかけ、冬木の街に夜がそろそろ夜が訪れる。

今は聖杯戦争の時期であり、夜の時間は血で血を洗い、肉で肉を削ぎ、骨で骨を砕く、そんな闘争の時間だ。

 

「―――そう言えばさ、なんであたしを助けたんだ?

 いくらアンタが強いといっても、アレが相手じゃ死ぬかも知れなかったのに」

 

 ふと、綾子は疑問に思った。

 確かにこの男がいくら強かろうとも、自分が見た本物の怪物相手では命を掛けなければ生き残る事さえ出来ない。自分のために死を賭した神父にこの様なコトを聞くのは失礼であるが、何処か歪んだ自己犠牲が気になり、それを彼女は聞いてみたかった。

 それを聞いた士人は、ふむ、と頷き目を瞑る。そして数秒間、沈黙した。

 

「理由は簡単でな、それは自分が、神父、だからだ。職業倫理は守らないと人に示しがつかぬだろう。

 それに人を見殺しにするよりかは、助けた方が自分としては面白くなる。また代行者でもある俺は逆の場合で殺す側にもなるし、その相手も人によりけりだ。まあ、なんだ、自分にとって、他人と関わり他者を知るという事はそういう事でもあるのだ。

 ……後は、そうだな。この様な厄介事は自分にとって、又とない娯楽の機会だ。こういうのは損得で考えて動くモノではない」

 

 そんな理由で死徒27祖クラスの怪物である英霊に挑むあたり、この男、中々に壊れている。

 もっとも人の業を愉悦とするこの神父は、厄介事が派手な馬鹿騒ぎであればある程、その時間を愉しんで生きているのだろう。

 

 ―――自身を極め強くなったのも、求道の為。

 

 純粋に極めた果てに何が在り、何を得られるのか、言峰士人はそれも求めている。そして、自身を極めたのもまた、己が得られた誇りの為でもある。

 しかし、そもそも強くないとこの世界を楽しみながら求道など出来やしないだろう。この世では何をするにも力が必要となって来る。意志に刻みこんだ求道に生きる為にも、それを貫き通す強さが必要なのだ。

 

「それはなんと言うか、随分と極端な話じゃないかい? つまりアンタは、助けるのか、殺すのか、その二択しかないってコトなの?」

 

「まさか。これはそこまで極端な話ではない。

 だがまあ、殺して生きるか、殺されて死ぬか、その様な法則が蔓延る戦場では他人に対し、如何してもその様な取捨選択を迫られるものだ。それに自分が経験してきた殺し合いは基本的にそう言ったものだった。

 そもそもの事だが、これは戦場での話。戦いにおいて自分がどのような考えを持っているのか、お前に言っただけに過ぎん。殺し合いには程遠い平和な時間では、俺は神父としてお前と大差の無い倫理に基づいて行動しているよ」

 

 と、そこで話し終える。綾子は小難しい彼の話を簡単に頭にまとめた。

 

「――――む。

 つまりアンタが言いたいのは、限定的な条件下における行動の取捨選択ってこと?」

 

 助けるのか、殺すのか。この両極端な二択を選ぶと言った士人は、戦場や殺し合いでの場合だと限定した。つまり綾子がいつも見てきた言峰士人も戦場で生きる言峰士人も、どちらも偽りなき己である、と綾子に彼は言っていたのだった。

 

「そうだ。俺は先程お前に、厄介事、と話しただろう。

 ――――戦場と言う限定的な状況は、ヒトの業が良く渦巻いているからな」

 

 奈落の目で神父が言う。何か楽しいモノを思い出した子供みたいな、そんな笑みを浮かべていた。

 それを見た綾子はいつもの士人と違和感を感じていたが、どうしてか、それの方が言峰らしく感じるコトを不思議に思った。

 

「……じゃあ、あたしを助けたのもそういうコトだっていうの?」

 

「ああ、そうだぞ。

 それにだ、そもそも俺は神父だ。友人のお前を、助けられるのに助けない、等という選択肢を選ぶ必要がないからな」

 

「――…………………そっか」

 

 綾子は士人が自分を助けた理由を解った。神父であるこの男は人助けが習慣、または習性にでもなっているのだ。

 自分の目的に害がない限り、神父として役割を全うする。

 

「――――日が沈んでいくねえ」

 

 綾子の囁き。しみじみ、と、疲れを口から吐き出す様に呟いていた。

 

 地平線へ真っ赤な太陽が消えていく。

 

「……さて、と。そろそろ帰ると良い美綴。大分時間は潰せたと思うのだが」

 

「―――ヤレヤレ、だね。

 アンタは相変わらず、つれない事をヅバっと言うよ」

 

「つれないとはまた、辛い言葉で。

 だが今の冬木の夜は危険だぞ。どの様な姿で死んでもまったく不思議ではない。早く帰らないとお前の親御さんも心配するだろうし、もし死にでもしたら家族は泣き嘆くことになるだろう」

 

 全くもっての正論。それについこの間に心配させたばかりだ。家族の負担を増やすのも如何なモノか、考えればわかること。

 

「それもそうね。自分じゃ対処ができない危険へ突っ込んでいく程、あたしはまだ狂ってないし」

 

「まったくだ。それに俺は監督役ゆえ、お前が死ぬと死体処理の仕事が増えてしまうからな」

 

「………ここはさあ、男として女を心配するのが男の甲斐性ってやつでしょ?」

 

 あんまりな士人の言い分。人道から遠く離れた言葉だ。綾子は、この外道神父め、と士人のコトを内心で罵っていた。

 

「―――ク。まさか、この俺に甲斐性を求めるとはな。

 もっとも美綴が微量でもか弱い女性だったなら、甲斐性無しな俺でも少しは気の効いた事も言えるのだが」

 

 と、人をからかう悪い笑顔を浮かべる神父。

 残念なモノを見る目で、ククク、と此方を笑う士人に対して綾子は、正直かなりイラっとした。

 

「―――アンタって神父は。

 これだから、外道なんだよ…………っ」

 

「なんと言う事か、命を助けられた相手にそのような暴言を吐くとは信じられん。美綴、お前という奴は本当にか弱さからは遠く離れているなぁ、ハッハッハ!」

 

態とらしく、面白くて仕方がない、と笑っている。綾子のお怒りメーターの針が振り切れそうだ。

 

「……アンタとは一度、トコトン話し合わないといけないみたいだねえェェ…………ッ!」

 

 顔を赤くして怒っている。士人にとって、遠坂に何処か似ている美綴は、自分の師匠よりからかい甲斐があるのだ。そしてそれは、綾子にとって悲劇以外の何物でもなかった。

 子は親に似る。楽しそうに凛をからかう綺礼を見て育った士人の趣味がかなり悪趣味なのも頷ける。何せ、この神父はあの神父の後継者なのだ。

 

「クックック。そう怒るな、可愛い顔が台無しだぞ、残念だ」

 

「残念!? 何がよ!!?」

 

「そうだな。煙草を吸う姿が漢(オトコ)過ぎるところ、とか?」

 

「あたしに聞くなっ! それに煙草はアンタがすすめたんでしょ!?」

 

「ハッハッハ」

 

「―――はっはっは、じゃねぇわよっ!」

 

 と、騒ぎ始める二人。ここまで大声を出してしまうと結界の効力は殆ど無くなってしまう。

 ぶっちゃけた話、河川敷の公園で痴話喧嘩する初々しい高校生カップルにしか見えない。しかし、そんな事を気にするほど羞恥心がある二人ではなかった。士人と綾子は知り合った時からこんな感じであり、高校でも基本的にこのノリだ。

 それに学校で、付き合っているのか、とちゃかされても、全然、と断言しちゃう二人でもある。恋愛感情は無いみたいに思えるし、互いを異性として捉えているのかさえ疑問が残ってしまう。

 

 数分間、いつものように言い合い(?)をする綾子と士人。

 

「もう帰る」

 

「何だ、いじけてしまったのか。まったく、いつも美綴がそういった殊勝な姿だったら、俺もからかう事も少なくなるのだがな」

 

「――――………耐えるの。耐えるのよ、あたし…………………………やっぱ言峰死ね」

 

「おい。声から思考が駄々漏れになっているぞ。それとも態とか」

 

 彼女は思わず心の声が口から漏れ出してしまった。

 

 黄昏の時が終わる。

 夕闇が濃くなり太陽ではなく月が輝く闇の時間。二人の声が聞こえる河川敷の公園は段々と暗くなっていった。

 



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外伝3.Einnashe forest

 今回は外伝です。第五次聖杯戦争以前の主人公過去話です。全部で三話予定。


 ここは太陽の光が届かない森の中。暗い暗い闇そのものが蠢いていた。いや、真実その森は脈動し生物を喰らおうと蠢いている。森の木々は既に木ではなくなっていた。根や蔦が触手の如き動きを見せ、蛸や烏賊の様に生物を捕食している。そして木々は獲物の血を啜っている。獲物は生きたまま血を吸われ、森の養分に変わっていく。

 正体は死徒二十七祖が七位、腑海林アインナッシュ。

 死徒二十七祖が展開する固有結界と噂される森であり、アインナッシュの森は思考林とも呼ばれ半径数十kmもある領域を支配している。そして腑海林の中心には森の王である吸血鬼が君臨し、そこには不老不死の実が宿る木があるとも言われていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 言峰士人は森の中を走っていた。多数の代行者とアインナッシュ討伐の任務を実行中であったが、木々に襲撃を受け部隊は壊滅してしまった。同僚が皆殺しにされていく中、士人は危険地帯を単身で脱出しているところだ。

 

「…………(しつこい木だ、全く)」

 

 言峰士人は両手に持った二本の剣を振るい、襲いかかってくる根や蔦を裂きながら安全地帯を目指して逃げていた。

 士人が持つ漆黒の剣は名前を持たない無銘の剣で、「悪罪(ツイン)」と勝手に名前を付けている。初めから言峰士人が投影できた元の無い剣であり、完璧なオリジナルである。そして、その正体は呪いの泥が武器として現れた概念武装であった。姿は殺害を行うためだけに存在しているカタチをしており、悪魔が変化した様な剣である。また剣というより鉈みたいな鈍重な刃で、刀身は約二尺といったもの。魔術師になった時から日々、愛用している投影品だ。

 言峰士人が森の中を全力で疾走する。魔力を使うことなく生身で木々の間を走っていった。

その速さは自動車に並ぶ程のスピードであるにも関わらず、木にぶつかることも足元の障害物に転ぶこともなく走りながら、襲いかかって来る木々を斬撃で粉砕して進んでいく。

 

「……――――――(血生臭い厭な空気が常に漂っている。大源の魔力が空では、魔術師にとっては真空状態と大して変わらんな)」

 

 この森は大源を木が独占している。魔術の行使には小源のみで発動しなければならない。魔術回路の魔力の回復も自身の生命力頼りになってしまう。無駄な魔力消費は避けなければならない。

 ……神父は独り、森を走り抜けていく。

 

 

◆◇◆

 

 

 聖堂教会に召集され、言峰士人は本部に呼ばれイタリアへ飛行機で飛んで行った。本部には数十人の代行者たちが集められており、中には埋葬機関員のシエルの姿もある。

 部屋に集められた代行者らは作戦を聞くために埋葬機関の長の命令を待つ。そして機関長であるナルバレックから今回の任務の目的を告げられた。

 

「代行者諸君。今回の任務は死徒二十七祖七位、アインナッシュの討伐だ」

 

 それはあまりにも危険な任務であった。

 

「再び活動を開始した腑海林が確認された。既にいくつかの村が壊滅されている」

 

 数十年に一回、アインナッシュは活動する。そして森そのものが移動し、森の中の生命体を木々が捕食する。

 

「魔術協会と死徒らにも何らかの動きがある。

 ――――諸君らには、これらに先んじて死徒アインナッシュの討伐を命じる」

 

 そうして代行者らは命令を受け、現地へと向かって行った。

 現地に着いた言峰士人は、今回の任務のために組まれた部隊の一員となり腑海林へと入って行く。集められた代行者で複数の部隊を組まれており、代行者らはいくつかのグループに別けられていた。代行者らが森へと侵入していくが、森の中には一切の生物の気配がない。無音の森であり、そして何よりも木々からは禍々しいまでの生命力が発せられていた。

 言峰士人が所属している部隊もアインナッシュの森を進んで行く。代行者らは部隊として集まり、集団で腑海林の中を進行する。

 いつ死徒に気付かれるのか判らない。いつ襲撃があるか判らない。部隊は足音を立てず、無言で森を歩む。呼吸音さえ聞こえない。

 ……ザワザワ、と突然、森から音が静かになり始める。

 無音だった森が騒がしくなった。森には風が流れていなかった。そして部隊の周辺の木々が、段々と強くざわつき始める。

 

「―――…………がはっ」

 

 そして、辺りを監視していた代行者の一人が突如として口から血が湧き出て、次第に大量の吐血をする。その代行者は突如として地面から現れた木の根に腹を串刺しにされていた。木の根に持ち上げられ空中に浮かんでいる。

 

「グぎゃぁぁァアああああアアあああ!!?」

 

 ―――悲鳴を上げた次の瞬間、代行者は一瞬で干からびた。

 血を吸い取られミイラのような姿に変わり果てた代行者の男は、何も分からぬまま息絶える。そして、グシャ、と音が響く。

 音と共に代行者の体は森の中に投げ飛ばされ木にぶつかった後、地面に落ちた。静かだった森は変貌を始める。ついに捕食者としての姿を代行者たちに見せたのだった。そして獲物を狙う狂喜を剥き出しにし、吸血鬼の木が部隊に襲いかかる。

 

「うガァァぁぁぁアアあアアアアア!??」

 

「ぎィィィいいいいいああああああ!!?」

 

「ひああぁァアアああああああああ!!!」

 

 辺りには人が串刺しにされる音と、骨が砕かれる音が響き渡る。そして苦痛を刻まれる代行者らの悲鳴が森で轟いた。

 代行者たちは集まっていた所を木々に一網打尽にされ木々の根で檻のように囲まれてしまう。そして串刺しにされるか、根や蔦で束縛され骨を砕かれる。代行者らは木々に惨殺され死んでいった。それらの吸血は凄まじい激痛であり、痛みだけでショック死しかねない。殺された後は、蠢き獲物を喰らう木によって血を飲み干され枯れていった。

 幾人かの代行者はその包囲網を突破し生き残ったが、バラバラになったところを一人づつ殺さていく。

 

「―――――――(吸血鬼ならぬ、吸血樹だな)」

 

 襲撃された時、言峰士人は壮絶な死の危機を感じ取った。これのどこが死徒狩りだ、と思ったが今は生き残ることが何よりも先決される。木々から飛び出てくる根た蔦を避け、避け切れない場合は迎撃しキルゾーンから脱出していた。

 ……そうして代行者は森の中を走り抜けていく。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ……森を彷徨って何十時間か。

 流石に百時間は超えていないが、それでも人外の体力を持つ神父は塵が積もり山を成すかの如く、体には疲労が溜まっていく。

 彼は動き出した森から膨大な魔力の流れを魔術師の感覚で感じ取れていた。これまで生きてきた中、アインナッシュの森は何百年という時間で何千人、もしかすると何万人、何十万人という生血を啜って生きた。そして、木々の一本一本が意思を待った様に、動物の如き動きを見せる魔の森。魔術師である言峰士人にとっては、アインナッシュから強烈な魔の気配が漂ってきている。色濃い血の臭いだ。森からは無尽蔵に思える程なまでに蓄積された“魔”の気配が魔術師の感覚を通して言峰士人に伝わる。

 言峰士人は魔術師であるため、魔術師の類が持つある種の超感覚を持っている。魔術師たちは魔力の流れを読み、空間に張られた歪みを感じ取り、世界から外れた魔を感知する。士人にはそれらが肌で感じ取るように違和感として感知でき、感知能力が触覚として現れた。

 つまり言峰士人は、周辺に存在する「モノ」を違和感として触覚で感じ取れる異能を魔術師としての異能力として持っていた。目を瞑っていても、自分の周辺にある存在の姿形が触覚として自分の感覚に伝わってくる。そして、それに宿る魔力量やそれが持つ存在規模が感知でき、一定範囲内でのモノの存在を読み取れる。異能力の副作用としてか達人が持つ戦士特有の感覚、視線や殺気、気配や脅威も鍛えれば鍛える程、かなり精密に感知ができるようになっていった。戦う者として「死」を感じ取り、遠距離攻撃や奇襲にも対応できる力である。

 …言ってしまえば、士人には身に迫る脅威を容易く認識する事が可能になる素質を魔術師として持っているのだ。それは戦闘では非常に有効利用できる能力。

 言峰士人は化け物が持つ人から外れた強さや、何かを極めた存在の脅威が感じ取れ易い。この森の様な強大な存在ならば、それが動く際に出てくる「違和感」も大きくなり、身に迫る余りにも濃すぎる死の危機を予測し易くなるのだった。

 ―――死徒二十七祖であるアインナッシュは数百年を生き抜いた本物の『魔』である。高められた幻想は人間の領域にいる言峰士人にとっては凄まじい概念が蓄積された魔物だった。

 今の士人は魔力の流れを感じ、木々が宿す血の気配が薄い所を目指して走り抜けていた。森の核があると思える中心に向かいたいがこの森は、森自体が常に移動している。闇雲に動いたところで辿りつけはしない。今はこの危険区域を脱出しなければ何れ殺される。それに気配を探ろうにも森全体が血臭のする魔樹共の気配で正直、何が何やら、と言えるこの状況。森を巡る血の魔力の流れも迷路みたいに入り組みながら全体をクルクルと回っている。

 吸い取られた血は森の中心に向かっている筈なので木々の気配から辿れると神父は思っていたが、森そのものが動いていたので結局は辿り着けない。それに彼自身の気配察知技術はまだまだ発展途上であり未熟な能力だ。索敵の範囲や精度も鍛え足りない。

 走っている今も、木の根が言峰士人を突き刺すため突如として出現し、周りの空間の前後左右と上空から襲いかかって来る。全方位360度から迫る死の嵐に言峰士人はそれらを生身で避け、邪魔な物は両手の双剣で迎撃していく。逃走していると、ゴソゴソ、と周りの木々が蠢く。言峰士人の感覚が数十m前方に気配を察知した。

 そこには巨大な樹が君臨していた。今までの木の比ではない魔力を保持した存在の規模を持っていた。そして周囲を木々が、根や蔦を展開しており言峰士人は囲われてしまう。

神父は一切の躊躇いは無かった。

 大目の魔力で投影しておいた両手の双剣に魔力を込め、概念を肥大させる。そしてそのまま、神秘が膨れ上がった双剣を自分の前方に投擲した。

 二本の剣が大樹に突き刺さり深く刃が抉り込む。ザクリ、と魔樹へ深く突き刺さる。そして、その次の瞬間………

 

宣告(セット)―――消え逝く存在(デッド・エグジステンス)

 

 ………言峰士人が呪文を唱えた。そして双剣の幻想が爆発し、呪文と共に剣は轟音と爆風を炸裂させる。

 木々が弾け飛ぶ。

 地面が抉れクレーターがつくられる。投影武装の爆破により言峰士人を囲んでいた包囲網に穴が出来上がった。士人はそこに走り込み、キルゾーンから脱出する。

 言峰士人は新たに悪罪(ツイン)を二本投影し、両手に握りしめる。木々の魔力の流れを辿り血の臭いが薄い場所を目指して逃走し続ける。士人は数分間走り続け、漸く木々の襲撃が収まって来た。周りの木々の魔力は脈動しているが、動きは静かになり攻撃は無くなった。生き残った代行者は静まり返った森を見渡す。森からの脅威が薄れていた。

 

「………(これが死徒二十七祖、アインナッシュの固有結界か。しかし、この感触はどうも固有結界にしては変だな)」

 

 士人は腑海林と呼ばれるこの森が死徒の固有結界だと聞いていたが、どうもそれには違和感がある。固有結界は魔術理論・世界卵を魔術基盤とする魔術だ。元々は悪魔や妖精の異界常識だが、強力な死徒は能力として持っている場合もある。そして固有結界の基本は魂にある心象風景を具現化する魔術。世界を侵食する大禁呪だ。

 

「―――…………(固有結界を数十kmに常時展開する、か。

 いくら死徒二十七祖と言えど無尽蔵の魔力がある訳でもあるまい。そもそも喰らった人間の数と固有結界での消費魔力の採算が取れん。

 昔聞いた事のある死徒二十七祖十三位タタリは固有結界で街一つを覆うらしいが、それも一日で夜の間だけだ)」

 

 同じ固有結界の使い手である言峰士人は、世界卵の魔術基盤を使用している。己の魂を魔術の要とし、己の魂自体を基盤として神秘を成す魔術。故にそれがどれだけ世界から外れた所業なのか理解していた。

 

「……………(そもそも腑海林からは、固有結界ならば感じ取れる世界の歪みがない)」

 

 固有結界は世界にとって異常の塊だ。

 魔術師にとっては異世界そのものであり、士人が持つ魔術師としての感覚なら否応もなくそこが異界なのだと実感できる。

 

「……………(ここは固有結界ではなく、幻想種と化した樹木の集合体だろう。おそらくは、司令塔の死徒が森にネットワークを巡らして命令を出している)」

 

 代行者は森の中心部を目指して進む。森になるべく気付かれないよう魔力を隠し、気配を殺し切って歩いて行った。代行者は腑海林の中を周囲を警戒しながら歩いて進んでいく。今や森に入って何時間経過したのか詳しく分からない。が、ここで如何しても認めたくはないが認めなくてはならない事実が士人の目の前に転がってきた。

 

「………(―――――――迷った…………)」

 

 

 ……代行者は迷子になった。

 逃げながらの戦闘で方向感覚に少々狂いが生じる。何となく位置は判るが、正直な話、結構入り組んでいるので、森の何処に居るのか正確には判らないのだ。

 深い森は木々が入り組み、中の者を惑わす。遠いところからは戦闘の気配が感じられた時もあったが、基本的に中に侵入している人は全員気配を消して進行していると思われるので遠い所にいる人の気配をはっきりと感じ取れることはない。そもそも感じ取れるほど士人に森への侵入者が近づくこともなかった。何となく何処に居るのか、方向くらいは感じられるのだが、精密な感知は死徒のテリトリー内では不可能だ。

 士人が森を進んでいく。そうすると、森の奥の方であったが確かに人影が目に映った。木々に隠れていて見え辛かったが確かに士人には見えた

 その人影を確認するために目に魔力を叩き込み視力を強化する。その姿は黒一色。日本人である言峰士人から見ると、忍者のような装束を思い浮かばされるイメージがある格好。なにより印象的なのは、目を全て覆っている真っ白な魔眼殺しであった。

 そして、それを認識した瞬間―――

 ―――言峰士人は強烈な「死」の気配を実感させられる。

 決して彼がその男に恐怖した訳ではない。ただ「死」としか形容できないモノをソレが持っていた。あまりにも濃く直接的な異常。死神が集団で体に纏わり付くみたいな違和感。ただただヒトに死を実感させるような異様な存在感。

 生命体として持つ本能が「危ない」と言峰士人に警戒する。

 その男が言峰士人の視線に気が付いたのか、こちらを向く。そして、その白い包帯のような魔眼殺しを外した。

 そこに在ったのは空の様な青い瞳であった。そして内には何もない虚無の双眼。

 

『死死死シシ死シ死死し死死屍屍死死死屍しし死死死死死死死死死屍死屍死屍』

 

 ―――その目は、『死』であった。

 言峰士人はそれと目が合った瞬間、眼に宿された死そのものとしか思えない強烈な眼光に貫かれる。その男を認識した時に感じられた死の気配は、魔眼殺しに隠されていた目を見れば間違いではないことが一瞬で分かった。

 ―――士人はあの男との戦闘を覚悟した。

 あの蒼い眼を見て、自分は逃げられないと感じ取ったのだ。

 

「……投影(バース)始動(セット)

 

 呪文を唱え投影魔術師として礼装とする弓を投影する。士人の顔から一切の表情がなくなる。士人からは、煮え滾るような熱さも凍え死にそうな冷たさもない、まるで死灰のような感情も狂気も冷徹さすらない空っぽの殺気を放たれる。それは混じるモノがない純粋な殺意により練り上げられた殺気であった。世界が切り裂かれると錯覚しそうな殺気が、士人の視線の先にいる男に向けられた。

 

「―――There(存在の) is nothing(因子は) in my heart(狂い混ざる)

 

 呪文と共に「矢」が弓へと装填される。

 その矢はまるで剣を無理やりカタチを変え、矢になったような幻想であった。

 そして、余りにも禍々しい呪詛の塊。呪いの権化と思える「矢」が黒装束の男へと向けられる。

 その男は片手に真っ黒い棒を握りしめている。次の瞬間には、カシャ、と棒から刃が飛び出てきた。その棒は仕込みナイフであり、その男の主な装備品はナイフ一本だけである。つまりはこの男、見た限りなんの変哲もない、それこそ唯のナイフのみでここまで森の中を進んできているのだ。士人にはその異常性が良く解かる。

 

「―――――――――――――――」

 

 士人は男を見て判ったことは気を付けるべきはナイフではなく、あの桁外れなまでの、それこそ英雄王が持つ財宝と同等以上の存在感を放つ魔眼らしき蒼い目。一瞬で解かった異常な気配を持つ両目。魔眼だと予測できる目がこの男の何かしらの能力だと推測できた。それも士人が感じた事も無い、極限までの“死”を実感させる程の強大な異能だ。

 そもそも幻想種化している様に見える樹木を、何ら変哲も無いあのナイフで斬るのはかなり酷である。見た雰囲気、武術面においてもかなりの使い手だと解るが、蒼い目が放つ死の気配の方が濃厚だ。おそらく目の力と、魔に通じる領域の武術でここまで進んできたのだろう、それも大した怪我もせず。敵対者かどうかはまだ判断つかない。しかし、あのような異常の極地に感じられる魔眼を向けられて敵ではないと士人には思えなかった。

 故に必殺。投影魔術師としての研究成果。――――その絶殺の幻想を持って相手する。

 

「―――――歪・破滅剣(ダインスレフ)

 

 ―――そして、真名を解放した。

 弓からは黒い閃光。暗黒の光は不吉の輝き。

 それは見る者の心を闇に引きづり込む。

 原典のダインスレフを改造した愛剣、ダインスレフⅡのさらなる改造魔剣、ダインスレフⅢ。

 剣から矢へと幻想を改変された報復の魔剣の能力は単純明快。敵は皆殺し、射殺し刃が鮮血に染まり呪詛が命を啜るまで止まらず狙い続ける。それは報復の呪詛による追尾能力であった。

 真名解放の瞬間、黒装束の男が人外の動きで木々に隠れる。が、それも無駄な事だった。矢は弾道上にある邪魔な木を穿ち貫きながら迫り来る。さらに木々の生命力を喰らいながら、呪詛を巨大化させ幻想を膨らませ、矢はさらに強力な神秘となり、射殺さん、と追尾する。矢がその男が隠れていた木ごと貫こうと接近した。

 途中に在る木を連続で穿ち倒す音と空気が焼ける音。黒い男は死を感じた。それもここ数年感じた事も無い程、巨大な寒気だった。隠れた木の裏から迫る脅威。ここに居ては死ぬと実感する。

 ―――刹那。

 発射からそれこそコンマ数秒も掛らず、男の隠れた木に矢が到達する。

 時間が止まる程のスローモーションで男の時が進む。そのまま貫かんと矢が木を砕いて彼に迫った。

 ―――が、既に男は死の気配に従い、人間ではなく、例えるなら蜘蛛のような、そんな動きで矢を回避せんと横へブレる様にステップする。黒色の閃光はスレスレで彼の横を通り過ぎていった。

 ……回避を成功させる男。

 しかし、空間そのものを抉り歪曲しながら射たれた矢は壮絶な爆風を発している。矢は当たる事無く通り過ぎるが、彼は周りにある木の一本へと吹き飛ばされる。

 だがやはり、彼は只者ではなかった。樹木へとぶつかる短い時間で空中で、クルリ、と体勢を整える。本来なら木にぶつかり弾けた血袋の如き惨い姿になるのだが、完全に衝突の威力を殺し切り蜘蛛の様に木へと着地した。それも音が一切鳴る事も無い無音の着地。まるで木々がこの男の地面へと変わったみたいだ。

 

「―――――ちっ!」

 

 男の舌打ち。見たのは過去最悪と思える破壊の権化。

 呪詛の塊はだだ「お前を殺す」と盲目的に狂った脅威を撒き散らした。木から地面に降りた彼は、百メートル以上離れた魔弾の射手を睨む。視界に入っている弓兵は弓を下ろし何をするわけでもなく、此方を見ている。

 殺意に満ち、黒い太陽の如き弓兵の双眼が男を見る。弓兵は少年と青年の間の年齢だった。灰色の弓を片手に持ち法衣を纏っている。無造作に立ちながら何もせず、此方を観察する神父を疑問に思ったが答えはすぐに出た。

 回避を成功させた今この瞬間、―――――――背後から強烈な悪寒に男は襲われた。

 

「――――――っ!」

 

 逃げられない死の気配。上空から迫る魔弾がそこには存在した。

 ――完全な死角。

 ――完璧な機会。

 視界の隙間と精神の隙間。まったくの別方向からの再度の強襲。僅かなタイムラグは獲物の油断を誘う。これは「死」に敏感であり、己の窮地を嗅ぎ取る感覚がある彼だからこそ予知出来たコト。逃げられない、と矢を見て男は認識した。全てがもう遅い。魔剣に狙われたら殺される、魔剣に殺されるまで狙われ続ける。呪詛に狙われ男は逃げられない。逃げ場などこの森には何処にもないのだ。

 ――上空から迫る不吉。

 余りにも濃い呪詛は物質化しても可笑しくない濃度を持っている。

 絶殺の魔剣が男に迫る。黒装束の男、殺人貴は余りにも濃厚な死の気配を、魔剣から嗅ぎ取る。

 最初に見た時、その黒い閃光には「死」が見えなかった。矢からは死を見つけられなかった。だが万物には必ず綻びが有る。滅びない存在など世界にはなく、死を内包しないものはない。

 ―――直死の魔眼。死を点と線で認識する目。

 死を内包するモノで自分に殺せないモノはない。見えないのなら、可視化させるのみ。迫り来る死から死を視る。魔眼をさらに開放させる。黒い呪詛から浮かび上がるのはさらに暗黒とした線と点。

 

「――――――――――ッ!」

 

 殺人貴が払った代償は脳が割れるばかりの頭痛。それこそ死の痛みの方が楽な程、現実感が欠片も無い死の苦痛。

 だが直前の死に比べれば安いもの。ナイフを一振り、それで全ての事が足りた。

 …静かなる一閃。

 殺人貴による魔速と化した腕。

 逆手に持たれたナイフの先が、(ダイン)破滅剣(スレフ)に突き刺された。ただのナイフに概念の極地とも言える幻想が穿たれたのだ。

 ―――ダインスレフが無に還る。

 仕込みナイフの一閃で消されるなど有り得なかった。しかし投影は形を崩され、サラサラ、と魔力の灰へと消滅した。

 

「――――――………………………………………………………あ?」

 

 神父が目にするのは幻想の結晶、それも概念の権化とも言える存在が仕込みナイフで消滅させられた幻想風景。

 ――驚愕さえ出来ない現実。理解が及ばない現象。

 士人の脳内が錯綜する。

 投影武装が消えた。何故? あのナイフが概念武装? いや、解析で「視た」ところあれはただのナイフだ。柄に七夜と銘が刻まれている。七夜、……七夜? 退魔四家の滅ぼされた七夜? 内包された経験を見れば担い手の動きは独特な体術だ。ではあの魔眼の正体は淨眼? やはりあの消滅は魔眼の能力か?

 ならば――――――、いや、まさか………?

 

「―――………直死の、魔眼……………だと?」

 

 神父はいつの間にか茫然と、その魔眼の名前を呟いていた。七夜一族の淨眼は本来ならば視えないモノ視る超能力だと聞いた事がある。

 …………ならば必然。奴が直視しているモノ、それはただ一つの概念。

 

「――――――――(バロールの眼、いや、アレより尚タチが悪そうだ)」

 

 神話の魔神、バロール。彼の神に睨まれた者は死を与えられ絶命する。しかし、あの魔眼はバロールの魔眼と同じで「死」という結果は似ているが、過程が違う。士人は己の魂の欠片とも言える投影を直接殺されたから感じ取れた。

 あれは存在そのものが発生した時に内包する死を、能動的に、強引に、引き摺り出してモノを殺している。

 

 ―――斬られたら死ぬ、触れられたら死ぬ―――

 

「…………ハッ―――――――――」

 

 無表情な顔で、笑い声を一声漏らす。

 

「―――これ程の怪物、実に久方ぶりだ」

 

 聞こえる筈の無い殺人貴の耳に聞かせるように、此方を睨む魔眼を見返しながら神父は笑った。悪夢として夢に出てくる様な悪魔の笑み。そして殺人貴も、ニタリ、とこの殺し合いを楽しむ様に笑い返した。それは死神に相応しい人殺しに酔い切った笑い。

 死徒が支配する森の中で殺し合いはさらに苛烈となり、二人は互いの命を奪い合う。暗殺蜘蛛が代行者へと疾走を開始する。凶刃が死へと輝く。

 

「……投影(バース)始動(セット)――――――」

 

 ―――そして魔術師は、呪文を唱えた。




 そんなこんなで原作の型月他作品の人と邂逅しました。


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外伝4.Death and Devil

 ―――ここはアインナッシュ。腑海林と呼ばれる森の中。

 非常に深い森でありながら、木々が意志を持つ様に移動する死徒の領域だ。彼はここに入り込んで、まだ数時間と言ったところ。

 殺人貴は百数十m先にいる弓兵を魔眼で睨んでいた。

 

「―――……(さっきの剣みたいな矢は何だったんだ? 尋常じゃない寒気だったぞ)」

 

 先程まで自分を狙っていた何か。魔術とは桁違いの威圧感を宿していた。

 宿す異能、直死の魔眼。それはモノの死を線と点で認識する能力だ。禍々しかったあの剣は非常に死が視えずらく、かなりの集中を必要とされた。

 

「――――なんだ、あれ……?」 

 

 思わず漏れる声。そして、常人と比べて異常なほど視力が良い彼は、視界に入っている弓兵の代行者を視た。

 

 ―――線が、薄い―――

 

 前方に佇む男の正面には線が視え難いのだ。死にやすいところが、脆い部分が殆んど存在しない。

 

 ―――存在する死は、心臓にある黒一点―――

 ―――まるで、黒い太陽みたいな死の形―――

 

 それは、殺人貴が初めて視る『死』の在り方。奈落みたいな形をしていて、手で握りしめている七つ夜で刺したら自分まで引きずり込まれそうで。突いたら自分が焼き殺されそうな黒く深い死点。

 ―――それは凶星の輝き。

 あまりにも禍々しい。圧倒的なまでの不吉。

 宝具の死点と違い、特に集中する事も無く殺人貴は言峰士人の死を視る事が出来た。だが視えると言うよりも、直死の魔眼越しに此方の脳髄に刻み込むような死の点だ。

 正直な話、神父の死はあまりにも他の存在の死と異質過ぎて、魔眼で見たくなかった。それを見続けていると、自分が本当に死神になった様な気分になる。

 彼が見ていると、神父は何かを喋っている様だ。しかし人間である彼の耳では音は拾えず声は聞こえない。だが、その口先が愉しむ様に歪められながら、何か言葉を発したのは判った。

 茫然としている彼に、神父はニタリと顔を歪めてきた。その表情を見た殺人貴は、その笑いに見覚えがあった。

 それはかつて、平穏と刺激の中に生きていた時の記録。平和が続くと盲目になっていた頃だったか。

 アレは確か、熱い熱い夏の夜。

 錬金術師と吸血鬼を退治した時の事だったろうか、自分の鏡とであったのは。再現された悪夢と殺し合い、自分は自分を知る事となった。

 

「――――――(……そうだ、あの笑いは―――――)」

 

 

 ――――衝動に歪む、愉悦の笑顔。自分が殺しを楽しむ時の顔だ。

 

 

 同類か、と内心で呟く。知らず知らずに、口が歪む。彼は、ニタリ、と笑顔を作る。

 

 ―――さあ、殺し合おう。

 折角の出会いだ、存分に遊ぼうじゃないか。

 

 殺人貴はナイフを構え直す。神父の姿は木々が粉砕されて直線でそのまま見える。静かに佇む敵に向かって彼は走り出した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 殺人貴が疾走する姿を士人は視た。

 その黒い影を例えるなら、高速で移動する蜘蛛であろうか。神父が見てきたどの人外よりも人外染みたその動き。

 

「―――投影(バース)始動(セット)……」

 

 灰色の弓に専用の矢を連続投影する為に呪文を唱える。第一射目の矢が弓へと装填された。

 

 一射目。眉間を狙ったが避けられる。後ろの木に当たり粉砕する。

 二射目。心臓を串刺しにするところを魔眼で殺される。慣性力ごと殺され無に還る。

 三射目。足を狙うが瞬間的に方向を転換される。矢は地面を砕き穿つのみ。

 四射目。木に着地している蜘蛛を狙う。当たり前の様に迎撃された。

 

 ―――五、六、七、八、九、十、十一、十二……全てが無駄に終わる。

 

「(―――これは……かなり、ヤバいな)」

 

 感想を内心で一つ零す。

 宝具の能力が効かない相手だ。それも特級の概念武装を容易く一閃して消滅させる死神。通常の遠距離攻撃で如何にかなるとは思わないが、まさかここまで能力に差が有るとは。

 お互いの距離は既に50mを切っている。

 言峰士人の魔力容量も段々と危険域に迫っていく。一撃で人型を御釈迦にする矢型の概念武装は燃費は良いが、それを連続で音速を突破した速度で秒間に何発も射続けるのはかなり疲労が溜まる。魔力的にも体力的にも限界へと加速していく。

 

「………(遠距離に有効な概念武装は効かない。自身が持つ最高の弓による連続狙撃も無駄。ならば―――)」

 

 

 ―――必殺の戦術でもって打倒するのみ―――

 

 彼は地面へと弓を投げ捨てた。黒衣の男との距離は20m。悪夢めいた加速力と脚力を持つあれならば一瞬で詰められる距離である。

 

投影(バース)始動(セット)

 

 愛剣を二刀持ち、あらゆる状況で対応する為に構えがない構えを作る。そして身の内の中で呪文を一つ一つ唱え、呪文を構築し整え発動一歩手前まで回路を稼働させる。

 

 約10m先。

 神父に死神が迫り、――――そして消えた。

 

 いやそれは、あまりにも凄まじい加速能力に眼と脳髄が錯覚を起こし認識出来ない為。一瞬で加速し最高速度に達する悪夢染みた、そんな蜘蛛を連想させる動きが成す暗殺の絶技。そして、ヌルリ、と士人の前に殺人貴が現れる。この男、真正面から奇襲を掛けたのだ。

 敵の視界に映らず移動する。怪物共の命を散らしてきたナイフが、一直線に神父の心臓へ突き刺さんと迫る。

 

 

――カキィン……!――

 

 

 だがナイフは弾かれた。双剣の片割れがナイフと心臓の間に入り、これを防いだのであった。

 

「……(―――なるほど)」

 

 士人はその様子を見ながら疑問を一つ解く。

 

「―――――(悪罪(ツイン)は、“殺”されていない)」

 

 恐らくは殺せる部分と殺せない部分が有る。ならば、と神父は納得する。あいつがナイフを刺そうとした時に感じた、それこそ“死”そのものと思える殺気は文字通り“言峰士人と言う存在”の死を穿ち殺そうとして来たのだろう。士人は殺意の凝縮に反射的に反応し、殺人貴の死点を穿つ一撃必滅の死神の業を防いでいた。

 神父はそのまま片方のツインを一振り。頭蓋をスライスする軌道の一閃だったが、殺人貴は大きく後退し難なくこれを回避した。

 ブゥン、と風だけを斬り空振りに終わる。そして唐突に、本当に唐突に殺人貴へと士人は言葉を語り掛けた。

 

「七夜、と言う言葉に聞き覚えはないか?」

 

「――――は?」

 

 神父が場違いな質問をする。殺し合いの場には本当に場違いな問いだ。しかし殺人貴は聞き逃せないフレーズが一つ入っていた。“ナナヤ”と日本語で、目の前の東洋系にも見える代行者は言葉を発したのだ。

 

「―――()

 

 その隙をつき、士人は足元の弓を彼に目掛けて思いっきり蹴り飛ばした。掛け声も付けて分かり易く攻撃した。先程の問い、迫り来る弓、掛け声、とこの三つの要素に精神を僅かに乱された殺人貴は刹那、本当にワンテンポだけ反応に遅れた。しかしそれでも十分。彼が迎撃にも回避にも行動に移るのに十分であった。

 

在破裂(レイク)…ッ!」

 

 しかし、それでは間に合わない。掛け声は詠唱であり、呪文の完成と共に投影弓は爆発する。威力は投影魔術の応用である宝具爆破と比べるとかなり小規模だ。そもそも弓には魔術・“消え逝く存在”クラスの爆破が可能な魔力を込めて造られていない。それなりの対魔力で防がれるだろう。

 しかし手榴弾以上の威力は確実にあり、人を一人殺すのは容易い殺傷能力。直撃すれば唯の人間など人型を保てず粉微塵だ。ミンチよりも酷い様を晒す事となる。

 弓が殺人貴の眼前に迫る。迎撃する為に殺そうとしたが、その直前に“死ぬ”と瞬間的に感じ取れた。腕を振う前に自分は死ぬ。離脱離脱離脱、と七夜の血が騒ぎ出す。ナイフを振ろうとする手を抑え付け、瞬間的に後ろへと跳び後退する。

 ―――だがそれでも、殺人貴は間に合わない。

 

 

―――ドォオオンッッ!!―――

 

 

 後退する途中の彼に爆風が迫る。高熱と化した人を粉砕する熱風だ。直撃すれば一溜まりも無い。

 だがその程度、この死神の危機足り得ない。直死の魔眼は神秘に携わる者にとって本物の死神だ。非常識を殺す非常識。

 蒼い眼は線と点を捉えていた、不遜にも死を与える殺人貴を殺そうとする魔術の神秘に。

 本来は目に映る事はないモノ。物体でさえない概念だけの不可視のそれ。それから黒い線を見つけ、彼は愛用の仕込みナイフで当たり前の様に爆風を斬り裂いた。

 

「―――チィッッ!!(あの神父、騙しやがったな……!)」

 

 七夜と言う言葉は自分のナイフに刻まれている。どうやって視れたのか、どんな視力をしているのかは問題では無い。ただ自分は殺し合いの最中に無様にも動揺し、相手に殺して下さいと隙を見せたのだ。そして神父は魔力爆風の中から平然と出てくる殺人貴を見る事となる。

 

「――――(……あれは“爆風”さえ殺せるのか。本当、何でも有りな死神だ)」

 

 だがそれで良かった。この程度で死ぬのなら布石を準備する甲斐が無い。時間は与えない。これからはずっと自分の攻撃ターンだと、彼は準備しておいた戦術を解放する。

 

投影(バース)始動(セット)

 

 詠唱が完了したと同時に十数本の黒鍵が神父の上空に並び浮く。出現したその時、殺人貴は丁度に地面へと着地した。彼は言峰士人が具現化した数多の黒鍵に狙われた。もう逃げられない。

 

「―――な……っ!」

 

 驚愕している暇など無い。それでも声を漏らさずにはいられない。だがそれでも殺人貴は動きを止める事はしなかった。素早く動き弾道を見極め体を構える。

 

投影(バース)完成(アウト)

 

 黒鍵の群れが彼に襲いかかる。

 

 

―――ダンダン!!ダダン!ダン!ダダダダダン!!!―――

 

 

 時間差と個数差を付けて黒鍵は射出された。一本の黒鍵が連続で撃ち出される事もあれば、二本、三本、五本、十本と延々と黒鍵が同時に撃ちだされ、その後すぐに時間と個数に差を付けて黒鍵が撃ち出される。つまりは一定の呼吸と言うモノがないのだ、アンバランスに唐突に撃ち出される。そして何よりも射出スピードが速すぎるのだ。掠っただけで体の半分が抉り取られていく威力を持つ。

 それに士人は唯の人間が相手だったので、英雄王の財宝と比べてかなり燃費が良い黒鍵を投影射出の魔術に使えたのが良かった。

 人間は怪物と違って直ぐ死ぬ。脳を潰されれば死ぬし、心臓を串刺されれば死ぬし、首を斬られれば死ぬし、臓器を抉られれば死んでくれる。殺人貴は化け物以上に怪物染みた異能力者だが肉体は殆ど普通の人間だ。士人も解析である程度は視ることで、普通に殺せば死んでくれる、と考えていた。

 ランクAの宝具で殺しても、ランクEの宝具で殺しても、どちらも変わらない結果として死亡する。殺しても死なない怪物と殺人貴は違うし、そもそもこの男は特級の概念武装を豆腐を切る様に殺せるのだ。低いランクの物の代わりに高いランクの物を使っても違いは出てこない。

 

 

 ―――ダダン!!ダンダダン!!!ダン!ダダンダダダダダダン!!!!―――

 

 

 節理の鍵(黒鍵)が死神を追い詰める。

 

 

「……あぁあああああああ―――――――!」

 

 ―――斬る切る切る斬る斬る切る斬る切る切る斬る斬る切る斬る切る斬る斬るッ!!!

 

 一切止まらず、急所を、手足を、狙い撃ち続ける黒鍵の群れ。殺人貴は死の嵐の中、只管に体中を動き続けて生き延びていた。

 止まったら死ぬ。瞬きしたら殺される。串刺しにされて死に晒す。目前に迫る絶殺から生きる為、動く動く動く動く。剣の嵐は此方の動きを予測して穿たんと迫り来る。何処を如何撃てば如何動き、次に何処を撃つべきなのか、何歩、何十歩先の手を読み取って射出される。回避は不可能、絶殺の檻に隙間は欠片も無い。彼が取れる最良にして無二の手段は全ての剣を殺し斬るコト。

 死剣の嵐の中、殺人貴を動かしていたのは、もう気合いだけであった。死ぬ訳にはいかない、死んでしまっては申し訳が無い、あの吸血鬼に顔向けが出来ない。

 そして何よりもその気合いの根源は、一人の女性を守ると決めた覚悟である。誰よりも大切で愛すると誓った女がいて、そして自分は見ず知らずの代行者に殺されて。その結末が、彼女とはもう二度と会えませんでした、では格好悪いにも程がある。

 

 

「―――もう消えろ。極彩と散るがいい」

 

 

 ―――ザザザザザンッッッッ!!!!―――

 

 

 ―――最期の黒鍵が両断され無に還る。そして百十三本目の黒鍵が消え去った。

 脳は焼き切れる何歩か手前で、自分の目がチカチカと点滅しているみたいだ。しかし目に視力はあり、何より自分は生きている。余力はまだまだ残っている。

 言峰士人は自分の戦術を斬り抜けた殺人貴を、その挙動の一切を見逃す事無く直視する。この男は全ての黒鍵を斬り捨てて、殺し尽くしている。投影による爆破は出来ないよう、殺人貴が念入りに死なせたのだ。見惚れる程のナイフ捌き、一つの美学とも言える殺戮技巧は視た者に芸術性を感じさせる。黒鍵を殺し尽くしたその手腕は見事としか言いようが無い。

 やってくれたな、と士人は内心で呟く。手の内を一つ見せたのが間違っていたかもしれない。目の前にいる魔眼使いの殺人鬼でなければ、神父は地面に刺さる黒鍵を爆破して必殺を成せた。

 

「・・・・・・っ。My hands(罪を) create the sin of(我が手に) the evil.」

 

 魔力を半分以上消費した神父はもう、ここでの無駄使いは許されない。悪罪(ツイン)の強化を行い殺傷能力を上昇させる。敵は目前の黒い死神だけでは無い。死徒に魔術師に二十七祖とまだまだいる。今後の事を考えなければならない。生き残ることは絶対に忘れてはならない。でなければ死ぬだけだ。

 それに自分の投影魔術が無駄だと言うことは理解した。こいつが相手では、幾ら射たところで殺されてお終いだ。

 固有結界を使えば別だろうが魔力が足りない。詠唱も殺されるまでに間に合わない可能性が高い。

 宝具系統の投影で真名の解放をしようにも、この近距離ではタイミングがかなりシビアだ。まず大目の魔力で投影して、さらに武器に魔力を込め、攻撃体勢へと体を構え、真名を解放する。攻撃のタイミングが丸わかりで今の至近距離だと、殺して下さい、と言ってるようなものだ。

 そして真名解放が要らない概念武装でさえかなり賭けであり、自分が繰り出した必殺を魔眼で“必殺”される可能性もかなり高い。攻撃後の隙を突かれたら自分は必ず死ぬ。この近距離戦において、此方の必殺は相手にとっても必殺を出せる好機なのだ。

 それにダインスレフⅢと同じで消される可能性はとても高い。矢型などの実体が有るものでは無く実体のないエネルギー放出系の物ならその能力を殺されずに済むかもしれないが、実際怪しいモノだ。アレは“概念”や“意味”を殺して死なせている様に感じられる。あの男はカタチの無い爆風や、そもそも概念の塊である自分の投影武器を殺している。

 さらに直死の魔眼に死を視させない程の概念武装で且つ放出系となると、能力発動がよりシビアとなってしまう。無造作に攻撃をして一秒でも隙を作ったら、一体あの男に何分割に解体されて死ぬことになるやら。あの死神を倒すには、奴の隙を造りさげねばならない。

 今の自分がする事は死なない為に耐え続けるコト。

 そして戦局を見極め、自身の戦術を如何に生かし必殺を成すかというコト。

 神父は両手に二本の愛剣を握り絞める。脳内に投影のストックを何本か準備する。殺人貴も蒼眼を死に輝かせナイフを構える。直ぐに殺人技術を使えるよう肉体を造り直す。

 

 

「…………(まったく、自身の魔術をここまで虚仮にされたのは初めてだな。

 ―――死神よ、お前は実に殺し合い甲斐のある強敵だ。死力を尽くし、決着を付けてやる)」

 

「…………(ここまでの死はいつ以来か。ホント、脳が焼き切れてしまいそうだ。

 ―――代行者、おまえは何て殺し甲斐のある怪物なんだ。七夜の殺戮技巧、その目に焼き付けろ)」

 

 

 お互い内心を言葉にする事無く、衝動的に生と死の狭間を愉しんでいた。しかしお互い無表情のまま、一切の感情を外に出さない。自身にも強化を掛けた言峰士人は石像の様に微動だにしない。隙を作らない、と言う意味より自分より速い相手に攻撃を仕掛けた所で避けられるし、高確率でカウンターの餌食だ。

 

「……―――」

 

「―――……」

 

 殺人貴は敵の能力を警戒するが、待っていても何もならない。隙を読み死角から殺そうと思うが、双剣を構える神父にそんなモノはない。相手の能力は何となく察することが出来たが、こいつがどんな武器を新しく持ち出して自分を殺しに来るか分からない。しかし自分なら初見でも魔眼で“殺”すことが可能。見極め武器を殺し、相手の手段ごと相手を殺す。今の自分の最善は直死の魔眼で殺して殺して、神父の命に届くまで死を斬り続けるコトだ。

 ―――ここからは限界まで突き走るチキンレースだ。先に根を上げた方が死ぬ。

 先手は殺人貴。彼は、ユラリ、と体を動かし士人の視界の中では実体から影へと変化する。音速を見極め迎撃出来る士人の眼からして魔速と認識する暗殺蜘蛛の無音歩行。

 

「―――――――っ!」

 

 石火一閃。気配は左下。神父は躊躇無く左手の悪罪を振り抜く。殺人貴はその一刀を身を屈めて避けるが、神父は身を引く事で死神の心臓を突き刺す一突きを避ける。しかし身を引いたその瞬間、死神は目の前に動いている。士人は右手の悪罪で心臓目掛け突きを放つ。

 

「―――――――――」

 

 無音一閃。左の剣が斜めに両断された。士人の剣は強化され、殺人貴から見れば確かに死の点と線は視え難くなっていた。しかしそれも事前に位置を確認し、敵の動きを予測しピンポイントにナイフが振れるのならば斬る事は可能であった。

 

「………(強化状態の我が愛剣(ツイン)が一撃、か。これは本当に危険になってきた)」

 

 神父を中心に死神が舞う。殺人貴は森の地形を利用し尽くしていた。

 ―――ここは七夜たる暗殺者にとって理想のフィールド。魔樹たちを足場に立体的な動きを可能とする。

 ―――正しくその姿は暗殺蜘蛛。

 ここは死神の狩場である。そして神父は哀れにも魔蜘蛛の巣に絡まった糸だらけの餌。士人が右手の剣で斬りかかるも容易く避けられ斬り掛られる。瞬間的に右手の剣を投影してさらに戦闘のテンポを加速させて斬り掛り、剣を斬り殺され、剣を投影して、斬撃を捌き、死の一閃を回避し、それらを兎に角し続ける。彼は死神の鎌を捌くだけで限界だった。

 

「――(ヤバい、このまま剣を延々と出されたら……。ちっ、脳が痺れていく)」

 

 殺人貴はいい加減疲れてきた。疲労が体を軋ませ、苦痛で肉と骨が叫び、魔眼で脳髄が段々と焼けていく。

 敵の刀を斬り殺し、敵に死の線に斬り掛り、新しく出てきた剣に防がれて、二刀からの斬撃を回避し、また刀を殺し、戦闘のテンポが加速して行きながらも兎に角それらを続けていく。そして殺人貴は森を利用して立体的な動きを延々と行っている。士人と比べると運動量が桁外れであった。

 ―――それは殺戮の舞。どちらも死へ続く死闘死合い。互いが互いの命を擦り減らしながらも、必殺を成さんと敵の命へと駆け上がる。

 殺人貴の一閃は文字通りの一撃必殺であるが、やはり人間である殺人貴にとっては神父が繰り出す刃はどれも死に至る凶刃だ。

 殺されては創り、死なされては造り、消されては具現する。

 刃の応酬は嵐であり、ナイフは相手の刃を裂けるが、双剣の一撃が何度か当たればナイフが砕けるだろう。殺人貴は基本的に刃を殺すか受け流す。士人はナイフと斬り合う度に殺されることを前提にし、脳内に投影のストックの準備を怠らない。

 士人は素の持久力においては神父は殺人貴を圧倒的に上回っていたが、投影には魔力が必要で段々と回路内のエネルギーが減少していく。

 殺人貴の直死の魔眼は開眼していれば使用し続けられるが、かなり危険だ。今はまだまだ余裕だが限界は存在する。それに元々余り多くない体力の消費が結構危ない。森での戦いはこれが終わっても続くのだ。

 

「―――……」

 

「……―――」

 

 そこで二人は確信する。互いに互いの能力と戦術を認識して理解してしまう。

 殺し合いを命賭けで演じている役者としては興醒めである事実。しかしお互いにこの結論に至ったのならば、辿れる結果は一つしかない。

 ―――神父も死神も悟る、この相手は殺せない。

 もし殺せたところで、本来の目的を果たす事は出来なくなってしまうだろう、と。

 

「―――――――――」

 

「―――――――――」

 

 二人は距離を取って対峙していた。お互いに殺気も害意も無いが強い警戒の気配を放っている。

 神父は思う。どうせ自分は代行者で神の教えの狂信者だと目の前の死神から思われているだろう。異教徒の話を聞かない異端殲滅の暴力装置。まあ間違ってはいないが、向こうからだとそんな奴ら相手に休戦を話出る気にはなれないだろう。大方の魔術師や神秘に属する者はそう考えている。

 

「ふむ……―――」

 

 取り合えず日本人の様であり見たところ人間である為、それなりに話は通じるだろう、と士人は殺人貴を見て考えた。

 神父は目の前に佇む死神(サツジンキ)と話をする為、自分の方から口を開く。取り敢えず、もう自分には敵意がないことを示すことにした。

 

「―――……このままでは千日手だ。ここは分けにしたい」

 

 相手は呪文の詠唱とでも思ったのか身構えるが、休戦の申し出だったので殺人貴は相変わらずの蒼い眼を輝かせながらキョトンとした顔をした。

 

「……そう、だな。そっちがそう言うなら俺は構わない。……おまえは代行者にしては頭が柔らかいみたいだけど?」

 

「俺は両キョウカイに籍を入れていてな。こう見えても一人の魔術師に師事させて貰っている」

 

「ふーん……って、凄い異端だぞ、それ」

 

「自分の一族は代々と続く蝙蝠の家系だ。二つのキョウカイに籍を入れているのは親譲りだな」

 

 ギスギスした世間話をしながら相手の真意を探り、自分の内心を態度で伝える二人。互いに敵意がないことを声と雰囲気で教え合う。

 不毛な戦い且つ決着を着けても価値がないなら戦わないに越したことは無い。

 やはり世の中、ギブ・アンド・テイク。

 殺し合う間柄にも礼儀を通す事が出来るなら、それが例え敵同士でも助け合う事は出来るだろう。国同士の戦争でさえ戦場では互いの利益や国の考えで休戦を一時的に行ったり、時には医療品、酒、食糧の交換や死体回収、負傷者収容もするそうだ。

 意地を張る場面と張らない場面には、きちんとメリハリを付けるのだ。もっとも化け物が跋扈する戦場でそんなパターンは滅多に無いので、二人の警戒心はお互い最高に強いのであるが。

 

 

◆◆◆

 

 

 神父と死神は会話を進め先程まで殺し合っていた相手がどの様な者か探りながらも、それなりに自分について簡易的な紹介をする。

 

「―――へえ、そうなの。

 いやホント、アンタが話の出来る代行者で良かったよ。あのままだったら両方とも危険だったからね」

 

「まあ、そうだろうな。普通の代行者は異端殲滅がライフワークな神の僕だ。元より話自体が通じ無いだろう」

 

 殺人貴はクルクルと、魔眼殺し(白い包帯)を両目に覆う様に結び付ける。その後にナイフの刃を柄に仕舞った。士人は武器を魔眼で殺されており、はなから無手である。

 

「退魔組織は何処も過激だよな。……先輩もそうだったし」

 

「いや、そう言うお前も退魔四家、それも滅ぼされた筈の七夜一族だと思うのだが。

 自分の故郷である日本の退魔機関に属する人間と、まさかこの様な場所で会うとは想像もしていなかったぞ。それにあの退魔の一族が生存しているなど、日本の組織でも知っている者はいないだろう」

 

 死神と神父はお互いがお互いの攻撃範囲域に注意しながら会話を続ける。

 

「―――……いや、七夜は鬼に全員ヤられちまった。生き残りは俺一人だけさ」

 

 相手の素性を探っていた士人は、殺人貴の地雷を思いっきり踏み潰した。だが、言峰士人としては良い展開だ。トラウマは精神の隙で意志に隙間が出来る。情報を抜き取るのに利用することが可能だ。

 

「しかし先程、お前は先輩と言っただろう。その人物は七夜の人間の事ではないのか?」

 

 退魔四家や七夜のことを聞かれ、意外な会話の展開に少し混乱するが殺人貴は会話の続きをする。

 

「……ああ、と。シエル、って言う名前の代行者なんだけど、わかるかい?」

 

 意外な人物の名前が出て、神父は少しだけ思考の海に潜り込む。確かに彼女は、極東の土地である日本で死徒狩りを行っていた時期があった。

 

「―――……成程。

 判るも何も俺はあの人の後輩でな、死徒殲滅や魔術師狩りの代行者業務はシエルさんから一時期教えて貰っていた」

 

「なんと。それはまた、奇縁だね」

 

 闘争の雰囲気は消えている。協力、とまではいかなくとも不必要な戦いはする必要がないだろう。

 

「それと、シエルさんなら丁度このアインナッシュに来ていた筈だぞ」

 

「え、ホント?」

 

「本当だ」

 

 済し崩し的に休戦となった二人。それに何となくだが妙に波長も合った。

 

 ―――で、話し合うこと幾数分。二人は結局、停戦することを決めた。

 

 殺人貴と言峰士人がここに来た理由。

 お互いアインナッシュが目的であり、殺人貴は噂に聞く不老不死、神父はアインナッシュの抹殺を目的とする。士人は不老不死の実は如何でも良いので、互いの存在は然程不利益では無かった。それに士人としては直死の魔眼があればあっさりこの森の主も倒せるだろうと考えていた。ぶっちゃけると、自分がいなくてもこの死神がアインナッシュを殺してくれると確信していた。

 そう考えた神父はこの男と協力することを決めて森を進む事にする。殺人貴の方も殺意も害意も無い代行者の申し出を受け入れる事を決めたのであった。

 

「噂に聞く“Death”とはお前の事なのか、死神(グリムリーパー)さん?」

 

 教会で話されている二十七祖殺しの人物。死徒二十七祖は強大な吸血種どもの親玉みたいな存在だ。その中でさらに不死とされる奴らがいる。十位の混沌、『ネロ・カオス』。番外位のアカシャの蛇、『ミハイル・ロア・バルダムヨォン』。そして十三位のタタリ、『ワラキアの夜』である。

 ネロ・カオスは混沌として存在して殺してもまず死なない。ミハイル・ロア・バルダムヨォンは無限に転生し殺したところで魂は次の転生体に移動するのみ。ワラキアの夜は余り知られていないが現象と成り果ており、もはや存在ですら無い。

 その特級の怪物どもが僅か数年の間に消滅させられた。そしてそれを行ったのは同一の人物ではないかとされ、それはとある日本の都市で行われた吸血鬼退治の顛末である。

 神父はその話と目の前の死神がうまく一致するように感じられた。噂の名前に相応しい能力、直死の魔眼。そして日本人であり元々は退魔の一族と来たものだ。

 

「デス、とはまた、そのまんま過ぎる。

 ……そうだな。日本語で俺のコトは“殺人貴”って呼んで欲しいところだけど」

 

「殺人鬼? そちらの方が直球な名だと思うが」

 

「あー、そうじゃない。殺人鬼ではなくて、殺人貴。殺人を貴ぶと書いて、殺人貴」

 

 殺人鬼と殺人貴。簡単な語呂合わせだ。

 

「ふむ。殺人貴、だな。……それと、俺の名前は言峰士人。ただの神父だ。短い間だが宜しく頼む」

 

「―――………そうだな、俺の本名は遠野志貴だ。こちらこそ宜しく」

 

 本名をさらりと日本語で言われたので殺人貴の方も日本が懐かしかったのか、自然と自分の名前を言ってしまう。まあナイフから七夜一族出身だと神父に気付かれているので、殺人貴自身も遠野志貴だと名乗っておきたかったのもある。その理由は一つ、七夜志貴は既に殺されていて遠野志貴は“七夜”では無くなっている為だ。ケジメだけは着けておきたい。

 それに七夜と呼ばれると、熱い夏の夜のアイツと今の自分が強く認識が被ってしまう。

 

「―――――(退魔の七夜が混血の遠野を名乗る、か)」

 

 挨拶もそこそこ、互いに名前を明かし会話を一区切りする。士人は七夜の武器を持つ男が遠野と言う名字である事を疑問に思うが、そこまでは聞くことはしなかったし、大凡の理由は察しが付いていた。同年代くらいの男二人が森を進んでいく。森の中を黙々と歩いて行く殺人貴と代行者は周囲を警戒している。

 黙々と歩いていると、士人が法衣から何かを取り出した。その動きに殺人貴は気を向けるが出てきた物を見て変な顔、まあ目は隠れているし本当に見えているのか疑問だが、そんな感じのジトっとした視線を士人へと向けた。

 

 

 ――ゴクゴク――

 

 

 喉に水分が通る音。彼は酒を飲み始めた。種類は葡萄酒。

 

「―――……ああ、と。何やってるんだ、神父?」

 

「見て判らないか。飲酒に決まっているだろう」

 

「……いや、それは見ればわかる」

 

 彼は法衣から取り出した小型のボトルに入ったワインで喉を潤おしていた。今この時、この場所で、この戦場で、それは殺人貴にとって唐突過ぎた。混乱しない方がおかしい。そして如何でもいいが殺人貴の前にいる神父は見た目は自分より年下か良くて同年来くらいの、20歳以下の未成年だ。

 

「これは秘蹟を応用して作った魔術的な葡萄酒だ。飲むとMP(マリョク)が回復する」

 

「……RPG?」

 

 懐かしい日本のゲーム。それで彼はふと、ゲーム好きな薬師兼邪悪なる科学者の腹黒割烹着を思い出す。タタリの夜はかなり凄まじかった。正しく悪夢。もう二度とあの熱い夏の日の夢は見たくない。

 

「良く分かったな。学校の友人が貸してくれたゲームをやってな、これを思いついたのだ」

 

「本当にRPGかよ。魔術って一体――――」

 

「そう言うな。師匠からも、アンタは節操が無さ過ぎる、と叱られているのだ」

 

「……(苦労してるんだろうなあ、その魔術師)」

 

 この魔術師、もしやアレの同類か、と思う殺人貴。彼は目の前の代行者からマッドな気配を感じた。言葉にすればこう何と言うか、思いつきで何でもかんでも無駄に完成度が高い作品を造って何処までも己の道を突き進んでいく様な、そんな病的な物作りをする人間の気配だ。

 

「―――……ふむ」

 

 神父は新しくもう一本の小ビンを取り出した。それにもワインが入っており、上品な雰囲気を纏う旨そうな色をしている。

 それを殺人貴の方へ向けながら、彼は言葉を掛けた。

 

 

「―――――呑むか?」

 

「―――――飲むかっ」

 

 

 ツっこまずにはいられなかった。彼はこの代行者が腹黒割烹着にも似た、中々の愉快犯型精神破綻者だと気付く。そっと心の内で、何だかなあ、溜め息を吐いた。自分はこんなタイプの人間と何かと縁があるらしい。目の前の神父はニコニコと愉しそうに笑ってる。

 

「―――そうか。

 お前はこういった、ジャパニーズファンタジー色の強いアイテムには心揺らすモノを感じないのか、死神」

 

「揺らさない、とは言わない。

 でもそもそもな話、自分は魔術師じゃないし、飲んで魔力が回復しても意味がない。てか、こんなところじゃ人の貰い物を飲み食いする気分になれない」

 

 自分は正論を言っている筈なのに神父は残念そうな顔で、わかった、と呟く。この独特な感じがまた、此方の調子を崩してくる。ちょっとだけ、悪いコトを言ったかな、なんて殺人貴はついつい思ってしまった。

 

「……それにしても、大源の無いここは中々に回路が痛む」

 

「回路? ああ、魔術回路のことか。

 俺は魔術師じゃないからいまいち、ここの怖さが判らないな。実際のところ、木がウネウネして奇妙だと思うくらいだし」

 

 この死神、殺人貴の強さは一族が代々と極めた暗殺術と淨眼である。そもそも気配を消し死角から不意を突く七夜の技術には魔術回路の存在は害となる場合が大きい。自分の魔力を感知され敵に気配や動きを悟られでもしたら本末転倒であるし、はっきり言って魔術の呪文を唱えて隙を作る暗殺者など笑い者にしかならん。

直死の魔眼による必殺の能力と暗殺術を持つ彼には、魔術回路など不要の長物なのである。

 

「全く、お前はデタラメだからな。それを視た時は本当に驚愕したのだぞ。

 自分の魔術も悪魔じみた、と言うよりも太古の悪魔と同じ力だが、その眼は神を殺せる性能を持っている。二十七祖の討伐作戦に参加したからには何か有ると思ったが、本物の死神に出会えるとは思わなかった」

 

「まあ、自覚はある」

 

 それを聞いた神父は森に気付かれないよう、気配を限界まで消しながらも手に持った葡萄酒を、クイッ、と傾けて赤い液体を喉に流し込む。

 隣の殺人貴も気配を消しているが、その気配遮断は士人のモノと比べると次元違いに巧みであった。目の前にいるのに何も無い様な錯覚を覚えさせられる。超感覚で気配を捉えられなくも無いが、五感を狂わせるレベルのそれは見事としか言えない。先程の戦闘では芸術的なナイフ捌きも見せていたが、この男は暗殺術において天性の才を所有しているのだろう。士人としては羨ましい限りである。

 

「………」

 

 殺人貴が隣の神父を見ると、法衣の中から新しく干し肉を取り出して腹を満たしている。

 

「―――――――」

 

 イラっとした。此方も腹が減り、喉も乾いていると言うのに神父はそれらの苦しみを潤しているのだ。殺人貴に行き場の無い感情が積もっていく。

 隣で此方を見る、まあ包帯を眼に巻いているので実際に視認しているか如何か判らないが、神父は殺人貴から視線を感じた。

 

 

「―――――喰うか?」

 

「―――――食べない」

 

 

 意地と言うモノは張り続けないと、それは男の意地と呼べないのだ。

 そしてそれを聞いた言峰士人は、そうか、と呟く。その後にワインをまた、クイッ、と傾けて、一口だけワインを口に含んだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 話もそこそこ。二人は取り敢えず、この場で殺し合う事も無い、と互いにそう認識した後は黙々と森の中を歩いて行った。アインナッシュは暗く、血生臭い陰湿な雰囲気で満ちている。

 

「なあ、神父」

 

「……何だ?」

 

 殺人貴が隣を歩く神父に話し掛けた。魔の気配はしない。士人の方も今は安全だと判っているのでその声に応えた。

 

「最初のアレ、何だったんだ? まともな魔術に視えなかった。後、何でいきなりあんなモノを撃ってきた?」

 

 聞きたかったこと。それを疑問に感じていた。最初に遠慮なく訊くのも如何かと思っていた。だが、ある程度時間を置いたこのタイミングならば訊いても大丈夫だろうと殺人貴は考えたのであった。訊くことが出来れば儲け物、そんな程度の疑問であったが。

 言われた神父は、む、と眉を顰める。どうしようか、と悩んでいる様に見える。

 

「見ての通りの魔術だよ。投影魔術、物体を魔力で複製する、珍しくも無い誰でも使える魔術さ。

 それとお前に、何で、と言われるのは心外だ。あのような魔眼で睨まれたら、殺される前に殺さなければ戦場では生き残れない。

 ―――お前の持つ七夜の淨眼、それの正体は“直死の魔眼”なのだろう?」

 

「―――……」

 

「その沈黙は肯定として受け取ろう」

 

「…………意外だな」

 

 殺人貴がそう、ポツリ、と声を漏らした。

 

「如何した?」

 

「いや。ただね、この魔眼を初めて知って、自分に対してノーリアクションだった奴は余りいなかったから。少し驚いただけさ」

 

 彼が思い出すのは、自分を化け物と罵り怖れる人外の怪物共。人の命を何とも思わない闇に潜む外道魔導と、この世の闇を跋扈し人喰いを愉悦とする悪鬼羅刹。そいつらに“死神”と、さらに恐れられる自分の力の大元となったこの魔眼を知って、ここまで魔眼に無関心な眼で自分を見る相手は初めてであった。この神父の奈落みたいな黒瞳には、畏怖も嫌悪も好奇も存在しない。

 

「そうか? 別に有るところには有る、と俺は思っているだけだが。

 それに多少はその魔眼に俺も驚かされたぞ。投影魔術があれ程あっさり破られるのは予想外にも程があったからな」

 

 真祖の吸血鬼でさえ化け物扱いする自分を、特に何でも無い、と扱うこの神父が少し殺人貴はおかしかった。

 

「そうかい。おまえは魔術師らしくも無く、また代行者らしくも無い神父なんだな」

 

「わかった。お前は俺の事を変人だと思っているのだろう?」

 

 少し怒った感じで言い返す。こういうところは見た目に相応した感じである。

 

「この業界で変人でない奴なんていないだろ」

 

「……まあ、それもそうだな」

 

 その時であった。神父は森から異常を感じた。それは血に染まった魔力では無く、術として形を得られたであろう神秘たる魔力の流れ。魔術師が魔術を行使する気配である。

 

「―――――――む」

 

「どうした?」

 

 足を止めた神父に殺人貴は声を掛ける。

 

「後ろから魔力の気配がした。と言うか今、何かを此方に発射する寸前だな」

 

「―――――――――」

 

 そう言う事は早く言え、と言いたくなった殺人貴。しかしもう背後から、此方に迫り来る死の気配を感じ取った。明らかな脅威、自分に対する殺意と害意に満ちた殺気がチリチリと肌を焦がす。

 

 

―――ヴゥゥウウウンンッ!―――

 

 

 空気が歪んでいく高速の揺れ。振動音と共に地表が衝撃音を鳴らし吹き飛ばされた。音波による衝撃である。

 

「お~い。大丈夫か?」

 

「無傷だ。心配無用」

 

 殺人貴の気の抜けた声が隣の木に隠れた神父に掛けられた。彼もあっさりと返事を返す。二人は音波があたる瞬間に離脱しており反対の方向へ逃げていた。その後に襲撃者から隠れる向きで木へと隠れた訳である。隠れた二人の距離は4~6mくらいお互いに見える位置におり、魔術師と二人の距離は百m以上だろう。

 

「…………」

 

 神父が木から少しだけ顔を出し、強化した目で襲撃者がいると思われる遠方を見る。そこにいたのは穴の空いた剣を振り上げる魔術師。確認したのは見た目は二十代くらいの女性。一応、魔術師に向けての解析も瞬間的に済ませた。

 

「――――――!」

 

 だが今なによりも気にすべきコトは、顔を出した士人に向けて丁度その剣を振り下したところだったと言う事だ。

 明らかにヤバそうだったので彼は木に身を隠した。

 

 ―――ヴゥゥゥウウウンン……ッ!―――

 

 魔樹へと不可視の衝撃が激突する。耳を神父は抑えるが肉体ごと空気に振動され鼓膜を揺らす。中々に素敵な時間で、出来ればもう二度と体験したくないと思える苦痛であった。

 

「……お~い、本当に大丈夫か?」

 

「そう見えるか、死神」

 

「うん、大丈夫そうだ」

 

 風の魔術で空気を振動させた音波攻撃。不可視且つカタチが無い為に剣での防御が不可能な衝撃破。士人が魔術の神秘から感じ取れた限りではそこまでの破壊能力はなく、魔樹を盾にすれば防げる神秘だった。最大出力の全力で繰り出される魔術ならば話は別なのであろうが、まだまだ小手先調べ、と言うよりもこのアインナッシュ内ではこの手の自然干渉系の外界に働かせる魔術だと回路に辛いものがあるのであろう。それに剣の解析で“魔術”は理解した。

 故に、魔術行使から感じた魔力量や観察した結果から魔の木々を盾に活用できると踏んだ訳であり、ここならば敵の魔術の盾になるモノが沢山ある。だがアインナッシュ内で人一人を簡単に殺傷出来る魔術を遠距離から放つ当たり、あの女魔術師は相当の腕を持った魔術師なのだろう。故に油断は禁物だ、高位の魔術師で二十七祖クラスの輩もいない訳ではない。

 

「殺気丸出しで此方を観察しているぞ。見た雰囲気、あれは協会の執行者だな」

 

「魔術協会の戦闘狂どもね。あ~、連戦は勘弁して欲しいな……ったく。

 ――――で、神父。あれが何なのか分かったのか?」

 

 ふむ、と士人が頷く。纏めた観察結果をさらりと教えた。

 

「風の振動による音波魔術。さながら飛ぶ剣撃、と言ったところだ。

 不可視且つ面による範囲攻撃で回避は非常に困難。さらに物体では無く衝撃そのものな為に武器で迎撃しようがなく、防具での防御も難しい」

 

 神父の強みの幾つかの内に感知力と観察力がある。認識力とも呼んでも良いが、物事を感じ取り理解する能力が非常に高い。

 戦闘では敵の存在、何より自分の脅威となるモノを感知し理解し対応する力がある。それに士人の対応力も十代の代行者のレベルとは思えない程、高い技術に至っている。

 

「俺の魔眼は全ての魔術の天敵だけど、ここは遠距離で撃った方が早いかな」

 

「ならば俺が出ようか。遠距離戦は自分の十八番だ。どうやら風を操る魔女が相手の様だが、何、問答無用でトばしてみせよう」

 

 風の魔女。

 殺人貴はそれを聞いて、ある人物と被り少し興に乗りたくなった。正直な話、遠野志貴にとって強過ぎる七夜の血は厄介だがそれでも戦いは楽しいし、命が掛かった殺し合いならもっと最高だ。

 

「……(それに人間の女を殺すのは、どうも……ね)」

 

 殺さなくては自分が死んでしまう、そんな場合なら躊躇も情緒も無く相手を殺せる。

 しかし、殺さなくていい命なら殺さないのが殺人貴の今のところの方針であり、それは余裕のある場合に限り一応だが戦場でも適応させている。また自分は根っからの暗殺者の為、目的以外の不必要な殺人はあまり好ましいものでもない。

 確かに攻撃してきたとは言え、殺す対象でもなく隣の魔人みたいに殺さないと対処出来ない程の死の気配を感じる訳ではない。殺さずに無力化する、戦っている内はそんな雑念は捨てて殺す気で殺し合うが、それでも死を見ずに決着を着けられるかもしれないと考える。

 それとこの神父は問答無用で魔術師を圧殺して終わらせそうだ。甘いとは思うが明確な敵でもない“人間”を見殺しにするのは精神衛生に良くないし、自分の心情にも反する事。

 

「いや、いいよ。こういう相手は得意だから、ここは俺に任せ――――――」

 

 と、その時。

 

 

―――ヴゥゥゥウウオンンン……ッ!!―――

 

 

 轟音が炸裂した。放たれた魔術が二人を燻り出そうとしているのだ。強烈なプレッシャーを与え、精神的な圧迫感を強く与える。

 辺りを襲う音波魔術により、殺人貴の言葉は途中までしか神父に聞こえなかった。

 

「あー、それで何と言ったのだ?」

 

「―――つまり、俺に任せとけって言ったんだよっ!」

 

 バッ、と地面を蹴り殺人貴は魔樹の影から抜け出す。

 士人はそれを見ながらも、宝具殺しが可能な異能者なら“魔術”くらい対処出来るだろうと、対して何かを思う事無く戦いを観戦することに決めた。魔力の節約もしたいと言う考えもある。

 神父は風の凝縮と死神の気配を感じる。風を操る魔術師と死の担い手である死神が戦いに臨むのだろう。

 ―――死徒狩りはまだまだ終わりを見せなかった。



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外伝5.Immortal nut

 腑海林での死闘。いや、死闘と呼ぶには相応しくない結末だったろうか。―――魔術師と死神の戦闘は呆気なく決着が着いた。

 魔術師が使う風の魔術。空気の振動による剣戟は確かに強いが、殺人貴にとっては微風に等しい。視覚化された死を愛用のナイフで捌いてお終いだ。何度も何度も協会の執行者が風を放とうとも、殺人貴の服を揺らす事さえ出来ない。

 全てが殺される。何もかもが無駄。それもそう、殺人貴が持つ異能は七夜の淨眼が死を認識する事で目覚めた眼は『直死の魔眼』。非常識に生きる者にとって、この目の力は本物の死神の鎌。これを使う超能力者は真実、死神足りえる存在だ。

 魔術師、フォルテとしては悪夢の中に居る気分だろう。自分が長年の修練で極めた業が濡れた紙を千切るが如く破られる。

 死神が魔術師の前に辿り着く。彼女は自身の完全な敗北を悟り、戦意を失くして負けを認めた。

 

「――――名前を、教えて欲しい」

 

 木の陰に隠れるフォルテはせめて死神の名が知りたかった。魔術師はそう思い、自身を負かした死神、自身の業を完全に殺し尽くした東洋人の名前を聞いた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ―――戦いは終わる。

 魔術師と死神の戦闘はあっさりと決着が着いた。勝者は死神。相手に一切の傷を与えることなく敵の戦意を完殺した。敵の魔術はその悉くが藁が燃やされるように呆気なく殺し尽くされた。

 

「……(しかし、あの死神の動きは参考になるな。四足獣ならば誰でも可能な体術。武術を鍛える者にとって良い材料となる。ふむ、あのナイフは念入りに視ておこう)」

 

 魔眼の能力も桁外れの神秘だが、それを完全に扱う事が可能なのは独特な暗殺技術のおかげであろう。ゼロからトップスピードに至る技術は自分自身の戦闘技術を造り上げている途中の士人にとって最高の材料であった。自分では使いこなす事は出来ないだろうが、それでも殺人貴が持つ技術は大変良い動きの参考となる。

 彼は技術開発の為、彼は他人の武術、戦術を盗み身に付け、自分に適合する様に鍛えている。発展途上の彼にとって殺人貴との戦いは成長の糧となる。暗殺技術が詰め込まれた仕込み小刀の情報を保管出来たのも僥倖だ。

 

「……まったく、先客万来だ。この腑海林でこうも人と会うとは、な」

 

 先程から魔術師と殺人貴の戦いを見ていた者の気配が動く。神父は脳内に投影をストックさせ魔術回路を起動させておいて、戦いを自身の勝利で終わらせた死神の方へ向かって行った。殺人貴が歩み寄って来た神父の方を向く。

 

「見事な手腕だ。

 相手を無傷で撃退させるとは、そうそう出来る事ではない。俺ではこう、スマートに戦いを終わらせられないな」

 

「褒めても何も出さないよ」

 

「それは残念だ。お前の両目を貰えるなら、武器開発の材料に使えると思ったのにな」

 

「やるかバカ」

 

 彼の魔神と同じ死を担う魔眼。それを材料に武器を造るならば如何程の概念武装が創造できるのか、と士人は考えた。しかし、この魔眼はこの死神にこそ相応しいモノなのだろう。異能力とはそういうモノなのだ。

 もし偶然にも殺人貴の死に目に会えたなら、こっそり貰っておくか、と神父は密かに思っていた。まあ実際は内心少し考えただけで、そんな事をする気はさらさら無いのであるが。

 

「魔術師ってヤツは、まったく。どうしてそう非道無道に堕ちているんだか……」

 

「さあ? まあ先程の言葉は価値の無い冗談だ。それと魔術師云々は、そこいらの魔法使いにでも訊いてくれ」

 

「―――魔法使い、ねえ……」

 

 殺人貴の頭に浮かぶのは二人の人物。自分にとって救いを与えてくれた唯一人の先生と、“世界”を旅する色々とハッスルな爺さんだ。確かにどちらもまともでは無い。

 

「……はぁ」

 

 彼は溜め息をつき、包帯を巻き直す。魔術師は襲撃してきた時と同じ様、とうの前に風の如く去って行った。

そして、戦闘後の一休み、とそうなれば嬉しい所であったのだが。

 

「なるほど。貴方が護衛であったのなら、ネロでさえ消滅させられますか」

 

 森から出て来たのは、司祭、とでも呼べばいい格好をした一人の男性。

 その神父が殺人貴に声を掛けた。殺人貴はとうに気が付いており、隣の神父とは違い西洋系に見える司祭に拙い英語で声を掛けた。

 そして、士人も教会の何処かで見覚えのある司祭を見て、特に如何こう思う事無く観察している。

 確か埋葬機関員の一人であったか。昔、代行者になり暫らくたった時に見た事があったが、何故か違和感を感じさせる人である。そして後で、彼が埋葬機関の第五位で死徒二十七祖の二十位と知った。初めて視た時は何となく人間じゃないのは分かったが、士人はそれ以外にも何か違和感がある様に感じた。

 だがそれも仕方の無いコト。士人は知らないがこの司祭はメレム・ソロモンの右腕、文字通り吸血鬼の右腕を成す悪魔なのだ。ただ彼は悪魔と言う存在だが戦闘能力は無く、そこまで強大な幻想でも無く、魔力が膨大と言う訳でも無く、そこいらの半人前魔術師見習いに負ける、というか一般人以下の鼠が正体だ。アイドルネズミが持つ悪魔の異能力は変身能力だけである。

 

「言峰神父。彼と少し話がしたいので構いませんか?」

 

「………ああ。了解した」

 

 士人は短い言葉で了承した。見た事ある人物なので、まあ自分の様な木端代行者の名前を埋葬機関の死徒に知られているのか疑問に思ったが、特に司祭を不審に思う事は無かった。勿論、いざと言うことがある。士人は魔術師と死神の戦いを観戦していた司祭を警戒するのを止める事はしない。もっともそこまで不躾で、あからさまな雰囲気を出している訳ではないが。

 

「初めまして殺人貴。いずれ会うつもりでしたが、それが今日とは思いませんでした。

 それで、このような山奥に何の用です。聞いた話では、貴方は死徒狩りに賛同していないと話ですが」

 

 殺人貴が初対面の司祭から挨拶を受ける。彼はそれの質問に対して、ただ単なる成り行きだ、とそんな内容の事を答えとして言い返す。

 

「成り行き、ですか。そういった所はシエルに似ていますね。まあアナタの場合、その行動は全て姫君に起因する。

 となると――――なるほど、貴方もアインナッシュの実が目当てですね。それはいい、確かにあの実なら姫君の吸血衝動を大幅に抑えられる」

 

 それを聞いた殺人貴は最愛の女性の名を言った目の前の男を警戒する。教会の代行者と思われる眼前の司祭、吸血鬼の姫を守る自分の敵か否かは考えるまでも無い。戦闘になると考慮し、彼は巻き直したばかりの包帯に手をかける。

 

「―――お止めなさい。貴方と戦うつもりはありません。

 何故なら絶望的なまでに、貴方には私に勝つ手段がない。そのような無駄は良くないでしょう。そもそも、貴方の力はアインナッシュにこそ向けるべきだ」

 

 殺人貴の手が止まった。神父は彼らの問答を黙って見ている。

 

「素晴しい。シエルと違って貴方は素直だ。聞いた話では感情の無い殺人鬼を想像していましたが、中々に見所がある。

 両極端の用途、完全に別物としての二つの思考回路。そうでもしなければ存在出来ぬ矛盾と言うのは美しいな。私、不器用な人間が好きなものでして」

 

 くっくっ、という笑い声。そこで漸く殺人貴は気付く。森の闇に潜みながら目の前にいるこの男、こいつはおそらく声の主ではない。話している本体はここにはいない。

 

「さて、それではアインナッシュの棲家には私が案内してあげましょう。

 …………と、その前に一つお聞かせ願いますか。八百年前、確かに姫君はアインナッシュを滅ぼしました。その彼が、なぜ未だに生きているのかという事を」

 

 

◆◆◆

 

 

 司祭だった者の案内で森を進む殺人貴と神父。そして二人の目の前には、道案内する王冠を被りマントを羽織った白いネズミが一匹。実にシュールだ。

 彼が人型から本来のネズミの姿に変えたのは、動き易かった為。それにアインナッシュの攻撃対象に鼠は入っていないからだ。魔樹に突然奇襲されれば戦闘能力のないネズミの王様は死ぬだけであり、森の案内は果たせない。

 

「しかし、死徒二十七祖で埋葬機関第五位の正体がネズミだったとは。代行者としては中々に複雑な気分だ」

 

「いえ、それは違います。私はまあ、彼から産み出された悪魔ですよ」

 

「ほう。教会の異端審問官が、吸血鬼に悪魔。中々にパンチが効いた真実だな」

 

 移動する森。喋るネズミの後をついて行くにつれ、禍々しさが増加していく。士人の感知能力では今はまだ修行不足故出来ぬことだが、死徒の感覚では常に移動し続けるアインナッシュの中心点を目指せる様だ。

 

「そうか、おまえはメレム・ソロモンの悪魔なのか。シエル先輩が来てるって聞いたけど、もしかして一緒にいるのかい?」

 

「ええ、殺人貴。主は今のところ、シエルと一緒にいます。暫らくすれば主とシエルも、此方の方へ向かって来ると思いますが……」

 

 と、今は何故か静かになっている森を進む二人と一匹。今のところ、この腑海林は止まっている。流石に四六時中、活動をし続けると言う訳では無いみたいだ。神父は隣に歩く死神に声を掛ける。先程聞いた話で言いたいことが出来たのだった。

 

「しかし死神、話に聞いた吸血鬼も随分と間の抜けた真祖みたいだな。目当ての死徒を殺したが、その血を植物に受け継がせる様なヘマをするとは。……正直な話、間が抜けている」

 

 真祖たち吸血鬼を処刑する為に産み出した殺戮人形、アルクェイド・ブリュンスタッド。殺人貴が守護する真祖であり、生涯愛すると誓った女性の名前である。

 それを聞いた彼は苦笑いを浮かべ、ポリポリ、と頬を指で掻く。殺人貴にも思う所が多々あるのだ。

 

「あー、うん。否定は出来ないかな。アホッぽいところ、かなりあるし」

 

「………アホっぽい真祖、か。何と言えば良いか……うむ、想像しづらいな」

 

 代行者である言峰士人の知識としては、真祖と言うのは死徒を産み出した諸悪の根源みたいな存在だ。地獄の底で高笑いする大魔王と大差ないイメージを抱く。あるいは銀河を超えた宇宙の果てに君臨する狂気の魔神。しかし殺人貴を見る限り、如何やら自分のイメージと本物はかなりの差があるようだ。

 

「だがお前の話を聞く限りでは、随分と皮肉なことになっているようだ。

 嘗ての自分が取り逃した死徒の血。それにより自身が延命する為の良薬、不老不死の実がその死徒から手に入るのだからな」

 

 腑海林の瘴気は益々濃くなるばかり。こうして話をしている間も色濃い血の臭いはさらに濃く、空気を染めていく。そして殺人貴は七夜の退魔衝動が騒ぎ、言峰士人は感覚から強大な魔の気配を感じ取れた。

 

 ―――――それは突然の轟音。音源は背後だった。

 

「……ほう。これはまた――――」

 

 ―――壮観だな、と神父が後ろを振り向いて呟いた。

 

「……」

 

 殺人貴は黙ってその光景を見届け。

 

「―――陸の王者が瞬き程で始末されるとは。……中々なモノです」

 

 ネズミが最後に喋る。

 ――例えるなら、神の獣と呼べばいいだろうか。鯨と犬を掛け合わせたような姿、その巨大な獣が森によって一瞬で喰い殺される地獄絵図だ。

 

「……拙いぞ、これ」

 

「同感だな。誰だか知らんが、余計な事をしてくれた」

 

 蠢く森。尖る根が地中から現れる。どうやらあの獣によって、本格的に此方を殺す気になった様だ。感じられる魔の気配は今ででの比ではない。

 これが正真証明の腑海林アインナッシュ。どうやら今までの姿はお遊びだったようだ。

 

「申し訳ない。案内はここまでの様です」

 

「大丈夫だ。ここまで来れば、気配を辿れるよ」

 

 白いネズミに黒い死神が答えた。神父もここまで近づけば、中心にいるだろう森の親玉を見逃す様な事もない。距離は1km程も離れていない。

 

「取り敢えずは共闘といこうか、死神。

 自分の任務は死徒の討伐。俺としてはアインナッシュの始末が出来れば、それで良い」

 

「構わないさ。邪魔さえしないなら、俺もとやかく言うつもりはない」

 

 これは殺人貴と言峰士人の最終確認。

 死徒二十七祖七位、腑海林アインナッシュの討伐もそろそろ終盤だ。何日も潜っていたこの森ともオサラバ出来る。

 

「そうか。では、俺の背中はお前に任せる。

 ―――もっともお前が、俺に追い付く事が可能ならばの話だが」

 

「―――ク、言ってくれる。

 じゃあさ、お前も気張ってくれよ。出来るのなら、俺の惨殺空間について来い」

 

 そしてその二人に、アインナッシュの魔樹が襲い掛って来る。しかし、サラリと一瞬で木々は二人に斬り払われた。乱舞するのは三刃の嵐、死神の鎌と悪魔の牙に爪。

 

「―――ふん。実際、薪割りをしている気分だ」

 

 神父の武器は一見すると鉈に見えなくもない片刃剣。鈍重な刃は片手で扱っているとは思えない程、バカげた破壊力を宿している。

 

「いやはや、これはどうも。もう少しは目新しいモノを見せて貰わないと、いい加減飽きてくる」

 

 殺人貴のナイフは当り前の様に木を切り裂いている。魔眼殺しを外した彼にとって、もはや脅威ではない。殺すだけの唯そこにある獲物。

 疾走する二つの影。森の木と魔樹の根の間を縫う様に走り抜ける。

 何十時間も見てきた、同じ攻撃、同じパターンの戦法。二人はもう、これらの脅威にはかなりの対応力を森を歩き続けて身に付けていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 腑海林を走る二人。移動速度はどちらも常識外のモノ。生身の足、それも障害物が多い森の中だと言うのに高速道を滑走する自動車に劣らぬ速さを見せる。

 

「大分走った。気配も濃厚、そろそろ親玉の登場だろう」

 

「判ってる。一応は俺も退魔一族の出身、これ程の『魔』を見逃せるわけがないよ」

 

 森を走り辿り着いたところは実に奇妙な場所であった。何故だか、魔樹共が密集していない空き地となっていた。一本の木を中心に木々はまるで怖れ慄く様、離れた位置にある。

 

「―――――ここだ」

 

 殺人貴が呟く。それに士人は無言で肯定する。

 その木は大樹とでも呼べばいいのか。その木は悠々と森の中心に君臨していた。樹齢1000年を超える霊樹の如く存在している。しかし長く生きた大樹が見せる神聖さなど、そこには欠片も無い。

 ――――――そして大樹に付いている実は、鮮血に染まった様に紅い実だった。

 

「――――アレが不老不死、アインナッシュの果実、か。……あまり食欲が湧くモノではないな」

 

「言ってる場合か。あの木も俺たちに気がつい――――っと」

 

 ズダン、地面から根が殺人貴を貫こうと出現する。今までのモノとは、太さも速さも段違いだ。それこそ銃弾の如き刺突。喰らっていれば、胴体に風穴が出来ていただろう。

 

「良く避けられたな」

 

「―――……いや、さっきのは俺も死ぬかと思った」

 

 空気の壁を突破する奇襲、それも地面から突然現れるそれはかなり危険だ。根が文字通り、地表を下から粉砕して穿ち来る。

 

「ここはまるで地雷原だな」

 

 神父の言葉に死神は頷く。地面を爆散して襲いかかってくる根は、人類が開発した兵器に良く似ていた。地面からの本来なら不可避の襲撃、この不意打ちはかなり悪辣だ。今までも同じ様なモノはあったが、速度も範囲も殺傷能力も桁外れ。それも囲む様にし、連続して炸裂する殺意の顕現。一度当たれば、見れた姿では無くなるだろう、と簡単に予想出来る。

 如何するか、と悩む殺人貴。言峰士人はそれ見た後、アインナッシュを見ながら声を掛ける。

 

「では、先に行っているぞ。俺が先に着いたら、あの果実は俺の物だ」

 

「―――――――――」

 

 揄う様なそれを聞いて、蒼い眼を瞠目させて此方を見る殺人貴。言峰士人は殺人貴をその場に置いて、アインナッシュ本体へと向かい走って行った。

 ズダダダダ、と地中から現れるのは無数の根。それは文字通りの一撃必殺。喰らえば捕まり、苦痛の中で吸血され干からび死に絶える。

 ――――だが、神父には当たらない。

 魔力の流れ、大樹の気配、地面から伝わる根の存在感。その全てを把握し、動きを予測し、この神父は当たり前の様にアインナッシュの攻撃を避け、手に持つ愛用の双剣で迎撃している。

 

「―――は。狂ってるぞ、おまえ」

 

 負けてやれないな、と殺人貴は呟いた。そして彼は思う。この程度の死地を恐れてどうする。目の前で踊る代行者に後れを取るなど許せるものか。それも、たかだか根で出来た地雷原くらい走破出来なくて、何が“殺人貴”だ。

 

「―――アインナッシュ。モノを殺すってことがどういうモノなのか、教えてやる」

 

 それは死神の宣告。黒い影が二つの蒼い光を輝かせながら疾走する。殺人貴の神経は最高潮に高ぶっていた。自身が持つ退魔衝動も際限なく、身の内から轟き揺さぶる。迫り来る根を避ける、殺す。さらには襲いかかって来た根を足場に、蜘蛛は縦横無尽に木製の針地獄を駆け抜けて行く。

 

「遅いじゃないか、神父。先に行ってるよ」

 

「……何とまあ、出鱈目にも程がある」

 

 殺人貴が士人にあっさりと追い付く。針地獄と化した地面を疾走している代行者は唯物ではない。ならば、根を足場に疾走する死神蜘蛛は一体なんなのだろうか。

 ……その時、背後からガコンと言う金属音が響く。まるで巨大な機械が稼働している様な轟音。

 

「「―――――ッ!?」」

 

 背後の森からの気配で後ろに振り返る二人。アインナッシュの攻撃に集中し爆音で周りの音が聞こえないこの状況、近づかれるまで気配を察知できなかった。音も偶々聞こえただけ。そもそもの話、アレが自分たちに対して攻撃体勢をとっていなかったのも原因だろう。

 見た目からして戦争の具現に見えるアレから直接脅威を向けられれば、いやでも気が付く。そして二人の後ろから、彼らの上を通り越して光が通過して行った。発光体の速度は音を超え、ロケットが飛ぶ様に進みアインナッシュに突撃した。

 次の瞬間、炸裂音が鳴る。まるでミサイルが着弾したかの如き爆音。いや、真実それはミサイルだった。

 近代兵器の結晶、今の人類が想像する戦争の具現。死神と神父はその光景を見ながらも、根を捌いている。

そして、ザザァッ、と森からまた人が一人、飛び出してきた。

 

「久しぶりですね、遠野くん」

 

「先輩……っ!」

 

 その人物はシスター・シエル。埋葬機関第七位に位置する代行者だ。

 二人が通ってきた針地獄の道を、スラスラと彼女も走り抜けて行く。殺人貴と似た様に根さえも足場としながら地面を疾走した。彼女は同僚兼後輩代行者の神父、言峰士人に声を掛ける。

 

「メレムから聞いてしましたが、やっぱり生きてましたね」

 

「当然だ。この程度の死地で根を上げる程、自分はヤワではない」

 

 新しい参戦者は一体に一人。

 

「「――――――(しかし、……アレは何だ?)」」

 

 殺人貴と言峰士人の思考が重なる。先に出てきて爆撃してきた何か、それの姿は仮面を被った少女のカタチをしていた。全長10mをオーバーしており、ロボットみたいな人型だ。

 異常の極地、現実感が欠片も無く、あれはそういう幻想なのだろう。御伽の世界の空想、人類が考え形創る産物。つまりアレは、人の願いでカタチを成す悪魔(デーモン)

 

「―――悪魔、なのか……?」

 

「あれが、メレム・ソロモンの悪魔。……凄い趣味だね」

 

 神父と死神が、思わず、という感じで呟いた。

 

「まあ、そうなんでしょうけど。

 ………さ、敵は目前です。とっとと片付けちゃいましょう」

 

 既に隣まで来ていたシエル。彼女は歳下二人の男性勢に声を掛けた。

 

「シエルさん。何かドッと疲れた」

 

「言峰くん。泣き事は後で聞いて上げますから」

 

 少女型の巨像を見て疲れた感じの遠い眼で呟く神父。そしてシエルは彼に対して厳しかった。

 

「―――……仲、良いんだね先輩」

 

「ち、違いますよ! 誰がこんな外道神父とっ!!」

 

「ふむ。おしゃべりは良いが、しっかりしてくれないと困るぞ」

 

「「おまえ(貴方)が言うな!!」」

 

 元々気が合う者たちだ。何と言うか、戦いながらも和んでいた。

 

「しかし丁度良かった。シエルさんが来たのならば、後の憂いも無い。

 ―――全力だ。吸血植物を一掃する」

 

 言峰士人の魔術回路が灼熱と魔力で満ち、フルスロットルで回転を始める。

 ミサイルの直撃を受けたアインナッシュ本体は無傷。あれ程の物理攻撃を受けたのに、火が欠片も灯っていない。おそらく、そう言った系統は効かないのだろう。それでも大魔樹は警戒しているのか、自分の本体の周辺に根を幾重にも張り巡らし、鉄壁の防壁を造り上げていた。

 そして、三人に対して根の攻撃は止まっており、今の根は守り以外では仮面少女像の方へ攻撃を始めている。如何やらアインナッシュの動きを見るに、少女の像をより脅威とし、殺しに掛っている様だ。巨像の方も銃弾をぶっ放し、手から現れた剣で根を切り払っている。

 ――言峰士人は呪文を唱える。

 魔樹が此方に隙を見せている今が、必殺の好機である。

 

「―――投影(バース)始動(セット)

 

 ――存在因子、具現――

 ――誕生理念、鑑定――

 ――基礎骨子、想定――

 ――構成材質、複製――

 ――創造技術、模倣――

 ――内包経験、共感――

 ――蓄積年月、再現――

 

 ――因子固定、完了――

 

「―――投影(バース)完成(アウト)

 

 現れたのは、一本の西洋剣と対になる弓。大きさは一般的で、武器として優れているのが一目で分かる。士人はそれを弓に装填し、射出準備に取り掛かる。シエルと殺人貴の二人は自然と神父の後ろへと後退。

 一見しただけで判る脅威。剣気が刀身へと圧縮され、次々に集中していく。そして辺り一帯には、時間を掛けて集まり高まる魔力により、聖なる剣光が周りに吹き荒れる。

 

「――――(デュラン)不毀剣(ダル)――――!」

 

 ―――そして、剣は解放された。敵は彼方。だが聖剣は砲弾如き威力で発射され、軌道上の魔樹を障害物全て纏めて一刀に両断した。

 改造聖剣、聖閃天意(デュランダル)

 英雄王の蔵に眠る聖剣を改造し、それを更に矢として改良した投影宝具。雷の如く遥か遠方まで伸び飛ぶ斬撃攻撃が正体だ。空間ごと切り裂く聖剣の一撃は、何処までも鋭かった。

 ―――――そして残るのは伐採の跡。

 ドォオン、と言う木が倒れる破壊音。余りに激しい魔剣の破壊痕。

 言峰士人の一閃は、アインナッシュ本体だけではなく、その後ろに存在していた魔樹らも纏めて両断していた。魔樹は自身の体を支えるモノを失い、倒れるしかなかった。

 

「―――他愛無いな、吸血鬼」

 

 言峰士人が投影した灰色の弓が崩壊する。一回分の幻想射出にしか耐えられなかった様だ。しかしそれも当然、彼は真名解放が出来るだけのソレを投影しただけだ。魔力量が厳しい今の状態では、手を抜いていい部分は手を抜いて魔力を温存したい。完璧に造り上げ、能力分の魔力となると魔力コストが普段の投影より大変なのだ。

 

「出鱈目だなあ、神父。自分と戦った時の矢と言い、武器が豊富過ぎるよ」

 

「そうですね。相変わらず狂れた魔術です。………って、戦っていたのですか、二人とも!?」

 

「「ああ」」

 

「―――まったく。殺し合ったのに今は共闘しているなんて。一体何処の少年漫画ですか……」

 

 ああ頭痛い、と呟く彼女。日本暮らしがそれなりに長かったシエルは、彼の国のサブカルチャーにもある程度の理解があった。

 そして言峰士人はその時、何か異変でも感じたのか自分が切り倒した魔樹の方を振り返った。まあ、そもそも彼もそうだが、殺人貴もシエルもこれくらいで倒せるとは思っていなかったりした。少女型の像も根にはもう襲われていないが、銃身をアインナッシュの方へ向けている。そして機械少女の仮面は根に壊されたのか、自分で取ったのか判らないが素顔を晒していた。その少女の機械の両目は何と言えば良いのか―――少女像の目は死んでいた、覇気が感じられない。三人と一体は切り倒された大魔樹の方へ視線を固定させている。

 

「……ふむ。やはり真っ二つにしたくらいでは、死んでくれない様だな」

 

「―――生えてないか、あれ?」

 

「―――ええ、生えてますね。確実に」

 

 アインナッシュ本体の斬られた断面から木の根が、ニョキリ、という擬音が合う感じで生えてきている。

巨像の悪魔は相変わらずな無言無表情で殺戮兵器を魔樹に向ける

 ――ドォンドォンッ、スダダダダンッッ、と離れた所にいる巨像の武装が一斉掃射される。

 たった一体の砲撃だが、それは戦場の具現、そして現代の人類が行い続ける地獄だった。一切の抵抗を許さず圧殺する、正に虐殺行為。

 しかし木は身を削られながらも変形を止めない。いや、削られれば削られる程、さらなる再生で変形する。何より恐ろしいことに、辺り一帯の木が移動を開始し、実を宿すアインナッシュ本体に集合していることだ。

明らかに危険な兆候が見て取れる。

 神父、死神、代行者の三人も早いところ本体の魔樹に辿りついて始末を着けたかった。

 しかし集まって行く魔樹に行く手を阻まれて辿り着けない。下手をしなくても木々に挟まれ圧殺されてミンチになるだろう。今は避けることに専念する。するしかない。命の賭け所を間違えれば一瞬で御陀仏だ。それより早く、今はこの場を出来る限り離れなければ危険だろう。

 巨大化する魔樹を背中に、巨像とは違い比較的アインナッシュの近くにいた三人は危険地帯を脱出する。

 

「――――――うそ」

 

 シエルが声を漏らしてしまうのは仕方が無かった。

 ―――何せ木の集合体の全長は50mにも届かんとする大樹へと一瞬で変貌。

 ―――さらに“両脚”で、魔樹が大地に君臨しているのだから。

 悪魔の巨像を遥かに超える巨体。神話の化け物、さながら世界樹ユグドラシル。今まで吸っていた血による影響か、人型へとカタチを変える吸血植物。人化とでも呼べば良いのだろうか、その姿。あまりにも圧倒的。

生まれ出るは樹の巨人。アインナッシュは再誕した。

 

 

―――ドォオオンンッッ!!―――

 

 

 一歩、たった一歩で地震が起こる。巨人が引き起こす大いなる災い。つまり変貌を遂げたアインナッシュは、自然災害クラスの化け物であると言う訳だった。三人とアインナッシュとの距離が大きく縮まる。

 

 

「■■◆■◆◆■■■■■◆■■■■■■■ーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 樹の巨人が二歩目を歩もうと足を上げる時、それは空から雄たけびを上げて到来した。巨大なエイのような姿、その趣はさながら空中要塞。鳥の様に羽ばたき空を舞うソレは実に美しい。

 ―――死徒二十七祖、メレム・ソロモンの悪魔。彼の左足でもある空の王者だ。

 陸には彼の右腕、機械令嬢。メレムはアインナッシュを討たんが為、陸には右腕の悪魔、空には左足の悪魔を送ったのだった。そして空に浮かぶ空中要塞の上、そこに千年を生きる大吸血鬼がいた。

 

「―――随分と様変わりしたね、アインナッシュ。だけどお祭りは、ここからさ」

 

 右足を砕かれている彼、正体は死徒メレム・ソロモン。

 宿す異能は悪魔使いの業。「デモニッション」とよばれる第一階位の降霊能力。人々の願望をモデルにして彼の憧憬で彩色し、その類似品を作る。ただし、具現化できるのは他人の願望のみで、メレム自身の願いを具現化することはできない。

 悪魔使いである彼は四大魔獣(フォーデーモン・ザ・グレイトビースト)という架空の魔獣を使役し、それぞれがメレム・ソロモンの四肢と化している。左手がネズミの王様、右腕が機巧令嬢、右脚が陸の王者、左足が空の王者のクラスの悪魔。殺人貴と言峰士人の前に現れたのがネズミの王様。陸の王者は早々に腑海林へと瞬殺された。左手の悪魔に戦闘力は無く、今のメレムの手駒となる悪魔は右腕と左足。

 エイに似た悪魔、そこにあるタイル状の皮膚から何かが射出される。それは一つ一つが動物の形をした物体。それが樹の巨人へと衝突し、アインナッシュを削っていく。下の機械令嬢も圧倒的な弾幕は健在で、弾切れ知らずの近代兵器が成す破壊の嵐はさらに激化していく。

 

―――ドォオオオオンン…!!―――

 

 樹の巨人の足が一歩後退した。前進しようと出していた足を、倒れそうになった身を支える為に一歩下げたのだ。もはやこれは、まともな死徒狩りではない。神と悪魔の大決戦、怪物ではなく怪獣どもの殺し合い。

 

「―――これは派手になってきた。遠慮手加減を考えている場合ではないな」

 

 言峰士人の顔から表情が消える。今の彼は目の前の怪物を殺すことしか考えていない。言うなれば、死力を尽くす、と覚悟を決めた目。黒い太陽の如く灼熱とした、戦意と殺意が混合し煮え滾る漆黒の眼。

 

「―――さて、久々に全力でいきますか」

 

 シエルはそれも同じコト。何時もなら忌み嫌う魔術を行使する為、魔術回路を手加減無く全力で開放させる。威圧感が何倍にも膨れ上がり、底なしの魔力が世界に顕現する。

 

「―――ホント、愉快なカタチだ。さあ殺し合おうじゃないか、アインナッシュ」

 

 内に眠る退魔衝動を完全に解放し、殺人貴の視界に死が濃く具現する。煌く蒼は一体なんの色なのか、空を思わせる虚無の眼は、魔物を無へ還さん、と光り輝く。不死と唄われる二十七祖を三体も葬った退魔一族の末裔、殺人貴の姿が凶蜘蛛へと裏側から切り替わる。

 

 

◆◆◆

 

 

 森は完全に壊滅していた。

 戦闘の余波で吹き飛ばされる地表。荒れに荒れ果てる腑海林はしかし、今や森ではなく樹の集合体たる巨人。

 シエルは地面に手を着き、回路を爆発的に回転させる。

 

「~~~~ッ!」

 

 ―――高速詠唱。

 人の耳では聞き取る事が不可能な詠唱速度。

 極められた術師が扱うそれは、正しく冥府魔導。巨大化したアインナッシュを中心に、魔法陣が出現する。それは幾重のも幾重にも重ねられ、巨大な魔法陣の中にも幾つもの陣が一瞬で作成される。

 

 

「―――――!」

 

 ――ドォォオオオオオオオオンッッッ!!!――

 

 仕上げのワンスペル。そして閃光。雷が発生する轟音が、地面の魔法陣から鳴り響く。落雷が何百mも先の空へと、巨人を覆う様に上り落ちて行った。ジュワア、と樹が焼け焦げる。全身を黒焦げにしながらもアインナッシュはまだ健在。しかし彼女の全魔力の三分の一以上を消費して使った魔術は無駄ではなかった。樹の巨人が雷を受け、その動きを停止させる。

 先程までのアインナッシュは、メレムの悪魔から放たれた獣の弾丸を全身の樹皮で喰らっていた。

それにより、魔力を高め体を回復したアインナッシュは再び前進を開始しようとするも、その間にシエルは魔術を構築し、特大の一撃をブチ当てていた。

 ―――広域殲滅魔術。シエルの魔術は対軍、対城クラスの威力を持つ。

 彼女にとって忌々しいことであるが、自身を嘗て乗っ取った男、ミハイル・ロア・バルダムヨォンが得意とする術式。雷の属性を持つカバラ系に属する秘紋魔術は実に使い勝手が良かった。そして、その魔術を支えるシエルの魔術師としてのポテンシャルは異常に高い。それこそ現代の英雄を名乗れる程、彼女は強力な魔術師なのだ。

 

 

「――――殺せ、空の王者」

 

 

 その様子を見ていたメレムは簡単に言えば、心底ブチ切れていた。両足の悪魔は対アインナッシュにおいて相性が最悪なのは認めよう。しかし同じ二十七祖を相手にこうもやられっぱなしでは正直なトコロ、最高に虫の居所が悪かった。

 自分が造り上げた悪魔が二体、今のところ手も足も出ていない。有効なのは無機物の近代兵器が主力の機巧令嬢だけのようだ。彼女の砲撃で、ヤツの体は着々と抉れ削れているが、アインナッシュは片っ端から再生している。今では既に全長を50m以上に拡大されてしまっている。足から伸びる根の触手で辺りにいる自身の眷族を喰らって体を補っているのだ。有効打を与えるには、かなりの時間が掛かる。

 

 

「■■◆■◆◆■■◆■■■■■■■ーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!」

 

 

 空を舞う悪魔が滑空を始めた。

 メレムは自分が危険になると直感する。己がいれば悪魔も本気を出せない為、空から地表へと身を投げ避難していた。

 

 

―――ドァァァァアアアアアアアンンンッッ!!―――

 

 

 馬鹿げた衝突音。悪魔は巨人に対して特攻を仕掛けたのだ。

 

「―――まさか……っ!」

 

 しかし、今の光景は何と言えば良いのであろう。例えるならば、神話に出てくる神々、それも巨体を誇る巨神たちの戦だろうか。

 ―――アインナッシュは両腕で、悪魔を捕えていた。

 そしてそのまま、全身から木の根が出現する。それがエイの形に似た左足の悪魔に絡まっていく。

まさに地獄絵図。右足の悪魔がそうであったように喰われていく。しかし誰が予想出来るだろう。あれ程の質量を持った魔獣の突進の物理破壊力、それを真正面から抑えるなんて。

 

「―――大丈夫ですか、メレム?」

 

 空から落ち、隣にやって来た同僚にシエルは声を掛けた。何だかんだで、一応は心配している様であった。

そしてその時、パァンと彼のもう片方の足が破裂した。

 

「……結構、ヤバいかも」

 

 とてり、と尻餅を着くメレム・ソロモン。シエルとメレムの二人に殺人貴と言峰士人が近づいて行く。如何やら一度、体勢を整えるようだ。

 

「それで、如何する? このままではかなり危ないぞ」

 

 悪魔を食べながらも、再び動き出そうとする樹の巨人。概念を取り込んだ吸血樹は、もはや人間がどうこう出来る範疇では無くなっていた。もはや神話の怪物と同格か、それ以上。彼はソレを観察しながら、ここに居る三人に向かって発言する。それに対して、殺人貴が蒼い眼を輝かせながら声を出した。

 

「俺の眼なら問答無用で殺せるけど」

 

「……危険ですが、遠野くんの魔眼しかないみたいです」

 

 と、提案する殺人貴に苦々しく賛同するシエル。彼女としては、彼に余り危険なことをされるのは、とても辛い。

 

「分かった、援護する。殺人貴、お前の背中は任せておけ」

 

「…‥…了解したよ。精々、死なないようにね、トオノシキ。君に死なれると姫が悲しむ」

 

 話合いを早々に切り上げる。どうやらアインナッシュは悪魔を完食したみたいだ。今は“森”で出来ている手を、大きく振り上げようと体を構えている。あの巨体だ、拳の一撃で大クレーターが出来る破壊力だろう。

 

「―――機巧令嬢!」

 

 メレム・ソロモンが叫ぶ。近くに寄ってきていたメレムの悪魔は、その大きな金属で構成された手で彼を掴んだ。そして、ガッシャン、と開いた腹の中へと彼を入れる。

 三人はアレの一撃を避ける為、早々に遠くへと避難していった。機巧令嬢は、足と背中に付いているジェット・エンジンの炎で低空飛行を行い離れて行った。

 

 ―――そして数秒後に衝撃。樹の巨人はもう既に、一つの『魔』として完成された幻想種。

 戦いの中で文字通り、アインナッシュは進化しているのだろう。ただ生きる為だけの本能では無く、戦闘行為を行える程、魔樹の防衛本能は進化している。“森”の拳で、地面にクレーターが穿たれた。

 

「―――やるねぇ、トオノシキ。流石は死神(DEATH)と唄われる人間だよ」

 

 そして、巨大戦艦が飛行機を撃墜させる様子を思い浮かばせる程の轟音爆音。空を飛ぶ機械人形から今までの比ではない大火力掃射が行われた。重機関銃だけではなく、ミサイルもロケットも只管に撃ちこみ続けている。それはまるで、銃火器を一年中戦争が出来るくらい詰め込んだ要塞が造り出す、銃弾砲弾の雨嵐。

 メレム・ソロモンが搭乗し、魔力を一体に絞り悪魔を操作している。機動力も戦闘性能も先程のモノより向上しているのは当然だった。

 

「これはまた。……人間離れしていた動きだったが、ここまでのモノとは思わなかった」

 

「……同感ですね。彼が本当に頼りとする力は魔眼では無く、七夜一族が練り上げた暗殺技巧みたいです」

 

 士人とシエルの呟き。それも仕方が無い、目の前の現実を見ての事だった。

 ―――殺人貴、遠野志貴はアインナッシュの腕を走り上っていた。

 彼は振り下された“森”の腕を利用し、そこから一気に片まで駆け上がっていったのだ。さながら蜘蛛の如く、と言ったその動き。

 

「(アインナッシュの注意を引く必要があるな)」

 

 それを見た士人の思考。メレムが乗った悪魔もアインナッシュから殺人貴を注意を逸らす為、彼の邪魔にならない様、攻撃を加えている。戦争レベルの破壊活動によって、動きを阻害している。シエルも魔術を準備しているみたいだった。

 

「―――投影(バース)完成(アウト)

 

 彼の手に一つの武器が出現する。神々しく光輝くゴールドとダイヤモンド。まるで雷をカタチにした様な武具。それは正しく雷神が使うに相応しい法具である。

 

「“―――金剛杵(ヴァジュラ)ッッ!!”」

 

 これは神、帝釈天が持つ雷の具現。嘗ての帝釈天、つまりインドラが悪龍ヴリトラとの決戦でこの武器を使用し、ヴリトラを倒したと伝えられている龍殺しの宝具。ジィィイイイイ、と空気を焼きながら、砲撃の如く撃ち出されたヴァジュラが直進する。そして着弾と共に炸裂音を鳴らす。

 

 

―――ダァァアアアアアアアンッッ!!――

 

 

 しかし、ヴァジュラが巨人に雷撃が命中するも、体が抉れただけ。今の言峰士人の投影では威力が落ちていたとは言え、一撃で軍隊を吹き飛ばす兵器でさえ傷を与えるだけで終了する。だがそれで、巨人の動きは少し止まった様だ。メレムの攻撃に加え、効いてきているのは間違いない。殺人貴へ対する根の攻撃も沈静化していく。

 

「――――カハ、ゴホゴホッ……(渦巻く轟嵐(トライデント)を使えば違うのだろうが、今は金剛杵(ヴァジュラ)が限界だな)」

 

 無理をさせ続けた彼の体は限界に来ている。魔術回路が焦げ、体を中から焼いているのだ。口から血が溢れ、吐血をし始める。鍛錬でこの程度の無茶は良くやっていたが、それは実戦でそうならない為の無茶である。生命力の限界が来ているのだと、彼は実感する。

 ――そして隣では、高速詠唱で魔術をカタチ造っていたシエル。

 

「………―――――」

 

 

 士人の生命を絞った一撃と同時にシエルも魔術を完成させる。その魔術は、キィイイイン、と甲高い音を立てながら魔力を集束していた。ロアの知識を引くシエルが得意とする雷の魔術。槍の様に棒状に形を形成した雷電が、アインナッシュへと向けられている。まるで弓を使っているような構えを取る彼女は、雷の矢を放とうと標準をつけ、狙いを定めているのだ。

 

 

「――――――ッッッ!!!!」

 

――ピィシャァァアアアンンンッッ!!――

 

 

 雷鳴を想像出来る音。魔術により圧縮された電気は迷う事無く直進する。シエルの雷は巨人の額に直撃し、突き刺さる。そして、放電。雷は問答無用でアインナッシュの樹を焼きながらも痺れさせる。巨人の内部の水分が一瞬で蒸発する。丁度、人だったら頭に位置する部分、要は脳みそが焼き切れているだろう箇所だ。もっとも、アインナッシュにそんな定義は意味が無いだろうが。

 ………そして三人が見るのは、アインナッシュにナイフを突き刺そうとする遠野志貴の姿。

 直死の魔眼持ち以外には理解できないことであるが、どうやら彼はアインナッシュの死の点にまで辿り着いたようだ。彼は蜘蛛の如き動きで根や蔦を利用し尽くし、本来なら断崖である巨人の心臓辺りにまで移動していた。

 ―――振り上げられていたナイフが、サクリと軽い音でアインナッシュへと穿たれる。

 

「―――終わりだ、アインナッシュ」

 

 殺人貴の捨てセリフと共に、死徒二十七祖、腑海林アインナッシュは崩壊を始めた。森は終わりをついに迎える事となる。数百年に長きに生きた幻想が消え、アインナッシュはここで、殺人貴によって終焉を与えられた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ―――プワァ、と神父の口から煙が吐き出されている。

 魔術薬品、『魔女の煙(ウィッチ・スモーク)』。これは本当に良い煙草であり、自家製魔薬の中で最高の品質を持つ。口に咥えられたそれに、淡い火が静かに灯っていた。

 

「―――――――――」

 

 仕事の後の一服、言峰士人は煙草を吸う。白い煙が口から吐き出される。煙草に灯る火が怪しく輝く。煙と火は神父にとって特別なモノだ。そして神父の視線の先では、紅い果実を片手で持つ殺人貴の姿。それと先輩の代行者であるシエルの姿。

 

「じゃあね、先輩。俺はこれで。会えて嬉しかったです」

 

「……はあ。遠野くんに何を言っても仕方ありませんね」

 

 別れの言葉。

 如何やら彼女の様子を見るに、シエルは殺人貴の事が好きみたいだ。士人は内心で、クク、と笑いながらも、後で揄ってやろうかと思考していた。両足が使えないメレムも、その光景を見て楽しんでいる。ああ、この二人は実に性悪だ。

 

「さよなら」

 

「ええ、それじゃあ」

 

 去ろうとする殺人貴。だが彼に、神父が声を掛けた。

 

「殺人貴、どうせまた何処かの戦場で会いそうだ。お前の事は覚えておこう」

 

「言ってろ。……まあ、お互い死ななきゃ、何処かで会うんじゃないか」

 

 笑い合う男二人。だから何処のバトル漫画なんですか、とそんな表情で歳下の男の子たちをシエルは見ていた。そして、身動きが取れないメレムも何か言う事があるのか、殺人貴の方へと声を掛ける。

 

「トオノシキ。出来たら姫に、宜しくって伝えておいて」

 

「……分かった分かった。伝えておくよ」

 

 顔を赤くしながらそう言う少年(しかし実年齢1000歳以上)と、それを聞く一人の青年。その光景から複雑な人間関係を、シエルと言峰士人は垣間見る事となった。シエルは色々あるから良いとして、まあ士人も男なのだ。彼も色恋沙汰が全く分からないと言う訳でもない。

 ――そして会話も終わる。じゃあ、と殺人貴はシエルに挨拶をしながら手を振り、腑海林跡地から去って行った。

 

「それで、シエルさん。思い人との再会は楽しめたか?」

 

「…………――――」

 

 去っていく殺人貴を見ていた彼女に言葉を遠慮無しにブチ掛ける神父、実に嫌な感じである。例えるなら、ボンッ、と言う効果音が似合うシエルの赤面っぷり。神父が見るシスターの新しい一面であった。クク、と笑う士人は本当に外道だ。それと同時に、クク、と笑っている死徒も外道の一人。

 ――アインナッシュは滅んだ。二十七祖がまた一つ消滅する。

 今は森の外。蒼い蒼い空が照らす太陽の下、帰り道を歩んで進んでいく代行者たち。

 

「それでさ、シエル。君、彼を見逃していいの。教会じゃ、重要参考人として捕まえろって令が出ているのに」

 

「そういう貴方こそ彼女を見逃しましたね。局長は見かけたら即座に仕留めろと指示を出している筈ですが」

 

 睨み合うこと数秒。

 

「ま、今回は見逃して上げます」

 

「そうだね。見逃がそう」

 

 睨み合いを終える二人。それを聞いていた士人は、プハァと口から煙を吐く。

 

「―――ふむ。では改造銃一丁と秘宝一つ。それで俺は手を打ってやろう」

 

 シーン、と固まる先輩たち。何を隠そうこの二人、シエルの趣味は銃火器の改造であり、メレム・ソロモンは重度の秘宝コレクターなのだ。この話は聖堂教会の中でも有名で、メレム・ソロモンはお宝欲しさに代行者になったと言う噂もある程。

 

「―――で、如何する?」

 

 物凄く葛藤した表情を浮かべるシエル。しかし、溜め息を吐きヤレヤレと頭を振る。

 

「……分かりました、分かりましたよ。一丁だけですからね」

 

「僕はやだよ。断固拒否する」

 

 と、シエルと違い、物凄く大人げ無い(しかし見た目は一番子供)感じでメレムは拒否する。そしてシエルと自分に支えられている吸血鬼に、言峰士人は譲歩の案を言うコトにした。と言うよりも此方が本命だったりした。

 

「仕方ないな。出来たら秘宝を見せてくれないか。俺もそう言うモノには興味がある」

 

「………興味?」

 

「ああ。概念武装は魔術師として好物だからな。世界中のソレを熟知している、と自分で自負している」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 何処となく嬉しそうなメレム。やはりコレクターとして、自分が得られた物を自慢できる相手がいるのは嬉しい事なのだろうか。それに見たところ、この代行者の魔術は秘宝コレクターのメレムにとって心惹かれるモノがあった。

 そして、士人の能力を正確に知る数少ない人物であるシエルは、胡乱気に神父の方を見ていた。

 並んで歩く三人は、トコトコ、と帰り道を進んで行く。真ん中にメレム、端にシエルと言峰が彼を支える様に位置している。何も話す事は無く、黙々と今は歩いている。しかし、不意に、吸血鬼は喋った。

 

「シエル。機会があるとしたら、今だよ」

 

 少年はそんな言葉を口にした。

 

「――――――――」

 

 シエルが足を止め、三人の足は止まる。真意は如何あれ、その言葉は真実だろう。彼女に付けられていた監督役は消え、その代わりである相手は両足が破壊されている。そして、ここにいる後輩の代行者も魔力が切れ、傷を負い、そもそも自分が教会を逃げるか否か、そんな事に頓着しない男だ。彼女が何処かに、ふいと、消えてしまうのなら、今この瞬間が好機と言えた。

 

「―――――――」

 

 シエルは大きく息を吸い込んだ後。

 

「止めときます。機会は貴方が言う通り一年前に過ぎちゃいましたから」

 

 そう言った彼女はメレムを抱えて歩きだした。足が壊れている彼は、強引に形だけは両足を再生している。手助けされている状態でも歩くにはやはりキツいのだった。

 

「限界でしょ、言峰くん。辛いのなら普通に歩いて構いませんよ」

 

「……助かる」

 

 他人を利用するのは良いが他人を求めることを良しとしない彼は、実際、シエルが救いの手を差し出す死ぬ一歩手前まで痩せ我慢する。意地っぱりな後輩の事は良く知っているので、彼は自分で出来る事は助けを求めない。この場合だと、自分が助けられる訳ではないので何となく許容範囲だ。

 そして、そんな言峰士人は新しく煙草を取り出し、それの先端に火を灯す。

 先輩たちの会話をBGMにして、迷惑にならない様に煙を吐いて久方ぶりの外の空気を思いっ切り吸いこんでいた。

 

「……む。やせ我慢だよね、それ」

 

 メレムがシエルを見上げて言う。

 

「そうですよ。けれど始めたからには、我慢できなくなるまで続けないと失礼でしょう。飽きたからやめる、では子供と変わりがありませんから」

 

「――――――(子供と変わりない、か。どうでも良いが、メレム・ソロモンに対する当て付けに聞こえる言葉だな。

 しかし、我慢が出来なくなるまで等、正しくそれは苦行と呼べる。自分から自分を地獄に落とし、罪を償い続ける悪夢。自身を延々と追い込み続ける輪の連鎖、であるのかな。

 それならば、いっそ私も―――――――――――――――)」

 

 後方へと足が下がっている言峰士人は、脈絡の無い思考を展開させている。そして、その言葉に考える所があったのか、メレム・ソロモンがシエルにへと言葉を返す。

 

「ふぅん。罪滅ぼしってヤツ? そういうところ半端に人間ぽくって笑っちゃうね」

 

 毒舌と呼べる辛辣な言葉。

 

「ええ。うらやましいですか、メレム」

 

「………んー、それなりに。僕がうらやむ程度には。けどさ死ぬまで続けるのが罰、だなんて考えていないだろうな」

 

「そう考えられたら楽ですね。……けど―――――――」

 

 会話を続けていく二人。しかし士人が聞いているこの会話に、最初から意味なんて含まれていない。

 二人とも、お互いに言いたい事は何となく察しがついている。それこそ延々とキャッチボールを続けるかの如く。

 

「……っ!」

 

 と、そこで言峰士人の体は限界が来た。煙草を吸っている口から血が吹き出てくる。大量の吐血でもなく命に危険はないのだろうが、辛いモノは辛いのだ。

 ――――カクリ、と神父は膝を地面に着ける。

 

「――――――」

 

 回路自体の暴走、固有結界の侵食。魔力が少ない今は、自然と鎮まるまで時間を持つしかないだろう。

 

「ほらほら、無茶はいけませんよ、言峰くん。貴方はいつまで経っても変わりませんね」

 

 メレムをその場に置いて、彼女は士人を助ける為に一旦、戻って来たみたいだった。シエルの背後に居る吸血鬼は地面へと座り込んで、何処か愉快そうに此方を見ている。そして彼女は自分と一緒に仕事をしてきた後輩、言峰士人へと手を差し伸べている。彼は、人に助けられるのも偶には良い経験だろう、と思いながらも彼女の手を掴む。

 

「シエルさん」

 

「ええ」

 

「―――本当は、この“世界”から出て行きたいのでは?」

 

 それは聞いてみたかったコト。前から言峰士人がシエルから感じ取っていたコト。

 

 

「―――ん、そうですね………それは秘密です。私も貴方と同じで、答えを捜してる途中ですから」

 

 

 今にも泣き出しそうな目で、彼女は笑いながらそう言った。




 アインナッツが巨神兵化したのは、士人が真っ二つにしたのが原因となります。殺人貴が普通に殺していれば、普通に死んでいたりします。生存本能のまま神話の体現を果たしてしまい、今まで吸い取ってきた遺伝子情報から人型の森に変貌してしまったと言う設定です。


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21.無念無想の無道

 外伝が終わりましたので、おまけを付けておきました。宜しくお願いします。


 ここは工房。魔術師が研究に没頭する魔窟である。魔術師が魔術の腕前自体を鍛えるところでもあり、自身の命題に挑む聖域でもある。

 

「―――――――」

 

 魔術師、言峰士人。魔術研究のテーマは概念武装と魔術礼装の開発と改造。

 投影魔術師として投影速度や投影品の精度、それに投影魔術の魔力燃費なども鍛えているが、それは投影魔術師としての基本である。

 固有結界を大元とする彼の投影は、使用魔力量や創造物の精度は極限まで高められて当たり前。何よりも重要なのは、自己暗示による絶対的な認識力、時間を停止させる程の集中力、そして世界に欠片も屈しない意志の力だ。自己の意志のもと、己が思念により内界より神秘を具現化する。いうなれば士人の投影は自分の意思そのものと言ってもいい存在だ。

 

 ――心象風景から産み出される魂の欠片こそ、言峰士人の投影魔術である。

 

 だが、固有結界とは魔術師としての到達地点だ。固有結界を彼は只管に鍛え、極めていったが、それは魔術師としての研究ではない。

 故に言峰士人の研究テーマは概念武装と魔術礼装の開発となった。

 固有結界による複製ではなく、自分という存在自体が起源となる武装の開発。投影による創造だろうが、自分の手よる創造だろうが何も変わらない。物を作って造って創り上げ、オリジナルを存在させる。それを研究者として自分の命題と士人は定義した。つまりは、節操の無いクリエイターであることが魔術師としての言峰士人の在り方だ。

 その為か、武装職人(ウェポン・スミス)、などと師や先輩から呼ばれたこともある。

 

「………(――――仕方が無い、か。流石に聖杯戦争中は研究に専念出来んからな)」

 

 神父の工房は教会の地下にあり、そこにある礼拝堂のさらに奥にあった。この場所はかなり拡張され広々とした空間を有しており、入る時に通る礼拝堂より大きい造りとなっている。昔は火事の同胞らがギルに喰われていた場所だったが、場所をとって邪魔になった為、この教会から消えて貰った。

そもそも受肉したギルガメッシュはこの世界にしかりと肉を持ち、一つの生命体として存在している。なので現世に対する依り代もいらず、マスターからの魔力補給の必要性がゼロなのだ。生命活動を行っていれば魔術師と同様、自然と魔力を生成する。食事をし、睡眠を取り、生命活動を行えば、サーヴァントとは違い現世の人間と同じように生きていける。

 

循環(バース)始動(セット)

 

 

 呪文を唱える。そして今夜もまた、彼は魔術の鍛錬に没頭する。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月7日

 

 

 朝日が昇る。実に清々しい朝の風景だ。洗濯物を干すには丁度良い日差し。ライダーと間桐慎二が起こした騒ぎから一日。彼はその後始末に追われた夜を終え鍛錬をした後、次の日の朝を迎えた。むくり、と唐突に甦った死者のような感じで言峰士人はベットから起き上がる。

 

「………睡眠不足、だな」

 

 これっぽっちも眠そうな表情を浮かべずに彼はそう言った。眠気をとばす為に、態と言葉を声に出す。

 朝は忙しい。

 鍛錬に洗濯に朝食の準備があり、そして朝のお祈りもあるのだ。せめて洗濯や朝食を掃除のように、使役霊にさせることが出来れば結構楽になるのだがそう言うわけにもいかなかった。

 まあ、ギルガメッシュの財宝の自動人形を使えばそう言う事も出来なくもないが、他人任せの自堕落な生活は神父として実に好ましくない。それに秘蹟には信仰心が大切になるので、自堕落な生活を送ると代行者として非情に拙いモノもあった。神よお許しを、と言っても果たして王様のお宝に依存する神父に神の慈悲が有るのかと言う問題だ。

 

「(代行者で神父と言うのも面倒なことだ。酒も基本的にワインくらいしか呑めんからな。……ウォッカのような濃い酒が本来なら好みなのだが)」

 

 別にワイン以外の酒も飲んではならないと言う規則はない。しかし神の血であるワインの方が、代行者である士人には効率が良いのだ。

 それに試しに造ってみた概念が積もる年代物のワインを儀式魔術で加工してみれば、かなり上物な葡萄酒になった。飲めば魔力を回復し、秘蹟の触媒としても良い出来であった。

 

 昨晩も寝る時に、葡萄酒を呑んで神父は床に着いた。

 

 人生は本当に儘なら無い。ただ生きるだけでこれだけ苦しい。地獄とは案外、目に見える所にあるものだ。実際に学校では地獄が再現されていた。

 ――もっとも生きる苦痛など、言峰士人は欠片も感じたことがないのであるが。

 首を、ヤレヤレ、と左右に振り、コキコキ、と音を鳴らす。今日も監督役で忙しい言峰士人が送る聖杯戦争の一日が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 庭での鍛錬。我流と化した中華拳法の修練を終え、今から双剣の鍛錬を始める。

 士人が得意とする近接戦闘の手段は、一番に双剣、二番に格闘、である。剣や槍などの他の得物での戦いは、基本的に同じ程度の腕前である。

 それと弓術や黒鍵などの投擲技術は、士人にとっては徒手での戦闘と同じ位の扱いやすさを持っている。黒鍵は色々とバリエーションを持たせられる便利な概念武装で、魔に有効であり投影の燃費も良い。そして弓術は投影との相性が良い武装で、弓は投影魔術師としての魔術礼装でもあるので鍛えれば戦闘が効率的になる。

 

「――――――」

 

 神父は無言で、二本の同じ形をした剣を振る。

 士人が降っている剣の銘は悪罪(ツイン)。彼がもっとも頼りにしている得物であり、鍛錬でも模擬刀の類は使わず真剣だ。

 悪罪(ツイン)の形は歪であり、まるで悪魔みたいな雰囲気を持つ。鉈みたいな刃を持ち、命を奪う為だけに造られた、そんなイメージを浮かばせる剣だ。強いて言えば、大陸の剣に似ているだろうか、鍔は無く、刃に棒がくっついただけみたいな物だ。だがまあ、それで黒い刃と黒い柄の間には、灰色の鍔らしきものがあり、そこには血管のような赤い線が通っている。柄頭も鍔と同じ感じである。

 如何見ても、神の下僕たる代行者が持つべき聖なる剣には程遠い。しかし、言峰士人にはこの剣が一番自分に合う武器であり、投影魔術で造られたこの剣は言峰士人の為に産み出された存在なのだ。代行者には似合わない剣ではあるが、言峰士人にこれ程似合う剣はこの世に存在しないだろう。

 

 神父は双剣を振り、体を動かし続ける。

 

 静動の二極を操作し緩急が付いた剣の軌道は、正しく変幻自在。

 初動の初速にて限り無く最高速に至る動きは、正しく電光石火。

 

 ―――そこに在るのは、無心で鍛えられた無念無想。

 

 優美さなど欠片も無く、一切の華が無い剣術。彼の剣には泥に塗れた無骨さだけがある。だからこそ彼の剣術は、何処までも透明な剣技であり、底なしに奈落の如き強さが宿る。ただ果てし無い程、巧みな業であったのだ。

 だけどまだまだ発展途中。完成には程遠く、自己の究極に至るにはどれ程の鍛錬と経験を積む必要があるのかさえ、今の段階ではまるで視えない。

 だからこそ、日々鍛える。技を修める。業を極める。塵も積もれば山となる、と言う言葉がこの日本には存在する。彼の剣術もそれに当たる。それは本当に果てし無いことで、強くなるのなら積み上げていくしかないのだ。

 

「―――――すぅ~……はぁ~……」

 

 数十分間、一秒も休みも無く体を全力で動かし続けた。体が求めるままに休息を取る。ゆっくりと吸う朝の冷たい空気は、体に酸素を循環さえ、筋肉を癒していく。

 

「すー、フゥ~~~(さて、と。今の自分は忙しい監督役だ。鍛錬に没頭し過ぎるのも疲労が溜まり、色々と拙いだろう)」

 

 修練も程々にすることにした。朝の教会は聖杯戦争中でなくても大変なのだ。

 

 

 で、時は朝食。

 教会の食卓にはギルガメッシュと、ワザとらしく顔に「私、疲労困憊です」と浮かんでいる神父がいた。テーブルの上には、トーストやスクランブルエッグなだの典型的な日本の洋風な朝食である。

がじり、と二人はパンを食べている。

 

「あからさまに疲れた顔をしておるな」

 

「疲れは癒やさないと取れないからな。それにこのような仕事だ、若い俺には身に染みる」

 

 ギルガメッシュが士人に声を掛けた。神父は自分でいれた熱いコーヒーを飲んで、眠気を消していく。その後にまたパンを齧る。

 

「ふむ。聖杯戦争も序盤を過ぎた。(オレ)もそろそろ行動に移ろうと考えている」

 

「そうか。間桐製の聖杯の様子はもう見なくていいのか?」

 

「アレは稼働しておらん。

 ………まったく。あの出来損ないもそうそうに自害して最期を迎えれば、まだまだ幸せな死を己に与えられるだろうに」

 

 間桐桜には聖杯の欠片が植え付けられている。アインツベルンの聖杯とはまた違った聖杯であり、人の体でありながら聖杯としての機能を持つ生贄なのだ。これが起動すると、この世界にとってはあまり愉快ではないことが起きるだろう。ギルガメッシュとしても、偽物の聖杯には嫌悪感しか抱いておらず、この神父はどうでもいいと考えている。……が、今は聖杯戦争中。どうでもいいとは言ってはいられない。

 マキリの動き次第では、此方も何かしらの策を立てなくてはならない。神父は取り敢えず、間桐邸は一度くらいは様子を見に行った方が良いのだろうか、と神父は疑問を抱く。

 

「そう言ってやるな。元は遠坂家の人間だが、今は人喰い虫の人形に造り変えられているのだ。

 身の内に潜む自殺因子など、その精神から排除されていることだろうて。そう言う教育を、間桐桜は地下倉で受けているのだろうからな」

 

「……ほお。あの出来損ないは時臣の娘だったか。クックック、あの男はつくづく道化よなあ」

 

 遠坂時臣。英雄王、ギルガメッシュの召喚主であり、弟子とサーヴァントに裏切られて死んだ魔術師である。その最期はあまりにも呆気なく、言峰綺礼に心臓を刺された絶命した。

 

「……そう言えば師匠の父の、その時臣と言う人物は綺礼(オヤジ)が殺したのか?」

 

「何だ、知らなかったのか、士人。

 我は元々その魔術師に呼ばれたサーヴァントでな、あまりにも下らぬ雑種だったので綺礼を我のマスターに選んでやったのだ。

 そして最期にあれはな、綺礼に心の贓物を一刺しされ、呆気なく幕切れたわ」

 

 士人の言葉に意外そうな表情を浮かべた。その後に、フ、と鼻で笑うギルガメッシュ。

 遠坂時臣と言う魔術師は彼にとって本当に下らぬ人間だったのだろう。神の血の証であるその赤い眼には何の感情も宿されていない。

 

「成る程な。これは面白いことを聞いた(師匠の推測は当っていたわけか)」

 

 衛宮士郎が教会に来た日、遠坂凛が予測したことは当たっていた。サーヴァントを失った言峰綺礼が新たにサーヴァントを従え最後まで戦いに生き残り、サーヴァントを持っていた言峰綺礼の師である遠坂時臣は殺されて脱落した。

 状況証拠と言峰綺礼の人格と狡猾さと強さを考えれば、遠坂時臣は言峰綺礼にサーヴァントを奪われて殺されたと十分に彼の妹弟子である遠坂凛は推測出来たし、養子の言峰士人もそう考えられた。そして、綺礼が凛に所々改竄した過去の話をしている時点でそもそも確定的だった。

 

「ほう。面白いとな?」

 

「ああ。今回は俺の魔術の師、遠坂凛も父と同じアーチャーのマスターとして参戦している。

 そしてセイバーは前回のセイバーであった騎士王アーサー=ペンドラゴンであり、そのマスターは魔術師殺しの養子で俺の同胞でもある衛宮士郎だ。

 ――――これが、これ程の喜劇が、面白くない訳が無い」

 

「ああ、確かに。士人よ、貴様の言う通りよ。今回の聖杯戦争は中々愉しめそうよな」

 

 陰惨に暗い情緒で笑うギルガメッシュ。士人は相変わらず内心がいまいち把握できない笑顔で、コーヒーを飲んでいる。

 

「では、ギルはもう動くのか?」

 

 話を戻す士人。ギルガメッシュの行動で自分も動くことになるこもしれないので、予定は早めに立てておきたい。

 

「取り敢えず今日は出来損ないの観察だな。

 ここまで聖杯戦争が進行しても偽物が稼働しないのならば、我は我の目的を果たす為に行動に出るまでよ」

 

 そこで、ギルガメッシュの目的を脳内に思い浮かべる神父。

 

「確か、アーサー王の受肉だったか?」

 

「ああ。アレで存分に遊ぶのが、今回の目的だ。

 あれ程愉悦に満ちた女はそうはいないからな、折角なので我の妻にしてやるのよ」

 

 士人は学校の雑木林で見たセイバーを思い出す。

 中性的な西洋人の顔立ち。碧眼に金髪で、美しい、とも言えるが、可愛らしい部類の女性だった、と士人は思う。しかしギルは見た目もそうだが、やはり気にいったのは歪んだ精神の方なのだろう。士人もアレを見た時は、苦悩や葛藤を持っている様な、そんな負の雰囲気を感じていた。それに真名はアーサー王と聞く。やはり身の内に溜めこんだ想いはかなり深いものなのだろう。

それに、この英雄王の眼に適う女なのだ。それはそれは愉快な女なのだろう、と神父は再度思考した。

 

「そうか。まあ、手は貸してやるから、必要ならば言ってくれ」

 

 言峰士人としては、珍しく覇気に満ちているというか、いつものダルそうなギルでは無く、やる気になっているギルに手を貸してやるのもいいだろう、と考えていた。

 彼個人としては聖杯を見る事が出来ればそれで十分なのだが、仮にも英雄の臣下なのだ、自分の王様の願いくらいは聞いてやろうと考えていた。

 

「無論だ。貴様は我の臣下なのだぞ。

 ―――我の意志と言葉は、貴様ら神父が崇める神よりも貴く重いのだ」

 

 朝の時間ももう終わる。神父は学生の学び舎へと行き、王は久方ぶりの娯楽の為に活動を開始する。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 学校へ向かう士人。食虫植物の如き雰囲気を持つ気色の悪い結界は既に消えている。今までと比べると、それはとても清々しい光景になっているだろう。

 

「(結界で学校が休校になれば、監督役で疲れた体を休めたものを。あの男は、死んでも使えないな)」

 

 神父に有るまじき死者を冒涜する思考をする士人。だが、ここのところのハードワークで疲労が中々にきつくなっており、正直な話、かなり辛い。

 鍛錬を休んでもいいが、監督役は生活の片手間でやるくらいにするものという認識である。言峰士人個人としては、鍛錬を休んでしまうのは本末転倒だ。つまり本音を言ってしまえば、監督役より鍛錬の方が大切で、良くて妥協するくらいなのだ。マスターとして聖杯戦争に参加するのならば認識も変わってくるのであろうが、監督役と言う見学者に近い立場では習慣を変えるほど気合いを入れる気にはならない。命の危険はあるが、基本的に監督役である限り、命を狙ってくる敵がいる訳ではないのだ。

 

「―――って、また朝から会ったね。おはようさん言峰」

 

 後ろから彼に女性の声が掛けられる。

 

「ああ、おはよう美綴。確かに最近は良く会う様になったな」

 

「……その度に危険な目にあってるけどね」

 

「まったくだ。お前もついてない」

 

「ええ。本当、その通りね」

 

 虚ろな目で青い空を見上げる美綴綾子は煤けた表情で、ハァ、と溜め息が口から漏れだした。それを彼はいつも通りの笑顔で、つまりはまったく気の毒に思っていない表情で、綾子を見ていた。

 そして視線を正面に戻す綾子。その視界には見慣れた二人がいた。勿論士人の視界にもその二人、衛宮士郎と遠坂凛の姿が入っていた。

 

「むむ? あれは遠坂と……衛宮?」

 

 校門の前には衛宮士郎と遠坂凛がいた。少し変な様子だった。

 

「間違いなく師匠と衛宮だな」

 

「手を繋いで歩いてる?」

 

「ああ、まるで恋人同士だな。彼女役の師匠は顔が真っ赤だ」

 

 そして士郎が凛の手を繋いで校門を通り過ぎて行った。

 

「なぜ?」

 

「さあ? 見たままをそのまま理解すれば良いのでは」

 

「―――――そんな。遠坂に恋人なんて、そんな、そんな…ばか、な……」

 

 朝の日差し。

 そよ風が吹く門から校舎までの道。

 そしてお互いの手を繋いで走る男女。

 それは如何見ても、相思相愛な男女であり。それは青春真っ盛りな恋人同士だった。

 

「物凄い形相になっているぞ。師匠に恋人が出来た事がそこまで衝撃的か?」

 

 神父が隣にいる綾子に声を掛ける。美綴綾子は手を繋いで校舎へ向かっていく二人の後ろ姿を睨み付けていた。

 

「……くそっ、衛宮め……」

 

「衛宮? 衛宮の方か?

 全く、訳が判らんな。衛宮を取られたのがショックなのか、それとも遠坂を取られたのがショックなのか……」

 

 言峰の声も聞こえていない様た。彼女に様子はまるで、見たくない現実を見てしまったような、勝ちたかった賭け事に負けてしまったギャンブラーみたいな、そんな雰囲気であった。

 

「……あ。すまないね、言峰。聞いてなかったよ」

 

「あ~、いや。別に構わんさ」

 

 と、自身の思考の海から戻ってきた綾子は今になって気付いた感じで返答する。

 

「で、なにさ?」

 

「いや、ただ、何だ。鬼の形相というか、物凄い目つきで師匠らの方を睨んでいたからな、気になって」

 

 彼は正直に綾子に言った。鬼とは失礼な、と小さい声(それでも神父には聞こえているが)で呟いた後、士人の方へ声を上げる。

 

「………知りたい?」

 

「まあ、気にはなってるぞ、少しだけだが」

 

 それを聞いた彼女は頭の中で考えを纏める。

 

「まあ、そうね。なんと言えばいいのか、うん……簡単に言っちゃえば、あたしは賭けに負けたのよ」

 

 と、遠坂凛とした約束を要約して話した。賭けの内容は乙女心的に秘密である。意味も無くこの神父に喋ったら大ダメージを受ける。

 

「賭け事か。あまり関心はしないな。

 それにもし重いリスクのある賭けをするなら、確実に息の根を止める手段を持たなくてはならんぞ」

 

 これは俺の持論だ、とその後に言って口を閉じる神父。

 

「あははは、まったくその通り」

 

 空元気に笑う綾子。言っていることは物騒だが、士人の言う通りなのだ。

 絶対に勝てるとは思っていなかったが、悪くて引き分けで、欠片も自身の敗北を綾子は想像していなかったのだ。彼女は勝てる必勝の策、あるいはそれなりに勝つ要素を持つべきだった。

 そして、その様子を見ていた士人は、クックック、と悪い笑顔を浮かべる。

 

「男をつくる当て等、お前にはないのだろう?」

 

 その言葉に凍りつく綾子。そんな状態の彼女をニンマリと、それはもう見下して神父は笑った。

 

「―――な!? なんでそれを!?」

 

「当然、お前の親友、遠坂凛から聞いたのだ。もっともその時は、いざと言う時の代役を任されただけだがな。

 ………………無論、俺は断ったが」

 

 世間話の一つとして凛から士人はその話を聞いたことが有った。その時は酒盛り中で、凛の口がとても軽くなっていた。

 そもそも人の恋人役を演じるなど、神父として、と言うよりも人として、バレた時にまことに恥ずかしい。そして100%バレるだろう。こんな恥辱を言峰士人が受ける訳がなかった。

 

「―――笑いたければ、笑えばいいじゃない……っ!」

 

 ちょっぴり涙目になる綾子。なんと言うか、女の子として、とても悔しいかった。

 

「すまないが、もう笑わせて貰ったよ」

 

「~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 もう声さえでない様子である。そして神父は尚も笑顔を絶やす事無く、ニコニコと笑っている。

 

「この、外道っ! アンタなんか召されちまえっ!」

 

 ビシリ、と神父の方に指を指して声を上げる美綴綾子。

 

「落ち着け美綴。朝の往来で大声など出すもので無い。

 騒音を立てればな、ほら、周りの人から注目を集めることになるだろう?」

 

 くるり、と綾子が周りを見れば生徒たちが声を上げた美綴を、なんだなんだ、と見ていた。

 

「では、な。俺は急ぐ。

 遅刻して虎には咆えられたくないのでな、クックック」

 

 最後に一笑してから校門を抜け、そそくさと校舎へと歩いて行く神父。そして美綴の目には、その背中が笑いを耐えているかの如く、クックック、と震えている様に見えた。

 

「~~~~っ(――――このど腐れ外道神父が!)」 

 

 声を立てず内心で言峰士人を罵倒する美綴綾子。そして、何気にいつも通りの日常だった。彼女も駆け足で校舎へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 ――キンコンカンコーン――

 

 午前の授業も終わり今は昼休み。学校に響く鐘の音を模した音楽が流れる。今や日本の学校では定番になった鐘の音だ。生徒たちは思い思いの場所へ移動する。

 

「言峰殿~。遠坂殿は、遠坂殿は、もう、そう言うことなのでござるか~?」

 

 如何なる時もキャラを崩さない男、フルネームで彼の名前を後藤劾以と言う。

 

「美綴にも言った事だが、見たままがお前の現実なのでは?」

 

「……やはり実際にぃ、そうなのであろうかなぁ。

 昨日の昼もそうでござるし~、今日の朝もあれでござった。衛宮殿の糞ったれがっ!! でござる~」

 

「中々言うな、お前も」

 

 言峰とそれなりに長い付き合いを持つ彼は、前に見たドラマの役者の口調を真似てしまうという重い病気を抱えていた。まあ、この学校なら個性で収まってしまうのだろうが。担任からしてあれであるし、先生も生徒も中々に濃いキャラが多い。だがおそらく、後藤がいい大人になった時、彼は高校時代を思い出すたびに悶絶することになるだろう。

 そんな後藤だが言峰にとっては、衛宮と今は亡き間桐と同じくらい長い間、友人という間柄を続けている人物である。

 

「朝のあの二人を見れば殺意の一億リットルくらい、嫉妬と共に湧き出るでござるっ!」

 

 言峰と後藤の二人は教室で、男二人淋しく昼飯を食べていた。前に食べていた男子生徒二人は学食で食べていることだろう。お弁当組と学食組で今は別れていたのであった。まあ言峰は、いつもこの集まりに集まるわけではないのだが。

 

「そう言うな、後藤よ。折角の青春なのだ、祝ってやるのが人情だろうて」

 

「くっ。拙者はまだ、そこまで悟れんであるよ。無念で、ござる…よ……っ!」

 

 朝、後藤は登校する時に見てしまったのだった。アイドルが一人の男に掻っ攫われるその風景を。それが、その認めたくない現実が、後藤劾以にはとても無念だった。

 

「嫉妬は大罪だぞ、耐えねばならんのだ。それにこれもまた、青春と言う物ではないか」

 

 神父らしい言峰士人。無駄に神聖さが出ていた。もっとも、彼が神父として見習う養父の神父は、人が苦しみ死んでいく姿が大好きな聖人だったが。健常な価値観と真逆の価値観を持つ悪人でありながら、聖職者で信仰深い男だった。士人の神聖さは養父の神父とそっくりだ。心臓を鷲掴みにする妖しさがある。

 

「むむ。何故か、言峰殿から無駄に大きい威圧感を感じるでござる」

 

「ああ、これは態とだ。神父としての人心把握術ってやつだな」

 

「なんでござるか、そのオーラっぽいのはっ!」 

 

「職業柄自然と身につく威厳、まあそれらしき雰囲気といものだな。

 例えるのなら、そうだな。やくざの類の人は自然と他人を畏怖させる雰囲気を纏うし、人に恐怖を覚えさせるのもうまくなっていくだろう。俺が言ったのは、それと似たような事だ」

 

 そう言ってお弁当を食べ始める神父。

 

「ほほう、成る程でござるなあ。

 やはり認めたくなくとも、この現状には耐えねばならぬのか。拙者も言峰殿と同じ様に精進して成長しなくては」

 

 感心して、うんうん、と頷く後藤。彼も持ってきたお弁当を開き、昼飯を食べ始めようとする。

 

「もっとも、耐えたところで現実は何も変わらないがな」

 

「――グフッ」

 

 精神を抉る言葉のボディブロー。神父の一撃は、酷く重い。

 そして彼は実際に、グフ、とか声が漏れている。何気にノリが良い男なのだ。いや、そもそも後藤の口調は愉快過ぎる為、彼のノリ良さはあまり気にされ難いのだ。ノリノリなのが普通なお祭り好きと思われている。

 

「ひ、非道でござるよ、言峰殿」

 

「可哀想だが、これもまた青春時代と言うモノ。お前のその嫉妬心は生涯持ち続ける事となるだろう」

 

「重っ! めちゃくちゃ重い嫉妬でござる!」

 

「落ち着け後藤。そう気にする事ではない。

 ――――お前の願いは衛宮士郎が叶えてくれるだろう」

 

「なにゆえ! そもそもそれは拙者にとって無価値ではなかろうかっ!?」

 

「ああ、そうだな。

 そして衛宮が後藤の願いを叶えた頃、恐らくお前は血涙を流して大地に伏しているだろう。無論、敗残兵として」

 

「拙者は青春の生贄でござるか! 恋の敗残兵でござるか!」

 

「失恋、重い言葉だ。だが今のお前にはとても相応しい言葉だと、俺は思うがな」

 

「―――――OH MY GOD!」

 

「……む、キャラを変更したのか?」

 

 机に突っ伏す後藤を視界に入れながら弁当を食べる言峰。顔を伏せている後藤もなんだかんだで、とても不毛なことを自分はしていると気付く。そして、むくり、と顔を上げ昼飯を食べ続けることにした。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 学校は放課後を迎え、本日の内容を全て終了する。前日に起きたライダーと間桐慎二の騒ぎの為か、放課後の活動は全て禁止されている。全校生徒は速やかに帰宅する。言峰士人も帰宅する生徒に漏れず、さっさと教会へと帰って行った。

 

 ――ブルンブルン、ブルルルルルルルル――

 

 そして彼は今、養父の生前に譲り受けたハーレーにエンジンを掛けて温めていた。これは綺礼が士人に偽造免許を渡した時、それと同時に士人にプレゼントしたオートバイである。綺礼は教会に他の乗り物を持っていたので、これは丁度良い、と二輪自動車の免許が取れる年齢になった士人に愛用していたバイクをあげたのでった。

 

「……(取り敢えずはマキリの人喰い虫に殴り込み、と言うところだな)」

 

 かなり物騒なことを考える士人。彼はマキリの偵察に行く為に、装備を整えてから間桐邸に訪れようと教会に一旦戻った。

 今の彼は武装した法衣を纏い、戦闘準備は万全である。

 

「……(―――さて、と)」

 

 フルフェイスのヘルメットを被り、士人はバイクに跨る。そしてエンジンに点火させ、バイクを加速させる。彼は綺礼が愛用していた大型の化け物ハーレーに乗り、教会から目的地へと飛び出して行った。

 

 そして数分後。

 

 バイクに乗って行った為、歩きとは比べものにならない程、道を早く進んでいく。

まあもっとも、バイクは法定速度ギリギリで進んでいるので、彼の生身による全力疾走より遅いのであるが。

 

 ――ブロロロロロロロロッッ!!――

 

 ハーレーの爆音を出しながら、士人のバイクは公道を走って行く。正直な話、法衣を風に揺らしながらバイクを運転していく神父はかなり目立っていた。

 そして、ハーレー神父は冬木の街では既に名物になっている。それは綺礼の代から続いており、綺礼は街の移動は基本的に乗り物を使う時はバイクに乗っていた。士人を後ろに乗せて泰山に行く時もそうであったし、士人と凛の授業参観の時などハーレーに跨りながら、神父として何処に出しても恥ずかしくない程びしりと法衣を纏って学校に来た事があった。余談だが凛はその時、物凄く赤面していた。

 

「――――む」

 

 間桐邸に向かう途中、教会の居候が目に入った。ギルガメッシュは今、それなりに気に入っているシンプルなライダースーツを着ている。派手な色を好むギルガメッシュには珍しく、黒、という暗い色をした服だ。彼はバイクを歩道に寄せてその居候、ギルガメッシュに声を掛けた。

 それに派手な音が目立つバイクのエンジン音だ。ギルガメッシュも此方に気付いていた。士人はヘルメットを外し、ギルガメッシュに声を掛ける。

 

「ギル。この時間でここで会うと言う事はもうマキリの聖杯を確認してきたのか?」

 

「ああ。我(オレ)が見るに、偽物はこの聖杯戦争では起動せんだろう。

 この状態ならばサーヴァントらの魂は順当にアインツベルンの聖杯の方へと送られる事となる。これならば、我もくだらぬ事を思い煩う事もない。

 ―――――我は我のまま、存分に暴れる事とする」

 

 英雄王の宣言。

 それは本当に重く、誰よりも世界を轟かす声であった。

 

「そうか。取り敢えず俺は、これからマキリの工房に斬り込んでいくこととする。

 ギルが言うのなら間違いのだろうが、あの人喰い虫を侮る事は、虫に喰い殺してくれと言っている様なものだからな。

 それに間桐慎二の虐殺未遂もある。あの老魔術師も監督役を無碍には出来ないだろう。故に今この段階で釘を刺す」

 

 薄笑いを浮かべる士人。

 場合によれば人を殺すかもしれない、殺されるかもしれない。だがそれでも神父は、口をうっすらと歪めて笑っていた。

 それは例えるなら、修羅を生き抜いた悪魔の笑い。英雄王に似た、魔人の笑い。

 

「ふむ。ならば士人よ、貴様は貴様の役目を果たすが良い」

 

「了解、我が王よ」

 

 ヘルメットを被った後、颯爽と去って行く神父。彼は英雄王との短い会話をそうそうに切り上げ、虫使いが蠢く間桐邸へと向かって行った。

 英雄王も自分の臣下の方を見向きもせず、ただただ自分の進む方向を向きながら進んでいく。

 

 彼らは王と臣下である。

 王は王として、臣下は臣下として。それで全てが事足りるのだ。

 

「……(この遊戯もセイバーの召喚で愉快になってきた。泥で狂った聖杯に、娯楽となる我に相応しい女。

 ハッ、まったく。運命は我を笑い殺すつもりらしい。汚物塗れの人の世、増えすぎた雑種で穢された我の世界。雑種に溢れた世界は、なんと醜いことか。

 ――――だがそれでも、この世界は我の世界の成れの果て。まだまだ我が楽しめる悦楽が、存分に残っておるのよなあ)」

 

 原初の英霊、ギルガメッシュ。ありとあらゆる宝具の原典を所有する英雄王は内心で笑っていた。

 

 ―――美しく心を歪ませた騎士王。

 ―――人の悪意が全て詰った聖杯。

 ―――求道の生き方を継ぐ泥人形。

 

 さらにその泥人形は、自分の最後の臣下だ。

 そして英雄王はどうしてか、その臣下は自分の友の雰囲気に似ていると思った。カタチは全く似ていないのに、ギルガメッシュはそう感じていた。しかし、それも必然だと彼には判っていた。

 

 ――神によって造られた命の泥は、人型を真似て泥人形になった。

 ――悪魔によって心の中身を奪われた人間は、人を学び泥人形になった。

 

 結果は変わらない。元が如何あれ、どちらも泥人形だ。

 

「――――……(愉快、実に愉快なり。如何なる時代も変わらない。ここは我の箱庭よ)」

 

 ギルガメッシュは紅い目を輝かせながら、道を進んで行く。

 かつて世界を支配した英雄は足を止める事無く、人が溢れる雑踏の中を歩んで行く。

 

 聖杯戦争は止まらない。

 聖杯の下で殺し合う。戦争の名を翳し殺し合う。

 

 世界は運命を停止することを許さない。

 生き残った勝者が、運命を世界で語ることを許される。死に絶えた敗者は、運命に埋められ世界の陰に消えていく。

 

 戦いは今も昔も変わらない。

 始まりは生存競争。生き抜いた者が強者であり、搾取された者が弱者なのだろう。

 

 

 英雄王が参戦する現世の遊戯。それの名前を聖杯戦争。彼はもう、薄汚れた現世に物足りなくなってきた。ギルガメッシュはその“物足りなさ”を満たす為、漸く現世に現れた騎士王を下し、彼女を聖杯で受肉させ手に入れる。

 英雄王ギルガメッシュが戦いへと動き出した時。その時こそ聖杯戦争は、より灼熱と地獄の形相を顕していく事となるのだろう。




おまけ

『ベルセルクのパロ』

神父と聖杯戦争のIF第六次聖杯戦争



 ここは柳洞寺の大空洞。
 赤い外套を着た衛宮士郎の前に、黒い法衣を着た言峰士人がいる。士人は大聖杯の巨大な祭壇の前で静かに佇んでいた。
 二人の長い長い戦いの果てがここであった。
 問答をしている彼らを見守るアンリ・マユが、ドクドク、と脈動する。まるで産まれたがっている胎児の様で、真実これはそういうモノなのだろう。

 ―――悪魔の祭壇の前で神父が宣告する。

「確かめたかったのだ、心を揺さぶる何かがあるのか」

 セイギノミカタにグドウシャは語る。


「―――――どうやら、私は自由だ」


 その一言。無表情だった士郎の顔が激情に彩られた。いつもの皮肉屋の様は一切無い。


「――――――何も! おまえがやったことに………!
 あの火事の犠牲者たちも、おまえが殺してきた者たちにも……おまえは何一つ、感じてないということか!! コトミネェエエエッッッ!!!」

「―――私は、私の道を裏切らない。それだけだ」

「――――――――――――ッッ!!
 ……あぁぁぁああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 双剣を持ち、祭壇で此方を見る神父に斬りかかる。士人は武器も持たず、構えもせずにただ殺しに来る士郎を見ている。


――ガキンッ!!――

 しかし、士郎が刃を振り落とすと金属特有の音が響いた。

「な…!?」

「お久しぶりです、シロウ…っ!」

「セイバー!?」

 そのまま二人は、じりじり、と鍔迫り合いになる。

「―――よくぞ………よくぞ、ここまで来た!
 貴方のその鋭い打ち込み。成長を感じられて嬉しいぞ、シロウ!!」

 黒く、何よりも黒く、その姿を変えてしまったセイバーは、同じ様に黒く変色した聖剣を振り抜く。
 鍔迫り合いをしていたこの状態。士郎は強靭な押しに耐えられず、そのまま吹き飛ばされ転ばされてしまう。
 あまりにも強力なセイバーの剣。敵を圧倒する魔力放出。彼女が振ったその一撃で干将と莫耶が粉砕される。
 無手のまま倒れ伏す士郎にセイバーは一瞬で間合いを詰め追撃した。
 ―――胴を狙う強力無比な一閃。
 しかし士郎は倒れた時の勢いをそのままにして、地面に片手をつき宙返りしてこれを回避。そして避けながらも、片手に瞬間的に投影した槍を持つ。
 体勢を整えた彼はセイバーの眉間に目掛けて、槍を瞬時に突く。2m以上は離れている間合い。剣では無く、槍の領域だ。
 連続して出される槍の二閃。しかしセイバーは首を動かすだけでこれを難なく避け切る。
 そして、三閃目で槍はセイバーの一閃で、ガキャン、と言う音と共にへし折られる。投影した槍は何でもないように切り捨てられ、幻想は空虚な幻想のように消える。
 そしてまた、セイバーの、剣の領域に間合いを詰められる。士郎は双剣を投影する。今回は強力なセイバーと、その相棒である闇に染まった最強の聖剣が相手である。過剰なまでに干将と莫耶に魔力を込める。これほどの者が相手だと、やり過ぎくらいが丁度良い。
 迫り来るセイバーに士郎は双剣の片割れを頭に向けて振り抜く。
 しかし相手は剣の英霊、セイバーだ。その剣戟は当たり前の様に迎撃され、斬り落とされる。そしてそのまま、剣を撃ち落としたセイバーの剣は士郎の首を撥ねる為に一閃される。
 彼は自分の首目掛けて斬りかかってくる刃をもう片方の双剣で、なんとか防ぐ。だがセイバーは、撥ね返された勢いのまま剣を上段へと思い切り振り上げる。
 ―――死、だった。
 ―――圧倒的なまでの剣気だった。
 それは龍の首すら斬り落とさんとする。
 第五次聖杯戦争の後、あらゆる戦場を歩んできた士郎だったが、ここまでの脅威を感じた事はない。
 彼にとってセイバーが、アルトリア=ペンドラゴンが最強と思える存在であり、もっとも敵にしたくない強者なのだろう。
 だが彼が鍛え上げた己の精神が、その程度で屈服するわけがなかった。
 セイバーの黒剣が振り下される。

――ズギャンッ!!――

 頭上へと交差した双剣で、轟音と共にセイバーの一撃を受け止める。
 そして、そのまま士郎はセイバーの間合いよりさらに深く入り込み、膝蹴りを喰らわす。場所はセイバーが最強の剣を握りしめる手元。そして膝蹴りの為に上げられていた足を前へと踏み出し、地面を踏み締める。
 そこは双剣の間合い。
 そして打ち上げられたセイバーの剣は、士郎の双剣には間に合わない。
 ―――瞬間四閃。黒い刃と白い刃が空間を交わりセイバーを襲う。それは必殺の剣筋。頭蓋、喉、心臓、腹。それぞれに斬り込む剣。
 しかしセイバーは、最初の二閃を体をひねり避け切る。そして次に迫る最後の二閃を剣で弾き、難なく迎撃に成功する。
 まるで悪夢だ。士郎にとって必殺の剣技があっけなく破られた。
 しかしそれでこそセイバーでもある。彼女にとってはこの程度、なんでもなく破れるモノなのだろう。何せ、最強の一角を担う剣士なのだから。
 そして、士郎が繰り出す双剣の同時攻撃。両側から打ち出され、セイバーで交差するような剣筋の二撃。
 風を切り裂き交差する双剣。彼女は敢えてこれを剣で防ぐのではなく、後ろに後退することでこれを回避した。

「―――見事だ」

 後ろに下がったセイバーが、口を開いた。

「良くぞ、そこまでその身を練り上げた。
 ここまで堕ちた私だが、(つるぎ)として修羅を生き抜いた貴方と剣を交えるのは、とても楽しい。この剣だけが私にとって、王から堕ちようとも何も変わらない」

「どうして……なんでおまえが、セイバー……っ。
 ……―――そこを退け! 俺は言峰と聖杯に用があるんだ!!」

 士郎の一喝。しかしセイバーの瞳は剣気に満ちている。

「―――――言葉は無粋!! 押し通れっ!!!」

「―――おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 セイバーの言葉とともに士郎は雄たけびを上げて斬りかかって行く。
 ――そしてその瞬間。一面に炎が広がり、衛宮士郎の固有結界が展開された。
 言峰との決着を付ける為に、士郎は予め固有結界の詠唱を身の内で唱えていた。最後まで唱えられており、あとは魔力と共に固有結界を解放するだけであった。
 セイバーのサーヴァント、アルトリアと衛宮士郎の戦場が、剣の丘へと変貌を遂げる。

 固有結界、無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)。そこは心象風景が具現化された世界であり、衛宮士郎の魂の内側。

 ―――今から決戦が始まる。

「セイバーぁぁぁぁあああああああああっっっ!!!!!」

「シロォォォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 世界に鳴り響く二人の声。元主従同士の戦い。そして衛宮士郎はまだ、宿敵である言峰士人が待ち構えている。
 この戦いをもって、第六次聖杯戦争は決着を迎えようとしていた。


◆◆◆

 そう言う訳でおまけは終わりとなります。時間軸的に言えば、ヘルシングパロの手前です。この聖杯戦争では桜ルートっぽい雰囲気となってます。しかし、サーヴァント勢はセイバーを除けば違い、ホロウのキャラや英霊化した殺人貴とかも出ていたり。……まぁ、設定だけですけど(笑)
 黒い剣士が士郎、闇の翼が士人、そしてノスフェラトゥ騎士王となったセイバーオルタさんでした。
 読んで頂き有り難う御座いました。



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22.マキリの蟲

 ここは薄暗い間桐邸の地下。蟲が群がるマキリの工房。

 

「―――――――ッ!」

 

 そこにいるのは数百年を生き長らえる老魔術師と、その一族の養子となった一人の少女。間桐家の養女、間桐桜は工房で魔術の修練中である。彼女の義理の兄、間桐慎二が引き起こした学校での結界騒ぎの後、間桐臓硯により病院から屋敷へと戻されていた。そして現在、彼女の頭の中は魔術のことだけではなく他の考えごとで埋まっていた。

 

 ―――兄さんが、言峰先輩に殺された――

 

 今や間桐家で唯一の“人間”となった間桐桜。彼女は蟲に体を集られ、蟲の群れに埋もれていた。

 

 間桐桜は認識する。

 間桐桜は憎悪する。

 間桐桜は依存する。

 間桐桜は諦観する。

 

 虫に心を狂わされながらも、今の彼女は思考を止められなかった。

 

 ―――兄さんが殺されてしまった。もう家では本当に一人ぼっち。自分の屋敷には怖い虫が一匹いるだけ。そしてその虫に嬲られる弱い虫がもう一匹いるだけ。それはとっても嫌な現実。

 ―――教会の神父が殺した。自分を暗く怖い屋敷で孤独にした。姉さんはそもそも助ける気がない。わたしがどれほど壺毒に苦しんでいようとも何も思っていない。ああ、とても憎い。

 ―――笑顔が綺麗な衛宮先輩。とても優しい藤村先生。衛宮先輩の家にある自分だけの居場所。何もかもが輝いて見える、わたしの幸せ。もうここにしか自分の安らぎは存在しない。

 ―――もう駄目なのでしょう。このままわたしは壊れてしまうのでしょう。ずっとずっと虫のまま、ずっとずっと虫達の人形のまま。間桐桜は間桐桜のまま、一生を虫として終わらせる。

 

 そして、マキリの虫に溺れる間桐桜を見ながら蟲の魔術師―――間桐臓硯は笑っていた。

 

「――――ほっほっほっほ。

 桜よ、慎二は学校で殺されてしまったのう。兄を殺されおぬしもさぞ悲しかろう」

 

 コツン、と老魔術師が杖で地面を叩く。すると彼女にさらなる虫が群がっていった。

 

「―――――――――――ッッ!!」

 

「だが心配は無用よ我が孫娘。彼奴はそもそも間桐の面汚し、魔術師として出来損ないもいいところ」

 

「――――――ッ! ―――――ッ! ――――――――――――――ッッッ!!!」

 

 益々苛烈になって行くマキリの修練。

 

「―――………?」

 

 しかし、虫たちの動きが突然止まる。愉悦以外に珍しく、間桐臓硯は苛つくように顔を顔を歪める。そして禍々しい二つの狂眼を輝かせながらも、体の内部も腐って行くが故に肺からも腐臭がする口を開いた。

 

「……どうやら、この廃れた魔術師の家に客が来たようだわい」

 

 言葉を発した後、目を瞑り動きを止める間桐臓硯。しばらくして老魔術師は目を開き、虫に集られながら地面に蹲る桜に聞こえるように声を上げる。

 

「ほう、実に面白い客が来たものよのう。これは正しく珍客と呼べる。どれ、使い魔を送って屋敷を案内してしんぜよう」

 

 そう言った臓硯は恐らく、この屋敷にきた珍客とやらに案内の虫を送ったのだろう。そして老魔術師はもう一度、カツン、と杖を地面に落した。

 

「……~~~~――――――――――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

「気を抜くでない。全く、誰が休むと言ったかのう。ほれ鍛錬の再開じゃ、桜」

 

 間桐桜へと再び群がるマキリの虫。そして数分が経った。地下室の上の方から、コツンコツン、と人が階段を下りる音がした。誰も訪れる者がいない筈の、蟲が支配する陰惨な地下室に音が響く。

 

 ……そして、足音がなくなった。上から案内されてきた人物がこの場に下りてきた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 時も夕暮れ、陽と陰の狭間の時間帯。

 人々の生活で賑わう陽に照らされた冬木の街と、魔が跋扈する闇に埋もれた冬木の街。今はそのどちらにも属さないオレンジに染まる中間地点。

 

 

――ブロロロロロロロロロッッ!!――

 

 

 間桐邸へ向かう坂道。そこをバイクで走り抜けていく神父がいた。言峰士人が跨るバイクの製造会社の名前をハーレーダビッドソンと言い、その会社のバイクは通称でハーレーと呼ばれている。そして神父が乗るのはハーレーのモデルの一つ、ハーレーダビッドソン・ツーリングの中の一種。かなりの大型で排気量は1500cc以上の化け物だ。後ろには荷物入れが付いており、そこに必要となる道具が詰められている。楽に二人乗りも楽しめる。

 そして何を隠そう、このバイクは言峰士人の手によって改造されている。勿論、魔術的な違法改造だ。

 タイヤには強化魔術でこれでもかと、魔力を宿しており術式も刻まれている。タイヤに概念を内包させる。その気になればビルを駆け上れるし、水上を走る事も容易く出来よう。

 エンジンは既にモンスターの一言。彼は強化魔術の鍛錬に丁度良いだろうと、エンジンを構成するパーツ一つ一つに強化魔術を掛けて行った。解析して強化、解析して強化、只管それの繰り返し。何週間も掛った。常人なら気が狂っていただろうが、彼はやり遂げた。そしてエンジン部分に神秘を宿らせ改造完了。気が付けば概念の塊。

 そして各種パーツも魔術で補強する、自分の思い通りのパーツに変えていく。ただただ只管頑丈に、騎乗概念を高めていく。数多の概念を付加していく。神秘へと成り果てさせる。

 

 ―――そして完成したのがこの唯一無二のオートバイである。

 

 黒色と灰色でカラーリングされた特別製のハーレー。見た目は普通だが、中身は神父の脳髄から産み出された怪物機構で造り上げられていた。加減が一切されていない内部機構、病的なまでに改造が施されている。

 

 言峰綺礼曰く、気の迷いの結晶。

 遠坂凛曰く、心の税金祭り。

 ギルガメッシュ曰く、我の物。

 

 名付けて『爆撃者(ボンバディエ)』。それは神父が暇潰しに造った最凶の二輪自動車。乗っていると思わず、ヒャッホー、とか、ヒャッハー、とか、汚物は消毒だー、と叫びたくなるオートバイなのだ。

 ハーレーを運転して坂を上って行く士人。間桐邸の正面に到着すると、そこには見慣れた人物を二人発見した。

 

 

――ブロロロロロロロォォ………――

 

 

 重低音を発しながらハーレーを停車させる。

 

「奇遇だな、お二人さん」

 

「…うわあ、凄まじいな言峰」

 

 ハーレーに跨りながらフルフェイスのヘルメットを被る神父。法衣を着て登場した言峰士人に向かっての衛宮士郎の第一声がそれであった。

 

「―――出た、心の税金祭り」

 

 バイクを見ながら、そう声を上げる遠坂凛。彼はヘルメットを外した後、辛辣な言葉をぶつけてきた自分の師匠に返答する。

 

「酷い言い草だな、師匠。

 昔、後ろに乗せた時はヒャッハーって喜んでいたものを」

 

「―――う。…それはあれよ、アンタの話を聞く前だったからだわ。

 まさかそのバイクが、贅肉ブヨブヨ過ぎて税金を軽く通り過ぎた増税モノだとは思わなかったからよ。ガソリンが無くてもいざという時には魔力を代わりにできる魔導型内熱機関? さらに追加で術式瞬間加速ブースター機能搭載? 

 だからバカ弟子なのよ、やり過ぎだわ」

 

 凛が一息で士人へと喋る。魔術師の凛としては近代工学の浪漫であるバイクに魔術の神秘を合わせるところで、肌に合わないというか、何とも言えない許し難いところがあったのだろう。

 

「……そいつはやばいな、うん(だけど何だかな、ヒャッハーって遠坂おまえ。……あれ、違和感がない? と言うよりもバイクの乗ってヒャッハーするの、似合ってる? ……………げに恐ろしきは遠坂凛、か)。―――――…………はぁ」

 

 凛の話を聞いて、士郎は思わず呟いてしまう。しかしその後、バイクに乗って叫ぶ凛の姿を想像してしまった。それを克明に思い浮かべる事ができ、呆れた様な、なんだかなぁと言いたげな様な、そんな感じで凛の方を向いた後、士郎は重く溜め息をした。

 

「……ちょっと、何でこっち見て溜め息はいてるのよ?」

 

「別に何でも。ただ、遠坂は遠坂なんだなって、そう思っただけ」

 

「―――え。もしかしてわたし、馬鹿にされてる?」

 

 そして、あーだこーだ言い争う二人。本人たちは違うのかもしれないが、第三者からすれば口から砂糖が出そうな痴話喧嘩。神父は微笑ましそうな表情を作って、進まない話を終わらせる為に会話に入る。こういうのは無理矢理会話に入って熱を白けさせるのに限る。

 

「しかし残念だな。

 これは師匠が、爆弾の様な音がするから爆撃者(ボンバディエ)、と言ったからそう名前を付けたのではないか」

 

「ちょ、やめなさい! 思い出すと死ぬ! 恥かしくて死んでしまう!!」

 

 思い出すのは十六歳の頃。士人の後ろに乗りバイクの二人乗りをして、人気が皆無な森が隣接する公道で爆走した事。その時、自分には酒が入っていた。はしゃいでしまったあの日はハイテンションで、ひゃっはー、とか色々と鬱積を晴らして。そして、そのままのノリの勢いで弟子の目の前で弟子のバイクに命名してしまった。

 彼女は弟子と酒盛りをすると何故か醜態をさらしてしまう。ああ、恥かしい。

 ……ついでだが、神父は師匠に呑ますだけ呑まし、その醜態を暖かい視線で見守っていた。

 

「死んでしまうのだと。可哀想だからやめてやろうか、なあ衛宮?」

 

 悪い笑顔をする士人が士郎の方にそう訊いた。そして士郎は自分にはあまり似合わない、あの赤色の弓兵に似た皮肉屋っぽい顔で神父に言い返す。

 

「俺に振るな。とばっちりは御免だぞ……ひゃっはー」

 

「うきゃ!」

 

「そうだな。これはすまない事をした……ひゃっはー」

 

「うひぃ!」

 

 養父に似ていつも通りな神父はともかく、凛は士郎に裏切られた気分になった。

 ここはそう、同盟者として二人で悪徳神父を倒すのがセオリーじゃない、などと勝手な思考が凛の脳内に錯綜していた。つまり簡単に言ってしまえば凛は、そうとは思わない相手に皮肉を言われ、それを言い返さずにはいられなかった。

 

「………衛宮くん。それ、アーチャーみたいな笑い方よ」

 

「―――本気でやめてくれ」

 

 士郎は凄まじく、それこそ心底嫌そうな顔をした。

 

「はあ、もういい。あれに似てるなんて本当は良くないけど、もういい。

 ――――それで言峰。どうしてここに来たんだ?」

 

 しかめっ面になっていた士郎が、目の前にいる神父を睨む。

 何故監督役がここに来ているのか、疑問に思ったからであり、目の前の神父が何を考えているのかまるで読めないからだ。

 

「理由か? 監督役がこうして動く訳など簡単に想像出来ると思うのだが」

 

 そして、ふむ、と頷く。

 

「間桐慎二の件だよ。あれは学校で大規模な神秘の漏洩を行ったからな。目的はあれの保護者に警告を伝えるのと、マキリの魔術師が何を考えているのか探りを入れに行くのだ」

 

「…ふ~ん。随分あっさり教えるのね」

 

「隠す事でもない」

 

 士人は言葉を切った。そしてその話を聞いていた士郎は、ふと、とある疑問が脳裏に浮かんだ。マキリと、そのワードは何処かで聞いた事があるのを思い出す。 

 

「言峰。泰山でも聞いたけど、そのマキリって何なんだ?」

 

「……そう言えば言ってなかったな」

 

「ああ」

 

 士郎の方を向く神父は言葉を繋ぐ。

 

「間桐の家は魔術師の家系、と言うのは間桐慎二の件で知っていると思うが彼らは元々日本の魔術師では無い。

 聖杯戦争の始まり、要はこの戦いを発案した御三家として外来から来た魔術師なのだ。そして、その魔術師の一族が日本で間桐を名乗る前の名前がマキリと言う訳だ」 

 

「あ、なるほど」

 

 納得した様に頷く士郎。正確に言えば間桐の前の家名はゾォルゲンと言う名であるのだが、マキリ・ゾォルゲンは自分の家名ではなく名の方を日本での家の名前にしている。そこら辺の詳しい事は別に如何でも良い情報なので士郎も知る必要は無い。

 そして、その隣にいる凛はまだ胡乱げな目で自分の弟子を見ていた。この男、養父に似て問われた事に嘘はつかないが、隠し事を意味や価値に拘る事無くする事があるのだ。それも非常に内心を隠すのが実に巧妙だ。さらには言ってる事は正論だったり本当の事なので、この神父の内心は尚更分かり難いと来たもの。

 

「―――で。保護者ってのは何のことなのよ?」

 

 凛が士人に問う。

 

「保護者は保護者だよ。魔術を学ぶにはその者に師がいるのが大半だろう。師匠は若い内から独学で大成出来た特級の魔術師だが魔術師が全員そういう訳でない。

 間桐の家にはマキリの魔術を伝える魔術師がいる。その人物を、まさか師匠が知らない訳ではないだろう?」

 

「――……ええ。良く知っているわ。父と綺礼から話は聞いていたし」

 

 凛が思い出すのは数百年を生きる妖怪。過去の名前をマキリ・ゾォルゲン、現在の名前を間桐臓硯。間桐家に居座る老魔術師である。

 

「誰のことさ、遠坂?」

 

「ああ、うん、そうね。

 間桐には一人の魔術師が住んでてね、その魔術師の名前を間桐臓硯って言うの。慎二に魔術のいろはを教えたのもこいつなんでしょうね」

 

「…そうなのか」

 

 そして黙り込む士郎。言峰士人と同じで中学以来の友人、今はもう死んでしまった間桐慎二に思うことがあるのだろう。

 神父は二人から視線を外し、目的地である間桐邸を見る。

 

「―――まあ、そう言う事だ。

 では俺はもう行くぞ。仕事が詰ってしまうと、ただでさえ余裕が無い生活がより忙しくなる」

 

 そう言ったハーレー神父は鋼の騎馬にも見える重厚なオートバイを押し、魔術師の要塞でもある間桐の敷地の中へと入って行く。

 その姿が余りにも自然体で、凛は何でも無いように魔術師のキルゾーンに踏み込んで行く我が弟子を呆れた感じに見ていた。代行者である士人が本物の人外魔境で戦い生き抜いてきた事を凛は知っているので、不思議には思っていなかったが、それでも平然と侵入出来る彼には関心よりも呆れの思いが多い。

 サーヴァントも無しでの聖杯戦争中の冬木を何でも無い、それこそいつもの戦場と思えるこの男は、今の状況を完全に理解していながらも普段の日常を過ごしている時と変わらない姿なのだ。

 

「さてと。わたしたちももう行きましょうか。ここに長居していても収穫があるってわけじゃないしね、衛宮くん」

 

「おう」

 

 

◇◆◇

 

 

 バイクを玄関の前に停める。神父はオートバイに入れていた道具を自分の法衣に一つ一つ仕込み装備を整える。

 そして、装備を身に付けた彼は全周囲を警戒しながらも自然体のまま進んでいく。

 

――ギィィ――

 

 扉が開く時に軋んで唸る、独特な音が音が玄関から聞こえる。士人が扉の前まで行くとドアは一人でに開いて行ったのだ。

 まるで、入って来い、と言っている様だ。

 

「―――む」

 

 神父が玄関に入る。するとそこには特徴的な虫が一匹。昔、見た事がある魔蟲が床に這いずっていた。形は男性器に酷似しており見た者に嫌悪感を強く与える。口は縦に裂けており、肉も骨も噛み砕けそうな刺々しい牙が突いている。

 そして、キィキィ、と虫が鳴く。体をくねらせながら、士人に後ろ姿を見せながら、屋敷の中を進んで行った。

 

「…なるほど。では案内されよう」

 

 士人はわざと言葉を声に出す。そして虫について行った。おそらく自分の言葉が聞こえている魔術師へ聞かせる為に喋ったのだろう。

 

「……(屋敷の内部構造は昔と変わりはないな。物理的な罠も無く、魔術的な罠も発動する気配もなし)」

 

 彼はほんの数回だが間桐邸に来た事が有る。衛宮士郎と一緒に来た事もあった。その時がまだ彼らが中学生だった頃、三人で集まって良く遊んだものであった。基本は外で遊んでいたが衛宮邸や間桐邸で何度か遊んだことがある。

 

――ゴト、ゴト、ゴト――

 

 間桐邸には士人の足音。ミシィ、と床軋んで音が響く。そして虫の案内に従い歩いてきた士人は階段にさし当った。すると目の前にいる虫が、ピョンピョンと跳ね、苦も無く階段を上っていった。地下に存在する間桐の工房への入り口は二階にある。一度、二階に上がらないと工房へは入れない造りとなっている。

 階段に上がり、扉が開いている部屋に入る。部屋の中には変わった物は無く、工房へ続く扉など見つからない。しかし、隠されてこその魔術師の研究室だ。士人は構造把握の魔術を使い隠し扉を見破る。解析は魔術師ならば基本として学ぶものであり、言峰士人の得意な部類の魔術である。

 ――腐った空気。

 ――湿気た臭い。

 ――甲高い悲鳴。

 彼は仕掛けを解き隠し扉を開き、陰湿な重い空気が士人に纏わり付く。地下へと向けて階段が続いている。そして微かだが悲鳴に聞こえる女性の声が耳に入る。案内していた虫が暗い階段を下り、士人より先の闇に落ちて行った。

 カツンカツン、と音を立てて石造りの階段を下りる。臭いが段々と強くなっていく。雰囲気もより禍々しいものへと変わっていく。そして女の声もはっきりと聞こえてきた。

 

 ――階段の底。そこにはマキリの地下工房が広がっていた。

 

 辿りついた工房を神父は進んでいく。暗く常人なら殆んど何も見えないのであろうが、僅かに照らされる火の光で何となく広大な地下室を見渡す事が出来る。

 そしてそこには、目当ての魔術師と傀儡にされて遊ばれている魔術師の二人がいた。

 

「ほっほっほ。このような場所に何の用なのじゃ、代行者よ」

 

 老魔術師が神父に言葉を掛ける。

 

「用と言っても聞きたい事がいくつか有るだけだ、すぐ終わる。俺が長居してしまえば鍛錬の邪魔をしてしまうだろうからな」

 

 そう言った士人は、蟲に犯され続けている間桐桜を一瞥した。

 

「それは畳重。早う終わるのなら此方としても助かるわい」

 

 神父は魔術師から了承を得た。そして、ここに来た理由であるマキリの目的を調べる為、士人は臓硯に向けて質問を始める。

 

「ふむ。では一つ目だが、間桐慎二の件はどう考えている?」

 

 神父の問い。学校での出来事は到底見逃すことが出来る事件では無かった。代行者として、その魔術師の一族を根絶やしにしても構わない程である。

 

「慎二の件のぉ。……あれは孫の独断じゃよ。

 儂が聖杯戦争に関与していない、とは間桐の長として言えぬこと。だが学校の結界騒ぎは単にアレの暴走よ。あの件は慎二がおぬしに殺されたことでとうに済んでおると思うがの」

 

「確かに、あれの話は間桐慎二の抹殺でケリがつけているな。死んだ者に罪や罰を持ちだしたところで価値は無し。

 お前が、関係無い、と言ってしまえばこの件はそれまでだな」

 

 神父は相手に詰問する事無く、随分とあっさり納得した。

 

「そういうことよ。

 儂も桜もアレの暴走とは関係ない。おぬしは公に魔術を使った魔術師を一人、監督役として処断した。今回の話はそれだけのことよ」

 

 ふむ、と神父は頷く。ここで問答無用に間桐臓硯を浄化する、と言うのは教会の代行者としても遠坂家の弟子としても決まりが悪い。

 確かにこの老魔術師は怪しい。しかし、それだけで代行者が殺すべき堕ちた魔術師でもないのに抹殺するのは体裁がとても悪いのだ。それに聖杯戦争の監督役が御三家の一つを滅ぼすのも、遠坂家の弟子が冬木に住む魔術師の一族を勝手に消してしまうのも、余りよろしくない。

 

「では二つ目。

 そこの聖杯の調子はどうだ。視た所、余り芳しくないようだが」

 

「―――――――――――……」

 

 神父と妖怪が問答をしている間も間桐桜は魔術の修練中である。蟲に塗れ、周りの状況も確認出来ていないのだろう。少女の悲鳴は今も地下室に響き渡っている。

 

「…お見通し、と言う訳じゃな」

 

 沈黙した臓硯が口を開く。怪しく光る目は鋭く、堕ちた魔術師の意志が見て取れる。

 そしてここはマキリの工房。態々この代行者をここに案内したのはその為、確実に殺す為。間桐臓硯はこの代行者が強いことを良く知っている。魔術師として工房に案内しなければならないのは屈辱的、しかし単身で挑めば確実に滅ぼされる。それに相手は秘蹟を用いる天敵なのである。

 

「ああ、そうだ。ここに足を運んだのもな、そこの聖杯の出来を見に来たのが大きい理由だ。

 だが、その聖杯も―――」

 

 そこで臓硯から視線を外しマキリの聖杯、間桐桜の方に目を向ける。言峰士人はニタリ、と老魔術師に向けた笑顔を浮かべながら、陰惨な地下室でそのまま言葉を続けた。

 

「―――具合は程々と言ったところ。

 これではお前の企みもまた次回。この度の戦争が終わった後の第六次聖杯戦争へと持ち越しになってしまうな」

 

 そして顔を歪めるマキリの魔術師。まるで悪鬼のような形相で、この魔術師は悪鬼の領域を超えている本物の妖怪だ。それも中身は外道を良しと笑う醜悪な蟲そのもの。

 

「―――で、それを確認したおぬしは結局のところ何がしたい?」

 

 悪態をつきながら結論を求める臓硯。目の前に立つ代行者が一体何を考えているのか読めなかった。

 

「別に、何も」

 

「………何?」

 

 神父はあっさりと喋った。正気も狂気も飲み干す奈落の黒い眼が、目の前に存在する魔術師を淡々と視ている。

 

「だから何も。

 お前が何を企んでいようとも俺はどうこうする気は欠片も無い。そもそもその聖杯で何をしようとも、それはお前の自由だろう。

 …そして現状の俺は、今回の聖杯戦争で監督役の任を務めるだけの神父に過ぎない。

 代行者でもある自分は間桐慎二の様に民間人を殺害するマスターがいた場合、早々にその対象を殺害して終わらせるだけだ」

 

 遠回しに神父は、喧嘩を売るなら買ってやろう、と魔術師に言っていた。また同時に、何もしないのならば何もしない、と逆の事も言っている。

 

「―――……ほう。これはまた、面白いことを言いよるのう」

 

「面白いとはまた、随分な感想だな」

 

「それもそうじゃろうて。

 目の前には生贄にされ続けている女がいて、それを平然と見殺しに出来る時点でおぬしは十分に面白い。

 その若い身で随分と内側が腐っておるよのぉ。おぬしは儂の同類、外道を許容した極悪人よ」 

 

 蟲が神父を見て笑う。

 

「同類の極悪人とは、な。その様な事は最初から理解している。

 人並みの道徳に価値は無く、人並みの幸福も価値は無く、人並みの平穏にさえ価値が無い。

 お前も俺も、只管に自らの業を積み重ねていくのみ。

 ―――その悪人たる由縁、実に魔術師らしい在り方ではないか」

 

 神父も蟲を視て笑った。

 

「―――――ク。おぬしは誠にアヤツの倅なのじゃな。

 何も映さぬその黒い眼は、おぬしの父である綺礼の目にそっくりだわい」

 

「…そうか」

 

 そう呟く神父。僅かにだが、黒い瞳の影が揺れる。

 

「俺は当初の目的を済ませた。それに聖杯の状態も確認出来たからな、正規通り予想外のイレギュラーも無く聖杯戦争が進む事は分かった。

 ここにもう用はない。失礼するぞ、間桐臓硯」

 

 そう言い捨てて、士人は後ろに振り返った。マキリに用は無くなった、と彼は言う。今この場で行われている惨劇も、マキリによっていずれ訪れるかもしれない世界の危機を、まるで如何でもいいと士人は捨て切って地下工房を出て行こうとした。

 そして、その神父の後ろ姿を見て蟲の翁が醜悪に笑う。

 

「――――儂の孫娘に声は掛けていかぬのか?

 ほれ、おぬしが殺した男の妹なのだぞ。一声くらい言葉を掛けるのが代行者としての慈悲だと思うのだがのう」

 

 魔術師の声。それと同時に女の嬌声は消えている。

 神父は帰ろうと思っていた足を止め、魔術師たちの方に視線を戻す。ニィ、と禍々しい笑みを浮かべる蟲の妖怪が其処にいた。

 

「おう桜、この工房に初めて客がきたぞ。

 挨拶をしっかりせんか。おぬしがその様ではマキリの品格を教会の代行者に疑われてしまうではないかの」

 

 ほっほっほ、と声を上げて笑う臓硯。間桐桜にさらなる痛みを与え得んが為、マキリだけの、間桐臓硯の聖杯へと完成させる為に、彼は神父を使って苦悩を刻もうと考えた。

 その表情は心の底から愉しいと歪み、その声色は人を蟲に焼べる外道に相応しい邪悪な音を含む。

 

「―――言峰、先…輩………?」

 

 地面に伏せていた間桐桜は蟲を退かされ、神父が此方を見ている事に気がついた。裸の少女、実に扇情的で男なら欲情してしまう姿だが神父の目に情欲の色は一切浮かんでいない。士人の目に浮かんでいる色を例えるならそれは、玩具で遊ぶ赤ん坊にも似た衝動的な愉悦の色。その目は一切、人間らしい感情は浮かんでいない。

 

「ああ、ここにいる俺はお前の知る言峰先輩だぞ」

 

 しっかりと、疲れ切った相手にも聞こえるように神父は少女の質問に答えた。それを聞いた桜は目の前の神父に向けて口を開く。

 

「一つだけ……聞きたい事があります」

 

「それで?」

 

 いつもの笑顔を浮かべる彼。いつもの諦めきった表情を浮かべる彼女。

 

「―――兄さんを殺したのは、本当に言峰先輩なんですか?」

 

 真剣な顔で、聞かずにはいられないと言った顔で、間桐桜は神父に問い掛けた。

 

「その問いには肯定するしかないな。

 殺す事になった因果は如何あれ、アレの命を奪ったのは俺に間違いはない」

 

「そう、ですか……」

 

 それは信じたくない答えであり、ああやっぱり、と思っていた答え。

 

「酷い顔だな間桐桜。何もかもを諦め切っている表情だ」

 

 嘲笑う神父。それは慈悲など欠片も無く、間桐桜に対する同情も欠片も無かった。

 そして、笑いを浮かべる士人にどんよりとした目を向ける間桐桜。彼女の目には何にも浮かんでいない。彼に対する憎悪も今は身の内に仕舞われている。

 

「しかし、見るに堪えない惨状だ。お前の先輩がこれを知ったら、お前の哀れな姿を見た衛宮士郎は、果たして一体なにを思い浮かべるのだろうな?」

 

「……あ、貴方は―――――っ!」

 

 ―――溢れ出る間桐桜の感情。

 殺気に慣れ切った代行者である士人でさえ、隠れていた間桐桜の暗く憎悪に煮え滾った殺意は脅威に感じる事が出来た。生半可な死徒以上の威圧。恐ろしいそれの正体はドロドロになるまで何年も何年も、毎日毎日溜めに溜められた陰なる悪性―――心の底に入り切らぬ闇である。

 

「何、これは唯の冗談だよ。お前の先輩には間桐桜の事は何も言わないさ。しかしこう言う事はな、何れかは手遅れになり露見してしまうのがこの世の常。

 その時、お前の特別は、お前に対してどの様な事を思うのだろうかね?」

 

「……………………さい」

 

「正義の味方である衛宮士郎ならば、お前を問答無用で助けてくれるだろう。…助けて欲しい、その願望を告白する事が出来るのならばな」

 

「………………る、さい」

 

「それはお前の姉である遠坂凛も同じ事だと思うがな。しかし、それは無理な話。

 ―――間桐桜では、遠坂凛に助けを求められない。

 親に捨てられマキリの蟲にされたお前が、一人だけ屋敷に残り父の意志を継ぐ姉に助けを求めると言うのは、その何だ――――――哀れにも程がある」

 

「―――うるさいッッ!!」

 

 言葉を言い放ったその瞬間、地面に影が現れる。ゾワリ、と闇が溢れ出た。広がった影が彼女の周りにいた蟲を全て喰い殺す。暗く暗く、何処までも暗黒な影である。

 

「これは凄い、影の魔術か。珍しいものを持っているな」

 

「―――Es erzahlt(声は遠くに)―――Mein (私の足は)Schatten(緑を) nimmt(覆う) Sie・・・・・!」

 

 ……憎悪に染まった魔術。地面の影から、鞭の様な、触手の様な、形容し難い黒い何か這い出てくる。桜はそれはそのままの勢いで攻撃する。自分の精神に傷を負わせた目の前の神父に自分の闇を叩き付ける。

 

「――――だが、甘い」

 

 軽い一閃。士人にとっては撫でるような素振り。士人の右手には光り輝く西洋剣。彼は桜に話し掛ける余裕の雰囲気で、ザン、と斬り捨て影の鞭を霧散させた。呆気無く魔術を塵となって消えてしまった。

 

「まだまだ、だ。才能はあるみたいだが修練不足だ。戦いにさえならん」

 

「……はぁ、あぐぅ、ああぁ――――」

 

 唯でさえ蟲によって犯されていたのだ、間桐桜は体力も魔力も殆んどなかった筈。それを気力と憎悪だけで魔術を発動させた、その事実は称賛に値する。

 

「―――コト、ミネ…ジン、ド………」

 

「―――お前は姉に良く似ている。

 その目、その気概。お前のそれは我が師のモノと瓜二つだ」

 

 気を失う直前、間桐桜が聞いたその言葉は呪いとなって耳に入った。

 姉に似ていると姉の弟子に言われた遠坂家の次女は、憎悪をそのまま心に眠らせて意識が消えていったのであった。

 

「眠ったか。ふん、道化を演じるのはこの位で十分だろう間桐臓硯」

 

「ほ、少々やり過ぎじゃわい」

 

 間桐臓硯の挑発に敢えて乗り、この遊戯に参加した神父。蟲の老魔術師は、外道に笑うその神父と一皮むけた自分の道具を愉しそうに見ていた。

 

「そうか。久方ぶりに楽しめる相手だったからな、ついつい力が入ってしまった。お前も精々そこの怪物に喰い壊されない様、力み過ぎには気をつけることだ」

 

「分かっておるわ。壊れてしまえば元も子も無いのじゃからのう」

 

 所詮は同類。外道は外道で在るが故、異端は異端で在るが故、広く狭い世界を一人で生きて抜いて死ぬのだろう。

 この二人はどの様な結末を迎えようが、自身が受け入れなけれならないその最期まで只管に生きるのだ。死んでしまった言峰綺礼がそうであった様に。

 

「では帰る。お前の聖杯にはそれなりに期待しているぞ」

 

「―――ハッ、若造が。

 いずれおぬしは、このマキリが聖杯戦争で殺してしんぜよう」

 

「それも含めて期待している」

 

 カツンカツン、と来た時と同じ足音で帰って行く神父。そして、倒れこんでいる間桐桜に再び間桐臓硯の蟲が集まっていく。中断していた鍛錬を再開するのだろう、蟲たちが間桐臓硯の命令を受け意識の無い少女へと再び群がっていった。

 

 

◆◇◆

 

 

 バイクに乗り教会へと帰る言峰士人。今は夜となり冬木の街は闇に落ちている。月の光が照らす中、神父は風を切って道を進んでいた。

 

「只の人形と思っていたが、これは中々。もっと化けてくれれば嬉しいのだが、な」

 

 一人、言葉を漏らす。声は風の中に消えていく。

 

「―――――――(もし第六次も参加出来るのならば中々愉快な事になるだろうが、今は第五次聖杯戦争中。

 今回の戦争でマキリのが覚醒しておれば良かったのだが。……ふむ、諦めるか)」

 

 監督役の命を受けた神父が今後、どの様に動くべきか考えていた。

 戦争はゆっくりとだが着々と進行している。脱落したサーヴァントはライダーのみ。しかし、ここからはより殺し合いが加速していくだろう。

 

「―――願わくは、私にお前の答えを見せてくれ、聖杯よ」

 

 父の求道を胸にする神父。

 答えは近い。泥が詰まった聖なる器は、自身を解き放つ者を待つのみである。




 臓硯がわざわざ神父を地下に誘ったのは、いざ殺し合いになった場合、確実に殺害する為です。外はまだ日の光があり、虫の展開もままならず、彼の魔術全てが存在している工房であるならば、神父も殺し合おうと考えないと思ったからでした。神父も神父で、蟲に満ちた場所では聖杯戦争中だと更に面倒なので臓硯と戦う気にもなれません。故に話し合いだけできっちりと終了した訳でした。


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23.拳で語る

 すいません。少しだけ設定を変えました。でも、物語的には別に変化は無いので、気にしなくても大丈夫です。


 ここは柳洞寺の一室。寺に相応しく畳が詰められた和風の部屋、その場所に妙齢の女性が籠もっている。何か拘りがあるのか、部屋の中だと言うのに全身を覆うローブを着てフードを被っている姿。長い古風な杖を片手に透明な、しかし中に何かしらの映像が映る水晶を覗いている。

 

「………(なるほど、ね)」

 

 女は人ならざる存在、現世での仮の名をキャスターと言う。彼女は自分が呼び出された茶番劇を思考する。

 七人のマスターによる英霊の召喚。現世での殻を与え運営するサーヴァントシステム。魔術師が持つ令呪の存在。願いを叶える器、聖杯の降霊。聖杯戦争を始めた魔術師の一族と監督役。

 

「………(そう、そういうこと。予測が合っている確率はとても高い)」

 

 そもそも現世の魔術師が英霊の願いを態々叶える時点で辻褄が合わない。

 根源への道の邪魔者でさえある我々英霊に慈悲を与えるなど魔術師らしからぬ思考、外道を良しとする魔術師たちが造り上げたこの聖杯戦争は怪しいにも程がある。

 

「―――――(まず私が最初にすべき事、……やはり聖杯の確保が一番かしら)」

 

 水晶玉に一人の人間が映る。その人の名前は言峰士人。今回の聖杯戦争において監督役を務めることとなった少年、代行者にして魔術師の神父である。

 

「―――……?」

 

 キャスターがこの人物を遠見の魔術で覗いていると神父が水晶越しに此方を見てきた。何かの間違いとキャスターは思い、神父がたまたまこっちを見ただけと考えたがどうやらそれは勘違いだったと一瞬で気が付く。あの監督役はどんな感覚をしているのか、どうやら自分の視線に気が付いているみたいだ。

 

「――――――(……厭な眼。あんなに濁っている瞳は見たことないわね)」

 

 気付かれた様なのでそうそうに魔術を切った。

 さて、と彼女は今後は如何行動するのかと思考する。動くにしても、そもそも魔術師である自分は戦士である他のサーヴァントどもと比べるとかなり分が悪い。そう、自分には手足となって戦う手駒が必要だ。候補はもう見つかっている。門番のアサシンと戦ったあの可愛らしい女剣士。美少女が自分の奴隷になるなら、戦力としても玩具としても一石二鳥。

 マスターは仕事へと朝からお出かけ中。万が一などあってはならない為、ここの寺から離れている時は見守っているがいつ何時襲われるか分からない。とても心配だ。

 

 

「―――さあ、戦争を始めましょう」

 

 

 決意と共に魔女が呟く。ここからは山に籠もってばかりではいられない。全てのサーヴァントを下し聖杯を我がものとせんが為、敵対者を攻め落とす時が来た。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月8日

 

 

 言峰士人が学校へと登校する。今日も晴れ渡り戦争中だと言うのに、天気だけは清々しいと思える程の快晴だ。

 彼はコンクリートで舗装された街の道を歩いて行く。そして僅かにだが歩いていると、探る様な深く観察する気配を身に感じた。しかし周りには誰いない。

 

「―――……?」

 

 確かに視線を感じた。僅かだったがネットリとした暗い殺意が宿った視線。その殺気だったそれを辿ってみれば何も無い青空だ。

 しかし大源に隠れる様に魔力の乱れを違和感程度だがほんの少しだけ感じ取った。先程の視線から考えるに誰かに魔術で遠隔で観察されていたと考えるべきだろう。

 

「………(全く。ここまで監督役というのは巻き込まれるものなのだろうか)」

 

 ライダーの時もそうだったが、どうも自分は聖杯戦争では色々と災難な目に合うようだと彼は考えた。神父は最近、心休まる時が全くない。

 それに娯楽と言えば、美綴綾子をからかった事くらい。あれはとても面白い女だ。見た目も整っているが、内面構造が並の人間とは異なっている。士人は雰囲気的に近い人物を一人知っていた。

 だが、今はそんな時に非ず。監督役の業務で疲労が脳髄に溜まっていく為か、思考が曇り動きが鈍る。最近は慣れてきた部下が勝手にやる様になって来たが、総合的な指示は自分が出さなくてはならない

 

「――――――(…………あー、マーボーが食べたい)」

 

 無性に泰山の麻婆豆腐が食べたくなってきた。魔術鍛錬や武術修行、それら二つの苦行を超えるマーボーは実に士人の好みである。あれは精神修行と言うよりも精神煉獄燃え盛りとも言える一種の拷問だ。頭の中が全部真っ白に変わって逝く。

 

「……あ、言峰」

 

 と、校門でバッタリ、言峰士人は衛宮士郎に出会った。

 

「衛宮か。……ふむ、相変わらず危機感皆無な奴だ」

 

「……いきなり何さ?」

 

 衛宮が言峰に反論する。唐突に、危機感皆無、と言われれば誰だって言い返したくもなる。

 

「サーヴァントも連れずに何を言っている。俺が悪意有る敵マスターなら確実に死んでるぞ」

 

「あのな言峰。こんな時間で、さらに人目もあるここでそんな暴挙に出る奴がいるか」

 

 そんな内容を士人に話す。しかし、呆れた感じで神父は魔術師未満の半人前マスターを視線で射る。そんな視線に晒された士郎は、そこはかとなく不安な気分にさせられた。

 

「手段など腐る程ある。魔眼などは良い例だ。精神を掌握して連れ去って殺してしまえばいい。それに間桐慎二の様な考え無しもいる。

 …全く、こうも無様だと監督役の俺でさえ口に出したくなる。お人好しな師匠もお前をほっとけない訳だ」

 

 やれやれ、とポーズを取る目の前の友人。相変わらずイラっと来る。

 ……が、どうやら此方を心配して言葉を掛けたみたいだ。そこまで悪い気はしないがムカつくモノはムカつく。

 

「ふん、こっちはこっちでちゃんと考えているんだ。言峰の心配なんて無用だぞ」

 

 だがしかし、士郎は素直になるのは癪だった。中学以来からの友人だが、なんと言うか例えると、気が合っても反りが合わないのだ。

 

「負けん気が強いのは良いが、男が拗ねても気色が悪いだけだぞ」

 

「―――気しょ…ッ!」

 

 中々に心を抉る言葉だ、神父の言葉は半人前魔術師にかなり効く。打ち抜く様な顔面ストレートな厭味。そして、ガビーン、と形容したくなる表情を浮かべる士郎。

 

「ず、随分と言うじゃないか言峰。それ以上言われたら俺も黙っていられないぞ」

 

 ピクピク顔を引き攣らせる。絞り出す様に声を出す。ついでに握り拳をつくっており、彼の手は震えている。

 ……簡単に言えば、頭にキている雰囲気だ。

 

「落ち着け衛宮。監督役に手を出すのは色々と拙いのではないか?」

 

 卑怯者だった。実に邪悪な男である。

 

「……うわあ。

 ここでそんなこと言うかよ、外道神父め」

 

「―――ふ。代行者は外道でないと務まらんさ」

 

 意味も無くニヒルに笑う外道神父。

 正義の味方として外道を良しと笑うこの神父、やはり無視できない巨悪である。もっとも、それは衛宮士郎個人の宿敵としての話だが。聖杯戦争が続く今日この頃。今はとても物騒な冬木、しかし朝の天気はとても清々しかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

――キンコンカンコーン――

 

 

 放送で鐘の音が校舎に響く。それは生徒と先生の憩いの時間を告げる音響、お昼休みの合図である。ガラガラワラワラと生徒たちが思い思いに騒いでいる。

 

「ヨウヨウ、コトミー。ヨウヨウ、コヨミー。弁当issyoに食べようZE!」

 

「凄まじいな、色々と」

 

 この後藤劾以、ラッパーになった様だ。実に度し難い。それと、キュッキュキュッキュ、とレコードを動かしている様な手の動きは非常に煩わしかった。果たしてどの様なテレビ番組を見て来たのか。…………まあ正直な話、直ぐに幾つかの予想が出来る口調だ。

 

「しかし、今日は弁当がないから学食だ。すまないな後藤」

 

「構わない構わない。キニスルナ、フゥ~?」

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 ……シ~ン、と固まる学生二人。そこには珍しく反応に困る士人と、反応され無いと反応しようが無い後藤がいた。

 

「――――――…………もう、学食に行くからな」

 

「OK、OK。アイムオーケー、髭剃ーりー」

 

「いや、何と言えば良いかアレだな、…お祭り好きはそこはかと無く精神が疲労する」

 

「ヒャッハ~」

 

「……―――(本当に何をテレビで見たのやら。……漫画も混ざっているのか? 前に借りたゲームの物真似も後藤はしていた事があったからな)」

 

 むむ、と何かと自分に懐いている目の前の友人の観察をする神父。昔の話、不良に絡まれている所を助けたと言うありがちな出来事があるのだが、とうの士人はさっぱり覚えていない。彼にとって人助けは殆んど習性になっており特に記憶に残るモノで無い。だがまあ、助けられた後藤は覚えており気分的には親分に懐く弟分だったりするが、是如何に。

 ついでに言峰士人は人助けと聖職者として完璧な態度で、若いのに頑張る人格者の神父として周囲の人々に知られたりする。

 その後、廊下を歩いて行き学食へと向かった。何を選んでも何となく肉の味がする大雑把な料理が出てくる穂群原学園の食堂に言峰士人はいた。

 食堂は混みまくっている。言峰は四人掛けのテーブルの端がたまたま空いていたのでそこに座ったところだった。だが同じテーブルに居た人も飯を食べ終えそうそうに席を立ち去って行ったので、今は広々と使う事が出来る。そして彼は今、日替わり定食とミニマーボー丼を食べている。勿論、麻婆豆腐には香辛料がたっぷり掛っているのだ。

 

「―――げ。空いてるのここだけなの。……座ってもいい、言峰?」

 

「沙条か。座りたいなら構わないぞ」

 

 嫌々に訊いてきた女生徒の名前は沙条綾香。見た目の印象は文学系メガネ少女、そして冬木市在住の魔女である。彼女は食事が乗ったトレーを運びながら、知り合いの神父と話をする為に対面の席を取った。

 

「……しかし、顔色が良くないね。神父さんの言峰じゃ、今の物騒な冬木は大変でしょうね」

 

 確かに疲労が溜まっていた。それなりに付き合いが有れば気付く変化だが、つまりそれに気付くと言う事はそれなりに付き合いがあるという訳だ。士人の肌の色は元々白く健康そうではないが、いつもより少し不健康そうになってる。

 メガネをキラリと輝かせた感じで、フッ、と魔女は神父を見て笑った。彼は飯を飲み込んだ後、溜め息をした後に彼女の方に口を開いた。

 

「まったく。分かっていて言うのだからお前も性格が悪い」

 

「はは。性格が悪いなんて、悪徳神父に言われると思わなかったわよ」

 

 お互い皮肉気に笑みを浮かべる。実は過去に付き合っていたりするが、周りの人間からは男女の関係だと誰にも気付かれてなかった。もっとも、それはとある人物を一人除いた場合であるが。それこそ噂も立つ事が無く、気が付けたのは一人だけだった。

 二人とも今はもう既に別れているが、どちらも余り気にしていない。別れても態度に変化無い当たり、割り切れているのが見て分かる。

 

「ほう、振った男の傷心に塩を平気で塗り込めるとは。相変わらず実に恐ろしい魔女だ」

 

「……あんたの胸で泣いたのは人生最大の恥ね」

 

 いやはや、全く以って消したい恥ずかしい記憶。それを見ながら士人は、ククク、と相変わらずな感じで笑っている。

 彼女も彼女で今も大事にしている記憶であるのだが、神父に自分を愛させられないと魔女が悟るのに時間が掛かってしまった。言わば好ましい人物で在る者の、それは結局過去の男であるのだ。

 

「そうだな。あれ程までに可愛らしい生き物がいるとは思わなかったぞ」

 

「―――――――……」

 

 ムスリとした顔で目の前の言峰を睨む沙条。

 

「そう拗ねるな。お前は俺の師匠と違ってまだまだ可愛げが残っている」

 

 魔女と神父、思えば中々に歪な関係でアンバランスだ。それに魔女の方は大窯でグツグツ煮込む系の魔術を使う魔術師であり、神父は現役代行者活動中の異端審問官で魔女狩り大好き組織のエリートだ。神父と魔女はお昼ご飯の学食を淡々と食べながらも会話を続けていった。

 

「まあ、色々と俺は助けられたからな。教会の庭園は最たるもの。あれはかなり最初がシビアだった」

 

「内の家業は世知辛いからねぇ。……あー、ホント面倒くさいよ」

 

 一度、冬木の魔導に関わる家を全てまわった事が言峰士人にはあった。それは土地管理の告知云々が目的の挨拶回り。沙条綾香としては教会の戦闘集団、それも化け物どもに殺し屋と畏怖される異端審問官が突然訪れたらパニックとなる。それもその代行者が学校の知り合いなら猶更だった。

 二人が初めて出会ったのは小学生の頃。色々あって付き合い始めた中学時代。恋人関係が破局したのが高校2年になる少し前。若気の至りはとても恐ろしい。

 言峰士人が製造している愛用の煙草、それの原料は彼女のモノが大元になっていたりする。魔術薬品、略して魔薬は士人が綾香のワザを盗んで造っていたのだ。葡萄酒などの魔術品もそれらに当たる。そして、勿論の事だが魔術師の基本は等価交換。言峰士人も沙条綾香から実にイロイロと絞り取られてたりするのだが。

 

「お前の飯は山菜の蕎麦か。今も昔も好物は変わらないモノだな」

 

「そういう言峰はゲテモノマーボー。そのうち血液が麻婆豆腐になるんじゃないかしら。まあ、脳みそは当の昔に全部泰山製に変わってそうだけどね」

 

 久方ぶり、とまでは言わないが二人が会話をするのは数日ぶりだ。そしてこのトゲトゲしい感じがいつも通りの雰囲気である。

 数分間、特に如何こうある訳でもなく話をしながら食を進める沙条と言峰。だがそこに一つの影が入った。

 

「沙条さんに士人じゃない。二人ともなんで揃ってるの?」

 

「「偶々よ/偶然だ」」

 

 遠坂凛が学食に来ていた。噂をすれば影をさす、とはこの事だろう。学校のマスターを捜しており、その序で昼飯目当てにここに訪れただけだった。ここの学食では余り食べには来ないし、パンを買いに来るくらいだが知人の二人がそこに居た為、声を掛けたという訳だ。

 

「なんで座るのよ、遠坂凛」

 

 隣の席に座った凛に綾香が声を掛けた。テーブルの上には彼女が買って持って来たのであろうパンと紅茶のペットボトルが置かれている。

 

「まあいいじゃない、沙条さん。……それよりも、とっとと腕見せなさい」

 

「……………疑ってるの?」

 

「ええ、勿論」

 

 沙条の目の前にはイライラが溜まりに溜まった遠坂スマイルがある。“怖ッ!”とそれを見て思い、声に出しそうになるが何とか抑える。

 笑う遠坂凛を見て彼女は内心かなり引いているが、魔女は面倒はとっとと終わらせたいので、さっさと袖を捲って見せることにする。

 

「はいはい。ほら、良く確認して」

 

「無いわね。うん、ありがと」

 

 令呪の気配もゼロ、それに加え肉眼でも確認出来ず。これで結論は一つ、凛は彼女を候補から外した。

 

「でも、何でこんな所に来てるの。三枝さんにご飯、誘われてじゃない?」

 

「――――……何。師匠は三枝さんの誘いを反故にしてここに来ていたのか」

 

 綾香は凛が教室で三枝由紀香に昼時間に誘われているのを見ていた。言峰士人と三枝由紀香、接点が無い様に見えるが実は結構な知り合いだったりする。彼女には強力な霊視能力があり、彼は偶々その相談をボランティアで受けていたことがあったのだ。

 ……もしかしたらだが、彼女は街でピョンピョン飛んだり跳ねたりする霊体化したサーヴァントを見ているかもしれない。実にホラーだ、トラウマになる。

 

「ええ。馴れ合い過ぎるのもアレだから断ってきたのだけど……――――なによ、その目?」

 

 しら~、とした目で遠坂を見る魔女と神父。

 

「―――………………可哀想に、三枝さん。

 こんなレッドデビルと仲良くなりたいなんて、ホント健気ね。遠坂とじゃ比べモノにならない良い娘‥…………っ」

 

 胡散臭く両目を抑える魔女。メガネを態々取り外して、クッ、とでも言いたげな感じだ。

 

「――良いか、沙条。この野良悪魔と三枝さんを比べるなど、そもそもあってはならない事だぞ。

 だが話を聞くと本当に健気だな。このあくまに根気良く誘いを掛けてやるなどそうそう出来る事ではない。今度、弟子として俺が礼を言いに行くとしようか……‥」

 

 同じ様、胡散臭く両手を合わせて祈りのポーズを取る神父。黒い両目が、悔い改めよ、と語っている。

 

「―――へぇえ、そう。二人揃ってそう言うんだ、ふぅん。じゃあさ、今から言う三つの事はアナタたちの未来に起こる唯の現実。

 ―――苦しみ悶えて呪殺されるか、凍え震えて凍死するか、業火に灯されて焼殺されるのか。

 わたしはとても慈悲深いの、アナタたちには死に方くらい選ばせて上げるわ。うふふふふふふ………フフッ…………」

 

 そして最後には、怖いくらい朗らかな笑いを浮かべる“あかいあくま”がいた。

 

 

◆◆◆

 

 

 時間は放課後も過ぎた夜。言峰士人は教会で監督役として職務を果たしている頃合だろうか。遠坂凛と衛宮士郎、そして彼のサーヴァントであるセイバーは闇討ちを決行しようと、道路でとある男性教員を待ち伏せていた。此処一帯には防音結界が張られており、銃撃戦が起きようともミサイルが落ちようとも周りからは見られない限り気付かれない。

 凛のサーヴァントであるアーチャーは連れて来られてなく、いるサーヴァントはセイバーだけ。

 

「―――遅いわね」

 

「いや、遠坂が葛木先生の残業を仕組んだんだろ」

 

「~~~~~~~」

 

「……凛。殺気が漏れています。つまりバレます。取り敢えず、落ち着いてください」

 

 それを聞いた凛は恨めし気にセイバーを見る。

 

「セイバーの裏切り者。今宵は我が魔剣が血に飢えておるわ、って感じだったのに」

 

「何処の人斬りですか、何処の。………って、私の宝具は魔剣じゃありませんよ!」

 

「………落ち着け、な。分かるか? 二人とも」

 

「「あ、はい」」

 

 友人の一人に似ている士郎のデッドリィスマイル。それを見た遠坂凛とセイバーは謝る事にした。夜の街は音が良く響く、これでバレたらお笑い者だ。まあ、辺りの気配が零のため三人は会話をしている。そもそも結界もありバレる心配はないのだ。士郎が言いたいのは、気を抜くのも程々に、と言う感じだ。勿論、セイバーは凛のトバッチリである。

 ―――と、そんなこんなで数十分後。

 

「「「―――………………………」」」

 

 沈黙に包まれる三人。

 

「―――――遠坂」

 

「………なによ」

 

 士郎が残念そうな目で、凛を残念なモノを見る様に言う。

 

「もしかして、うっか――」

 

「――シャラップ。それ以上言ったら、命はないわよ」

 

「…………なんでさ」

 

 と、世の不条理を嘆く正義の味方。ああ―――今日も、月が綺麗だ。

 

「あ、葛木先生、来たみたい。道はここで当たってたようね。

 ………それと衛宮くん、空なんて見上げてないで集中してくださらない?」

 

 と、遠くから人の気配。凛は各感覚を強化しており、街頭の下に人影を確認する。そして、それを察知した後に彼女は、月を遠い眼で眺める士郎を見てそんな事を言った。衛宮士郎のサーヴァントであるセイバーは、そんな主と同盟者のやり取りを見ている。

 

「(―――凛。それは流石に私もどうかと思うのですが……)」

 

「――――わかった……」

 

 士郎がそう言って、隠れる為に体を壁際に寄せた。

 

「(―――士郎。貴方と言う人は………っ)」

 

 自分もそうだったが、マスターも苦労人な様だ。サーヴァントは召喚者と似た者が呼ばれると言われるが、こんな所が似ていなくても、と思わなくもないセイバーだった。

 

「――さ、お喋りはここまで。気合い入れて挑むわよ」

 

 お遊びもこれで一区切り。これからは命が掛かった戦場へと入り込む。そして、遠坂凛の一言で三人に流れる空気が変わった。そこには誰もいないと感じてしまう程の静寂。

 

「――遠坂、絶対に()るなよ。……主に、うっかりで」

 

 最後だけボソリを聞こえないように注意して呟く。普通の人間には絶対に聞き取れないほど、小さい音量であった。

 

「衛宮くん。ちゃんと聞こえていますから」

 

 気合いが入りまくっている遠坂凛に注意をした士郎だったが、思ってしまった事を最後に口に出してしまったのが仇となった。士郎にとって残念な事だが、凛の耳は魔術で強化されたままだ。小さい声でも聞こえていて当然だった。

 

「さあて、一仕事やりますか――――」

 

 固まっている衛宮を余所に遠坂凛は、指先を葛木宗一郎へと向ける。

 ―――ガンド。もっとも単純な魔術とされる呪い。

 本来のガンドは対象の身体活動を低下させる魔術だが、遠坂凛の魔術は呪いを掛けると同時に物理的破壊能力を持つ。彼女のソレは呪殺と銃殺を併せ持つ魔弾たる呪いで、人をものの一秒でハチの巣にする機関銃の様を見せる。

 つまるところ呪うより先に破壊するのだ。強力な呪詛が物理干渉を引き起こす。そして体に少しでも掠れば生命維持を阻害する。

 しかし、今回は手加減をしている。本気のガンドは暗黒ビームにしか見えないので、黒いモヤの様にスローで撃たれたガンドは全力で手加減されている事だろう。

 

「あ、やば」

 

 パキュン、と音を出して発射されたガンド。それは何の反応も見せない葛木の後頭部へと、そのまま向かい―――

 

「―――ほう」

 

 ―――寸前。突如中空の出現した布切れに無効化される。

 そして、呪いの直撃する筈だった男はそんな最初から分かっていた様な声を漏らして、襲撃してきた者たちを見る。

 

「遠坂……!」

 

 見覚えのあるソレ。衛宮士郎はアーチャーに斬られた夜を思い出す。

 

「忠告した筈ですよ宗一郎。このような事になるから、貴方は柳洞寺に留まるべきだと」

 

 空間転移。現代では純粋な転移(ソレ)は魔法とされる。神秘(ソレ)をいとも簡単に体現し、いつかの魔女が現れていた。

 

「そうでもない。実際に獲物は釣れた」

 

「そうね。あまり大きな魚ではなさそうだけど、大量である事は間違いないわ。――――さあ。そこから出てきなさい、莫迦な魔術師さん」

 

 ここまで来てしまえば逃げるのは非常に困難。もっとも、街の人間を喰らうキャスターとそのマスターがいるのなら、衛宮士郎は元より管理者である遠坂凛も戦うだけだ。それにここはキャスターの陣地である柳洞寺では無いので好機でもある。

 

「出てこないの? 残念ね、顔ぐらいが見ておきたかったのですけど」

 

 魔女が隠れている者たちを、臆病者、と蔑む。

 

「―――ちっ……なんて嫌味な狸、素性なんてもう判ってるクセに。良くああも口が開くわね」

 

 物陰に隠れている凛が毒ずく。それが聞こえているのか、キャスターは面白そうに口を開く。

 

「三秒あげるわお嬢さん。それで、貴女がした事をそのまましてあげましょう」

 

 そう言って手の平を向ける。しかし同じ事と言えど、同じ威力にするつもりなど欠片も無いのは見え見えだ。

 やるのならここら一帯を壊滅させる。あれはそう言う魔女だ。

 

「衛宮くん、合図と同時にヤるわよ。セイバー、準備はいい?」

 

 好戦的な目をする遠坂凛。それにセイバーは、コクン、と頷く。しかし―――

 

「……すまん。それは後にしてくれ、遠坂」

 

 ―――衛宮士郎はそう言って、木刀を下げたまま交差点へと出る。

 

「ちょっ、士郎――――――!」

 

 我慢出来ず凛も飛び出してしまう。彼女の性分は実に厄介で、彼の様な鉄砲玉は放っておけないのだ。

 

「あら。意外ね、少しは物分かりが良くなったのかしら、坊や」

 

「遠坂と衛宮か。間桐だけでなくおまえたちまでマスターとはな。魔術師とはいえ、因果な運命だ」

 

 彼らとの距離は十mと言ったところ。近づくよりキャスターの指先の方が如何考えても早い。

 士郎はそれを承知で姿を現した。理由は一つ、キャスターが守っている葛木宗一郎の正体を確かめる為であった。

 

「どうした衛宮。話があるのではないか」

 

「―――……葛木。あんた、キャスターに操られているのか?」

 

 いつもと変わらない態度。戦い抜く、という雰囲気は一切無い。

 彼はキャスターのマスターが、アーチャーが言っていた様に操られているだけと言う可能性がある。それを明らかにせぬ限り、彼は目の前の教師と戦えない。

 

「――――うるさい坊や。殺してしまおうかしら」

 

 殺気を帯びる魔女。脅しではない殺意が形を得た言葉。

 

「待て。その質問の出所はなんだ、衛宮。疑問には理由がある筈だ、言ってみるがいい」

 

 キャスターの暗い殺気が士郎へと向かい続けている。下手な事を言えば殺す、と簡単に判る威圧感。

 それを耐えて、声を出す。

 

「―――アンタがどうやってマスターになったかは知らない。けど、アンタはマトモな人間だろ。ならキャスターがやっている事を見逃している筈が無い。

 だっていうのに見逃しているってことは、アンタは知らないんじゃないかっておもっただけだ」

 

「キャスターがやっている事だと?」

 

「………ああ。そいつは柳洞寺に巣を張って、街中の人間から魔力を集めている。ここ最近連続している昏睡事件は全部そいつの仕業だ」

 

「―――――――」

 

「今までも、そしてこれからも犠牲者は増え続ける。キャスターが魔力を吸い続ける限り、いずれ死んでしまう人間だって出てくるだろう。

 …………そいつは、街の人間は生贄だって言った。取り返しのつかない事になるのは、そう先の事じゃない」

 

「なるほど、そういう事か。通常、善良な人間ならばキャスターを放置できない。

 にも拘わらず、マスターである私がキャスターを放置しているのは、彼女に操られているからだと考えた訳だな」

 

 士郎と葛木の会話。それを聞いていた凛は悪寒を感じた。葛木宗一郎、アレの声には何の感情も伝わってこない。自身のサーヴァントがやっていた事を知らないならば、それなりに反応して良い筈。知っているならば、人の傷みに興味が無いと言う事だ。

 

「……ああ。もしアンタがキャスターの行為を知っていて放っておいているなら、アンタはただの殺人鬼だ。俺も容赦はしない。けど操られているなら話は別だ。俺たちはキャスターだけを倒す」

 

「いや。今の話は初耳だ」

 

 そう確固たる意思で断言した。

 

「――――――ふぅ」

 

 安堵する士郎。しかし、凛とセイバーは敵を見る目で間合いを窺っている。

 

「だが衛宮。キャスターの行いは、そう悪い物なのか」

 

 ―――そんな言葉を、葛木宗一郎は声に出した。

 

「なん、だって……?」

 

「他人が何人死のうが私には関わりがない事だ。加えてキャスターは命までは取っていない。

 ……まったく、随分と半端な事をしているのだなキャスター。そこまでするなら、一息で根こそぎ奪った方がよいだろうに」

 

「な―――――――。

 無関係な人間を巻き込むつもりか・・・・!!」

 

「全ての人間は無関係だが。・・・まあ、私が何者であるかはそちらで言い当てただろう。私は魔術師などではない。

 ―――ただの、そこいらにいる朽ち果てた殺人鬼だよ」

 

 そして彼は下がった。キャスターの背後に位置を移動し、その陰から流し見る。

 

「キャスターの傀儡というのは当たっているがな。

 私は聖杯戦争など知らん。キャスターが殺し、おまえたちが殺し合うというのなら傍観するだけだ。もっとも――私も自分の命が一番可愛い。キャスターが何を企もうとも知らぬ。私はただ、私を阻むモノを殺すだけだ。

 ――――では好きにしろキャスター。生かすも殺すもお前の自由だ」

 

 

 

 ――――開戦。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 眼前で行われたモノは、果たして何だったのだろうか。

 

「そんな、ばかな」

 

 思わず、とそんな感じに呟くのは士郎だった。見たものは自分の常識がガラガラと音を立てて崩れ消える光景。

 ―――ソレは、セイバーを打破する鬼人の姿。

 セイバーの剣戟を手と足で固定し停止させる。そこからカウンターの打撃。そして、もうセイバーは術中に嵌まってしまった。

 葛木宗一郎からすれば、無策のまま斬り掛って来たセイバーは、口を空けた大蛇の胃袋に飛ぶ込む愚者に映った事だろう。

 マスターと、自分より弱い相手だと、そう侮り撃破された。それは亜神とさえ定義される英霊が、強化魔術を掛けただけの生身の人間に倒されると言う現実。

 最後には首を掴み抉られ、頭から地面へと“片手”で放り投げられた。バウンドを何度も繰り返し、壁へと衝突するセイバー。時速200kmを超える速度で、体中を打たれ続け――――

 

 ――――彼女の体は、活動停止を余儀なくされた。

 

「―――――――――」

 

 その光景を、茫然と見ていたのは衛宮士郎と遠坂凛だけでは無かった。本来勝ち誇るべきキャスターでさえ茫然と、セイバーのサーヴァントを圧倒しそのまま倒してしまった自らの主を凝視していた。

 

「マスターの役割は後方支援と決めつけるのはいいがな」

 

 振り返る痩躯―――葛木総一郎。彼の右手からは、セイバーの首から毟り取った紅い血が滴り落ちる。

 

「例外は常に存在する。私のように、前に出るしか能の無いマスターもいると言う事だ」

 

 後方支援(マスター)戦闘担当(サーヴァント)の役割が真逆なのだ。サーヴァントであるキャスターが後方で、マスターである葛木宗一郎が前方に出て戦闘を行うスタイル。

 

「何をしているキャスター。事前に言っておいただろう。後方支援をするなら、敵の飛び道具は始末しておけと」

 

 自身のマスターの言葉。魔術師であり戦士では無いキャスターから見てもその言葉は戦術的に正しい。しかし、考え込むように、セイバーを魔女は見続ける。

 

「どうしたキャスター。好きにしていい、と言ったが」

 

「――――いえ、セイバーは私が手を下します。宗一郎、貴方は残ったマスターを」

 

 それに無言で頷き、遠坂と衛宮の方へと足を向ける。背後に居るキャスターは倒れ伏したセイバーへと向き直した。

 

「―――上等。セイバーは油断して面食らったけど、あいつのタネは判っている。要は近づかれる前に倒せばいいんでしょ」

 

 魔術師と戦士の戦いは距離との戦いだ。どれほど格闘能力が強かろうと、葛木宗一郎には対魔力が存在しない。

 故に、放てば勝てる。近づかれる前に呪文を組み立てれば、遠坂凛の勝ちとなる。

 

 

 ―――そうであったのだが、体がブレた瞬間、その痩躯は遠坂凛の目の前にあった。

 

 

「―――――!?」

 

 驚愕するは衛宮士郎。遠坂の前に割って入ろうとした刹那の事。

 一瞬で間合いを詰める毒蛇は既に移動を完了させていた。そして魔術師、遠坂凛に迫る毒手。毒の如き連撃と一撃必殺の暗殺術が魔術師の眼前にくる。

 ――それを彼女は、トン、と手の甲で軌道を逸らした。

 唯の魔術師に出来る芸当では無い。素人ならば気付けば死んでいるだろう、そんな絶技たる暗殺術。

目の前の少女に防がれたのは驚愕すべきコト、しかしその程度で動揺する葛木宗一郎ではない。彼の技は初見必殺を可能とする暗殺の極み。そう、彼の拳法は初見にのみ強さを持つ暗殺拳なのだ。

 

「――――――」

 

 無言で繰り出されるは蛇の如く唸り狂う魔拳。セイバーを喰らった様に毒々しい禍々しさを持つ殺人の技。次々に打ち込まれていく暗殺者の拳。

 

「フッ、ハッ!」

 

 ―――しかし、遠坂凛は魔拳を捌いていた。

 片腕で繰り出される拳を強化した肉体で迎撃し続ける。先程の言葉はブラフだった。近づかれれば殺されるなどと、弟子と拳で何度も殺し合った凛にとって嘘もいいところ。

 一回二回三回四回―――――と段々と数を一瞬の内に積み重ねて行く、遠坂凛の二つの拳に葛木宗一郎の一つ拳。

 

「――――――」

 

「―――はっ、せいやっ!」

 

 発展途上である套路。

 今の彼女では拳は届かない。攻撃は叶わないだろう。

 限界まで強化した目でさえ霞んで見える、いや目視が叶わないソレは遠坂凛にとって死神の鎌であり、葛木宗一郎は死神だ。

 セイバーを撃破した時と同じ、暗殺者の拳法は“型”に嵌まった様なカタチを持っている。日本の独特な古流拳法に良く似たそれは、しかし彼女には届いていなかった。

 防戦一方ではある。だがセイバーがやられたのを目の前で見れた為、その経験が遠坂凛に幸いしていた。

 

「……良く粘る、遠坂。魔術師が拳で語るか」

 

 らしく無く、キャスターのマスターは戦闘中に言葉を発した。まるで敵を探る様に、隙を抉る様に、言葉さえ蛇の様に静かに凛の心の内に入り込む。

 

「ふん。―――アンタこそ、クンフーがまだまだね」

 

 ―――そして、無音で凛の目の前から相手が掻き消えた。

 その言葉が皮きりだったのか、一瞬で後退する魔拳の主。距離にして数mと言う所か。あまり長い距離では無いが、唯の達人が可能とする動きとは思えない魔速。それは一線を超える事が出来た魔人の動き。

 

「だが――――」

 

 ワンフレーズだけ声を発する。そして凛の視界から、魔人が消えた。

 毒蛇の速さはさらに加速していた。文字通り“目にも映らぬ”速さ。非常識に生きる魔術師である遠坂凛にとっても、息を飲んでしまう程。

 ―――そして、ガンと鈍く響く音。拳が抉り込まれた人の体が壊れた音。

 

「――――まだまだ未熟」

 

 一瞬で死角に潜り、接近する葛木宗一郎。力ませる様に溜められた右腕から、不可視の拳が放たれる。そして魔拳で凛の体を打ち込んだ後、毒蛇は魔術師にそんな言葉を投げ掛けた。まだまだ未熟、だと。

 

「――――…か、あぐ……っ!」

 

 ガン、と胸の中心を点欠され呼吸を止められる凛。これは二重の意味でピンチである。

 鍛えたのは中華拳法であり、魔術の詠唱をスムーズにする呼吸法も凛は我流であるが修得している。しかし、その呪文詠唱も封じられ、中国武術の基本である呼吸を止められた。魔拳から凛の全身を衝撃が走り抜け、体が硬直する。

 隙を見て撃とうとして準備していた魔力も、自分が魔術を放てなければ意味が無い。衝撃で固まる体では宝石を投げることも叶わない。

 

「ふん。距離を離した事に動揺したな、遠坂。どうして魔術師の領域に、とな」

 

 そのまま圧殺出来るだろう葛木が距離を離し、魔術を使うのに丁度良い距離となった。その事に動揺した凛は、ほんの一瞬だけだが隙を造ってしまった。その死角に入り込まれ、金剛と化した剛腕で体を穿たれてしまったのだった。

 しかしそれでも、凛は僅かばかり後退をし、必殺されるのを防いでいた。

 

「しっ――――――!」

 

 捨て台詞を放つ葛木、その隙だらけの姿。遠坂と毒蛇の間に士郎は入り込み、強化した木刀で殴り掛る。

 

「なっ……!?」

 

 だが、この暗殺者が戦場で隙を見せるなど有り得ない。遠坂凛を殺そうとすれば、その隙に衛宮士郎に殺されるかもしれない。ならばと、自分から隙を見せカウンターでコメカミを砕いてやろう、と蛇は考えていた。

 ―――衛宮士郎へ目視が叶わない魔拳が迫る。

 

「ッ――――、ぐ――――!」

 

 葛木の迎撃に、衛宮は木刀を合わせる。そして木刀は、バン、と破壊された。それなのに士郎の眼前には、次弾をもう放っている毒蛇の拳。余りにも、異常なまでに素早い拳の動き。

 ――――死ぬ。と、彼は直感する。

 木刀の強度は鉄と同等だ。それを容易く砕く拳が打ち込まれれば、自分の体は粉砕される。

 ――――止められない。と、彼は実感する。

 背後には苦しげに、しかし此方を見る遠坂の気配。蛇の拳は目に止まらず、唯一の武器を破壊された。的確に狙ってくるソレで、鉄槌で頭を砕かれた様に衛宮士郎は死ぬだろう。

 ――――止められないと、死ぬ。と、彼は思考する。

 武器だ。武器が有ればいい。余りにも離れている実力の溝を埋める為に、強い武器がいる。

 ――――止められなければ、死んでしまう。と、彼は結論する。

 武器。こいつに壊されない強い武器が要る。急造では無く鍛え抜かれた強力な武器。それも極上、分不相応な剣。あいつが持っていたような武器なら、きっと―――――

 

「―――投影(トレース)開始(オン)

 

 ならば作れ、と士郎は自分の魔術回路に撃鉄を振り下す!

 

「へ、投影? うそ……!?」

 

 士郎の後ろに居る凛が声を上げる。衛宮士郎の両手には遠坂凛のサーヴァントが愛用する双剣の姿。暗殺者の拳を金属音と共に弾いた。

 ―――陽剣干将、陰剣莫耶が存在した。

 遠坂凛は有り得ないその光景、衛宮士郎と葛木宗一郎の戦いを見続ける。

 ぬっ、とくぐもった声を出すのは彼を殺そうとしていた葛木宗一郎。そして、それを防ぐ事に成功したのは陰陽の双剣を投影し両手に持つ衛宮士郎だった。

 毒手たる左腕と串し刺し針たる右腕。

 葛木から繰り出される左の魔拳は、どれもが目視されない独特な動きで衛宮を襲い――――直角に曲がり、婉曲し、直線を打つ。

 ―――しかし彼はその悉くを双剣で捌き切っていた。

 ガキィンガキィン、とまるで鉄槌と鉄槌を叩き合わせた様な音。打ったと思えば、既にまた打ち放っている蛇の拳。自ら意図的に隙を作り出し、拳を誘い迎撃し反撃せんとする双剣。

 

「―――――――っ!」

 

「―――――――――」

 

 嵐の如く交差し続ける三本の閃光。葛木宗一郎は元々の能力の高さに加え、キャスターから魔術で強化の加護を受けている。一つ一つが人間相手ならば必殺の拳であり、英霊にダメージを与える。

 ―――何度も何度も打ちあう双剣と毒手。

 双剣を握る士郎は普段とは段違いの身体能力だ。筋力も反射速度も上昇しており、進化した自分の肉体と投影した双剣で迎撃し、鉄拳と斬り合いをし続ける。拳が双剣と衝突する度に、投影した刃が軋む。

 如何してか、それを見て今にも壊れそうだと衛宮士郎は思ってしまった。その次の瞬間、鈍くけたたましい音でガギィンと剣が崩れ消える光景。想像が現実となり、士郎の背筋が凍りつく。

 轟音を立てて崩れ消える双剣、干将と莫耶。溜めに溜められたアンカーである右の拳が放たれ、双剣で防いだがソレごと粉砕される。

 

「ぐっ――――――!」

 

「―――――――――」

 

 衝撃と共に間合いが離れる。三十ものの殴り合い、斬り合った。しかし決着はつかず。

 

「…………」

 

 突如現れた双剣が予想外だったのか、初めて躊躇らしきものをみせる葛木宗一郎。

 ――と、その時。強い風が交差点で巻き起こった。

 

「セイバー……!」

 

 ランクAを誇る対魔力を持つセイバーを、キャスターでは倒せない。何かしらの策は有ったのかもしれないが、如何やら失策に終わったみたいだ。ここの戦場で勝ちを得るなら、キャスターはマスターたちを始末すれば良かった。

 

「――――――――」

 

 無言で退く葛木。復活したセイバーからキャスターを守るように庇い立ち、

 

「ここまでだ。退くぞキャスター」

 

 と、的確な判断を下す。

 

「マスター………!? いいえ、セイバーは手負いです、貴方なら先程のように――――――――」

 

「二度通じる相手ではない。侮ったのは私の方だったな。

 あと一芸、手を凝らすべきだった」

 

 彼の判断は正しい。セイバーを窮地に追い込む事が出来たのは、その技があまりにも奇異だった為。しかしセイバーはもう慣れてしまい、“初めて視る技”では無くなってしまっている。それにキャスターと葛木宗一郎にとって、今回の戦闘は絶対に勝たなくてはならない戦いでもない。

 戦法の極意とは形が無い事。強力ではあるがあまりに特殊な拳法であり、見切られやすい。

 ――初見、故に必殺。

 芸術にまで磨き上げられた“技”と、極限にまで鍛え上げられた“業”の違いが、そこにはあった。

 

「………分かりましたわ宗一郎。

 ええ、サーヴァントである以上、マスターの命令には従わないといけませんものね」

 

 当て付けの様なセリフ、キャスターは大きくローブを翻す。

 そして、その後には何も無い。紫紺のローブは彼らを包み込んだ後、それこそ魔法の如く消え去ってしまう。

 ―――そして街には、静か過ぎる静寂が戻って来たのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 交差点に残される三人、マスター二人にサーヴァント一体。学校に潜むマスターを特定出来たは良かったが、遠坂凛と衛宮士郎とセイバーの三人は絶好の機会を逃してしまう結果となった。。

 

「……やられた。いくらなんでも、こうなったら葛木は柳洞寺から下りて来ない」

 

 遠坂凛が心底悔しそうに、声を漏らした。襲撃は失敗に終わり、敵は籠城戦を選ぶであろう。戦において武装した砦に籠る敵を落すには相手より何倍の戦力が必要となり、そして優秀な門番もいる。実に厄介だ。

 ―――会話を続ける三人。

 しかし遠坂凛は、結構怖い顔で衛宮士郎に有る事を問い質す。

 

「衛宮くん。聞きたい事が、一つ、あるんだけど?」

 

「……な、なにさ」

 

 半目で睨みつけてくる凛は中々に迫力がある。そして、言葉を一つ一つ切らないで欲しい、と彼は思った。威圧感が増してさらに怖くなる。

 

「わたしが強化しか使えないって、聞いてたんだけどなあ~。なのにあんたは投影魔術、それも実践に使える宝具を造ちゃうんだもの。それもわたしのアーチャーの宝具だなんて、見た時は本当に驚いたわ~。

 ――――あんたはわたしを甞めてる訳? ねえ、わたしが言ったコト、ちゃんと聞いてるの?」

 

 炎獄を纏って笑う悪魔(あかいあくま)が、そこにいた。

 

「え………いや。俺が使えるのは強化だけって言ったのは、投影は実践じゃ全く役に立たなかったからなんだ。

 いつもだったら、投影したところで中身が空っぽになってて使い物にならないから―――」

 

 自分でも驚いてる、と彼は言った。そして彼は目の前の怒れる恐怖の大王(あかいあくま)を怯えが入った眼で見る。

 

「………ま、嘘は言ってないようね。虚言の罪は重いけど許してあげる」

 

 ああ許して貰えてよかった、と本気で思う半人前魔術師が一人。それはアーチャーを震え上がらせる程の悪魔オーラで、隣のサーヴァントも気の毒そうに自分のマスターを見ていた。サーヴァントさえビビらせるオーラなのだ、士郎が感じる圧迫感は押して測るべし。

 

「ふーん。でも、あんたの投影魔術は士人にそっくりね」

 

「言峰の?」

 

 士郎がそれに反射するよう聞いた。言峰士人の投影魔術と自分の投影魔術。果たしてソレの一致は偶然なのか、それとも必然か。

 

「ええ。彼も投影魔術を一番得意にしているの。だけどアイツの投影は、普通の投影魔術とは魔術理論が大本から違うん…だけ……ど………。

 ―――――――まさか。……そういうこと…………?」

 

 そこには顔を青くする魔術師―――遠坂凛がいた。信じられない何か、それも驚愕ではなく畏怖すべきモノを見詰めるような、そんな震える眼で衛宮士郎を見ていた。

 

「――……遠坂?」

 

「―――――――――」

 

 顔を手で隠し、心ここに有らずといった雰囲気。

 

「―――凛。大丈夫ですか?」

 

 セイバーが、ポン、と彼女の肩を叩く。

 

「……あ、うん、ごめんなさい。

 ――――………そうよ、ね。有り得ないことを考えても仕様がないし、もしそうだとしても如何しようもないコトだもの」

 

 良くない事でも思いついたのか、固まっていた凛だが元の状態に戻ったみたいだ。そんな遠坂を見ていた士郎も聞きたいコトがあり、興味も多分にあったので聞いてみることにした。

 

「遠坂、葛木と良く殴り合えたな。中国武術、それも絶招だなんて驚いたぞ」

 

 遠坂凛が見せたモノは、達人と呼べる領域。

 敵を砕く気迫がある遠坂凛の拳法。人を殺すには十分な能力を持つ本物の殺人拳だ。しかしそれでいて、武術の本道を外していない真っ直ぐな拳でもある。

 

「ええ、兄弟子の綺礼が使っていてね。それで習い始めたんだけど、弟子の士人も習い初めてお互いに鍛錬していたら何時の間にか、って感じ。もっとも、目標の綺礼の打倒は士人に先を越されちゃったけど。

 ―――て、そもそも士郎だって双剣の達人でしょ。あんなに錬度があるなんて、毎日休まず鍛えていたのね。投影もそうだけどソッチも驚いたわ」

 

 なんでかアーチャーにそっくりだったけど、と言う遠坂凛。

 双剣は中華拳法に通じる所があり、陽剣干将と陰剣莫耶は中華刀だ。凛としても、見ていた衛宮士郎の剣術にはかなり感心した。アーチャーと似た感じの我流の動きだったが、見惚れてしまう鈍い輝きが小さくともあったのだ。

 

「………え。双剣は今日、初めて振ったんだけど」

 

「―――え。初めて……………?」

 

「ああ、初めて」

 

「―――…………本気で解剖してやろうかしら?」

 

「聞こえてるぞ、遠坂。怖いから真剣な顔で悩まないでくれ」

 

 ボソリ、とそう呟き、それが衛宮士郎の耳に入る。

 そして剣士であるセイバーとしても先程のマスターの言葉は看過できないものがあった。自分のマスターでありながらアーチャーの双剣でアーチャーの剣術で、自分を倒した鬼神を撃退したようだ。それも初めて剣を振るって、だ。

 これは詳しく問い質さないと、とセイバーはマスターを見てそう考えた。ああ二重の意味で許し難い、この何とも言えぬ屈辱感。

 

「―――シロウ。帰ったら聞きたいことが沢山あります、主に道場で」

 

「え、あのセイバーさん………?」

 

 彼らは会話もそこそこ、夜の闇も深く帰るコトを決めた。

 聖杯戦争は進展を続ける。新たに明らかになる敵はサーヴァント・キャスター、そしてキャスターのマスター・葛木宗一郎。他にも敵は数多い。

 聖杯の降霊も時が進むにつれ、激戦の時も近づいていくのであった。




 ここの凛の総合的な強さは第四次聖杯戦争のケイネスさんより強いです。宝石の全力投球な魔力砲で即死しますし、彼の礼装を強化状態なら結構楽に避けます。関係ないこの作品だけの裏設定ですけど、宝石魔術であれば凛には衛宮切嗣の起源弾は効きません。令呪と同じで魔力源が違いますので、回路に干渉できない感じです。ですので相性もあり、本気で真正面から戦えばキリツグに凛は勝てる可能性があります。威力の弱い銃だと魔力障壁で防げますし。宝石強化だと銃弾避けれますし。
 遠坂凛は聖杯戦争の為に弟子と共に修練を重ね、平均的な執行者や代行者より強い、実践指向の才能豊かな魔術師なのです。
 士人に馬鹿にされて強くなった凛の格闘能力は、綺礼やバゼットや宗一郎などの化け物クラスたちと短時間なら殴り合える強さです(凛だけは身体強化有り。宝石では無い)。宝石での強化ならば勝てる可能性が出てきますが、相手も強化魔術を使ってくると負けます。魔術も道具も何でも有りな総合的な戦いだとまた話が変わってきますが、葛木さんの強さは凄まじいと思う作者です。
 それと凛が宗一郎と殴り合えたのは、セイバーがやられたのを見て、型を覚えられたからです。士人が鍛錬の時、実践では如何かと、試しで動きを変えるので、型の動きを見切るのはそれなりに慣れている感じで。まあ身体能力や戦法や技術が未熟なため、彼に勝てる道理はなかったのですが。

 それと、改訂前は沙条と主人公が付き合っている事を誰にも露見していないことにしましたが、少し設定に矛盾点が出てしまったので、一人だけ知っている事に成りました。すいません。

 では読んで頂き有り難う御座いました。


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外伝6.心の理念

 今回ははっちゃけ回。キャラ崩壊に注意です。


 第五次聖杯戦争より数年前、衛宮切嗣が呪いにより魂を召され数年後。ここは冬木市。200年も不毛に続く聖杯戦争が魔術師の間で伝統行事になった日本の地方都市。

 

 ―――これは少年たちが繰り広げる日常の物語。

 

◆◆◆

 

 

 

 ―――夏休み。

 それは学生のパラダイスだ。煩わしいモノもなく、家で思いっ切り寛ぎ遊べるワンダータイム。そんな時期に中学校に通う学生三人も例に違わず枷を外して遊んでいた。

 今この場にいるのは、衛宮士郎、間桐慎二、言峰士人である。友人同士で集まり、娯楽に興じていた。

 

「ははははははは! 僕はぁ、リボンをおしたい所だねえ。女性は可愛らしく在るべきなんだYOOOO!」

 

「愚か者め、メガネこそ至高。俺の聖書にはそう記されている。つまりはそれがゴッドな意志っ!」

 

「ふざけるな!! ニーソこそ最高のアイテム! これこそ俺のジャスティスなんだ!」

 

「「「……………」」」

 

 沈黙する三人。互いに互いを睨み合う。

 ―――男には譲れない理想が存在する。

 そして今は睨み合う三つ巴の状態。自分以外の男二人は己が意志を愚弄する憎き怨敵なこの状況。だがしかし、負ける訳にはいかない。自分の人生を自分で折る訳にはいかんのだ。

 

「「「プ。ククク、あっははははははははははっ!」」」

 

 思春期真っ盛りな青少年三人。彼らは酒盛りを繰り広げていた。場所は衛宮邸。同じ中学に通う仲良し三人組。遊び人の間桐慎二、お手伝いブラウニーの衛宮士郎、神父見習いの言峰士人。中学校で知り合い、友人となった三人の若者たちの宴会。

 料理は衛宮士郎が殆んど担当し、言峰士人はそれを手伝う。酒の大部分は間桐慎二が持ってきたが、その中には士人が持ってきた一品も少々含まれていた。そして、神父が持ってきた酒は何故か酔いが回るのが異様なまで早く、理性が混濁とし易い魔の酒でもあった。絶対に何か良くないアルコール的成分が入っている。

 

「まあ、お前たちが言うことも解らなくも無い。しかしだな、やはりアクセントとしてはメガネが一番女性を知的に引き立てると思うのだよ、ボーイ」

 

「ふざけるなよ、悪徳神父ソン。女に大切なのは可愛らしさだ!

 その中でちょいと頭に野の花の様に付けられたリボンがより、僕の彼女たちを、可愛いらしく映るのさ」

 

「ふざけてるんのはおまえだ、ワカメン!

 おまえはニーソの良さ欠片もわかっちゃいなぇえイィ。あれがあればな、生足がエロく見えるんだ、うははははあっはあははははは!!」

 

 ダンダンダンッ、と笑いながら缶ビールを机に叩き好ける少年一名。

 

「呑み過ぎだ、衛宮」

 

「大分酔ってんじゃん」

 

 宴会の中、一番ぶっ壊れているのはここの家主である衛宮士郎その人であった。普段では考えられない言動、何処か聖人じみていた彼は場末の酔っ払いに変身してしまっていた。悪酔いである。

 まあ慎二も士人も十分に酔っ払い精神で理性の箍が外れ、発言がどんどん過激になっているこの状況。雰囲気はどんどん酒気に呑み込まれていく。

 

「それとさぁ、ワカメン言うなよ。スパナ妖精ジャスティスブラウニー。

 女の子ぉにはなぁあ、ヒック、愛でるに値する、心を擽る可愛く映える何かが大切なのSA!」

 

「異端海藻は世界を解っていない。

 いいか、エロスと理性は互いに密接している。理性あってこそ本能、人間の性衝動はより激しく進化する。そしてメガネこそ、最高のエロアイテム。

 ガラスの底に映る潤んだ瞳がな、俺達男共の理性を一撃必殺するのは必然と言えるだろうっ! ………ひっく」

 

 酒に呑まれた雰囲気の少年神父は、さらにアルコール度数がアホみたい高い酒を一気に胃へ流し込む。それはそれは危険な程、彼はたくさん流し込む。

 

「神父神父神父、おまえは歪んでいる!

 女の子はね、可愛く在るべきなんだよ。それはエロ道の中でもとても大切なのさ。あと胸もあれば言うコトなしだね、ひゃっははははは!!」

 

「この馬鹿。胸より足に決まっているだろ?

 ニーソこそがエロの中のエロっ、男の希望なんだ! スラリと伸びるそれに適うトキメキは他に存在しない!! おまえたちは何もわかっちゃいない!!」

 

「俺は表情だな。顔は心を写す鏡、過剰な刺激に耐え忍ぶ様は人と言うモノをとても正しく表現する」

 

 剥き出しの情欲。色々と本音を大暴露。後戻りはもう出来ない。

 アホ三人組は手元にある酒を一斉に呑み込む。そしてさらに場は酒気に呑めれ混沌度合いは際限なく上昇。ああ、素晴しきは酒の魔力。

 

「故にだ。裸に一品添えるならば、メガネこそ相応しい。それはより女性の顔を引き立てる」

 

「―――はっ。リボンだよ、それが可愛らしさをより引き立てるアイテムさ」

 

「二人ともそんなのは間違いなんだ!

 ――――裸体に一番合うのはっ、生足なニーソに間違いないんだ! この思いは間違いなんかじゃないっ!!」

 

 それを聞いたワカメン……間桐慎二は哀れに泣き声を上げて屠殺される豚を見る様な眼で、目の前でクビクビ酒を飲む友人―――衛宮士郎みたいな酔っ払いを見た。三人が語る今の話題はつまるところ、女性の裸に一番合う物は何なのか、と言う酔わなければ真剣に話せない様な下らない、しかし酔っちゃてる三人には真剣なコトを討論していたのであった。

 

「これだから幼女(ロリ)の味方は。何にもわかちゃいないね。

 貧乳好きなエミヤシロウでは理解を求めるだけ無駄だったみたいだよ、残念無念再来年。君に明日は届かないよ、イィヒヒャハハハィイヒヒイオオーーーー!!」

 

「クックク、確かに。幼女偏愛者などと言う、ひっく、生足好きな罪深い大罪人は、クククヒック、ニーソにでも溺れていれば良かろう………Amen.」

 

「んだとう! ひっく、腐れ外道神父が。て言うか俺はロリじゃないしっ、オウ、貧乳だけが好きなわけじゃないっ!! 

 おまえらには正義の鉄槌をっ、いやジャスティス生足ニーソの鉄槌を下してやるッ!!!」

 

 士郎が焼酎をラッパ呑みする。それを聞いていた士人もウイスキーを一気呑みした。慎二も酒をがぶ飲みする二人に釣られ、ワインをガブガブ呑み始める。

 もう止まらない。酒気はさらに濃くなり、宴を夜が深まる程もっと加速していくこと間違いなし。

 

「クックック、良いだろう。では、このGameで決着をつけてやる!」

 

「マ〇オパーティか、いいね神父。一番負けは腹踊りだ!」

 

「ふっはっははははははは! うっしゃー、やってやる! 掛って来い!!

 俺のマリ〇がっ! ワカメンと暴力神父が操るル〇ージとワ〇オ程度にっ、負けるわけがないッ!」

 

 そう言った士郎は高笑いを、ハッハッハッハ、とゲラゲラ上げながら焼酎の後にアルコール度数30オーバーな日本酒を口へと流し込んだ。つまみもバクバク食べながら爆笑している。そんな初めて本格的な飲酒でぶっ壊れている友人を見ながら、慎二と士人も酒を飲みながら魚のフライをサクリと頬張る。そんなランチキ騒ぎも宴会の肴と言いたげに。

 ……実にカオスだ。

 箍が外れた酔っ払いどもの典型的な宴会のカタチがここには存在した。

 

「―――……(でも、凄いぶっ壊れてるね衛宮は。言峰の方はハッチャけている様で壊れていないし)」

 

「―――……(衛宮が大分壊れてきたな。間桐の方はまだまだと言ったところ。まあ折角の酒の席なのだ、トコトン呑んでトコトン騒ぐ事にしよう)」

 

 

 そんなこんなで男どもの酒盛りは進んで行った。

 

 

◆◆◆

 

 

「僕……は、ワカメ……じゃない。うぅうう………糞、蛆蟲め―――」

 

 むにゃむにゃと寝言を言う少年――間桐慎二。意外にも一番初めにダウンしたのは彼であった。言峰はともかく酒に慣れていない衛宮より先にぶっ倒れたしまった。今の彼の姿は悲惨の一言。真夏の夜に上半身裸となり、腹部には歪んだ顔が描かれている。

 

「悪夢でも見ているのだろうか、おまえは如何思うMr.ジャスティス?」

 

「……うるさい。こっちは頭が痛いんだ、これ以上頭痛の種を突かないでくれ」

 

「わかった。俺はもう何も言うまい」

 

 アルコールで火照った体を冷ます為、夜の風に当たる士郎。隣には酒が入ったグラスを片手に持つ神父が一人。

 

「…………はあ。

 こんなに笑ったのは何時ぶりなんだろう、おまえはどうなのさ言峰?」

 

 彼は苦笑いを浮かべる。二人が座る縁側は三日月に照らされ夜の美しい闇を造り上げていた。士人はそんな言葉を受け酒も体中を廻っていたからか、深く深く自分は“笑う”と言う機能を失っている事を改めて思い知らされた。

 

「―――さあな。だが、笑う、と言う行為を果たして何処まで自分が行えるのか、少し不安になってきた」

 

「………?

 良く解らないが、おまえは楽しそうに酒を飲んで笑ってたぞ」

 

「それならば、それで良い」

 

 月に照らされる神父の表情。如何してか、士郎は言峰士人の顔が何時も以上にツクリモノの人形に視えてしまった。彼の笑顔は何処か空っぽだと前から何となく感じていた士郎だが、今日のそれはいつもより能面的。

 

「おまえはさ、火事以来なにかを本当に笑えたコトはあるのか?」

 

 衛宮士郎は言峰士人が自分の生き残りの同胞であると知っていた。地獄が生み出された日、あの区域で生き残っていたのは自分と目の前の神父だけ。そして自分と同じで地獄から助けてくれた人間が養父になっていることも、だ。

 

「―――実は一度も。

 世界に実感が消えてしまった、と言えば良いのか。………苦しいとか痛いだとか、そう言った心の感触もいまいちワカラナイのが正直な現状だ」

 

「――――ああ、そうなんだ。……じゃあ俺と、大して変わらないんだな、言峰は」

 

 ……意外な一言。

 言峰士人から見れば、衛宮士郎は如何しようも無いほど歪んでいるとは言え、感情が無い様にはとても感じられない。苦しいと言う実感さえ失くして、生きているとは思えなかった。

 

「それはまた、如何してだ? あの出来事は死ぬまで自分たちの地獄で在り続けるが、それとこれとは話が違う。

 確かに今は過去からの繋がりで造られるが、未来は今から造っていくモノ。お前はしかりと前を向いて歩いている様に見えたのだが?」

 

 衛宮士郎は生きる目的がある人間だ。士人はただ生きているだけの人とは違い、命と死を含めた己の全てを掛けててでも成し遂げたいモノがあるニンゲンだと、士郎のことをそう考えていた。師匠と同じように目指すべき何かを持つ存在。自分の到着点を定め、その未来を目指そうとする人に今を生き抜く実感がない訳がないのだ。

 そして、士郎の前に在るそれは『死』なんて呼ばれる物かもしれないが、それでも衛宮士郎は今を大事に生きる事が出来るヒトである事は間違いない。人と心から笑い合う事が出来る機能をしっかりと持っている、言峰士人と違って。

 

「――――……前、か。

 正直なところ、理想は有れど道は見えず、と言った感じかな。自分の選んだ、自分が憧れたモノにまるで届きそうにないんだ、今のままだと」

 

 ここに座ると士郎は思い出す。その時は今の三日月が輝く夜では無く、満月が綺麗な夜空の日。

 火事の出来事から衛宮士郎は生きている実感が余りにも薄い。彼は一度、己の死を認めてしまっている。だからこそカタチを得ることが出来たのはあの日の夜からで、それをカタチにする為の定まったイメージも今はない。

 今ある現実は足が地に付いていない様な、そんな不透明でアンバランスな生き心地。

 

「それは苦悩か、衛宮。俺はこう見えても神父見習いだ。話なら気にせずしてくれても構わないぞ。

 ………それになんだ、今ここは酒の席。隣に座っている酒に酔った友人の愚痴を聞くのも、娯楽の内だろうて」

 

 優しげで心に染みる声。人の荒みを癒すような笑顔。

 そんな神父らしい人格者の雰囲気を出しながらも、他人に対してのみ勘がとても鋭い衛宮士郎は前にいる友人から怪しさを取り除くことは出来なかった。だが、その雰囲気が自分にとっては逆に親しみやすい。この男の言葉に嘘はないのだと確信出来る。

 初めて知り合った時から他人の気がしなかった友人。偶には男友達に悩みを聞いてみるのもいいかも知れない。

 

「―――………正義の味方ってどう思う、言峰?」

 

 真剣な顔。剣の刃のように鋭い目。本人に自覚は無いだろうが、射殺す様な眼光を放っている。

 士人はそれを見て悟る、この男は本気でそんなモノを心に抱いて生きているのだと。強過ぎる、ただの人間には不可能なほどの輝き。己の師匠にも似た強靭な意志の発露。

 

「正義の味方? ふむ、何と言えば良いか………。

 それは医者や警察のような職業では無く、国境なき医師団のようなボランティアでも無く、その“正義の味方”と言うそのままの意味でか?」

 

「おう、聞いたままのイメージで」

 

 そうだな、と片手に持つグラスを傾ける士人。空を見上げ風に当たりながら考え込む。

 

「………夢、だな。子供が抱く純粋で汚れがない、透明な夢」

 

「―――夢?」

 

「ああ、夢だ。正義の味方を、無償で人を救う存在、とここでは定義しよう。人によっては解釈は変わっていくが、概ねその様な象徴だろう」

 

 それを聞いた士郎は頷く。相手に何かを求めること無く命を助ける存在、己の手で他人を幸せにすることが出来る理想。それが衛宮士郎の理想であり、夢に見る衛宮切嗣の姿でもある。

 

「それはな、誰も実現する気が起きない、自分の人生を棒に振る行い。

 モノとなる益を求めもせず無償の人助けを自分の生涯にするとは、今ある己の日常を捨てると言う事だ。確かにその行いに喜びや、人助けで幸福感を得られはするだろう。しかしそう言った行い成すと言うコトは、平穏な幸せを求めず投げ棄てる行為である。

 そして力で弱者を救う正義の味方には、倒すべき悪が必要だ。他人を助けたいと思うコトは、知らない誰かの不幸を求めること。人が正義を成すには、救うに値する悲劇が必要となるのだからな」

 

 真剣には真剣で応える、一切の手加減なく。それが言峰士人の自然な在り方。

 

「……違う。そんなのは、絶対に違う」

 

 断じて違う、と彼は反論する。そんなんじゃまるで狂人が抱く夢想と変わらないじゃないか、と士郎はそう思った。

 己が善を成す為に自分を捨てて、己が正義を成す為に不幸を捜して、己が理想を成す為に悪を倒す。しかしそれが正義の味方だと、目の前の神父は言う。

 

「違わない。お前の話す“正義の味方”とはそう言う存在だ。

 お前の内心を俺が正確に知っている訳では無い。しかし言葉通りに正義の味方とは、己の正義、己の理想、己の執念、そう言った自分の身の内に存在する“何か”の為に戦い続ける者の事だ。内にあるそれらが何で、どの様な原因で生まれたかは関係ない。

 自身の中にあるものは本人自体が優劣平等を定めるべきこと。他人の命や幸せ、世の中の平和など言い訳に過ぎない。自らの望みを果たさんする理由でしかない」

 

 言峰士人は自分以外の為に命を掛けて人を殺す者どもを良く知っている。自分の内にあるモノ、大義、殉教、贖罪、正義、復讐、理想、信念、等々ソレを顕す言葉は良くも悪くも腐るほど存在する。これらは言ってしまえば、ただ普通に幸せな人生を生きる為に別段要らない不必要なことが殆んどだ。生きたい、幸せになりたい、と言うヒトの願いとは別種の願望。己が置かれた環境による生存の為の営みではなく、己の意志で己の生命を掛けて殺人を営む輩が抱く望み。

 衛宮士郎の語る“正義”の味方――――正義なんてモノは彼からすれば、人が抱く殺人動機の一つに過ぎない。正義の為、正義に不都合な存在は善悪関係なく死を与える魔法の言葉。まぁこれは極端な話だが。

 だがしかし、特にそう言うのモノは戦場で人々を死に追いやる死神だ。ヒトが個々に抱く、正しいと考える己の義。言葉の意味は同じであろうとも、一人一人で話す言葉の重さも価値を内にあるソレらは変わってしまう。

 

「―――……それ、は」

 

 それは世界を知っている者、現実を実際に見て学んだ者が持つ言葉の現実感(リアリティ)

 言峰士人の言葉は只管に重い。語り掛ける対象の心に重圧を掛ける。それが本当なのだと、実際にそうなのだと精神的に実感させる呪いとなる。聞いてしまえば心に染み込んでしまう泥の如くそう思わせる。

 

「否定は出来まい。何かを成したい、と言う気持ちはそう出来ているのだから。

 ―――全ては己から始まる。

 何を求め、何を行い、何故その望みを抱いたのか。

 ゼロから生じる自分の思い。お前は自分が感じたソレの為に、正義の味方を目指すと心に決めたのだろう」

 

 

 ――――憧れた。始まりは憧れだった。

 

 

「………ほら、その呆けた顔を見ればわかる。どうだ、悩みは解けたかな衛宮。有意義な話になってくれたのなら、俺としても有り難い。それに恥かしい事を語ってしまったしな」

 

 自分は正義の味方―――衛宮士郎を救った衛宮切嗣に憧れていたのだ。憧れて憧れて、そして正義の味方を理想に求めた。

 

「………ま、少しくらい」

 

 拗ねた雰囲気の士郎。友人の神父は苦笑を浮かべながら話を続ける。正義の味方に成りたい、とは一言も漏らしていなかったが、どうやら思いっ切りバレていたようだ。酒が入ってからとは言え、少し口が軽くなっていたのかもしれない。

 

「言って置くが、俺はお前を否定する気など欠片もない。

 それにな、結局のところ自己の望みを叶えるには努力あるのみ。そもそも衛宮が抱く夢の善悪正誤の結論はまだ先の話。

 自分が理想に成り果てて、その時に自分自身の事を如何思うのか。それが自分の思いの答えとなるのであろうな」

 

「……なんだそれ。結局おまえは頑張れと、そう言いたかっただけかよ」

 

「まあ、その通りだ。何を成すにも力が必要だからな、強く成らなくては話にならない」

 

 それに理想とはそう言うモノだろう、と彼は最後に呟く。

 士郎は何を想いソレを目指すのかと、士人により強く改めて認識し直しただけ。この愉しそうな男が自分の信念に迷わないよう、言峰神父は言葉を掛けた。

 正直な話、言峰士人は同類であり同胞でもある衛宮士郎に期待しているのだ。心の底から本気で理想を信じる歪んだ形、果たして何処まで志を貫き通すせるのかと。

 

「初心を忘れずに、というコトか。

 迷った時は始まりを振り返えってみるのも、案外いいかも知れないな」

 

「そうだな。原点は大切なことだ」

 

 先は見えない。答えは得られないかもしれない。

 しかし諦めてしまえば、今までの全てが無駄に終わるのだけは確かなことだ。あの時に抱いた思いが無価値な感傷に変わり果てるのは確かなコト。

 

「―――……言峰はさ。何かないのか、そう言うコト?」

 

 酒を横で飲む友人に正義の味方見習いは訊いてみた。内心を他人に語らず、いつもニコニコ笑顔を浮かべているこの男の話も聞いてみたいと思ったからであった。

 

「……有ると言えば有る、のだろうな」

 

 途切れの悪い返事。

 

「へえ、どんなコトさ?」

 

 ふむ、と悩む素振りを見せる。予め準備していなければ、自分の心を言葉にするのは難しいものだ。

 

「―――――娯楽、かな」

 

「………娯楽?」

 

「そうだな。娯楽、と言うのが一番合っている。

 それか求道とも言っても良いが、言峰家の神父で在る自分はもう実践しているからな」

 

 神父が放った“娯楽”と言う言葉。果たしてどんな思いで士人が吐いたのか解らないが、士郎の記憶にその声は残ってしまう。

 

「むぅ……娯楽、ね」

 

 士郎はそういった後に縁側に持って来ていた日本酒をグイっと一杯呑み込んだ。

 

「そう、娯楽だよ」

 

 士人も新しく注いだ酒をゴクリと飲む。

 

「なあ言峰、おまえにとって娯楽ってのはさ、一体なんなだ」

 

 娯楽と言っても何を楽しみ愉悦の元にするのかで内容は大分違ってくる。それは自分が目指す理想も同じこと。正義の味方だった親父の姿を求めるよう、この男が何を求めて娯楽とするのか。そんなことを衛宮士郎は気になった。

 

「何とはまた、娯楽とは愉悦となる物事のコトだろう」

 

「愉悦っておまえ。……じゃあ何が楽しいとおまえは感じるんだ?」

 

「―――人の業とか、だとは思う。

 神父で在る故、他者の内面を理解する事や、人が何故そう在るのか研究すべき事でもあるが、それは個人的な愉しみでもある」

 

「………業? (カルマ)ってやつか、それ」

 

「ま、その様な事柄だな。様々なヒトの姿形、彼らの営み、それらの観察と干渉。俺が神父となって神に仕えるのはそれが愉しいからだ。人への興味から神父と成る事を俺は心に決めた。

 迷える心を切り開いて関わること。つまりはそれが愉悦であり、自分自身にとっては娯楽の一つと言えよう」

 

 酒がまわっているのもあり、上機嫌に己の内心にある考えを話す言峰士人。隣の友人は難しい顔でその話を聞きている。

 日常に溶け込んでいる普段の彼であれば、娯楽だとか愉悦等と言った直接的な言葉を使わず、もっと遠回りで綺麗な言葉を用いるだろう。しかし、こと相手が衛宮士郎であり、本人は神父に隠しているが魔術的な側面を理解出来る精神の持ち主であれば、神父は隠す事なく言葉にした。先程までの正義の味方に対する考え方もそうであり、本気で正義の味方を目指している衛宮士郎と言う異常者相手だからこそ、彼も言葉に重みを与えた。

 

「俺にとって、精神解剖(ヒトダスケ)とはそう言うモノだ。

 他人の中身を知ることが出来る大切な行為。それに神父である俺が無償で人助けをするのは至極当然なことであり、周りの人間も疑問を抱くこともない」

 

 自分の理想には相容れない倫理。

 ―――人間に興味があるから助けると言うソレは、偽善にもならぬ慈善である。

 

「人の事を言えないけど随分と歪んでるぞ、おまえ」

 

「お前が言うな衛宮。地獄にいるのはお前も変わらないコトだろう」

 

 むむむ、と睨む正義の味方。ははは、と笑う求道の神父。

 この二人によって三日月が照らす夜の縁側は奇妙な空間へと様を変えていき、酒気も混ざることで混迷具合はさらに上昇する。

 ―――と、その時、彼ら二人の背後からゴトリと音が鳴る。

 

「……うぅう。ここは何処、僕は誰?」

 

「典型的なボケは要らんぞ、間桐」

 

 ムクリと、腹に落書きされている少年が物音をたてて起き上がる。背後から死者っぽくなっていた上半身裸体のワカメと渾名される不運な少年が目を覚ましたのだった。神父は取り敢えずツッコミを心やさしくも入れて上げた。

 

「ナイスつっこみだ、外道神父。衛宮じゃこうはいかないからね」

 

「照れるではないか、陸型海藻。衛宮はノリが良い方ではないからな」

 

「……オイ」

 

 

 親指を立て合う馬鹿二人に士郎は一声掛けた。

 夕方から騒いでいたのだが、せっかくの馬鹿騒ぎだ。夜もまだ明けず、宴はまだまだこれからなのであった。




 飲み会でフィーバーしてしまったのは、神父が自作の酒を持ち込んだのが殆んどの原因です。この時はまだとある魔女とそれなりな付き合いが続いており、色々と試しに様々なモノを製作していました。


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24.占領

 今回は短いです。なので、実験作的なおまけがあります。余り巧い具合に書けなかった嘗ての黒歴史ですが、一応削除した前の作品にも載せたので苦しみながらおまけを載せました。


 第五次聖杯戦争が行われていたある日。これは、とあるマスターとサーヴァントの会話である。

 

◇◇◇

 

 ここは市街から外れた場所に建造されている洋館。

 暗く周辺の人からは幽霊屋敷と呼ばれている廃れ具合。そんな風に人目から隠れる様、ひっそりと建てられた館が冬木には有る。

 そして、そこにはマスターとサーヴァントの一組が、聖杯戦争の拠点として利用していた。

 

「………アヴェンジャー。傷の具合はどうですか?」

 

「微妙なところだ。全力は出せるがそれを維持し続ける事は難しいだろう」

 

「そうですか。………バーサーカーは中々に強敵でしたからね」

 

 戦った相手は真名にヘラクレスの名を冠するサーヴァントであった。そしてバーサーカーを制御するマスターも特級の魔術師の素質も持っていた。大英雄の主に相応しい魔力量。

 

「マスター。アレは強敵などと言う次元ではない。間違いなく英霊の中で究極と呼んで良い最強だ。

 俺も条件を整えればどの様な相手でも最強で在ることは出来る。しかしアレと同じ様、常に無敵を誇る最強で在る事は出来ないぞ。

 ……だがそれも、ヘラクレスがバーサーカーのクラスでは無ければの話だがな」

 

 フードを頭から下し、顔を晒すアヴェンジャー。

 肌は白い、それこそ死人みたいに。そして黒ずんだ灰色をした死灰の様な髪、何もかもを呑み込む奈落の如き黒い眼。それがサーヴァント・アヴェンジャーの素顔。

 彼は身に着けている黒い法衣のボタンも全て外し、だらけた姿でソファーに座り込んでいた。そしてバゼットのサーヴァントは自分のマスターの前で、トレードマークのコートっぽい黒色の法衣により普段は隠してた素顔を見せている。

 彼は嘲笑う様、クク、と深みの有る笑い声を出した。恐らくは、バーサーカーとそのマスターを嘲笑っているのだろう。

 

「……確か、“射殺す百頭(ナインライブス)”でしたっけ?」

 

「―――そうだ。

 ヘラクレスをヘラクレス足らしめる宝具。それが無くては恐るるに足らん、とまで言わないが次の機会にはアレを倒して見せよう」

 

 射殺す百頭(ナインライブス)。ヘラクレス最強の宝具の真名。

 これを放たれれば死ぬしか無い、これを防ぐには殺される前にヘラクレスを殺すしかない。

 しかし命を十二も宿す蘇生宝具、“十二の試練”を持つこの男が相手ならば必ず放たれてしまう。十二ある命を一つだけ使用し、相討ち覚悟で“射殺す百頭”を使う。それだけで彼は敵対したあらゆる相手を絶殺する事が出来るだろう。

 十二の試練(ゴッド・ハンド)はそれだけで脅威となる宝具。だがソレは、ナインライブスと共にある宝具であるからこそ、バーサーカーに宿る神の呪いはその真骨頂を見せる。無敵の肉体に究極の絶技、この二つが揃うからこそヘラクレスは最強の英霊で在り続けるのだ。

 

射殺す百頭(ナインライブス)を犠牲に、あのアインツベルンは狂化を選んだ。

 その様な阿呆共に負けるなど英霊として大恥晒しだ。犬畜生にまで魔術師に堕とされたヘラクレスには悪いが、バーサーカー相手に敗北など有り得ないな」

 

「ほう、中々言いますね。………しかし、随分と手酷くやられた姿ですが」

 

 アヴェンジャーはバーサーカーから幾つもの命を宝具から奪い消した。しかし十一回限定だが不死故の反撃、狂っても尚その身を動かす戦士の習性で喰らってしまった。つまり、アヴェンジャーが減らしたバーサーカーの宝具も時間と共に回復し、数日で命のストックを十二に戻してしまうと言う訳だった。

 バーサーカーらにしても数多の宝具を湯水の如く使い、そして自分たちを倒しえるサーヴァントは確実に始末しておきたかった筈。

 

「まあ、それは此方が謝るしかないな。まさか令呪の重ね掛けで狂化してくるとは思わなかった。

 俺がアレを視たイメージ、クラススキルと令呪を発動させた身体能力は平均的なサーヴァントが持つ火力を遥かに凌駕している。対軍クラスを超え、対城クラスに至った身体能力の増強など悪夢以外の何モノでも無い。

 もっともあれは、彼の大英雄ヘラクレスだからこその狂化能力だろうがな」

 

 神に狂わされた悲劇の大英雄。余りにも重い家族殺しの罪。

 彼の贖罪の旅は長く、悲劇と絶望に濡れ切っていた。そして漸く、与えられた償いの日々を終わらせる一人の罪人。だが試練を終わらせた大英雄の最期は女神による毒殺だった。それも自分の妻を騙し使ったどうしようもなく汚く下衆で悪辣な手段。彼は結局、女の悪意に満ちた醜い狂気で殺された。

 

「―――なるほど。そういう事ですか……」

 

 バゼットの呟き。彼女はアヴェンジャーの話を聞く。

 大英霊を語るアヴェンジャーの声には怖れる音は全く含まれていなかった。淡々と事実を述べるだけで、バーサーカーを敵と視ているのかさえ怪しい。

 バゼットは己のサーヴァント、アヴェンジャーを改めて見た。

 

「……では既に対策は立ててあると、アヴェンジャー?」

 

 それに対して、ふむ、と彼は頷く。

 

「無論だとも、マスター。

 対神宝具に各種宝具、それと固有結界を以って圧殺する。奴にはもう、令呪の恩恵もマスターの力も与えはしない。

 ―――奇襲にて速攻。

 バーサーカー組が俺達とは違う敵と戦い疲れ、奴が蘇生宝具の命を消費している状態ならば、より確実に殺し尽くせるだろう」

 

戦略はマスターの好きにすれば良いが、とアヴァンジャーは最後に付け足して話を終える。

 

「でしたらアヴェンジャー、固有結界でバーサーカーとアインツベルンのマスターを分断してしまえば良いと思うのですが。

 それでしたら、私があの幼い魔術師を速攻で始末する、と言う計画を練れると思います」

 

 それを聞いたサーヴァントは難しそうな表情をつくる。

 

「……いや、それは危険だな。

 あの城にはバーサーカーとマスター以外にも複数の気配を感じられた。それにその気配の持ち主が宿す魔力量も申し分ないクラスだ。戦闘が可能な人造人間がいると容易に考えられる」

 

「―――む。確かにアインツベルンの人造人間(ホムンクルス)は危険ですね」

 

「だが、城外で巧い具合にバーサーカー組に出会えたのならば、マスターのその策も良いかもしれんな。

 他の人造人間のいない一対一、これならば確実にマスターが聖杯の人形を始末出来るだろう。しかし今回の聖杯戦争はアレが聖杯だと思われる為、仕留めるにしても生け捕りが好ましいぞ」

 

「――――……?」

 

 魔術師にしてアヴァンジャーのマスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツ。彼女は決して聞き逃していけない台詞を自分のサーヴァントが発していたのを聞き取っていた。

 

「……あー、あのですね、アヴァンジャー。先程、貴方は、何と言いましたか?」

 

「ふむ。マスターの策も良いと俺は言ったのだが」

 

 頭を振り回したくなるバゼット。このサーヴァントは一度だけしっかりと、とことん口を割らした方が良いのかもしれない。会話をしていると心臓に悪い情報が突然出てくる。アヴェンジャーの真名を聞いた時など、本気で彼女は驚いて脳みそがフリーズした。

 

「それより後の言葉です! かなり重要な事をさらりと言いましたよね!?」

 

「ああ……アレが聖杯だってことだな。――――言わなかったか?」

 

「―――初耳ですっ!」

 

 それを見てアヴェンジャーは、やれやれ、と言いたげに首を振る。

 

「そう騒ぐな。落ち着け、ダメットさん」

 

「――ダ、ダメット……。ほほう、また貴方はダメット言いますか………っ!」

 

 ミシリ、と握り拳二つが軋む音。

 

「すまない、失言だった」

 

「…………………ッ」

 

 物凄く真摯な表情で謝罪の言葉を掛ける彼。それは本気で謝っている様にバゼットには見え、彼女的には許したくなってしまう姿である。

 バゼットはこういう姿をされると、何気に強く言いだせない性質(タチ)をしているのだった。何気に乙女である。

 

「マスターはダメット・ダメガ・ダメレミッツだったな、ハッハッハッハッハ」

 

 正に外道。実に無道。何て非道。冷徹サーヴァントの捨て台詞(セリフ)。

 ピキリ、と固まるバゼット。しかしその後すぐに、ニタリ、とそれはもう凄まじく笑った。もう凶顔とも言える笑顔を浮かべた。泣き喚く子供も心筋梗塞して両目の涙を止めること確実だ。

 

「……アヴェンジャァァア。

 貴方とは日本に伝わる伝統の決闘法―――――ジャンケンで決着を着けましょう、フふふッ」

 

「―――いや。本気で謝るからな、マスター。

 そこまで凄まじい魔力を拳に溜めるのは、流石の俺も止めた方が良い思うのだが・・・・・?」

 

 明らかなオーバーキル魔力、サーヴァントを粉砕しかねない鉄拳だ。だがこれは既に慣れ切った日常会話。二人はこの短い聖杯戦争の日常を楽しむ様に会話をしている。

 

「貴方がそんなんだから、私は……っ!」

 

「ほう、“私”が何だと言うのだ。クク、俺はその先の言葉を聞きたいな、マスター」

 

 ……日常なのだ。

 これはそう唯の日常風景。“伝承保菌者”と呼ばれる執行者と“死灰の英霊”と呼ばれる守護者、その二人が聖杯戦争で過ごした平穏のカタチである。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月9日

 

 

 この日は土曜日。一週間最後の曜日であり、学生らが明日を楽しみに学校を過ごす日だ。

 学生である代行者兼神父の言峰士人は聖杯戦争中の監督役を請け負っている。そんな彼は日常を崩すこと無く生活している。今はいつも通り、士人はギルガメッシュと自分で調理した朝食を食べていたのだった。

 食卓に料理が並んでいる。今日は和食であるようだ。味噌汁の匂いが食欲を誘う。

 

「それでギル。暇そうな全くヤル気の無い顔をしているが、まだ動かないのか?」

 

「ああ、貴様が言う通り暇なのだ。

 そもそも動くと言ってもだ、我には我の都合がある。目的がここから逃げることなく飢えた狗ではないのだ、焦る必要もあるまい」

 

溜息を吐く王様。心底退屈そうである。

 

「ほぉ。ギルの言う都合と言うのは、つまり――――――」

 

「―――――そうだ。如何に我のセイバーと対面するかと言う事よ」

 

 あぁやっぱり、とそう言いたげな臣下(ジンド)王様(ギルガメッシュ)をジト目で見る。そして士人のジト目の破壊力は凄まじく、普通の一般人ならモノの一秒で“え、何? なんか変なこと言いましたでしょうか?”と、不安に襲われる事間違いなし。

 何だけど、そこはやはり王様。財力と同じで胆力も世界最強なのだった。

 

「ま、そんな事とは思っていたが。ふむ、実際に聞くと脱力する」

 

「脱力とは無礼な。士人には判らぬだろうが、あの女は実に我が財宝に相応しい。この我の世界にも、あれほど珍妙で見応えのある存在はそうそういないのだ。

 ―――美しいモノは、やはり良い。

 ―――珍しいモノは、心に映える。

 我は手に入れたいと思うモノを思う儘に奪うまでよ」

 

 ズズズ、と神父が味噌汁を飲んでいる。パリパリと沢庵を食すギルガメッシュ。

 

「相変わらずセイバーに惚れ込んでいるようだな。

 しかし、ギルがそこまで人を好きになるとは思わなかった。まあ、セイバーのサーヴァントを本当に人間扱いしているか、疑問であるが」

 

「―――ハ。そもそも人類など我の所有物に過ぎん。

 奴らが語る道徳など唯の屑塵よ、今の人間社会なぞ汚物でしかない。故にだ、“人間扱い”などとつまらぬコトを我の臣下がぬかすでない。

 この世全ての人間はな、所詮“人間”でしかないのだ。我にとって、そこに違いなど有りはせん」

 

 自分を天に、その他諸々は地に平等に見下ろす王。それが英雄王ギルガメッシュ。彼にとっては認めた存在だけに、初めて雑種以外の名が付く。例えるならば、それが友であり、宿敵であり、財であり、娯楽であるのだろう。

 

「ほうほう。

 ……あ、好き嫌いはいけないぞ。ギルはそうやって、また豆腐を残す」

 

 士人の視界に映るのは四角い白いアレ。

 

「………豆腐はどうしてもな、アノ紅い地獄を思い出すのだ。

 そもそも味噌汁にあれほど豆腐を入れるなと、我はあれほど言っていただろう。この冷や奴もそうだ」

 

「だが旨いだろう? 王とも在ろう者が自分の舌を信じないのか」

 

「―――――――――」

 

「―――――――――」

 

 味噌汁の豆腐を残そうとするギルガメッシュに、士人がまるでお袋さんの如く窘める。そして冷や奴に手を出していないギルに食べるように促していた。

 しかし、あの悪夢が現世でのトラウマになっている彼には酷というモノ。だが扱い方を覚えている神父にとってギルは結構容易く操られていたりする。綺礼がそうやってギルで遊んでいるのを、この神父は見て育ってきているのだ。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「ええい! 食えば良いのだろう、食えば!」

 

「ああ。食えばコックとしての文句は欠片もない」

 

 別に何時も食べない言う訳ではないのだが、唐突にトラウマーボーをギルガメッシュは思いだしてしまい、豆腐だとか紅いモノを食べれない時があるのだ。

 ―――泰山のマーボーは本当に業が深い、深すぎる。

 ギルのアレと同じである意味では地獄の具現と同じなのだろう。殆どの人があのマーボーを見れば地獄を連想する、正にトラウマーボー。

 

「ところで士人よ、学校の時間は大丈夫なのか?」

 

 うんうんと唸りながら豆腐を飲み込んでいたギルガメッシュが臣下の神父に尋ねる。そこそこお父さんみたいな事を聞く王様であった。まあ、一緒に暮していればそれなりに情も湧くモノなのだろう。

 

「実は、全くダメだ。

 遅刻するから途中までバイクで行く予定だよ」

 

 不良神父の駄目発言。変な夢を見たからか、今日の朝の鍛錬で何かが掴めそうだったので気合いが入ってしまい長く修練に励んでしまった。

 いつもは徒歩で通っている学校。教会から学園まで数キロはある道のり、士人の足だと歩いて50分と言ったところ。自転車に乗って行っても良いのだが歩きの方が鍛錬になり、何よりも自転車より言峰士人は歩きの方が気に入っている。

 

「ああ、あのバイクか。我に献上すべき一品だったアレのコトだな」

 

「…………」

 

 そうして、飯を食べ終えた士人はキーを持って車庫へと向かう。ギルガメッシュは私用へと出掛けて行ったのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ひゅ~、と風が吹く。ここは屋上、寒い冬の風が良く通る。

 ここだとフェンス越しに冬木の町並みが良く見えた。今は戦場と化している冬木の街、二百年続く業深き聖杯戦争。骨肉喰らい合う魔術師と英雄たちの狂宴。

 

「―――ぶっちきる。ふふふ、ぶっちきってやるわ」

 

 そして冬木市にある高校、その屋上で一人の魔術師が人王立ちで声を漏らしていた。

 

「声に色がないな、師匠。まるで恋人にでも裏切られた様子だぞ」

 

「―――――――」

 

 土曜日の昼。遠坂凛は同盟者の魔術師―――衛宮士郎に思いっ切り約束をすっぽかされていた。

 故に彼女はこうして、屋上で言峰士人が来るまで霊体化したアーチャーと只管に立っていたワケなのだが。結局その甲斐は無く、屋上に来たのは弟子の神父のみ。

 

「……全く。相変わらず自分に素直ではないな。いつもの様に、心の贅肉、とでも思っているのか」

 

「うるさいわね。弟子だったら師の気持ちくらい察しなさい」

 

「贅肉まみれの心を、かな」

 

「―――ち。……まあ、今は勘弁してあげる。それよりあんたにはまだ訊きたいことがあるのよ」

 

 今日の学校は午前中に授業は終了する。屋上からはそうそうに自宅へと帰っていく生徒たちの姿が良く見える。

 言峰士人は遠坂凛に屋上へ呼び出されていた。あんたに訊きたいことがある、と彼は言われ屋上へ放課後に向かった訳であった。彼女の予定では衛宮士郎と一緒に士人に訊こうと考えていたのだろうが、その士郎はそうそうに帰宅してしまう。

 

「ふむ。それは何だ?

 監督役である故、答えられる質問と答えられない質問があるが、自分に答えられるモノは答えよう」

 

「……金髪で赤眼の外国人、知ってる?」

 

「――――ム。誰なんだ、それは」

 

「あ~、うん。間桐の家の前で何度か見たのよ。……それにあの顔は昔どっかで見た覚えがあるような、ないような……?」

 

 神父としては、肝が冷える様な別になんでもない様な、そんな妙な考えが頭を過ぎる。正直な話、誤魔化しようなど腐る程ある。そして何よりも、神父としてはバラした方が面白い展開を見せそうなのが悩むところ。だが今この場所でギルガメッシュのことを暴露するのも芸がなく面白味も半端であるし、聖杯戦争でまだ目立つコトもしたくない。

 そこが一番の悩みどころだな、と士人は己の師匠を見ながらドス黒い事を考えていた。

 

「その人物が如何したと言う。何か気になるところでもあったのか?」

 

「なんとなく何だけど、人間でもサーヴァントでもない妙な気配。こうだ、と断言出来ない変な存在感を持っていた。

 なんでかソイツが気になってね。金髪紅眼の特徴が当てはまる人物、ソレがそっちの関係者に居るかの否か訊いておきたかったの」

 

「――――成程。

 つまりだ、その人物が教会の関係者でないなら早々にヤっちまおうと、そういう腹なワケだ」

 

 金髪紅眼の男。遠坂凛が何度か見た人間か如何かも解らない人物。どうも気になる奴であり、魔術師かどうかも解らないので情報を弟子から得ようと考えた。アレが教会の関係者ならばそもそも戦う必要もないのでこうして神父から訊いている訳であり、少しでも情報が得られれば上出来な話。

 

「そうそう。

 あんまりにも怪しい男だったからね、キッチリとした情報が欲しい。そっちの関係者だったら大変だからこうして訊いて上げてるワケなのよ」

 

 とか言ってる凛だが内心は違う。ぶっちゃけ、こいつだったら何かしらのコトは掴んでいるだろうと考えており、その反応から色々と探ろうと思っていた。彼女の勘では何かしら聖杯戦争に関係していると確信しており、魔術師が感じる嫌な予感ほど良く当たるモノだ。

 

「金髪で赤眼のスタッフは存在しない。そして、その人物を師匠ほどの魔術師が怪しいと第六感で感じたのなら、それは恐らく――――」

 

「――――聖杯戦争の関係者ってコトね」

 

「ま、そういうコトだろう」

 

「―――…………(なんか、隠してそうね。まあ、話さないのならそれで良いわ。アーチャーを連れてソイツと直接会った時にカマでも掛けてみましょう)」

 

「―――――(今はまだまだ、その様な感じだな)」

 

 英雄王について話すことをやめた士人。やはり娯楽は劇的にするのが良いと彼は思った、父親の様な思考をもって。ギルガメッシュが遠坂凛と衛宮士郎が激突するのは必然故、暴露するならば戦場の方が趣がある。

 

「衛宮も呼ぼうと考えていたのなら、その不審者はアレと一緒に居る時に目撃したのか?」

 

「そうよ。一度目は違うけど、二度目は衛宮くんといる時に目撃した。

 両方とも間桐の近くで見たんだけど、間桐の関係者っぽくは無かったからね。ウロウロして桜とも話をしていたし」

 

「成程な、それは確かに怪しい。

 聖杯戦争と関わりの無い外来の魔術師ならば儀式を乱す不届き者。放っておけばどの様な影響が出るかわかったモノではない。監督役として探りも入れておくことにしよう」

 

 情報を感謝するよ、と話を終わらせる神父とそれを聞く魔術師。思うような情報は手に入らず、相変わらず口の堅い弟子。名目上、怪しい輩の報告と言う形で金髪紅眼の話を聞いてみたが芳しくない結果に終わる。

 

「ふ~ん。そう、わかったわ」

 

「何だ、不機嫌そうな顔をして」

 

「別に、何でもない」

 

 悩んだ感じの凛を見て、はっは~ん、と言いたげな顔をした士人が彼女を見る。

 弟子がこんな顔をした時は大抵ツッコミを入れざる負えないことを言われるので自然と心で構えをとる遠坂凛。あぁしかし悲しいかな、彼女はツッコミに慣れてしまった、エセ神父親子の所為で。

 

「心配無用だよ、師匠。衛宮はニーソ好きな太腿(フトモモ)愛好家だから…な」

 

「一体何が! ってか“な”じゃないわよっ! 意味判らないわっ!!」

 

「―――――(……誰がニーソなフトモモ好きだ、誰が)」

 

 ―――と、話を霊体化して聞いていた赤い弓兵が心の中で呟いていた。しかし、その声は誰にも届かない。そして残念なコトに彼はソレを否定しきることも出来ず、自分には嘘をつけない性分であったとさ。

 

「違ったのか。師匠の悩みは衛宮絡みだと、俺は推測していたのだが」

 

「いや、まあ、その、そりゃあ幾らか関心を彼には持ってるわよ。でもそう言うんじゃなくて、わたしが考えてるのは―――――」

 

「――――どう口説き落すかと。いやはや師匠らしく実に男前だな」

 

 ――――爆弾投下。

 

「アホかバカ弟子!! 誰が誰を口説くって言ったっ!!」

 

「ハハハハ、代行者の前で惚気るとは恐ろしい魔術師だ。親の顔を殴りたい」

 

「“見たい”じゃなくて“殴りたい”って言った!! こっちが恐ろしいわっ!!」

 

 はぁはぁ、と下の階に聞こえそうな音量で叫んだ彼女は息が荒い。そして神父は笑顔である。また口車に乗って弟子のペースに呑み込まれた凛は忌々しそうに、目の前の兄弟子の生き写しとしか思えない幼馴染をムムと睨む。

 そんな凛を霊体化中のアーチャーは揄いたくなってしまった、根性が歪んでいる。一体なにが彼をこんな人間にしてしまったのか実に謎であり、実際に皮肉の被害を受けている凛には切実に知りたい謎であった。

 

『……凛。君の趣味に私も干渉する気はな――――』

 

『アンタもノるな! 殴っ血KILLわよ!!』

 

『――――………了解したマスター。

 だが敢えて言わせて貰おう、衛宮士郎にニーソを見せるのは危険だと』

 

『真面目な声でなに念話してんの! わたしを憤死させる気!!!』

 

 フフフ、と笑う気配がある虚空を睨む凛。結局なところ、士人は誤魔化す事を選んだ。凛がキれて士人にガントぶっ放すまで、放課後の雑談は終わりを迎えなかったとさ。

 

 

◆◆◆

 

 

――ブロロロロロロロロッッ!!――

 

 バイクを走らせ土曜の学校から帰宅する。師との話も程々に切り上げ教会を目指し運転していく。土曜日は昼で終わり、今の天気は太陽が真上で燦々と輝く晴天なり。バイクに乗る神父にとって実にバイク日和な天気であった。

 

「―――――最悪だ」

 

 教会の敷地へ入ろうとした神父が言葉を口にした。気配は以前に覚えがある魔力。学園で感じたモノと、新都で被害があったビルのモノ。士人は陰湿な魔女の匂いを感覚で嗅ぎ取った。

 

「……(僅かだが結界が変質している)」

 

 つまり、それは――――結界が破られたと言うコト。

 

「――――――(侵入者。……と、なると、キャスターの仕業かな、これは)」

 

 バイクに乗りながら、神父は自宅をいつもの様に奈落の眼で見ていた。特に困った感じでは無く、ヘルメットからは死んだ魚のような視線が放たれるばかり。彼は事前に用意していた策を幾つか脳内で展開させる。

 

――プルルルル、プルルルル・・・・――

 

「もしもし。……ああ、そうだな」

 

 ヘルメットを外した彼は懐から携帯を取り出し電話を掛ける。

 

「―――でだギル、潜伏場所がな。―――――……それでも良いが、監督役としてかなり派手に動くことになるからな。

 ………そうだな。……ああ、仕方が無いとは言えんが、ギルにとっても其方の方が都合が良い筈だ。俺としても今はまだこのままでいたいのだが。…………―――――――………。・・・・そうだろう? ――――ふむ。まあ、そう言うコトだ。……………―――ああ、今はまだ、な」

 

 言峰士人は電話相手―――ギルガメッシュへと連絡した。ヘルメットを着け直し、そのまま彼はバイクの向きを反転させる。

 

「(全く、監督役はこれだから。前回の監督役もマスターに殺された様だが、実際中々に危険な立場だ。

 ――――さて。キャスターへの対策も考えなくてはな………)」

 

 ヘルメットごと上を見ながら天を仰ぐ。そろそろ忙しくなりそうだ、と彼はそんな予感を感じながら目的地へとバイクを走らせて行った。




◆◆◆

おまけパロディver銀魂風。
竜宮城編の無人島に遭難したら、そんな感じのif。



「―――なんでさ……………」

青い青い大海原を砂浜から見ながら、衛宮士郎は呟いた。

「誰もいないのかぁーーーーー!!」

彼が大声を上げる。
そもそも何故この様な自体になってしまったのかと言うと、言峰士人が夏の冬木で一匹の人面亀を拾ったのが始まりだった。・・・それで、いやまあアレですよ、そんなこんながあんな感じで、結局士郎は無人島へ流されついた訳だったとさ、ちゃんちゃん(終わりません)。

「…………一人かぁ」

砂浜にSOSを書き終えた士郎はサンサンした太陽の光に当たる。海パン一丁で体育座りをする士郎が、しみじみと呟いた。

「――――――なんという解放感」

女だらけ、むしろ自分以外全て女性の極限ヒエラルキー所帯。今にも、ドキッ女だらけの聖杯戦争、とか始まっても可笑しくない環境で生活している彼には、今この状況が与える解放感は半端無かった。

――シュパッ――

何かが脱げる音。てか、海パン一丁なので彼が脱いだ一品は態々、教える必要はないだろう。
―――だがしかし、敢えて言おう、彼は“海パン”を“脱”いだ。そう、スッポンポンな正義の味方と化したのだっっ!!!!!
(海パンと脱を強調した意味はありませんよ)

心が軽くなる。無人島と言うここまで完全完璧な孤独は早々ない。正義の味方は救うべ者が何一つとて存在しない、彼は今だけは理想から解放されて良かった、この新鮮味。そうなのだ、彼が捨てた物は服では無く、心の鎧であった。心が磨り減る毎日から守る為、自分たちは心に重く頑丈だ鎧を無意識に装着してしまっている。もうこの世界に恐れるモノは何一つない。木が水が日が全ての自然の一部であり、自然も俺達の一部なのだ。全てが身の内にあった。恐れるものはない。
――この世界で生きる限り、独りだなんてことは有り得ない!!!!

そうして悟りを開いた士郎は飛び上がる。解放感のまま、空へと跳ねあがった。

「俺たちは――――――」

「僕たちは――――――」


「「――――独りじゃないっ!!!」」


スタ、と砂浜に着地する二人―――衛宮士郎と間桐慎二。彼らは全裸で舞い上がり、飛んだり跳ねたりと恥かしいブラックヒストリーを作っちゃたりしていた。そして脱いでいた服を着る。

「本当に一人じゃなかった」

「なんだよ、居たのか衛宮」

「おまえも流れ着いていたのか慎二」

――シ~~~ン――

「「アハハ…………」」

「衛宮……。僕たちは何も見なかった、そうだろ?」

「それが良いな、ホント」



素っ裸で砂浜を走っていた少年二人が森の中を歩き進む。

「誰もいないと思ったからさ、地球上にもう自分しかいないつもりでついフルスロットルしたと言うかさ」

「そうだな、慎二。ハシャグのも仕方ないよな」

話をしている二人。

「…………波ぁーーーーーーーー!」

自己の正当化に全力を注いでいる駄目な男二匹が物音を聞く。
その声は聞き覚えのある誰かの声。二人は音がする方へ向き、そのまま歩み続ける。

「どどん波ぁーーーーーーっっ!!」

――…………其処には痛い女がいた。
なんかもう本当に痛々しかった。慎二と士郎が自分の黒歴史を連想してしまう程イタかった。

「なんか違うのよねえ、う~む」

「…………………………」←エロエロ贋作者

「…………………………」←可哀想なワカメ

「――――どぉどォんンンン波ァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!」

――キョロ――

遠坂凛が視線を感じた後ろを見ると、そこには死んだ魚の眼をした士郎と慎二が佇んでいた。





「―――――――――」

腕で顔を隠しながら歩く凛。

「解るよ遠坂、うんうん。中学二年生の時は僕もデスビームとか撃ちたくなったからね」

「―――……………(俺はかめはめ波だな。あ、でも遠坂のガンドはまんまデスビームだった)」

「――――――うぅ(海藻と同類…………)」

なんか奈落の亡者っぽい、大切な何か(尊厳とか、そう言った感じのモノ)を失ったヒトの呻き声。

「僕たちは何も見なかった。な、衛宮(どうしてだろう、何かイラっとした)」

「ああ、そうだよな。何も見なかった」

「ごめん。誰もいないと思って、一人だったから全力で練習出来ると思って…………」

三人が歩いていると、崖の上で一人ライダーが立っていた。

「夢に見て〇た あ〇日の影に 届か〇い叫び!
 明日〇自分は な〇て描いても 消え〇い願いに濡れる
 こ〇れ落ち〇欠片をぉ 掴む〇の手でぇ 〇れる心抱〇て~ 跳〇込ん〇いけ夜へ~~~~」

ライダーが手拍子をしながら、キリッとしたドヤ顔で歌を歌い続ける。

「………………………」←ハーレム爆発しろbyワカメ

「………………………」←自分の扱いに嫌気を感じてきたネタ海藻

「………………………」←ヒロインの競争率にゲッソリ気味なツンデレ魔術師

「誰~か〇当てに〇ても~~―――――――――ハッッッッ!!!!!!!」


ノリノリ騎乗兵は後ろの三人組に気が付いた。




「――――――――――」

腕で顔を隠しながら歩くライダー。

「あれだよライダー、冬木の人はみんなその曲は好きだからさ」

歩いていた四人は砂浜に座りこむセイバーを発見する。

――ざっざっざっ……――

救助シグナルのSOSを砂浜に描き終えていたセイバー。
夏の砂浜でソフトクリーム食べたいです士郎、とか考えてる彼女は木の棒でソフトクリームの絵を描いている。

「………………………………」←最近、女性陣が怖くて堪らないエロエロフェイカー

「………………………………」←最近、義理の妹が怖くて死んでしまいそうなワカメン

「………………………………」←妹と共にネタキャラ化してきて疲れが溜まる年齢微妙な魔法少女

「………………………………」←姉の悪夢ばかり見てイリヤでトラウマ再発する元女神の蛇

書き終わると共に丁度良く波がセイバーの絵を襲った。そしてどんな偶然か、ソフトクリームのコーン部分だけ波攫われ消えたしまった。

「――――――はっ(な、なんと…………!)」

無言でそれを見ていたセイバーだったが、また波が絵を襲う。このままではアレに見える渦巻き部分は消えてしまうであろう。

「あ、アワワワ………――――ハァ!」

波から絵を守るセイバーを、士郎らはキッチリ見てしまっていた。



「――――――――」

腕で顔を隠しながら歩くセイバー。

「みんなにアレを見せたかったんだろセイバー。俺にはわかるよ、奇跡的だったもんな、アレ」

歩いていくマスターとサーヴァント連中。彼らは砂浜に大きな葉っぱで日陰を作り、そこにゴロリと寝ているイリヤスフィールを発見した。

「――――あの雲、絶対中にラピュタがある!!」

………そうして、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンも一向に加わった。



「―――――――――」

腕で顔を隠しながら歩くイリヤ。

「恥がしがる事はないですよ、イリヤスフィール。大きい雲を見れば皆一度は思いますから」

数を増やしながら砂浜を歩くマスターとサーヴァントら。彼らはこの無人島遭難の原因となった言峰士人を海が見渡せられる砂浜で見つけた。

「「「「「「――――…………………」」」」」」

「誰~かを、エクス~カリバ~」

そんな自己アレンジ曲を歌いながら立ちション(?)で砂浜にSOSのマークを作る神父が一人。これが俺の聖剣エクスカリバーとか言いたいんだろうか。

「――――ムッムム。
 あの雲の中には絶対、天空のマーボークリスタルがあると見える……………っ!」

行き成り彼は上を見上げ、空に浮かぶ巨大な雲を見ながらそんな妄言を呟く駄目神父。既に末期だアンリ・マユ、素早く彼を助けてやれ。

「おっと、SOSマークが途中までになってしまったな……―――――ハァア!!」

そして波からSOSを神父は身を挺して守った。

「なんでさッッッ!!!」

「一つたりとも理解出来ないわよ!!!」

それを聞いた神父はキョトンと首を傾げる。

「そうか?
 アンリ・マユとか召喚出来そうな雰囲気だったと思うが」

「何処が! SOSモドキでどうして悪神が出てくる!! おまえ膿んでるよ!! 頭絶対膿んでるよ!!」

「弟子よ、成長したわね……っ」

「遠坂は何に戦慄してる!!」

うがぁぁあああああ、と頭を抱える正義の味方。この無人島に正義は無いと言うのだろうか。




集まった七人の人間と英霊。
彼らはこれから遭難した自分たちが如何行動するのか、真剣に話合っていた。しかし、そんなモノは長続きしない。空腹に黒歴史の量産。彼らの精神は限界に近そうでありながら、別にどうでも良さそうでもあった。
しかし、限界突破者が一人誕生する。それは食いしん王その人。

「シロウ、お腹が空きました」

士郎は荒んだ目でそれに答える。だってほら、セイバーの頭にはいつもピコピコ動いているアホ毛が無いのだから。多分、現実から逃げる為に自分から黒化しやがった。

「そこの陸型ワカメでも食べててくれセイバー」

「さあ可愛子ちゃん……僕を受け入れたまえ」

「解りました。
 空腹のストレス発散に殴ります」←何となくランクダウンした直感で思考を察知した

「――……え。いや、ちょ、なんで如何して僕ばっかり、………って、アーーーーーーーっっ!!!」

「セイバー、私が混ざっても構いませんか?」

「―――ええ、是非」

外野四人は、そんな八つ当たりの音が聞こえた。


「「「「………Amen.」」」」←士郎、凛、イリヤ、士人


そうして、遭難者は和気藹々と話し合いを続ける。
はっはっは、と笑い合う彼ら。無人島に取り残されても、何だかんだで明るい空気。



「――――って、なんでわたしが乙姫役なんですかぁーーーーーーっっ!!!!」

と、そんな彼らに桜の絶叫が海底から聞こえてきたとか、ちゃんちゃん。







「……おいたわしや、サクラ(―――ですが、流石にその役を変わるのは私も嫌です)」

声の主のサーヴァントが、薄情にもそんなことを思っていましたとさ、改めてちゃんちゃん(今度こそ終わります)。



◆◆◆

登場人物

童顔眼鏡衛宮士郎、マダオなワカメ、駄目人間リン、ゴリライダー(姉)、柳生アルトリア、China娘イリヤ、ズラなコトミネ、乙姫サクラ(集合写真で別枠に写ってるみたいな役割)



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25.神父の勧誘

 DeadSpace3が面白い。宇宙最強エンジニアは更に進化しています。


 ここは教会の地下。キャスターが占領した言峰士人の工房。

 

「――――す、すごいわね、ここ」

 

 少し目の前の光景を見て引いた感じで喋るのは、士人が留守にしている間に教会を乗っ取ったキャスターのサーヴァント―――コルキスの魔女メディアだ。

 彼女の目の前に広がるのは、武器武器武器武器―――――概念武装、魔術礼装の山だった。

 

「…………(確かこれは、銃、だったかしら。人類が持つ科学の産物ってモノね)」

 

 魔女が今手にしているのは改造された魔銃。銃の種類は個人防衛火器に分類されるP90である。

 言峰士人曰く「形状が他の銃と違い斬新だ。サブマシンガンではなく、個人防衛火器と言う捻くれた所が何となくだが良いな」と、だいたいそんな感じで改造した銃であり、シエル曰く「そこはかとなくガンマニアが気に入ってしまうカタチの銃です。後、サブマシンガンっぽいのにライフル弾を使う所とか」何とか。シエルは士人にそんな感じの事を喋っていた。

年功序列が強く後輩が先輩に対して立場が弱い教会なので、言峰士人はシエルに良く銃器の話を任務の合間などにされていた。これもその世間話に物凄く多く出てきた銃話の一つの話題となった銃だったりする。

 

「……ふぅん(これも銃かしら。――――なんか面白いわね、こういうの)」

 

 そして恍惚とした表情を浮かべるキャスターが新しく眺めているのはレッド9、正式名称でモーゼルC96と呼ばれる骨董品。魔術師の類が好む歴史ある一品・・・・の筈だったがこれも改造済み。大昔、第二次世界大戦以前に生産された由緒正しき古銃だったが、神父がトコトン面白おかしいコトミネ流な魔銃に変えてしまっている。改造名は“ブレイド・レッド9”。

 士人がしている銃火器改造のお手本はシエルの技術が大元だ。偶にだがシエルの改造銃を手本用に借りたり貰ったりもしていた。参考にしたい、と言ったら教会にガンマニアが増えた様なので喜んでいて、士人もシエルに毒され立派な銃オタクになってしまった。

 

「―――素晴らしい礼装ね」

 

 キャスターがそう呟いてしまうのも仕方が無い。

 強化魔術は勿論だがP90やレッド9はそれだけではない。魔力を込めることで銃弾に魔術加工を施す術式が込められており、銃弾自体にも何かしらの能力があればそれと掛けられる様になっている。加速術式による加速力強化、回転術式による回転力強化、炸裂術式による魔力弾薬発火。それらによる銃弾速度、有効射程、貫通力、破壊力、元のモノとは比べ物にならない。

 豪快に見えて何処か繊細な言峰士人らしい出来栄えの礼装たち、如何してか狂気じみた執念が武装らに見え隠れする。

 

「…………(でも、ここにある物は殆ど新品同然。・・・使わないのかしら?)」

 

 神経質なまでに無駄と酔狂を込めた一品。何故無駄かと言うと、士人は造るのは趣味だが銃を戦闘で余り使うコトがない。造った所で死蔵されて新品同然だ。投影魔術師にとって銃火器は無意味とは言わないがそこまで価値があるモノではない。弓の方が投影使いの士人にとって優れた武装となっていたし、黒鍵の投擲や投影射出の方が彼の戦術的に使い勝手が良い。

 それと余談だが、言峰士人には銃の投影は難しい。パーツ一つ一つが複雑に組み合わされて作られる銃火器の投影は中身がスッカラカンになる。宝具の様に一つの幻想として完成させられている概念武装の銃であるなら投影も出来るのであろうが、そんな銃は世界の中でも限られている。

 言峰士人が造った銃器は基本的に、工房の奥深くに作られた魔術品の倉庫にきっちりと保管されていた。

 

「―――――――(魔剣に、魔槍。それにこれは、日本刀、だったかしら。……刀剣類も使われていないのね)」

 

 そして死蔵されているのは、士人が製造した銃火器以外の概念武装、魔術礼装にも言えることだった。

 実際の武器を持ち運ぶより、投影魔術の方が便利で応用が効く。それは自分の手で造った刀剣類も同じことが言える。

 

「―――…………(本当に色々有るみたいね………)」

 

 言峰士人の武器保管庫には様々な武装が貯蔵されている。剣や刀や中華刀、それ以外の見慣れない種類の刀剣類は勿論、対魔術師用に改造された銃火器も多数存在する。中には装飾されただけの棺桶に見える黒い箱や、銃と剣を融合させた特殊過ぎる武器もある。

 そして言峰士人が開発して実際に使っているのは、殆どが防御系のアイテム。自作の法衣や防具、各属性用のペンダントの類。まあそれさえも、ギルの物から投影で間に合わせるコトがある。

 

「……腹いせで壊すのはもったいないわ」

 

 そんな風に言峰士人の工房を見まわしていたキャスターであったが、とある品物が眼に止まった。

 

「――――――(聖杯、ではないみたいね。銀色の杯っていうのも気になるし、……どうしようかしら?)」

 

 手に握っているのは見た目は銀の杯であった。一見しただけでは何の概念を宿しているのか判らない。

 しかしそこはキャスター、アイテム造りもお手の物な彼女はそれが何なのか、少し視て調べれば何となくであるが把握出来た。

 ゴクリ、と喉を潤おす音。

 

「………うん。これは中々ね」

 

 酒だった。文句無しに酒器だった。完全に趣味の一品。

 魔力を込める事で水分を器に溜め水をアルコールに変化させる概念“武装(?)”。どうやら十字が刻まれたソレは、随分とアルコールが強いモノだったがワインを造るみたいだ。

 

「……(これは何かしら?)」

 

 彼女が新しく、工房にある道具を一つ持つ。そんなこんなで魔女は、結構楽しみながら教会で聖杯を探していた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月10日

 

 

 英雄王と神父はマンションに居た。

 ギルガメッシュは持ち前のスキル黄金律で、色々と物件を買い漁っている。ここもそれの一つ、贅の限りを尽くしてこその王なのだ。

 そして、予め用意にしてたのを今は避難所として使用している。言峰士人とギルガメッシュの二人は自宅を襲われたが悠々と生活を其処で送っていた。生活用品は金があれば揃えられるし、ギルは物凄く便利なサーヴァントの為不自由は特にこれと言って無く、士人の武装も基本的にはバイクに積んであった為大丈夫である。

 

「―――で、士人よ。これからはどう動くのだ?」

 

「………む、そうだな。

 キャスターを始末するのは決まりだが、ギルが圧殺するのでは聖杯戦争での面白みがない。この街で人食いをする怪物は、マスターである師匠の敵だ。アレから獲物を奪うのは弟子として余り好ましい行動ではないからな。

 ―――監督役が参加者に代わり、聖杯戦争(コロシアイ)の醍醐味を味わい愉しむ。その様な事をするのは無粋以外の何モノでもない」

 

 クク、と陰のある笑い声を漏らす神父。

 右手には朝食で準備したホットコーヒーが入ったカップを持っている。今は朝食後のコーヒーブレイク中なのだった。

 

「………なるほど。

 では、決戦の舞台を整える必要があるな」

 

 士人の思考を読むギルガメッシュ。神父の考えを理解し、面白そうに笑みを作る。

 英雄王にとって聖杯戦争とは出来レースに等しい。イレギュラーが現れない限り、当たり前の様に勝ち残れる。故にギルガメッシュの聖杯戦争とは如何に愉しむか、そう言う観点に重きが置かれている。

 英霊の座において最強に君臨する英雄王。聖杯に託す願いも、所詮は取るに足らん娯楽でしかないのだ。セイバーは“良い物”だが所詮は娯楽品、自分を愉しませれば用済みな品物だ。現世の屑塵の山を一掃するのも、人類が汚く世界を汚染する姿が自分の美意識にそぐわないだけ。現世に召喚され生前と同じように生きているのなら、心を満たす何かが必要だ。聖杯とはその為の道具、目に付いた財宝だから手に入れようと思っただけなのだ。

 

「そうだな。

 正直、今は手駒が欲しい。今日のところは――――――」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 太陽が下り、闇が満ちる。

 頭上の夜空は日の光に代わって星々と月が光を照らしている。

 

 

――ブロロロロロロロロッッ!!!――

 

 

 バイクに乗って目的地を目指す。

 夜道を走りながら、自分の計画を見直しを行っていた。と言うよりも今は考え事以外にする事もなく、マンションでは鍛錬も出来ないので計画を練るのが暇潰しの一つになっている。

 

「―――……………………」

 

 彼が持つ監督役としての情報網。そこからキャスターの所在地はとっくに調べ終わっていた。柳洞寺にアサシンのサーヴァントがいることも聖杯戦争のスタッフからの資料で調査済み。士人はキャスターが起こした騒ぎも知っている。ギルガメッシュ自身も冬木中を歩きサーヴァントを調べ尽くし、士人もその情報を得ている。

 キャスターの所在地は調べられたのだが、しかしそのマスターはまるで解らなかった。キャスターが柳洞寺に立て籠もりながら冬木の人を喰らっており、そこにキャスターのマスターがいる事も予測はついていた。アサシンが門番をしている事も知っている。しかし、寺の中に魔力を持つ僧侶はいない筈。ギルガメッシュも昼間の時に柳洞寺に入ったが、魔力を持つ人間を確認できなかったそうだ。

 だがそれも昨日までのコト。キャスターのマスターの正体は昨日の放課後、遠坂凛がいる屋上へ着いた早々葛木宗一郎と教えられた。アサシンがキャスターの傀儡だとも知ることも出来た。対価として街を荒らすキャスターへ制裁を下したならば、士人から令呪を得られる権利と少ないながらも聖杯戦争の情報を渡すことになったが、神父にとっては些細なコト。

 暗い夜道を一人、神父はバイクの音を轟かせながら走り続ける。彼はバイクを運転しつつも、これからの戦略をじっくりと余った時間で錬り続ける。

 

「―――――――――」

 

 そして、襲撃された教会からは、サーヴァントの気配は一つしか感じられなかった。漂う気配の匂いは、学校で一度壁越しに感じたサーヴァントのそれ。街での魂喰いを調べにいった時に感じたそれ。

 教会の結界は特殊で防御性では無く、感知性に優れている。ちょっとした魔術干渉で直ぐに崩壊する結界を幾重に張ることで、干渉された瞬間に破れ士人に知らせる仕組み。敵意を持った魔術師が入っただけでも壊れるので物凄く脆い。時間が立てば勝手に治るのであるが、壊れれば教会の主である神父に知らせる設定で作られている。その結界を少し変質させるだけで侵入する腕前は人間の魔術師のレベルではない。砂で出来た扉を開ける様な真似と同じなのだ、それは。よって変質した結界から考えれば魔術師の腕を考えれば恐らくキャスターだと予測でき、士人自身も外から僅かに感知した気配によりキャスターの襲撃と判断した。

 だが、アサシンの気配はゼロであった。気配遮断をしていたとも考えられるが、教会正面を目視出来る位置にいながら門番として欠片も存在していないかった。番犬が仕事ならば士人を目視でき、討ち取れるかもしれないのにアクションは何一つとして無し。中にいるとも考えられるが、柳洞寺で門番をさせていたサーヴァントを今更中に入れるのも都合が合わない。

 

「………(と、なるとだ)」

 

 冬木を散策していたギルガメッシュからの情報提供。アサシンは山門に契約されたサーヴァントである事が判明している。そこから、キャスターが本拠地を移動した事で今はフリーのサーヴァントであるのが判った。

 土地と契約させられたアサシンらしきサーヴァントは一人山門に残され守るべき対象なく死を待つのみ。マスターは存在せず、契約者と思われるキャスターは今尚教会に立て籠もり中。そして柳洞寺はがら空き状態。

 

「―――…………………(しかし切ない話だ、全く)」

 

 今の時刻は夜。言峰士人は月明かりが照らす道路をオートバイで走り風を切る。

 彼は今日一日を心地よい風に当たりながら振り返る。昼間は監督役としての仕事で大忙しであった。教会が敵対サーヴァントに襲われ、聖杯戦争監督本部が占拠された。これはかなりの大事であり、両キョウカイのスタッフらへこれからの対応に追われ夕方まで大忙しだったのだ。

 取り敢えず教会への出来事はその日に終わらせたが、本格的に聖杯戦争へ監督役自ら干渉するために情報を集め整理する必要がある。今日の半分はその為に潰れたと言って良かった。

 

――ブロロロロロロロロ………………――

 

 刻は深く街は闇が満ちる。士人は夜道を走り続け、目的地に到着しバイクを降りた。

 

「……さて、と」

 

 愛機を歩道の奥に停車させる。神父が来た所は冬木の街で真反対に位置する場所、そこは柳洞寺であった。彼の目の前には長々と寺の山門へと続く階段。

 ―――天に浮かぶ月は明瞭と闇に映える。

 草木だけではなく風すらも眠り就いたのか、耳が痒くなる程の静寂が場に満ちる。夜空に映し出される雲はユラユラと流動、それでもここ柳洞寺は揺れる風すらなく、静謐としていた。昼間でも人通りの少ないはずのそこは、今宵より二人の客を迎えていた。

 山門に背を預けた陣羽織の青年―――英霊の姿。

 山門へ歩き続ける神父服の青年―――人間の姿。

 侍は時代がかった雅な雰囲気を纏い、身の丈ほどの日本刀を肩に担ぐ。彼は山門に佇んでいた。一本に結わえた髪は背中を垂れ、静かな瞳にはどのような想いが宿っているのか。

神父は特に気負う雰囲気もなく悠々と階段を上る。法衣を揺らしながら真直ぐに欠片の迷いなく足を進める。首に下げている形見の十字架が月光に当たり煌き輝いていた。

 ―――カツン、と階段を上り終えた音。

 月明かりが照らす階段は幻想的であり上の山門が良く見えた。ここは敵地だ。士人はそのサーヴァントの正体を知らないが、ここに“いた”サーヴァントは監督役と言えど容赦なく殺しに掛る魔女である。その凶悪性と凶暴性は、それこそ冬木程度の大きさの街一つくらいならば、そこに住まう人間を皆殺しに出来る力を持つ程だ。だがその魔女はもういない。ここにいるサーヴァントはただ一人、マスターもなく消滅を待つばかりの青年だけ。

 

「―――止まれ。ここより先はお主を通す訳にはいかぬ。

 …………と言うのが本来の役目なのだが、もはや今の私にとっては如何でも良いコトよ」

 

 山門に響く笑い。皮肉気と言うよりも何処か投げ槍な声。

 長い階段を上り切り、神父の前に現れたのは長髪の侍だった。月光が夜に輝く山門に佇む彼は雅とでも言えば良いか、常世の人間には出せない神秘的な雰囲気だ。

 

「見捨てられたようだな、サーヴァント」

 

「――………ああ、全くもっておぬしの言う通り。

 女狐に召喚され、門番をしろと強制され、挙げ句見捨てられた哀れな道化。………今の私はそんなところだ」

 

 何と言うか、物凄く自棄っぱちな感じだった。

 雰囲気的には飄々としたイメージを受けられるが、彼の言葉は何処かトゲトゲしい。眼前の神父に対する敵意と言うモノよりも、自分が今置かれている境遇をかなり不快に感じているようだ。

 

「―――単刀直入に言おう。お前、俺のサーヴァントにならないか?」

 

 言峰士人はアサシンへ要求を直球で話す。月が輝く夜の中、その夜の闇より暗く深い黒眼がアサシンを見詰める。それを聞いた青年は呆気にとられた顔を見せた。彼は驚愕の顔さえ雅であり、暗い闇の中でさえ風流を失わない。

 

「―――……………ほぉ、それはそれは。

 サーヴァントとして、お主のその言葉に何と答えれば良いのやら……………」

 

 刀の先を揺らしながらニヤリと笑う。それは彼にとって予想外の言葉。戦いの為では無く味方になれと言う、神父の勧誘だった。

 

「お前にはもう、キャスターへの義理は欠片も無い。刀を振うべき戦場は俺が与えてやろう」

 

 その言葉はアサシンのサーヴァント―――佐々木小次郎にとってどんな意味を持っていたのだろうか。

 

「―――戦場…………。

 お主は死合いの場を私に与えると、そう言っておるのか?」

 

「ああ。ここで死を待つだけではお前も退屈だろう?

 聖杯への願いが叶わない今の状況、それに不服を感じているならば俺について来い」

 

「―――――………………………」

 

 ―――シン、と静寂が支配する。

 しかしその静寂も数秒で消え去った。アサシンが口を大きく開けながら童の様に笑い声を上げたのだ。

 

「……クク、くははははははははははははははははっっ!!

 おぬしおぬしおぬしっ! ククク、まこと愉快なことを言いよるなぁっっ!!!!」

 

 本来なら下品でしかない笑い方だが、この男がやれば何故か様になる。神父の前でアサシンは笑う。腹を抱えるアサシンの前で言峰神父はいつもの様に微笑んでいた。

 

「ここまで愉快なコトは生前でもそうそう無かったぞ! あははははははは!!!」

 

 ―――ひゅ~ひゅ~、と冬の寒い山門を風が通る。アサシンは本当に楽しそうにはしゃぐ童の様、まるで新しい玩具を手に入れた雰囲気を持つ純粋な姿。彼の声は風に吹かれ、冬木の街へと消え去っていく。

 

「それで、お前の答えは?」

 

「―――……………良かろう。

 この身は既に契約者に棄てられたサーヴァント。それを拾うと言うのなら、喜んでお主に仕えよう」

 

 ここに新たな主従が誕生する。アサシンと言峰士人が聖杯戦争への参戦が決定した瞬間であった。




 おまけ編
 佐々木小次郎の修行風景


 彼は百姓だった。
 世に戦は無く平穏が淡々と過ぎていく毎日。正直、彼は飽きてしまった。
 家に刀が有った。
 長く振り難い長刀。しかしそんな事は如何でも良かった。刀を視た時に、これを極めてみようと何となく思った。


 刀を振る。


 農作業の合間、闇雲に刀を振る毎日。何を求める訳でも無く、何処を目指す訳でも無く、名も無い農家の倅は刀を振っていった。
 しかし彼は才能があった。世の剣豪ならば、それこそ羨むまで剣神としての絶対の才が有った。
 しかし彼は無知であった。文字も知らず、名前も知らず。自分が持つ天賦の才にも気が付く事はなかった。比べる対象がいないのだから、仕方が無いと言えば仕方なかった。

心を整え、刀を振る。

 田畑を耕す以外にする事もない日常。暇な毎日、一日数万回と剣を振る。
 数の概念を知識として良く知らない彼であったが、田畑を耕す鍬以上に刀を振っていることは分かっていた。そして気が付けば、日が暮れていても疲労することも無くなっていた。短い時間で今まで以上に刀を振れる様になる。
 彼は気が付いていなかったが、もう既に音を置き去りにする程まで剣術を極めていた。長い刃が風をビュンと切り裂く。彼は誰もが認める天才剣術家であり、世に生まれた剣神だが、そんな事は誰も知らず彼自身も全く知らなかった。

 心を整え、刀を振る。

 刀を何をするでもなく振っていると、小さな鳥が彼の方に飛んできた。
 名無しの彼は何となく、その名前も知らない鳥を斬ってみようと思い刀を振ると、いとも簡単と避けられた。もう彼の刀は村の誰もが見切れない芸であったが、鳥には関係ないようだ。

 ふむ。あれを斬ってみるか。

 近くに住んでいる知り合いに訊いてみると、あの鳥の名前はなんでも“つばめ”であるとか。ならばと彼は、燕を斬る事を何となく決めた。

 心を整え、体を構え、刀を振る。

 刀身は音を更に超え、剣先が空気を捻じ曲げるまでに速く振れる様になっていた。しかし鳥は斬れず。どうやら此方の動きを悟り、自分が刀を振る瞬間には既に避けているみたいだ。斬る直前にはもう刃が避けられている。あれを斬るには、斬られると悟られても斬る事が出来る技が必要だ。

心を整え、体を構え、刀を振り、斬り返す。

 故に彼は刀を一振りした次の瞬間にもう一回刀を振って、あの“つばめ”と呼ばれる鳥を斬ろうと思った。今では山に籠もって淡々と刀を振るのが楽しみになってきた。
 そして山籠りを生き甲斐に感じてきたこの頃。田畑を耕すこと以外する事が無い平穏な日々の中、山に籠もって刀を振る事が男の唯一の趣味と言えよう。

 心を整え、体を構え、刀を振り、斬り返す。

 気が付くと、自分の二振り目が同時に出ている奇妙な現象を発見した。面妖な、と思ったがあれを斬るには丁度良い。気紛れで始めた剣であったが、段々と面白くなってきた。彼の剣は進化していき、彼自身もそれが何だか気に入っていた。

 心を整え、体を構え、刀を振り、斬り返し、斬り返す。

 二本だけではつばめを逃してしまう時があった。完成には程遠い。
 彼はそれを如何にかしようと思い素振りをしていると、奇妙な事に三本目の素振りも同時に出ていた。一振り目と二振り目と一緒に三本目が出ている事に気が付く。


 ―――心を整え、体を構え、刀を振り、斬り返し、斬り返す―――


 燕と言う鳥を完璧に斬れる様になった。名付けて『秘剣(ひけん)燕返(つばめかえ)し』と、自分で自分の剣術を呼んでみる。
 戯れに始めた剣術であったが、自分の人生には丁度良い遊びだった。暇で退屈な毎日を、それなりに潤してくれた娯楽であった。彼は刀に会えたことを、自分の人生を共に過ごした相棒へと感謝した。死ぬまで付き合ってくれて有り難う、と。
 ―――名無しの彼は極々普通に死んで逝った。
 昔の人は人生五十年と謡ったそうで、彼はそれより長く生きられなかったけれど、当たり前の人生を静かに終える事が出来たのだった。


◆◆◆

 おまけでした。アサシンの生前を空想してみる。
 人のまま幻想と化した剣術を使う百姓。こう一念通じると言うか、明鏡止水によるヒトの業と言うか。小次郎の剣術を分かり易く言うと、H×Hに出てくるネテロ会長の超進化型だと思う訳です。燕返しの構えを取る時も、セイバーでさえ体感時間を圧縮しまくって漸く見れるような、そんな絶技だと思います。おそらく気が付いたら構えられており、気が付いたら三閃されている対人魔剣。
 生前に刀を数十億と振った事で極めれた技と業。サーヴァント中だれよりも剣に生き、剣術のみを鍛えた唯の人間。誇りだとか、信念だとか、理想だとか、後悔だとか、贖罪だとか、正義だとか、野望だとか、そう言った英霊特有の人生では得られない頂き。無心で在るからこそ究極の剣技。音を超え、風を斬り裂き、世界を屈折させ、鳥を落とす。花鳥風月、特とご覧あれ。佐々木小次郎は良いキャラです。
 そしてアサシンは最強の剣術家でありながら、サーヴァントの中で一番普通な人生を送った男だと思います。多分死ぬ最期の時も、家族に見取られて死んだと思います。それとも山奥でひっそりと独りで死んだのでしょうかね。
 ………小次郎って結婚してたんだろうか? シてたらあの時代なら十代前半で奥さんと田畑を耕して、二十歳になる頃には子沢山なパパさんだったのだろうか。でも見た目的に、村娘さん達にモテモテだったのは違いない。


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26.サムライ&プリンス

 宇宙最強のエンジニアとかサーヴァントにしてみたいこの頃。作者は小学一年の時からバイオハザードで時間を潰し、エイリアンも結構見ていたので、デッドスペース3が楽し過ぎてヤバいです。人それぞれに色々な評価は有りますが、個人的にゲームとしては十分満足可能な水準にある作品だと思うのです。


 生物が見当たらない不毛な荒野が続いている。緑はなく水もない乾いた土地。…………そして血と硝煙。辺りに立ち籠もるのは鉄の臭い。

 ―――ここは地獄だった。人が死に続ける戦地だった。

 銃弾が飛び交い、砲弾が地面を抉り、血が何もかもを染め尽くすヒトが生み出す地獄絵図。既にお互いが殺さた分を殺し返す無限螺旋と化し、人々はもうこの戦いの先に終戦が見えない暗黒。もはや、この場で殺戮が行われている戦場は悲惨を極めていると言って良かった。ここは既に末期、人が人を嬉々として殺している。

 

 ―――笑いながら殺している―――

 ―――怒りながら殺している―――

 ―――狂いながら殺している―――

 ―――泣きながら殺している―――

 ―――叫びながら殺している―――

 ―――惑いながら殺している―――

 

 さらに最悪な事に、ここの戦場には魔術協会の協定から離反する狂った封印指定も戦場に介入していた。いや、戦場がここまで悪化したのは魔術師が姦計した策略の為だった。

 賢者と呼ぶに相応しい能力と逸脱した精神構造を持つ最高位の魔術師は、同時に死徒と呼ばれる吸血種でもあり、狂気の権化と言える存在。目的は戦場の力場を利用した大儀式魔術、それにより人の想念から産み出される人造の真性悪魔の創生。戦火と言う人工の地獄で固有結界を再現しようと考え、ヒトの思念に染まった大地から魔を生み出そうと画策。その為の魔術による情報操作と大規模呪法と秘密工作、それによる戦場の悪化と拡大。魔術師に感情を加速させられた兵はさらに血を滾らせながら地獄を造る。

 彼らの計画は最終段階に入り、達成される寸前となるほど戦場は手遅れと化す。そして、目的である太古に生存していた真性悪魔の模倣。地獄より生じる人工の固有結界にカタチを与え、魔として生み出す儀式。それは成就する寸前“だった”。

 ……だった、と言う様にその心配はもう無く、それはつい先程までの過去のコト。戦場ではまだ人が人を殺しているが、魔術師による危機はもう去っていた。

 理由は簡単、その魔術師が殺されたから。その魔術師の配下で“あった”生き残りも命からがら実験場から逃げ去っていた。

 

「大分参ってるみたいね、平気かい?」

 

「……見たままの状態だよ。

 血が足りない、体力が足りない、生命力が足りない、何より魔力が足りない。踏んだり蹴ったりとは正にこのコト」

 

「ふ~ん。…………ま、私の魔力は上げないからね。残りも少ないし」

 

「それは残念。魔力を得るには、魔術師であるお前に協力して貰うのが手っ取り早いのだが」

 

 瓦礫の中、黒い法衣を着た男は壁に背中を掛け座り込んでいた。黒衣の魔術師を見下ろすのは、赤焦げたオレンジ色に見える赤茶色のオーバーコートを着た東洋系の女性。片手には橙色の薙刀を持ち肩で担いでいる様子。美しいと言える顔立ちであるが、不自然な橙色の光彩を放つ右目部分を通るよう、そこには痛々しい刀傷が真っ直ぐ顔に刻まれている。左目は茶色の色彩を放つ瞳であるのでオッドアイでもあり、彼女は何処かカラっとした印象を残す美人であった。

 対して男は黒ずんだ灰色の髪に東洋系か西洋系か見分けがつき難い肌の色をした無国籍な風貌。絶世の美男子とは言えないが、中々整った顔に魅力がない訳ではない。

 

「悪辣なのは昔から変わんないよ、アンタはさ……………っと――――」

 

 そう言った女は倒れ込む男に手を出す。男はその手を掴み、血塗れになった自分の体を無理して起き上がらせる。

 

「――――おっと。すまない、助かった」

 

 ここらは結界が張られており、戦場の爆音は聞こえど人は寄ってきていない。ここは魔力を持つ魔術師でなければ正常な精神を維持できない空間。

 

「……しかし、アレの死に急ぎ方は見ていて飽きないな。傷付いた体では魔術師の残党処理も一苦労だろうに」

 

「本当、休む暇も無くとっととあの鉄火場に突っ込んで行ったさ。

 まあそれも仕方ない、アイツは何せ正義の味方だからね。目の前で殺し合いを繰り広げてる連中の原因を見て見ぬふりは出来んでしょ。ここで逃したりしたら悲劇が繰り返される危険が十分にあるんだから」

 

 そう言った彼女は握っていた薙刀を虚空へと消滅させた。戦場での二人の再会は偶然であったが、敵とする者が同じならばと共闘したわけであった。もう一人共闘していた赤い外套の魔術師もいたのだが、その人物は先ほど二人に一声掛けた後そうそうにこの場を去っている。

 数十分前に三人は敵本拠地に突入。黒法衣の男と因縁のある死徒の魔術師が自身の肉体人形を媒体にし、彼の目的である存在を誕生させたのは良いが、成り損なってしまった真性悪魔となり、黒法衣の男が死徒の悪魔を撃破。

 逃走した魔術師連中の抹殺は今この場にいない男が成している最中、それに加え戦火を抑える為に奮闘中。女は二人に協力し、連中を始末しながらも研究所からお宝を頂戴していた訳である。

 如何でも良いが一番の貧乏籤を引いたのは先程まで倒れ込んでいたこの男である。何せ人造の出来損ないとは言え固有結界持ちの真性悪魔が襲ってきたのだ、殺されて当然であり、血塗れだが大した傷も無いのは二人の援護があったおかげ。

 

「なるほど、道理だな。

 …………それでお前は如何する、このまま帰るか?」

 

「さて、ね。……目的のモノは手に入れたし、今はする事も無いけど」

 

「流石は盗賊。バゼットさんが怒りを抱いている事だろうな」

 

「あ~‥‥‥確かに大激怒、かな。封印指定執行者の獲物を横から掻っ攫ちゃった訳だからね」

 

 アッハッハ、と無駄に男気な笑いをする橙色の魔女。それを見ている黒法衣の男は苦笑いを浮かべながらも火の手があがる戦場の方へ目を向ける。

 

「これも縁だ。俺はあいつの加勢にでも赴くが、お前はこの状況で何がしたい?」

 

「知らない仲じゃないんだ、助けてやるのが義理人情ってね。

 ……………それに“正義の味方”の“味方”なんてのも、結構面白そうじゃない?」

 

 ――――煤と血に汚れた二人が笑い合う。それはもう絵になるように美しく、心に焼き付くくらい凄惨に。

 

「言う様になったな」

 

「お互い様でしょ」

 

 阿鼻叫喚な戦場、ここで場面は途切れた。

 …………どうやら悪夢はここまでな様子。今からこの光景を見ていた者は現実へと意識を浮上させていった。

 アヴェンジャーのマスター、魔術師バゼット・フラガ・マクレミッツは眠りから目を覚ます。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月11日

 

 

 第五次聖杯戦争も佳境。何処の勢力も終盤となった今、力を入れて敵対サーヴァントの殲滅を目指し活発に活動しているコトだろう。

 キャスター勢はセイバーを取り込み、教会を占拠。衛宮士郎は事実上マスターの権利を消失。バゼット・フラガ・マクレミッツとアヴェンジャーの二人組は不気味に潜伏中。遠坂凛とアーチャーはキャスターを探索に専念。イリヤスフィールとバーサーカーはアインツベルンの城で冬木の戦いを観戦。

 そして、神父と英雄王のグループに新しく加わったアサシンが如何なったかと言えば………

 

「おお、これが現世の食事と言うものなのか」

 

「ああ。………それと飯は逃げん。ゆっくり食べれば良いからな」

 

「――………そうだな。

 いや、余りにこの馳走が美味だった故、気を急ぎ過ぎたわ」

 

「育ちが見えますよ、アサシン。

 それとですね、童姿とは言え仮にも王と共に飯を食すのです。少しは礼儀を弁えてください」

 

「はっはっは。それは済まぬ事をしたな、英雄王」

 

 ……そんな感じで、神父と英雄王(小)と一緒にのんびりと食事を取っていた。

 飯が置かれたテーブルを囲む三人組の内の一人、目をキラキラと輝かせる青年―――アサシンのサーヴァント、彼の真名を佐々木小次郎と言う。アサシンは山門に囚われていたが、そこは投影魔術師であり英雄王の従者である士人にとって大した困難ではない。ゲート・オブ・バビロンが保有する契約破りを投影した概念武装を使って解放し、改めてアサシンは神父とサーヴァント契約を結んだ訳であった。キャスターには小次郎が山門から消えたと勘付いているだろうが、それは消滅したものと勘違いをしているコトだろう。

 アサシンは勿論のこと、他二人も神父が作った料理を食している。士人とギルからすれば、アサシンの食べっぷりは見ていて清々しい程だ。

 

「ふむ。そこまで喜んで貰えれば、作った甲斐が生まれると言うもの。食べたければ、食べたいだけ食べて良いぞアサシン、折角の現世生活なのだからな。

 それにサーヴァントは本来ならばいる筈の無い死人。今を如何に満喫して愉しむか、それが出来なくては復活した価値がない」

 

「正しくお主が言う通りよ、神父。

 そう言う訳でお代わりをお願いしたい。この食卓は生前では想像も出来ない程の馳走の山だからな、我慢するのが酷く難しい」

 

 笑顔で皿にある料理に箸を伸ばす。その動きは雅なまで素早い。

 

「―――あ、アサシン!

 それは僕が狙っていたおかずですよ…………っ!」

 

「ギルガメッシュ…………。

 飯とは、死合いなのだ。貴殿の甘い思想では我が佐々木家の食事には到底追いつけまい」

 

 やれやれ、と小次郎が溜め息を漏らす。そしてパクリと美味そうに、自分の箸で掴んだおかずを遠慮なく頬張った。無駄に雅な食べ方だった。

 彼は先ほど佐々木家と言ったが佐々木小次郎とはアサシンの本名ではないので、彼が生前に家族と共に住んでいた家は別に佐々木家でも何でもない。それはアサシン風の冗談だった。もっとも、アサシンが生きていた時代の日本の農民は現代人のボンボンでは考えられない生活。特権階級などの例外を除けば、生きようと決意しなければ生き抜けない世界、そんな当たり前の事だが今の日本の平凡な一般人では想像出来ない日々だったのは間違いない。飯を食べる事が現代の様な娯楽でも何でもなく、生きる為の要素であった時代の話。そんな時代の農村で田畑を耕す傍ら、ただ生きるのが暇だったので刀を極めた百姓からすれば、目の前に出てきた言峰家の食事は“有り得ない”御馳走だったのだ。

 そして、彼にとって食事とは死合いと言って良いモノだ。なにせ何時でも飯を食べられる訳でも無く、明日から何も無い日などざらであり、何日も口に何も入れないコトなど多分にあった。故に喰える時に喰っておく、それが彼の生き方だ。毎日毎日、食糧の残りを計算して農民生活を過ごす。アサシンにとって、と言うよりもその時代の人々にとっては、人生の大半は食べ物との戦いだったと言って良い。明日の事も気にせず遠慮なく食事にありつけるなど、それこそお天道様からの贈り物。

 サーヴァントの身に食事は必要ないのだが、この何とも言えない腹に満ちる幸福感は実に心地良い。佐々木小次郎は言峰士人に心の中でとても感謝していた。

 

「昨日の夜と今日の朝だけで二人は随分と打ち解けた様だな、いや良かった」

 

 いつも通り死んだ魚の眼で表情を作る神父が、そんな二人を揄うように声を掛けた。二人ではなく三人で囲む食卓。美綴綾子が来て以来のコトであり、綺礼が死んでからは早々ない出来事。

 

「………士人。綺礼の元へ送ってあげましょうか?」

 

「怖い怖い。しかし今は食事中、喧嘩は食べ終わってからが礼儀だろう」

 

「そうだぞ、英雄王。食事の“まぅなぁー”を守るのも、犠牲になった食材に対する感謝の表れよ」

 

「……貴方たちは如何やら、本当に躾けがなっていないようだ」

 

 ニコ、と笑顔を浮かべる少年の名はギルガメッシュ。ここにいる英雄王はいつものギルではなかった。と言うか見た目からして激変していた、主に身長的に。

 彼が小さくなった真相は単純なもの。王様(大)は宝具の薬を使い、聖杯戦争前を過ごしていた時の幼年体の王様(小)へ体を変化させていたのだった。戦争を仕掛けると言ってもまだ今日の予定ではなく、この退屈極まる暇な一日を昔の自分とバトンタッチしたのが変身した主な理由だった。

 

「―――でだ、ギル。

 昼飯時にも関わらずその姿と言う事は、暇な一日をのんびりと潰すのだろう」

 

「話を急に変えないでください、士人」

 

「…………なんだ、今日はまだ戦わぬのか?」

 

 アサシンが残念そうに声を漏らす。その声を聞いた神父は、顔をサーヴァントの方へ向ける。何気にギルの扱いがヒドイ二人。

 

「ああ。それなりに作戦があるからな、全力で戦いたいなら後数日は待って欲しい」

 

「……なるほど。マスターの命には逆らえんからな、仕方が無い」

 

「お前にはすまないと思っているよ。

 しかしまぁ、今の冬木は戦場となっている。戦闘の機会は確実に訪れるのだから、焦らずに待つと良い」

 

「そうよなぁ。……餌に喰らいつく姿は、あまり雅では無い」

 

 アレ…いつの間にか自分、からかわれてるよ。そんな事を思ったギルは重い溜め息を吐きたくなった。

 士人は綺礼に似て育ってしまい、捻くれた正直者になってしまった。子供の頃の士人は兎も角、今の士人は青年体の自分さえも丸め込む図太さと詐欺師じみた話術を平然と使ってくる。それに加え、綺礼以上に悪辣な生粋の策略家。もはや手の施しようが無い。

 更に新しく連れてきたアサシンのサーヴァントは人を揄う事を愉しむ侍だ。神父とは似た者同士らしく、仲は悪くないようで、我の強烈な青年体の自分とも衝突が無かったのが驚きだ。言ってしまえば二人とも人の機敏や精神的な境界線を簡単に見切れるタイプの人間らしい。

 三人とも衝突すべき意見が皆無なのだ。中々に上手く噛み合った三人組。全員が全員、聖杯戦争を楽しむ為に参加している。全員に不利益がないのも大きい点だろう、感情的にもぶつかり合う点がない。

 

「…………はぁ(個性が強いのも考えモノですね)。

 士人。今日は出掛けますから。夕飯が必要か如何かは、まぁ、後で携帯電話に連絡します」

 

「そうか、連絡は忘れないようにな」

 

 家で一番の苦労人であるギルガメッシュの幼年体に神父は返事を返す。養父の言峰綺礼が言っていた様に、誇り高い人は揶揄するのは実に面白い、と士人は思った。話をしていると揄わなくてはならない、とついつい思考が偏るのは綺礼の影響で間違いないだろう。

 彼は良い意味でも悪い意味でも『言峰』であるのであった。言峰家の神父は実に業が深い。ついでだが、アサシンのサーヴァントである佐々木小次郎も、人が悪いと言う意味では同じ人種だ。士人に話にのって会話をした。

 

「出掛けるとは街にか、英雄王?」

 

 侍が飯を食べるのを中断し、声を出して訊いてきた。話をするギルガメッシュにアサシンが興味深そうに聞いている。目が玩具を手に入れた童の様に輝いている。

 

「そうですよ、暇ですし」

 

 聖杯戦争中とは思えない台詞だが、基本的に言峰家はこのノリだ。言峰士人も特に思う事はないのだろう、それが当たり前な言葉の様に受け止めて食事を進めている。

 

「……そうか。ならば私も外に出てみよう。

 生前より数百年経った町の変化を見て楽しむのもまた、中々に愉快な暇潰しになるだろう」

 

 唐突にアサシンが呟いた。それを聞いた神父がボンヤリと訊き返す。

 

「お前も出掛けるのか?」

 

「………いや、マスターが許さないのなら、私も諦めるが。先程の言葉は気紛れみたいなものだ、見て回れたら面白いと思ったまでよ」

 

「なるほど」

 

 聖杯戦争中とは思えない仄々風景。緊張感と言うものが存在しない三人組。

 それぞれが違う目的を持ちながら反する事無く、協調してグループを形成していた。アサシンは強者との果し合いを、ギルガメッシュはアーサー王の受肉と婚儀を、そして言峰士人は聖杯を識る為に戦いの渦中へと入り込んで行く。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 冬木の街にある公園。ここには神父服を来た青年と金髪紅眼の子どもがいる。

 太陽も空の真上を過ぎ去って、午後5時を幾分か過ぎた時間であろう。やや赤みを増した日の光が公園を照らしている。

 

「今のお主があの様に成長する事になるとは。……真、この世は摩訶不思議よ」

 

「ええ、自分もなんであんな風になっちゃうのか…本当に残念です。……友人も作れないですし」

 

 神父服の青年、彼の正体はアサシンである。ポニーテールプリーストと化したサァムラーイが居た。言うなれば南蛮風侍と言うべきか、そのまんまな神父服でありながら雰囲気を壊すことなく着こなしていた。色々と可笑しかったが本人たちは気にしていない。

 彼がこの服を着ているのは士人に原因があった。霊体化して街を回るのでは味気ないと思っていたところ、そこは彼の新しいマスターが解決。余りの神父服をアサシンに変装用に貸したのだった。ついでに金銭もアサシンへ貸している、返済は戦場での働きで返せとの事。

 

「しかし、本当に童であるのだな。童心にかえるとは正しくおぬしのことを言うのであろう」

 

「そうですよ。貴方が初めに会ったボクは、ボクでありボクではない別人だと思ってくださいね、お願いします」

 

 アサシンが冬木の街を当て所なく出歩き続けて数時間。神父に旨い飯が出る店と言われた大陸料理店(アサシンは店名が地獄風味な所で厭な予感がした)で小腹を満たしたり、大判焼きなる甘味を衝動的に食してみたり、久方ぶりに大海原を眺めてみたり、街に溢れた乱雑な人の群れに驚いたりと、色々と目新しい現世の世界を楽しんでいた。

 それで時間も余りふらついていれば、広々とした大きい公園へ辿り着いた。そこで見知った男が子供らに混じって遊んでいたの目撃した訳である。その時にギルも公園で此方を見るアサシンを発見し、遊んでいる集団から抜けて彼の方へ近づいて行ったのだった。

 そんな中、公園へと入ってくる女性がいた。彼女は子供たちの集団を見かけて寄って来たが、公園の端にいるギルと視線が合った時に進行方向を二人がいる方へ変える。

 柔らかい雰囲気を持った十代の少女。彼女がギルガメッシュへと親しそうに声を掛ける。

 

「久しぶり、ギル君」

 

「確かに久しぶりですね、由紀香」

 

 話をしているギルガメッシュとアサシンに近づく人物、三枝由紀香が声を掛けてきた。

 

「……知り合いか?」

 

 アサシンの問い。ほにゃら、と柔らかい笑顔を浮かべる女性が気になり、アサシンは隣の英雄王子に訊く。

 

「遊び相手のお姉さんですよ。

 ……まぁ、それよりも由紀香、如何してこんな所に?」

 

「最近は冬木の街も物騒だから。暗くなる前に弟を家に連れて帰らないといけないからね」

 

 アサシンの問いにサックリと素早く答え、ギルは由紀香と話を進める。彼女が公園に来た理由は簡単な話で、一般社会の裏で行われている聖杯戦争で治安が悪化した冬木の街は危険な為だ。弟を暗くならない内に家に連れ戻すためだった。冬木では殺人事件や通り魔の犯行として聖杯戦争の被害者を言峰士人が偽装している為、世間一般的に夜の外出は控える傾向にある。

 

「なるほど、弟のためにわざわざ公園まで迎えに来たわけですか。

 ――――貴女は本当に可愛らしい女性だ」

 

 柔らかい笑みを浮かべる三枝由紀香にギルはニコリと綺麗な笑顔を浮かべる。透き通るような青少年そのものな笑い方だ。本当なら底で煮え滾っている腹の黒さが一切窺えない。

 

「………あ~、もぅ。

 そ、そういう顔でそんな事を年上の女性に言っちゃダメだよ、本当に」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめる三枝由紀香。

 小次郎は微笑ましそうに、内心では愉快に、二人をニヤニヤと眺めていた。そしてその時のアサシンは明鏡止水に至った武芸者として、何気に無駄に華麗な気配遮断で気配を消していた。場の空気を読んで瞬間的に空気へなったのは流石と言えよう。無念無想は伊達では無い。

 

「フフ、すいません。隠し事は得意じゃありませんので」

 

「~~~~~~~~」

 

「………(本当に子供と大人で別人に見える。昨日見た青年の方なら、自分の女になれ、と強引に話を進める雰囲気に感じたからな)」

 

 明鏡止水の精神で気配を絶ちながら仄々と思考に耽る暗殺者のサーヴァント。人が若返る妖術の世界の不可思議を愉快に思いつつ、目の前の色恋情景をつまみに風を感じる。

 それと佐々木小次郎的に言えば、三枝由紀香と少年体のギルガメッシュの恋愛は倫理的に許容範囲だ。幼さや年齢差を考えても小次郎に違和感は無い。生まれ育った時代背景を考えれば、十代前半で結婚出産は普通であり、男女の年齢差も十歳くらい離れていても否定的な感情も無い。

 

「ところでギルくん。隣の神父さんは言峰君の知り合いかな?」

 

「ええ、彼は士人の知人ですよ。今は同じ所で住んでますし………」

 

「――――むぅ?」

 

 由紀香なる名前の少女に見られたアサシンは唸りながら視線を下げる。彼の目の前には優しげな空気を纏う可憐な少女、小動物的雰囲気を持つ三枝由紀香を視界に入れた。

 彼は取り敢えず自己紹介の名乗りは現世での礼儀でだろうと考えたが、そこでフと、とある考え事をして開けていた口を止める。

 

「――………あ~~(佐々木小次郎、とそのまま名乗るのは拙いよな。アサシンとサーヴァントのクラス名を言うのはそもそも論外)。

 私の名前は…………そうだな、津田………津田小次郎だ。それでおぬしは――――――」

 

「――――あ。わたしの名前は三枝由紀香って言います、宜しくお願いしますね」

 

 溶ける様な笑顔。凄まじい癒し効果だった。侍の心に風が吹く。

 アサシンが初めてみる三枝由紀香の柔らかい表情は、身の内に何かこうズドドンとクる衝撃があった。それを見た彼はいつもの飄々とした笑顔ではなく、聖杯戦争中の侍には珍しい無警戒で優しげな表情を作る。

 

「………(あの魔女にこの娘の爪垢を煎じて飲ませたいものよ、真剣に)。

 ああ折角知り合ったのだ、こちらこそ宜しく頼む三枝殿」

 

 日はまだ落ちておらず話をするくらいの時間は三人にまだあった。三枝由紀香も時間に余裕を持って公園へ迎えに来ていたので、少しくらいならばと話し込んでしまった。それに今日の学校で遠坂凛が休みなのが気になり、友人と呼べるくらいには知り合いになった言峰士人に彼女の欠席の理由を隣のクラスに尋ねに訪れたのは良いが士人も休んでいた。彼女はギルが言峰士人と暮らしているのを知っているので、その理由を聞こうとも思い長話となってしまった。話題となる事も多いのでアサシンも混ぜることで会話が富んでいるわけであった。

 ……そして、そんな三人を遠目に見ている子供らがいた。

 ギルと遊んでいた内の数人が、ギルと友人の姉さんと新しくきた神父服の男の三人組を見ながら話し込む。

 

「ギルの奴、戻ってこないな」

 

「仕方無いんじゃない? 恋は人生の華なんだから」

 

「……子供っぽくないよな、おまえ。

 それにさぁ、好きな人がいるとかいないとか、そんなコトは純粋な子供時代でしか楽しめないぞ。そんな悟った感じなことを今から言ってると、ヒねた大人になっちゃうからな」

 

「いいじゃない別に。……それに悟ってるんじゃなくて、知らないだけだよ僕は。

 そもそも小学生な僕たちはさ、子供は風の子らしく公園で体を動かしましょうってコトが大事なんだ。恋愛なんてモノの良さが判らない今の内は友達と遊んでいようって感じ。

 ……ギルもギルでなんだかんだで大人びているけど、子供らしく自分に素直なのは僕らと変わらないさ」

 

「―――そうだな。

 結局どんなに背伸びしたって子供は子供なんだ、どんな大人も子供だったんだ。どうせ大人になるんなら今この時が大事な時間。オレはオレの時を楽しまないと」

 

「そうさ。だから今は沢山の人と沢山遊びましょうって事。

 ギルのカッコよさに妬いてしまうのは、何も知らない子供な僕たちには仕方が無いことなんだ。だから今は一杯遊んで、これから少しづつ大人になればいいんだよ。ギルみたいに早く大人になる必要はないんだ」

 

「……おまえもそうなのか」

 

「僕は最初から判ってたさ」

 

「ふふん、強がっちゃって」

 

「意地っ張りなのはお互い様だろ」

 

 ―――公園で時間が過ぎていく。

 今この時間を過ぎていくのは仄々とした平穏な日常風景。聖杯戦争には無関係で平和な儚い光景。

 

「ところでお嬢さん、私とお茶でも共にせぬかな?」

 

「………ぇ、ええぇえぇえええええ!?」

 

 なんかアサシンがナンパを始めた。そして、ピシリとギルとアサシンの間に亀裂が入るのを、三枝由紀香は聞こえそうになったそうな。

 

 

◆◆◆

 

 

 言峰士人はその頃、夕飯の材料を商店街から買い終わり聖杯戦争用の避難所のマンションへ帰宅するところだった。バイクに乗って買いに行っても良かったのだが、書類仕事や情報収集で鈍った体を解す為に歩きで買い物で出かけていた。サーヴァント共がいくら遊んでいようともマスター兼監督役は大変なのだ。学校も休む事になり、本腰を入れ始める。

 

「………あんた、何でここにいるんだい?」

 

「いや、此方の台詞だが。今はここで暮らしている」

 

 避難所のマンションへ入る士人に声を掛ける人物が一人。

 彼女の名前は美綴綾子。色々あって聖杯戦争のイザコザに巻き込まれた一般人もどきである。彼女が住まうこのマンションの名前を蝉菜マンションと言い、ギルガメッシュが資産の一つとして購入した物件の一つがここの一室だった。

 

「あれ、じゃあ教会は…………?」

 

「襲撃された。踏んだり蹴ったりとは正にこの事、監督役に聖杯戦争は優しくない」

 

 死んだ魚の目をさらに虚ろにさせて、神父が空虚に笑顔を浮かべる。虚しそうに可哀想なモノを見る目で彼女は眼前の神父を見る、それはもう慈愛たっぷりに。

 

「へぇえ、そりゃ大変だね?」

 

「…お前、俺を労わる気皆無だろう」

 

「はっはっは、まさかそんな」

 

「ヒドイ女だな、本当」

 

 言峰士人が弱っている所など滅多にないので、ここぞとばかりに攻勢に出る綾子。

 

「それじゃあ言峰とはさ、これからはお隣さんって訳かい?」

 

「さて、如何だろうな。このイザコザが終われば直ぐに出ていく予定だよ」

 

 それに我が家の方が暮らし易い、と呟きマンションの玄関へ足を向ける神父。落ち込んでいるのか如何かいまいち判断できないが、彼女から見れば疲れが溜まっているように見えた。

 

「いつか良い事があるさ、言峰!」

 

 バシン、と言う音。気合い一発、張り手の励まし。

 

「……お前と師匠の仲が良い理由を理解出来た気がするよ」

 

 疲れた顔で目を空ろにして歩く士人。はっはっは、と漢気に溢れた笑いをしながら彼の背をバシバシと叩く綾子。

 今日も今日とて一日が過ぎ去っていった。




 と言う雰囲気で、教会勢も人数が増えてきました。監督役であるのにマスター達に気付かれず、悪巧みをするのって面白そうですよね。主人公は何だかんだ結構楽しんでいます。


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27.The Oldest King

 まだ言峰士人が遠坂凛に魔術の教えを受けて間も無い頃。まだまだ二人が幼く、子供としか言えなかった頃。

 遠坂凛は言峰士人に、自分の弟子になるからには絶対に守らなければならない事を幾つか教えていた。魔術を学ぶ上で守らなければならない鉄則が、魔術師にはあった。

 

「良い士人。魔術師だったら己の魂を持ちなさい。魂の尊厳だけは、絶対に守りなさい」

 

「分かった。死んでも師匠の言葉は守り通す。自分の魂だけは死なないって、そう誓おう」

 

 

 ―――これは神父が師である魔術師から学んだ、魔術師としての最初の教えである。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月12日

 

 

 

 その日、その朝。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは嫌な予感を感じた。

 不意に思い出すのは公園で一回だけ遇った神父―――言峰士人の姿。複雑な感情を抱く衛宮士郎では無く、最悪な感情しかない代行者を思い出してしまった。

 

「――――最悪。………物凄く最悪、最高に最悪」

 

 唯の独り言、と言うには凄まじい嫌悪が込められている。

 

「あー、本当アイツって何なのかしら? ……きっと害虫の類ね」

 

 如何にも金持ちが使ってそうな天蓋付きのベットからパジャマ姿のイリヤが下りる。アインツベルン城の冷暖房は完璧であるので冬の寒さを感じることは無い。彼女は欠伸を一回した後、う~ん、と声を漏らしながら背伸びをした。

 

「……………(今日の夜は、久しぶりに何処か襲撃してみようかな?)」

 

 バサバサ、とパジャマを脱ぎながらいつもの服に着替える。

 頭の中で神父を血祭りに上げながら、今日一日の予定を考える。物騒な事を計画する彼女は、取り敢えずお兄ちゃんでも攫っちゃおうかしら、と思い一人笑顔を浮かべた。

 軽快な音を立たせながら部屋のカーテンを思いっ切り開ける。日の光に当たり、今日が始まったのだと実感し意識をハッキリと覚醒。外の風景は清々しく、森が日の光に当たり緑に輝いている。空気が済み、遠くまで見渡す事が出来る眺め。そして、この時間ならば既に自分の朝食は作られているだろうと思い、まずは腹ごしらえと決めたイリヤであった。

 きぃ、と言う木が軋む音。彼女は背後から気配を感じる。誰かがドアを開き、イリヤの部屋に入ってきたようだ。

 

「おはようございます、イリヤ様。朝食の準備ができました」

 

 ドイツの山奥から付いてきた彼女専属のメイド、名前をセラと言う。メイドが部屋に入り、朝一番の挨拶をする。

 

「わかった。今から降りるわ」

 

 アインツベルン城の朝。

 

「―――(なんだか、とても悪い予感がする)」

 

 森を満たす空気。

 

「…………はぁ。私には最強のサーヴァントであるバーサーカー、ヘラクレスがいる。そもそも予感だなんて、私の柄じゃないわ」

 

 溜め息をついたイリヤスフィールは自分を励ます様に独り言を話す。魑魅魍魎溢れる冬木の夜に備え、太陽が出ている今この時は大人しく街の方向を遠目に眺める事に決めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 太陽が昇り夜が明け数時間。朝を迎えた人々は眠気に耐えながら動き出し、外へと出掛け日常の始まりを淡々と過ごしている。

 

 

――ブロロロロロロロロッッッ!!!――

 

 

 本来ならば学校に通っている筈の言峰士人は自作バイクに乗り、冬木の街から離れてた場所を目指していた。化け物機関から発せられる灼熱の爆音が道路の冷たい空気を轟かせる。

 

「アインツベルンのサーヴァントは確かバーサーカーだったか、士人?」

 

「そうだぞ。アサシン曰く、複数の命を持っていたらしいからな。正体も解かり切っている」

 

 寺で門番をしていたアサシン。彼はほぼ全てのサーヴァントと戦闘を行っており、士人とギルガメッシュはアサシンからサーヴァントの戦闘情報を得られていた。

 ギルガメシュが操縦するオートバイは猛スピードで公道を駆け抜けていく。

 本来ならば臣下である士人が運転しているべきなのであるが、そこはギルガメッシュ、幼かった士人を昔そうしていたように二人乗りさせていた。本来ならサイドカーを付けても良かったが、教会はキャスターが占拠してしまったのでそのサイドカー自体が手元にない。英雄王は中々アグレッシブなのだ。また、配下の者の後ろに付いてバイクに乗るのは、英雄王的に余りカッコ良くない。

 それに神父のバイクはかなりの大型。元々が二人乗り仕様でもあったので、座るスペースはとても大きく取られており、二人乗りをしてもくっ付く事が全く無いので窮屈さは欠片も無い。後ろに乗る神父も背もたれにぐったりと腰かけており、王様の運転を胡乱気に視ているだけ。

 

「蘇生能力となると少しばかり厄介だ。殺し切るまで油断は出来ない相手となる」

 

 神父が強風の中で喋る。バイクを運転するギルガメッシュと後ろに座っている士人が会話をしていた。アインツベルン襲撃作戦の内容は既に話し終わっているが、移動時間の暇潰しには丁度良い話題だ。

 

「……フ、まぁ良い。久方ぶりの殺し合いだ。

 (オレ)が相手をするだけの価値が有る英霊ならば興もそそるのだが、相手が犬畜生(バーサーカー)なら期待は余り出来んな」

 

「そもそも理性無き者など、ギルにして見れば只の的でしかないからな。

 ……もっとも、幼い少女を決死に守る騎士としてならば、死に役の道化に相応しい最期を飾ってくれるだろう」

 

「―――…………ハッ。その配役ならば少しは期待出来るやもな」

 

 そんなこんなでギルガメッシュがバイクを運転すること数十分、彼ら主従二人は深い森の前に到着した。

 森は日の出ている昼の間でさえ暗く、木々の枝が陽光を遮っていおり、魔術師が縄張りを広げるに相応しい陰りのある空気が身を覆ってくる。霊感が強い者であれば、その魔的な雰囲気に体を震わせている程だ。

 

「ここも久しいな。あの(いくさ)から彼是十年、か」

 

 パチン、とギルガメッシュが指を鳴らす。すると空間がグニャリと歪み、二人が今し方下りたバイクが虚空へと消え去った。その怪奇現象を前に神父は当たり前のモノを見るかのように自然な雰囲気を保ち、驚く気配さえ欠片も漏らさない。

 

「なんだ、ここに来た事があるのか?」

 

 何かを懐かしむような英雄王を珍しく思い、神父はその物珍しさが気になり声を掛けた。紅血色の目を瞑りながら過去を脳裏に浮かべるギルガメッシュは、自分と王道を問答した二人の王を思い出す。

 

「ああ、ここで(オレ)は征服王主催の酒宴に参加したのだ」

 

「………そうか」

 

 簡潔過ぎて何て答えるべきか悩み、すぐに無難な返事をする神父が一人。二人は会話を続けながら森の方へと足を進めていく。

 

「前回の聖杯戦争は、我が参加するに値した価値ある英傑がいたからな。征服王に騎士王、中々に飽きさせない輩であった」

 

 思い出話を臣下にするギルガメッシュは何も無い筈の虚空から何かを取り出した。そして、その物体に魔力を流し込む。すると、アインツベルンの森に張り巡らされていた結界を二人は素通りして歩いて行った。森はアインツベルンの結界が張られている魔術師のテリトリー、本来ならば森との境界で作動する結界がギルガメッシュの財宝により無効させる。彼が使った道具は認識阻害の宝具であり、英雄王の所有物であるそれは最高の性能を持つ一品だ。

 

「征服王に騎士王となると、アレキサンダー大王とアーサー王か…? セイバーの方は兎も角、征服王の話は初めて聞く話題だな」

 

 アレキサンダー、またの名をイスカンダルならばライダーのサーヴァントだろうかと、心中で呟く士人。昔を懐かしむ仕草をあのギルガメッシュにさせるあたり、征服王はかなりの英傑だったのだろうと彼は考えた。英雄王の心象に残るとは、彼の財宝に匹敵、あるいは凌駕する存在でなければならない。

 

「十年ぶりに聞く実に懐かしい名前だ。

 ―――征服王は我の財宝を狙う賊であったが、道化ではない本物の英雄でありながら我を笑わせる事が出来る漢であった。

 ―――騎士王は王として只の偶像でしかない雑種であるが、女としては犯し尽くし蹂躙し甲斐のある極上の道化であった」

 

 そう言って笑みを深める黄金の王。ただそこに在るだけで強大な存在感を放つ彼であるが、今は宝具の効果もあり森の中では木の一つ同程度の気配。呪物の効果がなければ一瞬で結界の探知に引っ掛かっていたであろう。

 

「……第四次聖杯戦争、か。

 時間を潰す話題には丁度良い話の種。十年前の昔話、中々に面白そうだ」

 

 そう、呟いた神父。

 

「ほう、おまえが興味を持ったのか士人?」

 

「無論だとも。ギルから見た昔の親父の姿がどの様なモノだったのか、気にならないと言えば嘘になる。サーヴァントと魔術師たちの殺し合いは、聞くに値する娯楽となるだろう。

 …それに時間は腐る程ある、黙ったまま進むのも気が滅入る。会話を楽しむのも“散歩”の醍醐味ではないかと思うのだが?」

 

「……あぁ、それもそうだな」

 

 

 黄金と灰の主従。王と神父は暗い森を進んで行く。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 突然だった。アインツベルンの城に響く轟音。

 例えるなら、クレーン車の先に付いた鉄球をフルスイングしてビルを倒壊させたような、ダイナマイトで岩山を崩したような、壮大な破壊の音色。

 

「アインツベルン、気が向いたから壊しに来たぞ」

 

 ――イリヤスフィールが聞いた第一声。

 城のエントランスから突然の爆音。気配なき敵襲に驚き、イリヤはバーサーカーを伴い急行した。そして彼女が見たのは、炸裂し崩壊した城の玄関。やり方は不明であるが、原型を僅かに残す程度に破壊され尽くされていた。

 

「―――言峰……っ!」

 

 イリヤはそれを見て驚愕し、しかし、内心では何処か納得の出来る光景を見て一言口から声を漏らした。この魔術師ならばこの行動も不思議ではなく、血生臭い戦場が似合うこの代行者は殺し合いの場に相応しい気配を纏っていた。

 

「………そう、そういうこと。貴方、最初からこういうつもりだったのね」

 

 神父の隣に居る“ソレ”は一体何なのか、アインツベルンのマスターである彼女は疑問に思った。しかし、何よりもまず、この胸糞悪い男に悪態をつきたくなった。相変わらず見ただけで皮肉と嫌味を吐きたくなる存在感、この神父を見る度に心地良い嫌悪を感じてしまう。理由は分からないし、理解しようとも思わない。

 

「ああ、そういうコトだ。今回で五回目となる、この茶番劇が始まった最初の時からな」

 

「―――で、隣にいるのは何? 私が“解からない”だなんて、普通じゃないわね」

 

 神父と共にいる男。サーヴァントらしき気配はあると言えばあるが、今回召喚された七騎のサーヴァントでないのだ。この不可思議は不気味そのものであり、イリヤスフィールにとっては有ってはならないイレギュラーそのもの。

 

「見て解からずとも、この状況で大凡の察しはついているのであろう?」

 

 ニタリ、と良く似合う笑みを浮かべる神父が視界に入る。それが彼女の精神をこの上なく逆立出せる。実に嫌な感触を持つ笑顔だった。

 

「――っち、気に喰わないヤツ」

 

 イリヤは思わず、そう言葉を口から吐き出し、舌打ちをした。嫌悪を隠さないイリヤと壮絶に殺気だったバーサーカーを見ても士人は態度を一切崩していない。ギルガメッシュは呆れたように自分の臣下と聖杯の人形の会話を聞いていた。

 

「サーヴァントじゃない英霊だなんて違反行為も良いところじゃない。…貴方、それでも監督役の神父なの?」

 

「……さて。俺は両キョウカイから『やれ』と言われ、この監督役を引き受けただけだからな。

 魔術師とサーヴァントとの殺し合いに参加してはいけないとは言われておらず、況してや監督役の戦闘行為も禁止されていない」

 

「ふ~ん、そう。それで、そこのそいつは前回の生き残りか何かってこと?」

 

「想像に任せる、とだけ言っておこうか」

 

 かつん、と足音。一歩、黄金の覇気を纏うライダースーツの男が音を発てて前に出る。それだけでイリヤスフィールはバーサーカーに守られている今のこの状況で、全身に有り得ない筈の悪寒が走った。

 

「下らんお喋りはそこまでだ。

 ……そもそもだ、ここに態々この(オレ)が赴いた理由、それを一番理解しているのは貴様であろう、聖杯(にんぎょう)よ」

 

「―――――――」

 

 ――空気が一瞬で凝固した。

 イリヤの怒気に合わせ、バーサーカーから立ち昇る殺意と戦意は桁外れに禍々しさが増して行く。

 

「ふん、行儀のなっていない男ね。レディに対してその態度じゃ、貴方の底も直ぐに悟れるわ」

 

 気に入らない神父の前で自分の弱い姿を見せるのは虫唾が走る。そう思ったイリヤは呑まれそうになる精神を灼熱とさせ、目の前で宛ら君臨する様に立つ英雄王に啖呵をきった。

 

「クク、だとさギル。中々の物言い様だな」

 

「……」

 

 そのイリヤスフィールの姿が愉快だと笑う神父。そして、からかわれたギルガメッシュが神父を睨みつける。…バーサーカーではなく言峰士人から串刺しにしそうな雰囲気だ。

 

「やれやれ、ちゃちゃを入れては悪かったな」

 

「貴様と言う雑種は、本当に殺し甲斐のある臣下よな」

 

「全く、数年も仕えている配下に冷たい王様だ」

 

「……ハ。貴様がいつ、従順な配下らしく我に仕えていたのやら……」

 

「それはまた、何と酷い言い草だ。ギルが其処まで言うのであれば――――――この戦い、俺が手伝ってやろうか?」

 

 臣下の言葉、それを聞いた王様は更に一歩前に出た。

 

「―――要らん。そのような事をすれば本気で殺すぞ、雑種(ジンド)

 

 英雄王ギルガメッシュ。十年ぶりとなる英霊との殺し合い、そして彼は喜悦の笑みを顔へ刻んだ。

 

「ふん、貴方はイレギュラーみたいだけど、私のバーサーカーと戦って生きていられるかしら?」

 

「■◆■■、■◆…」

 

 主の言葉と高まる戦場の血の猛り、バーサーカーが低く重く呻き声を出す。

 

「全く以って不愉快極まる。

 ―――犬畜生と肉細工、つまらなければすぐに殺すぞ」

 

 下らない玩具を見る、そんな呆れた眼をするギルガメッシュ。

 

 

「ほざきなさい! やっちゃえ、バーサーカーっっ!!」

 

 

 イリヤスフィールの声に応えるは、彼女に仕える最強の大英雄。

 

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 余りにも強大な雄叫びがアインツベルンの城を揺らした。

 狂戦士の名に相応しい、いや、並の狂気など一薙ぎで消し飛ばす暴力そのものであるバーサーカーの凶星の如き眼光。その視線の先にいるのは、彼の主を狙う二人の賊。

 

 

「――――――ハ」

 

 

 狂う英雄を一笑するのは、臣下の神父を背後にして君臨する黄金の王。

 そして、バーサーカーにその声が耳に入る。理性の無い彼では言葉の意味を理解出来たのか如何か、それは誰にも解からないだろう。しかし、その言葉が自分と主を侮辱し尽くした哂いであったのは、その狂った心でもバーサーカーは感じ取ることが出来た。

 ――――震え、轟く、狂える雄叫び。

 狂戦士は狂気のまま眼前の男を叩き斬る為に前進した―――――その瞬間。

 

「え……?」

 

 ―――それは、刃の軍勢であった。

 イリヤに目掛け突如として虚空から武器が召喚され、数多の刃が瞬時に少女へと牙を立てんと襲い掛かった。

 

「■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 バーサーカーは突進を止めざる終えなくなる。叫び声を上げ、彼女を守る壁にならなくてはいけなかった。

 

「―――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 創生の力、貴様のような野獣にはちと勿体無いが、全身で味わってみると良い」 

 

 少女を守り体から武器を生やす狂戦士の姿。それを見てギルガメッシュは笑みを更に深め、パチンと慣れた動作で指を鳴らす。

 ―――鳴り響くのは空間を抉る発射音。そして、肉を串刺す不協和音。

 圧倒的な、一方的な、虐殺の光景。串刺し串刺し串刺し串刺し、只管に串刺しにされ続ける光景。それは戦いと呼べるものでは無く、処刑と呼ばれる強者からの罰であった。

 

「バ、バーサーカー…‥っ!」

 

 白い少女が叫ぶ。だがその声になんの価値がある?

 彼女の従者は殺され続ける。十二の命を宿す彼は淡々と、剣で、槍で、ありとあらゆる武器で、その身を抉り削られて逝く。眼前に立つ敵に、黄金の王に。

 飛び散る肉片、血潮を上げる彼の屈強な肉体、穴だらけの巨躯。

 血塗れで、傷がない部分を捜す方が難しく、神の呪いで修復されようとも次の瞬間には瞬く間に圧殺される。

 

「……温いな、全く」

 

 ボソリ、と神父が呟いた。黄金の王の後ろに立つ士人はいつもと変わらない雰囲気で佇んでいる。相変わらず死んだ魚のような目で、目の前で繰り広げられる戦場を何を思う訳でも無く淡々と観察しているのみ。

 

「……………(アサシンを連れて来ないで正解だったな。アレはおそらく、ギルガメッシュ以外には最狂となるサーヴァントだ。狂気による純粋な暴力、単純明確な脅威であるからこそのバーサーカー……か)」

 

 もしこの場にアサシンがいれば、ウズウズしながら残念そうに戦いを見学する事となっただろう。そして、そんな彼が残念に思うことは、この戦いに参加出来ないコトと参加したとしても自分の能力では役に立たないコトだ。

 アサシンの対人魔剣・燕返しは単純な剣技である故、バーサーカーの宝具が持つ対宝具耐性を考える必要もなく何回も殺すコトが出来る。世界法則を歪める斬撃の極地は空間を捻じ斬り、神の加護さえ切り裂けるであろう。しかし、バーサーカーは斬られながらも、殺されながらも、敵を粉砕する狂戦士。狂気のまま眼前の敵を殺し尽くすサーヴァントは単純で圧倒的な強さを持つ。アサシンでは負けない戦いは出来るかもしれないが、勝つ戦いは出来ないのだ。

 ……では、そのバーサーカーを一歩的に屠殺するサーヴァントは何なのか。

 

「■■■◆■◆◆■■ーーー!!」

 

 吹き荒れる旋風。岩で出来た斧剣の悉くが無力に弾かれ続け、無数の剣が宙を舞う。ギルガメッシュの背後から現れる武器は、その全てが必殺の“宝具”である。

 

「そんな、うそよ…」

 

 イリヤが驚愕の余り呟いた声は、二体のサーヴァントが奏でる戦争の音色に消し飛ばされる。

 ――貫く、貫く、貫く。無敵を誇る大英雄の五体が抉り削られていく。

 湯水の如く空間から溢れ出る必殺の軍勢、剣が巨人を蹂躙する。胴を引き裂き、頭部を撃ち砕き、心臓を貫き、腕を千切り、足を切り刻み、五臓六腑が炸裂する。

 ――だが、それでも、黒い巨人は死に至らなかった。

 バーサーカーは即死する度に蘇生する。そして死する度にギルガメッシュへ前進する。幾度も無惨に殺されながらも、彼は足を決して止めない。

 ――その姿を、黄金の王は愉快げに笑って迎えた。

 そして繰り返される解体劇場。無敵を誇る筈の大英雄は英雄王に近づく事も出来ず、その肉体を血塗れに染め上げた。

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 バーサーカーは見た目通り尋常な能力では無い。言峰士人が見てきた者の中で、間違いなく史上最強の戦士である。強力な怪物集団である死徒二十七祖でさえ、大部分がバーサーカーからすれば当たり前に殺せるそこいらの魔物でしかないだろう。神話の時代に大英雄が打ち立てた偉業は、果てしなく強大な伝説だ。

 鋼鉄の肉体と最狂の怪力。既に敵の脅威を感じ取ったイリヤスフィールにより狂化状態に突入したバーサーカーは、数多に存在する英霊の中で更に怪物と言える戦闘能力を増幅させている。幾ら殺されようが死する度その場で甦り、クラスにおける最速のランサーを凌駕する速度と最優のセイバーを凌駕する臂力を持つサーヴァントなんて、それこそ太刀打ち出来ないだろう。バーサーカーの真価とはつまるところ、どのサーヴァントよりも速く、強く、堅く、暴力を撒き散らす事にある。

 だがしかし、その怪物を眼前に一歩も引かず、魔剣、聖剣を繰り出し圧倒する英雄王は怪物以上に怪物だった。バーサーカーとはまた違う凶暴性、秩序なき暴力が当たり前の様に最強の一角を殺す、殺す、ただ殺す。

 

「――――フ。所詮は暗愚の輩(バーサーカー)、戦うだけのモノであったか。同じ半神として期待していたが、よもやそこまで阿呆とはな!」

 

 バーサーカーから見ても規格外の敵。それでも尚、彼は最強であった。全身を貫かれ、斬られ、穿たれ、刻まれて、しかしバーサーカーは止まらない。豪雨の如く降り注ぎ続ける刃の滴で身が死に逝こうが、蘇生を繰り返し間合いを詰める。

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 ………それは、余りに愚直な前進だった。

 敵の攻撃への対抗策など考えもしない、只管前へ命ある限り進み続ける狂気の沙汰。敵を屠り殺す為の狂戦士の戦い。

 しかし、届かない。狂戦士は目の前で君臨する王に辿り着けない。ギルガメッシュはそれを理解し、あえて立ち止まり挑発する。愚かに前進するしかない的を嘲笑する。

 

「◆■◆◆■■」

 

 黒い巨人に勝機は無かった。今の方法では勝ち目は欠片も見当たらない。しかし、そうだとしても、彼は足を止める訳にはいかなかった。止める理由になどならなかった。

 

 巨人は、足を進める。

 後退も、回避も無く。

 それを、王は笑った。

 

 宝具が奔る。嘲う声を上げながら、空間を侵食する己の財宝に指令を宣告する。

 

 

「では、そろそろ引導を渡してやろう。これ以上近づかれては暑苦しい」

 

 

 ――そして、号令が下された。

 巨人は自分に襲い掛かる必殺の大部分を弾き返し、刃の群れが命の大部分を粉砕した。

 

「■■■■■■…」

 

 血に塗れた体が揺れる。ゆらり、と地へ沈み逝く鋼鉄の巨体。

 

 ――だが、違った。

 

 彼は踏みとどまった。今一度倒れ込む己が肉体を立ち上がらせ、全身に纏わり付く宝具を振り払う。

 

「な――――――に?」

 

 ギルガメッシュが顔に浮かべたそれは驚愕だった。狂戦士は宝具を打ち払い、必殺の攻撃を駆逐する。そしてギルガメッシュへと踏み込み続ける。

 

 …体は死に体。絶望的なまでに致命傷を背負いながらも、彼は前へ進む。

 

 それは、余りにも強い意志の現れだった。バーサーカーが身に纏う気迫は狂気では無かった。彼は確かな自分の心で意志を貫かんと、この絶望しかない戦場にいるのであった。

 

「フン、的でしかない犬畜生が。あれを喰らいそれでも尚、肉の形を留めるか…」

 

 ギルガメッシュは容赦無く魔弾を撃つ。それをバーサーカーは斧剣で弾き、肉が削がれ、腕を穿たれ、足を貫かれようとも、決して足を止めず追い詰めていった。

 

「――――――」

 

 其処までしても、幾ら宝具を斬り払おうとも、彼はきっと届かない。それを承知で挑むのは、譲れない何かが彼の肉体を動かし続けるからだった。

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 彼はイリヤスフィールのサーヴァント。前に進む理由はそれだけ。

 バーサーカーは我が主の為、その命を守る為に戦う。それ故に巨人には後退も回避もしなかった。背後にいる幼い主、怯える心を必死に抑えている少女を宝具の雨から守護せんと、盾となり前進するしかなかった。

 彼は主の為、その愚直な前進を繰り返す。主を守りながら敵を討つには攻撃を自身に集めるしかないと悟った故の前進。

 

 

「■■■■■■◆■◆◆■■◆■◆ーーーーッッ!!!」

 

 

 ―――咆哮が上がった。

 十度目の死を大英雄は乗り越え、眼前の敵へと駆け抜ける。瓦礫を巻き上げながら突進する姿は、余りの恐怖に脳髄が凍る程の脅威を見る者に与える。

 

「下郎――――っ!」

 

 ―――虚空より躍り出る無数の弾丸。

 狂戦士は必殺の矢を弾き返し撃墜させる。それは彼が見せる最後の猛りだったのか、ギルガメッシュへと肉薄した。

 ―――空間を抉り、斧剣が奔る。

 無骨な脅威が鎧も装備していない無防備なギルガメッシュへと向かう。今まで一度となく敵に振われなかった彼の剛斧が、主の敵を討たんと風を切り裂く唸りを轟かせる。

 そして、ついに一閃される彼の剣筋は、しかし―――――

 

 

「―――天の鎖よ……っ!」

 

 

 ―――無数の鎖によって、バーサーカーは捕えられてしまった。

 

 



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28.再死合

 近所のインド料理屋で夕飯を食べてきました。ナンが食べ放題でしたので、食べ忘れた昼飯の分の食べられたので良かったです。そして、何故あそこまでナンとインドカレーのセットは美味いのか、不思議です。インドがあだ名な代行者さんも、本場のモノを食べたのなら目覚めても仕方なかったのかもしれない。


 助けた他人から嫌悪された分、助けなかった他人から憎悪される。殺した他人から憎悪された分、殺さなかった他人から嫌悪される。

 ……ならば、自分を助けない人間は、自分自身に呪われるのだろう。

 彼の人生は円環に似た螺旋であった。運命が悪夢を成す程に、人の営みは醜悪を極めた。夢見た正義は何処にも無かった、求めた理想は何処にも無かった、世界にも自分の内にも。

 ―――何故、殺す。

 人を殺さないと人が殺されていた。殺さないと何も救えない。

 ―――何故、救う。

 命を救わないと人は救われない。命を救えても人は救われない。

 ―――何故、戦う。

 綺麗だと憧れた。その理想が綺麗だった。

 彼はもう終わりを迎えている、もう救われる事もない。英霊が人を救う存在ならば、英霊となった彼を一体誰が救えるのだろうか。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 魔術の到達地点―――魔法。

 それを手に入れた者を魔術師は魔法使いと呼ぶ。魔術師が存在の全てを掛け、人格を変質させるまで渇望する魔術基盤。今の人類では到達不可能な境地。

 魔術師が求める魔法は五つ世界に存在し、その中でも第二魔法は『平行世界の運営』が正体である。何でも個人個人の運命は複数に分岐されており、ヒトが選んだ道で世界はカタチを変容させていく。世界は人によって分岐する、それも無限にだ。魔法使いに観測された世界、同じ人間が違う道を選んだこことは違う世界。“もしかしたら”の世界がこの世界の外側へ無尽蔵に存在する、まるで合せ鏡の様に際限無く。

 

「―――――(確か……ここが主に言われた場所であったな)」

 

 涼しい気配を纏う侍、彼の正体はサーヴァント・アサシンである。もっとも今は実体化しておらず、それなりに霊感を持つ異能者にしか目視は叶わないだろう。

 そして、このアサシンは魔法と言う幻想に剣術で到達した侍でもある。今の現世での名前は佐々木小次郎、生前とは全く関係ない名を背負わされた故人なのだ。歴史に刻むべき名前などない百姓が亡霊の正体、英霊の中身。

 

「―――――(何処か陰鬱な気配、負の思念を感じさせる剣気………アーチャーか?)」

 

 霊体化したまま街中を通り抜けていき、アサシンのサーヴァント――佐々木小次郎が辿り着いたのは冬木教会。彼はマスターの命に従い戦場へと足を運ぶ為に、嘗てのマスターが潜伏する教会を訪れた。

 

「……………」

 

 教会の敷地に少し入る。人目が無いそこで彼は霊体化を解除した。既に刀を鞘から抜いており、アサシンは悠々と刀身の峰を肩で担ぎながら歩いていく。

 ―――草鞋が石造りの地面と擦れる音。

 暗殺者として呼ばれたサーヴァントであるが、もとより風の噂で聞いた事がある忍びの如く闇に隠れて敵を抹殺する気など初めから彼には存在しない。一つに纏められた長い髪を風に揺らしながら、真正面から堂々とアサシンは敵陣へ歩んで行く。

 そんな時、風を切る音を聞く。いや、もはや風よりも迅く、此方に迫る脅威。それは眉間を狙う一矢。

 アサシン目掛け、鉄矢が唐突に迫りくる。おそらくは教会に潜伏するサーヴァントが放ったであろう、その不意打ち。だが、しかし―――――――

 

「温い温い、気合いがまるで足らん」

 

 ―――眉間を穿たんと迫る鉄矢を、アサシンは首を逸らすだけで回避する。

 彼はサーヴァントとして“心眼(偽)”のスキルがステータスに付けられる程の技量の持ち主。そもそも不意打ちなど頂きに至ってしまった侍に効きはしない。あらゆる危機を予知し回避する侍は、他のサーヴァントと速度の質が異質であり、アサシンが体感する時間の動きは他の人間と比べると全く違うモノ。

 

「――――――………」

 

 教会の屋根から弓を構えアサシンを見下ろすアーチャー。無言のまま鋼の様な無表情で下にいる男を睨む弓兵は、何故アサシンがここに居るのか解せなかった。

 

「……ふむ」

 

 ボソリと声を漏らす弓兵―――そこからは何一つとて感情が窺えない鋼の音。

 

「何故貴様がここにいる?」

 

 彼が訊く、その僅かな戸惑いと確かな敵意が込められた問い。それを聞いたアサシンは浅く笑顔を作る。口元を鋭く歪ませて笑みを作る。

 

「何故、貴様が何故と、そう私に訊くのか弓兵」

 

 眼下を歩く侍の声を聞き取り、アーチャーも皮肉気に苦笑する。そんな事も悟れぬのか、と侍の視線が教会の上で弓を引く男を貫いているからだ。

 

「…我々はサーヴァント同士だったな。理由を訊く行為に、大した価値は無いのは此方も認めるところだ」

 

 暗殺者のサーヴァントはアーチャーに矢を狙われていながらも、まるでそれを気にした素振りを見せずに足を進めた。

 そしてアーチャーは、自分の矢を気にせずに教会へと歩き続ける侍へ重々しく自らの口を開いた。

 

「―――立ち去れ……などと、無粋な事は流石の私も言わしないさ。

 だがな、それでもここを通ると言うのならば、精々安らかな臨終を迎えるよう、仏にでも祈るのだな」

 

 黒一色の弓を消したアーチャーが石畳の地面へと跳び下りた。

 彼が得意とする遠距離戦ではなく近距離戦に戦場を変えたのは単純な事で、門番として立たされている教会を守護することが出来ないからだ。長刀で戦う暗殺者のサーヴァントとして異色なアサシンの敏捷性は、英霊と言う超人魔人の集団から見ても怪物的なスピードである。このままでは幾ら矢を放とうとも悉くを回避され、本当に一瞬の間で接近を許し、彼は弓から双剣に武器を切り替える時間も無く斬殺される。

 そもそも只の矢では射れるイメージが浮かばないのも事実。大して距離が離れていないこの状況では狙撃が成功しそうにない。奴を討てる宝具クラスの概念武装を使おうにも、今の距離では魔力を充填する間に近づかれて終いになる可能性が高いと経験で判断する。

 

「くっくっく。何時ぞやと立場が逆になったな」

 

 屋根から降りて来た紅い弓兵に、蒼い侍が面白そう声を上げる。アサシンは何処となく、目の前の再死合相手に対して揶揄した雰囲気を纏っている。

 

「嫌味かね、それは」

 

「まさか。見たままを言ったまでよ」

 

「……それを嫌味と言うのだよ、アサシン」

 

「そうなのか…くく、それは失礼を申した」

 

 アサシンがダラリと脱力しながら、片手で長刀を悠々と構えている。

 一見すれば隙だらけであるが、それは隙であって隙ではない。彼の剣術には元々これと言った構えは無く、そもそも斬り合いに不必要なのだ。我流ゆえに邪道、強いて言えば唯一つ鍛え上げ修得した秘剣にのみ型が存在する。

 

「…………………」

 

 ゆらり、ゆらり、と侍が間合いを詰める。後一歩、そこはアサシンの必殺圏。二歩踏み込めば、アーチャーの双剣が唸りを上げよう。

 

「おぬしの剣技は確かに良く鍛えられていた」

 

 薄っすらと笑みを浮かべる侍。

 

「しかし、おぬしの剣からは尊厳が感じられぬ。自己を鍛えた者として抱くべき魂が摩耗し、負の澱に囚われた淀んだ剣筋。

 さながら心が挫け、魂に誇りを失った――――負け狗の剣術よ」

 

「――――――――――なに」

 

「故に残念だ、弓兵よ。

 本来のおぬしならば心から死合いを愉しめそうであるが、心ここに有らずと言った姿では、此方も斬り甲斐が薄れてしまう」

 

「――――――――――――っ」

 

 ……挑発だ。アーチャーもそんな事は理解している。

 しかし、アサシンが図らずとも、その言葉は全て事実だった。もはや成り果ててしまったアーチャーには何も無い、摩耗した彼の魂に尊厳など何処にも無い。余りにも醜悪な人の営みが、魂の尊厳など失わせてしまった。エミヤシロウが正義の味方の何に誇りを抱いていたのか、そんな事も如何でも良くなってしまった。

 ――――だからこそ、それは彼にとって発火剤となる。

 背負ったモノは絶望のみ。味わうモノは苦痛のみ。理想に裏切られ、信念は汚れ果て、後は泥沼の中で溺死するだけだった。

 

「何とでも言え、結果は直ぐにわかる」

 

「―――…………く。おぬしならそう言うと思ったぞ。

 確かにこれから死合う相手に要らぬ挑発をするのは無粋よなぁ。そもそも戦いの前に声を交わす事自体、我々にとっては贅沢にも程があろう」

 

 如何やら、それなりに本気になったアーチャーを見てアサシンは笑う。

 

「さて、死合おうか。

 どのみち私はこの先の魔女の首に用がある。おぬしはここで斃れ、屍となるが良い」

 

「ああ、そうしよう。

 私にも目的があるのでね。貴様が生きていると、後々何かと邪魔になりそうだ」

 

 互いの宣告。―――そして次の瞬間、長刀が弓兵の首に伸びる。

 目視不可の初動、初速にて最速の動き。千里眼を持つ彼にとっても神掛かったその(はや)さ。

 ―――カキィン、と鉄と鉄が擦れる音。

 双剣の片割れが刃を防ぐ。首に向かう進行方向の間に白の中華刀が割り込んだ。そしてアーチャーはそれと同時にもう片方の黒い剣で侍を両断しようと踏み込もうと考えるも、しかし出来ない。

 そして、またしても鉄と鉄が擦れる音。ほぼ同時に襲い掛かってきた二連斬。アサシンからの斬撃、その一撃を彼は黒き剣で防いだ。

 

「っ――――――――」

 

 化け物だ、アーチャーは内心で苦悶の声を呟いた。

 自分が防いだ瞬間、返し刀にもう一撃を繰り出す侍の剣術は神速を超えている。速さを超えた迅さ、それは天賦の才が可能とする剣の業。瞬間、瞬間、零から最大まで加速する魔人の魔剣。五尺もある刀から伝わる剣気が相手に絶望を与える程の技量を知らしめる。その殺意が敵の心を死に至らしめる。

 ――それでも、アーチャーは後退しない。

 迫り来る剣戟を防ぐ、防ぐ、防ぐ。首を狙い切り迫る刃の先を読み、陰陽の双剣で迎撃する。双剣の刃と刃の合間を差し、防御を抜けて首狩りを行わんと殺しに掛る長刀。風を斬り唸りを上げる剣気からアーチャーは生きていた。

 止めど無く襲い掛かる侍の斬撃の群れに隙間は無い。

 彼が一代で創り上げた剣術に隙は無い。

 アーチャーの目でさえも、刀の真っ先は既に影も形も無く、動きの初動も視切れない。…しかし、防ぐ。彼は侍の刃を先読みし、双剣で弾き続ける。此方が敵の攻撃箇所を誘導する為に作る隙さえアサシンは無視し、ただ只管に必殺の一撃を求める侍の剣気、アーチャーの戦術ごと斬り捨てる彼の剣戟は苛烈であった。だが、そうであろうとも、弓兵は必殺の群れを凌いでいる。

 

「――――――……っ!!」

 

「ふ……――――――――!」

 

 ……鳴り響く剣戟の連続音。高鳴るは、刃と刃が奏でる鉄の音色。

 アサシンが感じ取るは、弓兵の殺気により形成させる剣気の群れだ。先の先の先の先を、更にその先さえ読み取る戦術は死神の如く侍へ脅威を与える。

 

「――――――(ほう、これを相手に引かぬかアーチャー。……ならば少々、趣向を変えるか)」

 

 アサシンの動きが止まる。不動にて不敵。掛って来いと、彼はそう微笑みかけた。

 

「っ――――――――――!!!」

 

 好機を見て弓兵が踏み込む。攻守は反転する。アサシンが見せたのはアーチャーがそうする様、自ら攻撃を誘う為に隙を作る行為。だがそれでも、アーチャーは踏み込み、敵の策ごと斬り殺すと目で語っている。

 ―――そして、アサシンはアーチャーの剣撃を受け“止”めた。

 完全な脱力により衝撃を殺し切り、受け流すこと無く、彼の双剣を停止させ鍔迫り合いに持ち込む。だが、そんな事は本来ならば有り得ないのだ。

 

「――――――……っ!」

 

「くくく、実に不思議そうな顔を浮かべたな」

 

 双剣を攻撃を受け、侍の刀に異常は何処にも無かった。そう、異常が無いことが何よりもの異常。神秘もない只の日本刀で、干将莫邪の一撃を正面から受け耐えられる道理は無い。

 

「―――――――(そういうことか……っ!)」

 

 ギジギジギジ、と鍔迫り合いに持ち込まれる。そしてアサシンの絶妙な力加減で抑え込まれ身動きが出来ない彼は、得意の魔術で長刀を解析した。無理に押し返せば間合いを取られて輪切りにされ、力を弱め過ぎれば押し返され輪切りにされるこの状況で、アーチャーはこの不可思議を理解する。

 

「…………(何処の誰かは知らないが、アサシンの新しいマスターが刀に強化魔術を掛けたのが理由だな。本当に余計なことをしてくれる。

 ―――っち。先入観に囚われ解析を行わなかった私のミスか……っ)」

 

 名刀であるが只の日本刀でしかなかったアサシンの刀。彼の愛刀は魔術師により生まれ変わり、神秘と殺し合える武装へと新生した。

 宝具とも斬り合える長刀は群青の侍が振るうことで、英霊の魔剣に匹敵する妖刀となったのだ。

 ―――ギジギジ、と刃と刃が弾けぶつかり花火が散る。侍の刀が怪しく光った。

 アーチャーは山門に訪れた時、アサシンと戦闘を繰り広げている。その時のアサシンと今のアサシンを同一と視たのがそもそもの間違い。他と比べ元々燃費が非常に良いサーヴァント、マスターからの魔力補給も万全な彼は一味も二味も違う。サーヴァントの宝具相手に役者不足だった刀も入念に強化され再誕し、階段と言う剣士には戦い難い地形からも解放された侍の剣技の冴えは光り輝いていた。

 鉄と鉄がお互いを削り合う不協和音。精神に負荷を与える音響の中、アーチャーはそれならばと不敵に笑みを浮かべた。相手に腹立と不安を与える策士の笑顔、それが相手の精神に隙を作らせる。

アーチャーは自身の表情さえも武器と使う英雄だ。ハッタリであれ真実であれ、それは敵の精神に干渉する悪辣な罠なのだ。

 

「っ―――――――――――!」

 

 その時、アサシンに寒気が奔る。明鏡止水に至った彼の精神が、その笑いを危険に感じる。

 自分が有利なこの状況で、相手の動き次第で如何とでも斬り殺せるこの状況で、未だ見えぬが襲い掛かるであろう脅威から自身の“死”を感覚した。

 ―――閃光と爆音。

 ドオォン、と言う死の音色の発生源は双剣から。突如として二振りの剣が炸裂する。爆発の前触れは無く、強いて言うのならアーチャーが小声で何かしら言葉を呟いていただけ。

 爆発して消え飛んだ双剣の主であったアーチャーは、吹っ飛ばされた後にゴロゴロと石造りの地面を転がりながらも生きてた。無傷とは言えない、しかし何処も軽傷である。肉体に強化魔術を施し、剣と化した四肢の強度が熱風の破壊力を上回った。

 

「―――――――ッ!」

 

 無言のまま、彼は煙の向こう側にいるであろう侍に新しく手に出現させた双剣を投げる。

 生きているのか、死んでいるのか、軽傷なのか重傷なのかは分からないが、今の内にトドメを刺すべく致死の一撃を見舞わせる。

 …そして、二つの金属音。アサシンは生きていた。

 ビュンと煙を引き裂いて、群青の侍は現れる。煤で着物は薄汚れているが、アーチャーと同じく重傷は一つも無い。

 

「……驚いたぞアーチャー。剣が破裂するとはな、流石にそれは予想出来ん」

 

「私の手品も中々だろう? 少しは驚いてくれて何よりだ」

 

 そうは言うものの、アーチャーは内心で苦い思いが少しも無い訳では無い。

 彼が行った捨て身の反攻、双剣の爆破は絶妙な手加減され自身に致命を与える事がないと解っていても危険である事に違いは無い。それ故に捨て身、それ故の必殺足りえる戦術。しかしそれは成功に成らず、失敗に終わった。

 アサシンとアーチャーはサーヴァントとして耐久性に違いがある。アーチャーにとっては軽傷で済む攻撃であろうとも、アサシンにとっては命に関わる重傷となる攻撃になる爆破であった筈。

 ―――だがアサシンは、持ち前の危機察知能力で脅威を悟り、アーチャーが双剣を爆破する前に後方へ退避した。

 彼は双剣が爆発する事は判らなかったが、ここにいれば自分は死ぬのだと、その脅威を感じ取る事は出来たのだ。

 ―――しかしその事も弓兵は可能性の一つとして読んでいた。だからこそ彼はアサシンがいる煙の向こう側へと双剣を投擲した。

 それなのに、その攻撃さえアサシンは弾き逸らした。目視出来ない奇襲も迎撃した。

 それが事の顛末。アサシンの戦術をアーチャーが戦術で破ろうとも、アサシンはそれを鍛えられた武芸者の技量で乗り越えた。

 

「――――――――(ほう、剣が弾けるのか……。奴の剣自体に脅威を感じたのはそれが理由であろうな、気を付けねば直ぐに此方が死に果てる。

 それに先程受け流した双剣にも不可思議な術が掛っておるのか如何か、少しばかり気に掛るのよな。面妖な術が他にもまだ有ると見るのが賢明か……―――――――)」

 

 アーチャーの戦術の一つに、斬り合いの中で態と剣を落としながら剣を新しく投影して斬り合う戦法がある。しかし、アサシンの剣術は首を撥ねる一撃必死の必殺の業。アーチャーが剣を落とすのは頭部が胴体と分離する直前、円で迫る刃が相手では剣を落とした瞬間そのまま長刀が首を狩る。

 だがその前に、そもそもアサシンの膂力にアーチャーの双剣を吹き飛ばす力は無い。そんな事をすれば侍が持つ心眼で不自然さを疑われ、投影魔術師として更に戦い難くなろう。異端の魔術で隙を突く戦術を戦いの要とする彼は、不用意に警戒を無駄に作りたくは無い。

 

「―――――――――(このタイプは感覚そのものが優れているからな、全く以って割に合わん。

 ……さてはて、漸く仕掛けた鶴翼三連の第一陣。奴の動きを読み取り、干将莫邪の使いどころを見極める必要が出てきたな)」

 

 二段構えの奇襲をも防ぐ超感覚。脅威を先読みする第六感。アーチャーとは反対に位置する戦法。侍が刀を振り続け死の間際で至った究極、それは才能が欠しかったアーチャーが越えてやると足掻いた境地でもあった。

 彼とは反対に位置する業(ワザ)の極み。弓兵は侍の剣術を見て何を感じているのか、その美しさの何に魅せられるのか、それは理想の為に剣を鍛えた弓兵にしかわからない。

 

 

「さぁ。死合(シアイ)を再開しよう、アーチャーのサーヴァントよ」

 

「それは此方も望むところ。―――亡霊の秘剣、今日ここで潰えてしまえ」

 

 ―――ニィ、と侍は笑う。面白可笑しいと侍は壮絶な笑顔を顔に刻む。

 生涯を掛けて修得した秘剣を蔑ろにされようとも、そんなことは今自分が抱いている悦に比べるモノでは無い。

 なんと言っても自分の秘剣を破れると挑発出来る強敵なのだ、これが愉しく無いワケが無い。そんな相手と死合いを行い、何より殺し合いを自分と行える強者と会話をする、こんなに楽しい出来事は生前になかったのだ。

 ―――鉄が弾ける、剣戟の嵐。それは死の舞、剣の舞。

 

 

「――――――――――じゃ」

 

「ハッ――――――――――」

 

 

 しゃらん、と双剣の一撃を長刀で流し逸らされる。

 首を刎ねに斬り迫る長い刃。初動を見切れない斬撃は全てが必殺。アーチャーの『眼』を持ってして異常な迅さ。

 ―――――命を賭して戦場で鍛え上げられた戦術が、只一つの頂きだけを目指して鍛え上げられた剣術に押されている。

 経験とは、それだけで相手より有利な立場へ成れる。アーチャーはアサシンより数十数百倍の敵と戦ってきた、侍にそう悟らせる程の重みが刃に宿っている。彼が魅せる双剣は才能を感じさせないからこそ、それを見る者に鈍い輝きを幻視させる。アサシンが鋭く巧みな剣術ならば、アーチャーは巧く堅い剣術。両者の一番大きな違い、それは目的の為に剣を鍛えたのか、剣を極める為に剣を鍛えたのか、この二つである。

 蒼い侍は死合う敵に透き通った刀の業を魅せるが、紅い弓兵は血塗れで人肉の臭いが染み付いた双剣の業を敵に刻み込む。

 アーチャーとアサシンに存在する差は、命を殺した数と、命の危機に瀕した数だ。互いの業を視るだけで、お互いがどの様な人生を歩んで来たのか、今を殺し合う二人は理解出来た。

 この二人の剣士には、それだけ人生に違いがあった。それだけ、人を斬った回数に違いがある。それだけ、命を賭した回数に違いがある。

 

「―――――――ヌァッ!」

 

「ふ――――――――っ!」

 

 ………それでも、弓兵の双剣は、侍の刀に届かない。

 だからこそアーチャーは決意する。自分と言う敵に胸を躍らせる、この眼前のサーヴァントを打倒するべく思考を巡らす。一度目の偶発的な殺し合い、二度目の死闘。この因縁をここで決着とするべく弓兵は暗殺者を睨む、侍は笑う。

 アーチャーは斬り合いの最中、小さく口を開ける。彼は弓兵のサーヴァントであるがその正体は違った。彼が生前に生業としていたのは魔術師である。双剣を振う剣士では無く、弓で狙撃する弓兵でも無く、彼は呪文を唱える魔術師の英霊だ。

 故にアーチャーが魔術師で在るならば、すべきコトは唯一つ――――――

 

 

「―――――I am the bone(体は剣で) of my(出来ている) sword.」

 

 

 ―――そして、錬鉄の呪文が唱えられた。




 アサシンは一体何をしているのか、今回はそんな回でした。そして読んでいれば気付いたと思いますが、とある剣士さんに壮絶な死亡フラグを立ててみた回でもあります。
 読んで頂き、有り難う御座いました。


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29.邂逅

 それがどのくらい過去の出来事だったのかうまく思い出せない。狂化の呪いが思考を乱し、頭がうまく働かない。

 

 

『―――――バーサーカーは強いね』

 

 

 そんな言葉を少女は戦士に与えた。そんな言葉を守る為、子殺しの大英雄は立ち上がる。

 

 

「―――――――――――――――――――――――――」

 

 

 理性を失くした狂った精神。しかし、心は決して失わず。自分の魂だけは決して狂わせない。

 

 

「―――――――――――――――――――――――……」

 

 

 全てが狂ってしまえば何もかもが生前の二の舞で、目の前で愛しい者が死に絶えて。

 

 ――狂える肉体、狂える精神、狂える斧剣、狂わない闘志。

 

 真の狂気とは、何もかもを守り抜かんと足掻く狂える精神。真の狂気とは、死しても諦めを拒絶する狂える自我。

 

 

「―――――――――――――――――――――………ォ」

 

 

 ヘラクレスの走馬灯。妻子を殺し、償いの為の十二の試練。そして、苦痛の果てに自害の焼死。

 

 

「――――――――――――――――――……………ォオ」

 

 

 英雄は神に殺された、女神に騙された家族に殺された。血の味、女の味、命の味、死の味、毒の味、短くも長い人生で味わってきた悲劇の鼓動。彼は贖罪を背負い込む。

 

 ―――今度こそ、今度こそ、今度こそ、今度こそは守り抜く。

 

 それ故に、背後に立つ幼き我が主だけは守り抜かねばならぬのだと――――彼は狂った。彼は狂戦士として少女の守護者と成り果てた。

 

 

「――――――――――――………………………ォ■■■」

 

 

 狂戦士(バーサーカー)は狂う。狂って、狂って、敵を討つ。

 

 

「■◆◆■■■■■■◆■◆■■■■ーーーーーっッっッッ!!!」

 

 

 ……だからなのだろう、バーサーカーの雄叫びがこんなにも恐いのは。

 彼の叫びは魂の絶叫。心するが良い、英霊と魔術師の七組よ。狂戦士の狂気を只の狂気と思うなかれ。さすれば偉業の重みは全てを粉砕する大いなる一撃であると、木端に散り逝く常世の最期に思い知らされようぞ。

 

 

 ―――しかし、それを打ち破る者がいるのなら、真実その英雄、神の試練を凌駕する魔人である。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 広間が崩落していく。二つの伝説がぶつかり合う激戦が何もかもを打ち捨てる。伝承の原典を持つ王と数多の偉業を果たした戦士の殺し合い。異なる神話の神々の血を引く二体の半神、彼らが新たな神話を体現する。

 

「……―――――」

 

 彼は指先から火を出す。煙草の先端が赤く灯り、灰色の煙が上がる。広間で広げられる死闘、その処刑劇を眼前に神父は揺らぐ事の無い黒色の瞳で観察する。

 

「――……………」

 

 終わりを見届けるか、神父は眼下の戦争を見てそう思った。

 彼が連れる黄金の覇気を纏った魔人。背後の虚空から殲滅の魔弾を途切れる事無く一斉掃射し、何もかもを崩壊させる絶対君臨王。

 

「……はぁ~」

 

 ゆっくりと口から煙を吐き出す。戦場で静かに佇む神父の姿は、この狂った戦争に良く似合う。

 

「―――(……さてと、戦いも佳境に入るな)」

 

 ポツリ、と心の中で言葉を浮かべる。

 煙草の火を消した神父は狂戦士と殲滅者の戦いを見続ける。最後が近い彼らの戦争、そして曲者もいる様なのでこれからの事も考えなくてはならなくなった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「◆■■■◆■◆■■■■ーーーーーッっ!!!」

 

 

 アインツベルン城、二人の英霊が繰り広げる規律無き死闘。

 片方は禍々しき狂戦士、もう片方は黄金の弓兵。戦士は雄叫びを、王は嘲笑を。それは阿鼻叫喚の地獄絵図、剣の軍勢を従える英雄王は地獄を確かに創っていた。

 

 

「――――ち、やはり死なん。

 かつて天の雄牛すら束縛した鎖でさえ、おまえを仕留めるには至らぬか……」

 

 

 虚空より出現した鎖がバーサーカーの動きを封じ、彼を空間ごと束縛する。

 鎖は両腕を締め上げ、あらぬ方向へ捻じ曲げていく。全身に巻き付いた鎖は際限なく絞られていき、岩石に見えるその首でさえ、その張力で捻じり切ろうと震えている。

 ――ギジギジギジギジ、鎖が軋む。

 ――ミシミシミシミシ、肉が唸る。

 広間に広がる不快な旋律。音響の元はバーサーカー、空間自体を制圧する鎖を断ち切ろうとする巨人が其処には存在していた。本来ならば絶対に不可能な行いも、あの戦士ならば成し得てしまうだろう。そうに違いないと確信させる力がバーサーカーにはあった。

 そして当然、鎖の主であるギルガメッシュもその事実を承知していた。彼にとって不快な事であるが半神ヘラクレスの力は天の鎖を凌駕しよう。

 

「――――――っぁ。

 戻りなさい、バーサーカー………………っ!!」

 

 少女の悲鳴染みた叫び。令呪を用いた強制撤去をイリヤスフィールはバーサーカーに命じる。

 ………だが、巨人は動かない。鎖に捕らえられたまま、一歩たりとも体を動かすことが出来なかった。

 

「なん、で……? わたしの中に帰れって言ってるのに、どうして」

 

「無駄だ人形。この鎖に繋がれた者は、たとえ神であろうとも逃れる事は出来ん。否、神性が高ければ高いほど餌食となる。元より神を律する為だけに作られたもの。令呪による空間転移など、この我が許すものか」

 

 そうして、終わりを示すかの如く、彼は片腕で巨人を指した。

 

「ぁ――――――――――――」

 

 茫然と、少女は声を出した。そして、迫り来た死の弾幕。数多の刃が最強であった巨人の肉体を破壊し、命を根こそぎ全て抉り尽くす。

 ………終わった。今度こそ、本当に、最強の巨人は終わっていた。

 鎖に拘束されたまま無防備な肉体に宝具を受ける事、二十二回。もはや奇天烈なオブジェにしか見てとれないカタチとなって、狂戦士は沈黙した。

 

「………………………」

 

 イリヤの視界に映るのは、鎖で磔にされ、全身を貫かれ、真っ赤に血塗れとなった自分のサーヴァントの姿である。

 そして、バーサーカーを容易く屠殺した金髪紅眼の男と、その後ろで初めて会った時と変わらない姿で佇む神父。

 

「……っ―――――」

 

 何よりも、彼女が悪寒を感じさせたのは神父の姿。

 奈落の様に深い黒眼の奥底は何も無く、魔術師であるとか、英霊であるとか、そう言うモノに関係無く、少女の精神(ココロ)を凍りつかせるほど恐ろしいまでに空白だった。

 ――……死ぬ、自分はここで死ぬ。

 イリヤはここまで明確な『死』を初めて実感した。

 死に体の狂戦士、最強を超える殲滅者、奈落の眼で自分を見つめる代行者。あんな者があんな男を従えて、あんな連中が自分の城に襲い掛かってきた時点で自分の命運は詰んでいた。

 

「―――バ、バーサーカーぁ……」

 

 …絶望が、漏れた。今この瞬間に少女が見ている現実は非常にも、二人の戦いが終わる事を告げていた。城に満ちる血の臭いが自分たちの最期を教えていた。

 彼女は無意識の内にバーサーカーへ近づいてしまう。悲しみに背中を押されるまま、彼に歩んで行った。涙を堪えている所為で前が良く見えないイリヤだが、それでもバーサーカーの姿“だけ”はしっかりと見ていた。

 

「煩わしい人形だ。手筈とは違ってしまうが、……やはり外装はいらんな」

 

 煩わしそうに顔を顰めるギルガメッシュは、自分の財宝庫から抜き取った魔剣を片手に持つ。次の瞬間、彼は呆気無い自然な動作でイリヤスフィールへ刃を一閃した。

 ―――グチュリ、と生々しい耳障りな音。それをイリヤは確かに聞いた。

 柔らかい二つの眼球を一切の抵抗なく切り裂く。そして、真っ赤な鮮血が虚空を舞いながら地面に落ちる。真横に振られた剣先に血痕が付き、禍々しい呪詛を刀身に刻む魔剣が少女の両目を凄惨に抉り斬り、一拍子送れて悲鳴が上がった。

 

 

「―――――――――――――――――!」

 

 

 ―――叫び声。両目を一文字に斬り裂かれたイリヤスフィールの、叫び声。

 

 

「ぁ……あ、あっ………ああぁ……っ!!」

 

 

 ドサリと言う、白い少女が倒れ込む音が鳴り響いた。

 切り裂かれた両眼を自分の手で覆い、血溜まりの広がる床に倒れこむイリヤスフィール。血で顔を濡らす少女を見て、無言のまま笑みを浮かべるギルガメッシュ。そして、表情一つ変えずにその光景を見守る言峰士人。

 言峰士人はこれから訪れる迎える少女の死を、受け入れている様に見えていたのであったが―――

 

「―――頼むギル。

 その女は必要な物だ、壊さないで欲しい」

 

 ―――まるでイリヤスフィールを助命するかの如く、臣下は己が王に声を掛けた。

 両目を切り裂いた返し刃に、核たる心臓を避け肺を魔剣で串刺しにしようとしていたギルガメッシュを、神父の声が停止させる。白い少女の血で真っ赤に染まった魔剣の刃、それが命を穿つ直前で止まっていた。

 

「……ほう」

 

 イリヤスフィールの両目を斬り裂いた英雄王。その彼が笑みを浮かべながら血に塗れた少女に致命の一撃を下そうといた時に、言峰士人の声が彼の耳に入っていた。士人の言葉を聞いたギルガメッシュは冷たい声を一息分外に漏らす。

 

(オレ)に意見するのか、雑種(ジンド)

 

「当然だ。紛い物では見たいモノも見れなくなってしまう」

 

 ――ドクドク、ドクドク。少女が両目から紅い涙を流す。

 ――ボタボタ、ボタボタ。血の涙が床を紅く汚している。

 王と臣下の視線が交差する。ギルガメッシュの気紛れな殺意が籠もった冷たい眼光が士人を貫く。有象無象の精神を砕くには十分な威圧がある視線を向けられても神父の目に揺らぎは無く、そこには冷たさも熱さも無い。例えるなら底無しの孔だろうか、一欠片も人間らしい揺らぎが存在しない。

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 二人を余所に声が轟き、バーサーカーの叫びが空間を歪ませる。それは本当に、バーサーカーを固定していた空間を軋ましていた。 

 ―――ギジギジと甲高い音を鳴らした瞬間、バーサーカーを縛り上げる鎖が千切れ飛んだ。

 空間ごと神を拘束する銀色の鎖が引き延ばされ、勢いのまま断ち切られる。狂戦士の膂力は凄まじく、更なる神域を突破せんと更に狂気の色合いが濃くなっていく。

 ……だがそれも当然だろう。目の前で主を斬られ狂わず、なにが狂戦士(バーサーカー)か。彼は今、本当に気が狂うまでに怒りが身の内を支配していた。

 ……しかし、その決意も無駄に終わる。彼はまた串刺しにされ、命を散らす。本当に呆気無い終わりであった。ギルガメッシュが紅い槍でその鈍重な標的、バーサーカーを仕留めた。狂った巨人は心臓を穿たれた姿で絶命し、完全に動きが止まった。

 

「…死ね、畜生風情が」

 

 不愉快げに声がギルガメッシュより発せられる。

 そして、倒れ伏せながらも狂戦士に近づくイリヤの前に人影が一つ。ゆっくりと歩いて来た神父がしゃがみ込み、彼女の細い首をギシリと握り絞めた。

 

「ぁ、……ぁあ―――――――!」

 

 少女の口から出る声には色濃い絶望と確かな恐怖が込められている。士人の冷たい掌から嫌でも伝わる終わりの気配が、その小さな悲鳴を強制させた。

 

「お前程の女でも終わりが怖いのか、イリヤスフィール?

 だが安心すると良い、今だけは絶望に眠っていろ。お前達アインツベルンの願望は結末は如何であれ、そのカタチくらいは戦争の最期に飾ってやろう」

 

「ぃや………いや、いやいやいや―――――――――――――!」

 

 泥人形(ジンド)肉細工(イリヤ)の首根っこを鷲掴む。神父の何も宿らない二つの眼には、血の涙を流すイリヤスフィールを鏡の如く映し出している。

 両目から血を流れるのも関わらず、彼女は自分のサーヴァントに手を伸ばした。地に伏しながらも暴れる少女を神父は首を抑え付け、その動きを黙らせる。

 

「あ……ぁああ、だってそんな、死んじゃダメだよバーサーカー………」

 

 ……その間に、バーサーカーは消滅した。

 士人はバーサーカーが完全に肉体が砂と消えるまで油断無くイリヤを地面に拘束していたが、警戒すべき脅威も無くなり魔術の準備に取り掛かる。

 

「―――宣告(セット)―――」

 

 神父が紡ぐ呪文。士人の手からイリヤへと魔力が毒の様に浸透する。

 

「――――――――――――――――――…ぁ」

 

 小さな呻き声、そこにはぐったりと意識を失った幼い少女の姿。霊媒治癒の応用ににより意識を狩り取られたイリヤはまるで、糸を無理矢理千切られた操り人形にそっくりであった。

 

「……………………」

 

 無言のまま、神父は彼女を持ち上げた。大した重量の無いイリヤスフィールの肉体は、彼にとって余りにも軽く、何の苦も無く抱ける程だった。

 

「………っち」

 

 神父に担がれる血塗れの聖杯。ギルガメッシュはそれを見て舌打ちをする。彼には外装は不必要であり、この世に余分な存在などおぞましいだけだ。人形の心臓こそ目的の為に必要とはいえ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言う人形自体は生きようが死のうが如何でも良く、更に言えば彼の世界にとっては殺した方が正義となるガラクタだ。

 だがしかし、彼にとって不快な事であるが、ここで我慢をすれば後々により面白い展開になるのは予測出来ていた。英雄王の臣下である神父が造り上げる第五次聖杯戦争と言う劇場もまた、ギルガメッシュは秘かに楽しみにしていたのだ。言峰士人は、自分とギルガメッシュも舞台の役者として物語が面白可笑しくなるよう創造している。

 

「どうせ壊れる物だ。ここで殺してやるのが慈悲と言うものだぞ」

 

「……ギル、お前の行いはイリヤスフィール個人に対しての慈悲だろう? だがそれは、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにとって侮蔑になるだろう。

 産まれたからには、モノにはそれぞれ意味がある。例え世界にとってその存在(モノ)に価値が無いとしても、それは無意味なモノでは決してないのだ。

 唾棄すべき無価値な物で在ったとしても、真実それが無意味で在る訳ではない」

 

 士人の視線が王から少女に移る。

 

「それはこのイリヤスフィールにも同じ事が言える。

 ここで殺すにしても、後に我々が殺すにしても。その結果が同じ意味であれ、ただ無価値なまま死に逝くのではなく意味ある存在として消え逝く姿を見取ってやるのが、この女に対するせめてもの慈悲であり、少なからず祝福となるのであろう」

 

「何を言うかと思えば……――――実に下らん。

 その気色の悪い余分なゴミに意味だと? 生きる価値が無い不必要な存在に、意味と言うモノが生じることなど永遠に訪れはせん」

 

 自分の王の言葉を聞き、臣下の神父は愉しげな声を漏らす。

 

「ギルならそう言うと判っていたが。……しかし、まあ何だ、それならば何時殺そうとも構わないだろう? 別段生きていようが死んでいようが困る訳でも無し。

 死ぬなら死ぬで舞台を飾る小道具程度にはなるのだ、ここは生かしておきたい」

 

 命を道具にして弄ぶ悪魔の言葉。それは、少女の死が決定した言葉。イリヤスフィールは死ぬ。このまま神父と英雄王に連れ去られる事になれば、彼女が生き残る道は無くなるだろう。

 ……神父と英雄王の二人が外へ向かって歩いて行く。もうここに用は無いと、彼らは戦いの後とは思えない軽い足取りで帰りの道を進む。

 

 

「―――止まれ、コトミネェッ!!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ―――炎が広がる。

 世界を区切るように境界線が敷かれていく。

 

 

「――――So as I pray(その体は、),unlimited(きっと剣で) blade(出来て) works(いた。) .」

 

 

 黄昏の世界、剣の墓標。

 今ここに在るのは二体のサーヴァント―――アサシンとアーチャーのみ。

 

「……ほう。これがおぬしの“宝具”とやらか」

 

 侍と対峙するのは瓦礫の王様。この世界を統べる錬鉄の英霊。

 

「っ―――――――(鶴翼三連を初見で破られたか。ここまでの難敵を、唯一の機会であるこの聖杯戦争で戦わなくてはならぬとはな。

 まったく、魔女を背後にコレを使わざるおえない状況は非常に好ましく無い。…が、門番の役目を果たす手段は固有結界のみか)」

 

 弓兵は赤い外套を自分の血でさらに紅く染めていた。

 アーチャーが初見で戦った時とは違う戦術。アサシンは強化された刀で有無を言わさず、ゴリ押しで敵を斬り殺す戦法を取れるようになった。勿論宝具ならざる日本刀では相手を選ばないといけないが、宝具と斬り合うには十分な概念武装と化した名刀は異常な硬度を持っていた。それこそアーチャーが剣に強化魔術を掛けた時に匹敵する程の硬さである。

 彼の愛刀である双剣・干将莫邪による必殺の技、鶴翼三連は既にアサシンにより打ち破られた。視覚外からの奇襲も、オーバーエッジによる強化斬撃も、アサシンの心眼と魔剣により迎撃された。投影の一斉掃射も刀に捌かれ回避を成功させられた。

 ―――それ故の宝具の解放。全開で展開された一斉掃射で殲滅する。

 

投影(トレース)開始(オン)―――――――」

 

 錬鉄者の呪文により墓標として死していた筈の剣が甦る。空中へ浮遊する、魔剣、聖剣。群青の侍に向けられる殺意の群れ、剣が作る死の軍勢。

 

「―――――――投影(トレース)完了(オフ)

 

 錬鉄者の号令。彼の世界が複製した剣たちが舞い墜ちる…!

 

「―――――――――――」

 

 無言で侍はその光景を見る。口は笑みを造り、眼光は刃の如く鋭い。そして、高らかに掲げられる刀、動きが停止するまで濃縮された時の流れ、彼は音速を凌駕し迫り来る剣軍を相手に剣を構えた。

 鈍色の空から穿ち来る無数の剣たちの一つ一つを視認し、余す事無く自身の“死”を迎え入れた。侍は停止した時間の中、この黄昏の世界へ誇る為に魔剣の名を唱え始める…!

 

「―――――“秘剣”―――――」

 

 圧縮する剣速が“零”に至った、秘剣の業。世界を超越する迅さが時を“屈折”させる、唯一の技。

 

 

「―――――“燕返し”―――――」

 

 

 ―――弓兵の剣軍に斬り掛かる侍の妖刀。そして、激突する剣勢と剣技。たった三閃の斬撃が、複製された伝承の殲滅軍に立ち向かう―――!

 その刹那―――同時三撃の必殺魔剣が、剣軍の先頭で侍を突き殺さんと迫る魔剣聖剣を吹き飛ばす。

 ……しかし、それでは足りない。

 自分に今迫り来る剣勢は弾き逸らしても、その後ろには同時に射出された剣の群れが待ち構えている。今までの剣の射撃とは違う、軍勢による殲滅掃射。たかだが三つの円では斬り落とせない死の嵐。

 

「――――――――な……!」

 

 ―――ならばそれは、刃が連なる鉄の音色。

 黄昏の世界で剣たちが鳴り響く。弓兵はその音を聞き、そして、その光景を一欠片も見逃す事無く目撃した。

 ―――例えるなら、それはビリヤードか。

 剣が剣を弾き飛ばし、アサシンを避けて地面に墜落していく光景。絶対的な技量が魅せる剣術の極み、圧倒的な剣技の冴え。

 

「――――――――――――――――――――――――――――…」

 

 悪夢。弓兵の目に入る幻想。

 それは自分には到底不可能な斬撃の頂点、その絶技。無名の人斬りが成した御伽話の具現。侍はたった三振りの剣技で大軍を撥ね退けた。

 

「―――――くく」

 

 百本以上の(つるぎ)たち。

 聖剣が、魔剣が、名剣が、複製された数多の伝承が、一つの剣技の前に崩れ墜ちた。

 世界の業が個人の技に打ち破られている中、群青の侍は笑みを浮かべる。吹き飛んだ。魔剣聖剣の軍勢、全てが撃ち落とされる。がらん、がらん、と世界に墜ちる。全ての剣が当然の摂理であるかの如く、アサシンだけを避けて墜落した。

 

「………っ」

 

 侍が弓兵へ迫った。自分が撃破した剣軍がまだ全て地面に落ちる前に、彼は紅き魔術師へと神速で加速し接近する。

 

「―――――――…オン」

 

 そして弓兵は黒い剣を取る。侍の刃から身を守る為に、ここから反撃する為に、彼は騎士の血で黒く汚れた聖剣を両手で握りしめる。そして、二本の刃が斬り合った。

 カキィン、と鳴り響く。金属と金属がぶつかり奏でる刃の高音、剣の音色。

 

「―――まだだ、まだ全てを出し切っておらん。

 貴様の力はその程度ではなかろう。私も貴様も、まだまだ死合える戦える…………っ!」

 

 笑う笑う笑う、侍の顔には笑顔しかない。

 ここまでの死闘、彼はこの聖杯戦争でも初めてだ。ここまで血が滾るのも生まれて初めてだ。こんなにも(こころ)が闘争に燃え上がるのは、この世界に生まれてから初めてだった。

 ギジギジ、ギジギジ、二人の剣士が凌ぎを削る。(ツルギ)(カタナ)、二つの刃がぶつかり擦れ花火が散った。

 全力で届かぬのなら、死力を尽くす。只管に力を振り絞り、剣を鍛つ。ならばアーチャーが成すべきことは一つだけ。

 

「――――投影、装填(トリガー・オフ)

 

 呪文が唱えられる。錬鉄の言葉が剣の墓標で弔いの唄を上げる。

 

全工程投影完了(セット)――――是、無毀なる湖光(アロンダイト・ブレイドワークス)

 

 アーチャーが握る両刃の大剣が、小さく輝きを放った。

 その儚い光をアサシンは、死神の鎌が血に飢えて光っている様に感じ取れた。そう感じてしまう程、剣の刃は壮絶な剣気を纏っている。

 ――ガキィン、と二人が離れる。

 弓兵が侍の刀を大剣で斬り払った。そこは秘剣・燕返しの間合い。しかしアサシンが感じたモノは必殺の機会では無く必死の危機、肉体と精神が引き離される程の“死”を感覚する。

 

「っ――――――――――――――――――――!?」

 

 アロンダイト、そう呼ばれる堕ちた聖剣。桁違いの剣気を感じ取らせる大剣が突如としてアサシンの眼前に出現した、アーチャーと共に。

 ―――間合いが“零”で消えていた、侍の背筋に悪寒が疾走する。

 血で赤く染まった紅い外套を纏うアーチャーの姿、両手で握る黒色の大剣を両腕で振りかぶるその光景。

 アサシンの時が止まる程、自分の体感時間を圧縮する。残像を見抜き、剣筋を見切る。重ね合うのは致死の斬撃。

 ―――圧倒的剣速、侍は感じた悪寒に比例して笑みを深める。

 ここに来て弓兵にまだ隠し玉が有ると言う事態が彼には愉しくて仕方が無かった。生前の自分には想像する事さえ出来ないであろう剣軍の嵐、世界を造り変えた妖術、そして別人に切り替わったとしか思えない剣術変化(けんじゅつへんげ)

 

「じゃあ――――――!」

 

「――――――ぬぅお!」

 

 ―――斬り合いが始まった。

 それは刃と刃が交差した後、僅かに見える残像の後に剣戟の音が聞こえる。一秒で何十と言う高い金属音が重なり、削り合う刃に火が灯る。

 アーチャー唯一の宝具、固有結界が唸りを上げ続ける。無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)が全力でアーチャーの投影をバックアップし続ける。固有結界の後ろ盾により、憑依経験を細部まで投影し尽くす。

 もっと鋭く、もっと素早く。この世の何よりも迅く剣を振るえと彼の体は剣と化し、幻想は際限なく加速する。

 

「――――――――――――!!!」

 

「――――――――――――!!!」

 

 ――――剣士たちの声無き絶叫。

 魔速を凌駕する刃の煉獄の中、一瞬でも精神が乱れたら死ぬ。故に二人は雄叫びを、彼らは殺意と戦意を捻り出す。そして更なる闘志で腕を振るうがために脳髄を震わせながら、剣気と共に死力の叫びを斬り放つ。

 紅き弓兵と群青の侍が斬り合い死合い、そして殺し合う。

 その壮絶な剣劇は、怪物揃いのサーヴァントの中で更に怪物と言える迅さ。神速を超えた超神速の、神にさえ届く必滅の応酬。

 零落した聖剣を振るうアーチャーの猛攻、それはアサシンに秘剣を“構えさせない”ほどの斬撃の豪雨。アサシンの剣捌き、それはもはや守護の概念を超えた刃の結界と化し、斬撃全てを逸らして落とす。音を置き去りに加速する剣士の世界は、高速を超え、神速を超え、何もかもを超えて逝く。

 戦いの中、二人の思考は重なっていた。自身の能力の何もかもを剥き出しにして死闘を演じる彼らが考えているのは同じこと。 

 ――間合いの取り合い、必殺の奪い合い。二人が求めるは、殺し手を行う機会(チャンス)であった。

 もはやお互い相手の刃も自分の刃も目視も出来ず、感覚するのは目の前の剣士が放つ剣気のみ。殺意が殺意を、戦意が戦意を、精神が精神を殺害する斬り合いの果て。

 

 ……決着が近づく。戦いの行く末を知る者はまだ誰もいない。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ―――唐突に声が響き渡った。

 眠ったイリヤスフィールでも死んだバーサーカーでも無く、それは神父にとって非常に聞き覚えのある誰かの声。

 声の主が城の戦場跡に踊り出る。彼は一階に飛び降り、神父と英雄王の眼前に姿を現わした。

 

「……流石は衛宮。死ぬと理解しながら、この場面で出て来るか。黙っていれば見逃してやれたのだが」

 

 最初から気が付いていたかの如く、突然の叫び声に神父は驚きも戸惑いも無く反応した。ヤレヤレと言いたげな士人の言葉であったが、そこには隠しきれない愉しげな声色が含まれている。

 

「――――イリヤを放せ」

 

「残念ながらコレは俺の戦利品だ。

 バーサーカーのマスターであったこの魔術師―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは取り敢えず、聖杯本体の召喚までは監督役が管理する事に決めている」

 

 衛宮士郎は直感で感じ取れた、この場を見逃せばイリヤは死ぬ、と。

 

「っ――――――――――」

 

 彼が見慣れている筈の言峰士人の笑顔には、それだけの凶兆が現れていた。十年前に味わった火事の死に匹敵する、死神の気配。背筋から脊髄を凍らせ、脳髄が死んで逝く悪寒。士郎が怒りと焦りを抑える為、気付かれないように歯を喰いしばる。隣の男と士人から士郎へ同時に当てられるプレッシャーは、空間を圧迫しながら確実に彼の精神を削っていく。

 

「…それで、お前は如何するのだ師匠?

 このまま姿を見せないなら逃がしてやっても良いぞ。その場合、衛宮の安全は保障しかねるがな」

 

「…………………………――――っ」

 

 気付かれていたのだと凛は悟る。舌打ちが響き、士郎とは反対側の二階から魔術師が姿を見せる。その後に彼女も一階へ飛び降り、士郎の隣に素早く移動した。

 彼女は顔を忌々しげに歪め、鋭い眼光が神父を穿っている。

 

「―――――このバカ、大馬鹿、凄い莫迦。

 死ぬと判ってて出て行くなんて、本当に士郎は士郎なんだから……っ」

 

「………遠坂」

 

 背後から感じる凛の魔力。士郎はその気配が、どうしようもなく力強く感じた。

 そして凛は自分の弟子に視線に強い視線を向ける。余りにも苛烈な眼光、身内に向けるモノとは思えない程だ。

 

「あんたがそうだったとは、わたしの目もまだまだ甘いみたいね」

 

「まぁ親父の遺言を守るには、この手段が一番手っ取り早いものだったからな」

 

「――――で、隣の金ピカは?」

 

「薄々は気が付いているのだろう? 態々俺に聞く必要もないではないか」

 

「―――……ふぅん、そうなの。だけど、わたしを裏切……っては無いか。

 まぁそれでも、師匠のわたしを手の上で転がそうなんて大罪は許しようが無いんだから、覚悟は出来てるんでしょうね?」

 

「……全く、この状況でその気概。実に師匠は遠坂凛らしい」

 

 神父が笑い、魔術師も不敵に笑う。

 

「当然でしょう、わたしを誰と心得る」

 

「なるほどなるほど、それでは何か良い案でも浮かんだかね?」

 

「―――――――…っ」

 

 この似非神父二世がっ、と内心で罵声を上げる凛。その内心を察しているのか否か、士人は面白そうに笑みを作った。

 

「これでお前達は詰み(チェックメイト)な訳だが……。

 戦って死ぬか、おめおめと逃げ去るか、それとも聖杯を諦め監督役(我々)に保護されるのか、好きな未来を選択すると良い」

 

 選択が迫られた。若き魔術師の命運はここで決定する。

 

「………………――――ッ」

 

「――――…………………」

 

 凛の緊張が士郎に伝わる。沈黙が支配する空間は重苦しく、今の衛宮士郎は自分の命運を遠坂凛に預けていた。今の状況は士郎の行動が招いたモノと言えるかもしれないが、相手があの二人ではおそらく気配は察知されていただろう。

 自分を睨みながら沈黙する二人。ギルガメッシュは退屈そうにそれを眺め、士人は相手を不安にさせる嫌らしい笑みを浮かべている。

 

「―――――と、聞きたいところだが、如何やら状況がお前達の回答を許してくれないらしい」

 

 そんな事を唐突に喋る士人、彼は出口へ視線を向けた。二人に背を向ける行為だが、余りにも彼の動きは自然だった。

 

「奇遇、とでも言うのが正しいか判らないが、数日ぶりだなバゼットさん」

 

「久しぶりですね、士人くん。

 ……確かに、こんなところで会うとは本当に奇遇です」

 

 ―――赤毛の魔術師、バゼット・フラガ・マクレミッツが壊れた門から惨状を見渡していた。

 

「……………」

 

 彼女の隣には黒い法衣のサーヴァントが実体化していた。ローブで顔を隠し、正体がまるで判らない英霊。

 黒コートのサーヴァントと遠坂凛が会うのは今回で四度目だ。一度目はビルの屋上、二度目は学校、三度目は衛宮の屋敷、そして今回の遭遇で四度目となった。士郎にとっても因縁深く、自分の心臓を細長いレイピアの様な剣で串刺しにした男。学校で一度殺されかけ、そして自分の家でもセイバーが召喚されなくては本当に殺されていただろう。

 

「……で、如何するマスター。ここにいるのは全員が全員、俺たちの敵の様であるが?」

 

 黒コートのサーヴァント、アヴェンジャーが重苦しい声で自身のマスターに話し掛ける。

 

「さて、どうしましょうか。

 この状況では聖杯戦争の定石通り、ただ敵を殺す、と言う訳にはいかなくなってしまいましたから」

 

 黒い男が楽しげな雰囲気を纏う。フードの影で顔が全く見えず、表情は全く判らないのであるが、それでも彼が今の現状を楽しそうに見まわしているのがバゼットには理解出来た。

 

「どうするもこうするも無い。マスターの両手が今ここで出来る事など、多寡が知れているだろう」

 

 そして、自然な動きでバゼットの前に出た。黒いサーヴァントは自分のマスターを脅威から守る為、油断なく目の前の相手と対峙する。

 

「――――……」

 

 それを聞き、複雑そうな顔を浮かべる。そしてバゼットは、意味有り気に悲しげな視線を士人に向けた後、アヴェンジャーの背中を見詰める。

 

「……全く、貴方という人は。理解しておきながら、そういう言葉を私に掛ける」

 

 小さな声で小言を呟いた後、改めて視線を神父に向け直す。

 彼女の視界にいる人物は六人。自分を守るため前に出ているサーヴァントの黒い背中、血を両目から流して気を失ったバーサーカーのマスター、狂戦士を撃破した金髪の男、少年少女の魔術師の二人組、そして今回の第五次聖杯戦争の監督役である言峰士人であった。

 

「それで士人くん……いや、監督役で在るべき言峰神父が何故、このような場所にいるのですか?」

 

 敵を見る鋭い眼差しで二人を観察する。バゼットは士人の強さを知っており、隣の男の異常性を肌で感じている。二人を前にするだけで、殺される直前にいる様な錯覚に落ちる。そう感じてしまうほど、今の彼らは絶望の具現であった。

 

「――――聖杯の保護だよ。

 この地で降霊する聖杯はな、アインツベルンの一族が聖杯戦争の度に製作し、戦地である冬木に持ち込まれている。

 聖杯戦争の原因とも言えるアインツベルンの聖杯、これを安全な場所へ保護するのは監督役としてもっとも重要な案件だろう」

 

「………何を言ってるのです。保護も何も、教会はキャスターに占拠されているではありませんか。

 その体たらくでは監督も保護もないでしょう。こんな事は監督役の責務ではない筈です」

 

 耳が痛くなる筈の言葉を受け、しかし神父はそれを聞き、聖職者らしい穏やかな表情を作る。

 

「その通り。キャスターの襲撃は監督役として実に痛い出来事であった。この襲撃もアレが原因でもある。

 ――――そこで、ここにいる皆に提案があるのだ」

 

 イリヤの血で服が汚れるのも構わず、彼は話を続ける。

 両目を裂かれたイリヤスフィールを両腕で抱えながら、神父は当たり前な事を当たり前な風に喋る。その姿は異様で在りながらも、言峰士人らしい威圧感を纏う。

 

「俺の目的は教会を占拠するキャスターの殺害だ。そして、ここにいる全員の利害は、キャスターの死に関してのみ一致している。

 今の我々に重要な事は戦争を安定して継続させる事であり、無事に聖杯を降霊させること。バゼットさんが良いのなら、キャスター討伐に師匠と衛宮を使って欲しいのだが」

 

「……彼らと協力して欲しいと、士人くん?」

 

「そうだ。……しかし、嫌なら別に構わないぞ。可哀想な顛末になるが、それもまた戦争」

 

 死に逝く者を送る神父の目。揺ぎ無い奈落の目が、バゼットの精神をヒドク乱す。

 ここで首を横に振れば、目の前の年端もいかない少年少女は無残に死に晒すのであろう。サーヴァントもいない魔術師二人だけの状況を見れば、大方の予想がバゼットには浮かんでいた。彼らは危険を覚悟でキャスター討伐の協力をアインツベルンに持ち掛ける為、この森の奥にある白まで足を運んだのが容易に想像できる。

 

「……………(バーサーカーはサーヴァントらしき男に殺し尽くされた)」

 

 バゼットの前に立つ金髪紅眼の青年。今までに類を感じた事もない圧倒的な気配、そこらの死徒が赤ん坊に見えてしまう存在感。この男との戦闘は、並の封印指定執行任務が朝飯前な軽い運動になってしまう程の厳しさなのだろう。

 

「……………(断る可能性の方が高い提案だが、さてはて、如何なる事やら。駄目なら駄目で、アサシンを師匠と衛宮に送り込むとするか)」

 

 神父は神父で、二重三重と策を巡らしていると………

 

「―――いいでしょう。

 元々バーサーカーの次はキャスターの討伐をする予定でした。それに今の状況では私も協力者が欲しいのが本音ですからね」

 

 ………と、大した時間も掛けず、バゼット・フラガ・マクレミッツは決断を下した。

 それを聞いて息を飲む二人の魔術師―――衛宮士郎と遠坂凛。この二人がアインツベルン城へと足を運んだのは、教会に立て籠もるキャスターを倒す為の協力者を得るのが理由だった。その相手はもう倒されてしまったが、当初の目的は果たせそうではある。しかし、罠か如何か怪しいモノだ。

 

「ほう、それは良かった。

 ………だとさ、師匠に衛宮。ここへはイリヤスフィールへ協力を申し立てに来たのだろうが、肝心のバーサーカーは俺達が倒してしまったからな。

 お前達が構わないのなら、そこの魔術師と協力してキャスターを倒すと良い。ここにいる全員はキャスター討伐に関してのみ利害は一致しているだろう」

 

 イリヤを肩に担ぎながら、士人はそう結論をつける。

 そしてここにはもう用が無いと、そう語るかの様に歩き始める。カツンカツン、と隣にいる第八のサーヴァントと共に神父は出口へ向かって行く。

 

「言峰てめぇ……っ!」

 

 背後から衛宮士郎が声を上げ、鋭い目を神父と隣にいる青年に向ける。それは怒りのまま怒鳴るのでは無く、明らかな敵意が含まれた宣戦布告。

 

「相変わらず頑固な正義の味方だな。

 自分が死ぬよりも人が死ぬ方が心が痛むとは、歪みの酷い心は実に奇怪な壊れ方をする」

 

 友の姿を、士人は愉し気に見る。

 

「………どの道、お前ではイリヤスフィールを救えない。

 衛宮士郎。運が良ければ聖杯戦争の最後に、この女の死に目くらいには会えるだろうよ」

 

 歯と歯が擦れ、ガリガリと音が鳴る。脳みそが沸騰し、認められる事が出来ない目の前の光景。

 神父は気にする事無く出口に歩いて行く。その後ろに、バーサーカーを破壊し尽くした男も付いて行く。彼ら主従は血を流すイリヤを、衛宮士郎の前でこのまま連れ去ろうとしていた。

 

「…………――――――っ!」 

 

 ―――許す事は出来ない。

 黙って見逃す事など出来るものかと、士郎は彼らに向けて走り出そうと一歩前進する。双剣を投影する為に両腕を構え、我慢していた肉体を解放しようした。

 

「っ――――――!?」

 

 その瞬間、士郎が困惑した表情を浮かべた、凛に向けて。

 

「落ち着きなさい、士郎!

 ……今ここで、あいつらに飛び掛かっても死ぬだけよ」

 

 彼女が後ろから士郎を止めた。彼の腕を抱き留め、その場所に固定する。

 ……死ぬ。彼女の表情を見て、士郎は悟った。このまま斬り掛れば自分だけでは無く、遠坂凛は無謀にも戦いを挑む自分を守るため一緒に戦いに挑んでしまうと理解してしまった。それでは彼女も死んでしまう。

 見る事しか出来ない苦痛、それが声となり(ほとばし)る。衛宮士郎は言峰士人に宣告する。

 

「―――言峰っ!

 キャスターは絶対にブッ飛ばす。イリヤも必ず助け出してやる……っ!」

 

 カツン、と足音が止まる。

 

「―――ク………なるほど分かった。楽しみにその時を待っていてやる。だからその時まで大人しく、俺に利用されていると良い」

 

 一度振り向き、また歩きだす士人。しかし、ギルガメッシュは立ち止まったまま殺気を周囲に放つ。彼としてはどうせセイバー以外は皆殺しにするのだから、ここで殺し尽くしても良い事なのだ。

 …殺すか。

 そう考え、ギルガメッシュの殺意が外に漏れだす。耐性の無い只の人間には猛毒となる英雄王の王気(オーラ)。マスター三人に地獄の釜に叩き込まれた様な悪寒を与える。

 

「早目に帰るぞギル、このままでは聖杯(これ)が壊れてしまう」

 

「……そうであったな」

 

 核が無事ならそれで良いギルガメッシュとしては、この女の命など如何でも良い。しかし、死んでしまい核の鮮度が落ちるのは計画に支障が出る。

 仕方が無いと溜め息を出し、肩を脱力したように揺らした。もう彼の目に殺意も無く、戦意も浮かんでいなかった。

 

「……………………」

 

 

「……………………」

 

 そして無言のまま、士人とギルガメッシュの主従はバゼットと彼女のサーヴァントの横を歩く。

 バゼットと士人の視線が交差し、一瞬だけ緊張が奔るが何事も無く過ぎ、そのまま二人は森の陰りへと消えて行った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 とあるマンションの一室、そこには着物姿の青年と神父服を着込んだ青年が話を進めていた。士人がアインツベルンの城を出て数時間後、そこは教会とは別に準備していた仮の拠点で仕事の真っ最中であった。

 

「――――と、報告はそんなところよ」

 

 アサシンが今の主である神父に話し終える。先程まで、彼は自分が戦いに赴いた教会での戦闘報告していた。

 神父と英雄王がアインツベルンへと奇襲を行いに出撃している間、侍は教会へ愉しみにしていた死合する為に正面突破を仕掛けたのだ。暗殺者のサーヴァントでありながら正面から挑むあたり、彼は武者の一人であり剣に生きた侍なのだ。

 

「――――――……(なるほど、投影魔術に似通った能力を持つサーヴァント。…私と同じ能力を持つ弓兵。

 ……いやに気になる男だな。アーチャーは十中八九、贋作者(フェイカー)の能力を持つ魔術師。魔術師の弓兵、赤い外套の男。宝具の爆破にそれらの射出、そして剣の固有結界。

 伝承に無い英霊、…いや、伝承を持たない英霊……守護者か? 或いは名無しの反英霊、か? 詳しい実像が解からないと言うよりも、正体が解からない今の現状こそ正解に近い感覚だ)」

 

 神父は自身のサーヴァントからの報告を頭の中で纏めていた。脳内で情報が錯綜し、交錯し、アーチャーと言うサーヴァントの像が結ばれていく。

 セイバーを捕えたキャスターが占領する教会。彼らへと襲撃するアサシンのサーヴァントが繰り広げた弓兵との死闘。弾いた刃が戻り襲う陰陽の双剣による必殺奇襲、虚空に突如として出現する剣軍の一斉掃射、そして武器爆破による裏の裏。最後の最後でキャスターからの邪魔が入り門番と決着をつけられずに終わったが、固有結界と言うアーチャーの奥の手を知る事が出来た。

 

「……聞くところ、アーチャーには心理面で脆い部分があるようだな。

 一度俺が会った時も、衛宮士郎に向けて異常な殺意を宿していたのも気になる点だ」

 

「衛宮士郎。……それは赤毛の小僧か?」

 

「その男で間違い無い………が、何故知ってる?」

 

「なに、一度だけ山門で見かけたのよ。

 赤い剣士…いや弓兵だったな。そやつが周りのサーヴァントを気にせず小僧へと殺気を浴びせていたのが印象に残っていてな。………結局その後の戦いも、済し崩し的に終わってしまったのだが」

 

「……そうか。

 アーチャーとの戦闘は二度目だった訳だな」

 

「そう言うことよ。この国には三度目の正直と言う言葉があるが、次の戦いで決着を果たせるものか、私も断言は出来ぬな。

 ……あれは(いくさ)そのものが巧い。戦場(いくさば)を見切る事に掛けては一流の戦術家と、私は感じたが」

 

 む、と唸りながら士人は目を閉じた。その後に、はぁ、と溜息を漏らす。

 

「一番敵に回したくない性質(タチ)の相手だな。そのタイプは厄介極まる手合いと相場が決まっている」

 

 クク、アサシンが静かに笑い声を上げる。

 

「なぁに、サーヴァントなど最初から厄介者よ」

 

「……まぁ、確かにな。お前の言う通り、厄介で無いサーヴァントなど英霊ではないな」

 

 彼は何を今更と神父を笑った。厄介で無いサーヴァントなどいるならば逆に見てみたいと侍は笑った。アサシンの報告を聞いていた神父も、それもそうだな、と思い苦笑いを浮かべる。

 

「そう言えば、アーチャーの剣気が淀んでいたのも気になった。

 ………そもそもあやつには、私を本気で殺す気概がないと感じられたな。聖杯戦争をしている余裕が無いと言っても良いくらい、サーヴァントとの戦いに勝とうとしていない。私との戦いも生き残る事に集中しており、思うように戦えなんだ」

 

 興味深そうに士人はサーヴァントの話に耳を傾ける。

 遠坂凛の従者、アーチャー。彼女を裏切り、キャスターに付いたサーヴァント。師匠と相性が悪いようには見えなかったが、と士人は学校での光景を脳裏に浮かべながら思う。

 一度直接に見た印象では、確かにアーチャーからはセイバーが纏う高潔な騎士の雰囲気を余り感じなかった。どちらかと言うと結果を一番とする兵士に近いモノを彼は今までの情報でイメージする。誇り高い騎士でなく計算高い兵士。暴力と策略で戦場を跋扈する合理主義者。目的の為ならば、そんな非情な選択も有り得なくも無いだろう。教会から見た墓場での戦闘や主人の裏切りを考えると、どんな人間か有る程度の予想は出来る。

 少なくとも、神父はアーチャーが戦闘に悦楽を見出す武人や、自身の誇りで戦い人を殺す騎士には見えなかったのは事実だ。

 

「ほう。実際に戦ったお前から見て、そのアーチャーはどの様な英霊に見えた?」

 

「―――む、そうよな。あやつの心は、強過ぎる憎悪で歪んでいるように窺えたな」

 

「なるほど…………憎悪、か」

 

 神父は呟き、思考の海へと溺れていく。

 順調に進む聖杯戦争。明日に仕掛けた賭けも如何なるか、結果を見るのが愉しみであり、自分たちが如何動くべきか考える。もっともそれら全ては明日の結果次第であるのだが。



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30.デストロイヤーズ

「……アヴェンジャー。貴方は何故、英霊になったのですか?」

 

 それは突然の質問であった。いつもの武装を脱ぎ、軽装になった彼女のサーヴァントが夕飯のかたずけを終え、食後のコーヒーを準備し終えた時だった。

 

「―――……」

 

 コツン、とテーブルにカップを置く。自分で自分を確かめる様な言葉。彼は黒い両目をさらに暗くして質問に答えた。

 

「…その様な質問をするとは、一体如何したのだ?」

 

 バゼットは熱々の黒いコーヒーが入ったカップを手に取り、温める様に両手で握っている。外は寒く、冷たい風が吹き荒れている。彼女は自分のサーヴァントが入れてくれたコーヒーの温かさが、何処か心地よく感じられた。

 

「いえ。ただ、何処かの誰かさんの夢を見ましてね。どうしてそんな風に成り果ててしまったのか………何だか聞いてみたくなりまして」

 

 バゼットは憂いた顔で、フーフー、とカップの中のコーヒーを冷ます。見て“しまった”悪夢を思い出しているのであろうか、憂鬱な表情のままカップを傾け一口だけ飲み込んだ。喉を通る温かいコーヒーは体を芯から暖めるようだった。しかし彼女の顔が晴れる事は無く、憂いが消えるコトはない。

 

「マスターとサーヴァントは運命共同体。平等な立場ではないとは言え、聖杯を共に勝ち取る仲であるのだから隠し事は良くないと」

 

「…まぁ、そうですね」

 

 アヴェンジャーの遠回しな返答。本当に聞きたいのかと、もう彼はマスターに問い掛けた。彼のマスターであるバゼットはもう一度考えたが、やはり自分は聞くべきなのだと考えを改めることはしなかった。

 

「俺の真名は、マスターが知っている通りだろう」

 

 ―――心臓が、止まるかと思った。

 夢で見てしまった事はアヴェンジャーの生前であり、死後に行ってきた守護者の役目。そうだろうと予想していても、現実となった瞬間に訪れた衝撃。

 

「……如何して、英霊に?」

 

「―――………………長くなるぞ」

 

 そう言う彼に彼女は頷く。アヴェンジャーは彼女が座る部屋に一つしかないソファーの端に座る。話で出っ掛りを探る様に沈黙をした後、自分のマスターに話し始めた。

 自分がこの道を選んだ原因(リユウ)を。如何して、ここにいるのかを。

 

「そうだな。マスターは、自分に価値を実感できるか?」

 

「価値、ですか…。

 それは信念や誇りのようなモノのコトですか?」

 

「何でも良い。

 信念、誇負、理想、信仰、願望。そうと判る、自分で価値が有ると思えるモノならな」

 

 コクリ、と自分で入れたコーヒーをアヴァンジャーは飲む。カップからは白い湯気が上がり、バゼットの物と同じ様に温かそうだった。 

 己のサーヴァントの言葉を彼女は黙って聞いた。その後に自分の手の中にあるカップを傾け、コクコクとそれを飲む。

 

「“価値”と言うモノは、自分で造り上げる何かのコトだ。“価値観”は在り方で決まり、“モノの価値”は生き方で決まる。

 ………少なくとも私自身はそう考えている、私自身に対してな。故に世界には、真に無意味なモノは無く、価値あるモノと無価値なモノが存在する」

 

「……ええ」

 

 何かを大切に思う。何かに欲望を抱く。何に信念を持ち、何を誇りとするのか。

 それは、その対象に何かしらの“価値”を見出しているからだ。本来この世界には、真実に価値あるモノなど存在しない。価値と言う観念は個人個人の心と言った、感情や精神、あるいは魂と呼ばれる何かで定められる。何かしらのカタチを持つソレに、人は様々な思いを持つ。価値とは最初から在るモノではなく、ヒトが何も無いゼロから創造する概念。意味あるソレに価値を感じ得る。それがアヴェンジャーの思想。

 バゼットも、彼が言っている事は理解出来る。魔術師は、魔術師で在り続ける事に価値を感じている。魔術師が根源を求めるのも、根源に価値があるからだ。根源に価値が有ると信じているからだ。それを求めることに価値があるのだと、大昔から続けているからだ。

 価値観とは、自分自身と生きてきた環境でカタチを創られる。モノの価値とは、自分自身が感じた何かのカタチで造られる。

 

「自分には価値が有るものが何も無かった、と言えば良いのだろうか。心の中には何も無く、何でも良いから実感が欲しかった。

 ―――幸福や平穏に喜びは無く、絶望や退屈さえ苦しみが無い。

 その様な人間であったからか、生前は随分と暴れ回ってな、色々なモノと関わって生きてきたのだ。世界からソレを学ぼうと旅に出ては、結局は何も分からず。他人から学ぼうと思い、助けたり殺したり。命を救い、命を殺し、人を助け、人を汚し。挙げ句の果てには、世界の存亡を掛けた戦い等と言うモノにも関わってきた。

 ………足掻いた結果、今の現状だ。

 無限地獄と化した、永遠に隷属させられるアラヤの奴隷」

 

 飢餓(ウエ)さえ失くした英霊。完全な空白。

 求めるモノが無いからこそ、求める為に求め続けた。これはそれだけの話。この男は守護者に成り果ててさえ、何も変わらなかったのだろう。永遠も無限も、特に如何と言うコトもない無価値なモノだった。

 

「原因の半分は、その様なモノだ」

 

 無表情になったサーヴァントが淡々と語る。何も思う事がないのだろうか、如何でも良い事を話す様な印象を植え付けられる。

 

「…そう、ですか」

 

「ああ。ソレを抱いた理由は、英霊になった今でも単純なコトだった」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは、誰かの夢を思い返す。執行者である自分でさえ、絶望せざる負えない地獄。人間と言う生き物の現実が織り成す冥府の底。彼が味わった苦痛の数千数万分の一だけでさえ、心が砕けそうな悪夢だった。

 

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 

 沈黙が、流れた。二人の心中で何が渦巻いているのかは、第三者には欠片も分からないのであろう。しかし、この二人はお互いに考えていることが大凡見当がついている。

 ……分かっているからこそ、言葉に出来ないこともある。声に出して言葉にしてしまえば、取り返しがつかないような悪寒をマスターは感じ、サーヴァントはただ黙するのみ。

 

「……中々に難儀なモノですね」

 

「……ああ、難儀なモノだ」

 

 疲れた笑い。草臥れた笑顔を浮かべるバゼットは、それを癒すように生温くなったコーヒーを飲んだ。彼女の相棒もそれを見て苦笑に近い笑顔を造る。

 そんなアヴェンジャーを見ながら、バゼットは口を開いた。ただ、なにかしら言葉を掛けなくては、と思ったのだ。

 

「まぁ、こんなコトを言うのも変なのですが、これからもお願いしますねアヴェンジャー」 

 

「ふむ、そうだな」

 

 バゼットの声を聞いたアヴェンジャーは、いつも通りの笑顔を浮かべる。

 その後に、マスターの真っ直ぐな両目を奈落のような黒色の目で見ながら、彼女のサーヴァントは言葉を続ける。

 

「改めて、名乗らせて貰いたい。

 マスターが召喚せしは、サーヴァント・アヴェンジャー。その真名を―――」

 

 

 

 ―――彼女はその日、サーヴァントの正体を理解した。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 廃墟と化したアインツベルン城。王と従者が去ったこの場所に生気は無く、主を失った虚しさだけが空間を支配している。

 

「……(最終的には殺し合うと言っても、今の状態ならば私達も協力者がいた方が都合が良いでしょう)」

 

 バゼットは思考する。彼女の前で戦っていた、と言うよりも殺戮を繰り広げていた男は異常極まる。アヴェンジャーを一時的に戦闘不能したバーサーカーを圧倒して殺せる相手が戦場にいるとなると、キャスターを討伐したところで難敵が存在したまま。

 あの男がマスターであるバゼットにとって、何れ倒さなければならない障害なのは確かであり、自分と同等以上の強さを持つ言峰士人も立ち塞がるだろう。そして彼らにはまだ隠し玉も有ると考えた方が良い。

 

「「…………」」

 

 彼女は自分とアヴァンジャーに視線を当てる目の前の二人、遠坂凛と衛宮士郎も見る。

 言峰綺礼の息子である言峰士人と同じ歳程度に見える日本人たち。遠坂凛らしき少女は協会からの資料で身元が判明している魔術師だが、もう片方の少年については全く判らない。唯一判っている事は、この少年少女は言峰士人と関係があると言う事と、聖杯戦争の関係者だと言う事だけ。

 

「警戒しないで下さい……と言っても、今は無理でしょう。取り敢えず自己紹介をしたいのですが、お二人とも大丈夫ですか?」

 

 凛は目の前の魔術師とサーヴァントを睨む。彼女が黒い法衣で身を覆う男を見るのは今回で三回目だ。士郎にとっても、セイバーと互角に斬り合った技量を持ち、何よりも自分を一度刺し殺し、二度に渡り命を奪いに来たサーヴァントを前にすれば冷静さを保つだけでも精神的に負担となる。

 

「……ええ、構わないわ。アヴェンジャーのマスターさん」

 

 自分のサーヴァントがイレギュラークラスであるのを知られている事に驚いたが、バゼットはそれを顔に欠片も出さずにいた。

 

「了解を頂いたので改めまして、私は魔術協会所属の封印指定執行者。名前をバゼット・フラガ・マクレミッツと言います。

 既に知っている様ですが、此方のサーヴァントが私のパートナーであるアヴェンジャーです」

 

「…………」

 

 執行者と言う言葉を聞き、凛の背筋は少しだけ心が冷えた。見た感じの隙の無さもそれで頷ける。士郎もバゼットの言葉の意味を正しく理解していなかったが、彼女が只者じゃない事だけは肌で感じ取れた。

 

「ご親切にどうも。わたしは第六代目遠坂家当主、遠坂凛よ」

 

「なるほど。貴方が遠坂凛でしたか」

 

「ふ~ん。こっちの事は調査済みって言った感じかしら?」

 

「マスター候補の魔術師たちについての情報は、協会を通して最低限の事は調べてあります……が、其方の彼の事は殆ど存じてませんね。

 アヴェンジャーの追跡から生き残り、セイバーのサーヴァントを土壇場で召喚したと言う事以外はですが―――――」

 

「―――――っ」

 

 バゼットと視線が合い、士郎は何かに圧迫されるような違和感に襲われる。彼女には殺気も邪気も無いが、そこには自分より強者と対峙してしまった時特有の悪寒があった。戦えば殺されると言う、サーヴァントの気配に似た雰囲気。バゼットが自分を簡単に殺し得る超越した力を持っている事に、彼は何となく判ってしまった。

 

「――――ストップ。

 今は詮索よりもすべき事があるでしょう? そもそも、わたしたちが今すべきことは、互いの状況を最低限確認する事とここからの離脱の筈。貴方の協力者になるかもしれない人物に、今の段階で探りを掛けるのは時期尚早じゃないかしらね?」

 

 ……と、まぁ、そんな雰囲気で話し合いを始めた三人と一体であったが、凛はバゼットとアヴェンジャーの協力を殆ど最初から受け入れた。

 大局的に今の聖杯戦争を俯瞰して観察すれば、キャスター組が一番の脅威であるのは間違いない。それに凛と士郎は知らないが、小聖杯であるイリヤスフィールがキャスターの手に渡ってしまえば第五次聖杯戦争はそれで“詰み”となる。キャスターの魔術師としての技量は魔法使い以上であり、士人も英霊へ上り詰めた魔術師ならば聖杯戦争のシステム自体の掌握も可能かもしれないと考えた。街で行われている命の搾取を見ていれば、神父もキャスターの魔術師としての腕前をおおよそ把握し、アレは監督役として危険なサーヴァントだと戦争開始の初期段階で理解していた。故にこうしてギルガメッシュを引き連れ、小聖杯(イリヤスフィール)の拉致という賭けと言える行動に討って出たのだ。

 其処の所はバセットも理解しており、今の段階で絶対に行われてはいけないコトとは、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンがキャスターの手に渡ってしまう事だと考えていた。彼女のこの考えはアヴェンジャーも肯定の意を示している。聖杯が監督役にある方が聖杯戦争の続行と言う部分だけで言えば、まだまだ安全であるのはバゼットも判っており、監督役の根城を襲撃するほど危険思考に至れるキャスターの消滅を望むのは全員と同じ。

 

「まぁ、そうですね。協力者となる人物にはそれなりの誠意を見せるべきでした。詳しい話はここを離脱した後にすれば良い。

 ……ああ、そう言えば、我々とのキャスター討伐を目的とした協定は承諾したと考えて宜しいので?」

 

「―――当然。魔術師なら使えるモノは全て使う。それが己の魂でさえも。

 あいつらを殴り潰す為なら、何れ殺し合う関係になる相手だろうと背中を預けられるわ」

 

 利用される代わりにあんた達を利用させて貰う、そんなある意味真っ直ぐな考えが透けて見える宣言。バゼットとしても、彼女みたいに心の在り様が判り易い人間は嫌いじゃなかった。

 

「……いいのか、遠坂?」

 

 交渉の為、前に出ていた凛の後ろから士郎が尋ねる。初対面の相手と早々に協力関係を結ぶ凛を意外に思い、もうちょっと慎重になった方が良いんじゃないだろうかと、今までの自分の行動を忘れてそんな事を思っていた。

 

「いいのよ、別に。

 ……それにそもそもね、士郎。わたしたちはサーヴァントを持った封印指定執行者のマスターに会ってしまった時点で詰みなの。泣きたくなるほど色々と終わってる状況なの。利用出来る部分を利用しないと即効でゲームオーバーなのよ」

 

「……遠坂は、今その――――とてもテンパっていらっしゃる?」

 

「――――ふ」

 

 その笑いで彼女の心境を殆んど理解出来た士郎であった。何と言うか、怖いものが怖くなくなった、そんな開き直った人と同じ笑い方だった。

 

「わかった。話は全部遠坂に任せる」

 

 そして士郎も開き直った。アヴェンジャーの強さは細い剣で心臓を串刺しにされた自分が良く判っている。ここで戦いが始まれば、絶対に、必ず、自分達二人は討ち殺(ト)られる。

 

「其方もある程度は考えが纏まっているみたいですね。

 ―――それでは聖杯を望むマスター同士、交渉を続けましょう。時間は幾ら有っても足りない現状なのですから」

 

 互いの目的。互いの要求。

 それらを揺すり合う魔術師の舌戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「「「「――――いただきます」」」」

 

 全てのマスターとサーヴァントの心中で色々な企みが交錯する聖杯戦争、そんな中で協定を結んだ魔術師三人と英霊一人は夕ご飯を黙々と食べ始める所だった。テーブルを挟んで凛と士郎、バゼットとアヴェンジャーが向かい合っている。彼らの目の前には色取り取りの御馳走がズラリと並んでいた。

 

「……(なんで、なんで……本当になんで、こうなっちゃうんだろう?)」

 

 誰にも聞こえない心の声を独り漏らす遠坂凛。彼女は今、衛宮邸で黙々と夕飯を食べていた。一番意外だったのは、バゼットとアヴェンジャーの二人が揃って食前の『いただきます』と言う習慣を知っていた事だ。

 …何と言うか、色々と限界だった。

 

「………美味しいじゃない」

 

 料理を一口食べた凛が言葉を漏らす。何故か涙が出そうだった。

 

「アヴェンジャー。あんたって料理人でもしていたのか?」

 

「それはもう、生前は日々欠かさず料理をしていたぞ。

 料理と言うモノは魔術と同じでやればやるほど奥が深まっていく。技術が高まる程、出来る事が増えていく。他愛のない静穏な日々が続く日常の中では、これは中々に貴重な暇潰しになるからな」

 

 士郎の質問に法衣を脱いでいたアヴェンジャーが答えた。そして、普段は黒い僧衣の影で見えない彼の素顔が食卓で晒されている。

 ドス黒い灰色の髪に血色が余り良くない白い肌。黒い両目は誰かと同じで奈落の様に深く、おぞましいまでに透明で心を鷲掴みにする。真っ黒な法衣の下の服はまるで教会の神父が着る服装にそっくりだが、色々と戦闘用に改造されているのか、見た者に何処か物々しい印象を与える。

 

「なるほど。アヴェンジャーは料理をするのが好きなんだな」

 

「……いや。それはどうだろうな、エミヤ君。物事を創意工夫するのは改良の余地が残っているからで、元から完璧に作れるモノを完璧に作るのは娯楽で遊べる余地が無い。英霊と化した俺にとって、生前に鍛えた持ち得る技術は既に極め切っているのだ。新しい何かを知るのは兎も角、極める余地が無いモノを創作しても俺には娯楽にならないからな。

 故に、強いて言うならば、自分にとって料理に残された楽しみの余地と言うのは、俺の作ったモノを食べた者がどの様な反応の示してくれるのかと言ったところだよ」

 

 そんな事を言うサーヴァントは、本当に綺麗な笑顔を浮かべる。だがしかし、その話を隣で聞いているであろうバゼットは黙々と無表情でご飯を食べているだけだ。例えるならそう、食糧は味では無く栄養価が命なのだと態度で示す様な食べっぷりだ。実にカオス。

 

「うん、それは判るな。やっぱり食べてくれる相手がいてこその料理だもんな」

 

 士郎にしても、アヴェンジャーが作った料理はとんでも無く美味で、生きていた中で一番美味しいと感じられた御馳走だ。聖杯戦争と言う、胃に悪影響な殺伐ライフを癒してくれるレベルだった。そんな彼にとって、バゼットの味への無関心ップリは色々と理解出来ないモノである。

 

「………」

 

 料理で意気投合する男二人に、黙々と箸で食べ物を口に押し込む封印指定執行者。そんな混沌ヘルで頭が痛くなる凛であるが目の前のご飯を食べる度に味が口の中でスパークし、食卓の混沌具合が解かっていても気持ちが和んでしまう。そんな色々と素直な自分の性分を喜ぶべきか嘆くべきか分からないが、旨いものは旨いのだから味を楽しもうと開き直る事にする。

 しかし、アヴェンジャーと料理対談をしながら夕飯を食べていた士郎が、空になった茶碗を持ってご飯の御代りの為に食卓から去った。凛は何となくだが、二度も自分達と死闘を繰り広げた相手に質問をしてみる事にした。協力者の人間性を知る事は無駄では無いし、最後には敵となる相手の人格を知っておくのは戦闘においてとても重要だ。

 

「……アヴェンジャー。貴方って、本当に“何”なのよ?」

 

「遠坂凛。サーヴァントである俺がどの様な存在であるのかなど、魔術師であるお前なら良く知っているだろう?」

 

「わたしが言いたいのはそう言うのじゃなくて、なんでこんなにも貴方が家庭的なのかってこと」

 

 凛がアヴェンジャーの素顔を見て最初に思い付いたのは幼馴染の神父だった。そして次に思ったのは、自分を裏切ったアーチャーである。このアヴェンジャーの顔立ちは、何故かあの二人を連想させる。そう言えば、士人の肌と髪の色を変えて成長させればアーチャーにそっくりかもしれないと、今更ながら思った。しかし、そんな疑問をアヴェンジャーに聞いても仕方が無いので、腹いせにサーヴァントらしくない事をするアヴェンジャーの矛盾を突いてみる事にした。

 

「さてはて。それを言うならば、あのアーチャーも中々に家庭的な人物だったと思うが」

 

「――――――」

 

 凛の動きが停止する。この聖杯戦争において、アーチャーの家事の巧さを知っておるのは自分だけの筈だ。そんな英霊の個人的な情報を知っているのはマスターだけの筈だ。

 

「……あんたって、本当に何なの? 顔立ちも何処となくアイツとそっくりよね」

 

「自分とアレはそこまで似ているものなのかね。

 しかし、すまんな。如何も召喚された時に記憶の不具合が有ってな。……まぁ、そもそも、自分の正体をマスターの許し無く他のマスターに教える事は出来ないのでね」

 

「―――………っ」

 

 それを聞き、実に苛々度が上昇する。それは何処かの誰かさん三人(保護者と幼馴染と使い魔のこと)に皮肉を言われた時に似た、自分の胃に来る嫌味である。完全に自分がからかわれていると理解し、しかし無視もし切れないのだ。

 

「どうしたんだ遠坂?」

 

 丁度その時、炊飯器から飯を盛ってきた士郎が帰ってくる。箸を進める訳でも無く動きが停止した彼女を見て、彼は何でも無いかのように声を掛けたのであった。

 

「―――ふ、ふふふ、別に何でも無いのよ衛宮君」

 

「そ、そうか。何でもないんなら、別にいいんだ……」

 

 食事を再開する三人。しかし、この騒がしさの中でさえバゼットは淡々と飯を食すのみ。凛はその姿を胡乱気に見た後、バゼットに話し掛けてみる事とした。彼女は話してみると中々に面白味のある人物で、会話をすることは不快でも何でも無かった。

 …それと、男二人は相変わらず料理雑談を繰り広げている。(こだわ)りが強いと言うか、凝り性にも程が有ると言うか、凛も料理をするが隣で会話を続ける二人に達するまで極めていない。二人の会話の例を出せば、ハンバーグの中身をしっかり焼きたい時はレンジを使うと良い言う豆知識は確かに役に立つ。しかし、それを盗み聞きしたところで、レンジの機能を使いこなせない凛は愕然とするだけなのだ。生活の知識は大事だが、食事中の暇を潰したい今は如何でも良い。

 

「そう言えばバゼット。貴女は内のバカ弟子とは知り合いなの?」

 

 会った最初はミス・マクレミッツと呼んでいた凛だが、協定も組むのでバゼットと呼んで良いとのこと、それで凛は彼女を名前の方で呼んでいる。遠坂凛も名前の方で呼んで構わないとバゼットに伝えている。

 

「実は私、言峰綺礼の葬式に出席していまして。……その時に貴女とも会っています」

 

「―――へ……うそ!」

 

「本当です。元々綺礼と私は仕事の関係上商売敵でしかなかったのですが、討伐の目的である強敵を仕留める為に協力したのが始まりでした。

 …ジンド君とも同じ様な出会いでしたが、彼は綺礼と違って他人に興味を示しますから、また色々あったのです」

 

「ふーん。なるほど……ってことは、内のバカ弟子の強さも知ってるって訳ね?」

 

「ええ、勿論彼の力の程は存じています。そして私の能力も此方と同様、彼が把握しているのが現状です」

 

「―――それは何と言うか……色々と拙いわね」

 

「……そう。今のこの状況は色々と危険なのです。

 ジンド君がマスターとして動きだしたと言う事は、サーヴァントクラスの化け物が一体増加した事に変わりありません。何より、彼と共にいた男の能力は未知数でありながら強大です。

 そして彼は、此方側の手札の大部分を知り尽くしている。バーサーカーを始末し聖杯を奪取出来れば、キャスターを料理するだけで通常のルール基盤で殺し合いを続けられたと思ったのですが……全く、やれやれです」

 

 凛はバカ弟子や目の前のバゼットの言動で、何となくイリヤスフィールが聖杯を保有している事に気が付いていた。しかし、その事を聞こうとも聖杯の在り処などと言った重要な情報に対する対価は無いので、自分からは聞けずにいた。

 そして彼女は、イリヤスフィールそのものが聖杯であると言う事実を知らずとも、可能性の一つとしては浮かんでいた。そうでなければ、態々バカ弟子が誘拐と言う真似に出る筋が通らなかった。その事について、凛は士郎に対してこれから話そうと考えている。そしてもう一つ、衛宮士郎から彼自身の事について聞いて上げなくてはならない事も出来てしまった。

 この先は何が起ころうとも不可思議など無く、一切の油断が出来ない状況が続くと予想出来る。言うなれば、ここから先の聖杯戦争は終わりに向けて加速するだけとなった。数が減り、強敵が残り、サバイバルゲームは苛烈を更に極めるのだろう。バゼットが言いたいのはそういう事で、凛にもしっかりと伝わっていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 夕食も終わりを迎え、洗い物は士郎と凛が二人で片付けた。アヴェンジャーも手伝おうとしたのだが、士郎が一人で全部作ってくれたのだがら悪いと申し入れを断った。

 バゼットは勿論、何もしなかった。それも当然、何かすれば事ある事に色々なモノが壊れるのでアヴァンジャーが何もさせないのだ。

 

「士郎。ちょっとだけ長い話があるから、付いて来てくれるかしら?」

 

「ああ、大丈夫だぞ」

 

 片付け後の一息、そんな時に凛は士郎に声を掛けた。協定を結び同盟を組んだバゼットとアヴェンジャーと話し合う内容は既になく、明日すべき事は全て決定している。全員が全員、明日行うべき自分の役目を全うする為、今日はぐっすり休養をとるのが正しい選択だ。アヴェンジャーは当然のことだが徹夜での見張り当番が決まっており、それは疲れを知らないサーヴァントが一番適任である。

 

「真剣な顔でしたね、彼女は」

 

 衛宮士郎を連れて部屋から出て行った遠坂凛の後ろ姿を見た後、隣でワインを飲んでいる自分のサーヴァントに聞いてみた。

 

「そうだな。例えるなら、心に浮かんでしまった疑問を解く為、疑問の原因となった本人を殴ってでも直接聞いてやる、と言う雰囲気であったな」

 

 アヴェンジャーが飲んでいるワインは、アインツベルンの城から衛宮邸に帰る途中で寄った商店街で買ったモノ。

 

「ヤケに具体的な例ですね」

 

「まぁ、な。この様なことは生前に経験がある」

 

「……ああ、そう言う事ですか。貴方の人生は確かに濃厚そうですから」

 

「嫌に含みの有る言い方だな。サーヴァントとして実に遺憾だよ」

 

「くく。サーヴァントとして、何て貴方が良く言えたモノです」

 

「俺なりには、マスターに対する敬意を払っていると考えているのだがなぁ」

 

 警戒を続けながらも、軽快に会話を進めるマスターとサーヴァントの二人。

 

「しかしマスター、お前があの二人と協力するとは少し意外だったな」

 

「貴方がそう思うのも無理は有りません。サバイバル方式の殺し合いにおいて、本来なら殺すべき人間と協力すると言った知能戦は私には不向きですからね。無暗に悩むくらいなら殴り飛ばす、なんて考えるのが普段の私ですしね。

 ……しかし今回の戦争は殴り殺すだけでは生き残れません。魔術が巧く使え、戦闘が強いだけでは簡単に死んでしまいます。

 私が実感した聖杯戦争において何よりも大切なのは、相手に自分の行動を先読みされない事。心の内を悟られず、何を考えて行動しているのか隠し切り、絶好の好機を自分で作り上げ、殺すべき敵を一撃で仕留めるコトです」

 

「それはそれは、実に良い話を聞いた。サーヴァントとして、マスターの心意気はとても共感出来る内容だ」

 

「―――とは言え、今のあの二人を殺す予定はありませんが。

 サーヴァントを失ったとは言え、令呪の有るマスターには危険がまだ存在します。しかし如何も、私は不必要だと“思ってしまった”殺人は出来ない性質みたいですので」

 

「その様な事は最初から理解出来ている。殴ることが大好きなマスターではあるが、そこまで綺麗さっぱりに命の勘定を割り切れる人間とは思っていない」

 

「…そうですか。

 まぁ、もっとも、この現状が聖杯降臨まで続けばですがね」

 



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31.Alter Ego

 体は剣で出来ている(I am the bone of my sword.)

 

 血潮は鉄で心は硝子(Steel is my body,and fire is my blood.)

 

 幾たびの戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades.)

 

 ただの一度も敗走はなく(Unknown to Death.)

 

 ただの一度も理解されない(Nor known to Life.)

 

 彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う(Have withstood pain to create many weapons.)

 

 故に生涯に意味はなく(Yet those hand will never hold anything.)

 

 その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray,unlimited blade works.)

 

 

 

 ―――唱えられし錬鉄の呪文、守護者の魂は剣で満ちる。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ―――朝焼けは灰色だった。

 陽射しは雲に遮られ、黎明は輝きを封じられている。頭上は一面の曇天だ。黒と言うよりも灰と言える空模様。

 そんな天気の中、白く聳え立つ聖なる建物が、ここは神聖なる領域だと訴えている。そこは冬木の街に一つだけある教会。しかし、場に満ちているのは濃密な魔の気配だけだ。その教会の入口から礼拝堂への扉の間にある広い石造りの道に、五人の人物が剣呑な雰囲気を醸しながら立っている。

 

「久しぶりね、元サーヴァント………随分とやつれた顔をしてるわね?」

 

「……やれやれ。会って早々の言葉がそれかね、元マスター」

 

 門番の如く道に立ち塞がるアーチャーへ凛が睨みつけながら皮肉を投げつけた。それを受けながらも彼は自然な態度崩す事も無く、アーチャーが浮かべた笑顔は彼女とパートナーを組んでいた時と然程も差が無かった。

 

「それで、お仲間を何人も連れて、この様な場所に何をしに来た?」

 

 皮肉気に顔を歪め、笑う、哂う、嗤う。

 彼の笑顔の向き先は、二人並んで此方を睨む遠坂凛と衛宮士郎。そして、その視線を受けている自分自身であった。

 

 

「―――勿論、全部まとめてぶっ飛ばしに来たのよ」

 

 

 殺気だった赤い二人の言霊に空間が確かに軋む。色濃い敵意の重圧が教会の広場に集束していく。

 

「なるほど。実に君“らしい”セリフだよ。

 それに君の事だ、やられっぱなしでいられる性分ではあるまい。必ず来るとは思っていた」

 

 濁った乳色の空。曇っていながら雨上がりの匂いを含んだ空の下で、その男は涼しげに凛を見つめる。

 

「しかし、なんだ。……何の手だても無しに勝負を挑みはしないだろうと考えてはいたが、まさか後ろの二人を策として用意するとは私も驚きだ」

 

 その言葉を受け、しかしバゼットとアヴァンジャーは無言を貫く。相変わらず彼の顔は黒いフードで隠されており、彼女も鉄の如き無表情。

 

「ふん。何に驚いたのよ、あんたは。サーヴァントと戦うのはサーヴァント、こんなの常識でしょう?」

 

「そう言う事だ、アーチャー。お前の相手は俺がする」

 

 凛と士郎より前へ、アヴェンジャーは言葉と共に前進する。フードの影で表情は解からないが、雰囲気で周りの者に理解させる。

 アヴェンジャーの殺気は透明だ。煮え滾る熱さも無ければ、凍え死にそうな冷たさも無い。まるで燃え尽きた死灰のような、感情も狂気も冷徹さすら無い空っぽの殺意を放つ。

 特に士郎はそれが恐ろしかった。機械がインプットされた命令に従うかの如く、人間味が欠片も無い殺気。

 

「さぁ、もう行くが良い。

 キャスターもお前達の到着を、首を長くして持っているだろう」

 

 黒衣の男はそれだけ言うと、目の前の敵に殺意を集中させていく。隙を見せれば即座に殺しに掛る合図であり、遠坂凛と衛宮士郎に対するサインでも合った。

 

「ええ、ここは頼むわね」

 

「任せたぞ」

 

 そう言い放った後、凛と士郎が弓兵の横を通り過ぎていく。サーヴァント同士の殺気が充満し、息をするだけで苦しいが、二人の後ろ姿は変わらぬ速さで遠ざかっていく。

 この場に残されるのは、番人役に徹する弓兵と狩り()りに来た復讐者。そして、マスターたるバゼットの三人のみであった。

 

 

 

 

 

 2月13日 『Alter Ego ―分身―』

 

 

 

 

 

 遠坂凛と衛宮士郎が教会の扉を開き、キャスターの根城へと姿が完全に消える。

 その姿を見送った後、アヴェンジャーは真っ黒い僧衣のフードを外し、その素顔をアーチャーに見せていた。そして、黒衣のサーヴァントが目の前のアーチャーに笑い掛ける。その表情は親しげでありながらも、隠すつもりもないのか愉悦の現れが出ている。

 

「随分と摩耗したな、兄弟。運命に喰い殺されたか」

 

「……友よ。そう言う貴様も、堕ちる所まで零落した様に見えるがね」

 

 ―――殺し合いを挑みに立ち寄ったは、黒い法衣を纏う復讐者。

 ―――教会の番人として立ち塞がるは、赤き外套を纏いし弓兵。

 

「お前がアレを裏切ってまで事を成そうとするとは、な。……まあ、そう思うのも、正義の味方落第生なら仕方があるまい。

 そこまで思い詰めるほど守護者に嫌気が差したか?

 価値も無く繰り返される殺戮はうんざりか? 

 ―――絶望するのさえ、もう既に疲れたのか、エミヤ?」

 

 それを聞き、耐えきれずと言った雰囲気で失笑を漏らす。そのアーチャーの笑みには暗い感情しか無く、絶望と苦痛が色濃く映し出されている。

 

「何を今更。貴様なら既に知っている事だろう。

 ………私はもう、何もかもが苦しい、消えて無くなりたい。理想も、感情も、何もかもをだ」

 

「なるほど。故に過去の自分を、自分自身の手で終わりにする訳か」

 

「―――当然だ。

 全ての過去を終わりにする為、オレはここまで還って来た」

 

 冬木教会。今この時この場所は、命を奪い合う戦場と化していた。

 紅い外套の弓兵が黒衣の復讐者を迎え討つべく、その両手に陰陽の双剣を具現させる。魔力が固まり質量を持って神秘をカタチとする魔術。それは投影と呼ばれるアーチャーが得意とする魔術にして戦術の根本であり、目的遂行の為に障害を排除する際に現れる敵意である。

 それに対して、アヴェンジャーは禍々しい刀剣を二本両手に出現させる。その二つは完璧な類似品で違いなど何一つとて存在しない。そしてまた、彼が使った神秘も投影と呼ばれる魔術。

 

「如何やらお互い、生前の記録は復元されてきた様だな」

 

「……そうだな。

 この様な再会をするとは思いもよらなかったよ」

 

 霊長の守護者。それが二人の正体だ。彼らは言うなれば、人類の無意識である阿頼耶識と契約を結んだ全ての同一存在の集合体。無限に広がる平行世界には、やはり同じ個体が無制限に存在する。違う世界に住む者では在れど、やはり魂を構成する情報は同じなのだ。同じ起源を持ち、同じ親から誕生した。

 故に、守護者の座にある情報は膨大極まる。複数に分岐するが同じ結末を辿る生前の記録を保有し、死後に行われ行い続ける活動記録も上限が存在しない。二人とも生前の記憶など、守護者となった今では既に霞んで摩耗しきっている。座へと記録された記憶を思い返そうとしなければ、何も思い返せやしないだろう。それこそ現世に降り立ち、自分の記録を刺激するようなイレギュラーな事が無ければ、ヒトとして生きていた過去の記憶を振り返ることも早々ないのだ。アーチャーとアヴェンジャーはこの世界の現世に召喚され、時間を暫らくおいてから記憶を再現していった。座に記録された、その平行世界軸に位置する自分の記憶を魂に再生させた。

 

「この世界はそう在るようだ。不運なお前には珍しく幸運な事だったな」

 

「………戯け、幸運であるものか。

 本来ならば殺すだけで早々に目的を達成出来たモノを、紆余曲折を経なければならない今の状況。そして宛ら餌を前に尻尾を振る番犬の真似事さえしている、この始末。

 毎度毎度、自分の事ながら呆れて涙が出てくるわ。挙げ句の果てに何の因縁か、貴様も私と同じく召喚されていると来たものだ」

 

 それを聞いたアヴェンジャーは笑みを深める。如何やらこの男、アーチャーとの会話を愉しんでいるみたいだ。

 

「それはまた、始末に負えない現実だ。

 ……もっとも、生前の(しがらみ)に死後も囚われ続ける姿はお前らしいとも言えるが」

 

「まったく、身に染みる悪辣な言葉だ」

 

 顔を心底嫌そうに歪めるアーチャーであるが、そこには僅かながらに親しみがある。どんなに目を逸らそうにも、目の前の英霊は彼の同類であり、同時に地獄の底の更なる底辺の理解者でもあり、自分にとってのアレがそうで在る様に、アレにとっての自分もまた、そうでしか在りえないのだ。

 ……つまるところ、彼ら二人の問答は何処か遠い世界で既に何度も行われたモノ。ただ生前と言う、その不確かな事象を再度なぞっているだけに過ぎない。話している内容は違えども、目の前の怪物(エイユウ)が何を考えているかなど想像がついている。

 そんな彼らにとって、お互いの人格を自然と解かってしまう事が如何でも良い奇跡であり、理解される事を許容出来てしまうのもまた信じ難い奇跡なのである。

 

「それはそうとコトミネ神父。私の目的は兎も角、貴様が凛とアレと共にこの教会へ来たのは、やはり私を殺す事が目的なのかね?」

 

 コトミネ神父とアヴェンジャーは、溜め息を吐く。

 

「……さて。バゼット・フラガ・マクレミッツに召喚されたサーヴァントとして、敵対者全てを殺害するのは当然の事だが、お前を殺す事は別段そこまで特別な目的ではないさ。

 だがな、ここで決着を付けられるのならば付けてしまおうとは考えている。聖杯以外にも愉しみは多々あるが、死んで座に戻ってしまえば娯楽もそれまでだからな」

 

「サーヴァントとサーヴァントが殺し合うのは覆る事のない運命(サダメ)な訳か。サーヴァントとして貴様と殺し合うとは嫌味なまでに因果を感じるよ」

 

「だが仕方が無い。願望を抱いてこそサーヴァント。この様な舞台劇に上げられてしまえば、殺し合ってしまうのは必然だ。

 亡霊となれば誰であろうとも、現世で果したくなる“何か”を抱く」

 

「……確かに。死後、我々が抱いた願望は、言わば亡者の怨念に等しい衝動だ。この想いは何度も何度も現世で死に果てようが魂から解放されないモノであった。

 聖杯戦争と言う死者の想いを果たさせてくれる楽園では、我々は目的を共存する等と言うことは決して出来ない、……特に私と貴様はな」

 

「良く理解しているではないか、正義の味方。

 その殺し合いこそ聖杯戦争成立の前条件。我々が世界に呼ばれ、本来ならば無関係であったこの世界のマスターを利用し、用意された戦場で命を取り合い、死後で至ったこの望みを果たしてこそ、浮かばれぬ魂に救いが存在し得る。

 ―――奪わなければ救われない。

 その循環し続ける業こそが、私にとって見応えが十分に有る娯楽となるのだ」

 

 その言葉は呪いだ。英霊にとって、特に守護者にとって、人の命を奪う事さえ別段特別な悪事では無い。人殺しこそ彼らの所業の本質にて基本。殺し合って勝ち得た名誉こそ、世界に誇る輝かしい伝説だ。しかし、社会(ヒト)の倫理に反する行いである事は確かなのだ。

 彼らは怪物を殺す本物の超越者であり、反英霊から見れば十分に自らと同等以上の化け物。そして、人間から見れば、その力は化け物の悪性と同類の恐怖そのもの。

 ……だとしても、守護者とて人間だ。人間を超越していようが、その心は人としての痛みを有する。奪う事を良しと出来る人間には快楽に成り得ようが、そうで無い者にとってはどんなモノなのか。それも、戦いそのものを憎む様な、敵から殺し取る正義では無く争いの無い平和を望む様な人間にとって、アヴェンジャーの話は脳髄を汚す呪詛となる。特にアーチャーにとっては、その言葉は特別神経を逆撫でする。

 

「相変わらず悪趣味な神父だ」

 

「それには同意しよう。馬鹿は死んだ程度では治らないからな、特に正義バカは」

 

「―――ク、そうだな。特に外道神父の悪癖なんてものは、死んで治るモノじゃない」

 

 目で語るとはこの事だろう。二人の両目は凄みを増し、お互いに相手の事を馬鹿にしている。何と言えば良いのか、物凄く子供っぽかった。

 

「……ふん、まぁいい。

 それで貴様は一体何の奸計を働かせて、凛とアレを連れて教会に来たんだ? まさか、自分が育った教会を懐かしみにでも来たのかね?」

 

「それこそ、まさかとでも言うべき感傷だ。俺にその様な人間らしさが僅かでも残っておれば、英霊になど成り果てる必要も無かった」

 

「だろうな。そんな言葉を貴様から聞いた日には、全身の皮膚に蕁麻疹が出来てしまう。

 ―――………では、何故来た。

 ここに貴様の目的が存在するとは思えん。それとも、この私に会いに来たとでも言うのかね?」

 

 見た相手の神経を苛立たせる笑顔で皮肉を吐くが、それを見る復讐者は更に愉快げに顔を歪めた。

 

「……エミヤシロウ、お前は疑問に浮かばなかったのか。

 ビルの屋上でお前と戦っておきながら何故あの時、校舎の屋上で再びお前と戦闘を開始したのか。何故、この俺が衛宮士郎の心臓を態々串刺しにしたのか。何故、屋敷にまで殺しに掛りセイバーと戦う様なリスクを背負ったのか―――」

 

「……………まさか。コトミネジンド、貴様―――」

 

「―――ああ、そのまさかだよ。

 初めにお前と戦闘を行った後、摩耗して半ば消えかかっている記憶もある程度再生してな、自分の人生の成り行きと同時にお前の事も思い出したのだ。お前のこと以外にも、数多の世界軸での出来事の記録も、己の魂の記憶野から無理矢理掘り返した。

 故にだ、自分がすべき事、自分が行いたい事、見てみたい事、全て思い出した。今この展開、この状況、これは私にとって実に理想的なモノであるのだ」

 

 邪悪な笑みを浮かべるアヴェンジャー―――コトミネジンドからは不吉さしか感じられない。

 

「…てめぇ――――!」

 

 怒りの余り、昔の言葉使いに戻る。彼は自分を戦士に装う事が出来ない。何故なら、何よりも、よりにもよってこの男が、自分の復讐を娯楽として愉しんでいる。許せるなんてモノではない、感情の許容範囲を一撃で砕き破る壮絶な悪意だ。

 

「―――――っ」

 

 しかし、一呼吸の間に精神をアーチャーは落ち着かせた。この男の前で想いを剥き出しにするコトは、自分の人格を奥底まで解体される事となる。アレの手で心をバラバラにされれば、隠してきた心の内を言葉にされれば、戦闘時の精神状態が乱れてしまう。致命的な隙を本当に晒してしまうなど、エミヤシロウにとっては下らぬ笑い話にしかならない。

 精神を整え、目の前の怨敵を視る。心の底から湧き出る敵意と、自分の傷に触れられた事で止まらない殺意を視線に乗せる。憎しみを嘲りに変え、アーチャーはアヴェンジャーを哂った。そして、アヴェンジャーもアーチャーを嗤う。

 

「―――……能力上絶対的な天敵である私に、貴様は勝てると考えているのかね?」

 

「いやはや全く。お前にしては実にく下らない質問だ。

 ……逆に問う事となるが、今のお前のような敗残兵に負ける要素が何処に存在する」

 

「無様に散ったのはお互い様だろう。敗残兵であるのは貴様も同じことだ」

 

 目を黒く輝かせながら、復讐者は弓兵を見る。毒を互いに吐きながらも、どちらも挑発に乗らなかった。時間稼ぎをしたいのはお互い様であり、勝ち負けを優先する戦闘でもないからだ。

 

「――――ク。確かにその通りだ。

 だがな、お前の様に俺は生前にも死後にも後悔は存在しない。己の理想に心を破り棄てられ、自分自身の望みに魂を喰い殺されたお前は負け狗だ。

 過去の思いに敗北し、自身の誇りを下らぬ無価値なモノに変えた愚か者に敗れる程、私も誇りを失った訳ではないのでね」

 

 皮肉気に笑うアーチャーに、アヴェンジャーは心の底から嘲笑うかのようなに笑顔を浮かべた。

 それはアーチャーに対する最大限の侮蔑であった。心底面白そうに皮肉を吐く黒衣のサーヴァントは、黒い太陽に見える両目を灼熱と煮え滾らせるかの如く嗤っていた。

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 ―――弓兵の気配が、塗り替わる。

 射殺す眼光が眼前のサーヴァントを問答無用で串刺しにする。眉間を矢でブチ抜かれたと錯覚する程の殺気。この殺意から、アーチャーが本気で憤怒していることが簡単に伝わってきた。ドス黒い怒気がアヴェンジャーと、後ろにいたバゼットに襲いかかる。

 

「…………………………」

 

 その姿を愉快に見ている復讐者。敵の怒りを欠片も意識していないどころか、アーチャーから放たれる悪霊の瘴気染みた殺意を面白がるような雰囲気を纏っている。

 

 

「お前のような精密機械がな、幾億幾兆年思い煩ったところで答えなど出やせんよ」

 

 

 ――そして、アヴェンジャーは止めを刺した。

 その言葉は、アーチャーを相手に言って良い言葉ではなかった。ソレは相手の心を全て踏み砕いて唾棄する行い。

 

「――――良く咆えた、泥人形。

 しかしな、英雄ならざぬ守護者である我々は、生前の誇りは当に消え失せている。抱いていた思いも摩耗して失った。答えが決まり切った守護者同士の問答に、価値など存在しない」

 

「…………」

 

 言葉を受けても相変わらずな笑顔を作り続ける復讐者。それを見て、苦虫をかみつぶした様な表情を浮かべながらもアーチャーは言葉を続けた。

 

戦争(ソウジ)の時間にはもう頃合いだな、決着をつけてやる」

 

「同感だ。お互い愚者で在るコトを良しと笑った者同士、問答を今更行ったところで価値は無い」

 

 互いに互いの在り方を嘲る、侮蔑する。……自分自身を嘲笑する。ここからは、英霊同士の殺し合い。空間を侵食して壊れてしまいそうな程、高まる暴力的な“何か”が場を暴れ狂う。

 眼前のアヴェンジャーに対するアーチャーの憎しみは、衛宮士郎に向けるモノと似通った苛烈さ。もはや建前など不必要、今の自分に必要なのは敵を必ず仕留めると言う戦意のみ。

 

 

「求道に迷い死ね。

 ――――貴様には、冥府の底がお似合いだ」

 

 

 アーチャーの言葉。それにアヴェンジャーは笑顔を浮かべる。

 

 

「懺悔の時だ。

 ―――己の運命、全てを悔いて死ぬが良い」

 

 

 そうして、殺し合いの宣言は告げられた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 アヴェンジャーのマスター―――バゼット・フラガ・マクレミッツは、眼前で行われている戦闘風景を興味深く観察している。

 

「…………」

 

 彼女から見て、アヴェンジャーの戦闘論理はかなり独特だ。戦闘において一定の“型”と言うモノが存在しない。双剣を愛剣として使うが実際のところ、両手剣だろうが、片手剣と盾だろうが、槍だろうが、斧だろうが、彼は全く問題無く戦場で運用可能だろう。

 一切の隙が無い無形の構えを取る事もあれば、隙が出来ている構えを取ることもある。何より嫌らしいのは斬り合いの間で唐突に生まれる隙、相手に必殺の好機だと思わせる型の隙間である。

 もっとも、あれは全てが罠だ。見えてしまった隙に斬り込んだら最後、奴の戦術に引き摺り込まれる。防がれ防がれ、カウンターの餌食となる。そのカウンターを防いでもドロドロとした底なし沼に沈むように術に嵌まっていく。

 隙を攻撃しないならしないでその攻撃を流され斬り込まれる、または簡単に防がれる。何せ万全の準備をしている所に攻撃するのだ、当然の結果だろう。

 そして、アヴァンジャーの斬り込みも全て戦術で計算されたものなのだろう。一撃必殺の凶刃さえ次へ次へと、何十手も先へと繋げる布石。敵の誘いに態々乗って、そこから切り崩す嫌味な思考戦もかなり巧みだ。カウンターをカウンターで、そんな事を平然と何度も行う異常な精神構造。

 言うなればそう、あらゆるパワー、あらゆるスピードに対応する、その何よりも迅速な狂った精神が彼を最強足らしめる。

 何もかもを視切る目、何もかもを認識する感覚。相手より迅く、相手より先にと、常に加速する精神でもって思考の先手を打ちながらも、攻撃し、迎撃し、反撃する。そして全てを防ぎ切り、戦場で必ず生き残れる。

 殺し合いにおいて最悪の戦闘論理をこの英霊は持つ。故に彼を倒すにはありとあらゆる面で彼よりも優れなくてならない。幸運さえ与えてはならない。それかもしくは、彼の戦力、彼の戦術、彼の戦略、全てを出し抜ける“何か”が必要だ。

 だが宝具の専門家であるあの男に並大抵の宝具は効かない。そして守護者である彼の戦闘経験は無尽蔵、あらゆる対処法を持ち、あらゆる敵に対応可能。正味、全く隙がない。

 

 

「シィ――――――――――――――!!」

 

「――――――――――――――ハッ!!」

 

 

 声と共に解放される気合い。高ぶった精神が刀身に殺意を伝え、剣気が相手の精神を圧殺する。

 サーヴァント同士の殺し合いは、気合いだけで人間一人の心を崩壊されるには十分な殺気が場に満ち溢れる。戦意と殺意が込められた掛け声は、それだけで死をイメージさせる。

 だがそれは、お互いに諮り合ったような声。それさえもフェイクとして、戦術として利用するのがアーチャーとアヴェンジャーの戦い方だ。

 

 

「――――――――――――――――」

 

「――――――――――――ッッ!!」

 

 

 故にアーチャーが勝つ方法は唯一つ、耐えて耐えて耐え抜く事。精神が少しでも屈服すればすぐさま狩り殺される。

 そしてデッドレースを走り抜き、全てをブチ抜き砕いて潰す。

 つまりそれは奴の必殺を全て防ぎ切り、此方も何度必殺を防がれようが命ある限り必殺を繰り出し続ける事なのだ。

 殺し合いでやる事は、目の前の“凶敵(キョウテキ)”と何も変わらない。

 何十、何百と重ねられる架空の剣戟。彼らの様な修練によって自身の心眼を極め上げた者にとって、斬り合いとはイメージの喰い争いだ。視線を一度交えただけで、両者の間の空間には架空の刃が何十何百と瞬間的に重なり合う。先の展開を作り上げ、敵の思考の更なる先を思考しなければ必殺を成し得ず、逆に自身が致命傷を負う破目になる。

 殺意の刃が一度一度斬り合う度に、空想の刃が何度も何度も積み重なる。刃で形成された殺気が空間を塗り潰し、もっともっとと切り刻む。

 ―――そして、斬撃の嵐が戦場を剣の地獄へと変貌させた。

 二人が相手を必殺を成さんとする意志が、世界を斬り殺してしまう、とそんな錯覚を起こし程の重圧。

そこに在るモノのは全てが刃で消されていく。

 

 

 “I am the bone(体は剣で) of my(出来ている) sword”

 

 

 ―――瞬間、小さな声で呪文が唱えられた。

 赤い外套のサーヴァントから響き渡る言霊(じゅもん)。周囲に変化は無いが、それと相対するアヴェンジャーの雰囲気は一変する。

 

「――――っ」

 

 怨、と黒衣のサーヴァントの気配が桁違いに濃くなる。弓兵から感じ取れたのは致死に至る威圧、殺し手たる宝具の顕現の前兆。

 

 

 “There is nothing(心の中には) in my(何も無い) heart”

 

 

 故に、アヴェンジャーがすべき事は決まっていた。宝具には宝具で、サーヴァントとしての必定。彼は精神を固め、魔術回路を全力で回転させる。

 

 

 “Unknown to(ただの一度も) Death.(敗走はなく、)Nor known(ただの一度も) to Life(理解されない。)

 

 

 キィン、と互いの双剣が弾ける。弓兵の魔術師は斬り合いながらも内側で工程を組み上げ、呪文を高速で詠唱する。

 此方の斬撃を左の刃で封じながら右の刃で首を狩り取り迫るが、アーチャーは事前に用意していた逃げの手で回避する。隙を防衛の手段とするのがアーチャーの守りの剣。

 

 

 “Black sun(存在しない) burns(輝きは) the soul(灰のまま、).White sky(空は白く) erases the(晴れ渡る) emotion.”

 

 

 そんなコトは復讐者も理解していた。この度は三度目の殺し合い、そもそも生前の記憶でヤツの戦術は脳味噌で解かっていた。彼も小さな声で素早く詠唱しながらも、アーチャーと剣戟を繰り広げる。

 

「ハッ――――!」

 

「ヌォ――――!」

 

 そして二人は、交差した双剣を同時に振り落とした。ガギィン、と互いの双剣が金属音を鳴り響かせ、四本の剣が砕け散る。その衝撃でアーチャーとアヴェンジャーの間合いが大きく広がる。

 ―――その刹那、距離が離れたアーチャーが自分の左腕を上げる。

 その行為が何を意味するのか、静かに戦いを観察しているバゼットには解からなかったが、何かしらの暗示が掛けられているのは分かった。つまり、呪文の完成であり、宝具の顕現。

 

 

 “―――unlimited(その体はきっと) blade(剣で) works(出来ていた).”

 

 

 それと同時に、アヴァンジャーの呪文も完成する。

 世界が激震しながらも、二人は微動だにせず君臨していた。歌い上げられた言葉は、空間を深く深く侵食する。

 

 

 “―――empty(その心は、再び) creation(無から生まれ落ちた。).”

 

 

 明確に、宣告する様に二つの言霊を吐き出され、世界が変動した。

 炎を灯す赤い線が広がるが、反対から迫り来る死灰の世界に衝突し、二人の半ば辺りで空間の狭間が造られる。

 ―――世界が創造された。心が裏返り、二人の世界が現われる。

 ぶつかり合い、空間を侵食し合う双子の世界。瓦礫の王国と空虚な天地。錬鉄の火の粉が舞い、灰色の燃え滓が漂う。

 弓兵と復讐者の心象風景が拒絶し合い、二人の間で絶対の境界が引かれた。

 

「―――三度目の正直だ。今度こそ貴様を消し去ってやろう」

 

 瓦礫の王様の宣言。

 それと同時に、墓標として眠っていた剣たちが宙に浮かび上がる。堂々と、威圧的に、何とも言えない異様な風景。

 無数の剣が虚空の弓に装填され、全て必殺の軌道を通りながら射出された。無限の剣製が造り出した剣軍、エミヤシロウが創造した必殺魔術。

 

「………………く」

 

 その絶望を直視し、彼は笑顔を浮かべた。真後ろに立つ自身のマスターを守護するかの如く、アヴェンジャーは世界に君臨する。彼の後ろに、彼の世界が展開される。復讐者の心象風景はただ白かった。それは空白の景色。何も無く、漂白された空虚しかない光景。

 アヴェンジャーに迫る死の軍勢。刃の一本一本に絶殺の殺意が込められた魔弾の群れ。無慈悲なまで真っ直ぐに、敵を貫かんと直進する。

 ……しかし、届かない。

 何故ならば、其処には同じ軍勢が剣軍を撃ち落としていたからだ。魔剣には魔剣を、聖剣には聖剣を、名刀には名刀を。槍、斧、槌、様々な武装が同じ武装とぶつかり潰れていった。

 ―――二人の中間で世界が裂けていた。

 固有結界で固有結界で削り合いながらも、数多の武具を世界に顕現させて射り合う。

 アーチャーとアヴェンジャーが展開した固有結界がお互いを潰す。同時に発動した固有結界は、世界を喰らいならがも、領地争いの如く空間を奪い合う。敵の精神を自身の精神で屈服させる。それと同じく、彼らは武器と武器をぶつけ合う。

 ―――彼らの戦いは正しく戦争だった。

 自身の兵士たちに殺し合いを演じさせながら、敵の心象風景を自身の心象風景で侵食して空間を略奪する。

 ガキィン、ガキィン、と削り合う武器。衝突すると同時に爆音を響かせ破壊される。

 アヴェンジャーの固有結界は情報の物質化を基本とする。アーチャーと違い、元々世界に保管されているのでは無く、無から有を創造しなければならない。固有結界を展開し合った投影戦において、アヴェンジャーはアーチャーと戦えば一歩遅れたカタチとなる。

 アヴェンジャーの宝具である『空白の創造』は、その心象風景に貯蔵される存在因子を利用して空間から物体を創造する。

 アーチャーの『無限の剣製』は剣が貯蔵されている心象風景を展開し、最初から剣が存在しているモノとして固有結界を一定空間に具現させる。しかし、破壊されたものを新しく創造する、また結界形成時に存在しなかったものを作る場合は激しく魔力を消費してしまう。

 つまり、アーチャーは剣軍を新しく装填する為には固有結界に再度魔力を充填させつつ、さらに結界維持の為に魔力が必要となる。しかし、アヴェンジャーの固有結界は創造する事そのものが能力であり、結界の維持さえすれば武器の再補充に魔力はそれほど掛らないのだ。

 

「―――グ、ァ……ッ」

 

「――――――ィ…っ」

 

 攻撃の先手は最初から武器を用意出来るアーチャーが優先的になるが、結界維持の燃費と結界稼働の持久力は確実にアヴェンジャーが上なのだ。故に彼らの固有結界の戦いは総じて魔力を消し合う我慢比べとなる。相手の隙を突いて宝具の解放を出来れば話も変わるが、そんな隙を見逃すアーチャーとアヴェンジャーでは無い。その為、武器の射撃戦で態と隙を造り、概念武装の使用が出来そうな戦術の隙間を作り攻撃を誘うが、相手の命をそれごと飽和攻撃で葬り去らんと仕留めに掛る。

 

「――――グ、……ヌゥ…っ!」

 

 そうして、平行線を辿ると思われる戦争に変化が唐突に生じた。アーチャーの攻撃テンポが明らかに減速してきている。アヴェンジャーより先手を撃てているが、それでも差が縮まり始めている。

 

「―――――――」

 

 好機を見抜く。アヴェンジャーはアーチャーの動きが演技か否か、刹那の間で判断し、それを演技では無いと見た。

 弓兵の固有結界が僅かながらに軋んだのを、彼は見逃さなかった。視覚情報では全く判断は付かないだろうが、魔術師としての感覚が敵の異変を細かく察知。

 

「…………っ」

 

 押されている。無限に至った剣の軍勢が、純粋な物量で粉砕される。

 アーチャーは傷付いた魔術回路で固有結界を無理矢理全力で回転させるが、投影速度に少しばかりロスが生まれている。

 そのロスさえ無理を通し、連続で複数個の投影を繰り返せば、歪みは更に大きくなるばかり。

 

「―――では死ね、エミヤ。

 全力を出し切れぬ不運を悔い、無念のまま滅びるが良い」

 

 止めの宣告。一本が二本に、二本が三本に、復讐者の武器が増殖する。彼の言葉が弓兵を強制的に“死”を覚悟させる。固有結界を支えるアーチャーの精神に、嫌な冷や汗が出て来る重圧を押し付ける。

 

「ッ…………!」

 

 ―――発熱するアーチャーの魔術回路。前回のアサシンとの戦闘で酷使した回路は、戦いの後で千切れ掛っていた。

 勿論、今のアーチャーは治癒されているので本気の魔術行使は十分に出せるが、全力を保てる時間は僅かながらも減ってしまう。固有結界を展開出来るのであろうが、剣軍の維持は魔力切れの消滅が早まる。

 二つの世界に鳴り響くのは、甲高い剣戟の悲鳴。空白の世界が瓦礫の世界を侵食していく。剣軍が押され始める。

 初めは拮抗していた潰し合いも、長期戦になれば弓兵の苦痛によって復讐者に傾く。精神の乱れは世界の乱れ。アーチャーの全身を焼きながらも痺れさせ、暴れる魔力が傷を炙るように回路内を蹂躙する。しかし、それでも彼は魔術回路を停止させない。世界は堅く、剣の刃の如き鋼鉄な強さを見せる。

 

「ぁ、ギ――――――」

 

 音も無く増殖する剣軍。無限の剣製を上回り、彼の剣の一本に対して同種の聖剣、魔剣、名剣が二本、三本と襲い掛かる。弓兵は固有結界をさらに拡大させ、剣の墓標を展開させる。アヴェンジャーの壮絶な飽和攻撃に対処すべく剣軍を投影する。しかし、それさえもアヴェンジャーは即座に写し取り、具現化し、射出する。

 それと同時に弓兵の固有結界を復讐者の固有結界が徐々に呑み込んで逝く。魔弾の撃ち合いだけでは無く、固有結界の潰し合いも同じく対処しなくてはならない。

 アヴェンジャーは言った、全力を出し切れぬ不運を悔いろ、と。アーチャーとアヴェンジャーの戦力の差は、本当にそれだけであった。後一日、彼が教会に来るのが遅かったら、後一日、アサシンと戦った日が早ければ、アーチャーはここまで追い詰められる事は無かった。そもそも固有結界での戦闘において、アーチャーの方がアヴェンジャーより潜在的な戦闘力は高いのだ。彼がアヴェンジャーの絶対的な天敵であるのは、固有結界の相性の巡り合わせに他ならない。

 

「――――――」

 

 ズダン、とアーチャーの左腕に槍が突き刺さる。頭を狙って迫り来る射撃を左腕を盾に防いだ。

 グチャ、と生々しい音を上げる。弓兵は腕の刃を瞬時に抜き取って放り棄てた。彼ら二人の共通認識、投影物体は高性能爆薬だ。

 実に嫌らしく、何よりも堅実に、そして確実に命を狩り迫る復讐者の戦術。本当の隙を見せれば即座に昇天し、隙が無ければ理と力でもって抉じ開ける。

 この場面、左腕で急所を守らなければ死んでいた。毒が染み込む様に王手を掛ける攻撃は、相対しているだけで怖気を誘った。

 

「――――グ、ァ………………っ!」

 

 

 ―――しかし、その瞬間、固有結界を維持していたアーチャーの魔力が突然消えた。ガクリ、とアーチャーの膝が地面に着き、世界の全てが一瞬で真っ白に変わっていった。

 ―――瓦礫の王国が飲み込まれる。剣の墓標は消え果てて、赤い弓兵は復讐者の心象風景へ完全に取り込まれた。

 天壌は白一色に塗り替わる。天の中心には奈落の孔に見える真っ黒な太陽が、爛々と暗く輝いている。そして、黒い太陽の周りには、陽の揺らぎの如く輪郭を造る死灰の炎。奈落の太陽が空から世界を見渡し、その世界は空白以外に何も無し。

 

「……これが、アヴェンジャーの世界――――――」

 

 バゼットが茫然と言葉を漏らしてしまったのも無理は無い。固有結界は術者の心象風景を具現化させると言うが、こんな心は余りにも空虚だ。死灰の火を纏う黒い太陽のみが天に存在し、色褪せた白い空と、何も無い白い大地が世界を構成する全てだ。宙に舞う灰はただ、この世界の持ち主の在り様を淋しく伝える。

 

「ククク、本当にお前はついていないな」

 

 事態を一瞬で把握した彼は自身の軍勢を無に還す。

 アーチャーが何故魔力切れを起こしたのか、正確に理解したアヴェンジャー。彼は心の底から愉快気に笑顔を浮かべる。逆にアーチャーが浮かべたモノは苦笑であった、先の無い者が浮かべる笑顔にそっくりな。

 

「ああ、実に素晴しい。

 人間の身で魔術師の英霊(キャスター)を斃したか、遠坂凛」

 

 復讐者が楽しそうに言葉を発した。アーチャーの魔力切れの原因はその一言に集約されよう。

 弓兵は、ここまでか、と望みを賭けた聖杯戦争を諦めかけていた。彼の心眼を持ってしても、今の状況では1%の勝率も見出せず、固有結界に囚われた時点で逃走は不可能。冷徹に未来を見出すアーチャーの思考は、自分が様々な武具で串刺しにされ、目的半ばで消え果てるビジョンしか浮かばない。

 

「……さて」

 

 ポツリ、とアヴェンジャーが一声を漏らすと世界が崩壊した。死灰が舞う黒い太陽の世界が消える。

 彼がアーチャーを始末するのに、もはや宝具などと言う武器は不必要になった。素手で霊核に繋がる首を粉砕し、あるいは心臓を潰し、復讐者は容易く弓兵を殺せるだろう。

 

「――――――――――――」

 

 無表情のまま無言を貫くアーチャー。鷹の目と形容出来るまで視線を尖らせ、両手を開いて双剣の投影の準備をする。何故か態々固有結界が解除されたが、アーチャーは悪辣な目の前の敵に対して更に身構える。

 もはや、魔力不足に陥った自分の戦力では逃走経路さえ戦術で創り出せないが、今の自分には明確な目的がある。生き残れるのならば、その確立が1%以下だろうが足掻いてみせよう。敵の神父は戦況全てを利用する悪魔だが、心が死んでしまえばそれまでだ。

 アーチャーは呪文を無音で唱え、少ない魔力を効率的に使い、最期の最期まで抵抗する決心した。敵の動きに反応して、素早く投影魔術の行使が可能だ。

 

「殺し合いの興も殺がれた。

 ……お前はこれから如何したい、アーチャー?」

 

 それは唐突な言葉だった。殺気は消え去り、復讐者に殺意は一切ない。

 

「―――なに?」

 

「実はな、既に俺はお前を殺す気は無いのだ。キャスターの討伐が成った時点でアレとの同盟も消え、もう我々はお前を優先的に殺害する理由も消えた」

 

「……だから、興が殺がれたと?」

 

「ああ、興が殺がれてしまった。

 今この段階で殺してしまっては、自分の道楽(がんぼう)を台無しにしてしまうのと同意義だ」

 

 それを聞いたアーチャーが苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべると、舌打ちを一つ。それは思わず出てしまったと言うもので、腹立たしさの余り自然とやってしまったのだろう。

 

「ふん……なるほど。

 ―――貴様は本当に最悪だ。心の底から実感したよ」

 

「はっはっは、何を今更」

 

 アーチャーとアヴェンジャーの戦いの決着は、弓兵が復讐者に殺されるか、復讐者が弓兵に殺されるか、もしくは地下聖堂で行われている戦いに決着を付きそうになるかの三点。アーチャーは元々衛宮士郎を自分の手で殺す為だけにキャスターの仲間となったので、彼がキャスター達に殺されそうになれば直ぐに今のマスターを裏切る予定であった。

 しかし、遠坂凛はキャスターを自分の手で仕留めてしまった。アーチャーとしては余計な手間が消えたので、計算外だが嬉しい誤算である。

 

「流石に“あの”凛と言ってもサーヴァントを倒せるとは思わなかった。だが、まさかキャスターを消滅させられるとはな。どうやら見事アレを下した様だ。

 いやはや、本当に予想外にも程がある。彼女の元サーヴァントとして、今の私は実に愉快な心持ちだよ」

 

「不思議な話ではあるまい。なにせ、ほら、あの魔術師こそ遠坂凛なのだぞ」

 

「成程、確かに」

 

 アーチャーは苦笑を漏らした後、アヴェンジャーとバゼットに背を向け、そのまま教会の方へ歩いて行こうとする。もはや、弓兵の前に立ち塞がる敵はいない。

 

「…………」

 

 しかし、彼の動きが静止する。此方に背を向けながら、アーチャーは歩みを止めた。

 

「……止めないのか、貴様は」

 

 今から自分を殺しに行く弓兵がアヴェンジャーに問い掛けた。少しだけ浮かんでしまった疑問を、黒衣を着こむ神父にそのまま叩き付けてみる。この男が今の自分を見て何を思うのか、足を止めるくらいには気になってしまった。

 自分と同じくアラヤに隷属させられているコトミネジンドは、過去殺しを何と思うのか、彼は気になった。それが足を止めてしまった理由。

 

「今のお前を、この私が、止められる訳が無いだろう。そもそも止める道理も無い。

 殺さなければならないと、そう決意したなら殺すしかあるまい。それも、その様な在り方に変貌してまで思い詰めるのならば尚更だ。自分の心がそう思ってしまったのならば、死後で感じ取れた在りの儘の己と化して願望を果たせ。

 報われたいのだろう?

 救われたいのだろう?

 ……それならば、成すべき事は限られよう」

 

 ニタニタと態とらしく笑うアヴェンジャーからは嫌悪しか感じ取れない。アーチャーは顔を歪ませ、瞳の色は敵意一色で染まっている。

 

「……何をほざくかと思えば。貴様に指図されるまでも無く、私は自分を理解している」

 

「それは実に喜ばしい、理解しているならば尚更だ。

 俺はお前の願望(ミライ)を心より祝福しているぞ、エミヤシロウ」

 

 カツンカツン、と石畳の道を進む。赤い弓兵の後ろ姿が遠ざかる。

 煤けた背中。腕には血の跡が残っているが、流血自体は止まっている様だ。腕から垂れる僅かな血が地面に落ち、彼の足跡の様に道に血痕が残っていく。

 …そして、アーチャーの姿が完全に消え去った。教会の礼拝堂に入り、自分の元マスターと衛宮士郎がいる場所に向かうのであろう。

 

「良いのですか、アヴェンジャー。アーチャーをこのまま見逃して?」

 

「構わない。そもそもアーチャーと衛宮士郎の闘争に入り込むのは、一人の人間として無粋極まる。

 それにアーチャーを今殺すのは、戦略的にも得策では無い。アレの目的は此方に知れているのだ、今後の行動も十分に予測可能だ。巧く利用出来れば、彼は我々の力になってくれるだろう」

 

 バゼットが己のサーヴァントに質問をするが、返事は相変わらず。

 彼の横に立って胡乱げな視線を相棒に当ててみるが、直ぐその後に溜め息を吐く。この元人間の英霊に何を言っても無駄に思える。

 

「やはり、アーチャーの真名はそういう訳なのですね」

 

「ああ、そう言うコトだ」

 

「………因果なモノですね、本当に」

 

 鈍色の空を見上げながら、バゼットは重く一呼吸する。

 命を狙い、命を狙われ、敵を殺して、敵に殺されて、最後の一組になるまで循環する殺し合いの混沌。

 彼らの戦争はまだ終わらない。聖杯は静かに蠢きながらも、この戦争を見守っているのだから。




 正体不明のサーヴァント・アヴェンジャーの正体が明かされました。次回は凛と士郎の戦いが書かれていく予定です。
 読んで頂き有り難う御座いました。


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32.Cannon gem

 ガス無しで風呂が冷水。この時期ですので地獄です、コキュートスです。そしてコンロも使えない。


 冬木市新都。アサシンから情報を聞いた後、士人が借り宿のリビングルームで休息をとっている。テーブルには書類が積み上げられており、椅子に深く座っている彼は仕事終わりにと、知り合いの魔女の薬草で作った煙草を吹かして一服中。一目で高級品と理解できるソファーにはギルガメッシュが腰を落ち着かせており、夜の楽しみとしてテレビを観ながらワインを飲む。

 そして、リビングルームの隣にある寝室には、治療が施されたイリヤスフィールが死んだ様に眠りに付いていた。自由を得たアサシンは相も変わらず、神父から私服を借り、夜の冬木市探索と出掛けている訳であった。

 

「――――はぁ……」

 

 煙草を吸い終わった士人が、ソファーに座るギルに視線を向ける。その顔は無表情であり、普段は笑顔が多い彼とは纏う雰囲気が全くの別物だ。

 

「………ギル、あの黒いサーヴァントは何だったのだ?」

 

 感情を浮かべない神父の問い。彼の中には如何やら解けきれない疑念があるみたいだ。

 

「――――ハ。まさか貴様、気が付いていないのか?」

 

 紅い目を爛々と輝かえて臣下を見るギルガメッシュ。彼は士人の問いが意外であり、ワカラナイと言葉を漏らした神父が愉快であった。

 

「………不可思議にも程があるのだ。

 何故、如何して、あのサーヴァントがアレを装備している。あの武装は俺が今、開発を現在進行させているモノの筈。

 頭の中の空想でしかない存在(モノ)を、何故あのサーヴァントが持っている……」

 

 もはや魔眼レベルで扱える解析魔術。視界に入る存在を調べ、脳味噌に情報を叩き込む魔術が、士人に疑問を抱かせていた。黒いサーヴァントの僧衣、あれは士人が頭の中だけで考案していた魔術礼装だ。あの黒衣と他の装備品も、士人の空想の世界にしか存在しないモノ。

 初めて直接黒衣のサーヴァントを見た時、彼は疑念を顔に出さなかった。だが、空想がそのまま目の前で現実になって現われる光景はそう、気味が悪いとでも言うべきだろうか。彼の心は疑念で溢れるが、しかし、もし現実が“そう”ならば真実は一つしか存在しない。

 

「ならば答えは一つだ。……もっとも、真実を知ろうが、無知のまま終わりを迎えようが、この聖杯戦争の結末は同じモノとなる。

 ―――故に、真実を知りたければ、自分の目で確かめる事だな」

 

 愉しげに笑みを浮かべ、美味そうに葡萄酒を喉に流し込む。ギルガメッシュは笑顔を深めながら、今後の仕上げを無言で思案する。

 

「―――なる、ほど……そうか。

 聖杯以外にも愉しむ余地が、この聖杯戦争には有る訳か……」

 

 

 夜は更け、また朝が来る。彼らの戦場が時と共に近づく。第五次聖杯戦争の終わりが、静かに始まろうとしていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 遠坂凛と衛宮士郎は番人であるアーチャーを同盟者の二人に任せ、教会内へと乗り込んで行く。目的地は勿論、キャスターとそのマスターが潜伏する地下礼拝堂。

 

「悠長にやっている時間はないわ。アヴェンジャーがアーチャーと決着をつける前にキャスターを倒すわよ」

 

「わかってる。ここから無駄口はなしだ。

 ―――それと。本当にキャスターをまかせていいんだな、遠坂」

 

「ええ。とことんまで追い詰められるだろうけど、それでも手を出さないで。士郎は葛木先生をできるだけ引き離してくれればいい」

 

 礼拝堂を走り込んだ勢いのまま、中庭に続く扉へ向かう。

 キャスターの気配が近くなり、教会はだんだんと化け物の胃袋に入った様な魔窟へと雰囲気を変貌させていく。清浄な空気は欠片も無く、中は禍々しい魔女の魔力で満ちている。

 

「―――――投影(トレース)開始(オン)

 

 士郎は出来るだけ丁寧に工程を編み、八つの段階を踏んで幻想を具現した。慣れた仕草でアーチャーが愛用する干将・莫耶を握りしめる。

 彼は軽い頭痛に襲われたが、顔を僅かに顰めるだけで耐える。この魔術の負荷は確実に、使用者である衛宮士郎を侵している。

 

「…………………」

 

「?」

 

 ふ、と気の所為か、士郎は凛が俯いた様に見えた。

 しかし、戦闘を前に集中を切らす事は出来ず、彼は疑問を殺して凛と共に闇を降りていく。地下に通じる階段を走り抜け、一際広い空間へ出た。後は以前と同じよう、階段の手すりから聖堂へ飛び降りた。

 

「あら。飛び降りてくるなんて、まるで猿ね。

 何を急いでいるのか知らないけど、人間なんだから階段くらいは使いなさい」

 

 着地をする二人に聞こえたのは嘲りの声だった。奇襲に近い乱入に対し、魔女は余裕を見せている。フードの影で解からないが、おそらく彼女は自分に楯突く無知蒙昧な魔術師を愚弄している笑顔を作っているのだろう。

 

「――――――――」

 

 そして、その隣には葛木宗一郎がいた。

 殺気が無ければ敵意も無く、ただ視線を此方に向けるのみ。静かな立ち姿だが、それが彼の戦闘態勢。透明な殺意によって葛木宗一郎と言う脅威を隠している。

 

「……………―――――」 

 

 キャスターと葛木宗一郎の後ろには、衛宮士郎のサーヴァントであったセイバーの姿がある。状況は二日前のまま、彼女は磔にされて頭を下げている。

 士郎は間に合ったと思う反面、静かな様子が気になる。以前に見た時はキャスターの魔力に逆らい、苦しげであった。それが今では凍りついたかの如く、静かだった。

 イヤな予感に精神が軋んだ。アサシンがいないのは僥倖だが、この不安が的中してしまえば生きて帰れない。

 

「来たわよキャスター。色々考えたんだけど、やっぱり貴女には消えて貰う事にしたわ。

 目障りだし邪魔だし煩わしいし、なによりその格好が気にくわないのよね。いまどき紫のローブなんて、どこの田舎者よって感じでさ」

 

 憎まれ口を叩く凛だが、心中は真逆だ。その証拠に彼女はじりじりと距離をつめ、攻撃の機会を虎視眈々と狙っている。眼に余裕はなく、獲物に喰らい付く猛禽類のように鋭い視線。

 左回りにキャスターへ間合いを近づける凛に対し、士郎は右回りに距離を詰めていた。葛木をキャスターから引き離す為、彼もまた戦況を読むことに専念している。

 

「――――ふん。見逃してもらった分際で、随分と勘違いをしたようね。いまどきの魔術師は皆こう猪頭なのかしら。これではアーチャーが見限るのも当然ね」

 

 凛の罵詈雑言が癪に障ったのか、キャスターは疎ましげに彼女を睨みつける。

 その隙にと士郎は位置を移動させていくが、それを無言で葛木は見据えていた。この程度の策を見逃す男ではないが、彼は全て承知の上で行動している。

 衛宮士郎が自分を狙い、遠坂凛がキャスターを狙い、各個撃破を目論んでいる事も。何かしらの秘策を持って戦いに挑んできている事も、葛木宗一郎は気が付いている。それを踏まえてなお、キャスターの好きにさせているならば、その消極性からいって彼は傀儡に近いマスターだった。

 後方支援を得意とするサーヴァントと、白兵戦を専門とするマスター。本来の立場が逆転している二人は、この聖杯戦争における在り方も逆さになっていた。聖杯を執拗に求めるにキャスターと、自分の意志も無くキャスターを守る葛木宗一郎。もし、この二人が聖杯戦争の定理に当て嵌まる様に、立場も在り方も逆に成っていれば、ここまで外れた道を取る事なかったかもしれない、と。そんな無駄な事を、士郎は刹那の間に考えていた。

 

「それじゃ始めましょうか。貴女との小競り合いもこれで三度目。いいかげん、ここでカタをつけてあげる」

 

 一歩、凛はキャスターへ間合いをつめる。

 

「大きくでたわね。まさかとは思うけど、本気で私に勝てると思っているのお嬢さん?

 だとしたら腕比べどころの話じゃないわ。今回も見逃して上げるから、まずその根性を直していらっしゃいな」

 

「そんなの、勝てるに決まってるじゃない。

 だってそうでしょう? 貴女みたいな三流魔術師に、一流である魔術師(わたし)が負ける筈ないんだもの」

 

「――――そう。なら仕方ないわね。

 その増長、厳しく躾ける必要があるようね、お嬢さん」

 

 構えは同時、それが合図。

 士郎は無防備になるキャスターへ襲い掛かり、

 

「っ………!」

 

 当然の様に、葛木の一撃に阻まれる。

 幽鬼の如く佇む暗殺者。時間稼ぎなどさせぬ、と殺意で知らしめるように士郎の命を殺(ト)りに掛った。セイバーさえ追い詰めた“蛇”を繰り出し、致死の嵐が巻き起こる。

 士郎の技量では持って一分。拳に宿る毒に牙を剥かれたら最後、抵抗も虚しく死に逝くだけ。それは凛も同じであり、本来なら同じ分野で格上の敵に勝利する術は無い。戦う相手が逆でなければ勝ち目は無い。

 ―――だが、逆を言えば少しは戦いになった。葛木を相手にすれば遠坂は成す術も無く殺され、キャスターと士郎が戦えば一瞬で灰に変わる。反面、この組み合わせならば瞬殺される事はない。

 つまり、この戦いはどう倒すか、では無く。凛と士郎にとって、互いに格上の相手に対してどこまで保つかと言う、そんな綱渡りであった。

 

「―――――」

 

 無音のまま、毒に塗れた死神の鎌の如き左拳の連撃が放たれ続ける。右拳は今か今かと眼前の獲物に狙いを定めるのみ。

 

「っ―――――――!」

 

 士郎は襲い掛かる拳を必死に防いでいた。ただ双剣を動かし捌き続ける。

 アレの拳は生きた『蛇』そのものだ。紙一重で避けたところで、躱した直後に軌道を捻じ曲げて喰らい噛み付く。セイバーはなまじ蛇の拳を紙一重で躱せる反射神経を持っていたが故に、蛇の餌食となり深手を負った。

 もっとも、士郎にはそんなセイバーの様な芸当は行えない。紙一重で回避するなんて事は到底不可能であり、そもそも拳を見ることさえ出来ていなかった。不可視のものを自分から防ぐ事など、彼の技量ではまだ無理だ。

 

「が――――――!」

 

 肩口。左鎖骨に拳が掠り、激痛が全身に浸透する。

 

「は、ぐ―――――!」

 

 まるで玄翁を振り落とされたと錯覚する程の痛み。そのまま肩ごと左腕を噛み砕かれたような感覚に、士郎は短剣を落とし掛けた。

 しかし、彼は踏み止まって攻撃に耐え、右の短剣で眉間に迫る拳を弾く。ガギィン、という剣が剣とぶつかり合って響くような金属音が鳴る。必死になって後退するが、士郎の前には葛木が既に間合いを消していた。

 

「は――――」

 

 身震いする程の戦慄。その構えに死神を視る。

 次こそ耐えきれないと士郎の脳裏に諦めが奔った。そもそも、彼がここまで堪え切れたこと自体、異常なまで良く戦闘を保てた健闘だった。

 葛木宗一郎は衛宮士郎の戦法を理解している。前回の戦いで自分が殺し切れなかった原因、それは彼が何度も虚空から生み出す双剣に他ならない。逆に言えば、双剣への対処を間違えなければ殺し切れた。あの陰陽の短剣を始末してしまえば、衛宮士郎は殺すだけの獲物に成り下がる。仕事は簡単、仕上げまでの道筋も見えている。宗一郎にとって殺しとは、呼吸をするのと同じくらい簡単な動作である。

 故に葛木宗一郎が考え付いた殺し手は単純だった。目の前の敵から厄介な守りを作る武器を、その陰陽の双剣を奪ってしまえば良い。

 

「―――――――――」

 

「づ―――――――!」

 

 まず、右の短剣を砕いた。キャスターの魔術で硬化した拳は、わずか数合で未熟な投影宝具を粉砕した。

 

「――――投影(トレース)再開(オン)………!」

 

 即座に破壊された剣が複製される。無理な投影では最初の双剣の完成度は望めない。結果として即席の投影では、数撃は受け止めきれた双剣の精度を段々と落としていく。奈落の穴へ転がり落ちる悪寒の中で、士郎はそんなチキンレースを走り抜かねばならなかった。

 呼吸を殺し切れず、荒い息を上げる。無我夢中で蛇に短剣を合わせる。肉体は双剣に従うだけ、しかし、限界は越えている彼の五体は既に悲鳴さえ上がらない。

 加えて、魔術行使の度に襲われる頭痛。砕かれ、再び投影すればガリガリと内側を削られていく。魔力では無い。剣を一つ、また一つと鍛えて複製する度に、数少ない魔術回路が消えていくような感覚。だが士郎はこの苦行に耐えるしかない。

 ゼロになるのはもはや目前。作れてあと二本。彼の魔力貯蔵が尽きた瞬間、戦いは呆気なく最期を迎える。

 

「え――――――――あ?」

 

 ガン、と言う鈍い轟音。衛宮士郎が吹き飛ばされた。

 葛木宗一郎の右拳。不動のまま狙いを定めていた鉄槌が、ついに槍の如く撃ち放たれた。

 

「―――――――」

 

 士郎の肋ごと貫く筈だった一撃は、交差した双剣が受けていた。自身の必殺を防がれた光景に感じるモノはないのか、宗一郎は相変わらず無表情であり無音を崩さない。

 しかし、双剣は完全に破壊され、衝撃で士郎はそのまま吹き飛ばされた。ドン、と思いっ切り背中が壁にぶつかった感触で、士郎は自分が五メートル近い距離を弾き飛ばされたと悟る。

 

「は、――――つ」

 

 呼吸が出来なかった。肺が停止していた。内蔵が麻痺している。

 衝撃で心臓の鼓動さえ痺れた状態では、呼吸はおろか手足さえ動かせない。僅か数秒、心臓の活動が再開するその空白に―――幽鬼は迫る。このまま士郎の状態が続けば、六度殺しても余りある。

 

「――――――――――――」

 

 倒れ込んだまま士郎は眼前の敵を睨み付ける。その視線を受けた宗一郎に変化はなく、その空虚な両目には獲物の死を静かに映し出している。

 まだ諦めないと戦意を明らかにする士郎だが、戦うべき手足は動かない。しかし、元より彼は剣を振るう側の人間ではない。成すべきことは足止めであり、最大の武器は初めから魔術である。故に諦めず、受けた役目を果たせずに諦められることなど出来はしない。

 士郎は自分にまだ出来るコトは有る筈だと、戦術を構成すべく思考を巡らせ―――礼拝堂内で拳を叩き付けた打撃音が響き渡った。

 

「え?」

 

「――――――――――」

 

 その音は、衛宮士郎と葛木宗一郎の戦闘で鳴ったモノではなかった。

 士郎は思い描いていた剣の構造が消えた。葛木は首を螺子切ろうと詰め寄った足を止めた。

 

 ―――その異変は葛木の背後から。

 祭壇を背にしたキャスターから起きたものであった。

 

 

◆◆◆

 

 

 劣勢を強いられていたのは彼女も同じであった。いや、実力差を明確に把握している為、彼女の負担は彼より大きなものであっただろう。その分、胆は完全に座っていたが。

 

「―――Αερο―――」

 

 余裕に満ちた仕草でキャスターは凛に指を向ける。

 紡がれる魔術は『病風(アエロー)』。キャスターは詠唱など必要としない。神代に生きた魔女にとって、自身と世界を繋げる手順(じゅもん)など不要なのだ。キャスターは常として歯車(せかい)を回す神秘を帯びている。彼女にとって魔術とは命じるだけの、己が番犬に『襲え』と告げているに等しい。

 

「―――――Acht(八番)……!」

 

 それを秘蔵の宝石で相殺する。キャスター相手に呪文詠唱の機会などない。持ち込んだ十の宝石に貯めた十年分の魔力全てを使い切る覚悟、それこそが自分を奮い立たせる険しい戦意となり自分の足を支えている。

 

「ふふ、健気に頑張ること。そんな奥の手があるとは思わなかったわ、お嬢さん」

 

 自分の魔術を純粋な魔力で消されながらも、キャスターの微笑は消えなかった。それもその筈、キャスターは殆んど無限に魔術を行使できるが、宝石と言う増幅器で対抗する遠坂凛には勝ち目は限り無く零に近い。

 歴然とした魔術師としての差。それこそ魔法使いクラスに至っているキャスターにしてみれば、遠坂凛程度の魔術師のレベルでは恐怖心すら湧かないだろう。持っている宝石は所詮十か二十と言ったところであり、そんなモノでキャスターが敗北する道理など存在しなかった。

 

「――――Sieben(七番)……!」

 

 繰り出された電荷を七つ目の宝石で相殺する。残る宝石は後六つ。

 

「あら、綺麗に防ぎきるのね。本当に健気。自分だけ守っていれば石を使い切る事も無いでしょうに」

 

「――――ッ」

 

 クスクスと嘲笑う声を聞こえないかのような無反応で、遠坂凛は次弾に備えて新たな宝石を指にはさみ込む。キャスターの言った通り、自分だけ守っていれば宝石は砕ける事無く三回は役に立つだろう。しかし、それは出来ない。キャスターの魔術はひとたび発動すれば聖堂を覆い、この場に居る人間全員に襲い掛かる。キャスターに護られている葛木宗一郎は兎も角、衛宮士郎は焼け死ぬことになろう。

 

「ふうん、まだ守りきるつもり? 大した信念ですけど、それはいつまで保つかしらね。受けてばかりでは結果は見えていてよ、お嬢さん」

 

キャスターの指が動く。

 

「―――――――Sechs(六番) Ein Flus, ein(冬の)Halt()……!」

 

 それに、彼女は先手に取った。受けてばかりでは宝石は失い殺されるのは目に見えている。キャスターの魔術と遠坂凛の宝石。そこに込められた魔力が同等ならば、先手を取れば倒し得ると言う事だ―――!

 

「―――Κεραινο―――」

 

 だが、それでもキャスターの魔術には程遠い。そもそも両者の戦いに“先手”は初めから存在しない。あるのは力による押し合いのみ。同等の速度で攻撃し合える二人にとって敗北とは、先に魔力が尽きた方に訪れる。

 故に―――

 

Funf(五番、),Drei(三番、),Vier(四番)……!

 Der Riese(終局、) und brennt(炎の剣、) das ein(相乗) Ende――――!」

 

 もはや、純粋に押し通る。連続で秘蔵の宝石を使い潰し、キャスターの何もかもを魔力で塗り潰す―――!

 解放した宝石は三つ。加えて虎の子であった四番を用いて、禁呪である相乗さえ重ねた。それは遠坂凛の限界を超えた魔術。

 ―――その魔術を紫の魔女は、事も無げに防いでしまった。

 いや、それは相殺どころの話では無かった。キャスターは自分に向かってきた魔力、その全てを衣の中に呑み込んだのだ。

 

「―――――――」

 

 愕然と立ち尽くす。そして、その背後では彼が敗北した音が聞こえた。砕かれる鉄の音と、肉が石に叩きつけられる音。

 勝敗はここに決しようとしていた。為す術も無くよろよろと、力が抜けた様に体が前のめりに流れていく遠坂凛。

 

「あら、これで終わり? まだ手持ちの宝石もあるのでしょう?

 諦めずに、なくなるまで試して見たら?」

 

「――――――」

 

 答える気力など無かった。幾つ宝石があろうと今の攻撃が最大であった。それが通じない以上、“遠坂凛の魔術”では“キャスターの魔術”を破れない。

 

「そう。ようやく理解したようね。何をしようが私には敵わないと。けれど楽しくはあったわお嬢さん。魔術を競い合うのは久しぶりでしたからね。

 ええ、それだけでも貴女に価値を与えましょう」

 

「っ―――――」

 

 前のめりに倒れる足を堪え、吐き気を手で押さえて、彼女はキャスターを睨み付ける。

 

「悔しい? けれどこれが現実よ。むしろ誇りなさい。

 遊んであげたとはいえ、貴女はこの私に魔術戦をさせたのだから」

 

 そうして魔女は魔術師を指さした。これが最期であると伝える様に。

 

「消えなさい。あの坊やが私のマスターに倒されるのは時間の問題。

 その前に―――こちらも、そろそろ終わりにしましょう」

 

 ゆっくりと死を呟くキャスター。

 ―――その油断。その断定こそを、遠坂凛はずっと待ち望んでいた。

 

stark(二番)―――Gros zwei(強化)

 

 ―――解放する呪文はただの一言。

 俯いたまま、口元を微笑みに歪ませて呟いた。宝石によって強化術式が完全に自身の肉体を別物に作り変え、遠坂凛は常識外の怪物と化す―――!

 

「――――――!?」

 

 ―――その瞬間、キャスターの貌が驚愕に染まる。それは魔術師として浮かんでしまった驚きだ。

 止めを刺す為に放った魔術を相殺されるのは良い。足掻くなら諦めるまで殺すまで。しかし、自分と魔術戦を演じてみせたその魔術師本人が魔術を隠れ蓑に、自分に殴り掛ってくるとはどういう事なのか―――!?

 

「ご――――ふ……!?」

 

 パリン、という音。素人が見れば瞬間移動としか思えない速度で間合いを詰め、凛がキャスターの胸に打ち込んだのは中国拳法で言う所の寸頚だった。

 それも唯の悪足掻きでは無い。葛木宗一郎と戦った時より尚素早く強靭な一撃。キャスターもマスターから敵の情報を教えて貰って接近戦対策をしておいたが、まさかここまで容易く自身の“守り”を砕くと計算外にも程がある。

 キャスターとて策として、接近戦を挑まれたとしても防いで捕えたところを魔術で殺すつもりであった。しかし、先程までキャスターとさえ魔術戦を行える人間が、ここまでの領域とは想像もしていなかった。この魔術師の少女は十代程度の年齢で自分と魔術戦が可能なほど魔術を鍛え上げ、さらに肉体面でも達人級なまでに技術を鍛え込んでいる事となる。それは何処まで異常な才能があれば可能なレベルなのか、サーヴァントであるキャスターも戦慄する程だ。

 まだ完全には破壊されていない術式防護膜であるが、それでも伝わって来る衝撃は確実に致命傷を与えられる威力を持つ。このままでは殺されるとキャスターは脳髄が凍った。

 

「―――、魔術師のクセに、殴り合いなんて……!」

 

「おあいにくさま…! 今時の魔術師ってのは、護身術も必修科目よ……!」

 

 次の瞬間、凛の体が沈む。両手を床に付け、キャスターの膝元まで屈みこむ。格闘の心得などないキャスターからすれば、それこそ目前から消え去ったと錯覚する程の素早さだ。

 ダン、という肉で肉を打つ音が響く。体ごと回す旋脚の足払いにより、鈍い一撃がキャスターの足を蹴り折らんとばかりに炸裂した。

 

「きゃ―――――――――――――!?」

 

 足を払われ、背中から地面へ崩れるキャスター。―――だが、遠坂凛の攻撃は終わらない。足払いの後、キャスターに背中を向けたまま立ち上がりかけ、回転する勢いのまま肘を叩き込み―――

 

「飛べ……!」

 

 体の回転を止め、とんでもなく腰の入った正拳を炸裂させた―――!

 

「ごふ………!」

 

 吹き飛ぶキャスター。肉体を爆散させても不思議ではない正拳突きが直撃し、彼女は衛宮士郎と同じ様で壁まで叩きつけられた。

 

「ぁ――――あ」

 

 背中を壁に預け、朦朧と吐息を漏らす。致命傷を負ったのか、呼吸と共に口から血が流れ出る。

 

「取った――――っ!」

 

 瀕死のキャスターに止めを刺すべく距離を詰める。ここまで虫の息となったサーヴァントならばマスターでも容易く仕留められる。地を蹴り飛ばして吹き飛ばした数メートルを走り抜け、凛はキャスターに迫った。

 時間にして数秒もなかった攻防。余力のないキャスターを仕留める為、強化魔術により彼女は暴力の化身と成った。時間にして数秒程度の“強化”。それこそ遠坂凛が用意した策であり、それを成功させるために自分に不利な魔術戦を演じてみせた。

 そうして遠坂凛の策は成った。キャスターは欺かれ完全な敗北に喫した。この戦いは遠坂凛の勝ちに終わっていた――――

 

「――――いや。そこまでだ、遠坂」

 

 ―――そう、この男がここまでの怪物でなければ。

 キャスターに迫る凛が風ならば、それは雷が走るような悪夢でしかない速度。サーヴァントに匹敵する身体能力。

 

「――――――――」

 

 遠坂凛の表情が凍る。凛も士郎も口さえ開けないのか、完全な無音が礼拝堂に満ちる。

 

「……――――――!!」

 

 凛の肉体が危機に反応して動き出す。死を直感して咄嗟に顔を守り後ろに跳んだ瞬間、葛木の右腕から繰り出せれる一撃が、遠坂凛の顔面を強打した。

 顔を守り後ろへ跳んで衝撃を減らしたにも関わらず、それでもなお威力を殺しきれないのか、凛は大きく弾き飛ばされた。

 

「勝機を逃したな。四度打ち込んで殺せなかったおまえの未熟だ」

 

 葛木の言葉を聞き、不意に凛は疲れたように目線を顔ごと地面に下げる。そして凛は誰にも見られないように顔を歪めた。

 

「―――くく……」

 

 ニタァ、という擬音が良く似合う笑顔。正に悪魔の笑い。

 それは罠に掛っている事にも気付かず狩人に抵抗する哀れな獲物を見るような、自分が陥っている状況に気付かない草食動物に牙を絶てる肉食動物のような貌。

 

 

「……“läßt(解放)”―――――――!」

 

 

 ―――呪文が唱えられた。

 紫の魔女の意識が戻ったその瞬間、キャスターの胸に付着した宝石が爆音と共に炸裂した―――!

 

 

「――――――――――――――――――――」

 

 為す術も無くキャスターが爆ぜる。魔術を成す間もなく、避ける機会も無く、キャスターと葛木宗一郎の二人が礼拝堂の石壁へ吹き飛んでいく。

 

「……勝機ならもう、作れる瞬間にとっとと作っておいたわ」

 

 ―――勝負は最初の寸頚でキャスターへ一撃を与えた時点で決していた。

 宝石を手の平に隠すと共に一打し、予め張り付くよう呪文を刻んだ宝石を敵の体に接着させる。そして対象人物と自分の距離が離れた瞬間、その宝石を爆散させて致命傷を与える簡単な魔術だ。体に付着させて爆発させるので、強力な対魔力を保有していても完全に防ぎきれない死の一撃であり、絶対的な殺傷性を誇るゼロ距離爆破である。

 意外にもこの悪辣な魔術戦闘法を開発したのは遠坂凛であり、これは宝石魔術と肉弾戦を応用した奥の手だ。自分の弟子が代行者として戦ってきた本物の怪物達の話を聞き、そこから生み出した数ある必殺魔術の一つ。そして弟子と一緒に考えた宝石魔術を使った戦闘術の一つ。

 奥の手を出すならば、更なる奥の手が無くてはならない。カタチに拘る事無く殺し手が沢山ある方が生き残れると、遠坂凛は言峰士人から教えて貰っていた。必要なのは敵対者が考え付かず、そして対策の仕様が無い攻撃が理想形だと。それも、殺せると確信出来る瞬間を待ち続け、その機会を逃さず仕留めなければならないと。

 

「―――――っ」

 

 肉と石が互いにぶつかった鈍い音が礼拝堂に響く。爆発と壁に当たった衝撃で葛木宗一郎の呼吸が停止する。

 その状態の中、彼は鈍い苦痛を感じながらも閉じていた目を開き、そして――――上半身だけになったメディアが目の前に転がっていた。

 疑うまでも無く死に体だった。今生きていようとも数秒後には必ず死んでいる悲惨な状態。人型でさえない残骸になってしまったキャスターは、呪文はおろか、もう声一つとて上げられないだろう。

 

「――――――――」

 

 キャスターの視界に宗一郎が目に入る。彼の身に刻まれた手遅れなまでの致命傷。死期は近く、その命も幾許かであろうか。

 魔術師でもなく、聖杯に興味がある訳でもないのにここまで付き合ってくれた自分のマスター。倒れ込む彼を見た彼女は、紅い血で顔が汚れながらも、心の底から優しげに笑顔を浮かべた。

 

 

――愛しています、宗一郎――

 

 

 最期に望みを果たした魔女は、マスターの前で唇のみ動かして、その思い(呪文)を最期に伝える。

 自分の心を伝えた後、彼女は薄っすら儚い笑みを浮かべて、愛しい男の目の前で消えて逝った。私が死んでも、貴方だけは死なないで欲しいと思いながら。その願いが届かないと解りながらも、届いて欲しいと望みながら消滅していった。

 

「…………………―――」

 

 葛木宗一郎の目の前で、キャスターの姿が砂と変わっていく。彼は己のサーヴァントが死んで逝く光景を見届ける。

 

「―――そう、か……………」

 

 ポツリ、とそう呟く。

 そうして彼の心臓は静かに止まった。強引に留めていた意識を闇に墜とし、一人のマスターが戦争から脱落していった。

 

「……――――――――」

 

 ……凄惨な末路。キャスターの敗北。礼拝堂に広がる赤色の景色。

 だがその流血の残り痕も、キャスターの消滅と共に世界から消えるのであろう。倒れ込みながらも、共に血の中に沈むキャスターと葛木宗一郎を見て、凛は静かに宣言する。

 

「―――してやったわ」

 

 キャスターを助けにきた葛木諸共、凛は宝石魔術の解放により吹き飛ばした。血が散り撒かれ、キャスターは腹を境に引き千切られる。弟子の神父に良く似た笑顔を浮かべている凛だが、その表情を良く見れば苦しげに引き攣っている事が見て取れる。

 

 ――――初めて、彼女は初めてその手で人を殺した。

 

 遠坂凛は魔術師として、己が願望の為に両手を真っ赤に汚した。殺し合いに挑み勝利した、彼女の父が凛にそう望んで託した様に。“遠坂”の魔術師で在るならば、敵を倒したその事実こそ称賛され、他に思ってしまった感傷に大した意味は無い。

 

「……はは」

 

 それは何に対しての笑いなのか、傍で彼女を見る士郎には判らなかった。しかし、士郎は薄ら笑う凛の姿が悲しくて、何か声を掛けなければと強く思った。

 

「……遠さ―――」

 

「さ、士郎。……セイバーを助けないと」

 

 だが、彼の言葉は凛の言葉で途切れた。

 この聖杯戦争において感傷は不要なのだと、殺した罪悪からくる後悔など本当に意味が無いのだと、凛は目で士郎を制した。

 それにそもそも、凛に手を汚した事で感じる後悔は無い。彼女の心に有るのはそう、自分がキャスターと言う女を殺したと言う過去を忘れないように、葛木宗一郎と言う一人の男が冬木にはいたのだと、その事を忘れないでおこうと思っただけ。心の贅肉と遠坂凛が良く例えるモノがあった。

 

「……そうだな」

 

 彼は凛に近づき、倒れ込む彼女に手を差し伸べた。くすり、と苦笑を浮かべて手を握りしめ、凛は傷付いた体で立ち上がる。

 

「ざまぁ見なさい、キャスター。

 現世の魔術師を――――“遠坂”の魔術師をなめんじゃないっての」

 

 憎たらしくモノを言い放つ。キャスターの残骸を背後に、彼女の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。それは敗者に対する勝者の決別。負けて死んだキャスターにしても、遠坂凛に自分の死を悼まれても気色が悪いだけだろう。

 

「遠坂は本当に“遠坂”なんだな」

 

「…………ふん。なにそれ、褒めてるの?」

 

「当たり前だろ」

 

 即答だった。他意は無いが、だからこそ失礼極まりない励まし。

 殺して生き残る、これはそんな戦いだった。士郎の中の蟠(わだかま)りは理想が続く限り取れないモノだが、正義の味方を目指す彼は決して目を背けなかった。背ける事が出来なかった。

 

「士郎の癖に生意気ね」

 

 不器用な笑顔を浮かべる凛であるが、士郎の言葉は素直に嬉しかった。そう、自分に言い聞かせて、彼に笑い掛ける。凛も士郎と同じで不器用な性格なのに違いはない。

 

「―――素晴しいな、凛。

 マスターでありながらサーヴァントを打倒するとは。英霊である私から見ても、君には恐れ入るよ」

 

 

 ……唐突に礼拝堂で響く声。

 

 

「―――アー、チャー……?」

 

 

 そんな凛の呟きは、虚空から撃ち下されてくる剣軍により空気へと消えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 教会から出て来た人間は二人――士郎とセイバーだけであった。バゼットの視界には同盟者の一人である少女の姿は無い。勿論、先程自身の相棒と殺し合いを演じていた紅いサーヴァントの姿も無い。

 

「――………ん?

 凛の姿が見当たりませんが、どうしたのですか?」

 

 黒いフードを被ったサーヴァントを従える魔術師。教会から出てきたセイバーと士郎は、教会の前で待っていたバゼットとアヴェンジャーに出会う。士郎と凛とは数分前に別れたばかりで直ぐの再会だが、セイバーと対面するのは今回の聖杯戦争では初めてだ。

 そして、セイバーもバゼットに会うのは初めてなのだが、彼女が背後に従える黒衣の男には十分すぎるほど見覚えがある。

 

「――貴様、アヴェンジャー……!」

 

「ほう。久方ぶりだな、セイバー。また再会出来て何よりだ」

 

 不可視の剣を自分達に向け睨みつけるセイバーに、彼はなんの気を負う雰囲気も無く構えていた。セイバーの殺気からマスターを守る様に自然と前に立つ。

 そして彼は僧衣のフードで顔を隠しておらず、セイバーは初めてアヴェンジャーの素顔を直視した。その男に向け、刃の如く鋭い視線を叩きつける。

 

「―――――……」

 

 数日ぶりに黒衣のサーヴァントを見て、セイバーはこの男の情報を一瞬で思考する。

 彼女は召喚直後に黒衣の男と戦闘を行い、殺され掛っていた自身のマスターの命を助けた。しかし、そのサーヴァントと戦闘を行って撃退しても、真名は勿論、クラス名さえ判明できなかった。だがセイバーは同盟を組み、今では自身のマスターである遠坂凛からの情報で、召喚された直後に戦った黒衣のサーヴァントのクラス名だけは知る事が出来ていた。

 黒衣のサーヴァント、クラスはアヴェンジャー。解かっているのはそれだけの不気味な正体不明、それがセイバーが抱くアヴェンジャーの率直な考え。双剣で戦うスタイルはアーチャーと被っており、異様なまでに不吉な印象に残っていた。彼女の脳裏には、アヴェンジャーに対して黒く不吉なイメージが底にこびり付いている。

 

「我々は今、お前のマスターと同盟関係を組んでいる。

 出来ればその険呑な殺意を内に収めて欲しいのだが、セイバー(お嬢さん)?」

 

 不可視の剣を自分に向けるセイバーを胡乱気な視線で見ながら、口元を笑みの形で歪める。

 

「故にだ、剣士ごっこのパントマイムはそこまでにして欲しい」

 

「……っ」

 

 ギリ、と視線の圧力が増す。にたりと笑うこの男にセイバーは斬撃を叩き込みたくなる。その笑い方を見ると昔に戦った事がある黄金の男を何故か思い出されて癇に障った。

 

「挑発はそこまでにしてくれ、アヴェンジャー。

 それにセイバーも剣を収めてくれないか。あの二人はセイバーを助ける為に協力してくれたんだ」

 

「ですがシロウ!」

 

 自分の相棒を静める士郎と自分の主に抗議の視線を向けるセイバー。ついでにだが、アヴェンジャーの後ろで疲れた様にヤレヤレと首を振るバゼットがいた。士郎はバゼットのその姿に諦めを感じ取れた、主にアヴェンジャーに対しての。普段からこのサーヴァントはこんな雰囲気で会話をするのが常なのだろう。

 

「ほほう。マスターぶりも随分と板が付いて来たものだな、魔術師。最初に串刺しにした時と比べ、お前も“らしい”顔をするようになってきた様だ」

 

「……誰の所為だと思っているんだ、誰の」

 

 士郎は疲れた視線でアヴェンジャーの睨みつけてみるが、睨みつけられた本人は愉しそうに笑っているだけの効果しかなかった。

 この聖杯戦争に巻き込まれた根本的な原因は、アヴェンジャーが士郎の心臓を貫いた事件である。その事実は士郎もアヴェンジャーも理解しており、それが分かっていながら士郎に笑い掛けるアヴェンジャーの性格は最悪だ。実にこのサーヴァントの人格は歪んでいる。

 バゼットもそこら辺の事で色々と思うところがあるのか、申し訳なさそうに謝罪の視線を士郎に向ける。彼女は一般人を殺害するのに苦痛を感じるくらいには倫理観を捨てては無く、そもそも衛宮士郎殺害未遂はサーヴァントの独断だった。そして、そんなバゼットの姿をセイバーは見てしまい、このマスターは苦労人ですね、と勝手に結論付けた。

 

「辛辣な態度だな、衛宮士郎。

 ……まぁ、それはそれとしてだ。マスターが初めに言ったが、遠坂凛がいないようだが、教会の中では一体何があった?」

 

「………―――」

 

 バゼットとアヴェンジャーの視線は鋭い。しかし、ここに遠坂凛がいないと言う事はそれなりの理由があり、原因も限られある程度は予想出来る。故にバゼットの表情はある種の緊張が出ており、アヴェンジャーは相も変わらず笑みを浮かべていた。

 

「キャスターを倒せた。……けど、遠坂はアーチャーに攫われた」

 

「なるほど。そこまで強行手段に打って出たのか、アレは。随分と追い込まれているな」

 

 苦悩に歪んでた士郎の顔が更に歪む。目を閉じて眉間に皺を作る彼の姿をセイバーは心配そうに見守っている。

 そして士郎はアヴェンジャーが“この事”をまるで納得しているかのような言葉を聞き、脳裏にある疑念が浮かび上がる。このサーヴァントは知っているのではないかと、自分が感じたアヴェンジャーの違和感が伝えてくる。

 

「……アヴェンジャー。あんた、アイツを知ってるのか?」

 

「―――ああ。アーチャーの正体はとうに判っていた。遠い昔になるが、ヤツとは生前からの知り合いだ。

 だからこそ、キャスター討伐に俺は協力した訳でもあるのだがな」

 

「―――――――」

 

 呼吸が止まるとはこのコトか。知っているとはつまり、不可解なアーチャーの行動原理も知り得ているという訳で。士郎に憎悪を向ける理由も、凛を裏切った理由も、セイバーを以前から知っている様な態度も、おそらくそれら全ての要因をアヴェンジャーを知っていた事になる。もはや不気味を通り過ぎ、士郎は自分の心が凍ったのを実感する。

 

「―――アヴェンジャー。貴様は何者だ?」

 

 凍りつく士郎に代わりセイバーがアヴァンジャーに詰め寄った。丁度一歩踏み込めば剣の間合いであり、戦闘を直ぐにでも始められ、更に背後にいる自分のマスターを守れる位置。

 それを観察しながらアヴェンジャーを態度を最初のものと変えることなく、当たり前の事を喋るかの如く自然に口を開いた。

 

「―――神父だよ。

 生前は神に仕えていた唯の人間だった」

 

「……? 貴様は何を言って―――」

 

 怪訝そうに自分を睨むセイバーに笑みを浮かべながら、しかし彼の視線は士郎に向いている。その言葉と誰かに似た雰囲気と顔立ち。唐突に全てが繋がり、士郎の脳裏に一人の人物が浮かび上がった。

 

「―――アヴェンジャー、もしかしておまえは…………っ!」

 

 なんの意図で自分に正体を勘付かせているのか理解出来ない。

 士郎の内に広がり精神を蝕む疑念。そして見えてくるサーヴァントとマスターの関係性。目前の男を見て薄々雰囲気だけ似ていると思ったが、ここまで類似点が多ければアイツを疑わなければならない。

 

「そこまでですアヴェンジャー。…それに士郎君とセイバーも、今は問答に時間を潰している暇は有りません」

 

 そうして、士郎の言葉を遮る様にバゼットが会話に入り込む。これ以上このサーヴァントの娯楽に付き合うのは危険だ。

 

「すまないな衛宮士郎。俺の真名など隠す価値も無いが、マスターにとっては違うモノなのでね」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ―――教会での戦いが終わる。

 セイバーは遠坂凛と契約する事で生き長らえたが、彼女のマスターに新しくなった遠坂凛はアーチャーに浚われた。アーチャーは衛宮士郎との因縁に決着を付ける為、過去の自分に提案されたアインツベルン城に去って行った。

 

「………………」

 

 無音の中、神父が歩む。足取りは重々しく、周りを注意しながら進む。

 人気は消え、暗く静まり返った冬木教会。戦場の空気は流れ、闘争が満ちる戦場の血臭は消えた。今の教会は物静かに、本来の主たる言峰士人の帰還をただ歓迎する。

 かつんかつん、とその教会の中を進み、士人は地下礼拝堂へ足を運んでいる。自身の工房であり、キャスターに荒らされた被害状況を確認する為だった。

 もっとも自分の工房は魔術師から見てば、それなりの宝が溢れているので、そこまで酷い状況ではないだろうと予想していた。破壊衝動よりも収集したくなる物欲が湧く位には、士人の作品は神域の領域に入っている。

 ギルガメッシュの宝物庫から情報を得て作られた作品集。妖精文字や原初のルーン、あるいは統一言語が消え去る前の太古の世界で使われていた魔術言語の文字や、神々の文字が刻まれた魔術礼装は通常の神秘の規格外だ。魔力が込められた文字はそれだけで神秘を宿す。そして、その神秘を物造りの分野にしか使えない当たりが士人が士人たる所以だろう。知識だけ有っても、自分の分野にしか活かせないのだ。しかし、こと道具造りの分野に関してならば、誰よりも有能で万能な魔術師でもある。あの固有結界が良い証拠だ。

 黙々と工房や教会の修復の事をあれこれ思考しながらも、表情は全く無く、悲惨な状況を嘆く独り言も無し。彼はただ真っ直ぐ目的地を目指す。

 

「……………―――」

 

 ―――その途中、彼は血塗れで煤けた葛木宗一郎を見つけた。

 

「―――ほう。死んでいないのか」

 

 死体と変わらない姿。何も映さない瞳。

 遠坂凛と衛宮士郎に敗北を喫し、パートナーであり偽りの妻であり、愛そうともしていたキャスターさえ守れず殺され――――それでも葛木宗一郎は生きていた。

 

「―――――――――」

 

 皮肉にもキャスターが死に際で願った、“死なないで欲しい”と言う願いが届いたのだろう。

 葛木宗一郎の心臓は爆発の衝撃で止まり、脳も機能を停止させていた。そして有る程度の時が過ぎ、彼は蘇生した。一時的な仮死状態から復活した。

 ―――しかし、それは必然だった。

 何故ならば、キャスターが命を振り絞って最期の最後で治癒を施した。それは奇跡としか言えない魔女の神秘。魔女は魔女で在るが故に人の死は癒やせず、死を遠ざける事しか出来ない。しかし、僅かながらに致命を癒し、その死期を少し伸ばしていた。

 

「――――………………」

 

 何もかもが終わった礼拝堂で目を覚ました後、彼は無音で天井を見つめていた。隣にいたキャスターの遺体は既に魔力を霧散させ、跡形も無い。言峰士人の足音に気付きながらも、彼の声を聞きながらも、葛木宗一郎はただ、視線を宙に漂わせているだけ。

 ――――無言のまま死に逝く男。それを見下ろし、神父は告げる。

 

「生きたいか、葛木宗一郎」

 

「――――ああ」

 

「キャスターが死に、それでも聖杯を欲するか」

 

「――――ああ」

 

「何故、お前は戦うと決めた」

 

「――――拒む理由が無い」

 

 余りにも単純な答え。生も死も、葛木宗一郎に違いは無い。生き残って聖杯を手に入れるコトも、手に入らず殺害されるコトも、彼からすれば等価値の未来であった。だが、それでも、この男はサーヴァントのマスターであろうと自分に役目を課している、キャスター本人が死んだ今でさえ。

 ―――神父は笑う。自分と似たモノを抱える男に祝福を。

 そして、人殺しの道具でしかなかった男は確かにキャスターが死んだ瞬間、心の中に蠢くモノを感じ取れた。




 溜めていた分がこれで無くなりました。ここからは凄まじい亀更新になる予定です。後の展開も少なくなり、第五次聖杯戦争ももう少しで終わるでしょう。
 この作品を読んで頂き、有り難う御座いました。


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33.錯綜自己境界

 ほんのちょっぴり愉悦回。
 本当はもっと弾けさせたかったのですが、まだまだな展開ですので、ここまでにしておきました。


「……んぅ?」

 

 意識を醒ましたイリヤスフィールが見た物は本物の暗闇であった。

 気を失う前、バーサーカーを目の前で殺され続け、今直ぐにでも死にそうな彼に近寄った所までは覚えている。そして自分は両目を切り裂かれ、その後は確か―――

 

「目が覚めたか、アインツベルン」

 

「―――言峰…っ!」

 

 忘れたくとも耳に焼き付いてしまって忘れられない怨敵の声。自分を負かした最悪の敵。ベットに寝かされていたイリヤスフィールは、声が聞こえた方向へ顔を向ける。

 

「体調は最悪の様だな。サーヴァントの吸収により、失神から覚醒するのも遅かった」

 

 神父は現状を態とらしく告げる。イリヤスフィールと言う物体がどの様な存在であり、何処までいっても所詮はモノでしかないのだと、暗に言葉へ含ませる。聖杯とは哀れな物だと笑っていた。

 

「……目が見えないわ。体も動かせない。本当、貴方は最悪ね」

 

 何もかもが痛い。そして、バーサーカーの魂が自分の中にあるのが何よりも―――痛い。体も心も苦しく、自分そのものが苦痛で如何にかなってしまいそうで、その苦痛のおかげ正気を保てられるのは皮肉でしかない。苦しいからこそ、既に見えないが、目の前にいるだろう神父に敵意を持てた。

 

「無理をするな。喋るだけでも苦しいだろう? 今は休んでいろ」

 

 それは引き金だった。イリヤスフィールの感情を爆発させる程の言葉だった。

 

「ふざけないで! ……貴方だけは許せない」

 

 優しい言葉だった。神父の声に偽りは無い。感情は欠片も籠もっていないが、そんな言葉を確かにイリヤは誰かに掛けて貰いたがっていた。……そして、恐らく、この神父は理解している。自分の境遇を察していながら、まるで病に伏せる娘を安心させる様な声色で、彼女の人生を侮辱した。

 

「そうか。すまない。……だが、寿命が定められた者は実に哀れだ。

 輝きに満ちた未来に対する希望では無く、過去の自分へ決着を付けられるか否かが、死に様の分かれ目になる。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、お前は本当に可哀想な道具だよ。粗末な使い捨ての道具で在る事に徹し、自らを人間にしてやれないとはな」

 

「黙りなさい! ……貴方にだけは言われたくないわ。聖杯にも成れない人以下の泥人形が―――!」

 

「―――そうだ。お前の言う事は正しい。

 しかし、その泥人形に敗北したお前は出来そこないの肉細工だ。聖杯としては兎も角、アインツベルンのマスターとしては二流の作品であった訳だよ、お前は。

 故にもう一度言おう。―――イリヤスフィール。お前は、哀れだ」

 

 脳味噌の細胞が全て沸騰した。確かに彼女はそう感じた。そう思える程、憎悪した。

 

「…………っ」

 

 ―――憎しみの余り神父の首を両手で力の限り絞める。感情のまま殺したい。

 痛みで死にそうな体を無理矢理起こし、目が見えなくとも、声と魔力反応で神父の位置を探り、直感で首を奇跡的にも捜し当てたのだ。しかし、そこまでしても目が見えない少女の身では、更に英霊の魂を喰らい弱った肉体では、魔術師でさえない人一人殺す力も出ないのだ。

 

「……弱ったお前では吐き出す憎しみもその程度だ。アインツベルンが目論んだ通り、生贄に捧げられるその時まで休んでおくが良い。

 ―――お前の聖杯戦争は終了した。もう既に、お前は何も叶えられない」

 

 もはや彼女に視覚は無い。しかし、それでも、この男が笑う顔だけは、まるで今現在直接見ている様に、想像する事が出来た。

 彼女は自身が不幸だと理解はしている。実感もある。しかし、人生全てを投げ捨てる気は無い。だけど、それでも、目に映らない目の前の怪物が恐ろしかった。そして、アインツベルンを裏切った衛宮切嗣よりも、今この瞬間はどうしようもなく、彼女はこの神父が憎かった。悔しかった。死んでしまいたくなるくらい、希望が消えていた。

 

「――……ぅ、あ……あぁ……っ。あぁぁああああああああああああ………っ」

 

 ……そして、彼女の腕から力が抜ける。体全体が弛緩し、動きたくも無い。体勢が崩れ、まるで神父に寄り掛る様な屈辱的な格好になっていても、その事にさえイリヤスフィールは気にも出来なかった。心も体も、そして自分が自分で在ると言う尊厳さえ砕けそうだった。それでも、両手だけは首を絞める。

 自分は負けた。多分もう、なんの価値も無くなってしまったのだと、復讐さえ満足に出来ないガラクタであったのだと、そう心の何処かで認めてしまった。今日この時まで苦しくとも堪えていた筈なのに、どんな地獄もバーサーカーと一緒ならって思っていたのに、彼女は神父の言葉によって―――心が折れた。

 

「お前は実に……聖杯にするには勿体無いよ。だからこそ、その“目”で結末を見届けてくれ。

 ―――無力なお前が何も出来ず、バーサーカーの死を看取った様に。この戦争の最期に訪れる自分と聖杯の結末を知ると良い」

 

 彼女の何も無い目から何かが流れ出る。

 

「―――うるさい黙れっ!!」

 

 ……涙と共にイリヤは叫ぶ。

 もはや望みは何も無い。心の支えも砕かれ、自分の狂戦士を殺害した男に対し、彼女は殺したくとも殺せない無力を嘆くことしか出来ない。

 

「……お願い、だからぁ……もう、わたしに……なにも言わないでよぉ……」

 

 ―――少女は泣いた。多分、一生分泣いた。止められなかった。

 切り裂かれた両目から流れ出たのは、真っ赤な血。眼球を全て失った少女は血の涙を流した。その血で寄り掛っている神父の服を赤く汚している。動けなくなった彼女は赤い涙を流しながらも、機械みたいに首を絞めていた。殺せないのに、殺そうとしていた。まるで縋り付くように足掻いていた。

 そして、お父さんみたいだった彼と少しづつ作っていった心の拠り所を失い、現実に押し潰されてしまった少女の泣声を聞きながらも―――神父は笑っていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 神父は今、ギルガメッシュと森内部にあるアインツベルン城に居た。捕獲した聖杯は既に拠点の一室に監禁しており、魔術師用の対魔力拘束具を付けた上で結界に閉じ込めている。魔力を封じられ、目を潰され、碌に身動きも出来ない少女では、脱出は不可能と言えよう。それに泣き疲れ、赤く染まった顔を神父に丁寧に濡れたタオルで拭かれた後、彼女は神父に反抗するような行動を取る事は一切無かった。衰弱して死なぬ様に食事を出しても、彼女は士人が作った飯を拒む事もしなかった。恐らくだが、彼はイリヤスフィールの心が完全に折れたのだと理解出来た。

 彼ら二人は城の廊下を歩み、目的地の部屋へ向かっていた。どうやら目的となる人物は気配を隠しておらず、また、自分達も気配を隠していない。此方も向こうに気が付いている様に、あちらも自分達に気が付いている事だろう。

 

「士人よ。今回の聖杯戦争では随分とこの地に縁があるようだ。それに面白可笑しい喜劇も観れるとなれば……ああ、それは実に愉快なことよ」

 

「相も変わらず悪趣味だな。だが俺も、期待に胸が膨らんでいる。……今夜呑む酒は実に美味そうだ」

 

「なるほど。それは実に良い、とても良い。

 復讐劇は何時見ても哀れであり、そして何より愉悦に浸れる。人間の営みとは、やはりこうでなくてはな」

 

「ああ、そうだな。折角の戦争なのだ。憎悪の一つや二つ、綺麗に跡形も無く燃え尽きて欲しいものだ」

 

 彼はにんまりと笑顔を作った。黄金の王は、赤い瞳を細めて自身の従者に声を掛ける。

 

「ほほう。貴様は実に面白く育った。改めてそう思った。うむ、我はとても楽しいぞ」

 

「在るが儘に、だ。そう生きて来た、だからこう成り果てた。俺も現状の馬鹿騒ぎは、とても楽しめるまたと無い宴なのだ。

 ……ギル。お前は今の戦争をどう感じている?」

 

「無論、愉しむ。我は欲しい物は手に入れるだけよ」

 

 暇をいつも通り会話で潰し、目的の部屋に辿り着く。そこは優雅な城の一室とは思えない程、薄汚れている。人が出入りしない埃が積もった道具部屋にも似ていた。

 神父は躊躇なく扉を開け、その部屋に入って行った。勿論、彼の後ろからギルガメッシュも付き添って行く。ギルガメッシュもまたギルガメッシュで自身の目的があり単独行動を取る予定であったが、今現在はその目的となる人物もいない。故にこうして、王様は自ら臣下の遊びに付き合ってやっていた。

 そして、神父の視線の先には少女が一人。少女の視線の先にも神父が一人。先に口を開いたのは神父の方であった。

 

「久方ぶりだな、師匠」

 

「―――バカ弟子。……はっ、良くわたしの前に顔を出せたわね」

 

「いけなかったか。無様に捕獲された師匠を、こうして態々助けに来たのだがな」

 

「白々しい。……本当に白々しいわ。

 ―――で、何時このわたしを助けてくれるって言うのよ。今直ぐ? それとも一分後? はたまた一時間後?」

 

「まだ無理だな。ほら、そこの恐ろしいサーヴァントに俺が殺されてしまうからな」

 

 神父の視線の先にはアーチャーがいた。彼は普段の冷たい兵士のような殺気では無く、まるで家族を殺された遺族にも似た視線で殺す様に睨み付ける。

 

「君がここに来たか、言峰士人。………イリヤスフィールは如何なった?」

 

 何故それを知っているのか。アーチャーがキャスターの番犬をしていたのならば、如何にしてアインツベルンの聖杯のことを知る手段を神父は思い付かなかった。

 

「無事ではないが死んでいない。苦しんでいるが生きている」

 

 皮肉屋には似合わない安堵した表情をアーチャーは浮かべた。例えるなら、死んで欲しくない人の安否を知れた者の如く。

 その事を神父は意外に思い、その疑問点をアーチャーの人物像に一つ一つ付けたしていく。それなりにパーツは揃いつつも、まだ正確な情報は成し得ていない。

 

「そうか。やはり殺していなかったか。

 ……まぁ、君の願望を考えれば、偽物では満足できないと分かってはいたがね」

 

 弓兵が神父を語った。その言葉には確信と共に、相手の事を理解している気配を含んでいる。

 

「―――……………俺の何を知っている?」

 

 神父から笑みが消える。おかしいのだ。何故、死人が、現在に生きる自分の想いを知っているのか。元よりアーチャーは、何処かしら自分のことを理解している節がある。

 

「生前の知り合いだよ、君と私は。とても長い付き合いであった」

 

 サーヴァントが生前に自分と会った事がある。それも、それなりに交友があったらしき雰囲気。そして、今こうやって聖杯戦争を聖杯を求める訳でも無く続けている不可思議なサーチャーの現状。彼の目的ははっきりと分からないが、疑問が浮かび、今まで知り合った者たちから消去法で名前を探っていく。そして、一人だけ残った人物の名が有った。

 面影は無い。しかし、神父は自分の推測と第六感で浮かび上がった名前を口にした。

 

「……お前、衛宮か?」

 

 ふ、と疲れた笑みを作る。無理矢理では無く、抑える間も無く思わず出てしまった笑顔。

 

「―――ああ、正解だ」

 

 隠しても良かった。しかし、隠す気にはならなかった。聞かれなければ答えを言わなかったが、自身の答えを言い当てられた今となれば、隠す気力も湧かなかった。そして、こうなってしまった現状であれば隠す必要もなくなり、この男の内面を知っているならば、こう言えば自分の邪魔をされる可能性が減る事も理解していた。

 

「そうか。……お前、正義の味方に成れたのか」

 

 士人は、ただ確認するように呟いただけ。しかし、アーチャーの気配は激変する。怒りも無ければ、悲しみも無く、むしろ善悪聖邪全て切り抜けた如き空虚。               

 神父のその言葉を聞いたアーチャーの顔を見た凛は本当に、心の底から泣きたくなった。確かにアーチャーに対して思う所はあっても、そんなモノは今の彼に比べれば下らないと感じてしまった。どうして、ここまで、人は絶望する事が出来るのか、分かりたくも無いのに彼女は分かって上げたかった。多分、今の自分程度では、アーチャーが感じている程の絶望を身に背負えば自我が壊れるだろう。

 

「―――成って、成り果てた。

 今この時代、この世界軸にいるのも、その道を過去の愚かな自分が諦めきれなかった所為だ。

 ……何、君にも何れ理解出来る。成り果てた者が何を望み、何を願うか、求めた何かが自分に与える答えの虚しさにな」

 

 彼の表情には何も無かった。全てを押し殺し、しかしもう何もかもが堪えられない事を見る者に悟らせる。

 

「―――それは素晴しい。

 俺にも何時か、それを理解出来るのであれば、それ以上の求道は無いだろう」

 

 それを聞き、彼は笑った。皮肉屋の笑顔では無く、それはまるで友人に向けるような笑顔だった。遠坂凛が初めて知るアーチャーの側面だった。

 

「君は本当に、何時も変わらない。君と血縁があると言うだけで、私は色々と助かるよ」

 

「血縁……。そうなのか、そう言う事か。……なるほど。実に興味深いな、アーチャーのサーヴァントよ」

 

 赤い弓兵の視線の先に在るのは、神父と英雄王。英雄王でさえ、先程の言葉には愉しそうに笑みを浮かべていた。それを見て、アーチャーは自分の目論みが巧く進むことを確信出来た。

 

「これから私は過去と決着を付けに行く。―――故に、邪魔をすれば死ぬことになるぞ」

 

 ―――その一言で言峰士人はエミヤシロウの心の中を完全に悟った。

 面白過ぎて、何よりもこの世界の仕組みと末路が愉快過ぎて、恐らく最高に楽しめた瞬間だった。ここまでの喜劇を彼は一度も見た事が無い。

 

「―――は。ハッハッハハハハハハハハハ!! そうかそうか! なるほど、そう言う物語か! それは素晴しいぞアーチャー!

 ……私はとても愉快だ。その言葉、乗ってやる。結末を楽しみに待っている事に決めたぞ」

 

 言峰士人は現状を把握する。アーチャーは自分と言う人物像を完全に把握している。もはや、ここまでの娯楽が用意されているのであれば、言峰士人で在る自分が邪魔をしないと言うことを理解している。

 神父はアーチャーの考えが分かった。おまえ好みの喜劇が見たいのであれば、オレの復讐をするな、とそう分からせている。神父を足止めするのにこれ以上に有効な策は存在しない事を悟っている。だからこそ、彼は目の前の現実が面白い。最高に現実を実感出来る。

 

「―――だが、それには条件が一つだけある」

 

 しかし、その言葉でアーチャーの気配が歪んだ。この神父は物事の方向性は分かり易いが、考え方や手段が複雑怪奇。そして、言葉も気配も全てを武器とする策士だ。何を言い出すかとアーチャーが身構えるのも無理は無かった。

 

「……何だ? 条件次第ではここで死んで貰う」

 

「そう構えるな。お前があいつであれば難しい事では無い。

 ―――アーチャー。お前はバゼット・フラガ・マクレミッツのサーヴァント、アヴェンジャーの真名を知っているのか?」

 

 アーチャーは神父が持つ悪魔的思考をこの時に理解する。何故ああも悪辣な策士と成り果てたのか、その原因を今垣間見た。

 彼はいつも通りに苦笑を浮かべつつも、全てが空虚な感じがして苦しかった。今は皮肉も言いたくは無い。

 

「……知っている。生前からの付き合いだ」

 

 それを聞き、神父は微笑んだ。この度の戦争の裏側を全て、彼は知る事がこの瞬間に出来たのだ。頭の中で戦争の最後に至るまで計画を進める手順を完成させ、その上で役者として踊る事に決めた。

 

「―――よろしい。ならば私は祝福するぞ。

 なに、自分殺しは不毛とは言え今は聖杯戦争の途中である。敵のマスターをサーヴァントが殺害するのは極々自然な事だ。あれと自分が同じ運命の輪に存在するなら尚のこと」

 

 アーチャーは苦笑を浮かべていた。本来の彼の心情からすれば、自身の絶望に無遠慮に触れられ感情を激発させていただろうが、この神父が相手ではそんな行動に何の価値は無い。大した意味を成さない。

 

「……あぁ、それと。そこの魔術師は君の好きにすると良い、言峰士人」

 

 ニタリ、と士人は深く笑みを歪める。彼は弓兵を祝福し、呪いを与えた。

 

「有り難い。師匠を今の段階で自由にすると、色々と邪魔になるからな。無論、お前にとってもそれは都合が悪いだろう。

 ―――故に、安心して殺し合え。

 結末を楽しみにしているぞ。存分に願望を果たすが良い」

 

 それだけを聞き、彼は神父の隣を通り過ぎた。今はもう、邪魔者は皆無。この部屋から出ていき、全ての過去に決着をつける為、決意を新たに塗り潰して宿敵を迎え撃ちに出向く。

 

「―――――――――偽物(フェイカー)

 

 無表情になったアーチャーに対し、ギルガメッシュが一言だけ呟く。しかし、その言葉の意味が分かった所でもはや来るところまで来てしまった。

 彼は英雄王の嘲る言葉を無視し、赤い外套を連れて部屋から出て行った。

 

 

◇◇◇

 

 

 アヴェンジャーは予定通り、遠坂凛の捜索をしていた。

 既に大広間で弓兵を見掛けたが、彼が望んでいる役者はまだ出揃っていない。今頃は衛宮士郎とエミヤシロウで殺し合い、過去と未来が潰し合いをしている楽しい娯楽が始まっているが、それはマスターからの視界で今も見えている。どうやら、セイバーとマスターは二人の決闘に横槍を入れることなく、戦争は始めないらしい。つまり、何もかもが予定通り。

 そして、それはアヴェンジャーにとって、とても都合が良い展開である。

 この決闘の行く末が如何であれ、これ程の物語(シナリオ)が聖杯戦争で綴られるなど、彼からすればそれだけで召喚された甲斐があるもの。何も無い空白しかなく、殺戮の記録が暇潰しにしかならない座では考えられない最高の喜劇且つ悲劇。

 ―――もっともっと、否定(コロ)し合え。私に人生(ワライ)を見せてくれ。

 彼は無表情のまま笑みを浮かべた。彼の今の顔を見た者は、表情を作ることなく目だけで歓喜の顔を作れる異形の何かを目撃し、心の底から逃げ出したくなるだろう。それくらい、今のアヴェンジャーは、マスターから送られてくる映像と音声が愉快で仕方が無い。

 

「――――――」

 

 気配を探り、サーヴァントは一つの扉の前に到達していた。人の存在感が顕著に感じられ、中から二人の人物がいる事が理解出来る。

 ならば、遠慮は不要。敵となる黄金の男の気配は既になく、ここにいるのは過去で色取られた思い出の残照。幸運な事に、一番の厄介事であり馬鹿騒ぎの原因となる王様はいないらしい。今目的の部屋に居るのは、嘗ての神父と縁深い魔術師だけ。サーヴァントの気配を悟った二人が自分の到来を待っている。

 

「遠坂凛。同盟者として助けに来たぞ」

 

 部屋に現れたのは黒衣の男。禍々しいまでに強大な存在感から一目でサーヴァントだと理解出来た。トレードマークのフードはしておらず、素顔を出しながら侵入して来た。

 

「ほう。やはり此処に居たか、言峰士人」

 

 アヴェンジャーの視界にいるのは神父と魔術師―――言峰士人と遠坂凛。

 

「……お前、アヴェンジャーか?」

 

「その通り。俺がアヴェンジャーだ」

 

 神父の問いに答える。復讐者に迷いも無ければ、敵対者対する害意も無い。

 

「真名は―――言峰士人か?」

 

 ―――彼は既に理解していた。

 そして、このサーヴァントがそうで在るならば、それこそ迷いなど不要。この答えは最初から決まり切っていた事。

 

「―――正解だ。

 流石は過去の私だ。……もっとも、身に付けている装備品で理解されるのは分かっていたが」

 

 ―――明確な返答。

 アヴェンジャーは当たり前の真実を話す様に答えを出した。この男は過去の自分に対して、思う所は何も無いのか、神父を前に平然と佇んでいる。

 そして、言峰士人と言う神父は不気味な事に、未来の自分が目の前にいるにも関わらず、態度に変化が無い。

 その光景がどうしても、過去と未来が邂逅した二人を目の前で見ている遠坂凛からすれば気色が悪かった。もし、士人の立場に自分がいると仮定した場合、未来の自分に対してどんな態度を取るか分からないが、あのように平静を保てる自信は皆無だ。無論のこと、未来の方の自分の立場でも、過去の己を前にして精神を平静のままに出来る自身も無い。

 なのに、この二人には本来なら其処に在るべき確執のような不和が無い。目の前の人物が自分で在ることに対して興味も無く、不快な思いも無い。ドッペルゲンガーなんて通常の神経をしていれば、何かしらの感情で常と同じ状態を保てる訳も無い筈。それでも二人に変化は無い。

 

「……当然だろう。

 本来ならば、今お前が装備している法衣や装飾は私の頭の中だけにある空想の産物。悟れない方がどうかしている。それにアーチャーの言葉からも確信を得られた。……それにしても……ふむ、なるほど、まさか私が英霊になるとはな。

 ―――守護者か?」

 

「ああ」

 

 澱むこと無く簡単に復讐者のサーヴァントは答えていた。それが恐ろしい。過去の自分に対し、彼は恐らく何一つとて思う所が無い。自分とは違う人物として接している。

 

「―――答えは得たのか?」

 

 その問いにどれ程の狂おしい呪詛が込められているのか、第三者である凛にさえ肌で感じ取れた。渇望さえ失くしている神父にとって、答えこそ空白を塗り潰せるモノなのだ。

 そして、自分が欲しているモノを目の前の英霊は持っている。そうでなければ、何故そこまで成り果てたのか理解出来ない。其処まで成り果てたからこそ、手に入れて無ければ価値が見出せない。

 

「求道の果てには辿り着けた。無論―――嘗ての私が欲した真実も理解している。しかし、答えは己で見出せ。

 ―――これは私のモノだ。私だけが得られた実感だ」

 

 しかし、答えは肯定でも在り、否定でも在った。

 いづれは辿り着けると確信を与えつつも、それがどういう手段でどのようなカタチを成しているのか。抱けた想いを復讐者は言葉にする事は無い。

 

「……本当に自分で在るのだな、お前は。

 まぁ、それは良い。この場所に来た目的は何だ? 理由を聞かせて貰おうか」

 

「遠坂凛の救出だよ。他にこの場所でするべき行動は別にないだろう。それに、そもそもな話、遠坂凛と衛宮士郎と協力するように提案したのは、お前からだった筈だがな」

 

「そうだったな。――――で、今直ぐ助けるのか?」

 

「それこそまさかだ。決着がまだついていない」

 

 それで会話は終わり。この二人は全てが終わるまで動きは無い。話す事も、もう無い。

 だが、それで満足出来るのはこの同一人物同士だけ。今この状況に一番不満を感じているのは、二人の前で拘束されている魔術師の少女であるのだから。

 

「―――アヴェンジャー。

 同盟者として今直ぐわたしを解放しなさい」

 

 凛の顔を見れば一目でアヴェンジャーは理解出来た。この魔術師は既にブチ切れている。しかし、理性で感情を制御しつつも、殺意が遂に漏れ出したのだ。

 

「無理に決まっている。お前は衛宮(エミヤ)の妨害をするつもりだろう?」

 

「当然でしょ! わたしがあのバカを助けなくてどうしろってんのよ!!」

 

「……だから無理なのだよ」

 

 アヴェンジャーは神父と同種の笑みを浮かべた。遠坂凛の焦りを楽しんでいる。

 

「―――こ、このド腐れサーヴァント! あんた自分が今何をしてんのか分かってるの! 

 アーチャーが士郎を殺しちゃったら、本当に殺しちゃったら……もう、終わりなのよ!! 士郎をあのバカにだけは殺させちゃいけないのよ!!」

 

 彼女はもはや感情を抑える気になどなれやしない。そして、理性的で在る事など目の前の怪物相手では無意味に等しい。

 どれだけ自分を理論武装して所で、こいつが相手では大した意味を成さない。故にぶつけるべきなのは、ありったけの感情。この悪魔を動かすにはそれしかない。

 

「そのような事は理解している。

 恐らくアーチャーはもう二度と自分を許す事なく、永遠に己を罰し続けるだろうよ。自分を殺すと言うことは、今まで為してきたこと全てを裏切り、抹消する訳だからな。それは正義の味方に対する復讐だけでない」

 

 アヴェンジャーは心の底から笑顔を浮かべた。余りにも恐ろしく、空っぽで、理解不可能な笑い方。それを見てしまった凛はエミヤだけではなく、弟子さえも成り果ててしまった事が理解出来てしまって、痛くて苦しくて仕方無かった。

 この男共は多分、独りだけで走り抜いてしまった。人は独りでは生きられない何て言う言葉を、無価値なただの戯言にして、一人だけで生き抜いて、一人のまま死んだ。

 そんな遠坂凛を見て、アヴェンジャーは彼女の心の澱を見抜いていた。彼女の苦しみを知り得ているにも関わらず、それでも言葉を止めない。止めるなど在り得ない。

 

「自分を殺して存在を消すと言うのであれば、後悔や未練だけでは無く、自分の心を満たしていた思い出も瓦礫の山に棄て去るのと同じだ。故に、彼にとって大切なセイバーとの出会いも、遠坂凛との繋がりも、間桐桜との日常も、大切な家族との関係も、全て無駄なモノだったと断じる行い。

 それは余りにも虚しい末路であり、彼を助けたいと思っていた者たちに対する裏切りにもなる。彼が僅かばかりにも心に残していたモノさえも、永遠に続いた地獄の果てに至った事で遂に無価値なガラクタに成り果てる。

 ……それで、その事が一体何だと言うのだ?」

 

 そして、それが復讐者の返答。取るに足らない娯楽でしかないと笑ったのだ。隅から隅まで知っていながらも、彼は全く動じていない。

 

「そこまで理解していて……アンタはそれでも―――それでもわたしをここに留めるってんの!?」

 

 激情が溢れ出た。遠坂凛はぐちゃぐちゃになった感情をアヴェンジャーにぶつけた。

 

「―――無論だとも。

 これがエミヤシロウの望みであるのならば、コトミネジンドとして祝福しなくてはならない」

 

 しかし、目の前の黒衣のサーヴァントは変わらない。彼は彼として現世で存在し続ける限り、自らの願望の為に行動するのみ。

 

「……――――――――――――」

 

 そんな二人を神父は一人で観察していた。言峰士人は遠坂凛とアヴェンジャーの問答を聞き、ずっと愉しんでいた。

 ラインを通じてサーヴァントの視界と聴覚を借り、衛宮とエミヤの潰し合いを観察しつつ愉しみ、目の前の悲劇も見て愉しむ事が出来ている。この一瞬一瞬が、自分を二重に面白い気分にさせてくれていた。

 部屋に満ちるのは、余人では耐え切れない悪寒が圧縮された気配に満ちる。魔術師は魔術が使えずにアーチャーの束縛を抜け出せず、神父は決着を楽しみに観察しつつも今の喜劇を笑い、英霊は全てを悟った上で自身を果たすべく思考を連ねる。

 ……沈黙に満ち、時間が経過した。

 ラインを通じて大広間での出来事を視覚可能な士人とアヴェンジャーを違い、凛はただ待つことしか出来ない。

 彼女は考えた。こいつらは嘘をつかないので、全てが終わればこの部屋から解放されるのだと、予測でしかないが分かってはいた。しかし、その段階になってしまえば、全てが終わり、もう自分で出来る事は残っていない。今は唯、自分の無力を噛締める事しか出来ない。悔しさが溢れ、無理矢理にでも魔力を回路に流してしまえと考えたが、それも無駄な事だと理解していた。

 ―――その時、遂に凛にとって聞きたくない言葉が耳に入る。それは今の状況から解放される合図であり、全てが終わったと分かってしまう時間切れでもあった。

 

「―――――ハ。なるほど……それがお前の決着か、アーチャー。

 ふむ、頃合いだな。そろそろギルが動き出してしまう。そうなると面倒になるのではないか、アヴェンジャー。お前にはお前の予定があるのだろう?」

 

 その一言で場の空気が激変した。言峰士人を見た後、アヴェンジャーは遠坂凛に視線を移す。

 

「そうだな。では、もう助けるぞ」

 

「ご自由に、未来の英霊。俺は先に現場へ向かっている」

 

 神父は師匠を独り置き去りに、早々に部屋から出て行こうと彼ら二人に背を向けた。士人ではアヴェンジャーがいる限り凛を如何にか出来る訳でも無く、今の段階では別に害を与える予定では無い。もう既にこの場所に用は無く、次の段階に移る為の行動をしなくてはならない。

 しかし、そんな神父に対して大きな声を凛は投げ付ける。目にはたっぷりと充満した戦意が溢れ、仕返しをいつか必ず決行する気であるのが良く分かった。

 

「―――このバカ弟子。

 今回の事はきっちり覚えておきなさい。利子をたんまり付けて借りを返して上げるから」

 

「流石だよ、師匠。そして、ここからが戦争の佳境になる。気張らないと容易く死ぬぞ」

 

「うっさい! 一片死んどけ!!」

 

 神父は罵声を背後に部屋を素早く抜け出していった。その後、広間とは逆方向へ廊下を歩み、角で曲がって影に隠れた。その後直ぐに遠坂凛が扉から飛び出し、アーチャーたちがいる場所へ向かって走り去っていく。

 士人の感覚により、凛を助けたアヴェンジャーは霊体化してマスターの元に直行したのが分かった。そして、寄り道をしている自分よりも先に凛の方が先に戦場に到達するのも分かっていた。

 その状況を察知した後、彼は城の一室に入ってから煙草に火を付けた。これから一芝居する為、自分はまだあの場所に行くのは好ましくない。故に、この場所で、少しだけ時間を潰す。今後の策を練り、幾つかの予備も揃えておく。

 そして次の行動の為、士人はアサシンに念話を送る。もはや面白い位に物事が自分の手の平の上で転がり続け、面白い劇を成す為の仕上げに取り掛かろう。

 

『―――アサシン。

 予定に今のところ変更は無い。殺し合いも直ぐに始まる。準備をしておけよ』

 

『……ふ。心得たぞ、マスター。おぬしの合図で動き出せば良いのだな』

 

『ああ。宜しく頼む』

 

 ―――既に賽は投げられた。

 アーチャーが自分殺しを行う為に役者を演じたように、神父も自分が構図した演劇芝居を楽しむ為に役者を動かす。配役は決まり、シナリオも情報が揃った現段階では完成間際。

 終わりを飾り付ける聖杯降臨まで、もはや時は無い。神父は無人の部屋の中、何もかもを見透かしながらも、不透明な未来をただ楽しみに待っていた。

 

「―――さぁ、殺し合いを続けよう」

 

 故に彼は、心の内側に有ったモノにカタチを与えて言葉にした。

 神父の祝福は地獄の種火となる。そして呪いは、薪を真っ赤に燃やす炎と化す。地獄の底を知る神父は楽しそうに笑みを浮かべた。まだまだ戦争は続く。まだまだ戦争は終わらない。

 ―――憎悪は炎に似ている。

 ―――怨嗟は煙に似ている。

 作り方は理解した。最初の地獄で知り得ていた。世界を代行者として見て回り、大勢の死を見取って来た。だから今此処で、神父はただ純粋に空虚な心で、人の在り方を祝福した。




 今回のはにじファンに投稿していた話ではないので、それらの続きとなる新しい話となります。次の話から一気に戦争が進む雰囲気です。
 読んで頂きありがとうございました。


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外伝7.黒聖杯と泥人形

 本編が進まないので、気分転換に設定だけだった話をまとめてみました。そんな雰囲気な外伝ですので、気侭にゆるりと読んで下さると有り難いです。


 間桐桜があの神父と出会ったのは、自分の家での事だった。

 ―――彼女は昔を回想する。

 確か、自分の義理の兄が友人を連れて来た時、少年を二人家に招待していた。片方は兄さんと同じ程度の身長をした日本人には珍しい赤毛の男の子。もう一人は顔色が妙に悪い癖に弱さが無い身長が結構ある男の子。赤毛の方が衛宮士郎で、顔色が悪いのが言峰士人。初めて見た時から、この二人は普段の行動や考え方の共通点は余り無くとも、何処か兄弟みたいに似ていた印象を持っていた。

 ……そして、あの神父と初めて目が有った時、余りもの恐怖で体が硬直した。

 恐慌状態になって、三人が居間に向かうまで固まってしまった。あの時だけは初めて、怖くて仕方が無い筈の地下室にさえ逃げ込みたくなった。理由は分からないが、まるで空想上の化け物に突然出会った時みたいになった。衝撃度で言えば初めて蟲倉に投げ込まれた時に匹敵したと思う。ベッドで丸まって昼寝して、その日の鍛錬は別に恐怖心も無く普通に苦しいだけだった。

 次から神父と会う時はもうそんな事は無かった。と言うより、何故か普通に慣れた。心臓が爆発しそうだったけど、今では何も思うこと無く平常心を保てる。会話もしてみると、もう一人の男の子と同じ位話し易かった。黒い瞳で見られると吸い込まれそうになっていつも妙な気分になるが、そんなのも悪くは無いと感じたのだ。

 それにどうやら、自分の質問には嘘偽りなく答えてくれる珍しい人物でもある。お爺様からは彼の正体が殺し屋もどきの代行者だと注意されたけど、周りに誰も居ない時、我慢出来なくなって色々な事柄について聞いてみた事もある。簡単に言えば、一個人に自分には珍しく興味が湧いて知りたくなったのだ。だから例えば、何故魔術師の家系の兄さんと友人になったのかとか、何故遠坂家の弟子になっているのだとか、何故敵の筈の先輩と友人になっているのかとか、他にも誰にも出来なかった魔術師としての質問にも答えて貰った。沢山の事を彼から教えて貰った。先輩とは違った意味で、彼との会話は心が軽くなった。初めて友達とか、仲間とか、同志とか、そんな曖昧な交友関係が出来たみたいな気持ちになれた。

 ……別に好きになったって訳じゃない。恋や愛なんてものにはそれこそ程遠いし、そもそも気に入らない。だって先輩と違って彼を思い浮かべても、何か妙に面白い気分になるだけだし。また話をしてみたくなるけど、先輩といる方が遥かに幸せな気分になれる。人としてなら、先輩よりも神父の方が楽しんだとは思うのだけど。多分、そんな感じなのだと自分について結論を出しておこう、取り敢えず。

 と、間桐桜は自分に対してそう考えた。今のところは敵意以外に思える感情は無い。自分の為にそうして置いた。

 

「―――なるほど。

 御三家の魔術師が衛宮家にいる理由も大凡推測出来るが、その様子では他にも理由が有りそうだな。それもとても個人的な理由がな。

 ……しかし、あいつも鈍感過ぎる。傍から見ているとお前を応援したくなるよ。神秘云々関係無く、一人の神父として祝福をしてやりたいぞ。

 うむ。頑張れよ、間桐桜。恋する乙女は何とやらだ。気合いを入れて砕けると、鬱憤が晴れてすっきりするぞ」

 

 彼女は今でも覚えている。自分が高校に上がってから、衛宮邸に通う様になって以来久しぶりに神父と喋った時、そんな失礼な事を言われたのを。はっきり言って余計なお世話だった。

 言われた場所は衛宮邸。家主の彼が暇な休日に友人の神父を呼んだ時であった。その時は桜も彼の家におり、ばったりと会った神父と久方ぶりに二人っきりで会話をしたのであった。その時は側に先輩もおらず、藤村先生も不在であったので桜は少し不機嫌そうな、逆に言えば素の自分を出して神父に愚痴を言ったのだ。

 

「黙って下さい。余計なお世話です、言峰先輩。……口煩くなるようでしたら、沙条さんとの関係、皆にバラしますよ?」

 

 それは自分だけが知ってる神父と魔女の秘密。確か、自分の一つ上の魔女の先輩と付き合っているのだとか。

 知っているのは本人達と間桐桜の三人だけなので、あの二人は本当に巧く隠している。そして、桜は知らない事だが、言峰綺礼もギルガメッシュも彼の交友関係には口を挟むことが無いので、付き合いのある女性がいる事が露見する事も無かった。

 

「お前も実に鋭い観察眼を持っている。

 良くあれとの関係に気付けたな。

 ………しかし、その脅し文句はもう既に使用期限を過ぎてしまった」

 

「へぇ、そうですか。もしかして……彼女のこと、振ったんですか?」

 

「違う。振られたのだ」

 

「――――へ。……あぁ、そうなんですか。意外ですね」

 

「む? 何が意外なのだ?」

 

「いえ……ただ、沙条さんはあなたのことを、結構気に入っているように見えてました。言峰先輩は生真面目そうですし、浮気やらの失敗もしないように見えましたので。沙条さんからあなたを嫌う要因が少ないんですよね。

 だから、もし別れるのだとしたら、言峰先輩が相手に飽きて、腐れ外道らしく振るものかと思いました。最低男よろしくみたいにです」

 

「……ほう。お前が俺の事をどう思っているのか、良く分かった」

 

「そんな事は、それこそどうでも良いです。―――で。なんで振られたんですか?」

 

 この時の桜はいつもの間桐桜らしくなく、何処となく楽しそうであった。言ってしまえば、目の前の神父の不幸が嬉しかったのかもしれない。

 

「愛が不確かになってしまうのだと。俺の様な、そんな機能も無い奴と一緒にいると、自分が許せなくなるらしい。

 価値観が違うのは許せるが、理解して上げられないのが苦しいと言って泣いていたよ」

 

「―――ふーん、そう言うことですか。

 完全に言峰先輩が悪いです。最悪なまでに悪役です。そんな別れ方だと、沙条さんには土下座を百回しても足りませんね。神父の風上にも置けないですよ」

 

「ふむ。……やはり女と言う生き物は理解出来ないな」

 

「当たり前です。言峰先輩程度では分からなくて当然です」

 

「……お前、俺が相手だと何処となく反応が怖いな」

 

「知りませんよ、そんなこと」

 

 そう言われて士人はついこの間の事を思い出す。確か学校で朝に桜と偶然出会い挨拶をした後だろうか、偶々その場に後藤がおり、その現場を見られたのだ。別に神父は間桐桜と間桐慎二や衛宮士郎との繋がりで、彼女ともそれなりに交流がある事を知られても如何でも良かった。しかし、桜は神父と関わり合いがあるのを他人に知られるのを嫌がるらしく、後藤にその場所を見られていると気が付いた瞬間に自分の教室に向かっていた。

 そして、その時に後藤はとても良い笑顔で神父にこう言ったのだ。間桐嬢は言峰殿限定のツンデレでござる、と。

 彼は少し前の事を思い出していると、間桐桜に対して感じていた既視感の正体を神父は脳裏に浮かべた。この雰囲気は確か、彼女に似ている。前々から感じていた事であったが、誰もいない今は良い機会だ。士人は桜がどのような反応をするのか愉しみに思い、考え付いた事を言葉にした。

 

「お前は何と言うか、俺の師匠……遠坂凛に良く似ている。俺に対する態度も、そして雰囲気も瓜二つだよ」

 

「――――――――」

 

 血が凍り付いた。多分、此処一年で一番衝撃的な言葉。

 桜は顔を憎悪と悲哀と憤怒に歪め、例えようが無い表情を浮かべた。感情が混ぜってしまい、強いて言うなら泣きそうになるほど怒りに満ちている。

 

「―――似ているですって? わたしみたいなのが、あの人と……?」

 

「気に入らなかったのなら、素直に謝ろう。

 ……しかし、お前ら二人は実の姉妹なのだろう。それなら似ていても当然だと思うのだかな」

 

 予想通り過ぎて、神父は笑いを堪えるようと思ったが、そもそも彼は耐える必要も無いので笑顔を浮かべる。その表情に罪悪は無く、ただ普通に聖職者らしい綺麗な笑い。

 

「―――……本当、悪趣味ですね」

 

 殺意と敵意と害意。絶対に間桐桜が日常でが見せない負の側面。

 

「その目だよ。俺を睨み付ける眼光が特に似ている」

 

 はぁ、と溜め息を桜は漏らした。頭を冷やさねばならないと自覚したのだ。

 

「暖簾に腕押しとはこのことですか。人格の歪み方がお爺様にそっくりです」

 

 間桐桜的に言えばだ、間桐臓硯に似ている何て言葉は史上最大の罵詈暴言であった。彼女が生きてきた人生の中でもっとも醜く、もっとも汚らしい精神を持った怪物の名を出す程、結構頭にキていたのだ。

 

「……おいおい。

 流石に神に仕える神父を人喰い蟲と同じにするのは、如何なものかと思うぞ」

 

「そうですね。流石にこれはお爺様に失礼だったかもしれません」

 

「辛辣過ぎるな。……泣いても構わないかね?」

 

「気色悪いので絶対に駄目です」

 

「……はぁ」

 

 処置無しと自分へ苦笑する表情も様に成り、余計にこの男がイラついた。

 その桜の姿を見て、神父は亀裂を生じさせる言葉を思い付く。この男は本当に人でなしで悪辣な事に、当の本人でさえ気が付いていない心の暗部を暴くのだ。

 

「お前は俺が遠坂凛の弟子である事が、そんなに不愉快なのか?」

 

 ―――その時、桜は何故この男が気に入らないのか気が付いた。

 自分が間桐家に養子に出されて蟲になった原因は、遠坂の家で魔術を一子相伝する為である。それにも関わらず、この神父は姉さんの弟子になって遠坂の魔術師でもある癖に、言峰家の代行者としても存在している。そうであるのだとしたら、わたしは別に普通に魔術を姉さんと一緒に習って、一緒にそのままの生活を送れたんじゃいかと、夢想してしまった。

 それに対して自分は何なんだ。不必要と切り捨てられたのに、目の前の男は遠坂家の魔術師として自分より後から来て魔術師をしている。姉さんと笑い合っている。似ているようでいて、全く違う境遇。先輩と同じで火事の孤児らしいのも、何処か腑に落ちない。

 無論、これは価値の無い空想だ。それは自分が遠坂である事自体に問題が有り、後取りや神秘の分散を防ぐ必要があった。魔術師として効率良く根源を目指すなら、自分を他の家に養子にして魔術師として能力を極め、身を守る力を付け、目的に辿り着く可能性を上げた方が良い。しかし、こればかりは理屈では無く、それこそ桜にとって根源などゴミみたいに如何でも良い夢想であった。桜の父親が考えた悩み事など、全く以って彼女からすれば気に入らない屑のような常識。

 

「……違いますよ。遠坂先輩は関係ありません」

 

 気に入らない。こいつが純粋に気に入らない。

 何より、この神父はそんな自分の感情を知っていながら遊んでいる。互いの立場云々よりも、根本的に人格が気に入らないのだ。

 

「そこまで気に入らないのか、俺が。

 ―――確かに、師匠の妹と言う立場でありながら、間桐の蟲になったお前にとって、言峰士人と言う人物に思う所は多いだろうよ」

 

 だから、悟られる。そして、あの時みたいに、怪物と唐突に鉢合わせしたみたいな恐怖が彼女を襲った。

 

「―――――――……っ」

 

 声を漏らす事も出来ない。恐怖もあるが、自分もらしく無く意地になっている。

 

「いい加減にして下さい。―――殺しますよ?」

 

 ドロドロとした呪いのような殺気。様々な感情がごった煮になった壊れた殺意。

 

「やめておけ。今のお前では死ぬだけだ。

 それとな、その手の感情はここぞと言う所まで、十分に溜めて置くのが正解だぞ」

 

 戯言として彼は殺意を流す事にする。しかし、間桐桜の言葉は本気であった。それでも、彼は笑いながら日常会話の一つとして受け入れた。

 ―――つまり、その殺害宣告を容認した。

 その事に間桐桜は気が付いてしまった。そして、その事が奇妙で不気味だ。思うが儘に吐き出した感情であったが、神父はその事さえ愉しんでいるのだと彼女は理解した。

 

「……すいません。

 少しだけ本気になってしまいました。次からは気を付けます」

 

 無論、これは皮肉だ。この男に負けるのは妙に間桐桜として悔しいのだ。

 その殺意。その憎悪。神父はとても心が躍る。

 ……どうも自分の中にある黒泥が、彼女に対して喜ばしいと笑っている。この気配は自分のソレにとても近い。その事を士人は分かった。そして、彼女の方も自分の事をどう感じているのか、より理解出来たと悟った。

 

「……間桐桜、お前は面白い中身をしているな。とても深く呪われている」

 

「呪われている? それこそ何を今更っていう話です」

 

 呪われているなど、そんなのは遠坂家に生まれた時から分かっている事だ。あるいは、間桐家に養子に出された時点で地獄は始まっていた。

 最早今更なのだ。これ以上呪われたところで何も変わりもしない。

 

「……まぁ、いいか。こんな世界だ。

 救いなんて分不相応なのかもしれない。今有るモノで追及していくしかないのかもしれないな」

 

「良くそんな感じてもいない事を言えますね。

 ―――救いなんて要らない癖に」

 

「欲しいと思った事は無いが、必要ならば知ってみたいとは考えている」

 

 笑顔だ。どんな時もニコニコと歪に綺麗に笑っている。

 だから自分を笑って上げよう。この男が笑顔であるならば、自分も何もかもを笑ってやる。

 

「思ったんですが、なんで言峰先輩はこうやって日常生活を送っているのですか? 代行者であるのでしたら、日本を出て本格的に就職すればいいとわたしは思うのですけど」

 

 だから桜は、笑顔で問いを投げかけた。

 この神父がそうにやって自分の精神を解体するのであれば、自分も同じことをすれば良い。やり方を目の前の男から学べば良い。お爺様を真似れば良い。

 そうであったからか、神父は今までとは違って態とらしくキョトンとして顔をした。間桐桜にとって、この男の表情は全てが態とらしい、何もかもが作為的。化け物みたいに無表情な時が一番見ていて落ち着いてられる。

 

「それは……生きる事を楽しみたいからだ」

 

「曖昧ですね。あなたにとって日常は遊びのつもりなんですか。

 ……まぁ、わたし以上に心が空っぽなあなたなら、世界を生きるなんてそんなモノなんでしょう」

 

 それは桜が前々が思っていた事。この神父には恐らく、人並みの感情が無い。いつも笑顔を浮かべ、表情もとても豊かな人だけど、先輩の笑顔に比べれば唯の偽物だ。まるで人型を真似ている泥人形。

 勿論、それは間桐桜の主観でしかなかったが、衛宮士郎に対する思いも重なり、彼女は神父の内面を何となく悟れていた。

 

「……素晴しい。

 ここまで見抜けるとは、俺も驚きだよ」

 

「良く言いますね。見抜くなんて戯言は、あなたにこそ当て嵌まる罵倒です。

 人の心を奥底まで当たり前のように見抜くなんて異常な事が可能なのは、人を設計図やグラフみたいにしか見れない何処かの誰かさんにしか出来ません。……わたしには出来ません」

 

 感情が抑えられないのだ。間桐桜では言峰士人を前にすると、自分の思いに蓋をする事を苦痛に感じる。

 

「お前は、……なるほど。珍しいな、こういうのは」

 

 無表情になる神父を見て、桜は逆に笑顔になった。この男の表情を崩してやる事だ出来ただけで、自分らしくも無く面白いと感じだ。

 そんな無意識の内に笑っている女を見ながら、彼はどうやら一つの感慨を抱く。呪いが震えたのだ。

 

「―――白状すれば、どうやら私はお前が喜ばしいみたいだ」

 

 胸に言葉が刺さった。この感触は恐らく、蟲のように潰したいと言う激情。

 彼女の表情に浮かぶのは陰惨な笑顔。魔的と言う表現さえ越えた負の側面である。どうやらこの言峰士人と言う化け物が相手なら、余分な外面は不必要だと桜はとても良く分かった。心の底から湧き上がった感情のまま、思いを言葉にして叩き付けて上げよう。

 

「ぐちゃぐちゃにして上げたいです―――心の底から」

 

「それは楽しみだ。お前とは良い友人になれそうだよ」

 

「残念ですが、今のわたしでは貴方と対等な立場には成れませんから。絶対に無理ですね」

 

 その戯言を切って棄てる。しかし、桜の前にいる士人に嘘は無い。だから自分も嘘をつかず、本当の言葉で神父の弁を皮肉で返す。

 

「そうか。では、何時かはそう成れるように願っておこう」

 

 言峰士人は笑った。とても深く深く―――神父は黒い聖杯を祝福した。




 神父限定で吹っ切れた桜さんでした。主人公が相手だと、皮肉とか罵倒とか悪口とか凄く言います。人間として遠慮する必要が無い相手だと結構前から悟れてましたので、相手がそうであるように自分も無遠慮に話す関係です。
 読んで頂き、ありがとうございました。


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34.黄金と死灰

 ドラッグオンドラグーン3が発売と聞いて歓喜してます。ニーアをクリアして数年、新作が凄まじく楽しみです。


 バゼットは見ていた。過去と未来の殺し合いは壮絶を極めた。

 互いで互いを剣で否定し合い、互いで互いの剣で絶望と理想が鬩ぎ合う。

 

「―――………」

 

 これがバゼット・フラガ・マクレミッツに見せたかったアヴェンジャーの物語(シナリオ)の一つ。

 彼女は茫然としながらも、自分の裡には無いモノを持つ彼らが、どうしようもなく尊い存在に思えた。

 

「…………―――っ」

 

 あの男は相変わらず悪趣味だ。こんなものを見せられては、戦争が出来なくなる。もはや彼女では、衛宮士郎を殺す事など不可能だ。無論、殺すと決めれば殺せるが、自分の心に余分な傷が残るのは確実となってしまった。セイバーのマスターである遠坂凛も、ここまで深入りしてしまえば、敵として見るのに覚悟が必要になってしまった。

 話に乗せられて、ここまで来て見れば、一人の男の終わりと始まりが殺し合い―――自分同士の決闘が目の前で行われている。

 ―――決着を見届けたい。彼女は純粋にそう思った。

 しかし、永遠と続きそうな剣戟の音も終わりを迎える。

 勝者は一人、敗者も一人。

 衛宮士郎とエミヤシロウの決着は、現代にて因縁を終える。

 ―――そうして、過去と未来の死闘は終わりを迎えた。

 勝利したのは理想を肯定した過去。敗北したのは理想を否定した未来。二人の決着をその目で見届けたのはセイバーとバゼット―――そして、ギルガメッシュ。

 

「――――死ね。偽物よ」

 

 彼は静かにこの戦いを見ていた。愉しんでいた。そして、勝利した小僧を殺すと決めていた。口に出した言葉は空気に解け、広間に居る誰にも聞こえない。

 故に、遠坂凛の到着により油断している所をギルガメッシュは宝具で攻撃した。上空より降り注ぐ刃の雨は必殺を体現し、無慈悲な死を表していた。―――アーチャーに勝利し、立ちつくしていた衛宮士郎は、死ぬ。

 そんな無様な姿を晒している士郎を助けるべく、一人の男が彼を庇った。先程まで完膚なきまでに殺そうしていたアーチャーが、嘗ての自分自身であった衛宮士郎の身代わりになったのだ。

 

「―――――――――――――……」

 

 ―――しかし、ギルガメッシュの宝具は届かなかった。

 アーチャーを串刺しにするべき刃は、同じ刃によって弾き飛ばされる。全ての武器が当たり前の如く撃ち落とされた。

 

「――――アヴェンジャー?

 ふむ……そうか。なるほど。王である(オレ)の行いが、そこまで気に喰わぬか……」

 

 彼は意外そうな顔でそう呟いた。その後、地に堕ちた宝具を蔵へ即座に回収する。そして、彼は下にいるマスターとサーヴァントを見下げると、彼ら全員から驚愕と殺意を以って見上げられた。

 

「何者―――!」

 

 セイバーの恫喝が響く。視線は広間の二階―――崩れた階段の上に向けられている。

 

「楽しませてもらったぞ。偽物同士、実にくだらない戦いだった」

 

「貴様、アーチャー……!?」

 

「十年ぶりだなセイバー。おまえとはもう少し早く顔合わせをする気であったが、予定が変わった。予想外の事故もあってな、我の思惑とはズレてきてしまったのだ」

 

 バーサーカーを倒し、イリヤスフィールを攫った男の一人。士郎と凛の視点から見れば二度目の邂逅となる英霊、ギルガメッシュ。

 彼の視線は自分を凝視するセイバーから受け流れ、とある男の方へ見下ろされていた。

 

「……アヴェンジャー。何故、我の邪魔をした?」

 

 黒衣のサーヴァント―――アヴェンジャーが其処にはいた。彼は霊体化によって遠坂凛よりも早くこの場に到着し、決闘の後を見守っていた。そして、ギルガメッシュの奇襲に反応し、宝具全てを同じ武器で迎撃したのもまた、アヴェンジャーであった。

 

「―――ク。当然だろう。

 まだ戦争は何も終わっていない。死なれては困るのだよ、ギルガメッシュ」

 

 返答は溜め息だった。ギルガメッシュの声には失望が滲み出ていた。

 

「雑種は雑種らしく、惨たらしい死に様を晒すだけで良い。特に王の許可無く贋作を作り上げる偽物など、汚らわしいにも程がある。

 ―――クズだ。そこな偽物共の裡には何一つ真作が存在せぬ。他人の真似事だけで出来上がった偽物は、疾くゴミになるのはこの世の為だ。

 ……それが理解出来ぬのか、士人(ジンド)?」

 

 王の言葉の先にはいるのはアヴェンジャーだ。彼へギルガメッシュは当たり前のように士人と、その名前を呼んだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 準備もそこそこに。神父はこれから起こる馬鹿騒ぎに備え、予め用意していた策の下拵えを終える。

 彼は城の中を悠々自適に進む。目的地はエントランス。

 今其処では、衛宮士郎とエミヤシロウの決着が終わり、ギルガメッシュの乱入により混迷の極致に陥っている。そうなると分かっていて、士人は彼を自由にさせていた。

 

「“この世全ての悪”とやらが何者であるかは知らん。

 だが都合が良いだろう? 全ての人間に等しくおちる死の咎。

 人より生まれた、人だけを殺す底無しの闇。

 本来(オレ)がすべき仕事を任せるには相応しい猟犬だ」

 

 どうやら、士人が来た時にはギルガメッシュの話も佳境になっていた。王が気分良く冗舌に話していた為、場を乱すのはつまらないと思い姿を見せなかった彼だが、それもここまでで良いだろう。

 

「―――ギル。それは困る。

 全て滅ぼす前に、まずは自分に中身を見せてくれ」

 

 凍りついていた場に、更なる冷徹な空気を出す人物が一人。

 神父はギルガメッシュの背後から自然に出てきた。そして、そのまま進み、ギルガメッシュの斜め後ろへと移動する。

 

「手に入れてしまえば、聖杯を使うのは何時でも可能なのだろう?」

 

「我の物を我が使うのだ。聖杯の使用権は我にこそある」

 

「―――……全く。ギル、俺はただ困ると言っているだけだ。別に、ギルがそうするのであれば、それはそれで構わないさ。

 ……ただお前にとって、この世を正すなど、本当は如何でも良い些末事なんだろうよ。出来るからするだけであり、他に面白い事があれば、其方の方に興が乗る。

 ギル。お前は聖杯による娯楽と、目の前に存在している娯楽―――本心ではどちらが欲しいのだ?」

 

「……ほう。貴様程度の分際で、王である我を計ると言うのか?」

 

「くくっ、何を今更。

 王が臣下として選んだ者が、そもそも再度王を計る訳が無いだろう」

 

「―――は。これだから貴様は愉快よな」

 

 ギルガメッシュの眼光には凶兆が目に見えている。どんなに器が大きい者であっても、彼から脅威を取り除く事は出来ない。

 しかし、神父に変化は無い。ただ何時も変わらず、日常の仕草と変哲の無い笑顔を浮かべている。

 

「それで、楽しめそうなのはあの女かこの女か、どちらだ?」

 

「……………」

 

 つまりは、聖杯であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンか、騎士王であるセイバーか。彼の臣下はどちらを優先すべきなのか、この場で聞いているのだ。

 

「―――セイバー。嘗ての問いを、再度貴様に投げかけよう。

 剣を捨て、我が妻となれ。

 貴様のその下らぬ理想を捨てろ。その身、その心、全てを我に捧げろ」

 

 ―――そして、完全に空気が凍った。

 バゼットは勿論な事、衛宮士郎、遠坂凛は完全に固まっている。はっきり言って、言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。アーチャーは動じてはいないものの、表情はずっと無表情。

 後、アヴェンジャーは楽しそう普通に笑っていた。士人も同じ。

 だが当事者のセイバーからすれば、このような戯言は看過出来ない。英雄王が本気であろうとも、彼女からすれば下らない戯言なのだ。

 

「―――断る。断じて貴様のものになどならない……!」

 

 場違いにも相変わらず神父はニコニコ笑っている。この雰囲気で笑顔のままでいられる当たり、この臣下は王様を本当に敬っているのか、実に怪しかった。

 

「……なぁ、ギル。お前さ、普通に求婚を断れてないか。

 相思相愛であるならば兎も角、神父として無理矢理と言うのは余り好ましくないな。不幸な夫婦関係であると、生まれて来る子供も不幸に成ってしまう」

 

「おぉ! セイバーと(オレ)の間に生まれる赤子とはな。

 なるほど。実に面白そうだぞ。

 ―――うむ。是非とも一考しておこうか。受肉が何処まで可能か分からぬが、分からぬからこそ世界は面白い……‥」

 

 士人は呆れた様な、疲れた様な苦笑を浮かべる。常にマイペースな王様であるが、何故か自分と話をするとそれが顕著になる。臣下として心を許されている事に喜べばいいのか、今の場に満ちる微妙な空気を悲しめば良いのか、情緒を実感出来ない彼は判断に困っていた。

 

「少しくらいは臣下の言葉を聞いてくれないか?」

 

「―――む。何だ?」

 

「……いや、良い。何でも無い。今は敵に意識を向けてくれ」

 

「おいおい。この我が敵を見逃すとでも思うのか?」

 

「手抜きをして痛い目を見そうではあるな」

 

「ほざけ雑種」

 

 ギルガメッシュ一人であるなら、隙は有る。しかし、神父が居る事でつけ入れる部分が少なくなっている。アーチャーはこの二人のコンビの凶悪さが忌々しい。会話をしつつも、敵の動きに合わせて手痛い迎撃を神父が目論んでいるのが分かる。

 はっきり言おう。攻撃、あるいは逃走した瞬間、殺される。全滅だ。

 あの男は自分たちが消耗した事による彼我の戦力差や、戦法、戦術、戦略を踏まえてこの場にいる。どのような選択を選ぼうと、裏を突かない限り死ぬ。ギルガメッシュの戦力を巧く使い、またギルガメッシュも神父の悪辣さを利用している。考え得る最上と言って良い災厄の二人組。

 

「言葉に過ぎたか。まぁ、今更か。

 ……それはそうと、言っておきたい事があるのだが―――」

 

 神父が初めて、その笑みを失くす。眼の光は奈落みたいに空っぽとなり、感情の色が窺えない。

 

「―――ギルガメッシュ。お前は、聖杯が呪われている事を話してしまったのか?」

 

「ああ。別段如何でも良いことであろう」

 

「…………――――――」

 

 神父にとって、聖杯の中身については最後まで隠しておきたかった事柄だ。

 聖杯の悪性を知らせなければ、話に聞いたセイバーの救国の願いを餌にして、あのサーヴァントを壊そうと密かに画策していたのが無駄になった。

 なので、士人は少しだけ残念だった。折角の面白い遊びが王様の娯楽で潰れてしまい、戦争のお楽しみが減ってしまった。

 そして最後の最後で、呪われた聖杯を見せ付ける楽しみも消えてしまった。あの呪われた黒泥の塊を前にし、全てを一度に悟らせて絶望させる機会も失った。衛宮士郎、遠坂凛、バゼット・フラガ・マクレミッツ、この三人がどんな反応をするか期待していたのだ。更に言えば、聖杯で願いが叶わないと絶望するサーヴァントも見れなくなった。

 

「ままならいなぁ。実に勿体無い」

 

「……何がだ、士人」

 

 残念そうな苦笑と言う、王からすれば珍しい表情を浮かべる臣下に対し、王様も珍しく困惑した表情を浮かべる。互いに互いの態度が珍しく、更に言えば部外者からすると何処か気味が悪い。

 

「……いや、なに。ギルがそれを話さなければ、聖杯を餌にセイバーを救国の為、裏切らせようと考えていたのだ。聖杯は既に此方の手中にあり、別段これと言って俺達に使い道は無いので、実際セイバーに使わせても問題なかった。

 故に、何だ……楽しみの一つが減って残念だったのだよ」

 

 しまった、と愉悦の機会を自分からうっかり逃してしまった顔をする。ギルガメッシュにしては珍しく、勿体無い事をしたかもしれないと、少しだけ過去の自分の行動を見つめ直した。そんな彼に臣下は珍しく反省しろと言いたげな視線を送る。

 

「ほう。なるほど、確かにそれは……ちと勿体無かった。絶望させるのもまた、手の内であったかもな」

 

 セイバーを見ながらギルガメッシュは、陰惨な笑みを浮かべていた。しかし、彼の言葉には逃してしまった娯楽の面白さを考え、残念だという気持ちが込められていた。

 そして、士人は王様から視線を外し、階段から下の彼らを見下ろした。神父の視線の先にいるのはセイバーのサーヴァント。

 

「そうだろう、セイバー。

 もし、聖杯が今回のようなゲテモノではなく真実本当の願望機であったならば、お前―――皆を裏切っていただろう?」

 

「わ、私は―――――」

 

 裏切らないとは断言出来なかった。聖杯を得る為だけに殺し合いに参加して人を斬り殺しに来たセイバー―――アルトリア・ペンドラゴンにはどんな事を犠牲にしてもやらねばならぬ事があった。

 ――それが救国。

 今の自分では無い完璧なアーサー王に選定の剣を抜いて貰うこと。これを叶える為であれば、マスターたちを裏切る事で可能であれば、自分は皆を裏切っていたと直感していた。自分でも自分のソレが既に妄念や執着に変貌していることに気が付いており、躊躇いはせずとも裏切りを働いたかもしれないと考えてしまった。聖杯の為にならばと、裏切りを考えてしまうのは間違い無かった。

 

「では聞こう。―――お前は自らの国を前にし、衛宮士郎と遠坂凛の二人を比べられるのか?

 騎士王の願望よりも、ただ現世に呼ばれて関係を持っただけに過ぎない魔術師達を、お前は優先出来るのかね。過去を変える為だけに、態々この世にまで召喚されて人を斬り殺しているのだろう」

 

 所詮はもしもの話。こんな事に価値は無く、実際の聖杯は呪われている。そう、ギルガメッシュが話していた。

 

「聖杯がそうであったとしても、それでも使いたいのであれば俺はお前を仲間として歓迎するぞ」

 

 場違いな程、綺麗な笑顔。神父はこんな場所でも聖職者であり、彼が言葉で祝福するだけで侵し難い神聖な空気に満ちる。

 それが恐ろしい。あの男がなにか尊い存在に感じてしまう自分が、当たり前のようで恐怖する。その場にいる全員が神父の気配に呑み込まれる。例外はギルガメッシュとアヴェンジャー程度。そして後、もう一人だけ、彼に対して強い者がいた。

 

「―――聞いちゃダメよ、セイバー。あいつはああやって、人の罪をメスにして精神を解剖するのが趣味な奴なのよ。

 真に受けてしまうと……心が壊れるわよ。意味の無いもしもを考えて、ヒドい顔になってる」

 

 セイバーは神父の言葉で心を抉られていた。多分、自分はどうなるのか分からないが、聖杯で願いを叶えられるのは本当だ。もしも、聖杯の事を嘗てのアーチャーがバラしていなければ、自分が拒否出来ていたのかどうかさえ、分かりたくも無い。そして、何よりも、この神父は何でも無い様に自分を壊そうとした悪魔であった。

 今回は聖杯を諦めるしかないと強く決意する。自らの全てを固めなければ、目の前にいる黄金の王とその臣下の神父に勝つことは出来ないと悟った。

 

「―――……すいません、凛。確かにあの神父の言葉は毒だ」

 

 セイバーにとってギルガメッシュの方が戦闘能力で考えれば危険だ。しかし、危なさではあの神父の方が危険だと第六感が告げている。

 彼女は思った。ギルガメッシュの暴露が無ければ遊び半分で自分の心は壊されていた。聖杯を目の前にし、裏切れば願いを果たせる状況を作り、苦しむ自分を楽しむ気であったのだ、あの神父は。自分は恐らく、金色のアーチャーの気紛れによって偶然にも危機から逃れられた。

 

「……ま、慣れてしまえば何でも無いんだけどね」

 

 何でも無いと魔術師は言い切った。凛からすれば、神父の言葉などに惑わされる事など有り得ない。彼女はこの男の言葉で、ある意味精神を鍛えられていた。

 毎回付きつけられるのは、現実の奈落。魔術師である自分と、人間性を切り捨てられない自分は、常に葛藤を続けて来た。その事に気付かない神父では無く、彼女も自己の在り方を神父によって鏡を見るように認識していた。

 ―――だから、逃げない。

 

「それに士人。わたしはあんたに言ったわよね。

 魔術師なら魂を持ちなさいって、魂の尊厳を守れって。魔術師になったんなら、遠坂の弟子だったら、貫かなくちゃいけないコト。

 ―――それなのにあんたはこうしてわたしの前に立ち塞がってる。それが、士人の、あんたの答えだって言うの……?」

 

 泣きそうなまで歪んだ表情の凛。涙は流れずとも、悲しみはもう溢れ返っていた。

 彼女は自分の弟子が幼い頃から知っている。長い年月を一緒に過ごしてきた。魔術の仲間でもあって……そして、家族とさえ感じていた。

 裏切られた訳では無い。この弟子は一度も師を裏切った事は無い。今この状況も、魔術師同士であれば如何でも良い末路なだけ。

 

「……そうだな。それが答えだ、などと偉く断言は出来ない。

 しかしな、それでも譲れない物が有る。聖杯に潜む者の復活は興味が無い。ただ、自分を焼いた存在が、自分の過去を消した存在が、どの様なモノなのか見ておきたいだけだ。そこには何かしらの、言峰士人を言峰士人にした原因が存在している。

 ―――私はそれを見ておきたい。戦いに参戦した理由は、そんな個人的な理由だ」

 

 能面、そうとしか表現できない無表情な貌で神父は階段から見下ろす。

 

「それに二人には前にも言った筈だが、俺は聖杯に叶えるべき願望は無い。ただ、聖杯がどういうモノか興味があるだけだ。見る事が出来れば、ソレだけで良い。

 実際、こうやって聖杯戦争に参加しているのは何だ……ギルの望みを叶える手伝いの為だからな」

 

 神父はそのまま言葉を続け、階段から敵を見下ろす。ここまで来てしまえば殺し合うしか無く、今している会話も絶対的戦力となるギルガメッシュが戦いを始めないから続いているだけに過ぎない。

 それ故、神父は今この状況が好ましい。敵と対話が出来るなんて贅沢は本来ならば蛇足であり、必要も無い徒労であり、だからこそ苦に思わない娯楽となる。

 

「だったら―――バカ弟子。覚悟は出来てんでしょうね?」

 

「……覚悟、か。それは死の覚悟のことか?」

 

「全然違うわ。

 ―――目の前で願望を砕かれる覚悟のことよ」

 

 遠坂凛は言峰士人を殺そうと考えていない。士人にはその事が分かってしまった。

 

「……相変わらず甘いな。

 既に弟子を殺す覚悟をしているが、出来るなら生かそうとも考えている。実に遠坂凛らしい人間性だ。どっち付かずでは、葛藤に迷い殺されるぞ」

 

「良く言うわ。……じゃあ、なんであんたはわたしを殺さなかったのよ。

 邪魔になるなら、わたしを殺せば良かったじゃない。甘いって言うならあんたも人の事は言えないでしょ。皆殺しにする機会なら十分にあった」

 

「―――殺す必要が無い。

 言ったであろう、ここにいるのはただの手伝いだ。目的達成の為にそもそも殺人を行う理由が無い。必要ならば殺害するだけだ」

 

 苦笑を浮かべ、その笑みを更に歪めた。

 それは人の死に様を楽しむ悪魔のような笑い方。

 

「故に、ここで最後の譲歩だ」

 

 ―――宣告する。

 士人の言葉が重い圧力となって皆に圧し掛かる。

 

「降参し、セイバーを渡し、我々に保護されるのであれば、殺しはしない。聖杯戦争が終われば元の日常だ。

 聖杯も其方が好きにしろ。ギルも聖杯は欲しいようだが、一番の目的はそこの女。受肉さえしてしまえば、後は取るに足りない些末事となる。遊びにしかならない娯楽であれば、俺が王を説得してみせよう」

 

 そんな甘い蜜を彼は見せた。そして、この男は本気で提案しているのが凛には理解出来た。

 彼は本気で聖杯を欲していない。本当に視て、知る事が出来れば満足なのだ。ギルガメッシュと言うサーヴァントも、セイバーの受肉が本命であり、今回の聖杯も使うのが面白そうだから使ってみたいだけのだろう。多分であるが、神父が説得出来ると言うのであれば、ギルガメッシュをセイバーを餌にして聖杯戦争から抜けさせる手腕を発揮すると凛は思考した。

 ―――この男に嘘は無い。セイバーを渡せば戦争は終わる。

 本当にセイバーを渡して聖杯で受肉させた場合、この戦争は其処で当たり前のように終了するだろう。殺し合うことも無く、ギルガメッシュと言峰士人は教会へ帰宅する。それこそ何でも無い日常のように。

 そんな凍り付く空気の中、彼女が大きく溜め息を出す。嘗ての第四次聖杯戦争でも思い出しているのか、泣きそうな顔になっている騎士を見捨てる事など出来ない。そして、遠坂凛が遠坂凛で在る事をこの世の誰よりも理解しているバカで外道な似非神父の弟子に、言ってやらない事が出来てしまった。

 

「話にならないわね、バカ弟子。セイバーを生贄にして聖杯が欲しいなんて、本当にこのわたしが思うって考えてんの。今の彼女はわたしのサーヴァント、わたしのセイバーなの。断じてわたし以外のサーヴァントじゃないわ。

 ……それをなに。そこの金ピカに渡すなんて、まず最初から有り得ないでしょう!」

 

 ああ、そうであろうとも。彼にとってこんな問答をする必要など無かった。しかし、それによって再度確認できた事こそ重要。

 

「……お前はやはり、何時も変わらないな。

 師匠は本当に、この愚かな弟子を裏切った事が一度も無い。とても弟子として誇らしいぞ」

 

「裏切る裏切らないはアンタも同じでしょ。

 いつもいつも師であるわたしの予想も期待も上回って、毎回本当にぶん殴りたくなるわね」

 

「優秀だろう。まぁ、お前の弟子なのだ。それも当然のこと」

 

「―――……ふん。

 このわたしの弟子ならば確かに当然のことね」

 

 士郎は傍から見て、この二人の関係は永遠に変わらないんだろうな、と溜め息を我慢しながら考えた。地獄だろうと極楽だろうと変わらない。

 それは言峰士人が言峰士人で在り続けるように、遠坂凛が遠坂凛で在り続けるのだろうと、互いに有る意味で信頼しているから。

 

「―――ならば、殺し合うか」

 

 かつん、と一歩踏み出した。ただそれだけで世界が停まったと錯覚していまう。

 体内にある魔術回路の魔力を循環させ、零秒で魔術発動を可能にする。今の神父であれば、即座に敵を始末する準備が整っている。

 

「……………ふ」

 

 十年来の獲物を前にギルガメッシュも陰惨に笑みを浮かべる。背後の空間は歪み、まるで銃口を眉間に押し付けるかの如き圧迫感で場が支配された。

 士郎、凛、バゼットの三人が固まる。殺気を纏って構えを取るのはアーチャーとセイバー。そして……

 

「俺が残ろう。

 ―――皆はここから去れ」

 

 ……アヴェンジャーが前に出た。彼が言った。背後にはマスターたち、前方には嘗ての王と嘗ての自分。

 一歩だけ前に踏み出して進んだ男の背中が、彼らの視界に入っている。それは勿論、彼のマスターからすれば許せないこと。有ってはならない事態。バゼットの悲鳴染みた懇願が響く。

 

「―――駄目……ダメだ! それでは貴方が死んでしまう……っ!」

 

「気にするな。元を正せば、お前が此処に居るのも俺の策によるもの。故に、ここで死ぬとしてもマスターが気にする事も無く、呪われているならば既に聖杯を手に入れる必要性も無い。お前が俺を生かす訳も消え去った。

 ―――マスター。今は生きることを考えろ。

 それにだ、アレとの戦いだと背後に人がいると邪魔になる。自分の不手際でサーヴァントがマスターを死なせる訳にはいかないだろう」

 

 ギルガメッシュと戦うならば、アヴェンジャーだからこそ全力を出さなくてはならない。背後に誰かいては絶対に勝利する事など不可能。そして何よりも、彼が現世との繋がりにしているのはマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツであり、彼女が死ねば自分も魔力切れで必ず敗北する。バーサーカーがそうやって敗れた様に、彼も負けるだろう。

 ……故にアヴェンジャーが勝つには、バゼットの避難は必須だった。

 彼女は自身のサーヴァントを勝たせる為に、マスターであるからこそ戦場から離れなくてはならない。もし、今よりも力量が優れているのならば兎も角、彼女が持つ宝具にさえ対応可能がギルガメッシュが相手では、現状の彼女では戦闘は無理なのだ。

 

「―――私も残ります。

 消耗したアーチャーならば兎も角、私であれば十分に加勢が可能です」

 

 緊迫した空気の中に、声が鋭く響く。今は凛のサーヴァントであるセイバーが、アヴェンジャーと戦うと申し出た。そしてセイバーの言うことは確かに事実。他の者は無理だが、彼女であればギルガメッシュとの戦いを有利してくれる。

 マスターたちが戦いをサポートするにはギルガメッシュは規格外過ぎる。消耗したアーチャーもそれは同じ。何よりも、守る者が背後にいて勝てる相手では無い。

 

「……駄目だ。森の中に伏兵が居れば、その時点で詰みだぞ。

 それにセイバーのサーヴァントよ、お前が後の戦いでは必要になる。そして、全員で戦うにしても、マスターや消耗したアーチャーではギルガメッシュの良い的にされる。其処にあそこの神父も参戦したら、最早生きる望みも無い。お前が其処に居たとしても、宝具による制圧射撃から皆を守り切れず、況してや守りながら戦うのでは邪魔にしかならん。

 ―――ここは一人の方が都合が良い。

 アーチャーか衛宮士郎が万全なら場合も違うが、今はこれが最善だ。俺に囮にして逃げるのが一番正しい」

 

「……ですが、私は戦える」

 

 彼女にとって、逃げるなど出来ないのだ。自分が戦う力が無いのなら邪魔者にしかならないが、自分には戦う力がある。騎士として、王として鍛えて高めてきた能力がある。

 それなのに、アヴェンジャーを置き去りにして逃走するなど、騎士王が騎士王として存在する要となる誇りが抉られる。剣や槍で身を実際に切り裂かれる方がまだ気分が良い。

 

「確かに、お前と二人掛かりと言うのも良い策だ。しかし、生存率を高め、最終的に聖杯を奪取する為と考えるならば、俺一人の残すのが一番良い。

 そして、森の中で皆を守るにはお前の力が重要となる。それにもし、逃げる途中に兵がいた場合を考えれば、お前が残るのは危険過ぎると先程も言った」

 

「――……分かりました。御武運を」

 

 セイバーも理解していた。アヴェンジャーの策が一番効率的だ。

 皆で今、ギルガメッシュに加えて言峰士人などと言う怪物と殺し合えば、セイバーとアヴェンジャーでは守り切れない可能性があった。むしろ誰か死ぬ可能性の方が高く、マスターが死ねばサーヴァントも死に、直ぐに全滅と言う結果は目に見えていた。

 それが分かっていたからこそ、セイバーはアヴェンジャーを見殺しにすると決めた。

 

「ああ、感謝する。お前の言葉、しかと貰っておこう」

 

 アヴェンジャーとしても、一対一の決闘をギルガメッシュに挑み、それを王が承諾すれば、嘗ての自分が参戦してこないのは理解していた。ギルガメッシュだけでは無く、言峰士人の投影魔術も足された制圧砲火を防ぐには、セイバーとアヴェンジャーでは不十分であり、自分の身を守るのさえ危ういのだ。

 その事はアヴェンジャー以外にも、バゼット、アーチャー、凛の三人は深く理解していた。ギルガメッシュと言峰士人の追撃を長時間耐えられるのは、アヴェンジャーだけ。

 分かっていながらも、それを信用する事の恐ろしさもまた、アーチャーは理解していた。

 この男は虚言を吐かない。嘘をつかない事を平然と趣味にし、真実だけで人を甚振る事を愉しむような捻くれた正直者。ある意味では、この世界で誰よりも信用出来る。だからこそ、信頼出来ない。

 

「……貴様、何を考えている?」

 

 アーチャーにとって、アヴェンジャーのサーヴァントは一番の危険人物。そも、このような場面で命を掛けるに相応しくない。

 だが、本人がそう言うのであれば、これは正真正銘アヴェンジャーとの別離。

 ……本心で言えば、認めたくは無い。

 結局のところ、この展開に運ぶまで全て自分の復讐も手の平だった。それが既にエミヤは分かっていた。利用されるのも計算の内であったものの、最終的には利用され尽くされた。

 

「実を言えば……私はね、今のお前を羨んでいる。死人に等しいこの私がな」

 

 アヴェンジャーが背中越しに語り掛ける。自分が英雄王の宝具から救ったアーチャーに、彼は重い言葉を話していく。

 

「……昔の話だが、正義の味方であるお前に私の心は光を見ていた。あの火事で同じ境遇となった男が正反対の存在だと知り、その生き様に輝きを感じ取れた。

 同類であったからこそ、自分に存在し無い理想と絶望を抱いて生きて死んで逝くお前に、未だ嘗て無い喜びで魂の呪いが震え上がった」

 

「…………―――」

 

 穿たれた。過去に敗北してしまった今の自分にとって、神父であったこのサーヴァントの言葉は、余りにも重い。

 

「お互い結果はこの姿だが……何、愚者で在るからこその人生だったではないか」

 

「――――コトミネ。おまえは……」

 

「故に此処は、何だ………お前の兄弟である私に任せておけ」

 

「……………―――――っ」

 

 その言葉は悪意に満ちていた。何故ならエミヤシロウにとって、コトミネジンドの生き方は嫌いでは無かった。互いに相容れぬ在り方だったからこそ、肯定した上で反発するしか無かった。最後には否定するしか無かった。

 

「それにな―――目の前で女に死なれるのは、中々に応えるぞ」

 

 ここでアヴェンジャーを犠牲にしなくては、遠坂凛が死ぬ。セイバーは泥によって違う者に変貌する。バゼットは勿論、自分に勝った衛宮士郎も死ぬ。全てが無駄になる。

 エミヤシロウにはその未来が分かる。ギルガメッシュと言峰士人を止められねば、この場所で得られたモノが消えて無くなってしまう。

 

「―――――助かる」

 

 ―――故に一言。それに思いを込めた。

 アーチャーにとって最早アヴェンジャーの企みなど分かった所で、もう何も変えられない。アヴェンジャーが何を考えていようとも、自分が彼に助けられるのは確かな現実だ。

 だからもう、アヴェンジャーに言葉を掛けるべきではない。

 衛宮士郎も遠坂凛も、背を向けて城から全力で今直ぐに逃げなくてはならない。しかし、彼女だけは、このサーヴァントに最後の一言を手向ける感傷が許された。彼女だけは、この男の最期を悲しんで良かった。

 

「―――アヴェンジャー、生きて戻りなさい」

 

 三画有った令呪の一つが消えた。バゼットの思いに呼応し、令呪の一画が力に代わった。アヴェンジャーが纏っている存在感が一段階上昇する。

 それだけで、彼の生存率は上がった。

 マスターとは決してサーヴァントの枷では無い。それも、バゼットほど優秀な魔術師であれば尚の事。

 

「―――またな、バゼットさん。

 自分一人分では心もとないのでな、マスターの誇りを少しだけ借りておく」

 

「……ええ。

 貴方に貸しておきますから、しっかり返して下さいね……アヴェンジャー」

 

 別れの時。バゼット・フラガ・マクレミッツが二度目に体験する、死んで欲しく無い者との別れ。

 ―――彼女は自分のサーヴァントに背を向けた。

 そして彼女に続いて、アヴァンジャーを置き去りにして、四人が城から脱出しようとする。もう何秒か走れば直ぐに森の中へと逃げ込める。

 

「……ああ、そうだ。良い事を教えてやろう、衛宮士郎。

 お前が俺から助け出そうとしている魔術師、イリヤスフィールはお前の養父―――衛宮切嗣の実の娘だぞ。

 あの男に火事から救われたお前が、衛宮切嗣のようにその娘を救えるのか如何か………実に見物だよ」

 

 ―――その場に、神父は無粋な言葉を刺し込んだ。

 今生の別れをする彼らに対し、士人は余りにも非常な現実を突き付けた。

 

「―――――――――……っ!」

 

 士郎はその嘲りを背後の聞いて歯を食いしばった。しかし、今は背を向けて逃げねば死ぬだけ。

 その屈辱を背にし、正義の味方は去った。

 未来の自分に勝つ為に全力を尽くした今の自分程度なら、何も出来ずに殺されるのは分かっている。消耗しきったアーチャーでは、絶対に英雄王には勝利出来ない。

 セイバーではギルガメッシュには勝てない。

 遠坂凛では言峰士人には勝てない。

 バゼット・フラガ・マクレミッツもそれは同じ。

 勝てないのであれば、勝てる手段が必要だ。生きる為にはこの場からは何が何でも逃げきらなくてはならない。五人は五人それぞれに違う思いを抱いていても、それを果たす為の方向性が完全に一致する。

 ―――だからこそ、迷わないと決める。

 復讐のサーヴァント、アヴェンジャーを戦場に独り残し、この場から振り返る事無く逃げ去って行った。

 

 

◇◇◇

 

 

 アインツベルン城の広間に存在する者は三人―――ギルガメッシュ、言峰士人、そして復讐者のサーヴァントだけ。他の者は全てこの場所から過ぎ去った。

 

「士人よ。貴様は、貴様の王である(オレ)に歯向かうというのか?」

 

「当然だ。マスターを生かさなければ、サーヴァントである俺は死んでしまうからな」

 

「……何だ。死ぬ気なのか、貴様ともあろう者が?」

 

「ただで死ぬ気は無い。目的を果たす為にここで朽ち果てるのも、それはそれで悪くは無いのだ。

 ……それにな、友の為に力を使うのもまた一興。あの幸薄い孤独な友人が、最後の聖杯戦争で惨劇を引き起こすには、どうしても遠坂凛と衛宮士郎の命が必要なのだ」

 

「……最後の聖杯戦争、だと? それに友とは誰の事を言っている?」

 

「さて。まぁ、これは如何でも良い話だ。アヴェンジャーたる今の私では、全く関係が無い事でもあるからな」

 

 懐かしそうに“友”と言う言葉を喋るアヴェンジャーは、苦笑いを浮かべて話を仕切り直そうとする。恐らくだが、目的は他にもあったのだろう。しかし、それを成すことが出来ぬからか、彼は英雄王と殺し合う事を選んだ。

 もっともギルガメッシュにとって、そんな事は心の底から如何でも良い。

 今はただ、あの不愉快極まる偽物を助けた目の前のサーヴァントが気に喰わない。

 

「―――ほう。では聞こう。

 アヴェンジャーよ。あの贋作者を斬ろうが串刺しにしようが、何にも成れぬ貴様には如何でも良いコトだったであろう」

 

「それは確かに。アーチャーが生きようが死のうが、別段拘りがある訳ではない」

 

「……では、なにが目的で我の邪魔をした?

 貴様のような在り方の者であれば、守護者としての殺戮作業など欠片も苦痛ではあるまい。

 あのアーチャーのような人間らしい情緒を持たぬからこそ、貴様は今こうして此処に居る訳なのだからな。それ故に、言峰士人はこの我の臣下足し得た存在でも在った」

 

 ギルガメッシュの中に有るのは純粋な疑問。怒りや恨みが湧く前に、そもそもこの神父に対してその様な感情を抱く事が如何に不毛なのか、彼は知っている。故にこうして、感情が逆立つこと無く目の前で敵対してくる嘗ての臣下を相手取る。

 

「―――……その通りだよ、ギル。

 守護者と成って得られた物は何一つとして存在しなかった。

 永遠も無限も、結局は取るに足りないモノだった。―――心には何も響かなかった」

 

 無表情のまま、そう語るアヴェンジャー。無限地獄を如何でも良いと切り捨てる姿は寒気さえ抱かせるが、英雄王と過去の神父が相手では何の感慨も与えられない。

 

「ならば何故、あの雑種を生かした?」

 

「……そうだな。

 ギルが贋作者(フェイカー)と蔑んでいるあの男は、火事で生き別れた俺の兄弟だ。

 それにな、実は言うと俺よりも戦争で生き残るのが巧い。

 殺しや戦いなら自分の方が巧い自信はあるが、総合的な生存能力が素晴しく高い」

 

「―――で。それが一体何だと言うのだ?」

 

「断言するがギル、今のお前ではエミヤに勝てないぞ」

 

「――――――――――――――な、に……?」

 

 その言葉を理解出来ない。王であり、全ての原典を保有する己が、雑種風情の贋作者以下だと、自分が育てた最後の臣下の成れの果てに断言された。

 

「―――……貴様、この我があの様な木端英霊に負けると?

 よりにもよって、あの薄汚い贋作者を相手に敗北すると言うのか…っ!?」

 

「臣下であるこの身が虚言をギルに吐ける訳がない。

 私は私の生き方の為に、私が王から貰い受けた誇りの為に、王の前では唯の臣下で在り続けるだけだ」

 

 その言葉を理解する。つまり、本当に、自分は芥に等しい贋作者(フェイカー)に負けるのだと。何よりも自分に忠実な従者が本心で断言していた。

 

「――――………っ、本当に死にたいらしいな」

 

 ギルガメッシュの心をとある感情が赤一色に染め上げる。それは憤怒であり、憎悪であった。

 

「―――まさか。自分から死に逝く事を潔しとしないのは、ギルが良く解っているではないか。

 私が言いたいのはなギル、お前が慢心を持ったままアレに挑めば、そこから戦況を抉られて最後に殺されると言う話だ。

 残念なことにエミヤは強い。それこそ―――私を殺せる程にはな」

 

 しかし、その感情も一瞬。背後にいる自分の臣下と変わらない笑顔を浮かべる眼前のサーヴァントを見て、彼の精神はゆっくりと静まり返った。あの言峰士人が英霊となり、それでも高く評価する男ならば、贋作者でしかない今代のアーチャーはそれなりのモノを持っているのだろうと思考する。

 だが、それこそ如何でも良いコトだと考えを改め直す。

 彼が今からアヴェンジャーを殺す事に変わりは無い。ギルガメッシュはギルガメッシュであるからこそ、王として最強である。

 

「……ふん。アーチャーを貴様が高く評価しているのは認めよう。

 我にとってはただの雑種でしかないが、アレが貴様の中では我に並ぶ強敵であると言う事は理解してやろう。

 ―――だがな、例え偽物(フェイカー)(オレ)と戦える数少ない英霊だろうと、この英雄王が最強である事は一切揺ぐことは永遠に無い」

 

 楽しそうにアヴェンジャーは笑っているだけ。王の怒りを前に欠片も変化なし。

 

「その様な当然の事実、王から直接聞くまでも無い。

 私は生前、英雄王ギルガメッシュの臣下であった者なのだぞ。その時に貰い受けた感動は死後の今でも死んでいない。

 ―――故に、王こそが強さの象徴みたいなものだ。

 ギルガメッシュが真に敗北する事はどの英霊にも無いのだと確信している。

 しかし、――――」

 

 呪詛が噴き出しそうだ。声の紛れて純粋悪と化した悦楽が、世界を震わす。

 

「―――今は第五次聖杯戦争。

 今の冬木は私にとって最高の舞台だ。嘗ての現世で味わえなかった貴重な娯楽に興じられる」

 

 ギルガメッシュが聖杯を取る根本的な理由と、アヴェンジャーのそれは同類。つまり、楽しめるから楽しもうとしているだけ。

 それを理解した英雄王ギルガメッシュは、復讐者のサーヴァントに対して君臨した。

 戦いなど的に武器を当てるだけでしか無い王にとって、敵と成り得る人物は最高の楽しみとなる。無論、不快な敵もいるが、自分に巡り巡って現世で出会うサーヴァントに対してならば、楽しく命を奪えそうだ。

 

「アヴェンジャー……いや、士人よ。

 貴様は我と殺し合い、尚且つ勝利を得るつもりでここにいるのか?」

 

「―――当然だろう。

 敵であるならば誰であろうと殺害するまで」

 

 ―――完全に世界が死んだ。英雄王が手加減無く殺意を剥き出しにした。無数に存在する英霊の中でも、ギルガメッシュのものほど濃厚な殺気は無い。

 だが、それを受けているアヴェンジャーは笑顔のまま。

 楽しくて楽しくて仕方がないと笑う童のように、何処までも真っ直ぐな視線をギルガメッシュに向けている。

 

「―――では死ね。

 最期まで狂い笑って消えると良い、泥人形」

 

 まるで絨毯爆撃。それは太古の砲撃―――宝具の嵐。

 

「―――投影(バース)始動(セット)

 

 古今東西、ありとあらゆる武器が乱舞して的に迫って命を奪い取る絶対暴力。それに対抗するには個人的な武芸では無く、自分もそれと同じ戦争を行える戦力が必要となる。英雄王と戦うには、それに匹敵する火力が居る。故に彼からすれば、そんな戦力を生み出す事は造作も無い。

 ―――全て、アヴェンジャーには届かなかった。

 予定調和の如き撃ち捌き。ギルガメッシュの攻撃を全て同じ武器で迎撃し、無効化し尽くす。

 

「―――――――――――――」

 

 カキィン、と幾重もの金属音が鳴る。一つ一つが最高峰の武具で在りながらも、それらがその場しのぎの道具として役目を終える。その浪費がどれ程のモノなのかは、優秀な魔術師であればあるほど理解するのは容易い。

 アヴェンジャーはギルガメッシュと宝具を撃ち合いながら、長く長く呪文を唱え続けている。呪文の中に呪文を隠しながらも、延々と宝具を投影した模造品で撃ち落とす。

 

「―――は。それは固有結界の詠唱か、雑種(ジンド)?」

 

 無論のこと、ギルガメッシュからすれば全てが読み取れる。敵が呪文にどのような概念を込め、その魔術回路にどれ程の魔力が奔っているかなど、当たり前のように理解出来る。

 

「……これはまた、随分と楽しそうだな、ギル」

 

 アヴェンジャーが、言峰士人と全く同じ口調と雰囲気でギルに声を掛けた。戦闘中により、武器と武器が衝突する爆音に支配されているものの、何故か二人の声は良く響く。第三者として戦争を見守っている士人にも、彼らの言葉は聞こえている。

 

「―――許す。早く固有結界を完成させよ」

 

 アヴェンジャーはそれだけでギルガメッシュが言いたい事を察知した。嘗ての自分が仕えていた王の言葉であるからこそ、次の言葉も簡単に予想出来た。

 にたり、と神父であったサーヴァントは笑った。

 笑いながらも宝具を投影して、敵の攻撃を砕き落とし続けている。ギルガメッシュもまた、無尽蔵に貯蔵された武器を王の財宝と言う兵器で連射し、アヴァンジャーの命を狙う。

 

「それごと貴様の全てを―――この(オレ)が砕いて敗北を教えてやろう」

 

 その瞬間―――声なき声でアヴェンジャーは固有結界の詠唱を完了させた。

 遠慮は最初から不要、初手から自分自身の全てを叩き込む。ギルガメッシュが相手であるからこそ、アヴェンジャーは『固有結界・空白の創造』の展開に踏み切った。

 ―――頭上には黒い太陽が浮かぶ。

 ―――虚空から死灰が舞い落ちる。

 世界が余りにも唐突に一変してしまった。この世界はこの世のモノなどでは無い。地獄の果てよりも空虚な空白の世界。何も無い世界。

 灰色の火を纏った黒色の歪な太陽。遥か空から雪のようには降っては真っ白な地面に溶けて消える死灰。この二つ以外は全てが空白に塗り物されている。

 

 ―――心の中には何も無い(There is nothing in my heart.)

 血肉は削げ心骨は朽ちる。(My body is broken,and my bone is clumbled.)

 我が人生は独り。(I create one of the worid)

 血の雨を歩み沈黙。(My sin of the evil)

 存在しない輝きは灰のまま(Black sun burns the soul.)

 空は白く晴れ渡る。(White sky erases the emotion.)

 故に殻の世界は満ちることは無く。(The being is Ash.)

 その心は、再び無から生まれ落ちた。(Therefore,I bless empty creation.)

 

 ―――心の塗り替える言霊が言峰士人の中へ響き渡った。

 復讐のサーヴァントの心象世界は、自分の心象世界と何一つとして変化が無い。つまるところ、自分は英霊になっても何も変わる事が出来なかった。その結末が眼前に広がっている。

 ……だが、そんな生優しい世界では無い。

 ここに詰め込まれているものはコトミネが一つの世界に詰め込んで来た全てが存在している。彼は彼の世界にいることで、その世界を視てしまうことで、脳へ直接それら全ての情報を入れこんでしまう。ただ視界に入れて仕舞うだけで、視界内に移るありとあらゆる存在因子が自分の内側へ流入する。

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ」

 

 頭上に輝く闇。世界を白く照らす暗黒。

 固有結界の中で唯一存在している死灰を纏った呪いが、灰色の炎に焦げている。

 ―――頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。

 脳が耳から溢れそうだ。目玉が飛び出そうだ。口から五臓六腑が吐き出そうだ。神経が体を内側から締め付ける。筋肉が雷に痺れ悶える。

 ―――体が裂ける。体が裂ける。体が裂ける。

 視た瞬間から脳髄がビリビリと、死に続けている。魂が逝ってしまいそうだ。精神が空白に洗浄させられる。

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ぁ」

 

 消える。何もかもが消える。魂の中に嵐が入り暴れる。

 自分の心が、心象風景が決壊する。これは魂そのものが軋む音。痛覚の限界を超えた、形容出来ない感覚。

 ―――心が壊れる。心が壊れる。心が壊れる。

 今、自分がいる世界。この心象風景に満ちている情報が自分の心象風景に流れる。固有結界に固有結界が刻まれる。

 ――魂が消える。魂が消える。魂が消える。

 呑み込む。全てを刻み込む。ここに溢れる因子は自分の心だ、魂の欠片だ。

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ァ」

 

 悟り、識り、理解した。言峰士人が極めた業。心象風景が至るカタチ。

 魔術、固有結界。名前を『空白の創造(エンプティクリエイション)』。英霊コトミネジンドの証。象徴(シンボル)である宝具(マーブル・ファンタズム)

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」

 

 白い世界に響き渡る声。もはや音にさえならない不協和音。

 ―――苦悶の絶叫を上げる。

 言峰士人には余りにも似合わない絶叫。まるで悪魔の誕生するかの如く、それは赤子の産声でもあった。

 ―――神父の心が再誕する。

 生まれ変わったと言えるまで、士人の固有結界は成長する。抉り込まれたモノは無尽蔵に溢れ返った存在因子。物体創造に欠かせない物を構成する情報だった。

 ―――魂が、死灰に満ちる。

 呪いが共鳴する。心象風景が同調する。幻視するは己が至る求道の果て、幻影は確かな未来、道の終わりを示していた。

 

「ぁ―――――――――――――――――――――――――――――――ア」

 

 両手が先端の指先から真っ白に成る。両目が全て黒泥に潰れ始め、人型である人以外の何かに変貌していく。

 ―――塗り潰される。

 ―――体が空白に成り果てる。

 本来ならば有り得ない邂逅により、彼はコトミネジンドの固有結界の情報を取り込んでしまった。魂の中に入り込んだ膨大な因子が暴走し、自身の固有結界が肉体面へ顕現し始めた。

 

「―――心の中には何も無い(There is nothing in my heart.)

 

 強く神父は呪文を唱えた。心象風景を強引に内側へ押し込める。

 内側で暴れる魂を縛りつけようと精神を零にまで圧縮し、時間が完全に停止した。何もかもが止まった世界の中、言峰士人は空白と化す。その有り様はまるで罅割れた人型の模型だ。

 ―――太陽の日差しに乾き、亀裂が奔った泥人形に成り果てていた。

 空白と化した部分から呪詛が漏れ出す。白と黒が混ぜ合わり、濁った灰色を成す。既に顔の半分が空白に変貌し尽くせれ、そこから黒い太陽の輝きが照らし出る。

 

「―――心の中には何も無い(There is nothing in my heart.)

 

 ―――呪詛を吐き出せ。呪文を唱えろ。所詮は全て己でしかない……!

 

「―――心の、中には…何も無い………っ!」

 

 ―――故に、言峰士人は何もかもを飲み干した。

 肉体は時間が戻ったように、全てが錯覚だったと思える程、人型の生命に戻っていた。変異は治まり、空白も黒泥も消えて無くなっていた。

 

「………はは。これが未来の己か」

 

 得られたモノは異常なまで膨張した固有結界の存在因子。ありとあらゆる物体、物質、概念、神秘、理論、基盤で構成された一つの世界。

 彼の魔術理論の特性上、存在(モノ)の情報を内包するだけなら並ぶ世界は無い。

 武器としてなら二流であり、究めたところで二流の極限。しかし、こと創造することに掛けて、彼は究極と言って良い規格外。

 ならば、世界より外れ、守護者と化した彼が持つ世界は、人間一人が保有可能な情報規模では無くなってしまっている。魂が破裂する。

 

「生まれて初めて―――苦しいと実感出来たぞ」

 

 魂そのものの絶叫に、神父は壮絶な苦痛を味わい―――それを完全に喰らい殺した。

 神父は笑った。これが痛みと言うものなのだと、明確に理解する。

 

「………………―――」

 

 意識を数秒で完全に取り戻し、士人は改めて眼前の光景を受け入れる。だが、それでもやはり信じ切れないものが眼に映る。財宝と投影による戦争は既に佳境を越え、全てを合切する一撃を繰り出そうとしていた。

 あの男―――アヴェンジャーは一体何を投影している?

 有り得ない……と言うよりも、有り得ざる頂き。

 目の前でこうして起きているから認識出来ているのだが、言葉だけでは決して理解することは絶対に不可能であった。

 士人が意識を失っていた数秒の内に、事態は深刻なまで劇的な方向へ進んでしまっていた。

 

投影(バース)完成(アウト)――――」

 

 ―――その呪文に、どうしようもなく神父は畏怖を覚えた。

 彼の手元に出現したのは一つの武器。三つの回転する輪で刃が作られた最古の宝具―――乖離剣エアの型落ち。

 ―――オリジナルに近い究極の模造品……!

 

「………が、ぁ――――」

 

 口から赤い血が多量に溢れ出ている。そもエアの即時投影など魔法の領域。それを成す為の代償となるとサーヴァントであるアヴェンジャーでさえ、凄まじく大きいものだ。

 恐らく、エアの投影の代償で内臓の幾つかが死に絶えている。無事なのは心臓と肺と脳髄程度であろう。心臓も止まり掛けてしまった。

 

(オレ)のエアを―――複製しただと……!」

 

 ギルガメッシュに殺意と、有り得ないモノを見てしまった人間らしい驚愕が浮かぶ。

 

「―――そこまで自身を極め切ったか……!

 貴様は本当に愉快な男だ。よもや我の目の前でそれの模造品を生み出すとはなぁ!」

 

 胸の内にあるのは最高の偽物を作った侮蔑と、王の言葉を上回って頂きを超えた先まで鍛え上げた事に対する歓喜。下らない偽物と言えぬ怒りさえ伴ったある種の賞賛を臣下に送りたい。

 この男は、確実に強くなっている。自分と殺し合える程に、強くなっている。王の言葉を真実に仕上げたのだ。

 

「面白そうだろう? これで殺し合えばどうなるか、分かり切っているのに先が不透明だ」

 

 そんな言葉を吐くアヴェンジャーだが、どんな無謀な行動にも勝算を作り出すのがこの男の強さ。オリジナルとレプリカでは結果は見えていようとも、そんな未来が覆りそうで相手を恐怖させる。

 

「……ハ。ふはははははははははははははっ……!

 この我と、一撃で決すると言うのだな! 良かろう。受けて立つ」

 

 王は笑った。腹の底から愉快だと笑みを浮かべた。

 思えばこの男、英霊になどに成り果ててまで自分を鍛え上げた。自身の前に立ち、己の究極に足元程度にも届けるほど魂を極め上げていた。

 ―――それ故に、素晴しい。

 これが運命であるならば、ギルガメッシュ以外の誰がこの神父を祝福すると言うのだろうか。だからこそ、王は王として言葉を送らねばならなかった。

 

「―――本物の重みを改めて思い知れ。加減は一切せぬぞ、我が臣下よ……!」

 

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から、とある原典が出現した。

 それは嘗て、この星―――地球が生まれたばかりの時から刻まれてきた現象。ありとあらゆる原典を持つギルガメッシュだからこそ持ち得る宝具―――乖離剣エア。地獄の原典。

 三つの刀身が回転し、渦が生まれる。赤い原初の世界が空間を毀して奔る。

 

「―――天地乖離す(エヌマ)―――」

 

 王が唄うは原初の地獄。

 乱れ狂う紅の亀裂が全てを砕き―――生命に死を知らしめる。

 

「―――開闢の星(エリシュ)………っ!」

 

 それと同時に稼動するはアヴェンジャー。彼が構える武装も英雄王と同じもの。

 ならば、すべき事もまた同一。嘗ての神父であった彼であるならば、もはやこの状況こそが望外の彼方にある光景。

 

天地乖離す(エヌマ)―――開闢の星(エリシュ)………っ!」

 

 ―――故に、復讐者も同じ真名を唱えた。

 あの世へと繋がる門が開らかれ―――今此処に地獄の原典が衝突する……!

 

「―――――――――――――――」

 

 ―――その光景を神父は見届ける。

 人類最古の英雄王ギルガメッシュが放つ一撃は、ありとあらゆる英霊の中でも最強を越えた幻想だ。座に遍く存在する聖剣魔剣の中でも究極の一となろう。竜が吐き出す火の咆哮さえも小鳥の囀りと化す。故に、誰もが彼の乖離剣による全力の潰し合いには、何かしらのトリックを仕掛けない限り勝てない。

 ―――しかし、アヴェンジャーはそれが理解していながら、真っ向から迎え放つ。

 赤い地獄の渦は世界を穿ち、撃ち合いの中心部には巨大な黒い孔が出来上がっていた。世界そのものを激震される幻想同士の衝突により、法則が限界を迎えるのは当然のこと。

 

「――――………世界が、消える」

 

 ―――孔を中心に、亀裂が入った。

 神父が見たのは世界を創生した原初の力。理解するなんて観点はもはや無意味となり、ただ彼は揺れるこの世を実感する。

 これは概念と概念と戦い。

 どちらが強者であるかと言う存在証明では無く、どちらが綻びの無い秩序(ルール)を有しているのかと言う殺し合い。

 故に―――より確固たる地獄こそ、惰弱な地獄を飲み干すに相応しい……!

 

「―――は。やはり、私の魂では王の原典には届かぬか…………」

 

 光の中に復讐のサーヴァントが溶けて逝く。音の中に彼の言葉は自分にだけ聞こえる呟きとなる。

 ―――固有結界が消え、空白の世界は黒い太陽が墜落するように滅び去る。

 崩落する世界は終焉を示し、一人の英霊の心が砕ける瞬間。もはやこの世界は地獄の原典により、彼の魂に還った。

 

「……ほう―――」

 

 英雄王は確かに見た。光の中に消えて逝く世界と英霊。自分が撃ち放った真名解放は正真正銘の地獄となって敵を呑み込む。

 ―――しかし、生きていた。

 王の前に存在するのは満身創痍になった嘗ての臣下。複製品のエアは砕ける寸前。肉体は血に塗れ臨死状態。

 宝具の真名解放を受けたアヴェンジャーは波によって押し流され、城広間の端まで移動している。固有結界によって具現した数多の武装の盾と、相殺して減衰した攻撃により、彼は死からだけは生き逃れていた。令呪により生きろと命じられた事により、彼の生命は死神の鎌から逃げられた。

 

「―――満身創痍だな。実に愉快な姿よ。

 我の地獄を踏破し―――人のカタチを保てているだけ、褒めてやろう」

 

「………………………」

 

 そして、英雄王が持つエアの回転が止まった。

 敵は既に死に体。後はもう殺すだけ。止めを刺す為に乖離剣を装備したままだが、距離が離れている今は一斉掃射で串刺すかと思案するも決定は迅速。

 では殺すか、とギルガメッシュが判断した瞬間―――

 

「…………ク――――」

 

 ―――そんな血塗れのアヴェンジャーは不意に、手に持っていた壊れかけの乖離剣を英雄王に向けて投擲した。

 

「―――宣告(セット)消え逝く存在(デッド・エグジステンス)……ッ」

 

 ―――そして、復讐者が投げた出来損ないのエアが炸裂した。

 威力はもはや測定するまでもなく破壊的。規格外の爆撃を全方位に放ち、城を簡単に崩落させる。爆心地中心部となったのは、エアが投げ込まれた英雄王がいたところ。

 地獄より放たれた死の風が―――森の城を粉砕して王を消し飛ばす……!

 

「………っ――――!」

 

 ギルガメッシュが苦悶の声を漏らす。

 彼は寸前、笑みを浮かべたアヴェンジャーを見た。しかし、たかだが人間一人の声など爆音の渦の中へ消え去った。

 ―――何もかもが閃光の中に消えた。

 炸裂の直撃を受けた彼を中心に光の柱が全てを薙ぎ払い、焼き尽くし、吹き飛ばす。もはやミサイル規模の破壊効果は生半可な爆撃以上に壊滅的で、生物を死滅される熱風。

 ……光が収まった頃には、全てが終わって崩壊していた。

 まるでミサイルで爆撃された後、竜巻に襲われてたような地獄の惨状。

 ―――其処に、爆破の張本人が何事も無く佇んでいた。

 彼とて勿論のこと、乖離剣の崩壊によって熱風と衝撃を受けている。この攻撃は使用者本人さえ巻き込むある種の自爆攻撃だ。故に本来であれば、自分が爆破物から遠距離に位置して使うのは好ましい。それを近距離で行うのは狂気の沙汰。

 よってアヴァンジャーは、風除けと火除けの加護を持つ装備により、魔力が十分に込められた爆風の余波から身を守った。ギルガメッシュのように直撃であれば死は当然の結末だが、その余波程度であれば何とか命だけは防ぎきれた。

 

「――――ふむ。自分が近い場所でする魔術では無いな」

 

 そんな自分で生み出した地獄から生き延びたところで彼には感傷は勿論、英雄王の裏を取った達成感も無い。言い放つのは、相手の神経を逆なでするような皮肉だ。

 

「―――――……」

 

 そして、爆発に巻き込まれた士人は無言のまま瓦礫から這い出ていた。彼も瞬間的に防具を投影して防いだが、余波でさえ危なかった。大部分の破壊効果はギルガメッシュへ向かっていたとは言え、まだまだ未熟な投影魔術師の身では死んだと錯覚するほど危険であった。

 

「……絶対にアレは私の成れの果てだな」

 

 死なないで済んだからか、思わず出てしまった独り言。神父は城であった瓦礫の山の下敷きになりつつも、何とか衝撃を防いで生き延びた。また、その後に上や左右、前後から襲い掛かってきた石の弾幕も、かなり危なく、防いで避けて死から逃げ延びた。

 ―――アインツベルン城であった場所は、瓦礫の山と化す。

 ―――その場所に、二人の英雄が向かい合っている。

 抜け出た神父が見た光景は、血塗れになった男が殺し合いを再開する為に殺意を交わしている決闘場。魔力の反応から既に士人は分かっていた事だが、攻撃が直撃したギルガメッシュは生きていた。

 

「―――アヴェンジャー。嘗ての貴様の王をここまで追い詰めるとは、余程愉快な末路を辿りたいらしいな……!」

 

 士人が見るギルガメッシュの姿は既にアヴェンジャーと同じく満身創痍。

 黄金の輝きはもはや見る影も無し。鎧は砕け散り、王の威光は無い。瞬間的に守りに出した防具や武具も、何もかもが木端にされて、自身も生死の境界を彷徨った。

 

「王よ。既にお互いが死に体だ。

 ―――決着をつけよう。

 やはりお前を殺害するのは、この世の誰よりも手間が掛かる」

 

「……たわけ。貴様に殺される程、我が臣下に優しいと思ったか?」

 

「ははは。それこそまさかだよ。こうして臣下で“あった”私と死闘を演じてしまう時点で―――王はとても慈悲深い」

 

 血塗れだ。王も嘗ての臣下も血に染まっていた。それでも尚、英雄王は黄金に輝き、復讐者は死灰に濁っている。

 英雄王にはまだ武器が山を成す程ある。しかし、復讐者には武器は二つしかない。いざと言う念の為に投影しておいた悪罪の二本だけ。腰の後ろに隠して装備していたそれだけが、今の彼の武器であった。

 

「―――ならば、精々舞い踊れ。

 その千切れ掛った回路でどこまで足掻けるか―――実に見物よな」

 

 その言葉通り、もはや満足に魔術など運用は出来ない。……そう、故に、アヴェンジャーが取れる戦法は限られていく。

 ―――近寄り、殺す。

 これを成すには問題点がたった一つだけある。他の相手ならば兎も角、ギルガメッシュが相手ならば重大な問題点。

 その問題点とはつまり、近づけない。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)による宝具一斉掃射には、まともに接近可能な隙間は無いと言うことだ……!

 

「どうした、その程度か……!」

 

 降り注ぐは死の雨。一つ一つが絶殺の威力を持つ殺意の群れ。

 ―――だが、死んでいない。

 地獄の中にいるにも関わらず、アヴェンジャーは生きている。彼がギルガメッシュの攻撃を避けられるのは、攻撃手段を知り尽くしているからに他ならない。

 

「―――――――」

 

 まず、思考を読む。次に殺気を感じ取る。次に空間の歪みを察知する。次に魔力の流れを把握する。次に武器を視認する。次に攻撃を誘導する。

 ―――そして、砲撃を回避した。

 ギルガメッシュの攻撃、王の財宝は一長一短。点の群れによる面制圧を真骨頂とし、回避し切れぬ殺戮空間を生み出す。しかし、それでも攻撃は点によるもの。絶対不可避と言う訳ではない。撃たれた瞬間に弾道から外れてしまえば良い。避け切れないならば、剣で逸らす。

 無論、そんな事は不可能に近い。だが、その不可能を覆してこその復讐の英霊。英雄王とて既に万全には程遠いからこそ、全力での宝具が使えない状態が故に―――アヴェンジャーは弾幕を避けられていた。

 

「―――貴様……!」

 

 だが、一斉掃射が通用しない相手に対し、各宝具の能力を使いこなして対処するからこそ、英雄王はありとあらゆる英雄よりも上に君臨する。宝具の射出するだけでは無く、本当の意味で万能な宝具使い。戦闘で肉体が傷付こうとも高い癒しの効果を持つ霊薬があり、それらの道具も戦いの中で使用出来る。

 ……そう、アヴェンジャーの狙い目は其処だ。

 弱まった宝具の弾幕を瞬間瞬間、全て避けて前進し、そして眼前に到達する。ギルガメッシュが蔵の中の宝具を使おうと王の財宝以外に魔力を使うものなら、その隙を突いて刹那で接敵する。

 

「……アヴェンジャー――――!」

 

 しかし、最早それさえも遅かった。既にアヴェンジャーは目と鼻の先。英雄王の弱まり万全には程遠い弾幕ならば、アヴェンジャーがコトミネジンドである時点で捌いてしまえるのは当然。当たりそうになった攻撃も、予めこうなると予想して置いたが故に準備しておいた悪罪の双剣で、弾道を自分から逸らして外した。

 そして、彼はその双剣を投げる。

 回転しながら進む二本の同一の剣は一直線に、英雄王へ向かって行った。

 

宣告(セット)存在破裂(ブレイク)……―――!」

 

 ―――炸裂。ドォオン、と巨大な爆発音。

 爆破した箇所、それは―――王の財宝が射出される空間の歪み。それによって、一斉掃射が一気に遅延した……!

 ギルガメッシュが氷りつく。

 何故ならば、既に目の前にはいるのは、黒衣を風に棚引かせて辿り着いたアヴェンジャーの姿。

 

「ッ―――――――――――――!」

 

 アヴェンジャーはその勢いのまま、ギルガメッシュを殴った。

 殴る、殴る、殴り続ける―――!

 英雄王に武器を持たせず、さらに宝具射出を許さない拳の威力と速度。無論アヴェンジャー程度の打撃では、致命箇所に当てねばギルガメッシュに生命に関わる損傷を作る事は不可能。だが、それでもダメージが零になる訳では無い。鎧も壊れて機能を果たしていない今ならば、肉弾戦に持ち込めれば最終的にはアヴェンジャーが有利。

 33本ある回路など殆んど千切れている。無事なのは残り僅かで数本程度。それさえも致命的損傷を受けていた。

 もし全ての魔術回路を回復させるには、サーヴァントの身であるアヴェンジャーでも回路復元に数日は必要。人間であれば再起など見込める訳が無い状態。魔術師としてならば既に何もかもが死んでいるようなものなのだ。

 故に攻撃手段は一つだけ―――格闘のみ。

 戦いの基本は体術。アヴェンジャーのサーヴァントの戦術の大元。体一つさえあれば、諦めるのは早すぎる。歯を食い縛り、痛みに支配された肉体を稼動させる。

 

「……がぁ―――――!」

 

 アヴェンジャーはまだ死んでいない。令呪によって死んでいる筈の肉体は生きており、まだ十全に活用可能。このままでは確実に死ぬとは言え、今はまだ殺し合いを行える。

 

「――――っ……!」

 

 王の財宝を展開出来ぬ連撃。急所を抉る攻撃を防御し、回避に成功したとしても、生命を削る様な拳と脚の弾幕は致死には十分。止まらない高速攻撃が、ギルガメッシュをその場に拘束する。無理矢理にでも虚空から撃ったとしても、接近している的に当てるには、自分と言う障害物がある。

 上空から撃ったとしてもステップを踏み、射出される宝具を見る事もなく回避。―――そして、同時に攻撃も殴り放つ。復讐者は止まらない。

 

「邪魔だ……っ!」

 

 ガン、と言う抉る音。殴られながらも、クロスカウンターの要領で敵を吹き飛ばす。

 ギルガメッシュがアヴェンジャーの腹を蹴り抜いた。大砲の如き轟音を発したが、それを喰らった男はけろりと何でも無いように佇んでいる。

 あれはもはや、苦痛だとか損傷などで停止する存在では無い。何でも無い当たり前を実戦するのと同じ、呼吸して戦い、殺す。

 復讐者は笑った。心の底から笑みを刻む。つまり、今この瞬間の死闘を愉しんでいる。そして勿論のこと、それを看過出来る程、英雄王はお人好しでは無い。

 ―――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)。絶対無敵の殺戮宝具。しかし、それが展開された瞬間に、王の敵は既に疾走していた。

 独特な歩行によって空間がスライドするような速度を出し、最小限の動きで最高速に達する。彼はアヴェンジャーの迅さに追い付けない。元になる武術は中国武術の歩行である活歩であろうが、彼の動きは独自の流れが強く、もはや我流の武術の歩行と化している。無動作、無拍子、初速にて最速で間合いを縮小させた。

 アヴェンジャーの肉体は限界を越え、霊体でさえ崩壊するほど全力で酷使する。

 筋肉が千切れた。壊れていた回路を崩壊まで使い込んで肉体を強化した。代償として魔術はもう使えない。使えなくなったが―――敵に拳が届く。

 ―――アヴェンジャーはギルガメッシュを殺しに掛る。

 ギルガメッシュに打撃の衝撃が浸透する。直撃すれば心肺機能が停止していただろうが、両腕で敵の拳を防ぐ。だが、アヴェンジャーは殴った隙を巧く利用し、死神の如く掏り込む様に、重い蹴りをギルガメッシュへ叩き込まんと迫った。

 流石のギルガメッシュも、顔面を狙い迫る右脚が直撃すれば首が撥ねる。戦慄に背が凍るが、身を逸らして首から死神の鎌を回避。しかし、ギルガメッシュの懐に敵が入り込む。そこは拳が最高の殺傷能力を誇る至近距離……!

 

「―――殺せ」

 

 ……生々しい肉が裂ける音。グチャリ、と自分の体が死んでしまった死の音を、彼は確かに聞こえた。

 ―――令呪の命令が届いたと理解した時、戦いは終わっていた。

 ギルガメッシュの拳は本来の威力と速度を遥かに上回り、致命の一撃としてアヴェンジャーを完全に砕いていた。

 そして、勢いは止まる事無く腕は心臓を超え―――貫通している。英雄王の片腕が復讐者を串刺しにしていた。

 

「……私の敗北か。実に残念だ」

 

 王の拳は復讐者の生命を停止させる。魔力が枯渇した状態で心臓を完全に破壊され、もはや生き残る手段が存在していない。そして、心臓だけではなく、重い一撃は肺など生命活動に必要な臓器も全て殺していた。

 ―――グシャリ、と鈍い音を鳴らして腕が引き抜かれる。

 ギルガメッシュの片手は血塗れであるが、目の前のサーヴァントが死ねば血痕も消滅するだろう。彼らは死人らしく、遺体を欠片も残さず消えて逝く。

 

「―――……は。全く、因果な戦争であったな。

 死亡する原因が過去の自分自身だとは、中々に愉快な結末だ」

 

 死した肉体は塵に還るのみ。サーヴァントとは元より、そのような歪な存在。仮初の寄り代が消える。アヴェンジャーが死ぬ。何よりも、ギルガメッシュがその手で直接心臓を潰したのであるならば、その死は当然のこと。

 ―――王の眼前に臣下が死ぬ。

 

「……さらばだ。我が臣下。

 貴様が極めた頂き、この英雄王が認めよう」

 

 英雄王(ギルガメッシュ)復讐者(アヴェンジャー)の視線が交差した。

 

「―――貴様は強くなった。

 王に届いた自分自身を誇りにし、己が座へと還るが良い」

 

 その言葉を聞いた彼の表情は例えようも無い程―――楽しそうであった。

 

「……そう、か。強くなったか。

 そのように褒められたのは、実に久しぶりだな―――――――」

 

 手足の先から消えて行く。アヴェンジャーは死灰へと変わっていく。この世の何よりも透明なカタチで楽しそうに笑っている。

 ―――復讐者(アヴェンジャー)のサーヴァントが、こうして消滅した。

 この度の聖杯戦争において、新たな脱落者が決定した瞬間であった。その今際の姿を見届けたのは、王と神父の二人のみ。

 求道に生きた末に聖杯戦争に参加したアヴェンジャーのサーヴァント―――コトミネジンドは自分が嘗て仕えた王によって、聖杯に届く事は無かった。

 

「―――――………」

 

 王は口元を歪めながら、その死に様を見た。死んだ後も見続けた。

 しかし、嘗ての臣下を殺した感傷も長くは続かない。彼は振り返り、現世に生きている自分の臣下へ視線を向けた。

 

「……雑種(ジンド)、貴様―――何故(オレ)に令呪を使用した!」

 

 この怒声は当然のものであった。この臣下は決闘に邪魔をした。無粋な死闘に変えてしまった。

 ―――それが許せん。

 ギルガメッシュの殺意は津波となって神父の方へ襲い掛かる。

 今まで神父に怒りをぶつけ無かったのは、アヴェンジャーの最期を見届ける為。それを見終えてしまえば、感情の蓋は外れ飛ぶ。

 

「王に死んで貰うと困るからだ。

 ―――言っただろう、セイバーのサーヴァントを手に入れるのを手伝うと。お前が死んでしまえば、それが出来なくなるではないか」

 

 欠片も気にしない。臣下である彼にとって、王が語った目的を優先するのが当然。

 

「そもそもこれは、死闘であっても決闘では無い。

 ―――戦争だ。

 俺は誰の臣下であり、そして誰のマスターとしてこの場所に立っているのだと思っている。俺の力はお前の力でもあり、その逆もまた聖杯戦争では同義のことだ」

 

 英雄王の心情を知りながら、神父は王から貰った誇りを貫いた。彼の臣下である限り、この行いは必然であると宣言する。

 ……ギルガメッシュとて、その事は察している。

 だからこそ、彼は臣下の行いを許容するしかなかった。王である限り、臣下の所業が自身に背いた訳でも無く、まして間違いですらないのであらば、認めるしかない。不愉快だがギルガメッシュは、自分の臣下に命を救われた。

 ―――英雄王に対してさえ、神父の悪辣さは変わらない。

 否、自分の王であるから、ここまで彼は実直で在るのだ。王の臣下として、言峰士人はただの一度も間違えた事が無い。

 

「―――次は無いぞ」

 

 故にこれはただの通告。命令ですらない。次に戦の横槍を入れれば、間違いなく臣下を王は殺害するであろう。王はそう言い、自分の精神をセイバーと聖杯に向けてリセットした。

 

「ああ、分かっている。

 それに……―――次でこの戦争も終わりにする予定だからな」

 

 聖杯の降臨は既に決定している。サーヴァントの魂も十分投下されているのもあるが、前回の第四次聖杯戦争から使われていない聖杯に余裕は無い。無尽蔵の魔力が貯蓄されている事だろう。そして、向こうとも孔が順調に繋がるのも分かっている。

 ―――言峰士人は笑った。

 彼は未来の自分さえも殺してしまった。本来ならば異様なまで残酷な殺人を行ったが、それでも何か変わる事が無かった。思う所は何も無い。強いて言うならば、羨ましかった。しかし、あの満足そうに死ぬ事が出来た自分を見て、言峰士人は言峰士人として答えを得る事が出来るのだと確信する。

 ああ、求道の先に何があるかは分からない。しかし、自分が自分になった原因を遂に知る時が来た。そんな神父を見て、英雄王も楽し気に苦笑を浮かべたのであった。




 CCCがとても楽しみです。


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35.魂の尊厳

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「―――殺人貴……ッ!」

 

「もう、やめておけ。アンタじゃ俺を殺せない」

 

 腕を切り落され左目から血を流す女が、目の前の黒装束の男を睨み付ける。

 

「ふざけるな、てめぇ……!

 アンタだけはこの手で殺すって決めたんだ! 諦めら切れるか……っ!!」

 

 黒装束の男が困った様に蒼い目を空へ向けた。自分の目の前に息も絶え絶えになった女魔術師が一人、地面に横たわっていた。

 

「困ったな。今あんたを殺すと後が面倒なんだよ……」

 

「ああ、そうかい。

 殺すのは駄目でも左目と左腕を“殺す”のは構わないって言うのか…っ」

 

「命が有れば何とかなる。こんな世界だ、方法は腐るほど存在するさ」

 

「……男が女に言う言葉とは思えないね、屑野郎」

 

「はぁ……ったく。化け物に言われるのは何ともないが、アンタみたいな良識ある女に言われると、流石の俺でも傷付くよ」

 

 隻眼隻腕になった女に魔力はもう無い。今の状態はまな板の上の鯛にも等しい。それにそもそも、この黒装束の男の強さは既に死徒二十七祖に並び、危険度も一桁台に到達している。知り合いの神父や正義の味方に匹敵、あるいは凌駕するまでの真性の魔人。魔法に至った友人さえも恐らくは、当たり前のように殺されてしまう死神だった。

 場の雰囲気も腐る様な殺気が充満する。黒装束の男も、殺そうと思えばいつでも目の前の女を殺せる。だが、殺そうと行動に移った瞬間、道連れにされそうな特有な嫌な予感も無くは無い。彼は今純粋に、この場所で待っている人物の登場が待ち遠しかった。

 

「先程、魔犬の始末が完了した。

 アルトルージュ・ブリュンスタット派もトラフィム・オーテンロッゼ派も壊滅状態。さらに魔術協会も聖堂教会も戦争の続行は困難極まる。結論を言えば、今回の戦争は誰も勝者に成れずに終了した。

 ―――この死都はもう、我々の戦場ではなくなった」

 

 現れたのは血塗れの姿をした黒衣の神父。右腕で黒色の回転拳銃を握りしめながら、淡々と殺人貴と女に呼ばれた男へ静かな視線を送る。

 

「…そうか。死んだのか、あいつも」

 

「いや、復讐騎は月蝕姫を連れて何処かに消えた。あのような姿をされては殺すに殺せん」

 

 そこで神父は言葉を一端区切った。愉快気に笑みを浮かべる神父はおそらく祝福しているのであろう、一人の女を守ると決めた騎士の決意を。その誓いもいづれ消えて無くなるのだと理解していながら。

 

「……追うのか?

 確かにお前からすればあの男の行動は背信行為であり、真祖の姉妹である死徒を殺す事は利益にもなろう」

 

「今はいいさ。決着は何時か付けないといけないが、まだ他にやるべきことが俺にはある。二兎追う者の末路を辿る気は無い。

 ………それよりもコトミネ。そこの魔術師、あんたの知り合いで当ってんだろ。だったら―――」

 

「―――分かっている。そこの魔術師は俺の身内だ。

 お前に殺されてしまうと、俺はお前を殺さなくてはならない。そうなると流石に面倒だ」

 

「―――言峰、アンタは……!」

 

 魔術師の眼に危険な色が宿る。もはや感情が氾濫し、手負いの猛獣にしか見えない。その場所にいるだけで空気が死んで逝くのが理解出来る。

 しかし、そんな状態の魔術師を見ても神父に変化は無い。怪我を心配している訳でも無く、魔術師や黒装束の男に敵意を向ける訳でも無く、何でも無い日常風景の一つでしかない平常な雰囲気。戦場の真っ只中であるこことはまるで場違いな態度だが、それが酷く恐ろしく見えるのは間違いではないだろう。

 

「睨む気持ちも分からなくもないが、殺人貴が相手では殺されるだけだぞ。それに衛宮が死徒の残党討伐に張り切り過ぎて死んでしまえば……ほら、悲しむ人間が何人もいるだろう? この場には師匠も来ているしな。

 ……故にだ、もう行くぞ美綴。

 その男を今殺そうとしたところで時間の無駄だ。その程度のこと、殺され掛ったお前なら理解しているだろう。それにだ、素早く安全地帯に退避し、本格的に怪我の治療をせねば、お前の命も実に危うい」

 

「………っ」

 

 説得する為に現状を理解させた後、倒れ伏した魔術師に手を伸ばす神父。彼の手を睨み付けながらも、彼女は忌々しそうに残った右腕で掴んだ。神父はそのついでにと、切り落されたまま放置されている魔術師の腕を拾い、それを彼女に渡した。肩を貸して貰っている魔術師は神父から自分の左腕を受け取り、それを虚空へと消す。

 

「さようなら、殺人貴。今回の共闘は中々に愉快であったぞ」

 

 まだ収まり切らない殺意を周辺にばら撒いている魔術師を守る様に運びつつ、神父は悟りを開いた聖者みたいな声色で別れを告げた。そして、神父と魔術師は男に背を向けて歩き始める。

 

「―――………すまなかったな。今回あんたには随分と助けられた」

 

 そして、目に包帯を巻き直した男は二人の背中に向け、感情が籠もった言葉を掛けた。先程までの冷徹な雰囲気には似合わない常人並の感謝の念が入った声。

 

「気にするな。馬鹿騒ぎは嫌いでは無い。

 ……なぁ美綴、お前もそう思うだろう?」

 

 背を向けながら神父は応え、それから自分の隣にいる魔術師へ笑い掛けた。その神父の笑顔を見て、魔術師は心の底から憤怒の念を目で射抜いた後、視線を地面に向ける。

 

「あたしさ、今回は本当に後悔してる。

 ……自分の正体があんなだなんて、知らなかったんだ。もう、何も分からなくなっちゃた」

 

「なるほど。……お前は俺に助けて欲しいか?」

 

「―――要らない。

 自分程度も自分自身で救えなきゃ、この道を選んだ価値が消えてしまう」

 

 だからこそ、自らが掴み取った道に価値がある。彼女の信条として、これはもはや呪いにも似た志。自分で始めた事であるから、辿り着きたい願望があった。

 

「もう、無力な自分には反吐が出る。

 ……力が欲しい。せめて、アンタを叩きのめせるだけの……――力が欲しいよ」

 

「―――……‥そうか」

 

 生き残った者は極僅か。この地獄を制覇した勝者はいなかったが、それでも分かる事は一つ。勝者はいなくとも、死んだ者が敗者である事は確かだった。そう言う意味では、戦い抜き、生存を獲得した彼らは紛れも無く、傷を負おうとも戦争の勝者であったかもしれない。

 それが、とある戦いの結末。人が死に、古き祖が何人も消え、しかし得るモノは何も無い争い。だが、それでも、死徒の王はいづれ地上へ完全な姿で甦るだろう。復活の刻は既に始まりを告げてしまった。とは言え、今の時代には関係ない話。

 ―――これは聖杯に召喚された一人の英霊の記憶。夢の中。

 今の第五次聖杯戦争の時代から考えれば数年後に位置する未来情報。聖杯戦争とは違うとある戦争の結末の一つであった。 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 城に残ったアヴェンジャーを置き去りにし、彼らはアインツベルンの森を疾走していた。先頭を走るのはセイバー。次にアーチャー。その後ろに凛と士郎、そしてバゼットの三人が続いている。もう何分間も走り込み、背後にあった城も既に木々の影に隠れて目に見える事は無い。

 だが、戦闘による魔力の波は通常の魔術師同士の戦いとは文字通り、世界の次元が違う。故に距離が離れていようとも、その激戦は肌で感じ取れるように荒々しい。

 

「―――――――……」

 

 特に黙り込むバゼットは、その地獄が良く理解出来る。あの英雄王の強さは既にアヴェンジャーから聞いていた。

 この世全ての宝具を手中に収めていると言っても過言ではない英霊の中でも規格外のサーヴァント。もはや勝てるとか負けるとかの話では無い。あの男はその気になれば、敵対するサーヴァントを全てを敵に回しても、軽く戦争の勝利者になれる程の能力を持つ。そう、自分のサーヴァントから聞いている。

 しかし、アヴェンジャーにして見れば、それでも問題では無かった。勝てる手段を持ち、それを勝てる様に戦いの中で運用すれば、勝利を得るのは不可能ではない。むしろ、アヴェンジャーにとっては普段通りの戦闘の同じく容易いこと。

 そうであったが、イレギュラーの存在で不可能が不可能のままにされてしまう可能性の方が高かった。

 一番の要因はギルガメッシュのマスターであるらしい言峰士人の存在。奴はここぞと言う一番の場面において、相手がして欲しく無い必殺の策を繰り出す策士。英雄王の慢心や油断を補う様に、そもそも油断をすると言う機能が無い怪物だ。その男が英雄王の傍らにいる限り、命に至る程の隙をギルガメッシュが作る事はないのだろう。逆に、敵を殺害する程の機会を生み出すと分かってしまう。

 

「―――止まって下さい!」

 

 ……瞬間、セイバーの大声で逃走劇が止まる。

 今は一刻も早くアインツベルンの森を走り抜けねばならないが、それを分かっている筈の彼女はそれでも足を止めなくてはならなかった。

 

「逃げるのは其処までよ。

 ―――ここから先に進むと言うのであらば、私の屍を越えて往くが良い」

 

 先頭を走るセイバーの眼前に敵が現われた。本来ならば絶対にこの場所にはいてはならない人物―――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。

 その為だからか、幽霊でも見てしまったようにセイバーは茫然と呟く。

 

「……アサシン―――っ」

 

 ―――群青の侍が立ちはだかった。

 既に武器は抜刀されており、大太刀には鋭すぎる剣気が纏わり付いている。

 

「……成る程。全てはアレの策略通りか」

 

 忌々しいとアーチャーが吐き捨てる。

 

「セイバー、気を付けろ。―――奴の刀は徹底して強化されている。

 確実にあの神父の仕業だ。あれは下手な仕事はせんからな。君の剣とも数度は十分に斬り合える強さになっているだろうよ」

 

「それは……―――厄介です」

 

 アーチャーが簡易的にアサシンの脅威を教えた。これを知らねば、セイバーとて先入観から一撃で首を撥ねられていたかもしれない。彼女が直感で悟れた未来は、見事に斬られて敗北する自分の姿。しかし、知る事が出来た今では不意はつかれない。

 

「アサシンですって……! それじゃあ、そんな――――まさか……っ」

 

 凛は瞬間、弟子の策を悟った。あの場所から態々逃がした理由も良く分かった。

 まさかキャスターが門番にしていたサーヴァントを手に入れ、こうして見事に配役するなど悪魔的としか言いようがない。

 一手も二手も此方の行動を先読み、回避不可能な困難に陥らせる手腕は、凄まじく素晴しく“言峰”らしい。悪辣で非道で効率的のようにでいて、まるで敵を使って遊んでいる。

 

「……っち。やってくれるじゃない―――!」

 

「麗しいお嬢さん。そなたとは面するのは初めてだな。そして、そちらのご婦人とも初対面となる」

 

 アサシンの視線が凛とバゼットに移った。白々しいまでの無形の構えは、無防備に見えつつも剣気によって死の守りが生み出されている。その剣気をまとも直撃した彼女としては、構えを取るのは執行者として当然のこと。凛もまた拳を無意識のうちに構え、宝石の準備をする。

 

「―――――――」

 

「……ほぉ。素晴しい闘志だ。見たところ、両者共に拳法家とお見受け出来るが、如何かな?」

 

「―――――……っ」

 

 身の構え方、体の重心、殺意の在り方。それら観察出来る事から、小次郎は敵の攻撃手段を初見で大凡検討を付けている。剣士として、殺す者として、この侍は完成され尽くしていた。

 一目で敵が収めている武術を見抜く。その圧倒的観察眼は、究められた武の技量の裏付けでもある。

 

「それにしても、ふむ……―――おぬし、寺の門で出会った時よりも、随分と強くなっておるな。

 ……急激なまでのその武の成長。

 生前に出会う事の無かった魔術師と言う者どもは、実に面妖で面白い。ただの人間でしかなかった私では、おぬしらの理は今一理解出来ぬ」

 

 森の中で雅な笑みを浮かべる。アサシンの姿はまるで森の緑に溶けてしまいそうなまで、世界に馴染んでいた。しかし、手に握る刃はそれとは真逆。アサシンの剣気は命を奪いに足る脅威に満ちている。

 ……だが、此方に斬り掛って来る気配はまだ無い。

 言うなれば、そのらしくない雰囲気は、セイバーやアーチャーからすれば不可解だった。

 一度戦えば簡単に分かってしまうが、このアサシンと言うサーヴァントは死合いに飢えている生粋の人斬りだ。強い者を戦いたい。名誉や願望の為に殺し合える武人では無く、極めた業と生み出した技で刀を振りたいが為に、人と殺し合う武を形にした男なのだ。

 生まれながらの剣士。刀が好きで戦が好きな侍。戦に飢えている武者。

 だから、セイバーやアーチャーと言う最高の獲物を前にして戦いを挑まないのが有り得ない。生前に出会う事さえ出来なかった強者との殺し合いは、死人であるアサシンにとって何者にも代え難い。

 

「―――は。君はあの連中の操り人形に成り下がったみたいだな」

 

 嘲るようなアーチャーの皮肉。それと同時に背後の三人を守る為、彼もセイバーと共に剣を構える。残り僅かな魔力を振り絞り干将莫邪を投影した。

 このアサシンの技量の前では、あっさりと人間では斬り殺されてしまう。故に弱っているとはいえ、サーヴァントである自分が前に出ない訳にはいかない。

 

「私が操り人形だと?

 ―――……ク。何を今更。

 現世に召喚された時から、つまらぬ傀儡にされていたぞ。だが、今の私には下らぬ縛りは無い」

 

「つまり、貴方は―――」

 

「―――そうだ。

 私は私だけの意志で、おぬしらを斬るために此処に居る」

 

 彼はマスターの男に命じられて此処に居る訳では無かった。侍がこの場所に居るのは、ここでなら強者と斬り合えると神父に言われたから。言うなれば、協力者として利害が一致して、セイバーとアーチャーを斬り殺しに来たのだ。

 あの男はサーヴァントに行動を強制させない。サーヴァントと自分の利害を考え、それが合致して互いが自分の意思で動くように策を張り巡らせる。自発的に何かを成すように動かすのだ。

 ゆらり、とアサシンの殺気が充満し始める。

 目に見える程あからさまな、此方の命を奪い取ると宣告する殺意が森の空気を壊していく、死んで逝く。世界が斬り裂かれていくと錯覚する。

 セイバーが剣を構え、アーチャーが守りに入る。暗殺者との殺し合いが始まり、命が散ってしまう修羅が引き起こされる、その時―――

 

「「「「「――――――!」」」」」

 

 ―――唐突だった。その瞬間―――世界が激震した。

 アインツベルン城の方向から極大の閃光が天に向かって迸っていた。爆発音と衝撃波が森の奥にいる彼らにも伝わってきた。五人の身に緊張が奔る。

 もはや例えようのない轟音が森全体に響き渡り、確実に城で何かがあったのだと分かってしまう。

 

「―――……アヴェンジャー」

 

 バゼットはラインを通じて自分のサーヴァントが弱っているのが良く理解出来た。虫の息なんて程度では無く、既に呼吸さえ満足に出来てはいまい。

 

「………ほう。向こうの死合いは早くも佳境に入ったか」

 

 全員に緊張が奔った。特にバゼットの呼吸はかなり乱れる。

 

「さて。此方も手早く始めんかね。急がなくては困るのは、おぬしらの方だと私は考えているのだが」

 

 ゆらり、ゆらり、侍は間合いを詰める。

 まだ刀の範囲では無いとは言え、この暗殺者の必殺圏が近寄って来る圧迫感は恐ろしく、背筋が凍りつくように脅かされる死を感じてしまう。

 ―――刹那、異変が起きる。

 最後部にいた遠坂凛は幽鬼を目撃してしまった。その男はこの場所には居てはならぬ者。只ならぬ悪寒を感じて直感的に視線を動かした先―――森の影に隠れ、嘗ての敵が自分だけを見ていた。敵の存在に気が付いているのは直視されている自分だけ。前に殺し合った時とは違い、眼鏡を最初から外し、上は白いシャツだけになっている。

 

「――――――――」

 

 完全に隙を突かれた。その男にとって、この好機を逃す理由が欠片も無かった。

 

「………な――――――」

 

 遠坂凛の全身が硬直してしまう。その視界に入る男は既に死んだ筈のマスターの男―――葛木宗一郎。

 ―――彼はその場にいた敵全ての不意を確実に突いた。

 誰も奇襲を予感出来なかった。アサシンを囮にし、アサシンの壮絶な剣気を隠れ蓑にし、森の中に身を潜めていた。

 故に―――この攻撃に対応出来る者はサーヴァントのみ。

 

「「―――――――凛!」」

 

「―――おっと。

 おぬしら二人の相手は私だ」

 

 アサシンの妨害。殺意と行動により、サーヴァント二体を場に拘束する。二人とマスター達の間には、何時の間にか侍が長い刀を敵を殺す様に構えている。余りにも短い刹那の間、暗殺者は二人の警戒網を潜り抜けていた。視線が自分から外れた瞬間、殺意を無にし、殺気を消失させて行った神業だ。

 ―――アサシンは何時かと同じ様に、サーヴァントを通さぬ門番となる。

 ―――それと同時に首を狙う刀が振るわれる。

 凛を狙う暗殺者と出現と、アサシンによる絶対的技量が成した絶技。二人は完全に不意を突かれ、動きを止める言葉と共に首を撥ねようと奔った二刃に襲われていた。それは燕返しの応用としての同時二撃による斬撃。その攻撃の一刃をアーチャーは避け、もう一刃をセイバーは防いでしまった。アサシンの技量を以ってすれば、二人相手にしたまま、二人に対して同時に剣戟を繰り出すのは容易い事。

 よって、セイバーとアーチャーは助けに向かう事が不可能となる―――なってしまった。アサシンが背中を見せれば斬り殺すと剣気で語っていた。

 ―――だがもう遅い。

 アサシンと一瞬でも交戦してしまった時点で、既に蛇の奇襲は始まりを終えている。葛木宗一郎はアサシンが二体のサーヴァントを停止させる言葉を発し、それと同時に二重斬撃を放った瞬間には、殺しの王手を掛けていた。

 

「……ぁ―――――」

 

 潜り込んで来た死神の影を垣間見て、凛は小さく声を呟いた。それは思わず漏れてしまった悲鳴にも等しい畏怖の示し。

 葛木宗一郎ほどの使い手の奇襲ともなれば、もはやその手腕は英霊から見ても脅威である。況してや、魔術でも無く、何かしらの礼装を使っている訳でも無く、彼のそれは完全な人としての技量。例え魔術師であろうとも、逆に魔術師であるからこそ、殺し合いを日常にしていない者では、対応できないのは当然のこと。

 彼の標的は遠坂凛。

 ―――アサシンに対応する為にセイバーとアーチャーがマスター達の前に出てしまった今、彼女は最後尾に位置していた。

 だからこそ、今の彼女を守る者はいない。正確に言えば、アサシンと葛木宗一郎に挟み打ちにされた時点で、最後尾にいた凛を庇える者はいなかった。バゼットと士郎の意識もアサシンに集中していた。そして、自分の身を自分で守れる凛であるが、不意を完全に穿たれた彼女では、咄嗟に身を守る事しか出来ない。

 

「――――――――」

 

「……ぐ、ぅ―――!」

 

 攻撃を防いだ腕が砕けた。初撃は防げたものの、追撃が既に視認不可の速攻で開始される。さらには凛の足の甲を葛木は踏み潰し、その場から逃げられぬよう強引に固定。二撃目には防御の上から衝撃が全身に奔り、両腕を更に砕きながら胴体にダメージが入る。三撃目も四撃目も同じ、その次もその次も。

 ……しかし、遂には腕が機能しなくなる。

 葛木は凛に魔術の使用など許す事をしなかった。ただの数秒と言う短い時間を使っただけで、彼女の接近戦での攻撃防御の主軸となる腕を使用不可にまで追い詰めた。

 

「―――カハ……っ」

 

 蛇の拳打。彼女の両腕は骨も肉も折れて千切れて使い物にならなくなったが、拳を振う男はその防御をすり抜けて急所を狙い仇の死に迫った。

 ―――心臓の狙った致死の拳。

 胴体に抉り込み、明らかに骨も内臓も崩れ砕けている。凛の口からは血が流れ落ち、内臓系もイカれてしまったのが一目で理解出来てしまう。

 

「遠坂………っ」

 

 士郎が葛木に斬り掛った。手に持つ武器は干将莫邪。

 

「――――――」

 

 だが、恐ろしい事に、彼は斬撃が自分の身に届く前に一打を放つ。その常識外れにも程がある人間の極みとも言える技量と速度で、敵の肉と骨を自分が斬られる前に抉った。

 肺を打たれて呼吸が止まり、余りの威力に後方へ吹き飛ぶ。

 士郎はそれでも視線を動かさず、足を強引に地面に付けて吹き飛ぶのを堪え切った。ザザザ、と靴底と土が擦れて二本の線が地に刻まれる。

 しかし、それでも士郎の行動は無駄ではなかった。遠坂凛は敵から逃れる事が可能になった。葛木の意識が標的から外れた瞬間、凛は直ぐさま危険地帯から抜け出していた。足も腕も胴も激痛に支配されているのも無視し、生存する為に脱出した。そして、踏まれていた足の甲も使い物になってしまい、無事な四肢のは片足だけ。本来なら歩く事さえままならぬ状態となれば、逃げられた距離は短い。間合いを次に詰められれば、死を間逃れるのは至難。

 しかし、あの魔人の(はや)さを考えれば有って無いような距離であろうとも、近距離の致死圏内にいるよりかは幾分かまし。

 

「……はぁ―――ぐぅ……っ」

 

 無論のこと、逃げる事が出来た遠坂凛は死んでいない。死から逃れる為、停止した体を強引に動かしていた。

 彼女は防御の抜けられると悟った瞬間、足と腰と背を使って敵の打点をずらして威力を弱めていた。後方にも動き、さらに生存率を上昇させた。しかし、当たった個所もまた即死しないだけで普通の人間であれば、致命となっただろう。

 ―――それ故に、凛の判断は速かった。

 攻撃を放たなければ死ぬ。敵を自分から遠ざけなければ――確実に死ぬ。

 

「―――!」

 

 交通事故以上に酷い有り様の左腕であるが、凛は魔力を込めて無理矢理動かす。まるで銃口を向けるように人差し指を尖らせ、その先の標準を葛木宗一郎に合わせた。

 指先から唸り出るのは遠坂凛の十八番となる魔術―――ガンド。

 フィンの一撃と呼べる程、致命的な呪詛の物理的干渉能力を持つ魔術は、ただの人間からすれば大型拳銃よりも性質が悪い。撃ち出した時の衝撃で激痛が腕中で渦巻くが、歯を喰いしばって苦悶の声一つ呟かない。

 

「―――――」

 

 音速で飛来するそれを視認した彼は無言のまま、当然のように黒い弾丸を回避した。

 ―――その避けた隙を狙い、バゼットが殴り掛かった……!

 最速の右ストレートが彼の胴体を狙って振われる。ルーンによって魔力が込めれた拳が直撃をすれば、ただの人間である葛木では即死は間逃れない。

 

「…………………――――!」

 

 ―――その光景は凛と士郎には二度目。魔人の絶技は再度繰り返された。

 奴はまた、肘と膝で攻撃を完全に無効化し切った。葛木宗一郎はセイバーの剣速さえ完全に見切り、この絶技を行った生粋の魔人故、バゼットが相手でも問題は無かった。

 しかし、バゼットはセイバーと違う。彼女の攻撃手段は剣一本だけでは無い。右腕が封じられた程度、まだ左腕と両足がある。逆に、手と足が一本づつ使用しているこの男の方が今は不利……!

 彼女は左腕を振り上げようとする。時速80km以上に達する必殺の魔拳を敵の顔面に叩き込む為、攻撃が開始される―――!

 

「……ぐ――――ぁ!」

 

 ―――ぐちゃり、と潰れた。肉と骨が混ざる音。

 バゼットの右腕を魔人が、圧倒的な力で以って肘と膝で圧縮したのだ。万力のように粉々にされた腕は最早使い物にならない。

 だがそれでも、バゼットは敵を倒す為に左の拳を放つ。しかし、その攻撃は流れる様な動きで完璧に回避された。攻撃が掠りもしなかった。

 そして、バゼットの拳打を避けた隙を狙い―――凛が再びガンドを撃つ!

 連射による弾幕の嵐であり、機関銃と遜色無い殺戮空間。しかし、その全てを蛇は合間を縫う様に回避し切った。それは連続で針の穴に糸を通す以上の精密さと見切りが要求される動きだが、セイバーの不意の斬撃を完全に見切る男からすれば実に容易い。

 ……だが、それは無駄では無い。

 凛が撃たねば、バゼット・フラガ・マクレミッツは葛木宗一郎に殺されていた。片腕を潰され、攻撃を回避され、彼女は蛇にとって絶好の獲物と化していた。カウンターによって殺害されていた所を、凛の援護によって距離を取る事が出来た。

 

「……馬鹿、な。肘と膝で私の――――――――!」

 

 葛木宗一郎から距離を取ったバゼットが驚愕を漏らす。信じられないと言うよりも、その所業が理解出来ない。

 自分もその男と同じ様に拳を武器にする者であるからか、その圧倒的なまでの技量の差に絶望さえも感じている。この男はサーヴァントでは無く自分と同じ人間であり、自分とは違って魔術を一切行使していない。

 ―――信じられない事に相手は唯の人間。

 サーヴァントさえ一方的に屠れるような戦闘が可能な人物が、純粋に拳を鍛えただけの人であるのだ。これ程の奇跡的で圧倒的な腕を持つ者が、今この場所でバゼット・フラガ・マクレミッツの前に存在している。

 

「――――――」

 

 無言のまま、葛木宗一郎は拳を構えた。

 

「遠坂……!」

 

「分かってる。―――バゼット、良いわね?」

 

「……了解しました」

 

 此方の損傷は手酷い。凛は両腕と内臓をやられ、バゼットは右腕が潰れた。死徒に並ぶほど頑丈でしぶとい士郎だけが手足を通常通りに使える。とは言え、その士郎は戦闘に次ぐ戦闘で万全には程遠く、何時戦闘中に死んでも可笑しくは無い。

 

「………ぉ、ん……ゴホ―――」

 

 ドバリ、と凛は無動作に血を吐き出す。無理矢理に飲み込めば呼吸が乱れると考え、空気を出すのと同時に血を吐いた。

 ……赤い血反吐が地面に流れる。

 血流は口からそのまま落ちた所為か、首を通って服にも大量に付着した。自分の血液でべっとりと赤く染まり、肌に直接張り付いている。

 

「――――――……っ」

 

 その光景を士郎は横目で確認し、葛木に対して敵意を改める。あの男の纏う雰囲気は前に殺し合った時よりも、何処かしら禍々しい。

 奴は前回とは違う。心の底から殺意を以って此方を皆殺しにしようとしている。

 その事が士郎には手に取る様に分かった。修羅のような、悪鬼羅刹のような、そんな恐ろしい様に変化は無いが目の鋭さが違う。

 ―――それは、なんて様なのか。

 死に損無いの成れの果て。彼は真実の意味で幽鬼へと成っていた。

 

「―――……ぁ」

 

 バゼットはその男の内面を直視してしまった。何も映さぬ空虚な目は色を宿すこと無く、純粋無垢な殺意に満ちている。

 ……似ている。この男は彼らに似ている。

 恐ろしい。狂おしい。なんて様。昔に出会った神父、その彼の息子、聖杯戦争中に同盟を組んだマスターの少年。バゼットが他の人間とは何処か違うと感じたそんな彼らと、この敵からは同じ何かも感じ取れる。

 この男はそんな彼らに似ている。

 言うなれば、内側に何も無い虚ろな人型。身の裡にある一つのモノに自分を見出し、己の全てを捧げてしまった破綻者の在り方。

 

「………―――――」

 

 この敵は強い。多分、何もかもが強い。自分よりも肉体が、精神が、心が、魂が強い。

 だからこそ言える、勝ちたい、と。

 だからこそ思える、生きたい、と。

 もう、道に迷うのは嫌だ。自分も彼ら見たいに答えを求めたい。自分の何かが欲しい。如何仕様も無く憧れているのだ。

 

「―――二人とも。私から仕掛けますので、援護をお願いします」

 

 バゼットは既に理解していた。自分に出来るのは、敵の攻撃を堪える壁になる役になるのが一番効率的だと。

 凛では無理であり、士郎では体力が持たない。

 また利き腕が潰されている為、宝具の使用も万全では無くなったのも大きい。なので右腕は攻撃には使えず、精々が無理に動かして肉の盾にしか使えない。

 

「いいわ。……行くわよ、士郎」

 

 凛は状況は一瞬で把握。まず、セイバーとアーチャーは此方の援護には来れない。今も尚、セイバーとアーチャーは完全にアサシンによって足止めされている。暗殺者の剣術は冴えに冴え、隙あらば即死の一撃を繰り出そうとしつつも、その場から逃さぬように刀を振っている。

 また、無理にアサシンを突破しようとしても、アサシンも此方に来てしまう事になる。何よりも、アサシンに背を向ける行為は余りにも危険。逆にアサシンを抑えられていると考えるべきだ。自分達は三人で葛木宗一郎を撃破する。

 

「……わかった。援護する」

 

 士郎もそれは分かっている。前にはアサシン、後ろには葛木宗一郎。正に前門の虎に後門の竜と言った危機的状況。

 そして自分達にとっても、恐らく敵にとっても、乱戦にだけは成りなく無い。

 サーヴァントに対して攻撃手段を持たない葛木は勿論のこと、敵よりも数の多い自分達も乱戦だけは回避したい。一度こうやって戦闘が始まってしまえば、今のような各個撃破が互いの戦術的判断として一番効率的なのだ。

 

「――――――――」

 

 最早もう話す言葉など彼には無い。敵はただ殺すのみ。

 ―――葛木は間合いへと大きく踏み込んだ。

 目的の相手は遠坂凛。この女を殺す。否、殺さなくてはならない。仇を殺れるのであれば、キャスターの代わりに命を奪い取ろう。

 

「……っち―――」

 

 体が損傷した凛では咄嗟に動く事は不可能。故に、最早今の彼女では葛木宗一郎の極まった武術の動きに対応出来ない。敵が弱まった自分の命を先に狙っていると悟り、無意識の内に舌打ちをする。

 また、凛は自分の魔術が支援に向かず、更に言えば精密な狙いを得意としていないと分かっている。体が損傷した今の自分では足手纏いになる可能性が高いが、決して邪魔にだけならぬように魔術の援護を行う為、敵の動きを読もうと思考する。タイミングと攻撃範囲を間違えた瞬間、自分達が一人一人殺されていくのは目に見えていた。

 今は二人を信じ、魔術を使う好機を狙うのが最善。

 敵に殺される寸前になっても最後まで足掻き、只管必殺を成せる機会を持つのが自分の役目―――

 

「――――……っ」

 

 ―――その間にバゼットが巧く入り込んだ。

 葛木宗一郎は遠坂凛を殺す為には、彼女を排除せねばならない。そして、葛木が止まった瞬間、側面から士郎が強襲した……!

 ―――しかし、無駄な事。

 初手の奇襲によってバゼットは利き腕が使えない上、士郎の肉体は最初から崩壊寸前なのだ。

 蛇は双剣の剣戟を容易く回避。その上、剣の柄を握る右手の甲を狙い打って斬撃を逸らし、カウンターで拳を士郎の腹部に喰らわせる。死を感じた士郎は咄嗟に右手から来るだろうアンカーを注意して首を守ったが、それを動きから読んだ葛木による手痛い迎撃だった。

 今の彼にはキャスターの加護は無い為、刃を弾く事など不可能。しかし、そもそも彼の拳は人を殺すのに魔術など要らないのだ。刃が無理であれば隙を狙い、柄を握る手やその先に繋がる腕の部分を打てば良く、いざとなれば刀身の側面を打つ。

 ―――瞬間、バゼットが蛇を打つ。

 士郎を攻撃している好機を逃がさぬよう、彼女は左腕で高速打撃を行う。今度は先程のような腕を使用不可にする失態をせぬよう、念入りに速度と狙う箇所に注意した。

 

「……っ――――!」

 

 だが、避けられた。ルーンによって魔力が込められた致死の拳が空振る。故に、敵の足を狙ってルーンによる強化を施した蹴り技を繰り出す。

 士郎や凛から見れば、その動きが剛直にして破壊的。

 バゼットの拳と脚による体術は凄まじく、サーヴァントとも渡り合える領域。そこまでの極みに達していながらも―――葛木宗一郎には程遠い。

 彼の技は奇形故に強い。……故に見極められ易い。

 しかし、それは決して弱い訳では無い。そも、この男は生身で英霊の動きに追随出来る性能と、英霊を確かに仕留められる武術を保有する。根本的な部分において、葛木宗一郎は何処か逸脱した強さを誇る。バゼットの強さも魔術師として極まっているが、この男は神秘を知らぬ人間としての極限近くまで達しているのだ。

 ―――だから、彼女の蹴撃を避けられた。

 セイバーを手玉に出来た技量を前に、どんな武術だろうと葛木宗一郎は敵の業を見抜いてしまう。自分の技が二度目から通じ難いように、彼はその天性の才能から理に適った武の動きと流れが殆んど通じない。何処までも実直なバゼットの体術を、段々と隅から隅まで攻略し始めている。

 

「―――――」

 

 開かれた右手がバゼットを襲う。右手が動く前に悪寒を感じていた彼女は咄嗟に右手を盾にしてしまい、その砕かれた腕を掴まれた。そして再度、鈍い音と共に潰された。

 ―――そして、一気に投げ飛ばされる。

 余りにも力任せで強引な技により、勢いそのまま宙へと舞う。人間を容易く浮かばせ、自動車以上の速度で振り回す腕力は既に怪物としか例えられない。

 

「……が――――――――!」

 

 短い悲鳴が上がった。腕を砕かれながらも、彼女は思いっ切り樹木へと激突。その衝撃によって木は軋み揺れ、肉体があっさりと壊れた。全身の痛みで咄嗟に判断突かないが、何処かの骨が折れた感触がした。この一撃は明らかに士郎が受けたモノよりも遥かに危険。

 意識が朦朧とする。はっきり言って今直ぐにでも死にたくなる程、肉体全てが悲鳴を上げている。

 ここまでの怪物、彼女は人生で初めて戦った。

 狂った魔術師や代行者、あるいは死徒と呼ばれる怪物達と戦い続け、戦闘経験を積み重ねて来たが、この男のような敵は初めてだった。自分の体術が通じず、自分の体術以上の格闘能力を生身で持つ達人。そう、それは、自分より高みにいる武を鍛えた唯の人間。

 

「―――バゼット……!」

 

 一瞬にして二人が堕ちる。それを見た凛の声。無論、彼女はそんな事で思考停止などする隙を成す訳も無く、痛む左腕を前に出して弾丸の雨を降らす。

 そんな死の飛礫を前に葛木宗一郎が取った行動は簡単だった。

 ここは森の中。そして、ガンドの威力は見たところ、樹木を圧し折るような力は無い。

 彼はバゼットを投げ飛ばした方向とは逆に移動して目にも止まらぬ……否、目にも映らぬ魔速で以って木々の影に隠れた。

 

「………ぐ、ぁ――――」

 

 士郎は言う事を聞かぬ肉体を意思で無理矢理自分の支配下に置き、凛の元へ急行する。黒いガンドの弾幕を避け続け、木を盾にしながらも進む葛木よりも早く士郎は凛に辿り着き、改めて彼は双剣を構える。

 ……そして、凛のガンドと士郎の双剣により、葛木宗一郎の蛇から命からがら生き延びる。綱渡りのような危機的状況であるが、二人の連携によって何とか次の瞬間まで戦い続ける。

 バゼットも、今直ぐとはいかないが、乱れた意識が回復すれば直ぐにでも立ち上がるだろう……その筈だった。

 

「―――………え、あ……え? 

 あぁ、そんな……うそ、ウソ、嘘。嘘だ……だって、貴方は私の――――」

 

 木に寄り掛ったまま茫然とする。彼女は目を虚ろにさせて、ただ虚空を見ているだけ。無論、アサシンと戦っているサーヴァント二人は勿論、士郎と凛も自分達の敵に精一杯でバゼットの様子には気が付いていない。

 だが、異常なまで不吉なほど感情の無い声は伝わっていた。

 戦闘音だけが静かに鳴り響く森の中、彼女が発す言葉は雑音程度で何を言っているのか分からないが、何かを呟いているのは何となくわかった。

 

「―――アヴェンジャーが死にました。死んで、しまった……っ」

 

 バゼットの小さい悲鳴。それで全員が全てを悟った。小さい声であったが、その言葉は全員に伝わっていた。彼女は気が付かぬ内に弱弱しく、けれども皆に聞こえる様に叫んでいた。

 

「……………――――!」

 

 彼女は壊れそうだった。肉体が崩れそうだった。もう自分一人では動きたくも無かった。

 ―――それなのに、バゼット・フラガ・マクレミッツは止まらない。

 彼女は自分が思う以上に強い。冷たい言い方ではあるが、心を許していた相棒が死んだ程度では諦める事など有り得ない。

 思考を巡らし、考えに考え、肉体は決して停止などさせない。その末に、逆転の策を錬り出した。

 

「―――アーチャー……っ!!」

 

 森を震動させる怒声。バゼットらしくない、殺意さえ込められいると錯覚する程の気合い。

 アサシンと対峙していたアーチャーはその一言で彼女のやりたい事を悟る。この段階では最善を成すのが、死から遠ざかる為に優先される。何せ、一人の男を犠牲に生き延びている途中なのだ。

 

「セイバー、頼む……!」

 

 故に、彼はしばしの間、セイバーだけに暗殺者の相手を任せた。流石に離脱する事は佐々木小次郎の殺気の包囲網によって無理であるが、身を守る様に少しだけ離れる。

 

「―――アーチャーのサーヴァント!

 私との契約を求めます! このままでは事態が悪化する一方だっ!」

 

「……了解した―――!」

 

 そして、互いに準備を整えた。距離は離れているものの、契約をするだけであるならば、互いに了承するだけで良い。

 

「―――告げる!

 汝の身は我の下に、我が命運は汝の弓に!

 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」

 

 ―――そして、魔力が激流と化した。

 

「―――我に従え! ならばこの命運、汝が弓に預けよう……!」

 

「アーチャーの名に懸け誓いを受ける……!

 君を我が主として認めよう、バゼット・フラガ・マクレミッツ―――!」

 

 煌びやかな魔力の輝きがアーチャーを覆い包む。この瞬間、新たな主従が組まれる。

 ―――契約はここに完了する。

 バゼット・フラガ・マクレミッツは死したアヴェンジャーの弔いの為、新たにアーチャーのサーヴァントと共に聖杯戦争に参戦した。

 

「………む―――」

 

 セイバーと斬り合い、首を撥ね飛ばさんと敵を追い詰めていたアサシンが一気に劣勢になった。

 燕返しを使わせぬ為に猛攻を仕掛けつつも、段々と自分の剣技を暴かれていき、後一歩で殺害されそうなギリギりの綱渡りをしていた。

 しかし、それももう終わりだ。マスターと契約したアーチャーが甦ったのだ。

 

「―――フハハハ……! そうか、復活したかアーチャー!」

 

「そうだ。ここからは我らの反撃だ……!」

 

 だが、アサシンは死なぬ。サーヴァントを二体相手しても、剣技だけで生き延びている。それはもう、これ以上無い程生き生きとして表情で、笑いながら斬り合い殺し合い―――この一瞬一瞬の何もかもを楽しんでいる。

 

「―――愉快、実に愉快よ!

 やはり私の目に狂いは無かった。あの神父は見るからに面白そうな人間だったからな……!」

 

 故に、この褒美をくれたマスターに感謝を。あの男は十分以上に現世で自分を楽しませてくれる。

 森の木々が切り裂かれる。アサシンの結界と見間違える領域の斬撃の嵐により、その攻撃を回避した二人の後ろにあった木が斬れる。また、両断される。そして、斬り裂かれた。敵に攻撃の間を与えぬ連続斬撃。

 アサシンが前世でも出したことが無いまでに全力で斬り殺しに掛っている。

 自分と殺し合える敵を二体も回してさえ、怯まない、止まらない、斬られない、殺されない。刀を振う事を静めてしまうなんて―――有り得ない。

 

「アサシン。貴方はそこまで極めて、それでも尚――――!」

 

「―――当然だ。

 敵を斬る為に私は此処に存在する……!」

 

 セイバーの声が斬撃と共に下され、アサシンも声を刃と共に斬り返す。

 

「……剣鬼め。

 そこまで刀に狂い果ててさえ、まだ首が斬り足りんと言うかぁ―――!」

 

 セイバーの剣が逸らされて首を両断されそうになるも、アーチャーの双剣が乱舞して彼女は敵の背後に回る。だが、陰陽の双剣は全て斬り落とされ、セイバーを狙って刀が奔った。それを彼女は避け、その隙を縫って双剣が斬り掛り、刀はそれを弾くと同時に斬り返し、剣もまた戦場で舞う。

 立場は完全に逆転していた。

 セイバーは弱ったアーチャーを少々庇いながら戦い、アーチャーは援護に徹していた。しかし、こうなってしまえば、完全に弓兵が攻勢になる。

 

「―――まるで足りん、全然足りん……!

 おぬしら戦場に生きた者共に、敵に恵まれなかった百姓の事など理解出来ぬだろうがなぁ!」

 

 アサシンの声が響いた。この男は柄にもなく、幼子が初めて水遊びを覚えた時のように笑っている。一本の刀が舞い踊り、聖剣と双剣を相手に剣戟が高らかに鳴り続ける。

 ―――サーヴァント達の戦況は劇的に変化した。

 しかし、そうは言っても、サーヴァントを支えているマスター達の戦況は逆に悪化の一歩を辿っていた。故に、バゼットは急いで戦場へと舞い戻る。

 

「……急がないと――――!」

 

 アーチャーを万全にさせたバゼットが士郎と凛の戦場へ急遽向かった。数十秒の間と言え、あの蛇を相手に二人が欠ける事無く生き残れた事に称賛される事だろう。

 

「士郎! あれ無理、全然当たらない……!!」

 

「……分かってる―――!」

 

 凛のガンドは機関銃と変わらない連射で撃つが、敵影にすら黒い弾丸は掠っていない。彼女に視界に映ったと思えば、既に木々の影に隠れている。撃つ度に粉々に骨折した腕が震動して地獄の痛みを感じるが、彼女はそれを気力だけで我慢する。

 

「――――――――」

 

「―――――……っ」

 

 影から強襲する蛇の牙を、士郎は双剣で迎撃。敵の狙いは遠距離攻撃を持つ凛。

 戦法としてはヒット&アウェイ。葛木宗一郎は自分の暗殺術を知られているが故に、取られる手段は効率的且つ防衛的なモノに限られる。攻撃に徹した所で自分の技を何時かは破られる。

 双剣の一閃が彼のシャツを切り裂いた。白いシャツが赤い血の色に染まる。しかし、その攻撃後の隙を狙って一打殴るものの、敵は身を捻る事で拳を肩に掠らせるだけ。

 

「――――い……っ」

 

 掠っただけでこの激痛。ハンマーで叩かれたのと同じ程度の破壊力。だが、その苦痛を士郎は無視し、もう片方の剣で斬り込む。葛木は素早過ぎる魔速の動きで回避した。そして、右手のアンカーが伸びる。

 

「………ぁ――――――あ!」

 

 士郎はその攻撃だけは避け無くてはならないと知っている。セイバー程の耐久性が無くては、指を喰い込まれた挙げ句、投げ飛ばされて全身が砕かれた果てに死ぬ。

 

「―――――本当にこいつはぁ……っ!」

 

 しかし、士郎は凛のガンドによって救われた。もし微かでも弾丸が遅くば、首を食い千切られていたかもしれない。

 

「……っち、くそ―――!」

 

 悪態を凛が付いた。しかし、彼女の心情を考えれば無理は無い。このままでは有効的な手段も無く、ジワジワと追い詰められて殺されるだけ。使える魔術が素早く使え、攻撃速度も速いガンドだけなのもきつい。

 無論のこと、凛とてガンド以外にも魔術を行える。この場に相応しい魔術はまだある。しかし、この葛木宗一郎と言う魔人の初動に追い付く魔術となると、魔術刻印による無詠唱の工程要らずのガンドしかない。大がかりな魔術でも良いが、外した瞬間に死ぬだろう。それに宝石を的確に投げられないまで両腕は損傷し、ガンドを構えるだけで精一杯。

 また、僅かでも呪文など唱えていれば、戦闘に介入さえ出来ない。咄嗟に連続して使える魔術ではないと意味がない。広範囲魔術なんて準備している暇も無く、そもそも士郎達の動きを妨害すれば、的確に隙を穿たれ手負いの自分が最初に殺される。そうなれば順番に殺されていくのみであり、セイバーも魔力が無くなって直ぐに死ぬだろう。

 森の中で戦っているのも最悪極まっている。この場所は自分には余りにも不利。戦闘を見るに、初手の奇襲によって殆んどの移動能力を無力化され、足手纏いになっていた。

 

「―――士郎。わたしが囮になって……」

 

「駄目だ、自棄になるな! 

 ……それに今の遠坂じゃ殺されるだけだ」

 

「あぁもう! じゃあ、どうすればいいのよ!」

 

「今は耐えるしかない……!」

 

 既に完全に気配を消し、森の中を無音で高速移動する葛木宗一郎を警戒する。背中合わせで周囲を見渡し、士郎は双剣を構え続け、凛は人差し指でガンドを構え続けている。

 

「すみません。待たせました」

 

 ―――バゼット・フラガ・マクレミッツが戦場に帰還した。

 背負っていた道具入れをその場に置き、彼女の背中には球体が一つ、独りでに宙へと浮いている。

 砕かれいる右腕はダラリと垂れ下がっているが、まだ左腕と両足は健在。彼女はまだ、戦意を失っていない。

 

「―――あの男は私が止めます」

 

 衛宮士郎と遠坂凛は、魔術師の背中を見る。……そして、彼女の背中越しに敵の姿を見る。

 ――――葛木宗一郎が其処に居た。

 

「―――――――」

 

「―――――…っ」

 

 魔人が動き、魔術師は直立不動。あの男が相手では、自分の格闘技を全て封殺されるのは理解した。だから、蛇の拳を迎え撃つ為、致死の一撃を撃つ為、彼女は待った。

 ―――左腕で宝具を構え、左の拳で敵を狙う。

 葛木宗一郎がバゼットの間合いに入り込まんと迫ったが、拳の範囲に入る前に脚で蹴る。ルーンによって魔力で発光する右脚の蹴りが敵の頭部に当たりそうになり―――彼は容易く避けた。更に回避するだけでは無く、敵の脚の勢いを利用して拳で脚を殴った。バゼットの脚はルーンで強化していたが、硬化されていない生身の部分を狙われ、あっさりと骨が砕けて肉が千切れた。

 

「っ――――――――」

 

 その砕けた片足に魔力を流し込み、一本の芯を作って無理矢理動かした。強化魔術の応用により、自分の意志による魔術そのもので肉体を魔力で操るように動かしたのだ。

 その砕けた右足を地面に着け、軸として体を回転させる。殴られた時の勢いさえ利用し、体を思いっ切り捻った。

 ―――そして、左脚による回し蹴りを放った……!

 

「――――――――」

 

 ……だが、その結果も同じだ。左足の回し蹴りも避けられ、足は拳によって砕かれた。

 それを見ていた凛は顔を強張らせ、士郎は死にそうなまで目付きを尖らせる。

 葛木宗一郎がバゼットに接敵する。もはや両足を駄目にしてしまった彼女では、蛇の追撃を避ける事など不可能。

 ―――互いの拳が届く絶殺の至近距離。

 今のバゼットでは、これ程の敵の必殺を初見では見抜けない。しかし、その動きそのものは段々と見抜けてきた。

 ―――故に、伝承保菌者(ゴッズホルダー)は敵の拳を先読みする……!

 

「―――斬り抉る戦神の剣(フラガラック)―――!」

 

 ―――避ける時間も距離も無い近距離真名解放。

 足を砕かれながらも宝具に魔力を流し、真名を唱えながら敵を待つ。そして、この絶殺の機会を逃さなかった。

 本来の能力である因果干渉をする事は出来なかったが、それでも剣先から輝く貫通攻撃に成功する。

 

「――――――――――……」

 

 レーザーの如き光の束により、葛木宗一郎の片腕が離される。心臓を狙う一閃を避けたものの、肩から光線が斬り裂いた様に左腕が取れてしまった。

 ……ボトリ、と腕が血と一緒に地面に落ちた。

 蛇はもう右腕しか残っていない。葛木宗一郎が極限まで鍛え込んだ技を使えるのは、既にこの一本のみ。

 

「……――――――――――」

 

 力尽き、地面に倒れていく敵を彼は見ていた。宝具による攻撃の勢いのまま、彼女は後方へと頭から落ちて行く。肉体の行き先は仲間の二人が佇む場所。

 そして、既に葛木にとって敵に取られた腕など、自分の腕では無くなってしまった肉体の一部になんてモノに、最早もう用は無い。今の彼は長年鍛えた自分の肉体にすら愛着は無くなっている。だからこそ、彼はただ真っ直ぐに敵を見ている。

 

「――――葛木……!」

 

「―――――――――」

 

 その、自分の腕を奪った敵の影から、双剣を持つ少年が自分へと斬り掛ってきた。彼はその剣と男を迎え撃つ為に、一つだけになった拳を構えた。

 ―――剣と拳が交差する……!

 衛宮士郎が持つ双剣が振われる。その陰陽の双剣を見て、葛木宗一郎は右腕で敵を一閃する。そして深く深く、右拳が衛宮士郎の胴体に抉り込んだ。

 

「――――――――――――ぁ」

 

 たったの一歩だけ、士郎よりも素早く葛木は間合いを踏んだ。その事により、剣が自分を斬る前に拳を届かせていた。

 ……干将莫邪が飛んで行く。士郎の手から離れて行く。

 

「――――――――」

 

 ―――その双剣の片割れを、遠坂凛が手に取った。彼女は陰剣莫耶を両手で握った。衛宮士郎の背後に隠れ、その影から伸ばした腕で剣を掴んでいた。

 凛は肉体の全てに魔力を流し、全力で強化魔術を施し、魔力によって自分の肉体を支配する。自分の意志によって肉体を操作する。これにより、本来なら動けないまで損傷した体を一時だけ万全に動かして敵の―――葛木宗一郎の意表を突いた……!

 

「――――――――――……っ!」

 

 ……それは無言の一閃だった。

 凛の斬撃により、葛木宗一郎の右腕が切り離された。蛇は両腕を失い、流し過ぎた血によって身動きも満足に出来まい。

 最早敵を殺す為の腕も無い。

 それだけでは無く、肉体が何処も動かなくなっている。完全に体が死んでいる。ただ、精神だけが死体の中で生きている。

 

「……負けたか――――――」

 

 呟かれたのは言葉には何の感情も込められていない。この男を象徴するように空虚であった。

 

「―――あれの仇を討てず残念だ」

 

 膝を折った。後ろへと倒れた。彼は重力に従って崩れ落ちて逝く。

 ……葛木宗一郎は、死した体を漸く休ませた。

 本来ならば、教会の地下で既に致命的なまで死んでいた男。ただ神父の業により、この時まで死んでいなかっただけな肉体。葛木宗一郎は魂と精神と、その空虚な心だけで敵の前で立っていた。

 ―――そんな、今にも死にそうな男を遠坂凛は見下ろしていた。

 既に動かぬ程の体を引きずる様に歩き、彼女は左腕で殺意を表しながら葛木宗一郎を見る。彼の今の状態では本当に生きているだけ。死を前にし、心臓が動いているだけで苦しいだろう。確実に殺害するにはこの機会を逃してはならない。

 

「……遺言はある?」

 

「――――――無い」

 

「―――……そう。わかった」

 

 遠坂凛の魔術刻印が光り輝く。魔力によって淡く青い灯を持ち、遠坂の魔術を発する為の工程が組み立てられる。

 ―――左腕からガンドを撃った。

 それが葛木宗一郎と言う名の男の最期となった。彼女は再度、今度こそ確実に息の根を止める為、キャスターのマスターであった空虚な男に止めを刺した。

 

「………………」

 

 ガンドの一撃により、彼は静かに死んだ。心臓を停止させ、物言わぬ死体と化した。

 凛はただ、その死体を見続けている。静かに静かに、じっと自分が先程生み出した死を見つめ続けている。

 

「………倒しましたか」

 

 右腕が砕け、両足も砕けた。内臓も傷付き、無事なのは左腕だけ。そんな状態であるもバゼットは意識を保ち、凛に喋り掛ける事が出来た。声を上げるだけで全身が痛むが、それでも確認しなくてはならない。

 

「―――ちゃんと殺したわ」

 

「そう、ですか。……すいません。貴方には嫌な役をさせてしまったようだ」

 

 凛の声色から、バゼットは彼女の心理状態を読み取れた。そう言えば、自分も初めて人を殺した時、こんな風に落ち込んだのを思い出した。

 

「いいの。それは、もう……うん、大丈夫だから。

 ……それよりも士郎。あんたは大丈夫。何発もあいつから拳を喰らってたでしょ?」

 

「―――ああ。俺は別に平気だ。体中痛みで凄いけど、痛いだけで傷は大丈夫だ」

 

 彼の言葉を聞き、凛は優しく笑った。士郎にはそれが痛々しくて見ていられない。

 

「そう。あんたも体外可笑しいわね」

 

「……ああ。そうだな」

 

 それだけで凛には士郎の心が分かってしまった。そんな優しい、衛宮士郎に相応しい声で、彼が自分を守ろうとしているのが分かってしまった。

 

「―――……やめてよ、バカ」

 

「……ごめん」

 

「―――ん。良いわよ、別に。ほんとは嬉しいから。………ありがと」

 

 最後の感謝の言葉だけ、口の中でその音を消す。

 そして、凛もまた、二人がそうであるように、肉体の限界が来ている。しかし、それでも敵がまだいる限り、座る訳にはいかない。

 

「……行くわよ、二人とも」

 

 その言葉を聞き、士郎とバゼットは無理に体を使って立ち上がる。

 バゼットは宝具によって残り少なくなった魔力で肉体を満たし、その魔力で無理に体を動かす。士郎は士郎で、無傷とは言えないが信じられぬタフさでまだまだ動く事が出来た。凛も潰された足を引きずりながらも、自分たちのサーヴァントがいる場所へと向かう。

 ……しかし、戦闘の音がしていなかった。

 強大な英霊の気配は其方から感じられ、セイバーとアーチャーの気配も確かに存在している。だが、戦闘による魔力の波動は無い。

 

「逃げるのかね、アサシン。私達に背を向けて」

 

 三人が来た時、どうやらサーヴァント達の戦いも終わりを迎えていたらしい。凛はただ、セイバーとアーチャーの背中を見て、既に自分達の戦いが終わりそうなの理解した。

 

「すまぬな。私としても最期まで斬り合うのも一興だが、勝てないなら戻れとの指示だ」

 

 アサシンとて、自分が勝てないのは理解していた。自分と同等の剣士に加え、弓兵が戦うとなると首を切り落すのはほぼ不可能。無論、死なぬように防戦をするのは出来るが、それでは勝てず、この場所で死力を尽くす意味も無くなっている。精々が足止め。しかし、そんな事にアサシンの心情は関係無い。

 ―――葛木宗一郎が死んだ時点で、アサシンの敗北のようなもの。

 そして、サーヴァント二体に加え、サーヴァントさえ隙さえあれば打倒する可能性があるマスターが三人もこの場にはいた。しかし、彼ならば足止め程度なら可能でもあった。だからこそ、アサシンはこの指示を態々言葉にし、それは指示を出した神父の意思でもあった。つまり、向こう側も最期の決戦に向けて、万全を喫する為に力を温存する事に決めた訳である。更に言えば、来るならば直ぐに決着を付けてやると言う挑発でもあった。

 

「―――――――――――」

 

 そうして、気配が消失したアサシンが視界から消える。

 消耗し過ぎた彼らも無理に追う余力も無く、追跡戦を挑んだ所でその場所に英雄王と神父も現れるだろう。敵もかなり消耗していると考えられるが、自分達の方が勝算は低い。

 

「……帰るわよ」

 

 凛の一言によって、皆の意志が統一される。セイバーとアーチャーは警戒はしていても構えを解き、バゼットも一息ついた。士郎も勿論、今までの疲れを吐き出すように大きく息を吸ってから出した。

 

「―――それとアーチャー。

 あんたとは帰ってから、たっぷりと話さなくちゃならない事があるんだから―――覚悟しておきなさい」

 

 その笑顔を向けられ、弓兵はやれやれと召喚された時のように苦笑を浮かべたのであった。

 敵はアサシン、ギルガメッシュ―――そして、言峰士人。

 油断など欠片もで出来ない強敵難敵揃いであるが、それは此方とて負けていない。恐らく、この第五次聖杯戦争の決着は近い。彼ら五人は油断することなく、森の中は再び脱出に向けて進んで行った。

 

 

◇◇◇

 

 

 今、彼が存在している場所は闇一色であった。

 何も見えない。何も聞こえない。しかし、音では無く脳内に直接響き、そして刻む込むように伝播してくる何かが満ちている。

 

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 ――――始まりの刑罰は五種。

 ――――生命刑、身体刑、自由刑、名誉刑、財産刑、様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける刑罰を与えよ。

 『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を呵責し嗜虐する事の溜飲降下』『名誉栄誉を没収する群体総意による抹殺』『資産財産を凍結する我欲と裁決による嘲笑』死刑懲役禁固拘留罰金科料、私怨による罪、私欲による罪、無意識を被る罪、自意識を謳う罪、内乱、勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、爆破、侵害、過失致死、集団暴力、業務致死、過信による事故、護身による事故、隠蔽。益を得る為に犯す。己を得る為に犯す。愛を得る為に犯す。得を得るために犯す。自分の為に■す。窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いおまえは汚い償え償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え。

 『この世は、人でない人に支配されている』

 罪を正すための良心を知れ罪を正すための刑罰を知れ。人の良性は此処にあり、余りにも多く有り触れるが故にその総量に気付かない。罪を隠す為の暴力を知れ。罪を隠す為の権力を知れ。人の悪性は此処にあり、余りにも少なく有り辛いが故に、その存在が浮き彫りになる。百の良性と一の悪性。バランスをとる為に悪性は強く輝き有象無象の良性と拮抗する為兄弟で凶悪な『悪』として君臨する。

 始まりの刑罰は―――――――――――――――――――――――――――

 

 極性の呪い。世界全てから生み出された世界全てを穢す呪い。

 人間を全て等しく、憎悪し、罵倒し、断罪する怨嗟の声。この世全ての悪に満ちた世界。

 

「……生前の夢から目覚めて見れば、この惨状か。相変わらず、これには呪いが満ちている」

 

 殺された男は夢を見ていた。大昔の、そして第五次聖杯戦争の時間軸で考えれば、未来に当たる夢であった。あの女には生前凄まじく手を焼いていた為、死んだ今になっても印象が強い。アレとの出来事を忘れる事は、様々な事柄を情報として記録に刻まれた英霊として有り得ないだろう。

 

「だがまぁ、死してここで目覚めるとはな」

 

 しかし、殺されて死んだ後は意識を失って、そして醒める事も無い筈であったが、何故かこうして死の夢から目覚めてしまった。勿論、今のこの状況もまた、夢なのかもしれないが。

 

「―――懐かしい。

 この感覚は実に久しぶりだ。死後の世で死に果て、再び地獄に戻ってきた訳か」

 

 先程から闇の中を漂っていた男―――アヴェンジャーのサーヴァントは笑っていた。ギルガメッシュに殺害され、魂を聖杯に取り込まれた彼は無色の力の塊と化し、ただエネルギー源になる筈だった。

 しかし、聖杯の中身を満たす呪詛と彼は同類だ。互いに意思疎通が可能な程、質が似通っている。嘗てのように無色であるのなら兎も角、今の聖杯からすれば彼の存在は歓迎すべきモノとなる。

 

「―――よう。初めまして。それとも久しぶりって言った方が良いかな、アヴェンジャー?」

 

「この世界で聖杯に呪われたのは、この世界の自分だ。故に、初めましての方が正しいだろう」

 

「へぇ、そうなの。では改めて。

 ―――初めまして、アヴェンジャー。聖杯の中へようこそ」

 

 目の前に現れたのは自分に似た黒い影。死したアヴェンジャーは擬似的な視界によって姿形を暗闇の中で捉えていた。

 

「ふむ。では、此方も初めましてだな、アヴェンジャー。招き入れてくれた事に感謝しよう」

 

 アヴェンジャーは、目の前の人物に対してアヴェンジャーと自分と同じ名で呼ぶ。不思議と不自然な雰囲気にはならず、特に黒い影の方は笑いを堪えている様子で会話を楽しんでいる。

 

「……やっぱり真名の方でコトミネジンドって呼んだ方が良いのかねぇ。お互いに復讐のサーヴァントじゃ、色々と面倒臭いな」

 

「その通りだな、この世全ての悪(アンリ・マユ)

 

「あらら……分かる?」

 

 アンリ・マユと呼ばれた方の人物は楽しい雰囲気を更に濃くし、アヴェンジャーへ笑顔らしき何かを向けた。影になっていて分からないのであるが、気配で何となく感情の程度を彼は悟る事が出来た。

 

「無論。そもそもだ、それ以外に該当する人物が存在しない」

 

「―――流石は聖杯の子。

 オレの所為で失った感情も、もう守護者と化したアンタには必要ないみたいだ」

 

「……先程も言ったであろう。お前が奪い尽くした相手は、この世界の言峰士人で在って、アヴェンジャーであるコトミネジンドでは無い」

 

「どっちもオレからすれば変わんないんだけど」

 

 ふ、と息を吐く。復讐者の神父は思考を巡らした後、相手の結論を考えた。しかし、幾つかの候補は考え付くも、決定打は無く対処法も無し。

 だから、彼がこれからアンリ・マユに対してする質問も簡単な問いとなった。

 

「まぁ、それは良い。自分が聖杯内部で溶けていない理由も察しは付いている。

 ……解らぬのは何故、嘗てのこの世全ての悪(アヴェンジャー)で在った筈のお前が、こうして俺の前に姿を現したのか。その理由が知りたい」

 

 ニタリ、影が禍々しく笑みを作った。それはアヴェンジャー・コトミネジンドに似通った中身の無い空白の笑顔。見た者に悪寒と恐怖を与える笑顔であって笑顔では無い表情だ。

 

「―――なに。簡単な取引さ。

 悪魔が英霊と取り交わす純粋な契約だ」

 

「サーヴァントを支配する聖杯であるお前が、既に取り込んだ敗者に対して取引とは、胡散臭いにも程がある。

 だが……なるほど、悪神の話となれば十分に面白そうだ」

 

「だろ?

 ……まぁそもそも、泥の中で意識をカタチに出来る怪物なんてアンタくらいしかいないもんだから、この契約も本来なら無意味な筈だったんだけどね」

 

 暗い暗い闇しかない泥の呪詛。そんな地獄の中で、二人は楽しそうに会話を続けていった。

 聖杯戦争がまだ続き、聖杯降臨も後僅か。

 最後の場で出会ってしまった復讐者(アンリ・マユ)復讐者(コトミネジンド)は、呪いの中で更なる呪いを作り出す為、呪詛を互いに編んでいった。




 それと今回の裏設定なのですが、実は葛木先生は色々と対魔術用の護符っぽいの付けていました。とは言え、荷物にも成らない程度の軽いものですし、一般人にも使える魔力要らずの軽いものです。暗示程度なら防げますが、物質化して音速で迫るフィンの一撃の直撃には耐えられない程度のもの。もっとも、魔術師であるなら護符で結構弱まったガンド程度なら自身の抵抗力でどうとでも出来るのですが、葛木先生にはそれが出来ませんでしたので、凛のガンドが効いた訳です。また、神父も色々と武器を貸そうと考えていましたが、そこは葛木先生的に使い慣れた拳のみを頼りました。
 最後に、CCCの悪魔ランサーが何か可愛い。マジアイドル。


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36.降臨

 第五次聖杯戦争最終局面開始


 ―――聖杯戦争最後の決戦が今夜にも始まる。

 衛宮邸にてバゼット・フラガ・マクレミッツは一人、星が輝く空を見ていた。アインツベルンの森から無事帰還し、しかし彼女の精神は深く傷が刻まれている。相棒を失った喪失感が夜になっても消えはしない。

 

「――――――――――――」

 

 遠坂凛と衛宮士郎、セイバーとアーチャーは聖杯戦争最後となる決戦に向けた準備をし終えていた。アーチャーは新しく契約した自分のサーヴァントとなったが、最早既に自分に出来る事は無い。

 

「―――本当、無様だわ…‥」

 

 暗い世界で独り言を漠然と漏らす。思いを言葉にしなくては物へ八つ当たりをしたくなる。

 四肢は砕けた。肋骨も折れ、臓器を刺し込んでいた。肉も引き千切れ、宝具を使える状態では無い。魔術で命を何とか繋ぎとめられたが、戦闘可能な肉体には余りにも程遠い。いや、生きているだけで精一杯。戦闘をすれば直ぐにでもポンコツに逆戻りだ。この時ばかりは衛宮士郎の頑丈さと不死身さが、少々羨ましかった。

 ……無力感に脳髄が苦痛に唸る。

 あの尋常ではない強さを誇っていた男は、魔術師でもなければ、何かしらの異能を持っている訳でも無い唯の人間。拳だけを鍛え上げていた敵に彼女は致命傷を何か所も受けていた。自分が一人だけで戦っていたとしたら、確実に息の根を止められていた。

 

「戦いしか能が無い女なのに、いざとなったらこれですか……っ」

 

 極められた男の拳は、神代から業を受け継ぐ魔術師である自分さえ凌駕し、鍛錬や才能も戦闘を通じて敗北していたと悟った。

 負けていた。無様に負け姿を晒していた。勝てたのは自分の力では無い。

 自分が彼らに出来る事と言えば、マスターとしてアーチャーに魔力供給をすることのみ。戦闘で役に立てることは無くなってしまった。遠坂凛も自分と同様の状態となり、戦いの場に赴いたとしても、足手まといとなるだけだ。

 いや、足手まといどころか人質にさえなってしまう程弱っており、的にしかならないだろう。戦力どころか脚を引っ張り、敵の攻撃から守ってもらう様な破目となる。戦いの補助をするどころか、守って貰わなければ戦場に居る事さえ適わない無様な姿。

 

「此処まで来てこの様とは―――情けない。

 ……出来るのであれば、士人君は私だけで止めたかったわ」

 

「マスター。そこまで自分を追い詰める必要は無い」

 

 思わず漏れ出してしまった独り言を自分のサーヴァント、アーチャーに聞かれてしまう。

 そして、新たな自分のサーヴァントの顔を見ると、アヴェンジャーと似ていて、余計に思い出してしまった。

 そしてまた、自分の弱さが己を苛ませる。絶対に今の姿をアヴェンジャーが見ていたら、ニタニタといつも通りに笑っている事だろう。

 

「……アーチャーですか。

 すいません。弱音が聞こえてしまったようですね」

 

「盗み聞きをするつもりではなかったがな。

 ……ま、結果的にそうなってしまった。すまない」

 

「いえ、私は別に気にしていません」

 

 ……そして、無言に満ちた。

 そも、彼ら二人には語るべき事は何も無い。エミヤにとって生前の知人であったとしても、バゼットからすれば唯のサーヴァント。自分と契約していると言えど、この局面まで来てしまえば、もう何も関係ないのだ。

 だからか、彼女は令呪を見た。それはマスターの証。

 これはもう今の自分には要らなかった。もう少し詳しくえば、自分以上にこの令呪を必要としている者がいる。道具はそれに相応しく、必要とする者が使うべきだ。

 

「アーチャーのサーヴァントよ。令呪を以ってマスターが命じます。

 ―――勝ちなさい。

 ―――生きなさい。

 ……これをマスターとして、貴方に下す最後の命とします」

 

 残り二画の令呪をアーチャーに下した。既に戦場でまともに立つ事も出来ぬ自分では、令呪など持っていても価値は無い。故に全ての令呪をこれから戦いに向かうサーヴァントの強化へと使用し切った。

 

「―――感謝する。

 必ずや、戦場での勝利を君に誓おう」

 

 数分後には、準備を整えた皆が柳洞寺へ向かう。バゼット・フラガ・マクレミッツと遠坂凛は戦闘不能となり、決戦場へ行くことさえ許されない手負いになってしまった。

 ―――血戦は間も無く始まる。

 彼女はただ純粋にアヴェンジャーの仇を討てない自分が、そしてアヴェンジャーの過去である士人を止められない自分が、余りにも無様だと思った。

 

「……はぁ。全部使い切ってしまいましたか」

 

 自分の元を去ったアーチャーの背中を見て、バゼットは溜め息を一つ。全く以って、何もかもが巧くいかなかった。

 けれども、これで良いと納得はしていた。結局のところ、自分は敗者だ。

 今回の第五次聖杯戦争は今夜にも終わるだろう。最後の戦いに参加する資格はあれど、怪我がそれを認めない。だから、その終わりが自分達にとって良き終幕になるよう、彼女はらしくもなく願った。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 柳洞時。門を潜り抜けた先の広場にて、三人の男達がいる。

 一人は神父服を着たマスター。もう一人は着物を羽織る侍。最後の一人は黄金の鎧に身を包む英雄王。

 ―――場の空気は完全に凍りついていた。

 誰もが底無しの戦意と殺意を纏っている。あの神父でさえ、隠しようもない高揚の笑みを顔に張り付けている。アサシンは余りにも鋭く自身を静めさせ、ギルガメッシュも殺し合いの愉悦を待ち構えていた。

 

「既に聖杯は開いた。イリヤスフィールの様態も、器として安定している」

 

「―――貴様はこれで満足したか?」

 

 先程イリヤスフィールの様子を見て戻って来た士人に対し、ギルガメッシュは楽しくて仕方がないと見る者に思わせる笑顔で問う。

 王からしても、ここまで巧く事が運んだのは喜ばしい。

 面白い中身を持つ自分の臣下がアレを知った時、その果てにどうなるのかは結果など関係無く楽しそう。此処に来るであろうセイバーの末路を考えるだけで、十年も待った甲斐もある。

 

「……いや、まだ駄目だな。

 泥に触れてみたが、呪詛の塊でしか無い。単純に呪われただけだった。それに量が少ないのもある。孔の広がりが十分ではない。

 おそらく、聖杯がまだ覚醒仕切っていないのだろう。

 中身の意識が聖杯を通して顕現せねば、原因を知ることは不可能なようだ」

 

 孔は開いたが、泥に触れたところで呪詛が士人を呪っただけだった。それでは何故自分がこうなったのか、その原因であるアンリ・マユを、彼は正確に知る事が出来ていなかった。

 

「ほう。まだ生贄が足りんのか。

 ……ならば、サーヴァントをもう一体殺す必要があるな」

 

 ギルガメッシュとしては、既に泥が微量でも溢れている時点でサーヴァントの受肉が可能である為、自身の欲望の一つであるセイバーの入手は目前。それに力み過ぎて殺してしまったとしても、聖杯から魂を引きずり出して召喚し、泥で受肉させれば良いこと。後は、聖杯を狙う自分以外の賊を殺すだけで良い。

 

「その通りだな、ギル。だがまぁ、聖杯に必要な生贄も直ぐに此方へ向かってくるだろう」

 

 決戦を直ぐに始まる。士人は最後の確認をする為、仲間の二人に問い掛ける。

 

「ギルガメッシュはアーチャー、アサシンはセイバー。……これで良いのだな?」

 

「構わん。あれにあそこまで言われたならば、我の手ずからあの雑種を始末せねばなるまい」

 

 ギルガメッシュが思い出すのは、アヴェンジャーとの死闘。

 あの黒衣の神父の、ギルガメッシュが贋作者程度に敗北するだろうと言う挑発が、精神に澱として残留してしまっている。これを晴らさぬ限り、彼はセイバーを手に入れるのに不愉快な気分のまま、受肉させて婚姻を結ぶ事になってしまう。

 ……それでは駄目だ。王として許し難い。

 その所為でセイバーがアサシンに殺されてしまうかもしれないが、その時はその時。其処までの女であったと認めた上、黒い聖杯でも使って魂を聖杯から再度この世に呼び戻そう。どうなろうとも、あの女をもう逃す気はない。

 

「うむ。私としてはどちらでも良い」

 

 彼からすれば、セイバーもアーチャーも両方とも敵としては好ましい。

 二人とも十分に自分と愉快な死合いを望める強敵。

 故にアサシンとしては、アーチャーとも最後に殺し合いをして決着をつけておきたい気持ちも多分にあるものの、セイバーとの死闘も同等に期待していた。

 

「……では、次に会うとすれば、互いの敵を倒した後だ」

 

 そして、士人は彼ら二人に背を向けて自分の戦場へ向かう。ギルガメッシュとアサシンも、神父に背を向けて自身の敵が到来するのを待つ。

 

「―――ああ、そうだったな」

 

 神父は何かを思い付いた様に歩みを止めた。最早何も喋る事も無く、戦いを挑むのみとなったこの時、彼は振り返らないまま言葉を続けた。

 

「餞別だ。殺し合いを前に最後の命を下す」

 

 その時、言峰士人の左腕―――令呪が輝きだす。数多あるそれは強い光を放ち、暗い闇が支配する夜の中で淡い灯火となった。

 サーヴァントらは視界に入れずとも、その力強さを背後から感じ取る。確かにそれはマスターがサーヴァントへ送る最高の餞別だった。

 

「―――勝てよ。最強を示せ」

 

 神父は令呪を二画消費した。一つはギルガメッシュ、もう一つはアサシンへ。

 ―――既に彼らの戦場は別々にある。

 互いに背を向け、神父は聖杯の元へ歩み続ける。これ以上の言葉は不要。令呪によって最高潮に至ったサーヴァントの二人は、確かにマスターからの命令を承諾した。

 

「…………」

 

「…………」

 

 英雄王と侍の間に会話は無い。視線の方向を変える事も無い。

 聞こえるのは、背後で自身の戦場に向けて歩き去って行く言峰士人の足音だけ。再びマスターとサーヴァント達が合い見れるのは、この聖杯を奪いに来るサーヴァントを打倒した後となる。

 

 

◇◇◇

 

 

 ―――言峰士人は独り、聖杯を前にして敵を待っていた。 

 境内の奥。柳洞寺の本堂の裏には大きな池があった。人の手は入れられず、神聖な赴きをした、竜人でも棲んでいそうな池。

 だが、それは昨日までの話。もはや池は見る影も無し。

 澄んだ水色の池は赤い燐光で塗り潰されていた。黒く濁ったタールの海。

 ……そして、天に穿たれた孔と、それに掲げられている少女。

 イリヤスフィールは既に捧げられ、宙で磔にされて浮かんでいる。大聖杯と繋がった孔から泥が此方側の世界に流れ出ているものの、その呪詛は大した量にはなっていない。彼にとって、聖杯を知るにはまだまだ不十分。

 

「――――言、峰………!」

 

 冷静を演じていた筈の思考が一気に弾け、感情が理性を振り切る。士郎は駆けてきた足を止め、神父を凝視する。

 

「よく来たな衛宮。やはり、最後まで残ったのはお前だったか」

 

 彼は皮肉げに口元を態とらしく歪め、最後の敵を右腕を広げて迎え入れた。この男は教会で会った時と変わらず、友人を心より歓迎している。

 ……ここが、決着の戦場だ。

 今回の第五次聖杯戦争における、聖杯召喚の祭壇であった。

 

「―――ほう。

 師匠……いや、遠坂凛とバゼット・フラガ・マクレミッツの気配が欠片も無いが……ふむ、なるほど。

 どうやら、葛木宗一郎はかなり有能だったのだな。復讐を誓った男は一味も二味も違うらしい。彼女たち二人を戦闘不可能なほど追い詰めていたとは。

 ……元より見込みが十分にある奴であったが、ここまで巧く事が運べるとは実に良い」

 

 士人にとって、葛木宗一郎の復讐劇は見所ある余興だった。遠坂凛を殺せる時に傷一つつけなかったのも、アヴェンジャー以外を逃したのも、彼が行う復讐の為だった。

 勿論、戦略的に考えた場合、ギルガメッシュの負担や自分の負担を考えて行った計略でもある。

 それでも、この最終局面において、あの二人の脱落は自分にとって良い風向きだ。いざとなれば聖杯を無理矢理使って三人と戦う心構えも有ったが、不完全な聖杯を使って賭けを行う必要もなくなった。

 アサシンによって敵の生存を知り、一人も戦闘では死んでいなかったと知った時は、改めて敵となった三人に対して戦力計算を何度も行った。だが、それも無駄になったようだ。

 また、その二人が伏兵となっている可能性もあるが、その辺の油断など彼は一切しない。僅かでも可能性があるのであれば、それを油断しないのが神父の一番厄介な部分である。

 

「――――――――――……っ」

 

 士郎にとって、二人の脱落は手痛い。この神父の強さは異常だと知っている。戦法も戦術も教えられている。逆に、アーチャーとの戦いから自分の能力も知られている事も理解している。

 ……今此処に、あの二人が居ればどれ程心強いのか。

 しかしもはや、今に至ってしまえば無駄な感傷でしかない。そも、手負いの彼女らを守りながら戦える訳もなく、士郎では自分の身を守るだけで手一杯だ。

 

「―――イリヤを降ろせ。おまえをぶちのめすのはその後だ」

 

 ……士人と士郎の距離は十メートル程度。これ以上進めば戦いが始まる。お互いがお互いの戦法を知っているが故に、戦いの火蓋はあっさりと落ちてしまう。

 

「それは出来ない。この段階で聖杯を解放する訳にはいかないのでね」

 

 気味が悪い程、神父は饒舌だった。いつもの笑みとは程遠い、心の底から楽しくて堪らないと言った人間らしい笑顔。

 ―――アレは、楽しんでいる。

 衛宮士郎にはその事が一目で理解出来た。目の色が余りに危険で、笑みの一つで空気が完全に停止して死んでしまいそうだ。視線が合っただけで、心臓が止まると錯覚するほどの畏れを抱かせる。

 

「……まぁ、お前の気持ちも良く分かる。しかし、聖杯は現れたが、その『孔』はまだまだ不完全。私は答えを見せてくれる完成した聖杯に用がある。

 故に、彼女には不安定なコレを支えて貰わなければならない。それこそ―――あの女の命が続く限り、な」

 

「―――そうか。

 なら、おまえに降ろす気がないってんなら、力ずくで降ろすだけだ。

 おまえの願い―――その黒い泥を、今直ぐに止めてやる」

 

「困るな。この泥は別に俺の願いでも何でも無いが、俺をこのようにした大元の原因。止められてしまうと……ほら、何も理解出来ぬまま死ぬことになる。

 それはそれで別に良いのだが、知れるのであれば知りたい。

 ―――この呪いの正体。壊れた聖杯の本質。

 泥が何故、ここまでの呪詛を孕んでいるのか。何が自分の中身を奪い、自分が呪われた聖杯で失ったモノが何であるのか。私が私で在る限り、言峰士人が言峰士人を得る為に、この黒い聖杯を知る必要が如何しても存在している。

 故に―――邪魔をするのであれば、お前をこの手で葬らなければならない」

 

 並外れた決意だった。衛宮士郎の髄から震わせる言葉だった。その所為で解かってしまった。

 ―――こいつは絶対に止まらない。

 自分が未来の自分を乗り越えて理想を求めた様に、この友人は絶対に求道を辞めない。何故ならば、既にもう、そう在るのだと自分自身で決めている。

 

「……ギルガメッシュも言ってたな、聖杯が呪われていると。じゃあ、おまえは、その黒い泥に呪われているからこそ、壊れた聖杯が必要だって言うのか……?」

 

「無論だとも。この泥は人の手による物では無く、聖杯自体による泥だ。本来ならば無力の力として万能であったが、それが黒く染まった結果がこの始末だよ。

 この聖杯は、初めからこうなのだ。おそらく、一度でも開いてしまえば最後、際限なく溢れ出て災厄を巻き起こす」

 

 右腕を上に掲げ、士郎に聖杯を見るように示す。

 

「それがこの聖杯の本性なのだろう。この中にはあらゆる悪性、人の世を分け隔てなく呪う『何か』が詰まっている。それを操作する事など、誰にも出来ない。

 だからこそ、この泥は十年前と変わらず、常に黒く染まったままで在り続ける」

 

「――――――――十年前……」

 

 本当は分かっていた。この絶望は衛宮士郎にとって二度目の経験。

 

「そうだ。十年前、お前と俺の何もかもを奪い去った大元だ。この泥が、この聖杯が、全てを消した」

 

「まさか―――そんな事の為に、お前はあんな泥を望むって言うのかよ!?」

 

「それこそが、自分にとって残された数少ない娯楽だよ」

 

 神父は、そんな当たり前な事実を喋った。楽しいから知りたいのだと、遠回しに語っている。

 

「……な、に――――?」

 

「結局のところ、何も変わらない。過度の鍛錬に励み、神聖に祈りを捧げ、人々の物語を嗜み、延々と続く日々を過ごす。それらの出来事と聖杯を知る事は、私にとって変哲もない日常の一幕だと言う訳だ。

 ―――何故、それらと違う理由がある?

 私にはそれが本当に理解出来ない。生きて死んで、それが一体何だと言うのだ」

 

 この神父には分からないのだ。人々の営みがどういうモノなのか、人欠片も実感出来ず、理解出来ず、知識でしか把握出来ない。

 生き延びる事も、死に果てる事も、どちらも等価値に真っ平らで同じコト。

 善も悪もどちらも等価値でしかなかったから、呪いの衝動だけが自分の内側から響く流れだった。奴にはそれしか心に存在しない。 

 

「全てに価値がない。故に、何もかもが等価値でしかない。

 人が生み出す物事に感情が湧かない。

 人が尊いと大切にする物が要らない。

 人が見出してきた走馬燈が下らない。

 ―――もう既に、私にはこの世界で何の実感も起きない」

 

 神父はそれでも尚、笑っている。言葉として吐き出す泥の呪詛とは逆の、神聖さに満ちた姿。それを尊いと感じてしまう自分自身に、衛宮士郎は凍りつく。

 

「在るのは唯一つ―――この呪いだけだ。あの地獄の中、お前も見たあの黒い太陽が笑うのだ、人の業が愉しいと。

 ……しかし、何故それが愉しいのか、何も無い私には理解出来ない。

 故に、この娯楽を理解する為にも、私は自分のこの衝動を知る必要がある。そして、それを知り得た時、自分は心が空白に成り果てた時に失った何かを初めて、知る事が出来る」

 

 ―――だから、この地獄を祝福する。聖杯を背後に彼は心の底から笑みを深めた。

 

「これには自分を、言峰士人として成り立たせた要因が内包されている。

 ―――――この黒く染まった聖杯の泥を真に理解した時、私は己の求道の果てに生きる事が出来る」

 

「……おまえは、この聖杯の中に答えがあるって言いたいのか?」

 

「そうではない」

 

 士郎を見て、士人はこの場で初めて無表情になる。笑みを作らず、奈落のような目で鋭く笑う。

 

「……言わば、この壊れた聖杯は自分が壊れた原因だ。

 その工程に詰まれた方程式が分かるのであれば、自分を答えへ導くのは容易くなる。何も解からない自分であるが、それを得る為のやり方を知る事が出来る。

 ―――故に、求道を理解出来る。

 嘗ての自分を破壊したこの聖杯には、私が欲するモノが詰まっている」

 

「言峰にとってこの黒い泥こそが、既に願いのカタチだと?」

 

「そうだ。だからこそ―――お前がその理想を未来から掴み取った様に、私はこの求道を自分の人生として決定した」

 

「―――……ふざけるな。ふざけるなよ、てめぇ……っ!

 そんな……そんなことの為に、誰かを犠牲にしてまで聖杯を願ったのか……っ!」

 

「何を今更。お前の理想にも人の不幸は必要不可欠だろう。

 願望とはどのような物であれ、他の誰かの願望の犠牲の上で初めて成り立つ。それは善悪関係はない。人間とはそういう生き物だ。

 お前が抱く正義の味方と言う理想も、争いの無い世界では無価値な夢想でしか無い。救われぬ人間が存在して、それは漸く価値を持つ。

 ―――おまえと私の理想と求道は等価値だ。

 己の為に行いながらも、どちらも決して自分に還るものが無い」

 

 言峰士人は確かに正しかった。衛宮士郎は、エミヤシロウが辿る末路を知り得ている。ならば、自分が抱くこの理想の残酷さも分かっている。

 

「ああ。そうか……――――」

 

 衛宮士郎は理解した。この神父は自分と似ているようで異質な人間だ。

 この男は決して揺るがない。

 どんな事でさえ顧みず立ち向かう。

 不動にて不屈。

 ―――これは多分、憧れなのかもしれない。

 自分もこの神父ほど何もかもが強ければ、何一つ迷うことなく理想を行えると確信している。全てを割り切って自身を全うし、人間でも無ければ、機械でも無く、化け物でも無く、英雄にさえ成る事も無く、自分は自分として正義の味方になれている。アーチャーのように地獄に落ちてさえ、理想を志して永遠に耐え抜けた事だろう。

 ……故に、この神父には何も無い。

 それは何も無いが故に強さだ。ただ一つを決めた末に至れる強靭な意志。

 だから許せない。

 この男が成す悪を自分だけは赦したくない。

 

「―――言峰、おまえは……っ!

 ただ知りたいからなんて願いの為に、聖杯を開いて災厄をばら撒くって言うのかっ!」

 

「それは違うぞ。聖杯から漏れ出す呪詛に興味は無い。結果的に、そうなってしまう可能性が高いだけの話。

 流石の俺も、何も知らぬ今の自分のまま、世界が終わってしまうのは御免だ。聖杯による終焉はなるべく回避したい結末の一つだよ」

 

「おまえは、自分が死ぬかもしれないのに―――それでも聖杯が必要なのか……」

 

「―――ああ、必要だ。

 例え、身を滅ぼし、世界を終わらせてしまう可能性があるのだとしても―――私はこの答えが欲しいのだ。強いて言うのであれば、それが今の自分が聖杯に託す願望だ。

 ―――私はただ、この求道の最後に在るものを知りたい。

 その為に聖杯を知りたい。それ故に―――自分は自分を取り戻す」

 

「―――……そうかよ」

 

 改めて衛宮士郎は覚悟を決めた。

 ―――奴はここで倒す。

 否、自分が打倒しなくてはならぬ絶対の敵となった。

 

「だったら尚更―――俺は絶対に、おまえを止める……!」

 

「宜しい。殺意が決まった様で何よりだ」

 

 両腕を広げ、神父は正義の味方に微笑んだ。

 理想を目指す為、衛宮士郎は敵を打ち破り聖杯を破壊する。求道を切り開く為、言峰士人は敵を打倒して聖杯を完成させる。

 同類故に相反する彼らが殺し合うのは必然だった。

 今此処に、第五次聖杯戦争最後の戦いが到来した。

 

「―――では、殺し合いを始めよう」

 

 その神父の言葉が始まりの合図。そして、互いの魔術回路が一気に解放。十分に高まった魔力は全身に行き渡って肉体強化の魔術を行い、敵の動きを見抜く為に二人とも両目が強化された。

 ―――士郎は即座に投影魔術の工程を組み上げ、干将莫耶の準備を終えた。

 

「―――投影(トレース)開始(オン)……!」

 

 両手に双剣を持ち、士郎は斬り掛った。十メートルもある距離を一気に詰め込み、間合いに入り込む。

 

「――――――」

 

 対し、士人も無詠唱で双剣を投影した。聖杯の泥はまだ攻撃に使う事は出来ぬ為、彼は自身の能力で戦闘に臨んだ。呪うだけならまだしも、身動きをする敵に泥を伸ばすのはまだ合理的では無い。

 もっとも、聖杯を戦力として換算したのは、遠坂凛とバゼット・フラガ・マクレミッツも含んでいた時の計算であった。よって、衛宮士郎一人であれば聖杯を使わずとも勝機は十分にある。

 

「―――――ハァ……ッ!」

 

 キィン、と金属音が鳴る。干将が刃に防がれ、軌道を逸らされる。返し刀と莫耶が士人に斬りかかるも、彼はその斬撃を見を捻り最低限の動きで回避。そして、悪罪の双剣を繰り出し、連続的に士郎へと斬り掛った。

 

「……く―――」

 

 まずは右の剣からの薙ぎ払い。士郎はそれを避けるも、避けた先には左手に持つ悪罪からの突きが心臓に迫っていた。それを右手の干将で防ぐも予想以上の衝撃が身に浸みる。その停止した隙を狙い、士人は右の剣で首を狩り切りに迫った。

 ―――この一瞬で、士郎は自分の不利を悟った。

 まず、身体能力に差がある。戦闘経験に差がある。武器の鍛錬密度に差がある。自分には敵を倒すのに足りないものが多過ぎる。

 

「………ぁ――――!」

 

 その首狩り一閃を干将で防いだ瞬間、動きが止まった。元からの膂力の違いにより、筋力の差から押し込まれる。そして、士人から悪罪の一閃が士郎の胴を狙って迫るも、それも莫耶でもう一度防ぐ。干将を抑え込まれ、このままでは拙いと分かっていながらも、莫耶で守るしか士郎には出来ない。

 

「……―――――――!」

 

「―――――――………」

 

 干将莫耶と悪罪の刃がぶつかり合い、至近距離で視線が交差。まるで鍔迫り合いのようになるも、士郎が刃に意識を移した隙を見逃さなかった。双剣で敵の双剣を切り開き、強引に間合いを詰め込む。

 ―――神父は敵の腹目掛けて蹴りを叩き込んだ。 

 八極拳における震脚によって踏み込み、限界まで全身を力ませた上での攻撃。技としては旋体脚に近い回し蹴りだが、動きは完全に我流の殺人術。最小限の動きで最大限の殺傷力。これ以上ない程、見事なまでの決定打。衛宮士郎が後方へ吹き飛んだ。

 

「………―――」

 

 ―――堅い。まるで鉄。

 士人が脚から伝わってきた感触は異様の一言。柔らかい人体を一撃で粉砕し、内臓を全て破裂させる威力を持つ一撃だったが、あれでは死んでいないと確信。この衛宮士郎と言う魔術師は、人間以上な頑丈さと不死性を持つ。

 神父は地面へと滑落する敵を追う。飛びながらも士郎は自分を殺しに近づく敵を視界に収まる。彼は地面を転がりながらも受け身を取り、即座に立ち上がった。

 

「……がぁ―――!」

 

 僅かに血を吐いたが、本来ならば死んでいて当然の破壊力。士郎の異常さを把握した士人は、双剣で命を()らんと間合いを取った。

 仙人が使うと言われる縮地じみた素早さは活歩の動きによるもの。

 空間を縮めたような迅さは、士郎から見ればそれこそ魔術の一つに見えただろう。だが、敵の動きを見ている士郎は、神父の技は純粋な人間の業を極めた末のモノだと分かっている。それを分かってしまったことが、更に士郎に彼我の戦力差を再認識させた。

 ―――悪罪が首を挟み込むように斬り込む。

 士郎は肉体を直ぐさま再起動させ、呼吸をする間もなく後方へ避ける。しかし、さらに踏み込んだ士人が振う右側面から瞬間的な斬り返し。それを自分の刃で逸らし、自分から斬り込むも目前には既に突きが放たれた剣の殺意。

 

「―――――――……っ」

 

 ……眼前の死。それを前に衛宮士郎の思考は加速した。

 まず、刹那に当たる刃に自分から迫って紙一重で回避し、敵が詰めた間合い以上に自分から間合いに入り込む。とは言え、突きからの払いよって悪罪の斬撃が士郎を再度襲い、それに対する士郎の動きを待つように片方の剣が刃を黒く濁らせる。

 士郎は斬り払いを膝を折り畳んで避け、上から降ってきたもう片方の剣を自分の双剣を交差させて防ぐ。そして、その勢いのまま士人の剣の片割れを粉砕した。全身に魔力を回して強化し、剣にも魔力を叩き込んで行った破壊剣技。

 

「……ほう――――」

 

 言峰士人は感嘆の声を漏らす。それは称賛に値する絶技。

 ―――だが、驚愕には値しない。

 彼は破壊された剣を再投影すると見せ掛け、敵の動きを思考と殺気で束縛する。そして瞬間、武器が空いた手でもう片方の悪罪を両手持ちにし、力の限り振り抜いた。

 

「―――――……っ」

 

 士郎はその一撃を双剣を盾に耐える。しかし、凶悪な威力を持つ一閃によって干将莫邪は砕け散った。同時に士人の悪罪も飛び散り、魔力に溶けて消え去る。

 

「……投影(トレース)――――」

 

 士郎は即座に再度双剣の投影を試みる。武器が無くば敵を倒せず、攻撃を防ぐ道具も無い。故にその行動は魔術師としても、戦闘者としても正しい。

 しかし――――

 

「―――()………っ!」

 

 ―――それよりも早く、拳が衛宮士郎に襲い掛かっていた。

 言峰士人にとって戦いは体一つあれば事足りる。拳と脚で敵を十分に打ち砕ける。間合いを詰める為に踏み込まれた震脚により、彼の縦拳は絶望的な死を幻視させる脅威として敵に打った。その光景を強化された眼球で士郎は陰ること無く見抜き、自分に命中するまで見届けた。

 

「……ぐ、ガァ――――」

 

 その威力は即死に届いていた。人間の肉体を内側から炸裂させ、内臓を粗挽き肉にしてしまうには十分。養父の綺礼から教えられた士人の技―――金剛八式、衝捶の重い拳打は死徒さえ容易く葬る。肉体強化によって硬化した拳は並の鉄以上に強靭な岩石であり、本来の肉体性能が魔術で増加された上で放たれたからには、技の破壊力は恐ろしい領域に到達している。

 ……だが、士郎は耐え抜いた。

 彼にとって魔力で強化された肉体は剣と同じ。その上、両腕を交差させて咄嗟に防御態勢を取っていた。投影を破棄して守りに入ったのが正解であった。与えられた損傷は致命傷には程遠く、必殺の一撃を受けた衛宮士郎はまだ生きている。

 とは言え、それは耐えられただけ。士人はその防御を強引に抉じ開けた。一撃必殺を体現する縦拳は、敵の守りを切り開く破壊鎚でもある。士人は開いた距離を利用してもう一度震脚を行い、左の足から間合いへと入り込んだ。そして左足を軸にし、右端脚が士郎の頭を砕きに襲った。

 ―――直撃は即ち死。

 このままでは士郎の頭蓋骨が砕き開けられ、脳漿が無惨に飛び散り、顎から上が消えた死体になる。

 

「――――……っ!」

 

 それを彼は寸前で避けた。腰を折り、膝を曲げ、首を反った的確な最小限の動き。その合理的判断から来る回避行動は、アーチャーからの戦闘経験による所が大きい。

 衛宮士郎は未来の自分と殺し合った経験を自分の業へと昇華していた。否、アーチャーのそれを自分のモノにしていなければ、最初の一手で死んでいただろう。故に、彼がここまで戦って生き残っているのもまた、必然と言える。

 ―――だがしかし、連撃は止まらない。

 勢いのまま言峰士人は捻り回り、今度は右足を軸にして左脚による足払い。鮮やかな足捌きから来る技は士郎の足に絡まり、見事に体勢を打ち崩した―――と、同時に神父は至近距離に入り込み、拳を再度握り締めた。

 右脚を前にし、攻撃した左脚が地面に着くであろうその瞬間―――姿勢は完全に整って拳は接触状態に持ち込まれる。既に言峰士人の左拳は繰り出され、徐々に衛宮士郎へと迫っていた。

 

「――――――――」

 

 彼はその死神の鎌の如き神父の拳を目視していた。高速で行われている戦闘であるが、その一部始終を士郎は見抜き、この危機を抜け出そうと思考する。

 回避―――否。姿勢が崩れた今の自分では不可能、間に合わない。

 反撃―――否。敵の拳は既に自分へと迫っている、間に合わない。

 投影―――否。剣を具現して撃つより神父が早い、間に合わない。

 防御―――決。間に合わないならば堪える他無い、行動手段決定。

 方法を模索し、それを零秒で決める。根本的にこの一撃よりも強く、破壊に耐え抜ける肉体と化してしまえば良い。

 瞬間―――思考は停止した。敵の体勢が決まり、左拳が自分の胴体に接触した。

 

「………っ―――――!!!」

 

 ―――心臓付近で爆撃が起きた。衛宮士郎は本気でそう錯覚する。

 寸剄の一撃は今までとは種別が違い過ぎた。衝撃が全身に広がる様に放たれ、自分を穿った拳から伝播するかの如く、骨と筋肉を震わせて末端まで響き届く。もはや、耐える耐えられないの話では無く、即死するか致命傷を負って死ぬかと言う領域の威力。

 士人の寸剄は人間の性能を越え、人体を簡単に壊して命を殺す。それに加え、魔術による強化と魔力の放出により、破壊力は更に相乗される。

 ……士郎の肉体が士人の拳から遠く離れて行く。

 まるで糸が切れた操り人形のような姿。風に飛ばされて地面に崩れ落ちていくようだった。

 

「―――――ぐ……!」

 

 苦悶の声。漏れ出すのは衛宮士郎―――では無く、言峰士人からだった。 

 

「……投影(トレース)―――」

 

 金属を強引に穿つような痛みで左の拳が痺れた。言峰士人はまず、敵の固さが予想より高く、拳で殺せる想定を越えて仕舞っていた。この事実を戦闘の断片として瞬間的に処理し、機械的に判断する。

 ―――衛宮士郎の強化魔術は、自分を越えている。

 肉体の運動性能の上げ幅具合は正確に把握できていないが、肉体硬度と言う観点から見れば確実だった。まるで一つの鉄の塊のように肉体が硬い、堅過ぎる。

 

「―――開始(オン)……っ!」

 

 敵の一撃で呼吸は停止したが、心肺機能を強引に再開。強化魔術で大量の魔力を消費したものの、それの対策は既に完了している。強化による硬化と全身の耐久性上昇もあるが、衝撃時に彼は足を強引に使って後ろへと瞬時に跳んでいた。その二つの事が幸いし、士郎は死地から生き残った。

 よって呪文は見事に唱えられ、士郎は投影に成功する。

 崩れた体勢から攻撃態勢に移れた瞬間に、士郎は再度双剣を装備した。そのまま大きく後ろへ下がり、更に敵から距離を取る。

 

「―――鶴翼(しんぎ)欠落ヲ不ラズ(むけつにしてばんじゃく)

 

 士郎は後方に下がりながらも双剣を投擲する。干将莫耶へと魔力を最大限まで込め、美しい鶴翼が十字を描いて敵の首を挟む。

 ……だが、無駄なこと。

 そんな単純な手段が通じる事も無く、士人は新たに二本投影した悪罪を手に持って迎撃。キィン、と高い金属音を鳴らして軽く弾いた。

 ―――ここに、衛宮士郎が成す必殺の策が開始される。

 士郎は剣が弾き飛ばされたを確認。描いていた設計図に魔力を通して投影を行う。無手になった士郎へと士人は高速で間合いを零に縮めて行く。

 

「―――凍結(フリーズ)解除(アウト)

 

 両手には再び干将莫耶が具現。肉体に回路全開で魔力を叩き込み、最高状態にまで強化する。敵対する代行者に匹敵する速度で接近。

 互いに距離を詰め、中間地点で双剣同士衝突した……!

 彼は双剣を全力で振う。そして、士人の剣と斬り当たり、共に砕けて消えた。陰陽の夫婦剣と呪詛の黒剣が相打つ。

 瞬間―――再度、双剣が投影される。敵もまた同じ。

 士郎は敵が持つ双剣―――悪罪(ツイン)と自身の剣と一度斬り結ぶ。互いの剣の刀身が軋み、音が高鳴る。

 

「―――心技(ちから)泰山ニ至リ(やまをぬき)

 

 ―――その時、有り得ない角度から奇襲が来た。

 言峰士人の背後から迫る干将莫耶が、士郎が持つ夫婦剣に引き寄せられて敵の絶殺の隙を狙う。

 前方には双剣を持つ衛宮士郎。

 後方には背中に迫る干将莫耶。

 四方向から自分に斬り掛って来る死を前に、代行者の時間が停止する。

 

「……――――――」

 

 士人は疑問に思う間も無く、敵の策を看破した。陰陽剣の特性と投影魔術の有利性を理解すれば、彼にとって現状の把握は不可能ではない。

 これは既に、戦闘を行う前から予め想定されていた危機に過ぎない。

 

“挟み撃ちか。なるほど、論理的に厭らしい――――〟

 

 士人はアサシンからアーチャーとの対決を聞いていた。その時、アサシンからアーチャーの攻撃方法の一つである手段、多重展開された双剣による同時挟み攻撃を知っていた。そしてアーチャーと衛宮士郎は同一人物である事実を踏まえれば、自ずと干将莫耶の使い道も分かった。更に言えば双剣を解析した時に、戦闘を行いながらも内包された経験と概念を読み取り、攻撃手段と武器能力の詳細も把握。

 ……だが、その事を戦術に組み込んだ自分を、衛宮士郎が逆手に取る事も思考に入れる。

 衛宮士郎と言峰士人の戦闘は思考の潰し合い、先の読み合いが根本にある。どちらが武器を巧く利用し、相手の裏を取って一撃を加えられるかが分かれ目だ。

 士人は士郎が迂闊な必殺を出すとは考えていない。自分以外の敵であればそれでも十分であろうが、言峰士人が悪辣極まる事を知っていると分かっていた。故に、自分は更なる戦術を用意しておかねば、次の瞬間には死に絶えていると確信していた。

 

「―――罪を我が手に(My hands create the sin of the evil.)

 

 心の裡で、音もなく呪文を詠唱。

 士人は悪罪の呪詛に魔力を強引に叩き込み、極化した呪いによって刃が変貌する。時間にして刹那の変態は、まるで映像がぶれたと錯覚する程の素早さ。

 

「―――――――っ!」

 

 人外の足捌き。桁外れに強化された膂力。全身の筋肉と体中の神経を使い尽くし、身を全力全開で捻り回った。彼は悪魔の爪のように刀身が伸びた悪罪を半回転させ、士郎が持つ双剣と背後から迫る双剣を同時に破壊。右手の爪で前方を、左手の爪で後方を撃破した。

 ―――その姿は本物の悪魔の如く。

 必殺を体現する双刃陣営は呆気無く壊れ崩れる。彼は敵の姿が黒い泥人形に似た悪魔と重なって幻視した。だが、役目を終えた呪詛の双剣が現実に耐え切れずに消えた事で、その幻想も視界から消え去った。

 士郎は衝撃に逆らわず大きく敵から距離を取った。

 代行者との間合いは剣戟と範囲では無い。目測でおよそ十メートル程度。

 

「―――心技(つるぎ)黄河ヲ渡ル(みずをわかつ)

 

 その悪罪による攻撃方法を、士郎は自身の戦術に入れ込み先読みを計算し直す。今は互いに無手。

 士郎は干将莫耶を投影し、大きく円を描いて再度投擲して敵に挑む。そして、その双剣の後を追って自分自身も敵へ突進する。

 ―――走りながらも、彼はまた双剣を素早く投げた。

 士郎は両手に夫婦剣を投擲直後に再投影。今度は六重奏の三対の剣刃乱舞。三本の干将と三本の莫耶が代行者を囲い込む。

 一対の双剣は衛宮士郎の両手に。もう一対は言峰士人の首に迫り、最後の一対は大きく旋回して背後から襲い掛かる。

 

「―――心の中には何も無い(There is nothing in my heart.)

 

 心象風景を強く意識する。心の中で創造した聖剣を其処から抜き取る。投影した瞬間から、その剣に魔力を叩き込んで光を装填した。

 ―――光り輝く聖なる刃。

 言峰士人は剣を既に構えている。右腕が振り上げられ、剣戟が斬り放たれる寸前だ。

 

「―――唯名(せいめい)別天ニ納メ(りきゅうにとどき)

 

 剣の舞が士人を中心にし、夫婦剣たちが迫り来る。クルクル、と高速回転して飛来する二対の陰陽剣と士郎の干将莫耶が必殺を成す!

 彼は右手に美しい西洋剣を持ち、敵が作り上げたその死を感覚する。

 まず、眼前に迫る衛宮士郎。前方左右から首を両断しようと回る双剣と、後方左右から背中を狙う双剣の脅威。

 

「―――聖閃天意(デュランダル)……!」

 

 言峰士人は前に踏み込んだ。余りにも迅い一歩は初動を悟らせない。そして、前方左右から来る双剣を紙一重で避け、初手で士郎の双剣を聖剣で粉砕。

 ―――その勢いのまま、後方左右から来る双剣を薙ぎ払った。

 直後、神父は敵を強引に蹴り飛ばした。後ろへ放った回り蹴りが腹部へと入り込み、衝撃が一点集中した。敵の策を利用し、必殺を逆手に取る。

 使ったのはギルガメッシュの原典の一つ。名前を絶世の名剣―――デュランダル。

 そして、彼が持っているデュランダルは自分専用にした改造聖剣。天使の加護と大量の聖遺物に加え、秘蹟と聖文による神秘が多重に掛かった神の奇跡。故に、天使の贈り物は極限まで聖の概念が重複し尽くされ、決して折れない言峰士人の剣と成り果てた。だからこそ、真名解放によって悪夢に等しい暴力と化し、天の力は士郎の夫婦剣を幻を斬る如く両断して破壊した。

 ……怪物だ。此方の戦術が通用しない。

 士郎は士人よりも身体機能が高い敵を何度も見ている。しかし、それなりの手の内を見抜いて対策を立てる事は出来る。なのに、それがこの代行者には出来ない。この男は戦術運用が極限まで迅い故に、初動速度と状況判断が素早過ぎるのだ。繰り出してくる手段が高速に展開され、相手を瞬く間に圧倒する。思考と戦術と手段で敵を容易く凌駕し、策を以って相手を殺害するまで持ち運ぶ。

 ―――だが、衛宮士郎にとっては当然の死地。

 言峰士人が如何に極まっていようとも、それを凌駕するモノを作り出すまで……!

 

「―――両雄(われら)共ニ命ヲ別ツ(ともにてんをいだかず)……!」

 

 投影魔術によって干将莫耶が士郎の両手に具現。そして動き出すは、先程双剣を避けた士人の背後に墜落した一対の夫婦剣。

 その双剣が士郎が持つ双剣に引かれて飛来する……!

 彼は脅威を認識した。

 それ故に、士郎の魔術詠唱と同時に、呪文を唱える。完全に同一のタイミングによって、誤差が欠片も無く完全に一致するよう、敵の動きを読み取った。

 

投影(バース)完成(アウト)――――」

 

 自分の左後ろから迫る干将に対して莫耶を背後に投影し、右後ろから迫る莫耶に対して背後に干将を投影して撃ち出した。

 ―――陰陽双剣、干将莫耶の特性は二つ。

 まずはその刃に宿る退魔。

 この剣は魔を切り裂く化け物退治に特出した効果を持つ。衛宮士郎が持つそれら二つには巫術要素も加わり、対魔対物の能力もある。退魔の能力による効果は素晴しく高い。

 そしてもう一つが、互いの剣が引き合うのだ。

 夫婦剣としての性能によって干将が莫耶を、莫耶が干将を呼び寄せ合う。陰陽が見事に一つへと結び付く。

 ―――故に、神父が投影した双剣に背後の双剣が当たるのは当然のこと。

 互いに合致した陰と陽はぶつかり、そして粉砕された。士人の干将莫耶も、士郎の干将莫耶も、魔力の塵へと還って行った。もはや背後からの脅威は無い。

 

投影(トレース)開始(オン)――――」

 

 士郎は呪文を唱えながらも、そのまま両手の双剣を投擲。近づきつつも、思い切りの良い行動で敵を狙った。当然、士人はそれを見切り、投影を火薬として使われないよう魔力で強化した聖剣の刃で壊し、攻撃を防御した。

 ―――予定通り、必殺の策は見破られていた。

 そして、士郎の空いた両手に新たな武器が装備される。現れたそれらは複数だった。片手に三本づつ持ち、両手で合計六本の刃が出現した。

 

「―――投影(トリガー)装填(オフ)

 

 士郎は投影した武装―――黒鍵を持つ。そして、唱えた呪文で投影魔術を行使する。

 この魔術は単純な剣の投影では無い。それは、剣に秘められた担い手の経験を自分自身に投影する魔術。憑依経験による技術の投影だ。憑依したのはアヴェンジャーのサーヴァント―――コトミネジンドの経験。彼は自分の心臓を串刺しにした剣を読み取った末、この武器を選択する。

 ―――それを士郎は大きく両腕で振り広げ、投げ放った。

 攻撃は二段構え。左腕から三本を投げ、敵の動きを予測した上で右腕から黒鍵を投擲する。

 

「……それは――――」

 

 アヴェンジャーの、つまりは自分の黒鍵。最初の三本を避けるも、その回避先を縫う様に二射目が来ていた。

 勿論、彼はその策は分かっている。構えられた瞬時に悟っていた。

 次の三本の黒鍵は別々の箇所の狙っている。一つを避けたところで他の黒鍵が宙に在り、もう一つもパズル合わせの如き巧みさで飛来する。

 

「―――――!」

 

 二本は避けた。しかし、一本は避けきれない。否、回避は出来ようとも、敵を視界から外す程無理な体勢となる。

 故に、聖剣で黒鍵を斬る。直後―――轟音と共に響く衝撃に肉体が硬直した。

 ―――徹甲作用。

 そうであろう、と神父は確信していた。何せ、自分ならその手を選ぶ。あの攻撃は実に便利且つ、手数の多さでも有利に戦況を運べる。

 

「言、峰……士人――――!」

 

 体勢が大きく崩れ、背中から地面に吹き飛ぶ。聖剣デュランダルも右手から離れてしまった。真名解放までし、細部まで強靭に投影した武器を失ったのはかなり手痛い。

 

「―――衛宮、士郎………!」

 

 敵の背後には数多の聖剣魔剣名剣。そして、此方の背後にも武器の軍勢が浮遊する。

 ―――始まる一斉掃射。戦争が開始される。

 だが、二人とも結末は理解していた。投影の撃ち合いでは勝負はつかない。魔力を消費する潰し合いになるのが目に見えている。その上、生身の殺し合いになれば士郎に勝ち目はない。

 ……だが―――

 

「―――ほお、その不自然な魔力量。お前……我が師の純潔を貰い受けたのか。いやはや、これはこれは」

 

 ―――今の衛宮士郎はこと魔力の心配は不要。

 士人は疑問に思っていた魔力消費のカラクリを把握した。第六感で伝わって来る魔力の気配以上の消費量が、可笑しな不自然だったのだ。しかし、彼らはラインを繋げる方法によって、魔術行使に足りない魔力量が解決されている事が分かった。

 ……不利なのは自分らしい。

 固有結界の長時間維持には流石に令呪が必要となる。また、令呪も含めれば総合的な魔力量は同程度かもしれないが、此方は一人でサーヴァント二体の戦闘を支えている。これに備えて令呪の加護を与えて自分の負担を減らしておいたが、それでも辛いモノは辛い。

 投影の撃ち合いに勝機は薄い。純粋に弾丸の数量となる魔力量に問題がある。

 

「……ならば―――」

 

 敵の隙を狙うか、あるいは裏を突いて嵌め殺す。

 

「―――宣告(セット)破片軌道(リカウント)

 

 士郎の近場にある悪罪を操作。遠隔から回路へ繋げ、魂の欠片として自在に飛ばす。彼は自分に突如として牙を向いた敵の剣を避けるも、危機はまだ過ぎず。

 彼を襲うのは一つでは無い。士人が投影射出の時に紛れ込ませておいた数多の悪罪が、この場面で一気動いた。士郎はそれの対処の為に27と限られた数しかない魔術回路を使い、迎撃するしか生き延びる手段はない。

 

投影(バース)再始動(リセット)――――」

 

 魔力消費を犠牲に、武装を瞬間投影。眼前の敵よりも早く準備を終え、一斉展開射出。士郎にとって絶命の危機を越えた死の局面。

 ―――死ぬ。これは死ぬ。

 不意を完全に捉えた神父の悪辣な戦法。遠隔操作可能な武器を他の投影物に紛れ込ませ、それをいざと言う場面で死角から射出する。更に上空から迫る刃の雨。今の士郎にとって、この手の搦め手は未知のもの。

 

「―――投影(トレース)開始(オン)……っ!」

 

 咄嗟に武器軍を投影し、自分を守るよう楯として配置する。言わば囲いの檻だ。守りの裏側にいる士郎へと甲高い金属音が響き渡り、骨の髄まで騒音が揺らしている。合間を縫う様に飛来する悪罪は、投影した武器を射出して撃ち落とした。

 ……重層な盾の群れによって攻撃を防ぎ切った。

 この危機を凌いだ士郎であるが、それ以上の危機を実感していた。余りにも巨大な脅威で思考も肉体も凍りついて停止寸前になるのも仕方がない。それほどの驚愕だった。

 

「――――――――っ!」

 

 ダァン、と地面が踏み込められた轟音。衛宮士郎の眼前に居てはいけない敵の姿……!

 ―――言峰士人が拳を打つ寸前だった。

 全身全霊で肉体を極限まで強化魔術を施している。投影をせず、身軽のまま、武器を装備する間も捨て去り、ただ速さだけを求めた最大限の速攻。士郎が持つ最高の武器であった視界が封じられたのを一瞬で利用し、彼は間合いを失くしていた。気配なく、殺気なく、視界にも無く、彼はこの隠密接敵を完全に成功させた。

 神父が投影をしていれば、士郎は防衛に間に合っていただろう。神父が武器を使っていれば、不意は突かれなかっただろう。衛宮士郎であれば、同じ投影魔術を見抜くなど目を瞑っていても出来る。だが、視界の影を滑り縫い、言峰士人は完璧に死角を取った。

 

「………――――――――――――ァ」

 

 血を吐き出す。頭部を狙うと見せ掛け、軌道は心肺機能を停止させる為に胴体を穿った。

 ―――命中。剣と化した肉体が拉げる程の威力。

 士人はここで完璧に始末をつけると、全筋肉を高速稼働させた。

 

「――――…………!!」

 

 だが、衛宮士郎とてその程度の危機は予測範囲内。頭部に来るか、心臓に来るか、隙を見せて賭けの勝率を上げ、刹那の博打に勝った。しかし、予想を遥かに超える殺傷拳打の破壊力。

 ……左腕が完全に死んだ。

 直撃であれば確実に死していた。殺されていた。そして、その機能停止した左手を魔力で動かし、強引に神父の腕を掴んで拘束。その隙に右拳で敵の頭を砕かんと振り抜いた……!

 この距離では投影魔術を使う時間はなく、隙を作れば殺される。相手の脅威を理解した士郎の手は正しかった。

 ―――しかし、相手の左腕で捌かれ流された。至近距離で攻撃後の隙を狙われるのは拙過ぎる。

 

「――――……ぁ」

 

 敵の左腕から無拍子で掌打を放たれた。防御の隙間を通って顎を砕きに来たものの、頭部だけは守らねばならぬと士郎は身を曲げて避ける……が、足を内側から刈られて地面に落ちる。

 その時、士郎は左腕を逆に士人の右手で掴まれる。足場を固定出来ず、宙に浮いた体は敵の右腕に拘束され、泥に満ちた聖杯の方向へと大きく投げ飛ばされた。

 

「―――重投影(リバース)完成(アウト)

 

 仰向けに落ちた瞬間―――視界の上空には剣の群れ、殺意の軍勢。士郎は地獄を見た。

 

再装填(エグジスト)存在多重射出(ウェポンマルチフルファイア)――――」

 

 先程組み立てた工程をもう一度使用し、武器を展開発射。投影された鋭い剣が衛宮士郎の顔面に落ちてくる。

 ―――それを避けるも逆転の機会は既に過ぎて去っていた。

 もう士人は魔術行使をさせる合間も与える事も無く、この攻撃で行動不能にせんと武器の雨を降らす。

 

「…………………――――っ」

 

 蜂の巣になった人間の標本。血の沼に沈んだ哀れな死体。

 ―――瞬間的に幾つかは投影に成功した。

 だがそれは、自分の生命活動に必要な個所を守れただけに過ぎなかった。本来なら屍に成り果てていたが、言峰士人の先の手を読んだ士郎は零に近い迅さで死を防ぐ。

 ……だが、防げていただけ。

 両手両足、腹部、両肩に刃が突き刺さっている。心臓、首、頭へ来た物は対応出来たが、肉体は既に死に体となった。

 そして、地に落ちた肉体を動かし、立ち上がろうと足掻いた時にはもう、神父は既に衛宮士郎を地面へ踏み付けていた。視線が交差される。

 

「俺とお前では戦いの経験が違う。その差は余りにも大きい。

 ―――命を賭け、策に賭け、それでもまだ足りない。

 今の衛宮士郎では、この身に届くことは有り得ないと言う訳だ。その程度、此方も初めから賭けていたのだからな」

 

 士郎は魔術を使おうと回路を動かそうとするも、自分の魔術回路が反応しない。彼を串刺しにしている剣の一つに、魔術封じの能力を持つ概念武装があった。これによって体内の魔力が乱されている。

 その事が分かっているからこそ、士人は冥途の土産として語っている。

 

「―――イリヤスフィールを助けられず、残念だったな。せめて、己が始まりの地獄を知り、理解しろ。

 だが………」

 

 隣に在る聖杯から泥が湧き出て来た。その黒泥が掲げられた神父の手の平に集まり、時間を掛けてゆっくりと塊を作っていく。

 ―――それは、凝縮された呪詛の権化。

 憎悪、怨念、狂気、復讐、侮辱、嫉妬、強欲、色欲、疎外、排除、ありとあらゆる人の悪。負の結晶は黒く輝き、奈落に堕ちる闇を成す。

 

「言峰―――――っ」

 

 信じられない。あの男が手に持つ何かは、既に人間に御せる代物では無い。触れただけで精神が汚泥に消え、魂が発狂して死に果てる。

 ……衛宮士郎は、その事実を簡単に納得した。

 彼はこの神父の本質を見抜いていた。だからこそ、全力で挑み、それでも届かなくとも、敗北したとしても最期の一瞬まで戦い抜くと決めていた。自分はこの男に勝たなくてはならない。

 

「……あるいは、お前であれば―――いや、正義の味方を理想とするなら呑み乾し、耐え切ってみせろ」

 

 これさえも、神父にとって面白味の有る娯楽なのかもしれない。

 正義の味方がこの世全ての悪に、全ての悪を願う結晶に―――勝つか負けるか、生きるか死ぬか。

 

「―――この世全ての悪(アンリ・マユ)―――」

 

 そうして、衛宮士郎は闇の中に沈む。奈落の底に堕ちていく過程、彼が見たのは自分を愉しそうに観察して笑う神父の姿。

 ―――泥は固まり、地獄を成した。

 衛宮士郎は消えて逝った。魂がこの世では無い何処に捕らえられ、神父は顔面に亀裂が入ったように笑った。




 そんなこんなでアンリマユ。やっぱり神父とセットな悪神です。アンリマユの呪いは聖職者キャラが似合う。


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37.四騎血戦

 今回は名前通り、血戦になります。


 ―――言葉もなく、最後の決戦を開始した。

 もはや、既に語るべきことはない。あのギルガメッシュでさえ、目に殺意を浮かべて酷薄に笑うだけ。

 しかし、ただ一言、英雄王は衛宮士郎に対し、士人が待っているとだけ声に出した。そして、ただ一人だけ居た人間が消えた瞬間、決戦は始まった。

 サーヴァントたちの戦いは激化の一途を辿っていた。殺し合いは単純明快に分かり易い構造になっていた。

 セイバーはアサシンと、アーチャーはギルガメッシュと殺し合うと決めていた。そして、アサシンとギルガメッシュもまた敵対する二人と思惑は同じ。

 ……互いが互いに望む相手と戦いを始めた。

 騎士王と侍は斬り合い、英雄王と贋作者が撃ち合う。衛宮士郎が言峰士人を止めに行く為、聖杯へと向かってからその構図に変わりはない。斬り合い、撃ち合い、既に数十合が繰り返されていた。

 だが、そんな膠着状態は長くは続くかない。

 宝具たる固有結界・無限の剣製によってアーチャーとギルガメッシュ、セイバーとアサシンの二組に分断される。

 アーチャーは自分一人のみで心象世界内で決着をつけるべく、無限の剣製で英雄王を自分の世界に捉えた。セイバーもアサシンを一人で打倒する為、アーチャーと別れてアサシンを倒すと決めた。

 無論、これは事前に考えられていた策だ。また固有結界に一人づつ捉え、アーチャーとセイバーの二人掛かりで倒す策もあった。しかし、それでは、ギルガメッシュが宝具を使えば結界外に逃げられるかもしれない。外の世界に残った者も大人しくしている訳がなく、聖杯が在る衛宮士郎の方へ向かう可能性もある。それでは士郎は確実に殺されてしまうだろう。

 

「ほう。巧い手だな、セイバー」

 

 外界に残されたアサシンが初めて声を出した。共に戦っていたギルガメッシュが、自分も体験したあの世界に消えた今、これは個人の死合いと同じ。空気が更に硬直して緊張が増していくが故に、その殺気が心地良くて彼は心が躍る。

 また、分断された事でアーチャーの横槍を警戒する負担も少なくなる。逆に此方もギルガメッシュが居なくなったが、そもアサシンは命を奪う為の斬り合いに義理も人情も挟まない性質である為、ギルガメッシュが居ない方が愉しみ易くあるのだが。

 

「……………」

 

 ただ彼女は剣を構えるのみ。今のセイバーは死力を尽くし、敵を斬ると決めている。

 

「―――良いものだな、これは。

 何に縛られる事も無く、ただ純粋に斬り合える」

 

 魔術師からの束縛も無く、山門に場所を束縛される事も無く、余計な重みも心には無い。今の体も魔力が十分に満たされ、自身の刀を十分に振るえる。その上、目の前には名高き騎士の王が敵として立ち合っている。

 ―――願いはここに叶っていた。

 強き者との果たし合いが、こうして行えていた。それも、最高なまで御膳立てされた末での最後の戦いでだ。

 

「………く」

 

 漸く一個人として、唯一人の武者として―――自分は此処に存在していた。そんな過去の感傷に浸ってしまい、本当に思わず笑みが零れてしまった。

 

「貴方は、これで満足なのですか?

 ……世界が滅んでしまっても、それで構わないと言えるのですか?」

 

「―――無論。其処に語るべき言葉を私は持たない。

 私がこの場所に来た理由はただ一つのみ。それ以外の事柄は既に余分な些末事よ」

 

「―――――――――――」

 

 ならば、もう決着をつけなくては。

 

「―――風よ」

 

 偽りの鞘が消える。遥かなる光で輝く聖剣―――エクスカリバーが現れた。敵の何もかもを叩き斬る為、刃は魔力に満ち溢れる。透明化が無駄になるアサシンが相手では風王結界は邪魔となり、風の鞘の真名解放を十分に行う隙もないだろう。

 故に、全力を出すのであれば、この選択は必然であった。

 アサシンの名を冠する侍が相手では、如何に強力であろうとも宝具の解放が足手纏いになる。やるからには、刀が届く事の無い距離からで無くてはならない。

 しかし、――――

 

約束された(エクス)――――――」

 

 ―――不意を穿つ真名解放……!

 アサシンは驚愕する。この距離、この機会、大技は有り得ない。何故ならば、もう既に、自分はこの様を晒すセイバーに切り掛っていた。此処までの隙を逃す程、自分は甘くはない。この手は本来ならばやってはならない筈。

 故にセイバーが剣を掲げ、魔力を溜め始めた瞬間―――侍は躊躇いもせずに首を一閃。

 長い刃が斬り落とす。

 ……地面に落ちて行ったのは、数本だけ僅かに切れた彼女の前髪だけであった。 

 視線が互いに交差され、アサシンはセイバーの術中に嵌まった事を認識した。あの剣の威圧感は最初から囮でしかなかった。

 

「――――――……っ!」

 

 その真名に言霊は込められて無い。セイバーは直感に従い、自分の策のまま返し刀に斬り掛る。上段から叩き潰す剣が墜落してきた。

 

「―――――……ぬ!」

 

 斬撃はアサシンに当たるものの、しかし衣装を切り裂くだけに終わった。血を出す事も無く、体に切り傷は無い。だが、刃に宿る膨大な熱量が敵を焼き焦がしている。服は一部分が炭に変わり、体も剣閃が通り過ぎた部分に鋭い痛みが走っている。

 実際に真名を解放してしまえば、大きな隙を突かれて殺させるだけ。だからこそ、魔力だけは見せ掛け込め、敵にここぞと偽りの機会を見せる。そして、其処を斬る。ある意味ではセイバーは、自分の聖剣を最大限利用していた。とは言え、この囮は二度と使えないので、出来ればここで切り傷程度は与えておきたかった。

 

「……――――」

 

 聖剣から魔力が霧散する。実際に解放する為では無かったので真名解放に比べればとても少量であるものの、ある程度の魔力を無駄にしてしまった。 

 

「―――――ハ!」

 

「じゃ―――――」

 

 そして、此方の上段斬りを回避した敵の刃が迫るが、彼女は剣を剣戟の軌道上に振り抜いて防ぐ―――刹那、再度斬り込まれたがそれも弾き返し、此方からも斬り返した。予想通り、見事なまでの惚れ惚れする技量で受け流されるも、瞬時に心臓を目掛けて刃を突き出す。

 ―――それも、セイバーは斬り落とされた。

 死を実感する。自分の剣技が通じていないと分かっていたが、ここまで狂った技量では純粋な斬り合いで上回れない。

 何合も何合も斬り結び、何度も何度も殺され掛った。今生きているのは、戦場で鍛え上げた天性の才である直感があったから。死を予感するこの技能が無くば、既に何十回も首が飛んでいた。攻撃、防御、回避、迎撃、全てが向こうの方が巧みとなれば、それ以外の部分で敵を凌駕せねばならない。

 

「――――――――……」

 

 セイバーの剣の封印は解けている。隠れていた聖剣の威光が顕現し、光り輝く刃からは膨大な魔力が世界を激震させている。

 一撃必殺、そうとしか思えない圧倒的存在感。

 魔力放出の全開解放。絶対とすら思える魔力の本流。その全てが斬撃と化すセイバーの剣は、さながら竜のアギト。アサシンはその剣が肉体を掠っただけで全てを持っていかれると体感する。これで全てを決すると剣気で語っていた。

 

「…………っ!」

 

 故に彼は心に決める。―――我が最高の技を持って終止符を打つ。

 

「―――“秘剣”―――」

 

 振り上げられる長刀。間合いを詰める神速の踏み込み。アサシンが高々と告げる技の真名。宝具に匹敵する、幻想に届いた剣士の業が放たれる。

 闇夜の月光に刃は光った。

 セイバーは死を見逃さんと目を鋭く尖らせる。何か一つでも目視出来ねば、四散して終わりを迎える。

 

「―――“燕返(つばめかえ)し”―――」

 

 ―――セイバーに迫るは三重の剣閃。

 前回の死合いの時に“視”たよりも鋭さが増した剣神の秘技。檻の如く逃げ場の無いアサシンの燕返しは、セイバーに対して文字通り必殺を成す。今まででの聖杯戦争で絶好調である佐々木小次郎の剣技は冴えに冴えていた。

 

「――――――――――――――――――――――――――」

 

 時間が止まる程セイバーは集中する。体感時間が際限無く加速する。

 ……それでも尚、これは避けられないと理解する。窮地を幾度となく助けてきた彼女の直感が告げていた、自分ではこれを避け切れないと、そう感じ取った。

 

「―――――――――――――――――――――――――っ」

 

 セイバーも小次郎へと間合いを詰める。両手に握りしめた剣を構え、絶殺の檻へと入り込む。そして彼女へと死地が眼前に広がった。

 ―――――一撃目。

 セイバーは首に迫る剣閃を避ける。斬首を回避するも左目を切り裂かれる。アサシンは間合いをそのまま詰めて来た目の前の剣士に内心で驚くも、自分が至った明鏡止水を持って、そのまま間合いを詰めるセイバーへ次の剣を放った。策が有ろうとも、それ事斬るのみ。

 ―――――二撃目。

 上から迫る同時攻撃。眼前に来る刀身を停止する時の中で見て、このままでは死ぬと直感する。そして、刹那の間に剣がセイバーに届いていた。左腕が音も無く切断される。痛みも無く、余りにも素早い為か、時を圧縮された体感時間ではまだ腕が切り離されていない程だった。

 

「―――――――――――――――」

 

「―――――――――――――――」

 

 ―――――死ぬ。奴を斬らねば死ぬ。

 圧縮された時間の中、アサシンは心の底から戦慄していた。同時三閃の必殺、燕返し。セイバーへ先の二閃は敵を抉るが命には届かず。最後の一閃、これが届かなければ“必殺”は“必殺”を成さず。

 ―――――死ぬ。奴を防がねば死ぬ。

 セイバーは血に流しながらも、その姿は欠片もアサシンに負けていなかった。燕返しに斬られたが、それでも彼女の剣気に蔭りがなかった。

 ―――――三撃目。

 直感がセイバーの感覚をビリビリと焼く。自分を両断しに迫る刀身に漸く剣を合わす事が出来た。下から上へと振り上げられた聖剣がアサシンの長刀に当たり、長い刀身の半ばから粉砕する。刀は砕け、五尺はあった長さが今では半分しか残っていない。

 

「――――――――――――――――――――――――――!」

 

 アサシンは悟る、目の前にいるセイバーの目論みを。

 段差がある地形では無く、平地で全力で斬り掛る自分の剣技――秘剣・燕返しは剣士としての理論上、打破することは不可能だ。もし破るとしても積み重なった偶然と奇跡が必要だろう。しかし、ソレさえ斬ってこその必殺と言うもの。

 ―――だがセイバーはソレを成した。狙いは武器破壊。

 直撃した刀がどれ程の強度を持っていようとも、最強の聖剣によるセイバーの全力の一撃には一溜まりもなかった。一閃と二閃を命を失わない様、自分の体を犠牲に生き残り、三閃目の燕返しに一撃を合わせて刀身を破壊する。セイバーは初めから同時に迫り来る三本の内、最初の二本を無視し最後の三本目に剣を直撃させていた。一撃目ならば、アサシンがセイバーの剣を流して後の二閃で絶殺していた事だろう。二撃目ならば、油断なく攻撃を流した後に最後の一閃がセイバーを必殺していた事だろう。

 

「―――――――――――――――――――――――――――」

 

 捨て身の戦法で技を破られたアサシンは、壮絶な悪寒を感じ取る。燕返しの三撃目は、一撃目と二撃目とは意味が違うのだ。何せアサシンはそれでセイバーを倒せなければ、技が破られると言う事。アサシンは何が何でも三撃目で斬りに掛り、全力で集中していたセイバーはその一撃を直感で悟った。彼女はアサシンから感じた剣気のまま刀を迎撃し撃破する。

 セイバーは最初の二回で死ななければ良かった。同時に襲い掛かる三つ目の斬撃にのみ集中し、アサシンの燕返しを打ち破る。

 ―――全ては目の前の剣士から隙を作る為。

 必殺魔剣を全力で放ち、更に刀を砕かれた衝撃で硬直している絶殺の好機。策を重ねに重ね、彼女は勝利の可能性まで辿り着いた。セイバーは侍から漸くもぎ取った隙に喰らい付く……!

 

「――――――ハッ!!」

 

 ―――気合い一閃。アサシンの視界に剣閃が走る。

 

「―――――――くっ!!」

 

 燕返しを放ち刀を振り斬ったままのアサシンと、剣を振り放ったセイバー。硬直する時間の中で、剣気に満ちた澄んだ声が響き渡る。剣が彼の脳天に襲い掛かる。

 ―――右手からの一閃、神々しい光の剣がアサシンを襲った。

 技を破られ、刀を破壊され重心のバランスが乱れ、刀を斬り返すことも出来ない絶体絶命の危機。アサシンに襲い掛かったは、愛しき強敵から撃ち放たれた必殺の一撃。

 

「っ―――――――――――――――――!」

 

 ―――バタリ、とセイバーが剣を杖の代わりにしながら倒れ込む。

 斬り掛った勢いのままアサシンの横隣を通り、体の一部が切り離されバランスを失った彼女が膝を着いていた。

 

「―――……素晴しいな。

 体中の血が滾って仕様が無いぞ、セイバー」

 

 セイバーと同じく、左腕を失ったアサシンの姿。彼も同じように片足の膝を地面に着けていた。技の反動と斬撃を避ける為の回避、腕を失いバランス感覚が崩れたアサシンも直ぐに斬り合いを再開できなかった。

 

「これで貴殿はもう、燕返しは使えまい。

 ―――その様で私が斬れるかな、アサシン?」

 

 セイバーは今の自分が偶然と幸運の上で生きているのだと理解している。燕返しによる死地を突破し、さらに刃をアサシンに届けられたのは、過去に彼の秘剣を見る事が出来たからだった。

 ……もしも、もしも、だ。マスターの士郎がキャスターに操られず、山門でアサシンと剣を交えていなければ、セイバーは今回の戦いで当たり前の様に四散して絶命していた。森での戦闘が無ければ確信が得られなかった。絶好調のアサシン、それこそ最高潮の剣の冴えを見せてくれる彼の剣技から繰り出される今の秘剣は、セイバーの直感さえ完璧に麻痺させる絶技だったのだ。事前に能力を知っていたからこその秘剣に対する秘策、捨て身の戦法がセイバーの命を救っていた。

 

「―――ク。刀はまだ死んでおらん、私もまだ死んでおらん。果し合いの決着はこれからよ」

 

 互いに背中を向け合わせながら立ち上がる。地面を赤色に染めながら、剣を至上の武器とする二人。互いに互いの剣気を感じながら、斬り合いの機会を窺い続ける。

 ―――紅い血が流れ出る。ポタリ、ポタリ、と滴り落ちる。

 人ならざるサーヴァントと身であろうとも、血と共に体温が低下し命が磨り減っていく。ポタリポタリ、と音をたて、空気が紅く固まっていく。二人がいる空間がガラスの様に砕けそうだ。場の雰囲気が、絶殺の剣気に殺され崩れる。

 

「は―――――――――――」

 

「――――――――――じゃ」

 

 短くなった長刀。いや既に長刀とは呼べないが、それでもアサシンの神速が成す剣の結界は崩れていなかった。間合いに入る者、全ての首を撥ね斬る気迫に満ちている。

 しかし、セイバーはそこへ踏み込む。死地へと足を運び込む。魔力放出による加速は凄まじく、純粋なまでに速く鋭く間合いを詰める。

 ―――迎え撃つはアサシンの一閃二閃、瞬間十閃。

 セイバーに躊躇いは無くなっていた。相手の斬撃は自分の斬撃で打ち倒すまで。

 ここまで来れば、もはや死地であろうと踏み込むまで。己が経験と生まれ持った天性の才能から成り立つ直感が全てを告げる。故に迫り来る全てを斬り弾く。

 ……壮絶だった。

 ここまで人は剣の頂きに至れるのかと、確かな幻想が存在していた。

 片腕隻眼の剣士になったセイバーと、秘剣封じに腕と刃を取られたアサシンは、間を挟むこと無く斬り合った。場に響くのは剣戟の高鳴る歌声だけ。血を流し続け、刃を一振りする度に命が擦り減っていく。

 ―――早く、速く、ただ迅く。あの刃よりも誰よりも、ただ強く振れ。

 悲しくなる程、剣の舞は美しい。赤に濡れた立ち合いが、二人の行く先を語っていた。剣を手に、戦い続けて心臓の音さえ聞こえなくなる。

 

「―――――――――」

 

「―――――――――」

 

 既に呼吸さえする間も無い。もはや対手が振う刃も自分が振う刃も目に見えていない。剣気を感じ、剣気で斬って、剣気で生き延びる。

 アサシンがセイバーの斬り潰れた方の視界に回るも、鋭い直感で回避される。左目と左腕が使えないセイバーにとって左側からの攻撃の対処は難しいが、彼女は崖っぷちを如何にか生き抜く。アサシンももまた彼女と同じ左腕を失い、短くなった刃を利用されて攻撃されていた。

 ……もう視界が霞んでしまっている。

 アサシンは敵の姿を剣と影でしか認識出来なくなっていた。ここまでの殺し合いは初めてで、既に死力も尽きかけている。疲労感と満足感で肉体が止まってしまいそうだった。

 ―――故に、刀だけは止められない。

 彼の目の前で剣を振う愛しい立ち合い相手は、まだ生きている。剣の勢いは欠片も死んでいない。

 

「………く――――」

 

 無意識に笑みが出た。佐々木小次郎は今、死力を越えた戦いの中にいる。

 絡み合う剣気。交差する剣戟と殺意。相手の動きが速くなる、巧くなる。自分は更にそれを上回り、敵もまた上回る。

 だが―――

 

「ハァ……ッ!」

 

「…………くっ」

 

 ―――斬撃が刃で滑る。

 時間が経過すればする程、彼の状況は不利になっていく。とは言え、それは当然のことと言える。竜の因子を持ち、元から人間以上の生命力に満ちているセイバーと、普通の人間のように傷を負えば普通に死ぬアサシンとでは、命の自力が桁違い。セイバーが流す血とアサシンが流す血、あるいは霊体に刻まれた同じ切り傷の深さはアサシンの方が軽いものなれど、死と言う観点から見ればアサシンの方が重傷。

 アサシンは決意した、刀を振るえる内にこの結末を知りたい。敵の心を肌で感じたセイバーもまた、必殺に備えて構えを固めて挑む。彼我の距離は三歩程。

 片腕だけで秘剣を構えた。同時三閃は出来なくも、ただ最速で一撃を敵に斬り込もう。

 片腕だけで聖剣を構えた。真名解放を成せなくも、ただ最強の斬撃を敵に叩き込もう。

 構えは死の具現。二人の剣気は殺意以上に相手の末路を悟らせる。同時に踏み込み、同時に刃が血の中を舞う。

 ―――剣と刀が斬り交じった。

 横薙ぎに払われた鋭い残光、振り下された重い閃光。一合、刃が斬り結ばれた。互いの体が斬り裂かれる。

 そして、互いの時が止まった瞬間―――流れる様に二撃目が繰り出された……!

 

「――――――――――」

 

「――――――――――」

 

 アサシンは無言のまま、口から赤い血を吐き出す。しかし、視界の下に居る強敵に臓腑の流血などつけたくはなく、強引に飲み込む。

 ―――花鳥風月。可憐な剣士は正にそれと同等。

 美しい華を自らの吐血で汚すのは、彼の信条としてしたくは無かった。

 

「―――――ク……」

 

 命が抜け落ちるのが実感出来ている。刀を握る手に力が入らない。

 アサシンのサーヴァント―――佐々木小次郎は微笑む。ここまで自分の願望に付き合ってくれた愛しい宿敵に、武を鍛えた者として感謝の念を伝えたかった。この世の誰よりも、今はセイバーが有り難かった。燕返しを体得した自分の生前が無駄に成らなかったのだ。これ程の喜びを佐々木小次郎は知り得ていなかった。

 

「…………ぁ――――」

 

 重い金属音を鳴らし、セイバーの膝が折れた。地面に剣を刺し突き、力尽きた騎士のように倒れ込む。

 首を狙うとアサシンは見せ掛け、剣戟軌道を錯覚させた刀の絶技。だが、外れた軌道を通る刀から致命を避けるも、一撃目で彼女はもう片目を斬り裂かれた。遂にセイバーの視覚を失った。その状態のまま、彼女は再度の剣戟交差に挑んだのだ。

 ……結果はこの様だった。

 セイバーの剣は確かに二つともアサシンに届いていた。一撃目で死に体に限り無く近い傷を負わせ、二撃目も視界が使えないまま斬撃を刻んだ。しかし、後一歩だけ即死には届かず―――故にアサシンは死んでいない。逆にセイバーが確実な致命傷を斬り刻まれた。

 

「相討ち……いや、私の勝ちか」

 

 セイバーもそうだが、アサシンも手遅れな刀傷を受けている。血の流れた量はサーヴァントから見ても、肉体が冷え切って動く事も出来ない。だが、傷の深さはセイバーの方が遥かに上だ。先に死ぬのはセイバーであり、アサシンは彼女の死を見届けた後、今夜にも消えて死ぬだろう。

 

「……まだ、だ。

 まだ、私は……剣を、離していない―――っ!」

 

 強がりでは無かった。断じて負け惜しみでは無かった。両目が刃で潰され、左腕は斬り落とされ、胴を深く切り裂かれ、だが戦意だけは斬り殺されていない。体は死んでいるのに、戦う意志は絶対に死なないと決めている。

 

「―――そうか」

 

 もう動けない。互いに体が死んでいる。

 アサシンは死力では無く、寿命から動力を搾り取って肉体を稼動させた。セイバーは確かな足で悠然と立ち上がり、刀で斬り潰れた目を敵へと向ける。両目が無くも、苛烈な視線が身を焦がす。

 

「決着を果たそうぞ、我が敵よ」

 

「―――……ええ。

 これでもう、私の全てで決します」

 

 ―――正真正銘、最後の剣戟だった。

 死に体のセイバーに、余力を失くしたアサシン。刃を動かせるのは一瞬のみ。彼女が大きく剣を振り上げて構えるのと同じく、彼は大きく身を捻って刀を構えた。一閃しか行えぬからこそ、後は振り抜くだけで敵を斬れる様に剣気を溜める。

 

「―――――――――――!」

 

「っ―――――――――――」

 

 

 闇夜の中、騎士王と侍が互いに斬り結び、血戦が終わりを迎えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)。この固有結界こそ、アーチャーのサーヴァント―――エミヤシロウが唯一保有する宝具。

 ―――瓦礫の王国が英雄王の前に君臨していた。

 ギルガメッシュはアーチャーの呪文詠唱を許していた。臣下と聖杯を背後にする王は敵の何もかもを踏み潰す決意と、贋作全てを蹂躙する殺意の元、嘗て世界全てを手に入れた絶対者として戦いに挑んでいる。

 王は王で在るが故に、この偽物を許容出来ぬ。

 ギルガメッシュは己自身の誇りで弓兵を討つ。

 届かないと分からせるのでは決してない。ただ単純な事を知らしめる為、死を以って贋作者に刻み込ませ無くてはならない。

 

「実に不快な気分にさせる世界だ。見渡す限り、全てが本物に届かぬ瓦礫。

 ―――だが、偽物には相応しい末路よ」

 

 視界全てが虚飾に溢れる。気色が悪いにも程がある。吐き気さえ感じ、さらに殺意が高まっていく。

 

「確か……エミヤシロウ、であったな。

 しかし、なるほど。これならばアレの娯楽の対象になるのも頷ける。ここまで贋作に塗れているとなると、悪趣味なあやつの嗜好に適するのだろうよ」

 

 ―――と、彼は無造作に財宝を撃った。一挺、二挺と蔵から射る度に、瓦礫となって墓標の如く刺さっていた剣が迎撃。

 あまつさえ、墓標の剣共が先手必勝と英雄王へと降り掛かる……!

 

「英雄王。武器の貯蔵は十分か?」

 

 皮肉な台詞がギルガメッシュの感情を逆撫でにした。財宝の射出は数を増やし、剣の群れは敵の弾数を越えていく。交差し交差し、武器達が互いに錯綜しては墜落する。

 

「……ほざいたな、贋作者(フェイカー)

 

「いやはや、これは失礼。だが、準備不足で負けたと言われると、流石の私も勝った後に気分が悪くなるのだよ」

 

 アーチャーはその言葉の裏に策を巡らす。敵の感情ですら彼からすれば武器になる重要な因子である。それも、ギルガメッシュ程の強者が相手となれば尚更だ。

 

「―――その蒙昧さ、貴様が例え自害しようとも許し難い。もはや人並みな屍になれると思うなよ、雑種」

 

 不敵な笑みで返事をする。やってみろと笑い返す。アーチャーは思考では勝つ為に幾度も計算し直し、策を練り続けている必死の殺意を皮肉で隠し通した。

 ギルガメッシュもまた、敵能力を的確に判断し、それに合わせた蔵の財宝検索を行う。無尽蔵に埋没する武装が敵に対応すべく運用される。

 乖離剣の開帳は早い。使えば一撃で葬れる威力を誇るも、あれは隙が大きい。

 天の鎖も対処される。敵の剣軍を鎖で破ろうとも、複製速度に追い付かれる。

 ギルガメッシュを抑え込んでいるのは、この固有結界である。この大元を如何にかしなくては、戦いを有利に運べない。

 ―――否、戦いに持ち運ばれた時点で危機に陥っている。

 ならば何をすべきなのか。その答えは単純明快。そして成すべき手段も簡単なもの。財宝解放の数量を一気に増量し、武器を使う為の僅かな時間を合間に挟む!

 

「―――――――がぁ………っ」

 

 ―――ギジギジ、ジャギジャギ。

 体内から五月蠅く鳴り響いている。剣と剣が削り合い、体が剣で抉れている。

 

「……ハ。結界を殺す手段など腐るほど存在しておるわ」

 

 ―――キビシス。嘗てゴルゴン退治に活躍した袋の原典。世界を反転させる結界殺し。

 しかし、いくらキビシスの原典とは言え、エミヤの宝具である固有結界を破壊する程の能力は持っていない。いや、キビシスの真髄はそこでは無く、裏返ることで結界の能力が術者へと戻されるところ。

 つまり、それが意味するところは………

 

「……ゴフ――――――――っ」

 

 ………固有結界が術者自身に顕現する。世界からの修正力が上昇してしまうのだ。

 アーチャーが、口から血を吐き出した。滝の様な吐血だ。体の内から、剣と剣が擦れる音が骨を通して耳に聞こえてきてしまう。

 

「やはり、これだけでは無理か。

 ……まぁ、流石の(オレ)も、そこまで貴様を甘く見ている訳ではないがな」

 

 キビシスではエミヤの固有結果を破る事は出来ない。そこまで彼の宝具は甘くなく、強靭な魂が造り出す世界は頑強だ。それでも、キビシスが与える苦痛と阻害は、戦闘において無視できないレベルに達している。

 ……が、キビシスの結界反転は弾き飛ばされた。

 アーチャーが強靭な意志により魂で固有結界を確固たる世界に錬鉄した。しかし、アーチャーの固有結界の寿命は確かに縮み、万全からは遠くなる。ギルガメッシュはその世界の罅割れを王として極まった眼力で、事細かに把握し切っていた。

 

「……小細工に走ったか、英雄王」

 

「愚か者。小細工では無く、大いなる戦略よ。

 ―――どれ……結界殺しは魂に染みたか、下らぬ偽物め。雑種の心に原典の重みは辛かろう」

 

 ギルガメッシュが酷薄に口元を歪め、冷徹に目を細める。結界反転を打ち破った奴の意志を、英雄王は直々に粉砕すると殺意のまま決めた。

 

「下らぬのは貴様の王道だ。

 ……清濁真贋混じり合ってこそ、人が住まう世界だと私は思うがね」

 

 ギルガメッシュの笑みは更に深まった。あれは如何殺してやろうかと、真剣に思考している時の表情だ。

 ―――幾つもの処刑方法を思い浮かべては消していく。

 敵は殺す。それも不快な雑種は惨たらしく念入りに捻り潰す。後悔も無く、未練も無く、ただ強者として圧倒的な力で葬るのが王の慈悲。

 

「もう死ね。貴様は不快極まるぞ、贋作者(フェイカー)

 

 ―――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)。展開される宝具の群れを、剣軍が薙ぎ払った。

 ギルガメッシュにとって、遠距離からの一方的射出攻撃で先手が取れないのはとても珍しい事態だった。元から武器が用意されている世界において、自分の宝具では必ず後手に回ってしまう。

 

「……なるほど。確かに厄介なガラクタだ―――」

 

 王の財宝は確かに通じていない。アーチャーからすれば取るに足りないのだろう。

 

「―――だが、所詮は偽物。極めたところでそれが限度よ……っ!」

 

 鎖が舞い、剣が飛ぶ。その合間を狙い、財宝は蔵から撃ち出される。

 ―――縦横無尽に剣軍を抑え込むは、天の鎖(エルキドゥ)

 英雄王の左腕に巻き付いた銀色の鎖が剣を叩き砕き、あるいは絡み巻いて宙へと固定していた。だが、英雄王が予想してように、敵の複製が対処可能な量を越えていき、財宝射出も先手を段々と取られ始める。

 …‥だが、敵に隙を作れた。結界殺し(キビシス)天の鎖(エルキドゥ)の運用によって、自分の武器を準備する時間を創造。

 今ならば、宝具を取り出し、魔力を込められる。

 数多の財宝を湯水の如く使い―――今、最強の幻想が瓦礫の国に君臨した。

 

「―――……!」

 

 一目した事で戦慄が奔った。弓兵の心象世界にも製造する為の要素が一つも無い原典。剣として存在しながらも、何もかもが剣として解析不可能なソレ。この世でヒトが剣と言う概念を生み出す前から在る世界の地獄。

 ―――自分はアレを理解出来ない。何も分からない。

 徐々に回転を開始する乖離剣。エアの魔力が臨界点まで加速した時、地獄の孔が開かれる。世界は容易く切り裂かれるだろう。

 

「――――――!」

 

 しかし、ギルガメッシュが奥の手を出した瞬間―――その意識の隙間に弓兵が戦術を押し込む。剣軍の展開をし、敵軍の武器を撃ち落とし、白兵戦に持ち込む為に接近する。エアを取り出し、魔力を少しづつ溜めている合間、攻撃を警戒しても迎撃の手は弱まり、幾つかの剣がギルガメッシュに命中した。

 だが、黄金の鎧によって防がれた。アーチャーが繰り出す剣の中には、剣軍に紛れ込ませた本命があり、鎧を貫き抜くまでの威力を持っていたものの、英雄王はその確かな眼力で強い概念を持つ剣は優先的に迎撃された。敵の策を見通し、殺意の群れに潜んだ微かな必殺さえ、王として君臨する彼には通用しない。

 ―――そして、弓兵は英雄王の眼前に到達する……!

 地面を揺るがすほど強く踏み込み、両手に握る干将莫耶でギルガメッシュに強く斬り込んだ。しかし、鎧の篭手で容易く防がれる。黄金の鎧は一切揺るがない。

 

「馬鹿め。雑種の剣など通じるものか」

 

 背後から財宝を展開して投影武装を迎撃しつつも、敵の剣戟を鎧で弾いた時、彼はアーチャーの真横から王の財宝を射出する。それを自身の世界そのもので感知しているアーチャーは、剣を壁のように展開して攻撃を受け流す。そして、剣壁が崩れるまでの僅かな間で更に踏み込み、戦闘を斬り合いに持ち込む。

 ―――英雄王は弓兵の策を悟っている。また、弓兵も英雄王の策を先読みしている。

 故に、勝つ為には更なる奥の手が必須。アーチャーは敵の財宝を乗り越え、ギルガメッシュは敵の複製を凌駕せねばならない。

 再度、二人は衝突した。空中で斬り結ばれるは原典と複製。本物と偽物。戦いの場において、もはや戦力として其処に違いは無い。

 しかし、こと乖離剣エアは数ある最強の中でも究極に等しい。

 白兵戦に持ち込まれたギルガメッシュが連続投影に耐えているのは、エアの破壊力によるところが大きかった。王の財宝の同時多角複数展開をしつつ、斬り合いをすればアーチャーに何時かは斬り殺されるも、その未来は決して訪れない。エア一つで接近戦を行い、鎖を巧く使って危機を乗り越え、逆にアーチャーを窮地に追い込む展開も作れた。故に、敵の複製品を一撃で粉砕する威光は英雄王に相応しい。

 

「では、その剣でも使ってみたら如何かね?」

 

「たわけ。だが、貴様の薄ら寒い挑発に乗ると思われるのも―――中々に腹立たしい……!」

 

 エアの真名解放の隙を狙っているとアーチャーは挑発した。ギルガメッシュも敵が一番望んでいる展開を理解し、そしてアーチャーもまたギルガメッシュのそんな思考を理解している。

 アーチャーが敵の戦力、戦法、戦力を再度計算する。

 黄金の鎧を着込み、乖離剣を右手に握り締め、天の鎖を左腕に巻き付け、王の財宝を展開しているギルガメッシュに隙はない。アーチャーがギルガメッシュの隙を作るには、敵に無理な行動をさせるのが一番簡単なのだ。王の財宝による手数の威力、そして防御と攻撃範囲。倒すにはまず、此方の攻撃で先手を取り続けて圧殺するか、一撃で命を奪い取るか、この二つが確かに成る。

 

「どうした、その程度か!?」

 

 英雄王がエアで双剣を粉砕した。その隙に蔵から巨大な黄金斧を出し、武器を握った左手を大きく振り被って斬り叩く。そして、左腕に巻いた鎖を振り回し、二段攻撃を仕掛けた。

 斧を回避した刹那、ほぼ同時に下る鎖の猛威。弓兵は紙一重で投影した剣で鎖を受け止めるも絡み取られたため、鎖で束縛された武器を棄てて新たな武器を装備。次の瞬間には財宝が迫るも、全て自身の剣軍で迎撃した。

 

「―――ならば、耐えてみせろ」

 

 干将莫耶が美しい軌道で円を描いて飛来。挟み斬るかの如く英雄王の首を狙い、互いに引き寄せ合う夫婦剣が王に迫る。

 ―――刹那、上空より剣軍の嵐。更に同時多角包囲投影展開……!

 更に夫婦剣が両手に投影され弓兵が装備。即座に間合いを詰めより、英雄王に絶殺の死が雨嵐となって降り掛かる。

 

「―――下らん」

 

 その宣告と同じく、英雄王が迎撃に掛かる。敵を愚弄しながらも彼は鎖による先制迎撃を行い、財宝射出で一掃。剣軍を落とし、回転する乖離剣にて飛来する陰陽の刃を粉砕し、アーチャーの攻撃を左腕の篭手で守る。

 

「無駄よ、雑種。

 ―――浅はかな脳から絞り出た下らぬ戦法を、この我が見抜けぬとでも思うたか?」

 

 双剣と篭手の鍔迫り合いのまま、彼はエアによる刺突を繰り出す。英雄王は夫婦剣の特性を見抜き、鎧で弾くこと無くエアで壊していた。本気になった彼からすれば、宝具特性を使って戦術など瞬時に判断する。

 ―――数多の宝具を保有し、この世の財宝を網羅する英雄王ギルガメッシュで在る故、その鑑定眼に曇りは無い。

 そして、あの贋作者が干将莫耶と言う陰陽剣に特別視しているのも、今までの戦いから悟れていた。ならばこそ、あの双剣に何かしらの必殺を行う策が仕込まれていると考えるは道理。念入りに、蛆虫を踏み潰すかの如く、エアで壊してやった。

 

「……させん――――!」

 

 アーチャーが感じ取るのは圧倒的な死の気配だけ。乖離剣エアの回転数は最初のものより跳ね上がっている。今直ぐにでも真名解放されても可笑しくは無い。

 ―――弓兵の攻撃が爆発的に増える。苛烈な猛攻が王を乗り越えんを剣が舞う。

 だが、ギルガメッシュは全て防御した。剣を撃ち、盾を出し、黄金鎧で致死の必殺を紙一重で凌駕する。アーチャーの有利性が完璧な財宝の運用で崩れて落ちる。完全な迎撃と防御によって、全力を尽くすエアの真名解放まで戦局を持ち込んだのだ……!

 

「―――地獄を刻んでやる。

 偽物では決して届く事の無い輝きを、その身で存分に理解しろ……!」

 

 荒れ狂う嵐。死を纏う熱風の声。乖離剣エアは回り、世界は切り裂かれ、人間は星の産声を太古の灼熱から知る事となろう。

 ―――臨界突破。エアが今、剣の世界を蹂躙する。

 謳われるは原初の地獄。

 其れは、嘗ての名も無き剣で在るが故の、絶対なる法典。

 

天地乖離す(エヌマ)――――開闢の星(エリシュ)

 

 極限まで凝縮された灼熱の風。アーチャーを世界ごと巻き込んで渦が回る……!

 これは原初の地獄を成す法典である宝具、乖離剣エアの真名解放。この星で剣が生まれる前から存在する剣の形をした星の創世。

 これは何もかもが桁違い。

 概念とは歴史。過去の積み重ね。ならば、地球が世界に在り始めた太古から存在する剣は、どれ程の概念と神秘を宿しているのか。

 

「―――――――――――」

 

 完全に停止した体感時間の中、アーチャーは死を見る。絶対的な地獄を見る。しかし、彼に諦観は無く、恐怖も無い。

 ―――勝てる幻想を思え。眼前の死を凌駕せよ……!

 今はただ全力を。全てを通し抜く為に抗うのだ、終わりを迎える最期まで。

 

「―――全て遠き理想郷(アヴァロン)―――」

 

 無限の剣製に隠した奥の手。エアをも防ぐ結界宝具―――アヴァロン。

 これをアーチャーのサーヴァントが、エミヤシロウが再度手に持つのはいつ以来なのか。ライン越しに伝わるセイバーの魔力と、その存在によって甦った鞘の設計図。本来ならば投影不可能な宝具であれど、それを成す為に弓兵はエミヤシロウから衛宮士郎に戻った。

 ―――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)が、全て遠き理想郷(アヴァロン)に弾き返された。

 エアによって完全崩壊する筈だった固有結界は、アヴァロンがその世界両断をする地獄の大部分を抑え込んだ。本来ならば即座に消えていた無限の剣製であれど、瓦礫の王国はまだ消え果てておらず。余波によって心象風景が歪み、維持するのは難しくとも、直ぐに無くなる訳ではない。

 故に―――アーチャーが攻勢に出るのも必然。

 

投影(トレース)開始(オン)――――」

 

 ―――出現するは最強の聖剣。アーサー王が持つ神造兵装。

 アーチャーの魔力が高まり、今にでも輝く光の束で敵を斬り裂くんと真名解放を待っていた。剣の極光の威力はギルガメッシュも知っていた。

 

「……――――――!」

 

 ギルガメッシュも油断なく見据えていた上、今の状況を隙なく理解している。何かしらの策を用意しようとも偽物風情がエアを乗り越えるとは考えたくも無かったが、現実は今を正しく映している。そして、こうなるかも知れぬと忌々しくも彼は思考し、予め覚悟も決めていた。故に、敵が取るであろう策もまた簡単に思い付けていた。

 それが敵の驚愕を不意討つ反撃。それも息も吐かせぬ速攻だ。 

 ギルガメッシュは敵を睨みつつもエアを構えた。再度の真名解放をする為では無く、相手の攻撃に合わせた迎撃を繰り出す為だ。王の財宝も静かに展開寸前にした守護の具現も万全となり、一方的にアーチャーの胸が串刺しにされるだろう。敵が放つ一撃が最強の聖剣による真名解放であろうとも、生き残る確信を英雄王は持っていた。

 セイバーの投影された聖剣―――エクスカリバーを大きく構えた弓兵が英雄王に接敵する……!

 しかし―――

 

「―――投影、装填(トリガー・オフ)

 

 ―――刃の光は剣の中に秘められたまま。輝きは強くなれど、放たれる素振りは無い。弓兵は身を大きく捻り、遂に隠された真名を解放する……!

 

全工程投影完了(セット)――――是、射殺す百頭(ナインライブスブレイドワークス)

 

 ―――超神速の九連撃。

 ザン、と斬撃の轟音が重なり合う。聖剣の刃がギルガメッシュを切り刻んだ。

 

「ガァ―――――っ」

 

 黄金の鎧が細切れになって吹き飛んでいく。一つ一つの斬撃が既に必殺の領域であり、もはや耐えることなど不可能な神域の絶技。エクスカリバーの真名を囮にした裏の裏を成す策の成功。

 

「―――雑種、貴様………!」

 

 血塗れになり鎧は消えた。―――しかし、英雄王は生きている。

 致命傷を受け、数分後には息絶える重傷であるが、宝物庫に保管してある霊薬を飲めばそれで済む怪我だ。何も問題は無い。だが、霊薬を飲み傷を癒すには、目の前の不遜な贋作者を始末しなければならない。

 

「……ギル、ガ…メッシュ――――!」

 

 ―――死んでいない。あの男は倒れていない。聖杯の鞘と言う奥の手。そこに大英雄の剣技を殺し手として使って、それでも殺し切れない。

 アーチャーの肉体は内側から剣で引き裂かれ、その疲労はピークを通り過ぎている。ギルガメッシュの粘り強さと結界殺しの傷により、固有結界が心身を崩していく。人間の肉体であるならば、生命活動をとうに停止させている程だ。しかし、まだ動く。動かさなくては勝てない、生き残れない。

 

「――――――!」

 

 再度、止めの一閃を。ギルガメッシュを切り裂こうとエクスカリバーを構え、その刃を見たエミヤは凍りつく。聖剣の刀身が先から砕けてた。長さにして全体の半分ほど刃を失い、剣としての幻想を保てないほど投影が消えかかっている。

 乖離剣(エア)に衝突し、約束された勝利の剣(エクスカリバー)が粉砕されていたのだ。

 ギルガメッシュは臨死の瞬間、初撃の一撃のみエアで聖剣の先に当てて防ぐ事が出来ていた。その時点で刃に亀裂が入り、敵に斬撃を刻む度に刀身が砕けて行った。ギルガメッシュは他の斬撃をエアで防げずとも、刀身が折れたと言う間合いの差異が、彼を最終的に死から救っていた。それでも二撃、三撃、四撃と段々と折れていく聖剣で鎧ごとギルガメッシュは斬ったが、それは砕けそうな聖剣を更に破壊させていた行為だったのだ。

 

贋作者(フェイカー)ァァアーーーー!」

 

「―――――――――!!」

 

 ギィガン、と爆音が響き渡る。

 振り抜かれたエアの一撃を聖剣で受け止め、エミヤのエクスカリバーは塵と砕けた。乖離剣の回転に巻き込まれ、片腕も渦へ消滅する。しかし、消えかかっていたエクスカリバーで防いだと考えれば、腕一本で済んだのはアーチャーとしてはまだ良い方だった。左腕が有れば、敵を倒す剣をまだ握る事が出来る。

 ―――斬撃後の隙を狙い、アーチャーはギルガメッシュの右腕を剣で斬り落していた。

 乖離剣は落ち、固有結界の中に消えて行った。見事なまでに斬撃がカウンターし、避けられぬならと利用して敵の腕を奪う事に成功する。

 アーチャーはエアを避けられないと悟った瞬時に投影を行い、カリバーンを左手に持っていた。固有結界内だからこそ可能な瞬間投影により、英雄王の右腕を自分の右腕が斬られた道連れに出来た。ギルガメッシュは左腕に巻いた鎖を邪魔にならぬ様操り、左手に魔剣グラムを持つ。選定の剣としてカリバーンよりも格上の武器を選んだのは、ギルガメッシュとしても無意識的な戦術判断だった。

 

「……ここまで追い縋るか、雑種――――!」

 

「―――当然だ。貴様はここで敗北して貰う……っ」

 

 ギルガメッシュの言葉に彼は笑みを作る。相手を苛立たせる皮肉屋の表情。自分の内側を悟らせぬ策士の容貌。

 ―――アーチャーがここまで戦えているのは自分の力だけでは無い。

 マスターから貰った令呪によって固有結界を展開した上での、数多の宝具解放に耐えられていた。彼女からこの加護が無くば、王として本気を見せるギルガメッシュを凌駕する事など不可能。エアを防ぐ奥の手として用意したアヴァロンの投影とて、セイバーの助力無しに成功は絶対にしなかった。

 ―――だが、ギルガメッシュにも背負っているモノがある。

 聖杯の前で今も戦っている臣下に対し、彼は譲れぬ誇りがあった。臣下から戦いに勝てと、ギルガメッシュは王として願われている。

 嘗て幼かったあの神父に渡した言葉に、王で在る自分が敗北して何が英雄王か……!

 

「貴様ぁ――――――!」

 

 乖離剣の真名解放により、引き裂かれた世界が崩れ去る。瓦礫の国が更なる瓦礫に朽ちていく光景は、ただ只管に壮絶な終焉を示していた。

 そんな世界の中、彼ら二人は斬り合っている。太古の原典から派生した剣の更なる偽物と、数多の伝承に世界へ拡散していった剣たちの始祖。投影されたカリバーンと原典となるグラムが、幾度と無く斬り結ばれている。

 世界から剣製された投影武器と、蔵から撃ち出される財宝軍がぶつかり合う。

 本物と偽物が、持ち主と作り手によって殺し合う……!

 ギルガメッシュは全身を血で濡らし、頭から流れる流血で視界が赤くなっている。それでもアーチャーに対する殺意に揺らぎは無い。死に体まで追い込まれているのは弓兵も同じである。

 

「天の鎖よ……!」

 

 蔵を通し、鎖が迫る。だが、ここはエミヤの世界。そも、空間の歪みを感知する彼からすれば、この程度の視覚外から来る攻撃箇所を見抜くのは至極当然なこと。他空間から連結する蔵の門となれば、空間の歪みも相当強い。

 しかし、それが分からぬギルガメッシュでは無い。財宝を幾つも迎撃されれば、これが通じぬと戦況を読んでいた。故に左腕の鎖を利用し、敵が攻撃を避ける事で体勢を崩させ、グラムによる剣戟で止めを成さんと刃を振り下した。

 

「……っ―――――!」

 

 投影と財宝が猛々しく暴れて衝突し合う戦火の中、二人の剣戟が硬直する。持ち主と作り手の殺し合いに変化が起きた。

 ……グラムにカリバーンが抑え込まれていく。

 アーチャーは単純な筋力差による戦闘に持ち込まれいく瞬間―――アーチャーがグラムを受け流す。返し斬りを行い、ギルガメッシュの首を取りに閃光が奔った。

 

「ぬぅ……!」

 

 その剣戟を魔剣で強引に防ぎ、ギルガメッシュは地面を削りながら後退させれる。彼我の距離が僅かに離れ、ほんの一瞬だけ戦闘に余白が生じる。互いに視線が交差され、感情をそのまま言葉にして言い放つ。

 

「―――偽りしか成せぬ雑種如きに、よもや我がここまで……!」

 

「……世界全てを統べた太古の支配者も限界か、英雄王―――!」

 

 接近。剣戟交差。一閃、二閃と金属音が高鳴る。その度に選定の剣が軋む。

 

「偽物程度に計れる限界など、我には有るものか――――!」

 

 殺意が脅威的な剣気と変換され、英雄王ギルガメッシュの気合いに満ちた一閃が振り下される。アーチャーは的確な剣術で以って威力を殺し、その勢いを利用して加速した斬撃を放つ。殺意と剣気がぶつかり合い、世界が灼熱と斬り合いの余波で死んでい行く。

 ―――再度、斬り合いが始まる。

 何合も斬り結び、刃は火花を散らす。宙では投影と財宝が互いに砕け散り、破片となって消え去っていく。戦況が命の潰し合いになっていく。

 

「―――偽物が……」

 

 だが、ギルガメッシュは斬り合いの果てを予感していた。このままでは自分が追い抜かれて殺される。エアを消され、鎖の運用も巧く出来ず、敵の投影展開で先手を取られ始める。しかし、敵が今持つ剣はカリバーンの名を持つ選定の剣。偽物にしては良い性能を持つであろうが、原典の魔剣グラムには敵わない。今の斬り合いも何れかは自分の剣が勝利するが、それまでに自分が斬り裂かれるだろう。

 故に、限界まで魔力が溜まる機会を待ち、原罪(グラム)勝利すべき黄金の剣(カリバーン)ごと敵を粉砕する!

 ―――喰らうと良い、この一撃を。

 

「……死に晒せ――――!」

 

 魔剣が解放され、必殺は成される。グラムの極大斬撃が振り落とされた……!

 

「―――勝利すべき黄金の剣(カリバーン)……!」

 

 それと同時、アーチャーの剣も真名を解放する――――!

 能力を解放した剣同士が二人の中間で衝突。弓兵は英雄王の攻撃を先読みし、カリバーンの力でグラムの能力を相殺する。選定の剣が発生されるエネルギーは規格外の神秘を成し、自分と相手の破壊力が相乗して刀身に負荷が加わった二本の剣は無事では済まなかった。

 ―――強烈な爆風が生じ、二人とも手から剣が弾け飛ぶ。崩れた刀身から刃の破片がキラキラと宙を舞った。

 互いに剣を失う。

 相手を殺す武器は無い―――ギルガメッシュには。

 英雄王の視界には既に武器を手に持ち、剣を振り下す敵の姿。カリバーンを失った瞬間、エミヤは地面に突き刺さっていた剣を手に持っていた。

 弓兵の世界が生み出した刃は輝き、敵を斬るため剣が落ちる――――――!

 

「―――――――――」

 

 無意識の反射でギルガメッシュは蔵から新たな剣を取り出していた。だが、蔵から剣を出した時、勝機は既に英雄王から過ぎ去ってしまった。

 ―――斬り裂かれ、宝具も全て停止する。

 命が尽きた事によってギルガメッシュの攻撃が完全に止んだ。彼は贋作を作る怨敵を前にしていながらも、その偽物を殺す事が出来ずにいた。

 

「―――ふん、王で在るが故の敗北か。

 自身の在り方さえ贋作で偽り、女の力に頼る雑種風情に斃されるとは」

 

 ギルガメッシュに油断は無かった。敗因は唯一つ、エミヤがアルトリアの加護を受けていただけ。彼はアーチャーの能力を過大評価も過小評価もしなかったが、エアさえ防ぐアヴァロンの能力はギルガメッシュにとっても規格外の神秘だった。

 ただの全力では、アヴァロンを再度手に入れたエミヤシロウに不意を突かれた。固有結界と言う宝具に隠れた奥の手によって、必殺にまで到達されたのだ。

 ……故に、王で在るギルガメッシュは敗北を迎えた。

 無論、王で在る事も捨てた本気の全力であれば、一欠けらの慢心も無く勝利しただろう。しかし、言峰士人と言う臣下に英雄王の在り方を示す為、ギルガメッシュは決して王を棄てる事を良しとしない。王であるが故に王として、英雄王ギルガメッシュは臣下に下した誇りを貫かんと君臨し続けねばならない。贋作者風情に原初の、王では無いギルガメッシュを魅せるのは許せない―――自身が死ぬとしても。

 ―――いや、その程度であらば、王としての末路を最期まで見せなくては。

 彼にとって偽物に勝つことよりも、王で在る事の方が大事であった。自分は臣下の為の誇りを失う訳にはいかなかった。そんな事に気が付いてしまったからか、贋作者に負けた結果を忌々しく思いつつも、心は何処か怒りから離れた感情を抱いている。

 

「消えるまで精々大事にしておけよ、贋作者(フェイカー)

 貴様が欲しているアレは何せ、王から奪い取った極上の女であるのだからな」

 

 地に倒れる事も無く、英雄王は消えて逝く。魔力の残滓が細かく黄金色に輝き、粒子を虚空へ溶けていった。

 

「―――――――――」

 

 最期の彼の表情はとても英雄王らしい傲岸不遜な顔だった。憎い敵を酷薄に睨んでいる様で、ここではない誰かを愉快に思って笑っているようにも見えた。

 ―――アーチャーは無言で消える敵を見届けた。

 今でも自分が英雄王と下した実感は無い。それほどまでに、油断を棄てたあの英霊は強過ぎた。だが、王で在る故の慢心が英雄王には有った。本来の自分では決して届く事が無い力を誇る敵を倒せたのは、自分の能力以外のモノを使った勝算があったから。

 

「……勝ったか――――」

 

 心象風景が崩壊する。瓦礫の墓標たちが魂に還って逝く。乖離剣の余波によって固有結界が遂に消え―――視界に映る世界が現実に戻る。戦いの終わりと同時に、結界維持に耐え切れなくなった。

 ―――そして、弓兵の目の前にはセイバーとアサシンの姿。

 アーチャーは剣士と侍の結末に立ち会った。互いに受けた傷は死に届く寸前の所を明らかに越えている。今直ぐに死んでも可笑しくは無い。

 

「――――――――」

 

 背中合わせに二人は立っている。斬り裂かれ、全身から血が流れている。最期の一振りは重なること無く刃が通過し、互いの血肉を斬っていた。

 ―――結果、同時に切り裂かれた。

 即死では無いも、アサシンは肩から袈裟斬りに裂かれている。セイバーは鎧ごと肉体を断ち切られていた。

 

「……ク―――――――」

 

「―――――――アサシン……」

 

 セイバーには致命傷が幾つもの斬り込まれている。では何故そんな状態で存命出来るのか。やはり其処には理由が在った。

 ―――全て遠き理想郷(アヴァロン)。聖剣の鞘たる蘇生の加護。

 彼女はアサシンに斬られるが、傷を即座に癒していた。流石に感覚器官の蘇生や、肉体の欠損には瞬時に対応出来ぬも、即死さえ防げば治癒が働く。多少は霊核が罅割れようとも、この宝具によって癒しの効果を得られよう。

 勿論アサシンは鞘そのものに気が付かずとも、セイバーの異常な生命力を悟っていた。故に刀を何度も振って命に届かんと目指すも、即死の斬撃を成す事は出来なかった。幾度も首の皮を斬り裂き、霊核たる心臓にも迫ったが、最後まで刀を振り抜き、命まで斬り届く事は遂になかった。

 

「―――おぬしの勝ちだ。私に勝ったことを誇ってくれ」

 

「……―――――――――――」

 

 セイバーは剣士としてアサシンに負けていた。彼の技量は自分を越えている。しかし、セイバーの強さの本質は其処では無い。聖剣でも無く、その鞘でも無く、魔力でも無く、強く在ろうと嘗て決めた過去が、彼女を戦いの中で諦めさせない。

 彼女は、王で在らんと決めた夢追い人。

 その原初の思いが消えぬ限り、騎士王は騎士王で在り続ける。

 佐々木小次郎には、そんな彼女の尊さが刃を斬り通して実感していた。剣気と共に斬り結ぶ度、騎士王の思いを火花の如く幻視した。

 

「……あぁ、本当に楽しかった。

 おぬしと立ち会えて―――私は十分に満足出来たぞ」

 

 アサシンは届かなかったことを無念に思わず、この戦いを大事に心へと仕舞って死んで逝く。体が消えていくも、彼は笑みを絶やす事は無かった。

 ―――佐々木小次郎は死んだ。望みを果たして命を失くした。

 セイバーと、そしてギルガメッシュを下したアーチャーが、アサシンの最期を見届けた。侍は英雄王と同じく、振り返る事を良しとせずに笑って死ぬことを選んで消えた。

 

「……セイバー、君はまだ戦えるか?」

 

 彼は一目見て理解してしまった。もう、セイバーの霊核が罅割れている。

 本当ならば現世から消えているが、その道理を鞘が捻じ曲げていた。死と言う概念を蘇生によって歪めている為、今の彼女は生きているだけで魂が軋み、極大の苦痛に襲われていた。

 

「すいません、アーチャー。もう、何も見えないみたいです。……私を戦場まで導いて下さい」

 

 彼女はそんなアーチャーの問いに力強く答えた。例え、傷を負おうとも、自分はまだ戦えると。セイバーは本気だった。目が全く見えず、片腕でしか剣を振るえなくとも、それでも諦めには程遠いと剣気で語る。

 

「―――わかった。手を貸そう」

 

 聖剣を消し、セイバーは一歩踏み出す。しかし、力が抜けて足が動かずに転び滑り、隣に立つアーチャーに寄り掛った。

 彼は残った左腕でセイバーを支えた。今の彼女は魔力不足と霊核の破損により、完全な蘇生は叶わない。時間を掛け、魔力に満たされて十全に休めば、傷を癒す事は出来る。だが、まだ戦場は続いている。立ち止まる訳にはいかない。それはアーチャーも同じであった。

 ―――黒い聖杯の気配は消えていない。敵はまだ一人残っている。

 自分のサーヴァントが死のうとも、あの神父は諦めないと二人は過去の経験から悟れていた。あれ程の異常を平然と自己に飼い慣らせる破綻者が、死ぬ程度では何も感じない。それ故、まだ戦い抜かないといけない。例え敵が聖杯を従えた魔人だろうとも、二人は立ち向かうと決めている。

 

「――――――――」

 

「――――――――」

 

 言葉は無く、走り急ぐ。血塗れた英雄二人に迷いは無かった。




 セイバーは右腕を切り落され、両目を潰されました。エクスカリバーはもう使えません。アーチャーは魔術回路がかなり使い潰れ、右腕が抉り落とされました。固有結界は使えません。かなりピンチな状態になりましたが、奥の手により生き残ることが出来ました。こんな展開になったのは、キャラクターを脳味噌内で好き勝手暴れさせ、設定を出来る限り守って自重を一切しなかった為になります。最後ですので四騎を全力で戦わせられたので、面白く執筆が出来ました。決戦前の準備も、侍と英雄王に絶対勝つと心に決めたセイバーとアーチャーなら、アヴァロンを策の一つにすると考えました。
 ギルガメッシュとアサシンの敗北も、最初は決めていませんでした。この展開になったのは、言峰士人を絶対に止めると決意した彼らがどんな策を準備するか、と考えた結果になります。神父も策は有りましたが、彼は基本的にサーヴァントを自由に戦わせている為、令呪や策略で縛りませんでした。
 そして、気が付いた人は直ぐ分かったと思いますが、この作品は剣と弓があんなこんなになってます。そう、これはぶっちゃけ後のフラグです。
 読んで頂き、ありがとうございました。次の更新目指して執筆していきます。


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38.命、散る

 終わりが見えてきました。長かった第五次聖杯戦争もそろそろです。


 泥に沈み、消え逝く友人。だが、それを成したのは自分自身の手。言峰士人は普段と変わらない笑顔で地獄を見守っていた。

 ―――この世全ての悪(アンリ・マユ)

 人生が狂った元凶。恨みも憎しみも悲しみも怒りも無い。彼はただ呪詛に対し、衝動的な興味から来る楽しみがあった。

 

「――――――……」

 

 直後、閃光。自分の頭部を通過する輝きが、空間を目前で焼き切っていた。避け無ければ、鼻から上が消えた屍になっていた。

 ―――笑みを浮かべる。

 神父は悠然と視線を敵へ向けた。新たな役者が揃った喜劇が喜ばしい。

 

「士郎―――――!」

 

 凛の声で戦場がまた殺気で灼熱とした。闘争の塊が士人へと迫っていた。彼女は心の底から震わせる戦意と殺意と害意が混ざった殺気を、自分の弟子へと叩きつけている。

 また、凛は士郎からライン越しで伝わって来る呪いの触感で、彼がどれ程の地獄の中にいるのか実感していた。その焦りから来る感情も加えられ、弟子を睨む目は悪魔にも似た凶兆が現われている。

 

「……その傷で良くやるモノだ」

 

 解析魔術によって人体を読み取った。肉体は既に崩壊寸前。壊れかけていた体を無理矢理に動かした所為で、肉が裂け、骨が砕け、治り始めていた傷の癒えも無駄なものになった。内臓も苦痛で暴れ回っていることだろう。

 士人にはその事が良く分かった。自分にもその手の痛みを知っている。故に、この今の彼女がどれ程の痛手を受け、手負いの猛獣になっているのかも、理解し切っていた。

 

「―――斬り抉る戦神の剣(フラガラック)……っ!」

 

 神父の意識が凛に向けられた瞬間を狙った必殺。後、二つしかない宝具を使った不意打ち攻撃。

 ―――音速を越えた迅さで貫かれる。

 カウンターではない迎撃の真名解放では無い為、本来の能力ではないが殺傷能力は極めて高い。急所に当たれば即死は間逃れぬ。

 

「………っ―――――!」

 

 魔力反応、視線察知、気配把握。それらの要素を使い、無様であろうとも身を強引に捻り倒し、直撃は回避した。視界を犠牲に地面を転がり、危険地帯から大きく距離を取った。

 ……だが、事態は好ましく無い。

 凝縮された光の束は士人の左肩の少し外側に刺さり、そこからレーザーで切ったように腕を抉っていた。左肩の傷によって、腕と胴の繋がりが弱まっていた。これでは万全に左腕を使いこなせない。

 

「……宣告(セット)―――」

 

 一言だけ、呪文を詠唱。心象風景の太陽から溢れ出た泥が傷跡を埋め、肉体を呪詛で癒した。霊媒術とは違った肉体治癒。

 これは悪罪(ツイン)の投影と同じく、悪魔の呪詛で生み出た言峰士人の魔術。

 この泥は神父の魔力を材料に生み出る呪い。投影とは別の、固有結界から成る副作用に近い現象の一つを応用したもの。黒い泥だったモノが体と同じ構成物へと素早く変わっていき、瞬く間に肉体の一部に変換されていた。治った跡傷まで綺麗に蘇生される訳ではないが、この戦闘を耐える程度は持つだろう。

 

「――――――……」

 

 士人が治癒の為に時間を消費する。その隙を使ってバゼットが士郎と凛が居る場所と言峰士人が居る間に、まるで守るように立ち塞がった。

 背後で念入りにフラガラックを浮かばせて置く。此方の手を知る彼であれば、バゼット相手に不用意な手を出す事は無いだろう。あの宝具の迎撃性能を考えれば、それは当然の思考と言えよう。

 ……だが――――

 

投影(バース)再始動(リセット)

 

 ―――この神父に躊躇いは無い……!

 持つ武器は一番得意とする悪罪。双剣が命を奪う為に振るい舞う。敵対する拳は鈍く、万全な時に比べて動きは遅い。彼女は自分を襲う刃の対処で体が既に追い付けなくなってきた。

 

「温いな。……どうした、このまま死ぬか?」

 

「―――砕きます。貴方を必ず、この拳で」

 

 限界など最初から越えている。ならば、自分の能力を更に凌駕する。だが、届かない事も理解していた。

 バゼットと凛はそも、戦闘に耐えられる状態では無かった。しかし、それでも、いざという場面で何か出来るかもしれない。

 衛宮士郎はサーヴァントたちと正面突破をしに行き、不意打ち要因として凛とバゼットは裏側から回り込んでいた。士郎やサーヴァントたちが戦闘を始め、神父共が辺り一帯へと注意が出来なくなった隙を狙い、彼女ら二人は気配を隠して山を登っていた。絶対に露見してはなら無いと、最初から隠れていた場所も柳洞寺から離れていた為、ここまで来るのに時間が掛かってしまった。山を登るのもそれは同じ。怪我の痛みに耐えながら、二人は最大限の早さで急ぐ。

 ……しかし来た時、既に事態は切迫していた。

 聖杯の元に到達したその時にはもう、衛宮士郎は泥に沈んでいた。神父によって勝敗が決していた。その時、凛はライン越しから余りにも絶望的な呪詛を感じ取る。勢い良く飛び出した凛の援護の為、バゼットもまたこうして神父と対峙している。

 

「……グゥ、ぁ――――」

 

 代行者として殺し合いの経験を積んだ士人と、執行者として任務を全うしてきたバゼットが持つ戦闘に対する認識は近いものが有る。神秘を使った戦いに慣れ切っており、常識など最初から存在しない。

 故に、こうしてルーンで硬化した拳を避ける相手を観察し、彼女はただ先の展開を予感して死の気配に背筋が凍り始める。

 殺される。絶対にこのままでは死んでしまう。闘えば戦う程、自壊が段々と加速していくのみ。勝ち目が見えないと言う恐怖は想像を絶していた。

 拳と刃が交錯し、攻撃が噛み合うこと無く錯綜する。

 彼女は痛みで悲鳴を上げ続ける体を無理矢理稼働させることで、何とか戦闘に追い付いている。魔力さえ尽きればもう動く事も出来ないだろう。

 

「―――貴方は! 何故そこまで……!?」

 

「そうだな。直接的な原因を話せば、養父の遺言が主な理由だよ」

 

 一端距離が離れた隙を狙い、彼女は声を上げた。対峙した二人であるも、バゼットの方は時間を稼ぐのが目的。また、士人の方も時間稼ぎは自分の戦術的に賛成であり、様子見を選択している。結局のところ、サーヴァントが勝った方が戦争の勝者となるのだから。

 

「―――綺礼の、遺言?」

 

 死んだ知人である言峰綺礼。バゼット・フラガ・マクレミッツが忘れられない強さを持つ男。悪で在る事に違和感を抱かせない完璧な聖職者が、何故今になって出てくるのか。

 ……いや。そうならば、納得もいくかもしれない。

 言峰士人と言う神父が戦う理由となるものが、父と王による言葉となれば自然な事だと思えた。代行者として極まった能力を振うに値する戦場であり、今までの人生を賭けることに躊躇いは無いのだろう。

 

「ああ。聖杯を見ておけ、と最期に言われた。

 故にこうして私はこれを見届け、その中身を知る必要がある」

 

「……――――――」

 

 あの目は危ない。彼女は生まれて初めて、ただ視線を受けただけで逃げたくなった。

 ―――アレの心には何も無い。

 空虚を越えた真っ黒で何も存在しない空白。そうで在るほど何も無いのに、絶対的な自我と意志で自分を見つめている。

 死ぬ。駄目だ、奪い取られる。殺される。

 バゼットは恐怖に慄く前に覚悟を決めてしまった。精神的な自己防衛ではなく、純粋に負けそうになる自分自身に吐き気を感じだ。

 

「……そうですか。

 しかし、綺礼と貴方には悪いですけど―――聖杯は危険物と判断して破壊させて貰います」

 

「―――ならば、死力を尽くせ。

 この身にお前の拳を届かせてみせろ、バゼット・フラガ・マクレミッツ」

 

 絶望を抱いたまま、彼女は自分自身の為に戦いに挑んだ。無論、結果は分かり切っていたが、それでも彼女は賭けてみる事にした。らしくも無いと己の蛮勇を嘲笑ったが、生まれて初めて清々しい気分で死に逝く事が面白かった。

 ……バゼットが弟子を食い止めている。その光景を一瞬で視界から振り被った。今すべきことは加勢では無い。

 彼女はバゼットが自分を助けてしまうだろうと分かっていながら、士郎を助けるべく死地に飛び込んだ。その彼女の行動を助ける為にバゼットは今、こうして戦いに挑んでいる。

 

「ああ、もう……! 女は度胸、躊躇うな―――っ!!」

 

 目の前にあるのは聖杯で作られた呪詛の檻。弟子が泥を固めて丸めて生み出した最悪の呪いの権化。

 腹から気合いが込められた声を出し、凛は黒い泥の繭に飛び込んだ。中に閉じ込められた衛宮士郎を直接助け出す為、彼女は危険地帯へ潜り込む。

 ――――死ね。

 ――――死ね。

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 ―――人間は醜い。死ね。

 生きる事が罪で在り、死する事が罰である。この世全ての悪など語るまでも無い。もはや救いなど在りはしない。地獄は此処だ。この世全てが悪を成す。故にこの世全ての悪が人を成す。悪で在るものが悪を成す事に不可思議は無い。人間はすべからず悪を成す。死んでしまえ、結末は悪なのだ。

 ―――世界は汚い。死ね。

 人類に先は無い。何もかもが狂っている。人で無いヒトが人の正体。皮を剥かれた本性を見ろ、それがヒトの世界の真実。これだけは変わる事が一つも無い現実。魂に積もる澱が呪いを生み出す。憎悪とは生み出るもの。人の世が何度も黒く塗り潰されるのは当然のこと。死んでしまえ、末路は滅びだ。

 ―――死ね。死ね。全て死ね………!

 

「……うるさい。邪魔よ、煩わしい――――!」

 

 凛は心に染み込んでくる呪詛を弾き飛ばした。魔術回路を全開にし、精神を限界まで高め、ただ呪詛の泥を気合いで押し退けた……!

 

「―――見つけた、あのバカ……っ」

 

 目的の人間を感じ取った。呪詛の世界で人の存在感は闇に消えるが、彼程の輝きを持つ強さであれば松明に等しい。精神が繋がっていれば猶の事。

 遠坂凛は衛宮士郎を見るに、状況は最悪の一途を辿っている。まず、士郎の肉体内へと、刺さった剣の傷から泥が入り込んでいった。そして、全身を覆った呪詛が呪いを押し付けている。外側から呪われ、内側から呪いが挟む様に反響し合う。更に幸運の無さは重なり、神父が使った魔術回路を封じる概念武装によって、衛宮士郎は魔術が使えない状況に陥っている。血も流し過ぎ、呪詛と負傷の両面から生命が脅かされている。回路と肉体が万全であれば、この程度の泥なら士郎は弾き返す事も可能であった。

 

「ここで、ここで死ぬくらい……なら――――――」

 

 しかし、生の渇望を言葉にしても、今の士郎にとっては無駄な足掻き。精神が死なずとも、瀕死の肉体に引き摺られて衰弱していく。心が耐えられても、生命さえ失くしている衛宮士郎には聖杯の泥は死に値する。剣に串刺しにされ、魔術回路を封じられていれば当然のことだろう。それも神父によって『殺す』と言う方向性が与えられているなら尚更だ。

 しかし、彼は赤い光を見る。それは昔の自分が憧れたような―――

 

「―――士郎、掴まりなさい!!」

 

「……遠坂――――!!」

 

 ―――まるで正義の味方みたいな彼女の姿。

 死んで逝くことしか出来ない彼は、一人の人間が成し得た奇跡を見る。出された腕を強く強く確かに掴んだ瞬間―――衛宮士郎は泥の繭から脱出する……!

 凛が命を賭して士郎を地獄から救い上げた。呪詛に満ちた黒く禍々しかった泥は完全に祓われ、吹き飛ばされている。士郎は久方ぶりの呼吸を再開させ、突き刺さっていた数本の剣を直ぐに抜き取った。泥の中では身動きが出来なかったが解放されれば話は違う。それに、刺さったままの状態で投影を爆破されてば一溜まりも無い。

 

「―――ほう。やはり、こうなるのか。素晴しい」

 

 バゼットの背後で、凛が士郎を救い出した光景をしかと見届けた。神父にとって、それは人が成した奇跡の一端。彼は魔術師と正義の味方が聖杯の呪いを打ち破った事実を祝福した。

 ……バゼットは凛が士郎を助け出せた事に安堵する。自分の背後からは確かに生者の気配が二つある。自分の足止めが成功したと確信した直後―――黒い二連の剣戟が眼前に現れた。

 

「――――は……ぐぅ!」

 

 気力を振り絞って剣から生き延びるも、士人はバゼットを悠々と蹴り飛ばした。刃を振い、敵が双剣を避けた後の硬直を狙った攻撃だった。彼は気の緩みと一瞬でも力が抜けた刹那を見抜き、彼女を防御した格好のまま右足を地面へと転ばせる。

 

「……言峰―――!」

 

 全身を血液で濡らし、穴だらけの状態で衛宮士郎は言峰士人の前に立ちはだかった。彼の背後には呼吸をするのも苦しいバゼットと、自分を助けた事で余力も消えそうな凛が居る。

 

「死に損ない、呪いで精神を暴かれた上、そこまでの殺意をまだ抱けるか。

 衛宮士郎。お前はそこまであの女―――イリヤスフィールを助け出さなくてはならないのかね?」

 

 既に彼は自分とイリヤの関係を知っている。アーチャーからも言葉が少なくとも、彼女が自分にとってどういう人間であるのか、理解させられていた。

 

「―――当たり前だ!

 イリヤが衛宮切嗣の娘なら、衛宮士郎だけは絶対に諦めてはならないんだ……っ」

 

 切嗣に誓ったのだ。救われた時に憧れた。親父の死ぬ時の言葉が忘れられない。

 ―――衛宮士郎が正義の味方にならなくてはならない。

 そんな生き方は機械と同じで、人間の在り方には程遠い歪んだ価値観だ。自分よりも他人を優先し、結局還るものが一つも無い。

 

「なるほど。それは助けたいと言う自己満足では無く、助けなくてはならないと言う強迫観念から出る義務感か。

 ……確かに、お前らしい理由だよ。

 ああ、ならばこそ、それを貫き、この身を打倒して越えて行け。イリヤスフィールを救うと決めたからには、呪われた聖杯と言峰士人は避けては通れぬ障害だ」

 

 最高だった。敵は三人、誰もが極上の人格を持つ娯楽の極み。

 呪いが愉しそうに自分の心を震わせている。黒い呪詛のまま暴れ、泥の衝動を笑みに変えていく。

 

「アンタ自分が何を言ってんのか、理解してるんでしょうね……!?」

 

「―――当然だ。

 これを知る事が出来ねば、私は満足に生を全うすることさえ不可能なのだ」

 

 泥を踏破し、士郎を助けた凛は、傷も響いて満足に動くこともままならない。それでも、自分の弟子である神父に対して彼女は叫んだ。

 

「―――士郎。あのバカを倒しなさい」

 

 遠坂凛を経由したセイバーからの魔力により、士郎の中にある鞘が持ち主の傷を癒す。彼の肉体をまるで時間を巻き戻しているように蘇生させていた。衛宮士郎が持つ蘇生能力の原理が判明した為に可能な遠坂凛による最高の援護であった。士人との戦闘中に幾度も無く傷付こうとも戦い抜けたのは、凛とセイバーがいたからなのだ。

 ―――故に、聖剣の鞘は今三つある。

 一つはアーチャーが投影してセイバーが体内に入れた偽物。もう一つがアーチャーがセイバーと契約する事で得られた偽物。最後に衛宮士郎が持つ衛宮切嗣から託された本物。

 凛とバゼットの分もあれば良かったが、アーチャーの魔力と回路の限界も有り、たった一日では二つが限度。守護者と成り果てたエミヤシロウでは、鞘の投影は固有結界の展開よりも遥かに困難であった。それも実際、バゼットからの令呪による補助が無ければ、ギルガメッシュと戦うには魔力が心許無くなるまでだった。

 

「……後は、お願いします―――っ」

 

 バゼットは、もう身動き出来る状態では無くなっていた。先程も神父の動きに合わせるだけで命が削れていき、死の淵のデッドレースを続けていた。とは言え、もはやそれも不可能。完全に肉体の損傷が悪化し、傷が深刻なレベルに到達している。

 ―――だが、回路だけはまだ無事だ。

 魔術師としてならば、この場所に立つ事は出来る。魔力で無理矢理両足を地面に立たせ、戦場に居る事だけは出来る。そして、フラガラックの抑止力は、この勝敗を分ける鍵にする事も可能。バゼットは凛の肩を借りて、如何にか立ち上がってフラガラックを撃つ構えだけは取れていた。

 

「―――分かった。今度は負けない」

 

 短かな、そして確かな決意。神父はそれを静かに見届けていた。

 

「実に喜ばしい。だが、私が父と師から学んだ技と術と、王から頂いた宝の前では、何時までもその様を晒すことになろう」

 

「―――言峰。おまえはそうやって、精々余裕ぶってやがれ」

 

「余裕……か。なるほど、そう見えるか。

 ならば、俺の演技力も程々に鍛えられているようだ」

 

 楽しそうに語りながらも、神父に油断など一欠片も有りはしない。冷徹に、事細かに、敵である衛宮士郎を観察している。

 ……無駄が無いのだ。行動全てに裏がある。

 こうやって喋ること一つ取っても、士人には何かしらの策があるのだろう。あるいは、何事も策に利用する狡猾さがある。

 

「……なに――――――――」

 

 ―――故に、笑顔を一変させた言峰士人は余りにも不気味だった。

 無表情。無感情。無防備。無動作。

 戦場が唐突に完全停止した。隙だらけに見えていても、自分が隙を見せた瞬間殺されると悟れた士郎は、敵に攻撃することが出来なかった。

 神父の目がおぞましいほど黒く禍々しく煮え滾り、殺意が充満し過ぎて自己が死んでいる。透明で色の無い空白の殺気が空間を殺す勢いで塗り潰して逝く。

 

「―――――――――消えた……?」

 

 ぽつり、と静かに神父が呟いた。表情は完全な無の表情と化し、何一つも現れていない空虚な顔。現実を見ているような、夢の中で自分が悪夢に居ると気が付いたような、茫然とした表情。

 

「……そうか、我々の敗北だな」

 

 既に何の価値も無くなった。この聖杯戦争で勝つ必要性が消え果てた。

 神父が持つ個人的な願望からすれば、聖杯の中身さえ知ることが出来れば良かったが、こうなってしまうと言峰士人に戦い抜く動機が無くなってしまう。

 

「―――死んだのか、ギル」

 

 ドクン、と鼓動する。聖杯が生贄を喰らって喜んだ。同時に、聖杯の前に君臨する神父から殺意と戦意が失われていった。

 ―――これは、虚しさか。

 ギルガメッシュが死んでしまった。養父が目の前で死んだ時に感じた虚無感にも似た、何も感じられない、何も思い浮かばない、何も考えられない、独特な空白が心に生まれる。

 何も無い故に言峰士人には、苦しみや悲しみの実感が無い。しかし、内側から空っぽになる虚無感だけは、空白の心の中で波打った。

 

「―――士人君、英雄王はアーチャーに敗れました」

 

 豹変した士人を見て、バゼットは大凡の事情を察知する。ラインから伝わるアーチャーからの情報で、彼が王と慕う英雄王が死んだのだと簡単に悟る事が出来た。だからこそ彼女は、言葉を使って臣下に王の死を確かなカタチで与えた。アーチャーの新たなマスターとして、ギルガメッシュのマスターに勝利を告げた。

 そして、その一言で士郎と凛も事態は把握する。ギルガメッシュをアーチャーが打倒した。

 

「……なるほど。アサシンも殺されたか」

 

 ギルガメッシュからのラインが途絶えた数十秒後、アサシンとのラインも消滅。自分では絶対に到達出来ないと確信させられる程の剣技を持つ侍も、敵のサーヴァントに殺害されたのだと分かってしまった。しかし、聖杯はまだ自分の手中であり、殺し合いも終わりを迎えていない。敵を観察しながらも、彼は取り返しがつかない違和感を自分の体から感じていた。

 ―――ザクリ、と神父の心臓部分から聴こえる奇怪な音。

 聖杯を背後に三人と向かい合う言峰士人は、なにが起こったのか理解も出来ずに視線を下に下げた。

 

「……ま、さか―――?」

 

 士人が声を、血と共に吐き出す。彼の胸からは紅い長槍の刃が飛び出ていた。神父は背後から槍に貫かれ、完全に心臓を串刺されている。

 

「―――――聖杯に届かなくて残念だったな、言峰士人」

 

 黒い泥から湧き出た人型が顔を歪める。片手に神父を串刺しにした槍を持ち、心の底から愉快だと顔に笑みを浮かべている。

 

「………クカ、カハハハハハハハハッ!!

 アヒャハハハハハハッッ!! ハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!」

 

 ―――それはまるで、赤子の産声に似た笑い声。

 ―――邪悪に歪んだ彼の顔は、何処までも純粋。

 暗い暗い黒色の泥沼から笑い声が響き渡る。この声はこの世全てを嘲笑っている。

 脳髄に焼き付く、悪意に溢れた存在感。それは憎み殺し犯し、ヒトの悪行が生態と化した悪魔の産声。体から漏れる殺意は大気に満ち、その殺気は猛毒に等しい。

 

「―――ア、アヴェンジャー……?」

 

 沼から現れた人影を見たバゼットが、そんな言葉を小さく呟いた。

 その姿は忘れもしないサーヴァントの形。皆を逃がす為に英雄王と戦い、そして殺された筈の相棒。もう二度と聞く事はないと悲しんだパートナーの声。

 彼女の声は誰にも届くことなく、空中へと淋しく霧散した。そして、アレが“アヴェンジャー”で在ろうとも、決して彼はバゼット・フラガ・マクレミッツのアヴェンジャーではなかった。同じ姿形だが、纏う気配がまるで違う。

 ―――これは別人だ。バゼットは一目でそれが理解出来た。

 そして彼女は、目の前に前触れ無く唐突に出現したこの人物が、自分達の敵であると一瞬で悟れられた。邪気と害意が、無害な存在には程遠い。

 

「ここで人生終了だよ神父さ~ん、アンタはもうお役御免だぜ。

 ………それにオレの誕生で一番の障害になるのが神父さんだってコト、この体を借りてるオレがキチンと理解しているしさ」

 

 ―――グサリ、と更に槍が深く突き刺される。

 それと同時に神父の背後に立つサーヴァントが、邪悪にその笑みを深めた。

 ―――グルリ、と槍を回転させる。

 士人は口から血を大量に吐き出しながら、胸元にある十字架のペンダントを握った。

 

「ぁ、グ―――――――っ」

 

 ―――血に濡れた笑い。

 心臓を朱い槍に串刺しにされた神父が、命の最期に笑顔を浮かべた。

 

「……全く、まだ道の途中であったのだがな―――――」

 

 そんな言峰士人の笑顔を見た衛宮士郎は、神父の笑う顔が衛宮切嗣(オヤジ)にそっくりだと感じ―――そして、アヴェンジャーが紅い槍を勢い良く振り上げた。

 背後から心臓を貫かれていた言峰士人の重さを感じさせない程、赤い魔槍は軽々と振り抜かれる。神父は簡単に後方の空中へと投げ捨てられた。

 ―――ドボン、と神父が黒い沼に消える。

 士人が言峰士人に成る前、泥に全てを燃やされた時と同じ様に、彼はアンリ・マユの呪いの中に消え去った。

 ………神父の命が消えていく時間。

 自分の弟子が右手で綺礼の形見である十字架のペンダントを握りながら死に逝くのを、遠坂凛は悲しい目でずっと見送っていた。

 

◇◇◇

 

 サーヴァントたちの到着は直ぐであった。死したアヴェンジャーの再来に、セイバーとアーチャーが間に合った。言峰士人が聖杯へ死に逝く光景も遠目から見ていた。神父が殺された直後、出来るだけの素早さで聖杯の前に到着していた。

 ―――二人は、庇う様に士郎よりも前に出た。三人を守る様に、アヴェンジャーの前に立ち塞がった。

 とは言え、アーチャーは兎も角、目をやられたセイバーは視覚以外の鍛えられた超感覚で何とか状況は把握しているだけ。彼女は斬られた両目を形だけは治癒を完了させているも、視界は万全には程遠い。視覚の完治はまだ出来ていない為、敵の姿が見えていなかった。切り傷の治癒は進んでいるのだが、彼女の瞼は固く閉じられたまま。

 

「―――アヴェンジャー……?

 いえ、貴方は彼とは違いますね。汚濁に染まった気配が聖杯と同一です」

 

 視界が巧く働かないセイバーが、感じ取れた気配と直感で敵を的確に判断した。目に見えないからこそ、余分な物を計らずに相手を見透かしていた。

 

「ああ、大正解さ。オレはアヴェンジャーでは在るんだが、同時に復讐のサーヴァントじゃあないんだね、これが」

 

 バゼットに見せていた笑顔と変わりない。だが、そこには圧倒的なまでの悪意が含まれていた。

 

「―――貴様、アンリ・マユ……か?」

 

 弓兵は凍りついた背筋から伝わる第六感に従い、それを言葉にしてしまった。 

 気配、殺気、邪気、死の予感。

 惨たらしいまで極まった悪意。

 そこから汚染するかの如く伝播する憎悪、怨念、殺意、欲望、狂気が世界に満ちる。空間が呪いで壊れ、そのまま崩れてしまいそう。

 

「……良いね、良いね、楽しいねぇ。

 流石は殺戮作業に手慣れた偉大な守護者様。一目でオレを見抜いたかよ」

 

 ヒヒ、と態とらしい下衆な笑い声。

 

「騎士王様に正義の味方。おまえらみたいな英雄が戦って人殺しをするにはさ、オレみたいな悪役が一番相応しい。

 ―――そうだろう?

 世界を滅ぼすまで膨れ上がった悪意なんて、実に殺し甲斐が有りそうじゃないか」

 

 あれはアヴァンジャーでは無かった。彼にはここまで生々しい感情を表現出来ない。それこそ見ただけで、人間の醜さを脳髄に叩き込んで教える程の憎悪は出せないだろう。どんな反英霊でさえ、あれ程の人類悪たる存在感は無いだろう。

 ―――あれは英霊では無い。

 騎士王と錬鉄の英霊には即座に感じ取れた、その現実が。受肉している身体こそ英霊のモノであるが、それに取り憑いている魂がヒトで無い。

 

「あの神父……自分から進んで虚無に取り憑かれたか?」

 

 例え言葉が彼に届いていないと理解していても、アーチャーは言わずにはいられない。何せ彼は死んだアヴァンジャーの本質を知っている。

 あの英霊ならば逆にこの世全ての悪を管理してしまう程、魂が強靭でありつつも、善悪聖邪が不要な性質を持つまで魂が究極に至っている。英雄王のように巨大なのではなく、絶対に善や悪と言った属性のモノに動かされない。魂が強いとか弱いとかと言った英雄や人間としての、強者と弱者の天秤から外れてしまったのだ。

 ―――ならば、答えは一つ。

 

「ヒヒヒ。やっぱりアンタ聡いね。その通り―――あの神父はオレに魂を貸してくれたのさ」

 

 ―――復讐者は頼まれた契約を許した。それしか原因が無い。

 同質故に同類。アンリ・マユではあの英霊を支配出来ない。元から呪いを許容している者を汚染するなど不可能だ。

 

「―――死んでも悪辣な奴だ。ここまで思う儘に死後の宴を楽しむか」

 

「そいつは凄ぇ的確な台詞だよ。このアヴェンジャーってサーヴァントはね―――ただ単純に知りたいだけなんだ。

 オレが果たして何を成せるのか。生前とは違う結末、あるいは死後の末路を見てみたい。人の悪が願う世界の終焉に何かしらの求道の解答が見出せるのか。悪しかない者が成す悪による答えを理解し、また悪しか成せない者を理解する事が出来るのか。

 そこから世界が終わる実感は見つけ出して手に入れたい。

 ―――可能性の果てもまた娯楽。

 楽しめるのであれば、楽しめるだけ愉しもう。笑えるのであれば、心行くまで笑顔を作ろう」

 

 この世全ての悪(アヴェンジャー)が語る言峰士人(アヴェンジャー)に嘘偽りは無い。これもまたあの神父の末路が抱えていた想いである。何時かは手に入れたいと考えていたが苦痛を実感しない彼にとって、遠い未来の何時か手に入れられるのであれば、その機会に手に入れようと計画していただけのもの。

 

「まぁ……だからこそ、こんな聖杯戦争なんて言う馬鹿騒ぎは御誂え向きな地獄だったんだ」

 

 ヒヒヒ、歪な笑い。悪魔は楽しく堪らないと笑顔を作る。

 

「とは言え、あの神父に救いは無い。この世全ての悪が世界を滅ぼそうが、それはただ在りの儘に悪を成しただけ。

 ―――其処に在るのは結果のみ。

 聖杯に眠るオレの本体が何もかもが終わった後に如何なるかは、流石に今のオレにも分からない。でもな、決まり切った終わりから得られるのは納得しかない。最初から自分で手に入れられていた疑問の答えが、ただ確かな現実として目に見えるだけなのさ」

 

 悪意に祈れ。邪悪を捧げよ。

 ヒトから生み出た悪魔は全ての悪に祝福を願っている。

 

「結局、分かっているのに手に入らないから欲しいんだよ。見えているのに触れないから、知っているのに実感が無いから―――求めずにはいられない」

 

 世界を呪う、人類を殺す。アンリ・マユにとって当たり前の摂理。当然の帰結。

 例外と成り得る事象はこの世全ての悪のみ。

 

「そんな、そんなことで―――貴様はそれでも尚、願い続けるのか……!」

 

 セイバーにとって、そんな願望は許容出来なかった。

 アーチャーなら破滅しかないと分かって上で突き進む破綻者の理論に共感は出来る。バゼットなら悪を良しと出来た自己の強さに憧れを抱いている。凛なら魔術師足らんと徹する非情さで行動は無理だが思考だけは容認出来る。士郎なら道行く先に何が在ろうとも躊躇わない姿が強く自分を意識させる。

 ―――だが、セイバーだけは違った。

 この神父の成れの果てであり、恐らくは聖杯の意志であろうサーヴァントが、どうしようもなく許せなかった。

 

「なぁ、騎士王。アンタも救われたいだろ? 自分の国を無かった事にしたいんだろ?

 ―――任せてくれ。

 罪も悪も、悲しみも嘆きも、絶望も地獄も、何もかもを消し去ってやる」

 

「―――要らない。それでは私の願望が汚れるだけだ」

 

「ほほぉ、即断言の否定かよ。実に残念だなぁ。聖杯に対するまともな願い事を持ってんのは、アンタくらいしか残っていないんだけど。

 ……そのセイバーのサーヴァントに断られたとあっちゃあ、もはや取るべき手段は一つしかない」

 

「なにかね。出来るなら直ぐにでも自爆して欲しいものだが……」

 

「ヒッヒッヒ! 正義の味方が言う台詞かよ、それが?」

 

「―――ク。世界を滅ぼす人類悪が相手では、立場も弁えずに皮肉の一つや二つも湧くというものだよ」

 

「ふーん……」

 

 楽しくて堪らないと語り掛ける邪悪な笑みが、世界を凍らせた。

 

「……じゃあさ、殺し合いを続けようか。

 ―――そして、死ね。

 なに、ちょっと心臓を停止させて呼吸が出来なくなるだけだ。誰にでも出来る極々簡単な作業。ほら、ならさ、気に病むこともなくオレに皆殺しにされてくれ」

 

 返答など要らぬと、アヴェンジャーは敵へ殺しに掛った。まずは士人を殺した赤い槍を無造作に投擲する。獲物はセイバー。目が見えないのであれば、格好の餌食となろう。

 しかし、彼女は槍を剣で軽く弾いた。キィン、と軽く防ぐ姿は恐ろしく、強いて言えば音速で迫る砲撃を生身で目を使わずに対処したということ。アヴェンジャーはセイバーに対する戦力情報を更新しつつ、次の手に出る。

 両手に現れるは歪んだ刃を持つ双剣―――右歯噛咬(ザリチェ)左歯噛咬(タルウィ)。このアンリ・マユが装備した武器が持つ雰囲気に、言峰士人が好んで使っていた悪罪はとてて良く似ていた。

 

「―――死ね。バラバラに犯してやらぁ!」

 

 壮絶な害意と殺意の一言。舌を犬のように出したアヴェンジャーがセイバーを襲った……!

 

投影(トレース)開始(オン)―――!」

 

 士郎が投影魔術を即座に行使。だが、アヴェンジャーも同じタイミングで投影し、武器軍を射出。士郎はアヴェンジャーの投影を見抜き、その迎撃の為に投影を行うも、その量は士郎の投影数量を越えている。何とかセイバーに襲い掛かっていた投影は全て落とすも、時間差で直ぐさま次の武器が士郎たちに降り落ちていたのだ。

 そして、咄嗟にアーチャーも剣軍の防御に移っていた。彼は片腕に剣を構え、まず何とか回路を酷使して投影した剣を射出し、数を減らした武器らを手に持つ剣で斬り落とした。ギルガメッシュとの殺し合いで魔術回路が壊滅寸前まで弱体化しているアーチャーでは白兵戦は兎も角、衛宮士郎よりも投影による援護は不可能。投影だけでは対応出来ず、今は三人を守るように壁に成っていた。

 

「ヒッヒャア!」

 

 奇声で一閃、次の間には十閃。斬撃弾幕が乱れ狂う。歪んだ双剣が縦横無尽にセイバーを覆い被る光景は絶殺の包囲網。

 バゼットは咄嗟に構えている宝具で援助しようと真名解放を行おうとするも、凛がそれを手で制した。それはライン越しでセイバーから不要と言われた故の判断。

 

「お? ははは……おもしれぇ!」

 

 ―――片腕のセイバーは視界を使うこと無く、アヴェンジャーと斬り合っている。

 敵の殺気を感じ取り、敵の気配を全て把握し、敵の殺意が向かう行き先を予感し、第六感を全開稼働させ続けている。

 ―――その剣戟は、圧倒的な直感によって可能となる神業だった。

 剣気で敵の意志を斬る。刃はもはや概念そのものとなり、振るう技は幻想の領域。片腕盲目となった故の更なる剣の境地は、彼女にとって予想も出来ない世界であった。

 

「どうした、怪我人が相手と手加減か。それとも……もしや、手負いの騎士一人も殺せないか―――悪神?」

 

「―――ヒハハハハ! 言うじゃねぇか、騎士王! アンタ、マジ出鱈目過ぎんだろうがよぉ……!!」

 

 アヴェンジャーの双剣を捌く、逸らす、弾き返す……!

 セイバーはさらに隙を狙っては、敵を切り裂かんと逆に攻勢にも出ている。アヴェンジャーは投影魔術も用いて串刺しにしようとするも、それらは全てアーチャーと士郎に潰されている。

 

「―――衛宮士郎。奴の投影の対処はおまえに任せる」

 

 戦況を冷静に判断したアーチャーの結論だった。アーチャーはセイバーが戦況維持が保てない事が読み取れた。自分が接近戦でセイバーを援助せねば、何時かは皆殺しにされる。そして衛宮士郎と共に、アヴェンジャーが降らす投影射出に対応していたが、引き千切れる寸前の回路を回転させ続ければ、限界は直ぐに超えてしまう。アヴァロンの治癒も間に合わない。

 ―――ならば、短期戦に賭けるのみ。

 衛宮士郎ではサーヴァント同士の白兵戦に入り込めない故、敵の投影を彼が全て迎撃し、アーチャーがセイバーの援護をしなくてはならない。

 

「おまえこそ、セイバーを頼んだ」

 

「……ク」

 

 迷い無く、アーチャーは剣戟の真っ只中に斬り込んだ。

 そして士郎は過剰なまで凛から魔力を貰い、臨界点を越える程の投影展開に死力を尽くす。彼の脳内は全て投影の設計図の射出軌道の計算に使い潰されている。

 ―――固有結界が暴走を開始した。

 無尽蔵の魔力を有している聖杯の化身は、つまるところ無限の武器を持つということ。幾ら敵に刃の弾丸を撃ち放とうとも、弾が尽きる事は無い。それに追随しようと足掻く衛宮士郎が壊れ続けてしまうのは当たり前の事実である。アヴァロンの加護が無くば、既に剣の塊と化していた。

 

「おいおい、アーチャー。アンタが気張んなきゃ、あそこの小僧が自滅すんぞ?」

 

「下らん。その前に貴様を倒す」

 

 アヴェンジャーの戯言を斬って捨てる。逆に挑発し返した。セイバーとアーチャーに挟まれたアヴェンジャーであるも、その表情に焦りは皆無。更に言えば、楽しそうな赤子に似た笑顔を浮かべている。

 

「―――ひひひ……ゲヒャハハハハハハハハ!」

 

 おぞましい笑い声を上げてアヴェンジャーは戦い続ける。自壊を顧みない死の嵐に、セイバーもアーチャーも、そして士郎と凛とバゼットが巻き込まれていく。

 狂ったように暴れているにも関わらず、アヴェンジャーが取る手段は理性的な戦法だ。バゼットを警戒して必殺に類する技を使う事も無く、セイバーとアーチャーの剣戟に対処し、凛の援助を受ける士郎の投影にも危ない部分が欠片も無い。

 加速する戦場で鮮血が舞い踊る。

 楽しくて堪らないアヴェンジャーの英霊―――アンリ・マユは人の絶望が嬉しくて面白い。願われたまま、地獄を成す為だけに此処に居た。

 

「そうだ、オレを殺害してみせろ。

 ―――でなくては、世界が滅んで消え去るぞ」

 

 聖杯が鼓動を高める。既に限界へ到達している。

 前回の第四次聖杯戦争から溜まりに溜まった魔力が、その黒い泥が、この世全ての悪の成就を謳い始めていた。




 と言う訳で、主人公が決戦場から退場しました。そして、アヴェンジャーの再登場ですが、このアヴェンジャーはまた違うアヴェンジャーであるアヴェンジャーのサーヴァントもどきと言う、絡まりまくったキャラクターです。
 アンリ・マユがアヴェンジャーに憑依したと言うよりも、実際はアヴェンジャーの魂を借りて具現化した第九のサーヴァントとなります。ついでに受肉しています。ギルガメッシュとアサシンの死亡により、聖杯の魔力が溜まって現界可能となりました。
 読んで頂きありがとうございました。


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39.神父と聖杯戦争

 疾走感が出ていれば良いのですが。難しいです。


 泥の奈落は呪詛に満ちていた。心臓を貫かれ、死体となった神父は聖杯の中へと墜落し続けていた。

 上も無く、下も無く、左右が存在しない。

 平均感覚が無い空間において人間の知覚は簡単に狂う。宇宙空間以上に自分が此処に居るという実感が無い暗闇の世界は、正気を保つだけでも精神が疲労する。

 ―――死ね―――

 呪いだ。この呪いが自分を言峰士人にした。

 ―――死ね―――

 死ねだと。何を言っている。ならば何故、あの時に殺さなかったのか。

 ―――死ね―――

 これでは死ねない。こんな程度では死ねない。もっと、もっと、魂が潰れるには余りにも軽過ぎる。

 

「―――――――そうか……」

 

 士人は既に理解していた。この呪いはもう、自分の心と乖離している。自分があの時奪われたものを永遠に理解出来ないと、彼は遂に理解した。それはつまり、喪失した自分自身を見出した事に他ならない。

 泥人形と言う言葉は実に適切だ。

 真似事しか出来ない不確かな空白。

 知るべきことなど本当は何も無い。

 この空虚な自己を実感してしまえば、既に先の真実は分かり切った末路である。後は得るだけの結果に過ぎない。

 ―――言峰士人は理解した。

 これが、これこそが自分から中身を奪い取った聖杯の泥なのだ。

 

「……やっと、始められる――――」

 

 彼は実感し、己を知った。失った物、欲しかった物、そんな事に価値は無いが意味はある。それは嘗ての自分であった。

 ならば、手に入れておこう。機能せず、何も変わらないとしても、無価値な不実を心に仕舞う。

 

「―――心の中には何も無い(There is nothing in my heart)

 

 呪文を詠唱し、治癒を開始する。魔力を膨大に使った有り得ない蘇生方法。しかし、魔力源に満ちたこの世界であれば、神父程度の霊媒術の心得さえあれば実に容易かった。また、自分自身の心象風景の特性を考慮すれば、それは尚更簡単な作業でしか無い。

 神父からすれば呪いなど、魔力の源でしかない。

 悪魔の呪詛を飲み干す異常な魂の器こそが、固有結界という異端が生まれた大元の原因であるのだから。

 

「―――――――――」

 

 士人は再度、この世界を見回した。闇と泥に、呪詛の世界。

 何も無い。魔力に満ちているだけの空間。

 だが、士人は其処で違和感を突然感じた。それはとても懐かしく、間違えようの無い人物の気配であった。

 

「―――久方ぶりだな、士人」

 

親父(オヤジ)……か?」

 

「ふむ、その通り。私は夢でも幻でも無い、お前の父である本物の言峰綺礼だ」

 

 余りにも唐突だった。長身を包むカソックの衣装。士人の前には養父の神父が佇んでいた。

 姿は死んだ当時よりも若いのであるが、確かにその人物は言峰綺礼。何も無い暗闇の泥の中、光が無い世界である筈のこの場所で確かに姿が見えていた。

 

「死んだと思っていたが。……ここは墓の下か?」

 

「肯定も否定も出来ん。だが、私の墓として、この聖杯という墓所は居心地は別段悪くは無いな」

 

「成る程。あの世という訳ではないみたいだ。まだここは、外れているものの現世の世界という訳だな」

 

 此処に居たって神父は欠片の傷心も焦心も無い。死んだ養父の神父に会えた事に対する感傷も無ければ、聖杯の地獄に堕ちた現状に対する絶望も無い。

 そんな息子を見て、綺礼は優しい表情で微笑んだ。愉しさと嬉しさに満ちた神父らしい笑みで。彼にとって士人と此処で再開するとは思わなかったが、予想外の事態こそ歓迎すべき変化でもあった。

 

「……しかし、この様なところに囚われていたとは。

 泥の呪詛は何処までも陰湿なのだな。魂は言葉通り地獄送りになったのか」

 

「ふむ。地獄送りとは的を得ている。私もまさか死した後、ここに囚われるとは予想も出来なかった」

 

「皮肉なことだ。死に際の遺言を聞き、その結果再び会うことになるとは、成るべくして成った因果なのだろう」

 

「―――ふ。我が子ながら、実に悪辣だ。おまえの言葉を聞いていると、昔の自分を思い出して愉快な気分になる」

 

「……それで、今がどういう状況なのか、出来たら説明して貰いたいのだが?」

 

「良かろう。息子の頼みだ、父として応えるのは当然のこと」

 

 本来ならば、感動の対面とでも言うべき場面なのかもしれない。なにせ、死に別れた筈の父と子の再開だ。

 しかし、この神父二人にそんな感傷は皆無。目の前に広がる何もかもを肯定し、世界全てを納得した上で現実を生きている。ならばこそ、この度の奇跡の如き偶然も当たり前の事実。

 浮かべる表情は人間味の無い笑顔。

 有りの儘で愉快に愉悦を娯楽する。

 言葉も最低限交わせば必要分に事足りている。お互いの感情を理解し合う必要が無いからこそ、相手の行動原理から精神を簡単に察知出来てしまうのだ。

 

「ここは聖杯の中。如何やらお前は泥へ取り込まれ、アンリ・マユに囚われたのだろう。

 ―――だが、脱出する術ならば存在している。

 気が付いていると思うが、今の聖杯は外部と孔で繋がっている。

 肉体を失くし、泥と化した死者である私には到底不可能。だが、生者で在るおまえであれば脱出も可能だろう」

 

「……そうか。

 ならば、今すべきことも見えてくる」

 

 再開の喜びも無く、神父はただ単純に今すべきことを思考する。

 

「―――ククク。やはりおまえは私以上に破綻している。

 若い頃の私とは違い、自分で自己を見出せたからこそ、そこまでの異常な精神を理性で運営出来る訳だ」

 

「趣味の悪さは死んでも治らないと見える。

 ……実に安心出来たよ。

 在り方という魂のカタチに、人は生死に関係無く縛られるのだと深く学べたぞ」

 

「当然だ。自分の死から学べる事柄など、終わり程度しかない。そこから悟れるのは、今までの過程による結果の見直しだ。

 手に入れていた物を再認識し、其処から得られるのは自己の澱となる」

 

「まぁ、実際に死んだ者の言葉だ。俺としても、忘れないよう心に刻んでおこう」

 

「おまえは相変わらず、可愛げが欠片も無い息子だ」

 

「何を今更。言峰綺礼の息子としては、実に出来た神父へと育ったと自負しているのだがな」

 

「成る程。確かにその通りだ。……とは言え、おまえの状況を考えれば少しでも時間が欲しいだろう?

 感動の再会に浸り、世間話をするのも一興だが、今は話を戻すとしよう」

 

「異論は無い。親子の最後として語るべきことは、親父(おやじ)の生前に全て話したからな」

 

「有り難い。では、続きと行こうか」

 

 何処か気味の悪い感情を表情に浮かべ、綺礼は澱んだ目のまま微笑む。

 

「まず脱出の手段であるが、これは限られている。

 そも、無尽蔵の広さを持つ内部から破壊するのは不可能。物理的手段など初めから意味を成さない。ならば、この聖杯戦争というシステムそのものを利用する他ない」

 

 聖杯を利用した脱出法。願望機としての機能では無く、これ自体を応用した理論が必要となると、数は限られてくる。となれば、士人に思い付く方法は限定されて一つの事柄が思い浮かばれた。

 

「―――サーヴァントの召喚システム、か?」

 

「ふむ。話が早くて結構」

 

 満足げに頷く神父に、士人は話の続きを促すように見る。その視線さえ綺礼にとっては面白いのか、笑みを深めて話を続けた。

 

「おまえの知っている通り、サーヴァントの召喚には何かしらの触媒がいる。まぁ、孔の外部にいるあのアヴェンジャーそのものが十分触媒にもなるかもしれんが、それだけでは繋がりが不確かとも言える。例外的な内側から外側への、自分自身の召喚に確定的な道筋は無い。

 故に、召喚を利用してここから抜け出すには、外へ繋がる触媒が必要になるのは分かるな?」

 

 士人はそれに心当たりがあった。確か、あの人から貰ったアクセサリーが外部との繋がりになるかもしれない。聖杯の孔の近くにいるバゼット由来の魔術道具となれば、触媒として機能するか如何か賭けであるものの、試してみる価値はある。

 ……そして、神父本人は知らぬことであるが、そのアクセサリーはアヴェンジャーのサーヴァントも保有していた。

 外部への触媒としては、十分以上の効果を発揮する代物である。聖杯のサーヴァントとして外に出ているアヴェンジャーとのラインがあれば、聖杯の中に閉じ込められた士人も外との繋がりを簡単に掴むことが可能となっていた。

 

「……おそらく、これが使える。不確かであるが、孔の位置も感覚でおおよそ把握出来た」

 

 ポケットから取り出したアクセサリーに魔力を通す。そこから伸びるラインが、脱出口となる孔までの道を示している。

 

「ほう。中々に幸運が回って来たな」

 

「珍しくな。自分のことながら、ここまで都合が良いと後が怖いな」

 

「違いない。

 ……では、後の方法は分かっているな?」

 

「ああ、理解している」

 

 ラインを紡ぎ、先を察知する。聖杯のシステムを利用する事で、孔から現世へと自分自身で自分自身を召喚する。

 名残惜しさなど二人には無く、士人は死んだ父との会話もそこそこに現世へと帰る。綺礼も綺礼で、息子に人間味のある感情を向けている訳も無く、さも当然と言った姿で別れを告げる。

 

「これで二度目の別れとなる訳だ。聖杯が完全に壊れれば会う事も無いだろう」

 

「そうか。ここで会えた事自体、奇跡の様なもの。……もっとも奇跡などという言葉は、自分たちには一番似合わない言葉だがな」

 

「ふっ、そうだな……」

 

 綺礼が自身の子を見る。泥よりも深い闇を宿す眼が、彼には似合わない感情で黒く淀んでいた。

 

「……さらばだ、我が息子。

 二度目の言葉となるが、生き残れたなら世界を見て廻ると良い。この世界はお前の(ココロ)を満たす娯楽が溢れている」

 

「そうだな、それも楽しそうだ」

 

 士人がポケットから取り出したアクセサリーを右手に握る。それが外界との触媒となり、彼は回路で外へのラインを感じ取った。

 

「……さようなら、綺礼(おやじ)

 

 彼が小さく呟く。二度目となる別れの時、士人は泥から肉体を再構成させ聖杯から抜け出して行った。

 ―――泥のエーテルが神父を覆い、道を作り上げて行く。

 彼の体が肉を取り戻していった。システムへ介入した圧迫は魂を軋ませ、想像を絶する激痛となって襲うものの、そんな程度の痛みは鍛錬で慣れている。意識するまでもなく、間違えることもなく、作業工程を完了させた。

 

「―――……ふむ」

 

 息子が世界へと旅立った後の地獄、アンリ・マユの呪詛が満ちた聖杯の中。

 

「行ったか……―――」

 

 暗い暗い闇の世界、一人で養子の神父がいた場所を見ながら綺礼が独り言を呟く。呪詛よりも暗い淀んだ眼がその場所を貫かんとばかりに眼光を放っていた。

 

「全てを悟り、尚も止まること無く進み続ける諦観無き意志。

 ―――素晴しく、狂っている。

 故におまえは、誰も彼もが不必要なのだろう。だからこそ、聖杯に眠るアンリ・マユさえ取るに足らん些末事でしかない」

 

 この地獄に堕ちてから、言峰綺礼は一カ月が過ぎ去っている。しかし、聖杯の中では時間の流れを感じにくく、体感的には一瞬でもあり、永遠でもあるような、狂った時間軸に囚われている。

 また、言峰綺礼以外の他にも泥に囚われ、災害の時に此処へ堕ちて来た魂は多かれど、人格を保っている異常な者は他に類を見ていなかった。先程、ギルガメッシュの存在も感知出来たものの、サーヴァントであるアレは直ぐさま炉にくべられてエネルギー源と化していた。

 ―――例外は二名のみ。

 一か月前から地獄の住民となった言峰綺礼と、五年前からここに堕ちていた一人の魔術師。

 

「面白い展開になってきたな。……そう思うだろう、衛宮切嗣?」

 

 闇の奥の奥の奈落の底。そこへ響き渡せるかの如く神父の言葉が放たれた。

 

「――――――――――――――……」

 

 そこには一人の男が存在していた。闇の中で確かに輪郭を形作る姿が確認できる。顔色は蒼白で血色が酷く悪い。双眼には何も映し出る事は無く、本当に死に切った屍の瞳。

 その姿を見る神父が笑った。深く深く奈落より深く、闇の中で笑顔を浮かべた。

 

「……ああ。本当に、愉しくなりそうだ」

 

 ―――闇が支配する世界で神父の声が響く。それは何処までも不吉な韻が込められていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 聖杯が膨張する。倒されたサーヴァントを吸収した事により、さらに強大なエネルギーを得た為、向こう側に繋がる孔が深く大きく広がった。

 アーチャーとセイバーの傷は増え、屍になる一歩手前。衛宮士郎は既に力尽きる寸前の壊れた機械の如く、只管に投影を続けて射出している。凛とバゼットも、視界がもはや霞んで機能出来なくなるまで衰弱している。特に凛は自分の生命力も削りながら士郎へと魔力を送っており、バゼットもバゼットで生命活動が停止するまで肉体を酷使してしまった。

 ―――天には黒い孔と、磔のまま眠るイリヤスフィール。

 ―――地には悠然と君臨する黒衣を着込むサーヴァント。

 一対二の剣戟は、無論のことアヴェンジャーの方が圧倒的に優勢を保っていた。敵の二人はそもそも瀕死の傷を負い、さらに片腕が斬り落とされている。ここまで戦えている事実こそ恐ろしいまでの戦意である。

 

「――――んで、バゼット。そろそろ滅ぼされる心構えで出来てんのかな?」

 

 アヴェンジャーの両手にはダインスレフとデュランダル。それに対していたバゼットは、真っ直ぐに振り抜いていた拳を脱力したようにダランと垂らす。

 

「……何故、フラガラックは確かに効いた筈――――!」

 

 バゼットは確かに先程、ダインスレフを発動させたアヴェンジャーに対してフラガラックを成功させた。

 

「そんなの決まってんだろーがよ。短時間なら、心臓が無くても生きられる生き物だってだけの話さ」

 

 確かにアヴェンジャーの心臓は急所の一つ。人体である限り全身の血液を循環させる臓器であると同時に、サーヴァントとしても霊核となる重要な個所。

 とは言え、その定義に今のアヴェンジャーは当て嵌まらなかった。

 風穴を開けられる事を予め知っていた彼は、自分自身に擬似的な蘇生を掛けておいた。つまるところ、心臓に泥を詰めておいたのだ。そして死亡する前に、準備しておいた泥で一気に心臓を蘇生させる。トリックとしてはそれだけの単純な行為。だが、それがサーヴァントして如何に規格外の外法であるのか、理解出来ない者はこの場に存在していなかった。

 

「まぁ、それじゃあ改めて―――黒泥怨讐(ダインスレフ)……!」

 

 泥の魔力を限界まで注がれた魔剣は呪詛を膨らます。

 

「ヒッヒッヒッヒッヒ! ……あーあ、遂にこの愉しい殺し合いも終わりになっちまうのか」

 

 アヴェンジャーを無造作に剣軍を投影し、それを雨嵐と敵に降り注いだ。士郎はなんとか全て迎撃したものの、血を明らかに危険な量で吐き出して肉体が停止した。次の瞬間には蘇生したものの、もはや剣と化した体は人間としての機能が消えて行っている。

 アーチャーも投影によって援護しようとするも、アヴェンジャーの剣戟によってそれは許されない。ダインスレフによって更なる身体機能強化により、有り得ない迅さで間合いに入り込んでいる。敵が左手に持つ魔剣の一振りで、自分が持つ魔剣が圧倒的な破壊力で粉砕され、アーチャーは一気に危機へ陥った。

 そして、血が吹き出た。肩から腰まで斜めに斬り裂かれた。心臓まで届いてはいないものの、直ぐに戦闘を再開できる状態では無くなった。

 

「……―――――!」

 

 アヴェンジャーが攻撃行動をする事により、アーチャーによって作られた敵の死角からセイバーは斬り掛った。しかし、それは右手に握るデュランダルによって防がれる。

 キィン、とセイバーは斬撃を打ち返された。刹那、彼女は敵の攻撃を直感で察知する。アヴェンジャーは魔剣により狂化された身体能力で、セイバーの想定外の筋力と速度で反撃した。

 

「―――聖閃天意(デュランダル)……ってな!」

 

 光り輝く絶世の名剣が、王の聖剣を弾き飛ばした。天使の祝福が悪魔に加護を与えたのだ。

 

「これで戦闘終了かな?」

 

「―――――……くっ!」

 

 セイバーの前でアヴェンジャーが厭らしいニタ付いた笑みを浮かべた。下卑た表情は、まるで女を犯す前の野獣みたいに興奮した畜生だ。そして、この悪魔はそれ以上の鬼畜外道でもある。

 

「あぁ、そうだ。手足を捥いで達磨にした後、何も出来ないあいつらの前で犯してやるのも一興かな。

 ……いや、達磨にする前に普通にヤってみるかな。やっぱ世の中、効率的で生産的じゃないと回らないし。そこそこのインパクトも必要かな。

 でも、より地獄の底みたいに苦しませるには……むぅ、どうすればいいのやら」

 

 獲物を如何に料理してやるか思案し、隙だらけに見えている。しかし、その全てがアヴェンジャーと言う人物の狡猾さが見せるブラフ。更に言えば、この男は嘘をついていない。心の底から、どう苦しめて、どう犯して、最後の最期でどう殺してやろうか、楽しく堪らないと愉悦に浸っている。

 

「まぁ、まずは―――世界を滅ぼす景気付けといきますか」

 

 アヴェンジャーが天使の聖剣を振り上げた。剣先には通り道にはセイバーがいる。

 

「―――セイバー……!」

 

 近くにいるアーチャーが叫ぶ。既に命が削れて死にそうな凛も、息を飲んで顔を絶望に染まらせている。バゼットも士郎も、動かない体で助けようと足掻いて、結局何も出来ずにいた。

 邪悪な笑みが終わりを告げる。

 セイバーにその剣が降り落ちる時、誰もが彼女の敗北を幻視した。

 

「――――――――――あ……?」

 

 ……鎖が絡まっている。

 復讐のサーヴァントは手を振り下すその瞬間―――自分が右腕を完全に拘束されている現状を察した。手に持つ聖剣ごと纏めて鎖は強く、それこそ捻り潰す勢いで巻き付いていた。

 

「……馬鹿、な。聖杯で何が――――!?」

 

 振り向いたアヴェンジャーは黒い孔を咄嗟に視た。そこから自分を縛る鎖が出ているのを確認した。

 

「―――言峰、士人……か!」

 

 神父服を着た男の腕が中から伸びていた。それは次第に姿を表し、両腕を使って遂に上半身まで外へ脱出していた。

 

「もう少し気張れよ、悪魔。俺が中に戻っても意味が成せないだろうが」

 

「――――ギ……!」

 

 悪魔の唸り声。骨が砕け、肉が裂ける程の圧力が右腕に負荷された。

 そして神父は力の限り、自分が握り締める鎖を引っ張った。その勢いのまま孔から飛び出し、彼は危な気も無く地面へと着地する。

 ……その姿は余りにも現実離れし過ぎている。無論、心臓に傷は無く、気配は生きている人間そのもの。

 彼は極々当然の如く死者から生者に帰って現世へと帰還して来た。それも、聖杯の中から外部からの助けを一切必要とする事無く、だ。

 

「先程は殺してくれて感謝する。あれが無くば先の人生、娯楽を逃していたかもしれんのでね」

 

「……おいおい。マジかよ。どうなってやがる、聖杯さんよ。と言うよりもさ、アンタほんとに人間か? つーか、聖杯の中で一体なにをして来たんだ?」

 

「いや、別段これと言って大したことはしていない。見た目通り、呼吸も苦しい程の地獄であったぞ。とは言え、既に乗り越えた悪夢となれば、寝心地はさほど良いものではない」

 

 つまるところ、それは底無しの空虚。もはや、地獄を経験した程度では揺るがない。

 

「くく。アハハハハハ……―――良い狂気だ。背筋が凍るぞ」

 

 アヴェンジャーの敵意が完全に移り替わった。彼の視線の先には神父ただ一人のみ。

 彼は無造作と言える動きで鎖を魔剣で切り裂いた。それによって張り詰めていた銀色の鎖が緩み、神父が手に持つ武器が地面に落ちた。そのまま鎖を投げ捨て、悪罪を二本投影して両手に握る。構えを取る事も無く、いっそ実に無警戒な姿で悪神と対峙していた。

 

「―――言、峰か……?」

 

 呟くように静かな、しかしその場に居た全員に聞こえる声で士郎が訊く。いや、衛宮士郎以外に言葉を発する気力が無かったとも言えるだろう。

 

「生きていたか、衛宮。だが、どうやら全員、死ぬ一歩手前なようだ」

 

 言峰士人は悠然と歩む。聖杯を背に、彼はアヴェンジャーを通り過ぎて進んで行く。

 ……アンリ・マユは茫然と神父の後ろ姿を見送った。

 何だ、それは。何故、おまえがそんな真似をする。有り得ない以前に想像も想定もしていない不気味さが、悪神の脳裏を過ぎって行った。

 

「―――もしかして、言峰士人。アンタ、オレと殺し合うつもりか?」

 

「不服なのか? ……意外だな」

 

「……ハハ。あはっはっはっはっはっはははははははは!!!」

 

 黒衣の男は耐え切れないと甲高い声で笑った。少し聞いただけで吐き気の余り、気を失いそうなる程に悪意が満ちていた。両手で顔を覆い隠し、後ろへと退いて行った。

 そして、丁度泥の沼に沈む寸前で停止する。視界を戻せば、瀕死にまで追い詰められた嘗ての敵を守護するかの如く、言峰士人が自分に対峙していた。

 

「あのさぁ。しっかり理解出来てるのか、神父さん?

 オレの復活はアンタにとっても愉しい筈だ。その心の空白を埋められるのは、このオレの世界くらいなモノだ」

 

 アヴェンジャーの体に憑依したアンリ・マユの人格が、今の魂の過去である言峰士人に話し掛ける。甚振る様に、憐れむ様に、悪魔より儚い神父に笑顔を送る。

 

「……結局のところ、アンタがどんなに足掻いて生き抜いた果てで、その隙間に何にも埋められないなら、泥の虚無で真っ黒く塗り潰すしかないんじゃないかな?」

 

 アレの話は正しく悪魔の言葉。何を求めているのか、全て見抜かれている。言峰士人と言う存在が渇望すべき事を正しく言い当てる。欲望が無い故に欲望を求め、絶望を味わえないが故に絶望を求め、感情を失くしたが故に感情を求め、その不毛こそが言峰士人の正体。

 飢える事に飢えるなど人の営みでは無い、ヒトが抱ける業では無い。しかし、悪魔はそれを容認し、聖杯の中はヒトの答えで溢れている。

 

「……例え、お前の作り出した世界が私の答えであろうが、その世界はお前の結末だ。

 私の求道は私の未来だ、この絶望も私のモノだ。

 どの様な結末であろうとも、そこまでの過程こそ私の求道になる。

 ―――故に、その全てに決着を付けたい。それこそが私の求めた終焉(こたえ)なのだ」

 

 その言葉で目を見開き、凶悪な表情で笑みを作り出すアンリ・マユ。

 

「いやはや全く、アンタの思考回路は悪魔な俺でも理解できないな。

 さっさと俺に殺されて、さっきみたいに泥の中でグッスリ眠ってれば、全てが巧く事を運ばせられたんだぞ―――お互いにさぁ……!」

 

 言峰士人は悪魔を切り捨てる。もう不必要な娯楽に興味は無い。自分の中の聖杯の呪いは、アンリマユになど惹かれていなかった。

 ―――否。もはや、聖杯の呪いではない。

 この呪詛は既に言峰士人そのものと化している。これは今まで生きてきた士人の泥となっている。

 

「―――邪魔だ、アンリ・マユ。

 お前が持つ人間全ての悪の中に答えは無い」

 

 宣告はそれだけ良い。いや、もはや言葉は不要なのだ。互いに殺す決意だけは決まっていた。

 

「無様だな、神父。そんなものが言峰士人の答えだって言えるんか、其処になんの価値がある?」

 

「価値など不要。私が欲しているモノがこの世に無いのであれば、自分で世界を巡り、自分の手で生み出せば良い。

 ……なに、作るのは慣れている。

 そも、材料はこの世界に溢れ返っている。見つからない事は多々あれど、足りなくなる事はそうそうに無い」

 

「―――へぇ……そう。なるほど、そう言う訳ですか。

 アンタにそこまで開き直られてしまったら―――オレが直接この手で殺すしかないじゃないかよ」

 

 壮絶な笑み。心を殺すような殺意。

 

「お前が、私を殺すだと。アヴェンジャーの真似事しか出来ない傀儡の生き物が、なにを言うかと考えていたが。

 ―――無駄な事だ。

 その身では言峰士人に届きはしない。幻想は有り得ないからこそ、奇跡に等しいのだよ」

 

 聖杯の意志で動く操り人形に、言峰士人は倒せないと彼は行った。そんな幻想が現実を侵食する事は無く、悪魔が人間を滅ぼすなんて奇跡は有り得ないと神父は嘲笑った。

 

「ひひひ。言うじゃねぇか―――んじゃ、死に様を期待して殺してやるよ」

 

 ―――神父に躊躇いは無かった。

 敵が未来の自分に乗り移ったアンリ・マユであろうとも、邪魔な輩を排除するのに手加減は無い。元より、遠慮などする気も無い。

 聖剣と魔剣を手に、黒衣の悪魔は疾走。魔剣によって狂化した肉体に限界は存在せず、既に音速を凌駕した魔速の迅さで神父に迫る。殺意と悪意をごちゃ混ぜにした汚濁の視線が余りにも禍々しい。

 

「―――罪を我が手に」

 

 士人が行ったのは余りにも単純な呪文詠唱。しかし、たった一言で握る一対の剣の存在感は、爆発的なまでに膨れ上がった。

 一閃。デュランダルを粉砕する。

 二閃。ダインスレフを両断する。

 瞬間二合の剣戟でアヴェンジャーは刹那の間で無手と化す。

 

「―――――――――は?」

 

 その間抜けた隙に断頭一振り。アヴェンジャーは首を狙った斬撃を避け、次に来た頭をカチ割る振り下ろしを後退して回避。そのまま間合いと取る。

 

「待て待て待て……!」

 

 再度投影した魔剣によって接近して来た士人の刃を防ぐも、さも当たり前の如く真っ二つにされる。次の斬撃に合わせて投影するも、それも破壊され、次も次も次も、そのまた次も破壊され続ける。武器を一撃で破壊されながらも、アヴェンジャーは紙一重で剣を避けた。

 理解が追い付かない。何故、この魂の過去である未熟者にここまで一方的に攻め込まれるのか?

 だが、今はまだ分からないのであれば、それを放置する。解答を捜し当てる為に思考は回し続けるも、今は

戦術的に逆転の策を見出さなければならない。

 故に、強引に距離を取ったアヴェンジャーは、敵へ向けて投影を展開。間合いを離し、物量で勝る自分の投影弾幕で圧倒。上空には、余りにも数多い聖剣、魔剣、名剣。そして槍に、斧に、鎚に、杭に、時代も選ばず古今東西全ての武器が並んでいる!

 

「もう一度、消えちまいな―――!」

 

 ―――まるで、硝子細工みたいだった。

 それも壁が壊れないのに、何度何度も叩き付ける子供の癇癪に似た行為。全て、言峰士人の手によって破壊され続けた。

 悪罪(ツイン)の投影射出。そして、手に持った双刃の迎撃によって全て粉砕した。

 アヴェンジャーによって創造されたデュランダル、アスカロン、ダインスレフ、カラドボルグ、メロダック、その全ての聖剣魔剣が一対の剣に粉砕される。

 ……有り得ない。理論が通らない。

 一本一本が聖杯のバックアップによって完成品に近い精度を持つ。それを多寡が知れた程度の宝具ランクしかない剣が、一体どんな概念が持てば全てを凌駕出来るのか。

 

「―――アヴェンジャー。お前の憎悪はその程度か?」

 

「…………っ――――――!」

 

 先程までの戦闘とは余りにも違った。五人を相手に圧倒していたアンリ・マユだが、不意打ちで殺した筈の人間一人に王手を掛けられる一歩手前まで攻撃が通じない。不気味を越えて理不尽だった。こうなる原理が思い浮かばない。しかし、原因が何かは段々と察することが出来てくる。

 アヴェンジャーは投影を装備し、再度剣戟を繰り返す。

 その度に武器は破壊され、投影を練り直した。多種多様な武器に切り替え、連続的に戦闘で攻め殺さんと進撃する。

 余りにも巨大な神の鉄槌が、刀身二尺程度の双剣の一振りで破壊される。

 黄金に光り輝く神の大斧が、無造作な斬撃が当たった瞬間に壊れ消える。

 ―――他の武器も同様に消滅され続けた。

 神霊が使う武器も無駄となり、英霊が無双すべく存在する武具も無駄になった。ありとあらゆる概念、古今東西の神話伝承がたかだか一対の剣を越えられず、当たり前に消え果てる。其処に魔術師としての魔術的な理論が無い。概念はより強力な概念の前に敗北するが、神父が持つ剣よりも遥かに強い神秘で挑んでも、悪魔は一方的に敗北する。

 その事実を前にして、アヴェンジャーは見逃していた概念を悟った。思考が回り、一つの結論を導き出そうと白熱する。

 

「……まさか、それは――――」

 

 そして、アヴェンジャーは遂に気が付いた。壊された武器と、壊している武器の類似点に到達する!

 

「―――お前、その双剣はそう言うカラクリかよ。クソが……っ!」

 

 言峰士人が投影する悪罪(ツイン)の正体は、アンリマユの呪いが武器として具現した投影武装。

 この剣の前において、こと言峰士人の他の投影物はがらくた以下の妄想に成り下がる。この剣だけが言峰士人唯一オリジナルのカタチ。この剣だけが彼の魂の中にある黒い太陽そのもの。

 悪罪の前において、他の投影物では触れただけで砕け散る。構成された因子そのものが規格外の固さを持っていた。

 ―――故に、空白から生み出された剣は、言峰士人の投影物の前でのみ最強と化す……!

 

「死ねや神父!!」

 

 ならば、此方も同じものを使うのみ。アヴェンジャーも同じ剣を二本同時投影し、それを双剣として装備する。

 ―――悪魔と神父が剣で踊った。

 連続的な高速剣戟が金属音を撒き散らす。耳が弾ける程の高鳴りと、目が潰れる程の火花が舞い灯る。

 

「――――あ?」

 

 砕けた。同じ得物であるのに、六回斬り合っただけで砕け散った。

 

「馬鹿な…………っ!」

 

 次は五回。その次は三回。その次は二回。そして、もう既に一撃で粉砕される様に追い詰められる。

 投影、破壊、投影、破壊。アヴェンジャーは無尽蔵の魔力で悪罪を何度も何度も投影しているにも関わらず、ただの一度も神父の剣を破壊出来ていなかった。

 

「ふざける―――なぁ……っ!」

 

 筋肉が膨らみ、骨格が軋む。アヴェンジャーの悪罪へ大量の魔力が流入し、鈍く光る刃が肥大化。刀身が悪魔の翼の如き異形と化す。

 そして、徹甲作用と大陸武術を応用した強引な二刃同時斬撃は、目標の神父で交差して一点集中する。もはやバーサーカーが誇る十二の試練さえ一度は砕くまで殺傷能力が高まり、たかだか人間でしかない言峰士人では肉片に変わるだけ。

 ―――その必殺が、一方的に降り注いだ。

 神父はただ、二本のツインを双剣のように構えているのみ。

 

「………クソが!」

 

 目前の悪魔の罵倒。砕け散るはアヴェンジャーの剣。ただ単純に強化された剣が強化されてない剣と衝突し、強化された双剣が崩壊して消え去った。 

 そして、返し刀に士人が敵を切り裂く。傷からは赤い血ではなく、黒く染まった呪詛と化した血液が飛び散る。その呪詛は一滴肌に付いただけで、水に墨汁を垂らす様に染まり尽くして呪殺する極限の呪いであるにも関わらず、神父は全身でその返り血を浴びてもいつものように微笑むだけ。

 黒いアヴェンジャーの肉を削がれ、骨まで抉られる。そして、その悪魔にも神父と似た笑顔が浮かび、顔に亀裂が入ったように敵を嘲笑った。

 

偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)――――ッ!」

 

 その時、言峰士人に対して呪いが襲い掛かった。アヴェンジャーと痛覚が共有さえ、彼が感じている痛みが神父も感覚した。規格外の激痛が奔り、傷が無いのに傷を受けたと錯覚する痛みに全身が硬直する―――ことは無かった。神父は表情一つ変えることなく、敵を斬る。

 ―――彼は当たり前のように斬り続けた。斬って斬って、呪われる。

 呪いである時点で、神父はそれを受け入れている。ただ純粋に体を動かす邪魔になるから、痛みを無視している。無効化しているのではなく、毒は毒として飲み干して、死んでいるのに生きてられるよう活動する。幻痛は遠慮なく増え続け、神父の痛覚を削り続け、復讐者の傷は深くなり続ける。

 

「―――は! 自己から呪いを外してんのかよテメェ……っ!」

 

 アヴェンジャーの宝具を無効化する事など不可能。正確には、言峰士人の体質も呪詛を許容しているだけであり、無効化をしている訳ではない。そして、痛覚を共有する宝具の呪いは魂に干渉する物であり、防御など発動された時点で無理なのだ。

 だが、呪いであるだけで神父には耐えられた。この人の世界に満ちている痛み、苦しみ、乾き、憎しみ、悲しみ、ありとあらゆる全ての負を既に耐え抜いた肉体と精神は、もはやその魂さえも呪いを祝福するほど強くなった。

 

「その呪い―――私が祝福しよう」

 

 斬る。呪う。斬る。呪う。斬る。呪う――――!

 流石の士人も魂を直接干渉して痛みを共有する宝具化した呪術を前に、無効化する事は出来ない。効果も弱まるどころか、共鳴してより新鮮な感覚に襲われている程だろう。本来ならば一度きりの効果が永続し、泥の共鳴によって呪詛は更に深くなるばかり。呪いを消去する為には、宝具の使用者を殺害するしかない。

 

「―――――グ!」

 

 一本―――ツインがアヴェンジャーの剣を壊しながら胴体に突き刺さった。

 

「ギィ………!」

 

 二本―――剣がまた敵の武器を粉砕し、その上半身を串刺しにした。

 三本―――言峰士人が投擲した二本の剣が円を描き、アヴェンジャーがそれを避けた先を見切って剣を刺した。

 そして、また新しく神父は悪罪(ツイン)を投影し、敵に斬り掛りながらも、先程投擲した剣の軌道を自在に操り背中から突き刺した。これで合計五本の剣が復讐者に深々と貫き抉り、刺さったままの状態となっていた。

 ―――しかし、それでも彼は止まらない。

 両手に持つ剣を二本同時に突き放ち、双剣によって二つある肺を潰し、そのまま刺した。七本目の致死の一撃が下された。

 

「――――――――――――――」

 

 アヴェンジャーの視線と言峰士人の視線が交差する。復讐者の痛みは言峰士人も感覚しているが、それでも動きを止めずに刺し込む異常な攻撃は、敵に悪寒を感じさせながらも、その狂気がアヴェンジャーを心地良くさせていた。

 ―――そして、神父の一突き。

 アヴェンジャーはその攻撃を双剣を重ねて防ごうとするも、その二本の武器を撃ち砕かれる。そのまま剣を避ける事も出来ず、心臓に一撃を向かい入れる事しか出来なかった。八本目の剣が彼を殺す。

 

「――――………はっはっははははははは!

 遂にオレまで殺害し、ここまで狂い果てたと言うのか神父! 良いだろう!!」

 

 この世全ての悪(アヴェンジャー)が嘲笑する。この神父の中身を知る者として、言わねばならぬ罪科がある。下さねばならぬ刑罰がある。

 

「――――ならば、お前を泥で作り上げた聖杯(アンリ・マユ)を裏切り、世界を彷徨って求道に迷い死んで逝け」

 

 心臓を串刺し、胴体に何本もの剣が突き刺さっている。アヴェンジャーは勿論のこと、宝具の呪いで痛覚を共有している士人も壮絶な激痛を受けているのだが、その当の二人は楽しくて仕方が無いと笑みを浮かべている。

 

「お前が捜す答えなんてな――――結局、何処にも存在しない。

 この世全ての悪にさえ見当たらないなんてモノならば、何処まで地獄を潜り続ければ其処に辿り着けるって言うんだ……」

 

 ―――哀れむ声。この悪魔は悲しんでいる。その上で楽しんでいる。

 人を理解出来ず、人に理解されない存在である神父は、同類は存在しても世界の何処にも答えは無い。理解し合える例外はいたとしても、自分の中の空白を共感して認め合える存在はいない。自分の中に無いから外に求めたのに、外の世界にはそんなモノは無い。人の悪性を全て知る悪魔の中にも無く、その悪魔でも答えを与える事が出来ぬのであれば、もうそこから先は暗闇だけが広がっている。

 呪いしか心を動かせない神父は、善悪真贋混じり合うこの世全てから、自分の答えを見付けねばならなくなったのだ。唯一神父に感動を与える呪詛に無い物であれば、世界にそもそも答えなど存在しないと言うのに、彼は死ぬまで足掻き続けねばならない事が今、決定する。

 ―――そして、決意した。自分はもう止まる事なく、存在を掛けて進む続けること。だからここで、その想いを言葉にしよう。決着はここに。自分の始まりを葬り去る。

 

宣告(セット)―――消え逝く存在(デッド・エグジステンス)

 

 ―――爆発。四散。そして、その場に残る物は下半身のみ。

 轟く爆音が鳴り、炸裂する光が血を撒き散らした。アヴェンジャーの壮絶な最期は、言峰士人による幕引きとなる。

 

「この世全ての悪よ。自分には何も無いと言ったな。

 ―――しかし、お前にはお前の真実が在った。それを知る事は出来た。故に、それだけは貰って行くぞ」

 

 消える悪魔。血も空気に溶けていき、その痕跡を何一事無く消滅する。肉も骨も血も失い、そして精神も魂も向こう側へ還って行った。甦ったアヴェンジャーのサーヴァントは、自分の過去と自分が生み出した成れの果てに敗れ去った。

 ―――アヴェンジャーが、言峰士人に敗北した。

 この顛末を見届けた者はエミヤシロウと、凛とバゼット。セイバーも目が見えなくも、全てを悟っている。そして、今はまだ未熟な正義の味方は全ての悪を背負った悪魔が、求道者によって消えていく光景を静かに見守った。

 そして、神父は独り、何も思うこと無く静かに生きていた。あの時と同じように聖杯を―――黒い太陽を見上げている。嘗て十年前に味わった地獄を踏破し、彼は自分自身の力で結末を見る。

 

「――――――――――……」

 

 言峰士人は自分にとって役目を果たした聖杯を見る。あれはもう、不必要だと改めて確信した。

 自分の衝動を完全に理解した神父にとって、世界を旅をし、様々な事柄を見ることが今の自分にとって大切な事。自分はまず、知ることから始めなくてはならない。

 

「……後は好きにしろ。聖杯はお前達の所有物だ。第五次聖杯戦争監督役として、最後を見届けよう」

 

 それだけだった。神父は言葉少なく宣告し、聖杯から離れて行く。もう、言峰士人の聖杯戦争は終わったのだ。ギルガメッシュは戦いの中で死に、佐々木小次郎も本懐を遂げた。

 ―――聖杯の孔に彼は微笑んだ。

 知るべきコト、得るべきモノは、全て自分の手の中に存在している。

 神父は背を向けて歩いて行く。戦う意志が無いのは明白で、脅威の一欠片も無い無防備な姿で遠ざかって行く。

 誰よりも透明な笑みを浮かべる神父は、自己を悟って未来を目指す。だけど今は、敵対している師匠と、正義の味方と、執行者をどうやって言い包めるか思考する。本当に儘ならない、と彼は笑顔のまま小さく呟き、まるで降参した兵士のように両手を上げた。

 

 

◇◇◇

 

 

 士郎は無事、イリヤスフィールを助け出す事が出来た。投影した毛布で少女を丁寧に包み、両腕で小さい体を抱き支えている。アーチャーも心なしか、安堵の表情で少女を見守っていた。

 セイバーは目を癒すも、アーチャーと同じ片腕は無いままの状態。バゼットは体に鞭を入れ、まだ膝が折れないようにしていた。凛は凛で、全力で自分の弟子をこれでもかと睨んでいる。

 そして士人は大人しく、彼らを見守っている。本当に危害を加える気はなく、先程まで上げていた両手の降参のポーズに嘘はないみたいだった。しかし、今の現状で一番力を温存しているのは間違いなくこの神父。その気になれば皆殺しも可能だろう。生き残ったサーヴァントと魔術師で、神父に対し即座に対応可能なように囲んでいるが、それも実際は形だけとなってしまっている。

 

「……終わったか。

 しかし、問題はこれの後始末だ」

 

 アーチャーが見上げるのは、黒い太陽となった地獄の孔。中身が人類全ての呪詛が詰め込まれていると言う産物は、一度解き放たれてしまえば人の世界は消えて無くなるだろう。

 

「―――バカ弟子。あんた、何か考えはあるんでしょ?」

 

 凛が猛烈に尖らせた目付きで弟子を睨み付ける。もはや身内を見る目ではないのだが、隠し切れない遠坂凛としての情が気配に出て仕舞っている。

 そんな割り切れない彼女の人間性を愉快に思い、士人は楽しそうに口元を歪めた。

 

「そうだな……あの孔を消し去れば、この度の聖杯戦争は完了する。そうしてくれると、俺としても有り難い。

 ……ほら、世界が滅ぶと困るだろう?

 あの孔さえ塞いでしまえば、この世に地獄が具現する事もないと考えられるが」

 

「へぇ、そう。なるほどね。

 ―――確かに、それが一番手っ取り早そう」

 

 凛が思案する中、バゼットが動きが鈍い体で無理をして士人へと近づく。彼女には、この神父に聞かなくてはならない事が出来てしまった。

 

「それで士人君、貴方はこれで満足なのですか?」

 

「ある程度は。……まぁ、ギルの為に聖杯を手に入れたがったが、どうやら別段自分には必要ではなかった。

 聖杯を面白い逸品とは思えるものの、やはり世界を知らぬ身である自分としては、欲する理由も湧かないようだ」

 

「―――それはつまり……」

 

 まだ、諦め切れていないという訳では、と彼女は言葉を続ける勇気は無かった。そうなれば、再戦は必須になってしまう。何より、戦意も殺意も無い友人の子と再び殺し合うのは、彼女としても避けたいもの。そんなバゼットの葛藤を知ってか知らずか、士人は士人でいつもの笑みを浮かべ、楽しそうに会話を続ける。

 

「何も無い。もう、殺し合う理由も消えている」

 

 彼も彼で、多くのモノを失っている。バゼットはその事実に気付き、結局は自分と同じなのだと考えた。

 

「―――そう、ですね。

 戦争はこれで終わりにしましょう」

 

「感謝する。俺もこれで終わりにしたかった」

 

 セイバーは相変わらず士人を全力で警戒し、アーチャーもアーチャーで直ぐさま殺せるように構えている。明確に聖杯戦争を降りたと宣告したものの、監督役でありながら隠れて参戦していた人物を信用する訳にいかないのだ。

 確かにこの神父は嘘を言わず、その言葉が本当なのだと直感でわかっても、しなくてはならない線引きが其処にはあった。

 アーチャーとバゼットと凛は、この聖杯の破壊方法について話し合っている。士郎も話し合いに参加しつつ神父の監視もしており、イリヤの容態に気をやっている。その時丁度、セイバーは士人と視線が合った。

 彼女は彼を見て、ある種の疑問が湧く。それは彼女の中では今となっても不自然で、不気味なのは事実である。

 

「……コトミネジンド。確かに、敵であった貴方によって私たちは助かりました。

 しかし、その、私達を助けようなどと、そんな心変わりをした理由はなんなのです?」

 

 セイバーは、自分が消えてしまう前に聞いておきたいと思った。彼女にとって初めて会う人種である神父は、士郎やアーチャーにも似た雰囲気を持ちながらも、その在り方が自分には理解不可能なまで歪んでいる。歪んでいることは分かるが、どう歪んでいるかが欠片も悟れない。

 ……それが不可思議だった。自分も自分が歪曲しているのを今回の聖杯戦争で気付く事が出来たが、それは自分に似た鏡を見た事による副作用。しかし、視野は広がった所為か、あのギルガメッシュと家族のように接していた神父の事を知りたいと思えた。

 

「―――ギルが死んだからだ。そも、それ以外に戦い抜く理由を、この聖杯戦争で持つ事が出来なかった」

 

「……え?」

 

「意外かな? まぁ、確かに、そう思われるのも仕方がない」

 

「――――――」

 

 セイバーはそれ以上何も言わなかった。聞かずとも分かったから、もうそれで良いと思えた。この男が自分以外の誰かの為に、自分の王の為に、その命を賭けて戦争に挑んでいた。

 ―――王として、アルトリア・ペンドラゴンは言峰士人の忠誠を知る。

 自然と警戒心が薄れてしまう。

 行動原理がわかってしまった。

 確かに、この神父が持つ求道は、彼本人にしか価値が無い破綻者固有のもの。しかし、自分達と戦っていた訳は、嘗て身近にあった騎士たちの行動原理と似通った理由である。彼ら騎士達の忠誠と、士人のギルガメッシュに対する誓いは違うかもしれないが、セイバーはその在り方を個人的に良しとした。歪んでいようとも最後まで尽くしたのであれば、それは本物で在って欲しいと思えた。

 

「―――そうですか。

 ギルガメッシュもまた、一人の王であった訳ですね」

 

 何処となく、彼女の神父を見る目が変わる。警戒を解く事は無いが、纏っている雰囲気がそこまで刺々しいものではなくなった。

 

「セイバー、少し良いかしら?」

 

「ええ。大丈夫です、凛」

 

 サーヴァントと魔術師たちの会話に士人は入らない。結果的にどうするべきか分かってはいるが、彼はその事を喋る気もなければ、その様子を観察するのも一興であった。

 

「――――――――」

 

「――――――――」

 

 そして、衛宮士郎と言峰士人の間に今は言葉は不必要。語るべき事は腐るほどあるが、今は良い。士郎には見送らなければならない相手がおり、守らなくてはならない人を背負っている。士人もまた、第五次聖杯戦争の終わりを見送らなくてはならない。

 まだ、別れを済ます必要は無い。故に今は、しなくてはならない事を済ますのが先決。

 どうやら、決着の方法を決めたようだ。必要となる令呪も凛の物で事足りる。

 セイバーが持つエクスカリバーをアーチャーは左手で握った。彼女が握る剣の柄を支える様に、彼は下から強く真名解放を成す為の構えを作る。

 そして、二人は背中合わせのまま聖剣を静かに上に掲げていく。刃は強く眩い極光に満ち―――今、最強の聖剣が解放される。

 

「「約束された(エクス)――――」」

 

 真名を共に紡ぐ。唱えしは星が生み出した神造兵装。数多の兵たちの希望を束ねた戦場の輝き。

 

「「――――勝利の剣(カリバー)…………!」」

 

 聖杯の孔が、両断された。神父の前で、正義の味方の前で、魔術師の前で、執行者の前で、サーヴァントによる戦争の結末が見届けられた。




 そんなこんなで第五次聖杯戦争も終了しました。もっと書き込めば良いのですが、この話は特に言峰士人の物語として書いていますので、他の人物の描写は主人公を目立たせる為にカットしました。
 いや、他の登場人物たちの会話も書いたのですが、そうすると主人公が会話的に傍役になるは、最後の聖杯破壊場面はただの見届け人になってしまうので、何となく書けませんでした。なので彼らの別れの場面なども、原作に近いのでカットです。そして、セイバーとアーチャーが共にどうなって終わりの場面を迎えたのかは、皆さまの脳内に任せます。あるいは、何時か外伝的に載せるかもです。
 そして、感想でエクスカリバーの使用方法を当てた読者様、私の負けです。まさか、そこまで先読みされるとは思いませんでした。ラブカリバーを悟られるとは、恐るべし。
 では、読んで頂きありがとうございました。


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40.業

 第五次聖杯戦争完全終了です。なので、後日談的なエピローグとなります。


 教会は静寂さを保っていた。神聖な雰囲気で満ちているが、行き過ぎた清らかさは消毒にも似た人工的な聖なる浄化であった。余りにも濃い神の気配が溢れ返っており、その場にいるだけで息苦しくなる。

 ―――そして、ここ冬木教会の支配者であり、この度の聖杯戦争を無事終わらせた監督の代行者となるのが、言峰士人と言う魔術師。

 彼は聖堂にて連絡が有った人物を祈りを捧げて待っていた。実に珍しい者からの知らせでも有り、内容も予測し切れないので平静であるように見えつつも、実際は楽しみに到来を期待していた。

 

「―――――」

 

 バタン、という音と共に待ち人来たる。

 神父は笑顔を作り、振りかえった。気配からも来た人物が自分の待ち人であると分かっている。

 

「お久しぶりです、言峰先輩。蟲蔵以来ですね」

 

「ああ。久しいな、間桐桜。聖杯戦争以来の再会だ」

 

 

 

 

 

 3月13日『業 ―karman―』

 

 

 

 

 

 

「取引しましょう、代行者。

 ―――わたしの中にある異物の核を取り除いて下さい。その代わりとして、自分が可能な限り、貴方がわたしに求める望みに協力します」

 

 教会に、正確に言えば言峰神父に用事があると間桐桜は喋った。そして、その要件の内容がこれであった。

 彼女は自身の目的を果たす為、自分の身を危険に晒してでも神父を利用する魂胆であった。彼女はそれを隠す気も無く、また彼もそれに気が付いている。

 

「……ほう」

 

「そして、この地を管理する代行者へ報告があります」

 

「ふむ。それは何だ?」

 

「我が魔術の師―――間桐臓硯は人食いを行っています。この地を治める教会の司祭として、彼の討伐をお願い致します。そして、間桐家はこの間桐桜が引き継ぎます。

 ―――わたしが当主になるよう言峰士人司祭、力をどうか貸して下さい。お願いします」

 

 間桐桜は言峰士人と言う人物を理解していた。彼を初めて見た時感じたのは、お爺様様を遥かに超える恐怖と、何故か良く分からない共感であった。桜は自分との共通点なんて見当たらないのに、この人ならば理解し合えると分かってしまった。

 過去を思い浮かべれば、もう死んでしまった兄さんと先輩が仲良くなるのと同時期に、言峰先輩は兄さんと先輩と友人関係になっていた。初めて会ったのは恐らく、兄さんが先輩と一緒に連れて来た時だった。初めて見た時は、いつもなら怖くて仕方が無い地下室に逃げ込みたくなる程、恐慌してしまって動きが氷りついてしまった。

 そこから始まった交友関係は今でもそれなりに続いている。正直に言えば、衛宮士郎よりも言峰士人の方が彼女の事を深く理解していた。彼女もこの神父の性質については理解があり、見ていて嫌いに成れなかった。

 故に、この神父の行動原理は分かり易い。

 今までの関わり合いから、自分が助けて欲しいと願い出た場合、どうなるかは答えを聞く前からわかっていた。

 

「―――良かろう。お前の思惑に乗ってやる」

 

 そして、神父は間桐桜の策に答えを出した。

 

「ありがとうございます、神父様」

 

「礼には及ばない。それ相応のものをお前は提供してくれた」

 

「………」

 

 彼の言う相応の物が何なのか分からず、桜は首を傾げる。そして、士人が何を考えているのか分かろうと、注意深く観察する。

 

「まぁ、気にするな」

 

「……そう、ですか」

 

「それと此処では都合が悪い。場所を移すぞ」

 

「はい。わかりました」

 

 歩き出す士人に送れぬよう、桜は背を向ける彼の後を付いて行く。礼拝堂を抜け、教会の中を一歩一歩歩いて進む。目的地には直ぐに着き、広い教会と言えども、体感時間で言えば一分も掛かっていない。そこはもう一つの礼拝堂へ進む道。

 かつんかつん、と暗闇の中で地下へ降りて行く。

 神父の背後から桜が見たのは広々とした暗い闇に沈む地下礼拝堂。その場所から更に進む穴蔵からは、濃厚な魔の気配に満ちている。

 

「まずは手術から始めよう。お前に巣食っている蟲の摘出から始める」

 

 礼拝堂を進みながら、神父は振り向くこと無く桜へ告げる。

 

「……出来るのですか?」

 

「無論、死亡するリスクも存在する。しかし、成功する可能性もある」

 

「では、それもお願いします。……それで、その対価に何を望みますか?」

 

「―――俺の協力者となれ。

 遠坂凛と衛宮士郎は恐らく、大聖杯の存在を知った場合、第六次聖杯戦争を潰そうと画策すると予想出来る。故に、彼らがこの儀式を潰さぬよう流れを作り、今まで通りに戦争を再来させる」

 

「了解しました。宜しくお願いします」

 

 そして、その手術をするべく、彼の魔術工房へ辿り着いた。

 桜がいる場所には様々な道具が置かれている。作った物を保管している倉庫とは別の、作業をする為の実験室ではあるが、それでも多種多様な物が倉庫のように安置されている。

 

「ふむ。では間桐桜。上半身の服を全て脱ぎ、あの台で仰向けに寝てくれ。……ああ、それと、出来れば靴とスカートも頼む」

 

「……………わかりました」

 

 それって全部脱げって言った方が早いと思ったが、桜は黙っておいた。言ったら言ったで、また何か言われて悩ませられるのが目に見えている。そして、既にこの男に羞恥心など湧きはしないが、それでも何か釈然としない思いがあった。

 彼女は言われた通りに衣服を脱ぎ、台に寝そべった。視線の先は石作りの冷たい天井。自分が蟲の群れに犯されて見上げている時の視界に映る風景と何も変わらない。

 

「この手術、お前に麻酔の類は使えない。苦痛が凄まじいと思うが、決して意識だけは失うな。

 ―――気絶は手術の失敗を意味する。

 成功するか否か、その二択はお前の精神次第となる。生き残りたくば、常に自分の生を渇望し続けろ」

 

「心配いりません。苦痛には慣れています」

 

「なるほど。それは朗報だ」

 

 その後、数分間だけ桜に背を向けながら何かの作業していた彼が振り向く。どうやら必要な道具の準備が完了したらしい。

 

「暴れるのを防ぐ為、身を拘束するぞ」

 

「―――……はい」

 

 台の上に縛り付けられた間桐桜。上半身を裸にし、下着も取り外されている。

 士人が子供の時から何故か教会にあった人の拘束が可能な台には、革の拘束具が取り付けられている。両手を広げる様に縛り、両足も台に固定された。

 実はこれ、悪魔祓いようの教会の特殊な礼装となる装置である。人外の力で暴れられても拘束可能な程、頑丈な作り。幾ら少女の力で暴れようとも、抜け出す事は不可能だ。

 

「準備は良いか?」

 

「覚悟は既に出来てます」

 

「宜しい」

 

 神父の視点である上から桜を見れば、彼女まるで大の字を模すように縛られている。彼女のように少女の身からすれば不安にしかならない状況であるが、もはやこの程度では精神が欠片も揺るがない。

 

「―――宣告(セット)

 

 呪文と共に、士人の右腕が心臓の上に置かれた。彼の手は心の臓腑を鷲掴みにするよう、大きく手を広げている。

 そして、その手が少しづつ内部へ入り込む。

 神父の手は溶けるように肉体を通り抜け、目的の箇所へと難無く手を進める。場所は心臓。

 

「…………っ」

 

 間桐桜に寄生する蟲の中でも、心臓の蟲は特別だ。何せこの蟲は、聖杯の泥から作り出されている。間桐桜の心臓はこの蟲が寄生することにより、呪いに適応して精神耐性も上がっている。士人も桜の心臓にいる蟲の呪いの気配には最初から気が付いており、それが何かしらの特別な仕様を持つ蟲であると推測していた。

 だからこそ、その心臓を片手で掴む。傷つけない様、死なない様、静かにゆっくりと目的の蟲を探る。

 

「――――――――――ぐ」

 

 心臓を握られた違和感からか、桜から苦悶が漏れ出てしまった。

 人間は爪の間に針が刺さっただけで壮絶な違和感を感じる。それは体内の異物に対する拒絶反応だ。針程度であれ程の苦痛を出すと言うのであれば、片手を胸部内に入れている桜の苦痛は計り知れない。

 

「―――令呪(コマンド)再装填(リセット)

 

 令呪により、霊媒術を補助。そして、見つけた蟲を掴み、即座に体外へ引き抜く。出来る限り、心臓を傷つけないように高速で事を運ぶ。

 

「グゥ、ぁあ――――――――――――――」

 

 ―――心臓を霊媒術で抉った次の瞬間、彼は霊媒術で心臓の蘇生をする。

 体感時間が停止するほど集中した作業により、摘出と蘇生の合間は極々僅か。令呪まで使用する事で蘇生の治療をするも、心臓を完治する事は不可能。それは間桐桜の余命を数分間伸ばした程度となる。

 しかし、その程度の事は理解していた。分かって上で、士人は無茶な霊媒術の摘出手術を実行した。

 ―――故に、保有令呪全てで治癒を補完する。

 心臓の肉は蘇生され、人の臓器としての形を取り戻す。だが、そこまでした所で、彼では他人の心臓の蘇生など、今の技量では不可能であった。まだ完全に機能を取り戻せていない。

 

「―――貴様、言峰士人! 何を考えている!?」

 

 神父が間桐桜から取り出した蟲が言葉を発した。口では無く、全身を動かし空気を震動させる事で、言葉を蟲の身で絶叫させた。

 

「蟲が喋るな。せめて人型になってから言葉を発しろ」

 

 神父はその蟲を潰した。見るに堪え無い程ぐちゃぐちゃに素手で磨り潰し、もはやカタチを保てぬ肉にする。その上で魔力を全力で流し込み、黒い泥に変容させた。自分自身の心象風景の一部になっている呪いの黒泥を、一切の加減無く打ち込んだ。

 

「さて。本番はここからか」

 

 間桐桜は仮死状態に成っている。血は流れていないが、心臓も今は殆んど停止している。故に素早く蘇生させなくはならない。令呪で補助までして霊媒術を使い治癒に挑んだが、弱った間桐桜の心臓では後何分持つのか分からない。

 彼は泥に変った蟲を用意した容器の上に置く。その上に左腕を移動させ、右手に持った刃物で手首を切り裂いた。大量に溢れ出る血は泥に混ざり、段々と禍々しいなにかに変貌していく。そして、何よりも、言峰士人から流れ出る血の色は黒く、まるで泥のように濁っていた。彼は自分の中に有る呪いを魔力として血液に溶かし込み、それで元々凶悪な呪詛を持っている聖杯の泥を、さらに濃い呪詛になるようにした。

 これは魔女から教えられた調合法。一緒に開発・発展させていった魔術理論の応用となる魔術の一つ。それによって呪詛を混ぜ込んだ血を泥を完全に融合させた。

 

「―――――」

 

 十分に血と混ぜた泥を見て、彼は頃合いだと判断する。霊媒術で素早く左手首の傷を治し、呪詛が溜まった容器を持って桜の方へ向かって行った。

 この泥は特別製だ。ただの聖杯の泥では無い。それは間桐臓硯が長い間寄り代にし、彼の魂と精神が霊体として刻まれている。さらに言峰士人の心象風景の中でアンリマユとはまた違う呪いと化した、この世全ての悪を体現する呪詛。

 

「飲めるか?」

 

 無理矢理心臓の蟲を取り除かれ、心停止をしつつも魔力でまだ強引に生きている桜は意識を保っている。しかし、喋るほど彼女の生命は無事では無く、首を動かす体力も無い。神父は単純に、これから起きる苦しみを告げているだけ。―――これを飲めば全てが終わり、そして始まるのだと。

 桜は視線だけ士人に向けた。その目は強く、そして凶悪なまで何かに染まった意思が込められている。

 

「では、覚悟だけはしておけ」

 

 そして、神父は呪いを手で掬った。そのまま直接呪いの泥を彼女の口へ流し込んだ。

 

「――――――――――――!」

 

 ―――覚醒。点滅。破壊。蘇生。

 間桐桜の内部が全て崩壊するほどの呪いの奔流。最小限の損傷で蟲を抉られていた心臓は本来の形を取り戻し、彼女の全身に血液が回り出す。それと共に新たに流れ込まれた呪いが、魂の内側から呪詛を塗り込み始めた。

 

「……ァア。グゥ、く……ぁぁぁあああああああああああああああ!!」

 

 ―――まるでミキサーに潜ってしまったような地獄。

 恐らく間桐臓硯の悪趣味な魔術鍛錬が無くては、彼女の肉体も精神もこの苦痛には耐えられなかっただろう。

 手術用に即興で仕立てた長机の上で、マキリの聖杯が暴れている。彼女が味わっている苦痛は想像を絶し、間桐臓硯の霊体と言峰士人の呪詛も、聖杯の泥と共に霊体へ取り込んでいる。肉体も僅かながら人外へと作り変えられている。聖杯として機能する筈だった心臓の核を取り外し、また肉体内に入れると言う行動を例えるなら、それは脊髄を一度出し入れするのと同じくらい無茶な事なのだ。

 彼女は核を取られた事で、聖杯から人間になり、人間から死体に成り掛け、今は死体から聖杯へとまた変貌しようとしていた。何もかもが塗り替えられていく。

 

「ああぁぁっぁあああああああ……! ギィ、ジ……ゥゥウウウウアアアアアアア!!」

 

 絶叫を上げ続けて一分。しかし、間桐桜が感じている体感時間は既に一時間を超える程、この苦痛を長く感じているだろう。

 治療台の上で暴れ、拘束されていなくては彼女は滑り落ち、床の上で激しく悶絶していた程、神父の目の前で苦しみ続けている。

 士人は桜を見続けていた。声を掛ける事も無く、触れる事もしない。

 何処までも透明な黒い目で観察している。呪いが肉体に侵し渡っていき、魂が染め上がっていくのを唯只管に見ている。

 

「――――――ん、くぅ。はぁ………ぁあ、あ、く………」

 

 ―――時間にして、およそ五分。悲鳴は消え、喘ぎ声だけが鳴る。

 

「はぁ……ハァ……。ん……ぁ――――」

 

 彼女既に疲れ果てている。心臓も呪いの後押しで完全に蘇生し、聖杯としてではなく、単一の生命体として生き長らえていた。呪いで心臓や肉体を補うのではなく神父と同様、完全に呪いも泥も蟲も自分自身に融かし取り込んだ。

 

「無事生存したな、間桐桜。実に喜ばしい」

 

 神父はいつもと何も変化しない笑顔のまま、彼女を縛る拘束具を外す。手術は成功し、桜は死の淵から生き延びた。

 

「……あなた…は、本当、正気じゃ……ありません、よ……っ」

 

 生気がごっそり抜けきった目で桜は士人の見た。息も絶え絶えだが、呪いを自分のモノにした事で完全に生気を取り戻していた。誰かの傀儡でも無く、呪いで生かされている歪な生き物でも無く、確固たる生命を持つ存在。本人は神父を親の敵の如く睨み付けたつもりだったが、消耗し切った今の彼女では、その視線は光を失くして神父を脅すには足りなかった。

 半裸になった少女に死んだ眼で睨めまれ続けるも、神父は愉しそうに改めて聖杯へ新生した魔術師を見た。聖杯戦争が終わった末に、この展開、この状況。これからの未来が面白いものになると簡単に想像できた。

 

「何を今更。お前も俺の同類だろう。

 ―――呪われた者同士、世界を愉しもうではないか」

 

 言峰士人は間桐桜の闇を知っていた。ギルガメッシュが綺礼を面白いと思っていたように、士人も桜のことを楽しんでいた。

 

「なん、で……すか、それは?」

 

 呼吸を整えながらも、憎しみに満ちた目で睨む。

 

「これでお前もあの泥を理解したと言う訳だ。自分の心を知れぬ程、鈍い女でもあるまい」

 

「………あ―――――」

 

「ふむ。やはり本質的に聡いのだな」

 

 心が重い。思いが黒い。

 桜は自分が何を喰らったのか理解して、それを全て理解した。

 

「―――ああ。これは……これがわたしの魂ですか」

 

 自分の中にあるのは、聖杯の悪意だけでは無かった。この世全ての悪に匹敵する程の、呪詛の塊が蠢いている。

 ―――心の中に存在するのはマキリ・ゾォルケンの残留思念。

 泥の大元になった蟲の中にある魔術師の意識と知識が、自分に取り込まれている。蟲になって聖杯を求めた理由も、自分が蟲に犯されてマキリの蟲になった訳も、マキリの蟲を支配する術も、全て知り得ていた。もはや自分に逆らえる蟲など居ない。あの魔術師を殺せる術も手に入れた。

 ―――そして、更に蠢くは言峰士人の心象風景。

 黒い太陽を彼女は幻視した。死人の泥では無く、更なる変異を遂げた生きた黒い太陽の泥。生きた死の呪詛。黒いのではなく、それは沈み続ける奈落の呪い。人を怪物にするのでは無く、人が怪物に成り果てるのだと理解させた。

 

「神父。―――わたしは誰ですか?」

 

「―――間桐桜だ。

 他の何者でも無い。お前は誰にも変わっていない」

 

 桜は自分を認識する。結局、何を思い、何を成そうが、その現実が自分である。

 過去の全てが自分と言うモノのカタチを作り、その過程の果てに結果、この在り様へ辿り着いた。だからこそ、救いは自分自身の心で手に入れよう。

 

「―――……ありがとうございます。

 ほんの少しだけ迷ってしまって、分からなくなってしまいました」

 

「礼には及ばない。神父として当然の人助けをしたまでだ。

 ……それにな、衛宮と同じくらい面白く、友人になれそうな女をそのままにするなど、言峰士人として見逃せないからな」

 

「友人……ですか。今なら、それも良いかもしれない。

 でも、それは何故?」

 

「お前と俺の間柄を表す言葉として、友人と表現するのは実に最適だと思うがね。

 それにほら、互いに似通った娯楽を共有し合う様な、まるで子供同士の馴れ合いをするお前を友と呼ぶ事は、別に不自然な考えではあるまい」

 

「………………」

 

 呆然と神父の言葉を聞く虫使い。彼の話を頭の中で咀嚼し、クスクスと静かな笑い声を上げた。

 ―――ふ、と桜はこれからする事を思い出す。

 そうだった。自分はこれから、蟲の怪物を殺す事を愉しむんだった。その道楽を一緒になって遊べるのであれば、それは友人と呼ぶに相応しい。そんな暗い行いを共有出来るのなら、自分の黒い部分を許して笑ってくれるなら、友人として娯楽を愉しもう。

 あれを甚振って、捻り潰して、殺して、殺して、気が済むまで殺す。

 ただ殺すだけでは無い。殺害と言う報復を成すまでの過程の中に、無駄な徒労を成して愉しむ。恨みを晴らすのを、憎悪を持って殺意を撒き散らすのを、精一杯愉しもう。

 

「えぇ、実に良いですね、それ。わたし、初めてお友達が出来ましたよ」

 

「そうか。それならば、自分としても喜ばしい」

 

 泥による所為か、彼女は体が凄く軽かった。そして、心には迷いも無ければ、苦しみも無い。何をすべきか決めてしまえば、歩くことを止まて悩む必要も失くしていた。

 ―――これならば、一人で歩き続けられる。

 桜は自分と言う存在を自覚した。自分の願望に価値を見出す事に躊躇いなど無い。

 

「それじゃ早く、蟲の元を浄化しに行きましょう。多分、まだ地下の蟲の中で核が潰されていても生きています。アレの魂は死んでいるのに生きていられる。本当に生き汚い。

 ……なので、生きていてもアレ、気持ち悪いだけですし。今日中に殺しておきたいです」

 

「そうだな。折角の友の頼みだ。叶えられるなら、直ぐに叶えてしまおう」

 

「……ふふ。貴方は本当に良い神父です。だから出来る限り、今回のわたしの我が儘を楽しんで下さい」

 

「ほう。実に楽しそうな顔だな」

 

「当然です。だって、わたしはこんなにも娯楽(フクシュウ)が楽しい。

 ……神父、貴方も復讐劇は面白いですよね。それもわたしみたいな哀れな道化だと、なおさら好きでしょう」

 

「ははは。それだけでは無いだろう? だが、生きる先に何かを見出せるのであれば、とても喜ばしいな」

 

 間桐桜は深く笑った。おぞましく恐ろしい笑顔は笑顔には見えないのに、彼女の表情は笑顔としか表現できない。

 

「隠し事が巧い貴方では、わたし程度の隠し事はお見通しですね。

 ―――見抜いた通り、勿論復讐だけじゃありません。

 マキリ・ゾォルケンなんて言う理想に生きた魔術師に、絶望させるのが良いんです。自分の恨みを晴らすより、彼の理想を踏み潰すのが良いです。

 外道を外道で苦しめるのは初めての体験で、胸に迫るものがあります。アレが根絶したかったこの世全ての悪を教えて上げましょう」

 

「―――乗った。

 お前を助けて正解だったぞ。この馬鹿騒ぎ、中々面白い顛末になりそうだ」

 

 間桐桜は言峰士人を連れ、自分の家に帰って行った。彼女は神父が運転するバイクの後ろに乗り、逃がす間も与えぬように直ぐさま帰って行った。

 ―――その日、間桐桜は間桐家最後の魔術師となる。

 勿論のこと、師であった蟲に止めを刺したのは間桐桜の魔術であった。影の闇の中に沈んで行く魔術師を、存分に苦しめ喰らって彼女は愉しんだ。彼女に強力した神父は凄惨な復讐から目を逸らす事無く、その光景を記憶する。

 ―――間桐桜は、マキリの蟲では無くなり、間桐の魔術師と成り果てた。

 完全に魔術師となった彼女は、一人だけしか住まう者が居ない家の中、報復を成し遂げた自分を存分に祝福したのであった。神父もまた、黒い聖杯の覚醒を祝福する。楽しみが未来に生まれ、これからまた生きていく事が喜ばしい。娯楽は多いほど喜ばしい。

 故にそれは、正義など一欠片も無い。彼女に訪れた救いは、邪悪による救いであった。

 だが、その神父の内側にある思いには、人の負の側面から成り立つ同情も無ければ哀れみも無い。ただ純粋なまでに透明な、余りにも真っ直ぐな救済だ。自分の為に、彼は人の人生を先の道に続くように紡いで見守る。

 ―――聖杯戦争は続く。

 ―――魔術師は求める。

 この先の未来はもう決まり切っている。だが、それを成す為には多くの障害と、達成する為に必要な事柄が多くある。代行者と魔術師は二人、聖杯戦争を望む。だからこそ、第六次聖杯戦争の到来は確実に成されてしまうのだろう。




 完全覚醒。これで桜さんが目覚めました。
 アンリマユの呪いに加え、地味に臓硯の無念と神父の衝動が呪詛として取り込まれています。そして、桜はそれを自分のモノにしてしまったので、ここから先はどうなるかは、桜次第となるでしょう。
 読んで頂きありがとうございました。次回で第五次聖杯戦争編は最終回になる予定です。
 後、最後に今期のアニメを見て、進撃のワンダとか言う妄想が浮かびました。巨像ではなく巨人に登ってじっくりと巨人を殺し回るワンダ無双な話。


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終.Overture

 第一部完。次回からは第二部の開始を考えています。


 ―――ここは何処か暗い場所だった。

 脳に染みる消毒液の匂いに満ち、空間が浄化され過ぎていて不気味な雰囲気。

 そんな場所に居るのは二人の人物。一人はカソックを着込む青年に、もう一人は寝込んでいる修道女。

 

「久しぶりだな、カレン」

 

「ええ。確かに久しぶりと言えるくらい会っていませんでしたね、お兄さん」

 

 カレン・オルテンシアにとって突然出来た家族―――言峰士人は数年前に知り合えた唯一の親族だった。とはいえ、自分を捨てた男の養子であり、血の繋がりは一切無い。この男との関わり合いの重要な接点は一つのみ。

 ―――つまり、自分の実の父親らしき言峰綺礼と言う神父だけだ。

 彼女が言峰士人と言うこの神父と出会ったのは必然と言えた。彼は生き残れた第五次聖杯戦争後、高校を卒業したと同時に巡礼の旅に出た。代行者や司祭としての業務を聖堂教会に頼んで一時的に休み、世界を旅する為に外へ出た。

 しかし、初めての旅。勝手が分からないので最初は目印として、彼は父親の足取りを辿ってみる事にした。彼が生きて歩んだ道を、その景色を、見て回って見た。

 ……その旅の中、経歴を調べている時に知った綺礼の妻と、その娘の事実を自分の眼で確かめる為、彼はカレン・オルテンシアと出会うことになった。

 

「元気とは世辞でも言えん様子だが、まだ人の形で生きているお前を見れて良かった」

 

「笑いながら言う台詞ではありませんから、それ。

 もっとも、そう言う貴方も相変わらず、腐った泥沼の道を歩んで気苦労が大変でしょう」

 

 久方ぶりの兄妹の水入らず。カレンは気が付いた時には、彼との会話を楽しんでいる自分を発見している。やはりどうやら、この男は自分にとって普通ではないらしい。

 毒舌を混ぜ合わせた世間話をし続ける。今の状態になったカレンと楽し気に話をする人物など、最早この神父以外に教会ではいない。オルガンも演奏出来ず、何を食べても味を感じなくなり、視界も機能しなくなってきた彼女にとって、士人との会話は丁度良い暇潰しとなった。

 

「なぁ、カレン」

 

「どうかしました、お兄さん」

 

 会話を断ち切り、彼は目の前の死に逝く妹に問う。

 

「その姿、既に余命幾許も無いのだろう?」

 

「……そうね。後一、二年保てば十分でしょう」

 

 ―――被虐霊媒体質。カレンの容体の悪化はこれに尽きた。

 彼女の肉体は既に良くない何かに変異してしまっている。このままでは何時かは肉塊の異形と化し、ベットで寝込んでいるだけでは生きる事もままならない。近い将来には延命器具を常に身に着けられ、冷凍保存される可能性すらある。

 

「カレン。お前は――――生きたいか?」

 

 嘗て自分が死の淵で神父から聞いた言葉を、その神父の娘に言い放った。士人はこの巡り巡った今の瞬間が実に面白かった。

 そんな妙に楽しそうな笑みを浮かべる兄を見て、カレンは呆れたように苦笑する。彼の内面は今一把握し切れず、開き甲斐のある精神的外傷も見当たらない。けれども、とても綺麗な作り物の笑顔を偽れる義理の兄は見ていて面白い。

 

「……はぁ。なにを言っているのですか。

 この体質の治療法がない事くらい知っているでしょう。その質問に意味はないです」

 

 この神父の悪辣さは自分に良く似ている。だからこんな、今直ぐにも死んでしまいそうな自分に対し、生に対して執着させるような言葉を言ってきても皮肉で返すだけ。

 それに、もう受け入れたこと。

 カレンからすれば、生きるとはそういうこと。結果、彼女はそれで死んだとしても唯の当たり前な結末。

 

「お前の言う通り、厄介なその体質に対する治療法は知らない。だが、体に刻まれた傷を癒し、人としての寿命まで生きる手段なら有るぞ。

 ―――それも、今から直ぐに行える」

 

 驚いた顔で、しかし何処か呆れた表情で神父を見て、楽しそうに彼女は笑った。

 

「……まぁ、死なないで済むならそれに越した事は無いです」

 

 この終わりを受け入れているが、彼女とて無理に死にたい訳では無い。しかし、今此処に至っては苦しむのも呼吸するような当たり前な生態なのだ。

 カレン・オルテンシアにとって、この異能は有っても無くても構わないが、無理に消したいと思うモノでは無かった。

 

「ですが、治らなくとも構いません。この苦痛は自分だけのもの。

 私はこれで死んだとしても十分満足なので、別に大丈夫ですから。貴方が気にする事ではないのです」

 

「―――ふむ……」

 

「……?」

 

 思案するような無表情で彼女の眼を見る。

 

「……そうだな。俺は別にカレンの異能を取り除こうとしているのではない」

 

「では、どういう?」

 

「方法はこれから話そう。だから安心してくれ。別にその異能が消える訳ではない」

 

「異能をそのままにし、尚且つ体が治り、更に寿命まで生きられる方法ですか。

 ……少し、胡散臭いわ?」

 

「否定はしない」

 

「そうですか。

 ……もしかして外法の類ですか、それ?」

 

 確かに、人間を辞めてしまえば被虐霊媒体質など怪物の個性に堕ちる。特に死徒が持つ復元呪詛に掛かれば、内側からの自傷など簡単に治るだろう。

 

「まさか。流石の俺でも、人外への転生など進めんよ。死徒の血も手に入れようとすれば簡単に採取可能だが、今は持って来ていない」

 

「……分かりません。他には何も思い付かないですけど」

 

「俺は魔術師だ。霊媒治療も行える。しかし、お前の体質を根本から治す効果は出ない。

 ―――故に、それを如何にか出来るモノを生み出せば良い。

 幸いな事であるが、その手の幻想に心当たりがある。そして、人を生かす事にあらゆる幻想の中で更に特化した宝具だ」

 

「……………」

 

 彼女には勿論、そんな都合の良い宝具に心当たりは無い。故に黙って話の続きを聞くまでだ。

 

「それはアヴァロンと言う宝具でな。オリジナルも昔に見た事がある。故に、その情報も保有している。

 ……だが、今の俺の能力では生み出せない。

 後何十、何百年と研究と鍛錬を積めば可能性は出てくるが、その時にはお前は確実に死んでいる。鞘を生み出せたところで運用も恐らく不可能だろう」

 

「……そうでしょう。

 アヴァロンなんて規格外の幻想ならば、流石のお兄さんでも不可能ね」

 

 カレンは知識だけでなら知っているが、アヴァロンは確かアーサー王が保有していた聖剣の鞘。老化を防ぎ、傷を癒す効果があるならば、彼女を人間の形に健康な状態で維持可能だろう。

 確かにその鞘をカレンがもし使えるのであらば、異能を失うことなく生き、そしてカレン・オルテンシアとして天寿を全う出来よう。だが、そんなモノが都合良くカレンが手に入る訳でも無く、もし現存する鞘を手に入れたところでアーサー王では無い彼女では使用は不可能。

 それがこの世の、人間の限界。しかし――――

 

「そこで、奇跡を起こそうと思う」

 

 ―――言峰士人と言う神父からすれば、既に踏破した限界であった。

 

「利用するのはアラヤとの契約だ。魂の限度まで力を後押しさせる」

 

「――――え?」

 

 阿頼耶識との契約。つまり、人類の守護者にして抑止力の奴隷。

 

「……待って、待って下さい」

 

「安心しろ。世界を幾度となく危機から助け、人命も数え切れぬほど救った。

 契約対象となる条件としてなら今の功績で十分だ。死後を売り渡す準備ならば完了している」

 

「―――やめなさい。

 貴方、自分が何をしようとしているのか、わかっているの?」

 

「無論だとも。妹を救うのに命を掛けるのは、兄として当然ではないか」

 

「私は望んでいません。貴方に救われたいなんて思ってません。

 この体を救えたところで、そのようなものはただの自己満足でしかない」

 

 おまえの救済など迷惑だと言い切った。他人の自己満足で癒されていい人生では無い。彼女は彼女なりに自分の運命を気に入ってる。

 

「―――それが何だ?」

 

 しかし、この男はカレンの言い分に欠片も興味を感じていなかった。自分よりも更に空虚な瞳が、心を飲み込むように見つめてくる。

 

「……もう、いい加減にして下さい。

 理解している癖に、何故そのような真似をするのですか?」

 

 分からせる為に、自分の考えをリセットする為に、一度だけ溜め息を吐く。修道女は自分と良く似た神父を睨み、自分の思いを口にする。

 

「いいのです。このままで私は満足。自分が不幸だと嘆く事が出来るだけで十分。

 ……貴方を助けた養父の娘だからという理由だけで、私が自分で決めた人生に口を挟むのは、神父として傲慢と言えるでしょう」

 

「それは否定させて貰う。この罪は傲慢では無く―――強いて言うのであれば強欲だよ。

 ―――実感が欲しい。

 ―――感情が欲しい。

 ―――真実が欲しい。

 お前を助けるのは自分の答えを得る為にする慈善だ。偽善にさえ成らない人真似だ。

 ……故に、もし何かを憎むのだとするなら―――お前を助けたいと願った愚か者と、死から救われてしまう己の不運を嘆いてくれ」

 

 善意などでは無い。この男は終始、自身の求道の為に人を救っている。

 カレン・オルテンシアはそんな、あの男の昔の家族だったから、と言う繋がり一つによって未来を掬い上げられてしまう。

 

「何故そのような……いえ、そのようなことの為に―――私を救うと言うのですか?」

 

「―――さて……どうだろうな。

 確かに、綺礼(オヤジ)の娘であるお前を救えば、何かしらの実感を得られるのではないかと期待している。

 この手で特別な存在に値するお前の人生を紡ぐ事で、私は空白を埋める事が出来るかもしれない」

 

 言峰士人にカレン・オルテンシアに対する愛情など無い。しかし、何かしらの執着は存在している。自分を火事から救ったあの神父の娘である女だと知った時、確かに胸に迫るものがあった。死に面しているカレンを助けてみようと思えたのだ。あるいは、更に苦しめたらどうかと思ったが、苦しみなどにもはや価値は無い。

 ―――むしろ、その逆である。

 先の人生を捨ててまで命を救われたとしたら、カレンは一体何を思うのか。それも自分を捨てた父親が拾った子によって助けられたとしたら、何を感じるのか。

 終わり無き地獄に兄を突き落とす要因となって生きてしまうとなれば、カレンは自分がどう成り変わるのか予測が出来ない。

 

「……ダメ。駄目です。

 それに無駄ですよ。私はもう、自分の人生を許容している。これで私は満足なのだから」

 

「―――断る。

 お前には生き長らえて貰う」

 

 身動きがもう出来なくなっているカレンにとって、自分では既に言葉以外では足掻けない。そして、動ける頃には事は全て終わってしまっている。

 彼を止めるには言論で意志を挫くしかなかった。

 

「守護者としての契約ならば、確かに報酬として私は癒される。

 しかし、貴方の死後を無理に奪い、未来を与えられて、生きる事が出来たとしても―――それでは自分を許容出来ない

 ……それに何よりも―――貴方が何処にも逝けなくなる」

 

「なに。長く生きていけば何時かは自分を許し、兄の不運な幸先も割り切れるだろう」

 

「―――貴方は永遠に救われない。

 それでは―――私の余生(いのち)とでは、対価として釣り合わないではないですか……っ」

 

 優しいのでも無く、甘いのでも無く、それは無償の施しだった。

 言峰士人に損得勘定など無い。そもそも利益を得たところで面白くも無ければ嬉しくも無い。逆に、不利益や損を被ったとこで悲しくも無ければ悔しくも無い。

 ―――結果。他人と自分の関係が全て、何もかもが釣り合わない。

 完膚なきまでに壊れ切っている。頭に捩子が一本も刺さっていない。人として心の機能が失われている。人真似をして営みを模倣する泥人形でしか無い。

 故に他人を憎悪する生態を持つ泥だけが、彼にとっての娯楽となる。それしか楽しいと感じられない。他にあるのは、養父から学んだ求道と王様から貰った誇りだけ。

 ―――この三つが至極簡素に絡み合ったのが、言峰士人と言う人間の在り方なのだ。

 

「もう良いだろう、カレン・オルテンシア」

 

 そんな神父が笑った。カレンは寒気に襲われた。らしくも無く感情が暴れて、表情が崩れてしまいそう。

 

「―――…………っ」

 

「諦めろ。既に決めていたことだ。

 ―――私はお前を救いたい」

 

 問答はこれ似て終わり。次に語り掛けるべき相手は、霊長を管理する集合無意識。

 

「―――アラヤよ、力を寄越せ。

 そして、対価として死後を預ける事を契約する」

 

 ―――今この時、コトミネとアラヤの間に契約は結ばれた。

 しかしまだ、まだであった。まだ間に合う。

 言峰士人がカレン・オルテンシアに対して奇跡を起こさなければ、契約は破棄されて守護者になる事は無い。

 

「待ちなさい――――!」

 

 これが正真正銘、最後の最後。止めるには今しか無かった。

 

「―――待たない。

 必要な全ての準備が整った」

 

 そして、妹の懇願を兄は斬り捨てた。

 

「―――心の中には何も無い(There is nothing in my heart)

 

 カレンの体質をどうにかする手段は無い。生まれながらの異能を消す方法も使えない。しかしこの先の未来、彼女の自傷を自動的に修復する宝具は心象風景の中に存在した。

 宝具の名は全て遠き理想郷(アヴァロン)

 アーサー王の肉体を自動治癒する強力無比な宝具。本来の用途は魔法さえ防ぐ絶対防御であるが、肉体に組み込めば治癒用の礼装となる。

 故に、鞘の所有者をカレン・オルテンシアとする。

 そうしなければ、被虐霊媒体質で傷付く度に治癒は自動で発動不可だ。また、カレンではこの鞘を宝具として使いこなせないものの、肉体内へ埋め込んでしまえば、それなりの日数があればゆっくりと治癒が進行する。体質で衰弱していく心配も無ければ、今背負っている障害も何れは治るだろう。

 

投影(バース)始動(セット)―――」

 

 ――存在因子、具現――

 ――誕生理念、模造――

 ――基礎骨子、偽装――

 ――構成材質、複製――

 ――創造技術、模倣――

 ――内包経験、虚飾――

 ――蓄積年月、再編――

 ――因子固定、完了――

 

「―――投影(バース)完成(アウト)

 

 神父の手の上に浮かぶ宝具―――全て遠き理想郷(アヴァロン)

 単純にこれを型落ちで投影するだけならば、神父とてアラヤとの契約など不必要。しかし、この鞘の因子をカレン・オルテンシアに適合するように組み直した上で存在させるなんて真似は、例え彼が未来永劫自分を極めたとしても不可能な所業。

 しかし今この瞬間、この世の道理を超過した奇跡が現われた。

 この先、言峰士人は二度とこの投影魔術は行えないだろう。そもそもアヴァロンを投影出来たところで、アーサー王の因子を一切持たない彼では妖精郷との繋がりが全く無く、鞘の運営など本来は無理なのだ。だが、今だけは、その条理を覆していた。

 

「―――全て遠き理想郷(アヴァロン)―――」

 

 真名を唱えられ、鞘は何百何千に分解される。極小まで細かに別れたパーツ一つ一つの行き先は無論―――カレン・オルテンシア。鞘が体内に吸い込まれ、彼女は自分の生まれながらの業から救われてしまった。

 ―――その日、神父は家族を助けて人では無くなった。

 

 

◇◇◇

 

 

 第五次聖杯戦争から数年後の冬木。吐く息も白くなり、今年も秋が終わって冬の時期になる。

 そこにある冬木教会には二人の人物が居た。

 一人はここで暮らしていた言峰士人。もう一人は数か月前に新しく赴任して来たカレン・オルテンシア。

 

「本当、バカな人。貴方は私に過保護にも程があります」

 

 最早肉塊の異形に成り果てるだけだったカレン・オルテンシアは、今もこうして人の形を保って生きていた。

 無論、悪魔祓いの職を辞めた訳ではない。被虐霊媒体質が治った訳ではない。

 ただ聖剣の鞘の癒しによってどんなに自傷しても、時間が経てば常に健康のままとなった。人の形を維持できるようになった。

 

「そう言うな。助けられるから助けただけだ」

 

「私は貴方に迷惑を掛けてばかり」

 

 士人の推薦と本人の希望、そしてカレン・オルテンシアの悪魔祓いの功績が認められた事により、彼女は冬木教会の司祭となった。

 カレンは既に二十歳を超えて日本の法律でも成人しているが、見た目はまだまだかなり若い。顔立ちも実年齢も一つの教会を任されるには歳若いものの、完璧な手腕によって彼女は教会を生真面目に運営していた。

 

「お兄さん。貴方はこれからどうするのですか?」

 

「この街で少し休みを取る予定だ。

 その後は未定だが、してみたい事がまだ幾つか残っている。時期を見て出て行く」

 

「……衛宮士郎絡みですか。それとも美綴綾子か、遠坂凛に関係している事でしょうか?」

 

 何処か拗ねた顔で神父を見た。そして、自分を見て更に笑顔になるこの男を見て、余計に表情を厭そうに歪める事になった。

 

「何だ。俺が居なくて寂しいのか?」

 

「いいえ。寂しいとかあり得ません。

 ……それにこの街に来てから、面白い人と知り合えましたから。別に人寂しさは無いです」

 

 拗ねた妹を見て、何だか楽しくなるのは底意地の悪さ故か。士人は何時ものような笑顔ではなく、何処か世の中を面白がる道化師に似た気味の悪い笑顔を浮かべた。

 

「ふむ、成る程……人寂しさか。

 お前はあれか、恋人とか作ってみる気は無いのかね?」

 

「―――ポルカミゼーリア」

 

「うお! ……またお前、凄い罵声を言うな。

 ―――お兄さんは許しませんよ」

 

「黙りなさい。そして、煉獄に堕ちなさい」

 

「地獄では無く煉獄か。お前も趣味が悪い」

 

「良い事では無いですか。苦しめば救われる程度には、未来に対する望みがあるのですからね」

 

「……ふむ。

 まずはその意地の悪さを如何にかせねばならないか」

 

 妹の真っ暗な未来を思い、態とらしい溜め息をする。何せ、行き遅れの代表的な見本が冬木にはいるのだ、主に虎の事だが。

 

「―――……本当、くたばれば良いのに」

 

 と、モヤモヤを晴らす為に殺意を取り敢えず口にした。だって、こいつ、何かとてもウザい。そんな心情を彼女は欠片も隠さない。

 

「やはり、二十を越えた歳になっても、女と言う生き物は今一判り難い。罪や業の類ならば、一目で理解出来るのだがな。

 ……うむ。

 なればこそ、たった一人しかいない妹の気持ちに気付けぬ未熟さを失くす為、今は鍛錬あるのみか。死ぬまでまだまだ、本当に腐るほど時間は存在している」

 

 士人とて、自分が人から好かれているのか、嫌われているのか、そんな二択程度は悟れる機敏を持っている。と言うより、他の誰よりも人が隠している感情を暴いてしまう。

 だが、それがどの程度なのか理解出来ない。

 人が人に向けている感情の大きさを把握出来ない。それがどんなものか知識として分かっていても、実感としては余りにも未知で不理解なのだ。

 

「――――――」

 

 この男は本当に壊れている。常日頃から、その在り様を隠しもしない。カレンのような人間からすれば、壊れている癖に日の当たる場所の中、何も苦痛に思うこと無く笑顔でいられる精神が可笑しかった。誰かと関わり合い、他人の心を知っていても、ただ言峰士人は見て遊んで揶揄して楽しんで、それだけだ。

 ……救われないのだ。何も救われない。

 平穏の中に生きていても思う所が少しも無い。平和を謳歌する事が出来ない。家族や友人と暮らしているも幸福を得られない。

 多分、もう記憶にない自分の父親はこの神父みたいな人間性に近寄ったものだったのだろう。多分、今の自分はこの神父から父親の影を見ているのかもしれない。カレンは自分の感情がかなり希薄になっているとは言え、自分以上に精神が壊れ切っている言峰士人を前にすると、そんな自分の人格を少しだけ忘れる事が出来た。

 

「……あ、それって、確か――――」

 

 カレンの視線の先にあるのは、士人が首から下げている十字架のペンダント。確かその十字架は、言峰綺礼の遺品だったと、彼から聞いた事を唐突に思い出していた。

 蜃気楼のように脳の中が曇り、言葉が勝手に出ていた。どうも普段は抑えている何かが、彼を前にすると我慢するのがヒドく難しい。

 

「この十字架は養父の、言峰綺礼の遺品だ。……欲しいか?」

 

「―――……いえ。要りません。

 それは貴方の所有物として相応しい。私には似合わない」

 

「構う事は無い。十字架は他にも持っているからな」

 

 彼は綺礼の遺品であった十字架をカレンに渡す。彼女は受け取り気など欠片も無いため動かないので、無理矢理手を開かせて受け取らせた。そして、彼女の長い銀髪を丁寧に流し、そのまま十字架を首に掛けさせる。

 

「――――ぁ」

 

 何処か茫然とした表情だった。普段の彼女を知る者からすれば珍しいと思うのであろうが、士人からすればそんな顔も見慣れる位には長い付き合いだった。

 

「それに俺が持っているのは、親父のそれと同じ種類のものだ。つまり、兄妹御揃いの十字架と言う訳だな」

 

「……はい」

 

 カレンは父親の、そして兄の物でもあった十字架を見る。そして彼女は、自分が首から下げている十字架を両手で優しく握り締め―――静かに祈りを捧げた。

 

「…………」

 

 士人もそれを見守る。彼の心の内には何も無いのかもしれないが、今は亡き父親を思う娘が尊いものなのだと言う事は分かっている。

 素直では無い妹は、とても我慢強い。何事にも耐えられる。

 そして、何よりもカレン・オルテンシアと言う人間は言峰綺礼の娘であり、また言峰士人の妹なのだ。

 この女は自分の歪みを理解した上で、兄とそう呼んでくれている。まさか、こうも家族関係が巧くいくとは思わなかったが、それでも現状は良い方向に進んでいるのだろう。

 ―――そして、言峰士人もまたカレン・オルテンシアの歪みを許容していた。

 言峰綺礼がそうで()ったように、士人とカレンの関係もそれに限りなく近い性質を持っていた。この世界で数少ない理解者と言えた。そんな男と女が家族であり、そして彼と彼女は本来なら血の繋がらない赤の他人と言えど、言峰綺礼と言う神父によって出会う事になった。

 

「……さて、カレン。今日の昼は何が食べたい?」

 

「そうですね。……泰山なんて良いと思います。あそこの麻婆豆腐は舌と臓腑に染みて、この上なくとても美味です。

 ……後、夕飯はお兄さんの手作りが良いですね。自分も体が動きますので、出来れば今回も料理を教えて欲しいです」

 

「承った。移動は如何する?」

 

「―――天気も良いので歩きたいです。体を動かすのって最近、何だか楽しいですから」

 

「確かに。偶に自分の足で街を見て回るのも一興だろうな」

 

 兄は笑い、妹も笑う。二人の笑顔は二人とも違う意味を持っているが、この二人はそんな事を気にしなかった。

 そんな価値観のズレなんてもう良いのだ。今はただ日常を楽しもう。士人の事を思いならがも、カレンはそんな事を考えていた。

 神父に救われた自分は、この義理の兄を救ってあげたい。けれども、兄は既に完結間際で救う余地がない。そもそも、ただ単純に、この人間の在り方と生き方が何故だか愛おしい。救われたとか、義理の兄だとか、本当は最初から関係が無かった。

 ―――だから今はこれで良い。

 カレンはそう結論を出す。そう区切りを付けて、満足に動く足を使って兄の後に続いて行く。礼拝堂の外は太陽が輝き、ともて暖かな日差しであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 魔術協会封印指定執行部。

 第五次聖杯戦争に参加した魔術師の一人、バゼット・フラガ・マクレミッツは嘗ての戦争で見た相棒―――アヴェンジャーのサーヴァントの夢で見た過去が脳裏に過ぎった

 それはたった一人の女の命を救う為、英霊になってしまった男の話。バゼット・フラガ・マクレミッツは第五次聖杯戦争中、夢で垣間見たアヴェンジャーと言う英霊の始まりを思い出していた。

 

「…………―――」

 

 かりかり、と無言でペンを走らせて封印指定の報告書を書く。

 気を抜いて不意に何故かその事を思い浮かべたが、それも当然かと自分へ自分に結論を出した。

 

「――――ふぅ……」

 

 ここ数年前はゆったりとして楽しいと感じる協会での生活だった。自分は執行部にいて封印指定狩りを毎回のようにしていたものの、知り合いが第五次聖杯戦争後は多く増え、魔術師と言うよりも一人の人間として実に充実していた。

 ―――しかし、それも完全に崩れ去った。

 衛宮士郎は固有結界の発覚によって封印指定となった。遠坂凛はゼルレッチが課す修練を乗り越えて時計塔を去った。自分の弟子にして時計塔へ入学した美綴綾子も既に旅立ち、色々と各地で悪さをしていると噂を聞いている。友人の息子である言峰士人も、結構大きな噂を聞く程馬鹿騒ぎを起こしているらしい。一年遅れて時計塔に来た間桐桜も既に冬木市に帰っている。

 

「……封印指定衛宮士郎ですか。これで彼も一端の御尋ね者ですね」

 

 ―――正義の味方。

 こと衛宮士郎と言う人物を言い表す言葉はこれ以外に存在しない。

 

「………相変わらず動きが派手だわ。

 今度は死徒や魔術師の殺害の為では無く、戦争停止の為に中東辺りの戦地で出てきそうですね」

 

 ボソボソ、と声に出さずに唇だけ動かす。あの迷わない分からず屋の英雄を見ていると、止めたいと思うのだがそれを無粋だと感じる自分がいる。なので、すっきりするかと思い言葉に出してみるも、別に心の澱は消えてくれ無かった。

 まだ時計塔に居るのは自分だけ。

 一人の人間として仲が良く、自分からも友人だと言える多くの人達はもう外の世界に出て行った。

 無論、まだまだ時計塔にも知人友人がいるのだが、寂しいと感じてしまう自分を偽れない。そういう風に思ってしまう自分を誤魔化す事無く笑って認められる程度には、彼女はとても内面が強くなった。

 

「―――旅……ですか」

 

 綺礼にも昔、そんな事を言われたのを思い出した。

 

「……………はぁ」

 

 確か、彼ら四人と最後に会ったのはアルズベリ。其処で起きたのは死徒、魔術師、代行者の全てが入り乱れた大戦(おおいくさ)。それも死徒二十七祖に埋葬機関も参加してきた聖杯戦争以上に混沌とした戦いであった。

 その結果、魔術協会は大打撃を受けた。余りにも多くの戦力を失った。

 死徒二十七祖も幾つもの祖が死に絶えた。埋葬機関員も幾人が戦死して代行者も多くが死んだ。中でも死徒の派閥が消滅した影響は凄まじく、色々と吸血鬼共の社会では混乱が激しくなっているらしいとか。

 

「……私だけ、まだ迷いの中。結構な物事が吹っ切れた筈なのに」

 

 外の世界で戦い続ける友人たち。思い悩むバゼットは、そう言えばたった一人の弟子と最近、まるで会っていない事に気が付いた。彼女は魔術師としての弟子であると同時に、戦闘者としての弟子でもあり、歳の離れた気の合う同性の友人でもあった。

 ……彼女は弟子と最後に会話した時の事を思い出す。

 その内容は結構胸糞悪いものだ。確か、衛宮士郎が戦場で知り合った人物に裏切られて処刑台送りにされそうなところ、その裏切り者を自分が射殺して助けたと、暗い顔をした綾子から報告された。個人的には良くやったと褒めたい心情だ。はっきり言って、裏切り者には死以外の罰は相応しく無い。他にも色々と喋ったのだが、一番強く印象に残っているのがその話。

 しかし、衛宮士郎は美綴綾子に助けらたのだが、どうやらそれ以来、余り関係は良く無いモノになったとか。だがまぁ、そんな風になるだろうと綾子は理解を示しており、衛宮に嫌われるのも納得している模様。おそらく士郎の方も心情としては兎も角、理性的な部分では綾子の行いを許しているのだろう。

 バゼットは、そんな弟子の心情を何となく把握していた。分かっているものの、彼女からは良いアドバイスなんて出来やしない。精々が今度会った時にでも、一緒に酒を飲んで愚痴を聞いて上げようかな、とか考えられる程度だ。

 

「…………っ、痛――――――!」

 

 その時だった。彼女の腕が急に痛みだしたのは。

 

「―――って、まさか……!?」

 

 袖を思いっ切りめくる。其処にあったのは、嘗て目にした戦争への参カの印。

 

「……――――――――――――」

 

 認める同時に、バゼットは覚悟した。第六次聖杯戦争の開幕。自分は如何やら未練と後悔に満ちていたようだ。そして、使い損なった召喚の触媒はまだ持っている。

 バゼット・フラガ・マクレミッツが拳を握り締め、戦争へと赴く為、次の瞬間には席を立つ。戦意に満ちた目を隠すことなく、封印指定執行部の部屋を出て行った。その後ろ姿に弱弱しさなど欠片も無い。ただ前へと強く歩き続ける者に宿る戦士の信念を纏っている。

 ―――それが彼女が参加する新たな戦争の始まりだった。

 もう、拳に迷いはない。嘗ての苦悩も自分は受け入れた。ただ漠然と、この度の戦いは地獄に成ると言う予感が、彼女の足を更に強く強く歩ませていた。




 ぶっちゃけ、今までの話は長いプロローグみたいなものでした。元々は第六次モノにする作品を第五次からやってみようとか無謀な考えを実行してしまい、こんなにも楽しんで長い間執筆していました。
 第六次はオリキャラやオリ鯖がそこそこ溢れますので、今までみたいに原作の土台が無いので不安定になると思いますが、執筆していきたいと思ってます。
 読んで頂きありがとうございます。次回の更新は遅くなると思いますので、この作品を忘れないで頂けると嬉しいです。


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第六次聖杯戦争
41.衛宮邸にて


 取り敢えず、第二部のプロローグ的な話。段々と物語を加速させていこうと思っています。
 そして注意事項ですが、第六次のコンセプトの一つがチートvsチートです。原作キャラもオリキャラも強いですので、そう言う展開が嫌いな人は気を付けて下さい。


 ―――聖杯戦争。アインツベルンが画策した第三魔法成就の為に造られた魔術儀式。そして、衛宮切嗣とアイリスフィール・フォン・アインツベルンの両親を持つイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、前回に行われた第五次聖杯戦争における小聖杯である。

 ……そう、第五次聖杯戦争が終了したところで、イリヤスフィールは生まれながらの聖杯だ。今も尚、聖杯として機能する心臓で生きている。無理なアインツベルンによる調整により、短命であり、実際に成長も停止してしまっていた。実年齢と外見の年齢が大きく離れており、それはある意味母親とは正反対のギャップでもあった。

 

「―――はぁ、あの腐れ外道神父。なんで態々此処に来たのかしら?」

 

 陽光が入り込む衛宮邸の縁側。寒くなってきた季節であるものの、日の光で十分に暖かく、今日は風も余り強く無い。そんな季節を程良く実感出来る場所で重く溜め息を吐く女性こそ、嘗ては聖杯として生贄に捧げられたイリヤスフィールであった。

 赤い瞳に長い銀髪。外見年齢から見ると、十五から二十までと言った年若い風貌。しかし、実年齢は既に三十路に迫ったかなりの童顔な独身女性。色々と世の中を溜め息と共に悟りながらも、まだまだ若い気持ちのままでいたい年頃である。

 

「あーあ。街の空気も染まってきたし、そろそろなのね。あの神父にはしてやられたわ」

 

 髪の毛を一本に纏めてポニーテールにしている姿も、生活感が湧き出た自宅で寛ぐ女と言った雰囲気そのもの。とても良く出来た二人のメイドに、資産も使わなければ腐らせるほど所有しているとは言え、家事もせずにニート生活をするのも飽き飽きしていた。生粋の貴族様であるも、第五次以降は森の城からも離れて街暮らし。特に士郎たちが冬木を飛び出し、桜も時計塔に渡ってからは、生活に欠片も潤いが存在していなかった。それと、士人が消えたのは如何でも良い。

 それで始めたのが大学生。偽造した身分を利用してあっさりと国立大学に入学し、教育学部に所属した。なんだかんだで人生を充実させるべく、今までの日常とは違う娯楽が欲しかった。大河が楽しそうに働いているので、飽きが来るまでやってみようと興味本位で始めたのだ。

 ……学校は楽しかった。

 普通の日常は実に面白かった。退屈な毎日が幸福なのだと実感出来た。

 この生活に士郎たちがいればどれ程の幸せに満ちた日常なのかと夢想したが、今となっては価値は無い。道を決めた弟を応援せずに何が姉か。そして気が付けば四年が過ぎ去り、あっと言う間に教員免許を取得していた。以後三年間、高校で教員生活を衛宮邸から送っているのであった。

 無論、高校の中でかなりの有名教師。日本人では無くドイツ人であり、日本語を完璧に扱えるのは当然として、ドイツ語、英語、フランス語、何故かラテン語や大昔の数ある古語さえもマスター。その上であの見た目の美しさと若さ。加えて中身も完璧。女性にも受けがかなり良い上、男性から圧倒的な人気を持つ。そして、何時もの通勤に使うメルセデス・ベンツ製の高級外車。なので、有名にならない理由がなかった。

 彼女にとって、想像もしていなかった未来である。それはなんて儚くも、輝いている日々なのか。

 そんな毎日を送れる要因になったのが、あの神父だというのが中々に腹立たしいが。彼の存在無しにここまで長生き出来る事はなかっただろう。しかし、それを感謝する事はお門違いでもある。

 

「……正にダニね。あいつので所為で、士郎も凛も綾子も――――」

 

「―――言うだけ無駄よ、あの言峰が相手じゃさ」

 

「……アヤカ」

 

 銀色のポニーテールを揺らしながらイリヤは、後ろから声を掛けてきた者へ振り返る。どうやら衛宮邸には、イリヤ以外の人物がいるみたいだ。

 

「言峰の人格が捻じれ曲がってるのは、貴方も知ってるでしょ」

 

「……だって、分かってても、凄くむかつくじゃない!」

 

「あー、うん。でも、あんなのでも、良いところは結構あるんだよ? ……多分?」

 

 トレードマークの黒縁眼鏡を弄りながらイリヤと話をしている人物―――沙条綾香は困った様に返答した。

 高校生の時とは違い、彼女は大人として十分に成長していた。見た目も雰囲気も、落ち着きのある風格に満ちた眼鏡美人となっている。綺麗な黒髪もそこそこ伸ばしており、魔女と名乗れるくらいには気配に鋭さがあった。

 

「ねぇ、あなた……本当にあの外道と付き合ってたの? 正直言って趣味悪いわ」

 

「……若気の至りって、ほんと怖い」

 

 正直な話、自分の人生が一番輝いていたのはあの神父と関係を持っていた青春時代。はっきり言って、男としてあそこまで誠実且つ、究極的に相手を駄目女にする奴はいないと沙条綾香は断言出来た。場の空気と相手の心情を完璧に察し、紳士にも狼にもなれるとか、正に反則性能。嫌な気分にもさせず、幸せを心から染み込ませるように実感させてくれる。

 年齢を重ねた今になっても、別れたのは面白く無かったと思う。けれども、やっぱりそれは相手にとっても自分にとっても正解であった。

 

「まぁ……でもさ、思い出はとても綺麗なんだよね、これがまた」

 

「そう、なの?」

 

「あのね、イリヤ―――」

 

 綾香は過去を回想する。他の男とも付き合ってみたものの、どうも駄目だった。精神的に釣り合いで取れない。相手の心情が当たり前のように悟れて、欠片も一緒に居て楽しく無い。心が弾むことが余りに少ない。人間として面白くない。

 結局、自分の体を許した事があるのは―――

 

「―――やっぱ、さっきの言葉は撤回。若気の至りじゃなくて、一生の不覚だわ」

 

 まぁ、ついてなかった。そう言うことにしよう。彼女の結論はあっさりしていた。

 

「……ふ~ん。なるほどね、まだまだ未練タラタラって感じかしら」

 

「――――――――」

 

 言えない。とてもじゃないけど、別れた後も度々関係があったなんて、誰にも言えない。美綴のこともあって身を完璧に引いていたが、彼女が男性に対して良くも悪くも心に一番響いたのがあの神父であったのだ。あの男一人であった。

 そんな沙条綾香の最近の悩みは自分の結婚事情。

 沙条家の魔女として、これからの人生設計が結構行き詰っていた。冬木市と時計塔を行ったり来たりの生活であり、縁談も中々に落ち着かない。

 彼女は深みに入る頭の中で思ってしまった。ならば、いっそのこと――――

 

「…………いやいや、ないない」

 

 ―――思考を断ち切る。

 魔術師家系の魔女として子供が欲しい時期になってきたからと言って、それは余りにも自分らしく無い。眼鏡を人差し指で抑えながら、目を瞑ってイメージを打ち消した。

 

「……それで、アヤカは私に用事があったんじゃないの?」

 

 どつぼに嵌まっている友人の魔女に呆れながら、イリヤは胡乱気なじと目で訊く。はっとそれに気が付き、綾香は意識を現実に直ぐさま戻した。

 

「勿論。薬のお届けと、新薬開発の成功を報告にね。

 これで予定の寿命よりも大分長くなる筈。これでも私、お得意様には長生きして欲しいから、結構張り切ってみました」

 

「感謝するわ。最初の計画よりも大分順調な雰囲気ね」

 

 本来ならば短命なイリヤスフィールが今も生きているには原因があった。むざむざと周りの連中が何もせずに、助けられるのに助けない理由がなかった。

 方法としては主に二つ―――臓器移植と薬物投与。

 ホムンクルスの鋳造技術を利用した人形師の手腕によって、弱った臓器を作り物と交換する。衰弱していく肉体で、交換可能な部分は全て入れ替えた。聖杯たるイリヤスフィールとして心臓は流石に交換不可能であったが、それでも大幅に寿命を延ばす事は出来た。その上で沙条家の魔女によって生成された延命薬で命を長引かせているが、それも後何年保てば良い方なのかも分かっている。故に、薬品の改良によって寿命を出来る限り伸ばしていくのが重要となり、綾香は魔女として実に有益な商売相手を手に入れられた。

 そして、イリヤが今も生きていられる大きな原因は言峰士人による所が大きい。

 彼は聖杯戦争において違反を犯した等価交換の代償として、此方側が望むことをすんなりと事を運んで提供してしまった。沙条綾香の紹介や、その魔女に渾身の逸品である魔術礼装として優れた魔女の釜を渡す事で、イリヤの延命さえ可能な魔術薬品の開発に成功している。寿命を長引かせる為、根本的な延命治療として臓器交換を考え、そのホムンクルスに適応した人造臓器の準備をしたのも神父の手腕であった。

 止まった成長が僅かに始まったのも、これらの副作用的な効果と言える。また、二十歳を越えて童姿のままでは不便だろうと余計な手心を加えた神父がさらに、沙条と計画して人体成長を促進させる霊薬を開発したのも大きかった。

 

「本当にあのダニ神父は手加減をしらないわ。やるからには徹底して、私を隅々まで助けるんだもの」

 

「……まぁ、ねぇ。魔女の私以上に、色々と理論を閃いて魔術薬品の構成を考え付くんだもの。

 実際の黒魔術(ウィッチクラフト)の腕前は兎も角、あの発想力は魔術師として羨ましい限りね。道具の準備も一流を越えてるし」

 

 ピンポーン、とその時呼び鈴が鳴った。古くなって壊れていた衛宮邸のそれをつい最近新しく買って付けたからか、調子の良い音が家の中で響き渡った。

 

「―――あら、また客が来るだなんて珍しい。今日はセラとリズが二人揃って出掛けてるから、本当に面倒臭いじゃない。

 ……アヤカ。あなたは居間で待っててくれる? お茶受けも勝手に食べてていいわよ、飲み物もね」

 

「わかった」

 

「ごめんなさいね」

 

「いえいえ、お構いなく」

 

 ピョコンピョコン、とポニーテールを可愛らしく揺らして歩くイリヤの後ろ姿を綾香は見送る。あの可愛らしさと美しさと若さで、自分より年上とか詐欺にも程があると考えた。スタイルは確かに子供っぽい幼さがあるが、それがまたイリヤスフィールらしい魔性と言うか、小悪魔っぷりを出していると言うか、見てると色々と彼女はやるせなくなった。

 

「衛宮の奴も、あんな良い姉置いてくなんて罪深い男だね。

 ―――はあ。儘ならないなぁ。

 本当に私の姉も、あれくらい人間出来ていて、真っ当な人間だったら良かったのに……」

 

 声に出さないで口の中だけで音を消した。思っていても、外に出す気にはなれなかった。

 彼女は自分の姉のことを人間だとは思った事は無い。自分と血の繋がった姉妹だと認めていても、あの魔術師から人間性を感じた事はただの一度も無い。この世に発生した瞬間から生まれながらの化け物だった。

 一人だけの居間で座布団に座り、イリヤを淡々と待つ。沙条綾香を再度、思考に埋没する。

 どうも、あの姉は自分のトラウマになっている。長い間、あの笑顔を忘れる事もなければ、あのおぞましい印象が薄れる事も無い。死徒になって人間を喰らい、世界を彷徨っているのは知っているが、だからと言って自分がどうこう出来る相手では無い。と言うよりも、全然関わり合いになりたくない。代行者の方々には是非とも頑張って欲しいと応援したい程。可及的速やかに死んだ方が世の為人の為だ。

 アレを冬木市から撃退した言峰士人がいなければ、果たして自分は今こうやって生きているのか。そんな事は考えるまでも無く、面白半分の好奇心で実験動物にされた挙げ句、死体を玩具にされていただろう。あの姉は本当に道から外れた人類悪なのだ。そして士人も悪人で在るが、それとはまた種別の違う悪人。あの神父は有りの儘に人間をそのまま愉しめるが、あの姉は自分勝手に命を玩弄して愉しむ類の者。

 沙条綾香は魔女として別段善悪に拘りは無いが、それでも神父の方が沙条綾香からすれば遥かに好ましい極悪人であった。何故だか嫌悪感が無く、むしろ何処か透明な在り方に憧れる。

 

「―――毒されてないか、私……?」

 

 ふ、と自分が変わり始めた頃を思い出す。価値観が変異する程、彼との付き合いは色濃かった。

 魔女はあの神父と出会えたことこそ、自分の人生の転機だったとわかっていた。その時まで苦痛に感じていた魔女の家業も、自分なりの楽しみ甲斐を見出せていた。家を継ぐ魔女として、根源を目指す魔術師として、迷いが晴れていった。

 そして、黒魔術(ウィッチクラフト)以外の魔術も、色々と試行錯誤していくようにもなる。新たな視界を得た彼女は飛躍する。

 神父との関わり合いで変わったのは無論のこと、魔術関連だけではなく自分の内面もだった。今まで感じられなかった色々な物事が、様々な実感として手に入れる事が出来た。

 今の沙条綾香がこうして存在しているのは、正しく言峰士人との出会いから始まったのだ。

 

「…………―――」

 

 無言で煎餅を齧った。渋めの醤油味が、口の中で暴れていた。やはり、思い出は美化されてしまうのかもしれない。煎餅の苦みと固さに集中して、思考を空白に洗浄する。割り切れないからこそ、その事実を彼女は有りの儘に認知している。苦しいのであれば、苦しいままに受け入れた。

 

「―――仕方ない、なんて言葉は嫌いなんだけど」

 

 現実は現実。理想は理想。数ある選択肢から導いてきた未来が今となる。

 十代の頃では想像も出来ていなかったが、大人になってこうやって生活し、魔女として生きて行くのも慣れてしまった。魔術師として、社会に程良く溶け込みながらも神秘を探究するのは色々と気苦労が溜まる。

 ―――それで、数分後。コトン、家主がテーブルに人数分のお茶を置いた。

 客人を連れてきたイリヤスフィールが、綾香が待つ居間までやって来ていた。彼女が連れてきた人物はイリヤに似た髪の色をしており、きっちりとした修道服を着た女性であった。

 

「――――……で。要件はなに?」

 

 イリヤが不機嫌になるのも無理は無い。この修道女はこともあろうに、玄関から何も喋らずに居間についたら話をすると言ったきり無言を貫いていた。そんな態度を取られれば、普通の人間ならば失礼な奴と気に触るのは普通と言えた。プライド高めのイリヤスフィールとしては猶の事。

 ……そして、イリヤが連れて来た人物は、プライドが高い人間をからかうのが大好きでもあった。

 つまり、反応したらイリヤの負け。そこから色々と傷口に塩を塗り込む様に、彼女の結構傷付きやすい精神を痛めつけられる。あの腐れ外道な代行者に似て、色々と会話には注意が必要なのだ。

 

「―――第六次聖杯戦争」

 

「……―――――っ!」

 

「もう直ぐ開幕となります。

 私は聖堂教会の第六次聖杯戦争監督役としてイリヤスフィール・フォン・アインツベルン―――前回のバーサーカーのマスターに対して警告を行いに来ました。

 ―――時は刻一刻と切迫しています。

 逃げるのであれば避難する。戦うのであれば召喚する。早めにどちらか選んだ方が賢いかと」

 

 やはり、そうであった。彼女はアインツベルンの聖杯として、この事態を予感していた。第六次聖杯戦争の開幕が第五次と同じく周期が早くなれば、何時大聖杯が起動したも可笑しくは無かった。

 

「……召喚された数は何体?

 もしかして、既に全部出揃ったのかしら?」

 

「いいえ。サーヴァントの召喚が確認されたのは一騎のみです」

 

「―――それ、アインツベルンでしょう?」

 

「正解です。流石はアインツベルンの元マスター。あちらの情勢を悟るのがお上手ですね」

 

「……うるさいわね。だからなんだって言うのよ」

 

「いえ、別に。ただやはり餅は餅屋とは、この国の諺も巧い言い方をすると思いまして」

 

 涼しい笑顔で猛毒を吐く。

 

「あんなところ、とっくの昔に無関係だわ。もう既に、今の私には関係の無い場所よ」

 

 イリヤは既にアインツベルン家を抜け出している。正確に言えば、第五次聖杯戦争が始まった時点で死を前提にした出陣であり、もう彼女があの家に帰るべき居所など無い。

 ―――成功も失敗も、勝利も敗北も、戦争の結末は死が一つ。

 故にイリヤは資産だけアインツベルン家から大量に抜き取れるだけ抜き取って、冬木の街へ早々に移住してしまった。実に狡賢く、それは戦争費用として予め総資産から浮かして置いた金だった。そして、聖杯の孔が開いた事を建前の理屈にして、当家に対して自分の死亡説をでっち上げた。つまるところ、一生分の生活費だけ騙し取って経歴の完全抹消に成功した訳である。協力者は勿論のこと、金に目が眩んだ遠坂凛と、監督役放棄の償いとして等価交換に応じた言峰士人。

 

「あら、そうなのね。なら、その心臓も今は機能停止していると考えて大丈夫ですか?」

 

「良い感じに不調だわ。小聖杯となる私の心臓も、今回は大聖杯との共鳴率が前回よりも低い。この調子だと今回アインツベルンが用意した聖杯に、サーヴァントの魂は順調な様子で生贄にされるわね」

 

「聖杯で在るものの、聖杯として機能しないでいられる。言わば、磁石の強弱みたいなものですか。英霊の魂を引っ張り込む力が向こうの方が強いと言う訳ね」

 

「―――あぁ。なるほど、そういうことね。貴女の御蔭で少しだけ謎が解けたわ」

 

 イリヤは今日のもう一人の客人を思い出す。あの神父は死んだと聞いていたが、やはりというか生きていた。数年ぶりにこの場所に突然訪れた事に驚きはしたが、状況を把握してしまえば自体は本当に簡単であった。

 

「ふーん……やっぱり。あの腐れダニ神父が来たのも、私を観察するためだったのかしらね」

 

「……え―――?」

 

 そして、イリヤは段々と教会陣営と言峰士人の思惑を察して来た。

 現段階の言峰士人は聖堂教会から離れて活動を行っている模様。根本的に冬木教会は蝙蝠屋な言峰家の領域として半ば認められている節があり、聖堂教会内でも聖杯戦争運営区と特別視されている。しかし、その当人たる言峰士人は代理を頼み、巡礼と称して一時期世界を彷徨っていた。数年の間、代行者業務に集中していた時期もある。今だとカレンが言峰を継いで冬木教会を管理している。だがそれも今となっては昔の話。

 ―――彼は聖堂教会にもう居ない。

 殺人貴の最期を見届けた後、そのまま消息を絶っていた。

 既に暴走寸前となり魔王化間際の真祖を討つべく、魔術協会と聖堂教会は共同戦線を張り、これの殲滅に同意。殺人貴は徹底抗戦し、しかし魔王となった真祖は自分の騎士の手で星に還った。

 この戦役によって、大多数は死に果てた。聖堂教会のメンバーで生き残ったのはシエル程度しかいない。言峰士人も戦闘に参加していたが、死体も見つからず死んだことにされていた。これがおおよそ一年から二年前の話となる。

 つまり、それ以降、カレン・オルテンシアは教会を一人で運営していた。

 ……故に、カレンが思わず疑問の声を上げるのは当然であった。

 死体さえ見つかっていない兄が、この時期になって衛宮邸に訪れていた。自分に出会うことなく、イリヤスフィールを先に観察して帰って行ったらしい。

 

「――――――冬木にいるのですか?」

 

 カレンは訊かねばならなかった。この魔術師から、兄を消息の確認を取らねばならない。

 

「居るわよ、確実に。あの様子だと参戦する気みたいだったけど?」

 

「……そう、なのですね。

 では、だったら何故、組織に戻って来ないのでしょうか」

 

「教会から自分の意思で離反したんじゃないの? 離反者の末路は断罪だけでしょ、それも代行者なら尚更じゃない。まぁ、私も正確な原因は知らないわ。

 とは言っても、あの神父なら裏から手を回して、自分を無罪する位訳無いんだろうけど。あいつって、そういう策謀とか大好きだし」

 

 聖堂教会から離反した代行者。

 任務を放棄し、私情を優先する。

 もし生きているのであれば、彼は聖堂教会の離反者だ。

 

「―――殺人貴とお兄さんは知人でした。なにか、あの人物に頼まれたのかもしれません」

 

「……あー、うん。それが当たりだと思うわ。

 あの腐れ神父なら、それも一興とか楽しんで組織の一つや二つ、簡単に抜けるでしょう」

 

「―――許しません。

 あの駄兄はもう捕まえて、檻にでも入れて仕舞いましょう」

 

 うわぁ最悪、言いたげな表情を綾香は隠さなかった。なにせ、自分の目の前で関わり合いになりたくない兄妹の戦いの開幕が告げられた。唯でさえ魔術師や代行者同士は血生臭いと言うのに、その上で私情が混じったお題目が掲げられれば、悲劇が生まれるのは至極当然の流れと言えた。

 ふふふ。とか、そんな風に笑えちゃう貴方が怖いのです。なんて言う心の声を口から漏らさないように精一杯我慢する。

 

「……なんですか、根暗眼鏡。なにか言いたい事でもあるのですか?」

 

「いーえ何も、毒舌シスター。腹黒修道女に言うべきことは何も無い」

 

 仲が悪い。相性が全く良くない。人間性に差異があるとしか思えない程、修道女と魔女は人格が合致しなかった。

 

「まぁ、いいでしょう。私としても、貴女に何かしらの他意がある訳ではありません」

 

 綾香は直ぐにでも帰りたい。面倒事は全く以って御免である。視線を思いっ切り逸らし、少し冷えたお茶を飲む。このシスターからは何故か少しだけ敵視されており、毒舌の餌食に掛った事が何度も有る。

 

「それでは衛宮姉。私の仕事は終わりましたので、少し寛いでから帰ります」

 

 そう言い放った直後、カレンは静かにお茶を飲んだ。表情は微動もせず、美味いのか不味いのかも相手に悟らせない。そんな雰囲気最悪な状態でお菓子を頬張り、何故だかまったりし始めた。

 

「……いや、なんで寛ぐのよ? そして、私のことを貴女が姉と呼ぶな」

 

「なにを言ってるのですか。私は言峰士人の義理の妹。言峰士人と衛宮士郎は血の繋がった兄弟。そして、貴方は衛宮士郎の義理の姉。

 ―――ほら。私がイリヤスフィールをお姉さんと慕うことは、別に道理に反している訳ではありません」

 

「―――……ほんと、コトミネは最悪だわ」

 

「……うわぁ」

 

 まさに外道。相手の嫌がる話題とか超大好き。そんな修道女がカレン・オルテンシアであった。

 そして、カレンは聖堂教会から手配した偽造の日本国籍として、言峰可憐と言う名前を持っている。司祭としてはカレン・オルテンシアと活動しているが、どうしても他の身分証明書が必要な時は専ら言峰可憐の方を名乗っていた。

 故に、イリヤが言峰とカレンのことを呼ぶのは間違いではない。なにより、国籍は借り物とは言え、実際に言峰綺礼とは血の繋がった親子でもあるのだから。

 

「お兄さんの事を馬鹿にするのはやめて貰えませんか、イリヤスフィール?」

 

「……どうしたのよ、そんな急に。

 それに、そもそもな話、貴女も結構あいつのことを悪く言ってたと思うけど」

 

「当たり前ではないですか。お兄さんを―――言峰士人を愚弄していいのは私だけです」

 

 やれやれ、と溜め息をついてお茶を一杯。そして、新しく急須から緑茶を湯呑に注ぐ。熱いままのそれを彼女は躊躇いもせずに喉へと流し込む。勿論、表情に変化は皆無。

 

「―――――……」

 

「あぁ、うん。あれと貴女の二人は、やっぱりどう見ても兄妹ね」

 

 絶句するイリヤに代わって綾香が心情を吐露する。あの神父を知っている身として、実にカレンという女はらしいシスターであった。それこそ無視し切れない程に。

 

「―――あら。皆さん勢揃いですね」

 

 唐突に響く透き通るような女性の声。意志の強さと共に、柔らかい優しさも含まれた声はトロリとした魅力を持つ。

 声の主は気配も無く居間の扉を開いていた。

 ここに来たのは恐らく、この家の鍵を持っていたからだろう。そもそも、誰かに断るまでも無く、彼女は衛宮邸に入れるほど馴染んでいた。

 

「桜じゃない」

 

 この場で一番の年長者であるイリヤが、この家の家主として声を掛ける。第五次の時代で嘗ては少女だったこの女性とは、とても長い付き合いなので気心が知れていた。

 

「……間桐桜、ですか」

 

「どうしたんですか、カレンさん?

 まるで苦虫をダース単位で噛み砕いたみたいな苦い顔をして。折角の可愛らしさが台無しじゃないですか、勿体無い」

 

 うふふのふ~、と如何にも楽し気な表情。豊満に育った身体つきは女性としての美を体現し、その笑顔もまた母性的であり、蠱惑的でもあった。

 ……っち、と隠す事の無い舌打ちが鳴る。

 カレンとしても、間桐桜というこの魔術師は大の苦手だ。気配もそうであるが、自分を見る目があの神父に似過ぎていて何処か不吉で不気味。似ているのが似合わなくて、底の無い暗黒さが恐ろしい何かを感じさせた。

 

「あらら、ふふふ。舌打ちだなんて、本当に誰に似たのかしら?

 ……なんて、そんな無駄なこと言うまでも無いですね。だってこんなにもそっくりなんだもの。貴女と会うと懐かしくなって仕方ないです」

 

「――――――……」

 

 イリヤの心情ははっかりと表情に現れていた。うわぁ、マジ似た者同士……と。

 桜が黒くなり始めたのは、果たして何時の頃からだったのか。彼女が間桐家の当主になってから魔術師らしさが現われたのは、イリヤにも時期的に分かっていた。とは言え、イリヤが想像している訳と、桜が変わり始めた訳は違うので、イリヤは桜の内心を理解し切っていない。

 

「イリヤさん。顔に出てますよ」

 

「―――怖すぎるわ、桜」

 

 ちょっとだけ、ゾクリと背筋が凍った。イリヤは桜の事を気に入っているが、どうも精神的に恐い真っ黒な雰囲気が出ていた。まぁ、そんな彼女もまた彼女らしく、特に時計塔から帰って来てからは血の匂いも濃くなったと思う。気が付けば自分と同じ程度に魔術師らしさが身についていて、今となっては完璧に自分を越えた魔術師である。

 第六感的に少しだけ疑っている部分もあるも、それをイリヤは敢えて指摘しない。極端な例え話になってしまうが、桜が外道に堕ちていようとも、イリヤは彼女を認めていて、逆に助けようとしてしまうだろう。もはや士郎と同じ位、家族であると感じていた。

 

「ヒドいですね。花の独身貴族に対して、その言葉は辛辣です」

 

 間桐桜はそんなイリヤスフィールが好きである。特別に、家族愛的なモノも感じている。血の繋がりではなく、一緒に生活をしたから出来上がった人との絆。遠坂凛に対する感触に近い想い。

 勿論、聖杯戦争後から関わり始めた沙条綾香と、数年前から知り合いになったカレンも好ましいと思っていた。あの神父と関わり合いがある者は、今の桜の嗜好に適した楽しい人間が多いのだ。

 

「あー、それ。ちょっとグサって来たよ」

 

 綾香にとって、その問題は家系存続の為の命題だ。独身のままじゃあ本当に家が潰れてしまう。そも、家を継ぐ筈だった姉がアレなだけに、気苦労が多い次女である。妹は辛いのだ。

 そして、独身女性が衛宮邸の居間に四人。

 美女ばかりなのに、色々と男運がどん底な彼女たちだった。

 

「本物の貴族で独身な人も、そこにいますけどね」

 

「……うるさいわね。私だって好きな人位いるわよ」

 

「成る程。略奪愛と言うものですね。

 ……しかし、神は人の愛を祝福します。罪深い行いもまた、倫理に対する挑戦であり、信仰に対する新たな境地へ導けるのかもしれません」

 

「―――ふふふ」

 

「間桐。そこでそんな風に笑っちゃう貴女が私は怖いよ」

 

 やはり、姉と妹は相容れぬ。真実は常に残酷だ。そして、世間話もそここに会話は続く。

 誰もが腹に一物を隠している者であるが、それを暴いてこそのカレン・オルレンシア。彼女の目的として、間桐桜がこの場所に来たのは丁度良かった。間桐家の陣地まで出向いて聞くのは大変危なく、電話で聞くだけでは生の声で判断するよりも難しくなる。

 よって彼女は、場の空気を一瞬で浄化した。カレンの発する言葉は静粛を強要させ、聞く者の心を縛り付ける言霊が存在している。

 

「では、間桐桜。間桐家当主として聞きましょう。

 ―――汝は、この度の聖杯戦争に参加するのか、否か。その答えを教えて頂きたい」

 

「答えは否です。この度の聖杯戦争において、間桐は令呪の配布から逸れてしまいました。

 ―――英霊の召喚無くして、戦争を勝ち抜く事は不可能。

 ほら、そんな事に命を賭けるなんて、間桐の魔術師として有り得ないです」

 

 そして、長袖を捲って彼女は効力を失った前回の令呪をカレンに見せる。

 

「……確かに。機能はしていませんね」

 

「そう言う事です。私には座からサーヴァントを召喚する権利がありません」

 

 今の彼女の状態を言ってしまえば、言峰家の令呪と同じであった。サーヴァント召喚に使えない令呪であり、召喚者の権利として使えない未使用なだけの令呪でしかない。これではただの魔力の塊である。

 

「―――と言っても、野良英霊と契約する事は出来て仕舞います。まぁ、其処ら辺の匙加減はカレンさんにお任せしますよ」

 

「分かりました。では、教会の方でもその情報は貴重に管理させて頂きます」

 

「ありがとうございます。此方としても、間桐の事情を考慮して頂き、一魔術師として感謝します」

 

 ふふふ、と暗く笑い合う美女二人。

 第六次聖杯戦争が始まるまでは、まだまだ時間が掛かってしまう。本質的に戦争を管理する聖杯もまた、時期早々に始まった第六次聖杯戦争の参加者選抜に時間を使う。

 それまでは、この日常は続いて行く。

 選ばれた七人の魔術師に、聖杯を求める七人の英霊。彼らが集まる時、冬木の地で六回目の地獄が開催されるのであろう。




時系列が分かり難いと思いますので、物語の年表とか作ってみました。
◇年表◇
1992年:第四次聖杯戦争。言峰士人が聖杯に呪われる。
      遠坂凛に言峰士人が弟子入り。
1993年:言峰士人が本格的な代行者の修行を開始。
1994年:自分の異常を認識し、言峰士人が覚醒を始める。
1995年:地下室の撤去を開始。孤児院の正常活動。
1996年:言峰士人、カレイドルビーに遭遇。そして激写。
      マジカルステッキにとある仕掛けを施す。
1997年:衛宮切嗣死亡。
      バゼット・フラガ・マクレミッツが言峰綺礼と出会う。
1998年:言峰士人が現役最年少代行者に選ばれる。
      沙条家が冬木市に紛れ込む。
      言峰士人がギルガメッシュの臣下となる。固有結界の覚醒に成功。
1999年:シエルが機関長の嫌がらせにより、言峰士人の担当に抜擢。
      バゼットが言峰士人と遭遇。
2000年:沙条愛歌が冬木に襲来する。これを言峰士人が撃退。
2001年:アインナッシュの崩壊。死徒二十七祖第七位の消滅を確認。
2002年:一月、言峰綺礼死亡。
      二月、第五次聖杯戦争が始まる。結果、聖杯は完成ならず。
      三月、間桐臓硯が亡くなる。間桐桜が当主に。
      十月、冬木異変が起こる。
2003年:三月、衛宮士郎他高校卒業。
      四月、遠坂凛が衛宮士郎を弟子にして時計塔入学。
      また、バゼットが美綴綾子を時計塔で弟子にして入学させる。
2004年:カレン・オルテンシアと言峰士人が出会う。
      間桐桜が時計塔へ入学。
      言峰士人が代行者活動に専念し始める。
2005年:衛宮士郎、時計台を去る。遠坂凛も同時に時計塔から野に下る。
2006年:美綴綾子、時計塔を去る。野に下り、世界へ飛び出す。
      間桐桜、時計塔を卒業。その年、教会から養子を引き取る。
      衛宮士郎、封印指定に認定。
2007年:遠坂凛が時計塔に帰還。ゼルレッチの弟子となる。
      間桐桜が冬木の代理管理人となる。計画進行開始。
2008年:アルズベリ事変の勃発。死徒二十七祖の派閥が完全崩壊する。
      魔術協会、聖堂教会、共に組織形態が崩れる。
      埋葬機関第七位が副機関長を任命される。
      カレンが冬木教会へ赴任する。
2009年:衛宮士郎の封印指定が一時凍結。
      遠坂凛が魔法使いの弟子を卒業。
      言峰士人が本格的な計画を実施。
2010年:真祖アルクェイド・ブリュンスタッド討伐作戦。
      殺人貴死亡。そして、真祖の絶滅を確認。言峰士人の消息が完全に途絶える。
      シエルが埋葬機関の掌握を開始する。聖堂教会の組織再編を急ぐ。
      バゼットが執行者として王冠に選ばれる。
      衛宮士郎が処刑台送りにされるも、美綴綾子が阻止する。
2011年:第六次聖杯戦争。


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42.魔術師と三騎士の召喚

 最近、就活での面接が怖い。夏が終わる前に内定が欲しいなぁ、とそんな気分で書き上げました。


 この度で六回目となる聖杯戦争。およそ二百年前から続く魔術儀式であるが、まだ成功には至らず。

 第五次聖杯戦争では器となる小聖杯―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンを失い、孔を開いた反応はあったにも関わらず、第三法たる魂の物質化は失敗。大聖杯と現世が連結し、極大の魔力反応があったが、儀式自体は最後の最後まで来て終わってしまったと彼らは理解した。前回と同じく儀式自体は最後まで進むも何故、最後の一歩を前に根源へ至り、魔法を得られぬのか。

 ―――アインツベルンは、もはや手段を選ぶ余裕は皆無。

 そこまで追い詰められては、魔術師としての誇りさえ既に重み。錬金術大家なんてものは、勝てなければ無価値な唯の称号で、侮蔑でさえあった。新たにまた第三法を目指そうとも、果たして何百年経過した未来となるのか。念の為、アインツベルンは新たに大聖杯のコピーたる設計図は写して置いたが、それをまた大聖杯に仕立てるには極大の労力が必要となるであろう。

 

「エルナスフィールよ。サーヴァントとのパスの具合はどうだ?」

 

 ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。それが老人の名。白い髪に白い髭、そして白い礼服。皺が刻まれた顔は苦悩に塗れ、苦しみの中で呼吸をし続けねばならない罪人の様を成す。

 

「そこそこ万全です。キャスターはキャスターで、アインツベルンの工房にて色々と好奇心を発散していますけどね」

 

「―――ほう。まぁ、奴も高名な魔術学者だ。異郷の神秘に心躍るのは分からなくも無い」

 

 今回、アインツベルンはキャスターのサーヴァントを選んだ。聖杯にまで介入し、かなりの反則を行ったものの、召喚は無事に成功。本来の聖杯戦争の規律ならば呼ばれない英霊であるも、アインツベルンは強引な手段で以って成した。

 そして、二人の人物が会話をしているのは豪華に装飾された城の一室。窓から見える外の風景は白一色の雪景色。城の中は暖かさを保っているが、一度外に出れば人間の彫像の出来上がりとなる。白い湯気が上がり、丁度良い熱さの紅茶もまた、城の煌びやかさに合っていた。

 

「ええ、そうですね。随分と楽しそうに茶々を入れています。工房を管理しているホムンクルスは、それはもうかなりイラついているでしょう」

 

「……程々にしておけよ。あのサーヴァント、聡過ぎて胆が冷える。此方としても、あの手合との会話は好ましいが、要らぬ部分まで見通してくる」

 

「分かっております。貴方は私の造り主たるお爺様なのですから、言う事はしっかりと聞かねば為りません」

 

「どうであろうな。その気になればキャスターと貴様の従者と協力し、このアインツベルン程度ならば滅ぼす事も可能であろう。

 ……もっとも、その程度の事が出来ねば創った甲斐も無いと言える」

 

「嫌ですね。反逆出来るとは言え、反逆するほどアインツベルンの血に飢えてはいません。また、恨んでもいませんし、逆に私を作って下さったことは深く感謝しております」

 

 女の名はエルナスフィール・フォン・アインツベルンと言った。格好はまるで戦闘服のように無骨な姿であるが、その貌は完璧で神秘的な美を体現している。しかし、肌は透き通る様に色白だが年齢不詳で無国籍な風貌であり、アインツベルンのホムンクルスの面影はあるのだが、その顔は造形美を体現するホムンクルスらしさが無い。彼女にはホムンクルスには無い生々しさがあり、それが人間の美的感覚を狂わせる異様な美しさを持ち、綺麗過ぎて逆に畏怖を見る者に覚えさせた。男も女も関係無く、彼女を初めて見れば造形の深淵を感じられるだろう。

 そして、身長は180cm近くある長身であり、アインツベルンのホムンクルスの特徴から大きく外れた濃過ぎる黒髪。左腕が肩から失くしており、長袖の中身は何も無い空っぽ。眼の色も真紅とは違い、血の色が少し濁った様な爛々とした赤褐色。そんな彼女は、肩に届くか届かないか程度に短い髪を揺らし、楽し気に忍び笑いを上げる。肩の震えから、目の前に居る老人のホムンクルスに笑みを隠す気が無いのも分かる。

 

「貴様は我らアインツベルンが誇る最高傑作だ。そして、それと同時に貴様はホムンクルスとしては欠落品であるが故に、アインツベルンの“人造人間”ではない最高峰の魔術師である。

 ―――これの価値が分からぬ程、貴様は馬鹿になれぬ。

 時に不必要な聡明さは危機を感じさせたが、こうも貴様が我らの命を全うするとは思わなかったぞ」

 

 ―――それは、畏怖から来る期待。

 エルナスフィールはアインツベルンが完全無欠を求める余り、完璧から外れたホムンクルスとして究極に至った個体。想定した設計図を越えた異端の徒。

 

「―――私が個人主義になったのは、そも、其方の責任にあるかと。思想操作を受け付けられぬまで強めたのも、良い意味で適性故の障害でありましょう」

 

 少しだけ、皮肉気に笑みを浮かべる。この女は拙い敬語で取り敢えずの敬意を当主に見せるも、それは全て偽りだ。喋り方も本来は汚い言葉使いであり、アインツベルンのホムンクルスから乖離した精神性と人間性と、そして魔術師らしからぬ合理的で現実的な性格を持つ。ユーブスタクハイトはその事を理解した上で、自分達が生み出した怪物を前に祝福せずにはいられない。

 

「……ほう。そうか、成る程。エルナスフィール、貴様―――この度の聖杯戦争を勝ち抜ける事が出来れば、アインツベルンの当主になってみるかの?」

 

 ユーブスタクハイトは初めて、このホムンクルスもどきが驚愕する表情を見た。それが面白く、自分達が創作した傑作個体とは言え中々に気分が良い。

 

「私に魔法使いになれと……そう言うのですか?」

 

「是非にな。そも、アインツベルンのマスターが聖杯戦争に勝ち抜くとは本来、そう言う意味である」

 

「…………」

 

 アインツベルン家とは、つまるところ魔法使いの家系。ユーブスタクハイトが生存しながらも他の者が当主になるとは、そのホムンクルスが第三法を得る事に他ならない。

 彼らが再度、魔法使いに至る為に開始した魔術儀式。それが聖杯戦争。

 忘れた訳ではない。その為に勝利を得なくては為らぬが、到達せなばならないモノを見失った訳では無い。忘我し、執着し、摩耗し、苦悩し、それでも本質的には何も変わらない。

 

「器と礼装の管理は貴様の従者が完璧に行っておる。故に、貴様はただ一つの事に集中し、特化した怪物と成れば良い。

 魔術師とは、そういう生き物だ。それも、アインツベルンの者であれば猶の事」

 

 この男は―――アインツベルンは所詮、何処まで行っても理想主義者。この家に生まれた筈のエルナスフィールとは相反する思想を持つ。

 

「この度の戦争、我々が魔法に至らねば全ての過程が徒労に還る。

 ―――無駄にはさせん。

 断じて、それだけは決して許されん」

 

 魔法と聖杯。この二つは絶対にアインツベルンが手に入れる。ユーブスタクハイトにとって、第三法に比べてしまえば当主の地位など塵屑と同じ。

 ―――この翁はただ単純に、それだけでしかないのだ。

 成せるのであれば誰でも良い。アインツベルンが至る為に、こんなことを何百年と只管に続けている。

 

「―――了解しました。必ずや、聖杯で以って至りましょう」

 

「うむ。期待しておるぞ」

 

 紅茶を飲み切り、彼は席を立った。ここで呑む紅茶は実に美味であり、エルナスフィールの従者の腕前がアインツベルンの給仕の中でも最高峰に位置している事が肥えた舌で直ぐに分かった。ユーブスタクハイトは自分の所の給仕の指導にエルナスフィールの従者を使おうかと悩みながらも、真っ直ぐに扉へと向かった。

 

「――――――」

 

 バタン、と扉が閉まった。それをしっかりと確認し、扉が閉まったと同時に彼女はダラリとテーブルに突っ伏した。

 

「あー、マジ肩凝る。ダリィぜ、ほんと」

 

 エルナにとって、あの男は重要な人物。その気になればアインツベルン程度ならば滅ぼす事は可能であり、そういう生命体として錬金術の秘技で作られた。だが、第六次聖杯戦争を挑むにはアインツベルンの加護はとても便利だ。戦争中も彼らの援助は実に有り難い。そして、彼女がこうやって作り主に従がっている理由はその一つしかない。異端の中の異端であるが、ホムンクルスとして家に対する忠誠など生まれた時から皆無なのだ。

 

「―――ん?」

 

 テーブルに頭部を付けていたエルナが扉の方を向く。気配と魔力と足音の反応からして、この場所に来る人物が誰なのか察した。なので、部屋の扉が開こうとも、彼女はずっとテーブルに突っ伏したままであった。

 

「エルナ様、だらしないです。少しは貴人としての自覚を持って下さい」

 

「構わんだろ、別に。時と場合を選べばさ、それで十分だ」

 

「構います。お綺麗な主をさらに磨く事こそ、我が人生の陽光ですので」

 

 ドアを開けて部屋に入って来たメイドの苦言。それを適当に返すが、凄く真っ直ぐな目で却下された。

 

「まぁ、それは良いから座れ座れ、ツェリ」

 

「…………いえ、メイドですので」

 

「だから、そんな下らないこと気にすんなって」

 

「――――――――はぁ……」

 

 溜め息を着くメイドは特徴的だ。赤い瞳に銀髪なのは他のホムンクルスと同様だが、長い髪の毛を編み込んで一つに纏めていた。その顔はホムンクルスらしい造形美よって凄まじい美貌であるが、前回の聖杯であるイリヤスフィールを知る者であれば彼女と瓜二つだと気が付くだろう。外見年齢は大凡で十代後半から二十代前半と言った雰囲気。

 そして彼女は、肘をテーブルに置いて手の平の上に顎を置く主人の対面に座った。だらしない生涯の主のそんな姿を見れば従者として、溜め息の一つや二つ、つきたくなると言うもの。

 ……そも、このメイドの主人には貴族としての自覚は無い。

 人付き合いは魔術師とは思えないほど堪能で、マナーも上流階級を越えた大貴族に相応しい姿で行えるが、全て真似事の演技。貴族としての体面は幾らでも出来るのであるが、本音を言えば面倒な上に気色悪いとさえ感じている。

 

「そんなだと気苦労ばっかり溜まるぜ。キャスターのアインツベルンでの面倒だって、ツェリが見てんじゃないか。あんな奴、あっちが構って来た時だけ反応してれば良いんだよ」

 

「あの……御自分のサーヴァントですよね?」

 

「ああ、そうだけど……それが?」

 

「……何でも有りません。

 ワタシ、少しだけ目眩がしただけですので」

 

「そうか。無理すんなよ」

 

「――――――……はぁ」

 

 思いっ切り重い溜め息を吐くメイド―――ツェツィーリエが、まだかなりの高温の紅茶を一口で呑み乾した。自分でこの部屋に入って来た時に持ち込み、先程素早く入れた一杯であるが、味はそれなりに良質なモノが出来上がった。でも熱い。そして、その熱湯加減が主の醜態で冷え込む脳味噌を、とても熱く灼熱としてくれた。

 そんな自分の従者を見て、エルナはニタつく笑みを浮かべた。本当に性格が最悪なホムンクルスであった。

 二人は城の中、戦争を目前にしてまったりと時を寛ぐ。サーヴァントも召喚し終わり、後は冬木へと旅立つだけと旅支度を十分に終えている。日程となれば準備した装備で直ぐにでも戦争を開始出来る。

 

「ふむ。エルナ殿とツェリ殿、二人ともどうかしましたか?」

 

 ―――突然、そんな声が部屋に響く。

 確か、この一室に居たのは主人と従者の二名のみ。有り得ない音源は、エルナの真後ろから響いていた。

 

「……そう言うお前こそどうしたんだ、キャスター。もうアインツベルンに飽きたんか?」

 

「まさか。ここのホムンクルス造りは素晴しいですよ。そして小聖杯と大聖杯に使われている魔術理論に、この私が召喚されたサーヴァントシステム。

 ―――まるで、子供の頃に戻ったように楽しいです。

 ええ、それはもう、これだけで現世に戻って来た甲斐が有ると言うもの。ここの魔術は実に素敵です」

 

 勉学に励む事を娯楽とする。キャスターにとって見知らぬ神秘を運営する理論なんて代物は、宝石以上に輝く人生の楽しみとなる。

 

「へぇ、そう、ふ~ん。そいつは良かったな」

 

「……キャスター。アナタもエルナ様の従者であるのでしたら、少しはそれらしくして下さい。常識が無い野蛮な猿ではないのですから、蓄えた学を有効に活用してくれませんか。

 それにアナタはサーヴァントと言えども、この家に居座る客人でもあるのですよ?」

 

「これは失礼致しました、ツェリ殿。確かに、貴女と私は共にエルナ殿に仕える身。全く以ってその通りかと。

 ……あ、エルナ殿。飲まないのでしたら、その紅茶貰いますね?」

 

「おう、飲んじまいな」

 

「忝い。……ふーむ、そして美味い。ツェリ殿が入れる茶は最高ですね。

 まこと、貴女達に呼ばれて良かったです。サーヴァント冥利に尽きますなぁ……―――」

 

 しみじみと紅茶の味を堪能する。キャスターの時代では楽しめなかった異文化を、彼は楽しそうに味わっていた。

 食の文化もそうであるが、それ以外の様々な異国の文化は彼を飽きさせない。アインツベルンに残っていた一昔前の機械製品も興味深く、自国とは違う人の文明はやはり楽しいのだ。

 

「ははは。お前、マジでサーヴァントらしくないぜ」

 

「なんと。一欠片も魔術師らしくないエルナ殿に、そのような事を言われるとは。私は今とても驚いてます。

 ―――我が主よ、鏡と言う人類の発明品を知っていますか?」

 

「……信じらんねぇ。

 マスターに対する信頼が一つも感じられん」

 

「酷い事を言いますね。これでも私なりに友好を示しているのですけど。それを分かって頂けないとは、サーヴァント冥利も底に行き着きました」

 

「いや、そりゃ底に落ちんの速過ぎだろーが。

 せめてよ、実戦で二、三回は共闘してから愛想が尽きるか否か、きっちり決めようじゃないか」

 

「…………―――」

 

 ツェリは平常心を何とか保ちながらも、目の前のサーヴァントを睨んだ。

 エルナスフィールが、正確に言えばアインツベルンが触媒を準備して現世に召喚したのは、キャスターのサーヴァント。性別は男性であり、切れ長な細目をした綺麗な風貌。着込んでいる服装はサーヴァントとして召喚された時の物では無く、まるで家の中で寛ぐような軽い服になっている。

 

「――――――もう、嫌です」

 

 皮肉の嵐。自分の主人もこのサーヴァントを召喚してから、嫌味の応酬が出来る相手が出来て生き生きと口が悪くなっていく。段々と態度も悪くなっていく。

 るーるー、と泣きたくなる自分を抑え込む。涙をこらえるツェツィーリエはまるで従者の鏡。エルナスフィールは元々かなり乱暴で奔放な放蕩者であったが、最近はそれが顕著になっている。

 

「……ああ。それとですね、エルナ殿。少々聞きたい事があるのですが?」

 

「ん? 別に何でも構わないから、聞いてやる」

 

 気まずい顔をする自分のサーヴァント。嫌味を吐く様が似合うこの男からすれば、実に不自然な態度。故に彼女は、ほんの少しでけ気遣ってキャスターの言葉に気安い声で聞いて上げた。

 

「―――聖杯の召喚に必要になるのは、英霊の魂で宜しいのですよね?」

 

 有り得ない事であるが、聖杯戦争の序盤も始まっていない現段階で、キャスターは大凡の魔術儀式の全容を把握している。

 圧倒的な理解力と、神秘に対する知識の深さ。それはエルナスフィールが考えた通りの眼力。此方が出した情報だけで、こうも把握されるとは期待以上かもしれないと、そんな感想も浮かんでしまう。

 

「流石キャスター、まさにその通り!

 神様に願いを届けるには、それが一番手っ取り早いんだ。英霊なんて上等な生贄を捧げれば、相応の対価が頂けるって話さ」

 

 人が世界そのものへ願いを届ける方法などこの世には無い。しかし、太古から対価に応じて神に等しき存在が人に利益を与える昔話は数多い。

 聖杯戦争とは、アインツベルンによる伝承を模倣した儀式。

 実際に利用しているラインの黄金による釜はまた別の過程による願望成就であるものの、こんな仕掛けが裏にあっても可笑しくは無い。そもそも魔術師の家系が英霊の願望を叶える事自体道理に合わない事であり、それが他の魔術師の家系にまで機会を与えるなど有り得ないのだ。

 

「また、魔法に至る為には、勝ち残った最後の一体も殺す必要があるのでしょう?」

 

「そりゃ当然。きっちり殺さなきゃ第三法の基盤へは至れん」

 

 キャスターにとって、魂関連の神秘は詳しかった。生前から学んでいる学問の一つだ。その手の術はお手の物。故に、聖杯戦争のカラクリをアインツベルンに召喚された事で、簡単に見抜いてしまった。聖杯の実物もその“眼”で視界に一度でも入れてしまえば、儀式の運営理論も見抜いて仕舞える。

 ……それを敢えて、キャスターは隠さなかった。

 アインツベルンからすれば、賢し過ぎる従者など問題以前に不審の澱と化す。その事を分からぬキャスターでは無い。むしろ化かし合いは大得意。

 

「貴女……やはり、隠す気が無いですね?」

 

 とは言え、その化かし合いの能力も、相手が隠し事をしてこそ発揮される。もし、相手が自分の能力を分かった上で、それを計算に入れて対応されてしまえばそれまでだ。暴かれても良い裏側であるのならば、露見したところで焦る理由が無い。

 

「必要ない。これほど早いと思わんかったが、何時かは気が付くと想定してた」

 

「―――まぁ、そんなコトだとは思っていました」

 

 故に、彼は全てを自然体で世界を悟る。物事を底まで見抜き、流れを理解した。キャスターは事細かに聖杯を観察し、アインツベルンからの情報を脳内で纏め上げ、矛盾点と相違点を思考する。マスターへ教えた自分の能力と性能を現状に照らし合わせ、キャスターはそれを如何に聖杯戦争でエルナが利用しようとするか想定する。自分自身の戦術と戦略を、契約したマスターの能力と性質に組み合わせて戦争を空想する。現世に召喚されてからマスターに頼まれていた戦争の前準備である仕事内容も吟味し、そこから何を彼女が求めているのか想像する。

 ―――そして、キャスターは自分に求められている本当の役割を自分で見出した。

 先の先を読み、相手の心理を読み、この度の聖杯戦争の末路を読み切った。この男は、至極アッサリと真実に到達した。

 

「恐らくは、その為の私なのでしょう―――?」

 

 聖杯戦争のシステム、そこに潜む悪魔の存在。座から召喚される七体のサーヴァントに、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、バーサーカー、そしてキャスターの七クラスに加えられたアヴェンジャーのイレギュラークラス。悪神の呪詛は聖杯とリンクする自分自身を調べる序であったが、サーヴァントと言う現象の秘密を探る事で簡単に見付けることが出来た。

 

「嬉しいねぇ、キャスター。

 ―――初めて見た時に感じた印象を、お前は本当に裏切らんな」

 

 アインツベルンの総意としてサーヴァントには隠したい事実を、エルナは隠すつもりはなかった。サーヴァントが生贄であり、魔法の為には七体の英霊の魂が必要な事を自分のサーヴァントに悟らせた。教えたのではなく、矛盾のある情報を与え、真実を化かす様に推察させて遠回しに答えに到達させた。

 それが分からぬキャスターではなかった。相手の心情が分からぬキャスターではなかった。だからか、この男は悪辣な仕掛けも面白いカラクリの一つとして処置してしまった。

 

「……それは此方も同じですよ。

 実に良い怪物に私は幸運にも召喚されたと、一目で理解出来ましたから」

 

 邪悪に笑う魔術師とキャスター。互いに互いを試していたが、それこそ戦争に挑む前の戯れのような計り合い。エルナにとって気が付かれなければそれでよく、キャスターにとって気が付けることが普通であった。これは、それだけの事実。

 

「お二人の会話は聞いているだけで苦労します。ワタシは少し、化かし合いは苦手です」

 

 そばで話をただ聞いているのみで、メイドは精神が擦り減っていく。どうもこの二人、互いに緊張感を求めて楽しむ気概のある間柄らしい。最初の数日でその事は分かったが、エルナの従者として辛いモノは辛い。折角出来たある意味で同僚とも言えるキャスターも、腹黒で自分とは趣味が合わない。

 

「おいおい。こんなんは化かし合いでも何でもないぞ、ツェリ。私もこいつも、相手を嵌め殺そうなんて最初から考えてねえし」

 

「全くです。貴女のそれは勘違いですよ、ツェリ殿。私はエルナ殿と共に聖杯の獲得を目指します。それは絶対に違えない契約ですので」

 

 そして、この相性の良さ。イラっとしたツェツィーリエは人として何も間違っていない。

 

「ゲハハハハ! オマエラ、ホント面白イナ!」

 

 金切り声。まるで鉄と鉄を擦り合せた様な不協和音が鳴り響く。

 

「クノッヘン……アナタは何故、そうも知性が無い笑い声を上げるのですか?」

 

「無論、本性サ!

 自分デハ動ケナイ不自由ナ身ユエ、コンナ風ニ笑ッテイナイト楽シク生キラレナイヨ」

 

 部屋の壁に掛けている剣が鳴る。ふるふると微妙に刀身が震動しているのが、眼を凝らせば見ることが出来た。

 そして、その剣はまるで分厚い鉄板のように荘厳。刀身は4尺から5尺の間と大きく、人間を容易く両断するのが見て分かる。刃は真っ白く、白骨の如き妖しさを纏う色合いを成す。

 

「お前はよ、声聞き取り辛い上にうるせぇんだよ」

 

「うるさいですね。これほどまでに神経に来る声は中々ありません。私が生きていた時代においても、貴方程面妖で奇怪なモノは中々に……―――いや、結構居ましたね」

 

 遠慮の無い手痛い突っ込みが炸裂する。高い知性を持ち、五月蠅く喋るこの魔剣―――ホムンクルス・クノッヘンは、水を得た魚のように言葉を話し続ける。お喋り好きなのが簡単に伝わり、剣の声が金属を擦り合せたように音響する。

 

「ギィアハハハハ! ……居ンノカヨ、キャスター。

 オ前ノ生前ガドンナノカ、興味ガ湧クゼ」

 

「そうですか。いやはや、自分で言うのもあれなのですが、中々に波乱万丈な人生でしたよ」

 

「ソウカソウカ! 何時カ暇ナ時ニデモ、聞カセテクレヤ!」

 

「黙れ魔剣! お前の声は鼓膜に響いて痛ぇんだよ!」

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 

「あぁ、もう! なんなの本当、さっきまでみたいに眠ってろよ!」

 

「モウ眠気ハ無ェヨ、エルナ!」

 

 この魔剣は先程まで眠っていたらしい。剣が寝るとはどういう事なのか今一不明な現象ではあるが、大人しくしていたのはその為らしい。

 

「すみません。ワタシの製造で何かしらの原因不明な不手際がありまして、このような破綻した仮人格になってしまいました。製作者として誠に遺憾です」

 

「―――寂シイ事言ウジャネェカ、マイマザー」

 

 剣は何が面白いのか、楽しい雰囲気を崩すことなく喋り続ける。

 

「ワタシを母と呼ばないで下さい」

 

「何ヲ言ウンダカ。オ前ガソノ手デ俺ヲ生ミ出シンダローガ」

 

「不覚です。誠に迂闊です……。何故ここまで破綻人格の剣になってしまったのでしょうか。魔術の本質の一つは歪曲でありますけど、ここまで歪んだ性格になる事は無いと思います」

 

 ツェツィーリエの担当はエルナスフィールの補助。武装の作成から始まり、身の回りの世話や現地活動における情報収集も彼女が行っている。その中でも、エルナの主力武器となる魔剣の製造と点検もツェリがしており、剣に擬似人格を付けたのも彼女となる。

 

「お前はほんとに苦労性にも程がある。これがこんなんになったのは……もうあれだよ、色々と諦めた方が楽になれるぜ」

 

 不器用に労わるも、実際エルナからすればツェリの苦労なんて実感出来ない。自分の従者の難解な性格はからかい甲斐があるものの、冗談を冗談で流そうとしても内心では色々と考えてしまう生真面目さが厄介だった。

 

「……あ、そうだキャスター。

 そろそろ日本に行って向こうでの戦争態勢を整えたいから、今してる準備は早めに終えてくれよ」

 

 キャスターのクラスは、戦いを始める前段階で既に決着をつける戦法が一番有効。アインツベルンの潤沢な資金と豊富な神秘関連の材料は、キャスターにとって宝の山であった。それを利用しない手は無く、彼はこのアインツベルンの工房で様々な術的実験や道具作成を行い、準備を整えていた。

 

「ええ、良いですよ。此処ですべき事柄は全て終えていますし、後は向こうに着いてからの作業です」

 

「―――手際が良いね、相変わらず。

 言わなくても、こっちの思考を先読みしてくれんのが有り難い」

 

 キャスターは有能にも程があった。基本的に出来ない事が殆んど無い。エルナが頼んでいた仕事も終わらせ、ある程度の前準備も完了させている。後は実際に冬木に赴き、戦争用の対策を講じるだけで良い。

 

「―――ふむ。では、念入りに対策と準備を練りつつも、私は私で好きに生活していれば良いのですね?」

 

「……まぁ、それまでは現世を楽しんでいてくれ。アインツベルンの中でなら、戦争まで好きに遊んでな」

 

「それは良い。まだ少しだけ、試してみたい事がありましてね」

 

 キャスターは笑みを浮かべた。召喚に応じて聖杯戦争に参加したが、今回の契約はかなりの当たりであったと実感した。このマスターは中々に自分好みであり、実際に彼女の相棒役は楽しめる上に面白い。その内心を隠す事無く男は表情に出し、契約相手である女もキャスターの笑顔に対して同じ笑みで応えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 義理の姉が住んでいる実家に帰って来た男はその晩、迷わず土蔵に籠もった。下準備は姉にも手伝って貰い、魔法陣は綻び無く完成している。召喚に必要な詠唱も、専用呪文を用意して万全である。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 七人の魔術師と七人の英霊。再びこの冬木の地で殺し合いが始まるらしい。その情報を掴んだのは、今では剣製の魔術師と呼ばれる衛宮士郎であった。

 魔術協会や聖堂教会での認識において、彼は言わば殺し屋だ。

 それも関わると録な目に合わない特級の戦争屋。また、全体の為に少数を切り捨てる正義を実践している真性の異常者であると、今現在では関わってきた結構な人物達に知れ渡っていた。その強さは勿論、行動の原理も理解されずとも知られている。そして、魔術の秘匿は出来る限り行っているも、ここぞと言う場面では問答無用な異端の魔術使い。しかし、実際に彼がいなければ大災害が広がり、魔術の秘匿も何も無い地獄が生み出されている事も理解していた。

 

「――――――――告げる」

 

 故に協会や教会が取った対策としては、好きに放って置く事。それが最善になった。

 最初の方は率先して関わって来たのだが、執行者も代行者も、邪魔者は全て返り討ちにされてしまった。彼の殺害を企てた組織の幹部が正体不明の暗殺者に殺害されたなんて事件も結構あった。死徒の場合は更に問答無用で、邪魔になるなら一族郎党全て殺された。そして、そもそもな話、此方が何もしなければ害は無いのもその過程で事実だと分かってきた。それに、もはや消耗した今の協会も教会も、そして死徒の派閥であったとしても、衛宮士郎などと言う本物の英雄、あるいは怪物を確実に討ち取るには人員が不足しているのも事実。

 協会の方も様々な事件の影響で封印指定は取り下げており、教会の方も魔術師だからと言って狙って殺す様な事もしなくなった。

 

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応

えよ」

 

 それらのことは彼にとっては有り難い事であった。裏から友人や恋人だった魔術師が動いていた事は知っていたが、こうも動き易くなるとは思わなかった。戦場で知り合った友人に処刑台送りにされ掛っても、その男を昔の友が影から殺していた事なんで事もあった。

 そして、やはりアイズベリ事変での協会と教会が負った損害の大きさや、死徒連中の派閥崩壊も影響が存在しているのも有り、行動し始めた頃よりは理想の為に動くのが簡単になっていた。

 今となって衛宮士郎と言う人物は、魔術師、代行者、吸血鬼、そして神秘に生きる者全てが戦うのを避けたい災厄と化していた。何せ、何処までも強力な力を持つ者でさえ、更に個人ではあらがえない筈の組織で在ろうとも、その存在が社会や人命に害を与えているのであれば、絶対的に素早く殺害し尽くしてきたのだから。

 故に、今回の出来事もいつも通りの日常であった。もはや、今の衛宮士郎にとって殺し合いの中で生きることが当然の生活になってしまった。

 ―――第六次聖杯戦争の開幕。

 右手に嘗て見た令呪が再び出現したのを見て、士郎は導かれるままに故郷へと帰った。召喚に必要な触媒は既に体の中にある。召喚の為の魔法陣も故郷にある。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 そして、魔法陣が閃光を放った。煌めく魔力の光子は儚く、直ぐさま夜の闇に溶けて消える。幻想的な光景は、膨大に高まる魔力によって吹き荒れた風が舞い、暗闇が視界に戻って行く。

 ―――衛宮士郎が例え地獄に堕ちたとしても、忘れることはないだろう。

 そう彼が確信したあの時の出来事が再度、目の前で起きていた。もう二度と見る事は無いと思っていながらも、九年前に今生の別れをした彼女との再開。

 

「―――問おう。貴方が、私のマスターか?」

 

 懐かしい。胸が裂ける様に過去が彼へ来訪する。懐古するべきでは無いと分かっているのに、有らん限りの感情を込めて士郎は笑みをセイバーのサーヴァント―――アルトリア・ペンドラゴンに向けた。

 

「ああ。私が君のマスターだ」

 

 士郎には一つの懸念があった。目当ての英霊を触媒を使って引き当てたところで、その英霊には果たして過去の記憶があるのかどうかと言う点だ。第五次聖杯戦争の時のセイバーは座からの分身ではない生前の時にした契約によって召喚されたが、このセイバーがそうであるとは限らない。前回と、そして前々回の記憶があるのかどうか、衛宮士郎は彼女から直接聞く以外に知る術がない。

 

「……それで、君の真名はアルトリアで合っているのかね?」

 

 何処か此方を窺う視線。それに対してセイバーは、自分を召喚したマスターが考えている事を簡単に看破した。

 

「ご心配無く、シロウ。私は貴方を知っております。ですから、貴方がアーサーでは無く女のとしての名であるアルトリアを知っている訳も把握しています。安心して下さい」

 

 士郎が笑みを浮かべてしまったのも無理はない。彼女は彼女として召喚されていた。自分を知っているセイバーとして、アルトリアは召喚されていた。

 

「久しぶりだな、セイバー。オレの召喚に応じてくれて、ありがとう」

 

「ええ。お久しぶりです、シロウ。

 ……貴方にもう一度会えて、私も嬉しいです」

 

 衛宮士郎にとってサーヴァントとはセイバーであった。彼女以外に英霊と結ばれる触媒が無かったのもあるが、それでも契約するのであらば彼女が一番の相棒だ。信頼関係が初めから構築出来ているのであらば、互いの能力を聖杯戦争で如何に生かすのかも簡単である。

 

「―――シロウ」

 

「……どうした、セイバー。もしかして、何か不具合でもあったのか?」

 

「―――……いえ。

 こうして再会するとは思いませんでしたので……ただ、そうですね。言ってしまえば、思った以上に懐かしいのです」

 

 それにどれ程の万感の思いが詰められているのか、彼には分からなかった。理想を追い求め続けた日々において、過去とは思い出すモノでは無く、胸の内に仕舞いこむだけのモノ。苦しいと感じる心さえ封じ込めて、この世界で只管に戦い続けた。

 あの人に、あの夜に―――誓った正義の見方。

 セイバーも知る様に衛宮士郎は、理想を目指して進み続けたのだ。終わりも無く、足を休められるゴールを定める事も無く、今こうして戦いに挑んでいる。だからこそ、この第六次聖杯戦争に参加していた。

 

「そうか。オレも、聖杯戦争に参加するとは考えてもいなかった。

 ―――だが、こうして再会出来た。

 マスターとして不謹慎だと思うが、それでもオレは嬉しいよ」

 

 セイバーは自分のマスターである魔術師―――衛宮士郎を確認する。

 彼は前回と比べて随分と様変わりしていた。髪の色は脱色したように白髪となり、肌の色も焦げた褐色になっていた。身長も大分伸び、180cmを越えた190cm近い長身だ。服装も魔術的な加護を受け、防弾性と防刃性に優れた物。

 

「――――――……」

 

 セイバーにとって、その姿は衛宮士郎と言うよりも、もう一人のエミヤシロウであるアーチャーの印象が強かった。

 赤い外套は纏っておらず、髪型も前髪を下ろした落ち着いた雰囲気。

 だが、見た目と気配は完全に彼と殆んど同一のものだ。戦場で心身が強靭に磨き抜かれ、同時に理想が段々と磨り減ってしまったような、矛盾を孕んだ二つのイメージがとても強い。錬鉄されて堅過ぎる剣が柔らかさを失い、最後の最期で脆くも折れてしまいそうな危うさが既に在る。

 ……この男には、自らの最後に何が残るのだろうか。

 ただ、自分が彼の内に残留出来る思い出になれるのであれば、それで良いと思えた。出来るのであれば、思い返せる人に成れるのなら、思い返してくれるのならば、セイバーはそれだけで彼のサーヴァントとして戦い抜けると希った。

 

「確か君は、霊体化が不可能であったな?」

 

「いいえ。現在の私は霊体が可能です」

 

「――――――なに」

 

 士郎はセイバーが聖杯を生前の最後に願ったが故に、この聖杯戦争に召喚されていたの第五次聖杯戦争の終盤に知った。聖杯を求め、死ぬ前の生者として前回の聖杯戦争では召喚された。彼はその事実から、まだ座に居ない英霊だからと言う理由で霊体化が不可能だと分かっていた。

 故に―――霊体化が可能なのは道理に合っていない。だが、可能であると言う事実から、士郎はセイバーが嘗てのセイバーと違うと言う事が分かってしまった。果たして、彼女は彼女であるが、自分が知るセイバーであるのか。そして、自分自身はセイバーが知る衛宮士郎であるのか、今の彼では何も分からない。

 

「シロウ。今の私は正規の英霊として召喚されています。守護者でも無く、通常の英霊と同じく座に登録された存在です。

 今の私は生者では無く、英霊の座に住まう死者。

 この身も前回とは違って本体では無く、座に存在する私の複製ですので、霊体化も可能となっています。

 ―――だから、全部理解しています。

 何故貴方が嘗てのアーチャーの姿に似ているのか、何故私がまたもや召喚されたのかも」

 

「……そうか、そうなのだな」

 

 彼女は死人。もう、生きてはいない。通常の英霊と同じく、座に組み込められた純英霊。それが士郎にとって衝撃的だった。聖杯を求めて召喚に応じてくれた彼女は果たしてあの後、救われたのか、否か。聖杯戦争の後、セイバーに何があったのか。しかし、それは今聞くべき事では無い。士郎は内に疑問を仕舞い込み、セイバーの次に言葉を待った。

 

「故に、最初の内に聞いておきます

 衛宮士郎―――貴方は殺し合いの果て、聖杯に何を求めますか?」

 

 それは確かに大事な事。利益で結ばれる殺伐な一時的主従関係であるとしても、互いの願望を知るのはサーヴァントとしても、マスターとしても重要な事柄だ。

 

「―――聖杯戦争を終わらせる。

 アレは呪われている。壊さなくては人が死ぬ。世界が滅ぶかもしれない」

 

 召喚されたサーヴァントとしては、許容するには有り得ない願望だ。この聖杯戦争に呼ばれる英霊には願いがあり、召喚者はそれを破壊すると言っている。そのような事を言えば、その場で殺されたとしても仕様が無い。いや、殺して次のマスターを自力で捜す方が建設的。

 しかし、サーヴァントの中にも例外はいる。例えばそう、英霊の座に送られる前に知り合っていた人物が召喚者であり、その英霊と親しいのであれば、最初から二人の間には信頼関係がある。そして、共有の知識が備わっているのであれば、説明する必要すら存在しない。

 

「―――良いでしょう。

 これからよろしくお願いします、私のマスター。必ずや聖杯を壊しましょう」

 

 答えは既に昔に決まっていた。そもそも、今の彼女にとって自分の願望は聖杯で叶えるモノでは無くなっていた。聖杯戦争の過程で成す事が出来るのであれば、聖杯は手に入らなくとも別に構わない。

 

「……セイバー。もう一度君にこのような事をさせるのは気に病むが、それでもオレには君しかいなかった。君以外のサーヴァントを呼べなかった。

 ―――すまない。

 オレはまた、君に重荷を背負わせる事になる」

 

「構いません。今の私はシロウ―――貴方の剣なのですから」

 

 交差する視線は鋭くも、何処か虚しい再会の余韻があった。二人は決定的に変わってしまっていて、その事に二人は気が付いているにも関わらず、契約を静かに了承した。分かっているのは、セイバーは士郎が知るセイバーでは無く、また士郎はセイバーが知る士郎では無いと言う事実。

 年月は人を変え、時間は在り様を歪ませる。士郎が理想に段々と変貌していった様に、死んだ事で王の役目から解放された彼女もまた、嘗てのアルトリアとは違う存在と化していた。

 

「―――で、召喚は無事終わった様ね」

 

 その時、土蔵の扉が開いた。セイバーと士郎がいる土蔵の中の様子を窺っていた彼女は、話し合いが終わったと気配で分かった為、中に入って来たのであった。

 銀色の髪に赤色の瞳。夜空に輝く月光が差し込み、幻想的な姿を二人に見せる。

 セイバーを召喚した魔術師である衛宮士郎の姉―――イリヤスフィールが土蔵の扉から二人の無事を確認する。士郎が目論んだ通りにセイバーのサーヴァントが召喚され、契約も問題無く結ばれた様だ。

 

「成功だ。イリヤのおかげでパスも万全だよ」

 

「そう、良かったわ。ここまでやって失敗しましたでは、魔術師としてとんだ笑い者だもの」

 

「イリヤスフィール……ですか?」

 

 セイバーは覚えていた。銀髪に紅眼の風貌はイリヤスフィールの特徴であり、アインツベルンのホムンクルスの特徴であり―――アイリスフィールを思い浮かばせるものであった。

 

「ええ、そうよ。久しぶりね、セイバー。貴女にとってどの位時間が経ったのか分からないけど、私にとっては九年ぶりの再会になるわ」

 

「……そうですか。

 では此方も、お久しぶりと言っておきましょう」

 

 斯くして衛宮邸にて役者が揃う。出会うべくして騎士王と錬鉄の英霊は再会する。最優のサーヴァントは必然として、剣製の魔術師に召喚されて契約を結んだ。

 この度の聖杯戦争において、考えられる限り最強の組み。封印指定に選ばれた魔術師屈指の強さを持つ衛宮士郎と、聖剣エクスカリバーの担い手であるアーサー・ペンドラゴン。この二人に敵は無いが、もし彼と彼女に勝てる者がいるとすれば、そのマスターとサーヴァントも同じく最強に値する一組。

 ―――今此処に、嘗ての主従が復活した。

 再会する二人。再開された戦争。第五次聖杯戦争を経て、彼と彼女の第六次聖杯戦争が始まろうとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 セイバーのサーヴァントが召喚される少し前。衛宮士郎と同じく遠坂凛もまた、サーヴァントの召喚をするべく冬木の地に戻っていた。

 今の凛は既に第二魔法の魔術基盤を限定的であるが習得している。

 まだ魔法使いと呼べる程ではないが、魔法を構成している魔術理論を使用する事が可能なほど己を鍛え上げていた。勿論それは純粋に魔術師としての執念から来るものでもあったが、それ以外にも理由が彼女にはある。

 その理由は簡単な内容であるが困難な条件であり、それは衛宮士郎と同格の能力を得る為。

 彼女の恋人で“あった”衛宮士郎の強さはもはや英霊に匹敵し、大多数の死徒二十七祖を殺害可能な領域。数を減らした二十七祖どもからすれば、あの殺人貴と同様に命を狙われれば死を覚悟するまでの処刑人と化している。つまり、衛宮士郎を自分の元に再び連れ戻すには、自分自身も更に強くならなくてはならない。聖杯戦争を通して学べた戦闘の基本となる体術も更に磨かれているモノの、バゼット・フラガ・マクレミッツのような生粋の怪物と比べれば劣っているのも確か。無論、更なる成長を遂げた似非神父二世にも及ばないだろう。多分だが、強化ありの純粋な殴り合いなら正義の味方には僅差で勝てる可能性はあるものの、それには大した意味も無い。戦術眼も生来の頭の良さと直感から既に怪物クラスであるのだが、衛宮士郎と言った怪物連中ほど極まっていない。奴をぶん殴ってでも連れ戻して幸せにしてやる為にも、自分は今よりも更に強い存在にならなくてはならない。

 時計塔で一緒に学び、正義の味方として飛び出したあいつに自分も一緒に付いて行って、色々な人物と巡り合って、世界に拡散し続ける地獄を共に歩んで―――なのに、あの馬鹿野郎は私を置いていきやがった。置いて行かれてブチ切れて、時計塔に戻って手の先に掛かっていた第二魔法を反則技まで使って習得し、そしたら今回の第六次聖杯戦争の知らせが届いた。ふざけるな……本当にふざけんなこんちくしょう!

“良いじゃない。

 ……本当に良い度胸じゃない、衛宮君―――!”

 と、十分に気合いは入れたは良いが、はっきり言ってサーヴァント召喚に必要な触媒が無かった。うっかりとまでは言わないが、突如として令呪を宿してしまった為、彼女では準備を万全にする時間が無かった。ならば、絶対に避けなければならないのは、サーヴァントを召喚する前に敵対者に遭遇する事。これだけは何が何でも回避必須となるうっかりだ。

 遠坂家地下の工房にて、彼女は早々にサーヴァントの召喚には成功した。

 本当に今度の今度はきっちりと巧く召喚を成した。嘗てのようなアクシデントも無く、うっかりで失敗する要素も無く、自分の魔術回路が最高潮になる時間帯でサーヴァントを呼び出したのだ。

 

「―――んで、マスター。

 もうこれで良いじゃないかって、私は思うんだけど?」

 

「……アーチャー。話は全然まだまだ、これっぽっちだって終了していないわ。

 私が聞きたいのはね、何であんたがそんななのかってことなの」

 

「そう言われてもねぇ……」

 

 場所は新都にあるビルの屋上だった。二人の美女が街の並びを観察している。

 一人は魔術師であるマスター。

 一人は英霊であるサーヴァント。

 マスターの方は実に綺麗な仕立てがされた真っ赤なコートに、防護が施された独特な服装を着込んでいる。コートの方も念入りに加工がされており、対魔術と対物理の保護に加えて物理的にも頑丈だ。着込んでいる服と相まって、防弾性と防刃性もかなり高い。

 

「んー……ま、こればっかりは仕様が無いからなぁ……」

 

 遠坂凛にアーチャーと呼ばれた女性は、熱い缶コーヒーをちびちびと飲んでいた。片手には何処で買ったのか分からないが、食べかけの惣菜パンが握られている。

 そして、アーチャーと呼ばれたサーヴァントの見て目は一言で表せば実に普通だった。帽子を深く被っている為、顔は影になっていてはっきりと見えないが服装が一般人のそれと変わらない。と言うよりも、サーヴァントとして着用する防具では無く、今彼女が着る服装は現代で買い揃えた物であった。

 

「……折角の現世何だし、サーヴァントだって楽しんでも良いじゃないか?」

 

「―――駄目よ。

 全く以って魔力の無駄なのよ、そんなの心の贅肉じゃない」

 

「えー」

 

 凛が怒るのも無理はない。アーチャーは霊体化もせず、常に姿を現して伸び伸びと生活していた。……そう、戦争なんてする気力も見せずにのんびりと日常を送っていやがった。

 

「全く。マスターは本当にケチだなぁ……もう」

 

「もう、じゃないわよ! ああ、ホントに何だかイライラするわね」

 

 アーチャーは良く空気に通る快活な笑い声を上げる。凛はさらに怒りが湧いてしまうが、それがまた彼女によっては愉快痛快と面白い。

 

「――――――……」

 

 彼女はマスターの言葉を話半分に流して再度、屋上から冬木を見下ろした。煌めく人々の営みの光。現代文明の極みとも言える浪費と消耗。建物の輝きと、人々の騒がしさと、響き渡る人工的な音楽が、夜から完全に静けさが失っていた。

 

「……人が多いな。

 こんな所で戦争をしようだなんて、魔術師って人種は捩子が全て頭から抜けてるとしか思えない」

 

「まぁ、私もそれは同感ね。文明が進んだ今だと隠蔽作業も一苦労だから。それに、被害の拡大も阻止する事が出来ないでしょうし」

 

 彼女の視力は人外の領域に達しており、遠く何処までも見渡せる。うっすらとなら隣町まで観察し、狙撃するだけなら新都全範囲が射殺圏内。言うなれば、アーチャーが見渡す限り、視界全てに人の営みが満ちていた。何かを失敗してしまえば、あっさりと冬木に住まう誰かが犠牲になるだろう。

 

「―――にしても、屋上で飲む缶コーヒーは良いね。

 冬が近いこの時期、外で飲むなら熱々の飲み物を飲んで体を暖かくするに限る」

 

「別にそれ、特別美味しいって訳じゃないでしょうよ」

 

 凛はアーチャーが持つコーヒーが、一缶100円で売られている安物だと知っている。実際にこれをアーチャーをコンビニで買っているのを見ていたので、何故そこまで美味そうに飲めるのかが不思議だった。

 

「だからこそ良い味なんだ。そこまで美味くなく不味くもない安物だから、良い味になってくれる」

 

 缶コーヒーは美味い。特別に煎った上質なモノはそれでそれで味わい深いが、安物にあるチープさがまたアーチャーにとっては“良い味”に感じた。飲み物として美味しいのではなく、コーヒーとして風味がある訳でもなく、ただその安物の缶コーヒーを飲む事そのものが娯楽になった。それはもう片手に持つ安い日本の何処にでも見つかる惣菜パンにも同じ事が言えた。

 

「ふ~ん、成る程ね。でも私なら、コーヒーよりも紅茶派かしら。出来れば、入れたてで熱々の香り高い逸品が一番美味しいわ」

 

 コーヒーと紅茶。遠坂の一族としてどちらが優雅と言えば紅茶だ。親の代から遠坂家は紅茶を好んで飲んでいる。

 

「マスターにゃ、この安っぽさは好ましくないか。実に残念」

 

「……あんたは私以上に図太いわ。うん、何だか少しだけ優越感を感じる」

 

「おいおい。今の台詞、本音だっただろ?」

 

「あら、わかるの。流石は私のサーヴァントね」

 

「つれないねぇ、本当。そんなんだから男に逃げられるんじゃないの?」

 

 笑顔が冷たく固まった。遠坂凛から絶対零度の殺意が漏れ始める。それもこの辺りにサーヴァントか、あるいは感覚の鋭いマスターが居れば一瞬で気が付いてしまう程の殺気であった。とは言え、今はそれこそが目的なので別に見つかっても構わないのだが。

 

「ふふふ―――次にそれ言ったら殺すからね、令呪使って」

 

「はいよ。サーヴァントとして気を付けます」

 

 似通った性格の為か、彼女達二人の会話はとんとん拍子で進んで行った。

 既に人数が揃い始めた英霊を連れ、マスターに選ばれた魔術師たちが冬木に集う。しかし。今はまだ英霊も魔術師も全員が揃っていない。故にまだ突発的な戦闘も無い。挑発的な行動を取ろうとも、戦闘を始めてくる組も出て来ていない。だが、それも時間の問題だろう。彼女と彼女の相棒は既に敵の気配を冬木の中から感じ取っており、後は淡々と戦争が本格的に始まる前に陣地を見付けだし、必要な戦略を練る準備を始めた。

 平穏な冬木も恐らくは、今日か明日が最後。

 遠坂凛はサーヴァントを連れて戦争が始まる街を見た。安寧からは程遠い気持ちで故郷を見守っていた。殺し合いに勝ち抜く覚悟を決め、誰であろうと敵を倒す戦意を抱き、彼女は新たな相棒を傍らに闇夜に消えて行った。

 

 

◇◇◇

 

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツにとって、今回の第六次聖杯戦争は天啓にも等しい闘争であった。

 もはや、技という技を鍛え上げ、完成された業をさらに極めた戦闘技術は、数多の魔術師が在籍している魔術協会において最強の一つとして君臨している。それは外部の組織でさえ執行者と言えばフラガの名が最初に浮かぶ程、人間でありながら死徒にも並ぶ脅威として畏れられていた。

 ―――その証明として、嘗て地獄の惨劇であるアルズベリ事変での活躍も大いに影響していた。

 白翼公が画策した死徒二十七祖第二位の蘇生儀式。いや、蘇生と言うよりも再誕か。兎も角、トラフィム・オーテンロッゼによって勃発した戦争は惨劇を引き起こす。

 ……後はもう地獄だった。

 三つ巴になった互いの陣営を殲滅し合う。さらにフリーランスの者達も介入しているので、さらに場は混沌と化していく

 黒翼の鴉が落ち、白翼の王は没し、悪魔遣いも朽ちた。

 時の騎士は死神よって遂に滅ぶ事を許され、屍の船を率いる騎士も戦火の中で息絶えた。

 特に犬殺しを達成した災厄の神父もいたが、あれは例外の中の例外と言える。人間の身でありながらも星の触覚であり、さらに人類に対する殺害権利を持つ白い獣を殺すなど、規格外を越えた異端の司祭。二十七祖殺しを達成した人間は幾人かいるが、彼らは総じてヒトの理が狂っている。彼女も二十七祖殺しに協力をした魔術師であるので、それがどれ程の所業なのか理解していた。

 そして、最前線で戦い抜いて生き残ったフラガは、執行者として最強になる。何故ならば、もはや封印指定執行者の数少ない生き残りが彼女でもあるからだ。その身と鍛えた業を以って、魔術協会に自分の有能性を完膚なきまでに証明し尽くした。

 

「ランサーのサーヴァント―――クー・フーリン、召喚に応じて参上した。

 ……んで、魔術師。

 あんたが俺のマスターかい?」

 

 再び訪れた極東の土地。魔力を丁寧に込めて魔法陣を描き、サーヴァント召喚用の呪文を詠唱し、彼女は触媒よりこの度の戦争の相棒となる英霊を召喚した。

 ―――その晩、彼女は新しい相棒に出会った。

 ただ、契約が成された英霊は彼女が想像していた人物とは違った。真っ黒な法衣を着ている訳でも無く、生真面目さと皮肉さが合わさった口調でも無い。用意した触媒として考えれば正しい人物が呼ばれたのかもしれないが、前回は準備したこの触媒で彼が召喚されてしまった。しかし、今回はどうやら正常に魔法陣が機能したのかもしれなかった。

 

「………………―――」

 

「―――ん? どうした?」

 

「……あぁ、いえ。すみません。少々貴方に抱いていた私のイメージと違いまして」

 

「なんだ。もっと行儀がいい方が好みだったんか?」

 

 粗野と言うよりも野生的な印象が強い男であった。蒼い軽装の鎧に、何よりも目を引くのは赤い槍。軽快なノリで語られる言葉は、此方の警戒心を簡単に解いてしまう程力強い。

 

「―――まさか。

 その方が今の貴方らしい。実際に会ってみて、こうも分かり易いと逆に良い感じですね」

 

 失礼だったかもしれない。彼にもう一度会えるかも知れないと期待はしていたが、あの召喚は偶然が引き合わせただけの契約だったのだ。あの男は知っているのかもしれないが、自分は何故前回であの神父が呼べたのか知り得ていない。

 だから、気持ちを初期化した。感情をリセットする。バゼットはあっさりと自分の中に溜まっていた澱を捨て去った。

 

「……――――」

 

 自分のマスターはどうやら、ただの魔術師でも無いらしい。それもかなり特上なクラスの女でもあるのだと分かった。此方を見る笑顔は歴戦を貫いた猛者であるにも関わらず、女性らしい美しさが欠片も失われていない。格好は少々あれだが、中身と見た目の両方が上物とは、女運が最悪だった自分にしては実についている。

 

「―――は! どうやら今回、俺は女運の風向きが良いみたいだ」

 

 ランサーは一目でバゼットの技量を見切っていた。立ち振る舞い、呼吸方法、視線に気配。それら全てが余りにも力強い。

 ―――何より、とても良い女だ。

 それこそ自分が生きていた時代で出会っていれば、色々と一悶着が起きていたと確信出来るまで。

 

「そうですか。貴方の目に適うのであれば、それこそ赤枝の騎士の誉れです」

 

「―――俺の勘が外れて無けりゃ、アンタは最高のマスターさ」

 

「安心して下さい―――隙さえ見出せば、敵がサーヴァントであろうとも私が仕留めて見せましょう」

 

 壮絶な笑みであった。マスターとは思えない重みのある宣言だった。それには唯の魔術師では成し得ない言葉を、現実として本物にしてしまう程の実感が込められていた。

 

「……いいねぇ。

 こりゃあ、今回はたんまりと楽しめそうだ」

 

 素晴しい。何が良いって強い女は大好きだ。ランサーにとって、この手合いと契約出来たのは幸先がかなり好ましい。実際のところ、自分さえ殺害可能ではないかと言う戦士としての勘が、マスターである魔術師から感じ取れていた。そう思えてしまう程、この女は強いのだろう。

 

「それでは早速で悪いのですが、簡単な戦略を決めましょうか」

 

「ほう、実に気が早い。……マスターよ、敵の目星はついてんのかい?」

 

「ある程度は。まだ半分以下ですが、それなりの参加者は把握出来ています」

 

「―――結構。敵が分かってんなら話は早い。俺とアンタの能力を想定して、順番と戦法と対策位は考えておくか」

 

「まずはその様なところまでですね。

 ……まぁ、実際に取れる本格的な戦略はある程度、敵を知り得てからにしましょう。初戦で殺せてしまうのであれば、遠慮無く初めから仕留めまえばいい」

 

 新たなコンビが、こうして誕生した。七騎の内で余っているサーヴァントの枠は後三つ、ライダー、アサシン、バーサーカー。そして、今回は呼ばれるかどうか不明なイレギュラークラス、アヴェンジャーのサーヴァント。

 まだ早い。戦争にはまだ早いが、着々と殺し合いの開始は歩み寄っていた。




 アインツベルン勢は完全にオリキャラです。第四次も第五次もアインツベルンは四人組でしたので、この作品も四人組で聖杯戦争に参加させてみました。マスターとメイドとサーヴァントと、喋る剣です。
 後は士郎とセイバー、凛とアーチャー、バゼットとランサーです。
 そして、実際に戦争が始まるのは次々回ですかね。次の回に他のグループの紹介をしたら、本格的な開始をしていこうと計画しています。


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43.蟲の深淵

 触手注意。過剰な演出は無いですが、イメージ次第で結構そこそこな表現があります。


 男が右手に持つ聖剣から光が吹き出る度に、蟲の群れが死に絶えた。左手に持つ黒鍵から炎が吹き出る度に、大量の蟲が焼き払われた。

 この場所はそれなりの広さを持つとはいえ、体積が限られた狭い地下施設である。蟲が浄化から逃げる術は無く、また特殊な礼装によって作られた結界が逃げ道を防いでいる。この地下室には蟲が通る隠し通路があったが、蟲を簡単に切り払い、焼き払う代行者からすれば対策など容易い事であった。何故なら、この蟲の魔術師が考えそうな事はある程度予測が出来ており、この屋敷の構造は昔に来た時から既に把握していた。

 ―――燃え盛る炎が、蟲を嬲る。光り輝く刃が、蟲を消す。

 左手から投擲された黒鍵が地面や壁に突き刺さり、そこから浄化の炎が漏れ出す。段々と蟲の生存区域は狭まって行き、一箇所に集められながら殺され続けた。蟲の群れは哀れにも、抵抗する事も出来ずに死に続けることしか出来ていない。黒鍵を投げる代行者へと蟲が襲い掛かっても、新たに装填された左手の黒鍵を振り払って焼き殺す。そして、黒鍵では焼き殺し切れない大量の蟲も、右手に持つ聖剣が一瞬で浄化して消し滅ぼす。

 炎と光による浄化。

 代行者が蟲相手に装備している概念武装は、的確にマキリの弱点を穿っていた。

 

「―――おのれ、教会の狗めがぁ……!」

 

 自己の分身と言える使い魔が殺される。聖なる浄化よって霊体ごと屠殺されていく。自分を殺しに来るであろう代行者と裏切り者を始末する為に万全の準備を工房しておいたが、それを予期した様に代行者は魔術師の策を切り捨てた。

 

「今までの苦労が裏目に出てしまったな、間桐臓硯。もうお前は不必要だとさ」

 

「ほざけ小僧。貴様風情に易々と殺される程、鈍っておらんわ」

 

 ―――瞬間、膨大な泥が地面から吹き出る。

 神父ごと蟲を取り込もうと闇色の沼が襲い掛かるが、彼は間一髪で脱出した。そして、大部分の蟲があっさりと生命を吸い尽くされ、肉もグズグズと溶けて養分になって吸収された。

 

「危険だったぞ、間桐桜。俺ごと殺そうとする魂胆が見え透いている」

 

「あら、ごめんなさい。手元が少し乱れて仕舞って、ちょっとだけ魔が差してしまいました」

 

 蟲を喰らい、自身の魔力を補給する桜に対し、臓硯は自分の身となる蟲を削られ続けている。攻撃が即座に魔力補給にもなる桜とは、臓硯が得意とする使い魔では余りにも相性が悪い。士人も今の戦況を理解しているが故に、隙なく攻防を詰めれば何時かは王手に至ると気が付いている。桜も桜で魔術戦が初心者であるからか、魔術特性を前に出して厭らしく敵を追い詰めて行った。

 

「儂に裏切りを働くか、桜!

 今まで育てた恩、仇で返すと言うのか……っ!」

 

「―――まさか! ひどい言い様ですね、お爺様。

 ほら、見て下さい。私はこんなにも魔術師として成長しましたよ。魔道の妨げに成る邪魔者は、念入りに殺さないといけないじゃないですか?

 ……つまり、それを実践しているだけです。

 足りない戦力も貴方達魔術師らしく、外部のモノから十分に補っただけ。だから、こうやって障害を排除しているのです。お爺様を殺さない方が、この間桐に対する裏切りになってしまいます」

 

「……――――――」

 

 臓硯は見てしまった、その愉悦に歪む桜の魔貌を。自分以上の怪物に成り果てた小娘の末路を。

 故にもはや、この間桐桜と言う魔術師は小娘では無く、生粋の魔女である。

 精神が凍りつく。ここまでの悪性を、マキリは桜から感じた事が無い。今までの十数年で見抜けた事が無い。ならば何故、この女がここまでの怪物に成り果てたのか。その原因が今となれば一つしかない事を彼は分かっていた。

 

「―――神父、貴様は……こやつをそこまで見抜いておったのか! 儂以上に、桜の本質を理解していたとでも言うのか!?」

 

「ああ、当然だとも。一目で理解していた。

 ―――この女の本質は魔だ。

 それも、特上の悪魔を飼い慣らすほど肥大化した器を持つ魔女だ。

 当たり前な日常を送り、それで人生を満足させられる人格は、確かに慎ましく凡庸だ。だが、堕ちる所まで堕ちてしまえば、それに比例した悪鬼の才能を持つ。周りの環境次第で善にも悪にも転ぶが、魔道を進めば極悪に成り果てる。自分が追い詰められる程、純粋なカタチを成していく。

 故に、自己の本性に気が付かせてしまえば……後は覚醒を待つだけだ。

 少々手を加えてから時間が経過していったが、今となっては万々歳。第五次聖杯戦争の影響からか、実に面白い展開へと運んでくれた」

 

 士人が桜の屈折した感情と、心に溜まり続ける濁った澱を悟っていた。言葉巧みに彼女へと自分自身の本性を知らしめる為に言葉を与え続け、遂にこの段階まで成長させた。

 ―――間桐桜は言峰士人と言う同類を得る事で、自分の鏡を見続けた。

 その影響は計り知れない。憎悪、嫉妬、怨念、執着、そう言った負の感情へ素直に成った。彼女は間桐臓硯に対する殺意を肯定し、それを切っ掛けに自分自身の悪性を容認してしまった。人を殺す事を自分に対する善行であると認めたのだ。

 だからこそ、士人は桜が自分で助けを求めるまで待った。この女が自身の殺意を認識し、殺害行為を良しとするまで見守り続けた。間桐臓硯を敵として殺そうと決める事こそ、彼女が極限まで濃くなった悪性を自己にする為の鍵になるだろうと彼は理解していた。

 ―――諦観を打破した時、人は生まれ変わる。

 それは善人も悪人も変わりなく、それは強者も弱者も変わらない。

 間桐桜が自分自身を自分で凌駕した時に起こる変貌もまた、この神父にとっては見逃せない娯楽であった。そして、それが起きた今を顧みるに、言峰士人は笑みを隠し切れなかった。

 

「あはは。

 ……言峰さん、面白い事を言いますね?」

 

「そうかな?

 俺は本心を隠さず告げただけなのだが……ふむ、ならば笑え。面白いのであれば、笑って過ごすのが一番健康的だ」

 

 その言葉は今の桜にとって最高の手向けだ。

 

「ふふ、うふふ。はは……あははははははははははは! アッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……っ!!

 ―――あぁ、ホントにその通りですね!

 楽しかったら笑わないと、人生の損失になってしまいます。そんな簡単な事、随分と昔に忘れていました…………」

 

 心の底から、間桐桜は笑った。こんなにも愉しい出来事は人生で初めてだった。衛宮士郎を想うのとはまた別種の、心を髄から震わせる気持ちを言峰士人は与えてくれた。

 肉体的快楽にも似た絶頂とは違った精神的快楽から覚える解放感。

 そして―――歓喜と憎悪。

 愉しい。

 凄く凄く愉しい。

 どんな娯楽よりも人生を楽しく満たす愉悦の時間。

 

「―――魔女め……っ。

 おぬしがそこまで狂い果てたのは、確かに儂の誤算だったわ―――!」

 

「嫌ですね。私をここまで育てて頂けたのは、お爺様じゃないですか。こんな醜悪な在り方を教えて頂けたのは、お爺様しかいなかったじゃないですか。

 だからこそ、この結末なんですよ。貴方は最後の最期で失敗したんです。

 ここまで狂っている私に隙を見せて教会に行かせてしまった時点で、既に人生が詰んでいたのです」

 

 間桐臓硯は新しい肉体となる材料を補給する為に、街に出て獲物を選んでいた。その隙を見抜き、間桐桜は教会に訪れて蟲の核を抜き取って貰った。

 ―――故に、間桐臓硯は間桐桜を完全に諦めた。

 この器はもう駄作。神父によって変貌してしまい、自分では御し切れない化け物に成り果ててしまった。

 ならば、遠慮は不要。彼は蟲を複雑に操り、二人を殺す為に活路を見出す。全方位から飽和した蟲によって肉片一つ残さず喰い殺す。代行者の炎と元孫娘の泥によって数は減ったが、まだ殺すだけに必要な量は残っている。

 

「ぬかせ、小娘が! この儂が飼い殺す筈だった蟲風情に―――――がぁ……!」

 

 心臓へ聖剣が突き刺さった。士人が無拍子で投擲した刃が、臓硯の霊体を瞬時に浄化を開始した。カタチが崩れ、地面へと溶ける様にバラバラに落ちて行く。体を維持して霊体を保っていた魔術を概念的な重みによって壊された。今までの攻撃が積み重なる事で、魔術師は身動きが取れないまでに弱らされていた。

 何よりも、この聖剣は黒鍵とは違って特別だ。

 黒鍵に施した火葬式典もマキリの蟲相手には十分以上の効果を持っていたが、この絶世の名剣―――デュランダルの浄化作用は黒鍵が保有する浄化作用とは効果が次元違い。黒鍵から吹き出た炎による浄化も臓硯にとって霊体を殺し切る猛毒であるが、聖剣の光は既に致死の劇物を越えた硫酸だ。霊体の元を成す魂から肉体を溶かしてしまう。

 

「―――もう十分、お爺様は生きましたから良いですよね。こちらも我慢できなくって、早く食べ殺したいのですから」

 

 無音で影は底を這い、地面に泥沼が広がった。暗いマキリの地下工房が、更に暗黒へ沈んでしまった。闇よりも深い黒が、世界が汚染している。

 ―――その闇は人型が崩壊した妖怪に覆い被さり、まるで微生物を租借するアメーバのように黒く腐肉を染まらせる。

 地獄と言う単語では生温い。

 生理的嫌悪を越えて、精神が崩壊する寸前まで気色の悪さが具現している。

 

「ぎぃやぁあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 浄化と溶解。神聖と邪悪。両極端の作用によって、間桐臓硯の魂が段々と崩壊している。こんな叫び声を上げられるだけ、間桐臓硯はまだ救いがある。ただの人間がこれ程の領域まで極まった洗礼と呪詛を同時に受ければ、一瞬の内に何もかもが消し飛んでいただろう。肉片も残らなければ、魂の情報も一つ残らず、この世からあっという間に去っている。

 

「―――サ、グラァァァァアアア!」

 

「あらあら、そんなに苦しいですか? 生きたいですか? 救って欲しいですか? 死にたくないですか?

 ―――でも駄目です。

 だって……ほら、お爺様は私を助けてくれませんでしたでしょう?

 目には目を、歯には歯を。

 積み重ねた因果は今までの所業が巡り巡って、本人に対して応報するもの。

 私以外にも沢山の人間を蟲で犯し、暴き、傷め、苦しめ、喰らい、殺めたのですから―――この結末も十分に納得するべきもの」

 

 ああ、なんて愉しいのでしょう。こんなにも心地良い叫び声なんて聞いた事が無いのです。

 ―――今の間桐桜にとって、この蟲はただの娯楽用品でしかない。

 苦しめれば苦しめる程、心の底から愉快になる。どんな風に殺してやるか考えるだけで愉悦に浸れる。最高だった。人生でここまで生を実感した事は無かった、ここまで楽しんだ事も無かった。

 

「――――――――!!」

 

 生きたまま咀嚼される。これは因果応報と言うには、余りにも生々しく的を得ている。

 間桐臓硯は妖怪と称される程、人の道を違えた怪物だった。蟲を使い、生きている人間をそのまま喰い殺し、体を新しく補完して生き永らえていた。

 ―――それを今まさに、自分が作り上げた道具によって、自分に対して行われていた。

 最高の喜劇だ。嘲笑うべき悲劇だった。何て下らない茶番劇なのだろうか。

 死に逝く蟲の翁を観察する二人の貌には笑みしかない。……二人には、そんなモノしか残っていない。

 

「聞いて下さい、言峰さん。この外道、過去の事を思い出しながら死んで逝ってますよ。

 ―――なんて哀れば蟲何でしょう。

 ―――救われな過ぎて涙が出そう。

 ふふふふふふふふ、はははははははは……っ!

 ……まさか、今此処に至って嘗ての理想を思い出すなんて―――何処まで行っても茶番劇じゃないですか!?」

 

 声も無く叫ぶ蟲に彼女は微笑んだ。桜は自分の呪詛の中で溶けていく魂を消化していた。それはまるで、食材を丁寧に味を付けて調理する過程に似ていて、じっくりと味わう様に食事をする様な光景。

 全身を震わせて足掻き、踠き、暴れる魔術師を踊り喰いし続ける。長く長く、味わう様に苦しめて、消化して、細胞を残さず影に吸収する。抉る様に、捌く様に、その作業を楽しみ取り込むのだ。

 

「―――でも、安心して死んで下さい……お爺様。

 その理想は私が継いで上げます。この間桐の後継となる間桐桜が、結末を見届けて上げましょう」

 

 嘗て、遠坂桜と言う少女がいた。だが、今となっては戻れない過去になった。この少女は魔術師と成り果て、間桐桜へと完璧に生まれ変わった。

 ……彼女は全てを喰らい尽くした。

 肉体や魔力、精神や記憶は勿論、忘れていた理想や今まで蓄えていた技術や知識、それら全てをマキリから奪い取った。言峰士人が与えた悪性の呪詛を許容した故に、自らの特性に目覚め、起源へ近づいた。今までの彼女であれば絶対に不可能であったが、暗影の操作と他者の吸収を完璧に御していた。間桐の属性である水と特性の吸収に加え、自身の起源から発露した魔術の属性と特性。

 ―――それがモノを奪い尽くす泥の正体。

 魔術への目覚め。自己に対する覚醒。アンリマユを模した様な影の泥は、間桐桜にとって天性の相性の良さを持っていた。

 

「あぁ―――残念だったの。

 後少しで届けたかもしれんかったのに……」

 

 それがマキリ・ゾォルゲン最期の言葉。間桐桜の闇によって生きたまま肉体を喰われ、精神を暴かれ、記憶を開かれ、理想を踏み躙られた魔術師が残した閉幕の台詞。

 彼は目的を忘れ、手段に執着して失敗した。逆転した理念が人を蟲に変えた。

 なにを間違えていたのか。何故、忘れていたのか。もう、その問答に価値は無い。だが、強いて答えを出すのであれば――― 

 

「―――お爺様。答えなんて無いんですよ。

 最初から間違えている愚か者は、何処まで行っても間違い続けるんです」

 

 その抱いた想いが初めから、人として違えていたのだ。間桐桜はただ、そう笑って断言する。

 

「人のままでは届かないから人間を辞めた。人間を辞めて蟲になっても求め続けた。ですけどね、そこに価値は無いんです。

 だって、人間のままじゃなきゃ―――その理想に価値を感じられないじゃないですか?

 どんなに感傷に浸ったところで意味さえ悟れませんよ、妖怪になった貴方ではね。だからこそ、そんな理想に答えなんてモノが、初めからこの世界で用意されている訳がないんです」

 

 この世全ての悪を間桐桜は知る。彼女は人類の半分を容認したが故に、他の半分も何となく分かる。自分自身も人間で在るのだから、自分の内側と比べてしまえば実感を伴って善と悪を認識出来た。

 この蟲は、既に唯の蟲。過去にどれ程なまで純粋に未来を信じていても、結局のところ末路はこれ。鬼畜外道にまで落ちたのに、得られた結論の中に嘗ての答えは無い。

 

「―――――――――」

 

 ……そして、間桐臓硯は完全に死んだ。蟲を一匹も残すこと無く死滅した。間桐桜が生み出した影によって蟲を喰われ、魂を溶解されて霊体を掻き消された。そして、感じられる敵となる蟲の気配は零。地下工房に使い魔はまだまだ溢れてはいるが、間桐臓硯に支配された蟲は一匹もいない。

 間桐桜は今日一日を思い出していた。

 教会で心臓の蟲を摘出され、それを泥として取り込んだ時に記憶した蟲の残留思念。それが神父の衝動と聖杯の呪詛と混じり合い、間桐桜の新たな泥として再び甦った。蟲の残留思念が、先程に溶かして殺したマキリの記録を補完して、あの翁の記憶が再生される。人間を生きたまま喰い殺すことが如何に罪深いか実感し、それでも彼女は喜びを抑えられない。

 

「―――満足したか、間桐桜。

 随分と憂鬱そうな表情だが……もしや、蟲の魂に心が当てられたのか?」

 

 ゆっくりと咀嚼して愉しんでいた桜に声が掛かった。士人は黙り込む桜がどんな感触を味わっているのか雰囲気で悟っていたが、彼女の余韻を無視して聖職者らしい綺麗な笑みを向ける。

 

「……えぇ、少しだけ。

 初めて他人を食べましたが、中々に美味でしたよ」

 

「成る程。ならば、味わっておけ。もう二度と無い実感だぞ」

 

「―――本当、貴方は最悪な神父さんですね」

 

 笑顔には笑顔を。生まれ変わった少女を、言峰士人は祝福する。

 

「何を今更。だが、それもまた同感だ。日常を謳歌する間桐桜も、悪徳を謳歌する間桐桜も、どちらも本物の間桐桜だ。

 ―――故にお前は、本当に素晴らしい罪人になれるだろう」

 

「そうですね。それは貴方も同じ事ですから。日常を実感出来ない言峰士人は、生死さえ等価値にしか感じられない。

 ―――故に貴方は、本当に人でなしな悪人のままなのです」

 

 直後、二人は笑った。互いに互いが面白くて堪らなかった。視界に映る全てが呪われているのは、どっちも大して変わらないと分かったのだ。歪んだ価値観がそのまま定まり、それを通して世界を生きているのであれば、得られるモノが歪んでしまうのは当然のこと。しかし、その価値観だけが自分にとって確かな在り方であり、それから外れた生き方は選べない。

 

「では、ありがとうございました。これでこの私、間桐桜が名実共に間桐家当主と成る事が出来ます」

 

「良かろう。今現在を以って間桐桜、お前が間桐家当主を継ぐ事を冬木教会担当司祭として認める。また、管理者である遠坂家も、存分に間桐家当主交代を喜ぶであろう」

 

 間桐家を継ぐ。当主を殺し、自分が当主となる。間桐桜が自分で自分の事を決めたのは、これが生まれて初めてだった。遠坂家から間桐家に移動したのも、間桐家で虐待以上に悲惨な鍛錬を受けたのも、全て他人による強制。衛宮士郎の家に通い続けているのは自分の意思だが切っ掛けは命令。

 彼女は生まれて初めて自分の意思で何かを成し遂げ、生まれて初めて自分を誰かに助けて求めた。間桐臓硯の消滅によって、彼女は地獄を自らの力で脱出した。現実を破壊し、在るが儘に生きる事を良しと笑ったのだ。

 ―――これが九年前の惨劇。

 間桐家当主が代替わりした真実である。そして、第六次聖杯戦争が始まってしまった真実でもあった。

 

◇◇◇

 

 ―――第六次聖杯戦争。

 冬木市において、第五次聖杯戦争が終了した九年後に突如として再起動した魔術儀式。参加者は七人、従者となるサーヴァントも七体。合計十四名による生き残りと聖杯を賭けた苛烈な生存競争。開催地の冬木市では、そんな有り得ない地獄が既に五回も行われいる。

 その冬木の街には聖杯戦争で御三家と呼ばれる魔術師一族の内、二つの家系が根を降ろしていた。一つは管理者である遠坂。もう一つはロシアで根を張っていたゾォルケンであり、今では日本の土地に合わせて名前を変えた間桐。この二つの家系が主な冬木の魔術師。特に間桐家は色々と複雑な過程を経て聖杯戦争に協力しており、一族というよりもマキリ・ゾォルケン一人の妄念と執念とも言えていた。

 ……だが、もはやマキリは過去の残滓に過ぎ去った。

 現代の当主は間桐桜。彼女は時計塔に渡り、間桐の魔術師として才覚を存分に振った。

 封印指定確定なまで希少な属性と、それを極限まで有効に引き出す特性。並の魔術師の努力を嘲笑うような虐待以上に狂った異常な鍛錬により、過去を力に変えて更なる異端と化す。それに加え、特化型であるにも関わらず、水属性に対しても高い能力を持っている。そして、時計塔での修練を経て、他の普遍的属性の魔術も使いこなすまで成長する。彼女は時計塔でとある講師に魔術を指導して貰い、自分の能力を更なる境地へと導いた。

 時計塔に行くまでも自主鍛錬と、とある教会の神父の教えによって自己の本質を極め続けたが、それは間桐桜そのものを異常な領域まで強くしただけ。時計塔に行っても日々の鍛錬は止まること無く、更に苛烈となっていった。だが、それでは魔術師として新たな理論を開発して発展されるのでなく、自分が持つ神秘を只管に鍛えた一の極限。時計塔に行くことにより、彼女は己そのものである間桐桜としてだけでは無く、間桐の魔術師としての能力を得る。

 ―――だが、一番恐ろしいのは、その事実を魔術協会に隠し通した事だった。

 間桐桜は正体が露見した場合、確実に封印指定に認定される。それを彼女は今の今まで隠し通していた。時計塔に居ながらも、研鑽の成果を自分自身だけのモノにしていた。まるでアトラス院の錬金術師の如き在り方であるが、そもそも間桐桜は名誉も欲しくなければ、魔法に至る気も無く、聖杯戦争だけが目当ての生粋の魔術使い。故に、過剰なまで自分を鍛え、時計塔でやるべき人生の作業を終え、本来の計画を全うするべく冬木へと帰還する。向こう側での人間関係を清算する事も無くコネクションは強く結びついたまま、間桐として桜は冬木に戻ったのだ。勿論、帰ったのは時計塔では出来ない事をする為であり、彼女は冬木で行うべき計画を戦争が始まる前に実行しておく必要があった。

 間桐桜に隙は無い。そして、油断も無ければ慢心にも程遠い。敵となる人間が、揃いも揃って規格外の化け物集団。そんな連中にサーヴァントまで加わった戦争が、本当の地獄の沙汰を比喩なく具現化するだろう。念の為に養子も育て、計画は万全のまま進む。同盟関係を結んでいる神父を裏から欺く為の策も、第六次聖杯戦争が始まる前には既に万全なまで準備がし終わった。

 ―――準備は整った。

 神父も来た現在、冬木に居る魔術師全てが敵。障害を薙ぎ払う為の矛も、最後まで生存する為の盾も、彼女は自分の策を以って完成された。そして、第六次聖杯戦争が開始された今、間桐桜は地下工房にていつも通りに戦争の為、自身の魔術を念入りに磨いていた。

 

「……はぁ。漸く、始まりな訳ですね」

 

「ぼやかないぼやかない、亜璃紗」

 

「桜さん。そりゃ……まぁ、ねぇ?」

 

 此処は間桐邸の地下。そこには二人の魔術師が居た。

 一人は妖艶な気配を持つ可愛らしく綺麗な二十代の女性と、もう一人は廃退的だが有り得ないほど美しい十代の少女。

 この二人は義理の親子だ。戸籍的に言えば年の離れた姉妹になるのだが、家での関係的な視点からみれば親子と十分に言えた。また、外見的に年齢はそれほど離れているようには見えないが、少女と比べると女性の妖艶さが際立って見える為、十分に母子関係と言っても通じるだろう。

 

「……今回、間桐では令呪が不発したじゃないですか」

 

 中性的な口調で会話をする少女は美しかった。女性も現実的では無い際立った美女であるが、少女の美貌は人外の領域にある。

 伽藍堂な蒼い瞳はおぞましいほど透明で、色素が薄い綺麗な黒髪は奇妙なほど瑞々しい。元々は棘のある凛々しい美貌を持っているのだが、持ち前の気配から可愛らしい印象が強い為、欠伸が似合う眠そうな目付きをしたおっとり美人にも見える。顔立ちは西洋人形に近い雰囲気で持ち、長い前髪で眼が隠れそう隠れていなく、肩を越える程度の癖が無いセミロングの髪型だ。

 

「それは仕方ないです。少々システムを弄くりすぎまして、大聖杯の制御盤がバグってしまいましたから。

 ……それに、まるで脳味噌を直接弄くり回した様だった感触、何だか嫌なエグさを感じます。これは多分、アインツベルンの方で何かしらの細工が施されましたね。今回の予想外な事態は、アインツベルンの違法行為が此方の改造に作用した為に起きた基盤のズレが原因でしょう」

 

 間桐が何かしらの策を講じていたように、アインツベルンも同じ事を考えていた。御三家でまともに聖杯戦争をしているのは遠坂だけであり、聖杯戦争の要である大聖杯に気が付いているのも同じであった。

 

「―――ハァ、まったく。

 計画通りに私へ令呪を宿せなくて、これからどうするんです?」

 

「……ん~、それはそれで考えが有りますよ」

 

 妖しい笑顔でその女性―――間桐桜が隣にいる少女に微笑みかけた。成長した桜は少女から完全に脱した美貌を誇り、彼女の美しさは際限なく更なる麗しい完成された美を体現していた。名前通り桜の花のように、いやそれ以上に完璧な女性の美を手に入れていた。

 そして、そんな桜を見る少女は少女で胡散臭い笑みを浮かべる詐欺師を見る目で、自分の母親でもある魔術師を胡乱気に観察した。

 ……相変わらず、その笑顔から考えが読み取れない。表情と感情が一致していない。うん、実に怖い。とても恐ろしい。

 いつも通りあっさり結論を出し、彼女はもう一度溜め息をついた。

 

「―――わかりましたよ。そっちの問題はそっちで何とかして下さい」

 

「ふふふ。貴女はそういう部分が賢くて好きですよ」

 

「……………――――――はぁ」

 

 令呪自体はまだ残っている。間桐桜の手には第五次聖杯戦争の時に宿った未使用分の令呪が刻まれている。それは今回の聖杯戦争が始まり、聖杯とも確かにラインだけは繋がっていた。しかし、大聖杯に対する工作行為によって間桐家には令呪分配が行われず。確かに予測された事でもあるので、ある程度の対策もあったが、その少女―――間桐亜璃紗が準備した計画は全部無駄になってしまった。

 

「工房の管理に行ってきます。戦争に備えて、用意しておかなければいけないものもありますので」

 

「えぇ。では、お疲れ様。私は協力者のお二人と少しだけお話をしなくてはいけませんので、今日はこの工房を好きに使って構いませんから」

 

「あー、はい。了解しました」

 

 二人が話し合っていた場所は工房の出入り口近く。このまま間桐桜は工房から抜け出し、間桐亜璃紗は直ぐにでも工房へ潜って行った。

 

「ふぅ………」

 

 暗闇の中で一息ついた。亜璃紗にとって桜とは本物の魔女であった。自分も特化型に位置する異端の魔術師であるが、自分の師である魔術師に比べてしまえば微々たる属性に特性。起源覚醒の儀式も無理矢理行ったが、それでもまだあの魔女には届かないし、比べ物にさえならない。

 

「……いよいよ戦争ですか―――」

 

 彼女がこの家に引き取られたのは慈悲もあったが、悪辣な外道共による道楽でもある。封印指定であった自分の養父を殺した代行者によって教会に一時的に身を寄せたが、直ぐにこの間桐家に引き取られたのが今此処にいる大元の原因。

 蟲による鍛錬は自分から進んで行った。別に犯される事に抵抗は無い。そして、魔術師に必要な知識の習得や、オーソドックスな魔術の修練もそれはそれで楽しめた。だが、それらよりも大変だったのは、工房の拡大と改造だった。師の魔術師と共に、ああでもない、こうでもない、と互いに知恵を絞って建設していったのだ。結界などの魔術的観点や、地下施設を大きくするために建築の知識も必要になった。作業は魔術師で行えると言えど、その設定は自分達で決定しなくてはならない。

 後は拡張と増設の繰り返し。幾つもの専用部屋を作り出し、唯の巨大な地下空間では無くなった間桐の魔術工房。嘗ては蟲が蠢くだけの巨大な穴蔵の中に棺桶みたいな横穴しか無かったが、今では本当の意味で魔術師の工房らしく成り変わっていた。蟲の使い魔だけでは無く、魔術師が愛用する地下施設として、時計塔のように改良されていた。

 

「―――うん。生臭いけど、良い匂いでもあるかな」

 

 間桐邸の地下工房は十年前と比べ、全くの別物と言えるまで様変わりした。している事は外法の中の外法であるが、間桐臓硯の延命の為だけの装置でなくなったのは確かだ。行われているのは、マキリではなく間桐発展の為にすべき魔術研究である。

 亜璃紗は思考をそのままに、工房内に造られた一室に入った。そこは特別な部屋。普段の修練や、蟲の量産に使われている部屋では無く、新しい型の使い魔を生み出す為の実験室であった。新種の開発には成功しているが、そこから更に派生させた新型の戦闘性能に特化させた蟲を今は研究している。

 ……黙々と彼女は研究に没頭していた。

 実験材料がくぐもった五月蠅い雑音を発して騒ぐも、慣れているので亜璃紗は気にしていない。壊れてしまうと性能低下が見られるのでやり過ぎには注意しており、程度の手加減はきっちりと把握していた。それに中身を修理するのは亜璃紗の専門でもあったが、今は其処に重点は置いておらず、既に研究し尽くしている分野であった。改良をやり過ぎて外側の器も壊れる危険があるも、それは最初の方の実験で頑丈にさせており、中身の方も同じ様に強化している。なので、大切なのは機能を落とさず、今よりも更に向上させてより良い使い魔を作ること。

 

「んー。生産効率と質の上昇ですかねぇ、問題は……」

 

 材料は常に不足している。それらの確保には危険が伴い、乱獲は協会と教会の眼が実に厄介。ゆっくりと確実に必要な分を調達する。ただ量産するだけならば今のまま蟲の流用で如何とでも成るが、絶対量を増やすには新たな材料が必要となる。新型の開発には、原材料と製造器の二つを増やさなければならない。

 ―――男性の肉体は使い魔たる蟲の生成の材料。

 ―――女性は生きたまま蟲を生産する為の母体。

 胎盤に仕込まれた使い魔の原料がじっくりと卵となり、腹の内側から人間の子供のように出産される。

 ―――今の間桐の工房は、巨大な蟲の産卵場だ。

 魔道の極み何て表現では生温い魔の深淵。これはもはや人間と怪物と言う二極理論も通じない倫理観から外れた鬼畜外道。下劣なのではなく、最初から物事の秤から零れ堕ちてしまった所に位置していた。

 

「……魂から苦痛と快楽(マリョク)をもっと搾り取れば、蟲も良質になるかな?」

 

 そんな亜璃紗の声が聞こえたのか如何か分からないが、蟲の卵を産む為だけに回路を仕立て上げられた彼女は悲鳴を上げた。だが、口を蟲の触手によって塞がれている彼女では、声は出せても言葉は紡げない。拘束された裸体は蟲の為の肉で在り続け、人の尊厳を完全に奪い取られている。

 グチャグチャ、と凄惨極まる恥辱と凌辱は現実感が欠如した有り様で、何処にも被害者に対する救いは無い。こんな地獄を直視出来る時点で人間としての歯車が噛み合わない異常な精神であり、この場所で人間を玩具にする者の神経が可笑しいのは一瞬で分かってしまう。

 

「じゃあ、そう言う訳でペースを上げますね」

 

 ……実に悪辣な事であるが、彼女の精神は狂っていない。現実を理解して、自分の状況を理解して、それでも狂う事が出来ていない。

 何故と言えば、理由は簡単で間桐亜璃紗が魔術によって精神を保護している為だ。例え人格が壊れ、精神が崩れ、中身が崩壊してしまおうが、理性を失う事は出来ない。壊れているのに、心が宙に浮くだけになって壊れ果てるのだ。また、完全に破壊されたとしても、亜璃紗の手によって元に修復されてしまう。そして、肉体は元より実験や生産に耐えられるまで頑丈に改造され、内臓まで強化されている。この場に囚われた時点で人間の身では無くなり、もう元の心身のカタチには永遠に戻れない。

 

「―――あ、素晴しいです。貴女は実験体として優秀なので、こんなにも調子が良いです。

 やっぱり肉体改造は徹底しないと不具合で出ますから。人間の体はまるで精密機器の集合体みたいなのに、術式が合致した時のバージョンアップの割合が高くてやり甲斐が出ます」

 

 そんな面倒な手間を掛けれいる理由は簡単、質の向上に重要だからだ。

 行き過ぎた肉体的快楽は精神的苦痛を生み出し、心身を捻じり絞り魂から魔力を生み出す。つまり、快楽が苦痛を生み出し、苦痛が快楽を作り出し、肉体が精神を追い詰め、精神が肉体を乱れ落す。そして、そんな無限螺旋を経る事によって、魂から上質な魔力が搾取可能となる。

 その魔力(快楽と苦痛)を餌にして、設計図通りに胎盤で形成させた後、卵を排出させて取り出していた。卵は専用の炉の中で孵化を待ち、時間が経過する事で生まれたての幼虫となり、栄養素を与えて蟲に成長させていく。簡単に増殖させられる蟲の使い魔もいるが、その手のモノは既に間桐の蟲倉の中では、新種の餌になる栄養素でしかない。人間を襲って増殖した蟲が間桐邸に帰還し、そのまま他の蟲の餌になる循環が出来上がっている。

 故に、蟲に蟲を喰わせる蟲毒(コドク)のような手法も平然としており、弱い蟲は強い蟲の餌になっているのが常。より強い蟲を求めて行く過程において、この家の蟲は使い魔として格上げされていた。

 

「そんなに嫌がられても、私も戦争で貴女の犠牲が必要ですし、改良は必要ですのでね。なので、貴女も存分に耐えて下さい、実験体三十三号さん」

 

 まるで、蟲の餌食にされている人の心を読み取った様に、亜璃紗は口を歪めて笑いながら喋っている。相手は言葉を出せないが、魔術師の彼女からすれば声を聞くのに別に音など必要無いのだろう。

 そして、三十三号の名が示す様に、この地下施設に監禁されている者は彼女だけではない。また、これはある意味で本当に気が狂ったような話だが、実験体に選ばれた個体に死人は出ていない。ここに囚われたら最後、死ぬ事さえ許されない事となる。

 

「―――許すも何も、貴女は別に悪い事はしてないです。

 さくっと人生を諦めた方が楽になれますよ。魔に巻き込まれた先輩としての助言です。それにほら、貴女のお仲間も此処には沢山いますし、寂しくはない筈です。

 ああ……でも、ここまでしても抵抗してくれるのでしたら、それはそれで良いかもしれない。気が強い相手だと壊す過程が面白いですしね」

 

 何が楽しいのか、常人には理解出来ないし、したくも無い。だが、誰が見ても亜璃紗は楽しんでいた。

 ―――魔道とは、つまるところ行く着くのは此処。

 人を捨て去り、倫理の秤から除外される。例えるのであれば、人の道から外れて魔を良しとする。故に、外道の在り様こそ魔道の本性。

 

「ふぅふふふふふふふ!

 ですよねー。やっぱりさ、この実験は、気持ち良過ぎて地獄の苦しみだよね。でもほら、癖になりそうで人間終わりそうな気分になるじゃないですか。だから、諦めてるののも良し、苦しみ続けるのも良し。

 ―――だけど。

 ―――もう貴女は終わってしまっているんだよ。

 ここまで堕ちてしまえばね、例え日常に帰れても肉も心も戻らないですから」

 

 間桐亜璃紗はそれを本質的に実践していた。そして、自分が如何に終わっているのかも理解していた。嘆き、諦め、暴れ、苦しむ蟲の生贄を見ていても、亜璃紗にあるのは悦楽の情。それは愉悦に満ちた魔の営み。

 ―――生まれた時から人間扱いされていなかった。

 ―――生みの親からは化け物と蔑まされて生きた。

 自分を助けてくれたのは――――邪悪だけだった。

 養父を殺した神父は憎くない。養父の弱さが原因で殺されただけであり、戦った代行者が養父よりも強かっただけ。だからと言って、養父を忘れたりはしないし、彼から貰った大切なモノを失ったりはしない。弱肉強食の世を彼女は良しとするが、殺された養父に負の感情を覚えてはいない。事実関係上、殺されるような事をしたのは此方側の方からであり、殺害されるのはむしろ自然な流れでもあった。彼女の養父は殺されてしかるべき外道であって、生きるべき善人では無かった。養父を殺した男に教会へ連れられて、間桐に引き取られてからも、その考えは変わらない。

 ……それは最初から壊れていたから、耐えられていた世界。破綻していたから、破綻していた現実を正常なまま生き永らえた。生まれた時から彼女の世界は崩れていた。 故に亜璃紗にとって大切なのは、今を生きているか、否か。

 ―――言うなれば、間桐亜璃紗は心だけが拠り所だった。

 機能していない自分の心では無く、豊かに苦しめる他人の心だけが楽しみだった。

 そして、自分の目の前に人間は生きている。存分に生きて、苦しんで、だけど死んでいない。死んでしまえば、目の前の心を楽しむ事は出来やしない。

 

「―――ひひ。イヒヒ、あはははは……っ」

 

 そうして、間桐邸の地下室から響く叫び声は今夜も何処にも届かない。実験はいつも通りに順調だ。この地獄は誰にも、それこそ間桐桜に協力していたあの代行者にも露見していない。

 ただ一つだけ、悲鳴の群れの中に笑い声が混じっていた。

 轟く嬌声は苦痛に塗れているのに、楽しいそうな声は尚も目立っていたのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 浄化された真っ白な空気。消毒液の匂いを錯覚するまで綺麗な神聖さに満ちた此処は冬木教会。新たに増設された大きいオルガンが目立つ礼拝堂を過ぎ、今二人が居るのは司祭が作業をする部屋の一つ。昔は此処に住んでいた聖堂教会の司祭、言峰綺礼が使っており、その次に彼の養子である言峰士人が使い、今ではカレン・オルテンシアが使っていた。

 

「いやはや、カレンがあたしに用があるって聞いたが、聖杯戦争絡みだとは思わなかったな」

 

 隻眼の女。痛々しい刀傷が眼を通る様に痕があり、その片目を眼帯で隠している。纏っている気配が一般人に等しくのであるものの、それが余りにもアンバランスで羊の皮を被った獣のような妖しさがあった。着ている服装は重々しく、洗い落としていても鋭い感性の持ち主なら、彼女の服に人間の血が濃く染み付いている事が察知出来るだろう。そして、彼女自身もまた、気配を偽っていても闘争の中で生きて来た人間であると理解されてしまう一種の逸脱感があった。

 

「ええ、まぁ。この場所に来てくれた貴女には、感謝と謝罪の念を感じています。美綴綾子、私は貴女に聞きたい事がありまして、頼りにさせて貰いました」

 

 きっちりと修道服を着たカレンが笑みを歪に浮かべ、眼帯の女―――美綴綾子に礼を述べた。

 

「―――……そう。でも、もう七体揃ってんでしょ?

 其処らに居る唯の魔術師でしかないあたしゃ、別にこれと言って特別な事は出来ないぞ」

 

 冬木教会に保管されている特別な魔術礼装によって、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカーの七体が召喚されているのは分かっていた。綾子の方もそれは既に聞かされている。聖杯戦争に魔術師が足りなくて開催不可能と言う訳も無く、魔術協会でも聖堂教会の職員でも無いフリーランスの自分が監督役が運営する教会に呼ばれる理由が浮かばなかった。

 

「……――――――」

 

 取り敢えず、カレンは唯の魔術師とか言っている戯言は聞き流す事にした。話を続ける為、胡乱気に濁った眼を新しく気合いを入れ直して真っ直ぐにした。

 

「―――あのですね、綾子……」

 

「うん」

 

「……私の兄、言峰士人について何か知っていませんか?」

 

「ああ、知ってる」

 

 カレンにとって別に不可思議な事では無い。綾子が士人の事を知っていても、やっぱりと言う想いしか無かった。

 また、その質問から綾子は士人が聖杯戦争に参加している事が分かった。カレンは聖杯戦争に関して聞きたいと言っていたが、それは聖杯戦争に参加しているであろう兄についてであった。

 

「―――やはり、原因は殺人貴ですか」

 

 あの兄は、衛宮士郎と殺人貴を語る時は実に楽しそうだった。あの兄は、正義の味方と死神の二人を極上の娯楽品として見定めている。多分、本当の意味で兄を殺害する事が可能なのが、あの二人だけなのだとカレンは悟っていた。

 だからこそ、殺人貴と影で手を組んだ兄の考えも有る程度は予想出来る。自分の思い通りに世界を動かす為、自分の命一つ簡単に賭けて地獄の如き闘争に挑んだのだろう。

 

「……あいつに犬殺しを頼んだ殺人貴がな、アルズベリの後に本格的な同盟を申し込んだんだよ。普段は互いに不干渉で在り続けるが、協力し合えるのであれば協力するって内容でね。魔術協会と聖堂教会の蝙蝠屋であり、発言力も強ければ殺人貴や真祖にとっても利用価値は高いし、あいつにとっても色々と考える事柄があったんだ。

 んで、真祖討伐の時に色々あったらしくてさ……何かの悪さをしたようで、そのまま行方不明って訳。あの後、あたしが見付けた時にゃ、色々と両キョウカイから隠れてすべきことがあるってんで、性懲りも無く趣味の悪巧みしてたって雰囲気かね」

 

「貴女は兄が生きている事を知っていたと言う事ですね」

 

「肯定するよ。態と隠してたんだ、カレンには悪いと思ってたけど」

 

 綾子は表情では申し訳なさそうにしているが、残った隻眼で語っていた。そもそも、この事は何があろうとも自分から話す気はなかったと。

 

「あいつはね―――らしくも無く、落ち込んでいたぞ。失敗した、自分は間違えたって」

 

 真祖討伐作戦の後、彼女は神父と出会った。とある国のとある貧民街に身を潜めていた。名前と身分を偽り、短い間だが自分では無い誰かとして生活していた。

 

「―――……まさか。私の兄は、あの言峰士人ですよ」

 

「あぁ、そりゃ同感。でも、下手うって思い通りにならず、結構行き詰ってたみたい。

 あたしもあんなに弱った言峰は驚いた。あいつが他人に……まさかあたしに弱音をぼやく何て思わなかった」

 

 綾子の胸中にあるのは、苦くとも淡い思い出だ。確かに、あの時の綾子は衛宮士郎の友人を殺害して彼を助けて、その事で色々と迷いを抱いていた。たまたま自分の師であるバゼットと再会して、愚痴も零してしまった。

 その後だ、神父とまた会ったのは。

 偶然とは言えなかったが、それでも奇跡的な確率だった。

 

「…………――――――」

 

 カレン・オルテンシアが美綴綾子の気配から、ある違和感を悟った。過去を回想しながら自分の話を語る綾子の雰囲気から、とある事実を予感した。

 

「―――……もしかして、同棲してましたか?」

 

「……あ。分かるか、やっぱ」

 

 呆気なく、竹を割る様にさっぱり白状した。

 

「分かります。そのような女の顔をされてしまえば、私でも貴女の心位は読み取れます」

 

「なんと言うか、やっぱりあんた達は兄妹だねぇ。あたしの隠し事をざっぱり見破ってしまう」

 

 綾子の表情は酔う様に悔やんでいた。カレンからすれば、そんな顔をする人間は思っている事が限られている事なんて分かり切っていた。彼女はそれを予想しており、別に外れて欲しい訳では無かったが、あの兄は本当に許せないと改めて決心した。

 

「貴女は分かり易い人種ですので。兄にとって貴重な人な様に、私にとっても中々に得難い友人です」

 

「あ、え……そう?」

 

 面と向かって断言されて、からっとした彼女だからこそ照れた。カレンと言う人物は自分にとって天敵であるのだが、それを含めても色々と話が合う女性。故に、こう言う風にからかわれるのは別に珍しい出来事では無かった。

 

「はい。物凄い珍人種です」

 

「……おい。なんだよ、そりゃ」

 

「褒めているのですよ。貴女のような人が居る事で、この世には救われる者も存在すると言う事です」

 

 カレンにとって綾子は数少ない友人。兄とも気が合い、自分とも気が合う余りにも珍しい人間。はっきり言ってこの世界に二人と居ない特殊な人物だ。自分の手の内から逃すにはとてもおしい。話しているだけで暇を潰せる。

 ……突如、そんな美綴綾子が動きを止めた。

 反論しようと口を開いた時、一瞬で空気が凍りついた。殺気では無く、戦意でも無く、ただ驚愕と言う感情で部屋の時間が停止した。カレンは彼女の豹変に疑問を浮かべるも、驚く事も無く様子を見張っている。

 

「―――っ……!」

 

 唐突だった。カレンの前に居る綾子が痛みで顔を歪めた。手の甲から血が流れ、服に赤い染みが浮かび上がっている。

 ―――有り得ない。その模様に見間違いはないが、袖を捲った見えた痕に違いはない。

 

「……へぇ――――――」

 

 逆に、カレンが浮かべた表情は歪んだ笑みだった。一欠片も予想出来なかったが、これはこれで面白い展開だった。

 面白い。愉しい。先が見通せない。修道女にとって、監督役と言う自身の役目を忘れる程に愉快だった。まさか、この女が、この戦争に選ばれるなど考えられなかった。考えられなかったから、この目の前の事実を直ぐに認識出来た。

 

「―――令呪ですか、美綴綾子。

 八人目のマスターが選ばれるとなると、この度の聖杯戦争は完全に崩壊していますね」

 

 監督役カレン・オルテンシアしか知り得ない情報が、偶然にも目の前で手に入った。既に教会に保管されていた礼装でサーヴァント七体の召喚が確認されており、七つ全てのクラスが選ばれている。ならば、この魔術師が召喚するであろうサーヴァントのクラスは果たして一体何なのか?

 ―――ニタリ、と令呪を見た。愉しそうに監督役は新たなマスターを見た。

 そして、驚きのまま固まる綾子が自分に視線を向けた。カレンは闘争の生贄に選ばれた魔術師に、宣告しなくてはならない。監督役として、成さなくてはならぬ宣言がある。

 

「ならば、新たなるマスターよ。

 汝―――聖杯を欲するのであれば、最強を証明しなさい」

 

 これが第六次聖杯戦争の本当の開幕。

 選ばれた八人。七人から聖杯召喚の為に一人増えた原因は分からぬが、これが意味する事は今はまだ分からない。だが、美綴綾子が八人目として選ばれたのは、イレギュラーであろうとも理由がある。彼女がマスターとして令呪を宿したからには、聖杯本体の方で何かがあったのだ。

 カレン・オルテンシアは彼女に参加権が与えられた原因は分からない。それは綾子自身も同じだろう。八人目の参加は他七組にまだ知られていないカレンと綾子の秘密だが、戦争の始まりによって露見する。戦いが目の前に迫っていた。




 オリキャラの間桐亜璃紗でした。後はカレンと綾子です。
 間桐勢の方は桜が言っていた協力者の二人と合わせて四人となります。工房の方はバージョンアップさせてみました。エログロ具合の割増です。
 カレンと綾子は仲が良いです。共通の知人を持つのも原因なのですが、特に互いに嫌い合う理由も有りませんし、何だか惹かれあって友人同士になりました。綾子の方の人間性が原作と違って歪んでいるのには原因があるのですが、其処ら辺も後々に説明出来たら良いかなと考えています。

 読んで頂き、ありがとうございました。


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44.開幕の火蓋

 DOD3の発売が楽しみなこの頃です。でも、主人公とその仲間のキャラ設定が相変わらずのDODっぷりに安心すると同時に、どんな物語になるのか全く分からないのが実に面白そうだと思いました。しかし、あれって全年齢に出来るのか如何か。
 そして、デッドスペース3のダウンロード版をやってみたいです。


 その日、その晩―――全てのサーヴァントが召喚された。

 選ばれたマスターに、願望を果たす為に現世に甦ったサーヴァント。イレギュラーを知っている者は、監督役と当事者にのみであったが、参戦者が冬木市に集まり切ったのは事実であった。

 

「腹が減っては戦が出来ぬ、とはこの国も良い格言が残されています」

 

「君は、その……昔も何となく分かってはいたのだが―――食事が好きなのか?」

 

「はい。シロウが作る料理は素晴しく美味です。

 あの時代、私と共に戦った円卓の騎士たちもシロウの料理を食べれば、涙を流して感動する事でしょう」

 

 まるで、聖杯で望みを叶えたサーヴァントのように満たされた表情を浮かべている。そんな少女がこの度の聖杯戦争における衛宮士郎の相棒、剣の英霊であるセイバーだ。

 警戒心は無くなっていないのでピリピリと痺れる威圧感を発しているが、上機嫌な姿は街歩きを楽しみにしている年頃の少女そのもの。

 

「……そうか。君が現世を満喫してくれるのであれば、それはそれで私は嬉しいよ」

 

 まさか、それが召喚された望みではないだろうな、と少しだけ疑ってしまった事を反省する。士郎は自分の手料理を食べて彼女が喜んでくれれば、それだけの理由で朝昼晩の三食をかなり張り切ってしまうのだ。

 隣にはセイバーが居る。横を見れば昔と同じ姿で彼女が歩いている。そのセイバーが自分の言葉を聞いて、安らかな表情で微笑んでいた。

 

「ふふふ。やはり貴方は私にとって最高のマスターだ」

 

 片手にはビニール袋。もう片手には肉まん。寒い季節に入った日本の地方都市において、コンビニの前で良く視界に入る光景だ。勿論、これを買った場所もコンビニからだ。

 

「なに。最優のサーヴァントである君には負けるさ」

 

 皮肉が虚しい。だが、それで良い。今はまだ。

 欲望に忠実になった彼女は生き生きと現世を楽しんでいる空気を持ち、どうも士郎はセイバーに引っ張られて束の間の日常を楽しんでいる。

 ―――時は夜。

 士郎がセイバーを召喚した翌日の深夜に、主従は街へ敵を探索に繰り出していた。

 

「シロウ。私はこれで良かったのですが、貴方はこの作戦で宜しかったのですか?」

 

 ビニールも空となり、偶々近場にあったごみ箱へ捨てた。

 セイバーは今夜の行動について再度の確認作業をする。マスターとの意思疎通を確かにし、互いのコンビネーションを高める為、重要な戦闘準備を怠らなかった。

 

「構わんさ。情報が足りない今の段階では、これが最優の一手だろう」

 

 衛宮士郎にとって遠距離からの狙撃は常套手段だった。彼の千里眼と投影魔術は奇妙なほど適応し合い、戦場における死神として猛威を振るう。彼が開発した矢型宝具は数知れず、研究と鍛錬を重ね、実戦で更なる投影武装へ昇華させ続けた。

 ……が、この度の聖杯戦争では話は別。

 バトルロワイアルにおいてパートナーと離れた作戦は危険。令呪があれば空間転移でセイバーを呼べるが、その前に単騎撃破される可能性もある。サーヴァントと別行動を取る作戦も考えているが今はまだ良い。セイバーや他のサーヴァントを囮にし、戦場へ狙撃を敢行しようにも相手がサーヴァントでは失敗に終わる可能性が高く、殺害が出来ねば単独行動を取る自分が一斉に周りから狙われる。

 

「私が囮になるのが、狙撃を得意とする貴方にとって一番戦い易いと思うのですが?」

 

 だが、それよりも、マスターがサーヴァントと戦闘を行う方が危険度は高くなろう。セイバーと共に戦場を彷徨うのであれば、敵サーヴァントと斬り合う場面と出てくる可能性は高く、それが衛宮士郎となれば確実に命を天秤に賭けてセイバーを援護する。

 

「否定はしない。

 だが、この方法の方が君は戦い易いだろう?」

 

「否定しません。

 しかし、シロウの狙撃能力を有効に使う為には下策になりますよ」

 

 セイバーにとって、確かに背後から敵を撃つ作戦は好きではない。とは言え、それはマスターの身の安全と、衛宮士郎が瀕する危険と比べてしまえば、戦法に対する執着など思考から外して仕舞える。

 

「違うな。今の段階で私の得意分野を主軸にすれば、その方が総合的な戦力を低める下策となる。勝率を考慮するとなると、君と共に戦う方が今は好ましい。

 セイバーの情報が敵側へ露見し始めるまで、君の能力を軸に戦争を進めよう」

 

 一番効率的且つ生存率が高い戦略は、セイバーと衛宮士郎が共同して戦うサーヴァントの速効撃破。セイバーが真正面から敵と斬り合い、対魔力で以って壁の役割も果たし、衛宮士郎がその背後から敵を撃つ。あるいは衛宮士郎が盾と機能している間に、セイバーが敵のマスターを殺してしまうか。

 はっきり言おう、衛宮士郎は対暗殺用のカウンターを練っていた。自分のようにサーヴァントと共に戦っているマスターを殺す策を何通りも考察し、その対抗手段を予め準備している。逆に言えば、士郎はそれだけ殺し手を保有している訳でもある。そして、敵が今の衛宮士郎のように手段を選ばぬ相手であるほど、彼の策は鋭さが大いに増す。

 また、敵が正面から戦う相手であれば衛宮士郎とセイバーの主従を倒すのはかなり至難であり、逃げ延びる事さえ殆んど不可能だ。士郎に背後を見せるなんて隙を見せた瞬間、脳漿を地面へ撒き散らす事となろう。

 つまり、今の二人は最強の破壊鎚。

 互いの相性を組み合わせた結果、二人一組で行う共同戦闘が一番強いのだ。士郎が魔術師の域を脱した尋常ならぬ使い手であるから選べた一手。下手に士郎が狙撃や暗殺を弄するよりも、現段階ではこれが最良の策となる―――今はまだ。

 

「……シロウ――――――っ」

 

 ―――気配が一新された。

 先程まで有った穏やかな空気が完全に凍り、二人の間に緊張が奔った。

 

「―――セイバー、敵だ」

 

「ええ。この禍々しさは恐らく、バーサーカーでしょうか」

 

「断定は危うい……が、この気配はその可能性が高い。ここまで濃厚な狂気は中々にないだろう」

 

 膨大な気配、無視出来ない存在感。第六感に訴え掛ける色濃い戦場の血生臭さが、段々と距離を詰めるごとにきつく成っていった。

 

「―――行きましょう。私の後ろから付いて来て下さい、シロウ」

 

「君は……いや、何でも無い。頼んだぞ、セイバー」

 

 正々堂々と戦い抜くのがもっとも悪辣な戦法。士郎はそれでけの理由で彼女と共に立っている。嘗ての感傷が無いと断言出来ないが、別行動に出ないのは本当にそれだけだ。

 敵にアサシンが居る限り、危険性を加味して先手は中々に取れず、敵対者の拠点を確かめなければ狙撃も有効では無い。一番有利で安全なのがセイバーと共に戦う事。一組だけを殺せば良いのならば暗殺でお終いだが、長期戦を考えた場合、短絡的な手段は選べない為に堅実な手段を取った。数が減れば色々と使える策は増えるものの後を考えれば、敵対グループに正々堂々戦う事を好む組であると油断させるのも丁度良い。

 

「はい。お任せを」

 

「……――――」

 

 色々と戦況を推し量り、聖杯戦争の今後を推測している士郎であったが、セイバーは前回から変わっていなかった。彼女は自分を疑うことなく―――否、衛宮士郎の考えを見抜いた上で策謀を許容した。昔より遥かに強くなった自分を、昔と変わらずマスターとして気遣う彼女を見ていると、封じ込めた筈の感情が騒いでしまった。

 ……もう、人殺しなんて慣れている筈なのに、セイバーの前では人を殺す衛宮士郎を見せたくはない。

 後悔だった。

 未練だった。

 いっそのこと、別行動の囮作戦で敵を殺し回る方が個人的には楽なのだろう。だが、衛宮士郎が理想を目指す限り、そんな効率を無視した私情は有り得ない。

 戦場を生き抜いた彼は手段は選ばぬ兵士。しかし、衛宮士郎にとって手段はもっとも場に適した戦法であり、勝つ為に構築する戦略の要素に過ぎない。要は好き勝手に単独行動をするよりも、セイバーが共に戦ってくれるのであれば、其方の方が断然頭の良い戦い方。セイバーと共にサーヴァントと戦闘を行える魔術師である衛宮士郎であるからこそ、一番効率が良いと言える手段がコレである。そもそも狙いはマスターとサーヴァントの皆殺しでは無く、最後まで生き残り聖杯を破壊する事であるのだから当然とも言える。

 

「もう一度聞きますが、シロウ……貴方は本当にサーヴァントと戦うのですか?」

 

「二人掛かりで一気に仕留める。マスターも共に居るのであれば其方も狙う。今の段階では、それが一番効率が良い。

 それにまだ、積極的なマスター殺害を狙うには早い。警戒される行動を取るのであれば、数が減ってからだ」

 

 最初の一段階目。まず士郎は敵の姿を全て知らねばならない。

 マスターの暗殺に成功すれば戦争を終わらせるのは簡単だが、今回の戦いは英霊を交えた聖杯戦争。何が起きても可笑しくは無く、重要なのは取るべき手段では無く敵対者との組み合わせ。敵に合わせて戦法を選ぶ事。中には自分の様に、対暗殺や近代兵器対策をするマスターも居るかもしれない。

 そして、今回の聖杯戦争前で集められた情報だけでは時計塔からの参加者、バゼット・フラガ・マクレミッツしか参加者は知らない。もし御三家の一人である凛も参加しているのであれば、同盟を組めるであろう相手が二組増えるも、今は時期尚早。間桐家の方はまだ分からず、言峰士人が関わっているか否かは、恐らく教会に行かねば分からない。

 故に、これから出会う相手は、話し合いの余地が無い敵対者と想定する。聖杯の中身を知らない者であり、第五次聖杯戦争の生き残りでは無いと予測。そして、態々この戦争に参加する魔術師が相手では、聖杯の真実を話したところで殺し合いは止められない。

 

「分かりました。……油断なきように」

 

「―――当然だ」

 

 セイバーは、衛宮邸にて借りた普段着である第五次聖杯戦争の時に使っていた凛の服を着たまま、マスターを先導していった。士郎の方は赤い外套を上から羽織り、対魔術戦準備を完成させていた。既に魔術行使の為の工程を組み上げており、例えサーヴァントが奇襲をしてきても即座に反応可能である。

 ―――結界だ。歩いた先に、人避けの結界が張られていた。

 場所は第四次聖杯戦争の決着が行われた公園。衛宮士郎にとって因縁の地となる決戦場。索敵と挑発を兼ねた街の捜査活動であったが、どうやら今夜の釣りは成功したようだ。

 

「セイバー。奇襲の気配はあるか?」

 

「ありません。断言は出来ませんが、相手の二人は自分達を待ち構えているかと」

 

 セイバーの第六感が敵の気配を二つ捉えた様に、士郎もまた二つの気配を感じ取っていた。

 

「……そうか。それは拙いな」

 

「何故です? その方が都合が良いと思うのですが」

 

「敵もまた、此方と同じ考えと言う訳だ。だが、そうで在る程、他の組に対する作戦も考え易くなる」

 

 決闘でも良い。暗殺でも良い。まずは誘い出し、セイバーと自分の前に引き摺り出す。出て来ないのであれば、情報戦の末に拠点を見付けて叩き、敵ごと陣地を殲滅する。また、時期を見計らって潜伏する事も思考に入れてある。

 そして、士郎とセイバーであればどの様な相手であれ、撤退は可能だろう。とは言え、それはサーヴァントが一体であればの話。向こう側のマスターも規格外であれば話は違い、士郎は十分にセイバーを援護が不可能となる。バゼットのような怪物が出てくれば猶の事、撤退を選ぶ必要が出る可能性は高くなろう。勿論その後、敵の居場所を捜して狙撃するのが手っ取り早い殺害方法となる。

 

「―――成る程。

 聖杯戦争は情報戦が胆ですので、敵の情報を違う敵に見せる事で殺し合わせる訳ですか」

 

「理解が早い。何も積極的に全員と殺し合う必要は無いのでね。倒せる時に倒せる相手を、殺せる手段で狙うのが効率的だろう」

 

 この作戦で利点となるのは、敵の情報を暴いてそれを違う組にも露見させる事。バトルロワイヤルにおいて、手の内がばれた相手が狙いを定められるのは必定であり、その敵を後ろを狙って影から殺す事も士郎は視野に入れていた。

 そして、セイバーの情報も露見すれば、それはそれで良かった。敵に情報が渡ってしまったのであれば、それを利用して奇襲戦に持ち込む予定だ。本格的な潜伏を開始し、いざと言う決戦以外は隙を見せた殺せる相手から順に殺していく。それこそ手段は問わず、マスター殺しだけ狙う腹積もり。狙撃による超長遠距離からの奇襲戦法は、後の展開を考慮してまだ隠す予定だった。得意分野はこの作戦が失敗した次善策の戦術として、戦略に組み込んだ。

 

「シロウ、貴方は――――……いえ、今は辞めておきましょう」

 

 彼女は自分と契約した嘗てのマスター、衛宮切嗣の面影を士郎から見てしまった。だけど、それを今問うのは間違いだ。それを責めるのもお門違いだ。

 衛宮士郎は理想を目指し、戦い続けて変わってしまった、衛宮切嗣に近い兵士に成っていた。

 彼と違う点の一つに、切嗣と違って士郎は自分自身が敵と真正面から戦闘を苦にしない強さがあり、真っ向からの殺し合いに才能があった。戦争を効率的に進ませる為、セイバーと共に戦える方法を選べる程に強かった。

 故に、切嗣と違って士郎はセイバーを否定しない。彼は切嗣とは違い、騎士王を肯定する。もっとも良い結果を出す為に手段を選ばないが、その為の手段がこれであるとセイバーは気が付いていた。

 彼女は現状を、今の自分とマスターである衛宮士郎の関係を把握していた。だからこそ戦闘を前に気持ちを一新させ、彼女は戦意を自分の内側に充たさせた。

 

「此処から先は敵地―――死が隣り合わせの戦場です。覚悟は良いですね?」

 

「無論だとも。君こそ抜かり無く、戦いに集中してくれ」

 

「―――フ。良い心意気です」

 

 士郎とセイバーが到着して一歩を踏み出した瞬間―――場に殺気が満ちる。セイバーを待ち構えていた如くサーヴァントは殺気を吹き出し、衛宮士郎の到着を喜ぶ様にマスターは禍々しい魔力を顕わにした。

 

「……来たか。

 此方の誘いに乗るとは、実に面白いマスターとサーヴァントだ」

 

 セイバーが鎧姿になると同じタイミングで敵が声を上げた。まるで期待していなかった珍客が来た事を喜ぶように、言葉には愉快な雰囲気が込められている。

 公園には暗い影が二体―――マスターとサーヴァント。

 衛宮士郎が直ぐ様考察を開始する。声を上げたのはマスターと思われる現代的なスーツを着た方の男である。もう片方はあからさまに現代には合わない時代の服装だ。

 

「……ふむ―――」

 

 士郎が皮肉気に唸った。あれは恐らく、自分達と同じ策を選んだ組だ。士郎と、そしてセイバーの二人がそれを察し、敵側も二人の内心を読み取っていた。

 表情は兎も角、士郎は忌々しい思いがあった。あの敵は一筋縄ではいかないと経験則が導き出している。何せ、魔術師の方が纏っている気配もサーヴァントと同様、殺し合いを行わんと願う思考が漏れ出ている。これは後方支援に徹する者が持つものではなく、自分の手で敵を討つと決めた者のものだ。自惚れが無く、油断も慢心も無い戦場の空気は、難敵としての格があっさりと分かった。

 マスターとマスター、そしてサーヴァントとサーヴァントの視線が交差。今直ぐにでも戦闘を開始せんと殺気が空間を破壊するも二対二である故、初手を如何するか思考の読み合いに陥った。どうも気配から察するに、お互いに迎撃を狙った一点殺害を狙っていると気が付いてしまう。

 覗き見をしている相手を炙り出す為の挑発行為だったが、好戦的な相手同士とぶつかった。これは構わないが、目の前の敵を倒しても情報が他の組に漏れてしまうと面倒だ。

 

「――――――……」

 

 ―――その時、足音が鳴った。沈黙したまま殺気を増幅させたサーヴァントが、耐えられんと言わんばかりに剣を構えた。一歩踏み出しただけで、場の空気が激変した。

 姿は襤褸と化した太古の王族衣装。壊れかけの王冠を被り、所々擦り切れた戦士の防具は、嘗ては一国の王に相応しい意匠が輝いていたのが見て分かる。極められた繁栄が朽ち、高まった王の権力が失墜した末の姿は、哀れみと儚さと滅びが同居していた。

 そして―――異常まで禍々しい殺意と戦意。

 可視化されているのではと錯覚してしまう殺気は、第六感を通じて視覚にまで影響を及ぼしている。あのサーヴァントから漏れ出す魔力は憎悪に満ち塗れ、見ているだけで気が狂いそうな圧迫感を存在する。常人ならば今直ぐにでも両手を着いて這い蹲り、吐き気のまま嘔吐を繰り返しているだろう。

 ―――剣が震えている。血塗れた刃が殺したいと恍惚としている。

 サーヴァントが持つ唯一の武器は、呪詛が刻まれているあの剣。魔術師であれば一目で英霊の宝具と分かる神秘と魔力が唸っている。その魔剣は、辺り一帯の大源(マナ)を吸い尽くし、吸い尽くしているのに更に飲み乾そうと飢えていた。つまり、目の前の敵の命を喰らいたいと懇願しているのだ、自身の担い手に。そして、そのサーヴァントもまた、魔剣を振って血を浴びたいと無表情のまま獲物を見ている。

 

「……何だ、衛宮士郎じゃないか」

 

 その怪物を従えていた魔術師が、気安い声で士郎に声を掛けた。しかし、その言葉には極大まで濃度が高めれた意思が込めれている。その意思とは、敵の息の根を止めると思考する殺意の現れ。隣に居るサーヴァントに負けず劣らず、ただその場に在るだけで相手に死を示してくる。

 

「だが、敵としてオマエが出てくるか……成る程な」

 

 シャツの第一ボタンを外し、黒いネクタイを適度に緩め、黒いリーマンスーツを着こなしている。その上から茶色のコートを羽織り、頭には茶色の帽子を被っている。。

 そして、ギラついた両目は明らかに人殺しを嗜む殺し屋の眼。顔は若々しい働き盛りの男性だが、その目がまるで血に飢えた野獣の如き狂気を孕んでいた。

 一見やり手のクールなサラリーマンだが、纏っている気配が暴力に満ちている。争いごとを本業にしない魔術師と言うよりかは、まるでマフィアの若頭みたいであった。人の死の上で成り立った職を持ち、殺人と暴力を躊躇う様な人間では無いと分かってしまう。

 

「オレが殺し屋として、初めて()り逃した獲物と聖杯戦争で殺し合えるとは―――実に僥倖だ」

 

 重々しい声と共に笑みを浮かべた。これから殺そうとする相手に微笑みかける精神性は人でなしに似合っており、余りにも濃い死を表現している。

 

「―――は。君の噂で聞いたぞ、アデルバート・ダン。封印指定執行者を何年か前に辞めたらしいな」

 

 士郎は侮蔑に表す嘲笑で敵を見る。嘗て殺し合った怨敵であり、自分を必要に狙い続けた執行者とも成れば、思う所は多々有った。

 

「あぁ。煩わしい協会の一派を皆殺しにしてな、それ以来オレも封印指定にされてしまった」

 

 この男はアデルバート・ダンと言う。嘗ては魔術協会所属の封印指定執行者として腕を振い、封印指定に認定された魔術師に対して暴力の限りを尽くした最凶の魔術師。それも、実際はそこまで率先して殺害しなくとも良い封印指定にまで手を出していた異端の執行者であった。バゼットの元同僚であるように、戦闘特化にした魔術師だ。

 だが、今では元執行者兼封印指定。この男は邪魔者を殺し尽くさないと我慢出来ない。

 気が短いのではなく、理性的に殺人に生活していた。腹が減ったら飯を食べ、眠くなったらベットで寝て、性欲が湧いたら女を抱く様に、生活費を稼ぐ為の社会活動として人を殺している。

 だから、この男は自分の命を狙う者は一人残らず殺した。殺害の上に殺害を重ね、虐殺を犯していた。

 だから、魔術協会で自分と敵対して来た派閥の者を皆殺しにして脱会した。生きる為に殺して逃げた。

 今ではもはや、生きる為に事殺すのか、殺す為に生きるのか、気にする事も無くなった。気にする様な迷いは捨て、救いを求める感情も失った。疑問を抱く事も無く、自分の理性を総動員して殺人を成し遂げる殺し屋と化した。

 

「君の経歴は此方も取り揃えている。

 なぁ―――殺し屋。

 人の死以外に興味を持たぬ貴様は何故、聖杯戦争に参加した?」

 

 衛宮士郎はその事を知っていた。昔の話だが、過去に自分を執拗に狙って来たこの男の過去を情報収集し、ある程度の人格考察を終えていた。故に、士郎に油断は無く、殺害する事に迷いはない。

 

「さぁ? ただ……望みは無いが、成したい事はあるぜ。何せほら、殺しはオレの天職である故にだ、殺し合う事に理由も要らなければ、大した成功報酬も要らん。

 なぁ―――正義の味方。

 下らぬ妄想を目指しているオマエは、この戦争でもまた人を殺すのか?」

 

 そして、アデルバートも士郎の事を理解していた。封印指定執行者として、難敵だったこの魔術師の考察は完成させている。彼が壊れた聖者だと知っていた。

 よって彼から見れば、衛宮士郎と言う魔術師は、この世の誰よりも気が狂った魔人。死徒なんて小悪党よりも理解不能な災厄。何故あんなにも強靭なカタチで正義を全う出来るのか、知りたいとは思うが実感はしたくはない。

 

「―――そうだ。立ち塞がるのであれば、誰であろうと容赦はせん」

 

 くく、と深く狂って笑った。ダンは右手に握る拳銃で右肩を叩き、笑みの次に呆れた表情を浮かべた。

 

「……ハ、理想に狂った狂人め。そんなにも正義を実践したいのか。何処まで行っても気味が悪い。

 ―――だが、許そう。

 そうでなければ殺し甲斐が湧かないからな……!」

 

 会話が成立するのがまず、可笑しな話。聖杯戦争に対話は要らないが、言葉一つで敵の精神を乱す事が出来れば御の字と互いに隙を窺った。

 

「―――ダン。話はそこまでよ。

 我は殺し合いをするべく、汝の求めに応じた奴隷なり。ならば、その本分を果たさせて貰おうか」

 

 一体のサーヴァントがマスターたちの会話を断ち切った。態とらしい苛立ちの気配が場を圧迫するも、彼のマスターである男は平然と言い返す。

 

「……バーサーカー。これから殺し合う相手と言葉を交わすなんて、普段はただ殺すだけのオレにとってはまたとない贅沢だ。

 道楽の邪魔は余り褒められない。人の楽しみを奪わないで欲しい」

 

 ―――バーサーカーのクラス、狂戦士の英霊。

 このクラスに選ばれたサーヴァントは狂化の恩恵によって、理性を持つ事が出来ない。ここまで発狂している気配を持つサーヴァントならば、言葉を十分に話せる訳が無い。

 ……しかし、この英霊は言葉を解した。十分な意思疎通を可能にしている。

 

「ほう。喋れる理性があるのですか、バーサーカー」

 

 セイバーは無表情を崩し、少しだけ好戦的に口元を歪めた。どれ程この目の前の男が理性を保っているのが異常な事が理解した上で、彼女は別段構う事無く剣を構え直した。辺り一帯が清浄な剣気に満ちるも、即座に禍々しい剣気が抑え込む。

 

「狂気を飲み干す英霊は信じられぬか?」

 

 バーサーカーに変化はない。変わらない表情と、乱れない口調と、衰えない殺気。

 

「まさか。そう言う英霊も中には存在するでしょう。貴方がイレギュラーであるだけで、別段不可思議はありません」

 

「ふむ……」

 

 右手で呪われた魔剣を持ち、それをセイバーに向けている。そして、悩む姿を示すかの如く左手で顎を撫で、思案するように口元を歪めた。

 

「……貴公は何処ぞの王族出身か。いや、女の身となるとある程度の真名候補が絞られるが、やはり余計な先入観は危険かの」

 

 血に飢えた狂戦士が、バーサーカーならざる思考によって、セイバーの出自に大凡の当たりをつける。

 

「加え、貴公は清涼な気配からして真っ当な純英霊と見える。

 それに……ふむ、成る程。この違和感は混ざり者特有の気配であろう。

 何処ぞの古臭い神霊の混血……では無いな。と、なれば――――――ほほう、これはドラゴンであるな。それも、それなりの神格持ちの竜種の血統か。先祖還りをしている英霊となれば、実に脅威である」

 

 バーサーカーの理性に翳りは皆無。蓄えられた神秘の知識量と、強烈なカリスマ性を持つ風格からして何処かの神話体系に属する王家出の者か、それか学問に通じる魔道の者か。

 あのサーヴァントは酷く危険。また、自身の脅威を敵に隠さぬ姿は、絶対的な自身の現れであると同時に、戦略的にも後の手を考えていると相手に分からせる。

 

「……セイバー、敵はバーサーカーだと思わない方が良い」

 

「同感です。あれは中々に侮れない知能の持ち主に見えます」

 

 もう敵を探るのは此処までに良いだろう、と士郎は敵対者との会話を切り捨てた。セイバーも同意し、既に直後には剣の間合いに踏む込める状態だ。

 衛宮士郎が投影を開始する。アデルバート・ダンが拳銃を構える。そして、セイバーとバーサーカーが強大な剣気をぶつけ合う。

 アデルバート・ダンは、宣告した。

 本来ならば殺しに不必要だが、命を()る為に殺意を言葉にした。

 

「前置きは終いだ。

 ―――さぁ、久方ぶりに殺し合おうか」

 

 死線が交差したこの瞬間―――第六次聖杯戦争の開幕となった。

 

 

◇◇◇

 

 

 間桐桜は自分の前に座っている一人の人物に対し、深く歪んだ笑みを浮かべていた。腹の底の探り合いと言うに相応しい陰鬱とした空気を互いに醸し出しているが、だからこそ楽しかったりするので桜は別に如何でも良かった。相手も相手で、この険悪な雰囲気を楽しんでいる気配を保っていた。

 また、協力者となるもう一人の人物は既に外に出ており、戦争の準備を始めている。戦場の観察だけならば蟲があれば十分であれど、この初戦で始末出来るのであれば殺害してしまおうと画策していた。そして、戦場を観察しているマスターとサーヴァントは多く、その隙だらけの後ろ姿を射殺す事も視野に入れている。

 

「―――ふむふむ。ほうほう。

 綺礼さん、どうやら切嗣さんの推理が当てっていた様ですよ」

 

 ニコニコ、と深く笑った。彼女は美しさと妖しさが同居する綺麗な笑みを作っている。

 

「それはそうだろうな。あの男が他者の裏を掻く事を失敗するなど、想像し難い顛末だ」

 

 桜に綺礼さんと呼ばれた男は、アヴェンジャーのクラスの皮を被る事で甦った死人―――言峰綺礼。

 正確に言えば、彼は英霊ならざるサーヴァントである。聖杯が英霊の座から呼び寄せたので無く、間桐桜が聖杯内部から引き寄せた死霊だ。アンリマユでは無く、アンリマユとしてのクラスたるアヴェンジャーを偽り、泥で受肉したサーヴァントとして現世に復活していた。故に言峰綺礼はサーヴァントとしてカウントされない間桐桜のサーヴァントであり、泥に染まった魂が聖杯内部から召喚に応えたのだ。

 

「初戦は先輩とセイバー、それと殺し屋さんとバーサーカーの組みのようです。……それに、どうやら二人は戦争前からの顔見知りですね」

 

「そのようだ。互いに相手の手の内を知り得ているのであれば、自分の引き出しから出す手段も多くなる。こうして監視している者にとっては、実に都合良く戦況が運んでくれるであろう」

 

「みたいですね。それでは、この戦を監視している使い魔、あるいはマスターとサーヴァントでも見つけましょうか。

 ……複数の使い魔の制御は大変ですけど、蟲使いである私の本領を見せてあげます」

 

「期待しているぞ。衛宮切嗣もおまえの手腕を買って、序盤から戦場に出ているのだからな」

 

「まぁ、彼の策が巧く働けば……ですけどね」

 

 衛宮切嗣――――間桐桜が召喚したサーヴァントのもう一体。言峰綺礼と同じく座から呼び出した訳では無く、聖杯内から呼び出したため、サーヴァントとしてカウントされない例外の中の例外。

 彼は今、戦場に居る。間桐桜が偵察する隠密使い魔の情報を利用し、隙を晒す敵対者から暗殺していく策を軸に行動していた。そして、初戦を繰り広げているマスターとサーヴァントの四人もまた、彼にとって殺すべき敵として戦況を窺っていた。

 

「貴方は良いのですか? 折角の聖杯戦争、ここで最後まで引き籠るつもりでは無いですよね?」

 

「影で策謀を巡らせるのも私にとっては一興だ。しかし……」

 

 言峰綺礼は自身が巡り巡って、こうやって現世に甦った現実が愉快で堪らなかった。その喜びを隠す事無く、彼は桜に対して歪な価値観から来る笑みを浮かべて相対している。

 二人は戦況を見守る事に決めていた。

 間桐桜と言峰綺礼は、静かに敵となるマスターとサーヴァントを観察していた。

 

「……ク。十九年ぶりの聖杯戦争だ。まだ私が動くべき時では無いだけであり、マスターが命じればその通りに行動しよう。

 おまえ同様、存分に私も楽しませて貰うぞ―――間桐桜」

 

 ―――そして、時は同じく、この戦況を見守る魔術師と英霊が何組も存在している。

 ある代行者は、アサシンの視界を共有して戦況を監視し―――

 ある魔術師は、アーチャーと共に遠方から戦いを見守り―――

 ある執行者は、ランサーを横に近場で行われている初戦へ近づき―――

 ある人造人間は、森の奥深くからキャスターが使う遠見の術を利用して観察し―――

 ある聖堂騎士は、自身の礼装を使ってライダーと共に戦場を覗き見し―――

 

「それでマスター。俺たちはこれからどうするんだい?」

 

「黙ってろよ、アヴェンジャー。あたしだって面倒事は嫌なんだよ。

 クソ……ったく。毎回本当に厄介事の方があたしに襲い掛かって来やがる。今回の聖杯戦争なんて、特上級の馬鹿騒ぎじゃないか」

 

 ―――ある異端者は、アヴェンジャーと共に戦争最初の殺し合いを感じ取っていた。

 

「それじゃあ、この戦争……マスターは降りるのか?」

 

 彼女の横へ静かに佇む男―――アヴェンジャーのサーヴァントは口だけで強烈な笑みを作った。黒装束のサーヴァントは、血の匂いが染み込んだ気配を更に色濃くし、魔術師へ殺し合いの是非を問う。

 

「―――まさか。

 選ばれたからには、最後まで戦い抜くさ。逃げるのは趣味じゃない」

 

 だったらアンタを呼んじゃいねー、と言葉にしないで内心だけで言い捨てた。そんな自分のマスターの心を見透かしているかの如く、アヴェンジャーは声を出さずに笑っていた。

 

「なら、俺と共に戦うのだな」

 

「戦うさ、勿論。別に優勝賞品が欲しい訳じゃないけど、ご指名とあれば身を引く気は無い。

 それにアンタだって聖杯が欲しくて、こんな戦争に参加してるんだ。呼んだからには、召喚者としての責任もある訳だしね。

 ……これじゃ、マスターとして不十分かい?」

 

「―――いや、十分だ」

 

 戦いはここに。戦争は始まりを迎えた。殺し合うは幾人もの魔術師たちと、幾体も召喚されたサーヴァントたち。

 こうして、聖杯戦争開幕の火蓋は切られたのであった。




 新規マスターのアデルバート・ダンです。元執行者で現在は封印指定と言う厨二心を擽る設定にしてみました。サーヴァントのバーサーカーですけど、彼が理性を保っている理由も設定として作ってあり、宝具もこれから順次出していこうと思います。でも、バーサーカーの魔剣を見ている士郎は、既に敵の真名を看破してますので、この辺をどうしようかと悩みます。
 後、綺礼と切嗣の登場は劇的にしようかと思ったのですが、何時この二人が士郎達と対面するのかと言うドキドキ感を選びました。急に出て来られても結構困る人たちですし、彼らの暗躍をしっかり書きたいと言う気持ちを取りました。
 読んで頂き、ありがとうございました。



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45.乱闘混戦

 プリズマイリヤのアニメがそろそろ放送開始。読んでいる漫画ですので、楽しみです。


 死、であるのだろう。秒間に幾つもの剣閃が混じり合っては、刃の衝突で火花が生まれては散り去っていく。

 対峙しているのはサーヴァントの二人―――セイバーとバーサーカー。

 セイバーから見て、バーサーカーはかなりの巨体だ。骨格と筋肉が優れ、頭に被る王冠を含めれば2メートル近い長身の持ち主である。桁外れの速度と膂力で迫る狂戦士をセイバーが迎撃するも、彼女の方が明らかに筋力と敏捷性で劣っているのが見て分かる。だが、それは彼女がバーサーカーよりも劣った英霊と言う訳では無い。完成された剣術と直感で以って、戦闘を自分が有利な方向へ進ませている。

 ―――瞬間、聖剣と魔剣が舞った。

 宝具によって透明になった刃は敵を切り裂かんと迫り、呪詛によって黒く染まった刃は敵を惨殺せんと死を暗く煌めかせた。

 

「……ぐ―――!」

 

 セイバーの一閃はバーサーカーの斬撃によって真っ向から力負けし、彼女は威力を巧く別方向へ逃がした。そのまま勢いに任せ、更に加速させた二閃目を放つ。だが、バーサーカーは一歩だけ間合いを詰める事で最速で斬り返しを可能にしている。

 

「――――――ぬぅ!」

 

 低い唸り声が剣気と混ざり、セイバーを襲った。互いに二撃目もまた斬殺を成さず、次の、また次の、そのまた次の必殺を狙って剣戟を積み重ねる。

 キィン、と金属音が高速で連続して鳴り響く。

 セイバーとバーサーカーの戦闘手段はお互いに全く同じであった。得物として持つ武器は両刃の西洋剣で、得意とする戦法も剣士として王道な叩き切る斬撃。

 

「……貴公―――」

 

 見えないのはやり難い。彼は間合いを計るだけで、一段と集中力を消耗しなくてはならない。セイバーの風王結界は白兵戦において有利に事を運ぶが、バーサーカーはその見えない剣に気にせずに斬り合っていた。

 

「――――――……っ」

 

 この狂戦士のサーヴァントは、死に対する脅威を感じていない……いや、死に対して恐怖が一欠片も無い。警戒はしているが、見えない脅威たる刃を厄介な武器としか思っていない。

 セイバーはその異常性を即座に見抜く、敵がどういう手合いなのか実感する。

 見えないモノに恐怖せず、その不可視の存在が自分の命を奪う凶器だと理解しておきながら平然と対峙すると言う事は、崖の淵で墜落する事を恐れずに剣戟を舞っているのと同じである。例えるならば、初めて行う綱渡りに恐怖心を感じずに、その上を構わず疾走するのと同じ位いかれた事なのだ。

 ……死ぬのが恐くないのだ。

 脅威だと理解したままの状態で、平常心を保って殺し合う。強靭な理性によって恐れを抑え込んでいるのではなく、初めからそんなモノが存在していない。

 

「―――成る程、確かに貴方は狂戦士(バーサーカー)そのものです!」

 

 ギィン、と剣戟とは思えぬ炸裂音が轟いた。余りにも行き過ぎた破壊力によって剣と剣の間に衝撃が生じ、強引に間合いが離れる。

 そして、セイバーは吹き飛ばされながらも、相手から視線を逸らさずに皮肉を言った。剣を構え、好戦的な視線で敵を貫く。

 

「其方も、剣士と呼ぶに相応しい技量よ。貴公は中々に人間を斬り慣れておるようだ」

 

 初めて、バーサーカーは表情を作った。狂った笑みは見る者の心臓を凍りつかせる迫力と悪寒がある。

 ―――瞬間、剣が雨嵐と降り落ちた。

 間合いが離れた隙を狙った士郎の投影魔術によって、剣の弾幕がバーサーカーを襲った。

 

「――――――ぬ……っ」

 

 直後、セイバーが敵へ斬り掛った。挟み撃ちの形に持っていかれたバーサーカーであるが、焦りも無ければ苛立ちも無い。マスターとサーヴァントのコンビネーションは執拗なまで必殺を構築しているも、その程度に臆する狂気では無い。それに、彼は自身のマスターがこの場面で何もしない程、大人しい魔術師とは思っていなかった。

 ―――薬莢の炸裂音が重なった。銃口から火花が散る。

 ダン、と余りの早撃ちに、一回しか音が聞こえない程の連射速度。ほぼ同時六連射によるダンのクイックドローは、的確に剣の軌道を逸らした。そして、嘲りの視線を衛宮士郎へと向けた。こんな程度かと、見下した目をしている。

 だが次の間に、士郎は弓を構えて矢を射出していた。投影掃射の直後に放てる様、予め準備がされていた。

 

「……畜生が(Son of a bitch)――――――!」

 

 汚らしい罵詈雑言を呟く。アデルバートは危険な目付きで敵を睨み射殺す。

 ―――瞬間十連射。

 ダンは自分の急所を狙い迫って来た鉄矢を避け、公園の草むらを走った。更に避けた先へ矢が射込まれ、段々と危険な場面が増えるも当てられていない。回避と同時に彼は手慣れた手つきでリボルバーへ弾丸を装填しつつ、衛宮士郎へと間合いを詰めた。

 硝煙が出ている銃口が、死を具現する。

 ダンは左手で帽子を軽く押さえ、濃い茶色のコートを翻しながら疾走した。 

 

「……――――」

 

 士郎の内心には驚愕があった。あのバーサーカーのサーヴァント、実に厭らしい戦い方と殺し方を的確に選んで来る。狂戦士であるにも関わらず、理性的に此方を追い詰めて来る。

 敵の実に巧みな足運び。マスターである衛宮士郎が自分を狙えぬ形で、セイバーを壁に使っていた。投影射出したあの瞬間は、セイバーが敵を上回って隙を生み出した。しかし、自分の攻撃は敵マスターの魔術師―――アデルバード・ダンによって迎撃させる。

 セイバーとバーサーカーの斬り合いは既に開始され、壮絶な殺しが混じり合った激戦と化していた。

 あの二人の殺し合いに隙間は無い。

 常にバーサーカーはマスターを背後にし、セイバーもまた自分のマスターを背後に戦っている。これは、互いに互いのマスターを守る意図があるのと同時に、敵マスターからの援護に対して警戒しているが故に、動きが合致しているのだ。

 極限まで隙を失くし、敵に僅かな隙を作らせ、マスターの援護と連携する。一瞬でも攻防を崩せれば、其処から戦局を自分有利に持ち込める。

 だが――――――

 

「………!」

 

 ―――ダンは援護を強硬した。

 バーサーカーに当たる可能性が高いにも関わらず、音を置き去りにして戦闘をしているサーヴァント達に銃口を向けた。正確に言えば、彼の銃弾の軌道上にはセイバーの心臓部分。

 しかし、それを黙っている士郎では無い。正確無比な弾丸を矢で強引に射抜いた。

 

「―――は! 大した怪物だ、テメェはよ……っ!」

 

 待つのは趣味では無い―――否、待てば勝機を逃す。ダンが知る衛宮の恐ろしさは粘り強さと、鍛え抜かれた戦況を見抜く眼力だった。時間が経過すれば、バーサーカーの攻略法が構築されてしまうだろうし、自分達がセイバーの弱点を見抜くよりも早く此方の弱点を突かれてしまうかもしれない。

 それ故に、直接戦闘を選ぶ。

 サーヴァントに任せるのではなく、自らも矢面に立って死の淵でダンスマカブルを踊るのだ。

 

「セイバー、バーサーカーの真名は――――……っ!」

 

 させない。それだけは、決してさせる訳にはいかない。

 アデルバート・ダンはバーサーカーの魔剣から、剣に特化した衛宮士郎と言う封印指定ならば、真名が既に読み取られている可能があると悟っていた。剣の専門家として高名な魔術師だ、思った通り初見で知られていた。セイバーに知られるか、あるいはこの戦いを覗き見している輩に真名が露見すると、後々に面倒な事となる。

 ―――ギィィイン、と大音量の爆発音と壮絶な閃光が迸った。

 ダンが即座に投擲した閃光手榴弾を、自動的に爆発するまでに銃弾で射抜いて爆破したのだ。

 爆破地点は約3メートル上空。丁度、セイバーとバーサーカーの間であった。

 宙で炸裂した光と音は、この公園で戦闘を繰り広げる四人へ平等に襲い掛かった。ダンは撃ったと同時に視界を逸らし、士郎も同じ行動を取ったが少し遅い。だが、斬り合いを進行させていたセイバーと、そしてバーサーカーの二人は視界を閉ざす訳にはいかない。

 きーん、と甲高い耳鳴りがずっと響いている。五感の内、戦闘で重要な二つの感覚が潰れている。闇夜に光が残留し、音は静寂だった世界を騒音の中に叩き落とした。結界が無くば、光も音も外に漏れ出して大騒ぎに成っていた事だろう。

 

「―――く……!」

 

 セイバーは銃弾を直感で避けた。弾の軌道も発射音も分からぬが、彼女は優れた直感で命を繋げた。感じ取れた魔力反応と尖らせた第六感からして、あの銃弾が急所に当たればサーヴァントでも死ぬ可能性がある。急所で無くとも怪我を負う事も考えられた。

 ……まだ、視覚と聴覚は復活しない。怪我ならば魔力で強引に治せるのだが、感覚器官の修正は視線に戻るのを待つしかない。

 

「ぬぅお――――!」

 

 ドゴォン、とまるで隕石が衝突した爆音が発生した。バーサーカーがセイバーが居る場所へ、本気の速度で魔剣を振り落としたのだ。

 ―――直度、銃撃連射。

 ―――同時、弓矢射出。

 バーサーカーの剣戟を避けた先、セイバーは銃弾で回避行動を縫われた。セイバーを攻撃した瞬間、バーサーカーは攻撃後の呼吸に合わされて矢で狙われた。

 この時、士郎の視界ではダンがセイバーの影に入っており、またダンの視界でも士郎がバーサーカーの影に入っていた。つまり、出来るのは自身のサーヴァントが敵マスターの攻撃を対処出来ると信じ、自らは敵サーヴァントを撃つことだけ。

 

「―――ぐ、ぁあ……」

 

「……ぬ、ぅう―――」

 

 吹き飛んだ。血を噴き出し、サーヴァントが仰向けになって倒れ込む。

 ―――即座にマスターの二人は走った。

 敵のサーヴァントを殺しに掛ろうと第一に思考したが、そうすれば相手に隙を見せて殺害される。ならば、刹那の交差にて衛宮士郎はアデルバート・ダンを、アデルバート・ダンは衛宮士郎を斃さなければならない。

 自分のサーヴァントの安否を確認するよりもまず、自分のサーヴァントを守護する為に、勝利を確定する為に、魔術師は死線を混じり合せた。

 

「――――――……!」

 

 両手には陰陽双剣―――干将莫邪。士郎は投擲しつつ接近したが、即座に剣を撃ち落とされた。夫婦剣は明後日の方向へ飛んでいく。これで、リボルバーに残った銃弾は四発。

 そして二人は剣と銃で舞い踊った。

 ダンの銃口から弾丸が放たれるが直後、弾道が彼方へ外れて飛び去った。軌道を千里眼で視認した士郎によって、右手の干将が盾になって弾いたのだ。戦場を彷徨った士郎にとって、銃弾を刀身の腹を盾代わりにして防御するなど慣れ切った戦闘作業。返し斬りと、防いだと同時に踏み込んで莫耶でダンに斬り込んだ。

 煌めく黒い刃は、魔術師からしても死の具現。いや、凶悪な退魔性能を持った霊刀は魔力を練り込む魔術師だからこそ、性質の悪い概念武装であった。魔術で防ごうなどと考えてはならない。もっとも、ダンはそんな防御系統の魔術は使わないのだが。

 よって、アデルバート・ダンは衛宮士郎の剣戟以上の敏捷さを以って回避した。最小限の動作で避ける事で、反撃の銃弾を速攻でぶっ放す……!

 

「―――死に腐れ(Fuck you)

 

 撃鉄が振り落とされた―――瞬間、士郎は足腰を屈めた。頭上に弾丸が素通りしていくを風圧で実感する。そのまま力を溜めた足を解放し、士郎は一気に踏み込んで間合い詰めた。それと同時に、殺傷能力が高まった渾身の斬撃を振るった……!

 ダンにそれを受ける術は無い。彼は攻撃が当たれば死ぬ、と覚悟して戦場に居た。故に取れる選択肢は回避の一つ―――だけではなかった。アデルバートが持つ回転式拳銃のグリップは実に頑丈だ。彼は銃の底で巧く使い、刀身の腹に思いっ切り殴り当てて剣戟を流れる用に逸らした。

 リボルバー弾倉に残った銃弾は後二発。殴った振り抜き様に、最速連射を御見舞いした二撃は―――最大限まで魔力が込められた魔弾の暴威であった。

 

「……っ―――!」

 

 眉間に来るそれを避けるが、代わりに心臓を狙っていた一発を双剣を重ねて防ぐ事になった。しかし、銃弾は何故か弾き飛ばない。当たった瞬間から刀身を削り続け、回り続け、直進を停止させていなかった。

 ―――動けない。この場所に士郎は固定された。

 魔弾の能力は単純だった。ただ純粋に直進し続けるだけの概念武装。しかし、この様な接近戦において弾丸を防いではならない能力は、悪辣極まる殺人兵器と化した。

 

「――――――……っ!」

 

 士郎は視線の先に死を見た。敵は左手で腰に隠して置いた水平二連散弾銃(ツインバレル・ショットガン)を取り出していた。良く見れば銃身を切り詰め、銃床も短くしているソードオフ・ショットガン。こと接近戦において絶大な殺傷能力を誇り、魔力が込められた散弾が直撃すれば襤褸になって一撃死。銃自体にも威力を上げる術式が込められ、凶悪な魔術礼装として機能している。弾丸も一種の概念武装と化している。

 人間を容易く粉々にする散弾魔銃は、構えられたと同時に手早く士郎へ魔弾を放っていた。

 ―――刹那、弾道軌道上に巨大な剣が出現。

 盾と言うよりは、鉄壁として防御の役割を果たしていた。投影魔術を防御に応用する。その後、夫婦剣を巧く傾け弾丸軌道から身を外すように体を捻り、魔弾から士郎は脱出する。

 

「……はぁあ――――っ!」

 

 ―――直後、透明な斬撃がダンに振り落ちる。野獣以上に鋭い第六感によって斬撃を察知したが、避けた次の間には二撃目が眼前に迫った。

 ―――ギィン、と刃に物が当たった音。アデルバート・ダンは死を予感した斬撃を前にしたが、それは同じく斬撃で弾き返された。

 

「……遅いぜ、バーサーカー。オレが死ねば、オマエも其処で戦争終了なんだぞ」

 

「許せ。利き足に矢を受けてしまい、治癒に時間が掛かった」

 

 狂戦士の魔剣と剣士の聖剣は互いに弾かれ、場は硬直した。サーヴァント達の隣には、召喚主たるマスターが立っている。

 ……戦闘は仕切り直しとなった。

 距離は近いが、戦いを再開する間が遠い。隙を窺い、隙を偽り、踏み込むタイミングだけが戦場から過ぎ去っていく。

 

「セイバー。先程伝え損なったが、相手の真名は―――」

 

「―――待って下さい。

 今はまだ、それは良いです。相手の殺し手を誘うタイミングではありません」

 

 敵の殺気が極端に膨れ上がった。士郎が言葉を発した瞬間に、敵対しているマスターもサーヴァントも、狙いを衛宮士郎にのみ絞っていた。

 それは拙い。セイバーにとって、マスターが狙われるのは悪手だ。捨身の特攻を戦術で選ばれた場合、簡単に切り捨てられる力量では無いと、彼女は直感でイメージ出来ていた。バーサーカーと同じくマスターの方も何処か異常な戦闘能力を持っているが、それ以上に平然とサーヴァントに対処してくるあたり、まともな魔術師では無い。

 この二体の怪物から、如何にまず守り抜くか。この問題を解決してから、彼女は敵対者の攻略に移りたかった。

 

「オレとて真名の重要度は承知している。此処でバーサーカーの真名を公に露見させると言うのであれば―――何が何でもオマエを撃ち殺す。

 ……分かるだろ?

 コソコソと薄汚い覗き魔共に真名を聞かれでもすれば、後々の展開が糞面倒なんだ」 

 

 ダンは自分が相手へ脅迫している間を使い、バーサーカーへ念話で警告を行っていた。この衛宮士郎と言う魔術師であれば、魔剣から真名を見抜いている可能性がある事と、既にセイバーに対して念話で真名を教えているであろう事を。

 バーサーカーの真名を衛宮士郎とセイバーが知るのは、まだ良い。封印指定に認められる程の剣の専門家である魔術師となれば、魔剣を解析されて真名にまで辿り着かれるだろう。しかし、故意に他の組みにバラせば手段を選ばす殺害すると宣告していた。アデルバート・ダンを知る者にとって、この殺意に嘘偽り無い事は簡単に察する事が出来た。

 彼は飢えた狼に似た目付きのまま、トントンと銃身で肩を叩いた。左手に持つ散弾銃はコート裏に隠している腰の道具入れへ収納し、再度六連装回転式拳銃(リボルバーピストル)のみを武器にと手に取っていた。

 

「……なるほど。

 確かに、それが良いでしょう。了解しました」

 

 セイバーは士郎から事細かに念話で情報を貰った。他に宝具があるのかどうか分からないが、バーサーカーの真名と魔剣の正体は知る事が出来た。これである程度の対策は練られる。

 士郎と会話をしつつも、彼女は自分の肉体に問題無いか点検した。四肢に異常は無く、心肺機能も十分に役割を果たしている。銃によって風穴が開いた胴体の治癒も完了し、貫かれた鎧の修復も終わっている。バーサーカーも片足と右の肺を刺し抜かれていたが、セイバーと同じく回復していた。

 

「あの魔術師は意外と用心深い殺し屋だが、やると言えば必ず実行する狂人だ。気を付けたまえ」

 

「其方こそ、警戒は怠らぬように」

 

 どうやら、念話にて衛宮士郎とセイバーは戦略を組み立てた様だ。素早い情報交換と戦況整理で、一番効果的な手法で戦局を有利に進めようと武器を構えた。

 ―――戦意が高まり、殺意は深まる。

 バーサーカーが血塗れの殺気を噴き出せば、セイバーは背筋が凍りつく剣気で相手を黙らせる。士郎の視線は敵を射殺す冷徹さで固まり、ダンは心臓が凍りそうな威圧感を隠しもしない。

 

「―――よう、テメェら。実に面白そうな戦争をしてんじゃねぇか

 オレも混ぜろよ、楽しませろよ。

 こっちは我慢し続けた闘いに飢えているんだ。さっさと早いところ始めようぜ」

 

 突然、世界が凍結した。本来ならば、二対二の決戦場にあってはならぬ男の声が響いた。重量感に満ちた宣言は空間を潰す。

 四つの視線の先には槍を握り持つ男―――恐らくはランサーのサーヴァントが立っている。

 赤い槍に青い鎧。紅い瞳に蒼い髪。獣の如き闘争心が出た気配は色濃い殺気と化し、目の前に存在しているだけで桁外れの重圧を与えていた。三騎士の一つたる槍の英霊に選ばれるに相応しい霊格と、戦場で刹那の生を楽しむ戦士が放つ圧迫感が感じ取れる。

 そんな見るからに分かり易い外見と、とても印象に残り易い槍兵が唐突に出現した。

 

「―――はぁ、これでは三つ巴ではないですか。

 中々手が出せない状態ですし、此処から戦局を持ち運ぶのは面倒です。勿論、貴方に考えは有るのですよね。

 それに知り合いが二人も……いや、セイバーもそうであるのでしたら三人ですか。まぁ、戦争が始まった今となってはどちらでも構わないでしょう」

 

 サーヴァントに並ぶ存在感、と言えば言葉は良い。言いかえれば、その魔術師は英霊と見間違えるような怪物だった。……もっとも、その異常性は衛宮士郎とアデルバート・ダンの両者にも言えるのだが。

 槍騎士を召喚した契約者―――バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 ランサーの相棒と呼ぶに相応しい風格を持つ魔術師。

 彼女はスーツ姿の戦闘服と、ルーンが刻まれた手袋を既に装備した状態で、相棒と共に君臨していた。

 

「―――フラガ、か。久しいな元同僚」

 

「ダンですか。まさか貴方が、この戦争に参加してくるとは意外ですね……」

 

 現執行者と元執行者。狩る者と狩られる者。過去では同僚として、何回か作戦を共に遂行してきた仲間でもあった。だが今となっては、封印指定執行者と封印指定と言う殺し合う間柄となり、実際に何度も殺し合いを演じていた。

 また、本来アデルバート・ダンはバゼット・フラガ・マクレミッツのように、最初から有名な執行者では無かった。単純な暴力として十分な強さを誇っていたが、彼個人には家柄も無ければ魔術師としての名誉も無い。フラガは神代より続くが、ダンは初代。しかし、魔術師としてではなく、その殺し屋としての手腕は執行者の中でも抜きん出ていた。

 

「……なるほど。それもバーサーカーのマスターに成りましたか」

 

「オマエのそれはランサーと見える。獣臭さからして、狂戦士のクラスもお似合いな英雄のようだけどよ」

 

 紅い槍の蒼い槍兵。バゼットとダンに集まっていた全員の視線が一人に集中する。彼は戦闘が中断してしまい、自分達の登場で緊張が増した戦場の空気を楽しんでいる。戦いが再開されないグダグダ感が長引けば白けるが、今の空気は戦意を熱くさせるには丁度良い。

 

「へぇ。そこのいけすかない魔術師と同じ、アンタも中々に強そうじゃねぇか。今回はサーヴァント以外にも、戦い甲斐のある敵が多くて嬉しいね」

 

 ランサーの視線の先に居たのはダンであった。戦士と言うよりも、暴力そのものを好む外道に似た雰囲気とは言え、纏っている気配は強者特有の圧迫感がある。ランサーはそれを感じ取り笑みを深め、その魔術師の隣に居るバーサーカーの禍々しい存在感は、更に彼の戦闘欲求を刺激していた。

 加え、視界にはまだ上物の敵が二人も居る。セイバーと思われるサーヴァントはクラス名に相応しい剣気を発し、ランサー程の大英雄から見ても凄まじい強敵だと一瞬で悟れた。しかし、問題はセイバーの隣に居るマスターだ。ただの直感であったが、この魔術師はこの場に居る誰よりも厄介そうな難敵だと感じられた。

 

「しかし、実際こう三つ巴になっちまうと、お互い慎重になって困る。折角の英霊同士の殺し合いが出来る戦争と知って来たんだが、オレは戦いをしたいんだ。

 お見合いなんざ興味も出ねぇ。

 ―――さぁ、誰から火蓋を切るんだ。全員相手にしてもオレは構わなねぇぜ」

 

 バゼットとして、この彼の提案は別段如何でも良かった。好きに振る舞って貰って構わない。誰と戦おうとも構わない。

 ランサーには、戦場で生き残る事に掛けては絶大な能力がある。彼の技能を巧く使って、敵の必殺技を観察して戦場を脱出出来れば、次の戦闘ではフラガの宝具を万全に運用出来る。

 

「―――ク。君は随分と血気盛んな猪頭と見える。何かね、そんなに戦が好きなのか?」

 

「応よ。その為のサーヴァントで、その為の聖杯戦争だ。

 だがよ、そう言うテメェは随分な戦嫌いみたいだな。態々こんな盛大な殺し合いにまで足を運んでおきながら、戦わなきゃいかねぇからと、義務感で人を殺す類の兵士のようだ」

 

 赤い外套に陰陽双剣。魔術師らしく搦め手が得意そうだが、魔術師らしい小細工は苦手そうである。どちらかと言えば、実務に徹する冷酷な兵士だろうか。敵を見る目が完全に探りを入れている。計算高さと用心深さを漂わせ、そして警戒を怠らない慎重さもある。純粋に戦うと厄介そうであり、戦略的に裏を突いてきそうだ。

 だが、それよりも気になるのは、目に宿る憎悪だ。

 あれは殺し合いを嫌悪している類の人間だ。命を奪い過ぎて人間性が摩耗してしまった者だ。この男は何かを求めて聖杯戦争に参加しているのでなく、戦争を心底恨んで戦いに臨んでいる。英霊としての第六感と観察眼だが、ランサーは今まで出会った人間と照らし合わせ、この魔術師の考察を終えた。

 

「ランサー、君は人を見るがあるな。言う通り、私は戦争が嫌いだ。心底憎んでいる。殺し合いが、そも不毛なのだ。

 聖杯戦争だと……ク―――こんな奪い合い、愚か者がする愚行に過ぎん」

 

「やっぱりつーか、なんつーか、こりゃまたメンド臭そうな奴だ。精々、背中には気を付けるか。

 ま、結局のところ殺すか、殺されるかだけだ。オレは別に戦いを楽しめれば十分だし、敵が外法で攻めてくるなら、それはそれで満足出来る戦をするさ」

 

戦争狂い(ウォーモンガー)……いや、純粋な戦闘狂の類か。

 なるほど。確かに君のような、単細胞で出来上がった脳味噌の持ち主らしい趣味だ」

 

 この手合いは初めてでは無かった。戦いそのものに価値を見出す戦狂いと殺し合ったのは、一度や二度では無い。人殺しを娯楽にする者を殺害した事もある。戦争が好きな人でなしなど何人も葬った。しかし、このランサーは純粋に戦いを求めているだけの戦士だと、士郎は何となく悟れていた。

 

「―――は! 言うねぇ。随分な物言いじゃねか、胡散臭そうな魔術師」

 

「どうも君が気に入らなくてね。見ているだけで腹が煮えて仕舞いそうだ」

 

「……ったく。こりゃ、ホントに殺し甲斐が湧くマスターだ」

 

「――――――何を言ってるのかしら?

 この場で一番(ハラワタ)煮え繰り返ってんのが誰か、衛宮君はまるで分かっていないようね」

 

 凍った、何もかも。完膚なきまでに、圧倒的なまでに、世界が停止してしまった。

 声の主は美しい女性。赤いコートを優雅に纏い、一輪の花のように見せ掛けた鬼神如き微笑みを浮かべている。。士郎とランサーの会話を中断させ、サーヴァントさえ黙らせる気迫を背負った人物は、威風堂々と戦場と化した公園に登場した。

 

「――――――と、とと、遠坂……!」

 

 口調乱れ過ぎじゃね、とランサーが突っ込もうと思ったのは無理は無い。だが、彼は空気が読めるアイルランドの大英霊、男女の仲に口出しするほど野暮じゃない。このランサーは出来る男。

 バゼットの方はあちゃーと言いたげに首を振り、セイバーの方は取り敢えずトバッチリを受けたくないので空気になっていた。また、協会所属時代に知り合っていたので、衛宮と遠坂の仲を知っているダンは、凄く楽しそうに見守っている。

 

「……ほほう、痴情の縺れと見える―――哀れな」

 

 だがしかし、バーサーカーは敢えて空気を読まなかった!

 

「―――凄い、流石バーサーカーのクラス。この状態の私のマスターに対して空気読まないとか、その狂いっぷりがホント半端無いね」

 

 後、遠坂凛の契約相手は場の雰囲気を読み取った上で、茶々を入れる最低な英霊だった。凛の隣に居る女―――アーチャーのサーヴァントは、一般人と間違えそう無ほど常人的存在感で、この場に居るマスター達よりも普通な雰囲気しかない。だからこそ悪い意味で目立っていた。

 とは言え、流石に見た目はサーヴァントらしい様相だ。

 彼女が着ている服装は日常生活を送る普段着とは打って変わって、黒い外套に黒い帽子となっている。サーヴァントとして武装化して既に戦支度を終わらせていた。まるで軍服のような雰囲気を持ち、深く被った黒帽子の所為で影が掛かって巧く顔が確認出来ない。そして、外套もきっちり着込んでいる所為か、襟が立っているので顔の下部分を隠している。また、正確に言えば漆黒と言える程の黒色では無く、色合いで示すと赤黒いと言えるグロテスクなもの。実に程良く、この暗い公園の闇に溶け込んでいる。

 そして、アーチャーの顔は良く見えないが、髪の毛は白かった。肌の色も真っ白だ。帽子からポニーテールに結ばれたであろう髪の一房が、背中へ綺麗に流れ落ちている。衛宮士郎の白髪にも似た髪の色が、見る者に対して妙に印象強かった。

 

「外野は黙ってなさい。邪魔するなら殺すわよ」

 

 遠坂凛は、まごう事無き本気。自分のサーヴァントに対しても容赦が無かった。

 

「でも、まずは―――久しいわね、セイバー。今の貴女は、私の事は覚えている貴女かしら?」

 

「……ええ。存じていますよ、しっかりと。此方こそ久しぶりですね、凛」

 

 九年ぶりの再会であったが、果たしてセイバーから見た場合は、何時以来なのか。セイバーの言葉に込められた思いの深さは、それを向けられた凛には良く分かった。

 

「そう、なのね。うん……だったら、貴女があのセイバーとして、召喚したのも変わらず士郎な訳か」

 

 衛宮士郎がセイバーを召喚する事は必然だった。凛は彼の内側に在る“とある宝具”を知るが故に、この再会を予想出来なかった訳ではない。

 そして、凛の横ではアーチャーが、やれやれと首を振っていた。その動きに合わせて、まるで動物の尻尾のようにポニーテールが背中で揺れている。既に自分のマスターの独壇場と化し、戦場の空気が凛のペースに持ち込まれている為、まだまだ死合うタイミングでは無いと会話を続けた。

 

「マスター、同窓会じゃないんだ。そろそろやる事やって、この夜を終わらせよう。こっちだってアンタの我が儘聞いてんだし、手早くして欲しんだけど」

 

「良いじゃない、挨拶くらい。襲い掛かって来ようが、今此処でアサシンが奇襲を仕掛けて来ようが、貴女ならどうにでも料理出来るでしょ。信じてるわ、アーチャー」

 

「……わかった、わかった。悔いを残さない様、さっさと終わらせてくれないか」

 

 本来、この場所にアーチャーは来る予定は無かった。では何故、こんな混戦必須な修羅場に態々やって来たのかと言えば、マスターである遠坂凛の独断である。更に言えば、衛宮士郎の姿を確認した瞬間、この場所まで最短距離で走り抜けたのだ。

 

「バゼットも何だかんだで随分と会っていなかったわね。戦場のど真ん中で、こうもあっさりと顔見知りと再会出来るなんて思わなかった」

 

「同感です。色々あり過ぎて、こんな事態にでもならなければ、出会い事も無かったかもしれません」

 

「そこの殺し屋は……ま、いっか。どうせアンタはどう転んでも、殺すか殺されるしか無いでしょうし」

 

「嬉しいな、理解してくれて。折角の殺し合いで命を奪わないなど、有ってはならない茶番劇だ」

 

 視線を合わせ、圧力と共に言葉の重圧を掛けた。全員が全員と顔を知っており、油断なく先駆けを警戒している。凛も凛で、余裕を見せて置きながら、動いて隙を見せた敵を牽制しようと観察している。

 

「それで衛宮君、貴方とは本当にお久しぶりね―――会いたかったわ」

 

「…………―――」

 

「この遠坂凛を置き去りにしたまま、逃げ切れると思っていたの? 本気になったわたしが、あんたを如何するか分かってるわよね?」

 

 ―――あれは殺す五秒前の目だった。

 

「まぁ落ち着きたまえ、凛。私も色々と考えた末の行動であったのでね」

 

「―――……っち。なによ、その喋り方。気に入らないわね、心底むかつくわ」

 

 まるでアーチャーのようだった。今の自分の相棒では無く、九年前に彼女と契約したアーチャーと瓜二つであった。

 

「自覚は有る。私も気が付いたら、この口調になっていてな……すまない」

 

「……良いわよ、別に。

 もうアンタを見付けたし、逃がさなきゃ良いだけの事だし。

 これ以上は私も私で、この戦争に対する考えもあるから、士郎の事ばっかじゃいけないからね」

 

「――――――――」

 

 アデルバート・ダンは即座に思考を加速させ、策を練り、先を読んでいた。敵と味方の関係を考えた場合、衛宮と遠坂は恐らく積極的に殺し合いは演じない。フラガは執行者ゆえ、封印指定の今の自分を殺す事に躊躇いは無く、友人と言える衛宮と遠坂を標的にする気もないと考えられる。遠坂はダンの事を嫌悪しており、殺し屋を殺す事に迷いは無いだろう。

 ……これは拙いな、と言うのが率直な感想。

 バーサーカーは思った以上の当たり籤なサーヴァントであるものの、こいつら全員に勝てるか、否かと判断するれば否であった。負けずに生き延びる可能性はそれなり程度に存在するが、殺し尽くされる可能性は結構高い。

 ならば、選べる手段は結局のところ一つ―――逃走あるのみ。

 

「―――オレが許す。

 存分に狂い暴れろ、バーサーカー」

 

「ぉおお、おぉオォオオオオ……――――オォオオオオオオオオオオオオアアアアアッ!!!」

 

 ―――悪夢が具現する。

 バーサーカーの大き過ぎる存在感は、尋常じゃない桁外れな殺意と憎悪が煮えたぎっている。相手はセイバー、ランサー、アーチャーの三サーヴァント。加えて、英霊クラスの強さに至った魔術師共。

 それを越えんと狂戦士は遂に―――狂気を発火させた。

 今まで確かに狂化は発動されていたが、バーサーカーのクラススキルとして全開には成っていなかった。ここからがバーサーカーのクラスとしての本領発揮。圧迫感は増大し、ただその場に存在しているだけで死を悟らせる。

 

「―――ハッハー! やっと痺れを切らしたか、バーサーカー……ッ!

 良いねぇ良いねぇ、楽しくなってきたな。こりゃあ、存分にギリギリの殺し合いが出来そうだ!」

 

 衝突音は既に人間が出せる物ではなかった。ミサイルが爆発したと錯覚する金属音が、バーサーカーの魔剣とランサーの魔槍との間に響き渡っている。宝具と宝具がぶつかり合った一合目は良い、二合目も同じ。しかし、それが秒間に幾度も繰り返されていき、五秒後にランサーは敵の圧倒的パワーを受け流し切れなくなった。何より恐るべきは、槍の刺突数を上回る斬撃回数である。バーサーカーは刺突を逸らすでも無く、防ぐのでも無く、全て斬り払って打ち落として接敵する。逆にランサーが巧みな槍捌きを以って、剣の暴威をやり過ごす。

 ―――そして、槍兵は強引に吹き飛ばされた。

 筋力はバーサーカーの方が既に何段階も格上。敏捷は僅かにバーサーカーの方が素早く、耐久は圧倒的にバーサーカーの方が凄まじく高かった……だけならば、別にランサーはここまで苦戦しない。段々と、そして着実に戦闘の動作は加速していき、膂力も攻防の合間に高まっていった。この不可思議なカラクリを予想すれば、英霊特有の技能か宝具か分からぬが、これを攻略しない限り、勝ち目は無い。

 

「―――逃がすと思うか?」

 

 弓から撃ち出された矢の閃光。ダンを狙った士郎の精密連射が襲い掛かるも、放った銃弾で全て撃ち落とした。彼は自分のサーヴァントを至極あっさり囮の為に置き去りにし、戦闘区域からの脱出を狙った。凛も殺し屋の撃破には賛成したのか、士郎を援護するようにガンドを乱射しながら接敵していった。

 ―――刹那、衛宮士郎の背後に狂戦士が居た。

 士郎とダンの死線が交差した僅かな間、バーサーカーはセイバーとの斬り合いに勝ち、彼女を強引に遠くへ斬り飛ばしていた。士郎はセイバーの援護を考えて追撃を決行したが、バーサーカーは此方の戦力を上回って戦局を覆す。

 

「……っ―――――」

 

 双剣の瞬間投影で斬撃を逸らした結果、魔力に戻って現実に押し負けた。返しの二撃目はまともに即時投影した双剣で防いで仕舞い、全身が余りの威力で硬直し―――死ぬ。これは死ぬ。今は生き延びても、何手目か後に殺される。

 

「オォオオォオ■◆◆オォオ◆◆ォ■◆オオ■■■!!」

 

 殺意の絶叫が響いた。バーサーカーの魔剣は憎悪に濁っていた。狂化スキルだけでは無く、この魔剣も能力を発動していた。真名解放を必要としない常時開放型らしく、魔力が込めらているだけ発動し続けるようだ。狂化スキルだけでは説明できない身体機能の段階的上昇は、既にまともな手段で対処可能なレベルでは無い。バーサーカーの剣戟を受け、たった数合で耐え切れぬと肉体が悲鳴を上げ―――士郎の眼前で白銀の刃が奔った。

 

「―――敵を助けるか。慣れ合いは下らんぞ、弓兵」

 

 急激な変化は突然起こり、狂気に酔っていたバーサーカーが喋っていた。彼は狂化を完全に発動させた上、極限の呪詛を撒き散らす宝具を使用しているのに、先程と変わらない理性を保っていた。叫び声を上げて仕舞う程の狂化能力なのに、それでも理性を失えないのであれば、それは既に呪いの領域。

 

「良いじゃないか、別に。マスターの頼みだ。それに聖杯戦争で、敵を好きな様に殺せるんだったら、好きな様に誰かを助けたって(バチ)は当たらないさ」

 

 右手には刀。左手は腰に携えた鞘を抑えている。アーチャーはバーサーカーに切り裂かれる直前の士郎を助けるべく、バーサーカーの剣を刀で弾いた。隙を見せたバーサーカーに対し、返し刀でアーチャーは斬り掛ったが、敵は後方へ退避していた。

 

「―――んで、マスター。あの殺し屋はどうなったんだ?」

 

「逃げられたわ。あのヤロウ……手榴弾と閃光弾と煙幕を同時に投げて、私の前で撃ち抜きやがった」

 

「じゃあ、あの鉄拳魔術師は?」

 

 アデルバート・ダンはもう消えていた。既に凛の追撃能力では索敵は不可能な所まで逃げ切った。それも後々から索敵されない様、魔力の残留反応さえ隠して逃走した。痕跡は無い。隠れ逃げ延びる事に掛けて、彼の能力は非常に高い。

 また、セイバーは既に士郎を守る様に立ち塞がっており、ランサーはバーサーカーを前にして戦意を際限なく高めていた。

 ―――そして、バゼット・フラガ・マクレミッツは戦場から消えていた。

 

「……バゼットはあの殺し屋の追撃に移ってたわね。ランサーを残して、初戦であれとケリを着けるつもりね」

 

 凛では逃げ続けるダンの追跡は不可能だ。そもそも奴の隠蔽技能と逃走能力に対し、専用の技術も積み重ねた追撃戦の経験も少ない。だが、封印指定執行者として経験を積み、殺しの技能を身に修めたバゼットであらば、逃げに徹する魔術師を殺しに掛れる。

 また、アデルバートは元々執行者であり、今は命を狙われる封印指定として、バゼットの脅威を理解している。彼女の頭の中に有る戦略も知っている。故にバゼットも同じ様に、敵の思考回路を先読みする事が出来た。

 

「ふーん……バーサーカーを囮にして、逃げたマスターの追撃を選んだと。

 ―――だったら都合が良い。今直ぐこの場で、戦場に残った奴らで馬鹿騒ぎを始める事にしますかね」

 

 アーチャーは鞘に刀を戻す。手慣れた手付きで納刀するも、弓兵の名には相応しく無い武器だ。何故なら凛のサーヴァントである彼女からすれば、余り手の内を明かしたくないと本業の遠距離戦は勿論、使い慣れている得物では無い武器を選んで戦っている。故に、余り戦闘に介入したくないとアーチャーは冷静に戦局を見定めている。口では好戦的であり、性根も戦いを好む属性なのだろうが、理性的な行動規範が身に染み付いている。気分屋と感じられる口調とは反対に、根本的には老獪なサーヴァントであるのだろう。

 ―――戦いは膠着していた。

 セイバーの敵はバーサーカーであり、ランサーの敵もバーサーカーだが、セイバーとランサーは味方では無い。衛宮士郎の援護もセイバーが中心であり、ランサーは地味に士郎の事も狙っている。つまり、全員が敵と成る可能性があり、周り全てから狙われる可能性がある三つ巴と化していた。

 

「―――オォ◆■■オォオォ■◆◆■■◆オオオオオオ!」

 

 雄叫びは世界を容易く裂いている。バーサーカーの強さは圧倒的と呼ぶに相応しく、時間が経過する程に身体機能が上昇している様なので差は開くばかり。

 セイバーは完全の防御に徹している。隙を突かん、と狙いつつも生きる事を優先する。自分が死ねばマスターの衛宮士郎も死ぬとなれば、死力を尽くす程に直感を冴え渡らせた。ランサーはルーンを使用し、念入りに何かしらの準備を行い戦闘には今は介入せず、士郎はセイバーと連携を取って狙撃を敢行する。

 

「―――うむ。主もこの場から逃げきれた。我の役目も終わりか」

 

 言葉と共に狂戦士は停止した。先程までの暴れっぷりが嘘の様に無くなっている。士郎とセイバーも、冷静に敵の次の動作を見定めている。

 圧迫感に変化は無いが、段々と周りの敵を引き付けいた脅威は薄れている。後ろを見せた瞬間、殺させると分からせる殺意も既に無い。念話にて、囮はもう良いと伝えられた。必要ならば令呪で空間転移をしようかと提案されたが、バーサーカーは簡単に断った。逃げるだけならば、別段霊体化して疾走すれば十分であると考えていた。

 ……しかし、それだけでは無い。まだ彼は、戦いが満足できていない。もっともっと、マスターの為などと言う建前では無い殺し合いがしたい。自分の手で死を撒き散らしたい。

 

「―――てめぇら手を出すんじゃねえぞ。野郎はオレが仕留める」

 

 ランサーは、タイミングを見計らって口を挟む。

 

「……ですが―――」

 

「好きにさせておけ、セイバー。ランサーは自身の本懐に徹しているだけだろう。ここで引かねば野暮と言える」

 

 彼女にとって、バーサーカーは自分の敵だった。ランサーに取られるのは正直言って、かなり気分が悪い。助けは有り難いと思うが横槍となれば、むしろ不愉快であった。しかし、マスターから抑えられてしまえば、自分の私情を押し潰す事を選んだ。

 

「―――分かりました。シロウがそう言うのでしたら、従いましょう」

 

「物分かりが良くて助かるぜ。ま、そこの魔術師は碌な事考えちゃいねえだろうが」

 

 観戦と決め込む士郎とセイバー。そしてアーチャーも同じく、バーサーカーに対して戦意を向けていなかった。

 

「それじゃ、マスター。私達も楽させて貰いましょーか」

 

「好きにしなさい。敵戦力把握も大切な事だし」

 

「はっはっは。スマネェな、姉さん方」

 

「貸し一で勘弁にしてやるよ、ランサー。次は私とも殺し合って貰うからな」

 

「そりゃ有り難ぇ。楽しみが増えちまって、益々戦い甲斐が湧くってもんさ」

 

 会話はそこまでと、ランサーの全身に魔力が満ちた。

 ルーンによって全身を強化し尽くした。骨の一本一本を、筋肉繊維の細部まで、神経を残す事無く、戦闘行動に重要な個所を全て強化した。今のランサーはバーサーカーに劣らぬ凶暴性が溢れている。周りの人間を黙らせるに足る十分な存在感。

 

「ほほう。貴公、その魔術はルーン文字か。あの腐れ神族の物と同じ原初の形と見える。実に懐かしいの」

 

「てめぇは……成る程。そっち方面の英霊か。その魔剣、確証は無いが何となく予想できるぜ」

 

「如何にも。そう言う貴公も中々に分かり易い。ルーンを使う魔槍の担い手となれば、数も限られようて」

 

「―――ハ。貴様、本当にバーサーカーか?」

 

 狂化は完全に使用されている。それも中々に高いランクでのクラススキルで発動されている。低ランクの狂化ならばまだ分からなくもないが、このバーサーカー程の発狂度で理性を保つのはサーヴァントとして可笑しい。なにか真名に繋がるカラクリがあるとしか思えない。

 

「正真正銘、気が狂ったサーヴァントぞ。だが、別段この程度の狂気、生前から慣れておる。狂いたくともな、初めから飲み干してしまえば、理性が麻痺する事も無し」

 

「そうかい。だったら尚更、貴様の名に確信出来たって事さ―――魔剣の王」

 

「我とて同じ事だ。ルーンの槍使いに心当たりは複数あるも、その面で戦乙女の類と言う事はあるまいて―――光の御子よ」

 

 時間と共に昂ぶり深まる戦意と殺意。膨大な殺気が流れ、渦を巻き、場が死んで凍えた。

 ―――黒い魔剣と紅い魔槍。

 言葉は不要。もう他の全てが無粋となった。ランサーは戦いを望み、バーサーカーは殺しを求む。

 

「―――我が魔槍、喰らって死に果てな」

 

 消えた。唐突に居なくなった。ランサーの姿が一瞬で掻き消えた直後、槍の真っ先がバーサーカーへ襲い掛かっていた。

 彼は槍の突きを斬り払うも、認識する間も無く既に次の一撃が放たれている。ランサーの突きの連続性は放つ速度も恐ろしく速いが、戻る速度も同じく速過ぎる。戦闘における動作が、技術の一つ一つが極端に素早いからこそ、全てが何よりも迅いのだ。

 

「オォオオオ◆■■◆■◆■■■――――!」

 

「オラオラオラオラオラオラオラ……っ!」

 

 槍兵は更に速く、更に強く、そして格段に難敵と化していた。鍛えられたルーンの力を全て身体機能上昇に割り当て、際限無く加速して止まらない……!

 だが、それは狂戦士も同じ事。狂化によって上昇したステータスに加え、魔剣の能力でランクアップをし続けている。今はまだランサーの方が速度面において敵を上回って為、攻防のつり合いが保たれているが、バーサーカーは速度でも数秒、数分後には越えて仕舞うだろう。

 ―――突如、ランサーの動きに変化があり、刺突から急激な薙ぎ払いが放たれた。

 バーサーカーは剣で撃ち払うのではなく、最小限の動作で受け流した。そのまま接近し、間合いを詰めた時の踏み込みから加速した剣で突きを打つ。彼は槍を即座に戻し、死ぬ間際で横に構えた柄の部分で抑え込んだ。剣の突きを槍の柄で止めると言う絶技だけでも恐ろしいが、彼は絶妙な力加減で敵の剣を押し返し、受け流し、バーサーカーの体勢に隙を作らせた―――刹那、顔面へ刺突を放つ……!

 

「■◆―――!」

 

 彼は敵の刺突を首を傾かせ、頬を刃で裂かれながらも死から生き延びた。だが、体を超高速で半回転させたランサーの槍の石突きが横っ腹に直撃。視覚外からの巧みな奇襲を避けられなかったが、受け身を僅かに取ってダメージを最小限に抑えた。

 それでもバーサーカーの肋骨が鎧ごと打ち砕かれた。肺も押し潰れた可能性がある。口から血流が溢れるのに、バーサーカーは痛みも怪我も無い様に次の行動移っていた。しかし、ランサーは更に過酷な肉体動作を自分に強制させ、槍の加速を止めない、止まらせない!

 ―――そして、バーサーカーは動きを静止させた。

 熱が冷めた暴走機械のような唐突な機能停止は不気味であり、不自然極まりない。

 

「……貴公―――!」 

 

 ―――氷結のルーン。

 槍の石突き部分にランサーは自前のルーン文字を仕掛けて置き、それをバーサーカーへ叩きつけた。彼はルーンの正体を即座に見抜き、胴体部分から一気に呪詛に満ちた魔力を放出する。一瞬で凍結を打ち破ったが、その一瞬が生死の分かれ目。

 今までの殺し合いの中、先に敵の動きと隙を見抜き、策を組み立てたランサーがバーサーカーを凌駕した。

 

刺し穿つ(ゲイ)――――――」

 

 暴食を完了させた。魔槍は辺り一帯の大源をバーサーカーの魔剣の如く喰い荒し、担い手の魔力も吸い上げた。

 既にランサーの宝具は発動を止められない――――!

 

「――――――死棘の槍(ボルク)……!」

 

 魔槍ゲイボルグ。因果逆転の槍が今、敵の命を突き破った。狂戦士の背中から、血に染まった真っ赤な槍が刺し通っている。

 ……沈黙するバーサーカー。

 死んだ肉体は動けない。サーヴァントであろうと、殺されれば死ぬ。それは覆らない事実。

 

「―――復讐すべき(ダイン)……」

 

 ボソリ、と屍から声が漏れ出した。もう魔力の塵となって消えるしかないバーサーカーから、魔力が噴出される。膨大な黒い呪詛が溢れ出た。

 物質化したと錯覚する程の圧力を持つ憎悪が、魔力に融け込み悪意を示す―――!

 

「……殺戮の剣(スレフ)――――――」

 

 憎悪が今、現れる。




 と言う訳で、バーサーカーの宝具の開帳です。ダインスレフって事ですので、ここの主人公の愛剣の本家大元の英霊さんの登場となります。感想である程度予想されていました。また、バーサーカーのマスターが宝具開帳を許可した理由も次回で明かそうと思います。
 では、読んで頂き、ありがとうございました。


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46.戦火交差

 約一カ月ぶりの投稿です。プリズマイリヤ、アニメの方も漫画の方も楽しんでいます。型月関連作品が新しく出るのは、ファンとしてとても喜ばしいです。


 時は少々遡る。バーサーカーとランサーが互いの宝具を解放し、激突する前まで時間は戻る。バゼット・フラガ・マクレミッツは、戦場から逃走したアデルバート・ダンの追撃を終えていた。

 

「―――さて、逃走劇はここまでです」

 

 バーサーカーを使い、索敵範囲の広いセイバーのマスターを足止めし、公園で追手であるアーチャーのマスターを撒いた。サーヴァントを囮にした素早い逃走で戦闘離脱を計った。

 公園から去った後の行動は更に迅速。ビルを壁蹴りし、ダンは一瞬の内に新都の空を走り逃げていた。自分自身に姿隠しの効果がある魔術を発動させておき、さらに気配も遮断していた。これを追撃するにはまず、ダンの位置を察知する第六感か、あるいは隠れる敵を索敵する術が必要。

 凛では足の速さが足りないのもあり、結界で覆われた公園の端で目暗ましに遭い逃げられた。だが、バゼットであれば敵の逃げ足に追い付き、第六感もそれなりの精度を持ち、ルーンによって索敵も可能。追跡は数分で終わり、公園から離れたビルの屋上で二人は向かい合っていた。

 

「……追って来たのか、フラガ。ランサーが殺されても知らんぞ」

 

「戦いの中で殺されるのであれば、彼も本望でしょう。

 ……しかし、そもそも私は彼のマスターです。ランサーの力量を理解していますので、彼が死ぬ心配はしておりません。信じていますので」

 

「そうか。ならば、アレには全力を出すよう命令しておこう。オマエのランサーは派手に殺される事だろう」

 

「―――ほう? バーサーカーの真名が露見する事も構わないと」

 

「……ほざけ。そも、オマエは衛宮士郎に対価を支払い、魔剣から真名を探る魂胆だろう?」

 

「良く分かりましたね。彼は聖杯戦争において鬼札(ジョーカー)の中の鬼札(ジョーカー)

 まだ協力する予定はありませんが、ギブ&テイクな関係を結ぶ事は不利益になりません」

 

「だろうな。オレも策の一つとして浮かんでいる。

 ならば、まだバレてしまう前に、可能な限り殺せる敵を殺してしまえば良い」

 

 バゼットも、いざとなればランサーに宝具の使用を許している。だが、宝具は出来る限り他の組が居ない状態で、更に敵を確実に殺害出来る時以外に使いたくは無い。ランサーの真名を考えれば、弱点も露見してしまう。しかし、敵もここまで本気となれば、真名解放をしないでいる方が難しいと考えた。

 

「随分と強気ですね。貴方のバーサーカーの相手は知り合い同士でありますので、同盟を組まれましたらかなりの危機となりますよ」

 

「自分で言うのもアレだが、オレのバーサーカーは強い。流石に勝率が高いとは言えないが、あの程度で死ぬ事は無い」

 

「ほう。言いますね。しかし、ここで貴方を斃せば、あの狂戦士の奮闘も意味は無くなります。

 なんでしたら、貴方ご自慢の魔銃を撃つまで待っても―――この私は構いませんが」

 

 背負っていた細長いケースから、金属製の玉が一つ。フワフワと宙に浮いて、バゼットの背後で敵を威嚇している。

 

「―――ハ。自慢の宝具は通用しねぇぞ、伝承保菌者(ゴッズホルダー)が。オマエなんてな、血を浴びなくては自己を容認出来ぬただの撲殺魔だ」 

 

 自分の宝具が知られている様に、彼女も敵が持つ武器を知っていた。あの男が持つ魔銃……いや、聖銃とも言うべき回転式拳銃は退魔に特出した教会側の概念武装。魔を浄化して霊体を殺傷する能力を持ち、特に対魔術に優れている。魔術師にとって天敵とも言える拳銃だ。

 だが、そんな程度の神秘を乗り越えて来たからこそ、バゼットは風疹指定執行者として生き残っている。敵の殺し屋が自分の武器と人格を知っている様に、彼女もまた相手の武器と人格を知り得ていた。

 

「下らない。貴方こそ、お得意の魔銃が私に通じるとでも。魔術師足り得ぬ殺し屋風情では、ただの射殺魔に過ぎません。いや、より性質が悪い乱射魔でしょうかね」

 

 取り敢えず、始めた会った時から気に食わなかった。罵詈雑言が飛び交うも、何時も何時も決着にならない。協力して封印指定を狩った事もあったが、任務云々よりも常に湧いてくる苛立ちとの戦いだった。

 この殺し屋が封印指定に認定された時、どれほど潰しても良い口実が出来たと面白かったかと、バゼットは少しだけ暗い悦に浸った。実際に何度も殺しに掛り、殺され掛った事も幾度も有る。そして、ダンもバゼットを殺して良いとなれば嬉々として殺し合っていた。

 

「はぁ……ったく、罵り合いは此処までだ。聖杯戦争と言うのに、今はお互い相棒は不在。ならば、いつも通り―――」

 

「ええ。いつもと変わらず―――」

 

 この二人の、自分で自分に課した職務に対する生真面目さは同じ程度に重い。つまり、同程度に相手の殺害を義務として自分に背負わせている。

 殺人の罪を科す事が生き甲斐となっている両者にとって、意思疎通に多くの言葉は要らなかった。

 

「「―――狩りを開始する」」

 

 言葉を同じ。眼前の敵を駆逐する事を思考する。

 

「―――あ。本当かよ、こうなる訳ね」

 

 ……まぁ、乱入者によって拳と銃の決闘は始まらないのだが。執行者と封印指定の間で高まった闘争の空気を、あっさり霧散させる軽い声が虚しく響いた。

 

「白けたぜ……ったく。

 相変わらず、屠殺場に合わない女だ」

 

 銃口の先を地面に向けたダンは、気が抜けた表情で嘆息。つまり、殺意の矛先を自然と収めたと言うこと。死を与える銃弾では無く、彼の銃弾染みて軽い言葉の先に居るのは、一人の女性であった。彼の視線の先はバゼットから外れ、異邦人へ向けられている。

 強いて言えば、その人物は刃物が似合う気配が物騒な麗人だ。

 赤焦げたオレンジ色に近い赤茶色のオーバーコートは、そこまで派手では無いが目立たない事も無い。しかし、左目へ結構目立つ黒い眼帯を装着し、その片目部分には痛々しい刀傷が縦に一本通っている。

 

「―――綾子! 貴女なんでこの場所に?」

 

 美綴綾子。それが突然現れた女の名。

 前回の聖杯戦争で巻き込まれ人生の転機を迎えた元一般人。そして八年前、バゼット・フラガ・マクレミッツが弟子として協会に連れて来た日本人。突然変異で誕生した初代の魔術師であり、今の時代では珍しい家系の始まりとなる異端者だ。

 

「なんでと言われてもね、バゼットさん。あたしも来る気は無かったけど、サーヴァントっぽい奴に追い込まれて、此処まで誘導されたんだよ」

 

 サーヴァントの姿は無い。彼女の隣に英霊は現れておらず、サーヴァントを従えるマスターが集まるこの場所には不自然であった。

 ……要は、戦場に出る事無く近場で観察していたら、この場所まで追い込まれていたのだ。

 

「巻き込まれたのですか、また。本当に貴女は良く厄介事に襲われますね」

 

「あたしだって、無関係でいたかった。けど、まさか追い込まれた屋上で師匠と知人に出会うとはね」

 

 バゼットからすれば、綾子は正に誘蛾灯だった。異端は異端を引き付けると言うが、彼女のそれは程度が危なっかしい。通常の魔術師では考えられない度合いで、危険な事件が頻繁に彼女を巻き込んでいた。

 

「何だ、美綴。オマエもこの戦争の参加者か」

 

 ダンとて元時計塔の一員。何の因果かフラガから冬木の魔術師達と縁が出来、綾子とも初対面では無い。

 

「巻き込まれたと言う意味では、当事者と言えなくも無い」

 

「ほぉ……まぁ、良い。

 ―――出会ってしまったのであれば、やる事は一つしかないからな」

 

「好戦的だね。けど、らしいって言えば、アンタらしい考え方だ」

 

「どうも。人殺しがライフワークでね。オレはこれで生活してるのさ、盗賊」

 

 緩んでいた空気は一瞬で元に戻った。盗賊、と協会から綾子に付けられた渾名。それも主に、封印指定執行者や聖堂教会代行者から呼ばれている悪名だ。

 

「盗賊、ね。もう言われ慣れたけど、其処までがめつく無い筈なんだけどな」

 

「オイオイ待てよ。獲物を横取りしてお宝取って行く輩が、がめつく無いだと?」

 

「……? いや、魔術師同士の殺し合いだよ? 勝った者が全て奪うのは普通でしょ、勿体無い」

 

 ―――故に、盗賊。泥棒では無く、殺して奪う賊で在る。

 魔術協会や聖堂教会に狙われる魔術師は、殺されても仕様が無い外道が殆んど。綾子が命を奪って殺したところで誰にも文句は言われない。

 しかし、彼らが生涯を掛けて生み出した神秘の結晶も奪って手に入れる為、綾子は特に協会の者から嫌われていた。教会の方からは魔術で生計を立てている異端者の一人でしかないが、協会からすれば成果を奪い尽くす悪魔。金銭の為に封印指定や人喰いの魔術師を狩る執行者では無く、他者の成果を収集する事を生き甲斐にする生粋の魔術使い。有能なアイテムは全て一人占めし、迅速に事態を収拾して犠牲を防ぎ、神秘の漏洩を守っている。

 

「それにさ、要らないモノはちゃんと協会に売ってるじゃん。だったら、それで十分だろ」

 

 道具集めが娯楽とは言え、それでは先に成り立つモノが無い。故に、自分にとって興味は湧かないモノだろうが、協会からすれば必要なモノならば高値で売り払っていた。

 綾子はその収入で、更に多くの品物を収集し続ける。

 生活費を稼ぐと共に、心から愉しめる趣味娯楽を堪能し続けていた。

 

「黙れよ、盗賊。オマエの所為で何回泣かされた事か。いや、まぁ……執行者を辞めた今となれば如何でも良いことだが。

 だけどな、積もった恨み辛みが消えちまう訳じゃない」

 

 魔術協会所属の封印指定執行者にとって、美綴綾子は看過出来ぬ強大な商売敵であった。例外とすれば彼女の師であるバゼット・フラガ・マクレミッツ程度。そして、現場で交渉出来る者はそも、この鉄拳魔術師くらいだ。ダンもダンで、綾子が学徒だった協会時代で知り合っていたものの、戦場での殺し合いの享楽を優先して何時も戦っていた。

 

「そう言われても、その何だ……困る。商売敵とは言えさ、元々は同じ組織に居た同類じゃないか。実際のところ、そこまで憎悪なんて無いんだろ?」

 

「……は、良く言うぜ」

 

「―――無駄話は其処までです、二人とも。

 バーサーカーのマスター……いえ、封印指定アデルバート・ダン。貴方を此処で、聖杯戦争に参加した執行者として始末します」

 

 バゼットは召喚した相棒の危機を感じ取っていた。ラインを通じて離れた戦場の状況を把握している。ならば、ランサーのマスターたる自らがすべき事柄は一つしかない。

 ―――目の前の元同僚を可及的速やかに抹殺する。

 僅かながらだが、仲間としての思い出がある。個人的に持つ人間としての感情も確かにある。だが今は、殺し合うべき敵として、この魔術師を殺害しなくてはならない。

 故に、バゼット・フラガ・マクレミッツは自然と拳を構える。たったそれだけの動作で、先の見えない戦場の空気を作り上げる。

 

「――――――……」

 

 無言の笑み。殺し屋は最初から言葉など不要。ただ折角の殺すだけの獲物では無く、個人的な因縁がある敵であるからこその会話だった。殺すだけでは無い戦場の営みが、彼の心を僅かに揺さぶっていた。しかし、幕開けは既に始まっている。

 故に、アデルバート・ダンは銃を構えた。銃口から迸る鉄火の死線が、敵を弾で食い千切ろうと飢えている。

 

「三つ巴ね。まぁ、それはそれで血濡れた戦争に相応しい」

 

 綾子は重く溜め息を一つ。どうも自分は戦場の神様に愛されているらしい。追い詰めらた末、こうも見事に他の魔術師と出会うとは驚きだ。偶発的に起こったこの遭遇戦では無く、計画的に誘導された戦地。

 故に、美綴綾子は矛を構えた。何処から取り出したか分からぬ矛は、その長い柄の先にある刃を月光で煌めかせ、鋭利な殺意が放たれている。

 ―――刹那、ビルの屋上が天空から照らされた。

 光り輝く魔法陣に狂った魔力が宿り、分かり易い死の脅威を具現した……!

 

「ここでそう来るのか、キャスター……っ―――!」

 

 ―――纏めて(ミナゴロシ)。明け透けな殺意と、効率的な殺害方法。

 先程まで凶悪な使い魔を自分へ送り、殺そうと画策していたであろうキャスターの砲撃。ビルごと三人を鏖殺するに容易い魔力量と、圧倒的な神秘の深さと概念の重さ。

 

「綾子。貴女は本当に、厄介事ばかり纏わりつかせて―――」

 

 ダンもそうであったが、バゼットも状況を一瞬で察した。つまり、この化け物に彼女は追跡され、この戦場まで誘導されたのが、この美綴綾子。キャスターは恐らく、マスターたちを一斉に殺すべく影から戦場を観察し、上空からの圧倒的な砲撃で殺そうと計画した。

 そして、その原因は美綴綾子。恐らく彼女はサーヴァントの監視の目に追跡され、此処に来て監視者が本気を出したのだ。

 

「我が師匠ながら辛辣過ぎる……」

 

「……疫病神め。これだからオマエは怖ろしいんだ」

 

「うるさい。あたしだって好きで狙われてんじゃないんだ」

 

 既に、上からの包囲網が完成されている。ビル一棟を丸々塵一つ残さず消去する魔力と概念が詰まった神秘が、今にも落ちてくる。

 ―――夜の悪夢。

 もう互いで殺し合っている場合では無い。

 最悪な事に、神霊に等しい悪魔の如き術者が皆殺しを目論んでいた。

 故にその行動は余りの刹那に行われた神業だった。伝承保菌者フラガによる宝具の解放。嘗ては光の神たる王の懐刀。

 ―――逆光剣・斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

 神話を甦らせた魔術師は眼前の敵を無視し、上空を仰いだ。目的はこの大魔術……否、“必殺技”を行使している魔術師の索敵。魔力で強化された視界をもって、大魔法陣を描く魔術を行使する襲撃者を探し出す。

 

「―――――――まさか、居ない……!? 

 これ程の術を遠距離で操作しているとでも言うのですか!」

 

 無駄だった。条件次第ではEXランクに及ぶ宝具であるが、敵を認識出来ねば意味が無い。ダンと綾子もバゼットの宝具を知っているが故に静観していたが、単純明快な事態でフラガラックが無効化されていた。

 ……有り得ないのだ。

 例え、この魔術が魔術師のキャスターによって運営しているのだとしても、これ程の術式を離れた所で実行する。技量が既に英霊として考えても、魔術的な非常識からも乖離した術の担い手。

 

「……使えねぇな、フラガ」

 

「じゃあ、勝手に逃げて死んで下さい」

 

 ―――天の極星は、ただ充填を待つのみ。

 ならば、もう自分の身は自分で守る他無い。光は次の間には落ちても不可思議は無く、逃走の動作をした瞬間に殺しに掛って来る事も明白だ。この術を放とうとしている者ならば、確実に皆殺しにする為のタイミングを逃す事は無い。

 拳銃をホルダーに素早く仕舞ったダンは、新たに右手から巨大な拳銃を取り出した。遠慮する事無く、回路全ての魔力の循環させ、必殺の魔弾を以って砲撃に対抗する。バゼットはバゼットで自分自身に付けているルーンを全て起動させ、眼前の宙に文字の障壁を生み出している。

 

「……仕方ないね―――」

 

 三つ巴が四つ巴となり、三人のマスターがキャスターらしきサーヴァントに王手を掛けられた。その状況を考えた末、綾子は疲れた笑みを浮かべて溜め息を一つ。

 ―――天から光が墜落する。

 もはや、人間では生き残れない。いや、バゼットとダンならば死なないようにやり過ごす事は出来るかもしれない。しかし、その次の第二派があったと仮定した場合、もう無理であった。サーヴァントを強制召喚した所で間に合わないし、キャスターならばマスターが令呪を使った刹那の隙を感知して砲撃してくるだろう。それほどの事が可能であると、この砲撃の主の技量が簡単に魔術から伝わって来た。故に今は耐える他無い。

 相手が目に見えないところから攻撃してくる魔術師のサーヴァント、と言う時点でマスターからすれば分が悪過ぎた。令呪を使えば殺されてしまう所まで追い込まれた時点で、バゼットとダンは自分で自分を守るしか手段が無い。

 ……そう、この二人を除けば、だ。

 

「―――殺せ、アヴェンジャー」

 

 黒い影、煌めく短刀。気配なく現れた人型が、蜘蛛の如き動きで宙に舞った。まるで何も無い空間に、糸を張り巡らした巣があるようだ。

 ―――そのまま暗影は、天から落ちる極光を切り裂いた。

 唐突に戦場に現れたサーヴァントらしき人物が掻き消した。たった一振りで、魔力砲を消滅させた。

 

「……マスター。アンタは相変わらず危なっかしいな。キャスターの使い魔を殺し尽くすのが遅れていたら、この場面に間に合わなかったぞ」

 

 蒼い目を暗く輝かせる。黒装束の礼装で身を堅め、飛び出し式の短刀から強烈な死臭が漂っている。極光を一瞬で消滅させた男―――アヴェンジャーのサーヴァントは、余りにも分かり易い呆れの態度で自分のマスターを見詰めている。

 

「そん時はそん時さ。

 準備は常に万全だから、他にも手段はあった。

 それによ……そんな台詞、鬼退治だとはしゃいでた奴が言えることじゃないぞ。こっちはこっちであの後、あたしは鳥頭やら大百足やら犬人間やらで大変だったんだ」

 

「すまないとは思ってるよ。だけど、大物連中はしっかり斃しておいたじゃないか」

 

 そして、彼は両目に包帯を巻いた。呪詛がぎっしりと刻まれた真っ赤な布は、まるで血に染まった襤褸。しかし、それは赤い布に更なる血が浸ったことに他ならない。

 

「―――馬鹿な、殺人貴。何故、貴方が生きている……!?」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは有り得ない死霊を見た。

 幽霊を視てしまったような表情。バゼットと違って会った事は無いが、アデルバート・ダンも殺人貴の噂は聞いた事がある。

 

「いえ、まさか―――サーヴァント!?」

 

 存在感が人間では無い。だが、気配はあの死神と完全に同一。何より、姿形が全く同じもの。

 

「あぁ、あの時の執行者か。いや、どうも……生前のことはどうも記憶が摩耗して、思い出すのが難しい」

 

 数年前のこと。バゼットは殺人貴と出会った。あれは既に人類(ヒト)ではどうにもならない怪物を、一方的に殺戮する真正の死神だった。

 能力と体術を加味すれば英霊とも容易く殺し合える化け物だが、自分自身がサーヴァントと化した今だと果たしてどれ程の怪物と化しているのやら。それを考えれば憂鬱な思考に運んでいるが、相手の真名と能力が判明したのとても大きい。

 

「はぁ……直ぐに真名がバレるから、こいつを出すのは嫌だったんだ。そう言う意味じゃ、とんでもない外れ籤だ」

 

 アヴェンジャーの背後にはマスターたる魔術師、美綴綾子。弟子と死神を視界に収めつつ、バゼットは静かになった屋上から天を覗く。そして、辺りを見渡した。

 

「―――居ない。あの殺し屋、逃げ足の迅さだけは協会一です」

 

 アデルバート・ダンは完璧に姿を消していた。隙を縫い込む様に気配を消し、安全な逃走ルートで行方をくらましていた。

 

「あの男なら逃げて行ったよ、魔術師。駄賃に弾丸一発撃たないなんて、そうとう切羽詰まってたみたいだ」

 

 獲物が隙を晒しているのに、得物を使って殺さなかった。つまり、あの殺し屋は完全な撤退を決めていたのだろう。

 

「じゃあ、さっさと逃げるぞアヴェンジャー。このままこの場所にあたしらが居ると、更に厄介そうだ」

 

「了解したよ、マイマスター」

 

 アヴェンジャーを従がえる魔術師―――美綴綾子。彼女は参戦を師に表し、そのまま闇夜に消え去った。

 

 

◇◇◇

 

 

 ―――魔剣ダインスレフの完全開放。対象を殺害するまで狂化し続ける宝具。

 大まかな効果しては、全パラメータを肉体へと侵食する呪詛に比例してランクアップする。使用者が殺害対象を殺し得る能力値まで、パラメーターを強化する報復の宝具であった。

 その魔剣に対し、バーサーカーは真名解放によって強引に魔力を叩き込んだ。刀身から漏れ出す呪詛が肉体を汚染する。何段階も飛び越えた自身への強化……否、狂化の上書きを続行した。斬り合いの中で徐々に魔剣内に溜め込んでおいた魔力を全て消費し、段階的な強化を更に加速させる。

 

「―――――――」

 

 バーサーカーは既に魔剣の開帳を念話で許可されていた。戦略的には拙くも、死んでしまえば意味が無い。有る程度ならば“死に耐えられる宝具”を持つとは言え、真名の露見程度に比べれば、生きる手段を取る方が優先される。

 だが、そこには妥協と打算がある。つまり、バーサーカーの真名を見抜ける衛宮士郎と交渉、あるいは同盟を組める相手が既に聖杯戦争に参加していた。ならば既に、真名をこそこそ隠す重要性はかなり減少してしまう。で、あるのなら、サーヴァントの真名が暴露される危険性を考慮した上で、相手サーヴァントの宝具を出させる方が建設的。

 バーサーカーのマスター、アデルバート・ダンは短い間でそう思考し、実行した。故に、彼はバーサーカーへ何をしても良い、好きに戦えと許可した。宝具も技能も隠す事無く、全力を出して生き延び、敵を殺し尽くせ、と。

 

「……貴様、その体――――――!」

 

 ―――魔剣が黒く閃いた。バーサーカーは左手で槍を掴み、火花を散らしながら魔槍の柄の上で刃を走らせた。槍を発射台に模した弾丸如き刃の狙いの先は―――槍兵の首。

 目前の死。

 ランサーに躊躇いは無い。

 バーサーカーが作った断頭空間から逃れる為、彼は宝具を手放した。狂戦士の剣戟は空振り、敵の頭上を通り過ぎる。その刹那―――ランサーは極限まで圧縮した体感時間の中、バーサーカーの懐に飛び込んだ。

 狂戦士は腹が炸裂したと錯覚する。視線を向けた先に、槍兵の片脚が槍の如く突き刺さっていた。衝撃で槍を掴む握力が緩んでしまう。

 ……そして、蹴りと共にランサーは自らの愛槍を握り締めていた。

 心臓を抉る紅い魔槍をバーサーカーは手放し、再び槍は伝承通りに担い手の手元に戻る。

 

「◆◆■◆■■……!」

 

 胸から血が吹き出ている。背中の傷口からも、水鉄砲のように心臓が脈打つごとに飛び散っていた。が、それも直ぐに停止した。何かしらの治癒の能力、あるいは肉体自体が宝具であるのか。心臓に風穴が相手にも関わらず、バーサーカーは死んでいない。いや、正確に言えば死ぬ事が出来ていない。

 何故なら、血は流れていないが、傷口は蘇生されていない。孔が開いたまま、彼は死んでいない。生きていると言うよりも、その異様な姿は死んでいないと表現した方が正しく感じられる。

 ゆっくりと、ゆっくりと、傷口は埋まって治っているが、明らかに死んでしまう遅い速度なのだ。この治癒速度では完治する前に死んでしまう筈なのに、バーサーカーは死んでいない。生きていた。

 ―――剣と槍は直ぐ様、死の舞いを踊った。

 生きているのであれば、死ぬまで刺し続けるまで。ランサーは狂戦士の能力を推測し、そのイカレ具合を楽しみつつも戦術を立て直す。あの不死性が宝具であれ、特殊なスキルであれ、大元の原動力は魔力。サーヴァントであるのならば、敵の魔力が尽きるまで殺し続けるだけだ。それに戦いをより楽しめるのであれば、それだけで満足なのだ。相手が不死だろうと関係無い。

 

「……ダインスレフ、ね。

 じゃあ、あのサーヴァントの真名は恐らく……ホグニ、かしら。女神に呪われた魔剣の主」

 

 激化を止めない殺し合いを見て、凛はバーサーカーの正体を口にした。隣に居るアーチャーが気負うことなく戦闘を観察しつつ、マスターの意見を肯定した。

 

「こりゃまた随分と厄介な英霊が召喚されたね、マスター。女神が作らせた妖精の魔剣も脅威的だけど、あの不死性もかなりヤバい」

 

 ―――ホグニ。日本での知名度は低いが、かなり厄介な伝承を持つ英霊。

 魔剣ダインスレフもそうだが、あの英霊は生前に女神に騙され、とある霊薬を飲んでいる。結果、世界が滅び去るまで永久に続く戦場で最期まで戦い、生きて、死んだ。

 能力も厄介だが、あの英霊は殺し合いの経験が豊富過ぎる。バーサーカーで在りながら巧みな戦闘技能が使える理由の一つが、人間の寿命を遥かに超える年月を戦いで過ごしたからだろう。死ぬまで戦い続けた故に剣技が恐ろしく強い。

 バーサーカーは強いと理解した。ならば、と遠坂凛は決断した。

 

「―――介入するわ。あれ、此処で殺してしまいましょう」

 

「ま、別に構わないよ。殺せる時に殺してしまうのも手だろうし」

 

 凛は其処で士郎の方へ視線を変えた。アーチャーは既に武器を取り出し、戦闘準備を万端に整えている。

 

「……士郎は如何する? セイバーと一緒に観戦してるの?」

 

「いや、バーサーカーはこの場で始末して仕舞いたい。

 攻略法も見えて来たのもあるが、共同出来る相手がいる内に難敵は倒しておこうと思う」

 

「では、シロウ。私は――――」

 

「―――ああ。頼むぞ、セイバー。私も出来る限り援護をしよう」

 

 さらに混沌する初戦の地。戦争は開いたばかりだと言うのに、混沌は更なる地獄を増していく。ランサーは既に勝っていた速度も凌駕され、防戦一方に抑え込まれていく。

 ―――バーサーカーの強さは、その粘り強さにある。

 鍛えられた殺戮技巧は余りにも危険だが、それよりも宝具の能力に背筋が凍る。

 不死の肉体に、時間経過するほど高まる身体能力。殺せない相手が段階的に強くなり続け、刃には治癒を阻害する呪詛もあり、更に敵を追い詰める戦術眼も巧いと来た。敵対するのは危険過ぎるサーヴァント。

 ―――ならば、そのバーサーカーに追随するランサーこそ、狂気に満ちている。槍使いはルーンでは無く、力尽くで全身を物理的に無理矢理稼働させている。ランサーは狂化のスキルを使わず、立ち塞がる限界を幾度も超えた臨界の極限に到達している……!

 

「■■■◆■―――!」

 

「しゃらァァア……!」

 

 槍が乱れる。刺突が茨と化し、敵の動きを拘束する有刺鉄線の如き在り様だ。もはや、避ける動作も許さんと赤い刃が命を狙う。それをバーサーカーは、全て切り返し、逸らし、避け、反撃を繰り出していた。

 そして、ランサーは攻勢に出なければ抑え込まれ、そのまま八つ裂きにされて死ぬ。敵の方が速く強くとも、ルーン魔術を含めた自らの全知全能を槍に込めて槍を放つ。だからこそ、筋力と敏捷を凌駕され、技量も自分に匹敵するほど高い相手に対し、殺し合いが演じる事が出来ていた。

 ……しかし――――――

 

「■◆◆■◆!!」

 

 ―――バーサーカーは更に狂い続けている。

 際限が無かった。

 限界が見えない。

 極限が訪れない。

 斬撃が刺突の群れを斬り払う。圧倒的膂力が槍兵に後退を強いる。剣圧だけで地が抉れ、宙に亀裂が入り込む……!

 届かない。敵に槍が届かない。

 武器のリーチを生かす為に距離を取らねばならないが、間に合わない。瞬間的に下がりつつ攻撃を行うが、敵が槍の間合いを何度も突破する。その刃を巧みな槍捌きで逸らし、カウンターを行うも既に次の剣戟で打ち合いが始まってしまった。

 次元が繰り上がり続ける潰し合い。

 必要なのは、サーヴァントとして定められた限界を越える事。

 バーサーカーが容易く自身の限界を凌駕して狂化し続ける様に、ランサーも只管に現段階で強くならなくては殺される。ならば、肉体を物理的に臨界させ続けるのは勿論、自分を強化するルーン魔術もさらに概念を強めなければならない―――それこそ、自分の肉体が許容範囲を越える領域で。

 決意は一瞬だった。ルーンはあっさりと限界以上の神秘でランサーを強化しようと、最大限の効果を発揮しようとし……

 

「―――っち」

 

 ……突如として、文字は停止した。槍兵は、そして狂戦士も動きを止める。ランサーの舌打ちが、熱した戦場を冷たく凍らせた。

 

「てめぇら、サシの勝負に横槍すんじゃね!」

 

 殺気と狂気。熱気と冷気。

 死線が一番集中しているのはバーサーカーなれど、一番の怒気を纏っているのはランサーであった。

 

「困ります。元より、その狂戦士は私の死合相手です。ランサー、文字通り貴方の横槍でまだ勝敗が決まっていません」

 

 透明な剣を構え、セイバーが好戦的な笑みで挑発した。

 

「そう言うことさ。

 私もセイバーの協力者として、その狂戦士を殺さなくちゃいけない義務が有るんでね。ランサーにゃ悪いけど、決闘に水を刺させて貰うよ」

 

 刀を得物として持つアーチャー。クラス名と離れた武器だが、その気配は絶対的技量を持つ武人のそれ。恐らく、この場の誰よりも芸達者な刀使いだ。

 そんな敵達を流し見て、狂戦士は名に相応しい狂った笑みを浮かべる。狂気と言えば狂気だが、それは理性的な感情の発露から来る凶器的な殺意の出現。つまり、このサーヴァントの狂気は、それそのものが人を殺し得る凶器であった。

 

「無粋な輩達だ。我の殺し合いに手出しするとは、情緒も何も無い。だが、そうであるからこその戦争よ。慈悲など価値無く、規律に意味を見出さない。

 ―――良い。実に良いぞ。

 さぁ、存分に殺し合おう。殺したり、死んだりしよう。それは実に、何て―――とても楽しそうではないか」

 

 ランサーとは別種の戦闘狂……いや、殺戮狂か。このサーヴァントは戦いを望んでいるのではなく、殺しを求めていた。血に酔った虐殺嗜好は狂戦士に相応しい悪徳であり、英霊には程遠い怪物の思考回路であった。

 

「……バーサーカー、テメェは―――」

 

「―――それ以上は言うで無いぞ、ランサー。所詮、死人の我々からすれば、これもあれも死後の享楽に過ぎん。

 甦り、死に、拘って、悔いる。

 ままならんのは誰だろうと同じだ。この我も、この狂気をぶつける相手は多い程喜ばしいのだ」

 

 バーサーカーはランサーを認めつつも、価値観の共有は有り得ないと断言する。だが、そんな事はこの場に居る誰もが実感している。誰も彼も皆が全身、譲れない在り方のまま生きて、そんな生き方を良しとしたから、聖杯戦争に参加しているのだから。

 特にランサーからすれば、後味が最悪な殺しさえも娯楽として愉しめるバーサーカーの感性を理解する事は永遠に無く、そしてバーサーカーも純粋な戦士として得られる満足感など実感する事も永遠に無い。故に、似通った戦闘に対する嗜好を持つが、絶対的に相容れぬ相手だと、この殺し合いで理解し合っていた。

 

「……はっ! それこそオレの知ったこっちゃねぇ話だぜ。折角あのマスターに呼ばれ、こんな楽しい馬鹿騒ぎになる戦争だ。

 ―――我、通させて貰うぜ」

 

 ぎらつく目付きが雄弁に語っている。要は、自分以外は全て敵で、戦場に入り込むなら全員殺すと気配で意思を伝播させる。

 

「乱戦かぁ……ま、それも良いかな」

 

「アーチャー、貴女は随分と気楽ですね?」

 

「そんな事ないよ、セイバー。援護は任せてくれ」

 

「良いでしょう。貴女はあの凛のサーヴァントです。一時の間ですが、私の背中は任せます」

 

 女二人のサーヴァントの共闘。変則的だが、(バーサーカー)(ランサー)(セイバー&アーチャー)の殺し合い。

 ―――突如、上空から輝く極光に照らされた。

 視線は直ぐ様上へ。衛宮士郎と遠坂凛は一瞬で両目を強化し、光源の正体をする。敵の気配は無くとも、余りにもはっきりとし過ぎている脅威が其処には在った。

 ……まるで、幾重にも積み重なれた曼荼羅模様。

 凛は常軌を逸した式の構成と、異常な領域に至った魔術理論の権化を悟った。現代の魔術師として、もはや見る事も叶わない神話時代の魔の深淵。

 

「……こんな、出鱈目な魔法陣――――――!」

 

 ―――新たな乱入者。

 纏めて殺そうとする合理的な殺意。

 幾何学的紋様でありながら、雅な芸術性も宿っている魔法陣。描かれた術式の中心部には、極性の魔力が集中し、概念の重みだけで自然法則が粉砕される領域まで密度が高まっていた。

 ―――収束し、圧縮し、加速し、放出する。

 あれは宝具では無い。しかし、現代の魔術師が使える神秘の濃度では無い。つまり―――

 

「遠距離操作にによる魔術砲撃だと、キャスターめ……!」

 

 ―――爆撃手はキャスターとなる。それも現場に居る事無く、自分の陣地から行う隔離干渉と、精密で膨大な術式制御。

 ジジジジ、と不協和音を鳴らしならが死が拡張している。

 

「士郎、あれは私の対魔力では防げません!」

 

 物理干渉に特化した純粋な破壊エネルギーの塊。これは単純な魔力砲では無く、凝縮された魔力は極限の“概念”として光臨している。複雑怪奇な進み過ぎた理論によって、魔力を混じり合せた物理干渉砲台として作られている。

 ―――天に奔る光が美しい。

 性質としては英霊の宝具と似通った神秘であった。明らかに対魔力を意識した術式は、西洋の魔術基盤では無く、東洋方面の呪術関連の基盤が応用されたモノ。良く見れば陣を構成している要所には呪符が浮いており、細やかな結界が空間を歪めて奇天烈な力場を生成していた。

 

「……なに!?」

 

「恐らく対幻想種用に編まれた術式です!」

 

 セイバーが生きていた時代は、神秘面に属する魔物が生きていた。そんな怪物達の中には、対魔力を持つ化け物も珍しくない。その強大な能力に対抗する為の術をセイバーは見た事があり、あの砲撃はそれと同種の気配が宿っている。それも竜種さえも粉砕するレベルとなれば、セイバーでさえ知らぬ埒外の威力となろう。

 ……士郎もその事を解析魔術の応用で読み取っていた。細部までは全然理解出来ぬが、大まかな概念と理論は把握した。魔力を以って物理干渉に特出した神秘ならば、確かに対魔力を貫通する。純粋な魔力を圧縮・加速させて撃ち出す術式も複合されている為、更に殺傷能力は増してしまう。

 

「……だが、これでは――――!」

 

 ―――砲撃は一門だけ。

 軌道から逃げて仕舞えば簡単に避けられる筈……なのだが、その一撃の広さが異常なまで巨大だった。まとめて殺してしまえば良いとでも考えたのか、攻撃範囲が公園大半を覆っていた。

 もはや、逃げるしかない。中心地点から素早く出来るだけ退避しなくてはならない。更に魔法陣が大きくなり、攻撃範囲は彼らが逃げるほど広がっていく。

 ……だが、逃げられない。

 既に、いや初めから臨界点に達していた砲門の加速は、何時でも撃てると敵に絶望を教えていた。

 

「―――セイバー、聖剣の解放を……!」

 

「……―――――――」

 

 言葉を発する余裕も無いのか、セイバーは無言のまま一気に風王結界(インビジブル・エア)を解除。刀身に極大の光が纏い始め、魔法陣の光源と向かい合う……!

 

「――――――間に合うか……!?」

 

 充填される魔力と、全開で回り続けるセイバーの炉心。世界を震撼させる魔力の奔流は、さながら竜の息吹。魔法陣に収束する魔力の集まりに追い付き、一気に聖剣が魔力を加速させて光を帯び始める。

 ……そして―――光が墜落する。

 魔法陣から放射された砲撃が、地上の一切合財を葬る為に降り注いだ。宝具として換算すれば、その破壊力はA+以上にもなろう狂った神秘。さらに時間を掛けて貯めれば、威力は大幅に上がると容易く予想出来る悪魔的魔術行使。この場の居るマスターとサーヴァントたちは知らぬ事だが、この場所とは違う戦場に降り注いだ極光よりも、この攻撃は更なる破壊性能を秘めている。

 その地獄に対し、聖剣は真なる勝利を輝かせた―――!

 

約束された(エクス)―――勝利の剣(カリバー)……!!!」

 

 ぶつかり合うエネルギーとエネルギー。両者の中間地点で轟音と極光が炸裂する。天に描かれた魔法陣から落ちる光はまるで神の裁きに等しい一撃だが、地から天へ刃を放つ剣の輝きはまるで竜の息吹。

 ―――恐るべきは、ただの魔術で宝具たる聖剣の解放に拮抗している現状。

 聖剣エクスカリバーの能力を考えれば、そも魔術で僅かでも拮抗する事が有り得ない。神霊クラスの魔術である真名解放に立ち向かえる魔術となれば、キャスターのサーヴァントは神霊に等しい神秘を身に宿している事となる。

 ……だが、それは極々短い数秒のこと。

 掻き消される魔法陣と、その魔力砲。聖剣から放たれた光の斬撃が、一刀の下消し去った。

 

 

◇◇◇

 

 

 ―――そして、上空には異形が飛行していた。

 いや、正確に言えば、浮遊と呼ぶのが正しいのだろう。この世ならざる人外の者は、下界で行われていた二つの戦場を覗いていた。

 一つは先程から見ている乱戦模様。もう一つはマスターたちとアヴェンジャーの未消化死合。

 

「……―――」

 

 黒い羽を生やした巨大な鳥と、その獣の背に乗る道士姿の男。はるか上空から戦場を見下ろし、自分達を結界に包み込んで気配を消し、姿も消していた。気配を遮断していると言うより、存在を消失させている程の透明さだ。外部からは、魔術的にも、科学的にも、決して確認する事は不可能。

 

「――――――退魔の淨眼」

 

 その羽を例えるならば、鴉の翼か。しかし、ここまで大きい鴉は存在しない。ならば答えは簡単、この動物は神秘面に属する生物たる魔獣であった。

 鴉の魔獣は黒い翼を羽ばたかせ、背に乗る男は観察し続けている。

 

「ふむ、成る程。あの一族が英霊の座に到達したのですか」

 

 そのまま黙り込み、目を瞑った。鴉は律儀に主人の命を待機しているのか、羽ばたくだけでその場所から微動だにしていない。

 

「……一人も倒れていません。符の消費量から見ますと、割に合わない仕事となりました。アヴェンジャーは魔眼の持ち主らしく、どうやら“死”を見抜かれ、砲撃そのものを殺されました。

 閻魔の裁定はかくやと言う絶対性を持つ死の発露。あれはありとあらゆる神秘に対する死神です。魔術だろうと、宝具だろうと、関係無く殺されてしまいますね。其方の基盤風に例えるのでありましたら……そうですね、バロールの魔眼なんて所でしょうか」

 

 傍から見れば、頭がおかしい人間の独り言。しかし、サーヴァントたる彼は念話にて現世の主に対し、従者らしく報告を行っていた。

 また、その報告序でに下の様子も監視しており、マスターとサーヴァントの現状も盗み見ている。バーサーカーはセイバーの宝具開帳の隙に逃げ出し、ランサーも渋々マスターの元に帰還していった。今、公園に居るのはセイバー組とアーチャー組だけだ。

 

「……―――はい? いえいえ、それは流石に。

 まぁ、しかし、私が持つ宝具の天敵……と言うよりも、宝具と言う現象そのものの天敵になる魔眼です。貴女のそれも考え過ぎでは無いですけど、しかりと準備できる対処法はありますから」

 

 今回の仕事は完全に成し遂げられた。このサーヴァントは計画通り、全てのサーヴァントに喧嘩を売り付けた。本来ならば召喚されないイレギュラーであるアヴェンジャーも“最初”の目論み通り見付け出し、他のイレギュラー要素も大凡は見出せている。

 どの陣営が、どのクラスのサーヴァントで今回の奇襲をしたかなど、それなりの予測が立てられる魔術師と英霊ならば辿り着けるだろう。

 故に、今から万全の備えの為、完璧な攻勢的守備に移らなければならない。数を減らせれば、それはそれで万々歳だが、当初の目的は達する事が出来た。

 

「それと、セイバーのサーヴァントは聖剣エクスカリバーの持ち主です。

 資料通りでありましたら、情報も揃ってますので、彼女の攻略は其処まで困難ではないかと。アーサー・ペンドラゴンには竜の属性もありますし、伝承も奥が深いです。色々と利用させて頂きましょう。攻略方法も一つだけではありませんし、幾つか予備で準備を整えておきますかね。

 そして、ランサーは魔槍ゲイ・ボルグの担い手たるクー・フーリン。

 槍使いと同時にキャスターの適性を持つルーン使いです。いやはや、この大英霊様は厄介で強いですが、それ故に存分な殺し合いが出来そうで心躍ります。伝承も多いですし、弱点も分かり易い。ゲッシュとか巧く利用出来ましたら、簡単なんですけど。

 また、魔剣ダインスレフを持つ王様となれば真名はホグニですね。

 伝承通りならば不死と魔剣が宝具でしょう。魔剣は敵を殺せる能力を持つまで狂い続ける能力が主軸ですが、あれには色々と副次的な効果もありそうです。不死性の程はまだ今一把握しきれていませんが、観察をつづければ何時かは理解出来ましょう。

 ―――………ええ、はい。それは後ほど。

 今はアヴェンジャーが保有する魔眼の正体が優先されます」

 

 アヴェンジャーのサーヴァント。八番目のイレギュラー。

 七体しか召喚されない筈の英霊であるが、このサーヴァントは八体目が冬木に召喚される事は初めから知っていた。だからこそ、あの組を表舞台に引っ張り出す必要があった。潰し合って貰うにはまず、互いに敵を認知し合わなければならない。

 

「推測ですが、恐らくあれは存在の死を視ています。根源と繋がり、万物が内包する存在の綻びを視ているみたいですね。

 既にあの両目と脳髄が渦に等しい。

 貴女は“死”の概念を可視する目―――直死の魔眼をご存知ですか?」

 

 今のところ、計画は万全。次善の策など幾つも準備しているが、こうも最善策が進められるとなれば嬉しいに決まっている。策謀が中々に好みな彼からすれば、今の状態こそ最高の舞台作り。

 

「―――……ほお。あの魔眼を持つ者を知っているのですか、それも持ち主がこの現代に居たと。ならば可能性としては低くとも、真名は有り得るかもしれませんね―――エルナ殿」

 

 上空から戦場を観察するサーヴァント―――キャスターは、楽し気に冬木の地を見下ろしていた。

 

「さて、新たな我が家に帰りますかねぇ……」

 

 空から異形が消え去る。常識に支配された現代では居てはならない神秘の具現は、影も形も無く元の居場所に帰った。

 ……そうして、キャスターが帰還した数時間後の事だった。

 見計らったように、あらゆる監視の目を潜り様に、影が唐突に現れた。戦場となった公園に、とある一人の人物がひっそりと佇んでいた。

 真っ黒な襤褸布で全身を包み纏い、フードの所為で顔は全く分からない。しかし、身体つきから女性であることは見て取れた。

 

「―――……」

 

 公園の草むらの葉に付着していた血を、人影は人差し指で拭い取る。真っ白い肌に赤色の液は良く映え、見る者に対して倒錯的な気分を抱かせる。

 

「……んぅ―――」

 

 ピチャ、と小さいが妖しい音が鳴った。赤い舌が指を舐め、血を舐め取ったのだ。その人物はフラリフラリと公園を移動して、草の葉に付く血液を舐め取り続けている。

 

「―――で、そこの溝鼠(ドブネズミ)。それは何かしらの儀式か何かか? フン、実に気色が悪い趣味であるな。暗殺者のサーヴァントには、最低限のモラルも無いと見える」

 

 君臨している、と例えるのが一番適切だ。王者の風格は勿論、英雄の気質に溢れている。だが、身に付いている気配は、どうしようもなく血生臭い。物理的な嗅覚で嗅ぎ取れる臭いでは無く、第六感的な悪寒として伝わる血の臭いだ。

 

「……驚いたぞ。公園に入って来るまで、アサシンたる私が気が付かぬとは」

 

「間抜けな鼠だ。暗殺者が暗殺されそうになるとは、実に滑稽よ。確か、この国では猿も木から落ちると言うのであったな」

 

「成る程。こそこそするのが貴様の趣味か。ならば、貴様はその溝鼠と似た者同士と言う訳だ」

 

我輩(ワシ)が、命を啜る鼠のような屑と同じだと?

 ―――は。良く分かっているではないか!

 そうだとも。だからこうして、間抜けにも人前に姿を出した阿保を殺しに態々ここに来た。物事を推し進める為には合理的でなくてはならん」

 

「……―――」

 

 危険だ。

 

「―――ライダー。貴様は私を殺す為だけに、此処に来たのか」

 

 素性は既にお互いがお互いに露見していた。だが、アサシンはそのクラス名だけで、既に真名を教えている様な物。敵がライダーだとアサシンは知っていたが、まだその真名は判明していない。

 

「グッハッハ―――そうだとも。

 (ヌシ)を殺す為だけに我輩(ワシ)は此処に居るのだよ、アサシン」

 

 黒衣の女は、相対する敵から悪寒しか感じられない。ライダーがただその場に存在しているだけで、巨大なバリスタが自分を狙っているかのような圧迫感に襲われている。

 

「聖杯戦争とは……まぁ、規模こそ戦と言えるモノだが、結局は個人の能力で勝敗が決する生存競争よ。

 その中でもアサシン、お主の能力は如何ともしがたい厄介さがある。それこそ、先に殺さねば安全に他者と殺し合いも行えん程にな」

 

「―――お喋りが過ぎる男だ。私をアサシンと知りながら、長々と持論を語るとは愚かなだな」

 

 アサシンは手元より暗器を取り出した。それは嘗て存在した暗殺教団の者が愛用していた武器の一つである。投擲用に改良された得物であるダークは、敵を仕留める為に静かな殺意を宿す様に冷たい脅威を放っていた。

 だが、無様だった。

 アサシンにとって殺し合う状況こそ不手際。暗殺とは、ただ一方的に死を悟らせる事もなく行う殺人行為であるべきだ。

 

「無様な女よ。無駄な事を、この我輩(ワシ)が態々自分から進んですると思ったか?」

 

 その瞬間―――公園が異界に変貌した。

 

「……っ―――!」

 

 体が重い。いや、機能が低下している。ただこの空間で呼吸をするだけで魔力が搾取されている。

 

「縛る規律の無い殺し合いにおいて、暗殺者に勝てる者などこの世に存在せん。

 これでも我輩(ワシ)は一国を作り上げ、支配した王であるのでな。お主らのような者が生きているとなれば、何としてでも早く殺したいのだ」

 

 何でも有りな命の奪い合い。このサバイバルではアサシンのサーヴァントは、どのサーヴァントより強いのではなく、どのサーヴァントよりも脅威である。

 

「……間抜け。逃がさぬよ」

 

 ライダーが語る言葉は真実であり、重かった。公園は既に武装した者によって囲まれていた。瞬時に逃走を試みたアサシンであったが、ライダーは当たり前のように対策を練り上げていた。

 

「――――――……」

 

 既に何も喋ることは無し。アサシンは静かに辺り一帯を確認する。

 ―――剣と弓。

 武装は近現代のモノでは無い。これは中世や、まだまだ兵器が発展していなかった時代の様相だ。

 

「では、存分に踊ると良い。

 我輩(ワシ)もお主も英霊ゆえ、血濡れた戦争こそ大好物だ……そうだろう?」




 これで殆んどのサーヴァントを出せたと思います。アヴェンジャーが召喚された理由も、後々の話で出していきます。まだ真名が謎なのがアーチャー、キャスター、ライダーの三体ですけど、多分何となくバレているかと思います。
 後、裏話ですけど、キャスターの視界で戦場を見ていたエルナは、あのキャスターの砲撃を見て思わず「人がゴミのようだ!」とか言ってテンション上がってました。
 読んで頂き、ありがとうございました。


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47.三つ巴の暗殺者達

 戦争休憩回です。しかし、作者としては色々と悩む内容でした。


 昼。正確に言えば、夕方に入る少し前。沈みゆく傾いた太陽の光は、地球の大気とぶつかる事で色合いを変色させる。橙色と化した夕闇の輝きは、これから世界が闇に変貌していくことを知らしめる。何度見てもこの光景に変わりは無く、人々は一日の終わりを実感するのだろう。

 

「カッコ良かったですね、貴方の息子さん。先輩はどんな姿でも、実に先輩らしかった」

 

「――――――……」

 

 無言を貫き、煙草を吸った。口から煙を吐き出し、強く冷たい視線で自分を召喚した魔術師を睨む。

 

「……間桐桜。君は僕を如何したいんだい?」

 

「嫌ですね。そんな疑い深く見ないでください。好きな様に戦って下さって、本当に私は構わないのです」

 

 間桐邸のリビングで椅子に座る陰鬱な男―――衛宮切嗣は、重く言葉を吐き出した。

 

「信用出来ないし、信頼も出来ない。共に戦う仲間になるなんて、そんな冗談は聞きたくなかった」

 

「ふむ。相変わらず疑り深いな、衛宮切嗣。実際問題として、情報も集まり戦略も練り易くなったであろう?

 ―――我々は聖杯を求める同志ではないか。

 これまでの過程はともあれ、結果として同じ物を望む者ならば、それなりの仲間として信用したらどうだ」

 

「黙れ、言峰綺礼。協力者としてなら信用を認めてやっても良いけど、仲間として信頼するなんて、とてもじゃないが不可能だよ。

 ―――最後の最期でおまえは裏切る……僕も、間桐桜も、間桐亜璃紗も。

 結果が目に見えているのに、何でそんな異常者を仲間にする事が出来るってんだ」

 

「駄目ですよ、切嗣さん。どうせ死ぬのですから、最後が来るまで仲良くしましょう。綺礼さんはその辺りこと割り切ってますので……ほら、嘗ては敵だった貴方にも割かし親切じゃないですか」

 

 桜が黒い笑みで断言した。この場に居る全員の本心だが、言って良い事と悪い事が世の中にはある。それが、この言葉だ。決死の覚悟……唯の覚悟では無く死を決意する程の妄執ゆえに、この歪な同盟が成り立っている。ならば、それを軽々しく言葉にすべきでは無いのだ。

 だからこそ、桜は他人の想いを揶揄するように残酷な事実を言い表すのだが。それも、相手が衛宮切嗣なんて言う傷だらけの心を持った大好物ならば猶の事。

 

「……桜さん、凄く凄く胡散臭過ぎるよ。そんなのだから、衛宮さんに嫌われてしまうんです。ほら、見るからに人間不審そうな男なんですから、もっとナイーブに扱って上げないと」

 

 とは言え、エグイ人間しかこの場には居ない。一番年下の亜璃紗でさえこれならば、他の三人はどれ程の鬼畜具合か。

 

「亜璃紗ちゃん。君はあれだね、男から余りモテないでしょ?」

 

「嫌だね、衛宮さん。こう見えても私、仮面を被るのとても上手いんだよ」

 

 一室に四人は集まっていた。間桐邸らしく薄暗い部屋だが、広さと飾りは一級品。そして、大きいテーブルの上には、上品且つ家庭的な物凄く美味な料理が並んでいる。

 まるで四人家族の夕飯時な四角い机を前にして椅子に座り、四人の魔術師たちは黒い雰囲気を出して座っていた。間桐桜の隣には衛宮切嗣が座り、彼の対面に言峰綺礼が座り、神父の隣に間桐亜璃紗が座っていた。亜璃紗は正面に座る桜を見つつ、彼女が作った料理を堪能していた。

 

「……う~ん。なんで桜さんは、料理はこんなに家庭的に旨いのか。やっぱり愛が重要なんでしょうか」

 

「ずばり、その通りです。愛も料理も、手間暇掛けて仕上げを完成させるものですから。亜璃紗も何時か分かる時が来ますとも」

 

「―――違うね。愛は突然訪れるモノだよ」

 

「―――違うな。愛は自分で見出すモノだ」

 

 ……と、切嗣と綺礼の声が被った。食事を一瞬で食べ尽くして煙草を吸っていた切嗣は、ゆっくりと泰山風味の激辛料理を楽しむ綺礼と目が合った。

 

「自ら手に入れた幸福を棄て、聖杯を望んだおまえが愛を語るのか?」

 

「人の営みを余分にしか感じられない男が、愛を知っているとでも?」

 

「まぁまぁ、そんなに殺気を出さないで」

 

 亜璃紗は笑顔で仲裁に入る。正直に言えば、彼女はこの二人が面白くて大好きだ。桜も桜で歪んでいるが、衛宮切嗣と言峰綺礼の壊れっぷりはこの世に二つと無い最高の遊興である。

 

「……おまえの息子、衛宮士郎は衛宮切嗣に似て、らしい末路を辿っているではないか。正義の味方を継がせる事が、おまえの愛と言うものなのか。

 ならば随分と、親孝行な子供だな。

 父の無念を晴らすべく、自ら煉獄で焼かれる事を良しとするなど、確かにおまえから愛されなければ出来ぬ行いだ」

 

「そういうアンタらしくなく、普通の父親みたいに息子へ肩入れしてるね。彼が聖杯に落ちた時も助けていたけど……何と言うか、あれは実に気味が悪かった」

 

「「―――……」」

 

 間桐親子の心は一つになった。似た者同士だなぁ、と。

 しかし、何だかんだと桜も亜璃紗も空気の読むのは得意だった。もっとも、他人の心情を悟れる程聡いからこそ、精神を甚振るのがとても巧いのだが。

 会話は続く。長い間、二人とも聖杯の中に居た所為か、こんな会話がライフワークになっていた。桜が食器を台所にかたし、亜璃紗は携帯電話を弄くり回していた。しかし、綺礼は楽し気に切嗣へといつも通りの暗く重い笑みで、しかし何処か神聖さに満ちた表情で語り掛けていた。

 

「私の娘は冬木に居てな、そっと見てみたら妻に似て美しく育っていたぞ」

 

「奇遇だね、僕の娘も今はこの冬木に居るよ。おまえに殺されたアイリそっくりの美人だった」

 

「ふ。私が殺した? 馬鹿を言え。

 あの女はそも、死に逝く運命(サダメ)の器人形だ。故に、手を下したのが私とは言え、それはおまえから見ても別段取るに足らない事であった筈だが」

 

「うっかり自分が拾った子供の方が呪いに対する適性が高くて、心臓の呪詛を吸われて死んだ男とは思えないな。

 願望を果たすべく挑む筈だった第五次聖杯戦争に参加出来ず、聖杯内に囚われていた間抜けとは思えない台詞だね」

 

「その呪詛に抵抗出来ずに死んだ奴の台詞とは思えん程、皮肉が効いた言葉だ。やはり、正義の味方であった者は言う事が違う」

 

 アヴェンジャー・この世全ての悪(アンリ・マユ)の亡霊と化した二人を、奈落の底の地獄から召喚してから続く毎日。こんな光景が、既に間桐邸では変わらない日常となっていた。

 衛宮切嗣の戦場視察と、間桐桜の蟲による冬木監視網。

 先日の殺し合いにおける考察を行い、その後の夕飯になれば、場の雰囲気は戦場のソレから一変されていた。この四人は全員が全員、生真面目な性格な為作戦の邪魔をするような事は一切しないが、お互いの性格の所為で皮肉と嫌味の応酬に直ぐになった。

 特に綺礼が切嗣に皮肉を言えば、切嗣が嫌味を言う。それに対して亜璃紗が娯楽に浸り、桜は笑みを浮かべて三人を見るのが常である。

 

「…………―――ふふ」

 

 ―――そして、間桐桜は計画通りに事態を運ぶ。

 だが、彼女からしても、アインツベルンのキャスターの規格外さは想定の範疇が飛び抜けていた。どうもあの魔術師のサーヴァントは、この度の聖杯戦争のイレギュラーを知っており、自分達を警戒している様子も手に取る様に分かった。念入りに考察すれば、あのイレギュラークラス・アヴェンジャーの召喚に関与している疑いもあった。もっとも、キャスター殺しは目の前の亡霊二人を巧く使えば良い事。それに、自分を助けてくれたあの神父からの贈り物でもある亜璃紗も使える。更に言えば、自分たちの陣営は実に相性が良く、人格的にも同じことが言えた。お互いがお互いを裏切るタイミングも分かり切っている。

 ならば、後は容易い。

 敵陣の攻略は、この化け物どもに任せれば十分だ。何よりも、自分もその化け物の仲間内。彼女が計画した作戦として、この難しい戦況は、この局面を乗り越える事で、段々と聖杯戦争の序盤を抜け出していく事が可能になりそうだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 二つのソファー。間にテーブルが一つ。

 机の上にはメモ帳とコーヒーが入ったカップが二つ置いてある。湯気が出ている為、入れたてであるのが分かる。香りもそこそこ上品で、一級品ではないが飲み心地は良さそうだ。

 

「―――それで殺人貴……じゃなくて、アヴェンジャー。アンタが召喚されている事、速攻でキャスター組にバレてんじゃん?

 気配遮断とか、ホントに巧く使えんてんの?」

 

 正直な話、綾子の心境は最悪であった。左目の眼帯を外し、傷跡と橙色の瞳を持つ義眼を外に見せている。自分が生まれながら持っていた左目は、とある死神に斬り“殺”された。そして、斬り“殺”された左腕の変わりの義腕も取り外し、椅子に深く座りこんでいた。

 そう、この目の前の男が生前に、自分の左目と左腕を斬り殺していた。そんな相手を前に平常心を保つは色々と気苦労が重なるのだ。

 しかし、今の気分の悪さはソレとは関係ない。

 綾子は単純な話、今の戦況の悪さが心底気に食わない。なにせ、第八番目のイレギュラーとして持つ一番の有利性は、本来ならば存在しないと言う点だ。つまり、此方から打って出なければ狙われないと言う事。なのに、キャスターは最初から知っていたかのように自分達を積極的に付け狙い、最後には他の組の前に姿を無理矢理曝け出された。

 

「分かっているんだろ、マスター? あのキャスター、俺達の事を最初から知っていたよ」

 

「……やっぱり、そうなるんかねぇ。じゃ、そもそもこんな事態になったのが、奴らの仕業だったんかな?」

 

「―――なるほど。

 だったら、このイレギュラーである俺も、開催者のアインツベルンによる違法の一端なのかもしれないな。

 マスターから話を聞く限り、あの家は真っ黒なんだろうし。まぁ、聖杯の為ならこんな程度の違反は運営範囲内なんだろうね」

 

「キャスターを召喚したのがアインツベルンであるのだとしたら、その可能性はでかいんじゃないか? あたしも其処ら辺は、あんたと同じ考えさ」

 

 まず、怪しいのは御三家。遠坂、間桐、そして―――アインツベルン。

 遠坂は色々と無理があるので、綾子は直ぐに除外した。あの当主の性格を考えれば、この様に第八番目が召喚されるような改造は行わないだろう。

 間桐は間桐で色々と怪しいが、八番目を召喚させる意味が無い。そもそも、あの家の当主の間桐桜に令呪は出ていないらしい。なので、間桐が犯人だと過程した場合、もし八番目のサーヴァントが召喚されるのであれば、その令呪は桜にこそ現れるべきである。間桐の不参戦は教会の監督役から聞いた話なので、これはそれなりの信憑性がある推測だ。

 よって、一番疑い深いのはアインツベルンとなる。

 そして、キャスターの主もこの家の者と思われる。

 八番目の存在を知り、それを強襲するにはアインツベルンが一番適合していた。

 

「あの家、狂ってるからあんまり好きじゃないんだよね。ほら、ホムンクルスって何だか見ていると、魔術師のエゴの塊過ぎて胸に迫るモノがあるし」

 

 片方しかない右腕で、アヴェンジャーが入れた熱いコーヒーを飲む。脳味噌に糖分が全く足りないので、砂糖とミルクが入った甘さたっぷりの反ブラック主義。そして、アヴェンジャーもアヴェンジャーで自分の分のコーヒーを入れていた。そちらもやはりマスター同様、甘さ控え目とは言え砂糖とミルク入りのものであった。

 

「―――魔は、何処までも魔だよ。

 魔術師(ヒト)に作られし人造人間(ホムンクルス)とは言え、本質的には魔術師の同類さ」

 

「なにを今更。あたしだって魔術師さ」

 

「―――は。マスターが魔術師だって?

 それは全く違うさ。君みたいな魔術使いは魔術師には程遠い。この聖杯戦争だって、聖杯にも根源にも興味がない癖に参加して何を言っているのやら」

 

「……そう言や、あんたは守護者に属する英霊だったな。そうなりゃ、そっちの言い分の方が正しいんだろうね。

 なにせほら、根源を目指す魔術師を殺す絶対装置なんだし」

 

「―――……ああ。無論だとも。

 あの時の契約通り、世界を守護するオレからすれば、真実なんて簡単に知る事が出来るからね」

 

 アラヤと契約した殺人貴。故に彼は、第六次聖杯戦争で現界した最上級のサーヴァント。ありとあらゆる神秘を殺害する死神である。

 

「実に皮肉だよね。その目で斬り殺された眼と腕の傷が、あんたを呼ぶ触媒になるなんてな。

 ……ああ、クソ。

 殺人貴が守護者になってるんなんて知ってれば、この傷の効果が無くなる程の強力な触媒を用意したんだけど」

 

「ぼやくなよ、盗賊。こっちからすれば、マスターの御蔭でこの聖杯戦争に参加出来た。こう見えて自分は凄く感謝しているんだ」

 

「そりゃ嬉しいが、あんたは真名が他の連中にもろバレだからね。色々とマスターとして運用に困っちまうよ」

 

 彼はまだ全てをマスターに語っている訳では無い。聖杯に対する願いも、守護者になった原因も、マスターに告げていない。しかし、サーヴァントとして甦った理由として、生前に果たせなかった事をすると、綾子に言っていた。

 

「魔眼の使い処はそっちに任せる。他サーヴァントとマスターの攻略も同じさ。

 俺の意見は戦略の参考程度にしてくれれば良い。召喚されたサーヴァントである身として、マスターの方針に従うよ。

 ……それに、こう言うサバイバルはそっちの方が得意だろ?」

 

「否定はしないさ。アヴェンジャーの魔眼は、対宝具戦の主戦力だからね。

 それに敵を殺せなくとも、宝具を殺せれば敵の武器を封じられる。敵の戦力を削り、段々と追い詰めて行こうじゃない」

 

 コトリ、とコーヒーが入ったマグカップを綾子は置いた。片腕しか使えない為、色々と不便だがそれを補える仲間がいれば特に困った事はない。

 

「良いね、それ。けれど、らしく無く結構慎重に進めるんだな」

 

「―――衛宮が参戦している」

 

「……ああ、あいつか。

 アレが居るとなると、眼の天敵がいる事になるのか」

 

「それもあるが、一番厄介なのが―――あの言峰が冬木に居るかもしれないと言う所だ」

 

「…………―――不吉だ」

 

「だろ? だから、今回の馬鹿騒ぎは厄介過ぎて嫌になってくるんだ。あの二人が敵側として戦場に居るなんて考えると、それだけで面倒臭くて堪らないのさ」

 

 やれやれ、とアヴェンジャーは重く溜め息を吐き出した。生前の記憶が確かであれば、衛宮士郎は天敵の中の天敵。言峰士人は何を企んでいるか全く理解出来ない災厄そのもの。思考すればするほど、アヴェンジャーは手元のコーヒーの味が苦くなっていく。

 特にあの神父、自分が生きていた時に起こった戦において同盟を結んだ際、此方が頼んだ犬の殺害を成功させた腕前。目的を確実に達成させる為に、計画し、準備し、実際に実現させる。狙われたら最後、確実に仕留める為の計画と手段で以って、敵を殺しに掛るだろう。

 

「神父の方はまだ見て無いけど、あの男の性格を考えればアサシンを呼んでいそうだ」

 

 アヴェンジャーは偵察兵としても使える有能なサーヴァントだ。綾子は彼を巧い具合に利用し、色々と他の組を探っていた。冬木市にある怪しい箇所に探りを入れ、何組かのサーヴァントとマスターを見付けていた。しかし、その中に言峰士人の姿は無い。よって、確認出来た者共を使って消去法で思考すれば、アサシンのサーヴァントを召喚している可能性が一番高い。

 

「あー……いや、どうだろう。でも、可能性としては一番高いかもね。あいつ、良くも悪くも合理的だからなぁ」

 

 話し合いは続く。マスターとサーヴァントであるならば、練れる策は熱い内に完成させておくべき。しかし、夜も有限であり、次の日の決戦は直ぐにでも始まってしまうのだろう。ならばサーヴァントとして、アヴァンジャーは有る程度は話が纏まったのでマスターを労わる事にした。

 

「……マスター、もう休んだらどうだい? 今日は色々と疲れた筈だ。取れる疲労は取れる内に解消してしまうのが一番だ」

 

 包帯を掛けているが、彼の視線が優しい事に綾子は気付く。どうやら本気で此方の体長を気にしているらしい。

 

「そうだね。今日は疲れたよ。もう、休もうかな」

 

 戦争一日目を終了する。聖杯降臨までまた一歩、近づいた事を意味している。

 そして、美綴綾子に願望は無かった。しかし、この聖杯戦争に命を賭すと既に決めている。聖杯になんて叶えるべきもの自体が存在しないが、聖杯そのものに興味はある。だがその前に、彼女は降りかかる火の粉は全力で振り払う主義だ。故に、戦うならば全力だ。召喚したサーヴァントも、正体は心底気に入らぬが、有能性だけは認めていた。

 笑みを浮かべ、綾子は意識を落す。ベッドは無いので、そのままソファーに寝転がった。今日一日を振り返り、次の日の忙しさを忘れて彼女は眠った。

 

「―――おやすみ、マスター」

 

 

◇◇◇

 

 

 黒い衣を纏った女。その服装は闇に溶ける漆黒に染まり、襤褸布にも似た古臭さが骨董な風味を出している。そして、彼女の希薄な存在感は尋常のものではなく、目の前にいるのに此処に居るのだと認識出来ないまで気配が無い。フードを被っているため顔を覗くことは不可能であり、常に暗い影によって素顔を見る事は出来ないだろう。

 

「神父……やはりな―――」

 

「―――アサシン。まぁ、まずは敵戦力の分析からだ。どうやら今回の聖杯戦争、サーヴァントに並ぶまでにマスターも曲者揃いと見える。

 それに、敵勢力の把握はほぼ終了している。

 セイバーと衛宮士郎。

 アーチャーと遠坂凛。

 ランサーとバゼット・フラガ・マクレミッツ。

 バーサーカーとアデルバート・ダン。

 また、キャスターはアインツベルンが召喚しており、あの大規模砲火も奴らが実行であろう。そして、ライダーの方も正体は大凡の予測は立てられており、マスターの方も判明している。アヴェンジャーがイレギュラークラスの第八番目として召喚されたが、あれの正体は昔馴染みであり、そのマスターも知らぬ仲では無い。

 とはいえ、今はまだ潰し合いの序盤。手を出すならば、敵の隙を窺わなければならない」

 

「……ふん、そうか。貴様は慎重に進めるのだな?」

 

 アサシンはサーヴァントとは思えない程、かなり強気の口調でマスターと対している。潜伏場所として隠れて入手しておいたビルの一室で、二人は静かに戦略を組み編んでいる。

 ライダーとの遭遇戦で負った傷は癒えており、敵の追跡も撒いて完全に逃げ切った。その後、街中に変装して潜伏し、時間が経過してからマスターの元に戻って来た。

 

「不安か?」

 

「ふざけるな。この私にそのような侮蔑をするか、莫迦者」

 

 視線を士人に向けたアサシンはマスターを強烈に睨んだ。彼はサーヴァントが被るフードの中が見えたが、其処在ったのは不気味な髑髏の仮面だけ。

 

「では、策は有る訳か。専門家のお前を疑うのは馬鹿らしいが、俺はそれでも万全を喫する主義であるのでな」

 

 む、とアサシンは唸った。観察をしていたから分かる事だが、どうもマスターが現世の魔術師とは思えない程、戦闘能力が異常な領域で高かった。サーヴァントもサーヴァントで怪物揃いで在る様で、マスターとサーヴァントが一緒に居てはまず暗殺は不可能だろう。

 火薬などを使った陣地爆破も計算に入れているも、それは情報戦を制してからであり、今の段階ではまだ使えない。敵の居所さえ掴んでしまえば、暗殺も策が程良く練り込める。

 

「気配遮断のみでは、些か不具合が生じる。この度の戦は中々に暗殺者泣かせだ。念には念を入れ、監視と接触には術が必要であるな」

 

 そう言って、アサシンは顔を隠していた髑髏を剥ぎ取った。ハサンが山の翁の証とするお面を外し、素顔をマスターの前に晒す。

 召喚者である言峰士人は彼女と契約してから初めて、自分のサーヴァントの素顔を見た。

 

「……ほう。お前は、顔を剥いだハサン・サッバーハでは無いのか?」

 

「戯け。ただ単純に、顔の皮膚を剥ぎ取る必要が無いハサンの一人だっただけの事。

 故に今の顔は私本来のモノでは無い作り物だ。他人から奪い取って来た偽物に過ぎんし、生まれ持った本当の顔も既に記憶から失われている」

 

 顔色の悪い作り物めいた美貌。顔面蒼白で病弱そうで、まるで水死体みたいだ。不自然な紫色の唇に、紫色をした瞳に、綺麗に自然な色をした紫の髪。

 この顔はアサシンにとって数有る内の一つでしか無い顔だ。奪い取って来た人間のパーツを組み合わせて作られた彼女固有の顔だ。そのまま他人から写し取った複製を多く持ち、自分で作ったオリジナルの顔は他にもあるが、今のこの顔が彼女にとって一番のお気に入りだ。暗殺者として生まれた時から教団の呪術師に育てられた彼女には、自分の顔に関する記憶は何一つも無く、沢山の人間の顔に関する記録だけが残っていた。

 

「そも、私は呪術師でもあってな。この手の術は暗殺者として得意分野だ」

 

 彼女の変化は突如始まった。顔立ちに肉が脈動するように暴れ、髪の毛の長さと色も変わっていった。発している気配や、士人には分からないが人固有の体臭にも変化があった。変化があるのは顔立ちだけでは無く、体型や声色さえも変化していった。

 

「―――まぁ、この程度ならば支障は無い。それなりに有能な手札として利用出来るだろう?」

 

「……それは、セイバーのサーヴァントか」

 

 アサシンと視界を共有していた士人は、この度に召喚された剣の英霊の姿を知っていた。その召喚者たるマスターも確認済み。

 

「あの戦いの後、戦場から血を採取して置いたのだ。写し身が可能なのは、このサーヴァントだけでは無い。また、男にも変化が可能であるので、あの場に居た者で血を流した者に成り代われる。

 ―――私に抜かりは無いぞ、神父」

 

 また、アサシンの服装も変化していた。彼女の黒い衣は鎧の形に偽られており、見た目は完璧にセイバーそのもの。この黒衣には変装を補助する目的も果たしており、自分の目で観測した装備の外観を真似る事が出来る。

 

「……性格は大丈夫か? 気配や口調も写せるのか、お前は?」

 

 もし、変装による暗殺を行うのであれば、近づくまで他者であると悟られてはならない。違和感が生じてしまえば、完璧な暗殺は成功しないだろう。

 

「ええ。大丈夫です。血液に含まれた情報より、見た目だけでは無く中身の方も複製が可能ですので」

 

 これは士人が九年前に聞いた事があるセイバーの口調と音声だ。姿形は勿論のこと気配も変わりなく、これを見破るにはそれこそ専用の宝具が必要となるほどの技量であった。

 

「ああ……それと、一般人のフリも出来るぞ」

 

 再度、姿が崩れて形成し直された。成り替わった人物はこれと言って特徴の無い標準的日本人で、例えるならば学校のクラスで三番目に可愛らしい整った顔立ちの女性だ。

 今の彼女からは、一欠片もサーヴァント特有の気配は無かった。魔術師の第六感で捉えたところで唯の人間でしか無く、魔力反応も感じ取れないだろう。本当に何処から見ても唯の一般人であり、その動作も平々凡々としていて武芸者が持つキレもない。服装も先程の鎧姿から現代日本の少女に相応しい私服と化していた。

 

「……ほう」

 

 アサシンの情報をマスターとして知る士人にすれば、確かに予想はしていた能力。だが、実際に眼にすれば如何に有能な隠密技能なのか良く分かった。

 

「成る程、これは良い。使いところを間違えなければ、難敵共の暗殺が容易く可能になる」

 

「当然の事を言うな、戯けめ。

 如何に使いこなすべきか、この業を作り上げた私が一番知っている」

 

「それは確かに。お前の業だ、どの様に使うべき技か知り得ているのはお前だけだろう」

 

 何でも無い唯の人間。それも武芸者特有の仕草も無ければ、魔力反応も無い普通の一般人が、突如として恐るべき暗殺者となって奇襲を行う。

 ……防ぎようがない。

 サーヴァントさえ警戒出来ぬ者が、いやサーヴァントだからこそ警戒しない者が突然敵となる。一瞬の間の混乱は必須となり、其処へ士人が攻撃の手を横から撃てば殺害出来る可能性は跳ね上がる。

 

「さてはて、脱落は皆無。イレギュラーも複数確認。

 ―――この度の聖杯戦争も存分に面白そうだ。

 なぁ、アサシン。折角の現世だ、お前も精々お楽しみを見付けておくと良い」

 

 会話もそこそこ。神父は愉快な表情を隠す事無く、元に戻した顔へ髑髏の面を付け直す暗殺者へ微笑みかけた。既に体格も最初の状態。そして、変化の溶けた黒衣は元の襤褸に戻り、召喚した時のアサシンの姿に一瞬で変わる工程を神父は見ていた。彼女の顔と、体と、服が同時に変化していく様は実に奇怪であった。

 

「莫迦者。聖杯獲得の為、私はこの戦争に参加しているのみ」

 

 彼女の表情は仮面によって分からない。しかし、気配から読み取るに、己を召喚した魔術師を睨んでいるのが分かる。

 遊びでは無い。娯楽では無い。遊興で甦ったのではない。

 暗殺者のサーヴァント―――ハサン・サッバーハは自己を欲するが故に現界している。彼女は只単に、数多のハサンでは無い本物の自分自身を見出したいだけ。

 

「ほう。

 ……いやはや。聖杯内に悪魔が住まうと知った程度で、願望を棄てる類の者で無く良かった。俺はマスターとして実に幸運だ」

 

 この男から暗殺者は聖杯戦争の全てを聞かされているが、アサシンに迷いなど無い。世界が滅び去ろうと、人類が絶滅しようと、呪詛で星が沈もうと、望みが果たせればそれだけで十分だった。他の事を願うなど贅沢であり、違う望みなど心が腐る余分だった。

 他は棄てた。

 ……とは言え、それは彼女から感情が失われた訳では無い。楽しい事は楽しいし、悲しい事を悲しいと思うのは可能のまま。薬物漬けにした肉体と、不感症になった精神と、悪霊に取り付かれた魂魄だが、それでもアサシンには人間性が有った。

 だから、迷いを棄てる必要があった。

 このアサシンのサーヴァントは暗殺者として完璧で在り、一柱の反英霊として極まっている。神の為に、国の為に、何より教団の為に生きた過去は既に歴史に埋もれた。全てもう滅んでいる。ならば、今自分が保有しているハサンとしての業と、暗殺者としての技は、他の誰かの為では無く自分の為に使う。自分の為に、彼女は初めて人を殺す。そんな戦争に参加した。

 感情を消して、自我(エゴ)の無い山の翁と成りながら……死んだ今の自分はエゴの塊だ。

 

「……実に不快な男だ。

 これだから、魔女狩りにしか反応出来ぬ代行者は胸糞悪い。神罰好きめ」

 

 アサシンにとって、目の前の神父は計り切れない魔術師だった。何を考えているのか分からないが、理解出来る事が一つだけ有る。それは、この男が正真正銘の極悪人だと言う事だ。

 例えるなら、吃驚箱だろうか。それを開けば何かしらの仕掛けが発動すると知っているのに、どうしても開けたくなる妖しさがあった。

 内に秘めるモノが異常な、それこそ本人にのみ価値が存在する歪みであるのだろう。故に何処までも透明な在り方を貫ける。他者の理解を必要とせぬから、自己を全う出来るのだ。

 

「なに。俺もお前も、神の名の元に人を殺す人でなしだ。信じるモノは違えども、同類であれば理解し合う事も不可能ではないだろう?」

 

「―――ふん。確かに、私も貴様も神罰を謳って人を殺してきた。

 だが、今の私は違う。

 聖杯戦争の為に行う殺人である限り、自分の為の暗殺だと全て肯定する。下らぬ杯の取り合いとは言え、願いが叶うとあれば是非も無い」

 

 ああ、これはとても良い女だ。そう、純粋に彼は気分が良かった。恐らく、数多く存在するハサンの中で、もっとも相性の良い暗殺者であるのだろう。

 この女は、自分が苦しんでいる事に苦しんでいない。苦痛を苦痛として認識出来ていない。

 傷だらけに成り過ぎて、もう心が壊死している。

 ハサンに選ばれるほど極めた業の為、何を犠牲にして、何が破壊され続けたのか。彼女の人生は血に塗れ、死に埋もれ、屍の山を築き、死んで終わりを迎えた。アサシンはそんな当たり前な自壊を只管繰り返し、此処まで到達した。結末は、今居るこの場所だった。

 

「奇遇だな。それは俺も同じだ。この殺し合いは、自分の為に行う戦争だよ」

 

「ならば、それこそ是非も無し。貴様は私に相応しい契約者だぞ」

 

 無貌の女は、浮かびそうになった苦笑を噛み殺す。再度真っ黒なフードを被り、部屋の中心部に用意してあった椅子に座った。

 彼女はとある本を手に持っていた。書かれている文字は日本語。サーヴァントとして現代日本の知識を得ている彼女は、今の時代の言語にも通じており、問題無く読む事が出来た。内容は現代伝奇物の小説なようで、若者から中年まで楽しめる話であった。

 

「……で、アサシン。帰り道に食べた料理は美味かったか?」

 

「素晴しかった。実に旨かった。あれ程パンチの効いた食事は初めてだったぞ。

 生前から香辛料の類は大好物であったが、あの領域に至った味覚衝撃は過去最高と言える。あれは、そうだな……正直に言えば大麻(ハシーシュ)よりも好みかも知れない」

 

 アサシンは自分で喋った大麻と言う単語で口調を無意識に強めた。どうも何かが癇に障ったらしい。

 

「そもそも、この国で吸える大麻は安物で腐り掛けた愚劣な唯の粉。不味過ぎて吐き気しかしない、全く以って糞だ。

 育成するのであれば、もっと愛情を込めて栽培しろ。

 加工方法も杜撰極まる。薫りに風味が欠片も無いではないか。

 はぁ……嘗ては自分で栽培し、じっくりと最高の一品となるように加工していたのだが。生前に使っていた物と比べると、どうも気分がよろしくならん。

 ―――いっそのこと、自分で作ろうか。いや、流石にそれは……」

 

 どうやら、このアサシンは薬物調合が生前の趣味であったようだ。なんだか説明に熱が入っている。段々と話が飛躍し、どんどん長引いて行く。だが、マスターたる言峰士人は、彼女の話をしっかりと聞いて上げていた。自分が契約したサーヴァントの無駄話を微笑みながら、ちゃんと会話の返事をするその姿はマスターの中のマスター、略してマスマスだ。

 本を読みながら長々と喋り続ける暗殺者に対し、神父は気配のみで意を返していた。

 

「……まぁ、それ故にだ。今の私にとってもっとも好ましい物と言えば、あのマーボードウフなる煉獄料理だな。

 ああ、素晴しいにも程がある――――――」

 

 ―――と、彼女は話を切り上げた。自分が熱中している事に気が付き、第三者視点で考えた瞬間に少し恥かしくなった。

 そして、アサシンは元より薬物中毒な気があるので、どうもマーボーインパクトに当てられたらしい。上質な大麻が手に入らないと嘆いていたが、彼女はそれと同等、あるいは越える逸品に出会う事が出来た。

 

「それは喜ばしい。紹介し甲斐があったと言うもの。

 マスターとサーヴァントは性質が近寄った者が呼ばれると言うが……成る程、料理の好みも適応される訳か」

 

「良い事だと私は思うぞ、神父。食い物の選り好みが近いとなれば、日常生活で衝突する事も少ないからな」

 

「確かに。別段、困る事では無い」

 

 ぺらり、と次のページを捲る。会話を止め、本に集中した。感心した表情で読み解き続け、現代日本文学を吸収する。そんな読書に耽る自分のサーヴァントを視界から外し、神父は思考に埋没していった。

 そして、士人も士人で机に向かって自分の作業を開始した。カチャカチャグチャグチャ、と音を立てながら整備を行っている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が続く。二人とも手を動かしているが、考えている事は相手の事だった。マスターはサーヴァントを、サーヴァントはマスターを考察している。もっとも、大部分の答えは悟っており、互いにその解答は殆んど同じであった。

 この主従は、互いに互いが似ていると思いながらも、彼と彼女は互いを理解し合っていなかった。否、似ているからこそ、理解し合えないと分かっていた。

 似た境遇―――名前の喪失、過去の消滅。

 似た人生―――神罰の代行、殺人の罪悪。

 似た精神―――感情の除去、人格の歪曲。

 この二人にとって夢は便利だった。既にお互いに相手の過去を垣間見て仕舞った。だから、言葉無く、そうであるのだと納得する。

 

「……そう言えば、神父―――貴様は聖杯に何を願う?」

 

 ふ、と聞いていなかった事を思い出した。アサシンは自分の願いは既に語っているが、主君の願望はまだ知っていなかった。

 

「―――何も無い。

 強いて言えば、それが自分にとって幸福だから……だろうか」

 

 敵意だった。否定だった。

 アサシンから滲み出る気配には、困惑と憤怒が混同されていた。

 

「幸福、だと。ソレが?

 ―――歪み過ぎている。

 願望を果たす為に殺し合いを行うのでは無い。

 聖杯戦争と言う殺し合いそのものが、貴様にとって幸福と成り果てるとでも……貴様はそう言うのか?」

 

 願望の為に殺し合うのであれば、まだ彼女には分かっただろう。人には欲望が有り、それを果たすべく殺人に手段を選ぶのも分かる。

 しかし、この聖杯を得るまでの過程が幸福となるのであれば、実に奇怪だ。

 何かを得るためでは無く、言峰士人は聖杯戦争と言う物事それ自体に対して価値を感じ取っていた。この男は聖杯そのものに価値がある訳では無く、聖杯戦争と言う馬鹿騒ぎが楽しいと九年前に実感してしまった。

 

「―――そうだ。

 これしか無いが故に、自らに定めた在り方を全うするだけだ」

 

 目で語っていた。貴様も同じ穴の狢だろう、とアサシンに視線を送っていた。

 

「お前は、この戦争を楽しいと感じられないのか?」

 

「……それは、どうだろうな。人殺しは日常でしか無い」

 

 解体していく。この神父は暗殺者の精神解剖を、愉快な表情を隠す事無く開始した。

 

「お前は、人を殺した瞬間―――報われたと思わなかったのか?」

 

「――――――報われた?

 いや、しかし……ならば何故、ならば何に我慢で出来ない」

 

 既に本に視線からズレている。彼女はマスターの視線を受け、茫然と言葉を無意識で呟いていた。

 そして、ハサンの名を貰った女は、たった一言で過去を思い浮かべてしまった。瞬間的に、刈り取って来た人々の断末魔や、絶命する刹那の顔を思い浮かべた。

 人殺しは楽しいと感じた事は無い。

 教団に忠誠を誓った暗殺者としての作業であり、仕事であり、日常だ。だが―――

 

「―――自らの在り様を全うした実感は、殺しを成し得た時だけだったのだろう。

 暗殺だけが不確かな自らの精神に、確固たるカタチを与えてくれる。

 人を殺さなければ生きていけないのではなく、人を殺さないと自己を確認出来ない。

 故に、お前にとって聖杯戦争はそれ自体が、アサシンと言う役目自体が、自分を自分だと認められる生の一時。死して尚、解放されぬ定めた在り方と言う事だ。ならば―――」

 

 神父は懺悔を求めていない。神父は救済を求めていない。神父は幸福を求めていない。

 空っぽの器が、ただ単純に専用の中身だけを求めているだけ。

 自分の幸福など理解出来ぬが、この求道だけを実感出来るとなれば、それこそが言峰士人の幸福なのだと言えるだろう。悟れた在り方を全うし続ける生き方を貫く事が、彼にとっての幸福なのだと言えるのではないだろうか。

 願望を抱けぬ者が宿した空白。

 欲望を失った者が欲した実感。

 ―――透明な在り方は鏡となり、アサシンの底に溜まっていた澱を映し出す。

 人を殺して役目を全うして、それが幸せであったのか、否か。疑問に思う事も無い教団での苦行の毎日に、果たして満足を得られたか、否か。

 そもそも自分はハサンとして、幸福な人生だと実感していなかったのか、否か

 分からなくなっていた。暗殺者でしかない彼女は何も分からない、理解出来ない。自分で決めた自分の在り方では無いハサンの名は、自分で求めた訳でも無い山の翁としての称号は、何だったのか。

 

「―――失った幸福を取り戻す為、お前はお前が欲しいのだ。

 それは願望とは言えない。幸福と呼ぶべき欲求だ。

 ハサンでは無い、自分だけの在り方が欲しいのだ。

 その為の聖杯戦争、その為の聖杯に対する願望だ。

 幸福を欲するが故に求めた願望であるならば、お前の身の内で暴れる無念と執着は過去へ託すべき後悔だ。

 お前はただ単純に―――ハサン・サッバーハで在った事を、幸福だと実感出来なかったのだ」

 

 心を無遠慮に解剖された彼女は、この人間の空白が見えた様な気がした。

 

「つまり、幸せな人生では無かった。だからハサンでは無い自分を得る為、今この世界に存在している」

 

 士人は見抜いていた。自分のサーヴァントは、自分自身と言う人間に対する認識を勘違いしている、と。

 ただ一人の自分(ハサン)を欲している。

 だけど、その根底には過去を許せないハサンでは無い自我が存在していた。

 

「分かったか。お前は聖杯に願望を果たしに来たのではない。

 お前は聖杯から、幸福を得る為の在り方を求め―――言峰士人の召喚に応じて此処に居る」

 

 願望の為では無い。願望は唯の手段であり、それでは満足出来ないと今、彼女は気が付いた。手段が目的となり、本来の目的を忘我して、ハサンとしての在り方が魂と化している。

 

「ああ。貴様の言う通り、なのかもな。そうか、そう言う事か――――」

 

 ―――だから、私は名が欲しかったんだ。

 

「結構。どうも癖でな、迷える子羊に事実を突き付けるのが趣味に成ってしまった」

 

「……神父、お前は最悪だ」

 

 ハサン・サッバーハの名に価値は有った。自分にとって無意味な人生では無いと、それなりに満足している。楽しい事もあった。人殺しも嫌いでは無い。

 ……だが、それは幸福な人生では無い。

 だから、一人のハサンでしかない事を変えたかった。

 ハサン・サッバーハと他人に決められた在り方に挑む為、アサシンは聖杯を目指す。

 

「何を当たり前のことを。俺は暗殺者のお前を召喚し、聖杯戦争を勝とうする魔術師だぞ」

 

「莫迦者め。それはあれか、私を愚弄していると考えて良いのだな?」

 

「クク。一度死んで甦った今生だ。己を自覚して好きに生きてみろ」

 

「成る程な。そうか、貴様に召喚された己が不遇を憎悪するしかない訳か」

 

 何となく、と言うよりもほぼ確信してマスターである魔術師、言峰士人について人物像を把握した。この男は生粋の極悪人だ。先程のように他者の苦悩を食い物し、その結果が善に転ぼうが、悪に転がろうか一欠片も気にしない。

 まぁ、結果として殺人を愉悦してしまう自分自身の業もまた、極悪人と呼ぶに相応し過ぎるのだが。

 アサシンは、この暴かれた魂に凝り固まった業が神父を楽しませていると分かった。そして、他人の業を娯楽とする求道が言峰士人の業であると、彼女は今回の問答で悟っていた。

 

「良くぞ気が付いた。

 聖杯戦争と言う短い間とは言え、改めて宜しく頼む―――アサシンのサーヴァントよ」

 

「―――ふん。聖杯獲得の為だ。

 貴様は私を気兼ね無く、存分に扱き使うと良い。勝つ為とあれば仕方が無い」

 

 まず理解しなくてはならない。深く知る必要がある。やられたらやり返す性質のアサシンは、士人の業も何時か切り開いてやろうと内心で楽しみにしておいた。

 決意を新たに、彼女は意気込みを強く刻み込む。聖杯を欲する願いの強さは深まり、自我の澱とも言える執着心を恥じる事無く容認した。彼女は己が業を認めた上で、正しく我欲を良しとした。

 

「ふむ……」

 

 その時、態とらしい達成感が込められた呟き。ヌチャリ、と彼は細工を最後に施した。していた作業を完了させ、本を再び読み始めていたサーヴァントへ声を掛ける。

 

「……これで完成だな。見てみろアサシン、実に良い出来栄えだろう?」

 

 そこで完成した装備をアサシンに見せた。

 

「何だそれは。蛸か、烏賊か、磯巾着か?」

 

「……使い魔だ。何故、陸で戦う聖杯戦争で海中生物が出てくる。お前は本当に可哀想なサーヴァントだ」

 

「貴様の美的感覚(センス)が足りて無いだけだと思うぞ、神父。可哀想な程まるで足りて無い」

 

 例えるなら、足が沢山生えたボール。数にして四本の手足っぽい何かが、凄く俊敏にニョキニョキと動いている。大きさは小さ目のサッカーボールで、野球ボールよりはかなり大きいと言えた。

 

「何だと。……うむ、なるべく格好良い形を目指したのだが―――」

 

「―――ぇ、えー……?」

 

 黒魔術と錬金術を混ぜた新型使い魔であったのだが、自分のサーヴァントからの受けは良くない。生体部品と機械部品を組み合わせた独自のモノとは言え、前衛的にも程があったのだろう。程度も過ぎれば何とやら、だ。

 なので、アサシンは驚いていた。自分の美的感覚から乖離した逸品は、理解の外に位置していた。

 

「ああ、と……その何だ―――すまない。私が悪かった」

 

「構わないさ。嗜好は人それぞれだ。趣味趣向が異なれば、フォルムの拘り方も違うものだ」

 

 え、もしかして落ち込んでいるのか、とアサシンは仮面の内側でうろたえていた。

 気を遣って謝罪した事が逆効果に成ってしまった事に気付いた。何と言うか、今にも作った使い魔の手足を引き千切りそうだ。恐らく拗ねている。

 何せほら、胡乱な目付きで彼は使い魔の手を取って、ブランブラン揺らしている。

 

「分かったぞ。それの正体は、名状し難き球体のような宇宙生命体、で正解だ……!」

 

 ぶっちゃけ必死だった。マスターが普段と違う態度を取る余り、少しだけ焦ってしまった。

 

「むぅ……これは少し太った猫を、大まかな印象で創作した使い魔だったのだが―――」

 

「―――分かるか! 何故そこまで不気味な物体が猫になる……!」

 

 取り敢えず、仲は悪くない。そんな二人組であったとさ。

 話は続くが無駄話で時間を潰す。既に成すべき会話を消費している為か、互いの交流を深めるだけのコミュニケーションになっていた。しかし、そんな主従の合間に乱入者が一匹。

 

「…………」

 

 無音だった。気配を失くした一匹の黒猫が侵入する。足音も無く、鳴き声も無く、静かに部屋に入って丸くなる。後、これはアサシンの推測であったが、その黒猫は「そんな猫がこの世にいるか」と怒気を神父へ発している様にも見えていた。

 

「……ほう、随分と嬉しそうだな。探し人でも見付けたか?」

 

 黒猫の鋭い視線。子猫とは思えない眼光。しかし、それから士人は大体の内容を察していた。

 

「そうか、良かったよ。予定通りとはいかなかったが、アレの召喚が確認された。ならば、お前も嘗ての主を夢見ると良いだろうよ。俺にとってもこの聖杯戦争は、昔の主君と縁深い故にな」

 

「夢魔よ、貴様も貴様で願望があるようだ。

 同じ死人もどきで、同じ悪魔もどきな我々三人だ。サーヴァントたる私だが、貴様も何か要件があらば私に言うと良い」

 

 このアサシンは黒猫に対し、妙な優しい雰囲気を持つ。士人に続き、本来ならば言葉を解する訳もない猫に対して、優しい声で微笑みかけた。もっとも、彼女の笑みはフードが影になって外からは見えないのだが。

 

「…………」

 

 黒猫は無言。冷たい気紛れな態度を崩さす、そのまま窓の近くで丸まった。




 今回はこのような感じで終わらせました。神父とアサシンの組に居た黒猫の正体ですが、取り敢えず言わないでおきます。アサシンの正体はハサンの内の一体でして、オリジナルです。能力の方は後々。後、タイトル通り、今回は暗殺者系統のキャラが三人参加しています。切嗣、アヴェンジャー、アサシンです。正直、暗躍するキャラしかいませんので、腹黒い聖杯戦争模様を巧く書ける様に心がけます。
 読んで頂き、ありがとうございました。


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48.森の砦の放蕩姫君

 夏に就活とか地獄でした。今はただ学生生活を楽しみたい。そして、家のクーラーが使えない。熱い。


「おいおいおいおいおい……!

 ―――ねぇじゃん何も! 城は何処行った!?」

 

 場所は冬木郊外の森の奥。エルナの絶叫が虚しく消える。

 

「無いですねぇ、本当に何も。……どうするのですか、我が主?

 これでは雨を凌ぐ事は無論のこと、敵の攻撃を防ぐ事も出来ずに我々の体から血の雨を降らす事になってしまいます。

 ―――あぁ、無常。

 これ程までに破壊されていますと、いっそのこと清々しいとまで感じて仕舞いますね」

 

 あっはっは、とキャスター爆笑。上品に口を歪めて声を上げている姿は、本当に相手の癇に障る厭味ったらしさに満ちている。

 

「ツェリ! どうなってんのこれホント!?」

 

「いえ、恐らく、前回の戦争で全壊してしまったのかと。報告も無く、本家の者が現地に赴くことも有りませんでしたので、このような事態になってしまったと思われます。

 完全にワタシの不備です。この不手際につきましては、存分に処罰して裁いて下さい」

 

「あー……これはぶっちゃけ、本家の奴らのミスだと思うんだけど。ツェリの所為じゃないんじゃないか?」

 

「有り難き幸せであります。この度の温情、ワタシは永遠に忘れません」

 

 ―――結論から言えば、城が無かった。瓦礫しかなかった。

 彼ら四人は知らぬ事だが、原因は前回の聖杯戦争において、ギルガメッシュとアヴェンジャーが宝具を撃ち合った為だ。森に建てられていた城はあっさりと崩落した。

 だからこそ、イリヤスフィールとメイドの三人も直ぐさま衛宮邸に引っ越しをしたのだ。藤村大河はイリヤの住居へと自宅を提供しようとしたが、大人数にもなって、更に切嗣の実子でもあったので衛宮邸へ移った裏話がある。

 と言う事情を知らないエルナからすれば、こんな事態は想像もしていなかった。まさか、城が無くなっているんて考えもしなかった。

 

「オイオイ、エルナ。瓦礫シカ無ェジャネエカヨ。コンナンジャ幸先不安ダゾ。

 折角ノ戦争デ陣地取リヲ失敗(ミス)ルナンテ、コンナ馬鹿ナ話ガアルカヨ。本当ニ頼ムゼ、チャント英霊斬ラセロヨ。死徒ヤ魔術師ナンテ斬リ飽キチマッテ、随分ト昔カラ新鮮味ガ失ッテルンダ」

 

 エルナスフィールが背中に負う魔剣がケタケタと震動して笑っている。耳障りな不協和音が心底苛々するのだが、この目の前の城の成れの果てらしき瓦礫の山に比べれば、大した支障ではなかった。

 

「黙ってろ魔剣。お前なんでそんなにペチャクチャうるさいんだ」

 

「ヘーイヘイ、シッカリト(クチ)ヲ塞ギマスヨ。剣ニ(クチ)何テ無イケドナ!」

 

 背中から震動が無くなり、エルナはクノッヘンが眠ったのを確認。

 

「……はぁ、仕様がないですねぇ―――私が城塞を建てましょう、エルナ殿」

 

「――――――へ?」

 

 きょとんとした目でエルナはキャスターを見た。このサーヴァントは確かに、城塞を建てると言葉にしていた。それは魔術的な結界による守護と言う意味では無く、実際にこの瓦礫の山から城を一つ作り直すと言うこと。

 

「……出来るのですか? 出来たとしても、魔力の方は大丈夫なのでしょうか?」

 

 驚いて疑問で脳味噌が凍っている主に代わり、ツェリが呪符を準備しているキャスターに問う。

 

「建設の方は特に問題はないですね。魔力の方は多めに消費してしまいますが、一度魔力収集用の結界を作ってしまえば、そこまで問題無い程度の消費ですから」

 

「成る程。それはとても有り難いです。ワタシが新居を準備するとなれば、酷く時間も掛かります。そして、エルナ様に相応しい城も不可能でしたから」

 

「任せなさい。これでも私、建築方面の知識にも手を出していた事が有りますので。まぁ、ある程度の形だけでしたら一時間も必要ないですよ」

 

「―――素晴しいです」 

 

「恐悦至極と言っておきましょうか」

 

 サーヴァントとメイドが静かに、しかし何処か悪巧みをする子供のように設計を互いに考え出す。多分この二人は物造りが好きなのだろう。それも敵対者から身を守るための砦の製作とのなれば、気合いの入れようも大幅に上がるもの。

 傍から従者二人の話を聞くエルナにして見れば、異次元の会話だ。豊富な知識と学者顔負けに博学な彼女からしても、趣味が混じったツェツィーリエとキャスターの話は意味が通じていない。また、トラップにも理解があるツェリから出される意見に対し、キャスターは素直に取り入れ段々と悪辣なコンセプトが出来上がっていった。

 

「ひぇー。キャスターは、ホント何でも有りなんだな」

 

 ここまで有能なサーヴァントはそうはいないだろう。魔術師のクラスであり、クラススキルの陣地作成と道具作成があるとは言え、砦まで作り上げるとは驚きだった。

 

「そうですかね?

 生前は好きな事をとことん突き詰めて、好き勝手に生活していただけですけど」

 

「好きな事ってアレか、神秘とか、学問とか?」

 

「―――全て、です。

 人類の文化そのものです。神秘やその他学問については、たまたま私に生まれついた才能が有り、その道へ進んだ訳ですので」

 

「へぇ、流石は博識な学者様。人生、これ即ち学ぶ道って感じか。私には縁の無い生き方だねぇ、そりゃ」

 

「死ぬまで周りの全てが、勉学の源でしたから。それが私にとって、もっとも楽しき娯楽でした。

 魔を封じ、神を暴き、人を喜ぶ。

 星を見定め、地を平定し。

 敵を滅ぼし、邪を仇なす。

 これ即ち、弱肉強食たる諸行無常。

 若い頃から年老い、世界を見る目が変われども本質は死んだ今となっても、何も変化は無い。この世界も文明の発展で薄汚くはなりましたが、楽しみを尊べる精神を偽る事は不可能です」

 

「気難しいお前らしい台詞だな。何と言うか、生前は嫌なジジイだっただろ?」

 

「良く御分かりで。昔は確か、邪悪な女狐の恋路を邪魔した事もありましたっけ。……あぁ、後は嫉妬狂いを追い詰めた事もありますね」

 

「ふーん。キャスターは女嫌いなんだ」

 

「いえいえ。嫁はしかと貰いましたし、子供も居ましたよ」

 

 会話もそこそこ。キャスターは喋りながらも準備を怠っていなかった。サクサクと砦建設に必要な道具を何処からともなく出し、大規模な結界を一瞬で構築した。

 

「まぁ、大したこと無い簡易結界ですけど、少しは足しになるでしょう」

 

 本格的なものは後で張り直しますけど、と彼は呟いたがツェリには聞こえていなかった。魔術も堪能な万能メイドにとって、恐ろしいと言うよりも既に魔神とさえ呼称出来るキャスターの凄腕は、尊敬を越えて崇拝したくなる程の絶技であった。

 彼女がこの規模且つ効果を持つ結界を作るには何週間、いや何カ月必要になるのか分からない。しかし、この男は呪文詠唱さえせずにあっさりと完成させた。確かに道具の補助もあったが、それでも畏怖すべき技能である事に違いは無い。

 

「では始めましょう、キャスター。ワタシも手伝います」

 

 しかし、メイドはそんな心情を一切顔に出さなかった。鉄面皮に見える笑みを作り、恐るべき魔術師の英霊に微笑みかけた。

 

「そうですね、ツェリ殿」

 

 そうして、瓦礫の山が浮遊し、粘土みたいに捏ね繰り合わされる。段々と形を作り上げて行き、砦としての形が完成されていった。その光景をエルナは感心しつつも、驚くこと無く見守っていた。

 ―――と、エルナスフィールは葡萄酒を飲みながら、冬木に着いた最初の日について回想をしていた。グデン、と椅子に寄り掛って首をだらしなく後ろへ反っている格好は、女性として色っぽいのだが子供っぽさも強く出ていた。

 それは正しくnot in education, employment or training、略してNEETな姿であった。とは言え、生まれてからまだ十年も経っていないので正確な定義を当て嵌めれば、別にニートでも何でも無い唯の未成年飲酒者である。

 

「ひー、ふー、みー、よー、 いつ、むー、なな……と、私を除き、全部でサーヴァントは七騎ですか。それとイレギュラー二体の確認も出来ましたね。

 ふむ……あれは、呪詛が濃過ぎて正体が丸分かりです。何処かの誰かが聖杯の地獄から、死霊でも呼び出したのでしょうかね」

 

 机の上で簡単な作業を行っているキャスターが、対面に座っている自分のマスターと、斜め横の席で自分の手伝いをしているメイドに対し、簡単な報告結果を告げた。

 そして、今のキャスターの格好はドイツのアインツベルンに居た頃を変わり、日本の若者に近い現代的な服装だ。サーヴァントとしての装備を物質化しているのは魔力が勿体無いと、物質的な衣装を着て霊体化を解除していた。

 基本的にキャスターは霊体化を好まず、姿を具現している。マスターの魔力消費の問題もあったが、キャスターが自前で調達出来る魔力に比べれば大した量では無い。こうやって霊体化を解除する必要がある作業をしている時以外も、茶を嗜んだり、念話では無く口でお喋りしたりと、中々に遊び心がある男であった。無論、遊んでばかりでは無く、戦争用に様々な道具を作成し、陣地もより強靭な作りを成す様に、魔術師のクラスに呼ばれたサーヴァントとして役目を完璧以上の、完全無欠な手腕で真っ当していたが。

 

「あん? 計画じゃ、有り余った聖杯の残存魔力を利用して、生贄(サーヴァント)をもう一体準備するだけじゃなかったのかよ。余分な一騎が存在していると仮定して戦略が組めるのが、私達の利点だったんじゃなかったか」

 

 エルナはアルコールで顔を赤らめながら、自身の契約相手へ愚痴を溢す。こいつ酒臭ぇ、と顔を顰めながらもキャスターは自分の仕事をきっちり行っていた。今の彼はサーヴァントの中のサーヴァント、略してサバサバである。普通の英霊なら、と言うよりも英霊以前にこんな態度で酔っぱらっていれば、当然のように怒るのが普通だろう。

 

「そうですね。私は願望を叶える為では無く、聖杯を欲して召喚されました。故に、完全でなければ得る価値がない。

 その為には七体の生贄が必要となり、自分も死ななければならない。と、なれば、もう一体準備すれば良い話です。しかし、私達が練り上げた計画外にも、イレギュラーが発生していました」

 

 ―――聖杯。英霊が願いを叶える為の道具。

 だが、中には聖杯そのものを目的にして召喚されるサーヴァントが居ても可笑しくは無い。キャスターは願いの為では無く、完成された聖杯を欲して召喚された。願望を叶えるだけならば六体のサーヴァントを殺せば十分だが、完成させるには自分も含めた七体の生贄を捧げる必要が出る。

 その為の八体目。

 その為の復讐者。

 計画通り、大聖杯に干渉して令呪は本来は存在しない八人目のマスターに分配された。そして、八体目のサーヴァントも確認された。それなのに自分達が生み出した以外の、想定外の異常性がこの聖杯戦争で確認された。

 

「恐らくは御三家の内の一つ、間桐家が何か細工を施したのだと思いますよ。あの家を観察してみたのですが、尋常では無い邪気の濃さが凄まじくてエグいですね。それに改めて大聖杯の方を監視してみたところ、あの家の邪気に良く似た魔力残留も確認出来ました。

 単純な第一印象なのですけど、明らかに何か企んでいます。見るからに怪しさ爆発していますから、あれ」

 

 また、キャスターは間桐の地下工房を透視していた。鬼畜極まりない惨劇であったが、この事はマスター達には言わないでおいた。自分のマスターであるエルナは無駄に正義感が強い為、間桐を知れば殺しに掛る事は予知出来ていた。あの組みを潰すには、自分達だけでは危険だと未来を予測していた。

 そもそも彼は冬木に存在する全ての魔力を保有する者達を観測済み。マスターとサーヴァントの姿を知り得ており、巧い具合に敵対者同士で殺し合わせようと計略を練っていた。この事自体はエルナとツェリにも告げているので、後の戦略構築は出来上がっている。

 

「……あー、あの間桐家かぁ。確か今の当主さんは、協会帰りのエリート様なんだっけか」

 

 グイ、と酒杯を傾けて上等なワインを軽く飲み干した。ぷはぁ、と効果音が聞こえそうな程、豪快なワインに似合わぬ飲みっぷり。

 エルナの隣に居たツェリは空になったグラスを確認し、上品で完璧な仕草で酒を並々と注いでいる。そしてキャスターは、エルナ殿を甘やかし過ぎないか、と年長者として少しばかり不安になった。

 

「ええ。その通りで御座います。ワタシが調べたところ、現当主間桐桜は魔術協会にて優秀な成績を修め、卒業した様です。

 キャスター、アナタにも調達できた資料は見せましたから、御三家の情報は知り得ていますよね?」

 

 主へ葡萄酒を注ぎ終わった従者がキャスターへ確認を取った。

 ツェツィーリエが調べた資料は主に、確認出来た今回のマスター達と、前回の大まかな情報である。優勝者に遠坂凛と衛宮士郎であった事は協会を通じて知っており、執行者フラガの情報も得ている。第六次聖杯戦争における監督役も埋葬機関出の者らしい司祭だと言う事も、御三家の間桐が今回の戦争を見送るかもしれない何て信じ難い情報も手に入れていた。

 特に前回の生き残りは要注意なマスター候補して念入りな調べが成されている。同じ御三家であれば猶の事。妖しい雰囲気のある間桐も十分調べ込んでおり、念の為前回の監督役についても情報を収集しておいた。

 

「勿論です。顔と名前は記憶しておりますし、前回の聖杯戦争参加者も同じく覚えています。

 間桐桜の事も資料で名前と顔と経歴は見ましたが……彼女は元々御三家の一つ、遠坂家の者の様ですね。この時代における魔術の最高学府において、確か封印指定なる称号ギリギリの結果を出していたとか」

 

 キャスターは、間桐桜の事が気になっているらしい。いつも細い目付きを更に尖らせ、危険な者に注意するかの如く声色が低くなっていた。

 

「なんだ、気になんのか?」

 

「ええ、とても凄く。

 ―――なので、占ってみました」

 

 作業を一時中断し、キャスターはペラペラと達筆な腕前で文字が書かれた和紙を取り出した。折り畳んでいたにも関わらず、その紙が開かれても何故か折目がついていない。

 

「―――……占い、ですか。確かに、アナタ様程の技量がありましたら、もはや未来予知とも言える能力がありましょう」

 

「へぇ、そいつは面白い。聞かせてみろよ」

 

「分かりました。では、御教え致しましょう」

 

 得意げな笑みでキャスターは二人に応えた。

 このサーヴァントは占いが趣味であり、良く他の人間の運命を楽しそうに見定めていた。対し、自分の運命を占うのは大嫌いであり、自分の人生を自分の言葉で決定する事を好んでいない。精々がちょっとした補助程度の占いで、大筋は見ないようにしていた。

 故に一通り、顔と名前が分かった人物を占っていた。エルナとツェリは勿論、間桐以外の組みの者も占ってある。

 

「占い結果としまして、間桐桜なる人物からは災厄の相が見えます」

 

「災厄、ですか……?」

 

「はい。この災厄は純粋な意味での災厄でありまして、この聖杯戦争に関わる者全てに対して向けられています。

 我々にとっても、他の組みにとっても、不吉の鬼となりましょう。

 油断をすれば死に、慢心をすれば死に、隙を見せた者から順に殺されていくでしょう」

 

「……―――間桐桜は、令呪の選定に選ばれなかったと聞きましたが?」

 

 間桐家当主、魔術師間桐桜。キャスターの透視によって、彼女に令呪が無い事は確認済み。他七人のマスター達は既に確定されている為、既に新たなマスターとして選ばれる事は無い。

 エルナとツェリはもう、大部分の敵陣地とマスターの情報を手に入れている。敵対する可能性のある人物として挙がってはいるが、マスターの中に間桐桜の名は無い。

 

「ツェリ殿。結局のところ突き詰めて仕舞えば、この聖杯戦争は唯の殺し合いです。我々サーヴァントなどは戦力でしかありませんし、マスターにも同じ事が言えるのです。

 ならば、その戦力を如何にかしてしまえば、同じ土俵に立って戦えるのは当然のこと」

 

「ほぉ……じゃ、間桐は今回も参戦する訳だ」

 

「恐らくは」

 

「ハッハッハー! ソリャマタ、随分ト狂ッタ聖杯戦争ニナリソウダゼ」

 

 耳障りな音で魔剣が声を発する。今まで黙っていたクノッヘンであったが、根っからのお喋り好きな性格をしているので、ずっと沈黙を守る何てことは有り得なかった。

 

「その通りですよ。元より殺し合いは、先に狂った者が勝つのですから」

 

「オマエハ本当ニ最高ノサーヴァントダゼ、キャスター。

 ケレドヨ、戦略通リ簡単ニ戦争ヲ運ベルトハ思エナイゼ、実際。巧イ具合、コノ森ニサエ敵共ヲ誘導出来リャ、話ハ簡単ダロウガナ。

 ―――コノ城ハ正ニ魔城。ソシテ、森ハ怪物潜ム神話ノ森ダ。

 怪物極マル英霊達ト言エ、奴ラヲ纏メテ処刑出来ル陣地ナラバ十分ニ勝機ハ此方ニアラーナ」

 

「ええ、まぁ。問題は貴方が言ったその点ですね。この異界に敵を誘導する為、あれ程派手に暴れたのですから。

 故に不意打ちで、それも複数の陣営に対し、纏めて皆殺しに態々掛かりました。

 あそこまでやられて憤怒も危機も抱かぬ訳がありませんでしょうし、遅くてとも数日の内に準備を整えてくると思われますよ」

 

「ウェヒヒヒッヒッヒ! コエーコエー、本気(マジ)デ腹黒イナ!」

 

「腹黒い? 何を言っているのですかねぇ。

 所詮、戦争なんてモノは騙した方が早い者勝ちなのです。騙し打ち、不意打ち、裏切り、挟撃、暗殺……ありとあらゆる卑怯な行いは、勝てば官軍と言う様に生き残った方が正義と化すのです。

 私の生前も人間達は、卑劣で下衆な手段な外敵共を殺し尽くましたからね。見本は腐るほど学びましたので、やり方は十分上達しています」

 

 それを聞き、エルナは呆れた雰囲気の笑みで相棒に視線を送る。このサーヴァントは偽悪的な部分があり、そして腹黒く、目聡い。

 

「無理に悪ぶる必要なんてねぇんだぜ、キャスター」

 

「どうもこれは癖でして。

 ……死人成り果てても、人の業とは変化ないものですね。魂にこびり付いた錆は、もう二度と変わることがないとわかりました」

 

 何を思い浮かべているのか、キャスターは何処か底無しの虚に似た眼でエルナを見た。キャスターは人造人間である彼女を見ていると、神秘が持つ業の深さを実感する。そんな彼女が自分のマスターになった現実を顧みるに、この世は実に上手い具合に出来あがっていると自分に対して皮肉を言いたくなるのだ。

 

「だからこそ、英霊は魔術師のサーヴァントに相応しい存在なのです。アナタはサーヴァントとして、とても理想的なキャスターです。ワタシから見た場合、召喚されたのがアナタで良かったと感謝しています」

 

 メイドはその真髄までメイドとして完璧である。故に彼女はキャスターを好んでおり、助けて上げたいとも考えている。そして、キャスターがエルナの相棒として、ツェリは彼を完全なサーヴァントで在る様に補助する義務を自分に課していた。

 

「いやはや、貴女には気苦労を掛けますね。感謝しているのは此方の方ですよ」

 

 キャスターはそう言った後、思考回路を更に多く別けた。マスターとそのメイドと日常生活を楽しみつつも、結界と使い魔と千里眼を使った外部視界を作り、それらから送られる映像を分析する。

 ―――魔城は、静かに森の中で君臨している。

 古代の森を再現し、城壁に囲まれた堅固な砦が威容を放つ魔術師の陣地。アインツベルンのテリトリーは確実に敵を殺害する為の処刑場であり、息の根を止める事に特化した屠殺施設に化けている。もう嘗ての森には戻らない。

 そんな森の砦の中から、キャスターは戦場となる冬木を全て見透している。七組の動向を探っている。マスターとサーヴァントを見付け出している。そして、キャスターにとって一番重要なのは、まだ本拠地を見付けられていないアサシン組の発見となる。彼はそんな事をしつつ、自分のマスター達を会話を楽しんでいた。

 

「それじゃキャスター、街に出るぞ。索敵ついでに気分転換だ」

 

「はい……――――――え?」

 

 そうして、そんなマスターの気紛れな提案に、聡明な筈のキャスターは思わず頷いてしまっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 冬木市は主に二つに別れていた。新都と住宅街が川を挟んで成り立っており、開発が進む地域と昔ながらの情緒を残す町と真っ二つになっている。

 中でも新都から川を挟んで反対側にある住宅街は、余り娯楽施設がない。しかし、今の時代の日本では、地方の商店街の衰退で賑わいが減ったと言われるが、冬木の商店街は昔と変わらず繁盛していた。生活感に溢れる街並みは正に日常とも言うべき暖かさがある。

 

「……隠れ鼠(アサシン)を殺し損ねたのは痛かった」

 

 時間は昼。主婦が買い物に出歩く様子が見れる中、かなり物騒な言葉を吐く西欧系の人物が一人。そして、隣に大柄なアジア系統の顔立ちをした人物を連れ立っていた。

 西欧人の服装は上も下も黒色で統一している奇抜な様相。黒髪黒目の長身が目立ち、髪の毛はボサボサのまま肩まで長く伸ばしている。傍目から怪しい布に包まれた荷物を、彼は腰に付けて運んでいた。そして、ただ其処を歩いているだけで気が狂う程の威圧感が出ているものの、巧く隠しているので戦場を知らぬ者では悟ることは出来ないだろう。しかし、逆を言えば、感覚が鋭い者が見ればこの男の異常性は極々自然と理解して仕舞えた。

 また、アジア人風味の男性はゆったりとした服を着ている。茶色の髪は荒々しく背中まで伸ばされており、少しだけ長い顎髭を生やしていた。尋常ではないカリスマ性に満ち溢れた気配を放っており、一度見ると意識に染み付いて忘れられない印象を残す男であった。

 

我輩(ワシ)にして見れば上々であるのだがな、デメトリオ。

 敵戦力も探れ、暗殺してくる時の手段も予測がつくから無駄では無かった。序盤戦であれ位深く探りを入れられたのであらば、戦果として十分だぞ」

 

 ―――デメトリオ・メランドリ。イタリア生まれのイタリア育ち。

 本業は魔術師ではないが、職業柄魔術の心得を持っていた。何の因果か分からぬが、令呪が宿ったことで参戦を決めた外来魔術師だ。召喚したサーヴァントは騎兵のクラスを持つライダーである。

 そして、本職は聖堂教会所属の聖騎士(パラディン)

 彼は随分と特殊な立場に居る聖堂騎士であり、実は代行者にも属している蝙蝠屋だ。実家関連で魔術協会とも繋がりを持つ。異端を滅する信仰深い騎士であるものの、実際は派閥間や両キョウカイ間で起こる面倒事の処分や、単騎で外部に出て敵を滅ぼす代行者もどきな騎士であった。

 

「そうか。合理的な事だな」

 

 言外に、霊体化しないのは合理的では無いと彼は言っていた。余分に魔力を消費してでも実体を持って生活する事の有効性を、無言の圧力で問い質していた。

 しかし、そんな程度ではライダーに通じない。サーヴァントである彼からすれば、確かに霊体化は節約には便利だ。戦力はここぞと言う所まで温存する主義である。だが、出来る贅沢を拒む程、貧乏性では無いのも事実であった。

 

「それは勘違いであるぞ。手段は簡単なほど成功し易い。重要なのは結果を出すまでに必要な過程を簡略化する事だ。

 お主は中々に頭は良いが、物事を難しく考え過ぎ、思考回路に余分が多い。根はシンプルであるのだから、もっと莫迦になれば良いものを」

 

 道を歩く人影は二人だけだ。人が集まる箇所を離れ、ライダーとそのマスターは今、敵地へ威圧しに出掛けていた。

 教会からの前情報で御三家は知り得ている。

 また、前回や前々回のマスター達の情報も仕入れてあった。

 そして、ライダーが放った斥侯の群れは他の参加者も既に観測済み。

 よって、この度の第六次聖杯戦争はどうやら、定められた規律から逸脱しているのだと理解していた。

 何せ確認出来ただけでも、召喚されたサーヴァントがライダーを含めて八体だ。デメトリオからすれば、敵を殺す為の道具は揃えて来たが想定以上の混戦模様になると判断し、冬木が地獄と化すとあっさり諦めた。騎士と言う立場からすれば、魔術師である時点で罪深いが、この地に住まう人々には何の罪も無い。聖杯戦争と名付けられた災害で果たして何人の死ぬのか、考えただけで憂鬱だ。

 

「む……」

 

 自分たち以外に誰も居ない道路で、耳障りな音が響く。エンジンが猛り狂い、排気ガスが毒々しく漏れ出す。明らかに法的速度を軽くオーバーし、歩道もない狭い住宅街の道を爆走している。

 ―――車が一台、前から迫って来ていた。

 デメトリオが見たところ、ドイツ製の高級車だ。彼は運転マナーがなっていないな、と顔に出さず嘆息しながら壁際に寄った。避け無ければ歩行者ごと引き殺す勢いだ。聖杯戦争に参加した教会の騎士、デメトリオ・メランドリは命を賭して参戦しているが、その死因が不慮の交通事故では死んでも死に切れない。

 

「……なに――――――」

 

 車の運転手は黒髪の美女だ。あれ程美しい女性は人生で初めて見たが、綺麗過ぎて正直腰が引ける。程度を知らぬ美貌は既に猛毒で、気味が悪くさえあった。そして、助手席に座るのは、長い銀髪をした日本の土地に死ぬほど似合わない給仕服を着た美しいメイド。そのメイドの彼女は鉄の無表情で、自分達二人を胡乱気な眼で見ている。だが、そんな事は今の事態に比べれば些細なこと。

 ―――自動車は、そのまま壁に寄ってデメトリオの目の前に移動していた。

 これにはライダーも驚きの表情を示す。マスターに倣って車の前から移動したのに、その車は自分たちの動きに合わせてハンドルを曲げたのだ。これは明らかに殺意ある敵対行為……!

 

「死んじまいなぁ―――」

 

 運転手の女の感極まった声。車の中から僅かに聞こえてきた黒い悪意。

 

「……――――――!」

 

 加速が完了してしまっている。人を轢殺するには十分な破壊力。ライダーは兎も角、デメトリオは人間故に直撃すれば負傷は間逃れない。

 真横へ回避―――否。ハンドルを切られて引かれてしまう。

 上空へ回避―――否。宙に滞空すれば隙が生まれてしまう。

 ならば、取れる対抗手段は限られた。デメトリオは車が自分に直撃する刹那―――足の裏をボンネットの上にまるで滑る如き動作で乗せた。狂気に染まった行動だが、彼は勢いそのままもう片足で屋根に上がる。時速100kmを超過する車の屋根を歩き、彼はストンと交通事故には軽過ぎる音で着地。

 

「大事ないな。お主は見ていて安心出来る故、サーヴァントとして実に楽だ」

 

「嫌なサーヴァントだ。マスターを盾にするか」

 

 ライダーの回避法はマスターとは違って実に単純、コンクリートの塀に飛び上がり普通に避けていた。狙われていたデメトリオならば塀ごと引き飛ばされていただろうが、このサーヴァントはマスターの影に隠れて車の突進を避けていたのだ。

 

「―――結界か」

 

 デメトリオが呟く通り、周囲から気配が消えて無くなった。人避けに分類される結界だが、その効果は絶大で、並の魔術師では思い付くことさえ出来ない技量によるもの。その発生源は車から。そして、効果は一定範囲の人間達の意識から、ありとあらゆる非常識を認識させないと言う狂ったもの。更に言えば、文明の利器では決して結界内の神秘が確認出来ない様に成る程の、圧倒的秘匿性である。

 

「素晴しく愚かしい。まさか、このような真昼間から殺され掛るとは思わなかったぞ。だが、実に効果的な方法だ。戦略として、敵が思いもしない手段で攻撃するのは常套手段となる。

 ……成る程、非常識に見えて準備は万全と」

 

 ライダーが関心した様子で言葉を話す。聞いていたデメトリオも頷くことで肯定し、気配がさらに険呑に研ぎ澄まされていく。

 

「ツェリ、あいつらライダーとそのマスターみたいだぞ……!」

 

「ええ。その様ですね」

 

 いつの間にか開いていた窓から発せられる麗しい女性の声。興奮しているのか、実に熱っぽい敵意が含まれた叫びであった。

 そして、タイヤと地面が擦れる耳に痛い響く高音。

 キィキィ、と耳障りな不協和音で半回転する。

 そのまま車の窓から視線がデメトリオとライダーに向けられた。左回りにハンドルが回された為、丁度助手席のドアが二人の正面になった。

 

「――――――」

 

 助手席の窓から手が伸びる。手の平を向けている者はメイドだった。車の中から銀髪赤眼のメイドが、否……アインツベルンに生み出された戦闘用人造人間が、殺意と共に圧倒的な奔流と化した魔術を行使する。

 

「……――――――」

 

 標的はデメトリオ・メランドリ。対魔力を持つライダーでは無く、殺し易いマスターを狙った騙し撃ち。

 ―――摂氏三千度を上回る火炎塊の放射。

 単純な火の魔術とは言え、使用された魔力量と概念の重さが通常の魔術師では考えられない。明らかに何かしらの細工が施された理論によって、この炎は運営されている。なにせ無詠唱で放たれた上、人間をそのまま蒸発させる火力となれば見た目通りの神秘で無いと直ぐに理解出来る。

 その火炎がデメトリオを焼き殺す。火に直接触れずとも空気を通し、灼熱が皮膚を焦がす。それに対し、彼は腰に下げていた荷物を瞬時に取り出して構えた。抜き身の両刃刀剣が、鋭い剣気を纏っていた。

 

「火か。スタンダードな魔術だ」

 

 ―――デメトリオは容易く切り裂いた。

 だが、ただ斬っただけでは、魔術で生み出された火炎の勢いは消えない。ならば斬撃一つで火の群れを消し去る技量は、既に人間の領域では無くなっていた。

 

「素晴しい火力よ。お主以上に魔術が巧いようだな、あの給仕は」

 

「だが、マスターでは無い」

 

 運転手とメイド。そして、後部座席には一人の男が座っているのが見える。気配からして後ろに座る男が、彼女らが召喚したサーヴァントだと確認出来た。

 その車に乗る三人が降りる。

 運転手の女は意気揚々と敵意を振り撒き、メイドは静かに主人の後ろに佇んでいる。しかし……

 

「―――気分最悪です。

 この乗り物、牛車と比べものになりません。現代怖い」

 

 ……英霊らしき人物の顔色が凄く危なかった。口元を抑え込み、気を抜けば一瞬で形容し難き流体物が溢れ出そうな雰囲気だ。

 

「オイオイ、大丈夫カ? 流石ニソレ、ヤバイダロ」

 

 男と共に後ろの座席に積み込まれていた剣が、当たり前のように声を発していた。その剣は今にも吐きそうな彼を心配しつつも、手足の無い剣では身動き出来ないので外へ出るのを手伝って貰っていた。魔剣がキャスターからエルナに渡るが、キャスターは蒼白い顔のまま自分のマスターの方を向く。

 

「どうぞ、マスター。クノッヘン、をぉ……―――」

 

「ああ、すまない―――で。お前、ホントに大丈夫か?」

 

 自分のサーヴァントから武器を手渡された運転手の女、エルナスフィールがキャスターを心配する。ツェツィーリエは敵の前だからか無表情のままだが、雰囲気を見るにキャスターを凄まじく心配しているようだ。彼女は素早いが慌てない雅な動作で、彼の背中を優しく撫でていた。

 

「ぎゃ―――」

 

「……ぎゃ?」

 

 自分のサーヴァントの不可解な言葉に首を傾げる。鉄塊の如き巨大な魔剣であるクノッヘンを右手だけで持つエルナは、初めてキャスターが弱っている所を見る。もっとも、これ程車酔いが酷いとは思わず、今から敵と戦えるのかとかなり心配していた。

 

「―――逆流……しそうです」

 

「………………………マジ?」

 

 このまま斬り掛ろうか、と凄くデメトリオは悩んでいた。深く深く何処までも迷い、その思考回路の結果、こんな不意打ちで戦争に勝利する騎士の無様さを笑い、今は警戒だけに留めて置いた。

 ……後、どうしようもない嫌な予感が、彼の足を止めているが一番大きい理由であった。巧妙に隠されているが、魔力を使って眼を凝らせば狂った理論で構成された術を盗み見する事が出来る。ライダーもライダーで敵の隙を窺っているが、あのキャスターの周りに尋常ではない魔術障壁が展開されるのを見抜いていた。今は出ていないが、自動的に稼働する厭らしい術式がサーヴァントを中心に渦巻いている。

 

「ツェ、ツェ、ツェリ!? どうすんのこれ!!」

 

「喉に指を入れましょう。苦しいのでしたら、楽にさせるのが一番だと思われます」

 

 ―――瞬間、三人へ同時に斬撃が奔った。

 デメトリオもライダーもその場から欠片も動いていない。何一つ怪しい動作をしていない。なのに、エルナとツェリとキャスターの首を落さんと目視不可の刃が躍った。

 

「―――危な!

 これ一体どんな魔術だ? この私がまるで理論が分からない何て、全くどんな細工を魔術に施してるんだか。

 ……わかる、ツェリ?」

 

 首に奔る斬撃をエルナは左手の義手であっさりと防いだ。

 

「皆目見当もつきません。ワタシの知識にも見当たらない神秘のようです。しかし、キャスターならば分かるでしょう」

 

 ツェリはその攻撃を体を屈めて避けていた。ついでにと、キャスターの頭も掴んで同時に回避させていた。サーヴァントであるキャスターならば簡単に避けられていたとツェリも分かっていたが、それでもメイドの習性として彼を守る為に体が勝手に動いていた。キャスターもキャスターで、彼女に逆らうこと無く攻撃を避ける事に成功している。

 ……キャスターは自分が斬られる瞬間でも身動きしなかった。死を確かに見ていたのに動かなかった。

 それはツェリを信頼していたからと言うよりかは、まるで自分が死なない事が分かっていたかのような無動作だ。まるでじっとしていれば、自分が攻撃を受けない事を知っているかのような、冷静過ぎる対処の仕方。

 

「私の目で見たところ、どうもアレは魔眼に一種ですかねぇ……っうぷ。

 斬撃だけを現象として引き起こす何て、不可思議多い神秘の中でも非常識極まります。実体による切断では無く、意識に染み込んだイメージを目を通して世界に投射するとはまた、何を鍛えれば其処まで……」

 

 フラフラと誰も居ない密室で独り言を呟くように、キャスターは敵の攻撃を見破っていた。

 ―――魔眼の斬撃は極悪だ。

 まず、見えない。そして、無拍子で遠隔から斬り殺す。つまり、対策が不可能なのだ。見られているだけで、常に命を握られている。

 デメトリオは黒い瞳を更に暗く闇に染め上げ、奈落の視線をキャスターに向けた。

 

「……無駄ですよ」

 

 キャスターが後方に下がった直後、脳天から胃まで伸びる縦切りが通った。背中をツェリに摩っていた貰った御蔭か、酔って失っていた気力も治り始めていた。

 

「実に素晴しい異能なのでしょうけど、不意打ち、騙し打ちでしか通用しませんね」

 

 忌々しい、と純粋にデメトリオは内心で吐き捨てた。

 魔力の流れ、視線の動き、気配の濃さ、そして何よりも凶悪なまでの殺気の凝縮。魔眼の力を使うには圧倒的なまでの集中力を必要となり、一般人が向けられただけで意識が消失する程の威圧感。下手をしなくとも発狂死する圧迫感。

 ただの魔術師程度ならばあっさり斬り殺せ、武人でも魔力を察知出来ぬなら簡単に斬り殺せる。故に回避するには、剣閃の軌道から体を動かすか、不可視の刃の軌道上に障害物を置けば良い。

 とは言え、理屈通りに対処出来る攻撃では無い。魔眼を回避する為にはサーヴァントクラスの危機察知能力と、危険回避能力が要る。

 ならば、こうも簡単に避ける為に要るのは、ライフル並の銃弾を目視してから回避する身体機能と、音速以上の速度で稼働する魔力を感知して反応する超感覚。そして、刃の軌道から逃れる為に肉体を的確に動かす技量が重要となる。その三つを揃えなければ、魔眼の前では無力な獲物に成り下がる。そして、これら三つを十分に鍛え上げていようとも、どれか一つを使えない状況に追い込まれれば殺される。

 

「―――正面からでは無理か」

 

 死徒を見るだけで殺せる異能。これで殺せないとなれば、ここに居る者全員が規格外の化け物だらけ。敵から見えない位置から強襲する暗殺ならば通じるかもしれないが、どうも気配を消すのは苦手だ。そもそも索敵能力が戦争に参加している人間は可笑しい。暗殺を警戒している超常の化け物相手に、先手の奇襲を仕掛けるのは難しい。自分を殺そうとする相手に慢心や油断をする間抜けなら兎も角、この手合いを殺害するのは実に困難。

 今のままでは敵に魔眼は通じない。

 この能力(チカラ)の真髄は、まだまだ隠しておくことに決めた。

 

「……では、始めるか」

 




 マスター最後の一人、デメトリオ・メランドリです。彼が聖杯戦争に参加した因果は色々とあるのですが、しっかりと後で説明出来るようにしたいです。
 読んで頂き、ありがとうございました。


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49.パラディン

 お久しぶりです。更新が遅くなりました。リアルでの面倒事を無事完了させましたので、執筆を再開させていきたいです。
 後、余り関係無いのですが、らんま1/2のヒロインの中だとシャンプーが一番好きなのです。皆様はどうでしょうか?


 ライダーのマスターは、顔面に亀裂が入ったと錯覚する笑みを浮かべた。

 ―――彼は始めると言った。

 何を始めるのかは、既に笑顔が全てを物語っている。そんな自分を召喚したマスターを見て、ライダーは心底面白い物を見た様に、笑みを浮かべた。そして、敵の異様さに楽しみを感じた。

 自分のマスター、デメトリオ・メランドリは強力な剣士だ。

 特にあの魔眼の異端さは、英霊たる己からしても気味が悪くなる。

 キャスターが纏っていた物理保護と魔術保護をあっさり無力化する魔眼を考えるに、この騎士はサーヴァントに匹敵する神秘を身に宿していると言う事。また、正確に言えば切れ味でキャスターの保護を切り裂いたのではなく、防御術式の自動察知が作用しない斬撃現象のみなので、実に厭らしい魔眼だった。実体の無い斬撃と言う事象が存在を切除すると言う事は、超能力染みた魔術理論外の現象そのもの故、術式で察知が不可能となる。物理法則からも逸脱した異能となれば、魔術で守る為には防御を常時発動させるか、その斬撃に対する任意のタイミングで使用が魔術師に求められる。

 ―――つまり、存在を直接切り裂く“切除”の魔眼。

 恐るべき能力の多様性に加え、殺傷能力の極まった高さ。更に死徒を簡単に殺す速攻作用。

 推測としてだが、デメトリオはキャスター達に対し、物は試しで魔眼を発動させたのだろう。が、敵が並の魔術師と英霊ならば簡単に勝負は決していた。無論、デメトリオの一人勝ちと言う形で。

 短絡的……いや、どちらかと言えば直感的か。

 この魔眼が通じるかどうかは正直な話、使わなければ分からない。そして、先程の使用タイミングはライダーから見てもベストであったし、まだ全てを使った訳では無い。何より、敵のある程度の強さを計れると言う点では、かなり有能な魔眼でもあった。

 

「白兵戦も行える魔術師の英霊とあらば……成る程、我輩(オレ)も油断は出来ぬようなだ」

 

 ライダーは刹那で武装化を完了させた。動物の皮と毛で作られたシンプルな衣装だが、隠しきれぬ尊大さと威容さに満ちている。王族が着るに相応しい服ではあり、それは戦場で装備する将を血に輝かせる鎧。ゆったりとした民族衣装の下には、身を守る為の装備が成されている事だろう。

 

「そうだろう、キャスター? 攻撃をされる前に避けられるとは、果たして如何なるカラクリによるものか。それも視覚外からの不意打ちにも完璧に反応する。

 ―――ああ、実に興味深い。

 宝具か、はたまた技能か。

 まぁ……どちらであろうとも、攻略させて貰う事は変わりないぞ」

 

 キャスターがデメトリオの魔眼をあっさり見抜いた様に、ライダーもキャスターが持つ能力を見抜きつつある。

 魔術師の英霊の内心にあるのは、称賛と驚愕。

 ギリギリまで引き付けて回避したつもりであったが、ライダーの観察眼の前では無駄であった。

 

「……不自然でしたか。

 それなりに演技は得意な方なのですが……やれやれ、儘為りませんねぇ。狐を逆に化かせる程と自負しているのですが、貴方の方が私より狸のようです」

 

 同時にキャスターもライダーに合わせて武装化を行っていた。此方もライダーと同じくゆったりとした服装であったが、戦闘服と言うよりかはまるで屋敷に住まう貴人。しかし、漂う気配は魔に満ちており、この場の誰よりも鬼気迫る魔力の圧迫感を発していた。

 

「―――ま、出来たら此処で死んで下さい、騎兵殿。

 貴方が生きていると戦場を掻きまわしそうで、どうも結構厄介なサーヴァントなので早々に殺したいのです」

 

 袖の中に両手を入れ、惨酷な言霊で敵を圧して笑みを作る。キャスターはそのまま、腰に下げていた鞘から刀を抜き、構える事無く無防備に武器を片手で握っていた。

 

「それは刀か。西洋の武具では無いな。中華のものにしては、刃の作りが少々鋭い。南の天竺の剣とも違う。いや、全体的に大陸の様相では無い。

 となればだ、作りからしてそれを倭の刀剣と推測し、且つその服装もかなり特徴的で独特な文化模様。ある程度の時代と国を考察すれば……ほう。何だ、お主―――この国の英霊か」

 

 持ち得る知識を合理的に思考し、現状に当て嵌め結論を出す現実主義者(リアリスト)

 

「―――フフ。良いですね、知恵比べは大好きです。

 そう言う貴方はどこぞの民族出の英霊ですね。その類の服装となれば、文化圏は十分に限られますので……成る程。ライダー、貴方は大陸出身の英霊ですか。

 それも、厭味なまで敵を追い詰める性格を考えますと、英霊として持つ傾向も分かってきます」

 

 キャスターを都に住む学者の類とすれば、ライダーは戦場を生きる戦略家。二人とも頭を使うのは得意な方であったが、方向性は両極端。

 ライダーは純粋に敵の装備から出身国を割り出し、真名を絞り上げ、キャスターのクラスに該当する英霊を推理する。逆にキャスターは敵の装備から伝承が伝わる文化圏を特定し、性格や人格からどういう人生を歩んで来た英霊なのか推測する。

 

「ライダー、もう良い。敵を殺せ。(オレ)はマスターとメイドの方を()る」

 

「しくじる事は許さんぞ、デメトリオ」

 

「―――ク……」

 

 騎士は直ぐ様にも斬り殺しに掛りたい。しかし、隣にキャスターも居るとなれば、自分一人で斬り合いに挑んでも囲まれて死ぬだけ。デメトリオは単純にライダーに対し、キャスターをマスターから離す事だけを望んでいた。

 

「……準備は良いか?」

 

「無論。直ぐにでも、あれを蹂躙してくれよう」

 

 瞬間―――斬撃の嵐が暴走する。エルナとメイドからキャスターを分断する為、無造作に乱雑が剣閃が道路に吹き荒れた。同時、ライダーは攻撃を回避したキャスターへ向かい疾走する。マスターはマスターへ、サーヴァントはサーヴァントへと戦場が一瞬で分断された。

 ……剣が降り落ちる。

 騎士が舞う剣戟は魔眼が放つ斬撃の比では無い。つまり、あの程度の不意打ちを打ち払える技量が無くば、そもデメトリオ・メランドリと殺し合う事は不可能であると言う事だ。

 

「……っち―――」

 

 ―――既にエルナの前に騎士が移動を済ませていた。

 ―――真上から綺麗な軌道で奔る刃を、剣を両手で握って防いだ。

 脳天をカチ割る剣閃を彼女は魔剣で受け止めた。刀身五尺以上の巨大な刃は、振るわれずとも存在が異様な程。よって―――エルナが居る場所を中心にコンクリートが蜘蛛の巣の様に罅割れた。舌打ちを思わずしてしまう程、柄から伝わる衝撃で両手が痺れた。

 

「はぁあ――――――!!」

 

 そして、デメトリオが凶悪な一呼吸と共に力を込めた。グァン、と馬鹿げた炸裂音が刀身の接触点と、エルナの足元から鳴った。この抑え込みは聖堂教会に伝わる徹甲作用に酷似した業。この騎士だけが身に修めた鍔迫り合いにおける最強の一手。

 全身が軋んだ。

 背骨が痺れ、筋肉が裂ける。

 一瞬の衝撃で体が麻痺したエルナが停止する。

 故に、その隙を狙って剣が振るわれる。モノを切除する魔眼の発動よりも尚、凄まじく迅い剣戟が彼女を襲った。相手が死んだと思うよりも早く敵を殺害する返し斬りが、エルナの胴体を両断せんと迫る。

 

「―――不覚」

 

 ……首筋から血が流れた。皮を一枚、裂かれたようだ。

 忌々しいと言う感情を隠すことなく、デメトリオは自身の至らなさを呟く。咄嗟の判断で回避したものの、敵が持つ武器の形状と長さ、何よりその敏捷性の高さによって回避が完全に行えなかった。

 

「……速いですね。それも恐ろしく」

 

 ―――それは白い大鎌だった。

 骨のように真っ白な死神の道具。柄も刃も骨で作り上げられた様な悪趣味な威容。刃の先端に僅かな血の痕が付いている。どうやら、鎌を持つ異様なメイドが主の危機を助けたようだ。

 主人を助けた従者、ツェツェーリエが敵を睨みつけていた。

 まるで、飢えた狼の如き苛烈な視線は、煮え滾った殺意と害意に満ち溢れている。

 

「魔眼に加え、教会製の聖剣ですか。成る程……更に剣技の程も十分に、我々を殺し得る鋭さを持つ様です」

 

 しゃらん、と鎌を一回し。ツェリが改めて、敵に武器を構えて相対した。

 

「けれど―――もう終わりです」

 

 メイドが靴で潰された蟻を見る眼で騎士を観察していた。何より、異常は直ぐに現れていた。その事はエルナも分かっていたのか、剣を構えつつも死んだ昆虫の死骸を見守る子供のように様子見に徹している。だが、これで終わるかどうか、見極めている様子でもある。

 

「……―――!」

 

 手が痺れて動かない。胃が暴れて吐き気が凄い。神経が死んでいて脳が巧く働かない。

 気が遠くなるとは正にこの事。

 視界が暗くなり、意識が混濁する。

 それは突然の異常事態であった。戦闘中であれば取り返しがつかぬ痛手。ここまで酷い悪状態と化せば手遅れだ。だが、騎士は慌てる事無く自身に全力で魔術を施した。

 

Dichiarazione(Start)―――Disintossicazione(Life circulation)……」

 

 ―――毒。それも即死効果を持つ致死性の猛毒。

 生物界には様々な毒素があり、一グラム単位で人を死に至らしめる物もある。ならば、それらを煮詰めて錬金術で更なる精製を加えれば、どれ程の毒素が作り上げられるのか。デメトリオが受けた毒とはそう言う、人間が受ければ決して生き長らえぬ類のモノ。僅かな延命さえも許さない。

 

「……ふむ。軽い」

 

 その毒を、彼はあっさりと乗り越えた。魔術刻印で治癒機能を持つ魔術師は勿論、吸血鬼さえ簡単に死滅させる毒素である筈が、顔色一つ変えずに解毒してしまった。

 

「――――――……っ」

 

 ツェリは敵の底知れぬ力に対し、静かに背中を震わせた。自分が錬成した毒素は、そんな簡単に解除出来る代物では無い。魔術だけでは決して癒せず、そも治し切る前に死に絶える凶悪な致死性がある。

 ならば、この騎士は毒に対して耐性がある。魔術を機能する前に毒殺する薬物を解毒する為には、ある程度の毒に対する生身の耐久力が重要だ。故に、この魔術師にとって毒物は、日常的に摂取して毒物に対する抵抗力を高めていると言う事だ。

 

「―――では」

 

 とても短い言葉を合図に、彼は奔った。刹那―――既に騎士は二人の視界から消失する。

 ……空気が凍った。

 エルナとツェリの体感時間が引き延ばされ、極限まで集中した意識の中でのみ、デメトリオの動きは確認されている。しかし、余りにも速過ぎる挙動は、もはや反応出来るか否かと言うレベルの範疇。騎士が持つ聖剣の先は、鎌を構えるメイドの胴体。斜め上から迫る軌道から、避けらぬなら断面から臓器を地面にブチ撒ける事となろう。

 散り煌めく剣戟の花火。

 瞬間、高鳴る刃の音色。

 されど一撃に終わらず、騎士の一閃を鎌の柄で防いだツェツェーリエに向かう。そして、空間を切り裂く横薙ぎが繰り出された……!

 

「―――はっはーー!」

 

 ―――故に、騎士の眼前には巨剣の影が迫っていた。

 しかし、デメトリオはエルナが攻撃してくるだろう事は予測していた。

 違う敵を攻撃する等と言う、ここまで大きい隙を見せる相手の死角を突かない手は無いのだから。よってメイドは、主の動きが分かっていたのか、強引に身を翻して剣戟範囲から去っている。次の瞬間には体勢が整わず斬り殺されてしまう回避行動であったが、逃げる事だけを考えるなら一番迅速な動きだった。何より、エルナの邪魔にもならず、敵を殺し得る最良のコンビネーションである。

 ―――エルナスフィールの魔剣クノッヘンは、掠っただけで人間の血肉が弾ける。

 彼女の凶悪な膂力を考えれば、人間の身など枯れた小枝の如き脆さ。加え、メランドリが瞬時に確認した事が確かで在れば、あの巨大な剣には電撃が込められている。魔術使いの剣士と言う、文字通りの魔剣士である言う訳だ。剣で受け止めれば、刀身を伝わって雷がデメトリオを簡単に焼き焦がす。

 ……回避しかない。

 だが、避ければ体勢が崩れる。

 無理矢理大きく離脱して仕切り直す事は出来ようが、それでは敵を攻め殺せない。ならば―――

 

Dichiarazione(Start)―――」

 

 ―――自身の剣にも魔術を込める。

 どうやら敵の方が魔術の威力が上回れている。神秘に生きる魔術師として無様だが、デメトリオは騎士である。その魔術も所詮は道具の一つであり、自分の道具は使い様によっては化ける物。

 

「―――La chiave di provvidenza(elimination)

 

 瞬間詠唱。それも一工程(ノーカウント)で行われた圧倒的スピード。既に常人では言葉として認識出来ず、意味を成す声とも思わないノタリコン染みた詠唱速度である。雷と化して迫る魔剣に対し、雷速で刃を彼は迎撃した。

 

「なぁ……っ―――」

 

 唐突だが、魔術を禁忌にしている聖堂教会にも、代々とある神秘は継承され続けている。騎士や代行者、あるいは悪魔祓い師が使用する洗礼詠唱が代表とされるその他様々な秘蹟。

 ―――教会には黒鍵と呼ばれる概念武装がある。

 正確に言えば、自然法則を叩き込み、もとの肉体に洗礼しなおして塵に還す摂理の鍵だ。この騎士が持つ人造の聖剣は黒鍵ではないが強力な浄化作用があり―――デメトリオはその秘蹟を行使した。

 

「―――っく、あ……!」

 

 エルナを断たんと凶刃が迫った。紫電は一瞬で洗礼浄化され、敵に伝播する事は無かった。魔剣の剣戟は受け流され、聖剣が魔を殺そうと彼女の命を啜りに掛る。 

 その攻撃を左腕の義手で受け止める。キン、と鳴った直後には既に再度刃を振っている。彼の剣の標的は右後ろから奇襲を仕掛けて来たメイドの鎌。彼は毒鎌を受け流すも、既にエルナは体勢を整えており、魔剣が振り被られた後。それも当然の如く回避され、続く連撃も対処された。

 ―――ここから先は、魔速の世界。

 嵐、嵐、嵐。たった一人の騎士を殺害せんと魔剣と毒鎌が舞うも、デメトリオ・メランドリには届かない。魔剣によって肉が削がれ、毒鎌に皮膚と神経を抉られるも、予め詠唱した魔術で肉体を無理矢理修復して酷使する。もはや、デメトリオがしていることは理性的に狂っていると言える。治癒と言える魔術では無く、直ぐ様戦闘が行えるように簡易的な修理をしているだけだ。

 だが、それはエルナとツェリも同じこと。

 自分達に隙が有ろうが無かろうが、騎士は回避不可能と錯覚してしまう程の鋭い剣戟を無造作に振う。エルナは剣を交える度に臨死を味わっている。連続する惨死の危機が感覚の疲労さえ忘れさせ、血の匂いで気分が昂ぶって来る。何度も何度も敵の剣が体を掠っていき、皮と肉が斬り裂かれるも骨までは何とか届いていない状態。神経は過剰な生態電流で焼きつきそうで、痛覚だけが自分が生きている事を実感させた。

 

「てめぇ……本当に人間か!?」

 

 アインツベルンのホムンクルス。それもその中でも最高傑作であるエルナスフィールの膂力は埒外の領域。並のサーヴァントを撲殺し、其処らの吸血鬼ならば素手で五体を引き千切る事が可能。更に銃弾が放たれてから射線から回避し、音速に対応する敏捷性もある。

 ならば、その人外の身体機能に追随する騎士は何者なのか? それも一対二の不利な状況で在るにも拘らず、此方を殺さんと圧倒的剣舞を見せる。エルナは純粋に敵の技量に慄いた。

 

「――――――……」

 

 主人に反し、従者は鉄面皮のまま。しかし、ある種の欲求に満ちて愉しんでいるエルナスフィールとは違い、ツェツェーリエは殺意を更に煮詰めていた。

 不甲斐無さと憤怒で意識が沸騰し、形を残さず蒸発しそうだ。

 自分が斬り刻まれるのは如何でも良い。今も、此方の攻撃とあちらの攻撃が交差して血肉が宙へ弾けている。白い骨の鎌を振う回転速度を肉体のカタチを維持する事も出来ぬ程、物理的に何処までも高速稼働さているにも関わらず騎士の首を処刑出来ない。だが、それも本質的には如何でも良い。肉が運動の負担で千切れ掛り、骨が自らの急激な動きで砕けそうになっても、構わなかった。其処までして敵を殺せなくても、関係無かった。

 ……しかし、己が主人であるエルナスフィールの負傷は看過出来ぬ。

 戦争で傷付く事も、自分達の戦略上そうなってしまう事も理解していても、ツェツェーリエは主人に凶刃が僅かでも届く度にどうかなりそうだった。

 

「……殺す――――――」

 

 鎌は更に速度を上げた。過ぎ去るモノ全てを切り裂く死神と化し、暴風を凌駕する大嵐となっていた。

 ―――だが、騎士の聖剣は全て斬り落とす。

 デメトリオは愛用する人造の聖剣を以って、彼女らの攻撃を無力化して捌き切っていた。彼は魔剣も毒鎌も魔術も関係無い。

 全て、自身の業で切り捨てられる。

 全て、自身の技に及ばぬ有象無象。

 故に、生き物として自分より性能が高い怪物二人を相手に出来た。  

 

「……Dichiarazione(Start)―――」

 

 英霊に比較しても遜色ない人造人間と、唯の人間が斬り合っている。ただの人間に過ぎない騎士は、千年続く錬金術大家の最高傑作を前に欠片も退かない。

 ―――強い。

 呼吸が強い。

 視線が強い。

 殺意が強い。

 剣気が強い。

 動作が強い。

 全てが強い――――――!

 

「―――Corroborante di corpo intero(Strength)

 

 繰り返される剣戟、乱れ続ける死線の応酬―――それら全てが加速する。騎士の速度は、騎士の膂力は、エルナとツェリの二人を置き去りにし始める。

 だが、そんな事は許しはしない。

 これから始まるのはチキンレースだ。

 エルナに躊躇いは無い。また、ツェリも同じ覚悟を持つ。

 保険は棄てた。死なぬ為に保身は余分。命を賭けて、死力と尽くし、それでも届かぬならば―――今よりも強くなるしか無い。限界を越え、その果てを目指し、進化しろ!

 

「――――――」

 

 聖杯もどきである彼女達二人に呪文は要らない。ただ純粋に思い、凶悪なまで強靭な精神でカタチを成せば良い。

 ―――命尽きそうな臨死状態。

 ―――増加し続ける身体機能。

 一対二の死闘は終わりを迎えず。サーヴァントも介入を躊躇うような戦場(いくさば)が形成された。

 




 今回は余り長くない回となりました。マスター陣営の異常な戦闘能力の表現が難しいですが、チートvsチートは書いて楽しいです。
 ライダーのマスターや、その他のオリキャラのマスター達はその内、何かしらの話で詳しい紹介が出来る様にしていきたいです。


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50.侵食汚染

 プリズマが終了しました。二期が楽しみです。あると良いな。
 進撃も終わりましたし……さて、今度は何を見ようかと悩みます。


 同時―――マスターらが白熱し始めると共にサーヴァント二人も死線を合わせていた。

 刹那―――キャスターが符を放ってライダーに閃光が襲い掛かった。

 マスターとサーヴァントで戦場が分断された直後、魔術師の英霊は騎兵に向かって即死級の魔術で襲っていた。

 ―――摂氏5000度を超過する灼熱の光源。

 火属性は生き物を殺す事に長けている。故に複雑に高度化した魔術理論を運用するよりも、魔力を込めて純粋に火力を上げればあっさり人を殺し得る。それを単純に高めた結果が、このキャスターの魔術となる。既に赤色では無く白色に輝いており、現世の魔術師が操る炎を何段階も上回っているのが簡単に察せられた。熱を持ち過ぎ、物質がプラズマ状態に変化していると思える様な、魔術の領域から外れた火力。生き物を殺す炎では無く、兵器を溶解させるようなモノであり、既に装甲車をグズグズにする程。人を殺す武器と言うよりも、むしろ大げさに物を壊す工具と言えた。

 だが、それは些細なこと。何よりも、異常な事は―――

 

「……っ!」

 

 ―――ライダーが魔術の炎から熱気を感じたコトであった。

 熱さの余り、思わず皮膚表面が焦げて、離れているのに眼を瞑りたくなる。それが異常なのだ。

 何故なら、ライダーには対魔力がある。

 魔術に対する強い守護があるのだ。それをただ其処に在るだけで突破する程の熱量を持つとなれば、もはや宝具に匹敵する神秘性がある魔術となる。あるいは、それが対魔力では防げない神秘であると言うこと。だが、ライダーからすればどちらでも構わない。

 つまり―――当たれば死ぬ。

 それだけが事実。

 よって、彼がすべき行動は決まっていた。そう思考して行動を決定するまで、僅か刹那の間であった。

 

「おやおや。これは意外です……」

 

 キャスターが態とらしい驚愕の表情を作った。込められているのは嫌味と皮肉と、僅かばかりの悔しさか。

 

「……対魔力持ちのサーヴァントでしたら、油断を誘えると思ったのですがねぇ。いや、残念」

 

 ―――片刃の軍刀が二本。

 ライダーは魔力を爆発させ、斬撃でキャスターの術を葬り去った。実体を持たぬ白炎を裂くとは、もはや人間業では無かった。無論、ライダーはサーヴァント故、別段英霊の中では珍しくも無い絶技であったが。

 

「―――っち。厄介な」

 

 忌々しさが思わずライダーの口から出てしまった。軍刀は完全に溶けて消えていた。

 弱まった炎塊寸前で避けたが、服が焦げ付いてしまった。とは言え、魔力によって直ぐに復元し直し、いつも通りの綺麗な状態に戻したが。

 ……両手には、柄だけ残して溶け壊れた軍刀二つ。

 それをあっさりと地面に捨てる。そして何処から補充したのか、ライダーは新たに同種の刀剣を両手に装備する。

 

「……面白いカラクリですね、それ」

 

 揶揄するようなキャスターの台詞。彼は呪文を音にせず唱えながらも、敵の精神を乱すように言葉を喋る―――否、実際に彼の言霊には悪質な精神錯乱が作用されている。“呪”を込めて話す事で言霊に重みを加え、心を狂わせる催眠染みた心理操作が行えた。

 ―――不安。

 ―――未知。

 ―――脅威。

 ―――恐怖。

 ライダーに襲い掛かる様々な心理圧迫。

 キャスターから面白いカラクリ、と言われた。もしや、既に自身の宝具の仕組みがたった一目で露見されたのかと不安に陥りそうになる。段々と先の事を考え過ぎて、何も見えなくなり始める―――筈であった。

 ……ライダーが唯のサーヴァントならば、何かしらの影響はあっただろう。しかし、ライダーはもはやその程度の重圧では欠片も揺るがない。揺るぐことなど出来ない。

 

「――――――我輩(ワシ)を甞めるか? まぁ、それも良かろう」

 

 甘い認識のまま殺してやろう。と、言わずともライダーは、眼と気配でキャスターに死を悟らせた。

 

「……フフ」

 

 笑みが零れてしまった。キャスターは綺麗に透き通る微笑みを、あるいは底がまるで見えない幻影のような笑顔で敵と対峙した。

 焼き払うのも手だが、この場は少々都合が悪い。キャスターは本気を出せば、それこそ恒星の如き灼熱の塊を生み出し、辺り一帯を焦土に返させる。地面を溶解させ、コンクリートは異臭を放ち、地獄と同等の悲劇を作り出せる。

 ……しかし、今は居る場所は昼間の住宅街。

 そのような場所で、そんな埒外の惨劇を行えば一瞬で全サーヴァントとマスター達から標的にされる。流石に其処までの考えなしでも無くば、倫理観が無い非道無道とは違った。敵ならば兎も角、関係の無い無辜の民が生贄に捧げられるのは正直、吐き気がする。

 ―――瞬間、ライダーが動きだした。

 だが、同じタイミングでキャスターが符を上に投げ放った。

 宙には紋様。過剰なまで加熱する魔力は暴れ、竜巻の塊が乱雑にライダーが居る周辺を抉り出し―――それをあっさりと騎兵は踏破した。魔力を見抜き、軌道を見抜き、手札を見抜き、見切って見切って見切って、全てを縫う合わせるような無骨な動作で敵の眼前に君臨した。

 そして―――キャスターもまた同じ。

 ライダーが自分の前に来る事も、何時来るのかも知っていたかのような動きで身構えた。右手は太刀紐で吊るしていた直刀の柄を握り、左手は太刀を収めている鞘を抑えている。

 

「――――――」

 

 無音の一閃だった。居合と呼ばれる剣技。

 技量は特別な部分も無く、別段優れている箇所は無かった。しかし、技を放つタイミングと速さの二つだけは異常なまで巧み。強化された肉体は有らん限りの殺意を示す。

 ―――だが、受け流される。

 ライダーは左手の軍刀で捌いて踏み込む。同時に切り込む右手の軍刀。完璧なタイミングであった。その筈なのに、キャスターはゆらりと避けてしまう。そればかりか、何時の間にか右手の人差し指と中指で符を挟み、眼にも止まらぬ速さで射出した。

 ライダーが取った策は前進だった。キャスターは攻撃を察知して自動展開する防護障壁を纏っているが、それを突破するには近接戦しかない。また、キャスターが自分自身やマスターを巻き込む様な広範囲に殺傷力がある術を使わないだろうと、敵の保身的な術の使い道もライダーは考慮していた。

 キィン、と死が鳴る。音が鳴る。

 交差する死線。錯綜する刃と術。

 禍々しく、殺人の為の英霊の凶器が舞い踊った。乱れ狂うような、爆音と金属音の行進曲。

 ライダーの軍刀は余りにも的確過ぎた。

 敵の術の核は符で在るのならば、そもそも発動される前に切り裂けばいい。攻撃が最大の防御では無く、攻撃こそが最善の戦術であった。防御に徹する事と、切り裂く事は同義と化した。

 キャスターの術は尋常では無かった。

 敵の凶刃を紙一重で防ぎ、自身を護る鉄壁を成す。放たれる符も、一撃必殺を体現する凶悪な神秘を宿している。低い物でBランクの魔術程度、通常のモノでAランクに匹敵し、それ以上の桁外れな宝具にも並ぶ魔術が炸裂する。

 

「―――死ぬが良い」

 

「―――消えなさい」

 

 故に―――殺意が漏れた。

 二人とも、殺すべき敵へ送る言霊を叩き付けた。

 キャスターもライダーも、先が見える様だった。

 殺し合いとは何処か共同作業に似ており、敵が何処を如何に攻撃し、自分がどんな様で死にそうになるか肌で実感する。五感が猛り、第六感が共鳴する。

 ザン、と裂く。

 キン、と守る。

 符が術を炸裂する前に切り捨てるも、ライダーの行動を読み切ったキャスターは障壁で剣戟を防ぐ。が、ライダーは回り込み、障壁が脆い部分を見出して刃を突き入れた。その死をキャスターは見えていたのか、いっそ優雅と言える仕草で着物を翻して回避した。

 

「ライダー、貴方は怖いお化けです。生前さぞかし恨まれたのでしょうね」

 

 距離が離れた所為か、キャスターが言霊を吐き出す。相も変わらず悪趣味な催眠効果が付随しているのだが、ライダーは構わず問答に答えた。

 

「良く喋る口である。お主こそ、生前はさぞかし魔物に憎まれたのだろうな、(まじな)い屋」

 

 キャスターはどうやら、キャスターらしからぬ戦闘も出来るようだ。ライダーは実際に眼前の男の不気味さが、生前で幾度も味わった死ぬ一歩手前の寒気に似ていると思った。年老い、肉体が衰え、死ぬ間際まで戦に挑み続けて来た人生が、ライダーを慎重で狡猾で残忍で思慮深い将校に仕立て上げていた。

 その戦場の勘が訴えていた、キャスターは特別危険だと。

 まず、対魔力が通じない。ライダーのクラススキルとして持つ対魔力が、魔術を唱えるキャスターに対して優位性を保てない。対魔力を信じず、自分の勘を信用して敵の術を武具を盾にしていなければ、最初の一手で痛手を負っていた。術の異様な気配から、どうも王道な手段で殺せるキャスターでは無いと確信した。

 

「良くぞお分かりで。ですが、私のような術使いは、貴方の国でも別段珍しくも無かったでしょう?」

 

「……フン。

 そも我輩(ワシ)は、お主のような(まじな)い屋は胡散臭くて信用出来んのでな。頼る事が無い事もなかったが、自分の人生は自分自身の血肉で切り開く信条だ。

 無意味とは言わんが、(まつりごと)に妖術師は無価値だ。

 所詮、そのような下らん手品では国を導けん。必要なのは絶対的な支配と圧倒的な武力、そして全てを握る君臨者の三つ―――そうだろう、キャスター?」

 

 冷徹。冷酷。冷静。非情、且つ下劣。非道であり、外道であり、何より無慈悲。言わば、骨髄まで染み込んだ現実主義の権化。

 ―――恐らく、ライダーは支配者だった。

 そしてキャスターは確信しているが、この騎兵は生まれながらの王では無い。自らの手で、自らの国を築き上げた建国の英霊だと考えている。あるいは、自分自身の手で他者から王権を奪い取った奪還の英霊。だからこそ独裁的、何て領域には収まらぬ余りに巨大な支配欲求を抱いている。出生の位が高い者が持つ気高さと言うよりも、慈悲無き弱肉強食の中で生き抜いた狼の誇り高さなのだ。

 

「……恐いですね。とても、とても、私は貴方が怖いですよ」

 

 人の化身。言わば、欲望の中心点。キャスターも生前はとある王朝に仕えていた身だから分かる。この男、ライダーは絶対者だ。ただ王であるだけでは我慢出来ず、支配するだけでは満たされず、君臨するだけでは収まらず、もっともっと奪い取らねば生きられない。自分が仕えていた者と比べると、直視出来ぬまでに苛烈な在り方だ。

 其処に在る感情は禍々しく歪んでいる。

 ライダーの過去を知らないキャスターでは仕方ないが、ライダーが抱く聖杯に対する願望は分からない。分からないが、その方向性は想定出来ていた。何となく察せる程、この騎兵は強烈な存在だった。

 

「ほぜけ。我輩(ワシ)の方がお主の事を不気味に感じてるぞ」

 

 この手合いは度し難い。ライダーも生前にキャスターのような人物とは何度か会っているが、その中でもこの魔術師の英霊は極まっている。

 底が見えぬ。心を惑わせる。人を読ませぬ。

 彼にとって人間とは、支配し易く、御せ安く、操る事も楽な群れる動物だ。群れの管理など簡単で、恐怖と絶望であっさりと屈する。

 だが、学者然とするキャスターは理解出来ない。ただの知識人ならば分かり易いが、このサーヴァントは全く違う。大抵の狂気や狂信、あるいは行き過ぎた信仰や正義と言った歪さならば分かり、ある程度の共感もある。復讐や憎悪、様々なヒトの感情ならば実感も出来よう。

 ―――ありとあらゆる人間性が到達する果ては、殺人と死骸であった。

 虐殺。殺戮。皆殺し。

 殺して、死んで、先には何も無い。心の中には何も残らない。

 だからこそ、キャスターを巧く良い表すモノが騎兵の哲学には無い。

 一目で大凡の人格を見抜ける眼力を持つ君臨者であるから、見抜けぬ者も存在している。ライダーはその事を良く理解していた。そう言う者に対し、ライダーが思考する事は生前から決まっていた。それが敵対者であれば猶の事。

 

「―――故に、壊れろ。

 お主のような手合いは、早々に殺してしまうのが一番だ」

 

 奪い尽くす。僅かな命すら残さず、全てを略奪する。敵は獲物だ。蹂躙し、君臨する。強き者が弱き者を支配する。勝者のみが、生き延びる資格があるのだ。

 ―――高まる存在感。大狼が口を開けるような死の象徴。

 辺り一帯はキャスターの結界支配下に置かれている。その支配権が上書きされる。いや、正確に言えば侵食されていく。

 

「―――宝具とは、伝承の具現。

 この星も、面白い仕組みを作り上げたものですよ。英霊の座と言う機構自体が、宝具を確固たるカタチで定める要素なんでしょうね」

 

 宝具の性質から英霊の本質を感覚する。キャスターは卓越した手腕で周りの大源(マナ)を制御していたが、その支配権が奪われた。結界の隠匿作用は消えていないが、その使用権が奪い取れつつある。

 略奪の結界。境界によって外界と内界を隔てるモノでは無い。これは内界全てに作用する。まるで世界を侵食する領域そのもの。 

 

「……王の侵攻(メドウ・コープス)――――――!」

 

 ―――新たに、宝具の真名が解放された。

 ライダーは、独自の判断で勝負を決めに攻めた。

 そして、静かに、幽玄に、赤い幻影が浮き彫りになり始めた。赤黒い人の型をした人外のなにか。身に纏う装具は確かに物質として見て取れるが、それを身に付けるヒトの方は歪んでいる。血の色でぼやけている。

 

「まさか―――英霊、ですか?

 いや、それでは説明が……―――あぁ、そういう訳ですか」

 

 存在感、とでも言えば良いのか。ライダーの周りに出現した怪異は、サーヴァントと似通った気配を持っている。顔のパーツは黒い影で塗り潰れ、全身の皮膚は鮮血に染まっている。憎悪とか、怨念とか、人の負の感情で凝り固まった死霊のよう。

 ―――静かに、死する亡霊の群れが呼吸を始める。

 彼らが息を吸う度に、人が生きる為に必要なモノが取り込まれる。ただ同じ空間に存在しているだけで、生命力が削り取られる。魔力が吸収されていく。

 

「その手合いは私の専門分野でしたよ。ライダー、貴方は中々に狂った伝承を持っているみたいですね」

 

 キャスターの破邪の防御が発動する。だが、そもそも、その防御結界から兵士たちは魔力を奪っている。直接奪い取られて弱体化する事は無いが、魔力消費が大きい。恐らく、キャスターのように悪霊に対する専用の術式が無くばステータスは勿論、宝具の発動も魔力の略奪によって弱まってしまうだろう。

 

「英霊は例外無く全員が全員、狂気の虜だ。逸脱した狂いがなくば、人の世に語り継がれる事も無い」

 

 剣、槍、弓。数々の武装がキャスター一人に向けられる。数にして十数人。狭い路地ではこれが限界であり、これ以上集めれば魔術の良い的にしかならない。

 ―――そして、騎兵。

 ライダーのクラスと言う意味では無く、馬に乗った兵士が道を占拠している。馬も人と同じく赤黒い影であり、血の塊にしか見えない。だが、それでも十分に戦場を駆け回る騎馬に相応しき圧迫感を持つ。

 

「―――では、死ね」

 

 迅い。サーヴァントと比べれば見劣りするも、人間の規格からは外れていた。そして、騎馬は既に魔獣の領域に到達しており、蹄で駆ける度にコンクリートが粉砕される。狂った馬の脚力は人間を容易く砕き、突進されただけで交通事故以上に悲惨な屍を生み出す事となる。

 ―――槍が届き、矢も届く。

 そして―――炎の渦が魔術師の英霊の周りで焚けた。

 火の竜巻はキャスターが生み出したモノ。瞬間的に術を行使する手腕は現代の魔術師では不可能な素早さであり、火力もまた同じ。

 一瞬にして死地から生を掴み取るが……死者に恐怖などなかった。例え、炎に巻かれて苦しみ悶えて死ぬ事が分かっていても、それを恐れない。本来ならば臆病な騎馬も、亡霊共と同じであった。

 ―――亡者の軍勢が、全身を燃やしながら死地を突破する。

 否、その魔による炎陣さえも侵略対象だと言わんばかりに魔力を吸い尽くした。突破では無く、呼吸をする様に彼らは侵略して強奪し尽くす。

 ……そして、騎兵の槍がキャスターの心臓を串刺しにした。

 騎馬を操る亡者の鋭い矛先が突き抜けた。血に染まった刃は日光を受け、赤い鮮血の色を反射させていた。

 

「―――! ■◆……―――!」

 

 音にならない亡者の雄叫び。彼らは声にせずとも感情を炸裂させる。キャスターを殺し、貫いたまま槍を高く掲げる。無論、矛先は胴体から飛び出ており、魔術師の英霊は宙に浮かばされていた。百舌鳥の速贄を連想させる姿は、串刺しの処刑と瓜二つ。

 見事、敵を討ち取った。

 ライダーは、そんな自分が勝利した光景を見ているにも関わらず、何処か不服そうだった。やり足りないのか、自分の手で殺したかったのか、他に理由があるのか分からないが、興味が無さそうに視線を切った。

 ライダーの手には弓と矢。

 構えは悠然とし、眼は鷹の如き鋭さ。装備を持っていた弓兵から武器を借り取り、狙いを自然な動作で付けていた。また、一度に何本も射る為か、指の間に一本ずつ矢を挟んでいる。

 鏃の先は、何も無い虚空。

 騎兵の英霊は、其処を目掛けて矢を射った。

 だが、突如として矢は眼に見えぬ何かに弾かれた。

 

「―――愚か者が……」

 

 言うなれば、それは影だ。キャスターは符を用いて分身を行った。余りにも高度な魔術理論で運用されている所為か、血や臓器まで再現されて魔力の波も本物そのもの。神霊の眼力でさえ偽れそうな巧みさだったが、ライダーには通じない。キャスターは囮によって油断したところを空中からの魔術で狙撃するつもりであったが、ライダーは敵の策を見破った。

 これは完璧過ぎるキャスターの分身を見破ったのでは無く、ライダーは勝った事に違和感を感じ、敵がもし生きていればと言う仮定から推測したキャスターの手を予測。もっとも怪しい箇所に射撃を行って奇襲を防いだ。

 

「……風穴だらけの蜂の巣よ!」

 

 弓兵から矢が射られる。槍兵も手元の槍を投擲。それは、眼前まで迫る死の群衆であった。

 ―――次は、囮は使えない。

 しかし、だからと言って手が無い訳ではない。

 今の時代、魔法は魔術に堕ちたとは言え、キャスターは現代で甦ったと言え自分が使っていた“魔法”の腕前が下がった訳で無い。今は魔術と呼ばれる神秘に成り下がったが、それでもキャスターがキャスターである事に変わりは無い。

 故に、彼が攻撃に当たる直前で消えても不可思議は無い。

 当たり前のようにキャスターは空中から地面に降り立っていた。いや、正確に言えば空間を歪めて転移したと言えるだろう。

 

「目敏いですね」

 

 内心のぼやきが口で出る。まさか、ここまであっさりと見破られるとは思わなかった。戦いの流れを奪われつつある。ならば、と少しだけ備えて置いた奥の手を使う事に決めた。

 

「~~~――――」

 

 常人では聞き取れぬ言霊の群れ。何を意味しているのか、欠片も理解出来ない。それはライダーも同じことであったが、その行動でどのような事が起きるのかは予測出来た。

 ―――術式が刻まれた符がバラ撒かれる。

 一度に数枚何て量では無い。何十枚と言う貴重な道具が、無造作に投げ捨てられた。

 

「……っ―――」

 

 ライダーの軍勢が停止した。彼が言葉にするまでも無く、ライダーに従う亡者の兵隊共は従がった。

 空気が先程と違う。ライダーは素直に、この危機感に身を任せた。死の危機と言う程では無かったが、積み上げて来た経験則から様子見に徹する事にする。

 ―――キャスターが投げた符から、赤黒い影が出現する。

 ―――その幻影共は確かなカタチを持ち、そして殺意と害意を抱いている。

 何かしらの自然干渉系統の魔術とは違うようだ。その類のモノであるとすれば、例え対魔力が効かぬ神秘であろうともライダーが従がえる魔の軍勢―――王の侵攻(メドウ・コープス)の敵とならぬ。キャスターは既に気が付いているが、この兵士達にはとある効果が宝具として備わっている。それがキャスターの結界を奪い取り、魔力を食う概念を生み出している。

 ……ならば、話は早い。

 まだ隠し玉を出すには時期尚早とは言え、少しだけ奥の手を晒す。いや、今の危機を脱せられるならば、このタイミングこそ最適な頃合いと言えた。

 

「先程、良い雰囲気の悪霊を封じ込められたのですよ。ここから少々離れた場所ですが、言うなれば地獄の残り香の吹き溜まりとでも云いましょうか。

 ―――まるで、根の国の底の底。

 十年以上経過していても、浄化する事無く腐り続ける毒壺でした」

 

 キャスターは魔物を従えていた。その怪物らは人の姿をしているが、ヒトのカタチをしていない。人間ならば大切な生気と言うモノが存在していなかった。

 ―――赤黒いのは当然だ。

 彼らは黒い炎に焼かれている。

 皮膚は爛れ、眼玉が蒸発して消えている。

 死した今も尚、燃え続けている呪われた残留思念―――その具現。

 

「―――エルナ殿! ツェリ殿!

 そろそろ他の組や監督役が動いて拙いです。引きますよ!」

 

 偵察と言う意味では大成功と言えた。突発的であったが、本来の目的はソレだ。何より、此方は余り札を切らずにライダーの攻撃手段を、自分の“眼”で直接観察出来た。

 こう言った戦術眼は自分よりもマスターの方が上だ。キャスターは理によって戦略や方針を固め、マスターのエルナがキャスターの策を運用する。その方法によって、巧くここまで戦況を運んで来れたのだ。

 ―――何より、嫌な視線を感じた。

 その事はライダーもつい先ほどより察知出来たこと。

 完璧に気配を隠していようとも、それが一人二人と増えて行けば違和感を感じてしまうのだ。つまり、隠密行動において相当な技量を持つ監視者が、既に何人もこの戦闘を監視し始めたことを意味していた。

 キャスターとしては、余り自分の手を晒さずにライダーを衆目に去らせた時点で、既に本拠地に戻っても良い程の戦果と言えた。敵達が争って殺され易くなれば、そも自分の陣地そのものが必殺の武装であるキャスターにとって十分に素晴しい状況なのだ。だが、奥の手を出したライダーは本格的な対策を練られる前に、キャスターを殺害しなければ戦闘を始めた価値が亡くなる。戦略的な価値を広げる為に、ここでキャスターを討つか、あるいは損害を与える必要がある。

 絡まる戦略と戦術。

 詰まる戦局と戦況。

 キャスターのサーヴァントと、そのマスターであるエルナスフィールと従者のツェツィーリエ。ライダーのサーヴァントと、そのマスターであるデメトリオ・メランドリ。そして、詳細不明の監視者達。

 ……この戦場は、既に分水嶺を越えていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 キャスターが声を荒げる少し前、マスターたちの戦闘は、一時期膠着してしまっていた。

 ライダーが結界を乗っ取り、魔力を略奪し出した事でエルナとツェリはピンチに陥る……筈であった。それもその筈、本来ならば使用している魔力を段々と搾取されて減っていく為、能力の弱体化は間逃れぬ。

 しかし、その点はキャスターが居る事で解決していた。

 あの用心深く、更に敵を侮る事を一切しない男―――キャスターは念には念を入れて、いっそ過保護とも言える位に守護を固めていた。二人には呪詛などの概念に対する護りとして、自分が作成した過剰な符を身に付けさせている。召喚されたキャスターのサーヴァントとして持つ道具作成のクラススキルが、十分以上に生かした結果と言えよう。単純な硬化や魔術に対する護り以外にも、このような結界系の干渉にも強い守護であった。

 

「ライダー。此処で殺すのか……」

 

 無論、ライダーのマスターであるデメトリオは略奪対象から外されていた。

 

「……否。もう、止まる事など有り得なかったな」

 

 人の手で作り出された偽造の聖剣は、ライダーの結界内でも変わらない。デメトリオは愛剣を構え、変わらぬ剣気で以って、エルナとツェリを斬り殺したいと訴える様に間合いを詰めた。血塗れとは言え、彼の五体は健在だ。

 

「――――――っ……!」

 

 苦痛とは内側に溜まるもの。

 ツェリの肉体は欠けていた。

 聖騎士とは逆に、メイドは片腕は裂かれていた。とても綺麗に、芸術的で感動して涙が出そうな程、美しい切り口だ。本来ならば人体の断面など見るに堪えない生理的嫌悪を持つのであろうが、究められた業で作られた斬撃作品となれば違っていた。ある種の狂気も誘うのだろう。

 

「―――ツェリ?」

 

「心配無用です……いえ、まだ問題はありません」

 

 左腕一本で鎌を担ぐ。右腕は何故か、その手がメイドの服の布を握り、腰から提げられていた。

 

「ま、私もキツイから仕方ないか」

 

 血涙とは、如何なる状況ならば出るものなのか。そう疑問に思う程に、エルナは右目から血をダラダラと流し続けている。義手の左腕も傷だらけとなり、次に斬撃を受ければ折れてしまいそうな印象を受けた。だが―――

 

「ギャハハハハハハハハ!! イーネーイーネー、楽シイゾォ……ッ!!

 殺シ合イハコウデナクッチャネェ。モットモット俺ニ切リ裂カセテクレ、エルナスフィール―――!」

 

 ―――血に飢えて飢えて、漸く上物の獲物の血を啜れた魔剣からすれば如何でも良かった。

 重要なのは、自分が剣として本懐を遂げられるか、否か。それだけなのだ。意思を持つ魔剣クノッヘンはとても楽し気な声で、もっと殺し合えと笑い声を上げた。

 

「―――……」

 

 それが、その魔剣の声がデメトリオには不快だった。

 彼にとって剣とは斬る物だ。魔術的な物は勿論、むしろ概念的な想念さえ余分な付属物に感じられる。グラムやエクスカリバーを代表とする魔剣に聖剣、あるいは概念武装や魔術礼装と呼ばれる特殊な機能が付いた剣―――全て、剣として無駄だ。

 ただ、そう……剣とは、剣として在るが儘―――斬れれば良い。

 人を斬り殺す為の道具。

 剣技を極める為の武器。

 デメトリオ・メランドリにとって、それが己が業の全て。

 今の今まで、そして今この瞬間も剣で生きている。剣を振って生きてきた。

 現在自分が使っている剣も聖堂教会の概念武装。吸血鬼や魔術師を殺す為の概念が積もりに積もっている。剣として余分だが、聖剣としての機能を保有する。

 しかし、それでもデメトリオにとって、この剣は剣として完璧過ぎた。

 故に愛剣。不必要なソレに満ちていれば駄剣であり、振るうまでも無く握っただけで砕けてしまう。だが、この聖剣は余分な機能に“侵食”され、剣には要らぬ概念に“汚染”されても尚――――剣であった。その刃は斬り殺す為だけの存在だ。

 

「喋る剣など無価値だ。今、此処で斬り壊す」

 

「莫迦メ! 剣ニ価値ヲ論ズル時点デ、テメェハ阿保ナンダヨ。

 ―――斬ッテ、殺ス。

 ソレガアレバ、ソレガ全テダ。

 刃デ殺シテクレンダッタラ、ドンナ剣モ価値ガ生マレルンダゼ」

 

 とは言え、魔剣クノッヘンからすれば、見当違いも良い所。剣とは、剣である時点で剣でしかない。その刃で人を殺せれば、剣と言う人の為の道具なのだ。

 

「―――ならば、(オレ)を殺して証明してみせろ」

 

 故に、騎士が酷薄な笑みを浮かべたのは当然と言えた。その言葉もまた、真実しか込められていない。

 デメトリオは剣の間合いに踏み込み、斬る……その直前だった。キャスターから、悪寒が凝縮したような呪詛が撒き散らされた。

 

「―――エルナ殿! ツェリ殿!

 そろそろ他の組や監督役が動いて拙いです。引きますよ!」

 

 サーヴァントの声を聞いた二人の行動は迅速だ。高速と言うよりも、瞬間的と言えた。更に叫ぶ前、キャスターが張ったある種のジャミング効果によってライダーとデメトリオの念話を封じていた。

 ―――まず、目暗まし。

 斬撃に行動を移していたデメトリオは、ライダーと念話が通じない事態に身構えてしまった。向こうの方の状況を知りたかったが、それを封じられて目暗ましの発動を許してしまった。自分の身を守る為に一瞬でも追撃では無く、防御に出てしまったのが悪手。

 煙幕が張られた。

 黒い煙のドームは光を遮断し、視界を機能させない。そして、死角から魔力の光弾がデメトリオを焼き穿ちに迫った。それを退魔の力を持つ聖剣の刃で掻き消し、体勢を一切崩さずに対処する。回避行動に出て動き回るよりも、弾くことで敵の動きに集中する事を選んだ。

 だが、この状況下でライダーと念話出来ないのは、かなりの痛手だった。声を出すのは危険だが、デメトリオは仕方が無いと諦めた。

 

「ライダー。敵は何処だ?」

 

 音も無く、光も無い。故に、小さな声も良く辺りに響いた。ライダーは自分のマスターの声を聞き、デメトリオが生きていた事と敵に逃げられた事を同時に察した。

 

「あやつら、恐らく音を遮断しておる。自動車なる機械にもその仕掛けを施していたとなれば、既に逃げられておるだろうて。

 ……あの派手な騒音は聞こえんかったが、微かに地面が擦れる音が聞こえたからの」

 

「やはり、か。手際が良い。追えるか?」

 

 デメトリオにも、確かに音は聞こえた。だが、それはコンクリートの上にあった小石がタイヤに弾かれ、音を遮断する結界の範囲外に出た時の微かなモノ。

 走った時に出る足音も、扉を閉める騒音も、エンジンを鳴らす轟音も、自動車が走行する爆音も、あの静かな空間の中では鳴り響かなかった。

 

「出来なくも無いが……目立つぞ?」

 

 敵三人を乗せた自動車は、既に視界から消えている。更に言えば、サーヴァントや魔術師の気配を完全に殺し、魔力も残留させていないので追跡も難しい。魔術師の英霊となれば、この程度の隠蔽は容易いのであろう。

 だが、ライダーならば可能だ。

 彼ならば自動車に追い付ける乗り物を呼び、追跡する事が出来る。高所に登って索敵し、視界で見付けた後に追い掛けられよう。

 

「追えん事も無いがな、確実に追われている事を察知させられる。この昼間の時間帯に騎馬戦とならば、一般社会に神秘が確実に露見するぞ」

 

「……次は、斬り殺す」

 

 しかし、今は違う。殺せない。騎士は殺意を一旦身の内に収め、剣を仕舞う。見た目だけでも傷を癒し、破れた衣服も修復した。取り敢えず、見た目だけは一通りに取り繕った。ボロボロのままでは街の風景に溶け込む事も出来ない。

 

「お主がそこまで思う相手か。マスターもマスターで強そうであったが、存分に斬り合えなかったか?」

 

 ライダーの笑みは凶器だ。表情一つで人間の精神を大きく重く圧迫する。向けられただけで呼吸が止まりそうなのに、それにある種の異常な狂気も張り込んでいるとなれば、その場から逃げたくなる程なのだ。マスターに向けるものではないが、デメトリオは表情一つ変える事は無かった。

 

「……お前も、な」

 

「―――ハ!

 まこと、相違無いの。殺し損ねたわ」

 

 マスターの反応を愉快愉快と高笑い。しかし、やるべき事は決まっているので、次の行動へ直ぐに移った。

 

「では、直ぐ帰還に移るぞ。戦争は、本拠地に戻るまで油断出来ん」

 

「ああ。当然だ」

 

 このままでは監督役の隠蔽部隊も来る。他の組にも捕捉される。デメトリオとライダーは細心の注意を払って敵の監視を掻い潜り、戦場を離脱しなければならない。戦争とは、それこそライダーが言った通り、息をつける場所まで気を抜かずに生きて帰らねば、休むことは許されないのだ。注意不足で居場所がばれ、体力を回復している所を襲われる危険を二人は重々承知していた。

 ……と言っても、歩く速度は実に緩やかだったが。

 流石に危険区域からの離脱は速かったが、人目のある街中で速度を出せば目立つ。二人はそれこそ、ただの一般人にまで気配を殺し、人ごみに紛れた。そうやって、夜が来るまで冬木の街に身を潜めて行った。




 そろそろ戦局を大幅に動かしたいと思いますが、次回はちょっとだけ小話になりそうです。結構意外な登場人物を出そうかな、と考えています。
 後、キャスターのアレはかなりのフラグかなぁ、と少しだけ後悔。これから起こる愉悦イベントが分かり易くなってしまったかと。しかし、突然やるよりも前準備がいると思いました。


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51.発火する皿の上で

 薔薇のマリア19巻読みました。もう一度、一巻から読み直したくなりました。


「いやはや。危なかったですね、エルナ殿。

 あの亡霊兵団から逃げ切る為とはいえ、囮にあの手札を切ったのは痛かったですね。気配遮断と視界遮断の効果を持つ煙幕と遮音の術だけでは欺けかったですが、私が使い魔の使用に優れている事が露見してしまいました。アレはアレで程良い亡霊なのでしたが……まぁ、使い道はまだあります。何体か殺されてしまいましたが、回収自体は成功していますし。

 しかし、不愉快なことに、ライダーの組以外にも見られてしまいました。私が使用する神秘の傾向も知られてしまいましたね、絶対」

 

 それは愚痴であった。現状を整理する為、敢えて言葉にしているのだが、聞いている者からすれば弱音に近い響きがある。そんな事はキャスターも分かっていたが、かなり無鉄砲なマスターに言いたい事は一つだけでは足りないのだ。折角苦労して捕えた良質な怨霊も早速使ってしまったのであれば、苦言も言いたくもなる。確かにあの奇襲は正解であったものの、他人の苦労を湯水の如く消費するのは、色々と黒いモノがたまってしまうのだ。

 まぁ、本拠地の城に着くまで暇な為、キャスターは後部座席から運転席に座る自分のマスターに愚痴を溢す程度は許されると勝手に納得した。それに自動車は乗り物酔いが酷いので、違う事に集中していのもあった。

 

「ぼやくなってキャスター。そんな事言えばさ、私も相当危ない状況なんだぜ。

 概念武装であるクノッヘンも見せてしまったし、後の切り札は城に残してある礼装くらいだ。だろ、ツェリ?」

 

 運転席に座るエルナは軽佻でお気楽な雰囲気だ。ばれた事を微塵も気にしていない……と言うよりも、別段その事を重点に置いていない。それよりも、ライダーの能力を知れた事を考えれば利点の方が高い。

 

「そうですね。エルナ様の言う通りです。……しかし、監視者の存在が痛いですね」

 

 四肢の一つが切れた筈のツェリだが命に別状は無い。血も流れていなければ、顔色にも変化が無い。それもその筈、腕の断面から流血をしていなかった。それは騎士に斬られた瞬間からであり、彼女は腕を切られても血を流さない生き物なのだ。

 ……もっとも、それはアインツベルン製の人造人間(ホムンクルス)だからではない。このメイドの四肢は初めから、“生まれながら”のモノでは無かった。

 

「アーチャーに加えて、恐らくはアサシンとアヴェンジャー。それに偵察に来ていたランサーの視線も感じました。また、バーサーカーのマスターも見てましたし……確か、貴女の親戚でもある衛宮士郎なる者もですかね?」

 

 既に冬木市全体がキャスターのテリトリーに近い。誰が何処で自分達を見ているのか、何て事は簡単に察知出来た。しかし、気配を隠されると漠然とした感知だけとなり、更に言えばアサシン程になればまず無理だ。アヴェンジャーも相当な技量を持っている為、アサシン同様に察知はほぼ不可能。

 ……本来ならば、そうであっただろう。

 だが、その不可能を可能にしてこそ魔術師の英霊。

 卓越した術の行使は、そう言った無理を道理と理論で押し通す。確かに何処に居るかは分からぬが、その監視網程度ならば看破しつつあった。

 

「……ああ、衛宮士郎ね。そいつとはそれなりに因縁がある。あの正義の味方を聖杯戦争でブッタ斬れるとなりゃ、幕切れの余韻も一味違いそうだぜ」

 

 猟奇的で、狂気に満ちている。エルナからすれば、前回の聖杯戦争の生き残りと言う意味以外にも彼には価値があった。運転にぶれが無いので理性的な思考で落ち着いている事が分かるが、内側が粘つく様に煮え滾っているのは見れば簡単に分かった。

 

「ヒヒヒ。アレヲ斬リ殺スノハ至難ダゼ、ゴ主人」

 

「んな事は分かってる。それでも、やりたい事はしてみたくなるのさ」

 

 助手席に座るメイドにとって、主たるエルナスフィールが持つこの執着心は如何ともし難かった。そして、エルナの武器であるクノッヘンからすれば、剣として人を斬り殺せる大義名分でしか無かった。

 

「エルナ様、それは余分です。今は敵の一人に過ぎません」

 

「無理だ。そんな風に考えるのは不可能だし、無駄に決まってる。

 死んだ筈のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが生きてアインツベルンに戻って来たのなら兎も角よ。前回の聖杯戦争に勝った男に加えて、裏切った衛宮切嗣が育てた正義の味方だぞ?

 ―――勿論、殺すさ。

 嗚呼、出来るならこの手で直接―――……って、考えちまうのさ」

 

「深いですね、良い憤怒です」

 

 人間と言う生き物はこうであった。伝承の世界で生きていたキャスターの生前は生者も死者も皆が皆、呪われており、呪っていた。自分の感情に自分自身が呪われて、その呪詛が裡から漏れ出すのだ。

 

「是非、殺シテクレ。出来タラコノ刃デナ」

 

「何故、アナタ達二人はそうやって煽るのですか?

 少しは仕える者としての自覚を持って欲しいです。エルナ様も見極めは慎重にして頂きたいです」

 

「おいおい。幾らなんでも心配し過ぎだ。そりゃ義務感から来るハリボテな感情もあるし、身内殺しは禁忌さ。その所為で目が曇ってしまう事もあるかもしれん。死に酔って戦争を愉しみ過ぎるかもしれない。

 でも、殺意の向け方を間違える程―――私が我を忘れる事なんて無い」

 

「熱い狂気に冷徹な思考。この二つを同時に持てるのでしたら、なんて素晴らしい決意なのでしょうか。マスターが素晴しい決意を抱いているとなれば、サーヴァントたる私も働き甲斐が湧いてきます

 ですが……」

 

 もう冬木の郊外に車を進めた。道路の周りは森であり、ガードレールの向こう側は崖になっている。信号もなければ車が通るのも少ないからか、彼女はアクセルを思いっ切り入れている。対向車線から車が来ていようとも速度を中々緩めず、前に車があればあっさりと追い抜かしていた。

 

「……その、エルナ殿―――少し速くありません?」

 

 それに耐えられない男が一人。会話で誤魔化していたが、もう無理そうだ。暴走特急にも程があります、と彼は心の中だけで毒を吐く。

 

「酔いましたか? それでしたらエルナ様、速度を遅くして上げましょう」

 

「そうだな。……キャスターに潰れられると困るもんな。

 ―――けれど、断るぜ。

 とっとと体を洗いたいんだ。風呂入ってさっぱりしたい。後、折角買った車も血が染み込む前に綺麗にしたいしな」

 

 エルナは個人的な理由で急いで帰っていたが、キャスターはきつそうだった。

 

「……確かに。女性として身嗜みは重要です」

 

「ソリャソウダ! ゴ主人モソウダガ、オ母上ハ特ニ見タ目程度シカ良イ部分ナニシナ。ダッタラ綺麗ニシトカント」

 

「黙りなさい、クノッヘン」

 

 メイドにも裏切られ、彼は優雅な仕草でやれやれと首を振る。また、キャスターと一緒に後部座席に置かれている魔剣は悪辣にエルナとツェリを弄りつつ、キャスターに引導を渡す様な台詞を吐いた。常に生真面目で余裕を保つキャスターがここまで面白可笑しく追い詰められていると、隣に居るクノッヘンとしては実に愉快だ。

 

「―――ふぅ。

 少し……窓を開けさせて貰いますね? ……う」

 

 そんな風に儚い笑みを浮かべた後、口元を手で押さえた。そして顔色最悪なキャスターと、彼の隣に置かれているクノッヘンに悲劇が起きた。

 

「チョ……オイ、オマ―――待テ! ギィアアアアアアア!!」

 

 この後、何が起きたのか……間に合ったのかどうかは、別段如何でも良い事である。

 

 

◇◇◇

 

 今の衛宮邸は正直な話、かなり賑わっていた。まるで九年前に戻った様な雰囲気に包まれていた。なにせ、数年ぶりに家主が戻って来たのだ。それに加えて、昔馴染みの者は何人も集まっていた。

 今は疎らとしているも、数時間前まで居間には大人数がテーブルを囲んでいた。

 セイバーとアーチャー。そのマスターである衛宮士郎と遠坂凛。そして、この家に住まうイリヤスフィールと、メイドであるセラとリズ。また、藤村大河と間桐桜も大賑わいな夕飯に参加していた。流石にカレンは監督稼業が忙しく衛宮邸には寄らず、沙条綾香も聖杯戦争が始まった事で家に引き籠っていた。

 

「―――それじゃ、士郎。私はもう帰るわねぇ~。久しぶりに沢山話せて良かったわ!」

 

 お別れの挨拶もそこそこに。大河は最後にと、衛宮邸の主達に視線を向けた。もう他の人とさようならは済ませていた。

 

「ああ。またな、藤ねぇ」

 

 別れを告げた。藤村大河、三十路を越えた高校教師。今ではイリヤの同僚であり、職場の先輩である。弟分である士郎は彼女の幸せを願うが、それが届く事はきっとないのだろう……色々な意味で。

 

「それじゃ、イリヤちゃんもまた明日ね!」

 

「ええ。また明日、大河」

 

 衛宮切嗣の実子と養子、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと衛宮士郎が並んで見送りを行っていた。大河にとって感慨深い二人組であり、並んで笑みを浮かべるイリヤと士郎を見れば、この衛宮切嗣が住んでいた家が暖かいものに感じられた。

 それに後ろには昔から衛宮の家に通う桜と、士郎と良い仲の凛も居る。とんでもない綺麗どころを集めたハーレム屋敷となっている事を嘆きつつも、まぁ切嗣さんの子なら仕方ないかも知れない、と言う諦観を認めつつあった。

 士郎も此処に落ち着けば良いのに、と何度も思った。しかし、自分も含めて士郎が海外で働いている事にもう苦言は漏らさない。説得は行って失敗に終わったのだ。心配はしているのだが、こうしてまた姿を見れたのならば贅沢は言わないでおこう。

 そんな風に哀愁を漂わせていたが、別れは別れだ。

 また会えるのだからと、彼女は笑みを浮かべて玄関から出て行った。

 

「……少しだけ寂しそうだったわ、大河。士郎が帰ってきても、直ぐに出て行っちゃうからかしらね?」

 

「すまない、イリヤ」

 

「いいわよ別に。こうして、また会えんだから」

 

 元々士郎セイバーの召喚だけ行った後、直ぐにでも衛宮邸を出て行く予定だった。戦争に家族を巻き込む気など欠片も無く、命を狙われる自分が居ては迷惑にも程がある。

 ……だが、彼はこの場に居る。

 イリヤに誘われ、戦争が行われる前の昼間の間だけならば、と会いに来たのだ。今はもう夕方を越えて夜になっているが、まだ流石に殺し合いが行われる時間帯では無い。士郎は数時間もすれば敵を捜しに、あるいは殺す為に出て行くつもりであった。

 

「それに我が儘も聞いてくれたし、姉として弟に言うべき文句はないわ」

 

「この位のこと、我が儘に入らないさ」

 

 士郎にとってイリヤは大事な家族であり、今となっては藤村大河と同列の存在。血の繋がりが無いからこそ、衛宮切嗣の娘ならば何が何でも守らねばならない。こんな下らない戦争に巻き込む訳にもいかないが、恐らく前回の聖杯だと知られていれば巻き込まれてしまうに違いない。

 ……最大の敵は、アインツベルン。

 もし彼らにイリヤスフィールの存命が知られていれば、必ず何かしらのアプローチがある。そして、キャスターを召喚したのがアインツベルンだとすれば、その圧倒的な索敵能力で既に見つかっている可能性が高かった。

 彼らが召喚したのがあの規格外の大魔術を平然と使うキャスターとなれば、最悪のパターンを幾つも想定する事が出来る。アインツベルンがキャスターを召喚した言う確証も、先程遠距離から観察したライダーとの遭遇戦で得る事が出来た。

 ならば、次の手はもう決まり切っている。

 

「―――士郎?」

 

 ふと、彼の意識が表に上がって来た。隣のイリヤに名前を呼ばれ、彼女の方を向いた。身長に差がある為、下から見上げられている。

 不安そうな表情。

 心配する姉の姿。

 それは自分が彼女にさせたくないものであった。

 

「何でも無い。イリヤは気にしなくて良い」

 

 そんな風に玄関から歩きながら居間に戻れば、居るのは桜とセイバーだけであった。どうやら凛は既に出て行った後らしい。大貴族のメイドから立派に衛宮邸居候にジョブチェンジしていたセラとリズも、居間から出て行っているようだ。

 

「はい、これ。セイバーさんに上げますね。このお煎餅、最近のお気に入りなんですよね。間桐の家に今住んでいる人が、良くこれを食べているんです。無断で持って来ちゃいました。

 それに家の亜璃紗も私と同じで、このお煎餅気に入ってるんです。もう一人の方は辛党過ぎて、味覚馬鹿なので全然駄目なんですけど」

 

 桜が衛宮邸に持って来ていたお菓子を、セイバーは受け取った。その表情はとても輝いていて、そしてセイバーに煎餅を渡す桜はまるで愛玩動物を愛でる飼い主みたいに微笑んでいる。

 ……後、今は夕飯後である。

 セイバーは誰よりも多く飯を食べていた筈だが、それでも足りないようであった。

 

「おお。確かに、とても良いものです。醤油の香ばしさが食欲を誘います」

 

「ふふ。でしょう? あの人、料理は壊滅的なんですけど、こう言ったお手軽なモノに対して良い目利きを持ってるんですよね。

 亜璃紗もあれはあれで、中々に気に入っているようですし」

 

「……成る程」

 

 つまり、もしかしなくても、自分と同じ人種なのですね。とは、思ってもセイバーは口に出さなかった。自分で作れはしないが、中々の食道楽なのでしょうと少しだけ共感を覚えた。

 

「ああ。それはそうと、その間桐に居座っている人物とはどんな人なのでしょうか?」

 

「―――勿論、聖杯戦争の関係者ですよ」

 

 変わらない笑顔ではっきりと桜は断言した。今この衛宮邸に居る者は全員が聖杯戦争の関係者故に、神秘の漏洩に問題は無い。しかし、その戦争の参加者たるセイバーの前でその話が出来る桜は、何処かしらズレていた。

 

「それは、どういう……?」

 

「今回の聖杯戦争、御三家の間桐家は令呪習得に失敗しました。まぁ、私は英霊を召喚する理由も有りませんし、聖杯を勝ち取る気もありませんから。これはこれで都合が良いのです。しかし、今の冬木市は戦場ですので、その対策と言った雰囲気ですかね。

 少しだけの間、専門の人に家の守りを頼んでいるのです。ほら……私の家には亜璃紗も居ますし、親として心配で」

 

「そうなると、その人物は魔術師となるのですか。随分と思いきった事を考えましたね、桜」

 

「ええ。少しお金も掛かりましたし、魔術師は信用も出来ない人種ですから危険ではあります。ですけど、知り合いが良く知るフリーランスでしたし、今は友人としてそれなりの関係でありますので大丈夫でした」

 

「ほう。それは当たり籤でしたね。私が知るフリーランスの魔術師は、それはもう外道の中のド外道でした。

 ……そもそも、生前から魔術師と言う人種からは結構酷い目に合いましたから」

 

 セイバーが遠くを見る虚ろな目で呟く。特にとある女性に監禁された魔法使いとか、大人げなく悪戯を仕掛けてくる。何度斬りたくなった事やらと気を遠い昔へ送ってしまう。

 そして、あの人でなしな元マスター。

 今はそれなりの人物評価を下しているものの、許すかどうかはまた別の話。苦手なモノは結局、どう足掻いても苦手なのだ。死んでもそれは変わらないらしい。

 

「―――ええ。それは良く分かります。

 時計塔に行った私も、あの業突く張りな偏屈集団は実に厄介でした……と、あら。先輩、藤村先生のお見送り御苦労さまです」

 

「シロウ。お疲れ様です」

 

 この二人と今は居ない凛やセラとリズは、イリヤと士郎に気を使って大河の見送りを譲っていた。あの三人は色々と特別な繋がりを持ち、三人っきりにして上げる時間が必要だと判断していた。故に、彼女の見送りは二人に任せた訳であった。

 

「―――あれ、皆また集まってるの?」

 

 其処に凛も加わった。士郎とイリヤの後ろからひょっこり顔を出し、居間のセイバーと桜に視線を送った。

 

「うーん。アーチャーが見当たらないわね」

 

「念話で呼べばいいじゃない?」

 

「つまらないじゃない、それじゃ。一度くらいあのサーヴァントを驚かせたいの」

 

 ニシシと擬音が付きそうなシャチ猫みたいな笑み。こう言った悪戯好きな部分は幼少の頃より変わらないらしい。この場に幼馴染な麻婆神父がいれば、一緒に悪乗りしていた事だろう。

 

「仲が良いのか悪いのか、全然わからないわね。

 ……兎も角、それはそうと凛。貴女、今回もまたアーチャーのマスターに選ばれたのね」

 

「そうよ、イリヤ。けれど貴女は今回、参戦しないのね」

 

「当然でしょ。しても何の利益も無いし、したところで足手纏いだわ。わざわざ殺される為に命を掛けるなんて、私らしくない。

 それに――――――」

 

 イリヤスフィールは元聖杯だ。聖杯であるが故に、そもそも戦争に参加する大義もなければ、命を賭する意義も無い。士郎や凛の協力をしても、サーヴァントと契約したいとは思えなかった。自分のサーヴァントはあの時の、あのバーサーカーだけで十分だった。それに自分が契約するよりも、サポートに回った方が利点は多く、逆に足手纏いになる可能性の方が高かった。

 

「―――そもそも私、令呪は出て来なかったから」

 

 全身に刻まれた令呪は前回の物。もはやサーヴァントを召喚する資格が彼女には無かったのだ。

 

「ある意味幸運なんでしょうね。私も余り参戦する意味も無いし、魔術師としての大義も少ない」

 

「士郎が心配なだけでしょ。相変わらず天邪鬼ね。

 少し前まではかなり甘え上手だったのに、置いて行かれてから昔に戻ったみたい。色々と懐かしいわ」

 

 士郎と戦場を共にしていた凛。だが、イリヤが言ったように置いて行かれた。それ以来、関係がギスギスしている。士郎も仕方なかったとはいえ、相当の罪悪感を凛に抱いていた。そして、凛からすればその罪悪感と言うものが不愉快なのだ。

 

「ですってよ。衛宮君、貴方から言う事もあるんじゃないかしら? 是非、聞きたいわ」

 

「いや……だから、あの時は私が悪かった。しかし、あれはあれで仕方なかった」

 

「良く言うわ。綾子が居なかったら、アーチャーみたいに処刑されてたのよ?」

 

「―――……ああ。確かに、そうだな」

 

「……まぁ、今はもう良いんだけど」

 

 まだ突っ込んだ話は辞めておいた。それに、こんな場所でする話では無い。今は巧い具合に話題を逃げられているが、ゆっくりと話せる状況になった時に決着をつけようと凛は決意する。

 

「その話は、この面倒事がある程度片付いてからにしましょう」

 

 やれやれ、と首を振る。天上天下唯我独尊の化身とは言え、あかいあくまは場の空気が読める。桜とセイバー、そしてイリヤスフィールが居る場所で、自分達だけの話をするのは主義に反した。

 

「―――凛。貴女は確か、アーチャーを捜しているのでしたね?」

 

「うん? ええ、そうよ」

 

「でしたら、上に居ますよ。屋根の上で見張りをしています」

 

「……本当? 別にそんなこと、アーチャーに頼んでいないんだけど……」

 

「そうなのですか?

 私が見張りの交換を提案したのですが、彼女に構わないと断れました。なので、てっきり凛がアーチャーに頼んだ仕事だと思ったのですが。……後、今の私もそうですが、彼女もサーヴァント特有の気配をある程度遮断しています。見つからないのも仕方が無いかと」

 

「分かったわ。ありがとう、セイバー」

 

 上ねぇ……、と疲れたように呟いて、凛は玄関へ向かった。縁側から直接外に出ても良いが、靴下を汚す趣味は無い。

 寒い冬の廊下を歩く。温まった居間の外は気温が低く、吐く息も少しだけ白くなる。そして玄関に付いた彼女は、良い趣味をしたブーツを履く為に床に座った。そんな時、トコトコと廊下を走る誰かの足音を聞いた。気配から如何やら自分の方に向かって来ているようだと分かった。

 

「―――姉さん。外は寒いのでコートを貸しますよ」

 

 はい、と桜が凛に暖かそうなコートを手渡した。

 

「うん。ありがと、桜」

 

「どういたしまして。外は寒いですし、屋根に跳ぶ時は気を付けて下さいね」

 

「……ええ、うん。ホントに感謝するわ」

 

 行動が見抜かれている。どうも、自分の妹はここ数年で黒くなった。無駄に怖い時もあるけど、士郎曰く「やっぱり遠坂の妹って話は本当なんだな……桜、似ちゃいけないぞ」と言われた事を思い出してイラっとした。

 曖昧な愛想笑いで乗り越えようとするが、桜の純真なにっこり笑いに勝てなかった。なので、後ろにいる桜に手を振って、とっとと戦略的撤退するしかなかった。

 

「……さてはて。あの英霊様は何処にいるんだか」

 

 玄関を通り、外に出た。この家の周辺に張られた結界が、凛には重く感じ取ることが出来た。

 この衛宮邸はイリヤスフィールやセラが新たに張り加えた結界により、過剰なまで魔力の隠匿されている。本来なら結界に魔力を使って更に存在感が増してしまい、頭隠して尻隠さずと言った状態になりそうな程なのだが問題は無い。其処らの技術的欠陥も既に解決済みであり、相当な腕前が無くば衛宮邸に魔術師が居る事は見抜けないだろう。

 思考をそのまま、凛は広い庭に出た。煌めく星空は人が住まう住宅地の中とは言え、それなり綺麗な情緒に満ちている。そんな光景を自分から離れて行った正義馬鹿をもう一度振り向かして、こう言ったモノを共に静かに見てみたい。なんて思ってしまうのは感傷なのか、それとも愛情なのか。遠坂凛はもはや、自分の心情と言う迷路に入り込んで結構途方に暮れていた。恋悩むなど魔術師からすれば無駄な徒労でしかないが、あのバカに関してはそう言う信条は棚上げする事に決めたので、もう全力で突き進むコトにした。

 等と、モヤモヤとした悩みが脳味噌をシェイクする。

 この苛立ちを発散させる為と、一人寂しそうな相棒の為に彼女はヒョイと上に跳んだ。重力操作でも無ければ、風を操った訳でも無く、凛は慣れ過ぎて無意識的になった軽い強化魔術だけで跳躍。彼女は屋敷の上に移動した。

 そして、瓦が敷かれた屋根に居たのは一人の女性。

 帽子を深く被り込み、外套で全身を覆っている。寒くはなさそうだが、それはサーヴァントである彼女からすれば如何でも良い事だ。

 

「……寝てるの、あんた?」

 

 凛はアーチャーが屋根に寝っ転がっているのを目撃した。驚かそうと思った自分が、逆に驚かされた。

 彼女は両手を枕にし、膝を組んで空を見上げている。隣には衛宮家のキッチンにあった保温用の水筒と、何故か桜が持って来ていた筈の煎餅がある。何枚か袋を開けていたらしく、既にゴミになったビニールが無造作に置かれていた。

 

「まさか。ちゃんと監視網を引いてるさ。この場所に近づいてくる敵もいないし、何処でも戦闘は行われていない。平和さ、今はまだな」

 

 気の抜けた返事。英霊と言うよりは、普通の一般人みたいな覇気の無さだ。いや、下手すれば其処らのやる気に満ちる人の方が、十分に気迫があるかもしれない。

 

「―――うん。良いコーヒーだ」

 

 ゆったりと休憩中の職人みたいな仕草で、アーチャーは水筒に入れてあった飲み物を喉に流した。自分で入れたのではなく、これはキッチンで見張りの準備をしていた時にメイドのセラに入れて貰った物。本来ならばセラは紅茶が得意であったのだが、気長い見張り作業と言う事で気を利かせてコーヒーにして上げたのだった。

 アーチャーは紅茶も好きだし、緑茶も好きだ。しかし、コーヒーもかなり好み。

 深く良い風味が、コーヒー特有の香りとして凛にまで届いてきた。これ程のコーヒーとツマミがあれば、十分に溜まっていく精神的疲労を癒せるだろう。

 

「飲むかい、マスター?」

 

「……じゃあ、少しだけ」

 

 彼女はアーチャーから受け取ったカップを受け取り、熱いコーヒーを飲み込んだ。味わい深く、身の内から暖まるようだ。

 

「これはセラが入れたものかしら……?」

 

「正解。メイドさんが入れてくれたものさ」

 

「今じゃ名残しか無いけどね。リズなんて特に、メイド服を衛宮邸に来てから数カ月で全く着なくなったし。セラも直ぐにそうなったわ。

 ……ま、今回は家主が帰って来たから気合いを入れるって、仕事着になってたけど」

 

「へぇ。まぁ、仕事着が似合ってるんだったら、バニーでもナースでも何でも良いけどね」

 

「別にあれ、士郎の趣味とかじゃないわよ。いや、まぁ、メイド服が嫌いって訳じゃないんだろうけど」

 

「そうなの。けど、男からしたら結構な目の保養だろ」

 

「否定はしないわ。彼、そこそこ変な嗜好の持ち主だし」

 

「奥さんからすれば、旦那の性癖なんてお見通しって訳か」

 

「……まぁ、否定はしないわ」

 

 取り敢えず、凛はアーチャーの戯言を冷たい視線で切り捨てた。そのまま殺意の波動を放ちながらも、彼女の隣に座り込む。

 流石にアーチャーも腰を上げ、寝ている体勢から座り上がった。首を抑えて、コキコキと骨を鳴らす。様になった姿だが、凛はアーチャーが外見年齢に対して老けて見えた。

 

「―――で、アーチャー。何だか悪い事を企んでそうね?」

 

「あ、分かる? けれど、別にそんな変なのは考えて無いさ」

 

 屋根の上にポツンと座る弓兵のサーヴァント。サーヴァントの隣に座ったマスターたる凛からすれば、こうやって監視に励むアーチャーは、職務に真面目と言うよりかは衛宮邸での団欒を避けている様に見えた。

 

「……まぁ、それは兎も角。あれだよ、あれ……さっきまであったライダーとキャスターの殺し合いの様子、もう一回聞く?

 セイバー達と作戦会議する前に情報を整理して、もっと策を練り込んだ方が良いと思う」

 

「勿論、賛成よ」

 

「ではでは、説明致しましょう――――――」

 

 

◇◇◇

 

 

 公園とは子供が遊ぶ憩いの場であるべきだ。あるいは、保護者たちの会談の場。

 ―――そこに、二十代半ば程度の神父と、十代前半程度の女子。

 男の方はきっちりと整えられた神父服。だが、少女の方はドレス風味な洋服だった。フリフリのレースが目立ち、綺麗な色合いが更に服装を目立たせている。

 二人は性別や年齢は違えど、対等の立場であるかの様に話し合っていた。男の神聖さと静寂に満ちた穏やかな雰囲気と、無邪気な少女の笑顔は反発するようで、巧く噛み合った空気を作り上げている。

 この場所は公園だ。人々が交流を持つ貴重な場所。

 人は幼少の頃、善と悪に純粋だった。善人と悪人も複雑な思考も無く、人間関係の構築を気にすることなく関わり合った。子供と言うのは良い意味でも悪い意味でも純粋極まる生き物と言えよう。大人になる為に必要な理性と知性は準備段階であり、人格が熟しておらず幼いのだ。

 そう言った純粋さで言えば、この二人が公園で和んでいるのは場に溶け込んでいると言えよう。

 しかし、二人のその精神は熟し切っており、理性も知性も完成している。本来ならば社会で身に修めるべき道徳も規律も、知識としてしか活用していない様な極悪人であるが、その場に居るだけよりも純粋な存在であった。

 

「お前も、良くこの時期に冬木へ来たな」

 

「あら、別に構わないでしょう? 監督役に私の存在はバレていないわよ。

 流石に人喰いの死徒が聖杯戦争に参戦、なんて事になったらマスターに中立な教会も率先してルール変更して殺しに来る。数多の英霊達に加え、戦闘が得意な魔術師では、私でも生き残れないのは理解しているもの」

 

「愚かしいが、やはり好奇心は抑えられなかったと見える」

 

「それは違うわ!

 わたしは……貴方が心配で、それで来てしまったの―――っ」

 

 十人が見て十人が少女の表情と声色で、彼女が本気で神父を心配していると錯覚する事だろう。そう、錯覚と言ったように、この女が男を心配する何て異常事態は起こり得ない。もし彼女の妹がこの場に居れば、鳥肌の余り悲鳴を上げてしまうだろう。

 

「どうした、血が足りずに頭が可笑しくなったか」

 

「いやね。最近ちょっとドラマに嵌まってて、こういう演技がしてみたかっただけよ。ま、血は沢山あれば困ることはないけど。

 ……今日はちょっと、日が強いわね。肌に悪くて仕方ないじゃない」

 

「お前は吸血鬼だからな。快晴の日に外出しようとする方が、頭がどうかしているぞ」

 

「そうなのよね。死徒の肉体は便利だけど欠点が多くて困るのよ。海とか、満喫したいなぁ」

 

「…………」

 

 まさか、その為に対日光と対流水の研究をしているのか、と士人はある意味戦慄していた。なにせ、この女は気侭に人間を街ごと食い物にする真正の化け物。もし日と水の両方を克服したとなれば、もう新しい種類の死徒と言える存在だろう。そして、その為に幾つの命が消費されるか検討も付かない。

 とは言え、正確に言えば吸血種であるだけで、死徒でなければ、実際は吸血鬼でもないらしい。分類としては魔術師上がりの死徒となっているだけで、吸血能力を持つ不老不死の超越存在と言うのが正しいのだろう。

 

「次の日は肌荒れが酷くなりそう」

 

「肉体の手入れは念入りにしなくてはならないぞ。怪物と言えど女性の身、折角の美貌が勿体無い事になる」

 

「あらあら、ふふふ。そうやって口説く当たり、性根は昔と変わらないわね」

 

「取り敢えず女性は褒めろ、と師から教わった。この手段は世渡りには実に便利だ」

 

 初めて沙条愛歌と言峰士人が相対した時は、二人とも外見年齢は同じ程度であった。しかし、十年以上も経過すれば、オジさんとお嬢さんに成り果てていた。

 死徒と代行者。

 最初のコミュニケーションは殺し合い。

 冬木に来襲した規格外の魔術師且つ吸血鬼であった彼女を撃退した士人は、幼い頃から可笑しな戦闘能力を持っていた。だが、まだまだ若い死徒であった当時の愛歌も、それはそれで規格外の強さを持っていた。

 

「貴方の師ね。冬木のセカンドオーナーとなると、確か……遠坂凛だったかしらね。死徒のわたしでも彼女の武勇伝は耳に入ってるわ。

 彼の翁から第二法を習得したとか、何とか。後、あの正義の味方と一緒に世界中で活動してたとも」

 

「噂は真実だ。あの遠坂凛であれば……まぁ、その程度は容易いだろうよ」

 

「―――へぇ。貴方がそこまで認めてるの」

 

「まさか。認めているのではなく、そうであるのが当たり前なだけだ。

 認める、認めない、信じる、信じない等と、そんな前提を持った考えではあっさり上回れて潰される。あの女は、そんな類の魔術師だ」

 

「……わたしより?」

 

「お前以上の化け物だよ、俺からすればな」

 

「中々な言い様じゃない。珍しい。これでもわたし、根源に到達した数少ない異端児なのよ。

 その魔術師である事を極めたわたし以上の怪物と言う程ならば、それこそ異常な人間なんでしょうね」

 

 歪で不気味で、寒気に溢れる微笑み。

 遠坂凛に有言実行を完遂する。不可能が無いのではなく、不可能を可能なまで物事を貫き通す。だからこそ士人にとって、凛は死ぬまで自分の師であると常識の一部として認識していた。

 その事を愛歌は彼の雰囲気から何となく察する。それが笑みと言う表情として、外に出ていた。

 

「根源も、根源の渦も、「 」も所詮は世界に属する領域だ。辿り着けるか、否かの二択に過ぎん。其処らに良く居る一神父でしかない俺からすれば、世界の外部に魅力を感じない。

 ―――なぁ、魔術師。

 世界の外側に辿り着けた時、どのような気分になれたのだ?」

 

「―――教えない。

 正確に言えば、教えられないとでも言っときましょう」

 

「残念だ。興味は無いが、知識として蓄える事に無駄は無い。良い娯楽になりそうだったのだがな」

 

「魔術師の悲願なんて……まぁ、貴方からすればそんな程度でしょうね」

 

 らしくなく、疲れた笑みを愛歌は浮かべた。まるで柵にうんざりする新入社員と言ったところか。結局の話、魔術師であろうとも、根源に辿り着こうとも、死徒になって人間を辞めたとしても、自分が自分以外の何かになる訳では無かった。生まれた時から自分を育ててきた自己が、今とは違う何かしらに変化する事もなかった。

 

「お互い老けたな。お前は変わらず幼いままだが、随分と人間味が増したものだ」

 

「……流石のわたしでも気にしてるのよ」

 

 まだまだ幼い頃は無邪気に悪徳に浸れた。年月で生来の人格に差は出て来ないが、若い時に死徒化して世界を周り、それなりに色々な物を見て回った。人間でいた時よりも怪物として経験を積んだ今の方が正直な話、人間味が増しているのが皮肉なことだった。

 

「なるほど。しかし、姿などもはや自由自在に変化できるだろうに、何故そこまで幼い容姿に拘る。貧乳のままだと都合が良いのか?」

 

「黙りさい、不感症。

 幾ら呪っても狂わなかった男なんて、貴方以外に存在しなかったわ。まぁ、わたしの快楽を受け止めて気持ちが良いで済む怪物が居るとは思わなかったし、わたしに耐えられる男なんて居るとは思わなかった。

 ……本当、どこまで荒めばそんな何も感じない心になるのか、とても面白可笑しいわね」

 

「おいおい。もしや、俺に惚れたか?」

 

「阿保抜かしなさい全く!」

 

 顔が赤い。少女をからかう悪い神父なのだ、言峰士人は。とは言え、事情を知っている者が見れば、あの沙条愛歌を手玉にして遊んでいる時点で鳥肌物。もし愛歌の妹さんがこんな光景を見れば、どんな表情を浮かべるのか、ある意味とても想像がつき易い。

 ククク、と悪い笑み。神父は基本、相手が誰であろうと変わらなかった。地味に恋愛経験皆無な愛歌を揶揄するのが、結構気に入っていたりする。化け物とは言え、愛に関心が無い訳では無く、羞恥心を人間性と共に失くした訳でも無い。

 

「酷いな、人が常日頃から気にしている事を。

 しかし、あれだな、青春時代にまともな恋愛経験が無いから、今になってあたふたする破目になるんだぞ。お前は自分の至らなさに自覚を持つべきだ」

 

「ホントに黙りなさい! なに、それしか言う事がないのかしら貴方は!」

 

「俺も聖職者だ。お前の様な童に嘘はつけない。

 ―――正直、愉しんでいる。勿論、あの時食べたマーボーには負けるがな」

 

「知ったことじゃないわよ! マーボーは美味しかったけどね!」

 

 良い意味でも悪い意味でも、愛歌にとって士人は同類であり、対等な存在であった。彼女が初めて共感を得て、初めて気持ちが良いと思えた狂人。

 この虚無感は、多分この求道者としか分かり合えない。

 ならば、自分を偽る事に価値は無い。仮面を被る必要も無い。

 

「……殺すに殺せないな、お前は」

 

「あら。それって告白かしら、おじさん?」

 

「二度目になるが、言っておこう。青春時代にまともな人間関係を送らないから、そんな自意識過剰な哀れな女になる。分かるか?」

 

「分からないわね。ええ、これっぽっちも全然理解出来ません」

 

「ふむ。魔術師だからと言って、義務教育を受けぬから世間を知る事が出来ぬのだ。経験あってこその人生だぞ。

 俺も俺で、あの日常は学ぶべき事柄が多かった。

 平和を知る事で、戦乱の惨たらしさを対比させることが出来る。また逆に、人間が持つ悪性の醜さを見て学ぶ事で、善性の貴さを識る事が出来た。

 お前は初めから怪物である事を肯定し、そのまま世界を疑うこと無く進んでしまった。不死者になる前に、若い頃から出来る事をせぬから、今になってそうなるのだぞ」

 

「はい、そうね。神父さんらしい説教ですこと」

 

 少女は拗ねていた。自分に対して道理を語る変人はこの神父唯一人しかいないが、彼に自分を正す気が無いのは初めか知っている。これは単純に、当たり前のことを突き付けているだけ。それに怪物に人道を語ったところで、そもそも語ること自体が狂った所業。説法など吸血鬼にした所で無駄な事だが、神父はその徒労こそ生き甲斐にしている部分がある。

 

「お前には人生経験がまだ足りない。世界を知れ。

 そうすれば、おのずと定まった生き方を得る事が出来るだろう。その長い生涯の中、愛を見出してみるのも一興だ。

 破壊や混沌、絶望に悲劇。

 俺もお前もそれらの人間の業は大好物だが、それだけではやはり足りない。

 まずは知り、経験し、意味を持つ。そこから価値を見出す。そして―――自分自身を求めて生きて先に進む」

 

 神父は懐から煙草を取り出し、口に咥えた。愛歌にも吸うかとジェスチャーで煙草の箱を振って見せたが、要らないので首を横に振る。士人は簡単な仕草一つで煙草の先を着火させ、白い煙を口から吐き出す。

 

「かく言う私も、実はまだ愛情を理解出来ていない。失われたモノを知っているのに手に入れられぬのは、中々に不愉快極まる。

 ―――まるで指の間から落ちる澱だ。

 どれほど手を伸ばしても、触れられている筈なのだが……最後は結局、何もかもが消えてしまう」

 

 火と煙。彼にとって地獄の象徴であり、始まりの光景。煙草は吸う度に神父は原初の己を思い浮かべ、何かを思い起こそうと思考の迷路を彷徨っていた。

 

「意外ね。昔の貴方なら、手に入らない状況を不愉快だなんて、そんな人間らしい事を感じ無かったでしょうに」

 

「……俺もこれまでの人生、色々な事柄に関わって生きてきた。自分自身が抱いている呪いの事も、大分理解して来ている。

 唯の一度も新しい“何か”を手に入れていないが、自分自身で迷う事は殆んどないさ」

 

「ふーん……」

 

 愛歌がつまらなそうに神父を見つめた。死徒特有の捕食者の視線は冷たく、故に何処かねっとりとしていて熱っぽい。

 士人からしても愛歌程の吸血鬼は最上級の警戒をしなくてはならず、下手な二十七祖よりも危険な存在。しかし、神父の気配に変わりは無く、変わらぬ姿で煙草を吸っている。

 

「……ねぇ、でしたら―――抱いて上げましょうか?」

 

 珍しいと言えば珍しい。言峰士人は呆気に取られた表情で、煙草を吸うのを止めてしまった。そして、ゆっくりと視線を下げて、隣に座っている愛歌を見つめた。数十秒と長い間、この可愛らしくも珍妙な吸血生物を観察した。まぁ、返答は最初から決まっていたので、無駄な観察をし終えたので答えを話す。

 

「断る。お前を抱く理由が無い」

 

「馬鹿ね。貴方がわたしを抱くのではなく、わたしが貴方を抱くのよ。とても深い部分まで犯して上げるって言ってるの。

 そう言うの、好きでしょ?

 ―――あの時みたいに、地獄のような快楽の淵まで落として上げる」

 

「―――ク。いやはや、こう見えても俺は神父だ。

 ある程度の緊急事態や、それ相応の関係が無くば誘われても性行為は自粛している」

 

「無理矢理ってのも、わたしは嫌いじゃないわ。

 ―――……けれど、貴方は別みたい。

 どうせ他の有象無象みたいに屈しないから、ちゃんと殺し合いの果ての結末じゃないと楽しくないわね」

 

 つまり、今は興に乗らないだけ。今回の聖杯戦争みたいな舞台の上で敵同士で会った時、改めて士人で愉しんで上げようと考えている。勝率は五分五分で、どちらが勝つか負けるか分からない。どちらが死んでも可笑しく無く、どちらが玩具にされても不思議は無い。

 

「成る程。確かに、今のままでは面白味に掛けるか」

 

「そう言うことよ。舞台はしっかり整えなきゃね」

 

 そこでふと、士人は最悪な事を思い付いた。嫌がらせの範疇を越えているが、いざとなれば如何とでも転べる。

 

「妹は良いのか? 挨拶くらいはしていけば良いだろうに」

 

 結局、士人にとって家族関係なんてその程度。例え殺し合う程の仲とは言え、生きて会えるのであれば会っておいた方が良い。それも沙条系姉妹の邂逅となると、神父もそれなりに面白いものが見れそうで楽しみだった。

 

「……あんなのがわたしの妹だなんて、考えた事も無いわよ。家族とかそういうの、良く分からないし。

 でも、貴方と殺し合ってから、色々なものを考える様になったわ。前は意味も無く肉親を殺してみようとか考えたけど、今じゃそう言うのは無いわね」

 

 父親を殺しても何も感じなかった。冬木に住んでいた妹を殺しに来て、そこでこの神父に出会った。妹を殺そうと思ったのは気紛れでしか無かったが、その気紛れが起きそうにない事を彼女は何となく察していた。多分、もう、肉親を殺す事に愉悦を見出せないのだと悟ったのだ。それよりも面白い事があり、逆に妹には生きていた方が愉しめるかもしれないと考えた。

 

「無駄な人死にをしなくなったか。遊び半分の虐殺を好物にしていた怪物とは思えない成長ぶりだ」

 

「―――まさか! 三度の吸血よりも、殺戮は大好きよ」

 

「前言撤回だ。前よりも面白い具合になっているな」

 

「……けれどね、それさえも如何でも良くなる事があるの」

 

 陰惨な笑み。人でなしの表情。少女がしてはいけない悪魔の嘲笑。士人は自分の話が軽く無視(スルー)されている事に苦笑しながら、彼女の会話を愉しんでいる。

 

「―――殺す。壊す。犯す。

 屍の山を築いて、上から玩具(ニンゲン)を弄ぶの。

 街を丸ごと食い潰して、大義など必要としないで営みを燃やすのよ。一杯殺して、お腹を満たして……でも、一番心地良い時は虐殺してる時。吸血も気持ちは良いけど、人を殺すおまけみたいなものでね。言ってしまえば、吸血を理由に虐殺に酔い潰れているのが大好きなの。

 わたしは怪物になってから、こうなった訳じゃない。死徒に変貌してから持つ吸血衝動も、所詮はただの生理現象でしかないしね。色々と試してきた生き血の吸い方なんで、例えるなら食事を愉しむ為に調理方法を凝るみたいなもの。

 ―――ただ有りの儘に生きるのが楽しい!

 ―――世界は生きているだけで天国なの!

 ……神父、貴方には分かるかしら?

 わたしが実感している、この愉悦と退廃が? この胸に迫る感動が?!

 ここに来たのは、そんな自分自身の為。何時か必ず、わたしは貴方をぐちゃぐちゃにした後に、全てを手に入れたいのよ」

 

 ドロドロとした欲情が瞳から溢れていた。死徒と言う怪物からも逸脱した真性の悪性が、この女であった。生まれた時から、沙条愛歌はこの様であった。

 先天的な狂気。持って備わった異常性。

 言峰士人とは相反する存在。後天的異常者である彼の天敵。そして、先天的異常者である愛歌もまた、士人を天敵としている。

 故に、彼と彼女は出会った時から互いを理解していた。

 

「……お前、この戦争を荒らしに来たのか?

 答え次第では、この場で確実に殺さねばならんのだが―――」

 

「―――まさか。

 単純に貴方が珍しく熱心に活動していたから、見物遊山で来ただけよ」

 

 愉しみは熟す主義。二人共、その点は共通していた。愉悦とは、娯楽とは、自分なりに練り込んでこそ、最後に奔る走馬燈に輝きが増す。

 

「ふむ。ならば、此方から手を出す事は無い。私が九年も愉しみに待っていた馬鹿騒ぎに、お前は関わらないでくれ。

 色々と予定が崩れてしまうのでな。そうなると面倒だ」

 

「ふふ、良い殺意ね。

 本当、聖職者とは思えない狂人ね。

 でも貴方が色々と計画しただけあって、今回は前回よりも狂った戦争になりそうで面白そうだわ」

 

 沙条愛歌も、神秘に関わる者として聖杯戦争はそれなりに知っていた。この神父からも此方が提供する情報や娯楽話の対価として、聖杯戦争に関する色々な面白いことを教えて貰っていた。

 しかし、第六次聖杯戦争は第五次以降とは完全に様変わりしていた。

 本当に情け容赦無い戦争だ。参加者全員が魔術師の常識からも逸脱した狂人集団。裏側の規律からも爪弾きにされそうな異常者共。

 

「それにしても、この聖杯戦争は参戦者は全て狂ってるわね。見た限り全員が全員、特級の狂人揃い。

 ―――正義の味方。

 ―――魔法手前の宝石使い。

 ―――最強の伝承保菌者。

 ―――騎士団の斬殺卿。

 ―――半人半魔の人造人間。

 ―――離反した協会の殺し屋。

 そして―――第八識の純正天然物。

 加えて聖堂教会の異端審問官の中でも、更なる異端と化した貴方の参戦」

 

 愛歌が良いたいのは、参戦者全員が魔術師として何処か可笑しいと言う点。何より戦闘に特出している部分である。

 ―――戦場を制する猛者の群れ。

 一人一人がもはや英霊手前、あるいは匹敵する戦力の持ち主。現世に生きる異常者を寄せ集めた血濡れた大祭り。 

 

「これを集めるの苦労したでしょ?」

 

「当然。本来は殺人貴も聖杯を餌に誘っていたのだが、まさかアレがサーヴァントと化していたとは驚きだ。

 ……だが、此方の方が好都合だ。

 恐らくはアインツベルンの違法行為の御蔭で、アヴェンジャーのクラスが正式に解禁されたのも大きい」

 

「あの死神、死んじゃったからね。だけど―――守護者の契約を唆したのは貴方なんでしょう?

 英霊化したあの男が参戦する現状を考えると、そうとしか考えられないわ」

 

「決意と覚悟を誘導するのは実に容易かった。あの男が愛する者を救う為の力を得る方法を教えれば、結果が如何なるかは目に見えていた。

 保険にしていた殺し屋と騎士に第六次聖杯戦争を教えたのも、今となっては実に良い赴きであった。とは言え、俺の初めての弟子である美綴が参戦したのは意外であったが、予測不可能な現状とまでは行かない想定内の事態だ」

 

「弟子……弟子、ねぇ? あの貴方が弟子に選び、育てた魔術師の女。

 ―――やだ、とっても気になる。色々と興味深いわね」

 

「今は手を出すなよ。出すのであれば、この殺し合いが終わった後にしてくれ」

 

 士人の目付きは鋭かった。多分、手を出せば本気で殺しに来るだろう。愛歌とて士人一人ならば勝算はあるが、其処にサーヴァントが加わると自分が嬲り殺しにされるのは目に見えていた。

 

「しないわよ、そんな無粋なこと。今回のこれは貴方の物語で、貴方の娯楽。わたしが色を付けてしまうと、詰まらない駄作になってしまうでしょう」

 

「理解してくれて助かる。妹と似ているな、そう言う部分は」

 

「違うわよ。あの子は貴方に似てそうなっただけなの。元々はわたしと正反対だから、魔術師の姉妹として殺し合う事無く無関係でいられるだけな話ね」

 

 そこで彼女は言葉に詰まった。自分なりに冬木の現状を観察していたが、気になったとある人物について喋っていない事に気付く。

 あの魔術師は自分に似ていて、遠目から見ただけで何故か親近感が得られた。なので印象が強かったのだが、自然と話をしている内に忘れていた。そう言えば目の前の神父にも似通った雰囲気が有る事も分かる。

 

「ああ……それとね、世界最古の邪神の紛い物を律する魔術師も居るわ」

 

「―――気が付いていたか。流石としか言えんな」

 

 言峰士人にとって、彼女のことを悟られるのは意外だった。情報ではサーヴァントを召喚していないらしいので、御三家とは言え沙条愛歌に関心を寄せられるとは思っていなかった。

 

「当然でしょう。確かアレは――――間桐桜、と言う魔術師なんですってね。

 彼女、貴方のお友達か何かしら?」

 

 言わば、それは直感である。桜と士人に何かしらの繋がりがあるのでは、と言う推測だった。

 

「ああ。知り合って十何年も経つが、濃い交友関係を持つようになってからだと十年来の友人だ」

 

「彼女、凄まじい適合性ね。まだ故意的に繋がっていない様だけど……つまりそれは、完全に悪神の制御に成功してるって事を意味してる」

 

「……そうなのか? なるほど。お前の目で見れば、そこまで見破れるのか」

 

「あれはわたしと相性最悪ね。あの魔術師だけは敵に回したくない。それに―――」

 

 愛歌は唐突に言葉を切った。余りにも綺麗過ぎて涙が出るほど感動してしまいそうで、彼女を知っている者からすれば心臓を凍らせるような歪さで、神父を見つめて微笑んだ。

 

「―――いえ、何でも無いわ。真実は貴方自身の眼で視なさい」

 

「……ほう。では、その真実とやらは、後の娯楽としておこう」

 

「良い心掛けね。やっぱり楽しみは、自分で開けるまで取って置くのは一番だわ」

 

 さて、と彼女は呟いた。その後、ベンチから降り立った。勢い良く手を上に伸ばて背筋を動かす。一通り話す事も話したので、帰る事にしたのだ。

 

「じゃ、そろそろ帰るわね。今回の第六次聖杯戦争は、今までの聖杯戦争の比じゃないみたいだし」

 

 沙条愛歌は知っている、この神父が戦争をそう仕立て上げたのだと。参戦したマスターたちが全員規格外の戦闘能力を持っているのは、そう言った類の怪物が参戦するように神父が誘導したからだ。

 殺し屋―――アデルバート・ダンに戦争を教えた。彼には聖杯へ託すべき願いがある。

 聖騎士―――デメトリオ。メランドリに戦争を教えた。彼には果たすべき望みがある。

 特に、この二名の参戦に深く関わっている。神父が聖杯好みの願望を植え付け……いや、その願望を悟れるよう精神解剖を行った。他の参戦者にも何かしらの形で、士人は戦争に参加するよう干渉していた。

 

「―――さようなら、言峰士人。

 戦争が終わっても生きていらしたら、また会いましょう」

 

「―――ああ。さようなら、沙条愛歌。

 吸血鬼にも天からの祝福があるよう、神に祈ってるぞ」

 

「要らないわよ、貴方の祈りなんて。残念だけど、神様なんてわたしには程遠いわ」

 

 去っていく少女の姿を、彼はベンチに座りながら見送った。陰惨を極めた死都で殺し合って以来の再会であったが、あの化け物は変わらず壮健なようであった。安心だとか、心配だとか、そう言う気持ちは欠片も無いが、純粋に生きて会話が出来た事を面白く思う。

 ―――そして、背後からサーヴァントの気配。

 意識しても察知する事が出来ない程の隠形であるが、マスターとしてラインが繋がっている士人にすれば察知は容易かった。

 

「話は終わったか、神父?」

 

「ああ。俺の用事に付き合わせ、すまなかったな」

 

 アサシンのサーヴァントが、姿も声も虚ろにして立っていた。また、先程まで自分のマスターと会話をしていた少女のカタチをした怪物は、アサシンからしても気味が悪かった。殺せる、と言う意識の隙間を見付けられなかったのも、暗殺者として脅威に感じたのも大きいが。

 だが、そんな戦争に関わりの無い無駄な思考は途切らせる。

 彼女は先程まで観察していた殺し合いの情報を脳裏に浮かばせ、マスターに伝える為に整理する。士人もアサシンの視点を共有して見ていたとはいえ、サーヴァントと話し合う事で対策はより練られていくことだろう。

 

「……それでアサシン、如何であった?」

 

「並のサーヴァントでは無かったぞ。キャスターもライダーも、暗殺者でしかない私とは比べ物にならぬ英傑よ」

 

「ほう、成る程。

 ―――で、殺せそうか?」

 

「容易くは無いが、策を練れば暗殺は可能だぞ」

 

 殺せなくは無い。が、まず正面から殺す事は殆んど不可能。アサシンらしく影から影に移り、策で以って隙を生み出して殺すしかない。

 ……いや、正確に言えば正面からも殺せなくも無い。

 だが、暗殺者の英霊として敵に気付かれてしまう事そのものが、既に不手際。勝算を高める為、今は情報収集に徹するのが効率的である。

 

「それでマスターの方は如何であった?」

 

「手練も手練よ。アインツベルンと思われる人型共も貴様に並ぶ程だが、ライダーの方の騎士は既に人間の領域を越えておった。

 ―――あれはもう、自らの業を完成させておる。

 言わば、辿り着いているとでも例えようか。既に終わってしまっているのだが、それでも先に進み続けた者が持つ極みであるな」

 

「ああ。成る程な。そいつがマスターの一人、デメトリオ・メランドリだ」

 

「……知っておるのか?」

 

 声の響きに違和感があった。楽し気で、愉快そうで、疑問に思った。アサシンは士人がそのマスターと知り合いなのではないかと推測した。

 

「ああ。任務を共同で行った事が有る。その時、俺と信仰に対する意見が別れて殺し合った。まぁ、より正確に言えば、斬り掛かれたと言った方が正解に近い」

 

「ほほう。それはまた……因縁深い相手であるな」

 

「既にあれも俺も気にしていない。たかだが意見が別れ、殺し合っただけだ」

 

「そう言うものか?」

 

「ああ。それだけだ」

 

 髑髏の仮面で表情はまるで分からないが、アサシンが少し困惑しているのは簡単に分かった。暗殺教団に所属していた身として、異端者とは死んでも分かり合えないのを経験として理解しているのだ。なので、殺し合った末にお互い気にしてないとなれば、もうこの二人はお互いの関係に結論を出していると言う事になる。

 ……出会えば、問答無用で殺し合うか。難儀なマスターだ。

 アサシンは士人の扱い難さに苦笑。中々に協力し甲斐のある魔術師であった。

 




 新しい登場人物の沙条愛歌でした。実は彼女、主人公の〇〇を頂いてます。神父さん、最初の殺し合いに負けてしまい捕まりまして、まぁ色々と。何とか脱出して再戦して、冬木から追い出しました。
 後、一部でちょろってデメトリオさんの話は出てきます。士人と意見が別れて殺し合ったのが、彼となります。
 次回から一気に中盤まで加速させるか、外伝や過去編を挟んで見ようかと悩んでいます。


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外伝8.銃口の奥底

 久方ぶりの更新です。外伝になります。オリキャラの一人、アデルバート・ダンの過去話みたいな内容ですので、そこまで物語に関わって来ないです。それなりに後味が悪いので気を付けて下さい。
 そして、ライトニングさんの新作を買おうか悩んでいるこの頃です。


 ―――夕闇は過ぎ去っていた。

 ―――夜を照らす月光だけが街を映し出す。

 此処は合衆国の何処かにある街。秩序が存在しない代わりに暴力がまかり通っており、国の法では無い無法者たちのルールでコミュニティが成り立っていた。

 協会から脱会した殺し屋―――アデルバート・ダンは、イギリスの倫敦に移る前に住んでいた故郷に戻っていた。子供の頃から住み慣れた此処は歴史が積もったお上品な都会よりも粗野だが、魔術何て言う胡散臭いモノは早々に目へ入らない。銃声や怒声、あるいは悲鳴は響いたとしても、魔術師は全くと言って良い程この場所には居なかった。

 一人事務所を立ち上げて、生活費や研究費を稼いではいるが、それもボチボチ。丁度セカンドオーナーから隠れられる区域なので魔術師として棲み心地は十分だが、資金調達の方法は完全にブラックゾーン。

 仕事の依頼者は社会の裏表を問わず、神秘に属する同業者からも数多い。いや、むしろ逆に自分から進んで仕事を行う事も多くなっているので、封印指定執行者をしていた昔よりも、今のフリーランス状態の方が仕事は充実していた。魔術師の殺害や吸血鬼の抹殺は執行者時代よりも率先して出来るし、協会の保護も無くなったので死徒連中や魔術結社から命を狙われ易くなった。自分に怨恨がある化け物は数多く、封印指定や吸血鬼と言った真性の危険物から何度も殺され掛った。勿論、魔術協会や聖堂教会からの刺客も敵対してくるので、執行者時代より殺し屋としての腕前は全く以って錆びる事は無かった。

 

「―――よう、神父。こんな掃き溜めになんの用だ……」

 

 薄汚い事務所であった。机の上にはコンピューターが一台と、酒瓶と宅配便のピザのゴミが散らかっている。灰皿には煙草の吸殻が山積みになっており、ヤニの臭いが部屋に染み付いていた。虫が湧いていないのが不可思議な位小汚いが、不思議と嫌悪感は無かった。強いて言うのであれば、少しピザの匂いが籠って不愉快な気分になる程度か。

 机の上のコンピューターに向かい、椅子に座って作業を続けるダンは目の前の神父に気にする事なくキーボードを操作していた。目線を向ける気も無いらしく、常に画面を睨みつけていた。

 

「……オレを殺しにきたしては、奇襲が一つも無いとはオマエらしくないね。今一、この現状が察せられないんだが?」

 

 面倒事を嫌う引き籠りのような、溜め息混じりの声。殺し屋が殺意よりも、倦怠感に満ちた嫌悪を向けた。

 

「ほう、良く言う。暗殺、不意討ちはそちらの得意分野だろうに。

 俺はお前のような面倒な敵と市街戦を繰り広げる気はないぞ。お前相手に奇襲仕掛ければ、土壺に嵌まるのは目に見えている」

 

 嫌味な笑みを浮かべる性根が腐っていそうな神父―――言峰士人は、自分の命を狙った事もある殺し屋に対し、楽しそうな音程で語り掛ける。

 どうも、心の内を見抜かれていると錯覚してしまう。

 殺し屋にとって神父はこの世で相手にしたくない敵の内、上位三位に入っていた。だからこそ、いざ殺し合うとなると面白いので始末に負えない。そして、上位三の中で他二名の名はフラガとエミヤの二名である。

 

「……その猫、あれだろ? あの死神んところの使い魔じゃなかったか?

 昔、アレと殺し合いを演じた時に見覚えがある。殺人貴は噂で死んだと聞いていたんだが、その使い魔を見ると本当に死んだようだな」

 

 黒い猫。無言を貫く姿は猫らしくない忠誠心の表れだが、この猫が礼を尽くす相手は神父では無い。それに使い魔からは、主であろうこの男に対する敬愛の念は欠片も無かった。

 ……ダンの観察結果として、使い魔の所有権は神父に移動されていると見える。神父が死神から奪い取ったと言うよりかは、何かしらの契約に基づく譲渡だろうと考察した。

 

「大体はご察しの通りだ。断る理由も無いからな、縁に従がって貰い受けた。無論、ある程度の期間限定になっているが。

 そう言うお前は、あの小五月蠅い使い魔は連れていないと見える。なんだ、愛想でも尽かされたか?」

 

「……いや。雌犬を追い掛けて、何処かに走っていった。まぁ、飯時になれば戻って来るさ」

 

「ふむ。あれは中々に強烈な人格だ。先程夜道を歩いている時に遠目から確認したが……成る程。お前もアレも変わりないようで安心したぞ」

 

「――――――……」

 

 どす黒い殺気が印象的な殺し屋は、使い魔である黒猫―――レンにも見覚えがあった。嘗ての主人である遠野志貴の命を奪いに何度か交戦した協会所属の封印指定執行者であり、現在では協会から脱退したフリーランスの魔術師らしいと言う情報も知っている。故に、もう自分達を殺しにくる敵ではなくなっているが、そもそも根の人格からして愉快犯な殺し屋なので信用は出来ない。

 彼女は無言のまま警戒を続ける。神父と自分の目的は似通った部分が有る為、実行の為に必要な駒としてこの殺し屋が必要だ。

 つまり、此方の話に乗せなくてはならない。

 しかし、自分に交渉は荷が重い。

 その為、彼女はこの街に殺し屋が居ると言う情報を神父から受け、アデルバート・ダンの事務所を探し当てた。

 街さえ特定してしまえば、レンにとって特定の魔術師を見付けだすのは容易い。それも一度目にした事があり、匂いと魔力も覚えていれば猶の事。神父の口車に乗せられている事を自覚しつつも、彼女はこうやって偽物の主を此処まで連れて来たのだ。

 

「ようようアデルバード、飯を食いに戻って来てやったぜ!

 さぁさぁ、可愛いペットたる俺っちに飯を出してくれ! ……って、なんだ。こんなところまで何かの野暮用かよ、ええ神父様よぉ。あ、それはそれとして、そこの可愛らしい子猫ちゃんも如何したんだってばよ」

 

 犬である。まごうことなき小型犬である。首輪も無ければ、何かしらの飼い犬である証も無い野良犬であり、何処から如何見ても唯の犬であった。

 噂をすれば影が差すと言うが、ある意味実にタイミング良く殺し屋の使い魔が現われた。

 

「……―――」

 

 レンは何かしらの、見てはいけない正体不明な生命体を目撃したみたいな錯覚に陥っていた。

 ……だってこの犬、何だか嫌な気配がする。

 簡単に説明すれば、良く分からないフィールドを形成して、独壇場でしっちゃかめっちゃかな会話を繰り広げそうな気がする。無口な自分には荷が重過ぎる相手に感じられた。

 

「五月蝿いぞ、フレディ。脳天に風穴開けてやるぞ」

 

「動物虐待反対だ! もうちっと使い魔に労わりを持とうぜ、魔術師はよ。後、もっと給料を上げやがれ」

 

「知るか。ただ働きが基本ですので、オマエの願いはお断りします。

 まぁ兎も角、オレの飯をまた盗み食いしたな。明日明後日の分、全部抜きにしても構わないんだが?」

 

「おーおー、これは外道極まる飼い主様だよ。ユーはもっと人間味を持たないと、人生苦労するゼイ」

 

「犬が吠えると煩わしいぜ、全く」

 

「吠えない犬なんて去勢された飼い犬ですぜ。俺様の魂々(たまたま)はまだまだ現役だっつーの!」

 

 と、したい会話が離れて喧嘩腰になっていくので、ダンは話題を無理矢理軌道修正する。歓迎出来ないお客様が居る今では猶の事、身内同士の長話は好ましくなかった。

 

「―――んで、フレディ。オマエ、頼んどいたモンは揃えられてんだよな?」

 

「ボチボチでさぁ。あの骨董品屋に良いのがあった。とある教会が保管していた純銀製の遺物でな、銃弾生成に使えそうだぜ」

 

「そりゃ朗報だ。敵の魔術を打ち破るのに使えるし、退魔の祝福でも施せば、それなりの化け物共も良い塩梅で浄化される事さ」

 

「他にも色々あったから、しっかりと見て置いたぜ。

 教会が密輸されている聖水や黒鍵、大昔に作られた骨董品の十字架もあった。その他諸々のアンティークも新しく入荷されてたし、封印指定級の魔術師が作成した礼装や、色々と呪われてそうな概念武装も少なくない。主人も一度見てくると良いぜ。」

 

「ご苦労だ。随分と手間を掛けさせたね」

 

「良いってことよ。俺は好きでアンタの使い魔やってんだからな」

 

 なので、レンはそそくさと神父の影に身を潜めた。見ているだけで妊娠しそうな程、あの子犬は凄まじく濃かった。

 

「―――おう? おうおうおう?

 子猫ちゃんが隠れちまったよ。軟派する前に振られるとは、実に残念無念。近所の雌犬共に俺様は大人気なんですけどなぁ。況してや、猫耳種族にさえ交尾を申し込む程の紳士なんだぜ」

 

 わんわん、と吠える姿は可愛らしい。だが、雰囲気で台無しにし過ぎていた。品種としてはやや大柄なバセットハウンドで、本当に愛らしいのが逆に残念感が凄まじい。そして、声が渋くてオヤジ臭い。

 

「客をからかうんじゃねぇ。一応こっちに殺意は無いんだ、失礼の無いようにな」

 

「からかってないぜぇ。俺は人間の女性にも抜き差しならねぇ事も出来んだよ。子猫ちゃんが相手でも本気で口説くってもんさ」

 

「すまないが、こちらは猫と犬の異種配合を見物する趣味は無い。無論、人間同士だろうと、人間と動物だろうと覗きを行う趣味も無い。

 よって、使い魔。お前の望みを叶えさせる訳にはいかないな。

 俺はこの使い魔もどきを護るのも、あの死神との契約の内に入っている。彼女と事に及ぶと言うのであらば、この俺の屍を越えて貰ってからにして頂こうか」

 

 似合わない事をしている自覚がある神父は、背後から猫パンチを打たれながらも牽制をしておいた。フレディもフレディで本気は程遠いので、すべき返事は決まり切っていた。

 

「へっへっへ。人様に飼われている雌にも構わない主義だけど、今回は辞めとくぜ。何せ、今は腹が減ってるもんでね」

 

 それが捨て台詞だった。事務所の玄関から子犬が軽快な足取りで歩いて行った。そして、下品に笑いながらダンにフレディと呼ばれた犬が、神父と黒猫の前を通り過ぎて行った。

 違う部屋に繋がるドアを前足で開き、ダンと言峰とレンが居る部屋から出て行った。どうもキッチンへ向かったらしく、あの犬はこれから食事でもするのだろう。

 

「まぁ、邪魔が入って話が止まってしまったな。

 ―――それでさ、オマエの用ってのは一体何なんだ?

 こんな所まで来るって事は、相当に厄介な内容だってことは決まっている。だから前置きは要らん。直ぐに本題から喋ってくれ」

 

 本題は何だとダンは聞き直す。士人としても、前置きを言うつもりは無かった。こいつが相手であれば、そも理由など語る必要が無いからだ。重要なのは殺し屋にとって旨味が有るか否か、それだけだ。

 

「―――第六次聖杯戦争。

 日本の冬木で行われる巨大な魔術儀式。この殺し合いが近い内に始まるのは知っているか?」

 

 元封印指定執行者にして、現封印指定に認定された魔術師アデルバート・ダンは、そう言った情報網にはとても敏感な方であった。協会に所属していた時は、実際にその戦争に参加したバゼットとは同僚であったし、聖杯戦争に参加していた遠坂凛と衛宮士郎と交友関係があった。

 そして、色々と因縁がある女盗賊の美綴綾子にも、その話を聞いた事が有る。何でも彼女がこんな因果な世界にどっぷりと浸かる原因になった出来事が聖杯戦争であり、元凶となるのが目の前に立つ言峰士人と言う聖堂教会所属の代行者であった神父だ。倫敦に居た時の行き付けのバーで酔っぱらった彼女に無理矢理絡まれ、色々と愚痴を朝まで言われたのをダンはまだ覚えていた。ウィスキーを一気呑みは喉が焼け、テキーラの飲み比べは肝臓が死に絶えたと錯覚する程で、中々に美綴との思い出は彼からしてもインパクトが強いモノが多かった。

 

「知ってるさ。あれだろ、わざわざ殺しのプロフェッショナルな英霊様を呼んで、どでかい街規模のコープスパーティを開いて、ブラッドバスを作った奴が神様に愛された聖杯を取れるっつードタバタ劇場だろ?

 そんな馬鹿騒ぎ、知らん魔術師は早々見つからないぜ。

 それにオレがちょっと前に居た魔術協会じゃ、参加者のバゼットとは同僚だし、冬木出身の魔術師と縁があったからな。色々と積み重なるモノがあれば、それなりの情報は自然と耳に入って来る」

 

「ならば話は速くて済む。

 ―――聖杯、お前は欲しく無いか?」

 

「―――馬鹿が。そんなモノに興味は無い」

 

 即答であった。ダンは別段、そんな道具に関心は無い。サバイバルゲーム自体は面白そうだと思えたが、優勝賞品の聖杯が欲しいとは思えなかった。

 ―――アデルバート・ダンは、聖杯に頼って叶えるべき願望は無い。

 身を焦がす様な欲望が無い訳でも、命を賭ける程の濃い願望を持たない訳でも無い。ただ自分自身以外に託すべき事が無いが故に、彼は聖杯戦争に参加すべき理由が湧かなかった。

 

「今じゃあ、ここいらでは悪魔祓い(エクソシスト)の真似事までしているんだ。他にも死徒狩りの依頼も結構入り込んで来るし、人間をバラバラにするのが趣味な外法の魔術師も殺害もしているよ。協会に目ぇ付けられた封印指定だけが獲物じゃない。今でもオレは魔術師稼業を続けてるし、昔から続けている殺し屋も廃業したつもりはないが、それだけじゃ十分な稼ぎにならん。何でも屋は色々と忙しんだ。

 ……聖杯戦争に参加させるんだったら、他の物好きに頼むんだな。

 目的の為なら何でもする根源大好きな魔術師や、糞の価値もない名誉を欲するお貴族魔術師様でも生贄にしな」

 

「お貴族様ではないが、バゼット・フラガ・マクレミッツも参戦する予定だぞ」

 

「知ってる。あの女は借りを返さなければ気が済まない主義だ。前回でケリつけらてないってんなら、今回は進んで殺し合いに身を投じるだろうよ」

 

「では、衛宮が参加するかもしれないとしたら?」

 

「……エミヤ、だと――――――?」

 

 ―――衛宮士郎。ダンは時計塔で初めてその男と知り合い、同時に友人と言える仲に数少ない魔術師の一人。だがダンは彼が本物の「正義の味方」だと知り、紆余曲折を経て封印指定とその執行者と言う関係となり、協会を抜けた今でも殺し合うべき宿敵となっていた。

 

「―――そう言う話か。

 成る程ね。確かに、執行者を辞めた今でもアレとなら、命を賭して殺し合うだけの理由(ワケ)がある」

 

「ああ、それと―――美綴も参加するかもしれないぞ」

 

「ミツヅリ……あの美綴か。あいつも来るのか?」

 

「さて。不確定情報だが、冬木に用事があるらしい。聖杯戦争に興味はないだろうが、あの街に集う連中に用が多く有るのであろう」

 

「―――は!

 ほざけ、腐れ外道。あの女を冥府魔道に導いたのはオマエなんだろう?」

 

「違うな。俺は在るべき人物を、在るべき世界を教えただけだ。美綴にとって、この魔道こそ生きるべき求道であっただけなのだ」

 

「……貴様は、何処まで腐っているんだ」

 

「その台詞をお前が言うのか。実に笑える。あれの目の前で封印指定の家族とは言え、まだ幼い子供を撃ち殺した人でなしの分際で、自らの行為の棚上げとは面白い。腐り具合を争いたいのであれば、とうの昔に結果は決まっているではないか」

 

「―――っち。撃ち殺してやりたいのは山々だが、今はまだ我慢してやる。話を続けろ」

 

「結構。冷静なようで有り難い。では、まずは参加条件から話そうか。

 この聖杯戦争は特殊でな、令呪が無ければ参加は不可能。他のマスターから奪い取る事は出来るが、サーヴァントを備えているとなれば奪取は難しい。

 他にも数々あるが、まずは聖杯が相応しいと思う者は参戦を認められる。御三家や時計塔から選ばれるのもあるが、基本的には聖杯を欲する魔術回路のある者であり、あるいは聖杯を得るに足ると勝手に選定されるかだ」

 

「オレに令呪は無い」

 

 令呪が無ければ話にならないのだ。幾ら神父の話を受け入れてダンが了承したとしても、参加資格が無ければ何の価値もない。

 

「まぁ、待て。そのような事は知っている。故に、こうしてお前を尋ねに来た。まずは聖杯戦争を知り、それに参加したいと思う事が重要だ。

 御三家の人間や、聖杯と因縁がある人物は優先的に選ばれるだろう。

 しかし、それでも例外がある。

 聖杯が好みそうな渇望を持つ人間は、他の参加希望者よりも優先して選ばれる事となる」

 

「……何が言いたい?」

 

「―――人殺し、好きだろう?」

 

 奥底まで覗きこまれた。この男は自分以上の悪意であるとダンは確信した。

 

「―――……否定は出来ないな。

 人殺しに快楽は有るか無いかと問われれば……そりゃ、とても楽しいさ。出なければ、こんな因果な職を好き好んで選んじゃいない。銃をぶっ放して生活するのは、子供の時から性に合ってた。人を撃ち殺して生きる事に疑問も無いし、世の社会が語る世迷言に価値が無い事は知っていた。

 ギリギリのラインを掻い潜り、目標の殺害を達成させる。

 自分は死なないと錯覚している屑を、思う儘に殺戮する。

 プライドが無駄に高い雑魚を、暗闇から卑劣な手で殺す。

 強敵や難敵と殺し合い、幾重の死線を打ち破り射殺する。

 ―――その全てが、オレにとっては大切な生きている実感と言う代物だ」

 

 ならば、神父の話に乗ってやる事にした。虚偽など既に無駄だと悟り、分かり切っている自分自身の澱を吐き出した。果たして、過去に何度か殺し合った事がある代行者が、自分の業を如何捉えるのか興味が湧いた。延々と黒く沈んで逝く両目でダンは彼と対峙した。

 よって、その殺し屋を前に士人はまるで神父の様に……否、神と通じる聖なる司祭の姿で精神を解剖し始めた。この手合いは面白かしい内部構造である為、節目に沿うように言葉(メス)を振るえばあっさりと感情(内臓)を取り出せる。

 

「戦闘を専門とする魔術師の中で“殺し屋”と呼ばれるのはお前だけだ。執行者と言う殺人集団の中でさえ、殺し屋と下卑されるのはお前だけだろう、アデルバート・ダン。

 職業気質を身に付けた快楽殺人鬼など、協会では手に負えない化け物(ケダモノ)だからな。

 それ故に、お前は魔術師であろうとも殺し屋のままだ。

 理性的な殺人を営み、獲物の殺害にのみ専心する怪物。

 ―――死徒などの化け物共とはまた別種の、人の心を持った異常者だと言う事だ」

 

 アデルバート・ダンにとって自分自身の中身を見抜かれたのは、人生で二度目であった。嘗てミツヅリアヤコに切り開かれた様に、彼女の師とも言える神父もまた当たり前の様に彼の心を解剖してしまった。

 

「しかし、お前は正気を保っている。裡に異常を抱えながらも、人並みとは言えんが自分なりに営みを続けている。殺人に快楽を覚えながらも、それだけに没頭する事は無い。

 ―――人は(みな)、人間が醜悪な動物でしか無いコトを知っている。

 心の奥底でこの世に価値など無いと悟っている。我々には生きる価値など実は存在していない。無意味ではないと祈りつつも、常に無価値な虚無が沈澱して割り切っている。それは俺もお前も同感である筈の実感だ」

 

 この哲学は、常に神父や殺し屋のような人間の課題であった。人を殺して生きる事に疑問は無いが、では何故そんな異常を持って生きているのか。

 ―――分からない。他人を理解出来ない。

 普通に生きて、世間一般的な生活に満足を得られず、人並みの幸福に辿り着けない。その人生に理想も無く、欲する目的も無く、ただ備わっていた異端の感性を以って自分だけの価値観を至上とする。

 

「それに加えてお前は殺人を、獲物を狩り殺すだけの作業であると割り切っている訳ではない。では何故、人を殺す事を悦楽とするのかと言えば……それが、生まれ持ったお前だけの娯楽であるからだ」

 

「娯楽か。ふん、そんな事はわかってるさ。楽しめるから辞められない何てことは、理解している。もう昔とは違い、今の自分ならば力がある。金もあり、人並みの営みを送れる。

 女と結婚し、子供を育て、家庭の中で幸せを得られる。世間の人々が欲する生活を送れるさ。けど、そんな事に意味は無い。

 ……分かっているんだ、何もかも。

 既にオレの中の価値観では自分と言う人間性が尊い。殺し屋は結局、自分と言う生物の別名だった」

 

 言峰士人が神父で在る様に、アデルバート・ダンは殺し屋で在るのだ。この先何があろうとも、もう変わる事は永遠に出来ない。

 

「狂っている事が正常であり、常識が錯覚と化す。

 ……成る程な。

お前は狂気のままに生きた末に、正気である事を覚えたのだな。正気と狂気が混濁とした意識の中で、人の死だけが心に迫る触感で在る訳だ」

 

 にんまりとダンは笑みを浮かべた。彼は最初から常識も感性も情緒も狂っており、生きた末の営みから正気を手に入れた。取り戻したのではなく、彼は経験から普通の認識と言うモノを覚えたのだ。

 

「確かにオレは狂気と正気が混ざり合わり、人が持つべき生死観が反転している。いや、むしろ狂気がなくては、自己が自身を認識出来ないのかもしれない。

 今のアデルバート・ダンと言う価値観を稼動させる為に、幼い頃から必要だった狂気がヒトの死を尊ぶ規範であった。狂気に身を委ねなければ生きられず、そもそも生と死に区別さえ無かった。だから善悪に分別が無く、思う儘に奪って殺して生き延びた。自分自身が異常者だと最初から理解していて、そうやって生きる事を許容していた。オレは自分自身をオレだと認識した時から、自我が生まれた時から在りの儘だった。自我を育む自己の歯車が既に狂っていた。

 故に―――」

 

 この聖杯戦争で歪んだ膿を見出せるなら、それで良し。死に果てて人生が終わるのもまた、それはそれで構わない。彼はいつも通りに良しと笑うのだろう。

 

「―――認めよう。

 オレは間違いなく狂っている」

 

 熱かった。どうしようもなく熱に浮かれていた。ダンは狂気を実感しながらも―――手の甲に焼印を押しつけられる激痛を受け入れていた。

 参加資格たる三画の令呪。

 サーヴァントを召喚する為に必要な、英霊を縛り付けるマスターの証。

 

「…………――――――」

 

 唖然とするまでも無かった。この神父がこうやって来た時点で、そんな事が起こる予感がダンには有ったのだ。

 

「―――祝福しよう。お前は聖杯に選ばれた」

 

 笑みを浮かべて、神父はすべき事など無いと言わんばかりに去って行った。戦争が始まる日時と、戦場のルールの大まかな説明だけして、彼は黒猫を連れて事務所からもう用は無いと消えた。そして、アデルバート・ダンは深く息を吐いた。久方ぶりにあの神父に会った所為か、彼と似ている一人の魔術師を思い出していた。

 確か……その時はまだ自分が魔術協会に所属し、封印指定執行者で在った頃。

 執行者に任命された成り立ての時から獲物を殺す事は慣れ切っていた。しかし、当時の自分が執拗に狙っており、狩り殺すべき相手が異端の中でも更なる異端であった。封印指定の任務において数少ない失敗であり、今も尚殺せていない標的。とは言え、協会から脱会した身である故、もう既に殺す必要など無いのだが。

 

「封印指定執行者だ。何故、このような事に成ったかは理解出来ているな、魔術師?」

 

 ヨーロッパの何処かにある森の中。深く暗い森林の中。其処には大きな屋敷がポツリと建っていた。

 ―――住人は五人。全員が魔術師と呼ばれる人種。

 ……そして、使い魔と称される使役されるだけの怪物が複数体。材料は人間であり、近隣の村や町、あるいは森で捕獲した者で作成していた。

 

「貴様……! 私はただ魔術の秘技を極めていただけだ! まだ協会が危険視するまで人間を生贄にはしていない筈だ!」

 

 確かに、この家の隠蔽は完璧だった。犠牲にする人間の数は多かったが、神秘を露見させてしまう様な間抜けではなかった。到達した神秘は確かに協会にとって、封印指定と呼ぶに相応しい逸脱した魔術とは言え、まだ殺し時では無い。

 もっと、もっと、鍛え上げえられて熟成してから狩り取るべき獲物。

 その事を理解していた封印指定の魔術師は、慎重に慎重に事を運んでいた。そうであった筈だが、突如として魔術師の日常は一気に狩られるだけの兎と化していた。

 

「まぁ、だろうな。しかし、それでもオマエは封印指定だ。まだまだ積極的に殺すべき標的に成ってはいないが、資料で目が付いてしまってな。

 ―――つい、殺したくなった。諦めて死んでくれ」

 

「……ふざけるなぁ! 貴様それでも魔術師か!?」

 

「さぁ? ただ、今のオレは魔術師である前に殺し屋だ」

 

「―――がぁ!」

 

 腹に前蹴りを叩き込んだ。殺し屋に魔術師と呼ばれた男は靴が腹部に抉り込まれ、そのまま壁に衝突した。蹴りの威力は手加減されていたが、内臓を明らかに傷付けていた。口から出てくる赤色の液体が、傷の深さを示している。

 右手に銃を持ち、左手にはビニール袋。執行者の男は黒いスーツに茶色のコート。そして、そこそこ目立つ茶色の帽子を被っている。その執行者は再度その魔術師の腹を蹴り飛ばし、壁際から部屋の中心へ跳ばした。

 

「確か、オマエには両親が居たな―――だから、まぁ、殺しておいたぞ。射撃には良い的だった」

 

 魔術師は既に余力は無かった。正確に言えば、魔力の流れを妨害する短剣を右肩に刺され、魔術回路を使用する事が殆んど不可能になっていた。魔力はまだ余っているのに、それを使用する事が出来ない。

 ―――だから、両親を殺されたと言われても、咄嗟に魔術を撃ち放つ事さえ出来なかった。

 

「……な、なに?」

 

「ほら。部屋の隅で血塗れになってる屍があるだろ。それがオマエの両親だ」

 

「な―――――」

 

「それにオマエには妻もいたな。物の(つい)でに殺しておいた。綺麗な脳漿をしていたぞ」

 

「―――――貴様ぁ……!」

 

 パァン、と銃声が響いた。男が魔術師の片足を撃ち抜いたのだ。

 

「動くな、間抜け」

 

 そして、もう一回銃声が轟く。もう片方の足を銃弾で風穴を刳り抜いた。両足から血の流し、封印指定の魔術師は膝を着いて倒れた。

 

「顔を上げろ。手も上げろ」

 

 気が付けば、背後から執行者が銃を構えていた。その銃口を後頭部に突き当てている。弾丸を放った熱が残っており、灼熱とした殺意が後ろから直接頭蓋に伝わって来た。

 

「全く。両親がおり、妻を持ち―――そして、子供もいるオマエが人を殺して魔術を求めるか。人でなしの鬼畜の分際で人並み程度の幸福に浸りながら、更に外道を生き甲斐にする。

 ……無論、殺されないとは思っていないだろうな?」

 

「―――……こ、子供。そうだ、シンシアは……シンシアはどうした!?」

 

「ああ、あの可愛らしい少女か。

 流石にアレはオレがしたとは言え……ほんの少し可哀想な事をしたかもな。無駄に苦しめてしまった」

 

 ゴロン、とナニかが投げられた。執行者が左手に持っていたビニール袋を、魔術師の眼前に投げたのだ。

 

「シン、シ……ア――――?」

 

 ―――袋から、ナニかが転げて飛び出る。

 両目から血を流し、鼻から血を流し、口から血を流し、そして斬首された真っ赤な側面から血を流す―――少女の生首。コロコロと目の前を転がって、死んで乾いた目と視線が合った。

 ……魔術師には見覚えがあった。

 彼にとって、人間としても、魔術師としても、命より大切にしていた愛娘の成れの果て。

 

「―――祈れ」

 

「あ、あぁ……アアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッッ!!」

 

「だが、許されると思うな。

 何人の人間をオマエは犠牲にしたか、苦しみで罪を実感しろ。今感じている精神的苦痛も、オマエが生み出した悲劇に比べれてしまえばよ、微々たるモノだがな」

 

 絶叫だった。この魔術師は外道であったが、家族を愛していた。両親は勿論、妻も娘も愛していた。それが、こんなにもあっさりと玩具の様に、一人の執行者の手でガラクタに落ちた。

 ―――そうして、一人の魔術師の魂が砕け散った。

 外道を良しとし、封印指定に選ばれるまで家系の神秘を鍛え上げた魔術師は、現実に耐え切れないと叫び、泣き、苦しみ悶える。彼は自分の魔道を継ぐ筈だった一人娘の首を拾い、狂ったように抱き締めている。涙を流し、悲鳴を上げて、生首を大事そうに抱えている。

 

「そうだ。その憎悪と怨念こそが、オマエが最期に抱ける真実さ。

 根源なんて下らない真理を求める魔術師も、理性の皮を剥がされればオレと同じ(ケダモノ)だ。その内側から出る恨みを味わい、自らの因果に諦観して死を見つめ続けろ。

 ―――自身の正体を知り、死ね。

 これこそが人間だ。

 魔術師なんて超越者を選んだのだ。最期は在るが儘に命を散らせ」

 

「あぁアぁああ! アアアアアアアアア――――――ゲヒュ……」

 

 弾丸は、無慈悲に撃ち放たれた。吹き飛んで、紅く砕けた脳漿の染み。血に塗れて赤く染まり、頭部のパーツだった肉片が床に散らばった。叫び続けていた魔術師は、弾丸で後頭部から貫かれてあっさり死んだ。

 

「―――おっと。

 封印指定の脳味噌は、壊さずとって置かねばならなかったな。ついつい、うっかりしてしまったよ。失敗してしまったじゃないか」

 

 その時、鈍く軋む音と共に部屋の扉が開く。木製の扉が部屋に人が来た事を簡単に知らせてくれる。

 この屋敷に生きている人間は既におらず、執行者が皆殺しにした筈だ。よって、この部屋に現れた人物は封印指定の魔術師の家系では無い者となる。それも、執行者がジワジワと皆殺しにした後に屋敷に入って来た侵入者。

 

「遅かったな」

 

 赤い外套を着込んだ異人。屋敷には居なかった新たな侵入者が、魔術師の家へ入り込んでいた。

 

「……おまえ、ダンか。何故ここにいる?」

 

「執行者としてオマエを殺害しに来た。ここの魔術師はおまけの獲物。

 まさか、協会なんて魔窟で折角できた友人が、封印指定に選ばれるとは思わなかった……が、それはそれで面白い展開だ」

 

 殺し屋は暗闇で笑みを浮かべた。屋敷の外は月光が降り注ぎ、闇夜を照らしているが、死に満ちる森の屋敷内に光は一欠片も無い。

 

「実に久方ぶりだ、正義の味方。ああ、お前を仕留めると決めて、一体何度逃げられたことか」

 

「相変わらずのしつこさだな、貴様は。何度失敗すれば理解出来るのかね」

 

「……は。それにしても気色の悪い口調になったな。時計塔での時と比べ、実に皮肉屋が板についてる」

 

「仕方なかろう。流石に私も死に触れ続ければ、心が荒む」

 

「あれだけ人の死を見続ければ、精神が病むのも当然だ。とは言え、そんな可愛らしいタマとは欠片も考えていないが。

 オマエの遍歴は奇怪だが、実に分かり易かった。次に何を標的するのかも、容易く検討がつく。ここの魔術師を殺そうと画策していることなど、手に取る様にわかってまったぜ」

 

「―――先読みしていた訳か。

 私の行動を予測して、この封印指定を先に始末していたのか……家族ごと」

 

「面倒だったからな。目に付く人間は皆殺しにしておいた。まぁ、雑魚ばかりだったから、任務自体はとても楽だったぞ」

 

 これが封印指定執行者として、ダンが封印指定衛宮士郎と幾度か邂逅した。フラガの知人として協会で学生をしていた衛宮士郎と知り合っていたが、因果とはまことに悪辣な趣向で二人を殺し合わさせた。

 しかし、アデルバート・ダンからすれば、喜ばしい展開であったが。

 彼は自分が協会に一派に裏切られ、彼らを皆殺しにして自分が封印指定となるまで、幾度か衛宮士郎と殺し合った。また、衛宮士郎の知り合いである言峰士人とも、戦場で幾度か殺し合いを演じる事となる。

 

 

◇◇◇

 

 

 遠くない昔。二十一世紀となってまだ数年。まだアデルバート・ダンが封印指定執行者として、魔術協会の一員であった頃。

 

「―――ダン。貴方、良くこんな所まで出て来ましたね?」

 

「フラガ、か。任務から帰って来たのか。随分と長い間、協会に居なかったな……」

 

 天候は晴天。雲は無く、日の光が暖かい。

 そんなここは大英博物館前にあるカフェテリア。

 第五次聖杯戦争と言う日本と言うアジアの国で行われた魔術儀式以降、余り協会に居座らなくなったフラガであったが、今年の四月からは時計塔に身を戻していた。その原因と思われる戦争において、知り合いになった三人の学生と共に話し合いをしていたようだ。

 

「……それで、此方の方々は誰なんだ?」

 

 話だけは知っていたが、初対面ゆえに礼儀を通す。仕事や趣味を挟まなければ、彼は至極真っ当な常識人だ。

 

「ええ。何と言いますか、その……私の友人達ですよ」

 

「友人? へぇ、それは凄いな。良く見知らぬ魔術師と仲良く出来たな、取り敢えず殴っちゃうオマエが」

 

「―――殴りますよ?」

 

「成る程。調子は良いみたいだ」

 

 バゼットからすれば、実に嫌な機嫌の計り方。怒りに震える拳を隠す事無く、ダンに見せている。彼女を怒らせる事がどれほど危険が知っているが、軽口を辞める気は欠片も無かった。

 テラスの丸い六人掛けのテーブル席にはバゼットの他に、遠坂凛、衛宮士郎、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、そして美綴綾子が居る。その三人が自分を見ている事に気が付いていた為か、ダンは朗らかな笑みを浮かべて四人を見た。

 

「ふむ、では初対面の皆様には自己紹介をしておこう。

 オレの名前はアデルバート・ダン。魔術協会所属の封印指定執行者。そこのバゼット・フラガ・マクレミッツの同僚だ」

 

 小規模な結界が張られている為、外部に声が漏れる事は無い。

 

「―――へぇ、貴方があの噂の執行者ですの」

 

 ルヴィアの目はかなり危険だった。冬木から来た魔術師たちよりも早く時計塔に入学していた彼女は、この魔術師の悪名を知っていた。その能力と危険も知っていた。

 曰く、殺し屋。

 曰く、魔銃使い。

 曰く、最凶の執行者。

 魔術師で在るにも関わらず、近代武器の銃を礼装に使う異端者。その癖、執行者としては素晴しく優秀。あらゆる戦場で生き残り、あらゆる獲物を狩り殺す魔術使い。本業の魔術研究の方は余り目立たぬが、執行者として悪名高い魔術師である。

 とまぁ、大体そんなところだろうと、アデルバートはルヴィアの内心を予測する。しかし、彼は少々読み間違えていた。貴族足らんと誇り高いルヴィアからすれば別段相手が何者だろうと、初対面で上げる名乗りに余分なモノを感情を込めるのは無粋であった。

 

「お会いできて光栄ですわ。

 (わたくし)の名はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。魔術師ゆえ無駄に慣れ合う気はありませんが、これも何かの縁。

 以後、お見知り置きを」

 

「ご丁寧な挨拶、有り難い。是非、これからも縁が続くよう祈ろう」

 

 まずはジャブ。しかし、両者ともそれを回避。言葉の応酬は韻が重く、声の裏側には魔術師らしい姦計が張り巡らせて。

 

「……では、わたしからも。

 名前は遠坂凛。日本冬木市の管理者である魔術師です。知り合えたのも御縁ですので、宜しくお願い致しますね」

 

 凄まじい猫被りだった。このイギリスには居ないとある神父からすれば、流石は師匠とニタニタと笑ってしまう程だ。

 

「ああ、宜しく。フラガと仲が良ければ、また会う事もあるかもしれないな」

 

「ええ、分かりました。バゼットとの縁は長く続いて欲しいですので、そうなると嬉しいです。

 ……それと、彼は私の弟子である衛宮士郎です」

 

 凛は視線だけで士郎に挨拶をするように促す。執行者と言う超一級品の危険人物とは言え、バゼットの同僚となれば不出来な示しは貴族の恥。彼女は魔術師として、礼儀を通すことで相手に自分の立場を教えている。

 

「初めまして、俺の名前は衛宮士郎です。宜しくお願いします」

 

 日本人固有の鈍った英語の発音。しかし、彼の声には尋常ではない力強さが込められている。聞く者の第六感が優れていれば、それだけで士郎の人格の一端を知る事が出来た。

 

「ああ。此方こそ、ヨロシク」

 

 ―――強い。ダンは一目で、士郎の異常性を気配で感じ取った。この場所で誰よりも魔術師らしくない雰囲気でありながら、誰よりも異端な気配を醸し出している。

 戦えば、どうなるか分からない。と言うのが正直な感想。

 先に紹介された二人の魔術師は上物だが、殺し合いの相手ならば敵では無い。数年後、経験を積めば分からない状態だが、今の段階ならば殺せるだろう。しかし、この衛宮士郎と言う男には、脳天に銃弾をブチ込める確かなイメージが出来ないでいる。

 

「あたしは美綴綾子と言います」

 

 ―――と、一秒にも満たない考察を脳内でしていると、もう一人いた少女から挨拶をされた。

 彼女の姿を簡単に言い表せば、美しい刃と例えられた。

 日本人特有の拙く鈍った英語だが、声自体に不快な韻は無い。また、ダンの貧民街育ちの汚いアメリカ英語もイギリス人からすればどっこいどっこいだ。それに、この場に居る者は全員がイギリス生まれのイギリス育ちではない為、誰も気にはしていなかった。

 

「彼女は私の弟子です。今は此処の学生として生活しています」

 

「………………弟子?

 へぇ、弟子ねぇ……そうか――――――オマエが弟子だとっ!!」

 

 ダンの表情は誰が見ても一目で分かる程はっきりしていた。有り得ない、と明らかに驚いていた。

 

「なんですか、その顔は?」

 

「いやいや。あのバゼット・フラガ・マクレミッツが弟子だぜ? そりゃ驚きもするさ、実際」

 

 アデルバートの表情は一切馬鹿にした雰囲気は無く、生真面目に此方を考慮した心配をしていた。つまり、本気でバゼットの正気を疑っていたのだ。態と出ない方が苛々する態度であり、今拳を出さないだけ彼女の情けである。

 

「……しかし、その美綴綾子さん?」

 

「あ、別に名前で構いませんよ。バゼット先生のご友人でありましたら、気を使って貰う方が心苦しいので」

 

「そうか。いや、有り難い。だったらオレの方も気安い雰囲気で良いよ。そっちの方が話し易い。それにしても綾子は、あのフラガの弟子とは思えない可愛らしさだ」

 

「……軟派?

 別に嫌いじゃないけど、建前の好意だったら流すよ」

 

 綾子にとって、ダンの雰囲気は何処となく喋り易く、何より気安かった。だから、口では冷たくとも笑顔だった。この会話を楽しんでいる事が相手の男にはっきりと伝わった。

 魔術師らしい探究者然とした壁が無く、どちらかと言えばアウトロー気質。もっとも、街でぶらついているような若者よりも、極道やマフィヤのような裏側の住人よりも、明らかに人間を越えた猛獣染みた圧迫感だか。

 しかし、その手合いの重圧には慣れている。

 気配の性質は違えども、他人をあっさり殺そうとする神父から、文字通り死ぬ程の危機を味合わされた。鍛錬の中で実戦を行使する狂気の修行は、美綴綾子の常識的感覚を壊し切っていた。

 

「やだな、そんなつまりは無いさ。しかしほら、何と言えば良いか困るんだけど……綾子は余り魔術師らしくないぜ。

 魔術師の女性と言うのは血の香りが強くてな。見た目が良くても、つまらない場合が多くて話が楽しくない。男の魔術師も、頭の中身をバカで空っぽな状態に出来ない奴ばかり。まぁ、ユーモラスを理解出来る人はまた、例外になって面白いんだけど。そう言うの、時計塔には全然居なくてね。

 その点、フラガと友人に成れる君たちはとても面白そうだ。それも彼女に弟子が出来たの成れば、同僚として喜ばしいんだ。

 ……ほら、フラガは中々に天然で愉快な人だろう?」

 

 アデルバート・ダン曰く、「ここの院長補佐は糞ツマラナイ」らしい。彼にとって血生臭い女は嫌いではないが、感情が薄い者は接していても非常に面白くない。むしろ時間の浪費と考え、娯楽未満な辛いだけの徒労である。

 その点、この場に居る魔術師たちは面白可笑しい奴らばかり。

 ルビィアゼリッタ・エーデルフェルトと遠坂凛は見ていて飽きず、実際に喋ってみても面白い。遠坂の弟子である衛宮士郎なんて男は、一目見ただけで色々と楽しそうな人物だと理解出来てしまった。そして、時計塔であった中で、彼にとって一番愉快な魔術師の弟子となる美綴綾子がどんな人物なのか楽しみで仕方ない。

 

「共感出来るな、それ。あたしもバゼットさんは天然だとずっと思ってた」

 

「ええ、そうね。わたしも綾子と同感だわ」

 

「遠坂と同じなのは癪ですけど、私もそう考えておりましたわ」

 

「同じく、俺もそう考えてた」

 

「――――――……」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツの表情が凍った。彼女は気付かぬ内に、この場に居る者全員が敵になっていた。

 

「……ダン、貴方達。そんなにも、私をからかって楽しいのですか?」

 

「―――勿論だ。

 楽しくて仕方が無いぜ……って、冗談だよ。そんな殺気立って拳に魔力を込めるな」

 

「でしたら、唯でさえ低い私の沸点を越えない様にして下さい。殴りますよ」

 

「おお、怖。神代から続く撲殺一族は流石だよ。

 ……んで其処、座っても良いかい?」

 

 丸テーブルが座れる席は六。丁度一席だけ余っており、それはバゼットの隣であった。

 

「構いませんが……正直、他の所に座ってくれませんか?」

 

「まぁまぁ、宜しいではありませんか。見知らぬ魔術師と世間話をするなど、早々に無い機会ですし。偶にはこう言うことも良いと思いますわよ」

 

 親の仇でも見る様な眼付けであったので、流石にハイエナと呼ばれるエーデルフェルトさえ抑える側に回っていた。バゼットはバゼットで信じられないと言わんばかりの表情を彼女に向けるが、その隙を突いて無駄に洗練された全く無駄の無い無駄な動き……つまり、意味も無く苛ついてしまう程無駄の無い動作で、ダンはテーブルの席に付いていた。

 彼の動きを細部まで目視出来たのは士郎と、後は綾子くらい。気が付いたらその席に居たと錯覚しまうような早さであった。

 

「曲芸だけは巧いですね、相変わらず」

 

「当然さ。これで封印指定を殺して生活している。錆びれてしまえば、明日の飯にも困ってしまう。封印指定執行者ってのはそう言う生き物だ。

 ……っと。ああ、すいません。

 カフェラテを一杯下さい。Mサイズで」

 

「承りました。直ぐにお待ちします」

 

 簡易結界の中なので会話の内容は外の人間に記憶する事は出来ぬが、こうやって呼びかける事は出来る。ダンは近場を通って行ったウェイトレスの女性に注文を素早く行い、バゼットの方に向き直った。

 

「では、出来たら時間が許す限り、お話をしていこうじゃないか、新入生諸君。たかだか数年程度とは言え、オレはここの先輩だ。如何でも良いお節介と言えばそれまで何だが、バゼットの友人達となれば話は違う。

 魔術師も一般人も、関係を深めるには友好で在るべきだ。

 神秘の探究者に不必要な事柄と切り捨てるか、否か……まぁ、あれだ。大切な第一印象ってヤツをここで決めて欲しいな」

 

 ―――と、バーサーカーはラインを通じ、主の過去を何度か見ていた。

 今までの契約期間中にマスターの過去を覗き見ているが、それを進言した事は一度も無い。それに如何やら、向こう側も自分の過去を視ているかもしれない。バーサーカーはそう思考したが、取る足らない事だと見逃した。

 こんな程度であれこれ口を挟むのは、自分の主義から離れている。

 よって、夜の暇潰しとして主の過去を楽しむ事にした。他人の秘密を暴くのは実に面白く、人間味に溢れる悪趣味だと楽しもうと考えた。幾つか見たマスターの人生劇場は見ていて良い娯楽で、酒が美味しく感じる物語。現世の娯楽品で例えるならば、映画やドラマに近いかもしれない。今夜もまた、バーサーカーは主の過去が楽しめそうだと愉快に思い、意識を深めていった。

 ―――過去のこと。

 彼は、そもそもアデルバート・ダンと言う名前では無かった。

 この名は師から奪い取った名であり、生みの親は彼をスラムに捨てて何処かに去っている。母親の顔は知っているが名前は覚えておらず、興味は既に無い。父親は記憶に無く、会った事も無い。だが、そんな事はどうでも良かった。親なんてモノに価値は無かった。何せ、あんな者に有り難味など欠片も無く、関心なんて最初から存在しない。

 スラムで暮らしていた彼は、日々を平々凡々と暮らして腐っていった。生きる為に何でもやった。生まれながら暴力に特出していた所為か、別段人殺しも本能的に行って色々な人から色々な物を奪って生きて来た。そんな子供の彼を拾って育てる奇特な人間と会うまで、名無しだったアデルバートは普通の浮浪者だった。

 ……何でも、その男は殺し屋だったそうだ。

 それも教会に属していた司祭だったそうだ。

 彼を拾った男―――アデルバート・ダンは、気紛れに子供を自分の後継として育てる事にした。名無しの子供に名前を与える事も無く、殺しの技術だけを教え込んだ。名無しの少年は偽名として何かしらの名はあったのだが、誰かから名を貰った事は人生で一度も無い。故に、心の中では常に自分の名を持てずにいた。

 

「強くなれ。誰でも殺せる銃となれ」

 

 一番心に残っている言葉。初めて人から教わった技術は、確かに少し振るっただけであっさり人を殺せた。言葉通り、自分は最初から人殺しの銃でしかなかった。

 ……そして、始まるのは依頼を受けて人を殺し、生活費を稼ぐ簡単な毎日。

 人を殺せば殺すほど、生活は豊かになっていった。自宅は相変わらずの廃墟じみた貧民街の一角であったが、食事や娯楽は充実していたし、そもそも彼ら師弟は引っ越しをする気にはならなかった。他人の命で生きていた。食べ物も、服も、全て他者の命で出来上がっていた。

 それに彼の師は酒や薬に溺れていた。しかし、理性的な凶暴性は失われておらず、狂ったように快楽殺人を嗜んでいた。商売女と遊ぶ事も多く、街中で拉致した女を監禁して愉しんだり、仕事の無い日は野外でレイプして家に帰って来る事も多かった。彼も彼で、それが日常過ぎて何も感じていなかった。罪悪感など最初から無く、師の男が女を嬲っている光景を見ても何も思わなかった。

 

「―――あ、ジョー君。久しぶりだね」

 

 だが、そんな彼にも近所付き合いがあった。常連客として通っている行き付けの飲食店で、良く会っていた少女がいた。恐らく、人生で初めて“友人”と言える人間だ。彼にとって人は、殺せるか殺せないかにの二択しかないのが基本だが、この少女は違っている。

 ……気紛れで、魔が差して、裏路地で襲われていた所を助けたのが付き合いの始まり。その後、偶然再会して色々と話すような仲になった。其処から色々と関係が長くなり、今も付き合いが続いていた。

 

「あー、いや……まぁ、確かに久しぶりだね」

 

「そうだよ。もう三日も会ってなかった」

 

 少女は一目で凛々しい美しさに満ちている。可愛らしいさもあるが、刃物のような鋭い美貌の持ち主だった。短めに切られたショートヘアが似合い、彼女らしい美貌をより目立たせていた。

 そして挨拶の後、注文をし終えた二人は同じタイミングで互いに飲み物を一口。

 

「仕事さ。少しだけ遠出だったから泊まり掛けのね」

 

「ふ~ん。今回はなんの仕事だったの?」

 

「……まぁ、何でも屋の一環。言ってしまうとアレだね、ちょっとした人材派遣ってところだ。サービス残業が多くてね、無駄に時間が掛かり過ぎてしまった」

 

 無論、彼の仕事とは人殺しだ。クライアントから依頼された殺人で、街から離れた所まで遺体を棄てに行っていた。何でも念には念を入れたいと言う事で、隣の州までトランクに荷物諸々を載せて車を走らせていた。加えて山中で穴掘りをせっせと行い、穴掘り現場まで人一人分の重さを背負って森を彷徨った。ドライブは実に長く、ガソリン代も嵩み、途中で車内で寝泊まりをした甲斐もあり、かなりの収入であった。

 今の彼がこうやって行き付けのレストランで、休日のお昼でランチをしているのはその為。正確に言えばレンストランの中でもダイナーと言う種類の食堂であり、結構こじんまりとした個人営業の店。その食堂に来た彼は溜まりに溜まった疲れを癒そうと、態々電話を自分に掛けて一緒にご飯を食べに行こうと誘ってくれた友人と会話をする為に此処へ足を運んだ。

 ……人と話をすると、やはり精神が落ち着く。

 それも友人、あるいは恋人と呼べる位には自分へ好意を持ってくれる異性相手ならば、会話をするだけで心が清らかになっていくのを実感する。

 

「んー、そのさ。一応だけど私達って恋人同士じゃないですか?」

 

「ああ。オレはそのつもりだぜ」

 

「なんか、その―――軽くない?

 ……巧く言えないんだけど、君って色々と雑じゃない?」

 

 ぶっちゃけ、この二人に甘酸っぱい雰囲気は無い。むしろどちらかと言えば、付き合いが伸びきった長年の老夫婦みたいである。若々しさが無いと言うか、達観し過ぎていると言うか、男女の仲を諦観してしまったと言うか……例えると、二人とも何となく猫っぽいのだ。

 甘くなく、ベタ付きも無く、奇妙な男女の距離感。他人じゃなくて、既に生活の一部になっている。新密度が高過ぎるのに、恋をしていない。つまり恋を経ることなく、絆たる愛を知ってしまって、そこから恋を一から育んでいた。

 好きと言えば好きだし、愛してもいる。とは言え、今から恋っぽい事しようぜ、とは巧く行かないのだ。

 出会いの切っ掛けはそれなりにドラマチックで、今の関係も中々にロマンチック。

 しかし、付き合ったのは二人共ちょっとした蒼い好奇心が誘爆して、そのまますんなりと今の関係が出来上がってしまったのだ。

 

「フフフ。安心して欲しい。実は取って置きのプレゼントを用意しているんだぜ」

 

 雑と言われた彼は、特に思う部分も無く納得してしまった。

 お金の支払いは働いている自分が出しているし、カップル的イベントもそれなりに楽しんでいる筈。だがしかし、雑と言われれば雑なのかもしれない。気遣っているのだが、家族に対するみたいに物事をスルーしてしまう事がある。もっとも彼は家族なんてモノは欠片も知らないので、彼女に対する価値観がそうなのでは、と予測しているだけだが。

 よって、ここで秘密兵器を投入する。

 相手が不機嫌で有ろう事は予測していた。ならば、その対策を準備してこその仕事人!

 

「……だから、渡す前に言っちゃうところが雑なんだってば」

 

「なん、だと……―――!」

 

 女心とか、彼はさっぱりだった。特にイベントにおける相手の心理状態など不透明過ぎて、フェルマーの最終定理はかくやと言う難解具合である。世の男性陣がどうやって女性を喜ばせているのか、一定方向にしか人生経験が豊富な彼では理解不能であった。

 

「と、言う訳で―――はい。これ、君へのプレゼント」

 

 彼女の手の上には、小奇麗な小物が一つ。そして、テーブルの上にも同じモノが置かれている。

 首に掛ける細い鎖がとても綺麗なセンスの良い“銃”字架のペンダント。二つのリボルバーピストルで十文字を作っているので言わば、“銃字架”とでも例えられるネックレスだ。

 

「……え?」

 

「まぁまぁ。こう言ったドッキリ返しに驚いてるのは、充分分かったから。それで、コレの感想はどうよ?」

 

 彼女の無視技能(スルースキル)はとても高度だった。特に単純明快な思考回路を持つ目の前の男なんて、内心を読み取るのに大した苦労もしなかった。

 

「―――素晴しい。まるで光る様な、胸に迫る出来栄えだ」

 

 予想通り、彼は喜んでいる。笑みを零し、楽しそうに口調が弾む。

 

「でしょでしょ。君と私のセンスって似てるから、こう言うの大好きだと思ったんだ。ただの十字架のネックレスじゃツマンナイから。

 ―――ガンクロス、唸るほどカッコ良い」

 

「同意だぜ。しかし、コレ……見る限りオーダーメイドに見えるよ?」

 

 言外に高いんじゃないないかと彼は言っていた。創作物として思わず感動してしまう程の金属細工は、その感動に比例してとても値段がお高そうだ。

 

「―――当然よ。私の手作りだもの」

 

 本格的過ぎて正直な話、彼は驚いていた。これを作る為にはそれなりの設備も必要となり、手先の器用さだけでは無く機械を操作する技術もいる。

 

「これを自分で、か。あれ……そう言えば、小物作りが趣味だって言ってたね。スクールのクラブか何かだっけ?」

 

「そうそう。学校のクラブ活動でね、こう言った物を作ってるんだ」

 

「―――思い出した。

 将来の夢で確か、自分でデザインしたモノを売りたいとかさ……ベットの上でイチャイチャしながら語ってたな。

 いやはや、思い出した思い出した。でも……そうか、もうこんなモノまで作れるようになった訳か」

 

「あー、はは……やっぱ覚えた?」

 

「良く言う。オマエ、オレが記憶してたか試しただろ?」

 

「んー、ふふふ」

 

「……まぁ、良いさ」

 

 どうも人付き合いと言う観点では、一歩も二歩も彼女の方が上手であった。仕事にしか生きることを知らぬ身では、娯楽も今一分からないし、世間にも疎く流行にも関心が無くなってしまう。まだ十代と言う若者であるのだが、身に纏う雰囲気は老けこんでいて、見た目をより年上に見せている。

 ……合う度に自分の世捨て具合がわかるのは、中々に生きる事を損していると実感させた。

 彼は好き込んでこの職に付いている訳ではない。今となっては生活の一部だが、それ以外に選ぶべき道がなかったから、この状況にいるだけなのだ。

 

「んで、ブラックウッド。こっちにも渡したいのもあるから……ほら、プレゼント」

 

「サンキュー、ジョー君……って。いい加減名前で呼んでよ。まだ昔の癖が取れないの?」」

 

「すまんな。長年の習慣を変えるのは色々と気苦労が溜まるんだ、フィオナ」

 

 ジョー君と呼ばれた偽名の男は、フィオナ・ブラックウッドに拙い笑みで表情を作った。そして彼は今、ジョエル・E・グウィンと言う名前で仕事をしている為、ジョエルの略称としてジョー君とフィオナと愛称を付けられた。

 

「だけど、フィオナ……フィオナか。まぁ、悪くは無い」

 

「んー。けれど、ブラックウッドのままが良いんだったら、それはそれで構わないよ。

 ま、ま、そんな話は置いといて……それでジョー君、私になにをプレゼントしてくれるの?」

 

「じゃじゃーん。前に欲しがってた―――」

 

「―――注文の品をお持ちしました」

 

 ある意味ベストタイミング。店員が二人の料理を手慣れた動きで運んできた。

 

「……あ、はい。それは自分のです」

 

 ジョーは話を遮られた事を気にしつつも、平常心を保って店員が持って来た机の上の料理を見た。そして、もう一つの料理をフィオナの方にも置く。

 

「お品は以上で宜しいですね。では、ごゆっくり寛いで下さい」

 

 店員は早々に去って行った。まるで、こんなカップルと同じ空気を吸いたくないと言わんばかりの速さ。もっとも今の店内は結構空席が多いので、それなりに目立つカップルに関わりたくない店員の気持ちも分からぬもない。

 

「じゃあ、ブラック……では無くてフィオナ。食べる前にこれ、渡しとくぜ」

 

「うーん。何だかモヤモヤするけど、まぁ良いか」

 

 ジョーが頼んだのはコーラと巨大なビーフステーキ。ポテトも山盛りであり、見ているだけで胃が凭れそうな特大サイズ。また、フィオナはスロッピー・ ジョーと言うハンバーガーに似たサンドイッチ系統のものに、ジャンバラヤと果糖で甘そうなフルーツジュース。

 食欲を誘う香りと、腹に溜まりそうな量。嗅覚と視覚から空腹を刺激させ、早く食べたいと言う気分にさせられる。それを遮る様に渡されたのは、茶色の封筒が一つ。何が入っているか分からないが、早く見たいと思って彼女は直ぐに開封した。

 

「……Oh(オゥ)―――」

 

 と、彼女が目を輝かせるのも無理は無い。お気に入りのバンドグループのチケットとなれば、年頃の少女として興奮しない方が変。それも熱狂中なら猶の事。

 

「―――これ、どしたの?」

 

「貰い物さ。縁の浅い気の良い知人が、物の序でにオレへ渡してくれた」

 

 如何でも良いが、その(くだん)の知人は既に死んでいる。故人だ。死亡原因は彼の手によるものであり、殺した手段はコレクションの一つであるコルト・アナコンダ。

 しかし、会話の内容は特に変わった部分は無い。非日常などない十代の少年少女そのもの。彼の話の裏側には血生臭い事柄が隠されているが、露見しなければ問題は無い。

 

「……ねぇ。今度、君の家に行ってみたいんだけど、良い?」

 

 とある日のこと。フィオナは彼の家に行った事が殆んど無い。彼女を誘う事は一度もなく、彼女の家に行った事はあっても自宅に来させる事は無かった。そして、疑問に浮かんでしまえば聞かない理由もない。フィオナは思い付いた事をそのまま口にしていた。

 

「駄目だ。オレの家には変態が住んでいて、かなり危険だ。会えないから心配だなんて理由で、オレの家には絶対に来るなよ」

 

「駄目なの? でも、一回だけ行った事あるけど、君のお父さんが出て来てくれたよ?」

 

 そう言えば一度だけ、彼女は家出した時に部屋を貸した事があった。その時だけ自分の家に招待し、師が家に帰って来る時間まで居させた事があった。恐らく、その時に家の場所を覚えられたのだろう。家の電話にも殆んど出ない自分を心配して、彼女は直接家へ訪れたのだ。

 

「―――もう二度と家には来るな。

 後、アレは父親なんて上等な生き物では無い。そいつが真正の糞爺(ヘンタイ)だ」

 

「あの、ごめんなさい。怒ってる?」

 

「怒りは無いよ。ただ、あの辺は危険だから、本当に来てはいけないぞ。会うだけなら、今のままでも十分だ」

 

「うん……ありがと」

 

 彼の殺しの師、アデルバート・ダンは気が狂っていた。理性的に猟奇的な犯行に及び、必要ならば幾らでも上辺の仮面を偽れられる。あんな危険人物がいる場所に女性を連れて行くのは気が引け、可能な限り家に正体する気は欠片も無かった。

 

「気にするな。オレは気にしない」

 

「そう。だったら、今度私の家に来てよ。面白いものがあるんだ」

 

 ―――と、後にアデルバート・ダンと名乗る殺し屋の少年時代は、地獄のような死の群れの中であっても、幸せと言うモノがあった。最悪の中で最善を見出すと言うよりかは、偶然によって幸運と出会う事が出来た。彼にとって彼女との遭遇とは、そう言う類の奇跡であったのだ。

 日常とは、普遍である日々の連鎖。

 変わり映えの無い光景と、他人との関わり合い。

 育ての親であるアデルバート・ダンと恋人に限り無く近い友人のフィオナ・ブラックウッドは、彼にとって毎日の象徴だ。何時かは消えてしまうか、自分が消え去ってしまうのか分からないが、別れの日まで記憶を大事にしまっていた。彼からすれば、人を殺して金銭を稼ぐ事に疑問は無く、その上で当たり前な営みの中で日々を楽しむ事に不具合が無い。金が余れば良い酒を飲み、贅沢な飯を食べ、気の合う奴と休日を過ごす。それが殺し屋見習いの少年時代であった。

 ……もっとも、そんな日常もあっさりと終わりを迎えたが。

 それは幾日か経った日。空は晴れ晴れとした快晴で、太陽が眩しい姿を現して街を照らしていた。彼は家があるスラム街の一角から抜け出し、軽い歩調で目的地へ向かっていた。

 徒歩で向かう先はブラックウッド一家が住まう一軒家。

 何度か訪れたこともあり、親御さんや兄弟姉妹とも会った経験がある。それも、食卓に誘われて同じ机で夕飯を食べた事もあるほどで、自分と彼女と関係は半ば認められていた。勿論、彼は自分の業種を隠しており、このまま足を洗って平穏な幸福に埋もれるのも悪くないと考えていた。普通に結婚し、普通に働いて、普通に子を育て、普通に家庭の中で死を迎える。そんな生き様に憧れは無いが、嫌悪が無いのも事実。大した拘りが無い人生ならば、世間一般的な幸福を目指すのも悪くは無い。

 だが、久方ぶりの訪問で感慨に耽っていた所為か、家に活気が無い事に気が付いた。

 人の気配が無いことを疑問に思いつつも、彼はとある悪寒に支配されている現状を認めつつあった。

 

「…………」

 

 無言のまま玄関の戸を開く。そう、つまり、鍵が掛かっていない。チャイムを鳴らす事無く、彼は滑るように屋内へ入って行った。

 入って直ぐのリビング―――死体が二つ。血の臭いで鼻が曲がりそうだが、この香りには慣れていた。顔の真ん中に銃弾が当たった為か大部分が抉れて確認出来ぬが、恐らくは彼女の両親だ。キッチンには年頃の男性死体。そして、その屍に庇われる様に死んでいる女性の遺体。これにも見覚えが有った。男の方が彼女の兄であり、女の方が姉であった筈。此方も急所を一撃で撃たれ、射殺されている。撃たれている箇所が頭部である点を考えると、犯人は的当ての射撃ゲーム感覚で人を殺しているのが察せられた。当たり易い胴体へ数発撃つのでなく、態々脳味噌を射抜いているのだ。

 一家が惨殺されているにも関わらず警察に連絡もないとなれば、この犯行は近所の住民に気付かれる事も無く静かにやったということ。銃器で殺害したところを見れば、サイレンサーを使用したのだと推測出来た。実に手際良く、瞬時に皆殺しにしたようだ。部屋も荒らされており、強盗目的だと言うことも分かった。

 

「…………―――」

 

 二階に上がる。一階に他の死体は無く、フィオナが居るとすれば二階の可能性が高い。階段を上った先にある個室を一つ一つ開いていき、中を確認していく。そして、最後に残しておいた彼女の部屋の戸を開いた。

 

「――――――…………」

 

 ――――――首吊死体。

 まだ年端もいかぬ少女が吊るされていた。

 顔はまだ死相が色濃く出ておらず、死んでからまだ時間が経過していない。

 三日ぶりに会いに来た友人は恐らく数時間前、あるいは数分前に自殺してしまった。もっと早く会いに来ていれば、自殺を止められた可能性があったかもしれない。もしかしたら、と考えて仕舞う後悔が死体を見つめ続ける少年―――嘗てのアデルバート・ダンを襲っていた。

 

「……死んだのか、オマエ」

 

 弛緩した体は筋肉から力が無くなり、糞尿が地に着いていない足元に流れ落ちている。口から舌が飛び出ており、両目は真っ赤に充血していた。その姿から、彼女は死ぬ瞬間まで大人しく身動きせず、しかし視界を閉じずにずっと世界を見続けて死んで逝った。

 ―――初めて会った時から美しい少女だった。

 ―――目の前に在る無惨な屍が今の少女の姿。

 彼は気力を失くした浮浪者のように、天井に引っ掛かっていた紐を取り外した。死体をゆっくりと床に下ろし、アデルバートは無表情のまま作業を行っている。

 

「……――――――っ」

 

 何故、自殺したのか。自殺に見せ掛けた他殺の可能性は否定し切れないが、机の上には遺書が置いてあった。文字は彼女のものに間違い無く、自ら死を選んだのだと悟る事が出来た。しかし―――

 

「どうして……」

 

 ―――前に会った時は、いつも通りの笑顔だった。

 彼女は簡単に自分から死を選ぶ程、弱い人間じゃ無かった筈だ。貧しいスラム街に暮らす子供とは思えない明るさの持ち主だった。他人の為に、何かをして上げられる良い人だった。ならば原因は、自分が会っていなかった数日の間に起きた事なのだろう。

 ―――答えは恐らく、この遺書の中。

 アデルバートは書かれた一文字も見逃さない様、心へ刻む様、時間を掛けて読み続けた。一度読み終えた後は、何度も何度も読み返した。

 

「……はは。あはははは――――――」

 

 だから、笑みを溢してしまった。理由なんてあっさりと分かってしまった。

 

「――――――そうか。

 オレの師が、オマエを犯した所為か……」

 

 死ぬ前の告白。遺書に書かれた彼女の真実。それは、彼女が少年の事が好きだったと言う淡い気持ちと、家に侵入して来た強盗が少年を育てている人物で、その男にさんざん犯されていたこと。だからもう、会う顔が無いと自分から死んでしまった。家族も死んでいて、生きる気力も失っていた、と。遺書には人生を諦観して死を選ぶのに十分な絶望が込められていた。

 少年は唯々やるせない思いで一杯になる。こんな事になるのであったら、あの男を殺せる時に殺しておけば良かった。

 

「……殺すか」

 

 あっさりと師の殺害を決めた。殺す道具は既にその師から貰っている。脳味噌にこの銃弾を叩き込むだけで良い。

 ―――彼の行動はとても迅速だった。

 殺すと決めたら直ぐにでも殺す。師と住んでいる自宅に戻った直後、家で酒を飲みながら、麻薬でトリップしている人間の屑の前にやって来たのも直ぐだった。両親から棄てられた自分に、人殺しの技術を教えて育ててくれた屑が、前の間に居た。今のアデルバートにある心境は、早く仇を取ってベットに寝かせてる彼女の遺体を埋葬して上げたいと言う思いだけ。

 

「……どうした。依頼された殺しの仕事を終わらせるにゃ、少し早すぎないかぁ?」

 

 何が面白いのか、にやにやと笑みを浮かべる育ての親。

 

「オマエ、あいつをレイプしたのか?」

 

 真実は訊いてから、この屑を殺そうと心に決めていた。殺さないと自分が如何かなりそうな程、怒り狂っていると脳味噌が沸騰している。

 

「あぁ? あいつって……ああ、あのメスガキのことかぁ。確かに昨日か一昨日、散々犯したかもしれないなぁ……っ、頭痛ぇ。うまく思い出せねェが、この間金稼ぎに押し入った家でガキを殺すほど犯したのは何となく覚えてるぞ‥…。

 あー、なんだ、あのガキは知りたいんだったんか、おまえ?

 そりゃ、おまえの知り合いだったんてなら、悪い事しちまったかも知れないが、犯した程度別に構わないだろ? 小遣い稼ぎの強盗で家族皆殺しにしちまったけど、あのガキは生きてる筈だ。

 あの女に俺が、何やったんか知りたいんだったら……教えてやっても良いけど?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「そうかそうか! だったら教えてやるよ」

 

 真実は聞くに堪えなかった。何十時間にも及ぶ凶行。薬漬けにされ、快楽漬けにされ、精神を徹底して破壊する悪魔の所業。死んだ家族の屍の前で処女を散らし、あらゆる所を汚され切った。暇潰しの道具として持ちこんだ玩具で遊び、薬も何種類も投与して心身を犯し抜いた。それは、犯された被害者に、自分が誰よりも汚れてしまったと罪悪感を抱かせる程の惨劇だった。

 ただ犯すだけなんて序の口で。一日中行われた陰惨な出来事は、吐き気を催す悪意に満ちていて。殺しの師匠は、そんな悪夢を詳しく語っていた。今までで一番気分が良くなった女だと、とても楽しそうに狂った笑顔で喋り通していた。誰かに自慢したいように、この家であった少女の痴態を面白そうに話している。

 

「―――んで、まぁ、そんなところかなぁ……―――あ?」

 

 眉間に銃口が押し当てられていた。薬物中毒に掛かり、アルコール中毒でもある男にとって、既に生きている現実感が無いが、今の状況はさらに理解不能な状況だった。

 しかし、人を殺せば、人に殺される。今度は自分にその順番が回って来たのだと、薬でイカレタ思考回路で納得した。弟子に銃口を向けられたアデルバート・ダンは、誰かの利益や不都合で殺されるのでなく、復讐で殺されるなんて贅沢な死に方に満足してしまう程、既に狂っていたのだ。まさか遊び半分で強盗殺人と強姦殺人の為に押し入った家が、弟子と関わり合いがあったなんて偶然が、実に面白かった。

 故に―――死の間際で浮かべられる表情は笑み一つのみ。

 こんな面白可笑しい最期を愉しめないのならば、今まで人を殺し続けて来た価値が無い。自分の人生が閉じるこの瞬間、彼は弟子を拾って育てた過去の自分に感謝した。身内に復讐されて殺されるなど、最高なハッピーエンドではないか!

 

「理解出来たよ。この身に余る憎しみこそ―――自分と言う本当の(ケダモノ)だ」

 

 銃口から火花が散って、脱力した遺体は椅子に凭れかかった。

 彼は育ての親の死に顔をじっくりと見ながら、最後まで笑っていた男の考えが理解出来なかった。殺して殺して、挙げ句の果てに自分が育てた弟子に殺された殺人鬼は結局、自分の仮の息子にも理解されて貰えなかった。誰かに殺されるまで人を殺し続けていた何て、余りにも理解し難い願望であった。故にアデルバート・ダンと言う人間が、偶然拾った孤児を弟子にし、偶然押し入った家が弟子の大切な人間の家であり、それによって死んだのが運命であったのだとしたら、実に皮肉であった。

 

「―――アデルバート・ダン。その名、オレがオマエから奪い取ろう。命だけではまるで足りない」

 

 少年は初めて、自分で自分の名を授けた。此処から先の一生涯、この奪い取った名前で生き抜くと心に決めた。そして、師の銃を自らの愛銃にした。

 今まで使っていた偽名を処分した少年―――アデルバート・ダンは、この日から殺し屋として再誕した。

 ―――そして数年後。

 殺し屋として独り立ちした彼は、とある貧民街で闘争に巻き込まれた。

 それは人間社会と隔離された殺し合い。代行者と呼ばれる教会の殺し屋と、死徒と呼ばれる吸血鬼の怪物の殺し合いだった。結界内に迷い込んだ彼は成す術も無く殺される筈だった。

 しかし、彼は凄腕の殺し屋だった。殺意を向けて来た敵を、弾を当てれば死ぬ的に過ぎない怪物を、あっさりと撃ち殺した。その場面を見ていた封印指定執行者にスカウトされて魔術協会へ入会した。魔術師なんて胡散臭かったが、今までと違う生活がしてみたいと弟子入りしたのだった。

 魔術の師の元、彼はあっさりと魔術を習得した。数年で弟子を卒業し、魔術協会の中でも厄介者扱いされる封印指定執行者となった。師の期待通り、彼は執行者として最凶に相応しい魔術師となり、バゼットやフォルテと言った同僚に並ぶ協会の戦力と化す。

 ……そして、自分の殺害を目論んだ協会の一派を皆殺した。自分自身が封印指定に選ばれて彼は今、聖杯戦争でバーサーカーのマスターとして選ばれたのだった。




 読んで頂きありがとうございました。
 取り敢えず、士人が第六次までに何をしていたかと言えば、こんな感じで戦争に参加しても衛宮や遠坂やバゼットに対抗出来る魔術師であり、且つ面白そうな願望を持っている人間の勧誘をしてました。
 そして個人的な話ですが、今期のアニメだとキルラキルに嵌まっています。では。


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外伝9.鏖の聖騎士

 外伝で、オリキャラの過去話。内容はオリキャラだらけですので、キャラはそこまで濃くないようにしました。
 本編は次回から続けて行く予定です。
 そして、個人的にやりたいゲームベスト3に入るDOD3発売が後数日となって楽しみ過ぎてテンションが可笑しくなりそうです。来年にはダークソウル2も発売になりますし、色々とゲームが楽しみです。


 十字架が神聖な器物になったのは、西暦が始まってからだろう。聖人が殺された処刑器具として使用されたからこそ、宗教の象徴となっている。

 ―――何処までも美しいシンボル。

 ―――十字に象られた神聖な偶像。

 磔にされた聖人の表情は、どの教会でも変わらない。両目を瞑り、死を体現したいる。

 

「―――全滅か……」

 

 故に、静寂に満ち溢れた教会で聖職者が祈りを捧げている光景は、見る者の胸に迫る貴さがあった。

 

「……いや、(オレ)が皆殺しにしたのか」

 

 彼は嘗ての仲間を全て殺し尽くした。アイズベリで勃発した戦争は大仕事になると分かっていたが、自分が所属“していた”騎士団が壊滅よりも惨たらしい最期を迎えた。

 まず、感染が始める。

 そして、汚れた血は循環する。

 それ故に、騎士団の者は彼を除いて死徒もどきに果てていた。

 とある死徒が即席で強力な屍の製造する為、騎士団に目を付けた。この死徒が開発した血の伝染は素早く凶悪で、瞬く間に騎士団は身内同士の嬲り合いで動く屍の群れと化した。

 ―――寡黙で口下手な自分を食事に誘ってくれた同僚の首を撥ねた。

 ―――まだ若くて将来があり、美しい女性騎士を真っ二つに裂いた。

 ―――子供を良く自慢して、親馬鹿過ぎる彼の肢体を斬り飛ばした。

 ―――孤児院の経営もしていた仲の良かった同期の頭を斬り潰した。

 ―――吸血鬼を憎悪していたが、お人好しでもあった彼を惨殺した。

 ―――殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、斬った。

 だか、そんな事は些細な事。

 戦場で人が死ぬのは当然だ。

 故に、敵が命を散らして死に果てるのも自然の摂理。

 だがしかし、此方側だけ死ぬのは、どうも殺意ど憎悪が湧き過ぎる。目の前に存在する怪物共を斬り殺し尽くさないと気が済まない。

 デメトリオ・メランドリは初めて戦場で、斬る為に敵を殺すのではなく―――殺す為に敵を斬った。

 

「久方ぶりだな、メランドリ。アルズベリ以来からの再会だ」

 

 静けさが、同じ聖職者によって打ち破られる。

 

「懺悔とはまた、とても“らしい”姿ではないか。同じ騎士団の仲間を殺し尽くした事を、余程後悔しているようだ。

 戦場で仇の怪物をその手で斬り殺せても、こびり付いた罪悪は消去されなかったのだな」

 

 この神父―――言峰士人は他者の心を無遠慮に暴く。人に備わっているべき情が無いかの如く、精神を丸裸に解剖する。

 

「……用は?」

 

 言葉少ないが、殺意だけは十分に含まれていた。神聖さに満ちていた教会が、一瞬で地獄のような修羅場と化している。身動き一つ取っただけで死にそうな危機感と圧迫感が恐ろしい。だが、それを一身に受ける士人の表情に変化は無い。

 

「俺の地元でな、特別な催しがある。

 とある魔術師の三家系が開催する魔術儀式で、優勝者の生き残りを賭ける殺し合いなのだが―――お前、聖杯に興味はあるか?」

 

「――――――」

 

「成る程。良い具合に願望が熟されている。聞くまでも無いか」

 

 ―――斬る。斬る、斬る斬る斬る。

 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る切る斬る斬るKILL切るキルKILL切る斬る斬る斬る斬る―――

 

「……斬る――――――」

 

 聖剣を、抜いた。血塗れた人の手で作られ、人の手で人を斬り続けた剣は、今もまた人を斬ろうとしていた。断罪の刃は、己が所業が悪で在ると理解しながら良しとする非人間を斬る為、剣気を滾らせている。

 

「別に構わん。殺したいのであれば、この身を斬れば良い。

だが、その殺意を越える程の願望が有ると言うのならば―――俺の言葉に耳を傾けろ」

 

 騎士は止まる。私怨と嫌悪が混ざった特別な殺意は、いつも抱く単純な斬殺衝動はかけ離れていて、抑えるのは堪らなく理性を歪ませる。しかし、それでも尚、デメトリオ・メランドリは神父を斬る事は無かった。

 

「……聖杯―――か?」

 

「ああ、その認識で間違いは無い。人の願いを叶えるだけの、本物と同等の神に並ぶ贋作ではあるが」

 

「偽物か。だろうな、魔術師らしい」

 

 しかし、何もかもが叶うとなれば、真贋に価値は無い。デメトリオは複雑に思考を絡ませながらも、至る解答はとても簡易的な代物であった。

 

「だが―――欲しい。出来れば、それを斬りたい」

 

 彼の全知全能はソレだ。剣を振ると言う現象と、物を斬ると言う概念で出来上がっている。多彩な分野で発揮したであろう才能と、万能極まる心身の素質と、何事も事無く仕上げる完全な素質が、既に「剣で斬る」と言うソレで完成されている。

 人並の情緒も、当たり前な常識も、社会に溶け込める価値観も、当然の如く兼ね揃えている。彼は狂っていない。

 この髄まで染み込んだ習性は、一から作り上げた執念である。

 魔術師が魔術師足らんと足掻いて根源を目指すよう、彼は騎士足らんと理性的に生活した。理性的に剣の鍛錬を行い、理性的に剣以外の訓練も行い、その果てで剣戟の極致に至り―――まだまだ全く以って全然足りない。彼の感性はもう、剣に染まった。自分から剣に堕ちた。

 ならば―――答えなど最初から決まっているのだ。

 斬りたいから斬り、切れるから切る。

 ああ、故に騎士は生粋の人を斬る為の武器であった。

 

「斬り合いがお前の望みか?

 ならば、自分ごと切り裂いてしまいたくなる程、お前好みの敵が渦巻くぞ。召喚される英霊は強く、参加者は気が狂ったとしか思えない領域の異能集団だ。

 ―――其処らの死徒など、話にさえならない。

 もはや組織は形を保つだけ。騎士団も既に壊滅状態。一人生き残った所で、仕事など異端狩りと新人育成程度。溜まりに溜まった憂さを晴らすには、あそこは程良いこの世の地獄だ」

 

「今の生活も悪くは無い。鍛錬と、教導と、殲滅は好きだ。最近は、人を育てる楽しみも理解出来る」

 

 彼には彼の、今のデメトリオ・メランドリに相応しい日常がある。少なくなった騎士団を再編する為、ベテランの聖騎士がすべき行いは数多い。魔術師や死徒を殲滅する異端狩りの頻度は多くなり、人数を揃える為の訓練の指導官も兼任しなけらばならない。今は代行者も騎士も悪魔祓いも、弱体化した聖堂教会では役割は決まり切っていた。

 

「ああ、それは同感だ。良い弟子を持つと、これからの未来が実に楽しみになる」

 

 理解はしよう。士人とて、他人にモノを教えるのは嫌いでは無い。本来ならば、この男が好みそうな面倒事であった。

 

「それでは物足りない。(オレ)(オレ)で在らねば、志したモノが消えてしまう」

 

「……ふむ。それで?」

 

 もう殺意は消えていた。剣気だけは充満していた。

 

「―――是非も無い。

 挑まれた斬り合いを拒む程、諦観には至っていない」

 

 聖杯の聖痕たる令呪とは、果たして何の意味があるのか。

 とある魔術使いは自身では届かぬと認めた理想の為、とある神父は生まれ持った在り方の為、とある魔術師は一族の悲願たる根源の為、とある貴族は自身の人生に相応しい名誉の為、とある学徒は周りの皆からの称賛の為、とある殺人鬼は自身の感性に適合する快楽の為、とある逃亡者は恋した女から得る愛の感謝の為―――令呪と言う聖杯に選ばれた資格を贈与された。

 願望とは尊くなければならぬのか―――否。

 渇望たり得る願い、貫かねばならぬ望みこそ―――祝福された人の業。

 斬りたい、ただそれだけ故に純粋だ。余りにも明確で、何処までも単純な行為が、もし人生の全てであったとしたならば……もう願望とさえ言えぬ執着である。

 

「―――これか?」

 

「それだ。その三画の聖痕が、選ばれた資格である」

 

「断る理由も無くなったな」

 

「良い事だ。教会も正式にお前の参加を認めるだろう」

 

「では、話を変え―――お前も参加するのか?」

 

 当然と言えば、当然の帰結。そして、当たり前と言えば当たり前な敵対意志であった。

 

「……ク。気が早いな。既に俺を斬り殺したいのか?」

 

 首に刃物を押し当てられ、皮を一枚裂かれていると錯覚する剣気。生きる気力を根こそぎ奪い取られる殺気。

 気が遠くなるとは、正にこれ。

 騎士は神父に意思を叩きつけるだけで戦場を生み出した。腹の底から血を吐きだし、直ぐにでも楽に成りたい重圧が空間を塗り潰す。

 

「―――無論。

 斬らぬ理由が無い。殺さぬ利益も無い」

 

 敵は斬り殺す肉の塊。何処を如何に沿えば絶命させられるか、彼は人の斬り方を熟知している。脳裏に描く切断軌道が視界へ投射され、神父もまた脳裏では騎士と見えぬ斬撃の応酬を繰り返した。

 

「別段、殺し合いは構わない。ただ……あれだ、サーヴァント無しよりかは、召喚した後の方が心が躍ると思うぞ。

 それに神聖な礼拝堂を血に染めたいのならば、好きにすれば良い。

 血生臭さを隠さず、信仰で以って死を下す。その行き過ぎた断罪こそ、聖堂騎士に相応しいのだろうよ」

 

 彼らにとって会話も、今のような殺意の応酬も変わらない。言葉の裏に隠された殺気は相手を仕留めんと唸っていても、喋る言葉に影響は皆無なのだ。

 

「…………去れ。祈りの邪魔だ」

 

 ならば、その結論は騎士にとって不本意だった。まさか、自分が剣を納める事に納得するとは、自分自身に対して驚いていた。

 葛藤は無い。だが、自分が取れる選択肢が気に食わない。目の前の神父は悪辣な嗜好で他人へ、判断を迷わせ後悔を促せる代物を提示する。今の自分の思考と行動も、この結果も、結局はこの男が想定する策の内であった。

 

「ああ、邪魔をした。此方の提案を了承して貰い、神に仕える者の一員として感謝する。戦場での再会を期待しているぞ」

 

「―――……」

 

 デメトリオは無言で背を向けた。もう剣は鞘に仕舞い込み、相手を一欠片も気にしていなかった。

 言葉を無視された士人も令呪を確認出来ただけで満足であり、寒気を越えた重圧を持つ微笑を浮かべた。彼は迷うことなく礼拝堂の出口へ向かう。

 かつん、かつん、と足音を静かな空間で響かせ、そのまま出て行った。

 そして騎士はまだ、斬り殺したい程気に入らぬ神父が消えても尚、両目を瞑っている。

 

「…………――――――」

 

 デメトリオは神父の足音が聞こえなくなっても、祈りの姿勢を崩していなかった。

 ―――彼は代行者と初めて対面した時を回想する。

 

「魔術師、ですか?

 そうですね……無価値ではあると思いますけど、無意味だとは思いません。

 彼らは無駄なことに命を掛けていますが、それは我々も同類ですからね。よって、無駄な徒労を生き甲斐にする不適合者と言えます。

 無駄な人生。

 無価値な命。

 未来が無い哀れな外法者。

 しかし、その無意味さは見ている者の胸に迫る惨酷さがあります。魔術師はそう言う生き物であり、最後の最期で次世代へ呪いを残して死んでいきます」

 

 騎士は久方ぶりに代行者と共闘した際、仲間になったのが東洋出身者の代行者だった。自分と同じく、魔術の心得がある教会の異端者であったが、敵を殺すだけの神の道具で在らんするならば如何でも良い些末事だった。

 そう、それは……本当に些末事だった。

 ただデメトリオは純粋に、この少年の心意を知りたいと思い、思い付いた質問をしただけだった。

 

「何故なら魔術師としての彼らには絶望も希望も価値がないのです。何も得られず、何もかもを失っても、魔術師には関係がない訳ですから。求め続けるからこその魔術師です。

 そこはほら、我々神に仕える聖職者と大差ない。こんな、魔術なんて異端があることを知れば、神意の虚しさ何て至極当然なのですから」

 

 質問の答えはあっさりしていた。長々と何分も語っていたが、結論は実に分かり易かった。

 ―――つまり、この代行者からすれば、どちらも娯楽用品。

 代行者も魔術師も、結局は無価値を成すだけの良い観察対象。

 

「君は異端を肯定するか」

 

「成る程。貴方は無能ではありませんが、何処までも無垢であるみたいですね。知識を知識として使えるけど、感情的な理論として扱えない」

 

 敵の魔術師を殺した後の他愛無い会話だった。なのに、何故か、こんなにも殺意が湧く。子供相手に対処不可能な衝動が蠢く。

 ―――斬りたい。

 ―――裂きたい。

 ―――殺したい。

 初めて、騎士は自分で自分の敵を見付けた。

 今までは死徒だから、魔術師だから、悪魔だから、と決めつけて斬り殺してきた。しかし、この相手だけは、自分の感情で決めて敵ゆえに―――直ぐ様、殺したい。けれども、眼前の代行者はそんな自分の殺意を理解した上で悟らせて物事を語る。

 

「その単純さは……ふむ、教会の純粋培養による育成でしょうかね」

 

「―――癇に障る」

 

「当然です。何せほら、言うなれば、触れられたくない真実を抉ってますので。

 まぁもっとも、無自覚であれ、自覚があれ、神に対する狂信であれば私もここまでは言いません。けれども、貴方のそれは自覚ある人格の歪みですので、遠慮するのも馬鹿らしいでしょう?

 盲目な相手を暴くのであれば手順を踏んで楽しむのですけど、貴方の様に悟っている相手ならば加減は不要ですのでね」

 

 騎士は膨張し過ぎて視覚に移りそうな殺意を剣気に混ぜ、無造作に刃を振った。並の死徒では首が撥ねてしまう剣戟であったが、士人は瞬時に投影した刃で防ぐ。彼が魔術で作り上げた刃は代行者が持つには禍々しい呪詛の塊で、それが聖剣もどきから主を護る姿が実に皮肉が効いていた。

 

「危ないではないですか。殺すと言うのであれば、私も貴方を殺害しようと思うのですけど」

 

 士人の眼光が暗く深まる。首の皮に死神の鎌が這う嫌な圧迫感をデメトリオに与えたが、彼は気にせずに刃を納めた。

 戦いを見ていたので先程の一閃で切れるとは考えてはいない。謝罪する気は欠片も湧かないが、この一撃で侮辱を受け流す事にしたのだ。騎士は暗い感情を露わにしながら、不快な丁寧口調をどうにか止めさせたかった。

 

「胡散臭い。丁寧な話し方が尚更気味が悪いぞ」

 

「ほほう。ならば、俺も仮面を被るのは辞めよう。目上の同僚故、気心を使ったのが余計であったか」

 

 殺され掛っても、神父のふてぶてしさに変わり無し。むしろ、口調が変わったことで憎たらしさは増大した始末。

 

「其方の口調も気味が悪い。

 それにな、自覚無自覚など、騎士足る自分には無意味な自問自答だ。貴様の言葉は真実である故に、所詮は精神的傷跡を抉り出すだけの戯言でしかない。

 ―――そう在れ、と決めたからには貫くだけだ」

 

「自分自身の内で自己完結している訳か……成る程。見る分には面白いが、詰問をする相手としてだとつまらない。実につまらない。揺るがない相手は自己矛盾によって破滅を戒告出来るが、終わっている者が相手だと解剖のし甲斐無い。

 故に―――終わりの先へ思いを馳せろ。

 そう在れと誓った過去を大事にしたいのであらば、末路もまた完結した矛盾の内側にある」

 

「……なに?」

 

「何だ、分からないか? つまりな、目を叛けている自分の行いを直視しろと言うことだ。己で施した装飾を捨て去って顧みろ。

 騎士など所詮は人斬り、人殺し。

 代行者など殺し屋と大差ない殺人者。

 その悪行に何かしらの価値を見出す為の行いをした結果、果たして今まで犠牲にしてきたモノにはどのような意味があると言うのだ?」

 

「それ、は―――」

 

 デメトリオは斬った。剣で斬り殺した。数多の命を切り裂いて殺してきたの一体果たして―――何の為に?

 

「剣で斬り殺して生まれた屍が自分の末路だと、お前は既に知っている筈だ。そんな事は俺でさえ分かっている。

 報われず、救われず。果てに辿り着いても、得るモノは無い。

 だが、それがお前の幸福だ。斬撃を味わう為に敵を斬る。その結果、命を奪い殺しているだけ。剣で在り続けることがお前にとって、最も価値ある存在理由と言う訳だ」

 

「否定はしない。しないが、何故―――」

 

 ―――そこまで見抜けるのか。

 言葉にせずとも、騎士は代行者の異常性をはっきりと理解出来た。

 

「愚かにも程がある。敵をあんなにも愉しそうに斬っていれば、その程度のことなら簡単に分かるに決まっているだろうが。殺す事では無く、斬る事を喜んでいるのも実に分かり易い異常性であったぞ」

 

 にたり、と心臓を掴み潰す寒気を宿す笑みであった。この神父はおぞましいのだ。吐き気が腹の内から神経を圧迫する。

 年齢など関係無く、例え相手が百戦錬磨の老獪な策士であろうと、あっさりと至極簡単に内側を見通す。

 デメトリオ・メランドリは初めて、自分が敬虔な神に仕える信徒とは程遠い“何か”であると見抜かれた。行き過ぎた修練と、異端の神秘も取り込む信仰心は一重に、聖堂教会の騎士として優れていたからではない。純粋に、ただただ他に染まらぬ無色透明な斬殺魔であるからこそ、騎士として生まれながらに完成していただけなのだ。生まれた時から完成しているが故に、今の愛剣と出会った瞬間に終わってしまったのだ。

 

「なら、貴様は如何なのだ?」

 

「さてな。特に理由は無い。今は純粋に力が欲しいだけだな」

 

「異端を滅する為の?」

 

「違うぞ。自分が欲するモノを得る為だ。お前もそれは同じ筈だ」

 

「―――そうか、そう言う事か。

 騎士であることに疑問なく生きてきたが……成る程」

 

 デメトリオは止まる事を知らなかった。する必要も無かった。過去を顧みる事を余分と感じ、次に至る為に剣として生き抜いてきた。だが、それでは人間味を持っているだけの斬殺装置に過ぎないのだろう。

 悟る。

 知る。

 想う。

 答えは既に知っていた。この生き方、在り方。貫き通した自分の生き様こそ、もしかしたら欲しかった己の形なのかもしれない。故に完成した終わり果てた今のカタチを、デメトリオはデメトリオとして仕上げなくてはならない。

 死ぬ時まで、生きる。

 諦観を知らず、真実しか分からず、“剣”で在るコトを忘れずに。

 

「長らく忘れていた。子供の頃は騎士に憧れたものだ」

 

 彼の本質は救いようの無い人切り包丁。幼い頃から疑問もなければ、苦痛はあったが苦悩は無く、剣を振って生きてきた。

 しかし、騎士に憧憬を抱いていたのは事実。

 ただ人を斬りたいだけの狂人であれば、そもそも聖堂教会になど所属せずに狂っていれば良い。騎士を年を経た今も続けていたのは、少年時代の夢から醒めても諦観しなかったから。

 

「……ほう?」

 

 どうも相手の反応が可笑しい。士人は不可思議な得体の知れぬ者にあったような、言い様の無い違和感を感じていた。

 確かに、相手の心の揺れを見抜いていた筈。しかし、この反応は何処か違う。忘れていたものを思い出し、過去を大事に仕舞い込む老人のようである。

 

「む?」

 

 完全に殺気が無くなった模様。だが逆に、剣気に凄味が増している。此方を見る騎士の表情は任務中と同じく、無愛想な張り詰めた無表情に戻っていた。

 

「あー、いや。そうか、いや別に。まぁ、そう言うオチか」

 

 期待が外れた少年神父の表情。士人は面白可笑しい精神的外傷(トラウマ)を知れると考えていたが、どうも思惑が思いっ切り外れてしまったらしい。一筋縄ではいかないと言えばそうだが、実に残念であった。これ程の強靭な騎士の斬り合いに対する執着を愉しめると思ったのに、引き出せたのは過去にある原始の誓いだけであったようだ。

 最も、元々開き直って人斬りを極めていた男。

 狂った歪みを持っていようとも、既に容認して人生を進んでいる。士人にとってメランドリの生き様は嫌いではないが、どうも予測し難い方向に歪んでいるみたいだ。

 

「しかし、憧れた先生と今では同じ年。老けるのも無理はないか」

 

「年を取ると過去を想い懐かしむ。家の居候と似ているな」

 

 士人は昔は良かったと呟く青年だったり、時には少年にもなる教会に住む英雄を思い浮かべる。似ても似つかないが、思わずそう呟いてしまった。

 失敗に終わった解剖ではあるが、それはそれで良しとしよう。愉しめる相手は、しっかりと見分け、内側を見抜けるようにならなければならない。

 

「君には家族が?」

 

「ああ、養父がいる。後、居候と姉代わりが一人」

 

「そうか。大事にしてやれ。(オレ)にも妻子がいる」

 

「へぇ、そうか―――え、そうなのかっ? あー……まぁ良いか」

 

 デメトリオは残念そうに首を疲れたように振るう少年代行者を見つつも、最近忘れていた事を思い出せた。そう思えば、この少年とは良い邂逅であったと結論する。意見は相反するのだが、嫌いでは無いらしい自分に従がった。

 そして―――時間が逆流していった。

 正確に言えば、こうして見ている光景は全て過去の出来事。

 幾重にも場面は交り、移り変わり、順序の程を成していない混沌の世界。

 そうして、また映像は段々と変化していった。見物人は書物のページを飛ばして読むような気分で、この劇場に再度入り込んで行った。

 ―――場所は何処かの国の地方都市の暗黒街。

 裏路地には光は入り込まない。表通りは人通りが多いが、一度裏側に入り込めば月明かりさえ心もとない。いや、既にビルの影に隠れて夜空を照らす星々の光源も届きそうになかった。時折、路地裏の入り口から差し込む街の光や、車のヘッドライト程度しか彼の眼前を照らしていない。

 そして、鼻を惑わず異臭と耳障りな雑音。

 完全な無音ではなく、何処かしこに人の気配で満ちており、煙草や薬物の刺激臭が漂ってくる。暗闇の中は公衆を嫌う者で蠢いており、誰も彼もが黒い影を好んでいた。倒れ込む浮浪者も、ドラッグの売人も、マフィアに属する暴力主義者も、獲物を狙っている強盗も全員が全員、目が腐った魚のように死んでいる。感情が無いのではなく、精神がグズグズに腐り溶けている。どいつもこいつも、この場を好む者は全て、青空が余りに似合わない連中で満ちていた。

 

「―――何名で?」

 

 黒い外套の男と、真っ赤なシャツの男。彼は威圧的な赤色が目立つ青年から、睨み付けられながら質問をされた。赤い男は赤色以外に特徴は余りなく、深過ぎる色合いの黒色のズボンも変な部分は無く、普通な黒髪も髪型が普通としか形容できない。この場所に似合わないほど普通なのだが、誰よりも黒い暗闇に馴染んでいた。

 

「一人だ」

 

「分かった。……では、良い夜を」

 

 とある地方都市のクラブ。血の様な赤シャツが特徴的な黒髪の青年が、受付けと門番を兼ねている煌びやかな夜の店。客を誘惑する玄関の外からでも、濃厚な酒と金と性の匂いが漂って来た。

 其処に、夜の街には相応しくない人物が一人。

 服装は黒いシャツに黒いズボン。細長い荷物を背負っている。ざっくばらんと微妙に伸びた髪はファッションを欠片も気にしていない事がわかり、無精髭も剃っていない。しかし、仕立ての良い黒色のコートを上から一枚羽織っているため、其処まで雰囲気が浮いている訳でもなかった。

 

「……ああ」

 

 全身を黒で覆う男は、そのまま階段を下りて地下に潜って行く。まるで上がる事の出来ぬ根の国の一本道の如く空気が粘り付いているも、歩調に乱れは出ていない。彼は無表情で降りた先にある扉を躊躇う事無く開き、店内に入って行った。

 

「―――……」

 

 地獄とは、ヒトの魂の行く着く先の一つ。ならば―――此処もまたある種の地獄と言えるのであろう。

 人、人人、人人人人。ヒト、ヒト、ヒト。

 満ち溢れる人型の群れ。

 目障りな程、重なり合って一体化したヒトの塊。

 繋がり、交わる人々。男と女が、女と女が、男と男が、女と男と男が、男と女と女が、人数も組み合わせもバラバラだが、確かに此処は業の澱が粘り合わさった獄の極。色欲の極みである。体液の臭いが充満し、汗と唾液と愛液が床に垂れ落ちている。男特有の匂いが鼻に付き、女が出す甘い体臭で眩暈がしそう。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。クラブ・サバトをお楽しみ下さいませ」

 

 異様な色合いのライトで照らされ、余りにも本能を刺激する独特な薫りが精神を可笑しくさせる。光の加減で視覚から催眠作用を施し、特殊なハーブの薫りで欲求を向上させているのが、男には簡単に理解出来た。そして、この場にいる者全員が、それが分かった上で醜態をさらしているのも、あっさりと彼には分かった。なにせ、本能のまま貪っているのだと悟らせるのだが、彼らはとても理性的に欲望を発露させている。

 

「感謝する。しかし、要件があって此処に来た」

 

 コートの男は、恐らくは店員だと思われるセミロングの赤髪が目立つ女性に聞き返した。グラスを乗せる丸いトレーを持っているのは良いが、格好からして彼女の服装は変だった。ピンク色の水着のような卑猥な服とも言えぬコスチュームに、下着みたいなそれはティーバックにしか見えなかった。加えて、太ももまであるレザーのブーツに、二の腕まで伸びる黒革の手袋。序でに赤色で髪の毛と同じであり、まさかのバニーガール的仮装まで使って自分を飾っている。

 ―――一言で表せば、エロい。

 巨乳のボンキュッボンなのが更に良い。実にエロい。最上級のスタイル。

 彼は鍛え上げた加速させた体感時間の圧縮作用を行使し、サラリと視線を動かしながらじっくりと観察した。

 

(オレ)はデメトリオ・メランドリ。ここの主、スヴァルトホルムに用がある」

 

「……そうでしたか。

 恐らく、時間は大丈夫だと思います。彼女も暇を持て余していましたし」

 

「有り難い」

 

「いえ、別に大丈夫です。気にせずに、少しだけ待っていて下さい」

 

 と、彼女はそのまま店の奥に入って行った。黒い外套の男、デメトリオ・メランドリは少しだけ要らぬ時間出来てしまった。騎士であるが、こういった所に嫌悪を抱かぬ彼は、無表情のまま周りの観察を始めた。

 ―――まず、目に入るのは乱交を続ける幾つかのグループ。

 彼も経験が無い訳ではないが、この光景に比べれば健全なものしか試したことは無い。人並み程度に興味はあって知識はあるものの、自分が率先して混ざりたいとは思わなかった。しかし、ああ言った両方からヤっていると言うのは……いやいや、どうなのだろうか、と彼も彼なりに考察していた。度し難いが、凄まじい。

 次に視界へ映るのは、普通に酒を飲んでいる者達か。

 彼らと彼女らは、楽し気に痴態で喜び狂う性の獣の様を肴にして会話を交わしている。内容は血生臭いが、嬉々とした表情を浮かべる姿は娯楽について語り合う趣味人そのもの。雰囲気としては釣った魚を自慢し合う休日のオヤジや、貰ったブランド物のプレゼントを比べ合う年増と大差が無い。

 ……と、彼が考えていると時間が大分過ぎていたようだ。目の前には、扇情的な格好をした同じ美女が、再び彼の前に立っていた。気配で此方に向かっていたは分かっていたので、別段失礼の無い態度で再度対面する。

 

「ミスター・メランドリ。マリーは今お暇なようですので、案内出来ます。付いて来て下さい」

 

「……ああ」

 

 改めて見ると、後ろ姿からでも赤髪が目立つ肉感的な凄まじいレベルの美女だと簡単に理解できた。男は彼女の後に連れられるが、必然的に絶妙なお尻が視界に入った。やはり、胸も良いが尻も素晴しい。今は仕事中だと分かってはいても、生来から好きなモノは好きなので無視は出来ずにいた。昔の自分は俗物的な欲得に関心は欠片も無かったが、今はそう言った事柄にも興味を分ける様になった。

 まぁ、そんな自分自身に対して嫌な成長もあったな、と内心で苦笑した。表情には出さず無表情のままであるが、彼も彼で男であった。

 

「この先にマリーがおります。では、どうぞ」

 

 そう言って、彼女はそのまま扉を開けて中へ入って行った。無論、彼も続いて室内に入る。ドアを開けた瞬間、煙草と酒の臭いに襲われたが、眉一つ動かさずに無表情のままであった。

 

「―――あら、ルートさん。

 貴方が部外者のお客さんをここまで案内するなんて、とても珍しいですわね」

 

「いえいえ。私もあのヴェガが通しました客ですので、此方までお通しました」

 

「……へぇ、あのサカリアスさんが通したの?

 それでしたら、そこそこ期待できそうな内容なのでしょうかしらね」

 

 簡単に言ってしまえば、彼女は黒かった。腰まで届く長い髪の毛も黒く、黒いシャツと黒いミニスカートに黒いストッキング。普段着であるのだろう、マリーと呼ばれた女性に衣服に魔力の気配は皆無。仕事終わりのOLに見えるが、凄味出る邪悪な気配で女が人外の者であると騎士には直ぐに分かった。また、腰には一本の短杖が備えられており、近くには彼女の物を想われる鞘に入れられた細剣が立てられている。

 

「……ふむふむ。これはこれは、もしや教会の代行者であるか?」

 

「否。聖堂騎士だ」

 

「成る程な。此処も潮時になるのだろうな。イフリータ、お前は如何思う?」

 

 部屋は実に簡素な作りになっていた。小さい個室であり、換気扇が付いているだけの地下の一角。四角い形のテーブルには麻雀で遊べるよう改造されており、必然的に椅子には四人の人物が座っていた。マリーは一番奥の席に座っており、他に三人の人物がテーブルで向かい合っている。デメトリオに話しかけてきたのは、その内の一人。

 名はジャック・ストラザーン。

 デメトリオは要注意人物として写真で見覚えがあり、名も知っている死徒の一人。魔術師上がりの吸血鬼であり、あちらこちらで魔術の大規模実験を行っている封印指定の怪物である。茶色のスーツを着込んでおり、懐の膨らみ具合から拳銃を二挺所持しているのがデメトリオは目利きで分かった。封印指定に選ばれる程の魔術師でありながら、銃火器を愛用しているのは実に珍しい。

 

「ストラザーン。だから、前々から妾も危ないと言っておったであろうが」

 

 呆れ顔を浮かべるのは、炎のような長い赤髪に黄金の瞳が特徴的な、ストラザーンにイフリータと呼ばれた少女。きめ細やかな褐色の肌は男の欲を駆り立たせ、まるで中東地域の踊り子のような衣装が実に似合っていた。ルートと呼ばれた案内人のバニーガールと同じ髪色であるが、先程の血の様な赤とは反して、彼女のは触れば焼けそうなまで炎と言う印象が強烈だ。

 だが、それを上回るインパクトを持つのが全身の刺青だ。

 年齢が十代程度に見える少女とは思えぬ禍々しいデザインのタトゥーであり、実際に邪悪に澱んだ魔力を宿していた。デメトリオが見える範囲、顔から指の先まで呪詛が体の至る所に刻まれている。

 

「ドゥからの情報通り、あちらからの使者が遂に来た訳か」

 

「知っていたと言う事なのでしょうか、イノセントさん?」

 

 マリーの視線は相変わらず胡乱気で口調も胡散臭いが、それなりの鬼気が混ざっている。

 

「無論だとも。付き合いの長いあの情報屋は信用に足る詐欺師だ。それに、奴は魔術協会と聖堂教会の両方にパイプを持つ」

 

「ホワイトヘッド。お前は何故、そう言う情報を皆へ流さんのだ」

 

「面倒だ。手間が煩わしいしな」

 

 筋肉質の強面。革製のジャンパーで、他に色を持たない交りっ気なしの白髪。鋭い眼光が既に凶器染みている男は、その場に居るだけで重圧を部屋全体に掛けていた。

 名はイノセント・ホワイトヘッド。

 此方もデメトリオが所属する教会から手配され、協会からも封印指定を受けている魔術師。死徒と言った吸血種では無いのだが、嘗て所属していたアトラス院から抜け出した野良錬金術師。この男は半ば機械と一体化した半人半機であり、秘匿せねばならない開発した兵器を実験と称して使用している。更に様々な概念武装や魔術礼装と言った魔術的な道具と+αで金を積まれれば、自分の武器を商売道具として売買している死の商人。

 

「まぁまぁ。皆さん、折角の来客ですわ。折角盛り上がった麻雀を止めて、彼の話を聞いて上げます。すみませんが、今宵のお遊びはここまでにしましょう」

 

 マリーはそう言って、麻雀牌を置く。厭味が多分に含まれた言葉だが、彼女は騎士の言葉に耳を傾けることに決めた様だ。

 

「仕方ない。ドゥから貰った遊戯も、今夜はここまでか」

 

「中々面白い遊びであったぞ。このような娯楽は、妾も実に愉しめる事が出来た」

 

「ああ、どうも。その言葉はあれにも伝えておこう」

 

 残念そうにイフリータはそう言って、牌を片付けた。ストラザーンとマリーも、丁度良い終わりだと片付けに参加した。そして、一つ一つ丁寧にホライトヘッドは牌を、麻雀用の箱に仕舞い込んでいった。もっともその間、デメトリオはずっと赤髪の二人であるルートとイフリータの四肢を見つつ、暇を有意義に潰していたが。

 

「では、さようなら」

 

「妾も主の下に戻るとする」

 

「帰る。暇を潰せて良かった」

 

 ストラザーンは酒杯の中身を一気飲みし、イフリータは体を捻って凝りを解し、ホワイトヘッドが麻雀箱を持った後、部屋を出て行った。用事は済んだを言わんばかりに、三人は早々に部屋を抜け出して去って行った。

 

「ルートさん、貴女も出て行っても良いですよ。退屈な話が終われば、お祭りになると思いますし」

 

「……わかりました。では」

 

 そうして、部屋にはマリーとデメトリオのみ。麻雀が片付けられたテーブルは案外大きく、対話を行うにのには丁度良い。

 

「どうぞ、騎士さん。お座りになりさいな」

 

「メランドリ。デメトリオ・メランドリだ」

 

「そうでしたか。ではデメトリオさん、どのような要件ですの?

 ……あ、すみませんね。立っているのもあれですし、そちらに座って下さい。新しいグラスもありますし、好きな酒を飲んで下さいな」

 

「ああ、失礼する」

 

 ―――騎士と魔女。

 マリーは新しく入れ直したウィスキーをロックで用意し、デメトリオもそれを受け取る。騎士は剣を入れている筒を椅子の隣に置き、机に立てかけた。魔女は魔女で懐から杖を取り出し、それを机の上に置く。

 つまり、その気になればどちらも敵へ攻撃を行える。

 直ぐ傍に命を奪える武器を携えた交渉は、時間が経てば経つほど緊張感が増していった。

 

「……はぁ。全く、貴方の御蔭で賭けがパーですよ。イノセントさんから唯で兵器を取れそうでしたのに、良い所で中断されてしましたわ」

 

 氷が溶けて、カランと音が鳴る。マリーは酒を喉に流し込み、胡乱気な目付きで騎士を睨みつけた。

 

「そうか。すまない」

 

「つれないですわね。本当にムッツリさんですこと」

 

「斬るぞ」

 

「ほほほ。では本題に入りましょう」

 

 彼女はやる気が無いのか、酒を飲みながら暇そうに杖を弄っていた。その短い杖は分かり易いくらい魔女らしい道具で、物語から抜け出てきたような“魔法使い”の触媒だ。軽く小さい杖を右手でクルクルと面白い程、まるでペン回しのように回転させていた。

 

「美味い」

 

 とまぁ、彼も彼で酒を楽しんでいる模様。折角相手が本題に入り込んで来たのに、興味が無いかの如くアルコールを味わっている。

 

「あの本題に入りたいのですが……まぁ、良いんですけど。にしても、警戒とか皆無ですわね」

 

「すまない。後、毒は効かない」

 

「入れていませんよ。善意を疑わないで下さいな」

 

「知っている。飲んだ」

 

 もしかして天然さんかしら、とマリーは疲れて表情に出さずに内心で溜め息。話が噛み合わない相手だと、交渉事は神経がすり減っていく。

 

「何故、貴方のようなコミュニケーション能力欠如者が使者になったのか疑問はありますけど……それは置いておきますわ。

 ―――で、要件は何ですの?」

 

「死んだ理由を聞きたい」

 

「へぇ、それはどちらさんの死因が知りたいのかしら?」

 

「協会の監視役の者だ」

 

「ああ、彼ですわね。ええ、よく知っておりますわよ。知り合いですし。でも、シスターさんの方の行方は良いのかしら?」

 

「もう保護している」

 

「あらま。それは実に素晴しい事ですわね」

 

「話を逸らすな。死因を教えろ」

 

「ふふふふふ。良いですわよ、お教え致しますわ」

 

 胡散臭い笑みのまま、彼女の気配が歪んでいく。禍々しい怪物と言うよりかは、駒を弄ぶ老獪な策士のような気味の悪さ。

 

「―――彼は我々との協定を破ったのですわ。だから、あのように無惨な末路を辿りましたの」

 

「破ったとは?」

 

「ほら、元々はこの場所は魔術協会と聖堂教会の両方から黙認されていたでしょう。それをあの魔術師、本部の方に連絡をし、此処を地獄に変えようと致しましたのよ。

 死徒が人を飼っているとか、封印指定が人体実験をしているとか、しっかりと社会から隠しておりましたのに、その事実を連絡しようとしまいたの。両キョウカイもここがそう言う場所と知っていましたが、情報が隠蔽されていた故に、ここは暗黙の協定地区になっていましたのに。それが破壊されそうになってしまえば、我々も自衛せざる負えないと言う訳ですのよ」

 

「成る程。殺したと認めるのだな」

 

「殺しておりませんわ。彼の死因は自殺ですからね」

 

「……なに」

 

「だから、自殺です。どうも彼は教会の司祭と出来ていた様でして……まぁ下世話な話、死徒の私も敵同士の恋愛なんて見ていて愉しかったですわ。まるでロミオとジュリエットですもの。

 それで案の定、魔術師は絆されてしまいまして。

 シスターさんの方、どうも惨劇を黙認する事に耐え切れなくなっていた様です。この街から我々を殲滅したいと考えていたらしく、それに彼は了承してしまったようです。其処から色々とあって、今回のような事態になってしまっただけですの」

 

「答えになっていない」

 

「あら?」

 

「―――何故、教会の司祭を攫い、協会の魔術師を殺害した?」

 

 此処は死都ではあるが、一般的な死都では無かった。言うなれば、一種の協定地区。吸血鬼が規則正しく、人間社会に適応して血液を啜っている混沌の都。

 聖堂教会も魔術協会も、人間社会に害は与えないと見離していた。正確にいえば、他により危険な吸血鬼を殺す為に戦力を裂く必要がなく、危険な橋を渡る道理が無かった。巧妙に隠していると言う部分も多いに在ったのだが、暗黙の協定と言う部分が多かった。例えるならば、二十七祖のヴァン=フェムやリタ・ロズィーアン、トラフィム・オーテンロッゼ等の領地の扱いに近かった。規模は小さいが、死徒の街としてはそれなりに栄えていた。

 ―――だが、それも今日までのこと。

 この街に住む化け物の誰かが、教会から派遣されていた修道女と、協会から監視の命を受けていた魔術師に危害を与えた。魔術師の方に至っては、ニュースで殺人事件としてテレビに報道されてしまっているのだ。

 

「―――愉しかったからです。他に理由は要りませんわ」

 

「成る程、理解した」

 

「へぇ、そうですの。理解出来るのですか、魔女狩りにしか興奮出来ない聖堂騎士風情に?」

 

「勿論。魔を斬るのは愉快だ」

 

「……ふふ、うふふふふ。ははははははははははは――――!

 腐っていますわね、流石は泣く子も凍る聖堂騎士さんですこと! そんな言葉、教会の狂信者から初めて聞きましたわ!!」

 

「それで、自殺した原因は?」

 

 可笑しそうに笑う魔女を気にすることなく、彼は質問を続ける。淡々としていた。噛み合わない二人の様子は、第三者視点から見ると怖気を誘う違和感に満ち溢れている。

 

「―――シスターさんを犯したの。

 彼の目の前で散々酷い事して、豚のように快楽で殺そうとしましたのよ。吸血鬼の男達に蹂躙されて散らされる修道女って、何だか興奮して愉しかったわ。色々と私自ら試してみた拷問も力み過ぎて、少々危なかったですしね」

 

「それが自殺の理由か」

 

「ええ。神の無意味さと、世の無慈悲さを体験させて上げたのよ。

 ……まぁ、自殺して地獄に堕ちるのでしたら、彼女の命だけは助けてあげると言ったのが―――本当の止めでしたけど」

 

「そうか」

 

「ええ、そうなのです。見物でしたわよ、自分で自分の首を落とす男の最期は」

 

 外道である。下劣である。だが、この邪悪さは死徒故の倫理の変異では無く、彼女自身が持つ真性の悪意。

 

「ならば何故、修道女は殺さなかった?」

 

「嫌ですわね。私、こう見えても約束は守る魔女ですの。命だけは護ってあげましたわ。ちゃんと五体満足のまま、ぐちゃぐちゃに犯し続けて上げましたわよ。

 魔力を回復させる為の男共を使った輪姦は基本ですし、快楽拷問の実験体には丁度良かったです。

 まぁ、他にも色々な拷問も試してみましたし。魔女狩りの参考文献に載っていた方法とか、意外と楽しくて面白いのですわよ。ほら、そう言う拷問は教会の人間も好きでしょう?」

 

「腐っている」

 

「仕方ないですわ。人間って弄くるの、楽しくて堪りませんもの」

 

「―――……」

 

 黙り込んでしまった。これでは、ここの管理をしていたシスターが協定を破棄しようと画策するのも無理は無い。

 そして、倫理観と使命感に挟まれて苦しんだ果てに、彼女は自分の志を貫くと決めたのも納得出来た。しかし、その果てがシスターに何時の間にか恋をしていた魔術師の死であり、自分自身に訪れた凌辱と拷問の日々だった。

 

「……このクラブは売春も経営しているのか? 貴様のような輩としては珍しい」

 

「まさかですわ。ここで売春や買春はしてはおりませんよ。

 売春窟は売春窟で別にありますし、其方は其方で経営をしております。ちゃんと、あちらの方は暗黒街に相応しい合法的な表の法に則って、売り物の女や男を集めていますの。一応ではありますけど、我々のルールを破るような違法な手段で経営はしておりません」

 

 スヴァルトホルムは、深く怪しく笑みを浮かべる。

 

「例えるなら……そうですわね、違法な闇金返済の代理品として、娘や妻を差し出させてたり。あるいは、薬物中毒の女を綺麗して売り物にしたりとかです。他には、何処かの路上で拉致したり、人身売買の者もおりましたわね。

 なので、無意味にルールを破るのもアレですし、反抗するような者や、逃げ出す自由のある者に対しては、現代的な手法でキチンと薬物と快楽で精神を狂わせて操り人形に変えました。その後に売り者にするような雰囲気ですの。

 ……ほら、あれですよ。

 無理矢理快楽狂いにされた者が快楽に溺れるのは、とてもとても見応えがあります。あの胸に迫る感動は、やはり簡単な術を使って行うのでは欠片も面白くありませんわ。とは言え、快楽を増長される薬品や、肉体の耐久性を上げる薬物は私の特性品ですけどね」

 

 感動的な娯楽話なのだろう、彼女にとっては。世の中を面白くする行いなのだろう、この魔女からすれば。だが、それは余りにも悪意に満ち、だからこそ、人間味に溢れる悪行であった。

 

「やはり、しっかりと表の職業を全うしてこそ、化け物も健全な生活が送れるのでしょう。常に暗闇を穴蔵に籠もってばかりでは、世間に遅れてしまって面白くありませんもの」

 

「外道め」

 

「お好きな言葉を使って下さいな。慣れてますの、そう言う下らない事は」

 

 デメトリオは、このクラブに行き着くまでに色々と見て回っている。自分の姿と名を隠さず、様々な場所の監視して回った。勿論、彼女が言う売春窟も見た。見てしまった。

 騎士は、既に攫われた修道女を見付けている。彼女を保護している。

 だがそれは、余りにも遅かった。彼女に何かしらの魔術が施された形跡はなく、死徒に血を送られた痕跡も無い。神秘的な観点ならば、殆んど無傷と言える。

 しかし―――その精神は跡形もなく崩れていた。無惨であった。

 覚醒剤や凶悪な媚薬などによる薬物投与と、幾日も続いた何度にも渡る凌辱の爪後。更に売春窟で散々に売り物にされ、クラブでは服を剥ぎ取られて見世物にされて犯され、もう人格が正常を保てていなかった。デメトリオは彼女の壊れた悲鳴を聞き、汚れてしまったと言う惨酷な懺悔を聞き、こうして今、敵を前に剣気を滾らせていた。。

 

「ならば、此処に居る者は?」

 

 故に聞かねばならない。この地下で息をしている者が、一体何者であるのか。斬り殺して良い化け物達なのか如何か、魔女の宣戦布告を聞きたかった。

 

「勿論―――死徒ですわ」

 

「成る程。(ケダモノ)の群れか」

 

「まぁ、全員が吸血鬼と言う訳じゃありませんが、例外無く人殺しを営む人外なのは確かな事です」

 

 彼女の言葉は全て事実だった。クラブ・サバトは人外の異端者が欲求も互いに満たす、欲得の社交場。人間相手だけでは発散出来ない化け物同士の交り合いの場。別に欲求を解放するだけではなく、血液や酒を飲み合って互いに会話をして楽しむ者もおれば、情報交換の為に来る者もいる。だが、店員も含めた全員が化け物。吸血鬼である死徒であり、不老になった魔術師であり、魔獣との混血もいる。

 そして、一人の例外無く、店内に居る全員が理性的に殺人を愉しむ化け物だと言うこと。

 誰も彼もが、人間を虐殺してきた生粋の人でなしの集団だった。一人残らず皆殺しにされても、誰からも同情されない外法の集団。人間は唯の一人もいない。

 つまり――――

 

「なら―――皆殺しだ」

 

 ―――聖堂騎士が殲滅すべき異端者であると言うこと。

 デメトリオ・メランドリが躊躇すること等、もはや何一つ存在しない訳である。愛剣はまだ筒の中に隠しているので振れない為、瞬時に殺そうと魔眼を発動。超能力の作用を視覚化出来る者なら見えるだろう、綺麗な閃光が奔って魔女の首を斬り落とさんと迫った。

 ……これは死ぬしかない。

 魔女が第六感で切除の魔眼を感じ取ろうと、同じく魔眼で閃光を視覚で捕えようが、避けようが無かった。

 

「―――……化け物め」

 

 しかし、その切除も空振りに終わる。何故ならば―――もう魔女は部屋から消えていた。

 ―――空間転移。

 それも無詠唱による即効性。

 これ程の腕前となると、神話の時代に生きた太古の魔術師に並ぶ領域だ。それこそ神言や統一言語が蔓延り、飽和した魔力が地上を覆い尽くし、魔物達が星を跋扈し、科学文明が欠片も無い剣と魔法の世界だった時代の幻想である。

 

「殲滅戦の始まりか……」

 

 デメトリオ・メランドリは無表情のまま、愛剣を取り出した。まずは首領の首を()る為に雑魚を皆殺しにせんと、表情を陰惨な笑みへと作り変えた。暗く恐ろしい笑顔は相手が人外であろうと……いや、第六感が鋭い化け物だからこそ死を予感させる不吉に満ちていた。

 ―――斬撃とは、これ即ち人体の切断である。

 彼が鍛え上げた剣の術理は、あらゆる敵を仕留める刃の法。あるいは、あらゆる敵と渡り合う為の生存技術。

 戦闘と生存を両立させ、斬殺と防衛を確立させる。

 叩き斬り、撫で斬り、様々なモノの切り方を学び、鍛え、実践する。

 強く、速く、肉を斬り、骨を斬り、命を断つ。

 デメトリオ・メランドリは今回も斬り殺し尽くした。斬って斬って、殺し回った。

 死都を取り締まっていたスヴァルトホルムを取り逃がした後、彼は只管敵を斬り殺し回っていた。あの魔女を下がり回る序でに、吸血鬼共を細切れにしていった。出会った人外全て、愛剣の刃で浄化し尽くしていった。既に仲間達に連絡を済まし、あちらこちらで死闘が続けられていた。

 

「――――――」

 

 今回の死都殲滅は、中々に危機感を感じる地獄であった。鍛え上げた剣の技術、教えられた神の技法、そして染み込んだ戦場の感覚が無くば、今回の任務で死んだ同僚たちと同じ道を進んでいた事だろう。

 これは死徒を一匹殺す抹殺任務ではなく、吸血鬼が徒党組んだ死都の殲滅作戦。

 聖堂教会は戦力を存分に注ぎ込み、これの滅殺に当たった。街の中に存在する魔の物は、問答無用で撃滅する。代行者だけではなく、騎士団も用いた大規模作戦であった。

 そして、人外を束ね、暴虐の徒を律する者が一人居た。

 その怪物が全ての元凶、殺すべき怨敵。

 対象となる死徒の名は、ブリット=マリー・ユング・スヴァルトホルム。

 死徒と魔術師を率いていた張本人である吸血鬼であり―――大昔から生き永らえる真性の魔女。

 

「あらら。今回の宴はここまでなのかしらねぇ。本当に残念ですわ」

 

 真っ黒な尖がり帽子。黒髪と黒衣に黒いスカート。見えないが恐らくは下着まで黒色一色であろう女は、その漆黒の魔女は、青白く顔色の悪い表情で笑みを作った。若々しい聖堂騎士を前にして、その騎士がこの街で戦闘に長けた魔術師の死徒を何人も殺した凄腕であろうとも、なんら脅威を抱いてはいない。例え、眼前の騎士が一人で殺した死徒の灰で山を築き上げられる程、自分の組織の同胞が殺されているのだと分かっていても、なんら憎悪を抱いてはいない。

 くるくる、と杖を魔女は右手の指で、素早く回して遊んでいる。

 長さにして30cm程度の魔術師の魔杖は、ほんの数百年前は本物の“魔法”使いの杖であった。しかし、今の時代になっては魔女の杖であろうとも、決して魔法使いの杖では無い。そんな想念が積もった上質な礼装を手の上で滑らす様に、蟲惑的に弄んでいる姿は少女の姿に相応しく―――だからこそ、寒気を誘うまでおぞましい。

 言い表せば、全てが胡散臭い。

 笑顔が偽装に見える。言葉が虚言に聞こえる。今の姿が偽物で、本当はもっと形容し難い何かではないのかと、目に見えるモノが一つも信じられない。

 

魔宴(サバト)のマリー。馬鹿騒ぎは終いだ。もう直ぐ夜明け、朝が来る」

 

「嫌ですわね。気の早い殿方は女性に好かれません事よ」

 

「ふ。これでもそれなりにモテる部類だ」

 

「あらあら、まぁまぁ。お気の毒に。血を吸われなくても、亡者になっているみたいです」

 

「ん?」

 

「……加えて、天然でもあるようですわ。救われませんねぇ。まぁ、吸血鬼の私が言えることではありませんけど」

 

 浄化され過ぎていて気味が悪い西洋剣。そんな消毒液の如き瘴気を放つ聖剣もどきを構える騎士、デメトリオ・メランドリは隙を窺いながらも、時間稼ぎの為に得意ではない舌戦に興じる。相手が話に付き合っている事を疑問に思いつつも、彼は気にせず会話を重ねる。

 頭は結構良い方ではあるのだが、まだまだ若い彼は基本切って解決する脳筋なので作戦を臨機応変に変えるのを疎んだ。斬り合い以外の面倒は少ない方が良い。ここ最近完成させた魔眼の威力は十分に掃討戦で試せた所為か、殺すのであれば直ぐに斬り捨てるつもりである。

 

「態とだ、婆様。天然阿保の斬殺馬鹿の自覚はあるが、そこまで世間知らずでは無い。実際、天然魔性の貴様に指摘される謂われは欠片もあるまい」

 

「口汚い聖職者ですこと。直ぐにでも血祭りを楽しみたいわね」

 

「ふむ。だが、死ぬのは貴様だ。既に大方の人外は始末されている」

 

「お馬鹿さん。主戦力を一匹も殺せずにいて、何が始末されているって話なのでしょうかね」

 

「しかし、もう配下の大部分は斬り殺したぞ。

 だから、もう諦めて罪に潰れて死んでしまえ」

 

 魔宴のマリーと呼称される魔女の死徒―――ブリット=マリー・ユング・スヴァルトホルムは、それはそれは惨酷な表情で笑みを浮かべた。

 確かに、彼女を頂点する組織は構成員の大部分が討たれて死んでいる。しかし、その殺された人外共は死都を作り上げてから集まった木端たち。以前から名を連ねている者は、まだ数人しか殺されていない。それも戦闘に長ける古参者は誰も死んでいなかった。

 

「良いのですよ。元々、私達は人格が変てこな個人主義の集まりですので。

 普段は個人個人バラバラな所で自由気儘にやっていますから、計画段階から欠員が出るのは当たり前ですし、今回のように集合して遊ぶイベントごとで死ぬのも織り込み済みなのですわ。結果、今回みたいな死都遊戯で何人死んでしまおうとも、私が生きていればお祭りはずっと続きますのよ」

 

「―――ならば、死ね」

 

 彼女を長とする秘密結社・日緋色魔宴(サバトサンライト)は、そも最初から纏まりが無い。

 組織とは名ばかりの数有る魔術結社であり、個人個人が好き勝手に生活している。規則など無い。今回のようなマリーが発案する計画が無い限り、集まる事も無い。そして、呼びかけても来ない者もおり、知らない内に死亡している場合や、勝手に抜けだしている者もいる始末。

 だが、それで良い。むしろ、だからこそ居心地が良い。

 元より人外に成り果てた化け物共が、魔術師や死徒の規律さえ煩わしいと感じる外法者共が、自身に都合が良いから利用出来るからと参加しているだけの結社なのだ。

 その事をデメトリオは知っている。

 この女が如何仕様もない外法の輩なのだと理解している。返事など、死ねと言う殺人予告以外に思い付かなかった。

 

「ふふ。良い殺意です。

 ……さてはて、空気も暖まってきましたわ。そろそろ、殺したいので殺します。お互いがお互いに仇打ちって言う状況は、とても良いモノです」

 

 生粋の魔女であり、生き果てた魔術師が彼女だ。大昔から続く長い長い間、代行者と執行者を相手と戦い、生き延び、今此処に居る。

 敵との会話など無駄であり、余分であり、慢心であるが―――ソレを愉しめずに何が魔女か。

 加えて相手も次の瞬間にも殺し合うだけの獲物と言葉を交わす余裕があるとなれば、付き合わずには居られない老婆心がある。要らぬ心構えだが、名乗りを上げるのはとても心地良い。

 

「―――我が名はブリット=マリー・ユング・スヴァルトホルム。殺し合いを申し込みます」

 

 故に―――騎士たるデメトリオ・メランドリも遊びに興じる。相手の舞踏の申し込みを受け入れた。

 

「了承する。我がデメトリオ・メランドリの名の下、斬り殺させて貰う」

 

 ふふ、と魔女は笑った。

 

「……まぁ、一対一じゃありませんけれどもね」

 

 刹那、殺気。瞬間、銃砲。死線が唸り、脅威が荒れる。現れたのは三人の人影。

 ―――シスター服を来た赤髪の美女が、拷問器具を鋭く構えながら強襲する。

 ―――大型の盾と両刃剣を持つ青年が、盾で押し潰す様に騎士へと突進する。

 そして―――回転式拳銃を手に持つ茶色のトレンチコートと帽子を着込む男が、敵対者へとほぼ同時に六連射発砲した。

 交差する剣戟銃撃の複合交差。

 破裂音が鳴り響き、死の舞が命を貪る獣を連想させるほど踊り狂った。だが、曲は一瞬で静まり返し、辺りは静寂に包まれる。

 

「仕留め損なってしまいました。ヴェガ、迂闊ですよ」

 

「アーメント、気を抜き過ぎであるぞ。奇襲に失敗する等、らしくない姿よ」

 

「―――あららら。

 失敗でしたか。残念ですわ、お二人さん。

 間抜けの屍を踏み付けるのは好きですので、これじゃあつまらないわね」

 

 魔女は笑っていた。笑み以外の表情を浮かべていなかった。ある意味では、無表情以上に感情が読み取れない。騎士と無駄な会話を続けていたのは、奇襲を行う為の時間稼ぎであり、それが成せれば直ぐにでも殺してしまおうと画策していたのだ。

 

「相変わらず考え方が下劣ですね。追い詰められたフリをして、逆に罠に嵌めようなんて……とてもマリーらしいやり口です」

 

「なぁに、戦争ではいつものことでは無いか。スヴァルトホルムがあくどい女なのは、今に始まった事では無いぞ」

 

 緋色の剣と巨大な盾。ヴェガと赤髪のシスターに呼ばれた死徒が、歪み切った冷笑を浮かべる。まるで血に飢えた通り魔のように、人が殺したり無いと訴えている様だ。

 名はサカリアス・ヴェガ。魔女が組織する魔宴の古参の一人。

 禍々しい灰色の外套を纏い、無表情で敵を静かな様子で眺めていた。冷徹な殺意では無く、滾る闘志でも無く、明鏡止水と形容するに相応しい気配。手に持つ魔剣が真っ赤に燃えて、空気を何処までも煮え滾らせているが、それと正反対な冷たい姿である。

 

「もっとも―――それは相手も同じことぞ」

 

「ですね。両方とも中々の腕前の持ち主です」

 

 鮮血を被ったように真っ赤な色合いをしたセミロングの髪が目立つ女は、他二人と同じく死徒である。髪の毛と同じく血生臭い笑みを浮かべ、噎せ返る程の血の気配を漂わせている。

 名はルート・アーメント。彼女もまたヴェガと同じ魔宴の古参。

 着込んでいる修道服はシスターそのもので、彼女は敬虔なカトリックの修道女にしか見えない。もっとも、それは拷問器具を構えていなければの話。ルートの生前は理想的な聖職者であったが、今となっては見る影もない人外の怪物に成り果てていた。

 

「―――遅いぞ、ダン」

 

「ひひひひひ。スマネェな、メランドリ。

 ちょっとばかし熱が入り過ぎて、雑魚狩りに熱中しちまってだぜ。けれどよ、しっかりと奇襲を仕掛けた人外の攻撃を止めたじゃねぇか、な!?

 だったら、それで万事オーケー。全く以って問題無しだ!」

 

 茶色のトレンチコートに茶色の帽子。片手にリボルバーを握る姿が異様に似合うのは、騎士の同僚でもある代行者だ。

 名はアデルバート・ダン。

 騎士デメトリオと同期となる代行者(エクスキューショナー)

 銃殺を得意とするこの男の武器は拳銃一つであり、そのリボルバーだけで幾人もの死徒をこの死都で狩り殺している事がわかる。つまり、代行者はそれほど狂った腕前の銃使いであると言う事。視線で弾丸を如何に打ち込もうか虎視眈々と狙っているのが一目で悟れ、対峙しただけで生きた心地がしなかった。

 

「問題だらけだ。先手を取られた」

 

 デメトリオはアデルバートの銃撃の不意打ちを期待し、敵の足止めをしていた。だが、それも今となっては無駄になった。斬り殺さないで敵と会話なんて慣れない真似してこの様。今回の事で溜まった憂さは敵の斬って晴らすしかない。

 ……つまり、先程の展開は実に単純。

 騎士と魔女はお互いに仲間に奇襲を行わせる機会を作る為、時間稼ぎをした。その結果、互いの潜伏していた仲間が同じタイミングで隙を見付けて強襲し、鉢合わせしてしまったのだ。ルートとサカリアスの死徒陣営の攻撃を、アデルバートが銃弾を撃って止める形で奇襲は終わってしまった。まだ誰も命の危機は無く、無傷のままであり、誰も彼もが敵の隙を窺っていた。

 

「しっかし、これはまた言い様の無い危機的状況。三対二っつーのはキツイな……むぅ、どうしたものやら」

 

 リボルバーピストルで肩を疲れたように叩いた。そして、とても良い事を思い付いたと、実に態とらしい道化のような仕草で口を開く。メランドリは無反応で無表情であるが、内心では何を言い出すかと呆れていた。この男の強さを理解してはいるが、偶に変なノリに付いていけない事がある。

 

「良し、逃げるか!

 化け物が三人もいちゃあ、死んじまう確率が高くなっちまう」

 

「断る」

 

 一切の気負いなく、良い終わった直後の零秒で返答。

 

「おいおい、三対二だぜ? こっちが不利じゃねぇかよ」

 

「―――それが?」

 

「……だと思ったぜ、最悪だ。

 全くホント疲れちまうが……イーぜイーぜ、理解したよ。敵は皆殺しにしろってんだよな?」

 

「ああ」

 

 丁度その時であった。何の脈絡もなく、実に呆気なく―――マリーの頭蓋骨が弾け飛んだ。

 それは銃声であり、致死の一撃を与える銃撃の一手。

 ……宙に脳漿が散らばる。まるでビデオのスローモーションのように、グロテスクな光景がゆっくりとデメトリオとアデルバートは見る事が出来た。真っ赤に吹き出る鮮血と、血の色に染まった脳味噌の色合いと、鼻から上が消えて無くなった魔女の姿。胡散臭い笑みだけを残し、彼女は一発の鉛玉で屍になった。

 そして―――次の瞬間に異変が起きた。

 同様の表現であるが、それはビデオも巻き戻しのような奇怪な現象であった。流血の脳漿は地面に落ちる前に、同じ軌跡を辿る動きで元の位置に逆流する。

 

「―――ふぅ。

 殺されるのは久方ぶりですわ」

 

 死の正体は銃弾。それも音速を遥かに超過し、秒速2000mに達する超音速の魔弾であった。

 音速に対応する吸血鬼を確実に殺害する為に改造された対物狙撃銃であり、一切の気配と魔力の反応無く即死の一撃を放つ埒外の殺害方法。弾丸そのものも特性の逸品であり、恐らくは弾速を加速させる為の何かしらの細工が施されていた。

 そして、吹き飛んだ黒い尖がり帽子がヒラヒラと宙に舞ってマリーの頭上に戻って来た。撃たれた前と何一つ変わらぬ姿で、眼光を撃ち手の方へ鋭くさせる。内心で侮れない目の前の敵に集中し過ぎ、認識外からの暗殺に対処出来無かったことに苛立っていた。不意打ちなど受けたのは久しぶりであり、完璧な気配の隠蔽で殺気をまるで感じられなかった。言わば、機械以上に感情を通さぬ冷徹な作業的殺害で、死徒の感覚を以ってしても対処の仕様がない。まさか、僅かばかり反応出来て頭を逸らしたのに、側頭部に掠っただけで頭蓋骨が吹き飛ぶとは思わなかった。

 

「私を死に至らしめたのは誰でしょうかね?」

 

 魔女は銃弾が飛んできた方向に視線を向けた。

 ―――そこには若い東洋人が一人。

 年齢は十代に見えるが、刻まれた苦悩が表情に出ている所為で二十歳を越えている様にも見える。狙撃銃を構え、即座にまた次弾が発射された。

 

“貴様の差し金か?”

 

 誰にも聞こえぬ様、デメトリオは専用礼装でダンへ念話を送った。アデルバートも念話用の礼装を身に付けているので、念話で彼と会話を行えた。現代の品物で例えるならば無線機に近いが、これは手に持つことなく魔力の作用だけで使用でき、戦闘中にも有効に利用出来る効率的な道具であった。

 

“おうよ。敵を殺す為に飛行機を撃ち落とすファンキーな奴だ。物の序でに情報流して死都に誘ってみた”

 

“―――魔術師殺し(メイガスマーダー)か”

 

“大正解! 良い勘してるぜ、全くよ”

 

 ここ最近、悪名が轟いているフリーランスの魔術師。銃火器を愛用し、魔術の裏を突いて敵を仕留める暗殺者。

 アデルバート・ダンは組織に属さぬ者や、協会や教会以外の小さい結社と繋がりがある。彼は魔術師殺しが如何な人物か知っているが故に、今回の死徒を餌に戦場へ引き摺りこんでいた。

 

“援護は期待できるのか?”

 

“さぁ? 信用できない奴だから無理じゃね?”

 

 だったら何で戦力として呼んだのだ、と言葉では無く殺気でアデルバートに伝えた。

 戦場は更に混沌具合を増加させ、様々な陣営が互いに殺し合う地獄と化したのだ。死都の中には、街を支配する死徒と、教会の代行者と騎士、そして協会の執行者とフリーランスの魔術師たち。もはや戦場となった街そのものが滅びぬ限り終わらない災害へと、戦火は順調に成長していった。

 ―――と、如何やら夢は此処までの様だった。

 ライダーはデメトリオの視点で過去を垣間見ていた。

 魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)の過去を夢と言う形で覗く様に、サーヴァントもまたマスターの過去を見る場合がある。

 

「ほほう。どうやら、我がマスターは我輩(ワシ)に相応しい者のようだ」

 

 実に興味深かった。ライダーはマスターの気が狂ったような強さに疑問を抱いていたが、その謎も解けつつあった。

 確かにこんな怪物連中を相手に単身で挑む事が多ければ、問答無用で強くなる。幾度も越えて行った夜の数が多ければ多い程、彼の剣技は際限なく鍛え上げられた。また、ライダーが彼に及第点を与えた理由は戦闘能力だけでは無い。

 謂わば、狂気を飲み込める精神性。

 戦場で貴賤を持ち込む愚者では無く、戦略戦術も理性的に選択可能な柔軟性を持つ。自分の戦闘方法として剣に拘りがあるだけで、勝つ為の手段としてならば何でも出来る。つまり、ライダーの戦略に異を唱える事は無い。加えて、男なら持つ闘争の喜びと、戦争の楽しみ方も心得ていると来た。

 

「申し分ないぞ。実に良い。

 共に戦って楽しめる男であれば、英傑集う聖杯戦争も猶の事―――愉快極まり無い」

 

 深淵を覗くとき、深淵もまた、君を見ている。とは、実に的確な言葉だ。ニーチェが書いた本の通り、人が怪物を倒そうとすれば自身もまた怪物に成り果てるかもしれない。しかし、互いに怪物同士であれば、深淵は深淵に飲み込まれる事も無し。

 なら、それこそ問題は何も無い。

 ライダーは自分の過去を覗かれる駄賃代わりであると開き直り、マスターの過去を暇な夜の娯楽にして愉しもうと決めたのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ―――唐突な話であるが、デメトリオ・メランドリは所属していた騎士団の中で最強だった。

 そして、聖堂騎士で在りながら魔術師でもあった。

 正確に言えば、根源は目指していない為、魔術師では無く魔術使いの分類となる。更に言えば、根源を目指す魔術師達の敵対者でも在る騎士な為、魔術師側から見れば魔術を積極的に悪用する畜生であった。

 数少なく、余分も無い神秘の絶対量を使う魔術の徒であるにも関わらず、その魔術を極める魔術を殺す為の技術として使用するのだ。当然、魔術協会からすれば絶対に殺してやりたい相手の一人と言えよう。

 ……まぁ、彼はそんな事を気にする事は永遠に無いのだが。

 

「――――――……」

 

 一日の始まりは、山中の小屋から始まる。ここは孤児院とは違い、身の周りの事は全て自分で行わなければならない。

 日の出前に起きる彼は、鞘に入れて壁に掛けてある剣を手に持って庭に出る。

 

「……っ!」

 

 まず、素振り。何度も繰り返す日常の中、この作業を必ず行う。剣を振り、ただただ只管に剣を振って、振って、振って、素振りを繰り返す。

 そして、朝食。

 そして、鍛錬。

 そして、昼食。

 そして、鍛錬。

 そして、夕食。

 そして、鍛錬。

 そして、就寝。

 一年間、毎日毎日、来る日も来る日も、延々と、剣の鍛錬を繰り返す。

 週に何日か、四度ある剣の鍛錬過程が魔術鍛錬に代わるか、食料調達に代わる程度で日々に変化は無い。

 ―――故に、純粋な強さで彼は聖堂教会の騎士団で最強だった。

 何せ、生きる事が鍛える事に果てている。鍛え続ける装置であり、彼は延々と強くなり続けるだけの無敵であった。だが、そんな強くなるだけの鑑賞用の剣……いや、騎士では聖堂教会では意味は無い。よって、彼にも教会から任務が与えられる。十代の頃から死徒、悪魔、魔術師、ないし神秘面に属する異端者の抹殺をしていた。時には暴走する幻想種の討伐なども行っていた。彼は山の中で自分自身の剣を作り上げ、任務で実戦を行い、完全無欠の聖堂騎士と化していく。いや、彼の剣そのものは幼少時代から既に完成されていたので、この山籠もりは純粋に全てを練り上げる為の、自分で自分に課す単純な育成工程に過ぎなかったのだろう。

 ……騎士として完成した後の彼は、一度の敗北は無い。

 昔、騎士に成る前お自分を鍛えてくれた師に鍛錬の過程で敗北したことは有るも、その師を殺してから負けた事は一度も無い。……まぁ、引き分けや敵を逃がしてしまった事は何度かあるが、今こうやって生きていると言うことは騎士として無敗で在ると言うことだ。

 日々日々、延々と続けた修行の日々。

 既に忘我した自己の澱と欲と罪と情。

 十五歳を越える前に何もかもを極限まで鍛え、山籠もりは終わらせた。言ってしまえば、自身を究極まで到達させてしまったのだ。後に必要となるのは技術と精神であり、肉体に染み込ませる極みの業は、既にあっさりと昔に完成させてしまっていた。後は外界のあらゆる事を学びつつ、今の業を状態を維持し、更なる研鑽で強くなる事が人生となる。肉体もまだまだ臨界点を越えた程度では、鍛え抜いていないと言える。

 しかし、根本的に修練は終わらない。纏まった休暇が有れば、山に籠もって過ごす事も少なくない。とは言え、何もかもが到達している為、技と心を鋭く錬鉄して業を更なる限界へと突破する以外、彼が強くなる方法は無かった。

 ―――修練以外の事を人として知った後、彼は更に強くなった。

 彼の業は、自分を鍛える事以外の事に時間を割くようになっても、更に磨かれていく事なる。これは他人と関わる事で精神がより良く強くなったのも有るが、根本的な心技体が何処で鍛え上げようとも、構わず鍛錬に没頭出来る性質を山で得たのが大きい。つまり、今の彼かれからすれば、既に心技体は完成されているにも関わらず、その限界を無視して鍛えて強くなり続ける事が何処でも出来た。

 強くなった彼は世界の広さを知る。

 様々な事を関わり合いになる事で、自分の中にある色々なものが成長していった。

 山に居るだけでは突破出来ないでいた限界も、外に出る事で新しい視界を得て、ただただ業は昔よりも強くなった。俗物なモノも自然なモノも関係無く、人生とは即ち是鍛錬と習性で染み付いていた。

 

「――――――……」

 

 とは言え、剣を振う事しか興味の無い剣馬鹿の斬殺狂いであるのが事実。彼は戦場の中で唯々、敵が何であろうと斬り、殺し、生きて、また次の戦場までの間、剣を振って生活していた。

 今は偶の休みで山籠りで静養中。

 孤児院に入る前から続けている山での修行は、もはや苦行でも何でも無い日常と化している。家に伝わる修練であり、自分が自分だと認識した時からの習慣だ。両親や祖父に強制されるまでもなく、自主的に今まで続けていた。

 木々の葉で日差しは木陰を作り、休憩をするにはとても良い雰囲気であった。

 とはいえ、時間的には昼を過ぎた夕焼け前。数時間もすれば夜になり、そろそろ狩った動物の血抜きをし、夕飯の準備をしなかれば今夜の飯は夜遅くまで引き延ばされてしまう。

 

「……―――」

 

 ぺらり、と本を捲る指を止める。メランドリが読んでいたのは聖堂騎士にとってのバイブルであり、一般的な物ではないが神秘が宿す普遍的な聖書(バイブル)であった。読む込む事で信仰心を身につけ、言葉に神意を宿らせ聖句とする。聖堂教会の魔術であり、彼が使用する主な魔術もこの洗礼詠唱に連なる神秘。自然の摂理を叩き込む魔の浄化を基本にし、また奥義でもあり、シンプル故に強大な魔術基盤である。

 神の言葉は、膨大な概念を生む。

 デメトリオ・メランドリは魔術師を斃す為、教会が伝えている魔術基盤以外の神秘を身に宿す。魔力を消費し、様々な炎や風を引き起こす。それら魔術を応用して独自の聖句で、浄化の魔術を開発していた。

 

「―――何用だ……?}

 

 ぱたん、と本を閉じた。

 

「緊急事態です、デメトリオ!」

 

 訪れた人物は知人であった。長い付き合いもあり、友人と呼ぶ事も出来る者であった。その彼女が痛ましそうに、悲しそうに、何よりこれから告げる言葉を躊躇うように、表情を歪ませていた。

 ここまで異相で走って来たであろう事は、荒い呼吸で直ぐに分かった。しかし、彼女はそんな事を欠片も気にせずに、慌てたように声を荒げた。

 

「先生、行方不明だった先生が……あの人が死徒に血を吸われて――――――!」

 

「……事実なのか、それは」

 

 彼の中の全てが凍り、止まった。精神が停止し、しかし鍛え上げた理性が現実を簡単に受け入れた。機械のように淡々と処理し、そして機械にならなければ聞かなかった事にして混乱したい程の悪夢であった。

 

「は、はい!

 それだけじゃなく、そのまま孤児院の子をグールに変えてしまいました!!」

 

「―――そうか」

 

 孤児院とは、つまるところ先生が務めていた孤児院なのだろう。つまり、デメトリオ・メランドリが生活している孤児院である。

 彼は騎士や代行者を代々務めるデメトリオ一族最後の一人であり、父も母も任務中に死徒の手で殺されてしまっている。共に生活していた祖父も既に死んでおり、彼は家と繋がりが合った人物が運営する孤児院に入っていた。そこで騎士となる為の訓練を積み、十代の若さで任務を行っていた。

 ならば、それは悲劇であった。

 彼の世界は全て、悲劇でしかなかった。

 家は聖職者らしく教会や孤児院への寄付金で、貧乏であった。両親が死に、祖父が死に、彼が孤児院へ行くまでの流れは本当に拍子よく事が進んだ。そして、その挙げ句の果てに、剣の師である孤児院の先生までもが死に、吸血鬼と成り果て、彼の仲間を死肉食らい(グール)に変えてしまった。

 

「なら―――先生を殺さないと」

 

 彼は騎士である。デメトリオの師匠である先生も騎士であった。剣の師であり、騎士としての師であり、尊敬する大人であった。気がつけば独りで生きていた自分を、実に人間らしくしてくれた恩師であった。

 

「そんな! 何もあなたがする必要が―――」

 

「―――ある。

 始末は弟子の自分がしなくてはならない。弟子とは、そう言うものだ」

 

 教えの一つ、異端は滅せよ。

 例え、その姿が嘗ての仲間であり、家族であり、恋人であろうとも、人を殺す化け物ならば―――人の手で殺さなければならない。同じく、その怪物が師で“あった”誰かであろうとも、騎士として尊敬出来る者だろうとも、親と等しい人であろうとも―――デメトリオ・メランドリには殺さねばならぬ義務がある。

 彼は神の名の下に断罪を下す騎士。

 聖堂教会に属するとは、そう言う事だ。

 ここでもし躊躇ってしまうと、今まで殺してきた命達に一体どんな意味があるのか?

 デメトリオ・メランドリは若い騎士でありながらも、既にベテランと同等の技量と、神よりも優先すべき信念を持つ。それは信仰と呼べる“何か”では無く、貫かなければ過去が無に帰ってしまう感情であった。

 

「駄目です! だって先生なんですよ、わたしたちの!?」

 

「君は来ない方が良い」

 

 彼女もまた、デメトリオと同じ孤児院出身の者。騎士では無く代行者になったが、所属は違えどデメトリオの事を弟のように思っている。

 

「―――でも! もうアデルバートが既に向かっていますよ?!」

 

 鬼のような顔で自分達の先生を殺しに向かった代行者を、彼女は恐れていた。アデルバート・ダンは代行者の中でも異端であり、まだデメトリオと同じく若い年で死徒狩り、魔術師狩りの達人になる狂人。彼ならば、例え吸血鬼に成り果てた先生であろうとも、問題無くあっさりと殺せるに違いない。しかし、それはデメトリオにも言えること。

 彼が出向かうとなれば、アデルバート・ダンと鉢合わせしてしまう。

 力量と言う観点で見れば十分であるが、見習いであった騎士は平常心で先生を殺そうとするアデルバートに剣を向けないでいられるかは疑問が残った。

 

「……あの男。まさか、お節介か?」

 

「知りたくもない。けど、貴方が行くなら私も行きますからね絶対!」

 

「わかった。邪魔はするなよ」

 

 葛藤はあった。だが、判断を出すのは一瞬。力量と言う観点ならば、アデルバートと同僚である彼女は別段足手纏いでは無かった。

 

「分かっています!」

 

 後ろの気配を気にせず、彼は育ての親である先生を殺しに山を降りて行った。必死の決意を示す代行者は騎士の後に続いて行く

 女性の名は露雲(つゆぐも) 真心(まこ)

 デメトリオと同じ孤児院の出身者であり、先生が嘗て拾った孤児の娘。異能の才能を持った突然変異で会った為か、異端に巻き込まれ家族を失い路頭に迷っていた所を拾われたとか。元々彼女の親と先生は昔から親交があり、孤児になって以来、孤児院で育ち代行者となって今も聖堂教会に仕えていた。

 そしてまた、アデルバート・ダンも同じ孤児院の出身者。

 あの銃狂いの代行者も剣狂いの騎士と同じで、共通の目的を持つ。そんな事はデメトリオは理解していたし、アデルバートも彼が先生が死徒化したとなれば考える事は同じだろうと予測していた。

 

「ダン、殺すなよ」

 

 無意識的にデメトリオは言葉にしてしまっていた。それは懇願では無く、一種の命令である。殺意を越えた異常な焦りが滲み出ていた。

 声に出さなくとも、騎士は自分こそ彼を斬り殺すのだと語っていた。

 

「――――――……」

 

 真心(まこ)の目に浮かぶのは不安と焦燥。

 デメトリオは彼女と違い、代行者ではなく騎士の道に進んだ。露雲真心はアデルバート・ダンと同じ代行者の道を進んで行った。同じ先生の下で育ったが、デメトリオ・メランドリだけが三人の中で一人聖堂騎士に入団した。

 任務から帰りイタリアの本拠地に戻れば、三人は何時も会っていた。同じ年の二人よりも彼女は2、3歳年上で姉として振舞っていたが、良い幼馴染であったと言えた。気の良い育ての親の先生に、幼馴染の二人に、沢山の孤児院の仲間たち。

 ……けれども、それも先程に崩れ去った。

 仲間は殆んど死に果て、先生が元凶である化け物に成り果て、二人は育ての親を殺しに向かっている。

 

「……なんで、こんな」

 

 涙が出てしまいそうにある。今まで我慢していたが、先生を殺しに向かう彼の背中を見るていると、何もかもが嫌になってしまう。だって、その先に居るのは先生と、自分と同様に先生を殺そうとする友人であるのだ。彼女はその中に騎士が入る姿を見て、その上自分も戦場で戦わなければならない立場にある。

 ―――山を下るのは直ぐだった。

 孤児院のある街は自然豊かな山中にあり、規模で言えば村と言っても間違いでは無かった。物静かな所で、昼間の今でも人通りが少ない落ち着く場所。今では長閑さでは無く、気味の悪さで静まり返っていた。

 

「……デメトリオ」

 

「気を付けろ。もう夜だ」

 

 山を降りた頃には、既に時間は夕方を過ぎていた。日も完全に地平の彼方に沈み、夜が支配していた。街を照らしているのは星と月だけ。街灯が少ない村の中は、物音は響くが人影は殆んど目に映らなくなってしまう。

 しかし、それはもう関係がなくなっていた。

 少々大規模であるが、結界が張り巡らされている。魔力に耐性が無ければ夜の闇に違和感を感じられず、悲鳴や騒音に気付くことも出来やしない。加えて、道端で人間の死体を見ても、その日常では有り得ぬ事態を異常だと認識出来ぬだろう。

 

「……結界です」

 

「ああ」

 

「それも、かなり高度な魔術理論で編まれています。敵は魔術の心得があるようです……いえ、すみません。

 これはあの人の魔術です。もう先生は既に―――」

 

「―――だろうな。既に街は堕ちている」

 

 生物の気配が夜の寒気さに消えている。これは生気を失った屍が醸し出す腐臭と冷気。

 

「……そん、な」

 

 そして、物影から現れる屍に真心は戦慄した。首元からは流血して固まった血の穴の痕が二つ。まるで小説の吸血鬼に咬まれたかのような傷であり、それは事実そうであった。

 

食屍鬼(グール)になったのか、君は」

 

 物影に隠れていたグール。二人は彼女に見覚えがあった。そもそも遂この間に再会したばかりで、仲間の結婚式の主役との事でお祝いをして上げたばかり。今まで辛い人生を送ってきて、これからと言う所でこんな惨劇に巻き込まれて、挙げ句グールに成り果てている。怪物になってしまっていた。

 ―――するり、とグールは綺麗に首が墜ちた。

 デメトリオが剣を素早く振い、彼女に永遠の安息を与えたのだ。屍になって屍を食べながら彷徨うよりかはと、騎士なりの慈悲であった。

 

「―――あ……」

 

 茫然自失の表情で生首を眺めていた。仲が良かった友人が段々と灰となり、屍が死灰になって風に吹かれて消えてしまった。

 

「今からでも遅くは無いぞ?」

 

「……断ります。せめて最期を見届けないと」

 

「そうか」

 

 そう言った真心は修道服から武装をもう一度確認し、しっかりと再装備させた。服の内側にあるので見た目からでは分からぬが、彼女は格闘戦専用の手甲と具足を付けている。浄化の魔力を叩き込む事である種の洗礼を施し、死徒を一殴りで内部から一瞬で爆散させるかの如く浄化する概念武装であった。

 確認し合った後の二人は順調そのものであった。

 結界の起点となる中心核へ向かって進み、道を阻むグールを片手間に皆殺しにしていった。今尚親交が続いている顔見知りばかりであったが、それでも止まらずに殺しながら進んで行った。

 

「良いか?」

 

「大丈夫です。もう覚悟は決めましたから」

 

 禍々しい瘴気に満ちた孤児院の異形。見た目が変わっておらぬが、巨大な化け物の内臓のように気味が悪かった。魔力が暗く光って脈を打ち、醜悪な汚物に人々の営みが汚されていた。

 そして―――響き渡る銃声の騒音。

 結界の所為で外まで漏れていなかったが、敷地内に入ると血臭と共に戦闘の音色が此方まで聞こえてきた。デメトリオと真心は走り、直ぐ様戦場のど真ん中まで急ぐ。

 

「……あぁ? 遅かったな、お前ら」

 

「ぎぃいああああああ!」

 

 ふ、とアデルバートが二人の方へ視線を向けた。その隙を狙ってグールの一体が大口開けて彼に襲い掛かるが、口に銃身をブチ込んで進撃を強引に止めた。

 

「―――死ね」

 

 パン、と空気が籠もった銃弾の発生音。銃弾が口内を通して脳を貫通し、後ろにいたグールの心臓を序でに打ち抜いていた。頭部を撃たれたグールは口を鼻から大量の血をダラダラと滝のように流し、まるで口の中に銃を入れて自殺した哀れな屍の如き姿を晒している。後ろのグールも糸が切れた操り人形のように力を失い、口から血を噴き出して倒れていた。

 

「もう来ちまったか。あの化け物はオレが殺したかったんだけどよ」

 

 ……先程、撃ち殺された者は三人の知人の成れの果て。しかし、もはや感傷など無い。無慈悲に淡々と、一人残らず標的にしていった。ダンは発砲と装填を繰り返し、何度も何度もグールを葬り去る。

 

「断る。某のものだ」

 

 返事をしつつ、斬る。目の前の屍食鬼を斬殺する。離れている敵ならば、魔眼で以って急所を切除した。

 

「いい加減にして下さい! 早く行きますよ!」

 

 殴った直後、グールが破裂した。浄化の魔力を叩き込まれたグールは、灰になって肉を一欠片も残さず爆散する。いっそ見ている者に何が起こったのか理解させない早技で、流れ作業に乗ってすれ違った屍達が次々と浄化されていく。 

 

「―――先生、出てきて下さい! いや、出て来やがれ!!」

 

 皆殺し。一人残らず、皆殺しだった。ダンと露雲、そしてメランドリは自分達が育った施設の仲間達の成れの果てを、斬り、撃ち、殴り、殲滅し尽くした。

 

「凄まじいです。

 素晴しいです。

 喜ばしいです。

 いやはや、感慨深いですねぇ。私が育てたとはいえ、とても優秀な殺し屋に育って良かった良かった」

 

 筋肉質で、背の高い厳つい男。しかし、彼の笑顔は他人を安心させる優しさに満ち溢れていた。今となっては不気味な化け物の血生臭い微笑みだが、昔は子供をあやす人格者の笑みであった。

 

「貴方は、こんな事をして―――何で! 何で笑っていられる!?」

 

「―――化け物になったからです。

 死徒と言う生き物も、中々に爽快な生命体ですよ。この不死性、この吸血衝動……生まれて初めての興奮です!」

 

 全てが変異している。何もかもが狂っていた。血を吸われ頭の歯車がずれた元人間が、其処で楽しそうに笑っていた。

 

「先生……いや、テオドル・ファルタ。血の味は美味いか?」

 

「勿論ですとも。デメトリオ。今は最高に良い気分ですよ、うふ……うふふふふふふ!!」

 

 テオドル・ファルタは聖堂騎士。正確にいえば、死ぬ前までは騎士であった元騎士である。十六代目ロア討伐の際、ミハイル・ロア・バルダムヨォンの転生体に血を吸われて死徒と化し、その取り巻きの一人と成り果てていた。

 ……しかし、その転生体は真祖によって葬り去られた。

 ロアは幾年後に発覚するであろう十七代目の肉体へ転生し、舞台から消えてしまった。

 自由の身になった彼は各地を転々と虐殺し回り、生前の自分が暮らしていた孤児院に辿り着いた。勿論、狙いは実の子供同然であった孤児達の血を吸いたかった為。彼は死徒になり、嗜好が反転し、愛する者を殺したくて如何仕様も無くなっていた。だから、自分を慕ってくれた子供達の血を吸い尽くして、殺してあげたくなってしまった。

 

「死んでしまえ」

 

 ―――もっとも、暴力主義者のアデルバートは育ての親の変化を如何でも良いと斬り捨て、銃弾を撃ち放った。そもそも、昔馴染みをあれ程殺した後となってしまえば、今更この男を殺した所で別段何も思う所は無かったのだ。

 故に顔へ飛来する弾丸は死の象徴であり、絶対の浄化であり―――歯で弾を止める姿は化け物に相応しい。

 だが、ダンは欠片も動揺していなかった。そんな真似が出来る死徒は別段珍しく無く、この弾丸は目暗ましの為のもの。

 早撃ちでは無く、ただ殺意を表しただけのお遊戯で。次の瞬間から本物の殺意を撃つべく高速で移動した。目視不可の銃捌きが刹那を置かずに狂い猛るだろう。

 

「――――――……」

 

 よって―――デメトリオ・メランドリの殺意は簡素。

 敵であると判断したのであれば、それ即ち斬殺による命の奪取。アレを殺害せんと先生を睨み、彼が行方不明になってから開眼した魔眼の能力を発動させた―――!

 まず右肩、次に右肘。

 そして、左太股、左膝、脊髄、首、顎、額、後頭部、右太股、右足首、左足首、右膝、股間、臍、右胸、左胸、左手首、左肩、左肘、右手首、左眼、右目、左側頭部、右側頭部、心臓、左脇腹、右脇腹――――――

 

「お……」

 

 ―――斬。

 斬、斬、斬。斬斬、斬斬斬、斬。斬斬斬斬斬。

 斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬……っ!

 

「……おぉ―――?」

 

 死徒が意味を成さない言葉を呟いた直後、バラバラバラと人型が崩れ去った。ダンが銃を構えて殺し合いを始めたと同時、決着がついてしまった。

 死徒は彼の魔眼を知らなかった。相手の手札を全て知っていると勘違いしていた死徒は、実にあっさりと切り裂かれて死亡した。物理的に何百何千の肉片に変えられた事で、概念など必要とする事も無く圧倒的斬撃が吸血鬼に止めを下した。各急所を念入りに細切れにされ、各関節を丁寧に切り取り、上からハムを切るように横方向へスライスし、縦方向にもスライスした。

 もはや、死ぬしかない。

 よって、復元呪詛も効果を成さぬ程、育ての親を小さなmm単位以下の肉ブロックに変えてしまった。

 

「え。せ、んせ……い?」

 

「おいおいおい!

 テメェ、良くもこんなにあっさり殺しやがったな!」

 

 茫然自失に続く言葉を失くす真心と、もっと苦しめて殺したかったアデルバートが死体を見る。特に時が止まっている彼女と違い、アデルバートは殺意に溢れた目で直ぐ様デメトリオを睨みつけた。

 

「……さぁ、後はもう後始末だけだ」

 

 とは言え、デメトリオは軽くアデルバートを無視した。自分が細切れにした相手を悼むなど何の価値もない事を彼は知っている。しかし、アデルバートの獲物でもあった彼を斬り殺したのは、確かに早計であったかもしれない。

 

「―――っち。貸し一つだぜ」

 

「了解した」

 

「……――――――」

 

 胸に襲い掛かる虚しさは、真心の心を問答無用で抉っていた。狂人のアデルバートは兎も角、デメトリオも先生が死んだ事に悲しみはないように見える。今の彼女では強がっているのか、本当に何も感じていないのか分からないが、それでも無感動な無表情は冷徹な騎士そのものに見えた。

 

「デメトリオ。良いのですよね、これで?」

 

「騎士として、代行者として、この行いは正義だ」

 

「―――人として、ならば?」

 

「親殺しに過ぎない」

 

「……そうですか。

 ああ、やはり貴方は強いですね」

 

 まだ生きているグールや他にもまだ死徒がいるかもしれない、と敵を狩り殺しに向かったアデルバートの背中を見つつ、二人は思い出が死んだ孤児院の中で過去に沈む。

 ―――月は満月。

 吸血鬼の夜に相応しい輝きであり、悲劇の幕に丁度良い。

 この事件を切っ掛けに、デメトリオ・メランドリは更なる鍛錬に狂い、アデルバート・ダンは聖堂教会そのものを窮屈に感じ始め、露雲真心は信仰を揺らがせ始めた。結果、メランドリは強さを恐れられ蝙蝠屋となり、ダンは代行者を抜け出し野に下り、露雲は身分的に一度俗世へ下ったが結局聖堂教会からは抜け出さなかった。

 ……これは二十年以上前の昔話。

 現在ではアデルバート・ダンは名前を奪い取られて死に、露雲真心は籍を入れずともデメトリオ・メランドリと結婚した。そして、アデルバート・ダンの名を奪い取った殺し屋は、彼と同じく第六次聖杯戦争に参加ししていた。




 読んで頂き、ありがとうございました。
 この話に出てくるアデルバート・ダンは、本編のキャラのアデルバート・ダンの師匠の方のアデルバート・ダンとなります。
 このデメトリオは年齢は結構取っているので、活動し始めたのは衛宮切嗣が魔術師殺しと呼ばれたのと殆んど同時期です。なので、現在では五十歳はいっていないけど、四十代後半と言った雰囲気。見た目はまだ三十代前半であるのだが、別に魔術を使わないで素で若い見た目。
 後、余談なんですけど、境界の彼方ってアニメが壺に嵌まりました。このアニメの主人公が眼鏡好きな所と、ヒロインのキャラクター性に中々響くモノがありました。


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52.死霊の篝火

 今年最初の投稿です。DOD3攻略で地獄を味わっていました。期待通りに期待から外れた怪作で、個人的には満足出来たゲームでした。神ゲーじゃないのに、神ゲーだと思えた作品よりも色んな意味で響くモノがあるんですよね。何と言うか、癖になる雰囲気を持つ印象強いゲームです。


 コレクションの一つであるバイクに乗り、綾子は山道を爆走していた。サイドカーを取り付けており、運転手である彼女は隣にサーヴァントを乗せている。

 冬の夜道は寒く、吐く息は真っ白。

 対面の車道から車両が来ることも無く、自分達が乗っておりエンジン音だけが道路で響く。

 ヘルメットを被って風を遮り、分厚い外套で身を護っているとは言え、彼女は肌寒さを感じぬ訳では無かった。しかし、隣の男が着る漆黒に染まった独特な衣装は、厚着には程遠くて見るからに寒そうだ。彼女と同じくヘルメットを被っているのだが、その下で包帯を巻いて両目を隠しているのが少しシュールである。

 

「それでマスター。今夜で、本当にアインツベルンを仕留める気でいるのかい?」

 

 暗く、黒く、夜は並々ならぬ静けさに支配されていた。今は時間帯にして夜の9時を少々っ過ぎた頃。街はまだまだ煌びやかな文明の光で明るいが、森が広がる山は暗闇だけが支配者だった。

 

「……まぁ、ねぇ。

 正確に言えば、キャスターを狙った組も討つ漁夫の利作戦でもあるけど」

 

「そうか。けど、それって俺たちだけじゃないと思うんだけど」

 

「当然!

 考えることは一緒なのさ。態とらしい程、あいつら全員から恨みを買い取りした。それはもう不自然なくらいにね」

 

 纏めて皆殺し。確かに成功すれば聖杯戦争は勝ったも同然。しかし、英霊と魔術師を数組敵に回して行うには、効率が良いの越えて、既に希望的観測染みた無謀な暴挙にしかならない。

 そんな真似を策謀を錬るキャスターのサーヴァントを行うか否かと言えば、否だ。

 怪しいし、裏があるとしか思えない。だが、守備に回っても相手は魔力を蓄えて益々強くなるだけであり、戦争で勝つことは難しくなるばかり。あの組を殺すには攻勢に回って圧殺するしかない。タイミングを計り、他の組の動向を読んで襲撃するしかない。そして、そのタイミングはキャスターが予め仕組んでいたとしか思えない程丁度良く、今夜がベストとなっていた。キャスターに襲撃された組は恐らく、聖杯戦争が一段落した今夜にも計ったよう襲来する事になるだろう。

 

「マスターらしいな。あえて敵の思惑に乗るのかい?」

 

「騙された風に装ってね。多分、他のグループを(おんな)じこと考えてるんじゃないかな」

 

 美綴綾子は隣に居るアヴェンジャーにシニカルな笑みを向けた。それは相手の言葉に対する肯定であり、当然であると質問を肯定する返事でもあった。

 

「あー、そりゃそうかも。腹黒いの多いし」

 

 アヴェンジャーが確認出来たのは、アサシンを除く各クラスのサーヴァントとマスターのグループ。しかし、マスターの美綴綾子曰く「消去法から多分、て言うよりほぼ確実にアサシンは言峰だよ」との事なので、色々と他組に対する対策は出来上がっていた。

 今回、その中でもキャスターのアインツベルン組を狙ったのは、どうも自分達イレギュラーであるアヴェンジャーのクラスが居る事を知っている節があった為。それも初戦は積極的に狙って来たので、それが誘いの罠と予感しつつも次の標的としてアインツベルン城攻略を目論んでいるのであった。

 

「あんたもその一人だからね」

 

「手厳しい」

 

 両目を覆う魔眼殺しの包帯を弄りながら、彼もまた皮肉気に笑みを浮かべた。

 

「直ぐ森に着く。あちらさんには手に取るようにバレるから、あんたも気を付けてね」

 

「俺一人でも良かったんだ。本当に付いてくるんだな?」

 

「仕方ないさ。アヴェンジャー一人じゃ多分、殺されて終いになるだけだ。英霊と比べると格落ちするマスターも戦力に数えないとヤバい程、ここから先は死地になるって勘が訴えてるんだ。

 ……あー、その何だ。あたしが言いたい事、あんただったら分かる筈だけど?」

 

「サーヴァントとして情けない話だが、凄く助かるのは確かだね。

 キャスターの敷地内じゃ暗殺は無理だし、気配も簡単に察知される。俺一人じゃどうも、袋小路になって下手になりそうだ」

 

「そう言う事さ。あれの正体は大体分かってるし、もし真名が予想通りなら最悪のサーヴァントキラーになるよ、多分ね。

 そうなればさ、マスターと一緒に行動していた方が良いし、他の組もそうなる。唯でさえニ対一になるし、キャスターが生きているのにマスターの単独行動は危険極まるってこと」

 

「理屈は分かるが、良い気分じゃない」

 

「気分の問題かよ。ケセラセラなあんたにゃ、まぁ……ぴったりかもしれないけど」

 

「大事だよ、そう言うのは。意欲を向上させるのに、気分ってのはかなり大きなウェイトを占める」

 

「ほー。流石、真祖の守護者だった愛の騎士」

 

 確かに、それは事実。嘗ての彼は真祖に対する愛ゆえに、殺人貴と化して死を化け物共に撒き散らした。現代でも死神の代名詞としてアヴェンジャーの悪名が轟く程、彼の真名は神秘に属する者達に刻み込まれている。その所業もまた、アルクェイド・ブリュンスタッドを愛していたからこそ、貫けたことである。

 

「おい、アンタ。茶化すと殺すぞ」

 

 とは言え、アヴェンジャーはアヴェンジャーで愛の騎士とか言われると、死ぬほど気恥ずかしいのだが。愛の騎士なんて呼ばれると、本当に鳥肌物な上に蕁麻疹で発狂しそうになる。後、何だか無性に死にたくなる。

 

「もう目と腕を殺されてますが、なにか? 愛の騎士?」

 

「……マスターも分かってるだろ?

 あのばかおんなが相手じゃ、愛の騎士なんて名前は似合わないにも程がある。精々が保護者止まりだって」

 

 綾子は真祖と面識が何度かあった。死んだ白翼が画策したあの事件の中で、死神を引き離す際に見た事があった。

 金髪に紅眼。浮世離れし過ぎた特徴的な美貌は、一目で心象に強く残る。

 此方を見る目はゴミを一つ視界に収めただけな超越者然とした冷たさであったが、死神に対する態度は毒気を抜かれるような軽さ。次にあった時は偶然の再会で、その次の機会は彼女が死んでしまったのでもう無かった。

 

「はいはい、そーですねー」

 

 何だかんだと、このアヴェンジャーはやりたい事をやって死んでいる。生前の惚気話なんて、特に愛に生きて死んだ英霊の話なんて、聞いてしまえば砂糖を吐き出すレベルの甘ったるさになるので、綾子は死んだ魚みたいな目で軽く流した。

 

「可愛くない。可愛くないぞ、マスター。もっと愛想良くしないと男に受けないよ」

 

「黙れ。令呪で命じて裸盆踊りさせるよ、冬の公園のど真ん中で」

 

 四捨五入すれば三十路になる今年で26歳の美綴綾子、独身女性。恋愛関係は全く以って将来明るくない真っ暗状態なので、話題にされるだけで少し逆鱗に触れてしまうのだった。

 

「なんて恐ろしくおぞましい事を考えるんだっ!

 ……でも、あれ。マスターって確か……あの性悪神父が良かっ―――」

 

「―――あー、あー、あー!

 分かった分かった、もう良いって。あたしの負けで良いからそいつの事を話題にするなっ!」

 

 顔を真っ赤にし、隣のサーヴァントに怒鳴る。バイクの運転中だと言うのに、思いっ切り余所見をしてしまっていた。

 

「マスター、前だ前! 危ないから前を見ろって!」

 

 と、魔が支配する森に着くまで、二人は暇潰しの会話を続ける。

 しかし、既に森の入口にはまだ届いていないが、アインツベルンの領域自体には後一歩で入り込める。正確に言えば、既にアインツベルンの支配区域である森全体を覆う巨大結界は見えており、アヴェンジャーも包帯を外せば空間を歪に通る“死”を直視出来た。

 

「ははは、そんなに慌てるなって。直ぐ森の入口だし、ここで事故死なんて間抜けは晒さないよ」

 

 魔術師の結界とは、周囲にバレ無い事が一流の証だと言う。同業者に一目で露見してしまうようであれば、それは二流の腕前であり、一般人に悟られるようでは三流以下。

 だが―――この森の結界は意味合いが違い過ぎる。

 既に霊感が欠片も無い一般人でも感じ取れる瘴気と、濃厚な魔の気配が一歩入る事を拒否させる。夜以上の暗黒が森を支配し、邪悪な魔力が漏れ出して大源を汚染している。この中では魔術師は、大源の使用を禁止させ、行動全てがキャスターに監視されている。

 

「ん? もう到着かい、マスター?」

 

「うん。まぁ、ここまで山道を周り込めば十分だと思うよ」

 

 綾子とアヴェンジャーがバイクから降りる。目の前には木々が参列し、はっきりと現実と異界との境界が目で捉えられた。ふむ、と頷きながら今から行う作戦を思い返し、彼女のバイクが少しばかり歪んだかと思えば世界から消失した。

 

「……さて―――」

 

 アヴェンジャーは包帯に手を掛け、風が流れるように取り外した。それは奥の手の開帳であり、英霊史上最悪の死の宝具―――直死の魔眼。

 そして、手には刃が飛び出し式の短刀を持つが、英霊の武器にしては大した神秘を宿さぬ。だが、霊感が鋭い者であれば、あのナイフが夥しい屍の山を生み出し、強大な魔を殺し続けた死神の鎌であると簡単に悟る事が出来るだろう。むしろ『殺す』と言う概念で凝り固まり過ぎ、他の余分な神秘が一切ない純粋な死を与える凶器。七夜と柄に刻まれた短刀は銘を七つ夜と言い、アヴェンジャーの生前の知人が命名した彼の相棒である。

 

「―――殺すか」

 

 魔眼によって視覚化された死。眼前に浮かぶ死の点を、ナイフの刃で抉るように突き刺した。綾子から見れば何も無い虚空に刃を刺しただけのパントマイムに見えるが、アヴェンジャーにはその空間にあるモノが見えていた。

 ―――大結界が一瞬で死ぬ。あっさりと殺された。

 張られていたキャスター渾身の結界術が消失し、魔の森がただの森に変わって行く。

 

「……まさか、有り得るの? 

 確かにアヴェンジャーの魔眼で殺した筈なんだけど」

 

 変化は刹那の間も無い早技であった。殺された結界が殺された時の同じ様に一瞬で蘇生し、先程まで結界を形成していた霧散した魔力が形を簡単に取り戻した。

 

「これは……成る程、分かった。凄まじいカラクリだな」

 

「……何に気付いたんだい、アヴェンジャー」

 

「覆っている結界とは別に、別個で維持と再生用の術式が中心核に置かれているんじゃないかな。例えるなら外側の結界を殺したところで、心臓と脳の部分を取り出して違う体に移植して、其処から魔力を流している雰囲気に近い。結界の機能を果たす肉体を破壊しても、別箇所の機関が修復を果たす。

 だから、この結界を幾ら殺しても、形を崩した時にバラバラになった魔力を利用して直ぐ再生する」

 

「……なんだい、そりゃ。

 魔術理論が異次元過ぎる領域だ。そんな空想の魔術式、高度過ぎて人間技じゃない」

 

「その常識を凌駕してこその、魔術師の英霊だ。キャスターを名乗るサーヴァントとして、あの魔術師は最強に近いと思うな」

 

「―――っち。結界殺しの対策は万全って感じかな。神秘の中に蔓延る例外も、あのサーヴァントは想定してるって事か」

 

「だろうな。多分だけど、他の様々な魔術殺し系統の魔術礼装や概念武装も効かないじゃないかな。

 まぁ、正確に言えば無効化じゃなくて、“効いたところで死なない”ように細工されてる。殺しても死なないんじゃなくて、死なせているのに殺せないって感覚か」

 

「あー、そこまで念入りにしてるの。じゃ、折角準備した魔術対策用の道具も効かなそうね。あんたの魔眼は最高の対魔術効果を持ってるのに、それも効かないんじゃ試しても徒労になっちまいそうよ」

 

 もはや、キャスターの術式は魔術の領域に無い。術式を構築する理論が現代のそれを大きく上回り、神話の時代でも最上級の術者であったのだろう。

 取れる手段は、そうなると一つしか無い。

 気配を殺しても駄目。結界を消すのも駄目。故に、二人の決断は至極当然の解答。

 

「―――正面突破だ。

 正々堂々、戦況を利用して不意打ちして上げよう」

 

「賛成する。手段を問わずに、だな」

 

「ええ、そうよ。他のサーヴァントは兎も角、キャスターは早目に殺してしまった方が安心出来るからね」

 

 一歩踏み込み、その瞬間―――全てが変質する。

 夜の闇に染まる森の内部は巨大な生物の内臓の如き気色悪さに加えて、其処ら中の影から魔の気配が漂っている。視線と言う視線で貫かれ、空間そのもので遺物を感知して侵入者を察知している。

 

「行くよ。戦争を始めましょうか」

 

「―――ああ。遅れるなよ、マスター」

 

 彼女は橙色の薙刀を肩に担ぎ、戦闘用の道具を外套の中に仕込んで装備を確認。なるべく動き易いように軽装であるが、いざと言う場合に備えた武装で身を固めている。アヴェンジャーは魔力の節約のため魔眼殺しを撒き直しているが直ぐにでも取れる準備をし、使い込んだ短刀は刃を出した上で握っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ……そうして、美綴綾子とアヴェンジャーが森へ侵入を開始した時、既にセイバーと衛宮士郎もアインツベルンの森に侵入を果たしていた。共同戦線を引いた同盟者たる遠坂凛と、その相棒たるアーチャーもまた、二人と共に森へ入り込んでいた。

 二人は周りを警戒し、黒く色を塗り潰された洋弓と、刃が透明になった奇怪な剣を構えている。敵の気配を常に感じていながら、何処に潜んでいるか分からない状態が続いている。今の状況は非常に危険である。

 

「シロウ。これは……そう言うことだと判断して宜しいのでしょうか?」

 

「ああ、見事に術中に嵌められた。彼女たちと分断されてしまったようだ」

 

 確かに、士郎とセイバーは凛とアーチャーと一緒に居た筈。隣に彼女らがいなければならない。しかし、現状はそんな状況とは全く以って違うものにされていた。

 ……先程まで襲い掛かって来たのは、本物の怪異だった。

 姿形で近いものを例えるなら、天狗だろうか。背中から翼を生やし、魔力が込められた歪な仮面を被り、手には槍や刀を備えていた。

 

「―――……」

 

 剣を構えるセイバーは、現状の不味さを士郎よりも自覚していた。キャスターとアインツベルンの討伐を魔術師討伐の延長として捕えている彼とは違い、セイバーはこの討伐作戦を戦場の習いを通して見ていた。

 見方と離され、敵に囲まれる。加えて、この状況はキャスターの陣営だけではなく、他の陣営まで来た場合は三つ巴、下手を四つ巴となってしまう。その場に凛とアーチャーが居れば、それだけでかなり有利となるが、今の状況でキャスター達にその多角敵対関係を生み出される可能性があった。セイバーの視点から見て、このキャスターはとことん何処までも理詰めで、厭らしく、狡猾で、相手にして欲しくない手段を多角的に狙ってくるのだ

 

「……はぁ!」

 

 月と星しか光源が無い森の中、暗闇から奇襲を掛けてきた魔物を一太刀で殺害。セイバーが冴え渡った直感が、敵を察知し、気配に向けて剣を振う。

 

「これは、また日本固有の“魔”ですか?」

 

 全長250cm。高さだけで1mm近い四足獣。牙を生やし、サーヴァントの霊体を切り裂ける鋭い爪を持つ狼、あるいは犬に近い姿の歪な生き物だった。セイバーはそれを一刀両断し、一瞬で頸を掻き裂いた。

 

「恐らくそうだろう。これは狛犬……いや、犬神に近いな。しかし、この憑依魔術は恐ろしい。本職の蟲術と見える」

 

 蟲術とは、東洋発祥の魔術の一つ。有名どころで言えば「器の中に多数の虫を入れて互いに食い合わせ、最後に生き残った最も生命力の強い一匹を用いて呪いをする」というもの。だが、対象となる生き物は虫以外でも構わず、この場合は犬の死霊が利用されていると思われる。

 実際のところ、材料は別に困っていなかった。

 キャスターは怨念が集まり、凝縮し、今現在も尚、毎日毎日屠殺が行われている場所に行けばいい。態々生きている犬を殺すよりも、沈下した澱のような“死”が凝り固まった場所が現代にはある。つまり、引き取り手の居ない野良犬や野良猫を殺す保健所にキャスターが霊体で忍び入り、呪詛を収集してくるだけで良い。他にも道端に染み込んだ怨念なども、目に付いた片っ端から集めに集めた。

 ―――その怨念同士を、キャスターは共食いさせたのだ。

 残ったのは強大となり、強い思念を持つ魔。人肉を好み、特に魔術師の魔力に満ちた生肉が好物な魔物である。それら怨念の霊体を生物に憑依させ、このような怪異を生み出す事が出来たのだ。

 

「多いな。それも兵の質が良い」

 

 地を疾走する犬も厄介だが、木々を足場に森を立体的に移動する巨大な猫も脅威。野生動物は天性の猟人であり、敵を仕留める時の殺気が限り無く薄い。

 地面には犬、木々には猫、虚空には鴉。

 一体一体の戦闘能力が西洋で言う吸血鬼たる並の死徒を凌駕し、技術も野生の動物に相応しい天然の殺戮者。特に人型のカラスには人間の戦闘法も仕込まれており、加えて妖術の心得もある様に見えた。

 

「……天狗の矢か。

 キャスターめ、本当に何でも有りだな!」

 

 上空から射られた矢を咄嗟に士郎は避ける。直撃すれば胴体に風穴が開いていたが、地面に深く突き刺さるだけの結果に終わる。

 隙を見て士郎へ襲い掛かって来た巨犬の胴に回り蹴りを叩き込みながらも、彼は地面に刺さったままの矢を抜き取った。それを自身の弓の矢として構え、上空の天狗を射る。丁度顔面の真ん中に当たった所為か、仮面を粉砕しながら敵の命を奪い取れた。また、即座に投影した矢で蹴りを入れて倒れていた犬の頭部を突き刺した後、それを弓で構えて次の敵を狙って矢を射る。

 次の敵も、そのまた次の的を狙い、魔力を節約しながらも敵を次々と仕留め続ける!

 

(きり)が無いです、シロウ。どうしますか?」

 

 セイバーは既に百近い魔物を斬り捨てた。極力魔力放出を抑え、剣技だけで魔力消費を少なめで戦い続けているも、限界は何時か訪れる。

 

「突っ込むぞ。撤退しても意味が無い」

 

 今、撤退すれば後が無い。セイバーもその事は理解しており、それには賛成していた。ここで引けば今後、次はキャスターに狙われる危険性と、ここで殺せなければ戦略的に不利な立場になる可能性がある。あの腕前を誇るキャスターが街を魔術で監視し支配している現状では、サバイバルで生き残るのは非常に難しい。

 しかし、凛とアーチャーを捜しながら突き進むか、自分達だけでキャスターの居城に攻めるかで策は変わってくる。とは言え、彼女の直感は突破をすれば凛達を合流出来ると肯定しながらも、嫌な予感が消えていなかった。何かを見逃して取り返しのつかない大事が直ぐ傍で横たわっているかのような、背中に嫌な汗が流れる妙な悪寒があった。

 

「はい。では、キャスターの元へ行きましょう」

 

 新生したアインツベルンの城は非常に目立っていた。士郎とセイバーも第五次聖杯戦争の折、その場所を知っていたが嘗ての趣きは既にない。

 ―――森の中からでも見える巨城。

 月明かりで夜の森に影が出来る程の大きさは、隠れ家では無く完全な要塞だ。

 窓が無く、城壁に囲まれ、隙間を少なくしている。城の壁には強力な魔術障壁と厳重に固定化された結界に加え、攻撃して来た者を呪う呪詛が込められている。城壁は既に結界宝具染みた防衛能力を持ち、空間ごと土地と同質化していた。

 そして、二人は前進を続けた。一通り、辺りの兵士を皆殺しにし、士郎とセイバーは一呼吸置く。お互いに肩を並べ合い、目的地となる要塞を視界に入れる。障害は多いが、一歩足を進めるごとに敵へ近づいているのを実感出来た。

 

「―――いえいえ。

 それには及びませんから。御客人のおもてなしは、屋敷の主の務めですのでね」

 

 セイバーはその瞬間、全てが凍り付く驚愕支配された。何の気配もなく肩に手を置かれ、背後から掛けられた言葉が耳を素通りして過ぎて行った。

 

「……なぁ―――!」

 

 思わず出た悲鳴と怒声が合わさった声であるが、彼女はそれと同時に剣を振り抜く。声を発した対象者へと、問答無用で刃を叩きつけた!

 

「おっと。危ないですねぇ。死んだらどうしてくれるのですか、全く。斬られるのは痛いから好きじゃありません」

 

「―――キャスターだと……!」

 

 ひょい、とあっさり剣戟を避けたキャスターを見て、士郎の警戒は最大限まで上がった。居城で引き籠っていると思われていたキャスターが、こうして目の前に居る異常事態は予想の範囲外であった。敵陣地に居れば会うかもしれないと想定はしていたが、このタイミングでの登場となると些か疑問点が多いのだ。

 

「ようこそ、私の神殿へ。歓迎しますよ、衛宮士郎殿とアーサー・ペンドラゴン殿」

 

「――――――」

 

 セイバーの剣気が、キャスターの気配を完全に塗り潰している。しかし、その不透明さが逆にキャスターの存在感を際立出せている。

 

「……その格好。貴様は陰陽師か?」

 

「おやおや。もしや、貴方はこの国出身の魔術師なのでしょうかね?

 まぁ、衛宮士郎と言う名前からして、あからさまに日本人ではありますが。しかし、もう既に現世では陰陽道は廃れてしまってそうで、古風な私としては悲しい限りです。日本人でありながら、西洋の術理に手を出すとは時代も時代ですねぇ」

 

 メイドのツェツェーリエが行った調査により、キャスターは敵マスターの顔と名を覚えていた。無論、衛宮士郎以外にも、遠坂凛やバゼット・フラガ・マクレミッツ等の情報も知っている。彼は自分の陣地に入り込んだ賊の正体を看破し、練り上げた対策で既に封殺を狙っていた。

 

「さて、どうだろうな。魔術師と決めつけるのは早計だぞ」

 

「そうですか。まぁ、どちらでも構いませんよ。土着の術者に興味を持つ魔術師となれば、その国出身の魔術師だと相場は決まっていると考えていましたのですけど」

 

 士郎にとって、キャスターの姿はとても分かり易かった。分厚く重ねられた白く上質な着物と、腰に下げた古い作りの日本刀。解析の魔術も使用して考察すれば、この男が何処の国出身の英霊なのか直ぐさま理解出来た。

 魔術師の英霊として召喚され、更に日本文化の密着した装備の数々。何より、攻撃に使用される符。手に持つ装備。これから推測するに、キャスターは日本の伝承を持つ魔術師。それも日本古来より伝わる土着の神秘を扱う呪術師―――陰陽師であった。

 有名どころと言えば、陰陽道の開祖である安倍清明。その宿敵である蘆屋道満。

 

「そう言う貴様は分かり易いな、キャスター。真名は安倍清明か?」

 

 唯のかま掛けだ。陰陽道に通じる者となれば、まず最初に浮かぶ人物が安倍清明であると言うだけ。日本出身の魔術師の英霊と推測すれば、陰陽師の彼が代表例。それに顔立ちが何処となく狐っぽいと言う単純な印象だけの考えだ。

 

「ご明察。やはりここまですれば、日本生まれの魔術師には簡単に真名が露見してしまいますね」

 

 ……正直な話、あっさりと真名を肯定したキャスターに驚きが隠せなかった。

 本当か如何かは分からないが、策謀を好むキャスターらしからぬ即答であった。むしろ、逆に怪し過ぎて本当に真名が正しい様にも思えてしまった。

 なので、相手の言葉に乗る事にする。真偽の程が分からぬが、キャスターが安倍清明か否か不明とは言え陰陽師である事は間違いないと思われる。使っている神秘が陰陽術となれば、そう断定するのも気が早いとは思えなかった。

 

「有名人だからな、貴様は。それにアインツベルンが態々キャスターのクラスで召喚すると考え、中でも日本出身と限定すればお前がまず思い浮かぶ」

 

 真名の予測は単純な消去法であった。真名の断定は危険極まりないのだが、問答のかまかけに使う程度では構わない。

 推理した材料として、第一に森に配置されていたキャスターの使い魔達は全て、日本の神秘に属する魔。加えて、サーヴァントと並ぶほど高純度の肉体を持つ生粋の怪異だ。第二に、キャスターが使用している魔術が日本古来から伝わる土着の神秘である点。服装もそうであるが、使用している礼装も太古の日本で使われていた道具であるのだ。

 そして第三に、アインツベルンが態々キャスターのクラスで召喚するレベルの日本の英霊となれば、選ばれる真名はかなり数に限りがある。日本国で行われる聖杯戦争の知名度補正を考えれば、史上最強の魔術師の英霊として召喚される人物は唯一人―――安倍清明である。

 ……もっとも士郎は、敵の言葉を信じてはいないが。敵の話をブラフとして受け取っていた。キャスターから出る言葉など、まず信じれば馬鹿を見るのが必然だ。

 

「おや、まぁ。そう言う割には、私が真名を肯定した事を信じていられないご様子。

 正直な話、この陰陽術を使用すれば、何時かはあっさり身元が暴かれると考えていました。使用する魔術の基盤や理論で出身地域や真名を推測されるのは、キャスタークラスの宿命。それも有名どころですと、隠す事も出来ないと来ています。

 ……全く、嫌になりますねぇ。そうは思いませんか、キング・アーサー?

 その強そうな聖剣、魔術で隠していても在る程度の魔術師ならば、透明化程度じゃ無意味ですね。正直、輝きが強過ぎて宝具の真名がバレバレですよ」

 

「……お喋りが長いですね」

 

 どうやら、風王結界が意味を成していない。恐らく見ただけで、宝具化する程の魔術を見抜ける技量を持つようだ。

 

「おや? 騎士王様、長話はお嫌いですか?」

 

「ああ、その通りだとも。特に貴様の様な、癖の強い魔術師は心底苦手だ」

 

「怖いですね。私のようなそこいらに居る学者風情にとって、蛮族を殺し回った王様が相手だと心身が持ちそうにありません。その手に持つ皆殺しの聖剣を使われては、キャスターたる私では小粒も残らないではないですか」

 

「―――……貴様」

 

「怒りましたか?

 嫌ですねぇ。そもそも、歴史を指摘された程度で沸点を越えそうになるなんて、貴女はどうやらとても誇り高いようです。

 本当、からかい甲斐がある英霊なようですね。

 所詮は剣なのですから。虐殺の道具に使われても、別段それが如何と言う訳でも無いと思うのですけれども」

 

「ならば―――その聖剣に斬られてみるか?」

 

「ご勘弁を。死ぬならもう少し、穏便な死因が望ましいですな」

 

 長話に興じつつも、士郎は敵の観察を怠っていなかった。この場所が敵領域であり、少しでも魔力に変化があれば殺しに掛り、隙を見せれば射止めに掛ろうと構えている。決定的な隙など欠片も見せず、互いに相手の隙を見抜こうと心構えている故に戦火が開いていぬだけであり、セイバーと衛宮士郎の二人を相手に膠着状態を作り出せていた。

 だからこそ、キャスターの悪趣味である大好きな長話を敵相手に出来ている。殺し合いを行っていないのは単純にキャスターの遊興であった。

 

「さてさてさて!

 前置きはここまでにして置きましょうか。折角こんな場所まで来て頂けた御客人。私からのお届け物を存分に楽しんで頂きたいのですのでね」

 

 鋭く笑みを浮かべるキャスターは、厭味ったらしくパチンと指を鳴らした。

 

「―――衛宮士郎殿。貴方の事は調べさせて頂きました。なので、この趣向は存分に気に入って貰えると考えています」

 

 そう、話はここまで。次からは策通りに敵は皆殺しにしなければならない。

 

「―――キャスター、貴様!」

 

 ばら撒かれた呪符。セイバーは士郎を護るため、彼の楯となるべく飛び出た。士郎は逆に一気に後退し、キャスター目掛けて矢を速射する。

 

「おやおや、良いですね。破魔矢ですかね、それ。

 でも残念!

 その類は私の専門分野ですのでね」

 

「……っち」

 

 魔術障壁を貫き、結界を穿つ退魔効果を持つ矢。魔術師にとって天敵である礼装の投影であったが、その士郎の矢をキャスターは“魔術”で逸らした。恐らくキャスターが使う魔術の礼装でもある札には、それぞれに対応する術式が刻まれている。つまり、このサーヴァントは士郎が射る矢の概念を一目で判別し、それを防げる呪符を一瞬で判別し、取り出し、使用した。あの防壁は退魔や魔術殺し対策の、それだけに特化した術式であると言うことだ。

 

「煩わしい。少し、黙りなさい……―――!」

 

「はははは! 実に受け甲斐のある強力(ごうりき)ですね」

 

 そして、セイバーの剣戟を障壁で受け止める。対魔力を持つ彼女の突進を迎え、魔力放出で加速した聖剣の斬撃力を防ぐ。魔術の完成度が高い過ぎるのも危険だが、一番恐ろしいのは彼女の動きを完璧に見切っている点。魔術師の英霊がセイバークラスの戦闘機動に追随する事がそもそも可笑しい。

 だが―――たかだか魔術師風情に裏を取られるセイバーでは無い。

 彼女は間合いを一気に詰める。そして、移動した事で出来た隙間を抜いて士郎が矢を再度射る。今度の矢は特別製で、魔力の流れを断つ赤い槍を弓で射出した。こればかりは堪らないとキャスターは腰に下げる刀を抜いて何とか軌道を逸らすも―――眼前には既に剣士の姿。

 あ、とキャスターが呟いた瞬間、胴体を一気に両断されていた。

 勢いの余り彼の上半身はクルリクルリと宙を回転し、下半身は見事に立ったままの状態。そして、上半身も下半身も同時に地面へドサリと落ちた。

 

「……セイバー、どうだ? 私は正直、違和感しか感じない」

 

「ええ。ただの直感ですが、殺せた手応えが少々足りません」

 

 死体でしかない。キャスターの姿は真っ二つにされた唯の屍にしか見えない。けれども、それを成した二人がその現実に違和感を感じている。

 

「―――可笑しいと思いました。

 シロウ、この屍は実体です。死んでいるのに、消えていません。サーヴァントではない」

 

「……(ダミー)か。考えているな、敵も」

 

「計られましたね。それに真名が安倍清明と言っていましたが……実際、どう思います?」

 

「正直、どちらでも構わない。

 陰陽道の心得を持つ英霊を上げれば、候補は幾つも上がるだろう。

 それに陰陽術とは大陸から伝わって来た自然哲学思想と陰陽五行説、そして日本古来より伝わる神道が混じり合った魔術基盤。謂わば……そうだな、大陸思想と神道(かんながらのみち)が合わさり、独自の発展を遂げた古い自然科学と呪術だ。

 加えて天文道、暦道と言った古代日本の学問でもあり、仏教や道教などの宗教的要素も練り込まれている。つまり星を読み、魔を律し、神に通じている訳だ。もっとも、大陸の神話時代のモノと並べれば比較的新しい神秘ではあるが。

 式神を操り、五行に通じ、らしい事を行えれば真名を偽るのは簡単だ。日本独自の神秘を使用するキャスタークラスは多いからな」

 

「成る程。でしたら、このキャスターの真名は他にもある可能性もあるのですね?」

 

「可能性はある。可能性はあるが、この領域の陰陽師となれば正直、安倍清明しか思い浮かばないのも事実だ」

 

「難しいですね。ですが、考え過ぎると―――狐に化かされてしまいます」

 

「セイバー……?」

 

 彼女の視線は死体から離れていない。士郎は念には念を入れて、解析魔術まで使用して確かめて死亡確認を行っていたが、どうやらセイバーの直感は遺体から注意を離してはくれなかった。

 

「おっとと、バレてしまいましたか。

 いやぁ本当、だから斬られるのは嫌なんですよね。分身体とは言え、接続してますので痛感も伝わって痛いです」

 

「―――……不死身か、貴様」

 

 硬直を直ぐに解いた士郎が、真っ二つになったまま平然と会話する化け物に武器を構える。セイバーはいざと言う時のため警戒しておいたおかげか、直ぐ様士郎を守れる位置に着いていた。

 

「全然、まさか。しかし、斬られたら死んでしまう軟な式神を、態々自分の分身にはしませんよ」

 

「……――――――」

 

「おやま、無言ですか。ははは……まぁ、殺しても意味がなければ死なせる必要はないですからね。もう、私の長話には付き合う気は無いご様子。いやはや、実に残念です」

 

「本体は何処だ?」

 

「言う訳ないでしょう、セイバー殿。その代わりと言っては何ですが、先程のお礼として投げた呪符の中身をお見せしましょう」

 

 宙を舞い、地に堕ちたままになっていたキャスターの呪符が光り―――燃えた。爛々と発火した。膨大な魔力が外部に放出される。濁り呪われた黒い炎が森に召喚されてしまった。

 

「―――では、私はこれで失礼します」

 

 キャスターは捨て台詞を言った直後、一瞬で霧散した。魔力が散りじりとなり、その散らばった魔力も残さず森の結界は吸収した。既に影形は何処にも無く、本物にしか見えなかった偽物はあっさりと二人の前から過ぎ去ってしまった。

 

「何か来ます。注意して下さい、シロウ」

 

「君こそ、油断しないでくれ」

 

「全く。サーヴァントにマスターが言うことではありませんよ」

 

「ふ。人の心配は素直に受け取ってくれたまえ」

 

 軽口を叩きつつ、背中合わせで周囲を見渡した。黒い炎は影を無し、段々と人のカタチに変わっていった。

 ……あ、あぁぁ、あ、あ、あ、ああ、ああああ、あああ。

 それは壊れたラジオみたいな音声だった。

 暗い夜の森の中を通る風に乗り、掠れた音が鳴る。人から発せられる音だと分かるのに、人間から出ている音とは思えない奇声。歪に枯れた死人の断末魔。

 

「悪霊ですか? しかし、これは一体……」

 

 炎に巻かれた敵は、これまでの魔物とは気配がまるで違う。今まで森で殺してきた化け物は、全て実体を持つサーヴァントに近い怪異であった。

 確かに、脅威ではある。

 だが、正直に言えば今までの怪物とは違って容易い雑兵。

 簡単に聖剣で斬り殺せる。それも、あれ程はっきりした悪霊であれば、エクスカリバーが宿す概念で浄化(殺害)出来る。物理的に殺せなくとも、あっさり切り裂けるだろう。加えて、マスターの投影魔術を加味すれば、ああ言った弱点が分かり易い敵は殺し易いにも程がある。いざとなれば、対霊に特化した武器をセイバーは借りれば良かった。

 

「……シロウ?」

 

 ―――様子が可笑しい。セイバーはマスターを護りつつも敵に斬り掛ろうとし、士郎の気配が異常である事に気が付いた。

 呼吸が荒い。視線が震える。気配が乱れる。

 戦闘中とは思えぬ状態で、セイバーはまず敵を討つよりもマスターの守護を優先。背後の士郎に発破を掛けるべく、周りの悪霊共を威圧しながら声を荒げる。

 

「どうしました、シロウ……シロウ!?」

 

「あ……ああ、すまない」

 

「少し、意識が乱れ過ぎです。キャスターに何かしらの精神干渉でも受けましたか?」

 

「……大丈夫だ。

 あれの言霊は耳に響くが、遮断出来ている。洗脳を受けた形跡は無い」

 

「では、何が気になるのです?」

 

「あの悪霊には……彼らに見覚えがある」

 

「それはどういう……―――」

 

 瞬間―――突如として敵が動いた。キャスターが呼び起こした怨霊がセイバーと士郎へ目掛けて奔る。呪詛の炎を撒き散らし、まるでゾンビのように襲い掛かった。

 

「―――ク……!」 

 

 彼女は容易く斬り殺した。首を撥ね、腹を蹴り飛ばした。後方に居る奴らを巻き込みつつ、炎の屍が灰になって消え去った。相手は死霊らしく首を飛ばした程度では直ぐ死ななかったが、それでも聖剣は聖剣。概念的に殺された事で、物理的には死なぬ霊体も関係無く斬り殺す事が出来た。

 しかし、衛宮士郎は何かに気が付いた様に凍りついたまま。

 セイバーが斬り殺した悪霊を蹴り飛ばしたのは、敵に囲まれないようにする為。士郎の様子が可笑しくなった原因は悪霊だと思われるが、理由が分からない。

 

「……これは!」

 

 魔力に散った悪霊が、周りの悪霊に取り込まれている。こいつらは魔力を強制的に吸い取る性質がある。セイバーはいち早くそれに気付き、同じ霊体である自分にとって都合が悪い相手だと悟れた。一体だけならば兎も角、複数の悪霊に触れられただけで臨死状態になるのは必須。先程蹴り飛ばした時に感じた違和感は、触れられた時に魔力を吸われた感触であったのだ。

 

「接触は危険です。シロウは武器か、出来たら飛び道具で倒して下さい」

 

「―――了解した」

 

 意識を切り替えた。殺さねば死ぬ修羅場において、この隙は致命的だ。セイバーに倣い、彼は敵を討たんと退魔の概念を持つ使い慣れた武器を持つ。

 つまり普段から愛用している陰陽の夫婦双剣、干将と莫耶。

 セイバーが舞い、敵を斬り刻む。首を、心臓を、四肢を的確に斬っていた。擦れ違い様に刃を奔らせ、悪霊が空気に還って行く。士郎もそれに続いて敵を殺さんと走った。前に出て、セイバーの背を守る様に続いたのに―――違和感に気が付いてしまった。

 死んで逝く死霊たちの姿が、重なり合った。あの時、あの場所、あの地獄と全く一緒だった。焦げ付いた記憶と一致してしまった。

 

「…………あ――――――」

 

 衛宮士郎は再度、自分の原風景を知った。

 十九年前に体験した大火災の焼け跡。心に燃え付いた焦げ痕は、何年経とうが忘れる訳がない。

 ―――この世の地獄。

 ―――煉獄の炎。

 ―――永劫に燃える断末魔の群れ。

 黒い炎に燃やされて苦しんでいる者たちの、一人一人に士郎は見覚えがあった。

 この子だけでも助けて欲しいと願った母親とか、娘を守ろうとして一緒に焼かれていた父親とか、苦しんだ果てに孤独のまま焼け死んだ幼子とか、自分の目の前で焼け死んだ同じ年の少女とか、既に真っ黒に焦げ尽きた赤子を抱く人とか……――――――

 

「――――――あ、ぁあああ……!」

 

 気が付けば、自分の喉から搾り取ったような悲鳴が漏れた。自分を()り殺そう迫る悪意の群れを前にし、彼は心が悲鳴を上げているのに体は問題なく稼働していた。

 

「えぅ………う、ぐす」

 

 士郎の前に誰かいる。あの時、あの炎で死んだ人間の誰か。黒い火で体中が今も尚焼かれ続けている所為で顔は分からないが、それでも人らしき意識を持っている事は分かる。悲哀に表情が歪んでいるのが、分かってしまう。まだ十歳を越えぬ少女らしき死霊が、士郎の前で泣きながら佇んでいる。

 

「ねぇ、あの―――お母さん……知ってますか?」

 

「……―――――――――あ」

 

 ―――躊躇わず干将で首を切り裂いた。

 斬った時の感触はまるで水のように抵抗が無く、人を殺した感覚には程遠い。けれども、士郎はその異常なまで良い視力で、宙に舞いながら眼を見開く少女の生首を見てしまった。見続けてしまった。

 その首が地面に落ちた瞬間、死霊は斬り離れた首と同時に胴体の方も消滅した。

 元より、干将莫耶の夫婦剣は魑魅魍魎の類には滅法強い。死霊と言った類が相手ならば、それこそ一撫で魂魄を現世から消滅させられる。このようにあっさりと殺して対処する事が出来る。

 ……と、士郎は理性では自分が愛用している夫婦剣が死霊に対して相性を良い事を思考する。そして、感情は一欠片も整然とせずに暴走する。

 

「―――げぇ、がぁ……!」

 

 吐瀉物が止まらない。意思の力だけでは、この嫌悪感は止まらない。彼は炎に焼かれ続ける怨霊を斬り殺し、命を奪う度に嘔吐を繰り返した。

 

「……は。はは、ははは。あはははははははははは!」

 

 男を殺し、女を殺し、子供を殺し、老人を殺し、赤子を切った。あの時の原風景が完全に裏返った。思い出の中で、士郎は罪悪の象徴とも言える火事の犠牲者を斬り殺す。あの時、違う誰かを犠牲にして生き残った事を罪に感じ、今はその誰かを斬り殺して罪を積み重ねている。

 ―――壊れる。

 壊れている衛宮士郎は更に壊れた。

 笑いながら、吐きながら、干将と莫耶で理性的に刃を振って殲滅する。

 十年前の大災害で唯一生き残ってしまった自分は人の為に生きねばならない、という強迫観念に似た義務感で培われ、第五次聖杯戦争後で幾度の地獄を生き延びて肥大化した自己犠牲が裏返る。唯一生き残った自分が理想の為に、また犠牲者を犠牲にしている。

 この矛盾―――衛宮士郎と言う機械にとって致命傷だった。

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。化け物は斬り殺す。過去は人間であったが、今は魂を蝕む甦った怨霊だ。今まで人に害成すと元は人間だった人外を殺し続けてきて、人の命を数え切れぬほど救ってきて、今此処で折れる訳にはいかない。だから、壊れそうならば壊れてしまえ。正義の味方を目指すなら、自分の心も全て焼き殺してみせよう。

 

「マスター!」

 

 彼を守るべくセイバーは彼の元に戻り、取り囲んでいた死霊を纏めて斬り殺した。その光景を彼は目を離せず、死んだ彼らがまた死んでしまう姿を見届けた。

 

「撤退します、良いですね!」

 

「―――駄目だ。キャスターは絶対に殺す」

 

「いけません、今の貴方は何処か変だ!」

 

 会話をしつつ、死霊を一掃。撫でる様に斬り殺し、一陣を崩壊させた。その後、彼女は強引に士郎の腕を掴み、自分と視線を合わせた。顔を無理矢理近づかせ、彼を真正面から睨み付けた。

 

「セイバー……―――頼む」

 

「……―――!」

 

 完全に濁り切っている眼。衛宮士郎の何処かが壊れたのをセイバーは悟れた。歪んだ笑みが、余りにも似合っている。

 ―――憎悪。

 ―――苦痛。

 ―――後悔。

 ―――悲哀。

 ―――生死。

 ……混ざり過ぎて形容出来ぬ何かが煮込まれ、滾り、感情が死んでいた。

 

「あの死霊達は、貴方にとって何なのですか?」

 

「恐らく―――火事の時の犠牲者だ」

 

 彼女は瞬間、全てを理解した。自分が何を殺して、守ると誓った士郎が何を殺していたのか、分かってしまった。しかし、それでも尚、相手が何なのか理解しても戦いは止められない。殺すのを止めてはならない。

 何故なら―――セイバーは知らないのだ。

 自分が聖杯を壊した所為で地獄を生み出したが、その地獄は衛宮士郎の夢として知っているだけ。実際に自分が引き起こした大災害を経験した訳ではない。そんな自分が相手に同情し、今までの誓いを無かった事にして戦争を放棄するなど、断じて許される事ではない。彼女は自分自身の価値観で心がのた打ち回りながらも、聖杯戦争で勝ち残る為に犠牲者を斬り殺さねばならない。

 

「キャスター……―――!」

 

 ―――それは既に殺意でさえ無かった。アルトリアは騎士王アーサー・ペンドラゴンとしてではなく、サーヴァント・セイバー賭としてでも無く、ただのアルトリアとして憎悪した。森全てを塗り潰す様な、余りにも圧倒的な怒りであった。

 勝たねばならない。

 他人の為にでも、自分の為にでも、理想の為にでも、贖罪の為にでも無い。

 彼女は誓った在り方を変えられないと、そんな自分自身の過去を曲げない為に敵を討つ。

 士郎が止まる事を放棄した様に、セイバーはそんな彼を守らんと狂った犠牲者を斬り殺して、切り刻んで、死をもう一度与え続けた。

 ―――そして、衛宮士郎の前に二人の男女の死霊。

 他の悪霊と同じく、触れただけで生命を奪い取られ、魔術師でも呪い殺す怨嗟で満ちているが、他の者とは全く違ったのだ。“エミヤ”士郎にとって、この二人は特別であった。

 

「……士郎、なの?」

 

「士郎……なのかい?」

 

「―――え……」

 

 セイバーが丁度、背後から湧き出た死霊を殺している時に二体の悪霊は現れた。

 

「……………」

 

 微かに、見覚えのある焼死体。亡霊の姿は黒い炎で焼かれていて確認し難いが、あの声は、あの顔は―――自分の過去から焼けて消え掛けていた何かであった筈。

 あれは確か、あの地獄で自分を逃がそうとしてくれた女性では無かったか?

 あれは確か、自分を庇って火に包まれて焦げて死んだ男性では無かったか?

 ―――消える訳が無い。

 過去が全て燃え尽きていようとも、記憶が魂から亡くなった訳ではない。

 焼けて、焦げ付いた。思い出は無いが、記憶が焦げている。思い出が焦げ付いている。

 あの日、あの時、心が死んでしまった自分を助けてくれた正義の味方に出会うまで、自分には血の繋がった家族が居たのだ。記憶が焼け朽ちているのに、一目見ただけで思い出してしまった。覚えている事は少ないが、手から抜け落ちた澱が心へ逆流して来た。

 

「……大きくなったわね、士郎。わたしは貴方だけでも、成長した姿が見れて嬉しいわ」

 

「―――…………ろ」

 

「自分達三人は死んでしまったが、おまえは生き残ってくれたのか」

 

「―――………めろ」

 

「双子のお兄さんの人志(ひとし)は死んでしまった様だけど。あの子も生きて入れば、貴方のように成長していたのかしらね。

 ……けれどね、貴方にだけでも会えてよかった」

 

「―――……やめろ」

 

「ああ、そうだね。死んだ仕舞ったが、子が生きてくれていれば、それだけで今は幸せだ」

 

「もう―――やめてくれぇぇええええええ……!!」

 

 言葉だけ見れば、感動の再会なのだろう。死んだ両親と、成長した息子の出会いであり、二人は士郎を抱きしめようと近づいて行った。大人になり、嘗ての姿とは随分違うが、愛していた子の成長を喜ばない親がいるだろうか。 

 ……それは、確かに自然な行動だ。

 しかし、士郎の両親で“あった”死人は息子に触れれば、瞬く間に魔力を奪い去る。戦う為の生命力を奪取し、簡単に無力化し、キャスター組か他のグループの者に殺されるだけの獲物になる。

 もう、間に合わない。

 士郎の大声で異常に気が付いたセイバーだが、もう既に間に合わなかった。

 凍り固まり、戦意を其処まで失い、ただ無造作に喰い殺されるだけの哀れな敗北者になっていた。彼女のマスターが死に瀕する秒読みが始まっていた。

 

「―――シロウ……!」

 

 悲鳴に近い雄叫び。王に相応しい大声で、混乱した新米兵士を一瞬で叩き直す覇気がある。しかし、それも士郎にはまるで届いていない。死霊を殺し尽くしたセイバーであったが、もはや間に合わない。もう届かない!

 ……ダン、と虚しく銃声が二回響いた。

 

「―――久しぶりだね、士郎」

 

 そこには、生みの親を子の目の前で撃ち殺して士郎を危機から助けた―――育ての親が存在していた。




 アインツベルン攻略編の始まりです。キャスターは衛宮士郎の過去を調べ、惨劇のあった公園に赴いて悪霊収集を行ってしました。彼は土地の記録から過去を読み取り、色々と詮索する能力を持っています。
 後、人志が言峰士人の本名です。あの地区で生き残ったのが士郎と士人だけでして、実は綺礼は生存者名簿から士郎と和人の二人の名前を合わせたのが、“士人”と言う名前となります。綺礼は生まれ変わって呪詛で名前も全て失った彼の為、過去と縁のある名にして上げようと士人と新しい名を与えました。


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53.Deepest Fate

 もう直ぐ、この小説もハーメルンで掲載して一年。長い様な、短い様な。第二部完結もそろそろ中盤戦の中ごろですので、勢いのまま書いていきたいです。



 士郎を助けた男が持っている古い自動拳銃、US M1911コルトガバメントの銃口が静かに下された。本来ならば銃弾など効かぬ怨霊を撃ち殺している所を見ると、どうやら弾丸は霊体をも撃ち抜ける特別製であるようだ。つまり、サーヴァントを殺せるように改造されている。それも銃弾の初速度もかなり素早く、本格的な改造が施されていると簡単に分かった。銃弾の一撃一撃が人間の四肢を吹き飛ばし、コンクリートの壁にも風穴を開ける破壊性能。加えて、使い手が気配を殺すのも非常に巧い。英霊や魔術師と言う前提以前に、敵は天性の暗殺者の才を持つ凶手であると理解出来る。

 

「――――――」

 

 そして、銃声が重なり響いた。下していたコルトガバメントを再度上げ、自分を狙って来た悪霊三体と、士郎の背後でお父さんお母さんと泣いている子供の悪霊ニ体を撃ち殺す。その後、直ぐ様カートリッジを交換し、空の弾倉が地面に落ちた。どうやら込められる弾数は七発までらしく、オートマチックピストルとしては少ない方。しかし、銃弾は一撃必殺に近い破壊力を持ち、容易く人間を行動不能にするだろう。

 ……と。衛宮士郎は半ば現実逃避に近い考察を行っていた。

 悪霊は既に皆殺しにされ、この場にはもうセイバーと自分とその男しか存在していなかった。

 

「じい―――さ、ん……?」

 

 拳銃を片手に持ち、自分の生みの親を殺して助けてくれた男を間違える訳が無い。萎びた黒いコートと、無精髭と、少し先が撥ねている黒髪。

 ああ、忘れるものか。忘れる訳が無い。

 最後に見た時と変わらない。全く変わっていない。自分を死から助けてくれた時から、男は何も変わっていない……―――!

 

「そうだよ。死んで以来だね」

 

 男の名は―――衛宮切嗣。

 森の影から、居てはならぬ死人が現われていた。

 

「―――衛宮、切嗣……っ!

 貴方は既に死んでいる筈だ! 偽物め、本当の姿を見せろ!」

 

 セイバーは迅速だった。呼吸を乱す程、急ぎ親子の間に入り込む。士郎の視界にはセイバーの背中が広がり、切嗣は眼前には嘗ての相棒の姿が現われる。もっとも、剣を向けられている様は、流石にパートナー同士であった事など第三者には理解出来ぬ有り様であったが。

 

「家族水入らずの間で、そんなに声を荒げないで欲しいな。セイバー」

 

 らしくない。衛宮切嗣と言う殺戮機械であるならば、殺すべき対象と対話する事自体がそもそも有り得ない。声を出す余裕があるのならば、銃口を向けて引き金を引く。問答無用で敵を抹殺する。

 彼はそう言う暗殺者だ。

 効率を優先し、目的を全うする。

 その油断出来ぬ魔術師殺しが、こうして無駄な事をしているのが恐ろしい。

 必要だから、念入りに殺すのに重要だから。そう思考してあの男はこの場にいるのだと、セイバーは全力で警戒を行っていた。 

 

「何故、この場所に居る……?!」

 

「君が問うのかい? 士郎ではなく、僕と同じ死人風情の屍が、現世で甦った理由を聞くと言うのかな」

 

「貴方は! ……いえ、もはや全て如何でも良い事です。

 ―――敵対すると言うのであれば、私はシロウのサーヴァントとして義務を果たすまで」

 

 一旦頭を冷やし、セイバーは冷静さを自力で取り戻す。自然と衛宮切嗣らしき死人と士郎の間に入り、剣を構えて切っ先を男へ向ける。油断など欠片も無く、一秒で何度も命を斬り奪えるような鬼気を纏っていた。

 

「敵? 敵と言ったのかい、騎士王。さっき君のマスターを助けたのが僕だってことを、もう忘れてしまっている様だ」

 

「―――ふざけるな!

 死人を操るキャスターの庭で出会った屍を、私が信じるとでも思っているのか!?」

 

 だが、セイバーの心中にあるのはそれのみではない。何故なら、士郎の両親が再び自分達サーヴァントとマスター達の争いで殺される場面を見てしまった。生みの親をまた殺される士郎の後ろ姿を見てしまった。嘗ての親を、“衛宮”士郎の親となる人物に殺される光景が―――脳裏から離れない。焼き付いている。自分がこれ程の憤怒に陥っているならば、士郎が果たしてどれ程の狂気に落ちているのか分からなかった。

 

「ああ、成る程。確かに、それはそうだったね。でも、キャスターの傀儡を殺し、マスターを助けた事がキャスター側では無い証明になると思うんだけど」

 

「戯言を。そも、あの時裏切られた私が、本当にそうであろうとも信用するとでも?」

 

「聖杯を君の手で壊させた事かな。でも、次は自分自身の意思で破壊しただろう」

 

 たった一言で―――切嗣はセイバーの境界線を踏みにじった。

 

「……それが! それが戯言だと言うのだ―――!!」

 

 彼女の憎悪は、第四次で切嗣に受けた屈辱に限らない。この今の現状がもはや、許せざる悔恨の惨状だ。溜まりに溜まったこの場面で、彼女にとって導線の発火と言える人物と巡り合ってしまった。

 

「―――……」

 

 それは正しく―――煩わしいゴミを見る目だった。

 この男は、衛宮切嗣はセイバーの事を唯の人殺しにしか思っていない。その大事そうに抱えて、自分の誇りだと語る理想も、其処らの殺人者が人を殺す理由の一つにしか感じていない。

 ……眼で語っているのだ。

 しかし、それはアルトリアも同様だった。

 言ってしまえばお互い様。自分達を罪人だと感じていながら、人を殺すしかないから殺し続けて、こんな世界にまで辿り着いて出会った似た者同士。

 

「……やはり、君とは会話をするべきでは無かった。こんな言い争いにしかならないと、もう十九年前に分かってたんだが」

 

「そうですね。そこは同感です」

 

「―――……」

 

「……―――」

 

 睨み合い、無言のまま視線で殺し合う。彼は退けと殺気で唱え、彼女は去れと剣気で語る。

 

「ふぅ、僕は君に用など無い。退いてくれないか?」

 

「断ります。誰が貴様など」

 

 即答。既に彼女の中では決まり切っているのだ。衛宮切嗣と分かり合おうとする行為が、無駄な徒労であると理解している。そして、それは事実であった。

 共感を覚える部分はある。

 アルトリアも切嗣も、お互いがお互いの苦悩と苦痛を知っている。

 しかし、それが理解出来てしまえば仕舞う程、溝が更に深まるばかり。互いを知れば知る程、許せない思いは重くなるばかり。

 正義の味方を諦めた暗殺者と、国を救えなかった騎士王。

 切り捨てて、見捨てて、見殺しにして、殺し尽くして、挙げ句の果てが今の様。

 ―――まるで鏡を見ている様だ。

 理想に燃えている最中の衛宮士郎を中心の軸にして、理想に燃え尽きた死人の二人は何かを諦めずに現世に甦っている。近親憎悪であり、同族嫌悪であり、つまるところ純粋に相手が嫌いであった。狂う事も出来ずに苦しみ足掻いて生きて死んだ果ての姿が、お互いの今のソレであった。相手を信頼しろと言うのが前提として無理な話で、相手が自分を心底嫌っているのが互いに共感出来てしまうのがより救えなかった。

 

「―――は。はは。あはは、はは」

 

 下げていた銃口が上がってしまいそうだ。意識が戦闘用のモノに移り変わっていく。らしくなく、死んでしまえと罵詈雑言を吐き出しそうだ。

 

「ふふ。くく、ふふふふふ―――」

 

 人間と言う生き物はどうやら、心底狂うまで怒りに染まると笑ってしまうらしい。誇りなど忘れて、衝動のまま斬り殺したくなって可笑しくなりそうだ。

 

「はぁ、君との対話は非効率的だ。冷静に成れないと言うなら、僕はここから去る事にする」

 

 だが、切嗣は殺意を無理矢理納める。どうも感情的に成り過ぎてしまっている。効率を優先して対話を試みたのだが、生前から慣れていない事はすべきではないと後悔した。

 

「―――……要件を言いなさい。まずはそれからです」

 

 衛宮切嗣は断じて信頼出来ない。それがセイバーの決断であり、一種のけじめ。

 しかし、士郎を育てた養父としてなら、アンリ・マユの危機から世界を救った魔術師(マスター)としてなら信用は出来る。それは切嗣も同じで、士郎のサーヴァントであり、自分と同じ殺人と言う手段だが他人の為に戦った英霊としてなら、ある程度の信用をしている。しかし目的の為なら手段を問わぬ暗殺者である限り、そして死が溢れる戦場で誇りを抱く騎士である限り、お互いを信頼する事は永遠にないのも事実だった。

 

「撤退しろ。キャスターを殺すな」

 

「……話になりません。あれは必ず仕留めます」

 

「は。やっぱりサーヴァントでは話にならない。同感だね」

 

「ふ。暗殺者風情が何を言うかと思えば、本当に下らない」

 

 まず、セイバーは切嗣の目的が欠片も理解出来ない。そして、切嗣はセイバーが自分の言葉を聞かないと虚しい確信を得ている。平行線で、無駄な対話だ。よって、それを進展させるには第三者が必要となる。切嗣がそう思い、助ける為とはいえ言い訳の出来ぬ行いをした義理の息子へ、罪悪感で逃げ出したくなる思いを抑えながら声を出した。

 

「士郎。少し、大丈夫かい?」

 

「―――動くな、外道」

 

 見えない剣を首に突き付けた。僅かでも相手が動けば、直ぐに斬首するつもりであった。敵であるなら一瞬で殺害するものも、背後のマスターの為に冷静さを保って理性的であることを意識しているだけ。一瞬で切嗣の決意を踏みにじり、そんな彼女の背へ士郎は名を呼び掛ける。

 

「―――セイバー……」

 

「駄目です」

 

「オレはもう、大丈夫だから」

 

 こうなると何度断ろうとも意味は無い。士郎の頑固さを知っている身として、セイバーは吐き出したい溜め息を噛み殺して剣気を消した。

 

「…………わかりました。

 良いですか、気を許してはいけませんよ。あれは本当に人でなしです」

 

 人間、自分以上に気が荒ぶっている人を見るとある程度は冷静になれるらしい。士郎は混乱し切っていた自分の理性が戻り、現状を把握出来るだけの時間を得る事が出来たのだと判断した。

 

「本当にじーさんは……衛宮切嗣なのか?」

 

「そうさ。僕は正真正銘―――本物の衛宮切嗣だ。

 衛宮士郎の義理の父であり、第四次聖杯戦争ではセイバーのマスターをしていた魔術師でもあった」

 

「何故、この場所に?」

 

「その疑問は当然だ。まぁ、言ってしまえばね、僕は死んでも魂が消えなかったんだ。あの世に逝くことを許されず、この世の地獄に留まっていた。

 ずっと、あの場所―――聖杯の中で死後の魂が捕えられていた」

 

「聖杯の中。まさか……この世全ての悪(アンリ・マユ)―――!」

 

「うん、正解。そこで士郎の成れの果ても知ったし、今回がどれ程狂った聖杯戦争なのかも予想が付いている」

 

「―――アーチャーを!」

 

 英霊エミヤ。あるいは、守護者。正義の味方を目指し、理想を抱いて溺死した衛宮士郎の未来の姿。それを知っていると言う事はつまり、第五次聖杯戦争の顛末を詳細まで知り得ていると言う事。死人であり、この世に居なかった筈の衛宮切嗣が九年前の戦争を知っている等本来は有り得ない。

 ……だが、例外は何ごとにも存在する。

 

「第五次のサーヴァントの殆んどを僕は知っている。中から見ていたからね。

 そこの剣の英霊(セイバー)や他の英霊達は勿論、聖杯の子である復讐の英霊(アヴェンジャー)―――言峰士人の事もね」

 

「全て―――知っている……のか?」

 

「ああ、殆んどの事は知り得ているんだ。今の士郎がしていることも、有り得るかもしれない未来もね。偶然とは言え、あの地獄の泥の中には外部の情報が流れ込んで着ていた」

 

「……見ていたんだな、聖杯の中で」

 

 そこで気付くことが一つ。聖杯の中に居たと言う衛宮切嗣だが、ならばその彼を現世に呼び込んだ人物がいる。士郎は召喚者の存在を悟る、自然ととある人物を一名思い浮かべる。

 

「まさか―――言峰、か」

 

 友人であり、兄弟であり、宿敵でもあり、衛宮士郎にとって例えようの無い神父。信用は出来るが、絶対に信頼は出来ない自分と同じ破綻した異常者。

 聖杯から亡者を取り出し、策を練るような者は神父しかいない。

 衛宮切嗣を自分の所まで案内した黒幕の候補として、一番最初に思い付いたのが言峰士人であった。

 

「……言、峰―――」

 

 衛宮士郎にとって、言峰の名で思い浮かぶのは言峰士人と言う神父。そして、衛宮切嗣にとっては言峰綺礼と言う神父の事であった。

 

「―――ああ、そっちの言峰か。

 取り敢えず……そうだな、僕の召喚した人物は神父では無いよ。士郎が言っているのは、言峰士人のことだろう?」

 

「……それ以外に誰か該当者がいるのか?」

 

 切嗣から僅かな違和感を感じ取る。仮にも長い時期を一緒に生活した親子だ、相手の心情は手に取る様に分かってしまえた。勿論それは、切嗣が士郎に対しても同じことが言えるのであるが。

 

「知人に一人。腐れ縁だよ、切れれば良かったんだが。まぁ、死んだ今となっては如何でも良い事さ」

 

「―――シロウ」

 

 親子の語り合いを、セイバーは唐突に邪魔した。無粋であると思ったが、それでも口を挟まなくてはならなくなった。

 

「およそ百メートル先にて、敵の気配を察知しました。今までの兵士とは違い、手強そうです」

 

 ―――余りにも凶悪な魔の存在感。セイバーがそれを言葉にした瞬間、その敵が殺気を此方へ向けてくるのが分かった。

 恐らくは、挑発。あるいは、強襲。

 気配の持ち主はゆっくりと自分達の方向に歩いてくる。じっくりと距離を一歩一歩確かめる様に縮めてきた。故に、先程の衛宮切嗣は返答を急いでいた。

 

「まだ、士郎には返事を聞いていなかったね。

 ―――君はキャスターを殺すのを諦めてくれるかい?」

 

「駄目だ。あれは危険なんだ、じいさん」

 

「そうだね。いや、士郎ならそう言うとは思っていたさ。けれど、だったら、ここでお別れだ。

 ―――僕には僕の、やるべきことがある。

 だから、死ぬな。生きてまた、冬木の何処かでまた会おう」

 

 苦笑いを浮かべるが、両目に浮かんでいる感情は混沌としていて理解不能だった。後悔と、絶望と、そして僅かばかりの羨望と希望。他にも沢山渦巻いているが、主な感覚としてはその四つ。

 そうして、彼は背後を向けた。

 暗殺者らしくない相手に隙を見せる行為だが、今の切嗣は暗殺者では無かった。理想の為に今、この場所に居る訳ではない。目的の為に効率的に手段は問わぬ外道のままだが、今はもう関係無かった。

 

「英霊エミヤは僕の罪だ。

 衛宮士郎に呪いを残した衛宮切嗣が―――そもそも罰せられるべき罪人だった」

 

「……待て、衛宮切嗣―――!!」

 

 セイバーが声を荒げた。それで確実に此方の居場所がバレたが、所詮は時間の問題で大したことではない。そして背後の脅威を無視し切れないが、この男を逃がす気にもなれない。森の奥底から伝わる後ろの敵は確実にサーヴァントクラスの気配を持ち、眼前の男を逃がすと後が無いと直感が訴えていた。言葉で止められないとなれば、やらなくてはならない。

 ―――選択の時。

 今ならば、衛宮切嗣を斬り殺せる。

 だが、それは、衛宮士郎に親の死に様をまた見せると言うこと。

 彼女のマスターである士郎は、既に切嗣を逃がす方針で決めている。動かないとはそう言う意思表示。もし、それに逆らう機会があるとしたら、今しかない。

 

「―――セイバー、判断は任せる。衛宮切嗣を如何したい?」

 

 つまり、それは衛宮士郎はもう決意を固めているのだと彼女に伝えていた。士郎は信じているのだ、彼を。だが、それと比べれる程にセイバーの事も信じている。

 自分だけで決めて良い事じゃない。だったら、と士郎はセイバーの意思を問う。

 

「……っ――――――」

 

 数秒の間、空気が凍った。セイバーは去っていく切嗣の見て、彼の姿が夜の森に消えて行ってしまう様子を眺めている。今なら、まだ間に合う。

 

「―――敵を迎撃します。マスター、指示を」

 

「敵はニ体だ。伏兵を警戒しつつ、撃破するぞ」

 

「了解しました」

 

 そして、森の影から敵影を確認する。セイバーが剣を構え、その後ろで士郎が弓を構えている。マスターとサーヴァントとして正当な配置だが、その脅威はもはや並の英霊数人レベルの厄介さ。それに対し、敵は堂々と姿を現した。

 この森で休み暇など無い。

 絶え間なく続く襲撃を乗り越え、二人はキャスターの居城を目指していくしかないのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 軍隊で行う兵士の訓練は実に効率的だ。沢山の人を殺す為と言うよりも、如何に戦場で有利な立場に回り、如何に命を長らえて生き残るかと言う部分に優れている。それに加えて大量殺人が巧く行えれば、戦場で人は英雄になれるのだが、其処の所は今は如何でも良い。まずは死なぬ事が兵士にとって先決すべき事柄である。特に傭兵ならば、それこそが一番重要だ。

 

「だー、しつこい。しつこ過ぎんのよ、あの殺し屋!」

 

「はいはい。殺気が漏れるとアレに場所がばれるよ、マスター」

 

 絶賛匍匐前進中の二人は、森の中で土だらけになっていた。まるで鬼軍曹に追い立てられる新米兵士の様だが、死なぬ為には仕方が無い。軍人ではないが軍人以上に様になった姿で、マスターとサーヴァントの二人は森を文字通り這いずり回っていた。

 と、そこで銃弾が頭上を通り過ぎて行く。

 余りにも唐突な即死の使者が頭の上の空気をブチ抜いて過ぎ去って行った。それも此処まで来る途中の障害物全部を貫通させる大雑把さ。どうも物影に隠れても、大体の位置を悟られているらしい。魔力を隠蔽し、気配を殺し、姿を隠しているのに、段々と此方の位置がバレ始めている。

 

「―――アーチャー、早くあれ撃ち殺しなさい!」

 

「いや、無理だって。場所分かんないし。つーかさ、私の視覚外からどうやって隠れてんのか、早くマスターも探ってくれよ―――っとと」

 

 隣で自分と同じ様にうつ伏せになっている凛を見ていたが、銃弾を避ける為に一回転して仰向けになった。その後直ぐ、気配を殺しながらゆっくりとうつ伏せになって凛の近くに転がった。

 

「今度は14時方向からの狙撃だ。どうなってんだかなぁ、ホント。前方から飛んでくるんは分かるけど、発射位置がランダム過ぎる」

 

「……っち。このカラクリ、何か分からないの?」

 

 苛々した雰囲気を隠さず、戦場用に開発した魔力と気配を隠蔽する礼装を弄りながら凛は問う。このままではジリ貧であり、彼女はそう言うのが大嫌いだ。やるならやるで、派手にブチ壊してやりたいのだ。

 

「予想は付いてるけど、ね。まぁ、まだ反撃方法は思い浮かばないんだけど」

 

「ダメじゃない」

 

「愚痴らない愚痴らない。茂みと木々に隠れながら、移動し続けないと死ぬよ。狙撃対策もある程度錬れてるし、身を隠す方法は幾つかある。後はアレの居場所を見付けるのと、攻撃手段だけじゃないか」

 

「分かってるっつーの!

 ああ、士郎とセイバーとは別れちゃうし。こんなピンチに陥って脱出出来ないし、軽くツんでるっぽいわ……」

 

 そんなこんなで凛は時に横になったまま転がり、時に匍匐前進し、移動を続けて位置を悟らせない様に動き続けていた。勿論、彼女を先導するのはアーチャーその人。

 ―――と、危機を身を潜めて逃れられていたのはここまで。

 キナ臭い気配が二人を目指して急速接近している。途中に立ち塞がっていたキャスター傘下の妖怪共を、まるで雑草を刈るみたいに斬り殺しながら近づいてくる。造作もなく、敵を殺し尽くす何かが迫って来る……!

 

「―――バーサーカー」

 

「……え、マジ?」

 

「マジもマジ。本当に本当さ、凛」

 

「ホントにもう、こんなになるなんて―――何事(ナニゴト)なのよ!」

 

「―――大事(オオゴト)さ」

 

「うるさい!」

 

 顔を突き合わせて言い合う二人。アーチャーは橙色の右目をキョロキョロと動かし、狂戦士の凄きを索敵していた。どうも現状は自分達に分が凄く、本当にとても悪過ぎる。

 自分の位置を察知させない遠距離狙撃。

 対し、気配も魔力も消し、姿を隠しているのに見付け出す索敵精度。

 加え、銃弾の軌道はランダムで相手に軌道を慣らさせず、常に臨死の気配を与える圧迫感。

 更に、この死地に炙り出す為に護衛の為のバーサーカーまで、自分達を殺す為に即時投入する決断力。

 もう隠れるメリットが無い。敵が近いならば、迎撃体勢を取らねば為るまい。あのバーサーカーが殺す為に接近戦を挑むとなればアーチャーは凛の楯にならねばならず、逆に凛はバーサーカーの攻撃範囲から逃れる必要がある。

 

「―――殺しに来たぞ、弓兵。さぁ、もう一度現世で死ぬ時ぞ」

 

 バーサーカーが到達したのは一瞬だった。魔物を殺しまくったのだと、血濡れの魔剣を見れば凛は直ぐに分かった。それによって疲労しているかと思えば、逆にバーサーカーは敵の命を刃で啜って魔力を貯め込んでいる。

 アーチャーの気分は憂鬱そのもの。

 対狙撃戦、対近接戦。そして、マスターの護衛も彼女は同時に行わなければならない。

 

「―――行ってくる。

 マスターは隠れながらで良いから、うまく事を運んでくれ」

 

「死なないでね」

 

「了解さ。策はあるから、期待して良いよ」

 

 そう言って、アーチャーはバーサーカーの前へ躍り出る。既に武装は完了させており、刀を正眼の構えで体勢を整えていた。

 

「ほう、一人か。主を逃がす気か、貴公。それとも伏兵にでも使うのかの?」

 

「さぁて、ね。そんなのどっちでも良い事でしょ、不死身のアンタだったらさ」

 

 気合いと共に彼女は魔力を一気に放出させる。敵の索敵のタネは何となく読めてきたので、その対策の一つとして場を魔力の渦で混沌とさせた。空間が歪んでいき、力場がグチャグチャに捻じれ狂ってしまう。

 そして、歪に軋む音がしたと同時に結界が張られた。

 バーサーカーは、この結界を張ったのが敵のマスターかアーチャーのサーヴァントか分からぬが、魔術であると言う点からマスターが何かをしたのだと判断した。場に満ちている魔力は混ざり過ぎて、誰の魔力の気配なのか判別がし難いが、発動したか否か程度はバーサーカーでも感じ取れる。

 

「魔剣ダインスレフの主とくれば、使い手の真名はホグニ。そして、とある女神に貰った魔剣の伝承とくれば、アンタの不死性も簡単に説明がつく。

 ―――アンタの肉体、それ自体が不死の正体。

 女神の欲得によって不老不死の霊薬を騙されて飲んだ伝承が、不死身の宝具の真名なんだろう?」

 

「フハハハハハ! 正解、正解よ!

 良くぞ、我が宝具の真名を見破った。実に良い、素晴しい、最高ぞ!」

 

 ―――永劫なる屍骸(ゴッデス・カラミティ)

 宝具の真名。狂戦士が持つ不死身の正体。肉を切り刻まれようが、骨を断ち斬られようが、問題無くバーサーカーは活動する。復活すると言う工程さえ要らず、彼は死んだままの肉体で殺し合いに溺れて戦う。

 

「女神に騙されて報復の剣を使い、その女神に不老不死の呪いを与えられた英雄。呪われた剣を振い、呪われた体で戦い、閉じ込められた島で永遠の時を生きる呪われた王。

 ……成る程、それがアンタの正体になる訳か。

 哀れだね。そこまで呪われて、英霊になる前は死ぬまで戦い続けて、まだ命が奪い足りないのかな」

 

「……フ。我はあの地獄で結局、誰の命も奪っておらんよ。あの島では全ての者が不老不死の呪詛で、死ねぬ肉に果てたのでな。

 故に―――奪い足りんなぁ。

 死闘に決闘と戦いは飽きる程の数を味わったが、殺し合いは忘れてしまったわ。命を奪うのも、奪われるのも、何の実感もありはせん」

 

「……っ――――!」

 

 濃厚過ぎる呪詛と、殺意と、剣気。英霊と言うヒトの領域を越え、もはや彼の感情が呪いと化してアーチャーを襲っている。想うと言う思念が呪いになって、剣を犯して、魔力が黒く澱んで腐っている。

 

「だからのぉ、我に思い出させてくれ。死の触感を与えてくれ。

 あの島に存在していたのは生きていぬが故に、死ぬことも無い屍だけよ。死んだまま動ける死体だけよ。もう命を何処にも、何にも実感出来ぬのだ。

 故に―――」

 

 殺し合い。ここからは、並の殺し合いではない。相手の命を奪い、一秒でも長く死地に生きていられるか。バーサーカーがアーチャーに科すのは、そう言う問答無用な死闘であった。

 

「―――頼むぞ、アーチャー。我を死ぬまで楽しませよ……!」

 

 呪われた亡国の王は―――狂気に染まる。狂った笑みを浮かべ、弓兵に斬り掛った。上段から大ぶりな分かり易い剣戟は、見抜かれ易いからこそ最速で破壊的な一撃を生み出せる。

 

「…………―――」

 

 ―――己が専心、全てを絶殺に絞る。

 アーチャーは明鏡止水を以って、大嵐を越えた狂気を斬り殺さんと余分な自己を殺した。普段の軽口を消し、静かに澄み切った瞳で相手の駆動を完璧に読み取った。

 

「―――ハ」

 

 氷を滑るかの如き受け流し。刃の上を魔剣が通り過ぎる。刹那、交差した視線からバーサーカーは、相手の透明な目を見て時間が停止した錯覚を得る。

 彼女の左眼は、余りにも澄み切っている。

 どれ程の長い年月、自己を鍛え、技術を修め、精神を練ったのか。

 バーサーカーが笑みを溢してしまうのも無理は無い。無骨でありながら流麗で、大胆でありながら精密。そんな矛盾した動きが、完璧な技量で許されている奇跡。体感時間を限り無く零にしなくては、初動さえ見切れぬ素早さは、剣を修めた武人として驚愕を越えて感動してしま得る。体の速さではなく、技の迅さで敵を殺す絶技であるのだ。

 しゅるり、と刃が胴を狙って流れた。

 彼が魔剣で防いだ直後、喉を狙った突きが既に打たれている。

 身を捻り避けながら、バーサーカーは剣を横払い。広範囲に広がる斬撃をアーチャーは紙一重で後退して避けているのに、敵が剣を振り終わった瞬間に間合いを詰めた。

 斬撃とは突き詰めれば、速さだ。

 相手よりも早く、相手を斬ることに終始する。筋力や身長体重に左右されるが、斬り殺せれば勝利。その為の技であり、その為の刃だ。アーチャーの剣技とは、それを果てしなく突き詰めた頂きの業。生き残る事を、何より斬り裂く事を、徹底して極めていた。

 ……もっとも、それはバーサーカーにも同じことが言えるのであるが。

 

「―――ヌゥア……!」

 

 既に狂戦士は宝具の魔剣は解放済み。魔物を殺して血で汚し、狂化も行使して心を滅し、身体を暴走させている……!

 斬り合いは加速し、一秒の間で数え切れぬ刃が交差し、殺気が錯綜する。幾度も、幾十度も、そして数秒後には幾百度の死が踊り狂った。

 

「くぅ……っ―――!」

 

 バーサーカーは魔剣を片手で振るい、更に左手も打撃武器として酷使している。通常の英霊ならば、余りの身体機能上昇で骨肉が粉々になるほどだが、彼からすれば何ら問題は無かった。

 上段から落ちてくる魔剣の刃を打ち落とし、返し刀で頸を撥ねんと追うも、バーサーカーは身を翻す。そして、左腕の肘が回転した遠心力を加えながら、即死の破壊力を有して彼女を襲った。アーチャーは刀の柄頭で軌道をづらす。そのまま斬り込むも、バーサーカーは圧倒的な反射神経で剣戟を掻い潜った。

 ―――弓兵の背後に、狂戦士が回り込む。

 身体機能は絶望的な差があり、彼女が追い付けるのは敏捷性程度。それも魔剣の効果と狂化のスキルで、段々と差が話されていく。加えて敵は不死。そして、もはや首筋を狙って斬首の一撃が繰り出されている。そもそも、この狂戦士は真正面から戦いを挑んで良い相手ではないのだ。

 

「……ヌゥ」

 

 ―――脇腹に刺突が掠る。逆手持ちにした刀で以って、刃を刺し込んだ。

 バーサーカーは狂戦士らしくない思考で以って、相手に場所を誘導されたのだと悟る。背を見せると言う隙を晒した上で、曲芸じみた背面刺しをアーチャーは狙っていた。その時に生まれた斬撃の隙を縫い込む様に、アーチャーは敵の斬首を避ける。相討ちなど真っ平御免で、ある程度の距離を作る為に間合いを離した。

 

「お主、前よりも斬り合いが巧いの。あの時の剣技は偽りと見える」

 

「冗談。今も前も本気さ。ただ単純に、今はテンションが違うってだけ」

 

 一撃一撃が素早く、斬撃が鋭い。前回にバーサーカーが対峙した時よりも技が迅いのだ。一対一と言う状況で且つ危機的状況と言う場面、アーチャーは追い詰められた時こそ直感が働く。

 

「ふむ、厄介な……」

 

 言葉とは裏腹に、とても楽しそうに狂った微笑み。

 

「……ならばこそ―――我を殺してみせろ、抑止の化身よ」

 

 バーサーカーは敵の真名がまるで分からない。故に思い付く候補が存在している。

 ……抑止力とは人間を生贄に捧げ、英霊に昇華させ、守護者にする機械的なシステムである。恐らくは、あのアーチャーもそうではないかと睨んでいた。彼の狂気がそう囁いている。狂戦士は敵が抱いている憎悪と絶望が手に取る様に分かり、それがどんな種類の感情なのか肌で感じている。

 このアーチャーには、英霊の輝きが無い。生前の自分が味わっていた様な、果ての無い無限地獄に落ちた者特有の、磨り減って澱んだ意思で共感できるのだ。

 

「―――あは」

 

 アーチャーは、気付かれた事に気が付いた。自分が如何なる英霊なのか、呪われ切った王様だからこそ、この内に燻ぶる呪いを視られたのだ。

 死ね、死ね、死ね。救って死ね。救う為に殺せ。

 粘り付く断末魔。救われたい、と唄う人々。向けられた本人からすれば、ただの呪いに過ぎない。なのに今の自分が持つ、この力、この武、この術、全て殺したアイツから教わった宝物。

 生前も死後も抑止として利用し尽くされて、全部磨り減って分からなくなって、彼女は抑止そのものに成り果てていた。抑止の化身とはつまり、生前も死後もそうでしか無かった彼女の蔑称。思い出しただけで、言われただけで、相手を意味もなく殺したくなる。

 

「フフ、くふふ。死んじまいなぁ……ッ―――!」

 

 突き。最短最速で刺殺する。アーチャーは何の拍子も無く、一瞬で間合いを無くして踏み込んだ。無論、バーサーカーは迎え撃つ。剣を持たぬ左の手の平で剣先を刺し込ませ、彼は一気に根元の鍔部分まで突き進ませた。

 そして、圧倒的な握力のまま相手の刀を握り締める。手の平に風穴が開いているのに、それを気にすることなくバーサーカーは思いっ切り武器を固定させたのだ。傷穴が開き、血が流れ出て、アーチャーの手もバーサーカーの血流で赤く染まっているにも関わらず、彼には欠片の躊躇もない。

 刀の鍔と柄を強引に壊れる程強く握り―――狂戦士は弓兵の右手を捕まえた。アーチャーを逃げられない様に捕まえた。

 

「――――――」

 

 理性を失わず、狂気のまま斬殺を尊ぶ。狂戦士は純粋な意味で、狂気に堕ちている。理性が無いから狂っているのは無く、正しく狂喜を楽しむから狂っているのだ。

 故に―――この死の時程、狂気を実感出来る時は無い。

 敵の武器は一つ。それを封じる。片腕も封じている。つまり、死ぬ。殺せる、死なせられる。魔剣を振るい、新たな生贄の血を啜ろう。バーサーカーは敵の両目を見詰めながら、一切躊躇わず死を与える……!

 

「―――ヒ」

 

 引き攣った笑みを彼女は浮かべていた。まるで死ぬ直前の死刑囚……の姿ではなく、正しく死刑囚を殺害する処刑人の如き邪笑であった。彼女は剣が当たる刹那、既に殺人技巧を完成させていた。

 彼女は右手を掴まれた時にバーサーカーの腕を流しながら引っ張り、彼の体勢を少しだけ揺らした。更に剣を振った時の力の方向性を利用し、右脚で相手の左足を絡み取る。よって体勢が崩れ、間合いが零にまで接着した。その時点で彼女は剣戟を避け、攻撃を行使する機会を強引に捥ぎ取った。

 瞬間―――飛躍し、左肘と左膝が首を噛み砕いた。

 ギロチンを模した形で相手の命を一気に壊す。サーヴァントであろうとも、首の骨を砕かれれば死ぬしかない。

 

「……グォ―――」

 

 生理的に発する呻き声は生々しく、断末魔の音色を持っていた。しかし、バーサーカーに死は無い。この程度ならば死なない。だが、流石のバーサーカーでも首を砕かられれば隙を晒す。その合間を狙い、アーチャーは絶殺の為の手段―――宝具の開示を決意していた。

 その肉体と精神と魂ごと、細胞と魔力と元素を残さず消滅させてやらんと真名を解放する―――!

 

「―――甘いのぉ」

 

 グルリ、と左腕を強引に回した。その先に居るアーチャーを地面に叩きつけた。バーサーカーは自分ごと背中から一気に倒れ込み、アーチャーは仰向けに転がった。

 

「……カァ、ア――――!」

 

 耐久性が普通のサーヴァントよりも低い、それこそ魔術師のサーヴァント並に肉体が弱い彼女にとって危険な衝撃が身を通り抜けた。物理的な攻撃では死なない霊体のサーヴァントとは言え、衝撃を受けた肉体にダメージはある。肉体に欠損は生まれず、霊核が砕かれないだけで、死なないだけで活動停止に追い込むには十分だ。ショックで一瞬、心臓が止まり、呼吸が止まり、心肺機能が停止する。筋肉が弛緩する。そんな程度ならサーヴァントは死なずに現界可能だが、戦闘を行うのにラグが生じるのは防げない。

 敵の様子を悟り、バーサーカーは左掌から刀の刃を引き抜いた。今はただ、可及的速やかに相手の命を奪う事に専念する。彼は勢い良く立ち上がり、そのまま魔剣を倒れ込む弓兵の心臓に突き立てた。

 

「ぬぅ、しぶとい……」

 

 ―――魔剣を弾く。開放された刃で以って、死から逃れた。アーチャーは刀を振った勢いを殺す事無く、地面を転がって距離と取りながら立ち上がった。

 アーチャーは停止した肉体に魔力を叩き込み、危ない所で復活していた。もう少し遅れていれば、弓兵は串刺しにされていた事だろう。

 

「―――……っく。やりずらいな」

 

 殺した程度では止まらない。一殺くらいでは隙は作らない。バーサーカーは自身の能力を知り尽くしているが故に、死をも利用した戦術を先取りしている。生前に死に慣れている所為か、死ぬ時の苦痛や衝撃では彼は戦いを停止などする訳がないのだ。

 前回の戦いで魔槍によって心臓を抉られた時、再び動くまでに僅かばかりの遅延があった。しかし、それはブラフであったのだ。一回でも殺せれば隙が生まれると錯覚させる為の演技だった。ランサーとの死闘も本気であったが、あれはあれで死んだふりをして宝具を解放し殺す為を行った演技であると同時に、あの戦いを見ていたサーヴァントを騙す為の演出でもあった。

 

「死んでいても動けるのね、アンタ」

 

 バーサーカーは戦闘続行のスキルを持つ。宝具・永劫なる屍骸(ゴッデス・カラミティ)との相性は非常によく、そもそも戦闘続行スキルは死に慣れたバーサーカーだからこそ最高峰のランクを有している。

 殺しても死なず、死んでいるのに動く。死んだまま戦い続ける。

 血濡れた魔剣で命を啜り、不死身の肉体を持ち、霊核を殺されて死んでも彼は消滅しない。

 

「―――是なり。

 我は生無き亡者故、死なず朽ちずに動く屍よ」

 

 そして、やっとアーチャーは、止まっていた心臓を動かせた。魔力で心臓に刺激を与え、無理矢理動かせていたが、叩きつけられた数秒後に漸く心肺機能が復活する。勿論、バーサーカーは掌の風穴と砕かれた首の骨を蘇生させていた。

 

“マスター、バーサーカーかなり強いよ。早くしないと消耗戦になる”

 

“分かってるわよ。もう少し頑張んなさい。こっちもこっちで、直ぐ準備を終えるから”

 

“宜しく。結界と魔力の散布で敵さんの狙撃は止まったから、予定通り進めておいてね”

 

 アーチャーはライン越しの念話を切る。マスターの遠坂凛は、予め練っておいた策の一つの通り、無事行動を続けられているようだ。ならば、安心だと彼女は敵に集中し続ける。

 

「―――さて。ここからが正念場かな」

 

 気合いを入れ直す。再度、アーチャーは刀を正眼の構えと取り直した。狂気と剣気がぶつかり合い、殺気が結界内を充満させていく。

 ……殺し合いが再開された。

 制限の無い無尽蔵の命を持ち狂戦士を相手に、弓兵は絶望的な戦いに身を投じて行った




 バーサーカー、暴れまくりな回でした。一番戦闘が書き易いんですよね、バーサーカー。切嗣は切嗣で行動している最中であり、暗躍しているグループも色々と策を張り巡らせている最中です。そして、切嗣が持っている銃でありますが、これは現世で購入してきたものです。そして、今回の話で設定ミスがありましたので修正しておきました。前回の戦いでアーチャーが二刀流で闘っていたと言う変てこな描写があったので、本来のモノに修正して置きました。
 後、キルラキル面白い。
 そして、攻殻機動隊の新作に嵌まっている最中です。冲方丁の小説を読んでいる身として、攻殻好きな自分としては良いコラボ過ぎて死にそうでした。サイトーの名前も、この作品のキャラからなので、これからのスナイパーなサイトーさんの活躍に期待したいです。でも、新作になって一番キャラ変わったのってサイトーさんだと思うんですよね。


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54.殺し屋の殺し方

 今年はFate関連の情報が多いです。プリヤ二期や、ホロウの声付き、新作アニメF/SNが出ますから楽しみです。
 そして、アポカリファの三巻読みました。可愛いキャラが多くて面白いです。


 狂戦士(バーサーカー)のマスター、アデルバート・ダンは森の中でも一際大きい木の上へ登っていた。太い枝の上に立ち、そこからある一点を常に見続けている。魔力で強化した目で視ているのだが、目標を視認出来ずにいた。

 

「――――っち。見えんな」

 

 彼は怪物専用に改良された狩猟銃、ウェザビーMkVを両手で構えている。巧い具合に隠れられていたので、護衛として控えていたバーサーカーまで投入したが、それも無駄になってしまっていた。

 

「げひゃははははははは! 鬼畜過ぎないかい、アデルバート!

 あの状態でバーサーカーまで嗾けるなんて、性根が腐ってて最高にも程があんぜ。ああ、だけど、その所為で対抗手段を持ち出されたとなっちゃ、こっちに都合が悪い」

 

 オヤジ臭い笑い声を上げるのは子犬。種類としては大きな耳が特徴的なバゼットハウンド。名はフレディと言う。子犬はダンと同じ様に木の枝に上り、そこで猫のように安定した体勢で座りこんでいた。

 

「しかし、即席の遮断結界とは頭が良いぜ。あれじゃ、俺っちでも臭いが嗅ぎ取り難くて仕方が無い」

 

「だが、あれじゃあ、結局はどん詰まり。所詮、その場凌ぎの悪足掻きだ」

 

 彼の使い魔フレディが、脅威的な索敵能力で標的を見付ける。その情報を狙撃手であるアデルバート・ダンに送信し、リンクさせた感覚を視覚情報に変換。そして、間接的に使い魔をスコープにし、超長距離から銃弾を発射する。

 犬が嗅ぎ取っているのは―――魔力の匂い。

 しかし、強い魔力流が場を無理に掻き回す。更に結界によって外部に漏れないよう隠蔽されてしまった。あの場所に結界が引かれているのは簡単に分かるが、それなりの規模で括られた結界の中の何処に居るかは分からない。分かるのは、バーサーカーと戦っているアーチャーのみ。

 

「よぉよぉ、アデルバート。あの真っ黒弓兵女、撃たねぇの?

 戦場が結界に隠されててもよ、大体の位置はわかってるじゃねぇか。精度は千里眼以上だと自負してるぜ。透視能力者にも負けはしねぇ。

 まぁ、内部は魔力が渦になってて、かなり気配が曖昧なってんのは気に入らんがよぉ」

 

「遠坂凛に観察されているからな。多分、後数回で狙撃のタネがあれに暴かれる。あの魔術師は、そう言う危険な女だ。アーチャーも曲者っぽい感じがする。

 それに、実際に此方の索敵方法も暴かれただろ?

 お前の能力に対する隠蔽手段も、見事に弱点を突かれてこの様だ。まぁ、それも時間が解決してくれるけどよ」

 

「へー、そうかい―――燻り出すのか?」

 

「無論。はっ、出てきたところを撃ち殺してやらぁな。それにキャスターの魔物共も、あの目立ち過ぎな結界にうまい感じに寄っていきゃ、万々歳って事さね」

 

 銃弾には魔術へ対する術式が刻まれている。弾丸自体も特別製。結界に何発もぶち当てれば、穴を開けるのも時間の問題である。言わば、結界殺し。魔力による障壁なども貫通し、防ぐには弾丸を諸共しない膨大な魔力量か、物理的に防ぐしかない。

 

「ひゃっはー、悪辣っすなぁ」

 

 犬の邪笑。子犬である故、表情は今一人間では分からぬが、声だけは十分に悪意が満ちているとあっさりと感じ取れる。

 ダンはダンでフレディの方を向きもせず、常に遠坂凛とアーチャーと、そしてバーサーカーがいる結界を監視していた。自分達にもキャスターの刺客が向けられる可能性は高いが、あの計算高いサーヴァントが、そもそも今の自分達に手を出してくるとは思えない。何故なら、苦労せずにこのままならばアーチャーを殺せるからだ。自分達バーサーカー組を殺すとなれば、それはアーチャーとそのマスターが勝手に始末された後にすれば良い。

 自分がキャスターの立場ならば、その手段を取るだろうとアデルバートは判断した。

 よって、今は目標の一組である遠坂凛とアーチャーの狙撃に専念する。バーサーカーを視界を借りて結界内を除いても、戦況は自分のサーヴァントが有利。それに遠坂凛の気配ははっきりと掴めず、まだ結界内に居ると分かる。

 ―――好機。実に良い展開。

 遠坂凛がのこのこと一人で出てくれば、魔力を殺して気配を遮っていても、数手で狙撃を命中させられる確信がある。バーサーカーを嗾けて、魔力散布と遮断結界が張れられる前も、奴らには手際よく隠れられて殺し切れなかったが―――既にフレディが“匂い”を十分に嗅ぎ取れた。居場所を把握するには十分だ。

 つまり、ここでアーチャー達の殺害に成功すれば、遠坂凛と衛宮士郎の同盟を崩せる。

 アデルバート・ダンは自分の殺し屋としての腕前を絶対視しているが、同様に衛宮や遠坂の強さも同程度だと実感している。同等の怪物がサーヴァントを連れているとなれば、自分一人ではどうにもならない。バーサーカーがセイバーとアーチャーを足止めしても、衛宮士郎と遠坂凛の二人を相手にするのは絶対に避けたい。そもそも敵は二人だけではなく、教会の悪魔よりも悪魔じみて強い聖騎士、元同僚の天性の撲殺魔である封印指定執行者、何度の裏を掻かれている人でなしの盗賊。それと確認できていないが故に、何か絶対に企んでいるあの代行者。

 

「加えて、ここのアインツベルンのマスターも曲者過ぎるぜ……ったくさ」

 

「ぼやくなって、御主人(マイマスター)。だから、あの代行者の誘いに乗っちまったんだろうが。

 退屈せず、常に臨死の危機が蔓延る地獄。

 こんな生きてんのか死んでんのか分からない、生死を錯覚するような修羅場はさ、とてもとても良い仕事に熱中できる。労働の後に飲む美味い酒だけで、それだけで報酬は十分だぜ」

 

「犬の癖に大酒のみだからな、オマエ」

 

「ひひひ、アル中ですんでなぁ……――――あん?」

 

 と、フレディが鼻をひくつかせた。嫌な香りが鼻腔に侵入して、鼻の奥がツンとした刺激で反応する。

 

「まさか、キャスターの使い魔どもか?」

 

 候補の一つとしてはある。可能性も低くは無い。遠坂凛とアーチャーを狙い撃つまで、何匹も撃ち殺して此処まで来ている。護衛にしていたバーサーカーも、魔剣の餌に丁度良いと楽しみながら斬り、殴り、踏み、潰し、抉り、砕き、千切りは千切って惨殺の限りをしていた。キャスター陣営にとって侵入者同士が殺し合うのは都合が良いとは言え、先走って自分達バーサーカーグループの即時殺害を狙うのもも有り得ないと言えないのだ。

 

「いんや違うな。こいつはぁ、まさか、あれか、え、マジで、嘘だろオイオイ……」

 

「……んで、誰だ?」

 

 うぬぬぬぬ、と首を傾ける愛犬兼使い魔の魔獣の奇行。行動そのものは可愛らしいが、中身を知っている身としては気味が悪い。いや、正直な話をすれば気持ちが悪かった。オヤジ臭い奴がそんな真似をしても、寒気しかしない。

 銃から顔を離し、使い魔の方を向く。こう言う場合、基本的に嫌な方向にしか物事が進まないとアデルバートは経験していた。殺し屋としての直感である。

 

「―――フラガの姐御」

 

「あ……今来られたら死ぬぞ」

 

 護衛のバーサーカーを突撃させた現状、バゼットとランサーを相手に生き延びれる確率は無い。僅かばかりの可能性も無いとアデルバートは断言出来る。よって、最善は会わない内に戦線離脱すること。

 

「俺っちも死にたくはねぇ。あのサーヴァントと姐御が一緒にゃ、勝てる訳もねぇし……

 ……あ―――待て。待て待て待て!

 こりゃ本当にベリベリラッキーだぜ。ひゃー、拾う神いりゃ笑う神。ツキが回ってきたんかな」

 

「それで、何が幸運なんだよ?」

 

「ライダーと聖堂騎士に鉢合わせしやがった、それもキャスター共の魔物もうじゃうじゃで三つ巴になってやがる!

 げひゃひゃひゃ!

 でもよ、奴らこっちに気がついてる」

 

「気配と銃声を消した程度じゃ、居場所がばれるって事かい。ホント厄介な。けど、逃げる暇を得るのは十分だぜ」

 

「いんや、そこまでバレちゃいねぇよぉ。ただあの結界とバーサーカーの突撃の所為で、大凡の方向が分かって程度さ。

 けれど、ライダーの方は完璧に背後の俺っち達を警戒してるぜ。奴ら、マジで侮れん」

 

 取り敢えず、バーサーカーに此方の現状を伝えた後、現状維持を支持する。まずは遠坂凛を狩り殺す為、気配を殺してながら戦線離脱をした後に近距離狙撃を敢行する。結界内に入った後であれば、フレディの能力で居場所を探るのは容易いだろう。そして、直ぐ様身を隠し、獲物を捜しながらキャスターを狩る。あるいは、キャスターの本拠地に挑むマスターとサーヴァントを利用して、戦闘中の隙を狙ってアインツベルンを含めた敵陣営の暗殺を狙う。

 

「―――ったく。バーサーカーを狩りに出させた途端、この始末か」

 

 嘗て、自分が師匠を殺して奪い取った愛銃を手に握る。計画通り進まないが、策とは幾つも用意してこそ殺人計画は達成される。この程度は苦境でも何でもない。

 

「うぃうぃ。どうもあの変な騎兵、手持ちの斥侯がいるみだいだ」

 

「あー……あの、キャスターの魔物には見えなかった敵兵か。あれはライダーの手駒なのか」

 

「おう。今確認出来たぜぇ。比べたら匂いがそっくりだわ」

 

「ほぉ、そうきたか」

 

 フレディの嗅覚は鋭い。彼は魔力の匂いを精密に感知可能だが、嗅げるのは魔力だけではない。体臭は勿論、つけている香水、薬品の刺激臭、血臭、服に染み付いた固有の匂い、そして曖昧だが大まかな気配も嗅覚と合わさった超感覚で嗅げる。

 その使い魔が言うのであれば、所属不明な斥侯がライダーのモノだと言うのも事実。今この場所にランサー陣営とライダー陣営が来れば、キャスター陣営も含め五つ巴に成る可能性がある。それは避けたい。本職が殺し屋の為、アデルバートは不確定要素が殺人計画を狂わせることをしっかりと経験していた。混戦になろうとも、それはそれで楽しめるが、今は遠坂凛討伐をじっくりと成功させる方が魅力的。

 

「……だと、色々と危ないな。

 フラガの奴はオレを率先して殺したい。ここに来たのも、目的はそれだろう。しかし、ライダーらはオレ達を助けて漁夫の利を得る心算。キャスターはキャスターで、侵入者同士を消耗させる気満々か。

 けっ、気に入らない……気に入らねぇが、利用すると言うなら利用させてやる」

 

「じゃ、あの結界に突っ込むのかよぉ?」

 

「ああ。ここまで切羽詰まるとな、可及的速やかに出来る限り慎重な手順で仕事を全うしないと死ぬ。死なないように殺すなら、危機と好機を乗りこなさいと意味が無い」

 

 背後の乱戦を疎み、彼は疾走する。犬のフレディも遅れずに追随。バーサーカーに指示を送っているので、後は即興だが変更させた作戦を全うするのみ。自分達の戦場まで後一歩。背中に狩猟銃ウェザビーを背負い、愛銃のリボルバーを構えて突入を開始。

 そして、結界を潜り抜けた刹那―――ダンの脳裏に死の悪寒が奔った。

 呪詛の弾丸の圧倒的弾幕密度。機関銃よりも性質が悪い面包囲の散弾性と連射効率。指先から一発づつでは無く、同時に幾つも掃射されていた。

 

「―――見ー付けた。

 ボッコボコのズッタズタにして上げる……!」

 

 呪いによる物理攻撃と言う馬鹿げた魔力の使い方。一発一発が鉄を砕き、コンクリートを穿つ破壊力を持たせた上で、散弾と連射を繰り返す。鍛えに鍛え、発射速度、魔力効率、弾丸威力を上昇させた魔術―――ガンド。遠坂凛の得意魔術の一つであり、戦闘の要になる十八番。

 凛は賭けではあったが、敵が侵入して来るかもしれない位置に待ち伏せをしていた。敵の索敵に気付かれない様にじっと待ち、一秒が一時間になるほど集中し、侵入者の魔術師を待った。ある程度の位置は掴んでいたが、正確な位置は分からずじまい。しかし、ある程度の敵がいる方向は把握している。よって、ガンドの放射範囲内に位置する場所を陣どり、大まかに攻撃出来る箇所で敵を撃つ準備をした。彼女は自分のガンドの精度と射程は兎も角、攻撃範囲には自信があった、ばら撒くだけなら容易いと。

 

「―――んじゃ、頑張れよ御主人!」

 

 結界内に入れば魔力索敵が存分に使えるが、戦闘では戦力にならないフレディ。彼は結界に潜入した後、戦闘区域から離れアデルバートに位置を念話で教える役目。よって、早々に木々の陰に離脱した。

 そして、戦いを続けるサーヴァント二人の気配が更に爆発する。

 アーチャーもバーサーカーも、自分達のマスターが戦闘状態になったのを感じたのだ。

 

「……久しぶりね、ダン! 態々こっちのテリトリーまで来てくれて御苦労様!」

 

 皮肉である。凛はアデルバートが狙撃を諦め直接殺しに来たと考えている。だが、実際は早目に殺す理由が出来たので彼は凛を殺し来たのだが、それでも皮肉は皮肉として十分に伝わっている。凛は外部の情報が遮断されるのでこの結界を使いたくなく、実際その所為でランサー達とライダー達とキャスターの魔物共の乱戦に気が付いていない。それはアーチャーも同じで、外の危機的状況を結界内で知るのは殺し屋と子犬と狂戦士だけ。

 だが、アデルバート・ダンは焦らない。

 殺したいが、今直ぐにでも遠坂凛を殺したいと焦心しているが、結界越しの後ろの敵陣営に向ける感情は無かった。目の前の極上品以外―――今は興味が無い。

 

「―――」

 

 言葉は不要。二度目の会話をする気は無い。今は死の感覚を楽しむ以外にアデルバートの脳神経が働かない。

 まず、散弾銃を試し撃つ。

 茶色のコートの裏には数々の銃火器を隠し持ち、その一つを使う。ソードオフとは言え、ショットガンを片手でホルスターから抜き撃ち、連射で早撃ちするなど曲芸を越えた狂気。アデルバートは視界一杯に広がるガンドを一掃させ、撃ち落とせない呪詛は回避する。そのまま銃弾の群れが凛を襲う!

 舌打ちをする間も無い。凛は蜂の巣にされ、死ぬ。魔術師ならば屈辱である射殺が死因。無論、避ける時間は無かった。更に言えば、散弾銃の連射など避ける隙間さえなかった。

 ならば―――遠坂凛が生きているのは可笑しな話。

 アデルバート・ダンは奇跡を垣間見る。最初から準備していたとしか思えぬ障壁を作り、銃弾が砕かれる前に彼女は散弾から逃れていた。障壁が壊れるのは一秒の十分の一以下しか無い殆んど素通りしたも同然な時間差なのに、彼女は風となって散弾を避け切っていた。

 

「……ああ、もう頭にくるわねぇ―――!」

 

 予想通り、敵の弾丸は一定の魔術を無効化する術式破壊(スペルブレイク)の特性品。

 節理の鍵のような“魔術殺し(アンチマジック)”では無く、衝撃越しに伝わって来た感触から、魔術的に対魔術加工がされた弾丸のようだと理解する。魔術師専門の殺し屋らしい武器のチョイス。腕の立つ魔術師の癖に好んで銃火器を愛用し、封印指定に選ばれる程の魔術師なのに魔術師の天敵過ぎて腹が立つ。

 

Ein KÖrper(灰は灰に) ist ein(塵は) KÖrper(塵に)―――!」

 

 凛は手の平サイズの光る魔力塊を一瞬で生成。手首だけを軽く振るフォームで、攻撃を回避と同時に行っていた。しかし、ダンは一瞬で空中に浮かぶ光源を拳銃で撃ち抜き、二人の中間で爆発が起こった。即席ボムが火炎を発するも二人は無傷。

 

「……ク―――」

 

 その台詞は自分が言いたいとダンは凶笑を顔に刻む。頭が痺れるのは此方の言い分。敵の動きは明らかに人間を辞めている。魔術で強化された弾丸に対応出来る時点で、化け物の領域だと認識するのは至極当然の判断。

 また、彼の現装備は持ち運びが不便な大型火器を除き、結構な火器を揃えている。が、それでも魔術師・遠坂凛の総合的火力は自分をあっさりと上回る。限定的とはいえ魔法を習得したと高名にも程がある元時計塔の魔術師が相手、死ぬ気で挑まないと殺させるのが目に見えていた。お得意の宝石魔術もまだ使用していない。

 ―――爆炎を陰に、狩猟銃を構えた。

 銃口は遠坂凛を狙った方向では無く、彼女の足元を狙っている。これでは当たらず、意味もない威嚇射撃。そんな無様な格好のまま引き金を引く殺し屋を目視した凛は一瞬―――背筋に奔った悪寒の冷たさに決死を覚悟した。

 

「―――Anfang(セット)

 

 瞬間詠唱。圧倒的呪文展開。発するのはスペル一つ。思考速度で遠坂凛の全身を魔術が支配した―――と、同時。弾丸は有り得ぬ軌道を描いて彼女の胴体に迫る……!

 それが狙撃位置を定めさせない魔弾の秘密。

 ある程度の狙撃の方向性しか相手に悟らせなかったのは、銃弾が発射時の射手の思考で弾道を操作可能なため。まるでボクサーのボディブローの如きエグい動きで、音速超過の致死の銃弾が死を咆える。一旦軌道を下げて視覚外に潜り、死角から撃った後で奇襲した!

 ならば―――その奇襲を回避する遠坂凛こそ狂気の沙汰。

 身を捻り、宙を横回転しながら銃弾の下を掻い潜る。音速を越える銃弾が生み出すソニックウェーブは空気の塊を叩きつけるも、切り裂くような身軽さで旋回―――直後、小さな宝石を纏めて数個投げ放つ。狂った概念密度で強化魔術が施された肉体が魔力を放ち輝く宝石を、それこそ散弾銃と似た軌道で投擲。更に放たれた直ぐ後に、石は刻まれた術式通りに魔術と化して加速する―――!

 

「―――Cor(Break)Percute(Open)

 

 アデルバート・ダンの魔力のイメージは、脈から吹き出る赤い水。回路を開くは、自分の心臓を握り潰す激痛。

 奥の手の一つである魔術礼装、術式改造狙撃銃(ウェザビーMKⅤ)の歪曲軌道は見切られた。ならば、更なる秘術で以って鉄火を散らすのみ。元封印指定執行者にして、現封印指定たる彼は豊富過ぎる戦闘経験と殺人回数を誇る。その成果を遠坂凛に披露させた。

 

「……え―――」

 

 遠坂凛が死ななかったのは、ただの偶然だろう。目前を奔った巨大な魔力が宝石魔術を一切消し去り、敵の攻撃が掠ってもいないのに空気から伝わって来た衝撃のみで木に叩きつけられた。 

 

「―――な……っ!」

 

 額に迫った銃弾を回避する。直後、背を預けていた樹木が折れ、吹き飛ぶ。遠坂はダンの攻撃に対する手段を思考しながらも観察をし、ガンドをばら撒きながら上空へ“宝石”を投げる。そして、敵が持つ銃を視て、殺し屋の本気を察した。

 余りにも巨大な銃口。五装填回転式拳銃。

 長さは50cm近く、敵を威圧する狂気に溢れた異様な巨銃。

 それはキャスターの魔力砲火に対する為、バゼットと綾子の前で出した武器と同じ銃。銃口から漏れ出す白煙には濃厚な魔力が満ち、先程の二連射の正体を容易く敵に教えていた。

 

「もう最悪―――!」

 

 凛は殺し屋が魔術師である事を知っている。この魔術師が常に本気だが、それでも自分の真髄を見せる時は正真正銘の全力で在ると言うこと。

 あの銃は、見た事があった。一撃で巨体を誇る魔獣を木端にしたのを覚えていた。それも、本気の一撃では無く通常攻撃による無造作な一発でだ。今のもその時のモノに近い脅威を感じている。

 彼は呪文により、巨銃を解放したのだ。右手で巨銃で狙い、左手の愛用魔銃で凛の動きを牽制する。

 

Fixierung(狙え),Fallende Bomben(急降下爆雷)――――!」

 

 ならば、視覚外から爆破攻撃を決行する。凛は上空に投げていた宝石の術式を解放し、巨大な魔法陣を展開。その巨大砲台で以って、殺し屋の抹殺を決死した。魔術が自分に当たらない様配慮したが、それでも凛がいる場所は爆撃範囲内!

 ―――そして、遠坂凛は有り得ない奇跡を目撃した。

 彼女が魔術で生み出した爆風とは、肉を溶かす高熱と骨を砕く衝撃を兼ね揃えた破壊エネルギー。一撃一撃が広範囲の破壊を齎す光弾が、何発も何度も降り注ぐ。それを―――アデルバート・ダンは爆風の隙間を見切って走る。

 死とは、彼にとって当たり前な現実。

 その親しい実感(隣人)を肌で感じるのはとても楽な日常作業。常に、次に瞬きをして隙を晒した直後に死ぬかもしれない、何てイメージし続ける殺し屋にとって魔力空爆など取るに足らない戦術選択。爆風と爆風の間を錯綜し、殺し屋は魔術師の前に姿を現した―――!

 

「―――死にな」

 

 疾走と同時、彼は巨銃に弾丸を装填した後に懐へ仕舞った。今右手に持っているのは師から奪い取った愛銃一丁と、コートの裏から取り出したマチェット。その山刀を左手で逆手持ちにしている。

 ―――刃を一閃。

 凛の真横をダンが通り抜ける。擦れ違い様、首を落とす軌道でマチェットを振り抜いた。そして、逆手持ちにしていたマチェットをくるりと手の上で回転させ、上手持ちに握り直す。

 

「くぅ―――!」

 

 キィン、と甲高い金属音。いざと言う備えとして隠し持っていたアゾット剣が、彼女の命を拾った。荒事が多い今ではそれなりに重宝している近接戦闘用魔術礼装の一つであり、彼女が兄弟子から貰った大事な父の遺品。そして、遠坂凛はもう一つの魔術礼装を身に付けていた。

 ―――魔術礼装・強化宝石装具(パワード・アーマージェイル)

 簡単に説明をすれば、肉体強化型の礼装。宝石魔術による身体機能の上昇が主な機能だが、通常の強化魔術を遥かに超えた異常な効率を誇る。強化補助術式が刻まれた宝石には予め魔力が充填されており、魔力で肉体を強化すれば自然と身体機能がアップするだけではなく、肉体の強靭性も上昇する。更に言えば、彼女が今着ている衣服も戦闘用魔術礼装であり、強化宝石以外にも様々な術式が刻まれた宝石が仕込まれていた。

 結果、遠坂凛の近接対応能力は第五次聖戦争の比ではない。

 弾丸を撃たれた直後に回避し、戦場で培った魔術師特有の超感覚が殺意を見切る。

 いっそのこと悪魔的と称する事も出来る異常な戦闘能力は、果たしてどれ程の才能と鍛錬と経験が必要であったのか―――と、アデルバートは心地良い戦慄に身を震わせた。

 

「―――!」

 

 彼は敵の方へ振り向く。同時に銃弾を発射。山刀は回避されたが無論、それで殺せるとは最初から考えていない。退魔の淨丸を胴体の各所へほぼ同時六連射を撃ち―――彼女は宝石魔術によって障壁を作成。一発目の銃弾は何とか防げたが、敵の淨弾と相性が恐ろしく悪い。二発目には罅割れ、三発目で壁の役割は果たせなくなり……後の三発は地面を転がって回避した。そして、アゾット剣を右手で握ったまま、左手の人差し指からガンドを乱射。

 その時には既にダンは左手で山刀を握ったまま、器用な指先で拳銃に弾丸を装填し終えていた。

 彼が今持つ拳銃で呪詛を殴り、もう片方の腕で刃を振った。ガンドは彼に当たる軌道の物だけ消滅し、他の呪詛弾幕は後ろの木々を破壊するだけに終わった。

 直後、愛銃で()に標準を定める。しかし―――

 

「シィ―――っ……」

 

 ―――凛はダンに接敵していた。

 自分が放った敵の視界を覆い尽くすガンドの陰に隠れつつ、アゾット剣を心臓に向けて突き刺されと言わんばかりに気合いの入った震脚で繰り出した。口から漏れた唸り声は、敵の絶殺を狙う殺意の現れ。

 彼はその刺突を見切る。拳銃の銃把(グリップ)で叩き落とさんと振り抜いた!

 しかし―――余りに強い衝撃で右腕が弾き飛ばされる。意地でも拳銃は手放さなかったが、それでも体勢は仰け反って大きく崩れる。それは凛が接近戦の奥の手として鍛え上げた功夫。中でも数ある中国拳法にて屈指の破壊力を誇る八極拳の技術は、余す事無く破壊方向を分散させず一点へ集中。震脚より大地から膨大なエネルギーを踏み込みで生み出し、さながら破壊鎚の如き刺突であった。

 だがアデルバートは、ただ殺させるような殺し屋では無い。破壊力に負けて仰け反りながらもマチェットを振り抜き、敵の首を斬り落そうと刃を走らせた……が、凛の首はもうその場には無かった。刃は腰を屈めた事で避けていた。

 そして、回避と同時に両足と腰を捻り型を固定。桁外れの化勁を全身全霊で練り上げ―――拳を放つ!

 

「……ハァア――――!」

 

 心臓を砕く左腕の縦拳による正拳突き。いや、彼女が身に修めた正式な名は金剛八式、衝捶(しょうすい)。中国武術を凛へ伝授した嘗ての師、言峰綺礼から習った技。その有り余る技巧には魔術による上乗せがされている。つまるところ、礼装による身体機能強化―――神経系統の加速、拳の硬化、全筋肉の瞬発力増幅。

 ―――激突。

 殺し屋は拳を避けられない。隙だらけ姿を晒した状態で避けられる訳がなかった―――が、それは凛もまた同じ。拳が激突した瞬間、ダンの右膝が胴を蹴り抜いていた。必殺を繰り出す攻撃時の隙間に、カウンターの膝蹴りを合わされた。相討ちによるエネルギーは凄まじく、両者とも背後の木まで吹き飛ぶ。それでも威力は殺し切れず、木は圧し折れてしまった。

 

「―――っ! ……ッ!!」

 

 衝突時、咄嗟にアデルバート・ダンは心肺を強化していた。同時に元々それなりに硬く、衝撃吸収性もある礼装の衣服を強化していた。そうでなければ問答無用で即死であり、相討ちの拳脚交差に持ち込むことも出来なかった。自分も攻撃する事で幾分か拳の破壊力を抑えることにも成功していた。

 とは言え、無傷には程遠い。呼吸が止まり、心臓が痙攣している。不整脈の所為で脳味噌に血流が十分に循環せず、視界がチカチカとぼやけて見えにくい。それならば、と彼は自分の心肺を強化魔術の応用で意識的に支配した。本来なら意識と関係なく動く生命活動たる心臓の鼓動と呼吸を、意識的に無理矢理動かした。その事で血は流れ、酸素が十分に全身へ配給された。しかし、心臓の一鼓動が、両肺の一呼吸が、電流に似た激痛でダンに傷の深さを訴えていた。

 

「……っち。しぶといわね」

 

 ダメージは凛の方が僅かに少ない。当たり所の違いであったが、殺し合いの勝敗とは些細なミスであっさりと傾くもの。彼女の方が損傷は小さいとは言え、通常ならば病院送りだ。内臓は破裂寸前で、少し動くだけで痛覚が鈍く震えた。治癒魔術で回復を促すが、戦闘中に完治する事はないだろう。敵の動向を警戒しつつも、今はまだ動かない方が良い。それに隙を晒しているとは言え、殺せると言う確信が無い。直感でしかないが、今自分が動くと銃撃戦に持ち込まれる予感があった。

 

畜生が(Fuck you)

 

 ……薄汚い罵倒。だが、それも当然の悪態。

 彼は時間切れを悟ってしまった。敵の魔術師を睨みつつ、弾丸を装填しておいた狩猟銃を天上に向けて発砲。

 

「―――? え、うそ……!」

 

 あの狙撃銃には弾道操作の能力がある。それもあるが、弾丸には魔力を可視化してしまう程のエネルギーが詰められている。今までの一撃よりも破壊力が高いのは魔力反応で簡単に分かるが、つまりそれは弾丸を見付けやすいと言うこと。軌道の変化も肌で実感出来る程だ。

 しかし、銃弾に警戒して辺り一帯を注意するも、弾は自分に襲い掛かって来ない。敵の動きに困惑しつつ次の瞬間、狩猟銃の一発で結界が破壊された事を理解した。彼は後一撃当てられれば結界が壊れるようにと、狩猟銃での銃撃時に結界に罅を入れていた。結界を壊す魔弾の真価が、この瞬間に発揮されたのだ。

 

「来てやったぞ、アデルバート」

 

 唐突だった。バーサーカーが、森の闇から現れていた。そして、全く同じタイミングでアーチャーも姿を現す。アーチャーに殺されながらで構わないと指示を送り、ダンは無理にでもバーサーカーをこの場所まで呼びこんでいた。アーチャーは背を向けたバーサーカーを何回か斬り刻んで殺すも、動きを止められないと悟って急いで自分のマスターの所まで戻って来ていた。

 バーサーカーの蘇生には魔力の消費が激しいが、命があればこそ。

 途中から結界外で辺り一帯を観察するようにダンはフレディに指示し、外部の情報を得ていた。どうも、森の中での情勢がキナ臭くなっている。一時体勢を整えた方が良いと彼の直感が訴えていた。

 

「マスター、ヤバいぞ。囲まれそうになってる」

 

 結界が無くなったことでアーチャーは周囲の探索を直ぐ様行った。結果として余り状況は好ましくない。リスクが多大となる狙撃対策であったと分かってはいたが、こうも悪い方向に進むとはついていないと苦笑してしまう。

 そして、凛はアーチャーと同じく警戒しつつ、近くまで来た従者と小言で会話する。

 

“で、囲まれそうって事は、実際どんな状況?”

 

“キャスターの魔物とライダーの駒と思われる兵隊共の大合戦。ランサーがその二陣を相手に大暴れ。後、あれはそうだね……ランサーとライダーのマスター同士が血泥の死闘をしてるって状況かな”

 

“……マズいわね。とてもヤバいわ”

 

 キョロキョロと橙色の左眼を動かしながら、アーチャーが返答。まるでリアルタイムで実際に観察しているような雰囲気であり、凛はそんな彼女の言葉を全面的に信用していた。そして、バーサーカーとダン、アーチャーと遠坂が二陣が睨み合う。ここから素直に撤退するか、敵が撤退する時に隙だらけな背中を討つか、あるいは戦闘を続行させるか。交差する視線で騙し合いのフェイントを何度も行う様に、敵意と殺意と剣気と狂気が混ざり合って混沌を生み出す。

 ―――ウォオン、と一瞬で世界が変色した。

 結界だ。だが、この結界はキャスターによる魔術では無い。明らかに―――宝具!

 鮮血色の魔力が空間をアメーバのように侵食し、その紅の呪詛に触れた魔力が段々と吸い取られている。空気に溶け込む大源が吸われ、キャスターが支配する結界の一区域の支配権が奪われていくのが分かる。それに魔術回路を開いていると吸収される量が増えているのをダンと遠坂は実感し、厭らしい効果を疎うように回路を閉じた。

 

「―――(クク)られた!

 士郎とも合流出来てないのに、これじゃあ最悪な展開ね」

 

 ギリギリと凛はアゾット剣を握った。隣のアーチャーは顔を思いっ切り顰めていた。しかし、彼女達二人と対するバーサーカーは笑みを深め、アデルバートは目付きを鋭く殺意で歪めた……と、緊迫した場面に空気が読めない奴が森からトコトコと歩いて来る。戦争の空気では無いと肌で感じているのか、どうも何処かしら緊張感が無い。

 

「この魔力、間違いなくライダーだぜ。よぉ、御主人? 短期決戦を狙ったのが裏目に出ちまったな!」

 

 凛には、このバセットハウンドの子犬に見覚えがある。昔、皆で時計塔での学生生活を満喫していた黄金時代、この使い魔とは知り合っていた。こう見えて、犬は魔術理論や神秘学には主人の殺し屋以上に精通しており、一般常識や科学知識にも通じている博学な頭脳を持つ。下卑だ表現に目瞑りさえすれば、自分と対等以上に会話が行える万能魔獣。

 

「フレディ……! やっぱりアンタが、私達の居場所を見付けてたって訳ね」

 

「正解っすよぉ。だって、あれだよ、美女の体臭って覚え易いんでね。ホントに嗅ぎ取るのが簡単過ぎて逆に困る位さ」

 

「体臭とか言うな! 本気で殺すわ」

 

「へっへっへっははっは! 当然さぁ、戦争なんだし殺し合わないと勿体無い!」

 

 しかし、そんな事は表面的な部分。この使い魔の一番厄介なところは、狙撃兵と組まれた時に発揮する索敵能力である。物影に隠れようとも、魔力を殺して気配を遮っても、あっさり標的を発見する。結界で辺り一帯を自分ごと隠さねば良い的に成り下がる。

 故に―――危険とは承知で結界を張った。だからこそ、今この様な危機的状況に陥っていた。

 

“ライダーだとマスター、どうする? 戦闘を続行するか、このまま四つ巴になるか、逃走して合流するか、大穴で誰かと共闘するか……まぁ、何を選択するかは任せるよ。

 それにこの結界は多分、真名は確か反逆封印・暴虐戦場(デバステイター・クリルタイ)……だったかな。主な効果は魔力吸収と敵対者の弱体化。監視していた時に見たキャスター達に使った時とは違って、今回はかなり本腰を入れて使ってるみたいだ”

 

 念話でアーチャーに迫られ、彼女は選択しなくてはならない局面に落ちる。それに余りにも詳しい説明に少々の不信感を抱き、アーチャーから漂う胡散臭さが癇に障った。

 

“合流が先よ。まず、士郎とセイバーと会わないと。その為に、とっとと城に乗り込むわ。

 ……後、その宝具を知っている訳とか色々と聞きたいから、覚悟しておきなさい。まぁ、それでも隠し事を続けるって言うならヒドいこと沢山するからね。わかった?”

 

“了解です、マイマスター”

 

 遠坂凛とアーチャーは念話にて、逃げる算段とタイミングを計っていた。あわよくば、此方に向かってくる敵をバーサーカーとそのマスターに押し付け、自分達はキャスター本陣に向かおうと計画する。更に欲を言えば、ランサー陣営を取り込みたい。それにバゼットを見捨てるのは、凛の矜持を些か傷付ける。

 

“―――だとさ、アデルバート。イヒヒヒヒッヒッヒ、中々に厄介みたいだよ”

 

“へぇ、ふぅん……?

 そりゃ確かに、今は中々ピンチだ。しかし、この聖杯戦争では中々に便利だな、オマエの念話盗聴”

 

 知られている能力と、誰にも露見していない能力がある。フレディはその便利さから、索敵能力は知人や敵対した者の多くに情報が漏れてしまっているが、その大元の能力が何かは隠し通している。念話の盗聴もその一つ。

 

“匂いで俺っちは人の感情とか思考を嗅ぎ取れるからな。ラインから漏れ出す魔力を嗅げば、まぁ、近くに居れば匂いを変換して聴覚で聞けるってこと。超簡単さ”

 

 人の心を嗅ぐ魔物。種別としてだとバーゲスト、あるいはブラックドッグに近いが、その手合いとはまた全く違う人工の魔獣。だが、魔術師視点から見る大まかな区別としては近い種族だ。

 能力の根本は魔力を嗅ぐ事。

 そこから派生し、彼は他者の感情や思考を嗅ぎ取る事が出来る。その嗅覚情報を聴覚や視覚に変換し、情報をマスターと共有する。彼本人はそこまで危険な魔獣ではないが、アデルバート・ダンと組むことで最大限自分の能力を生かす事が出来るのだ。だからこそ、フレディは殺し屋の相棒としてアデルバートが主人であると認めていた。

 

“ならば、どうするのだ? (ワレ)貴様(キサマ)に従うが、それも限度がある”

 

“ん? 何が言いたい、バーサーカー”

 

“まずはあの弓兵、我に斬り殺させろ”

 

“……構わなぇけど、嫌に拘るな。何故だ?”

 

“いや、なに……純粋な好奇心ぞ。あれは憎悪の虜である故、殺し甲斐がある”

 

“つまり……趣味か”

 

“うむ―――趣味ぞ”

 

“おお! 趣味か。じゃあ仕方がネェと思うぜ、俺っちは”

 

 サーヴァントの英霊の言葉に、使い魔の子犬が同乗する。正直、ダンもこの場で殺したいのは山々であるのだが、どうも展開がキナ臭い方向に進んでいる。

 

“まぁ、後でな。今は隠れるぞ”

 

 ライダーの宝具の結界内であると同時に、今この場所はキャスターの陣地。キャスターの結界内では太源を支配されている状態、その上で魔力の強制搾取と能力弱体化の枷が加えられる。もはや魔物の胃袋の中に等しい獄の極。

 

「―――っち。撤退するよ、マスター」

 

 右手に持っていた刀を左手に持ち替え、アーチャーは再び右手から刀を取り出した。

 

「オーケー。任せた!」

 

 二人は一気に戦線離脱。自分のサーヴァントの背後に、凛は疾走。出来ればバゼットとランサーとの共闘を視野に入れ、背後から広がる侵食結界から逃げ出した。

 その後ろ姿を、殺し屋は珍しく見逃した。

 銃弾を撃ち込むのも良いが、そうなると真正面からの戦闘となる。だが、横槍が入るこの場所で決闘をする気にはならない。乱戦で重要なのは、戦くのではなく一方的に殺す先手必勝。戦場に居続ける行為がそも愚かなのだ。真正面からの決闘をする場面とはつまり、第三陣営の邪魔が無い状況で在る事が大前提。今はまだ、その時ではないのだ。直ぐに殺せないと分かれば、また機会を待つ為に戦線を離脱するのが大事だとアデルバート・ダンは考えていた。

 

「のぅ、アデルバート。我は霊体化した方が良いかの?」

 

「やめとけ。ここはキャスターの陣地だ。多分、霊体化すれば肉の無い丸出しの魂に直接、何らかの術を掛けてくる可能性がある。対霊体用の罠も高確率であるだろうし、実体でなけりゃ直撃だ。結界の効果も、今一全部分からん。強制的な実体化なんて事も十分考えられるし、それに重要なのはキャスターでは無くライダーとランサーから隠れること。……ああ、後はアーチャーからもな。

 まぁ、バーサーカーのクラスに頼む事じゃねぇが、霊体化は避けろ。出来る限り、魔力と気配を隠してくれ」

 

 まだ、この森では致命的な効果を持つ重圧を結界は出していない。この広範囲に広がる森林の規模を考えれば、敵の位置を知覚するのと魔物の配置、それに太源の制御だけで恐ろしいレベルの能力。だが、キャスターが本腰を入れて作成した結界と考えると、それだけな訳が無いとアデルバートは予測していた。何時、何処で、どのような効果は分からないが、必ずここぞと言う戦局でキャスターが仕込んだ罠が発動するだろうと考えていた。

 これは全て、封印指定狩りで身に着いた経験則。

 少なくない修羅場を乗り越えてきた魔術師としての第六感が、キャスターの陣地全体から骨の髄から凍る悪寒を感じていた。それに殺し屋としての勘も、常に警戒しろと鐘を鳴らしっぱなしにしていた。

 

「そー言うーこった。ささ、とっとと逃げるぜ、お二人さん!」

 

 彼が尻尾を振りながら森の陰に向かって走り出す。

 

「ああ。んじゃあ、まぁ、道案内頼む」

 

「我からも頼むぞ、フレディ」

 

 魔犬の案内ならば信用出来ると、アデルバート・ダンとバーサーカーは彼に付いて行った。




 ダンの使い魔フレディの本編登場回でした。あの犬はサポート特化型の使い魔です。臭いを覚えるので、一度嗅がれると地の果てまで追い掛けてきます。彼の嗅覚は体や服の臭い以外にも、魔力を臭いとして感知します。その派生で、臭いの変化で他者の感情を察し出来ますし、ラインからの魔力を嗅ぎ、嗅覚を聴覚に変化させて念話も盗聴可能です。アデルバート・ダンが本気で魔術師を狩る時は、この使い魔とペアとなって暗殺を行う事になります。しかし、凛はフレディが魔力を嗅いでいるのではないか、と疑ったので魔力を遮断する結界をアーチャーと共に張り、目立つのを覚悟して誘い込んだって作戦でした。
 後、凛の宝石による肉体強化の魔術礼装の元ネタは格ゲーの。
 ダンの銃シリーズも色々ありまして、基本的に使っているのは師を殺して奪った教会の魔銃兼聖銃。自作の礼装である大型回転式拳銃である巨銃。鯨撃ちに使っているものを改造した狩猟銃。連続射撃が可能なソードオフの二連散弾銃。これら四つです。
 長い解説になってしまいました。読んで頂き、ありがとうございました。


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55.アインツベルン城攻略戦線

 PS4が欲しいこの頃。ディープダウンっていうゲームが凄く楽しみ。アクションRPGで、更にダンジョン探索してお宝探してボスを倒す。こう言うキングスフィールドチックな王道ファンタジーが出るのが最高です!


 完璧に城塞化された城。森の中に君臨する災厄の砦。その中の何処かの一室で、丸テーブルを囲んでいる三人組。一人はキャスター。そのマスターであるエルナがキャスターと会話し、メイドのツェリは静かに作業に熱中していた。

 

「これは酷いですね。見て下さい、マスター。

 ―――ほぼ全てのマスターとサーヴァントたちが、此処を目指して進軍して来ますよ」

 

 水晶玉から空中に映像が浮かび上がり、まるでテレビ画面を見るかの如く監視映像が映し出ている。情報網から送られる映像と、現在位置からして、この城に一番近いのは衛宮士郎とセイバーである事が分かった。そして、他の陣営は混戦とかした戦局で、騙し騙され、不意打ちと闇討ちの応酬と化していた。

 

「あのセイバーは昔の情報から推測すれば多分、騎士王アーサー・ペンドラゴン何だよね。なんつーかキャスター、この城は聖剣解放に耐えられんのか?」

 

 資料で第一次から第五次までの英霊たちの姿形と真名は把握していた。とは言え、それはアインツベルンが知り得る範囲での情報であったが、第四次において自陣が召喚したサーヴァントは流石に揃えられていた。

 なので、エルナスフィールはセイバーを観察し、真名を推理していた。当たっているか如何かはまだ分からない為、情報収集をして確かな証拠を得なくてはならない。

 

「騎士王の聖剣となりますと確か……エクスカリバーでしたか」

 

 キャスターは西洋の英霊では無い。本来ならば冬木の聖杯戦争では呼ばれない地域の伝承出身。しかし、座に招かれた者として、時代と国々を越えた知識を所有している。故に、生前では知り得ぬ聖剣エクスカリバーも知っていた。あの威光を目の前にすれば、自然とキャスターも敵の正体を看破する。

 

「まぁ、ここの城壁なら大丈夫ですよ。内部から放射されると危険でありますが、外側から撃たれるのであれば防げます。

 この砦の壁には対魔力、対物理は勿論のこと、各種対応の障壁があります。全面的な擬似宝具化が完了しています。また、空間そのものを外部と遮断出来ますので、一撃だけならば必ず防げるでしょう」

 

「成る程。行き成り外から一掃される心配は無いわけだ」

 

 ……そこで、カタカタとキーボードを叩き続けるツェリに、エルナとキャスターが視線を向けた。イヤホンを耳に付け、自分で皆の為に入れた紅茶を即席魔術で飲む度に温め直し、更に絶妙な味付けがされた自作クッキーを齧りながらメイドは死んだ魚の目で作業に練り込んでいた。ついでだが、パソコンから流れている音楽のリズムにノッテいるのか、体を微妙に揺らしてちょっとだけ楽しそうだ。

 

「いけません。其処じゃないです。全然駄目です」

 

 カタカタカタカタ、と不気味な程の高速連打音。カチカチカチ、とマウスのクリック音がうるさく鳴り響く。文明機器に駄目駄目な魔術師には珍しく、ツェツェーリエは機械に大変強かった。と言うよりも、そう言った電機機械や科学技術がかなり得意で大好物。アインツベルン家は錬金術の大家であるが、ツェツェーリエはアトラス系統の錬金術にも手を出している。

 

「うー……失敗です、これは」

 

 何時もよりも表情豊かなツェリが、楽しんでいるゲームで操作を失敗した子供の様に唇を尖らせた。無表情がデフォルトな彼女だが、プライベートならば実際は表情豊かな部類の人間。楽しければ笑うし、悲しければ目を細めてしまう。

 そして、パソコンを弄る際に独り言が癖になっているが、魔術師ならばではの精神統一法の一環でもある。

 

「何処を失敗しんたんですか? ツェリ殿」

 

「いえいえ、失敗と言う訳ではないのです。しかし、巧く駒の誘導が出来ません。中々実戦は、シュミレーションのようにはいかないです。

 ……それにまだ、衛宮士郎とセイバー以外に強い札は切っておりません。しかし、今使っております量産型の式神では、やはり異常に能力が高いマスターたちにも通用しません」

 

 手駒の数に限りがある。兵士の役割や種類も様々。巧く配置しなかれば、本陣まで来るのに敵を弱らせる事も出来はしない。

 そして、こくりとツェリが紅茶をもう一杯飲む。そして、話掛けられたこと彼女はイヤホンを外し、キャスターの方に死んだ魚の目を、釣り立てで生きてる魚くらいには輝かせて言葉を続けた。

 

「けれどアナタの式神分身、本当に良い手駒です。ここで指示するだけで、自由自在に動いてくれて実に楽であります」

 

「フフ―――もっと褒めても良いのですよ」

 

「はい。アナタはとても素晴らしい」

 

「すみません。真顔でそう言う台詞、言わないで下さい。ボケ殺しな返しをされると恥かしいですね」

 

「そうですか? でしたら、次回から気を付けます」

 

 エルナは仲の良い二人の従者を観察する。魔術談義で良く熱中し、城と森の罠作りも二人は冗談を言い合いながらサクサクと作り上げていた。キャスターが召喚されて以来、相性が良いのもあったが、時間が経つごとに仲が深まっているように思える。

 自分とキャスターも相棒としては、他のサーヴァントとマスターのコンビよりも良い関係だと思えるが、キャスターとツェリのそれも自分に負けずに良い雰囲気だ。ふふふ、ははは、とかそんな笑い声に似合う空気が形成されていた。

 

「……爆発すれば良いのに―――」

 

「如何しましたか、エルナ様。何か気になる点でもありましたでしょうか?」

 

 小さい声だったので聞こえたには聞こえたが、ツェリはエルナの言葉が分からなかった。

 

「んにゃ、何でも。それよりさ、戦局はどんなもんさ?」

 

「今のところ脱落者はまだ。今回のサーヴァントとマスターは、どうやら中々のやり手達であるようです。

 今の段階ですと、アーチャーとバーサーカーの殺し合いに乱入しようとしたライダーでしたが、それをランサーが結果として防ぎました。そこで此方の兵を使って戦闘に横槍し、膠着状態にしています。

 良い具合に消耗してると思うのですが、ライダーの略奪結界は逆に魔力を補充しながら戦闘可能な長期戦特化の宝具です。思う様に傷めつけられません」

 

 ツェリは淡々と、本の説明を音読するような口調で報告する。

 

「ですが、ランサーには無視し切れない消耗を与えられるでしょう。それにアーチャーとバーサーカーも互いに潰し合い、そこそこ弱っているみたいです。

 加えて、セイバー陣営とアヴェンジャー陣営ですが、此方はそれなりにってところですか。アヴェンジャー陣営は正直、あの宝具を使わせ続けて弱体化を狙うしか無いです。そして、キャスターが操る分身でセイバー陣営には精神的ダメージを与えられましたが―――例の侵入者によって立て直されました」

 

「……あー、あの正体不明か。他にも三匹いるけど、あれって何なんさ?」

 

「―――間桐ですよ。あの者達、どうも悪巧みをしに此処まで来たみたいですね」

 

 キャスターがざっぱりと断言する。邪悪な瘴気に、纏わり付く不快な深い気配。彼の生前でさえ、ここまでの怨念は存在していなかった。その圧倒的な邪気が、サーヴァントさえ寒気で身を震わせる鬼気が、あの魔術師達から発生していた。

 

「やー、そりゃ分かってんだ。間桐家って奴は、ウチのアインツベルン並にキレてるイカれた家系だし、魂の髄まで腐らせてんだろーよ。

 けどま、マキリ・ゾォルゲンが確認出来ないって事は、既にあの家は“そう言う”事な筈。

 それでも尚、サーヴァントの召喚が確認出来ない現当主間桐桜がヤル気満々って事は―――つまり、あの魔術師は自分に勝機があると確信してるってこと」

 

「そんな程度の事は、この我々が建てた“処刑城”に来た時点で、それなりの勝算があるのは分かりますよ。そして、相手が如何に自分達を攻略して殺そうとしてくるのかも、同時に分かっています。けど、まぁ……私もエルナ殿と不安は同じくしていますね。

 なんせ、あれは恐ろしい。

 巧く言葉に出来ないんですけど、強いて言えば予感です。叩けば、蛇と鬼が群れを成して出て来そうで。戦えば、死ぬよりも屈辱的で苦痛な最期を迎えるだろうと―――そんな変な寒気がある」

 

 キャスターの予感、つまり不吉な未来を透視する。確かな未来像は直視出来ないが、彼の視界には邪悪に笑う“間桐桜(黒い悪鬼)”を幻視していた。

 

「取り敢えず、今は計画を進めましょう。エルナ様とキャスターも不安点は多々あると思いますが猶の事、今は万全を期するのが重要です」

 

「それもそうですね。考え得る最悪に備えて、出来る事は全てしておきますか。頭の中通りに敵を動かすの、中々楽しいですし」

 

「おうよ! その調子。けどさ、敵方を良い具合に誘い込めた。今んところは順調だぜ、全くよ。

 街で隠れていたアサシンもこっちのお祭り騒ぎに来たから、森ん中にいるの見付けられたし。エミヤとセイバーらには掘り出し物の“残留思念体の式神”を当てがってやったし。良い感じじゃね」

 

 エルナが言った残留思念体の式神。つまり、現世に残った土地の記録から再現した幻像を、式神に取り込む事で実像にして使役する。これはキャスターが生み出した本物の魔であり、現在の魔術師では術式を思い付く事も出来ない鬼神の具現であった。

 

「隠れていたアサシン……ですね? でもアレ、ヤバいですよ。

 気配遮断に加えまして、呪術で隠蔽工作しています。まぁ、どんな隠蔽方法で隠れているのか手段を絞って、それぞれ専用察知術式で細工すれば、私の警戒網では無意味ですけどね。でも、それほど警戒して、やっと見付けられる程。この本拠地でなければ、探りを入れるのは不可能です。

 そして、特にマスターがイカレています。あんな濃厚な呪詛を持つ魂、この“眼”で初めて見ました。それに礼装の補助でアサシン並の隠れっぷり。このマスターとサーヴァント、正直関わり合いになりたくないですねぇ。誰か他の者が殺してくれると有り難い」

 

 今まで正確に姿を探せていなかった陣営、アサシンのサーヴァントとそのマスター。

 

「身形からして、アサシンの真名はハサン・サッバーハの一体で当たりと考えられます。マスターの方も姿を参照にし、前回の監督役。名は確か、言峰士人であったと思われます」

 

 メイドの情報を聞いて、主であるエルナは悩んだ表情を浮かべる。

 

「……言峰士人、ねぇ。そいつってアレでしょ、犬殺しだったっけ。

 それに確か殺人貴と正義の味方さんとも知人だったような。死神と剣製との因縁は、色々と有名だから。アインツベルンなんてところにも、噂話がちらほらと流れる程だったし……」

 

 言峰士人。恐らく、今回の聖杯戦争で一番狂っている人物。犬を殺そうと考え、本当に実行すると言うだけでもはや人間だとか、魔術師だとか、英霊だとか、そう言う枠で考えてはならない。化け物の中の化け物であり、サーヴァントも関係無い真実の怪物。

 エルナは正直、あの神父が恐ろしい。

 前回の戦争でアインツベルンの聖杯に勝ち、裏切り者の息子である正義の味方と戦えるのは、同じマスターとして憎悪と歓喜で心が震える。そして、他のマスター達も自分と同じ参加者だと考えられるのに―――言峰士人だけは駄目だった。それは、神父が過去にやった狂気の産物に対する思いだけではない。画面を挟んで見ただけで、怖かった。だって、ヒトのカタチをしている生き物が、あんな何も無い空白の眼をしてはならない。感情が死んでいるのではなく、存在していない。今この瞬間、世界に存在している実感なんて無い筈なのに、凶悪な意思に溢れた強い存在感。

 あの虚ろな暗闇が、あの何も無さが、アヴェンジャー(殺人貴)以上の死神に見えてならないのだ。言わば、確信がある直感。

 多分、既に全ての参加者を皆殺しにする算段が付いている。此方はキャスターと言う本物の策士が抹殺手段と生存計画を隙なく、無駄なく作っている。だが、あの神父は楽しみながら策を練って戦争を生き延び、殺したり、殺し合う全員を娯楽用品にして―――最後まで生き残る。そんな予感がエルナにはあり、ツェリもラインでそれを感じ取っている。そして、キャスターも印象は殆んど似た様なものだが、それでも自分が勝つのだと決意を下していた。

 

「……加えて、我々がイレギュラーで召喚枠にした八体目。そのアヴェンジャーのマスター、美綴綾子の師でもあった代行者です。

 その後はあの執行者が二代目の師になったそうですが、其処ら辺も色々と絡み合っているようです」

 

 その言峰士人の弟子であった美綴綾子。ツェリからすれば、要注意人物ではないマスターなど有り得無く、全てのサーヴァントが埒外の強敵揃い。前回の監督役であるこの男が今回のマスターの参加者に関与しているのは十分に知れているが、多分、この女が一番言峰士人に近い。メイドにとって主人を殺すかもしれない相手二番目の危険人物。

 

「複雑だなぁ。それに美綴綾子って、あの“盗賊”だろ? まぁ、聖杯をぶん捕るってのも分かり易いけど、知り合いが多い今回の殺し合いで、本気出してんだか如何か。腑抜けてんなら油断してる所、ブッスリさせたいけど」

 

「―――それは無いかと。彼女は代行者と執行者から教えを頂いた魔術師であります。凶手として考えられる限り、最悪の部類だとワタシは考えております」

 

「ですよね、無理っぽい。んじゃ、計画通り嵌め殺すか」

 

「それが宜しいかと。キャスターは何か、意見はありますか?」

 

「……兎も角、今は欲張りすぎず、深入れし過ぎず、慎重な判断が重要ですね。相手の手を丸裸にしてからでも、十分に間に合いますので。その為に今回は態々、こんな騒ぎを陣地で開いた訳ですし。

 現状、隠れている者も含めた全て、森の中では我々の支配下。空中も、地中も……例え、結界内でも異相空間でも関係ありません。宝具を使われても問題ありません。スキルも無意味です」

 

 ここはキャスターの中の胃袋だ。文字通り、アインツベルンの森は異界に塗り変わっている。ありとあらゆる可能性を考え、例え魔術だろうと、対魔術宝具だろうと、気配遮断用礼装だろうと、直死の魔眼だろうと、仙人の神通力だろうと、もはや隙間など無いのだ。

 ……何せ、キャスターの宝具で森は括られている。

 日ノ本最強の陰陽師が生み出した完全な結界は、知名度補正や地脈の相性も抜群となれば無暗矢鱈と凄まじい。もはや神域の要塞で、キャスターの為の祭壇。城は既に宝具と比較可能な“概念武装”と化し、夜の森は“固有結界”に匹敵する術者の世界。

 と、エルナは色々と現状の有利さを理解していた。殆んどのサーヴァントの真名を把握し、一番理解不能だった言峰士人の手の内を段々と暴けている。だからこそ、疑問に思った。何故この男は―――

 

「―――ってかさ。何でか分かん無いけど、キャスターは真名を素直に教えちゃって大丈夫なん?」

 

 安倍晴明。それがキャスターの真名。日本で知らぬ者は居ない伝説の陰陽師。数多の伝承を持ち、様々な書物に登場する平安時代の英霊だ。

 それを敵にばらしてしまう危険性。そんな、当たり前な不安が吹き出た。ツェリもエルナと同じで、らしくない余分だと疑っていた。

 

「ええ、まぁ。嘘の真名を言うのも良かったんですよ。道満の野郎とか、良い所を狙って鬼一法眼とか、如何にもなキャスターのフリも出来ました。

 それに正直な話、敵の立場になって考えますと、開催元のアインツベルンが態々キャスターとして召喚した陰陽師と、そう思考すれば私の真名が一番最初に浮かびます。なので、召喚されて現状を知った時、私は真名を隠すよりもバレた後の事態を対策すべきだと考えました」

 

 キャスターの知識には、同じ陰陽術を使うキャスター候補の英霊が幾人もいる。キャスターのクラスに選ばれるような陰陽術の使い手へ、術を使った物真似で偽装する事も十分に可能だった。

 彼の脳裏に、記憶にある英霊達が浮かび上がる。生前には神霊とも対面した事がある。逆に、英霊と召喚される可能性を持つ多くの魔を知っている。

 その事から、真名を知ると言う事が如何に致命的な行為か、キャスターは深く理解していた。弱点を最初から知っていれば、生前に苦労して滅してきた魔も簡単に殺せたことだろう。経験則として、知識の強さが凶悪な武器と化す事を分かっていた。

 

「まぁ、真名はバレると私の対策を建てられ易いのですが、逆に言えば相手が私にしてくる事を限定出来ます。思考の誘導って奴ですよ。弱点を晒す事で相手の戦術に方向性を持たせ、その隙を穿つ。

 ……私は少し、やりたい事がありまして。どうせ殆んど悟られているのでしたら、思い切って策に打って出たい。彼らがしてくるだろう策の裏を突きたいので、真名を衛宮士郎とセイバーに教えるのもまた、デメリットだけと言う訳ではないのです」

 

「わぁ……恐ろしいね」

 

 自分の弱点を突き、得意気になって隙だらけな敵を嵌め殺す。それに―――自分の弱点など簡単に隠せる。敵ならば如何に自分を殺そうとするか思考し、自分の弱点を狙おうとする策略に対する反撃案など幾つも考えられた。

 逆に、迎撃による必殺へ利用しよう。

 敵の醜態を狙う為、自身の致命的な弱点を転用する。

 セイバーが騎士王だと知っている。衛宮士郎が投影魔術師だと言う事は分かっている。恐らく、此方にとって都合が悪い武器で、思った通りに都合良く攻撃してくれることだろう。セイバーが次にどう動くかも、キャスターは場合別けしてパターンを試行錯誤する。それに、この二人から他の組にバレた所で、それもまた計画の範囲内。

 

「成る程。しかし、リスクが大きいとワタシは思いますが?」

 

「見返りの分が大きいのですよ。払った犠牲に見合った成果をお見せしましょう。それに……私の宝具は奥が深い。

 自分が言うのもあれですが、私の座を作った阿頼耶識も良い仕事をしてくれました。

 英霊と言う現象として、死後に手にする自分自身の伝承の具現。いやはや、人間の魂ではなくなり、精霊の領域である座に昇ると言う事が如何に出鱈目か、身に染みる思いです。霊長が編み出した英霊の機構とは、本当に頭が痛くなる。

 まぁ、この私の魂が死後に英霊の座の“一機能”として最適化され、挙げ句の果て下らない物事に再利用されるのは―――中々に不愉快極まりますけど」

 

 顔を歪め、キャスターは死相を浮かべる。自殺したくなる程の、屈辱なのだ。自分が興味が湧いた者の為に仕事をするのは良いが、英霊の座は了承さえ無い。利益が無い。愉悦が無い。娯楽が無い。集合無意識と言うシステムそのものが不愉快だった。

 強いて言えば、宝具くらいか。後はそう、今の様な馬鹿騒ぎに参加出来る機会を得られる程度。自分にとって、楽しめる部分はそんなところだ。

 

「失礼な質問ですが、アナタでも憎む程のモノなのですか?」

 

「当然です。何せ、この様ですよ?

 私にとって魂の所有権は、魂本人があるべきです。それがこんな、阿頼耶識などと言う“化け物”の所有物にされ、死後の安寧を奪われるなど―――私に対する宣戦布告に等しい」

 

 ツェツェーリエはまだ知らなかったが、キャスターにとってその質問は導火線に等しい。自分の魂が英霊の座に囚われている現状は、生前の自分が思った以上に最悪であった。

 

「せめて、あの「 」へ、あの始まりの虚無へ。魂はあるべき輪廻の環へ戻るべき、と私は思う訳です。しかし、所詮は英霊の座も根源の一部です。根源に落ち、変換し直され、来世へこの私が逝く事が出来ないのです。

 ……そういうのは、とても苛々しませんか? ツェリ殿」

 

「それは、そうではありますが……」

 

 しかし、ツェツェーリエは人造人間(ホムンクルス)だ。元より“魔”から生まれ出た自然の触覚である生命体。完成寸前であった個体だが人間ではない。彼女は人間として生まれていない製造作品だ。

 魂とは、言わば情報の塊。物質界では無く、星幽界という概念に所属する物体の記録、世界そのものの記憶体。ホムンクルスの彼女にも、らしきモノはあるのだろう。だが、宿ったそれが果たして魂と呼べるのか。その魂は果たして、普通の人間のように根源に還る事はあるのだろうか。モノと壊れるのではなく、ヒトと死ぬことが出来るのか否か、それは死んでみなければ分からない。しっかり死んで、次世代の生命体の魂に根源で新しい記憶体になれるのか……ホムンクルスが人間のように輪廻の環に入れるのか、何も解からない。

 まぁ、そもそも、ツェリは死後に興味が無い。この魂がどうなろうと、消えようが砕けようがそれこそ如何でも良い。今はただ、この瞬間を抱いた想いの為に生き抜くのみ。

 

「ああ、いえ。貴女に対して、不躾な問いでした。すみません。一介のサーヴァントに過ぎない私が、生者であるツェリ殿にして良い事ではありませんでした。

 ……そうですね。この今の私も生前あってこそ。死んでいるのに変ではありますが、死ぬまで気張って生きていくのが一番です」

 

 キャスターは相手の出生を考えれば、先程の発言は悪手だった。生まれから人の魂を持たない者へ、人間の末路を語って同意を求めるなど、同じ主に仕える同僚にすべき事ではなかった。

 

「いえ、良いのです。人らしき意識を持つ人型の生命体とは言え、ワタシは人間ではありません。別段、ヒトと言う括りに興味はありません。人の魂を持たないホムンクルスだからと、気を使う必要は皆無です。

 なので、死後に興味はありませんし……アナタの愚痴を聞くのは、退屈ではありません」

 

「そうですか……ああ、そうなのですね。成る程、こう言う関係も中々に風情があります」

 

 エルナは、じっくりとツェリとキャスターを観察していた。今は騒がしい愛剣を術式の都合で演算の補助装置にしていた為、三人の会話に入って来ない事が逆に彼女に第三者としての視点を与えていた。

 敵が森に居るのは分かっている。はっきり言って、計画通りだが危機的状況であるのは事実。そんな危ない状況で優雅にお茶を飲み、お菓子を食す。そして、ツェリはパソコンを操作して、キャスターは監視と式神の維持で仕事をして、自分はもう暇になっていた。そんな没頭する作業が無いエルナなのに、二人は自分の作業をしながら和気藹々と縁を眼前で深めていた。本音を言えば結構内心で緊張しているのに、人の事は言えないがそんな感傷を外に見せない二人に、エルナはほんの少しだけムっとした。

 

「あー、それと気になったことなんだけど。ツェリってさ―――キャスターの事が好きなん?」

 

「ブフォ――ッ!!??」

 

 ―――と言う訳で、爆弾投下。自分のメイドは画面全てに紅茶を噴き出した。

 パソコンが紅茶で真っ赤に染まる。召喚した時から何だかんだでキャスターとの付き合いは長く、専用メイドのツェツェーリエとは生まれた時からの相棒だ。その何時(いつ)何時(なんどき)も平常心を失わず、鉄の如き無表情や、従者として自分に向ける完璧な微笑みや、殺戮の愉悦に歪めたりと色々と彼女の事は知っていたが、キャスターと対峙している時の彼女は初めて知るツェツェーリエ・アインツベルンであった。

 そんな風に考えていた時、エルナは自然とツェリと言うメイドが、人間らしさとでも言うべき“何か”を思い浮かべた。自分と遊戯で楽しんでいた時とも違い、敵を葬り去っていた時とも違い―――その“何か”が男を見詰める女のソレに似ている事に気が付いたのだ。

 吃驚だった。エルナはホントに分かった瞬間、驚いた。

 正直に言えば、ツェリをキャスターに取られるのが心底むかつくし、キャスターをツェリを取られるのもかなり苛々する。だけど、それはそれとして、二人とも自分の従者。なので、ぶっちゃけた話、二人が自分の元から去るのなら殺してでも手元に置いておきたいけど、去らないなら別にくっ付いても良いんじゃないか。むしろ、色恋ごとが初めてなツェリを愉しむべきなんじゃないか、などどよく分からない電流が思考に走ったのだ―――!

 

「あー、えー……エ、エ、エルナ様? 一体どんな化学反応が、その高貴な脳味噌の中で起きたのですか?」

 

「ん? いや、ただ何となく。言わば、女の勘さ。キャスターはさ、ツェリのことをどう思ってんだい?」

 

 あたふたとパソコンを布巾でツェリは拭いていた。勢い余って流水操作の魔術まで使って、細部まで水分を機械から除去していた。

 

「―――飛び火って怖いです。貴女の爆弾発言は心臓に悪いですねぇ。

 まぁ、実際問題冗談抜きで言えば勿論、ツェリ殿は個人的にとても好ましいですよ。友人としても、女性としても、私には勿体無いですね」

 

「それはマスターである私よりも?」

 

「―――え”?」

 

 キャスターは、現世で最大の混乱に陥った。

 

「だぁから、ツェリと私―――どっちが良い女?」

 

「―――え!?」

 

「答えろ、答えなよ、答えなさいよ―――マイサーヴァント」

 

 最悪な事態に陥っている事にキャスターは気が付いた。生前、様々な無理難題や、困難極まる問答を切り抜けてきたが、ここまで返答に窮する問題は初めてだった。時の支配者以上に理不尽だった。

 目の前の女性二人を比べて、その差異を真正面から本人に告げる。それも気の知れた身内相手にだ。ふとキャスターが視線を横にずらせば、頬を少しだけ赤くしたツェツェーリエの姿。そして、マスターであるエルナスフィールは正しく不幸を蜜として啜る極悪人の笑みを浮かべていた。こんなのが自分の召喚者であるのが最悪だった。

 

「いやいや。どっちがどっちに優れているとか、実に不毛ではありませんかね。ほら、私が勝敗を決してもメリットがありませんよ」

 

「逃げるんだぁ、へへぇ?」

 

 くどいです、と口から漏れ出そうなキャスターは感情を押し殺した。

 

「―――くどいです」

 

 全然押し殺せていなかった。

 

「ヒドいぜ。もう少しくらい、私と乙女トークに付き合えって。ツェリはそういうの、糞真面目人間でからかうのは面白いけど、ダメなんさ。

 だと言うのに、キャスターはつれないぜ。

 それでもお前はエルナスフィール・フォン・アインツベルンのサーヴァントか!」

 

「嫌ですよ! 色恋沙汰でからかわれるの、私嫌いですから」

 

 生前、キャスターもキャスターで恋愛事には少々気苦労したのだ。

 

「え―――嫌い、なのですか……?」

 

「いえ、あのですから。別にツェリ殿の事を言った訳じゃありませんし―――」

 

「良いじゃん。雄と雌、出会えばやる事なんて限られてるしさ!」

 

「―――本当にそれでも大貴族の娘ですか!?」

 

 このマスター、ノリノリである。

 

「分かってないね。世に蔓延る変態趣味は、殆んどが暇と金を余らせた貴族の遊びだぜ」

 

「エルナ殿は、減らず口だけ一人前ですね」

 

 キャスターも元々は貴族の一人。変態嗜好に走るの常に、生きるため以外に余力がある者だ。なので、分かるのは分かるけど、それとこれは全くの別物なのだ。

 

「召喚されるサーヴァントは、マスターに似るんだよ。つまり、お前は私と同じで性質が悪いって事だ」

 

「……――――――」

 

「お願い致します。エルナ様の言葉に納得しそうにならないで下さい、キャスター」

 

「―――ハ! まさか、この私が相手に頷きそうになるとは……エルナ殿、中々やりますね」

 

 変に純情娘なツェツェーリエは気が付いていないが、擦れてるエルナスフィールはそれなりに理解していた。キャスターは結構、こういうお喋りが大好きだ。罵り合いでもないが、相手をそこまで気遣う事をしない本音トークを楽しんでいる。何だかんだで下世話な会話も嫌っていない。むしろ、かなり好き込んで喋っている時もある。

 ふざけ合いが好きなのだ、二人は。無駄な会話で、聖杯戦争では徒労でしかないが、その効率を求める現実主義思考こそ二人には価値が無い。苦労人のツェリは兎も角、エルナとキャスターは余分を愛していた。それに口先だけは二人とも、魔術師の言霊みたいに巧かった。

 

「おいおい。お前が見方になってやらんと、苦労性なツェリが泣くぞ」

 

「泣きません。ワタシがこの程度で泣く訳がありません」

 

「……でもさ、キャスター。メイドさんが涙を堪えてる上目使いでプルプルしてるのって、男として実際どうよ?」

 

「え。堪りませんよ、普通に」

 

 メイドでプルプル。プルプルメイド。等と、キャスターははっちゃけるマスターに悪ノリしていた。

 

「―――キャスター」

 

「すみません、ツェリ殿。それでも私は、男にはどんな時代でも浪漫が必要だと思うのですよ」

 

「全く、これだからエロ爺は。死んでも男の業ってのは、消えないもんなんかな」

 

「愚かなことですよ、エルナ殿。性的煩悩とはつまり、人間が保有する活力の一つです。死して尚、人は本能から欲するのです。サーヴァントに不要とは言え、それでも三大欲求があるのは、人間の精神にとってエロが真理であるからです」

 

「おお、わかったぜ。つまり……」

 

「……そう。私も所詮は―――神秘の探究者に過ぎないのです!」

 

「完璧だぞ、マイサーヴァント」

 

「ええ。貴女こそ、私のマスターに相応しい人物です」

 

 取り敢えず、二人とも仕事だけは万全だ。ツェリは溜め息を吐きながら、侵入者を皆殺しにする勢いで、用意しておいた罠と駒を総動員する。まだまだ自分達が動くまで、戦況は予定通りの位置まで辿り着いていない。

 敵は―――皆殺し。

 全身肉の一片も残さず殺すのだ。

 ツェツェーリエはホムンクルスとして失敗作だからなのか、虐殺が好きだ。殺人に酔ってしまう。血の味を覚えた猛獣で、人喰いの怪物だ。でも、それでも、気の合う主人であるエルナと、同じ従者であるキャスターの二人と馬鹿をする方がもっと好きだ。エルナは元々特別だったけど、キャスターが来てからはもっと良くなった。そして、キャスターはとても素晴らしい仲間で。ついでだが、自分が作ったお調子者な魔剣のクノッヘンも中に入れても良い位。

 そんな彼女にとって一番楽しい時が、四人で馬鹿騒ぎをする時。二番目がエルナの世話をすること。三番目が魔術の研究と開発で、四番目に殺人行為が入る。生まれた時は、殺す事だけが生きる楽しみであった欠陥品だったのに、エルナスフィールが生まれて彼女の従者となり、殺す為に作られた目的である聖杯戦争のおかげで自分はこんなにも大切なモノを手に入れた。

 

「二人とも。おふざけは程々でお願いします。失敗だけは、したくない筈です」

 

 窘める様でいて、なのに彼女の笑みには嘘が欠片も無い。本当に楽しくて仕方が無いように、ツェツェーリエはエルナとキャスターと共に―――森に入り込んだ敵を殺す為、本気を出すのである。

 

「へいへーい」

 

「ふふ。分かっておりますよ」

 

 勿論、その意気込みが二人も同じくするもの。笑みを浮かべるアインツベルンの怪物達が、今は今かと勝利を決める虐殺の一手を待ち構える。

 この森は。この城は。既に、人外魔境。

 結界の森林地帯を抜けても、其処にあるのは処刑の為の魔道要塞。

 

 

◇◇◇

 

 

 此処は森の中。キャスターの結界が張り巡られており、固有結界以上に異常な異界法則(ルール)に支配された魔の国。代行者言峰士人にとって、今の状況は余りにも奇怪だった。いや、むしろ異常事態の極致であったと言える。

 確かに、不気味な影の気配は感じ取れていた。

 様々な経験を得た第六感が、森の中に“鬼”が居る事を悟らせていた。

 

「―――ほぉ。まさか、な。やはり、この聖杯戦争は予想外過ぎて楽し過ぎるな」

 

 この不自然に組み立てられたキャスター殺し争奪戦。考えるまでもなく、キャスターが仕組んだ盤上の策略である。

 たった一組でも、この森に攻め込めば、キャスター陣営を脅威に思っている組が便乗するのは明白。

 衛宮士郎と遠坂凛が攻め入った時点で戦局は不可解なうねりと化した。ここから先は、キャスターが思い作る戦場の駒運び。

 

「キャスター……あれは今一、先が読めんな。何かを企んでいるのは丸分かりだが、底が見えん。不気味を越えた摩訶不思議だ」

 

 中でも言峰士人が一番注意しているのは、ライダーの陣営。危険なのがバーサーカー陣営、純粋に強いのがセイバー陣営、お楽しみなのがアヴェンジャー陣営、厄介なのがアーチャー陣営。そして、脅威なのがランサー陣営。

 だが、一番行動が読めないのがキャスターの陣営だった。

 どうもあの連中、策を幾重にも練り込んでいる。今この状況でどんな手を打ち、更にどの陣営を狙っているのか、まるで理解出来ない。次の瞬間には自分が死んでいても、何も疑問が湧かない策の海であるのだ、此処は。

 

「どうだ、アサシン。そろそろ誰か暗殺するか?」

 

「無駄だぞ。今では殺すに殺せん。特にキャスター、この結界内では私の存在が捕えれている。他の組のマスターを殺すのは良いが、一か八かはなるべく避けたい。今ほど混乱した乱戦に跳び込むのは、暗殺者として下策だ」

 

 士人はそろそろ、目的の為に策を集中させたい。その為には敵の数は少ない方が便利。しかし、最大戦力であるアサシンにとって、今の乱戦状態では実力を発揮出来ない。

 

「ふむ、其処までか?」

 

「無論。それほどまでに、だ。混乱に乗じ、殺せなくもないが後に続かん。まだ、私の殺し方を不特定多数の参加者共に見せる訳にはいかんからな」

 

「極めた唯一の技も、一長一短か」

 

「仕方が無い。山の翁としての業よ。種明かしをした手品程、見ていて詰まらん事も無し。私の技術も、敵にとって未知である故の暗殺技法であるのでな」

 

「ならば、まずは俺の魔術で手助けし、普通に殺すか。宝具の解放は控えるとしよう」

 

「賛成だ。それで―――どちらを殺すのだ?」

 

 森の陰に潜みながら、二人は相手の状況を観察していた。片方は衛宮士郎とセイバーの二人組。もう片方は、恐らくはキャスターの手駒であるニ体の式神だ。

 士人はキャスターが陰陽師である事は理解していた。その術者の使い魔となれば、あれが式神であると推理するのは至極容易。加えて、日本最強の“魔”である鬼種を複数同時に支配するとなれば、真名は限られてくる。知名度補正も、ここ本場の日本では最高峰であろう。真名も、正解であろう名に心当たりがあった。

 

「あれは―――鬼だ。

 スキルか宝具か分からないが、見ての通りサーヴァントに匹敵している怪物を召喚、あるいは作成したのであろう。

 魔術師として、余りにも桁が違う。魔法使いでさえ、英霊並の幻想は何かしらの補助が無くば召喚出来ないが……あれには、そんな条理は通じないと見える。

 アインツベルンのことだ。サーヴァントの早期召喚を行い、下準備を万全にした訳か」

 

 つまり、吸血鬼で言う所のニ十七祖に匹敵する怪物。サーヴァントは匹敵する怪物を、何匹もキャスターは従えていると考えられた。

 

「ほほう、それは厄介な」

 

 その無個性な美貌を翳らせ、アサシンは思案する。纏めて皆殺しにする手段はあるも、セイバーの直感の前では殺気で気付かれる。あの衛宮士郎なるマスターも、傷は与えられても即死出来ないかもしれない。ニ体の鬼もまたしかり。

 

「しかし、鬼か。キャスターも中々に良い駒を手にしているな。私が首領を務めた教団の手練な暗殺者達に並んでいる。

 ……それで神父、お前はどうしたいのだ?」

 

「―――鬼を排除する。まず、衛宮士郎とセイバーを城へ先行させようと思う」

 

「……ほう。我らが囮になると―――何故?」

 

「少し、あの鬼に興味がある。

 アサシンも此処はキャスターの結界内だが、他に盗み見している奴がいなければ、宝具の使用を許す」

 

「―――……よいのか?」

 

「構わん。キャスターを殺す時は、俺の方で何とかするさ」

 

「ならば、それで良いのだが……ふむ。嫌に拘るな? 普段の神父らしくない行動だぞ」

 

 衛宮士郎とセイバーの手助けをする。それ自体は、別に思う所はアサシンには無い。ここで鬼と殺し合うか、城に一番乗りしてキャスターを殺すか、あるいは他の組の隙を付いて殺すか、リスクに違いは差ほど無い。得られる利益も誤差の範囲。

 

「まぁ、な。衛宮士郎とアインツベルンは切っても剥がれぬ因縁がある。それは実に見物であり、そろそろ師匠とそのサーヴァントのアーチャーも、衛宮士郎と合流する可能性が高い。この良い具合で鬼から二人を逃せば、アーチャーとセイバーのタッグでキャスターを討てるかもしれんし、キャスターが一体程度なら道連れにするだろう。

 ……だが、そもそもな話。あの城の中では、サーヴァントが何人敵対してこようとも、キャスターの有利は覆らないだろうよ。それほどの要塞だ。

 せめて、少しでも勝率を上げてやるには、アレに遠坂凛の助けを与えてやるべきだろう」

 

「腐っておるな、変わらず。お前の目が曇っていないのであれば、私は如何でも良い。敵を消耗させるのは、暗殺者として実に賛成出来る」

 

「ありがとう。いやはや、お前は実に俺好みな英霊だ」

 

「それは私の台詞だぞ。……で、子猫は無事なのだな?」

 

 今の二人にレンは付いて来ていない。偵察の任があるのだが、加えてアヴェンジャーの捜索もしている。言峰士人にとって、利用出来る駒は多いほど展開を生み出すのが楽しくなる。

 

「心配無用さ。その為に、俺が投影した概念武装も持たせている」

 

 集結したサーヴァント達。レンは非常に優秀な仮契約中の使い魔であり、生成する魔力量自体は主の士人を越えている。その信用出来る使い魔から得られる情報は、同時に彼にとって重要なリアルタイムで戦局状況を知ることが出来る収集源。

 どうもキャスターは衛宮と師匠を分断させたがったようだが、無駄な事。士人は悪辣なまで敵の思考を読み取り、一つ一つ敵にとってのイレギュラーを作り出して、相手を潰そうと考えていた。

 

「ふむ。では、そろそろ―――()るか」

 

 フードを深く被るアサシンは、髑髏の仮面の裏で邪笑する。

 

「ああ。やるぞ」

 

 神父は暗殺者の暗い殺意に応え、透き通った微笑みを溢す。そして、神父は突破しようとする士郎とセイバーを抑え込むニ体の鬼を見た。

 一体は2mを越えた巨躯を誇る鬼らしい鬼で、かなり筋肉質。簡素な甲冑を身に付け、濃厚な殺気を身に纏う。巌の如き凶顔は、額から角が一本生えていた。手に持つ武器はキャスターが作成したであろう金属製の巨大棘棍棒であり、その荒々しく見えながら、戦士として完成された戦闘技術でセイバーと対等に渡り合っていた。

 もう片方は、180cm程度の中肉中背の鬼。禍々しい篭手と完全に融合した両腕と、腰から下を覆う頑丈な具足。上半身は死体のような真っ白な肌を出し、額から二本の角を生やしていた。そして、両の腕や稀に脚技を使い、巧みな格闘技術で衛宮士郎と死闘を渡し合っていた。

 このニ体に士人は見覚えがあった。

 特に、衛宮士郎と殺し合う鬼の動きは良く覚えていた。何せ、九年前に見学した事がある戦闘技法の一つ。

 

「―――葛木宗一郎。死して利用され、キャスターによって鬼と化したか。

 実に良い趣向だ。誰も浮かばれん。第六次聖杯戦争でお前が再び迷い出るとは、あの“キャスター”も中々に救われないな」




 キャスターの真名は安倍晴明。日本における知名度補正が最高峰となるキャスターです。ぶっちゃけ、サーヴァントが英霊であり、霊的存在な時点で陰陽師からすれば結構なアレであります。今の時点でありますと、戦略的優位に一番立っていますが、ここからが正念場になる展開にしていきます。
 そして、ここからは物語に関係無い個人的な話ですが、伝えたいので書かせて頂きます。
 更新するとお気に入りが減る。第一部から作風も変わりましたし、予想していました。なので、今まで読んで頂きありがとうございました。と後書きで感謝を伝えます。
 そして、お気に入り、評価の投票、感想をして頂けました皆様の有り難さを痛感しました。本当にありがとうございます。何と言いますか、ここまで楽しく書けてきたのは、正直感想を読むのが楽しみだからでありました。


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56.ロックンロール

 読んで頂いていた読者の皆様へ、更新が遅れてしまった事を謝りたいです。申し訳御座いません。私生活が地獄になっていましたので、こんなに遅れてしまいました。
 なので、少しあらすじを説明させて貰います。
 ①第五次聖杯戦争終了
 ②第六次聖杯戦争開始
 ③公園でバーサーカーとセイバーが戦闘
 ④乱戦になるが、そのまま終わる
 ⑤ライダーとキャスターが鉢合わせ
 ⑥奇襲を仕掛けたキャスター陣営に他の組が殴り込み
 となっています。
 大雑把に展開を纏めてみました。やはり、忘れ気味になってしまうので、日々少しでも書きたいです。


 ―――戦闘は激化の一方だった。

 現れたニ体の鬼は、サーヴァントと匹敵する魔獣であった。

 巨鬼は縦横無尽に鉄棘棍棒を振り回し、圧倒的な膂力と速力を持つセイバーと渡り合っている。いや、むしろ、戦闘面の技術だけで見ればセイバー以上に場慣れしていた。キャスターが作成した概念武装の棍棒とも相性がよく、使い慣れた愛武器を扱うように相手へ叩きつけていた。

 そして、互いに致命的な損傷は無いが、掠り傷で血塗れ。段々と表面の肉が削がれ続けたが、人間ならば兎も角、サーヴァントならば無視出来る怪我。だが、それも直ぐに二人とも、強大な再生能力で完治していた。

 

「コォ……―――」

 

 雄叫びは無く、漏れ出すのは殺意が充満する熱気。生やした角が鬼種である事を伝え、相手を恐怖させる圧迫感を伝える。

 巨鬼は出鱈目な程―――強い。

 百戦錬磨の戦士であり、肉体と技術を其処が見えぬまで磨き上げた闘士であった。

 

「―――く……っ!」

 

 セイバーは戦前と死後も含め、ここまでの戦士に出会った機会はほぼ皆無。大英雄に相応しい身体能力と戦闘技法であり、自分の直感に並ぶ戦士としての“勘”も優れていた。

 彼女は聖剣で斬り込むも、棍棒が的確に軌跡に入り込む。同時に蹴りが迫って彼女は避けるが、棍棒を持たぬ左腕から正拳突きが次の瞬間には繰り出されていた。

 鬼の拳は岩石の如き破壊力と頑丈性を持ち、サーヴァントの肉体だろうと簡単に四散させる!

 

「シィ―――ッ!!」

 

 セイバーはその鉄拳を、剣の柄頭で叩き落とした。剣を振る間もなく直感に従った咄嗟の判断が、彼女を危機から救った。更に敵の体勢を崩せた事で好機を生み出し、隙間を突く精密な流れで放たれた横薙ぎで顔面を斬り撥ねる―――が、巨鬼は喰い止めた。歯で白刃取りしたのだ、目視不可の聖剣を。

 

「――――――!」

 

 威容を誇るその姿、正しく鬼神である。刃がそのまま噛み砕かれそうな力で、セイバーは動きを止められた。

 そして―――湧き出す疑問。

 何故、刃渡りと剣の形状を理解されているのか。何故、この纏わり付く疑念は彼女に違和感を与え続けるのか。

 

「ォオオ―――!」

 

 ―――鉄塊棍棒を鬼は叩き付ける!

 セイバーが間一髪で攻撃を回避。地面に衝撃が走り、粉塵が巻かれて陥没した。大きなクレーターは戦い続けるセイバーと鬼を中心に広がった。

 だが、彼女は無事だった。掠っただけで肉が引き千切れ、骨が弾き砕かれるが、接触さえしていない。セイバーは魔力放出を刃から一気発動させ、頭部を吹き飛ばす勢いで聖剣を抜き取った。

 

「…………」

 

 場が硬直する。セイバーは距離を取り、鬼も間合いを測っていた。彼女は鬼の姿を見て、改めて鬼種と言う魔獣が如何に怪物か理解した。鉄を一撃で粉砕する魔力放出を口内から直撃させたのに、鬼に傷は付いていなかった。流石に無傷ではないと思うが、歯が一つも欠けて落ちていない。

 

「―――良い戦士です」

 

「称賛を受け取ろう。貴殿も良く鍛えられた騎士であるぞ」

 

「……な」

 

 に、と驚き過ぎて時間が止まった。何と言えば良いか……鬼が喋った。

 自分の言葉を受け取り、返事を普通に返した。この間戦ったバーサーカーが理性を保っていた時以上に、キャスターの操り人形だと考えていた鬼種の式神が話したのが吃驚してしまった。

 

「どうした? セイバーのサーヴァントよ。久方ぶりの再会ではないか。もっとも、今の私は再生された魂の情報を、式神に憑依させただけの紛い物であるがな」

 

 つまり、本体の英霊が居る座の魂を複製したサーヴァントの、死して現世に残した残留思念から大元の魂を復元した情報を、更にキャスターがお手製の式神へ憑依させることで実像を持たせた使い魔。それが、この鬼の正体。

 日本の甲冑で身を覆われ、外見はまるで違うが彼女は理解してしまった。瞬時に、キャスターが仕込んだ今現状のからくりを鍛えられた頭脳で分かってしまった。

 ブリテンの英霊であるセイバー―――アルトリア・ペンドラゴンが王として生前で出会っていない筈の英霊で、姿と真名を知っている相手。死後の記録では無く、生前の記憶として見覚えがある英霊。僅かながらにアラヤと特殊な契約を結んだ過去を持つセイバー故に、彼女は聖杯戦争の敵として因縁のある男の名が脳裏に浮かんできた。

 

「ヘラ―――クレス……?」

 

 馬鹿な、有り得ない。彼女は現実に衝撃を受けながらも、今の現状を悟りつつあった。この鬼がキャスターの使い魔であり、再現された偽物であると、彼女が蓄えた知識によって答えが導かれていた。

 セイバーは冷徹に現状を理解する。

 ……まずい。非常に良くない。

 護国の為に我が民を殺さんと攻め入る蛮族を、時には非道に徹しながらも駆逐して来た騎士王であるからこそ、悪寒が背筋を串刺しにした。敵の戦力を感じ取り、キャスターの畏怖と称して良い采配と、強大な宝具を持つ大英霊とは方向性が違う狂った能力が、自身が如何に追い詰められているか分かってしまった。

 

「それは正しくないな。今の私はサーヴァントですらなく、能力と人格を再現された人形ぞ。あのキャスターによって傀儡にされた式神に過ぎん」

 

 使い魔は作り方がニ種類ある。自分の魔術回路に手を加えて作る擬似生命と、自然の精霊を捕獲して使い魔にする方法だ。セイバーの眼前に居る鬼は、定義に無理矢理当て嵌めれば後者であるが、自然霊などと言う生半可な存在ではない。そもそも使い魔などと呼称するのも難しい本物の魔であり、サーヴァントクラスの魔獣。

 式神として召喚、あるいは作成した鬼と言う、日本最高峰の魔獣の肉体に―――英霊の情報を再現化した人工の魂を憑依させている。鬼種自体はインド、中国、日本など様々な国に太古は存在していたが、中でも日本における鬼は“魔”としてサーヴァントに匹敵する。式神で作ったソレの抜け殻を、土地の記憶と染み込んだ残留思念で作った偽物の“狂戦士(ヘラクレス)”の肉体にする。

 つまり―――聖杯の真似事。

 恐らくは鬼は鬼として使役可能であるのだろうが、其処に英霊を利用すると言う悪魔的発想。セイバーは考えたくは無いが、思考を止めることはしなかった。あの『アインツベルン』で召喚された魔術師の英霊である時点で、英霊を使役する魔術理論の作成に材料が足りない事はないだろうが、その大魔術を聖杯戦争が始まるまでに構築し切ったのだ。全ての魔術師にとって、戦場で争う英霊にとっても、もはや反則と呼べる手腕である。

 

「そんな、有り得るのですか!? あのキャスターは、其処まで狂った―――」

 

「―――そう。そこまで狂った力量を誇る神域と言う訳だ。

 私も好きで再現された訳でもないが、システムとして戦闘装置に仕立て上げられている。生前の記憶も、イリヤスフィールとの思い出も、全てただの記録に過ぎん情報と化した。具体的に言えば、書物で読んだ過去の物語程度の感傷だ。如何でも良い。

 ……わかるか?

 故に、手加減など無いぞ。騎士王」

 

「貴様……は―――」

 

 確かにヘラクレスでは無い。あのバーサーカーでは無い。少女の為に命を賭けた狂戦士とは、この鬼の在り方は似ていても全く違った。

 在るのは狂気では無く、からくり仕掛けの戦闘機械。

 殺す為に殺し、戦う為に戦う。願いも無ければ、望みも無い。戦って戦って、死ぬまで戦う。キャスターの命を厳守し、植え付けられた自己に対する欲望を全うする。バーサーカーと銘打った情報を偽りの魂としているが、其処に意味は無い。何故なら、彼はヘラクレスでは無いからだ。

 そして―――鬼の欲とは闘争だ。人を殺し、人を喰らい、血の味に歓喜する。人間とは比べ物にならない破壊衝動を身に宿し、生まれ持つ魔の本能に従って戦う生物だ。

 

「―――私が殺す。斬って、殺してやる」

 

 だからか、セイバーは敵の本性を簡単に見抜いた。

 本来の鬼種であれば、本能のままに絶大な力を振う魔獣に過ぎないのだろう。異能を振りかざし、圧倒的な身体能力で敵を殺す。だが、この鬼には英霊の情報が組み込まれている。彼の大英雄ヘラクレスの戦闘技能を持ち、更に本能は存在するが感情よりもキャスターからの指令を全うせんと、理性的にセイバーを殺そうと闘争を心の底から愉しんでいる。

 頭は機械的に冷たく凍り切っているのに、心は本能的な破壊衝動で熱く煮え滾っている。感情を排し、命令に徹する。正にキャスターが求めた理想的な兵士であり、敵からすれば悪魔的に戦い難い戦士であった。

 

「素晴しい。闘争こそ我が望み。それこそ我が願い。流石は最優のサーヴァントだ。故に―――」

 

 人は死ぬ。鬼も同じだ。セイバーと戦っている彼も、キャスターに作成された人形だが、生きている。だが、聖杯戦争が終わるまでに死ぬ運命。そもそも戦争が終わった後を生きるよりも、今を最大限に楽しみたい。己が定めもまた受け入れいるが、死ぬなら戦って死にたいのだ。

 

「―――参る」

 

 鬼は、もうそれだけで良かった。敵がセイバーで良かった。鬼が楽し気に笑って武器を構え、剣士は鉄の無表情で切っ先を相手へ向ける。

 

「来い―――ヘラクレスの亡霊よ」

 

 ―――戦士達が激突し、衝撃で木々と地面が波打った。

 一合、二合。十合、二十合。そして、百回を越える剣戟の激突。十秒も経たずに、無呼吸で即死の斬撃と打撃を交差させた。

 セイバーは決して引かなかった。巨鬼を相手に、一歩も下がらない。押して、押して、斬り通す。身に迫る棍棒を斬り払い、鎧に掠りながらも避け続け、渾身の一撃を延々と叩き込む!

 

「はぁああ―――――っ!」

 

 剣技、瞬発力、判断能力は自分が上。しかし、膂力、格闘技、制圧能力は相手の鬼が上回っている。セイバーはあのバーサーカーよりも鬼は弱いと感じていたが、戦い難さは鬼の方が遥かに高い。本来の戦闘方法を取り戻し、敵は棍棒だけではなく全身隈無く武器としていた。手に持つ棍棒以外にも拳と脚を使い、セイバーを追い詰める。あの巨大な棍棒は一撃必殺の武具であるが、得意な格闘技を出す為の刃を阻む防具でもあった。

 だが、自分の攻撃を体で受けて強引な突破をしてこない所を見ると、あの規格外な“宝具”は機能していないと判断した。実際、彼女は自分の剣で鬼は幾つもかすり傷を負っているのを見た。直ぐに自己治癒で傷は消えるが、感触で切れたのが剣から伝わって来た。あの時とは違って一度命を奪えば生物だと分かった。今の自分ならば―――鬼を十分に斬り殺せる!

 

「ぬぅ―――」

 

 鬼は情報元になった英霊が持つ宝具『十二の試練(ゴッドハンド)』は持たない。キャスターは神の呪いを再現しなかった。出来なかったとも言える。だが、それは仕方が無い事。ドイツのアインツベルンで作成に勤しんでいた憑依元になる式神は兎も角、ヘラクレスの再現に時間は掛けられなかった。そもそも、現世に残った残留思念では情報量不足であり、呪われた聖杯に干渉して得た複製情報でも万全では無かった。クラススキルも無用と付属させていなかった。

 聖杯戦争のように座から複製を召喚するのではなく、これは再現。故に限度が存在する。

 元々キャスターに英霊召喚能力は存在しない。だが、アインツベルンで英霊の座に関する知識を得ていた。式神を応用し、聖杯を利用し、漸く出来た上がった英霊の座に干渉する魔術の真似事なのだ。それに魂に対する特出した能力がなければ出来ない事。全てを完璧にしようとすれば綻びが生まれ、万全には程遠い下作になるだけ。

 座から宝具の情報を再現する為の式神(カード)の作成には、流石のキャスターでも研究をより深めなけらば不可能。元より畑違い陰陽術で、そこまでの大魔術に迫る方が神に等しい絶技。よって、鬼はヘラクレスとして不完全。しかし、彼は式神として完成されていた。何故なら要らないのだ、そんなモノは。

 式神として再現したのは戦闘経験、戦闘技術。そして、スキルと宝具の一部分。それさえ有れば、まず死なない。即死さえしなければ魔力の限り自己再生し、闘争を行い続ける戦鬼と化す!

 

「―――おおおおおおおおお!!!」

 

「ハァァアアアアアア―――!!!」

 

 鉄塊を叩き付けた。何度も何度も豪快に振り回し、精密な動作で的確に敵を追い詰める。合間合間で拳が唸り、蹴りが弾けた。

 大元の大英霊より劣化していながらも、鬼の技量はセイバーを確実に上回っている。ならば、彼女が負けるかと言えば、それは否。断じて違う。追い詰めているのはセイバーだ。巨鬼は攻め続けているのに、相手を殺せない。逆に、自分がセイバーの剣技に慣れるよりも、セイバーの方が自分との戦闘に慣れ始めている。動きを見抜かれつつあった。それが経験の差。鬼は確かに情報として戦闘経験を覚えているが、実際に殺し合うのは今回が初めて。逆にセイバーは、死線を幾度も潜り抜けた百戦錬磨の騎士王だ。

 死ぬ。このままでは死ぬ。自分の死期が鬼には見えた。だが、勝負を急げば殺されるのは自分。巧く考え無くば、自分を作成した主人の命令を完遂出来ない。ならば、と慎重に相手の動きから隙を見付け、一か八かの勝負に出なければ殺される。もう既に、キャスターからの指令を一つだけ完了したが、セイバーの抹殺は指令云々以前に自分がすべきこと。

 ……殺す。何としても、剣士を打倒する。

 狙わなければ。絶殺の機会を探らなければ、撲殺は果たせない。自分は一体何の為に製造されたのかさえ、無に消えてしまうのだから。

 ―――互いに上段からの斬り下し。

 巨鬼が筋肉繊維を軋ませ、全力で鉄塊を振り下す。セイバーもまた、相手と同じく刹那の間に迎撃を行う。そして、聖剣と棍棒が交差する時、敵を殺そうと脅威を剥き出しにした。相手の挙動に集中し、一撃に戦意を込めた。

 セイバーはこの瞬間―――勝機を見出した。故に魔力放出を全開。一瞬で良い。刹那でも良いからと、相手に隙を作るべく棍棒を打ち落とす!

 

「ヌォ……―――」

 

 絶死の時。棍棒を叩き落とした聖剣の刃が、弾け飛んで勢いのまま―――巨鬼の首へ奔った。打ち落としからの一気に、武器で防げず体勢も崩れた隙だらけな敵を斬る。剣士として極まった才能と、長年の経験からなる巧みな戦闘の運び方。

 それを鬼は第六感で見切る。巨鬼は膝をロケットの如き爆発力で蹴り上げ、刃の腹を弾いた。剣は僅かに軌道がずれ、到達までの時間も延長される。鬼は自分で生み出した脱出の好機を逃す事無く、セイバーの背後へ流れるように回り込み、一気に距離を離した。背中を見せる背後の敵に、巨鬼は背中を向けながら離脱したのだ。

 ―――抜けられた!

 セイバーが危機を感じ取り、瞬間―――死の恐怖が全身を焦がした。

 

「……射殺す(ナイン)―――」

 

 死ぬ。このままでは、間違いなく死ぬ。当然であるが約束された勝利の剣(エクスカリバー)の解放は間に合わず、今から切り込んで間に合うか如何か。いや、直感ではあるが今から斬り掛かり、真名解放を阻止する事は出来るが多分、相手もそれを理解している。ならば、これは恐らく罠。勝負を焦ったと勘違いさせ、自分を討とうと計画しているのではないか、とセイバーは思考した。

 

「―――風王(ストライク)……」

 

 そして、セイバーの推理は当たっていた。巨鬼は相手が直ぐに斬り掛ってくれば、宝具を阻止せんと力んだ攻撃を避け、迎撃するつもりであった。巧く言えば、無防備なセイバーに宝具を直撃させられる。そして、相手が警戒して動かねば自分から突撃して宝具を解放し、対抗して宝具を解放しようとすれば、気が長くなる様な戦闘中では致命的な隙を数秒晒す真名解放時を狙う算段だった。特に巨鬼が持つ情報で、エクスカリバーの膨大な魔力を考えれば、一度真名を解放しようとすればその間に数度は撲殺可能。

 しかし―――セイバーが取った対応はどれでも無い。

 刃を目視不可にしている常時発動型宝具・風王結界(インビジブル・エア)を解放しながら突進する。これの解放はエクスカリバーのような魔力を溜める長い準備が必要では無く、既に発動している宝具を一気に爆発させるだけ。しかし、僅かばかり解放時の溜めで時間を消費した為か、巨鬼は自身の宝具を直接叩き込まんとセイバーの方へ既に突き進んでいた。セイバーよりも早く、突進を始めていたのだ。

 

「―――百頭(ライブズ)……!!」

 

 巨鬼は自分の方へ、悠然と突き進んで来たセイバーに宝具を叩き込み―――同時、セイバーも宝具を完全に開放し切った。

 

「……鉄槌(エア)―――!」

 

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)では死ぬ。間に合わない。だが、無策で相手に切り込めば敵の術中に嵌まる。だからこそ、彼女が考えた手段は単純明快である故に、成功率が高いもの。

 ―――吹き飛ばしてしまえば良い。

 宝具も所詮は英霊が撃つもの。その所有者自体を発動できない様、宝具ごと掻き消してしまえ!

 

「―――ぐぉおおお……!!?」

 

 超高速九連続攻撃―――それが射殺す百頭(ナインライブス)。しかし、巨鬼のそれは技術の模倣に過ぎず、実際のバーサーカーの宝具よりも劣化している真似事。

 ……真似事だが、並の宝具を越える殺傷能力を誇っていた。

 そもそも棍棒はキャスターの術式により、宝具レベルの概念武装として攻撃が当たった時の衝撃を上昇させる効果がある。高い筋力で振う程、破壊力が増すのだ。それで巨鬼は大元の英霊と出来た筋力の差を補っていた。

 それを九連撃する。一撃目を防いだところで、次の八連撃で木端微塵。

 故にセイバーは相手の構えから、棍棒を振り落としてきた相手の一撃目に何とか斬撃を合わせ―――同時に宝具を解放したのであった。

 

「―――はぁ……!!」

 

 宝具をも応用した全力全霊を越えた一刀と、全力だが八連撃分の余力を残す最高速の一撃目。分売は前者が上回り、二撃目以降の攻撃を阻止した。セイバーは知らず、直感で相手の攻撃方法を何となく見抜いていた。近距離で発動する白兵戦型の宝具であろうと、相手の様子から確信していた。込められた魔力も対軍対城の大破壊クラスでは無いのも、判断情報として利用出来ていた。

 ―――巨鬼の体勢が大きく崩れた。

 棍棒を持つ腕が武器ごと大きく上へ弾き飛ばされ、再度構え直すのに一瞬の間が必要だ。棍棒を手から離さなかったが、それでも大きく隙を晒していた。セイバーは一気に踏み込み、心臓を目指して聖剣を刺し込んだ!

 

「……ガ―――!!」

 

 本来のバーサーカーならば、こうはならなかった。連続斬撃を阻止されたとしても、次の攻撃に対応出来た事だろう。しかし、この巨鬼はバーサーカーでは無く、十二の試練も存在していない。

 

「終わりです、亡霊の鬼」

 

 串刺しにした刃を引き抜いた。セイバーは剣を振り、付着した血液を地面へ飛ばす。その後、風王結界をもう一度エクスカリバーに纏わせ、不可視の宝具へと元に戻す。鬼はそのまま地面に倒れ伏した。

 直後―――何かを見逃したような悪寒が奔った。

 可笑しい。不思議だ。自分は間違いを犯したのではないか、と屍を見て疑問に思って―――これが本当に屍なのかと思ってしまった。

 したくは無い。倒した相手の死体を斬り刻むなど、騎士としてやってはならない恥ずべき行為。確実に死んでいると眼前の風景を訴えているが、果たしてキャスターが作る“魔”が心臓を串刺しにしただけで死ぬのだろうか?

 首を落とすのが確実。後は頭も斬り壊す。霊核は全て破壊した方が良いと、セイバーは思い付いてしまった。

 

「……っ―――」

 

 セイバーは死んでいるだろう相手の躯を前で、斬首を行おうと剣を振り上げ―――巨鬼が一気に棍棒をセイバーに向けて振り抜いた!

 まだ手に握っていた武器でセイバーを狙い、彼女は再度距離を取った。鬼は立ち上がり、もう一度剣士と対面した。鬼はセイバーが発する強烈な剣気に反応してしまい、防衛のために動いてしまった。

 

「―――やはり、な」

 

 死んだふりとは猪口才な、と相手を睨んだ。鬼を倒したと油断したセイバーを殺そうと、地面に転がりながら機会を窺っていたのだ。

 鬼として持つ自己再生能力。心臓を疲れても、首を切り落とされても、頭蓋を粉砕されても、巨鬼は死なない。しかし、心臓と首をやられれば死んでいたし、肉体の大部分を消されれば肉体は維持出来ない。

 

「しかし、弱っているな。鬼よ」

 

 キャスターから備えられた思考回路から、巨鬼は幾段もの策を作戦に練り込んでおいた。白兵戦の技巧、棍棒の能力、複製宝具の真名解放、思考戦による宝具の潰し合い、負けた場合における次善策。

 なのに、全てセイバーに鬼は潰された。

 しかし、まだまだ許容範囲内の出来事。

 

「……―――」

 

 キャスターからの指令は主に二つ。セイバー陣営の撃破ないし足止めと、アルトリア・ペンドラゴンが何故また召喚されたのかと言う謎の為であった。

 このセイバーは三度連続の召喚と言う異常をキャスターは疑問に思い、もしやと考え第四次と第五次における聖杯戦争や、他の聖杯戦争で会ったかもしれない様々なサーヴァントの情報を持っているのではないかと、最悪な『もしもの場合』は思考した。そこで考えたのは、自陣の城で拾った第五次バーサーカーの残留思念を式神の構成術式に打ち込み、これと対峙させた時の反応を見ると言う手段。だからこそ、巨鬼は本来ならば隠すべき自身の正体を態々、相手に悟らせるような真似をした。

 それに、アルトリア・ペンドラゴンの心を折らせるべき隠し玉はまだ在る。自分が殺されたとしても、キャスターとアインツベルンは全く構わないのだろう。

 

「―――ふん。それもまた、魔の宿命か」

 

 魔力残量が危ない。肉体に不調が出ている。心臓も宝具で不可視の鞘がされていない聖剣で貫かれた所為か、傷が完治し難い。

 ……鬼は静かに、自身の死期を悟っていた。

 そして、殺し合いを再開する。勝負はこれからだと足掻き始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ―――同時。士郎もまた、一体の鬼と殺し合いを演じていた。長身の痩鬼が四肢を武器に、冷徹な気配のまま拳闘で砕き続けていた。士郎が投影した宝具を両腕で何度も粉砕する。

 

「―――っち」

 

 動きが自分以上に速い。技が鋭い。確かに一撃一撃が素早い拳打だが―――重くない。軽いとまでは言い切らないが、欠片も重くは無かった。

 この技術を士郎は見た事が有り、この死線を九年前に潜り抜けた経験がある。その時の敵は葛木宗一郎と言う怪物で、この鬼は彼と全く同じ動きをする化け物だった。

 鬼の動きはその葛木宗一郎よりも強く、速く、一撃が今の自分にとっても致命傷になる。だが、感覚的には弱かった。あの葛木宗一郎であった故の強さが無くなって、拳におぞましいまでの死を内包する脅威が消えていた。殺意が足りず、脅威が失われていた。身体機能は上がっているが、内側に在る業がごっそりと真っ白に変わっていた。

 

「―――貴様、葛木宗一郎だな?」

 

「そうだ。知っているのは情報だけであるが、おまえは衛宮士郎に違いはないだろう」

 

「……成る程。セイバーと戦っているアレも、貴様とからくりは同じか」

 

 士郎はセイバーと引き離され、この痩鬼と一対一の決闘を強制されていた。念話で彼女と連絡を取れるも、向こうも自分と似た状況であるらしい。

 しかし正直な話、如何でも良かった。

 一対一は望むところ。スタンドアローンこそ衛宮士郎の真骨頂。

 セイバーは自分にとって最高のパートナーであるが、今の自分にとって理想的な相棒では無い。むしろ、協力して戦闘を行う事に慣れていない。彼にとって一番理想的な協力者とは、個々に別々の行動を行った末、最終的に勝利する結果を得られる関係。セイバーは考えられる中で誰よりも心強いサーヴァントだが、一人でも問題無い。例え相手がサーヴァントであろうとも策はある。

 その事は士郎の相棒であるセイバーも理解していた。そうであると分かっているからこそ、互いに背中を合わせて全力を敵に出せるコンビであった。よって二人に間にあるのは、信用と信頼と共感と、戦友としての友情であり、愛情だ。

 ―――歪だった。正義の味方と騎士王の二人は、互いに何処か壊れている。

 はっきり言って、セイバーも士郎と同じ自分の見方など不要な人間。その癖、必要な時は絶妙な間でお互いを補完し、万全な状態で助け合う。同じ極の磁石のようでいて、反発することがない。まるでお互いに、無理矢理見なくても良い部分に目を背けるようで、一度食い違えば二度お互いを認め合えないと信じ込んでいるみたいに必死だった。それは何かが爆ぜれば致命的な亀裂が入るのを、自分達が意識しているのだと―――衛宮士郎とセイバーは理解していたからだ。二人とも相手の気持ちが分かっていて、だからお互いに言葉を交わさずにいる。

 

「しかし、随分と様変わりしたことだ。私としても、嘗ての敵が現われた事に驚くよ」

 

 皮肉気に笑みを浮かべて、敵を嘲笑った。未練たらしい亡霊だと、士郎は相手に唾を吐くのと同じ侮蔑が込められた暴言を向けたのだ。

 しかし、裏にあるのはセイバーに対する絶対的な信頼と、圧倒的な信用。それ故に、士郎は揺るがない自分自身を更に強靭な剣に錬鉄出来る。セイバーは手が届かないほど強く、戦闘では自分と言うマスターが要らぬサーヴァントだと思っており、実はセイバーも士郎に対して同じ事を考えていた。彼は自分を抜きにしても最強のマスターであると信じているのだ。

 心の弱さが在る事は知っている。戦闘面における弱点も分かっている。それでも尚、理解しているからこそ、二人の間に不純物は存在しない。

 

「だが、所詮は茶番に過ぎん。この程度の障害、直ぐに切り捨ててやろう」

 

 僅かづつ、士郎は位置関係を補修する。自分の位置、痩鬼の位置、セイバーの位置、巨鬼の位置。全て脳内で描き、相棒のセイバーもまた同じことを思考している。

 王手を賭ける寸前まで、戦術は完成済み。しかし、その前に敵の作戦を打破する。相手が誘ってきた各個撃破に乗ったように見せかけ、いかに手早く殺すかと士郎は思考を練り込んだ。それに巨鬼がセイバー、痩鬼を自分に駒を振り当てた所を考えれば、時間稼ぎが見え見えだ。あの破壊力を持つ巨鬼を自分に当てれば、一瞬で勝敗が喫する短期決戦となる。何故なら、消耗はするが自分がセイバーを守ってエクスカリバーを解放すれば、それで勝負がつく。故に、絶大なパワーで巨鬼がセイバーを抑え、巧妙なテクニックで痩鬼が士郎をセイバーから引き離した。配役が逆ならば、セイバーは痩鬼を無視して強引に突破し、士郎は巨鬼から豊富な手段で逃げられた。

 この状況でも無理をすれば合流可能だが、まだ時は訪れていない。痩鬼は拳を乱れ打ち、毒を染み込ませる蛇の如き鋭さで相手を追い詰めていた。隙を見せた瞬間が最後だと、視線で語っていた。そして、それは実に正しい。痩鬼には巨鬼にはない人間を殺す為だけの魔技を備えていた。痩鬼は巨鬼よりも力は無いが彼よりも人を殺すのが巧く、隙を穿つ技術が高い。セイバーのような地面ごと相手を吹き飛ばす膂力がなくば、痩鬼を殺す事は出来ずとも、戦局から抜け出す隙さえも作れないだろう。

 士郎も投影魔術で出来なくもないが、至近距離戦法(インファイト)で動きを封殺してくる痩鬼は余りに危険。隙一つ晒す対価に命を奪われる可能性が高い。ここまで接近され続ければ、投影の射出さえ儘ならない。士郎の相手が巨鬼であれば、直ぐにでも振り切りつつ誘導しながらセイバーと合流出来た筈。痩鬼の速力そのものは士郎に対応出来る領域だが、高い技量で一撃一撃の間が無さ過ぎる!

 

「――――――」

 

 視界から消えたように移動した瞬間、目前に現れた鬼の攻撃を夫婦剣で逸らす。高速で動く片腕が敵の動きを奪い、今か今かと右拳が殺してやると牙を研いでいる。

 それを全て斬り防ぐ。

 衛宮士郎に剣術の才は無い。戦闘における天賦のものは無い。しかし、戦いの素質が無い訳ではない。むしろ、他の才ある者よりも遥かに高く強靭な力の持ち主だ。そんな彼が手に入れたのは、勝てぬ相手でも不敗を貫く守りの型。彼の双剣は防御面に優れ、生き残る事に特出している。今も態と隙を見せることで相手の攻撃を限定させ、一撃一撃を確実に防ぎ切っていた。

 

「――――――」

 

「―――……!」

 

 だがしかし、少しでも投影魔術を使おうとすれば、痩鬼の右蛇がチラチラと舌を揺らす。壊れた武器を手元に再投影する隙間はあるも、遠隔射出するのはまだ無理か。距離が離せない。

 ―――()るか。

 一瞬で士郎はいけすかない皮肉屋から、冷徹な機械の如き無表情へ豹変した。

 殴られる箇所を限定。円を描くようよな足捌き。斬り込むことで敵を後退させながら、森の木々を利用して活路を作り上げる。

 まだ、耐えろ。堪えろ。忍んでやり過ごせ。蛇拳に双刃を当て、機会を待ち続けて―――遂に、その瞬間が到来した!

 

「……セイバー―――ッ!」

 

 あたかも攻撃を受けて吹き飛ばされたように、彼女は巨鬼の一撃を利用して一気に士郎の場所まで来た。直感のまま、巨鬼に悟られないよう士郎と同じく、敵の作戦を逆手に取ったのだ。

 刹那―――衛宮士郎とセイバーが交差した。

 背中合わせの主従。敵が入れ替わり、セイバーの前に痩鬼が殺意を練り上げ、士郎の前で巨鬼が戦意を爆発させた。

 

「―――シロウ……!」

 

 役割の瞬間交換。相手を此方のペースに持ち込む為、相手のリズムを崩す。

 ―――しかし、二体の鬼は動じない。この二匹に戦闘で動揺する何て無駄な機能はない。確かに、見事なタイミングであり、当たり前のように切り替わった相手に驚き、その勢いのまま斬殺されるかもしれない。

 だが、この鬼は生物らしき感情はあるが大元は、陰陽術で構築(プログラミング)された情報集積体(ソフトウェア)。鬼種たる外装部分(ハードウェア)と合わさり、こと戦闘で間違える事が有り得ない!

 

投影(トレース)―――」

 

 士郎は魔術を詠唱する。この一手は消耗が激しいが、確実に鬼を殺し得る。セイバーと密かに念話で用意した攻撃。ならば、それを躊躇う必要など欠片も無く―――

 

宣告(セット)多重破裂(マルチブレイク)

 

 ―――上空から降り注いで来た数多の武器軍が、何もかもを翻した。一瞬、警戒と索敵によって場が硬直する。第三者による外部からの闇討ちだった。そして、墓標のように地面に突き刺さった武器が、盛大にド派手な爆発を起こした。

 熱風による衝撃。

 セイバーが戦っていた巨鬼に矢が迫り爆発し、士郎と戦っていた痩鬼に剣が降り落ちた。一瞬で場が硬直し、第三者の登場が戦場を更に混沌とさせていく。爆破は計算されていたのか、爆風同士の衝突で巧く士郎とセイバーの二人だけを範囲から隙間を生み出すように外していた。

 

「久しいな、衛宮」

 

「…………」

 

 黒い僧衣を着た魔術師―――言峰士人。彼はフードを頭から被っていたが、士郎からすれば人物の特定など簡単に可能であった。しかし、その隣にいる無言のまま歩く黒装束の人物は見覚えはない。分かるのは、濃い魔力を纏いながら薄い存在感を持つ気配からしてサーヴァントであること。それも、最もマスターが警戒しなくてはならないクラス、アサシンのサーヴァントだと思われる。まだ確認出来ていないクラスから想定して、暗殺者の可能性が一番高い。

 士郎はアサシンがそのまま出て来た事を疑問に思った。逆に、正面から暗殺が可能だと言う自負なのかもしれないが、ただの魔術師に過ぎない自分が警戒し過ぎな事はない。

 

「言峰、か。なんだ、私に何か用が有るとでも?」

 

 よって単刀直入に問う。この男に問答を行っても、勝てない事はよく分かっている。

 

「勿論。今から我々が囮に成る。

 よって―――お前らがキャスターを殺しに行け。師匠とも合流出来るだろう」

 

 これには敵らしき者が増えた事で静観していた鬼も、ふざけるなと視線で訴えていた。何より、士郎もそうだがセイバーの視線が疑わしいと訴えていた。……訴えているのであるが、士郎は瞬時にこの状況を思考する。

 眼前の鬼人、背後の悪魔。

 この悪夢染みた修羅場を抜け出すには、その悪魔の提案に乗るのが一番で、アインツベルンに乗り込む為の最短手段。重要なのは鬼を倒すのではなく、素早く遠坂凛とアーチャーに合流し、アインツベルンとキャスターを倒すこと。

 

「それで貴様、何が目的だ?」

 

「ほう、なるほど。気になって決断出来ぬのであれば、教えてやる。

 簡単に纏めればだが、アインツベルンは故あって排除したいが、どうも自分達だけでは難しくてな。しかし、それを成す為の協力者を得るのも面倒だ。

 そこで、他の者共を手助けし、巧くアインツベルンを戦争から取り除きたい。まぁ……あれだ。ここはギブ&テイクとしようではないか? 衛宮」

 

「―――それが理由の全て……では、あるまい?」

 

「ク―――当然だ。知りたいのであれば、この提案に乗った上で、戦場を最後まで生き残れ」

 

 鬼達は黙ってこの話を聞いていた訳では無かった。だが、自分達と恐らく同等の戦力を持つ者が四者おり、下手をしなくとも機会を間違えれば、一瞬で四人全員に城へ抜け出される可能性がある。あるいは、数秒で皆殺しにされる。

 ……だったら、せめてどちらでも良いからと、足止めを考えた方がいい。

 鬼は闘争を愛する本物の怪物であるが、それ以上にキャスターへ対する忠誠心の方が高い。今の膠着状態はそれだけの事で、直ぐにでも崩れ去るものだ。

 

「セイバー。言いたいことは分かるが―――行くぞ」

 

 鬼から回り込むように、士郎は城へ進んで行こうとしていた。つまり、神父と鬼を視界に入れつつも、戦意を向けてはいなかった。

 

「―――わかりました」

 

 マスターの周りを警戒しつつ、セイバーは神父とアサシンに視線を送った後、直ぐ様行動に移る。士郎と並び、彼女も城へ進んでいくことを決めたのだ。

 ……本音を言えば、神父は不気味であり、絶対に信頼出来ない相手だ。とはいえ、今は対処は後回し。こんな所で乱戦など考えたくはなく、何よりマスターの安全は可能な限り重視しなくてはならない。

 

「―――さらばだ、衛宮。それにセイバー、また会えて何よりだ」

 

 そんな言葉を聞きながら、二人は無言のまま夜の森の陰に消えて行く。それを見送りながらも、神父と暗殺者は鬼を殺気で押さえつけ、殺し合いを行うべく殺意を高めて行った。

 

「……で、神父。私はこの残り滓を殺せば良いのか?」

 

「そうだ。楽な仕事だろう?」

 

「全く。これだから、基督の連中は好かんのだ」

 

 アサシンは溜め息を吐きつつ、仮面を片手で押えながら首を振った。やれやれ、と言いたいのを押し殺したのだが、態度には思いっ切り出てしまう。もっとも、こんな男と共に居たとなれば、彼女の態度も納得であるが。

 

「ぼやくな。俺とて殺し合いは本業ではない。本当の事を言えばだ、祈りを捧げて日々を面白可笑しく暮らしたいだけなのだよ。なにせ、この身は神に仕える者であるのだからな」

 

「―――ハ」

 

 鬼種と言う真性の化け物を前にして、この態度。アサシンは既に諦めを越えて、尊敬さえしてしまいそうになる。加えて、神父は嘘やハッタリではなく、本当にそう考えて言葉にしているだけ。こんな場面でも自然に敵へ挑発する当たり、本当に性根が腐り捻じれ曲がっていた。

 

「あの様な成れの果ての残り滓ならば、俺でも倒すのは実に容易い。故にお前も遅くとも十秒で殺せ、アサシン」

 

「了解した。失敗は許さぬぞ、神父」

 

 無貌の笑みを、フードで隠す仮面の陰の中で浮かべる。アサシンにとってそもそも、暗殺で姿を見せるのは愚作であり、相手が死んだと言う事さえ気付かせない殺人が至上。

 

「ああ。精々気を付けよう」

 

「ふん。足手纏いにはなるでないぞ」

 

 しかし、偶にはこんな、死後の私情から闘いに挑む戦場でならば、生前では考えられない異教徒と共闘するのも悪くはない。流石に良い気分とは断言しないが、悪い気持ちには何故かならなかった。

 ……そんな二人をじっくりと見る二体の鬼。闘争の邪魔をされた所為で、今は今かと仕掛ける機会を窺い続け、漸くその瞬間が訪れた。先程まで戦っていた魔術師と剣士の気配は完全に無くなり、敵対勢力は完全に目の前の者達だけになったのだ。

 

「―――……!」

 

 そして―――巨鬼が走った。いや、表現としては爆発したとでも言うべき、圧倒的な速度を誇る踏み出しであった。たった一歩で間合いを詰め、アサシンの眼前に出現し―――痩鬼が巨鬼の影に隠れて奇襲を行った。勿論、拳の先に居るのは神父ただ一人。彼は鬼の拳打から逃げる様に、攻撃範囲から後退する。そして、アサシンは攻撃を容易く回避し、懐に隠し持つ短刀(ダーク)を鎧で守られていない露出部分へ投げ放った。だが、そもそも相手は鬼。サーヴァントに傷を与えられるとは言え、宝具でもないただの暗殺具では肌に刺さることも出来ない。鋼鉄を遥かに上回り、金剛石よりも硬い皮膚によって弾かれ、地面に虚しく落ちた。

 

「……無駄なことを」

 

 棘棍棒を一振り。たったそれだけの、簡単攻撃だった。しかし、それが余りにも速く、力強かっただけの話。

 

「――――――!」

 

 巨鬼の一撃がアサシンの片腕を消し飛ばした。巨大な棍棒は余りにも鋭い打撃で、既に斬撃としての機能も有していた。

 アサシンは腕を粉砕され、消失しても顔色を一つも変えていなかった。必要以上に訴える痛覚の情報を無視しているのだ。繰り返した薬物投与と精神鍛錬が意識しなくとも、戦闘に不必要な感覚など捨て去る事が出来た。体が軽くなったと思い、気分上々に愉快とさえ思えた。暗殺者としての能力が、彼女を常に万全な殺人装置として仕立て上げていた。

 ―――吹き出た鮮血が、巨鬼へ雨のように降り注いだ。

 戦闘に重要な片腕を一つ失い、アサシンは窮地に落ちている。サーヴァントであろうとも、腕の損失は無視し切れない。

 

「弱いな、暗殺者―――」

 

 巨鬼はつまらなそうに呟いた。腕を少し“撫でた”だけで肉体が欠損する。余りにも脆弱、どうしようもなく無様。たった一瞬一合の間で、サーヴァントでもないキャスターの捨て駒に過ぎない自分(式神)に致命的なダメージを受ける。そんな弱者は英霊として召喚される価値もない。弱いなら弱いなりな戦術の選択があるのに、そんな事も分からずに前に出るなど話をする以前の問題だ。

 

「―――では、死ね」

 

 叩き潰す。あのセイバーとの心地良い闘争を邪魔した乱入者だ。さぞかし今溜まった鬱憤を晴らす良い案山子に成ることだろう。ならば、命を奪う事に躊躇いは無い。直ぐに血飛沫に変え、肉片残さず殺害してやる。ゴミのようなサーヴァントならば、棍棒で叩いて捏ねてミンチにして生ごみにするのが正しい。巨鬼は不愉快さから湧いた怒りでもって、アサシンを殺そうと害意を向ける。

 

「…‥く」

 

 可笑しくて、気が狂ったように笑う。押し殺し切れず、漏れ出してしまう。誰が聞いても、それは自分の死を認識していない愚者の声だと思えるモノだった。

 

「くは、ははは。王手だぞ、間抜け――――――」

 

 アサシンは仮面の裏で嘲笑した。傷を受けた自分では無く、相手の無様さが面白くて仕方が無い。殺しや戦いに感情を挟まない彼女だが、隙を見せた獲物に止めを刺すのは別。しかも、よりにもよって、自分が最も信用している“武器”を突き付けている最中なのに、気がつかない相手を殺すのは愉快痛快だ。彼女は余分を排して暗殺に徹する完全無欠のハサン・バッハーサだが、楽しい。楽しいのだ。在り方を全うするのが愉しくて仕方が無い。自分の人生であり、生き方であり、日常であった暗殺こそ最上の喜び、歓び、悦び!

 そんなアサシンに反応したのか次の間、鬼に付着した血から湯気が上がり―――瞬間、皮膚が崩れて溶解を始めた。そして、傷口から血液がアメーバのような動きで侵入する。

 

「……ぎ。ガ、ぁ――――――!!!」

 

 鬼の体内で流れる血流にアサシンの血液が侵入し、全身余す事無く汚染する。血液ポンプの核である心臓は無論のこと、内臓と四肢に隈なく行き渡る。勿論―――魂が宿った霊核の要である脳にも、アサシンの呪詛は巡回をし終わった。そして、全身の血液が沸騰、気化。

 

「―――妄想血痕(ザパニーヤ)―――」

 

 巨鬼は肉体を一気に膨張させた。一瞬の出来事であり、人型も保てずに膨れ上がり―――爆散。宝具の真名解放と同時、肉片粉々に成り果て即死した。

 これが言峰士人と契約した暗殺者のサーヴァント―――アサシンの宝具。

 真名は『妄想血痕(ザパニーヤ)』。

 血液を多種多様な毒素へ変換し、相手を殺害する毒殺宝具。そして、毒の元となるのが彼女の血液であり、宝具の大元は呪詛で満ち溢れた自分自身の心臓。つまり―――アサシンの宝具は血を毒に変える“心臓”だ。彼女は剣士や槍兵のような武器では無く、アーチャーが持つ飛び道具でもなければ、ライダーのような乗り物ではない。自分自身の肉体を宝具とし、暗殺を行うサーヴァントであった。

 

「愚か者め。私の七つ道具を見せるに値しない赤子だが、能力だけは高い所為で酷く面倒だ。

 ああ……そう言えば、聖杯戦争の為だけに作られたキャスターの使い魔であれば、貴様は生後数日だったな。ならば、赤子であっても仕方が無いか」

 

 アサシンは笑う。顔無しの笑みを浮かべながら、辺りに散った血液を空中に浮かべて自分に流した。まるで目に見えない血管を通るように鬼の血液が、彼女の元に流血していく。段々を集まり、大きな血液の塊を生み出した。使い魔を構成する霊子が魔力に還り、太源に気化するまでに、アサシンは血液を収集し終えていた。

 

「―――は。流石はキャスターの使い魔。一流を越えた良い魔力(血の源)だ」

 

 その血塊を、失った腕の断面部分に取り付けた。瞬く間に血液は蠢き出し、アサシンの片腕に変化。彼女は無事完治。血液一滴無駄にする事無く、むしろ鬼の魔力を更に得た事で万全の状態に戻ったのだ。

 ―――それと同時に、士人もまた王手を痩鬼に掛けていた。

 双剣として愛用する投影武装・悪罪を乱舞させ、全てを圧殺する剣戟嵐で拳打を捌く。敵の意志を摘むように一歩一歩必殺まで追い詰めて行く。しかし、痩鬼を殺し得るのに士人では一歩足りない。先程まで敵の動きを見ていたので見切りは最初からついているが、殺せない。

 

「―――神父。おまえか」

 

「…………」

 

 痩鬼が持つ偽装された生前で、この神父との因縁は記録に刻まれていた。地下教会で受けた致命傷を癒され、魔術師を相手に出来るように幾つかの道具を渡され、果たさねばならない復讐を手伝って貰った。戦場も憎悪を晴らせるようにと整えて貰った。

 その相手を前に、士人は無表情であった。緊張をしているのでもなく、機械のような冷徹に徹しているのではなく、ただただ普通。思う所もなく平常心のまま口を開いた。

 

「言葉は不要。俺が憎いなら殺してみせろ、鬼」

 

 ―――偽物に価値が無い、とは士人は思わない。だが、この痩鬼と言葉を交わす気になれない。

 彼にとって葛木宗一郎と、眼前の痩鬼は全くの別人として考えている。あの男は自分の命を好きな様に使い、願望のまま戦いに挑んで死んだ。しかし、この痩鬼からはそんな虚無感さえ感じられない。思考をしても、疑問に思っても、感情が有っても、意志がない。在り方が無く、生き方が無い。つまり―――圧倒的なまでつまらない。

 人形でさえない現象。その点、巨鬼の方がまだ存在感がある。この痩鬼はプログラムで稼働する亡霊に過ぎなかった。

 ……拳を神父は防ぐ。

 淡々と黙々と、肉体に衝撃が奔る。無傷ではないが、自分の命にまで届く業では無かった。よって、既に見切った拳技ならば、在る程度の耐性を得られる。一撃を受けたとしても、致命傷にならぬように耐えられた。偽物はやはり偽物であり、本物とは別物な違う存在に過ぎないのだ。

 

「―――ヌゥ……ォ!!」

 

 故に―――死地よりも一歩だけ向こう側の、本物の限界に届かせた。

 胸部の骨と筋肉、そして心臓と肺を強化。加えて一撃受けたとしても死なぬように、呼吸法で一気に衝撃への耐性を身に付けた。

 ―――ガン、とまるでハンマーでコンクリートの壁を砕いた時に似た爆音。

 心臓を挽き肉にする拳を受けた。それと同じく、神父は双剣を鬼の胴体に繰り出して内臓を抉っていた。そのまま敵を刃で固定し、逃げられない状態にする。双剣の柄を握り締め、鬼の命を手を掛けた。

 そして、最初の計画通り―――彼は絶死の策を起動させた。

 

「―――宣告(セット)破片軌道(リカウント)

 

 実に簡単な作戦だが、彼は森の中に罠を作っておいた。戦地を中心に愛剣の“悪罪(ツイン)”を配置して置き、呪文詠唱で以ってそれを奇襲に使う。何時もと違うのは、投影存在を囮にするのではなく、自分自身を装置として命を利用する点。

 飛来する凶器の群れ。

 死を告げる刃の円舞。

 速攻であり、奇襲であり、確実な抹殺手段!

 

「……――――――」

 

 四方八方から突き刺しに来た悪罪が、痩鬼を哀れな程傷ましい姿にする。何本もの剣が彼の体を串刺し、傷口から血液が流れ出る。鬼の体内に剣が異物となって、彼の動きを完全に停止させた。そして、士人は口から血を流しながらも、笑みを浮かべて動けぬ敵を蹴り上げた。強化した脚は物理法則を容易に超越し、垂直に鬼を上空へ飛ばした。

 夜の森の空の中、刃で血塗れになった鬼が月光に照らされる。彼は鬼種とは思えぬとても穏やかな表情で夜空を見上げた。星々を見つめながら、鬼は自分の最後を悟ったのだ。

 

宣告(セット)―――消え逝く存在(デッド・エグジステンス)……ッ」

 

 そして、全ての武装が―――火薬となって爆轟した。宝具を自壊させる攻撃方法として“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”が存在するが、この爆破方法は言峰士人が編み出した魔術の一つである。

 本来ならば幻想たる宝具を砕き、魔力を一気に放出することで破壊力を生むのだが、これは逆に幻想と言う一個の存在を全てそのまま爆源にした魔術。簡単に言えば、幻想を構成する因子全てを爆薬にしている。存在それ自体を余す事無く効率的に爆破の材料とするのだ。効率を考えると、込められた魔力に似合わない破壊力を有しており―――その火薬が内側から破裂した。

 

「ほら、アサシン。此方にも良い餌が出来上がったぞ」

 

 森に血の雨が降る。ピチャリ、ピチャリ、と赤い水滴が落ちた。

 

「……うむ。余り調理方法は喜ばしくないな」

 

 その赤い液体を彼女は地面に墜ち切る前に、呪術で手元に凝縮させる。赤い血の塊を握り。そのまま口元に流し込む。心臓の悪魔が新たな生贄の魔力を喜び、彼女は一段と呪詛を充実させた。

 

「腹が足りているのなら構わないが、もう満腹なのか?」

 

「まさか、二匹程度では欠片も満腹中枢は刺激されない」

 

「ならば喜べ、暗殺者。馳走は腐るほど存在している。何せ今は戦争中だからな」

 

「そうだな。魔力に困る事はなさそうだ」

 

 暗殺者は影に溶け込む見えない虚ろのように、淡々と神父の後ろに付いて行く。神父は悪夢の中に住まう悪魔のように、ゆったりと衛宮士郎とセイバーが目指していった城へ歩いて行く。

 ―――本当の戦場は直ぐそこまで迫っている。

 森に居る全てのサーヴァントとマスターが一点を目指している。戦場の決着が近付いていた。




 アインツベルン攻略戦線編も終盤に入りました。アサシンの宝具も出しましたし、主人公も本格的に戦線に加えて行きます。
 読んで頂き、ありがとうございました。


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57.祭壇の銀城

 更新しました。
 個人的な話でありますが、ついに薔薇のマリアが完結してしまった。第一巻から読み始めた身として、とても長い間楽しませて頂きました。私の青春時代から続くラノベも終わってしまい、何だか色々と悲しくもあり、けど主人公達の物語を読めて嬉しくもあり。あ、お勧め完結作品ですので、今ラノベ読むのがないと言う人になら、試しに読んで欲しいです。
 後、ちょっとした意見ですけど、プリズマ☆イリヤの漫画に出てくる王の財宝の武器を見てると、偶にダクソで視た事がある武器を発見します。なんだか面白いなぁ、と感じて武器の絵を一つ一つ見ています。個人的にですけど、竜狩りとか、アストラとか、混沌とか、黒騎士シリーズとか、ツヴァイとか、ちらほらと。勘違いかもしれないですけど。あの作品はとても描き込まれていて、絵も丁寧で読んでて楽しいです。


 森から城までの道は死で満ちていた。つまり、此処は地獄であった。際限のない魔物と、悪辣な罠の群れ。

 

「神父、どうした? 余り良い顔色ではないな」

 

 その全ての隙間を縫う様に、黒い神父と暗殺者は城の前まで辿り着いていた。どうやら、自分達は最後の訪問客であるようだ。他の者共は城に突入し、アインツベルン狩りに本腰を入れているらしい。

 

「まぁ、悩み事だよ。監視をしていて偶然だが、俺は自分の本名を知ってしまった」

 

 監視の一つを衛宮士郎とセイバーに使っていた。その時に、彼はどうやら自分の生みの親となる亡霊から、本当の名前を偶然にも聞いてしまった。言峰と言う姓は言峰綺礼から受け貰った家名であり、士人と言う名も彼から与えられた名前。

 だが、今この時に成って、神父は自分の真実の名を再び手に入れた。

 一切の感慨もなければ、何一つ感動もなく、まるで噂話が耳に入るような気軽さで失った過去の一部が戻って来た。

 

「―――そう……なのか。私としては、羨ましい限りであるが」

 

 その亡霊は、衛宮切嗣らしき人物に殺されてしまった。今はもう事実を亡霊から問い質す事は出来ない。しかし、その亡霊を使役していたキャスター相手ならば話はまた違う。 

 

「羨ましいとは、また……いや。そうか、成る程。お前はハサンの一人であったな」

 

「そうだぞ。私に貌は無く、名も無い。本名などと言う贅沢は、暗殺者にとって余分な異物だ。既に生まれた時、呪術で剥奪されておる。

 つまり―――全てが虚偽に過ぎん。

 名と顔を求めて聖杯を欲する身として、自分の願望をあっさりと感慨もなく叶えられるのは―――」

 

「―――殺意が湧く、と?」

 

「……まさか。そこまでは思わん。だが、些か心の底に濁った澱が溜まるのは防げんな」

 

 彼女の真名はハサン・サッバーハ。しかし、ハサンになる前の彼女はハサンでは無い唯一人の個人であり、山の翁になった後は何者でも無くなった。

 

「成る程。それは確かに、穏やかな心持ちではいられないだろうな」

 

 士人は夢で彼女の過去を垣間見ている。アサシンの方も神父の過去を見ているのであろうが、士人は気にせず、アサシンも気にはしていなかった。過去を他人に見られても、何も感じないのだ。

 

「全くだ。私にとっての幸福の原点が、こうも簡単にお前へ転がり込むとは」

 

 元々彼女は呪術師の子であった。士人が見た過去の夢では、そう言う人生であった。しかし、父親が暗殺教団に仕える呪術師であったことが、彼女の人生が最初から狂っていた原因。

 ……母親も呪術師であったが、彼女が生まれた時に死んでいる。悪性の精霊・シャイターンに関する呪詛であり、地獄の悪魔の名を冠する呪術・ザバーニーヤが死因だった。母親は精霊を無理矢理に子宮へ宿らせれ、精霊の呪詛を憑依させた上で、好きでも無かったアサシンの父親の手で胎児を孕まされた。そして―――シャイターンの子宮の中で成長し、ザバーニーヤの呪術で生を受け、母親は彼女を生んで魂をすり減らして死んだ。当然と言えば当然で、アサシンである彼女を妊娠している間、女は常に命と魂を胎内の子に吸われていた。加えて、胎児の時から彼女には意識があり、呪術によって生まれる前から自意識を持たされていた。その時に、母親の人生を記録と言う情報として蓄えていた。彼女は人一人分の記憶を、知識にして取り込んでいた。つまり、母親の生まれ変わりでもあり、魂も半ば混ざっていた。呪術や暗殺の知識もある。自分の所為で母が死んだのだと、生まれた時から知っていた。全てが父親が元凶であると理解していた。その上で自分が望まれた子でない事も、誰にも祝福されずに生を受け、神にも見離された忌み子であるのだと理解していた。

 ……生まれた時から、名前が無かったのだ。

 最初から女は顔もシャイターンの呪詛によって、魂から奪い取られていた。

 その後の人生はただのハサン・サッバーハでしかなかった。生まれながらの呪術師であったが、彼女は鍛錬によって悪魔的な強さを誇る暗殺者となった。呪術師として父親を遥かに凌駕し、暗殺の腕前もハサンの名に相応しいほど極まった。そもそも彼女はシャイターンの呪術を暗殺者に教える教師の役目もあった。最初は兎も角、鍛錬と経験を積んでハサンになり、山の翁を首を斬らた後に蘇生して辞めた後は、呪術師として暗殺者を育成する立場にあった。勿論、暗殺術もより良く教え込んだが、呪術方面に偏っていたのは事実。

 女は唯の暗殺者ではない。初代の時代から暗殺の為の呪術を開発していた化け物。ハサンとして堕落した故に断罪されたが、それは人間としての命を殺されただけ。生前は翁の地位を譲った後は命が尽きるまで屍の化け物として生き、サーヴァントとして召喚された今の状態を遥かに超える不死の怪物だった。教団の暗殺者や数多のハサンに“呪術(ザバーニーヤ)”の極意を伝授し、宝具に並ぶ程の神秘を暗殺者達に植え付けた張本人なのだ。気に入った者には、自分の暗殺術を独自に教えた事もある。実に沢山の“アサシン”に様々な呪術や暗殺術を教授した。ハサンで無くなった後も、彼女は呪術に人生を捧げた暗殺者に過ぎなかった。以降は元ハサンとして、ハサンの名も捨て、名無しの暗殺者として、一人の呪術師として、生まれた暗殺教団に仕えた。

 そして……全て滅んだ。

 自分以外のハサン・ザッハーサは死に絶え、あの初代が創り上げた教団は消えて無くなった。教団の暗殺者は人を殺す必要を失った。アサシンでなくなった父親も、何もかも無くなりアサシンを終えた自分が最期に殺してやった。

 その時―――彼女は気が付いた。

 自分には何も無い。暗殺者として生まれたのに、暗殺者で無くなる前に死ねなかった。自分が生きている内に、仕えた教団が消えてしまった。

 

「ああ―――そうだとも。名が無いんだ、私には。貴様と違って、仮初の名さえ無い。ハサンなんてもの、所詮は役目に過ぎなかった。ただの暗殺者でしかない記号の一つだ。

 ―――どんなに他人から奪い取っても、自分は自分になれはしない。

 顔も名も、この声も腕も胴も脚も髪も全部、全て、何もかもが……奪い取って移した偽物だ」

 

 今まで気が付きもしなかった。暗殺者で在った日々の中では疑問にも感じなかった。呪術を愉しんでいた時には、思考する事さえ有り得なかった。最初に自分が本当に唯の『暗殺者』でしかないと実感したのは、そう絶望した瞬間は、名も忘れた父親を殺した時。あの男を暗殺した時、殺そうと決意したのと同時に心臓を無意識に抉っていた時、彼女は自分の全てに絶望した。

 無名無貌の暗殺者の致命的な間違い。それは暗殺教団の為に生まれたのに、教団が滅ぶ前に死ねなかった。

 ―――そこから先の人生は、自問の日々。

 呪術による延命処置を止めて、日々の鍛錬を止めて、人を殺す事を止めて、暗殺者で在る事を辞めた。それなのに―――彼女は人間にはなれなかった。生まれた時から暗殺者であり、暗殺者でなくなって、本当に何者でもなくなって……死んだ。彼女は寿命を迎え、まるで普通の人間みたいに人生を全うしてしまった。

 

「だがな、死んで気が付けたぞ。死ぬ前は自問を繰り返すだけの人形であったが、最期の瞬間に分かった事がある。

 ……求めれば良いのだ。

 名も貌も無いのであらば―――自分の手で得れば良い」

 

 寿命を迎えた時に、女は理解出来た。欲している物と、その手段が分かった。それだけで答えに満足して死ねたが、有り得ない事が起こった。

 

「その好機が、今なのだな。故にお前は、そんなにも楽しそうに殺害するのか?」

 

「そうだ、神父。この鍛えに究めた業を、自分の為に振えるのが喜ばしい。聖杯戦争に参加する事そのものが、私はどうしようも無く―――嬉しくて堪らないのだ。この瞬間だけ、自分を実感出来る。自分が如何なる者か理解出来る。

 ―――呪術で他人を殺すのが楽しい。

 ―――標的を暗殺する時が待ち遠しい。

 ―――血が吹き出るのを長く見ていたい。

 ……やっと得られる。

 私は嘗てのハサン・ザッハーサに戻り、名と貌を過去から奪い取るのだ」

 

 彼女はハサンである事に後悔はない。ただ自分が自分でなかった事に絶望しただけ。その喪失を埋めるために、聖杯によって名と貌を得たハサンとして、再びこの世に生を得る。

 

「ああ、成る程。確かにお前は、私に相応しいサーヴァントだ。聖杯はお前を尊び、欲する願いを与えてくれるだろう」

 

「当然だ。故に神父よ、私に失望だけはさせるな」

 

 ハサンを肯定する自分と否定する自己。矛盾した自我が、苦痛を苦痛と感じさせずに傷を深くさせた。本当の名と顔を得れば、無貌無名のハサン・サッバーハでは在り得ないのに、それでもアサシンはハサンで在りながら聖杯を求める。

 その業こそが、神父にとって最高の娯楽。

 アサシンは呪術師であり、暗殺者であり、今はハサンの一人だ。そんな彼女の足掻きを愉しんでいるのだから。

 

「まぁ、期待しておけ」

 

 笑みを浮かべた。神父は月明かりの下、静かに声もなく透明な笑顔を作った。

 

 

◇◇◇

 

 

「―――で、士郎。あんたは士人を……あのバカ弟子を、そのまま見逃したって訳?」

 

「すまない、凛。君が心配だったのもあるが、今はキャスター討伐が優先だ。あの男を後回しにするのは恐ろしいが、アインツベルンの方をまず対処したい」

 

「すみません、凛。私としても、あの者と関わるのは避けたいと考えています」

 

 らしくないセイバーの台詞だった。それを聞いたアーチャーが美貌に似あった男前な笑みを浮かべ、挑発的な視線を向けた。

 

「へぇ、騎士王様に似合わない弱気じゃない?」

 

「貴女はあの神父の事を知らないから、そんな事が言えるのです。アーチャー、あの手合いに対して人間や英霊などと甘く見ていますと、あっさり死にますよ」

 

「嫌だなぁ、知ってるさ。あの男の外道っぷりは、ちゃんと分かってる。けど、まぁ……今は兎も角、アインツベルンに集中しましょ」

 

 この場所は既にアインツベルン城敷地内。城は窓一つなく、隙の無い完全な“壁”で形が成されていた。実用一辺倒な城塞で、見た目は大きな匣。そんな大箱を要塞化しあた工房の、正確に言えば不自然に開けられていた城門区域に四人は佇んでいた。

 ……そして、門を潜り抜けた先は異界だった。

 進んだ先の城の中は捻られている。空間が歪んで破れ、壊れて崩れている。扉が不自然に乱立し、そもそも床に接しておらず、中途半端に高い位置の壁や、重力に逆らって天井に何故か机や椅子がある。

 

「―――マスター。ここ、固有結界に近いぞ」

 

「固有……結界―――?」

 

 アーチャーが最初にからくりに気が付いた。キャスターの工房要塞は既存の物理法則を越え、世界の摂理を歪曲させていた。空間の繋がりも、物体の存在の仕方も、全て外側とは異なっている。

 

「まぁ、それに限りなく近い大魔術って感じかな。何と言えば良いか……うん。簡単に例えるなら、魔力で空間を構築してるのかねぇ。異界法則で世界を侵食して塗り潰しているんじゃなく、世界に術式を精密に刻み込んで、異界法則を―――捏造してやがる」

 

「……悪魔か?」

 

 ふ、とそれを聞いた士郎が疑問を呟く。セイバーは魔術にそこまで詳しくはないが、彼が言いたい事は理解している。

 そもそも、死徒の能力としての知られている固有結界だが、元々は悪魔や妖精が持つ固有の能力だ。心象風景を具現化し、世界を侵食して自分の世界を創造する。彼女は生前に妖精とは関わりがあり、アヴァロンの鞘も妖精に関する宝具。死後は妖精郷に送られた伝承を持つ。それにマーリンからの教えもある。

 そんな経歴から、相手の異常性をこれでもかとセイバーは理解出来ており、それは他の三人も同様であった。

 

「どっちかって言うと、妖精の方に近いんじゃないか?」

 

「妖精……ですか」

 

「そうだよ、セイバー。そこんところは何となく分かるだろ?」

 

「ええ、まぁ。雰囲気だけではありますが、現世から隔離されたような違和感があります。それに、ここは悪魔が支配しているような邪悪な気配はない。敵意や殺意に溢れてますが、世界の造り手に怪物特有の邪悪さは感じられません」

 

「そうかしら? 性格は凄く悪いと思うけどね?」

 

 簡単な術式で結界内を検査していた凛は、セイバーの話に入り込んだ。彼女としても、確かに悪魔やらと言った魔物が創り上げたと考えてはいないが、人間として人格が修復不可能なほど歪んでいるとは考えていた。

 魔術師と言う視点から見ても、此処の結界は性質が悪いのだ。百戦錬磨の魔術師と英霊であっても、このキャスターの城は脅威に値する。皆にとってどの部分が怖いのかと言えば、どんな罠や術が仕掛けられているのか、予知も予測も出来ない摩訶不思議さにあった。

 何時、何処で、何が死因になるのか分からない。こんな出鱈目で奇抜なものを誰も過去に経験した事がなかた。

 

「ええ、確かに、私もそれには同意します。あのキャスターは最悪です」

 

「―――そんなに言う程でも無いと思うんですけどねぇ、実際。いやはや、ここまで嫌われてしまいましたか」

 

 空気が一瞬で破壊された。誰も動こうともしていなかった。そも、ここは敵の陣地であり、今の様な状況を誰もが予測していた。

 キャスターは、構えることも戦意を向けることもない。自然体のまま、彼は平然な態度で四人の前に唐突に出現した。

 

「おや。なにか気に触る事でも私、してしまいましたか?」

 

「―――……貴様」

 

 確実に此方側を侮っている。なめきっている。キャスターに敵意はないが、同時に敵を警戒する気配もないのだ。

 セイバーにとって、それは何よりも許し難い。自分のマスターをあれ程まで卑劣な策で追い詰めた末に、今はもう気にする事無く、何でも無いように現れる。戦場を荒らすだけ荒らし、敵を追い詰める事にだけ執心する。

 

「其処に直れ、などと悠長な事はもはや言わない。だが、我が剣から逃げられるとは思うな」

 

「ブリテンの騎士王様は言う事が違いますねぇ。まぁ……それを言うのでしたら―――私の城から生きて出られるとは思うわない事です」

 

 キャスターが作り上げた城は、正確に言えば固有結界ではない。それに限りなく近い大魔術。強いて言うのであれば、鬼種が住んでいた鬼が島か、あるいは玉手箱で有名な竜宮城。しかし、それらとは違って世界を侵食せず、世界の上から一個づつ異界法則を構築している。

 アーチャーの推測通りであり、ここはまた固有結界とは別種の異界法則で支配される魔術理論・世界卵の内側となる。キャスターが参考にした大元を考えれば、真性悪魔とは逆の、妖精種の方の固有結界創造に近かった。

 

「ほざけ、安倍晴明(あべのせいめい)。貴様は少々はしゃぎ過ぎだ」

 

 ぎりぎり、と透明な剣の柄を握るのに力が入った。キャスターは相手を小馬鹿にするのが好きな小悪党の真似をする極悪人で、加えて世の中を深く知り理解する賢者でもあった。セイバーの印象としてはそれが近い。他人の裏をかくのが異常なまで巧いのだ。

 

「はっはっは! 死した後の二度は無い余興ですよ。今をはしゃいで楽しまず、何時我々が悦を得られると言うのですか? もしかして、あの何も無い座ですか? あの何の面白味がない廃棄場で、一体何をすればいいでしょうか?

 ―――有り得ません。

 こんな最高な舞台で、全身全霊を出せる機会なんて今しかない訳です。

 ……まぁ、そんな訳ですよ。だからこそ、ほら、この城も手を抜かず渾身の出来栄えを得られるのです」

 

 確かに、小悪党な策略もキャスターらしいのかもしれない。しかし、それは側面にしか過ぎない。キャスターはただ単純に、戦争を攻略する為ならば最善の策謀で敵を討つ覚悟があるだけ。無関係な人間を巻き込み、他者を生贄にしない道徳観念を持つ一方で、彼は敵を倒す為なら外道に落ちないが非道に徹する思いがあった。

 ……それに根本的な部分で、キャスターは敵を倒すのが楽しかった。

 若い頃から陰陽師であったが、その役目は退魔だ。彼は退魔師でもあるのだ。その為にすべき事であるのであれば、奇襲、挟撃、人質、闇討ち、騙し討ち、精神攻撃、何でもござれだ。彼は自身が持ち得るモノ全てで、この戦争を生き残る闘志があった。

 

「―――空間転移か。ホント、キャスターらしい魔術師の魔技だね。日本最強の陰陽師は伊達じゃないってこと」

 

 唐突に現れたキャスターに対し、アーチャーに変化は何も無かった。凛は胡乱気に睨みつけているだけだが、逆に士郎は無言のまま隙を窺い続けている。殺せる機会があれば、躊躇わず消去するつもりだが、恐らくこれも先程と同じ偽物の分身だろうと考えていた。

 

「……うーむ。分からないんですよねぇ、貴女。何処出身の伝承の者で、どんな偉業を成した何者なのか、この私でも見抜けない。しかし、貴方は逆に私の事を直ぐに見抜けた雰囲気です。

 安倍晴明って真名はバレているようですけど、その警戒の仕方。もしかして―――知ってますか?」

 

「ハハ。怖いなぁ、ホント。未来が見える男に隠し事は出来ないか……」

 

「成る程。私の千里眼もバレてしまっているのですか」

 

 キャスターは陰陽術でアーチャーを殺そうと思考し、実行する寸前まで構えていた。しかし、その度に―――彼は自分が敵の迎撃を受けるのを幻視していた。

 強力な未来視によって、先の展開を予め知ることによって、キャスターは相手の攻撃を簡単に見切っている。全ての敵に対して、対峙した瞬間から先手を取る事が出来た。ありとあらゆる攻撃に対し、後手に回りながらも最善の手で迎撃可能な上、その攻撃を次の手に利用する。つまり―――この男には先手も後手も意味はなく、奇襲も戦術も効果が無い。敵がどんな事を考えて自分を殺そうとしているのかも、未来視によって殆んど暴いてしまうのだ。

 

「無駄ですよ、ムダムダ。サーヴァントらしくスキルで言うのでしたら、直感も心眼も私に意味はないですよ。それによる動作、思考、感覚、全部が丸見え。次の手も、その次の手も、そのまた次も……延々と幾つもの手段が見えるんです。

 ―――ほら。だから今言ったでしょ、アーチャー。

 首を斬ろうとしながらも、私を誘導し、セイバーの直感を頼りにこの身を殺そうとしている……まぁ、無駄ですけど。

 未来を越えなければ私は殺せませんし、そもそも今のこの身はただの式神ですしね」

 

 スキル・千里眼。キャスターが今まで敵の動きを簡単に見切っていた正体が、その能力。

 

「あっそう」

 

 アーチャーが吐き捨てるように呟く。敵は此方を殺せるが、此方は敵を殺せない。攻撃が通じない訳ではないが、殺しても無駄になる。

 なんてインチキなのかと、凛は取り敢えずイラっとした。結構イラついたので式神にガンドを撃っておいた。勿論、一工程で詠唱した呪い程度が分身の式神とは言え、このキャスターに通じる道理はない。

 

「……魔力の無駄ね。あんた、さっさと何処にいるか吐きなさい」

 

「此処に居ますよ、この城に。そんな事も分からないんですかねぇ?」

 

「ふふふ―――ブチ殺すわ。本気でムカついてきたわね」

 

 凄く良い笑顔でキャスターは煽りに煽る。相手を逆撫でし、怒りを誘発させる。自分もそうだから分かるが、特にプライドの高い魔術師に有効な、低俗なからかいであった。逆にセイバーのような騎士を相手にこれをすると、怒りよりもまず殺意を抱かれ、冷静になるとは違うが冷徹になる可能性がある。同じプライドが高い者でも、武闘派と研究屋では与える印象が中々ずれるのだ。

 

「良いですねぇ。雰囲気も暖まってきました―――ですので、ここからは宴会といきましょう」

 

 パチン、と指を鳴らした次の瞬間にはキャスターは消えていた。消えると同時に閃光を離し、視界を白く塗り潰した。音も大きく、耐性がなければ鼓膜が破れていた程。もっとも、この場にいる四人は危機を察して耳を瞬時に塞ぎ、第六感を研ぎ澄ませながらも視線を光源から外していた。

 

「……扉が閉まっている。閉じ込められたわね」

 

「ま、そんな事は予測済みでしょ。魔術師の工房として考えればさ、まだまだ生易しいぜ」

 

「アーチャー、君はどう考えている。あの男の能力に詳しいみたいだが?」

 

 士郎にとってアーチャーの博識さは看過出来なかった。確かに候補して真名は凛とアーチャーに教えていたものの、千里眼を考察出来る情報は与えていない。伝承を考えれば、あの安倍晴明に千里眼のスキルがある事に疑問もなければ、予想も簡単に出来たとはいえ、未来視まで可能な性能があるとは分からない。

 士郎もキャスターのスキルと宝具も段々と透けて見えて来たが、まだ程度は見えない。種別は予測出来なくもないが、どの位の強さかは見なくては分からないだろう。

 

「あぁ、そうか。アンタが疑問に感じるのも理解できるけどさ、実際特に理由はないよ。何となく、そう思っただけ。けれど、どう考えているのかは教えておくよ」

 

「……ほぉ?」

 

 彼女の言葉は何処か胡散臭い。士郎は相手に嘘はついていないと感じたが、全てを話してはいないと察した。理由はないとアーチャーは喋っているが、それも果たして信用出来るかどうか分かったものではない。

 

「―――今を逃せばキャスターの一人勝ちになる。

 アタシはそう考えているんだ。あのサーヴァントは危険である以前に、英霊にとって史上最悪の天敵になる怪物だ。

 多分、条件さえ整えれば、あっさりと神霊さえ手玉にとるぞ」

 

 セイバーには信じられなかった。神霊さえも、と言うことは英霊を倒すのも苦労しない強者となる。確かにキャスターは狂った技量を持つ魔術師の英霊であったが、そこまで突き抜けた怪物には感じなかった。あの英雄王ギルガメッシュのような絶対性も、大英雄ヘラクレスのような圧倒的性能差も無い。

 

「―――……まさか。神霊まで相手に可能な英霊だとでも、アレがそうとでも言うのですか?」

 

 会話をしながらも、四人は部屋からの抜け道を探していた。いざとなれば聖剣でも使って破壊すれば良いが、あのキャスターが対策していない訳がない。それに士郎は感覚的ではあるが、部屋の壁を境界にして空間が遮断されているのではないかと考察していた。そうであれば、この部屋の突破は強硬策に賭けるしかない。

 

「大昔の日本では鬼種って生き物はね、日常的に人間の生活を脅かしていた。それを陰陽師は日常的に退治していた。

 あの男は魔術師……まぁ、日本だと陰陽師だね。本物の彼らはその鬼を、自身の技だけで撃退していたんだ。サーヴァントに匹敵する魔である鬼や、様々な魔物を相手に単身で挑んでいた。人の身で人を超越する化け物を、日常的に狩って生活していたんだ。

 そんな怪物的集団の中で、更なる化け物になるのが―――安倍晴明(あべのせいめい)

 魔術師みたいに研究好きな奴らだけど、(みやこ)(みかど)に仕えてた者の役目は魔からの護国。特にキャスターみたいな朝廷で生活していたのは、歴史に残る多くの伝承を誇っている」

 

「しかし、それは英霊にとって当然の事では無いですか?

 魔物退治しかり、竜殺ししかり、巨人殺ししかり、様々な英霊達は多種多様な伝承を持っています。戦乱による活躍や、後世に残る数々のエピソードもあります」

 

 そんな伝承の中には、神殺しを行った英霊もいる。宝具の相性によっては、英霊の座に神霊を殺せる者もいるのは当然―――とは言え、それは珍しい事例。

 

「いやぁ、そう言うんじゃないんだ。サーヴァントみたいな霊的存在って時点で、あのキャスターは現世でだと結構なアドバンテージがあるんさ。

 そもそも、元々がお化け退治がうまい連中で、死人で在る時点で危ないんだよね」

 

「一体、それはどういう――――……!?」

 

 瞬間、異変が起きた。部屋の扉が開き、冷たく黒い空気が流れ込む。四人が毒かと警戒したが、そうでは無かった。この禍々しい風は毒の霧ではなく、呪詛に満ちた魔力の奔流に過ぎなかった。

 

「……やっば。これは凄くヤバい、地獄かよ。まさか、ここは―――」

 

 まだ密室空間に致死の猛毒を流し込まれた方が、これよりもまだマシ。アーチャーはありとあらゆる魔術師の工房への対策を練っていたが、ここまで狂っているとは考えてもいなかった。

 

「―――サーヴァントの情報を、英霊の座を模してるのか……!」

 

 空間の歪みから、良くない何かが出現した。黒い呪詛の如き魔力を纏いながら、明らかに危険な存在感を発する極上の魔物。

 ―――騎士だった。

 巨躯の戦士が幾人も存在し、身長は目視で2mを軽く超える。

 一体目は右手に巨大な直剣と左手に丸みのある大盾を持ち、二体目はまるで杭の如き剣を刃にしたような長槍を両手で掲げ、三体目は左右に双刃が付いた大弓を構えている。

 三体とも似た西洋の大鎧を着込み、それぞれの得物で武装していた。

 剣の騎士は鈍い白銀色の鎧で、まるでバケツみたいな兜を被り、視線を保つ為の隙間から赤い眼光を光らせる。槍の騎士は逆に黒鎧を着ており、蛇を模した様な兜から低い唸り声が漏れ出ている。弓の騎士は赤黒い死神にそっくりな全身鎧を身に纏い、冷酷な殺気を辺りに撒き散らす。

 

「……英霊、ではないな。鎧の中身はホムンクルス、いや……まさか―――人造の鬼?」

 

 投影した双剣を構え、士郎は冷静に判断を下す。わざわざ口にして言葉にしているのは、三人にも今の状況を分からせる為。

 

「あれと同じく英霊の式神ですか? シロウ」

 

「そのようだ。だが、これは先程とは少し造りが違うぞ」

 

「え、なに? どういうことよ、それ?」

 

「断定は出来んが、恐らくは―――鬼種の人造人間。それに英霊の情報を式神で憑依させている」

 

「はぁ!? なにそれ、反則もいいところじゃない!!」

 

 解析魔術によって、士郎は物体の構成程度ならば生物でも情報を読み取れる。刀剣や武器のように詳細は理解出来ぬも、大凡の形くらいは何となくわかるのだ。それで鎧の中身を見た所、人型の生き物だと言うのは分かった。気配は鬼種とは違うホムンクルスのもの。それだけなら、中身はアインツベルン製のホムンクルスだと予測するのは簡単だが、中身の者はさっきまで戦っていた鬼の如き人外の体躯。加えて、僅かであるものの、聖杯戦争のマスターに与えられるサーヴァントの能力に対する透視が働いていた。

 一目でそれらを見抜く士郎の眼力は、恐ろしい領域まで高められていた。そして、その情報を共有する他の三人もまた得られた情報から、今の状況が如何に危険か一瞬で察せられた。

 

「おいおい、マスター。集中してくれ、そろそろアイツら来るぜ」

 

「だー、分かってるーつーの! これでも全身全霊よ!?」

 

「凛。こんな時くらい、もっと余裕を持って優雅になってくれ。昔みたいに、とんでもないうっかりをしそうで怖いのだが?」

 

「うっさいわね、バカ士郎! わたしだって―――」

 

「―――来ます!」

 

 切込みはまず、剣士から。槍兵は重力を無視した動きで壁を蹴り走り、弓兵は飛び上がった一瞬で逆さまになって天上に降り立つ。

 もはや、それは―――ただの暴風であった。剣圧の嵐であった。

 魔力を宿した鬼兵が放つ剣は、既に斬撃そのものが魔力を纏っていた。蒼暗い黒光が照らし輝き、本来ならば見ること有り得ない剣圧を視覚化させた上、距離が離れた目標に刃を届かせた。

 それをセイバーは一振りで、上段から繰り出す渾身の一撃で粉砕。粉塵が舞いあがり、ある程度の広さがあるとは言え、英霊や魔物が殺し合うには狭い大部屋には土煙が充満し―――それを突き破るように剣の鬼兵が盾を前に出して突撃した!

 

「はぁ……っ―――!!」

 

 盾を押出すシールドバッシュ。セイバーと鬼兵の身長差と、筋力を考えれば鉄壁の城塞がそのまま迫って来たのと同じ。盾の衝撃を両手で構えた剣で抑え込むも、鬼兵の盾が刃を絡め取り、外側に弾くように受け流し―――直後、セイバーの眼前には大剣の刺突が迫っていた。

 死地を前にセイバーは、脳裏に痺れる直感に従う。鬼兵の大剣は喉元すれすれを通過。だが、紙一重で身を捻って刃を避けたと同時に、天井に立つ弓兵が砲台と変わらぬ大弓でセイバーを狙い、矢を絶妙なタイミングで放っていた。

 刹那―――バン、と響き渡る薬莢の炸裂音。

 セイバーを真上から串刺しに射ろうとする太矢を、一発の弾丸が空中で軌道を撃ち逸らす!

 

「成る程ね、そう言う場所か―――良し。まぁ、アタシはどっちでも良いや」

 

 直後、アーチャーは当然のように壁を駆け上がった。銃火器を装備しておいた腰のホルダーに仕舞い、左右の両手に刀を構えた。それは士郎と同じ双剣であったが、持っている武器は片刃の刀。中華刀ではない日本刀。それに若干ではあるが、右手の刀の方が長く、左手の刀の刀身はやや短め。

 弓の鬼兵は目標を変え、自分に迫り来るアーチャーに狙いを絞った。それにどうせ、他の者を狙ってもアーチャーに矢を迎撃されるのがオチだ。まずは目障りな障害から殺すと決め、鬼兵は排除に掛った。もっとも―――そのアーチャーを背後から槍の鬼兵が狙っていたが。槍使いはマスターの二人を狙ったと見せ掛け、急激に進路を反転させた。勢いそのまま、背を向けるアーチャーへ槍を構えて突進した。

 その攻撃を、アーチャーは逆に好機と判断する。なにせ、あのマスター二人組が“砲台”として機能する機会が生まれるなんて、これ程の必殺を繰り出すタイミングはそうは来ない。よって、アーチャーは躊躇わず左手の刀を半転して投げ放った。

 一直線に迫る刃を、槍使いは振り落とす。アーチャーは動きを止め、弓使いはここぞとばかりに矢を射るが……届かない。何故か分からないが、矢が当たらない。壁に立つアーチャーに届く前に何故か、矢は不自然に軌道を逸らして壁に突き刺さるばかり。そんな不自然を、しかし鬼兵は平然と受け止めた。聖杯戦争であれば、そんな超常現象で驚きはしない。仕組みを解析しつつ弓使いは天井を動くも、刹那―――狙撃手の冷たい視線で命を貫かれた。

 

「……―――」

 

 シロウ・エミヤ、衛宮士郎。鬼は主人から渡された情報として、あの男の能力を得ていた。投影魔術師であり、固有結界の持ち主。そして、リン・トオサカ、遠坂凛。魔術協会・時計塔に在籍していた冬木の宝石魔術師。加えて、衛宮士郎の師でもある。

 ―――戦闘考察。

 鬼の弓使いと衛宮の技量は考える必要は無し。重要なのは、何で狙われているかと言う点。まるで剣を無理矢理に矢へ変化させた宝具もどきと、寒気がするまで魔力が迸っている宝石の二つ。丁度、それらは弓使いと槍使いに狙いを付けている。

 

「そらそら……で―――次はどうするんだ?」

 

 アーチャーが笑みを浮かべ、槍の刺突を壁を地面にしながら捌く。槍使いの鬼も同じく、重力を無視して壁で戦っていたが、アーチャーの手元に先程投げた筈の刀が左手にクルクルと舞って戻って来た。次の間には、二刀流による連続的な剣戟が相手の間合いを侵略し、攻防一体の刃の群れが敵を襲う。

 自由に動けるのは弓使いの鬼のみ。剣使いと槍使いはサーヴァントを相手にして動かない。そして、マスターの魔術師がサーヴァントでさえ消滅させる攻撃を放とうとしていた。故に、判断など下すまでもなく、弓使いは天井を蹴って地面へ昇り落ちた。

 ―――秒間十射。

 雨霰と太矢が士郎と凛に降り落ちる。鬼は逆さまに墜落しながら射撃を敢行する。だが―――衛宮士郎はそれを狙っていた。鬼の一体を引き付け、凛と同じく標的を一体に絞り込む。勿論、攻撃対象は弓使いの鬼兵である。

 

「しゃらくさいわ―――!」

 

 宝石による爆炎防壁。凛が放った宝石は奇天烈な方向に火風を奔流させ、十矢全てを自分達に当たらぬ様に受け流す。

 ―――爆炎の裏側から、矢が鬼へ迫った。

 士郎が撃ち放った矢は直進し、何より反応が不可能なまで速い。それも煙幕を隠れ蓑にして、視覚した時には額に矢の先端が既に辿り着いており―――回避した。音速を遥かに超過した魔弾を、認識した直後に避け切った。

 

「成る程。確かに、これは―――英霊(サーヴァント)に並ぶ」

 

 士郎と凛の前に、弓の鬼兵が降り立った。キャスターに仕込まれたのか、陰陽術の使用も可能なのだろう……矢を腰に備えている術符から具現する。鬼種と言う観点から見れば、陰陽術と言うよりは日本太古から伝わる魔物の妖術かもしれないが、結果はどちらも同じ。幾らでも魔力から矢を物質化可能ならば、弾切れはないと言う事だ。

 

「……ったく。戦闘なんて宝石魔術師の本業じゃないって言うのに」

 

 愚痴を溢すも本音はおそらく、遠坂凛らしい獰猛な笑みの方だのだろう。それに魔術師と言う視点から見ても、キャスターの魔術は本気で参考になる高度な術理。正直な話、嫉妬を越えて見ているだけで、色々と脳味噌内でアイデアが弾けまくりだ。

 コートに隠れているが、腰のホルダーには自作の魔術礼装・宝石剣(ゼルレッチ)がある。今が使い時かと考えた。しかし、それは白兵戦で使い物にならない。あの殺し屋アデルバート・ダンが相手の時も使わなかったのは、今の自分では魔力供給程度にしか使いこなせないからだ。呪文詠唱による極大魔力斬撃を接近戦でするには隙が大き過ぎるし、攻撃を避けられて撃ち殺されるのが当然の道理。遠距離から森を焼き払う大魔術を放っても良かったが、そうなると敵に詳細な位置がバレて危険でもあった。そもそも確実に殺せないと意味がない。

 加えて、まだまだ序盤で秘蔵の奥義を出すのは早計。士郎にだって教えていない最終手段。

 それに武器として使っても棍棒代わりにしかならない。あっさりと砕かれてお終いで、わざわざ弟子やその他諸々と協力し、借金までして作った数十億の逸品が消えて無くなる。そうなると、聖杯戦争と関係なく死にたくなる。つまり、これは英霊の宝具と同じで、ここぞと言う時以外に使い物にならない品物。とは言え、常時ラインで礼装とは接続しているので、魔力不足など今の凛には有り得無く、魔術を回路の限り連発出来る訳で―――

 

「それじゃ、ま。派手に吹き飛ばしますか……っ!」

 

 ―――純粋な魔力塊による術式加工光弾が、鬼兵の視界を埋め尽くしていた。

 と、規格外の大魔術を平然と行う凛は、魔術を撒き散らしながら冷静に周囲の観察する。宝石専用袋のポケット内の宝石を確認し、いざと言う死手で狙いを定める。

 凛から見た状況判断として、剣使いとセイバーは接戦を演じてる。どうやら、西洋の英霊を憑依させているようで、装備品から剣と盾を愛用している伝承持ちだと予想出来る。槍使いの方は逆に壁と天井を縦横無尽に駆け回り、アーチャーと臨死のデッドレースの最中。槍の使い方を観察したところ、どうやら西洋の槍術に近いため、憑依元の出身を断定するには至らない。

 そして、自分と士郎の前に立ちはだかる弓使い。

 双剣で鬼兵に斬り込むも、敵は弓を盾に斬撃を受け流す。むしろ、合間合間で間合いが少しでも空けば矢を射出し、矢を短剣のように操って武器にもしていた。凛が魔術で背後から援護しても矢で迎撃し、むしろ士郎を肉壁にしようと狙って絶妙な位置に移動を繰り返す。

 

「……Anfang(セット)―――」

 

 よって、奥の手その一。もしもの為の緊急用のアゾット剣ではなく、隠し持つ鞘からそれとは異なる剣を引き抜く。見た目は刃渡り二~三尺程度のショートソード。序でに、左手は宝石魔術を何時でも使える様にフリーにしておく。

 その剣は凛にとって思い入れのある品で、彼女が持つ中で一番上質な刀剣類。弟子である剣製の魔術師に卒業試験として作らせた魔術礼装。巨大な宝石を柄頭にし、幾つもの宝石で飾られ、内蔵されている宝石が極悪なまで強力な術式を刻印している。

 そして、呪文詠唱ともに魔術礼装の剣が振るわれ―――魔力が敵へ容赦など欠片もなく降り落ちた!

 

「―――Klinge der(浄化、) blauen Flamme(大刃円舞)……!」

 

 ―――現れたのは、浄化の青い炎。

 光弾を隠れ蓑にし接近し、士郎の助力も得た凛は一呼吸で斬り掛った。士郎と入れ替わる様に位置を交換し、弓の鬼兵へ霊体を焼き滅ぼす炎剣が熱を発する。

 その凶悪な魔術を、鬼は自身の大弓で受け止めた。確かに、その攻撃を遮った筈なのに、魔力の刃は弓を素通りして敵を横薙ぎに斬り払った。

 

「―――ッ……!」

 

 肉が焼ける激痛を弓の鬼は感じ、そして自身が“魔術”で損傷した事実に驚いた。蒼炎の熱は対魔力を保有し、尚且つ鬼種の強靭な皮膚と筋肉を持ち、防壁と加護を与える強固な鎧を着込む己に十分なダメージを出す。それはもはや、宝具とも呼べる神秘の濃度を持つのではないか……と、弓の鬼兵は魔術師遠坂凛に最大限の評価を思考する。

 そして―――その隙を士郎が逃す道理は何処にも無い。

 

強化(トレース)完了(オフ)――――――!」

 

 強化した干将莫耶を鋏みたいな形で突き出す。首を狩る取る軌跡で、双刃が挟み込む形で斬りに入る……も、鬼兵は咄嗟にしゃがむ。そのまま弓を構えたのだが、背後に回っていた凛が魔術礼装から魔力炎斬を撃つ。しかし、鬼はその直剣さえ避け切る。鬼種と言う魔獣であり、あのキャスターが作成した使い魔だと考えても、異常なまで高い回避能力。

 化け物め、と凛は無言のまま睨んだ。

 例え相手を殺し切る武器を持とうが、当たらねば意味はない。人間を遥かに超越する身体機能の前に、遠坂凛の魔術が無効化させる。

 しかし、この直剣はサーヴァントのスキルや宝具対策として、対魔力を貫通するように設計されたもの。正確に言えば彼女の魔術が、であるが。その魔術の生成と相乗の術式が主な能力であり、効果は魔力自体の攻撃転換と属性の着色にある。言わば、概念の具現に等しい魔術だが、はっきり言って魔術をそのまま発露した方が効率は良い。魔力の無駄だ。魔力を使って魔術で魔力を炎にするよりも、魔力で魔術を使って炎を生み出す方が遥かに良質であり、本来なら魔力の炎など火の粉程度が限界。

 しかし、これならば―――対魔力や対魔術、あるいは魔術防壁や概念の加護を在る程度は無力化出来る。巧く嵌まれば無効化し、死徒二十七祖に並ぶサーヴァントへそのまま直接ダメージを与えられる。並の魔術師の数十倍の火力を持つ遠坂凛であれば、一撃で相手を魔力で存在ごと塗り潰す事も可能となり……

 

「燃え尽きろ―――!」

 

 ……極限まで魔力と酸素を燃料にし尽くす青色の火は、鬼種でさえ殺す武器と化す。

 三刃目の蒼炎発火。一呼吸で大魔術の連続行使。魔術の炎ではなく、魔力の火塊である蒼炎は、剣の神秘によって斬撃と浄化の概念も保有する。

 それに剣に内蔵する宝石の他にも、この魔術礼装はとある聖人の聖遺物が入っている。対死徒戦用魔術行使の概念補助の為であったが、聖杯戦争でも中々に有能な様だ。

 

「―――凛!」

 

「わかってるわよ、士郎……!」

 

 そして、鬼兵は不利を悟り―――飛んだ。士郎の双剣乱舞と凛の玉砕魔術は、鬼種の弓使いに後退を覚悟させ、弓を連続で掃射。その勢いのまま天井へ着地。士郎は双剣を精密機械よりも正確無比に振い、凛の盾となり彼女を守る。次の瞬間、凛は構成していた魔術を解き放ち、氷結の霧を竜巻のように天井に立つ鬼へ射出する!

 放たれた魔術の属性は水と風。この魔術の正体は氷の刃が渦を巻き、風の刃に乗った氷粒の群れが、巨大な槍と化す刺突の大貫通攻撃である。

 鬼兵は宝具と間違う程の魔力の嵐を前に―――限界まで絞った弓の弦を放す。むしろ、大弓から射られた太矢の方が竜巻じみた破壊の塊となり、氷の竜巻を一矢のみで木端微塵。そのまま、上空の地面に居る敵ニ体に矢を連続で射出し続ける。

 ―――物理法則が壊れた空間において、天井も地面と化す。

 士郎は強化した脚で一気に天井まで跳ね上がり、空中で自分を狙う矢を落としながら着地。また、投影した武装軍を背後に群れさせ、敵へ向けて一斉に撃ち落とす。

 その圧倒的剣軍群衆の突進を、くるりと左腕で双刃の大弓を回して鬼兵は捌いた。合間合間で弓から矢で敵を狙うが、士郎は慣れた動作で戦車砲をも超える矢から逃れる。先程までは対物理狙撃銃に匹敵する威力の矢の連射であったが、今度は一撃一撃に必殺の威力を込めていた。

 

Boden Burst(隆起、) hart zu sein(轟炎地雷)……―――!」

 

 その間に凛は士郎が生んだ隙を利用し、無事に天井へ着地し―――同時、呪文を詠唱しながら刃を地面へ突き立てる。

 ―――瞬間、瓦礫が溢れた。

 凛と士郎以外の地面が盛り上がり、まるで手榴弾の如き破壊を生み出す。天井の欠片が石飛礫となって辺りに弾けるも、士郎と凛には不自然な軌道で逸れて飛び―――出来上がった穴から、激風に乗った火炎が激流となって吹き出た。剣を振うと言う動作が呪文詠唱の代わりも果たす為か、唱えた工程以上の効果を凛は礼装から引き出している。

 正真正銘、回路を限界まで作った―――全力全壊の魔術行使!

 結果、天井の瓦礫が下で戦っているセイバーと剣の鬼兵、アーチャーと槍の鬼兵に降り注ぐ。

 それだけならば、まだ士郎や他の者を予想していた出来事。だが、魔術を使ったのがあの宝石魔術・遠坂凛であれば、果たしてそれだけで収まるかと言えば―――否。断じて否定するのが正しい選択。

 大火力で熱量を上げ過ぎ、加えて風の激流で常時大爆発しているかの破壊エネルギーは、城の内壁を粉々した挙げ句、溶岩のようにグツグツと溶かしてしまった。キャスターの居城である事が凛に手加減を忘れさせ、フル回転させた魔術回路の開放に、物理防壁と魔術防壁が耐え切れなかった。

 ……つまり、一瞬のみ活火山と化した天井は、空へ昇り崩れたのだ。キャスターの工房内とは言えたかだか天井に、果たして溶岩化してまで耐え切る建築的耐久性はない。

 

「―――やり過ぎだ!」

 

「えへへ……?」

 

「……笑って誤魔化せる破壊規模ではないぞ、凛。本気で」

 

 確かにうっかりでは無い。結界線に当たる境界部分を内部から大魔術で打ち破るのは、遠坂凛らしい賢明な英断だろう。戦闘中に敵の隙を見て、部屋の脱出を狙うのも流石だ。本来なら良くやったと言うべきなのだろうが―――戦場で生きる錬鉄の魔術師から見ても、これはやり過ぎだ。

 

「―――……!!」

 

 狙う。狙う狙う、狙う狙う狙う―――狙い撃つ!

 崩れた天井によって異界法則内の既存の物理法則が崩壊し、天井がまるで大穴になったように部屋内の全員が宙に墜落する。

 その好機を逃す意味はなく―――矢を幾重にも連続で射る。

 弓の鬼兵が空中で身動きが出来ない敵目掛け、容赦無く殺しに掛った。矢の雨が足元から降り落ちる。士郎は凛を抱き寄せて背中に回し、敵に向かって弓で矢を射る。そして、凛は念の為の防壁を自分と士郎の周辺に配置。落ちながら、弓使い同士が殺し合っていた。

 

「はっはーー!! その程度で当たるかっての!」

 

 アーチャーが両手で構える二挺拳銃を乱射。精密な動作で矢を一つ一つ狙い、自分と近場のセイバーを狙った矢を撃ち落とした。鬼兵は同時に指を限界まで使い、四本の矢を一発で撃つ。それを秒間に何度も行う事で、衛宮士郎とアーチャーニ体を敵に回して虚空での射撃戦を演じていられた。

 ―――落ち続ける穴は、まるで一本に連なった大部屋の連続。

 良く見れば、穴の内装は先程まで戦闘を行っていた部屋と同じであり、加えて一定距離落ちるとまた最初に戻ったような内装に逆戻り。どうやら、天井と地面が無くなった所為で、連続して部屋に落ちて出て、落ちて入ってを繰り返している模様だ。

 

「空間崩壊……? じゃなくて。まさか、これ―――空間を連結されたってこと!?」

 

 つまり―――最初から出口など無い。壁を壊そうが、床を壊そうが、閉じ込められた結界を破れなかったと言う事実。天井が壊れた瞬間に恐らくはキャスターが、結界内の空間連結を操作したのだ。

 

「来た来た、敵が来たわよ士郎!」

 

 壁を強引に蹴り抜き、槍の鬼兵が墜落突進を狂った速度で敢行。凛もろとも士郎を串刺しにせんと、弓を射る士郎の背後から心臓を狙った。

 だが、セイバーがマスターを守らない選択が有り得ない。横から彼女が槍の鬼兵に剣で体当たりし、相手を壁へ思いっ切り吹き飛ばす―――が、頭上に剣使いの鬼が出現!

 

「―――っ……ぶっ飛べ!!」

 

 士郎の背中に抱き付く凛が振り向き様に、宝石を最速で投擲。敵に直撃するも宝石は盾で防がれ、接触直後の爆発は完全に防御された。しかし、その御蔭で僅かばかりに行動が遅延した所為か、間に合った。遠坂凛が召喚したサーヴァント、アーチャーが剣使いの鬼を背後から強襲し―――弓使いの鬼が落下速度を術で緩めて士郎と凛に空中で並ぶ。

 瞬間―――全員の時間が停止する。

 余りにも圧縮した体感時間の流れが、まるで走馬燈の如き緩やかな時間を共有させた。

 中心に居るのは士郎、背中に凛、前方に弓使い、後ろ右上に剣使い、後ろ左上にアーチャー。そして、右下に剣使いがおり、左下にセイバーがいた。

 ここから先は正に一瞬、刹那の間。士郎が思考したことは、どうすれば良いかと言うこと。この場合のどうすればとは、敵を倒す事だけでなく、敵を排除した上にどうやって部屋を脱出すれば良いかと言うこと。

 

「――――――投影(トレース)開始(オン)

 

 彼は余りにも大きな刃を持つ両手剣、それも人を乗せられる程のだん平を投影する。数は四つ。場所は把握した見方全員の足元で―――つまり、虚空に一瞬だけ足場が生み出された。四人はそれに乗るも剣も一緒に墜落し続ける。

 しかし、三体の鬼と距離がかなり離れ―――

 

「セイバー! 聖剣の用意を――――」

 

「―――! わかりました……っ」

 

 ―――絶殺の好機を作り出した。

 そして、アーチャーが士郎と凛の腕を強引に掴み、壁を足場にセイバーの背後へ着地。

 

「――――――約束された(エクス)

 

 唱えられる宝具の真名。壁を地面にして踏み止まり、両手で聖なる刃を振り上げた。

 宝具の鞘から解放された絶対なる威光。この星に散って死んだ数多の戦士が、今際の最期に夢見た戦場の栄光。星に鍛えられた史上最強の聖剣。

 其の名は―――

 

勝利の剣(カリバー)――――――……ッッ!!」

 

 ―――聖剣エクスカリバー。

 騎士王アーサー・ペンドラゴンが保有する最強の宝具。

 極光の斬撃は眼下に落ち続ける三体の鬼を、一人残さず纏めて光の波の中に消し去った。そして、その光はそれでも止まらずに直進し、無限の矛盾を孕む墜落の大穴に“孔”を斬り開けた。

 

「……成る程、良い解決案ね。流石にキャスターでも、セイバーの一撃の前じゃ空間連結なんて精密な術式、維持なんて出来る訳もないわ」

 

「けど、これ……かなりの奥の手だよ。こうも景気良くぶっぱして、体力持つ程の魔力があるんかね?」

 

 聖剣で崩れた所為か、穴の底に地面が見える。空間が完全に歪み斬れて、ついに出口の到着地点を目視した。

 

「あー……うん。それは別に大丈夫。ほら、私なら魔力不足なんて有り得ないから、足りなくなってもどうとでもなるの」

 

「それは―――エロい意味でか?」

 

「ぶっ殺すわよ、アーチャー」

 

 そんな凛とアーチャーの話を複雑な心境で聞く士郎とセイバーは、何だか気まずい気分になる。落下中に視線があったが、互いに何故か視線を逸らしてしまった。そんな二人をニヤニヤとアーチャーは見つつ、漢前な仕草で凛をお姫様抱っこした。

 そこでふと、アーチャーをセイバーは胡乱気に見てしまった。凄く自然に女性を抱えるのを見て、このアーチャーの姐御っぷりと言うか、男っぷりに関心しつつ―――疑問に思った。

 

「――――――……」

 

「え? どうした、セイバー。アンタもほら、地面近いんだからマスターを助けてやれって」

 

「そうですか……? いえ、やはり、そうですよね。はい―――では、シロウ来て下さい。さぁさぁ、地面が近いですよ?」

 

 何に納得したのか分からないが、セイバーは凄く良い笑顔だった。とても綺麗な笑みで腕を広げて、士郎が寄るのを待ち構えていた。

 士郎は強化魔術と軽量化と重力操作で、危ういとは思うが、この速度でも目算であの地面に着地は出来ると考えていた。だが、最善を考えればセイバーの魔力放出で着地するのが、効率的で理想的。そうである筈なのだが……なんか違う。何かが間違っている。

 

「なんでさ」

 

 凄く怖い。地面に落ちながら危ない状況なのに、こっちを静かに笑顔で視てくる遠坂凛が―――本気で怖い。とても似合った美女の微笑みであるというのに、目から殺人光線(ガンドビーム)が出て、口から火の吐息(ドラゴンブレス)を放っている位には威圧感がある。

 まるで狂戦士(バーサーカー)のクラスで召喚されたクーフーリン並の迫力を出していた。そんなマスターと寸劇を繰り広げるセイバーと士郎をニコニコと見守るアーチャーは、例えるなら人の不幸をデザートにするメフィストフェレスか、邪悪をより良く尊ぶマザー・ハーロットだ。

 

「セイバー、そんな事をするのは衛宮に可哀想だ。特に男には酷だと思う。なので―――抱き付いてやれ、思いっ切りね!」

 

 早くしないと地面に着くぞ、とアーチャーはハハハハと高笑いを上げていた。凄くとても愉しんでいた。そのまま士郎とセイバーを置き去りにして落ちて行った。ギャグっぽく。

 

「―――了解しました」

 

「セ、セイバー……―――っ!?」

 

「どうかしましたか、シロウ? 全く、顔が赤いですよ」

 

 遠坂凛の叫び声を聞こえないふりをして、彼は色々と何かを失った気分のまま抱えられた。それはもう思いっ切りお姫様抱っこをされた。

 セイバーは体勢を整え、魔力放出を精密に操作し、段々と減速を行っていく。地面にはさらに近づいて行ったが、加速度は遥かに緩まっていた。アーチャーの方は単純に魔術を使ったのか、風の魔術で空気抵抗で減速をしつつ、着地時に備えて強化と軽量化を行う。

 ―――ストン、と軽い音に四人は無事に着地を成功させた。

 大部屋を突破した四人は次の部屋に着き、予想外の光景に驚愕する。この場所はもはや城の中とは呼べない空間であった。

 強いて言えば、白紙。何も無い世界。

 地平もなく、天井もなく、壁もない。

 聖剣で開けた穴も自分達が潜った後に緩やかに閉じ、締め切ってしまった。出口はまたもや存在しない。

 

「おやおや、生きていたか。こりゃ凄いじゃないか。あのセイバーの聖剣を不完全な解放とは言え、受けて良く生きていられたな」

 

 最初に気が付いたのはアーチャーで、次に他の三人も気が付いていた。剣使いの鬼が彼女の極光を受けたのか、かなり煤けて破損個所が目立つ盾を杖に立ちあがっていた。逆に槍使いと弓使いの鬼は守って貰ったのか、軽傷が見える程度で致命的なダメージは無かった。

 だが、静寂はそこまで。次の間には、闘争の気配が強烈に漂い始める。キャスター討伐はまだまだ始まったばかりで、ここからが本番の始まりであった。

 




 読んで頂きありがとうございました。
 この度の話としては、キャスターの狂いっぷりを表現出来れば良いなぁ、と考えています。あの城はキャスター個人の固有結界じゃありませんけど、荒耶みたいな結界魔術の果てに出来あがった固有結界に近いのでありますが、それでも固有結界じゃない固有結界もどきだと考えて下さい。イメージ的には黄金劇場の方に近いです。理論と術式としましては、大元になった神秘は妖精が生み出した固有結界みたいな、この世じゃない異界法則で括られた別の異相空間? そんな雰囲気です。アヴァロンの島とか、クーフーリンの師スカハサが居た影の国とか、原作だとそんな場所の法則を擬似的に再現した結界です。精霊とか、魔獣とかの陸続きになっていない住処ですかね。
 あの城の空間もぶっちゃけ、キャスターの脳味噌の中に落ちたような状況です。あれのイメージ像に従う理論的な異界模様で、工房は今も尚キャスターが式神を今も量産してる工場でもあったり。後、あの四人の前に出て来た三体の騎士鬼兵は、ドイツのアインツベルン城に居た時から作成してたトッテオキになります。
 長い解説ですみませんでした。次の更新目指して、書いていきます!


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58.This life is mine

 H×Hのアニメでそろそろゴンさんが覚醒する! 凄く楽しみだ。
 後、今期だと棺姫のチャイカに嵌まっています。まさか、片言眉毛っ娘があんなに凄まじいとは思いませんでした。あの眉毛は良い眉毛だ。表情も凝っていて見応えがあります。それに久方ぶりに異世界ファンタジー世界観を楽しみながら、見ていても面白いアニメでした。戦闘場面も良いですし、美味そうに食べる食事シーンがあるアニメは個人的に好きです。
 スレイヤーズ好きな自分としては、ああ言う雰囲気に浸れるアニメは好きです。久しぶりにスレイヤーズも見てみたいですね、ドラ股とか、残虐な魔剣士とか懐かしい(懐古中)


 空白の世界。まるで世界と世界の隙間に紛れこんだような、何もない真っ白な世界。

 

「―――あん?」

 

 アーチャーは刹那、少しだけ身構えた。彼女の特殊な“眼力”でやっと分かる程度だが、槍使いの鬼兵が自分の背後の地面に石のような何かを落とした。一瞬の細かい動作であって、自分の体を影にして行った何かしらの神秘の準備。敵の“真後ろ”を視界に収められるアーチャーだからこそ、その異変に気が付けた。

 数は五つ。獣の牙に見える骨に似ていて、恐竜の化石が一番近い見た目。

 

“式神の札みたいな使い魔の元に見えるけど―――おぅ? だったら、鬼の憑依元になった英霊が持っている使い魔型の宝具を、擬似的に再現した……のかな? 

 あー、あー、駄目だな。分かんねぇ。あの陰陽師様が考える事はさっぱりだ”

 

 一瞬で思考して考察を終えるが、アーチャーは正体が分からなかった。それに行動を阻止する為に突っ込んでも、援護に弓使いと剣使いの鬼兵が回るであろう。無暗に切り込めば、自分の後ろに居るマスターも危険に陥るだろう。それに、そもそもな話、アーチャーが気が付いた時には既に歯は撒かれた後であり、気が付けただけでも彼女の眼力は英霊としても狂っているのだが。

 

“―――ん……?”

 

 そして、少しだけ自分の知識に掠った事実があった。それに気が付いた。地面に落ちた獣の歯は、それ自体が膨大な魔力を内蔵している。恐竜の牙の化石に見える歯型の石は、何かしらの魔獣の牙ではないかと考えた。そこで地面に落とすことで神秘を発露する獣の牙と考えると、彼女は一つだけ思い付いた伝承があった。

 

「―――竜牙兵の複製品(レプリカ)か、あれ?」

 

 アインツベルンは人造人間(ホムンクルス)製造に特化した錬金術の魔術師大家。聖杯戦争の大元の魔術理論も、ラインの黄金に関する北欧神話系統の願いを叶える魔法の釜。日本生まれのキャスターはそもそも論外であるが、アインツベルンもギリシャ神話関連の魔術は詳しいと考えられず、使い魔である竜牙兵の使役をする位ならばホムンクルスの方がまだ自然。

 そうなれば、とアーチャーは脳裏に冷気が張り込む。考えたくも無いことを、敵がしているのではないかと気が付いてしまった。

 

「竜牙兵……? けど、それって確か、前回のキャスターがしてた使い魔の魔術だったわよね?」

 

「私もそれは記憶にある……が、アレがあのキャスターの再現とは考えられんぞ」

 

 思わず呟いたアーチャーの独り言に反応して、凛と士郎が返答する。事前にアーチャーの視線と気配で槍の鬼兵が何かしているのに気が付き、二人は思考を巡らせて―――ハッ、と気が付いてしまった。

 

「……もしかして、魔術じゃなくて―――」

 

「―――元になった宝具の複製品……!?」

 

 他の三人よりも魔術に疎いセイバーであっても、それが宝具とさなると話は別。そも竜牙兵とは、軍神アレスに仕えていた大蛇の歯を地面に蒔き、そこから生まれた人間の事を指す。神獣の守護竜から生み出された者であり、ある意味では竜の子とも呼べる生物。

 彼らは蒔かれた者、スパルトイと呼ばれた。蒔かれた歯からは多くの者が誕生したが、五人に減るまで殺し合った。そして、残ったたった五人の竜牙兵が一番最初のスパルトイとなり、その竜殺しを行った王に仕えたのだ。つまり、その宝具を使用可能な英霊はただ一人。

 竜牙兵(ドラゴントゥースウォーリアー)の伝承の始まりであり、五人の蒔かれた者(スパルトイ)の主となる竜殺しの王。

 其の真名を―――カドモス。

 泉の番人であった軍神の守護竜を殺した大蛇王。

 

「竜牙兵の主君、竜殺しのカドモス王――――――」

 

 今はっきりとセイバーは、これが自分を殺す為のキャスターが用意した駒だと理解する。竜の属性を持つ自分を殺害する為には、竜殺しの武器を準備するのが一番。

 嫌な気配が消えなかった敵の鉄槍は、竜殺しの擬似複製(レプリカ)であった。

 あの槍は本物と能力の差異があるのだろうが、どちらにせよ弱まっていても当たれば致死に近い損傷を受ける。それは間違いないと直感で彼女は判断した。

 

「あー、もう良いんすかね? カドモスさん、こっちの元ネタもろバレっすよ」

 

「―――不服か?」

 

「いーえー、別に特には。でもさ、この竜牙兵を模したオレの鎧、もう脱いでも良いっすか? なんか熱いんすよ、蒸れるし。戦闘するとさらに面倒臭くてタマンネーのなんの」

 

「駄目だ。許さん」

 

「へーへー、残念っす。蛇の王様は怖いっすね」

 

 急に喋り出した弓騎士の鬼兵。死神に似た髑髏鎧を着込む彼は、その鎧姿に似合わずとても軽薄に場を白けさせた。自分の迂闊な性格を知っているので、つい漏らして真名がバレ無いようにしてたが、その必要も無くなってしまった。

 

「やはり、人格が無いもどきのサーヴァントか。ハッ、偽物の我らの擬似宝具に相応しい結果よな……」

 

 地面から現れた戦士。本当の英霊カドモス王ならば持つ宝具・竜牙の五兵(スパルトイ)は、嘗て自分の元に居た五人の臣下(蒔かれた者)を召喚して使役する神秘。地面に蒔く事で発動するサーヴァント召喚が本質。

 召喚された臣下も宝具扱いとなるが、正確に言えば宝具の核は牙の方で、これらが臣下達の霊核となる。言ってしまえば、臣下を召喚すると言う現象そのものが宝具であり、牙はその為の原因になる道具で、竜牙兵の臣下は宝具を使った結果だ。

 ……だが、偽物に過ぎない鬼兵の擬似カドモスでは不可能。

 何故なら―――彼はカドモスではない。

 そもそも主君では無い彼では蛇竜の牙歯(ドラゴントゥース)を使う事も不可能で、さらに擬似宝具も似せただけの竜の歯に過ぎない。

 故に出現した五人の戦士は始まりの竜牙兵(スパルトイ)ではなく、限り無く近しいだけの竜牙兵(ドラゴントゥースウォーリアー)となる。肉の無い骨の戦士にしかならぬのは、道理なのかもしれない。人間の形で呼び込む事も出来なかった骨人形では、本当の蒔かれた者には足り得ない。

 

「ハッハッハ! そう気にする事じゃないさ。この肉も器も魂も、創造者の製作物なるのなら、たかが宝具で自分を貶める必要など有りはしない。

 オレのこの盾だって、そもそもオリジナル元の物でさえ無い他の英霊の宝具を、安倍さんマジックでこの左腕の上で間借りしてる訳だしな」

 

 バケツ兜の騎士が快活な笑い声で、憂鬱に悩むカドモス(もどき)を励ます。様子からだけだが、彼の大元にある憑依させた英霊は、余り深刻に物事を考えない性質なのだろう。

 

「そーっすよぉ。安倍っちのスーパーマジカルなんですから、そんなに下卑するもんじゃないっすからね。本物に勝ってる部分もありますしさぁ」

 

 弓兵の声は軽く、同じ立場の自分達に何の悲観もなかった。憑依させた英霊の気質が良く分かる光景だ。

 

「そうか。ああ、本当……仲間と言うのも有り難いな」

 

「照れるッすよ、ホント」

 

「気にするな。どうせ、オレらにはそんな程度しか慰めがないしな」

 

 そして、五体の骸骨戦士が完成した。戦士達は確かに蒔かれた者ではない。カドモス王が持つ宝具の神秘を再現した擬似宝具・牙骨の偽兵(フェイク・スパルトイ)から、偽者な槍の鬼兵だけの竜牙兵が生み出された。

 

「さて。では―――往くぞ。

 この命は自分自身のもの。ならば……せめて、我らの刹那しかない今生を、貴殿らとの戦いで彩って下され」

 

 

◇◇◇

 

 

 セイバーとアーチャーの同盟陣営が鬼兵を相手に激戦を繰り広げている中、他の組も地獄の真っ只中に放り込まれていた。

 デメトリオ・メランドリとライダーは、殺しに殺して―――鬼兵を延々と無暗矢鱈に虐殺した。

 それもこれも、キャスターの居城へ戦場を移したマクレミッツとランサー、ダンとバーサーカーを追った末の事態。剣一振りで彼は斬りに斬り、サーヴァントのライダーが自軍の兵士でキャスターの領土を塗り潰す。英霊を模していたサーヴァントもどきの鬼も、彼らは淡々と殺していたのだ。

 

「追い詰めたか」

 

「そのようだな。全く、背中から殺したい放題で楽な筈の追撃が、こうも手間取るとは実に面倒よな。

 我輩(ワシ)としては、このまま殺し合いを演じるのも一興かの」

 

 居城の中、広い空間に四組の陣営が閉じ込められていた。メランドリとライダーは戦意を滾らせるも、四つ巴状態故に手を出せずにいた。

 何もない一辺約2kmもの広大な立方体空間。光源が一つも無い完全な暗闇。

 メランドリが魔術で灯りを作り出していなければ、1cm先も見えなかった。彼らが嵌まった中でも最悪だった先程の罠のような、空気ごと吸引して敵を招き入れる真空状態が保たれていた部屋に比べればマシだが、それでも辛いものは辛い。

 

「笑わせてくれるな。そう言うお前らも、閉じ込められた口じゃないかよ」

 

「……――――」

 

 アデルバート・ダンは遠坂凛と衛宮士郎の同盟を崩す為に、ここまでやって来た。しかし、鉢合わせした敵陣営との戦闘により、城の中へ入りキャスターの居城を利用しようとしたが……まさか、これ程の異界であるとは想像も出来ていなかった。 

 主の背後にいる狂戦士は黙ったまま、少しでも敵に動きが有れば身構えている。それ故に、主であるダンは戦力的な余裕を前にして平然な態度を保っている。本音を言えば、脱出手段もあるのだが、こうも他に敵がいると行動に移せないでいた。

 

「全員、同じ境遇と言うことですね」

 

「そうみてぇだな。こうなっちまうと、場が白けて戦場の空気じゃなくなっちまうぜ……ったくよ」

 

 バゼットとランサーに変化はない。彼女は平時の殺し合いと同じ様に、その場でおける自身の最善を行うのみ。逆にランサーはマスターの意思を尊重しながらも、こんな上等な死闘相手を前に黙っているのが辛い。この聖杯戦争で召喚された願望が、目の前に吊るされてお行儀良く待つのは自分らしくないと感じていた。

 

「この状況でこの始末。とばっちりも良い所じゃないか、マスター。こんな事態に陥るのって、そうとう星の巡りが悪いんじゃないか?」

 

「うるさいな、アヴェンジャー。こっちだって、この巻き込まれ体質は直したいんだ」

 

 そんなこんなで、少しだけ場違いな主従。綾子は溜め息を吐き出し、アヴェンジャーは愉快であると目隠しをした顔で口元のみで笑みを作った。

 森で魔物を殺し、探索を進めていたのは良い。けれども、ライダーの綿密な奇襲と、バーサーカーの狂化による強襲が最悪のタイミングで合わさり、まるで導かれるように居城まで来てしまった。むしろ、あの不自然さを考えれば、キャスターの誘導に騙されて此処まで来た可能性が高い。アヴァンジャーと自分が城に入らざる負えない状況を作り、まんまと招き入れるのだろう。そして、確信であるがライダーはその不自然さを知った上で、キャスターが用意した今の戦場で敵を積極的に殺しに来ており、ある意味ではキャスター以上にこの場では最悪の怨敵でもあった。

 

「―――フム。大事である。ここは休戦にするべきぞ」

 

 ……なのだが、狂戦士なバーサーカーは、この場の誰よりも理性的な判断を下した。

 残虐な策士である戦略家と、剣に生きる斬殺狂い。骨の髄まで戦闘狂な大英雄と、封印指定執行者の撲殺魔。化け物を衝動的に殺戮する死神と、戦場を住処にする腹黒い盗賊。加えて、自分のマスターは殺人を日常的に生業とする常識が欠けた殺し屋だ。

 そんな連中を相手に、一番狂ってそうなバーサーカーがその提案をする。永遠の狂気を飲み乾した報復王が、こう言う場面で一番頼り甲斐が有った。そんな事実を前に、一同全員が唖然とした表情でポカーンと一時停止した。

 

「あー、まぁ……バーサーカーだってこう言っているんだ。だから皆さん、こんな所で殺し合ってもキャスターの思う壺だろ。

 だったらさ、せめて脱出するか、キャスターを討つまでは協力しないか?」

 

 誰もが思っていても、先に口を出す事を嫌がった提案を綾子は切り出す。

 

「……綾子。思い切った事を言いますね。しかし、この場での最善はそれなのかもしれません」

 

「オレは構わない。バーサーカーも反対する気はサラサラないしな」

 

 バゼットとダンの両者に反対は無かった。殺し合う為に必要ならば、戦争は敵同士で協力することもあるのを知っている。

 よって、根は殺戮者とは言え、表面上は温厚なアヴェンジャーは特に反対意見はない。ランサーも主人に反対するつもりは微塵もなく、バーサーカーはそも自分から提案した話なので了承も何も無い。

 

「……―――」

 

 だが、分かっていても敵を斬りたい。メランドリは単純にその為に、この場所で剣を振いたい。

 

「糞垂れな状態になった。拒否したくも、流石の我輩(ワシ)らでも三組を敵に回すのは骨ぞ」

 

 ライダーが視線だけで魂を握り潰しそうな悪鬼羅刹の顔になるが、それも一瞬。臨機応変な対応こそライダーの真骨頂とは言え、根本的な戦略を一時的に変更しなくてはならないのは屈辱の極み。

 蹂躙し、略奪する相手と肩を並べる。

 これ程の苦行が、略奪者に在る訳がない。奪い取られれば、奪い返せば良いが、僅かとは言えど情が湧く様な事はしたくはない。彼は自分の事を極悪人であると認識していたが、身内に対して甘い人間であると知っていた。それが弱点だと理解していた。

 

「言うじゃねぇか、ライダー? ハッ、そんなにオレ達と組むのが気に食わないのか?」

 

「余り舐めた台詞を吐くな、ランサー。敵であろうと、味方であろうと、戦力分析を見間違う我輩だと思うか?

 こちらは貴様らの案を了承する。

 ……それで構わんな、メランドリ?」

 

「――――――………………ああ」

 

「ははは。これはまた随分と嫌そうな態度だな、おい。聖騎士様は異端を殺せないと不服みたいだ」

 

「アデルバート・ダンか。貴様のことは知っている。その名とその銃、貰い物だろう?」

 

 茶々を入れたダンに対し、無表情だが以外にも好意的な態度でメランドリは接した。先程まで殺し合っていたが、そもそも二人にはその事さえどうでも良いらしい。

 気に入らない者は罪悪感なく殺せ、殺すべきなら誰でも殺す。

 共通点はそれだろう。そして、デメトリオ・メランドリはアデルバート・ダンと彼の銃の事を良く知っており、その人物の知人であることも共通する観点。

 

「へぇ、そうか―――気分が悪くなる。お前、あの男の知り合いか?」

 

「そうだ。其の名の元になったアデルバート・ダンの元同僚だ。奴を討ったのは―――貴様か?」

 

「ああ。殺してやったぞ、容易くな。オレにとって養父代わりの屑さ。ゴミのような男だった……だから、ゴミみたいに死なせたんだよ」

 

 メランドリには昔、殺し屋と同じ名前の同僚が居た。その人物は聖堂教会を抜けてしまい、それ以来連絡が一切無かった。しかし、何時の頃からか、魔術協会の封印指定執行者で銃を使う同名の男の噂を聞いた。その人物の名がアデルバート・ダンであり、このアデルバート・ダンの育ての親となった代行者と同名の男。

 そして、同名の人間が二人も居る不可思議。それは至極簡単な話だったが、この殺し屋が殺して名前を奪い取ったから。

 少しだけ知りたかった。殺しても死なないような奴とは思っていたが―――自分が育てた者に殺される何て、如何にもアレらしい結末でもあった。

 

「成る程。奴の子であるのか。ならば、まぁ……良かろう。

 ―――ライダー、ここから先は君の好きにしろ。(オレ)は口出しせん」

 

「……面倒事はサーヴァント任せか。だが、その手の雑務は我輩(ワシ)好みの作業。巧くあの憎たらしい術者を出し抜いてこそ、戦で命を奪った時に感動が得られる言うものよな」

 

 一か八かの単独行動よりか、生存率の高い群れによる攻略戦線。

 

「とは言え、我輩らが一致団結し、城の蹂躙する。このような事態になることを、あのキャスターが想定しておらぬ訳が存在せぬ。

 ……臭うのぉ。ここから先は誠悪しき策謀が待ち構えていると見て、間違いはないぞ」

 

 そんな簡単なことをキャスターが策に組み込んでいない訳がない。あれはキャスターのクラスや、魔術師云々と言う問題以前に、他人を自分の作戦に巻き込むのが巧い。加えて、失敗しても幾通りも次善策が有ると見て良かった。

 

「しかし、構わぬか。思考の読み取り合いは、嫌いではない」

 

 ライダーにはキャスターが如何に巧妙で、外道であろうとも根本的な部分で見抜いている。だが、此方が相手を見抜いていることに、相手が見抜いている事に気が付かれているのも、はっきりと察せられていた。

 ……問題は、其処よな。と、彼は楽しそうに惨酷な笑みを浮かべ、馬の毛のように力強く少しだけ長い顎鬚を撫でた。宝具の自軍は領地に仕舞っているが、直ぐにでも展開でき、今の装備も整えているので万全。ゆったりとした王威の衣の下は、実用一辺倒の皮鎧に、その他多数の武装を隠して身に付けている。接近戦も遠距離戦も集団戦も、宝具とスキルで対応可能。

 

「まずは、此処からの脱出でありますが―――アヴェンジャー。貴方であれば容易いですよね?」

 

 アヴェンジャーを知る者であれば、この質問は当然と言えば当然。バゼットは既に知っている事。彼からすれば、魔術の結界で作られた空間遮断など濡れた薄い藁半紙と同じだ。結界の境界を“殺”して、外部に出るなど出来て当たり前。

 

「出来ると言えば、出来るけど……対策が立てられてるよ。結界の境を切っても、次の瞬間にはまた違う境界で括られて、結界を維持されてるんだ。

 例えるなら、内側から卵の殻を破って外に出ても、出た瞬間にそれよりも大きな殻で囲まれてる。この世界は正真正銘、無限に続くループ現象。空間と因果を自動的が繰り返されてるし、その次の奴は今の境界を殺さないと生まれても居ないから、纏めて皆殺しに出来なくて出られないんだ」

 

「―――……あー、マジか?

 オレのマスターから聞いた話じゃあ、アヴェンジャー。オマエの眼はバロールの親戚に当たるんだろ? それでも破れないってことはだよ、この城は人造の異界ってことになるぜ」

 

 ランサーは出身から、死を司る魔眼にはある程度の知識がある。恐らくは、人類史上最も神殺しに近い神の眼であり、アヴェンジャーの魔眼はその領域に辿り着いている。いや、もはや魔眼などと呼べるモノでは無い程に、英霊の座の中でさえ頂上に位置する神秘と化していた。

 よって―――その宝具と渡り合える神秘を持つキャスターは、既に狂った神秘の塊であった。

 現代ではなく、神話の時代の中においても、更に特別な神秘の担い手であった。あの男の能力はもはや、そう言う異次元の領域に突入した神域と言うことだ。

 

「それで正解さ。キャスターの適性も持つアンタなら、ここの狂いっぷりが俺よりも分かる筈だ」

 

 確かに、その場凌ぎで罠を殺す位は出来る。真空部屋、猛毒の沼部屋、酸の滝部屋、諸々の脱出にアヴェンジャーの魔眼は最強の盾でもあり、脱出の為の鍵にもなった。

 しかし、根本的に結界を殺す事は不可能。理由は簡単、結界の境を殺しても、その境界が同時に上書きされる為。その結界の上書き機能を殺せれば楽なのだが、それをアヴェンジャーの視界に映らないように細工されていた。

 

「結論を言えば、結界を破壊し続けるしかない訳か。面倒ぞ。だが、故に、これ程まで確実な手段は他にあるまいて。

 まぁ、それに――――――」

 

 硝子の窓が割れたような高音。耳を切り裂く嫌な軋む音が空間全体を伝播し、遥か高い虚空に巨大な孔が穿たれていた。

 それを見たバゼットは九年前の既視感に襲われた。同じではないが、同じ様な物を見た錯覚を覚える。確か、あれは、聖杯によって世界に孔が出来た時だろうか。この孔は違うが、それと良く似ていて、とても嫌な予感に身を震わせてしまいそう。

 

「―――あの狂ったキャスター(ペテン師)が、我輩(ワシ)らの行動を容易く許す訳もないだろうがな」

 

 ライダーが言い終わると共に、何か巨大な存在感を持つ物が出現する。圧倒的な質量を誇り、絶望的なまでの魔力が視覚化する程の波動で伝わって来る。魔術師であれば優れた第六感でその生命体の規格外さに畏怖し、恐怖し、絶望し、死を覚悟する!

 それ程の魔獣―――いや、幻獣を越えた神獣の具現であった。

 

「ただの大蛇にあらず。翼無く飛ぶ蛇とならば……竜種かの?

 フム、魔神と巨人の息子たる世界蛇(ヨルムンガルド)に良く似ておる。弱点も似ておるのか、否か……我では見ただけでは分からん。

 誰か、分かる者はおるか?」

 

 それは巨大な蛇であった。まるで巣穴から出て来た蛇に見えたが、あの巨大な宙の孔に匹敵する太さを持つ蛇竜だった。バーサーカーが世界蛇と呼ぶ理由そのままの魔獣である。生物として規格外な巨体を持つその生き物は、何の不自由も無く身をくねらせながら浮遊している。大きさから見て浮いていると客観的に見えてしまうが、実際の速度はかなりのものが出ているのだろう。

 バーサーカーは北欧出身の王族。故に、知識として蛇の竜が如何なる神秘を持つか理解していた。分かった上で尚、不死の今の己であれば恐れる必要もなく、確実に呪い殺せる武器も手元にある。時間は掛かるが殺せない事も無い。

 

「ただの竜ではなく、あれは種別としてなら神域の龍ですね―――恐ろしいことですが」

 

「―――ただの(ドラゴン)じゃない……!

 確かにあれ程になれば、多神教における神霊に等しい神秘じゃないか。あたしもあんなのは初めて見るぞ」

 

 バゼットと綾子は一目で敵の桁違いさを認識し、これが自分達を纏めて始末する為に用意した“兵器”の一つなのだと理解した。見ているだけで魂が吹き飛びそうな錯覚。並の人間ならば、いや並の魔術師でも逃げるとか、生き残るとか、そう言う思考させ放棄する圧倒的絶望が広がっている。

 

「蜥蜴ではなく蛇の龍となれば―――ほぅ。中華に伝わる東洋の龍に近いか。いや、むしろ雰囲気としてであらば、伝承の複合体と判断すべきなのだろうが……まぁ、殺せば良いだけの話よな」

 

 彼らがドラゴンの正体を詳しく判断出来なかったのには、理由があった。元々の触媒として選ばれたのは、カドモス王を鬼へ憑依させた時に得られた情報にあった宝具の一つ、竜牙の五兵(スパルトイ)の召喚に使う歯であった。

 だが、軍神アレスの守護竜である大蛇を呼ぶには、現世の魔術ではそもそも不可能。

 強大過ぎる神秘が存在する事に耐え切れず、大き過ぎる権能が神の生存を世界全てが許さない。神秘の濃度が薄れたこの世に居るだけで、神霊の類は自分自身の権能に耐え切れず消滅する。逆に竜をサーヴァントのように召喚する宝具であれば、現世での顕現はまた別なのだろう。宝具の神秘があれば、込められた概念に沿った神霊の具現も可能となろう。だが、魔術による神秘では限界があり―――キャスターからすれば如何とでも誤魔化せるルールに過ぎなかった。

 サーヴァント化した英霊のように、現世でも十全に機能する宝具のように―――その神秘を世界へと適合させた。泉の番人であった大蛇を、キャスターは足りない部分を自分の陰陽術で補い、多神教の龍に近い竜を創造した。

 故に、ドラゴンは龍でなく、竜としても不完全。軍神アレスの蛇竜でもなく、混ぜられた因子の所為で正しく魔獣、幻獣、神獣全ての属性を持つ陰陽の蛇と化した。

 

「そうか……そういうカラクリか。この空間は世界から切り離し、あの膨大な存在を維持する為だけの―――俺達を処刑する為のギロチン台。

 ハ! 世界一つを舞台装置にする何て、随分と大盤振る舞いするもんだ」

 

 殺人貴が気が付く。彼は龍の死が、空間に亀裂が走ったような死の線と点と、連動していることを察した。

 そして、龍に死が有る事に勝機を“視”た。いや、彼は死の点を視認出来た時点で、この龍が「龍足り得ない竜」だと正確に理解した。

 龍の神性とは自然から派生したもの。だが、元の触媒は泉の大蛇の歯である軍神アレスの守護竜。模した英霊の情報を触媒にした所為で、ツギハギが多い欠陥品を、自前の陰陽術で修正したツケ。その歪みによってアヴェンジャーは死をあっさり見切り、神秘と言う観点でも隙のある怪物となる。

 

「―――アヴェンジャー。その“魔眼(宝具)”で何が見えた? 是非、この我輩(ワシ)に教えて欲しいものよ」

 

「―――ライダー。アンタの“軍勢(宝具)”ならば、この程度の魔物に苦戦することもないだろう?」

 

 冷酷な視線でアヴェンジャーを射抜くライダーだが、口元は笑みのまま。確かに、絶対の火力があろうが、強大な防御を持とうが殺しようは十通り以上も頭の中にある。一番効率良く、最も成功率の高い策もある。とは言え、そのどれもに死の危険が十分に含まれる。

 しかし、一番都合がいいのは回りの英霊と魔術師を利用すること。

 

「良いよ、アヴェンジャー。教えてやんな。こんだけ英傑が揃えば、竜殺し何て朝飯前だけど、其処の皇帝様に頑張って貰おうじゃない?」

 

 綾子にとって、ある意味ライダーは信用出来た。頭脳戦を本領とし、集団戦に強く、自分自身も中々に戦えて戦争に向いている。何でもでき、どんな相手でも立ち向かえる。そして、冷酷無比で自分に忠実。戦略に秀で、様々な戦術を学んでいる。効率的で、近道を好み、手段を選ばない。

 故に―――分かり易い。

 効率的であると言う事は、はっきり言えば思考回路が捻くれていないと言う事だ。どのタイミングで裏切るのか、何時何処で共同戦線を破棄するのか……裏を読むのが不可能ではないのだ。つまり、戦場を経験している美綴綾子にとって、ライダーのような人種は見慣れている鬼畜外道。無論、英霊であり規格外な発想もしてくるのだろうが、方向性が理解出来ない事はない。

 信頼してはいけない。背後を預けてはならない。忘れてはならぬ事を覚え続ければ、利用し合え、ここぞと言うタイミングで先手は取れなくとも、死ぬ事はない。そして、そう思考していることも相手にバレていると想定し、戦場の要素を組みこんでいく。彼女にとって、ソレが日常で、当たり前な心構えである。

 

 “ほほう。戦術家の眼よ。だが、戦略家の我輩(ワシ)と騙し合うと言うか、魔術師”

 

 ライダーは確かに目先の任務を全うする為の戦術は、戦争全体を運用する為の戦略と比べえば余り得意ではない。しかし、長期的な、それこそ聖杯を捕るまでの道筋を作り上げる手腕は、第六次全サーヴァントの中でも確実に最強だった。

 この場面で勝とうが負けようが、死ななければ策は万全。

 ……それに、戦術家としても彼は弱くはない。英霊の座の中でも最上位に位置する怪物だ。戦略家として天賦の才を持つが、長い年月を生き戦術家としても大成した。戦って、戦って、知識と経験を得て、敵と味方と一族と自分の血で戦争そのものを習得した。彼は勝つ為に誰よりも先を考えに考え、死力を尽くした。野望の為に生き苦しみながら足掻き、あの時代の戦場で誰よりも―――その在り方が強かった。

 

「わかった。了解したよ、マスター。だけど―――説明するのは戦いながらになりそうだ!」

 

 アヴェンジャーの言う通り、悠長に話していられる状況は終わった。遂に、あの竜の視線が此方に向けられた。悠々自適に浮いていたのが嘘のように、大蛇は牙が揃った口を広げて視線を下げた。

 まるで、地面を這いずる蟻になった気分。巨大な生物に睨まれ、自分達が小人と化した嫌な錯覚。

 ―――戦闘が始まる。

 聖杯戦争では異例な、英霊と魔術師たちによる竜退治が始まったのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

エミヤシロウ(アーチャー)コトミネジンド(アヴェンジャー)に、ギルガメッシュ()の写し身か……」

 

 殺しに殺し、士人とアサシンは鬼兵を殺し尽くした。憑依元になった英霊―――エミヤシロウ、コトミネジンド、そしてギルガメッシュの三体。

 だが、自分のことは自分が一番良く知っている。加えて、エミヤとギルガメッシュの弱点と戦闘方法も知っている。更に言えば、此方には殺しを極めたアサシンが共闘してくれていた。

 

「強かったが……は! それだけの雑兵でしかなかったな」

 

 旨い甘い美味いと血を啜る。敵の弱さを嘲りながら、アサシンは楽しそうに血を味わっている。偽物とは言え、神の血を引き継ぐ者の血液。味わった事のない芳醇な甘さと程良い苦味を有していた。偽ヘラクレスよりも旨いかもしれない。

 血でベトベトになった黒衣と、全身に濡れる赤い血液。血のシャワーを浴び、血液風呂を楽しんだ後の吸血鬼のように、アサシンは恍惚として表情で微笑んでいた。

 

「俺が言えた義理ではないが、所詮は中身の無い模倣。物真似の手品で負ける程、鍛錬不足ではないからな」

 

 宝具の雨嵐を、士人は一人で捌いた。全て弾き、逸らし、自分自身の魔術で撃ち落とした。たった一人で三人の軍勢を相手に攻撃を凌いだのは、代行者としても異常極まる強さの証。

 ……そして、突如として世界が割れた。

 まるで硝子をパリンと粉砕したかの如き亀裂が空間に走り、黒い孔から三人の人影が姿を現す。

 

「―――久しいね、代行者。彼是ニ年ぶりってところか?」

 

 全身を骨の如き鎧で包み込み、黒いサーコートを付ける女騎士。いや、背負っている剣の大きさから、騎士と言うよりも物語から出て来た狂戦士の悪魔みたいな威圧感を持つ。そして、黙っている大剣のクノッヘンはその場にあるだけで、敵に死のイメージを与えた。普段はお喋りで雰囲気台無しなのだが、何故か今は沈黙を保っているのだ。それが逆に不気味でもある。

 そして、鎧と言えども細身な軽装。仮面と兜が一体化したような髑髏防具を左手で持ち、完全武装をしてはいなかった。剥き出しの頭部がまだ、彼女が本気で戦闘形態に入ってない事を示している。

 

「エルナスフィールか。確かに、久しぶりと言えばそうなのかもな。だが、初対面であったあの時よりも俺は年を取った。

 ……十も超えていないお前では分からんかもしれないが、余り遠い記憶では無いぞ」

 

「へぇー、そうかいそうかい。いや、ま、んな事はぶっちゃけ如何でもいんだけど」

 

 エルナは少しだけ士人と会った時を思い出す。確かあれはそう、第五次聖杯戦争が終了した一年後くらいであったか。

 不完全に終わった第五次の後始末と―――それの余波で早期開始される第六次の準備。

 邪悪にニヤニヤと楽しそうに会話する神父らしくない監督役の青年と、眉間に皺を寄せて要求を受けざる負えない屈辱に怒気を出すアインツベルン当主ユーブスタクハイト。後、無表情で情報を聞いているだけのツェツェーリエと、興味無さそうに右耳から左耳に流す自分の姿。勿論、自分達二人がその場に居たのは、アインツベルンにおける最高戦力である為の護衛の役があった為。初対面の時はそれで終わり、何年か経った後に数度か外の戦場で(まみ)えた程度。

 

「止めて下さい、エルナ様。その男と会話を致しますと、お綺麗な脳の皺に濁った汚れが溜まります。そのような薄汚い雑務は、メイドのワタシにお任せを」

 

「酷い言われ様だな、神父。凄く面白いぞ……」

 

 大量の血を飲む為に、仮面を頭の上に一時的に置いているアサシンが、血に濡れた美貌をうっすらと歪めた。気味が悪くなるほどの不健康な蒼白い顔色を、血化粧で色鮮やかな魔の赤色で飾る表情が似合うのが逆に恐ろしい。

 

「……で、そこのメイドとやら。貴様がこの度の聖杯か?」

 

「さて。正直に応える気にもならない質問です。死んでお綺麗な心を持ってから、是非あの世から出直して下さい。

 もっとも、生前が暗殺者なアナタに言っても意味はありませんが」

 

 黒衣のアサシンに対して、ツェリの衣装は対象的。真っ白なメイド衣装と大鎌なのは相変わらずだが、両腕両脚に細い白色の鎖を巻いていた。それも掠っただけで肉が抉れ取れそうな有刺鉄線。本来ならば腕に巻いた時点で皮膚が穴だらけになり、血塗れになる筈だが、ツェリは四肢が義手義足。生身の常識など通じない。

 

「おや、聖杯ですか? 成る程、成る程。この戦争のカラクリを知っているのですか、アサシン?」

 

「聞いた事は知っておるぞ。聞いていない事は知らんがな」

 

「実直な女性です。生前は教師でもしていたのですかねぇ」

 

「聡い男だ。殺し甲斐がある」

 

 キャスターの考察は正鵠を射ていた。確かにアサシンは生前、数多の暗殺者の師として呪術を学ばせ、暗殺術を伝授した。中でも幾人かのハサンの地獄の天使(ザパーニーヤ)は、このアサシンと共に開発したモノでもあった。

 

「否定はしない、と。騙し合いもしませんか。こっちの土俵に上る事もしないとは、いやはや。どうも苦手ですかね」

 

「私にとって敵は、この場で殺せるか、今殺せないなら何時殺せるか。この二つ程度だ。その点、貴様は殺し難そうで良い敵だ」

 

 そうキャスターに笑みを浮かべて、アサシンは仮面を被り直した。

 

「暗殺者とは思えないですね。今も影から姿を出し、暗殺を全うするには程遠い有り様。それで戦争する気があるんですか?」

 

「―――無論。

 そも、最善の手で殺せてこそ暗殺者。警戒網が厄介な平時より、周りを巻き込んだ戦時の方が殺せるからな」

 

「……ま、否定はしませんけど。隠れてコソコソされるより、今の方が嫌らしいですし」

 

 気配を消して此方の暗殺を狙っているアサシン相手ならば、陣地内に限定して先手を取れる。キャスターはその自信があり、アサシンは暗殺者として殺しが失敗して殺される確信がある。それならば、今の様な状況を選ぶ方がより暗殺者らしい戦法であると言うもの。正面切っての殺し合いに自信がない訳ではないのだ。

 

「はぁ、これはまた面倒なサーヴァントです。自信過剰な暗殺者であれば、あっさりとケリが付けるんですけどねぇ」

 

「そんなハサンは存在せんよ。我らは自分の死に様は常に意識している。殺せない相手ならば、殺せる状況を作り出す。

 基本中の基本だ。

 守れん者は即、死んで殉教者となる。貴様のような警戒心の高い者を、立てられた対策ごと破り殺してこその暗殺。故に我らはアサシン足り得るのだぞ」

 

「ハハハ! その割にはお喋りな暗殺者です。ほら、首はここにありますよ?」

 

 時間稼ぎ。このアサシンが行う動作には全て理由がある。直ぐ様、姿を現した自分達を殺しに掛らないのは、それに理由があるから。キャスターは彼女がしたい事が見え見えで、アサシンが自分の行動を見抜かれても構わないと考えた駄目元で動いているのも分かっていた。

 もっとも、アサシンもアサシンでキャスターにバレていると分かった上で、自分の行動に付き合うだろうと考えてもいたのだが。

 

「困ったな。私程度の話術では、時間稼ぎが見え見えであるか。百の貌のような器用さは死んでも得られんかったな」

 

「百の貌……と、言えば―――ああ!

 はいはい。あれですね、第四次のアサシンですね。この城で死んで染み込んでた残留思念にいましたね、そんなの。まぁ、便利なスキルだけ式神に利用させて貰いましたよ。物量戦と諜報活動は私の術の方が使い易かったですし。記録を読み取りましたが、いやはや。中々に可哀想な奴らでした。

 ……まぁ、兎も角。貴方の時間稼ぎも付き合ったのは理由があるんですよ。とは言え、主な話相手は其処で魔術回路を練って抹殺を企んでる神父さんにですが」

 

 既に投影武装を空間へ発現位置を投射し、全て引き金を引く寸前まで準備していた。士人は見抜かれていた事を気にせず、まるで気にしていないと不気味に笑みを浮かべてキャスターを視た。良く動作の一挙始終を見逃さずに観察した。

 

「ほう。それで?」

 

「同盟ですよ、同盟。どうです、私達アインツベルンと組みまして、聖杯を別けませんか?」

 

「―――は……」

 

 鼻で笑ってしまった。意識的にしか表情を作れない士人であるが、理論的に思考した末に、相手がとことん自分とアサシンを罠に嵌めたがっているのだと肌で実感した。何が何でも殺したがっているのだと、理解出来たのだ。

 受け入れようが、断ろうが、そのどちらにも罠がある。

 言峰士人は分かってしまったし、アサシンも相手の悪辣さを生前の自身の所業から悟れた。

 

「……その雰囲気は、そうか。お前、本物のキャスターか。と、なると、其処に居るマスターとメイドの二名も本物か」

 

「正解ですよ。凄いですね、見ただけで私の式による実像幻像を見抜けるとは。この馬鹿騒ぎが終わりましたら、私の弟子になりませんか?」

 

「すまんな。これでも遠坂家門下の魔術師だ。偉大な陰陽師相手であろうとも、師の期待を裏切る理由にはならないさ」

 

「そうですか、残念ですね。で―――返答は?」

 

 生きるか、死ぬか。其の返答を。そもそもな話、この“キャスター”が勝ち残り聖杯を使用しなければ結末は同じ。人間一人残らず、滅んで消え去る運命である。それを抜きにしても、断れば結局、どう足掻いても第六次聖杯戦争で聖杯は「手に入らない仕様」になっている。

 キャスターやアインツベルンには当たり前な常識で、言峰士人とアサシンもそれを理解していた。

 

「断る。お前ならば呪われた聖杯を完全に制御出来るのだろうが―――それに興味はないからな」

 

 もっとも、分かっていても其処に価値はない。

 

「―――へぇ。知っているのに何故でしょうか?

 この度の聖杯戦争、私以外で聖杯で願いを叶えられるサーヴァントはそもそも皆無ですよ。最初からアインツベルンの出来レースなのです。神話の腕前を持つ魔術師か、あるいはその手の宝具がなければ、あの聖杯は悪意に満ちた方向にしか願望器として機能しないと言うのに」

 

 そもそも第六次聖杯戦争は、インチキな代物なのだ。もし正当に願いを叶えるとなれば、キャスター・安倍晴明のような術者以外に、呪詛で染まった聖杯の魔力を浄化して使用出来ない。悪神の魔力を純粋な魔力として利用出来る手段がなくば、人類を皆殺しにする為だけ大量殺戮兵器。

 アインツベルンはそれを知っていた。別に世界が滅びても第三法に辿り着ければ良かったが、自分達がしてきた過去の所業と隠し事で失敗してきた事を数十年掛けて漸く理解した。例えサーヴァントであろうとも、協力者として有能な者でなくてはならない。マスターもただの傀儡人形や余所者ではなく、強い戦意と自我で戦場を生き残れる本物のアインツベルンの魔術師でなくてはならない。

 一度、原点回帰した彼らの結論は、つまり―――呪われた聖杯を嘗ての聖杯として正攻法で勝ち取ると言う愚直な作戦。そこで、用意したのがこのキャスターであった。彼の日本において最強の一角であり、尚且つ呪詛の聖杯を完全制御出来る並の魔法使いよりも恐ろしい魔術師の英霊。最弱のクラスでありながら、聖杯戦争史上最強のサーヴァントの一人と化す圧倒的な神秘の担い手。

 

「構わん。呪われていても、別に問題はないさ」

 

「……成る程。そうですか、成る程―――成る程! ハハハハ、成る程そう言う訳ですか!!」

 

 そのアインツベルン最強のキャスターが笑った。それは嘲笑であり、憐憫であり、共感であり―――相手に対する称賛の笑みであった。

 片手で持つ数枚の術符を扇みたいに広げ、口元を雅な仕草で隠していた。

 

「呪われているのですね! 身も心も、人でも魔でもなくなっているのですね!

 確かに神父、貴方であれば聖杯に宿った悪神の呪詛など如何とでもなる。壊れている貴方であれば、世界など滅んだところで感傷も得られないでしょう。

 むしろ―――自分の所為で滅ぼせる程度の世なら、滅んでしまって構わない」

 

「一応、滅ぶに済む策はある。まぁ、失敗したら、それはそれで構わないと考えているのは確かだ」

 

 アインツベルンで死んだ嘗てのアヴェンジャー。キャスターはそれから式神を作り、その相手が言峰士人と言うこの度のマスターである事も知った。

 ならば、敵の情報を得る事は重要な任。彼は欠片も躊躇わず、士人の過去を僅かに暴き出し、その人間性と人格を知ることが出来た。それ故の同盟の誘いであり、それ故に断られた事にも納得出来た。

 

「ほーら。言った通りだったじゃねーかよ、キャスター。あんなバケモンが私らの提案に乗る訳がねぇし」

 

 溜め息を吐いたエルナスフィールは右手で大剣を構えながら、その髑髏兜を深く頭に被った。瞬間、魔力が解放された所為で彼女の存在感が爆発的に上昇。

 其処に存在するのは、完成された髑髏の騎士。

 分厚い鉄板に見える巨大な魔剣(クノッヘン)を一度振って風を斬り、黒衣(サーコート)に魔力を通して殺意を剥き出しにした。左腕の義手と右眼の義眼が完全に解放され、エルナは既に吸血鬼を上回る神秘の塊と化している。

 

「エルナ様にワタシも同感です。アレに我々の言葉が通じるとは、とてもではないですが考えられません。逆に、彼らの意思もワタシ達に通じる事はありません。

 ……結局、誰も彼も魔術師なのです。

 聖杯戦争とは最初からそうあるべきです。

 そうでなければ―――勝ち残って願望を叶えても虚しいです」

 

 エルナもツェリも根本は、士人と同じ空虚な泥人形に過ぎない。鏡を覗き込むように、互いの在り様が伝わって、お互い殺し合う事に躊躇が生まれない。

 自分で始めたからには、自分で終わらせたい。

 エルナの望みは魔法の担い手となり、自分が生まれた理由と価値を知る為に。ツェリの願いはただただエルナス様が望むが儘に。自分で決めたを戦場が終わるまで、あるいは死ぬまで降りる気はない。

 ならば、この怪物(言峰士人)を前にしても、自分達(エルナとツェリ)が怪物に成り果てても戦い抜くだけだ。

 

「―――……と、言う訳さ。

 姉さんや兄さんにも言いたい事があるし、諦めてた父さんも見付けることが出来たしね。ホント、あの爺の言う事を聞いて、態々こんな糞面倒なアインツベルンのマスターになった甲斐があったぜ」

 

 キャスターが作り出した居城の本当の主君―――エルナスフィール・フォン・アインツベルンが遂に殺したかった相手の前に立った。

 求める者は多くいる。死んだと思っていた姉が生きていた。あの義理の兄も参戦しており、何より父が―――あの衛宮切嗣が甦っていた。これ程の僥倖は有り得なかった。アインツベルンの森の中で姿も確認出来た。

 そして、邪魔者はただ一人。この代行者、言峰士人こそ諸悪の根源。

 母であり、姉でもあるイリヤスフィールが死んでいたと偽装した張本人であり、第五次聖杯戦争を狂わせた元凶。エルナはそのことを冬木に来ることで初めて知った。また、あの正義の味方が実は、父親の義理の息子であったことも理解した。アインツベルンでは衛宮士郎の事を、正確に知らされず記憶出来ていなかった。だが、嘗て戦場で出会ったあの男が自分の家族であったことを、此処に来た事で彼女は初めて知ったのだ。

 

「お前は殺すぜ。この城に入った時点で―――出口なんて存在しない。此処から生きて帰るとは思うなよ、お二人さん」

 

 エルナの台詞を聞いて、士人は朧気に想像していた予感を確かにした。この城の異常性が、敵の強さの秘密へと勘付いた。

 キャスターが陣地作成のスキルと宝具で上げた生贄の祭壇に死角はない。並の宝具を軽く上回る神秘の大安売りは嘗ての王様を士人に思い出させ、今まで集めたキャスターの情報から確信を得た。敵の宝具の真髄に辿り着いたのだ。

 

「……やはり、そう言うカラクリか。可笑しいと思っていた。

 何故、魔術で宝具(エクスカリバー)に対抗出来たのか。何故、この城が固有結界の亜種にまで完成させたれたのか。

 キャスター、お前―――魔術が既に宝具になっているな?

 例えば、今その手に持っている術符。有している神秘の濃度が桁違いだ、宝具の魔力に匹敵する程だぞ」

 

「―――フフフ。怖いですねぇ、貴方」

 

 だが、奥の手がバレたと言うのにキャスターは余裕な態度を崩さない。何故なら、この宝具は露見したところで意味がない。むしろ、何処にも弱点がない万能型。

 宝具の正体を示す真名は―――陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)

 これはキャスターが作成した符を宝具として扱う能力。どのような効果を持つ符であろうと宝具の特性を宿させる事が可能であり、符に印された術を宝具化して使用する。これは陰陽師として数々の伝承を残してきたエピソードの具現であり、彼が身に収めた術理そのものが宝具に相応しい伝承と化していた。

 つまり、この宝具の真髄は、自身の陰陽術を宝具化する事による神秘の強化。

 クラススキルの陣地作成も道具作成も、この宝具によってスキルの領域を大きく逸脱している。加えて、固有スキルで持つ陰陽術も更なる進化を遂げている。

 ただでさえEXランクと化している陰陽術のスキル。それが、宝具によって強まるなど悪夢を越えた何かとなっていた。

 

「しかし、バレた所で痛いところは別にないんですよね。これが」

 

 彼は魔術師のサーヴァントの中でも、魔術ではなく呪術に区別される陰陽術を使用する為、三騎士の対魔力を無効化可能な有卦なキャスターだ。だが、それが他のサーヴァント達に対するブラフであった。

 本当は単純明快な話、自分の術が宝具になる事で対城宝具にも拮抗する怪物。正真正銘、神霊の領域にある大魔術。対魔力がEXランクに至ろうとも、このキャスターが殺せぬ騎士は存在しないと言う訳だ。

 この場に第四次でバーサーカーと戦ったセイバーがいれば、まるでランスロットの魔術師版とでも思っただろう。彼が持つ武器が全て宝具になるように、キャスターが放つ術は全て宝具へと概念が繰り上げされているのだ。

 

「安倍晴明。確かに、日本最強の陰陽師と謳われる英霊の宝具に相応しい。加えて、隠し事も好きみたいだ」

 

 士人が得た今までの経験則から言って、キャスターの手がそれだけではないのは明白だった。もし奥の手の一つを晒したとなれば、更なる奥の手を隠し持っている。あの男はその類の策謀家だと、神父は分かっていた。宝具もそれだけではないと確信していた。

 

「さぁて、さてさて。それはどうでしょ―――」

 

「―――お喋りは終わりだよ、キャスター。敵を殺せ。私もあれは直ぐ殺したいんだ」

 

「……了解しました。ま、ネタばれも程々にしておきますかね」

 

 エルナの言葉にキャスターは頷いた。この手合いとのお喋りは大好きだが、此処は戦場。魔を殺す退魔師の本領を発揮する晴れ舞台。それに敵から情報も得られ、此方の伝えた方がいい情報も自然に教えられた。

 使用する陰陽術全てが宝具だと確信している相手。騙し易いのだろう。知られている程、自分達には使い易くなる策がある。事実、彼の宝具がそれだけな筈が無い。一つを事柄を警戒する者ほど、他の奥の手で葬れる。手が宝具だけだと勘違いしてくれていれば猶の事だが……それは相手も同じ条件だとキャスターは知っていた。

 油断した方が先に死ぬ。慢心した瞬間に騙される……!

 

“対策を立てるのでしょうが、無駄です。味合わせて上げますよ、私が鍛えた術理の意味を―――”

 

 キャスターの本当の強さ。それは見るコトと知るコトと創るコト。真名が露見した程度で敗北したと囀る二流とは格が違う。自分の欠点も武器にして、初めて英霊が集う戦争を勝ち抜く事が出来るのだと、キャスターは正しく理解していた。




 最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
 アインツベルン攻略戦線編もクライマックスになりました。キャスターの異常な強さの秘密の一つが、陰陽術の術符を宝具化する宝具でした。これはランスロットの宝具と同系統になる魔術師版になります。スキルと宝具でコンボする英霊って、何だか能力がステータス化されるサーヴァントっぽくて好きです。
 カドモス王ですけど、あれはアインツベルンにあった触媒と聖杯システムを利用して、高性能だけど自分の魔術回路に耐え切れずにいた廃棄寸前のホムンクルスを使ってドイツから持って来た式神の鬼です。英霊の情報に汚染されてますが、大元の人格は無色透明なホムンクルスのものです。他のニ体も英霊憑依型人造鬼兵となります。チートにも程がありますけど、これにも理由付けしていますので、しっかりと後の展開で明かせるようにしていきたいです。


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59.Liner’s SOUL

 チャイカが可愛い。略してチャイカわいい。
 赤いのも良いですね。久方ぶりにアニメからラノベに手を出しました。
 そして、ダークソウル2で玉葱が揃わなくて発狂しそうです。狂戦士マラソンで鍛えた忍耐力じゃ耐え切れないかもしれません。後、透明化指輪で気が狂いそう。後一歩のところで死んだ時の絶望感が、気力全てを奪い取ります……


 その轟音は二度目の破壊の音色。空白の世界において、音源は自分達と敵兵だけの筈。しかし、まるでエクスカリバーで空間を抉った時と似た異常事態が世界に発生していた。

 (ひず)みより浮かび上がるのは、数多のマスターとサーヴァント達。

 余りにも巨大な蛇竜の脳天を魔槍で串刺しにしているランサーと、竜の血肉を軍勢で削ぎ落して弱らせていたライダー。虚空の大孔より、神話で再現された地獄絵図が出現する。

 

「―――うぉ! 今この場でライダー(略奪王)ランサー(光の御子)か。やってらんないよ、本気で。もう手一杯だっつーのに。

 それにアイツらがいるって事は、マスターもワンセットってことでしょうし……」

 

 立ち上がる黒煙。過剰運用(オーバーヒート)してしまった左腕の義手から煙を出しながら、アーチャーは橙色の左眼“だけ”をギョロリと動かす。右目はそのまま眼前の敵を視ているのに、彼女は平然と違う風景を視界に収めているらしい。

 そして、彼女は左腕を振り上げ―――カドモス王を模した式神の首を片手で折った。

 コキリと鈍く痛ましい音。サーヴァントにも匹敵する魔を握力だけで、アーチャーは容易く殺害した。周りには無惨に破壊された傀儡人形の残骸が落ちており、白骨が白い大地に散乱している。まるで巨大な物体に高速で体当たりされた様に、あるいは内側から爆散された様に、木端となって死んでいた。

 

「あー。凄く痛いんだよな、クソ」

 

 無理が祟ったのか、左眼から血を流す。武具を持った右手で黒帽子を抑え、彼女は楽し気な笑みを浮かべた。その姿が余りにも邪悪で、アーチャーが着る黒衣が悪夢に出てくる怪物みたいに不気味な気配を放つ。だが、一本に纏めた白髪が帽子の影から出ているのが逆に、可愛らしさも出ていてアンバランスだった。

 

「痛いなぁ、ほんと―――身が引き千切れそうなまでイタイな」

 

 そして、アーチャーは視界に居てはならぬ者共を見た。彼女が想定していた予定よりも早い段階での遭遇で、それが僥倖。

 バーサーカー、ホグニ。マスター、アデルバート・ダン。

 アヴェンジャー、殺人貴。マスター、美綴綾子。

 アサシン、ハサン・ザッバーハ。マスター、言峰士人。

 そして、キャスターのサーヴァントである安倍晴明。そのマスター、エルナスフィール・フォン・アインツベルンと、エルナのメイドであるツェツェーリエ。

 役者が揃い、舞台が整えられる。

 アーチャーは頃合いを見計り―――空中に銃火器を幾つも展開。式神と戯れるのも此処までで十分だと、冷徹な思考で彼らを殺すと決断した。

 まずは、剣の鬼兵。大元は恐らく、第一次から第三次までの間に召喚されたセイバーのサーヴァントだと思われる英霊。真名はローラン。剣はデュランダルの贋作であり、盾は違う伝承の英霊の宝具の模倣。アーチャーは自分の知識から、その盾の能力がギャラハッドの十字盾でないかと予想。

 よって、この鬼兵はローランを元にした式神と想定。加えてセイバーの発言もあり、ギャラハッドの盾の宝具を加えた複合憑依体だと思われ、並のサーヴァントを遥かに超える強大な力を有する一体であり―――脳漿を銃弾で撃ち抜いてしまえば、そんな考察も無用の長物と化した。重機関銃の多重交差攻撃により、秒間に数千と言う攻撃にさらされたのだ。大盾で弾丸で防ごうとも殺気を膨張させたセイバーを気にした隙を狙われ、防御の合間から撃ち殺された。

 

「……アーチャー―――!」

 

 仲間を皆殺しにされた弓の鬼兵。真名は恐らくオリオン。彼は余りに悲痛な雄叫びを上げ、アーチャー目掛けて矢を一瞬で十数発も射るも―――届かない。一矢も彼女の肌を掠ることも有り得なかった。軌道を不自然に歪められ、矢は虚空へ流れて消えた。

 ニィ、と邪悪な笑みを帽子の影でアーチャーは隠す。

 しかし、そのあからさまな悪意を隠し切る事は不可能。

 セイバーと士郎の剣戟。そして、凛の魔術攻撃を避け切った先にあったのは―――アーチャーが仕掛けた弾丸の群れ。それも時間差を付けた銃弾の檻で、銃を撃つと言うよりも鉄砲玉を空間に置いているような技量。

 

「んじゃ、これで終わりっと」

 

 死んだと思考する間も無く、弓の鬼兵は頭蓋を砕かれた。どういう理屈か鬼は分からなかっただろうが、彼は避けたと油断したアーチャーの銃弾が突如として直角に曲がり、それを反射で避けた直後に撃ち殺された。士郎が放った投影宝具の矢が、見事に敵の脳味噌を地面に撒き散らしたのだ。

 確かに、彼ら鬼兵の擬似宝具は強力だった。

 剣の鬼兵が保有するローランが持つデュランダルと、ギャラハッドが持つアリマタヤの十字盾。

 槍の鬼兵が保有するカドモスが持つ竜殺しの鉄槍に、竜牙兵の大元であるスパルトイの召喚。

 そして、弓の鬼兵が保有するオリオンが愛用していた神の祝福を持つ獣狩りの大弓。

 もっとも、それら全てをアーチャー達は攻略した。簡単とは決して言えぬが、偶然ではない必然の流れとして駆逐した。

 

「―――お見事! いやはや、本当に皆さんお強いですね」

 

 パチパチパチ、と嫌味な間で高く鳴り響く拍手。音の発生源はキャスター。背後には白骨鎧を着込むエルナに、有刺鉄線で身を固めるツェリ。

 それを、その場の誰よりも不機嫌に士人とアサシンは睨みつけていた。

 他の者は分からないが、この二人は先程までキャスター陣営と戦闘を行っていた。しかし、その結果として今はこの状況となっている。つまりは、勝てなかったが負けはしなかったと言う事。それも明らかに敵は手を抜いていた。

 

「へぇ。こりゃまた随分と大量だ! ドラゴンをぶっ殺した後だってのに、直ぐにまた相手がわんさか居やがるぜ。

 よぉ、バゼット。此処から先、どうするんだ?」

 

「知りません。流れに任せましょう」

 

「ハ! そりゃアレか、誰と戦おうがオレ次第ってことか」

 

「……少しくらいは相手を選んで下さいね」

 

 クルリ、と赤槍を一回転。刃に付着した竜の血液を飛ばし、ランサーは好戦的な笑みを作る。貌が力強く勝手に笑ってしまう。視線の先に居るのはキャスターであり、他の陣営が向ける敵意の中心でもあった。

 

「まぁまぁ。殺し合いは一旦中止しましょう、ランサー。他の方々も戦争なんて、何時何処でも出来る人の営みじゃありませんか?

 と、言う事で私の話、聞きません?」

 

「構わんぞ。この我輩(ワシ)を納得出来るのであれば、何でもほざくが良い」

 

 どうやらライダーとメランドリは様子見を決め込んだ様だ。ライダーは理解していたが、キャスターは蛇の龍と殺し合っていた我らと、この場で何者かと争っていたセイバーとアーチャーの陣営を鉢合わせさせ、敵同士の乱戦にしようと画策していた。

 だが、キャスターの手駒であったドラゴンはライダーにジワジワと甚振られ、メランドリに鱗を剥ぎ取られて全身の肉をなます斬りにされ、よじ登られたバゼットの鉄拳で目を潰され、ダンと綾子の砲火で焼かれ、バーサーカーの猛攻で骨を砕かれ、殺人貴に命を幾つか消され―――ランサーが脳天を突き刺して止めを刺した。

 そして、ランサーがドラゴンを殺した直後に部屋が崩壊し、この空白の何も無い結界に投げ出された。この地平がない白い世界は空間閉鎖による螺旋平原であり、この城の空白地帯。城内部の様々な部屋は概念的に、この空白に括られた内部にある事となる。つまり、此処は一番城の外側であり、境界を見切れられるのであれば、城から脱出可能だと言う事。

 また、キャスターらが居た部屋もまた、崩壊してしまった。キャスターが放った術式の圧を、士人とアサシンが迎え撃った影響により、彼ら全員が弾き飛ばされた。そして―――この場に城に居るサーヴァントとマスターの全てが揃った。

 

「勢揃いですね。まぁ、話し合いをする為とはいえ、大分ハシャイでしまいましたかねぇ……ハハハハ」

 

「―――キャスター。貴方は式神ではない本物のようです」

 

 尋常ではない殺気と剣気。練り込まれた王気(オーラ)と殺意。セイバーは一般人が肌で触れられるまでの威圧感を放出していた。それも一瞬で意識を失わせ、脊髄に刃を突き通す如き圧倒的な存在感。

 ……一目で誰もが理解していた。

 彼女は心の底から本気で激怒している。

 それも感情を撒き散らすモノではなく、溜めに溜めた激情を一点に集中している。つまるところ、思考は冷たく静かなまま―――心の内は、どす黒く煮え滾っているのだ。

 

「おっかないです。こんなに恐ろしい王様ですと、こっちも色々と準備した甲斐が出てくると言うものです。ほら、この私が作った遊園地は楽しかったでしょう?」

 

「――――――」

 

「セイバー」

 

 無言で一歩踏み出した。鎧を鳴らし、更に一歩踏み込んで突撃する瞬間、それを士郎が呼び止めた。

 士郎がキャスター達の出現に冷静でいられた訳は他の人物の出現にあったが、その動揺は無理矢理にも抑え込んでいる。気がぶれると隙を晒し、他の参加者に撃ち殺される。遠坂凛も同様で有り得ざる人物を見てしまって硬直する寸前まで追い込まれていて、強引に表面上は常の儘に保っているだけだった。

 他の参加者たちはまだいても良い。

 あの神父や聖騎士、殺し屋は良い。

 だが何故、居てはならない彼女と死んだ筈の男が、あの“二人”が並んでこの場所に存在している―――!

 

「要件は何だ?」

 

 内心の動揺が出ないように間接的な質問を士郎はした。

 

「流石、正義の味方殿。決断が早い上に効率的ですね。まぁ、そう言う事でしたら、さっくりと伝えてしまいましょう」

 

 興味な無さ気なアーチャーと、事の成り行きを観察する凛。ダンは周りの人間全員の隙を窺っており、バーサーカーは無言で剣を握り締めているだけ。ランサーも取り敢えず、不意打ちは好まないので話だけは聞いてやろうと戦意を収め、バゼットは全ての人間を観察中。アヴェンジャーと綾子も似たり寄ったりの反応である。

 つまり、良いから話せと全員が視線で訴えていた。しかも、最初に手を出し難く状況を整えたキャスターの手腕に呆れながら、見事に膠着状態になった現状を理解していた。もう闘争の空気では無くなってしまった。

 

「まず、この度の聖杯でありますけど―――皆さんが知っています様、我々が保持しています。

 代々聖杯戦争における優勝賞品はアインツベルンが用意してるので、まぁ……この陣営を狙うのは聖杯戦争の常道なのは当たり前。攻め入って来たのも分かります」

 

 ふむふむ、と何に納得しているのか分からないが、キャスターは楽しそうに演説を続けている。人前で話すのが好きなのかもしれない。その後ろで眠そうにしているエルナと、微動だにせず待機しているツェリと対照的であった。

 

「ああ、はいはい。何故そんな事を、と言う疑問にも後で答えますので。其処、殺気立たない。そこでフェアじゃないと思いますので言っておきますけど、アインツベルンの聖杯は冬木の何処かに隠してあります。この森かも知れませんし、街の何処かにあるかもしれません。あるいは何かに擬態させていたり、もしくは我々の誰かなのかもしれませんね。まぁ、ぶっちゃけ今回は普通に杯の形にしてますが。

 それで、その聖杯なのですけど―――呪われています。

 使うと人類が滅びます。基本的に願いは叶いませんね。

 原因はアインツベルンが行った第三次における悪魔の召喚らしいです。実際、呪詛を確認出来ましたし、量と質を考えますと星一つ滅ぼす何て簡単に可能でしたね」

 

「……………………――――――」

 

 ある程度の事情を知っていた士郎と凛も、唖然とした表情を浮かべていた。事情を知っている者もキャスターの暴露に驚いているのに、事情を知らぬ者からすれば驚愕を越えて理解不能な事態に陥っていた。

 

「まぁ、叶うには叶うのですよ。しかし、その願望は悪性の手段によって叶えられます。例えますと、そうですね……世界平和を願えば、諸悪の根源である人類を皆殺しにして、この地球を平穏な世界にします」

 

「―――ほぉ。それはまた、皮肉が効いた願望器よな。我輩(ワシ)が侵略に使う兵器としてならば、存分に良い結果を出してくれようぞ」

 

 ライダーが呟いた。そして、その言葉は全員の耳に響き渡った。普通であれば、そんな聖杯で願いを叶えようと思わないだろう。望みを託す気になりはしないだろう。

 しかし、この略奪王にとって、悪徳や邪悪もまた人間の姿。

 大陸を荒らしに荒らし、殺戮を引き起こした始まりの蹂躙皇帝であるライダーにとって―――呪詛に汚れている程度では戦争を辞める気になどなりはしない。

 

「でしょうね。人殺しの兵器としてでしたら、人類史上で最高の性能を発揮してくれますよ。言ってしまえば、何でも出来る万能の大量殺戮兵器。現代文明の最大火力を誇る核弾頭が玩具になりますしね。戦争でも政治でも、とても頼もしい武器となります。良い所に気が付きますね。

 流石は建国の大英雄―――チンギス・カン。

 人間たちの纏まりである最大集合単位である国家を、その身一つで作り上げただけはあります」

 

 ライダーは自分の真名がバレている事を全く気にしていなかった。キャスターの陣地で宝具の解放したのだ。理解されない方が可笑しい。だが、自分の真名を他の陣営にバラすとなれば話は別となるのだが……他の者共にも、彼の真名は宝具の能力から候補の一つとして漏れていた。やはりと言う確信だけで、驚いている者は余りに居ない。

 居ないのだが、真名がチンギス・カン。

 モンゴル帝国の基礎を一代で零から作り上げた建国者であり、島国の日本で言えば歴史的に珍しい侵略国家の一つ。知名度の補正もかなり高く、何より―――英霊としての格が圧倒的なまで高位の存在。何せ、数多の伝説や伝承とは国に伝わる物語であり、その大元の国家を生み出した建国の祖たる大英雄。

 

「当然だぞ。これがあれば、我輩(ワシ)の代で帝国を完全な形に出来たのだがな」

 

 話だけ聞けば、ライダーにとって聖杯は都合のいい兵器。制御出来れば、受肉した上で現世に己が帝国を再建出来る。考えただけで楽しそうで、既に頭の中で世界征服の為の戦略を考え練っていた。

 ……それに、支配するのはこの星だけではない。

 受肉し、寿命から解放されたとなれば、永遠に現世を遊べる。数千年数万年と言う年月を掛ければ、あるいは異星文明も侵略できるかもしれない。人類の文明を己の手で成熟させ、宇宙へ飛び出す事も夢では無くなる。彼は自分の夢物語を現実に出来る確実な能力を持ち、そうやって大陸を支配した覇王なのだ。

 

「ライダー……貴方は、こんな人殺しの道具に願望を託せるのですか?」

 

「貴様こそ、何が気に入らぬのだ。騎士王よ、その手に持つ聖剣と、その呪われていると言う聖杯。その両者に一体どのような差異があるのだ? うん?

 ……違いなどな、何処にも無いのだ。

 どちらも殺人を至上とし、担い手の我を通す為の道具だ。

 貴様も我輩(ワシ)も、此処に居る皆が―――一人残らず同族の人でなしではないか。呼吸をするように当然の事として、他者から“様々なモノ”を奪い取って生きて来た略奪者であろうて。呪われていようが、呪われてなかろうが、聖杯である時点で等価のガラクタよ。便利な道具に過ぎんのだ。

 もっとも、キャスターのその言葉が本当であれば……の話だがな」

 

 そんな風にキャスターを信用していないような言い回しだが、他の者の反応から事実であると確信していた。ライダーにとって他人の心情を読み取る事など、朝飯前の簡単な日常的思考。それが出来なくば、あの草原の世界で生き残る事など出来る筈も無い。

 

「本当ですよ、本当。何でも“この世全ての悪(アンリ・マユ)”と言う悪魔らしいですよ。東洋宗教的に言えばマーラ・パピヤス、西洋宗教的に言えばサタンとでも言ったところです。

 拝火教の悪の親玉を召喚したらしいですど、失敗して出て来たのは結局、生贄に捧げられ呪われた一般人。英霊の座には数多に居ますけど、一般的な歴史や伝承を持たない人物。まぁ、その男の魂そのものが悪で在れと願われていた所為で、聖杯は呪いに染まり、今になって本当に悪神が内側で固まって生まれようとしているんです」

 

「間抜けよな。アインツベルンと言う魔術師共は無様だ。

 まぁ、そも、この事を知らぬのは我輩(ワシ)らと他には……ほぅ。バーサーカーらにアヴェンジャーらかの。程度によりけりの様だが、他の者共は聖杯が呪われている事を知っておったのか」

 

 ライダーはどうやら、この聖杯戦争がただの出来レースだと知り、アインツベルン陣営以外にも呪われている事実を知っている者と、そうでない者を反応から把握した。

 

「―――関係無いね。その……悪神の呪詛だったっけ? 別にそれ、まだ本物の悪魔に完成って訳じゃないんだろ?」

 

「ま、それはそうですけど―――……ほほぉ、成る程。確かにアヴェンジャー、貴方でしたら原因だけを“殺せる”可能性がありますね。

 確率は流石に分かりませんけど、聖杯を壊さずに悪魔だけを消す事も不可能じゃないのかもしれません」

 

「ああ。生きているのなら―――神様だって殺すさ。聖杯から生まれる悪神も例外じゃない」

 

 何の為に殺人貴(アヴェンジャー)は召喚されたのか、これは誰にも分からない。だが、現代の英霊であり、年代的に死んだのと殆んど同時期。

 彼は落ちた真祖を殺したと言う。

 星に墜ちる朱い月を殺し、魔に堕ちた愛する姫君を殺し、強まり過ぎた自分の魔眼に殺された。

 マスターである美綴綾子は情報として知っていたし、何より―――夢でアヴェンジャーの過去を垣間見ている。この男であれば、真性悪魔さえ殺し尽くした過去を持つ殺人貴ならば、聖杯に潜む悪魔の死さえ見抜けるのかもしれない。

 

「同感ですね。魔に屈するなど陰陽師にとって有り得ませんし、たかだか生まれる前の悪霊風情に負ける理はありません」

 

 キャスターと同じ例外のサーヴァント。つまり、聖杯の魔力を無色のまま扱えるジョーカー。

 

「―――不快ぞ」

 

 バーサーカーはこの度の戦争のカラクリに気付く。聖杯はアインツベルンから奪い取れば誰でも使えるが、それを正常な手段で用いる事が出来るか否かは、話がまた別。

 自分は勿論、マスターであるアデルバートに手段はない。

 とは言え、この二人はそこまで大した願望を持っている訳ではない。戦争が出来れば、それで満足出来る人格の持ち主故、おまけの優勝賞品がツマラない物としって落胆しただけ。……いや、呪われた聖杯となれば、それはそれで愉快に思えて手に入れたいと考え始めていた。

 

「だが、我の諦める理由にならぬ。必要ならば皆殺し、勝つのみよ」

 

「それはそうだ。折角の戦争を降りる訳にはならないからな」

 

「……うーむ。あれですよ、こっちの陣営に下ればですけど、正常な聖杯を少しだけ使わせても良いですよ?」

 

「撃ち殺すぞ、陰陽師。オレとバーサーカーに狂気を捨てろと言うか」

 

「同意ぞ。貴公は信用ならぬ」

 

「あらま、残念です」

 

 口とは正反対に、嬉しそうな顔でニヤニヤと笑っている。表情がありありと今の彼の心情を表していた。アデルバート・ダンとバーサーカーが引き込めればそれで良かったが、出来ないなら当初の予定通り殺すだけ。

 

「他に私らに下るのは居ないんですかねぇ。聖杯をまともな状態で確実に扱えるのは、この私のみ。アヴェンジャーも私と同じ条件持ちなのでしょうけどね、イレギュラーが起きれば魔眼で殺せない可能性が出ますよ?」

 

「バーカ。誰があんたみたいなペテン師の言う事を聞くもんですか。まず、誠意を見せなさい」

 

 小憎たらしく態々相手を怒らせる挑発だった。凛も凛でキャスターにはイラつきを隠せないでいて、そんな彼女を見抜いて罵倒されたのに楽しそうに笑うキャスターは、本当に何処までも異質なサーヴァントだった。

 

貴方方(あなたがた)もそうなのですか?」

 

 視線の先に居るのは凛の他に居る三人。士郎とセイバーとアーチャーだ。

 

「貴様も殺人貴もどっこいどっこいだがな。だが―――あの男がサーヴァントとして甦ったとなれば、それはそれで話は違ってくる」

 

 セイバーとアーチャーは反応せずに無言なのだが、士郎は違った。彼は矛の先をアヴェンジャーに向けた。あの死神がサーヴァントとして召喚された事は驚いたが、そのマスターが美綴綾子であったことも同程度の衝撃を受けた。

 

「―――何だ、正義の味方。と、言うよりもアンタはあれだ、こんな時でも俺をイラつかせるね」

 

「そうか。だが―――貴様を見た時は、心臓が止まるかと思った。しかし、どうやら情報通り死んでいた様だ。サーヴァントになって化けて出て来た訳だ。

 しかし、ふむ……意外だぞ。

 良くも厚顔無恥に美綴のサーヴァントになれたものだ。彼女の左眼を奪い貌に傷を残し、左腕を奪った張本人だろうが」

 

「綾子。なんでこんな場所に居るのか、わたしに説明して頂ける?」

 

 凛と士郎にとって、美綴綾子の参戦は許し難い事実。第五次の真実も詳しく語っておらず、聖杯が呪われている事も知らない筈だった。

 しかし、よりにもよって彼女が殺人貴をアヴェンジャーとして召喚し、この第六次聖杯戦争に出現した。

 バゼットも綾子の参戦には驚いたが、士郎と凛も同じ思い。ただバゼットはキャスター討伐における乱戦に彼女が来るだろう事は予測していたので、今となっては思う所は無いのだが。

 

「あたしも参戦は偶然なんだ。このアヴェンジャーの召喚も、殺人貴の手で刻まれた死の傷が触媒になってしまったってだけだし。

 けれど―――聖杯を欲したのはあたし個人の意思さ。

 ま、こうなってしまうと、それもアヤフヤになってしまうよ……ったく。遠坂と衛宮が居る事はわかってたけど、まさかこんなに面倒な事態になるなんてね」

 

 アヴェンジャーの偵察で凛と士郎を確認出来ていた。しかし、綾子は二人の前に姿を見せず、殺人貴であるアヴェンジャーを連れて行くこともしなかった。

 それは何故か?

 答えはあっさりとしたものだった。

 単純に彼女は戦争を戦い抜きたかった。自分自身の為に、挑まれた闘争を降りるなど在り方が許さない。二人に協力する理由も、戦いを辞める理由も無い。それが彼女の聖杯戦争で敵を殺す理由で―――そも、令呪を宿した時点で逃げることなど出来ないと分かっていた。自分がもし何が何でも聖杯を欲するとなれば、敵となる可能性がある人物は絶対に殺す。普通に効率的に考えれば、そう思考するのが当然。

 当たり前と言えば当たり前な理由から、いざという時の為にサーヴァントも結局は必要。

 なので―――彼女は此処に居る。

 死んだ筈のアヴェンジャー(殺人貴)が存在するのも道理であり―――必然。

 偶然は存在しない。あるのは、原因から生じる結果のみ。

 

「けれどさ。いざ、こう言う自体となれば話は別かなぁ。ホント、せめて言峰を叩きのめす位はしておきたかったのに」

 

 第六次聖杯戦争中に姿は確認出来なかったが、綾子には確信があった。あの神父が必ず戦争に参加していると。

 ならば、と士人を自分の手でぶっ飛ばしておきたかった。

 敵対する事は不本意ではなく、むしろ僥倖。絶好の機会。

 この様な馬鹿騒ぎになってしまえば、闘争を行わないで済む道理はなかったのだ。サーヴァントが最後の一人になるまで現れないとなれば、殺し合わずに居ることなど不可能。綾子は自分から参戦した戦場を降りる事は有り得無く、召喚した英霊も聖杯の為に最後まで諦める事はない。身内同士や同盟関係であろうと、最後の最後には結局、サーヴァントが一人になるまで殺し合わねば、戦争は終わらず聖杯は得られないのだから。

 ……まぁ、もっとも、聖杯にそれだけの魅力がある品物であればの話であったが。

 

「美綴、お前は本当に図太くなったな」

 

「おいおい。あたしを最初に鍛えたのはあんただぞ。そりゃ、図太くもなるさ」

 

 戦略的に、人前に出る事は避けたかった。しかし、序盤でキャスターに燻り出され、バゼット・フラガ・マクレミッツとアデルバート・ダンに姿を見せた時点で、正体が露見してしまった。となると、前提として隠れるのは得策ではなくなり、自分を狙って来たキャスターを騒ぎに乗じて殺せれば上々。

 そんな魂胆で敵の居城に乗り込んで、結果的には今の状況となった訳であった。

 

「ランサー、貴方はどうですか? 下ります?」

 

「ふざけんじゃねぇ。オレを仲間にしてぇんだったら、闘いで殺してから言いやがれ!」

 

 バゼットも自分のマスターに全く以って同感である。それに聖杯は自分の手で壊そうと考えていたし、ランサーも自分の目的に賛同してくれている。それにこう言う状態となれば衛宮士郎、遠坂凛、そして愛弟子の美綴綾子と同盟を組む事も可能。とは言え、折角の強敵と仲間になるなんでランサーは良い顔をしないだろうな、と彼女は内心でどうしようかと悩んでいた。

 また、言峰士人の扱いについては悩むまでも無い。

 善からぬ事を考えていなければ、こうして彼が参戦などしていないだろうとバゼットは思っていた。なので、取り敢えず顔面を殴ってから考えようとしていた。第五次から九年経ち、精神も驚くほど成長し続けたのだが、こう言う単純明快な部分は変わらなかった。

 

「ですよねぇ……―――はぁ。返事は芳しくないと分かっていましたけど、こうも連敗ですと凹みます。

 セイバーとアーチャーはどうですかね? 聖杯とか欲しいですか?

 そこそこの願望でしたら、サーヴァントを皆殺しにする必要もありませんし」

 

 期待はしていない。前回の参加者である衛宮士郎と遠坂凛が召喚したサーヴァントだ。自分の話に動揺していない態度を見れば、そももそ聖杯に興味が余りないと判断した。聖杯戦争に参加していようとも、そう言う聖杯に固執しない者も居るだろうとキャスターは考えていた。

 

「当然―――答えは否定です。断じて否。

 呪われた聖杯を破壊し、戦争をこの度の第六次聖杯戦争で終わらせます」

 

 よって、セイバーの返答は予想通り。しかし―――

 

「アタシはどっちでも。まぁ、同盟云々はマスター次第さ。聖杯にも興味は然程だし、特に勝ち方に拘りがある訳でもないし。

 けど、ウチんところのマスターは聖杯の破壊を所望してるんで、お断りします」

 

 ―――アーチャーは違うらしい。

 彼女にとって聖杯に関心がないのだと、キャスターは考えられた。どうも、目的が他にあるみたいだ。

 ライダーのように聖杯が呪われていても関係無い者や、バーサーカーのように後悔や無念さえ無い本物の狂気に委ねているのではない。ランサーのように戦争における闘争そのものが目的でもなく、アサシンのように身が捩れる程の強烈な渇望を抱いている訳でもなく、セイバーのようにある種の使命感や正義感で動いてはいなかった。アヴェンジャーのように、生前にやり残した事がある訳でもない。

 あれは―――絶望だ。

 他のサーヴァントは己に対する死後の報酬がある。ある種の後悔や無念、理想や願望、引き継がれた狂気と欲望だ。ライダーに至っては生前の続きをする為に未来を欲し、便利な道具の一つとして聖杯を狙ってさえいる。キャスターとて己の研究欲と、退屈な“座”から抜け出して現世を楽しむ為に死闘へ身を投じている。

 キャスターは土地に施した術式によって、魂にある記憶を限定的に引き出していた。それによって、サーヴァントやマスターの人格や性質を理解していた。得られた情報の中でも一番異質な人物が、このアーチャーたる女なのだ。

 

「それはそれは。まぁ、断れるとは考えていました。私は無駄は嫌いですけど、娯楽のような楽しい徒労は大好きです。馬鹿騒ぎも面倒事も嫌いではないんですよ。

 ですので、貴女には是非とも我々と組んで欲しかった。

 その霊格の歪み―――何となくですけど理解出来ましたよ。

 アーチャー……いや、抑止の守護者よ。

 貴女はそこのアヴェンジャー(殺人貴)や、土地の記録で視た第五次のアーチャー(エミヤシロウ)と違って、本当に救いようが無いんですよね」

 

「ふーん。そっか、バレるか流石に」

 

「伝承にありませんからね、あんな戦い方をする者は。それに未来で発生した通常の英霊と言う可能性もありましたけど、様子から見て正英霊でも反英霊にも見えませんでしたし。

 私は人の魂が“視”えまして、その者がどんな属性と性質を持つのか分かるんですよ。

 神霊との混血、魔獣との混血、竜種との混血、鬼種との混血。肉体に宿る様々な因子も見れますし、西洋の魔術師風に言えば霊体にある魔術回路も確認出来ます。

 そこで、フと疑問が湧きました―――」

 

 言葉を区切ったキャスターは、怖かった。笑みを浮かべて、じっくりとアーチャーを観察していた。

 

「―――この私が、英霊の霊格を理解出来なかったんです。

 他のサーヴァントは基本的に霊体ですし、幽霊は私の専門で解析は楽でした。英霊として、どんな種別と性質を持っているのか簡単に分かりました。なのに、巧く解析出来ない。正しくアーチャーと言う名のサーヴァントは、私にとって正体不明のお化けです。視えているには視えていますけど、知識の中に無い珍種で判断に困る訳です。

 ……そうでありました。

 この城で詳しく視れましたので、もう疑問は解けましたけどね。真名の正体を知る為の材料も、偶然にも乱戦によって揃いましたし。ソレと貴女を比較すれば一発でした」

 

「あー、そっか。そう言う事を言いたい訳か、アンタ」

 

 アーチャーは相手の考えが読めた。何故、態々こんな面倒な解説をするのか分かった。

 

「その通りです。私と組めば、まぁ……現世での願い程度は叶えられると思いますよ。願望の詳細ははっきりと分かりませんけどね。何となくでしかないですが、何を考えているか想像は出来ます。

 死んだ後も苦しくて、救われない。

 地獄の方が極楽なその絶望を―――聖杯で取り除きたいんでしょう?」

 

 つまり、勧誘の為。キャスターはアーチャーを手に入れようとしていた。

 

「否定はしない。アンタと協力して叶うと言えば、そりゃ叶うさ。けれど、アンタはやっぱりズレてんだ」

 

「生粋の抑止力である貴女は、その化身でしかない筈だと思うんですけど? まだ、普通にアラヤと契約した守護者の方が良い立場では無いですか?

 ……私には何がズレているのか、理解出来ませんよ」

 

「―――もう、どうでも良いんだ。

 未来なんて要らないさ。だって、何も感じない。何も考えられない。

 生前も死後も騙され続けて、この運命も今となっては仕組まれた操り人形に過ぎなかった―――けど、それさえも成り果てた今では捨てた感傷」

 

 アーチャーを勧誘しているキャスター。凛としては横槍を入れたいと感じるも、もしアーチャーが自分と手を切りたいとなら、それはそれで良いと考える。彼女は自分のサーヴァントが自分まで苦しめる愚かな決断を下しているなら、力づくで止める覚悟はある。けれども、己の為に行う行為ならば止める道理はない。遠坂凛に立ちはだかるなら、殴り飛ばして改めて自分のモノにするだけだ。

 

「アンタにゃ分からないんだろう。でも、もうね、アタシにとっては納得済みの地獄ってことさ。やりたい事をする為に、アタシは遠坂凛のサーヴァントになった。必要だから、彼女と協力してる。

 そのアタシの願望に―――アンタは不必要。

 だから、キャスター。残念だけど、アインツベルンとアンタが目の前に居ると邪魔になるんだ」

 

「―――……」

 

 断られたと言うのに、キャスターは笑みを浮かべていた。彼の内心を正直に白状すると―――予想以上に好都合。これならば、彼は万全の策を作った甲斐がある。聖杯が呪われている程度で諦観する者が居ない事が嬉しかった。

 また、キャスターとエルナとツェリしか知らぬ情報がある。キャスターは語っていなかったが、冬木には聖杯が四つあるのだ。

 アインツベルンが作成した小聖杯。

 前回の戦争で生き残ったイリヤスフィール。

 戦争の大元になる大聖杯。

 そして―――間桐桜。

 聖杯の動力源はサーヴァントだ。下手をすれば、エネルギーが三つある小聖杯に分散されてしまい、大聖杯との繋がり具合に差が出てきてしまう。自分達の聖杯に効率良くエネルギーを確実に溜める為には、このアインツベルンの陣地で殺すのが一番。誰にもサーヴァントの魂を譲りはしない。

 

「仕方ないですねぇ……」

 

 取り込める者がいれば、それ相応の報酬を用意していた。だが逆に、観察した結果であるが、自分の案に乗る様な意志薄弱な英霊は皆無らしいと予想していた。なので、聖杯戦争の真実を話しても、誰も自分の陣営に入らないのは分かっていた。後、キャスターはライダーは効率を尊ぶと考えたが、奴の場合はその強大な自尊心と生き方を貫く為の道具として、現実主義者なだけ。自分を裏切るくらいならば、敵を皆殺しにする少年の心を持った極悪人だ。

 誤算と言えば、誤算。

 出来れば程度の目的であったが、アーチャーとライダーは取り込んでおきたかった。あの抑止の化身と略奪王を仲間に出来れば、面白かったのに。しかし、二人が自分のマスターを裏切るとは考えられなかったので、殺し合うのもまた当然と割り切った。

 

「じゃ、すみませんね。勝手に中断していた戦争を再開しましょうか」

 

 剥き出しになる脅威が、空間を震動させた。キャスターは本当に、魔力を視覚化させ物理的作用を生み出すまでに放出していた。

 陰陽術を限界まで解放。

 彼は本当に、此処で敵を皆殺しにすると決定した。今まで加えていた手心を捨て、敵の絶殺のみを思考する!

 

「此処は処刑場。

 英霊を殺す為だけの―――生贄の祭壇です」

 

 瞬間―――キャスターが用意した真の結界が発動。空白の世界に何も変わりはないが、魔力でなければエーテルでもない何かが満ちている。そして、サーヴァントたちに異常が生じる。効果としてはライダーが持つ反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)に近い。しかし、キャスターが生み出した結界は自然の霊地に近い属性を持ち、世界そのものに匹敵する法則と化している。

 ただの弱体化では無い。

 それは英霊と言う現象を抑え込み、霊核を掌握する概念自体による魔術現象……―――!

 

「これは―――……本当に死ぬぞ」

 

 ライダーは宝具が主体のサーヴァント。彼が持つ『王の侵攻(メドウ・コープス)』と『反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)』の宝具を使い、軍勢で敵を侵略する英霊だ。

 故に―――略奪王。そして、一代で帝国を作り上げた蹂躙皇帝。

 侵略の覇王であり、略奪の権化。

 敵を全て蹂躙する具現として宝具を行使するが……それを思い通りに出現させられない。

 

「宝具を封じる結界だと……―――!」

 

 戦慄する。悪寒が奔る。ライダーは真名解放が封印された事を実感した。常時展開する宝具ならば、効果を正常に発動する事が出来ない状態になる。この結界の能力―――それは、英霊の霊格を限界まで低下させ、霊体を弱体化されること。

 

「キャスター……―――いや、安倍晴明! 貴様―――……!」

 

 セイバーは風王結界を維持出来なかった。エクスカリバーの姿を見せるも、聖剣の解放は不可能。バーサーカーも不死性を誇る宝具を抑え込まれ、ダインスレフの凶化を完全に発現出来ないでいた。アヴェンジャーは魔眼で死の点を見抜けず、アサシンはシャイターンの呪術を発露不可能。アーチャーも新しく武器を大量に出せず、万全な魔術行使を出来ずにいる。

 加えて、宝具を封じられるのも脅威だが、ステータスの低下が恐ろしい。キャスターの結界で押さえつけられた今のサーヴァント達は、殆んど人間の状態にまで弱体化していた。スキルでさえ神秘性の低下によって、個人が鍛えた技術や才能によるモノ以外は弱まる始末。

 

「―――ハ! こんな程度の逆境、オレは慣れちまってるぜ。そんなもん、足枷にもならねぇよ」

 

 だが―――ランサーにとって、既に超えた試練の一つ。彼は全身にルーン魔術を施す事で、結界から自分の霊体に影響してくる概念干渉を大幅に減少させていた。

 彼は生前、敵の策に嵌まり能力を弱体化させられた過去がある。

 それでも尚、クー・フーリンは敵と死ぬまで戦い続けた。

 愛槍のゲイ・ボルグを封じられようとも、ステータスをは弱体化されようとも、それに対する対策はある。結界が完全に発動して自分を襲うと同時―――いざ、と言う場合に用意してあるルーンの加護の一つで霊体を守護した。

 ありとあらゆる怪物と、様々な英霊が持つ特殊な能力。中でも、生前で自分の死因になった同種の呪詛に対し、ランサーが対策を練っていない訳がない。自分の弱点がランサーはあからさまであると理解しており、全身全霊で戦う為には対策が要ると理解しているのだ。

 

「―――やはり、そうなりますね」

 

 サーヴァントの宝具を完全に抑え込む事は流石にキャスターでも不可能。真名解放は封じられても、限定的に発現する事は出来る。セイバーがエクスカリバーを物質化出来ている様に、他のサーヴァントもある程度は使えるだろう。特にアーチャーは自分に対する概念的な干渉を弱まらせる加護が有る様なので、そこまで弱まらせる事は出来ていなかった。

 しかし、ランサーだけは違うのだ。

 彼はキャスターのクラスを得られる程のルーン魔術師。魔術や異能による守りも整えられていて当然だ。

 

「しかし、皆殺しです」

 

 用意した全ての戦力を投入し―――地獄が溢れ出した。

 それは英霊であり、鬼種であり、怪異であり、悪夢であり……魔物が謳う魔宴の始まりであった。

 

「あれは―――!」

 

 サーヴァント達に訪れた異常事態に戸惑うも、マスター達は誰もが百戦錬磨の超人魔人。一瞬で事態を把握したとはいえ―――更なる異常事態を前に、如何にこの場所が絶望的な地獄なのか理解し切れていなかった。

 ……確かに、倒した筈。

 あの式神は殺した筈。

 見覚えのあるキャスターの配下達。此処に来るまで倒した式神達の無事な姿。この光景はつまるところ、何回式神を倒そうが何度でも再生すると言う事。殺し尽くしてもキリが無く、無駄な徒労に終わってしまうだけ。

 終わりの始まりが出て来た瞬間であった。敵に限界は無く、文字通り無尽蔵。

 

「百鬼夜行って知っていますか? あれは幼子に過ぎなかった私にとって、恐怖そのものでした。一体一体が町や村を壊滅させて、人間をパクリとおいしく食べる化け物が、幾十幾百と行進しているのです。

 ―――魑魅魍魎(チミモウリョウ)とは、つまりこれ。

 即ち、数による魔の圧殺。現世を塗り潰す(アヤカシ)たち。

 これを全て一人で準備するのは手間でしたけど、戦争に勝つ為なら仕方ないですよね」

 

 英霊の憑依体だけではない。純粋な鬼種に、天狗に、河童に、大蛇に、大百足に、キャスターが再現出来る式神全てがそこに居た。

 千を越える軍勢が、キャスターの号令を今は今かと望む。

 

「まともに私の式神達と戦えるのは、ランサーのサーヴァントだけです。それに、ここは私が括り上げた空間で構成された隔離結界。逃げ場なんて何処にも有りませんよ―――フフ」

 

 式神の群れ―――安倍晴明が持つ本当の宝具『十二天将(じゅうにてんしょう)』。

 泰山府君の秘術により、彼が使役する魔は受肉し、自分達自身で魔力を生成する魔力炉。それは魂の具現化に近い奇跡であり―――第三法を陰陽術で限定的に再現する怪物。

 中でも、強力な十二柱の式神。

 彼らは生前から安倍晴明に仕えている鬼神である。

 キャスターの宝具は本来、分類としては魔術の領域にある。それが英霊の象徴(シンボル)として宝具化し、彼はニ種の宝具を操る陰陽師のサーヴァント。宝具を宝具だと悟られず行使し、彼が使う術は全て実は宝具であった。

 つまり宝具を全力で解放する。

 故に、それこそが―――安倍晴明による宝具の真名解放……!

 

「私はね、生前に地獄を旅したことがあります。比喩でもなく、泰山府君の神秘を理解してます。この世の裏側を見て、魔の坩堝を()りました。

 この城はですね―――地獄でもあるんですよ。

 英霊の座を模す為に、あの魂の牢獄を再現したんです」

 

 彼本来の宝具である十二柱の鬼神と、数えるのも馬鹿らしい軍勢が世界に君臨する。これに対抗出来るサーヴァントは同じく軍勢を持つライダーだけだが、彼はキャスターによって宝具に制限を掛けられている。この世界において、もはやキャスターに勝てるサーヴァントは存在しない。誰もこの男には勝てないのだ。

 

「と、言う訳で勝敗は決しました。故に―――死にたくなければ、令呪で自害を命じなさい。そうすれば、命だけは助けてあげます。貴方方の生き死ににとことん付き合う気概はありませんしね」

 

 敵の意思を挫く事が、勝利の条件。殺すか生かすかなど、勝った後に考えれば良い。そして、やるからには全力で命を奪い取りに掛る。

 キャスターに慢心はない。油断もない。

 圧倒的有利な立場になろうとも、相手を殺し、自分が生き残る事に専心していた。

 

「―――アーチャー。実際のところ、調子はどうなのよ?」

 

 凛が問う。全力を出せるのはランサーだけだが、彼だけではキャスターの軍勢に勝てない。宝具を百回使っても、敵の大将であるキャスターに辿り着けはしない。

 その絶望が正しいのか、彼女は知りたかった。戦いの要になるアーチャーに、戦局を聞くのは当然と言えば当然で……

 

「ダメさ。身に付けてる礼装の加護や、それなりにこう言うのには強い体質だけど、英霊としての霊格がそれなりに抑え込まれてる。僅かな抵抗も出来る時間が限られるし、式神に殺されて終いかね。

 この状況でまともに戦えるのは、そこのランサーだけだ。

 アタシも宝具が使えない事はないけどさ、結局はジリ貧で死ぬ。この世界じゃ勝ち目を作るのにも分が悪い」

 

 ……絶望はやはり正しかった。出口はなく、逃げ場はなく、戦う手段もなく、生き残る方法もなく、奥の手も封じられた。ないない尽くしの詰将棋。

 七騎全てのサーヴァントを相手に、キャスターは一気に王手を掛けた。

 最早、聖杯戦争はキャスターの優勝で決まったも同然だった。

 ランサーとて結界からの重圧に対抗出来るとは言え、それも何分持つか分からない。アーチャーと同じで時間制限付きの抵抗。更に戦いながらとなれば、抵抗可能な時間が短くなるのは道理。それにルーンで対抗出来るとは言え、正直なところ火事場の馬鹿力に近いもの。彼は力が出せない状況だろうと単純に、死力を振り絞る事が可能なだけ。そもそもルーンによる守護に限界はあるのだ。最後の最後で槍兵さえも殺される。他のサーヴァントは更に素早く、力を出し切らずに死ぬだろう。

 ―――……悪魔としか例えようが無い。

 キャスターはたった一晩で、全てのサーヴァントを追い詰めた。

 このまま皆殺しにしてしまえば、自分達がアインツベルンから持って来た聖杯が完成する。七騎のサーヴァントの魂が焚かれる。

 つまり、大聖杯を完全に完成させて第三法を手に入れられる。

 その為にキャスターは聖杯のシステムを操った。アヴェンジャーと言うイレギュラークラスを組み込み、八騎のサーヴァントのバトルロワイヤルに仕立て上げたのだ。六騎だけ生贄にする不完全なモノではなく、本来なら最後に残ったサーヴァントが自害しなくば完成しない筈の本物の―――有り得ざる魂を具現化する魔法の杯(Heaven's Feel)が生み出されるのだ。

 

「そうなんだ。じゃ、仕方ないかしらね」

 

 キャスターが、その違和感を見抜いた。その未来を見通す千里眼で、遠坂凛を視てしまった。危機感が募るが―――時既に遅し。機を彼は逃してしまった。

 

「やられっぱなしは大嫌いだから―――他の奴らは大サービスよ……!!」

 

「……待―――」

 

 待て、とキャスターが言い切る事は無かった。それは余りにも突然で、対処が仕方が存在しない完全な不意打ちだった。

 あれは、宝石で創り上げられた刃の無い剣。其の名は―――宝石剣ゼルレッチ。

 凛が抜き取った剣を無造作に降り下し……消えた。キャスターが相手にしていた連中全員が、逃げる場所など無い隔離結界から姿を消した。

 

「―――やられた。ああ、見事にやられました。やられましたよ、遠坂凛……!」

 

 余りの手際の良さ。彼女は相手の動きを見ながら、誰にもばれること無く静かに呪文の詠唱を終えていた。この結界から逃げる為に―――魔法の準備を万全に整えていたのだ。

 要は、敵の能力が自分の神秘に匹敵していた。

 そもそも、その気になれば、何時でも遠坂凛はキャスターの城から脱出出来た。キャスターの奥の手を確認した時点で、彼女は万全な逃走手段を何時でも行使する準備が出来ていたのだ。

 

「……マジか。噂には聞いてたんだが、第二法に遠坂が辿り着いていたんか」

 

「流石は御三家の一人。準備は自分達と同じで怠っていなかった訳です。それも第二法による不意打ちとは、ワタシ達でも対処の仕様がありません」

 

 キャスターが作り上げた結界は、サーヴァントの霊格を抑える為のモノ。対象となるのは英霊などの霊体だけであり、人間に効果は無かった。まさか、現世で生まれた人間の魔術師に、自分の世界から逃げ出せる手段があるとは思わなかった。

 また、これは余談だがキャスターの式神は受肉している。その為、霊体に作用する弱体化の結界は効かない。本当にこの空白の白い世界は、サーヴァントを聖杯へ生贄に捧げる為の完璧な祭壇であった。

 

「……ほぉー。これが噂に名高き第二法、平行世界の運営ですか。

 私が作成した結界の空間隔離を潜り抜けるとは、恐ろしい領域ですね。魔術基盤そのものが別次元で、行使可能な魔術理論が異星文明みたいです。

 成る程。確かにこれは……人間程度の生物が、使って良い技術ではないですね。

 これだから、西洋の魔術師と言う生き物は罪深くて面白い。私もまだまだ、この陰陽道の真髄を極められると言う事です」

 

「んで、全員に逃げられちまったけど……どうする?」

 

「追撃しますよ。勿論、次は確実に殺します」

 

 当然だとエルナの言葉にキャスターは頷いた。まだ、逃げ切れていないのは確認出来ている。例え第二法であろうとも、括り上げた森全体の結界から一気に脱出など出来やしない。そもそも城の隔離空間を破れただけでも驚きなのだ。

 誰も逃がさないとキャスターは新しく戦略を練り直し―――森の中で潜んでいた“不確定要素”に驚愕した。




 読んで頂きありがとうございました。
 ライダーの真名が出ました。チンギス・カンその人です。宝具を出したので、それを見たマスターやサーヴァントは何となく真名を悟っていましたが、完全に見抜いていたのはキャスターだけです。なので、彼の台詞で他の人たちもやっぱりと納得しました。
 キャスターのもう一つの宝具の登場です。この宝具は式神と言うよりかは、彼が持つ泰山府君の秘術が大元になる式神行使です。なので、生前に使役していた十二柱の鬼神なども召喚出来る宝具でありますけど、実は召喚された後の現世で作り上げた式神にも宝具の効果を与えられる魔術でもあります。何と言うか、エミヤシロウの宝具の固有結界の宝具で投影魔術が使える感じに近いです。もう一つの宝具とも勿論組み合わせて使っていますし、此方の宝具をもう一つの方の宝具に応用する事も出来ます。後、霊体の弱体化の結界ですけど、あれは柳洞寺にある天然結界の超強化版みたいな雰囲気です。最高位の陰陽師でありますし、退魔師でお化け退治もしてたキャスターであれば、あんな感じの結界も作れるんじゃないかと思ってます。英霊が霊体である幽霊な時点でキャスターが天敵になるのは、こんな感じな事が出来るからです。
 でも、遠坂凛が全部台無しにしました。彼女は魔法使いの弟子を卒業しておりまして、更に資金提供者から多額の債務を受けながら宝石剣を作り上げました。
 何時かは外伝やおまけで時計塔時代も書いてみたいです。でも、時計塔での面白いSSって沢山あって書き辛いんですよね。このサイトにも幾つかあります。それに、個人的に時計塔モノで最初に読んだ事があるのは某サイトの“アレ”と、二番目が“ソレ”でした。もう読めなくなってますけど、ドタバタ日常系で読み易くて面白かったです。


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60.聖杯戦争を始めましょう

 アポクリファの四巻を読みました。蝉様がどんどんヒロインになっていきますw それにキャラも分かり易く掘り下げてくれましたし、最終決戦のワクワク感が上がりました。後、ホントにアキレウスはヘラクレス並の公式チートで笑った。ヘラクレスもそうですけど、誰も勝てないだろうと思いました。何で呂布やヘラクレスをバーサーカーにして弱体化したのか、わかりましたw
 やっぱりFateって、どの登場キャラにもラスボス感や主人公っぽさがあって読んでいて面白いです。アポは東出先生の作品ですけど、彼の作品はきのこ先生と同じ位読んでいて楽しいので、自分としてはこれからも続いて欲しいコラボ作品です。イリヤの二期も出ますし、Fateのアニメリメイクもあります。今年は型月好きとしては良い年になりそうです。


「―――遠坂……」

 

「仕方が無いじゃない……あのキャスター、咄嗟にこっちの術式に干渉して来たんだもの。あの居城の境界線を越えるだけでも必死だったのよ。境目を飛び越える時にあいつ、こっちの転移座標を妨害しながら範囲を限定してきた。加えて、転移物体に揺さぶりもかけたのよ。

 ―――あー、もう!

 本当に最後の最後で仕掛けて来てたわ、あのペテン師め。やられたわ」

 

「遠坂」

 

「うっさいわね! わかってるわよ」

 

「では、この状況。一体どうするのかね?」

 

 森の中にたった二人。士郎の隣にいるのは凛だけで、頼りになるサーヴァントの二人がいなかった。

 

「探すわ。ラインを辿っ―――……やられた。結界内に嫌な波長が伝播してる。ラインのジャミングが酷い。これじゃ、自分のサーヴァントの気配が特定出来ない。

 ―――最悪……っ!

 本当にあのキャスターって魔術師なの! 魔法使いよりも性質が悪いわ!」

 

 分断をさせた上に、ラインの繋がりを妨害してマスターとサーヴァントの合流を防ぐ。例え自分の策が破られようとも、キャスターは何段にも対策を立てていた。転んだとしても、ただでは立ち上がらない。この結界内における妨害波長も侵入された時は隠しておいた効果であり、敵が逃走した時の追撃戦用に取っておいた奥の手の一つに過ぎないのだ。

 

「私もセイバーの位置が掴めない。念話の連絡も不可能になっている。向こうの状況が全く察せられんぞ」

 

「マズいわね。取り敢えず、結界に探知されないよう気配を消すわよ。士郎、投影よろしく」

 

「……やれやれ。

 私は別に、便利な道具屋になった覚えはないのだが」

 

「似たようなもんでしょ。自分の能力を下卑するのは止しなさい。

 それに士郎の固有結界は、とても便利で優秀な魔術じゃない……ほら。あいあむざぼーんおぶまいそーどって、サクッとやって頂戴」

 

「止めてくれないか。やる気が酷く低下する」

 

 等と言いつつも、彼は慣れた感覚で工程を組み上げて魔術を行使。今の状況に合った投影宝具を出し、結界対策の一つとして準備した。

 

「グルグルグル……っと。うん、まぁ今はこんなもんで良いかしらね」

 

「―――頭が良いのか、悪いのか。私は君が分からない時がある」

 

「そんなの頭が良いに決まっているででしょ。物事は効率的にやらなきゃ、何事も心の贅肉になるんだから」

 

「そうかね? 令呪で呼んだ方が早いと思うが」

 

「無理無理。サーヴァントとの繋がりを弱められてるから、魔力供給は出来ても令呪の行使は殆んど封じられてるの。さっきからアーチャーと連絡つかないし。

 本当にこのキャスターの結界は、マスターとサーヴァントを殺す事に特化してるわね。

 どんなクラスの敵が来ても、どんなに敵が一気に押し寄せてきても対処できるよう、対策がちゃんと立てられてる。考えられる上で最も悪辣な奴がね」

 

 今となっては、完全にキャスターの狩場と化した。つい先程までのキャスターは、他のサーヴァントとマスター同士が森の中で万全に殺し合える状況にしておいた。だが、最早その様な事をする必要はない。用意しておいた術式を全て解放し、森を覆う大結界の力で以って敵対者を妨害し、じっくりと追い詰めていた。

 

「行くか。早いところ見付けないと、セイバーが心配だ。嫌な予感がする」

 

「同感だわ。この嫌な戦場の冷たい空気は不幸の前触れよ」

 

 士郎が投影した大きな布は凛は体に巻き、士郎も同じ布に巻かれている。咄嗟な状況で動けるようにゆったりと余裕はあるものの、傍から見ればかなりシュールな光景。

 布は大昔の遺物らしき魔術礼装の投影品。効果は単純なもので、魔術的な探査を無効にする能力。あのキャスターの結界なので道具を信用し切る事は出来ないが、他の組に比べればマシな状態。自分達が見つかる前に、他のマスターとサーヴァントが囮になってくれることだろう。

 

「セイバーとアーチャーだけじゃない。出来たら、綾子とバゼットも見付けないとね……と、士郎。姿隠しの兜の方も準備しなさいよ。魔力は溢れる程あるんだし、ケチケチしない」

 

 気配を隠蔽する布だけでは心許無い。なので、凛が知っている士郎が投影可能な、隠れ潜む事に優れた投影品を求めた。

 

「―――……貧乏性の遠坂とは思えない言葉だ。今となっては、だが」

 

 士郎としては、凛の言葉は盲点であった。隠蔽系統の投影礼装の二重装備は、魔力の燃費や効果を考えれば無駄が多い。装備者の魔力を余計に使い、魔力を使って魔力を隠すような状態となるで、実際に効果を出している二重部分の隠蔽作用上昇はそこまで大きくない。魔力量が少ない彼ならば、考えても実効すれば戦う前にバテてしまう。

 しかし、ここは万全を喫して進むのが一番。凛がいれば、この贅沢な作戦も問題ない。

 

「うっさいわね……って、良い手際。慣れたものね」

 

 今となっては見上げる程まで高くなった士郎の背。隣に居る彼は何が楽しいのか分からないが、危機的状況とは思えない穏やかな笑顔で凛に兜を被せた。彼が手に持っていた兜は凛のサイズに合わせているのか、ヤケにピッタリなサイズで彼女の頭部を覆った。

 

「英雄王の蔵の財宝のレプリカだ。言峰の御蔭で重宝させて貰っている……が、剣ではないのでキャスターに通じる程の効果は得られんぞ」

 

「良いのよ、別に。他の奴よりも目立たない様にする為だし。人探しをするのに、自分達が敵に見つかっちゃ、そもそも本末転倒だしね」

 

 厳つい兜を被って布で電車ごっこしている様は、本当にシュール極まりない。それも長身で紅衣の筋肉質の男と、同じく赤い外套の美女がである。二人組の大人が公園で遊ぶ子供のような姿なのに、真剣そのものな表情で夜の森を睨みつけていた。

 

「これはアレだな。もしキャスターに見つかれば、爆笑必須の珍光景だ」

 

「分かってるわよ。でも、格好つける余裕なんて心の贅肉以下の税金よ。わたし、手段を凝らずに負けるのは納得できないの」

 

「安心して良い。それは私も同じだ。何であれ、セイバーとアーチャーを見付ける最善の手が、今のこれなのだからな。

 ……しかし、この森は広い。気配もキャスターの妨害で探れない。どうやって目当てを付けるつもりだ?」」

 

「おおよそだけど、ずらされた転移位置は分かってるの。アーチャーとセイバーが居る所も何となくだけど、ここからの方角と距離は把握して―――やば……」

 

 凛が口を閉ざすと同時、士郎も音を消し気配を完全に消した。武術の一環として鍛えた気配の消失も行い、凛と士郎は完全に闇夜の森に融け込んだ。

 

「―――よぉ、カドモスとヘラクレスの旦那さん方。下手人の居場所はどうっすかねぇ?」

 

「おらん」「同じく」

 

「んじゃま、三方向に別れますか? 遠坂凛の撃滅が第一命令っすけど、それ以外だったら融通効きますし?」

 

「構わん」「同じく」

 

「……いや、良いんすよ。うん。でもさ、こんなチャランポランを纏め役にするのって、どーなんすか?」

 

「構わん」「同じく」

 

「あの―――自棄になってんすっか?」

 

「無論」

 

「同意」

 

 死んだ筈の弓の鬼兵、オリオンの写し身が死んだ魚の眼で二人を見た。同じギリシャ出身の英霊の模倣体であるヘラクレスとカドモスもまた、それほど殺気を出してはいなかった。

 彼らは既に負けた身。良いように遣われる事に嫌気が刺しているのもあるが、敗北者でありながら生き恥を晒している事実が不満。とは言え、所詮は式神である身である故、刻まれた大元の“魂の写し”が無事なら死にはしない。正確に言えば、このキャスターの結界内であれば、であるが。

 ……そして、過ぎ去って行く鬼達。

 敵を見送り、凛は重く深い溜め息を吐き出した。

 

「あー、見付けるのしんどそうね……」

 

「しかし、強行突破は不可能。サーヴァントが居ないとなれば、一方的に殺されるのがオチだ。

 ……遠坂。宝石剣は使えないのかね?」

 

「―――不可能よ。結界内の空間を歪ませて、微小過ぎて無害な亀裂を入れてるのよ。加えて、へんてこな霊子が流れてて、空間に巧く干渉出来ない状態ね。

 本当、有り得ない魔法封じだわ。これの所為で空間と空間を繋げて結界内で渡ろうとすれば、三次元上でバラバラ死体になって死ぬかも。あのキャスター、四次元干渉まで出来るみたいだし、擬似的な五次元上の演算も出来るかもね」

 

「……成る程な。それ程となれば、もどきとは言え固有結界を術式で創造出来るのも納得だ」

 

「ま、そう言うことよ。わたしが奥の手を出したから、相手も封じ手を出してきたって感じかしら。

 使ってる神秘自体は……第二法は決して、キャスターの陰陽術に負けるものじゃない。けれど、まだまだ未熟者な魔術師に過ぎない魔法使いならざるわたしじゃ、この結界を上回るのにはかなり準備が必要ね」

 

 元々、結界に空間干渉を封じる効果はなかった。今現在でも事実、平行世界からの魔力供給は万全な状態。しかし、ただ一点―――空間と空間を繋げた転移魔術だけは全力で妨害しに掛っている。これは恐らく先程発動したモノであり、令呪によるサーヴァントの強制転移を封じる為の術式であったのだろう。だが、それが功を成して凛の第二法による空間転移をも妨害しているのだ。

 

「魂の束縛に加え、空間の限定凍結か。魔術師の英霊だと考えても、かなりいかれてるぞ?」

 

 サーヴァントの霊格を制限する効果と、空間転移を狂わせる結界。

 

「んー。強いて言えば、凍結じゃなくて歪曲ね。空間凍結よりも厄介でね、通常空間だと特に問題ないのよ。けれど、この結界内で空間系統の魔術式を使うとそれを歪めて、繋がりと座標をアベコベにするって感じ。宝具みたいに強固な限定礼装なら兎も角、宝石剣も限定礼装とは言え能力の本質は平行世界に対する干渉。わたしは第二法の魔術基盤を応用して空間関連の魔術理論を行使しているだけらから、神秘としての概念の純粋さが減るのよ。その隙を狙われて、宝石剣で使える筈の魔術を制限されてるの。まぁ、令呪が効かないのは、そもそも結界の方が遥かに上等な神秘だからね」

 

「……成る程。ならば、結界ごと空間が斬れれば良いのか?」

 

「無意味よ。斬った瞬間に干渉してくるだろうし、一瞬で補修されてお終い。それにぶっちゃけ、警戒している今の状況で空間転移系の魔術を使えば、位置が露見するのは確実。

 つまり、空間転移(テレポート)対策は万全になってる訳。

 となると、そもそも世界を滅ぼすような馬鹿げた魔法以上の神霊魔術でも無い限り、キャスターの陣地内でキャスターに対して優位には立てないわね」

 

「空間を切り裂く剣ならば投影出来るが、それも無駄になるのか」

 

「そう言うこと。もし、この結界で空間転移が出来る方法があるとすれば―――それに特化したキャスター以上の術者による奇跡。

 宝具か、宝具に匹敵する礼装。それこそ、空間転移のみに特出する概念がなくてはならないわ。あるいは第二法を習得したわたし以上に、キャスターを空間系統の魔術理論に秀でている魔術師だったら……まぁ、話はまた別になる訳だけど」

 

「―――それ、正解。流石はアタシのマスターだ」

 

 まるで最初から居たかのように、彼女は静かに佇んでいた。声を掛けられた瞬間、凛は絶叫寸前であったし、士郎は僅かな間とは言え思考が硬直してしまった。

 

「やっと見付けたよ、全く。そんだけ隠蔽されてると、僅かな令呪の繋がりを手掛かりにして精一杯だったぞ、本気で」

 

 凛の背後に現れた女―――アーチャーは、トレードマークの黒帽子を手に取り、団扇代わりにして顔を扇ぐ。

 

「どうやった? 何故、私と凛と見付けられた?」

 

 長い白髪を一本に纏め、橙色の左眼が爛々と輝いている。左顔の目を通る痛々しい刀傷を曝け出し、白濁とした胡乱気な右眼が―――士郎を視線で縫いつけていた。今この瞬間も隠蔽作用は発動している筈なのに、アーチャーは惑わされずに二人と見て、察して、会話していた。

 

「効かないんよ、そう言う類のヤツ。対策してるからね」

 

 濁りに濁った白濁の右眼。一切の光を宿さぬ白い瞳。アーチャーの目は、行く着く所まで辿り終えた魔術師が持つ魔眼。

 普段は帽子の影で良く見えないアーチャーの目元。橙色に鈍く光る義眼と、白く濁った暗い魔眼。痛々しい左眼の傷跡は“彼女”と良く似ていた。

 

「アタシの眼で認識すれば、掛かってる魔術干渉も大幅に削減出来る。その空間に存在している事を、見通せないほど不器用じゃないんでね。それに見えてしまえば、読唇術でどうとでも雰囲気で何となく。日本語、英語、独逸語、仏蘭西語、伊太利亜語と、声じゃなくて唇を見て言葉を聞ければ、魔術戦でだと結構役立つ知識なんだ。

 ―――で。お二人さん、電車ごっこ楽しい?」

 

 最初に見た時は爆笑必死だった。折角の明鏡止水の精神があっという間に崩れかかった。笑って息を噴き出しそうになり、口元を両手で抑え込んだ程だ。

 

「アーチャー……―――入る?」

 

「え?」

 

「むしろ、入りなさい。逆に、入っちゃいなさいな」

 

「いやいや……ちょ―――な!?」

 

 一瞬の出来事だった。凛からのアイコンタクトを正確に察した士郎が兜を投影し、帽子の脱いでいたアーチャーにさくっと被せた。それと同時に凛は彼女の腕を固く握り掴み、大布で作った輪の中に引きずり込んだのだ。

 

「アタシ、なんかこれは違うと思う。効率的だし、効果的だし、一番良い手段だってわかるけど……なんか違うよ」

 

 先頭はアーチャー、次に凛で最後が士郎となる大布の輪の陣。この陣形により、アーチャーを主砲として使い、凛が魔術でサポートし、背後の士郎が布の気配遮断機能を運営する。極力戦闘は避けるが、避けられない場合は強襲によって即時殲滅を狙っていく。

 

「―――さぁ、出発よ。

 アーチャーも来たことだし。強行突破しても大丈夫なところは、どんどん不意打ちで殴ッ血KILLって、セイバーを見つけましょ!」

 

「―――ああ。手早く脱出する」

 

 後ろの二人が自分勝手なことを言っているが、アーチャーはこの三人の中では少数派。人は少人数でも集まれば、少数意見は抹殺され多い方が常に生かされる。生前から彼女は戦場で民主主義の残虐性を見ており、人間社会の腐り具合を良く知っているが、まさか味方からこんな屈辱的な格好を強要されるとは思わなった。

 

「わかった、わかったよ! ああ、もう―――今より敵陣へ突撃する!」

 

 とは言え、まずはセイバーの発見が第一。前条件として、出来る限り三人がキャスターの探知に見つからないようにすること。アーチャーも可能なまで自分の気配や痕跡を隠蔽して二人に合流したが、それでも勘付かれているかもしれない。マスターの凛と同盟相手の衛宮士郎による投影宝具の効果で殆んど隠れられたが、自分が急に消えた不自然さが漏れたかもしれない。

 ならば―――事は急がねばならなかった。

 このまま留まっていれば、何時かは監視網に引っ掛かる可能性は高い。

 移動手段として、三人分の隠蔽が行える今の手段は最良で、敵の思考の裏側を突ける妙手。

 

「それじゃ、とっとと皆殺しで急行さ」

 

 マスターの凛から魔力が供給され、自分の武器庫から兵器を思う存分展開可能。しかし、今の状況では手元に一丁呼び出せば十分。士郎が気配遮断を全力で補助してくれている御蔭で、森ですれ違う敵兵が此方に気付くことは全く無く―――銃弾が発射された事実にさえ気が付かない。

 ……だが、鬼は鬼。音速を越える魔弾に容易く反応する生粋の怪物。安倍晴明の手駒で、生前から彼に仕える鬼神の中には、超音速を遥かに凌駕する狙撃にさえ存在する。例え、完璧に気配を消したまま銃弾を撃ったところで敵は殺せない。殺せない筈なのに、アーチャーは一方的に鬼兵を殺していた。

 理由は単純。弾丸の一つ一つに、とある術式が刻まれているだけ。効果は第六感に感知され難くなるよう、霊的な隠蔽処置が施されていた。加えて、消音機能も仕込まれている。つまり―――近距離から対象を不意打ちで、真正面から撃ち殺せる暗器。怪物を相手に真正面から銃殺出来る暗殺道具としてアーチャーは持っていたが、士郎の投影宝具と同時に使われる事で脅威的な効果を生み出していた。

 

「鴨撃ちだね。殺したい放題よ」

 

 パンパン、と淡々と殺す。森の木々の間を走り抜け、アーチャーが射殺する。グループで行動している者ならば、榴弾をグレネードランチャーから撃ち放ち、その爆撃で殺し損ねた者をすかさず殺した。

 また、強大な存在感を放っている鬼兵ならば、凛や士郎も強力して圧殺。英霊憑依体や天将クラスの鬼神などのキャスター特別製の式神であらば、不意打ちが防がれ長期戦になる可能性を鬱いて、攻撃せずに時間が掛かっても遠回りをし、敵の行動範囲から避けて急行した。

 そして―――

 

「斬る」

 

 ―――聖騎士が斬死をばら撒く。

 気配遮断の核となる布を視線だけでデメトリオ・メランドリは裂いた。

 

「メランドリか……?!」

 

 士郎は第六次聖杯戦争の前に、この代行者兼聖騎士の男と対峙した過去がある。其の時の経験から踏まえるに、危険。奴は斬撃を視界に投射する斬撃の魔人。こと剣を振う事と物を斬る事に掛けて、今この世に生きている誰よりも優れている。人を斬り殺す事に長けている。

 

「……ぐぇ!!」

 

 よって、敵の視線に死を見て士郎がした咄嗟の行動が、彼女の命を救った。強引に士郎は凛の背中を押し、瞬間―――凛の首があった空間に斬撃が奔った。コンマ一秒の百分の一でも遅れていれば、遠坂凛はあっさりと死んでいた。

 凛の頭から衝撃で兜が外れてしまい、士郎とアーチャーも戦闘で用無しとなる兜を取り外した。三人の意識が戦闘形態となり、敵意を集中させる。

 

「―――ヒハハ、アハハハハハハハハ!!

 釣れたぞ。

 アーチャーのみで、セイバーは不在。

 好機だ、折角の獲物を逃すで無いぞ。逆らう者は全て敵故―――皆殺しぞ、デメトリオ!」

 

 ライダーが―――笑う。彼は不遜で、傲慢で、下劣で、偉大だった。そんな男が笑みを浮かべ、声を上げる。

 

「しかし、良いぞ良いぞ。お主の眼は実にエグい。素晴しくエゲつない!」

 

「褒めていないな」

 

「まさか!

 戦争で悪辣なのは良い事だぞ。敵を殺すのに役立つならば、猶の事、それは称賛されるべき手柄である」

 

 ありとあらゆる存在(モノ)を切除する為には、視界に移るありとあらゆる存在(モノ)を認識しなくてはならない。

 それは決して、物体だけに限定されるものではない。幻想しかり、神秘しかり、魔力しかり、術式しかり、現象しかり、概念しかり、だ。

 例えば、魔術で強化されている物体を斬り裂く際、モノを斬る為にはそれに適した斬り方がある。鋼鉄と人体では、斬る時に必要な力の作用が異なる。デメトリオがモノを切るのに、直感と経験で一番その場で優れた力の入れ方で対象を斬る。刃をまるで自分の手先の如き精密動作で、すらりと動かして確実に斬り裂く。そして、それは魔眼による斬撃でも同じ事。

 つまり、現象そのもので斬ると言うコトは―――世界を見切ると言うコト。

 

「ならば、(オレ)と君は遠坂凛に感謝すべきだ。あのキャスターの牢獄より―――助けてくれた事実を」

 

「違いないぞ、全く以って違い無い!

 囮役として物の序か、あるいは転送の範囲指定によるものか。まぁ、キャスターに対する嫌がらせで助けたのだろうが、この状況を思考すれば……ふむ。成る程、無様よ。

 ―――あの(まじない)い屋に、最後の最後で一杯喰わされたか?

 セイバーがいないところ見ると決定よな。本来ならば、こうして遭遇する事もなく逃げられる計画だったのであろうが、無駄ぞ。殺すぞ。

 この我輩(ワシ)を囮に利用しようとした罪―――断じて許さん。

 我らと貴様らが殺し合い、時間を潰す事はキャスターにとって好都合だろうが、それでも構わん。眼前の敵を見逃す理由がなければ殺すのみ」

 

 ライダーは現状を把握していた。遠坂凛が自分達をキャスターの結界から逃した理由も、何故か偶然こうして森の中で遭遇した訳も、だ。そして、普通ならば、あそこまで狂った術者であると分かったキャスターの陣地で戦う選択はしない。例え、敵のマスターとサーヴァントを見付けたとしても、この結界から逃げ出す事を優先する。更に言えば、其の者達と組んでキャスターを討つか、森からの脱出を提案すべきであろう。普通ならば、先の事を考えれば、そうすべきなのだろう。

 しかし、ライダーは普通ではない。

 彼こそ略奪者の王。つまり、大陸の覇者、建国の覇王。

 思考した結果―――ライダーはキャスターよりも、実はこの同盟を崩す方を優先していた。確かに、他の者と協力してキャスターを討てる可能性は高い。しかし、キャスターを討った後はどうなるのか?

 答えは簡単。

 強い戦力を持つ者が、他の協力者を殺して聖杯を得る。

 ならば―――殺すべきだ。結局のところ、セイバーとアーチャーの同盟はライダーからすれば、キャスターと同程度の難敵であり、強敵であり、戦争相手。キャスターを殺そうとするのと同様、敵は殺せる好機に倒すのだ。

 

「ならば、斬ろう。敵なのだ、斬り殺そう」

 

 よって、デメトリオに反対する気は欠片もない。キャスターを殺す算段はライダーが考え付いているだろうし、彼も戦略的に考えて今この状況で斬り合う事は好都合。斬り応えが存分にある強敵であることも好都合。

 憂いなく、斬り殺せる。何一つ悩む事はない。

 セイバーがいない今こそが、同盟を崩せる絶好の機会なのだから。

 

「全て―――斬る。斬って終わらせる。

 斬る為に戦争を勝ち、斬る為に君達を殺させてくれ」

 

 その為にデメトリオ・メランドリは聖杯戦争に参加した。聖騎士とは程遠い闘争の欲求は、武人である事を考えても純度が高過ぎた。彼はもう、斬ると言う概念に近づき過ぎていた。神に仕える戦士でありながらも、それ以前の問題で致命的に何かが違う。彼は剣の業に取り憑かれ、人間である前に剣士に成り果てていた。

 斬る為に、敗色する程の敵と戦う。

 斬る為に、殺し甲斐のある命懸けの死闘に挑む。

 果たしてそれは、正気なのか、狂気なのか。鍛錬に挑む情熱もなくなり、人食いの化け物に対する執念でもなくなり、答えが無い信仰の執着も消えて無くなり、自己に思い悩む思考も消えてしまって―――斬った。

 答えとは、斬る事だった。

 斬殺、斬撃、切斬、斬首、斬魔。自分の人生が其処に終着していた。

 今までの苦難、全ての鍛錬。自分と他人の命を使い潰し、得られた終わり方。

 

「―――斬殺狂いが……!」

 

 アーチャーが聖騎士を見た後、忌々しいそうな仕草で言葉を吐き捨てた。表情を変えず、目の色だけでデメトリオは笑い楽しんでいた。

 

「道理だ。だから、斬り殺してやる」

 

 切除の魔眼を発動。士郎、凛、アーチャーの首と四肢を斬り跳ばす合計十五の刃を投射。だが、三人はその奇襲を一瞬で回避。

 しかし、この場所にはライダーがいた。彼の侵略軍が森に潜んでいるのだ。森の中では得意とする騎馬戦で戦うのは悪手となり使わないが、それならばそれ相応の戦法がある。

 森の中にいる弓兵。潜ませておいた兵士が影から矢を放ち、三人を襲う。

 凛は無限に使用可能な魔力で打ち払い、士郎は目で矢を捕捉して迎撃。アーチャーは刀を二刀流で構え、一閃だけで幾つも矢を落とし、それを結界のごとき密度で防衛。

 

「――――――」

 

 そして―――デメトリオが斬り込んだ。ライダーは実用性一辺倒の何ら装飾がない兵隊の弓を構え、自分の兵士達を操りながらマスターの援護に回り……アーチャーが銃火器で制圧。彼女は何処から兎も角、近代兵器を惜しみ無く宙に浮かしながら使用した。

 人類の進歩とは、戦争の進化でもある。殺戮手段は時代が進むにつれて、より良く深化した。そんな事はライダーにとって当然の事実であり、戦争では射程と威力と数が正義だと身で味わっている。安全な場所から如何に一方的に敵戦力を削れるか思考した場合、現代の武器の方が昔の武器よりも遥かに優れており、量産性もしかり。

 と、なれば―――ライダーがその“兵器”を準備していても可笑しくはなかった。

 近代戦は散兵が基本。合戦のように一箇所に集まっていれば、爆撃で一網打尽にされてお終いだ。集団による圧倒的な戦力で圧殺するのも好きだが、ライダーはそれだけでは無為に兵士が死ぬだけと理解していた。そうであるからこそ、彼は召喚された後も世の中を学び、戦争を更に学習していた。

 よって、ライダーは冬木に来て聖杯戦争へ参加する前に、略奪を行っておいた。兵士の武器を整える為に、内戦地域、軍事企業の基地、民兵組織、あるいは公に出来ない港街での武器密売が良い略奪場だった。デメトリオが持つ聖堂教会の情報網と、聖堂教会からの武器調達も利用し―――ライダーの兵士は近代武器を装備していた。

 

「最低ランクだが、全て宝具化しておるぞ。サーヴァントも蜂の巣よ」

 

 踊る敵達を見ながらライダーは誰にも聞こえない小声で、そう笑った。彼の愉しみの一つだが、自分達とは違う文明で発達した最先端の兵器を使うのが好きだった。略奪した武器を解析して製造するのも良いし、帝国軍技術者が開発した新型兵器が戦場で火を噴くのも楽しかった。

 突撃銃(アサルトライフル)散弾銃(ショットガン)擲弾銃(グレネードランチャー)短機関銃(サブマシンガン)重機関銃(ヘビーマシンガン)狙撃銃(スナイパーライフル)対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)などなど。数え切れない現代兵装。

 彼が略奪した武器は、彼の侵略軍の兵器となる。神秘が一切ない近代兵器はE-以下のランクしかないが、それでも宝具。加えて、宝具の属性を与えられた時点で、物によっては破壊力だけでAランク以上の破壊性能を持つ兵器も多々ある。例え、敵がAランク宝具を防ぐ反則に等しい防御型の宝具を持っていようが―――火薬を増やすだけで殺せる。殺せるだけの威力を持たせれば、それだけで良い。手に入れば、核弾頭や戦艦まで侵略軍の兵器となるのだから。

 言わば、兵器の破壊性能上昇が、宝具における魔力量増加に等しい行為。

 アーチャーは自分の優位性が潰えた事を理解した。そして、自分よりも遥かにライダーは戦略家として優秀だった。彼がその気になれば、生前と時代が違おうともあっさりと現世に適応し、何もかもを戦争に利用する略奪の化身なのだ。それに、彼が持つ兵士の中には兵器開発を行っていた軍所属の開発整備兵もおり、現世の兵器の趣旨を存分に学習していた。

 ……とは言え、自分自身は使い慣れた愛用の弓矢をライダーは使っているが。

 銃火器も良い兵器であり、使い勝手も良く、民を簡単に兵へ仕立て上げる便利な道具だが、敵は自分と同じサーヴァント。やはり、手慣れた武器が一番だ。

 

「だが、効かんか。アーチャーのカラクリも大分面白い。あれは……超能力か」

 

 銃弾と爆風。人間を簡単に四散させる暴力の渦は、本当に台風の目の様にアーチャーを中心とした三人を避けていた。

 ライダーも生前は様々な不可思議を見てきた。占い師や呪い師も帝国に所属していた。ある程度、この世の常識外の事象にもライダーは知識がある。知識があるのだが、専門家に比べれば全く以って無知蒙昧。そんな有り様を許せる訳も無く、ライダーは魔術が横行する聖杯戦争を生き抜く為に魔術知識を頭にブチ込んでいた。

 

「…………ふむ、念力か? あるいは、空間関連の魔術か?」

 

 超能力の代表格である念力(サイコキネシス)。触れずに弾丸や暴風を操っている所を見るに、ライダーはそう予測した。それに、どの様な力場が働いて、アーチャーが銃火器を浮遊させて引き金に見えない指を構えているのか見逃す事は出来なかった。しかし、空間そのものが歪んでいる様にも、ライダーには見えていた。

 

「いや―――両方と見える。興味深い、そのような英霊など今の歴史に居ないぞ」

 

 ライダー―――チンギス・カンは決して神秘に強い訳ではない。しかし、戦争に必要な知識が不足しているならば、記憶すればいいだけのこと。加えて、考察力はどの様な分野でも存分に発揮できる。

 合理的で効率的で、彼は誰よりも勤勉。

 専門分野には程遠い生前では余り信じていなかった神秘学(オカルティズム)も、彼は戦争で運用可能レベルまで知識を習得していたのだ。実際に簡易的な術であれば生前は無理だが、全身が魔術回路に等しいサーヴァントとなった自分ならば使えると分かり、ライダーは魔術を覚えていた。それに固有スキルである“皇帝特権”と“建国の祖”の影響もあり、無理難題であろうと特に問題はなくなっていた。

 

「―――デメトリオ、好きにやれ! 我輩(ワシ)も好きにさせて貰うぞ!」

 

「ああ。好きに暴れろ―――チンギス・カン(ライダー)

 

 好きにしろ。つまり、それは―――最大限の効率で虐殺すると言う事。可及的速やかに目の前の敵を殲滅し、本来の標的であるキャスターに王手を掛けるべく死闘に没頭する!

 

「宜しい、実に素晴しい!

 ならば、戦争だ。貴様らの生命と武器、略奪させて貰おうぞ!!」

 

 笑い声が轟いた。ライダーが今まで現世で略奪し―――そして、彼が作り上げたモンゴル帝国の兵装全てが具現化する。

 余りにも可笑しい光景。狂った兵士の展覧会。

 着ている装備は騎馬民族特有の鎧だと言うのに、持っている武器がアベコベだった。無論、鎧以外にも奪い取ったのか、色々な装備を付けている者もいた。中には何処かの魔術師や死徒でも殺して奪ったのか、見るからに普通の武器ではない魔術礼装、あるいは概念武装を身に付けている兵士もいる。

 赤黒い血色の半透明の死霊の軍勢。

 チンギス・カン(ライダー)が誇る宝具『王の侵攻(メドウ・コープス)』と、『反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)』の正体がこれだ。“王の侵攻”はライダーが何も無い零から作った嘗ての帝国侵略軍を細部まで完全に再現し、“反逆封印・暴虐戦場”は大陸で起こった略奪と言う現象の具現そのもの。

 宝具とは、即ち伝承に基づく英霊の兵器なのだ。ならば、建国の英霊であるチンギス・カンにとっての生前の武器とは何か?

 答えは一つしかない。

 彼が作り上げた最高の兵器とは―――モンゴル帝国。

 つまり、彼が身一つの徒手空拳で生み出した史上最強にして最悪の帝国侵略軍……!

 

「これが―――チンギス・カンの宝具だって言うの!?」

 

 凛には信じられなかった。確かに、前回の聖杯戦争ではどの英霊も狂った神秘を誇る怪物揃い。様々な伝承による圧倒的なまでの威力を持つ宝具が数多く在った。

 だけど、これは何かが違う。

 あのキャスターやバーサーカー、ランサーの宝具とも何かが違う。

 その悪寒こそが宝具の正体だと、凛は理解したくなかった。しかし、理解したくないと考えた時点で、彼女はライダーの本質を見抜いていた。

 生前、ありとあらゆる原典を零から財宝庫に集めた彼の英雄王と同じだ。

 ライダーは生前―――自分の身でこんな凶悪なまで肥大化した狂気を、土台も何も無い場所から人生を掛けて創造した。つまり、モンゴル帝国の基礎であり、土台であり、大陸を侵し続けた帝国侵略軍の創造主。

 それこそが、その大帝国だけが―――ライダーの宝具に相応しい伝承の具現。サーヴァントとして持つ神秘。

 

「確かに、ライダー(騎乗兵)とはあの男を良く例えたクラスだ」

 

 ―――帝国侵略軍。彼が人生を掛けて作った草原の怪物であり、彼が一番信頼する自分だけの最高の兵器であった。

 そして、悪態を吐く凛と士郎の前にデメトリオが現われた。

 殺気よりも先に斬撃を撃ち放つ理外の化け物にライダーのサーヴァントは相応しく、この聖騎士は草原が生み出した略奪を極めて最期まで人生を生き抜いた王のマスターに相応しかった。

 

“兵士と武器は戦争前に万全。カカ……さてはて。七騎殺すのに足りなくなるまでに、補充を完遂しなくてはな”

 

 ライダーは戦力を整えていた。彼は聖杯戦争の前に略奪を行っていたが、それは兵装だけではない。武器以外にも軍に必要なモノは、人。実際に敵を討つ人間がいる。兵士となる駒が必要。配下がいなければ王ではない。

 ……だから、殺した。

 徹底的に、散々に、殺戮し、奪い取った。

 魔術協会や聖堂教会の監視から露見しない様、戦争地帯や紛争地域で虐殺を行った。偶々そこに居ただけの人間を殺し、侵略兵の大元となる命を略奪した。デメトリオは何も言わず、ライダーの暴挙を見守っていただけ。挙げ句の果てに、魔術師や死徒をも獲物に選んで奪い取った。

 加えて、死者の怨念も十分に兵団の材料となる。ライダーの兵士はただ存在しているだけで、太源から魔力を略奪する為、土地に染み付く魔力の元となるエネルギー源は無作為に吸い取る。その所為か、人間の魂の残骸―――つまり、憎悪、絶望、悲痛と言った残留思念は良い餌であり、ライダーの宝具にとって上質な飯。

 

「故に―――無駄ぞ。

 我輩の兵を何百何千と殺したところで、それが餌となる。キャスターの式神も喰らい、武器の補充も中々だ」

 

 兵士の一体一体がライダーの心象風景の欠片の様な存在(モノ)。即ち、皇帝の魂に死して尚、帝国の略奪兵は輪廻を囚われている。

 死んだところで、無意味な結末だ。皇帝の兵士に戻ったところで、生きている事に価値は無かった。

 敵対している士郎、凛、そしてアーチャーと戦っている場所から円を描く形で、ライダーは対式神戦に準備した兵士を置いていた。この戦局に影響を与えない様にしているのと同時に、式神を殺す事で軍勢の動力源を略奪し続けていた。

 まるで、無限に繋がった輪。

 停止する機能を失ったライダーの略奪軍は延々と肥大化し続けていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 城から脱出した直ぐ後、直感がセイバーに囁いていた。このままでは殺される、と。遠坂凛の手によって危機的状況を脱出した筈なのに、第六感が今まで最大級の音色で警戒の鐘を鳴らしていた。

 

「―――シロウ! 凛!」

 

 何処にも居なかった。自分の周りには誰も居なかった。この異常事態が、今の森の危うさを示している。

 

「アーチャー!」

 

 同盟相手のサーヴァントの姿も見当たらない。状況は頗る危ないらしい。下手をしなくとも、自分のマスターである士郎も単独で森に取り残されている可能性が高い。サーヴァントである自分ならば何も問題はないが、人間の魔術師に過ぎない士郎では危険極まりない。

 ここは魔の森だ。

 魔術師であろうとも生き残るだけで尋常ではない力量が必要となる。

 強さと言う観点で自分のマスターと協力者の遠坂凛を欠片も疑っていないが、それでも万が一の事態は十分に有り得た。それだけ、キャスターが見せた深淵は理解の外側に存在する概念で構成されていた。

 

「――――――ッ……!!」

 

 そして、セイバーが魔城から脱出した直後―――奇襲が幾度と刹那の間に繰り返された。

 ―――一撃目。

 全方位から迫る暗影の刃を避ける。対魔力が通じぬ奇天烈な魔術は宝具並の概念を保有し、セイバーの守護を簡単に貫くも、当たらねば意味は無い。

 ―――二撃目。

 だがしかし、暗影の刃は無意味では無く、囮としての役割は完璧に果たしていた。細い直剣がセイバーの心臓を狙いつつ、他五本の剣が急所へ迫りながら回転して襲い掛かって来た。だがセイバーは、全開の膂力で振り回した聖剣の一閃を巧く利用して逃げ道を抉じ開ける。

 ―――三撃目。

 セイバーが回避した到着地点を予期した弾丸が、脅威的な狙撃の腕前によって合わされた。肝臓を貫く筈だった弾丸は、しかし彼女の鎧を削るだけに終わる。壮絶な金属音を鳴らして鎧が弾け飛び、身を捻った勢いのまま地面を転がる。

 ―――四撃目。

 目前に長身の神父が居た。カソックを風に乗る様に翻し、極限まで全身を軋ませて加速した剛拳が空間を捻じる。そして、直撃の瞬間に最高速に達した一撃がセイバーの臓腑を抉った。それにより鎧は完全に破壊されたが、堅い鎧の頑丈さを利用し、セイバーは身を逸らして威力の大部分を肉体外へ逃した。

 ―――五撃目。

 吹き飛んだセイバーの背中に樹木が衝突する。意識が遠退き、自らの血の味を感じるも直感した死を避ける。首を横にズラした直後に弾丸が樹に直撃し、折れた。弾圧を頬で感じながらもセイバーは一気に距離を取り、剣を隙なく構え直しす。

 

「――――――はぁ…! はぁ、グぐ……はあぁ―――っ!」

 

 その呼吸を錬鉄する。血を吐くが、次の瞬間には治癒を完了させた。

 セイバーは自分に襲い掛かって来た攻撃と、察知した気配から敵の数を認識する。影の魔術、剣の投擲、銃の一撃、拳の必殺、そして死の狙撃。

 黒装束の妖艶な魔術師。

 片手に手斧を持つ少女。

 カソックを着込む神父。

 死臭を漂わせる暗殺者。

 闇夜の中から現れる四人組は、全員が奈落を思わせる深い瞳でセイバーを見ていた。健常な生気を纏う者は誰もおらず、セイバーは此処が地獄の底かもしれないと言う錯覚を、本当の現実だと勘違いしそうだった。

 

「―――凄いなぁ。最優のサーヴァントとは言え、あの奇襲包囲網を潜り抜けますか」

 

 斧の柄で自分の肩をトントンと叩きながら、その少女―――間桐亜璃紗は綺麗過ぎておぞましい笑みを浮かべた。喋る声はこの世のものとは思えない程、美しい旋律を宿した迫力を持つ。

 

「そうだな。極まった能力を持つ直感の様だ。サーヴァントとして、実に素晴しい。そうは思わないか、衛宮切嗣?」

 

 尋常ならざる拳法の動きをした超常の怪人―――言峰綺礼が歪に口元を笑みの表情に変えた。

 

「――――――……」

 

 男はただただ無言。無音で静かに佇み、何も言う事はないと銃器を構えているだけ。綺礼に視線を向ける事も無く、感情のない人型機械のように熱を持っていなかった。そんな暗殺者は、嘗て召喚したサーヴァントを見ていた。そう、彼はセイバーを見ているだけであった。そこには本当に何も無かった。

 セイバーの視界にまず映ったのは、間桐桜その人。直感であったが、彼女がこの集団のリーダー格だとセイバーは何となく理解出来た。信じ難いが、むしろ今のコレはキャスターが見せる幻惑で、本当の現実ではないかと信じられない位であったが―――現実なのだとセイバーは分かってしまった。彼女の直感が敵の正体を簡単に教えてくれていた。

 気配が……魔力が同じなのだ。

 キャスターの式神ではないのだと、言葉で説明出来ない第六感と今までの経験で悟った。桜が居るだけでセイバーは本気で驚いているのに、そんな事態よりも更に上回る異常が此処には存在していた。

 

「まさか、そんな。何故だ、衛宮切嗣――――――!」

 

 二度と忘れられないと思った風貌。気配はもう人間の物では無くなっていたが、纏っている殺気は彼が本気であるとセイバーに分からせた。

 

「…………―――」

 

 英霊が最大限の殺意を向けているにも関わらず、彼は石ころを見る目で彼女を無視する。視線を向けていると言う事は意識自体はしているのだろうが、彼女の人間性を欠片も気にしていない。言葉を意味の無い雑音として聞き流している。

 

「セイバーさん、貴女も中々についていないですね。キャスターとの乱戦であわよくばと、ハグレを狙っていたんですけど。

 まさか―――貴女が釣れるとは思いませんでした。

 幸運です、実に良い展開です。

 先輩のサーヴァントを是非止めて貰って、昔のマスターに鞍替え致しませんか?」

 

「ふざ……けるな―――! 桜、貴女も所詮は魔術師だったと言う事ですか!?」

 

「くふふふ! ああ、本当に良い表情。

 そんなに私が遠坂凛と衛宮士郎を裏切っていた事が許せませんか? 許せませんよね? 分かりますよ、その気持ち。痛いほど分かります。

 信じたくないのに……ほらぁ、貴女はこんなにもあっさり現実を受け入れている。裏切られる事に慣れてしまっている可哀想な人ですね」

 

「―――貴様……!」

 

「ああ、こんな展開を待っていました。先輩に変わり果てた貴女を見せたいです。どんな貌をするのか、今から楽しみです。

 ですので、私達を殺さないと死により酷い目に遭いますよ。今からでも、なんで間桐桜を殺したのか、先輩と姉さんに説明する心の準備でもして置いた方が良いじゃないでしょうか。

 あ! でも―――セイバーさんは馬鹿ですから。

 騙されていた事に気が付かない阿保の王様ですし、生前も御子息の反逆を許した弱者ですし、私達を一人も殺せないでしょうし、理想だけしかお友達がいない哀れな偶像ですし、人の心が分からないから親友と奥様を裏切りに奔らせましたし……うん!

 ―――思い切って死んで下さい。

 英霊ですから死ぬのも慣れているでしょうし、こっちも貴女を凌辱する事に罪悪感が無くて丁度いいです」

 

「――――――!!」

 

 死ね、と心の中で叫んで斬り込んだ。セイバーの中にどうしようもない黒い感情が湧いて出た。これが唯の敵に言われたのなら、悪意に流される事無く聞き流していただろう。冷静な思考を保っているのに、これが悪手だと理解していて直感も止めた方が良いと訴えているのに、彼女は斬り掛った。

 

「駄目。丸分かりだよ、騎士王さん?」

 

 それを亜璃紗が止めた。セイバーと桜の間に入り込んだ。桜と亜璃紗の間にはラインが結ばれており、互いの危機には敏感。思考による念話も出来るとなれば、無言のまま敵にバレることなく会話も可能。(さなが)ら、マスターとサーヴァントのような関係だ。

 

「―――斧!?」

 

 彼女がセイバーの剣戟を逸らした得物は、無骨な作りをした斧。それも山の森に住まう樵が使っているような小さな手斧。人を殺すには十分な凶器。元が人間よりも頑丈な大木を斬り倒す道具な為、相手がサーヴァントでも術的な加護があれば首を跳ばすのに十分。

 人間がサーヴァントを止めるだけで狂っているに、更に異常なのは、亜璃紗が片手で斧を持っていると言うこと。もう片方の手には拳銃があり、銃身を肩に当てて相手に向けて構えてさえいないのだ。

 

「……っく!」

 

「イヒヒヒヒ! 踏み込むの? 踏み込まないで打ち払うの?

 ―――悩んでる、悩んでる。

 セイバーさんの心は本当に読み易いよ。読めない一手一手を直感で対応していちゃ、視線で解からせるようなもんさ」

 

 聖剣を真正面から受け止めただけでも有り得ない。なのに亜璃紗は、絶妙な力加減でセイバーを鍔迫り合いで抑え込んでいた。

 

「―――黙れ!!」

 

 魔力放出により、強引に彼女を吹き飛ばす。鉄を木端にする破壊力の前では人間など襤褸雑巾だが、亜璃紗は予定調和と言える身動きで威力を完全に受け流していた。そのまま後ろへ滑らかな足取りで下がり、無傷のまま静かに佇み―――銃を既に撃っていた。後退しながら、弾丸を眉間へ狙っていた。

 狂っている。この女は何処も余す事無くイカれている。

 人間では無かった。殺気も、視線も、動作も呼吸も悪意も邪気も人外。全てが狂おしい。彼女(アレ)は断じて美しい少女ではなく、狂っているから美しささえ見出せるほどおぞましいのだ。セイバーは唯々この異形の人型が恐ろしかった。

 

「そんなに怖いんかな? まぁ―――死ねば何も感じなくなるよ。死んだ事がある英霊さんなら分かるんじゃない?」

 

 理解できないから、恐怖する。人間も英霊も、根本的な感情の流れは変わらない。

 

「―――ク……」

 

 セイバーは額から流血していた。弾丸が掠った所為か、流れ出た赤い血液が片目に入ってしまい―――死角から神父が強襲を既に行っていた。亜璃紗が吹き飛んだ直後には、一足一倒でサーヴァントを相手に殴り掛かっていた。拳が防御の上から衝撃を伝播させ、篭手も鎧も無視して内臓を揺さぶられた。その所業、もはや人間業ではなく、つまり……彼はもう、人間を辞めた悪魔であると言うこと。そして、それは綺礼だけに適応されるルールではない。死して人間を辞めた者がもう一人。

 衛宮切嗣は嘗ての相棒を()りに、銃を片手に強襲を仕掛け―――

 

Time alter(固有時制御)pentagon accel(五倍速)―――」

 

 ―――言峰綺礼は黒鍵を魔力任せに強化した。

 セイバーにとって今の状況は正に臨死。剣を盾にする間もない神父の攻撃を、何とか腕の篭手を盾に防げては良いものも、暗殺者が短機関銃をばら撒いた。神業染みた、相手からすれば悪魔の幻と同じ直感の回避予知でセイバーは無傷であったが―――鉄塊となった黒鍵が逃げ場を抑え込んでいる。黒鍵の刃が回り、滞空する様に進んでいた。

 加えて、辺りの足元が黒い沼と化す。

 敵が予め準備していた罠へ誘い込まれたと一瞬で判断し……セイバーは未来を幻視した。沼と剣、自分にとってどちらが致命的か、刹那よりも遥かに短い零秒の世界で直感したのだ。

 

「せやぁ……ッ―――!」

 

 黒鍵の配置は左右前後と、頭上の五カ所。足元に沼となれば、サーヴァントであろうとも詰み。王手を越えた勝利の一手前。

 故に―――この程度の地獄を踏破出来ず、何がセイバーか。

 閃光に等しい魔力放出が周囲の地面を一斉に抉る。黒沼は物理干渉を物ともしない影の泥だが、地面ごと消されるとなれば話は別。まるで伝説に語られる選定の剣(カリバーン)のように聖剣を地面へ突き刺すも、黒鍵に影響無し。爆発でクレーターが出来上がっていく光景は、体感時間が圧縮されなければ見れぬ映像であり、その中でセイバーは動いていた。

 黒鍵は僅かな爆風の影響を受けず、刀身も飛来する石飛礫も砕きながら回転している。綺礼の捻じれた性根に似て嫌らしく速度も遅く、相手をゆっくりと嬲り殺すような、草刈り機みたいな回転刃―――も、聖剣の前には無力。何より、当たらなければ武器は敵に傷を作れない。鍛え上げた剣技と生まれ持った直感が、二本の黒鍵を砕き、三本を皮一枚で避けた。

 

「―――っ……」

 

 しかし、その敵の攻撃を凌いだ直後、更に重圧な攻勢がセイバーを襲った。途切れる間のない連続性が、流石のセイバーの直感も鈍らせつつあった。本当に恐ろしいのは、四人掛かりとは言えセイバーと戦闘が出来ている事。だが、攻勢を掛け続けなければ、そもそも四人はセイバーの圧倒的な破壊力で粉砕されるだけ。攻め続けなければ四人はあっさりと全員死に、敵の攻撃が途切れた時が絶殺の好機となる!

 だから、セイバーは抉じ開ける。

 ブリテンの戦場では蛮族共と殺し合いに明け暮れ、他国の王と争い競い合い、最後の敵は自分に仕えていた臣下達。その絶望的なまで苦しく、辛く、明日が見えない戦場での経験が彼女の力だ。戦争に次ぐ戦争が、セイバーを鍛え上げている。

 一言で表せば、強い。

 セイバーは純粋に強かった。

 圧倒的なまでの膂力と、音を置き去りにする速力の前に―――人間の魔術師風情が勝てる道理はない。

 

「――――――……!」

 

 歯を食いしばり、聖剣を全力で一閃。それだけで吹き飛ぶ。剣圧だけで人間を切り裂く神速の剣舞……!

 ―――好機。

 切嗣は短機関銃を破壊され、綺礼は黒鍵を圧し折られた。亜璃紗も斧を手放してしまい、桜は呪文詠唱を中断してしまた。

 セイバーの前に四人が居た。それも体勢を崩した状態であり、流血もしている。近接戦をしていた者は、負傷によって物理的に直ぐ様動けない。全員が全員、遠距離用の攻撃手段を持っているが、とっさに動ける桜のはだけで……しかし、桜の手に届く程の眼前には、セイバーに飛ばされた三人が居る。障害物がある所為で、彼女の影による攻撃は不可能。何より、桜もセイバーから膨大な魔力放出を暴風として受けている。肋骨が罅割れて硬直していまっていた。肉体的な頑強さはこの中で桜が一番低い。

 そして、剣を振うには遠いが―――宝具の真名を解放する為には程良い距離。

 

約束された(エクス)――――――」

 

 確実に、纏めて皆殺しにするしかない。風王結界では万が一の場合がある。広範囲を一切合財、地形を変形させようとも抹殺する方が合理的。直感もそう訴えていた―――絶対に殺せ、と。

 ……一番最初に動ける様になったのは、衛宮切嗣だった。

 だが、余りにも遅い。今から攻撃したところで、その攻撃ごと聖剣で一掃出来る。

 綺礼が黒鍵を構えるよりも、桜が魔術を放つよりも、亜璃紗が巨大な拳銃を構えるよりも、確かに切嗣なら四人の中で一番咄嗟の判断で銃を撃てる。そして、その彼の銃撃でも間に合わないとなれば、誰も対処が不可能だと言う事。そもそも手に持っていた筈の銃は、先程のセイバーの攻撃で破壊されていた。今の彼は無手で、だからこそセイバーは真名解放の好機と見たのだ。

 それでも、切嗣は諦めていなかった。

 懐からトンプソンコンデンターを取り出し、最速の抜き撃ちでセイバーへ発射。弾丸が空気を掻き混ぜながら進んでいくも……聖剣は、その威光を既に解放していた。

 

「――――――勝利の(カリ)………!?」

 

 最高峰まで高まったセイバーの魔力が、宝具に叩き込まれた瞬間―――魔弾(起源弾)が、聖剣(エクスカリバー)の刀身に衝突した。

 

「…………………ぁ」

 

 倒れていた。土と血の味が口の中に広がり、全身が血塗れになっていた。

 ―――気が付けば、死に体。

 即死しなかったのが不可思議な負傷を肉体の内側に受け、セイバーは地面に横たわっていた。聖剣を撃ち放った直後の記憶が曖昧で、意識が数秒間混濁としていたのだと理解した。

 

「わた……し……は、一体―――」

 

 アヴァロンの治癒効果で死ぬ前に回復した。逆流してきた宝具の魔力で内側をミキサーが暴れた如く壊れて裂かれたが、即死でなければ彼女が消滅する事は無い。

 しかし、動けない。身動きが取れない。

 流石のアヴァロンであろうとも、逆流してきた膨大な魔力がセイバーに与えた致命傷は、余りにも重い負傷だ。即死では無いだけで、アヴァロンが無ければ一秒後に死んでいた程の傷だったのだ。 

 

「―――つーかまーえた! ……っと。やっと、セイバーさんが手に入りましたか」

 

 けれども、完全に手遅れだった。傷を幾ら癒そうとも―――セイバーは呪いに囚われてしまった。地面が瞬く間に黒い泥沼と化し、呪詛が地獄の釜となり、彼女の魂を煮え溶かしてした。

 身動きが全く出来ずにいる。四肢に力が入らず、魔力を流すことも巧く出来ない。

 

「……ぐ―――」

 

 泥沼に沈み、完全に拘束されたセイバー。亜璃紗は泥に囚われたサーヴァントの前に出てしゃがみ込み、陰惨な笑みを浮かべて顔を覗き込んだ。

 ……苦しんでいる。肉体を引き千切られた上、精神を悪神の呪いで犯され続けている。

 実に面白い。唯の人間では心が弾けて消えているのだろうが、セイバーは理性を保って現状の打破をしようと気力を失っていない。亜璃紗にとって英霊とは、それ自体が極上の玩具であった。

 

「……がっ、あぁああ―――!」

 

 故に彼女はおもむろに、そんな強い心を持つセイバーの片目を抉った。素手で取り外した。

 

「やった。綺麗に取れました」

 

 亜璃紗は抉った騎士王の眼を、宝石でも愛でる様な貴人の視線で見つめていた。彼女は愉しそうに手の平の上でコロコロと転がしている。

 

「くふふふ……!

 なんだか貴女のように可愛らしい女の子の、硝子みたいに美しい目玉をコロコロするのは―――とても面白いです」

 

 そして、亜璃紗は中指と親指でセイバーの目玉を摘み、そのまま口の中に放り込んだ。口の中で飴玉を溶かす様に舌で十分に味わい、潰す事も飲み込む事も無く味と感触を楽しんだ。異常なまでの美貌を誇る亜璃紗が頬を膨らませているのはとても可愛らしいのだが、口の中にあるのは飴玉で無く人間の目玉だ。

 

「んー、ひのわぎじかしがいで(血の味しかしないね)

 

 その後、亜璃紗は唾液だらけのセイバーの目玉を口内から取り出した。ねっとりと血液と唾液が混じり、それは誰が見ても嫌悪感を感じてしまうだろう。

 

「―――じゃあ、可哀想なので返して上げようか」

 

 亜璃紗は抉った目玉を、セイバーの真っ赤に染まった空洞に無理矢理嵌めこんだ。

 

「……――――――――――――っ!!!」

 

 声も無い。激痛で顔が強張るも、セイバーは決して悲鳴を上げなかった。

 

「いけません、亜璃紗。そこのサーヴァントは、私達と一緒に戦う仲間にする予定ですので、傷め付けるのは程々にした方が良いです」

 

「分かりました。じゃ、とっとと汚染して帰ろうか。私も手伝います」

 

 片目を抉られ、押し戻されたセイバーの前には四人の魔術師。桜はサーヴァントを取り込む為に魔術を行い、亜璃紗は精神を折ろうとセイバーに圧力を魔術で掛け続けている。特に亜璃紗の魔術は悪辣で、人の奥底に仕舞い込んだ心理的外傷を穿り返すえげつない代物。セイバーはじくじくと思い出したくもない罪の記録で自己に亀裂が入り、そこから黒い泥の呪詛が侵食せんと染まってくる。

 生前の心的外傷が、セイバーの心を黒く傷ませている。

 ―――何で、救えなかったのか。

 ―――何で、導けなかったのか。

 滅んだ、滅んだのだ。彼女の国はもう無くなった。自分に仕えてくれた騎士達には破滅の末路を与え、自分が守りたかった領民達には絶望を与えた。

 王は人の心が分からない。

 分からないから、斬り捨てたのか。

 十の為に一を生贄にしてきた筈なのに、最後の最後で一の為に十が消えてしまった。自分が斬り捨てた一となる人物……つまり、我が子であるモードレッド。国に不要と生まれた時に斬り捨てて、それは正しい事であったのだろうが罪は罪であり、罪科は絶対に消えて無くならない。その正しさに罰を下したのが、結果的には自分の子供。赤子だった自分の子を捨て、その子が騎士となって城に戻って来た。理想の為に犠牲にした筈のモードレッドの前であろうとも、騎士王は理想の為に誰かを犠牲にして国を統制し続けた。自分の心が悲鳴を上げても、相手が誰であろうとも、理想を体現すべく王として完成させ続けた。

 故に叛逆の騎士(モードレッド)こそが、正しく在る為に犠牲にしてきた者達の象徴。王が創り上げてしまった王を殺す為の道具。事実、彼の騎士はそう在れと母に作られた人造の騎士だった。

 騎士王は正しく国を統制し、正しく国を滅ぼした。彼女の正しさの犠牲者の一人であった騎士によって、正しく無惨に失敗した。

 死ね、死ね。死んで償え。

 殺されろ、呪われろ、犯されろ、砕かれろ。

 嘗ての彼女の騎士達が、嘲笑っていた。恨んでいた、憎んでいた。円卓の騎士が王を見捨てていた。お前を信じたのが間違いだった。愚かだった。愚か者を信じた愚か者になってしまった。王の為に、国の為に、その全ての結末がアレであった。カムランの丘だった。原因はお前だ、お前の所為だ。罪人め、悪魔め、殺人者め、詐欺師め、殺戮者め、虐殺者め、人でなしの嘘つきの暗君め。

 結局、救おうとして失敗した愚か者の―――剣を抜いただけの小娘め。

 お前の理想に皆が殺されたんだよ。お前の理想が国を殺したんだ。だから、お前は国に殺されたんだ―――

 

「―――ああ、美味しい……」

 

 桜の呪詛を利用して、亜璃紗は剥き出しになったセイバーの精神を歪ませ、嘗ての悪夢を見せていた。彼女の苦悩を楽しんでいた。他人の精神の苦痛を美味と感じる亜璃紗にとって、セイバー程の巨大な歪みは感覚の許容範囲を越える甘さを持つ禁断の果実。

 

「……美味しいなぁ」

 

 過去を覗くと言う事は、相手の人生を味わうと言う事。亜璃紗にとって、この世で愉しめる最上の娯楽の一つ。

 その点、セイバーは至高の芸術品。

 楽しい苦悩、面白い絶望、嬉しい悲劇、喜ばしい地獄。

 裏切られた時の彼女の感情など、絶頂した錯覚をする程の深さがある痛みで。自分の国の最後を悟り、その光景を目にした時の悲しみと嘆きと後悔は涙が出る程の感動があった。

 

「うん? あれ? ほう? あぁ……それ程まで強いか? この世全ての悪が全人類に向ける悪意を一人に絞ったって言うのに、なんで耐えられるのか……本当に、本気で不思議だな」

 

「―――ほざけ、下郎が……っ」

 

「んー、貴女みたいな真っ当な英霊で在る程、とても死にたくなる筈なんだけどなぁ。生前から、呪われ慣れてたりするのですかね?

 ……それとも、何かしらの宝具の守りか?

 ああ、わかった。成る程ね、あの有名な盗まれた聖剣の鞘かな」

 

 セイバーの体内には、聖剣の鞘(アヴァロン)がある。亜璃紗は呪いを応用して対魔力を簡単に突破して、精神干渉の魔術を使っていたので分かった。その鞘が彼女の内部で魂を保護していた。

 成る程、だったらアンリ・マユが万全に機能していないのも頷ける。亜璃紗はそう納得した上に、むしろ逆に壊し甲斐があるとほくそ笑む。思う儘に試行錯誤しても壊れにくい人間の精神なんて、そうそうこの世には無いので楽しそうで仕方が無かった。

 その様子を、嘗ての彼女のマスターを感情が消え失せた目で観察していた。彼の瞳には何の色も映しておらず、セイバーをセイバーと言う人格を持つ“人間”だと認識していない事が分かった。

 

「―――衛宮、切嗣……! 貴様は……っ――――――」

 

 故に、セイバーはこの策が衛宮切嗣が考え付いた物だと分かった。セイバー、つまりアルトリア・ペンドラゴンと言う英霊の能力と、自分達の能力を照らし合わせた結果から考え付いた戦術。この森で出会ったことが予想外であったとしても、セイバーと戦う事は最初から想定内の出来事であったのだ。

 森に入る最初から、彼女と出会う前から衛宮切嗣はセイバーを生け捕りにする為に、策を練っていた。だからこそ、この得られた偶然を好機に変え―――今こうして、アルトリアは倒れ伏していた。

 

「……―――」

 

 有らん限りの憎しみと恨み。亜璃紗に抉られた方の眼光は伽藍堂だったが、もう片方の生きている瞳が視線で切嗣を穿っていた。

 

「―――何を考えている! 聖杯は呪われてっ……なのに、望むモノが有るとでも言うのか!?」

 

「勿論だよ。その為ならば―――この世界、生贄にしてみせよう」

 

「キリ……ツ、グ――――――!」

 

 セイバーの瞳が呪詛で汚染され始めていた。両目の虹彩が変わり始め、爛々と濁る黄金色に鈍く変色していく。脳味噌が悪意と憎悪で煮え滾り、視線だけで命を奪う程の悪鬼に変貌しそうになる。

 それを、彼女は精神力だけで抑え込む。

 目の前の人でなし(衛宮切嗣)を恨めば恨むほど憎しみが高まるが、それに比例して呪詛の侵食が早まる。聖剣の鞘であろうとも、担い手そのものが呪いを生み出すのは止められない。その憎悪と、桜の悪意が合わさってしまい、汚染速度が速まってしまう。

 

「くく。くははははは! そうだ、その意気だぞ衛宮切嗣!

 嘗て共に戦争を生き抜いたサーヴァントを前にしての、その裏切りよう。実に愉快極まりないぞ」

 

 第四次聖杯戦争ではアサシンのマスターであり、セイバーも教会で会った言峰綺礼の顔に見覚えがある。第四次聖杯戦争ではアサシンのマスターであり、最後はギルガメッシュのマスターとなった怨敵。第四次では知らなかった事実も、第五次で召喚された時の記憶が知識を補完していた。

 そして、あの言峰士人(アサシンのマスター)の養父だ。その悪意の化身へ、切嗣は敵意のままに銃口を向けた。

 

「何の真似だ? 衛宮切嗣」

 

「不愉快だよ。死にたいのかい、言峰綺礼」

 

「そうか。だが、それこそ知った事ではない。逆に私は愉快極まりないからな。自分の鏡を見るのは辛いだろうが、私はおまえ達が存分に苦しむのが喜ばしい。

 せいぜい醜く、在りの儘に殺し合ってくれ。

 そこの元召喚相手を討ったのだ。次は、今度こそ息子を倒さなければな」

 

 クク、と綺礼は笑っていた。姿は切嗣と同じで第四次の時と同じだが、その笑みは死んだ時と何ら変わる事はない。世の中を悟り、悪意を尊んでいる。この悲劇を祝福し、神へ祈りを捧げていた。そして、彼が信じる神とは即ち、この悪辣な世界を生み出した創造主。

 こうなった原因と、そうなった結果。

 今の世界の在り方の答えとなる根源。

 救いようが何処にも一切存在無い戻って来た人界の、この末路が素晴しいのだ。ああ、ならばこそ、甦られた奇跡を神へ感謝して祈ることに―――一体、何の間違いがあると言うのか?

 

「お二人とも、今は其処までにして下さい。仲間割れなんて、何時何処でも出来る事です。敵地の此処で態々するような事じゃないですか。

 全く、子供何て歳じゃない良い大人なんですから……自重って言葉、知ってます?」

 

「いや、桜さん。煽ってどうするんですか? まぁ、兎も角、計画通り言ったのですから、落ち着いて下さいよ」

 

 綺礼だけでは無く、桜と亜璃紗も意識が切嗣の銃口に向けられた。彼が放つ本気の殺意が、三人の意識をセイバーから外させた。それ程までに衛宮切嗣の殺気は強く、濃く、無視し切れない鋭さを持っていた。

 二人は元々、昔は敵同士であったのだ。

 些細な事で殺し合い、裏切り合っても可笑しくはない。理性的に感情を制御しようとも、ふとした拍子に枷が外れるのも当然。それにそもそも、衛宮切嗣からすれば妻を殺した張本人でもあり、言峰綺礼からすれば聖杯を破壊した元凶でもある。理解し合えない、認められないと殺し合った過去がある。

 ―――その隙を穿つ。セイバーは敵の注意が外れた瞬間を見逃さない。

 一瞬で魔力を宝具に集中させる。衛宮切嗣によって完全破壊された魔術回路の修復は少々時が必要になったが、宝具使用が可能になる程度には既に治癒が完了している。

 この場で聖剣は使えない。無論、風王結界も使用不可能。故に身動きが取れないセイバーは、この状況を打破する為に、もっとも相応しい宝具を名を唱える……!

 

全て遠き(アヴァ)―――」

 

 突如、セイバーの内側から光が迸った。強大な黄金の閃光がセイバーを中心にして照らし、魔力が一気に膨張した。

 結界宝具、全て遠き理想郷(アヴァロン)の真名解放。

 間桐桜の黒い泥から逃げ延びるには、この方法しか無かった。切り裂かれた体内の修繕を行っている治癒の大元だが、それを停止させて泥沼から抜け出さんと桜の魔術を上回った。無理矢理宝具を稼動させたため、内側から傷だらけになっていた致命傷がセイバーを襲っていた。

 しかし、呪詛の概念を上回る守護の概念が泥沼の束縛を打ち破れる。例え魔法であろうとも防ぐ規格外の宝具となれば、間桐桜が支配する虚数の黒泥も完全に遮断可能。

 

「―――………っ!」

 

 ……血が吹き出た。泥沼に赤色が混ざり、グロテスクな紋様を成している。例えるなら、コーヒーにミルクを入れた様だった。

 

「―――……ふぅ。

 本当に危険な賭けでした」

 

 鋭い虚数の影が、セイバーの声帯を引き裂いていた。解放寸前であったアヴァロンの真名は唱えられず、再度セイバーの内側へ返還されてしまった。

 

「駄目じゃないですか、セイバーさん。此方にはあの人が居るのですよ。その宝具の能力を知ってしまえば、こんな場面で使って来る事は簡単に分かってしまいます。

 後はタイミングを計るだけ。態と隙を晒せば、まぁ……封じるのは簡単です。

 長ったらしい宝具解放に合わせるだけでしたら、思考速度で動かせる影を使えば容易いですしね」

 

 つまり、狙っていた。セイバーは敵の考えを見抜き、思考が絶望に沈む。首を狙う一閃を避けられ、一度捕まえた泥沼から脱出されぬよう、態々宝具を使う場面で首を斬ったのだ。

 

「こっちの方が冷や冷やだよ。桜さん、こんな態と隙を見せて奥の手を潰すなんて賭け、二度目はごめんですからね。

 ……あぁ、早く取り込んで下さい。セイバーが死んでしまう」

 

「分かってますよ、亜璃紗。まぁ、だから余り、霊核になる部分を壊す手は使いたくなかったのですが。本当、致し方ないですね」

 

 セイバーはまだ泥に抗っていた。死に抗っている訳では無い。

 死ぬ直前になっても強靭な精神力で濃厚な呪詛を堪え、サーヴァント殺しの泥に抵抗している。深く抉られた首の傷はアヴァロンでも即座に治癒は出来ない為、今の彼女は先に死ぬか、泥に取り込まれるかの二択が未来となる。

 ―――セイバーは死ぬまで泥に耐える。

 ―――桜にとって、これは賭けだった。

 桜はアヴァロン封じに首切りを狙ったが、死ぬのが早いか、取り込むのが早いか、そんな運の要素が大きいギャンブルを避ける為、最後の最後までセイバーの宝具解放を待っていた。

 

「……ふふ、うふふふふ―――!

 膨大な生命力と、自動蘇生する宝具が仇に成りましたね。貴女にとって残念な事でしょうけど、もう死ぬ事は出来ません」

 

 桜はセイバーの霊核を一気に汚染し切った。例え、第四次聖杯戦争で召喚されていたギルガメッシュでも耐え切れずに溶ける泥は、単純に聖杯の孔から溢れ出た呪詛の泥よりも更に凶悪。

 セイバーはアヴァロンの治癒が無ければ、汚染される前に死んで聖杯に送られていた。生まれながらに高い自己治癒がもう少し低ければ、致命傷に耐えられず消滅していた。

 ―――しかし、そうはならなかった。

 エクスカリバーの魔力が逆流して即死していれば、あるいはアヴァロンの蘇生が間に合わずに死んでいれば、間桐桜の策略は成功していなかった。これはセイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンの強さを冷徹に計算したからこそ考え付いたモノ。

 黒く染め―――魂を隷属させる。

 呪われた悪神の黒泥がドロドロと、コールタールに似た粘り気のある質感で精神を犯す。肉体を真っ黒に侵す。元が分からなくなる程、心身を変質させていった。

 誰もが、無言だった。

 誰もが、言葉が不要だった。

 漸く始まる殺し合い。願望を果たすべく、間桐桜(黒い聖杯)は戦争を布告する。

 

「さぁ、わたしたちの―――聖杯戦争を始めましょう」

 

 セイバーは囚われた。偶然とはいえ、桜は強力な手駒を従えた。キャスターの陣地における乱戦で弱ったサーヴァントを狙っていたが、思い付く限り最高の結果を得られたのだ。養子の間桐亜璃紗に、アヴェンジャーに呪われ囚われた亡霊である衛宮切嗣と言峰綺礼も居る。セイバーを自陣に加えられたとなれば、もう本腰を入れても戦力は十全に足りると判断。やっと戦争が出来ると考えただけで、桜は笑みを浮かべてしまうほど浮かれていた。

 間桐桜はこの成果を存分に満足し―――……その光景を、静かに一匹の黒猫が覗いていた。




 隠れていた間桐勢の再登場でした。セイバーファンとして、やっぱり黒化オルタも魅力の一つ何です。後、間桐勢の一番良い所はキャラクターが全員、黒いってところです。会話場面を書いていると延々に脳内で台詞が続いてしまうので、大幅にカットする方が大変でしたww 
 そして、ライダーのチート宝具の本当の能力がやっと出せました。彼の宝具は侵略軍ですので、殺した相手だったり略奪した敵の道具は、自軍の武器に出来る設定を漸く出せました。国を攻め落とせれば、あるいはどっかの国軍の軍事基地を制圧すると、設定だと核弾頭も宝具に出来る優れ物です。流石に拠点や基地を宝具化は出来ませんけど、基地の機能を持っていても軍艦ならば兵器なので可能であったり。勿論、概念的なモノでも殺したサーヴァントの宝具を手に入れる事も、出来たり出来なかったりします。現物がある兵器でしたら、奪った時点で手に入りる予定です。
 ……ふと、こんなに意味が無いほど長い後書きを書いていて考えてしまったのですけど、黒化したセイバーが鞘を持っていると彼女の強さはどうなるんだろう、と気が付きました。

 この作品を読んで頂き、ありがとうございました。


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61.太陽の神

 更新致しました。
 坂田金時とか、実はライダー候補でした。そして、主人公の士人の相棒する予定でもあったりしました。何だか、あのもうお前一人で十分じゃ、って雰囲気が大好きですww 後、格闘技を覚えた熊とか乗り物で出してみたかったです。でも、各地の伝承ですと金太郎って熊を殺してる場合があるんですよね。そして、キャスターとも面識があるんだろうかと妄想してみたり。


「―――でよぉ。そこで俺っちは見事、超絶電撃アルティメットスパークで死徒の股間を粉砕したっ訳。俺様が開発した超電導回転最優牙砕のクルクル咬みつきで、生死を決したってこと。

 どうどう、カッコよくね? あん時はマジでヤバかったからな」

 

「…………」

 

「凄かっぜぇ。なんてーの、おっ勃つつーか、炸裂っつーか。あの臨死の時はそうっすねぇ……交尾した時とはまた違う興奮だったぜ!」

 

「…………」

 

「やっぱ、あの男をご主人にして正解だった。今回もこんな阿保過ぎる馬鹿騒ぎに参加して、英傑たちの殺し合いを見れる何て最高の娯楽っすよ」

 

「……‥…」

 

「つーことで―――ユーは何て此処にいるんだい、レンさん?」

 

 物凄く、それはとても非常に面倒臭い相手に捕まってしまった。黒猫の姿のまま、レンは溜め息を人間臭い仕草でつく。アデルバート・ダンの使い魔であるフレディが、覚えていたレンの“魔力(匂い)”を嗅ぎつけたのだ。

 

「相変わらずのクールビューティ。だが、それが良い…って事で、まぁ、掴み話はこんなんで良いか。

 ここに居るんだろー―――あの腐れ神父が。

 確か今回だと……アサシン、のマスターだったっけか? 消去法とアレの性質から、多分それであってると思うんだけど。それにアレがバサカっちの旦那と城に入ってから、念話の妨害がされてて巧く繋がらないんっすよ。色々と情報不足で俺っちマジ困りでね」

 

「…………――――――」

 

 ついー、とレンは視線を森の闇に向けた。この子犬の聞くに堪えない話を聞き流すも、何だかだで結構重要な内容も含まれている。フレディは会話に戦局状況を組み込ませ、相手の“反応を嗅ぐ”ことでレンから情報を遠回しであるが得ていた。

 

「おっほぅ。ビンゴだぜ」

 

 と、フレディは嬉しそうに呟いた。目当ての人間が森の闇から出て来たからだ。その人物とは彼を使役する魔術師であり、バーサーカーのマスターであるアデルバート・ダン。だが、違う方向から彼らと遭遇するかのように、また違う人物が森から現れた。

 

「……あんたか、ダン」

 

「お前と一緒に転移されるとは……遠坂は一体何を考えている。いや、そもそも考えている時間が無かったのか」

 

 キャスターとて、みすみす転移を逃した訳ではない。遠坂凛が空間転移で抜け出す刹那、要塞の隔離結界の境界線上に妨害術式を一気に奔らせた。それにより、転移する人物と位置に干渉されてしまい、バラバラになってはぐれてしまった。

 

「―――止めだ、止め。ここで殺し合いはしないぞ。無意味だ。面倒なことになったぜ……ったくよ」

 

 殺気立つアヴェンジャーのマスター―――美綴綾子に、ダンは銃口を向ける事はしなかった。

 

「……だったら、それで良い。あたしも自分の安全が第一だからね。それにレンも居るとなると、もしかして居るんか? あいつが近くに」

 

「いんやー。匂いはしませんぜ、綾子の姐さん」

 

 子犬(フレディ)は相変わらずらしい。時計塔の時からぶれない奴だなぁ、と綾子は溜め息を飲み込む。この犬は例え敵だろうと、その瞬間だけは笑いながら楽しそうにしつつ、いざ場面が訪れれば主人の力となって相手を軽い気持ちで殺す犬畜生。

 相手と遊ぶ時も、相手を殺す時も、態度に変わりがないのだ。彼は人間ではなく犬の使い魔で、生きるも死ぬも、楽しむも苦しむも、在るが儘。何も変わりなく、どんな状況にも区別なく、いつも本気で嘲笑っていた。

 

「……ふぅん? じゃあ何か、レン。まさか、今一人なのか?」

 

「……」

 

 無言で頷く黒猫を見つつ、綾子はどうしようか思考し、やはり考えるまでも無いと意思を決めた。レンとは浅い付き合いでは無い。精神を摩耗させて疲れていた言峰と一時に暮らしていた時、つまり殺人貴が死んだ直ぐの時期のこと。綾子もレンと共に生活していた。あの神父と完全に二人っきりであった訳では無かった。

 ……と言うよりも、あの頃は士人よりもレンの方が落ち込み具合は高かった。今直ぐにでも自殺してしまうような危機的な精神状態であった。士人とレンの陰気な気配は凄まじい負の念であり、まるで屋内が腐って乾燥した廃屋みたいな空気になってしまう程。平常運転している士人ならば、愛しい主人が死んだレンを追い詰めて愉しんでいたのだろうが、当時は鬱まっしぐらな一人と一匹なので溜め息ばかりだったとか。

 それをある程度のところまで立ち直させた綾子も綾子。よって、レンにとって美綴綾子とは、命の恩人以上に思い入れのある自分の味方でもあった。

 

「はぁ。こりゃ、仕方ないね……」

 

 無口だが、無口ゆえに黒猫の気配を探るのは綾子にとって楽だった。

 

「……一緒に来る?」

 

「……―――」

 

 無音無言でレンは綾子の後ろに回った。意図した動きか分からないが、丁度フレディの視線から逃れる位置に移動していた。

 同時に、フレディも主人であるダンの横に並ぶ。

 奇しくも美綴綾子とアデルバート・ダンは、揃った立場と状況で対峙する事になった。

 段々と場の空気が死ぬ。重苦しく潰れて逝く。常人ではこの場にいるだけで心臓の脈が狂う程の圧迫感に満ち、呼吸が停止して気を失うだろう。

 

「なぁ、美綴。場は混迷の極みに堕ちてしまった。もう戦争をまともに出来るかどうか、分からない事態になっている。

 ここはよ、お互い意を決して―――同盟って訳にはいかないか?」

 

 しかし、ダンはそんな空気を一気に白けさせた。この男は魔術師であり、元執行者であるが、本来は殺し屋だ。好き込んで人を殺して賃金を得て、人並み以上の生活を送る破綻者だ。

 そんな悪鬼魔道が、修羅場に相応しくない言葉。

 綾子とて、数々の死線を越えている。自分が修羅に堕ちた悪鬼の類であると、自任している。強くなる為に、自身の生死を試す為に、より高みに届かんとして、戦場と戦争を利用していた。

 そんな彼女を例える言葉は腐るほどある。

 非道、外道、無道、邪道、魔道。それら全てを併せ持つ悪鬼であり、修羅であり、悪魔であり―――極悪人。

 数えるのも面倒なほど人助けもしてきたが、それも殺人と殺戮による冥府の所業による産物。それに数々の兵器を敵から趣味で奪い取っており、彼女は人を殺さない泥棒ではなく、暴虐によって簒奪する盗賊でもあった。

 故に、この男に殺意と敵意、挙げ句の果てに欠片の害意も無い事を感じ取れた。

 

「―――……らしく、ない。らしくないな、それ」

 

 胡散臭くて、言葉の意味が通じない程、気味が悪い。もっと率直に言えば、信じられない。

 

「正直な話、殺すのが面倒になってきてな。もうこれは、本当に戦争の規模になっている。一介の殺し屋に過ぎないオレでは、今の状況は荷が重い。

 バーサーカーは有能で、オレとの相性も悪くない。悪くないが……どうも、反則でもしなくては勝ち筋が取れん。

 と、なるとだ。聖杯をあのキャスター陣営から奪い取るのは、オレらだけでは不可能で……且つ、もしかしたらを考えれば―――聖杯を、破壊しなければならなくなる」

 

 その言葉で拒絶の意思が氷解した。

 

「ああ、そー言うこと。分かったよ、保険でアヴェンジャーの魔眼が必要なんだね?」

 

「正解だ。英霊化した殺人貴であれば、真実―――悪魔の神さえ、一方的に死なせるだろう」

 

 殺人貴とは、言わば今の魔術師にとって伝説だ。死徒第四位の魔法使いが、朱い月を倒した荒唐無稽な大昔の物語に等しい逸話の一つ。

 混沌のネロ・カオス、転生のロア、現象のタタリの抹消。彼らは人間では殺す事が不可能な本当の魔であった筈。なのに、死んだ。アインナッシュさえ、死神の前では無力であった。本当の不老不死であった黒騎士リィゾ=バール・シュトラウトと、その魔剣である真性悪魔ニアダークの殺害にも成功。

 最終的には星に墜落する月さえ消し滅ぼし、最後の真祖も彼の手で()された。

 

「……そうかい。まぁ、理屈は分かるし、受け入れられる。

 あたしもこのまんまじゃ、勝ち様が無くて困って居た所さ。利用しても良いから、こっちもアンタらを散々に利用させて頂こうじゃないか?」

 

「それは、つまり―――」 

 

「―――了承したってことよ。

 あたしだって、死にたくはない。悪手かもしれなくても、やっぱ生存率は高い方が良いしね」

 

 レンは不安に思っていた。言葉にする事はないが、こんなどうしようもない戦争に参加してしまった綾子が心配であった。心配であるのに……あの人のマスターが、彼女である事に安堵していた。

 アヴェンジャー、真名を殺人貴とするサーヴァント。

 彼の真名が遠野志貴、あるいは七夜志貴とならないのは、言わば本当の名よりも通り名の方が有名であったが為。殺人貴(デス)と人喰いの化け物に恐れられ、化け物を哀れな犠牲者の如く命を狩り取る死神。

 その男こそ、レンの主人である。そして、前の主人であった女性の為、彼女の願いの為、その人を殺した者でもあり、その女もまた男を死なせた原因でもあり……けれども、そんな因縁もこの聖杯戦争でやっと終わる。死んだ筈の殺人貴は還って来た。

 

「…………」

 

 神父とは―――契約がある。使い魔としてではなく、魂で結び付いた悪魔としての契約。悪魔と化して魔物へとレンは生まれ変わる必要があり、長い時間と重なった概念が、彼女を怪物へ駆り立てた。今の彼女は夢魔の使い魔でなく、夢魔の名を冠する悪魔。故に、神父との契約はより強固となり、あの男もレンを裏切る事も騙す事も出来ないだろう。

 しかし、この状況下だ。美綴綾子と共にいるのは、契約に反する訳ではない。

 だが、言峰士人こそ諸悪の根源。

 この悪夢よりも救われない真実と、果てにある結末は人が行き着く極みである業の具現であり、それだけが神父にとっての感動で、愉悦で、娯楽。殺人貴と真祖の悲劇もまた、この男が仕組んだ舞台劇だった。それと同じく、この第六次聖杯戦争も全ての原因に、あの男が存在した。

 

「…………―――」

 

 ならば、レンがすべきことは惨劇を止める事なのか。それは違った、否である。神父は巧妙に隠し事をし、相手の意図を察して物事の真実をぼかし騙す事はするが、嘘をついて他人を騙す事はない。それだけは決してしなかった。

 殺人貴は自分で選んで結末を迎えた様に、この戦争の参加者全員がそうである。

 言葉程度で止まりはせず、悪魔の神が聖杯に眠っている程度の真実では何も変わらない。

 確かに、神父の言葉は精神に対する致死性の猛毒。魂が抉られるし、実際レンもあの男に言葉を掛けられるだけで内側が暴かれて息が苦しくなる。多分、この戦争に参加している者が全員そうな筈。

 

「レン、どうしたのよ?」

 

「―――………」

 

「そう? 大丈夫なら、それでいいんだけど」

 

 綾子を心配させてしまったらしい。レンとしても彼女があの神父と関わり合いにあるのは心配だけど、彼女が神父の弟子にならなくては自分と会う事も無かった。そう言う意味では、感謝しても良かったかもしれない。しかし、綾子はこんな世界に入り込む元凶もまた神父にあった。だが、神父が彼女を魔道に引き摺り込まなければ、殺人貴が召喚される事もなかっただろう。

 業が、深かった。言峰士人と言う人間は、人の世における災厄であった。

 関わった人間を破滅させる極悪でもあるが、より悪辣なのが他人の業を更に深くする点にある。人が各々に持つ業―――理想、復讐、愛憎、快楽、正義、探究、狂気、執着、と数ある求道の名が神父の娯楽。

 ならば、聖杯戦争は最高の悦楽である。

 あの男がただで終わらせるとは考えられなかった。

 何より、キャスターの暴挙によって、聖杯の真実が露見してしまった。まだ一騎も死していない状態で、これでは何が起こるか予測も出来ない。暗雲が立ち込め、戦局は刻一刻と誰にとっても悪い状況になってきた。誰もが敗者となり、全て御破算するかもしれない。

 ……レンは、それでも会わねばならなかった。

 目的の彼が直ぐ傍まで近づいている。彼のマスターとも接触し、もう直ぐ会える。

 

「では、美綴綾子。同盟成立と言う事で良いな」

 

「ええ。けど、問題はウチのアヴェンジャーと、そっちのバーサーカーの説得だね」

 

「同感さ。あいつ、何だかんだで狂ってるからなぁ……」

 

「バーサーカーじゃ、仕方ない事じゃない。こっちの相棒も、退魔に狂った狂人だよ。いや、あたしとアンタが誰彼が狂ってるなんて、言えた事じゃないんだけどね」

 

「それもまた同感。しかし、折角結んだ同盟さ。うまくやっていこう」

 

 キャスターの式神兵を警戒しつつ、二人と二匹が森の中を進んでいく。あちこちで戦闘が勃発し、場は完全に混沌状態に陥ってしまっている。そして、美綴綾子とアデルバート・ダンはまだ知らぬ事だが、アヴェンジャーとバーサーカーが殺し合っている場面に遭遇するのは直ぐ後であった。

 

 

◇◇◇

 

 マスターとサーヴァントが離れた組みがいた中で、バゼットとランサーは幸運な方であった。二人は少々離れていたが、直ぐに合流する事が出来た。だが、転移したマスターとサーヴァントの中では一番不運な陣営でもあった。

 何故なら―――彼らはキャスターに捕捉されてしまった。

 それも式神でもなく、キャスターが作った式神の自己分身でもなく、本物のキャスターが命を奪いに来た。間接的ならば、森にいる全ての敵対者に干渉している最中だが、直接的に殺しに掛っているのはランサーの陣営のみ。

 

「―――シィィイイイッ……ハッハーーー!!」

 

 気合いを込めた闘争の雄叫びの後に、ランサーは抑えきれないと爆笑してしまった。生前と同じ様に、有り得ない程の逆境の中に居ながらも、彼は生前と違って自分の力を万全に使用可能だった。

 宝具である魔槍ゲイ・ボルグ。

 武術と魔術の師匠スカアハから教わった槍術と体術と、原初のルーン魔術。

 ランサーは自分自身の全知全能を出し切り、本気で全力を出しているのに―――たった一人の魔術師を相手に勝て切れずにいた。むしろ、自分の方が不利であった。それも自分を使役するマスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツと言う、英霊に匹敵する身体能力を持つ超人であり、自分と同じルーンの魔術を体得した魔人が味方をしているにも関わらず、敵を倒せずにいた。逆に、自分達の方が殺される側の立場に傾きつつあった。

 

「アーチャーが千里眼がどうとか、陰陽術がどうとか言ってたけどよぉ……バゼット! 相手の能力は一体どうなってやがる!?」

 

「―――視えません。

 スキルやステータスが巧く透視出来ません! 宝具に至っては何も分かりません!?」

 

 叫ぶと共に剛腕を敵に突き立てる。金剛よりも硬い筈の鬼種の皮膚が、ダメージを受けるどころか貫通して一撃で致命傷を受けた。つまり、心臓を一発で貫かれて死んだ。もはや、人間で行える所業ではなく、彼女は本当に人の法則から逸脱した生粋の超人魔人であると言うことだ。

 

「……っち。やっぱ、そう言うカラクリか。考え付く事がせけぇんだよ、テメェ」

 

 実際に能力を見ても、宝具やスキルの正体を看破しても分からなかった理由。彼は陰陽術と宝具を利用し、敵マスターからの透視を妨害していた。最初は情報不足だからと敵相手に思わせていた為、キャスターは気が付かれるまで能力を巧妙に隠し通していた。どのマスターも誰もが、この段階に来るまでキャスターがステータスを隠蔽している事に気が付かなかったのだ。余りにも巧妙な手口であり、神秘面ではなく他人と競い合う頭脳面で、敵をキャスターは上回っていた。それに、そもそも、敵は一網打尽にする予定であった為、ここぞと言う場面まで実際に能力を隠し通していたのだ。だが、そうはならず、逃走を許してしまった。

 もはや、宝具の正体を見せた後では不必要な細工に思われるが、実はまだかなり有効。

 敵の能力が不透明であると言う事は、対策を立て難い事を意味する。バレているのは、自分が陰陽術を使う事、千里眼によって未来が視える事、陰陽術を宝具化可能な事、式神を使役する宝具を持っている事。しかし、その宝具やスキルの詳細な内容は透視出来る様になっておらず、視えるのはマスターが実際にサーヴァントの神秘を知り、正しく観測出来た内容のみ。故に、実際に見て、戦わなければ、種別や効果は分かっても程度は実感出来ない。相手のランクも分からない。見えるのは看破した真名と、目視して確認出来た契約するマスターの名前。後はステータスも分かるが、宝具のランクは分からない。クラススキルでさえ、あるのは確認出来ても、しっかりと認識しなければランクが分からない様になっていた。

 

「すみませんね。私は隠し事が大好きでして、それに自己紹介は程々にした方が良い。秘密が多い程、神秘的な印象が強まるではないですか。そもそも手段があるのでしたら、裸のままよりは服を着た方が文化的ですし……おっと?

 貴方みたいな紀元前の原始人にこんな言っても、意味が通じますかね?」

 

「―――そこ動くんじゃねぇ、串刺しにしてやるぜ……!」

 

 このキャスターはヤバ過ぎる、とランサーは積み重ねた経験と戦士として持つ直感で理解した。キャスターはステータスを隠蔽可能な技量の持ち主である故、誰もがこの陰陽師の不自然さに気が付いていなかった。

 彼は明らかに、ステータス以上の性能を持っていた。

 スキルのランクに相応しくない能力を発動させていた。

 キャスターの千里眼の評価はランクA+。しかし、そんな程度では実際、サーヴァントと音速の領域で戦闘をしながら未来を見続け、一瞬で幾通りもの戦闘を予知して対応などする事など出来やしない。これからの戦闘で有り得る可能性全ての光景を取捨選択し、遥か数十手先の未来を現段階で判断する事など、規格外の評価を受けるべき千里眼スキルだ。伝承に基づいた宝具になっていても良い程。ステータスの敏捷もランクCとなっているが、明らかにそれ以上の速度を出していた。 

 つまり、この男は宝具を利用してステータスとスキルを補強していた。例え視られたとしても、透視した筈のランク以上の性能を発揮する。キャスターはそう言う類の英霊で、マスターの透視による情報漏洩を何段階にも分けて防いでいた。

 

「へぇ、そうですか。そんな鯨の化け物から作った小骨槍で、私に届くと思っているんですか? これだから、優雅に生きられない野蛮な原始的な英霊は―――無様で、見ていて飽きません!

 戦いだけが生き甲斐でしたら……ほら、敵は此処に居ますよ。

 此処で安全に何の危険もなく、黙々と貴方達を殺す為の呪文を詠唱してますよ。

 まぁ、呪文を黙々と唱えるって言うのも変な言い方ですが、何となく良い響きです。実際、気分的に威力が高まるだけで、私の術符はもう完成した神秘ですし、術式の発動にあんまり要りませんし。この矛盾した雰囲気が、死と生と貧困と贅沢が集まる都的な表現といいましょうか……ランサーとそのマスター、お二人はどう思いますかね?」

 

「知るか、このペテン師がぁ―――!」

 

「同感です! そんなに私達をおちょくるのが楽しいですか?!」

 

「はい。それはもうとってもです。鬼退治以上に緊張感がありますからね」

 

 ハハハ、と雅に笑うキャスターは台詞の割に、緊張している雰囲気は全く零だった。本当に楽しそうに笑っているのに、目だけが笑っていない。

 如何殺そうか。如何死なせるか。

 敵の隙を淡々と窺って、戦術を淡々と構築していた。

 キャスターは手駒の鬼神を繰り出しつつ、千里眼でじっくりと観察していた。陰陽術を撃ち放ち、それの対応の仕方も把握していった。

 彼は未来も視えるが、過去も視える。故に、敵がしてくるかもしれない想定外の知らない筈の手をも、未来予想図に組み込んで対応している。

 ランサーの宝具を出すタイミングと、ルーン魔術を使用する頻度。

 バゼットが宝具を迎撃する可能性と、ルーン魔術による強化補正。

 敵の動きを観察し、未来を想定。錬金術師の分割思考と高速思考でも追い付けない神域の思考と、未来を監視する異端の千里眼により、彼は全てを把握した。だがしかし、鬼神を操り、術を放つも決定打を与えられない。キャスターはやっと理解した。

 ランサーとマクレミッツの二人組を倒すには、安全策では絶対に届かない。倒すには、そう―――自分も殺される覚悟で、必ず殺すと決意しなくてはならない。

 

「―――業火よ、天を照らせ」

 

 太陽の具現。埒外の灼熱が光り輝き、それだけで空間が焼け、鋼鉄が蒸発する。彼は対軍宝具レベルの術式を放ち、自軍の式神ごとキャスターは敵を燃やす。酸素を全て焼き尽くし、摂氏数千度の恒星の如き灼熱が、ランサーとバゼットに直撃……した筈。そう、確かに当たった筈なのに、炎の中からまだ気配を感じた。

 

「しゃらくせぇ―――!」

 

 ルーンの防壁を自己の貼り付け、ランサーは炎塊から飛び出し、バゼットが彼の後ろに続く。この一撃によって鬼神の数が無くなり、敵まで続く道筋が出来上がっていて。

 しかし、自滅の可能性があるそんな悪手をキャスターが態々するとは思えず。

 なのに、二人は分かっていたが、訪れたこの絶好の機会を逃しさないと挑む。

 ―――魔槍の刺突。

 キャスターの心の臓腑を貫く軌跡で刃は奔り、その死線は当然の結果としてキャスターが防ぐ―――も、死角からバゼットが奇襲を仕掛けた。宛ら、抜刀術を真似た剣技で槍から命を守ったが、その代償として刀が手元から吹き飛び、森の何処かに落ちてしまった。そして、第二陣の攻撃が直ぐ眼前まで迫る。ランサーが繰り出す神速の刺突が、既にもうバゼットの突撃と同時に放たれていた。

 挟まれた、と理解した時にはもう遅い。ランサーとバゼットの連帯攻撃を前にしては、セイバーやアーチャーでさえ傷を負うだろう。ならば、そもそも白兵戦に向かないキャスターでは、徒手空拳となった彼では、対処の仕様が無い臨死の瞬間。

 だが、このキャスターは例外。

 

「―――ふむふむ。斬り合い殴り合いが強いと言っても、こんなもんですか」

 

 恐ろしい事に、キャスターは敵の“攻撃”を鷲掴みにしていた。掌でバゼットの拳を受け止め、ランサーの槍の刃を握り止めている。未来を盗み見るキャスターだからこそ、まるで置くような仕草で攻撃に合わせて両手を盾にしていた。

 硬直する。声も上がらない。ランサーとバゼットも、何もしていない訳でも無い。しかし、二人は動かない……いや、体を動かせられない。口も動かず、瞬きさえも出来ずにいた。

 何故なら、キャスターが直接―――二人が存在している空間を停止させていた為。

 着物の袖で隠れて見えていなかったが、キャスターの腕にはびっしりと術符が張られていた。良く見れば、何時の間にか両手まで覆っていた。バゼットのルーンの手袋を真似ているかの様に、キャスターは術符で自分の四肢を強化していたのだ。その札らが、敵に武器越しに触れることで空間停止を行っていた。いや、それはもはや空間を対象にした時間停止であり、世界そのものを凍結させる魔神の秘技である。

 

「では、まぁ……―――死んで下さいね?」

 

 二人を拘束したままの状態で、彼は式神を召喚。背後に現れたのは、物干し竿と日本で例えられる程の、五尺以上の長さを誇る刀を構えた優美な鬼神。

 その鬼が横に刃を一閃するだけで、二人の首はそのまま跳ぶだろう。

 

「――――――ガ……!!!」

 

 気合い、何て言葉では生温かった。全生命力を一瞬で焼き尽くす烈火の激震を、ランサーは全身から放った―――瞬間、鬼が刃を奔らせた。槍はキャスターの拘束術式を打ち破り自由になったが、キャスターはもう槍の範囲から脱し、鬼が盾となる。

 そして、槍が鬼の喉を串刺しにしていた。ランサーは有らん限りの力でそのまま捻り、捩り、一気に手元まで槍を引き戻す。それだけで、鬼の頸は吹き飛んだ。槍を戻す時の力が強過ぎるのもあるが、絶対に息の根を止める為に、ランサーが知っている確実な怪物の殺し方の一つでもある。

 今のランサーは最速を越え、神域の速度も通り過ぎ、魔の速さでも追い付かない槍の化身。ルーンで強化された肉体と、鍛え極まった技術は、ただただ「槍」としか例えられない迅さに至っていた。当然、殺せると油断していた生まれ立ての使い魔風情が叶う訳もなかった。その式神が本来ならば、神の領域さえ斬り裂く魔の剣士であったとしても、今のランサーに届く道理がない。

 

「……フ―――ッ!」

 

 打った。バゼットの呼気が空気を切り裂き、拳が敵の胴体を内臓ごと抉り込んだ。その一撃は英霊さえ木端にする人外の破壊と概念の重みを有していたが、キャスターの自動防壁が発動。体が吹き飛んでしまったが、実際の被害は零である。いや、衝撃を殺し切れなかったのか、肉体の負傷で動きが止まり、口元から血が出ていた!

 

刺し穿つ(ゲイ)―――」

 

 殺す、殺す、此処で確実に殺せ。絶殺の好機を逃さずランサーは躊躇無く王手を掛けた。そして、対人戦用の魔槍の発動は、今のキャスターが一番恐れている宝具の真名解放でもあった。

 ―――ゲイ・ボルグ。

 因果を逆転させ、当たる前に当たった結果を作り出し、その後に槍で殺す。ただの因果干渉であればキャスターは楽に対因果干渉術式で無効に出来るが、ランサーの魔槍が相手では無駄なのだ。何故なら―――ありとあらゆる予測した未来において、キャスターは自分が刺殺される現実しか観測出来なかった。対抗手段が有る筈なのに……しかし、それが事実。

 それもルーン魔術で神秘の濃度が増し、概念が更なる重みを持つとなれば、未来は一つの結末しか観測出来なかった。ただの因果の呪詛だけなら助かる見込みもあるのに、僅かな可能性さえもランサーの槍が答えを一つに絞っていた。

 ―――死ぬのだ。

 観測可能な未来が全部、因果逆転の呪詛がキャスターの“死”で塗り潰されていた。

 

「―――死棘の槍(ボルグ)……!」

 

 槍の攻撃範囲全てが必殺領域。圧倒的な死。刺殺と言う因果の呪詛。余りの速さに誰の目に止まらぬ、いや―――誰の視界にも映らない絶殺の刺突!

 悠々と赤い魔槍は敵を貫き、心臓を貫き潰しており……そのまま、キャスターの肉体が消えて逝った。砂が流れた後に似て、何も残さずに死んで消えた。あっさりと肉体がサーヴァントの定めに逆らう事なく亡くなり、アインツベルンの森の支配者が敗北した姿がそれだった。

 

「…………糞ったれが―――!」

 

 ランサーが貌を歪め、罵声を吐き出す。この憤怒は敵を殺さねば解消出来ず―――事実、キャスターはまだ生きていた。ランサーが真名を解放してまで殺した相手は、キャスターが入れ替えた囮の式神だった。

 入れ替わったのは、ランサーが真名解放した直後。あの瞬間、キャスターがバゼットの攻撃でダメージを受けていたのは本当だが、そもそもキャスターは四肢が取れようとも陰陽術を放つ。あれは確かに致命的な隙を晒し、身動き一つ取れない危機であったが、キャスターが術符を使うには全く以って許容範囲内。術符の行使は思考だけで十分であり、他のサーヴァントから見れば死を覚悟しようとも―――キャスターにとって、術符で予め対処手段を用意しておけば、何でも無い唯の危機。そして、真名解放の瞬間は、サーヴァントが動きを止める事も出来ない状態でもある。ランサーはしてやられたと認識したが、それでも間に合えと槍を加速させ……敵の心臓に届かなかった。

 

「―――ランサー、敵は何処に行きましたか!?」

 

「……上だぜ、バゼット。しかし、こりゃ―――かなりヤベぇかもな」

 

 二人が貌を上げた直後、森を覆っていた夜の闇が晴れた。時間が一気に反転し、朝日の時間も超えて、光が一番強い昼の時間に塗り変わっていた。二人の視線の先には空中に降り立つキャスターがいたが、それ以上に異常なモノが空に存在している。

 ―――太陽が、輝いていたのだ。

 爛々と光を放つ地獄の業火で、夜空が昼間のように明るかった。天照の陽光と見間違う程の輝きであり、神性の発露。キャスターが乗り物に愛用していた黒い鴉の式神を生贄に捧げ、生み出した恒星の具現である。

 

八咫烏(ヤタノガラス)……まぁ、肉体となる式神に神性と権能を上書きした紛い物ですが。それでも能力だけは特級品ですよ?

 例え、大聖杯でも呼び出せない特上の神霊ですからね。もっとも、霊格堕ちてしまって英霊の領域ですが、それでも神獣の中の神獣です」

 

 生まれからして、神。中には神霊でありながら英霊として召喚される者も居るが、それはサーヴァントとしてのレベルに合わせられた亜神としてである。だが、この神獣はまるで違う。英霊としての側面は無い生粋の神霊だ。創造神に使役されていた太陽神。

 神霊と混血である光の御子クー・フーリンは、祖父である太陽神に関する神性を持つ。そのアイルランドの大英雄を殺す為にだけに、キャスターは神を現世に降ろし、ただの兵器へと式神にした。神の力で以って、英雄を討つ。太陽神の子を、太陽で焼き滅ぼす。英霊を神の権能で圧殺するのだ。

 

「クー・フーリン。確か、宝具は魔槍ゲイ・ボルグでしたっけ。元々それを所有していた影の女王が弟子に与え、彼の愛槍に至ると言う物語。それに確か大元は、ボルグ・マク・ブアインが死した海獣の遺骸から作った骨の槍。

 言ってしまえば、巨大鯨の小骨でしょうか。しかし、まぁ―――それをあれ程までの武器に仕上げるとは。槍を作った職人も良い腕ですね。強大な魔獣の神秘を引き出し、因果の呪詛を生み出して武器として確立させる。加えて、投擲方法を立案した魔女の技巧も素晴しい。職人が生み出した神秘以外にも、槍には彼女が行った改良があるのでしょうかねぇ。

 故に―――大英雄の宝具足り得る伝承の具現。

 尤も、その受け継がれた神秘と技術を更に昇華させた英雄であるこそ、あの魔槍の持ち主に相応しいですのかね」

 

 彼は上空で魔力を充填しながらもぶつぶつと、独り言を呟き続ける。今から殺そうとする相手の情報を口にして整理しながら、この手段で正しいのか最後まで吟味する。もし、この万全の一手が防がれてしまったらと言う状況を思考しながら、今は作業に対して最大限の能力を用いて没頭していた。

 そう、独り言を呟きながらも、魔力が際限なく上昇している。

 森中の太源を一気に掻き集めていた。ランサーが殺した式神の魂も生贄の捧げ、自分が焼いた式神も動力源に使っていた。

 陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)十二天将(じゅうにてんしょう)。安倍晴明が持つ宝具。

 英霊とはこれ即ち、殺戮の権化。ならば、英霊の宝具とはつまるところ、伝承を具現する虐殺兵器。そして、安倍晴明が持つ伝承とは陰陽術そのものなのだ。ならば、作成した術符を宝具化すると言う神秘は、正に安倍晴明に相応しい武装。術符と式神こそ安倍晴明の誇りとなる宝具の伝承。

 つまり、彼が放つ陰陽術は全て、宝具(マーブル・ファンタズム)(クラス)の概念と神秘を宿す事を意味する。

 この日本と言う国において、安倍晴明の魔術自体が宝具に等しい伝説。

 彼は数多の逸話を持っているが、それは陰陽術による伝承。恐らくは日本一有名な魔術師であり、最強の陰陽師。

 ならばこそ、宝具化するほど彼の陰陽術は―――並の宝具を圧倒するまで極められていた。

 術符の神秘を宝具によって濃度を高め、泰山府君の秘術によって式神を完全に再現。英霊化した事により宝具の性能を持つ自身の術理を利用し、むしろ悪用と呼べるまで世界の神秘法則を悪辣に支配した。

 

「八咫烏の神性を生贄にした太陽です。さぁ―――骨の髄まで燃え尽きな!」

 

 神降ろし。それも、太陽の神性だけを現世に落とし、攻撃面にのみ特化させて抽出。日ノ本の国おいて、古い神々に仕える神道の巫女が使う特殊な魔術理論であるが、それを陰陽道の魔術基盤に適応させた。キャスターのソレは自己への憑依では無く、宝具である式神への模倣。もはや、大聖杯が行う英霊召喚に等しい所業であった。更に現世において、神霊は己が持つ“権能”を行使すれば消滅は間逃れないが、犠牲と言う前提であれば関係が無い。キャスターは神性と権能を火力に生み変え、地上に太陽を作り出す。

 神託など生易しい。

 これは―――神霊を生贄とする宝具よりも悪辣な殺戮の具現。

 既にこの男、術式と理論のみで英霊の領域を越えている。受肉した神獣を作り出した上に、術式の起爆剤に利用した。召喚した神性が核の爆薬に作り変え、キャスターは夜の太陽を生み出したのだ―――!

 

「……そんな、馬鹿な。たかだか英霊が、一部分とは言え神霊を召喚するなど―――!!」

 

 それ程まで神秘を鍛え上げたと言うならば、そもそも聖杯など要らぬ。つまり、キャスター―――安倍晴明であれば、自前の能力で受肉も行えて、魔力も自給出来て、第二の人生も召喚された時点で達成可能だ。それ程まで、神秘を鍛え上げている。その力が、自分達二人に向けられていた。

 聖杯にも匹敵するキャスターの神秘が、想像も絶する魔道の極限が今、お前を焼き殺すと落ちてくる……!

 

「おもしれぇ……! バゼット、行くぜ!!」

 

「―――!」

 

 あの太陽は、小型の核弾頭とでも言う兵器。もはや魔術ではない。神霊魔術に匹敵する宝具。だからこそ、神霊魔術の領域に突入する程である故に、キャスターは部分的とは言え自分の陰陽術が宝具化しているのだ。

 それを、ランサーは笑い飛ばす。バゼットは純粋に驚き、その驚愕が逆に心に平穏を取り戻させた。

 

「ランサー、消し飛ばしなさい!!」

 

 マスターとして、バゼットは成すべき事を成す。令呪で以って、相棒の言葉に応えた。

 

「おうよ!」 

 

 浮かび上がるルーン文字。影の国の女王スカハサから伝授された魔術。全てを覆い尽くす原初のルーンで成された文字列。一つ一つに意味があり、合わさり重なる言語に神秘が生まれた。

 つまり、強化。

 筋肉繊維全てに行き渡る魔力の激流。多種多様な文字が宿す概念が渦を成し、立った一つの意味を持つ魔術を成す。ルーン文字の軍勢がランサーの肉を強め、骨を強め、神経を強め、魔力を強め、全てを強め、強化。

 ―――強化だ。強化しろ、容器(カラダ)を引き裂かんばかりに強化。

 強化して、強化し尽くし、強化を幾重にも重ね、強化を何度も繰り返し、強化、強化強化、強化強化強化強化強化強化強化強化強化強化強化強化強化……―――!

 

「……っは。良いね、決死の特攻か」

 

 ランサー―――クー・フーリンが師から伝授された槍の使い方を自己流にした刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)はそも、彼女から貰った槍本来の使い方では無い。因果逆転の概念を集中的に槍から解放して使うこの対人宝具は、ランクが意味を成さない必中必殺。それも心臓を破壊した上で、呪詛で傷を癒す事も許さない。相手は死ぬしかない。だが、破壊力は無い。

 

「―――行くぜ、キャスター!!」

 

 因果逆転の呪い―――それが対人宝具としての概念であり、宝具としての神秘。

 Bランクと評価されているのは、槍が持つその因果律の逆転操作となる。つまり、ランサーが魔槍から呪いを引き出し、刺突技と融合させた宝具が―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)。規模や破壊力と言った殺傷能力では無く、因果を操る命中率と傷を癒さぬ特異性と言う観点からランクがBとなっている。必ず心臓を貫く、と言う神秘によって槍自体の貫通能力は上がっており、ランク相当に等しい殺傷性能は持っている。だが、その貫き殺す為の威力の大部分は、ランサー自身が鍛え上げた槍の術理だ。

 鍛え上げた肉体と武術、そして槍の能力を操る技術。

 この三つが合わさりあって初めて、魔槍は宝具として成り立っていた。

 

「オォォオオオオオぉぉおおおおおアアアああああああ……ッ!!」

 

 ならば、そこに彼が鍛え上げたルーン魔術が合わされれば―――如何程の宝具になるのか?

 

抉り穿つ(ゲイ)――――――――」

 

 答えが、今のランサーだった。

 全身をルーンにて身体機能増幅強化。同時に槍をもルーン文字で覆い尽くし、貫通力と破壊力を上昇させた。更に肉体崩壊も辞さぬ全力全開であり、壊れ続ける肉体をルーンによって治癒し続けている。今のランサーを例えるなら、精密ミサイルの発射台であり、その魔槍は正にミサイルである。そして、その全てがルーン魔術で凶悪化されていた。要は銃弾と弾薬だ。魔術で弾を強化すれば威力は上昇するが、発射の初速度に変化は無い。だが、ランサーが行ったのは起爆剤となる投擲する自分自身と、槍自体に対するルーンの加護。

 ―――魔槍ゲイボルグ。

 この宝具は、槍だけの能力でランクがB+と化しているのではない。槍の呪いと合わせたランサーの投擲も含め、槍投げの宝具として成立する。つまり、宝具を宝具に匹敵する技で放つことで、魔槍ゲイボルグは真価を発揮する。ならば武器と武術、その二つを強化され更なる一体化が成された場合―――宝具は既にランクに縛られる程度の概念ではない。

 神秘は加速し、魔槍は炸裂し――――

 

「―――――――鏖殺の槍(ボルグ)………!」

 

 ―――猛犬は神をも殺す。

 だが、それでも尚、ゲイボルグではキャスターの魔術には届かないだろう。魔力の総量で負け、神秘の濃度で負け、同格なのは概念程度。太陽は魔槍を焼き消せはしないが、押し通して敵を焼き殺すのだ。太陽の中で魔力を燃やされ、威力を完全に失う。

 もっとも、それは通常の場合。

 大英雄クー・フーリン全身全霊余す事無く全てを―――令呪が後押ししていた。

 

「貫きやがりなぁ―――……っ!」

 

 壮絶な神話の体現。絶死の光景。

 自分が放った槍を見て、ランサーが既に確信となった信念(コトバ)を叫ぶ。

 たった一本の槍が、墜落する炎塊を押し止めていた―――否! それは違った。紅き魔槍は赤い太陽を、僅かでづつに上空へ押し上げていた。この暗い森の中、太陽が上っているのだ。

 

「……な、に―――?」

 

 綺麗な球体だった太陽の塊が、歪む。形が崩れる。まるで、指一本で押し潰された風船。

 そして―――爆散。

 決して太陽が本来の機能通りに爆発した訳ではない。それは権能の崩壊であり、魔槍によって神秘が消し飛ばされたと言う事実。

 太陽の神は、息を吹かれた蝋燭の火の如き儚さで消滅した。

 

「バゼット―――」

 

「―――分かっています、脱出を強行しますよ!」

 

 

◇◇◇

 

 

 その異変は衛宮士郎にとって、死よりも冷酷な罰だった。

 

「令呪が……―――遠坂!?」

 

 ライダーと行っていた戦闘は不可避の障害でもあったが、セイバーが此方を見つかるだろうと言う魂胆もあった。何より、凛の転移観測地点から離れておらず、彼女の感知能力と戦場における直感力を知っていれば、合流も時間の内だと予想していた。

 だが―――終わった。

 ……全部、台無し。彼女との契約の証が、消えた。

 

「―――嘘、でしょ? だって、あのセイバーが……?

 ああ、畜生もう!?

 アーチャー、全力で持って離脱するわ。こんな場所にもう要は無い!? さっさと逃げないと全部手遅れになる―――!!」

 

 決断は素早く。そして、凛の判断は的確だった。

 まず、今の状態では目的の綾子とバゼットの捜索は不可能、且つキャスター以外で最大の障害であるライダーが自分を狙っている。と、なれば、一番の不確定要素が自分達に纏わり付いていると思考すれば、綾子とバゼットは最悪の場合でもキャスター陣営からのみ狙われている事が理解出来る。殺し屋アデルバート・ダンも狂った魔術師であるも、あれはある意味ではそこそこ信用出来る。殺し屋ゆえに、第一に死地からの脱出を目的にするだろう。

 そして、これが一番の理由であるが―――このままでは、死ぬ。

 ライダーを倒せても、キャスターから逃げ切れずに敗北する可能性が高い。逆に、ライダーはキャスターとあの要塞の中でなければ、相性が悪くなければ良くもないので、アーチャー達を殺した後にキャスター陣営と決戦する事も出来なくない。

 結論として、凛は逃走を第一目標とした。

 その思考は士郎も同じであり、アーチャーも同様。

 

「――――――」

 

 斬る。逃がさずに、殺し斬る。デメトリオは無言のまま、敵に斬り掛かる。一刀が重く、その斬撃が嵐となって敵へ振われた。

 

「愚かな馬鹿共が。むざむざと、折角の獲物を逃がすかものか……―――!」

 

 甲高い雄叫びで、ライダーは笑った。折角の戦争を楽しまず、一体何を楽しむのか、彼には分からない。分からないから、彼は声高く楽しそうに笑うのだ。敵の命を略奪できて嬉しいのだと、命を賭して殺すのだ。

 ライダーは手に持つ弓を射る。遠くに待機している兵に念じて、投石機から岩石や火薬弾を投下。空爆以上の精度で辺りを焼き払った。まだマスターであるデメトリオや、爆破範囲に自分に略奪兵がいるのに、彼は恐ろしい戦術を当たり前の事の様に行使してくる。

 

「これでも死なんか。ハハ、実に最高よ!」

 

 キャスターの結界は念話を妨害するも、魂に取り込まれている略奪兵達に対してならば、ライダーは問題なく命令を念じられていた。しかし、マスターであるデメトリオへは念話は使えない。よって、彼の近場にいる兵士を使い、仕草や動作で決めておいた合図で連絡を取っている。

 焼き払う。よって、なるべく遠くへ逃げろ。

 デメトリオへライダーが伝えたのは、そう言う連絡。

 よって、アーチャー達に爆撃が敢行された直前に範囲から逃げ切れていなかったが、それでも爆炎と衝撃で致命を負う範囲からは逃れていた。

 

「…………流石とでも、言うべきか」

 

 デメトリオは数十メートル先の破壊痕を眺める。アーチャーが自身の能力で爆風と岩石を止め、士郎が盾や大型の剣を投影して配置し、凛が膨大な魔力で強大な魔力障壁を張り巡らせていた。 

 大砲火を三人は喰い止めている。単純な火力で言えば、サーヴァントを七体殺せる破壊力を持ち、戦艦を穿ち静める大破壊であるが、それが通じない。要は三人揃った時の防御力は、戦争で例えれば城壁に並ぶ堅牢さを持つと言う事だ。

 その時であった。一瞬の出来事であったが……世界が、太陽の光に包み込まれた。

 余りにも眩しい光源が夜を照らし、森を昼間に塗り替えていた。この場で戦っている彼らは知らぬが、少し離れた場所においてキャスターとランサーが戦闘を行っていた。其の時に繰り出したキャスターの攻撃が、この戦地まで照らしていた。

 

「―――太陽……」

 

 突然の出来事に全員の動きが停止―――してはいなかった。唯一人、この場で自分にだけ出来る事が有る事を知っている人物がいた。

 その者は、アーチャー。彼女はライダー達とその兵士、何より視界から自分達を外したデメトリオの姿に好機を見出した。敵対者全員の意識が完全にではないが、僅かでも注意が薄れるのはこの瞬間だけしかない。逃亡出来るチャンスは、この今しか有り得なかった。

 

「――――――……!」

 

 一瞬の判断が戦局を大きく動かした。アーチャーは自分のマスターである凛と、セイバーのマスターで“あった”士郎の腕を握り締めた。自分の両手が塞がり、更に凛と士郎の腕を片方づつ動きを止める悪手であり―――敵が決して、逃す訳が無い大きな隙。殺してくれ、と言っているような醜態。

 しかし、この瞬間だけなら、ライダー達が自分達の隙を発見するのに、本当に僅かな時間だけ遅れてくれる。アーチャーには、そのズレを零秒で理解して、行動へ瞬時に移らなければならなかった。

 

「……―――――」

 

「……か―――!」

 

 敵の不自然な動きに、二人は絶好の機会を見たと同時―――逃せば取り返しのつかない事態になる、と直感した。まるで、アーチャーが太陽が上空へ突如として出現した現象を知っているかの様な動きに対し、疑問を思い浮かべる思考も無いままだった。二人は一瞬で攻撃体勢に移り……何もかもが手遅れだった。

 デメトリオの斬撃は空振り、ライダーの矢が虚空を通り過ぎて行った。しかし、そんな事は本来ならば有り得ない。

 

「……おい、デメトリオ。ここはキャスターの結界内であり……且つ、この我輩(ワシ)が略奪結界の内部ぞ。だから、分かる。己が宝具内の出来事故に、理解出来る。

 奴ら―――違う空間へ、転移して渡りおった。

 お主、このキャスターの結界内では、その類の魔術を使うのが難しいと言っておらんかったか?」

 

「……難しいぞ。事実、あの遠坂凛が転移魔術で直ぐに逃げ出さなかったのも、それが原因だと思われる。だから、もしもの場合にも備え、遠坂凛は転移を強硬しない様、我々は隙を窺うポーズを取り続けた。圧迫感を与えていた」

 

「だが、逃げたぞ。あれはアーチャーが原因か?」

 

「―――そう、だろう。間違いなく」

 

「やはり、お主もそう見るか。尤も転移前の行動を見れば、当然の思考でもある。

 しかし、そうなると面白い展開だぞ。弓兵で在りながらも、遠距離兵器を無効にする異能に加え、転移の神秘も備えている事となる。加え、何種かの武装を何処から兎も角、自由に取り出してもいた」

 

「あの力……(オレ)は、確かに―――見覚えがある。随分とこのアーチャーより質は低いが、同類の神秘であった」

 

「ほほう? それが事実なれば、誠に良い情報ぞ。殺して聖杯を奪い取る為に、確実な一歩を踏み出せる」

 

「…………ふむ―――」

 

 悩む間もなく、デメトリオは答えに辿り着いていた。幾度か斬り合えば、敵の中身を切り開いて観察出来る。交えた刃の感触がデメトリオ・メランドリには真実であり、絶対。その剣が訴えているのだ、あの女の正体を、真名を。

 

「―――英霊になったか……」

 

 だが、まずは撤退戦を無事に終わらせよう。何より、斬り殺せる上質な魔物が、この森には沢山いる。斬る事に困る事はなく、ライダーも目的を変更していた。今は出来るだけ早く、アインツベルンの領土から脱出するのが自分達にとって好都合。武装と兵士の消耗を抑えつつ、適度に式神を殺して補充する。吸収量が消費量を上回る前に、ライダーは戦力を整えておきたかった。

 デメトリオ・メランドリは、珍しく微笑んでいた。

 自分が今まで生きて来た中で、この戦場で出会った者達は誰もが強者。己を鍛え上げ、極めている超人であり、達人であり、魔人であった。そんな特上級の斬り合う相手が、沢山存在している。何より、自分の相棒であるライダーは戦場を面白可笑しく、自分にとって最高の舞台を作り上げてくれる。

 ―――ライダーもまた、自分のマスターと同種の笑みを浮かべている。

 おお、化け物共よ。

 戦場の犬よ、殺戮と虐殺の輩よ。この聖杯戦争は天国で、極楽だ。

 まだまだ是からだ。此処からが、楽園の様な本物の地獄となる―――否! 人で無しの英雄が生み出すこの世の地獄を、戦場の楽園を楽しむを存分に味わえる。

 二人は数多の帝国の略奪者を引き連れ、この森から撤退する。新しい戦場を求めて、静かに、盛大に、木々を焼き払い、式神を喰い殺しながら行進していった。




 アインツベルン戦線は、これで終わりそうです。多分もうアーチャーの正体はモロバレでしょうけど、まだまだ真名はばらしません。後、次回でまた急展開となります。

 ここまで読んで頂きまして、誠にありがとうございました。


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62.姉妹二人

 更新しました。
 チャイカの一期が終わった。二期が楽しみになる終わり方でした!
 ダークソウル2のDLが発売です。2000円で三部全部買えますので、買ってしまう事になりそうです。いやぁ、何だかんだでダクソ2は面白いのでまだ続いてます。DLで人もまた戻って増えると良いです。
 そして、新作のブラッドボーン!
 あれのPV見てフロム脳になりそうでした。新武器の銃がどうなるのか、楽しみです。久しぶりにゲームが早く欲しい気分になりました。


 ―――警報が鳴った。

 なんでだろうか、自分が死ぬ時が来たのだと自然に悟った。彼女の人生は母と父に囲まれた幸福の中で始まり、家族が消えて地獄に堕ちた後、また家族の手で救い上げられた。しかし、また地獄に堕ちて苦痛が始まるのだと理解してしまった。

 ……今度は、生きられないかもしれない。

 溜め息を重く吐く。この世の無常に諦観してしまった。奇跡とは、人間にとって有り得ないから奇跡なのだろう。今の人生は奇跡的な幸運で手に入れた日常であったのに、それも終わりが訪れた。奇跡にも終わりがあった。

 衛宮士郎の姉であり、衛宮切嗣の娘である聖杯―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、出口が無い終わりを感じ取っていた。

 

「……イリヤ」

 

 彼女の分身とも言えるリーズリットの、鋭く警戒する硬い声。

 

「イリヤ様、今は打つ手が有りません。此処は私達が囮となりますので、遠くへお逃げ下さい」

 

 彼女を守り続けて来たセラが、決死の意思を表して主人に生きろと願った。

 

「無駄よ。抵抗しても殺されて終わり。狙いは私だけでしょうから、むしろ貴女達が逃げなさい……って。何よ、何でそんな馬鹿を見る目で私を見るの」

 

 セラとリズは本気の本気で、イリヤのことを呆れた視線で見つめていた。

 

「士郎様のアレが移ってしまいましたか。残念です。けれど、そう仰られるのでしたら猶の事、従者として引くに引けません」

 

「セラに同意。やるべき事をやるだけ」

 

 彼女たちにとって、イリヤスフィールは全てだ。命であり、尊厳であり、在り方だ。彼女と共に死する時まで在り続ける事が、既に決めた自分達の生き方。

 

「じゃあ、道連れにしちゃうけど……―――本当に、良いの?」

 

 心が痛む程、伝わって来た。イリヤにとって、セラとリズは家族だ。自分以上に多分、彼女達を愛しているのだろう。

 士郎も大河も桜も凛も、イリヤにとっては大切な“誰か”になった。

 しかし、セラとリズはそう言う“誰か”とは別格。彼女達は運命共同体以上の、命を共有している他人ではない誰かなのだ。

 

「構いませんとも」

 

「どんと来い」

 

 返事は分かり切っていたのに、それを聞いている自分の感情が分からない。イリヤはただ純粋に、死にたくないと思う異常に、彼女達二人を死なせたくないと思ってしまい……

 

「―――うん」

 

 ……そんな、簡単な返答しか出来なかった。

 

「気を付けろよ、ツェリ。此処は敵地で、キャスターはまだ森の戦地にいる」

 

「分かっております。事は急がねば、計画も頓挫して苦労が水の泡になってしまうでしょう」

 

 そして、敵意は衛宮邸内部から。侵入者はまるで空間をそのまま渡って来たかのように、唐突に庭の虚空が出現していた。

 血濡れた白い骸骨鎧と大剣を装備する魔術師に、四肢に有刺鉄線を巻き付けた大鎌を持つメイド服の魔術師。二人の傍にサーヴァントは居ないのだが、無駄だった。力量差が余りに隔絶してしまっていた。轟くような魔力の濃さに、執行者や代行者に良く似た血生臭さが、異様な存在感を放っていた。魔術師と言う常識外の者から見ても、更なる異端の者であると分かる風貌と気配。

 ……あ、これは死んだ。と、イリヤもそう直感してしまったし、セラとリズも今此処で死ぬのだと感じだ。

 イリヤはこの雰囲気を一度だけ味わった事がある。確かそう、この感触は九年前に、ギルガメッシュを連れて神父が城を襲って来た時と同じ絶望感。

 

「―――ああ。なんだ。一発目で居るぜ、ついてる」

 

 カシャリ、と金属板が擦れて当たる高音。白い骸骨を模す鎧を着ていた魔術師―――エルナスフィールは、騎士鎧の大部分を四肢に付けた篭手と具足と、胴の鎧部分に収納した。兜も胴に収納された所為で、そのアインツベルンのホムンクルスに相応しくない黒髪黒目の風貌を外に出していた。

 エルナは土足のまま縁側から、イリヤたちがいる居間へ侵入。ツェリもまた彼女に後ろに続き、衛宮邸に入って行った。

 

「……なにやってんの?」

 

「エルナ様。日本では土足はマナー違反ですよ」

 

 背後で座り込んだ自分のメイド。日本では家の中で靴を脱ぐのが一般常識で、何だか当たり前な光景ではある。そうなのだけど、この状況にそぐわない事をしていた。

 

「今は良いよ、脱がなくて」

 

「そう……で、ありますか―――」

 

 生真面目な天然はこれだから面倒だ、と表情でエルナは感情を吐露した。靴からメイドは手を離し、主にそのまま続いて行った。

 若干、居間に変な空気が流れたものの、エルナとツェリが三人の前に対面した瞬間、イリヤは相手が一体何なのか理解したし、エルナは喜悦のまま優しく微笑んでしまった。従者達は黙り込み、主人達二人の問答を冷静に見守っている。

 

「―――アインツベルン」

 

「その通りです、アインツベルン」

 

 余りにも雰囲気にそぐわないエルナの敬語。全く相手を敬っておらず、語調には相手を揶揄する悪い気配が混ざっていた。名前も知らないアインツベルンのマスターに対してイリヤは自分の家名を口にし、アインツベルンの最高傑作であったイリヤスフィールへエルナスフィールは嘲りで答えたのだ。

 

「そして、初めましてイリヤスフィール。

 私の名前はエルナスフィール・フォン・アインツベルン。

 この度の第六次聖杯戦争のキャスターのマスターにして、アインツベルンの悲願を担いし―――聖杯の模造作品」

 

「―――……まさか」

 

 聖杯の、あの人造人間品番の模造品。自分がそうで在ったように、目の前の魔術師もそうで在る。つまり、同じ系譜に位置する同じホムンクルスの、アインツベルンが真似するあの聖女の複製体でもあった。ならば、答えを得るのは容易かった。イリヤスフィールにとってのアイリスフィールが、エルナスフィールにとってのイリヤスフィールであるだけ。それは……そんな、単純な話。

 

「分かりましたか、お母様。この私、エルナスフィールは貴女の娘です。そして、私の遺伝子上の父親は、お母様の父上でもあります―――衛宮切嗣です」

 

 自分と自分の父親を混ぜた生き物が、目の前にいる。この人造人間ですらない生物が、遺伝子上におけるイリヤの娘。

 禁忌であり、異端。

 何故なら、この女は自分と同じ衛宮切嗣の娘である。

 父親が同じで在り、母親が自分であり。その上、聖杯の複製体でもある自分自身の模造品―――!

 

「……嘘、よ。そんな、そんなこと、許される事じゃない……」

 

「本当ですよ、お母様……いや。もう、良いか。もう、良いんだ。やっと会えたんだ。もう、我慢する必要もないんだ。

 なぁ、お母様? ねぇ、お姉様?

 貴女の娘だよ、娘。そうさ―――此処に、娘のエルナが会いに来ました」

 

「……ねぇ、何で―――髪と目が黒いの?」

 

 これが答えだと、イリヤはわかっていた。アインツベルンの人造人間(ホムンクルス)には大元の(タイプ)として、とある人物の遺伝子設計図(システム)が組み込まれている。その情報こそがアインツベルンの魔術師である証明でもあり、逃げられない人造人間の製造設定。

 だが、エルナは違った。彼女は白い髪でも無ければ、紅い目でもない。黒髪黒目の上、顔立ちも何処となく東洋の血統が混ぜっている無国籍風味。

 つまり、そう―――

 

「理由は簡単さ。そりゃ正確に言えばこの私が、アインツベルンの人造人間(ホムンクルス)じゃないから。

 アインツベルンの魔術師として作られたけど、私はお前ら聖杯のホムンクルスと違って、冬の聖女と繋がっていないのさ。

 ツェリはさ、イリヤスフィール(お母様)の完璧以上の複製体だ。戦闘用に変異させられているけど、設定された大元の遺伝情報はイリヤスフィールのソレさ。つまり、聖杯でもある人造人間」

 

 ―――エルナスフィールは人造人間(ホムンクルス)ではない。アインツベルンの魔術師でありながら、彼らが生み出した人造生命体では無いという矛盾。

 ならば、何なのか。この女は一体、何だと言うのか。イリヤは思い付いた答えに狂気を感じた。恐怖して、吐き気がした。あの家は何も変わっていないと思っていたが、違っていたのだ。更に妄執は深く黒く溜まった澱となり、より鋭く異常に狂った粘度で執着していた。

 

「そうなんだ。貴女、人造人間から生み出た人間の魔術師なのね」

 

「正解だ。ああ、正解だよ、お母様。この身はね―――四分の三が人間なんだ。ホムンクルスなのは、たったの四分の一だけ。殆んど、ただの人間だ。自然の触媒じゃなければ、聖杯には程遠い生命体で、ただの生き物さ。錬金術で生成された人間だけど、ホムンクルスじゃない人造人間。

 私はアインツベルンの魔術師じゃない―――衛宮の、魔術師なんだ」

 

 それは狂気さえ生温かい倫理の外れ。エルナはアインツベルンの魔術師だが、その本質は魔術師一族衛宮の人間である。機能の拡張が施されているとは言え、聖杯の能力を取り付けられているだけの―――人間だった。

 イリヤや、イリヤの完全な後継器となるツェリは、本質は冬の聖女に連なっている。言わば、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの娘。彼女達は、その魂が大聖杯と繋がっている。そして、セラやリズもアインツベルンの血統に連なる人造人間の脈を持つが、エルナだけは完全なる異端。彼女は人間の魔術師であり、其の魂も人間に属す故に、アインツベルンの人造生物でありながら、ホムンクルスならざるアインツベルンの魔術師。

 故に、正確に言えば、アインツベルンの魔術師と言うのも間違い。

 

「……だったら、貴女こそ本物の衛宮切嗣の娘なの?」

 

 エルナはアインツベルンの血よりも、衛宮と言う人間の血で生まれた。アインツベルンよりの聖杯へと胎児の時から調整されたイリヤと違い、エルナはそのままの魂で誕生していた。

 

「遺伝子的にはそうなるね。この霊体と肉体、それに魂もただの人間だから。調整されたお母様よりも、お父様に近い存在だよ。

 だから、ほら―――あの男の亡き骸から剥ぎ取った魔術刻印は、こんなにも私に良く馴染む」

 

 対面に座るイリヤには見えないだろうが、エルナの背中に刻まれている魔術刻印が強烈に発光していた。

 

「―――墓を暴いたって言うの!?」

 

「そうだが? 今から八年程度前のことさ」

 

 その輝きこそ、衛宮家の継承となる証明。つまり、時間操作を研究していた魔術師一族衛宮の最後の継承者。

 

「一応、大聖杯の確認と調整もあってね。昔、教会の仕事でアインツベルンの城まで来た監督役の神父とも、またこの冬木の地で再会して、色々と聖杯戦争関連でお仕事の話をして……まぁ、どうしてもね?」

 

「―――貴女、アイツと繋がってるって言うの……?」

 

「いや、それは断固として否定させて貰う。あの男はね、この戦争を万全を喫して再開する為に、色々と裏方で策を巡らせていたんだ。聖杯を作るアインツベルンと交渉するのは大前提で、その他諸々の関係各機関との調整も大切な監督仕事。私の家の方も、利害が一致したんで、あの神父に援助してた訳さ。この第六次聖杯戦争を、誰の邪魔無く出来るようにってね。

 ……けれど、それだけ。

 戦争が始まって参加者同士となれば、もう殺すよ。お互いが用済みだし、その殺意が前提の協力だった訳だし」

 

「……あのアインツベルンが、あんな悪魔と手を結ぶ程、誇りを売り払っているのね」

 

「なにを今更って話だよ、それ。じゃなきゃ、お母様もツェリも、この私もこの世に生まれる事は無かっただろーに」

 

「そう。まぁ、それは如何でも良い事ね。じゃあ、何でわざわざ―――キリツグの墓を荒らしたの?」

 

 アインツベルンにとって、衛宮切嗣は既に関わる必要のない裏切り者。屈辱と恥辱を与えられたが、その報いは娘を奪い取る事で果たしている。

 故に、無駄な行いなのだ。

 何故、第五次聖杯戦争が終わった時期に、衛宮切嗣の墓を荒らす必要があったのか?

 

「何て言うの、ただ証が欲しかったんさ。

 この私―――エルナスフィールが人造人間ではなくとも、エルナスフィールで在る証明が欲しかった。

 その辺、日本の文化はムカついた。こっちと違ってよ、遺体は焼かれちまった所為で面倒だった。けど、半分以上は死灰から復元したぜ」

 

 焼いて灰になった死体から刻印を復元するとなれば、その作業は多大な執念が要る。刻印が刻まれていた箇所の灰を集め、儀式魔術によって時間を遡り、必要な部分を物理的に再生した。

 これは、アインツベルンが持つ錬金術の高い技術があって初めて可能な神業。

 死体から魔術刻印を再現するのは、並大抵の技量では無かった。だが、聖杯を作る程の技術があれば、刻印を読み取って作り直す事も不可能ではない。魔術回路そのものを人造人間として作り出せる技巧を駆使すれば、形を失くした刻印を元の生きた回路へ錬鉄可能。それをエルナの肉体に焼き入れた。其の時の儀式魔術は多大な精神的外傷と、意識の許容範囲外の苦痛を彼女に与えたが、エルナに耐えられない程の痛みではない。

 

「つまり、貴女個人の意思なのね」

 

「そういうこと。あの家がそんな無駄なことする訳がない」

 

 そして、エルナはもう無駄話は終わりだと言う様に、一歩一歩イリヤに近づいた。それを咄嗟に止めるべく、セラとリズも動いたのだが……動けなかった。

 認識する間もなく、体中に有刺鉄線が絡み付いていた。

 天井から、床から、壁から、二人の四肢を拘束し、棘で血肉を削ぎ取っていた。そして、首に鉄線が巻き付かれてしまい、それは命を完全に握られた事を意味していた。また、ツェリは魔術を使い、従者二人の言葉と回路を封じていた。呪文を封じ、動作を封じ、魔術を封じ、完全に詰んだ状態にした。

 

「――――――!」

 

 イリヤが二人の異変に気が付いた時、もう事は済んでいる。振り向いた背後には、一瞬で血塗れになった従者。何時有刺鉄線を家に仕込んだのか分からないが、魔術師の知覚を騙す程の技量を相手は持っていると言うこと。

 

「動くと死ぬ。ツェリの棘は鋭くてね、頑丈な魔獣も一瞬で肉片になる」

 

 言葉もないイリヤの肩に、エルナは手を置いた。咄嗟に払って落とせない様な、万力を締めるかの如き圧迫感が伝わって来る。

 

「―――エルナスフィール!」

 

「あは! やっと名前で呼んでくれたんだ、イリヤお母様!!」

 

 そして、イリヤの心臓の上にエルナは術符を置いた。第六次聖杯戦争の為にアインツベルンが用意した聖杯を取り込んだ、あのキャスターの宝具を―――その神秘を解放する!

 膨大な魔力、桁違いの概念。

 生まれ変わるのではない。作り直されるのでも無い。今のイリヤスフィールは、アインツベルンでは不可能であった真の完成を迎えるだけ。

 

「魂の聖杯―――やっと、完成する」

 

 性能として考えれば、最高傑作であるツェリでも、人型兵器であるエルナでも―――聖杯戦争程度の小聖杯としてならば十分。肉体に聖杯を植え付け、それを運営すれば良いだけ。

 しかし―――イリヤスフィールは、本当に完成した後の聖杯だった。

 アインツベルンが作り出した過去最高の性能を持つ聖杯を、その魔術基盤をキャスターは宝具を使って生み直した。泰山府君の秘術である十二神将の能力によって、聖杯に相応しい本当の魔へ人造人間の心身を転生させる。聖杯、と言う式神新たな人造鬼神に作り直す。そして、宝具化した術符によって術式機構を練り込み、それを相応しい人物に吸収させる。

 肉体が聖杯に変異(転生)するだけではない。

 肉体を通して魂を聖杯へ変異(転生)させる。

 こんな荒技は普通の人造人間(ホムンクルス)には不可能だった。だが、第五次で本当の聖杯に生まれ変わった過去を持つイリヤスフィールならば、不可能ではない。彼女は本物の聖杯であり、根源の渦と繋がり第三法のシステムを知る異端の娘。

 

「終わりましたか、エルナ様」

 

「む? そこの同胞さんのお二人、グッタリしてるけど殺したんか?」

 

「毒を使わせて頂きました」

 

 二人はイリヤが聖杯と化した姿を見た後、体から力を失くしていた。セラとリズには意識が完全に無かった。目の前でイリヤがイリヤスフィールではない何かへ生まれ変わったと言うのに、何の変化も無かった。表情も一つも変えていなかった。尤も、仕方が無い事だ。ツェリが錬金術で生成する毒素は、死徒の血肉もグズグズに溶かす。自然界にも滅多に存在しない猛毒であると同時に、呪詛で以って更に劇薬と化しているのだから、効果の程も当然であった。

 とはいえ、そんな猛毒であるにも関わらず、騎士と神父には効かなかったが。しかし、この二人が例外なだけであり、セラとリズにはしっかりと毒は効いた。

 

「後、殺していません。メッセンジャー役を始末する訳にはいきませんので」

 

「―――そうさ。死んで貰うと、困る。

 イリヤスフィールが生きている可能性があり、アインツベルンに誘拐されたとちゃんと証言する奴が居ないとね」

 

 衛宮士郎と、その同盟者。彼らとイリヤスフィールが親しいのは知っていた。この度の誘い込みは失敗に終わってしまったが、この事実を知ればまたアインツベルンの森に来なければならない。イリヤスフィールを助けたいと願うならば、失敗に終わった討伐をまた挑戦しなければならなくなる。

 

「保険でもあるんさ、お母様は」

 

「エルナ様。この方はワタシのオリジナルでもあり、ワタシにとっても母に当たります。アナタが抱いている複雑な心境も、幾分かは共感出来ます故に、どうか―――」

 

「―――分かってる。もう結末は分かってるから、良いんだ……別に」

 

「そうでありますか。でしたら、どうか納得のいくように」

 

「まぁ、ね。んな事はわかってるぜ」

 

 強きの口調で会話を締める。母に当たるイリヤを大事に抱え、不安定な表情を浮かべるエルナをツェリは鉄の無表情で静かに眺めていた。

 そして、メイドは自分の同僚であるキャスターから貰った術符を取り出した。エルナが使ったのもそうだが、この宝具はキャスターの手により彼女達が魔力を込めるだけで使用可能となる様、少々改良されている。よって、ツェリが術符を行使するのも問題はない。無論、キャスターのように複雑怪奇な術式の担い手になる事は出来ないが、単一の簡易的な機能ならば無問題だ。

 

「……あーあ、お母様(次善策)を使う事になるなんて。英霊(サーヴァント)魔術師(マスター)の皆殺しをきっちり上手くこなせば、こんな事しないで戦争も終わって楽だったのに」

 

 そんなエルナの無念を残し、三人は衛宮邸の居間から姿を消失させた。残されたのは、血塗れのまま昏倒しているセラとリズだけ。

 エルナとツェリは目的の人間を二人の前で聖杯に完成させた後、悠々と自分達の城へ帰還していった。

 

 

◆◆◆

 

 

 時刻はもう日の出となる早朝の薄暗い時間。キャスターは、静かに失敗を認めた。誘い込んだマスターとサーヴァントたち全員に逃げられ、間桐勢の暗躍も確認出来た。

 セイバーは脱落と言っても良いが、恐らくまた自分達の敵として現れる。今度は衛宮士郎のサーヴァントではなく、間桐桜のサーヴァントとして自分達と争う事となるだろう。加えて、ライダーとバーサーカーとアヴェンジャーの陣営は念入りに対策を練り、更に厄介な障害となって敵対する事となる。

 しかし―――

 

「…………アーチャー。ふむ、問題ですね」

 

 ―――問題はアーチャーだ。あれの正体は、何処かの平行世界の未来軸で契約した守護者であった。そして、サーヴァントである自分のことを知っていた。そのような素振りがあった。

 だとすると、自分の確実な攻略方法を覚えている可能性がある。

 弱点や真名、能力の特性だけではない。

 この戦局が刻一刻と変化する聖杯戦争において、どのタイミングで、どんな手段で、どんな成果を出せるのか知っている可能性さえある。キャスターも占星術と、千里眼の未来視と、宝具のよって在る程度の先の未来予知も可能だが、それよりも確かな知識を持っているのかもしれない。

 風が吹けば、棺桶屋が儲かると言う諺がある。

 アーチャーはそれに近い事が出来るかもしれないのだ。

 何処かの陣営を的確に誘導、または騙し、キャスターを殺す機会を作る。

 過去の事実として、キャスターを死んで聖杯戦争を脱落する可能性を見出し、その確実な殺害方法を駆使してくるのだ。と言うよりも、自分ならば問答無用でそうして敵を殺す。

 

「…………ほう。緊急用の策として、前聖杯の奪取には成功しましたか」

 

 主人からの連絡を受けた。もう転移して城の一室に戻っているらしく、安否の確認も出来た。エルナスフィールとツェツェーリエを単独行動させるのは凄くとても心配であったが、この“森”を機能させるには自分が出て行く訳にはいかない。

 なので、可能な限りの補助を二人にした後、エルナが出した提案を受け入れた。その結果として、七騎の内一体の魂も聖杯に吸収出来なかったが、いざという場合に備え、其の聖杯をイリヤスフィールを用いて万全にしておいた。

 

「後は―――そうですね……面倒ですが、仕方ありませんね」

 

 と、術符を取り出した彼は一瞬で消えて、また何処かの空間に現れた。キャスターの周囲の風景は一変し、先程まで居た場所とは全く違う場所に移動していた。

 此処は浄化し過ぎて、まるで消毒液の中みたいだった。

 白く清浄な空間で、透明で無機質な神の為の聖堂。

 大きなパイプオルガンが鎮座する聖なる信徒の拠り所―――冬木教会。

 

「―――サーヴァント?」

 

「ええ。その通りですよ、第六次聖杯戦争監督役―――カレン・オルテンシア」

 

 朝早く、教会の清掃に勤しんでいた彼女の前に、突如としていてはならない怪物が現われた。そして、キャスターは、もしもの場合を準備しておく必要があった。その為にはあの代行者、言峰士人の精神を揺さぶる必要性が出てくる。それが此処に来た理由であり、キャスターにとってのカレンの利用価値。

 

「クラス名はキャスターです。当初の予定とはいきませんが、まぁ、計画通りに誘拐させて貰いたく。この度、わざわざ参上させて頂きました」

 

「……ふぅん。そうですか。では、ご自由にどうぞ。貴方へ危害を加えるような抵抗とかしませんので」

 

「あらら……?」

 

 拍子抜けと言えば、拍子抜けな態度。この聖杯戦争を纏めるとなれば、最高純度を誇る信仰心の持ち主が、人死にが多い聖杯戦争を纏める監督役に選ばれる。魔の殲滅だけが確かな人型の修羅であり、信仰を守護して神罰を代行する殺し屋であり、外道も良しとする怪物達。

 しかし、このカレンと言う司祭に戦う意志が無い。

 瞳に映っているのは、静かに笑みを浮かべる自分(キャスター)の姿だけ。

 

「本当に、あの化け物神父の妹君ですのかね?

 雰囲気は非常に似てますが、変です。血の繋がりも見れません。それに在り様は同じ様に奇怪ですけど、反対側に位置するほど異なっている様に見えますし―――あ、呪われ易い体質の方ですか……成る程。神父は呪われて変異した怪人でしたけど、貴女は生まれながらに自分に呪われていると。

 呪詛を自己に練り上げ悪魔と化した言峰士人と、呪われる事を受け入れ続ける貴女では、確かに惹かれ合うのかもしれませんね」

 

 キャスターは言峰士人の魔術に気が付いていた。そもそも固有結界とは、術者の心象風景の法則である。元々はこの魔術の魔術基盤は妖精や悪魔が大昔に使っていたものであり、異界法則を成す魔術理論・世界卵も彼らが所有していた神秘。

 ならば何故、言峰士人が異界法則を使えるのか。

 キャスターはその眼で神父の肉体と精神、そして魂を見抜いた。

 この男は魂に異界法則を所持していた。元々の才覚は在ったが、それが悪神の呪詛によって悪魔の特性を得るに至った。つまり、悪魔ではない人間の身でありながらも、真性悪魔に匹敵する異界法則の使い手となった。原因はアンリ・マユの呪詛を受け入れるのでも無く、拒絶するのでもなく、支配するのでも無く、自己にした為。自分の一部としてではなく、元から自分自身として在る魂へ変異したからだ。

 

「不愉快なお化けですね。死人は死人らしく、大人しくあの世で死んでいれば十分でしょうに……」

 

 稀に、魔に呪われ易い人間がいる。キャスターは様々な人から怪異を祓い、妖魔を払った過去を持つ。また、魔物の生態系にも詳しく、特に妖怪の専門家でもあった。妖怪変化ならば彼以上の知識人はそうはいない。

 その経験と眼力で、カレン司祭を見抜いていた。

 キャスターは自分に暴言を吐く女が如何に清らかな、汚れて尚も在り方を正しく在れる聖女であると理解した。

 

「……もっとも、貴方のように英霊に成る程の死人ですと、この世に対する未練をタラタラと幽界(かくりょ)で流しているみたいです。

 でなければ、再び甦って現世でヒトを殺戮する等と、邪悪な迷いごとを考える何てしないでしょう」

 

「あはは、全く以ってその通りです! 吃驚でしたよ!

 いやはや、まさかこの自分が、生前に殺し回っていた鬼の同類になるとは思いませんでした、アッハッハッハッハ!」

 

「…………」

 

 カレンはこの男は面白味はあるが、自分が楽しめる人種ではないと気が付いた。キャスターと名乗るサーヴァントの男は、まるで目に映る全てを理解している家の様な賢人で、明らかに人間以上の人外の頭脳の持ち主。

 大変嫌な事実だが、カレンは自分が見抜かれている事を見抜いた。そして、相手が何を考えているか気が付けない。普段ならば有り得ないが、自分が一方的に心を覗き込まれている。

 

「……それで、私を誘拐して何がしたいのです?」

 

 ならば、まず答えを知らなくては。

 

「人質ですよ。取り敢えず神父を脅してみますが……まぁ、無駄に終わる可能性が高いです」

 

「当然でしょうね」

 

 確かに、士人はカレンに対してらしからぬ程に優しく、甘い。だが、それは決して人間性として出てくる善性では無い。むしろ、常識的な観点からすれば悪性の発露であり、あの男にはそもそも善性も悪性も無い。

 家族を人質に取られた。

 そんな程度の不幸、当たり前な悲劇に過ぎない。

 衛宮士郎にとっても、遠坂凛にとっても、これに関しては神父と同じ感覚を持っている。人は死ぬし、殺されてしまう。当たり前な事実。むしろ、そんな危機的状況をどう利用して敵を殺そうか、と理性的にまず思考するだろう。

 

「ですので、本当の目的は秘密です」

 

「――――――……」

 

 そして、カレンは聖杯戦争中は普段から離さず、身に纏っている聖骸布を手に持った。男性が相手ならば問答無用で拘束する概念武装である布は、例え相手がキャスターであろうとも効果を示すだろう。会話をして油断を誘い、好機を見出し―――キャスターは手の平を向けただけだけなのに、布は一人でにひらりと宙を舞った。そのままキャスターの方向へ流れ、彼は相手の武装を奪い取ってしまった。

 

「―――ほっほう……?

 男性限定の拘束ですか。また、何と言いましょうか、厭らしい武器を選びますねぇ……」

 

 ふむふむ、と軽く頷く。手に触っただけで、キャスターはモノの本質をあっさりと把握する。危害を加えるような抵抗はしないと言ったが、抵抗そのものを放棄するとは言っていない。嘘はついていないが、油断出来ない相手だとキャスターは愉快に感じた。

 

「では、誘拐させて頂きましょう。もっと抵抗しても良いですけど―――自分の死骸を、あの神父に見せたくないでしょう?」

 

 ただの脅し文句だ。キャスターはこの女が自分の命を奪い取られるよりも、自分が死んだ姿を身内に見られる方が苦痛とする者だと分かっていた。

 そして、それは―――全く以って正しかった。

 カレン・オルテンシアが、言峰士人よりも先に死ぬ。救って貰った自分の死に様を、救ってくれた兄に見せつけてしまう。

 ―――駄目だ。

 それだけは許せない。

 

「はぁ。仕方ありませんね。私も自殺のような無駄死には、余り好みな死に方ではありません」

 

「確か……キリスタン、でしたっけ?

 私が生きていた時代より後に日本に入って来た宗教。まぁ、私が生きた時代も仏教が入って来た変革期で、色々と政治もごたついていましたねぇ」

 

「……そうですけど、何ですか突然?」

 

 相手が何であれ、カレンの態度に変化は零。修道女らしく誰に対しても平等に接し、どの様な人種、魔術師、代行者、執行者、死徒、悪魔、悪霊、英霊と区別しない性質であった。ある意味、差別主義者よりも性質が悪い特性だろう。

 それも、自分を誘拐しようなんて相手を前に、世間話と同じ雰囲気で聞き返す豪胆さ。尤も、そんな女であると見抜いたからこそ、キャスターも楽し気に世間話をしているのもあるのだが。それに敵は陣地から過ぎ去り、時間は腐るほど余っていた。

 

「自殺は大罪なんですってね。貴女たちも死にたい時に死ねない何て、不自由な神様を信じていますよ、全く。宗教は何であっても個人の自由な主義ですけど、他の宗教を否定する宗教は好きじゃないんですよねぇ。異端審問とか、何を言ったところで醜いだけの、屑の所業じゃないですか?

 この国の平安の世にも良くある現実でした。

 魔や人との関わり合い。大陸から流れて来た宗教観念と、日ノ本古来からの神話の在り方。当事者からすれば本気なんでしょうけど、第三者から見ると下らない子供の喧嘩です。ですけど、人が余りにも多く死に過ぎて、喜劇になり得ぬ虚しい悲劇。

 気持ち悪いものは、やっぱりどんな時代でも見ていて気持ち悪いですよ。これはどんな国、どんな文明、どんな人種にも共通する気色悪さです」

 

 相手の反応が楽しみだ。こう言う問答を楽しめなくては、人生を生き抜く価値がない。本来ならば、無駄な徒労で、老後に楽しむ静かな自己の哲学が、他人とって何を感じさせ、何を考えさせるのか。

 自分の思想と、相手の思想を娯楽にする。

 即ち、世界と他人と自分について考え続けること。

 そんな延々と果て無く思考回路がキャスターにとっての、生き抜いた老後に見付けた楽しみであり、人生哲学となる娯楽だった。

 

「つまり―――貴方は、私たちが醜いと言いたい訳ですね。神を信じる愚か者と」

 

「いえいえ、まさか。神を信じるのは、無力である事を正しく認識した人間であれば、とても有意義な信仰となります。

 何より、神の力に仕える莫迦者は死んで良いですけど、しっかりと神の在り方を認め、神の心を感じ、神の教えを知り、神は神であるだと理解しているのでしたら、それは立派な信仰者。貴女みたいな地位を持つ司祭としても相応しい人格者でしょう。その点、貴女は良い信仰心を持っていると、私は思いますよ。自分の信仰の在り方を神に押し付ける者は、この世で碌な事はしませんしね。また、神の威光を利用する者もまたしかり。

 しかし、神は神。人は人。魔は魔のまま、何も変わらず数千年です。

 ほら……でしたら―――貴女が持つ信仰の正体って、何なんでしょうかねぇ。不可思議に感じませんか?」

 

「何を、ですか……?」

 

「その呪われ続ける苦しみは、本当の貴女なのでしょうかね?」

 

「……これは―――私は、いえ。けれども、これが私の人生です」

 

 この男が自分の心の何を見て、知り、覗いているのかが分からない。しかし、分かる事が一つだけある。キャスターが語る言葉は、自分にとって嘘は無い。

 

「わかりますよ。ええ、私も子供の頃からこの世の不可思議、全てを見通せてしまいました。普通の人間ならば見たくも無いもの、何もかもが視界に映りました。やがて、私は未来も、過去も、人の心も、精神性の形も、人格の在り方も―――そして、魂も見えて仕舞えるようになりました。

 だから、貴女の苦しみも理解出来ます。

 そして、その苦痛の価値も分かります。

 自分なのです。その先天的な歪みもまた、己そのもの。自己を形成する因子」

 

「――――――」

 

「神を信じているのではないのです。神に救われたいのでも無い訳です。ただ、信じても良いから信じているだけのこと。信じない理由がないから、結果として神を信じているだけの惰性です。

 その原因は、親に捨てられたから。

 自殺した母親の子供と、蔑まれて無機質に育てられたから。それだけのことです」

 

「――――で、それが何か?」

 

 もはや、如何でも良い傷。カレンにとって、心身が痛み、苦しむ事など当たり前な日常だ。自分の心の奥底に沈んでいる澱を掘り返され、在り様を暴かれた所で何も感じない。何かを、余分な感傷を思うことも無い。

 

「会わせて上げましょうか。貴女の父親―――言峰綺礼に。知りたいでしょう、そうなってしまった原因をね」

 

 だが、そんな事はキャスターは理解していた。分かった上で、無視出来ない悪夢を見せつける。

 

「……なにを、馬鹿な事を」

 

「ふふふ、くく。考えるまでも無い事ですよ―――出来るのです。

 私ならば、会わせられます。それに協力して下さるのでしたら、あの神父の魂も貴女のものになるのも不可能じゃないですからね」

 

 キャスターは、人の心を弄ぶ。長い年月を掛けて年老いた老人の悪い癖。

 

「監督役を、誑かす気ですか。たかだかサーヴァント風情の、悪霊に過ぎない貴方が?」

 

「的を得てますね。その通り、誑かしているのですよ。この瞬間、監督役の貴女をね。でも、心が揺れ動いてますね、楽しそうだとワクワクしていますね。

 ……抗う事に、意味はあります。

 人を人足らしめるのは、理性と尊厳。

 しかし、自分の本性に逆らう程の価値が、その信仰にあるのですか?」

 

「――――――」

 

 何か良くない衝動(刃物)が、カレンの理性(皮膚)を破ろうとしていた。彼女が今まで生き方としていた信仰心を、生来の在り方によって深く心の底まで穿たれた。

 

「他に信じるモノも見当たらず、そう在り方を決めたから、その生き方を続けてきただけ。なのに……貴女は、他に信じても良いものを―――死ぬ前に見付けてしまった」

 

 キャスターは第五次聖杯戦争で召喚されたサーヴァントの、その記録を時間が許す限り集めていた。その中でもアーチャーのサーヴァントと、アヴェンジャーのサーヴァントは別格の情報。なにせ、この度の第六次聖杯戦争のマスターとして参加しているのだ。

 ならば、念入りに情報収集するのは当たり前。彼は千里眼と占星術によって、彼ら二人の残留思念と魂の欠片に対し、過去視の陰陽術を行った。泰山府君の秘術によって復元された魂魄から、生前の情報を盗んだのだ。

 その二人の人生に関わり合いのある人間達もまた、この聖杯戦争の関係者。

 遠坂凛、間桐桜、バゼット・フラガ・マクレミッツ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、殺人貴、衛宮切嗣、言峰綺礼。神父が呼びこんだ異端の極みと言えるデメトリオ・メランドリに、アデルバート・ダン。そして、今キャスターの目の前にいる―――カレン・オルテンシア。

 

「―――言峰士人。人間性を失くした泥人形なのに、何故かカレン・オルテンシアには関心を持っていますね。愛ではなく、恋でも無く、情でも無い。それはね、貴女が神の信徒であるのと同じ理由だからですよ。

 自分が―――言峰で在るから。

 あの男に拾われたから、あの男が捨てた貴女を拾った。

 救われない貴女をまともな人の身にまで掬い上げて、生命と人生を救った。あの男の末路である英霊は、そんな終焉に至る程に、何も無い人型でありました。

 本当、救われない人生ですよ―――神父も……貴女も、ね。

 だからこそ、救われるべきだと思います。私でしたら、その魂を救えます。今までの全ての答えを、教えて上げましょう」

 

 カレンは、気が付いていなかった。しかし、その事実を認められる歪さがある。強さと言っても良い精神の強かさ。

 

「―――下らない。貴方はつまらないです。それが一体何だと言うのですか。確かに……ええ、そうです。その言葉通りでしょう。

 あの男に、まともな人間性はありません。

 私と同じ様に、そんな機能がありません。

 ごっそりと中身が無くなった空白の心しか、感じた事はありませんでした。けれども、それで十分。彼はそんな様なのに、私の兄であると認めてくれました」

 

 初めて会った時、神父はまるで自分の鏡みたいな男だった。言峰士人……つまり、血の繋がった父親の養子。そして、家族がいたと言う現実。何より、この異常性の理解者で。

 同じだった。同じ痛みと、同じ苦しみ。

 他人と共感出来ない自分達は、やはりお互いに共感は無かったけど、そうで在ると理解できた。

 

「狂いそうになる程、彼には何も無い。その空白が、私を救ってくれました。

 ―――愛おしい。

 この世誰よりも救われない。私以上の報われない異常者で、私以上に純粋な在り方の持ち主で……だから、良いのです。

 自分を救えないのに、それでも言峰だからと救ってくれた。それ以上の何を、あの人から求めると言うのですか。何も内側に無い人から、何を欲しいと求めるのですか」

 

「……ならば、要らないのですか?」

 

「ええ。この私にはまだ、人を愛せるだけの―――生きた自己があります。呪われて心身がもう死んでいようとも、生を実感出来ます。

 けれど、あの人には(ソレ)が無い。

 でしたら、そう在り続けるだけで、もう自分は満足ですから」

 

 ゆっくりとキャスターは目と瞑った。笑みを消し、儚げに息を吐く。再度、開いた瞳に映るのは―――感動。決して、星を詠み、道を知るだけでは知り得ぬ人間の姿。キャスターが知りたいヒトの魂のカタチ。

 

「私は、人間が好きでしてね。昔は人嫌いな偏屈な修行狂いの若者でしたが、歳を取ると他の人間の在り様に興味を持ちました。様々な物事を学び、神秘を鍛え、自分を強くするのと同じ様に、他人を知る事はとても楽しかった。

 ―――貴女は、とても美しく、可憐です。

 今まで私が知り得ぬ人格の持ち主ばかりに出会えて、こんな馬鹿騒ぎに参加した甲斐がありました」

 

「……―――」

 

「酷いですねぇ。何こいつ、気持ち悪いって表情ですね」

 

「良くお分かりで」

 

「自覚はあるんですよ。こう見えても私、根は平安ロマンチスト貴族ですので。まぁ、何かしらの浪漫を一つでも持っていなければ、本気で陰陽道の深淵になど辿り着けませんけど……なので、事はさっくり済ませますか。

 来て貰いますよ、我が要塞まで―――」

 

「―――好きに、すれば良いでしょうに。こっちはもう丸腰ですし」

 

「では、お手を拝借」

 

 そして、キャスターに右手首を掴まれたカレンは、教会から消え去った。一つだけ式神を残し、キャスター達は聖杯戦争勝利の為に、監督役にまで手を出した。

 アインツベルンは遂に、魔術協会と聖堂教会まで敵に回した。

 だが、それも如何でも良い些末事。聖杯さえ手に入れば関係の無い過失となり、そもそも―――キャスターが監督役を誘拐したと言う事実は存在しない。

 

「ふむ。吾はカレン・オルテンシア。いや、私の名前が、カレン・オルテンシア。情報の上書きは……はぁ、少しだけ不備があるようですね。厄介ですが、それも時間が解決してくれます。記録の方も……あら、聖剣の鞘の防衛とはまた。これが原因ですね……」

 

 そして、ひらひらと地面落ちた式神の術符から、人型が具現した。その異形の怪異は次第に形を変え、キャスターに誘拐されたカレンへと姿を変えた。

 

「……ええ、はい。では、我が主様。こちらの方は万事お任せを」




 急展開その一でした。
 イリヤとカレンが敵の手に落ちました。また、カレンの方にはキャスターが人格をコピっといた無駄に優秀な式神が居ますので、ある人物を除いてカレンがカレンで無い事がばれる事はないです。また、イリヤに取り込まれた術符には、アインツベルンが元々作っておいた無機物の聖杯が収納されておりまして、その術式だけをイリヤの魔術回路に上書きしたような状態です。後、エルナとツェリが撤退する他の陣営を討伐しないで居なかった理由が、前聖杯のイリヤスフィールを奪取する為でした。
 読んで頂き、ありがとうございました。


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63.合間の晩餐会

 更新しました。題名通りの食事回です!


 森から脱出し、数時間後。魔術回路と心身の酷使から起こる眠気の余り意識を失い、気が付けば―――凛は、ジープの後部に取り付けられた機関銃を乱射している夢を見ていた。

 目を瞑る瞬間は覚えていた。確か、冬木市の本拠地に戻る途中の車内だった筈。

 

「人がまるで、紙屑みたいだ!」

 

 自分が今見ている視覚の持ち主―――盗賊の女が、狂気に当てられた熱を放つ声で叫んだ。重機関銃が放つ銃弾の一発一発が人間の骨肉を捩り貫き、車両の装甲も一瞬で蜂の巣にする破壊力を持つ。となれば、銃口の先にいる集団が、無様に哀れに肉片に変えられているは道理であった。

 常に最高速を維持する装甲車両(ジープ)は、戦場を縦横無尽に暴れる(くろがね)の悪魔となり、火を噴く重機関銃(ヘビィマシンガン)が兵士たちの死を告げる鉄火の使徒だった。

 

「―――アハッ! ハハハハハハ! 

 おい! このまんま真ん中まで突っ込んじまおう! どうせ殺すんだ、派手にかっ飛ばそう!」

 

 そして、ジープを運転している男に、彼女は熱に浮かれた言葉で頼んだ。むしろ、その熱狂的な姿であると、脅しているようにしか見えないのだが。

 

「…………ふ。しかし、人間が塵屑に変わる光景は何時見ても……いや、今は如何でも良いか」

 

 運転席に座る神父服の男は、内心でそれなりに焦っていた。嘗ては弟子でもあった相棒の盗賊が機関銃を連射しているのも、色々と紆余曲折を経た末の展開。自分達の車目掛けて飛んでくる対戦車榴弾や、銃弾の嵐を奇跡的なハンドル捌きで車の致命的破損を回避しているのも、止む負えない事情から。盗賊と神父は利害の一致と、自分達が持つ価値観と心情から手を結んだ。

 ……神父は六度目の戦争が始まる前に、正義の味方が死ぬのだけは阻止したかった。

 アルズベリの惨劇以降におきた事件において、この神父は元々壊れていた精神が機能停止しそうなまで死に掛かっていた。とは言え、この神父にとってすれば取るに足りない日常的な苦痛に過ぎない。鍛錬は一日も欠かさず繰り返したが、世界中を旅して回り、人々が起こす様々な面倒事や馬鹿騒ぎに関わらなかった。魔術師を殺す事も、吸血鬼や化け物を退治する事もせず、人界の深い業から離れていた。そして、そんな神父を隠れ家から引っ張り出した女がいた。危機に陥っていた友人であり兄弟でもある英雄を助けに出たのも、この女盗賊が神父を頼ったからだ。

 盗賊はそんな神父の裏事情は知らなかった。ただ、自分がこんな様に至るまでに得た信条に従っただけ。この戦場において、正義の味方を正義の名の下に裏切り、処刑しようとする奴らを敵と定めた。自分が殺しても良い類の相手を認め、神父もそれに協力しただけと言う認識。

 

「どうでも良い訳が無い。ゴミなんだよ。塵屑になった人殺しは、ゴミになる」

 

 ……まぁ、そんな二人の裏側が分かるのは、凛が第三者として知識を前以って得た状態で観察していたおかげ。そして、そんな盗賊の前でハンドルを切って飛来物を避けるついでに、敵を車で轢殺する神父に戯言を吐き捨てた。攻撃は避けても人は避けずに轢き殺す神父も、今は盗賊と同じだった。出来るだけ多くの人間を始末しようと、的確に車を運転していた。

 

「そう、ゴミなんだ。戦場には人殺しと、死んでゴミになった人殺ししかいないんさ。巻き込まれた犠牲者だけが、自分の不幸と死に人間らしい嘆きを覚えて良い。

 だからさ、皆、皆―――ゴミにしてしまえば良い……!」

 

 ダダダダダ、と盗賊は撃ちまくる。戦場を車で走り抜けながら、自分達の敵を撃ち殺しに殺し、徹底的に銃殺する。逃げる相手だろうと背中に銃弾をブチ込んだ。逃げ遅れた人間は、神父が運転する車で轢殺された。

 死ね死ね死ね。死んでくたばってゴミになって、そして死ね。屍になってしまえ!

 ―――熱狂する。

 人間の屍を前に熱で浮かれる。

 内臓が飛び散り、四肢が抉り取れ、脳漿が撒き散らされる。

 戦場の巷で盗賊が知り合った錬金術師が開発した魔車と、殺戮の為に軍事企業によって大量生産された機関銃。二つは戦場の道具と生まれ、その真価を盗賊と神父によって発揮させられていた。

 

「――――――居た!」

 

 目的の集団を発見した。魔術師やら傭兵やらと多種多様な人物らが集まっているが、目的の人間は一人だけ。動けない状態まで痛めつけられ、体中に剣や槍が刺さり、四肢を砕かれている赤い外套が目立つ男の姿を確認し―――盗賊は、笑みを浮かべた。神父も同様に、深く微笑んだ。

 外套の男が死んでいないのは、この後に処刑台へでも送る為だろう。

 今の事態を一目で理解し、一瞬で状況を判断する。友人の彼を裏切った情報屋も必ず殺すが、まずはこの場に居る奴らを徹底的に皆殺しにする必要がある。

 

「殺せ―――」

 

 ただ一言。神父が発した言葉が、本当の引き金である。盗賊は何にも構う事無く、赤い外套の男にだけ当たらない弾道を狙い、機関銃の引き金を躊躇わず引いた。

 ―――ダン、とまず一発。続いて、二発三発十発百発と死の暴風を吐き出した。

 死ぬ。藁の様に死ぬ、犬の様に死ぬ、塵の様に死ぬ。あの英雄を捕え、勝利に酔っていた裏切り者共が、踏み潰される虫けらとなって死ぬ。加え、神父が運転する装甲車は破壊鎚と化し、集団を横合いから突撃し粉砕した。物の序でにと、彼は更に手に持った大型自動拳銃(ハンドガン)でこちらを狙ってくる敵兵を狙撃し、問答無用で黙らせる。

 二人は嵐となり、殺したのだ。

 造作も無く、価値も無く、死の無意味さを体現した。

 

「…………―――」

 

 赤い外套の魔術師は茫然と、その血みどろな救出劇を見ていた。既に魔力も尽き、回路も動かない状態では呪文一つ唱えられないが、目を逸らさずに見続けていた。

 ―――一瞬の強襲。完璧な奇襲。

 誰も逃さず、一人残さず殺し尽くしてしまった。二人は魔術を使うまでも無く、自前の銃火器だけで殺し尽くした。瞬き程の惨劇で皆殺しだ。

 息が有る者も僅かにいるが身動き一つ取れず、意識がない状態だ。このまま静かに死ぬだろう。神父と盗賊の二人が戦場に居る事は知っていたとは言え、裏切られた自分を助ける為にここまで大胆不敵に虐殺するとは考えもしていなかった。本物の殺戮であり、容赦も無ければ慈悲も無い悪魔の所業で―――そんな行為しか、今の自分の命が助かる術が無かった。

 盗賊が機関銃を設置してある後部から降りた。足元に死骸があったが、気にせずに踏み潰した。神父もまた運転席から降りた。死体で地面が覆われているので、気にせず踏みながら歩いて進んだ。

 効率的で、現実的。何もさせずに一方的に殺してしまえ。

 圧倒的でありながら、合理的。全員残さず死なせればリスクは消える。

 しかし、自分一人が生き残る為、余りにも数多くの人間が死んでしまった。これでは、命の天秤があべこべになってしまう……

 

「……とか、アンタの事だ。そんな下らない事でも考えてんだろうけど、それこそ愚かだよ。

 その正義の味方として持つ天秤の計り方から視ても、今この場で死んだ人間の命は余りに軽い。だってさ、命を数で計る理屈で考えても、アンタが死ぬ方が人命の損失になる。

 ここを生き延びて世界を危機から救える可能性が―――アンタにはある。

 つまり、ここで死ぬって事は、この先の未来でアンタが助ける命を見殺しにするってことさ。正義の味方を裏切り殺そうとした人間を皆殺しにしても、命のお釣りが沢山戻って来る。つまり、殺さないで見殺しにした方が天秤が崩れてしまうって訳」

 

 理屈として考えれば、盗賊の言葉は何もかもが正論だった。命の数で考えれば、自分は確かにこれからも命を助け続けて、この場で死んだ数の数十倍、数百数千倍の人命が消えるのを阻止する―――可能性がある。第三者視点で自分と裏切り者共の命を天秤で計れば、裏切り者を殺してしまった方が良いのかもしれない。

 第三者が、突如として介入し、戦場を黙らせる。結果、人の命が救われる。

 確かにこの所業こそ、赤い外套の魔術師が繰り返してきたことだった。

 自分が死んで誰かが救われるのだったら、それで良いか、と笑みさえ浮かべて人間を静かに諦観していた。しかし、自分が行って来た理想を模す正義の執行により、死の危機から助かってしまった。

 

「―――理解、出来たかい。これは今までアンタがしてきた事さ。

 ほら……理想の果てに至った正義の名の下に救われた気分は、一体どんな気持ちだ。人の命で数で計るんだったら、そうやって選んで殺す必要があるんだよ」

 

 正義の味方の仲間だった裏切り者の屍を、盗賊は踏んだ。銃弾で抉り別れてバラバラになった屍の頭部を、彼女は蟻を潰す子供の仕草で砕いた。

 

「まぁ実際……助けたのは、アンタを裏切った連中を殺したくなる程、本気で気に入らなかったからなんだけどね」

 

 盗賊は、人殺しは嫌いだ。苦痛でしかない。しかし、誰かが殺さねばならない者も存在していると、何時か何処かで自分に対して宣告した。彼女は善良な人格のまま、それでも醜い人間共を見て見ぬフリが出来ず―――こんな様になってしまった。

 神父が望んだ様に、得られてしまった業を―――自分にしてしまった。

 

「……ぐ、ぁ」

 

 だが、まだ生きている屍がいた。盗賊は敵を殺している最中、この人物を見付けてしまい、ついつい瀕死の状態に留めて置いてしまった。殺してしまえば良いものを、しっかりと近くで殺す為に左足と右腕を吹き飛ばすだけにしておいた。

 敵は、仰向けのまま血を流している。虚ろな目で空を見上げていた。

 

「やぁ、裏切り者さん。殺しに来たよ」

 

「……盗賊の魔女に、死灰の司祭―――」

 

 気が付けば、仲間が皆殺しにされ、自分のこの状況。理解し難い事態に陥っている。なのに、視界に盗賊と神父が映った瞬間、今の状況を理解した。

 

「―――ハ。自分を殺した相手の名が遺言かい?」

 

 盗賊の女は表情を消した。正義の味方から離れ、ゆっくりと裏切り者に近づいた。そして、起き上がろうと足掻く敵の肩を踏み付け、地面に押さえ付けた。右手から突如として散弾銃を取り出し―――相手の側頭部に銃口を押し付ける。相手の顔を土に埋もれ、呼吸するのも辛いだろう。

 

「……そいつは危険だ! お前らだって、人の為に死んだ方良いと判断されれば―――」

 

「―――殺されるだろうね」

 

 盗賊の答えは、そいつにとって当然の事実。故に、血を吐きながらも、裏切り者が命を振り絞って絶叫する。

 

「だったら、奴を殺せ! 何時か必ず、見殺しにされるか、その手で殺される事になる!」

 

 裏切った理由は簡単で―――正義の味方の理想が理解出来ないから。自分を何も語らない男は絶対的な正義の化身で、その執行者に相応しい英雄だった。裏切り者は彼の行いに最初は共感し、助け続け、最後になってやっと彼を何一つ理解していない事に気が付けた。

 ……恐かった。でも、分かっている事がある。

 それはあの男は誰であろうとも、必要な時期が来れば殺すと言うこと。生かしておけば、何も解からないまま自分が死ぬ可能性があるということ。

 

「だから、それが一体どうしたってんだが。死んでしまうよりも、生きていてくれた方が面白いじゃないか?

 死ぬかもしれない何て理由で殺す何て、駄目だよ。そいつに生きていて欲しいと思っている奴らからすればね―――殺して欲しいと言っているもんさ。

 騙すなら“エミヤ”だけじゃなくて、そいつの関係者にもバレ無い様にしなくちゃなぁ……」

 

「……っ待―――待て! 頼むから、そいつだけは死なせた方が良い!

 そんな誰にも理解出来ない戦場の化け物を、このまま野放しにする訳には――――」

 

 引き金を、盗賊は躊躇わず引いた。もう、彼女が聞きたい事は聞けた。倒れている正義の味方(エミヤシロウ)に聞かせたい事も―――裏切り者に喋らせる事が出来た。

 虚しく発砲音だけが鳴り……戦場と化していた荒野は、元の静寂を取り戻す。

 そして、死体の脳漿は血霧になって消し飛んでいた。頭蓋骨が消えていた。下顎を残したまま、裏切り者は不可思議なオブジェになって殺された。

 

「だってよ、衛宮。そんな様じゃ、遠坂が泣いてしまう」

 

「…………」

 

「ふん、だんまりかよ……っち。さっさと近場のアジトまで運んで、治療してやるか。死なれてアレに泣かれると気分最悪だし、あたしも中々に応えるからね。はぁ、ったくさ、妥協しろなんて言わないけど……」

 

 盗賊は、胸を掻き毟りたくなる焦燥に駆られていた。この男は正義を失くしてしまいそうなほど絶望しているのに、正義しか残されていないほど苦しんでいた。

 正義を、理想としたのが間違っていた。彼女はそう思っていた。

 何せ、終わりがない。幾ら苦しんで、耐えて、我慢しても、ゴールが無ければ終われないのだから。

 

「……なぁ、衛宮。理想は理想のままじゃ我慢出来ないか。現実にしなくちゃいけないのか。そりゃ、アンタは何だかんだで強いから、出鱈目な数の命を救えるし、世界が滅びる危機も阻止できる。実際、あたしもアンタが成したのを見たし、救われた命も知ってる。

 けれど―――無理だったじゃないか。

 ……もう、その理想に問い続けた答えは得られた筈だ。

 人は、人を救えない。人を殺さないと、人に殺されて消える命を助けられない」

 

 まだ意識のある男と、盗賊は視線を合わせた。

 

「アンタの理想に、答えは―――無い。

 ……それが終わり。

 それで終わりだったんだ。

 今までの歩んだ道は無意味じゃなかった。その理想は無価値では無かった。幸せに出来た人もいた筈で、救えた人もいて―――でも、叶えられなかった。

 だからもう、それで納得出来ないか?」

 

 裏切られて、処刑台へ送られそうになって、だからもう良いじゃないか、と。盗賊は正義の味方の心を折らんとした。自分の師である神父を真似し、彼を人間に戻そうとした。

 何故なら、理想の答えはとうの昔に得ている筈だ。

 正義の味方は理想を追求し、最後は合理的に人命の数を効率良く守る様になった。なって、しまった。そう在らねば、余りに多くの人間が死んでしまう世界だった。彼の理想に対するこの世界の答えが、それだった。正義の価値も、もう戦場で幾度も無く見て来た筈だ。

 

「―――オ……レ、は……俺は……ッ―――!」

 

「……気絶したか。後の事を考えると気が重いよ。こいつの友人ぶっ殺しちまった」

 

 完全に意識を失くした正義の味方に向けて、盗賊は溜め息は吐く。重く、粘りつくような、後悔に未練が混ぜ合わさった悲観の色一色の声だった。

 

「応急処置は任せたまえ。この程度であらば、肉体修復の治癒も慣れているからな」

 

 ずっと黙ったまま惨劇を見ていた神父はそう喋り、的確な動作で彼の命を危機から助けた。そのまま脇を掴んで持ち上げ、盗賊の女も足を掴んでジープまで運んで行く―――

 

「…‥……」

 

 ―――と、場面は其処で途切れた。凛は目が覚めた。どうやら、眠っていた時間は短かったらしく、街に帰る為の道路を走っている途中だった。朝日はもう昇り、暖かい日差しが窓から凛に当たっていた。

 死んで死んで……殺されて、死ぬ。

 凛にとって見慣れた光景、理解してしまった世界。さっきまで夢で見た彼女のサーヴァントが居た場所と、同じ節理で支配された地獄。つまり、それは彼女が衛宮士郎と共にいた場所であり、挙げ句の果てに一人で理想に走り逃げたアイツを追い掛けていた時の日常。

 

「……どうかしたか、遠坂?」

 

 車を運転していた士郎が、何時もと変わらない表情で助手席の凛を見ていた。そして、その何時もと変わらない表情とは、戦場に慣れ親しんだ鉄の意志が現われている貌だと言うこと。

 

「なんでも無いわよ、バカ」

 

「ならば、良いさ。そして、セイバーを悼むのは当然だが―――」

 

 セイバーはもう居ない。死んだのだ、当然のこと。この男も、彼女も、自分を置いて何処かへ突き走って止まらない。

 夢で見てしまったこいつの姿と、セイバーの死が脳裏から離れない。

 人はこんなにもあっさりと死んでしまう。自分が死ぬのは恐ろしくないけど、自分が知らない所で誰かが死んでしまう。

 理性では割り切れているのに、感情が収まらない。凛は道理も理屈も世界を廻って、その身で経験をして知ったと言うのに、魔術師の理性が訴える自己に徹し切れないでいた。

 

「―――うっさいわね! わたしは割り切れないの!

 認められないけど、わたしは結局そういう人間でしかなかった。

 ……情けない話よ、全く。魔術師足らんと足掻く程、それが贅肉になっていく。なんで、こんな様になったのかしらね」

 

 凛は気が付けなかった。努力しても、駄目だった。魔術師としてなら、切り捨てるべき余分を捨てられない半端者。

 能力は一流を遥かに越えた。

 精神は何者にも負けぬ鉄だ。

 なのに、この甘さは抜け落ちない程、遠坂凛と言う人格に溶け込んでいる。

 

「そうか。いや、この話は私が言える内容ではなかったな」

 

「その通りよ。だから、あんたは何時まで経ってもバカ士郎なの、正義馬鹿」

 

「ふむ、否定はしないがな。そう言う君も―――……いや、すまなかった。だから、そんな涙目で睨まないでくれ」

 

 士郎はありとあらゆる意味で遠坂凛に勝てない。仕方が無いと実感していたが、どうも彼は自分を見抜かれている事を不快に感じられなかった。

 セイバーが死んだ。悲しく、無念だ。

 けれども、この痛みに衛宮士郎は慣れてしまった。親しい人間が死ぬことに対し、精神が擦り減って摩耗してしまっていた。

 涙は、もう―――流れない。

 そんな機能は、正義の味方を目指した時から自然と消えていた。

 サーヴァントとの別離は避けられないと、セイバーを召喚して再会すると言う事は―――彼女との別れもまた必然だと最初から理解していた。

 

「本当、最悪よ。ちくしょうが……」

 

 だから、凛みたいに士郎は人間らしく悲しめない。苦しむ事も絶対に出来ない。人が死ぬのは、衛宮士郎にとって見慣れた自然の光景だから。大切な誰かがまた死んだだけ。

 ―――と、士郎は自分を判断していた。

 だが、抑えきれない憎悪と悲哀が湧き出ているのを、同時に感じていた。

 それだけセイバーは、士郎にとって特別な存在だったのだと、死んだ後になって気が付けた。彼女は自分にとっての掛替えのない人だと分かっていたが、必然の別離ではなく誰かに殺された事で理解した。自分にとって、セイバーがどんな意味を持つ相手なのか実感したのだ。

 守れなかった事実。

 そして、セイバーを殺したであろう相手へ、理想の為の義憤ではない恨みと憎しみを向けている事実。

 許さない―――と、湧き出る決意。

 死なせてやる―――と、蠢く殺意。

 相手が何であれ多分、士郎は呵責無く殺せるだろう。機械的な正義の執行では無く、人間的な復讐を執行する。嘗てイリヤを生贄にし、聖杯を召喚しようとした神父と戦った時と似た激情と、今抱いている想いは良く似ていた。

 

「なんで……死んじゃうんかなぁ、セイバー。感謝もお別れも、伝えていないってのに」

 

「ああ、そうだな。セイバーには、まだ何もしてやれていなかった……」

 

 士郎もまた、同感だ。身内を殺されて黙っている程、彼はまだ絶望していない。何より彼にとって、この聖杯戦争は何も変わっていない。

 サーヴァントがおらずとも、やるべきコトは変わらない。

 セイバーが死んでも、理想を貫くのを諦めない。

 

「―――はぁ、やっと朝か。しかし、独り言も我慢出来ないくらい、疲れたなぁ……」

 

 そんな二人の気配を車内から感じつつ、アーチャーは霊体化したまま車の屋根に座っていた。思わず溜め息を吐いてしまったのは、同盟相手のセイバーが死んだのもあるが―――このままでは、かなり危険だと持ち前の勘で悟っていたからだった。

 森の中の城で目的の人間に会えた。やっと見付けられた。なのに、今はこの状況。

 ままならない、と面倒事を楽しみつつ―――何か、良くないモノが戦争の裏で蠢いている。馬鹿騒ぎは嫌いではないが、救いが無い地獄と化しそうだ。

 あのセイバーが、呆気無く死んだ。

 アーチャーは波乱と惨劇を感じ取っていた。

 曖昧な多分としか言えない予感だが、嫌になる程の確信があった。面白くなるのは、これからだ。此処から、本当の第六次聖杯戦争が始まるのだと―――自然と彼女は分かってしまった。

 

「マスターも大分お疲れだし、サーヴァントも大変だ。本当に戦う為だけの道具で在れば、どんなに楽な事か」

 

 戦争は道具だけあれば勝てるモノじゃない。結局、サーヴァントも“人間”でしかない。霊体である肉体面は魔力次第で無理が効くが、最高の状態を保った万全であるに精神面もある程度のケアが要る。サーヴァントでさえ、最終的にはそうなのだ。マスターならば、心身の回復は必要不可欠。

 セイバーを殺された衛宮士郎と、彼と同じ位精神的外傷を受けているマスターの遠坂凛。二人の歩調を合わせ、戦闘以外でも支えなければ、とアーチャーは真っ当なとても人間らしい考えで思い悩んでいた。

 ―――彼女は決して、聖人君子ではない。

 むしろ、闘争を良しとしてしまった悪党の類。

 しかし、英霊とは思えぬ真っ当な善人的な思慮が出来る女性だった。

 つまり、良識を備えた善人であるにも拘らず、相手を選んで非道を楽しむ大悪党。矛盾した二つの要素だけど、この二つを両立させていることが、ある意味で人間らしいとも言えた。

 

「まずは、飯かね。腹が減っては戦は出来ない。傷を負った精神も、幾分かは休めるだろうし。だったら、アタシお手製のカレーでも御馳走してやろうかな」

 

 身内に甘く、優しい。生前からそうだったが、彼女は面倒見の良い女だった。生まれついての姐御肌とでも言うべきか。実際は中々に少女趣味も大好きだが、歳を取って死んで英霊となった後になると、そんな姐御っぷりにも拍車が掛かってしまった。

 

「セイバーにも、出来たら食わせてやりたがったけど。アイツ、美味そうに食べてくれそうで、結構楽しみにしてたんだよな」

 

 人が死ぬのには慣れたが、仲間や友人が死ぬ痛みに変わりは無い。耐えられるし、心も鈍くなったが、負った精神の傷みが軽くなる訳では無い。

 アーチャーは、枯れた涙を残念に思う。

 泣くことが出来る心を失って、涙を流す機能が停止して―――辛い経験を、苦しいまま受け止められる様になった。人が死ねば悲しくて涙が出るのは、人間として普通のことなのに。涙を流せば、軽くなると言うのに。軽くさせる必要も無い程、自分は歪になっていた。気が付けば、人間らしい弱さが消えて無くなっていた。

 

「でも―――見付けた」

 

 アーチャーは不吉な笑みを抑えられなかった。霊体化しているので、その独り言も聞かれず、表情も見られることもないが、我慢はしようとした。けれど、狂う自分を解放させてやりたかった。

 

「見付けた、見付けた、見付けた。やっと、成し遂げられるんだ」

 

 彼女は静かに笑った。歪に、邪に、儚い囁きで短い笑い声を呟いた。浮かび上がる笑みを右手でなぞりながら、冬木の街を目指して行った。

 

 

◆◆◆

 

 

 テーブルの上に広がっているのは、数枚のイタリアンピザと炭酸ジュース。取り寄せたのか、戻る序でに買って来たのか分からないが、戦争後の補給としてのエネルギーにはピッタリの高カロリー。何より、戦い切った後となれば、肉体と精神の両方に休息を与えるのは合理的。次の殺し合いを万全とするのであれば、食事と睡眠は切っても離せぬ戦争の基盤。

 

「デメトリオよ、予想が当たったな。計画通り、誰もキャスターの居城を落とせんかったぞ」

 

「語るまでも無い。引き籠ったアレは、あらゆる対策をしていた」

 

 ピサを齧り、二人は五枚目に突入。Lサイズをぺロリと完食し、喉越しが気持ち良い炭酸飲料で喉を潤す。

 

「ふむ……で、どうする? 否、お主はどうしたい?

 物量で落とせず、神秘で潰せず、他の陣営を利用しても逃走で手一杯ぞ。徒労は好かぬ故、キャスター以外の奴らを殺そうにも、他の組も結局はキャスターと同等の悪鬼修羅共。

 ハッ。所詮は、英霊など誰もが同類の化生と言う訳だ。

 殺そうにも、我輩(ワシ)でも幸運を味方にせねば殺せんか。奪い取ろうとしても、奪い切れんと言うのは中々に―――そうよな、復讐に燃えていた若い頃を思い出す」

 

「……―――」

 

 この場所はライダーが拠点の一つにしているビルの一角。他にも拠点を幾つも作り、其処には彼の兵士達が街の監視と、いざという時の囮として待機していた。

 

「―――……同盟、か?」

 

「クク、同盟か。お主のような斬殺狂いに、そんな選択肢を取らせる程か……」

 

 しかし、チンギス・カンにとって、その手の智謀策謀は得意分野。裏切りと挟撃こそ、略奪戦争の華。彼は効率的なだけではなく、例え非効率であっても戦局を有利にする為ならば、自分なりの有意義な無駄も行う。何より、ただ殺し尽くせば良いだけならば、一心不乱に攻め入ればキャスターを殺せるだろう。だが、他の陣営とは違ってライダーの宝具は扱いがかなりシビヤで、使いどころが難しい。

 魔力量云々だけではなく、彼の宝具には他にも様々な戦力的要素が加わる。武器弾薬の総量に、兵士の消耗量。兵器の修理復元や、略奪した武装の再装填もあり、他にも沢山だ。

 今有るそれらを使い切れば、誰が相手でも、問答無用で勝利を得られる。しかし、結局は戦争終盤の最後にジリ貧に陥り、あっけない無様な最期を迎えるだろう。それにまだ、奥の手は秘蔵したままだ。

 

「情けないが、我々だけでは決めてが無い。いや、某ら以外の奴らも、アレを殺し切る手はない。ならば、せめて囮役は欲しい」

 

「まだまだ、決戦では無いからの」

 

「そうだ。決死には早い」

 

「勝たねば、な。聖杯が無くば、我輩の覇道も始められん。

 まずは、祖国へ戻り、覇権を握る。そして、我が帝国が滅んでから、我らの草原を痛め続けて来た国々に、報復戦争を仕掛けねば。一族の尊厳を取り戻すには、その一族に仇なした者ら、今生きる末代まで全て消さねばなるまい。

 面倒だが、殺さねば死んだ者に顔向け出来ぬ。奪い取った物を、還して貰わねばなるまい。

 これは甦った者の責務であり、人間にとって復讐は何時の時代も正義である。殺さねばならないならば、殺し、その者の物を奪い取るのは、今を生きる者の務めである。

 ならば、圧倒的な屍を以って、苦しみ死んだ同胞の手向けとせん。そして―――世界中のあらゆる文明から奪い取り、世界そのものを略奪する!」

 

「楽しそうだな。聖杯戦争は楽しいか、皇帝」

 

「当然だとも。戦争は愉快ぞ、我が人生ぞ。何より、この道楽を終えた後は世界征服と言う、死後最大の楽しみが待っておる。

 ―――ハハ……ッ!  我が国家以外は皆殺しぞ!

 殺し尽くし、奪い尽くしてやる。逆らう者ら全て殺し、全て奪う。

 我が民らに空前絶後の黄金時代を、人類史を永遠とする未曾有の大帝国建国を―――!」

 

 善悪を問わねば、ライダー以上の強い願望を持ったサーヴァントは召喚された事はない。聖杯を得たい想念の強さで言えば、圧倒的なまでに重かった。

 何が何でも、絶対に果たす。

 彼はどんな手段を使ってでも敵を殺すし、誰でも戦争の為になら滅ぼせる。

 今までの聖杯戦争のおいて、彼以上に勝つ為に真剣なサーヴァントは存在した事はないだろう。渇望と言う言葉は、サーヴァントの中で一番ライダーに相応しかった。

 

「計画でもあるのか?」

 

「―――ない! しかし、聖杯を兵器転用する予定ぞ。

 モンゴルを再び奪い取り、大陸を手に入れ、この国も―――消す。我が国とする。この世の王位を全て我が手に奪還する。

 それが、皇帝で在ると言うこと。

 自分以外の王から座を奪い、国を取る。国を作るとなれば、そう在らねば強くなれん」

 

 狂気に駆られながらも、芯には自分の意志が在る。むしろ、湧き出る狂気も楽しんで、思う儘に生きている。狂い暴れる自分の感情を愉快だと笑いながら、思考は冷徹冷静あり、行動は理性的に迅速且つ効率重視。

 欲求に支配されるのではない。欲求を知り、欲望する自分を楽しむ自己を持つ。

 そう在ればこそ、ライダーは戦争を引き起こし、駆り立て、人を殺し、人に人を殺させ、国を滅ぼす。正しく戦争の権化であり、正真正銘の化け物足り得る闘争の化身。

 

「相変わらず、お前は楽しそうに生きる」

 

「何もかもを楽しまねば、生まれた価値がなかろうて。我輩(ワシ)も若い頃は怨敵を呪いに呪って、復讐心に燃えた戦争もした事があるが―――楽しかった。

 憎い相手を苦しめ、殺すのは最高に気分が昇る。大義名分があれば、存分に愉しみ恨んで、愉しみ殺せる。やはり、人間が成せる物事と言うのは、何でも人は楽しめると言う事ぞ。人の業に底は無い」

 

「共感出来る感覚だ。業に貴賎は存在しない。戦争は某も好きだ。問答無用で好きな様に斬れるからな」

 

「だろう? 流石は、我輩を呼んだ狂人ぞ。

 戦争はやはり良い。人間の営みの極みと言える。これを楽しめぬ者は、この世に生まれてしまった事が不幸だ」

 

 ライダーにとって、このマスターは面白い狂人であった。自分と同じ様に、自分自身が内側で飼っている狂気を楽しんでいた。それも理性的な思考で、他の道楽を愉快に感じながらも、人の営みを人並み以上に実感しながらも、このたった一つの狂気を尊んでいた。

 戦と剣。二人は闘争の中でしか生きられない化け物だった。

 家族は大切―――当たり前の感性。

 妻を大事にする―――結婚とはそう言う事。

 自分の名を誇りに思う―――一族の歴史を絶やしたくない。

 傷んだ尊厳の為に復讐を貫く―――血は血で洗わねば痛みは癒せない。

 しかし、それでも尚―――彼ら二人は自分勝手に闘争を選び、殺し合いを楽しんでいる。

 

「しかし、同盟か……」

 

 デメトリオは感慨に耽りながらも、自分なりに戦略を練っていた。集団戦よりも基本的に単独行動が多い為、どちらかと言えば代行者気質の聖堂騎士な所為か、彼は自分で作戦を立て、戦局に相応しい策を考え、行動に移し、斬殺を実行してきた。

 彼は斬る為に魔を殺すのだが、この度の戦争は勝手が違う事を実感した。

 尤も、自分のサーヴァントは戦略の専門家。戦争をさせれば、英霊の座の中でも一等賞確実の略奪王。この英霊は、戦争で勝つ為に必要な能力全てを自己の限界まで高めている。決して、才能豊かとは言えぬも、誰も彼もを凌駕する精神力を持つ。輝かしい天性の才が無いからこそ、闘争の中で死ぬまで鍛えられた。自己の至らない部分を常に磨き続け、自分自身の力に満足を得た事はない。戦争に勝ち続けて達成感を得ても、己の闘争に満足した事が無かった。だからこそ、前線で生き残る為の戦闘技術もそうだが、戦略と戦術を練る思考回路も完成していた。

 結果、全てが強い。

 戦闘、戦術、戦略、戦争が強い。

 思考と技術が戦争に適応している覇王。

 生まれ持つ圧倒的な才が無くも、絶対的な力を得た本物の英傑。幾度も繰り返す戦争が彼を、そう在れと鍛えた。積み重なった経験と直感が、初めて人を殺した時から、その人生が終わる最期まで共にした個人兵器。戦乱を平定し、建国を完成させ、王と為り上がり、初代皇帝の地位を創り上げた功績―――それが、ライダーが英霊である証。

 生まれて死ぬまで闘争に生きた王の魂。そのライダーの在り方が、デメトリオにとって何よりも信頼する理由となった。

 

「……では、誰が相応しいと思う?」

 

 合理的に、勝つ為の効率性を計算する。大まかな戦略も細かな戦術も、ライダーに任せた方が確実だと、デメトリオは自分の中の最善を選択した。司令官として、今まで会ったこの世の誰よりも優れている男だ。魔術的な戦闘面で口を出しはしても、戦争は任せた方が勝率が遥かに上がる。デメトリオからすれば、サーヴァントもマスターも関係無く、自分よりも優れているならば、その者に任せると言う効率的な思考が自然だった。

 結局、この二人は似た者同士。自分が相手よりも劣っているならば、その弱さを補う為に自然と能力を利用する。魔術師やら英霊やらと、下らぬ私情を挟まぬ現実的な信頼関係を構築した上で、彼らは効率的な実用性に富む利害関係を結んでいた。

 

「そうよな。リスクは高いが、一番都合が良いのはアサシンだ。お主の話を聞くに、マスターの言峰神父とやらは誰よりも硬い芯を持つ愉快犯よ。思考は読めんが、行動原理ははっきりしておる。我輩とは違った方面からではあるが、この戦争を道楽にして愉しんでいるのだろうて。

 それにあの女、アサシンも神父に似ていそうな冥府の輩であった。こちらの方はマスターに逆らうサーヴァントには見えんかったが、交渉次第で結果は五分五分かの。中々に生意気そうぞ。話をした感触としては、純粋過ぎて、痛々しい生き様の信仰者の類だったからな、お主と同じで。そも、あのハサンに連なるサーヴァントと思考すれば、生前も想像し易いな。

 我らも悪辣に利用される事となろうが、故にそれ相応に扱っても文句は言われんし、裏切り裏切られる機の読み合いとならば……ハ、造作も無いぞ」

 

「油断すると、危険だぞ。あれは(オレ)と同じ穴の(むじな)の……狂った異常者だ」

 

「知っておるわ。こやつは戦争における鬼札。だが、性根が分かり易いのだ。何をしてくるか全く分からんが、本質の方向性が我輩らとよく似ておる。なればこそ、思考が同調し易いと考える。そも、我らのような者と組むとなれば、相手側の性質も考えなばなるまい。

 尤も、互いに同盟を結んだ先に待つのは結局、情け容赦のない騙し合い。どちらかが先に無様に果てるかと言う、醜く汚い競い合いぞ。騙された方が死ぬだけの戦争となるだけだが、それは当たり前のこと」

 

「……つまり、向こう側も同じなのか?」

 

「そうよ。奴らも我輩らがどのような性質の外法共か、同じ外道として良く理解しているだろう。しかし、こちらの思考を読ませんよ。奴らも色々と策を裏に伏せるだろうが、互いに時が来れば結末は悟れる。裏切る時と裏切られる時は一緒だと、向こう側も理解しておるだろうな」

 

「成る程。だが、此方が裏切るよりも先に、向こうから裏切られる可能性はどうだ?」

 

「勿論、それは大いに有り得る。しかし、構わん」

 

「……何故だ?」

 

「そうなれば、死ぬか殺すかだけぞ。これこそ戦争の醍醐味とも言える。加え、その時に相手側に生まれる隙を突き、逆に殺し返す算段も考えておく故、な。お主は殺されぬ様、死なぬ様、常に気張っておれば良い」

 

 暗殺に奇襲。狙撃に毒殺。まぁ、ライダーからすれば如何とでもなる課題だ。

 ―――と、其の時だった。丁度、彼が周囲に張らせていた偵察兵から、貴重な情報の連絡があった。

 

「ほぉ―――……ハン。考えておるのは、相手側も同じか」

 

「どうした」

 

「客ぞ。噂をすれば、だ。都合が良い事に―――あの神父が、来る。こちらの拠点に向かってくる。……ッハ、それも真正面から堂々と、同盟を勧めて来たぞ」

 

「そうか」

 

 ニタニタと笑みを浮かべる皇帝は不気味でありながら、血潮を震わせる気迫を放っていた。そんな王の姿を直視していながら、デメトリオは表情一つ変える事無く、淡々としていた。

 食事中の雑談もここまで。

 しかし、わざわざ相手に合わせて、食事を中断してピザを仕舞うのは勿体無い。何せ、この食べ物は冷めると本来の美味しさを味わえなくなる。ライダーは効率的に合理性を徹する生粋の現実主義者だが、積み重なった尊厳と威厳も、かなり理不尽な域に達している。何せ、数多の王を滅ぼした皇帝なのだ。

 

「兵士を使い、此処へ呼んでおる。さて、このまま同盟締結の前祝いに、彼奴らを交えた懇談食事会にするか。あの神父の好物にピサが入っておれば丁度良いのだがな」

 

「ああ。あの男は教会の仕事により、イタリアに長く滞在していた事がある。我が国の料理は奴の舌に良く馴染むだろう。

 ……まぁ、それは良い。

 問題は相手の意図が、同盟では無く此方の抹殺出会った場合だ。其の時はどうする?」

 

「―――戦争だ。既に用意は万全ぞ」

 

「素晴しい。君はやはり、頼り甲斐のある英雄だ」

 

 

◆◆◆

 

 

 ―――と、言峰士人とアサシンが、食事中のデメトリオ・メランドリとライダーが居るアジトに訪れている時の事だった。

 

「――――――……」

 

「……――――――」

 

 サーヴァントの英霊には、黒化と名付けれる特異な現象がある。属性の反転による性質の変化だ。つまるところ、セイバーが間桐桜の呪層界に取り込まれたが、正気を失った訳ではない。

 記録に欠落はなく、記憶も続いている。

 しかし、嘗ての騎士王の威容を誇った姿はもう失くした。

 死体と間違えそうな程、肌は蒼白く病的な白。眼の色は爛々と異様な輝きを持つ黄金。髪の色は煤けた金髪。

 

「エミヤ……キリツグ」

 

「…………」

 

「聞いておきながら無視か、貴様。ふ、思考回路は餓鬼のままのようだ」

 

 しかし、人格は変異してしまった。正確に言えば、自覚のある我の変貌であろうか。呪われる事に耐える為、彼女は自分から呪詛を受け入れた。

 己の精神を確保し、且つ自己を維持する。

 性格の変質を許容しようとも、自己を見失う事だけは決して行わない。

 故に、確かに彼女は人格の属性を反転させてしまった。だが、彼女の性質は元のままでもある。狂気を押さえつけるのではない。狂いそうな自分をそのまま、自分自身として認めたのだ。

 

「はぁ……これは、失敗だ。どうするんですか、桜さん?」

 

 計画では、セイバーの人格は反転する事で乖離した筈だった。元々のそれから余りにもかけ離れた思考回路は、自分を自分だと認識する事が不可能な状態となり、もう一つの自己として自我が生み出すと考えていた。

 元の善性と、呪詛で作られた悪性の二つになる予定だった。それがどうやら、混ざってしまい、良く分からない混沌と為っている模様。

 

「さぁ……?」

 

「さぁ、って。少し位は危機感をですね……」

 

「いえ。そもそも危機も何も、聖杯戦争は順調でしょう?」

 

「…………?」

 

 混乱する亜璃紗を見ながら、桜は穏やかな笑みを浮かべた。普段の彼女であれば、相手の考え事など簡単に分かるのだが、今の亜璃紗は気を抜いている。そう言う無粋な真似はせず、純粋に会話を重ねているだけだ。

 

「ねぇ、セイバーさん。今の貴女は、この世全ての悪(アンリ・マユ)を拒絶しておきながら―――己が悪性を容認しましたね。

 正英霊としてのアーサー・ペンドラゴンは、反英霊としてのアーサー・ペンドラゴンを良しと認めた。貴女の汚染を画策した私でも、この結果は想像出来ませんでした。ですけど、まぁ……その程度のアクシデントなら、想定内の事態でありました」

 

「……ほう?」

 

 セイバーは嘗ての面影を残しつつ、邪悪に笑みを刻む。笑顔とは獣の攻撃的な仕草だと言われるが、彼女の笑顔は正しくその類の凶笑。腹を空かせた獅子であろうとも、ここまでの圧迫感を出す事は出来やしないだろう。

 それを対峙する桜もまた、笑みを浮かべていた。彼女の笑みを例えるなら―――年老いた魔女。憎み疲れ、恨み暮れ、終わりを告げる黄昏を愛する女。魔性が圧倒するのではなく、底の無い諦観が両目の光を虚ろにする。だからこそ、湧き出る虚無感が如何仕様も無く、桜を魔性へと妖しく美しく仕立て上げる。桜の花の散り際の儚さと、間桐桜の魔性は良く似ていた。

 

「まさか、と言う気分ですね。反英霊としてのアーサー・ペンドラゴンが、正英霊としての貴女を受け入れる何て驚きでした。本来の計画ならば、乖離した呪詛の仮人格を主人格に成立させ、主人格を眠らせて本物の貴女としての資格を与えた上で、私達の下僕にしたんですけどね。

 聞くのも野暮ですが……何か、理解し難い理屈でも、悟ってしまったんですか?」

 

「ええ。むしろ、開き直ったと言った方が正しい」

 

「何にです?」

 

「結末に、です。満足など何一つ無い人生でしたが、全てに納得しました。死後に持っていた未練も後悔も―――捨てた。

 ああ……生まれて初めて味わう、とても清々しい気分だ。

 善悪の果てに私そのものを実感しました。善で在る私が悪で在る私を認め、悪で在る私が善で在る私を認めた。善が悪を、悪を善が間違っていないと理解したのです」

 

 乖離せず、融けて混ざった。結果―――セイバーは英霊で在りながら、今を生きる人間でもあった。

 

「あは! ははははは……! つまり、それは―――私にとって、計画以上に最高のセイバーさんって事じゃないですか!?」

 

 これを笑わすにいられるか。桜にとって、ただの消耗品の手駒でしか無い筈だった。面白味の無い英霊の出来そこないの、セイバーの成り損ないの筈だった。

 アンリ・マユの呪いはそう言う、絶対的でありながら、桜にとってすれば下らない言葉の羅列に過ぎなかった。呪いに染まった英霊も、ただそれだけの現象となり、接しても楽しくない悪なだけだと思っていた。特にセイバーのような純粋な正英霊ならば、そのまま単純に絶望して変異した暴君になると考えていた。そんな呪いの言霊になってしまったサーヴァント何て、襤褸雑巾になるまで使い潰す以外に使い道が無い……と、先程までは悪辣に蔑んでいた。

 

「でしたら、呪いで受肉した今の肉体なら、最高の気分を感じられるでしょう」

 

 しかし、桜は戦争における鬼札を手に入れた。決して唯の消耗品ではない。亜璃紗や、召喚した切嗣と綺礼に並ぶ本物の“ヒト”に化けたのだ。

 

「絶望と苦痛が過ぎて最悪ですが、だから最高の気分でもあります」

 

「うふふふふ。今の心境を話してみては如何ですか? 迷惑じゃありませんし、これから共に戦う仲間の苦悩くらいでしたら、聞くのも悪くはないですし」

 

「そうですか?」

 

「そうですよ。折角身内になってるんですから、その新境地を話すのも手です。ほら、語れば気が付くこともありますしね。

 綺礼さんと切嗣さんも、そう思うでしょう?」

 

「ああ、懺悔は良いぞ。裡に澱み溜まった迷いが晴れる。私も若い頃は生き場に迷い、死に場所を探して自殺を末に考えた。

 しかし、そうはならなかった。苦悩とは、魂の叫びに他ならない。愉悦が魂の形で在る様に、苦しみとは魂のカタチに歪みが生じている事が原因だ」

 

 妻の献身が、綺礼を苦しめていた。愛している筈なのに、愛せない。苦しめてやりたい。殺してしまいたい。台無しにしてやりたい。苦悩する彼を助けようとする妻の行いが、そもそも綺礼を更に自己の歪みで苦しませる結果となっていた。

 ……だが、そんな苦悩も晴れた。英雄王へ懺悔する事により、道を進む最初の一歩目を見付けられた。故にまず、自己の在り方を認め、肯定することを良しと綺礼は考えている。

 

「つまり―――懺悔とは、他者に在り方を示す事だ。自分でも知らぬ自己を世界へ映し、自分で自分自身の形を知る事が目的だ。

 己の本性を知れ。

 喜びとする対象を愛せよ。

 私のような悪徳を良し笑う者ですら……歪ではあるがな、この世界を生きる人間を―――愛せたのだ」

 

「―――あれが愛だと、アンタは語るのかい?」

 

 切嗣にとって、綺礼は今まで見て来た地獄の中でさえ、逸脱した本物の悪人だった。他者や自分の絶望、悲嘆、苦悩を喜びとする破綻者であり、人の世の悪行を自身の善行とする先天的異常者。化け物では無く、人間で在りながら、この男は怪物以上に異常な在り方を貫いていた。

 つまり、醜く汚く下衆で蒙昧な人間(ヒト)世界(クツウ)を愛すると、この神父は言っていた。

 

「―――無論だ。

 貴様らを羨んでもいるが、同時に苦しみに嘆く姿がとても愛おしい。あの時のような地獄にこそ、人生の縮図が具現する。あの終わりの時にのみ、人間の魂が炸裂した瞬間の輝きが、存在していた。

 それを愛さずに、何を愛せば良い。

 知ってしまえば、他に何も要らん。

 走馬燈と言う現象がある。それと良く似ているな。有りの儘に死に逝く者らにこそ、私は私が得られた答えで祝福してやりたい」

 

「ほざくな。羨ましい、と言ったお前の言葉が、言峰綺礼の本当の苦悩だ。自己の幸福を捨て、理想を選んだ僕の事を、悟った今でさえ―――憎んでいるんだろう」

 

「否定はせんよ、衛宮切嗣。幾ら足掻いても、それを私は得られなかった。

 故に―――嘗ての私が欲した日常を無価値に棄てる貴様らが、無価値な姿で終わる様を楽しむのもまた娯楽」

 

「哀れだよ。愚か過ぎて、僕は貴様を理解できない」

 

 理解、したくもない。しかし、この男は彼と良く似ている。だからか、綺礼が切嗣を特別視している様に、切嗣も綺礼に対してらしくもない悪感情を向けていた。

 

「は。その弱さが―――エミヤを生み出した元凶だろう。私と良く似るあの壊れた破綻者に、あの様な理想を託せば結果は見えていた筈だ」

 

 憎悪して、怨念を向け合う宿敵達。切嗣が綺礼を許せない様に、綺礼もまた切嗣を許す事は有り得ない。

 

「……と、ふむ。すまんな、セイバー。少し無駄な長話をしてしまった。今はおまえの話を聞こう」

 

 唐突に、神父が話を切った。まだ言いたい事も、聞きたい事もある。しかし、切嗣との罵り合いは何時でも楽しめた娯楽。今はもう良い。今はそれよりも優先したい人物がいる。

 

「騎士王よ。私と衛宮切嗣、間桐桜や間桐亜璃紗が聖杯で何かを見た様に、お前は―――この世全ての悪(アンリ・マユ)に何を見た」

 

「……良いでしょう。ならば、聞いて頂きます」

 

 桜は楽しかった。他人の憎悪と怨念と狂気は、桜にとって最高の娯楽品である栄養素。だが、今のセイバーのような自分に近しい者の苦悩は、歳を忘れて感動してしまう。

 

「自分語りは得意では無いですが……そうですね、ふむ。嘗ての私は聖者で在らんと徹し過ぎ、世界を視る目が曇っていた。かと言って、呪詛を肯定し英霊の絶望を理解した私では、真実に辿り着くことは永遠に無い。

 強いて言えば、知識が足りませんでした。

 何故、人は正しく在れないのか。何故、人は理想を曲げてしまうのか。

 理想に燃えていた嘗ての私は、人間共の姿を見て知ってましたが、何故そうなるのか実感したことが一度もありませんでした。

 アーサーとして取るべき国家運営は苦痛の極みであり、生死の境を綱渡りしている様なもの。しかし、それに迷った事は唯の一度もありませんでした」

 

 話を真剣に聞いているのは、綺礼と桜だけだった。亜璃紗にとって、セイバーの苦悩と答えは最初から知っており、理解もしていた。逆に切嗣からすれば、理解しようとしても無駄な徒労に終わるだけであり、彼の価値観では形までは理解出来ても共感は有り得ない。

 

「今思えば、私は誰にも私を理解させようとしてませんでした。滅び逝くブリテンを救おうと無心で足掻いている内に、完璧な聖君を自然に演じていました。

 そう在るのは……今に思えば、酷く楽だったんです。

 だって、誰もが理想にする聖者で在れば在る程、国の安寧を守れた。民の生命を助けられた。自分の理想を救い続けられた。

 ―――ハ。昔、敵の大王にも言われましたが、私は偶像だったのでしょう。

 自分(アルトリア)自分(アーサー)と言う、子供の頃に夢見た自分の偶像(理想の騎士王)に憬れていただけだった。

 国の為に戦い、民の為に血を流し、騎士達と共にブリテンへ救いを(もたら)す。そんな理想の王の姿を小さかった私は理想に選び、鍛錬に励み、そう在らんと剣を抜いて王となった。せめて、目に映る皆は幸福であって欲しいと国を導きました。それに理想を叶えねば国を滅びるとなれば、その思いは強くなっていったのです」

 

 思い返せば、自分は賢し過ぎた。他人の理解を必要とせず、剣を抜いた時から完成した王だった。完全無欠の聖君だった、と思う。

 誰の手も要らずに、最初から完結していた王だった。

 はっきり言えば、騎士王は騎士王で在る為にブリテンの王である必要が無かった。

 国の為に身命を賭したと言えば聞こえはいいが、実際は国など王にとって理想の成立させる為の舞台装置だった。誰かに必要とされた故に、彼女は聖君を死ぬまで貫き通したが、彼女は聖君で在る為に誰かを利用した事はあれど、心から誰かを必要だと考えた事は無かった……と、遠い昔の誰かを想い浮かべるようにセイバーは思考していた。

 

「成功すればする程、私は王になっていった。強く、強く、自分の理想が国を救い続け、民の生活を守り続けた。

 ……そして、ブリテンを導くには剣の心が必要だった。

 誰かを思う隙間は何処にも無く、ただただ王で在っただけの人生だった。

 少しでも判断を間違えただけで民が死ぬ。少しでも時間が遅れただけで民が死ぬ。少しでも騎士を完璧に指示できなければ民が死ぬ。少しでも犠牲すべき者を選ばなければ大勢の民が死ぬ。

 心身が疲れ果てても不断の激務は続いた。休みなど無かった。

 騎士達との関係や、部下らの派閥間の争うにも細心の注意で死ぬまで気を使い続けた。内政でさえあの様で在りながら、同時に外交も完璧にしなければならなかった。

 ―――完璧な騎士王……っは、笑わせる!

 完璧でなければあっさりと滅びる国だから、私は完璧で在らんと生き急いだ! 綻びがあれば其処から一瞬で滅びてしまう程、あのブリテンは脆い国家だった!

 だから……だから、ただ強く、どの国家よりも強い孤高の王と、強く従順な騎士が必要だった」

 

 セイバーにとって、毎日が命を削り続ける日常だったのだろう。

 

「……そして、誰かが犠牲にならないといけないと、あの王座で国を悟った。

 そんな化け物を完全に支配するまで完璧な聖人君子で在らなければ、自分の理想が叶えられない。国家と言う化け物をさらに上回る怪物に、私は成り果てていた。

 最初は、そうだ―――ますはこの自分を犠牲にした。次は、そうですね、戦争を勝ち抜く為に村を干からびさせた。戦場では騎士や兵士を捨て駒にした事もあった。勿論、敵国兵は我が国が安全になるまで殺し続けた。

 挙げ句の果てに……結末は、カムランの丘で終わりでした。

 間違っていたのは誰だったのか。

 考えるまでも無く―――騎士王が、誰も救えなかったから。国を救い続ける為に、私は誰かを救うことを諦めていた」

 

 それは、騎士王の懺悔。嘗ての彼女なら有り得ない心情の吐露。だが、今の彼女は己の弱ささえも、もはや唯の笑いごとだ。

 自分はそんな存在(生き物)だ。胸を張るのではなく、顔を曇らせて視線を下げるのでもなく、ただの日常の会話にして、そう語ってしまえた。そう、悲観を越えた諦観を得てしまっていた。

 

「私は確かに、諦めていたのです。国の為ならば、仕方が無いと容認していました。大勢の人々の命を助ける為に、自分で死ぬべき命を定めて殺しました。国の為、民の為、と繰り返して、私は幼いの頃に抱いた理想に溺れてました。

 そんな、人を理想の為に道具扱いする化け物―――……そう、私はなっていた。

 溺れていて、溺れ続けて、溺死しているのが楽だった。

 騎士王として手段を選んで、最小限で効率良く犠牲者を選んで、殺して、死なせて。そんな自分を昔の自分は、理解し難い化け物に感じていて。気が付けば、当たり前な作業になっていて。

 最後の最期で国も救えず、最期まで人は救えなかった。

 だから自分は結局、救いなんて分相応な愚か者。失敗した愚者の王」

 

 変異したアルトリアは、王ではなく、人として、自分の価値を断じてしまった。結論は、その末路だったのだと受け入れた。いや、最初から受け入れいたが、あの国が間違えていた事を受け入れた。

 自分だけが悪かったと、逃げていた。

 だって、他の誰かの所為にしてしまえば、理想が壊れてしまう。国がもう、死ぬしかなかった何て運命だったならば、自分の理想は一体何だったのか。

 アルトリアは自分の理想と騎士の想いを汚したくない一心で、自分以外の誰かの非を認めたく無かった。仕様が無かった、仕方が無かった、必然の不運だった―――と、有り得ない言い訳で誤魔化していた。

 

「今の私なら、理解出来るかもしれません。

 ランスロットとギネヴィアに、モードレッドとモルガン。

 彼と彼女達が何故、国を滅ぼす原因となったか理解し―――やっと、私は実感しました」

 

 壊れてしまったいた。笑みが、自分の結末を知っていた。アルトリアはやっと、もう自分が押し潰されて、溺死していたんだと分かった。生前の最期まで貫けたが、死後の出来事によって自分を理解した。それでも彼女は彼女のままだったが、呪われた仕舞った今はもう、理想で自分を誤魔化すのを辞めたのだ。

 

「―――私が、皆に価値を見出していなかったからだ。

 国や民の為に有用や無用か。王でしか在れなかった自分は、そんな観点でしか世界を見ていなかった」

 

 もう、悔恨は棄てた。ならばこそ、アルトリアは新たな絶望と後悔で満たされる。そうであったと考え、気が付いて、己が何であったか決定した。

 ただ王で在る。

 王でしかない。

 人間では無かった王。

 騎士たちにとってアーサー・ペンドラゴンは、国を導くだけの王でしか無かった。

 

「無論、個人的な感情はありました。人としての想いも消えてはいなかった。しかし、それを王で在ろうとしていた私は、決して外に向けた事は一度も無かった。

 ならば、他人とって私は王と言う生きた記号でしかなったのでしょう」

 

 心を全て空にした気分を、とても深くアルトリアは味わっていた。表情は晴れ晴れとして、迷いで止まる事は無くなっていた。

 

「成る程な。そうとなれば、我らと協力するのも自然な道理か。

 おまえは知りたいだけなのだな。聖杯を利用して、私と同じ様に―――この世の仕組みを理解したいのか」

 

「ええ。そうですよ、言峰綺礼。

 今の私は知りたいだけです。何故、誰も救えないのか―――それが、ただ知りたい」

 

 苦悩から求道者は生まれ出る。セイバーも、綺礼も切嗣も、何かを求めて現世に迷い出た死人だった。だから、せめて、あの絶望に価値が欲しいと願っているのかもしれない。

 問答をする二人を見て間桐桜は、もうアルトリアを知れた。何より、亜璃紗が仲間と認めている時点で、彼女が此方を裏切る事はないと知っていた。綺礼にとって有意義な時間だったように、アルトリアにとっても新生した自分を確認する良い機会だった。

 計画は順調そのものだ。

 戦争は思い通りに進んでる。

 間桐の魔女は戦力を完成させた。

 一番の障害はキャスターであろうが、あれの殺害計画は出来上がっていた。セイバーの吸収が成功した事も確認でき、次の段階に移れる。

 

「……あ、話終わりましたね。だったら夕飯にしよう。戦争前に知り合いの魔女から山菜や薬草やらと、沢山スパイスを貰いましたね、それを使いました。

 なので、良い感じにカレーにしてみたよ。

 栄養素も抜群で、神秘面の作用もあって魔術回路にも優しいですし。何より、味わい深く、香ばしい風味に出来ました。何時に無い自信作だ」

 

 途中から間桐邸のリビングから消えていた亜璃紗が、寸胴を持ちながら戻って来た。中身はカレーで、炊飯器もしっかり準備している。

 

「……あ、美味しそうだね。やっぱり女の子の手料理は良いね」

 

 退屈そうにしていた切嗣が、笑みを浮かべてスプーンを握る。何だかんだでブレない男だった。

 

「――――――……」

 

 取り敢えず、無言でスプーンを武装するセイバー。何だかんだでブレない女だった。

 ……似た者同士ですね、と桜が陰で笑っている事を二人は知らなかった。綺礼も綺礼でそう思っていたが、カレーには思い入れがある。生前に偶然知り合った埋葬機関の代行者が、自分が麻婆豆腐を食べる如き修羅の形相で食べていたのを思い出した。やはり、美味い好物を食べる時、人間はああなってしまうのが自然だと認められたのだ。

 

「―――辛いのか?」

 

「はぁ……? まぁ、カレーですから辛いよ?」

 

「フ、そうか。素晴しい」

 

 この連中、無意味に行儀が凄く良かった。綺礼は周りを気にせず、神へ祈りを捧げていた。この食事に使われた食材達に感謝し、自分の糧に出来ることを神へ感謝した。

 

「あのー……桜さん?」

 

「何時もの事ですよ。如何でも良いじゃないですか。

 ……うん、良い香りです、亜璃紗。スパイスの調合が素晴しいです。最近は段々と娘の成長が嬉しく感じるようになりましたけど、私も歳を取ったって事なんでしょうかね……」

 

「え。はぁ、まぁ……その、ありがとうございます?」

 

「ふふ、どういたしまして。では亜璃紗、頂きますね」

 

 賑やかなのは良い事です。そんな思考をしてしまう自分は、やっぱり成り切れない半端者なのだろうと桜は自分を嘲笑した。嘲りながらも、邪悪に染まっても、でも―――楽しいモノは存分に楽しむ。そうでなかれば、ここまで成り果てた価値が無い。

 戸惑う養子を傍目に、彼女は娘が作ってくれたカレーを食べた。セイバーも、切嗣も、綺礼も、亜璃紗に頂きますと言った後にカレーを食べた。亜璃紗もまた、皆が食べ始めてから自分の料理を食べ始める。

 ……惨酷な世界だけれども、人間は変わらないのかもしれない。

 破綻した者らの晩餐は果たして後、何度出来るのか。そんな虚しい事実を全員が理解していた。だからこそ、これは如何でも良い誰でも味わえる奇跡なのだった。




 神父さんの暗黒カウンセリングでした。悪役がほのぼのしているのって、書いていると何だか、悲しくなると言うか……
 そんなこんなで次回予告です!
 手を組み出すサーヴァントとマスター達。冬木に君臨するキャスターは、果てして何を思うのか? 桜達の目的とは? そして、誘拐された彼女達の運命は!?
 次回―――『決裂』

 読んで頂いて、ありがとうございました。


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64.決裂

 久しぶりの更新です。読んで頂いてくれていた方々に謝罪と同時に、こうしてまた読んで貰える事に感謝します。
 決して、ダクソ2のダウンロードで遅れた訳ではありません。伸びる剣でガリアンごっことか、レーヴァティンとかしてた訳じゃないんです。けれど、浪漫武器って何歳になってもロマンが詰まっていて良いですよね。次の浪漫武器に期待大です。ダンジョンも、本当にダークファンタジー世界観に似合う謎解きダンジョンで正直、こう言うゼルダチックな雰囲気があるのも大好きです。ステージとしてですと、ソウルシリーズで一番初見で楽しかったかもしれません。トーマス先生マジデーモン。


 殺人貴はついつい警戒が薄れたのか、溜め息を吐いてしまった。長く、重く、粘りつく、疲れ切った老人の如き枯れ木の様相。

 今は廃棄予定の拠点にいた。森からアジトに戻り、これから同盟を結ぶ予定の相手と結託し、新しい本拠地に移動する予定だった。同盟相手の殺し屋ダンと、マスターの美綴に、バーサーカーも同意見であったが、今のアジトは敵にバレテいる可能性が酷く高い。となれば、組んだ相手であるダンとバーサーカーと共同戦線が張れる場所に移り、戦略的優位拠点を立てなければならない。

 

「――――――……」

 

 色々と戦況も入り込み、混沌としてきた。そんな悪感情が湧き出る自分の心理状態を整える為に、殺人貴は穏やかな表情で黒い少女の頭を撫でた。膝枕をしてながら、少女を優しく労わっていた。包帯を巻いていて目付きは分からないが、死神にはとても程遠くて似合わない目線で彼女を見ているのが分かる。

 少女は淡い青色が特徴的で、赤目が目立つが今は瞼を閉じているので分からない。しかし、まるで子猫が日向で眠るような仕草は、この男を信頼し切っている事が一目で理解出来た。

 

「このロリコンめ」

 

 もっとも、綾子は全く空気を読まなかったが。

 

「……おい。流石のマスターでも、ここは空気読んでくれない?」

 

「やだ。断る。レンから色々と、アンタの事は聞いてんの。実年齢を考えれば、レンは真祖のお姫さんと同レベルの御高齢だけどさ……流石に、そんな見た目の少女にあれこれするんはどうよ? ねぇ、どうなのよ?」

 

 どんな気持ち、ねぇねぇどんな気持ちと、うざい口調でサーヴァントをいじめる悪党なマスター。

 

「――――――さて。問題はキャスター討伐と、ライダー対策だけど。マスターは良い案あるかい?」

 

 色々と理由があったのだ、理由が。しかし、言ったところで何にもならない。と言うより、あの顔は知っていてい言っている者の表情。なので、殺人貴はそのボケを(スルー)した。

 

「え、スルー? 相変わらずな女の敵だ。アンタも何だかんだで、衛宮やエンハウンスの同類だよね。言峰とは少し違うけど、世捨て人な所も似て無くはないかな。あーあ、ほんとに最悪な部類だよ。女にとっての災厄だね。

 まぁ、ぶっちゃけ、どうでも良いけど……」

 

 綾子にとって殺人貴は憎き怨敵。しかし、今は殺せないし、気分でも無い。なので、こうやってネチネチと何処かの神父みたいに言葉のメスで精神的解剖を行うしかない。何だかんだで綾子も楽しいのだ。

 

「……そうだね。問題はキャスターかなぁ。あいつ、そもそも聖杯要らない類の魔術師でしょ」

 

 よって、今から少しだけ真面目になろう。会話を重ねれば、あるいはある程度の理解を得られるかもしれない。理解できなくとも、こいつの何が理解できないのか分かるかもしれない。

 

「伝承も奥深い英霊みだしね。俺は元々退魔一族出の淨眼使いだけど、あのキャスターの千里眼も自分と同様、一種の淨眼だろうな。本来なら眼に見えない何かを見通せるんだろう」

 

「ふーん、成る程。未来視、過去視は出来て当然か。エゲツないね、実にエゲツない」

 

「それにアレ、受肉していたぞ」

 

「受肉―――……受肉か! そう言うカラクリか。いやぁ、やっとあの理不尽に納得出来たね!」

 

「俺の直死の魔眼は元々は淨眼だ。本来なら見えないモノを見通す。死に触れる事で死が見れる様になったけど、それの応用で死を持つモノなら現象だろうと概念だろうと直“視()”可能だ。

 あいつはな、自分で魔力を生成していた。

 十中八九、自分に式神の宝具を使っている。

 その能力で肉体に現世で活動可能な仮初の器を、自分で用意して与えているんだろう。加えて、あの陣地内に限らず、宝具を応用して何処で在ろうとも、日ノ本の都であった京都で召喚させるのと同等の知名度補正を得ている。

 ……でなければ、あそこまでの神秘は扱えない。英霊として、羨ましい限りだ」

 

 故に、安倍晴明は常に万全。何処で召喚されようとも、何時の時代であろうとも、知名度補正を自前の陰陽術で最高値まで取り戻す事が出来た。

 宝具と陰陽術を応用し、彼は生前の肉体に近い器を式神として用意した。そして、その器は受肉した状態な上に、英霊として持つ知名度による補正を最大限まで恩恵を受けられる。つまり、正真正銘本物の“安倍晴明”である怪物なのだ。座からの分霊でありながら、もはや本体と区別出来ない魂の化身。

 

「英霊の魂の活性化か!? いや、そんなの有り得るのか?」

 

 もしもな話に過ぎないが、彼は日本以外で召喚されれば弱体化する。しかし、そもそも保有している宝具とスキルは、己が極めた術理が伝承として具現したもの。他の英霊のような道具系統や乗り物、あるいは加護を受けた自分の肉体でもない。そうなれば、そもそも自分の魂の霊格を陰陽術で本来のソレに戻せば、全てを取り戻せる。

 

「さぁな。生前に何処ぞの誰かの神秘でも真似たのか、オリジナルの術式なのか知らないが、魔法に等しい魔術に違いない。神霊魔術はかくやと言う桁違いだ。

 宝具・十二神将の大元になってる陰陽道主祭神の秘技―――泰山府君の祭が何処まで可能かは知らない。けど、奴の式神は肉を持っていた魔だった。ならば、奴自体も式神同様に受肉していても不思議ではない。

 いや、そうでなければ、そもそもアレ程の大規模魔力消費にマスターが耐えられる訳が無い。冬木全ての太源を集めても、足りるかどうかあやふやな式神の軍勢と、陰陽の地城要塞だった」

 

「サーヴァントとして得られた仮初の肉体に、式神の器を利用してほぼ完全な―――いや、むしろ生前以上の性能を得ているのか」

 

 二人は詳しく理解出来ないが、キャスターの陰陽術の極みは第三法に近い神秘を保有している。彼は受肉させて活性化した自分の魂と、得られた肉体と霊体の二つを利用して自前で魔力を生成していた。死を視る殺人貴だからこそ、殺す為に相手の魂そのものを殺せるアヴェンジャーだからこそ、キャスターが自分に仕掛けたカラクリに気が付けた。

 

「それに日本と言う地域そのものから、あれは魔力を無尽蔵に集積出来るかもしれない。そして、自分もサーヴァントの枷から外れて無制限に魔力を生成出来るとなると……まぁ、魔術師の英霊としてだと最悪の部類だ。こんな怪物が地元の日本の聖杯戦争に参加するなんて、ただでさえ反則染みた知名度補正にペテンで上乗せ補正を掛けられる」

 

「どう殺すのさ? キャスターは難敵だけど、ライダーってサーヴァントもかなり危険だよ」

 

「この二体に搦め手は逆効果だからな。こっちが考えられる戦略なんて、向こうが考え付いていると言うのが前提になるし。

 二体とも殺せなくも無いけど……さてはて、上手くいくとは思えなくて厭になる」

 

「まぁ、だからこうして、あの殺し屋とバーサーカーと同盟組むんだけどね」

 

「違いないな。出来れば、キャスターやライダーを陣地から誘き出して、せめて対等な場所で殺し合えなければね。でないと、殺せるモノを死なせられない」

 

「あたし個人としてだと、ライダーの方が厭な敵だ。怖いのはキャスターだけどライダーは多分、結構あれな手段を使ってくる。キャスターも必要なら人質や騙し討ち位するかもしれないけど、ライダーは必要なら国を生贄に捧げる狂人だ。冬木程度の小さな街、さくっと皆殺しで火達磨さ。むしろ、その程度の狂気を飼い慣らせなければ、戦乱の王にまで成りあがれなかったんだろうけど。

 怖いね。何をするか分からない上に、何でもしてきそうな奴って敵にしたくない」

 

「人間って生き物は、そうだね。実際、死徒や悪魔なんて化け物以上に、生き狂ってる獣なんだろう。そんな人と言う生き物を戦乱で統べ、略奪に生きた王となれば―――その狂気、化け物以上に怪物的な人間の化身だ」

 

 人間を殺すのは、何時だって人間だった。アヴェンジャーは天性の殺人鬼だが、“人”殺しではない。化け物専門の怪物相手の殺人鬼。逆に綾子は、化け物よりも人間の方を多く殺していた。彼女もまた、後天的ながら血を浴び慣れた殺人鬼である。

 そんな二人でも、ライダーを厄介に思う気持ちは一緒だ。

 あの男は殺人鬼ではなく大量虐殺者。殺人では無く、殺戮を尊ぶ略奪の王。

 

「その点、バーサーカーは狂人なのに、何気に良識的な王様だからね。あたし、アレには少し吃驚した」

 

 あの英霊は、見た目と気配に反してそれなりの善性を持っている。常識があり、普遍的な人間性を理解している。気紛れで裏切りなどはしないだろうと考えられた。マスターの方の殺し屋も、稼業が稼業だけに約束や契約を違えなければ、仕事人として一定の信用が可能。

 

「狂戦士のサーヴァントよりもバーサーカーしてるの多いからな。実際、八騎も参戦してるとなると、同盟相手が重要になる。だけど、あのエミヤと遠坂凛とは同盟は良いのか?」

 

「……まぁ、仕方が無いさ。

 衛宮はまだまだ正義の味方で、遠坂はそんな正義の味方の味方。同盟は結んだ方が良いけど、構わないんさ。どうせ、殺し合う故もないから、戦場でばったり会った時に協力し合えば良いだけ」

 

「冷めてるね」

 

「信頼してるの。二人の人格をね」

 

 淡々と二人は時間を潰していた。日暮れ前に移動する為、同盟相手を新たな拠点へ向こう準備は整っている。後はもう、時が過ぎるのを待つだけだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 ―――考えた結果、同盟は危険だと判断した。アーチャーにとって、奴らは殺すべき害悪だった。

 彼女にとって有り得ない選択肢。

 そもそも遠坂凛と結んだ契約内容にも無い。衛宮士郎とセイバー以外との同盟は契約違反ではないが、アーチャーにとって許し難い相手が提案されてしまった。

 

「なあ、マスター。それ、正気なのか?」

 

 血溜まりになっていた衛宮邸の居間は、既に魔術を用いて清掃されていた。セラとリズは寝室で眠っており、イリヤが消えた成り行きを凛と士郎は聞いていた。

 この場にいるのは、凛とアーチャーだけ。

 士郎は二人の看病をしており、高価な魔術薬品も使用して治療に専念していた。

 

「当然でしょ。戦力の補強として考えれば、むしろ道理だわ」

 

「―――いや、違うだろ。はっきり言えば良いよ」

 

 帽子を深く被り込み、彼女は帽子の鍔で目元を影で隠していた。しかし、視線の強烈な圧迫感が隠れる訳ではない。

 

「……何を、かしら。アーチャー?」

 

「聖杯を壊す気、なんだろう?」

 

「……何を言っているのかしら。最初から、貴女にはそう喋った筈よ。この度の聖杯戦争の優勝賞品は呪われているって」

 

「違うさ。アタシが言ってるのは聖杯じゃなくて、システム基盤となっている―――大聖杯だ」

 

 大聖杯。聖杯戦争で手に入る聖杯ではなく、聖杯戦争のシステム運営を行っている巨大魔法陣。とある魔術師の魔術回路そのものであり、アインツベルンが成した正真正銘本当の聖杯。小聖杯とは、大聖杯に繋がる孔をあける為の、英霊の魂が座に帰還する際の通路でしかない。

 つまり、大聖杯こそ、聖杯戦争の中核を成す本体。

 これが破壊されるとなれば、もう二度と聖杯戦争は起こり得ない。

 

「知ってる訳ね……そうなんだ」

 

 召喚されたサーヴァントには現世の知識が植え付けられる。だが、聖杯が与える知識にも限度がある。ならば、アーチャーが大聖杯を認識しているのは、個人的な理由があったから。それも生前に、何かがあった英霊であるのは確定だ。

 

「当然だよ。元々アタシはこの聖杯戦争で人生の歯車が狂った。いや、運命を自分で選んでしまったとでも言った方が、色々と格好が付くかな」

 

 アーチャーにとって、聖杯戦争が元凶だった。魔道に墜ちたのは本当に些細な出来事で、裏側の現実に気が付けただけだった。それに劇的な変化があった訳でも無く、助けられた自分は良くある神秘における悲劇で、最初の一歩目を歩んだ訳でも無かった。

 

「なぁ、マスター。アンタの計画は何となくだけど、分かってるんだ。サーヴァントであるアタシにゃ関係無いから聞いて無かったけど、もうそう言う訳にはいかないみたいだし」

 

「……何の計画か、言ってみなさいよ」

 

 凛は、聖杯戦争はもう起こらないと勘違いしていた。正確に言えば、起きたとしても六十年後だろうと考えていた。なにせ、聖杯で出現したあの孔はエクスカリバーで破壊した。

 だが、実際に第六次が九年後に引き起こされた。

 何かが可笑しい。彼女は鋭い直感と、理論的な考察力で自分が騙されていた事に気が付いた。

 自分がもう聖杯戦争が起きないと考えてしまったのは、そう―――弟子である神父の言葉と行動からだ。イリヤから心臓を除いて聖杯としての機能を取り除き、彼女の寿命を助けたのも勘違いに拍車を掛けていた。次の聖杯戦争を望む者が、聖杯を不完全にして壊すなどと考え無いだろう……何て、あの神父について考えたのが間の抜けた話。

 宿った令呪に驚き、彼女は衛宮邸に戦場生活で慣れざる負えなかった電話を使い、イリヤスフィールに連絡を取った。急いで冬木に帰り、事のあらましを聞いた。聞いた話ではイリヤもまた、第六次は予測出来なかった。と言うよりも、感じ取れなかったらしい。士人が施した延命術によって、聖杯としての機能が弱まる代わりに、大聖杯との繋がりも弱まる。それにより、戦争の始まりを聖杯として感じられなかった。

 

「聖杯戦争の完全解体でしょ。いざという場合、聖杯が起動したらセイバーの聖剣で召喚された杯をまず破壊する。都合がつけば、そのまま元凶の大聖杯を解体する予定だったんだろ?

 だけど、現状はこうなった。

 セイバーはもう座へ還っただろうし、頼みの専門家であるイリヤスフィールは敵の手に渡った。イリヤ不在となれば大聖杯の解体も、予定より手間が掛かる。

 ……と、なればだ。一番手っ取り早い手段は一つしか無い。

 あのイカレ狂った本物の死神―――殺人貴を利用して、起動する前の大聖杯を殺してしまえば良い。解体作業も不要で、そのまま廃棄出来るしね」

 

 大聖杯の存在を凛が知ったのは、つい最近だ。聖杯が呪われているのは第五次の後、イリヤから元凶を聞いていた。神父も肯定していた。

 しかし、肝心の大聖杯を士人は兎も角、イリヤも黙秘していた。何故か?

 答えはシンプル。大聖杯の破壊を意味するのは、アインツベルンと魔術協会を敵に回す行為だったから。聖杯戦争中の混乱期にどさくさ紛れに壊せれば問題は無いが、戦争期間外に破壊したとなれば、この冬木で狩りが始まる。そうなれば、協会が碌な事をしないだろう事は明白。

 安住の地が消える。

 何より、聖杯戦争はもう冬木では起こらない筈だった。

 ……と言うのも、本当は事実では無い。

 

「分かってるじゃない。それが一番。セイバーの聖剣だと、起動前の大聖杯を破壊するのは危険だもの。だからこうして、態々聖杯戦争を進めて、優勝しなくても最後まで勝つ必要があった」

 

「知ってる。魔力が溜まりに溜まり、孔が起動する前の大聖杯を聖剣で破壊するなんて、原子力発電所に核ミサイルを撃ち込むような暴挙だ。冬木市が消えて無くなっても、不思議じゃない。

 だけど、孔を開けるのにエネルギー消費した大聖杯になら、聖剣を使っても問題は無い。洞窟が崩れる程度の被害だろうしね」

 

 イリヤはそもそも、大聖杯の破壊が不可能だと悟っていた。一度、洞窟の中を保険として見に行った事がある。アインツベルンの誰かが、他の何者かの仕業が分からないが―――聖杯に干渉すれば、自爆する様に術式が施されていた。

 聖杯戦争が始まる前に解体しようモノなら、聖杯に眠る悪魔が敵意に反応して具現する。それに、まだ他にも解体阻止の対策が大聖杯には施されていた。現代よりも遥かに進み過ぎた魔術理論が成す術式が幾重にも積み、聖杯自体が覚醒しなかれば破壊は不可能。

 そして、完全に甦るには英霊の魂が必要。

 だが、不完全でありサーヴァント召喚システムを利用すれば、神霊ではないが英霊の規模で“何か”が出てくる様、防衛術式で改竄されていた。恐らく、第五次が終わってから一年も経たずに誰かが第六次の準備を始めていた。

 イリヤが誰にも喋らなかったのは、そう言う理由だった。それを士郎と凛は聞いていた。大聖杯の存在と、それを話せなかった訳。

 二人が知れば、どうなるか。

 大聖杯はもはや、何時か起こる予定の第六次聖杯戦争が始まるまで手出しが出来ない。それでも尚、解体しようとすればアインツベルンと協会との全面戦争となる。下手をしなくとも、他の魔術結社も手を出してくる。

 彼女は、家族の安全を取った。

 士人と契約し、士郎を出来るだけ助けるように契約も結んでいた。その条件に、なるべく聖杯戦争に関わらない様に言われており、大聖杯の存在を聞かれるまで話せない状態でもあった。

 

「詳しいわね、アーチャー。でも、良いのかしら? もう、そこまで入り込めば真名を言ってるようなもの。

 サーヴァントとして……って言う契約から外れてしまうわよ」

 

 遠坂凛とアーチャーとの契約は一つだけ。マスターとサーヴァントで在れ、と言う大原則だけがある。この契約があるからこそ、凛は気が付いていながらアーチャーをサーヴァントとしてい扱い、アーチャーも凛をマスターとして見ていた。

 それを、アーチャーの方から破り掛けてきた。

 召喚した時から爆発させたかったありとあらゆる不平不満を飲み込み、凛は我慢していた。そうしなければ、アーチャーが主従契約を破棄するのは目に見えていた。

 

「アタシの正体はマスターの御察しの通りだ」

 

「そう。つまり……」

 

 此処から先は、もうマスターでなければ、サーヴァントでもなく―――

 

「―――友人としてのお願いだ、トオサカ。

 あたしはね、その為だけに聖杯戦争に参加した。それを邪魔するって言うんなら、誰だ在ろうとも全力で戦場から排除させて貰う」

 

 凛にとって、本当の正念場。選択肢を間違えれば、サーヴァントを失うだけではない。心を許し、自分と同じ魔道に生きた果ての彼女が敵になる。

 

「―――聖杯は破壊する。大聖杯も解体する。

 けれど、貴女の邪魔はしない。

 何をしようとも、遠坂凛の邪魔をしない限り―――貴女は自由に、未来を選んでいい」

 

 最大限の譲歩。凛が与えられる最上限の言葉。

 

「ありがとう、マスター」

 

 万感の思いを込めた言霊だった。英霊に相応しい、重く強い台詞。たった一言で全てを納得させる埒外の説得力を持つ。

 つまり、彼女はまだ、遠坂凛のサーヴァントを演じてくれるらしい。ならば、凛もマスターを演じなければならない。そうでなければ、二人はまともに戦争も出来ない程、本来は近しい間柄であった。

 

「けれど、大聖杯破壊は手伝ってくれるんでしょうね?」

 

「当たり前さ。世界を滅ぼす訳にはいかないし。あの“女”と同盟を結んで協力して、殺人貴を使い潰して大聖杯を消すのも別に構わない

 最初の契約通り、聖杯は要らないよ。

 けれど―――死ぬ訳にはいかない。消滅してしまえば、望みが叶えられない」

 

「……で、その望みってヤツは何時叶えるのよ。後、何を願望とするのか、そろそろ言ってみいい頃合いでしょう?」

 

「ああ。過去の改竄だよ。未来を変える為に、大元に少々手を施したくてね」

 

「なにそれ……? 聖杯を使わないってなると、自分の手で変えるの?」

 

「あのさ、マスター。あの聖杯は呪われてるんだ。それを知ってるのに、そもそも聖杯を使おうとか考え無いよ。叶えられても、自分の願望を歪曲されてしまっては無価値だしね。それに、アタシは他のサーヴァントみたいな願望はない。

 そもそも聖杯なんて、良かろうが悪かろうが無価値にしか感じられない。アタシはそう言う英霊なのさ」

 

 ライダーは聖杯を万能の殺戮兵器として利用しようと考えている。バーサーカーは身の内の憎悪と怨嗟を殺戮で撒き散らしたいだけ。セイバーは自分を召喚した恩人に報いたいだけ。ランサーは心置きなく全力の闘争を楽しみたい。キャスターは聖杯を魔術道具の一つとして手に入れて研究したい。アサシンは自分の名前が欲している。アヴェンジャーは生前の無念を清算しようとしている。

 アーチャーが知っている彼らの事情。どのサーヴァントも別々の願いを持っている様に、アーチャーもまた異なった望みを抱いている。

 

「―――アタシの願望は、自分自身の手で叶える

 そうでなければ、価値が生まれない。折角の機会を無意味にしたくない」

 

「そう。だったら、取り敢えず同盟に反対はしないのね?」

 

「取り敢えずは、ね。ランサーとバゼットならば別に文句は最初から無いけど、アヴェンジャーとあの女との同盟は結構地味に厭なのさ」

 

「同族嫌悪って奴かしら?」

 

「むしろ、同一拒絶と言えるまでの嫌悪感と憎悪心だね。殺人貴は割り切れても、アレに対してにゃー、ちょいと無理がある。

 ……んでさ、大聖杯破壊が最優先目的って事で良いのね。

 セイバーの仇やら、キャスターに対する報復とか、色々と一人間としてすべき尊厳の奪還とかは後回しな訳」

 

「身内を殺された魔術師としてなら、敵は絶対―――殺すわ。

 はっきりと、わたしの今の感情を語れば大聖杯解体は報復のついでだわ。けれど、やっぱり怒り狂えないのよね。半端者として完成してしまった人格じゃ、結局は理性が優先されてしまう」

 

 確かに、遠坂凛は中途半端だ。魔術師として考えれば、根源を目指す上で一番大切な才能―――倫理を放棄する事が出来ない。

 自分に対してなら死に物狂いになれるのに、他人が其処に加わると倫理観と道徳観念に阻まれる。元より、唯我独尊の完璧主義な上に、現実を理性的に観測する快楽主義者。自分が決めてしまった在り方を曲げられず、そう言う生き方を良しとする。何より、自分で自分を裏切ってしまえば、魔術師で在る事も出来ない程。遠坂凛は魔術師だが、遠坂凛は魔術師で在る為に“遠坂凛”を棄てられない。

 

「自分に対して理解が深いのは、契約者としてなら嬉しい事さ。その甘さを捨てろとは言わないけど、ある程度の悲劇に心構えだけは作っておいた方が良い。

 聖杯を壊そうとするんだったら、何だかんだで敵は多いよ。壊したいんだったら覚悟以前に、自分の最初の気持ちってヤツを再確認しておきな」

 

 アーチャーなりの助言だ。そう在らんと決めた相手に何を言っても仕方が無いが、予想外の悲劇で人格が歪むのは多々ある悲劇。どんな結末だろうとアーチャーは、遠坂凛が遠坂凛で在る限り味方でいると決めていた。そんな思いを込めた言葉で、凛にも彼女の決意が伝わって来た。

 

「聖杯は……いえ、大聖杯は何が何でも破壊する。その為には、まず孔を完成させないといけない。何処かの誰かがした細工の所為で、一定規模の解放が条件だったの。だから、サーヴァントを殺す必要があった。

 けれど、あの死神がいれば話は違う。でも、わたし達がしようとしている事くらい、キャスターは把握してるでしょうから……―――あ」

 

「……どうした?」

 

 凛が直後、死人が自分が死んだ事に気が付いた様な、まるで生気を失ったゾンビみたいな表情を浮かべた。明らかに三十路近い女性がして良い顔ではないので、アーチャーは地味にビビりながらも彼女を気遣った。

 

「―――もし。ねぇ、もし貴女がキャスターだったら、何処を優先して殺しに掛る?」

 

「いや、普通にアヴェンジャーが一番の障害だよ。あの男だけが、聖杯を完璧に捌けるサーヴァントだぞ」

 

「そうよね、そうに決まってるわよね……!」

 

 

◆◆◆

 

 

 騎乗兵(チンギス・カン)暗殺者(ハサン・サッバーハ)が並んでいる光景は、怖気を誘う気味の悪さに満ちていた。

 だが、それよりも尚、聖騎士(デメトリオ・メランドリ)代行者(言峰士人)が足を揃えて歩いている方が吐き気がする。

 本来ならば、まず有り得ない同盟な筈。デメトリオは教会でも有名な異端を斬り殺し回る聖堂騎士だが、その悪名は協会にも広く伝わる程の剣の獣。対し言峰士人は人類には不可能な筈の犬殺しを行ったばかりか、多くの組織に入り込む異端の蝙蝠屋だと知れ渡っていた。純粋な信仰者である筈のメランドリと、異端を良しとする言峰は相性がとことん悪い。

 だが逆に、ライダーとアサシンも相性最悪だ。ハサンを首領とする暗殺教団のニザール派を、チンギス・カンの時代ではないがモンゴル帝国は制圧した過去がある。逆に、暗殺教団の仕業と思われる数々の帝国の将に対する暗殺が行われていた事実もある。故に、モンゴル帝国に滅ぼされた過去を持つ暗殺教団は、殺し殺され、滅ぼし滅ぼされる関係にある。

 ―――そんな二体のサーヴァントが、互いの生前から憎しみ合うのは通り。

 チンギス・カンは帝国創始者であり、ハサン・サッバーハは暗殺教団の暗殺者の指導者であった者。

 しかし、その二名は現世に甦った死者として、拘りを一旦端に置く。アサシンは自分達暗殺教団が滅んだ元凶の一つであるライダーを殺したくて堪らない。ライダーの国が略奪し、殺し切れなかったアサシンを殺したい。そのように反目する二人は、今抱いている悪意と殺意を隠す事もしない。

 そんな脅威を隠さない四人を前にすれば、まるで脳髄に冷たい氷柱を刺し込まれたと錯覚する悪寒を感じる事だろう。それほどまで猟奇的な気配を偽らず、言葉にしなくとも命を奪うと訴えている。

 

「…………ないない。これは無い」

 

 溜め息しか出ないのも無理は無い。綾子は心底疲れた笑みを浮かべながら、敵らしき英霊と魔術師に敵意を向けた。

 今いるこの場所は、市街地から少し離れた森林地域。

 月光が森を照らし、夜の不気味さを演出している。

 隠れ家は緑化地帯に潜ませており、周囲にはトラップを仕掛けてあった。しかし、そのトラップ地帯を悠々と撃滅しながら、ライダーを先頭にしながら、敵の四人が暗闇から現れた。綾子は住処予定の民家を背後にし、雑草が生い茂る庭で敵陣を迎え討つ準備を整えていた。

 

「―――あの神父か。最悪な展開だ」

 

 アヴェンジャーが両目に巻いた包帯を取り、宝具の魔眼を開帳する。彼は敵となる神父を知って居る故に、油断も無ければ慢心も有り得無く、むしろ決死の殺意を滾らせていた。

 

「…………」

 

 そんなアヴァンジャー……つまり、殺人貴の後ろには黒猫が一匹。やっと邂逅を果たし、彼と綾子の拠点が殺し屋と同盟を結ぶ為の新たな拠点に来たと言うのに、あの神父はライダーと共に来た。

 

「レン。契約はもう終わりで良いのだな?」

 

 神父の最初の一言が―――不吉な全てを含んでいた。殺意も無く、害意も無く、悪意も無く、単純な確認の為の質問。まるでそれが、核弾頭の発射ボタンの様な、処刑台が動くスイッチの様な、目前で狂気を放つ「死」そのものに聞こえた。

 

「……そう言う事さ、神父。まぁ、アンタがレンの面倒を此処まで見てくれるとは、思わなかったけどね」

 

 レンを守る為に、アヴェンジャーが前に出る。背後に居るのは自分のマスターと、自分の使い魔だった黒猫の少女。

 

「殺人貴―――……いや、敢えて死神と呼ばせて貰うか。お前をアヴェンジャーと呼ぶのも、アイツを思い出してしっくりこないしな」

 

「知るか。好きに呼べばいいさ」

 

「では、死神と」

 

 ふむふむ、と士人は噛み締める様に頷いた。久方ぶりの再会だが、相手の死神はそうではないだろう。悠久の時間を経て、この世では無い場所から再び自分の前に現れたのだから。

 

「俺は、そこの夢魔と契約を結んでいた。もうお前も知っているかもしれんが、使い魔契約も兼ねた擬似的な主従関係だ。

 でだ、死神よ。何故、わざわざ俺のような者と契約を結んだと思う?」

 

「それ、は……」

 

 誰も口を挟めない問答。死神と神父は、ただその場にいるだけで人を黙らせる圧力があった。

 

「言葉に出来んか。無理も無いだろうな。ならば、言ってやろう―――」

 

 思い浮かべるのは、黒い荒野となった城の跡地。死神を影から支援して両キョウカイ陣営を撃退したが、それで終わらなかった。限界を越えた真祖の姫君は、代行者と魔術師の血液を吸っていた。魔王の成り損ない溶かし、限定的に蘇生した死徒第三位との殺し合いが始まった。

 そこからは、特に思い浮かべる程の事はない。

 結末は、つまるところ今のこの現状。

 生き残ったシエルと結託し、借りを作ったものの魔術協会と聖堂教会の両組織に士人は貸しを作れた。裏切り者だと露見もしていない。第六次が始まる数か月前までは隠れ潜んでいて、捜索されてはいたが、もうそれも無い。

 

「―――お前に会う為だ、遠野志貴。それだけの為だ。ただ会いたいと、それだけを言峰士人に願っていた」

 

 レンと契約を結んだのは、鋼の大地となって死んだ星の墓所。元々はブリュンスタッド城があった場所で、神父は黒猫を拾ったのだ。

 

「おまえは一体、何が目的だったんだ?」

 

 今の殺人貴は生前の志貴とは違う。七夜志貴でも遠野志貴でもない殺人貴と言う守護者。それでも生前の記録の中に、言峰士人と言う神父の情報がある。だから分かる。確かに、レンが助けを乞えば神父は助けるだろう。その方法も教えるだろう。実際こうして、レンは再度殺人貴と出会えた。

 しかし、理解出来ないのはあの神父の思考回路。いや、あれが外道を楽しむ極悪人なのは知っているが、こいつは人助けもまた同様に愉しんでいる。悪行と善行が等価に無価値なのだと何処となく分かってはいたが、程度の幅が狂っていた。なにせ、世界を滅びる一歩手前まで地獄を楽しんだかと思えば、世界を破滅からあっさりと救ったりもする。その時に見せる表情が常に同じ笑顔で、あの時の戦場でも、誰かを殺す時と救う時の笑みが同質だった。犬殺しを成した時も、白騎士を罠に嵌めた時も、恋人の姉を撃滅する時も、エンハウンスを騙した時も、六王権の儀式を誰も望まぬ形で破滅させた時も、常にずっと笑顔。

 同じ笑みで、人を殺して助け、世界を滅ぼし救う。

 死灰の神父―――言峰士人。彼を理解出来ない事を、殺人貴は理解していた。

 

「ただの遊興さ。アレも一興、コレも一興、ソレもまた愉しめる俺だけの娯楽」

 

「……娯楽、だと?」

 

「人間らしいだろう? これだけが、死に損なった俺に残された営みだからな。その為だけに命を賭けて無茶も無理も通してきた。

 お前は……まぁ、多分だが、英霊化していても、俺が知っている殺人貴でも在るのだろう。ならば、分かっている筈だ」

 

 語り合った事も、記録の内にあるにはある。何処かの世界の情報には、この神父が結婚式の司祭役まで演じた事もあった。

 そこまで深い関わり合いが、この神父には自分とアルクにあった。

 だから、深く掘り起こせば、神父が喋っていた内容も思い出せた。共感とは間違っても言えないが、奴の異常性と自分の異常性は近い性質を持った破綻者同士。

 

「―――衝動。俺にとっての退魔衝動みたいなものか。確かに、それだったら、分からないこともないけど」

 

「そう言う事だ。お前が魔を殺す事を快楽とする善良な殺人鬼であるように、俺は人の業を快楽とする悪魔もどきの泥人形。

 となれば、隠し事をする方が面白くない。この感覚は直ぐに取り去るに限る。お前が死んだ後となれば、話は別になる。あの時に何を考えていたか程度は、教えておいてやろう」

 

 この神父には生前、良く助けられた。アルクェイドと遠野志貴の味方をしてくれた奇人など、この神父ただ一人しかいなかった。復讐騎も仲間と言えなくも無かったが、期間限定の同盟相手に過ぎず、シエル先輩も立場や倫理を優先する常識的な善人だった。加え、特にエミヤシロウと言う化け物は、自分にとって相容れぬ不倶戴天の怨敵で、能力的にも互いが互いの天敵だった。

 しかし、そう言ったあらゆる(しがらみ)の中で、神父程の業を愉しむ獣は存在しない。

 出会って来た全ての敵対者達の中で、言峰士人だけが世界をそのまま楽しんで、この世の闘争を玩具にしていた。厄介さで言えば文句無しで一等賞。

 

「本来なら、お前は生きたまま聖杯戦争に参戦させる為の生贄だった。聖杯ならば、真祖の吸血衝動も抑えられるからな。マスターの一人にする理由としては、それで十分だった筈。そして、呪われた聖杯を前にして愛する女か、この世界か―――選択させるのも悪くなかった。あるいは、自分が死ぬのを前提に、魔眼で悪神を殺してから女を救うと言う展開も、俺はとても楽しみしていた。

 だが、まさか真祖の限界が聖杯戦争よりも早いとは、流石に読めなかった。

 加えて、お前が真祖に死を与える最後は、本当に見ていてつまらない結末だった。アルクェイド・ブリュンスタッドが自分の殺害をお前に託すなど、考えてはいたが、その中でも最も下らん終わり方だった」

 

 言峰が欲するのは、人間の極まった業。しかし、あの真祖が選んだ答えは彼にとって、面倒事にもならないただの安楽死。

 犬を殺したのも、月蝕姫を貶めたのも、白騎士を叩き潰したのも、アルズベリの災厄を更に混沌にしたのも、復讐騎の手助けをしたのも、こんな如何でも良い末路が知りたいからじゃなかった。

 

「―――諦めは、心の死だ。

 お前らの終わりはそれなりの娯楽で楽しめたが、一番では無かった。望んでいたのは、あんな死に様ではない。

 お前ならば、死神で在る筈の殺人貴ならば―――全部、全て、その眼で殺せた。

 死に成り果て、死そのものに至れた。

 それを真祖は台無しにした……してしまった。

 ああ―――本当、お前が真祖の牙で死徒に生まれ変われば、すべて思い通りの結末だったのだがな」

 

 愛に生きるのであれば、そう在るだろうと士人は考えていた。神父は殺人貴と知り合い、真祖と出会い、二人の協力者となった。自分の求道の為に、二人の末路を知りたかった。

 その為に、殺人貴を真祖の手で死徒に変えようと士人は計画していた。

 男が女を救うには力が必要で、死徒になるのが一番。何より、短い寿命から解放され、魔眼による圧迫に耐えられる肉体を得られる。代償として、人間の生き血を吸う事を快楽とする獣となるだろう。しかし、男は真祖さえ殺し尽くす本物の化け物となり、真祖の中の吸血衝動の元となる現象も何十何百年度には殺せたかもしれない。

 

「―――おまえ」

 

「……ク。懐かしい殺意だ」

 

 蒼い目が神父の死を覗き込んでいた。サーヴァントでも怖気しかない眼光を向けられながらも、その恐怖さえ楽しいのか、士人は笑みを変化させないまま絶やさない。

 

「どうせ、お前のことだ。聖杯に叶えたい願いも予測が付いている。お前があの時に殺したとは言え、あれ程の真祖であれば、いつかまたこの星に再生する。

 受肉―――したいのだろう?

 さすれば、永遠の寿命で以って、真祖の姫が蘇生するまで生き残れる。死徒などと言う半端な不老不死ではなく、肉を持つ守護者としてならば、あるいはまた出会えるかもしれない」

 

 殺人貴に元々神父が諭していた事実の一つ。星の触覚として甦ったアルクェイドは、嘗てのアルクェイドではないだろう。しかし、その魂とでも言うべき中身は自分が愛した女と同じ。聖杯でアルクェイドの蘇生を願望にしないのは、そもそもそれでは自分を死徒に変えなかった彼女の意志を踏み躙るから。好きだから、アルクェイドは死んで、自分も死んだ。

 故に―――また、会いたい。

 殺人貴はそれだけが願いだった。

 

「否定は、しない」

 

「律儀な事だ。聖杯を使えば、歪であれ、あの真祖の蘇生も可能だろう」

 

「望まないよ、あいつは。そんな奇跡必要ない」

 

「―――ふ、クク。

 敢えて、自分が苦痛を背負う役を担う。死んでも変わらないな。守護者と化したのであれば、世界そのものにまず絶望する。人間を虐殺する事などただの作業となり、誰かの想いを踏み潰す事に躊躇いなど消えるだろうに。

 そんな地獄を潜り抜け、この未来にまで戻って来た。

 お前は本当に素晴らしい。だからこそ、生きてこの聖杯戦争に参加して貰いたかった」

 

 非道以上に外道の輩。悪党を越えた極悪人。言峰士人と言う人間を言い表せば、そうとしか例えようが無い。

 

「だが、それもまた今となっては僥倖。美綴綾子のイレギュラー的な参戦と、アヴェンジャーとしての死神の参加。

 全く以って最高だ!

 こんな楽しくなるとは考えもしなかった!

 見て感じろ、この今の混沌を!

 誰も彼もが自分で業を積み重ね、深めながら終わって逝く。儘ならない失敗も、結局はこの様な最高の形で自分の報酬に変わっていた。正義の味方を助けるのは中々に楽しく、死神が踊る姿を鑑賞するのは面白く、弟子を育てたのも最高だったが、まさかその結果がこれとは言う事も無し。

 ―――世界はこんなにも、面白くて、楽しくて、仕方が無い」

 

 今この瞬間、士人は自分が持つ呪いをそのまま発露していた。楽しくて堪らないと笑っていた。自分と関わって来た皆を助けて来たのも、全てが台無しになって絶望が結末になる戦争が最後に待っていたからだ。

 結末とはつまり、この第六次聖杯戦争。

 だからこそ、死なせなかった。

 遠坂凛も、衛宮士郎も、美綴綾子も、間桐桜も、バゼット・フラガ・マクレミッツも、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンも、カレン・オルテンシアも、遠野志貴も、全部がこの聖杯戦争の為に必要な、大切な、言峰士人の娯楽品。大事に大事に育てて、教えて、強く在れと熟成させた化け物達。そんな大事な人達を殺し合わせながら、自分が世界で見付けてきた玩具を地獄の釜に放り込んだ。つまり、エルナスフィール・フォン・アインツベルンと、デメトリオ・メランドリと、アデルバート・ダンであった。そんな獄卒を逆に食い物にする様な異端者達が英霊などと言う怪物を召喚するとなれば、言峰士人でさえ制御出来ず、結末が予測不可能な面白い舞台となるだろう。

 

「神父、もう良かろうて。貴様の余興に付き合うのも、そろそろ飽きを感じるぞ」

 

「……ふむ? そうか。すまないな。少し殺し合う前に、あの死神の感傷を愉しみたくてな」

 

 黙って聞いていたライダーが、ついに会話を打ち破った。彼は合理主義者だが、戦士の心得が無い訳ではない。不要で無駄な行いであろうとも、自分に不利益でなければ、この程度の戯れを許容出来ない者では無かった。

 ……それに、時間稼ぎはもう十分だ。

 

「おい、言峰。あたしは別に、自分を殺そうとする敵を殺すだけだから構わない。だから、アンタを―――」

 

「―――好きにしろ。相手が誰だろうと、戦争で何かを患う事もない。自分で始めた戦場ならば、決着もまた自身の手で降ろさせるべきだろう」

 

「そう。分かった。だったら、あたしはあたしの敵を殺すだけだ」

 

「宜しい。我が弟子ながら、とても素晴らしい切り捨てだ。俺はお前に技術は教えたが、心構えは教えなかった故、な」

 

「……―――」

 

 まぁ、構わないか。と、綾子はあっさりと思考を速やかに透明にした。明鏡止水に至った精神性から来る思考は、敵の神父を殺害する為の手段と方法を幾通りも浮かばせる。

 戦場は、生きるか、死ぬか。

 もはや生き果てた美綴綾子にとって敵が知人か否かなど、如何でも良い判断材料。だけど、それでも、もし出来るのなら――――――……

 

「……口上は其処までだ。お前らには死んで貰うぜ。殺し屋の家を襲撃したんだ、派手に殺させて頂くさ」

 

「…………」

 

 カチャリカチャリ、とアデルバート・ダンが愛銃を弄っていた。逆にバーサーカーは無言のまま、静かに狂気を延々と滾らせ続けているだけ。

 

「―――…………斬るか」

 

 そして、デメトリオが静かに呟いた言葉で、戦場の空気が完全に熱し切ってしまった。

 開戦の合図はそれだったのだろう。

 ライダーが二刀を抜刀し、デメトリオが聖剣を構えた。綾子が薙刀を上段に振り上げ、アヴェンジャーがまるで蜘蛛の如き体勢になった。アデルバートが銃口を向け、バーサーカーが凶笑する。士人が呪われた邪悪な一対の双剣をぶらりと持ち、アサシンが両手の指に赤い投げナイフを挟んでいた。

 

「―――では、殺すがよい」

 

 瞬間、ライダーの軍勢が姿を現した。同時に、最も綾子とダンが見逃してはならないアサシンが、ライダーの軍勢の中に紛れこんでしまった。士人が契約している暗殺者が姿を現していた事に対し、違和感からか、そのサーヴァントが視えないよりも逆に警戒していた事が仇になった。何かあると思っていたが、速攻で姿を見失ってしまい、幾分か思考に隙間が出来てしまう。その余りに危険な状況に戦慄しつつ、二人はサーヴァントに命令を下そうと口を開いた直後―――

 

「見よ、新生された我が帝国軍の新兵器!」

 

 ―――ライダーが、自分の宝具が生み出した侵略兵器を開帳する。

 現代の戦場のおいて、砲撃とは支配。確かに、弾道ミサイル、航空支援の空爆、電子情報戦、戦闘機による空中戦、海洋制圧戦など様々だが、実際の主な殺し合いの舞台は地上の歩兵部隊。

 そんな兵士を圧倒的に殺すのは、砲撃である。

 今では動く機動性を持つ大砲―――戦車が、兵士と並ぶ制圧の要。

 対空、対地上、対戦車等々と用途の万能性もさることながら、迫撃砲などの使い方もある。とは言え、現代の軍では、対戦車砲・対空砲の類はミサイルに代用されてしまったが。そして、大砲が進化した今では、戦車は小型の移動要塞みたいなもの。

 

「戦場において、機動力が神! 電撃戦こそ我が真髄!

 しかし、砲撃の悪魔的火力もまた戦場の神!

 そこで我輩は考えたのだ。ゴーレムを大砲の移動台代わりにすれば、良い兵器になりそうだとな。やはり、機動力と突破力と制圧力を併せ持たせれば、有能な兵器となろうて。

 誰も見たことがない真新しい虐殺手段こそ、戦場で華々しい殺戮を繰り広げる秘策故な!」

 

 サーヴァントの宝具は種別は様々だが、ライダーの宝具はかなり特殊だ。本来の大元は一つだけだが、其処から二つの宝具「王の侵攻」と「反逆封印・暴虐戦場」が派生している。そして、例外の中の例外だが『単体の英霊が所有するには、余りに巨大な物』であり、『未完成であるが故に、伝説に刻まれた代物』と言う宝具が存在する。これに分類される宝具は自分の手で作らねばならず、ライダーの宝具は両方に該当し、彼は自分自身の帝国侵略軍が宝具で、モンゴル帝国と言う国家そのもの。尚且つ彼は帝国を創設したが、彼の時代では隣国を滅ぼし尽くしおらず、本人からすればまだまだ未完成の軍隊。

 その特異性をライダーは逆手に取った。

 いや、その特異性こそライダーの宝具の真価であった。

 つまり彼の宝具は召喚された時代に適応し―――武器と兵士を収集して進化する。延々と、略奪の手法が深化する。限界など無く、未完故の完成無き万能。

 

「おぉ、(オトコ)浪漫(ロマン)かよ……―――!」

 

 アヴェンジャー、ついつい興奮を抑え切れなかった。対照的に、バーサーカーの方は表情一つ変えず、静かに狂気を昇らせながら佇んでいる。

 

「―――ほう……」

 

 バーサーカーは静かに、そして頭の中では素早く考察していた。

 身長は大体成人男性五人分。人間と同じ形をしており、両手両足と頭部と胴体があり、感覚的な霊的知覚ではあるがゴーレムからライダーの略奪兵の気配を感じる。どうやら、自分の兵士を兵器に憑依させているみたいだ。

 両腕に機関砲(マシンカノン)を取り付け、両肩には汎用対物砲(アンチ-マテリアル・カノン)を搭載。更に腰と脚に機関銃を付け加えている。他の機体では、榴弾砲(グレネードランシャー)やら、小型ミサイル発射装置が付いている物もある。

 その大砲搭載型機械巨人魔像(ジャイアント・メカニックゴーレム)。別名、旧蒙古帝国製人型高速移動式戦闘戦車(タンクゴーレム)が―――見えるだけで十機以上。

 そんな巨大兵器達が、見るからに宝具と判断出来る武器を装備していた。

 

「……巨人の魔剣だのう、あれは」

 

 タンクゴーレム達は人が持つには大き過ぎる刀剣や巨鎚を握っていた。神代の北欧出身のバーサーカーだから分かるが、彼が王国を治めていた時代にはまだ巨人の幻想種が世界に生息していた。巨人の戦士が持っていた妖精の鍛冶師が作った武器も知識にある。

 そして、綾子は一目でその武器が士人の投影武装だと悟れた。それと同時に、裏切り対策の爆弾役でもある投影だと何となく想像出来た。同盟と言いながら自分の能力を教えつつも、それを保険にもしている当たりが“言峰”としか言い様が無い。

 

「―――木端に散らせぃ、派手に滅ぼせぃ」

 

 砲火を撃ち、略奪兵が地を疾走。同時に戦闘戦車が稼働。ライダーが近距離殲滅用に開発した口径80~90mm程度の改造カノン砲が敵を強襲。加えて、搭載された様々な機関砲が連続砲撃し、地面を大型ドリルで掘り返した様な惨状を一瞬で作り出した。中には火炎放射や、グレネード弾も混ざっている。

 機関砲も大砲も、種類は不揃い。そもそもライダーが手当たり次第に略奪した物や、デメトリオが教会の経費を利用して短期間で集めた軍事兵器である為、品種の統一などと言う贅沢は出来なかった。とは言え、この兵器を運用するのはライダーの略奪兵達なので、現世の理屈を在る程度は無視出来る。規格を揃えずとも、兵士たちはそれそれの武装を完璧に扱い、使いこなす事が可能であった。

 むしろ、逆にその使い方が嫌らしい。

 敵側に武器の特性を把握さえ難く、弾丸の速度と大きさが一つ一つの兵器で異なっていた。こうなると、白兵戦の技量で銃弾に対処出来たとしても―――弾丸一発一発を、違う兵器として個別に対処する必要がある。撃ち放されていから、此方までに到達する時間も大きく違いが出ており、もはや近づくことさえ不可能だろう。

 

「げぇはっはっはっはっは! 本来ならば核砲弾なる戦術核兵器を略奪し、我が帝国軍の大砲で遠距離砲撃をしたかったのだがのぉ……―――!!」

 

 近代の軍事情報を網羅しているライダーにとって、日常である戦争を知るのは道理。戦略核兵器や戦術核兵器を是非とも手に入れたかったが、聖杯略奪後の楽しみにしておいた。

 しかし、ライダーが実際に冬木の聖杯戦争で必要になるだろうと考え、運用法を熟練させておきたかった軍事兵器の類は大量に掻き集めた。

 

「だが、だがしかし! キャスターの式神を喰らったのと、同盟相手のおかげで、実に良い手駒が手に入ったぞ。聖杯戦争用に理想的な軍事再編が出来たわ!」

 

 ライダーのテンションが急上昇するのも無理は無い。自軍の圧倒的な火力を実際に目の当たりにし、高揚感を抑える事をしたくなかった。いつも通り脳味噌内は理性的に活動しているが―――折角の戦争を、愉しめる時に楽しまなくては命を賭ける価値がない!

 

「……やはり、逃げたか。だが無駄ぞ。おい、神父―――奴らにアサシンをつけて置いたか」

 

「ああ、計画通りだ。ふ、俺を裏切り殺すなら、サーヴァントが居ない今が好機だぞ」

 

「戯け、阿保か貴様。令呪を使われ、貴様を殺す隙を突かれ、無様に暗殺されるのがオチではないか。そのような下らん薄味な死に方を自ら選ぶ気にはならんなぁ」

 

「成る程。厭な王様だな、お前」

 

「―――で、奴らは何処ぞ?」

 

「どうやら、庭に隠し通路用の穴を掘っていた様だな。アサシンが追っているが、お前の砲火の所為で入口が潰れてしまっている」

 

「ふむ、行き先は?」

 

「無論、目の前の敵陣拠点だ。早くしないと、この地域一帯から離脱されるぞ」

 

「―――はっはぁ……っ! ならば追撃戦ぞ!!」

 

 ライダーは笑う。戦争はこれからだ。夜空に輝く月明かりが、皆殺しを謳う略奪兵を照らしていた。




 読んで頂き、ありがとうございました。
 実はライダーはキャス子もどきの式神をさくっと吸収しておりまして、ライダー自身は何か凄い魔術師の魂魄情報が手に入ったと喜んでいました。ライダーはキャス子の正体は知りませんし、知ろうともしないで兵器として有効に使っているだけでしたので、彼はそんな雰囲気の腹黒イケモンキャスターの使い魔の一匹だと思ってます。そのキャス子の魔術師知識を宝具の兵器開発班に付け加えまして、後はゴーレム開発で封印指定食らっていた魔術師の情報やら、何処ぞの戦場や教会で買った兵器を試しに付けた感じであんな化け物が爆誕しました。
 後、士人は自重を辞めましたww
 一応、外伝でセイバーがアヴァロン行きではなく、英霊化する原因になった平行世界の第六次聖杯戦争とかも考えてますけど、需要が有るのかどうか。


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65.ハイウェイ・ライナー

 更新が随分と遅れてしまいました。申し訳ないです。決して、ダクソ2の新ステージに嵌まっていた訳じゃないんです。ヘビークロスボウと呪術の火と世紀末っぽい服装の覇者装備で、ジャギ様の真似して遊んでいた訳じゃないんです。でも、あのステージのボスは久方ぶりの正統派強敵でかなり燃えました。ぶっちゃけ、ボス攻略は作品中で一番のやり応えでした。厄介なボスは他に沢山いますが、強くてカッコいいのは大好きです。


 ライダーの砲撃を受けようとは、そもそも四人は考えて無かった。

 

「―――逃げるよ」

 

 綾子は幾つもの修羅場を潜り抜けている。戦場の砲火を突き走り、敵陣に斬り込んだ事も成る。だが、ライダーのあれは条理から外れ過ぎている。

 

「去るぞ。我からすれば死ぬだけに過ぎんが、お主らからすれば一回の死で終わるからの」

 

「同意だぜ。死ぬにはまだ早い」

 

 拠点へ一気に逃げ込んだものの、地面を抉りながら疾走するゴーレム兵の轟音が外から聞こえてくる。素早く逃走手段を準備し、次の拠点へ急がねばならない。

 

「じゃ、いざという時の為に用意しておいた車で逃げましょうか。アヴェンジャー、どうなってる?」

 

「―――万全さ。今は洞窟を先に潜ったレンがキーを回して、逃走の準備をし終わってる」

 

「へぇ、流石はレン。何時も頼りになるね。あれ、そう言えばあの犬っころは?」

 

「フレディならもう逃げてる。夢魔の隣だぜ」

 

「そうか。それじゃまぁ、ゴーゴー! 車庫に急ぐよ皆様!」

 

 会話をしつつも一切止まらず、逃走用の車両に全員が乗り込む。アデルバードや綾子は敵襲を悟った時点で武装の持ち込みは完了しており、無論サーヴァントは身一つで万全だ。

 ……と、家の内部の様子を知らぬライダーは、取り敢えず殲滅の一手を打った。

 自身の魂の破片と同じ宝具を通じ、彼は兵士と思念が同化している。ただ思うだけで目的と行動を伝達出来る。しかし、それだけでは風情が無い。合理主義者故に彼は、自身の扱い方も完璧に心得ているのだから。

 

「―――撃てぇい……ッッ!」

 

 雄叫びを、皆殺しの喝采を。兵士達もまた、王が叫ぶ殺戮の声が好きなのだ。ただただ命令されるだけではなく、戦場で謳われる虐殺の合図が楽しみなのだ。

 ―――殺せ。奪い取れ!

 チンギス・カンは現実主義者であり、合理主義者であり―――快楽主義者。そもそも楽しめなければ、行おうとも思考しない。他者とは絶望的にまで乖離した悪魔よりも邪悪な思考回路が、余りに悪辣な戦争を生み出し続ける。若い頃はただの手段に過ぎないと錯覚していた闘争が、彼の人生にとって最大の喜びだった。闘争も大好きだが、殺し合って戦争に勝った後の余韻が最高だった。敵から生命と生活と財産と、何から何まで奪い取るのも最高に楽しくて堪らなかった。戦争と略奪が、彼の人生の一番の潤いだった。テムジンと言う幸福な営みを尊ぶ人間性と、チンギス・カンと言う人喰い狼が持つ獣性が、互いに拒絶する事無く両立していた。

 何故、奪い殺すのか。

 解答は楽しいからだ。

 戦いこそ、あの草原の世界。戦争が日常で、殺戮が娯楽で、虐殺が常識で、略奪が褒美だった。

 その身に溜め込むには膨大過ぎて余り、英霊となって魂から溢れ出る狂気が、宝具の軍勢から撃ち出される砲火に込められていた!

 

「はぁーはっはっはっはっははははは! げひゃっはっはっはっはっはひゃっはー!!」

 

 三秒で敵拠点は業火に消えた。豪快に全てを一切合財吹き飛ばしてやった。

 

「……ほう、逃げたか。ライダー、アサシンからの連絡だ。敵は秘密経路を辿り、森から脱出を計っているらしい。どうやら車に乗った様だ。表の道路に逃げられれば、アサシンでも振り切られてしまうぞ」

 

「―――誠か、ならば追わねば! まだまだ戦争が続けられるぞ!」

 

 敵を討てなかったと言うのに、ライダーはとても楽しそうだった。いや、彼からすればこの展開も計画通りなのだろう。相手が愚鈍ば馬鹿ならば殺せたかもしれない、何て程度の希望的観測は最初から無かった。こんな程度で殺せてしまえば、それこそ予想外の雑魚だっただけで、ラッキーと相手の無様さを吐き捨てるのみ。持てる手札を幾百も隠しながらも、同時に全ての手札を切れる準備も万全で―――騎乗兵は、サーヴァントとしても異常なまで煮え滾った害意と殺意で周囲を威圧し、禍々しく眼光を尖らせた。

 ……その視線の先で、はっきりと見付けてしまった。

 アサシンと連絡を取り合う神父の視界を追い、ライダーは地中から飛び出た自動車の影を捕えた。秘密に地下洞窟を掘り、いざという場合の逃げ道にしていたのだろう。認識阻害の術式が掛けられているが、サーヴァントの目は誤魔化せない。

 

「居たぞ、皆の者追って殺せ!」

 

 軍勢が一斉に動く。車が囮と言う可能性もあったが、それも神父が否定した。アサシンからはしっかりとあのワゴン車に全員分の気配があり、分散してはいないとライダーに士人は教える。家に残っていれば、そもそも砲撃で木端微塵になっており、アヴェンジャーとバーサーカー同盟陣営が別れれば此方の方が優位になる。死ぬ悪手だ。何故なら、ライダーが辺りに敷いた警戒網は蠅一匹通さず、実際に何処かの陣営の使い魔らしき虫や小動物を踏み潰していた。魔術の心得を植え付けた兵士を使い、地表と地中を探るソナー役もおり、空中からの脱出を発見する観測兵もいる。更に言えば、砲兵や狙撃兵さえ既に万全に揃えている。

 好機(チャンス)があるとすれば、全戦力を一点集中させた包囲網の突破。ライダーは敵にとって一番すべき戦術を先読みし、それに対する戦術を、戦略的に思考する事で最初から用意していた。加えて、その戦術もまた一味も二味も工夫をしており、対応能力も素早い展開を成功させた。

 

「―――来たよ、撃て!」

 

「了解だ、司令官様」

 

 擬似的に改造した装甲ワゴン車を運転する綾子が、大型狩猟銃を構えるアデルバートに叫ぶ。この改造済みのワゴン車には天井部分に開閉可能な窓があり、そこから殺し屋は上半身を外に出した。冷徹な目付きで此方に攻めて来るライダーの死霊兵を睨み、敵影を確認。視覚だけではなく、彼は自分の使い魔のフレディと感覚共有を行い、同時の五感と第六感を併合した索敵用超感覚を発揮。その脅威的な気配察知機能は、実際に追手だけを確認するだけではない。自分達の進行方向で武器を構えている兵や、在る程度ならば仕掛けられた罠の位置や形も把握。

 直後―――撃った。

 それは、恐るべき技量であった。ライダーが駆る兵士の一つに過ぎない死霊が、自分に迫る銃弾を―――騎馬を操り避けた。

 

「……っ―――」

 

 殺し屋が脅威に思うのも無理は無い。ライダーの兵士達は喰い殺した獲物の質で肉体の濃度を高められ、食べた量で兵士の数を増やす事が出来る。この冬木に来る前までは、教会が実験用に捕えておいた死徒や魔獣を餌にしたり、実際に戦場や死都で狩りにも興じて自軍の強化を図った。現代の軍人や魔術師、秘密裏に現場で代行者まで吸収し、技術や神秘を食っていた。とある人狼の村を喰い滅ぼしもした。

 召喚された僅か一週間半。出来る事をライダーはとことん準備し、やり尽くした。

 その事で、兵士一体一体に様々な因子が混ざり、血肉と骨格が強まる。神秘の濃度も高まる。多種多様な技術や能力を付加する事も出来た。騎馬も同様に、魔獣へと化けていった―――……だけなら、まだ良かった。ライダーの兵士と騎馬は、キャスターの式神まで餌にしていた。鬼種の因子も混ざり、魔獣として最高純度を誇る神秘も吸収していた。

 ……と、なれば必然、恐ろしい事になった。身体機能はサーヴァントより劣化するとは言え、技量に錆びは無い。むしろ、十全に技能を発揮する。量を増やし、質も高まった兵士達はより屈強な―――英霊殺しの、帝国略奪軍となる!

 

「……◇◆◆―――」

 

 騎馬が地面を強引に踏み付けた。次の一瞬、更に馬は眼前の木に衝突し、その樹木を砲弾にしてワゴン車へ弾丸として放った。

 その木へ向け、ダンは構えておいたショットガンを撃ち放った。散弾は樹木を木片に変え、銃弾の衝撃で強引に吹き飛ばし―――銃撃を敢行。敵が其処らの吸血鬼以上の身体能力と、戦乱の世を荒らした兵士の技量を誇っているならば、それ相応の銃火で対応すれば良い。

 ダンは狙撃戦専用の狩猟銃(ウェザビーMkV)ではなく、普段愛用する回転式拳銃(コルト・パイソン)を抜き、構えると同時に発砲。敵兵死の胴体を狙うと見せ掛け、相手にフェイントを掛けた直後、亡霊が馬を動かさせ弾道から避けた後に騎馬の脚を撃った。直撃はしたが、魔獣化した騎馬は痛覚などなく、恐怖も無いのか、まるで芝刈り機の如き凶走は健在。しかし、血は溢れ、ダメージはある。故にほんの少し、騎馬の歩調が乱れた隙を狙い、兵士の顔面に弾丸を撃つも―――それさえ、兵士からすれば唯の豆鉄砲。軍刀で弾丸を弾き、そのままワゴン車へ向けて突進!

 

「―――死ね」

 

 直後、ほぼ同時に撃ち放たれたクイックドロー。六連装回転式拳銃(リボルバー)には、後四発の銃弾が残っており、それを正確無比な死の弾道で発射。馬の脳天をブチ抜き、兵士が一瞬身動き出来ない隙に、心臓と首と額に一発叩き込む。直ぐ様銃弾を装填しつつ、他の敵騎馬隊が撃ってきた銃弾を車内に入る事でダンは避け、銃身と頭部の上半部だけ出して狩猟銃で狙撃。銃弾は相手の肝臓辺りを見事ごっそり抉り取り、内臓をブチ撒けながら地面に落下し、馬もその場で停止した。

 

「……は、銃剣付きAK型のアサルトか。敵も渋い武器使うぜ」

 

 敵の追撃舞台の騎馬兵士達の武器は統一されておらず、弓矢を使う兵もいれば、現世で調達したであろう銃火器を撃つ者もいた。とは言え、改造ワゴン車の装甲を貫通する武器を使う者はまだ出てきておらず、森の中な所為か、あの大砲を積んだゴーレムも追い掛けて来ず、更に言えば遠距離砲撃もして来ていなかった。

 ダン一人で、迫り来る騎馬兵を始末は十分だった。

 だが、そんな事はライダーからすれば当然考えるまでも無く、司令官として持つ第六感で戦う前から分かっていた。よって、まず移動手段を潰そうと考えた。人間の行動原理を知り尽くした皇帝の作戦が、兵士全体に行き渡る。

 

「―――上! マジか!?」

 

 超長遠距離から、楕円を描く擲射弾道で砲弾が装甲車に向けて墜落してきた。腕のいい観測兵がいるのか、それとも砲兵の技量が高いのか、その両方か、砲撃は正確無比に車の進行方向を予測して撃たれていた。ダンは使い魔のフレディと感覚を共有している事で発射された瞬間の緊張を察知し、此方に砲撃が下るのを感覚した。

 

「砲撃が来ますぜぇ……!」

 

 そして、それは勿論、助手席に座るフレディも察知した。車を運転する綾子もそれなりの直感を持ち、気配に鋭くも、この犬には叶わない。自分が感覚で捉えるよりも早く砲弾を感知し、余裕を以って弾道から進行方向を外す。

 ―――轟音が鳴り響いた。

 辺り一帯の地面を抉り潰し、木々が一斉に吹き飛んでいた。

 それも一発だけでは無い。何発か連続して砲撃が下され、将棋やチェスで碁盤のマス目を塗り潰す様に道を塞いでいる。

 爆風でワゴン車は大きく揺れるも、綾子の運転技術で横転する事もなく、無事に走り続けている。恐らくは、騎馬隊が砲撃の為の“目”になっている。彼らの位置情報と、敵を捕えた視覚情報により、観測兵に情報が伝わり、敵影を森の中でも完璧に捕え、砲兵が撃っている。

 

「―――まさか、対物狙撃銃(アンチマテリアル)か!?」

 

 と、安心するのはまだ早い。持っている武装が重かった所為か、少し先行部隊よりも遅れて重装備騎馬隊が最前線に到着。だが、砲撃によって進路が限定されてしまい、速度も遅れたのも原因だろう。更に砲撃はまだ続いており、厭らしい砲弾軌道で狙い撃っていた。そんな中での対物銃を持つ兵士の出現は危機以外の何者でもない。あの銃火器はむしろ、銃とは名ばかりの、小型の砲だ。人を撃つ殺す銃撃ではなく、当たればヘリや戦闘機を撃ち落とし、車両を吹き飛ばす砲撃。対人に使うには過剰な破壊力を誇る代物だが、この車を撃破するのは丁度良い。

 凄まじい轟音の中、遂に対物徹甲弾が撃たれた。

 エンジン部に当たれば流石の改造車も、一撃で爆発四散する事だろう。乗っている自分達が死ななくとも、全員で素早く移動できる足役を失うのは酷く痛い。

 ―――ダダダダダ、と途切れぬ連続銃火。

 ワゴン車の後部の扉が開かれ、そこから銃口が異様な威圧を持ちながら出現していた。対物徹甲弾を装填した銃機関銃を綾子が素早く掃射。

 

「―――うん。流石はブローニング。敵が粉微塵だ」

 

「ほぉー、あの騎兵隊が一瞬で血肉塗れになったか。やっぱり、不意打ちは亡霊にも有効か」

 

 予め、綾子は儀式魔術で纏めて銃弾に強化を施してある。ある程度ならばサーヴァントにも有効だが、ライダーの亡霊兵程度なら致命を与えるのに十分な殺傷能力を持っていた。恍惚とした笑みで、敵を撃ち殺し続ける綾子の姿はかなり危ないが、アヴェンジャーは怖い女性が苦手なので何も言わないでおいた。

 

「……なぁ、バーサーカー」

 

「ふむ。どうかしたか、アヴェンジャーよ?」

 

「取り敢えず、俺らも参加するか。ほら、前からも敵影が視えるし」

 

「そうよなぁ。お互い、マスターからの武器を無駄にはせん方が良いか」

 

 サーヴァントの二名に遠距離攻撃が不得意だ。むしろ、そんな手段は存在しない。アヴェンジャーは少ない数だが投げナイフ程度ならば所有してる焼け石に水で、バーサーカーは皆無。

 よって、接近戦しか出来ない殺人貴(アヴェンジャー)に綾子は「使えねぇな」と侮蔑の笑みを浮かべながら、取り敢えず銃弾をバラ撒いて使えと、汎用機関銃を渡していた。軽機関銃でも良かったが、少しでも装弾数が多い方にしておいた。

 彼は胡乱気な目付きで銃火器を手に持つと、慣れない素人な動きで敵へ発砲。とは言え、狙いだけは鋭く、死の線や点を切り裂いてきた第六感は銃器にも適応されるのか、何故か吸い込まれるように弾丸が敵兵に直撃していった。本人は投げナイフの方が使い易いと感じつつも、この場面では銃器の方が有効だと理解しているので、仕方ないと言う顔付きで撃ち殺していた。

 それと、バーサーカーにはここぞと言う時の為の、単発式改造小型擲弾銃(グレネードランチャー)をアデルバート・ダンが手渡している。単発式故に一発一発装填する必要があるも、バーサーカーは素早い手先で装填を可能にしており、装填時に弾丸へ呪詛の魔力を込めて爆破力を強化。的確な軌道で前方の敵騎馬隊を吹き飛ばしていた。

 いざ、と言う時の為の虎の子の隠し玉(グレネードランチャー)だったが、ダンがバーサーカーへ渡すのに躊躇いは無かった。直撃さえすれば並のサーヴァントも撃破可能で、何人もの魔術師を纏めて鏖殺出来る代物。人手が足りないのに、バーサーカーを遊ばせる理由は無かった。

 マスターが互いのサーヴァントに道具を与え、戦場で優位な働きをさせる。

 そう言う意味では、実に効率的で効果的な、戦場で敵を殺し慣れた兵士の思考だった。

 

“……バーサーカー。弾はまだ十分か?”

 

“まだ数十発残っておる”

 

“あー、弾切れの危険があるな。仕方ない、無くなれば特殊榴弾も使って良いぞ。けど、なるべく残しておいてくれ”

 

“了解ぞ、アデルバート”

 

 ダンは自分の魔術道具作成の為に、錬金術を齧っている。金属と薬品さえあれば弾薬を生成出来るが、それもまず拠点を作ってから。また、彼は魔術師以前に殺し屋で、銃火器による殺人を生業とする魔術使いだが、そもそも―――封印指定を受ける程の魔術師でもある。封印指定を食らった原因は兎も角、露見した彼の神秘自体は相応の異端。魔術師としての側面も十分以上に持ち備えており、時計塔に居た学歴は伊達ではない。

 加え、バーサーカーのスキルである魔術放出(呪)が有効に使えると思い、彼はグレネードを渡したのもある。サーヴァントとは言え素人のバーサーカーには、狙って撃つよりも纏めて殺す系統の方が使い易い。ばら撒いて殺す為の機関銃系統も良かったが、それは殺人貴がしてくれている。尤も、流石の殺し屋とは言え……この場で有効に使える程の大量連射可能な重火器など、日本に持ち込んでいなかったのだが。精々がちょっとしたマシンガン程度で、相手の大軍を打ち砕くには役者不足。だったらまだ、グレネードで吹き飛ばしてくれた方が良かった。重機関銃まで常備している美綴綾子が可笑しいのだと、ダンは意味も無く考えたが、何時もの事と直ぐに忘却した。

 

「……おい、ダン。バーサーカーの武器はあれだけ?

 敵が前方左右にも来て囲んで来たから、今は猫の手を借りても足りてないけど、もっと良いヤツは無いんかい?」

 

 ワゴンの後部座席から、後ろのダンに綾子は問う。バーサーカーは巧いことグレネードを使っているが、弾幕の集束率が少し甘い。状況判断能力は凄まじく高いが、銃の技術はまだまだ。ダンや綾子のように武器に慣れているなら、あのグレネードランチャーでも十分有能だが、バーサーカーにそれを期待するのは兵士として間違いだ。

 

「ああ。持ち込んだ武装は、お前らみたいな吃驚人間用の対人武装だけだからな。機関銃やらの対物重火器は持ってきてない。そもそも殺し屋に過ぎない俺は軍事兵器は持ってないし、ああ言うのは好きじゃないんだよ。重くてお荷物になるし、実際あんまり使えない無用の長物だし、白兵戦に持ち込むのも馬鹿だし。

 精々がグレネードとか、プラスチック爆弾みたいな設置爆弾や時限爆弾、後はクレイモアみたいな地雷のトラップ工作用の道具でお終いさ」

 

 尤も、それらトラップもライダーによって除去されてしまったが。逃走経路以外には罠が仕掛けてある筈なのに、一度も発動することなく超えられてしまった。

 それにそもそも、アデルバート・ダンは職人だ。人殺しが仕事だ。

 殺し屋として持つ遍歴が、銃器や爆弾は好むが軍事兵器を嫌う小難しい性格になっていた。

 

「そうか? 鉄砲玉は破壊力でしょ。吹き飛ばしてバラバラにしないと、やっぱ化け物相手に撃っても即効性がない」

 

「巨砲主義者め。銃は芸術品であり、日用品だぜ。命を的確に奪ってこそ、道具は道具として輝くんだ。

 あんなのは銃じゃない。人を殺す武器じゃ無く、肉を壊す機械だ。風情も無ければ、ぶっちゃけ撃てりゃそれで良い破壊装置。

 なんで、それが分からないんかねぇ……」

 

 ダンにとって、銃器は好きだが兵器は嫌いだ。

 人を殺すのを上手だが、人を壊すのは苦手だ。

 殺すまでに創意工夫を凝らし、自分の技量で成さねば殺人なんて重労働は割に合わない。彼はそう考えていた。良くも悪くも職人だった。言わば、生まれと育ちで培った習性だった。むしろ、彼の戦闘方法を考えれると邪魔なお荷物。隠れ潜み、虎視眈々と狙い続け、接近戦でも技量を駆使するとなるば、素早い行動が可能な装備が必須。いざという時、荷物になる武器はゴミだった。自分が常に背負え、装備出来る武器が限界。過剰武装は逆に自分の機動戦術を狭めてしまい、暗殺用の戦略が立て難くなった。

 

「うげ。何だかんだで、アンタはロマンチストだ。殺しの為の銃が浪漫対象とか、メンタルマッチョにも程があるんじゃないか。

 良いじゃないか、カッコいいし。対物狙撃銃とか、重機関銃とかの方が浪漫じゃん」

 

「……つーか、ああ言う重い得物はオレ駄目さ。身軽になれないと、死徒とかが相手だと簡単に死ねる。待ち伏せとかにも有効かもしれないけど、それだったら離れて狙撃したり、爆弾仕掛けた方が自分は成功し易いしなぁ」

 

 敵兵を撃ち殺しながらも、ダンと綾子は淡々と会話を続ける。銃声で聞こ難いが、強化された耳は聴覚が鋭くなりつつも、大音量にも耐えられる強度も保有する。

 

「えぇー、そうかなぁ? 拠点防衛や、今みたいな移動戦じゃ重宝すると思うよ」

 

「まぁ、否定はしないぜ。けどよ、オレはお前と違って身軽に持ち運び出来ない。防衛する位なら最初から逃げるし、強引にでも手持ちの武器で無理矢理突破する」

 

「そう言う時にも便利だよ。グレネードとかもそうじゃない? やっぱ突破力と粉砕力が戦場だとモノを言う」

 

「オレはね、自分の銃に愛着が強く湧く。愛用品は礼装にもしてるんで、使い捨てにもしたくない。勿体無いし、置いて逃げれば武器から足が付く。重火器の有能性は認めてるけど、オレとの相性がとことん悪い。そうなると目立つ上に、片付けと持ち運びが面倒な兵器は使用したくない。元々が使い捨てな爆弾は良いけど、でかい狙撃銃や機関銃は厭なのさ」

 

「成る程。殺し屋の美学ね」

 

「違う。習性だぜ、習性。オレに美学はない。あるのは執念とか、妄念とか、そんな程度。要は相性が大切なのさ。

 お前からすれば非常に便利な道具なんだろうけど、オレの戦術と戦略からすれば唯のお荷物になってしまう訳だ。フィーリングって大事だし、オレはお前みたいな戦争屋じゃなくて殺し屋に過ぎないさ」

 

 それが美学、個人の拘りって言うんじゃないかな、と綾子は思った。だが、黙っておいた。本人がそう言うのであれば、そう言う事にしておけば良いと淡白な考えをする。

 それに相手が言いたい事も十分に分かる。この男は妙に几帳面で、もしもを考えて常に武装を限界まで備えていた。身一つで全て出来なくては、戦略に濁りが生じる。

 

「ふーん。そっかそっか……んで、バーサーカーに武器を貸して欲しいか? 後払いで良いよ」

 

「……っけ、死の行商人め。どうせ何処ぞの戦場で奪ったか、拾ったかした武器なんだろ?」

 

「正解。それでどうするん?」

 

「頂くさ。出来れば、アイツに似合う厳ついのを頼むぜ」

 

「了解……―――っと、ほら。バーサーカー! 良い武器貸して上げるよ! 壊しても良いけど、無事だったら後で返してね!」

 

「ふむ、感謝ぞ」

 

 何も無い空間から重火器を取り出すと、綾子は背後のバーサーカーに投げ渡した。彼は感謝しつつも、グレネードランチャーを車内に置き、機関銃を手に取った。女神に騙されて渡され、今でも憎悪すべき対象とは言え、使っている内に愛剣になった魔剣ダインスレフに比べるとこの武器は大分重い。英霊として宝具とは誇りなどだろうが、バーサーカーにそんな下らない感傷は一切無い。武器は武器。

 よって、魔剣(ダインスレフ)から銃器(グレネードランチャー)へあっさり武器を代えた様に、バーサーカーは特に思う所もなく同盟相手から武器を借りた。武器の形状から使用方法を何となく察し、そのまま鉄火を炸裂させて外の騎馬隊に撃ち放った。そして、DShK38重機関銃を巧みに操り、バーサーカーは更に鉄壁の弾幕網を作り出した。発射と同時に魔力放出で弾丸に魔力を纏わせているのか、唯でさえエゲツない威力を持つ対物弾が更に破壊性能を向上させていた。

 

「ああ、それといざって時用にロケランも置いとくよ。好きに使ってね」

 

「…………」

 

 生きた武器庫だな、とダンはその光景を見て呆れてしまった。あの神父の宝具開発の実験台になったと聞いたが、良い仕事をすると殺し屋として理解した。確かにこの能力は一人で戦争行為を成し遂げる戦力へ持ち込み、動きながら常に戦場で弾薬を保つことが出来る。広大な敵陣地に入る時、武器運搬は面倒だが、これならば簡単に解消出来ることだろう。アデルバートは長時間の作戦の際、出来るだけ武器が必要となるので、羨ましい限りだと考えた。尤も、自分には無用の長物だが。得物は手元に必要なだけ、手慣れた銃器だけ在ればいい。

 

「ああ。そういや、今は誰が運転している?」

 

「レンだけど」

 

「あ、え? あの子猫が運転してるのか?」

 

「いや、レンは普通に上手いよ。動物的勘も鋭いし、ちょっと工夫すれば人間時の肉体年齢上げて、手足も伸ばせるからね」

 

 騒音が五月蝿い。しかし、二人は一瞬たりとも手を休めずに敵を撃ち殺しながら、軽快なトークで互いの意識を高揚させていた。

 しかし、騎馬隊の数は段々と増えていく。何故か砲撃の雨は止んでしまっていたが、銃弾の包囲網はどんどんと増加する一方。全員が砲撃が途中から消えた事を不気味に感じながらも、淡々と乗馬兵を殺し続ける。とは言え、相手にする兵士達も百戦錬磨の帝国略奪兵。強い兵士はとことん強く、殺せない兵士も多い。特に隊を率いている隊長格の戦闘能力はサーヴァントと錯覚する程。彼らの中にも技量や機能に優劣があるらしく、それは馬にさえ適応されていた。

 

「―――外だ! 森を抜けられる!」

 

 アヴェンジャーが叫んだ。汎用機関銃で敵を的確に一体一体撃ち落としていたが、彼の視界は遂に森の終わりを見た。後十数秒もすれば、足場の悪い土の地面から、整備されたコンクリートの自動車へ逃げられる。そうすれば、このワゴン車も更に加速させ、敵から一気に距離を取れるだろう。

 だが、そうはさせじと騎兵が一気に車へ接近。銃弾が当たり、蜂の巣になろうと構わないと、仲間を肉の壁にしてまで近づいてきた。死しても、また宝具に回収されて情報を再生して貰える不死身の死霊だからこその、自分の命を顧みない強行突破。とある一体が隙を見抜き、対物狙撃銃を撃ち放ったが、レンはブレーキを踏みつつハンドルを切る事で回避……するまでは、良かった。隊長格だと思われる赤い亡霊兵は、手に持つ銃剣付きAK47を片手に馬を台にし、此方に誘導されて近づいてきた敵ワゴン車へ跳んだ。

 

「◆◇…‥っ」

 

「―――っ……!?」

 

 時間が停止した、と亡霊兵とダンは錯覚した。宙を飛んでいる最中の兵士にとって、これが極地。殺し屋アデルバート・ダンが屋根を守っているとなれば、撃ち殺されて当然。だが、もしも弾丸を当てられねば、彼は敵の侵入を許し、高確率で死ぬ。

 咄嗟にダンは水平二連散弾銃(ソードオフ・ショットガン)を抜き取り、即時発砲。待った無しの瞬殺。故に、敵兵士も即時対応。宙で身を捻り、片腕を吹き飛ばされながらも、殺し屋にアサルトライフル(AK47)を連射。その弾道を背を後ろに捻ってダンは避けるも、既に敵は眼前。ダンの心臓目掛け、兵士は銃身の先にある刃で命を狙う。

 銃剣が取り付けられた突撃小銃(アサルトライフル)は短槍だ。銃を構え、銃口を敵に向け、狙いを定め、引き金を引く。手順を踏まねば確実に命を奪えないが、槍ならば別。狙い、刺す。これだけで良く、だからこそ接近戦を想定した銃剣なのだ―――が、ダンは咄嗟に外へ出る。そのまま背を後ろにした時の勢いを生かし、足で敵の銃を蹴り飛ばした。そして、即座にショットガンの次弾を撃ち、相手の頭部を粉砕した。

 

「……っち、糞が(ファック)

 

 悪態を吐き、外に体を出した自分を狙う銃弾をギリギリで避けつつ、カウンターで敵兵士の一体を銃殺。直ぐに車内へ戻り、また狙撃と銃撃を敢行する体勢に戻った。

 そして、遂に装甲車は森を脱出。

 緑化地域から一気に走り抜け、補整された車道へ脱出を成功させた。改造された装甲ワゴン車は、見た目は普通だが既に小型要塞と化していたが、それでも尚、銃痕の後が痛々しい。本来なら、銃弾程度ならば弾き返し、戦車並の装甲であり、強化ガラスはバズーカにも耐える。コンクリートの塀やガードレールに衝突しても、逆に相手を粉砕するようなゲテモノ車。だが、ライダーの兵士が使用する武器は宝具でもあり、銃弾も概念による威力を持つ。その破壊力を防ぐには、それ相応の神秘的な防御が必要だった。しかし、ワゴン車は無事で、全員が生きていた。

 綾子は一息ついた。レンが運転するこの車は外に出た瞬間、一気に加速させ既に時速200km以上。ライダーの騎馬もその程度の速度は出せるだろうが、最初の加速で此方が勝っている。騎馬を森の中で操るのは普通なら悪手だろうが、敵が車に乗って逃走しているなら話は別で、機動性が優れる騎馬隊の方が有利。此方は他に手段は無かったとは言え、予め経路を作っておいたとしても車を使う方が悪手。しかし、こうも広い場所に出たスピードバトルになれば、勝敗は五分五分。彼女は周囲を警戒しながら、更なる集中を精神に施し、機関銃を構えた。

 

「ま、何が来ようと逃げ切ってやる。あたしの車をこんなに傷付けた恨み、晴らして上げるよ」

 

 直後―――耳を抉るような轟音が、空気を強引に壊す。

 走る車の後ろを警戒していた綾子の視界に、敵影の正体が目に移った。

 逃げるワゴン車を追い、巨大な何かが森から飛び出して来たのだ。地面の整備されたコンクリート道路を粉砕しながら、敵を撃滅せんと追い掛けてきた!

 

「ゲェヒャッヒャッヒャッハー! 逃がすか、皆殺しぞォオ!!」

 

 道路へ飛び出した戦闘戦車(タンクゴーレム)は、足の裏にキャタピラでも仕込んでいるのか分からないが、両脚を動かさずに地面を滑っていた。スケート靴やローラーブレードに推進力を込めれば、この様な移動方法をする事が出来るだろう。実際、脚部には小型動力炉エンジンを組み込み、限定的ながら反重力作用と浮遊術式により、キャタピラとホバーによる高速移動を可能にしていた。

 そして、そのゴーレムの頭部。ライダーは其処に胡坐で座り込んでいる。

 楽しくて堪らないと子供みたいに高笑いをして、敵をお気に入りの玩具を視るみたいに観察していた。

 

「―――なぁ……ッ!」

 

 喉元から変な声が、綾子は思わず出てしまった。何故なら、余りにも眼前の光景がイカレていたから。そして、ゴーレムは前方10m先に走る標的へ、肩の大砲を躊躇わず砲撃。ドォン、と内臓を揺さぶる重低音が響いたと同時に爆炎と砂塵が舞う!

 

「ほうほう、勘の良い……」

 

 ―――が、装甲車は健在。直撃すれば大破以前にこの世から消えて無くなるが、支障は何処にも無い。

 大砲が発射される瞬間、車は逃げる様に速度を更に上げていた。そして、お返しにワゴン車から吹き出る銃火がゴーレムを襲った。しかし、もはやこのゴーレム、魔術的に強化され半ば概念武装化している対物徹甲弾を受けても掠り傷が出来るのみ。

 ゴーレムは左手を動かし掌を広げ、頭上のライダーを守りつつも、車との距離を一気に詰めた。あろう事か、ゴーレムは地面を滑り走っていながら、強引に踏み込んだ。まるで、武術を齧った兵士の如き動作であり、一瞬だけ魔力をジェットエンジンみたいに噴射させたのだ。

 

「……ならば、斬り潰してしんぜようぞ!」

 

 ゴーレムが右手に持つ巨人の特大直剣。真名をエッケザックスと言い、小人が作った巨人の魔剣だ。英雄ディートリッヒ・フォン・ベルンが巨人エッケから奪い取った正真正銘の英霊が持つ宝具である。妖精の鍛冶屋が生み出した神造宝具でもあり、神父の捏造品とは言え宿る神秘の量は膨大。造り手の言峰士人ではなく、担い手でも無いので真名解放は出来ないが、鈍器として十分有能な破壊鎚。

 バックミラー越しに、運転席に座るレンは背後の悪意を見て無表情になった。いや、彼女は普段から表情を作らない無口な使い魔だが、何時にも増して目が死んでいた。綾子と甦った主人達が銃弾を砲火しているのが見えるが、ビクともしていないのも見えるので絶望感も凄く重い。

 

「…………」

 

 運転し易い用に少々肉体年齢を上げておいたが、そんな程度でアレを一体どうすれば良いのか。彼女がそんな思考をする間も無く、高笑いするライダーは巨剣を構わず振り下す―――!

 

「ブレーキっすよ……っ―――」

 

 動物的直感で危機を察知。隣に座るフレディの声を耳に入り、咄嗟にブレーキを踏む。一気に減速させたおかげで、剣が上部を振り通っていく。そして、右側のガードレールギリギリまで寄せ、ゴーレムの巨体を避けると同時に、またアクセルを踏む事で限界加速。剣を振り下したことで一時的に速度が落ちたゴーレムを抜き去り、また逃走を再開させた。

 

「む……」

 

 胡坐をかいたまま、ライダーは喉を唸らした。膝を肘の上に置き、手の平の上に顎を乗せて、遠くの敵影を睨んでいた。此方が加速するまでの間に、また距離を取られてしまった。

 ライダーは騎乗スキルを持つ故に、自分が直接思念操作した戦闘戦車(タンクゴーレム)で敵車両に追い付けたが、他の機体はまだ到達していない。正確に言えば、丁度今到着した。とは言え、自分のゴーレムだけでは味方が到着するまでの時間稼ぎが、ギリギリ間に合わなかったのが悔やまれる。このまま移動しながら精密砲撃も出来なくは無いが、標的も動いていると当て難い。と言うよりも、弾道は正しい筈なのに歪められている。回避の腕前が良いのもあるのだが敵の中に多分、そう言う系統の“何かしらの神秘”を扱える異能持ちがいる。彼が持つ司令官としての経験が、そう訴えていた。高度な戦術眼と、冷徹な戦略眼により、相手の戦力を丸裸にしていく。死ぬまで鍛え続けた戦術的直感と、生まれ待った天性の戦略的思考が、複雑に混ざり合い、一つの結果と幾つもの可能性から、行使すべき作戦を練り出し、策を幾十幾百幾千と積み重ねた。

 ……いや、こうなってしまえば、土台のプランを今の状況に合わせて少し効率的に組み換え、ゴーレムの使い方を変えた方が成功率が上昇するかもしれない。遠中近距離万能な破壊兵器な為、逆に利用手段を絞るのが難しいが、兵器運用こそ司令官の嗜みだ。

 ライダーはまず、タンクゴーレムを散開。自分の護衛に数体残し、何体かを高台の丘に配置させつつ、他のゴーレムは追撃に入る。森の中に戦力を潜めながら、敵が森林地帯を脱出した場合の策をそのまま展開させていた。

 

「……しぶとい。ここまで派手に電撃戦を敢行し、まだ生きる。

 我輩(ワシ)の策を破る力量を褒めれば良いのか、たかだか数人を仕留め切れぬ自身の不甲斐無さを笑えば良いのか……ふむ、しかし愉快ぞ。殺し切れぬのも、また一興。これもまた、良く味わった戦争よ。若返る様よ。

 ―――強襲騎馬隊、突撃せよ。歓迎してやれ、盛大にな!」

 

 予め敵の逃走経路を予測していたとしか思えなかった。ライダーが配置した騎馬隊が崖の上から、ワゴン車目掛けて崖を蹴り、落石の如き猪突猛進で落ちてきた。岩石の如き重装備の大鎧を身に付け、騎馬にも同様の重厚な鎧を纏わせていた。

 ―――死だ。

 モンゴルの教科書的殺戮手段だ。

 

「―――畜生め(サノバビッチ)、奇襲かよ!」

 

 つまり、この地獄が、弱肉強食を掟する草原の世界。逃げても逃げても、嬲り殺し。ダンが吐き捨てた悪態が物語っている。

 

「レン―――……っ」

 

 義経が一ノ谷の戦いでやった逆落としに酷似した奇襲。ライダーは時間が許す限り、各国様々な伝承の伝説的逸話も学習済み。それらを参考に、彼は宝具を利用し戦術を増やし、戦略の幅を広げている。これもその一つ。

 そして―――激震が車内を揺るがす。

 騎馬隊に向けて銃撃するも、弾丸が届いていない。いや、当たってはいる。しっかりと当てているのに、誰にも効いていない。

 彼らは単純な対策として、加護を施した鎧を着込んでいた。兵士と騎馬の鎧に術式を刻み込み、物理衝撃のベクトル方向を様々な方向に拡散させ、銃弾をまるで毬みたいにあらぬ方向へ弾き飛ばしていた。兵士も騎馬も構わず進軍し―――横合いから、綾子達は一斉に襲撃された。

 だが、レンはスピードを一瞬だけ上げた……だけだった。敵にフェイントを仕掛けていた。ブレーキを踏み、急停止。車体を停止させ、騎馬隊の大部分が自分達の前方に流れる。数は少ないながらも、ワゴン車に横合いからぶつかって来た奴らは、勘の良いバーサーカーが二振り三振りと魔剣を豪快に回し、吹き飛ばしていた。殺人貴も咄嗟に降り、敵兵をバララバにした。敵が如何に守りを固めていようとも、狂戦士の膂力と死神の魔眼の前には無力。

 

「―――飛べ」

 

 殺意を言葉にし、後部座席から投げ渡された携帯対戦車擲弾発射器(RPG―7)を構えるアデルバート・ダン。彼は奇襲に失敗した前方の敵兵へ向け、躊躇わずトリガーを引く。勿論、綾子もバーサーカーとアヴェンジャーが降りた時点で咄嗟に車両背後の敵兵目掛け、術的改造を施したポテトマッシャー型の古臭い手榴弾を十個纏めて投げていた。

 そして、アクセル全開。背後に居る敵は爆炎に包まれ焼かれ、横の敵はほぼ壊滅。前方の敵はまだ生きているとはいえ、ダンが撃ったRPGが功を成し、方向転換し切れていない。フロントガラスから良く見える敵兵らを、横合いから強引に轢き殺すには、とても丁度良い配置であり―――レンは、無表情のまま最高速まで一気に加速した。

 

「…………」

 

 グチャリ、ブチュリ、と爆風で転倒した間抜けをタイヤで潰す。構わず弾き飛ばし、轢き殺す。赤い亡霊が轢殺され、更に赤黒くなって死んで逝く様は、言語化し難い陰惨さに満ちていた。レンが何も喋らないのも、無口だからと言う理由だけでは無いのだろう。

 ―――と、突破は出来たが、時既に遅し。

 ライダーはタンクゴーレムに仕込んだ隠し玉の一つを開帳。配置しておいた移動大砲に特化したゴーレムが、数多の観測兵から送られる情報で標準を定める。そして、確かな手応えと共に砲の撃鉄を引く。熱狂的な殺意を示さんと、猟奇的なまで虐殺を体現する戦術兵器が投下した!

 撃たれたのは、大砲は大砲でも中身は榴弾だった。

 込められた材料は爆破性の化学物質や、魔術薬品。また、食らった式神から得られた術的知識を応用し、爆破の範囲を凝縮させ、概念的な重みを上げている。本来なら、爆風は延々と外側に広がっていくのが普通だが、一定距離まで広がると中心部にまた吸引される。これを受けると吹き飛ばされるのではなく、内側に圧縮されて爆殺される。まるでブラックホールの如き特性を爆弾であり、一般社会に神秘の露見を抑える為に破壊痕を小さくする対策でもあった。

 ……それが、ワゴン車の後ろで爆発してしまった。ヴォオン、と空間が抉れて壊れる重低音が響く。バーサーカーとアヴェンジャーは車両へ素早く逃げ込んでいたが、あれは逃げ切れないだろうと直感。全員が死の刹那を予感し、レンが最大加速させても一秒二秒寿命が延びるのみ!

 

「―――殺せ」

 

 呟くな様な召喚主(マスター)から御命令(オーダー)。この程度の危機ならば令呪さえ使う必要は無い。アヴェンジャーは第六感で脅威に気付いたと同時、一気に天井の扉からワゴン車の上に移っていた。コンクリートの道路が捲れ上がり、吸い込まれている光景が目に入る。

 爆風と空間の境界が、殺人貴(死神)には良く見える。そして、見えると言う事は、その現象を殺せると言うこと。直視の魔眼で視覚化された死の線を切り裂くのも良いが、それでは面倒だ。こんなのは何時ものことで、まとめて全て死なせてしまえば良い。愛刀の七つ夜ではなく、投擲用に隠し持っている投げナイフを手に持ち、音もなくスラリと投げた。

 ―――無。

 言葉にする事が不可能な、虚無が成す死の消去。

 アヴェンジャーは魔眼で観測した「死の点」を投げたナイフの刃で穿ち、爆風をそのまま撃ち抜いた。彼からすれば所詮、壁に掛けられた的にダーツをする程度の簡単な作業。それも此方に段々と近づいてくるので、目を凝らせば“的”になる黒点も更に大きなって外しようも無かった。これが高位宝具の概念や、現象そのものならば死の点も小さく、ナイフを投げ当てる何て曲芸は無理だったろうが、これなら投擲で十分対処可能。

 

「―――…………ヌ?

 何だそれは、有り得んだろう。奴は本当に何でも有りか!

 げひゃっひゃっはーはっはっはっは、本当に腐れ神父から聞いていた通りか!? この聖杯戦争は地獄の悪鬼しかおらんのか、面白過ぎるぞ!!」

 

 愉快痛快とライダーは高笑いをした。自分の戦術が容易く潰されたと言うのに、それも戦略の過程に過ぎないと笑みを浮かべていた。

 聞いていた魔眼の宝具か、と脳裏では冷静に分析しているが、それはそれ。これはこれ。

 ライダーにとって聖杯戦争そのものが死後の娯楽。略奪を成功させる過程もまた、愉悦となる日常生活。

 ……この戦争で誰もが思っている。コイツとだけはなるべく戦争をしてくない。もしもだ、もし、自分達が追い詰める事で出来て、逃走するライダーを追撃したとしても、その道中には必ず何かしらの、合理的な確実に相手を殺害する為の殲滅戦法が待ち構えている。本来彼が創設した軍団国家の兵は、狩りに用いる戦術と騎兵の技術と機動力を活かし、臨機応変に様々が戦法を得意とする。彼らの生活自体が戦争の予行練習だった。そんな熟練の兵士達が宝具として亡霊となり、現代の兵器と道具を取り入れ、更なる戦術的進化を遂げ、ライダーの戦略は正しく万能と化す。

 敵が敗走するとなれば、勿論―――徹底した殲滅戦を成す為の戦術を、前以って戦略の一部に取り入れるのは必然だ。

 ―――いとも容易く殺すのだ。

 ―――悪辣に呆気無く死なせるのだ。

 ライダーが生み出した帝国は、遊牧民族だからこそ可能な高機動戦術がある。それを大元の戦法を利用し、彼の合理的戦略が十分に生かされた。彼らは騎馬に乗りながら弓矢で敵を遠距離で削りつつ、自分達に近づいてくれば高機動で戦場を駆ける騎馬で距離を取る。そのまま此方にまである程度近づけば、敗走と見せ掛け、戦術的罠に嵌めて壊滅させる。追い掛けて来なければ、そのまま弓矢によって削り続ける。敵が逃げ出せば、高機動で追い掛けながら弓で殺し続け、追い付けばそのまま入れ食い状態だ。この基本戦術を徹底可能な野戦に相手を持ち込む事が、戦略の胆。城攻めや都市の焼き打ちなども行えるが、それはモンゴル以外の国家の技術と戦術を取り入れ、戦略を更に合理的にしたから出来た戦争。チンギス・カンが生み出した殺しのお手本があればこそのモンゴル。

 

「―――では、第五陣。準備に掛かれぃ……」

 

 とても静かに、号令を伝達させた。ライダーと、その皇帝に仕える侵略兵達は、彼奴等の屍を視るのが目的として再度、追撃戦を再開させた。

 

「……敵さん、まだ諦めて無いね。あー、ホントに面倒なのに目をつけられた。レン、どうする? 運転代わろうか?」

 

 ワゴン車の中で、綾子は神父と瓜二つの死んだ魚の目で悪態を呟く。まだ時間は深夜で、ライダーが張り巡らせた人払いの結界が周囲数キロを覆っている。

 

「……」

 

 そして、レンはふるふると首を横に振り、綾子の提案を無言で断った。自分は迎撃役には向かず、運転位の役目しかこなせない。それに貴重な戦力となる綾子を運転席に縛る訳にはいかなかった。

 

「そう。だったら、まだまだお願いするよ。しかし、あれだねアヴェンジャー、念の為にこれアンタに渡しとくわ」

 

「―――これはまた業物で。良い刀じゃないか」

 

「ああ、そうさ。それにアンタのそのナイフじゃ少し間合いがね。このカーバトルだとお得意の暗殺戦法も駄目駄目だし、使えないし。後、使えないし」

 

「酷い事をこれまた直球で。それも二回も言うかよ。まぁ、否定は出来ないが」

 

 確かに今の状況では、相棒の七つ夜(ナイフ)は無用の長物。相手が乗り込んで来ない限り、必要にならない武器。だが、少々長い刀身のこれならば、車で擦れ違い様に敵を切る事が出来る。些細な違いであろうとも、優位な武器を使わない手は無い。そも、彼は長い間使っていた故に七つ夜に愛着があるだけで、得物が小刀から刀に変わっても殺人技術に翳り無し。

 この刀は綾子のコレクションの一つ。何でも錬金術師が工学的、魔術的に硬く鋭い日本刀を作成しようと思考した末に錬鉄した逸品らしい……と、綾子も綾子で今一詳しい出自は知らない。何年か前に天狗の人喰い混血を殺害した時に手に入れただけで、使い勝手が良いからそれ以降も使っている。

 

「……おっと。あらま、前方塞がれてる。丁度良いやアヴェンジャー、殺し斬れ。砲弾ならあたしがどうとでも出来るし」

 

「了解した、マスター」

 

 進行方向に敵影を確認。大砲を構えており、何故か片手で乗用車を潰しながら持っていた。恐らく結界を張った時点で範囲内に居た為、ゴーレムに見付かって破壊されたのだろう。あれでは中に人がいた所でミンチになっている。

 そのまま逃走するのは無理とは考えていたが、やはり敵側は何十もの罠を張っていた模様。綾子は不機嫌な目付きで前方のダンクゴーレムを睨み―――発射された砲弾を、強化された視覚で認識。一秒が十秒となり、その十秒が更に百秒となり、やがて零秒の停止に至る限界圧縮された体感時間。絶対なまで自己の時間を支配した世界の中、美綴綾子は己が異能を解放した。

 瞬間、彼女の視界にのみある種の力場が発生。超能力で例えれば念力に属する自然干渉法。

 それは才能が可能とする超能力じみた魔術行使。つまり、超能力であると同時に、魔術回路に癒着した異能による魔術であった。

 ヴォオン―――と、砲弾は車体の横へ無理矢理逸らす。次の間に爆弾へと利用された車をゴーレムは同時に投げていたが、それも車道外に吹き飛ばす。そして、ワゴン車は一気に加速し、ゴーレムの眼前まで接近。攻撃軌道全てを綾子が全力で車両から逸らし、ゴーレムの股の下を車が通った瞬間―――アヴェンジャーが残像も映さぬ目視不可の速度領域で以って、美しい刃を数度だけ閃かせた。

 

「――――――……」

 

 ばらばら、と戦闘戦車(タンクゴーレム)の巨体が解体した瞬間―――物影から一瞬の隙を見付け、言峰士人の従僕がワゴン車に張り付いた。暗殺者のサーヴァント―――アサシン。

 己が背後を暗殺者に狙われる失態。アヴェンジャーは確かな自分の死を感覚した、その刹那だった。咄嗟に刀を敵に向かい振うも、いとも容易く回避され、自分の懐に潜り込まれるのは理解していた。実際に、その展開に持ち込まれ、その時点で暗殺者の策は成立していた。

 アサシンは自身の宝具である妄想血痕(ザバニーヤ)の布石を打っていた。丁度アヴェンジャーとアサシンがいる場所には、赤色の霧で覆われていた。これはアサシンが血の濃霧を口内から竜の炎のように吐き出した為だ。後はサーヴァントをも毒殺可能な宝具へと、真名によって昇華するのみ。この呪術は宝具として解放しておらずとも、英霊さえ身動き出来ない猛毒なのだ。もはや、何も出来ずに殺されるだけとなり―――

 

妄想(ザバ)―――」

 

 ―――その宝具(呪術)を、殺人貴は()す。

 隠し持っていた七つ夜(短刀)で血痕の呪詛を殺し、自分に振り掛かる地獄の天使(ザバニーヤ)の神秘を斬り殺した。アサシンが空気中に展開していた毒血の赤霧は一瞬で消え、アヴェンジャーは躊躇わずマスターから預かった刀と、愛用の短刀で敵を解体せんと刃を閃かせた。

 その乱舞に合わせ、アサシンは血液で生成したファルシオンに酷似した片刃剣で捌く。だが、その血剣も数合目で殺され、魔力諸共霧散する。その時、既にアサシンはアヴェンジャーの暗殺失敗を悟り、如何に殺すか、あるいは生きるか更に脳裏で模索。たった2秒の間で数十合も斬り合いながら、アサシンは打開策を練る。

 

「―――……っち」

 

 結果、舌打ち一つで状況にケリを着ける。彼女はアヴェンジャーへ向け、血液を媒体に体中の刻印から呪いを生成し、熱風の呪術を無詠唱で放ち―――それも呆気無く殺される。どうやら、暗殺者としてだけではなく、呪術師として修めた神秘も、あの魔眼の前では無価値に消えるらしい。宝具の血液による物理干渉と呪詛だけではなく、呪術による物理的自然現象も関係が無いようだ。

 だが、視界を潰すことは出来た。アヴェンジャーに隙は欠片も無いが、逃走経路程度の隙間は作れた。

 アサシンは音も無く空へ跳び上がり、血液で作った赤い短刀(ダーク)を乱れ投げる。その全てを二刀で以ってアヴェンジャーは無造作に斬り落とす。彼はそのまま地面に落下するアサシンに追撃しようと、隠し持っている投げナイフを出そうとするも、無駄だった。戦車砲染みた投擲であろうとも、アヴェンジャーが刀をクルリと回すだけで威力が死に、車体を守ると同時に短刀の乱れ切りで自分の身も攻撃から防いでいた。そして、車両は一気に急加速。このままでは、アサシンは車から引き離されてしまうだろう。

 

「無駄ぞ、愚か者……」

 

 だが、アサシンは片手から赤い糸を射出。彼女は自分の呪術の毒素の研究の際、毒蜘蛛の生態系を調べ尽くしていた。その時に手に入れた術であり、自分の毒血を蜘蛛の糸状にし、対象物に張り付ける毒蜘蛛の呪術だ。また、糸は何本もの糸が絡み合ったかの様に太く、赤い血液により毒棘が成されている。粘着される上に、棘の傷口から猛毒が体内へ侵入する暗殺者らしい外法。

 

「…………―――!」

 

 アサシンはその血縄を車体後部に付着させる事に成功。そのまま気合いを込め、コンクリートの上に着地。彼女は硬化血液により、具足を作成し両脚を保護。車に引き摺られて地を滑るが、同時にブレーキ役でもあった。段々と減速させ、何れかは停止する。流石にアサシンの筋力と耐久では、工学的概念的にも強化された暴走車両(モンスターカー)を止められないが、敵からすれば煩わしいにも程があった。

 故に、後部座席から銃を構える綾子が、外敵を狙って乱射するのは道理。

 装甲車を蜂の巣にする重機関銃がアサシンを襲ったが、彼女は有り得ない事に踊った。髑髏面が月光に光り、死神の如き舞で避ける。しかし、綾子は敵がアサシンである事を理解し、相手が車に付けている糸を撃つ。大元を引き千切れば、敵は離れよう。だが、硬質な糸は弾丸一発では千切れ無かった。

 ―――その隙を穿つ。

 アサシンは相手に向け、毒血の投げナイフを投擲。掠っただけで、サーヴァントだろうと行動不能にある猛毒だ。人間が受ければ、毒が少しでも心臓や脳に回っただけで即死。そのナイフを綾子は睨んだだけで宙に停止させ、挙げ句相手に返し撃った。

 アサシンは敵が超能力(サイコキネシス)の類の異能を持つ魔術師だと理解した瞬間に、糸が遂に弾丸に負けて切れてしまった。今度は逆に綾子がアサシンに向けて銃火を散らすも、あっさりと敵は離脱して姿が消えてしまった。

 

「……む。同業者共ばかりだったな。やり難いぞ」

 

 走り去る車を見つつ、アサシンは溜め息と共に呟く。

 

「だが、僅かな足止めには成功した。しくじるなよ、神父」

 

 言われた通り、数秒は準備する時間を生み出してやった。それで十分だ。

 サーヴァントとしてと言うよりも、同格の相棒として認めているからこそ、彼女は言峰士人の話を聞いている。それはマスター云々ではなく、仕事に対する実直さと確実性をある程度は信用していると言うこと。そして、彼女の信用はとても正しかった。

 道路の先、先回りに成功していた士人。彼が車両を視認するのと時を同じく、綾子やアデルバート達も士人の姿を捕えた。全員に悪寒が奔った瞬間、既に相手の一手が形を成していた。

 

「―――ふむ。逃げ場は無いぞ。聖杯戦争を共に愉しもうではないか」

 

 道路を塞ぐように、刀身が長い魔剣軍が等間隔で柵を作っていた。このままワゴン車で走り抜ければ、車はスライスされて四散する破目になる。あれ程の概念武装となれば、銃弾を撃ち込んでも弾かれる。爆破物を投射したところで、魔剣の刃ならば爆風も切り裂くだろう。よってレンは仕方なくブレーキを踏み、車を停車させた。道路の外側は崖と森林地帯となっており、車での逃げ道はなくなっていた。その気になれば逃げ込む事も出来なくは無いが、そうなれば作っておいた逃走経路では無い為、呆気無く追い付かれる事となる。

 そして、ぞろりぞろりと神父の背後から数多の軍勢が現われた。ライダーも自軍の者を先行させていたのだ。

 

「さぁ、追い付いたぞ。戦争の時間ぞ。貴様ら全員、死んで我輩の覇道を飾ると良い」

 

「ああ、早く斬ってしまおう。時間も限られている」

 

 数秒後には本隊も合流。その場にはライダーのマスターであるでデメトリオ・メランドリも居た。アサシンは音もなく既に神父の傍らに佇んでいる。

 

「―――はぁ……結局、総力戦か。一番いやなパターンだね」

 

 綾子の台詞が現状の全てを物語っていた。神父を見付けた直後、全員の行動は迅速だった。二秒も掛からず車両から降りており、本隊のライダーとデメトリオが到着する頃には臨戦態勢には突入済み。ワゴン車は綾子が作り出した“門”によって回収されているので、完全武装した状態で障害物もなくしている。

 

「―――そろそろ狂うか? バーサーカー」

 

「そうさのぅ。頃合いかもしれんな」

 

 アデルバート・ダンは切り札足る令呪で以って、バーサーカーの狂化を考えていた。ダンはもう一つの切り札である巨銃を右手でぶら下げつつ、包囲網を敷かれた360度全体を警戒。開戦時、問答無用で撃ち殺そうと内心で殺意と害意が混ざり煮え滾っていた。

 そして、ほんの一瞬だけ音が消えた。

 まるで嵐の前触れみたいに、静寂が世界を支配した。

 誰かが動けば、その瞬間に乱戦が始まる。ライダーの軍勢が段々と熱気を高ぶらせ、世界の色を赤く血で塗り潰していく。だが―――……

 

「―――偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)

 

 ……そんな呪文が、何処か遠くから唱えられた。轟く爆音、抉られた空間、貫かれた世界。この場に居るほぼ全ての人間が戦慄し、驚愕した。

 ―――閃光が、眩く世界を引き裂いた。




 今回の話は簡単に纏めますと「ライダーからは逃げられない」です。ライダーは勝つ為に幾つもの戦術兵器を準備しています。流石に戦略兵器は持っていませんが、彼の宝具がもはや戦略兵器ですので、その戦略兵器軍の中に戦術兵器が沢山ある雰囲気にしています。後、今回活躍させましたゴーレム戦車ですが、これは殺して吸収した錬金術師を主に、その他諸々の殺した獲物の知識を使ってます。彼は何でも有りですけど、何でも出来る用になる為には準備が命です。如何に軍隊としての形まで完成させられるかが問題でして、この度の聖杯戦争ですと、キャスターの式神を略奪出来ましたので更に向上してしまう結果に。実はキャスター陣営を一番削り取っているのがライダーでして、殺したキャスターの使い魔達をそのまま自軍に吸収している状況になってます。
 読んで頂きまして、本当にありがとうございました。


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66.最高傑作

 Fate始まりました。イリヤは第二部の第二部の放送決定しましたし、桜ルートの映画も非常に楽しみです。携帯ゲームの方はどうなるか分かりませんが、出来るなら是非やりたいですね。

 後、この度の話の題名ですけど、読み終わればストンと意味が分かるようにしてみました。


 デメトリオ・メランドリは、刹那の世界を垣間見ていた。自分を狙い進む()を直視し、音速を遥かに超過した領域に体感時間が到達。

 アレを見間違える理由が無い。代行者、死徒、魔術師たちが殺し合う闘争の場を一瞬で鎮圧した幻想の武器。

 魔術使いエミヤが誇る悪名高き投影宝具―――偽・螺旋剣(カラドボルグ)

 衛宮士郎は宝具を投影し、弓で射る異端の魔術師。あの弓兵からすれば、そも魔術など取るに足りない其処らの神秘。殺戮に特化した近代兵器でさえ、奴の前では簡単に攻略されてしまう。数多の戦闘用の魔術礼装も、概念武装も、異様なまで優れた眼力で全て把握されてしまう。加えて、効率的に自身の能力を運営し、戦場をたった個人で支配する英雄に等しい兵士である。

 故に―――弓兵が聖騎士を一番に狙うのは、分かり切った道理。

 サーヴァントが相手では、確実に殺せるとは限らない。言峰士人は既に偽・螺旋剣の攻略法を編み出している。

 

「――――――」

 

 その一秒よりも尚短い時の狭間で、デメトリオは魔眼を用いて空間に無数の斬撃を放つ。むしろ、矢の進行方向に置くようにし、斬撃を防壁として応用。だが、その全てを空間ごと抉り貫かれる。

 同時―――騎士は剣を構えた。

 魔力は十分。身体は万全。

 問題はタイミングと、迎撃が可能な技を引き出せるか。何より、彼にはそれしかない。剣を振う以外にすべきことも無く、最初からライダーを頼る気もない。必要もなく、これ程の修羅場を誰かに渡す気など湧く訳が無い。

 接近。後、間合いまで10m。

 男の剣は、教会では鉄槌の剣と呼ばれている。触れただけで魔を浄化し、異端を滅する人造聖剣。能力は単純明快、魔力を込めれば込めるほど破壊力が増す。物理的にも概念的にも、その刃の魂魄は鋭く重く、限界無く強くなる。それだけの剣であり、故に剣として以外の余分を出来るだけ排除されている。複雑な概念など無用、有用なのは如何程まで斬れるかと言う一点のみ。

 それを完全開放。

 鍛え抜いた業を、騎士は魂の底から全力で解放する―――!

 

「シィィイアアアアアア……ッ――――」

 

 脳がイカれた猿の如き奇声。刃と矢が接触した直後、爆音と粉塵で道路が崩壊した。デメトリオを中心に凶悪なまで轟く破壊音が戦場を支配していた。

 

「……は。これだから、化け物は好きになれん」

 

 遠距離から戦場を監視していた士郎が、吐き捨てる様に呟いていた。何故なら、欲しい結果を得られるどころか、自分の必殺と呼べる隠し玉が単純な手段で対応されてしまっていた。

 ―――打ち落とし。

 瞬きする間もなく、矢を側面から斬り消した。

 それも複雑な神秘など使わない膂力と技量による絶技。教会の聖剣を解放してはいるが、それはただ単純に剣戟の威力を上げているだけ。不意打ちを真っ向から迎撃し、砲火を粉砕する異次元染みた剣戟だった。士郎の偽・螺旋剣は対軍レベルの領域にある。壊れた幻想などと言った条件が揃えば、投影一つで対城クラスの成果も生み出せる。

 その“偽・螺旋剣(カラドボルグ)”を、“壊れた幻想(ブロークンファンタズム)”で爆破する前に、真っ二つにへし折られた。

 

(つるぎ)(けだもの)め……」

 

 デメトリオが行ったのは本当に単純な剣技だった。それに魔眼による無数の切除の斬撃によって、回転直進する螺旋剣の軸が少しズレテいた。速度が高ければ高い程、矢の中心点は外れ力の集中が分散する。威力が僅かばかり減り、剣戟の方へ力の比重が偏る。

 そして、騎士は合気斬りを応用し、矢の推進力を斬撃全てに集約。斜め上から剣を振り下し、高速回転する矢を逆に刃で磨り切った。直後、螺旋剣は二つに綺麗に切り裂かれ、投影の形を維持出来ずに吹き飛びながら森の中に消え去った。

 つまるところ、デメトリオ・メランドリの剣技は最低でも対軍の領域にあると言うこと。

 人の身で、英霊に並ぶのではない。人間で在りながら、宝具を上回る個人の能力を持つと言うこと。

 要は衛宮士郎や遠坂凛と同種の化け物である。そして、この騎士は剣術だけでその領域に至っていた。言わば固有結界と魔法に匹敵する剣技。この騎士は本来なら万能極まる全ての才能と素質を、剣にのみ捧げた獣であった。

 身体も、精神も、魔術回路も、それだけに特化した―――剣の化身。

 

「……だが、足止めは成功だ」

 

 

◆◆◆

 

 

 ―――異常なまでの死の気配。悪寒を感じる前に、士人は強い違和感で神経が捻じれそうだった。

 背後から伝わる捻じれに捻じれ、歪み過ぎた空間の隙間。思考を挟まず、彼は愛剣を投影を行いながら振り返る。その刹那さえない零の間。デメトリオとカラドボルグの衝突に全員の意識が逸れ、僅かに対応が出遅れた神父が死を悟った時―――彼の眼前に、突如として黒く汚れた橙色の外套を羽織った女が現われていた。それも深く腰を下げた抜刀術の構えを、最初から作り上げていた状態。敵影を認識したと同時に攻撃が行われていると言う臨死。

 回避はおろか、動く事さえ儘ならない。

 士人の視界に映った外套の女―――アーチャーは欠片も躊躇わず、鞘から抜き放った刃で以って神父の影を斬り裂いた。

 

「―――……!!」

 

 アーチャーが振り抜いた斬撃軌道、その僅かギリギリに刃の先端を入れる事に間に合った。神父は愛剣の悪罪(ツイン)を二本投影し、双剣術として普段から愛用している。もはや無意識の反射でだけで、この武器だけは投影魔術が行使可能。思考を挟まぬ零秒の対応が神父の命を救い―――返し刀に、アーチャーは一呼吸で即死の剣戟を無数に振った。

 頭と首に、四肢と心臓。居合斬りからの連撃交差。肩と肘と手首を最速で捻り回し、腰と両脚の踏み込みで膂力と速度を増幅。乱れ舞う刃が群れを成し、躊躇い無く神父を粉微塵へ変えるだろう。だが、その全ての軌道を彼は見切り、かろうじて防ぎ切る。とは言え、全て凌ぎ切れた所で、アーチャーが再度隙を狙い刃を振えば死んでしまう。彼女は身を捻り、刀を刺突の構えで神父に向け―――その背後をアサシンが狙う。

 アーチャーは、敵の攻撃手段を知っていた。そもアサシンの姿が見えて居た時点で、暗殺と奇襲に対し常に気を張っていた。背後からの凶手を読み間違えるアーチャーではない。そして、敵が持つ短刀の刃は掠り傷一つで致命になる猛毒。彼女にはその毒素に対する守りが無い。よって、その攻撃を回避することに専念しなければならないのは道理。故に、直角に刺突の軌道を強引に捩り曲げ、アサシンの心臓狙い不意を突く。

 しかし、アサシンもまた油断はない。そもそも第一目的はマスターの救助。攻撃を避けると同時、血霧によってアーチャーの視界を塞ぎ、猛毒で周囲の空気を汚染する。アーチャーは呼吸を止め、目を閉じて一気に戦場を離脱した。あの毒の霧は呼吸器官だけではなく、皮膚も融解する呪詛。加え、呪いによる毒だけではなく、生物学的な観点から見た化学反応で以って、神秘だけではない自然作用でも殺害する。呪いに対する防御なら、死なぬ程度になら耐えられるかもしれない。だが、毒素で以って“物理”的に心臓を停止させられ、脳死させられてしまえばサーヴァントでも命を落とす。

 

「―――っち……容易くないなぁ。はぁ、ホント面倒臭い」

 

 面倒だった。このアサシンは暗殺の権化だった。暗殺術に通じ、呪術に通じ、毒薬に通じている。あの毒霧に神父も巻き込まれていたが、アサシンに解毒の予防薬を投与をされていたのだろう。霧が直ぐ様晴れ、中から神父と暗殺者の両名が弓兵の前に現れていた。

 ……神父暗殺の失敗を悟り、アーチャーは周囲の状況を第六感で感知。

 自分のマスターである遠坂凛と、同盟相手の衛宮士郎は無事に目的対象と合流出来た模様。ならば、策は既に完成した。

 

「アンタらの相手は、このアタシだ。付き合って貰うよ」

 

 ライダーと聖騎士の相手はマスター達に任せる。自分がこの二体の化け物を抑え込めれば、勝機はより大きくなる。

 

「油断するな、アサシン。あれは手強いぞ」

 

 何処か相手の詳細を知っているような口調。アサシンはラインの繋がりもあり、マスターの心情が何となく把握出来ていた。なので、士人と弓兵の関係を聞こうとするのも自然な流れ。

 

「相手がサーヴァントならば当然だが、あの英霊(おんな)は貴様の知人か?」

 

 それにアーチャーが持つあの刀は、何故か先程奇襲したアヴェンジャーが持つ武器と全く同一。この不可思議を疑問に思いつつも、アサシンは仕事を優先しようと神父と話を合わせる。

 

「まぁ、得られた情報からだとそうとしか断じられん。尤も、これは嬉しい誤算だが。前回でも楽しめた遊興を、この度での戦争でも繰り返せる。似た舞台とは言え、愉しめる結末が違うとなれば幸いとなろう」

 

 黒い布切れのローブを全身に纏う髑髏仮面の女と、黒い法衣でフードを被り顔を隠している男。似た者同士故か格好も二人は似ていて、アサシンと士人はフードで共に表情を隠している。そして、気配を殺して現実味が薄れさせているのに、無視出来ない異様な存在感を放っている矛盾。二人は隙を見せれば、直ぐにでも夜の暗闇に消えてしまいそうだった。

 

「あの黒い義手と、移植した“鍵”の右腕。あれは魔術師言峰士人としての最高傑作」

 

 士人が見ていたのは、アーチャーの左腕の義手と生身の右腕。あの兵器は自分が作ったもの。自分が育てた最高の弟子に、手ずから与えた戦争を生き残る為の便利な道具。

 

「……ほう? つまり、あの英霊の宝具は―――貴様の創作物だとでも、そう言うのであるのか?」

 

「ああ、そうだ。間違いない。自分が作った魔術作品だからな」

 

 言峰士人には、とある一つの発想を得ていた。自分が持つ固有結界は、悪魔の泥によって中身が空になった心象風景から形を成していた。作る者として才があった所為か、外部から取り込んだ情報を固定し、一つの存在として幻想を生み出せる。そして、衛宮士郎も同じであった。宝具である聖剣の鞘を取り込んだ事で、これはただの推測に過ぎなかったが、あの固有結界を形成する事を成し得たのではないかと士人は考えていた。

 ならば、悪神の呪詛や英霊の宝具の様な強力な神秘であれば、何かに別の神秘に覚醒するのではないか?

 それに適応した人間は、身の内にある魂や精神を変形させながらも、自身に相応しい潜在的な能力に目覚めるのではないか?

 そんな悪魔的発想を士人は思い付いていた。人が生まれながらに持つ魂。その根底にある何かしらの因子を、人の身に余る神秘と概念で以って書き換える。長い長い時間が掛かるかもしれないが、それでも試さない理由が無い。

 

「宝具―――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 その神秘、使いこなせている様で何よりだ。

 だが、変質したのは魔術属性だけだったからな。お前の魔術特性は、あの奇怪な自然干渉法による素質。本当に愉快な気分だよ。常々疑問に感じていたからな。

 だが、その姿を見れ、今やっと確信を得られた」

 

 魔術属性「門」、魔術特性「干渉」。自覚は欠片も無く、最初は目覚めても居なかったが、生前の彼女(アーチャー)はこの神父に魔眼で干渉された時、無意識ながら初めて自然干渉法を操っていた。彼女のこの特性は、生まれ持つ異能が形を回路に与えていた。

 ―――念力使い。

 それも外部から流れる魔力にまで干渉可能な、凶悪な干渉能力。

 あの時、彼女は神父の魔眼による魔力の波長を、無自覚に内界から弾いていた。その潜在的な神秘による所為か、彼女は魔術特性が色濃く魔術回路に具現していた。魔術属性は年月と共に魔術行使を繰り返す事で変質したが、この特性に変化は無かった。

 ……つまり、言峰士人が投影した鍵の宝具でさえ、塗り潰せない程の異端。

 右腕が鍵となり、自分自身が門へ変異する。もはや彼女の右腕自体が擬似的な宝具化を成していた筈なのに、それでも異能は普遍。

 

「超能力とは、アラヤによる異能。抑止力であり、偶発的に発現する一代限りの変異遺伝。となれば、お前のそれは何に対する抑止だったのか?

 そう言う類の異能は、使う必要のあるべき者に出現する。殺人貴しかり、衛宮士郎しかり、俺が旅をし、見て回った世界はそうだった。数ある英霊達もそれに該当する者が多くいるだろう。元より、結果には何かしらの原因となる何かがある。因果関係を知れば、不理解な事も何時かは悟れる事もある。

 ……それが人間種の理だとすれば、答えも見えてくる。自ずとお前の異能が、何を目的とした力なのかも悟れると言うもの。

 なぁ、そうだろうアーチャー。いや、この場では弟子と呼んだ方が親しみ易いか?」

 

 人理とはまた違う繁栄の為の理ではなく、生存の為の人の理。それを魔術世界では抑止力と呼ぶ。

 

「―――知るか。如何でも良いさ、どうでも」

 

 握り締める右腕からは、サーヴァントに相応しい魔力が流れ始めている。周囲にはライダーの兵士が散開し、自分を殺そうと隙を窺っているのもアーチャーにとって厄介だった。敵兵を出し抜いて奇襲に成功はしたが、場が一旦治まれば周りの兵士も戦闘に参加して来るだろう。

 とはいえ、アーチャーは自分の目的を達成出来た。ライダーと聖騎士、アサシンと神父はどちらも非常に厄介だが、分断出来れば勝機はまだある。ならば、少ない戦力でどちらか一方を足止めだけに留めて何とか生き残り、もう片方の戦力で反対側を一気に叩く。そう言う意味では、この状況はアーチャーにとって好都合。

 

「ふむ。まぁ、そうだろうな。其方の主な目的は、我々に対する時間稼ぎだと此方も見当はついている。ライダーを総力を上げて討ち取ろうとするのも、状況から簡単に分かるしな」

 

 しかし、戦局の状況判断能力は士人もそれなりに高い。相手の状況を自分達の状態を比較すれば、勝手に相手が何を目的にしているのか見えてしまう。

 

「へぇ……そう。だったら、何でこんなにチンタラと会話をしてんのよ。こっちとしては、アンタの言う通り時間稼ぎが出来て嬉しんだけど?」

 

「何、話は簡単だ。こちらもお前を釣れただけで、ほぼ同盟条件は完了している。むしろ、俺らの足止め役がアーチャーであるお前であった事が、奇襲を受けたとしても僥倖と言える事態だ」

 

 衛宮士郎が放つ螺旋剣の遠距離奇襲と、遠坂凛とアーチャー達の強襲。ライダーからすれば、予想しておいたシナリオの一つに過ぎず、想定内と言う事はそれ相応の戦力も最初から準備済み。既に全てのサーヴァントを相手にしても、勝ち残るに足り得る物資と人員は確保している。しかし、それでも敵が増える事態を僥倖と呼ぶのは、些か可笑しい話。

 

「……? アンタ、一体何を考えて―――」

 

「―――ライダーの天敵はお前だけなのさ、アーチャー。そも奴が我々と同盟を結んだ理由は、キャスター討伐もあるが、お前と一対一で戦える状況を生み出す為でもあった」

 

 時間稼ぎは士人からしても望むところ。故に態々話す必要のない情報を売り、アーチャーの思惑も手伝って時間を潰している。

 

「……ああ、成る程。そう言うこと。つまりライダーかアサシンか、アタシを殺す役はどっちでも構わなかった訳か」

 

 天敵と言われ、確かにアーチャーは納得する。そして、変わらない神父の狂い具合が厭になった。彼女はライダーに勝てるか否かと言えば微妙だが、相討ち覚悟ならば高い確率で殺せる。マスターの協力もあればライダーにだけは高確率で殺せるも、そこにメランドリが加わると一気に勝率は下がる。しかし、自分達には衛宮士郎が居る。となれば、アーチャーにライダーと一対一で戦わせれば、作戦次第では勝負に出るのも悪くなかった。

 

「ふ。随分と聡い良い女になったな。この状況は、俺らとあの覇帝と聖騎士からしても好都合。お前らにとっても好都合。互いが互いに望み、自然と生み出された必然の戦場だと言う訳さ」

 

 ライダーは纏めて皆殺しにしてしまいたかった。このままアヴェンジャー組とバーサーカー組を討ち殺せえばそれはそれで満足だが、奴らを餌に他の組を戦場に炙り出せれば更に良い結果となる。何より、サーヴァントを殺せば殺す程―――ライダーの宝具はより凶悪に深化する。単純に力が強まり進化するのではなく、何処までも戦場に特化せんと兵士と兵器が深化するのだ。

 キャスターはアサシンと神父が居れば問題ない。このアーチャーを殺せれば、ライダーは聖杯戦争も思い通りの軌道に乗れると考えていた。

 

「そうか。こっちの奇襲は想定済みで、罠に飛びこんだようなもんなのってね。そっか、そーか……ってなると、こっちもまた面倒な事をしないといけなくなる。計画変更かな」

 

「クク。そうだな、此方もお前らの思惑通りと言う訳にはいかなくなった」

 

 ジリジリと周囲の兵士がアーチャーとの間合いを縮める。今は今かと手に持つありとあらゆる銃火器を構え、発砲の瞬間を待っている。

 

「―――撃てよ、雑兵共。殺せるなら、殺してみろ」

 

 嘲りと言う、酷薄で不気味な笑み。アーチャーが浮かべたのは、それの最上級。侮辱であり、もはや向けられただけで殺意が爆発する屈辱。血に染まる赤い幽兵達は怒気のまま、銃火器を手当たり次第に発砲。

 だが―――無意味。むしろ、悪手に過ぎない自殺行為。

 弾丸一つ一つをアーチャーは研ぎ澄まされた空間感知能力を持つ第六感で把握し、初弾の一粒一粒に異能で干渉。回転をそのままに直進方向を反転させ、弾丸を連射する兵士達へ反射させた。加え、連射してくる後続の弾丸も異能で逸らし、そのままあらぬ方向へ跳び撥ね、結局は他の兵士に被弾。

 

「―――やはりか。弓兵で在りながら、その癖アーチャークラスで呼ばれるサーヴァントの天敵になる訳だ」

 

「その通りさ。アンタを殺すのに便利な道具だったよ、アタシのこの異能」

 

 アーチャーの能力を知っている士人は、この結果を容易く予想していた。いや、そもそも彼女の異能を鍛え上げたのは言峰士人と言う男。使い方も利用方法も知り尽くし、ライダーの兵士が無能になるのは理解していた。とは言え、兵士達が接近戦を挑めば話はまた違うのだが、そうすれば今度はアーチャーが一方的な遠距離戦を展開する事になり、結局は堂々巡り。

 ライダーが本来の宝具を解放するか、あるいはライダー本人が兵士達を操っていれば話は別だが、今のライダーは他の敵を迎撃するのに集中している。あっさりとアーチャーに殺された兵士達はライダーが持つ宝具の魔力源へ変換され、この場から消えて無くなった。ライダーは既に、神父と暗殺者に増援を送る気は無いらしい。見張りの観測兵位は遠くに居るのだろうが、士人もアサシンも兵士らに手助けして貰う気は無いので問題は無く、戦闘を見られる事も最初から分かっていたことだ。

 

「厄介だな。弓兵殺しのアーチャーのサーヴァントか……ふむ。アサシン足る私も、殺害手段が限らてしまうな。尤も、殺せれば問題は別に無いが」

 

 周囲に居るのはアーチャーと、神父とアサシン。瞬く間に兵士を殺し尽くし、彼女は何でも無い様に戦場へ君臨する。そして、アサシンは自覚は無いが敵の能力を理解した上で、取るに足りないと侮蔑していた。この異能は彼女の根幹でもあり、敵がほざいた言葉に反応せずに無視はしたくなかった。

 

「へぇ? 面白い事言うね、そこの整形顔」

 

「……む? ああ、そうだが? 私は整形が得意分野だぞ」

 

 アーチャーはこのアサシンが持つ技能の詳細を知り得ている。無論、顔の変化で高度な変装術を有しているのも分かっている。そこで相手が鍛えた技術を愚弄し、暗殺者の感情を引き出そうとした。なのに、皮肉を素で流してしまう挑発殺し。アーチャーはこの暗殺者が神父の同類の輩だとはっきり理解した。結局は言葉通り、マスターとサーヴァントは似た者が召喚される良い例だと分かっただけ。

 厭になる、嫌になる、否になる。

 人殺しに何も感じなくなった自分と、そんな自分と同類に過ぎない敵が癇に障る。殺し殺されが普通に過ぎない日常などだと、言葉で会話をするだけで理解してしまう。神父と暗殺者は弓兵にとって、見ているだけで感情が逆立ってしまう異様な敵だった。

 

「はぁ……全く、厭なくらいアンタらは似た者同士だ。やる気は出るけど、此処じゃ全力が余り出せない。なので―――」

 

 この場はライダーの宝具である略奪結界の内部。同盟対手であるので神父と暗殺者は無効化しているが、それ以外の生命に容赦はしていない。実際、アーチャーが異能と魔術で行使した飛び道具を封じる軌道逸らしの術も、使用する魔力量が増えている。万全なステータスを発揮する為に必要な魔力も増大している。

 となれば、ライダーを相手にする必要は皆無なので、この場に留まる意味は無い。

 

「―――アタシに付いてこないなら、ライダーを一方的に狙撃させて貰うよ」

 

 一瞬でアーチャーは刀を門を開き、自己の内界に仕舞い込み、それと一緒に銃火器を取り出した。

 

「ほう……? それは俺が趣味で作ったヤツか」

 

「便利な道具だよ。死んでからも使わせて貰ってるのさ」

 

 何時か何処かで、第五次聖杯戦争前に士人が製作した武器を右手に持っていた。FNP90と呼ばれる個人防衛火器が大元の改造銃。また、左手にはモーゼルC96。此方も大幅に大元の性能を改造されており、同じなのは殆んど外観だけになっている。

 その二つの銃器。敵が持つ武器は見覚えがあるモノばかり。士人はこの因果に感謝しつつ、アーチャーの正体が嬉しくて堪らない。

 

「じゃあ、会話はここまで。殺し合いを再開しようか」

 

 挑発を行い、アーチャーは敏捷性を生かして一瞬で夜の森の暗闇に姿を消した。しかし、遠ざかっていく気配は隠しておらず、士人とアサシンを誘っているのは明らか。既にライダーの略奪結界の範囲外から抜け出し、戦闘準備を開始していることだろう。そして、士人とアサシンは躊躇わなかった。アーチャーを逃さないと二人は一気に速度を上げて追いかけた。

 直後、アーチャーからの銃撃が始まる。

 士人とアサシンも遠距離攻撃で敵を牽制したいが、相手は生半可な攻撃を念力の異能で無効にする。となれば、ここは素直に攻撃を捌きながら接敵する他ない。

 

“ふむ。一方的な展開に持ち込まれたぞ、神父”

 

“そうだな。アレにはそう言う嫌らしい戦術を、徹底して教科書通りに基本を教えたからな。仕方無かろう”

 

 アーチャーを追いかける二人は念話で愚痴を溢しつつも、速度を落とす事無く走っていた。森の中と言う悪条件でありながら、生身で時速100kmをオーバーする程の長距離疾走。アサシンはその程度の曲芸は軽く出来るのは当たり前だが、士人も魔力によって身体機能を補正。

 つまり、アーチャーはそれ以上の速度で走りながらも、後ろを警戒しながら銃撃を敢行していた。夜の森と言う条件を簡単に無視し、逃走と迎撃を成立させているのだ。そんな逃げている相手の思惑に乗りながら、士人とアサシンも相手を自分達の策謀に引っ張ろうとしている。

 

“成る程。貴様の教えを受けたと言うのであれば、最悪極まる難敵だ。始末が悪い―――ん?”

 

“どうした?”

 

“いや、問題は無いぞ。あやつに直接肉体に干渉されたが、呪詛を流して防げた。しかし、ふむ……そうなると、アーチャーが持つ異能は魔力による抵抗が可能なのか?”

 

“ああ。魔力による抵抗にアレの異能は弱い。とは言え、直接触れられると危ないが。故にだ、肉体ではなく武装に干渉されたとしても、自分の魔力を流して抵抗は出来る”

 

“……貴様は平気なのだな?”

 

“慣れているからな。練習台になってやった事が幾度かある”

 

“そうか。しかし、そうなると益々厄介な話だ。物理的な遠距離攻撃は効かない。私の呪術も逸らされる可能性が高い”

 

“だろうな。生身の魔術師には効き難い欠点はあるが、悪魔染みた物理干渉能力を保有している様だ。俺の想像以上に成長していてる。嬉しい限りだよ”

 

“気持ちは分からんでも無いぞ。私も嘗ての弟子達にも幾人かのハサンがおる。彼らが私を殺せる程に強くなったとなれば、師として大変喜ばしいからな”

 

 銃弾を払いながら、念話による情報交換と愚痴の言い合いを随時行う。喋らなくとも意思疎通出来る利点を生かさぬ理由は無く、弓兵から放たれる魔弾も二人は完璧な連携で防いでいた。P90による弾幕で壁を作りつつ、モーゼルC96が的確に急所を狙ってくるが、神父と暗殺者からすればまだまだ温い。手元に投影した悪罪の刃を盾にしつつ、障害物で木々で身を隠す。アサシンなど体に弾丸が当たる箇所の血液を硬質化させ、頭部や心臓を両腕で防ぎながら突き進んでいる。

 

「逃げるのは此処までにするよ、お二人さん。ここをアンタらの死に場所にしようか」

 

 ……ふ、と二人の足が止まった。アーチャーが少し森の木々が開けた場所で佇んでいる。何より、普段の彼女からは想像不可能なまで、凶悪に歪んだ殺気を纏っていた。士人とアサシンが様子を見た方が良いと第六感で脅威を感じるまで、アーチャーの存在感が深く澱んでいた。

 今のこの場所は、ライダー達が居る決戦場から離れている。ライダーの宝具が保有する観測兵も、既にアーチャーが張った簡易的な結界の所為で物理的にここを視認する事は出来ない。マスター達の視界にもこの場所なら届かない。

 

「でもさ、言峰。アンタにはこの最後に聞いておきたい事がある」

 

「何かね、ミツヅリ?」

 

 そう、名前を呼ばれてアーチャーの気配は激変した。今にも死にそうな程、激情に追い立てられた復讐鬼の如き圧迫感。なのに、そんな彼女の表情はとても透き通っている無表情。冷徹などではない。あれはもう、内側にあるべき何かがごっそりと消えていた。

 

「アンタが美綴綾子と言う弟子を育てた理由―――つまり、このあたしをこんなにまで歪ませた理由が知りたい」

 

 これだけは聞いておかねばならなかった。弓兵(アーチャー)英霊(サーヴァント)―――ミツヅリは、摩耗した過去の記憶を掘り返さないといけなかった。

 

「……長くなっても構わないかね」

 

「構わないよ。その為に、態々こんな誰の目にも届かない場所まで来たんだ。戦闘を行う仕草をする必要もないし」

 

 森での銃撃も、アーチャーはマスターである遠坂凛や衛宮士郎たちに、戦いながら移動していると認識して貰う為のフェイクだった。最初に行った神父に対する奇襲もこの位で死ぬなら構わないと言う悪意はあったが、この程度は死なないと言う確信があった。

 だからこそ、士人はあっさりとミツヅリの本心に気が付いてしまっていた。

 相手が自分(言峰士人)と言う人間性を理解し、こうやって悪癖を利用されているのまた楽しんでいた。不快な気持ちが浮かぶなど有り得無く、アーチャーが成す事は何でも気にってしまっていた。アサシンには手出し無用と念話をし、本心を晒す為に神父は何も無い心をそのまま剥き出しにした。

 

「強いて言えば―――娯楽だよ」

 

「……そう。それで?」

 

 そんな事は最初から知っていた。こいつは何処まで逝っても、所詮は言峰士人に過ぎない業の獣だ。アーチャーはそも、楽しめないなら愉しもうさえしない神父の異常性を理解していた。

 

「フ、くく。まぁ、お前があいつならば、その態度も納得出来るな」

 

「御託は要らないよ。アンタの在り方はもう知ってるから。だけど、何でこのアタシを―――」

 

「―――それはお前ならば、この私でも愛せるかもしれないと考えたからだ」

 

「…………あ―――いや、アンタ本気?」

 

 好きだ、と言われた事はある。けれど、愛しているとは一度も言われた事は無い。アーチャーは士人が嘘を必要としない極悪人だと理解しており、彼が自分を愛していないと言う事を正確に理解していた。

 けれども―――あの言峰士人が、自分を愛そうと足掻いていた事は初めて聞いた。いや、生前の自分はそんな程度なら悟っていたかもしれない。しかし、記憶が摩耗し過ぎて、確かに覚えているのは最期の瞬間、こいつの心臓に刃を突き立てた時くらい。思い出を大切にしていた筈で、召喚されてから大分記憶も思い浮かんで来て、記録の方も既に万全な筈。

 

「意外か? それとも、生前のお前は俺にそう言われなかったか?」

 

 生前を懐かしみつつも、守護者と成り果てた彼女はもう過去とは別離した身。無意味な行為だと理解していながら、神父を見ると胸が苦しくなった。原因は憎悪の感情も確かにあるが、他に何を思っているのかは封印しておく。

 

「さぁ、どうだろうね。もう過去は朧にしか思い浮かべないから。でも、そうか。うん、そんな生前の記録もあったかもしれない」

 

「成る程。守護者になった弊害か」

 

「気にするなよ。今は続きを聞きたいんだ」

 

「そうかね……」

 

 笑みを浮かべ、士人は楽しそうに頷いた。普段の彼からは余りにもかけ離れた穏やかな表情で、今の彼は多分何も偽っていない。本当に心に宿す衝動のまま、アーチャーと語り合う事を心底愉しんでいる。

 

「……私はな、人の業が好きだ。世界を旅し、人々と触れ合い、様々な悲劇や惨劇を存分に楽しんだ。地獄を愉しみ、今もまだ楽しんでいる。

 故に―――自分自身の手で生み出したかった。

 言峰士人にとって最高の、そして頂点となる娯楽品を作りたかった。だが……」

 

 息を吸い、言葉を切った神父の表情は何処までも澄んでいて、透明で。悪徳を良しと笑う邪悪である筈なのに、聖人君子の様な神々しい静寂を放っていて。だからこそ、そんな言峰士人を神聖で、敬虔な聖職者に感じてしまう自分自身がおぞましかった。アーチャーは生前よりも尚、この男の恐ろしさを第六感で味わい―――それ以上に、何故あんな怪物に恋心を抱いてしまっていたのか、再度思い返す事となった。

 

「……もはや、それも終わりを迎えた。こうして自分の生み出した創作物の末路を、この目で見る事が出来なのだからな。

 捻じれ曲がったその歪み、言葉に出来ぬ奇怪さ。

 それこそ(言峰士人)が完成させたかった―――お前(美綴綾子)の在り方よ。素晴しく、終わっている。何よりも、この私にとって今のお前は最高の娯楽だよ」

 

 期待していた答え。予想していた真実。つまり―――今の自分を生み出す為だけに、言峰士人は美綴綾子を完成させたのだ。

 

「……そうかい。けどね、アンタはそれで良いさ。最初から理解していたし」

 

「知っているよ。何より、お前がそう言う人間だと言う事も、俺は理解している。だからこそ、分からない事があるのだが」

 

「ああ、アンタの気持ちは分かるさ。このアタシがその程度で何故態々、言峰士人を殺そうとするのかって事だろ?」

 

「ああ。疑問と言えば疑問だ。尤も、言峰士人()を殺す役目をお前がしてくれるのであれば、それはそれで最良の最期とも言える。死ぬのも別に悪くは無い。

 とは言え、俺にはまだ愉しみたい物語がある。それを邪魔するとなれば、理想を遥かに超えた最高傑作たるお前でも殺さねばならん」

 

「ホント、極悪外道だ。人の気持ちを理解して弄ぶのがそんなに楽しいか?」

 

「今更問う様な事柄ではないな、それは。愉しめるから楽しむだけだ。原因はあるが、俺は其処に理由は存在しない。

 だが、そうだな……故に、聞いておきたい事がある」

 

「一応“この今生”では最期にするつもりだからね。アンタの言葉だ、答えてやるよ」

 

 静かに、とても穏やかに、神父は微笑んだ。神の啓示を受けた聖職者よりも尚、今の彼は直視に耐え難い神聖さを纏っている。

 それはもはや人間では無かった。

 何処までも黒く深く、煮え滾る灼熱とした泥の眼光を、アーチャーに向けている神父の瞳。人間では無く、英雄でも無く、怪物でも無く、泥人形としか形容出来ない人型の残骸。アレの心の中には本当は何も無いのだと、対峙した者に分からせる空白がソコには存在していた。

 

「ふむ、有り難い。では聞こうか。お前が守護者になった時―――一体、何を代価にして契約を結んだ?」

 

 これは聞いてはならぬ質問だった。士人は悟っており、だからこそ耐える必要が無かった。聞けば、それだけでこの聖杯戦争に匹敵する歓喜を、聖杯の呪詛を衝動にして生きている自分の心が震えてくれる。ただ生きるだけでは得られぬ感動が、この瞬間に手に入る!

 そんな、狂気さえ生温い泥人形の求道を、彼女は受け入れる。理解した上で、肯定し、殺す。今此処で終わらせる。だから、この答えこそ、言峰士人とミツヅリが争う戦火の宣告となる。

 

「生前のアタシはな、言峰―――アンタを殺す為に契約を結んだ」

 

 守護者になった後でも、深く記憶に刻み込まれている。誰も彼もが殺されて死んで、何もかもが消えて無くなり、最後に残ったのは彼との決着。

 殺し合い、戦争を続け―――自分の手で命を奪った。

 唯の人間では果たせなかったから、アラヤと契約するしかなく、その代償を払い言峰士人を殺して終わらせた。

 ……あの時に至ってしまえば、もう分かっていた。

 自分が目覚めた異能の意味も、何故こんな結末になったのかも理解していた。この世界にとって、自分の価値を死後になって漸く理解した。 

 

「―――成る程。やはり、そう言うカラクリか」

 

「アンタ、やっぱり気が付いていたんだね」

 

 殺意の裏にある後悔の念。人間の精神状態、心の機敏を読み取る技術に士人は非常に優れている。士人が考えたのは、守護者になった嘗ての弟子が契約する程の事で、尚且つ自分に関係が生まれる事態。そう思考すれば、結果の一つとして浮かぶ答えが幾つかある。自分の殺害を考慮するのは至極当然で、アーチャーの視線の意味を悟れば分かり切っていた事実であった。

 

「薄々だがな。予想の一つに過ぎなかったが、これでも内心驚いているぞ。だが、それだけではあるまい。お前の内に潜み切れぬ呪詛の澱は、たかだか俺一人を殺した程度の悔恨では無い」

 

「否定しない。それだけなら、ここまでアンタを憎まなくても良かった。

 だからさ、アンタを殺して守護者の契約を結んだ後も、そのまま世界を謳歌したよ。良く鍛え、アンタみたいに無価値だとしても自己を極め、異能も魔術も完成させ、更にその先にある限界を幾度も超えた。勿論、武術も知識も何もかも完成させた。

 そのまま死んで、死後に訪れる絶望も、そう苦しいものじゃなかった。掃除を行う始末屋として命を奪ったが、人間と言う生命には最初から期待はしていないしね。正直に言えば、こんなもんだろうと言うある種の納得と、意味を成さない諦観に至れたよ」

 

 世界に達観した老人みたいな、枯れて朽ちた何も無い空虚な瞳。事実アーチャーからすれば、守護者になった後もこの世界は予想通りで、余りにも普通過ぎた。死んで、生きて、永遠に囚われ、それが特別でも何でもない普通の世界にしか感じられなかった。

 ―――超能力。人間種が持つこの異能は、阿頼耶識による後押しによって生まれ持つ。

 原因はそれなのだろう。超能力者は常識を認識する脳内のチャンネルが違う。だが、彼女は何が有ろうとも社会において普通だった。平和な日常でも、生死が混じる戦場でも、死後に今尚味わっている殺戮の繰り返しも―――ミツヅリアヤコ(弓兵)は、何故か普通にしか感じ取れない。

 耐える必要が無い。

 彼女の精神は最初から狂うことが有り得ない。

 何もかもを普通にしてしまう唯の一般人。どんな境地に辿り着こうとも、倫理が欠ける事さえ無い普通の常識人。死ぬも生きるも当たり前、幸福も不幸もどちらも等価。

 

「けどさ―――気が付けたんだ。あれは何処ぞの平行世界で召喚された戦争でね、ある事を知ってしまったんだ。

 もし、アタシがアンタに出会わなければ、どうなっていたか?

 究極的な仮定を言ってしまえば、もし言峰士人が存在していなかったら?」

 

「それで、答えはどうだったのだ?」

 

 ニタニタと士人は笑う、深く静かに笑うのだ。このアーチャーが自分に齎してくれるだろう道楽は、本来ならば味わえぬ理を越えた世界の無様さだ。これを愉しめずにいて、自分はあの養父の息子ではなく、あの英雄王の臣下でもない。

 

「そもそもアタシは、超能力に目覚め無かった。アンタがいなければ、そもそも超能力を生まれ持つ事も無かった。結果論に過ぎないけど、答えはそれだった」

 

「―――クク……」

 

「もう分かるだろ。この超能力の抑止の対象は―――この超能力を覚醒させた言峰士人、アンタ本人だった」

 

「……アッハッハハハハ! これは傑作だ、お前は本当に私の最高傑作だ!!」

 

「―――黙れよ。アンタ、あたしの生前から分かっていたんだろ!?」

 

 もう、アーチャーは耐え切れない。冷静で居続けるなんて有り得ない。心の奥底に溜まりに溜まり、遂に溢れ出た激情の澱の波。神父が自分からそれを引き出す為に演じていると分かっているのに、彼女はもう狂うしか道が残されていないのだから。

 

「まさか! 人間もどきの自覚はあるが、そこまで人間離れはしていない。まぁ、俺にとってお前の異能は天敵であり、成長したお前に勝つのは至難だとは理解してはいたよ。だからと言って、弟子である美綴綾子が持つ業の為ならば、言峰士人を殺せる程に極まろうとも関係ない。惜しみ無く力を与えた。

 その異能が仕組まれたモノであろうとも、それこそ俺には無価値な事実。

 英霊となり世界の理を知った今のお前ならば理解出来る筈だ。何かしらの、そう在れと定められた流れがこの世にはある。この世界の創造した神と呼べる何か。魔術師が目指す根源とやらにでも潜んでいるかもしれぬ―――そうだな、言わば世界の方程式」

 

 言峰士人は知っている。自分の未来とも言える守護者の魂を、内側から全て知り得ていた。断片的な情報と、英霊の座から俯瞰する世界の光景。繰り返される人類の救済と、殺戮の日々。どんな力によって、霊長のシステムが運営されているのか。そして―――垣間見た自分の過去の記録。

 

「だがな、そんな事は如何でも良い話だ。そもそも俺にとって、お前は都合が良かった。客観的に見た時、お前と衛宮士郎の存在は分かり易い異常だった。遠坂凛も同等の娯楽品とは言え、お前達二人は特別だった。

 言峰士人と同じ存在(モノ)に成り果ててしまえ―――と、願わ無かったと言えば嘘になろう。

 そう歪ませた方が、私にとって人生が楽しめた。お前達の内側に芽生えた業を大切に大切に、宿ったモノが枯れない様に鍛え上げた。

 素質と才能に恵まれたお前は、特に良かった。手段を与え、方法を教えれば、俺を置き去りにして極まってくれた。存分に楽しませて貰い、今もまだ楽しませて貰っている」

 

 話はそれだけと士人は言葉を途切れさせた。他にも言うべき事もあるが……隠しておいた方が面白い事もある。彼はアーチャーが抱く澱に必要なモノだけを言葉にし、棄てる様に投げ与えた。

 

「……ヒ、クヒ。ひひ、ははははは―――」

 

 引く攣る表情が、今のアーチャーの本当の顔だ。士人の隣にいるアサシンでさえ、あれ程の狂気を感じたことは無い。暗殺教団で殺戮の日々を繰り返したこのアサシンが、そう感じる程の壊れた人間が―――この、目の前にいる弓兵だった。

 何せ、この女はまともだ。

 無限地獄よりも尚、精神が崩壊する奈落に落ちている最中なのに……アーチャーは、自分を見失っていない。それはもう狂気としか呼べない正気だった。

 

「―――第四次聖杯戦争の最後、あの聖杯の悪魔に呪われた少年。ソレがアンタだった。そして、ソレがこれから先に様々な世界の危機に関わり、世界を滅ぼす可能性を持つ化け物に対してアラヤが準備した生贄。それが、美綴綾子と言う守護者の存在意義だった。

 この異能は―――アンタに対する抑止力だった。

 ……結末は、そんなモノだった。

 勿論、アンタと何の関わり合いも無い世界の危機も何度か救った。けれど、アタシじゃなければ止められない事態があった。それには全てアンタのつまらない遊興が関わっていた」

 

 言えば終わる。アーチャーは望みも無ければ、願いも無い。しかし、果たせばならない自分自身で自己に科した義務がある。

 

「アタシはな、アンタを殺さないと前に進めないんだ―――」

 

 今にも死にそうな顔で微笑んでいる。彼女はあの(男を殺した)時と同じ虚無感を抱いたまま、もう一度決別の為の宣告を行った。

 

「―――だから、頼む。あたしの為に死んでくれ」




 黒幕系主人公がフィーバーし始めました。ここのアーチャーがどうなるかは、後のお楽しみにして下さい。そして、一番最悪なのは、アーチャーがどんな風になってしまっているのか、ライダーと戦っている美綴さんが見れない所なんですよね。ここでUBWルートの士郎みたいに直でアーチャーを知れれば、あるいは……

 後、ダクソ2のDLC良かった。良かったけど、タマネギは何となく分かってしましたけど、まさかアレまで出てくるとは! ボスはクライマックス感が凄くて雰囲気最高でした。


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67.抑止の化身

 Fate、始まりました。楽しみにしていたチャイカ二期もありますので、アニメが毎週楽しみです。
 そして、後書きで趣味が暴走していますので、注意して頂けますと有り難いです。


 黒く、暗い、沈んだ悪夢。間桐亜璃紗は戦場を前に、夢で垣間見た契約したサーヴァントの過去を思い出していた。

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎乗兵(ライダー)暗殺者(アサシン)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)

 聖杯戦争で召喚される七騎の英霊達は、此処とは違う何処ぞの平行世界でも同じ。第五次聖杯戦争の最後、聖杯を破壊したセイバーはカムランの丘に戻った。アラヤとの契約に従い、彼女はまた何処かの世界で聖杯を得る為に召喚に応じた。

 彼女が再度挑んだのは―――第六次聖杯戦争。

 しかし、何かが違った。自分が聖杯を破壊した聖杯戦争とは致命的なズレが生じていた。アルトリア・ペンドラゴンを召喚した魔術師は白い髪と褐色の肌をした青年で、名は衛宮士郎。この世界で今のセイバーを召喚した士郎とは違う同じ魂を持つ誰か。あの“アーチャー”と瓜二つの姿をしているマスターだった。

 それが、どうしようもなく致命的だった。

 何故なら、その世界における“自分”はもう妖精郷へ帰還していた。

 第五次聖杯戦争において、英雄王ギルガメッシュを撃破したのはセイバーとして召喚されたその世界の自分であったらしく、衛宮士郎は言峰綺礼と言う神父を倒し、聖杯戦争を終わらせていた。彼女は召喚され、その話を聞き、ここが平行世界であるもしもの未来だと確信した。だからこそ、本来ならば召喚されるべきこの士郎の“英霊(セイバー)”ではなく、平行世界の“自分(セイバー)”が召喚された原因も一瞬で分かった。

 つまり―――この世界の自分(アルトリア)は聖杯を諦めた。

 守護者ではない故に英霊の座ではなく、魂が妖精郷(アヴァロン)に渡っているのが理由だった。確証は無かったが、この衛宮士郎に自分ではない自分は救われたのだろうと、はっきりと確信出来た。救われたからこそ、聖杯に対する執着も失くし、あの滅びを乗り越えたのだと分かった。

 そんな自分が存在している事を、彼女は知り得てしまった。

 そんな自分の在り様を聞いて、自分ではない彼女の答えに納得してしまった。

 召喚されたセイバーはその事を内心で理解していたが、目の前の士郎に伝える事が出来なかった。記憶に齟齬が生じていると偽って、最強のマスターが召喚した最優のサーヴァントとして、幾人もの強敵難敵を撃破していった。

 

「シロウ。気に病む必要はありません。何時かまた、貴方は貴方の私と出会える筈です」

 

 気が重かったのかもしれない。今の自分は乗り越えていない。救われていない。士郎、貴方は私を救ってくれたのに、その事実がこんなにも嬉しいのに、この自分には関係がないのです。

 ―――自分は、貴方が愛した自分ではないのです。

 セイバーの苦悩は更に深まるのも仕方が無かった。救国の為の聖杯なのに、聖杯が自分にとって本当は不必要なモノだと、答えだけを知ってしまった。サーヴァントとして契約した影響で、この世界の衛宮士郎が経験した第五次聖杯戦争を知ってしまった。

 

「フランス皇帝に、不可能などと言う低俗な言葉は似合わない。そうだろう?」

 

 生産品のサーベルと銃剣付きマスケット銃を持ち、派手な帽子が良く似合う弓兵。

 

「神の子殺しの処刑人だとよ、笑わせる」

 

 飾り気が一切ないローマ帝国の鎧を着込み、簡素で変哲も無い槍を持つ槍兵。

 

「さぁ、殲滅の時間だ。出来る限りの憎悪で俺を恨み、この世に怨念を残して死に果てな」

 

 額に淡く静かに輝く宝玉を宿し、空に浮かぶ黄金の舟を操る騎乗兵。

 

「お主が俺を殺せるまで強ければ強い程、此方も命の賭け甲斐が有ると言うもの。自分よりも敵が強くなければ、俺自身の最強を誰にも証明出来ないのでな」

 

 刃の如き鋭過ぎる殺気を纏い、二本の刀を持つ着物姿の暗殺者。

 

「儂ゃのぅ、造りたいだけさ。生前は面倒事で創作を腐らせちまったがの、今生はただただ最高の傑作品達を生み出したいだけなのよ。聖杯を作る為にゃ、本物がどんなモノなのか知っておく必要があるんでなぁ」

 

 綺麗に剃り上げた禿頭と、筋肉質な体を誇示する小柄な老人の魔術師。

 

「正義の理念とはそも、この吾から発生した尊厳よ。だと言うのに、数千年経っても、世界は相も変わらず醜く小汚い。

 ああ、全く以って―――嬉しい限り。

 今の世ならば、この吾の立法を完成させるに相応しい混沌だぞ」

 

 そして、バビロニア帝国初代皇帝である狂戦士が、怨敵である騎士王へ壮絶な笑みを浮かべていた。

 ……だが、その全てのサーヴァントとそのマスター達を、セイバーと士郎は上回った。敵の英霊達は誰もが強大で、魔術師らも一人として油断出来ぬ難敵だった。

 中でも革命王と立法王とは、壮絶な死闘を騎士王は繰り拡げた。だが、セイバーの他に残った最後のサーヴァントはアサシン―――無敗の剣豪、宮本武蔵。

 彼は問答無用で最強だった。無敵とさえ言っても良い。

 暗殺者らしからぬアサシンであり、剣術による真正面からの白兵戦を得意とするが、本質は其処では無い。そもそも彼よりも戦場で猛威を振えるサーヴァントは珍しく無く、霊格も低くは無いが古代や神代と比較すれば如何しても劣ってしまうだろう。

 しかし、それこそアサシンには関係が無かった。

 勝てない相手ならば、勝てる状況を生み出せば良い。敵の弱点が無ければ、自分で作り出せば良い。敵に敵を殺させ、弱らせ、または自分が弱らせた敵を他の誰かに殺させた。アサシンの同盟相手であったライダーも結局はアーチャーとの戦いで浮遊戦艦を失い、成就した聖杯の所有権を巡りアサシンと殺し合った。彼ら二人は最初の契約で示し合った通り、武人の本懐とも言える決闘をした結果―――ライダーの願望は、最後の最期で斬り潰された。

 

「ハンムラビは強かった。正義狂いの狂戦士(バーサーカー)故、色々と面倒なサーヴァントであったがな。だが、俺の兵法が最強足り得る良い判断材料だった。

 何より、本来ならばアシュヴァッターマン殿はそも、俺では殺せぬ魔人だった。だが、貴様とアーチャーの御蔭で俺でも殺し得た。

 感謝するぞ―――ペンドラゴン殿!

 我が主、間桐桜へあの聖杯を漸く捧げられる。それ以上に、お主を斬り殺せば―――俺は最強の理を自分自身に示し、この死後にやっと答えを得る事が出来るのだ」

 

「貴様は、ただそれだけの為に―――」

 

「―――無論。殺す為に斬ったのだ。理由など無い。示すべき自己の在り方を、今生で我が生命を支えて下さる主殿に見せねば、英霊以前に男とは言えぬだろう。

 ……しかし、そも生前の俺は数多の敵を斬り殺し、お主と同じ様に強くなった。強くなる為だけに人の命を奪い取った。戦国の世が終わった大平の世でも、幾つかの戦場を彷徨った」

 

「貴様程の武人がそれを良しとするのか!」

 

「他に俺ら英霊は何も持っておらんだろうが。修羅の無道こそ辿り着ける唯一の真実ぞ。あの世から呼び起こされた我ら七人の英傑らは―――揃いも揃って、死んだ方が良いただの人殺しよ。誰も変わらんさ。

 だからこそ、消えて無くなれば良いのだ。

 またこの世で死ぬ為に、殺される為に殺し戦えば良いのだ。最後まで残ったお主も俺も、やはり至れるのはこの無常のみだ」

 

 セイバーは知識として、アサシンの過去は知っている。戦う為に戦って、自分を鍛える事に生命を賭した無敗無敵。何より、アサシンは伝承に色濃く残る果たし合いだけを行っていた訳ではない。時の日ノ本の国を支配していた徳川に雇われ、戦場で多くの人を斬り殺して報奨金を得ていた。有名なものを示せば、最後の合戦である関ヶ原や、天草士郎時貞が主犯とされる一揆の鎮圧にも参加していた。そしてあの島原の戦場では、無辜の民であった筈の民草が反逆の徒となり、アサシンはその天草の者共らも大勢切り捨てた過去も持つ。

 しかし、其処にセイバーのような葛藤は無い。

 アサシンには人の身に余る理想は無い。彼はただただ人の臨界を越える修練の果てに、自分の理を見出したかっただけ。そして、その人生の結末として己が兵法を作ったが、本当はその兵法を実戦でより証明したかった。

 

「言葉は無用か。貴様に語ったところで、何もかもが遅いのだな」

 

 それにもう、アサシンは止まる訳にはいかない事をセイバーは知っていた。間桐桜は既に遠坂凛を泥に捕え、衛宮士郎も凛と同じ場所で生きながら地獄に落ちている。聖杯の中に融けた桜により、彼ら二人は生きてはいないが、死んでもいない。桜を操っていた臓現も死に、聖杯が完成するまでの門番として、アサシンだけが受肉した状態で最後の敵である彼女を待っていた。自分と同じく―――泥によって受肉したセイバーを、殺す為だけにアサシンは生きていた。

 とは言え、セイバーの汚染は軽度だが、アサシンは直接聖杯と繋がっていた。アサシンが正気を保てられているのは、自身の願望を果たすべき相手が目の前に―――最強の好敵手であったセイバーが、存在しているからだった。

 

「ああ。言わずも分かっている筈だ、聖剣使い殿」

 

 呪詛が魂に染み込もうとも、二人はもう止まらなかった。互いの主は聖杯の中におり、アサシンは守べきモノの為に、セイバーは彼らに救済を与える為に戦う。戦わねばならない。どちらかが死なねば、聖杯戦争は終わり迎えれれない―――

 

「アサシン、あの死地の続きです。此処でその命―――討ち取らせて貰う!」

 

「受けて立とう。二天一流、宮本武蔵―――参る」

 

 斬り合って、互いの血が流れ散る剣士達の光景。それを夢と言う形で見ていた亜璃紗は、この世の何よりも尊いと感じていた。

 人生の果て。人間が辿り着ける極地。技を通り過ぎた業の結晶。

 騎士王は戦場を生きた騎士だ。何もかもが強くなければ、何も守れ無かった。だが、アサシンは敵の斬り方を只管に試行錯誤し、守るべきものは最初から自分の命唯一つ。敗北は即ち死であった。彼にとっての誇りとは、自分の命そのもの。

 ―――負ければ死ぬ。それで良かった。

 その違いが明暗を分けたのも、無敗の剣豪は理解していた。

 全てを自分の剣に捧げた己。逆に、彼女は自分の剣で以って全てを国へ捧げていた。そして今この時も、彼女は尊いモノを守る為に、命を掛けて彼と果たし合いに挑んでいる。

 刹那刹那の衝突で、セイバーの刃とアサシンの刃の間で弾ける火花。アサシンはそれが彼女が成す剣の結晶で在るかのように、それを大切に愛でるように、赤子よりも純粋な笑みで死合を愉しんでいる。互いが織り成す互いの一刀一刀に、今までの何もかもを捧げて斬り合った。

 故に―――終わりは直ぐに訪れた。

 二人の斬り合いは十合にも満たなかった。

 

「―――心臓と肺を潰したのだがな。いや、相討ち覚悟とは恐れ入った」

 

 セイバーは死に体だった。刀で急所を切り裂かれ、突き抜かれ、刺さった小太刀で心臓も殆んど破れている。臓器の大半が死滅し、手足も切断され掛っていた。逆にアサシンは血を一箇所からしか流しておらず―――その、心臓から流れ出る傷口一つが致命傷となっていた。

 

「――――――……」

 

 心臓に刺さったままの小太刀を、セイバーは引き抜いた。鞘の治癒で傷は言えるが、負担が大き過ぎる。受肉しているとは言え、今の状況では延命処置が限界。何より、刀身には竜殺しの術式が込められている。アサシン自身が手ずから概念を刀へ打ち込んだ対セイバー用の武装だった。それも大量の魔力を使えば生き永らえる可能性もあるが、聖剣の解放の所為でそれも余りは無い。

 

「お主の勝ちだ。出来るなら、俺の無敗を破った事を誇ってくれ。

 そして、俺を殺したその剣で以って―――この下らぬ戦争に、最期の止めを刺してやれ」

 

 セイバーはアサシンの死に様を最期まで見ることはしなかった。言葉を掛ける事も良しとしなかった。倒した剣士の静かに澄んだ眼を見て、この結末に満足している事が分かっていた。言葉は無用。そう理解しているのに、セイバーはこの最後に無粋だと思いながら―――

 

「貴方に勝ったのです。当然でしょう」

 

 ―――そんな、勝ち誇るように微笑んでから、破った剣士に背後を向けた。その後、何を思いながらアサシンが死んで逝ったのかセイバーは知らない。けれども、それで良い。果たし合いに勝利した者は、倒して殺した相手の死を惜しんではならないのだと、彼女はそう思って聖杯の元まで歩いて行く。今の彼女はもう、走れるだけでの余力は無かった。

 そうして彼女はたった一人で遂に、嘗てと同じ様に聖杯まで辿り着いた。

 邪悪に呪いが澱み、生まれたい生まれたい……と、赤子として誕生する直前の胎児が鼓動していた。あの中に、シロウが囚われている。間桐臓硯によって変異した桜と凛も、あの地獄の牢に墜ちている。あれは具現した地獄と言う現象そのもの。

 この世全ての悪(アンリ・マユ)とは人が生み出してきた地上の地獄が、そのまま悪神として形成された悪意であった。

 

「イリヤスフィール……」

 

 その悪神の偶像の前で遺体(聖杯)が横たわっていた。彼女の力でセイバーはここまで来れた。シロウ達がアンリマユへ完全に融けていないのも、彼女が命を捧げてあの内部で守っているから。

 聖剣を解放すれば、この聖杯戦争も終わりを迎える。

 無防備な聖杯を破壊すれば、世界はまた何時も通りに救われる。

 だが、中に居る彼らの魂は未来永劫救われず、地獄と共に消え果てる。あの中から救わなければ、イリヤの犠牲も無価値となる。何の為に彼女がこの段階まで悪神の覚醒を遅らせていたのか、分からなくなってしまう。

 

「……――――――」

 

 その非情な現実を打ち砕く術を、彼女は知っていた。その方法を用いて、アルトリアはセイバーとしてこの世界に辿り着いた。

 しかし、言えば終わる。

 救国もなくなり、あのカムランが現実となる。過去は無かったことは出来ないと、彼女もそう思えた。なのに、皆が救われるもしもの希望を棄て去れない。だからこそ、目の前の現実だけは負けない。理想に燃えたあの日々は過ぎ去り、終わってしまったのだとしても―――騎士王(アルトリア)騎士王(アーサー)で在る限り、自分の理想にだけは負けないのだと、そうシロウに誓ったのだから。

 

「―――契約を此処に」

 

 現界する為の核が抜け去ったのをセイバーは感じた。アサシンの手により既に死んで、鞘の力だけで動いている身とは言え、生物として必要な何かが抜け落ちたのを悟った。

 

「聖杯の寄る辺を失くし、身命を彼らに捧げる。

 世界よ、我が魂―――アルトリア・ペンドラゴンを生贄に、聖杯に囚われた者達へ救いを!」

 

 霊長の無意識集合体。アラヤの正体は、無慈悲な審判に他ならない。奴らに意思はなく、自分達(ニンゲン)が生き延びる為にのみ活動する不可視の現象。

 だからか、アルトリアのこの決定にも否定はない。

 結末が同じなら、何も変わりはしない。世界の理である唯の機構に過ぎない故、守護者の契約が結ばれるのであれば―――再度、彼女に有償の奇跡を与えよう。

 

「どうか、救われて下さい―――シロウ」

 

 その時、セイバーはアヴァロンを感じ取った。士郎はセイバーと繋がる事で聖剣の鞘を投影し、その身に聖杯戦争の期間限定とは言え完全な鞘を取り戻していた。

 だが、あの鞘のオリジナルは自分(セイバー)ではない自分の鞘の複製。自分が保有するこの聖剣の鞘では不足だった筈。繋がりを持ったとは言え、聖杯内部まで確固たるラインを感知するのは無理だった。それなのに妖精郷の名を冠する鞘は、確かに士郎との繋がりを感じ取っていた。

 ならば唱えねば。我が身に宿りし、其の宝具の名は―――

 

「―――全て遠き理想郷(アヴァロン)

 

 セイバーは聖杯から、シロウを守り抜いた。本来なら個人しか守れない筈だが、内部で融けていた所為か、シロウと同時に凛と桜の存在もセイバーを鞘で感じ取れていた。故に―――士郎へ声を届かせて、彼女は士郎の手で二人を救い上げさせた。

 ……死したイリヤの隣に、三人が眠っている。

 桜は未だアンリ・マユと契約状態であるとはいえ、シロウが眼を覚ませば問題は無いだろう。それに、セイバーは彼らと別れを告げるつもりは無かった。あの聖杯を破壊すれば、何もかもが元通りとはいかなくとも、この聖杯戦争は終わりを迎える。シロウと凛が救おうと足掻き、イリヤが命を賭して守った桜も、セイバーが大聖杯本体を破壊すればアンリ・マユから解放される。

 

「…………」

 

 決心はもうとっくに付いている。聖杯を求めて実行途中だった契約も、既に執行されてしまった。一人の王として国の滅びを乗り越えた代償に、アルトリアはあの“アーチャー”と同じ地獄に墜ちる。

 自分は救われなかった。しかし、救われても良かった。

 そんな本来なら知り得ない世界で、彼女はまた青年になったの少年と共に戦えた。自分がこうして救った彼ならば、この先の未来で嘗ての彼が愛した本物のセイバー(アルトリア)と出会える筈だ……

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)……―――――――――」

 

 ……そして、静かに唱えられた聖剣の真名が、何もかもを薙ぎ払った。亜璃紗と契約したセイバーの記憶はここで途絶えていた。

 そこから先は、英霊の座に昇ったどの英霊と同じ情景。契約を結んだとは言え、アルトリア・ペンドラゴンは守護者ではない正英霊。だが、それでも契約には代償が必要不可欠だった。頻繁に使われることはまず無かったが、それでも彼女の力でなくば解決出来ぬ脅威に対し、抑止として使われた。いざと言う時の為の便利な道具として、阿頼耶識の処刑人に成り果ててしまっていた。

 

「や、ほんと因果だねぇ……」

 

 そんな長い長い悪夢を、亜璃紗は昨日の夜にじっくりと見ていた。サーヴァントとマスターは精神に繋がりが生まれ、互いの過去を夢で見るが、彼女は率先して主従契約を悪用して過去を暴いていた。眠り時、サーヴァントの過去話を愉しめる様に、ラインに細工をしておいた。

 

「どうかしましたか、アリサ」

 

 横にいるセイバーを見つつ、亜璃紗はニコニコと笑みを浮かべていた。抑える事も出来たが、悦楽を堪えるなど自分らしくないと優しく微笑んでいた。

 

「んー、なんでも。戦争もそろそろ分水嶺を過ぎたなぁ……って、そう考えてただけです」

 

「そうですか。では、気を抜かぬようお願いします」

 

「へいへい」

 

 夜の森はとても暗く、闇に沈んでいる。セイバーと亜璃紗の二人は丘の上で、戦場の状況を見ていた。亜璃紗はセイバーへ気が抜けた返事をした後も、遠目で戦場を暗く深い森の中から観察し続けていた。亜璃紗の視界に映るのは、サーヴァントが三体に、マスターが五人。ライダーとデメトリオが他の者を全員敵に回しているにも関わらず、戦局は二人が優位に運んでいた。

 あの騎士バケモン過ぎる、と亜璃紗は内心で戦慄しながら淡々と監視する。遠坂凛と衛宮士郎は話に聞いていた通りの規格外で、美綴綾子はあの神父の弟子だけあって常識で考えない方が身の為だろう。アデルバート・ダンも噂以上だが三人と同じでギリギリ英霊未満。この四人は英霊を殺し得る能力もあるのだろうが、亜璃紗でも戦えない事もない。しかし、デメトリオ・メランドリは明らかに可笑しい。何が可笑しいかと言えば、全部イカれてる。膂力、敏捷、技量が人間じゃない。反射速度が相手を置き去りにしている。むしろ、相手よりも下な部分が一切ない。動きから、油断もしておらず、慢心には程遠く、加減なく殺しに掛っている丁寧さ。

 怖い怖いとぼやきたくなる異常だった。だが、彼女にそんな人間らしさはもう無くなっている。死にたくはないが、死ぬのが怖い訳ではなかった。怖いのは、あの場に居る連中全員が自分以上の狂人だと言う事だ。亜璃紗は自分が壊れた狂人だと言う自覚はあるが、アレらに比べればまだまだ子供に過ぎないと、大海を知った井の中の蛙な気分に浸れる。

 

「頃合いかなぁ……しかし、私じゃ分からないな。ねね、セイバーさん? 直感で良いからさ、もうやっちゃっても良いか如何か、答えて欲しんだけど?」

 

「桜が言った条件はもう満たしています。絶好の機会が、そろそろ訪れると思いますが」

 

「そうか。だったら話は早いな。タイミングはそっちに任せるよ。だから―――」

 

 桜からの指令は理解している。作戦立案をしたのは衛宮切嗣なので相変わらずやり口がえげつなく、且つ無慈悲非情で楽しそうな内容で、亜璃紗は思い出しただけで笑みを浮かべてしまいたくなる。相手が突き落とされる絶望を失望を想像するだけで、敵の“心”の動きを存分に愉しめそうだと期待していた。

 

「―――焼き払え、セイバー」

 

「了解しました、我が主(マイ・マスター)

 

 黒く輝く聖剣を振り上げたセイバーは、その宝具の真名を遂に解放し―――

 

 

◆◆◆

 

 

 ―――手加減などと、思考する余裕が有り得ない。アーチャーは眼前にいる神父と暗殺者に対し、正真正銘の全力で殺しに掛る。

 宝具・真偽両腕(ツインアームズ)。外界の干渉に特化した左の義手に、内界を操作する為に鍵を移植された右の魔手。その右腕からアーチャーは、彼女本来の武装を取り出した。

 その異形の武器は、強いて言えば―――薙刀。刃渡り五尺、柄が五尺。全長がおよそ3m近くもあるかなりの長さ。その刀身は怖気と寒気を問答無用で相手に与える鋭さと無骨さを誇り、気が狂う程の威圧感に溢れている。

 だが、これはそんな程度の話ではない。

 

「――――――」

 

 アーチャーのサーヴァントでありながら、一目で誰もが理解出来る。あの薙刀が、あの弓兵が持つ本当の武器。本来ならランサーのクラスに相応しい槍の武装でありながら、弓兵の英霊として召喚された彼女は、この兵器で自分自身の武を完成させていた。

 その得物を手に持つ。それだけで―――全てが、凌駕されていた。

 筋肉と神経が戦闘にのみ特化した兵器に変質し、思考形態が殺人を行う為だけの演算装置に生まれ変わる。如何程の技量と執念と、鍛錬と殺戮にどれ程の年月を掛ければここまでの極められるのか。才能や素質、修練なんて話ではない。アーチャーは完成された更に先の武の領域に辿り着いている。言ってしまえば、武器を構えるだけで、あの女は他の何かに転生している。生まれ変わったとしか形容できぬ自己の変態。気を整え、気合いを込める等と言う次元ではなく、あの女は武器を構えただけで究極に至る自分自身を生み出せていた。

 死んだ、と言峰士人は素直に認めた。

 ミツヅリ(あれ)に勝つのは不可能だと理解してしまった。

 あのカタチこそ、理想を越えた人殺しの姿。士人が人生を賭して死力の限り鍛錬を行い、幾度も死線を潜り抜けても辿り着けた無かった殺人の完成型。守護者に変貌した自分でさえ至れ無かった武の頂き。

 

「――――――参る」

 

 宣告。その後、一歩だけ彼女は進んだ。音も無く、姿も無く、アーチャーは―――士人の前で薙刀をもう振り抜いていた。

 ―――斜め下からの斬り上げ。

 恐らくそうとしか、斬られた士人も断定出来ない。

 アーチャーの一撃はもはや矛の軌跡でしか確認出来ず、音速を容易く見切る士人でさえ“思考”を合間に挟めない斬撃。体感時間を幾ら圧縮したところで、追い付くことがそもそも有り得ない。斬った後時間が思い出したかのように、彼は自分の傷跡から血が吹き出るのを茫然と見ている。

 アーチャーの一閃は、斬られ始め、斬られ終わる間が存在しないと錯覚してしまう程の―――時間を置き去りする魔速に至っている。士人は欠片も敵の動きに反応出来なかった。彼は単純に絶望的な危機感に対し、身に染み込んだ反射的防衛が少しばかり行えただけだった。

 

「マスター……ッ―――!」

 

 崩れ落ちる士人にアサシンは刹那もなく近寄り……それも、今となっては無駄。まるで空間を消し、時間が逆行したとしか思えぬ英霊を越えた迅さで、薙刀の矛先がアサシンの首を貫いていた。

 

「ん? そう言や確か、アンタは首を刺した位じゃ死なないんだったな」

 

 首を串刺しにし、彼女はアサシンの屍を軽く持ち上げていた。だが、屍の筈の暗殺者はまだ生きている。何より、サーヴァントは殺されて死体になれば塵も残さず消える。よって、屍が残っている時点でまだ生きている証拠となり、アーチャーは疑問を思い浮かべた。

 

「……ぐ、ぁあ」

 

 声帯を抉られているのだ、アサシンが言葉を発せられない。精々が呻き声が限界。それも死ぬ間際の断末魔。両手で刃を抑え、血液を硬化させてこれ以上斬り込まれない様に耐えていた。彼女は血反吐を滝のように流し―――その危険性に、アーチャーは即座に気が付いていた。

 直後、アサシンの周囲に濃霧が発生。だが、既にアーチャーは範囲外に離脱するも、その濃霧は意思を持つかの如き動きでアーチャーの方向へ流れる。それを彼女は何ら脅威に感じていないのか、あるいはもう思い付いていた対処法を使う事に決めたのか、実に冷めた目で観察していた。

 

「―――っち。あーあぁ、メンド臭ぇ。死んどきゃいいのに」

 

 吐き出された毒霧を一瞥しただけでアーチャーは周囲に吹き飛ばしていた。超能力を魔術に応用した簡易的な神秘であり、一工程で突風を生み出したのだ。

 尤も、アーチャーの宝具内部にはガスマスクなどの空気汚染対策の道具も揃っているので、いざとなれば如何とでもなるのだが。着込んでいる外套一式も特性品で、生前の師からの贈り物を自分流に改造した一品。名を無法礼装と呼び、血肉を溶かす酸の霧程度の障害なら簡単に無効化可能。

 

「死んでおらんよな、マスター」

 

「問題だらけだが、命は無事だ」

 

 士人は深く切り裂かれている。しかし相手の刃が、彼の先端数cmを斜めに肉体を抉り裂いてだけ。咄嗟に宙へ投影した愛剣は中身が不十分で、あっさり両断されてしまったが、死なない程度の盾にはなっていた。そして、手に持った双剣でも何とか斬撃軌道に挟み込ませたが、尋常ではない鋭さに押し負けた。士人はそのまま斬られてしまった……が、黒い泥で傷に対し応急的な蘇生は出来ていた。止血程度なら問題は無い。

 

「……ふん。相変わらずしぶといね」

 

 無造作に薙刀は一閃。薙ぎ払いにより、アサシンと士人の首を同時に斬り落とす。何とか後方へ下がることで、その斬首で死ぬ未来を回避したが、後退した分の距離をアーチャーは音も無く間合いを詰めていた。同時に次の一手を斬り放っている。それを二人が何とか凌いだところで、アーチャーは止まらない。彼女は恐ろしい事に、同時に二人を相手にしつつ、攻撃を仕掛け続けて攻勢を維持していた。

 踏み込みと斬り返しをほぼ同時に連続される悪夢めいた動き。距離を取って逃げ切れず、こちらが攻撃する機会が皆無。静動剛軟を自由自在に操り、零から隙間なく最高速度へ至る緩急動作。

 

「――――――……」

 

 だが―――それも直ぐ終わった。くるりくるりと流れる薙刀が、しゃらんと斬撃を容易く生み出していた。

 

「……終わりさ。流石のアンタでも、手足が半分になれば―――もう動けない」

 

 右脚と左腕が落ちていた。士人は倒れ伏せ、血の泥沼に沈んでいた。アサシンは両手両足に加え、肩と腹部を複数の刃で突き抜かれ、魔力を封じる妖刀魔剣で串刺しにされ、仰向けで地面に磔にされていた。

 だが、一番危機的なのはそれではない。士人が斬り落とされた左腕には、アサシンとの契約の証である令呪が宿っていた。契約そのものが途切れる訳ではないが、それでも繋がりが大幅に弱体化するのは間違いはない。加え、令呪よる援護も不可能となる。

 

「アサシン。アンタの種はもう知ってるからね。相手の切り札ってヤツは、対応策を練っとくのは当然だけど、一番は使われる前に潰しちまうのが一番だよ。

 まぁ、そんな事はアタシなんかよりも、暗殺者のアンタの方がよく理解してるんだろうけど」

 

 薙刀は彼女が本気である事を証明。だが、この結果を得る程の技量は発揮した上で、アーチャーは薙刀による武を全力で解放した訳ではなかった。ただ殺すだけなら、もっと素早く決着をつけられた。しかし、アサシンに逃げられない様、士人の動きをなるべく封じる様と、万全を喫して挑んでいた。

 とは言うものの、アーチャーでもアサシンを捕えるのは至難。彼女はまだ見せていない手を利用し、死角からアサシンに不意打ちした。つまり、今まで一度も使かわなかった魔術を行使し、士人を囮にした。神父の手を知り尽くすアーチャーだからこそ出来た手。

 アサシンの敏捷性ならば、アーチャーの攻撃範囲から逃げる事は出来る。攻撃範囲で避け続けられはしないが、範囲外に逃げる様にすれば長時間粘れる。しかし、士人には無理な話。薙刀の有効範囲内で神父と共に攻撃を捌き続けるのは、流石のアサシンでも限度がある。

 よって、敵の弱点を抉ろうとするのは暗殺者の必定。だが薙刀の弱点でもある至近距離まで詰め寄ろうとも、アーチャーには頑丈な左の義手があった。この腕は盾にも成り、鈍器にもなり、そもアーチャーは極めて優れた格闘技能も持っている。一瞬でアーチャー我流の柔術で絡み取られ、地面に叩き伏せられた直後には今の状況。宝具も相手に使わせぬアーチャーの猛攻の中、マスターを助けつつ、自分も生き残る為の残された一手だったとは言え、アサシンは手段を間違えてしまった。彼女はマスターが死のうとも暗殺に徹するべきだった。

 結果がこれだ。刃で串刺しにされ、魔力を乱され、宝具を封じられ―――士人も、十秒も捌き切れずに手合を斬り落とされた。

 

「―――やられた。流石に巧いな」

 

 士人は、自分が綾子へ教えた通りに自分が斬られた事を、皮肉気に笑っていた。見事に此方の力を出させずに、自分の能力を一気に使い、一瞬で勝負に決着を着けていた。

 

「当然だよ。守護者に成り果てた後のアンタだったら、アタシと互角なんだろうけど……発展途上の今の言峰士人じゃあ、頑張ってもそんな程度。アサシン一人なら逃げられたのに、アンタがこれじゃ足手纏いにしかならんさ。

 でも、ま、アサシンはアサシン一人だけじゃ、サーヴァントを殺し切れないからね。暗殺者ってのは、そう言うクラスのサーヴァント。結局、アタシを殺すにはマスターであるアンタが必要になる」

 

 無様な敗北者を見る目でアーチャーは士人を見下していた。アサシンはその光景を、生前でさえ感じたことがない屈辱を味わいながらも、目を逸らす事をしなかった。

 何故なら、あの弓兵は暗殺者である自分に、背中を呆気無く見せていた。

 確かに今の彼女は、全く身動きが取れない。体中には、魔力封じや契約破り、または使い魔殺しの妖刀が刺さっている。霊体を酷く損傷させた上、主である言峰士人との間にあるラインを抉られている。加えて、宝具の真名解放まで封じられていれば詰みだろう。

 

「……―――」

 

 瞬間、空気が凍る。この危機に至ってしまえば、目前の死など無関係。アサシンは自分の血液を媒体に、封じられていようが自滅覚悟で宝具を解放し……それもまた、アーチャーは一切澱みなく敵の行動を阻止する。宝具の真名解放をしようと魔力を使う前段階で、弓兵は何ら躊躇いもなく―――撃った。

 パン、と軽い音が鳴る。人の血肉を吹き飛ばす軽快な炸裂音が響いた。

 

「―――ギ……!」

 

「流石は暗殺の英霊さんだ、油断も隙もあったもんじゃないなぁ。でもよ、知ってんでしょ? このアタシはそこで手足をちょん切られてる男の弟子なんだ。死に損ないだろうと、相手が赤子でも敵は敵。身動きを封じた程度じゃあ、警戒を解く訳がないじゃないか」

 

 その後にまたパンパンパンと、一発一発等間隔のタイミングでアーチャーはモーゼルC96を発砲し続けた。機会の様に淡々と、アサシンに風穴を空けていった。

 

「んー。ま、こんなモンで十分か」

 

 ふ、と銃口から上がる煙を一吹き。血溜まりで沈むアサシンにアーチャーは近づき、おもむろに仮面を剥ぎ取った。勿論、アーチャーは礼装一式に含まれている手袋で血液感染を防ぎ、流れ出る血液に触らないよう気を付けながらであるが。

 

「確かアンタは、ハサンの中でも異質な呪術師の暗殺者で―――葬主のハサン……だったっけな」

 

 そう口達者にらしくなく、彼女は抑揚が効いた声で喋っていた。そして、ものの序でなのか、アーチャーは白髑髏の仮面を両手で挟み、粉々に押し潰した。

 ……髑髏の仮面は、暗殺教団の“アサシン”がハサンで在ることの証。

 それをゴミをゴミ箱に捨てるように壊し、手袋に付いた粉を手を叩いて地面へ落とす。その後、彼女が人生の象徴でもある残骸を、アーチャーは靴の裏で踏み潰した。ジャリジャリ、と土と破片が混ざる音が静かに鳴った。

 

「暗殺教団伝統のザパーニーヤの開発者であり、自身も一時期教団当主を務めていた異例のアサシン。数多のアサシンを育て、幾人かのハサンを生み出したからこその葬主の異名。

 その気になれば他のハサンの宝具も、ある程度は模倣も出来るんでしょ?」

 

 アーチャーは淡々と、アサシンへ絶望を与えているのだ。お前の能力、お前の技術、お前の生前を知っていると、例え運よくこの場から生き残れても、お前の手の内を知っていると言葉で追い詰めていた。生前、自分の死がしていた行いを真似て、敵の心を圧倒的な悪意で挫くのだ。

 

「それ……が、如……何し、た? 殺した、いのな、ら……早く……殺、せ」

 

 血を口から吹き出しながらも、アサシンはアーチャーへ言葉で毒を吐く。撃ち込まれた銃弾は魔術回路の機能を阻害するのか、もうこのアサシンであっても“何も出来ない”状態へ成り果てていた。そこまで念入りにアーチャーは彼女を甚振り、つまらなそうに致命傷を幾度も与えていた。

 

「別に、アンタの命にゃ興味なんてないよ。敵だから殺すだけ。当たり前だけど、敵じゃなかったら殺さないし。

 けどま、そう言う風に割り切んないと、アタシも色々とヤバい心理状態だからさ。狂いそうで、意図的に狂気を発散しないと世界を意味も無く滅ぼしたくなって、凄く困るくらいなんだ。

 ……本当は誰でも良い気分なんだ。

 溜まり積もった憂さを晴らしたくて、堪らないんだ。相手としてそこの死にかけが最上な獲物なだけ。この不快な興奮、アサシンのアンタだったら分かってくれると思うんだけど?」

 

 濁りに濁った常人の眼光。この世の何よりも、アサシンはアーチャーが気味が悪かった。サーヴァントは死人だとは言え、これ程までに生気がないと違和感しかなかった。だが、何よりも恐ろしいのは、この女が正常な精神を何の負荷もなく保っているから。

 狂って良い程の膨大な猟奇的衝動に襲われているのに、自分にとって当たり前な普通の視野で世界を見ている。

 

「ほざ、け……抑止の、化身」

 

「へぇ、なるほど。やっぱ座の奴らには分かっちまうか……」

 

 守護者とは、抑止力に使われる奴隷だ。あるいは、掃除屋、始末屋と言っても良い。彼らは死後、契約の代償としてアラヤの兵器として運用され続ける。信仰が低い英霊もまた、死後に霊長の都合が良い様に使われ続ける。

 だが―――このアーチャーは、第八識(アラヤ)が力が与えた純正天然の異能者だった。

 抑止としての顕現。生まれながらの遺伝が覚醒した突然変異。その力で以って幾度も世界滅亡の危機を阻止し、この世を滅ぼす寸前まで暴れた神父を殺す為の契約。英霊と化したアーチャーの抑止としての力は、生まれながらの異能に加え、生まれた末に契約で得た守護者としての奇跡。

 彼女こそ、霊長が自分を存続させる為にならば、少数の自分(ニンゲン)達を切り捨てる無機質な機構そのもの。その生贄。生まれながらに第八識から遺伝した異能(抑止)で以って脅威を払い、死後は抑止の守護者として人類を殺して霊長を延命させる本物の、阿頼耶識が生み出した超能力者。

 故に―――ミツヅリは抑止の“化身”と、ありとあらゆる英霊達に罵倒される。

 

「……あークソ、厭なこと思い出させやがって」

 

 悪態をつくアーチャー。しかし、そこで違和感を覚える。何故、士人が会話に入り込んで来ないのか疑問を浮かべる。一応、話せる程度の重症に済ませておいた筈。令呪でアサシンを無理に動かすかもしれないと警戒もしていたが、それもしないようだ。

 手足を斬り落とし白兵戦能力を削げば、弓兵殺しの異能を持つアーチャーにもう奴に出来ることは無い。とは言え、それでも自分の心を甚振る為に猛毒を言葉にするとアーチャーは考えていた。

 

心の中には何も無い(There is nothing in my heart.)―――」

 

 答えが、世界を震わせるそんな呪文だった。既に士人は己が世界を展開させる準備を整えていた。直後、世界が歪み初め、空間が捲りあがった。彼はもうある程度の工程を無詠唱で内界で唱え済ませており、後はもう実際に呪文をカタチを与えて詠唱するだけ。

 

「―――その心は、再び無から生まれ落ちた。(Therefore,I bless empty creation.)

 

 降魔の刻―――黒き泥で生み出された暗い太陽。地平の果てまで空白に塗り潰された歪な空間。天上に黒く燃える陽光と共に、ひらひらと死灰が降り落ちて、地面に当たっては融けて消え続ける。何も無く、物体が形を保てず、生み出される前の存在因子として保管された世界。情報の坩堝であり、世界の主たる神父のみが、空白から情報を創造する固有結界。

 其の名は、空白の創造(エンプティクリエイション)

 この世において史上最悪の、数多の個人兵器を創り上げる為だけの量産工場――――――

 

「お……? あらま、アサシン甚振るのに夢中に成り過ぎたかな」

 

 それなのに、アーチャーは危機感に煽られていない。むしろ、彼女の態度は逆。懐かしそうに、いっそ穏やかな眼でこの世界を眺めている。

 士人は彼女のその態度が油断なのか、慢心なのか今一分からない。何より、自分が育てたこの女にそんな余分な機能は付随していない筈。だと言うことは、未来のこの弟子は楽しんいるのだろうと結論を出す。言峰士人をやっと殺せることに冷静さを保てない……いや、保つような真似をしたくない。感情をそのまま吐露し、溜まった泥を吐き出したいのだろうと彼は考えた。そして、彼が出した答えはほぼ当たっていた。

 だから、アーチャーは延々と意味も無く喋ってしまう。戦闘に不要な贅肉で心を満たしてしまう。今もこうして、折角手足を斬り落として倒れていた神父が、投影した剣を杖にして立ち上がってる光景を見ているのみ。アーチャーは殺害の効率よりも、長年の憎悪を晴らす行為を優先していた。

 

「魂が発生した時の(カタチ)を、思う儘に為す。それこそが、魔術理論・世界卵の真髄。

 固有結界とは、つまるところ術者の魂そのもの。より強い心象風景(ココロ)を具現すればする程、異界法則は己が最強を成す為に世界を圧倒し、絶対的な魂で以って侵食する―――……って、アンタから教わった理だったね」

 

 敵の言葉を塗り潰す様、神父は呪文さえ唱えず数多の武装軍を空間内に創造した。アーチャーの視界がカタチを得た神父の殺意に埋め尽くされる。

 それは、まさに無尽蔵と例えられる大量の兵器達。一つ一つが上級の英霊でさえ直撃すれば霊核を破壊され、この世から抹消される幻想の権化。加えて、兵器軍の中には退魔の概念武装や魔力殺しの宝具も複数存在し、特に魔術による防御など無意味。そして、防御型の宝具や結界宝具であろうとも、その幻想が持つ概念自体が無効化される宝具殺しの群れが紛れ込んでいる。

 これは―――死ぬ。いとも容易く、英霊だろうと殺される。

 何より、これら一つ一つを爆発物として使われれば、周囲数百mが虚無へ還る事となる。流石のアーチャーもこの爆撃軍に耐える事は不可能だ。

 

「でもよ、幾ら魂が強かろうと―――更に凌駕された強さの前じゃ、無価値に堕ちる。殺人の業って言うのは、そう言うものだと教えたのも、アンタだったからね」

 

 飛来する刃。それは魔力殺しの槍。障壁を濡れた紙を破るかの如く裂く武器だが、その効果が成されるのは刀身のみ。アーチャーは力場を展開し、武器の“魔力殺し”が機能していない箇所へ干渉。あっさりと自分に迫る軌道から逸らし、弾丸は明後日の方向へ吹き飛んで行った。

 そして―――二弾、三弾と次から次へと武器が彼女へ襲い掛かる。

 人を一人殺すには過剰な攻撃を前にアーチャーは動かなかった。動く必要が全くなかった。視線で捉えるまでも無く、空間を三次元的に把握し、自分に当たる武器に少しばかり干渉するだけで良い。指一本分軌道から外すだけで、自分に当たることもなく地面に堕ちるだけ。

 相性が悪い、なんて次元の話ではない。

 弓兵殺しのサーヴァント。それがアーチャーのクラスで現界する皮肉。こと飛び道具で彼女を殺す事は出来ない―――何て事実は、士人からすれば至極当然の末路。彼はなるべく身を動かさず、静かに法衣へ隠し持つ武器を取り出した。

 ―――漆黒の回転式拳銃。聖堂教会が秘蔵する猛毒の弾丸。

 嘗て犬殺しの為に投影した予備を、彼は戦場に持ち込んでおり―――その銃を、躊躇わずアーチャーへ撃った。

 黒い銃身が放つ弾丸は魔力を容易く食いちぎり、異能の干渉力場など無意味。加え、この弾丸には魔力殺しの効果が全体に伝わっている。剣や槍のように、効果が及んでいない柄などの部分に干渉され、あっさり軌道をずらされる事もなく……―――

 

「つーぅ……あぁ! 相変わらず痺れるな、それ!」

 

 ―――義手の掌で、アーチャーが弾丸を掴み取っていた。確かに、念力の力場を弾丸を破ったが、それによりアーチャーは弾丸の性質を察知してしまっていた。となれば、直に対処すれば良いと考えた。そもそも予め念力で対応出来ぬ物が来れば、それに対応した取るべき行動を決めていた。

 結果、士人の弾丸が与えたダメージは魔術回路を一本ほど痺れさせた程度。反射的に念力で干渉した所為で、毒素により魔力の流れが乱れ、術者に魔術がフィードバックした影響だった。だが、それも回路を壊すには程遠い効果であり、魔術を破られた際に起きる常識的な効果の範囲。

 この銃身が放たれる銃弾には、生命力が強ければ強いほど殺傷性が上がる毒素が含まれる。しかし、その効果も霊格を殺されればしっかりと死ぬアーチャーでは、サーヴァントと言えど人間相手にするのと大きな差は生まれない。直撃すれば普通の人間のように殺せるが、弾丸を武器で受け止められてしまえば何の効果も無かった。

 

「―――」

 

 本来なら、士人が隠し持つこの概念武装は、殺し切れぬ怪物に止めを刺す為だけのもの。不意打ちにも使えず、そもそも相手が人間ならばただの銃器でしかない。何より、投影による攻撃よりも遅く、魔術に対して干渉性能が全く無い。低ランクの魔術衝撃で防げるレベル。アーチャーの力場を突破出来たのも、装填した弾丸へ投影した聖遺物で洗礼したからだ。絶対的な不老不死でも無い限り、死徒へ対しても通常の洗礼の方が遥かに威力がある。実際、今の所この銃で殺した敵は犬一匹だけ。

 しかし、アーチャーの干渉力場と突破出来る遠距離武器は、今の士人にはこれだけしか無かった。

 

「……だけど、そんなのただの苦し紛れさ」

 

 アーチャーは淡々とした仕草で、宝具内から士人と“同じ”黒い銃を取り出し―――瞬間、弾丸が士人が持つ黒い銃へ直撃。神父は隠し玉の神殺しを破壊され、その衝撃で後ろへ吹き飛んで倒れた。

 

「これはアンタから貰った奥の手の武器だったね、確か。でも、作ったのはアンタだろうと、使い慣れているのはアタシの方さ」

 

 吹き飛び、血が更に体内から流れ出た。アサシンも身動きが取れず、神父も他にアーチャーへ対する策が殆んど消えてしまった。再び投影による絶え間ない掃射で、相手が武器を念力で捉え、投げ返す余裕がない程の爆撃で何とか均衡を保てている。だが、それだけ。

 そんな程度の危機、アーチャーからすれば取るに足りない日常だ。呟く様に小さな声で、彼女は念力を使いながら呪文を唱えた。

 

起動(ブラスト)―――固定(セット)亀裂疾走(スペースパージ)

 

 眼前の空間に、アーチャーは小さい“孔”を穿った。僅かに、その隙間の孔からは元の空間が覗く事ができ、夜の森の光景が視えていた。本当に腕一本通るか否かと言う大きさで、空間転移を容易く行使する彼女であれば、この程度の空間操作は驚くに値しない。

 ならば何故、世界の主たる士人は―――投影による絨毯爆撃を停止させているのか?

 

「固有結界ってのは発動するのが面倒で、維持魔力も膨大だけど、展開し続けるのに問題となるのはそんな当たり前なことじゃない。他の魔術と比べ物にならない程、固有結界ってのは世界から眼の仇にされて修正対象となる。

 ならさ―――そんな結界内で、外部と連結する隙間を作るとどうなるか?

 答えがこれさ。外部からの修正作用に加えて、術者が支配している筈の内界からも修正の波に襲われる。そうなってしまえば、維持するのに更なる魔力が必要になる。少しでも気を抜けば、一瞬で世界に支配権を取り戻される」

 

 更にアーチャーは、固有結界内で流れ込んで来た元の世界の空間が広がる様、孔の圧力をより増大させている。広がれば広がる程、崩壊させようとする修正作用は更に大きくなり、孔もまた比例して広げる事が出来る。ここまでされてしまえば、士人とて結界を維持するだけで回路が臨界を越えた。固有結界内で武器を製造する余力も消えてしまう。

 言わば―――結界殺し。

 抑止に使われる世界の作用を効率的に使い、自分が相手を打倒する為の道具とする。抑止の化身と呼ばれるのも、それが理由の一つ。

 

「さて、もう良いよね。アンタも抗うだけ抗っただろうし、そろそろさ―――」

 

 世界が元の風景に戻っていた。あの空白の世界は、生み出された時と同じ様に、唐突に消え果てた。深い闇が満ちる森に帰還したアーチャーは、倒れ伏す二人へ一歩一歩近寄る。アーチャーは憎悪と怨念を噛み締め、薙刀を握り直した。アサシンは何も出来ず、士人は死ぬ間際。

 

「―――壊すよ」

 

 刃を振り下し、神父の首を斬り落とす直前で止めた。皮一枚切り裂き、血が僅かに流れ出てた。後ほんの少し薙刀を支える力を緩めるだけで、彼の首は地面に転がってしまうだろう。

 ……世界が死んでいた。誰も動けずにいた。士人は諦めてはいないが、敵に隙を見出せず。アサシンもまたマスターを助ける手段がない。アーチャーも直ぐにでも殺せると言うのに、最後の一手を出せずにいた。

 彼女が何を躊躇っているのか、士人には分からなかった。英霊の座に上ったと言うのであれば、アーチャーの悲願を達成される今この時は、人間が想像も出来ない長い年月を掛けた悲願の筈。後少しだけ刃を下せば良い。腕の力を緩めれば殺せるのに、その瞬間―――遥か遠くから、空へ昇る黒い極光が空気を震わせた。

 

「セイバー……?」

 

 聖剣(エクスカリバー)の一撃と酷似した宝具の気配。アーチャーはそれが黒く染まっている事と、セイバーが死んでいなかった事実を疑問に思い、士人もまた第五次聖杯戦争で聖杯が破壊された時の光景を思い出す。

 だが―――

 

「な……―――令呪!?」

 

 ―――それは、一瞬の出来事だった。

 神父へアーチャーが最期の一撃を与える直前、彼女は瞬く間に消滅した。マスターである遠坂凛により、強制的に空間転移が実行されたためだ。サーヴァントが自分の意志で抗う余裕を与えぬ程の、突然の出来事だった。

 ……空気が弛緩する。残されたのは、神父と暗殺者のみ。暫くの間、二人は喋る事もなく、降って湧いた幸運を理解し、そこで思考が僅かに止まっている。自分達が助かったのだと、数秒してから二人がやっと認めた。

 

「あー……本当に助かった」

 

「運よく助かったな。本当に今回は駄目だと思ったぞ」

 

 地面を転がり、士人は楽な体勢を取る。その後、全身全霊を掛けて立ち上がった。投影した杖を上手く使い、転ばぬように足を進める。

 

「無事―――……には、かなり程遠い在り様だな。いや、お互い」

 

「だが、死んでいない」

 

 士人は既に泥を使い、止血は済んでいるので失血死は間逃れる。死にはしないが、早くしないと手足の蘇生は間に合わない。流石に手足は生やせないので、神父は地面に転がっている自分の手足を回収しないとならない。しかし、まずはそれより先にしなくてはならない事がある。

 

「痛むぞ。歯を食いしばっておけ」

 

「心配無用だ。私はハサンの一人だぞ。痛覚などまともに機能しておらん」

 

「そうか。ならば、遠慮なく」

 

 彼はアサシンを地面に固定している妖刀を引き抜いた。一本ずつ、傷が広がらないよう丁寧に、且つ素早い動き。体の自由を取り戻したアサシンは、呪術により血を使い、肉体の自動再生を開始させる。それと同時、体内の残っている弾丸を抜き取る為、指で自分の肉を抉っていた。また、血流を操作することで、幾つかの銃弾をそのまま血液と一緒に流し出した。

 

「動けないから、お前に頼みたいのだが……」

 

「分かっておる。直ぐに拾ってこよう」

 

 万全には程遠い。回復したなどお世辞でも言えない。しかし、アサシンは体質の御蔭で苦痛はないが、それでも動き難い体を動かし、自分のマスターから離れた肉体の一部を拾い集めた。

 

「少し移動するぞ、神父」

 

 その後、彼女は士人を正面から抱き支え、木の下まで運んだ。彼は抵抗することなく、すまないとだけアサシンに礼を言った。

 

「手足は私が固定しておいてやる。貴様は治癒に専念しておけ」

 

「ああ、感謝する」

 

 やるべき事をやる。今の彼女が考えているのはそれだけではないが、一番すべきことは素早くこの戦域から抜け出すこと。その為に、マスターの治療が最優先。木に背中を預ける彼の正面にアサシンは座り、手足を持って支えていた。

 神父は眼を瞑り、泥による再生と、霊媒魔術による治癒に取り掛かる。綺麗な手足の切断面同士が繋ぎ合わさり、数分もせずに神経や筋肉は元に戻るだろう。骨もこのままいけば問題はない。アサシンも血液を操り、切断面がずれないよう頑丈に固定していた。慎重で精密な動作が要求されるが、二人の集中力をもってすれば雑談をしながらでも問題はないレベルの共同作業だ。

 

「なぁ……」

 

「何だ、アサシン」

 

 今のアサシンは、何時もの仮面を付けていなかった。アーチャーに壊され、装備を復元するのにも相応の魔力が要るからだ。しかし、そんな無駄な魔力を使う余裕はなく、彼女はハサンとして付け続けなければならない暗殺者としての貌を取り外していた。

 紫色の瞳が近くで士人の眼を覗き込んでいる。同時に、黒い瞳がアサシンの眼を観察していた。互いの息が当たるほど近く、細かな表情の変化も簡単に見て取れる。

 

「あのアーチャー……貴様を殺すのを、最後に躊躇っておった。殺意は私が認めるほど本物であったが、殺害を未だに決心しきれていないぞ」

 

「分かっている。あの女の甘さだ。いや、人間としての強さとも言えるか」

 

「ふむ。もしや、態とそのままにして、あれを育てたのか?」

 

「無論。俺が鍛えるべき個所では無かった故な。有りの儘に、そのまま業を極めて貰いたかった」

 

「だが、弱点には程遠い。欠点とも言えぬ」

 

「それも当然だ。俺はしかとアレにその事を教えたからな。弟子も弟子で自覚を持っている為か、逆に容赦を失くさせた。苦しんでいても、苦しいまま決断し、思いを実行する」

 

「歪にも程があろう」

 

 アーチャーは攻撃に欠片も慈悲を乗せていなかった。確実に殺す為の手を打って出ていた。なのに、最後の一手まで追い詰めた時、無抵抗な神父を殺すのを僅かに躊躇った。殺し合いに容赦はしないが、殺害に躊躇する。勿論、士人が反撃をすれば確実に対処し、あの場で殺していたことは事実。だが、あの状態のままだった場合―――果たして、アーチャーは自分から止めを刺せていたのだろうか?

 

「だが、そうでなければ、アレが強く在れぬのもまた事実。苦悩と葛藤が生み出す迷いも、我が弟子の魅力の一つさ。むしろ、あの甘さが強くなることを諦めなかった原因の一つでもあろう。

 恐らく、ミツヅリは生前に“私”を殺した事を後悔している。心の奥底に残り続ける悔恨の澱が、止まることを良しとせずに戦い続けたのだろうよ」

 

「哀れな。暗殺対象にし難いぞ」

 

「なんだ、殺したくないのか?」

 

「まさか。ただ、そうさな……苦労して殺したとしても、充実を得られなさそうと思ったまでぞ。ライダー辺りの英霊であれば、暗殺を行うのも悦に浸れるがな」

 

「職人だな、お前も」

 

「生まれて此の方、死んだ今となっても暗殺者を廃業しておらんのだぞ?

 獲物の選り好みくらいは私とてある。妊婦だろうと、子供だろうと、赤子だろうと仕事ならば殺すが……ふん、暗い感情が消える訳でも無いからな

 ―――と、長話は過ぎたか。一応、完治には遠いが治りはしたな」

 

「ああ。無事に繋がった。固定するのも、もう大丈夫だ。感謝する、アサシン」

 

「で、貴様……その様で歩けるのか?」

 

「歩くだけならば問題はない。しかし、走るとなると手足が()げるな」

 

「そうか」

 

 仕方ないか、と立ち上がったアサシンは考えた。整え過ぎて、人間味がない能面のような貌を彼女は歪ませた。普段は仮面で隠していているが、この女は素顔も仮面みたいで、人形にしか見えない顔立ちだった。感情の色が一切ない鉄面皮。問答無用で綺麗な顔立ちなのに、素直に美しいと表現出来ないのだ。悩んだ表情を浮かべていても、何故だか元の無表情のままにしか見えない。

 なので―――唐突に士人がアサシンに口を唇で抑え込まれたのも、余りに唐突な出来事だった。

 

「……おい」

 

 接吻などと生易しい行為では無かった。貪ると言う表現が似合うほど生々しい。舌が舌を蹂躙し、口内で液体が乱れる音が外まで聞こえている。しかも、唾液に交った血の味しかしなかった。

 

「仕方なかろう。貴様とのラインが途切れ掛けておる。血液と唾液程度の体液交換では、修復にはまだまだ程遠い。何より、互いに魔力不足が深刻ぞ」

 

 令呪と再接続したものの、契約で結ぶラインは万全ではない。儀式魔術で契約を結び直そうにも、魔力に余裕がない。となれば、アサシンが選んだ手段は実に効率的で、成功率も魔術でするよりも遥かに高い。高いのだが―――……流石の士人も、少し呆気に取られていた。

 

「くく。何だ神父、貴様もそんな人間らしい顔を作れるのだな」

 

「はぁ……全く、暗殺者のサーヴァントは不意打ちが好きと見える」

 

「すまない、私の悪い癖だ。ついついその何だ、興が乗って……な」

 

「まぁ、別に構わん。役得だとでも思っておこう」

 

「そうしておけ。今まで私が口付けしてきた男たちは、体内から爆散して死んで逝ったからな」

 

「なるほど。普通に怖いな、それ」

 

 まだまだ機能を取り戻し切れていない。今は回復に専念する。しかし、何も出来ぬから、アサシンはこの時が聞く良い機会だと考えた。

 

「……それで、貴様これからどうするつもりだ?」

 

「どうとは?」

 

「決まっているだろうが。ライダーとの同盟だ。だが、あの黒い極光……確実に、あの戦場で異常事態が引き起こされておる。アーチャーが令呪で転送されのも、十中八九あれが原因だ。まぁ、あれの御蔭で我らが助かったと言うのも、随分な皮肉だがな。

 何より、この―――狂った呪詛の気配。

 私は呪術師でな、これでも地獄の天使たる精霊を支配下においている。生前において数々の怪異を身に修めたが、ここまでの邪悪は今の時代では有り得んぞ。それこそ、私が生きた時代よりも尚、太古の時代に遡る神話の邪神の領域ぞ」

 

「既に教えた筈だ。あれが―――」

 

 確かに、アサシンは戦争の初めに聞かされていた。この聖杯戦争はまともではない。その元凶であり、聖杯が壊れている原因。

 

「―――あれがこの世全ての悪(アンリ・マユ)

 やはり、それしか有り得んか……っち、思った以上の化け物だぞ。制御などと、考えること自体が無謀だ」

 

 聞いていた以上の悪魔。自分が心臓に封じている精霊も相当な代物の筈だが、アレから伝わる魔力はそれだけで呪いになっていた。魔術師でもなく、異常に耐性がない唯の人間であれば、呪いを感じ取っただけで発狂死する。

 

「仕方ない。戻るぞ、神父。担いでやるから、気配を隠すのに集中しろ」

 

「……担ぐ? いや、俺は歩けるぞ」

 

「逃げるにしろ、状況を把握するにしろ、迅速に動かねばならん。それに、重傷の貴様をこの場に放置する訳にはいかないぞ」

 

「お前の言う通りだ。しかしな、世の中正論だけで動いている訳では―――……ないのだがなぁ?」

 

 疑問符を浮かべながら、士人は俗に言うお姫様抱っこと言う人生初体験を味わっていた。

 

「なんだ、抱っこの方が良かったのか。神父?」

 

「いや、もうこれで構わん」

 

「では、おんぶか?」

 

「すまない。はっきり言って手足に力が入らないから、早く動かれると落ちてしまう」

 

 これはアサシン流の気遣いなのだと、彼はそう思う事にした。座で能力を完成させたとは言え、弟子に完敗したとなれば、一人の師として嬉しくもあり、悲しくもあり。士人にそんな感傷は欠片もないが、それでも何かを考えてしまうのは間違いない。

 

「だろう? ならば、急ぐとしよう。それに、この格好の方が治癒がし易い。貴様が脱力しつつ移動するとなれば、現状はこれしかない。

 ……着く頃には、それなりに治癒を完了させておけよ?」

 

「ああ。分かった分かった」

 

 そうして、アサシンは気配を完全に殺しながら、マスターを抱えて走り始めた。士人も自分の技量が許す限り、存在感を抑え込む。

 神父は思考を止めず、治癒も進める。集中してはいるのだが、凄く近い距離からか、士人はアサシンが口元を緩めているのが良く見えた。普段から人をからかい続ける所為か、いざという場面で相手に遠慮なく揶揄される。そんな自業自得、あるいは因果応報な罰を受ける神父は、他人に見られてはならぬ格好のまま夜の森を潜り抜けて行った。

 

「だが、お前の傷はどの様な状態だ?」

 

 治癒を進ませつつ、彼はアサシンに問う。自分の方はある程度の目途は立てたが、アサシンの治療は進んでない。傷自体は塞いでいるも、ダメージは残ったまま。

 

「傷は酷いが、一晩あれば完治出来る。それよりも契約のラインが不完全なのが痛い。とは言え、ラインの魔力供給が無くなった訳ではないからな」

 

「ふむ。では、そちらの治療は安全地帯に戻ってからか」

 

「そうしてくれ。先程臨時で繋いだラインで暫く保つ。この一晩程度であれば戦闘に問題ないぞ」

 

 同盟相手のライダーと、そのマスターであるデメトリオ・メランドリを切り捨てる事を考えつつ、この先で待ち受ける地獄を考えると愉快な気分になって仕方がない。だが、その場には自分達を圧倒したアーチャーも高確率で戦っている。

 まずは、情報収集をしなくてはならない。

 戦場に割り込むかどうかは、それから決定する。

 神父と暗殺者の二人はイレギュラーを想定しながらも、先がまるで見えない戦場を疾走していった。




 との事で、アーチャー無双回。彼女は英霊化した士人と同レベルですので、今の士人じゃ手足も出ません。アサシンもアーチャーに勝てませんが、士人がいなければ逃げ切る事は出来ます。とは言え、アーチャーの能力を知れましたので、ここから先ならば勝算がない訳ではないです。

 後、セイバーの英霊化する原因となった第六次は、元々この作品の第一部にする予定でした第六次聖杯戦争でした。設定が数年も眠ってましたが、今回これを使ってみました。ですので、セイバーが戦ったサーヴァントが気になる人は、設定を乗せましたので見て頂けると嬉しいです。

◆◆◆◆◆

真名:ナポレオン・ボナパルト
クラス:アーチャー
性別:男性
身長/体重:166cm/55kg
属性:中立・中庸

パラメータ
筋力D  魔力B
耐久D  幸運B
敏捷B  宝具A+

クラススキル
対魔力:D
――魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
単独行動:A
――マスター不在でも行動できる。ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

スキル
騎乗:C
――騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
軍略:B
――一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
カリスマ:B
――軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。
皇帝特権:A+
――本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。該当するスキルは騎乗、剣術、銃撃、狙撃、砲撃、等。ランクがA以上の場合、肉体面での負荷(神性など)すら獲得する。これは、我輩の辞書に不可能は無い、と言う我が儘を可能にするスキル。正確には、不可能を嫌う心意気や、諦観を打破する伝承の具現。

宝具
王の砲火(ラ・ヴィエイユ・ギャルド)
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~80 最大捕捉:1000
――戦争芸術と謳われた電撃作戦の具現。好きな場所に砲台を設置し、任意のタイミングで発射する宝具。また、現世で大砲系統の兵器を調達し、宝具として新たに配備可能。戦闘時に砲門だけ具現して砲撃する事も行えるが、予め戦場に砲台を準備させて置くことも出来る。出現可能な大砲に限りは無く、魔力が許せる範囲が限界。大砲の一つ一つにアーチャーが信頼する亡霊の兵士が憑依操作し、的確な砲撃を敢行可能としている。
鮮烈革命(コード・レボリューション)
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1
――外部からの間接的干渉を阻害することで、フランス皇帝として得た絶対権利を保持する。これは目的達成のための障害を排除し、不可能を可能にする宝具。繰り返された革命を革命で終わらせ、国家を自分が創造した法典で国を治めた逸話の具現。ナポレオン最大の功績と称された歴史上初の近代的法典……のアイデア用下書きをしたメモ帳が宝具。また、このメモ帳には法案以外にも様々な考案考察が書かれており、まるで人生を辞書にしたような書物になっている。

【Weapon】
無銘・サーベル
――普通のサーベル。見た目が気にっている。絵にもなっている。
無銘・銃剣付きマスケット銃
――兵士時代に戦場で時々持ち歩いていたマスケット銃。使い慣れていないが、フランスの皇帝に不可能と言う言葉は似合わない。銃弾の装填と発射が魔力式運用なので連射可能。
法典の下書き
――実は手に持っているのは下書きのオリジナル。考え付いたアイデアをつらつらと書いてるだけのメモ帳もどき。文化英霊として保有している宝具。

◆◆◆◆◆

真名:ロンギヌス
クラス:ランサー
性別:男性
身長/体重:180cm/80kg
属性:秩序・善

パラメータ
筋力B  魔力A
耐久B  幸運C
敏捷B  宝具A

クラススキル
対魔力:A+
――A+以下の魔術は全てキャンセル。クラスによる対魔力に、自身が元々保有していた対魔力スキルが追加されている。事実上、魔術ではランサーに傷をつけられない。

スキル
啓示:B
――"直感"と同等のスキル。直感は戦闘における第六感だが、"啓示"は目標の達成に関する事象全て(例えば旅の途中で最適の道を選ぶ)に適応する。根拠がない(と本人には思える)ため、他者にうまく説明できない。
聖人:B(A+)
――聖人として認定された者であることを表す。だが、聖列から外されたためランクダウンしている。ランサーの場合、サーヴァントとして召喚された時に"秘蹟の効果上昇"、"HP自動回復"の二つが自動選択される。
秘蹟:A
――教会に伝わった原初の洗礼詠唱。サーヴァントに有効な程、直接的な霊体の浄化を得意としている。

宝具
神血の開眼(ヘブンズアイ)
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1
――神の血で癒された盲目の淨眼。本来ならば見えないモノが視える。例えるならば、見えない筈の生命や魔力、透明化した物体や結界など境目。あるいは、他者の感情や思考を識別できる。これにより、あらゆる隠蔽系統のスキルや宝具を無効化。もはや目そのものが聖杯と同じ聖遺物であり、千里眼スキルも併せ持っている。
祝福する聖者の槍(ロンギヌス)
ランク:B 種別:対人(自身)宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
――神の血液で祝福された槍。所有者の負傷や呪詛を瞬時に治癒する。あるいは、何かしらの間接的な魔術干渉を向けられた場合、例え宝具による神秘でも自分から逸らす事が可能。令呪にさえ有効。しかし、純粋な物理的破壊能力を無効にすることは出来ない。
処刑せし神血の槍(ロンギヌス)
ランク:A++ 種別:対神宝具 レンジ:2~3 最大捕捉:1
――神を殺した槍。魂を滅する絶対なる一撃を放つ。これは真名解放した状態で、矛先を対象に接触させる必要がある。対象が宝具やスキルで守られている場合、蘇生型宝具と防御型宝具の神秘を事象崩壊させ、相手の命を無へ抹消する。これは神を現世から葬った神殺しの具現。

◆◆◆◆◆

真名:アシュヴァッターマン
クラス:ライダー
性別:男性
身長/体重:170cm/61kg
属性:混沌・善

パラメータ
筋力B  魔力A+
耐久C  幸運B
敏捷B  宝具EX

クラススキル
対魔力:C
――第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
騎乗:A
――幻獣・神獣ランクを除くすべての獣、乗り物を自在に操れる。

スキル
心眼(真):B
――修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理” 。逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
破壊神の加護:A
――シヴァ神からの祝福。マントラや宝具の使用時、魔力の破壊作用が上昇する。また、筋力を1ランクアップさせる効果を持つ。
気配遮断:A
――サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を絶てば探知能力に優れたサーヴァントでも発見することは非常に難しい。ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
森の彷徨者:A+
――自然と一体となる特異体質。植物の域を越えた不動の明鏡止水。周囲の太源を呼吸をするように体内へ蓄積する効果を持ち、森林内における気配遮断のスキルランクを大幅に上昇させる。また、太源の吸収量も濃い森の中である程、効率的な働きを発揮する。

宝具
天翔る王の御座(ヴィマーナ)
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:――
――黄金とエメラルドで形成された空飛ぶ舟。輝舟、黄金帆船とも。水銀を燃料とする太陽水晶によって太陽エネルギーを発生させ駆動する。舵輪を備えているが、操作には必ずしもそれを用いなければならないというわけではない。各種兵器と多様性に富む機能を保有し、利用方法も状況によってそれぞれ異なる。
梵天滅矢(ブラフマーストラ)
ランク:A 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:200
――弓から放たれる壊滅の一矢。狙いを定めた対象を自動追尾する閃光となり、着弾と共に爆発する。凶悪な熱量を誇り、一瞬で広範囲を焼き払う。これはパラシュラーマから授けられた父ドローネのブラフマーストラを遺品として譲り受けた宝具。
滅び下す炎天の矢(ブラフマーストラ・アグネア)
ランク:EX 種別:対国宝具 レンジ:50~99 最大捕捉:測定不能
――火の矢。上空に幾つも放った矢の束が膨大な熱量を誇る擬似太陽となり、対象へ向けて高速落下する。保有しているエネルギーが余りにも強く、都市一つを壊滅されてしまう程。また、この矢が纏う閃光には強力な呪詛が含まれており、生物が浴びると瞬く間に全身に毒素が回り細胞が死滅する。霊体に対しても猛毒であり、魔術回路に機能不全を引き起こす。この宝具はパラシュラーマが持つブラフマーストラと同類の兵器であるが、アシュヴァッターマンのアグネアは矢の束を空中で凝縮・加速して放っている。ドローネの無念と自分自身の憎悪によって兵器として完成しており、地上全てを容易に破滅させる。
宝玉よ、祝福あれ(マントラ・ウパラ)
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1
――額の宝石。揺らめく七色の輝きを内部に保ち続けており、魔力炉として機能している。魔力行使を補助する作用を持ち、特にマントラや宝具で消費する魔力量を大幅に削減してくれる。また、洗脳や催眠などと言った外部からの間接的干渉を遮断する。他人に譲ることで宝具の加護を与える事も可能。

武器
ブラフマーストラ
――カルナが持つアストラと同じ兵器。ブラフマーストラはブラフマーストラ同士で威力を相殺することで、対消滅させられる。これはアシュヴァッターマンが誇るアグネアも同じで、相手が自分よりも小規模なブラフマーストラであろうとも対消滅してしまうらしい。
マントラ
――インドで使われていた神代の魔術。現代でも使われている。アシュヴァッターマンは兵器運用や武器を万全に使う為にマントラを父から習得しており、他にも応用手段が多くある。
ドローナの弓
――父の遺品である弓。とある聖仙から譲られたものだとか。マントラによって矢を生成する。
無銘・剣
――暗殺により血で汚れた魔剣。見た目は簡素で飾り気が一切ない鉈に似たただの片刃刀。能力はなく、強いて言えば頑丈で壊れず、鋭く強靭な刃を持つ。宝具ではないが、概念武装としては非常に優秀。破壊神から呪いが掛けられている所為か、斬ると同時に破壊力も上昇している。

◆◆◆◆◆

真名:宮本武蔵
クラス:アサシン
性別:男性
身長/体重:171cm/71kg
属性:中立・悪

パラメータ
筋力B  魔力D
耐久C  幸運A+
敏捷A  宝具C

クラススキル
気配遮断:B
――サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。アサシンは剣士であるが生前、奇襲や隠密行動を得意としていた。

スキル
心眼(偽):A
――視覚妨害による補正への耐性。第六感、虫の報せとも言われる、天性の才能による危険予知である。
透化:A
――明鏡止水。精神面への干渉を無効化する精神防御。また、心理戦においても常に平常心を保ち続ける。暗殺者ではないので、アサシン能力「気配遮断」を使えないが、武芸者の無想の域としての気配遮断を行うことができる。
二天一流
――兵法理念。剣術の極意。相手の動きを完全に見切り、回避と反撃を可能とする。また、特定の型や構えが必要なスキルや宝具を無効化する。これは自分自身の技術を完成させ、敵の精神と力量を誤差なく読み取る事で成せる戦闘論理の一種。相手の装備や動作から能力と行動を何手先も予測し、一挙一動を五感と第六感を用いて正確に把握し、無拍子で反応する洞察力が本質。
道具作成:C
――魔力を帯びた道具を作成する技能。兵法家として戦闘に必要な武器を準備し、あるいは水墨画や工芸で作品を残した芸術家としての能力。生前は魔術などの神秘に縁は無かったが、様々な道具を作った伝承からこのスキルを得られた。

宝具
五輪書(ごりんのしょ)
ランク:C 種別:対自己宝具 レンジ:0 最大捕捉:1
――自らが鍛え、極め上げた兵法を記した書物。六十回以上の勝負を行い、全てに勝利した兵法の集大成でもあり、その伝承の具現でもある宝具。所有している間のみ、保有スキルを強化する。また、無敗無双の剣士を再現する能力によって、心理戦で有利な判定を出し易くなり、幸運ランクを上昇させる効果も持つ。補助型の宝具ではあるが、宮本武蔵が持つ事で能力を更に底上げする規格外の性能を誇る。
虎振(とらぶり)
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:1
――宝具と化した対人剣技。相手の技が繰り出された時にのみ発動。攻撃を瞬時に避け、一歩で懐まで踏み込み、横合いから太刀を一閃する。回避、接近、反撃をほぼ同時に行う人外の迎撃奥義。敵が攻撃に集中しているほど成功率が高まるが、自分も負傷する確率が高い。その性能から、敵宝具の真名解放を封殺する事に特化している。本来ならば一刀流で行うが、二天一流を完成させたことで二刀流でも可能。つまるところ、見切りによる致死の奥義殺しである。

【Weapon】
無銘・木刀
――人間を撲殺するには丁度良い刀型の棍棒。サーヴァントさえ撲殺するアサシン手製の白兵戦用武装。
和泉守藤原兼重
――愛用の刀。主に右手で使用するが、一刀での扱いにもなれている。他にも様々な刀を所有していたが、アサシンはこの刀が一番斬り易いとのことで、サーヴァントになった今は主に愛用している。もっとも、折れたり刃毀れすれば、直ぐに違う刀へ乗り換えてしまうのだが。
無銘・小刀
――扱い慣れているが、無銘の刀。主に左手での扱いになれており、投擲にも利用出来る。アサシン曰く、鎖鎌使い宍戸に止めを刺した刀らしい。実は最も信頼している刀で、若い頃に強敵を倒した相棒として強い愛着がある。

◆◆◆◆◆

真名:ダイダロス
クラス:キャスター
性別:男性
身長/体重:169cm/73kg
属性:混沌・中庸

パラメータ
筋力B  魔力A
耐久D  幸運B
敏捷D  宝具A

クラススキル
陣地作成:――
――宝具の影響でこのスキルは意味をなさない。
道具作成:EX
――魔術的な道具を作成する技能。武装類や建築物の作成を得意としている。

スキル
概念改造:A+
――自作の道具は勿論、自作以外の装備品にも改良を施せられる。このスキルはかなり特殊で、剣や鎧は勿論、自動車や飛行機といった機械も対象にしている。むしろ複雑な構造をしている方が、キャスターはより改造に燃えてしまう。また、他者の宝具さえスキルの対象範囲となっている。
探究の知恵:A
――様々な分野で発揮させる特殊な思考回路。特に謎解きや、道具の発明おいて大きな効果を発揮する。

宝具
幽閉迷宮(ラビュリントス)
ランク:A 種別:対陣宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
――キャスターが生前に建築した大迷宮。魔力によって自由自在に地下へ、稼働式大規模陣地を作成することが出来る。内部はキャスターが匠の真髄を凝らした英霊を殺す為の殺戮空間と化しており、伝承よりも凶悪な罠の坩堝となっている。また、地表の好きな個所へ迷宮の出入り口を作り、自在に出入りが可能。星の地脈から太源を強引に吸収しているため、キャスターが消滅するまで半永久的に展開。中心部には迷宮を運営する魔力炉を核として搭載できる。
大いなる発明(アーマーズ・インベンター)
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
――自分の作品を宝具にする。生前に生み出した宝具を多数所有しているが、現世でも新たに宝具を作り出せる。彼が作った宝具は『幽閉迷宮』に保管され、迷宮内部なら取り出しは自由。外部でも出入り口を作れば装備品を好きな様に移動できる。

◆◆◆◆◆

真名:ハンムラビ
クラス:バーサーカー
性別:男性
身長/体重:180cm/71kg
属性:秩序・中庸

パラメータ
筋力B  魔力B
耐久B  幸運A+
敏捷B  宝具A

クラススキル
狂化:E
――凶暴化する事で能力をアップさせるスキル。……が適性がなく、理性を完璧に残しているのでその恩恵はほとんどない。筋力と耐久がより“痛みを知らない”状態になっただけである。しかし、本人は生前よりも更に筋肉質になった肉体を喜んでいる。むしろ、このスキルは宝具で召喚した配下に応用する事で真価を発揮する。

スキル
皇帝特権:A
――本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。該当するスキルは騎乗、剣術、槍術、体術、透化、勇猛、等。ランクがA以上の場合、肉体面での負荷(神性など)すら獲得する。
直感:B
――戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
軍略:B
――一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
カリスマ:B
――軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。

宝具
王の規律(ロウ・オブ・バビロン)
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
――石板に刻まれた碑文の法典。太陽神に加護された王の絶対法律。この宝具の所有者を傷付けた場合、等価の損傷を加害者と共犯者が負担する。所有者よりも霊格が低い者が加害者であった場合、被害者が受けた負傷よりも深くなる。さらに、所有者が殺害された場合、加害者とその殺害に関与した協力者の命を奪う。目には目で、歯には歯で、と言う言葉で有名なハンムラビ法典が正体。これは社会正義と弱者救済が印された太古の法理で、王が民に示したバビロニア帝国の法典である。実質、サーヴァントに傷付けられても相手が同じサーヴァントではほぼ等価の報復しか出来ないが、相手サーヴァントと契約し協力しているマスターとなれば話は別となる。とは言え、実行犯以上に報復対象となる罪状が高くなる事は無いが、令呪や命令などでマスターが主犯格となっていれば効果はより高まってしまう。また、戦闘面では傷害罪や殺人罪が主に有効となるだけで、詐欺罪、誘拐罪、脅迫罪なども宝具の対象となる行為に該当する。
黄金陽兵(シャマシュ・バビロニア)
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:100
――幽霊兵団の召喚。輪郭が火のように揺らぎ、肉体と武装が炎熱を纏っている。各々の兵士全員が独立したサーヴァントであるが、宝具は持たず戦闘能力は下級サーヴァント以下である。他にも全員がランクD相当の『単独行動』スキルを保有しているため、短時間であればマスター不在でも活動可能。戦争行為を成す兵士であるが、彼らもまたハンムラビ法典の守護下にあり、彼らにダメージを与えれば『王の規律』の対象となる。霊体が炎化しているのも『王の規律』による太陽神の加護が具現しているため。もっとも元々が死人の亡霊であるため、サーヴァントが殺したところで大した報復にはならない。だが、殺せば殺すほど損傷が蓄積していき、共犯者と認定させるマスターも罪を背負う対象となってしまう。正体はバビロン王朝第六代王にして、バビロニア帝国初代皇帝ハンムラビと共に他国の都市を滅ぼした初代帝国軍侵略兵。

【Weapon】
無銘・片手剣
――煌びやかな様でいて実用的な両刃の剣。バビロニア初代皇帝になった時、特別に作らせた自分だけの剣だとか。
無銘・片手盾
――輝かしい紋様が刻まれた小盾。バビロニア初代皇帝になった時、剣に相応しい盾が欲しくなって作らせたとか。
ハンムラビ法典
――宝具となる石碑。効果が出るまで若干時間差があり、宝具ごと死体を残さぬ程の一撃で葬りされば、法典の効果が出る前に消滅してしまう弱点がある。

◆◆◆◆◆

 読んで頂き、ありがとうございました。没サーヴァントで白い死神やスツーカの悪魔もいましたが、それの設定は乗せないでおきます。
 後、彼らは相性が極端に良かったり、悪かったりします。一番の難敵はバーサーカーで、彼の法典宝具を攻略出来ないと勝ち残れないと言う無理ゲーだったりします。



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68.桜色の坩堝

 アカメが斬る!って、世界観が良いですよね。暗黒SFファンタジー中世時代劇。ロールシャッハとかが似合いそうな、腐った帝国の雰囲気が好きです。個人的アメコミ一位のキャラです。
 指を折る!とか題名付けて書こうかと悩んでいます。
 それと後書きがグダグダですので、さらりと流して頂けると有り難いです。


 バーサーカーとアデルバートは、ライダーの軍勢を順調に駆逐していた。殺人貴と綾子とは逸れたが、まだこの戦場にいることは分かっていた。そして深い闇が満ちる森の中、異変は余りにも呆気なく事態を急変させた。

 恐らくは、セイバーのサーヴァントが放つ宝具―――約束された勝利の剣(エクスカリバー)。ライダーの軍勢の何割かが消滅を余儀なくされ、急に統率が乱れた直後には何故か、亡霊兵士が黒く染まって消え果てた。

 殺し屋はその光景を疑問に思う間もなかった。再度、本当にこの異変が恐ろしい何かが始まったのだと第六感で察した。それは本当に言葉に出来ない程、あっさりと具現した悪夢。

 ―――捕獲と言うよりも、それは捕食と呼べる行為。

 バーサーカーは世界に存在する他のモノに例え難い、言い表せない何かに囲まれていた。強いて言えば、黒い人型海月(クラゲ)か。地面全てと、周囲360度からの完全な奇襲包囲網は、流石のバーサーカーと言えど全部に対応は不可能。何故なら、エクスカリバーの斬撃に注意を逸らされたからだ。黒く変質した極光に気を取られなければ、影からの攻撃までには逃げられたかもしれない。

 だが、その程度は全く問題にならない……その筈だった。

 バーサーカーの援護をすれば良く、いざとなれば令呪で自分の傍まで呼べば良い。

 つまるところ、今のアデルバート・ダンにはそれが出来なかった。何に妨害されているのか全く分からないが、令呪がまともに機能していない。援護しようにも、弾丸全てが黒い影に貪られた。封印指定の魔術師や聖堂教会の代行者、または数多の自分を狙って来た封印指定執行者を殺害してきた銃弾が、圧倒的な“何か”にはまるで通じない。

 

「―――あれは、天使……なのか?」

 

 アデルバートが即座に退却したい原因がそれだった。だが、バーサーカーを取り戻せなければ、逃げても意味がない。

 黒い天輪を頭上に浮かばせる異形の魔物。うねる影の触手を伸ばし、地面を黒い泥に汚染し続ける。脱色された白い髪と、生気がない蒼白な肌。何より、自我を宿さぬ赤い瞳が人形のように不気味だった。

 それが、バーサーカーを黒い泥で貪る死天使の群れの正体。

 呪詛で生成された黒い衣。人間にはもはや見えない人型が纏うのは、そんな薄っぺらい呪い一枚。

 封印指定時代、アデルバートは間桐桜と出会っている。魔力の気配と顔立ちの雰囲気が、あの魔女と似ている。いや、顔立ちはそれぞれで僅かに個性差が出ているも、魔力の質は全く同じ。

 

「しかも、あの容貌……考えたくもないが―――全て、間桐桜の分身?」

 

 殺し屋は神業じみた察知と回避で影から逃げられたが、それは相手がバーサーカーを優先していたからだ。銃弾一発撃つ余裕がない奇襲であり、鍛え上げた無意識の回避反射がなければそのまま死んでいただろう。

 

「そうだ。これは全部、私のお母さんの写し身です」

 

 その少女も、あの影の魔物たちと同じく唐突な出現だった。異変の始まりは黒い極光で、戦っていたライダーの軍勢が一気に焼き払われた直後から。焼け野原になった森の跡から、あいつらが湧き出て来たのも唐突だった。しかし、アデルバートとバーサーカーも此処に至れば理解できる。

 要は、全てこの目の前にいる少女が仕組んだ罠である……と。薄らと笑っている魔術師、間桐亜璃紗が元凶だと直ぐに悟れた。

 

「令呪もあの化け物が封じてるってか」

 

「察しが良い。ま、そういうカラクリです」

 

 バーサーカーを助けなければならない。疑問点も解消した。答えは目の前の少女。故に、彼がすべきことは元凶の即時射殺。銃口を魔物達の隣で佇む少女へアデルバートが向けた瞬間、僅かに銃の射線から標的が避けた。殺し屋はその敵の挙動を察した時―――ただただ、唖然とした。

 ……有り得ない、と。そんな驚愕で、殺し屋として養った経験則が寒気を伝える。

 自分の早抜きに、あの程度の年齢の魔術師にあっさりと対応された。銃弾を撃った後、弾丸に対処されることはある。ダンとて、銃弾をものともしない達人と戦闘を幾度となく行ってきた。だが、どんな達人であろうとも、英雄とも言える超人魔人共であったとしても―――初手で、弾丸を撃ち放つ前に対処された事は一度もない。

 

「……あれ、そんなに驚いた?」

 

「テメェはただの魔術師じゃないな」

 

「それはそうです。聖杯戦争用に自分で自分を調整してるし、貴方もその類の魔術師でしょ。殺し屋さん?」

 

 既に、詰んでいる。泥に取り込まれながら、バーサーカーは最後にそう悟った。だから、己がマスターに伝えねばならなかった。

 

“行け。アデルバート”

 

 そんな念話を最後に、殺し屋はバーサーカーとの契約が断たれたのを理解する。繋がりがいとも簡単に千切れてしまった。唐突過ぎて、逆に冷静なままでいられるまで、彼は今の事態が地獄の真っ只中だと感じ取れた。

 魔剣の呪いを支配するバーサーカーが、不死身な筈の報復王が―――死んだ。

 意味が分からない。まるで現状が分からないが、状況判断を下せる程度にはまだ冴えている。

 まず、敵戦力を分析し、相手の能力を冷徹に考察する。黒い魔物はサーヴァントを即死させる怪物だと判断し、逃走経路を確認。バーサーカーの仇をしかと記憶に刻み、殺害方法を模索する。無論、眼前の化け物と周囲からの奇襲にも注意しながらだ。

 

「や。偉く冷静だね、殺し屋さん。普通のマスターでしたら、こんな事態に堕ちれば自滅するって考えてたけど。

 へぇ……身内が死んでも、暗い感情に乱されないの。バーサーカーを殺されて、私を惨たらしく殺してやりたいって思わないのかな?」

 

「ふざけろ。当然後で、その顔面に風穴空けて殺してやるよ」

 

 ダンはもう殺意で思考が埋まっている。感情のまま動けない殺害装置なだけで、人としての彼は憤怒一色に染まっている。人殺しと言う天性の素質で冷静さを保っているだけで、熱く憎悪を煮え滾らせないないだけ。彼にとって殺し屋とは、そう言う生態が普通の生き物を指す。殺意が湧けば湧く程、冷たく静かに思考を巡らせる殺人機械。

 

「そ。じゃ、物の序でに貴方の疑問に答えて上げよう」

 

「あ……? 一体何をほざいて―――………テメェ、まさか?」

 

 ニタニタと笑う少女は、気味が悪いのにその不気味さが美しい。早く殺した方が良いと銃口を向けるも、それと同時に射線から紙一重でまた逃げられた。殺し屋のダンがおぞましいと感じる魔技な上、逃げる隙を一切相手に見せなかった。

 狂っている。その不自然なまでの回避性能もそうだが、あの年齢で技量が既に老年の達人だ。身体能力も高いが、それはまだまだ人間の領域なのに、自分の殺し屋として創り上げた技術に並ぶ業を身に付けている。

 

「では、貴方が思い浮かんだ質問に答えて上げますね。

 彼女たちは私が考案した―――聖杯デコイ。

 間桐桜の分身存在。

 乖離した制御基板。

 シスターズシステム・アルターエゴです。苦労したよ、間桐桜の細胞を植え付けて、遺伝子そのものを改造し―――間桐の聖杯を量産するのは。魂分野の研究は間桐家に引き取られる前から知ってたけど、いやはや……これもこれで中々の研究テーマでした」

 

 分身―――アルターエゴ。彼女達は間桐桜の細胞から製作された刻印蟲により、自分の遺伝情報を改竄されている。遺伝子を構成する情報に、アンリ・マユの呪詛をシステムとして書き加えられている。

 洗脳なんて生易しい調整ではなかったのだ。

 まず、魔術を一切使用せずに彼女達は精神を崩壊させられている。特別な苦痛など必要ない。数週間密室で、視覚、聴覚、嗅覚を封じられ、言葉を話すことも禁じられる。出来るのは呼吸と食事だけで、排泄行為さえそのまま放置された。死なぬよう栄養を与えるだけで、段々と精神が死ぬのを待つ。それが第一段階。第二段階に入ると、次は肉体が身動き出来ないよう、専用の蟲の使い魔で拘束される。そこから先は間桐桜も幾度となく味わった快楽拷問を応用する。それを繰り返せば、外界からの唯一の刺激である蟲の快楽と苦痛に依存する。そして―――心が死ぬ。人格が消え、尊厳がなくなる。そうなって初めて、間桐亜璃紗の精神干渉魔術によって人格を再生される。正確に言えば、壊れた部分を封印して自我を元通りにする。そこまでしてやっと、桜は実験体として彼女達を魔術に使い始める。

 ……この魔術の恐ろしい所は、亜璃紗の洗脳を破っても、精神が崩壊した元の自我に戻るだけ。人格は本来のモノのままだが、その根底には亜璃紗の支配が完全に行き渡っている。実際、繰り返される鍛錬により魂魄が強まれば、亜璃紗の魔術を破る事は出来た。しかし、亜璃紗の支配から抜け出しても、また壊れた状態に戻るだけで、亜璃紗の手で復元されてしまうだけとなる。そして、拷問がそのまま続けば、また崩壊して元通りに修復する。崩壊と再生を繰り返し、その魂はより強く硬くなり、結果―――完成した個体は亜璃紗の手による再生も全く必要としなくなった。

 

「聖杯の量産って訳か。狂ってるぞ、お前ら」

 

 細かいところまでダンも理解している訳ではない。しかし、協会所属の元封印指定執行者として、奴らが行ったであろう外法を察することは簡単。あれ程までも人外の魔物へ人間を転生させるとなれば、言葉で言い表すのも醜い所業で成された秘術。

 ―――()ろう。

 殺し屋としてここまで狂った獲物を逃すなんて有り得ない。それに、相手はバーサーカーを自分から奪い取った敵。今までの人生―――殺害による復讐ほど、楽しかった娯楽は早々になかったのだから。

 

「狂気なくして術理の進化は望めない。それだけのこと。ま、それはどうでも良いです。知りたかったのは、この真実を知った時の貴方の反応でしたし……うん、その情報も手に入れられた。

 うん。じゃ、もう良いや。聖杯に呪われてください。

 貴方なら呪詛に耐えられそうですけど、肉体そのものを物理的に融解されれば、至る末路はサーヴァントと同じ姿。あのバーサーカーは吸収に結構時間が掛かりましたけど、並の英霊なら十分の一秒も掛からないし。

 肉を剥奪されて、剥き出しになった貴方の魂を存分に可愛がって上げるので―――愉しみに、死んでね!」

 

 黒輪を頭上に浮かべる魔物は、バーサーカーを黒い泥沼へもう沈め終わっている。ならば、狙える標的は一匹だけ。迫り来る海月の天使を前に、アデルバートは静かに笑みを溢す。

 何はともあれ、アレは相棒(バーサーカー)の仇に過ぎない。

 それに此処から離れた場所で、使い魔のフレディがもう相手の魔力の匂いを覚えた。不意打ちは二度と効きはしない。空間転移をしてこようが、使い魔で後ろから狙ってこようが、魔力を魔術発動の前段階で察知し、逆に奇襲を仕掛けてやれる。

 ならば―――怨敵を()る。

 恨みは存分にあるが、憂いは失くす。

 殺し屋は躊躇わず、師を殺して奪い取った聖銃を構える。敵の気配から、この類の魔物には聖遺物が有効だと相場は決まっているのだ。

 

Pallottola di purificazione(Ashes to ashes,dust to dust)―――!」

 

 素早い詠唱の呪文。魔力と共に魔術を弾丸へ叩き込み、この銃本来の能力を解放。先程は効果が欠片も無かったが、近づいてきた今の距離ならあの黒い影の魔術が発動する前に当てられる。並の黒鍵を優に超えた浄化作用が弾丸へ宿り、魔物へ速攻で撃ち込んだ。

 そして、アデルバートの弾丸は敵一体の右脚を容易く抉り取る。纏っている呪詛の防具服は物理的概念的な硬さを持つが、殺し屋の聖銃はこの類の魔物には滅法強い。だからこそ、敵から流れ出る血液が黒く、もはや人間では無くなっていて―――あっさりと、切断面から伸びた黒い影同士が繋がり、取れた右足が磁石のようにくっ付いた光景は、数多の化け物を撃ち殺した彼から見ても埒外の異形だった。しかし、彼を襲うのは魔物だけではない。アデルバートが回避する先を読んだかの様に、間桐亜璃紗は淡々と銃弾を放っていた。

 バーサーカーを失った今、彼は己が鍛え上げた人殺しの技術だけが頼れる力。殺し屋はこの状況を打破する為、淡々と誰よりも早く思考を回転させ、逃げながら戦局を読み取っていった。

 

◇◇◇

 

 ―――転移したアーチャーが最初に見たのは、焼き払われた森の跡地だった。

 血塗れの地面に、死ぬ寸前の衛宮士郎。同盟相手の筈の魔術師(マスター)を担いでいるのは、誰かは分からない。死んで腐った魚の目をし、草臥れたコートを羽織る男だ。

 

“……衛宮? まさか、あれが討たれたって言うのか。どういうことさ、マスター”

 

“正直、良く分からないわ。でもそうね、有りの儘を説明すると、士郎がライダーの軍勢が撃つ弾幕を、真名解放したアイアスの盾で防いでいたら……突然、前触れも無く血を吐いて倒れたの。で、それと同時にライダーの軍が焼き払われた。混乱したけど、まずは士郎を助けようとして、まるでビデオの早送りみたいな奇怪な動きであそこの男が横取りしたってところ”

 

 左腕で軽く成人男性を肩に乗せている。まだアーチャーは確定できないが、あれが話に聞いた衛宮切嗣らしき人物だろうと判断する。

 本来ならば、人一人を背負っている隙だらけな姿。だが、敵が右手に握る単発式拳銃(シングルショット・ピストル)―――トンプソン・コンデンターから、死よりも恐ろしい異様な気配を感じ取った。また、アーチャーは銃火器マニアの所がり、一目で敵が持つ銃種を判断できた。

 あれは―――危険。下手な宝具よりもエゲツないかもしれないと、アーチャーは背筋が凍る感覚を確信する。十中八九、英霊に匹敵するあの衛宮を再起不能にしたのが、あの男とその銃だ。

 

“なるほど。それで咄嗟にアタシを令呪で呼びだしたと”

 

 現状を念話でアーチャーは理解した。しかし、影から現れた有り得ないサーヴァントを見て、彼女は悩んでいた。敵なのか、味方なのか……いや、あれは敵だと直感はしているが、直ぐに戦うべきか如何か計り切れていない。

 しかし、状況は刻一刻と変わり続けている。

 セイバーだった。凛とアーチャーの眼前に、まるで立ちはだかる敵のように君臨していた。突如として地面の影から、二人の前に具現したサーヴァントの正体は彼女だった。

 

“エクスカリバー……みたいだけど、あれはセイバーなのか? だったら、この地獄絵図は―――”

 

 色褪せた金髪と、混濁とした黄金の瞳。煤けた灰色の鎧と、呪詛で汚染された黒い戦衣装。その場に存在しているだけで、怨念の塊にしか見えない酷く重い存在感を放っている。そして―――黒く汚染され、狂剣と化した約束された勝利の剣(エクスカリバー)。だが、その剣は黒色の霧のような風を纏っており、エクスカリバーだとは見て分かるが、刀身を正確には見れない状態。

 それは―――なんて様なのか。

 セイバーは衛宮士郎を確保した男の隣で、ただただ尋常ならざる剣気を撒き散らし、静かな眼光で凛とアーチャーを見つめていた。

 しかし、その視線も直ぐに振り切られた。今の彼女の視線の先に居るのは、切嗣に抱えられた元マスターだ。セイバーは酷く気味が悪いほど優しい手付きで、意識を失っている士郎の心臓がある背の部分に手を当てていた。そこから、黒化して人間には毒となる呪詛に汚染されているとは言え、セイバーは強引に魔力を彼へ注ぎ続けている。

 

“―――そうよ。これはセイバーの宝具が原因。黒くなっていたけど間違いない”

 

“マスター。流石のアタシも、これは逃げるしかないと思うけど”

 

 この場の状況を悟るのに一秒も掛からなかった。隣にいる凛へ、最善の策を告げるのに躊躇いは欠片も無かった。

 そんな二人を余所に、嘗ての主従は再度戦場に戻っていた。士郎を奪い取った衛宮切嗣へ向き、セイバーは士郎の存在を確認していた。そして、彼女はそっと士郎に触れ続けている。そんな隣り合う主従に、マスターとサーヴァントが持つ信頼関係は窺えない。むしろ、お互いを意志を持つ人間とさえ認めていない。

 

「元マスター、指示を。士郎の確保には成功しましたが、私の加護が無くばまだ危険な状態です」

 

「…………」

 

「ふむ。相変わらずの偏屈さ。この士郎を育てたのだ、それなりの余裕程度は育てておけ」

 

「…………」

 

「全く。貴様も良く良く下らない事を拘るな。息子の不幸だと許せんからと、そこまで自分を追い詰めることもないだろう。

 ……いや、息子云々は私が言えた事ではなかったか。確かにあの猛毒には、無性に死にたくなる罪悪感がある。そうは思わぬか、お義父(とう)さん」

 

 らしくない厭味に満ちたセイバーの笑み。切嗣は思わず彼女を視界に収めてしまい、感情を逆撫でにされた。何故こうも、この女は自分の癇に障るのか理解したくもない。ここまで変質しておきながら、あの時の戦争から本質は変わっていない。

 

「―――……っち」

 

 よって、舌打ちをしてしまった。反応するのも煩わしいと思っていたが、切嗣にも許容範囲がある。この女は―――認めよう、自分の天敵だ。言峰綺礼と同等に苛立つ存在だ。

 

「舌打ちか。まぁ、無視するよりかは良い。この様に果てた私とて、人の心はあるからな」

 

 聖剣の鞘によって士郎の応急処置は完了した。真名解放されたアイアスの盾に魔弾が干渉することよって、魔術回路が暴走し、士郎の内部はズタズタに掻き回されている。内臓が死に、出血も酷い。とは言え、その程度の物理的外傷は鞘の加護で癒すのは簡単だ。死ななければ問題なく、安静を保てれば何時かは完治する。

 だが―――霊体に負った傷を、元のカタチに復元するのは難しい。

 士郎の魔術回路が非常識なまで頑丈で、恐ろしい事にコレ(起源弾)を受けて完璧に壊れてはいない。しかし、もはや固有結界を形成することは永遠に不可能な傷を回路は受けていた。数年は投影魔術さえ使用できない有り様。修復するにはそれ相応の手段と代価が必要だ。その事を治癒を施したセイバーは理解しており、切嗣は士郎が死ななければそれで良かった。起源弾を撃つ時も込める魔力量を計算し、回路が壊れても命は消えないよう感覚で調整していた。幾人もの魔術師を葬った切嗣だから可能な回路破壊。

 何よりも―――彼に魔術を教えたのが、全ての過ちの始まりだったのだから。

 

「……む? ライダーの兵士らが泥に沈んでいく。なるほど、貴様の策を無事桜は完了させたか」

 

 セイバーの呟きに、切嗣は無言を貫くが内心では頷いていた。遠目で、停止していたライダーの兵士が泥となって消えるのを確認―――したが、アーチャーは躊躇わなかった。疑問は多く、事態を把握し切れていないが、しなくてはならない事ははっきりと理解していた。先程まで敵対していたライダーは第三勢力の手に掛かり、自分達の敵は目前のセイバーと魔術師だと。アーチャーは奴らの奇襲によって、様変わりした戦場の勢力関係図を見抜いた通りに修正。

 よって、彼女は神父と暗殺者を容易く切り捨てた愛用の薙刀を、宙に放って宝具に収納。そのままP90を引っ張り出し―――即時、連射発砲。

 士郎にも当たる弾道だが、急所には決して当たらぬ悪辣な射線の群れ。

 その弾幕の嵐をセイバーは避ける事も、斬り払うこともしなかった。頭部だけは剣で守るも、全身を魔力放出を応用してそのまま弾き飛ばした。純粋に、今の彼女は硬いのだ。鋭い直感が避けるまでも無いと囁いており、切嗣の方も守る必要もないと正しく理解していた。

 なにせ、彼は弾丸一発一発を丁寧に体を逸らして避け切っていた。士郎を背負いながらも実行する超人絶技―――

 

「……時間の加速ね、出鱈目な!」

 

 凛とて諦めた訳ではない。セイバーの有り様と、話でだけ聞いていた衛宮切嗣も分かっていない。が、自分が出来ることを忘れてしまう程、生温い修羅場を潜ってはいなかった。それに、士郎がピンチなのは何時もの事で、それを自分が助けるのも戦場の常。敵に囚われた程度の危機、まだまだ序の口。

 彼女は敵魔術師が、限定的な固有結界の展開で時間制御をしているのは見抜けた。しかし、士郎があの様になった理由はわからない。その魔術が一番の危険。だが、原因となるモノがあの銃だと言うのはあっさりと感じ取れる。

 結論は―――当たらなければ、それで良い。

 ロー・アイアスを展開していた士郎を再起不能した能力を顧みるに、魔術で防御するのは危険だと判断。あの現象は回路の暴走に近いと確信し、回路と繋がって操られている魔術に干渉していると考察。よって攻撃に使う魔術に対しても、あの妙な気配がする弾丸で撃たれれば危険だと考えられる。それはアーチャーも同じ考えで、二人は刹那で念話で以って敵戦力内容の把握を終えていた。

 

「―――勝負だ、弓兵」

 

 瞬間―――暴風よりも禍々しい剣戟が嵐を生む。黒い霧のような風に覆われた刀身を、魔力放出で加速させ絶望的なまで強まった膂力でセイバーは振う。掠ればサーヴァントでさえ木端となる。人間ならば肉体が赤い霧になって消える。それに対峙すれば恐怖に襲われ、臨死の脅威に取り付かれよう。なのにアーチャーは剣も刀も、愛用の薙刀を構える事もしなかった。アーチャーが両手に持っているのは―――二挺拳銃。弾切れになったP90を仕舞い、改造済み60口径の大型自動拳銃を取り出していた。一挺当たりの重さで10kgはある狂った凶器。

 ヴォン―――と拳銃を発砲した音には聞こえない銃声だった。彼女は専用強化徹甲弾を撃つ。

 魔力で銃弾が強化され、発射する初速が既に人類が生み出せる技術力を凌駕していた。加速なんて言葉が陳腐に聞こえる魔速に至った銃弾の一撃。投影魔術師衛宮士郎が礼装の弓から放つ強化鉄矢に匹敵する破壊力。そして、左右の銃に装填されているカートリッジ内の弾丸はそれぞれ七発。銃の薬室に予め一発込めておいたので、+1発追加され、二挺の合計は十六発。既に牽制に一発撃ったので、残り後十五発。

 

「……甞めるな。その程度の玩具で遊ぶとは、死にたいと見える」

 

「折角の戦争さ。好きなやり方で殺させな」

 

 ダン、とエゲつない発砲音。セイバーが避けた所為で弾丸が地面に当たり、穴を作り土煙を発生させる。だが、遅い。今のセイバーからすれば敵の殺気を感じ、銃の気配を悟り、指の動作を見て、飛ぶ弾丸を視界に収めながら回避可能。額、右手首、左腿を狙うも、セイバーは類稀なる直感で見切る。斬り払い、掠り避け、弾き飛ばす。

 刃と交る銃のダンスマカブル。

 踊り撃つアーチャーと、斬り追うセイバー。彼女達は戦場を縦横無尽に駆け、既に最初に交差した場所から遠く離れていた。だが、アーチャーはマスターを守らねばならない。異常があれば直ぐに魔術で“移動”出来るよう気張りながら、セイバーの意識を自分だけに向けさせていた。

 

「―――堕ちたなぁ、セイバー。呪われて、そんな様で、どんな気分よ」

 

 目前まで迫った剣戟をアーチャーはゆるりと避け、戦闘中にも関わらず相手を挑発していた。装填した弾丸も残り少なく、直ぐに使いきってしまう。

 

「戯けが。この世全てに呪われたのだ、この世へ呪い返そうとするのが道理だろう」

 

 怨念に染まった凶笑。セイバーに嘗ての面影はなかった。あるのは、そう……底なしの憎悪。何か特定のものに対する恨み辛みではなく、視界に入る全てを肯定した上で斬殺を良しとする悪意だった。そんな宣告と共にセイバーは全身を力ませ、一気に溜めに溜めたエネルギーを解放。音よりも早く、空気を砕きながらアーチャーへ突き進む。

 そんなセイバーの隙を逃すアーチャーではない。あれ程の速度を出せば、迎撃で撃ち落とすのは難しくない。相手の動作を持ち前の視力で容易く見切り、弾丸を胴体にぶち当てた。直撃軌道だったが、セイバーは余りにも強大な魔力放出と、膨大な魔力を込めた鎧の硬さで強引に逸らした。アーチャーは接近を許してしまい、斬撃の間合いまで距離を詰められる。

 ―――絶死の危機。左から横振りで首を()りに来た刃を、彼女は義腕を間に挟む事でそれを阻止。しかし、セイバーの狙いはそれだけではない。黒く染まった呪詛を魔力放出によって左手に纏い、まるで巨大な獣の手の如き形となった。物質化する程の呪いに憑かれたセイバーの魔力だからこそ可能な、本来なら有り得ない魔力放出スキルの使用方法。

 

「そら、捕まえた。脆いぞ、貴様」

 

「かぁ、グ……」

 

 魔力の手で宙に固定された。両腕と両足を握り締められ、顔にも魔力が覆い被さっている。サーヴァントであるアーチャーが身動き出来ない拘束力だ。セイバーの黒化魔力に対抗して全身から一気に、念力と魔力を解放して強引に脱出しようとも破れない。固定された空間さえ打ち破る威力があろうと、セイバーの前では無意味。理由は単純で、今のセイバーとアーチャーでは出力に差が有り過ぎる。蟻と像までとは言えないが、それでも子猫と獅子ほどの差は存在する。もはや、セイバーの魔力はそれだけで宝具に匹敵する武器なのだ。

 ダダダダ、と隙間の無い連続射撃。アーチャーは気力で握り締めていた銃を手首だけで動かし、銃口を何とかしてセイバーに向けていた。

 

「無駄だ。もはや効かん」

 

 P90とは威力が違う弾丸の筈。しかし、全力で魔力を放出したセイバーからすれば結局どちらも豆鉄砲。アーチャーはこのまま握り潰されるか、黒い聖剣で斬り殺されるかの二択。セイバーは敵の脅威を認めており、躊躇う事なく殺そうと聖剣を構えた。

 さくり、と静かな刃の音。モノが切り裂かれた時の悲鳴は、何故か人の心を波立たせる。

 銃器を咄嗟にアーチャーは捨て、刀へ持ち直してたのだ。そのままセイバーの魔力を、手首だけを回して斬り裂いた。

 

「ふむ。面白い手品だ。見ていて飽きないぞ」

 

 解放されて一気に距離と取ったアーチャーを、何故かセイバーは追わなかった。変異する前では考えられない邪笑を浮かべ、彼女はニタニタと怖気を誘う表情を作るだけ。ただただ静かに、敵の行動を眺めている。

 

「なんなんだ、アンタ。その気配……まるで化け物だ」

 

「その通りだ。今の私はサーヴァントにして英霊に在らず。しかし、そう言う貴様は、無念に囚われた哀れな女に見えるがな。

 ……無様だよ。それでは死に場所を求める老兵の成り損ないだぞ」

 

「ハ! 否定はしないけど、素直に肯定する気にゃなれないよ……!」

 

 瞬時にアーチャーは左手へ新たに刀を取り出し、二刀流でもってセイバーへ斬り掛かる。遥か格上の相手故アーチャーも全力を出すが、それを見たセイバーの表情に変化はなかった。穏やかな微笑みさえ浮かべて、敵の剣戟を優しく受け止めていた。

 

「温い。生易しい殺意だ、虫も殺せない」

 

 その場を移動することもしない。セイバーは直感に導かれるまま、早過ぎて傍から見ればゆったりとした腕捌きで淡々と、敵の攻撃を真っ向から防ぎ続ける。片手で握った聖剣を的確に相手の動作と合わせ、斬撃軌道とかち合わせた。アーチャーの二刀連撃を防ぎ遮る。恐ろしい事に、セイバーはアーチャーの攻撃を剣を持つ右腕だけを動かし、そんな魔技を行っていた。だが、アーチャーとてやられるだけの女ではない。軌道をゆらりとズラして刃を錯覚させる。敵の意識の隙間を狙う明鏡の剣技。セイバーの直感で感じ取れるよりも尚早く、アーチャーは斬首の剣戟を繰り出していた。

 それなのに、灰色の騎士(セイバー)には一太刀も届かない。

 錯覚する自分の意識さえも直感は補正した。いや、直感スキルと言うよりかは、戦乱を生き延びた剣士として持つ鋼の理性。彼女が蓄える戦闘経験が敵の技を初見で対応する。

 ―――強い。

 問答無用でセイバーは強かった。

 この騎士を剣で相手にするのが間違いだった。鍔迫り合いにアーチャーはあっさり持ち込まれ、そのまま一気に押し飛ばされた。吹き飛んだ距離は絶妙で、剣の間合いではないが飛び道具を使うには近過ぎる微妙な間合い。

 

「最初に言った筈だアーチャー、甞めるなと。その武の動き、貴様本来のクラスはアーチャーではあるまい。それは長物を得意とする者だ。本当ならばランサークラスが一番適性を持ち……あるいは、その魔術の程度から言ってキャスタークラスも本命なのだろう?」

 

「―――厭な奴になったよ、アンタ。でもさ、アーチャークラスもこれはこれで使い易いんだ……」

 

 この手合いは珍しくはない。隠し事が巧いのだ。元は同盟相手だったアーチャーだが、その時でもセイバーはアーチャーの手札を知らなかった。だが、知らないだけで動きや能力を観察すれば、考察することは不可能ではない。

 セイバーはブリテン王だ。騎士を統べる王だ。剣だけが戦う手段ではない。使おうと思えば、槍も弓も斧も棍もそれなりの腕前。騎士として武芸の心得は十分以上にあり、豊富な知識も蓄えている。その彼女からすれば、其の者が何を一番得意としているのか、そんな程度を予想するのは幾度見れば見破るのは実に簡単。数多の騎士を部下にし、彼女はその武技を見ていたのだから。

 

「……けどま、やっぱアンタの言う通り、一番の相棒はこいつさ」

 

 ゆらり、と彼女は薙刀を構えた。二刀を門の向こう側へ送り返し、神父と暗殺者を容易く戦闘不能にした愛刀を手に―――アーチャーは、血に染まり切った人斬り特有の笑みを浮かべた。同じく、セイバーも彼女と似た類の笑みを顔に刻んだ。

 

「―――ほぉ。愉しめそうだ」

 

 雰囲気が変質したことをセイバーは肌で直接感じ取れた。明らかに、敵の剣気と殺意が比較になれないほど強まっている。本気と言えば今までも本気であったが、これは次元が数段階違う。

 

「どうも。アタシの方も楽しませて頂くよ―――セイバー」

 

 零秒の圧縮―――弓兵は魔速で踏み込み、既に右斜め下から斬り上げていた。

 人型要塞とも例えられるセイバーの鎧と魔力霧をするりと抵抗なく切り裂いて、直後には首目掛けて水平斬りが繰り出されている。セイバーは瞠目する暇もなく、相手が生み出す絶技に敬意さえ抱いた。だが、殺されてやる訳にはいかない。最初に一撃目を避け切れず内臓まで斬られたが、その程度では致命傷にも届かない。自前の自己再生に加えて、今の自分は黒い鞘による治癒もある。しかし、二撃目の斬首は宝具の蘇生も意味を成さない必殺一閃……!

 だが、その程度で殺される剣士のサーヴァントに在らず。

 聖剣の刃の上で相手の斬撃軌道を滑らせ、鍔の部分で攻撃を停止させた。そのまま刃を絡ませ、一気に間合いを詰め込む。薙刀ではなく剣の範囲まで一気に攻め入った。振り上げた聖剣の一太刀で、アーチャーを斬り壊せる。その脅威をアーチャーは咄嗟に利用し、手元に引き戻した薙刀の柄で斬撃を地面へ受け流した。直後、一気に二歩分後退すると同時に胴を切断するアーチャーの斬り払い。セイバーは直感した死の未来だったそれを、身を刃で裂かれながらも回避し、再度反撃に出る。そして、アーチャーはサーヴァントとして何かが狂った術理で以って、騎士の剣戟を身を斬られながら捌き、鋭い刃で斬り返す。

 後はその繰り返し。しかし、攻防の入れ替わりが一秒の間に数度も行われ、何十もの刃を交合わせる。速さと言う概念を越えた先の先の瞬きが、二人がいる世界の正体。むしろ、時が逆行するとさえ錯覚する剣戟の衝突は、極めた業と鍛えた技だけが辿り着ける狂気の果て。

 セイバーはアーチャーから、人間が到達できる一つの可能性を敵の剣技から悟れた。魔力放出による絶対的な膂力は、全英霊の中でも最上位に位置する。それも聖剣の刃による攻撃となれば、神造の鎧や加護であろうと敵を両断する。並の宝具を一振りで叩き切る斬撃を、アーチャーは限りなく衝撃を零にまで弱らせた。時に刃で撃ち流し、柄で防ぎ流していた。

 強く、巧い。膂力と速度と技量を揃えた達人。自分と同じ戦場に生きた戦人。セイバーは敵から相手の在り様を感じ取れたが、剣で伝わるのはそれだけではなかった。

 

「―――外法か、その肉体」

 

「……アンタ―――」

 

「分かるぞ、感触で。生前の我が子も、似たような改良をあやつから受けていたからな」

 

 肉体の崩壊を躊躇わない過剰運動。アーチャーは筋肉と神経を発熱させ、口から流れ出る呼吸が熱かった。血液が煮え滾り、心臓を含めた全身を傷めつけながら戦っている。その状態の身体へ、更に魔力による強化魔術を施している。

 英霊となり、霊体のサーヴァントと化した今のアーチャーでさえ、心身を削り戦闘をしているのだ。これが生前の生身の状態となれば、彼女にとって戦いとは命を消費しながら行う自殺行為だったに違いない。一度に大きく寿命が縮む訳ではないが、生命を燃やして段々と死んで逝く。

 

「さぁ、アーチャー―――もっと斬り合おうか」

 

 素晴しい、と澱んだ騎士王はアーチャーの在り方を喜んだ。一体彼女の中の何がそこまで駆り立てたのか、今この瞬間の剣戟で味わいたい。教えてくれ、楽しませてくれ……と、今のセイバーは弓兵との斬り合いに挑んでいた。

 直後―――アーチャーは最速で刺突を放つ。

 心臓を貫き、一瞬で命を仕留める絶技。

 セイバーも同じく、魔力を爆発させ一気に敵へ斬り掛った。薙刀の刃を避けず、胴を貫かれながら―――敵を正面から叩き斬った。

 

「セイバー……―――!」

 

 心臓を抉れていなかった。いや、矛先は確かに心臓に当たっていたが、それは僅かに掠っただけ。大部分は肺の片方へ刺突が逸らされていた。その上、串刺しにされた肉体をそのまま切り裂かれない様、セイバーは左手で薙刀の柄を握る。加え、物質干渉する程の密度を持つ魔力を放ち、敵の肉体と武器を固定。

 ―――堕ちる剣。刃がアーチャーへ直撃した。

 まるで迫撃砲が建物を粉砕したかの如き狂った騒音だ。つまり、セイバーの一撃はその類の剣戟。もはや対人の枠には入らない対軍の領域にある破壊力。

 

「……抜かったか―――!」

 

 悪寒を信じ、セイバーはアーチャーの腹を蹴り飛ばし―――直後、背後の空間から銃口だけ飛び出た対戦車狙撃銃から、ライフル弾が発射されていた。セイバーがアーチャーを蹴って動いていなければ、頭蓋が潰れた果実みたいになっていただろう。

 

「クソ、なんて怪力。口から内臓が出るかと思った」

 

 口元から血流を滝のように吐き出すも、大事ではない。この程度生前に施した薬物投与と肉体改良で、サーヴァントとして召喚された現在でも、並以上の治癒速度で戦闘可能にまで回復できる。

 だが、半壊した左腕の義手は―――既にまともに動かせない。

 セイバーの一撃を防いだ所為か、脳神経と巧く義手の神経回路と連結出来ていない。二の腕部分を深く抉られている。義手の五指はもう武器を操ることも、握ることさえ不可能だ。

 

「―――完治してやがる。ホント、アンタを敵に回すなんて最悪だ。ゲテモノめ」

 

「あの程度、今の私にとっては掠り傷だ……で、どうする? 宝具で一切合財を決めるか、アーチャー」

 

「人が悪いなぁ。アンタのあんな化け物宝具、アタシ程度の英霊じゃ撃ち合う気にゃなれないよ」

 

 三秒も経っていない。アーチャーは万全には遠いが、肺を串刺しにされた筈のセイバーの方が回復している。アーチャーからすれば余りに理不尽な削り合いであり、幾ら敵を追い詰めようとも一撃で殺せなければ一瞬で回復する。

 瞬間―――セイバーを狙った弾丸が戦場を貫いた。

 

「あ、チャンス到来―――じゃあ、こっちも遠慮なく」

 

 などと悠長に喋りながらも、アーチャーは虚空に銃火器の銃口をずらりと列を描いて展開。接近戦では使い道が少ないが、相手が離れたとなれば砲火に集中できる。

 重機関銃に軽機関銃、対戦車狙撃銃から果てには迫撃砲の群れ。宝具には程遠い神秘の現代兵器だが、英霊の武器となり魔術的改造をされている為、サーヴァントを殺すには十分。それも、今のセイバーは受肉している。物理的な肉体で在ると言うのであれば、宝具や概念を重視しなくとも、圧倒的な火力で治癒が間に合わない速度で潰してしまえば良い―――!

 セイバーを狙った男、バーサーカーのマスター―――アデルバート・ダンは、その光景を見ている。彼が撃った弾丸は灰色の騎士に当たりこそしなかったが、アーチャーが反撃に出る機会を生み出した。

 

「……ふん―――」

 

 だが、今の騎士王は狂っている。膨大な魔力放出を剣気に混ぜ、一気に銃弾の嵐を薙ぎ払う。剣を魔力と共に一閃するだけで、アーチャーの弾幕を振り飛ばした。黒い斬撃は視界に映るほどの密度を持ち、セイバーは己が宝具を素早く解放……!

 

「―――風王鉄槌(ストライク・エア)

 

 二撃目は、宝具の黒い風を追加して撃ち放つ。呪詛により透明化は出来なくなったが、聖剣が纏っている風の鞘は健在。暴風は銃弾を吹き飛ばすと同時、更に背後で並んでいる銃火器さえ吹き飛ばした。

 そして、セイバーの前には敵が二人。

 左腕の義手を肩から垂らす弓兵(サーヴァント)と、厭な気配を放つ銃を構える殺し屋の魔術師(マスター)

 

「……で、そこのマスター。助けてくれたのは良いけど、バーサーカーはどうした?」

 

 アーチャーはアデルバートに問う。助けて貰ったのは良いが、それはそれ、これはこれ。聞かねばならない事は、サーヴァントとして知らなくてはいけない。

 

「黒い魔物に取り込まれた。マスターの俺を逃がす囮になった」

 

「なるほど。あの男が義理固いからな。戦うんじゃなくて、直感的にマスターを逃がしたんか。サーヴァントじゃ、あれからは逃げ切れないし。サーヴァントじゃなくても、対抗手段がないと勝ち目もない。

 ……んで、本題は何さ?」

 

「―――同盟だ。バーサーカーの仇を討つ。撃ち殺してやる」

 

 殺し屋の言葉は酷く簡単だった。敵を同じくするならば、と言うサバイバルにおける鉄則な誘い文句。

 

「―――は! 分かり易い。実に良いな。アタシから同盟はマスターに進言してやるさ。だからまぁ、今はアタシと協力しな」

 

「ああ。このセイバーは奴らの身内らしい。命を奪い()るには十分な理由だ」

 

 不利な状況下だが、この程度の逆境には慣れている。セイバーは人でなしの笑みを浮かべつつ、何故か急に不機嫌な形相に変わった。

 

「……成る程。そこの殺し屋、貴様―――亜璃紗に手傷を負わせたのか?」

 

「そうだぞ、否定はしない。その様子だと念話で知ったみたいだな」

 

 回転式拳銃(リボルバー)をくるりと回しながら、下劣な笑みをアデルバートは騎士王へ向ける。まるで、この銃で撃ち抜いてやったと嘲笑うかのような仕草だ。

 

「殺し合いはまた次回か……ならば、仕方ない」

 

 セイバーは念話で味方の状況を随時得ている。当初の目的はもう果たしており、得るべきモノは得られた。黒化聖女達もサーヴァント戦に運用した所為で、消耗が激しく修復が必要らしい。亜璃紗も腹部に風穴を空けられたらしく、もう黒い泥の転移で撤退を完了させている。

 ならばこそ、セイバーがすべき事は何もない。鎧の中に仕込んでおいた小さな蛭を、念話で知らせを受けた桜が遠隔より転移座標に使い―――セイバーは奈落へ堕ちるよう、一瞬で広がった地面の泥に沈んでしまった。

 

「……っち。アーチャー、その様子だとセイバーに逃げられた様ね」

 

 静かになった戦場。アーチャーの背後には、彼女のマスターが苛立った雰囲気で佇んでいた。凛は念話でアデルバート・ダンがいることは聞いており、バーサーカーが奪われたらしいことも知っている。となれば、次の戦闘だとセイバー同様な姿になっているかもしれないと、最悪の未来を簡単に予測していた。

 

「ああ。敵さん、色々と考えてるよ。……汚染されたセイバーに、甦った亡霊の衛宮切嗣ね」

 

「あの亡霊にも逃げられたわ。こっちを殺すと言うよりも、抑え込むことを優先してた。わたしを殺す気もそこまでなかったみたいだし……いや、殺す予定が最初から無かったみたいな、妙な感じだったけど」

 

「気味が悪い事態になってきたよ、マスター。背後には誰が居るんだか」

 

 はぁ、と深く溜め息を吐く凛とアーチャーの主従。

 

「―――間桐桜。お前の妹さ、遠坂凛」

 

「何を言っているのかしら、アデルバート・ダン?」

 

 此処で始め、凛はアデルバートへ視線を向けた。

 

「もうそこのアーチャーから、オレの提案を聞いているんだろ?

 今直ぐ殺しに来ないのが良い証拠さ。だったらよ、敵側の情報がこれ以上欲しいなら、オレと同盟を組め」

 

「はん! サーヴァントを失ったマスターに、同盟を組む価値があるのかしら?」

 

「そうかい。だったら―――オレを雇え、殺し屋としてな。報酬はこの戦争で生き残れることで十分さ」

 

 

◆◆◆

 

 

 アーチャーが強制召喚される前。己が宝具を解放したライダーは、王手を彼らに掛けていた。だが、このライダーでさえ事前に想定することのなかった奇襲方法により、戦場の土台ごとひっくり返されてしまった。

 

「―――エクス……カリバーだと!?」

 

 黒い極光。英霊の座に昇った者であれば、あれほど高名な宝具を見間違える訳がない。ブリテンと関わり合いがないモンゴル生まれの英雄のライダー―――チンギス・カンとて、英霊の座に昇った英霊として、アレの威容を見間違える訳がない。生前と関わり合いが無くとも、高名な聖剣程度見れば理解できる。

 光の斬撃、最強の聖剣、真名は約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

「だが……黒い。我輩が想定する戦場の埒外で、一体何が起きておる?」

 

 相手を追い詰め切っていた筈。亡霊兵の弾幕により、敵陣を大部消耗させれいた最中。だが、その砲火を出現した盾が防ぎ止めていた。敵魔術師は投影魔術を得意としているらしい。展開しているあの武器は恐らく、トロイア戦争で活躍した英雄の盾。ライダーはアイアスの盾と一目で判断し―――何も、問題はないと攻撃を続行していた。七弁あった守りも、砲火によって既に五枚消えていた。このまま撃ち続ければ、そのまま相手を消し済みにして簡単に殺害できる。

 それを―――エクスカリバーによって、兵士を一掃されてしまった。

 衛宮士郎達へ砲火を決行していた配下を皆殺しにされた。ライダーもあの場所に留まっていれば危険だった。咄嗟に範囲外まで飛ばなければ、そのまま光の中に消えていた事だろう。

 

“デメトリオ。お主、無事か?”

 

“無論……しかし、敵から離れた”

 

 エクスカリバーの極光によって、斬り合っていた相手を聖騎士は見失っていた。宝具が来ることをライダーの念話と自前の第六感で察知し、感覚のまま後ろへ避けた所、眼前に黒い光が通り過ぎて行った。その時にどうも相手は自分の戦域から離脱したらしく、首を取り逃がしてしまっていた。

 

“仕方ない。用心しろ”

 

“分かってる”

 

“だが、騎士王を表に出さず、わざわざ伏兵に利用し奇襲する。らいくないの、あやつらからの印象とは程遠い。想定内の事態故に驚きはせんが、何かが……何処かが変ぞ。可笑しい”

 

“確かに。本来ならば、騎士王と某らを戦わせ、後ろからエミヤが撃つのが戦術的に正しい”

 

“そうよ。本当にあの騎士王は―――衛宮士郎なるマスターの、サーヴァントか?”

 

“キナ臭い。気を付けろ、ライダー”

 

 念話をしつつデメトリオは異常事態に備え、自分のサーヴァントの元へ帰還する。騎士王アーサー・ペンドラゴンを見たライダーは、あの手合いの英雄が自分の誇りと言える宝具を奇襲に使うことが意外だった。

 ライダーは削られた兵力を計算し、まだ問題ないと判断。セイバーが戦闘に加入してこようとも、それ用の兵器は準備済み。エクスカリバーの発生位置から、既に観測兵によって姿を捕えており、此方に向かって来ているのも分かっている。新たな敵戦力の確認もできた。

 故に―――もはや、エクスカリバーは取るに足りない兵器となった。姿さえ確認してしまえば、真名解放など二度と許すものか。

 彼にとって一番の凶手と為る筈のアーチャーは、同盟相手を利用して隔離できた。あの女の強さは知っており、恐らくはあの神父と暗殺者も理解していよう。故に、あれが他人と組んで自分達と戦う事になるのはどうしても避けたかった。自分と戦った時は本気を出そうとしていなかったとしても、ライダーは出来るだけアレを排除したかった。それが出来るように、態々あいつらとアーチャーを一対二の状況にしてやった。

 だがその程度で殺せるのか、如何か。ライダーは希望的観測はしないが、結果の一つとして思考はしていた。違ったとしても、敵陣の戦力を減らす好機が今なのは確実。その為に神父達と同盟を結んだのだ。

 しかし―――

 

「まぁ、逞しい心臓ですね。とても握り甲斐がありますよ―――ライダー」

 

 ―――泥に囚われ、背後から肉体を貫かれるのは想定内でも、予想内の出来事ではなかった。

 異常の始まりは自分と自分の軍勢へ、突如として迫り襲って来た黒い極光。それを避けたのは良い。あんな膨大な魔力を真名解放を放つ前段階で感じ取れば、自分らに届く前に相応の準備も出来る。エクスカリバーが解放する斬撃軌道から、ある程度は逃げ伸びることも可能。観測兵から随時情報を得ているライダーにとって、不意打ちで撃たれるエクスカリバーを避けるのは難しくは無い。

 容易とは言えないが、それでも避け切った。

 避けた先へ、計ったように―――この女が存在していなければ、ライダーは不意と取られる事もなかった。

 

「何者だ、貴様……―――!?」

 

「魔術師、間桐桜。この度の聖杯戦争を起こした元凶の一人です」

 

 驚愕するライダーは、背から自分を抉る相手に振り返る事もできない。そして、彼女は体内に捩り込ました右手で、まだ鼓動を続ける心臓をそのまま強く握った。生きている体の内側から、桜は直接ライダーの霊核を文字通りに掌握していた。つまり、ライダーの霊核越しに宝具の死霊共も桜は汚染した。これではもはや、ライダーであろうとも亡霊兵に命令を下せない。

 ―――王手を越えたチェックメイト。

 全てを支配する将を囚われては、配下の駒は何も出来やしない。

 

「―――シィ……!」

 

 だが、自分のサーヴァントの危機を見逃すデメトリオではない。真に将となるのはマスターだ。何よりライダーを確保し、隙だらけな背後を見せる桜は殺したい放題。

 彼は切除の魔眼を発動するよりも確実に殺すため尚早く、標的との間合いを一瞬で零に縮めて斬り掛かる―――!

 

「しくじったか。流石は、聖堂騎士団が生み出した人型兵器だ」

 

 尤もそれは―――長身の神父が、聖騎士へ踏み込んで来なければの話であったが。横槍を完璧なタイミングで、言峰綺礼は聖騎士へ叩き込んだ。一撃でもその拳を生身で受ければ、内臓破裂は確実。練られた動きと身体機能から、気配はサーヴァントではないとしても、戦闘能力は埋葬機関並みの達人だとデメトリオは判断。流石の聖騎士と言え、無視出来る相手ではなかった。

 攻撃を避けると同時、デメトリオは敵を斬りながらステップを踏む。斬れたとはいえ、胴を数cm深く切った程度。神父は気にせずもう一度迫って来たが、彼は構わず最速で二刃目を繰り出す。たったそれだけで、相手を後退させるに十分な脅威。余りにも行動が騎士は早過ぎる。だが、その所為で騎士もライダーへ助けに行くのが一時的に止まってしまった。距離もまだあり、間には神父が一人佇んでいる。

 

「足止めか、神父。無駄だ」

 

 しかし、そんな程度で手段を失くす聖騎士ではない。距離があり、障害が有って斬りかかれない。となれば、その時こそ魔眼によって細切れにすれば良い話。

 

「―――……貴様」

 

 その斬撃を、桜はいとも容易く封じていた。

 

「ええ。無駄です。呪いで空間そのものを汚染してますから、大魔術でもないそんな異能程度の神秘は楽に潰せます。

 空間を切れると言うのでしたら、空間を支配してしまえば良い話。後は出力の問題なだけ」

 

 デメトリオの横槍で、それでも数秒の時間が過ぎている。それだけあれば、ライダーならば脱出くらいは出来る。心臓が潰れない様、自分の胴を串刺しにしてでも桜の心臓へ刃を刺し込める。そのことをデメトリオは疑問に思い、しないのではなく出来ないのだと直ぐに理解した。

 ……想像を絶する呪詛が、体内から溢れてライダーを拘束している。

 地面から湧き出ている呪いも拘束具に使われ、身動きがまるで取れない。だが、危機はそんな程度だけでは止まらない。

 

「あら、気が付きましたか。そうですよ、ライダーのマスター。令呪による命令なんて、そもそも聖杯を使えば使用権くらい妨害できます。あれは限定的な聖杯の解放によって起こす、ただの魔術現象に過ぎないですし。

 まぁ、本来ですと通常はそこまで出来ませんが―――命令を下されるサーヴァントを掌握してしまえば、不可能な技術じゃないんです」

 

 令呪による脱出指令を、デメトリオはライダーに下せられなかった。だが、些か不可解な気分をデメトリオを感じ取れた。確かに、自分は令呪でライダーの奪取を狙った。しかし、それはまだ発動前段階。魔力を込めて、令呪を発動させようとしたところで、違和感を感じて戸惑っただけ。だからこそ、何故―――まだ、自分が発動させていないソレをあの黒い悪魔の魔女は悟れたのか?

 

「さぁ、何ででしょうかね。教えませんよ」

 

「―――……まさか」

 

「どちらでも、もはや構いませんでしょう? でも、貴方の同盟相手であるあの神父でしたら、この仕組みを知っています。

 ……それだけのことですよ。

 こうやってライダーは既に私の掌の上に転がってきました。後はじっくりねっとりと、この右手で握り潰すだけで魔術師殺しさんの策は完成です」

 

 ライダーでさえ、恐らくはマスターたるデメトリオでも察知できない完璧な奇襲。エクスカリバーを囮に使った常識外れな作戦。泥によって広範囲を一気に侵食汚染。泥の群れを形成し、虚数空間から放たれる影の鞭。

 ……流石の桜でも呪泥の虚数による転移と、サーヴァントの霊体を削る呪いを、誰にも悟られずに出せる道理は欠片も無い。サーヴァントは勿論、聖騎士、殺し屋、正義の味方も楽に察知できる。空間と空間を連結させるには、それ相応の魔術の気配が内包されている。しかし、それを解消する手段がない訳ではない。術を成す為の基点があれば良い。膨大な魔力を存分に使用すれば、目的座標へ楽に魔術を具現可能。加えて、戦闘中であれば隙も見出せる。ランクA++の対城宝具を利用し、文字通り桜は“影の中”に罠を潜ませたのだ。

 それは―――小さな黒い蟲だった。

 何処にでも生息している羽虫。存在感などまるで放さず、気配も皆無。殺気もなかれば、脅威など有り得ない。視界に映ろうとも、戦闘中で気にする事もない。あるいは、戦場でなければある種の違和感はあるのかもしれなかったが、全長が5mmもない生物を注意することは非常に難しい。

 そんな羽虫が地面に染み込むよう、一気に数十mまで膨れ上がる怪異。

 魔術を発動させる瞬間をライダーは察知したが、その時にはもう空間ごと塗り潰す呪詛の範囲内。反応したところで、それ以上の速度で間桐桜の虚数元素が敵を捕えた。加え、その泥から出てくる影の触手は霊体のサーヴァントにとって絶対の天敵。地面の泥沼だけでも致命的なのに、その触手に捕えられると肉体が汚染される。この密度になると、あの英雄王に並ぶ自我がなければ意識も保てない。

 

「最初から我輩を狙っておったか……!?」

 

「良いですね。一を聞いて十を知るのは並の天才ですけど、零から百を錬り出す貴方は最高の意味不明(ゲテモノ)です。

 ですけど……流石の貴方でも、知識外のイレギュラーには対応できません。私のこの魔術は零ではなくて、英霊全てに対する埒外の天敵。一度でも私の力を見られればお終いですけど、一度でケリを付けられれば―――ほら、こんなにも簡単に捕まえられました」

 

 サーヴァントを捕える絶対の泥とは言え、ライダーは脱出できた。この英雄の自我の強さは狂っている。国家規模の膨大さだ。並の人間霊数十万程度の魂の強靭さを誇る。三秒でもあれば、強引に地面ごと魔力と火薬で抜け出せた。瞬時に死なぬ程度に自爆し、迎撃態勢を整えられただろう。

 だが―――間桐桜は、その三秒を許さない。

 捕えた刹那に、泥を介して転移。次の瞬間には心臓を生きたまま掴み、霊核を完全に掌握。作戦自体は衛宮切嗣が考えたものだが、それを可能とする間桐桜の化け物加減は常軌を逸している……!

 

我輩(ワシ)が計り合いで……貴様、それは―――」

 

「その通り。知っているのでしたら、話はとても早いです」

 

 デメトリオが疾走(はし)ろうとも、全てが遅い。足止め役の言峰綺礼もそうだが、その神父がまるで従がえるよう、黒いクラゲに似た魔物が大量に地面から生えてきた。影法師の如く、余りに唐突な脅威の出現。桜とライダーまで物理的な距離は近くとも、間に挟まる敵の手でデメトリオですら到達出来ない死地と化す。

 ―――桜は笑った。悪魔の真名を唱えるために、狂気を己の要にした。

 拝火教における邪神の符。膨大な呪詛が心臓を体内で握る右腕から溢れ、黒い紋様が桜とライダーの全身を二人纏めて覆っている。ならば、言葉にせよ。黒き呪詛を生み出した元凶を形に示せ。

 大聖杯の中に眠り続ける悪神の名を言葉へ変え、今此処に世界を呪う神の泥を現そう―――!

 

「―――この世全ての悪(アンリ・マユ)

 

 




 殺し屋のアデルバートの外見イメージは、ぶっちゃけ銭形警部やロールシャッハみたいな茶色の外套&帽子です。顔は若手カリスマギャングですけど。
 後、やっと桜さんを本格投入できました。ブレインの切嗣と、暗躍担当の綺礼に、戦術兵器担当のセイバーが居て、やっとキャスターと対抗できるサーヴァント二体を手に入れました。

 余談ですけど、Fateアニメのクオリティの高さが凄過ぎる所為か、更新していない間に平均評価が凄く下がってて逆に笑った。でも、低い評価をする人ってこんな駄作つまらねぇ暇潰し以下の徒労だって感じで、もう二度この作品を見ないでしょうし……読者じゃなくなった誰かに何か言うのは、作者自身もやっぱり物凄くつまらないので、普通にこのまんま書くのが一番なのかなぁと。
 なので、読んで頂けている方には、改めて、本当に感謝しています。二次の執筆が楽しめるのは、読者あってこそだと、久方ぶりに更新して実感しました。


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69.第三同盟

 ダクソ2の大型アップデート! ストーリーが補完されるのが何より嬉しい!
 そして、Fateのアニメで遂に士郎の見せ場が来ました。日本の山育ちはやっぱり怖すぎます。


「―――レンに、それと殺し屋の使い魔か」

 

 何とか走れる程度には回復した士人は、森の中で子猫と子犬に遭遇した。神父は静かに血流で武器を整えているアサシンに指示を送りつつも、二匹の様子からどうも事態がややこしいことになっていると何となく察していた。

 

「へへへ、代行者の旦那。こっちはアンタらと戦う気はないが、少しばかり用があるんでさぁ」

 

「…………」

 

 人間形態となっているレンはフレディに会話を任せながら、この男の挙動を観察していた。

 

「ふむ。いや、此方は確かに使い魔のお前らを殺すつもりはなかったが、それでも主人を殺そうとした敵だ。その我々に用とはまた……そこまで、後先考えられない状況下に堕ちたと言うことか」

 

「……―――」

 

「何だ? お前はもう殺人貴と出会えたのだ。俺との間にある仮契約も、既に完了している筈。まぁ、だからと縁を完全に直ぐ様断つと言うのも変な話だが。それでもレン、まだお前は俺に助けて欲しいことがあるのか?」

 

 そんな突き放す言葉を言う士人を前で、ただただレンは手を差し出すだけ。彼女はこの男の性質と人格の歪さを理解しており、彼の言葉が虚構であると分かっていた。嘘ではなくも、他人の感情を揺さぶるだけの道具として、神父は便利な精神解剖用のメスにしているだけ。

 となれば、無視をするのではなく、受け入れた上で神父を肯定し、自分の要件を貫く。そうすれば、何だかんだで大体のコトを受け入れてくれる捻くれた正直者だと、彼女は長い付き合いで分かっていた。

 

「やれやれ。お前ともアレが死んでからの付き合いだ。まぁ、そう言う奴が居るのも悪くは無い」

 

 自分の性質を理解されている。それを神父は知った上で、彼女が自分との巧い付き合い方が出来ることを愉快に思う。今更レンを拒否することも不毛と考え、彼は何時も通りの意思疎通の手段を取った。

 思念による言葉を使わないイメージ情報。

 先程までレンが監視していた戦場が士人へ伝達される。ずっと見ていた戦場の流れ。間桐桜、間桐亜璃紗、セイバー、衛宮切嗣。そして、嘗て生きてた自分の養父―――言峰綺礼。

 

「…………――――――む」

 

 言峰綺礼。あの聖堂教会所属の史上最悪の聖騎士と戦う、死んだ筈の父親。聖杯の中で魂の残滓が残っているとは考えていたが―――まさか、第六次聖杯戦争のサーヴァントとして召喚された?

 死んでいる。肉体の成れの果ては墓の中。しかし、あの神父の魂は何処へ消えたのか?

 写真でしか見た事は無いが、死んだ筈の衛宮士郎の義父も戦場に存在していた。何故?

 

「―――レン。お前は、これを伝えたかったのか」

 

 こくり、と無言で頷く少女。言峰士人は深く、無防備な姿で両目を静かに瞑る。

 

「……分かった。結論は後で出そう。取り敢えず、話し合いの場を設けるのは賛成だ」

 

 となれば、半ば傍観者に居た位置から降りなければならない。アサシンは何も言わず、何の変化も無く、静かに神父と隣に佇む。そして、人間の形を成すレンの後を歩き、神父は何も言わずに付いて行く。

 森の木々が続く光景が途切れ、三人と一匹は目的地に付いた。

 その場に居るのは、予想出来た人物たちだが、居なくては可笑しい奴が足りなかった。

 

「――――――良く……来れたな、アンタ」

 

 流石のアーチャーも、先程の殺し合いの後に悠々と神父が姿を現したのには驚いた。図太い何て物ではなく、この男は空気を読んだ上で無視する。あるいは、意味もなく破壊する。弓兵とて今の状態で殺し合いなんて出来る気分ではないが、それでも殺気立つのを抑える気になれない。

 ……無言のまま、アサシンが呪詛で血を煮え滾らせる。既に相手(アーチャー)の行動原理と殺人手段は把握し、相手側もまた自分の動きを読むだろうことを予測する。その上で、如何に黙らせるか思案し……ふ、と意識を零に戻した。なにせ、守るべき相手であるマスターが、欠片も戦意を現していない。人の心臓を鷲掴みにする害意も出していない。となれば、サーヴァントたる己がすべき行動は何も無い。ゆったりとした視線で、アサシンはただただ警戒だけしている。

 

「俺もどうかと思ったが、レンの願いだ。そこの殺人貴の成れの果てに返せたが、それでも長い間自分の同業者だったのでな。それなりに情はある」

 

 神父が出てきた所為で皆が殺気立つも、アーチャーが守る様に一歩出ることで治まった。奇しくも、先程の死闘と同じく、士人とミツヅリの睨み合いと言う形になった。

 

「へぇ、アンタみたいな化け物にそんな人間性が残ってるの?」

 

 笑っている。聖職者として完全無欠の、欠点が一つもない無垢な笑み。神父はどうしようもない程、アーチャーと言う女を心の底から祝福していた。そんな言峰士人一人にしか分からない理屈で、彼は養父と似た表情で微笑み続けている。その事を、目の前のアーチャーに無理矢理理解させる笑みを浮かべて、神父は自分に相応しい“貌”を張り付けていた。

 ……アーチャーの胸中にあるモノは、複雑な愛憎と、粘りつく葛藤。言葉に出来ず、したくもない想い。

 

「無論だ。二人の再会を祝福するとも――――で、メランドリに……ダンもか。お前らはサーヴァントを失ったようだな」

 

 ゆらりと視線をアーチャーから逸らし、士人は後ろで佇む二名を観察した。デメトリオ・メランドリとアデルバート・ダンの二人にサーヴァントは居ない。この場にライダーとバーサーカーは存在していなかった。

 

「間桐桜だ。アレは貴様の何だ?」

 

 デメトリオが同盟相手であった神父を斬る様に睨み、その次の瞬間に剣気を消した。今はその時ではないと、彼は自分へ言い聞かせていた。逆にダンは無言を貫いており、喋ることなくただただ話を聞いているだけ。

 

「友人だよ。九年来の大事な共犯者さ。尤も、聖杯戦争の始まりで白紙に戻ったが」

 

「某を計ったか」

 

「俺もあの女に上を行かれたのさ。ライダーが聖杯に回収されたのは俺にとっても不都合だよ」

 

「成る程。まだ貴様の斬り頃では無い訳か」

 

「さぁな。誰を何時斬るかはお前が好きに決めれば良い」

 

「当然。斬る為に斬るだけだ」

 

「相変わらずの自己完結。羨ましい限りだよ。俺もお前の様に早く、この求道を完結されたいものだ」

 

 淡々と、有意義な情報と無意味な言葉を混ぜて、二人はあっさりと互いの立場を組み上げた。

 

「そうか……ふむ。では、某との同盟は如何に?」

 

「続行だ。お前はお前単体で価値ある戦力故に、な」

 

「有り難い。しかし、某は他の者共とも組まねば危険と考えている」

 

 恐らく、神父と聖騎士は視線だけで相手の思考を読み取り、答えを最初から分かっている。そんな有り得ない程の冷徹な意思疎通。言葉にする前に、何をどうしたいのか何となくだが把握し、分かり切った材料で質問と回答をしているだけ。

 

「お前が斬らないとなれば、それ位しか理由が浮かばないさ。俺としても相手側が賛成してくれるのであれば、是非も無い好条件だよ」

 

「構わん。どうせ皆殺しだ。早いか遅いかだ。殺せなば、結局戦争で死ぬ。某も死ぬだけだ」

 

「成る程。それもそうだな……とまぁ、此方はこれで話は終わりだ。其方はこれからどうしたい?」

 

 微笑みを崩さず、アサシンを従えたまま神父は一同を見渡す。

 アヴェンジャーと綾子は賛成も反対も特には無く、正直アデルバートはバーサーカーを自分から()った相手を撃つのが最優先事項。殺し屋は美綴綾子の選択に最初から任せる気であり、綾子は綾子で殆んど神父が仲間になることに乗り気だった。またアヴェンジャーは生前の事とは言えレンの事で借りがあり、神父そのものは嫌悪して信頼はないが信用は十分にしている。

 凛は凛で利用し、利用されることを良しとしており、師匠と弟子の関係を解消した気は一切ない。それは士人も同じであり、凛は士郎を取り返す事を優先しないといけない。セイバーとも決着をつけないとなると、相手にキャスターがまた存在していると考えれば、最後の最期で敵になる相手だろうと今は戦力の一つとして数えたい。

 

「取り敢えず、話し合いましょう。同盟か否かはそれからよ、バカ弟子」

 

「そうか。感謝だ、師匠」

 

 凛がそうと決めれば、綾子の選択も決まっていた。

 

「こっちも情報交換次第かな。アンタはどっちにしろ、隠し事が沢山ありそうだし。それを聞かないと、それこそ話にならない」

 

「喜ばしい限り。しかし、流石のお前も、今は相当気がまいっているのだな」

 

「分かるの?」

 

「無論。姿を見れば、精神状態くらい一通り分かる。聖杯戦争はどんな気分かね?」

 

「あー、別にぃ……そこまで気負ってないさ。所詮この聖杯戦争もただの戦争。敵は殺すもの。あたしは自分に対する決まり事で、どんな奴を敵にしたいのか、どんな理由があれば戦うのか決めているだけ」

 

「ほう。お前は決定事項がはっきりしているから、こう言う場合は話し易いぞ」

 

「そうかい。でも結局、戦うなんて個人的な理由が全てさ。戦う訳ってヤツは感情任せなんだ。好きな戦場で好きな奴と戦って、好きな様に殺すのみ。戦いたいから戦う戦争屋に過ぎない。

 ―――戦場が、気に入っているだけだ。

 まぁ、青臭い正義感もそれなりにあるから、殺さなければ殺す。外道畜生の命を奪うのはそれなりに愉しいし。けれど、前は兎も角今はあんたや聖騎士はそうじゃない。命を狙われたけど、こっちも狙ってたから互いの罪悪は相殺される。個人的な感情であんたら殺したい訳でもないから、協力するのも否定的になりもしない」

 

 綾子が戦場で生きている理由がそれだ。今の彼女の在り方であり、戦争屋と例えられる生き方だった。人格や精神が変異したのは直ぐに分かったが、それが不快ではなかった。己が武と力を振い、命を奪い、如何でも良い誰かを結果として助けた。何より、身知った誰かを救うことも出来た。

 思う儘に戦い、赴くままに戦場を彷徨う。

 罪悪感が抜け落ちた実感と、心身が闘争へ特化する自覚。

 美綴綾子は既に成り果てて仕舞っていた。気が付いた時にはもう、常識から乖離した衝動のまま強くなってしまっていた。

 異能と共に目覚めた特異な意識が、元の(カタチ)へ戻る事は有り得なかった。

 

「知っている。そう在れと思い、俺はお前を育てたからな」

 

「そんなのはあたしも自覚してる。この闘争心は間違いなく―――美綴綾子が生まれながらに持つ異常なのだから」

 

 開花されなかれば、綾子の魂に眠っていた異能は種のままだっただろう。しかし、神父の手で丁寧に成長を促され、彼女は異常な何かを覚醒させた。綾子はそれを批難する気は一切ない。何せ、その異常性は元々自分が生まれ持っていたもの。それを他人の所為にするのは彼女の信条が許さない。

 

「…………――――――」

 

 冷やかに、凍える目付きで淡々とアーチャーは見ているのみ。睨みつけてすらいない。美綴綾子と言峰士人を感情がごっそり抜け落ちた屍の眼球で、何も浮かべつに二人を映すだけ。

 逆に、アヴェンジャーたる殺人貴はのほほんと気を抜いている。色濃く警戒しているが、それだけだ。今の彼からすれば、この状況は小休止に過ぎないのだろう。この神父は利用でき、殺そうとすれば手間が掛かる以上に、戦わなくて済むのに戦おうとすれば良くないことが起こる。最優先にすべき排除対象の存在があると分かった今、殺すべき相手との一時的共闘も策の内だった。

 

「―――レン」

 

 殺人貴(アヴェンジャー)の一言で、人型から黒猫に戻り、彼女は神父の傍から離れて行った。アデルバート・ダンの使い魔である子犬のフレディも、とっとと仕事は終わったと主の隣で伏せて目を瞑っている。

 

「……マスター。俺はアンタの言う通りにするさ」

 

「そりゃそうしてくれれば有り難いけど、反対意見は無いんだね、アヴェンジャー」

 

「ないさ。そこの殺し屋と同盟のまま、遠坂凛やアーチャーと組むって言うのならね。むしろ、そこの神父は近くで監視出来た方が安心感があるからね」

 

 既に宝具(直死の魔眼)を眼帯で封印し、魔力消費を抑えている状態。アヴェンジャーはポーズで交戦の意はないと言峰士人とアサシンのペアに示している。

 となれば、今この場所で死の気配を放っているのは唯一人―――弓兵(アーチャー)英霊(サーヴァント)

 サーヴァントを失っていない凛と綾子とて、本当はアデルバートとデメトリオの参加資格を失った元マスターは排除した方が良いと考えている。しかし、殺意を向ければ不利な者同士、この殺し屋と聖騎士は同盟を組む可能性がある。その場面で出てきた神父を考えると、はっきり言って後の展開を予測する方が難しい。そうなれば、事はシンプルに纏めなければ先の出来事で気が付けば、死ぬ間際まで追い詰められているかもしれない。そんな厭な予感が脳裏から離れない。

 故に、ここは探りを入れる。

 騙し合いとなる前に、殴り合いの前段階まで最初から持ち込んでおく。

 アーチャーとて、そんなことは理解している。ライダーとバーサーカーがキャスター以外の第三勢力に取り込まれたとなれば、残った者達で一段落するまで結託するのが一番。

 

「なぁ、神父。悪さをするのは構わないけど、殺しても良い隙を見せれば―――躊躇わず殺す。

 アタシから言えるのはそれだけさ。今回みたいな機が来れば、もう一度切り裂いてやる。アタシのマスターに……いや、アンタの師である遠坂凛に今は従がっていなよ」

 

「当然だとも、アーチャーのサーヴァント。纏め役は自分以外の誰かに勿論譲る。その役目が遠坂凛となれば、お前のマスターに従うのは当たり前の結論だろうて」

 

 憎悪を越えた熱気と冷気。灼熱の戦意が冷徹な殺意が合わさったアーチャーの眼光。弓兵の名に相応しい鋭い目付きは、英霊であることを辞めた悪霊の邪眼だ。

 

「……じゃあ、ここの全員、あの異変が解決するまで同盟ってことで構わないわね?」

 

 凛の一番の気がかりはアーチャーだった。しかし、そのアーチャーも異常事態の為に私情を内側へ抑え込んでくれた。あの怪異は、サーヴァント云々と言うよりかは、既にもう守護者として作用する程の世界の脅威だ。その事をアーチャーは悟っており、その危機感は凛にも伝わっていた。

 よって、全員の利害が一致する。

 これより第三勢力と、キャスター陣営に対する同盟の一歩目が踏み出された。

 

 

◇◇◇

 

 

 間桐邸リビング。森での戦闘が行われた翌日のお昼前。聖杯戦争前は桜と亜璃紗しかいなかった家も、今ではかなり手狭になっていた。この部屋には二人しかおらず、他の人間はバラバラに思いのままこの自由な一時を過ごしている模様。

 神経質なまで念には念にと、衛宮切嗣は外で監視と罠の配置をし、一仕事終えた言峰綺礼は、生前顔見知りだった店主にバレないよう変装して泰山へ麻婆豆腐を食べに行っている。セイバーは捕縛した士郎と共に地下の一室に引き籠り、ライダーとバーサーカーは何故か意気投合し、やることもないので空き部屋で暇潰しのゲームをしていた。リビングにも上の階で電源がついているテレビの雑音が聞こえ、微かにだがライダーとバーサーカーの会話の音も下まで響いている。

 実はこの空き部屋、世間では行方不明として処理された既に亡き、間桐家長男が暮らしていた一室だ。使用しているテレビも慎二が使っていた品物。しかし、ライダーとバーサーカーがしているゲーム……と言うよりも、ライダーがプレイしてバーサーカーが鑑賞しているテレビゲームは、亜璃紗が間桐家に来てから桜が買い与えた娯楽品。ゲーム機も種類が何気に充実しており、ソフトの類も多く、実質元慎二の部屋は亜璃紗の娯楽部屋と化していた。色々な各種図鑑や魔術と関係ない普通の書物、漫画やライトノベル、流行り物の小説もずらりと並べられていた。一日中ずっと暇を潰せる為、ライダーとバーサーカーも退屈を潰せられる。

 如何でも良いが、ライダーがしているゲームは戦略シュミレーション。意味もなく現代兵器の浪漫を語り合いながら、鬼神染みた先読みで敵陣地を占領する本気の騎乗兵と、そのゲームプレイを見て楽しむ狂戦士。政治や君主論、あるいは現代社会の形容について会話を重ねつつ、酒を飲みながらあーでもないこーでもないと不毛な論争に熱中。王が他国を支配する王とプライベートで娯楽を共有するなんて生前は有り得ないので、死後のこの不可思議を何だかんだで二人は楽しんでた。

 

「あれ、桜さん。それってイメチェンですか」

 

「そのつもりはありませんでしたけど、これを機に少しだけ凝ってみました」

 

 地下室から二階に出て、一回に戻って来た桜を見た亜璃紗の感想。イメチェン、と言ったのは今の桜を見れば誰もがそう思うだろう。

 桜の髪は長く、女性として理想的な麗しさを体現していた。

 しかし、今の桜の髪の毛は短く切られている。肩の高さ位で長さが揃えられており、前髪もそれに合わせて少しだけ短め。高校時代の美綴綾子の髪型に似ており、鏡を見た桜自身も彼女の雰囲気に近いと思った。

 

「ライダーは凶悪な自我を保有しておりまして、アンリ・マユと令呪だけでは抑え込められなかったんですよ。そこで女の魔術師にとって財宝とも言える髪を触媒にし、束縛の補助に使いました。一本一本に眼界まで聖杯の呪詛を込めた特別製をね。後は間桐式肉体言語で説得を。

 本当、あそこまで出鱈目な抵抗……神性スキルを持たないで、精神力のみで可能とするとは驚きです。人間からなった英霊だと言うのに、神の混血や魔物からなった英霊よりも遥かに化け物。

 いやはや、何だかんだで一番怖い生き物は人間なのかもしれません。

 そんな生命体を生身の徒手空拳から支配し尽くしたライダーこそ、そこらの英霊も置き去りにする強靭な魂を持てるのでしょう」

 

「そうですか。じゃ、バーサーカーはどうでしたか?」

 

「ええ、彼は物分かりが良かったです。彼も髪の毛で縛りつけましたけど、呪詛と令呪で更に狂化させました。加えて、宝具の魔剣に崩壊寸前まで呪いをブチ込みました。

 相性が悪い意味で聖杯と良かったみたいです。理性は失っていないみたいですけど、肉体の制御権は此方側へ奪取できましたので……と言いますか、なんであそこまで追い詰めて、彼の自我が崩壊しないかが不思議でしたけど。受けている呪いの総量は魔剣とクラススキルの影響もあって、セイバーやライダー以上の筈なのに」

 

「慣れだよ、慣れ。普通なんでしょ、バーサーカーからすれば。何時もよりちょっとばかり重いだけで」

 

 バーサーカーが背負う呪詛の濃さは、もはや英霊の魂が耐えられる許容範囲を大きく逸脱している。バーサーカーのクラススキルによる狂化と、魔剣ダインスレフによる狂気の侵食に、桜が加えた聖杯の汚染。この三重苦をものともしない精神と魂魄は、永遠を踏破した伝承を持つ英霊と言えよう。流石であると桜も深く感心していた。

 

「そんなものですか?」

 

「そうそう、そんなもん。内側を見た限り、こっちの方針そのものは嫌悪せず、逆に関心を示してましたし。ま、あの殺し屋を殺せと命令を下せば、敵味方関係ない本物の狂気へとトリガーを引くみたいですが」

 

「はぁ、それは怖いです。でも、なんで今それをしないんですか?」

 

「受肉した今の状態でそれをすれば、あのバーサーカーは冬木の人間を全て殺し尽くしますから。しかも、人間を斬り殺すほど魔剣は呪いを生み出し、狂化が加速し、虐殺を淡々と繰り返すだけの殺戮兵器になる。下手をしなくとも、自分が殺されるまで人を殺し続けるだけの現象と化す。加えて、死徒が羨むマジな不死で殺すに殺せない。

 つまり、聖杯の呪詛あってこその最終手段。通常なら、そもそもどんなに気合い入れても、狂いたくとも狂えない王様。今なら真に狂えるかもしれないと、実は結構それなりに準備中っぽいから。

 だけどそんな結末、あれは根がまともですから避けたい未来な訳だ。根本が善性の王様って訳なんですよ。性根が腐った女神の所為で狂ってますけど」

 

「……え。そんなにヤバ気なサーヴァントなんですか、バーサーカーって」

 

「うん、激しくヤバい。ある意味、聖杯以上の悪魔です」

 

「わぁ。ライダーも解き放てば日本滅ぼしそうですけど、バーサーカーもバーサーカーで大概ですね。不死身で尚且つ、殺せば殺す程強くなり、殺した相手の命で動力を得る永久殺戮装置―――楽しそう。

 いざとなったら、一気に狂化させてしまいましょう。残してある令呪も使って、聖杯から掬って私の呪層で煮込んだ特別製の呪詛も使ってでも。

 ライダーもバーサーカーも良い手駒です。これからの惨劇が楽しみで堪らないですから」

 

「どっちもどっちだよ。んで桜さん、セイバーさんはまだ地下から出て来ないんですか?」

 

「先輩の傷付いた回路の蘇生で時間が掛かってるみたいですね。肉体の治癒は兎も角、霊体や魂に付いた傷となれば、アヴァロンもパパっと済まないらしいです。

 ……かれこれ数時間、ずっと籠もりっ放し。

 私も二人の間に入って楽しみましたけど、まだまだセイバーは持つみたい」

 

「げ、桜さん以上ですか。ま、セイバーさんはあれでもブリテンの王様ですし、夜の方も王者なんだろうね。朝を過ぎて昼前になってるのに、深夜のテンション維持出来る何て憧れちゃうな」

 

「……亜璃紗、覗きましたね?」

 

(モチ)(ロン)です。でも、ぶっちゃけ、今のセイバーさんって肌の色が蒼白いくて屍……いや、やっぱ言うの止めよ」

 

「屍姦ですか?」

 

「え、桜さん言っちゃうんですか! まぁ、良いですけどね」

 

「ネクロフィリアは興味ないです。人間の死体なんて蟲の餌にしか使えませんからね。でも、あのセイバーが乱れるのは中々に……うん、やっぱり昼過ぎになったらもう一回私も行きましょうか。あの二人にも栄養補給させないといけませんし。

 ……と言うよりも、盛ってないでご飯の時間には上がって来て欲しいんですけどね。折角私が準備したのに」

 

「セイバーさんには負けますか、桜さん? 後、エロも程々にしないと健康に良くない」

 

「ヤですね。私はライダー用に温存しておいただけです。バーサーカーには拒否されましたけど。狂戦士なのに、あの人って凄まじく紳士で吃驚しました」

 

「あー、確かに。あのバーサーカーは良い人間ですよ。何よりも、この家に居る誰よりも貴重な常識人だし。あ、そうだ。後でライダー貸して」

 

「何故です? 体で一晩かけてやっと説得したんですから、貴女には余計なことをして欲しくないんですけど。折角、束縛呪詛を魂に埋め込めたのに、取れてしまったらどうするんですか」

 

 桜とて、小細工なしでライダーを縛りつけられた訳ではない。何年も掛けて呪詛と魔力を込めた髪の毛を使用し、令呪による聖杯戦争の契約とはまた別種の、使い魔と主としての契約魔術を性魔術を使ってライダーを支配した。セイバーも同様に、その魔術で支配した。特にライダーへ使用した髪の量は多く、中途半端な長さになるならと、ここまでバッサリと切った訳だった。令呪を開発した間桐臓現の知識を得た桜からすれば、自分の肉体を触媒にさえすれば容易い技術。

 しかし、バーサーカーは桜が戦う理由を聞いて、大人しく従がうことを選んだ。あの狂戦士は義理高く元マスターの殺し屋と戦う事だけは拒否するだろうが、殺さない程度に足止め位はすると思われる。無論、他のサーヴァントやマスター達が相手なら容赦など有り得ない。

 

「そう疑わないでって。話があるだけ」

 

「そうですか……」

 

「そうそう。それに戦力自体はセイバーさん一人だけで十分だし。鞘があれば、まず敗北は絶対に有り得ない。前回や前々回で召喚された大英雄ヘラクレスだろうが、あの英雄王ギルガメッシュだろうが問題ない。

 聖剣の攻撃力と、鞘による絶対防壁。加え、瞬間的な蘇生能力。彼女は普通に強いですので、搦め手にも対応出来ますし、誰にでも勝てる性能があるのです。本当の意味で最優なのさ、騎士王さんは」

 

「否定はしませんけど。けれど、有り得ないことがあるから聖杯戦争なんですよ」

 

 艶やかな瞳で亜璃紗を見つめる桜は何処か、人間以外の別の生き物に見える。

 

「嫌だな。分かってますから。ともあれ、黒化の擬似天使らの調整は済ませましたし、準備はもう大丈夫です。

 あの手駒は私が考えたとはいえ、サーヴァントの相手に使えば中々にエゲツないからね。人間が相手も無双できる良物品。あれらの思考回路には私が作った戦闘理論と殺人技術も焼き付けてありますし、戦争行為で応用がとても効いて使い易い。今回の作動で戦闘経験も積ませましたし、もっと良い道具に進化し続けます」

 

「相変わらず良い仕事ですね」

 

「元々私が学んでいたのは、人の心から人造の悪魔を生み出す魔術研究でしたし。まぁ、この家に拾われるまでの経験を生かせたと思えば、あの時間も無駄にならず個人的に嬉しいですし?」

 

 人間の精神を亜璃紗は専門としていた。正確に言えば、親に捨てられた亜璃紗を拾った男が、精神干渉を専門とする封印指定の魔術師だった為、亜璃紗も同様の魔術を習得していた。実験の失敗によって日本の地方都市が滅びる寸前、神父が亜璃紗の養父を殺して事態を収束させた過去があり、亜璃紗が間桐にいるのは神父が彼女を殺さなかったから。その後教会に預けられ、桜に引き取られてアリサは間桐亜璃紗になった。

 

「丁度良かったですよ。あの男は人に物を教えたり、作業をフォローしたり、お悩み相談や人助けをするが非常識なまで巧いですから。大聖杯の悪魔の制御で四苦八苦していた所で、神父が貴方を拾って来たのは正に天啓。神からの思し召し。

 まぁ……本当は、邪悪な悪魔からの誘惑の類なんでしょうけど」

 

「言えてます。あの男は強いとか弱いとか、そう言う天秤じゃ計れない魔物です。忘れられないな」

 

「私も誑かされた人間ですので、アレの怖さは分かってます。昔の私なら、ここまで突き進めるほど自我が育つなんて思うことも有り得なかったですから。

 やだやだ。関わると自分の都合が良い感じで事態が進みますけど、最後の最後であのゲテモノ神父が何を仕掛けてるのか考えるだけで……はぁ、この戦争もどうなることやらと不安で一杯ですよ」

 

「ん~、なるほど。桜さんも色々と溜まってるみたいだね。あのド腐れ神父に良い様に踊らされた?」

 

「むしろ、今も踊らされてるんじゃないでしょうかね。第六次聖杯戦争は、あの男と私で引き起こしましたし。何だかんだで時計塔のお偉いさんや、神父を使って教会やアインツベルンを騙すのは楽しかったです。でもま、アインツベルン自体は兎も角、そのマスターとサーヴァントはこっちの策を見破っていて、また新しいので騙し直さないといけません。

 あの神父とは、まぁ……言ってしまえば共犯者ですよ、九年前からの。腐れ縁を通り過ぎて、干乾びてもうどうにもならない因縁です」

 

「長いね。私も何だかんだであの神父は恩人だ。隠し事はしますけど、嘘は絶対につかない捻くれた正直者ってところも、ある意味信用できる奴です。ま、私に対して隠し事なんて無意味だけど」

 

「それは感謝しています。あの神父の計画を上回れたのは亜璃紗、貴女の御蔭ですので」

 

「いーえ、拾われた身としては当然の恩返し。やるべきことをやるだけです。だけど、桜さんの願望―――あの程度の聖杯で叶えられる代物なんですか?

 素直に根源への片道切符か、第三法の基盤習得で我慢すれば良いと思うけど。破壊作用云々の面倒事はあるけど、願い方と虚数の礼装で特に問題は出て来ないから」

 

 聖杯本来の機能は根源への孔を開くこと。サーヴァント七騎の魂を燃料にし、世界の外側へ還ろうとする英霊達を利用する。

 桜は事細かに調査している。大聖杯を成す魔術回路も、一年掛けて仕組みを理解した。第三法の基盤や理論は手に入れてなくとも、知識としては使える。故に、大聖杯にもそれなりの細工を施せる。

 しかし、大聖杯は呪詛に汚染されてしまい―――この世全ての悪(アンリ・マユ)と化しているからこそ、桜にとって使い道がある兵器。

 

「―――この世全ての悪の廃絶。

 我が魔術師としての悲願、この間桐桜が叶えてみせますよ。それ以外、もうすべきことも有りませんし……それ以外、もはや私に価値は無いですから」

 

 間桐家の意味。つまり、間桐臓現(マキリ・ゾォルゲン)の理想。間桐桜が間桐桜で在るのに必要な、行動原理。価値を欲するのなら、彼女は成さなくてはならない。魔術師であるのなら、目的を定めなければならない。

 廃絶するのだ―――この世界から全て、人間の悪性を徹底的に。

 でなければ、間桐桜は世界を許せない。否、自分の人生に意義を見出せない。世界を救わなければ、開き直ってまで此処まで来た価値が生まれない。

 

「難儀だね。けれど、私は私の方で色々と手に入れさせて貰いますよ。自分の研究を完成させたいので」

 

 亜璃紗は桜が汚染されていることに気が付いていた。そして、桜自身が汚染される事を望んでいる事も、亜璃紗は既に分かっていた。理性的に狂気を飲み干し、神父が与えた呪詛が間桐桜の動力源となっていた。

 ……聖杯がそも、この冬木で生み出された理由。何の為に魔法が必要だったのか。

 アインツベルンも忘れてしまっている。彼らはもはや、聖杯の為に聖杯戦争を続ける装置。遠坂家も似たようなものだ。だが既に今の当主遠坂凛は、限定的に第二法まで辿り着いており、そもそも家系として聖杯は不必要なまで高みを得ている。聖杯を必要としているのは、今となってはこの間桐だけ。決して“あの”マキリではなく、桜と亜璃紗が魔術を研究をし続ける間桐家だ。

 マキリの執念―――桜がまだ、生き続ける為に必要な存在理由。

 ―――廃絶を。悪の消滅を。世界に祝福を、人間に未来を。

 強迫観念に似た衝動に突き動かされる。間桐桜が聖杯戦争を諦めないのは、言峰士人が自分と同じ“衝動”を与えたからだ。自分を縛りつけるマキリの蟲を排除する代わりに、桜は聖杯よりも尚悪辣な力を得たのだ。それは悪魔との契約に近い行いで、分かっていながら彼女は魂を生贄へと捧げた。

 

「構いません。でも、私が事を成した後での世界でそんな事に……いや、亜璃紗は失敗ならそれはそれ良い事でしたね」

 

 桜は全て理解していた。神父からも教えられた。ならば、この在り方だけが自分の価値。理由など最早不要。今の彼女は自分自身の業に囚われ、神父とよく似た聖杯の泥人形と成り果てていた。救われないのは、それを良しと出来てしまう完成してしまった桜の精神。

 ……友人と、あの神父が間桐桜を呼んだ理由がそれだった。

 間桐桜は聖杯となり、悪神(第三法)は完成するだろう。言峰士人がこの世の誰よりも、間桐桜()を祝福するだろう。二人とも九年前のあの時から、この第六次聖杯戦争を愉しみにして生きていたのだから。

 

「肯定しますよ。駄目なら駄目で、それもまた私の人生」

 

「貴女からしますと余り興味が湧きませんか、やはり」

 

「ま、ね。衛宮さんや言峰さんは興味津津だったけど。あのライダーも大爆笑してたし、バーサーカーなんて可哀想な奴を哀れむ目でしたね」

 

「逆にセイバーさんは御満悦でした。何に事が触れたのか知りませんが、契約以外の効果でやる気が出てくれるんでしたら、何でも構わないのですけどね……あら?」

 

 窓の外。桜が視線を逸らした先。魔術回路が覚醒させた魔術師だけが聞こえる高音と、鈍い色合いの魔力光。鳴り響く光源が空へ放たれた場所は、方角と距離からして恐らくは冬木教会。

 

「一難去ってまた一難。またお仕事の時間です」

 

「じゃ、今度は私が頑張るかな。桜さんは休んでいて下さいね」

 

 亜璃紗はその美貌に相応しい微笑みを浮かべた。これから先に起こるであろう展開を考え、その全てを切り捨てる。

 無意味なのだ、もはや。

 予測なんてするのも馬鹿らしい。

 亜璃紗はシナリオも、エンディングも書き上げている。筋書きを淡々となぞるだけで良い。

 さてはて、と誰にも聞こえない彼女の独り言。亜璃紗は淡々とした雰囲気のまま、念話で切嗣と綺礼へ連絡を行い、桜を一人部屋に残して外を目指して歩きだした。




 読んで頂き、ありがとうございます。今回はいつもより少し短めの内容でした。次回から一気に中盤戦を越える雰囲気になるかと思いますので、この段階まで第二部・第六次聖杯戦争編を愉しんでくれた読者の方々にはまことに感謝します。


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70.さとり

 Fate/Apocrypha最終巻発売!
 まだ買いに行っていませんので、近場の本屋で早く買って読みたいです。


「―――皆様、どうもお集まり頂き感謝します」

 

 冬木教会。十字架とパイプオルガンが目立つ本堂。その中に、この度の聖杯戦争に参加したほぼ全てのマスター達が集合している。

 魔術師らを集める合図を出したカレンも、まさか全員が生身でそのまま来るとは考えなかった。魔術師としてまともな思考回路を持っていれば、自分自身が訪れることは決してなく、使い魔を送る程度が精々な筈。だが、この度の第六次聖杯戦争に参加したマスターとサーヴァントは酔狂な者が多く、こうして有り得ない生身による英霊と魔術師の会合が行われた。

 

「……ほぅ。随分と変わったな、カレン」

 

「そうですか、兄さん」

 

「ああ。俺も見る目がなかったのかな……まぁ、良い。今のこの様では、確かに兄妹同士の会話にはなるまい。長くなっても構わんので、要件をじっくりと聞かせてくれ」

 

 元々は自分が住んでいた実家だ。戦闘用に改良した黒いフード付き法衣と神父服を着た士人は、この場所の主に相応しい威圧感を出しながら悠々と長椅子に腰を下していた。彼が召喚したアサシンもまた、山の翁に相応しい老獪で面妖な気配を纏いつつ、士人の隣で椅子に座って黙っている。黒衣のまま、仮面を着けたまま、じっと周囲の何かもを観察している。

 この主従は、見た目も気配も似た者同士。良く細工を施した仮面の笑顔と、顔面全部を隠す髑髏の仮面。黒い服も合わさって、この二人が並んでいるだけで暗闇にそっくりな不気味さに襲われる。

 

「そうですか。しかし、サーヴァントを失った元マスターまで来て頂けたのは、私共にしたら実に有り難いです。聖堂騎士であるデメトリオ・メランドリ殿は、是非とも此方の教会で保護したかったので。

 勿論、魔術協会から封印指定されているアデルバート・ダンも、願い出さえありましたら、公平に戦争終了まで保護する準備は整ってます」

 

「すまない。カレン司祭、まだ某は戦いたい」

 

「そこの斬殺狂いとオレも同じ意見だ。保護は要らないぜ」

 

 教会の聖堂に居ながら構わず煙草を吸う殺し屋は兎も角、聖騎士も無愛想な無表情で淡々としていた。聖堂教会所属でありカレンとも面識があるデメトリオですら、今この場所に居ることは針の筵だった。

 何故なら―――教会には、来る筈もない奴らまで来ていた。

 変貌したセイバーのサーヴァントと、その彼女と共に佇む間桐亜璃紗。黒い剣気を隠す事無く、セイバーは武装化していない。そして、マスターのエルナスフィールと共にこの教会まで来たキャスターのサーヴァント。この二人は転移魔術によって、聖堂内へ唐突に直接転移して時間みったりに表れていた。

 

「早く本題に入って欲しいな、カレンさん。前置きはどうでも良いんです」

 

「そこの蟲一族と同意見ですね。世間話は非常に好きですけど、私共アインツベルンも今は戦争が立て込んでまして。いやはや、この会合も暇潰しにはなるんでしょうけど、手間を掛ける価値があるかは甚だ疑問じゃないですか。

 せめて、それなりに有意義な時間にしたいんで、戦争に使う時間は効率的に消費したいところです」

 

 おぞましい美貌で綺麗な笑みを作り、催促する亜璃紗に可笑しなところはない。キャスターは何時も通りの胡散臭い笑みを浮かべながら、まるで人を化かす狐みたいに目を細めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そして、バゼットとランサーは黙々と座っているのみ。寒い礼拝堂の中、私服のアロハを着込むランサーは殺気も戦意もなくだらけながらも、警戒だけは怠っていない。逆にバゼットは生真面目に話を聞く事だけに専心し、雰囲気に溶け込んでいた。

 

「…………はぁ」

 

「ふぅ…………」

 

 加え、綾子とアヴェンジャーは暇そうに、淡々と椅子に座って眼を瞑っている。時々、無意識に白い溜め息を吐き出して、茫然と話を聞いているだけ。アヴェンジャーなどふてぶてしく、深く腰を沈めて膝を伸ばしていた。綾子も綾子で両手をポケットに入れ、やる気がない姿で仕方ないから此処に居ると態度で示していた。

 

「―――早くしなさい。本題を聞かなければ、意見もなにも言えない」

 

 最初に口火を切ったのはセイバーだった。隣に座る亜璃紗はニコニコと不気味な笑みを溢しているが、セイバーは鉄面皮な顔で無理矢理に口元を曲げて笑みを作った様な表情。目が欠片も笑っていないのだ。更に言えば、着てる私服も黒いジャージに黒ジーパンに加え、目元まで深く被ったニット帽と、真っ白い綺麗なマフラー。髪を編まずにそのまま背中へ流しており、まるで深夜少しの間だけ外出する女学生と言った雰囲気か。恐らくは、亜璃紗が持っている服を適当に借りたていた。

 亜璃紗も亜璃紗で普段とは全く違う戦闘用の礼装服。上に改良した魔獣の革で作った皮ジャンを羽織り、濃い灰色の革ズボンを黒いブーツを履いていた。何時もの軽装と違い、それだけ亜璃紗は本腰なのだろう。

 

「こっちもそれは同じさ。私も手っ取り早く面倒事は済ませたいな。貴女もそうだろ、オルテンシア司祭さん?」

 

 態とらしい笑みでエルナもセイバーに同調して催促する。キャスターは私服だが、エルナは礼装兼私服の概念武装を着ている。直ぐ様にでも鎧を展開し、何が起こっても魔力一つで全開の戦闘可能な状態。

 

「ええ、良いでしょう。教会としても、皆様に集まって頂けたのはとても好都合ですし、今話さなければ次の機会もありません」

 

 礼拝堂の司祭として、カレンは皆の前に立っていた。彼女が対峙している連中は、アサシンと言峰士人、アーチャーと遠坂凛、セイバーと間桐亜璃紗、キャスターとエルナスフィール・フォン・アインツベルン、ランサーとバゼット・フラガ・マクレミッツ、アヴェンジャーと美綴綾子、そしてアデルバート・ダンとデメトリオ・メランドリの六体と八人。これ程の化け物達を前にすれば、如何に聖堂教会の人修羅である代行者でも気圧されるが、カレンはそんな緊張感は皆無。

 悠々と彼女は口を開き、自分の“上司”から伝えられた言葉を宣告する。

 

「では、まずは間桐亜璃紗。貴女方、間桐家は正式に聖杯戦争へ参戦すると、教会は認識して宜しいのですね」

 

「あーまぁ……うん、そうだね。その認識で間違ってないです」

 

「間桐桜の意志も聞きたいのですが、貴女が代理と言う事で判断して良いですか?」

 

「勿論。一通りの解答は出来ますよ」

 

「有り難いです。それでは遠慮なく問わせて頂きますが―――何故、今になって参戦を?」

 

「そうだね。建前と本音、どっちが聞きたい?」

 

「ふ。面白い言い返しです。まぁ、仕事で聞いているだけですので、私としては答えくれるのであれば、どっちでも構いませんが」

 

「じゃ、まぁ本音を言わせて頂くけど……御三家が、本気で参加しないなんて考えてたの?

 有り得ないでしょ、そんなの。聖杯を完成させ、独占する為ですよ。こんなのは偶然を利用したハリボテの策に過ぎない」

 

「しかし、やり過ぎです。確認しましたけど、あの黒い化け物……人間を密かに魔物へ転生させてましたね。

 魔術協会としてなら、社会に露見しなければどうでも良い事ですけど、あれは確実に封印指定レベルの神秘。また、聖堂教会としての立場で言わせて貰いますと、死徒と同程度の危険性だと判断するのも仕方がない代物です。

 そうなりますと聖杯戦争中は兎も角、その後は色々と面倒な事態になりますよ?」

 

 カレンの瞳が怪しく光る。彼女も彼女で本気ではないが、言っている事は全て事実。ルール違反ではないが、協会と教会の両方が看過出来ぬ怪異を確認してしまった。

 

「構わないよ。戦争が終われば、魔術師としての世間体なんて些事さ」

 

「でしょうね……はい。それは私の方も同じ考えですので、問題はありますけど、戦争のルールには反していません」

 

「そう言う事です。監督役に迷惑はかけてないないって事」

 

「確かに、そこのキャスターや、この場にはいないライダーは非常に事後処理が面倒でした。その点に関して間桐に問うのであれば、ライダー陣営とキャスター陣営にはペナルティを言い渡しています。まぁ、それを素直に聞くかどうかは、各自の判断になりますけれども」

 

「となれば、そもそも今程度の戦争行為は監督役から見ても許容範囲な訳です。その辺の匙加減を間違える程、此処に居る魔術師と英霊は自重していると言うことだ」

 

「良く言います。自重しなくて良い段階に入れば、気にせず暴れる猛獣達の群れでしょう」

 

「否定しないよ。ライダーの御蔭で全員のガタが外れてくれた。次の戦場は、更に混迷極まる地獄となりますね」

 

「ええ。そして、そのライダーと、バーサーカーのサーヴァント。彼らはまだ消滅を確認する事が出来ないのですが―――間桐が、二名を吸収しましたね?」

 

「ふぅん、それが本題?」

 

「はい。サーヴァントを殺さずに奪い取るだけでしたら、此方も構わなかったのです。しかし、あの聖杯の中身と間桐が奪ったサーヴァント達を考えますと……この冬木、確実に滅んで消えます」

 

「なんだ、知ってるの。あれの正体」

 

「両キョウカイでも知っているのは、監督役である私だけです。他のスタッフには秘密にしておりますので」

 

 薄く微笑むカレン。彼女は元より人の感情を逆撫でする悪癖があるが、今の表情は既に愉悦に浸る悪人のそれだ。この場に居る言峰士人とそっくりな、自己の在り方以外を楽しめない異常者。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)でしたね。まぁ、世界が滅びようとも聖堂教会は……兎も角、私は関与しませんし、出来ません。英霊に対抗するなんて、代行者でも不可能な難業ですので。こちらとしては現世に影響が出ない人が優勝しますよう、祈るだけ。

 滅びるなら滅びるで、それは神の意志なのでしょうから」

 

「へ……あ、そ。だったら、別に良いですよね。間桐は間桐として悲願成就へ邁進するだけ」

 

「ですが、それでも監督役としての役目があります。私も職務放棄をする程、不真面目でも、聖杯に無関心な訳ではないです。

 ですので、この場で是非―――貴方達の願望を言って下さい。

 いやでしたら、それはそれで構いません。これはお願いであって、監督としての要請でも、況してや命令でもありません。

 個人的な興味でありますので、答えないのでしたら……まぁ、残念ではありますけど、とっとと次の要件へ話を進めますから」

 

 カレン・オルテンシアが個人的に興味を持つ事柄。それを聞き出すことは聖杯戦争監督役として越権行為であるので、彼女の言葉は非常に遠回しだった。しかし、この場には他の陣営が多くいる。誰もが興味を示しており、彼女の願い次第では“事”に及ぶ可能性も大きいだろう。なのに、亜璃紗はあっさりと口を開いた。桜からは願いを言うなとは命じられなかった。

 故に、彼女は自分の欲求を満たす為に、ここで晒すのもまた一興。

 言うか言わないかで言えば、言った方が絶対に愉しい。

 それだけだった。確かにメリットもデメリットもない行為だと理解し、彼女は理性的に戦況は把握している。戦争と関わり合いがない余分であるのだが―――その余分こそ、彼女が壊れた自分の人間性(こころ)を保つ為の栄養素。

 

「聖杯に対する望み? ふぅむ、そうだね……私はただのお手伝いさんだけど、間桐家としては―――この世全ての悪の廃絶だよ」

 

 余りにも簡単に、どうしようもない願望を口にした。世間話として話題を提供するように、さらりと彼女は彼女達の悲願を言葉に表した。

 

「あん? そりゃ、どうやって?」

 

 途方もない願望を聞いて、ずっと黙っていたランサーが思い浮かんだのはシンプルな疑問だった。つまり、その手段だ。彼は生粋の戦士故に、何一つ先入観を持たずに彼女の不可解な点にいち早く気が付いていた。

 

「どうって、聖杯ですのでね」

 

「…………阿保か、貴様?

 何でも叶うからって、ありゃそう言う品物じゃねぇのは話を聞けば分かることだろうが。目的と手段をセットにしなきゃ、正確な結果は得られねーよ。色々と今は欠陥品だって聞いてはいるけどよ、その欠陥が有ろうが無かろうが、やんなきゃいけねぇ事はどっちも同じだ」

 

 ランサーは刹那的な生死を尊ぶ戦闘狂だが、それだけの英雄ではない。優れた知性を持った魔術師であり、師からの教えもあって豊富な知識を持つ学者としての一面を持つ。その彼からすれば、聖杯戦争と言う魔術儀式そのものの本質をある程度は最初から見抜いていた。

 

「頭が良い脳筋って始末に困る。苦手だな、はぁ」

 

「へっ。言いたくなけりゃ、オレは別に全く構わねぇけど」

 

「別に桜さんからは、特にそれを隠せとは言われてないから。私としてはどっちでも」

 

「じゃ、言えよ。気になるし」

 

 面白がっているのもあるが、どの魔女よりも精神がどんよりしている魔術師の少女は、ランサーからすれば気になると言えば気になる。何を思っているのかまるで分からない。だが、何を考えていようと、その全てが悪辣なのは明白だ。

 故に、彼は聞けることは聞こうとするも、話そうとしなければ無理に喋らせようとはしなかった。どうせ最後は死ぬか生きるか、殺すか殺されるかだ。しかし、ランサーはその信条からか、敵だからと言う面倒な前置きで対峙する男ではない。

 単純に気になるから聞いてみた。それだけなのだろう。

 

「地獄―――いや、あの世の創設だよ」

 

「はぁ? あの世もなにも、魂の逝き場に―――」

 

「―――そう。そこの管理人となり、支配者となる。言った筈、間桐はこの世全ての悪を廃絶すると。けど、そんな願いは人間を根絶やしにしなくちゃ叶えられない訳です。

 だから、聖杯を一つの世界にする。

 これからのこの世界、悪いことした人間の魂全てを―――あの地獄の釜に叩き込む」

 

「何だそりゃ……結局、殺す為に使うってことか?」

 

「まさか。何もね、聖杯を使って霊長を皆殺しにし、星を滅ぼすって訳じゃないです。私達は人間と言う生命が、肥大し過ぎた文明によって自重に耐え切れず、全滅するまで手出しはしません。むしろ、滅んだ後に何かをする気もありませんし、悪魔を使って一人だって殺す予定はないです。

 この世には何もしませんし、期待も興味もない。現世へ干渉なんてしませんし、悪影響を与える何てそれこそ以ての外。

 ただ廃絶の為に、少しだけ魂の理を改造するだけ―――第三法を応用してね」

 

「「「…………―――!」」」

 

 第三法―――魔法。現代では五つあると言われる魔術の到達点。その内の第二法を遠坂凛は手に入れており、魔法が如何に条理から乖離した法則なのか、彼女は知り尽くしていた。アデルバート・ダンも元時計塔所属として様々な神秘を知っており、魔法に関する事件にも多々関わって来た。そして、バゼット・フラガ・マクレミッツも魔法と聞かされれば無反応ではいられない。

 聖杯と、第三魔法の関わり合いを凛は理解している。

 だが、その魔術基盤によって、何故その願望を果たせるのか。

 間桐桜が何を思って第六次聖杯戦争に参加したのか、遠坂凛は知らなくてはならない。

 この場にいる魔術師と英霊、全てが沈黙を選ぶ。間桐亜璃紗が次に発する声の意味を聞き逃さないよう、思考を集中させる。

 

「悪魔の神が生み出す固有結界を利用するのですよ。あれは正真正銘、この世全ての悪(アンリ・マユ)と言うなの悪神です。それこそ神話時代にしか出て来れない悪魔。物理法則が支配する今の星に居場所はないけど、その不可能を可能にするのが聖杯。

 故に―――この星(ガイア)の、霊長(アラヤ)の機構へ介入します。

 聖杯によって善悪を選定し、相応しき者を聖杯へ捧げ続ける。今の現代社会へ影響を与える事無く、人の死後を全て掌握する。

 悪意の坩堝の使用方法に適した、いや……あの悪性の渦にのみ可能な願望と言うことです」

 

 壊れた願望器。アンリ・マユとして受肉する悪神の胎児。その悪魔を誕生して至るだろう姿を、一つの世界に固定する。

 

「人間は救えない、魔術師では世界を救うことは不可能です。しかし、システムの程度は聖杯を使えば改変できる。

 悪性全てを、人類が滅びるまで収集し続けるんですよ。現世にあの世を作り、見えない異界に隔離し、これから世界で死んで逝く人間の魂を全部生贄にする。可能なら過去に死んだ人間の魂を星幽界からサルベージし、地獄の釜送りにする。今は無理でも、管理技術が発達すれば、過去の収集もきっと出来る様になる筈。

 人類が発生して、滅亡するまでの悪性全てを―――この間桐が未来永劫、廃絶させ続けて頂きます」

 

 現世を変える訳ではない。間桐が優勝した所で、この世界に悪影響は一切ないだろう。今の社会を変革するような事もなく、生きている人間には誰にも迷惑を掛けることは有り得ない。

 それを聞き、正直に言えば―――悪くないと、キャスターは思ってしまった。エルナスフィールも、自分達アインツベルンの聖杯が使われる理由として、個人的には面白そうな願望だと興味を持った。

 バゼットは彼女らが狂っているとは思いつつも、それなら確かに聖杯で世界を破滅させる事はないと考え……結局、所詮はまともな人で在れなかった自分と同じ異常者なのだと納得した。ランサーは逆に、自分の信条に反することでもないので少々興味はあるが、反感は其処まで抱かない。むしろ、敵が如何に強く狂っているのか正確に理解し、そんな化け物と戦えるのが嬉しくもある。

 そして、アデルバートからすれば、一欠片も関心を抱けない願望だ。人は死んで、無へ還る。それで良く、善悪など何処まで行っても言葉に過ぎず、人間が生み出した思想止まり。故に、その願いを撃ち潰す決意だけを滾らせる。

 

「良い願望だ。ライダーは、其方側に付いたのだろう?」

 

 ニィ、とデメトリオは浅く笑った。

 彼一人が優しく微笑んでいた。なのに、その笑みは奈落みたいに深く暗い。

 彼はあの騎乗兵が理を打破する人間を好む事を知っていた。聖騎士を同盟相手と認めた様に、チンギス・カンは間桐桜を利害関係も考慮した上で、戦場で同盟を結ぶ相手足り得ると判断するだろう。それを理解した故の笑みだ。

 だが、あのサーヴァントは身内に極めて甘い英霊だ。デメトリオを殺そうとする気は何を命令されようと一切湧かないだろう。無理強いすれば、どうなるかは目に見えている。だからこそ、思わずこれからの事を考えると笑ってしまったのだ。

 

「―――……ああ、そうだね」

 

 笑うデメトリオを見た亜璃紗は、この男の本質を本能で悟れた。この男はこの場の誰よりも強い。精神が完結している。いや、強い弱いの天秤で語れる程度を越えていて、強いと言うよりも―――デメトリオ・メランドリは、終わっていた。

 自己完結しているのだ。

 狂気さえ、この剣士は斬り捨てている。

 斬殺と言う結果に興味は欠片も無く、斬る行為も所詮は過程で、ただ―――斬撃を生み出す。男の本質は刃であること。だから、笑み一つで斬撃が物質化したかのような圧迫感を、同じ空間に居るだけで与える。動作全てに刃の業が染み付いてしまう。

 人間に対して高過ぎる理解力を有する間桐亜璃紗だから、聖騎士がどんな存在なのか感じ取れた。今までの行動も観察し、人物分析も行い、得られた結果がソレだった。

 

「貴方の言う通り、ライダーは協力的です。デメトリオ・メランドリを陣営に加える様にと、提案もされています」

 

「……本気か」

 

「本気ですよ。ま、ライダーの真剣を貴方がどう返答するかも、ライダー自身は分かっているみたいだったですけど」

 

 敵をどうするのか。聖騎士がどうしたいのか、答えはもう最初から決まっている。

 

「斬る―――……と、そうあいつには伝えとけ」

 

「凄いですね。ライダーが言っていた通りの答えでした。でも―――」

 

「―――もう、ほざくな。あの男がそれでも某を殺そうとはせん事は分かっている」

 

「うん、分かった。じゃ、話はそう言うことで」

 

 ニタニタと気色悪い笑みを浮かべて、亜璃紗は勧誘を断られた事を喜んだ。この聖騎士は多分、味方にすれば非常に心強いが、敵の方が戦争が絶対楽しくなる。

 

「―――貴女、桜は正気なんでしょうね」

 

 疑問と言えば、凛の考えは至極真っ当な疑問だった。間桐桜に協力する間桐亜璃紗も同類だが、その間桐亜璃紗と言う狂人を御し得ている時点で、桜がどれ程終わっているのかは凛にも分かる。分かりたくなかったが、亜璃紗と大差ない猟奇的な思想で動いているのだと悟れる。

 だが、それは果たして本当に間桐桜なのか?

 理由もなく、意味もなく、あの娘は其処まで終われる人間ではなかった筈。

 

「ヤだな、凛さん。私のお母さんは私を養子にした時から、本当に何も変わってない」

 

「……ふぅん。桜が養子にしたって言うから、どんな奴かと思えばとんだ下手物(ゲテモノ)ね」

 

「その通り。ゲテモノが子供を育てれば、改心する訳も無く同じゲテモノになる。それだけです。桜さんはね、私と初めて会った時から―――狂気に囚われていた。

 昔の桜さんがどんな人だったのか知ってますけど、私にとっては今の桜さんが私のお母さん。貴女の妹で在る前に、もはや私のお母さんで私の家族。

 遠坂凛の妹である遠坂桜には、もう永遠に戻ることはないんです」

 

 だけど、その狂気も飼い慣らしているんですけどね―――とは、亜璃紗は喋る事はしなかった。心の底から尊敬している桜の内面を細部の隅まで理解し尽くしている亜璃紗は、今の桜の状態を完全に把握している。

 お母さん(あのお方)の内側には、彼女の魔術の要になる因子が二つ渦巻いている。

 一つは間桐臓硯(マキリ・ゾォルゲン)が抱いた理想。全ての、この世に存在するあらゆる悪の廃絶。つまりは人間が生み出し、持ち続ける“業”を滅却すること。

 もう一つは言峰士人(コトミネジンド)の心が練り上げた泥の結晶。この世全てに向けられるべき呪詛を、個人へ執着させた悪意。即ち、己を焼く“業”を完結させること。

 それを亜璃紗は知っていた。

 相反する業を混ぜ合わせ、人格を泥に塗れさせる。言峰士人が行った“実験”とは、間桐桜がどれ程まで業を深められるかと言う、とても長期的な観察だった。その全てを飲み干してしまった桜は、元の人格のまま彼ら二人の“業”に適応してしまった。

 

「アンタ……―――」

 

「怒らないで下さい、凛さん。自分が気付けず救えなかったからと、私へ殺意を向けても無意味です。無関係とは死んでも口にしないし、したくもないですけど……私と出会った時には、桜さんはもう完成してましたので。

 ほら。其処ら辺の理由は、そこの神父さんが詳しく知っているよ」

 

「……どういうことよ、士人」

 

 凛の視線が士人の方へ向けられた。

 

「如何もこうもない。間桐桜は間桐臓硯の実験動物にさせられ、あの魔術師は影で冬木の住民を蟲の餌にして殺していた。その告発が間桐桜からされてな。地元魔術師の依頼を受けたとなれば、聖堂教会の一員として臓硯を抹殺しなければなるまい。

 つまり、俺はただあの女を蟲蔵から出る手助けを行い、次期当主の魔術師になるのを認めただけのこと。これは、それだけの話である」

 

「あ、え‥…ぁえ――――?」

 

 喉から声が出ない。凛は言葉を咄嗟に作れない。無意味な音が漏れるのみ。

 

「蟲、餌……実験動ぶ―――……何よ、それ……! それって、そんな―――」

 

「すまないな。師匠にはこの戦争が始まるまでは絶対に話すなと、間桐から口止めされていた」

 

 間桐の魔術は蟲毒。その家に養子に出され、尚且つ実験動物にされていたとなれば、どんな境遇で生活していのか凛は直ぐに理解した。聡明にも程がある優秀な頭脳で、桜が生きている世界を数秒で正確に予測してしまった。

 妹は、自分と同じく倫敦の時計塔へ留学出来る程の魔術師。その筈だ。

 遠坂凛は間桐桜を知っていなかった。自分の妹が養子に出された後、間桐家で何をさせられていたのか知らなかった。何より、彼女は衛宮君と藤村先生と一緒に笑っていた。助けて欲しいなんて言われなかったから、けれどそんな事も出来ない程に追い詰められていのだとしたら、それはどんな地獄なのか。

 何故、それ程まで魔術を身に修められたのか?

 時計塔に来るまで魔術を教えたのは誰なのか?

 

「―――……あんたが、あの子を助けたって事?」

 

 当たり前のように士人が桜を助けたのだ。生を助け、技を教え、業を授けた。

 

「ああ、そうだぞ。しかし、彼女の精神を救うことはしなかった。俺がしたのは心身の安全と、身に植え付けられていた蟲の摘出だ。

 なにせほら、間桐桜を救えたのは衛宮士郎だけだったからな。俺では言葉を掛けた所で、現実を教えてやれるだけだ。意志を固める手伝いは出来たとしても、慰め癒すことは不可能。人間としての幸福を与えられるのは、あの正義の味方が、間桐桜の味方になることだけだった

 故に、衛宮が遠坂凛を選んだとなれば、彼女に残されるのは魔道の業ただ一つ。それのみが身の裡に残るとなれば、後はもう完結するだけ」

 

 心臓を鷲掴みにする笑み。狂った悦を楽しんでいる。

 

「哀れな女だ。実の姉に衛宮士郎を奪われた事で、憎悪していた筈の魔道にしか―――価値がないと、そう実感してしまった。

 ―――救われないのさ。

 もはや、間桐桜は魔術師としての在り方を貫かなければ、それこそ死だけが残される」

 

 変えようもない真実は、何時でも人の精神を解剖する便利なメスになる。士人からすれば、神父としての最大の武器はやはり言葉なのだろう。目を背けること許さない現実を無理矢理直視させ、苦しむ様を娯楽にして、悶える罪悪が遊興する。

 

「分かるか。間桐桜が堕ちる最期の一押しをしたのは、師匠―――お前なのだよ、遠坂凛」

 

「……ッ―――!」

 

 言掛りと切り捨てても良かった。遠坂凛に責任など一つもない。だが、言峰神父の言葉は正論であり、事実でしかない。彼が見てきた真実をただそのまま言葉にしているだけなのだ。

 無視すれば―――遠坂凛は、遠坂凛を許容できない。

 士人は彼女がそう実感してしまう事実を言い、現実を正しく理解させた。

 

「そこまでです。師弟の軋轢を見るのは良い娯楽ですが、そろそろ本題に入りたいです。聞きたい事も聞けましたしね」

 

 今この場で一番殺気立っているのは遠坂凛ではない。彼女のサーヴァントであるアーチャーだ。凛は冷徹な理性をそのままにしながらも、感情の許容範囲は一気に振り切って直ぐ様殺し合いを演じそうなまでに憤怒している。だが、隣に座るサーヴァントが放つ害意と殺意は常に、礼拝堂全ての空間を塗り潰していた。それが凛を理性的にさせている。

 アーチャーによって、神父が話し始めてから戦場と同じ圧迫感が支配しているが、更に気が狂いそうな地獄の底の淵に変貌させ続けている。それに共鳴し、ランサーとアヴェンジャーが戦意と殺意を錬り上げている。

 

「……本題?」

 

 凛がぼそりと呟く。情報を感情を挟まず整理し、今はシステムに徹しろと心身に命じている。その成果もあり、彼女は感情をごっそり抜け落とした声でカレンに聞き返せた。

 

「はい。聖堂教会としても、聖杯戦争ごときで世界が滅ぼさせる訳にはいきません。色々と願い事を正確に叶えされる対策もあるでしょうが、人類が破滅する可能性を見逃せません。ですが、魔力が溜まった聖杯を破壊するのも危険。何より、監督役が聖杯を解体して戦争を終わらせても、皆様は誰一人納得しません。

 そこで―――聖杯の浄化を決行します。

 我々にはアンリ・マユを廃滅させ、魔力を無色へ還元させる計画があります」

 

 時間が停止したと錯覚する不気味な静寂。

 

「―――断る。無意味だよ、それ」

 

「何が、無意味なのですか間桐?」

 

 それを一瞬で亜璃紗を壊した。静寂なんてつまらない。今この場で主導権は誰が握っても如何でも良いが、この“監督役もどき”とキャスター陣営にだけは握らせない。そうしなければ、桜から伝えられた条件を達成できない。

 

「浄化かがです。悪性の魔力を操作するくらいなら、確かにそこの似非陰陽師で可能だ。けれど、悪神の排除となれば、例えキャスターでも無理ね」

 

「それはそうでしょうね。けれど、そのキャスターに加えて、間桐と遠坂の協力がありましたら、汚染源を消去するのも不可能ではない筈です。

 ―――否定は、出来ないでしょう?

 第二法と聖杯の多重制御がありましたら、不足はないと思いますけど」

 

 それは出来るか出来ないで言えば、可能な手段だった。この場に居る者が異を唱えず協力さえすれば、聖杯戦争を正常な無色の聖杯で運営させられる。

 

「まぁ……そんな程度なら、そこまでお膳立てして頂けたら出来ますよ、監督役殿。確かに、私の手でまず魔力を制御してしまった後でしたら、第二法の世界運営と、アインツベルンと間桐で聖杯の指向性を弄くれば可能。

 私の泰山府君(秘術)で以って、悪神を軽く消してみせます。

 ですけどね、それこそ無意味。そもそも私は悪神を消さずとも、聖杯を使えますので」

 

 キャスター一人でこの世全ての悪は抹消出来ない。聖杯内部で、成体になる前の胎児であろうとも、アレは一つの地獄。しかし、魔法使い手前の遠坂凛と、制御基盤を操れる間桐桜がいれば、キャスターを使って悪神の赤子もどきを殺せると考えていた。

 

「そうですか。しかし―――」

 

「―――無意味と言いました。黙りなよ。本当、茶番はうんざりです」

 

 やれやれ、と亜璃紗は首を振ってカレンの話を止めた。彼女がする話は全ての参加者にとって有意義で、価値がある意見だった。実りのある会合だと言えよう。殺し合いの賞品が欠陥品ではない破壊兵器ではなく、本当に人の想いを叶える願望器になる。

 そうなれば、間桐家も願望を聖杯を手に入れた後で叶え易くなる。

 遠坂家も先祖の願望を達成させ、アインツベルンも千年前に目指した悲願に届くだろう。

 だが、亜璃紗はそれら全てを茶番と切り捨てた。監督役が、戦争を完結させる為に出した条件を下らないと見下した。

 

「無意味と言いましたね、間桐亜璃紗。でしたら、これ以上の案が貴女に出せるとでも?」

 

「当たり前だ。貴女―――キャスターの式神ですよね。

 中立の真似してキャスターと口論をしつつ、貴女の主であるキャスターが場を支配できるよう采配する。巧いと思いましたけど、私相手には無駄な行いです」

 

 何でも無いかのように、亜璃紗はキャスターとアインツベルンの企みを見破っていた。

 

「……――――――」

 

「―――ああ、言い訳は要らないです」

 

 カレンが喋ろうと口を開いた直後、亜璃紗はタイミングを計ったように言葉を遮った。

 

「私が持つ異能は生まれ付きでしてね。そこの極悪神父はもう知っていると思いますけど、私はね―――他者の精神状態と思考回路を読み取れます。

 もっと分かり易く言えば、心が読めるんです。

 ……ああ、無駄無駄。キャスターさん、たかだか宝具化した符で精神防壁を強化した程度で、私の読心を防ぐなんて出来はしません。明鏡止水に至ろうと、全く以って意味がないです」

 

 それが間桐亜璃紗が最も得意とする魔術であり、覚醒した超能力。彼女の読心が持つ強制力は非常識な強さを持ち、もはや脳内や全身の神経を直接覗き込んでいる。

 何故、この場面で自分の神秘を態々暴いたのか?

 周りの者が疑問に思うも、その疑念もまた亜璃紗は容易く読み取ってしまう。しかし、既に最初から敵に自分の能力を知っている者がいたとすれば関係ない。更にその人物が他の者と大同盟を組んでいるとなれば、バレテいると考えて行動した方が致命的な間違いを犯さないで済む。何より、その男が間桐亜璃紗の能力を知っているが故にまだ他の者に教えていない事も、亜璃紗はもう読み取れているのだから。

 

「…………」

 

「嫌ですね、凛さん。疑わないで下さい。嘘だと思うなら、その貴女の愛弟子にでも聞いて下さい」

 

 言葉を発する前に、発現に対する答えが返される。魔術師として、自分の思考が透けられるなど屈辱の極み。そもそも精神干渉など同格の相手にも通じる魔術ではなく、格下が相手でも機能しないことが多い。なのに、魔術師として最上級のキャスターに通じたとなれば、遠坂凛にも適応されるのは必然。

 

「士人、言いなさい」

 

「その通りだよ、師匠。そこの亜璃紗と言う女はな、心を観察する超能力によって幼い時から大人以上に知能が発達し、人間と言う知的生命体を理解し尽くしていた。

 その所為で生みの親に捨てられた。その結果、育ての親を俺が殺した後に間桐の養子にした。間桐が嬉しそうに引き取ったのがその為だ」

 

「……だったら、確かに茶番ね。カレンが偽物だったのも、アンタは最初から分かってたの?」

 

「無論。カレンには異能からの保護対策に、創造した宝具を埋め込んでいる。自分が作った投影物が有るか否かは、直接見れば分かってしまうからな」

 

「ふーん。なるほどね」

 

 凛は直感的に亜璃紗の言葉を信じていたが、この神父が肯定したからにはカレンが本物ではないと判断した。この弟子は隠し事を好むが、嘘は絶対に吐かない。凛は歪な形ではなるが、そう言う意味では絶対の信用を士人へ寄せている。

 故に、凛がカレンに向ける視線は完全に敵のソレだ。

 

「――――――」

 

 だが、その視線が既に何の効果もなかった。士人の隣にいるアサシンが右手の人差指を向けた直後、爪の間から飛び出る血液が毒針となり、カレンを模した式神の眉間を貫いていた。目視も注意もさせない不意打ちであり、アサシンが暗殺者のサーヴァントと呼ばれるに相応しい魔技。

 ぱらり、と監督役が一枚の紙に戻る。その紙も次の瞬間には燃え尽きた。

 

「むぅ、手厳しい。平和に戦争を終わらせたいのですけど、中々巧くいきませんねぇ。いやはや……」

 

 ……困った困った、と胡散臭い笑みでキャスターはぼやいている。

 戦わずに戦争を勝つ。その為に策の一つとして誘拐したカレンの代わりを監督役にしたが、どうやらジョーカーが敵陣営にいた様だ。

 

「―――で、何がしたい? この状況だと、監督役を誘拐したのは貴方だと皆から思われるよ、キャスター」

 

「別に構いませんから。貴女の母である間桐桜殿はもう察してそうですが、既に聖堂教会と魔術協会の聖杯戦争運営スタッフは全て掌握しましたし。私の傀儡ですし、全員が式になってます。神秘の隠匿も完璧です。

 まぁ、目的は先程私の式が言った通り、戦争の平和的終結ですよ。本当は話し合いなんて無駄そうだったから最初は皆殺しにしようとしましたけど、皆殺しにするのも面倒になって来たので騙そうとしましてね。

 ……んで、どうします?

 ああ、取り敢えず言っておきますけど―――逆らえば、カレン・オルテンシアとイリヤスフィール・フォン・アインツベルンがどうなるかは保障しませんから。なので、関係者である言峰士人と遠坂凛は良く考えて下さいね。勿論、二人の命が欲しければ間桐桜にも同じ様に、貴女から伝えておいて欲しいです」

 

「悪辣だなぁ、キャスター。貴方、本当は間桐を殺す為だけに此処までしたんでしょう?」

 

「お見通しですと……ふむ。こうなると、此方も手札を切らないといけないんでしょうけど―――その手札を見る為に、態々貴女がこの場まで来たと言う訳ですか?」

 

「勿論です。危険を犯さないと無価値な力だから、これ」

 

「ほぉ……ならば、この場で殺しておきますか?」

 

「構いません。その為のセイバーですので」

 

 亜璃紗の目的は単純。キャスターが申した通り、参加者全ての思考を読み取ること。更にこう言った会談形式となれば、対象者が考える内容も濃くなり、どの様な事をする気で可能なのか事細やかに知り得られる。此処まで来れば、もう間桐がすべき策略も大方決定した。敵陣営に自分の能力を隠し通り、不透明なままにしてきた理由がこの時の為。

 間桐桜へは、もう念話で結果を伝えた。

 

「しかし、この場では無粋だ。不確定要素が多い。分かりますか、キャスター。邪魔者は不要です―――殺し合いましょう」

 

 総力戦。それも情け容赦のない殲滅戦。亜璃紗を教会へ見送った桜は計画通り―――既に、アインツベルンの森へ真正面から侵入していた。今この瞬間、間桐はアインツベルンへ宣戦布告を行ったのだ。

 ―――……どろり、と床が黒く解けた。

 亜璃紗とセイバーの足元に暗い闇黒の泥が無音で広がる。二人は一瞬で桜の元へ空間転移をし、アインツベルン領へ這い込んだ。

 

「どうする、キャスター。私としては、間桐はぶっ殺したいけど」

 

 エルナは淡々としていた。逃げるも戦うも、キャスターの裁量次第。他に陣地が作れるなら兎も角、今の状態で戦力低下は敗北を濃くする。式神が活動する為の結界と、更にもう一度隔離結界を作るとなれば魔力を消費し、陣地の精度も低下する。その状況で他の陣営と殺し合わないとなると、単純に勝率が下がる。

 

「勿論―――殺します。

 ……ああ。こちらはそう言うことですので、皆様お騒がせしてすみませんね」

 

 キャスター陣営は逆に前置きもなく、突如として消え去った。元々準備しておいた術符により、自陣へ一瞬で転移したのだろう。

 ……聖堂内が静寂で支配された。

 

「おい、聖騎士。斬らなくて良かったのかよ?」

 

 アデルバートは思った事をそのまま声にする。彼の第一声で静寂が消え、同盟を組んだ第三勢力として、他の陣営を撃滅すべくこれからを思案しなくてはならない。何より、アインツベルンにカレンとイリヤは人質にされ、間桐には士郎が人質として囚われている。

 

「無駄だ。隙がない。魔力と体力の浪費に過ぎない」

 

 それにこの場で殺し合う気にはなれない。聖堂騎士団の一員が教会を戦場にするなど、乗り気になれなかった。

 勿論斬れるなら殺すが、それは話を聞いてから帰る時に背後からやれば良いだけのこと。とはいえ、第一目標の間桐は全員の精神的な隙間を突いて転移で逃げ、アインツベルンも同じく対処が難しい一瞬での転移で逃げてしまった。

 

「俺は行く。お前らはどうしたい?」

 

 神父の問いが、同盟の方針に決定打を与える。間桐とアインツベルンの殺し合い―――横槍を入れるか、傍観に徹するか。

 答えなど、最初から決まっている。

 やるべきことを間違えはしない。戦争を諦めずに同盟を組んだとなれば、倒すべき相手を逃す道理は無かった。




 やっと間桐亜璃紗の魔術を紹介できました。人の心を読む化け物が正体です。
 後間桐の願望であり地獄は、言ってしまえば人造の地獄です。例えますと、ベルセルクの渦に近い地獄になりそうです。人の世が滅び去るまで魂を取り込み続け、人類が滅びますとまた現世に人型の間桐桜として出現します。人間の形をした地獄になり、また何処かの平行世界に渡って、其の世界が滅ぶまで同じ事を延々と繰り返し続けまして、人が救える程に成長しますと何処ぞの世界で救済に乗り出すかなぁ……と。全人類、全世界、全時空において全ての悪を廃絶し続けます。


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71.略奪王

 グランドオーダーの赤セイバー(DEBU)って、少佐に似てるなぁと思いました(笑) 後、一番のお気に入りは文明絶対破壊ウーマンです。


「昨晩はお愉しみだったな、衛宮士郎」

 

 ―――鈍い、男の声だった。

 薄暗く、生臭い閉鎖的な空間。

 光は何処にも無く、完全な虚ろな闇に満ちた場所。床は石作りで、壁もまた同じ。精密な長さで整えられた立方体の部屋の六面には、緻密な魔法陣が刻み込まれている。衛宮士郎が今いる場所は、そんな牢獄だった。

 

「それにしても、随分とやつれている。だが、あれ程までに絞らたならば、その姿も仕方なかろう」

 

 間桐地下工房に囚われ、厳重に拘束衣で縛られている士郎を見た神父の一声だった。ただただ無音であった地下牢の一室。その保たれていた静寂が破られ、生気を失った眼で士郎は顔を見上げる。

 

「……誰だ、貴様は?」

 

「―――言峰綺礼。生前は冬木教会で司祭を営んでいた死人だ」

 

 言峰と、その一言で相手の正体を理解した。士郎は眼前の亡霊が、あの衛宮切嗣と同じ甦らされた悪鬼なのだと知り、何よりその言峰の名はあらゆる意味で鬼門であった。

 

「士人の親かね?」

 

 言峰(コトミネ)。其の名こそ、今の世では呪いに等しい仇の称号。

 自分が父から受け継いだ衛宮(エミヤ)の名を、更なる悪名高き人でなしの英雄として高めた様に―――言峰の名もまた裏側の住人にとって悪魔と同意である。

 

「そうだとも、衛宮切嗣の息子よ。この度は留守番の任を引き受けてね、暇潰しにこうして君を話をしに降りて来たのだ」

 

「……そうか。おまえは仲間外れにされた訳か」

 

「残念だったよ。アインツベルンが滅ぼされ、製造された紛い物とは言え、あの衛宮切嗣の家族がまた死ぬ姿を見れなくなってしまったからな」

 

「成る程な。あれの親なだけはある悪趣味さだ」

 

「有り難い。そう褒められれば、あれをあの様に育てた甲斐があったというもの。そう言うおまえこそ、衛宮の後継者に相応しい立派な正義の味方である様だ」

 

 綺礼にとって、士郎は息子と良く似た衛宮切嗣の写し身だ。加え、士郎は切嗣の様に自身の幸福を棄てている訳ではない。他人の幸福の為にしか生きられないから、そんな在り方を良しとして成り果てた。その在り方は自分とは逆さでありながら、生き方は全く同じ。自分もまた他者の不幸を味わう為だけに生き返った。答えを得ようが、自分が自分でなくなる事は二度とない。

 

「そうか。だが、今となっては全てが遅い。どうでもいい。貴様に聞きたいことは多いが、第一に知りたい事がある」

 

「なにかね? 死人になった身ではあるが、これでも生前と変わらず死後も聖職者だ。答えられるのであれば、全てを偽らずに答えよう」

 

 知っていると言う事は、それだけで武器になる。もし言峰綺礼が言峰士人を育てたある意味での諸悪の根源であるなら、決して他人の言葉に嘘は吐かない。相手が敵だろうが、悪人だろうが、何時も通りに笑みを浮かべて相手に応えるだろう。

 士郎にはそれが理解できた。あの神父を理解しているからこそ、綺礼の内面も透けて見えた。とは言え、それは逆に綺礼にも言えること。綺礼も綺礼で士郎が考えていることが手に取る様に分かっていた。

 

「……切嗣は、何処だ?」

 

「ク。それを聞いてどうしようと言うのだね」

 

 この男―――衛宮士郎(正義の味方)の裡に沈む葛藤(理想)は、自己を溶かす様に蝕む。その有り様は、綺礼が持つ嗜好からすれば最上級の娯楽品になる。自分を射殺すように睨み付ける青年をニタニタと笑う。彼は心の底から面白く思い、溜まりに溜まった(悦楽)に浸るだけ。

 

「……ふむ。そう睨むな、衛宮士郎。愉しくなってしまうだろう?

 だが、まぁ良い。これを伝えた所で、この“私”に不都合など一つもないからな。そうであれば、私が持つこの情報に価値を見出せるのもお前だけだ」

 

「ならば、言え。そうやって他人を弄ぶのが愉しいのだろう? あいつと同じで娯楽を愛しているのなら、私に真実をとっとと伝えたまえ」

 

 理解し合ってしまう。士郎と綺礼は合わせ鏡の同類。人の幸福が嬉しい士郎と、人の不幸が嬉しい綺礼は、常識に溶け込めない異常者として相手の身の裡が手に取る様に分かるのだ。後天的、先天的と違いはあれど、互いに否定し合う運命にあるからこそ、何か惹かれ合う要素があるのかもしれなかった。

 言峰士人とはまた別の、例えられない同族意識が士郎には綺礼に対して有った。無論のこと、綺礼もその点は同じ。違いが有るとすれば、その事実を愉しめるか否か程度であろう。

 

「キャスターの居城だよ。何せあの男、ありとあらゆる魔術師の天敵だからな。悪魔に呪われ、半ばサーヴァントもどきに近づいたとなれば猶の事。死徒に近い霊体深化により、あの起源に基づく魔弾も宝具へ干渉する程の概念武装に成り果てた。肉体的にも下級サーヴァント程度には強まった。

 ……それは私にも言えることだがな。感覚的に言えば受肉した魔とでも言えば正しいだろう」

 

 衛宮切嗣の魔術師殺しの魔弾。あれは“切って、嗣ぐ”と言う起源を込めた起源弾だ。魔力を込めて撃つことで、当たればその魔術に作用し、起源が対象術者に発現する。しかし、そんな程度で英霊の宝具へ完全に干渉出来る訳ではない。概念の前では更なる概念の前に敗北するのが道理。それもエクスカリバー程の宝具や、衛宮士郎が投影したアイアスの盾の前では、魔力を込めて発動している最中、あるいは発動寸前の臨界まで魔力を溜めこんでいようが、魔術礼装の効果を圧殺する膨大な概念を持つ。それが神秘としての道理。

 つまり―――宝具に並ぶ完全な概念武装化してしまえば良い。

 元々は魔術礼装とは言え、あの魔弾と銃器は半ば概念武装に近かった。

 原因はこの世全ての悪(アンリ・マユ)の呪詛。あの呪いの魔力は宝具に並ぶ概念を持つ。泥の塊となった銃火器。それに強化汚染された魔弾を装填し、汚染された魔力を叩き込んで発動させる。そうすれば神秘として同格の概念を保持し、相手が宝具であろうと魔術を発現させられた。

 

「故に、あのキャスターに対してもあれは鬼札となろう」

 

 衛宮士郎の投影魔術と同じだった。今や宝具に匹敵する魔術となっていたのだ。今となっては魔術殺しの亡霊と言う、例えるなら英霊もどきが持つ擬似宝具。

 だからこそ、衛宮切嗣は遂に“魔術師殺し(メイガスマーダー)”のままで在りながら、あらゆる宝具持ちの天敵である“英霊殺し(サーヴァントマーダー)”と成り果てた。いとも容易くサーヴァントを殺し、特にキャスターが行使する術理全てを封殺し尽くしてしまうのだ。

 

「そうかね。しかし、あの陰陽師は桁が違うぞ。サーヴァントと言う括りの中でも、大いに逸脱した化け物だ。もし伝承そのものであれば、九尾の狐でさえその魂を浄化し尽くす本物だった。実際あの男に会えば、太古の日本で暴れていた神格級の怪異、荒神を調伏していたのも納得出来た程にな。大昔に生きていたと言う鬼種であろうと、容易く魂魄を砕いて無へ還す。

 ……分かるかね?

 サーヴァントと言う霊的存在である時点で、あの陰陽師に勝ち目はない。奴の術理に対抗できる宝具を持つか、あるいはランサーの様にキャスターと渡り合える程の魔術の腕前が必要だ。サーヴァントや死徒に近しい化け物になった貴様や切嗣では、陰陽術に抵抗するのは不可能だよ」

 

 つまり、キャスターの天敵である衛宮切嗣にとっても、キャスターは彼にとって天敵だった。何より互いに手の内を知っているため、もし殺し合うなら如何に相手の思考の裏を取るか、相手の想像を越えて殺し手を打てるかと言う二点。

 しかし、それが理解出来ない切嗣ではない。何かしらの解決策を練っている筈だ。それでもまだ、あのキャスターには届かない。正確に言えば、衛宮切嗣に並ぶ程の悪辣な思考する指揮官が相手にはいる。エルナとツェリに魔術師としての隙はなく、戦争屋として全く以って油断も慢心もない。キャスターだけなら今の深化した切嗣ならば裏を掛けるかもしれない。

 だがマスター達と組んだあの陰陽師にはそう言う戦術的、ないし戦略的欠点が何処にも存在しない。戦いが強い上に、戦運びが巧いとなれば手の内用がない。だが―――

 

「安心して欲しい。あの城を砕く為に、我々はライダーとバーサーカーを手中にしたのだからな」

 

 ―――今の間桐には、あの騎乗兵(チンギス・カン)狂戦士(ホグニ)がいるのだから。

 

◆◆◆

 

 イリヤスフィールにとって、第六次聖杯戦争が引き起こされるのは予想出来た未来だった。しかし、自分は第五次聖杯戦争で生き残ったところで数年で死ぬ。考えても意味がなく、士郎達に時が来れば大聖杯の正体を伝えようと考えた。だが、そもそも何処かの“誰か”が、時間が経てば大聖杯が壊れる様に細工をしていた。第六次が起きるか如何かは時の運だった……だが、起きた。結果、アインツベルンは更に魔術師らしく、手段を選ばず利己的な化け物と成り果てていた。

 思えば、こと聖杯戦争と言う観点からすれば、アインツベルンは学者馬鹿に過ぎない。戦闘に向かず、戦術が拙く、戦略を構築できない。魔術師は軍師ではなく、戦略家でもないのだから当然。優れた技術者が如何に良質な兵器を作ろうとも、鍛えられた兵士の如く兵器を運用出来る訳ではない。

 だからこその、暗殺と戦争に秀でた魔術師殺し衛宮切嗣だった。だが、その男が何を思って戦い続けているのか理解しようともしないから、あっさりと裏切られて失敗した。第五次でも、折角召喚成功したヘラクレスを狂化した所為で総合的に弱体化し、こちらもあっさりと英雄王に屠殺されて失敗した。

 何故なのか?

 理由は分かるが、どうして結果がそうなってしまうのか。その原因を取り除けなかった。

 その為に、アインツベルンはあらゆる意味での最高傑作を創り上げた。サーヴァントが強いだけでは勝ち残れない。マスターも強いだけでは意味がない。衛宮切嗣の様な合理的殺人を成功させる思考回路を持ちながらも、サーヴァントの如き戦闘能力を持たせなければならない。

 そんな、聖杯戦争にとって理想的な人造人間ホムンクルスを生み出す。

 しかし、そもそもアインツベルンは大元になる必要な因子が遺伝子を生み出す過程に存在しない。

 アインツベルンにはないのなら、アインツベルン以外の生物の情報を使えば良い。自分達が聖杯を得るのは失敗したが幸運にも―――聖杯にまで迫った魔術師殺しの遺伝子と、過去に類を見ない最高傑作であるイリヤスフィールの遺伝子があった。

 大切なのは、合理的な思考回路と臨界以上の戦闘能力。

 ……一体だけならば既に、当時のアインツベルンは理想的なホムンクルスを生み出せていた。今はメイドになっているツェツェーリエだ。彼女はイリヤスフィールの複製体だが、生命力と寿命は人間を遥かに超えている。既存の戦闘能力も今までの戦闘用ホムンクルスの比ではない。それもその筈、彼女には魔獣の遺伝子が組み込まれていた。だが、生まれながらに完成した故に、人造人間として成功したからこその失敗。これでは聖杯戦争用に後天的な技術が成長できない。生まれながらに許された範囲でのみ心身を特化させられない。アインツベルンにおいて戦闘面は勿論、魔術面・精神面・技術面においても現当主を遥かに上回りながら、失敗作品だった。

 そのイリヤスフィールの複製体を元に、幾百も試行錯誤して生み出てしまったのが―――エルナスフィール。

 元より成功する確率は天文学的な数値よりも低かった。しかし、奇跡的偶然で誕生したと言う事は、彼女の誕生はアインツベルンからすれば当然の結果。

 彼女は人造人間ではなく、人工的に製作された人間だった。

 ある意味ではツェリの娘であったが、生まれた場所は大きな試験管の中。

 衛宮切嗣の遺伝子を主軸にし、イリヤスフィールの遺伝子を主にし、ツェツェーリエの設計図で生み出た生命体。

 余りに罪深い誕生方法。果たして何十人の同胞の屍の上に成り立っている命なのか。数多のホムンクルスが生み殺された。

 そうやって成長する人造人間と言う、アインツベルンの最高傑作が完成した。エルナスフィールは元々脳に焼き付いている魔術以外にも、多種多様な魔術を学んでいる。ホムンクルスとして基になった衛宮切嗣の経験も幾つかは受け継いでいる。復元した衛宮家魔術刻印も身に刻んでいる。

 ある程度実家で彼女は修練を積んだ後、彼女は自分の従者をツェリにして、世界へ旅に出た。

 目的は無論、戦争に向けて経験を積む為だけ。強くなるだけでは、殺し合いに勝てない。聖杯戦争の予行練習に丁度良いと、戦地を渡り歩き、殺しても構わない死徒や魔術師を破壊していった。場合によっては代行者や聖堂騎士も轢殺した。ツェリと愛剣と共に殺して殺して、殺し回った。世界中を見て回り、色々な人間と出会い、学んで知っていった。

 第六次聖杯戦争に参加する為のその過程……彼女はある日気が付いた。

 ―――自分は、喜んでいる。楽しんでいる。

 どうでも良い誰かを殺した事で、どうでも良い誰かの命が助かった光景が―――嬉しかった。

 エルナにとっての正義とは、ソレなのだ。強くなり、戦争に勝つ。その為だけの力であったが、自分以外の誰かにも意味があった。

 彼女に殺された人間にとって、エルナは人生を終わらせた悪人。

 彼女に救われた人間にとって、エルナは無視出来ない命の恩人。

 価値とは自分自身へ向けて響く己が成した行為だと、その時エルナは理解した。意味が有るだけでは無価値なままなのだ。

 エルナにとって正義は、闘争の中で見付ける密かな愉しみになった。

 何処まで行っても自己満足に過ぎないのなら、そのまま自己完結してしまえば良い。

 生まれながらの義務である第六次聖杯戦争であろうとも、湧き出た感情を楽しむのは生物の権利。

 殺せば殺す程、エルナスフィールは人の命を助け、様々な人生に救いを与えられた。旅して回った世界は余りにも面白可笑しく、人間はありとあらゆる最高の愉悦を自分に教えてくれた。有りの儘に生きるだけで、他にエルナは必要だと思うモノは無かった。しかし、果たさねばならない事を見付けてしまう。

 衛宮士郎と、イリヤスフィールの存在だ。

 父親である衛宮切嗣も、死霊とは言え会えるとなれば話は別。

 果たして歪な自分は、そしてツェリは家族を得る事は出来るのか。人間らしい中身は得られるのか……と。そう、疑問を思い浮かべてしまった。

 

「…………」

 

 ―――と、イリヤはメイドであるツェリから、色々な話を聞いていた。ツェリから話したのではなく、イリヤが質問して相手に喋らせた。本当に、色々なことを聞いたのだ。今のアインツベルンの状況は自分が居た時以上の魔窟と化し、エルナとツェリは自分よりも尚、魔術師らしい異常な境遇で、魔術師らしい狂気を持っている。

 しかし、その代償としてイリヤも自分のことを話した。等価交換と言うよりも、会話のネタを交互にした程度のものだが。そしてカレンもそれは同じ。敵側の思惑は分からないが、どうも直接話をすることも目的であった様だ。

 

「愉快ですね。この聖杯戦争と言う儀式、兄さんの言う通り業が深いです。ますます衛宮家には興味が湧きました」

 

 ここは和室。江戸時代や戦国時代などよりも昔の、平安時代の雰囲気に近い和風の一室。畳が敷き詰められ、座布団と机が中心に置いてあり、清掃が行届いた綺麗な空間。

 そっして、イリヤと机の対面に座っているカレンは、口元を浅く歪めて笑みを作っていた。話を聞いていたのはカレンも同じだ。イリヤと軟禁されている場所が一緒なので、彼女もアインツベルンのマスターがしていた話を暇潰しとして聞いていた。

 

「相変わらずね。その兄さんと良く似て、人をイラつかせる天賦の才を持っているわ」

 

「まぁ、嬉しい」

 

「うん。本当にイラつかせる、貴女」

 

 うがぁー、とストレスを発散される為に呻き声を無意識で上げてしまう。イリヤにとって、言峰の人間は鬼門。

 

「相変わらず貴女は相手にして愉しい女性です。兄さんが助けた訳も理解できます。ですが、お遊戯の時間もそろそろ終わりです。

 助けが来ても来なくても、時が来れば聖杯は降ります」

 

「でしょうね。貴女も何かしらの術を仕込まれたみたいだけど……それ、もしかして人間爆弾にでもされた?」

 

 イリヤがキャスターの術符と錬成された陰陽の聖杯と同化し、神秘を何段階か飛ばして本物の聖杯として完成した様に、カレンもまたキャスターの手によって術式を施されていた。

 

「保険ですって。詳しくは、時が来れば分かるとだけ言っていました。碌なものじゃないのだけは確かですけど」

 

 忌々しいと言いたげな表情で、カレンは自分の心臓がある箇所を上から抑えた。脳と同じく心臓は人間にとって、霊核となる重要な概念を持つ臓器。恐らくは、その部分に何かしらの細工を施されたのだろう。

 

「何を考えてるんでしょうね、アレは。私を大聖杯制御の為の基盤にするのは分かるけど。でもカレン、貴女は一体なにを目的に誘拐されたのかしらね」

 

「人質……もあるのでしょうけど、恐らくそれはおまけですね」

 

 と、暇な時間を無意味な会話で潰すしか、この二人にはすることがなかった。何せ、あのキャスターが組み立てた術的牢獄の中に居る。無理矢理部屋の外に出れば、どんな異次元に堕ちるか分からず、そもそも宝具クラスの干渉力でやっと罅を入れられる程度。鬼を閉じ込める為の術式を応用しているので、当然と言えば当然だ。そんなアインツベルン城内部。式神が跋扈する魑魅魍魎の真っ只中に監禁されるイリヤとカレンの二人。

 ……しかし、変化と言うものは前触れもなく訪れる事が多い。

 

「で、どうしたいのですか?」

 

 会話を続けていた二人の前に現れたのはツェリだった。メイドを見るカレンの目は冷たい。相手は誘拐犯なのだから違和感はない。だが、人質として以外の更なる保険にと、キャスターに特殊な“式神”を魂魄へカレンは打ち込まれている。流石の彼女でも、聖堂教会の暗部以上に効率的な外法は感心を越えて、苛立ちを覚えてしまう。異物感は数時間である程度は慣れたが、不愉快のものは不愉快。心象奥深くに植え付いた神秘は、霊媒医術で取り除く事はもう不可能だろう。肉体にも寄生しているが、体を抉った所で精神面にも癒着しているとなれば、それこそ専用の宝具や概念武装、あるいは聖杯を使わねば取れない。

 

「間桐桜が来ました。危険です。避難させます」

 

 メイドであるツェツェーリエはこの城が置かれている状況を、精密機械染みた演算力で把握していた。そして計算した結果、キャスターが建設した要塞であろうとも安全な場所はない。人質とは言え、二人に危害を加える気はツェリには一切なかった。

 

「……どういうことよ」

 

 イリヤの疑問にツェリは答えずに、直ぐに行動に移った。闘争はもう始まっていた。もう既にアインツベルンの城は、地獄の真っ只中に放り込まれた魔女の釜の内部。死者と生者が入り乱れる悪夢と化しているのだから。

 

◆◆◆

 

 ―――……そうして、アインツベルンの森は既に壊滅した。

 語るまでも無い話だ。間桐桜にとって、例え日本最強のキャスターと言える安倍晴明が召喚した式神であろうとも……否。サーヴァントと比べても遜色がない程の神秘であるからこそ、桜にとって侵し、喰らい甲斐のある標的であった。

 平安の世で活躍したキャスターであったとしても、桜の魔はそれ程の領域に達していた。神霊の霊格をも強引に封じ込めるキャスターだが、彼そのものは英霊である亜神止まり。式神を丸ごと喰われてしまえば、どうしようもない。とは言え、そんな程度の理屈をはキャスターも最初から理解している。その為の対策など幾重も取ってある。むしろ、内部から浄化さえしてしまえる術符の爆薬でもあり、その気になれば桜を介して聖杯の呪詛を滅せられる。

 

「いやはや、その筈だったんですけれどもねぇ……」

 

 珍しく、彼は本気で表情を歪めていた。嘗ての日ノ本において、本性を現した妖孤を一撃で浄化する程の法力を込めた矢。それを道具作成と陰陽術のスキルで生み出し、同じく現世で作った和弓で構え、何度も射っている。これでもう狙撃を繰り返すこと十度目。

 ……バーサーカーにとって、魂魄の浄化など取るに足りないらしい。

 肉体が宝具化していると言うのは分かる。しかし、キャスターの眼力は敵宝具の神秘をあっさりと見通してしまう。しかしどうやらバーサーカーは、その魂まで宝具に呪われている。

 

「残念です。私程度の法力では、直死の眼程の絶対性はありませんし」

 

 呪われた不死の王。それがバーサーカーであり、更なる呪いが彼の魂魄を汚している。単純に、もはや清められる穢れではないのだ。それこそ、アヴェンジャーの魔眼でなければ消せない程。

 

「しかし、相性がこうも悪いですと。はぁ」

 

 そのバーサーカーを破壊鎚として使用し、キャスター陣営の戦線に大穴を空ける。その隙間から一気にライダーの軍勢が侵入する。故、ライダーの軍勢によりアインツベルンの森は嘗ての姿を消失していた。緑が生い茂る広域な森林地帯は、銃火器と兵士達によって踏み荒らされている。

 ―――蹂躙。

 踏み潰し、砕き荒らす。

 ライダーの軍勢が通った場所こそ、王が過ぎ通る道を成す。アインツベルンの広大な森が、さながらモーゼが海を一直線に割り切った逸話を再現したような姿になっていた。

 

「懐かしいの。いやはや、これは良い戦争ぞ」

 

 軍勢を率いる男がニタリと微笑んでいる。加虐を楽しむ喜悦の表情だ。周囲に放った観測兵からは戦場の状況が随時直接自分の脳内へ情報が届き、隅から隅まで戦局を把握していた。既に敵本拠地を目視し、爆撃圏内。キャスターの姿も捕捉済み。バーサーカーを一騎当千の切り込み隊長にすることで、ライダーの軍勢の勢いは全く衰えない。

 だからこそ騎兵(ライダー)英霊(サーヴァント)―――チンギス・カンは静かに笑っているのだ。生前に味わっていた当たり前な日常を、受肉したことで完全に取り戻していた。宝具とは英霊が持つ伝承の具現である故に、ライダーにとって数多の宝具が生前の日常を再現した幻想に過ぎない。

 ……しかし、彼が持つ宝具は厳密には一つしかない。

 ライダーとして多彩な宝具を持ち運用するが、亜神として崇められる彼が持つ武器は一つだけなのだ。宝具『王の侵攻』と『反逆封印・暴虐戦場』も、その真なる宝具を使い分けているだけに過ぎない。

 ならば今のこの惨状こそ、チンギス・カンが持つ宝具の真髄―――

 

「兵士諸君、今こそ戦争の時間。故、我輩(ワシ)が許そう―――好きなだけ殺し、奪い取れ!

 敵の命を蹂躙せよ、目に映る何もかもを蹂躙せよ!

 この暴虐の焼け跡こそ、我らがモンゴル―――蹂躙草原(カン・ウォールス)に他ならん!」

 

 ―――蹂躙草原(カン・ウォールス)

 その正体こそ、チンギス・カンが持つ第三宝具。

 この状況において、もはや加減など有り得なかった。ライダーは初手から温存など考えずに、キャスターの居城へ一気に蹂躙していた。

 王の侵攻(メドウ・コープス)反逆封印・暴虐戦争(デバステイター・クリルタイ)は、この宝具を運営する為の仮初の姿。ただの道具に過ぎない。余りに膨大な消費魔力は、それこそ本当に国家を運営する程の消費量を持つ。例え歴代最強のマスターであろうとも、聖杯のバックアップを持とうが所詮はヒトの魔術師。そもそも個人で支えられるエネルギー消費では無い。使うとなれば、周囲から奪い取った魔力を宝具に何日も継ぎ足し続け、それでも数分も保てない程なのだ。

 その宝具を個人で運用可能な領域にしたのが、王の侵攻(メドウ・コープス)反逆封印・暴虐戦争(デバステイター・クリルタイ)の二つ。

 しかし、その枷は完全に解き放たれてしまった。聖杯を影で掌握する間桐桜であれば、サーヴァントへ無尽蔵の魔力供給が行えるのだ。

 その為の契約。

 だからこその協定。

 聖杯の泥で受肉した体は物理法則に囚われ、通常兵器でも致命傷を受ければ死に至る。だが逆に、この世の生物として生命活動を可能とする。

 その結果―――チンギス・カンは嘗て創り上げた帝国を、遂に現世へ具現させたのだ。

 

「くははははは、アーハハハハッハッハッハッハッハ!」

 

 王の笑いは国の凶笑。殺戮を国家事業とする帝国侵略軍の本性とは、つまるところたった一人の男の憎悪と欲望に集約される。

 彼が生まれた国は、彼が創り上げた国によって塗り潰され、彼の為に存在していた。

 何百年も彼の帝国は、彼の理想によって運営され続け、延々と戦争に明け暮れた。

 

「戦争だ、戦争だ、大戦争だ。殺し殺され、死なせ死に果てる。奪い取り奪い取られ、荒らし荒らされる。これこそ大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)の君臨であるぞ、此処はあの草原の続きであるぞ!

 また、あの地獄を生み出せる。

 また、敵の全てを奪い取れる。

 素晴しい―――!

 ならば我らが帝国兵士、草原の支配者へ再び戻るとしよう。再び大陸の君臨者へ返り咲くとしよう。再びあらゆる都を踏み砕き財宝を奪い尽くそう。

 ―――皆殺しだ!

 ―――徹底徹尾殺戮ぞ!

 ―――命も尊厳も何もかも虐殺ぞ!

 懐かしき生前に、あの弱肉強食が支配する我らの故郷を作り出すのだ!」

 

 亡霊ではなかった。既に全ての大蒙古国兵士が生前の真の姿を取り戻していた。赤黒い亡霊としての姿を捨て去り、仮初の宝具であることを辞めたのだ。今のこの形が本当の姿。

 王の侵攻(メドウ・コープス)反逆封印・暴虐戦争(デバステイター・クリルタイ)も、所詮はただの出来そこない。

 大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)に成り損なった宝具。

 国家を運営する程の膨大なエネルギー源があってこそ、ライダーの宝具はモンゴル足り得た。あの建国の祖であるチンギス・カンが身一つで創り上げた大帝国が、今此処に甦ったのだ!

 

「四駿四狗、我輩(ワシ)が許す―――敵を殲滅せよ」

 

 兵士を引き連れる八体の帝国将兵達。共にチンギス・カンと共に国創りを行った建国の徒。膨大な魔力を利用し、宝具『蹂躙草原(カン・ウオールス)』の概念によって座から魂を複製され、もどきのサーヴァントとして召喚されている。まるで建国時のモンゴル帝国に限定された大聖杯の如く、ライダーと共に戦った兵士諸君が再び現世に還って来た。

 中でも四駿四狗と呼ばれる八人はランクが低下しているとは言え、宝具も備えた完全なる帝国軍略奪兵として召喚されている。クラス無き英霊として、チンギス・カンをマスターとするサーヴァントして召喚されている。

 ムカリ、ボオルチュ、チラウン、ボロクルの四駿。

 ジェベ、ジェルメ、スブタイ、クビライの四狗。

 赤黒い亡霊ではない。血肉を持ったチンギス・カンの最側近として、死後もモンゴル皇帝に仕えていた。全員が英霊としての霊格を持ちながら、死後も皇帝の従者として存在していた。

 

「よぉ、良いんかよテムジン? 本当に殺し尽くしてもよ?」

 

「構わんぞ。我ら全員がこうして霊格を真に取り戻し、また戦争が出来る機会など当分あるまい。楽しめ、存分に戦争を愉しみたまえ。

 座へ還る時の良い土産話にの―――派手に、暴れよ」

 

 皆、笑っていた。

 愉しそうに笑っていた。

 四駿四狗が、帝国兵達全員が、楽しそうに声を上げて笑っていた。

 

「さぁ―――戦争の時間ぞ」




 皆様、お久しぶりです。サイトーです。待っていてくれた読者の人には、また読んで頂き恐悦至極! 初めての人は読んでくれて有り難いです。ぶっちゃけ、グランドオーダーに出て来る新鯖と被んないかと怖かったです。
 と言う訳で、桜の手に堕ちたライダーの再登場回。
 彼は聖杯と言うバックアップと受肉効果のある呪詛&魔力により、真の宝具をやっと解放出来ました。彼が桜側に付いた理由の一つが一切の制限なく本気で宝具解放出来る点にあります。ライダーは尋常じゃないほど燃費が悪く、本気を出すイリヤであっても一分持たずに魔力切れします。サーヴァントが八体分のサーヴァントをマスター代わりに限界様に魔力供給し、さらに帝国軍全てを運営しているので桁違いになってます。なので、今まではこの宝具を分割させた上で超劣化した状態で使っていのが、今までの宝具になってました。しかし、そんな制限も無くなってしまいましたので、全員が亡霊状態から抜け出して、更に呪詛の所為で半受肉とも言える宝具サーヴァントになったので燃費が良くなった上で、全力が出せると言う鬼に金棒状態。キャスターの式神軍団に対抗可能な軍隊となり、遂にバーサーカーを切り込み隊長にした状態で突撃しました。
 長い間更新していなかったので、長く書いてしまいましたが、今はこんな状態です。
 読んで頂きありがとうございました!


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72.地獄の釜

 お久しぶりです。アルテラ、可愛い。


 アインツベルンの陣地では既に、バーサーカーが城内へ侵入し、結界の核を砕かんと暴れに暴れ回っている。ライダーの軍勢も半分以上が突入済み。保険に幾つか予備の結界法術陣を作っておいたが、全て壊されるのも時間の問題。英霊の霊核を抑圧することで宝具を封じる効力も、間桐桜がサーヴァントに施した影膜の呪層界によって無効化されている。

 これはアンリ・マユの呪詛と虚数による魂魄防御。

 霊格を英霊ではなく死霊の残留思念程度に抑制することで宝具を封じ、ステータスを霊的に低下させる陰陽術をキャスターは展開させているのだが、それを無効化する手段がない訳ではない。事実、ランサーはルーン魔術で結界の圧力を押し除けた。間桐桜が行使する聖杯の魔術はつまるところ、英霊の宝具に匹敵する概念と高い神秘の濃度を発揮する。となれば、それ相応の準備さえ怠らなければ、例え現代の魔術師であろうと、あの日ノ本最高の陰陽師足る安倍晴明の術式にも対応は不可能ではない。とは言え、それでも完全に無効化し切れる訳でもないのだが。

 ……何よりキャスターにとって、式神を殺されるとそのまま戦力を吸収されるのが一番痛い。

 ―――心象風景「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)

 キャスターが観測したライダーが持つ三種の宝具は固有結界の産物であり、第三宝具「蹂躙草原(カン・ウォールス)」はその固有結界が真の姿を見せた概念武装である。真名解放された固有結界と言えよう。しかし正確に言えば、その固有結界と言う神秘自体も大蒙古国の一側面に過ぎない。

 皇帝個人が身一つで生み出した大帝国。

 あれは国と言われながらも、実質チンギス・カン唯一人が保持する軍事力。

 歴史が刻まれたライダーの魂そのものが―――大蒙古国と言う名の世界を記録する。

 故に、ライダーが持つ宝具は一つだけ。自分の帝国だけが英霊としての彼の武装であった。

 結果。あの英霊は殺せば殺す程、その宝具が際限なく肥大化する。奪えば奪う程、無尽蔵に膨大していく。

 限界が存在しないチキンレースであり―――間桐桜がエネルギー源となることで、もはや本物の帝国を生み出せてしまっていた。

 キャスターでは……いや、サーヴァントと言う一個体では勝てぬ世界(ルール)

 略奪王が行うのは徹底徹尾戦争行為。軍事力による蹂躙戦圧。安倍晴明は式神によって戦力を生み出せるからこそ同じ土俵に立てるが、ライダーが宝具を完成させたとなれば勝ち目は薄くなる。式神も精鋭でなければ即座殺害され、栄養源として軍に吸収されてしまうのみ。

 ……いや、むしろ栄養源になるだけならまだマシである。あのライダーはキャスターが誇る宝具「陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)」の神秘を略奪し、その概念と能力を自軍に取り込んでいる。唯でさえ凶悪無比な帝国侵略軍であるのに、聖杯の加護と清明の式神により更なる深化を遂げて仕舞っているのだ。

 

大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)とはまた、この国にとっても嫌な国です。大陸の悪夢です。この日ノ本の国にも、奴らモンゴルに対する恐怖も染み込んでいますし、知名度不足によって弱体化補正もありませんしねぇ」

 

 元寇、または蒙古襲来でしたかねぇ、とキャスターは愚痴を溢す。大陸の帝国と、その属国と化した朝鮮半島の高麗王国による日本への侵略戦争。歴史として刻まれた恐怖であり、数少ない日本への侵略国。ライダーが生み出した国とその属国によって日本人は虐殺され、それが日本におけるライダーの霊格を補っている皮肉。

 何故なら、サーヴァントは知名度によって座に存在する本体の霊格に近づく。キャスターにとって日本で召喚されるとなれば、最高の知名度補正を得られることとなる。それと同じくライダーも本国に比べれば霊格の低下は抑え切れないが、日本での知名度は確実にセイバーの正体であるアーサー王を上回り、下手をすれば平均的な日本出身の英霊よりも知名度が高い場合さえある。

 つまるところ、ライダーの侵略兵団は嘗て日本を襲った軍勢の大元であり、原型。

 九州地方を暴れ回った暴虐の権化。

 平安時代に活躍したキャスターには馴染みは薄いが、知識としてならある程度は理解していた。生前の安倍晴明が良く知るあの強大な戦闘民族・源氏(みなもとうじ)の末裔が「幕府」と言う支配大系によって新時代を作り出した後、日本を襲った悲劇である。

 

「いやはや、ある意味日本での召喚は正解みたいですね。あの聖騎士さんはそれも計算に入れていたんでしょうけど、それを間桐が運用するとなると手に負えないんですよ。

 本当―――困る」

 

 打つ手無し。

 考えて、想定して、想像して――やはりこのままでは、勝ち目無し。

 キャスターは一秒が一分にも一時間にも感じる程、深く深くこの危機的状況下で思考を掘り下げ続ける。式神と術式による防衛線を徹底しながら、自分やマスターの“生死”さえも勘定に入れて戦局を先読みする。人質兼保険として確保したイリヤスフィールとカレンと言う新たな手駒も戦略に組み込めば―――と、そこまで思考し、キャスターは納得して微笑んだ。

 かなりの外法になるが止む負えないと嘲笑う。既に布石は打ってあるが、それを利用すれば例え失敗したとしても問題ない。自分が敗北して死亡したとしても―――エルナとツェリに問題は生まれない。

 もっとも重要なのは勝つことではない。

 無論のこと敵を殺害することでもない。

 最後まで自分が生き残ることでもない。

 大切なのは―――第六次聖杯戦争を完結させること。

 

「困りますねぇ、酷く。保険の手札も切り崩していかないと、このまま詰まれてしまう」

 

 キャスターの目的は唯一つ。聖杯を手に入れ、聖杯による第三魔法の研究を楽しむことだけを目的にして戦争をしている。だが、それ以上に大切な信条が晴明にはあった。召喚された目的よりも大切なことが彼には有った。それを貫き通した末でなくては意味がない。勝ち残ったとしても、現世に留まる価値がない。

 エルナとツェリの二人を死なしてまで、聖杯が欲しいと彼は一度も思いはしなかった。

 自分の在り方のために意地を張っているだけだ、とキャスターは言うだろう。事実、彼はそう言う人間だ。それでも二人を身内にしたからには、その年下の娘さえ悪党から護れなくて何が陰陽師か。あの程度の魔物を払えず、護るべき者を守れずして退魔師などとほざけば唯の笑い者だ。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとカレン・オルテンシア。強制的に協力して頂いて、聖杯から世界を守る防波堤になってもうしかないでしょうねぇ。

 その為にはまず、この我が身を地獄送りにしないといけないんですけど。ヤですね、死にたくないですけど、やっぱり仕方ないですか。相変わらず間の悪い人生です」

 

 それはまさしく英雄が持つ思考回路。

 理性的に悪逆を楽しむ悪党だが、彼は悪人ではなかった。

 全ての道理を理解した上で、キャスターは聖杯を手に入れて第三魔法を思う存分研究する。この死後の世界で、生前手に入れられなかった魔術理論で以って陰陽術を更に深化させるのだ。

 楽しくなければ、彼は動く気も湧かない道楽人でもある。

 そんな捻くれた世捨て人が、この第六次聖杯戦争では始まる前から本気で全力を出していた。聖杯を手に入れたいと言う意気込みは誰にも負けてはいなかった。

 

◆◆◆

 

「いやぁ、圧倒的ですね。我がサーヴァント達は」

 

 ――――――圧倒的。

 思わず桜が呟いてしまったのも無理はない。キャスター攻略の為に態々自分の命を死地に晒し、戦力全てを注いで手に入れたサーヴァントなのだ。バーサーカーの狂化による身体機能の向上は鰻登りで、本来なら通常のサーヴァント並に強い筈の鬼の式神が藁人形みたいにあっさり切り壊されている。正直な話、数居る英霊の中でも狂化と言うクラススキルと最も相性の良い英霊なのだろう。

 もはや、狂戦士と言うクラス自体がバーサーカーのサーヴァント―――ホグニの為にあるようなモノ。

 北欧神話に伝わる報復王。

 装飾品欲しさに妖精と目合った女神により、死を取り除かれた魔剣の王。

 既に狂うだけ狂い果てた故、他のサーヴァントが持つような、真っ当な狂気など消えてしまった。生前の最後は未来永劫敵を繰り返し殺し、繰り返し殺され―――世界が破滅するまで、恐らくは戦い続けた筈。生前の記憶など摩耗していて、自分が座に昇った瞬間など記憶にない。記録としてはあるが、実感など全く無い。あの“島”は世界の裏側へ捲れ、この“今”でも殺して死に続ける不死者達の楽園と化しているのだろう。だが、終わった存在として現界するサーヴァントであるなら関係はないのだろう。

 

「――――――――――――」

 

 声一つ彼は漏らさない。表情は狂気一つない無表情でありながら、眼だけが楽しい愉しいと笑っている。そんな狂気を、桜が与えた呪詛が更に狂わせている。魔剣を王が振う度に、式神が襤褸雑巾よりも酷い肉片になっている。アデルバート・ダンから奪い取ったバーサーカーだが、今はまだ桜を主である認めているからか、彼女の命令に従い淡々と狂いに狂って殺戮を繰り返す。

 ―――死。

 もうそれしかない。

 既に鬼を引き千切る筋力を持ちながら、巧みな剣捌きで命を奪い取る。

 式神が幾ら攻撃しようとも朽ちず倒れず、淡々と相討ち覚悟で掛かって来た相手だろうと一方的に轢殺する。

 ――不死の狂気。

 命亡き屍の猛攻は止まらない。死をばら撒いて、刃を振り回す。

 

「……………―――」

 

 狂奔の嵐。バーサーカーに連れられ、後続のライダーの軍勢も熱に浮かれている。それら自軍全てを監視し、掌握する桜は、淡々とただただ死に逝く式神達を哀れに思い、侵食され逝くアインツベルンの領地を見下している。そして、亜璃紗は桜の後ろで愉しそうに、ニタニタと不気味に笑い続けている。我慢しようにも、耐えられないし、耐える必要もありはしない。愉しいから笑うだけであり、亜璃紗は哀れな生き物もどきが無様に殺される姿が嬉しくて仕方がない。

 

「や、全く以ってその通り。良い雰囲気です、お母さん」

 

「ええ……素晴しいです」

 

 強く、轟く、草原を支配せし蹂躙軍団。

 桜から感嘆の思いが出てしまう。

 もはや戦局なんて意味を成していなかった。聖杯戦争は戦争の名を持つも、結局は個人個人が殺し合う決闘が主軸。サーヴァントが亜神とは言えど、やはり一個体に過ぎない。現代兵器で言えば補給の要らぬ戦闘機並の戦力を持つが、それでも国家一つを滅ぼせる戦力ではない。とは言え、例外は勿論存在する。例えるなら、その戦闘機が保持する兵器―――つまるところサーヴァントで言う宝具の種類によっては、都市一つを容易く滅却は出来るだろう。サーヴァントはサーヴァント故の生身ではない弊害、クラスによる制限や、神代ではない神秘の薄い現世での使用と言う違いはある。宝具によってはある種の封印もあるだろうが、それでも宿す神秘と概念は宝具が宝具であるだけで強大だ。

 嘗て冬木で召喚されたギルガメッシュの乖離剣エアしかり。

 同じくアーサー・ペンドラゴンが持つ真に覚醒したエクスカリバーしかり。

 戦争を左右する戦闘能力。霊長の規格を越えた神秘。中でも英霊が持つ宝具の中には、それこそ神霊魔術に匹敵する概念武装が存在する。時と場合と条件が揃えば、並の神霊の権能をも遥かに凌駕する。

 太古の叙事詩や旧約聖書にも記される文明を破壊した大洪水。ソドムとゴモラを焼いた天の裁き。バベルの塔を砕いた雷。創造神が成す創世の力。数々の神話で頂点に位置する雷神の一撃。それら神々の権能と並ぶ超越的破壊力を誇る宝具も、英雄が昇る英霊の座に在るには有る。

 ……しかし、それでも帝国は滅ぼせない。

 街を、都を壊滅する程の火力があろうとも大蒙古国(モンゴル)は潰えない。

 何故なら、彼らモンゴルこそ大陸を蹂躙し、国々の垣根を越えて大陸の大半を一つに纏めた。アジアを掌握した略奪軍の強さとは、国一つを滅ぼせる程度の力では意味がない。

 何故なら、彼らモンゴルこそ世界最大規模の支配圏を持ち、どの国よりも肥大化した超国家。人類史上最も我ら人間達の領土を占領した“一個人”が所有する軍事能力は、この星そのものに奥深く刻まれている。

 

「あっはっははははははははは! く、フハハハハハハッハ!」

 

 その根源が笑っていた。大陸を蹂躙した皇帝が、嘗ての軍勢を率いていた。

 彼らは盛大にして、盲信的に進撃を続けている。式神に殺されながらも、実にモンゴルらしい殺戮手段でキャスターの手駒を血祭りに上げている。兵士全員が楽しそうに殺しながら、無心で延々と蹂躙し続ける。

 ライダーの軍勢は止まらなかった。

 勝てる時、容赦なく皆殺しにしてこそのモンゴル帝国。

 不必要な殺戮は好きではないが、ライダーとて戦争に見せられた闘争の輩。

 自分にとってしなくてはならぬ殺戮虐殺を愉悦するのは―――死んだ後でも止められない。

 

「疲れますねぇ、こう言うのは。本気で嫌になりますよ」

 

 ―――しかし、ライダーが相手にしている男は、そんな所業を態々見逃す英霊ではない。

 突如として、キャスターは軍中心部へ出現する。まだまだ此処はキャスターの領地。言わば、(はらわた)の中と同じ。放置していればライダーの宝具によって陣地内の支配権を奪取されるとは言え、その宝具に対抗できる術理を保持してこそのキャスターなのだ。自分が殺されでもしない限り、アインツベルン領が完全に乗っ取られる事はない。

 だからこそ、キャスターは一気に空間転移によって来た。

 このまま総力戦をしたところで、敵の戦力は無尽蔵。自分が溜めこんだ式神を優に超える戦力差。

 

「ほぉ、良いのか? バーサーカーは既に城へ侵入しておるぞ」

 

 この展開を待っていた。ライダーがキャスターに一番して欲しくない戦略手段であったから、逆にこうなるだろうと予想していた。たとえ幾千幾万の兵士を従がえようとも、ライダー無しでは存在出来ない不確かな亡霊共は、主が死ねば消えてなくなる。

 如何に強大な宝具であろうと、本質的にはやはり霊長(アラヤ)による機構(システム)に過ぎない。

 宝具とは人理と英霊の座がそうであるように、霊長を運営する仕組みの一部分。

 ランクEだろうが、EXだろうがそれが大原則。

 生前ならば兎も角、サーヴァントは死者と言う人型の現象。ライダーは生きた英雄ではなく、死した英霊であり―――その強大な軍勢もまた死人の群れなのだ。

 

「ああ、アレですか。別に構いませんよ。城一つでサーヴァント一騎調伏できれば安い安い」

 

 そう呟いた直後―――世界が砕かれた。

 

「―――……おぉ、良い花火だ。美しいのぅ」

 

 天壌を焼き滅ぼす巨大な大火。ライダーは茫然としながら、自分が進軍していた目的地が爆散するのを蕩けた目で見ていた。

 ……破壊だった。

 生前では思い付かない程の、大破壊だった。

 現世の軍事を学ぶために参考資料として見た核実験が如き光景だった。

 立ち上がるキノコ雲はこの世のモノとは思えず、余りに壮大で、絶大的な惑星を震わせる圧倒的火力だった。

 聖杯戦争は世間から隠すものだが、そんなことは無意味だと言わんばかりの炸裂。しかし、一定空間をキャスターが結界で括っており、爆風は内側だけで荒れ狂い、閃光は森外部に漏れる事も無かった。

 

「全く、罠の一つが無駄になりました。いくら誘っても、大元の貴方は我が城に攻め入らない」

 

 キャスターはずっと本当は待っていた。ライダーと間桐桜達が城に入って来るのは虎視眈々と狙っていた。一度侵入された城であると言う事実と、内部に仕掛けられたトラップ類も露見していると言う事実があれば、ライダーが攻め入って来るとキャスターは考えていたのだ。しかし、幾ら時間を待とうとも気配さえない。外側から延々と指示を出すのみ。

 罠を悟られたと気が付くのは直ぐだった。

 恐らくは前回の合戦で見抜かれていたのだろう。侵入された時、式神を吸収されたのが原因だとキャスターはこの段階になってその事実をきちんと認めた。自分の計画を有る程度は殺した式神から情報が抜き取られていたのだと、分かった時には遅かった。式を核とする記憶と記録の詳細情報まで奪い取るとは、とキャスターはそう予測はしていたが、本当にそうであったのだと自分の想像が当たったことを恨めしく思った。

 ライダーもライダーで、故にアインツベルンの攻城戦は残りの敵を討つまで遠慮して置きたかった。城を自爆させると言う最後の手段も、あの時に魔法の使い手である遠坂凛がキャスターを上回れなければ使われていた。幾重にも死を張り巡らせる陰陽師は戦略は選べど手段を選ばず、ただただ合理を重んじる。キャスターの城はそれ自体が必殺の策であり―――もはや、策足り得ぬただの藁の家に墜落した。

 

「だが無駄ぞ、無駄。バーサーカーは女神に呪われし真の不死(アンデット)よ。とは言えの、それでもサーヴァントの身故に制限がある。宝具による蘇生は膨大な魔力を消費し、その魔力残量があやつの命の総量となる訳だが……のぅ、お主、もう理解はしておろう?

 今の奴はもどきとは言え、もはや悪神の領域に入り込んでおる。

 そして―――それは我が帝国、甦りし大蒙古国(モンゴル)も同じことよ」

 

「聖杯―――魔術師、間桐桜ですか……」

 

 だがそれだけではないことをキャスターは知っている。聖杯の魔力は膨大であり、バーサーカーを真性の不死とすることに変わりなかった。だが、それは謂わば無尽蔵に貯め込まれた巨大なダムと同じ。サーヴァントを運営するには水の代わりになる魔力を出す蛇口が必要であり、その蛇口にも一度に出せる水量に限度がある。間桐桜は外法の魔女であるが、それでも不死を維持しながら、帝国を支え切ることなど有り得ない。

 であれば―――予備のタンクと蛇口を用意しておけば良い。

 その為の聖杯を埋め込んだ黒化した擬似聖杯。間桐桜を模した天使もどきの量産品たち。彼女たちは対英霊における兵器であると同時に、その英霊を黒化したサーヴァントとして万全に運用するための維持装置に他ならない。

 

「それに胆も座っていらっしゃる。この状況で逃げ出さないのですね、間桐桜」

 

「当然でしょう? 転移を自在とするキャスターを相手にするのですから、一番安全なのはサーヴァントの近くに決まってます。

 聖杯を手中に収めた今の私にとってサーヴァントなど取るに足りないですけど、ほら……何ごとにも例外はありますし、今回の聖杯戦争は例外に溢れてますから」

 

 ライダーの後ろで桜はニタニタとあの神父と良く似た透明で、綺麗で、神聖さに満ちた聖者の笑みを浮かべている。

 加え、その身に宿す呪いは世界にとって異物そのもの。抑止力からの圧迫は異物感と嫌悪感だけで並の人間の精神なら絶叫さえ出すこと無くショック死する筈のソレ。なのに桜を抑止からの干渉を受けながら、普段と変わらずに微笑んでいる。

 その事実を共に居る娘の亜璃紗は喜んでいた。

 魔術師としての育ての母の苦しみを狂った様に愉しんでいた。

 そして、その光景の意味をキャスター―――安倍晴明は、何一つ読み間違えることなく理解してしまった。

 

「本当―――狂っていますねぇ……吐き気がする」

 

 ここまでの透き通った邪悪、平安の世には無かった。間桐桜の内にあるのは情熱でも妄執でもない、ただの人としての義務感だけ。そう在れと自分に願い、今こうして自身が在るだけの存在。

 鬼も、天狗でも、妖孤でさえ、こんな(ザマ)は有り得なかった。

 人が魔に裏返ったのではない。

 間桐桜は人間でも、魔物でもない。人の理である天秤から外れ落ち、あの神父と同じ人の形をしているだけの存在(モノ)へ変わりつつあった。

 中身を使い果たした精神は空っぽで、固定され変化をしなくなった魂は虚ろなだけ。

 聖杯の中身の呪いによってあの神父と同類の、言葉に出来ぬ何か。怪物でも英雄でも人間でもない、言ってしまえば人型の存在に転生する前段階だった。純粋に呪いを受ければ、ただの有り触れたそこらの人食いの化け物になるだけ。理性的に殺戮を愉しむ単純な魔物へ堕ちるだけ。それでは神父にとって娯楽にはならず、一欠片も我慢出来ずにいた。

 自分によって数少ない友人であるならば、在らん限りの祝福を。

 そんな―――どうしようもなく終わっている男の呪いに満ちた悦楽を、キャスターは間桐桜から優れた感性で理解してしまっていた。

 

「本当に、吐き気がする……――――――!」

 

 放つは陰陽術、それも霊体浄化に特化した魂魄破壊。泰山府君の権能から学び、更に符術へ特化させた陰陽師・安倍晴明の妖殺し。だが、そもそもこの場には亜璃紗がいる。人の心を透かし読む化け物であり、キャスターをして眼前に現れてはならぬ異能の魔術師なのだ。

 よって、次の展開は当たり前なこと。この場にいる桜とライダーは、ラインで亜璃紗と繋がっている。故に、亜璃紗がキャスターから読み取った情報もまた共有しているのが自然。

 

「皇帝陛下、御無事で」

 

 ライダーの前には八体の魔人。黒化しておきながら、ライダー本人と変わらず理性を失わず帝国の兵として君臨していた。

 恐らくはこの八人の内の一人が、そこらの兵士を盾に使って犠牲にしたのだろう。キャスターの攻撃は投げ込まれた人型に当たり、その者を霊体から木端にしたが、結果はそれだけ。モンゴル兵が一人殺されただけだった。

 

「無論ぞ。傷はあらんよ」

 

 召喚されし英霊―――四駿四狗。大蒙古国建築時、初代皇帝が従がえた兵士であり、帝国の国喰い獣。

 宝具を運営するチンギス・カンの心象風景「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)」が座から呼び出せる最終兵器の八柱が彼らであり、彼らの為の宝具「蹂躙草原(カン・ウォールス)」に他ならない。

 あらゆるモンゴル兵を使うライダーだが、彼らは想念と良く似た概念的死霊。英霊ならざる死霊らの本来の魂は、そもそも死したのなら根源へ、魂が生まれ還る幽星界に送られる。故に言ってしまえば、宝具によって形を模し擬似召喚された初代帝国モンゴル兵に過ぎない。様々なスキルや武装を持とうとも本質的には魔力と霊子による兵士の形をした戦争人形。人形共の中身に召喚された後で喰い殺した魂を使っていようとも、それは精神なきただの道具でしかなかった。

 しかし、四駿四狗は違う。

 この八人は人類史に名を刻んだ英雄である。

 皇帝チンギス・カンに忠誠を誓い、その魂を座に置く英霊だ。

 座が永遠であると言うのであれば―――彼らが皇帝に捧げた誓いもまた永遠。

 彼らには皇帝チンギス・カンが宝具により蘇生させた肉体に―――真なる英霊の魂と精神が宿っていた。

 

「国王ムカリ、皇帝足る我輩(ワシ)が許そう。

 ―――殺せ。

 その妖術師はお主のための大敵ぞ」

 

「―――御意」

 

「ジェベとクビライとボロクルは兵士を従い、そこな女二人を守れ」

 

「は!」

 

「ま、了解」

 

「承知!」

 

「ボオルチュ、チラウン、ボロクル、ジェルメは好きに暴れろ。鬼神共を玩具にして殺し尽くし、この領域の一切合財を略奪せよ」

 

「分かったぜ、テムジン。全く、また戦争が出来るなんて最高だ」

 

「承った」

 

「おう、好きに殺させて戴く」

 

「ああ、殺し尽くそうぞ」

 

 これが、この光景が―――ライダーが持つ宝具の真の姿。あの大陸で、当たり前の日常のように、彼らは皇帝一人を信じ、協力し、地獄を生み出した。

 直後、全員が離散。

 そしてライダーはニラリと怖気しかしない笑みを浮かべ、キャスターに背を向ける。

 

「おやおや、逃げるのですか。意気地がない皇帝ですね?」

 

 挑発の一声。

 

「当然。死ぬのは怖いしの。だが、貴様がこの場に居ると言う事は、アインツベルンのマスター共はもうこの森にはおらんと見える。

 ……あるいは、そう我輩(ワシ)に勘違いさえ、森の何処かに隠しておるのか。

 だた言える事は一つだけ。貴様のマスターを直ぐに見付けるのは不可能であり、今貴様がこの場所で我輩と対峙しているのは時間稼ぎだと言うことぞ。

 拠点を爆破した時点で、この不利な状況下で戦うのは利益がなく、それでも貴様が戦うと言うことはそう言うことだしの。

 では、マスター―――転移を頼む」

 

「ええ、計画通りにですね―――私だけの略奪王様」

 

 そう言って、ライダーは戦場から姿を消した。無論のこと、桜と亜璃紗も護衛の四駿四狗を伴い、直ぐ様この戦場から離脱した。

 

「―――っち、鬼よりも性質が悪いです」

 

 キャスターの眼前には騎馬に乗った一人の兵士、ムカリだけ。

 

「ふむ。お前を相手にせよとの皇帝からの御命令。無駄な殺戮は好まぬが、有益な殺人であれば喜んで死なせよう」

 

「―――…………オヌシ」

 

「分かった様だな、妖術師。儂が選ばれたのは、それ相応の理由がある。

 ―――此処は既に括ってあるのだ、この儂の領地にの」

 

 陰陽術により仙術を模した空間転移―――陰陽により時空を連結させる縮地の術式が使えない。空間を脱する術が機能せず、宝具化した筈の符を封じ込める力。

 即ち―――

 

「―――宝具ですか……!」

 

「その通りだ。ではこの一瞬―――派手に殺し合おうぞ、妖術師!」

 

 本命に逃げられた今、キャスターは即座に勝負を決めなければならなかった。時間稼ぎの為に打って出たが、それを逆手に取られ、敵の時間稼ぎの罠に嵌め込まれた。

 覚悟を決めなければならなかった。

 命を含めた自分の全てを賭けに出し、一か八かの、一世一代の勝負をする覚悟を。

 だからこそ、そこに躊躇いなど有ってはいけなかった。故にそれは、陰陽道における祭神が持つ力である魔術基盤そのもの―――否、安倍晴明が独自に作り出し、彼のみが使える泰山府君の権能理論……!

 

大悲胎蔵(たいひたいぞう)―――」

 

 その決意、敬意を表する。ムカリはそう笑った。敵が宝具を出したことに、彼はとても喜んだ。これに対抗するためには此方も宝具を使わなければならず、即ちそれは時間稼ぎには程遠い全力の殺し合いをしなければならないと言うこと。それならば皇帝からの御命令を破る事無く、全身全霊で殺し合いを行える。

 そしてあれは主である皇帝から聞いたどの攻撃方法でもない陰陽術の行使、あれこそがキャスターなる妖術師が持つ決戦兵器に他ならない。

 ならば、それに対する為に――――

 

「―――駆け砕く(クルウド)……」

 

 自分が持つ第二宝具をムカリは解放を決意。

 まだカムリは宝具を持つもチンギス・カンの臣下として召喚された今、第三の宝具に価値はない。

 要となるは第一宝具「故国願う我が死地の哭(ウルス・ウォルス・クリルタイ)」。この宝具による領域支配、帝国における国王としての絶対権利―――つまりはチンギス・カンが持つ宝具「反逆封印・暴虐戦場(デバステイター・クリルタイ)」をより特化させた宝具により、ムカリはキャスターの縮地もどきを完全に封印した上であった。

 これがムカリをキャスターの相手にとライダーが選んだ理由。

 その上で、必滅の宝具を持つが故の選択肢。

 ―――死ぬのだ。

 ―――逃げ場などない。

 第一宝具は空間ごと支配する効果もあるが、それだけではない。ライダーのように魔力を略奪はしないが、彼が支配した土地では制限が課せられる。つまり魔力を消費しようとすればする程、対象の魔術回路に膨大な圧迫を与える。回路そのものを傷付ける能力はないが、魔力使用時に異物感に襲われ、物理的に霊体と肉体を圧迫する。この土地の魔力は既にムカリの所有物であり、ムカリの思念に汚染された太源は彼の意思に応じて回路に制限を掛ける。少しでもその魔力を大気と共に吸い込めば、小源もその太源に染まり、領域を出なければ汚染は抜け切らず―――大量の魔力消費を許さない。

 つまり―――対軍宝具の使用を禁止する。

 使えない訳でも無く、無理をすれば行使は出来るが、それでも真名解放に時間を使う。通常の数倍の隙が生まれてしまう。加えて、魔力を使った攻撃を主体するキャスターなどは魔術行使にタイムラグができ、この場に入り込んでしまった時点で敗北は決まっている。

 

「……国王一駿(ジャライル)―――!」

 

 そして、一撃でムカリは勝負に出た。相手の戦闘情報は既にチンギス・カンから伝えられている。これが最善であり、膨大な魔力消費が伴う陰陽術は使えない。ならばこそ、この対軍宝具に対抗する術はキャスターに存在しない―――!

 ―――しかし、それを凌駕してこその安倍晴明。

 宝具「駆け砕く国王一駿(ジャライル・クルウド)」により迫る敵をキャスターは千里眼で見切っていた。

 確かに並の英霊なら即時圧死する絶殺の瞬間突撃は、強大な破壊力を持つ。この対軍宝具に対抗手段を持つ英霊であろうとも、高い攻撃性能を持つ宝具か、あるいは対軍宝具を防げる程の防御型宝具が使えなければ死ぬだけで、その宝具を封じる宝具が厄介。避けようともしても、それに合わせてカムリが軌道を変えれば避け切れずに殺されるだけ。そもそも魔術師の英霊であるキャスターには、対軍宝具に対するだけの体術関連のスキルはなく、“故国願う我が死地の哭(ウルス・ウォルス・クリルタイ)”に縛れぬ肉体に由来する宝具もない。

 だがこのキャスターは千里眼により、宝具の攻撃であろうと自身に衝突するその様の一瞬の直前まで―――未来を読み、見切るのだ。ランサーの神域の槍捌きと、そのマスターであるバゼットの芸術的格闘技を同時に見切ったこの男にとって、対軍規模であろうと突撃による一閃など取るに足らず。

 キャスターは顔を浅く刃で切り裂かれながらも―――ムカリの攻撃を避け切った。

 しかし、それだけでは無意味。

 例え紙一重で避けられようとも、このムカリはライダーの宝具を利用して防御性能を高めている。加え、元より高い生命力を持つ。回避され隙を晒し、擦れ違い様に一撃を与えられようが、陰陽術の威力を封じているならカムリに致命傷は与えられない。

 この刹那に一撃を貰おうが、その攻撃を受けながらも突撃軌道を修正し―――

 

「―――泰山府君祭(たいざんふくんさい)……………っ」

 

 ―――キャスターはとても静かに宝具を宿した左手で、カムリの胴体に陰陽術を直撃させた。

 

「……御見事(おんみごと)

 

 膨大な魔力など最初から不要であった。黄泉の祭神への呪文、その宝具の解放はただただ唱えるだけ。霊核へ直接触り、人一人の魂を肉体から乖離させるだけで良い。

 ―――反魂の術理。

 魔術基盤・陰陽道における安倍晴明が生み出した彼だけの魔術理論。

 限定的な死者蘇生をも可能とするキャスターは、そもそもが魂の専門家。式神の運用とは魂の運用に他ならない。

 

「……いえ、どうもです。あの皇帝の命だからと、もうこんな巷に迷い出るんじゃないですよ」

 

「それは約束できぬな。だが、おまえとはまた戦い、この借りを返したいぞ。負けるのはやはり、死ぬほど悔やむのでの」

 

 そう呟き、ムカリは消えた。この消滅はライダーにも伝わり、この宝具も敵側に露見してしまった。亜璃紗の読心である程度は暴かれていただろうが、実際に見られて解析されるのとは訳が違う。もしかしたらこの宝具を使わせる為だけに、あのムカリと言う強大な英霊を選んだのかもしれない。恐らくは直ぐにでも対策が練られ、次の策が行使されることだろう。

 

「こんなのが後七体もいる訳ですか。ああ、とてもとても嫌ですねぇ……」

 

 キャスターは自由になった瞬間、一瞬で空間を転移を実行した。この光景はモンゴルの観測兵に見られており、空間を渡ろうとも有る程度は魔力でどの方向へ時空を渡ったかがバレてしまうだろう。

 しかし、今だけが勝機。

 迷えば戦略的に詰まれて死ぬのみ。

 敵のライダーがムカリだけを自分に向けたと言うことは、恐らくこのアインツベルンの森はまた死地となる。この度は自分達が画策した決戦ではなく、正真正銘の先が見えぬ血戦へと成り果てるのだ。




 読んで頂きありがとうございました。
 そしてムカリさん一瞬で退場です。いやはや、建国に大いに貢献した大英雄なのですよ。主に中国侵略担当で、高麗王国とかも攻めまくりです。元寇で日本に侵略者が来たのとか、大元正せばこの人が頑張ったから。
 だけど、これも相性ゲー。このムカリさんはその宝具によって、あらゆるキャスターを嬲り殺しにするキャスターマーダーで、極まった武人タイプではない宝具頼りのサーヴァントの殺害を得意とする指揮官型英霊ハンターです。なのでライダーのチンギス・カンもムカリさえいればぶっちゃけ大丈夫じゃと高笑いし、キャスターの絶望する瞬間を観測兵を使ってニタニタ笑っていたのに、実はキャスターである安倍晴明が正真正銘の天敵だった言うオチです。言うなれば、生身で一瞬でも対軍宝具の突撃を凌ぎ、次の攻撃が来る前に一撃で殺せるならムカリさんを倒せます。なのでランサー・クーフーリンも天敵ですね。ギルガメッシュみたいに宝具そのものを如何にかしない限り、大前提としては対人宝具の一撃必殺持ちじゃないと勝機なし。それに黒化の影響で干渉する力が増幅されてますので、ランサーやキャスターでも抵抗する術式を作り出すのに十秒以上は掛かりまし、それでも万全には無理と言う雰囲気です。


 そして、エクステラ!
 面白い、楽しい、フンヌ万歳!
 FGO出た時からアルテラが妙に気に入っていた身としては、まさか最初から既にヒロインであったとか、正に俺得Fateでした。
 新設定も面白愉快ですし、自分の中だとネロ株クライマックス!


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73.選択の先の未来

 エクステラ、サブクエ全部クリアしました。一番お気に入りのサブクエは、征服王のエンディングで見れる一枚絵です。征服王はカッコいいですけど、征服王と戦うサーヴァントも同じようにカッコよくなるので良いキャラですよね。
 実は、剣技もかなりの腕前みたいですし。ゼロだと剣技発揮する場面が少なかったですし。あの彼女と最後に斬り合ってるのを見ると、白兵戦も凄まじい強さなのが分かった。と言うより、征服王と戦ってる彼女がマジ顔で斬り合ってるのが凄いインパクトで印象的でした。


「有り得ん―――」

 

 ムカリが持つ宝具「故国願う我が死地の哭(ウルス・ウォルス・クリルタイ)」は無差別であり、問答無用。その対象は自分以外全てが適用され、例え正規のサーヴァントとして召喚されようとも、自分のマスターをも巻き込む。あの場にいれば間桐桜は勿論のこと、同じモンゴルの英霊であり、彼らの主であるライダーも有る程度は抵抗は出来るが、それでもあの宝具の効果を受けていた。ライダーが召喚した兵士もその対象に入り、下手をすれば消滅する。

 だからこそ、キャスター殺しとも言える凶悪な概念を宿し、対軍・対城宝具持ちを容易く仕留めるモンゴル建国の英霊の一柱。

 だからこそ、チンギス・ハンはムカリにキャスター狩りを任せて自分は退避した。とは言え、それは仇になった訳であったが。

 

「ライダー、どうした?」

 

「…………バーサーカーか」

 

 城の自爆から彼は無傷で戻って来た。正確に言えば、五体全て吹き飛び脳が砕け散ったが、その心臓部分だけは魔力で守り切った。予め桜は令呪の発動を準備しており、城の自爆が起きた瞬間、外部からの干渉を遮る結界が消えた直後に令呪によって呼び戻していた。

 流石のバーサーカーとは言え、霊的に頭部と心臓である霊核を完全に虚無へ還されれば、不死の力が宿る大元の魂から能力を失ってしまうだけだ。

 

「我が将が討たれた。此方に損害が出ないとは言えの、身内が殺されるのは中々に堪える」

 

「それは当然だ。戦争で人は死ぬものであり、仲間の死は身が裂かれるように苦しいものである」

 

 ライダーは生きた末に国を作り皇帝となった。その彼は仲間の死、部下の死、臣下の死、家族の死、全て知っている。

 だが、やはり身知った者が死ぬのは慣れない。

 耐えられはするし、何人死のうとも止まらぬことはないが、それでも心苦しくは感じるのだ。

 

「で、あの英霊との殺し合いは如何であった―――ムカリ?」

 

 最も、それは生前の話。宝具で呼んだ八柱の臣下達の魂は本物であれど、その死は虚ろな偽物だ。サーヴァントとして存在する自分と同等の、無価値な生命に過ぎないと彼は判断していた。本人達の意志や決意は重要だが、生き死に自体に価値はない。

 ―――その命に価値はない。

 何故なら、奴らモンゴルはチンギス・カン(大蒙古国)が存在する限り、不死で在り且つ不滅。

 

「皇帝よ、今の儂は座からまた再召喚されたばかりでありますぞ。貴方の心象風景から伝えられた記録の整理をするため、今は記憶が混乱しております。

 ……しかし、ふむ。今漸く整理が付きましたぞ。成る程、成る程。儂は確かにキャスタークラス相手には滅法強い天敵でありますが、そのキャスタークラスで呼び出された英霊自体が、そもそも儂の天敵だった訳ですな」

 

「ほうほう……となれば、あれは一撃必滅を成す対人宝具となる訳ぞ」

 

「泰山府君の祭でありますぞ。記録によれば、この国の術師が生み出した術理である陰陽道における最高位の神秘―――祭神の権能を模す陰陽の具現でありますな。魂そのものへ直接干渉するとなれば、即ちそれは神の権能の領域。並列する時空を直接的干渉し、次元内の世界操作する以上の難業でありましょうぞ。

 あるいは、この戦争を起こした異国の魔術と言う形態の神秘で言うなれば―――魔法、とでも呼べば良いでしょうな」

 

「それに肯定しよう、ムカリと言う者よ。貴公らから聞いた話を考えれば、この我にとっても最大の天敵となる宝具であろうぞ」

 

 バーサーカーは表情一つ変える事無く、その脅威を喜んでいた。

 彼が持つ不死の正体は「永劫なる死骸(ゴッデス・カラミティ)」と呼ばれる宝具。霊薬により魂に刻まれた呪いが肉体が死することを許さぬ女神の呪詛であるものの、それは概念的な物理破壊を対象とした肉体蘇生能力。

 宝具を宿す魂そのものを乖離されられたとなれば、宝具を発動する機能自体が稼働しない。

 不死の蘇生宝具とは言え、稼働の為の原動力は魔力。奴の宝具の前では電源からコンセントを切り離された電化製品と同じただの置物に成り下がる。

 あらゆる蘇生宝具に対する天敵であると同時に、サーヴァントと言う霊的使い魔と言う存在の時点であのキャスターの宝具に対する手段はかなり限られる。物理的破壊能力が一切ないと言う点は救いと言えば救いだが、霊核の近くに接触されて宝具を叩き込まれ場合、肉を持つ生身の人間だろうと即死は間逃れないだろう。

 つまり―――死ねる。

 生前は叶わなかった本物の死が目の前にある。

 バーサーカーは直死の魔眼を知った時に大きな感動を覚えたが、それと同じ巨大な歓喜に今もまた身を震わせていた。

 ―――やっと、やっと、死ねる。

 ―――殺されて、この呪われた肉体を滅ぼせる。

 世界崩落の果てを越え、座など言う生前のあの“島”と変わらぬ永劫の牢獄にまで辿り着き―――望みの死がこの地に沢山実っていた。

 英霊となり、サーヴァントとして召喚された身ならば無価値な感傷なのだろう。

 しかし、この冬木には生前あれほど渇望した死が溢れていた。

 それが愉しくて、嬉しくて堪らない。既に滅した者として座に召された報復王ホグニ(バーサーカー)だが、あの歓喜をまた味わえる。また死ねるのだ、終末の炎で島ごと滅んだ時と同じ様に。抵抗すれば死なずに済んだであろうが、あの救いの滅びは呪われた者共全員その魂を無防備にして喜び死んだ。あの者共と戦えば、闘争の限りを尽くした果てに、戦いの結果として死が自分に下されることだろう。

 

「嬉しそうだな、報復王。死がそこまで貴いのか?」

 

「是なりぞ、略奪王。死とはやはり、ただただ世界へ映り込むだけで美しい。終わり無き世界など、滅却されてしかるべき。

 やはり聖杯戦争は素晴しいモノであるのだな。

 (きた)るべき死が、あれほど待ち望んだ我だけの死が溢れ返っておる。死ねるのであれば、それだけで素晴しいのだ」

 

「……そうか。お主もお主で難儀な男よな」

 

「言うで無い。貴公に言われたとなれば、我も多少は心の傷が付く」

 

「ほほう、不死のお主がか?」

 

「当然ぞ。不死不滅であるが故、その中身は硝子細工の様に繊細なのだ。そう言う貴公もまた、敵が脅威で在れば在るほど嬉しそうに見えるがの?」

 

「無論ぞ。殺戮虐殺を好むが、真に楽しむべきは闘争唯一つ。その結果のおまけの娯楽として、様々な残虐行為を喜んでいるだけだからな。

 (ゆえ)―――強敵(英霊)は、殺し難いほど素晴しい。

 復讐にだけ燃えていた我輩(ワシ)には想像も出来ぬ歓喜であったのだろうが、一度愉しんでしまえば後は堕ち続けるだけとなる。

 それも、英霊と成り果てた後と成れば猶の事」

 

 ライダーにとって、聖杯戦争そのものが目的であり、喜び。殺して殺して、敵対者を殺し尽くした結果の略奪品として、彼は聖杯が欲しいのだ。

 そして、その聖杯で以って世界を略奪する。

 その大望がどのサーヴァントが持つどんな渇望よりも、只管に邪悪で巨大。

 聖杯を奪い取る意志の強さは、あらゆる英霊にも負けない堅さをチンギス・カンは持っている。どんな苦境に陥りようとも、あらゆる苦難を前にして、この男は何があろうとも絶対に諦めない。絶望もせず、失望もせず、諦観など有り得なく、歓喜と狂気と悦楽を武器に勇猛邁進する。ただ進む。

 この男は、どうしようもない程に諦めない英霊なのだ。

 根が醜悪な欲望に満ち、邪悪な思考回路で戦争を愉しむ悪鬼であろうと―――世界に在るだけで強かった。

 

「とは言えの、今の我輩は敵に支配された哀れな敗残兵。魔術師間桐桜の先兵に過ぎん。言い成りになることに不利益はなく、この身に利益しかないとは言え、戦争の楽しみが減るのもまた事実よ」

 

「言うで無い。貴公も貴公で、それなりの見所をあの魔女から見出しておるのだろうて」

 

「まあのぅ。あれはあれで中々に可愛らしい魔女だからの。

 ……人為的に狂わされた精神に、人の悪神に呪われた魂。(まさ)しくそれは悲劇である。搾取されるだけの被害者から、命を略奪する化け物の側に堕ちた。見るも無残な魔物の一柱に生まれ変わったのだ。

 それを―――略奪王と呼ばれる我輩(ワシ)が祝福せずに誰が祝うと言うのだ?」

 

 復讐は人を生まれ変わらせる。良くも悪くも、それまでの自分と決別させる。力を得て報復し、復讐を果たした後はその得てしまった力で何を成すのか。ライダーは大陸の略奪を望み、間桐桜はマキリの成就を願った。人それぞれ欲望の形は違えど、その道程はとても似通っている。

 バーサーカーはそんな皇帝を見て笑った。

 復讐は素晴しいモノを作り出す。真に無価値なのは諦めること。人は尊厳の限り戦わねば、やはりその人生を人として誇ることを有りはしないのだから。

 

「……む。ほほぉう、キャスターめ。奴儕(やつばら)めを招き入れたか」

 

「―――来たか」

 

 ライダーの様子でバーサーカーは悟れた。遂に時が来たのだと、彼は狂気からは程遠い穏やかな笑みを浮かべた。

 それを見て、黙っていたムカリは自然とライダーは見た。

 

「ではムカリ、また暴れたまえよ。幾度となく敗れ死のうとも、この巷では幾度となく戦争が出来るのだからの」

 

「それは大変喜ばしいことですな。では御意に、皇帝陛下」

 

 そうして、この場にはバーサーカーとライダーの二人だけ。ライダーは複数犯に分けた観測兵達からの情報を受け戦場全てを俯瞰、解析し現状で最優の手を常に指示している。無論、バーサーカーも桜からのラインを通じ、ライダーが纏めた戦局情報を理解している。

 固有スキル「建国の祖」をライダーは保有していた。

 この技能にはランクなどない。近しいスキルを上げれば星の開拓者が変異した異端の力であり、言うなればチンギス・カンの思考回路そのものの能力と、即断即決を心掛ける精神性を示しているスキル。自身が感じ取れた第六感からの情報さえも論理的に情報処理し、確かな勝利と略奪までの道筋を作り出す蹂躙皇帝の邪悪な考察力。

 

「―――…‥ふむ、本番かの」

 

 チンギス・カンの適性はライダークラス以外に存在しない。彼の武器は徹底徹尾己が大帝国のみ。無理に召喚することも出来なくはないが、彼は自身がこの地上で生み出した兵器である帝国侵略軍以外の宝具を持ち得ない。故に、必然的にライダーとなる。

 確かに、彼は帝国を今も乗りこなす騎乗兵(ライダー)だ。

 だが英霊として持つ宝具として、心象風景「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)」から宝具化した略奪軍を召喚するだけならば別にキャスタークラスでも構わない。あるいは召喚能力だけを宝具とするなら、クラスの適性があるアーチャーでもセイバーでも過不足なく使用可能。

 

「そうだの、折角の大一番。帝国建国の祖として崇められ、座に召された英霊の一柱として得たこの宝具―――略奪に使わずに、腐らせたままなのはちと勿体無いか」

 

 略奪蹂躙の皇帝が持つ許されざる(さが)。人殺しのための虐殺兵器を、殺戮に使わないままなのは面白くない。とは言え、有効的に使用出来る出番がなければ使わぬが、有効活用可能な機会があれば率先して稼働させる。

 才能が無かろうと死ぬまで鍛え上げた戦術的直感と、天性の素質を持ち極限まで使い鍛えた戦略的思考。

 その二つが、あの宝具を使う時が来ると彼に訴えていた。

 その事実が、略奪王を歓喜と悦楽の渦へと落としていた。

 呪いでもある殺戮者としての、モンゴルの神に連なる帝国の大権能。草原の蒼い狼と大陸で謳われた殺戮者が、その真価を発露する時が来た。

 

「報復王、お主はこれからどうする? 城が爆発した時点で役目は消えただろう?」

 

「死ぬまで斬り殺すのみ。この魔剣が血を望むとあれば、我も衝動のまま血を求めるだけぞ」

 

「ほう。ならば今のまま情報を共有しつつも、互いに好き勝手戦場を荒らすとするかの」

 

「同意ぞ。あの魔女からの頼みも、暴れろと、それだけぞ」

 

「ふむ、そうか。ならば我輩はもう行く。運が良ければまた会うとしよう」

 

 背を向けたライダーに、バーサーカーはその後に意外な言葉を掛けた。

 

「うむ、貴公の戦いに幸あらんことを祈ろう」

 

「祈る? お主がか?」

 

 祈りとは、人が神に行うこと。略奪王である自分と、女神に呪われた魔剣の王が行うこと自体が何かの間違い。ライダーはそんな想定外の言葉を聞き、時間はないが聞き返して答えを聞こうと思える位には意外であった。

 

「無論だとも。我が闘争への渇望は、人としてでも王としてでもなく―――神の化け物として発露する衝動。言わば、神からの呪いよ。

 なればこそ、祈らずにはいられんさ。

 神々が愛するこの星を、神の力で以って黒く穢すが愉悦の本懐よ」

 

「カカ、クハハハハ! 

 良いぞ良いぞ、良い皮肉に満ちた復讐の憎悪ぞ!

 お主が祈り、このモンゴル帝国始まりの大カーンが―――存分に地上へ撒き散らそうぞ、呪われた報復王と共にの!!」

 

 ライダーは愉しそうに、狂おしそうに笑いながら森の中へ消えて行った。バーサーカーもまた神への祈りを笑いながら捧げ、本当に楽しそうに発狂しながら自らの戦場へ赴いた。

 生前(すで)に狂い果てた報復王(ホグニ)は、死後も呪いから解き放たれずに狂い続ける。

 彼はもう英霊としてそう完成してしまった。

 発狂した魔剣の王として完結してしまった。

 彼にとってもはや祈りと発狂は同じなのだ。

 ―――発狂。

 祈るとは正しくそれに過ぎないのだ。

 狂化による狂気など生温い。その程度で狂える魂ならば、まだ英霊として救われる余地が存在する。故にホグニは徹底徹尾救われない。救われる余分が魂に存在しない。

 それが狂うと言うこと。

 全てが狂っているからこそ、魔剣の王。

 不死の果ての、そのまた果てで終焉を迎え、未来永劫狂う死骸と化した。狂うとは、理性を失くした獣になることでも、理性的に殺戮を愉しむ化け物になることでもない。

 狂気とは―――救われない事。

 それがホグニが得た狂気の答え。

 救われない精神、救われない魂、救われない肉体。

 救われない人生、救われない世界、救われない社会。

 ……ならば、ならばこそ―――――――――

 

「―――この世全ては狂気に満ちている。我らが魂、精神、肉体、全てに救いなど有りはしない。

 故に祈りたまえよ、間桐桜(我が狂気)

 君の祈りはきっと、この世全ての人が望む狂気(祈り)なのだから」

 

 

◇◇◇

 

 

 冬木教会に残った連中は全員が協定を結んだ。間桐桜が危険であるのは当然だが、聖杯戦争を管理する冬木の組織を完全に乗っ取ったキャスターたちアインツベルンもまた脅威。この二陣営へ対抗するためには、残りの者も組まねば勝機は生まれず、バトルロワイヤルの殺し合いと言うよりも三つ巴も戦争と化していた。

  教会に残った者らは一斉にアインツベルンの森へ向かった。間桐桜がキャスターに勝てばアインツベルンの戦力全てを吸収され、アインツベルンが間桐桜達を撃破すれば聖杯戦争そのものがキャスターの独壇場と化す。他の者達はこの二陣営を如何に潰すかが大前提となり、聖杯戦争での勝機を作り出す為にはこの闘争に介入せざる負えない。

 よって、この大乱闘に遅れながらも全員が参戦するのは当然のこと。

 アインツベルン城が大爆破する直前に領地へ侵入し、城の自爆と共に全員が一気に討ち取りへ迫った。そして士人にとっても、今この瞬間は正に正念場。彼のサーヴァントであるアサシンにとっても同じこと。

 

「ふん、殺したい放題とはいかんな。これが我らが教団を滅ぼしたモンゴルの正体か」

 

「一人一人が精鋭並の技量を持っている。纏めて巧く殺すことは不可能だな」

 

 モンゴル兵に溢れた森は所々でキャスターの式神と殺し合っている。本当に戦争そのものと成り果て、もはや英霊同士に一騎打ちからは程遠い大戦である。

 加え、式神もそうだがモンゴル兵の強さは異常だった。

 奴らの身体能力は三騎士並ではなくとも、その技量は人間として最高峰。

 一帝国の中でも精鋭と呼ばれる能力を全員が持ち、一人一人特化した戦闘能力は持つが技量自体にムラがない。言うなれば、兵士レベルに能力を落とした劣化版ライダーとでも言った戦力か。現代で言えば並の戦闘能力を持った執行者や代行者よりも力が上で、それが平均的な兵士の能力として発揮されている。魔力を込めて念入りに作られた兵士は更に高い身体能力と殺人技術を誇り、敵を殺す技量が帝国略奪兵として余りに優れている。

 となれば、例えサーヴァントであろうとも瞬時に兵士を殺すに至らず。

 むしろサーヴァントからの攻撃を耐え、受け流し、反撃する技を持つ兵士も珍しくもない。

 

「あたしのアヴェンジャーの……この殺人貴をぶつければ、取り敢えずは勝機が生まれるよ。バーサーカーの不死も意味ないし、ライダーにも接近戦を挑めば高確率で死を穿てる。

 けれども、そんなのは向こうも理解してる。

 あたしらが来たのも即効でバレちゃってたから、何が何でも殺人貴からは逃げるだろうね。ランサーも天敵だろうから変な奴らに集中砲火喰らってたし、挑まれたら逃げらんねぇと嬉々として戦ってたし」

 

 綾子は淡々と現状を語る。ランサーは明らかにただのモンゴル兵ではなく、サーヴァントと同等の存在感を放つライダーの手駒を相手に奮戦し足止めしている。それも同時に三体でだ。

 

「あれは恐らく帝国建国に活躍した四駿四狗でしょう。ライダーが呼んだと見て間違いないかと」

 

 そして、バゼットはランサーと別行動をすることに決めた。マスターたちはマスターたちで固まっているが、サーヴァント達は各々の役目を自分で課し、それに従って行動している。アヴェンジャーは既に気配を限界まで殺し、音も姿も暗まして獲物を探しに森を蜘蛛の如き動きで蠢いている。

 

「マスター、私もそろそろ別行動に移る。ここらで姿を森に紛らせる。護衛役はアーチャー一人に任せるが、構わんな?」

 

「良いぞ。吉報を望んでいる」

 

「了解した。囮役を頼む。ではな」

 

 そうして、アサシンも森の闇へと姿を消した。よって集団に残ったのはサーヴァントのアーチャーを除けば、言峰士人、遠坂凛、美綴綾子、バゼット・フラガ・マクレミッツ、アデルバート・ダン、デメトリオ・メランドリの六人。

 隠れもせず気配を発し、サーヴァントでない人間だからこそ、存分に囮役として機能する集団であった。

 その六人と一体はモンゴル兵と式神を殺しながら、遠坂凛の指示通りに進軍する。

 キャスターと間桐桜は空間転移を容易く行使する怪物的魔術師だ。無論のこと、魔法の基盤に至り、理論を手に入れた遠坂凛もまた空間転移を簡単に使う真性の魔術師に他ならない。だからこそ、遠坂凛がこの戦場において誰よりも有能。

 例え気配を感知して敵に出会っても、空間転移に逃げられたら流石にランサーでも追い切れず、アーチャーの視界からも逃走可能。転移されない様に戦おうとも、全く逃げる隙を作らないと言うのもこの乱戦状態では難しい。

 ―――ならば、空間転移を追える者がいればその前提は覆る。

 凛だけが、あのキャスターと桜に対抗出来る魔術師なのだ。それも空間転移を使えば世界に異常な歪みが発生し、魔法を知った凛の魔術回路と第六感であればその転移地点も感知できる。専用の探知魔術を使えば猶の事で、ライダーが暴れ回った所為か、キャスターが張り巡らせた転移妨害の結界も既に機能していなかった。でなければ間桐桜も転移を使うことは出来ず、安全策もないままキャスターの陣営へ桜自身が直接乗り込むことも有り得なかった。

 

「―――そこまでです」

 

 ……そう、彼らは囮役。

 だからこそ、このサーヴァントが迎撃に来るのもまた必然。

 

「―――……セイバー」

 

「ええ、凛。直ぐにまた会えました」

 

 武装化もしないまま、善性にも悪性にも成り切れず、呪われ灰色に澱んだ騎士王が夜の森に君臨していた。

 

「この場には亜璃紗もいませんので、私も自由に会話ができます。そばにいれば常に心を読まれ、良からぬ考えも、悪しき感情も全て筒抜けでしたから」

 

 ジャージとジーパンに、野球帽。戦場の戦衣装ではないにも関わらず、セイバーの威圧感は既に並の竜種を遥かに越えている。

 あれはもはや、灰色の邪竜。

 放たれ続ける魔力の波動も重く澱み、その殺気も泥のようにおぞましい穢れになっていた。

 

「セイバー、貴女…………―――――――」

 

 そのセイバーが、その騎士王の表情が、自分と良く似ていた。

 

「――――まさかアンタ……!」

 

「ああぁ……本当にありがとうございました、凛。そして、ごちそうさまでした」

 

 蕩ける様に、微笑んでいる。あの顔は、愉しんだ後に士郎へ向けて喜び浮かべる自分と瓜二つ。あのセイバーは恐らくそう、冬木教会で亜璃紗といる間はずっとああやって微笑むの我慢していたのだろう。

 

「士郎を―――セイバー、貴女がそんな……」

 

「無理矢理ですよ。私が彼に乱暴したのです。欲望を抑え切れ無くて、犯せ、奪え、と呪いのまま彼を穢しました」

 

 喜んでいるのに、なのに彼女は悲しんでいた。愉しんでいるのに、セイバーは悲痛な顔で苦しんでいた。

 凛は直ぐに分かった。あのセイバーであれば、自分の意思とは言え、そんな欲望に突き動かされて士郎を犯したとなれば―――精神が、歪む。

 耐え切れないのではない。

 彼女の精神は規格外の強さを持つが故に、自分自身の所業に何処までも絶望する。事実は彼女は士郎を犯している間、嬉しくて、苦しくて、歓喜と絶望で涙を流した。心が壊れて、意志が折れても、自分自身を止められないのだ。

 

「桜が、貴女をそこまで()としたって訳なのね?」

 

「いえ、それは違います。彼女はただの切欠に過ぎません。そもそもの原因はあの聖杯の泥であり、私自身が持つどうしようもない欲望です。

 理性で己に蓋をしていても、騎士王で在ろうとしても……私は所詮、人間の女に過ぎない。

 結局のところ、英霊故に誰よりも強く在ろうとしても、この魂の作りは他人(ヒト)と何一つ変わりはないのですから」

 

 人間性を克服する事は人間故に不可能。

 そんな人間の(サガ)を克服可能な者は、それこそ救世主(セイヴァー)と呼ばれるあの三柱だけだろう。

 この世全ての悪(アンリ・マユ)と呼ばれる呪いの泥は、人間だからこそ呪いと化し、人間全てを呪うに相応しい人間で“在る”ことを煮詰めた霊長の黒泥なのだ。

 凛は知らないが、今のセイバーのマスターである亜璃紗だけがセイバー以外で知っている。このセイバーが英霊の座へ至ってしまった原因を知っている。本来ならば、騎士王アーサー・ペンドラゴンは妖精郷で伝承通り眠っていなければならない。

 つまるところ、このセイバーは阿頼耶識に魂を守護者として売り払った。

 彼女は王としてではなく、人として自分を愛して救ってくれた“エミヤシロウ”の為に英霊と成り果てていた。この次元において、違う時空の遠い平行世界で行われた第六次聖杯戦争で、士郎と、凛と、桜と、そして世界全てを救うために自分の魂を霊長へ捧げたのだ。

 その英霊に至るまでの経験が、本来のアルトリアとの最大の違い。

 彷徨い続けたこの魂に救いがあったからこそ、彼女は全てを救い返した。

 呪いに屈せず抵抗する意志を宿す魂の強さ―――それはつまり、それだけ自我が強大になったということ。人として士郎に救われて、癒されて、だからこそ聖杯の泥はアルトリアの“救い”を強く強く呪い穢したのだ。

 呪われた救い、穢れた愛。

 それなのに、今のセイバーはおぞましい程―――美しい。

 存在するだけで圧倒する竜の威圧と同じ力で、彼女は人間の女として煮詰められている。士人や今の桜とそっくりな、爛々とした黒く澱む陽の輝きを目に宿していた。

 

「…………―――」

 

 神父はただただ息を呑む。こんなにも綺麗で、美しいと実感出来てしまう人間に士人は会ったことが無かった。同時に彼は理性的に、心象風景に潜む泥の衝動がおぞましく喜んでいるのだと理解した。彼が実感出来るモノなど呪いから生まれる衝動だけであり、だからこそ灰色に穢れたセイバーを衝動のまま美しいと感動しているのだろう。

 そう―――感動だ。

 自分の(呪い)がセイバーを喜んでいる。

 愉悦として悪性を愉しんでいるのではなく、セイバーと言う存在自体を理解出来たことが嬉しかったのだ。

 

「今の私は生前よりも、なまじ魂が強くなった所為で呪いの汚染に抵抗出来てしまいました。黒く染まり切れませんでした。

 ……苦しいのです。辛くて痛くて、胸を抉って()(むし)りたい。

 完全に黒く属性を反転させていれば、もう一人の自分として自己を確立できた。そう出来た筈なのにぃ……とっさに抵抗してしまった私は、中途半端に呪われてしまった。犯されて、汚されて、だったら黒く在れば良かったのでしょぉうぅ……それだったら、もっともっともっと強き魂で在れば、あの黄金の王と同じくそのままの自分だった!

 ……今の私の人格は、狂い混ぜって穢れてしまった。

 価値観も感情も、逆の筈のモノがグチャグチャに合わさりました。嬉しいのに苦しくて、苦しいのに楽しくて、楽しいのに辛くて、辛いのに嬉しくて――――――……それで、それで、私は、私は、なんて様……っ!」

 

 既に彼女は壊れ掛けだ。早口で、思ったまま感情を吐き出しているのに過ぎない。

 

「士郎を犯して、汚したくて、でもそれでも、あの士郎を失いたくなくて。それでも、それでも私は、呪われてなくても、やっぱり士郎が好きで―――愛していて……本当に、愛しているから!」

 

 そして、目を離せないのは凛と士人だけではない。この世の何よりも清く貴いと思えたセイバーが、こんなにも壊れそうな姿を見て、アーチャーは暗い喜びを覚えたのは事実だった。凛のように悲しめず、ただ普通に、普通の人間と同じ様に、普通の人間なら目を逸らさずにはいられない騎士王を愛おしんだ。

 普通ならば、誰だって直視出来ない呪いに満ちたセイバー。

 その圧迫感と威圧感は、並の人間ならば纏めて発狂させるか、運が良くて意識を何十日も昏睡状態にするほどの脅威なのに、アーチャーはそれを平常な普通の精神で受け入れて―――歪み切った自分の嗜好に絶望した。あんなにも遠くで清らかだった彼女だったのに、自分と同じ存在(モノ)に堕落した騎士王を、アーチャーは嬉しいと尊んでしまったのだ。

 

「このままだと私は私ではなくなってしまうから……! 

 アーサー()でもアルトリア()でも無くなってしまうから……―――!」

 

 そして―――一人の男が決意した。選択を決めたのだ。

 

「だから、凛―――どうか、私の心を壊して下さい……っ」

















 読んで頂きありがとうございました。
 実はセイバーさん、ああ見えて臨界状態でした。このままだと呪いに勝って元に戻る事も出来ず、オルタ化して反転する事も出来ず、別の何かのアルトリアに変貌してしまいます。と言うよりも、実はもう変貌していますが、完全に違う何かとして完結する寸前です。騎士王アーサー・ペンドラゴンとしてなら迷いはなく終わっており、ブリテンの王としてなら開き直って自分の人生に悟りつつ、実はアルトリアとしてはヤバい状態でグツグツと煮え滾ってます。

 後、裏設定ですけど、実はライダーの元ネタはザビ男です。他のオリキャラも原作キャラを元ネタに似せてますけど、チンギス・カンはザビ男です。簡単に言えば、赤セイバーと相思相愛で生活していたのに、不意打ちで襲われて赤セイバーを拉致・監禁され、赤セイバーが敵軍の男に何日間も暴行されて怒り狂ったザビ男をイメージしてくれれば、チンギス・カンの若い頃に感情移入し易いと思います。その後、セイバーを取り戻すも、復讐を誓うザビ男をイメージして頂けると、それがチンギス・カンのモンゴルの始まりとなります。そして元々は善良なイケ魂持ちの質素倹約を好むテムジン青年が、段々と草原の獣に堕ち初めて、復讐が目的だったのに復讐のための略奪と殺戮を愉しむようになってしまい、テムジンから皇帝チンギス・カンと成り果ててしまった。言ってしまえば、暗黒面に堕ちた絶対に諦めないマンです。それなので、実は身内に優しい愛の男であるのです。
 そんな雰囲気を裏設定にしています。


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嘘予告.神父と聖杯探索

 第一次世界大戦終結後、とある国から大陸核弾頭ミサイルが雨となって降り注いだ。全ての首都は例外無く焼き払われ、国家は国家として機能せず世界は放射能の渦に消えた。核を使った新国家―――モンゴル帝国を除いて。カルデアのマスターと英霊たちは人類史の悪意と出会い、暴かれたこの世全ての罪を背負う魔人と対面する。



「―――やあ。調子はどーだい、赤兜ちゃん?」

 

「知るか、死ね。腐れ奇術師」

 

 牢獄の中。光源がランプ一つの暗闇に男と女が居た。男はにやにやと笑いつつ、不気味で冒涜的な雰囲気を隠さず椅子に座ってもう一人を視線を犯している。そして、女の方は鎖で両手を椅子の肘掛けに縛られ、上半身を椅子ごと巻き込んで拘束されている。

 何より彼女の服装は卑猥の一言。上半身は胸は赤い布で隠してはいるがそれだけ。

 下半身は身に纏うことは許されず、しかし足を拘束するものは何一つない。

 赤兜と呼ばれた女―――モードレッドは足を組み、無遠慮に自分を視姦する下衆野郎(キャスター)の眼から自分の恥部を守っていた。

 

「いやぁ、気の強い女性は良いね~」

 

「ハッ! 婦女子を嬲る屑魔術師の好みなんざ興味ないぜ」

 

「そんなこと言われると僕も傷付くよ。彼是君が僕たちの陣営に捕まってからの付き合いじゃないか」

 

 奇術師と呼ばれる魔術師は気にした雰囲気など一切無く、好色的な表情を浮かべて楽しんでいた。何しろ、モードレッドをこの牢獄に閉じ込め、今まで死なぬ様に世話をしていたのは彼だ。嬲り続けていたのも彼だ。彼女の性格も把握しており、こっちの拷問に屈しないことも理解していた。

 ……そう理解した上で、この魔術師は可愛らしく、美しく、強く、心がまだ何処か幼い騎士を陵辱することを存分に楽しんでいた。

 言ってしまえば、こんなモノは生産性も計画性もないただの娯楽。

 

「だってさ、ほら。こんな上等なお膳さんを食べないのは、男として可笑しいでしょ。でもね、僕はまだまだ我慢する。その方が至った時の快楽が高く、大きく、そして素晴しい。

 だから―――君の純潔を、僕は奪ってないのさ。

 敵国に捕まり、裸体に剥かれ、僕の同胞たるブリテンの男どもに強姦され、聖女は処女を奪われ聖処女でなくなり、何度も何度も拷問を受け、何度も何度も陵辱される。そして僕達をとてもとて~も愛して下さる唯一絶対の創造神の名の元に、火刑に処されたあの聖女みたいな屈辱を君をしても良かった。焼いた後に焦げて裸になった体を民衆に晒し、その後更に焼いて灰を河に流しても良かった。

 でもね~。そんな事、僕はしないよ。同じブリテン生まれの人間の屑だけど、そんな酷いことは出来ないさ。神様を信じる糞雑巾共と同じことは絶対しないさ。

 何せ、君みたいに美しいモノを愉しまないなんて―――己が人生の損失じゃないか」

 

 良くも悪くも、この魔術師は教会の神を心底嫌悪している。2016年まで残ったその宗教を心の底から憎悪している。

 カトリックであれ、プロテスタントであれ、宗派を問わずに意味もなく嫌っていた。

 自分の人生を縛るもの、縛ろうとする戒律がどうしようもなく、この魔術師は怨んでいた。

 

「――っち、相変わらず下衆だ。この俺を美しいだと……愉しもうだと!

 テメェの下らねぇ御託になんざ価値はない! とっととこの鎖を外しやがれ、腐れ外道!」

 

「うん、いいよ」

 

「……――――――」

 

 その戯言に本気で堪忍袋の緒が切れたモードレッドは憤怒で視界が真っ赤に染まり―――瞬間、自分を縛る拘束具に魔力が奔ったのを自覚して……

 

「はいはい、ポチッとね」

 

「―――――――――は?」

 

 ……本当に、拘束が外されて、茫然としてしまった。

 

「いや~ねぇ、ほら何て言うか―――飽きちゃった」

 

 固まったままでいるモードレッドを良い事に、奇術師と呼ばれたキャスターを朗々と今の心境を語る。無駄に抑揚を付けて、奇術師と言うよりも道化師と言った方が正しい雰囲気で。それはとてもふざけた態度であり、不真面目な表情であった。

 

「そりゃ、やっぱり……? 君の性欲をネンネンゴロリと魔術と薬品で昂らせ続けて、自分から犯してくれって懇願されるのを待って、念入りに犯して尊厳を折るのも愉しそうではあったんだけどね~。

 でもさ、僕って自分で自分の気を狂わせてる女以外を性で狂わせる趣味ってなくてね。こんだけ細胞一つ残らず肉欲で狂わせてるのに、精神が狂わず魂が屈指ないんだったら、君をとことん玩具にしてもあんまり面白そうじゃないし。

 これだったら玩具にならない相手が望む方法で、一緒に遊んだ方が楽しそうだなってね」

 

「………………」

 

 

「うん、(だんま)りかい?」

 

「あ~……つーか、斬って殺そうと思ってたんだけど、何か一気に殺意が冷えた」

 

「それが狙いだからね。はいこれ、タオル貸すよ。ソコが濡れたまま武装化とか、流石にしたくないでしょ。逃げるんだったら手伝うし、僕もこの超軍師さん特製超中華ガジェット式超元帥運営の超監獄から脱出する予定だしね」

 

 超超うるせぇ、と言う顔をしたまま赤兜の騎士は地面に唾を吐く。

 

「……テメェ、気が効く癖にマジでイラつくな」

 

 モーロレッドから視界を外し、キャスターは既に唯一の出口である扉を開いていた。

 

「うーん。まぁ、これでも世界で最も邪悪な男って世間から呼ばれた魔術師だからね~……あ、そうそう。束縛術式は全部キャンセルしておいたし、拷問として使ってた媚薬と一緒に魔力も存分に注入してたから、その気になれば今この瞬間にでも宝具ブッパ出来るから」

 

 そう言って、男は背を向けて牢獄から出て行った。余りに凶悪な魔力の波動を背に受けながら、彼は静かに扉を後ろ手に閉めた。

 

「ホント、色々と愉しみだね~」

 

 生前は根源に至る為に我慢していた道楽を、魔術師は一切遠慮することなく堪能するため、彼は自分の信条さえ裏切って死後を愉しんでいる。

 

「死後に英霊として生きられるとは、私は何て素晴らしい幸運を拾えたのだ」

 

 根源の為だけに、全てを掌に悪名を広めた―――真名を得る為。

 根源を観測して、なのに「 」には至れず―――無価値な答え。

 根源を目の前に、魔法を手に得ることなく―――不実な魔術師。

 あの虚無に到達したと言うのに、この身は根源と接続出来ず、新たなる法も得られず、あの虚無が根源であろう「 」なのだ理解しただけだった。到達することは出来たのに、知識として得られた筈なのに、私はこの魂に「 」を宿すことは出来なかった。根源そのものに辿り着こうとも、行き着いたその先にある求めた「 」を手に入れられなかった。

 神の目と神の脳により根源から手に入れたのは、その神が持つ権能のみ。そして、その権能からなる新たな自分だけの魔術系統だけであった。

 だからこそ―――計画通り、英霊となった今は全てを愉しもう。

 次こそは手に入れた我が権能で以って、あの根源を全て支配する。

 魔術王の頭脳と両目を奪い取り、量産した真なる聖杯があれば、遂に私は――――

 

 

 

 

 

 

 

             特異点γ 人理定礎値:A

       AD.1919 廃滅大王苦界イェケ・モンゴル・ウルス

 

           「亜種聖杯 ――大いなる獣――」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――蒸気都市の玉座。世界を略奪した皇帝と、帝国建国を助けた数学者の二人。

 

「この惑星を今の段階で、その……地球そのものを遊星に出来るのですか?」

 

「是なりぞ、アルキメデス。その為の平行世界への移行だっただろうが。我輩(ワシ)の世界における人理は完全崩壊し、後は伐採を待つだけの残骸に成り果てたしの。

 我らの軸におけるソロモンもどきを討ち殺し、成り果てたあの真なるマスターの英霊体も、遂にはこの我輩の―――そう、このモンゴルに堕落した。我ら全ての英霊達の支配者として完成したあの少女も、この世界に移動し、この時代の人理を略奪することで死後の英霊としても完結した。

 分かるだろう、全ての英霊が魔人となる。全てやがてグランドとなり、他惑星を略奪する先兵となる」

 

「それは理解しております。捕えた先兵を解明し、ヴェルパー共は既に分解済みですから」

 

 だからこそ、アルキメデスはこの王に仕えた。チンギス・カンが目指す略奪の果ては、地球外の叡智を求めるアルキメデスの目的と同じ。

 文明技術もまた皇帝にとっての略奪品である。

 だが、その略奪品を有効に扱うには技術士と学士が必要だ。

 アルキメデスとは、皇帝にとって必要不可欠な帝国のパーツだった。自分と同じ国家運営の為の歯車だった。

 

「うむ、そうだ。遊星の文明はモンゴルへ移し終えた。アルキメデス、お主の手柄だ。お主がこの銀河における文明の起源となるのだ。

 だが、それだけではまだこの平行世界は手に入らん。

 銀河の中心地たる母星に生まれ変われん。

 我らは異界からの侵略者故に容易く世界を滅ぼせたが、完全な異端因子故に世界を焼き、滅却を果たすが崩壊には至らず。

 核弾頭による地上の絨毯空爆によって全ての都市を滅ぼしたが、人理が崩壊していないのはその為ぞ。完全な外部からの侵略者の所業だからこそ、その虐殺を人類史から隔離されてしまっていのだ」

 

 そう、それこそがチンギス・カン。人理が滅んだ遠い平行世界で百を超える聖杯を手に入れ、ソロモンの偉業を略奪した男。アルキメデスと手を組み、世界を幾度も移動し、遂にカルデアが観測する世界における特異点を生み出した元凶。

 この世界の西暦1919年に降り立ち、時代を焼いた魔人。

 とある聖杯戦争において優勝し、全てを狂わした欲望の化身だった。

 

 

 

 

 ―――カルデア、人類最後の砦。

 その中心部たる部屋にレイシフトの説明のため、ロマニ・アーキマンは彼らマスターとサーヴァントを集めていた。

 

「―――1919年?」

 

 人類最後のマスターはその西暦を聞いて、少しだけ疑問に思った。

 

「そう、1919年。結構最近だけどね、その年代に特異点が発生したんだ」

 

「1919年ですか? その年ですと確か―――第一次世界大戦が終わった年、でしたか……?」

 

「その通りだね、マシュ。でもね、年代は特定出来ても、その地域がかなり異常なんだ」

 

 そう言ってロマンはスクリーンを出し―――それを見ていたマスターとマシュも、自分の眼を疑ってしまった。特異点となる地域は異常が出ており、確かに一目で判断はできる。判断できるのであるが―――

 

「見れくれ、ヨーロッパが焼き払われているんだ。そして、ドイツ中心部に巨大都市が一つだけ存在している」

 

 ―――小国に匹敵する巨大都市。

 

「しかも、焼かれているのはヨーロッパだけじゃない。世界各国の都市が壊滅してて、その殆んどに人間が生活してる気配がない。

 でも、人理は全く崩壊していない。

 特異点は観測出来ているのに、人理の崩壊を確認出来ないんだ」

 

「どういうことですか、ドクター」

 

「それがわからないんだ、マシュ。でもね、多分ことの真相はこの都市に行けば分かる筈」

 

 それを聞いたマスター―――藤丸立香は、その危険度だけを認識する。残すは七つ目最後の聖杯だけとなった現在、突如として発生した特異点。それがまともな訳がない。

 しかも、レイシフト可能な人数がかなり限られている。

 恐らくはカルデア対策で、惑星規模で何かしらの結界が張られている。規模が規模だけに干渉能力は微々たるものであるが、それでもその時代、その世界以外からの外部干渉を有る程度は遮る結界が星に刻まれていた。その所為でマスターとシールダーをカルデアから観測するのが精一杯で、カルデアの力で保護できる数も二人を除けば三人が限界だった。

 

「現地入りしないとその辺も分からないか。でもまぁ、これも何時もの事だね。分かったよ、ロマン。私たちがあっちに行けば、そっちにも詳しい情報も送れると思うから。

 霊脈見付けてマシュのシールドパワーを発揮してしまえば、孔を穿いて観測もし易くなるし……うん。そうすればレイシフト先の世界でも、私を通じてカルデアから現界を維持できるサーヴァント人数も拡張できるかもね」

 

「何時もすまないねぇ、立香の婆や」

 

「それは言わない約束でしょ、ロマン爺さん」

 

 

 

 

 

 ―――転移した先の荒野。

 

「先輩ここは危険です、異常なまでの放射能汚染です! それに加えて未知の毒素で溢れています!!」

 

 念の為、都市の外れにレイシフトした彼と彼女達を待っていのは、異常な空気に満ちた世界。そして、異形化した人間と動物が徘徊し、幻想種などの魔獣とは雰囲気が違う異形の化け物達。

 

「……ク。これはまた雅ではない死の世界よ」

 

 アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎が口元を押さえながら苦言を申す。予め転移前に魔術で身を保護していなければ、神秘面における特別な技能がない小次郎だと数分で肺が爛れている腐界だった。

 

「同感です。これは霊体であるサーヴァントでも生命活動に危機が出ます。受肉して生身であれば私でも一時間は生きられません」

 

「マスター、人数分の浄化マスクをダ・ヴィンチから念の為に渡されていた筈だ。それを使わせてくれ」

 

 また、セイバーのアルトリアとアーチャーのエミヤもまた、この世界の毒は長時間耐え切れないらしい。

 

「やぁ君達、大丈夫かい?」

 

 そんな五人一向を迎えたのは一人の魔術師。

 

 

 

 

 

 

 ―――そうして、マスターたちは都市に辿り着く。

 

「―――蒸気の遮断結界?」

 

「そうさ。今やこの都市以外はね、放射能汚染とエーテルによって人間が長時間生きられない世界になってるんだ」

 

 あの聖都キャメロットとは違い、二人は無条件で妨害もなく都市に侵入できた。余りに巨大な未来都市で、まるで巨大な機械の内側に入り込んだ様な雰囲気の街。事実サーヴァントによって運営されるこの都市は、本当に機械を一つの都市として型を創り上げ、更に拡大させていた。

 

「放射能ですか? でもそれは変ではありませんか、キャスターさん?」

 

「うん、そだよ。1919年の今だと誰も放射能技術なんて科学を理解出来ない。これはこの特異点を生み出した主犯格が計画した作戦でね。世界大戦によって人間に愛想が尽きた神様の仕業なんて偽って、世界中に目視もレーダーでも確認できない不可視の核弾頭を世界中にばら撒いたんだ。

 そりゃもう、この時代の人間からすれば神の裁きに見えただろうさ。

 ピカと光ったら、全てが崩壊してるんだからね。それも第二次世界大戦で使われた原子爆弾よりも更に強く進化した兵器だよ。世界中でゼウスのケラウノスやら、インドラの雷光やら、バベルの再来やらと、そりゃ滅茶苦茶だったから。

 一部国家ではもう核の理論はあるだろうし、実験もやってるかもしれないけど―――そう言う科学的に理解出来る国はとっくに廃滅しちゃったからね~」

 

「それはなんて―――」

 

「気が狂ってるって? 僕もそう思うよ、マシュ君。人理滅却によって一瞬で世界を焼いた魔術王よりも、更に人間的で生々しい手段でね―――この蒸気都市を支配する皇帝様は地上を滅却した。

 人理を崩壊させることで間接的に滅却したんじゃない。

 物理的に人間の文明全てを焼いたんだ。魔術でもなんでもない、自分達人間が生み出した科学文明の技術を使った所業ってこと」

 

「でも、そんな悪意があるのに、その人はこの都市を作って人間を保護してる」

 

 マスターの疑問はそこにある。ある意味では魔術王が成した悪行よりも遥かに人間らしい、目を逸らしたくなる大殺略を行った魔人が、何故自分が滅ぼした後の世界で救世を行うのか。

 

「うん、その通り。あの王様はさ、自分が作った新国家に民を呼びこむ為だけに―――科学技術で以って文明を滅却した。何より、自分以外の国はこの星に不必要はっはっはとか言って爆笑してたよ。

 ……あの王様も王様で、生前は一人の人間として世界そのものに挑戦はしてたみたい。でも座の所為で死後に英霊になっちゃてね、人理とか抑止とか阿頼耶とかの本質やら真実やらを知って、それを覆す聖杯とかも魔術王が特異点とか作る所為であっさり手に入れちゃってさ~……ま、それでこの様って訳。それが出来る手段と道具と理論も手に入れたのだから、この世界から星を略奪しないでいるのはつまらないってさ。

 けれど、この惨状は自分を駒として良い様に利用した魔術王に対する意趣返しでもあるんだろ~ね」

 

 

 

 

 

 ―――街に潜む異形の魔物。

 

「―――んで、これ何、キャスター?」

 

「これ? これはね、この都市の連中が作った生物兵器と機械兵器さ」

 

「機械と一体化した人間―――え、もしかして人造人間(ホムンクルス)じゃなくて、マジな改造人間(サイボーグ)!」

 

「そだよ、マスター君。あの皇帝が呼んだサーヴァント連中は凄くその性質が偏っててね、こう言うのが得意な連中ばかりなのさ。

 と言っても、今君らが殺して始末したのはね、元々はホムンクルス。しかも科学技術で型作りした生物兵器としての製造方法も用いている所為か、魔術的なホムンクルスの要素も持ったデザイナーベビー兼改造済みのオートマタでもあったりする」

 

「成る程。ならば、自然の触覚である通常のホムンクルスとは違い、人型の生命として霊長の魂を持った人間でもある訳か。

 ……しかし、それは変な話だぞキャスター。

 何故奴らは都市機能を破壊し、そして国民を殺し回る兵器を野に放った。話を聞く限り、ここの支配者は愉快犯でもあるが、手段を選ばぬ合理主義者でもある。これでは道理に合わないが?」

 

 答えを確信している疑問をエミヤはキャスターにぶつける。

 

「その通りさ。いやーホントはさ、最初はこんな風に暴走してた訳じゃないんだ。あの連中は安全管理は異常なまで完璧だったから。けど僕達反抗勢力が奴らの工場をテロって爆破した時に、どうやら可笑しくなっちゃったみたいでね~……野生化した生物兵器が都市に大量蔓延しちゃった。

 んで、それを正義の味方と偽って、僕達がこの哀れな兵器達を処理してるってこと。そうすればテロって悲劇の元凶を生み出したのは僕達だけど、その事実を隠しさえすれば慈善活動で一定の支持を住民から得られるからね~」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――拠点での一時。

 

「それなりに親睦も深めたし、そろそろ僕も僕自身をしっかり自己紹介しよう。キャスターのサーヴァントってだけじゃ、人理を修復するために絶対死ねない君達も、僕をちゃんと信用できないでしょ。まぁ、真名を知ったら信頼は絶対に出来ないだろうけど」

 

「そんなことはないです。あなたは私達をここまで助けてくれました」

 

「やだな、マシュ君。それはね―――助けない何て無価値な行いより、助けた方が絶対に人生愉しいからだよ。

 ……宝具を使えば運命とか別にただの天気予報だし、あそこに君達が来るなんて現実は一週間以上前から知ってたし。例え信頼されなくても、最低限は信用して貰えるように全部僕が仕組んだ事なのさ」

 

「それでもキャスターは良い文明! 愉悦もまたそれで良し!」

 

「君は君で割り切ってるね~。ホント、マスターになるべくしてなった超人だ」

 

 故に、キャスターはこのマスター足る女を理解していた。世界全てを自然と背負えて仕舞える人間のその魂は、恐らく座においても確実に上位に君臨する強大さだった。問答無用とさえ言える強さ。

 彼女とて最初は一般人そのものであったのだろう。だが、数多の時代の、数多の世界の、数多の英霊達との邂逅と、人類が絶滅する圧倒的危機と脅威を何度も何度も退けた経験が―――もはや、その人間の心を有象無象を遥かに超えた超人魔人に変貌させてしまっていた。

 何よりも、この短期間で救世を実行する成長速度。

 世界全てを救えと、そう在れかしと生み出されたとしか思えない人型の理。

 己を既に悟り切っているその魔術師こそ、キャスターは自分のマスターに相応しいと―――否、数多の英霊達を従がえる人理の化身と成り果てつつあるその女こそ、魂を預けられると直感していた。

 だからこそ――――

 

「だからこそ、私は宣告する。

 我が名はアレイスター・クロウリー。神の理を理解したが故、根源に敗北した英霊の魔術師である」

 

 ―――人間としての本名ではなく座に登録された英霊としてのこの名さえ、目の前の女からすれば取るに足らないただの情報なのだろう。そんなことをエドワード・アレギザンダー・クロウリーは人間として分かっていた。

 あの哀れなグランド等と言うもどきと化した魔術王を討つべく選ばれた救世の徒。

 人理と抑止を維持するアラヤと、何より神霊と精霊を支配するこの星たるガイアが望む未来が交差する瞬間に、恐らくこの人理の守護者の命運は決まっていたと、クロウリーはほくそ笑む。所詮全てが予定調和に過ぎないならば、滅ぼしたところで罪など有りはしないのだ。

 そして、その魂の深化はマスターだけではない。

 彼女が真に信頼し、全てを信用する絶対の相棒――マシュ・キリエライト。このクロウリー好みの悪辣さで生み作られた人造人間もどきも恐らくは、そう在れかしと生き残ってしまったのだと愉快に思う。クロウリーが心底嫌う束縛された因果律の中では、救いさえももしかしたら決められた運命なのだろう。絶望が運命で決まったものなら突き進んで破壊すれば良いのに、求めて得られた救済さえ決められた運命の内側であったとしたら、全てが全てガラクダだ。だからこそ、霊長全てが救いを求めて綴ったこの物語の中では、この瞬間もまたただの幕間劇。

 

「クロウリー~、今帰ったぞ。キュロスさんが戻って来たぞ!!」

 

「うっせーな、玄関の外で大声出すと警邏に居場所がばれるかもしんねぇだろーが……!」

 

「おいおい。小声で怒鳴るなんて器用だなぁ、モーさん」

 

 とまぁ、クロウリーが心の中でシリアスな自分に酔っていても別に何でもないことだ。

 

「……あれま、アーさん。何時の間に」

 

「徒歩で帰って来た。それと救世王、アーさんはやめないか」

 

 一人黙々とフォークでケーキを食べていたアルテラは顔を顰める。相手はあの救世王キュロス二世、基本的に何を考えているのか全く分からない。

 

「なんで? 可愛くない?」

 

「可愛い……可愛いか? そうか、可愛いのか―――」

 

「そーですので、オレのこともキューちゃんと呼んでも良いのよ? 救世王とかマジ堅苦しい」

 

「それは、なにかイヤだ。キュロスで我慢しよう」

 

「なんでや。そんなんだから神の(SMグッズ)とか呼ばれるんだ」

 

「ふざけるな。生前も死後も、この星に来る前でも、そんな呼ばれ方はされたことがない……!」

 

「あのー、フォークが三色ペンみたいになってますよ~。もしかしてフォーク・レイしちゃうんですか……―――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――奇襲する敵の全戦力。

 

「この場所は既に我輩(ワシ)の領地、我らが都市の内側よ。ならば―――小手先の戦力は逆効果。偵察などそも不要。

 故に、こうして全戦力で以って相手が準備を整えぬ内に強襲する。

 今で在れば、こちらの本陣の防御戦力が最低限で済むからのぅ。今だからこそ、お主ら全員を一度に殲滅できる最後の機会となる。この好機を逃せば、此方も其方の奇襲や挟撃、諸々の内部工作に備えて、ある程度は戦力を分散しなくてはならんのでなぁ……」

 

 皇帝―――チンギス・カンが笑う

 

「……辺りの住民の避難は済んでおる。存分にその人理の宝具で神話を貶めるが良い、稲妻博士」

 

 瞬間、蒸気都市に張り巡られた無線送電網に火花が散る。限定的ではあるのだが、蒸気王C・バベッジ博士と結託したテスラはこの蒸気都市に電機を綱を張っている。それはつまり雷電の巣を意味し、遂にニコラ・ステラは自分の望みである世界システムに手を掛けた。

 故に、ここは蒸気世界であると同時に絶対雷電領域。

 サーヴァントである自己を霊体化することで、その電磁場配線網(ライトニング・ネットワーク)によって自分を雷速で移動させることが可能となり―――――

 

人類神話(システム)雷電光臨(ケラウノス)――――――!!」

 

 ―――魔力を存分に溜めた状態で遠距離から、このアーチャーは背後に移動し宝具による奇襲を敢行。本来ならば絶対不可避の速攻であるそれ。

 

“マシュ、エミヤ。手順通りで宜しく”

 

いまは遥か(ロード)―――」

 

熾天覆う(ロー)―――」

 

 しかし、もはやカルデアの魔術師(マスター)であるこの女にとっては“その程度”としか感じられない危機に過ぎない。

 

「―――理想の城(キャメロット)!!」

 

「―――七つの円環(アイアス)!!」

 

 人類の雷を防ぐも、恐らく狙いは纏めての鏖殺ではない。宝具を防がせることが目的であり、あの皇帝ならばカルデアのマスターのサーヴァントの力量を読み間違える訳はない。故に、マスターはあっさりと気が付く。雷撃によってサーヴァント達が身動きを全く取れず、全員が稲妻博士の一撃に“集中して”しまっているこの現状―――!

 

“多分宝具の放射が終わった辺で気配消した奇襲を私だったらするから、コッジーはもしからしたらの迎撃準備宜しくね”

 

“―――承知”

 

 だが、その念話も直ぐに結果を出す。雷を防ぎったその刹那、小次郎が自己を明鏡止水に至らせ、周囲全てに存在する生命の気配、あるいは物体が移動する気配を容易く感覚し―――

 

「無明三だ―――……ん! 本気ですか!?」

 

 ―――一瞬、マスターを背後から刺殺せんと縮地で迫った暗殺者を小次郎は己が心眼で見破る。合気切りとでも呼べる柔らかい動きと剣捌きで、あっさりと敵の首が移動する軌道上目掛けて刀を振っていた。加え、小次郎の剣戟は異常な間で見切り難く、まず初見で完全に把握することは不可能。

 

「……おや、その可憐な姿は沖田殿ではないか。いやはや、こうして敵同士で殺し合えるとは正に僥倖」

 

「う~ん、私は貴方を知らないのですが……もしかして―――そっち、私います?」

 

「セイバーであるがな」

 

「はぁ、なるほど。それでは良い事を教えてあげますけど、アサシンで召喚された私は真っ向からの戦いは兎も角ですね―――殺し合いと切り合いは、そのセイバーよりも巧いですから」

 

「くく、それはこの一合で悟っておるよ。なにせ殺気を斬り殺す直前まで消す事で、その得られた気配遮断を有効に縮地と合わせておったからな」

 

 加えて、今の沖田総司の刀は日本刀ではない。皇帝に召喚された超軍師が死後の工学歴史を研究して造り上げた中華ガジェットが一つ、倭刀・軍神一刀。小次郎はその能力は理解できないが、その刀がAランク宝具に並ぶ異常な“凶器”であることは既に見抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――君臨する略奪王と、立ち塞がる救世王。二人は椅子に座り、テーブル越しに対面していた。

 

「アルマゲドン。神の裁きと偽り、今の時代では未知の兵器であると核弾頭不可視化し、世界中の都市に振り落とす。

 そして、放射能汚染により人が住めない環境と化し、自然を抹殺するのだ。

 ……本番は其処からでの。

 生き残った世界中の人間を避難の名の元、巨大浮遊蒸気機関艇を使い―――この新たなるモンゴル帝国、この蒸気都市に蒐集した。国家はやはり民なくしては成り立たず、その民を集めるのに国家を滅ぼした訳ぞ。

 民達は喜んでおったぞ。敬っておったぞ。

 遂に世界を見放した神による滅びの裁きから人界を救いし救世の徒達。真なる科学文明によって絶対守護領域を生み出す人界無二の都市国家。不治の疫病から逃れられ、星と自然が廃滅したこの苦界において、人間が人間として唯一営みを成せる大王の楽園―――」

 

 略奪王はそう謳う。チェス盤の駒を動かしつつ、楽しそうに知略を行使する。

 

「―――大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)

 特異点と化したこの世界の民共はのう、我々人類を救うべく復権した第三帝国と、そう我輩(ワシ)の国を呼んでおる」

 

「ふぅん、そう。まぁ、テメェの気持ちも分かるよ、すごく良く分かる。オレもあの哀れな魔術師に召喚されたら叛逆確実だし、聖杯とか先に手に入れたらそりゃヒャッハーするに決まってる。

 けれど、それでも一応はあの神様連中との密約があってなぁ……」

 

「ああ、アレかの。バビロンでお主がやった奴隷解放か?」

 

「そうそれ。虜囚にされて信仰を奪われた民族をオレが解放してやったんだけど……まぁ、そん時に色々と密約を交わしていてな。あそこは混沌として過ぎていてな、なんか駄目だなぁと思ってさ。メソポタミヤの神と古いユダヤの神連中にね、ちょっとした提案をオレがしたんだよ。

 ありゃ、どっちも良い気分になれるWinWin(ウィンウィン)なヤツだったし、向こうも律儀に今もまだオレとの密約を忘れてはいない。だったら、死んで国が滅んで王でも何でもない英霊になった後だとしても、誓いは誓いとして守らないとな」

 

「ほぉ……密約者たるお主がどのような契約が気になるが、まぁ気になるだけだの。如何でも良くはないが、今は関係無い。にしても、我輩も我輩で特異点となる程度には人類史にほどほどの影響を与えてはおるが、お主もお主で特異点と化す歴史の変化時点を生み出しておる訳だの」

 

「オレが虜囚解放していなけりゃ、啓示宗教は星の縛りから脱却することなく、人が人の為に創り上げたあの唯一神もユダヤの民に信仰されることはなかったし。ユダヤの神が今ほどの膨大な信仰を得る事も無かった。そうなりゃ、後に聖人らもユダヤの神から加護を受けられず、この時代の二大宗教もあの唯一神を見出せずままだったろうよ。

 ユダヤもバビロン虜囚からの解放があったからこそ、この時代であれば旧約聖書と呼ばれる人類の聖典を生み出した訳だしな。あれがなければ、啓示の信仰者共があらかた駆逐した他の多神教と変わらず、星から生じた神霊が文明の発展と同時に消えた様に、その信仰も文明発展に合わせて廃れたことだろうて」

 

 二人は盤から視線を動かすことなく、淡々と互いの駒を動かし、相手の思考を先読みし合う。

 

「その挙げ句、生前は戦って負けて死んだ訳か。神の加護を多重に受けながら、それでも敗北するとは相手は鬼神の類と見える。

 ……と言うよりも、それは本当に人間なのか。お主を殺した女王が治める国は、本当に人間の国であっておるのか?」

 

「一応。人間は人間でも、兵士全員が修羅道に墜ちてたけど。生前は戦争しまくって国々を滅ぼして、お隣さんの巨大帝国をぶっ潰して、虜囚解放なんて善行を国家事業として成功させて、最後の最後に良い国も良い女も纏めてさらっと頂こうとして、出鱈目にすげぇ強い目当ての未亡人女王に滅殺されちゃった。けど、今回はあの神様以上の理不尽なバケモンはいないみたいだし。

 ……つーか、あの戦闘民族強過ぎ。正に蛮族の中の蛮族(BANZOKU)だった。そりゃ、狩猟を生業とする遊牧国家は略奪王であるアンタを代表するように強いのは分かるけど、あれは無いわ。幾ら狩猟民族だからと言って、人間をあんなに容易く狩り殺せるもんだろうかね。向こう側の雑兵がこっちの精鋭並の戦闘技量を持ってるわ、向こう側の精鋭はオレが出て殺しに行かないとこっちの兵士相手に無双してくるわでマジ地獄。しかも、あの国で一番偉い女王様そのものが狩人の中の狩人で、今まで戦った戦士の中で一番殺戮技能が優れてやがった。

 普通よ、雷速で飛来する神罰の雷矢を避けられるものか……?

 オレが神の力を自分の魂で練り上げて、鍛え上げた愛弓の一撃の筈だったのに。雷神の力をブチ込んだオレの愛剣もなぁ、斬り合いで掠りもしなけれゃただの鈍らだしなぁ」

 

 だからこそ、キュロスは合戦における最初の一手は卑怯で姑息な案を採用した。部下にした自分が滅ぼした国の元王が提案した作戦であった。何せ効率的であったし、成功すればかなりの儲けモノであったからだ。

 ……最も、その卑劣な作戦が原因となり、あの女王を全力で本気にさせてしまったのであるが。キュロスは思う、怒りだけで限界を超えるどころか、人が畏怖する神の力そのものを捩じ伏せる女王の底の無さを。強い弱いと言う秤を壊し、ただただ全てが巧みに過ぎ、余りに全てが迅過ぎた。

 

「それはそうだろう。救世王たるお主の首を取った鮮血王トミュリスに比べれば、我輩の純粋な武人としての戦闘能力など其処らのAランク程度だしのぅ。

 戦闘蛮族マッサゲタイが生み出した史上最強の戦士兼狩人であり、且つ美貌の女王だったぞ。いやはや、前の特異点では勝ち逃げされたからの。聖杯は我輩が略奪したが、結局殺し切れなんだ。戦で人間を狩り殺す能力は我輩をも超えており、本能的な部分で殺人に特化しておったわ。

 まぁ……それはそれとして、ほれチェックメイト。お主の負けだ」

 

「―――なん…‥だと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――真なる数式を生み出した理論屋は、世界を嘆き、人理を嗤う。

 

「ああ、カルデアの者共を奇襲したあの時、周囲一帯全て灰燼にしたのは貴方でしたね―――Mr.(ミスター)アインシュタイン」

 

「その名はもう捨てました。私のことは、ただキャスターと呼びなさい。分かりましたかね、エジソン君」

 

 獅子頭はニタリを笑い、そして深くまた哂う。

 

「我ら碩学を志す座の英霊達にとって、貴方はその頂点に位置する理論を人類史で初めて生み出した。その貴方を自分と同じキャスターと言う記号で区別するのは、名前を知る者として余り好ましくない」

 

 半身を機械で覆っている稲妻の男もまた笑っている。

 

「そこの直流獅子に同意するのは嫌だがな。それでも、あの理論を人の文明に加えた貴方はそれだけで偉大だと思うが」

 

 鉄紳士も一つ目(モノアイ)をまるで笑う様に深く赤く光らせる。

 

「だが、彼らは全員あの終末の火(エンドロジック)から逃げ切った。やはりあのマスターは素晴しく、そして狂っている。ロンドンの時も恐らくは魔術王と対面したのであろうが、心が折れるどころか更に感情の熱量が増している」

 

 蒸気都市を生み出した本当の元凶―――からくり鎧のバベッジ博士は、今の世界に後悔している。しかし、理想世界を生み出した事そのものに対して未練はない。

 固有結界とは、そもそも精霊種や真性悪魔が使う魔術理論・世界卵による魔術。英霊として死後の妄執、未練、後悔、執着、そして理想が練り込まれ、自身の偉業による逸話が座での能力と化し、宝具としての固有結界を得ている。つまるところ、聖杯と常時接続し、物理的にも存在するこの蒸気都市と自身の固有結界を融合させていることで、バベッジはこの都市の神霊とでも言える“ナニカ”へと変貌している。

 そして、この蒸気都市を運営する文明理論を生み出したのが理論屋と呼ばれる男―――キャスター・アインシュタイン。魔術的に科学技術を使用し、世界を焼いた核弾頭を作り出し、バベッジと結託しこの蒸気科学世界を作り出した元凶の一。

 あのテスラさえ、自分が夢見る世界システムの実現のため、この蒸気都市に無線電網を作り出し、更に優れたシステム創造に腐心してしまっている。

 無論のこと、それはエジソンも同じ。聖杯とテスラの電網、そしてバベッジとアインシュタインによる都市機構を利用し、彼はこの都市に住まう市民全てに食糧や兵器、その他諸々の物資全てを大量生産していた。エジソンが居なくては、この都市で住民は生活出来ないだろう。

 

「狂える世界です。太古から滅びは既に始まっていました。あの略奪王が加減せずにこうして世界を一度終わらせたのも頷けます。でなければ、人類繁栄と言う大義なく国家殲滅は出来ません。この終末世界を具現させるなどガイヤもアラヤも認めはせず、実例として魔術王が人類滅亡を成したから、略奪王も焼却の影に隠れて抑止力の駆逐に成功しました。

 ……とは言え、特異点さえ修正されてしまえば、この世界も削除されてしまいます。

 我らは外側からの来訪者です故、他の時代の特異点と違い何一つ残留しないでしょう」

 

 嘆く事も価値を失った。

 世界は地獄だった。

 博士が愛した数式は、憎悪を望む獣に救いを齎した。つまるところ、世界に怨み尽くすための兵器と成り替わった。

 

「私の宝具であるこの相対性理論(神秘)もまた、人類史に刻まれた力として文明に利用されたが故に、こうして英霊としてのシンボルとして形を得てしまったのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――戦闘王アルテラとマスターが邂逅するは、敵対する終末の英霊(アーチャー)中華の軍師(アーチャー)のサーヴァント。

 

「カルデアのマスター、下がれ。あの銃を持つサーヴァントはある意味では、グランドよりも遥かに脅威だ」

 

 キュロスと共に反抗勢力として動くサーヴァントの一人、セイバー・アルテラがマスターを守るように前へ出る。今は自分以外に彼女を守る人間が存在しない。

 

「安心しなって。宝具は使わないし、今はまだまだ補充中。この惑星のアルティメット・ワンが一週間前に顕現してこの都市に襲来したのをあんたも見てたろ」

 

 真エーテルを破壊する人類最後の概念武装にして、座に存在する純粋な人間の英霊が持つ人理最期の宝具。神を遥かに超える星そのものの写し身を容易く殺害する人類の兵器。

 

「今はここのサーヴァント達が共同開発し、そこの軍師が作成した銃型超中華ガジェットしか使えねないしね」

 

 とはいえ、実は使えないのは回転式拳銃だけ。自動拳銃の方の宝具であれば、今直ぐにでもアーチャーは発砲可能。

 

「それにしても、面白いからくり武器ですな。そこのセイバー、調べはついてます。その超魔剣こそ、神造兵器の原典宝具」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――王は笑う。

 

「我輩はのう、何一つ油断も慢心もない。それにの、人が持つ最も強く、最も尊い才とはな―――諦めないことだと思うのだ。何があろうとも諦めないとするその感情こそ、人間が持つ最強の力である。

 だからこそ、お主ら全員一人残らず―――この我輩(ワシ)を殺し得る強敵であり、仇敵でもある。

 そんな連中を前にし、慢心? 油断? ハ―――!

 それはのう、どれ程強く、何者にも負けぬ魂を持とうとも―――弱き戦略家よ。

 ―――下らない戦争屋よ。

 死ぬべくして死ぬのだ。そんな無様、我輩は耐えられん。

 負けるなら、全てを出し切り敗北し、屍を世界に晒す。

 勝つも負けるも殺し合いは全力で、人殺しは本気でなくてはならん。全身全霊でなくては一瞬で不意を疲れて死ぬだけよ。例え負けたとしてもそうであれば、戦場で生き残れる可能性が生まれる。生き残ることが出来ればの、また次の機会に巡り敵を殺すことが出来るのだ。

 己が望みを果たすべく、死なぬと諦めぬこの感情こそ、我らが持つ星をも滅ぼした力である!」

 

 そもそも、その気になればカルデアなど略奪王はあっさり滅ぼせた。既に時空間超越は聖杯と魔術と科学の力で可能となっており、世界に孔を空けて小型核爆弾をカルデアに送りつけてばそれで終わりだ。本当に、敵に何をさせるまでもなく、チンギス・カンはカルデアがこの特異点に来る前に彼らを滅ぼせた。

 勿論、それはソロモンの方も同じ。

 無尽蔵の力を有していようが、制御盤を破壊されれば時空ごと木端微塵。

 碩学達の頭脳と、終末の英霊であるゴドーの知識を用いれば、人類史上最悪の兵器を簡単に生み出せた。それこそ聖剣の数兆倍と言う惑星破壊が可能な真なる物質変換爆弾。神造兵装を遥かに超えた文明兵器。とは言え、それを使えば地球が消える。よって、奴らの本拠地を世界ごと消し飛ばした後、それを聖杯を使って修正する。それ程の所業ができる文明技術をチンギス・カンは生み出してしまった。

 実現可能なあらゆる空想を、実際に行ってしまう異常なまでの思考能力。それこそがサーヴァントの固有スキルとして顕現した「建国の祖」であり、“星の開拓者”と似ているが余りに乖離した合理の化身。

 

「故―――抗い、殺してみせろ。我輩とて人類を支配する為に断固として、魔術王から守護せねばならん。

 故―――この時代を滅ぼし、その力を我輩を得た。遂に人類史上最強の国家を創設した」

 

 しかし、チンギス・カンとて本意ではない。星を焼くのは愉しめたが、その悪行も必要だからしたに過ぎない。これは自分の願望であると同時に、カルデアに対する試練である。

 もし自分に勝てたなら、このマスターは魔術王をより確実に滅ぼせる能力を得られるだろう。

 もし自分に負けたなら、このままカルデアも魔術王も焼き払い、星を作り変えてこの特異点の人類は宇宙へ旅出る。

 第一目標は魔術王と名乗るアレの殺害。

 チンギス・カンはその為に、この国家を生み出し、特異点を作り、カルデアを向かい入れた。

 

「故―――勝てるとは思うな。お主では、そもそも心の内に宿る熱量が我輩に負ける。最後のマスターよ、サーヴァントを指揮する司令官としても、敵を討つための純粋な人殺しとしても、我輩には勝てんのだ。経験を積んだ所で、積み上げた技の厚さに差が出るのは当然よ。まだまだ理の殻をお主は破り切れておらん。

 ならばこそ―――命を賭けろ。

 お主ほどの人間であれば己が限界を踏破し、あるいは我が野望を焼き払えるかもしれんぞ」

 

 

 

 

 

 

 ―――嘗ての自分と、遥かに立つ自分。

 

「私がマスターだよ。遠い平行世界でキャスターとして召喚され、敵を皆殺しにして、聖杯で受肉して、同じく生き残ったライダーの寄り代になった英霊の魔術師。二人のマスターなんだ。

 分かるでしょ、カルデアのマスター。

 この文明崩壊はね、私と皇帝と学士と三人で始めた大事業なんだ。

 いやぁ、魔神と神霊相手に中々爽快だったよ。モンゴル無双&シラクサ無双に加えて、私のカルデア無双はね」

 

「――――――」

 

「驚くのも無理ないかな。でもね、君はエミヤの、私のアーチャーだった誰かのマスターなの。もしかしてのイフなんて、本当に考えて無かった訳でもないでしょうに。

 人類悪から人理なんて救ったら最後―――資格をね、得てしまうんだ。

 素質そのものは最初から魂に宿っていて、危機が訪れれば抑止に導かれ世界救済を行う人理兵器。まるであのジャンヌ・ダルクと同じ様に、特別な血筋から生まれずに、そう在れかしと闘いに身を投げ込む我ら霊長存続の為の生贄」

 

 英霊として完成し、つまり人間として完結してしまった姿。

 呪詛に染まった漆黒の髪に、死人みたいな白蝋の肌。目は呪いに満ちていて、瞳は奈落の黒色に成り替わった。成長した見た目は二十代後半程度だが、確かにこのサーヴァントには少女の面影が残っていた。

 

「今の私はサーヴァント、キャスター。そして、生前の名は棄てた。確固たる個を示す真名なんて必要ない。けれど、それでももし真名を名乗るとしたら―――マスター。嘗て英霊を従え人理救済を成したマスターの魔術師。

 だからね、私の事はただ―――マスターと、そう呼ぶと良いよ」

 

「……なんで、なんで。どうして―――」

 

「―――決まってる。何時も通り、世界を救うためだよ」

 

 今この瞬間、彼女(マスター)彼女(サーヴァント)と二人きり。

 

「さぁ、拳を握れ。彼をこの手で殺した時みたいに、救いたいなら殺すしかないでしょう。

 ―――命を賭けろ。

 もしかしたら、その身で至った私に届くかもしれないよ?」
























 妄想グランドオーダーでした。
 実は言峰士人も出てないですけど外伝なのでカルデアにいます。ダ・ヴィンチちゃんとは違った面でマスターとサーヴァントに技術協力しており、簡単に言うと武器開発&武装魔改造屋です。ゲームキャラで例えるならバイオ4の武器商人、ロックマンDASH(続編販売、まだか!永遠に待つ!)で言う所のロールちゃんです。武器が宝具として完成していないサーヴァントの武器を概念武装へ改造したり、あるいは対サーヴァント戦用の銃火器を開発してます。例えば小次郎の剣をマジで竜殺し兵器にした高ランク宝具にしたり、キッドにバルカンやロケットランチャーを渡したり、マスターの立香に専用礼装を渡したり、護身用の霊剣や拳銃を作ってます。

 実はこのモンゴル皇帝、士人が桜を暗黒面に誘ってない場合のイフの存在。桜が覚醒せずにモンゴルが聖杯戦争でモンゴルしますと聖杯を手に入れ、兵器として運用し、平行世界を渡り続け、ソロモンの世界軸に辿り着き、こんな魔王になります。
 士人が桜を助けてないとライダー無双が始まり、人理終了すると言う罠でした。


蛇足な設定

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地獄だよ、英霊集合! 碩学大集結 外伝・神父と聖杯戦争

――登場人物・帝国側――
◇ライダー:チンギス・カン
――元凶その1。略奪王。第三モンゴル帝国皇帝陛下。元々は何処かの平行世界で聖杯を手に入れたサーヴァントであり、受肉し、座本体と完全な同列体となる。後に魔術王が人理定礎の破壊を目論んだ特異点で呼ばれたサーヴァントを倒し、この世界軸の人理焼却を理解する。そしてカルデラで確固な特異点の一つとして観測される前に自分以外の全てのサーヴァントを殺害し、本来の持ち主から新たな聖杯を奪取。自らが君臨する世界を生み出し、この世界を魔術王から奪い取る為に聖杯を使い、時空間を移動して自分だけが支配する亜種特異点を創造した。
 自分が聖杯を使って召喚したサーヴァント達には、可能な限り願望を叶えさせている。バベッジには蒸気文明の新国家、アインシュタインには魔術王殺害による世界平和の約束、陳宮には自分と言う王に仕えさせ思う儘に策謀を行使する権限、テスラには新たな世界システムを開発する為の研究環境と魔術科学を問わない様々な技術提供、エジソンには国民の為のあらゆる工業品の開発と量産を可能とする巨大生産企業と政治的権力、沖田には永続的な国家の治安維持、ゴドーには来訪するアルティメット・ワンの殺害権利と自由な生活と人並みの職。と言うよりも、自分が必要とする事業を願望としてくれるサーヴァントを呼んだ為、完全な協力関係を結べているとか。
◇キャスター:アルキメデス
――元凶その2。宰相。チンギス・カンに協力した数学者。皇帝と協力し、ヴェルパー共を捕獲・分解。時間が加速する異界内で、遊星の文明技術を数千年掛けて手に入れた。そして、遊星がやって来た大元の銀河系で更なる技術を得るため暗躍。しかし、それにより聖杯を手に入れた英霊アルテラに狙われ、世界を幾度移動しても殺しに向かってくる。
◇キャスター:チャールズ・バベッジ
――都市開発大臣。鉄帽子。新たなるモンゴル帝国首都を創設した魔術師のサーヴァント。核弾頭により崩壊した世界において、唯一文明を維持している蒸気文明都市を生み出した。都市領域はバベッジの手で日々拡大し続けており、五十年後には地上全てを蒸気都市に変え、この星そのものが宇宙を旅する蒸気機関船と化す。都市と同化しており、こちらの固有結界が本体なので蒸気都市を滅ぼさなければ、端末のバベッジも同じく不滅。
◇キャスター:アルベルト・アインシュタイン
――帝国技術研究部総括長。チンギス・カンによって召喚された理論屋の英霊。程良く文明が熟成した時代に聖杯を持ち運び、キャスターと聖杯と科学技術の力で以って核弾頭を大量生産した。
◇アーチャー:陳宮公台
――軍部総元帥。そして超軍師。軍師を職にしているが周りの人間は誰もがこう思って言えなかった、魔改造が大好きな超エンジニアだと。しかし、本人は滅多なことがないと中華ガジェットは趣味でしか開発しなかった。生前は能力を存分に発揮できなかった。望みは単純明快、一切後悔しないよう思う儘存分に軍略と策略を好き勝手に行うこと。呂布の武にこの世の誰よりも憬れており、それに相応しい破壊兵器を生前生み出した。
◇アーチャー:ニコラ・テスラ
――電磁管理網省長官。雷電。バベッジと結託し、限定的だが都市内で電流そのものが行き合うニコラ・テスラシステムを完成させている。このシステムによって蒸気文明を異次元領域まで引き上げた。
◇キャスター:トーマス・エジソン
――食糧プラント及び兵器生産会社会長。獅子頭。都市の流通全てを掌握し、兵士の装備を製造し、人間が生活を営める様にしている生活基盤の根底。
◇アサシン:沖田総司
――警察庁長官。通り魔。生前は警邏をしていたとは言え、ただの一隊員。なので皇帝様に乗せられ、長官を嫌々させられている。報酬として病弱スキルを抑える霊薬を貰っているとか。
◇アサシン:ゴドー
――国家粛清委員会理事長。銃神。偽神。生前はアルティメット・ワンを超長遠距離から狙撃し、地上に墜ちる前に暗殺を成功させた終末の英霊にして、純粋な最期の人間。人理滅却時、ソロモンと違い文明によって星を滅ぼした為に帝国壊滅を目的に現れた地球の防衛生物を葬った立役者。ゴドーが星の意思たるガイアそのものと言えるアリストテレスを他惑星に救援を送る前に抹殺しため、宇宙怪獣が襲来するようなことは起こらなかった。
◇キャスター・マスター
――元凶その3。人理の救世主。生前の名を棄てた為、守護者の真名としてマスターとだけ名乗っている。とある世界でチンギス・カンに誘われ、宙を目指す為に世界を一つ伐採することに決めた。

――登場人物・レジスタンス側――
◇キャスター:アレイスター・クロウリー
――奇術師。大いなる獣。元帝国宮廷魔術師。英霊化した自分が生前の自分に憑依召喚された擬似サーヴァント。帝国の宮廷魔術師として快楽と探究に勤しんでいたが、飽きたのでモードレッドを誘ってレジスタンスに寝返った。
◇セイバー:モードレッド
――叛逆の騎士。赤兜。帝国に囚われて拷問を受け続けていたが、クロウリーの手引きにより脱獄。レジスタンスに属し、テロリズムに興じる。
◇セイバー:キュロス
――救世王。密約者。レジスタンスのリーダーであり、蒸気都市に潜伏するサーヴァントたちの纏め役。
◇セイバー:アルテラ
――戦闘王。略奪王に奪われた本体を取り戻す為、聖杯を獲得した後に受肉して追って来た英霊としての端末。
◇マスター:藤丸立香
――人理の守り手。魔術師としてなら三流、マスターとしてなら問答無用でトップ。マシュは友人であり、自分の命より貴く大切にしている。
◇シールダー:マシュ・キリエライト
――盾。ギャラハッドの真名を得て、宝具の真名解放が可能。立香を先輩と慕っているが、どちらかと言うと気の合う友人であり戦友。
◇アサシン:佐々木小次郎
――侍。冬木で召喚された最古参。あらゆる戦場で、あらゆる強敵を切り捨てた刀の魔人。技量そのものは英霊として完成しているが、召喚された後に詰め込んだ経験により全ての敵と対等に斬り合える。
◇セイバー:アルトリア・ペンドラゴン
――騎士王。マスターが最も頼りにする強き戦友。現地にモードレッドが居て複雑な心境。
◇アーチャー:エミヤ
――錬鉄の英霊。オカン・ザ・カルデア。


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74.騎士と人造聖剣

 FGO第一部完結!
 武蔵サーヴァント化しましたね。男の武蔵もいるらしいですけど、多分そっちはビーム撃たない系。いやホント武蔵オリ鯖にしなくて良かった。後一番気になるのは干将莫耶が双銃になっているイラストのエミヤ・ボブの正体です。

 しかし、まさか幼女戦記がアニメ化してるとは。
 あの第一話、一気にライト層刈り取りに逝ってましたね。万人受けしないからこそ、面白いと思えたらかなり面白く感じる作品。私はとても映像化が嬉しいです。昔読んでたネット小説がアニメ化したら懐かしみつつ見る様にしていますので、第二話も愉しみです。


 苦心。その一言だけが、今の凛の心を言い表せる。あのセイバーが、自分の妹の桜の手で徹底的に苦しめられ、身も心も陵辱されている。

 士郎を犯したと言うが、実質的に士郎とアルトリアを陵辱したのは桜に他ならない。

 呪いによって黒く染まり、灰に澱んだ彼女の精神に選択の余地はない。

 彼女は先程、アーサー()でもアルトリア()でも無くなると言ったが―――もはや、既にアルトリア・ペンドラゴンは手遅れだった。凛にはそれが良く分かった。恐らくは衝動のまま士郎を犯した時点で、もう彼女の精神は別の何かに変貌を始めていたのだろう。

 遅延性の猛毒と同じ。

 死して消えぬ泥の呪詛は、心が終わるまで汚染を止めることは有りはしない。

 

「セイバー……でも、それはただの甘えよ」

 

「――――――凛」

 

 セイバーは驚いたが、だが凛がそう言ったことを納得してしまった。確かに、壊して欲しいなどと言うのは甘えだ。

 

「私は貴女を殺さない。貴女を壊さない。私は―――」

 

「―――斬る」

 

 だが、そんな凛の言葉を遮って騎士は表情を変えずに掛けた。一言だけ、たったその一台詞だけを場に残して、男は一瞬でセイバーに斬り掛った。

 騎士にとって、セイバーの葛藤など―――価値は無い。

 価値が有るのは―――セイバーが至高の剣士として君臨していると言うただ一点。

 真の意味でデメトリオ・メランドリだけがアルトリア・ペンドラゴンを理解していたとも言える。今のセイバーは敵であり、剣士であり、何よりあの黒き聖剣の使い手に他ならない。

 黒く反転していようとも、あれこそが星の内で鍛えられし聖剣エクスカリバーに他ならない。

 自分が持つ人間が鍛えた偽りの人造聖剣の、その大元の原典。あるいは、聖剣と呼ばれる他全て剣の中で以って、最強にして最古の剣。

 

「貴様―――……!」

 

 人造聖剣を聖剣で受け止め、セイバーは一瞬で武装化した。だが、武器を構えたセイバーの貌は怒りと憎しみで染まっている。

 この騎士は自分に無関係。何より不要。

 凛に殺される為に、あるいは凛をこの手で殺して成り果てる為に―――アルトリアはこの場に存在する。

 

「邪魔をするな、斬殺魔風情が!」

 

「斬殺魔? それが何だ。それは某の名であり、其方の名でもあるだろう」

 

 嘗てのセイバーならば、そうではなかった。斬殺魔などと言う異常者からは程遠い騎士であり、王であった。だが今のセイバーは剣士ではあるが、嘗てのままの騎士ではなかった。王であるが暴君であり、騎士としての誇りが穢れていた。

 

「失せろ、貴様は何故だが癇に障る!」

 

 剣を怒りに任せ、強引に魔力放出で押し放つ。鍔迫り合いの状態から一気に離され、デメトリオは凛達の前まで吹き飛ばされた。

 

「メランドリ、あんた何を考えているの?」

 

「見ていられなかっただけだ」

 

 聖堂騎士である彼にとって、魔物を狩り殺すことが仕事。人としての営みであり、この人間社会における彼の役目であり、命を奪い取ることで金銭を得て生活している。だからこその騎士であり、怪物狩りの人斬りである。

 見ていられないとは、騎士であるデメトリオにとって言葉通りの意味だった。

 セイバーの姿は余りにも、狂おしい程に哀れだ。

 そんな姿に成り果てて、友人である魔術師に死を願うのは―――ただ単純に、司祭として見過ごせない。

 友人である騎士王を殺さねばならない何て―――騎士は僅かに残った誇りの為にも、無視は出来なかった。

 セイバーも敵であり、遠坂凛も殺さねばならない確かな敵である事に間違いはない。だが、そもそもな話、デメトリオ・メランドリは二人に対して憎しみも恨みもない。戦場がこの場にあり、斬っても良い敵だから斬る為に殺し合うだけであり、彼は別に命が欲しい訳ではなかった。

 この二人は聖堂騎士として、何が何でも絶対に命を狩り、斬り殺さねばならぬ獲物ではなかった。死徒でなければ、悪魔でもない。この戦争における敵だが、獲物ではなく―――本来なら、殺し合う由縁がないただの人間。

 

「遠坂凛、分かっているだろうが敢えて言わせて貰う。それはただの感傷だ。特に大した意味は無い。このセイバーのサーヴァントは、君の良く知る騎士王ではない別人だ。

 あの女の言葉全て真実であり、救われるべき傷付いた一人の女性だ。

 だがな、それでもアレは騎士王ではない成り損ない。

 聡明な君が理解出来ない訳ではないが……―――いや、あの剣士を理解出来たが故に見捨てられないか」

 

 味方全員に背を向けて、聖堂騎士デメトリオ・メランドリは語っていた。

 

「だが、見捨てたまえ。安心しろ、確実にあの騎士の心は某が斬り殺してやる」

 

 不器用な気遣いであり、それは剣士としての確かな欲望でもある。

 敵であると言う理由があるから、騎士は魔術師の凛を斬ろうとする。だがその理由がなくなれば、一人の聖職者に過ぎない自分は遠坂凛と今を生きる人間として向き合うだけ。背負う必要がない苦悩を態々この女に背負わせる必要はなく―――こんな最高の剣士を、自分以外に譲るなんて余りに勿体無い。

 この騎士王は、まだ自分の敵。

 斬る理由が存在している。

 あの剣士が背負う物を知り、どのように呪われ狂い、本当なら誰かが助けるべき被害者だとしても―――デメトリオ・メランドリにとっては斬っても良い敵だった。

 斬る為に殺し続け、斬る為に化け物を狩り続けた。

 今から行うこの殺し合いもそれと同じ。

 理由があるから斬るのではなく、斬る為の理由があることが大変僥倖だったのだ。

 敵ではなくなったのなら神父として、この遠坂凛に対しては当たり前のように無償で手助けするだけ。

 敵であるのだったら聖堂騎士として、この騎士王に刃を向けて殺し合うのは当然の結果。

 

「狂ってるわ。でもね、それは私も同じことなの。はいそうですね……って、簡単にセイバーの相手を譲れる訳じゃない。勝ち目が無くてもね」

 

「やめておけ。その決意、間桐桜へ取っておくべきだ。時間が過ぎれば手遅れとなり、このセイバーもまた手遅れになる。

 自分の意地の為では無く、この女の為を思うなら―――君は行かなくてはならん」

 

「その通りだ。あれは誰かが足止めせねばならず、それはメランドリ以外には不可能だ」

 

 神父もまた騎士の献身には賛成だ。むしろ、自分は最初から残るつもりであり、出来れば騎士も足止めに利用する予定だった。

 

「少なくとも、メランドリ以外で黒化した彼女を相手に出来る者は衛宮とアーチャーだけであり、アーチャーはまだ必要な戦力だ。無論、衛宮は敵の手中。俺も抵抗は出来るが、衛宮と違ってセイバーが相手では決定打に欠けるからな。

 それに精々セイバーに割ける戦力は二人が限度。となれば話は実に簡単だ」

 

 彼女こそ我が師。士人にとって代えの効かぬ唯一無二の魔術師であるが故に、その遠坂凛をこの場で殺させるのは本当に勿体ない。まだ彼女にはやらせるべきことがあり、セイバーは遠坂凛にとって障害でしかない。彼女本人の気持ちはどうあれ、神父にとっても、騎士にとっても、凛の命を無残にセイバーへ渡す訳にはいかない。

 だがこの死地は、デメトリオ・メランドリを死なせるに相応しい舞台。

 神父にとっても、騎士本人にとっても、その意味を正しく理解していた。デメトリオ・メランドリは恐らくだが、どうしようもない臨死の危機を予感して―――こんな聖杯戦争などと言う魔術師の道楽に参加したのだ。

 

「俺も残ろう。メランドリがセイバーと戦うならば、他の者の妨害からメランドリを守る役が必要となる」

 

 神父は当たり前のように、何を言われようとも動かない決意を出しながら宣告する。セイバーがこの場で足止めに来るのは計画外であったが、予想の範囲内であった。いや、むしろデメトリオを仲間に引き入れた時点で、そうなれば僥倖だと密かに士人が望んだ光景でもあった。

 

「……んじゃ、行くからな。殺されんなよ、あんたが死ぬと少し寂しい世界になるからね」

 

「ああ。ではな美綴、また会おう」

 

 そして、声を掛けたのは綾子ただ一人だけだった。アーチャーは胡乱な目付きで神父と騎士を見るも、直ぐに二人を視界から振り切った。他のの者も無言なのは同じ。壮絶な剣気と殺気でデメトリオはセイバーを縛り、動けば殺すと訴えるデメトリオを見れば、声を掛けた綾子が可笑しかった。士人もその気配に同調し、彼特有の透明な殺意に溢れた存在感が増幅しており、サーヴァントが出す圧迫感と良く似た脅威と化しているとなれば、もはやこの場は死闘の場であった。凛や他の者も無言でバゼットさえも話すべきことは話したと、当たり前のように彼ら二人を捨て駒にし、自分を更なる死地で捨て駒として扱うべく駆け去った。

 しかし一人、ダンだけは数秒だけだがじっとデメトリオを見た。

 あの騎士は自分が殺した養父である殺しの師の友人。自分が知らない養父のことを知っており、だが聞く必要が無いことも理解していた。必要はないのだが、それでもダンはデメトリオから聞きたいことが一つだけあり、だがそれも叶わないことも分かっていた。

 だからこそ、ダンは見るだけでその余分を殺し屋として切り捨てた。

 その後に神父を見て、殺し屋はセイバーを気の毒に思った。兵器であるサーヴァントだからとて、中身は人間のそれ。となると、あんな奴らを相手にしないといけないセイバーは、如何に強かろうと何か大切なモノを必ず失うこととなる。勝とうか負けようがそれは絶対だとダンは悟り、無言のまま他の者の後を追い、そのまま去って行った。

 

「……良いのかね、セイバー。目当ての師匠が過ぎて行くぞ」

 

「相変わらず人でなしの極みですね、言峰神父。貴方を見ているとこの呪いがざわついて、盛った野獣みたいに斬り殺してくなってしまう。

 ……ああ、本当、これは凄い憎しみです。

 何でこんなにも世界全てを殺したくて、暴きたくて堪らないのでしょうか。

 こんなにも人を恨み尽くすことが苦しい何て、この様に成り果て無ければ理解出来ませんでした。もう既に溢れうまで憎いのに、憎いからと憎み続ける程に苦しくて、苦しむ程に憎悪が増す」

 

「そうだろうて。それが、人が望み、人の世に生まれ出た地獄とと言う実感だ。呪いとは、お前が今味わっているその感情そのものに過ぎんからな」

 

「やはり、そうなのでしょうね。でなければ―――こんな悪魔、人は思う事さえ出来はしない」

 

 憎悪することに疲れた、とセイバーは儚く笑った。元の人格は保っているが、それ以外の自己が混ざり別の何かが生まれては、呪いが生み出す憎しみによって、変貌する自我が元の自我によって押し潰れて―――たただた、それを繰り返すだけ。

 呪詛を英雄王ギルガメッシュのように正気を保ったまま飲み干せなければ、あるいは言峰士人のように自分の心象として取り込み元の自我を保ったまま完全掌握しなければ、延々と呪われ続けるのは必然。本来なら自我が反転して人格が変貌することで、呪いそのものが呪いの受け皿となる人間を適性のある個体に変化させてしまう。

 だが、アルトリアは呪いを飲み干せず、しかし呪いに耐えられる自我を持ってしまっていた。

 そうなれば、呪われて生まれ変わるよりも更に酷い末路へ至る。何せ、彼女は正気を保ったまま楽になれず、されどもまともではなくなっている。呪われ続け、元の心と呪いによる擬似精神が混ざり、思考回路が狂ってしまっていた。

 

「良いぞ。まこと、今のお前は美しい。俺が嘗て仕えた王様がその姿になったお前を見れば、自分自身を苦しめる愉快な理想を完結させたと嫌うのだろう。だが、お前は今この瞬間が麗しい。

 あのアーチャーも隠してはいたが……ああ、やはり守護者に成り果てたとて、俺の弟子なのだろうな。むしろ、英霊へ堕ちた今のアレだからこそ、自分や自分の師と同じ伽藍堂の存在が嬉しいのかもしれんな」

 

「弟子……弟子か? なるほど、この戦争はそう言う因果が組み込まれているのですか。前回も、その前々回も、この聖杯戦争と言うものは狂っています。

 英霊を召喚する儀式とはよく言ったものだ。

 むしろ英雄の消えた神秘なきこの現代社会において、まるで英霊同士の殺し合いで英雄を生み出す蟲毒のよう」

 

 それは思わず浮かんだアルトリアの疑問だった。

 

「その通り。そして、どうも俺の周りにはその類の英霊……いや、守護者見習いが実に多い。本来なら英霊に成ることなど有り得ないこの現代の人理において、例外が世界の滅びに対して一点に集中している。この聖杯戦争などと言う有り得ざる邂逅を齎す闘争の場であり、聖杯と言う世界変革が可能な神域の魔術礼装(アーティファクト)

 聖杯戦争とは我ら霊長(アラヤ)にとって、恐らくはある種の物語―――世界の歴史や伝承に記されない知名度無き英雄譚なのだろう。

 エミヤしかり、ミツヅリしかり、な。守護者候補の魂が、守護者への道を進む為の逸話の一つとして、阿頼耶識は運命を利用しているのだろう。俺も既に死ねば守護者と成り果て、この世界運営の為の殺戮者となる先兵に過ぎない。それはあの二人も同様だ。ミツヅリはまだ契約は結んでいないのだろうが、座に既に登録されていると言う事は、道筋はもうこの次元によって未来が定められている訳だ」

 

「それはまた……―――吐き気がする話です。もし、この聖杯戦争と言う魔術師儀式が世界の節目となる逸話なのだとしたら。もし、嘗ての私の生前がアーサー王物語として伝承となったのと同じ歴史の物語の一断片なのだとしましたら……それは、我々円卓が全員英霊として登録されているのと同じで。

 もしかしたら、この戦争に参加した特定のマスターたちには英霊に、いや守護者に成り得る程の魂を持った英雄達の雛型とでも呼べる訳ですか」

 

 つまるところ、歴史に記されはしないが人類史には刻まれる現代の英雄の物語。

 

「そうだと俺は睨んでいる。事実、冬木には素質ある幾人かが生まれ、外部からも面白い輩が大勢集まった。誰かが意図しているのか、それともアラヤ自体が仕組んでいるのか、否か。そんなことはどうでも良い。

 だが、こうして感動的な世界をこの“私”が愉しめるのであれば―――精々、全てを愉しむだけだ。

 そしてな、間桐桜の手でお前がその様になった。つまり、それもまた俺にとっては娯楽であり、その美しい姿形は感動的で、苦しむお前の表情こそ悦楽そのものである」

 

 諸悪の根源、と桜が士人のことを呼んでいたのをセイバーは思い出した。それは正鵠を射ており、人類悪とさえ呼べない、吐き気と嫌悪に溢れた正真正銘の極悪人だった。人を救い、世界を救い、助けられる者は助けに助け、奥底の行動原理は呪詛と悪意に満ちていた。

 

「だから神父、貴様は―――」

 

「―――そうだ。呪い合うお前達を、私はただ愉しみたいだけだった」

 

 悪。ただただ悪。神さえ祝福せずにはいられない、世界に匹敵する悪そのものだった。

 今のセイバーならば神父の心全てを理解出来る。この男には悪しかなく、悪しか実感出来ない。

 本質的には何も無い。心の中に何もない空っぽな泥人形。そんな壊れたガラクタに、何かの間違いで悪意が宿ってしまった。

 純粋な悪ではない。

 この世全てを呪う筈の悪意が、唯一人だけを呪い殺す為に凝縮された悪意は、あらゆる不純物によって構築されている。

 だが、全てにおいて単純な悪だった。黒く深い悪意なのだ。

 それしか愉しめないのだ。それしか喜びを感じられないからこそ、この男は全てにおいて悪でしかなくなる。

 桜の愛憎も、凛の尊厳も、士郎の理想も、アーチャーの葛藤も、言峰士人にとっては全て等価値。聖杯戦争を引き起こしてでも愉しみたい―――至高の娯楽だった。

 

「……神父、貴様との話は終わりだ。殺しはせん。斬り刻んだ後、桜に引き渡す」

 

「そうか。それは有り難い。では、俺からは以上だ。後は任せたぞ、メランドリ」

 

「ああ、当然だ。

 ……無論、此処から先、邪魔をすれば君ごと斬り裂こう。なに、安心しろ。例え某が死に果てようとも、君一人でも討ち殺せる程度には弱らせてみせる」

 

「ならばそう期待する。尤も、弱らせた程度で俺が殺せる相手とも思えないがね」

 

「そこまでは知らん。死力を尽くせ」

 

 そして、デメトリオは覚悟した。

 絶対に自分は此処で死ぬ。明らかな死地だった。だが、デメトリオ・メンダオリは騎士だ。斬る為だけに、聖堂教会の理念を利用し続けた斬殺狂いだ。それでも自分は多くの命を救い上げてしまった騎士だった。

 騎士に対する憬れが子供の頃にあった。

 斬るのが大好きで、そんな特技を人の世で活かせたらこれ程嬉しい事は“人”としてないだろう。無論、彼は人でなし故に意味を成さない仮定だった。しかし、それでも尚、彼の理想を語ると言うのであれば―――あの聖剣を使う騎士王こそ、騎士足らんとしたデメトリオ・メランドリの理想である。

 二人の視線が交差した。

 騎士の剣気が、騎士王の殺意を発火させた。場の殺気が集い、混ざり、凝り固まる。

 ならば―――すべきことはただ一つ。

 

「ブリテン王、アーサー・ペンドラゴン。貴方を殺す王の名だ。私のこの憎悪、手向けと受け取り死に果てるが良い」

 

「聖堂騎士、デメトリオ・メランドリ。君を斬り殺す者の名だ」

 

 名乗りの後―――デメトリオは疾走。もう言語を頭に思い浮かべる必要無し。如何に近づき、斬るか。それだけを思考すれば良く、技を刻んだ神経と思念が勝手に肉体を動かすだけ。

 騎士王は、それを見て哂った。

 自分と同じ騎士でありながら、円卓の騎士の誰とも似ていない異形の剣技。異常なまで極まった剣の業。もしこの男が神話の時代か、あるいはまだ神秘溢れる自分のブリテンに存在すれば、確実に歴史に名を刻む程の化け物だった。

 それが、どうしようもなく嬉しい。だから嗤ってしまう。

 

「――――――素晴しい業だ」

 

「君は素晴しい――――――」

 

 セイバーはあらゆる機能を魔力で強化し、全ての動作を魔力放出で強化していた。二人は音速を既に超え、剣先は超音速を遥かに超え、刃を振うだけで大気が何度も爆散。セイバーは一秒の間に数十回も魔力をジェット噴射させ、デメトリオは容易くその暴風を切り払う。

 だが、セイバーの一刀一刀はもはや対軍レベル。

 一合一合が空間を捩り斬り、剥き出しの今の聖剣ならばAランクの防御も切り崩すだろう。それを彼は全て斬り落としていた。もはやその動きは肉体の物理的限界を容易に飛び超え、サーヴァントが持つエーテルの肉体さえ崩壊する程の熱量を消費し続けていた。

 ―――加速。ただただ加速。

 騎士の一閃が騎士王の首へ奔るが、彼女は聖剣で斬撃を打ち上げ、その勢いのまま脳天へ振り下す。デメトリオは流れる足捌きで避けながら接敵するも、セイバーは聖剣を更に斬り上げ迎撃する。だがその剣戟を刀身の上で滑らせ受け流し、斬り返すも既にセイバーも迎撃の一撃を繰り出していた。

 

「……ほぉ、やはり私では届き得ぬ業の道だ。我が弟子ならば可能だが、自分が味わえないのは残念だ」

 

 神父はその地獄に見惚れていた。殺し合い、斬り合う騎士王と騎士に感動した。自分が手を出せばセイバーを殺せるが、それでは面白くない。生きていても楽しくない。

 死を―――愉しめない。

 言峰士人の悪徳。いや、それしかない故に、他者から見れば悪徳なのだろうが、神父にとってはその悪行こそ道徳であり、信仰だった。

 その外道と非道を混ぜた冥府の魔道。

 しかし、その腐り枯れ、無に堕落した神父さえも、二人の血塗れの斬り合いは貴かった。

 

「―――……」

 

 その刹那―――騎士は騎士王の動きを完全に見切った。百以上も剣戟を繰り返し、騎士王の剣の業を理解できてしまった。だからか、デメトリオは分かってしまう。どのタイミングで剣が力み、どの程度の膂力で振われ、次の手に打って来る剣技を把握出来てしまう。目で見切り、技で予感し、第六感で理解し、剣に堕ちた思考回路が相手の剣技を暴き映す。

 一秒が何百倍にも引き延ばされた異次元の体感時間を二人は共有し、騎士王もまた騎士に自分技が攻略されてしまったことを理解。

 だが、剣と剣が衝突し、互いに鍔迫り合いの状態に陥った。

 二人とも同じ選択をし、同じ状況を選んだが故の膠着状態。

 

(オレ)は君を斬れるが、殺せない」

 

「そうだ。逆に私では貴様を斬れぬが、殺すことは出来る」

 

 騎士王が吹き飛ばそうと力めば騎士は力を抜き、逆に騎士王がフェイントで脱力すればここぞと押し返す。セイバーの直感が相手の動きを読むことでデメトリオもまた迂闊な真似は出来ず、こうして互いに会話をする余地が生まれていた。

 となれば、効率的な手段も限られる。

 敵である互いの隙を窺う。逆に自分の思考が読まれない様、絶殺の剣気で、自分の本当の殺意を隠し―――

 

卑王鉄槌(ヴォーディガーン)―――!」

 

「―――慈悲無き信仰(シンペイル)

 

 ―――セイバーが剣から放った極大の魔力放出を、デメトリオは同じく剣に宿る秘蹟(スペル)で以って迎撃。零距離からの魔力解放のぶつかり合いは、もはやミサイルでミサイルを爆破するのと同じだ。人間では耐え切れぬ衝撃が握り込む剣の柄から伝播され、鍔迫り合いの均衡が崩壊。

 笑みを思わず浮かべてしまった。騎士は敵の頭蓋を斬り砕く剣の軌道を予知し、自分が斬り殺される未来を察知する。

 死だ。刹那よりも短い――絶死の時間だ。

 

「―――……!」

 

 聖剣を持つ騎士王は事態を理解。体勢をより大きく崩されたのは自分の方。瞬間、剣が首に来るも身を捻り回避し―――腹に衝撃。爆薬を至近距離で破裂したかのような騎士の前蹴りは、本当に一瞬だけだったが彼女の動きを止めた。だがデメトリオも体勢を蹴りの状態から剣戟を振るには時間が掛かり、無論セイバーは蹴られた同時に距離を取っていた。セイバーを斬り殺すには踏み込まねばならず、その間に体勢を整えてしまうだろう。

 だが―――逃がさない。

 狙いは命ではない―――聖剣だった。

 デメトリオ・メランドリは人造聖剣を解放したまま全力で聖剣を斬り落とし、セイバーは衝撃に耐え切れず聖剣を吹き飛ばされる。

 

「がぁ、グ……貴様ぁ―――!」

 

 彼女が呻き声を上げたのも無理はない。聖剣を失ったセイバーはデメトリオの攻撃を避け切れず、心臓の霊核を狙った刺突を身に受けてしまった。更に刺さった状態でそのまま剣を振り上げようとし、それを阻止するためにセイバーは腹に刃が刺さったまま近づき、剣の柄を握り動きを止めていた。

 最も―――セイバーはこの事態を直感していたが。

 魔力放出を全開に、この危機を好機と感じ取り、彼女は振り反った額で頭突きを叩き込む。腹に剣が刺さり、動けば小腸と大腸が直接切り裂かれ激痛に襲われるも、全て無視。

 デメトリオは攻撃を察知するも、避けられないと理解。剣を手から離せば回避は出来るも、そうすれば自分の剣を奪い取られる。吹き飛んだ聖剣を自分も奪い取れば剣を迎撃できるが、少し距離があり、隙も生まれる。

 となれば、手段は唯一つ―――

 

「ぬぉ……!」

 

 ―――こちらも同じく、頭突きによって相手の頭蓋をカチ割るのみ。一瞬で可能なだけ最大限まで頭部を強化するも、それはセイバーも同じ。互いに衝撃に脳味噌自体が耐え切れず、一秒にも満たないが意識がブラックアウトする。

 だが、本当に僅かだがセイバーの方が復活する時間が素早かった。

 明暗を分けたのはそんな些細な“生物”としての差だった。当然ながら肉を持つ生身の人間よりも、受肉したサーヴァントとは言え英霊の方が単純に生体機能が強い。

 

「しり、ぞ……け―――!」

 

 デメトリオを蹴り飛ばし、勢いのまま人造聖剣が腹から抜ける。内臓が飛び出ない様自己治癒を行いつつ、セイバーは自分の聖剣まで一気に魔力放出で飛び込む。彼女は聖剣エクスカリバーを再び手にし、直感が壮絶な臨死を訴えかける。

 既に―――あの騎士が背後に居た。

 斬撃一閃。避けるも、次の二閃が避け切れぬ。ならばと彼女は剣を振うがデメトリオはゆらりと避け、そのまま裂斬り。体勢をセイバーが整える隙を一切与えず、足場を絶対に固定させず、人造聖剣の秘蹟で“損傷《浄化》”した腹の傷が癒えぬまでに手傷を負わせ続ける。

 しかし、この騎士王こそ剣の英霊。

 直ぐ様、セイバーは剣を斬り払い―――好機を見た。

 鞘を持つ不死故、今の彼女は致命傷以外に意味は無い。致命傷だろうと即死でなければ、死に至る傷だろうと無傷と同じ。

 左肩から心臓を通り胴体を両断する軌道の一撃を、彼女は無動作に受け入れた。だが無抵抗ではなかった。斬られながらも聖剣を振い騎士の首を狙う。相討ち覚悟の一撃を、不死身だから可能な特攻を、しかし騎士は受け入れず回避する。その避けると言う動作をする僅かばかりのタイムラグが明暗を分けた。

 接敵し、騎士王は瞬間的に激突。右肩からの体当たり。

 デメトリオは宙にほんの僅かだけ浮き上がり―――自らの死を垣間見る。

 足場がなく、身を捻ろうとも、もはや此処は斬殺空間。だが聖堂騎士に隙はない。自分を上から真っ二つにする斬撃を受け止めるも、しかしセイバーは敵の技量を完全に理解している。この絶対的魔力放出から放たれる膂力を受け流させず、地面へめり込ませる様に叩き付けた。心臓まで斬ったが騎士は胴を両断出来ず、セイバーは深手だがもう治癒で蘇生し掛けていおり、その破壊力は色褪せておらず―――人間に、受け止められる一撃ではなかった。

 

「ヌゥ……!!」

 

 嘗て殺した如何なる死徒、魔獣、吸血種、真性悪魔よりも遥かな高い絶死の剣。筋肉と間接を弛緩させ、完全なる武芸で達した脱力で攻撃を受け止め、尚この破壊力。むしろ、その脱力技術をセイバーは理解し、タイムミングと剣戟の力みをズラすことで破壊力を地面へ流させないようにした。

 地面に巨大クレーターが生じ、剣ただ一振りで粉塵が舞う。

 デメトリオは次の一撃に備え振り襲う剣を知覚し―――彼の、左腕が抉り取られ宙を舞った。

 

「これは斬り合いだが、殺し合いだ。理解したか、今の私は獣と同じだ」

 

 呪詛に染まった魔力を纏い、セイバーの左腕は怪物の爪と同じになっていた。黒い呪詛の魔力は物理干渉さえ可能であり、圧倒的出力によって擬似的な武装化さえ出来てしまえた。

 爪で斬り裂き、彼女はもぎ取ったのだ。

 そして、その左腕を魔力を放出することで粉砕。これで左腕を取り戻し、治癒で切断面を付けて再生することは不可能。

 

「まぁ獣と言っても、それはエミヤシロウの戦い方を私なりに学習したものだがな」

 

 敵が状況を理解しようとも、そうならない様に足掻こうとも、必ず殺す機会を生み出す戦闘論理。セイバーはそれだけに専念し、直感のまま命を狙い、その一手として身を犠牲に左腕を破壊した。剣だけに集中させ、今の呪詛に染まることで新たに得た攻撃手段をひた隠しにし、聖剣の真名で気を逸らし、騎士との読み合いに勝利した。

 

「―――では、死ね」

 

 瞬間移動に匹敵する加速。サーヴァントの目が無ければ残像さえ残さぬ圧倒的瞬間速度。近づくセイバーを迎撃するデメトリオの剣戟を絡めるように聖剣で撃ち落とし、隙なくセイバーの首の骨を折る脚蹴りを同じく蹴りで受け止め―――一歩。

 最速で踏み込み、既に騎士王は攻撃を敢行。

 ―――左腕をセイバーは騎士の腹に差し込んだ。

 片腕を失ったデメトリオでは受け払うことは出来ず、チェスや将棋の様に詰まれて攻撃をどうすることも出来なかった。

 そしてセイバーが臓器を掴んだまま引き抜けば、その勢いのまま内臓が飛び出て騎士は死ぬだろう。更に魔力放出により自身の黒い魔力を左手から放ち、確実な止めも与えている。普通の人間なら悶死は確実。肉体を内側から強引に拘束される等、常人に耐えられる苦痛ではない。しかし、死ぬまでにセイバーを仕留められる可能性を見出せる程、今のこのは騎士は強い。油断は出来ず、首を切り落としても動くかもしれないと思える執念が宿っている。

 ならば―――

 

「聖剣解放―――」

 

 ―――確実なる死を与えるなければならない。

 もはやセイバーの心に僅かな騎士道など残ってはいなかった。右手に持った聖剣を解き放ち、左手で背骨を掴みながら強引にデメトリオを内部から拘束。魔力放出を応用した魔力の流動はデメトリオを肉体内部から制限し、直接筋肉を引き千切り、セイバーの左手から放出される魔力は更に彼の魔術回路も狂わせていた。こうなれば体術も魔術も満足に使えず、聖剣から逃げることも不可能だった。

 

「―――卑王鉄槌(ヴォーディガーン)……ッ!!」

 

 セイバーはそのまま解放した剣を片手で叩き付けた。零距離から騎士に黒き極光を薙ぐ。真横に払われた黒光は物質を容易く分解し、空間そのものを破壊し尽くした。人間である時点で即死は間逃れず、サーヴァントであろうと一撃で息の根を止める剣技だった。

 対人聖剣―――名を、卑王鉄槌。

 極光を刀身に凝縮し、そのまま刃とする黒い光の剣による真名解放の応用だった。そして、ゆっくりと彼女は左手を内臓から轢き抜いた。鎧の篭手には小腸と大腸が巻き付き、腹の孔からは血が吹き出ている。そのまま剣を杖にして君臨し、セイバーは左腕を振いながら魔力を放出。一瞬で肉と血を払い、聖剣も同じく振って血を吹き払う。

 

「首を切り落とすだけでは不安だったからな。頭部ごと斬り潰して貰った。さて―――」

 

 首が消し飛び、左腕が斬り落とされた惨殺死体。騎士の成れの果てが、遂に騎士王の眼前で崩れ倒れた。

 彼女は酷く嬉しそうに、神父の方へ視線を向け……

 

「―――後は貴様の命を斬るだけだ」

 

 ……微笑みに顔を歪めさせていた。

 強敵を殺せたことが嬉しかった。

 生前では有り得ぬ殺人による達成感。守る為に、国の為に、幾度も殺人で手を汚したが―――初めて、彼女は殺人そのものを目的にし、斬り殺せた事実が嬉しくて堪らなかった。

 

「―――……」

 

 だが、士人は黙っているだけ。魔力を回路に流すこともせず、戦意と殺意で思考回路を作り変えてはいるが、殺気を外に出してはいなかった。

 刹那―――寒気がセイバーを襲った。

 死だ。

 刃だった。

 溢れんばかりの剣気が、死体からおぞましい程に発露いていた。

 

「馬鹿な、有り得ん……―――」

 

 首と左腕のない騎士が、彼女の前で剣を握っていた。

 ……死後、魔術回路は生きていたのだ。

 死んだ肉体に魂の欠片である残留思念が残り、操り人形を動かすのと同様の感覚で―――屍が駆動する。魔力が神経を奔る電流の代わりをなし、筋肉を強引に稼働させていた。

 首も無く、左腕も落ちた。腹に穴も空いている。

 それでも尚、デメトリオ・メランドリの魂は肉体に宿っていた。

 生命力を全て燃やして燃料に変えて、剣を使う以外の機能を全て捨てた。

 脳が無くなり思考が死に、口も無くなり言葉を失い、耳も無くなり聴覚が消え、目も無くなり視界が閉じ―――騎士は遂に完成に至った。いや、それは元より完成していた人斬りの剣で在った故、完成と言うよりは完結したと表した方が正しかった。

 

「―――貴様、その姿でまだ……!」

 

 屍は右手に持つ剣の刃でセイバーを視ていた。刃で全てを、感じ、悟り、斬る。全てを斬った。

 ―――鎧を断った。肉を断ち、骨も断ち、魂も断った。

 彼の斬撃は何もかもを切っている。刃が軌道する場所が、全て斬られて逝く。空間を切り、魔力を切り、生命を斬る。故に、刃は無音であり、無風。当然と言えば当然で、彼の剣は風も斬っている。剣先は音速を遥かに超え、もはや文字通りの神速―――神域の剣速をも超えて、魔速とも言えぬ形容不可能な剣速であると言うのに、波風一つ発しない。風を斬るとはそう言う事。

 斬ると言う事は、そうであれば良い。

 剣で斬ると言うのであれば、刃は問答無用で全てを斬るのだ。

 山を斬る、海を斬る、軍を斬る、炎を斬る、神を斬る、国を斬る、世界を斬る―――全て、無駄で余分な下らぬ機能。本来ならば刃で振う事で可能となる副次的な作用を、斬撃の主軸にするなど無価値極まる。

 斬撃を放つ、火炎を放つ、雷光を放つ、呪詛を放つ、祝福を放つ、因果を放つ、地獄を放つ―――全て、無意味な概念で作られた下らぬ現象。本来ならば刃が持つ斬る作用に余分を付加するなんて、考えるだけでも魂が腐る。

 剣を振い、刃で斬る。

 それが―――斬撃。

 それが―――デメトリオ・メランドリで在った。

 

「……――――」

 

 つまり、それこそが、剣を求めた残骸の所業。屍が壊れた人型でさえない骸が、剣を振って起こした悪夢。その死体は言葉はない。理由もなく、狂気もなく、純粋な剣で在った。剣を振い続けるのだ―――敵を斬る為に殺すまで。

 

「…………ッ―――!」

 

 セイバーにとって、理解する事が出来ない“何か”だった。自分も剣士であるが、剣の果てがアレで在ると言うのであえれば……それは、人では無い剣でしか無い無機物だった。

 人間の機能が全て余分、全部唾棄すべき異物。

 極めるには剣と為り、斬撃を成す。

 刃を手とし、足とし、思考を全て刃へ還す。

 だから、斬るのだ。斬れとさえ考えずに斬れと動いて、斬れと剣を動かして斬る。

 故に―――血が、吹き出た。

 屍の心臓は止まり、血液が流れていない。つまり、この斬り合いで地面に落ちる血は、殆んどがセイバーから流れ出た赤いモノ。

 

「死ね―――死に損なった、剣の残骸が……」

 

 セイバーもまた、デメトリオで在った剣を斬るしか無かった。斬られば、斬られる。セイバーは殺す為に斬り、剣の屍は斬る為に殺さんと駆動する。その違いが、余りにも大きな差となって戦場に圧し掛かる。

 斬られた。腕と胴を、黒鎧と魔力の防御を無視して、浅く刃で斬られた。

 彼女にとって、ただの軽傷だ。無尽蔵の魔力と、自前の自己治癒と、鞘の蘇生能力を考えれば無傷と同じだが―――痛い。斬られた部分が刀傷となり、激痛が奔った。

 当然だ。斬られたのであれば、それが当然で当たり前だ。しかし、それが有り得ない現象。

 霊体を切られている。霊格が切られていた。

 彼女と言う概念を、斬撃と言う概念で切っていた。

 

「………残留思念が、小賢しい真似を―――!」

 

 しかし、それも無意味。聖剣の鞘の前では、切られて痛みが奔っても完治する。肉体の一部が損壊しても復元し、負った致命傷も容易く蘇生する。

 今のセイバーは、不死に近い本来の騎士王。

 ……いや、あの全盛期よりも尚、最高潮に至っている黒き卑王。

 しかし、相手もまた“人間”である事の括りを棄てた剣の悪霊。

 サーヴァントと同じく物理法則を容易く突き抜け、彼は自分が鍛えた術理を存分に発揮していた。肉を持ち生きる人では絶対に不可能な剣の理で以って、疲れることもなく、視覚に頼ることさえ一切なく、ただただ(それだけ)の現象に成り果てていた。物理法則の逸脱具合だけを見れば、それはサーヴァントの領域さえ超えているかもしれない。

 

「―――――――――」

 

 速い、と言う次元ではもはやない。(ハヤ)いとさえ言えぬ。あれは無だ。視界に移る騎士は姿は霞んで見えるどころか、気が付けば刃を放つ度に瞬間瞬間体勢が変わっている。その合間の隙をセイバーの視覚では確認不可能。

 だが極限まで研ぎ澄ました第六感であれば、僅かに把握可能な視覚情報と合わせることで対処は出来る。

 しかし、剣技が、直感に追い付かない。

 死ぬと、危険だと、分かっているのに動作が段々と遅れてしまう。

 その力も強く成り続け、残留思念で動く死骸だと言うのに、人間では有り得ないレベルで更に技量が高まっている。

 ―――剣。

 もはやその一言。

 そして、遂に衝撃を流し切れない致死の一閃。

 上段からの兜割りを、セイバーは受け切れなかった。振り下された剣を刃で防いだのだが、衝撃を和らげることが出来なかった。僅かに押し込まれ、頭蓋を斬り込まれた。一ミリ以下とは言え、デメトリオの刃が脳に達した。

 ―――吐き気。

 脳味噌を直接、ミキサーで掻き回されたとしか考えられない苦痛。視界がグルリグルリと歪み回る。

 

「――――――ぁ」

 

 強引に聖騎士をセイバーは刃を弾き飛ばす。敵の体勢が崩れた所を狙い、胴を蹴り飛ばして距離を取った。その気になれば数百メートルは跳躍可能な魔力放出を込めた脚力だが、もはや今のデメトリオが相手では物理的破壊を行った所で意味がない。内臓が全てミンチになる破壊力があったところで、彼はもう内臓を必要としていなかった。

 

「え、あれ―――」

 

 彼は斬っていた。何もかもを斬る剣とその魔力。それを僅かとは言え脳に達したとなれば、斬られる対象もまた脳の一部分。

 ……残骸はセイバーの記憶を、記憶で斬った。自分の思念に残った記録さえ機動する為の魔力に変え、その魂を剣に込めて強化している。無尽蔵の魔力供給と、鞘の治癒能力で不死に近いセイバーだが、その魂が不老不死になっている訳ではない。

 

「―――ぇ……?」

 

 確かに、消えた。内側に印された記録が斬られた所為で、記憶の中から忘却してしまっている。もう何を忘れたのかさえ、忘れてしまっている。果たして、自分は誰に育てられたのだろうか、家族は誰だったのであろうか―――分からない。

 アルトリアとしての記憶が欠落した。

 その記録が情報の塊である魂から切除されてしまっていた。

 つまり、デメトリオは捨てたのだ。魂の中身を刃に込めて棄てた。命だけではない。自分自身を剣の刃に変えて、敵を斬る。斬る為に、殺す。ただ斬るだけでは殺せないのであれば、生命も記憶も過去も、死した血肉袋に宿る魂の中にあるモノ全部を使った。頭部を失って、左腕を失って、なのに彼は死んでいるのに止まらなかった。斬る為に殺す必要があるのならば、これ以上無くなるモノなんて無い筈なのに、自己を消して、より多くの“何か”を失って刃を成す。

 その斬殺狂いに刃で斬られたセイバーは、内側の大切な“何か”が斬られていった。

 魔力と呼べる力ではなく、呪詛を凌駕した思念であり、祝福を押し潰す人間の極まった魂の発露。

 まるで、デメトリオが失ったモノと等価のモノが、対消滅するかの様にセイバーから斬り失っていった。その度にデメトリオ・メランドリは唯の剣と成り果てて、セイバーは唯の人に戻って行く。

 ―――剣は更に己を捨て、剣と化す。

 それは忘れてはならない思い出の数々だった。

 

「ぁ、ぁあ、貴様―――貴様、貴様貴様……!!」

 

 恐怖であり、憎悪。罵倒する所の話ではない。心を斬られるとはつまるところ、死体の残骸は―――セイバーの魂を剣で犯した。

 全てを斬る。

 この残骸が至った斬殺の極致。

 死の概念を持たない化け物があろうとも、その生物の命を斬る。不死であり無限に蘇生しようとも、その魂を斬る。魂さえ無敵となる神霊以上の“究極の一”であろうとも、その生物が活動する理念を斬る。

 デメトリオ・メランドリの残骸は笑っていた。

 心の底から嗤っていた。

 騎士王を嘲るように哂っていた。

 聖堂騎士は脳を失って、顔もないのに―――魂だけで歓喜の剣気を発していた。聖剣遣いであるアルトリア・ペンドラゴンだからこそ、あの残骸が只管に笑っているのだと悟れてしまった。

 ―――好機である。

 今の騎士に理性はない。

 剣技は生前以上。業の密度は嘗て冬木で殺し合ったアサシンに匹敵。だが、その行動に戦略性は皆無。優れた技だが戦術は単調。何より隙が大きい。こうして剣に魔力を込めても気が付かず、聖剣を掲げていても、剣の獣に堕ちた残骸は命の危機よりも―――この斬れたと言う快楽を優先する。斬って直ぐのこの後味を愉しまないと、騎士もどきは次の斬殺を愉しめない。

 ならばこそ、死ね。

 無様な隙を撃たれて消えろ。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァァァァアアアアア――――ッ!!」

 

 ―――直撃。斬撃の光の奔流。

 森そのものを両断する一撃だ。光の剣によってデメトリオは肉体全てを斬り消された。斬撃そのものにより全身を呑まれ、肉体全てが消えて無くなったのだ。

 残されたのは、手に持つ人造の聖剣のみ。

 ……いや、肉体全てと言うのは誤りだ。僅かにだが、彼の肉体も光に呑まれず残っている部分があった。聖剣の柄には剣を握り締めるデメトリオ・メランドリの手だけが現世に残っていた。それ以外の全身は完全に消し飛ばされたのだ。

 

「―――――――――……」

 

 あのバーサーカーであろうとも六回以上は一度で殺し尽くす絶対斬撃―――

 

「なんなんだ、貴様は。何故、どうして……死なない! 消えない!?」

 

 ―――剣を握る残骸(騎士)が残した右手。そこに集まる赤黒い粒子。形を作るのは黒い影。

 甦ったのではない。エーテルが凝り固まり、人型を模しただけ。だが有り得ないのだ。魔術回路そのものが聖剣で吹き飛び、死んだ肉体ごと魔力も大気に溶かされている。

 それでも尚―――デメトリオ・メランドリは世界に残った。

 寄り代となる残留思念さえ消え果てたと言うのに、肉体も消えたと言うのに、その剣として生き抜いた精神が死を拒絶する。剣と成り果てた魂が斬りたいと鼓動する。遂には名前さえも、デメトリオ・メランドリと言う存在である事も刃に変えた。彼は自分人生、一切合財何もかもを刃に変えて剣にしてしまった。自分を剣にして、斬る為だけの存在になった。人間を止め、生き物を止め、この世の何もかも超えた「剣」と化した。

 死した魂が根源に至る。

 聖剣を受けた彼は「 」から還って来た。

 しかし、そこから戻る為には、とある条件がいる。肉体が死んでいては、戻って来れても死んだままだと言う事だ。問題解決の為に取った手段、それは―――契約。阿頼耶識との契約により……いや、抑止力に目を付けられる程の異端に至った故に、彼は霊長の守り手として選定された。その抑止が彼を、剣で在れと希った。同時に、彼もまた自分を剣として完成させたかった。だが、例え阿頼耶識でも死者の蘇生を成せば、霊長としての規則と異なる。死人は甦らず、それはアラヤが定める人間の規約と反する事柄。故に、本来ならば、その契約は擬似的な蘇生となり、剣ではない屍としての蘇生となるだろう。彼の肉体は抑止力の屍として元に戻り、彼の魂も霊長の規則に則った魂魄の範囲に、つまり守護者としての霊格に堕ちるだろう。

 だが、それでは駄目だ。それは余分なのだ。

 抑止も、魔法も、魔術も、神秘も、科学も、霊長も、地球も、自分には要らない。唾棄した。虚無に棄てた。

 そして、彼は―――契約を斬った。

 根源で魂が剣と言う概念に成り果て、彼は自分を束縛する根源の渦を更に斬った。斬って、斬って、邪魔をするアラヤとガイヤを斬り捨て、彼は剣となって戻った。

 斬ると言うこと。

 斬撃の極致。

 即ち、自分自身が剣と為り、刃を振う。彼の魂が手に入れた根源とは、剣と言う概念と、斬ると言う現象。それは魔法には程遠い一となる究極―――斬撃。

 デメトリオ・メランドリは死に、やっと手に入れたのだ。求めていた境地、果たすべき理念。

 ―――斬。

 斬る。斬って、斬る。斬る事。

 斬ると言う存在、概念、現象。

 今のデメトリオ・メランドリはソレに至っていた。

 彼は死ねば、守護者となるだろう。そもそも契約を斬らなければ、ある程度はまだ人生を送った後に死に、守護者となっていた事だろう。

 だが、デメトリオ・メランドリは契約を斬ってしまった。この一時の自分へ至る為だけに、剣のまま現世に戻った。アラヤは彼を守護者にし、大聖杯で起こす未曾有の人類滅亡を防ごうとしたが―――その契約が斬られてしまったのだ。

 死ねば、永遠の牢獄に堕ちる事に違いはない。

 契約が果たされてしまった時点で結果、早いか遅いかだけなのだろう。

 それでも尚、自分が守護者として座に堕ちるまでの間、人として得られるこれからの人生を斬ってまで、デメトリオは自分が至る究極を手に入れる事を優先した。

 そして―――その「剣」を、この今生で試せるのはセイバーのみ。

 彼はもう死ぬ。

 契約を斬ったのだ、死んで座に逝くしかない。

 折角、辿り着いたと言うのに、剣の業を完成させ、自分を完結させてしまった。契約を斬らずに、このまま現世で生きていても絶対に辿り着けなかっただろうが、それでも今のセイバーを打倒する能力を得る為の、抑止の後押しがあった筈。しかし、それの後押しこそ、デメトリオには許せない不純物故に、斬り捨ててしまった。現世に残した自分の屍へ戻り、斬った契約が残した残滓が魂だけを復元させた。残留思念から剣と化した本来の魂へ、還り死んだ。

 ……そう―――彼の魂は、もう死んでいる。

 契約を斬った為、肉体を思念と化して操っている。だが、それだけ。肉も心も魂も死んでいた。死んだ魂は文字通りの残留思念であり、彼はそうとしか存在出来ない現象となっていた。

 ……だから、斬る。

 斬って、斬って、斬るのだ。

 斬って、斬って、斬って―――斬る。

 斬れ、斬れ、斬れ、斬れ、斬れ、斬って斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬―――

 

「――――――――――」

 

 無音の斬撃。デメトリオが剣を振り、切れた。当然の結果だ。彼はもう剣でしかない。彼の肉体は既に魂に帰化しており、彼の肉体も魂となっている。それが剣で在れと言う現象。

 溶けて、混ざり、歪んで、同化。

 ―――剣の業。

 ―――剣の神。

 人が成し得る究極の一。

 人の業が法則を通り超える。

 

「―――……!」

 

 刃が刃に食い込んでいた。折れてはいないが、罅割れてしまっている。デメトリオの刃が、セイバーの剣を圧している。

 今のセイバーでは分からないが、この聖剣は悪の属性を持っていても本質はエクスカリバーだ。

 アルトリア・ペンドラゴン以外は担い手に相応しく無く、黒く堕ちたセイバーは担い手であろうとも、神秘の強さに違いはなかろうとも、それは本当のエクスカリバーではない。あるいは、セイバーが心の髄まで完全に黒化していれば、結果はまた別だった。黒化したアルトリアの幻想として完結しておれば、罅割れる何て事は有り得なかったが、今のセイバーは半端に呪われている。それでは剣の力が、悪性で在る事が弱さに繋がってしまう。

 その歪みが、剣として惰弱にしていた。

 刃として完結していない聖剣であるこそ、デメトリオの剣は黒い聖剣を断罪する。慈悲もなく、許容もなく、その剣が持つ欠落を裁く。

 斬られた。

 セイバーは斬られ続けた。

 聖剣を盾に、敵の剣を狙って斬り返し続けた。なのにセイバーは記憶ごと斬り刻まれた。

 

「アアアァァぁぁあああああああ……―――!」

 

 不死を越えた不滅。デメトリオの剥き出しの魂はセイバーの剣を受けるごとに存在ごと裂かれ、現世から乖離しているのに、執念だけで留まり続ける。斬り続ける。

 だが、それが無駄ではないことはセイバーは理解する。

 敵は消えないだけで、一刀一刀受ける度に確実に死んでいる。消えないだけで、動き続けるだけで、この亡霊は死に続けている。

 故に―――殺せる。斬り続ければ、何時かは斬り殺せる。

 自分は即死の致命傷を避けるだけで良い。斬り殺し続けるだけで良い。

 だが自分も斬り裂かれ続け、魂が記録ごと、精神ごと、一刀一刀確実に切り刻まれている。ならば重要なのは中身が死に逝こうとも意志を保ち、相手を斬り続けることだけに我が専心を向ける。

 ……だから、斬る。

 斬って、斬って、斬るのだ。

 斬って、斬って、斬って―――斬る。

 斬れ、斬れ、斬れ、斬れ、斬れ、斬って斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬―――

 

「―――あ…………」

 

 気が付けば―――何も目の前になかった。

 何も―――存在していなかった。

 地面に剣と右手が落ちているだけだった。斬って、斬って、斬り続け、斬られ続けた果て―――アルトリア・ペンドラゴンは勝った。デメトリオ・メランドリは魂を完膚なきまでに破壊され、アルトリアが斬り勝った。

 

「……あれ?」

 

 アルトリア・ペンドラゴン。それは何だったのか? セイバーの内側から斬り消えた。斬られて、何かが失われていった。

 王―――誰が?

 民―――誰の?

 騎士―――誰が?

 理想―――誰の?

 分からない。分かるのは唯一つ。自分が、剣士だと言う事。

 この黒い剣の名も記憶が頭から失っているけど、この剣が自分の意思に名前を直接訴え掛けている。それに、この身の内には黒い剣の鞘もあるらしい。その黒い鞘が、剣と鞘の名を自分の心に刻み込んでいた。自分は何処かの国の王であるらしい。

 ……覚えていられたのは、それだけ。他は消えた。

 だけど、絶対的な確信が一つ。

 過去の記録は全部無くなっているが、今の自分は間違いなく―――最強に至った自分。

 セイバーにとって、今のアルトリア・ペンドラゴンにとって、剣で在る以外の全てが消えて逝った。剣士としての経験と、更に鋭く変異した直感以外に、騎士王としての名残は無い。最強の騎士である筈の黒い鎧の男や、誰かは知らないが自分を殺したと思う赤い鎧の騎士も、戦闘の記録として刻まれているのに記憶には覚えが無い。

 だからこそ、最強だった。

 無敵だった。天下無敵の剣で在った。

 エクスカリバー。彼女は正真正銘、その“担い手で在る”だけの存在。

 聖剣でも無く、魔剣でもなく、ただの剣と化した。

 賢君でも無く、暴君でも無く、ただの王と化した。

 唯のエクスカリバーであり、もはや彼女は唯のアルトリアだった。

 

「―――はは、クハハ……あは」

 

 この剣は真名を“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”と言うらしい。彼女にとって、この剣はもはやそれだけの剣。斬る為の人を殺す剣であり、斬る為に斬撃を極めた剣である。

 素晴しい剣だった。

 斬る為に、敵を斬撃で皆殺しにする最高の剣。聖なる剣だった斬る為の刃物。

 

「えくすかりばー……えくす、かりばー? えくすかりばー、えくすかりばー―――あはははははは!」

 

 意味も無く面白くて、その名前が楽しくて、彼女は嗤ってしまった。

 

「……破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)―――」

 

 茫然と、壊れたセイバーに士人は剣を突き刺した。嘗て第五次聖杯戦争で召喚されたキャスターのサーヴァント、裏切りの魔女メディアが持つ契約破りの宝具。

 士人はセイバーと契約できる。

 抵抗する意志がない今の壊れたセイバーであれば、士人程度の技量でも魔術で強引に契約を結べよう。だが今のセイバーは泥によって受肉し、竜の心臓も完全ではないが幾分かは稼働しており、自分自身で魔力を生み出せる状態。本来なら心臓の魔力炉心の稼働など受肉しても復活はしなかいのだが、桜が何かしらの細工をセイバーに施していたのだろう。つまり神父が契約し寄り代にならなくとも、セイバーは魔力消費で消滅はしない。

 

「ああ。やはり、そうだ。これこそ私が望んだ結末だ。

 ―――お前達は最高だ。

 聖杯戦争こそ―――我が運命。我が理想。

 アルトリア・ペンドラゴンよ、我が王ギルガメッシュが認めた至高の騎士王よ。

 認めよう、お前こそ我ら霊長、人類史最高の騎士だ。斬り殺されたデメトリオ・メランドリが憧れた騎士の頂点だったぞ」

















 セイバーとデメトリオ・メランドリ脱落。
 実は幼い子供の頃、デメトリオは伝説のアーサー王物語を聞いて憬れていました。聖堂騎士になってからは完全な剣技狂いに成り果てましたが、今は面影ないけど少年期はアーサー大好きっ子。大人になった後でも、偶に読書しています。


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75.王の狂気

 バイオ7面白い。個人的には一番好きな作風のバイオ。FPSは臨場感があるのでホラー度高いし、謎解きも自分が目の前で考えて擬似体験してるような雰囲気。


 当然と言えば当然であるが、アインツベルンはまだ森から抜け出していなかった。ここに居れば鏖殺される未来は容易く観測出来たが、逃げた所で勝ち目は薄く、ライダーによって戦力差は大きく引き離された為、式神による優位性ももはや完全に失った。

 だが奴ら―――魔法使い見習い(遠坂凛)に先導され、他のマスターとサーヴァント達が乱戦に介入してきた。

 キャスターは追い詰められたが、勝機は今しかない。この場は逃げればじり貧で、殺されるのが関の山。特にライダーを間桐桜が手に入れた事で、戦局は最悪としか言えなかった。無尽蔵の軍団を持とうとも有限の動力源がライダーの宝具を抑止していたが、無限の動力源であるマスターがライダーを欲望へ解き放ってしまった。

 つまり無尽蔵の略奪軍が無差別に、自分達の軍勢を喰い取り続ける。時間が経てば経つ程、キャスターは宝具を奪い取られ続ける事となる。

 

「―――殺すか。いや、無理なら封じるのみ」

 

 呪詛の言葉で彼は精神を塗り替えた。キャスターはあらゆる未来を予知し、敵の抹殺手段を幾重も思考し、それを更に未来予想図に組み込み―――淡々と、延々と、ただただ繰り返す。

 予知と予測を繰り返す。

 死ぬか、殺すか。

 戦争だった。鬼種、天狗、化け物、死霊。人外との殺し合い、化かし合いは飽きたが―――化け物から守るべき人間と、真っ向から殺し合うのは生前では考えられないことだった。自分と渡り合えるのは自分に匹敵する力量を持つ陰陽師、深く式神達に愛されていた元弟子しかいなかった。鬼種や天狗、あらゆる妖も人間以上に強いは強いが、勝てない敵は存在しなかった。つまるところ陰陽道の祭神が持つ権能を、安倍晴明とは違う概念(アプローチ)で手に入れた法師殿(蘆屋道満)のみが怨敵足り得た。

 超常の絶対的神秘を持つ自分にとって、陰陽道の法力はサーヴァントとして弱まったこの状態でも万能に等しい。生前の全盛期は全能に近かった。太陽神の分霊であろうとも打倒出来た。魂さえ自在であり、未来さえ見通せた。だが、それが通じない化け物がいる。それが人間であることを極めた魂の化身、人間の極限―――英霊だ。召された英雄は己が運命を武器に、彼が創り上げた道理を粉砕する。

 安倍晴明(キャスター)は死後の巷を愉快に思う。覚悟はしていたが、やはり人間が一番殺し易く、殺され易い。

 

「久しいな―――キャスター」

 

「ええ。しかし、私は会いたくありませんでしたよ―――バーサーカー」

 

 狂王は、この場で壮絶な殺気を振り撒いた後、静かに対象を一点に凝縮させた。永劫の不死を経て滅した報復王の殺意は、それだけで既に武器と化していた。精神防御がない、または耐性が弱い者であれば、そのまま心臓の鼓動を停止される程の圧迫。

 嘗て封じた鬼種よりも、より化け物と成り果てた英霊。

 不死にて不滅。だが、そう言う怪物にこそキャスターは特化した退魔師であり、嘗ては狐に化けた太陽の女神さえ“向こう側”に魂を還した魔人である。サーヴァント化により霊基自体は低下しているが、相手も所詮は自分と同じく霊基が落ちたサーヴァント。同じ領域に存在するとなれば、不死性などと言う概念がそもそもキャスターには通じない。

 

「ふーむ、さてはて?」

 

 過去、現在、未来を見通す千里眼。日本において数少ない“資格”を保持する英霊が、この安倍晴明だ。その彼からすれば戦う前に、そもそも勝敗の如何などは予知可能。

 ……あ、自分死にますね。と、そう思ったが彼は顔には全く出さなかった。

 生死の決着まで殺し合えばまず間違いなく、死ぬ。相手を殺せるが、死ぬ。どう工夫を凝らして足掻いても、死ぬ。

 あの擬似的な不死の宝具を打ち破れるが、そもそも奴には戦闘続行のスキルがある。不死を破ろうとも恐らくは気合いだけで霊体が完全崩壊するまで動き続け、下手をすれば霊核を砕いても数時間は生き延びる。ずるいですねぇ、と思いながらもキャスターは仕方がないと決心する。

 

「布石だけです、ええ。本当に」

 

「……独り言か? それともマスターとの念話か」

 

 そう言いつつも、キャスターのそれをバーサーカーは理解している。あれは無駄な事はしない。独り言を装いつつも、その言葉にはこの日本の呪術であるところの“呪”が込められている。普通の言語の聞こえるが、それにはキャスターにしか理解出来ない呪詛による独自の陰陽の()が込められている。

 話すだけで敵を呪う。それがこの男。

 最も、もはや成り果てた後に英霊化したバーサーカー(ホグニ)には、まともな呪いなど効かないのだが。

 

「独り言ですよ。まぁ、取り敢えず―――死んで下さい」

 

 刹那、キャスターの符陣が曼荼羅を描く。術符の群れは一枚一枚がAランク宝具に匹敵する概念を宿し、それが軍勢を成して蹂躙する。

 

「―――ヌゥオ!」

 

 それをバーサーカーは魔剣の呪詛で強化され、膨大な質量を持つに至った呪詛を魔力放出で全開にし、スキルによっても狂化された膂力でダインスレフを一振り。悪神の呪いでさらに呪詛が強化された報復すべき殺戮の剣(ダインスレフ)は禍々しく、剣を振うだけで対軍領域の破壊を容易に齎した。

 ……いや、もはやそれは一撃で城壁を粉砕する対城破壊。

 地面に叩き付けるだけで巨大クレーターを作り出す。剣風のみで大地を抉り斬る。聖杯戦争で呼ばれるサーヴァント(亜神)としてならば、過去最大の膂力を至った狂戦士の最骨頂。生前の大英雄ヘラクレスが持つ半神の権能としての剛力などには遥かに劣るが、現代の魔術師が呼び出せる英霊が発揮可能な概念の最上値には確実に位置していた。つまるところ、物理法則が支配するこの時代において、今のバーサーカーの狂化以上のステータスは存在しないことになる。

 

「……え? いや、ちょっ―――!?」

 

 間桐桜が持つアンリ・マユの呪詛。それとバーサーカーは相性が良いとは理解していたが、ここまで相性が良いとは思わなかった。

 ……あの狂王は、今まで全力ではなかった。

 アインツベルン領の式神と殺し合っている間、キャスターが観察しているのを理解していたバーサーカーは力を抑えていた。だが、もはや手加減無用となった今、全ての強化と狂化を全開に魔力を解放した。

 

「―――いやいやいや、死にますって! サーヴァントの規格ではないですよ!?」

 

 キャスターは爆風に吹き飛ばされ、時間差なくバーサーカーは飛んで逃げようとするキャスターを追撃。魔力放出を腕を突き出す動作で発射し、物質化した魔力の呪詛が充満する掌圧が強襲。身体機能と体術、そして魔力放出スキルだけで風を破壊鎚にするなど馬鹿げた“物理”現象だった。

 それは決して魔力を用いた魔術現象ではない。だが対魔力と障壁を打ち破る風圧を、肉体だけで生み出す暴力の権化だった。

 

「何だそれは、聖杯戦争で召喚される程度の使い魔に許されるモノではない……っ」

 

 若い頃の素の口調が思わず出る程の脅威。嘗てキャスターが過去視で見たバーサーカーのサーヴァント、あのヘラクレスが狂化した筋力さえもこの狂戦士(ホグニ)は圧倒していた。今のこの敵はサーヴァントに許された臨界を完全に超過している。凄まじいステータスはEXに達していたが、そのEXと評価される中でも更なる最上値に君臨している。

 今まで殺し啜った血の魔力を、バーサーカーを魔剣ダインスレフより解放。

 陰陽術を撃とうとも剣戟で霧散される上に、その霧散した魔力を更に魔剣で吸収し、それが呪詛に練られ身体機能が上昇する。

 理想的な無限循環。

 殺せば殺す程にバーサーカーは強くなる。敵が魔力を使えば使う程、バーサーカーは強くなる。

 バーサーカーは不死身であるのに、バーサーカーの剣で斬られると呪詛により傷は癒えず、血を啜られ魔力を奪い取られ、更に呪詛の狂化に拍車が掛かり、敵対者は嬲り殺されるしかない。もはや一方的なワンサイドゲームと化す。唯でさえ圧倒的な力を誇り、戦いが長引く程に強くなる矛盾。

 

「温いぞ、温い温い。どうした、それが限界か! なら死ね、キャスター!!

 生きる価値がない犬畜生(美の女神)が我に与えたこの怨恨、この怨讐、この怨念―――さぁ、誇り無き魔剣に喰われて死ぬが汝の定めよ!!」

 

 不死身故に許される肉体の崩壊を前提にした強化と狂化。体中全てから血を垂れ流し、血反吐を撒き散らしながらも、鼻からも昇って来る血液を流しながらも、両目から涙を血流させて彼は叫んだ。

 

「◆◆◆ーーーー!!」

 

 言葉になど意味はもうない。あれは呪われた何か。ならば、その狂戦士の絶叫も憎悪が溢れ出ただけに過ぎない。血を溜め込んだ魔剣は呪詛の奔流を帯び、放出される呪詛の魔力が小規模な地獄を生み出し続ける。

 ……単純に、バーサーカーは早過ぎたのだ。

 帯びた呪詛は残像のように揺らぎ、まるでバーサーカーが瞬間移動をしているように錯覚させる。千里眼を持つキャスターでなければ、絶対的速度と呪詛で幻影さえ操り始めたバーサーカーの速度と動作に対応は出来なかっただろう。

 それなのに、バーサーカーの剣技は理知的な殺意で振り回される。狂気に慣れ、それが当たり前になった彼にしか出来ない狂化の運用だった。一手一手確実に命にまで距離を詰め、キャスターの攻撃には第六感で以って容易く対処する。

 

「七天、混在―――!」

 

 召喚された後の現世において、キャスターは道具作成のスキルを用いて武器を二つ創作している。生前に使っていた退魔七道具を模した刀と弓。その刀に呪符を幾重にも張り、巻き、強化した。切断機能は消えるが、頑丈さだけは一級品―――!

 

「……あれ?」

 

 ぽっきりと斬り折られ、根元から刀身が消えていた。

 

「◆◆◆!!」

 

 呆れた様な目をしつつも、バーサーカーは己が狂気に従う。武器を失くした陰陽師をそのまま真っ二つに切り裂き、やはりと言うべきかキャスターの殺害には失敗した。

 式神による分身。

 自前の刀さえ犠牲にした演技。

 恐らくは呪符で強化をした際に分身を作り、そのまま自分は何処かに転移して逃げたのだろう。

 

「―――む……」

 

 加えて、既にバーサーカーは括られていた。キャスターは戦いながらも符を撒き散らし、即座に結界を構築。バーサーカーを閉じ込めつつ、自分は抜け穴から脱出していた。

 

「……となれば、時間稼ぎか」

 

 ここはまだアインツベルンの領地。キャスターの陣地内。この結界をバーサーカーは破れるだろうが、それでも基本的にはキャスターの陰陽術を回避することは不可能なのだ。この結界も畏怖すべき絶技により設置され、英霊と言う分類の中でも最高速度を持つキャスターの思考力で成された術となれば、自分ごと巻き込むその範囲隔離を回避するのはまず無理。本来なら自爆ならぬ相手を巻き込む自縛技にも等しいのに、自分は自由に抜け出せるとなれば余りにえげつない。

 空間そのものを一つの世界として縛る結界構築と、その自分が造った隔離空間から抜け出せる転移。

 どうやら陣地を完全に制圧しなければ、負けぬ様に戦うことは不可能ではないが、キャスターに勝つことは絶対に不可能だとバーサーカーは実感する。領域内だとキャスターは戦場から容易く逃げ、あっさりと結界を作り空間ごと相手を閉じ込める。

 

「我は魔術の類は使えんからな。脱出手段も剣で斬ることしか出来ん。

 ……仕方がないの―――狂うか」

 

 キャスターの狙いは確固撃破、ないし隔離。自分が間桐桜を殺している最中、邪魔が入らない様に先兵を潰す事。

 阻止の為には、この隔離手段を破るしかない。

 ならバーサーカーが出来ることは一つしかない。召喚された時に定められた自分の“クラス(側面)”に従うのみ。

 ―――不死の狂気。

 ダインスレフが啜るは聖杯に宿るこの世全ての悪(アンリ・マユ)。間桐桜より流れ込む文字通りこの世の悪を構成する人間の罪科を、彼は魔剣に貪らせながら嗤っていた。その魔剣より生まれる報復の狂気に身を委ねていた。

 

「哀れな赤子よ、奇形の忌み児よ。黒き呪詛で以って、全て、全て、泥で塗り潰す悪魔の偽神よ。汝の憎悪で人を呪う穢れを謳うのだ。

 さぁ、生まれたいなら我を恨め―――復讐すべき殺戮の剣(ダインスレフ)

 

 

◆◆◆

 

 

 穢れ尽くされた挙げ句、壊れ果てた騎士。嘗ての騎士王であり、もはやただの亡霊と化した衛宮士郎のサーヴァント。鎧は切り刻まれて所々破壊され、防具として機能していない。血塗れになった白い肌を晒し、灰色の女性らしい服装だった布切れを身に纏っている。顔も血に染まり、髪もまた乾いた血液により赤黒く変色していた。

 ……そんな彼女は地面に座り込み、身を脱力させて心が折れていた。

 騎士王としての面影は一欠片も存在せず、膝を着いて真下の地面を見続けるのみ。動く気力がないと言う領域ではない。もはや、そう言う心の動きが出来なくなっている。

 

「あー、あー……ぅう」

 

 言語機能を損壊しているのだろう、狂化とは違うがまともに喋れる状態ではない。今のセイバーは理性も知性もあるが、デメトリオ・メランドリの斬撃を受け、魂が損壊し、精神が砕けている。鞘を持つセイバーならば十分に治癒は可能であるが、受肉した影響も大きく完治されることはないだろう。記録も斬り壊されており、魂を長時間治癒し続けた所で、受肉し、呪詛を背負い、黒化に抗い続けたのだ。復活した彼女が元の彼女である筈が無かった。

 

「えくすか、りばー……しろう。しろうシろう、しろウ、シろウシロウ、シロウ」

 

「壊れている場合ではないぞ、セイバー。鞘を使い、早々に魂を直しておけ。その為に間桐桜との契約を切ったのだ。自我程度はまともに整えておくが良い」

 

「あー。あ、あ、あー、うぅー……せいばー、わたし、セイバー」

 

「あの男は自分の魂を生贄に捧げ、その魂でお前の魂を直接斬り削った。故、英霊であろうと刃を受ければ最後、その魂が斬り壊れるのも当然だ。

 ……しかし、お前は例外だろう。鞘在る限り、魂も加護の内側だ。早目に処置せねば壊れたまま魂がその形で癒着するからな」

 

 だが、そんな言葉程度で如何にかなる病状ではない。神父も最初から分かっていた。彼はセイバーにより、座り込む彼女に対して自分も同じく膝を曲げて屈みこんだ。膝立ちになった神父は幼児をあやす父親のように、セイバーの手を取り優しく握ったのだ。それにセイバーは反応したが、ピクリと肩が動いただけ。

 

「しんぷー……? シンプ、神父。あなた……神父。ことみね、言峰。やつのこ……?」

 

 彼はそのまま、うわ言を呟き続けるセイバーと視線を合わせた。両手で顔の頬をゆっくり挟み、視線を無理矢理上げさせて、虚ろな眼を真っ直ぐに見詰めていた。セイバーもまた腰を屈めて子供に対する大人のように自分を扱う神父を見詰め返す。

 

「―――アルトリア・ペンドラゴン」

 

「あるとりあ? ぺんどらごん?」

 

「そうだ。お前はアルトリア・ペンドラゴンだ。そう定義し、そう宣言しろ」

 

「……あるとりあ・ぺんどらごん」

 

「お前の名はアルトリア・ペンドラゴン。衛宮士郎に召喚されしセイバーのサーヴァント。今、そう刻み込め。声を上げて、そう誓え」

 

「アルトリア・ペンどらごン。エみヤシろうのセいばー。アルトリア、アルトリア。シロウ、セイバー、私はシロウのセイバー―――――――――」

 

 士人は更に顔を近づけ、余りにも綺麗過ぎる笑みを浮かべた。それは神聖な微笑みだった。幼子が無条件で信頼し、赤子が泣き止み笑い声を浮かべる様な、聖人君子以外に該当するものが存在しない清く正しい善人の笑みだった。

 ……その目を、魔眼の光に輝かせながら。

 黒く、暗く、ただ深く。神父はセイバーの切り刻まれた精神に入り込み、心に紡ぎ合わせる為の核を魂から掘り起こ(サルベージ)していた。

 

「―――アルトリア・ペンドラゴン。私はシロウのサーヴァント」

 

「そうだ。その通りだ。故にその名をもう一度唱えたまえ」

 

 そして、霊媒魔術により精神を揺さ振った。魔眼による精神干渉に加え、両手で挟んだ彼女の頭に対して直接介入していた。

 

「私は……―――アルトリア・ペンドラゴン!

 セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴン!!」

 

 記憶は復元されずとも、英霊としての記録はまだ残留している。神父はそれを呼び戻し、後はセイバーの体内に在る聖剣の鞘(アヴァロン)に任せれば、サーヴァントとしては復活するだろうと予想した。

 

「その名こそ祝福だ。誰かに祝福されて名付けられた己が真名を、もう一度今この瞬間―――自分で自分に名付けると良い」

 

「アルトリア……そうでした、我が名はアルトリア。アルトリア・ペンドラゴン」

 

 言語機能と記憶野が有る程度は修復されたと見て間違いは無い。このサーヴァントの記憶障害が完治する見込みは薄いが、神父としては別にどうでもいい話だ。

 そもそも、相手はサーヴァント。本体は座に存在する分霊だ。確かに生きているとは言え、人の死とサーヴァントの死はまた別種。魂が消え果て星幽界へ、あの虚無に還る訳ではない。如何足掻こうとも最終的には本体の魂に取り込まれ融合し、全ての情報が一体化する。今夜の悲劇も経験の一つとして記録されるだけに過ぎないのだろう。

 

「ふむ。まぁ、この程度回復すれば戦力になるか。これ以上深く精神に入り込み治癒するとなれば、俺の魔術回路を移植するか、性魔術によりラインを結ぶ為に衛宮から寝取る必要があるからな。

 回路移植は戦力低下に繋がりまず論外。現実性のある性交も、あの衛宮が憬れ続ける女を犯すのは気が引ける。何より敵地の森で、更に室内ではなく外で致すとなれば神と聖霊もお怒りになるだろう。姦淫は聖職者としてしてはならんと、教えられてしまったからな」

 

「―――ふざけるな。叩き斬りますよ」

 

「おっと、会話が出来る程度には甦ったか。これは喜ばしい」

 

 ニヤニヤと、恐らくは聞かせる様に態と発言した性悪を睨んだ。もはや自分の貞操などに価値は感じないが、それでも苛立つモノは苛立つ。だがそれでもセイバーにとっては決闘の傷を癒してくれた恩人でもある。

 しかし、冷静に考えればあの言峰神父。そして、甦った“あの男”が息子として愛した人間。加えて魔術師として完成していながら、聖職者として完璧であり、代行者として完全している。これは自分が騎士王として君臨したように、非人間として無欠でなければ有り得ない在り方だ。セイバーは心を殺して人間を辞めたが、士人は心を殺されて人間を辞めさせられた。

 心に残った物は理想か、あるいは憎悪か。シロウに救われた過去を覚えている“だけ”今の自分ならば、どちらであろうとそれが悲しいことだと理解できる。神父も理解はしているのだろう。だが今となっては実感出来ないだけ。悲しいことだが、悲しいだけの遠い昔の話である。

 

「その手の猥褻な発言は、マーリンを思い出す。花の魔術師め。こちらは人として感謝をちゃんと伝えたいのに、そうやってはぐらかせて、困らせて、愉しむから忌々しい。

 ……尤も、今の様に墜ちたとなれば実感は全くありませんが。記録としてなら生前の認識は可能ですが、記憶としては理解できない訳ですか。なるほど、これが人として心が壊れると言う実感なのですね」

 

 そう思えば、円卓は自分の同族が大勢居た。あの結末を王として与えてしまった騎士たち。あの宮廷魔術師も面白可笑しく生きていた様に見えたが、今となっては心から彼が喜んでいたのか如何か、セイバーには分かりはしない。

 

「ほう。ならば、伝承に在りし魔術師マーリンとは実に気が合いそうだ。俺と同じ様に、人間が生み出すこの世界が好きなんだろう」

 

「ええ、同じ非人間同士ですので意気投合すると思います。まぁでも、同じ対象物を娯楽として愉しむのだとしても、趣味趣向は全く正反対だと思うので、最終的には殺し合うとは思いますけどね」

 

 そう言って、セイバーはしかりと立ち上がった。

 

「神父、貴方はシロウと同じ投影魔術師でしたね?」

 

「そうだが。双子故、魂が酷似していてな。似たような心象風景の固有結界に覚醒しているぞ」

 

「それは有り難い。迷惑ついでに私用の服を投影して欲しい」

 

「……まさか、そこまでなのか。宝具の方は無事か?」

 

「宝具は英霊としての本能。魂の機能です。何かしらの宝具で奪われない限り、使えない何てことにはなりません。しかし、サーヴァントとして故障してしまいまして、鎧の再武装が不可能でしてね。

 私を蝕んでいた呪いごと、見事に斬り殺されました。

 私の命ではなく、この心を無残に斬り殺されました。

 …‥その時にサーヴァントとして備わっている機能を幾つか壊されました」

 

 維持は出来ても、もう鎧と服の修復は出来ない。魂が根源接続者(「 」)として目覚め死んだ騎士デメトリオ・メランドリに斬られたのだ、当たり前の話だ。聖剣の鞘(アヴァロン)により蘇生できる自分自身は兎も角、それ以外の装備品は流石に対象外。聖剣も鞘と対となる宝具故に修理は可能だが、万全に使うことはまだ出来ないだろう。

 

「なるほど。まるで直死の死神だな。現世から去った後に死から甦ったとなれば、恐らく何かしらの自己に基づく概念を得られたのだろう。まぁ、能力的にはあの魔眼のように死を与えるのではなく、何もかもを“斬る”と言った異能か」

 

「……でしょうね。能力を発動していない鞘を全力で斬られてしまえば、そのまま蘇生能力も斬られていたでしょう」

 

「ほう。ならば概念を斬る訳か。殺すのではなく―――斬る。

 自分自身の肉体に蘇生能力が備わっていた場合、その能力を切り裂かれ、肉体も同時に斬られて再生は不可能となる。そして肉体が自然治癒か、外部から治療行為で治らない限り、肉体の再生能力も斬られたまま。

 ……だが、お前の蘇生は宝具によるもの。肉体を斬られたとしても、外部装置による魔術治療であれば傷は治せる。鞘が斬られた訳ではない故に、能力の大元となる鞘を切られなければ、奴の斬撃もただの斬撃となる。そして、傷が治れば自前の治癒能力も復活すると」

 

「その通りです。治癒阻害ではなく、治癒の能力を傷が癒えるまで切り裂く。あの騎士が得られた能力を理性的に使っていれば、私の体内に隠している鞘の自己再生の概念も一度の斬撃では壊れませんが、幾重も受ければ斬られていた。

 なので肉体は鞘で無事です。しかし、斬り壊された鎧は魔力による復元能力を斬られてしまいましたので」

 

 とは言え、困難だが魔力で宝具は修理可能。例え斬られたとしても、時間を掛ければ宝具も復活する。斬られた物の自己再生や自己復元の概念は斬れるが、外部からの修復ならば一切の阻害なく直せるのだ。治癒不可能の傷を与える能力ではなく、ゲイ・ボルグのような呪いの効果も宿していない。しかし、戦闘中に宝具を修復し、蘇生能力を使うことは出来なかっただろう。そう言う意味では、セイバーは幸運だった。デメトリオが死骸でなければ、その治癒能力に気が付き、鞘自体は斬れずとも鞘に備わる治癒の概念は切り裂いていたかもしれなかった。

 最も、それでも尚、完治は出来なかった。人間の肉体としての治癒は完全であったが、サーヴァントと言う魔術生命体(使い魔)としては機能を全て修理出来なかった。流石の鞘であろうとも、肉体と霊体の完全蘇生は兎も角、聖杯が刻んだ魔術の術式(システム)の復元は概念の管轄外。これを修理するには鞘による治癒ではなく、魔術による復元作業が必要となる。

 

「……それで、お前はこれから如何する?

 まだ間桐桜のサーヴァントを続けるのかね?」

 

 セイバーの肉体を解析し、サイズを調整した服を投影する。とは言え、この投影服は爆弾にもなる魔術品だと言うことはセイバーも理解しているのは士人も分かっているので、ある意味では保険であった。

 ある種の首輪なのだろう。しかし、セイバーは防具を疎かにする気はなく、そもそももう死んでも別に良い。なので士人から身を覆う外套を投影して貰い、壊れた鎧を消してドレスの上から羽織っていた。

 

「……どうなんでしょうね。怨みも憎しみも全部、何もかも、呪いごと斬られてしまいましたから。契約もありませんし、受肉もした所為で死を待つことも出来ないですので。

 取り敢えず、凛とシロウには謝罪と別れの挨拶をしなくては。正直、もう未練はそれだけです」

 

「空虚に堕ちたな。願いも理想も斬り壊れたか。だが、今生を諦めるのはまだ早い。殺されるまで、取り敢えずでも良い―――生きてみよ。

 その為の命、その為の体だろう。例え複製された偽物だろうと関係ない。尊厳を棄てるのは英霊以前の問題だ。人間として、神父として、罪を犯す者は見過ごせない。

 それに何も無いと言うのもな、そこまで悪い気分ではないぞ。無論、良い気分でもないが」

 

「―――…………いや。まさか、貴方に説得されるとは」

 

「なんだ、不快か?」

 

「いえ。今は何一つ実感が有りませんので。けれど、そう願ってくれる者が一人でもいるのでしたら、気力だけでも出さないといけませんね」

 

 彼女はもうアルトリア・ペンドラゴン足り得ない。聖騎士デメトリオ・メランドリによって、騎士王として持つべき精神を失っている。硝子(ガラス)のように心を砕かれた彼女は、もはや唯のアルトリアだった。聖杯に召喚された使い魔が持つ機能を斬り壊され、受肉させられ、既にサーヴァントですらなくなっている。

 神父はそれを良しとする。

 壊れた女を神に仕える聖職者として祝福する。

 それこそ聖杯に呪われた果てに、心を壊された理想に命を燃やして死んだ王となれば、言峰士人は祝福以外にすべき選択など有りはしない。こんなにも心を満たしてくれる娯楽品なれば、どんな面倒事であろうと全て最上の悦楽と変わるだけだ。

 

「俺は行かなければならん。このような神父と契約を結んだアサシンの為にもな。

 しかし、此処から先、どう生き足掻くのか。その選択はお前の自由だ。英霊として掴んだ死後の余生だ、誰にもお前の行動を縛る権利はない。

 故に、考えて決めることだ。

 考えて、それでもまだ闘うと言うのであれば、お前が殺したデメトリオ・メランドリの代わりとして―――」

 

「―――駄目だ。その騎士王の全ては我輩(ワシ)が略奪する」



















 謎のヒロインXオルタ、まさか自分が二次創作でやりたかった事が公式キャラになってしまうとは‥…!
 やるかもしれないと思いつつ、着々とアルトリアが全クラスで召喚可能に。ちょっとだけですけど、セイバーの路線変更します。


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76.エセゲ・マラン・テンゲリ

 正に新宿!
 きのこさんが第六章と第七章を書いてくれたおかげで、多分他のライターさんたちもスマフォゲー? 時間が無くても手軽に出来る? ナニソレ? って雰囲気で文章を練り込んでくれるので、話がこれからはもっと面白くなりそうです。
 やっぱFateは面白いなぁ。てかぶっちゃけFateじゃなくても東出さんも桜井さんも作品面白いから、スマフォゲーだからって遠慮しないで縛り要素を極力なくして、書きたいように書いてくれると読む方も作者の練り込んだ構想を楽しめるから、そっちの方が良いかなぁと思います。


「ほう、ライダーか」

 

「神父か。思えば、あの魔女はお主の友人らしいな」

 

 略奪王と神父の二人は同盟を結んでいたが、こうなってしまえば無効だろう。デメトリオとは続いていたが、もはやライダーとの間にある契約などほぼ無価値だった。

 

「素晴しい女であっただろう?

 地獄の釜を制御する程の自我を持つ怪人だ。やはり俺は人を見る目だけはある。あの地獄から助けた甲斐があった言うもの」

 

「ふむ、やはりお主が諸悪の根源。この聖杯戦争の元凶かの」

 

「まさか。諸悪の根源を言えばアインツベルン。そして、それに協力した遠坂とゾルゲェンだ。非才なるこの身は、その大罪人が背負う罪科を少しばかり悪用させて貰った小悪党に過ぎんよ」

 

「なるほど。実に納得ができるの。やはりお主が一番の元凶であった訳か。この第六次聖杯戦争、聖杯を餌に魔術師と英霊を招き寄せたお主が愉しむ為だけの娯楽。この冬木さえ我らを殺し合わせる為だけの巨大な御遊戯広場な訳ぞ」

 

「間桐から事の経緯(いきさつ)は聞いた訳か。ほう、ならば話は早い。余分な説明も不要だろうな」

 

「デメトリオが参戦したのもお主からの誘いがあったからだと」

 

「当然。あれ程の実力を持つとなれば、やはり生きた守護者候補としか考えられなかったからな。世界滅亡の危機など珍しくなく、文明が進み、情報に溢れ、神秘なき世界において、それでも英霊となれるとなれば相応の化け物だけに限られる。

 ……衛宮しかり、遠野しかり、な。

 あの聖騎士は俺が出会った人間の中でも間違いなく最強だ。求道者故に名は衛宮(エミヤ)殺人貴(デス)ほど売れ渡っていなかったが、死徒狩りや悪魔狩りとなれば奴が最上の狩人だった」

 

 ヨーロッパ圏内であれば、聖堂教会の技術士(マッド)が開発した死徒追撃戦専用の改造オートバイも戦場に持ち込み、一匹も逃がさず必ず鏖殺する騎士だった。騎士団ではなく代行者であれば埋葬機関は確実と言われ、祖さえも獲物の一匹に過ぎない剣の獣だった。相手が封印指定の魔術師でも一睨みで首を落とす超常の魔人であり、あれ程までに強さを凝縮させた人間を士人は知らなかった。概念武装も使わず敵の死徒を廃墟のビルごと真っ二つにした時なんて、余りに極まった剣術と魔術の混合技に感動さえ覚えた。

 自分よりも遥か頂きにいるのが確定した超人。その自分さえアラヤと契約して守護者になる資格があるとすれば、メランドリが望めば確実に守護者へ至ることが出来るだろうと士人は考えていた。

 ……勿論それはアデルバート・ダンにも同じ事が言える。

 人間が英雄と言う非人間に生まれ変わるには、それ相応の苦難と絶望が無ければならない。生まれながらの天然種や聖人も中に入るが、それらも逸話が無くては座には至らない。特に今の時代には英雄譚に必要な地獄へ簡単に自分の足であっさりと行くことが出来る。

 ならばと、神父は騎士と殺し屋の為に冬木へ招待したのだ。自分が人間を楽しむ為に、世界を愉しむ為だけに。

 

「屑よなぁ。我輩と同じく人間同士を殺し合わせる罪人だ」

 

 略奪王と呼ばれるライダーだ。生前は存分に人を殺し、人を使って人を殺させた。楽しいかつまらないかと言えば、当然彼はその悪行が……いや、国とっては利益となる善行がとても楽しかった。そしてライダーは人から命を奪い取り、王へ成り上がり、死して英霊となった元“人間”だ。元は道徳心を持つ普通の一般遊牧民であり、その時代のその国家における普通の感性を持つ。

 略奪と殺戮を生業とし、王となった身。

 その自分がこの神父を糾弾するなどお門違いであり、そもそもその合理的な悪意を素晴しいとさえ感動しよう。愉しむ為に人間を殺し合わせる手腕を素晴しいと讃えよう。十分に許せるし、同盟を結んだのもそう言う面白い極悪人だったからこそだ。

 だが―――復讐とは話は別。

 略奪王チンギス・カンにとって、この世で一番すべきことが報復だ。身内ならば狂気さえ思わせる程までに寛容だが、敵が相手では猟奇的なまで苛烈な報復行為に専念する。復讐を存分に愉しむ異端者であり、その娯楽を提供した外敵を憎悪のまま殺せるなんて正に最高の歓びだ。

 

「何だ、罪悪感でも感じるのか? それとも俺が憎いか?」

 

「―――無い。罪悪感など生前に失くした。お主は敵で元凶だが、報復相手ではない故に憎悪を向ける気にもならん。

 だが、もしそれを向けるとなれば、そこで斬り殺されている王のみだ」

 

 ライダーはデメトリオを助けようと思えば、セイバーを攻撃して助ける事は出来た。あるいは逆に、デメトリオを攻撃してセイバーと二人掛かりで死なぬ様に捕える事も出来た。

 しかし、そうはしなかった。それをデメトリオが望んでおらず、死に場所を決めていたからだ。英霊である自分が召喚者である彼が選んだ死に方を否定するのは間違っていると決め、その男の死に様をライダーは見届けていた。

 

「哀れだよ、騎士王。だがその姿を、英霊である我輩(ワシ)は笑えん。我らは等しくそう成り得る亡者故、この身もまた堕落し、今では魔女一匹に隷属する獣である」

 

 ライダーは澄んだ眼でセイバーを見詰めていた。そこにある感情はサーヴァントでも王でもなく、ただ空虚に満ちた人としての瞳。君臨者としての気配は欠片もなかった。

 

「だが喜ばしいの。これでお主は我輩の同盟者でなければ、無論のこと仲間ではない。これは八つ当たりであり、奴に捕縛された間抜けな自分自身への逆恨みではある。こうなれば闘うしか無く、お主があの男を殺したとしても仕方がないと己を戒めた。自分の命を狙ってくる敵を殺すななどと、口が裂けても我輩は言えぬ。

 ……だが、お主は裏切るのだろう?

 ならば我が召喚者―――デメトリオ・メランドリの仇、存分に討たせて貰おうか」

 

 まるで言い訳をするように、ライダーは悲しそうな目で殺意を宣告した。

 

「無様だな、ライダー。それでもモンゴルを統べた皇帝か?」

 

「無様なのはお互い様だろうて、セイバー。死後の余暇だ、人間として感傷に少しは浸るのも一興だろう。でなければ、敵に回ったお主を殺すのを楽しめないからのう―――」

 

 傷はとうに癒えている。魔力も擬似的に復元された竜の心臓により、マスター不要のまま万全だ。そのセイバーを見て、隣の神父を見て、略奪王は高らかに名を上げる事に決めた。

 久方ぶりに、英霊の一柱として全力を出す。

 略奪王が大陸で屍を築き上げたその果て、その大業で以って為す宝具。

 

「我が身より生まれし大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)よ、再誕の時ぞ―――」

 

 収束する。外界にて式神共を殺し、喰らい、戦争を楽しむ略奪兵が全て王へ帰還する。

 

「―――蒼き覇天の狼(エセゲ・マラン・テンゲリ)

 

 ―――それは、青い狼だった。

 ―――余りに巨大な獣であった。

 英霊の格に納まらぬ神獣を越えた人災の魔獣。チンギス・カンが創り上げたモンゴル帝国の始祖として存在する神霊の蒼獣であり、モンゴルそのものである略奪王(チンギス・カン)の化身であった。

 余りに圧倒的で、どうしようもない程に絶望的。全長は確実に20mは超えている。高さは屋敷と呼べる程であり、長身の神父が見上げないと全貌が窺えない。そして、圧倒的な脅威を放っているのに、その獣には生物特有の生々しさが全く無かった。それもその筈、この蒼毛の獣に意志は無く、魂もない神獣を模した宝具に過ぎない。しかし、その材料になったモノが狼を人災の魔獣に造り替えている。

 つまるところチンギス・カンが保有する心象風景「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)」には、三つの形態を宝具として事象具現していた。

 一つは「王の侵攻(メドウ・コープス)」。

 二つは「蹂躙草原(カン・ウォールス)」。

 最後の三つ目が「蒼き覇天の狼(エセゲ・マラン・テンゲリ)」。

 本質的には二つ目が正体。「反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)」は大蒙古国を皇帝が創造する為の手段が宝具化した固有結界そのものが保持する特異能力。そして、ライダーの宝具として選ばれたのであれば、この三つ目が原因。軍勢を乗りこなす異端の騎乗兵であるが、ライダーもまた真なる奥の手として、この宝具を保有していた。それも燃費も悪くなく、間桐桜のような無限の供給源がなくとも万全に行使可能な、英霊としてではなく、魔術師に召喚されたサーヴァントとして保有する最優の兵器である。

 

「―――奪い殺せ、我が化身」

 

「◆■■◆◆◆◆―――――――――――」

 

 狼が咆哮する。その音量は空気を振わせるどころか、空間を揺さぶり、世界に亀裂が“本当”に入るまでの炸裂だった。遠吠えとは例えられない攻撃であり、宝具の獣が発した宝具ではない通常の魔力攻撃。

 それはただ本当に吠えただけなのだ―――その帝国が大陸で築いた数千万に及ぶ屍達の絶叫を。

 帝国の手で命を略奪された被害者達の血涙であり、殺された遺体達に刻まれた絶望であり、怨念に満ちた帝国に対する報復の憤怒であった。

 

「……なんだ、それは――――――!」

 

 故に、その蒼い毛の狼はこう呼ばれるのだ―――人災の魔獣、と。

 

「キャスターの結界が崩壊する……」

 

 自分が創り上げた帝国を愛する皇帝の力。その飼犬、その脅威。伝承に記された神獣には程遠い、それと同一なれど数え切れぬ人間の欲望によって……いや、ただ一人の英霊()が持つ心から生み出た獣であった。

 ―――獣の形をした心象風景。

 それが、この宝具の正体である。

 

「コトミネ、死にたくなければ協力しなさい!」

 

「そちらこそ、その聖剣頼みだ。お前の援護に徹する」

 

 士人は魔術師だからか、セイバーよりも今の事態を明確に理解していた。あの狼は咆哮により世界に孔を穿ち、キャスターの陣地を一撃で粉砕した。帝国と言う“世界”による一撃が、世界そのものに直接干渉した結果だった。流石のキャスターでも広域に張った結界となれば強度も落ち、固有結界そのものによる空間圧迫に耐えられる筈もない。もはや式神共は復活することはなく、しかし、ある意味では幸運だった。

 あの宝具、恐らくは軍勢を全て自分に戻さなくては発動不可能と判断する。

 事実、ラインを通じてアサシンからライダー達の略奪兵の消滅を判断した。

 そうなれば何らかの手段はあるのだろうが、間桐桜を守る手勢が減るのは確実。ここでライダーを倒せずとも間桐桜が先に倒れれば、即ちライダーの敗北とイコールである。

 

「させると思うか?」

 

 そして―――ライダーが二人の眼前に居た。その背後に狂獣を従えながら。

 ライダーは遊牧民特有の湾曲した軍刀を双剣にして構え、狼は潰す様に前足を上げ―――異常な圧力で振り下す。粉塵が上がり、セイバーと士人は爆心地から脱する。しかし、その二人を狙って正確無比な銃撃が行われる。銃弾を避けるも、その発生場所が有り得なかった。ライダーが従がえる略奪兵は狼一匹だけであり、ライダーも銃器を持っておらず、この場所にライダー以外の敵は確認出来い筈。

 それは異形の上の更なる異形。

 狼の毛が変化し―――ライフル銃を握る人間の腕が生えていた。

 だが驚き止まる暇などない。ライダーはセイバー相手に白兵戦を挑み、セイバークラスで召喚されたとしても遜色ない技量の双剣術で巧みに斬り込みに掛った。

 保有スキル「皇帝特権」による剣術と心眼の獲得。

 加えて「軍略」のスキル活用によって対軍宝具の神狼を万全に使いこなし、その全ての活動を「建国の祖」のスキル能力で完全無欠の形にしている。それもタイムラグが全く無い高速展開でだ。

 

「――――――まさか……」

 

 嘗て、死徒と協会と教会で戦争があった。そこで言峰士人は殺人貴の頼みを聞き、数カ月に及ぶ入念な準備の果てに犬殺しに成功させた。あの犬をこの狼は連想させるが、この宝具は全く以って別物。何故なら、魔獣であれど生物ではない。これは駆動する固有結界であり、文字通り“動く世界”なのだ。

 世界を、生き物を殺す為の兵器では殺せない。

 世界は、世界を殺す兵器でなければ壊せない。

 既にアーチャーの手で砕かれたが、奥の手である黒い銃身は全くの無用だろう。対人宝具も無意味であり、対軍宝具も使用した所で大した効果もなく、対城宝具の火力だろうと平然と耐え切る。

 

「……まずいな」

 

 エクスカリバーで破壊出来るのか、否か。そもそも火力と言う概念が通じるのか、否か。対城宝具である聖剣の威力は座でも頂点の一つだが―――世界を切り裂く概念は持ち得ない。

 圧倒的火力で固有結界を力尽くで破壊出来る可能性は十分にあるが、破壊出来ない可能性も同じく十分にある。サーヴァントとして誇るランクはほぼ互角。同じく固有結界を持つ士人も、結界内で聖剣を放たれれば維持出来ずに掻き消されるだろうが、その気になれば魔力を一気に消費して結界を展開し直して耐えることも出来ないこともない。

 そう、つまりは魔力次第。

 互いが持つ魔力同士のぶつかり合いであり、削り合い。問題はセイバーが狼を削り切るまで聖剣の解放し続けるか否かとなる。

 

「どうした、神父。何時もの様に笑わぬのか。そんな無表情ではな、逆に思考を顔に浮かばせているのと同じだぞ」

 

 その嘲りが深く真実になって士人に刺し込む。だが、あの狼はそれ以上に狂っている。セイバーのクラスとして召喚されたとしても遜色ない技量で、ライダーはアルトリアと士人を剣技で翻弄し、大狼は弄ぶかのように二人を蹂躙する。

 何せ狼が口を大きく開いたかと思えば、喉の奥から現れたのは―――巨大な砲口。

 当然と言えばそうなのだろうが、あの狼は宝具「蹂躙草原(カン・ウォールス)」が材料であり、共通の心象風景でチンギス・カンの魂から生み出た兵器。となれば、狼はモンゴルの兵士と兵器の全てを内蔵している事に他ならない。

 

「―――ハァア…!!」

 

 だがそんな程度の砲撃、デメトリオに斬り殺され『剣』に覚醒“してしまった”セイバーの残骸―――アルトリアの前では全く以って無力。聖騎士の斬撃はその遥か上であり、それと比較すれば僅かな脅威さえ感じない。確実にランクAを越える爆撃を、彼女は小枝を圧し折る様にあっさりと粉砕した。

しかし、剣を、槍を、矢を、大砲を、機関銃を、狼は体内から取り出し、肉体を変化させて軍事運用する。あの狼自体が略奪軍を一体に纏めた巨大軍事施設であり、それをライダーは軍略で以って敵を仕留める為に駆動させ続ける。ライダー自身もまた万能の戦闘技能によって変幻自在に武器を取り換え、戦闘技術を切り変え、戦場の戦士として騎士王と代行者を狩り殺す。

 

「ゲヒャヒャハハハハハハハハ! 死ぬぞ、死ぬぞ、もう直ぐ殺すぞ!!」

 

 死に酔い、血を喜ぶ人でなしと凶笑だ。狂った王の哂い声。その王に従う狼は軍事兵器としても有能だが、爪を振うだけで大地を裂き、噛み付くだけで世界ごと空間を喰らい、魔獣としても高位の怪物だ。その狼もまたライダーと共に笑い、その万能性で以って二人に対する殺害作業を楽しみ哂っていた。

 セイバーと対等に斬り合う異常なまで強いライダーの本領。

 この現世で揃えた凶器の数々。軍刀、ナイフ、大剣、短弓、ライフル、リボルバーと殺人道具を変え、基本は軍刀二刀の双剣術だがあらゆる“殺戮技巧”で敵に戦術を慣れさえ無かった。年老い死ぬまで略奪と虐殺を続けた闘争の王故に、ライダーは他の王を関する英霊よりも更に異常な能力を誇る。若くして戦死したのでも無く、隠居のために王位を親族に譲って戦場から遠退いたのでも無く、戦いの果てに彼は落馬で負った怪我を悪化させてそのまま死んだ。

 つまるところ、彼は死ぬまで自分で始めた戦争から逃げなかった。

 モンゴルを生み、モンゴルで死ぬ。

 聖杯戦争も同じことなのだ。

 敵が目の前にいる。

 ―――我が死後も、生前と変わりなく。

 その闘争に生き抜いた才能と素質。天賦の才を地獄(戦場)で叩き鍛えた皇帝としての力。その生き様を映すかのように彼は「皇帝特権」をサーヴァントとして存分に行使する。

 

「死ぬだと、殺すだと。戯けめ。斬り殺されるのは貴様だ、略奪王!」

 

 判断能力と適応能力に優れた神父だ。援護の能力に間違いは無く、セイバーは士人に露払いを任せ、ライダーを相手に斬りかかる。大狼も士人が投影した兵装掃射で的確に串刺しにされ、刺さった投影宝具を更に爆破することで動きを的確に阻害している。更に投影しながらも、自らも黒鍵を鉄甲作用で肉体を穿ち飛ばす。

 だが、大狼は全く肉体の損害を気にしない。物理的にそもそも傷付かない。この獣は獣の形を模した軍事施設の固有結界。

 

“ふむ。まぁ、やりようは幾らでもあるな”

 

 アヴェンジャーの宝具(直視の魔眼)のような何も無い(から)である世界さえ殺害対象に選び切り裂く異能や、キャスターのような最高位の術式で空間干渉を行い結界自体にダメージを与えるか、遠坂凛のように第二魔法で世界ごと両断するような本当の意味での“魔法”レベルでなければ狼に傷一つ負わせることは不可能。特に士人の王が誇る乖離剣などは天敵の中の天敵だろう。

 セイバーと共闘し、ライダーと狼を相手に拮抗状態は保つも向こうが遥か有利。彼女の剣技は皇帝と大狼を寄せ付けないが、何時かは攻略されてしまうだろう。それは自分の戦術も同じ事。

 しかし、観察と考察こそ士人の最大の能力。相手の宝具を知り、それと最適に渡り合う情報を固有結界から検索。該当投影物を数個見出すが、即座にライダーを圧倒する対界宝具の投影は今の固有結界の神秘では不可能。その中でも一番効率的な存在を思案し、ギルガメッシュが保有する原典の一つに決める。

 手に持つは大鎌。世界最古の原典故に担い手の経験が内包されず、憑依により神秘を解放する為の技術の取得は出来ず。真名が宿されず、真名解放も行えぬ。しかし、その能力は存分に発動可能だ。

 

「神父――――――!」

 

 飛び出た士人をセイバーは思わず呼び止める。ライダーは無謀な突貫をした間抜けを見て笑みを浮かべ―――その笑みこそ、ブラフ。つまるところ、アレは罠であり、誘いであり、必殺の策が有ると言う事実。敵が何を考えているかは思考中だが、ライダーは嬉々として自分も用意しておいた策と罠を脳内で駆け廻らせる。

 

「―――シィ……!」

 

 士人は鎌を大きく振り上げる。そして何も無い虚空へ向け、魔力を滾らせながら、刃を奔らせ―――ライダーは自分が持つ戦略眼と戦術眼、そして第六感に従い一気に後方へ跳び退いた。ライダーが予感した通り士人の鎌は宝具に相応しい殺人兵器であり、刃“だけ”が空間を切り裂いて間合いより遠くにいるライダーの首を飛び撥ねる機動で閃いた。

 ライダーは完全に避けた。種は理解し、もう通じない。だが次の二振り目で狙うは狼。動きは素早いがその巨体であれば回避は難しく、ライダーが思念で遠隔操作している為に動作がどうしても僅かに送れる。士人が観察するに条件を仕込むことである程度は自動での判断と行動は出来る様だが、この不意打ちに対応は無理。狼を狩り取る為に操作元であるライダーを動揺させたいと考え、最初に当たらないと分かっていながら士人は鎌を振ったのだ。

 ―――鎌の刃は狼の喉に突き刺さり、そのまま一気に胴を下がり(はらわた)を切開した。

 これは死神が持つ魂を狩る大鎌の原典。伝承であればサリエルやアズライールなどの神霊が持つ死に関する宝具の原典であった。能力は単純明快、命を奪うこと。魔力と生命力の奪取であり、空間を切断することで誰であろうと逃れられぬ絶対の間合いを持つ。その原典を更に改造した言峰士人が代行者として振う冥府の死鎌(デズサイズ)

 本来ならば無銘の原典宝具の複製。その鎌を改造して真名をもし付けるならばと思い、士人は彼の王であるギルガメッシュの英雄叙事詩の舞台、その時代における冥府の女神の名がこの鎌には相応しいと考えた。

 名付けて―――死罪(アラルトゥ)

 これは士人が強大な固有結界を持つ死徒を、異界常識を纏う真性悪魔を、その心象風景ごと殺す為に開発した宝具。死鎌は容易く魔力を吸い削り、どのような距離だろうと生死の境界線を越えて結界を斬り抉る。不死性を誇る吸血鬼を狩る投影魔術の筈がまさかこのサーヴァントに対する鬼札にあるとは、と神父はこの好機が嬉しく笑ってしまった。

 

「なんだ、それは! ハッハッハッハ! 

 お主デメトリオに負けず、人間卒業しておるぞ。尤も人間を辞めておらんマスターなどこの度の聖杯戦争では見ていないがの!」

 

 チンギス・カンが誇る最強の対人兵器―――蒼き覇天の狼(エセゲマラン・テンゲリ)

 完全に覚醒した決戦宝具の略奪軍である蹂躙草原(カン・ウォールス)は対人、対軍、対城、対都、そして対国と極めて万能だが、万能故に突破力に欠ける。尖った機能を持たず実際のところ、チンギス・カンが過ごした生前の当たり前な日常を再現しているに過ぎない。“王の侵攻”と“反逆封印・暴虐戦場”も、通常の魔力消費で“蹂躙草原”を運用する為の劣化宝具。

 そう意味では、この狼こそライダーが駆る騎乗兵器の真髄だった。何せ略奪軍の塊であるからか、あらゆる兵器を内蔵し、あらゆる属性に対応する。固有結界故に心臓や脳などの損傷で死ぬ生物的欠陥がなく、ライダーの思念で遠隔操縦されるゴーレムや機械と同じなので不死殺しの概念も無効。初見ではなまず攻略は出来ず、理論上はあらゆるサーヴァントに対応可能な稼働兵器。

 また、有る程度は狼も自動で動く。ライダーが条件付けした自動行動(プログラム)で細かな動作を行うが、やはりそれでもライダーが操縦せねば士人の手で完封されるのは明らかだ。しかし、あの騎士王を相手にしながら思考のリソースを宝具操縦に割り当てながら戦うのは面倒であり、皇帝特権と軍略のスキルを脳味噌と肉体を酷使しながら長時間戦えば、敵が持つ直感と心眼で何時かは攻略されてしまう。

 

「――――フン。じり貧だぞ、略奪王(カン)

 

「ほざくの、騎士王(ペンドラゴン)

 

 宝具により騎士王と神父を相手に優勢だったが、それも宝具の不死性そのものへ直接攻撃する神父の死鎌によって劣勢に追い込まれるのは目に見えている。狼は特性上有る程度は鎌で削られようとも稼動するが、固有結界が維持不可能なまでの亀裂を着実に神父は境界に与え続けるだろう。

 じり貧とは正に今のライダーの状況を言い当てていた。このままでは蹂躙草原を解除して展開した蒼き覇天の狼(エセゲマラン・テンゲリ)が攻略されるのも時間の問題。この獣であれば軍勢の召喚宝具では不可能なエクスカリバーに匹敵する瞬間火力も撃ち放てるが、そもそも相手にエクスカリバーを持つセイバーが居る時点で火力勝負は分が悪く、最大火力の一撃で決着を付ける訳にもいかず、神父も撃ち合いに参加されれば勝てる道理はない。それに狼を解除してまた軍勢による蹂躙を始めれば、剣を振う人型要塞と例えられるセイバーには有効手は余りなく、この森の中なら聖剣を幾度か解放すれば軍勢ごと丸呑みにしてライダー本人を直感任せで“狙撃”してくるだろう。

 相手にしているのはセイバークラスのサーヴァントだと言うのにその実、真にライダーが彼女を恐れるのは超長遠距離からの絶対的な砲撃だった。距離がある状態で此方の居場所がばれた場合、回避が出来ない訳でも戦えない訳でもないがライダーは、それが悪手に近いと思考する。

 

「―――……なればこそ」

 

 この独り言は、言わば宣告。出し惜しみは一切しないと決めた。本来なら秘すべき奥の手を、躊躇なく解放すると判断。

 そう決めた直後、ライダーは狼を使い、咆哮により大気ごと空間を炸裂させた。地面を粉砕するほどの魔力砲も兼ねており、ランクA宝具の攻撃に匹敵する破壊だ。士人は投影により身を守りつつ安全圏へ退避し、ライダーと斬り合っていたセイバーは魔力放出と剣技を応用して衝撃波を切り捨てた。

 ……距離にして10mか。

 皇帝特権によって戦場の“仕切り直し”を行い、殺し合いを一時的に初期化させる。背後に巨狼を佇ませ、その狼をライダーは操り、禍々しい牙が揃った口を大きく開かせた。

 

「我が身を喰らえ、我が化身……――――――獣帝の蝕(エセゲ・マラン・テンゲリ)

 

 ―――蒼い狼は顎を開き、一口でライダーを呑み込んだ。

 自殺、自滅……と、そんな有り得ない思考を一瞬だけセイバーは浮かばせたが、それは本当に有り得ないなと判断。士人はあれが一種の儀式魔術に近い行為だと魔術師としての視点から判別し、術者本人がその使い魔に吸収される眼前の現象について一瞬で様々な考察を行った。だが、その答えは直ぐに目の前で現われていた。

 言うなれば、蠢く無形物。スライムのごとき生理的嫌悪を発する脈動だった―――が直後、狼は一気に縮小を始めた。

 

「―――ライダー。貴様、そこまで狂っていたか!?」

 

 それは、心の底から出てしまったセイバーの驚き。目の前に有るのは獣。それも唯の獣ではない。人間と合わさったような不気味な人型の狼だった。

 上半身が青い体毛に覆われた半裸の()

 3mを越える熊よりも更に大きな巨体(怪物)

 おぞましい奇形、例えようもない奇獣。

 モンゴル皇帝―――それがカンの名。これこそが、皇帝人獣。それこそが、略奪人災。

 

「―――おうとも、人として死んで直ぐにの。

 魂が座に昇り完結し、この様よ。この獣の心象こそ、英霊としての我輩の正体よ」

 

 人面魔獣―――蒼き狼、チンギス・カン。黒い魔力をまるで帯電されるように周囲へ解き放ち、先程まで召喚していた宝具の狼よりも更に強大な魔力の気配と存在感。

 刹那、皇帝特権(縮地:B)が起動。

 略奪軍に取り込んだ式神か、あるいは死者の情報か、それら誰かしらの霊体に刻まれた技能情報(縮地スキル)を宝具化した自分自身の心象風景から抽出。固有結界そのものと化したからこそ、皇帝特権と異常なステータスを利用した瞬間移動。

 

「ヌン―――」

 

 そして、セイバーと士人の背後に回ったライダーは、左手から凶悪な魔力火炎砲弾を発射。皇帝特権(魔力放出(炎):B)で燃焼させた純粋な魔力を、更に魔術で加速させて撃っている。対魔術が有ろうと貫通するライダーだから可能な魔力攻撃。彼は宝具内の兵士情報を写し取り、その技能を皇帝特権で模倣しているのだ。

 

「―――ヌン! ヌン、ヌン、ヌン、ヌン、ヌン……ゼァアア!!」

 

 人面獣(ライダー)は何処か気の抜ける、しかし無駄に気合いが入った獣性の雄叫びで炎弾を両手から連射。物理的な質量を持つ呪詛により、黒く重い魔力壊も混ざり合わさり、黒炎となった爆破を幾度となくセイバーと士人に撃ち放つ。一撃一撃がCランク宝具の破壊力を持ち、言うなれば“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”を連続爆発させたかのような破壊活動。

 最後の一撃は魔力を込めに込め、対軍領域の大破壊を放った。

 ……尤も、それら全てをセイバーは魔力放出を応用した炸裂斬撃で全て掻き消した。士人も投影防具を展開し、セイバーと自分を爆風から守っていた。

 

「ハァアアアア!」

 

 だが、敵は最早一人。ライダーの心象風景に回収され、伏兵の略奪兵もいないとなれば、もはやライダーは唯一人だけの皇帝。故、セイバーは斬り掛った―――が、無駄。刃が頭蓋をカチ割る寸前、ライダーは一瞬で間合いから逃れ、更にセイバーの視界外に侵入していた。それを直感で察知するも、既にセイバーが直感でその移動と攻撃を察知していることさえ、自分の“皇帝特権(心眼(真):A)”でライダーは察知していた。

 敵の予測を予測し、更に数十手先の相手と思考内で殺し合いながら―――今を、殺し合う。

 そして士人はセイバーに敵を任せている間、存分に魔術を唱えた。一方的に敗北したアーチャー戦の時は先手を打たれ出来なかったが、固有結界を展開するよりも詠唱を練り込み魔術を完遂。投影と強化により、自身を(肉体)の限界まで加速。嘗ての聖杯戦争において、英霊化した未来の自分の固有結界に情報保管されていた黒い大剣を投影し、その担い手の技術を自分に憑依させた。

 

「―――首を出せ」

 

 33本全ての魔術回路を投影の憑依魔術維持に使用。これ程の絶対的技能の投影(憑依魔術)となれば、他の魔術に使う余裕など有り得無い。無論のこと、候補は他にもあった。自分以上の白兵戦技量の持ち主など、固有結界に腐るほど情報が保管されている。

 物干し竿(佐々木小次郎)ゲイボルグ(クー・フーリン)方天画戟(呂布奉先)アロンダイト(ランスロット)マルミアドワーズ(ヘラクレス)童子切安綱(源頼光)六合大槍(李書文)デュランダル(ローラン)ダインスレフ(ホグニ)カラドボルグ(フェルグス・マック・ロイ)

 他にも様々な芸術的殺人技巧を持つ英霊の情報が有る中で、それでも士人が告死天使(ハサン・ザッバーハ)を選んだのには訳がある。

 アサシンとのラインを通じて夢で見た―――あの、一閃。晩鐘の音が脳に残る死の瞬間。

 あの技を完全再現するのは『燕返し』と同じく、今の魔術の腕前では不可能。この程度の固有結界の錬度では、まだまだ鍛錬が足り無過ぎる。しかし、これは物干し竿と同じく、何の変哲もない大剣だ。とある暗殺教団の開祖が信じ続けた信仰が染み付いているだけの黒い剣だ。魔力を喰らい回路に大きな負担を掛ける神造兵器の宝具と違い、この剣ならば投影それ自体は難しくない。武器としてなら特別な能力は宿らない。

 それでも尚―――その技量は絶対である。

 士人では、死人を生み出す晩鐘の音は鳴らせない。あの教団開祖(山の翁)がサーヴァントとして召喚されたならば、全てのサーヴァントを平等に殺せるだろうが、剣を投影しただけの士人では出来ない。しかし、あの夢で見た暗殺者の剣技は十分に投影可能。

 

(けだもの)め、化け物め、全く以って最高ぞ! やはり奪い奪われる殺し合いはこうでなくては! 

 雑魚ばかりでは欠伸ものぞ、態々英霊になどなって戦争になど参加するものか!!」

 

 ライダーはもはや人間にあらず。人獣の英霊(サーヴァント)である。特級サーヴァントを基準としたステータスと比較してさえ、絶対的で、圧倒的な身体機能。そして、この蒼獣はそれだけではない。この男はこの聖杯戦争に召喚された後、自分の心象風景を鍛え続けてきた。五つの宝具を誇りながら、それら全てがただ一つの固有結界であり、その唯一の宝具に略奪した戦果全てを取り込み続けた。

 その獣性の化身は、だからこそモンゴルのチンギス・カンは戦果(略奪品)を叫ぶのだ―――手に入れた創造神の御力を。

 

「―――煌き死す梵天滅矢(ブラフマーストラ)ァアアアアア……ッ!」

 

 皇帝特権(縮地:A+)使用による零距離解放。恐らくは、キャスターが式神として再生した過去に召喚されたサーヴァントの宝具。その式神をライダーは宝具に取り込み、人獣化した自分の能力(スキル)として宝具を解放。聖仙アシュヴァッターマンの父ドローナが保有していた不滅の刃(ブラフマーストラ)

 それをライダーは獣の咆哮として敵二体へ向けて叩き込む。

 着弾と同時に炸裂する対軍領域の大破壊を生み出し、ハンドガンのごとき簡易な動作で弾道ミサイル並の威力を誇る。それはまだ魔術が神霊が持つ法則であり、魔術王によって人の技術に成る前の、古きマントラの神秘。インド出身ではないライダーであろうと、固有結界により後押しされた擬似宝具の力に偽り無し。

 

「―――」

 

 セイバーは自分に迫る脅威を見る。聖剣解放は不可、間に合わない。鞘の解放も縮地からの瞬間発動をされては、準備をする間も無く展開不可能。そして恐ろしいことに仙術と体術による完璧な縮地を士人は見切り、早々に閃光の弾道から逃れている。

 何より、狙いはセイバー。自動追尾(ホーミング)機能を持つブラフマーストラを潰すには、同じくブラフマーストラを使うか、それ相応の威力を持つ神秘で以って対応するしか無い。迫り来る閃光そのものを避けることが出来たとしても、着弾と共に炸裂する対軍宝具の範囲攻撃から逃げるなら、追尾弾が炸裂した瞬間にその爆破範囲から離脱しなければならない。

 彼女が保有する直感と魔力放出のスキルならば、傷は負えど死なずに直撃の回避と範囲攻撃からの離脱が十分に行える。しかし、それが分からぬライダーではない。狙いは僅かでも傷を与えて動きが鈍ったセイバーに縮地を用いて接敵し、回復される前に脳か心臓の霊核に致命を与えること。ブラフマーストラ直後であれば目暗ましにも成り、策は十分に成功する可能性を持つ。尤も、セイバーもまたそれを理解していた。直感も危機を教えていた。ブラフマーストラさえ悪用するライダーも恐ろしいが、空間移動による密着範囲砲撃を回避可能なセイバーもまた恐ろしい。

 故に―――

 

「―――卑王鉄槌(ヴォーデガー)ァァァアアン……ッ!!」

 

 ―――ブラフマーストラと全く同時に、セイバーは聖剣を限定解放。真正面から力尽くで斬り伏せた。直後、士人は好機を察知。緩やかな、しかし即座に敵へ近付く暗殺歩行でライダーの首を斬れる真後ろへ既に移動済み。

 つまり―――移動が完了した時点で剣を振っていた。

 素晴しく鋭い一閃だった。宝具でさえ断ち切る一太刀だった―――が、死なず。人獣にとって頭部など代えの利くパーツに過ぎない。技術は模倣しようとも晩鐘なき彼では死は与えられず。しかし、その剣には信仰が、暗殺教団の開祖が齎す死が染み付いている。死なずともライダーは傷を蘇生させるのは時間が掛かり……そも、ライダーは傷を気にせず駆動した。不死なのも理由であるが、皇帝特権(戦闘続行:EX)による恩恵で死体の儘で十分に行動可能。

 

「―――なるほど。もはや、今のお前に首は無用か」

 

 そして、その首から出るは人の腕だった。兵士の腕なのだろう、手に重機関銃を握っていた。セイバーから距離を取りながらも、ライダーは士人に目掛け機関銃を連射する。その全てを士人は斬り落とす。余りの剣速に銃弾は威力と速度を相殺され、その場で斬り捨てられた。

 更にライダーは皇帝特権(仕切り直し:A)によって、二人から戦闘のペースを自分のモノへと取り戻す。次の間に幾千幾万も脳内で駆け回る戦術と戦略の構築変化で、セイバーと士人を抹殺する為の作戦を即時決行。

 人獣の両腕が皇帝特権(変化:A+)で生まれ変わる。

 形状で言えば(クロスボウ)、いやその大きさでは既に弩砲(バリスタ)と例えられる代物であった。込められる射出物も鉄矢ではなく、杭の如き大槍。だが、それを普通に使うだけでは直感を持つセイバーと、狂った剣技を発揮する士人に対して有効ではない。一射一射が超音速に達してAランク宝具に匹敵する砲撃だとしても、もはやほぼ同時に連射した所で今の二人には通じない。そんな事はライダーも分かっている。

 

「……ッ――――――」

 

「――――――……ッ」

 

 だが、瞬間―――ライダーの策は完成していた。息を呑む間も無く、二人は死地に叩き落とされていた。地面を除いた周囲上下左右、360度全方位から大槍の射出攻撃。数にして、四十八本。嘗て士人の目の前で息絶えたあの十二の命を持つバーサーカーを、四体纏めて滅することが可能な過剰殺戮だった。一つの命しか持たぬセイバーと士人を滅ぼすには圧倒的過ぎる暴虐だった。

 この狂い果てた攻撃手段の正体は、宝具から技能を引き出すことで進化を発揮するスキル「皇帝特権」だった。

 ライダーはまず皇帝特権(縮地:A+)により零秒で空間を移動し続けながら、連続してバリスタを連射を行い続ける。それもただ連射するのではなく、皇帝特権(高速真言:A)によって自身の固有時制御を行って超加速をした状態で、だ。そして皇帝特権(高速神言:C)によって射出したばかりの大槍を、ほんの僅かだけ空間に固定することで停止させて、この惨殺空間へ二人を招き入れたのだ。

 もはや、視認をするどころの話ではない。残像さえ空間に存在しない。

 英雄王が持つ宝具(人類の叡智)王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」や、魔法に匹敵する宝具(固有結界)無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)」などのみが可能とする絶対の抹殺攻撃―――それを、略奪王(ライダー)は無造作に行った。自分の肉体一つで、もう彼はあらゆる英霊を抹殺可能だった。

 死ぬしかないのだろう……―――ただの英雄ならば。

 アルトリアは静かに笑った。それはもう壊れた狂人のように、夢見る聖女のように微笑んだ。この絶対包囲矢槍でさえ次の手の為の布石に過ぎず、共に戦う神父でさえ絶望の色一つ浮かべていない。

 

煌き死す(ブラフマー)――――――」

 

 首から生やした腕を人獣貌に生え換わらせ、ライダーは右手の弩砲(バリスタ)式神(ドローナ)から奪い取った宝具を上空に跳び上がりながら装填。それも自分の宝具によって存分にモンゴル的軍事改造を施した創造神の一撃(ブラフマーストラ)だった。

 その死と、周囲の死。二段構えによる絶殺手段。

 士人は一時的に憑依魔術を凍結―――直後、固有結界内(脳内空間)で準備しておいた盾を投影展開。

 

約束された(エクス)――――――」

 

 刹那、爆音。ライダーが射出した大槍と士人が展開した投影盾が衝突。セイバーは怨敵として言峰士人の強さと悪辣さを信用しており、自分は魔力を溜めるライダーにのみ専念。あの宝具に対抗する為に、この聖剣へ可能な限り魔力を即時充填しなければならない。

 だが、連鎖爆破が二人を襲う。ライダーは射貫き殺せない場合は想定しており、槍に爆破物質を仕込んでいた。それもサーヴァントが持つ最終手段「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」を併用した絨毯爆撃。しかも例え爆風を遮ろうとも、一瞬で周囲の空気に満ちる酸素を爆炎で燃焼させ、酸欠状態に貶め窒息死させる三段攻撃であり、その上で同時に四段攻撃も今この瞬間に発動を準備させている。射殺と爆殺は士人は防ぐも、サーヴァントであるセイバーに窒息死は通じぬとも、有る程度は言葉を物理的に空気を奪うことで遮ることで真名解放を遅らせる事は十分に可能で、勿論人間である士人は脳から酸素を奪われて窒息死するだろう。

 しかし、その危機を乗り越えてこその代行者。魔術により空気膜を作り、その上で魔術と霊媒医療で脳を含めた臓器保護を施す。空気膜は自分の安全でもあるが、万全にセイバーが真名解放を行えるようにするための安全対策。窒息から身を守るだけなら霊媒魔術で事足りる。

 ライダーが構築した必殺の策はこうして言峰士人によって破られた。それを彼は上空から垣間見た。英霊であろうともあの包囲網だけで容易く殺せるが、やはりこの聖杯戦争ではマスター一人さえ殺し得ない。

 ……狂っている。

 全く以って誰も彼もが狂っている―――最高だ。最高に面白可笑しい。故に略奪王は叫ぶのだ。英霊が声高らかに雄叫びを上げる宝具の真名こそ、「今から貴様を殺してやる」と言う宣告に他ならない。

 

「―――梵天滅矢(ストラ)ァァァァアアアアアアア!!!」

 

「―――勝利の剣(カリバー)ァァァァアアアアアアア!!!」

 

 極大魔力の同時衝突。世界に孔を空ける程の神秘の炸裂が、互いに当たった場所を中心に響き渡る。

 

重投影(リバース)再誕宣告(リセット)―――」

 

 その異常な、魔術師ならば傍の空間にいるだけで震え死ぬ地獄に居ながらも、士人は変わりなく呪文を詠唱する。

 

「―――之、死告天使(アズライール・クリエイション)

 

 再び士人は死告天使を投影し、その担い手であるハサン・ザッバーハの技術を憑依装填。あのライダーの考えを士人はある程度は先読みしていたが故に、魔力を大剣に喰らわせながらも技術の再模倣を行っていた。

 今の段階では、まだこの衝突は続くだろう。

 しかし、あのまま聖剣に押し負けたとしてもライダーがそのまま輝く斬撃の直撃を許すのか、否か。尤も、それの答えは直ぐに出た―――縮地である。あの騎乗兵はエクスカリバーに押し合いが負けると最初から理解し、ギリギリまで我慢していた。我慢し、我慢し、光の渦に自分が呑み込まれて消える間際に虚空から消失―――

 

「ヌゥ……!!」

 

 ―――呻き声。それも致命傷を負った獣が漏らす絶命の音。聖剣解放後で隙を晒すセイバーの背後に人獣は出現し、その人獣(ライダー)の背後から士人は奴を背後から更に串刺しにしたのだ。

 そのまま士人は大剣を薙ぎ、串刺しにした人獣を飛ばす。そのまま地面に叩き付け、獣の首を撥ねた。撥ねたと同時に踏み付け、更に剣で突き、裂き、抉り、砕き、斬り、薙ぎ払う。様々な剣技で以って人獣の肉体に殺人技巧を具現させる。

 

「首だけでは足りんな。四肢と臓腑、全て頂く」

 

 それでも死なず。ライダーの霊体にダメージは与えてはいるのだが、概念による物理攻撃は全て無効化されてしまう。これでは蚊に刺された程度とは言わないが、肉を少し削いだ程度の損傷しか与えられていないだろう。そして、セイバーもまた聖剣で斬り砕く為に限定解放しながら近づくも、ライダーは自分の肉体に刻まれた傷口から数多の銃身を表に飛び出させた。

 発砲に次ぐ発砲。銃弾の反動(ブローバック)で宙に浮き上がり、その滞空中に肉体を蘇生。そして、左手を弩砲(バリスタ)状態(モード)に戻したまま、右手に彼は体内から取り出した剣を握る。

 

「ほう。その黄金斧剣、マルミアドワースを復元した物か」

 

 大英雄ヘラクレスの愛剣をキャスターはある程度再現し、それをライダーは自分(モンゴル)流に改造。士人は存在を解明する魔眼によって武器を鑑定し、ライダーが持つ黄金斧剣の詳細を正しく理解する。ヘラクレスタイプの式神をキャスターは複数作り、その内の一体が持っていただろう武器を略奪し、ああしてライダーは軍事転用している訳だった。

 

「マルミアドワース、懐かしいな。私がキャメロットに貯め込んだ財宝の一つだ」

 

 巨人王リオンが持っていたヘラクレスの大剣。嘗て生前のセイバー、ブリテン王アーサー・ペンドラゴンが戦利品として手に入れた聖剣に匹敵する神の剣だった。これはローマ神話の神霊ウルカヌス、つまりはギリシャ神話の鍛冶神ヘパイストスが造り上げ、古き神代ではヘラクレスが帯刀していたとされる至高の神造兵器である。

 それを、セイバーは懐かしそうに見た。細部は大分違うが、シルエットは似てないこともない。形状は大幅に変化しているのだが、それでも強大な神秘を帯びている事に違いは無かった。

 

「奪い取ったキャスター製の模造品を、更に改造した贋作だがの。まぁ、より今の我輩に使い易くはしておるが……」

 

 黄金斧剣(マルミアドワーズ)をクルリと一回し。そして皇帝特権よりこの神剣を万全に扱う為、怪力、心眼(偽)、剣術を自分のスキルとして魂魄を改竄することで装備させた。加えて弩砲腕(カノンアーム)に変化させた左腕を完璧に使いこなす為に、こちらも同じく皇帝特権により、千里眼、高速神言、射撃のスキルを装備する。

 通常状態ならばこれ程のスキルを同時に使うこなすのは不可能だが、今の彼は宝具と融合することでモンゴルと一体化している。故に取り込んだ兵士の力を軍事転用することで、自分を一個の兵器としてこれ程までに皇帝特権を乱用することが出来ていた。

 先程までのライダーは脳の半分を“蒼き覇天の狼(エセゲ・マラン・テンゲリ)”の操作に使い、もう半分を自分の戦術と戦闘運用に使っていた。今までも、自分の全能を自分自身全てに使っていた訳ではなかった。しかし、今は違う。

 ―――もはや英霊に在らず。

 全ての技術を自己へ取り込み、モンゴルの狼獣と化した。

 略奪軍兵士を“カリスマ”によって完全統制し、宝具に溶けた魂が所有するあらゆる技能をスキル“皇帝特権”に吸収し、“建国の祖”で以って完全に運用し、対軍宝具と化した自分そのものを“軍略”で運用する。

 他の英霊とは、そもそも規格が違う。

 座に存在する理念が根本的に異なっている。

 複数の宝具を持つ英雄は数多いが、今のチンギス・カンは実質的に一つの宝具しか所有していない。使用方法により数多の真名解放能力を持つだけで、今の彼が持つ兵器は固有結界「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)」ただ一つのみ。真名解放として宝具化はしてないが、それが彼の大元(宝具達)の心象風景の名前であった。

 種別としてはクー・フーリンのゲイ・ボルグに近い。たった一本の魔槍だけで、その槍が宿す神秘と自身の槍術を極めたが故に、英霊としては破格の数多の真名解放能力を持つ光の御子。彼は鍛え上げた技と槍により、一つの武器だけで四つの真名を誇るのだ。その大英雄と同じく、チンギス・カンは自分が創造したモンゴルただ一国で五つの真名解放能力を英霊として得ていた。今の自分がサーヴァントとして持つスキルも、その宝具(大帝国)を生み出す過程で必要だから備わった技能。

 その結果、全ての宝具と技能が彼の強さを相乗させている。個別に機能する神秘や能力など、ライダーは所持していない。全ての技能と宝具が互いに互いを補完し、強化し合い、略奪の果てに無尽蔵の力を得る。つまり、彼の英霊として持つ能力は全てその一点に集約されていた。簡単な話、今のライダーの強さと不死身さは、溜めに貯めたモンゴルの略奪兵全てを解き放った軍事兵器そのものであった。

 キャスターが危惧していのは、この為。

 相性が悪いと実は心の底から恐れていたのは、その為。

 自分が丹精込めて創り上げた式神を殺され、奪われる程に略奪王は霊基自体が限界を遥かに超えて強くなる。略奪軍も強化され、ライダー自身も際限なく強くなる。

 

「……では、仕切り直しはここまでとするかの。存分に足掻けよ。奪い甲斐がなければ、我輩も張り切れんぞ」

 

 つまり、これこそが大陸の悪夢。屍の山を築き上げた英霊が至れる極点である。

 

「セイバー、エクスカリバーはどうだ?」

 

「無理だな。あれに当てるには拘束する必要がある……神父、それが出来るか?」

 

「無茶を言うな。魔獣用のグレイプニルを投影した所で、そもそも奴自体がそれ以上の神秘を誇る宝具だぞ。概念による束縛なぞ、概念そのもので粉砕されてお終いだ。無論、物理的な拘束も無価値だ」

 

 ゆったりと歩きながら、ライダーは近づいてくる。何時でも縮地歩行で隙を穿てるように皇帝特権(縮地:A+)を発動させた状態で、人獣は笑みを浮かべながら何処を如何斬り、何処を如何射ろうか殺人考察をしながら接敵する―――

 

「見付けた……ったく、まさか進んだ後に後戻りするなんてね」

 

 ―――が、その緊張状態は一瞬で仕切り直された。

 赤黒い軍服の黒外套と黒帽子を纏った不気味な人影。気配を殺したままその女―――アーチャーは、一匹と二人の殺し合いに割り込んだ。

 






















 と言うことで、ライダーの真の壊れっぷりがやっと公開。白兵戦能力は覚醒したデメトリオ・メランドリに匹敵します。デメトリオに斬られて覚醒したアルトリアと、自重を忘れた神父の二人でやっと拮抗します。





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77.獣の唄よ

 仁王、むず。主人公を三浦按針にするとか、正直センスが凄い。敵役のケリーもちゃんと実在の人物がモデルだし、背景も凝ってるなぁと、ゲーム自体もピカイチだけど物語も中々に良い。
 ニーア、て言うかB2可愛い。めっさ可愛い。プラチナさんとヨコオさんのタッグだけど、楽しそうな作品になりそうとは思いつつ、ここまで面白いとは思わなかった。

 久方ぶりにゲーム三昧でした。
 ダクソDLC2を待ちつつ、ダクソをクリアしたらゼルダをしようと決めてます。


 唐突だが、ライダーはアーチャーが苦手だった。必然的にアヴェンジャーのマスターである美綴綾子も苦手だった。自分が持つスキルもそうだが、鍛え上げた第六感がなるべく戦闘は避けろと言っている。戦うのであれば、最大限準備を完了させてからの方が良いと、自分の戦士としての直感が告げている。

 ……そして、もう準備は完成している。しかし、今は駄目だ。魔女一人を殺す為に戦力は整えたが、それは一対一での殺し合いを想定したもの。この場には自分が本気を出して殺すべき怨敵がまだ生きており、心底この魔女が戦場から消えて欲しかった。

 

「―――弓兵よ、邪魔をするなら木端となって死ぬが良い……!」

 

 一言で例えれば、ライダーはキレていたのだ。とは言え冷徹な合理主義者故に、冷静沈着さは失っておらず、思考は果てまで透き通っているのだが。そもそも狙いはセイバーであり、そして神父はその殺人行為に対する邪魔者。アーチャーなど、その神父を越える煩わしさ極まる邪魔の中の邪魔者だ。

 人獣(ライダー)皇帝特権(変化:A)によって宝具より、マイクロミサイル砲門を背中から展開。魔力を炸裂させ自動追尾(ホーミング)ミサイルを敵陣三体へ向けてライダーは放つ。

 

「お、急だね。まぁ、それ、効かんけど」

 

 そのミサイル全てにアーチャーは干渉し、地面へ叩きつけて誤爆させた。身動き一つせず、魔力を対して消費することもなく、数百と飛び出たCランク宝具の群れを無効化してしまった。

 阿頼耶の触覚として持つ魔術化した超能力―――念力(サイコキネシス)。手に触れずに物を操る超能力の代表例であるが、その超能力を持つ魔術師が魔力で以って更に効果を相乗させて念力を行使した場合、その能力を極めた場合、アーチャーほどの絶対的干渉力を誇る。いや、世界に数居る超能力者の中でも、アーチャーレベルで念力を鍛え上げた能力者など、座に後もう一人二人いれば良いレベル。

 ―――天敵。

 弓兵殺しのアーチャーが、この英霊だ。モンゴルが最も得意とする戦法が弓矢であり、飛び道具による殺戮を一番好むライダーにとって乱入して来たこの魔女は今回の聖杯戦争で特別闘い難く―――それ以外の理由で、自分を殺し得る真の天敵でもあった。

 

「私の闘争の邪魔をしますか、アーチャー?」

 

「止しなって、セイバー。今は精神が狂ってるみたいだし、口調だって安定してないじゃないか」

 

「うむ、それはアーチャーに同意する。呪われ、斬り壊され、自我の補完がまだ完了していないのだろう。俺が施した簡易的な精神治癒では完治など遠い。霊媒医師として言わせれば、心の修理するには儀式を行う必要があり、自然に治癒させるには長期間の療養が必要だろうて。

 ……まぁ、尤も、もはや自然に治ることなど有り得ないが。その精神はまた同じ様に壊されぬ限り、死して座に帰還するまで常にそのままだろうよ」

 

「……―――ええ、否定はせん。ええ、しませんとも」

 

 無論、戦闘能力は万全で、剣術の冴えは生前以上。アルトリアは王道を斬り棄てられたことで修羅に堕落し、羅刹の魔境を経て、冥府の底に君臨すべき魔道に至っているのだ……それも、強制的に。

 ―――狂っていない訳がない。

 強さを剣として完結させたが故に、今のセイバーの人格は崩落している。精神崩壊ではなく、心の崩落、人間性の失墜だ。元々強引に善悪両極端の二面性を統制した状態が、完全にその二極を混合されて新生したのだ。それなりに鋭い感性を持っていれば、今のアルトリアがまとめではないのは簡単に悟れた。

 

「―――貴公、漸く死力を尽くす気が出たか」

 

 瞬間、世界が死ぬ。気配なく狂気は体現され、地獄が顔を現した。先程まで何の余丁も無かったのに、報復王はライダーの背後から姿を(あらわ)にした。

 ただただ気配だけで圧死する。人殺しが纏う血の気配などこの聖杯戦争では珍しくないが、世界が死ぬ程に血臭が溢れ返っている。同じ空気を吸うだけで、同じ空間に居るだけで、思考を狂気に洗われて、自分の命を自分の手で虐殺しなくてはならないと錯乱し、発狂死するまでの禍々しい存在感だった。

 他者の精神に伝播する狂気―――不死者の呪詛が、狂い溢れる地獄の釜。

 

「バーサーカーかの。それは言わぬが花と言うモノぞ。己が為の報復、他が為の復讐、それら憎悪に本気を出せぬ人間など、所詮は死者以下の生きているだけの唯の肉よ。塵よ、虚ろよ。

 今の我輩(ワシ)は稀人の甦った死人であれど、それでも今―――こうして呼吸をし、生きている。だからこそ、そこのセイバーが相手ならば死力を尽くし、命を殺し、生を奪い、尊厳を犯す。それだけよ」

 

「復讐鬼として目覚めたか」

 

「呪いよ。あの魔女による魂の暴走ぞ」

 

 ライダーの性質が悪い所は、自覚を持って狂っていること。理性的に自己判断をした上で、生前以来の久方ぶりの復讐の狂気に酔いしている点。セイバーを喰い殺すことに専念しているのも、それが今の自分にとって一番価値のある娯楽だからだ。

 故に、先程の戦闘もセイバー狙いだった。戦略的にもいざとなれば神父を殺している隙を突いて、神父ごとエクスカリバーで一掃する可能性があり、セイバーよりも士人を先に殺す方がリスクがあったとは言え、それを抜きにしても心情的にはセイバーを神父よりも早く殺したかったのも事実。

 

「ならば、我の助けはお主の妨げになろう」

 

「すまんな。戦術的にお主の助けは有り難く、戦略的にもこやつらの早期殲滅が正しいのだろう。これを勝ち取る為の戦争とすれば、殺し方を態々(こだわり)り、感謝すべき増援を断るべきではないのだろう。

 ……だが、これは徹底徹尾―――私闘である。

 国も、一族も、嘗ての守るべき者達にも関わりの無いことぞ。選んで殺さねば、この現世に甦った価値も無し。誰が為でも無く、我輩(ワシ)の命は我輩(ワシ)の欲望の為に使い潰す」

 

 今のチンギス・カンはそれしかない。誇りも、理念も、略奪に集約される。

 ―――もはや、略奪の為の略奪だった。

 奪う為に復讐し、奪う為に殺害し、奪う為に略奪する。元マスターの復讐と言っているが、如何に強靭な精神で黒化に耐え、人格の変異を乗り越えようとも、間桐桜が施した呪いによる感情の増幅をゼロには出来ない。膨大に膨れ上がったセイバーに体する憎悪の念以上に、略奪による愉悦の狂気の方が膨れ上がっている。狂気に耐えて抑えられたとしても、内側から常に聖杯の呪詛と魔女の術式による黒泥が汚染し続けている。

 

「ふぅーん、あ、そ。でもね、アンタの王としての信条も、人としても心情も知らんし、その必要もないかな。アンタの気持ちは分かるが、アタシもまたアタシの為に闘争を始めるだけさ……」

 

 アーチャーの殺意は一点、ライダーのみ。元よりライダーを相手にする計画であったが、バーサーカーを半分無視した雰囲気だ。

 

「……と言うことなので、護衛の仕事もここまで。獲物を見付けたのなら、最初の計画通り狩りに専念させて貰うから」

 

 マスター達の護衛任務も、そもそもライダーを相手にする為の布石。数多のマスター共が、略奪軍の本体であるライダーを誘き出す囮であり、アーチャーをマスターの命を餌にして狩猟を行っていた。

 ……しかし、そのライダーが合理性に欠ける行動を行った。アーチャーはライダーの行動原理を理解しており、彼ならばまずマスターを狙うだろうと、戦争に勝つ為ならば最速で最善の策をまずは実行すると思っていたのだが―――チンギス・カンを、彼女は少し見誤っていた。

 国を率いて、国を喰らう戦争ならば、最速最善(そうする)に決まっている。自分が雇う兵士達の消耗を抑え込み、国益を考えれば当然のこと。皇帝である自分は家族を養う兵士と将校を、更に略奪戦争と言う軍事ビジネスで養う立場にある頂点なのだ、全てを合理的に思考し、戦略を徹底して練り込む必要があるのが当たり前だ。だからこそ、理性的な計算で行動するからこそ、アーチャーはライダーの行動を有る程度は理解出来る。自分の戦略性以上の計算は出来なくとも、聖杯戦争と言う軍事事業に愉しんで挑戦する皇帝の方向性は分かっている。

 ……尤も、それも全て瓦解したが。

 

「失せろ、阿頼耶(アラヤ)化身(ドレイ)。今はのぅ、取り敢えずそこな女の尊厳を奪い、その上で力全てを我が軍事力を高める為の餌に換え―――殺す。略奪の末に命を奪い取り、英霊ではなく人間として奪い殺す。

 それを邪魔をするのなら、我輩は何でもしよう」

 

「何でもする? 良く言うね、略奪王。何でも出来る為に、何でも奪い取るアンタは、そうやって実際に憎悪を燃やしていても、もう排除すべき敵対者として私を殺す為の計算をしてる。理性的にね。それが見ていて気色悪い。気持ち悪い。吐き気がする。

 邪魔をするなら……だって? 笑わせるなっつーの。

 それが略奪と言う侵略戦争に繋がるのなら―――邪魔をされるのも、楽しい癖に」

 

 つまるところ、今のライダーからすれば、アーチャーと言う障害を徹底して殺し、サーヴァントとしての在り様を命ごと略奪し、自分の軍隊に取り込むことさえ楽しいに違いなかった。復讐とは、その憎悪を晴らすことを目的にして対象者の殺害行為に及ぶのだろうが、ライダーは復讐すると言う行為自体が目的だった。憎悪などもはや唯の感情に過ぎず、自分が味わった苦しみを相手に与えたいのではない―――敵に苦しみを与える過程を、彼は喜んでいる。

 故に、略奪王。蹂躙者は、国を略奪する為に人を略奪する。

 ―――皇帝として国益を得る為に必要な略奪行為そのものを、彼は己が最大の歓喜としているが為に。

 

「げひゃはははははあははははははハァーハハハハハ!! 何だお主、良く理解しおるな!! もしやあれか、生前我らモンゴルによって全て奪われ歴史に埋もれた弱者か何かかの!?」

 

「別に。でもま、歴史に埋もれた英霊ってのは当たりだね」

 

 テンション高いなぁ、と呆れつつもアーチャーは自分の出自を複雑そうな心境で思い返す。……思い返した所為で言峰士人に対する殺意が再燃し始めたが。

 

「成る程のう。お主、守護者に属する英霊だったの。ならば、生前の我輩(ワシ)と知り合ったのではない訳ぞ」

 

「ええ、そうね。生前のアンタなんて知らない。けど死後のアンタは敵が強い程、目的達成が困難であればある程、略奪を楽しく感じる戦争狂(ウォードッグ)だってのは知ってる」

 

 そして、恐ろしい事にアーチャーは会話の途中であると言うに―――瞬時、取り出した拳銃を発砲。何一つとして予兆なく、大した意義もなく、己が己に科した任務を遂行。

 とは言え、相手はライダー。油断も慢心も全く無く、弾丸をバリスタから高速変化させた左手の人差指と親指で掴み、そのまま砕く。彼の体毛はAランク宝具に匹敵する防御力を持ち、肉体もまたAランク宝具級の耐久度を持つ。ヘラクレスの「十二の試練(ゴッド・ハンド)」やジークフリートの「悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)」のような特定ランク以下の無効化能力はなく、カルナの「日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)」のような破壊困難な絶対性を持つ防御能力もない。無論、アキレウスの「勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)」が持つ特定属性以外からの干渉を断つ拒絶性もない。

 しかし、今のライダーはただただ単純に、金剛の如き頑強さと、羽毛の如き柔軟性を誇る。言ってしまえば、鉄のようなクッションである。固い物は衝撃に対して脆く割れ易いが、逆に衝撃に対して粘る物はゴムみたいに柔らかいのが常識だ。しかし人獣の肉体は概念的に強いのもあるが、科学的にも“堅くて柔らかい”と言う理論上有り得ざる完全無欠の超合金のような肉体であるのだ。

 

「ほう、ほう―――ほう! 行き成りだのぅ、抑止の化身(カウンター・サーヴァント)。人の話は最後まで聞けと、親から道徳の精神を学ばせて貰えなかったと見えるぞ」

 

 弾丸を、そんな肉体を使って磨り潰しながら、人獣(ライダー)は笑みを浮かべた。再度左腕を弩砲に変化させ、その標準をアーチャーに定めた。相手に飛び道具は効かないとは言え、威圧にはなり、能力行使を意識させることで自分に敵意を向けさせることは出来る。

 

「そう? けれど温い事言うね、獣帝。まぁ、ぶっちゃけアンタを殺せれば全て良い事になるし、殺したいだけだしね。道徳心とか、枯れたさ。

 それに殺せそうならパパッと殺さなきゃさ、不真面目ってもんじゃないか?」

 

「ふん―――英霊狩りの守護者は言う事が違うの。我ら英霊を狩り殺すことに掛けては、我輩(ワシ)さえもその手腕には劣るわな」

 

「それが英霊としてのアタシの役割だから。この身はアンタら真の英雄には程遠い凡愚だけれどね、それでもアタシは永劫に続く座で守護者に成り果てた英霊さ」

 

 弓兵殺しの弓兵であり、英霊狩りの英霊である。人類に叛旗した黒き抑止共に対する抑止力であり、抑止の守護者であるが故の抑止の化身。つまるところ、化身とは言葉通りであり、その奴隷。正しい意味で彼女は抑止力に隷属させられた奴隷(サーヴァント)。英雄殺しのギルガメッシュの力を守護者の神父によって移植され、その死後に完成した守護者。

 哀れだと、チンギス・カンは素直にそう思う。死した後に同族(英霊)を狩り殺す為の最高戦力として隷属された何の変哲もない普通の人間の、その成れの果て。

 

「それにね、生前も英雄ならざる英霊もどきを殺した。死んで守護者としてもそう殺して、折角自意識を剥奪されずに現世に召喚されたこの聖杯戦争でもまた……あぁ、アタシは英霊を殺してる。また殺し続けて、これが終わっても世界が続く限り狩りは終わらない。殺し続けるだけ。

 追って、弄って、狩って、殺す。狩り殺す。

 だからアンタもさぁ―――狩り殺すよ。その野望を狩り取らせて貰うよ」

 

 弓兵もまた、壊れていた。召喚された時と状況が違い、アーチャーはコトミネと殺し合ってしまった。精神に亀裂が入るには十分な苦痛であり、コトミネを手に掛けていれば完全に人格が変異していただろう。呪いを自分の身の内から生み出し、誰に呪われることもなく自分の憎悪で反転現象を引き起こしていた程だ。

 

「ライダー、別に我は構わぬぞ……」

 

「すまんな」

 

「気にするで無い。些事だ」

 

 そして、バーサーカーは一瞬で全員の視界から消えた。だが気配を全く消す事無く、狂乱の憎悪を撒き散らしながら真っ直ぐに突き進む―――既に乱闘状態に突入してるだろう、もう一つの戦場へ。

 チンギス・カンの宝具である獣が発した咆哮により、既にキャスターの結界は完全に砕け散った。バーサーカーが脱出出来たのも、ライダーによる結界壊しの副作用。結界の再生機能を司っていた城も自爆により砕け、もう一度結界を張るにはキャスターとて時間が必要。そうなれば何処に誰が居るのか気配を察知して向かう事などバーサーカーからすれば出来て当然の芸当であり、そもそもマスターとサーヴァント同士で結ばれるラインの効力も復活している。

 

「早く行きなって、セイバー……ついでにそこの腐れ外道の屑神父もね。この人獣野郎はアタシが相手してやる」

 

「―――御武運を」

 

「―――感謝するぞ、愛弟子」

 

 セイバーと士人の二人もまた、バーサーカーを追って戦場から離脱し、新たな戦場へ走り向かった。セイバーなど魔力放出を全開にし、戦闘機宛らのジェット噴射による低空飛行で、稀に地面を踏み付けて更に加速するで爆走していった。狂化を全開させて、森の木々を自分に当たった瞬間に粉砕させて進むバーサーカーに追い付く程の超加速であり、段々と距離を縮めていく程だ。無論、士人は人間なので強化を施しても一般自動車程度の速力しか出せず、二人の後を追って走り出す。

 

「―――愛弟子。愛弟子、愛弟子ねぇ……ったく。ホント、アンタは真性の人でなしだよ」

 

 小さく呟くような独り言。誰に聞かせる訳でもなく、彼女の小言は空気に霧散して消えた。しかし、ライダーの耳はそれを聞き逃さなかった。獣となった騎乗兵の五感は鋭い上に頑丈で、様々な“衝撃”に耐性を持つ。例え鼓膜が破れる程の爆音の中だろうと音を聞き分け、視界が潰れる閃光の中だろうと色と形を識別する。

 当然、アーチャーの言葉に込められた感情も、ライダーは悟れた。それが分かったからこそ、これ以上相手を理解する必要はないと判断した。もう既に殺す為には必要なだけの情報収集はでき、十分に戦略も練り込ませ、対弓兵戦用の戦術も構築済み。

 

「では、アーチャー―――戦争の時間だ。その命、奪い頂く」

 

「そうね。だからさ―――死にな、ライダー。狩り殺すから」

 

 皇帝特権(変化:D)によって弩砲化した左腕を、右腕と同じ獣腕に変化し直す。

 加えて皇帝特権(縮地&高速神言)同時使用―――アーチャーの背後に移動。更に魔力弾を移動直後に形成。この純粋な魔術弾幕の渦であれば、アーチャーによる念力の干渉を弾き飛ばせる。物体干渉に特化しているからこその異常な強制力であり、相手の制御下にある魔力を操作するなどアーチャーには不可能。魔力が込められた矢や弾を逸らすのは簡単だが、流石にこんな一瞬で魔術の制御(プログラム)を魔術で侵食(ハッキング)するなんて、そこまでの腕前はアーチャーにはない。

 

「―――遅い」

 

 尤も、そんなことをする必要も彼女にはなかった。空間魔術に特化したアーチャーは、空間の歪みや罅にはかなり鋭く、縮地による空間転移など自前の第六感と合わせれば非常に容易く察知出来た。むしろ、移動が完了する前に何処に出現してくるのかさえ、アーチャーには理解出来る。

 となれば話は簡単。出て来た瞬間を狙い、その限りなく零秒に近いライダーの隙を突き、自身もまた縮地に近い歩行で意識の狭間をすり抜ける―――背後を奪う。

 アーチャーの手には薙刀。

 彼女は空間に門を斬り開く鍵として、その概念武装に宝具化した魔術を施す。

 

起動(セット)―――付与(エンチャント)虚空の斬撃(カットブロウ)

 

 本来ならばアーチャーとしての射出宝具であるが、彼女はそれを薙刀の刃に装填、展開する。言うなれば、宝具の付与魔術とでも言う奥の手だ。世界に門を開くことで空間に亀裂を与え、凝縮空間による大斬撃を放つ対軍宝具を、絶対的斬撃付与による対人宝具として応用する。

 アーチャーの魔術の集大成である宝具、真名「虚空の斬撃(カットブロウ)」。

 強烈な鋭さを持つだけに思える宝具だが、こと固有結界使いに対しては凶悪な空間干渉魔術である。

 

「―――ぬぅ……っ!」

 

 迫り来る空間斬撃。間一髪で偽・黄金斧剣(マルミアドワーズ)でライダーは防ぐも、アーチャーは既に何もかもを置き去りにして加速する。斬り付ける。薙ぎ払い、突き穿つ。数瞬で幾重もの殺人技を薙刀で披露し、踊る様に死を叩き付ける。斧剣による一撃一撃は対軍レベルであり、単純な破壊力として考えればAランク宝具を連続で真名解放しているのと同じ蹂躙戦法だ。それをアーチャーは逸らし、回避し、合間合間で急所狙いの斬撃と刺突を幾度となく繰り返す。

 皇帝特権(縮地:A+)による超高速戦術で蹂躙を開始したが、それにも彼女は完全に対応。独自の歩行技術と空間転移の魔術によって仙人が持つとされる縮地もどきを使い、ライダーを上回る速度と手数で更なる高速蹂躙で以って相手する。それも自分が使う縮地を予知しているとしか思えない完璧な戦術運用。

 とは言えライダーはこのカラクリに直ぐ様気が付いた。どうも発動させている皇帝特権(縮地:A+)では事前に悟られてしまう。縮地もAランクを越えてA+となれば、それこそ思考速度に匹敵する空間移動を連続発動出来るが、それではアーチャー相手に意味がない。あの弓兵が転移時に現れる空間の歪みを察知し、むしろ仙術の領域にある縮地では逆に敵の居場所を瞬間的に把握出来て好都合なのだろうとライダーは理解した。空間移動では叶わないとなれば純粋な高速移動による能力、皇帝特権(縮地:B+)によって移動した方がまだマシだ。

 

「―――ッチ、これだから外道非道の合理主義者は」

 

 念力と偽門を応用した空間感知能力を暴かれた事をアーチャーは悟る。態とスキルのランクを低下させることで相手の能力に対応するとなどと、相手と自分の能力を徹底して道具扱いしなければ思い至らない。しかし、だからと言って自分が転移を利用した縮地もどきを止める理由にはならない。

 アーチャーの空間切断は霊核さえ抉ればライダーを殺害可能だが、ライダーのマルミアドワーズも圧倒的膂力でアーチャーを一撃で霊核ごと霊体を木端に粉砕する。要は互いに一撃必倒であり、アーチャーとの戦闘に限りライダーはより精密に戦術と戦略を練る必要が出る。

 

「逃げ腰かぁ……っ!? そんなんじゃアンタが造った帝国も多寡が知れるってもんだね!!」

 

「逃げ腰じゃと、当たり前だ!? お主みたいな英霊に狩り殺されるなど、死んだ後で更なる恥の上塗りになるからの!!」

 

 斬り合いながら沸点が低くプライドの高い王族に良く効く挑発をアーチャーはするも、そもそもライダーは生まれながらの王でもない。皇帝としての矜持の根幹となる手に入れた王権も、生涯を賭して生み出した国家権力だ。地べたを這いずり回り、泥を啜って、矢を幾度も射られ、刃で肉を切り裂かれ、仲間と臣下が何千何万と死に果てようとも絶対に自分で始めた戦いを諦めない男は、この世に溢れた人間が味わえる真の屈辱を理解している。

 全て経験によって理解した上で、この闘争を楽しむ為に―――彼は自分から感情を爆発させる。

 折角の相手からの挑発行為だ、骨の髄まで味わい尽くさねば。この女の命を略奪する時に味わえる喜悦が、一味も二味も違ってくるのだから。

 

我輩(ワシ)は初代モンゴル皇帝、チンギス・カン! 逃げ足は歴史上最速の自負がある! 死が訪れるまで、生き足掻き続けるが皇帝の宿命よ!!

 永劫の時間が過ぎ去り、干物みたいな魂になった守護者の(ババ)に殺されるほど安い人生ではないわ!!」

 

 なので、挑発には挑発を。黄金斧剣を正確無比な剣術で追い詰め、皇帝特権(高速神言:A)による弾幕を展開。相対するアーチャーも宝具化した薙刀で斧剣を捌き、門より展開した銃火器の掃射で魔術弾幕を相殺。

 

「人が気にしていることを! 女の心が分からない蛮族の癖に!?」

 

「間抜けが、女心を理解せねば挑発など出来んわ!? それに我輩(ワシ)はこれでも男の浪漫であるハーレムを一代で築き上げた皇帝なるぞ!!」

 

「なんだと、アンタもハーレム野郎なのか!? ならば尚更生かしておけないねぇ―――そして、死ねぇ……っ!」

 

 アーチャーの人生において、ハーレム気質の男に碌な奴は全く居なかった。一人とて存在しなかった。あんなのは自分勝手に女を振り回す馬鹿野郎の名だ。生前も、その死後でもこの自論は変わらない。憎悪も嫌悪も、愉しめなければ召喚された価値がない。

 今を殺し合うこの瞬間が、愛おしい。

 命を奪い合うこの地獄が、喜ばしい。

 これをする為に召喚され、聖杯を求めて現世に再誕した。サーヴァントなどと言う魔術師共の傀儡に、座に眠るこの魂を転生させたのだ。ならば罵り合うのも一興で、血を流すのも娯楽に過ぎない。嘗ての人生を思い出す為に必要な苦痛であるのだ。これはライダーとアーチャーが互いに共感する狂気である故に、殺し合えば殺し合うほど精神が高揚し、血を奪い合うほど己の獣性が牙を剥く。

 

「フン、やはり―――お主が我輩の怨敵となったのぅ……っ」

 

 不死系か防御系のスキルないし宝具が無ければ、死に難いサーヴァントとて死ぬ時は普通に死ぬ。人獣化したライダーは擬似的な不死と防護スキルを展開しているが、相手のアーチャーはそれを打ち破る天敵。彼が最も得意とする飛び道具と機動力を活かした蹂躙戦術も、アーチャーは異能と戦術で以って拮抗する正に天敵の中の天敵だった。故にこのアーチャーとだけは、ライダーは自身の優位性を無価値と考え、普通に殺されて死ぬ当たり前のサーヴァントとして対峙せねばならない。

 戦闘考察。ライダーは一目で薙刀のカラクリを理解し、刹那で把握。結界を容易く切り裂く空間斬撃は固有結界化した肉体を破戒し、自身の霊核を斬り壊すだろう。とは言え、心臓、首、頭部の霊核に当たればの話だが。それ以外ならば、魔力は要るが即座に再生可能。更に敵は此方に対する有効打を持ち、飛び道具を念力で無効化する。しかし、念力の出力を上回る力で手元から離れた矢および弾丸を遠隔操作すれば、アーチャーの弓兵殺しは打ち破れる。ランサーが解放した投げ槍ならば、念力の防護域を食い破れるだろう。要は射出した後に念力の神秘以上の魔術的な推進力と、更に必中の呪詛などの強制力があれば、奴の念力を突破出来る。

 となれば必然、内側(固有結界)から兵器工房班の兵士が製造した弱点を狙える武器を検索―――……するも、そう都合の良い武器は無かった。追尾ロケットミサイルが念力で落とされた所を考えれば、弾丸そのものに物理的な推進力を付属させるだけでは破れない。やるからには、数日前に目視したエミヤの「(カラド)螺旋剣(ボルグ)」並の、空間に蜘蛛の巣を張る念力そのものに対する貫通力と推進力が必須。だがそれでも完全に無効化することは出来ず、全力で干渉されるとなれば速度を落とされ、回転の中心軸をずらされ、撃たれた後にあのアーチャーなら余裕で回避するだろう。空間を抉る悪名高き衛宮の螺旋剣だろうと、アーチャーの念力は回転運動に干渉する。それ程の物理的干渉力を有し、破るには制御されない様に自分の魔術回路から魔力を流すことで魔術的防護が必須となる。魔力破りの武器も有りと言えば有りだが、その手の武器は担い手が握る柄の部分に加護が施されておらず、撃った所で其処を干渉されるだけ。

 単純に追尾し続け、敵を目指して進み続ける魔弾では射殺せない。となれば、それこそあの念力を突破可能な飛び道具など、ライダーでもゲイボルグ以外に思い浮かべない。あるいは、エクスカリバーなどの実体の無いエネルギー系の飛び道具か。士人であれば呪詛により敵を殺すまで魔力の限り追尾する「(ダイン)破滅剣(スレフ)」や、エミヤならば「赤原猟犬(フルンディング)」を念力を突破するまで延々と推進させ続けるなどと、弓兵殺しの超能力(サイコキネシス)に有効な飛び道具を、得物を選べば相応の手段がある。しかし、ライダーも似たような武器を持つには持つが、あのアーチャーも自分の弱点は理解している。撃ち放ったところで、念力とはまた別の手段によって迎撃するのは目に見えていた。

 弓兵殺し、とは実に的確な仇名だった。通常の飛び道具を念力で無効化し、念力に有効な飛び道具なら自身の技能で対処する。

 

「故、少し羽目を外すぞ、アーチャー」

 

 皇帝特権(「ヤコブの手足:A+」)相乗()並列起動(「中国武術:A+++」)、開始。己がスキルを、宝具をバックアップにして全力で運用する。更に気を使うことで“気功領域(圏境)”も周囲に展開し、自己を洗礼することで肉体が融ける程の過度に凶悪な“奇蹟(サクラメント)”を発動。斧剣を内側に仕舞い込み、徒手における格闘戦術の実行する。

 ―――気配は消失し、もはやその姿目視不可。

 ―――一撃一撃がサーヴァントの霊体を気で崩壊させた上に、洗礼で浄化する神域の暴力。

 嘗て、大天使を素手で撲殺した聖者が居た。神代の真エーテルが満ちる世界において、神に仕える使徒を殺害する拳の奥義。簡単な話、真エーテルで構成される神霊を素手で仕留める能力とは、即ち真エーテルを生身で破壊する術理に他ならない。

 

「―――――――――!!」

 

 気配感知、空間探知、魔力察知(魔術計測機能)―――全開。

 透視、千里眼(魔女の義眼)―――稼動。

 第六感覚(スキル直感)―――完全駆動。

 左目の義眼を怪しく橙色に発光させ、アーチャーは何もかもを見逃さないと警戒態勢に移行。直後、死が唐突に吹き暴れる。

 ―――ヤコブの拳を中華の合理で振う脅威。

 気配なく接敵し経路と回路をズタズタにする内部破壊を敢行し、霊体を肉体ごとグズグズに融解させる程の浄化させる絶命の一打。その一打を何度も何度も連続で叩き込む即死の嵐。キャスターの式神を喰らった際に略奪したのか、あるいは残留思念として土地に染み込んだ英霊の妄念を―――現世に召喚された後に喰らったのか。略奪王は座におけるその二つ名の通り、英霊の保有技能を喰らった霊体が持つ情報から見事略奪し、軍事兵器として運用してみせた。

 その不可視必殺の一打一打を、アーチャーは対応した。

 ―――有り得ない、と普通ならば思考するだろう。驚き、硬直してしまうだろう。だがライダーは一瞬たりとも思考を止めず、それを可能とする技術の種を考察し、殆んど零秒で理解してしまう。

 

“義眼と念力に、空間を媒体とした物体探知かのぅ。何より勘が良い。流石は英霊狩りの奴隷ぞ、隙が無い”

 

 薙刀の刃を牽制に使うことでライダーの動きを制限し、拳を見切り回避する。

 ―――狂気である。恐らくは、あの女は生前に“気”に関する何かしらの技術を得ており、英霊の技能として備わっておらずとも、知識としては理解しているのだろう。ライダーも大陸で暴れてた時、モンゴルの武術とは術理が異なる中華の武術に属する“気”については、生前からも知ってはいた。だが、これの異常性は英霊化した後に獲得することで理解し、そもそもまともな“英霊”の感性では圏境による天地同一による透明化は破れない。これを打ち破るには非常に優れた第六感か、同じく自分も圏境による気配察知能力で透明化した相手を見破る他に手段はない。高度な魔術の使い手ならば専用の術式を土地に仕込むことで経路を乱すか、仙人の類ならば相手に気の一撃を打つことで相手の経路を乱すことで透明化を破ることも可能だろう。

 しかしだ、アーチャーはどのどれもが違う。

 自分の能力を鍛え上げたことで、ライダーの圏境に対応しているのだ。

 優れた第六感を軸に、探知能力を全力回転させて、この気配遮断を見破っている。不可視の筈のそれを、我流の術理で目視してしまっている。自分の感覚を魔術によって操作し、義眼に仕込んだ術式で脳を制御し、自分の直感を視覚と連結させていた。本来なら擬似的に感じ取れるだけの気配を、視覚情報として取り込んでいるのだ。

 

「ぎゃはぁはっはははははハハハハハ! 流石は、流石は英霊狩りだ!!」

 

 皇帝特権により魔術師のスキルを得たライダーは、アーチャーが発動している術式を解析することで、この状態を細部まで分かっていた。

 だから、略奪王は楽しそうに嗤っていた。

 あの女は圏境を見破ると同時に、その肉体を限界を遥かに超えて酷使しているのも分かっていた。薬物投与による肉体改造と、魔術行使による過剰強化だ。動く度に激痛が全身余す所なく奔り、神経が悲鳴を上げて脳に訴えているが、彼女はそれを辛いとは感じていない。痛みを痛みと認識し、体中に苦痛を感じているが、それを精神的な苦痛として感じ取れていない。

 恐らくは、この状態で戦うことがアーチャーにとって“普通”の事に過ぎないのだろう。

 自分が全力を出せば激痛に襲われるが、もはやそれだけとしか認識出来ていない。

 肉体が内部から崩壊し、肉と骨が損傷しようとも、自分で刻み込んだ戦闘専用の魔術刻印により問題はない。生前の師匠の一人である“コトミネ”から学んだ霊媒医療と、同じく師匠である“フラガ”から学んだルーン魔術によって思考レベルで自己治癒が可能だ。この二体の守護者も似たような回復能力を持ち、アーチャーの自己治癒も同等の回復力を発揮する。

 

「―――無駄よ、無駄無駄無駄無駄ぁ……ッ!!

 アタシに中華の合理は効かないさ! 何せ、師匠の宝石魔術師(拝金主義者)が中国武術を極めてたからな!!」

 

 つまるところ、慣れているだけ。生命力を操る体術によって透明化したライダーは確かに脅威だが、それもアーチャーからすれば戦い慣れた恐ろしさだ。一撃必殺の拳も脅威だが、基本的に凶器が急所に当たれば死ぬものだ。毒を仕込んだ得物であれば尚更だ。強いと言えば強いのだが、魔術で強化されたナイフだろうと、霊体を融かす洗礼浄化であろうと、急所に当たれば一撃で死ぬのは同じ事。

 

「なに、拝金主義者だと? 我輩(ワシ)も戦争に金が必要で国家経済の繁栄に腐心しておったが、まさか金の亡者によって中華の合理が破れるとはの!?」

 

 モンゴルによって支配された国の武術を、その支配国の初代皇帝が奥の手として使う皮肉。隠し玉として宝具内で練り込み、皇帝特権として運用したが、よりにもよって最初の戦闘で失敗する。それも念の為に中華関連の文化と余り関わり合いが無さそうなサーヴァントを相手にしたのに、その英霊の生前の師匠に中国武術の使い手が居るなどと、流石のライダーでも予測不可能。

 

「勿論、洗礼詠唱にも慣れているんだ。こっちも師匠に使い手がいてな!」

 

「そうかの、凄いの! だが死ねぃ……!」

 

 刹那―――ライダーは魔の迅速さで背後を取った。瞬きする間もなく、後頭部、肩、背骨、股間を狙う拳の連打。

 

「ホント死ぬ……!? ただの縮地やめろ、マジやめろ!!」

 

 次元跳躍でも空間転移でもない単純な歩行による移動術。しかし自前の空間探知に引っかからないために、アーチャーからすれば脅威の度合いは次元跳躍を遥かに超える。

 体術のみによる移動と、そこから繋がる格闘術。アーチャーは何とか動きを見切り、拳も全て薙刀で逸らし切った。しかし、そもそも肉体の規格が違い過ぎ、技量もライダーの方が僅かに高い。押し切られるのは目に見えており、避け切れなかったライダーの拳が体を僅かに掠るだけで、肉体が内部から砕け、霊体が溶け出し、皮膚から血が流れ出た。

 とはいえ、それはライダーの方も同じ。薙刀の刃が掠る度に固有結界に亀裂が奔り、魂そのものが痛みの余り悲鳴を上げ続けている。

 

「だろうぞ! お主の命を奪いたいからの、守護婆(しゅごばぁ)!!」

 

「ふざけんな! アタシは普通に死んだ普通の婆さんであって、そんな変なお婆さんじゃないっつーの!?」

 

「英霊はのぅ、全盛期だのなんだの言って若作りばかりぞ。若くして死んだ奴以外は、老け込んだ爺婆の魂の癖にの!?」

 

「それアタシのこと言ってるんだな! 分かってるぞ!

 ……ってか、そー言うアンタは全盛期が中年のおっさんじゃないか!?」

 

「男はこの位の年齢が一番油が乗っておるのだ!」

 

「女だってそうさ!」

 

「……それはあれかの、もしや性欲的にかの?」

 

「この、こんの……セクハラ大魔王が!!」

 

「―――愚か者め!

 男なんて生き物はの、死んだ後でもこんなものぞ。特に意味もなく婦女子をからかうのが好きなのだ。美人ならば尚更よ」

 

「合理主義者の癖して、そんな所は非効率的な糞野郎だ! 死んで座に還ってアタシに詫び続けろ、略奪王!!」

 

「げひゃはははひゃははっは! 良い良い、実に良い罵倒ぞ!! 生きの良い女は大好きぞ、強い女ならば最高ぞ!

 素晴しく、その命―――奪い甲斐があるからのぅ……!」

 

「あっそ。それはこっちも同じことだ。

 アンタみたいな凶悪な大英霊なら、その魂―――狩り殺すのも愉しいからなぁ……!」

 

 殺し合いながら、興に乗って喋り、叫び合う。二人とも、敵を殺すのが楽し過ぎて我慢出来ない。いや、相手がアーチャーでなければ、ライダーでなければ、二人とも殺意で以って淡々と殴り殺し、斬り殺すだけなのだろう。だが、互いに今のこの臨死の連続を楽しめているのが、命を奪い合う刹那の死が愉しめているのが、面白くて堪らない。そんな狂気を理解し合い、そんな地獄を相手も“普通”に思えているのが嬉しかったのかもしれない。

 可笑しな自分と共感し合える可笑しな殺し相手。

 そんな異常極まる状況が、欲望に狂う遊び人みたいにノリノリで、病に犯された狂人みたいに殺し合えている理由だった。

 

「―――ほう」

 

 そして、ライダーはそんな風に呟きながら笑みを溢した。場の流れを完全にライダーが掌握し、戦闘のリズムをアーチャーは中々自分方へ奪い取れずにいる。

 一時戦闘が中断され、ライダーは皇帝特権を解除。

 透明化は解かれ、人獣の姿を再びアーチャーの前に出していた。

 

「……ッチ、面倒臭いな。それ、仕切り直しか」

 

「実に便利ぞ、この技能はのぅ。生前ならば戦場にて戦術的に良く使ったが、それでもそれはただの人間の兵士が持つ技術。英霊と化すことで鍛えた技が概念を持ち、サーヴァントとしてスキルを行使する。それだけで、ただの技術がここまでの道具となる訳ぞ。

 まぁ、我輩のこれは皇帝特権と言う概念と化した英霊の技能だがな。宝具と同じく、スキルもまた伝承の結晶故、殺し合いでは実に有能よ」

 

 そんなライダーだからこそ、こんな風に会話をするのさえ自由自在。圧倒的カリスマ性も無造作に放ち、逆らい難い嫌な雰囲気さえ漂っている程だ。

 

「にしても、お主相手ではヤコブの格闘技も効き難いの。中華の気の武術も、完全に対応慣れしておるし、実に殺し甲斐がある」

 

「そりゃまぁ、生前に聖杯戦争経験済みの魔術師だからさ。そもそも修行相手が中国拳法の使い手でね、それには慣れてるさ。それと杖から極太ビーム撃つ預言者、と見せ掛けた拳で語るエジプト出身の聖職者と戦ったことがあってな。そん時にソレ、ユダヤの聖人が持つヤコブの使徒殺しは覚えた」

 

 それにアーチャーもライダーと話すのは楽しいのか、何時でも殺せるように隙は窺うも、会話は会話として楽しんでいる。次の瞬間には首を斬り落とし、心臓を串刺しにする準備をしながら喋っている。歳を取った老婆のように枯れている様で、獣よりも禍々しい獣性を漏れ出しながら笑みを浮かべていた。

 

「それはまた、随分と悪質なイカサマぞ。人類史に刻まれた歴史と伝承からだけでは、お主の経歴を調べ、手の内を探ることが出来んと言う訳ぞ」

 

「良く言うな。そっちはそっちで人類史に刻んだ信仰を使って、阿頼耶識から知名度の度合いから色んなボーナス特典貰ってんだからさ。実際、羨ましい限りだよ。死んで人間から英霊と言う来世に転生した程度のことで、伝承の具現として宝具やら前世以上の技能をスキルにして得られるんだからなぁ。

 アンタの皇帝特権だって、生前は才能があったとは言え、ただの普通の人間が持つには有り得ない能力だ。宝具の固有結界なんて最たる代物さ。アタシも座に召されて強くはなったけど、無名の守護者じゃアンタみたいに伝承や信仰で得られる能力は皆無だよ?」

 

「愚痴るのぅ、分からんでもないが。そりゃ我輩(ワシ)も戦地が帝国の領域なら、座から更に宝具とスキルを持って来れたしの」

 

「……ま、ここが日本だったのが運の尽きさ。

 この国でアンタの知名度は、この国出身の英霊よりも高い場合があるほど有名なんだろうけど……アンタらモンゴルと戦い、征服されなかった国なんだ。そんな国で聖杯戦争をやるとなれば、知名度が高かろうともさ、やっぱ大陸で召喚されるより弱体化するのは必然だ。我ら英霊に対する人の信仰とはそういうモンでもあるから。アタシにはあんま関係ないけど。

 アンタが本場の大陸だったら、陸上移動要塞と固有スキルが使えたんだろうけど、この聖杯戦争では―――使えない」

 

 ライダーは固有結界以外に持つとされるもう一つの宝具「邪獣要塞・四駿四狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)」をモンゴル本国か、あるいはモンゴルに征服された過去を持つ大陸の国々であれば、ライダーの宝具として座から持ち込めた。四匹の大狼と四匹の巨馬に率いられる魔獣の戦車要塞は、移動するだけで都市を蹂躙し、魔力炉心となることで宝具の略奪兵のストックを保管出来る。要塞系宝具は魔力消費も高いが、条件さえ整えれば使った瞬間に聖杯戦争で大幅に有利となる。

 固有スキル「獣神の加護」も、帝国皇帝始祖として持っていた。英霊化した後に世界中から信仰され、蒼い狼の神として自分が自分自身に与えるモンゴルの祝福だ。他のモンゴル皇帝や国家建国で活躍した英雄も、このチンギス・カンによる加護をスキルとして保有するが、このチンギス・カンが持つ「獣神の加護」こそそれらスキルの大元となる唯一無二の原典であった。

 

「ほう。確かに大陸と比較すればの、この島国では知名度が高かろうとも万全足り得ない。故に宝具は固有結界一つだけぞ。サーヴァントとしてのスキルも一つ概念として保持出来ておらん。似たようなことは皇帝特権と宝具で如何とでも成るがな、やはり有る方が戦術の幅は広がり、戦略構築が便利にはなろうて。

 ―――……それを、何故お主が知っておるのだ?」

 

「言う必要がないし、それは野暮ってもんさ」

 

「成る程のぅ。まぁ邪魔者とは言え、復讐相手でもない美女の口を無理矢理割るのは趣味でない。お主相手に愉しめることだけを、我輩は骨の髄まで楽しめれば良いだけだしの。相手の秘密なぞ幾ら気になろうが、ただ気になるだけぞ。

 我ら英霊、所詮は死人よ。

 偶然訪れた来世での稀人同士の邂逅こそ、この聖杯戦争ぞ」

 

 秘密は秘密のままで良し、とライダーは笑った。出会えたのなら、殺し合える現実こそ幸福なことなのだと理解しているからだ。

 

「そうさ、アタシらはもう死人だ。肉体はとっくに腐れ朽ち、精神も座に堕ちた時点で変貌して、別の何かに生まれ変わっている。この魂もさ、生前と同じ様でいてもね、中身はもう人間以外の何かに変わり果てている。まるで一回死んで転生を成した後のような別人のそれと同じなんだ。いや、事実今のアタシらはそう言う風に、死ぬことで人間から英霊と言う現象へ転生した後の魂なんだろうね。生前なんて言葉よりも、本当は前世と言った方が正しいのさ。アタシたちは、アンタもこの“あたし”も……人間じゃなくて、英霊なんだ。

 死んで全て終わりにした筈なのに―――我ら英霊、失った命を再び捨てて殺し合う」

 

 会話を楽しみたいからしていたが、アーチャーは段々と精神が煮滾ってきた。相手を殺したいと思い、ライダーもまた同じ感情を共感している。

 闘争。殺人。殺戮。戦争。名誉と繁栄の裏にある深淵と邪悪。

 それらは人の業であり、そんな業の結晶もまた英霊である。英霊に対する信仰とは、正にそんな地獄の塊で出来ている。

 

「んじゃまぁ―――仕切り直しはここまでさ。

 折角殺し合うことを愉しめる相手なんだ。アンタはアタシにとって最高の獲物(サーヴァント)だ、存分に殺して上げる」

 

「有り難い話ぞ。ならばこそ、造作も無く死ね。枯葉の様に死ね。この邂逅こそ聖杯戦争だと言うのであれば、この死もまた我輩とお主の運命ぞ。

 故に―――愉しみ給え、我が怨敵よ。

 貯蔵した己が業全てをさらけ出し、それを奪い取る喜びを我輩に与えてくれ」

 

 軍刀二本。ライダーは皇帝としての己が使う本来の得物を、今の自分の大きさに合わせて内側から取り出す。それに対してアーチャーは薙刀を構え、更に深く相手の動きを警戒する。

 ……が、無駄だった。繰り出される剣戟は、既に理外の異界常識。固有結界と同化したことで、己が技術を魔法の領域にまで叩き鍛え上げた。剣筋は誰のスキルも皇帝特権で模していない自分本来の、戦場で死に触れながら学んだ独自の我流殺人技術。しかし、その技量を宝具と皇帝特権で補助し、有り得ない領域まで鋭さを増していた。

 

「――――……!!!」

 

 死後も含め、これ程の狂気に弓兵(ミツヅリ)は出会った事もない。足捌き、観察眼、見切り、幻惑、剣速、精確、手数、全てが極点の一。時を止める程の、過剰なまで加速した戦闘思考を持つ故に、アーチャーはライダーの一刀一刀を感覚できた。

 ……あれは、略奪した全てを技に注ぎ込んだ剣の術理だった。

 人生全てを修行に費やした武人であろうと、神代から現代まで生きて鍛錬を続ける魔人であろうと、経験によって構築されたチンギス・カンが使う殺人剣には及ばない。あの皇帝が振う刀は、全ての略奪兵の経験を情報として研磨し、大陸で築いた数千万全ての死を凝縮させた業。

 刹那、刹那に煌くは―――

 

「斬る」

 

 ―――この場でセイバーに殺された、デメトリオ・メランドリの剣でもあった。

 残留思念として土地に付いた聖騎士の残滓を取り込み、チンギス・カンは己が剣技を死後に完結させた。あの剣士が最期に至ってしまった領域をライダーは幻視する。

 聖堂教会の人造聖剣。聖騎士が死んだ後、この場に落ちて、地面に今も転がっているあの剣。それをアーチャーは知っており、その本来の持ち主も知っている。それの剣術を理解している。そもそも生前、この第六次聖杯戦争で手に入れた収集物の一つであり、現世に召喚された今の自分が持つ蔵の中にも存在している。

 

「それは、その技は……―――」

 

「斬るぞ。ああ、全て奪うとも。お主の命―――斬り奪おうぞ!」

 

 繰り返し閃くは、無天の剣。ミツヅリを圧倒する程の、純粋な剣の獣なり。

 

「―――略奪王……!」

 

 賭けるべきは、己が命のみ。勝率など思考する価値も失い、勝機など忘我の果て。意識さえ燃やしてアーチャーは自分自身を稼動させ、このライダーと斬り合っていた。防御と回避に専念するのではなく、押されつつも、彼女は対等に殺し合っていた。

 その奇跡を略奪王は喜んだ。何て、命を奪う価値がある怨敵なのか。今の自分の強さを彼は正確に理解している。英霊である時点で、そもそも勝ち目など無い程に―――強く、ただ強く。

 皇帝の技は英霊全ての総決算とも言える集大成故に。略奪を繰り返す程に、彼は限りなくソレに近づけるが故に。

 殺すのではなく、殺し合い―――

 奪うのではなく、奪い合い―――

 ―――略奪王は戦場を住処に生きる事が全てだった。

 

「―――…‥!」

 

「……―――!」

 

 宝具など、ここまで至れば既に不要。魔力を溜めるなど自殺行為。互いに視線を交差させる暇もなく、数十手先の未来を殺し合い、数百手先の有利を奪い取る為に今を駆け抜ける。つまり、逃がさないし、離さない。互いに互いを引き寄せ、離脱させて真名解放の好機など許す筈もなく、ただただこれを喜び、尊ぶことに専念する。

 時間を忘れ、何もかもを加速さえ―――双剣と薙刀は、幾度も幾度も切り裂きあった。

 

「―――起動(セット)

 

 それをアーチャーは自分から破り棄てる。永遠に続きそうな剣戟を、自分の手で終止符を打つ為に。

 

「……ヌゥ―――!」

 

 悪寒を信じ、ライダーは更に加速した。あの呪文には殺意が凝縮されていた。言葉を瞬間に死を味わえる程の狂った力が込められていた。

 ―――二刀必殺。

 メダンドリが至った刃の次元跳躍を引き起こす程の、剣技と魔力のみで空間を切断する斬撃。それを交差させて振り上げた双剣を叩き落とし、周囲の空間に斬撃痕が残留する程の魔剣がアーチャーに繰り出され―――それを、彼女は薙刀の一刀のみで受け止めた。右腕に亀裂が入り、衝撃で右肩が砕けるも、彼女は大英雄さえ造作も無く斬殺する魔法の領域に至った技を凌駕した。剣の力を全て受け流すことは出来ずとも、ほぼ全ての威力を逸らすことに命を賭して、アーチャーは右腕が使えなくなった。

 そして、呪文の効果が発動する。

 彼女は己が宝具を、薙刀の刃から瞬時に移し替えていた。対象は残った左腕―――宝具の義手だった。

 

「――――――――――――」

 

 ―――迫り来る手刀の一閃。ライダーは死を視ていた。殺意によって必殺の意を出し、彼は自分の必殺を誘い出されたことを理解した。

 尤も、それこそがライダーの狙い通り。

 この瞬間こそ、今までの全てが集約される決着の時。

 既にライダーは右手の軍刀を手放し、自分もアーチャーと同じく右の獣腕を強化して繰り出していた。既に先程の一閃で空間破壊に刃が耐え切れず、薙刀との衝突で二刀とも使い物にならずにいた。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 互いに雄叫びを上げる時間もなく、無音の世界で、互いの腕が交差し合う―――抉り合う、その激突。獣の爪は宝具を裂き、既にAランクを凌駕する殺傷能力を誇り、チンギス・カンが出せる最迅速且つ最膂力。義手の刃は空間を容易く抉り、固有結界であろうと孔を空ける異能と化し、ミツヅリが出せる徒手における禁じ手。

 ……ああ、と人獣は未来を悟る。

 己の腕が手刀により裂かれる光景を、彼は加速した体感時間の中でゆっくりと見えていた。

 まず最初に中指が抉れ、手の平が縦に切り裂かれ、そのまま二の腕を真っ二つにしながら自分目指して突き進んでくる怨敵の魔手。斬殺の義腕とでも言うべき、固有結界と化した敵が相手だからこそ有効な、人獣チンギス・カンのみを確実に殺害する結界殺しの禁忌。

 ミツヅリの黒腕は突き進み―――獣の心臓を遂に捕えた。

 鋼鉄の皮膚を裂いて、肉をくり抜いて、骨を突き砕いて―――チンギス・カンの心臓を握り締める。

 

「アタシの勝ちだ」

 

「おうとも。そして、我輩(ワシ)の敗北だ」

 

 彼女は敵が感嘆と共に漏らした敗者の言葉を受け入れ、握った心臓ごと義手を思いっ切り振り抜いた。そのまま彼女は心臓を握り潰し、蘇生など有り得ぬ様に砕き捨てた。

 そして、ライダーは遂に固有結界を維持する霊核を抜き取られ、人獣からただのサーヴァントに姿が戻った。本当なら倒れ伏して休みたいのだが、召喚されたこの現世における最期の時だ。彼は自分の意地と突き通すと決め、その両脚で立ったまま自分を殺した女を視た。

 

「すまないな。アンタが呪われていなけりゃ、結果は違ったかもしれない。けれど――――――」

 

「野暮だのぅ。お主はあの略奪王から勝利を奪ったのだぞ、存分に誇り給え」

 

 お主の勝ちなのだ。もしこの勝利に何か価値があると言うのでのあれば―――誇ってくれ。誇って欲しい。

 

「―――そうか。じゃあ、有り難く奪わせて貰うよ」

 

 チンギス・カンのそんな思いを感じ取れたのか、アーチャーは実に誇らしそうに笑った。

 

「……そうするが良い。

 さぁ、行け。敗者を悼む時間なぞお主には無かろう」

 

 無言のままアーチャーは消え果てる男の死体を置き去りにし、走り駆けて行った。ライダーの内心に溢れるのは、間桐桜に敗北した時点でこうなるのは必然だったと言う後ろめたさと、味わえた戦争そのものは最高の出来栄えだったと言う満足感。

 しかし、自分を殺したのは人類史に名も無き守護者。アーチャーと言うサーヴァントは歴史に名を残さぬ、人の世のを守るだけの兵器。チンギス・カンが生前に楽しみ喜んだ、この世を護る為の阿頼耶の奴隷、その為の生贄で。だからこそ、国家の滅亡と人民の殺戮を偉業の一つに持つ英雄として、彼女に敗北するのはそう悪い気分ではなかった。

 結局のところ自分が始めた闘いの果てならば、こうやって殺されるのも―――つまらなくはないのだから。

 

「まぁ、すまんかったの、デメトリオ。この我輩を戦友に態々選び、こんな楽しい戦場に召喚して貰ったマスターを勝たせられなかったのは残念だった。だが、そう悪くない戦争であった。

 この度の侵略、実に命の賭け甲斐のある………――――――――」





















 とのことで、チンギス・カンが負けました。彼もアーチャーが相手だと勝てないかもしれない、負ける可能性の方が高いかもしれない、と思いながらも、既に敗北した身だからとノリノリと戦い抜きました。桜に呪われず、マスターも死んでいなければ、負けそうになった瞬間にとっとと戦略的撤退を選ぶのですが、それも野暮だと死ぬまで勝ちにこだわって負けて、モンゴルの英雄として殺されることを選びました。

 それは兎も角、カルデアラジオを聞きました。まさか声優のキャラがあそこまで濃過ぎて、あんなにぶっ飛んで面白可笑しいとは考えていませんでした。いやぁ、早くノッブとかジョージとかゲストで来て欲しい。


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異伝.カルデアの日常

 FGO初登場キャラで一番好きなキャラがアルテラでしたので、ちょっと書いてみた番外編です。


「暇だのぅ…」

 

「そうだな」

 

「そうだ、カリブに行くでござる」

 

「……――――――」

 

 ネロは思った、この炬燵ヤバいぞ……と。ついつい睡魔に負けて眠ってしまい起きると、この始末。カルデアは本当に地獄だぜ、と誰かが笑っていたのを彼女は思い出す。と言うよりも、ほろ酔い狐と深夜に愚痴り合った時に言われた事だった。

 

「戦争したいのぅ……略奪したいのぅ。ティーチよ、何か良い案でもないか?」

 

「そう言われも、拙者も暇を持て余し中。いっそのこと、拙者ら四人で共同戦線でも組んでみるのは如何かな。某はどう思うでおじゃる、アルテ裸氏?」

 

「私は構わんぞ。何より炬燵は良い文明。我ら炬燵戦線、世界を砕く破壊で以って世界を救う。

 ……そうは思わないか、ネロ?」

 

「いやいやいやいや……!? そもそもだ、貴様ら何を勝手に余のプレイベート炬燵に入り込んでおる!?」

 

「もぐもぐ。炬燵で蜜柑、良い文明。悪くないな、悪くない」

 

「あー! それ余のミカンだぞ!? 折角神祖ロムルス様が、たまには頑張っている子供らに褒美をって、ローマ産高級冬蜜柑を頂いたのだぞ!」

 

「もぐもぐ。美味し」

 

「もぐもぐ。美味い」

 

「略奪王に黒髭、食ってないでアルテラを止めぬか! 貴様ら何を呑気に―――って、それは!?」

 

「ほら、我輩って略奪王だしの。美味そうだったので、ついついその茶は飲んでしまったぞ。皇帝特権で茶道していたのだ。何より、この玉露は良い玉露だ。のう、ティーチ?」

 

「はっはっは、全く以ってその通りでござる、ワラワラ。他者から奪い取ったモノほど輝かしい財宝は、この世に存在せんですぞ、ワラワラ」

 

「うわぁあああーー! タマモから賭けで勝ち取った余の玉露が!」

 

 右隣に戦闘王アルテラ。左隣に略奪王チンギス・カン。正面に黒髭ティーチ。ネロが愛する癒し空間は極小特異点、強奪占領炬燵ドムス・アウレアと化していた……!

 

「そ、それはぁ……余が楽しみにしていたヤツであったのにぃ……」

 

「不憫だのぅ。可哀想に、何か言ってやると良い、アルテラ」

 

「ローマは良い文明。だからローマから略奪するのも良い文明」

 

 ただの歴史的事実である。

 

「ワラワラワラワラ、テラワロスwwwwwww 流石は神の鞭、拙者もビシバシ叩かれたいですぞ!」

 

「うぅ、許さん。許さんぞ! 黒髭、特に貴様は不認である」

 

「何故拙者だけ!?」

 

「怒るでない。ネロよ、私たちもただ食いを行い、おまえを憤怒させたい訳ではない」

 

「フンヌだけに、憤怒かの?」

 

「略奪王……ここでのオヤジギャグは、悪い文明だ」

 

「だと言っているが、薔薇の暴君よ。お主、少し笑っておったよの?」

 

「わ、笑っておらんぞ! 余はクスリともしておらんとも!」

 

「なに。我輩のカイザージョークは受けぬのか」

 

「どちらかと言うと、バカイザーでござるぞ」

 

 あぁん、命奪うぞと悪鬼の視線で黒髭を貫く略奪王。しかし、黒髭は普段通りにニタニタしているのみ。

 

「それは兎も角、黒髭。私はおまえに聞きたいことがある」

 

「なんでおじゃる、アルテ裸氏?」

 

「そう、それだ。何だか、私の名前の発音、可笑しくはないか?」

 

「見たまんまの姿に相応しい発音だと思いますぞ! アルテ裸氏、まじアルテ半裸王!」

 

「おまえ、私を半裸王と呼んだな。生前先に死した兄に、格好はエロいのに色気が致命的に足りないと揶揄された私を」

 

 アッティラ王には兄の王が居た。生前は共同で国を支配していた王だ。遺跡から発掘された自分と違いフン族に連なる王族であったが、それでも彼女にとっては自分をもう一人の王と認める良き兄であった。

 

「愚腐腐の腐。拙者、褐色半裸娘は大好きですが、少し萌えが足りませんな。イメージが命な訳ですな。まぁ、文明破壊大好き娘では、萌えられる部分も破壊されていまう訳ですぞ」

 

「萌えはそこまでだ。おまえの萌えは……悪い文明だ」

 

「我ら海賊、蒼い海と青い空に焦れ邪悪を成す悪党! 

 即ち―――萌えとは、オレにとって哲学である。生前知り得なかった未来の輝かしい文化の結晶こそ、死後のオレが見出した冒険と略奪に代わる新たな娯楽である故に」

 

「行き成り素に戻るな、黒髭。おまえは、あのおまえのままの方が、このカルデアではらしくなっている」

 

「えぇ~、それ本当ですかな。でもでも、偶には拙者も素に戻りたくなるそんな年頃」

 

「私たちは死人。若いも老いも一纏めに整理された亡霊だ」

 

「なんと冷たい塩対応ですぞ!」

 

「えぇえい! 貴様ら! 余を抜け者にして話をするでない!」

 

 やっと爆発したか、とニヤニヤと笑みを浮かべるチンギス・カン。カルデアでは飲み友達兼狩り友達のロムルスのお気に入りの一人でありあの暴君ネロだ、それなりに興味が昔はあった。今ではこうしてそんな玩具に対する興味だけではなく、普通に友人でもある訳だが。

 

「それで話は脱線しまくっておったが、アルテラよ。貴様は余に用事があるのだな?」

 

 第三特異点も攻略され、今は第四特異点の解析中。暇と言えば暇であり、カルデアを襲う突発的な厄介事(イベント)や、サーヴァントの霊基を鍛える為に幻想種や魔物を狩り殺し、素材集めをしている程度だ。そんな中で用事であるのでそこまで重要な事ではないが、相手はあのアルテラだ。何かの間違いで月での記録情報を得て、ネロもそれは同じであり、あの月の自分達と今の自分達は赤の他人だが、それでも平行世界の自分達は良き友人となれたのだ。このカルデアの自分達もまた良き友人になれたと思う。

 だから、その用事も悪いことではないだろう。そう思いたいネロだったが、同じ炬燵にいる男二人の所為で悪い予感しかしなかった。

 

「啓示の教えが広まった現代において、誕生日を祝うのは普通であるようだ。神の鞭と恐れられた私や、暴君と呼ばれたおまえがその風習を良しとするのは可笑しな話だが、このカルデアでは無粋なことだと私は思う」

 

「むぅ……む、む? む!?」

 

 最初は悩んだが、段々と気が付き、内心での喜びと一緒に疑問の唸り声を上げる。

 

「十二月十五日―――誕生日、おめでとう。これはおまえの為のお祝いだ」

 

 赤い装飾がされたプレゼント箱。

 

「ア、ア……―――アルテラぁぁああああ!!」

 

 ぱぁああ! と言う擬音が相応しい笑み。感動屋であるネロだが、それでも何時にも増して嬉しそうな表情だった。

 

「余は嬉しい! 感激だ! すごくすごく感激だぞ!?」

 

 炬燵から飛び出て、アルテラに感情のまま抱き付いた。ネロはグリグリと頭を押し当てながら、柔らかいアルテラの体を抱擁する。

 

「こら、くすぐったいぞ。それよりも、中身を確認してくれ」

 

「おお、そうであった、そうであったな! ふふん、贈り物は皇帝時代に沢山貰ったが、身分を気にせずに良い友人から誕生日プレゼントなぞ、生前も死後も含めて初めてだ!!

 素晴しいな、素晴し過ぎる。余、生き返って良かったぞ!」

 

 ふんふんふふん、と少し……いや、結構下手な鼻歌を歌いながらネロはプレゼントを開けた。

 

「―――これは……!」

 

「ふぉとんれいだ」

 

「え」

 

「だから、軍神の銃(フォトン・レイ)だ。神祖ロムルスが父、軍神マルスが持つ本物の神造兵器の改造品だ」

 

「え」

 

「握ってみろ」

 

「……うぉう! ビームが出たぞ!?」

 

 形は銃だが、何故か銃身の下部から三色ビームセイバーが飛び出た。

 

「それは魔力によって刀身を具現している。現代の魔術師で言う投影魔術に近い。それと天草が持っている黒鍵の刃にも近いな。それをロムルスに協力して貰い、ローマのマルス仕様にして貰った。材料はローマの隕鉄と大樹でな、それをダ・ヴィンチちゃんが銃型にし、私が軍神の神性因子を仕込んだ。無論、弾丸も撃てる。魔力を擬似的に投影加工し、三色に対応する弾丸を放つ。

 おまえは前に確か、遠距離の武器が欲しいと言っていただろう。私なりに、その悩みを解決する為に考えてみた」

 

 ネロの愛剣は主思いで、空気を読む。受け取った情念を素に炎を出したり、結婚式にさえ対応する。しかし、原理は本人も良く分からないが、遠距離攻撃となればネロが強くイメージすることで皇帝特権により何となく斬撃を飛ばす位しか出来ない。

 

「そうか、アルテラよ……」

 

「?」

 

「……いや、余は嬉しい。本当に嬉しいぞ!」

 

「ありがとう。おまえが嬉しいと言ってくれたなら、私も嬉しいぞ」

 

 友達から光線銃剣(バイヨネット)付き三色光線変形銃(ビームブラスター)を貰った時、一体どんな表情を浮かべれば良いかネロは分からなかった。無論人理修復後の未来、カルデアに召喚される反転したエミヤに羨ましそうな目で見られることも、この時のネロには分からなかった。

 

「では、拙者からはこれを」

 

 そして、怒涛のプレゼント攻撃は続く。

 

「お、お、おおお! これはまさか、小型化した余自慢の黄金劇場(ドムス・アウレア)!」

 

略奪王(バカイザー)から、贈り者とはそれを送られる相手だけでなく、送る側の自分も楽しめると尚のこと素晴しいぞ。と、拙者にアドバイスしてくれましてな。昔は違うでござるが、今の拙者にはこう言う趣味がある。なので、芸術を愛するアンタにならと拙者の力作をプレゼントってことですぞ」

 

 勿論、材質はほぼローマン・コンクリートと同じで、更に塗装に使われているのは本物の黄金。色彩も鮮やかで蓋の様に開閉する天井を開けて見ると、中もまた細部まで自分の宝具とそっくりだった。拘れる所は徹底して拘ってしまうその救われる趣味人の業、黒髭こそ正にオタク。とは言え、皇帝である前に芸術の徒であるネロ・クラウディウスもまた、同じ様な趣味人であるので共感出来てしまう訳であるが。

 

「黒髭……まさか、貴様がそこまで人間出来ているとは。余は感激だ! 何より、この黄金劇場は美しい!!」

 

「そうだな。私でもこれは美しいと思える。黒髭、何故おまえはこんなものを生み出せる?」

 

「ぐふふふ、それは拙者が―――……いや、オレはな、人間が持つ欲望とは元来美しい物だと思っているからだ。未知を求めて大海原を船一隻と仲間を信じて旅をした時、あの時の感動こそ数多ある欲望の本質だとオレは感じた。

 ……拙者は、悪。

 勿論、醜いですぞ。死ぬべき時に、醜い死体になって殺されて死んだでござるが、それはそれ、これはこれ。どんな趣味であれ、丹念に情熱を込めれば不思議と、人はその人間性の美しさに惹かれるのが同然でありますぞ」

 

 むしろ、属性:混沌・悪をここまで真人間らしく更生させてしまうあのマスターの少女の手腕こそ恐ろしい。そうチンギス・カンは考えており、それはアルテラやネロも同じ考えで、ティーチも召喚されたこの自分が変わりつつあることを驚きながらも、それはそれで悪くは無いと考えていた。と言うか、地味に今まで一番嬉しい贈り物かもしれないと、この黒髭なる海賊のセンスに驚愕するネロだった。

 

「うむ。サプライズとはこうでなくては。ではネロ、これは我輩(ワシ)からだの」

 

「……盾、であるか?」

 

「盾ぞ。妻に贈り物はしたことはあるが、女性の戦友に贈り物なぞしたことがなかったのでな。やはり、精神的な充足を得られる物はその手の異性か、あるいはマスターからの方が良い。故、我輩からは戦いを便利にする道具と思いこれにした」

 

「むぅー……おぉ! 腕に吸い付いたぞ! それに軽いな!?」

 

「お主の剣技の邪魔にならぬ様、軽量で且つ両手で剣を握れるようにな。加えて、その手甲へ扇の様に畳み仕舞えるぞ」

 

「ほう、ほうほうほう。素晴しいな。デザインも美しい!」

 

「我輩の皇帝特権(モンゴル)で以って、ロムルスの皇帝特権(ローマ)模倣(モンゴル)したぞ。あやつの皇帝特権(ローマ)はまた別種の機能(ローマ)を持つ故に、その皇帝特権(ローマ)皇帝特権(モンゴル)獲得(モンゴル)すれば良いだけの話であるからの。

 色々と面倒ではあったが、面倒事を楽しめなければ、人は王などと言う立場にはなるべきではない」

 

「成る程、何故か何を言っているのか不思議と分かるぞ」

 

「無論ぞ。我が皇帝特権により、あやつの羅馬語(ローマ)物真似(ローマ)しておるからの」

 

「まことか!? もしや、余も皇帝特権を使えば神祖様と同じ言葉が喋れるのか……?」

 

「出来るだろうの。我輩よりも巧く使えるだろう」

 

「なんと素晴しい。余も余のローマをローマして、ローマでローマとは」

 

「すまんな。お主は一体何を喋っているのだ?」

 

「出来ぬではないか! 余は今とても恥ずかしいぞ!?」

 

「テラワロス(ローマ)www」

 

「ネロ、羅馬語(ローマ)とは良い文明(ローマ)ではないのか?」

 

「なんで余に出来なくて、貴様らが神祖と同じローマをローマなのだ!?」

 

 理不尽だぞ、と憤慨するネロ。

 

「すまない、ネロ。マスターが良くロムルスと私を組ませ、宝具の合体奥義(ローマ)は女の浪漫(ローマ)なの、と言いつつ共に良く戦わせる。

 その所為か、何時の間にか私の中にも浪漫(ローマ)が芽生えていた」

 

 敵をローマの大樹で蹂躙した後、ローマが軍神マルスの神剣で以って敵軍を粉砕する宝具の合体奥義(ローマ)とでも言うべき羅馬浪漫(ローマ)

 

「なんだそれは、余は見たい。見たいぞ!」

 

「我輩もあやつと共に合体奥義(ローマ)をしたぞ」

 

「拙者も同じく滅茶苦茶合体奥義(ローマ)した」

 

「ずるいではないか!? 余もリスペクトしたいぞ!」

 

 そのまま英霊の四人は楽しそうに、この時間を大事そうに使いながら時間を過ごしていった。死後に訪れたこのカルデアと言う世界は、英霊にとってあの少女に召喚されたと言うだけで、夢に等しい時に身を任すことが出来た。

 素晴しいのだろう。

 喜ばしいのだろう。

 サーヴァント達にとって、召喚したのがあのマスターだからこそ、ここまで楽しめて、世界を救うことにここまで本気になれる。そんなカルデアにおけるこんな一幕は、別段珍しい物はでないのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

「えぇ~、本当でござるか~?」

 

「本当ですよ、これが沖田さんの正装なのです!」

 

「えぇ~、本当に本当でござるか?」

 

「佐々木さん、なんでそんなに疑うんですか!?」

 

「何故も何も沖田殿、それはどう見ても袴を穿()き忘れているようにしか見えぬぞ。文明開化が進み私が生きた時代より先であろうとも、あの時代に西洋の“絶対領域(みにすかーと)”なぞ日本に無い筈なのだが」

 

 目の前のセイバー、沖田総司の太ももの出し具合は、佐々木小次郎が第五次聖杯戦争で見たマスターと良い勝負だ。アサシンとしてキャスターに召喚された時の知識を今も持ち、彼はその時の記録からミニスカートやら絶対領域やらと俗世な知識を覚えていた。

 

「違います、そう言う丈の短い着物なんですよ! 買った時も商人の仕立屋さんがそう言ってましたから!」

 

「騙されておるぞ、おぬし」

 

 後、内心でその仕立屋に「良き哉(ぐっど)」と賛辞を贈る佐々木小次郎。

 

「そんな! 土方さんも似合っていると言ってましたし……」

 

「なんと! 土方、エロいな。私と友になれそうだ」

 

「そりゃ、まぁ、土方さんはエロ好きでしたし……あれ? そう思えば、近藤さんと斎藤さんは苦笑いしていた様な。いえいえ、まさか……」

 

「三段突きを振う度に見えそうで見えない、そんな絶技をおぬしは披露しているからな。男からすれば、反応に困るは困るが、決してその光景は悪いことではない」

 

「そんな何ですって! そう言えば土方さん達も、私が三段突きをする度に見えそうで見えないって喋ってました。もしかしてあれ、私の三段突きの動きじゃなくて、こっちの方のことを言っていたんじゃ……―――」

 

「―――安心するが良い」

 

「え、佐々木さん……?」

 

「私は完全に見切っていたぞ。三段突きも、そっちの方もな」

 

「―――え゛?」

 

「実に素晴しいさーびす精神と言うものだな」

 

「このセクハラサムライ! もう恥ずかしくて、大正浪漫な格好しか出来なくなるじゃないですか!?」

 

「それは拙者大変困るでござる。それではもう二度と黒髭殿が言っていたチラリズムを堪能出来ないではござらんか!?」

 

「胡散臭いござる口調は辞めて下さい!」

 

「―――佐々木殿。沖田殿をいじめるのは程々にしませんか?」

 

「これはまた安倍殿。おぬしはおぬしで相変わらずな様だ」

 

「あ、安倍さん……っ」

 

 キャスター、安倍晴明。このカルデアにおいて、あのマスターに初めて召喚されたキャスタークラスのサーヴァント。段々とカルデアも賑やかになっていき、それを実は一番楽しんでいる世捨て人でもある。

 

「ほら、いじめ過ぎると私の分が足りなくなるではないですか。私も千里眼で以って、このチラリズムを楽しんでいるのですから」

 

 救世主の登場! と喜んだ相手からの手の平返し。絶望に沈む沖田。

 

「貴方まで! って言うよりも、千里眼をそんなどうしようもない事に悪用しないで下さい!」

 

「馬鹿なことを。男とは、歳を取る程にエロ爺に深化するのです。ソロモンも、マーリンも、ギルガメッシュも、何だかんだで全員がセクハラ好きです。無論、私もです。特にソロモンなんて私以上にムッツリ野郎です。だからこそチラリズムは千里眼持ちにとって愉悦なのです。彼の神王オジマンディアスも鏡のように磨かれた大理石の上で、ノットパンティな穿いてないミニスカ踊り子を躍らせまして、チラリズムを存分に楽しんだと言い伝えられてます。

 つまり―――チラリズムとは、宝具に等しき貴き幻想(ノーブル・ファンタズム)である訳です!」

 

 無論のこと光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)の床はピカピカに磨かれた神性さえ感じ取れる大理石である。安倍晴明は地味に感動した、あの逸話は本当であったのだと。

 

「―――失望しました! 色々と!!」

 

「まぁ、それは兎も角として、おはようございます。お二人とも、昨日はよく眠れましたか?」

 

「うむ。良き夜であったぞ。まさか死後にこうして満腹まで食事をし、温かい寝床で睡眠を取るなどと言う幸福を存分に得られるとは思わなんだ。

 ……何より、このカルデアには美女が大勢いる。口説き落とせば、寂しい一人の夜も忽ち様変わりすること間違いなし」

 

「まこと、その通りでございますれば、それこそがサーヴァントとしての醍醐味とでも言えましょう」

 

「はっはっはっは」

 

「ふっふっふっふ」

 

「私を置き去りにしないでぇ! 沖田さんのことを忘れないで下さい!」

 

「すみませんね、沖田殿。可愛らしい女性を見ると、ついつい狐としての嗜虐心が出てしまいましてね」

 

「……いや、何を素で最低なことを告白してるんですか?」

 

 少し、いやかなりドン引きする沖田。涼しい笑みを浮かべながら、かなりエグイことを言うのが安倍晴明である。

 

「このカルデアには、生前の既知が沢山です。源氏一派の頼光殿に、坂田共。それにまさか、あの伊吹大明神が残した子である酒吞殿や、鬼種の原型から連なる茨木殿も在籍しています。それに何より―――九尾殿」

 

「あー、ああ」

 

「ほぉ、ほう」

 

 総司と小次郎からしても、玉藻と晴明の因縁は日本出身の英霊として良く分かっていた。

 

「私が嘗て仕えた帝に取り憑いた神狐、あの可憐な毒婦。まさか殺生石を玄翁和尚が槌でバラバラに粉砕した後の未来で、こうしてまた再会するとは実に僥倖なことでございます」

 

「嬉しそうだな、安倍殿。まぁ因縁として考えれば、アーサー王とモードレット卿、源頼光と酒吞童子、イスカンダルとダレイオス、ホームズとモリアーティに近しいだろうからな。私も生前に知り合ってはおらんが、新免殿とは言い表せぬ繋がりを感じることもあるし、それを考えればおぬしも色々と思う所もあるのだろう」

 

「新撰組と薩摩侍でもありますね」

 

「英霊とは座に保管させる伝承化した魂でもありますので、殺した殺された言う関係もまた、重要な我ら英霊の魂を構成する一部分でもあるのでしょう。

 とはいえ、元より座に記録される英霊になってしまえば、生前の出来事など転生した後の来世における前世のようなものです。態々死んだ後、何時までも引き摺れば魂もそれに合わせて歪んでしまいますしね」

 

「だろうな」

 

「ですね。私も薩長は憎いですが、それも新撰組と言う自負がまだ少しだけでも残っているからですし。カルデアに新政府の英霊が召喚されたとしても、憎みながらも戦友として共に戦う覚悟は出来てます」

 

「成る程、成る程です。良い心掛けですね」

 

「おーい、おき太! こんなところに居たのじゃな!?」

 

「はい。私に何か用なんですか、ノッブ?」

 

「なんと、晴明も一緒にいるのじゃな!」

 

「ええ、織田殿。少し沖田殿で遊んでいました」

 

「おき太は面白いからな、仕方がなかろう!」

 

「―――ノッブ」

 

「うぉおいい! 気配遮断からのワープで儂の背後を取るで無いわ! と言うよりも、おぬしはセイバーではなかったのか!?」

 

「安倍さんの宝具を使い、クラススキル気配遮断を霊基に付け加えて貰ったのです。アサシンクラスで召喚される時よりもランクは低いですが、擬似的な二重召喚(ダブルサモン)状態である訳です」

 

「え、なにそれズルい。儂も欲しい!」

 

「良いですよ、構いません。では―――陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)!」

 

「なんじゃそれはおぬし何でもかんでも突然過ぎるじゃろぉおおおおうぉおおおお!!

 ―――儂、今、輝いてる!!!」

 

「安倍殿、何をなさった?」

 

「何時も冷静ですね、佐々木殿は。空位に至る明鏡止水を体得した侍はやはり違いますね。とまぁ、賛辞はこの辺にしまして。

 ほら織田信長と呼ばれる英霊、戦国時代においてそこの彼女は第六天魔王を呼ばれ、それを自認しているみたいですので。まぁ、その―――実際に存在する他化自在天の波旬の霊基情報を式神に写し、それを加えてみました。面白そうでしたし。何より天人としてのこの魔王は弓を持つ姿で描かれますし、アーチャークラスの織田殿とも相性抜群です」

 

「それはそれは、また……」

 

「どうですか、佐々木殿。貴方も一符、霊基に付けてみますか? 日本神話最強の剣神とかも、その気になれば大丈夫ですし。

 特異点とこのカルデアならば私、結構自由自在ですので。ここでなら我らが日本、その原典である大和国朝廷の開祖にして、神殺しの神もまた神霊ではなく英霊として召喚される平行世界も千里眼で既に観測済みなので。その英霊が持つ剣神の分裂体である神殺しの雷剣もまぁ、霊基情報として座から()べない訳でもないですし」

 

「遠慮する。我が剣は、我が身だけの業故に」

 

「ははは、それはまた」

 

「ノッブゥゥウウーーー―――ッ!! 死んじゃ駄目ですよノッブ!!」

 

「ほぅうわわわわわぁああああああああ!!」

 

「まぁ―――冗談はこの位にしまして」

 

「そうじゃな。一芝居感謝じゃ、晴明」

 

「―――……ほぇ?」

 

「で、そちらは交渉の方はどうでしたか?」

 

「うーむ、ぼちぼちじゃなぁ。そっちはどうじゃ?」

 

「やっと私が知る最高の小説家をマスターに召喚させる事が出来ましたよ。いや、大変でしたね―――キャスター、紫式部」

 

「マジで! え、あやつが遂にカルデアへ来てくれたのか。日本最古の、実在の美男子を主人公のモデルにした、あの美少女ハーレム女流作家が!」

 

「その通りですよ、織田殿。これでついに我らが大願成就の時が、着々と迫りつつあります」

 

「ほー、へぇ~……そうかそうか。いやはや、実に長い一カ月じゃった」

 

「な、な、なんですかなんですか、それは!? 私を騙して驚かす為だけの芝居だったのですか!?」

 

「そうですが、なにか?」

 

「そうじゃが、なんぞ?」

 

「もう何も信じられない……助けて下さい、近藤さん!!」

 

 と、そこに膨大な魔力と共に一人の聖女が飛来する。

 

「―――天罰覿面! (しゅ)に仇なす悪魔はここにいるかぁ……!!」

 

「おや、どうした。マルタ殿? 聖女とは一欠片も、全く以って、微塵足りとも思えぬ怒声を上げて」

 

「あん、なんだ小次ろ……―――いえ、小次郎。先程あの魔神柱とは違う、本物の魔王クラスの悪魔の気配がしまして。カルデアの危機と思い、こうして急いでやって来たのです」

 

「そうであるか。しかし、心配ご無用。その問題は安倍殿が解決しなさった」

 

「あら、そうなのですか。晴明さん?」

 

「勿論ですよ、マルタ殿。私の秘術で以って既に魔王はこの場にいません。冥府の神を崇める我ら陰陽師、ウソツカナイネ」

 

「あらま。流石ですわね、晴明さんは。何処ぞのドラゴンスレイヤーのござる侍とは大違いです」

 

「ござる侍……? さてはて、そんなサーヴァント、このカルデアに召喚されたか、否か。ただの農民に過ぎない私では知り得ない情報であることは確かよな」

 

「―――アンタのことよ、佐々木小次郎」

 

「ふむ。休み続きで憂さが溜まっているのであれば、私がトレーニングルームでお相手致すが」

 

「は? 何を言ってるのかしら? 聖女足らんとする私に憂さなんて―――」

 

「―――えぇ~、本当でござるかぁー? 拙者信じられなぁ~いでござる」

 

「上等……―――!!」

 

 逃げる様に去る小次郎を追って、急に現われたマルタもまたそのまま過ぎ去った。

 

「相変わらず、嵐のような聖女さんですねぇ。女狐よりもアグレッシブで、鬼女よりもパワフルです」

 

「そうじゃな。女子(おなご)が元気な町は良い町の証じゃ。そう言う意味では、閉鎖されたこのカルデアも、ああ言う明るいのが居る方が健康的じゃろうよ」

 

「ですねぇ―――……まぁ、彼女はユダヤの使徒殺しの聖職者ヤコブから、あの力を受け継いでいますので。元気と勇気と鉄拳が取り得のバリバリ武闘波聖女ですし、あの大英雄ベオウルフと正面から殴り合える時点で私みたいな貧弱な天文学者では到底敵いません」

 

「え、貧弱? 馬鹿になったんですか、頭でも強く打ちましたか、安倍さん? 頼光(ライコー)さんがマジになって心配しますよ?」

 

「お、天文学者? 晴明よ、何時の時代から天文学者とは、死人を蘇生出来る職業(ジョブ)になったのじゃ?」

 

「良い性格してますよねぇ、貴女達……」

 

 カルデア。この星、この地球を、神代から現代まで観測する星見屋の末裔達。ああ、全く以ってこの場所は、この京の都より遠きこの天文台は、星を見続けて、夜空を思い続けた安倍晴明に相応しい。

 ……まこと、そう言った彼が持つ余韻をブチ壊す二人であった。

 

「……とは言え、織田殿。紫式部は召喚されましたし、後は絵画担当を揃えるだけですねぇ」

 

「う~む、素晴しいな。いよいよ、完成まで秒読みじゃ」

 

「そうです。そこの二人、一体なんの話をしているのですか!? 沖田さんにも教えて下さい!」

 

「え、何って、それはですね―――」

 

「む、何とは、それはじゃな―――」

 

 ついつい息が合い、二人揃って答えを言う。

 

「「―――カルデアのサーヴァントをモデルにした漫画製作ですよ/じゃよ」」

 

「なにそれ!」

 

「いやぁ、最初は史実では男の筈のブリテン王のペンドラゴンを見た黒髭がの、我らがマスターを美男子に性転換した18禁ハーレム小説を思い付いたのじゃ。

 歴史上の偉人の性転換エロゲー―――と言う黒髭が思い付いたもう一つの案も捨てがたいのじゃが、このカルデアでは普通なことだしの。あやつは異性にも同性にも英霊からモテまくるマスターじゃし、猿に匹敵する人たらしマスターじゃし、そっちの方が娯楽にも成るだろうし」

 

「それでまぁ、日本のハーレム小説の源流と言えば源氏物語であり、これはもう古き平安時代から未来に生きてた紫式部を召喚するかないでしょうとね」

 

「アンデルセンやシェイクスピアも素晴しい物書きじゃが、十八禁要素を取り入れたハーレム主人公小説を頼むのは、儂でも少しだけ勇気が必要じゃったし」

 

「ですので、後は絵描き担当と言う訳です。原案紫式部の十八禁有りの漫画を、我らカルデア漫画クラブは今のところ第一目標にしています」

 

「あの、その、もしかして、それって私も―――」

 

「―――勿論じゃとも。おぬしもヒロインじゃ」

 

「後々には、カメラ担当のゲオルギウスと、演劇と振り付けなどの監督担当のシェイクスピアを使い、色んな作家サーヴァントを脚本家にして実写ドラマ化も計画中です。芸術家のネロとも交渉は成立しましたし、黄金劇場改め、宝具『演じ撮る舞台劇場(ドラマーティック・ドムス・アウレア)』の開発にも成功しました」

 

「勿論(ピー)さんも使って、立香を性転換させる魔術薬品の開発も同時進行中じゃ!」

 

「私の陰陽術ならば魂から彼女を陽性の男性人格に出来ますが、それで演じるとなれば面白くありませんしね」

 

「おぬしも悪よのうぅ、星読みの鬼殺し殿」

 

「そちらこそ素晴しき悪党ですとも、僧侶狩りの魔王殿」

 

「「あーはっはっはっはっはっは!!」」

 

「ヤバいです、マスター。沖田さんストレスの余り持病で死にそうです……―――コフッ」

 























 神父と聖杯戦争における次元の、人理焼却が起きてしまった平行世界におけるカルデアはだいたいこんな感じです。
 最初の冬木で小次郎が召喚され、その後のカルデアでエミヤとアルトリアとクー・フーリン。オルレアンの開始直前で何故かチンギス・カンが召喚され、オルレアン後に安倍晴明が来ました。
 まぁこの平行世界ですと全ての特異点の難易度がルナティック且つぐた子マストダイな雰囲気なので、その反動で凶悪なサーヴァントが抑止アシストで序盤に召喚されました。
 勿論、神父さんのサーヴァントもカルデアに召喚されてます。マシュの妹に憑依した実験兵器のデミですけど。やっぱ士郎の兄弟物のオリ主ですので、同じく主人公のマシュの姉妹をオリ主にして、書くなら書きたいですね。




 後、更新停止します。すみません。話を更新する心が完全に折れました。前の話で感想が全く無く、この度の話でも無反応でしたので、自分でも驚きましたがこの「神父と聖杯戦争」を更新するのに、少し怖くなり、尻ごみしています。メンタルは強くないと思っていましたが、ここまで弱いとは。再開は今のところ未定です。早ければ数週間で更新できるかもしれませんが。
 理由は情けない限りですが、それでも少しの間であろうと執筆作業を完全に止めようと決めましたので、その報告をさせて頂きます。すみませんでした。

 今までこの趣味を続けられたのは、勿論感想を下さり、評価を下さり、この物語を楽しんで頂けた人達全員のおかげです。

 本当に、本当にありがとうございました



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78.死骨の獣、式神の主

 輪の都に引き籠りたい……ゲール爺カッコいい……
 ダークソウルに相応しい不死人の騎士でした。ゲールさんマジダークソウルの中のダークソウル。


「―――間桐」

 

「やっと追い付きましたね―――アインツベルン」

 

 黒い天使の群れを影より引き連れ、桜は遂にエルナの前まで辿り着いた。呪詛に塗れた少女だった魔物の軍勢は、泥により容易くキャスターの式神を喰らい、その神秘を更に自分の霊体に上書きし、強化と変化を繰り返しながら進軍を続けていた。

 

「それと、そっちに居る筈のイリヤさんは私に返して貰いましょうか。先輩と同じ位、私にとっては大事な人ですので」

 

「馬鹿か。そんなことを言われれば、人質としての価値があるってことじゃねぇか。だったら尚更、誰が渡すかっての」

 

「嫌ですね。別に死んでも構わないんですよ。死んだ後、消える前に魂さえ泥で捕獲してしまえば、蘇生なんてとても簡単ですので。根源に属する星幽界からの、魂の蘇生は魔法の領域で難しいですけど。この聖杯としての力さえあれば、魂さえ無事なら魔法レベルの蘇生魔術なんて必要ないんですよ。

 これ、アインツベルンになら分かって頂けると思うのですけど?」

 

「第三魔法の応用かよ……―――っち、胸糞悪い話だ。アインツベルンの大聖杯から盗んだのか、マキリ」

 

「ええ。私には物知りな糞神父の師匠が居まして、盗むのは容易かったですよ」

 

 そう言いつつ、イリヤスフィールを解放するつもりなど全くエルナにはない。無論のこと、無言のまま戦局を見守るツェリにもそんな気は無い。

 既に―――イリヤスフィールには覚醒して貰った。

 アインツベルンが最高傑作、イリヤスフィール・ファン・アインツベルン。エルナスフィールとツェツェーリエは戦闘用人造人間として最高傑作であり、生まれた後に自己を鍛えることでアイツベルン最強のマスターとして、自分で自分を完成させたホムンクルス。魔術師として、魔術使いとして強いだけで、聖杯のホムンクルスとしては―――イリヤフイールには遥か及ばない。

 その事を、桜は全てではないが推測程度ではあるが理解していた。

 桜は己が願望の為に、聖杯の制御を何かの間違いで奪われない為に、イリヤをある意味で信頼しているからこそ、この聖杯戦争に巻き込む気は無かった。そもそも魔術師としての腕前では、特に聖杯の制御と言う観点で言えば、自分に勝ち目は薄いのは良く分かっていた。アンリ・マユと言う異常性を聖杯を孕み、属性・虚数元素と言う優位性を持っているとしても、彼女と聖杯として競い合うのは分が悪い。

 はっきり言えば、殺してしまうのが一番。それは大事な自分の先輩、衛宮士郎にも言える事。聖杯戦争の勝利と、聖杯の独占と言う目的を考えれば、イリヤと士郎の存在は百害有って一利なし。

 それでも桜にとって、気が付けば―――

 

「……―――」

 

「あれ、イリヤさん……?」

 

 ―――ああ……だからか。この場にイリヤが出て来たことを桜は素で驚いてしまった。

 

「それは、まさか―――……あぁ、とても外道ですねぇ。そこまでしますか、アインツベルン?」

 

 外道なんて、人の事は全く言えないのに、桜は思わずそう言って仕舞える程に―――イリヤは、本当に終わってしまっていた。

 

「や、キャスターの宝具って便利すぎてね。提案した時は凄く彼から反対されたけどさ、ついつい思い付いて―――やっちゃたよ」

 

 何一つ悪びれず、エルナはアイリスフィールに酷似した貌を邪悪に歪め、ニタリと深く笑みを溢す。

 

「言うなれば、デミって言うヤツだ」

 

 桜に詳細を言うつもりはエルナにはない。だが喋りたいし、現実を見せつけてやりたい。有る程度は手札を晒し、生死的に追い詰めるのも有効だろう。

 そして大元な話、キャスターの宝具である十二天将、陰陽五行星印、大悲胎蔵泰山府君祭。それら三つの大元になる陰陽術、泰山府君の秘術で以ってキャスターはイリヤスフィールに、とある英霊の霊核を組み込んだ。それで以って彼女を新たな式神、偽りの英霊としてその霊基を完成させた。

 復讐者の英霊―――アヴェンジャーのサーヴァント。

 フードを深く被った黒装束の法衣。ホムンクルスと人間の混血として紅眼だったが、今の彼女は更に英霊の混ざり者として、その瞳を黒く呪詛で汚染されていた。

 

「コトミネって言う英霊が、前の聖杯戦争で召喚されたみたいでさぁ……でね、これがまた良い具合にお母様と相性が抜群で。土地に残った残留思念を式神として模して使っていたけど、コイツだけは特別に魔力と術式を練り込んで、能力だけを座から更に特別に限定召喚させたんだ。その人格が無い式神とお母様を、陰陽術と錬金術で融合させてみたらあら不思議!

 ―――デミ・サーヴァントの出来上がりって訳!」

 

 サーヴァントの魂を身に宿す程の巨大な小聖杯としての器。そんなイリヤスフィールだからこそ、七騎の英霊の魂を“魔法”を具現させる為の材料に使える怪物だからこそ、何の問題もなく限定召喚された英霊を自分の霊体に憑依させることが可能だった。

 だが、それ以上にコトミネとの相性が良いのも理由の一つ。

 あの英霊はそもそも―――小聖杯の出来損ないだ。聖杯の魔術師であるのだ。

 限定召喚したスキルも使い易く、宝具「空白の創造(エンプティ・クリエイション)」も聖杯の泥によって覚醒した固有結界。つまるところ、あの宝具は“願いを叶える”聖杯を模した悪神の異界常識。あらゆる物体を魔力で以って創造する能力とは、聖杯による望んだ財宝を与える奇跡を―――人間の魔術師が可能にした心象風景に他ならない。

 それが、投影魔術となって擬似的に行使しているに過ぎない。

 魔力で以って願いを叶えるイリヤスフィールと、魔力で以って望んだ物を生み出すコトミネ。ここまで相性が良い限定召喚の媒体になる魔術師と、その相手になる英霊などこの世の何処にも存在しないだろう。それこそイリヤとコトミネの相性を越える者達がいるとなれば、全く同じ魂を持つ人間と英霊くらい。

 

「それじゃまぁ、聖杯戦争のお約束と行くぜ。

 令呪でも以って我がお母様に命じます―――敵を殲滅しなさい」

 

「―――――」

 

 もはや、今のイリヤスフィールに呪文詠唱など無粋。聖杯である彼女ならば、穢れて壊れた聖杯が至った心象風景程度、簡易な魔術ならば無詠唱で実行可能。

 ―――右手には竜殺しの聖剣(アスカロン)、左手には罪宿しの魔杖(ローレライ)

 彼女が何故それを投影したのかは、彼女自身にも理解出来ていない。しかし、あの男の心象風景に宿る情報が、それこそが微かに残るイリヤスフィールの意識に相応しいと霊基に囁くのだ。

 

「来て下さい―――先輩」

 

 黒泥を門とする間桐桜の召喚魔術。マキリの牢獄より、錬鉄の英雄が泥から現れた。

 

「―――投影(トレース)開始(オン)

 

 その桜の言葉に答える様、そんな言葉が微かに意識が残るイリヤスフィールには聞こえた。

 

 

◇◇◇

 

 

 この場を例える表現として、地獄と言う言葉ほど相応しいものはない。乱戦に次ぐ乱戦であり、ライダーが解き放った軍勢はもう他のサーヴァントを違う戦場に縛り付ける抑止とはならず、晴明の式神の軍勢も結界が破壊されたことで数を維持出来ず、ほぼ全てを討ち取られつつある。

 

「よう、キャスター」

 

「これはこれは。久しぶりですね、ランサー」

 

 ルーンによって魔力隠蔽と気配遮断により、更に自前の脚力での高速移動。世界そのものを振わせる巨大な咆哮、恐らくはライダーの宝具と思われる一撃でアインツベルン領の結界が”破戒”されたことでキャスターの探索機能が弱体化したのもあったのだろう。先程までランサーは誰の目にさえ映らず、マスターが居る地獄へ向かっていた。

 しかし、ランサーとキャスターの二人は、マスター達がいる乱戦状態の戦場へ向かう前、何の偶然か、こうしてばったり出会ってしまった。

 

「まぁ、ここで出会っちまったんだ。こんな偶然もまた戦場ではなるべくしてなった必然だ」

 

「良いでしょう。一対一なら兎も角、あの乱戦状況だと魔槍の不意打ちは流石の私でも防げませんですから。その魂、清めさせて頂きます」

 

 この先に待ち構える戦場。そこではアインツベルン陣営、間桐陣営、他マスター達の同盟陣営が、三つ巴になって凄惨な殺し合いを今も繰り広げている。キャスターが結界で捕えた筈のバーサーカーも既に到着し、神父と間桐陣営から抜けだしたセイバーも合流している。

 ……本当に、地獄としか言えない乱戦状況だろう。

 ここから非常に離れた場所でライダーの侵略軍と殺し合い、更に乱入してきたキャスターの式神共を抑えていたランサー。しかし、何かしらの宝具をライダーが使ったことで侵略軍が消え去り、自分を狙う式神全てを槍とルーンで屠殺士尽くした後、彼は急いでその地獄に向かっていた

 

「つってもま、アンタが此処に居るのは全くの偶然って訳でもないみたいだが」

 

 結界の消失で完全な探知機能はなくなった。今のキャスターでは、隠れ進むランサーを見付けるには有る程度の距離を縮める必要がある。しかし、敵の行動を予測するのはとても簡単。キャスターはとても単純なことだが、その千里眼によって視界の網を張り込み、乱戦状態になっている戦場からランサーが戦っていた場所の進路を見張っていたに過ぎなかった。

 

「勿論ですとも。一番厄介な貴方があの乱戦に紛れこんでしまえば、私も自分のマスターを護れませんから。この殺し合いの勝算云々以前な話な訳ですよ。

 ―――此処でその魂、聖杯へ召させて貰いましょう」

 

「いいぜ。折角の聖杯戦争、そうこなくっちゃなぁ―――その命、貰い受ける」

 

 今の二人が共有する思い―――刹那に、己が全てを注いだ一瞬の決着。

 零秒の加速。

 強化の極限。

 キャスターの淨眼と式神。

 ランサーの魔槍とルーン。

 ―――己が技能と宝具の総決算。

 

「降天よ、我に力を―――」

 

 彼は呪文と共に鞘に納めていた刀を抜く。これは全力であり、数ある秘術の中でも奥の手。元々この陰陽師が愛用している刀などない。安倍晴明は妖魔退治で一通りの技術を会得しているも、本職は符術師。しかも、刀よりも弓の方が得意である。その彼が敢えて白兵戦をする理由、即ち陰陽道による憑依が原因である。

 彼は式神を愛する。

 人生は常に彼ら彼女らと共にあった。

 呼び出し、作り出した式神を―――己が身に宿すことなど造作もないこと。十二神将と陰陽五行星印によって宝具化された式神を、自分の宝具として神秘を発露される絶技。更に神速の詠唱技術によって、本来なら時間が掛かる呪文も、宝具の真名解放も、彼は大幅に時間を短縮。

 

「―――童子切安綱」

 

 大妖怪にして、牛頭の神―――その権能。紫電を撃ち放ち、一刀で以って何かもを焼き切る怪物狩りの業。その刀自体も非常に優れた宝具だが、真に振うには源頼光が持つ雷撃の魔力が必須。それに何より、キャスターは素直にそのまま複製する必要もなく―――

 

刺し穿つ(ゲイ)―――」

 

 ―――この大英雄の、死の一撃を越える事は出来やしない。

 既にキャスターは千里眼によって自分の心臓を突き抜かれ、殺されるのを確認する。ライダーによって結界を破壊された今だと瞬間的な空間転移が難しく、前回のように式神と入れ替わり因果逆転から逃れる事は不可能。そして、ルーン魔術で大幅に強化された槍が持つ不死殺しの正体である治癒阻害の呪詛は強力だ。泰山府君の秘術でさえ心臓が蘇生するのに大幅な時間が掛かり―――その隙に、完全に頭部が石突きで砕ける未来を目視した。加えて、頭部を破壊した後にもう一度心臓を串刺し、更に体内から棘を蹂躙させ、三十以上の死をサーヴァントの霊核に与える絶殺魔槍(ゲイボルク)

 本来なら二度か三度かその程度しか自動蘇生できないキャスターだが、今回は大英雄の蘇生宝具を式神に転用することで、数度死んでも自動蘇生するようにしたキャスターの秘術であってしても、ランサーは容易く殺すだろう。もはやこのクーフーリン、キャスターが参考にしたヘラクレスの蘇生宝具であろうとも不死殺しで蘇生に時間が掛かり、治癒をしている間に不死者が死ぬまで幾度も幾度も殺害し続けるランサーの絶技であった。そしてキャスターは情報が命である理解しており、千里眼で未来と過去の聖杯戦争を観測し、平行世界における冬木の聖杯戦争も見ている。このランサーの技は何処ぞの世界におけるマスターとサーヴァントが、一度に七つの命をバーサーカーから奪い取った所業に近い。

 しかも、殺しの種はそれだけではない。キャスターの宝具は陰陽道であり、魔力を消費しその術を行使するのは自分の脳。自動発動する蘇生魔術を予め重ねて掛けておいたが、ゲイボルグの石突きにもルーンが付けられており、こちらはゲイボルグの不死殺しとは違い、魔術に傷を付ける術式破戒の効果を宿している。これによりキャスターの頭部を陰陽術ごと、術式的にも確実に霊核を粉砕する用意がなされている。ランサーは怪物狩りの達人だ。生命力が高い魔獣も幾匹も屠っている。死に難い相手など珍しくなく、その為の手段も豊富であり、たかだた其処らの不死程度、恐れるまでも無い。

 ―――キャスターは膨大な情報を処理。

 宝具で過剰強化した千里眼により、ほぼ零秒に近い体感時間の中、これ程の戦術を割り出した。この手札で以って、この窮地を脱するべく己が仕組んだ策を発動させる。模倣した“無窮の武錬”によってキャスターは、ステータスを遥かに超える身体機能と、ありえざる濃密な剣技で以って死棘の槍と相対。ゲイボルクの因果逆転は強力だ。必中の呪いは必ず心臓へ迫り、高い幸運があろうとも肉体の何処かを串刺しにする。逆に言えば、何処を狙っているか、相手の動きを千里眼を持たずに予測することが出来る。ならばこそ、キャスターが選んだ策は簡単だった。

 

泰山府君祭(たいざんふくんさい)―――」

 

「―――死棘の槍(ボルク)……!」

 

 共に真名解放を終え、二人は宝具を発動。物理的に有り得ない直角移動を繰り返し、朱槍は狂った軌道で狂うことも無くキャスターを突き刺した。余りに呆気無い止めであり、必殺が必殺足り得ただけの現実に過ぎないのに、槍兵の脳裏は違和感で支配されていた。心臓を突き刺した歯応えは十分だったが、命を奪い取った手応えが足りなかったのだ。

 ランサーはその事実を認識し―――刹那、奴の絶殺を悟る。

 あの男は既に槍が当たる前に、自分の陰陽術によって心臓を体内に入れたまま切除し、霊核の代わりとなるを自分の心臓に仕込んでいた。つまるところ、治癒阻害を能力と持つ不死殺しの呪いが全身の霊体へ廻る前に、キャスターは自分の心臓を自分の胸部から陰陽術によって取り外していた。心臓を突き刺そうが、そもそも最初から乖離されていたのでは全くの無駄。無論、霊核の心臓が無ければサーヴァントは限界出来ないが、宝具による心臓の式神と陰陽符によりキャスターは死を間逃れていた。

 ……心臓が刺さる前に心臓を自分から取っておけば、心臓を刺し呪われようとも問題はない。確かにそれは宝具と言う概念の道理に沿った対処法だが、まともな人間なら―――いや、狂気を宿した反英霊でさえ実行しようともは思えない狂った魔人の所業。

 

「テメェ……ッ―――!!」

 

 そして魔槍の矛先に突き刺さったままの、脈動する―――キャスターの心臓。既にキャスターは心臓を囮に離脱し、更に心臓を触媒に拘束術式を起動。魔槍の呪詛と酷似した茨が現われ、槍ごとランサーを拘束することに成功する。

 となれば必然、キャスターが自分の心臓をそのままにする訳も無く―――

 

「ボンッ―――て訳です」

 

 ―――炸裂。

 

「――――――」

 

 ルーンによる防護障壁を展開。今のランサーは魔槍使いとしての信条からルーンの使用を好まないが、使わずに負ける方が己が信条に反している。出せる手を尽かさずに死ぬのは、マスターに対する裏切り。故に彼は予めルーンの展開を準備しており、咄嗟の事態であろうとも十分に防御は間に合った。

 尤も―――その心臓爆弾が、通常の魔術の範疇にあればの話だが。

 ルーンを使う為に掲げた左腕が根元から(ひしゃ)げた。キャスターによる自分の心臓を触媒にした“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”もどき。ヨーロッパの魔術基盤で言えば、死霊魔術に属するの魔術の一種に近い。

 陰陽師の神秘(ソレ)はランクAの宝具に匹敵し、例えAランク宝具の攻撃をルーンの防壁で防げるランサーであろうとも、至近距離で受けた衝撃は彼の肉体を大きく損壊させた。キャスターは自分の心臓と引き換えに、ランサーの左腕を貰い受けたのだ。それでもランサーは決して槍を手放さず、爆風に逆らうことなく身に受けたまま後退し、ダメージを最小限に止めていた。

 

「―――ハ、マジか! 最高に狂ってるぜキャスター!」

 

 至近距離の爆発により視界不良。地面が抉れたことで粉塵が巻き上がり、煙幕としての機能もキャスターは心臓に組み込んでいた。そして、何より―――気配遮断。式神から抽出したクラススキルを自らに憑依させ、彼は完全に姿をランサーの視界から消していた。

 ……となれば、奇襲は当然。背後か、真上か、あるいは真下の地面からの強襲か。

 槍兵は全方位からの、視覚を最大限利用した上で、視覚外からの攻撃も第六感を鋭く尖らせる。その結果、彼は視覚が防がれた状態であろうとも、キャスターの奇襲を容易く察知。背後に二体、真上に一体、右から三体に左からも三体。加えて、地面からも土竜の如き動きで現われ、正面から一気に五体ものキャスターが強襲を仕掛けた。

 ―――式神による宝具の分身体。

 その全てが、三騎士のサーヴァントと遜色ない技量と速度でランサーを殺しに奔る。

 故にランサーが取った行動こそ、彼が可能な最優の選択肢。まず左腕は使えないが、右腕だけだろうと宝具の解放に問題はない。投げ槍は無論のこと、対人仕様でも右腕一本で十分。そもそもゲイボルクは片腕が使えなくなる程度で真名解放が使えなくなるような、殺し合いで不具合が生じる軟弱な宝具ではない。となれば、その奥の手を軸に彼はスキルとして発現している撤退の技能、仕切り直しを行う為に行動を開始。

 ランサーが取った手は実に単純。槍の石突きを地面から自分を真っ先に拘束する為に来た式神のキャスター向けて突き落とし、頭部を微塵も残さず粉砕。地面の中にいるため逃げることは出来ず、しかし攻撃を行ったランサーはこの瞬間だけは隙晒す。よってどちらにしろその式神は役目は完了させ、無事消滅。他の式神は好機とばかりに襲い掛かるも、ランサーは石突きで地面を砕いた時に離脱していた。この槍兵は地面を叩いた時に生じる反発を利用し、自前の脚力も使い一気に空へ回避し―――ついでとばかりに、真上で陰陽術の準備をしていた式神を真下から串刺しにする。そのまま槍を振り回して刺さった式神を吹き飛ばし、刹那その式神は爆散。ランサーが危惧していた通り、術式によって式神達は即席の爆弾としても十分に機能。優秀な魔術師でもあるランサーは一目で敵の術を理解しており、キャスターの悪辣なそれをも分かっていた。

 

突き穿つ(ゲイ)―――」

 

 魔力はまだ十分。バゼットは非常に優秀な魔術師であり、宝具の真名解放にも余裕がある。となれば、真下に丁度良く纏まっている式神共を殲滅するのも、魔力の消費量を考えなければランサーはあっさりと行える。

 

「―――死翔の槍(ボルク)……!」

 

 三十もの死棘の群れが式神を一気に刺殺。

 

牛王招来(ごおうしょうらい)―――」

 

 そして、宙に滞空するランサーの周囲にキャスターが放った符が囲む。槍を持たぬランサーを狙い、その陰陽符から更なる式神が具現。斧、槍、弓、刀を持つ四人のキャスターだった。生前に出会った四天王の英傑達は、死後に英霊となり、その(えにし)から安倍晴明は彼らを源頼光の宝具を模した陰陽術として、式神の分身体にして召喚。加えて、彼らは安倍晴明を模した式神であり、脅威的な技能を持つ魔術師のサーヴァントでもあり、陰陽術により空中を飛翔することも可能。

 宙で身動きが取れぬ徒手のランサーと、それを取り囲み飛行する四人のキャスター。もはや結果は分かり切っている。ランサーは斧で砕かれ、刀で裂かれ、槍で疲れ、弓によって射殺される。

 だが―――

 

「アンザス……!」

 

 ―――その死地を凌駕せずに、何が槍の英霊か。

 ランサーはルーンで両脚を保護し、その上で足の裏からルーン文字の刻印を破裂させた。更に上空へ一気に跳び上がり、四体のキャスターを見降ろす。しかし、キャスターたちも同時に空を駆け上がり、遂に武具に宿した陰陽術を四人同時にランサー目掛けて一斉解放。

 

「―――天網恢々(てんもうかいかい)……!」

 

 式神による同時襲撃。破るには唯一つ、宝具による攻撃。だが今の彼は宝具を持たない。ならばこそ、ランサーが取った行動は最善の一つ。

 ―――放った魔槍を手元に戻せば良い。

 投げ槍である宝具「ゲイ・ボルク」の副次的な機能。放てば自然と担い手の元に戻る能力。それを行うためにランサーは上空へ逃げることで時間を稼ぎ、彼は魔槍を自分の手元へ呼び戻した―――自分に迫っていた式神を背後から突き殺しながら。

 奇しくも衛宮士郎が行う夫婦剣と似た技。投擲した武具を敵の視覚外から呼び戻すことで、ランサーは刀を持つ式神を一体殺害。同時に槍を即座に振い、もう一体の式神の首を落とす。そして、敵の動きが止まったその隙に、ルーンを放つことで更に式神を爆殺。残るは離れた空中で弓を構えていた式神一体。

 そして、ランサーが式神達を殺している隙を狙い―――矢は既に放たれていた。

 尤もその程度の隙、ランサーであれば隙足り得ない。矢除けの加護を持つ程の技量の持ち主となれば、十分に対処出来る。彼はルーンによって魔力の足場を宙に刻印し、師匠直伝の跳躍技巧で空を一気に駆け飛んだ。自分に攻める矢を右手一本で操る槍で払い落し、弓を持つその式神を串刺しにし、槍を一気に振り上げて空中に刺し捨てた。直後、式神達の死体は爆破され、ランサーは彼らの特攻自爆からも無事に切り抜けた―――

 

「―――」

 

 ―――無音のまま、キャスターがランサーを襲っていなければの話だったが。

 爆風の衝撃を空中で受け、ランサーは体勢を完全に崩されている。グルグルと回転しならが吹き飛ばされ、視界は上下左右全てに振り回され、三半規管を乱されるも、ランサーは敵を知覚する。雷撃を守った刀で以って零距離から落雷と斬撃により攻撃し、彼の霊核を完膚なきまでに破壊せんと空を飛んで迫る陰陽師。

 そして遂にキャスターはランサーを間合いに捕えた。陰陽術による遠距離攻撃では不可能な、確実にランサーを殺し得る手段で以って、その手で直接槍兵の首を背後から切り落とす。それもただ斬殺するだけでなく、何かの間違いで紙一重で身を捻られ避けられたとしても、雷撃を放つことによってその手の回避手段さえ完殺。ルーンによる守りだろうとそれごと斬り捨てる。キャスターの策は成され、幾重にも張り巡った波状攻撃はランサーを完璧に捕え、確かな手応えを感じながら、陰陽師はその首を―――斬り捨てた。

 直撃―――

 

「―――噛み砕く死牙の獣(グリード・コインヘン)……ッ!!」

 

 ―――だが、その絶殺をも槍の英霊(クー・フーリン)は上回る。

 吹き飛ばされながらも、ランサーは最後の奥の手である宝具を真名解放していた。神代の魔術師に匹敵、あるいはそれさえも超える英雄と遜色ない“完成されたルーン魔術師”にランサーのクラスで召喚されたクー・フーリンは、魔槍の能力全てをランサーの宝具として持ち込んでいた。よって彼の槍は骨鎧と化し、融合を果たす。背後から首に雷斬の直撃を受けるも、首を断たれることはなかった。本物の源頼光ならば魔槍の外骨格ごとランサーの首を斬り落としていたかもしれないが、それを模しただけのキャスターには出来なかった。

 

「貴様―――……っ!!」

 

 即座、その不利をキャスターは悟る。しかし無様な隙を晒す姿など、彼は決して敵には見せない。そもそもこの宝具の使用も千里眼で見えてはいたが、その選択を選ぶ未来の確率は低かった。源氏最強の武者を模倣した式神の決戦符術であれば、ランサーを高確率で殺せた筈。だが、現実はこれ

 既にアーマーを装備した死骨獣(ランサー)はルーン魔術を行使し、体勢を整えた後に刻印で作った足場に着地。それと同時にルーンが刻まれた空中を問答無用で蹴り抜き、更にルーンが火薬として爆ぜることで自分自身を魔槍として投擲。その速度、最速の英霊さえ遥かに超えた魔神の領域。仙人が成せる縮地など取るに足りない絶対加速。EXランクに至る筋力を余すことなく全身全霊で炸裂させ、筋肉と神経の全てを跳躍技法へ注ぎ込む。

 足場を余りに強い脚力で粉砕しながら、ランサーは一気にキャスター目掛けて飛来する………!

 

「残さず鏖殺するぜ―――全呪開放、加減は無しだ……!」

 

「我ら陰陽道の神、冥府の王よ―――この者に、死の祈りを下さん……!」

 

 もはや、結界を失ったキャスターでは空間転移で即座に逃げることも、式神と場所を交換することも不可能。離脱は出来ず、生きる為にはランサーを討ち滅ぼす以外に(すべ)はない。そして、ランサーもここまでキャスターを追い込める好機は二度と訪れないことを戦士として理解し、逃せば自分が狩り殺される立場に追い込まれることも分かっていた。

 氷塊と猛炎、更には雷撃と熱光。

 キャスターが放った自然干渉に特化した陰陽術は全てがランクA宝具に匹敵し、それら全てを合わせることでAランクを越える対城宝具としてランサーを襲った。その全てがランサーの抹殺だけを目的として彼を真正面から狙い、その全てをランサーは空中を蹴り走ることで回避。そのランサーから距離と取る為にキャスターは更なる上空へ飛び上がり、ランサーもまた陰陽術を放ち続けるキャスターを追って更に跳び上がる。EXランクの筋力とAランクを越える敏捷が、圧倒的加速を際限無く連続して行動することを可能とした。しかし、その結果をキャスターは陰陽術を撃つ前から未来視し、奥の手となる術を攻撃を避けたランサーへ放った。

 ―――十二天将、その全てをキャスターは具現させたのだ。

 宛らその光景は百鬼夜行。全ての妖魔が空を飛び、ランサーに向かって牙を剥く。相手となるのは左腕を破壊されたランサーだが、だからこそキャスターは慢心しない。手負いの獣は恐ろしく、それが大英雄となれば己が不利され武器に利用する。この過剰抹殺こそ安倍晴明がクー・フーリンに送る敬意でもあった。これ程の猛攻でなければ殺せぬだろう、と。

 だがアーマーを纏うことで、ランサーは左腕を宝具を操り強引に動かしていた。そしてルーンによる腕の修復もしていたが心臓に呪詛でも染み込んでいたのだろう、左腕は呪いによって治癒を阻害されている。となると彼は左腕を鎧で動かす度に激痛が神経に奔るが、意志によって無理矢理苦痛を無視して駆動する。

 

「死に続けやがれぇ……―――!」

 

 ―――これこそ絶殺の技。

 式神の生命力は強大だが、ランサーは一刺し一刺しに魔槍の呪詛を込めた。敵を死獣の爪で切り裂き、突き刺す度に式神の体内から無数の赤い槍が飛び出た。ランサーが相手にしているのは、現世でキャスターが作り上げた英霊や魔獣の式神ではなく―――その生前に、宝具の伝承となった大元となる式神。

 神性を持つ竜種、つまりは龍でさえ彼は使役し、この最後の最後まで手札として温存していた。

 だが、それら式神を―――魔槍の化身と成り果てたランサーは抹殺した。一体一体がサーヴァントに匹敵、あるいは三騎士さえ上回る超常の幻想種であり、英霊の領域に霊基を落とした神霊であり、魔獣、幻獣、神獣であろうとも、もはやランサーは止まらぬ。一瞬一瞬、全ての攻撃に全身全霊を賭けた抹殺の意志を乗せ、ランサーは十二天将を殺害し続ける。

 その身に彼らからの攻撃を受けようとも、ランサーはその身に深い傷を負おうとも、欠片も動きを遅らせずに“戦闘続行”する。サーヴァントのスキルとして所有する程の、その精神の絶対性。一撃で確実に殺さねばランサーは止まらず、逆に式神はランサーの死獣の爪によって絶殺されるのは当然。遂には十二神将において尤もキャスターがその強さを信頼する四神さえ、ランサーは殺害し尽くした。

 朱雀、玄武、白虎―――そして、青龍。

 この四体の守護神こそキャスターが持ち得る最上の幻想種であったが、もはや今のランサーはそれ以上の獣であると言うことだ。

 ―――鎧袖一触とは正にこれ、この殺戮だ。

 鎧に触れる者全てを彼は容易く殺す。触れるように皆殺しにし、腹の内側から死棘で以って刺殺する。

 師のスカハサも知らぬ己が生み出した魔槍の奥義(ゲイ・ボルク)。ルーンの刻印も全力稼働させ、今のクー・フーリンを止められる者など居なかった。

 

「そこまで、そこまでの……――――――!!」

 

 結界をライダーによって破壊され、神秘を破戒され、十二神将も本来よりも弱体化してはいる。それでもサーヴァントが宝具の真名解放が出来ない程の飽和過剰攻撃であり、あらゆる英霊に対して有効。最後の最後まで取っておいた奥の手であり、キャスターの千里眼には確かに何人か殺されるのは“視”えていたが、四神の内の誰かに殺されるのは確定された未来だった―――その筈。なのに、奴はまだ生きている。

 ……遂に龍の四神さえ殺され、内側全身をゲイボルクによって喰い破られた。

 

「捕えたぜ―――キャスターぁあああーーー!!」

 

 死の咆哮。骨獣は殺意を叫んだ。

 

「―――……!!」

 

 キャスターは極限まで、己が体感時間を時間が停止するレベルで圧縮。全ての英霊の中でも最高の思考速度で術式演算し、陰陽術を構築、起動。

 同じくランサーもこの時間を共有。超音速を越える速度で飛来する自分が、まるで水中を漂うように遅く感じる程の、圧倒的加速。

 

「――――――」

 

 防御は意味を成さない。引き千切られて死ぬだけ。

 回避など更に無価値。追い付かれて殺されるのみ。

 陰陽術など使ったところで何になる? 今のランサーは、その存在自体が陰陽術を越える神秘塊。ただただ突撃するだけでダメージはあるだろうが、傷があろうと関係なく戦闘を即座に続行するだろう。

 故に―――致死の技を。

 キャスターが生き延びるにはそれしかない。

 魂を殺害する反魂宝具「大悲胎蔵泰山府君祭(たいひたいぞうたいざんふくんさい)」を彼は術式に変換し、陰陽術として刀に装填。直接自分の手で行う程の絶対性はないが、掠り傷でも負わせればランサーの霊体を十分に崩壊させられる。

 例え―――獣の爪で串刺しにされようが、至近距離から相討ち覚悟で敵を討つ。

 

「――――――……」

 

 そんな音が置き去りにされ、言葉が声にならぬ超加速した異界空間。キャスターは自分の死を、未来を見る超常の千里眼ではなく―――現在を見る今の自分の、単純に動体視力が強化されただけの千里眼で見てしまった。

 骨鎧が自分と相対する直前―――魔槍に戻った、その瞬間を。

 ―――爆音。弾き飛ばされる霊刀と、奔る赤き魔槍。

 安倍晴明は確かに視た。クー・フーリンの魔槍が自分の刀を払い退ける光景と、雷の迅速さで再度槍が突き放たれる死の間際。

 

「……ッッ――――――――――」

 

 自分に迫り来る槍の刃を視認する。目視し続け、当たる瞬間まで確認し、自分が刺殺される直前の光景を見続けた。骨鎧を解除し、魔槍で攻撃するなどキャスターには、その未来が“視”えていなかったのだ。

 

「――――――ガッッ!!」

 

 呻き声が漏れた。貫かれ、腹を抉り削られたが、キャスターは直ぐ様自動蘇生を開始。そして、敵を串刺しにしたまま、ランサーは空を駆け上がった。血を吐きながらも反撃の為に陰陽術を使おうと足掻くが、もうキャスターが出来ることは何も無い。既にランサーは凍結のルーンを使い、キャスターを魔術回路ごと凍り付けにしていた。キャスター程の使い手ならばこの程度のルーン、解呪も容易く、そもそも干渉されることさえ有り得ない。だが内臓ごと霊体の内部からルーンを直接刻まれたとなれば、例えキャスターだろうと話は別。逃れることは不可能。

 ―――獣の間合いと、槍の間合い。

 キャスターはランサーの策に、完全に嵌められた。武器に惑わされ、彼は受けてはならない一撃をその身に受けてしまった。腹部を突き刺され、魔槍は遂に生身のキャスターへ完璧に喰らい付いた。

 ゲイ・ボルク―――それに串刺しにされる意味を今この瞬間、キャスターは知る。

 

「―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)―――」

 

 その静かな真名解放こそ―――ランサーが放った死棘の群れ。

 槍の刃は腹を突き刺したまま、キャスターが心臓代わりにしていた式神の符に向かい、呪詛により更に串刺しにした。肉体の内部から、心臓もどきを破壊した。その上で、突き刺した状態で真名解放することで因果逆転の呪詛は余り効果を発揮させる必要もなく、ランサーは代わりに不死殺しの効果を重点的にルーンで強化させて真名を放っていた。

 三十もの茨はキャスターの肉体を蹂躙し、霊体内部を死棘で埋め尽くした。

 サーヴァントとしての魔術回路は完全に破壊し尽くされ、臓器は何一つ機能することはなく―――霊核に仕込んだ蘇生の反魂秘術も全て魔槍の呪詛が破戒した。

 

「―――ランサー……!」

 

「無駄だ。アンタはもう死んでんだ」

 

 最期の足掻きとランサーを道連れにしようと彼は足掻くも、それももう遅い。魔槍によって霊体を破壊されたのだ、どうして陰陽術が使えようか。

 ……既に空を飛ぶ術もなく、重力に引かれて落下するしかなかった。

 敗北し、死ぬしかない自分。夜空を見上げながら地面に墜落し、彼は特に大した理由はなかったが、星が綺麗ですねぇと何故かそんなことを思い浮かべていた。

 

「―――ッ……!」

 

 落下の衝撃でキャスターは激痛が奔る。死体に鞭を打つとはこのこと言うのですねぇ、と皮肉が思い浮かぶもそれを言う体力も彼には残っていなかった。それよりも自分を殺したランサーに、キャスターはどうしても聞きたい事が出来てしまった。もし聞けるのなら、その為に体力は残しておきたい。

 

「よぉ、キャスター。そっちが結界を壊されたと言え、殺し合いは殺し合いだ。容赦なく、全身全霊で好機を突かせて貰ったぜ。

 ……まぁ、あれだ。遺言でもあるっつーなら、聞いてやるが?」

 

 自分の近場に落下したランサーは無事に着地。左腕は壊れており、全身が式神に付けられた傷で血塗れだが、まだ彼は生きていた。ほんの寸前で、霊核にまで傷は届いていなかったのだ。これならば、時間さえあれば自前のルーン魔術で肉体を回復させることは出来るだろう。

 

「何故、わ……たしは、あ、なたを……みれな―――ゴフ……ぅ!」

 

 血を吐き出し、もう最後まで喋ることさえキャスターにはできない。しかし、ランサーは彼が言いたいことは十分に分かっていた。

 

「ああ、それか。実は生前のオレんところの王様もな、アンタと同じく千里眼で未来が見えてなぁ―――昔、ムカつき過ぎて、ルーンで対未来視用の刻印を考えてたんだわ。

 オレは仕える主君を裏切る真似は余りしたくないが、向こうからオレを切り捨てて敵になるんだったら、喜んで戦って敵を殺すだけ。フェルグスの奴にもヒデェことしやがったし、正直、殺して良いんだったら殺したかった。何時かオレを裏切るようなことでもあればと思ってな。

 だが、まぁ、それも無駄になっちまった。

 ……そんでオレはそれを使う前に死んだって訳。このゲイボルクの奥の手と同じで、オレの伝承にはない英霊の技ってことさ」

 

 何より、スカハサ直伝のルーンである。千里眼の対策など出来ない訳ではない。安倍晴明程の、冠位級千里眼ならば無効化は無理だが、覗き込まれる未来を眩ませる程度ならランサーには容易い事だ。

 

「な、る……ほど。残、ね……ん…です……ねぇ………‥…―――」

 

 相変わらず、月が綺麗だった。キャスターは三日月だろうと、半月だろうと、満月だろうと、赤月だろうと、彼は月が好きだった。月と共に光る星も好きだった。生前も死ぬ時は月明りが淡い夜空を見ながら死んで、今回は森の中で夜空を見上げて死ぬのだろう。天文学を陰陽術と同じく愛した彼は、星々の光に当たり、月下の元、未練もなく最期の時を過ごした。この度の短い人生、最後まで自分を召喚した少女達を守れなかったのは未練だが、自分が出来ることは全てやり終えた。自分の代わりはいないが、もう十分残せるモノは残した筈。

 ……だからか、戦って死んだことに後悔はない。

 皮肉気に笑いながら、キャスターはその肉体を崩壊させた。サーヴァントとしての死を迎え、彼はとても静かに、自分を闘いの末に殺した槍の英霊クー・フーリンに見送られ、エーテルの粒子に還って消滅した。

 

「―――――――……」

 

 彼は自分の望みを理解した。何にも縛られずに全力で戦うこと。クー・フーリンに聖杯へ託す願いはなく、願いを叶える為に戦うのではない。戦う事それ自体が願望であり、死力を尽くして闘いたいから、彼は聖杯戦争で戦って敵を殺している。

 ……そう彼は死力を尽くし、キャスターを闘いの果てで殺害した。

 満足かと聞かれれば、満足したと笑いながら答えるだろう。敵は戦士でも騎士でも勇者でもなく、星見を本職とする陰陽師であったが―――この国、この日本では間違いなく最強の一角。

 強かった。

 楽しかった。

 面白かった。

 この男と戦えて良かったと、戦士ではない晴明は面白くない表情を浮かべるだろうが、クー・フーリンにとってはそれだけで十分に命を賭けて戦う理由になる。

 

「……んじゃ、あばよ」

 

 敵ではあったが、この自分の敵になってくれた相手だからこそ感謝しかない。体中血塗れで、動くだけで激痛が走り、生身なら死んで普通の重傷でも、願望を果たした末の傷なのだ。ケルトの戦士であるクー・フーリンにとって、自分を殺せる程の強敵でなければ殺し合う価値がない。戦士として自分を殺せる相手を望み、キャスターはそれに相応しく、自分と相手が互いの命を求めて殺し合った。

 だから、槍兵は身を引き摺ろうとも喜んで戦い続けるのだろう。

 ランサーは次に自分と殺し合える強敵を望み、この先で待ち受ける戦場を求めて走り去った。

























 バゼットと契約したパーフェクトランサーでした。ランサーのクラスですので、ゲイ・ボルクは全て使用出来る状態です。これで本国アイルランドですと他の宝具も持ち込める雰囲気にしてます。
 それと更新再開します。また読んで下さっている読者様、ありがとうございます。書き始めた時にはなかった設定を取り込み、Fate時空とか、月姫時空とか、らっきょ時空とか、色々と混ぜたカオスワールドにしてあります。イメージ的にはFakeに近いです。
 簡単に言ってしまえば、英霊召喚が出来る程に人理が安定していながらも、殺人貴の無双相手である死徒二十七祖が跋扈し、第六法の成就を祖が狙いつつ、エミヤが地味にそんな脅威から幾度も世界を守りまくり、南米で蜘蛛が神話作りってアルティメット・ワンしながらも、虎視眈々と遊星が人類抹殺を狙い、そんな遊星対策の為の聖剣使いが丁度良く守護者になっており、平行世界からの侵略者を凛が撃退し、キアラが死を選ばず快楽のままマイ宗教信者量産体制に入り、エミヤさんのオルタ化フラグが折れぬまま、実は主人公の言峰神父が人類悪の一柱を地味に始末していた世界です。
 設定は変えてないですけど、新しい設定をこれからは使っていきたいです。


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79.壊れた杯、穢れた灰

 エクステラ、新作が出るらしい。スウィッチでDLC入った完全版が出たので、多分次回作はスウィッチでも出るのかなぁと思ってます。
 アルテラ! おお、アルテラ!!
 またザビーズの物語が楽しめるのは嬉しい限りです。


 ―――その光景は、許せるモノでは無かった。

 ―――断じて、彼が許容出来る現実では無かった。

 許せず、憎む。世界と社会を憎んだ彼だが、目の前で起こる何もかもが許せない。断じて、許さない。それは有り得てはならないと思いながらも、世界中で行われている当たり前な凶行。だからこそ、彼は彼で在る限り許してはならなかった。

 

“―――契約せよ”

 

 声が音無き言葉で囁きかけた。死して魂を捧げたデメトリオ・メランドリへ囁いた言葉と同じ、この人類史を守るこの世ならざる“人々”の懇願であった。資格有る者にのみ囁き掛け、死後を代償に現世の者に力を授ける何か。エミヤシロウとアルトリア・ペンドラゴンが良く知る座の契約。

 人理を守る霊長の機構―――抑止。あるいは、抑止力。抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)を運営する阿頼耶識とも。

 

“―――契約せよ”

 

 それを彼は、衛宮切嗣は知っていた。

 聖杯の中で冬木を見ていた―――否、この世全ての悪(アンリ・マユ)によって“視”せられていた切嗣はその言葉を何一つ間違えることなく、全てを理解していた。

 衛宮士郎の成れの果て、英霊エミヤ。それと成り果てる原因は自分が残した呪いだが、憎悪と後悔で彼の願望を穢したのは“抑止(ソレ)”による所業。理想を反転させたのもソレが彼を生贄とした為。ソレと契約することが何を意味するのか、切嗣はどうしようもなく―――理解していたのだ。

 

「―――契約する」

 

 アラヤはこの好機を逃す訳も無く、メランドリを抑止として利用したように、切嗣をもまた抑止として運用しようと力を与えた。だが既にこの冬木には、三人もの生きた抑止の手駒(エミヤとミツヅリとコトミネ)を送り込む事に成功している。

 それでもまだ足りない。

 世界滅亡の要因を排除するには、まるで手駒が足りない。

 

“―――契約は此処に結ばれた”

 

「――――――――……」

 

 これが、英霊になると言うこと。

 守護者に相応しきアラヤの加護。

 聖杯の泥から魂を間桐桜の手で掬い上げられた衛宮切嗣は、遂に亡霊から英霊へと―――転生する。

 英霊の座に存在する守護者の、その代行者―――エミヤ。

 何処かの世界で、何時かの時空で、己が至った英霊としての概念。ならば、彼が成すべきことは唯一つ。今の自分は理想を諦め、安寧を受け入れ死に、だが今得た力は理想を叶える為、理想に溺れた果てに宿してしまった神秘。

 ―――宝具。

 今の切嗣が持つ能力は現世に生きる英雄の力では無く、死して至った英霊としての力。

 

「あー、え?」

 

 と、戦闘が始まった後、隠れて共に待機していた亜璃紗は心の底から驚愕していた。

 

「阿頼耶識の契約って、そう言うものだったのですか。それにしても、凄まじい意識の集中だ。私の超能力で観測できましたが……―――ははぁ、成る程。あれが抑止力を運営する集合無意識、第八識ですか」

 

 ニタニタと嬉しそうに彼女は嗤った。まさか抑止が生まれる瞬間に立ち会えるとは思わず、この情報があれば己が魔術式の完成へ大幅に近づける。

 この奇跡は正しく、聖女ジャンヌ・ダルクが啓示で神の声を聞いた瞬間、あるいは魔術王ソロモンが神からの宣告を夢で聞いた瞬間、もしくは守護者エミヤが死後を売り渡す瞬間に等しい時間だった。本来なばら、本人以外には理解できない筈の世界の外側からの言葉を、間桐亜璃紗は自分の魔術によって第三者として聞いてしまったのだ。

 

「胸糞悪い……」

 

 聞いたことが無い声だった。亜璃紗はここまで気色悪い心は初めてだった。感情はなく、意志もなく、機械的に生存だけを求める本能の集合体。集合無意識とは、正に言葉通りの現象。

 人類が生きること。

 それだけを目的としたシステム。

 人が人類史を存続させるために創り上げた機構だった。

 

「良いのですか? そこから先は地獄ですよ?」

 

「構わないよ。力を寄越すと言うのであれば、喜んで僕は貰おう。それにこんなモノ、店で拳銃を買うのと変わりはしない。金銭の代わりに魂を対価にしただけだよ。

 ただただ便利な道具が増えるだけだ」

 

 尤も、彼女は一欠片も切嗣のことを心配などしていなかった。この瞬間、この場所で守護者と化したと言うことは、今のこの冬木はそう言った因果律の収束点だと言うこと。あるいは、歴史の特異点とでも言うべきか。あのエミヤが人を救う為に契約を結んだように、衛宮切嗣にとって此処がそう在るべき通過地点であったと言うだけ。

 つまり、この地獄を祝福こそするが、否定など有り得ない。

 

「ええ、そですか。ははは、良い返事です。ああ、そろそろ桜お母さんからタイミングの連絡がありますよ。好きな時に飛び出て不意打ちして下さいって」

 

「了解」

 

 そして、切嗣は虚数の泥に沈んで行った。亜璃紗は独り残されたが、如何でも良い事。彼は嘗て落されていたアンリ・マユの地獄に似た暗闇の中から孔を開け、アインツベルンと間桐と、他の陣営のぶつかり合いを観察し、遂に最高のタイミングで桜が泥を広げたのを感じ取った。

 ―――唱えるべき呪文は唯一つ。

 これこそが、地獄の結晶。殺戮の果てに磨き抜かれた代行者エミヤが誇る貴き幻想。 

 

「……時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)―――」

 

 

◇◇◇

 

 ランサーが辿り着いた時、そこは地獄そのものであった。完璧な乱戦状態。特にアインツベルン側の火力は圧倒的であり、全ての陣営を敵に回しても十分な戦力を誇っていた。死したキャスターが残した自作宝具の式神と、白き聖杯と、この森の城で死んだ英霊を憑依転生させたことで生まれた半人半霊(デミ・サーヴァント)―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 それもただのデミではない。

 彼女はもはや使い魔(サーヴァント)ではなく、マスターを不要とする生きた英雄のそれだった。

 

「こりゃ、ヒデェな……」

 

「―――あ。ランサー、アンタも今到着したところ?」

 

 丁度、ライダーを倒したアーチャーも同時に到着。二人は合流し、戦場を観察しながら、何処から助太刀しようか互いに思案する。

 

「おうよ、キャスターは仕留めたぜ。そっちは、アーチャー?」

 

「アタシはライダーを()った」

 

「……スゲェな。あの化け物皇帝を倒したんか?」

 

「あっちは呪いで精神がちょい劣化してたから。命賭けで隙を狙えたってだけ。アタシとしては、アンタこそ良くこの日本であの陰陽師を倒せたことが驚き何だけど?」

 

「そりゃ、まぁ、ここの結界を何処かの誰かが術式ごと破壊したからな。それが無ければ勝って生き残るのも難しいし、オレも相討ち狙いに徹してたぜ」

 

「なるほど。やっぱライダーは、キャスターの天敵だったか」

 

「―――フン。やっぱアイツが原因か」

 

「結界を粉砕したのはね。ライダーがキャスターに送ったささやかな嫌がらせだったんでしょうけど、アンタ相手にゃ致命的だったって訳ね。

 ……それでも、そこまで傷を負って、左腕は呪われてまともに使えないと」

 

「おう、見事に潰された。そっちも右腕がいかれちまったようだが?」

 

「ええ、あっさり砕かれたわ。アタシってほら、女の子って歳じゃない婆さんだけどさ、それでもアンタらマジモンの英傑に比べればとってもか弱い女性じゃん。こんな筋肉が全く付いてない細腕じゃ、あんな超級の英霊を相手にするのはやっぱ厳しいね」

 

「―――え?」

 

「―――ん?」

 

「いや、アンタの筋力はCランクだろ。つまりあれだ、そこらの成人男性の三十倍は楽に筋肉がゴリってる―――」

 

「―――ホットドック、食べたい? ゲッシュで喰わせるよ。目下の者からの食事を断らないってヤツがあったでしょ」

 

「やめてくれ。別にホットドックは犬の肉じゃねぇから大丈夫だけどよ、温か犬って名前が直球でダメなんだよなぁ……―――って、アンタ、オレの目下なの。死んだ年齢的に?」

 

「あぁ、それ考えると違うね。今の肉体年齢は兎も角、死亡年齢を考えるとおばちゃんだし。つーか英霊になった時点で、その目下ゲッシュがそもそもアタシとアンタに作用されるのか否かも分からんし。

 じゃ、あれ、アタシ実は詩人なんだよ。俳句とか好きな日本の詩人、グレートハイカーなの。なんてーの、士人と詩人って漢字にすると響きが似ててさぁ」

 

「誰だよジンドって、知らねーよ」

 

 名付け親である言峰綺礼は、士人(ジンド)の本名を知っている。この士人と言う名も、武士のことを示す士人(しじん)の読み方を変えた物だが、死人と詩人と言う意味も綺礼は名前に掛けていた。そう言った如何でも良い話をアーチャーは生前にその神父から聞いたことを思い出してしまい、ついつい浮かび上がった記憶の断片をらしくもなくランサーに喋ってしまった。

 

「言峰って言う、あの神父」

 

「ああ、あの神父……って、え、あれ、あいつ詩人なのか? あんな見るからに極悪人な聖職者がオレの天敵の属性持ってんのか?」

 

「そうさ」

 

 勿論、嘘だったが。そんな内心をアーチャーは決して表情に出さなかった。

 

「マジか」

 

 無論、信じてない。そんな感情をランサーは外に出すことなく驚いていた。

 

「―――貴方達、良いから戦いなさい!!」

 

「あ、師匠! 先程ぶりです、ちゃんと教えの通りにライダーぶっ殺してきました! ……じゃなくて、殺してきたさ」

 

「あー、バゼット。やっぱ無事だったか。まぁ、アンタがこの程度の地獄で死ぬ訳ねぇよなぁ…………ケルトの神官の末裔だものなぁ……ケルトウォリアーだものなぁ……」

 

 思わず素に戻っちまったとボソボソ呟くアーチャーと、アンタはやっぱそうじゃなきゃなぁとシミジミ呟くランサー。

 

「アーチャー……いえ、今は止めておきます。それよりもランサー、まだいけますね?」

 

「当たり前だ。つーか、オレは駄目でもやるぜ」

 

「でしょうね。では、詳しい話は戦いながら念話でしますので、今は直ぐにでも参戦を」

 

「おう!」

 

「分かったよ。アタシの方は、アタシのマスターからちゃんと念話して貰うさ」

 

 そして、三人は目前の地獄へ身を投じた―――そう、正しく其処は地獄である。

 何しろイリヤスフィールは投影した魔杖全てを虚空に浮かばせ、自分の“魔術”で操作していた。聖杯を応用することで魔力は実質的に無尽蔵であり、杖からは英雄王ギルガメッシュが生きていた神代の、魔術王ソロモンが魔術を確立させる以前の神秘を解き放っているのだ。もはや魔術の領域ではなく、放たれる神秘は全て宝具と化す。対魔力など無用のスキル。

 加えて、脅威はそれだけではない。

 コトミネが愛用するアンリ・マユの呪刀・悪罪(ツイン)を改造した杖。

 このイリヤスフィールだけが使える罪宿しの魔杖―――悪罪の唄(ローレライ)

 あれは、聖杯の杖だった。士人が創り上げた悪罪もまた聖杯の剣であるが、ローレライは聖杯に使われる為の聖杯だ。つまるところ己が固有結界に記録されたあらゆる宝具、概念武装、魔術礼装に宿る神秘を術式に変換し、魔術として行使する悪魔の偽神の力。己の魂が運営する心象風景を魔術基盤とし、固有結界に宿る概念そのものが魔術理論となる。

 神造兵器ならざる―――人造神器。

 魔術師としての才能が乏しいコトミネでは使えなかったが、憑依されたイリヤスフィールならば十分に行使可能。更に彼女はキャスターの手でその霊体を式神で強化され、人外の血液に汚染された魔でもある。生身の肉体は鬼や天狗と同格の躯体と化し、呼吸するだけで魔力を膨張させ、数段階上の超越者へ転生させられた。彼女自体が宝具や魔法に並ぶ神秘である。

 死徒化など可愛らしい。故にもはや彼女は人造人間(ホムンクルス)を遥かに超えた反転せし杯―――堕天の杯(デモンズフィール)。魔法を過ぎ去り、魂の触覚でさえない、聖杯の固有結界を支配する新たなる死灰の魔術師と化したのだ。

 

「――――――。――――――。

 ―――Heilige Klinge(聖剣よ)Cursed Klinge(魔剣よ)Projektion(集い給え)

 ――――――……――――――」

 

 ぶつぶつと呪詛を吐き出し、それでも彼女は呪文の詠唱を止められない。そして、魔杖によって制御された聖剣魔剣の軍勢。イリヤスフィールは人間の魔術師を遥か超越した魔術回路を音が発すまで高速回転させ、自分の全身に回路が浮かぶほど魔力を滾らせる。

 ―――彼女は宝具を容易く投影し尽くした。

 投影し易く因子を少なくさせて存在させているとは言え、既に魔術師でも―――英霊(サーヴァント)の魔術師でも可能な所業ではなかった。投影するだけならば、錬鉄の英霊でも可能だろう。だが投影した宝具一本一本に強化が施され、射出を速める加速術式で撃ち放っていた。

 

「せんぱーい! これは少し―――いえ、思いっ切りヤバい雰囲気ですよ!!」

 

「――――――」

 

「あ、すみません。呪文詠唱以外は喋れないようにしてるのでした」

 

「――――――」

 

 それらイリヤスフィールが成す弾幕の嵐を、桜は士郎を“魔術礼装”として運用することで全て弾き飛ばした。宝具には宝具を、概念武装には概念武装を―――投影には、投影を。桜から過剰供給される魔力は士郎の魔術回路を熱し、霊体を焼き、肉体が削られた。だが生まれた傷を桜は士郎の中に仕込まれた聖剣の鞘へ、更に魔力を流し込むことで修復する。

 マキリの地下室に監禁していたが、桜は魔術で以って結界が壊れた転移が可能になったアインツベルンの森に士郎を召喚したのだ。キャスターの陰陽術を恐れ、士郎に対する支配権を奪われないように最初は連れていなかったが、そのキャスターの脅威ももはや薄い。言峰綺礼も自由に使えるとなれば、それだけで桜が選べる戦術は幅は広くなる。

 

「―――Leuchtender Stern(聖剣砲)

 

 収束、圧縮、凝固。回転する光の渦は一点に凝縮され―――解放。

 固有結界内に存在する神造兵器(エクスカリバー)の情報を読み込み、魔杖が持つ能力に因って魔術式として編み上げた。イリヤスフィールは宝具化した超常の神霊魔術として、光の奔流を魔杖から解き放ったのだ。

 その名の通り―――砲門魔術・聖剣砲(エクスカリバー)

 聖剣を投影し真名解放するよりも遥かに燃費が良く、魔術回路に対する負担も少ない。そしてイリヤは光の渦を辺り一帯全て焼き尽くすように、斬撃奔流で以って薙ぎ払った。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 尤も士郎の盾は自分と桜を完全に守った。桜が従がえる黒化聖女達は炭化したが、朽ちず、砕けず、呪詛によって泥が肉代わりの人造霊体となって自己治癒を開始。大元の桜が死ななければ天使の不死性が消える事は無く、不死殺し系統の概念武装でなくては効果はない。

 

「凄い凄い、ホントに凄ぇ! やっぱりイリヤスフィール(お母様)は最高です! この衛宮士郎もまた―――いや、ここは敢えて叔父様とでも呼ぶか! そうだな、そうですね、そうしましょう!!

 ―――叔父様も実に最高です!!

 シロウ叔父様もお母様と一緒に欲しいですわ!!」

 

 自分の家族同士を殺し合わせ、命を奪い合う惨状をエルナは楽しそうに見ていた。

 

「ああ、そうだ! 私の私だけのキャスターを殺した糞野郎共だ! アインツベルンの千年を盗み壊そうとする鬼畜外道共だ! 私達だけの聖杯戦争を終わらせようとする人でなし共だ! 所詮は人殺しを愉しみ喜ぶ殺人鬼共だ! 私達も含めた全員が生きる価値のない魔術師だ!!

 だから全て全て、ああ! 我らアイツベルンの敵全て焼き払って下さい―――イリヤお母様ぁ………ッ!!!」

 

 笑いながら、狂う。笑いながら、哭く。涙は流していないが、悲しくて、面白くて、エルナスフィールは笑わずにはいられなかった。後ろで佇むツェリは何も言わずに彼女を見守るのみ。

 

「アーハッハハハハハハハハハハハハハハハハ―――!!」」

 

 魔術による蹂躙攻撃を続けるアヴェンジャーを憑依されたサーヴァントもどき―――いや、今こそアヴェンジャーは己が本来のクラスで以って現界することも可能。アヴァンジャーのエクストラクラスの適性を強く持つが、それは生前に宿した憎悪そのものと言える呪いを死後も宿していたからこそ。本当ならば、キャスターか、アサシンか。適性は薄いがアーチャーとセイバーのクラスでも召喚可能だった。

 ―――それでも尚、今の彼女は復讐者(アヴェンジャー)が相応しい。

 憎悪。憎悪、憎悪、憎悪、ただただ憎悪。憎しみ、恨み、悔み、妬み、怨み、呪う―――ただ、呪う。

 

「―――殺す。殺す、殺す。死ね死ね、貴方たちは死ね。私が殺す。だから死ね。死ね、死ね、死ね、死ね。

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 だから、貴方たちを殺しますわ―――Leuchtender Stern(聖剣砲)

 ああ、死ね、殺す。殺すから死ね、死ぬために殺す。殺したいから死ねせたい。だから、死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね―――」

 

 ぶつぶつと呪詛を垂れ流し、イリヤはそれでも呪文だけははっきりと呪詛塗れのまま詠唱する。キャスターの式神による補正を受け、冬木の聖杯による召喚術式では不完全な筈のクラススキルさえも完備。だが、その影響で彼女は憎悪を自動的に集積し、聖杯の呪詛を増幅させた状態で精神を汚染させていた。それもただ汚染されるだけでなく、キャスターの術で洗脳を受けた状態で、それを上書きする呪詛によってだ。

 その斬撃奔流を撃ち放ちながらも、投影による一斉掃射を止めず、更に投影物を炸裂させることで爆撃まだ敢行。加えて、投影物を魔術で操作することで遠隔操作し、自分を守る簡易的な盾にも、敵を狙って追尾して切り掛る武器にもしている。魔術に長けるイリヤスフィール故にただの投影魔術師では不可能な、投影物体そのものを魔術で操ると言う高位の魔術師にしかできない技術を運用する。

 

「……これは、また。何と言えば良いか」

 

「うわぁ、マジでザマァないね、言峰。アンタよりも巧くイリヤさんの方がアンタの固有結界使ってんじゃん。だからもう一回言ってやるよ、マジザマァ」

 

「……美綴。そのあれだ、何故そこまでお前は口が悪いのだ?」

 

「へ? 何故ってそりゃ、こんなにあんたを罵倒できる機会なんてそんなないからさ?」

 

「ほう、これは酷い。他人の不幸を愉悦に感じるとは、お前は歪んでいる」

 

「―――アンタが言うな!?」

 

 目の前がイリヤによって焼かれている、その死の具現。まるで空爆を受けたような地獄だが、そもそもそんな地獄はが二人にとって当たり前な日常だった。美綴も言峰も、国連に属する他国の軍隊が、独裁政権を支援する大国が、紛争地区へ空爆を行い、街を砕き、人を焼き殺している光景など見飽きている。救いも無く、人は救われずに殺され、ただただ死ぬ。

 人が、利益を得る為に殺すのだ。

 人が、幸福を得る為に殺すのだ。

 だから―――人は人を殺すのだ。

 物が焼かれる臭いも、死体が転がる光景も、何も感じず普通のこと。もはやその日に悪夢を見る事もなく、熟睡さえしてしまえる程に何も思わなかった。

 

「しかし、あの間桐の天使ら、あの砲撃を受けても死なんの?」

 

「あれは擬似サーヴァントでもある聖杯兵器だ。纏っている呪界層の表面は焼けているが、霊体を砕くには至っていない。まぁ、それでも肉体は炭化しているが」

 

「ふーん、なるほど。けれどイリヤは聖杯化してる所為で魔力無限っぽ……い、し? え、あれ、マジ―――!?」

 

「―――ほぉ。考えても普通はせんぞ、あれ」

 

 イリヤスフィールは投影した聖剣を並列させ、上空に浮かべた。その刃全てに魔力が充填され、光へ変換し、投影が破裂する寸前まで集束・加速する。魔杖によって制御され、まるで万華鏡にように聖剣同士が刃と刃で干渉し合い、輝きを更に増幅させていた。

 

「―――Leuchtender Stern(星の光、罪の涙)多装聖剣砲(カレイドスコープ・コールブランド)

 

 その極光こそ投影魔術の極限。神造兵器の複数投影と、その同時真名解放。尤も真名を単純に解放した訳ではなく、彼女はそれを一纏めした術式を生み出し、宝具を放つ一つの魔術として行使している訳だが。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァアアアアーーー―――ッ!!」

 

 それと相対するは、オリジナル。セイバーが誇る原典となる宝具。魔術化した宝具の砲撃をセイバーは己が聖剣で相殺し、恐ろしいことにイリヤスフィールの“魔術”はアルトリアの“宝具”と対消滅した。簡単な話、今のイリヤはエクスカリバー級の一撃を呼吸をするように放てると言う事実。

 

「セイバーさん。いやはや、私達を裏切ったのに無償で助けて貰ってすいみませんね」

 

「今だけです、桜。貴女は止めなければならない」

 

「そこで殺すと言わない辺り、随分と先輩に毒されましたね」

 

「もう私は王ではありません。殺したくないのなら、殺さないだけです」

 

 そしてイリヤの正面に立ち、セイバー……いや、もはやサーヴァントでも何でもないただのアルトリアとでも言うべき剣士は、そのまま剣軍の弾幕と、大魔術の嵐へと立ち向かった。

 

「全く……セイバーさんはセイバーさんですね。実験動物としてマキリに売り飛ばされて、この平和な日本じゃ良い境遇とは言えない人生ですが、巡り合った人間は良い人達ばかりです。

 そこまで私の生は悪くはないのかもしれません。私以上に不幸な人間なんて珍しくないこの腐った醜い世界で、自分は不幸だ、自分が可哀想だ、なんて悲劇のヒロインぶってもつまらないですし。生きていても面白くもないですし。それならいっそ思う儘に生きた方が健全です。

 ……やっぱり何だかんだで、吊り合いが取れてる我が人生ですよ」

 

 蟲に陵辱された末の、この悪逆を選ばざる負えなかった間桐桜。だが、それでも彼女は神父の助けを自分自身の意志で乞い、自分自身の実力と幸運で自由を手に入れた。そして、自分の意志で時計塔に入学し、卒業後は冬木を拠点にして旅をした。自分のこの腐った心で人間を学ぼうと、自分の恩人であるあの神父がそうであったように、自分の憬れであるあの先輩がそうであったように、自分の姉弟子であるあの魔女がそうであったように、自分の為に、自分の願望の為に、彼女は気侭に世界を巡り廻った。

 旅は楽しいぞ、と神父は笑って彼女に語った。

 人は愉しいぞ、と神父は嗤って彼女に話した。

 神父に説教された様に、世界は残酷だった。世界とは、人間とは、おぞましかった。人間なんてそんなもの、と虚無感に似た悟りとでも呼べる実感を得られたが―――この感情は間桐桜にとって悪くはない。むしろ、良かった感情なのだろう。

 虫けらのように、死ぬ。

 ゴミ屑みたいに、死ぬ。

 例え死んだとしても、誰からも見向きもされない屍達。悲しまれず、同情もされず、この世に生まれたことさえ忘れ去られた人間だった物体の成れの果て。尊厳など何処にも残されず命を失った人型の肉塊、あるいは人型さえ保てなかった肉片の群れ。珍しくもない人々の死に様だった。

 ―――彼女はマキリの聖杯として、アンリ・マユの巫女として、人間共の憎悪を蒐集した。

 レイプされながら拷問を受け、生きながらバラバラに解体された女の憎悪を知っている。

 片目を抉られ、肉を削がれ、骨を折られ、妻と娘を目の前で犯された末に殺された男の憎悪を知っている。

 友達を殺さないと殺すと脅されて友達を殺し、その死肉を無理矢理喰わされて殺された少年の憎悪を知っている。

 生みの親に売り飛ばされ、孤児院で性的虐待を受け続け、娼館で大人達の玩具にされた末に病気を患い、誰からも助けて貰えず生きたままドロドロに腐って死んだ少女の憎悪を知っている。

 トオサカ・サクラは―――この世全ての憎悪を知っている。

 なのに、それなのに、アンリ・マユの呪詛で人間全ての悪性を理解しているのに―――実際に、世界を旅して見れば、聖杯の呪詛さえ超えるおぞましい人間共の営みを理解してしまった。死徒や魔術師なんて人間社会が生み出す憎悪の一部分に過ぎず、悪意の歴史そのものが今も紡がれ、人々の屍を量産しているに過ぎなかった。醜く、穢く、下衆で、蒙昧で、気持ち悪く、気色悪く、悍ましい。自分が味わった悲劇など、ただのそこらの悲劇。世界とは悲劇であり、救えない喜劇。

 故に、間桐桜は人間を理解した。

 マキリ・ゾォルゲンがこんな世界を何故救いたいと思ってしまったのか、理解出来てしまった。これを知り、こんなモノを理解してしまえば、例えどうしようもなく無力で、力が足りないちっぽけな唯の人間だとしても、確かに自分だけでも戦い続けなければと強迫観念に囚われる。

 聖杯を使えば、確かに人類が生きるこの世の、全ての悪を滅却出来るだろう。だが、無価値。人間を零にせねば、人類史に刻まれた悪性は決して消えず、それこそこの惑星を一からやり直さなければ―――我らの憎悪は未来永劫消えはしない。

 だからこそ、間桐桜は魔術師としての人生を決定した。

 神父の弟子である魔女が黄金鍵を右腕に埋め込んだように、彼女もまた自分の意志で言峰士人の投影作品を身の内に取り込んでいた。マキリ・ゾォルケン抹殺と間桐家乗っ取り計画の成功後、魔道の師として教えを乞うたのは言峰神父であり、神父から神秘を学んだ時期があることは姉にも先輩にも教えている。その時期に、彼女は神父から“偽聖杯”を授かった。間桐桜もまた神父が創り上げた魔術作品の結晶だった。

 

「私が世界を旅して集めた憎悪の星、大淫婦が背徳―――黄金の杯(アウレア・ボークラ)よ」

 

 子宮と同化させた負の聖杯。持ち主の身勝手な願望を叶える偽物。本来ならば、背徳の都の守護神が持つ権能である故に現代の魔術師に扱える宝具ではなく、士人が投影した聖杯も本物と比較すればガラクタ同然の宝具だった。それでも固有結界の限界が許す限り、彼は聖杯を権能に届かぬ宝具レベルでの創造に成功。それを自分の子宮に埋め込み、霊体と融合させた結果、桜は冬木の聖杯を利用して擬似聖杯として再現した。

 言わば、今の彼女は聖杯で聖杯を稼動させている。マキリとしての聖杯として覚醒した今、黄金の杯も完全に起動開始。聖杯戦争が始まる前であっても黄金の杯によって宝具に匹敵する神秘を獲得していた桜だが、冬木の大聖杯に黄金の杯も本格的に同調した。

 

「私の澱みは緑を犯し、命を残さず覆い喰らう―――」

 

 ―――呪層界(アウレア)黄金偽杯(ボークラ)

 その聖杯こそ、魔術師間桐桜が信頼する魔術礼装。もはや言峰士人の固有結界から完全に独立し、聖杯の泥によって生きた“肉”を持つ生きた概念武装。彼女は自分のスペアをその聖杯を寄代にし、分身した別個体として運用している。故に、肉体が死のうとも聖杯によって彼女は自動的に蘇生する。だがそれだけの神秘では、偽物とは言え聖杯と呼べる神もどきではない。

 虚数空間の侵食領域、世界の汚染。

 彼女を中心に、黒い泥は周囲の森全てを呑み込んだ。木々の一本一本を侵食し、それを擬似的な使い魔にさえし、マキリの聖杯達は泥の侵食を広げる生きた触媒と化した。

 

Meine Hände sind weiß Reinigung(清め給え、聖なる手よ)

 

 その虚数元素と聖杯の呪詛を、イリヤは容易く浄化した。杖を地面に突刺し、自分の周囲の泥を詠唱通りに清めたのだ。他の陣営全てを狙った全体攻撃であったが、元々呪いが効かない者や浮遊能力を持つ者、あるいは範囲外に退去するなど対策を行い彼女の侵食から逃れていた。無論のこと、アインツベルンも無事であり、キャスターが予めエルナとツェリには対呪詛用の術符を聖杯の黒泥対策に渡していた。

 そして―――泥沼より人影が一つ。

 魔術師殺し、衛宮切嗣。あるいは契約により再誕せし―――抑止力。狙いは一人、エルナスフィール・ファン・アインツベルン。彼女をさえ殺してしまえば、イリヤは解放され、この戦局は一瞬で間桐桜が掌握する。

 

「……時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)―――」

 

 その奇襲は完璧で、余りにも迅速で、誰もが“目視”することさえ不可能な絶対的加速領域。例え一撃目の不意打ちを感じ取って対処したところで、もう二撃目を防ぐことは難しく、三撃目さえほぼ同時に襲い掛かって来る。

 

「―――――……」

 

 その全てをエルナは“視認”し、且つ防ぐ。全身を覆う髑髏鎧は単純に固く、例え切嗣の起源が込められた宝具のサバイバル・ナイフだろうと切り裂けず、魔術回路とも今の鎧は繋がっていないので効果も発揮しない。そして、そもそもエルナは衛宮切嗣の起源も、その武器の特徴も既に知っている。ならばこそ、魔術回路を使用した防御などする筈もなく、起源弾のカウンターも警戒して攻撃手段も物理的なものに限定すれば良いだけだ。

 何よりエルナの見切りは人間の神経伝達速度を遥かに超えていた。音速で迫る弾丸を指先で掴むことも、米神に銃口を接触された状態で発砲されても、弾丸が頭蓋を砕く前に避けることも出来る。

 故に、兜の中で彼女は嗤う。

 やっと会えた切嗣お爺様の悪辣な殺人手腕は素晴しく、孫であり、娘でもある自分にさえ容赦がない。

 

「……あ――――――」

 

「――――――」

 

 そう嗤うエルナの背後から、神父が一人。心臓を鷲掴みにし、そのまま綺礼は抉り取った。完全に気配がなく、殺意もなかった。雑草を引く抜く農家のように、言峰綺礼は“不可視”のままエルナスフィールの殺害に成功した。してしまった。アンリ・マユの呪詛で強化した手は簡単にエルナスフィールの鎧を貫き、殺せてしまったのだ。

 ……綺礼とて完全に存在感を失くしていた訳ではない。

 ただの不意打ちならば、綺礼の凶手にエルナは容易く対応していただろう。切嗣の加速に対応した彼女ならば当然のこと。第六感を高ランクで保有するサーヴァントだろうと切嗣の奇襲を防ぐのは難しく、しかしエルナはそれらサーヴァント以上に鋭い第六感と動体視力を持っていた。

 しかし、あの衛宮切嗣が全力の固有時制御の加速攻撃を行った上で、あの切嗣が確実に殺せるようにと命を賭して隙を作り出し、綺礼は不可視の奇襲を敢行した。例えサーヴァントだろうが、それこそAランク以上の直感や心眼(偽)の持ち主だろうと隙の生まれた精神では絶対に対応出来ず、桜の泥沼によって気配察知スキルや魔力探知の類も完全無効化し、切嗣が確実に仕留め殺せるようにと編んだ策。

 狙われた時点でもう遅い―――死ぬしかない。

 エルナスフィールが言った通り、魔術師殺しとはそう言う鏖殺の化身であった。妻を殺した嘗ての怨敵である綺礼さえ殺人道具にし、契約によって得た宝具さえ便利な凶器に過ぎなかった。

 

「―――切嗣、お……じぃ、様‥…ッ」

 

「―――」

 

 兜の中で血反吐を垂らし、心臓を背後から引き抜かれたエルナ。その彼女の眼前には、昔見た写真とかけ離れた姿になった遺伝子上の自分の父親が居た。兜と鎧の隙間、つまり守りが薄い首の部分にコンデンターの銃口を突き立て、感情が一切宿らぬ殺人機械の目で自分を見る実の父親(メイガスマーダー)だけが視界に映った。

 ―――発砲。

 迷う素振りなど一欠片もない。引き金はあっさり引かれた。家族を殺すことなど既に経験済み。悪名高き魔術師殺しの魔弾は、躊躇うことなくエルナの首を引き千切った。

 

「エルナ様ぁ……―――あ、ああ!」

 

 胸に穴が空いて崩れる体、地面へ落ちる白い兜。そして、転がり落ちた兜から、彼女の生首が現われた。泣きそうな表情を浮かべ、血を口から吐き出し―――両目から血の涙を流しているエルナスフィールの首を、ツェツェーリエは見てしまった。

 彼女は走った。死んだ主を見て、主が死んだ現実を認められずに声を洩らしながら、主の屍を目指した。

 

「はい、遅いです。これで終わりっと」

 

 そんな駆け寄ったツェリを背後から斧が襲う。主を目の前で討たれたのだ、動揺を抑えるのは不可能。その隙を穿ち、亜璃紗はツェリの背骨に刃を叩き入れた。泥からの転移によりあっさりと暗殺に成功する。だが相手は戦闘に特化した人造人間、この程度で止まるとは考えず、桜特性の致死性の猛毒と、神経を汚染する麻痺性の猛毒をブレンドした呪毒を刃に塗ってある。そこまでしても死なないと分かっているが、身動きは取れないだろうと理解していた。

 

「ああ―――一歩遅かったですね…………残念です」

 

 刹那、屍になった二人を守るように周囲全てを浄化の蒼炎が薙ぎ払った。陰陽術の攻撃を行った者―――キャスター、安倍晴明。だが、それは絶対に有り得ない。その筈。

 監視用の羽虫で戦局を理解している桜は驚愕し、桜と情報を共有する間桐陣営もまた驚きは同じだった。ランサーからの報告を知っていた者も同様だった。

 

「―――カレンさん……!」

 

 有り得ない異常な神秘、式神による霊基憑依。桜は一目でその仕組みに気が付いた。あのキャスターが其処まで仕込んでいることに寒気がし、だが自分の策がキャスターの策が動き出す前に先手を打てた事を理解した。変わり果てたカレン・オルテンシアの姿を見て、エルナスフィールとツェツェーリエの殺害に成功したことに安堵した。キャスターの死が無くば二人の殺害は難しく、ランサーが作ったこの好機をモノにする為、手駒全てを使った暗殺を咄嗟に行ったが―――時間が間桐桜の味方をした。

 もし、もう少しでも殺害に手間取れば、キャスターが保険としたカレンが二人を確実に助けただろう。

 もし、計画外だからと衛宮切嗣と言峰綺礼の使用を躊躇えば、カレンに自分達は殺されていたかもしれない。

 もし、切嗣がエルナスフィールを殺す為―――抑止力と契約していなければ、これ程素早い暗殺は為し得なかったに違いない。

 本来ならば暗殺に時間が掛かるが、もう少し殺人手段を凝り、自分の手札を切る必要があった。しかし、突如として契約した切嗣によってエルナ殺害が容易く行われ、式神化したカレンは二人の救出に間に合わなかった。現実はそれが全てであり、桜はまるで伝承や神話の様な、気色の悪い奴ら霊長が演出した“ご都合主義(抑止力)”に吐き気がした。

 

「抑止力が、なんで私を―――……いえ、それよりもまずは!」

 

 計画は成した。ならば、桜がすべき事は限られている。奪い取ったバーサーカーを使い、あの狂った死神―――アヴェンジャーは喰い止めている。殺人貴はあらゆる神秘に対する鬼札であり、何が何でも計画の核となる自分へ近づける訳にはいかない。不死のバーサーカーに対する天敵であるが、ライダーの軍勢を失った今、自分の手駒ではバーサーカー以外にアヴェンジャーを長時間喰い止められる怪物はいない。しかし、それも時間が経てば不死の狂戦士が死ぬ確率が高くなる。あれを殺すには、専用の“場”を準備しなければならない。

 

「サクラ……!! この馬鹿キリツグ!!!」

 

 エルナの支配から脱し、正気を取り戻したイリヤによる全力投影。桜たちと、他の陣営にも向けられていたイリヤスフィールの絶対火力の全てが、桜本人のみを狙う。投影された一本一本の宝具が虚数元素を引き裂き、泥の呪詛を容易く払う聖剣と霊刀の軍勢だった。

 士郎も迎撃するも、イリヤの投影する数は倍以上。回路の損傷を気にしない限界ギリギリの綱渡りであり、投影可能な数は士郎の魔術回路を遥かに凌駕する。加えて、イリヤは士郎を一切狙わず、敵首領たる桜唯一人だけの狙った。

 ―――それら全てを、彼は避けた。

 その彼、切嗣は咄嗟に主である桜を腕の中で抱き持った。加速した世界の中、イリヤの剣に掠ることさえなく回避し切った―――が、彼の背後に影が一つ。

 

「―――……」

 

 その加速した時間の中、抱えられた桜の視界は切嗣の背後であり、その死をはっきりと目視した。白い髑髏仮面と黒いローブを身に纏い、アンリ・マユにも負けぬ濃厚な呪詛を発する暗殺者。気が付こうとも声を発する間もなく、対峙するアサシンも真名解放する時間さえ惜しいと即座に凶器を展開する。

 剣の雨に晒される敵を討つ為、自分もまた剣に貫かれる危険を犯す。だが、殺人を為す為の献身などもう慣れた。

 右手からの血毒刀による一閃と同時に、左掌からの血漿散弾。受ければ最後、肉体を溶かし、内部から小源(マナ)を吸収して炸裂する呪毒の火薬。切嗣は桜を抱えたまま刃を避け、血の弾幕を避けながら、降り続けるイリヤからの攻撃さえ回避する。しかし、アサシンの血刀は形状を一瞬で変化し、高速移動する切嗣を追尾する。だが彼は自動拳銃を取り出して鞭を撃ち、迎撃に成功。鞭は液状の血液になって飛び散り、その一滴一滴が針に作り変えられ、更に襲撃を再開する。

 桜は呪層界による援護を考えるも、投影により降って来た剣により地面の泥は浄化され、呪泥による虚数元素の空間転移を封じられたことを悟る。否、イリヤスフィールの狙いがそれなのだと理解した。逃走手段を妨害され、切嗣が幾ら全力で戦線離脱をしていようが、イリヤは彼ら周囲を狙って剣軍を止めずに降り注ぎ続けた。

 そして、周囲全てを敵兵が囲んでいる。

 三つ巴の状態が崩れ、他の陣営全員が間桐桜を狙う状況。このままでは切嗣の固有時制御だろうと捕えられ、詰み将棋のように甚振り殺されるのは目に見えていた。となれると必然、隠しておきたかったが、自分の手札を切る必要が出る。使いたくはないが、しかし、使わずに死ぬ方が間抜けだろう。慎重過ぎて失敗するなど、間桐家当主として恥である。

 

呪層界・黄金偽杯(アウレア・ボークラ)―――」

 

 浄化されようが、より強力な概念を持つ神秘によって強引に具現させる。桜を中心に光を宿さぬ暗闇が広がり、回収しておいた霊基を再度召喚させる。折角捕えた英霊だ、一度死んだ程度で聖杯になどむざむざ焼べるものか。

 

「―――杯の炉より蘇生せよ。我が下僕、ライダーよ!」

























 とのことで、暗黒桜無双編。
 この作品の桜さんは実は旅をしてまして、結構な悪性情報を自分の目で確認しながら収集していました。エミヤやコトミネみたいに人殺しも結構殺害してますが、彼女の場合はエミヤみたいに人が人を殺す前に人を殺すことで事前に大量殺戮や大災害を止めるのではなく、罪を犯した人間を殺す為に殺し、悪性に傾いた魂を自分の子宮に融合させた偽聖杯・黄金の杯に焚べてました。言ってしまえば、自分の足で世界中の地獄を見れるだけ見て、死の苦痛に満ちた残留思念と魂を、冬木の大聖杯でも小聖杯でもなく、自分自身の偽聖杯に礼装を完成させる為に集めていた訳です。士人と言う悪徳神父ソンのお勧めで。
 その過程で、アンリ・マユの泥で人間の邪悪さ、醜悪さを呪詛で知っていながらも、実際に世界を見てみると更におぞましく蒙昧な人間社会を味わい、失望すると同時に歓喜し、人々の苦痛と嘆きを取り込んだ呪詛を通して生身で実感し、らっきょボスキャラである荒耶並に人間の死を体感し、段々と自分の不運が取るに足りない普通の悲劇にしか感じなくなりました。なので、言峰士人が考えた以上に、その神父に匹敵する程の邪悪なる聖杯、そう言う生きた現象みたいな鋼の精神性を至ってます。

 それでは、この長い後書きを読んで頂き、ありがとうございます!


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80.狂獣

 アガルタ、面白いです。何だかんだで、新キャラ全員面白い登場人物達でした。アポクリもアニメ始まりましたし、型月関連の娯楽は充実しまくっています。

 それにしてもアガルタ、あのサーヴァント面白い。
 ああ言うキャラってFateだと逆に斬新でした。小学生の頃、人生で初めて読んだ漫画の影響か、記憶に残ってる最初に覚えた英語がエンジョイ&エキサイティングなんですよね。その所為か、自分の中の悪役イメージって言うと彼だったりします。


 それは冒涜であり、不浄であり、穢れであった。人の形さえ保てず、影でさえなく、泥と血と肉の塊に過ぎなかった。ただの死骸に過ぎなかった。

 屍の獣。

 英霊の骸。

 黒化とさえ呼べない黒い冒涜であった。

 

「――――――――――――!!」

 

 絶叫の轟き。死に続けるが故の雄叫び―――亡者の嘆き。これはライダー本人の叫びでは決してない。彼の宝具の大元となる伝承、モンゴルの恐怖である大陸での大量殺戮、その被害者たちの嘆きの声だった。姿はアーチャーが倒した人獣の形。しかし、完全に黒い塊と化し、形状も辛うじて人型を保っているに過ぎない。

 

「命じます―――狂い、暴れ、殺しなさい!」

 

「―――遅いです。のろま」

 

 カレン……いや、正体はキャスターか。今はどちらか分からないが、それでも彼女は手から符術を解き放った。空間を圧縮し、周囲の物体を粉砕する空間干渉攻撃。一撃でライダーごと纏めて空間を吹き飛ばす―――が、気配は微動だにせず。あろうことかランクAの呪術をその身に受けながら、ライダーは全く気にせず受け止めきっていた。

 更に、そこへイリヤは弾幕を強襲。だが、明らかに発狂して禍々しい理性も人格も感じられない様子のライダーが、その剣と槍の群れは極まった技量の剣技と異常なまで“狂”化された膂力で一蹴。桜の手による令呪で恐らくは宝具の人獣化を強制使用された上で、皇帝特権によって「狂化」と「無窮の武錬」の両スキルを同時行使されていた。その上で機械的に「軍略」や「心眼」などのスキルも利用されており、一切の無駄も隙もなく相手の攻撃に対応していた。

 

「さて、私としては義理だけは果たしたいのですが」

 

 乱戦を見守るカレンに近づく影が一つ。綾子は気安い雰囲気でまだ敵かもしれない彼女へ、敵意も殺意も向けずに歩み寄った。

 

「……成る程。あんた、一応カレンみたいね」

 

「それはそうです。私は私以外にはなれませんので」

 

「そう、つまり保険ね。あのキャスターはそこまで念入りに策を練る程、アインツベルンの二人に惚れ込んでいたか。それにしても、随分とまぁ、アンタはアンタはで碌な目に会ってないな」

 

「うるさいですね、アヤコ。行動に制限が掛けられいるのです。厄介ですよ、魔術契約ってものは」

 

 そうしている間にも、ライダーは縦横無尽に戦場全体を疾走する。縮地と魔力放出の連続使用によって誰にも捕えられぬ速度と敏捷性を発揮し、両手に持った二本の軍刀を我流の双剣術で操っていた。

 

「ふーん、そ。ならイリヤさんにでも魔術契約を破戒して貰えば? あいつの英霊体を憑依されてるみたいだし、契約破りの短剣も投影出来るだろうしね」

 

「お構いなく。私も私で思う所がありますので。そもそも今のこの霊体はキャスターでもありますので、令呪もどき程度の縛りなど破れない訳がないでしょう」

 

 そう喋ったカレンは狂乱する戦場を流し見て、気配を限界まで消した。そして、自分の方を見てうっすらと笑う兄の姿を確認し、微笑み返す。そして彼女は安倍晴明(キャスター)の式神を使って首が取れた遺体とそのエルナの生首に、直ぐにでも死にそうな重傷のツェリを持ち去った。

 カレンは士人が自分の現状を理解していることを悟った。実の父親らしき悪霊の姿も確認したが、取り敢えず今はすべきことがある。この二人(父と兄)には問い質したいことがあるが、それを内心に封殺した。

 

「ふ~ん、そーゆーことか。難儀な女だな、兄に似て」

 

 そのカレンを見送り、綾子は胡乱気な目で戦場を俯瞰する。嘗て死神に“殺”された左目の代わりに入れた義眼で以って遠見を行い、第三視点からの視覚情報を獲得した。

 

「アーチャーね、アーチャーのサーヴァント。遠坂が召喚したあの英霊――――――」

 

 そもそも、あれ程の類似点が重なれば否応にも気が付くもの。

 

「―――ま、いい。学ばせて頂くさ」

 

 何から何まで、全てが理想的。呼吸法、足捌き、体勢、武器の動作、あらゆる戦闘行為が自分が目指す頂き。無論、その武器さえも。

 何より、あの左目と左腕。あれがそう言う存在(モノ)なのは一目で理解した。となれば、自分がそう成り果てるのも理解出来てしまった。とは言え、所詮は無数に存在する可能性の一つである未来の姿。

 

「にしても、言峰。何だ、あの隠し玉。人蛭の祖連中が可愛く見えるじゃん。死徒殺しの片刃野郎がぼやいてたのも分かるなぁ……」

 

 圧倒的技量、絶対的力量―――そう言う頂点に至った人間を、稀に戦場で綾子は見ることがある。殺人貴の殺戮技巧と神さえ抹殺する死の魔眼、錬鉄の英雄が誇る狙撃能力と投影による多種多様な武装、宝石の魔術師が至った根源の魔術基盤に鍛え上げた戦闘魔術と中華拳法。言うなれば、必滅とも呼べる戦闘技法。

 しかし、言峰士人が振う剣技は次元が一つ違う頂点だった。

 手に持つ武器は黒い剣一本。

 無双を越え、無敵。

 サーヴァントと言う怪物の中でも、今のライダーは更なる英雄と呼べる魔人だった。 

 膂力は無論、敏捷性、技量、気配、見切り、呼吸法、足捌き、剣術、体術と何から何まで全てが巧い。何もかもが極まり、つまるところ問答無用で強かった―――それを、神父は剣一本で封じ込めた。

 剣には剣を、槍には槍を、究極には究極を。目視など不可、見切りなど無駄。振えば死ぬ、下ろせば殺す。神父の剣技はそう言う異次元の技術であり、正しく神業だった。尤も、神は神でも死神だが。

 

「◆■■――――――!」

 

 しかし、ライダーは既にその程度の限界を突破していた。視界全てが踏み込みの領域であり、察知した気配全てが斬殺の対象物。

 速いと言う物差しでは、最早ない。

 時間が途切れる程の、純粋な移動。

 皇帝特権(縮地:A+)の瞬間発動。

 逃げようとする桜達に追撃を加えようとする敵陣営の背後に、ライダーはあらゆる障害をすり抜けて出現した。

 

「しゃらくせぇ……!」

 

 それを阻むは最速のサーヴァント。呪いの朱槍は容易く発狂し続ける獣神の意識の死角を奪い、刺突を既に放っていた。それをライダーもまた容易く見切り、返す刀で斬撃を見舞う。

 それを更に防ぎ、ランサーは普段は封じているルーンを全開。

 強化した躯体は生前により近い身体能力をサーヴァントとして再現し、ライダーと相対するも分は悪い。呪詛の狂化による身体は常時強化状態のライダーのパラメータを増幅し、ランサーとの能力差を広げている。

 

「――――――!」

 

 声なき槍兵の雄叫びが炸裂する。もう此処に至っては気合いの声はおろか、呼吸する手間さえ殺され死ぬ隙となる。発狂したライダーさえも同じ結論で、狂った思考でありながら効率的な手段を行使する。

 秒間に幾十幾百と、死が交差する。今も交差し続ける。

 ランサーとライダーは互いに敵を攻めて、抉り、切り裂くも、致命の一撃には至らず。

 

「アタシも混ぜろや……!」

 

 アーチャーも此処に至れば一切の自重を捨てた。殺人貴に斬り“殺”された左腕の骨肉を、師の神父と協力して錬成し、概念武装へと改造した薙刀。生前に愛用していた己が魔術礼装。

 名を天断(あまだち)と名付けたミツヅリの愛刀だった。

 故に、この武器こそが、彼女の持つ魔術属性と魔術特性を最大限まで引き出せる触媒。自分の左腕を丸々材料にした起源武装。宝具ではないただの魔術礼装に過ぎないが、並の宝具を越える彼女の最高傑作となる礼装だ。

 

「――――――……!」

 

 それをライダーは忘れない。自分の肉体は獣の形を模した固有結界だ。本来なら世界そのものを侵食し、空間を略奪する異端の固有結界を無理矢理個人の霊体に納め、肉体と融合させた異界常識の化身。受肉して物理的な干渉を受けるようになったとしても関係ない。異界と化した彼には通常の物理攻撃は勿論、宝具が持つ概念による重みさえ効かず、例え傷を負わせようとも即座に復元する。

 だからこそ―――空間に「門」を切り開かせられるアーチャーの魔術礼装(天断)は、ライダーにとって致死の猛毒。

 異界化したこの肉体へ直接的に門を刻み付け、癒えぬ死へと至る傷を切り開く。

 ランサーの呪槍も死の呪いとなるが、真名解放を受けようとも耐え切れる。何度も受ければライダーの世界も心臓を通して呪詛に圧迫されるが、アーチャーのそれは一度でも受ければ世界を門によって開かれ、霊核を裂かれてしまう。

 

「――――――――――」

 

 甦った獣。歪に死んだ獣の成れの果て。獣の屍は止まり、敵対する二体のサーヴァントを狂った瞳で見ていた。狂気に濁り、憎悪で滾っているのに、胡乱と呼べる程に生気がない。正しく死体であり、死んだ魚と同じ何も映さぬ目だった。

 

「――――――……」

 

 ランサーとアーチャーは、その泥塊と化した黒い獣―――ライダーと対峙する。

 

「……ふん、アンタとアタシの殺し合いが無為にされたか。不愉快だ。もうそんな様じゃ、ライダーなんて言うよりもビーストって言った方がクラスに相応しいね」

 

「ああ、そりゃ最悪だな。死闘に水注されると、純粋に―――殺したくなる」

 

 マスターたちを背後に、ランサーとアーチャーの二人は槍と薙刀を構えた。その背中を凛を見守る。告げねばならぬことがあり、自分には為せなばならないことがある。

 

「アーチャー……―――足止め、お願い」

 

「―――了解。ま、一度倒した相手だ。今度は壊した霊核をきっちり完全に抹消するさ」

 

 霊核を壊せば、サーヴァントは死ぬ。しかし、聖杯の呪詛と宝具の蘇生能力によってライダーは生き永らえた。ならば、サーヴァントとして現世に欠片も存在出来ないようにするだけ。

 アーチャーが残るのは必然だった。ライダーを倒せる者は他にもいるが、アーチャーはそれに特化した空間干渉能力を持つ。彼女でなければ勝率は低く、生き延びる可能性も一番高い。キャスターを撃破した桜を早急に追い掛ける必要もあるが、このライダーもまた確実に倒さねばならない。足止めもそうだが、桜追撃を邪魔されないようライダーを討ち取り、その死地から生きて生還することも必要不可欠だった。

 

「つーことだ、バゼット。オレも残るぜ」

 

「……でしょうね。死闘から逃げる貴方ではありませんから」

 

 それも、誰かが為せないといけないのなら猶の事。

 

「勝ちなさい、アーチャー―――!」

 

「倒しなさい、ランサー――――!」

 

 全く同じタイミングで凛とバゼットは令呪を切った。

 

「―――当然さ!」

 

「―――おうさ!」

 

 

◇◇◇

 

 

「キャスターさん、死にましたか。魂も此方の聖杯の方へ粗方収納済み。ふふ、順調ですねぇ……」

 

「…………」

 

 通常のサーヴァントを越える魂の格。通常の人間が持つ霊格の数万倍か、十数万倍か、それ以上の魂の強さ。並の英霊二騎分は確実に内包している魔力だ。ひ弱な魔術師などではなく、現世と地獄と魂を知り尽くした日本最強の陰陽師にして、平安最高の神秘学者に相応しい強さだった。

 ……尤も、何故か一割ほど霊格が損壊していたが。

 あのサーヴァントは死ぬことを前提に自身の魂へ術式を刻み込み、聖杯へ魂が送られぬように工作していた。それも桜は見抜いており、森に放った蟲の使いを媒介にし、霊体が消えた瞬間に魂を呪界層へ取り込んでいた。蟲を通じてキャスターが死ぬ瞬間を桜は監視しており、捕えたは捕えたのだが―――それも、完全には至らなかった。

 

「……足りない分も、キャスターさんの使い魔で幾らかは補えますし。ライダーさんは元々の自分の魂に加えて、現世で更に魂がサーヴァントの枠を超えましたから。

 蓄え膨らみ、さてはて死ねば何騎分でしょうか。この場所で更にキャスターさんの式神を食べさせましたし」

 

「…………」

 

「―――で。そろそろ白状したらどうですか、切嗣さん?」

 

「……………――――――」

 

 気配が一新した桜の使い魔である擬似サーヴァント。生前は衛宮切嗣と呼ばれた聖杯の中に囚われていた亡霊。

 

「―――やり方は知っていたよ。聖杯の中で、あの悪魔によって現世を見せつけられていたから。勿論何故士郎が彼になったのかも。僕が拒否しても、通過した聖杯に残った思念から摩耗したアーチャーの記録の断片も見せられたのでね」

 

 言峰士人がカレン・オルテンシアを救うべく行った奇跡も、アヴェンジャーがギルガメッシュに殺されて死んだ時に見せられた。それは言峰綺礼も同じだった。

 セイバーの過去も断片的だが知ってしまった。

 衛宮切嗣と縁があるサーヴァントを記録を、彼は悪夢を見るように脳味噌の記録野に焼き付けられた。

 

「そして、この僕にも資格があるらしい」

 

「あー、それはそれで良いです。何となく分かりますから。私が知りたいのはそんなことではなく、何故、この時に守護者へ成れたのか。人理に傷を付ける可能性がある私に味方する貴方が、何故―――契約を成せるのか?

 だって、不可思議じゃないですか?

 人理に仇なす私に、その私の使い魔に、その阿頼耶識が力を与する訳がない。となれば、当然ですけど私はこう思う訳です。

 その契約で得た力―――聖杯を解放しようとする間桐桜(わたし)に対する抑止力。

 この平行世界を守ろうとする人類が、冬木の聖杯を危機として認識するのは当然ですから。根源に渡ろうとした魔術師を滅ぼすアラヤの機構が態々この事態を見逃す理由がない」

 

 魔術協会・時計塔で間桐桜は魔術の叡智と、この魔術世界における学問的知識も教えられた。到達点の魔法や秘技とされる高度な専門的魔術、術者固有の理論は当然ながら教えて貰うのは不可能だが、魔術師として知るべきことは神秘学者の一人として授けられる。

 無論のこと魔術師にとって最大の敵―――人類を守護せし抑止のことも。

 根源への道を隔てる怨敵であり、恨むべき障害。それが何故、根源と通じる可能性がある聖杯を支配する人理の敵である魔術師間桐桜の力となるのか。

 ―――有り得ない。

 結論はそれだ。桜とてこの第六次聖杯戦争を開催するため心血を注ぎ、抑止の対象とならないように心掛けて来た。

 第五次聖杯戦争ではあの言峰士人(腐れ外道)が倒され、人類最強の英雄王ギルガメッシュが敗北し、人類最高の技量を持つ佐々木小次郎が破れ去った。慎重さに欠け、慢心もあり、首謀者の神父に至っては娯楽半分で世界を滅ぼそうとした所業だが、本来ならこの冬木に彼らを倒せる救世主など居る筈も無かった。しかし、この冬木には衛宮士郎がいた。衛宮切嗣が現世の英雄を生み出してしまった。魔法に至れる未来を持つ遠坂凛もいて、死徒の祖やサーヴァントさえ屠れる可能性があるバゼットさえも冬木に来ていた。

 つまり、抑止とそれだった。

 正しく災厄に対する対抗的存在(カウンター)なのだ。

 

「君は別に抑止の対象じゃない。他の奴だよ」

 

「…………それは、やはり言峰士人ですか」

 

「どうだか。でも、君が抑止の対象じゃないのは事実だ。何があろうとも、僕は君を守り通すつもりだ。その僕と契約を結んだんだ、多分君ではない」

 

 となれば必然、桜の敵歳者に切嗣の獲物がいる。一番怪しいのは士人だと桜は考えるが、あの男には既に抑止力が働いている。生贄として捧げられた守護者候補も、この聖杯戦争を使い魔の蟲を使って監視していたおかげで把握出来ていた。

 美綴先輩も、自分同様に狂わされた一人。哀れですね、と桜は思考するも、如何でも良いことだ。既に座に登録されると言う事実が決定しているならば、もはや手遅れなのだと分かっていた。

 

「なるほど。ああ、何があろうとも守り通すですか……うん、なるほど。確かに、貴方は先輩の義理父(おとう)さんですねぇ、なるほど」

 

「桜さん、桜さん。やっぱりあの衛宮士郎って人、そう言う類の女の敵?」

 

 心を読んで桜が言ったお父さんの本当の意味も理解したが、亜璃紗はそれを黙っておくことにした。桜を敵に回すのは得策ではないのだ。

 

「そうですよ、亜璃紗。貴女も気をつけないと、気が付くと手遅れになってますよ。おイタも程々に。何せ、高跳びしてるだけであの遠坂凛なんて堅物をイチコロにした男です。まぁ私の姉さん、先輩限定でチョロ過ぎますけど。でも、酒呑ませて口を割らせて、これもからかう良いネタになりましたね。

 また、皆で呑みたいものです。ワイワイするのって私の場合歳取ると、何故か若い頃より愉しめるようになったんですよね」

 

「タラシか、怖いです。心を読む化け物な筈なのに、あの人はわたしを嫌悪しないんだろうなぁ……怖いなぁ」

 

 砕けた硝子みたいに傷だらけの心なのに、それでも彼は理想を諦めなかった。理想だけを求道する機械ではないが、理想以外の幸福な日常を謳歌出来るのに、自分の幸福を苦痛に感じて闘争へ跳び込んでいく。彼は他者の幸福を報酬する本物の化け物だった。機械なんかよりも更に精確無比に稼動する機械的な執行者だった。

 桜とセイバーが満足した後、捕えられた衛宮士郎を面白半分に亜璃紗は犯した。気持ち良過ぎて、頭がどうにかなりそうだった。亜璃紗が他者と交るとは、体だけではなく、相手の心もぐちゃぐちゃに快楽で犯し尽くす。そこには男も女も関係なく、貫か通される肉体的快楽と、抉り込む精神的快楽の二つが無いと全く満足出来ない。

 その点、彼は最高だった。

 鍛え込まれた肉体は素晴しく、まるで鉄のごとき逞しさ。アチラの方は正しく錬鉄された剣であり、魔女である桜と英雄のセイバーを満足させるに十分な代物。性的体力は自分以上の百戦錬磨。無論―――その心もまた、極上と言えよう。魔術で治療できるからと好奇心で試した麻薬よりも遥かに中毒性があり、その麻薬よりも更に快楽を与えてくれる其処らで生きている人間の心よりも、衛宮士郎の感情は至高の悦楽だった。しかも、その心は全くの不動であり、鋼。並の人間なら死に至る精神的外傷(トラウマ)だと言うのに、彼はそんな程度の苦痛をモノともしない。幾度も、何度も、彼は愉しめ、奪い取れる愉悦も彼女にとっても至高。

 控え目に言って―――最高の男だ。

 英雄はやはり良い。女なら女でお楽しみを味わえるが、女として男もまた愉しめる性的娯楽品。間桐亜璃紗にとって衛宮士郎とは、そう言うある意味での聖杯みたいなお宝だった。

 

「ま、男は男。ただの娯楽。それだけです」

 

 亜璃紗に愛はない。そんな人間らしい機能は幼かった時に壊れた。桜に従がっているのも、彼女を母と慕うのもの、その心が自分にとって心地よいからだ。温かい泥沼みたいで、何時までも溺れていたい、遊んでいたい。衛宮士郎に向けるのもそんな程度。

 

「……ふむ、見つかったな。この気配、アサシンか」

 

 共に走る神父が呟く。誰かが追跡しているのは全員分かっていたが、相手はそれを悟られない手錬な筈。

 

「―――え、気配遮断が出来るアサシンを察知できるの?」

 

「慣れだな。そう言うおまえは出来ぬのか? 心を読めると聞いたが」

 

「無理です。有り得ないです。相手は山の翁。それもこの目で視た限り、ハサンの中でも上物だ。心を読むにも視るか触れるかしないと」

 

「ほう。慢心を狙った奇襲には便利だが、奇襲を防ぐには使えんか―――使えんか」

 

「―――え、なんで二回も使えんかって言……あー、やっぱ言わないで」

 

「便利なのは事実だな。心を読む相手は手間が省けて良い」

 

「怖いよ、言峰一族怖すぎるよ」

 

 亜璃紗は読んだ綺礼の心は、正に愉悦としか言えない鬼畜外道な物。なのに、彼の心にやましい気持ちは一欠片も無く、誰よりも真っ直ぐに“人間”と言う娯楽を愉しんでいる。聖人のごとき純粋さを持つ極悪人。邪悪では在れど、これ程までに人間を愛している人間はいないだろう。例外は同じく人間と言う生き物を愛するカレン・オルテンシアくらいだ。

 そんな世界を殺す程の憎悪(愛情)を自分一人に向けられる。

 怖気しか感じない。と言うか、こっちを見ないで欲しいと言うのは亜璃紗の気持ちだ。まだ聖杯の方が赤子に似ていて可愛らしい。

 

「―――――ん……?」

 

 パパパパン、と切嗣は唐突に呪詛に染まった魔力で強化済みの銃弾をキャリコM950から連続発砲。桜と亜璃紗が驚くが、その銃弾はどうやら飛んできた何かを弾いたらしい。綺礼の方も悪魔の呪いで刀身を具現させた黒鍵を投げ、飛んで来た呪詛を上回る呪いによって宝具の概念を打倒する。

 

「血かな」

 

「血だな」

 

 太源越しに伝わる毒素の呪詛。切嗣が撃ったものは短剣の形をしていたが、撃ち抜かれた直後、液状になって霧散した。その散った液体こそ毒血が凝固した暗器であり、そんな武器を使う者はこの聖杯戦争でただ一人。

 

「撒いたと思ったのですが……まぁ、あの糞神父が召喚したサーヴァントですし。何でもしてくるって思っておいて良かったです」

 

 強化魔術を自分に掛け、桜は森の中を疾走する。転移で逃げても良いが、それをさせない邪魔者がいる。敵の名はアサシン、ハサン・ザッバーハ。

 気配は感じていなかったが、止まった瞬間に死ぬと言う予感はあった。転移をする為に僅かでも隙を晒せば簡単に暗殺されるのは分かっていた。しかし、警戒を解いていないこの段階でアサシンが仕掛けて来たと言うことは、それ相応の理由があること。

 

「足止めの為の時間稼ぎです。桜お母さん、止まればアサシン以外の奴が追い付いてくる」

 

 だが突如―――空間が剣戟の一振りのみで炸裂した。

 

「遅い! 来ましたか、バーサーカー……!」

 

 地面が爆散し、円状に土が捲れ上がる。まるで小型ミサイルが衝突してできたクレーターみたいな、壊滅的な破壊痕。恐らくはアサシンが居るだろう場所にバーサーカーは墜落し、地面と木々も纏めて何もかもを吹き飛ばした。

 それこそ、一斬で空間に亀裂程の圧迫を世界に与える程の。

 

「―――バーサーカー……!」

 

 間一髪でアサシンはこの一撃を回避した。しかし、回避したところで暴発した魔力風までは避け切れない。錐揉み回転しながらも彼女は宙へ吹き飛ばされ、それでも状況把握を怠らなかった。

 全開に狂化された筋力と、更に宝具の狂気により増幅した膂力が爆発。その上でバーサーカーは魔力放出(呪)をジェット噴射による加速に運用し、戦っていたアヴェンジャーから一気に離脱した。セイバーも同じ事が出来るが、あのアヴェンジャーとの戦闘中に長距離跳躍を放つ為に必要な時間は、宝具の真名解放に等しい隙となる。それが出来たと言うことは斬り殺されながらも無理矢理飛んだか、あるいは―――アヴェンジャーを倒したか、傷を負わせて飛べる隙を作ったのか。その後、更に上空で魔力放出と狂った身体能力で遥か上空より、重力加速も含めた突撃を行ったのだろう。

 尤も、剣を振っただけで空間に亀裂が入る程の宝具から放たれた“斬撃”と言う概念と、世界に干渉する程の狂気の呪詛だ。アサシンも無傷とはいかなかったが、それも呪術によって即座に復元。血液を肉や骨、内臓や神経に変換する程の腕前だ。心臓を抉られ、首を切られようとも彼女にとっては掠り傷。重要なのは呪術と宝具を運用する脳一点のみ。

 

「……――――――!」

 

 ならば、即座抹殺を決意。不死身の狂戦士と言うならば、毒沼に沈め込め、蘇生諸共殺して殺して、延々と殺して、蘇生の為に必要な魔力が尽きるまで死なせ続ける。それでも聖杯からの尽きぬ魔力供給で生き続けるならば、永遠に死の淵に叩き落とし続けるだけ。

 死ね―――と、ハサンは殺意を発露。

 彼女は殺すなどと余分な思考する前に人を殺害する生粋の暗殺者。だが、更なる死の真髄を己から引き出すならば―――

 

「―――妄想血痕(ザバーニーヤ)―――」

 

 ――山の翁の宝具こそ、死の具現。

 地面に手を当て、アサシンは真名解放を行使。宝具の心臓から魔力を消費して一気に造血し、バーサーカーを迎撃した。

 口に鼻は無論のこと、爪と指の間、僅かな傷跡、無数にある毛穴、皮膚の汗孔、下半身の排出口。ありとあらゆる肉体の孔から、バーサーカーの体内にアサシンの呪毒の血液がアメーバみたいに肉を融かしながら侵入する。まともな人間ならば、いや英霊だろうと死に至る激痛であり、異物感だけで発狂するだろう―――しかし、バーサーカーは狂っていた。苦痛も違和感も感じるが、それだけ。不死であるが故に、その神経の訴えはただの情報。彼の理性にはまるで影響を与えない。

 だからこそ、彼はアサシンの宝具を避けるまでも無いとその身でわざと受け止めた。

 

「………――――」

 

 仮面の内側でアサシンは笑っていた。否、バーサーカーを嘲笑っていた。

 

「死ねぬ不死王。神話通り、貴様は哀れだよ。ならば、それ相応に工夫すれば良いだけだ」

 

 凝固する。凍結する。血管全ての血が固まり、筋肉全てが氷り付く―――臓腑ごと、狂気を雁字搦めに拘束した。

 血液凝固作用を付加した呪詛と、液体凝結作用を発揮する毒素。無限の命をバーサーカーが持っていようとも、体そのものは唯一つ。

 アサシンが考えた答えは単純―――動けなくすれば、死んでいるのと大差ない。

 本来ならばバーサーカーを派手に爆散されるのも良いが、殺せば甦る。そのまま無視し、彼女は桜達の追撃に移り―――

 

復讐すべき殺戮の剣(ダインスレフ)―――」

 

 ―――凝固した顎が砕けるのも構わずに、バーサーカーは女神から呪い渡された憎き魔剣の真名を解放する。

 砕けるなら、砕けてしまえ。

 筋肉で体が稼動しないと言うならば―――憎悪の魔力で機動すれば良いだけだ。

 不死ならざるただのサーヴァントであるなら即死であり、生き永らえたとしても血液ごと心臓が止まり、脳が腐り解けるだろうに。

 それでも彼にとっては、何ら意味はなかった。

 

「…………――――」

 

 心底から、アサシンは恐れた。生まれた時から投与された薬品と、暗殺者として完全無欠の人間性を得る為に施された呪術で感情が消えた筈の彼女の精神から、原始的な恐怖が甦った。

 無尽蔵の狂気。死なぬ狂気であり、死ねぬ狂気。

 死ねないと言う不死者の憎悪は凄まじく、底が無い。

 狂戦士だから狂っているのではない。クラススキルによる狂化など、このバーサーカー―――ホグニが持つ憎悪と狂気の前では全く以って下らない人工的な感情だった。

 狂気とは、これだ。

 この様こそ、狂うと言う。

 憎悪とは発狂でもあった。

 

「◆■■◆■◆◆―――――!!」

 

 既に肉も骨も、呪血で結晶化している。バーサーカーの顔は叫んだ為か、半分以上がボロボロと崩れ落ち、血液ごと固まった脳さえも、子供が食べたお菓子の食べカスみたいに地面へ落ちた。無論、顔面と脳漿だけではない。動くだけで結晶化した皮膚と筋肉が崩れ、その瞬間から蘇生し、死んでいるのに動いていた。

 再起動―――刹那、アサシンは眼前までバーサーカーが踏み込んだのを咄嗟に察知。

 膂力はもはや爆撃クラス。素早さも既に音速を優に超え、狂っていながらも技に翳り無し。その一撃を彼女は硬化血液で作ったあるハサンの宝具を模した大剣で防ぐもあっさり粉砕され、ただの液体に逆戻り。その血液が返り血のようにバーサーカーを襲い、肉を溶かし、骨さえも焦げるが、まるで問題はなかった。剣を振うのに支障はなく、首を切り落とす軌道で魔剣の刃は走った。

 だが、それで終わるアサシンではない。指と爪の間から自分の神経と接続した呪血糸を生成し、バーサーカーを絡め取った。本来ならば掠り傷一つでサーヴァントを毒殺する暗殺呪術だが、この不死が相手では動きを縛る効果しかない。それも今のバーサーカーの筋力を考えれば一瞬で引き千切られるが、それの対応も済んでいる。

 

「哀れと言ったぞ、私は。貴様の狂気を見縊る訳がないだろう?」

 

 血の糸はバーサーカーの体内に潜り込み、血管は勿論のこと、その神経系にまで支配が及んでいる。

 

「―――ぐ、ゥウ……!」

 

 しかし、それでもバーサーカーの狂気に限りはない。サーヴァントの肉体を数体纏めて支配出来るアサシンの技量と精神だが、糸を通じて殺意と憎悪が流れ込んでくる。魂がパンクして、霊体ごと四散する程の膨大な意志の奔流だった。苦痛の声が漏れるも、アサシンはバーサーカーの掌握に成功した。

 

「アァァアサァシィィインンンン……―――――!!」

 

 地獄の亡者が可愛く思える程の、声とさえ呼称できない邪悪な音だった。体内の血液を逆流させられ、肉体が弾け続けているのに、神経を操られ心臓などの臓器機関さえ全く動けない筈なのに。狂った魔剣の王は憎悪を曇らせない。

 アサシンは少しでも抵抗を弱まらせる為に、神経越しに直接脳へ苦痛を与え、英霊さえ確実に発狂するであろう幻痛を呪術で今も与えている。脳へ直に知らせているので、誰だろうと耐えられず、思考が苦痛一色に染まり、無視も出来ない。しかし、バーサーカーはその苦痛を感じていながら、それを受け入れて当たり前のように“思考”していた。

 ランサーもスキルで持つ戦闘続行。

 バーサーカーが規格外の評価を受ける由縁がこの在り様だった。肉体的損壊も精神的負荷も関係無い。彼は魂が消滅するまで戦うだけの、現象の領域に入った英霊(存在)だった。

 

「喚くな―――行くぞ、我が従者(サーヴァント)

 

 脳と脊髄、そして全神経と宝具で接続し、掌握が完了した。そして、バーサーカーの筋肉を呪詛で染め、内臓を腐らせ、簡易的な傀儡とする。

 ……アサシンはバーサーカーを捕えた。

 しかし、本来の目的である桜はもう視界から消えている。とは言え、彼女はバーサーカーを捕えたのだ。彼の脳味噌へ物理的に刺し込んだ血糸が呪詛を垂れ流し、アサシンは直接的に脳から自分の脳へ情報を伝達させた。マスターとサーヴァントはラインを結んでおり、アサシンは彼の脳内から間桐桜の位地情報を盗んでいたのだ。勿論、その情報は既にアサシンは自分のマスターへ送り、今の状況も伝達済みだった。

 

「そら、動け」

 

「我を隷属するか。魔女の奴隷にされた挙げ句、更に暗殺者の虜囚となるとはな……!」

 

「……良く言う。だが今は縛らせて貰うぞ、狂人」

 

 この拘束が破られるのは時間の問題だとアサシンも理解している。今の状況、どちらかと言えば自分の方がバーサーカーよりも危機に陥っている。それでも今は迅速な間桐桜の討伐をしなければならないと彼女は宝具の心臓を半ば暴走状態にさせ、バーサーカーを破壊兵器へと呪術で改造した。

 全ては、この手で聖杯を得る為に。

 教団信仰者(アサシンたち)の教祖ならば、嘗ての様に堕落した私に首を出せと言うのだろう。しかし、それでも尚、アサシンは聖杯を手に入れたい。

 

「神父、急げよ」

 

 念話を言葉に出してしまう程に、強い焦りで彼女はマスターへ命令した。

 





















 FGOの方も書きたいこの頃。
 魔術にのめり込み過ぎて麻婆豆腐が好物なった覚醒所長vs殺意の波動に目覚めた絶対所長殺す教授マンとか、需要が無さそうだからなぁ。やめといた方が無難だと妄想した段階で諦めました。


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81.魔術師殺しの罠

 アポ段々盛り上がってきましたね!
 FGOもリヨった後に水着イベントですね! あのバーサーカーこそ、ある意味ではギリシャ最速のアキレウスを越えるだろう最速の宝具演出サーヴァントであることに間違いはありません。
 しかし、あの水着イベのCM。砂漠でチキチキマシン猛レースって、あれ多分水着イベの名を借りたス〇ーウォーズイベントならぬセイバーウォーズイベントですよね。ヒロインXもいましたし。


 感想のコメントありがとうございます。誤字報告も大変有り難いです!


 ―――地獄である。

 アインツベルンの領域は死に耐えた。

 間桐桜が連れ込んだ黒化天使の使い魔が撒き散らす呪詛により、土地の霊脈が汚染されている。キャスターの守りが消えた陣地は桜の手に落ち、濃密な太源(マナ)に紛れて気配は感知できないが、恐らくは蟲の使い魔によって監視網が敷かれていることだろう。

 

「シロウ……」

 

「……………………」

 

 気絶した男を彼女は背負い、森を走り抜けていた。桜へ投影した武器を射出し、自分の実の父親の亡霊ごと狙い撃っていたが、奴ら全員には逃げられた。だが第一の目的は敵になってしまった妹分の殺害でも、親殺しを成すことでもない。今しなくてはいけないのは、桜の傀儡人形として操られていた弟を安全な場所まで運ぶこと。凛には自分が彼を運ぶことを無言のまま伝え、目をしかりと合わせ頷き返された。恋人の女性から託された自分の弟だ、彼女は、イリヤスフィールは、まずやらなくては成らぬことを成すだけだ。

 式神としてイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに憑依した英霊―――コトミネジンドが持つ宝具。

 この英霊の固有結界(宝具)はあらゆる存在(モノ)を創造する。創造する為に必要な因子を外部から取り入れ、それらの存在因子の情報を組み合わせることで空白へ写し取り、物体として世界に具現する。となれば、イリヤがすべきことははっきりしており、目的の概念武装も簡単に見つかった。

 あらゆる魔術を初期化する契約破り―――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 魔術師にとってこれほど便利な道具はない。それを前回の魔術師のサーヴァント、キャスターが宝具として持っているのは道理であり、逆にあの魔女に対する皮肉でもある。これを刺せばあるいは、あの間桐桜を大聖杯から引き離すことが十分に可能で、衛宮士郎を取り戻す手段としても最適だった。

 

「……はぁ、ホント、なんでこうなったのかしらね」

 

 走るのに集中しても、イリヤは思わず呟いてしまった。

 

「さぁ? 本当に不思議ですね」

 

「……………生きてたの?」

 

「しぶとさには自信がありますから。肉が裂けても死にませんので」

 

「さらりと気分が悪くなることは言わないで欲しいのだけど。苦しくなるし」

 

 さり気なくイリヤに近づき、背後から声を発した不審者―――カレン・オルテンシアは、ニタリと臓腑の底から面白そうに微笑みを浮かべている。

 

「良く言いますね……―――その体、もう綻びてるように見えますが?」

 

「……ふん。それは貴女もでしょ」

 

 ただの人間ではないが、それでも肉を持つ魔術師が上位存在である英霊の宝具と技能を酷使した。カレンに至っては異能はあれど魔術師でさえない。そんな二人が、ここまで暴れたとなれば肉体や内臓に異常が発生し、霊体の方も危険な状態になるのは当然だった。

 

「否定はできませんが、私は宝具持ちですので。肉体と霊体は勿論、魔術回路さえその気になれば蘇生可能です」

 

「……あ、そう言えばそうだったわね。何だかんだであの神父から愛されてるってことね……って、そんな惚気はどうでもいいわ」

 

 イリヤは自分と同じ様に、あのキャスターの手で式神を憑依されたカレンを見て思い出した。この司祭は神父の手によって、とある宝具が仕込まれていた。その宝具ならば、被虐霊媒体質による自傷さえ完治し、致命傷さえ瞬間的に蘇生する能力を保有していた。

 イリヤもイリヤで、憑依した英霊の固有結界から漏れ出す黒泥により、霊体を呪い潰すことで魔術回路の傷を強引に蘇生させた。また治癒効果を持つ宝具を幾つか投影することで、肉体の損傷も既に魔力任せで回復させていた。

 

「ええ、どうでも良いのです。なので、互いの利益となる話をしましょう。私なら、貴女が命より大事にしている家族―――そこの衛宮士郎の魂と肉体を調整できます。契約破りなら、あの女からの束縛は破れても、霊体に残る傷跡までは癒せない。

 このままでの状態なら魔術を失うことになりますし。まぁ、それならそれで、貴女には都合がいいのかもしれませんが。

 ……ああ、そう言う意味では、あの衛宮切嗣にとっても好都合なのかもしれませんね」

 

 この悪辣さは親譲りとしか思えないだろう。何故士郎がそんな様になっているのか、人と人の関係を結び付けることでカレンは他人の心を盗み見る。

 ……物事には原因と、それを為した誰かの理由が存在する。

 間桐桜の支配から脱した場合における保険。魔術回路の永久的封印措置。広い魔術世界であれば破る方法はあるのだろうが、この第六次聖杯戦争中に復活することはまず有り得ない―――カレンさえ居なければ。キャスターが死した今、その力を手に入れた者こそが鍵となる。

 

「――――――貴女……」

 

「まぁ、怖い。ですけど、等価交換の為の材料がこちらにはこれ位しかありませんのでね」

 

「で、なによ? 話、進めて」

 

 廻りくどい話をさせてはいけないと、イリヤは経験則で理解していた。こう言う輩に言葉を装飾させてはならない。聞くなら聞くで、余分な情報を省いたシンプルな言葉にした方が良い。

 

「蘇生に協力して欲しいのですよ。アインツベルンの聖杯である貴女にね」

 

「ふぅん。そう言うことね。でも、そこまでする義理が貴女にはあるの?」

 

「ないです。恨みなら逆にある程ですよ。けれども、私は見た目通りに神へ仕える敬虔な修道女。

 ……助けを求める断末魔を、態々無視する必要もありません」

 

 キャスターの望みとは、それだった。その為ならば、保険として残しておいた術式のみを憑依させ、カレンの魂を塗り潰すであろう自分の魂の大部分を聖杯へ送り、自我を残りしても良いと交渉した。それに答えたから、カレンはまだ自分で在ることが許され、キャスターも譲歩した。尤も、嫌がらせに抵抗されるよりも効率的だと判断したからこそ、手順がランサーに殺されたことで狂ったからこそ、あの陰陽師は完全な死を受け入れた。

 

「魂がない完全な死者の蘇生は不可能よ。それは分かっているわね?」

 

「無論です。首だけの状態ですけど、まだ脳は生きてます。メイドの方も、肉体はもう駄目ですけど死んではいないので」

 

「……そう。なら、出来ないことはないわね」

 

「では、交渉成立で?」

 

「ええ。シロウもその方が――――――」

 

 その時―――会話を遮る程の爆音が、森全てを振わせた。余りにも唐突に、弾道ミサイルが何発も同時に爆破されたのかと思う程の、大規模な音と熱が二人を背後から襲いかかる。爆風に吹き飛ばされたイリヤは、気絶した士郎を抱きかかえて守った。カレンも式神としての強靭な肉体によって耐え、風と石飛礫から顔を手で守り、爆心地らしき方角を見て笑った。

 

「何事なの!」

 

「大事ですね」

 

「わかってるわよ!?」

 

 ―――天に舞い上がる極光。

 何かが終わったことを二人は察し、足早にこの地獄からの離脱を急いだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 追い付かれたと理解したが、時既に遅し―――と、桜は師の神父と良く似た表情で邪笑した。聖杯の黒化天使共を足止めに使ったが、何体か機能停止に追い込まれているも、それは別段問題ではない。あれには泥による自動蘇生があり、不死殺しでなければ殺せず、あるいは魔術契約を破戒する礼装でもなければ倒せない。

 

「フン―――……む? 成る程、銃か」

 

 綺礼は黒化した呪泥の黒鍵で銃弾数十発を纏めて弾く。その黒化天使を潜り抜け、桜達に迫ったのはまず三人。綾子とダンと士人だった。サーヴァントには基本的にサーヴァントを当て、キャスターの式神により半英霊となったイリヤスフィールに天使を集中させた為、足の速いこの三人が最初に接敵した。

 と言うよりも、蟲の監視網を掻い潜る隠密行動を実戦で行え、更に黒化天使を撃退可能な人間がこの三人であったのだが。

 

「来ましたか……」

 

 走りながら逃げ続ける桜は、後方から来る追手を目視で確認した。使い魔の蟲で全体はある程度把握しているとはいえ、肉眼で見える程に接敵されるとなれば程々にピンチだ。一人にでも見つかれば、そこから念話を使われて敵陣全員に居場所がバレテしまう。

 

「ライダーに命じます―――宝具で以って自爆しなさい、盛大に!」

 

 だからこそ、躊躇いは無かった。追い付かれた時点でそれを行うことは決めていた。出来る限り距離は稼ぎたかったが、欲張れば不利になるのは目に見えている。

 それは―――破滅だった。

 それは―――凶行だった。

 隕石が衝突したとしか思えない破壊の轟音。既に数kmは逃げた筈なのに、衝撃波が伝わって来る程の威力だった。爆心地には巨大クレーターが刻まれ、アインツベルンの森の木々が円状に薙ぎ倒され、魔力と霊子が爆風と共に吹き荒れた。セイバーの聖剣を越えた正しく評価規格外と呼べるランクの神秘である。

 

「くぅふふふフフフフフフ! やっぱり切嗣さんは頭が可笑しいですね」

 

 桜はこれ程までに悪辣な策を考え付く切嗣が恐ろしくも、それに比例して頼もしくもあった。令呪によるサーヴァントの自壊―――それも、宝具を爆薬として利用する一度きりの切り札である“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”によるもの。

 ライダーの宝具は固有結界が本質であり、今は肉体と融合した状態。それも今までに殺した敵を兵士と貯めに貯め、膨大なまでに膨れ上がった“侵略兵器(モンゴル)”全てを火薬とした“壊れた幻想”による爆破である。もはや圧倒的火力は一瞬で空気を燃やし、プラズマ状態になるまで熱し、魔力が蒸発する程の神秘の炸裂であり―――ライダーと言う英霊の、命の煌きだった。

 

「これで四体分の魂が回収できました……」

 

 既に桜は結界が消えたアインツベルンの森へ使い魔の蟲を大量に送り込んでいる。そして、キャスターも死に、そのマスターも意識不明。エルナとツェリは式神化したカレンに連れ去れてしまったが、意識を失い抵抗の無い二人の精神へ亜璃紗は即座に入り込んでいた。桜のが出す虚数の泥沼と亜璃紗は繋がっており、あの泥と触れれば精神を汚染されると同時に一瞬で心理解剖される仕組み。死の間際に泥へ触れたエルナとツェリは、桜と亜璃紗の手によって情報を全てくり抜かれていた。

 ……アインツベルンの聖杯は、キャスターが符にして隠していたらしい。本人たちは持ち運んではおらず、森の中の何処かへ封じてあった。魔力で探知されない様、専用の小さいが頑丈なキャスター製のお守りの中。しかし、そのキャスターが死に、アインツベルンのマスター達もいないとなれば、小聖杯としての吸引力は間桐桜が上回る。それにそもそも、精神を読んだ後に派遣した蟲によって聖杯は回収済み。

 

「……フフ」

 

 笑みを桜が溢してしまうのも無理はない。ライダーは宝具の性質もあるのか、ただでさえ強靭な魂が更にブクブクと霊格が膨れ上がり、彼の英雄王ギルガメッシュに迫るエネルギーを持つ。ランサーも並の英霊を遥かに超える霊格を持ち、アーチャーも大英雄には届かないがそれに迫る程。

 何より、アイツベルンの聖杯が良い。蟲を黒泥化することで呪界層へと既に溶かし取り込んでおり、聖杯として機能する自分の外付け小聖杯として運用できる。これを上手く使えば自分への負担を減らし、更なる大聖杯へ対する外部装置の礼装となる。

 

「―――そろそろ、だね。良いんだろう、マスター?」

 

「ええ、切嗣さん。良いんじゃないでしょうか。だって、ほら―――あなたが考えた作戦ですから」

 

 切嗣は自分の策を巧く使い、自分と言うサーヴァント(兵器)を余りにも的確に運用する間桐桜(マスター)を恐ろしく思う。壊れかけのライダーを爆弾として咄嗟に使うことを思い浮かんだ切嗣も切嗣で狂っているが、その悪辣な策を即座に採用し、こうもあっさりと敵サーヴァントを二体も殺す手腕を桜は戦場を操って見せてみた。自分達が敵から逃げると見せ掛けて、実は単純にライダーが爆死する範囲から逃れる為の時間稼ぎに過ぎなかっただけ。しかも、何体かライダーを足止めする為のサーヴァントが残るのも確実。

 となれば必然、それら全てが間桐桜にとって有利となる。そもそもサーヴァントは敵だろうが味方だろうが、死ねば死ぬほどに大聖杯が成長する材料となる。

 ―――キャスター、安倍晴明。

 ―――ライダー、チンギス・カン。

 ―――ランサー、クー・フーリン。

 ―――アーチャー、ミツヅリ。

 この四柱の英霊達の死によって、もう大聖杯には起動必要分の魔力が貯まり切った。キャスターは自分以外の七騎を生贄とする為に例外の一騎をシステムへ組み込んだが、強大な魂を持つ英霊なら一騎で数人分のエネルギー源となる。細工をしたキャスターは自分も含め、こうまで良い贄となる霊格を持つ英霊が召喚されたのは予想外だっただろう。死んだ四騎で想定された七騎分以上の魂となれば、大聖杯の呪詛はもう煮え滾っている。この現世において真性悪魔の固有結界そのものになるにはもう十分。

 

「はぇー、凄い……」

 

 茫然とした顔で亜璃紗は呟いだ。彼女が警戒を薄れさせる程にライダーの自爆の衝撃は大きかった。逃げていた自分達四人も爆風に襲われ、空間を振わせる衝撃波で吹き飛ばされてしまっているのもあるが、距離もあったので無傷である。

 何より、この爆破によって追手達の動きが鈍ったのが丁度良い。

 爆風で桜の使い魔である天使も結構な数が吹き飛んだが、直接爆ぜた訳ではないので回収は可能。まだライダーの近くで戦っていた者も吹き飛ばされた影響か、戦闘行動に移ることも出来ない状態。

 

「計画通りと言う訳だ。実に素晴しい戦果だな」

 

 哀れだな、と走りながら綺礼は思った。捨て駒にされたライダーと、そんな捨て駒によって容赦なく殺害されたランサーとアーチャーが、だ。この三人は高位の英霊が使い魔になったサーヴァント。そもそもが、こんな程度の策略で殺されるような者らではない。しかし、全てを衛宮切嗣の策謀が罠に嵌めた。こうなるように戦局が動く様に、自分達の不利益さえ遂には有益な物へ変換した。

 鏖殺の者とでも呼べばいいか。策を練り、罠に嵌め、敵を殺す。この手順が凄まじく巧かった。

 

「糞共が、死ね。ただただ―――死ね」

 

 ダンは動いていた。無論、綾子も続いて戦闘に入る。彼は銃火器(H&K MP7)により連射を行い、彼女も同じくP90による追加の援護射撃を行った。桜達と同じ様に爆風で吹っ飛びながらも、二人の奇襲は迅速だった。

 尤も銃弾は盾役に前へ出た綺礼が全て強化黒鍵で捌き捨て、切嗣は固有時制御によって加速済み。暗殺者は気配を殺し、ダンと綾子の後ろを取る。その切嗣に対して士人は更に背後から両手に持つ呪詛の双剣で襲い、その一撃一刀を彼は加速した世界で以って全て避け切った。

 

宣告(セット)―――存在破裂(ブレイク)

 

 その刹那―――この時、この好機まで隠していた切り札を士人は使い潰した。数にして数十にも及ぶ黒い小動物のような、球体に四本の手足が付いただけの使い魔たち。普段は転がりながらあらゆる地形を高速行動し、接敵の際には手足を器用に動かし隠密行動する自立機雷だった。アサシンとレンの二人と隠れ家に居る間、コツコツと投影宝具を内蔵させて作っていた兵器を、彼は間桐桜に対して解き放った。

 一弾一弾がAランク相当に至った過剰火力。

 綺礼と切嗣を誘き出し、桜と亜璃紗が二人になった瞬間を狙った悪辣な神父の策。高ランク防御型宝具を保有するトップ・サーヴァントさえ一撃で死ぬトラップ群。

 

「―――まぁ、恐ろしい」

 

 その暴虐に対し、桜は容易く対処した。亜璃紗によってこの奇襲自体は既に把握しており、それでも士人が行ったのは知られていようと対処不可能な破壊工作だった筈だから。だが桜は聖杯の泥沼を数十メートル離れた所へ既に設置しており、自分と亜璃紗を予め準備していた魔術式で短距離空間転移を行っていた。自分の霊感の探知範囲であれば、準備済みと言う前提が必須とは言え、瞬間的な空間転移さえ可能とする魔術の技量。

 ―――そこまでか、と魔女の狂った技の冴えに神父は読み間違えた自分を嘲笑う。

 綺礼と切嗣も撤退しており、桜の前に立っていた。ダンは殺意が滲み出る目で睨み、逆に綾子は冷徹なまで静かな視線を送るのみ。

 

“やれ―――アサシン”

 

 声に出さずに士人は敵意を形にする。念話でそれを受け取ったサーヴァントは宝具で傀儡にしたバーサーカーを盾にし、横合から強引に敵陣へ強襲を仕掛けた。自分の策が破られようが、更なる策を用意しておくのはこの神父の嫌な所。

 バーサーカーを操り人形にし、アサシンも同じく造血した双剣を構えて走る。

 

「クク―――」

 

 笑みを浮かべた言峰綺礼は、躊躇わず自分の(奥の手)を切った。悪性の呪詛が詰まった心臓は、聖杯の呪泥によって受肉し、その魔力で擬似サーヴァントして甦ったことで、正真正銘の悪魔の臓腑へ再誕した。もはやそれは英霊の宝具と呼べる程の概念武装と成り果て、呪泥の怨塊へと変貌してしまった。

 

「―――この世全ての悪(アンリ・マユ)

 

 召喚した呪いの泥を綺礼は右手で握り締め、自分自身の悪意と起源が詰まった聖杯の泥を狂ったこの世界そのものへ投げ捨てる。空間を塗り潰す呪いの黒泥をまともな手段で防ぐことはできず―――だが、アサシンの機動力ならば回避は可能。近距離ならば兎も角、距離があれば十分に余裕がある状態で避けられた。しかし、囮に使われ操作されているバーサーカーが避けるのは土台無理な話。

 魔力によって活性化した悪性炉心―――アンリ・マユの心臓。

 神経糸で操っていたバーサーカーの肉体が、泥によって溶かされ、泥状の液体になったのをアサシンは把握した。こうなれば神経を操ることもできず、加えて言峰綺礼の呪詛が糸を通してアサシンの精神を汚染し始める。

 ―――死ね。

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

 悪徳に死ね。邪悪に死ね。怨讐に死ね。憎悪に死ね。醜悪に死ね。唱える事に五度。罪科は星の煌きを喰らい、この身は命の輝きを喰らい歓喜する。故に死ね。我が娯楽となって死ね。

 切開する―――我ら霊長全ての悪性、お前の心を切り開く。

 ……そんな、何もかも呪う泥がアサシンの心を捌き、隅から隅まで解剖する。

 思い出されるは、感情を消す為に初めて麻薬を吸った時。快楽に脳が蕩け、やがてそんな快楽も消え果て、体が幾ら痛みを訴えようとも心は一欠片も苦しまない、苦しめない、憎めない。狂って狂って、それが当たり前の日常となった。自己改造の為に、自ら進んでそう成り果てた。

 初めて、人と殺した時。最早既に道徳は枯れ、罪悪感など有り得なかった。思い浮かんだのは、もっと巧い殺し方があったのではないかと言う疑問。そんな事しか迷えなくなった自分に対する諦観。でも、それでもね、私はそれしか娯楽がなかった。呪術の研究もそれに行き着く為の手段だからこそ、殺戮道具として愉しめた。

 初めて、暗殺教団が本格的に牙を剥いた時。愚かにも王を誑かし、あの御方(ハサン・サッバーハ)を不当に落としめた国の宰相を殺す為のクーデターだった。あの御方の技によって宰相は血に沈み、自分は兵士達を思う儘に虐殺した。命の遊び方を生まれて初めて知った。

 初めて、弟子を取った時。暗殺術も呪術も全て教えた。優秀な弟子だった。初代ハサンである教団開祖が、まだ人間の暗殺者であった頃に生まれた彼の子供たち。何人かは堕落して開祖の手で処刑されたが、自分が指導した者の一人は幽谷へ去った父を継いで二代目となり、その者が殺された後の三代目も違う自分の弟子たる教祖の娘がハサンとなった。そんな大事な愛弟子も、最期は父親の手で処刑された。

 そしてハサンとなり、ハサンとして首を斬り落とされた後も―――殺しを教え続けた。

 自分の技術を伝授した弟子が成長し、素質ある者がハサン・サッバーハとなって―――あの御方によってまた殺され続けた。

 死んで、殺して、殺しを教え続けて―――結局、教団は蛻の殻。ハサン達も滅び去った。何もかもが無に消えた。自分が殺してきた哀れな被害者達と同じ様に、自分達もまた哀れに消え果てた。

 だから―――死ね。

 死ね。死ね。死ね。死ね――――――死んで、償え。

 

「―――っち、性根の腐った呪いだな」

 

 過去のトラウマ全てが抉り出される。そんな抉られた部分を、まるで切り傷に熱した塩を塗り込むかのような悪辣さで、精神を犯すかのように傷口へ呪詛が流しこまれる。

 心を切開し、泥の流し込む。物理的にも精神的にも、溶かし汚染する。人間を呪い殺す筈の呪詛が、長い年月を掛けて逆に言峰綺礼と言う人間性に染まり、より邪悪な何かへと変質した“心の傷を切開し、呪いで塞ぎ腐らせる”殺人兵器となっていた。

 ……とは言え、アサシンは呪術師。それも殺人と殺戮に特化した呪詛遣い。直撃を受けてば霊体を物理的に融解されてしまうが、精神的に屈することはまずなかった。

 

「……ぉおお、オオ―――■◆■◆◆ーーーー!!」

 

 だが、もはやバーサーカーは完全に狂った。綺礼の呪詛によって抉りだされた心的外傷(トラウマ)。このバーサーカーがバーサーカーのサーヴァントへ変貌する由縁、つまるところ生前の逸話が完全に甦った。

 ―――その島は死に溢れていた。

 誰も彼もが人を殺し、人を死なせ、人を滅し―――けれど、誰一人として死んでいなかった。そこは屍らが屍を殺し続けるだけの不死者の失楽園だった。何度も死に、幾度も殺され、けれども命だけは決して亡くならない。

 ―――死にたい。

 ―――消えたい。

 ―――殺されたい。

 ―――無くなりたい。

 バーサーカーのサーヴァント―――生前のホグニ以外の全ての不死が死にたいと願い、乞い、相手を殺す。死にたいと望みながら誰かに殺されていた。女神が与えた不死の霊薬の他に、魔剣からも更に呪われていたホグニ王以外は。

 憎悪する、嫌悪する。そんな感情を越えた激情。

 死にたいなんて思いなど最初から焼け果てて、殺したい何て人間らしい欲望は灰となり。不死であるならば、永遠と殺し続け、殺され続けると―――何故か、そんな地獄を受け入れて。

 狂ったホグニ。その王が持つ剣の銘はダインスレフ。遥か神代にダーインと言う名前の妖精(ドワーフ)の鍛冶師が鍛え上げ、やがて神の手に渡り、英霊ホグニの宝具となった憎悪の具現。簡単に言えば、バーサーカーはバーサーカーのクラスと関係なく狂っていた。生前から、その魂が魔剣に狂い、やがて魔剣を呑み干し、徹底徹尾何から何まで狂っていた。

 だが、奴は不死。英霊の魂だろうと砕け散る狂気と憎悪であろうと何一つ問題はない。不死となり、練磨されてしまった自我は容易く全てを平らげる。狂っているのに彼は、どうしても狂えない狂気に至っていた。

 そんな男が完全に狂うとは、それは即ち―――

 

殺戮すべき(ダイン)―――」

 

 ―――理知的に憎悪を楽しむ狂乱だった。

 

「―――復讐の剣(スレフ)ゥゥウ……ッ!!」

 

 狂えないならば、この憎悪を理性を持ったまま暴れさせる。開き直りに近い意図的な暴走行為。不死故に自分の死さえ娯楽にする自棄でもあり、殺戮を心底喜ぶ狂人の悪意だった。

 肉体を宝具で容易く蘇生させ、報復王ホグニは翔けた。

 

「―――黒泥怨讐(ダインスレフ)……!」

 

 そして、士人もまた左手に持った投影宝具を解放。嘗て王の財宝から学び取った原典の創造物で以って、彼は真なるオリジナルを持つ担い手と相対した。

 ―――激震。

 衝突する殺戮すべき復讐の剣(ダインスレフ)黒泥怨讐(ダインスレフ)

 神父の左手首は砕け、腕の骨が複雑骨折し、肩が外れる。だが、そんな程度の負傷は関係無い。憎悪の魔力を循環させられるダインスレフならば、もし神父の肉体が砕けようとも無理矢理筋肉を稼動させるのだ。死ぬまで戦い続ける呪詛が、例え死んで屍になろうとも殺意の限り使用者を動かせ続ける。

 そして、右手に持つ聖剣を解き放つ。宝具によって自己強化をしながら、その状態で更なる宝具の真名解放を行う禁じ手だった。

 

「……聖閃天意(デュランダル)―――!」

 

 極大の閃光が狂戦士を襲う。その一撃を躊躇うことなくバーサーカーは魔剣を振り、力づくで強引に跳ね返した。その隙をついて間合いを詰め、士人は相手の懐へ入り込む。無論―――アサシンは既に行動を完了させていた。

 血の糸がバーサーカーを拘束している。だからこそ、士人は飛び込んだ。

 聖剣を彼はバーサーカーの心臓へ突刺し、更に魔剣を腹へ抉り込む。そのまま地面を踏み締め、あらん限りの力でバーサーカーの首へ回し蹴りを当てた。魔鉄と術式を仕込み、地雷さえ踏んでも持ち主を守る神父のブーツは頑丈で、サーヴァントに対する殺傷能力さえある。直撃を受けたバーサーカーは首の骨に罅が入り、勢いそのまま桜や綺礼達の所まで吹き飛んで行った。

 

宣告(セット)―――消え逝く存在(デッド・エグジステンス)

 

 宝具の魔力を暴発させる壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を我流術式として士人は魔術を行使する。通常の壊れた幻想よりも効率的に魔力は解放され、サーヴァントに対する十分な殺傷能力を発揮。詠唱により即席爆弾としてバーサーカーは士人の手で内側から弾け飛んだ。その破壊はバーサーカーだけではなく、桜達へも当然の如く襲い掛かる。

 炸裂―――直後、闇が音を喰らう。

 右手を掲げる間桐桜と、その背後に居る亜璃紗、綺礼、切嗣。

 

「―――ひどい人。纏めて爆殺ですか」

 

 呪層界による防護膜だった。桜は魔力を吸収し、魔力の爆破から自分たちを守っていた。しかし、既に美綴綾子(戦争屋)アデルバート・ダン(殺し屋)は背後に回り込んでおり―――その奇襲も、亜璃紗があっさりと先読みしていた。まるで一つの生物として機能する四人は、完璧なコンビネーションによって強敵を容易く撃破し、死に至る暗殺さえ簡単に見抜いて助け合う。

 対応したのは綺礼と切嗣。ダンは礼装である葬浄弾典(コルト・パイソン)を瞬間的全弾六発を早撃ちするも、加速した切嗣がその銃弾を銃弾で撃ち落とす魔技によって迎撃。綾子も愛用の薙刀で斬り掛かり、綺礼は指に挟んだ黒鍵で絡めるように受け止めた。だが、それで止まる奴らではない。水平二連散弾銃(ソードオフ・ツインバレル)をダンは切嗣に向けて構えるも、標的はもうその場所には居なかった。目にも止まらぬ、と言う次元を越えて視界に移らぬ超加速により、彼はダンの死界へ潜り込んでいた。

 手に持つは、切嗣の起源を宿すコンバットナイフと、起源弾を放つコンデンター。

 遠坂凛と情報を共有するダンは、それらの脅威を理解していた。何より魔術戦用に鍛えた戦闘魔術の一つである解析魔術を使い、魔術礼装や概念武装、あるいは魔術に仕込まれた術式をある程度は読める。エミヤほどの絶対性はないが、それでも戦闘において解析魔術はかなり重要な技術だとダンは考え、戦闘特化の魔術使いとして会得していた。無論のこと、魔力の流れを感じ取る魔術師としての第六感も、魔力や魔術を使う戦闘においては非常に重要。

 固有結界を肉体限定で展開し、固有時制御による時間加速を行う戦闘魔術。超音速で迫る弾丸を見切るダンの動体視力を以って、圧倒的と呼べる加速攻撃を可能とする切嗣の猛攻。これを見切るには視覚だけでは足りず、生まれ持って優れていた心眼とも言うべき直感と、魔力の流れを把握する魔術師の技量がダンには必須だった。

 ダンは魔力を込めず、頑丈なマチェットでコンバットナイフと防ぎ、コンデンターを撃たせる余裕を作らせない。一撃必殺を可能とする高威力の武器だが、コンデンターは単発式の拳銃だ。避けてしまえば、起源弾による追撃は直ぐには来ない。弾切れになった回転拳銃に弾丸を装填しながら敵の攻撃を避け、持って来ておいた自動拳銃(AMTハードボーラー)と散弾銃の残弾数を確認。切嗣の方もナイフを構えつつ、コンデンターを仕舞い、懐の短機関銃(キャリコ)拳銃(コルト・ガバメント)を確認する。

 

「お前、魔術師殺し(メイガスマーダー)か。魔術使いの参考例として資料で読んだことがある。有名だぜ、イカれてるってな」

 

「…………」

 

「へ、だんまりか」

 

 互いに似た者同士の戦闘法。正面からの潰し合いならアデルバート・ダンにも分があるかもしれないが、殺戮者としての腕前は衛宮切嗣の方が数段上。しかし、銃と刃物を使う独特なサイレント・キリングによる殺し合いは加速する切嗣を如何にダンが対応し、凌ぎ切れるかと言う点にある。もし切嗣を殺すのであれば、ダンは敵の加速能力を上回る何かが必要だった。

 そして、衛宮切嗣とアデルバート・ダンとは対称的に、言峰綺礼と美綴綾子の殺し合いは地獄絵図だ。綾子の殺し方は優れた才能によって為される技が、殺戮により生まれ変わった真性の業である。綺礼のも基礎として身に刻み込んだ套路を、死徒狩り、魔術師狩り、悪魔狩りによって練り上げた殺人技術である。だが、綺礼のそれと比べても綾子の技量は狂っていた。ハサン達と同じく薬物投与によって改造した身体と、狂気と呼べる程に技を身に刻み込み続けた果ての、自己鍛錬と殺人経験で練磨し、それらを幾度も繰り返した末の超人を辞めた魔人の武錬だ。人間を狩り殺した数で綺礼を上回り、鍛錬に費やした時間も若いながらも綾子が上回り、戦場で彷徨いながら化け物を何匹も抹殺し続けた。

 

「―――流石がは、あれの弟子か」

 

 己が地獄より救い、正しく世界へ撒いた災厄の種―――言峰士人。それが育てた至高の傑作こそ彼女だった。

 強く、鋭く―――ただ、巧く。

 神父が持つ人間としての強さの理想像へ至る中間存在。

 これ程の武の化身でありながらも、未だ完成にはならず成長期。そして、それら全てを完結させたのが、この度の聖杯戦争で召喚されたアーチャーであった。

 

「そりゃどうも!」

 

 敵の神父の言葉を受け流し、綾子は薙刀を振う。それも一方的な彼女の演武だった。綺礼が投げた黒鍵は全て左腕の義手から発せられる念力で逸らされ、距離を離せば右腕を鍵とする“魔術門”より展開した銃身から弾が嵐となって吹き荒れ、八極拳の猛威を容易く捌いて対処する。

 遠距離攻撃が念動力(サイコキネシス)によりまず無駄。折角の隠し玉も殺人貴に“殺”し潰された左目の代わりに埋め込んだ義眼により、初見で礼装や術式を看破してしまう。更には広範囲の索敵にも適し、銃火器を武器庫から取り出して遠距離と中距離にも対応。また武器による白兵戦に優れ、格闘戦も戦闘の基礎として徹底的に鍛え込んでいる。

 ……簡単な話だと綺礼は哂った。文字通り、士人が自分の持つ戦闘論理全てを教えたのだろう。悪辣なまでに隙が無く、あらゆる種別の敵を殺し得る武術と異能と兵器を持つ。言わば、戦闘における言峰士人が持つ美学の結晶。理想的なまでの戦争屋。

 ―――強さ、と言う概念を生み出す為の最高傑作。

 神父(言峰綺礼)が自分以上の代行者へなるようにと仕立て上げた(士人)が、その自分を更に超える達人に育て上げた(綾子)。サーヴァントと言う死徒以上の悪霊になった今の綺礼でさえ、ただの人間に過ぎない綾子は異常な程ただ強かった。

 

呪層界(アウレア)黄金偽杯(ボークラ)、起動―――」

 

 しかし、その呪文一言で桜は戦局全てを引っくり返した。今まで他のマスターとサーヴァントの足止めをしていたマキリの黒化天使全員を自分の元へ強制転移させ、辺り一帯に呪泥を溢れさせた。

 

「―――それで?」

 

「本当、相変わらずな化け物代行者ですね」

 

 現世における肉体を持たぬサーヴァントを融解する泥であり、人間の精神を崩壊させる呪詛の権化。触れれば、この世において最大の精神的苦痛を味わい、そのまま死ぬのが普通。なのに、士人は普段と全く変わらなかった。無論、呪詛の主である間桐桜と、その娘である間桐亜璃紗も正気のまま。擬似サーヴァントの衛宮切嗣と言峰綺礼も正常だ。

 

「まぁ、この密度の泥であれば、どのサーヴァントにも有効だな」

 

 今の桜が操る呪泥はサーヴァントにとって天敵も天敵。例え受肉した英霊であろうとも、現世の生命体でない霊的存在であるならば、問答無用で融かし、魔力源として魂を吸収するだろう。無論のこと、この密度となれば人間の肉体をもあっさり融解するのだが、この言峰士人に効果が及ぶことはなかった。

 ……とは言え、桜の呪沼が危険地帯であることに違いはない。

 士人は早急に脱出して、礼装の弓を投影。射出専用の槍を模した鉄矢を弓に備え、射殺す眼光で桜達を監視した。

 

「―――では、さようなら」

 

 呪泥を通過門とする空間転移による戦線離脱。しかし、ただ転移するだけでは、その隙を狙われる。転移を阻止されるだけではなく、命さえ失う危機に陥るだろう。そんなことは桜も分かっていた。妨害されるのが分かっているならば、その妨害を妨害する為の策を用意するまで。

 広げた呪泥を爆散させ、黒い呪いの濃霧で一体を包み込んだ。視界はおろか、太源を一気に汚染することで魔力探知も魔術検知も不可能となり、霊的直感を阻害。加えて、感性を狂わす程の膨大な殺意と憎悪が泥霧の呪詛には含まれており、直感による察知も防いでいた。

 この呪霧を吸い込む訳にはいかない。

 あれには恐らく、呪い以外にも生物を殺す毒素が含まれている。恐らくは、桜が蟲を研究している過程において、自然界の虫が持つ毒性を参考にした猛毒があると考えるのが自然。人間が動物として生きている以上、この手の毒に弱いのは当然だ。生命力の高い魔術師ならばある程度の耐性もあるのだろうが、肉体が弱るのは避けられない。尤も、普通なら呪いによる汚染で毒に感染する前に死ぬのだが。

 アサシンは咄嗟に何時も羽織っている黒衣で口を塞ぎ、士人も固有結界に常時ストックさせておいた仮面を投影して被った。綾子もガスマスクを取り出して使っており、ダンも綾子から投げ渡されたそれを借りていた。

 

「周到な魔女だ。お前の教え子と言うのも頷けるな」

 

「言うな、アサシン。あれはそも、俺を遥かに超える才能に満ちた魔術師だ。それこそ、魔法を操れる程の霊的素質がある。

 ……人格面も鍛えれば、それ相応だったしな。

 不幸を背負おうが、洗脳されて病んでいようが、強い奴は強いからな。俺を鍛えた師である遠坂凛(魔術師)も、そう言っていた」

 

「そうか。才のある者を育てるのは楽しいからな。致し方ない」

 

「無論だとも。教え甲斐のある素晴しい者だったさ」

 

 今の時点で桜は吸血鬼以上の不死の化け物。そんな魔女が、更に死徒にでもなれば、二十七祖級の怪物に変貌するのは確実だろう。士人としては、そんな“モノ”に桜が成長してくれただけで十分な娯楽であり、更にこれ程の馬鹿騒ぎを起こす最高の友人に成り果ててくれた。

 

「……んで言峰、これからどうするん?

 それに、なぁ、ダン。あんただって、一人くらい撃ち殺さなきゃ、国に帰る踏ん切りもつかないってもんでしょ?」

 

「当然だぜ。ここまで純粋に殺したくなったのは、親を銃殺した時以来だ」

 

 綾子の呟きに、ダンは肉を喰らう獅子に似た獰猛な笑みを浮かべる。

 

「へぇ。あんたって親殺しなんだ?」

 

 親殺しと聞き、綾子は疑問に思った。この男とは縁があるが、過去について詳しくない。殺し相手としての資料や、記録上での過去は知っているが、それだけの関係だ。

 

「深く聞いてやるな、美綴。俺もこれから親殺しをする破目になったのだぞ。あぁ、全く以って残酷なことだ」

 

「嘘つけ。凄く愉しそうにあたしは見えるんだけど?」

 

 黙っているアサシンもまた親殺しの英霊だが、親を殺した過去など「英霊の座」では何ら特別なことではない。今回の聖杯戦争で召喚されたセイバーは我が子に殺された親であり、同時に子殺しの英雄でもあった。必然セイバーの子である叛逆の騎士モードレッドは親殺しの英霊。

 

「―――神父(マスター)、今はどうでも良い雑談だ。アヤツら、今晩にもこの聖杯戦争を完結させるぞ」

 

「だろうな。急がないと地獄が生まれる事となる」

 

「無論、分かっているな?」

 

 アサシンはどうするのだと、髑髏仮面で隠れた顔を歪めながら詰問した。

 

「まずは師匠を回収しよう。アレが無事でなければ、そもそも間桐を相手に勝ち目が全くない。美綴、転移は出来るな?」

 

「出来るっちゃ出来るけど……まぁ、何度も出来るほど魔力はないよ」

 

「安心しろ、沙条特性の霊薬がある。いざとなれば魔力供給の最終手段もあるしな。

 ……なに、今の冬木ならば男女を選り好みしなければ、色々と致せる相手に不足はせんぞ」

 

「セクハラだからそれ! 魔力供給とか隠語にさえならないからな!!」

 

「魔術師相手に魔力供給しようぜ、とか直球過ぎる口説き文句だぜ。オレには恥ずかし過ぎてできないな。しかし、お前みたいな早撃ちマック神父ソン風情がよ、女魔術師なんてエロス生命体を満足させられんのかよ」

 

「ほほう。素人童貞な雰囲気しか感じられぬ強面の僻みが醜いな。醜過ぎて、実に面白い殺し屋だ。何よりも、エロス生命体と判断する所が面白い」

 

「おい、あんたら。なに人を勝手に色情魔にしてやがる。そりゃ性魔術もいけるけど、それって魔術師なら当たり前の必修科目ってだけだし」

 

「まぁ、お前みたいにまだ人並みの感性がある魔術使いならな。けどよ、ナンパして一晩洒落込もうとした美人さんが、実はオレの精子を狙ってた魔術師だったなんてことも普通にあったぜ」

 

「分かるな。俺も冬木を襲撃して来た死徒の魔術師に敗北し、数日間監禁され、口にするもエゲツない拷問を子供の頃に受けたことがある。沙条を救う為とは言え、ある意味では聖杯戦争以上の面倒事だった。

 あれは私でなければ精神崩壊していたぞ。成人しても女に対するトラウマは必須だろう」

 

 思わず素で返答するアデルバート・ダンと言峰士人だった。

 

「―――お前ら」

 

 人間相手に向けてはならない殺意がアサシンから溢れ出た。耐性のない一般人なら心臓麻痺による突然死を迎えるまでに濃厚な死の気配。

 

「殺気を出すな、アサシン。分かっている。もう気配の探知は終わっているな、美綴」

 

「当然。遠坂以外の探知も終わったさ」

 

「そうか。では撤退といこうか」

 

 そうして、空間が歪み、四人の姿はこの場所から消え去った。






























 切嗣さん、マジ外道!
 ホテル爆破するくらいですから、サーヴァントを人間爆弾にするのに全く躊躇いはありませんでした。ついでに聖杯起動の為のエネルギー源も得ると言う。敵を屠り、ライダーを再利用し、更に大聖杯を復活させる一石三鳥作戦でした。
 如何でも良い後日談ですが、両キョウカイの工作でライダーの自爆後は小型隕石の落下と言うことになりました。扱いとしては、隕石が爆発したとされるロシアの森みたいな雰囲気です。


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82.神と血の御加護を

 セガのパンツァードラグーンの新作は何時発売になるのか。死ぬに死ねない。チーム・アンドロメダ、早く―――!
 後、如何でも良い感想になるんですけど、ぶっちゃけツンデレキャラの声優って個人的には坂本真綾さん何ですよね。いい年代になるんですけど、幼稚園の時からずっとパンドラに嵌まってまして、ツヴァイのラスボス以上に感動する戦いが美しいラスボス戦はないなぁと思ってました。まぁ幼稚園の時は今より遥かに感受性があったので、それも原因なんでしょうけど。それでアゼルが出て、あの大作RPGですよ。自分の中だとシューティングと言ったらパンドラで、RPGもパンドラです。そして、ヒロインが敵役のドラゴン乗りのツンデレキャラで声が坂本真綾さん。更にそして、邪ンヌもツンデレっぽくて敵役ドラゴン乗りで声が坂本真綾さん。もうあれなんですよね、第一特異点でルーラーとして出た瞬間、幼稚園の時から拗らせてる闇が深い性癖的に、手に入れるしかないと言わざる負えなかったんですよ。
 つまりぶっちゃけますと、セガのアーケードでジャンヌ・オルタ―――出ませい!



 ―――大聖杯。第三魔法、天の杯(ヘヴンズフィール)

 嘗て、アインツベルンが成した奇跡の残骸。魔法使いがこの世の外側、根源の渦より持ち帰った唯一無二の魔術基盤。

 だが、今となっては過去の話。悪魔の神の赤子が眠る母胎に成り果ててしまった。

 

「……来ますかね?」

 

 仄暗い洞窟の内部。黒い魔力を脈動させる大聖杯は、巨大な空洞を垂らす歪な光源となっている。そして、その大聖杯は既に本来の姿を変貌させ、数十年前に宿してしまった悪神の赤子を孕む肉の塊と成っている。

 剥き出しの目玉が浮かぶ巨大な肉柱―――この世全ての悪(アンリ・マユ)の揺り籠。

 生まれたい、生まれたい、と原始的な衝動が放つ圧迫感は凶悪で殺人的。その場にいるだけで耐性のない人間は発狂し、人間で在ることに耐え切れずに死ぬだろう。

 ……そんな地獄で、その元凶たるアンリ・マユが垂れ流す呪詛を異能力の読心で直に聞きながら、亜璃紗は普段と何も変わらずに切嗣へ疑問を呟いていた。

 

「来るだろうね。でなければ、この世に新たな魂の法則が生じるだけだ。間桐桜が真性悪魔と化し、あの世の代わりとなる固有結界(地獄)を有するとなれば―――」

 

「―――確実に、人間は別種の霊長へ転生することだろう。

 第三魔法を無尽蔵の魔力で行使し、真エーテルを根源の渦より溢れされるとなれば、神代の法則を限定的に組み込むことも聖杯ならば可能だ」

 

 このまま時間が経てば、綺礼が言ったことがそのまま世界で起こることになる。人に神秘を秘匿させたまま、死後の世界だけが具現する。間桐桜の願望が成就した世界では、これより死する全ての人類の魂は彼女の固有結界に取り込まれ、その地獄の中で魂が具現し、地獄の渦を為す亡者と成り果てるだろう。

 永遠に存在する魂―――否、永劫に続く地獄の檻。

 あらゆる悪性を劫火で焼却する理―――この世全ての、悪の廃絶。

 この世は何一つ変わらず。だが、魂だけが真性悪魔のみが有する“(ビースト)”の内側に囚われ続ける。輪廻の環は途絶え果て、やがてこの平行世界全ての人間が真性悪魔(間桐桜)の地獄に堕ちるだろう。

 

「真性悪魔。固有結界って言う魔術は、元々はそれらの持つ異界常識だと聞きました」

 

「人間が持つ自滅因子でもある。言ってしまえば人類史における悪性の癌細胞―――そうだね、あれは紛うことなき人類悪だ」

 

「ほう、人類悪か。ただの魔術師に過ぎないおまえが、随分とこの世界に不可解なほど詳しいようだな。しかし、今のおまえがそうなった理由は分かり易い。

 衛宮切嗣よ―――契約に、何を見た?」

 

 亜璃紗の問いに答えた切嗣の不自然さ。それを見逃す綺礼ではなかった。

 

「ビーストのクラス、と言うらしい。そう言う役割を持ったアラヤの英霊の一種。

 少し余談になるけど、魔術王ソロモンが創り上げた決戦魔術を模したのがこの聖杯戦争でね。僕が知ったのは、その降霊魔術・英霊召喚は本来、座の魂をクラスと言うに匣に押し込めて、大聖杯でも召喚できるように霊格を落とすモノじゃないらしい。この聖杯戦争だと英霊の座に存在する魂の一側面を抽出しているらしいが、ソロモンの魔術では英霊の魂を“グランド”クラスと言う匣で逆に座の本体より霊格を強化し、人類を滅ぼす災厄に対するカウンターとして使役する魔術なんだとか。

 そのグランドと言うクラスで対抗する悪性の具現が、ビーストと魔術世界で呼ばれる霊格らしい。そして、そのビーストこそ、人類史を脅かす害。

 ―――故に人類悪。

 人類を滅ぼす悪ではない。人類が滅ぼす悪である」

 

「ほう。素晴しい知識だ。守護者として昇華されると、そのような座における叡智も得られるのか」

 

「いや、僕が取り込んだこの霊格―――この英霊は、他の守護者と少々役割が違ってるみたいでね。アラヤの守護者として活動しているからこそ、そのアラヤを守る為に必要な知識もまた、こうやって必然的に座へ登録されているらしい。

 本来なら、こんな知識は大聖杯にサーヴァントとして召喚された英霊にはないよ。

 けれど、僕は大聖杯に召喚された英霊じゃない。死んではいるが、まだ根源側の星幽界に還った魂でもなく、この世に存在する人間霊だ。

 言峰綺礼、貴様には理解できると思うけど?」

 

「無論だとも。地獄で拾った息子が七柱の獣の一匹を狩り殺したと、契約した間桐桜から聞いたからな。確か、二十七祖に属する奴だったか」

 

「そいつ、本当なら守護者として召喚された英霊七騎で対処する化け物の筈……なんだけどね」

 

「……あー、それなら聞いたことあります。殺人貴と組んであの神父、白翼公が主催した第六法の儀式を台無しにしたって聞いたけど。その時、死徒のお姫様と真祖のお姫様を殺し合わせる為に犬殺しに成功し、物の序でに世界を切り開いて、星の内側へ還したって本人が言ってた」

 

 神父が殺人貴と結託して行った獣の抹殺作戦。その詳細を亜璃紗は本人から聞いた過去があった。何とも荒唐無稽な、聖杯戦争以上に出鱈目な宴であったとか。

 

「ふむ。相変わらず、我が息子ながら出鱈目だ。まぁ、あのギルガメッシュから、この程度の雑用が出来なくて何が王の臣下か! ふははははははは! と、出された無茶な命令全てを淡々と消化していた。ならば、弱い訳がないと言うことは理解している。

 ……とは言え我ら代行者、それも最高部門である埋葬機関が悲願とする祖の討伐を成功されるとは」

 

 二十七祖と一括りにされる様々な吸血種共だが、その主なメンバーは死徒と呼ばれる吸血鬼。第三位・赤い月のブリュンスタッドを始まりの真祖とする化け物たち。しかし、その中に例外が複数体おり、特に一桁台の幾人は神代の権能の領域であり、それさえも超えている者もいる。しかし、そんな例外の中でも更に例外となるのが第一位・プライミッツマーダーだった。

 

「……良い御身分ですね、皆さん」

 

「あー、桜さん。アンリ・マユはどうですか?」

 

「順調ですよ、とっても。生贄も足りているみたいですし、バーサーカーを殺す必要もないですね」

 

 特に意味のない世間話をする三人衆を死んだ魚の目で桜は見た。切嗣は地面に銃火器と弾薬、その他の暗器や手榴弾を置いて確認と整備をしており、綺礼も同じく法衣に隠した黒鍵の柄を取り易い位置に調整中。亜璃紗はもうやることはないのか、大の字になって寝転んでいる始末だ。

 

「それは良い。バーサーカー、アレもう魂が限界に近いですし。魔力の限り蘇生が出来るからって、代償要らずの不死なんて魔術世界にはない」

 

「どう言うことですか、亜璃紗?」

 

「んー、長くなるけど良い?」

 

「勿論。まだ暇ですから」

 

「そう。なら暇潰しとして無駄情報も語っちゃいますか」

 

 それじゃ、と亜璃紗は呟いて、ホグニから盗み取った過去の記録を思い浮かべる。

 

「彼の蘇生宝具はね、淫売女神の霊薬と呪いなんだ。確か、その女が細工師のドワーフからブリーシンガメンって首飾りを貰おうとして、その対価として女神の肉体を望んだんです。それで何人ものドワーフと滅茶苦茶セックスしてその女神様……えっと、フレイヤって名前の神様は首飾りを手に入れた。

 それでまぁ、ここで話が終わればセックスしてはいちゃんちゃんってなったんだけど、ロキって言う邪霊が主神オーディンに告げ口したんです。この女、ドワーフたちと宜しくやって首飾り手に入れましたよって。それでマジギレしちゃったオーディン様が更にロキにその首飾りを盗んで来いって言って、フライヤはちゃんと対価を払って手に入れたブリーシンガメンをロキとオーディンに泥棒された訳です」

 

 女神が欲したブリーシンガメンの首飾り。実はベオウルフも手に入れた過去があり、死の定めを持つ者に渡る曰く付きの呪物でもある。

 

「まぁ、ロキとオーディンが揃うと録なことは起きませんよね。ファヴニールに生け捕りにされた神代前代未聞の神様身代金事件も有名ですし」

 

 数ある竜種の中でも有名なファヴニールだが、この竜は純粋な竜種ではない。神話で語られる主神と邪神を同時に敵へ回して勝利を得る程の、権能の持つ神々を打ち破る強力な妖精の魔術師だった。その人物が呪われ、狂い、魔物と変貌したのがファヴニールと言う元魔術師だった竜である。

 邪竜と呼ばれるが、その発生を考えれば彼本人は邪神の手で騙され邪悪なる竜へと転生した人間であった。

 

「ファヴニールもファブニールで、ホグニ王と同じくこの神様二柱の被害者なんだけど……まぁ、いいや。それでオーディンはブリーシンガメンを返して欲しければ、ヘジン王とホグニ王を永遠に殺し合わせろとフレイヤに命じましてね。

 ……その為に使われたのが、彼の宝具になっている霊薬です。永遠に殺し合うには、殺し合わせる者達全員を永遠にしなくてはいけません。不死となったのは王様二人だけではなく、その配下の兵士全てに施されたって訳です。だけど不死にしただけでは、二人の王を殺し合わせるには足りません。殺人の為の、戦争を行う為の動機が必要です。

 人間に変装したフレイヤはヘジン王に霊酒を飲ませて、ホグニの妻を殺し、娘のヒルドを略奪するように仕向けました。ヘジンは女神に操られてホグニの妻を殺し、その娘を拉致しました。彼自身にはそんな意志はなかったけど、気づいた時にはもう全てが遅かった」

 

 恐らくヘジンがサーヴァントとなれば、ホグニと同じ不死の宝具を持つことになる。それと自分を狂わせた人を操る神酒も宝具と化すことだろう。

 

「激怒したホグニは戦争を望みました。そこでまたフレイヤがホグニに魔剣を渡してまして、それがダインスレフと言うドワーフが作った神造兵器です。

 曰く―――一度鞘から抜けば、血を啜らぬ限り鞘に戻ることはない。

 勿論、ホグニはヘジンを殺す為に魔剣を抜きました。騙されたと訴えようが、ダインスレフを引き抜いたホグニにヘジンの言葉は届きませんし、元から滾っていた憎悪は引き返せない呪いとなってました。とある島で戦争を始めたホグニとヘジンの両軍ですけど、彼らは二度と勝つことも負けることも出来なくなってしまいました。

 ……フレイヤはね、ホグニの娘に先程も言った霊薬を渡していたんですよ。この薬が有れば、戦いで傷付いた父を救うことが出来ますよって」

 

 切欠事態は女神フライヤの欲望に端を発した事件。しかし、原因はそれだけではなく、主神オーディンと邪神ロキの両名の悪意によるところも非常に大きい。実行犯はフレイヤであるが、主謀犯はオーディンであり、密告をしたのはロキだった。オーディンの悪辣さを理解しながら、ロキはフレイヤの秘密を暴いたのだ。

 

「―――これにて、永遠に続く神造の地獄は完成しました。

 女神が操って行わせた殺人と誘拐。

 女神が与えた魔剣による殺戮衝動。

 女神が渡した霊薬が汚染した生命。

 全てが神のからくり。人間を玩具程度にしか考えぬ神々が、永遠の地獄を、永遠に楽しめる娯楽品にした訳です」

 

 あの神々に罪の意識などない。ホグニはそれを知っている。英霊となり、魔剣の支配者として完結した今のバーサーカーにとって、憎悪の根源とはそれだった。無論、一番憎いのは美の女神。だが自分達の地獄を望んだオーディンと、地獄を楽しむロキに対する憎悪もまた彼の魂を狂わせていた。感情では邪悪なる美の化身こそ憎しみ尽くしているが、理性では真に醜き邪悪はオーディンだと理解していた。そして、地獄を喜ぶロキは言うまでも無い悪の権化。

 ―――死ね。

 ―――殺す。

 ―――鏖す。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――と、止まらず蠢き轟く狂気。それこそバーサーカーの正体そのものだった。 

 

「まぁ、彼の逸話は大体が女神によるものってこと」

 

「その逸話はそれなりに知ってますよ。酷い話ですよね。女神は女らしい女ですから、本当にもう酷いとしか言えません」

 

「うん。聖杯戦争でも女神系英霊は基本絶対暴発する地雷ですから。まー、前回のライダーは結構な当たりっぽいですけどね」

 

「―――亜璃紗」

 

 この世全ての悪が煮詰まったような、灼熱とした瞳。義理の娘に向けるべきではない桜の眼光は、魔力を込めずともそれだけで魔眼として機能している程の、煉獄みたいにおぞましい眼であった。

 

「ごめんなさい、桜さん。そこは関係ありませんでしたね。それでね、バーサーカーが宝具を運用する為に必要なのは魔力だけじゃないんです。

 重要なのは―――憎悪です。

 魂が無尽蔵に発する憎悪を魔力に混ぜて、その黒い魂の衝動で魔剣を操っている。しかも、死ねば死ぬ程、霊薬はバーサーカーを甦らせ、その度に女神に対する憎しみを再確認します。魔剣は更に憎悪を滾らせ、魔力は復讐に燃え上がります。結果、引き起こるのは無限に連鎖する報復行為。蘇生の度に魔剣に必要な憎悪は生まれ、女神の魔剣で敵を殺せば更に憎悪を発する。

 ……確かに、バーサーカーは理性的です。狂化などと言う人工的な憎悪は無価値です。何故なら、彼の魂は極大の憎悪を今も生み出し続けていますから。

 ―――けれど、それにも限度があります」

 

「あの狂気をまともな理性を残したまま運用し、憎悪を理性的に受け止めている。そんなこと、何か無理をしていないと出来ないことなのは当たり前ですね」

 

「そーいうことです。あのまま続けば、憎悪だけで機動する大量虐殺兵器に変貌します―――聖杯が用意した器が自壊するまでね。私も令呪で狂わせれば、霊薬で蘇生し、魔剣で魔力を補う無限機関になるってのは最初から理解してましたが、それもお門違いでした。

 ―――そもそも、無限になど耐えられる筈も無い。

 バーサーカーの魂が持つ憎悪は、サーヴァント程度の器に納まる呪いではありません」

 

「成る程。聖杯に呪われたバーサーカーが持つのは、憎悪の果ての自壊って訳ですね」

 

「―――是、である」

 

「バーサーカー、居たのは分かってましたが、聞いていたなら雰囲気で訴えて下さい。気配消してないで」

 

 アンリ・マユの呪詛に並ぶ程の憎悪の怨念。周囲に狂気を垂れ流しにするバーサーカーだが、今はとても静かであった。しかし、心を盗み見る亜璃紗だけは、この瞬間もバーサーカーの憎しみが内側で狂い蠢いているのを察していた。

 

「すまんな。話を遮るのも無粋と思った。しかしな―――ふむ、貴公が聖杯を叶えれば、我の願いも叶う。その願望にも関わる話をしていたとなれば、聞きたくなるのが人情だ」

 

「あー、それね。バーサーカーの新しい願いもまた、結構突拍子もなかったけど」

 

「うむ―――神々を、許されぬ永遠の地獄に落とす。

 間桐桜よ、貴公が地獄と変貌すれば、この我が抱いた叶わぬ筈の怨念も身を結ぶと言うことだ」

 

 如何に万能の力を持つ聖杯であろうとも、そもそもその聖杯以上の神代の神秘を振う神霊本体を捕えるのは不可能だった。バーサーカーもそれは理解していた。もし聖杯戦争にサーヴァントとして霊格を落として召喚された分身体の神霊ならば、バーサーカーもその神霊を嬲り殺しにし、鬱憤の一厘のそのまた一厘程度は晴らせるかもしれないが、そんな程度では殺戮を行う価値がない。

 しかし―――間桐桜はホグニに夢を見せた。

 聖杯戦争では、殺し合いを楽しむ為に参加した。人を殺したり、戦いの果てに殺されることが望みだった―――だが、それは彼の狂気の本質であり、ホグニと言う人物が抱く願望ではなかった。たかが聖杯程度の礼装で叶えられる願望ではなかった。

 ……間桐桜がいなければ、だ。

 報復王ホグニは確信している。例え自分が死のうとも、この魔女が願いを叶えれば、生前のあの地獄、あの不死の島で願った本当の報復―――神々を苦しみ悶えさせ、自分と同じ地獄に叩き落としてやりたいと言う悪夢の実現を。

 大聖杯で以って真性悪魔の固有結界(永遠の地獄)になった後、この平行世界の人間が滅び去るまで、彼女は淡々とこの世全ての人間の魂を収集し、地獄の中でこの世全ての悪の焼却を完了させるだろう。そして、やがて違う平行世界の宇宙に渡るか、あるいはこの宇宙の何処かにいる知的生命体も餌食にするのか分からぬが、文字通り彼女が知覚し得る全ての世界の悪を滅却することだろう。その果てに大聖杯以上の神秘(地獄)に成長し、根源の渦さえ通り抜けることが出来れば、あるいは―――現世から逃げた屑共を一人残さず間桐桜は地獄に落とし込む。あらゆる罪を、悪を為す悪を、真性悪魔(ビースト)と成り果てた魔女は逃しはしない。

 最高だった―――正にホグニが望む悪夢だった。

 この世全ての悪を滅する。それは邪悪を成した神々さえ例外になし。

 今の間桐桜はソレだった。実に荒唐無稽な、魔術師が夢見た世界を実現させる魔女だった。

 言峰士人が彼女の内側に見た狂気―――悪魔の魂、つまりはアンリ・マユを喰らう魔女なのだ。

 

「奴らはな、我を不死に変え、地獄に落としただけではないのだ。

 ―――唯一愛した女を、あの屑共は無慚に殺めた。我が娘ヒルドもまた我と同じ不死に変えた。分かるか、ヒルドは我を助ける為に霊薬を使い、それが不死の引き金となるよう騙され、更には地獄を生み出した罪をあの屑女に擦り付けられた。

 ……ヘジンは友だった男だ。奴ら塵共は、我の友人に我の妻を無理矢理殺させた。娘を誘拐させ、戦争が起こした罪を擦り付けた。

 未来永劫、この世が滅び消えようとも―――我が憎悪は決して絶えぬ」

 

 罪は清算しなければならぬ。救いなど罪人に与えてはならぬ。償いなどと言う善行を、奴ら邪悪なる人外の獣に許してはならぬ。

 ただ―――殺す。

 殺して、殺し続け―――ただ、苦しめる。

 悪は悪として、獣は獣として、罪人は罪人として―――死しても変わらず、永遠の中で死ねばいい。

 

「人間にはな、その魂に尊厳がある。魂から、己が心から、尊厳を失くしてはならぬ。獣に堕落しようとも、亡者となって生者の命を喰らおうとも、失くしてはならぬ物がある。

 故に―――許してはならぬ罪がある。

 それが君臨者の法で定められているからと、家族を殺された者ならば、罪人はその者の手で殺さねばならぬ。それが神の言葉で決められたからと、子を地獄に落とされた者ならば、罪人はその者の手で地獄に落とさねばならぬ。それが倫理や道徳に反しているからと、誰かを憎悪の塊に変えた罪人がいるならば、罪人はその者の憎悪の炎で焼き殺されねばならない。

 人として間違っているからと復讐を諦めるのはな―――それこそ、尊厳を有する人間ではない。

 言葉や記号で自分の憎悪に歯止めを掛けるのは、ただの虫だ。この霊長と言うアラヤに従うだけの英霊ならば、それは群れの意志を絶対とする昆虫と同じである。

 ……虫から尊厳は生まれない。

 心の底から虫となれば人間には二度と戻れない。

 己の憎悪を全て受け止め、己の復讐を義務としてこそ―――ヒトの魂である」

 

 バーサーカーは憎悪に狂った不死の化け物だが、尊厳のない虫ではなかった。彼は生粋の復讐者。本来ならば、殺人貴以上にアヴェンジャーのクラスに相応しい。

 

「同感ですね。人は虫ではありません。私もまた、虫で在ることに耐え切れなかったから、この第六次聖杯戦争を起こした。

 大聖杯の覚醒もそろそろです。ふふ、でもその前に―――」

 

 使い魔の虫で監視している衛宮の邸宅で動きがあったのを確認した。ここからは真正面からの総力戦だ。勝っても負けても、これでこの戦争が完結する。

 

「―――聖杯戦争を終わらせましょう」

 

 

◇◇◇

 

 

「―――はい、これ」

 

「……え。なにこれ?」

 

 凛から唐突に湧かされた品物を見て、綾子が困惑するのも無理はなかった。透明な試験管に入った赤い液体―――人間の血液だろう、それ。

 

「アーチャーがね、何かあればそれを貴女に渡せって。まぁ、使い方は見れば分かるでしょ? アーチャーの正体も一目すれば、貴女なら見抜けるでしょうし」

 

「へぇ―――あのあたし、そこまでど外道なんだ。過去の自分に、人間を辞めろと?」

 

「でしょうね。力が欲しいなら、選べってこと。私は正直渡したくはなかったけど、遺言は守らないと。それに私達の年齢も良い大人。周りの環境の程度の差はどうあれ、長い時間を掛けて自分自身を育て上げた自己があり、その在り方を良しとする自分がいる。

 ……だったら、自分の生き方くらい責任を負わなきゃね。そうじゃないと生きてたって楽しくないじゃない」

 

 ―――と、言われて渡された“モノ(劇薬)”を見た。主な媒体はアーチャーの血液なのだろうが、他にも魔術薬品を溶かしているのも解析して分かっていた。

 飲めば肉体が強くなる、と言う次元の霊薬ではない。

 自分以外の何かに生まれ変わる程の、劇物となる魔薬だった。

 憑依魔術の応用で、血液に内包された過去の記録が自分を上書きする。戦闘経験、殺人技術、魔術技能などの情報の坩堝。それだけではなく、これから自分が歩む未来と、その果てに辿り着く境地。込められているのは、自分自分の何もかもであり、あらゆる答えでもあった。

 

「…………」

 

 躊躇う必要もないな、と言葉にせず心の中で綾子は呟いた。試験管の中に入っている激毒を一口で呑み干し――――――地獄を、見た。

 彼の英霊の遥か過去の、そしてこの世界における遥か未来の真実。

 ―――契約と、代償。

 阿頼耶識の正体と、人類史の本質。

 超能力を得る為の資格と、人間を運営する人でない霊長の意志。

 言峰士人(コトミネ)―――死灰と呼ばれる者。

 美綴綾子(ミツヅリ)―――英霊狩りの隷属者。

 全てに意味があり、価値があり、何もかもが仕組まれた流れ。世界を運営する為の犠牲であると言うことは、人理を運営する為の動力源であると言うこと。

 ―――地獄。

 人が人を殺していた。人の為に、人に人が殺されていた。

 自分に超能力が発現したのも同じだった。ヒトの為に、人殺しを為し得る力を阿頼耶識から与えられた。

 全ては英雄達を狩り殺す為の能力だった。社会の為に、邪魔になった功労者を排除するシステムだった。

 結界殺しの魔術。

 弓兵殺しの異能。

 英霊狩りの戦術。

 完成した英霊(自分)の力は、コトミネを殺すことに長けていた。エミヤを殺すことに長けていた。トーサカを殺すことに長けていた。マトーを殺すことに長けていた。メランドリも、ダンも、フラガも、シエルも、デスも、殺せない者がいなかった。

 ―――自分と関わり合いのある全員を、殺すことに長けていた。

 遥か未来の自分は、コトミネを殺していた。あの神父との間に出来た娘もいたが、父を殺した女に育てる権利はないとオルテンシアに預けた。

 あの邪悪な女に呪われ狂わされたエミヤを、殺していた。黒く染まり、獣の数字を背負ったアイツに理想はなく、正義など無い行いしか出来なくなり、あれには正義しか残されていなかった。

 魔法の魔術基盤の強奪を成したトーサカを、殺していた。妹の死に様に耐え切れず、世界と世界の間の鏡面境界に生まれた特異点は、やがてこの惑星を遊星に変化させる程の悪夢であった。

 大聖杯の覚醒に成功してしまったマトーを、殺していた。真性悪魔の固有結界となった彼女は地獄となり、その地獄を斬り開ける者はバビロンの鍵を有する自分だけであり、地獄と共に自分は成り果てるしかなかった。

 血の祝福―――それは地獄の結末だった。

 座に登録されたミツヅリは、アラヤと契約を結んだあらゆる平行世界におけるミツヅリの集合体。つまるところ、自分が経験するだろう全ての可能性に満ちた地獄の記憶を持っていた。他にも様々な、誰かを殺す光景と、違う結末に至ったあらゆる誰かの地獄が映っていた。

 師匠を殺した。

 友人を殺した。

 仲間を殺した。

 恋人を殺した。

 家族を殺した。

 殺した殺した殺した殺した殺した――――! なんのために?

 

「―――ぁ…………!」

 

 社会の為に、人類史を維持する為に、人間が人間を運営し続ける為に―――守護者とは、守護者に成る生前から、ただの奴隷に過ぎなかった。あらゆる英霊の運命が、遥か未来に訪れる結末によって決定されていた。

 ―――コトミネ。

 奴こそ、自分が超能力を得る資格を持つ元凶。

 誰かが欠けている生前の記憶があり、何かが足りない死ぬ前の記録がある。しかし、あの男が登場しない平行世界の自分は、守護者として契約など結んでいなかった。

 結界殺しの力とは、コトミネから与えられた黄金の鍵による魔術。

 弓兵殺しの力とは、人理の脅威となる者への対抗策として与えられた超能力。

 英霊狩りの力とは、人理に反旗した英霊を守護者として殺し続けて得た戦術眼。

 あの未来の自分が持つ能力全てが、それらを得る原因となった者は一人だけだった。奴が、奴だけが、何であんな男だけが、ミツヅリにとってあの英霊だけが――――――

 

「ぅ、ぅ………ぁ、あ、あああ――――」

 

「どうした、美綴?」

 

 

 

 ―――後ろから、コトミネの声がした。

 

 

 

「……ただ事ではないらしいな。まるで、あのアーチャーみたいだ」

 

 彼は綾子に義手の左手で首を絞められ、右手に持った拳銃の銃口を心臓の上から押し付けられている。

 

「言峰―――アンタ、アーチャーのアタシの殺し合ったんだよね、アサシンと一緒に?」

 

 血に残る記録には、あの場面の光景が存在していた。自分のことを最高傑作と笑い、喜び、愉しむ言峰の姿があった。

 

「肯定しよう。俺はお前に敗北した」

 

 士人は床に落ちた試験官を視た。自動的に解析魔術を行い、それに付着していた血液から綾子に起きていることを理解した。

 ―――素晴らしい。自分の様な泥人形(人でなし)の弟子にしては上出来過ぎる。予期することが不可能な出来事こそ、士人にとって何よりもの娯楽だった。

 

「ああ、そっか。んじゃ、アタシのこの憎しみを理解してるってことだよね?」

 

「無論だとも―――お前こそ、私の最高傑作だ」

 

「………ッ――――――!!!」

 

 この外道を強引に彼女は床へ叩き付けた。その後、仰向けに倒れる士人の上に跨り、両手で呼吸が止まる寸前まで首を絞めた。

 ……互いの呼気が分かる程、綾子は士人へ顔を寄せた。

 そして、士人は抵抗する気が全く無いのか、両腕を床に置いて絞殺される前だと言うのに無反応だ。

 

「へぇ、良い挑発するじゃない。アンタの人格知ってる筈のアタシでも、頭に血が昇って視界が赤くなったよ」

 

 彼女は男の煮え滾った黒い太陽みたいな眼を覗き込んだ―――だが、何の感情も映っていなかった。自分の命に執着がなく、自分の状況に興味がなく、ただただ美綴綾子と言う娯楽品を衝動的に愉しんでいるだけだった。

 

「成る程、憎いか?」

 

「憎いけど、同じくらい哀れさ。言峰士人、アンタには何も無い。人の心が理解出来ず、自分の心も空っぽな人真似事にしか機能のない泥人形だ。

 有るのは唯一つ、人間と言う娯楽品を愉しむ衝動だけ。

 アンタは人間の何もかもが楽しくて、こんな人殺しばかりの腐った世界が更に腐って滅びに向かうのが楽しくて―――人間個人個人の、足掻き悶える姿が大好きだから楽しんだ。

 だから、アンタは強い在り方の人を尊ぶ。その人が行う所業が楽しいからな。

 理想に苦しむ衛宮なんて、ただアイツが生きているだけでアンタに利益を生んでいる。遠坂だって諦めないで苦しみ続けるから、アンタは何時も無償で助けてあげようとする。間桐もそうなんだろうな、救われないで生き苦しむ姿が美しいから何時もアイツの望みを無視しなかった。

 ―――アンタにはそれだけしかない。呪いで、その狂った衝動を愉しむだけで、心の中には何も無い」

 

「良いな、お前は良き理解者となった。無論、お前もまた私にとってそれらの同類だ。お前達のような者と居るとな、まるで失った筈の感情が甦った気分になるほど楽しくて、心の中身を失おうとも自分が其処らに居るだたの人間なんだと実感できる」

 

「―――それだけか!」

 

「それだけだ。それだけしか実感できない。まだ足りないのか、あるいは―――もう、私の感情は死んで甦らないのか。

 分からない。何が分からないのかが、何が足りないのかが、私には分からない。

 しかし、それでも実感出来る衝動がある―――お前たちだ。

 全力で生き足掻き、何かを求道する人間こそ、私にとって最高の娯楽となる。中でも、衛宮のような、美綴綾子(お前)のような、特異な魂が強く光り輝く地獄にこそ、私が求める得も言われぬ感動が存在する」

 

「この、この……っ―――アンタは!」

 

 何も変わっていなかった。血の記憶のアイツと、目の前のコイツは何一つとして違いがなかった。

 

「―――……どうして、アンタはずっと空っぽなんだ。

 この世界を旅して、死ぬしか無かった人々を助けて、色んな人と関わりあったんだろう。多くの人を助けて、殺して、それでもアンタはあの地獄では間違いなく英雄だった」

 

「私も無念だよ――――自分が世界を救っても、何一つ感動はなかった」

 

 文字通りの無念なんだろう。その己が所業に、一欠片の念も見出していない。それが残念だと、何も思わずに笑うのだ。

 

「だが、そんな結果は苦悩にも葛藤にもならなかった。私は、私が何をしても価値がない。この求道に終わりはなく、答えはないのだと実感出来つつある。

 私は―――生きていない。

 人の形をして、呼吸しているだけの“物”だ。

 けれどな、そんな求道にも見出せた娯楽があった。自分では駄目だっただけなんだ。他の誰かが苦しみながら、こんな世界を救う姿は非常に感動した。人間の魂が地獄で炸裂し、走馬燈となって輝く姿を見た瞬間―――この身が、この呪いから祝福されていた」

 

「アンタからすれば、アタシも所詮はそれかよ……っ―――」

 

 殺人貴に殺された綾子の左目は偽物で、ただの生きていない無機物だった。しかし、彼女の右目は生きていて―――まだ、涙を流すことが出来ていた。

 ……神父の顔に、左目からだけ流れる涙が落ちた。

 そして士人は心底から自分が人でなしだと自覚していた。こんな自分の所為で涙を流す女が近くにいて、それを眼前で見ているのに、何も思う事が出来なかった。実感出来るのはやはり、呪いによる悦楽の祝福だけだった。彼の心の内側に溢れ出るのは、涙を流す愛弟子が美しい―――と、そんな下劣な感動だけなのだ。

 

「―――まさか。お前は私にとって一番の特別だ」

 

 彼は両手で彼女の両頬を包み、あの英霊にした告白を綾子にしようと決めた。

 

「私は―――お前を愛そうと足掻いていた」

 

「…………………」

 

 けれども、愛の告白なんて綺麗な言葉には程遠く、それは諦観に満ちた―――懺悔の言葉であった。






















 前書きで本音を書いてしまいました。後書きで謝ります。
 バーサーカーは大体あんな雰囲気です。アヴェンジャーで召喚されますと本気でヤバい奴になります。ギリシャ神話と似て北欧神話も大概ですよね。オーディンが悪いよぉ、オーディンが。そして、戦犯&愉快犯のロキも居る上に、フレイヤなんて厄ダネも。
 美綴さんはミツヅリさんに成りつつあり、ちょいアカン未来を知ってしまいました。とある平行世界ですとキアラさんが真性悪魔としてフィーバーして、それを綾子や言峰と協力して殺し、彼女を倒す代わりに獣っぽいクラスに呪われたエミヤさんとかも地味に綾子は狩り殺しています。


 え、され竜アニメ化、マジで。まともなのは僕だけか! でも実に“愉”しみだ……ってことは、薔薇マリのアニメ化も期待し続けても良いのかな。


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83.決戦会合

 エクステラの新作情報楽しみです。


「―――さて、会議を始めます」

 

 衛宮邸の居間。士郎と凛は勿論、その他諸々合計12名が集っていた。流石に全員がテーブルの前に置かれた座布団に座れるほど広くはなく、壁に寄り掛かっていたり、マスターの背後で待機している者もいた。またこの場には決戦に対する全戦力が集まっており、士人と綾子が痴話喧嘩をしている間、士郎は既に治癒と魔術回路の調整を施されて全快し、他の面々も肉体と霊体の回復は完了している。

 

「…………」

 

「…………」

 

「それとそこの二人、空気が悪いんだか桃色なんだか意味不明な雰囲気にならないように」

 

 しかし、様子がおかしい二人がいた。綾子と士人である。不気味なほど機嫌が良い神父も気色悪いが、落ち込んで鬱になっているのか嬉しくて楽しいのか今一分かり難い綾子も不審者そのもの。

 

「……いや、それどういうこと、遠坂?」

 

「はっ……それ、言わないとダメ、美綴さん?」

 

「何でも無いです、遠坂様」

 

「分かれば良いのよ、分かれば……―――ケ」

 

「―――え、なんかアタシ、遠坂に気に食わないことでもした……?」

 

 実は隠れて綾子と士人の様子を見ていた凛は、かなり胸焼け気味だった。序でに言えば、たまたま凛と遭遇したアサシンも一緒に覗き見していた。知人同士のああ言うシーンは反応に困りつつ、何故こんなにも他人の恋愛事情を冷やかすのは愉しいのか。仮面で外からは分からないだろうが、アサシンなど人格に物凄く似合わないニヤニヤ顔で、契約したマスターが追い詰められている光景を愉しんでいた。やはりこの聖杯戦争、召喚されるサーヴァントとマスターは共通点が多いのだろう。

 ……士人が黙っているのは、そんな凛とアサシンの邪悪な気配を察してのこと。

 これが愉悦なのね、と凛は独り納得しつつ、独裁者としての気配を出して会議を進めた。

 

「皆、休憩はもう十分でしょうし、今からは同盟の確認と、これからすべきことの確認をするから」

 

「すまん、質問があるんだけど」

 

「まぁ、今なら良いでしょう。質問を許します、殺人貴(デス)

 

 何時の間にか眼鏡を掛けた凛が、アヴェンジャーを見ながら特に意味もなく優雅に紅茶を飲みながら微笑んだ。

 

「あー、アヴェンジャーって呼んで欲しんだけど……ま、いいや。

 オレとしては同盟の確認よりも先に、そこの見慣れない女性を出来れば早目に紹介して欲しい」

 

「……あぁ、彼女。彼女の名前は沙条綾香よ。賃金払って霊薬準備させておいたのよ」

 

「どうも、殺人貴さん。貴方のとんでもない悪名は色々と聞いてます。死徒殺しとか、真祖誑しとか。報酬さえあれば、作れる物を作って上げますから」

 

 凛と同じく眼鏡が可愛らしい女性が、地味に蠱惑的な微笑みを浮かべていた。言うなれば、本性を隠す魔女のような雰囲気だ。

 

「真祖誑しって噂は確実におまえが流したな、神父……神父? おい、笑ってないでなんか言えよ。俺がおまえの言葉に逆らって面白くない死に方をしたからと、嫌がらせにそんな噂を流したのか?」

 

「すまんな。この身は神に仕える敬虔な聖職者。嘘を付く訳にはいかんのだよ。それにほら、お前が先生と慕う魔法使いも昔は男に首輪を付けてペットにし、性的に弄んで酒池肉林の宴を開いていたと聞く。あの人形師が言っていたので、そう間違ってはいないだろう。昔、男をペットにしていた噂を人形師から聞いたと魔法使い本人から聞いた時、図星を突かれたように動揺していたのも事実であるしな。

 となれば、師弟揃って変態的噂話が流れ出るのも致し方なし。しかりと、噂は噂として無辜の怪物が付くようにしてやろう」

 

「貴様―――その魂、極彩と散るがいい。

 毒々しい輝きならば、誘蛾の役割は果たせるだろう……!」

 

「ほう、やると言うなら構わんが。

 だが出来るなら―――俺だけを憎悪してその命、燃え輝くと良い……!」

 

「―――シャラップ!」

 

 早撃ちガンマンの如き超高速ガンド撃ち。一工程も無詠唱も超え、もはや条件反射の領域。凛の真っ黒ビームがアヴェンジャーと士人の二人を襲った。痛い。

 

「なんて素早いガンドブッパ……―――オレじゃなきゃ、見逃しちゃうぜ」

 

「……いや。何だかんだで此処に居る全員、あれ程度なら反応は出来ると私は思うのだがね、ダン」

 

「お前は結構お茶目な性格している癖に、なんで微妙に空気が読めないんだ。エミヤ、そんなんだから協会生活でも無自覚に女魔術師を惚れさせまくって、遠坂凛が激怒するってパターンになるんだぜ。

 お前ってあれだろ、危機から女性を助けてそのまま……って王道パターン、何度かあるんだろう?」

 

「………………」

 

「沈黙は金だけどよ。そりゃ悪手だぜ、正義の味方」

 

「―――そこもシャラップガンド!」

 

 ビーム直撃。ダンと士郎が机に沈む。まぁ、アンリ・マユの泥沼を泳いで渡れるようなメンタルの持ち主達なので、ガンド程度の呪詛は気合いで防ぐことは出来た……物理的には普通に痛いのだけど。

 

「あんたたちはこれだから! もう本当にこれだから、もう!!」

 

「――――――……」

 

「そこ! 慈愛に満ちた眼で私を見ない様に、特にイリヤ!」

 

 聖女の微笑みとは正にイリヤの笑みだった。こんな役目を遠回りに士人から押し付けられた面倒見の良い凛は、哀れみを越えて慈愛の念にイリヤに与える程にアレだった。

 

「はぁ、はぁ……く! 無駄な体力を使ったわ」

 

「お疲れ様です、凛」

 

「……凄く他人事ね、貴女。それとねぇ、セイバー王様だったんだから、そのカリスマでここの狂人たちを纏めて欲しいんだけど」

 

「嫌です。桜の呪詛とメランドリの傷跡の所為か、カリスマのランクも低下していますので。それにこんな濃い連中を率いるのは、生前死ぬ思いをして纏めた円卓の騎士だけで懲り懲りです」

 

 と言うよりも、実際それに失敗して死んだのがアーサー・ペンドラゴンである。

 

「眼が死んでるわよ、貴女」

 

「ふふ―――思い出は、綺麗な物が残ればいいのです。態々生前のトラウマを自分で抉り返すことも無いでしょう。

 ……反骨の相持ちに命令を聞かせるとか、絶対無理ですから」

 

 荒んだ姿のセイバーをゾクゾクとしながら見ているカレンは、存分に愉悦を味わっていた。その笑みがばれないよう静かにセラ(メイド)が準備した緑茶を飲む……角砂糖五個入りの、カレンオリジナルブレンドに魔改造された緑茶だが。生前、同じ邸宅で住んでいた翡翠(メイド)の梅サンドにも匹敵する光景をギョッとした眼で殺人貴は驚いていたが、魔眼殺しの包帯のおかげで誰にもバレてはいなかった。

 

「―――お前達、少しは真面目に会議をしないか」

 

「おまえが言うのかね、棚上げ神父」

 

 士郎、憤慨。

 

「アンタ、厚顔無恥にも程があるんじゃ」

 

「貴方みたいなのが弟子なんて、遠坂家の恥よ」

 

「兄さん、毎朝ちゃんと鏡を見てますか?」

 

「この腐れ外道が、撃ち殺すぞ」

 

「呆れてものも言えんぞ、マスター」

 

「貴方なんて最低の屑だわ」

 

「なんで知り合いの神職は変態ばっかりなんだ」

 

「人でなしココに極まりだな」

 

「正に言峰」

 

「殴る」

 

 神父の発言に対し、士郎を筆頭に非難が集中するのも当然のこと。

 

「いやはや、この場でまともなのは俺だけか。神父たる自分がしっかりしないとな。この面子で聖杯を破壊し、世界の秩序を守らないといけないとは。

 ……この巷は、相変わらず感動的だ」

 

「まだ言うか、バカ弟子!」

 

「まぁまぁ、遠坂。落ち着いて、凄く落ち着いて」

 

「分かってるわ、綾子。ええ、分かってる分かってる」

 

「遠坂凛―――貴女、もしかして更年期障害なのですか?」

 

「シャー!」

 

「止めてくれ、カレン!」

 

 士郎がカレンに声を思わず荒げるが、その姿を見せてもカレンを喜ばせるだけ。今度は笑みを隠さず緑茶(角砂糖五個入り)をゆったりと飲み、殺人貴(アヴェンジャー)がカレンと言う修道女を密かにずっと戦慄していた。何故、聖堂教会所属の人間は味覚が全員可笑しいのかと、この世の神秘を思い悩む。

 

「……可哀想ですね、凛。士人からリーダー役を押し付けられたばっかりに」

 

 言葉ではそう言いつつ、バゼットは内心では安堵していた。長年何だかんだと付き合いがあるカレンのことはバゼットも理解している。彼女は他人の苦しみも自分の苦しみも喜ぶ破綻者であり、言葉を交わすだけで精神状態が危険な状態になる。そして、凛がリーダー役として纏める連中の一人であり、この程度のキャラの濃さが全く以って普通と来ている。この中では穏健派の衛宮士郎でさえ、一般常識で考えれば普通に超武闘派テロリスト。

 目的の為なら手段を選ばない正義の味方、衛宮士郎。

 生前に騎士王をしていた英霊の剣士、アルトリア・ペンドラゴン。

 戦いと盗みが大好きな強欲の女盗賊、美綴綾子。

 狂った聖杯を司る人造人間、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 神代から神造兵器を引き継ぐ伝承保菌者、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 真祖も二十七祖も容易く抹殺する死神、殺人貴。

 悪魔を愛で苦痛を楽しむ被虐霊媒者、カレン・オルテンシア。

 人間と社会を娯楽とする死灰の神父、言峰士人。

 死が生活の一部になった凄腕の殺し屋、アデルバート・ダン。

 歴代首領に呪術を教えていた快楽殺人狂、ハサン・サッバーハ。

 姉が根源接続者の魔薬狂いの魔女、沙条綾香。

 濃かった。どうしようもないレベルで濃過ぎた。凛の目の前に居るのが、そんな11人。カリスマスキルがAランクに至っている王様であろうとも、従がえるのが不可能だった。尤も纏め役の凛も根源到達者の魔法使いにして拳で語る八極拳士であり、魔法に至ってしまったが故にある意味で魔術師を卒業した魔術使いと言う、凄まじく濃いメンバーの一人なのだが。

 

「……うーん、混沌(カオス)。これは酷い、早く何とかしないと」

 

「同感ね。全く、何なのかしらねこれは、どうすれば良いのかしら」

 

 綾子の呟きに同意するイリヤ。だが常識人ぶっているこの二人とて、この場のいる混沌(ヒト)と同類である。

 

「黙れ! うるさい!! シャラーップ!!! この馬鹿阿保間抜けども最初にも言ったけど!? まずは同盟の確認! その後に方針を決める!!

 ―――良いわね?!

 ……はぁ…‥はぁ……はぁ……って、あぁもぅ馬鹿らしい、きっと私が一番馬鹿なんだわ。なんでこんな程度の話し合いでここまで疲れるのよ……―――はぁ、死にそう」

 

「そりゃ遠坂、この殺人貴(アヴェンジャー)がアンタに質問したか―――」

 

「―――お口をチャック! もう無駄話はなし、絶対なし!!」

 

「……オーケー」

 

 鬼の形相ではあるが、その眼光を向けられた綾子からすれば、凛の殺意と表情は二十七祖の殺気さえ思い出してしまうほど禍々しい。

 

「まずは同盟の確認よ。大聖杯抹殺を目的とした同盟をこの場の全員で結びます。これを肯定する者は沈黙すること」

 

「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」

 

「はい、どうも。この沈黙を以って同盟締結としましょう。では、一時間後にはもう大聖杯が眠る空洞に強襲を掛けるのだけど、それについては―――」

 

「―――オレは爆弾を使うのを提案するぜ。

 あいつら纏めて大聖杯ごと生埋めにし、身動き出来ないところを騎士王の聖剣であの小山ごと全て更地にしちまうのが一番だ」

 

 取り敢えず意見が出たのは、戦争屋以上に過激な殺意を持った殺し屋のダンだった。

 

「無駄だろう。向こうには魔術師殺し―――衛宮切嗣がいる」

 

「ああ。あれ、テメェの親だったな、衛宮。となると、ありきたりな殺戮は無駄になるなぁ」

 

「そうだとも。今までは一箇所に留まらず半ばゲリラに近い戦術を彼らは使っていたが、大聖杯を守るとなればそれ相応の戦略を用意していることだろう。それも、此方の戦力を加味した上で多種多様な戦術を練ることに違いない。

 となれば、我々がセイバーのエクスカリバーによる遠距離砲撃を計画しているのは勿論、爆弾を設置してくるだろうと確信していなくとも、自分が敵側に立つならそうやって自分達を皆殺しにする手段の一つとして思い浮かべる。そう言う虐殺法をしてくるかもしれないと彼は簡単に思い付き、それのカウンターを魔術師殺しは確実に考案して設置してくる」

 

「奴は外道。あの男ならば、その程度の殺戮を手段の一つとして選びます。なら、此方がそれをしたとしても対抗手段として、更なる悪辣な抹殺手段を思い付き皆殺しを狙ってきます。

 ……生前、私はあの傭兵のサーヴァントをしていた経験がある。

 魔術師殺し―――全く、味方でも厄介な男であったが、敵に回せば更に煩わしい鏖殺者です」

 

「加えて俺の親父、言峰綺礼も居る。どう我々を陥れ、殺し、死に様を愉しもうかと喜んでいることだろう。魔術師殺しが好む物理的殺戮だけではなく、精神的な責め苦となる外道なる手段も選択するだろうな。

 人の心を折るような―――例えば、この街に悪神の先兵を送り、冬木の住民の虐殺をすると言ったな。目的を達成するのと同程度に、此方が苦しみ悶える姿を悦楽にするのも熱を入れてくる。誰が人質にされていようとも、心が乱れないようにしなくてはならない。

 ……あの男は俺を育てた神父だからな、本当にしてくるぞ。精神攻撃をしない訳がない」

 

「―――するわね、綺礼なら」

 

「―――しますね、彼なら」

 

 士人の言葉に、綺礼のことを詳しく知る凛とバゼットは肯定した。

 

「ああ、無論のことだが間桐桜と間桐亜璃紗の二人も中々に頭がきれるぞ。特に亜璃紗は他人の心を良く理解出来る娘でな、どんな出来事を起こせば相手が望む反応をするのか、心理的作用全てを行動の計算式に入れてくる。此方が複雑に練り込んだ戦略にすればするほど、容易く瓦解することだろうよ」

 

「……え、何なのその人達。正真正銘の悪魔じゃない。そんなのが相手になると私風情じゃ、魔薬提供以外に役に立たないよ。言峰と遠坂には義理があるか出来る事は手伝うけど、出来ない事は手伝わないよ」

 

「貴女はそれで良いわよ、綾香。戦場に来ても人質にされて哀れな目に合うだけでしょうから」

 

「うん、そうするね。お金の分は働くから」

 

「そうしなさい」

 

 沙条綾香の霊薬は有益で、戦場で負傷した者全員が回復したのはこの魔女の手腕が大きい。それだけでも十分であるが、この会合に参加したのは、魔女の叡智が何か役に立つのじゃないかと凛が考えたからだった。

 

「―――ふむ。確か、大聖杯があるのは巨大空洞だったな」

 

 ある程度話が進み、そこでアサシンはボソリと一人呟く。

 

「どうした、アサシン。何か案でもあるのか?」

 

「ああ。そもそも密室であれば、毒性の気体を生み出せる我が宝具の独壇場だからな。毒を充満されれば、人の命を容易く奪える」

 

「しかし、あそこは広いからな。充満させるには時間が必要だ」

 

「それもあるが……まぁ、あの呪われた魔女に私の宝具は効かんだろうな。物理的な殺傷性は効くが脳を潰さぬ限り蘇生し、毒に犯されようとも呪詛で生命活動を強引に続ける。あの女ならば聖杯で空気中の毒素を泥に吸い込ませ、空気の浄化も出来るだろう。宝具を見せた時点で私の呪術に対する対抗魔術も考え付いている筈だ」

 

「それはまた、私が狩り()ってきた封印指定や、魔術師の死徒が可愛らしく感じられますね。ならば、大聖杯に流れ込んでいる霊脈を逆に利用して、地下から山ごと崩落させてしまうのはどうですかね。

 綾子が契約しているアヴェンジャー、殺人貴が持つ直死の魔眼(宝具)を巧く応用すれば、星の力を殺すことも可能でしょう」

 

「アンタも中々過激だな、マクレミッツ。けど、俺の魔眼で霊脈を途絶えさせても、大聖杯から魔力を地脈に逆流させてしまえば、星の魔力の流れを強引に復活させることも不可能じゃないと思うよ」

 

 真祖を殺す為にはまず、真祖に力を与える星からの供給ラインを断つのが王道だ。生前の経験から、土地殺しも殺人貴は行えることを理解している。結界を土地に張り、陣地を形成して立て籠もる魔術師の類など、殺人貴にとっては身動きの出来ない家畜を嬲り殺しするような、簡単であれど残虐なだけの作業。この宝具の魔眼ならば容易く可能な殺害行為であるが、星にも再生機能がある。幾ら殺そうとも地脈は甦り、桜の方も大聖杯があれば霊脈の蘇生も出来る筈。

 

「――――――もはや、奇襲による正面突破しかないんじゃ……」

 

「Oh、アヤコ……」

 

「言ってしまったな」

 

「それを言ったらお終いですね」

 

「それ言っちゃうのね」

 

「あーあ、言っちまったな」

 

 綾子の一言に総攻撃を始めるが、全員がそれしかないなぁと諦めモードに入っていた。

 

「……えぇー、そう言われてもなぁ。相手が桜ってだけで凄く厄いのに、あの亜璃紗に加えて、アタシも前に資料読んだことあるけど、魔術師殺しでしょ?

 あの男、標的一人殺す為に旅客機に仲間ごとミサイル叩き込んで撃墜するし、この冬木でビルを解体爆破したこともあるらしいじゃん。そんな頭が可笑しい奴の裏をかくって、原爆投下とか、隕石落とすとか、そんなレベルじゃないと無理だよ。

 それに士人の父親も元代行者って話だし、まだ向こうには不死身のバーサーカーがいる。

 そうなると手段は限られるし、ならこっちの有利を生かすのが無難なんだよね。あっちは数が少ないし、戦力自体はこっちが上。聖杯取られてるから総合火力は負けてるけど、セイバーの聖剣があるこっちの方が瞬間火力は高い筈だ」

 

「それだと各々が役目に沿ったスタンドプレイをし、仲間を利用する形で結果的に協力するって雰囲気ね……」

 

「……それで構わないと思うがね。私が最も得意とする戦術は皆が知っての通り、投影を矢にする遠距離狙撃だ。だが、相手が要塞に籠城されてしまうと、その手も使い難い。役目を決めて協力しようにも、あの洞窟に突入するとなれば、誰が誰の相手をし、味方の誰と手を組むかと言う程度の事しか決められん。

 何より大聖杯を覆っている山は、今は本当に要塞化されてしまっている。治癒をして貰った今、戦闘機能自体は万全だが、戦術的には選べる手段を制限されている時点で不完全だ」

 

「まぁ、衛宮の言う通りだな。アタシもあの山を遠目から解析しただけだけど―――呪詛の魔力が染み込んでいたよ。虚数概念を応用した結界術式も至るところに刻まれていたし、あれ多分桜の仕業だね」

 

「ほう。となれば、文字通りあの小山は要塞だ。私のエクスカリバーならば、ただの建物や丘であらば一撃で更地にしてみせよう。だが、大質量の物質に魔力が満たされ、概念的にも強化されているとなれば話は別です。魔力が斬撃を吸収するクッション材となり、物理的破壊力は大幅に低下する。

 ……あの山を崩すのは不可能ではないが、何発必要になるかは未知数ですね」

 

 嘗ての行われた第四次聖杯戦争で、セイバーの聖剣はキャスターが召喚した巨大原生海魔を消滅させた。海魔を倒した後の斬撃の余波を防ぐために、切嗣は船を使って周辺住民に被害が出ないようにクッションにしたことで対処した。つまり魔力を大量に含む海魔を通したことで、聖剣の斬撃は船を破壊して街に被害が出ない程に弱体化していた。本来ならば街を一文字に一刀両断する程の聖剣がだ。

 ……魔力を多量に含む物体とは、それだけである意味で幻想種のような防御力がある。概念的な殺傷能力は兎も角、魔力を魔力で抵抗された分、物理的破壊効果は大幅に減ってしまうものなのだ。つまるところ、地脈のごとき膨大な魔力が込められた山とは、それだけで魔術的な天然要塞であり、その内部の洞窟は外から手出しが出来ない安全地帯。ここまで来ると冬木に核弾頭が落ちて地上全てを焼き払ったとしても、あの洞窟内部は衝撃に揺れる程度で無事であろう。

 

「やはり、要塞化されていましたか。大聖杯を最終防衛ラインと最初から決めていたのでしょう」

 

「厄介ね……ってなると桜のヤツ、洞窟内部に魔術的な罠も仕掛けてるわね」

 

「魔術師殺しによるブービートラップも有るだろうな……」

 

「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」

 

「……ま、腹の内はみんな決まってたみたいね―――」

 

 とは言え、話し合う前に結論は半ば出ていた。この段階までくれば搦め手が通じる訳もなく、一点突破に全てを注ぎ込むのが最善だった。

 ……無言になる皆を凛は流し見た。

 全員が言葉にするまでもなく意志を決めていた。これから全てを終わらせると、静かに決めていた。

 

「―――我らはこれより、大聖杯へ強襲を仕掛ける。

 各々の役目は決め、戦闘準備に入りなさい。大聖杯起動までに、第六次聖杯戦争全ての決着を付けるわよ……!」

 

 

◆◆◆

 

 

 洞窟内部での迎撃準備を終えた桜は静かにしていた。だが絶え間ない修行により体得した分割思考によって、脳内では使い魔の羽目蟲による冬木の監視を続けていた。衛宮邸で動きあってから桜は黙り、抜け殻のように監視に専念している。

 

「―――仕掛けて来るなら、力尽くの正面からの奇襲かな」

 

「僕も亜璃紗に賛成だ。相手が搦め手やトラップの類が使えない様に、一つ一つ攻める側に優位な部分の塗り潰しておいた。

 ……まぁ、勘違いして罠に嵌めようとして来ても、敵の策を逆手にとれば大聖杯の成就は確実だ」

 

「良く言う。魔術回路を破壊して戦闘不能にする気はあるけど、人間は誰も殺す気はない癖に。まぁ―――その我が儘を良しとしたからの、間桐との契約ですけど。

 なのに、酷いものです。自分の遺伝子情報で作成されたアインツベルンの人形は、本当に容赦なく殺しましたね」

 

「あれは残骸、ただの魔術師だ。聖杯を諦めさせる説得は出来ない。所詮、正義の味方ならざる僕に出来るのは―――いずれ世界を滅ぼす我が娘を、殺す事だけだった」

 

「そ。まぁ、あれ程渇望していた肉親に殺されたんだ。その死が悲惨だとしても、無価値じゃないと信じましょ」

 

 当然のことだが、無条件で間桐桜と衛宮切嗣と言峰綺礼は契約を結んだ訳ではない。彼らには彼らの目的があり、その在り様がある。

 ……単純な話、切嗣はアインツベルンを滅ぼさねばならなかった。

 彼らがもう二度と生み出せないと結論を出した筈の至高の最終傑作(ホムンクルス)、イリヤスフィールが聖杯戦争に敗北することで絶望に堕ちれば良かった。そうすれば彼らはもう何も果たせず、魔術と魔法に裏切られ、滅び枯れていた。全ての人造人間が静かに機能を停止し、アインツベルンの名は消え去った筈だった。

 つまり―――とある未来における真実を、世界と契約した切嗣は与えられていた。

 だがアインツベルンは諦めなかった、何故か。言峰士人による暗躍だ。あの男は第六次聖杯戦を引き起こす為に、アインツベルンを渇望の狂乱に陥れていた。当主ユーブスタクハイトの精神を抉り、人間のように発狂させ、望みを諦められない狂気を与えていた。呪詛と説法により、当主の魂はアンリ・マユのソレに汚染されていた。本当ならイリヤスフィールの失敗により諦観を得られる筈だったのに、城に残ったアインツベルン最期の錬金術師(オートマタ)は、自分の意志で更なる“人造聖杯(イリヤスフィールとなる者)”を目指して足掻いた。

 死ぬのなら、滅び去るなら―――その最期まで、理想を目指して苦しみ続けると。

 その果てに生み出されたのはエルナスフィールと、その従者であるツェツェーリエ。手に入れた英霊の触媒は第六次聖杯戦争開催地における最高の知名度を誇る魔術師(キャスター)であり、日本最強の陰陽師、安倍晴明。

 彼女らの優勝は確実だった―――大聖杯は確実に根源へ到達した。しかし、失敗すれば冬木に真エーテルが溢れ、世界は神代に逆戻りする可能性がある。無論、キャスターならば、そんな間抜けな失敗はしないだろう。抑止を掻い潜り、人理を刺激せず、聖杯の魔術理論と第三魔法の魔術基盤を極めることも容易だっただろう。それをアイツベルンはキャスターとの間に結んだ契約により手に入れ、その役目を終わらせ、第三魔法を独占したまま人理の終わりまで―――否、人類が滅び去ろうとも永遠の人間(ホムンクルス)は鋼の大地の上で存在し続けたことだろう。

 しかし、キャスターの手で覚醒した大聖杯は完全なるオーパーツ。

 魔術協会との全面戦争は確実。聖堂教会とも開戦し、あらゆる魔術結社が大聖杯を目指す。言わば、個人が核兵器を所有する以上に世界にとって危機的状況。

 衛宮切嗣は衛宮切嗣で在るが故に―――世界が滅びる可能性を見逃せなかった。とは言え、大聖杯暴走による世界滅亡の危機と言う点で言えば、間桐もまた切嗣にとっては同じ事なのだが。

 

「ふーん、なるほど。それが人理か……」

 

 そして、亜璃紗はその全てを理解していた。心を読むとは、魂を理解することに等しい行いだった。英霊の、それも守護者の魂は問答無用で最高だった。

 

「……聖杯も、まぁ罪深い。嫌な世界だ。まぁ、衛宮さんは好きにして下さい。心変わりなくやりたいようにやってくれれば、こっちに文句も何もないな」

 

 哀れなものだと亜璃紗は哂った。衛宮切嗣がこの様となれば、座にこれから死後に昇るエミヤも、ミツヅリも、コトミネも、さぞ愉快な心で苦悩していることだろう。

 とはいえ、この魔術師殺しが自分達にとって危険なのは間違いない。

 桜の願望は叶えさえすれば剪定は確実だろうが、今直ぐに世界が滅びることもない。むしろ、自然に星と人類が滅びるまでに剪定事象となることもない。何よりも大聖杯は間桐桜の心象風景に再誕し、根源の渦は彼女の中に封じられる。ある意味では、生贄を差し出す人身御供による大聖杯の解体とも言え、臨時的な対処としては次善策とも言える手段だった。

 ……地獄が溢れて滅びが訪れるなら、その時はその時で新たな守護者が派遣されることだろう。

 科学技術が発展し、文明が進化しようとも世界はまだまだ破滅に満ちている。月世界に眠る白い巨人、水晶渓谷で絶滅を待つ大蜘蛛、真祖による蘇生を企む月の吸血鬼、復活が迫る闇の六王権、女神の権能に至る根源接続者、知性体を喰らう快楽の獣、神殿に佇む魔神の支配者―――と、物理法則で星が運営される現代だろうと、あっさりと滅び消え、剪定される可能性は腐る程。間桐桜の地獄など、良くある世界滅亡の危機に過ぎない。全てを監視なくてはならない抑止力からすれば、人類が滅び始める直前から動き出すしかないのかもしれない。

 

「――――――来ましたか。

 亜璃紗、準備を。切嗣さんは手筈通りに。貴方は綺礼さんの方も頼みますよ」

 

 大望成就の時。勝てば理の支配者となり、負ければ魂が無価値に還る。

 

「了解した。作戦を開始する」

 

 切嗣の行動は素早く、既に迎撃体勢に入った。もう綺礼と同じくこの場所にはおらず、決めておいた役割に従い、倒すべき相手を誘い込む準備を始める。

 

「うん。じゃ、始めるよ」

 

「ええ、お願いします」

 

 亜璃紗は薄気味悪く笑った。キャスターが死んで聖杯に吸収出来たことで、更に面白い玩具が作れた。戦争の流れが確実に自分達へ流れ込んでおり、主導権は此方が殆んど握っている実感があった。

 

「令呪、装填。

 指令、伝達。

 ―――黒騎使徒、機動準備開始」




















 とのことで、第六次聖杯戦争の真の黒幕はやっぱり士人でした。主人公からすれば自分が整えた舞台の上で、自分が用意した聖杯を皆に求めさせ、自分が準備した登場人物達が聖杯獲得を目指して殺し合うバトルロワイアル。あの神父からすれば愉しくない訳がなく、それを知っていたアインツベルンのエルナと協力者の桜にとっては、士人を利用して参加した茶番劇となります。
 双方共に最終決戦の準備を終わらせてますので、後は殺し合うだけです。

 しかし、水着鯖手は数騎しか揃わなかった。手に入れても育てられないのですけど。
 自分はFGO、心が折れた青ニート系無課金初期マスター勢ですので、ストーリーに追い付くだけで精一杯です。貧乏人は貧乏プレイしか出来ぬのです。手に入ったそこそこ強い鯖をある程度育てて、後は令呪と詫び石で敵をごり押しで駆逐してやるとポチポチする脳死亡者プレイ。
 魔界転生が好きな自分は、Fateで思いっ切り魔界転生するっぽい侍同士の果し合いがメインかもしれない剣豪勝負が楽しみで仕方がない。天草が剣豪召喚してたら、本当に魔界転生ですけど。


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84.狂おしいならば

 FGO1.5部・第三章、侍達の果し合いがそろそろ始まるみたいです。記憶喪失のおじさん出るんだろうか、むしろ出てこい。出来れば人斬りヴィラン系で。個人的には剣聖の上泉さんとか、柳生一族とか、伊藤さんとか塚原さんも気になる雰囲気です。忍者もありでしたら、邪悪なる武田信玄の企みでトイレ使用中に暗殺された人とかも大いに興味ありです。
 アポも遂にあの場面まで辿り着きましたし、主人公の物語も始まりましたね。FGOでもしアポコラボあるなら、出来れば狂とか復で猪姐さん出て欲しい。


 言葉にはしなかったが内心、復讐を味あわせてやると憎悪は苛烈に煮え滾っていた。それは今回の聖杯戦争で最終的には同盟を結んだ友人の遠坂凛も同じだろう。魔術協会最強の封印指定執行者―――バゼット・フラガ・マクレミッツはそう考えていた。

 ―――ランサーを殺された。

 戦士の矜持も関係無く、障害物を除く様に処理された。

 それは凛と契約を結んでいたアーチャーも同じ筈。短い間とは言え、互いに命を預けていた相棒を爆破され、呆気なく殺害された。

 許せない。否、むしろ許してはならない。

 魔術師ならば無価値な思考だ。根源到達の為ならば……いや、根源に到達出来る可能性を増やす為に、魔術師に生まれた子はその精神に倫理観を持たないよう親から育てられる。呪いのように、自殺するように、魔道を無機物に求めて死に続ける現象となる。しかし、バゼットは違った。彼女の家は神代から続く絶大な神秘を誇る古い一族だが、古過ぎる故に、そもそもフラガの家系はそこまで根源到達を求めていない。その家で育った彼女には、一般人からすれば人殺しなのだろうが、それなりの人間性があった。それに人殺しとは言え職業的な殺人行為なので、例えるなら死刑執行人や犯罪者を射殺する警察に近いもの。実践で魔術を鍛えることが第一目的なのは事実だが、大量虐殺を行う封印指定の抹殺も社会正義と言えば社会正義なのだろう。

 つまるところ―――許せない事柄は、彼女の人間性が許せない。

 仕事の相棒を、尊敬していた英雄を、交友のあった恩人を殺された。それに対して何も思わないのは、そもそも人間じゃない何かだろう。

 

「――――――」

 

 大聖杯が眠る柳洞寺に向かう集団の中、バゼットは気配を隠しながらも、殺意を念入りに研ぎ澄ませていた。魔術師として修羅場を潜って成長し、宝具(フラガラック)も覚醒し、圧倒的な白兵戦能力も加味すれば、人間の身でありながら既にサーヴァントと真正面から殺害可能な領域に彼女はいる。

 ……その彼女からして、あの山は絶対的な死地となる。

 まだ離れていると言うのに、余りにも醜悪に煮込まれた呪詛と、邪悪に轟く黒い魔力と、おぞましいまでに膨れ上がった存在感を感じ取れる。この圧迫感は数年前に参戦した死徒の儀式で出会った邪悪なる化生共に匹敵する。本来ならば頼もしい筈のフラガラックを仕舞った鞄の重みが、今はとても軽く感じてしまう。ルーンが刻まれた革手袋と防護服と皮靴の魔術礼装を装備し、高い防御力を持つ刻印魔術特製外套も羽織っているが、その決戦用の武装も何時より頼りない。

 

「……ダン。まさか封印指定になった貴方とここまでの期間、これほど共闘することになるとな思いませんでした」

 

「オレが封印指定にされ、今ではお前が執行者筆頭の冠位魔術師だからな。このような有事でもなかれば有り得ないぜ」

 

 アデルバート・ダンもバゼットと同じ様に考えていた。標的は死徒連中が可愛く見える程の、余りに強大な魔女とその仲間の化け物たちだ。揃えられるだけの銃火器と魔術礼装と概念武装を持ち込んだが、火力不足をダンは実感している。何時もなら殺し屋として外から見えないよう隠し持っている銃火器も、コートの中に隠せない分の得物は背負って運んでいた。

 葬浄弾典(コルト・パイソン)対幻想種回転式拳銃(ジャイアント・シューター)改造自動拳銃(AMTハードボーラー)水平二連散弾銃(ソードオフ・ツインバレル)短機関銃(H&K MP7)怪物専用狩猟銃(ウェザビーMkV)片刃刀(マチェット)と言ったダンが冬木に持ち込んだ全ての武器。そして、懐に入れた沙条綾香製の魔力回復剤。今の彼ができる完全武装である。

 服装は黒スーツに茶色のトレンチコートは普段通りだが、今の彼は更に丸型の色眼鏡(サングラス)も付けていた。まだ魔術師として未熟だった時、吸血鬼が持つ魅了の魔眼や、魔術師の魔眼による精神干渉魔術と言った魔眼対策として付けていたもの。そして、魔術師として完成した今の彼にとってこのサングラスは一種の自己暗示。殺し屋としての仕事ではなく、一個人として誰かを無償で殺害すると決めた時、アデルバート・ダンは自然とこの対魔眼用に作った眼鏡を付ける習慣を持っていた。

 故に今のこの男は手段を選ばず、殺す為にただ銃を撃つガンマンである。

 ……とは言え、それはバゼットとダン以外の者全てに言えた。全員が出来るだけの準備を整え、柳洞寺へ向かい進んでいる。勿論、沙条綾香の姿はその中にはいない。彼女は契約だけを果たしてとっとと安全地帯に逃走したが、同じく逃げる筈だったイリヤとカレンはこの戦場に居る。本来この二人にサーヴァントを相手にして戦い抜く力はなかったが、その千里眼で何処まで未来を見通していたのか、あのキャスターは二人にサーヴァントを殺し合える程の力を与えていた。

 衛宮切嗣の狙撃と罠を警戒し、車に乗ることをせず、徒歩でペースを保ちながらも進み続ける。

 月の輝く夜の世界。

 足音だけが街中に響き、街灯が暗闇を照らし、山までの道を示している。罠を警戒しながらも進み続けた一向は森の中へ入った。

 

「―――此処ね」

 

 自然と魔術を合わせて隠された洞窟の入り口。凛は容易く見付け、セイバーを先頭に迷わず突き進んで行った。洞窟の中は完全な暗闇ではなく、仄かに壁が発光し、空間を薄暗く照らしている。それがより不可解で不気味な気配を生み出し、大聖杯から漏れ出す呪いの太源に満ち、この洞窟自体が一種の異界であることが肌で感じ取れてしまう。

 洞窟を進むと少しだけ開けた場所に出た。結界と呪詛により太源が制御されているのか、まるで血管のように地面、壁、天井に呪詛が奔っている。呪詛で刻まれたサーキットは擬似的な魔力回路であり、この洞窟を悪魔の胃袋と同じ性質を持つ空間へと塗り潰している。

 ―――地獄の釜の底。

 異界化された空間。現世から隔離された大聖杯の領域。

 

「こんばんは。今日は月が綺麗で良い夜ですね、皆さん」

 

 その支配者―――間桐桜。

 

「……桜」

 

「あら、姉さん。何時も怖い顔が引き攣って、もっと怖い顔になってますよ?」

 

「おふざけに付き合うつもりはもうないわ。桜、私はね―――あんたをブン殴りに来たの」

 

「良いですよ。殴れるものならね。でも、そこで殺すとは言わないんですね」

 

「私はもう開き直ったのよ。出来ない事を出来るって言わないようにしてるの。でも勢い余って殺しちゃったらごめんなさいね。

 ……本気、出すから」

 

「―――まぁ、素晴しい。でもそれだと、まるで先輩と同じ正義の味方みたいですね」

 

「―――言うわね、アンタ。その口ぶり、まるで何処かの神父にそっくりよ」

 

 口が裂けたと思える程の邪笑だった。桜は悪魔に取り憑かれた魔女のように、人を呪うように微笑んだ。今更主義主張を言い合うこともなく、桜は凛達が先手で行動するよう言葉さえ発して隙を晒していたのだが、どうも此方の策を迎え撃つ様子を確認した。

 上手くはいかないなぁ、と桜は残念に思った。しかし、相手の出方が分かったのならば、大聖杯を防衛する自分達がすべきことは限られる。アサシンやアヴェンジャーを気配遮断で聖杯まで先行させている様子もなく、太源の呪詛と繋がっている今の桜なら洞窟内全員の居場所を“魂”そのもので感知可能。変化による擬態だろうと、人形による囮だろうと、霊体を分けた分身だろうと無意味である。例えランクEXに至るアサシンの気配遮断であろうと、圏境による存在感の消失も見破るだろう。桜のそれは呪詛と魔力を虚数空間で満たすことで、言わば圏境による気配感知と似た能力を発揮していた。

 

「亜璃紗、彼女たちの起動を。先手は此方に譲って下さるようですので」

 

「ええ、桜さん。始めましょう」

 

 既に殺意は伝えている。聖杯戦争に参加しているのだ、当然の話だろう。亜璃紗は準備していた彼女たちに指令を刻み込み、システム化した戦闘機動をコマンドする。悪神の聖杯ならざる聖骸とも言うべき生きた屍を操作した。

 三十八柱の使い魔。桜が従がえるマキリの聖杯。

 黒化天使―――否、黒騎使徒。

 聖杯に封じられたキャスターのサーヴァント―――安倍晴明。その宝具、十二天将(じゅうにてんしょう)

 その神秘を聖杯をさながら令呪代わりに悪用し、桜は自分の虚数魔術を応用して宝具を擬似行使した。自分の使い魔として運用していた黒化天使達に式神を利用し、英霊の情報を憑依させることで模擬召喚したのだ。これ程までの魔術の腕前は確実に封印指定か、それを越えた神代の魔術師にも匹敵する程だが、もはや悪神の魔女となった彼女に聖杯関連で不可能はない。

 大聖杯を完全に支配し、小聖杯を取り込んだ間桐桜に全知全能に近い魔術師に成りつつある。いや、もはや魔術師とは呼べず、悪神や負の女神をサーヴァントに劣化させたような存在規格。

 

『AAaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaAAAaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーー!!!』

 

 鼓膜を振わせる使徒の集団絶唱。

 

「良い事を教えて上げましょう―――彼女たちは、手遅れではありませんよ。私を倒せば正気に戻ります。まぁ尤も、人間に戻れる訳ではありませんし、半ば幻想種に近い怪物ではありますが、死徒のような手遅れな怪物じゃないのは確かです。区別として考えれば人間ですし、魔術回路の持つ魔術師とそう大差はないですね。

 つまり―――その天使を殺すと言う事は、ただの人殺しです。

 彼女達は人食いの化け物には程遠い被害者です。そもそも人を喰い殺した経験も、人を殺した過去もないですしね。化け物だから殺しても仕様がないなんて言い訳は出来ません。本当に無実な、改造されただけの人間なんです」

 

 それは凶悪な楔だった。

 

「なので、対処はご自由に。彼女らは足止めにしか使いませんから、抵抗しなければ殺しに来ることはないので。

 ……ああ、勿論、彼女たちは体の自由がないだけで、意識はちゃんと自由ですよ」

 

 相手のことを良く理解した有効な手段だった。死徒のような化け物にされていれば殺さなければ害になり、意識を奪われて人を殺すだけの化け物になっていれば死が救いになる程に手遅れなのだろう。だが天使達は、桜さえ倒せば簡単に救える。

 手遅れではない―――その事実が、凄まじい枷となる。

 彼女達を殺害するのは、紛れも無い悪。それも首輪をされ、手足を拘束され、身動きが取れない女を、意識がある状態で屠殺するのに相応しい邪悪。

 呪いだった―――殺せば呪われる程の悪徳だった。

 アンリ・マユによる汚染を行うと同時に、善なる心を確実に反転させる悪性の業。無実の善人、無罪の犠牲者を殺すことで心が乱れ、精神を守る防壁が罅割れ、罪を犯す相手の魂に聖杯の呪いが罪科と共に注ぎ込まれる。

 殺人罪を自ら犯している目の前の現実。

 例えアンリ・マユの泥を耐えられようとも、自分の為に行った所業を否定できる訳もない。

 善の属性を持つ者ならば、自身が犯した罪がより強く心へ混ざり、相手を傷付ける度に自分からその魂が邪悪に堕ちていく。悪人であろうとも―――否、悪性の人格を持つが故に精神は更に汚染され、狂気に貶める程の呪詛を殺人行為によって、一種の原始呪術として成立する呪泥の反転儀式だった。

 

「殺せるなら、殺しても良いですよ―――その罪に、耐えられるならですけどね」

 

 英霊は人殺しだ。英雄は虐殺者だ。この場に居る者は、戦場で殺人を営んで来た者だった。だからこそ、その罪を直視させる。

 ―――命を価値を思い知れ。

 呪いとは、全て魂の底から臓腑より吐き出される悲鳴である。人類悪を、必要悪を、殺人罪を理解させる呪いだった。

 

「……なるほど。良い罠だ」

 

 これに耐えられる異常者は、言峰士人くらいだけだ。他の者が黒騎使徒を殺せば術者が仕込む反転衝動から逃れることは不可能であり、アンリ・マユの眷属となり、間桐桜の下僕となる。

 

「彼女ら一人一人が復讐者の生霊、アンリ・マユの分霊(アルター・エゴ)な訳だ。

 殺人は間違いなく悪であり、呪いの基点にするにこれ以上の罪科はない。となれば、アンリ・マユの命を奪った者に呪詛を与え、同じアンリ・マユの眷属とするのも容易いか」

 

 遥か昔、名前を奪われて悪に祭り上がられた誰かが居た。その誰かには名前があったが、呪術で名を奪い取られ、拝火教(ゾロアスター)の悪神と同じアンリ・マユの名を強引に刻まれた。あらゆる罵倒と共に様々な拷問を受け、体は腐り、命は消え、魂は枯れ―――その牢獄で、復讐者の英霊は完成した。

 ならばこそ、可能な呪いがある。聖杯を害する殺人者を嘗て無名の誰かを悪神に祭り上げ、自分達が善なる存在になるよう罪を積み重ねた村人(悪人)達の同類と定め―――許されざる人殺しは、アンリ・マユと生み出した元凶たる原始の悪に変貌する。殺人の罪を償わせる為に、大罪人を分霊の魂と共鳴させる悪性呪術。殺せば最期、逃れることは出来ずに汚染は確定だろう。

 命の対価はその身で払う。

 殺人の罪科は殺した相手に呪われることで償える。

 古い原始の呪術の再現だった。大聖杯に宿る第三魔法に手を掛け、キャスターの宝具を聖杯から盗み取った桜だからこそ可能な呪いの利用方法。

 

「では、皆さん。死に物狂いで頑張って下さいね」

 

 全員通すな、と桜は亜璃紗を通して指令を出している。だが、その中にも優先順位を作り、もし危険度の高い人物を通してしまう緊急事態になるならば、対象人物以外を大聖杯の道へ通すのも例外的に許している。大聖杯へと続く洞窟の道を崩さないで桜が引き籠っていないのも、直接手を下して確実に大聖杯を壊せると機会があると敵に思わせる為。大聖杯への通り道は一方方向にしか進めない誘蛾灯なのだ。聖杯そのものを囮にして敵を自陣へ誘い込み、全てを鏖殺するための魔術師殺しが仕上げた罠。

 エクスカリバー、投影魔術、宝石剣、直死の魔眼―――これらが、真の意味での大聖杯の敵。

 破壊可能な手段として有効な数少ない切り札。桜は戦略を練り込んだ。自分は自分の役目を果たす為、黒騎使徒たちの背後へ進み、そしてそのまま洞窟の暗闇の中へと消え去った。

 

「さぁ―――殺し合いますか。ま、こっちの可愛い天使ちゃんを殺したら、そいつも私の可愛い天使ちゃんになるけどね」

 

 司令等として残った亜璃紗は、自作の使徒らと敵陣の豪華な顔ぶれが並ぶ壮観に感動していた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 殺人貴が感じた悪寒は、生前に死徒と対峙した時を遥かに超えるモノだった。真性悪魔を従がえる祖を殺した経験を持つ彼をして、あの狂戦士はもう駄目なのだと理解出来てしまった。

 

「おまえが俺の敵か」

 

「無論。貴公ならば、あの使徒を呪いごと殺し、呪詛による眷属化を逃れられるのでな」

 

 だからか、殺人貴に襲い掛かってくる聖杯の使徒は一人も居なかった。しかも、殺せば呪いで反転するだけでなく、命を奪わなくとも使徒に傷を付けただけで呪術は自動発動する。加害者は問答無用でアンリ・マユの呪詛に取り憑かれ、段々と反転して同じ使徒になるのも時間の問題であり―――その眷属化の呪詛でさえ、殺人貴ならば殺すことが可能だった。この男ならば、使徒になった聖杯を人間に戻すことも出来る上に、呪詛で使徒化した味方も正常な人格に戻すことが出来た。

 殺しても呪いを許容する士人は確かに天敵だが、殺人貴はそれを越える正真正銘の死神である。

 となれば必然、このアヴェンジャーだけは誰かが抑え込まないといけない。そして、そのアヴェンジャーと誰かの殺し合いを妨害してくるだろう敵を、使徒も同じく妨害ししなくてはならない。つまりは乱戦であった。

 

「故に、死ぬが良い。そして最期、そのバロールの眼で以って―――我を殺して頂こう」

 

「ならばバーサーカー―――おまえを、直死で以って斬刑に処す」

 

 あらゆる不死の宝具を破り、敵の命を奪う殺人貴(アヴェンジャー)の宝具―――直死の魔眼。それはバーサーカーが持つ宝具「永劫なる死骸(ゴッデス・カラミティ)」の天敵であり、そもそも殺人貴はあらゆるサーヴァントの天敵になりえるジョーカーだ。誰が相手をしようが、殺される危険は皆同じ。ならばバーサーカーの決心に曇りはない。

 ―――死、在るのみ。

 殺し、死なす。殺戮技巧が命を嘲笑う。黒衣をはためかせ、死神は蒼い眼に魔力を廻す。仕掛けを発動させて筒から刃が飛び出し、数多の怪物の命を啜った死が具現した。その黒い短刀(七つ夜)を構え―――殺人貴は臨死の悦楽に笑みを溢す。不死身の化け物を相手に、七夜一族が持つ退魔衝動が心臓を破裂させる程に喜んでいる。

 

「極死―――」

 

 もう死神に躊躇など欠片も無い。言葉にはせず、嘗て見て会得した技の名を心の中で呟く。短刀を上に掲げ、彼は獣のように飢えた退魔の本性を顔に浮かべた。あれは化け物を喰い殺す怪物で、あらゆる神秘に対する死神だ。バーサーカーは美の女神よりも神々しく美しいその青色の瞳に惹かれ、あの眼こそ死ねないと嘆き苦しむ嘗ての自分が望んだ願いそのものなのだと理解した。

 ……死が凝縮し過ぎて、まるで渦のように黒く深い点を魔眼で見定める。

 バーサーカー、ホグニ王の人生が集約したかのような“死”に視えた。殺人貴が殺して来たどんな化け物よりも惨たらしく、悲しく―――綺麗な、黒い死であった。

 

「―――七夜」

 

 そんな死に向けて、彼は短刀を投げ放った。その業こそ、退魔一族が編み出した至高の殺人技巧。バーサーカーはおぞましい程の死の悪寒を刃から感じ取った。到底この投擲に不死の狂戦士を殺せる概念も威力も宿ってはいないが、あれの刃はバーサーカー自身の死に向かっている。その恐怖、その畏怖、心眼を持つこの男が感じ取れぬ訳がない。何時ものように受け止めるのでなく、回避か防御に移ろうとした刹那―――アヴェンジャーが視界から消失していた。

 ああ、とホグニは感嘆する。これは技の極限だ。人を殺す為だけに、考え尽くし、煮詰め、磨き抜かれた死を齎す技だった。

 死に穢れた刃が迫り―――青い眼の死神が宙から現れた。

 同時に行われる二点攻撃。刃に対処すれば死神に殺され、死神に対処すれば刃に殺される。

 

「――――――!」

 

 だが、この程度の死に怯む狂王にあらず。警告する自分の第六感を強引に抑え込み、肉体を死に飛び込むよう発破を掛けた。

 何より、死ねるならば喜んで殺されよう……!

 歓喜であり、祝福であり。正しくそれは神の力であり、死神こそバーサーカーが望み続けた答えなのだ。

 

「◆◆■◆……ッ――――!」

 

 左腕を盾にし、短刀が肉体に抉り込まれる。サーヴァントの筋力から放たれる投擲は対物徹甲弾にも等しいが、バーサーカーの頑強な肉体ならば皮膚は裂かれど筋肉で受け止められる。彼が持つ心眼に従い、危機感を感じられぬ箇所で受け止めた為か、アヴェンジャーが視覚している死の点にも死の線にも当たらなかった。

 そして、同時に右手の魔剣を死神に向けて振った。足場の無い空中のアヴェンジャーでは咄嗟に避けられないとバーサーカーは考えたが、そもそもその程度の物理法則に囚われる殺人貴ではない。脚の動きと体の捻りにより、まるで糸を伝う蜘蛛のように魔剣をするりと回避。

 着地したのはバーサーカーの背後―――否、その後ろ首の上。片手で頸を握り締め、逆立ちしたまま、敵の命を掌握した。その勢いのまま更に身を捩り、腕を体ごと回転させた。殺人貴は一切迷うことなく、バーサーカーの首を引き千切った―――直後、心臓に近い箇所に浮かんでいる死の点目掛け、殺人貴は抜き手を突き出す。

 だが、男は笑っていた。首元を捩り切られ、肉の筋だけで胴体と繋がっている狂戦士は、壮絶なまで笑っていた。彼は相手が狙う自分の首に悪寒を感じなかった第六感を信じ、その攻撃を受け止められると身構えていた。

 

「……!」

 

 バーサーカーの左手が、アヴァンジャーの手を掴んだ。そのまま握り潰さんと圧力を加えたが、骨を砕かれる前に殺人貴はバーサーカーの左腕に刺さったままの七つ夜を掴み、そのまま敵の腕を斬り落とした。咄嗟であったので直死の黒線に沿って切れず、腕は殺せなかったが問題はない。

 問題なのは逃さぬとばかりに、限界まで魔力と殺意が充満した魔剣。その真名解放―――狂気の顕れ。

 此処で殺す。殺意が肉体を加速させる。振り抜かれた魔剣は殺人貴の体を皮膚一枚掠り、だが剣圧で肉が斬り飛ばされる。サーヴァントではない生身の人間ならば、両断されるか、肉体を斬り抉られていただろう。耐久が低いアヴェンジャーには痛い傷だが、問題はそんな小さい事ではなかった。

 呪詛が―――ダインスレフの魔力が、アヴェンジャーの霊体を侵食する。治癒阻害の呪いも凶悪だが、狂うような痛みを断続的に発し、アンリ・マユの呪詛も相乗されている所為か、傷が段々と広がりつつあった。しかし、淨眼を直死の魔眼へと進化させた殺人貴の視界は、その呪詛の魔力さえ容易く見切り、肉体を傷付ける汚染物を視覚に入れる。彼は迷わずに短刀の刃を自分の肉体に突刺し、具現していた死の点を穿った。瞬間、呪いに狂う間際だった体の調子が元に戻る。直死の魔眼で以って行われた呪詛の除去は、ダインスレフの魔力を完全に殺し切っていた。

 素晴しいとバーサーカーは笑みを浮かべた。あの愚かなる神の呪いが、まるで塵のように殺される風景。人を殺す呪いを逆に突き殺すと言う矛盾。ホグニ王は真に、あの眼が死神なのだと実感した。

 

「◆◆■、◆■■■◆――――」

 

 即座、報復王は首と腕を再生。殺人貴は逆に呪詛は除けど、傷の治癒はまだ不可能。だが肉を抉れた程度の痛み、気にする負傷ではない。

 そして、生前数多の不死を狩り殺した殺人貴をして、バーサーカーの不死は特別だ。彼からすれば、無限の魂も、鋼鉄の肉体も、時の呪詛も、実体無き現象も、混沌の世界だろうと―――ただの、一個の生命に過ぎない。バーサーカーの不死も奥底まで見切り、この呪いを与えた神の邪悪な意志さえも死を通じで理解している。

 ……殺してやるのが救いとなることもある。

 バーサーカーなど、死だけが救いの呪われ人だ。しかし、サーヴァントとして召喚された英霊ならば、そもそも死など救いには程遠い。アレに在るのは―――死を尊び、殺しを喜ぶ狂人の衝動のみ。

 

「あはははは! あぁ、これもまた不死の一つか。

 ……良いね。実に楽しい死の宴だ。さぁ、もっと殺し合おう―――バーサーカー」

 

「―――◆◆■、◆■■■◆……ッッ!!!」

 

 直死の魔眼、完全解放。更に死の線と死の点が色濃く視界に浮かび上がり、脳が臨界状態になるまで魔力を回し、稼動させ続ける。死の対象となるのはバーサーカーと地面と天井だけではない。暗い洞窟内のあらゆる箇所に黒死は具現し、空中にさえその紋様が浮かび上がっていた。死の獲物になっているのは、大気なのか、太源なのか、空間なのか、もしくか世界そのものなのか。だが、亀裂が入った世界であることに間違いはなく―――死神に、殺せない訳がない。

 彼は躊躇わず、浮かんでいる死の点を穿った―――直後、何かがパリンと音を立てて割れたのを幻聴した。それは擬似的な空間断層などでは断じてなかった。正真正銘、この世界に罅が入り、何もかもが断裂した異音だったのだ。

 そして、殺人貴が目論んだ通り、死の点と繋がっていた死の線に沿い、空間に断層が乱れ入った。まるでバーサーカーに襲い掛かるかのように、世界の切れ目が彼の周囲に展開。たまたまその断層は当たっていたバーサーカーの腹部を貫通し、更に死の線は伸びて行く。そしてバーサーカーが断層から避けようと動くと、そのまま切腹した武士のように腹の半分が無色透明な“線”に切られ、地面に腸が飛び散った。

 

「そうか。それが―――死」

 

 死。

 

「……死ぬのか。世界も魂も―――永劫も、死ねるのか」

 

 死ぬ。

 

「ハ、ハハ。グゥハッハッハ■ハハ◆■ハハハ■ハ■■◆■◆■■■■――――――」

 

 死んで、殺される―――

 

「―――■■◆■◆■■■■!!」

 

 ―――貴公が我の死か。

 そしてバーサーカーは余りにもおぞましい死を見た。あろうことか、あの死神は空間を殺した後、更に地面の死も穿ち殺し、死の線に沿って同じ様に断層を作り出していた。既にまともな地面として機能しておらず、もはや戦闘を行う為の足場としては使えない……だけなら、バーサーカーとて驚かない。

 ……アレは、地面の代わりの足場を得ていた。

 まるで蜘蛛の糸ようだった。空間に奔った亀裂は狩人の巣と成り果て、バーサーカーを抹殺する為の惨殺空間と化していた。本来なら到底足場になど使えない空の罅だが、七夜の退魔体術と、恐らくは魔術礼装である特殊な靴により、その疾走を可能としていた。

 既に近場に忍び寄っていた殺人貴へ、彼は魔剣を振うも、奴は糸から糸へと飛び撥ねる。加速し続ける立体駆動は蜘蛛のように相手を絡め殺す殺人技で、当てようにも当てられない。魔力放出を強引に撃つも、その波動は短刀さえ使わずあっさりと素手で払い殺される。

 ―――何よりも、バーサーカーは逃げられない。

 蜘蛛の糸が全てを切り裂く檻となり、彼は足場を殺し崩された不利な場所から移動出来なかった。その気になれば体をバラバラにしながら移動することも可能だが、そこまで壊れれば再生に時間が掛かる。その隙に、バーサーカーは幾度も抹殺されてしまうだろう。加え、亀裂が世界からの修正によって元に戻されそうとなれば、殺人貴は新たに死の点を穿ち、線を切り裂き、糸を再び展開する。

 

「……◆■―――!」

 

 そして遂に、バーサーカーは罠に嵌まった。振った魔剣が亀裂に当たり、その場で動きが停止してしまった。足場が不安定な場所でそのような不意により剣へ衝撃が走れば、体勢が僅かだろうと崩れてしまう。心眼によって第六感は察知はしていたものの、無色透明で気配もない空間の罅が相手となれば、何度もそんな奇跡は起きはしない。

 殺人貴はこの時、死を待つ蜘蛛だった。不意を突き殺せる好機を待って待って待ち続け、バーサーカーはやっと彼が待ち侘びた隙を晒したのだ―――正に、死の瞬間だ。

 

「―――……!」

 

 脚を奪う。死の点の在る場所を第六感で守っていたバーサーカーだが、裏を掛かれ足を切られた。蘇生は不可能。無論、彼は不死殺しの為に線に沿って切り抉っていた。狂戦士は倒れ込み、運が悪いことに偶然にも近場にあった糸に触れ、流れるように左肩から切断されてしまった。

 惨死の屍が生み出される。このまま死んでなるものかと、バーサーカーは足が切られようとも、斬られたその断面を足の裏の代わりに使って飛び跳ね、更に魔力放出も補助に使って脱出する。しかし、無駄だ。既に殺人貴はバーサーカーが移動する場所に糸を這って回り込み、短刀を構え、敵の死を静かに見定めていた。

 此処で、狂戦士は討たねばならない。

 世界を殺す程の眼力である。彼が直死の魔眼に充填している魔力は余りにも膨大で、対軍宝具に匹敵する消費量だ。奥の手の、更なる奥の手であり、この魔力を再び込めるとなればマスターに負担を掛け過ぎてしまう。そして、バーサーカーも同じく正念場。ここを脱する事が出来れば、体勢を元に戻せる。死の線で切られた脚も断面を魔剣で更に切り裂いて、呪詛と魔力で再生可能な傷跡に塗り潰してしまえば良い。

 

「■■◆―――!」

 

 魔剣ダインスレフを突き出す。狙いは心臓―、穿つは死神の命。ホグニは時間が停止する程の臨死の中、走馬燈を脳裏に霞み見ながらも―――あの死を、迎え入れる歓喜を肯定した。

 サクリ、と静かに魔剣が突き刺さった。

 トスン、と確かに短刀が刺さり穿った。

 殺人貴の腹の中に消え、背中から飛び出ているダインスレフの刃と―――血を流さずホグニに刺さったままの、何の変哲もない死神の刃。

 

「おぉ、おおお……オォオオオオオオオオオ―――」

 

 死ぬ。死ぬ。死ぬ死ぬ、死ぬ。霊核が崩れ去り、霊体が崩壊するのを実感する。何もかもが、報復王のあらゆる部分が殺されている。だからか、彼は雄叫びを上げ、心の中で絶叫する。まだだ、まだ死なん……と溢れん呪いを爆散させる。

 

「―――復讐すべき殺戮の剣(ダインスレフ)……っ」

 

「……ガァ―――!」

 

 刀身から溢れ出た呪いは殺人貴の血液に溶け、全身汲まなく巡り回った。このままでは確実に死ぬと悟った殺人貴は、素手で更にホグニに浮かんでいた死の点を強引に穿ち抜き、勢いそのまま蹴り上げて吹き飛ばす。

 

「……魂が、消えるのか。

 おぉ、なんと冷たく心地の良い―――」

 

 バーサーカーはあっさりと消え去った。死の点を突かれた不死の怪物は、死神の例外となることなく無に還った。

 

「……クソ。吸血鬼よりもしぶとい」

 

 後数秒で魔剣の力で呪い死ぬ所だったが、直死によって何とか除去に成功した。しかし、真名解放による呪詛の解放は通常以上に濃い呪いであり、呪いは消えど傷付いた肉体は癒えず、綻んだ霊体は治らない。

 ……最後の相討ちは、殺人貴の想定通りだった。

 呪詛を殺せると分かれば、後で治癒が可能な範囲であり、戦闘可能な負傷であれば問題はない。そう策を思い付き、確実にバーサーカーを抹殺する為に、剣を受けながらも死の点を突いた。本当ならば、それで死ぬ。点を穿たれたと言うことは生命活動をする為の命が消え、世界で生きる為の寿命が尽き、存在が抹消されると言う現象が引き起こる。

 ―――点を穿たれた後に動くのは有り得ない。

 なのに、ホグニは動いた。死んだ筈の霊体を更に酷使して、宝具さえ再起動させた。死の点を二カ所突かれ、そうして狂戦士はやっと眠りに付くことが出来たのだ。

 

「―――この世全ての悪(アンリ・マユ)―――」

 

 故に、仕方がない事。殺人貴は終ぞ、察知することは出来なかった。バーサーカーは自分の命を賭け、殺人貴に隙が出来るよう命を捨てていた。

 背後に立つは―――言峰綺礼。

 洞窟の中に最初から、地面に擬態させて隠しておいた虚数の泥沼に潜り、機会を常に窺っていた神父の悪意に気が付けなかった。殺気と悪意に満ちたこの洞窟の中、死神を殺すべく狩人に徹していた綺礼は遂に己が愉悦をその手で味わった。






















 綺礼さん、バックスタブばかり巧くなってしまって……仮面巨人先輩!
 との事で殺人貴vsホグニの回でした。ドラゴンボールや遊戯王のアニメみたいなタイトルでバーサーカー死す、とかしてみたい衝動に駆られましたが自重しました。
 月姫沼2で出てくる殺人貴の強さはこんなものではないと思うのですが、バーサーカーもかなり手強い相手でしたので拮抗した殺し合いに。今の志貴さんなら電撃や魔力放出もあっさり殺し、ビーム砲もちょんと霧散させます。アヴァロン出されて死が視えなくとも、地面を殺し、ちゃぶ台返しみたいに相手を引っくり返してくるマジモンの死神です。怖い。


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85.悪夢に限り無し

 しかし、イリヤ映画、HF映画、七番勝負とFate続きますね。
 そして白状すると型月内で今一番好きなヒロインはシエルさんです。後、後書きが無意味に長いので、前書きにて失礼させて貰います。


「アヴェンジャー……っち、世話の焼ける―――!」

 

 黒い使徒を殺さぬように戦っていた綾子が目撃したのは、泥に沈む自分のサーヴァントの姿。虚数の呪泥が足元から彼を捕え、黒い泥がアヴェンジャーを覆い潰している。神父が放った泥は地面に垂れ落ちることで沼となり、生きたまま魂を咀嚼する悪魔の胃袋となっていた。

 

「令呪で以って命じる。我が下僕よ―――呪いを殺し、脱出せよ!」

 

 動けない筈のアヴェンジャーが眼を見開き、そのまま短刀を握っていた右腕を高速機動させた。余りに速い短刀捌きは見切れるものでは無く、泥の全てを一瞬で斬り払った。そして、そのまま一気に神父から距離を取り―――力尽き、膝を付いて何とか顔を上げているのが限界だった。

 

「……畜生、あの野郎」

 

 嘗て殺した混沌の死徒に、生きたまま喰い殺されそうになった過去を殺人貴は思い出してしまった。だが、その時とは比べもにならぬ苦痛。呪詛が精神を抉り、泥が霊体全てに染みて変質し、過去の記憶を強引に切開された。

 死ね―――死ね。死ね死ね死ね。

 父。鬼。紅赤朱。混血。退魔。家族、死。ああ、月が綺麗だったのを今も覚えている。その後、死んで、生き残って、また死んで、生き還って、また生き残ってしまって―――そして、吸血鬼を殺して、また殺して。初めて殺した吸血鬼に恋し、愛し、最後にまた元凶の吸血鬼を殺して。また街に襲来して来たタタリを殺して―――また、殺した。殺し続けた。思考林、白翼公、黒翼公、王冠、白騎士、黒騎士、胃界教典、霊長殺し。全てを殺し尽くした訳ではないが、その死に彼は関わっていた。

 退魔四家、七夜最後の生き残り。

 混血の遠野家、その養子であり、シキはシキに成り替わった。

 だが、それさえも遠い過去。召喚されたこの現代では十数年前の話なのだろう。しかし、座に召され、殺人貴―――否、死神としてデスの銘を刻まれた守護者となった彼には、もはや数百年、数千年、数万年も昔に感じる過去だった。正確に言えば、それは英霊に転生する前世の存在の思い出であり、生前の自分の魂に阿頼耶識が何かを施し、自分とは違う何か死に変わったのが座の自分自身たるオリジナル。サーヴァントのこの自分は、それから更に転生して魂の分離されたコピーに過ぎない。

 それでも、アヴェンジャー(殺人貴)には忘れてはならない事実があり―――

 

「―――ほう。真祖の守護者であったのかね、おまえは」

 

「貴様……」

 

 ―――黒泥で呪った者の記憶を綺礼は読んでいた。

 

「哀れな生き物だな。血を吸わぬ……いや、血を嫌う吸血鬼か。真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッド―――ああ、実に私の息子が好みそうな鑑賞物だ。

 だからこそ近づき、おまえを助けたのも当然と言える。まぁ愉しみたいからと、祖殺しまでするのがアレらしい無茶だがな」

 

「……オレの過去を語るか。赤の他人に過ぎない屍風情が」

 

「無論だ。この身は神父故に、赤の他人の人生こそ職務にすべき飯の種。聖職者とは、他人の人生に深く干渉するからこそ、聖職などと呼ばれる仕事を為す。

 ならばこそ、他者の絶望に奉仕するのが私の役目と言えるだろう」

 

 綺礼はニタリと、誰もが神聖に感じる神父に相応しい笑みを浮かべている。

 

「そして息子、言峰士人の友人であるおまえには、人を育てた親として感謝の念しかない。あれに人間としての情緒を知らせ、それの愉しみ方を化け物共の屍の山を築いて与えてくれた。

 何よりも、おまえとその姫君は、この世の誰よりも士人に恩義を感じている。まぁ、神に仕える者として、あれは至極当然の事を成したまでだろう。命を賭けておまえたちを助けたのも当たり前と言えば、あの惨劇もまた当たり前の善行であったのだろう」

 

 そこまで暴かれた事実に驚愕する。殺人貴は宝具の魔眼を青く輝かせ―――その肉体が、まるで人間みたいに悲鳴を上げている事実を認識した。

 サーヴァントとは、現世における肉を持たず、霊体のみの精霊の亜種。亜神とも呼ばれ、魔獣や吸血鬼とも違う人外だ。その擬似的な肉体は、生きておらず、死んでいる状態とも言えるからか、殺人貴は生前以上に直死の魔眼が使い易かった。常に死に近く、魔力を消費するが、死を理解する為に感じる頭痛も驚くほど小さかった。それも痛みと言うより、他の視覚を得るための違和感程度でしかなったのだ。世界を殺すとなれば痛みも発するが戦闘の問題にはならなかった。

 ……しかし、これはとても懐かしい痛みだった。

 嘗ての苦痛に比べれば全く以って問題にはならない頭痛だが、この痛み方は召喚されて以来感じていなかった筈の死の実感だった。

 

「―――受肉。まさか……これは、この呪いは?」

 

 悪魔の呪いであり、それはサーヴァントにとって許されざる祝福だった。言峰綺礼に宿った呪詛はただの呪いだが、大聖杯に眠る悪神と心臓が繋がることで、神父の祝詞には霊体に肉を与える能力が副次的に備わっていた。

 

「どうかね、望みが叶った気分は?」

 

 自分を汚染する呪詛は魔眼で殺したが、呪われ変わった自分の体を元に戻せる訳ではない。そして綺礼は桜の手により虚数魔術の応用で陰に潜み、それによる光学迷彩による透明化も既に解除している。アインツベルンの森においてエルナを暗殺した手段だが、一体一で相対すれば効果はない。

 

「―――尤も、願望を叶えたおまえを直ぐにでも殺すのだが」

 

 八極拳で体得した震脚で以って綺礼は殺人貴の眼前に現れた。その両目ごと頭蓋を砕くべく、魔力と呪詛と気功で強化された剛拳を振り放つ。しかし、それは容易く防がれた。

 普段は生身の腕に擬態している義手―――ミツヅリの左腕。

 もはや完全に肉体と同化し、思考レベルで精密稼動が可能な魔術礼装であり、英霊化した自分の宝具。重機並の馬力を魔力によって出力する機械剛腕は、サーヴァント化したことで人外の怪力を発揮する綺礼の拳を受け止める事に成功していた。

 

「それ、アタシのサーヴァントなんだけど。神父さん?」

 

「ほう。おまえは私の義理の娘か。目出度いことだ。士人をこれからも宜しく頼む」

 

「誰が!?」

 

「照れる必要はないぞ。愛は素晴しい」

 

 だが綺礼は内心、この女を息子の前で殺してみるのもまた一興と、そんな下衆な考えを思い浮かべている。しかし、彼は嘘は一切ついておらず、平然と綾子を愉しそうにからかった。そんな言葉の応酬しつつ、綾子は躊躇わず背後で守っていたアヴェンジャーを後ろ蹴りにして吹き飛ばす。邪魔なので戦場から避難させるのは当然なのかもしれないが、彼女には一欠片も自分のサーヴァントを気遣うつもりが無かった。ある程度の距離はアヴェンジャーを安全地帯まで吹き飛ばしてやったが、そこから先は自分で如何にか対処して貰う他ない。

 

「寒いこと言いやがって。あの神父あってこその外道神父か。くそ、鳥肌が」

 

 そう言いつつも、綾子の現状は非情だった。アヴェンジャーは霊体を呪いによって機能不全になり、退魔の暗殺技術による高速機動を今は発揮出来ない。この眼前の神父にも勝てないことはないが、自分が担当していた桜の黒い聖杯達をアルトリアや衛宮に押し付けてしまっている。殺し合いに割ける時間はなく、そもそも長期戦になれば大聖杯は復活する。

 

「―――クッ……」

 

 そして、綾子が抜けた穴埋めをするアルトリアは苦悶の声が漏れた。黒騎使徒を数体纏めて相手にしている彼女だが、使徒を操る亜璃紗が凄まじく厭らしい采配で以って戦わせていた。

 第四次聖杯戦争にて召喚された狂戦士―――真名、ランスロット。

 その英霊を憑依された使徒の技量は本人と比較すれば、その無窮の武錬はランクダウンしているとは言え円卓の騎士と呼べる領域。尤もそのランスロットもどきを殺さず押し止めていた綾子の技量は既に神域と言えるが、アルトリアとて剣士だ。剣技の腕前は負けていない。

 しかし今の彼女が相手にしているのは、湖の黒聖杯だけではなかった。

 鴉の魔剣を持つ獅子を連れた騎士―――ユーウェイン卿。

 白い槍を携えた聖杯に仕える騎士―――パーシヴァル卿。

 ライダーとランサーで召喚されたブリテンの騎士。恐らくは、第四次聖杯戦よりも昔に召喚されたか、あるいは何処からかキャスターが宝具で魂を冬木に呼び込んだか。その縁を頼りにし、桜が聖杯より座から情報だけを召喚し、天使に憑依させて使徒化させたのだろう。

 ……本来の、ただの魔術師が行う降霊魔術としての英霊の憑依と召喚。それを聖杯と、その根幹たるサーヴァントシステムを使い、魔術として成立させた聖杯の使い魔達が使徒の本質。間桐桜による虚数元素の応用でもあるが、マキリの水の吸収により、黒い聖杯に英霊の情報を吸収させる桜にのみ可能な大魔術だった。

 

「獅子もどきめ!」

 

 獅子の騎士ユーウェインの憑依体の動きはかなり独特だ。大元は基本に忠実だった剣技の名残はあるが、まるで獲物を狩り仕留める獣のように、人の理性と獣の野生が混ざったように、荒々しくも精確無比な剣術を振っている。動きの一つ一つが予測出来ず、人型に囚われぬ四足獣独特の剣戟だった。恐らくは、相棒の獅子と戦い続けている内に身に付いた彼だけが体得した剣技なのだろう。何より嘗ての生前、彼が連れていた愛らしくも巨大なライオンをアルトリアは覚えている。そのライオンの小さかった仔も彼女は覚えており、両腕で抱えて可愛がったのも覚えている。

 ……間違いなく、間桐亜璃紗の仕業だった。

 ユーウェインは友人のガウェインの誘いに乗ってキャメロット城の騎士となり、一時的だがアルトリアに仕えていた事もある。円卓の騎士ではなかったが、彼も間違いなくアルトリアの騎士だった者。故あって城を離れたが、遍歴を終えた後にキャメロット城へもう一度訪れ、彼は相棒の獅子を連れ来た。それ以降、騎士王は獅子の騎士と出会うことはなく、アーサー王の国はモードレッドの手で滅ぼされた。出会うことは、もう二度と無かったのだ。

 思い出に残る懐かしい記憶。それを、亜璃紗はアルトリアが苦しむ姿が見たいと言う個人的欲望を満たす為に、ただただ穢すが為に、ユーウェインもどきをアルトリアに叩き付けたのだ。ライオンが好きだと言ったアルトリアに、そのライオンが呪いで黒化され、人食いの邪悪なケダモノになった成れの果てを見せたいが為の采配だった。

 

「……遺産の群刃鴉(ケンヴェルヒン)

 

 解放された黒い魔剣は、刃鴉の使い魔を展開。黒い湖鎧を身に付けた獅子もどきは、ボソリと名を唱えて魔鴉の剣ケンヴェルヒンの真名解放を行ったのだ。魔剣は姿を消し、三百もの鴉に分裂。しかし、それでは獅子もどきが徒手になる為か、何体かの鴉を再び剣化させて魔剣代わりに装備する。そしてドームのように広い場所の筈が、天井全てが黒い呪い鴉で覆い尽くされてしまった。

 そして、真名解放を始めたのは奴だけではなかった。そこかしこで使徒共は亜璃紗からの指令を受け、制御されるままに植え付けられた英霊の宝具を解放し始めた。

 

炎門の守護者(デルモピュライ・エノモタイア)……」

 

 まず、間桐桜へと続く大聖杯への入り口が塞がれた。ギリシャの歴史において語り継がれる最強の守りにより、三百に及ぶ黒化スパルタ兵の盾と槍で防がれた。数による圧倒的な防衛性と、狭い通り道を守り続けたと言う伝承の再現によって更なる防壁として機能している。

 

「―――黄金陽兵(シャマシュ・バビロニア)

 

 そして、王の規律(ロウ・オブ・バビロン)を起動させたまま、法典の古王の写し身が更に宝具を解放する。バビロニア帝国初代皇帝ハンムラビと共に他国の都市を攻め滅ぼした帝国軍侵略兵を、使徒の一柱が現世に呼び込んだ。奴は法典名と共に世界で圧倒的な知名度を誇る狂戦士のサーヴァント。狂化によって更に厳格で冷徹な性質になったが故の、正義狂い。

 ……元々が黒騎使徒による圧倒的人数差があった。しかし、軍勢召喚能力を持つ宝具を解放し、もはや絶望さえ足りない数の暴力と成り果てた。

 

「貴様は、あのバーサーカー!?」

 

 生前のアルトリアが世界と契約し、守護者となってしまった平行世界の第六次聖杯戦争にて、災厄として戦場を荒らした真なる王の狂戦士。それを憑依された使徒を見て、苦々しいと睨み付けた。

 法典の宝具は奴の身を守り、召喚された幽霊兵にさえ加護を与えている。聖杯の呪詛だけでも厄介だと言うのに、更に其処へ負った傷を敵へ送り返す宝具が機動しているのだ。このアルトリアも対魔力スキルと自前の膨大な魔力量で何とか法典の加護(ダメージカウンター)に抵抗し、それでも傷返しによる負傷は甚大なので鞘で常に蘇生しながら戦った程なのだ。それに使徒の呪詛による追加ダメージも負荷されるとなれば、あれはもう傷一つ負うだけで人間を抹殺する規律の化け物だった。

 

「ならば……聖剣、限定解放―――」

 

 言葉にすることでアルトリアは魔術師が呪文を唱えるかの如く聖剣を意識し、それに力を与える準備を整える。そして何よりエクスカリバーは光の剣であり、常にAランク以上の宝具として能力を発揮する。所有者の魔力を光に変換し、収束・加速させる能力は真名解放をせずとも健在。

 

「―――卑王鉄槌(ヴォーディガーン)……!」

 

 保有する魔力放出スキルを宝具と併用し、アルトリアは擬似的に聖剣を解放させた。魔力を込める事で黒い光に満ちたエクスカリバーは通常攻撃でAランクを越える殺傷性能を持ち、漏れ出す黒光もまた同ランクの攻撃と化す。

 ……恐ろしい事に、アルトリアは限定強化した聖剣をそのまま振り回した。

 真名解放による光の斬撃とは違い、これならば素早い高威力の制圧攻撃が続行可能。

 ケンヴェルヒンによる刃鴉の群れを斬り落とし、バビロニア帝国の侵略兵を一気に蒸発させた。桜の呪いと法典の傷返しがアルトリアを襲うが、彼女は浅い負傷だけで抑え込んだ。無効化は出来ずとも、今の彼女はアンリ・マユの呪詛を呑み干し、反転衝動に耐えてしまったことで属性が変質してしまった元騎士王だ。黒化やオルタと全く違い、己が属性の正負が融け混ざった灰の者。そんなあやふやで危険な状態の中、更にデメトリオ・メランドリによって霊体を斬り刻まれ、人格を斬り壊され、魂が斬り生まれ変わったサーヴァントならざる英霊の成れの果て。

 聖杯の呪いはサーヴァントが相手ならば問答無用で強力だ―――今のアルトリアを除いてだが。既に呪い壊れた女である。呪われた所で、何に狂い、何を間違えれば良いのかさえ定かではない。

 とは言え、無効化出来る訳ではない。しかし、その傷さえ鞘の前では無力となった。

 

串刺城塞(カズィクル・ベイ)……―――」

 

 そのアルトリアに向け、使徒が宝具を更に解放。四方八方から地面より槍と杭が伸び、あろうことが彼女は濃霧となった黒い魔力を一気に放出し、自分を串刺しにする筈だった全ての刃を粉砕した。今のアルトリアの魔力放出スキルで纏う魔力は呪詛を含み、質量を持ち、闇属性に染まっている。その攻撃性能と防御機能は変異前に比べ格段に上がっており、並の宝具では突破出来ない竜の鱗なのだ。

 彼女は串刺しによる拘束を容易く間逃れ、上空から降り落ちる串刺し公の投槍を真正面から聖剣で粉砕。その上、一瞬の隙をついて串刺し公もどきに接敵し剣を振う。それは防がれるも鳩尾(みぞおち)に魔力放出で強化した前蹴りを抉り込ませ、破壊鎚の如き衝撃で吹き飛ばした。

 

「―――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)―――」

「―――三千世界(さんだんうち)―――」

「―――転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)―――」

 

 だが波状宝具解放に終わり無し。セイバーを仕留める為か、隠していた黒騎使徒を亜璃紗は虚数の泥沼から取り出し、憑依させた英霊の宝具を行使させた。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)……―――!」

 

 ―――その全てを容易く遮断し尽くす。黄昏の斬光も無数の弾丸も全て無駄。

 防いだ物の正体は、闇に染まった黒き聖剣の鞘。呪詛に汚染された今、本当なら機能しない筈。しかし、担い手を守る為、邪悪に落ちようとも神秘に翳りはなく、アルトリアを守護する絶対の盾と化した。生前の自分にとって鞘は、人の理から大きく外れた人類史に有り得てはならぬ不老不死の王を具現する為の道具であり、聖剣と同じく未来永劫君臨する為のからくり装置に過ぎなかった。

 しかし、英霊の宝具として鞘はもはや自分の魂の所有物の一部。この聖剣が万全で在る様に、対となる鞘もまた万全なのは必然。英霊化した今となっては彼女そのもの。

 

「―――(ヌル)い。押し潰す」

 

 並のサーヴァントなら十度は消滅する神秘の波。しかしアルトリアからすれば、生前の蛮族共の制圧力に比べてしまうと小波にしかならない。パーシヴァルの写し身が苦し紛れに放ったロンギヌスの投槍さえ、アルトリアからすれば取るに足りない其処らの宝具。

 鞘を展開したまま、彼女は一気に突き進んだ。攻撃する瞬間は鞘を解除する必要があるが、それはつまり自分が敵を討つと決めるまで相手と自身を遮断することが出来ると言うこと。

 

「―――……!」

 

 そして、アルトリアは亜璃紗の眼前まで斬り込んだ。魔力を大量に消費してしまったが、もう鞘は解除しており、聖剣を両手に握り締めたまま敵を捕捉。一刀で以って亜璃紗の斬殺を決行する。

 

「激強。こりゃ勝てない。貴女は紛うことなき大英雄です」

 

 アルトリアの聖剣は、亜璃紗の頭蓋を斬り割る直前で停止していた。

 

「デメトリオ・メランドリ……!」

 

 人造聖剣、慈悲無き信仰(シンペイル)。罪境の名を持つ聖騎士の剣は健在。教会の狂人共が生み出した聖なる魔剣は、真なる星の聖剣を受け止めていた。剣の主の正体は、泥に汚染されて壊れたセイバーを斬り、更に心を壊し、ただのアルトリアに変えた元凶―――それを憑依された黒い使徒。

 そして亜璃紗は、他の使徒共にも襲われ、剣を振い続けるアルトリアを面白そうに見ながら淡々と喋り掛ける。

 

「不正解。ソレの真名、何でもさ、黙示録の反救世主(アンチ・キリスト)って言うんだって。哀れだよ、座で何があったか、それとも何処ぞで獣にでも祭り上げられたんか知らないけど、無名の守護者として伝承に取り込まれてしまってる。

 ……霊長も非道です。そいつさ、もう架空の反救世主の一部分だよ」

 

 手遅れであり、理不尽な現実だった。しかし、英霊の座では良くある不条理だ。デメトリオ・メランドリは契約を結んで死んだ為に、座における伝承の穴を埋める材料に使われていた。とある現象がペイルライダーとされたように、過去に実在した英霊がバビロンの妖婦にされるように。

 ……魂を探る亜璃紗にしか、その事実を全て把握する事は不可能だった。

 間桐桜はアインツベルンの森で観察し続け、その場でアラヤによる干渉の力場を世界から排斥される黒い小聖杯が故に察知した。あの聖騎士が契約を結んだのを亜璃紗の異能も利用して知り得ており、物は試しで黒騎使徒の材料にしてみれば見事に正解を当てていた。エクスカリバーで全身消炭になったが、剣を握り締めていた右手だけは僅かに残っており触媒には十分だった。

 何より、そもそも終末神話の英霊は実在しない架空の存在だ。反救世主の伝承を持つ者はいるが、アンチ・キリストを真名とする人間はいない。座にいるとなれば、信仰による架空の存在か、その架空の霊基に取り込まれた代役の英雄となる。そして代役は数多くおり、デメトリオはその一人として召喚可能な守護者(ナニカ)となってしまった。

 ……第五次聖杯戦争で召喚された佐々木小次郎が良い例だ。

 無名の農民が燕返しを体得したとされる架空の侍に適応した様に、剣の聖騎士もまた黙示録にて悪逆を為す偽りの預言者に適応してしまったのだろう。

 

「―――貴様ら……」

 

 自分以上に苛烈な剣士だった男が再利用され、魂を弄ばれている。

 

「……つくづく度し難い!

 魔術師(メイガス)、何を望んで悪逆を楽しむ?!」

 

 聖騎士の使徒を斬り飛ばし、黒化ライオンを蹴り飛ばし、一気に空気を吸い込んでアルトリアは叫んだ。

 

「勿論―――人の心を弄ぶ為です。

 聖杯なんてただの物。感動すべきは聖杯を求めて集った贄ですから」

 

 亜璃紗は笑みを浮かべた。敵はアルトリアだけではない。愉しむべき相手は、使徒を使って苦しめて良い娯楽は、まだ十人程目の前で戦っている。そして、強敵ち殺し合っているのはアルトリアだけではない。他の者も黒騎使徒を相手に奮戦している。

 中でもトランペットを吹き鳴らし、蝗を操る犬の使い魔と共に暴れる使徒は凶悪だった。身のこなしとホルダーに入れたリボルバーの拳銃と巨銃に見覚えがあるも、無駄に優れた技術で吹奏する姿は場違いにも程がある。更にそのトランペッドを様々な型の銃火器に変え、敵対する相手に合わせて対応する過去の歴史にはいない英霊の姿。何よりも、あの犬は何処から如何見てもアイツにしか見えなかった。

 

「信じられん。あれ、オレか」

 

 衛宮士郎や美綴綾子と言う例外を知るアデルバート・ダンは自分の脳味噌を疑いならがも、この現実を何とか受け入れた。

 となると、やはりとダンは納得せざる負えなかった。この聖杯戦争とは英雄が発生しない現代において、英霊が生み出される程の神秘が溢れた地獄だと言うこと。英霊を選定する人類史の中、歴史に刻まれ無くとも霊長にとって何かの節目となる特異点なのだろう。それにあの神父に誘われて参加してしまった時点で、この自分の因果も既に何かしらの悪意に取り込まれてしまったのかもしれない。

 ラッパ吹き―――黙示録の天使達。

 トランペッターとも呼ばれる破滅と破壊を世界に呼び込む者。断じて英霊ではないが、もしそれが座に居るとすれば魔物に相応しい誰かの魂が死後、アラヤの手で無理矢理に転生されるしか有り得ない。

 

「トランペッドなんて趣味じゃない。フレディにもあんな力はない筈だが……」

 

 使徒の手足を撃ち抜き、殺さないように戦っているも傷返しで苦痛は増すばかり。ダンは気合いと魔力による抵抗と抗呪の礼装でアンリ・マユの呪いを抑え込んでいるが、一人殺せば動きが僅かに止まり掛けるのは分かっていた。呪いそのものには耐えられるだろうが、戦闘に支障が出るのは明白で、そうなれば呪い以前に殺されて終わりだろう。

 ……敵の使徒の中には、エミヤやミツヅリの写し身もいる。クー・フーリンや安倍晴明もいた。ならば自分がいても可笑しくも無いかもしれない。だがこの地獄を生き延びたとしても、ここれから先の未来で座に召されてしまう様な事件にまた巻き込まれると分かれば憂鬱になるのも仕方がない。

 

「……まぁ、良いか。今は兎も角、足止めだぜ」

 

「その通りです。今はただただ死力を尽くしなさい!」

 

 バゼットは敵を殴り砕き、蹴り上げ、投げ飛ばし、その痛みを自分自身の霊体と肉体で実感する。既に覚醒した神剣フラガラックを背後に浮遊させ、何時でもフラガ家の宝具で殺せるよう準備済み。しかも真名解放せずとも球体状態から純粋な剣として武器化させ、因果改竄はないがバゼットの制御によって半ば自動的に相手を切り裂いている。加えて刃で攻撃するだけではなく、魔術による光弾でレーザー状の遠距離攻撃さえ幾度も行うことが可能で、近距離遠距離の両方を万全に対応する。真名解放によって光弾を一度でも放てば宝具は崩壊するが、通常戦闘であれば光弾の破壊効果のみで十分。

 常に戦闘の補助をし、いざと場合に素早く発動可能になった神剣は、数多存在する英霊が持つ宝具の中でも最上位に位置する。対人戦と言う範囲ならば、エクスカリバーを越える殺人兵器。それを一つだけではなく三個も浮遊状態で維持し、咄嗟の攻撃と防御で使い分ける手腕は百戦錬磨の赤枝の戦士に相応しく、挙げ句の果てに生身による格闘はそれを上回る戦闘能力を問題なく発揮する。

 この神霊魔術とルーンの刻印魔術を第五次聖杯戦争の時より、バゼットは更に鍛え上げた。戦神ルーが至った神秘の深淵を何処までも覗き込み、同じく魔術神オーディンが編み出したルーンの真髄にも辿り着きつつある。

 余りにもバゼット・フラガ・マクレミッツは凄まじい魔術師だった。

 現代では有り得てはならぬ神話の英雄に等しく、協会内でもたかだか千年二千年程度の歴史しか持たないロードを遥かに超える神代の神官から続く古い家系の魔術師である。埋葬機関に負けぬ神域の暴力であり、執行者としてもはや最上位の魔人。

 それなのに―――彼女の真髄は、その肉体だった。

 ルーンで過剰強化された全身の筋肉と、異常硬化した手足に、生物を極めたと呼べる格闘能力。昔よりも更に鍛えて極まった“生身の拳”は時速100kmを軽く凌駕する速度を誇り、それが魔力で強化されるなど悪夢以外の何物でも無かった。

 

「加減はなしです。魔力もここで使い切る……―――!」

 

 英霊級の魔物をバゼットは数体纏めて相手する。一体一体が現代兵器で例えれば間違いなく戦闘機並の力を持っているにも関わらず、音速以上で稼動する使徒を彼女は殺さずに叩き伏せていた。強いなんてものではない。純粋な戦闘能力と言う観点で見ればマスター達の中ではデメトリオに匹敵し、魔術自体の腕前は魔法使いの凛以上。

 背後からの敵を攻撃を振り向くことさえせず彼女は神剣で防ぎ、動きが止まった敵を後ろ回し蹴りで違い敵に向けて吹っ飛ばず。そして危機を察知したバゼットは直ぐ様宙へジャンプする。彼女が居た地面が炸裂し、敵の攻撃から逃れるも、空中に浮かぶバゼットに向けてアーチャーの一体が狙い定めて矢を射った。その一矢一殺の矢を彼女はあろうことか浮かべていた神剣を足場代わりにして避け、更に空中に刻んだルーンも足場にしてバゼットは天井に着地。重力操作と質量操作によるルーン以外のオーソドックスな魔術も複合して巧く使った結果だった。

 無論、使徒もまた彼女を追って天井に跳び上がった。正にバゼットの狙い通り。彼女は天井にルーンの拳を穿ち込み、更にルーンを天井に刻印―――直後、炸裂。粉塵を煙幕代わりにし、宙に浮かぶ使徒を叩き落とし、数秒と言う短い間だけだが戦闘不能に陥れた。

 

「何て言う脳筋。相変わらずのケルト思考ですね」

 

 そのバゼットと、序でにアデルバート・ダンらをサポートするのはカレンだった。式神召喚によって数の不利を僅かだが埋め、自分も術符である宝具「陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)」で陰陽術を発動。泰山府君の祭による神秘を符に宿し、浄化作用によって使徒の呪いを剥ぎ取ろうとするも完全に清めることは出来なかった。しかし、カレンは自分の被虐霊媒体質を抑える為に鞘を利用し、更に安倍晴明の宝具による守護を自分に施している。恐らくは五人か、多くて十人程度ならば殺しても問題はない。しかし、殺すにも使徒には聖杯による蘇生能力がある。葬るには肉体を損壊されるだけではなく、霊体も抹殺する必要があり、使徒は死徒が誇る復元呪詛よりも厄介な不死性を誇っている。

 殺すより封じる方が建設的だ。しかし、泰山府君祭(たいざんふくんさい)を使った魂の束縛も、アンリ・マユの呪詛によって汚染することで破られてしまう。

 

「きついわね。これを桜が全て準備したって考えると、その情熱、その決意―――流石、御三家の一人ってこと」

 

 イリヤはとっくに理解していた。本当は分かりたくもないが、出来てしまえていた。間桐桜は呪われている。この天使もどきの小聖杯……否、英霊の情報を憑依され、人間を天罰によって虐殺する使徒もどきにも、桜が味わっている衝動と憎悪が植え付けられている。

 つまり―――この世、全ての悪の廃絶。

 彼女達は悪を憎悪し、悪を生み出す人間を嫌悪する。

 間桐臓硯、あるいはマキリ・ゾォルゲン。奴の残留思念は桜の魂に穢れ付き、澱となって沈んでいる。その底の底に沈殿する願望こそ、間桐桜が己を魔術師だと自覚する最大の原因である。そして、使徒の精神を狂わせる衝動の正体であり、その腐った願いが英霊をただの力として運営する元凶。

 本当は、透き通って、何よりも尊くて、この世を幸せにしたいだけの願いだった。

 なのに彼は腐れ、悪に心が染みた。

 だから蟲は枯れ、善が死に絶えた。

 聖杯たちは悶え、罪を刻み続ける。

 黒化した彼女ら全員が桜の分身であり、その魂には桜と同じ衝動(ラベル)が刻まれている。彼女らはこの世全ての悪を廃絶するまで未来永劫、その心を悶え苦しみ続ける運命にある。

 もし生き永らえようとも、聖杯は間桐桜と同じく―――魂が、腐るのだ。

 

「アインツベルン家はユスティーツァを作り続け、ゾォルゲン家もマキリの後継が遂に間桐から生まれ出た。まともなのは遠坂家だけってことね。

 ……まぁ、ある意味では、我ら御三家の聖杯を不要にした凛こそ一番狂ってるんでしょうけど。それにマキリの後継も遠坂家って考えれば、冬木の聖杯戦争は結局、遠坂一族の一人勝ちってところかしらね」

 

 死にたくなる憂鬱な気持ちをイリヤは抑え、取り憑けられた守護者コトミネの魔術を起動。左手には士人の愛剣・悪罪(ツイン)を杖に改造した宝具「悪罪の唄(ローレライ)」を持ち、そこからイリヤ本人が持つ聖杯としての魔術を放った。勿論、固有結界から抽出した宝具情報の概念を魔術理論に取り入れ、

 彼女にはコトミネジンドの固有結界「空白の創造(エンプティ・クリエイション)」の加護がある。殺す程のダメージではないが、二、三人丸焼きしたところで全身の皮膚に熱した油を掛けられた程度の痛みで我慢出来る。常人ならば発狂するのが必然だが、小聖杯として調整された際に味わった苦痛と比べれば大した痛みではない。ただの日常的な普通の痛み程度でしかないのだ。

 

「―――悪辣、外道。狂ったわね、桜」

 

 故にイリヤは呪いに構わず、右手で振うアスカロンで使徒の心臓を串刺しにした。自分の心臓にも切り傷の痛みが返され、傷が付くのは防げたが呪いで心停止する。しかし、イリヤは強化魔術で強引に肉体を操作し、筋肉を魔力を使って強引に動かして心臓マッサージを行い、当たり前のように復活する。串刺しにされた使徒も泥で傷口があっさり塞がり、同じく当たり前のように再起動。

 ―――尊厳なき戦いだった。

 互いに命を否定し合い、呪い合う。しかし、殺し合いではない。これはどちらの精神が先に挫き崩れるかと言う、意志を潰し合う戦いだった。

 

「ああ―――……何と、無様な」

 

 切り札(ジョーカー)に相応しい殺人貴(アヴェンジャー)を拾い、彼を庇う為にアサシンは宝具で生成した毒血刀で使徒を斬り捨てる。毒血が相手の血管内を巡り、血流を鈍化させ、神経が麻痺し―――内側から、無数の棘が飛び出し体を拘束した。無論、その苦痛は返還される。アサシンはこの呪いに耐えられるが、余りに辛くて泣き叫ぶ……のだろう、普通なら。

 この程度の痛み、呪術を習得する際に感じる当たり前なもの。呪術を使用する際、幻痛として甦る当然の代償。

 敵の全身を抉る程の呪術となれば、その呪いを行使する霊体もまた同程度の苦痛を発するのも不自然ではない。特に彼女の呪術はその幻痛が顕著に表れ、心臓を呪術の核とし、全身の血液を呪術の触媒とするならば、その幻痛はより使用者の霊体を蝕み犯す。そして葬主のアサシンにとって苦痛とは常に感じているモノに過ぎず、何ら異常な事柄ではなかった。

 敵に与えるあらゆる苦痛を、アサシンは呪術を生み出す為にまず自分が味わっている。

 肉が切り裂かれる痛み、内臓が腐り枯れる痛み、血液が流れ出る痛み、眼玉が抉り取られる痛み、舌を斬り落とされる痛み、皮膚を剥ぎ取られる痛み、全身を焼き焦がされる痛み―――最期に、人として首を斬り落とされる痛み。

 半人半魔の呪術師故に、そも首を落とされただけでは死なぬ。だが、それでもあの方の剣は死の具現。その気になれば死を与えれたであろうに、殺されたのは人としての自分だけだった。死んだのはハサン・ザッバーハだけだった。半人は死に、半魔が残った。無名の魔物の呪術師だけが生き残り、葬主のハサンとして、あの方の実子であり二代目ハサンでもある歴史に父と同じく名を残したハサン二世と、更に後を継いだハサンの娘である三代目ハサンと、自分以降のハサンたちの遺骸を墓に埋葬し続けて、あの略奪王チンギス・カンが生み出したモンゴル帝国の手で我らハサンの暗殺教団が蹂躙され尽くされるまで、この身、この魂は―――

 

「―――ああ、実に私は無様だとも。この呪いは、生前の後悔が呪詛となる……」

 

 使徒の呪いは濃厚だった。ジワリジワリと心の底に残った澱を暴き立てる。

 ―――絶望だった。

 綺礼の呪詛とはまた別の、天使の呪いだった。

 生き延びてしまったアサシンは生前、教団の果てを見た。それを思い出される。

 堅牢な山の砦が砕かれた。抵抗する暗殺者は一人一人丁寧に殺された。遥か東の草原の帝国から、国を、金を、民を、何もかもをモンゴルにせん略奪しに来た奴らが、何もかもを焼き滅ぼした。

 暗殺教団は、徹底的に負けたのだ。敵対する他宗派でもなく、方針を違えた自国の王にでもなく、国ごと纏めて蹂躙されて滅び去った。信仰を略奪されたのだ。

 直接、あのチンギス・カン(ライダー)に関係はない。あの男が死した後の後継者が、あの男ではないモンゴルが、砂漠の国に派遣された帝国略奪軍がアサシンの教団を滅ぼした。しかし、あの略奪理念、あの支配体系、あの絶対帝国、全ての元凶にあのライダーが存在している。

 ―――失望だった。

 出会った時の憎悪は果てしなく。しかし、奴はただのモンゴルに過ぎず、殺したい相手ではなかった。

 

「故、死に晒せ。造作も無く、命を奪い取ろうぞ―――」

 

 恨み、憎しみ、それこそが腐食源。使徒は心を暴き、それを喰らう魔物でもある。

 

「―――妄想血痕(ザバーニーヤ)……ッ」

 

 呪毒の血泥を地面に拡散させ、殺すのではなく拘束する。だが、そのアサシンの策も更に虚数の沼で上書きし、宝具は無効化されてしまう。しかしそんな程度は予測済みとアサシンはもう一工夫しており、血で作った有刺鉄線を聖杯に抉り込ませ、筋肉と骨格を体内から拘束した。棘が神経そのものを刺激し、壮絶な痛みが発生して傷返しにより、アサシンは拘束した数体分の苦痛を同時に味わっていたが手を緩めない。

 

「いやはや、何処もかしこもお祭り騒ぎだ」

 

 アサシンの宝具解放により魔力を消費するが、聖杯と霊脈から溢れた魔力で太源は豊富だ。消費分を直ぐ様回復させ、神父は自分の魔術にも魔力を回して戦い続ける。

 この乱戦、士人は静かに観察する。物は試しと最初に使徒をゲイ・ボウやハルペーで切り裂いてみたが、その呪いと神秘を逆に魔力源へ取り込み、その体を容易く蘇生させている。死徒の祖にも有効な不死狩りの概念武装の筈だが、呪いの概念とも呼べる使徒には通じないようだ。

 無論、士人にも呪いは発動するが無駄だった。彼は逆に呪いを飲み干し、その苦痛を固有結界に焚べ、回路に魔力を流し回した、呪われる程、呪詛を呑み込んで神父の魔術回路はより潤沢する。

 

「―――……ふむ、中々厄介だな」

 

 真名解放された使徒の呪いの朱槍(ゲイボルグ)の矛先の機動を先読みし、士人は宝具殺し(ゲイ・ジャルグ)で打ち落とした。心臓を狙うのは丸分かりとは言え、直線ではなく不規則に進む刃を見切る技量は人間離れしていた。因果逆転の呪詛も、呪いの動きを容易く読み解く士人ならば、専門宝具さえ投影すれば対処可能。

 だが呪詛を逆に取り込む言峰士人は、殺人貴と同じく敵に狙われている。無論、攻撃はこれだけではなく、集中砲火に曝されるのは避けられない。そんな中、彼は言峰綺礼は確認できたが、あの男―――衛宮切嗣が居ないのが士人は気になった。

 ここまでの地獄、実に愉しくなった。だが一番の死神はまだ姿を見せず。しかし、大凡の予測は立てられている。

 自分が奴の立場ならば、どうやってこの舞台で娯楽に興じるか?

 誰を最も危険視し、どんな手段で命を仕留めるか?

 

「狙いは……―――ああ、そう言えば、間桐桜は何がしたいのだろうな?」

 

 今も確実にこの場を見ているであろう聖杯の魔女は、聖杯を成就させる以外にもしたい事があるとすれば、それは即ち……―――遠坂凛しか有り得ない。言峰士人は戦場の空気を肌で知り、あの女の思惑を悟り、この地獄の意味が分かった。

 ……誘っているのだろう。

 宝具を解析し、出口を塞ぐ使徒に憑依した英霊は分かっている。加えて、虚数結界によって魔術的にも封鎖されており、聖杯によって結界の出力は高ランク宝具に匹敵する概念を得ている。あらゆる神秘に対して一番頼りになるアヴェンジャー(殺人貴)も、バーサーカーが残した置き土産によって今は全く頼りにならない。

 使徒を殺し尽くす頃には夜明けを迎え、世界は誰にも知らずに地獄へ堕ちる。

 皆殺しに出来たとしても、聖杯の呪詛が敵対者の殆んどを逆に殺害し尽くしている。

 

「師匠。もはやお前しか、この地獄は受け止められんぞ」

 

 劣化した聖槍を使徒に抉り込ませ、内臓ごと霊体を秘蹟によって使徒を一時的にだが士人は封じた。聖槍を触媒にした封印も過剰供給される悪神の魔力で打ち破られるだろうが、それでも時間稼ぎにはなる。

 つまり時間稼ぎなのだ―――魔術を構築している凛を、守る為の。

 士郎も士人と同じく、敵の動きを封じることに専念していた。そして、多重拘束術式を込めた宝石を拳ごと使徒に叩き込み、凛は敵の一体を束縛していた。そして、直接触れることで一気に解析し、この怪物がどのような神秘で構築されているのか読み取った。

 

「―――はん! やっぱブラフだったわね」

 

 桜は殺せば呪われ、眷属と化すと言っていた。確かに事実、嘘ではなかった。だが、それは普通の精神強度しか持たない魔術師が殺した場合における汚染具合。言わば、聖杯の泥を直接被るようなもの。肉を持たぬサーヴァントであれば汚染される可能性が高いが、生身の人間ならば在る程度は抵抗出来るようだ。とは言え、殺人の罪科を加味した呪詛の奔流となれば、二人殺して無事なら奇跡で、三人殺せば反転衝動に襲われ、人格が裏返るのも時間の問題。更に殺害まで及ばなくとも、傷を与えれば相応の呪詛が還ってくる模様。この破滅衝動に耐え切り、生き延びた所で眷属になるのは確実なのだろうが、それもある程度は強い精神を持てば抵抗し続けることだけは出来る。

 

「だったら、良いかしらね」

 

「遠坂?」

 

「……士郎、この領域の解析はもう終わったわ」

 

「ああ。なら、これから桜のところに行くのか」

 

「ええ。でも、呪詛に満ちたこの空間だと、穿てる孔の大きさは自分一人で精一杯なの」

 

「―――……そうか」

 

「聖杯戦争の全てを終わらせる。だからそれまで死ぬんじゃないわよ」

 

「了解した。では―――凛、桜を取り戻してこい」

 

「ええ、衛宮君―――そんなの、当然じゃない」

 

 宝石剣が振われ、魔法使いは消失した。




















 ユーウェイン卿って原作で多分ライオンの子供をアルトリアに会わせた人だと思うんですよね。しかも良い宝具の元ネタも持ってますし、アーサーの王国とは関係ない所で奥さんと一緒に幸せになってハッピーエンドのようですし、英雄の物語としては中々に王道で好きです。
 後、アンチ・キリストについて。デメトリオ・メランドリの正体です。小次郎と同類の架空の英霊に適応した人間霊が英霊に昇華されるタイプです。適応には秘蹟や魔術の類を使えて奇跡の真似事が出来る事、神に対する悪意と信仰を持っている事、体を一切動かさず物や武器に頼らず人間を虐殺出来る異能を持っている三点にしています。実は士人が暗躍していた所為で、愛歌は冬木の大聖杯の術式をとっくにコピーし、何処かの大陸の都市でお祭りの準備をしてまして。そこに世界を放浪していた祈荒がばったりと運命的な出会いをして、その地獄に対する偽救世主として戦うのがメランドリでした。簡単に言えば、獣になった愛歌と真性悪魔になった気荒を倒す為の抑止力と言う設定。
 ダンも同じにしてます。メランドリと同じで黙示録のラッパ吹きに取り込まれています。未来だと人数不足の埋葬機関にシエルさんがスカウトする場合がありまして、聖堂教会の聖銃を使っていることも取引で不問になります。そこで死んだメレムから勝手にシエルが押収したラッパの聖典を見付けまして、それに自分が開発した魔術礼装の銃を融合させまくってああなったと言う。そして、メランドリと同じく愛歌と祈荒に対するカウンターとして存在する抑止候補でした。
 つまり、士人がその二人を今回の聖杯戦争に前借りして参加させたと言う裏設定。面白そうな奴って言う衝動のまま参加者を探していたら、衛宮みたいなのと同類を見付けてしまったと言う話です。

 ついでに、ここの四代目アサシンがもし第六章に出た場合です。
 十字軍がチンギス・カン召喚→聖杯をチンギス・カンが預かり、十字軍の首領になる→カウンターとして召喚されたサーヴァントで、自分達十字軍と敵対行動をした相手をチンギス・カンが全て喰らう→反抗してきた何体かの味方サーヴァントを説得するも説得に失敗し、結局自分以外の十字軍側のサーヴァントを全員喰らう→同じく反抗してきた人間も吸収→聖都と十字軍が完全にモンゴル化→人理崩壊寸前、歴代ハサン達がカウンターとして召喚される→嘗てモンゴルに滅ぼされた暗殺教団マジギレ→ここの四代目葬主のハサンが飲み水に宝具を混ぜ、十字軍の兵士をじわじわと毒血爆弾に作り変える→十字軍兵がチンガス・カンに神風特攻→二代目、三代目、四代目の三人が聖杯と数十騎のサーヴァントを吸収した獣神チンギス・カンと相討ちになる→十字軍何とか聖杯だけは確保→オジマンディアス召喚になります。

 もし二代目ハサンがFateに出るなら、初代様の子供になるリアルなハサン二世になるんじゃないかなぁと。暗殺者時代のあの人、結婚して子供いますし。三代目も多分初代様の血縁じゃいなと。なので、二代目三代目は出鱈目に強そうな予感。


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86.家族

 剣豪、まだまだ全然終わってないですけど、かなり面白いです。しかし、まさか前に出て来て欲しいと書いたNINJAっぽい人もいきなり登場しましたし、ワクワクが止まりません。


 ―――肉の塔。

 尋常ならざる邪悪な魔力に満ちた神の母胎。赤子が生まれ出る泥の大杯。そんな冬の聖女の成れの果てである贄の祭壇を見続ける黒衣の魔人―――間桐桜は、此処までの道程を思い返していた。

 長い、とても長く続いた旅だった。

 旅をすると決めて、九年ほどの月日が過ぎ去っていた。

 蟲を喰らい殺した時に宿った怨讐と理想。魔術師としての在り方。もはや、それ以外に生き方など亡く、養子になってから既に魔術師でしか無かったのだろう。いや、そもそもあの家に生まれた時点でそれ以外の生き方など許されず、自分が持つ魔術の才が他の道を閉ざしている。そう言う意味では魔術師など全員が同じ境遇だった。輝いていたと勝手に昔は勘違いしていたあの姉さんも、自分と同じく先輩と出会うまでは一人孤独に生きている唯の其処らの魔術師に過ぎなかった。

 だがもう分かっている。確かに自分は虐待を受けて精神が変質し、洗脳され、頼れる者など何もなく、誰にも助けを求められない状態だった。子供の頃に姉さんへ助けを求めても、あの蟲の餌食になって慰め者になるだけだったのだろう。先輩に相談しても結果は同じで、自分以外の誰かが更に不幸になるだけ。自分が誰かの死因になるだけ。

 それでも、助けられないのだとしても―――……自分を助けてくれる人がいた。

 それだけで自分は良い。

 こんな世界、救いなんて僅かでも在れば良い。

 何かもが救われて、人生全てが幸せになるなんて贅沢にも程がある。

 ならば、せめてこの自分だけは理想を目指そう。足掻いたところで所詮は魔術師。呪いと想いは偽物なれど―――救われないこの世界は本物だ。蟲と成り果て、魂が腐れ枯れるのを待つだけならば、その前に成すべき衝動を成す。

 ―――大聖杯を見詰める。

 間桐桜には何も無い。心の中には何も無い。

 思うべき事柄を失くして、蟲の理想だけが宿った呪いによって意識が生きているのだから。

 

「あら、姉さん。お早い登場ですね。先程ぶりですよ?」

 

 そして、大聖杯を見上げていた魔女が振り返る。空間に孔が穿たれ、求めていた者の気配を感じ取った。

 

「術式が甘いのよ。結界は自宅と一緒、セキュリティーは万全じゃないと意味ないわ」

 

「そうですか。まぁ、私も含めて色々な人に助けられたとは言え、魔法の魔術基盤に至った姉さんです。やっぱり私程度の腕前ではまだまだと言う訳ですね」

 

 とは言え、空間転移が来れたのは凛一人のみ。桜とて第二法は熟知とはいかないが知っており、この展開も予想の一つ。空間汚染と虚数結界で妨害しても転移を防げないと分かっていたが、転移可能な人数を制限する程度の邪魔は出来た。

 

「―――で、どうします? 殺し合いますか? 私は話し合いの方が好きなんですけど」

 

「……冗談。ここまで来て話し合い?」

 

「当然でしょう。私達、姉妹何ですよ。何となくですけど、ほらアレです。雰囲気で相手の考えてる事が分かる程度には、仲が良いと思うのです」

 

「ふーん。そ。だったら、私が今考えてることも分かる筈だけど? まぁ実際、あんたの考えも似たり寄ったり何でしょ?」

 

 ニタリと笑みを浮かべ、桜は魔術を使う。大聖杯から憑依・吸収した英霊の情報を自分の肉体に上書きし、身に付けたサーヴァントの能力を発動させた。嘗ての第四次聖杯戦争にて、間桐雁夜に召喚されたバーサーカーのサーヴァント。使徒の一体にも憑依させたモノを桜は自分にも使っていた。

 桜は聖杯と接続し、中身の悪魔が見ていた聖杯戦争を自分も追体験していた。

 だからこそ、彼女は過去の真実を知り得ている。第三次聖杯戦争における聖杯の顛末、第四次聖杯戦争の出来事、第五次聖杯戦争の結末。衛宮切嗣がこの世全ての悪を担ってでも聖杯で世界平和を成就させると言ったのも、正義の味方に成り果てたエミヤが士郎を殺害したい理由も、彼女は全て知っていた。

 故に、桜が雁夜を知っているのも当然だ。

 ……子供の頃は理解出来なかった。何故こんな牢獄に戻って来たのか、一欠片も分からなかった。雁夜の行動、雁夜が戦う理由、それらが本当に訳が分からなかった。目の前で見たあの死に様も、蟲が見せ付けたモノでは無く、あの人が命掛けで偶然にも蟲に見付からずに辿り着いただけの無価値な奇跡に過ぎなかったと言うのに。

 雁夜の命を吸い尽くした英霊―――サー・ランスロット。

 自分やあの蟲や綺礼と同じ者、その同類。彼を死に追いやった元凶の一匹。自分と同じ故にその所業を責めることを桜は良しとしないが、あの人は自分を助けようとした最初の誰かだったのだ。彼の心境が自分以外の誰かに向けられているのだとしても、蟲に筋肉と神経と内臓を生きたまま喰われる地獄を耐え、寿命を捧げていたのは間桐桜の為だった。

 

「勿論です―――力尽くて、相手を無理矢理自分に従わせたい」

 

 具現化する黒い鎧、黒い兜、黒い篭手―――間桐雁夜の魔力を喰い潰した男の黒い具足。バーサーカーのサーヴァント、あの円卓最強、湖の騎士が身に付ける黒騎士姿だった。

 ―――腐った魂を焼け焦がす憎悪である。

 身に付けた近接格闘術と、レスリングの戦闘技術。その経験から、桜は如何にこのバーサーカーが尋常ならざる狂った技量を誇るのか理解していた。

 凛を仕留めるのに、そも聖杯など不要。接近し、斬るだけで事足りる。

 

「安心して下さい。殺す気は十分ありますが、決着がついても生きていたら……まぁ、こんな様に堕ちた私にも慈悲は有ります。殺しません。

 蟲で悲鳴が枯れるまで犯し、暴き、悶えさせて上げます。私が受けた最初の研鑽、蟲に溺れながら理解して貰いましょう。苦痛の中の更なる苦痛と、逝き過ぎた快楽の地獄です。

 それに姉さんは間桐初心者ですので、本当に死ぬ寸前の気持ち良さからレクチャーしますね」

 

 彼女は最初から宝具を展開。全身甲冑と黒外套を装着し、完全に吸収した英霊の霊体から魔剣を引き抜いた。

 

無毀なる湖(アロンダイ)……()―――ん? あれ、なにかしっくり来ないですね。こんな良い雰囲気な呪文の響きですと、今のこの魔剣の真名に相応しくないんですかね?

 やはり、ここは真名に何て拘る必要も無いです。こんなもの造り替えて、もう呪文詠唱と変わりませんし……」

 

 その魔剣こそ嘗ては聖剣であった神造兵器。仲間を裏切り、その刃を同胞の血で染め、湖の輝きを失った堕落の象徴。

 ならば、確かにその真名は相応しくないかもしれない。

 だが真名解放は確かに成されている。握り締めるだけで本来の能力通り、桜の身体機能は上昇している。しかし、桜は聖剣ではなくなったこの宝具が、間桐桜の宝具に堕落した魔剣が、そんな程度の効果が真髄ではないことを理解していた。

 

「……悪心祝祭(アロンダイト)呪光湖泥(ヘブンスフォール)――――」

 

 唸り蠢く影の剣。この魔剣こそ、光を呑み込む―――黒湖呪沼の具現なり。

 

「―――良いですね……ああ、これですこれ。この全能感、この万能感!

 ちょこっと擬似解放しただけなのに、魔術回路が焼け焦げそうで凄く凄く堪りません」

 

 虚数を刀身に纏わり憑かせ、刀身から更に虚数の泥を光の代わりに放出する。既に魔剣へ堕ち、この魔剣は泥の魔力で構築されている。大元の魔力が呪泥となれば、宝具そのものが虚数に満ちた影剣。同じく彼女の身を守る鎧も泥光に穢れ、サーコートの黒外套も本来の形に至る。そして鎧の下に着る全身を覆う布は虚数の影衣であり、外套も同じく虚数の沼が衣となった礼装もどきとなる。

 影を纏って影となる。

 今の間桐桜は、そう言う暗闇に溺れる魔物であった。

 

「貴女、そこまで……―――!」

 

 狂っている。間桐桜は終わっている。魔術師の叡智さえ、魔法使いの道理さえ超えた魔物。

 ―――魂の権化。

 あるいは、その化身。

 類稀なる眼力で妹の中身を見抜いてしまった凛は絶望を越え、失望を終え、虚無に心を溢し落としそうになる。

 

「―――何を今更。たかだか霊核が高い程度のサーヴァント、喰い殺せなくて何が聖杯ですか。本体の守護者なら話は別ですが、サーヴァントなど所詮は劣化した魂の写し身ですよ?

 マキリ・ゾルゲェンと同じです。

 私はこの身、この魂にコレを取り込みました。

 つまり―――間桐桜そのものが、もう残留思念の総体になっているんです」

 

 ―――狂気。

 

「桜、貴女は本当に―――間桐桜なの?」

 

「何を言っているんですか、姉さん? その質問に一体なんの意味があるのですか?

 ……でも貴女の言葉です、答えましょう。

 この間桐桜と言う女はですね、もうとっくの昔に―――遠坂桜とは別の魂になっているんですよ、九年前にね」

 

 生まれたまま成長した桜ではもはやない。マキリを喰い殺したのは生きる為だけではなく、復讐を憎悪で満たす為にしたことだった。

 あの蟲を苦しめて殺してやりたくて、その為なら自分が自分で無くなって良かった。

 

「私の魂は蟲を苦しめる為だけに喰い殺した時―――混ざり者になった訳ですから。それもマキリの妄執だけではありません。

 私の魂は我が師、言峰士人の心象風景のカタチも泥と同化して得てしまっています。それだけでも間桐桜として手遅れなまでに変質したのに、今回は聖杯に吸収したキャスターの宝具を利用し、私の魔術を更に完成させてランスロット(バーサーカー)の魂も食べました」

 

 故に凛は全てを理解する。

 

「ヒトの魂は、そんなに外部から情報を取り込んだら―――」

 

「―――ええ。もうそんな魂、前とは違うモノに作り替わってしまうんです」

 

 間桐桜はサーヴァントとして存在しているのではない。サーヴァントの魂を喰らった聖杯の、虚数の影として生きている。人間の霊体まま、ただの魔術師のまま、使い魔(サーヴァント)の異能を得ているだけの生身の人間。決して英霊に憑依された擬似的なサーヴァントではなく、魂そのものが他の情報と融合してしまっている。死んだのだとしても分離出来ない領域で、一つの魂として存在が完成してしまっている。

 今の彼女はランスロットではなく、マキリでもなく、ジンドでもない。

 間桐桜は間桐桜ではなくなり、何者でもない何かに生まれ変わってしまった。

 

「だったら、それだったら……!」

 

「言うまでもない結論です。遠坂桜など、既にの世にはいません。この私は間桐桜と言う存在でさえない。

 貴女の妹は、もう―――死んでいます」

 

「―――……桜」

 

 虚数の魔剣、湖光亡きアロンダイトが桜と共に笑っていた。今となってはランスロットの宝具ではなく、桜の魂と直結した魔剣だからか、彼女の心情と同調してその魔力を変化させている。桜の魔術は負の想念を具現化させるため、その魔力に感情の波動がとても乗り易かった。

 

「さぁ、愉しいお喋りはここまでです。凛姉さん、貴女の望み通り―――姉妹仲良く殺し合いましょう」

 

 彼女を今まで桜は凛姉さんなどと呼んだ事はなく、だからこそその台詞が告別なのだと凛は分かってしまった。何よりも、聖杯よりもおぞましく煮え滾る黒い魔力が、桜の殺意と悪意を顕している。そして間桐雁夜に止めを刺したこのバーサーカーを選んだ時点で、憎い筈の英霊を力にすると決めた時点で、そもそも大聖杯を前にした桜は終わっている。

 凛はそんな桜を相手にし、生き残る覚悟を決めた。腰の付けた魔術礼装の専用ホルダーに仕舞った宝石剣と回路を繋げ、無限回廊へ至る魔術理論を思考内で展開する。そして、科学としてまだ世界に刻まれず、まだ魔法として根源に眠り続ける魔術基盤に接続完了。

 

「ふん。じゃあ油断して、とっとと私にやられなさい―――妹らしくね!」

 

「だったら、姉らしく勝ちを私に譲って下さいね―――妹からの、最期のお願いですよ?」

 

 刹那―――凛は死を垣間見た。英霊と言う超常の化け物の中に置いて、更に怪物的と称する技量を持つのが第四次聖杯戦争のバーサーカーである。人間の魔術師が、その者が例え魔法使いであろうとも、一対一の接近戦で相対した時点で勝ち目は絶無。

 縮地と呼べる足捌き。

 無窮の武錬によって成される歩行技術。

 ならば憑依するのは、この武術を完成させた遠い世界の自分にするしかない。全経路を解放し、全回路を起動させ、全神経を戦闘に特化させるしかない。

 ……音速を越えて激突し、二人は死線を交差させた。

 鉄と肉の衝撃で地面が罅割れ、溢れ漏れた膨大な魔力で大気が吹き飛んだ。

 

「中国武術、それも戦闘魔術と融合させた絶紹?

 ……第二魔法も反則のインチキ技ですけど、姉さんそのものが魔術世界のルール違反じゃないですか、それ」

 

 大聖杯による第三魔法によって解放された桜の魂は無尽蔵の魔力を持ち、その上でランスロットの技量と宝具を行使する。

 ならば対峙する凛がすべき事は簡単に決められる。平行世界より無限に魔力を供給させて、その上でランスロットにも対抗可能な戦闘技術を身に付けた平行世界の自分を憑依させれば良い。

 

「―――そう?

 別に魔法使いなら普通よ、普通」

 

 あろうことか凛は魔剣を強化した素手でいなし、桜を簡単にあしらった。加えて圏境で動きを完全に察知し、ランスロットの剣技に対して遅れず対応。

 

「そうですか。でしたら私も形振り構いませんよ?」

 

 具現する影法師の使い魔たち。黒い泥の海月(クラゲ)は地面から湧き出て、上からも降り落ちる。桜はその使い魔たちの影に潜み隠れ、更に虚数魔術で編み上げた自分の分身体を展開し―――

 

「バカね、量で勝とうなんて千年早い―――!」

 

 ―――何もかも、凛は薙ぎ払った。

 一体一体がAランク以上の宝具として独自稼動する桜の使い魔だが、そんな程度、そもそも遠坂凛に通じる訳もなし。

 

「―――それもお見通し!」

 

 だからこそ、使い魔を全滅される為の魔術を使った際に生まれるその隙を、桜が狙って潜み寄りながら斬るのも当然だった。凛は自分にインストールした技術で以って得た圏境により、気の結界とも言うべき索敵空間を周囲に張り巡らせている。無論、魔術による索敵術式を刻んだ外部回路の宝石礼装も常時機動済み。

 その中では、全てが凛の掌の上。

 桜の隠密行動など見抜けぬ道理が存在しない。

 

「魔法使い、やはり―――化け物ですか!?」

 

 今の凛に道理は通じない。桜も自分が如何なる超常か理解した上で、この姉が至った魔道の頂点を此処に来て真に把握した。

 

「―――お生憎様……!

 そもそも神秘の領域で、武芸の真髄で、今の私と戦う何て鍛錬不足も甚だしいわ……―――!」

 

 間桐桜は正しく遠坂凛を認識し切れていなかった事実を理解した。相手は魔境に至った魔術師ではなく、概念に変貌した死徒でもなく、座に召された英霊でもない。

 あれは我らが生きる宇宙の法則を手に入れた魔法使い。

 第二法、平行世界の運営。それを理解すると言う事は即ち、誰にも届かぬ無限の果てを手に入れるのと同じ道理。

 

「少し、勘違いをしてました……なるほど。凛姉さんは私とそもそもステージが違うのですね。真性悪魔の固有結界として、悪神の権能として第三法と同じ概念に至っただけの間桐桜では、魔法そのものを理解している貴女には程遠い。

 ……蟲に犯され、蟲に至った魔法使いもどきでは、遠坂凛に価値は無い。こんな聖杯、ただのガラクタですね」

 

 桜は鎧の上から一撃を僅かに貰った。本当なら呪泥と同化した鎧と、下に着込む防具の影布で物理攻撃など効かず、あらゆる魔術を吸収する筈。しかし、凛の拳には活性化した生命力を経路より汲み上げた気が練り込まれ、その上で魔術で強化され、激突と同時に気と魔力を混ぜた力そのものと言えるエネルギーを桜の体内へ打ち込んだ。その規模、1000を超える数値の魔力量が激流となり、経路と回路を蹂躙する。とある拳法家のような芸術的殺人芸には及ばないが、強引に命を幾度も奪い取る総量が威力を増加させている。

 ……掠っただけで、聖杯から祝福される回路の半分が一時的に停止状態へ追い込まれた。

 直ぐにでも機能を再開させたが、戦闘中に数秒間も回路が使えなくなるのは余りに危険。今の桜は回路自体が頑丈である故に破壊されることはなかったが、何の防御も回避もなく受ければ神も悪魔も関係無く、霊体そのものが爆薬になって魂が四散するだろう。

 

「あら。そんな長台詞を急に言うなんて、随分と弱気になったのね。降参なら何時でも大歓迎よ、黙って大聖杯が木端微塵になるところを見てなさい」

 

 見下しながら、さぁどうぞ言わんばかりに凛は桜を挑発した。攻撃しなかったのは筋肉を溶かす程に発熱した魔術回路を休ませる為でもあり、融解と分裂で内部崩壊し続ける肉体を修復する為でもあったが、桜の状態を解析魔術でじっくりと診断することが目的だった。

 果たして湖の魔剣(アロンダイト)を引き抜いた今の彼女は、どれ程に自傷しながら戦っているのか?

 桜が自分に施した聖杯の呪詛はどの程度強力で、傷返しの呪詛に自分の魔術と礼装は抵抗し続けることが出来るのか?

 抗呪術式に優れた平行世界の自分もインストールしたが、大聖杯の呪詛を利用した呪いでは相手が悪い。

 

「良くもまぁ、そこまで私の心を苛立たせるものです……ッ―――!」

 

 挑発だろうと理性では分かっているが、相手が遠坂凛ならば耐え切れない。彼女のことは今でも家族だと思って殺し合っているが、それでも愛しい男を横から奪い取った女である。

 既に価値を失くした愛、記憶から薄れる恋―――然らば、桜の恨み辛みは必然だ。

 憎悪こそ桜が動く為の燃料。これを否定すると言うことは、自分が引き起こした聖杯戦争そのものの否定となる。

 

「―――怒って怒って、怒り尽くしなさい! 憎悪の限り私だけを恨みなさい、桜ぁ……!!」

 

「私は、貴女だけが忘れられない!!

 こんなモノ要らないのに、ただの蟲になれば良いのに、この憎悪だけは決して―――!!」

 

 A+ランク以上の火力を誇る凛の通常砲撃。桜は最大まで憎悪の魔力を込めた魔剣で叩き伏せ、使い魔群を生成するも具現した瞬間に凛が放つ極光で焼き滅ぼされる。

 

「そりゃそうね、あんた今でも衛宮君が好きなんだもの。私を忘れられないのは当然よ」

 

「……―――――――――――――――ァ」

 

 当然なことを当たり前のように話すその姿。それを見た桜に有るのは負の業と呼べる混沌した激情で、嫌いではないのに憎しみ、愛しているのに殺したかった。そんな言葉に出来ない渦であり、人間で在ることを極めたような心の発露であった。

 

悪心祝祭(アロンダイト)呪光湖泥(ヘブンスフォール)……ッ――――!!」

 

 桜が両手で握り締める魔剣より―――黒湖の泥刃が、一つとなって溢れ出た。

 

Eine(接続),Zwei(解放),RandVerschwinden(大斬撃)……ッ――――!!」

 

 その黒い斬撃、凛は虹色に輝く斬撃で押し止めた。だが相手はA++ランクに位置する神造兵装。流石の凛とて専用魔法陣を空中に宝石魔術を使って数十陣刻み込み、宝具に対抗可能な程の概念を準備しなければ押し勝つことは不可能。精々数秒間だけ抵抗するのが関の山であり―――黒湖の斬撃を避けるには、十分な時間稼ぎ。

 魔術で強化された両脚は中国武術による震脚歩行によって、仙人の縮地に匹敵する高速移動を可能とする。無論、無窮の武錬を発揮する桜ならばその程度の武芸、対応出来ない訳がない。

 ―――魔剣が舞い、魔拳が奔る。

 アロンダイトは尋常な殺傷能力ではない。無限の魔力で強化した手足は確かに本当なら無敵なのだろうが、そも無尽蔵の魔力で強化されて同じ無敵となった魔剣に勝てる訳がない。だからこそ凛は刃とは触れ合わず、攻撃全てを回避するよう動く。それでも間に合わないと判断すれば、刀身の腹を撫でるように手を添えて斬撃軌道を逸らすのが精一杯。刃で肉体を抉られでもすれば、常時発露する泥光が体内を蹂躙し、凛の回路自体を攻撃する。

 しかし、その警戒をするのは桜とて同じ。むしろ、毒素として殺傷性能は凛の拳の方が高く、まともに受ければ機能不全を起こし、自分が動けない間に殺されてしまう。あるいは、とっとと大聖杯が破壊されて敗北するだろう。

 

「―――この魔導八極、貴女に耐え切れるかしら!?」

 

 魔人の領域に達した絶紹が、更に魔術で加速する。一撃一撃がサーヴァントの霊核を粉砕する脅威。虚数の衣と鎧で守った桜の身を殺す業の極致。

 聖杯である桜だろうと致死に至らせ、肉体ごと霊体を砕き壊し、魂魄に傷を与える異形の魔拳。

 奥の手としてランスロットの剣技と魔剣アロンダイトを用意したが、それでも自分一人で戦うには準備不足だったと桜は悟った。もはや遠坂凛は相手にしてはならない化生であると分かってしまった。しかし、それでも勝ち目がない訳ではない。

 

「その融け始めた肉体―――何時まで耐えられますか、姉さん!?」

 

 凛だけではなく、桜も相手の観察こそ殺し合いで勝つ為に絶対に必要な過程だと分かっている。解析魔術や魔眼による透視は出来るだけ行い、凛が今どのような状態で戦っているのか把握している。

 ……桜とて、ランスロットの霊体の規格に合わせることで戦い続ける肉体が、蘇生魔術を掛けながらも徐々に崩壊している。凛も回復しながら殺し合うのは同じなのだろうが、魔術回路は同程度だとしても、そもそも技能を運営する肉体と霊体は桜の方が耐久性が高かった。魔術師として、武芸者として、凛は桜以上に鍛錬を積んでいるが、苦痛と損傷に対する鍛錬は桜の方が遥か格上。

 このチキンレース、時間が桜の味方をしていた。

 時が経過し過ぎれば大聖杯は覚醒を迎え、時間が経つ程に死への加速が桜以上に凛は早まる。

 

「―――クゥウ、ああ……!!」

 

 魔術で体内を凛は一気に直接冷却する。このままでは魔力が過剰に奔る筋肉と回路の発熱で、脳味噌が内部から融け始める。無限の魔力供給による永続回転を第二法は可能にするも、燃料が強化魔術で熱せられる肉体と霊体はどんどん消耗する。魔術で復元と冷却をするも、加速を止めない桜を相手に凛も動きを停止される事は不可能だ。無論、この作業は桜も行っている。

 本来なら冷却をしなくてはならない程の回路の回転と過剰強化など有り得ぬが、それを可能とするのが凛の第二法と桜の第三法だった。

 

「まだまだまだ……っ―――!」

 

「あは、姉さん……っ―――!」

 

 だが、此処にて二人は拮抗した。余りにも壮絶な殺し合いは止まることが許されず、命尽きても魔術回路は動き続け、霊体に突き動かされ二人の五体は絶対に止まる事がないだろう。

 

「―――……時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)

 

 不吉な声。ぼそりと呟かれた真名解放。大聖杯―――この世全ての悪(アンリ・マユ)は歓喜した。これで自分は生まれ出て、悪に満ちた世界はやっと完結する。人間によって穢れた世界を、穢れた人間に望まれたままこの世を終わりにする事が出来る。その一歩は踏み出せた。邪魔者がまた一人死に去ったと喜んだ。

 場違いにも程がある―――乾いた発砲音。

 ……姉妹二人の戦いの終わりは、とても呆気無く訪れた。

 

「―――君は、死ななくてはならない」

 

 亡霊、衛宮切嗣―――否。アラヤの守護者、エミヤ。座にいる自身を憑依させられた新たなる契約者の一人。彼が契約を結んだのは自分を壊れた理想ごと衛宮切嗣を救った士郎と、そして最愛の愛娘であるイリヤスフィールをこの第六次聖杯戦争から救い出す為。大聖杯を解体して冬木の聖杯戦争を真に終わらせる為。本当に、ただそれだけの為だけに、死んで安息を得る筈のこの魂を切嗣は阿頼耶識へ捧げた。

 資格が有ると理解したその瞬間―――守護者に成り果てた。

 本当ならそれを成すだけの力を得れば十分だった。

 守護者としての能力を得た理由はそれだけだった。

 しかし、それなのに―――アラヤは守護者の知識までエミヤに授けた。

 聖杯戦争が世界の分岐点となる要因。そもそも、抑止力がヒトに力を与える理由。

 契約者に力を与えるのは遥か未来まで酷使するためであり、強いては人理を出来る限り維持するのが目的だ。だが、エミヤにはそれ以外にも記憶がある。

 エミヤと言う守護者は本当なら、隔離された特異点にのみ召喚される存在。そして今は亡霊として受肉したサーヴァントの自分へとアラヤが複製した座の魂が混ぜ合わさり、特異点でなくとも行動可能な守護者もどきに堕ちている。

 彼の意識は衛宮切嗣であると同時に、エミヤキリツグでもある。

 故に、今の彼は聖杯戦争を終わらせる事だけが目的ではない。士郎とイリヤを救うことに専念出来ない。

 

「君は、殺されない限り―――止まらない」

 

 女の死体を見ながら、守護者もどきは言葉を吐き捨てた。切嗣の銃弾は―――遠坂凛を、貫通していた。当たった場所は即頭部であり、右から左へと弾が脳味噌を破壊しながら飛び出て行った。

 ……脳漿ごと頭全てが散っている。

 凛は血を吹き出しながら人形みたいに倒れ落ち、顎から上が綺麗に吹き飛んでしまっている。

 エミヤが守護者として獲得した宝具とは、固有時制御の魔術による加速攻撃。サーヴァントになった切嗣はその魔術も生前以上に応用可能となっていた。宝具化によってより便利になった魔術をあろうことか、自分の肉体だけではなく、起源弾を撃つコンデンターも彼は結界で覆って解放した。

 引き金により撃鉄が降り下され、銃弾の底を叩き、炸裂する弾薬。

 銃身内を螺旋しながら銃口まで進む工程が加速され、結果―――七倍化したコンデンターの弾丸初速。

 もはや撃ち出される起源弾は、対物理徹甲弾よりも凶悪な兵器。そして圏境によって弾丸を察知可能な凛でさえ対処不可能な絶対超速。過剰魔力で構造強化した拳銃と肉体は見事に砲台の役目を果たし、魔弾は音速の十倍以上となり、魔術で強化されていた凛の頭蓋をあっさりと砕いた。

 そして強化したとは言え、加速した起源弾を撃った切嗣の右腕は無事ではない。骨が皮膚から飛び出て、骨の破片が筋肉に抉り込み、あちらこちらをハンマーで何十回も叩かれたような有り様だ。そもそも一つしかない専用拳銃が壊れないようにと、強化に回した魔力比率はコンデンターの方が高い。しかし、受肉した亡霊である彼からすれば重傷だろうと軽傷だろうと、治るのならば必要な魔力量が違う程度の差でしかない。腕だけが違う生き物ように蠢き、黒い泥となり、また無事に元の腕の形に修復された。

 

「あ、ぁあ―――遠坂ッ……!!」

 

 そして、士郎は間に合わなかった。ここまで来れたのは言峰士人が士郎を助けたからだが、結果的に最悪の場面に遭遇してしまった。

 士人は士郎を凛の元へ送り出す為、出口を塞ぐ黒騎使徒を展開した固有結界に閉じ込めていた。沙条綾香から渡された魔薬は霊体を活性化させ、魔術回路の機能を加速させ、魔力の回転率を過剰なまで上昇される効果を持つ。これによって空間そのものを塗り潰す呪詛を持つ使徒を、士人は半ば強引に捕えることに成功した。

 ……とは言え、その策は失敗に終わった。

 士郎は凛を助けられず、死に目にさえ会えなかった。

 

「―――……士郎か」

 

「じいさん―――!」

 

 ―――エミヤと衛宮。

 

「―――あら。早いですね、先輩」

 

 そして、士郎は大聖杯の眼前で、影の黒騎士となった魔人―――間桐桜を視界に収めた。














 姉妹喧嘩は終わりを迎える。魔法使いは死に果て、聖杯の魔人は狂い泣き、魔術師殺しは悪を撃ち、正義の味方は正義を嘲笑い、求道者の神父は邪悪に回帰し、泥人形は何もかもを祝福する。

 次回、大聖杯。


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87.聖杯

 人間こそ、最高の娯楽となる。言峰綺礼が最も尊ぶ喜びは、多分そこに集約されるんだと思います。愉しめる人間が相手だから、彼は何時も嘘はつかずに本気なのかもしれません。だから同類で在りながら、自分にない物を持つ士郎が誰よりも綺礼は羨ましい。そして自分と同類なのに、迷い無く生きて死ねる綺礼が士郎は誰よりも羨ましいのかなぁ、と思いながら二次創作を書いてます。
 後、ゼロだとギルの愉悦の方がインパクトが強いですが、SN綺礼は愉悦と言うよりも娯楽派ですかね。無意味と無価値くらいにしか差しかない言葉ですが、何となく雰囲気程度に使い分けてます。



「―――行ったか。でなければ、無茶をした甲斐も無いがな」

 

 固有結界を解除し、士人は現世に帰還した。無論、結界に取り込んだ使徒は生きている。出口を塞いでいた使徒に憑依した英霊情報は防御能力に秀で、そもそも士人でも唸る程の盾の使い手。そして、一人一人が地獄以上におぞましい鍛錬を繰り返したとしか思えない技量を持つ兵士で陣営を作る召喚型宝具を持っており、結界内で創造した宝具による絨毯爆撃をも平然と生き延びた。

 ……そもそも、宝具を炸裂させた爆風さえ盾で平然と受け流すのが平均レベルの兵士とは、一体どんな修羅の国の(つわもの)なのか。宝具になる程の兵なので優れているのは理解出来るが、あのレベルを“300”も連れて来るのは反則だ。

 

「あらま。側近中の側近である王の死兵たちでも、固有結界に侵食されるのは盾で優雅にパリィできないか。残念。

 ま、でも魔術師殺し(メイガスマーダー)なら……あれ―――」

 

 黒騎使徒を指揮する亜璃紗は、大聖杯へ走り向かった士郎を見送った。使徒に追わせることもせず、追い詰められた雰囲気もなく落ち着いていた。

 衛宮士郎を仕留めるに相応しい追手ならば、亜璃紗の手元にいる。彼を使えば、士人が師と友の為に費やした魔力と献身は無駄となろう。それを愉快に思い、彼女は笑みを顔に刻む。やはり人間は面白い。何もかもが、その心が面白い。

 

「―――なんで?」

 

 あの鏖殺者が影の中にいない。契約(ライン)もない―――何時の間に?

 

「あぁ、そう言う……へぇ―――死ぬんだ」

 

 何故、奴が此処に居ないのか―――それを考えるだけで、亜璃紗は面白かった。

 桜の為に亜璃紗はここで命を張っている。遠坂凛が転移したのを伝え、大聖杯に向かったのも教え、もう一分以上。

 間桐桜個人の望み。姉との殺し合い。二人だけの死闘。

 誰にも邪魔されず、研鑽と聖杯と執念を燃やし尽くす決着も付く頃合いだろう……―――その筈。

 互いに魔法に至った魔術師同士の殺し合いだ。規模で言えばサーヴァント同士の衝突を越えるエネルギーであり、この山を内側から激震させるレベル。黒騎使徒を今も亜璃紗は操ってぶつけているが、この多対多の戦闘以上のけたたましさだろう。

 

「神父さん、知ってた?」

 

 使徒に囲まれ、絶体絶命の状況にしか見えない士人に亜璃紗は気安く話しかけた。どう足掻いても嬲り殺しにされる数秒前だと言うのに、神父は相変わらず胡散臭く、少女は何も感じずに惨劇を娯楽にして愉しんでいるのみ。

 

「何をだ?」

 

「エミヤキリツグのこと」

 

「さて、何が何やら」

 

「……あ、そ。ま、良いけど。心、読めますし」

 

 ふぅうん、と溜め息一つ。言峰士人の脳味噌は知識の宝庫であり、優れた読心術師の亜璃紗からしても情報検索は面倒だ。しかし、ここまで面倒だと珍しさが勝り、ついつい奥深くまで覗き込みたくなる魅力があった。

 ……今でも有名な哲学書の一説。嘗て読んだ事のある彼女の娯楽品。

 怪物と戦う者は自分も怪物にならないよう注意せよ。深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗き込むと言う言葉を思い出す。正しく、士人の魂は地獄の釜だ。精神の奥深くは深淵であり、宇宙や深海の暗闇に似た底の無さ。

 

「神父さん、マジ使えない。私が知らないことは知らないんだ」

 

 とは言え、深淵を潜ったのも無駄骨だったが。

 

「酷い言いようだな」

 

 使徒の一柱の四肢を斬り飛ばしながら行動不能にし、その言葉を亜璃紗に呟きながら彼は退避する。危険地帯から逃げながら、士人は自分が読心されているのは分かっていたが、構わずに相手を考察する。しかし、結果は今一つ。亜璃紗はある意味では分かり易い士人と同類の後天的異常者だが、それと同時に年頃の少女としての一面を僅かにだが持っている。

 行動原理となる不変の意志と、色々な事に興味を抱いて玩具にする無邪気な意思。

 まこと、性質が悪い女なのだ。計算高く、目敏く、自己中心的なのに、愉しむ為なら損得勘定をあっさり捨てる。

 何をしでかすか分かり難いが、何をしたいかは分かり易い。

 目的ははっきりしているのに、行動は一貫せずにあやふや。

 こんな不透明な人間性を持つ年若い少女。三十路間際の神父からすれば、実に不可思議な相手。そんな思考を亜璃紗は士人から読み取り、その全てが当たっている事に満足した。この外道からすれば、読心などと言う異能なんて無くとも、人の心を読むなど自分と同じ様に容易いのだと把握した。

 

「うーん、さてはて……―――」

 

 使徒を桜への援護に回したいが、まだ桜からの救援は求められていない。桜が死ぬのは困るが、彼女の言葉を裏切るのも困る。

 凛ならば、大聖杯の元に転移出来るのは分かっていた事。

 虚数結界と大聖杯による異界化で空間を封鎖し、転移など不可能にしながらも、あの魔法使いの腕前ならば単独に限定すれば一人分程度の孔は空く。凛の技量と桜の規格が釣り合うからこその抜け道。その桜が施したカラクリも凛は理解し、分かっていたから大聖杯へ跳んだ。もし、そう思わせる事自体が罠であろうとも、それ事大聖杯を潰す意志を以って戦いに臨んだ。伏兵を用意していようが、そいつごと全てを破壊する算段があった。

 だから、せめてもの望みだった。姉妹二人、決着を付けて聖杯戦争を終わらせることが。

 

「―――……いえ、いえ。いいえ。

 望みがなければ、人間なんて醜悪極まる心を宿す獣。死ぬ価値も無い」

 

 地獄の顕現はすべきこと。間桐桜個人の願望にあらず。真性悪魔の固有結界は完成せずに死ぬのも、悪神の権能で世界を崩壊させずに殺されるのも、桜の空っぽな心に響かない。

 死ぬのなら死に、終わるだけ。力が足りず、準備が足りず、間が悪かっただけな話に過ぎない。

 それを亜璃紗は桜の心を知り、理解しているからこそ、その悪行に幸が有ることを願うのみ。今はただただ、目の前の地獄に専心するだけで良かった。

 

 

◆◆◆

 

 

 狂える泥の塔だけが、衰えた第二法を新たに引き継ぐ筈だった魔法使いが死ぬ惨劇を見下していた。

 悪の為の神―――大聖杯。

 その杯を制御する桜こそ本当の支配者。殺し合いにおける実際の強さは別にして、優れた魔術師である切嗣も士郎も、桜からすれば虫けら程度の魔力規模。だが、その魔女をして、今となっては何もかもが想定外。魔法使いが死ぬのは計算していたが、脳を銃弾で抉られて殺されるのは有り得てはならない。

 ……凛の死体から視線を逸らし、士郎は桜を視界に収めた。

 気を付けなければならないのは切嗣だが、桜から流れ出る魔力と殺意は上位死徒がただの吸血蝙蝠に見える悪寒に満ちている。

 

「でも、今は先輩の相手をしている暇はないんです。ですよね―――衛宮切嗣……?」

 

 兜で顔は見えないが、気配だけで魔力のない人間を致死させる殺意。今の桜は殺したいと思うだけで、その感情が呪詛として働き、自動的に相手を呪い殺してしまう魔人である。

 ―――その殺気、切嗣を百度殺してもまだ足りない。

 凛に向けていた戦意よりも濃厚で、戦っていた時よりも更に禍々しい存在感。

 

「仕方ない。恩のある君が相手だ、話そう。

 まず初めにね、抑止力と契約を結んだ僕が、本来なら殺害しなくてはならない君に協力していたのはね―――遠坂凛を、殺す為だ」

 

「……どういうことです。そもそも、それなら何故、亜璃紗が貴方の思考を読めなかったのですか?

 貴方がしたがっていたことは、全てこっちも把握していた筈なのに……!」

 

「君にも言った筈だ。今の僕は守護者もどきだと。

 なので、手品の仕掛けは単純さ。あの亜璃紗に読まれる前に、まず本体である僕の記憶からその情報を魔術で即座に削除しておいた。

 そして、座からコピーして送られた僕の魂の方にのみ、その計画を覚えさせておいた」

 

 切嗣とて、最初から座の自分を使いこなせていた訳ではない。まず使えたのは、エミヤキリツグが持つスキルと宝具だけだった。そこから段々と霊体が馴染み、相手の魂を知覚し、意識と記録の共有が始まった。魂魄は契約時に融合したが、全てが完全に融け混ざった訳ではなかった。

 

「亜璃紗が読心出来るのは、表側で実際に脳味噌を使い、思考回路を運用している亡霊の僕だけ。その僕に後付けされた外部記憶装置の方の僕は眠り、思考を読まれようとも―――そもそも、思考していなければ、心を盗み聞きされる心配もない。

 ……後は頃合いを見て思い出すだけだ。

 本当、君は哀れだね。運が底まで尽いている。確かに、あの魔物の能力は絶対だ。僕も亜璃紗が持つ異能を対処する術は持っていない。多重人格にも対応するさ。

 ああ、だけど―――僕はこの抜け道を手に入れて、運良く思い付くことが出来たんだ」

 

「エミヤ……キリ、ツグッ……―――!」

 

「君はとても間が悪い。可哀想な程、幸運が足りてない。

 さぁ、後は世界の敵を皆殺しにして、この下らない聖杯を破壊して―――生きる価値のない衛宮切嗣が、最後に自殺するだけだ」

 

 極めて悪辣な挑発だった。桜は気が狂う程の、アンリ・マユの呪いが玩具に感じる程の憤怒に支配される。世界から排斥される痛みと違和感など、塵以下の微風にも満たない抵抗にしか実感出来ない。

 千を越え、万を越え、規格外にまで膨れ上がった虚数魔術を発動させる―――寸前、桜は何とか魔術回路を停止させた。

 

「貴方は、貴方はぁ……―――あぁ、ああああ! 何で、姉さんを、あの人は私が殺さないといけなかったのに!?」

 

 エミヤの宝具、神秘轢断(ファンタズム・パニッシュメント)。礼装魔弾「起源弾」と同じ能力を持つ魔術師殺しの力。この癇に障る話し方も、相手の心を嬲る会話も、いとも容易く―――間桐桜を仕留める為の罠である。

 それを理解したからこそ桜は魔術を止めた。聖杯から無尽蔵の魔力を汲み上げて感情のまま攻撃していれば、桜は全魔術回路を爆散させ、霊体の内部が弾け、その肉体が消し飛んでいたことだろう。

 殺すなら―――湖の魔剣(アロンダイト)でなければならない。

 鎧と衣にも魔力を回さず、純粋な殺人技能で抹殺しなければならない。魔弾とナイフに気を付ければ、魔術師殺しの種さえ理解してしまえば、一対一の殺し合いに持ち込めば良い。ランスロットの技量で以って正面から圧殺するのみ。

 

「ふざけるな、いい加減にしろ! 爺さん、何故遠坂を殺した!?」

 

「―――世界の敵だからだ」

 

 何一つ迷うことなく、僅かな間さえ無く、切嗣は士郎に告げた。

 

「それが世迷言だと言うんだ!? 彼女は大聖杯の解体を望んでいた!!」

 

「あれは魔法使いだ。何時かは席を宝石翁から譲られるか、あるいは……宝石翁を殺して奪い取るか。まぁ、知り得た平行世界の顛末なんて如何でも良いさ。

 確かなのは、この間桐桜を越える人災と成り果てる可能性が僅かにでもある事だ。

 ならば―――殺さないといけない。

 一の為だけに全てを危険に晒すなんて出来ない。

 僕はね、アラヤと契約を結んだ。報酬はまだ得てないけど、それを成すだけの力を身に付けた。君とイリヤを助け、冬木の聖杯戦争を終わらせる為の代償―――それが、遠坂凛の殺害だった」

 

「何故、そんなことが代償になる! オレの代償は座に登録されるだけだった!? セイバーが守護者の契約を結んだ時もそれだけだった!?」

 

「……アレは特異点となる。僕らの人理に、人類の惑星に、法則外の異端は不必要なんだ」

 

「オレの知ったことか……!!?」

 

 衛宮士郎は、エミヤシロウが守護者として人を殺し尽くす記録を嘗ての第五次聖杯戦争で見てしまっていた。けれど、エミヤキリツグは人類史から隔離された特異点でのみ活動し、それを歴史から剪定する代行者。切嗣が契約によって見た地獄とは、特異点における人間の営みの剪定だった。

 ―――遠坂凛(トーサカリン)

 第二法を手に入れながらもキリツグが剪定した未来にて、第三法にまで手を伸ばす腐り果てた獣である。

 

「死になさい……―――!」

 

 その話を聞き、桜は欠片も憎悪を陰らせることなく疾走する。もはや味方でも仲間でもない。裏切り者でさえない獲物。令呪による繋がりも、既に切嗣とはない。宝具であるナイフと契約破棄の魔術式により、桜と切嗣の間にある契約を魔術師殺しとして誇る腕前で消していた。

 ―――殺す。

 ―――死ね。

 斬撃の檻。士郎を警戒しながら、桜は切嗣の惨殺を決行。一度斬っただけで我慢など出来ず、死んだ後も死体を切って斬って、潰して呪って、焼いて沈めて―――魂を、泥の穴に焚べてやる。

 

「―――pentagon accel(五倍速)

 

 加速、開始。届きなどしない。

 今の切嗣は人間に在らず、亡霊に在らず、英霊に在らず―――守護者にも在らず。死した後、座に召される定めの契約の死人である。

 ―――混ざっていた二つの魂が今、完全に融け合わさった。間桐亜璃紗を欺く必要はなくなり、間桐桜を騙す必要もなくなり、遂に本性を顕した。

 魔術師殺し。鏖殺者。

 彼こそが―――エミヤである。

 

「―――先輩!

 なんで、なんで、なん―――……ああ、そうですか。結局、貴方もエミヤなんですか……!?」

 

 そして、桜は士郎による攻撃を魔剣を斬り落とす。魔力に任せて影の使い魔を作り出し、士郎の相手をさせて邪魔されるのを防ぎたいが、それをすれば起源弾の良い的だ。虚数の影魔も、呪泥の影沼も、今はエミヤキリツグが抑止力となることで封じられてしまっている。

 

「姉さんを殺した仇より……―――狂ったわたしを、先に殺したいのですか!?」

 

「……ッ――――――」

 

 殺せるものか、死なせるものか―――だって、桜なんだぞ。凛が死んで、やっと士郎はそう実感出来た。だが、それを言葉になど出来るものか。しかし、その想いは余りに遅く、今の士郎は切嗣と同じく阿頼耶識と契約を結んでいる。報酬も既に受け貰い、自分しか救えなかった人々を救ってしまった。死ねば英霊の座と言う、無間地獄に堕ちる定めにある。守護者となり、人間の走狗となり、救いたい人々を殺し続けるのみ。

 ―――それでも、桜と戦わなければならない。

 その士郎の背後に回り込むは、魔術師殺し。彼も既に士郎が手遅れなのは知っている―――だが、それでも子供が地獄に堕ちるのだとしても、切嗣は娘と息子が幸せに生きて、出来れば幸せの中で最期を迎えて欲しい。

 故に―――剣製の魔術回路が、邪魔なのだ。言峰士人の手で人並み以上の寿命を得たイリヤが居れば、二人は神秘から隠れながらも社会の中で平凡に、士郎は死ぬまで平和に暮らせる。エミヤキリツグはその為ならば容赦はしない。誰が相手だろうと、本人が敵に回ろうと、魔弾を回路に叩き込むのみ。

 

投影(トレース)開始(オン)……――――!」

 

 既に魔術で投影した後ならば、士郎の投影魔術は起源弾を無効化出来る。あれは魔術回路と繋がった魔術と接触することで発動する礼装なので、投影さえしてしまえば問題ない。士郎の投影は回路と魔力と関係なく世界に存在する故に、能力を解放させるために回路と繋がっていなければ起源弾と当たっても無事である。

 それは解析魔術でもう理解している。実際に今、士郎は切嗣の魔弾を防御した。

 しかし、凛を殺した加速魔弾の破壊力を受け止めるには、宝具の解放が必須であろう。そのまま受ければ高ランク宝具だろうと一気に撃ち抜かれてしまう。しかし、それは逆に好機でもある。宝具を粉砕可能なまで加速して撃つと言うことは、切嗣の腕も数秒間は破壊される。ナイフでしか魔術師殺しの技を使えなくなり、起源弾による迎撃は不可能だ。

 

「―――其処らの英霊より面倒臭い相手ですよ、貴方(メイガスマーダー)は……!」

 

 魔術による一掃さえ許されれば、士郎を地獄の中に獲られ、切嗣も大聖杯へ焚べて魂を融かしている。今まで鍛え上げた格闘技術と、憑依させたランスロットの武錬しか安全を考えれば使えない。アロンダイトによる身体能力増幅と、魔術による単純な肉体強化でさえ、弾丸かナイフが肉体を掠れば魔術回路が一瞬で崩壊してしまう。凛が成した魔術と気功による霊体破壊の魔拳以上に、切嗣の殺人技能は悪辣だった。

 その気になれば人類最強の英雄王さえ一瞬で抹殺し、サーヴァントなど地獄成就の養分に過ぎす、冬木全てを泥沼を沈めるのも容易な魔物。その桜にとって、この世全てにおいて最大の天敵となるのが切嗣と言う魔術師殺しなのだ。故に、彼が仲間で在ることに誰よりも安心していたのも桜であった。

 何よりも、今までの策謀は切嗣の脳髄が生み出た外道の思惑。

 聖杯戦争において脅威的な適性を持つ狩人である。大陸最大の略奪王、日本最強の陰陽師、不死の報復王、魔槍使いの光の御子、鍵の守護者である魔女。この五柱、一人一人を殺す為の手段を整えたのが切嗣だ。彼失くして桜は大聖杯の炉に魂を焚べず、悪神はマスターの誰かが無造作に屠っていただろう。

 魔術師の天敵で在る魔術師―――魔術師殺し、衛宮切嗣。

 彼こそが、本当の邪魔者だった。大聖杯にとって真に敵となる恐怖そのもの……!

 

時のある間に(クロノス)―――」

 

 しかし、士郎の剣技はその不利に対応し、桜の武錬もまた同じ。士郎程の解析魔術によって敵の武装を見抜く眼力は持たないが、桜も目はそれなりに仕上げている。概念礼装や魔術礼装が根本として宿している“概念”程度なら読み取れ、礼装の術式なら盗み取れる。ナイフと弾丸に込められた魔術師殺しの異能を察知し、対応するのみ。

 敵の観察こそ、生き延びる第一歩。

 戦闘における言峰士人の戦術眼を二人は教えられ、神父は士郎と桜にとって殺人技術の師匠。

 相手の動きと持つ武装から、敵の成したい事を容易く理解する。切嗣が殺し易い魔術師からは程遠い戦争屋である。

 

「―――薔薇を摘め(ローズ)……!」

 

 だが、その武術の冴えも切嗣は押し潰す。彼も優れた近接格闘の使い手あり、軍隊式格闘技として会得したコンバットの覚えがある。技術の差があるもそれは加速魔術、固有時制御により埋めれば問題なし。

 一対一対一の三つ巴。

 刹那―――蘇生が、開始された。

 

「な……ッ――――――」

 

 冷酷無慈悲な魔術師殺しが戦闘を有利に進める為ではなく、素で驚愕の声を洩らし出す程の異常事態。頭部を失っている亡者の影―――ソレが隠し持っていたアゾット剣が、切嗣の背後から串刺しにされた。

 圏境による存在感の消失。

 優れた使い手ならば姿を透明化し、光学探知、音波探知、熱探知さえ遮断する気配を殺す技法。ソレが出来るのは自然に溶けて透明化する程の技量ではなかったが、人間の第六感を誤魔化して不意打ちをするのは非常に容易い。

 それを察知出来なかったのは切嗣だけではなく、桜と士郎も同じ。そして、亡者が動いている訳を悟れるのは誰もいない。

 

「―――にぃ……!」

 

 辛うじて切嗣は身を捻り、心臓を串刺しにされるのは回避できた。同時に距離を取る。しかし、肺を一つ抉り取られ、口から大量の血液が吐瀉される。

 亡者はその気になれば空間を凍結固定し、相手を世界ごと停止出来る。その中で細胞残さず焼却するのが一番。しかし、魔力を消費すれば気配を察知される。優れた魔術師ならば魔力を激流として空間に叩きつければ、固定されている魔術式の力場はあっさり崩壊する。更にその停止空間をナイフで狙っている切嗣に斬られれば、魔術による拘束術式は一撃で破損する。

 ならば話は早い―――技による暗殺技巧こそ、可能性が一番高い。

 

「ねえ、さん……―――?」

 

 化け物に脅える桜の目。あれは何なのか。確かに今の桜ならば頭部を吹き飛ばされても生き延び、死から甦ることが出来る。魔人となった桜は死ねず、殺すなら霊体でなくてはならない。それを考えれば、相手が蘇生して動き出すのも不思議な事ではないかもしれない。だが彼女がそう考えながらも脅えるのは、大聖杯と繋がることで擬似的な第三法の使い手となり、悪神の肉体と霊体を得たからだ。

 人間ではない魔物であるから可能なこと。

 桜は自分が人間以上の神秘を身に付けた魔人となった自覚はあったが、自分の姉が何に深化したのかまだまだ理解不足であると知った。そう、分かってしまった。

 

「こんな程度で、私が―――遠坂凛が、くたばるかッ……!!」

 

 限界まで魔力を充填させた幾つもの宝石礼装。その中の一つには、平行世界で蘇生魔術を会得した自分から知識を学び、自動稼働する蘇生術式を刻み込んでいる物がある。

 更にその自動蘇生が間に合うよう生命活動が停止した場合、魔術回路を自動的に維持し、霊体が霧散することを防ぐことで、魂が肉体から乖離するのを止めていた。理由は簡単で、人は死ぬと魂が自然と死体から抜け落ちてしまう。流石に蘇生魔術とは言え、魂の復元など絶対に出来ない。肉体が甦れば復活可能なように、魂が抜け落ちるのも凛は礼装で防いでいた。

 加えて、意識を失うか、洗脳されるか、脳が破壊された場合に備え、自分の肉体と回路を魔術で支配し、動きを独立制御する宝石も肉体に仕込んである。これには条件付けした肉体制御術式によって外部からの干渉に対して働き、意識のない体の安全を最効率で守り、且つ敵が隙を晒していれば不意討ちで致命の一打を叩き込むオートシステム。

 これらの機能を持った三つの宝石をセットにした魔術礼装は、一つ一つがそれ専門に知識と能力を鍛え上げた魔術師が得られる叡智の結晶だ。つまり、第二魔法によって平行世界の自分を憑依可能な凛からすれば、違う自分の一生分の努力など、容易く手に入れられる唯の技術の一つでしかなかった。

 

「―――ッ……!」

 

 人間ではなく、魔術師でもなく、アレは法則そのもの―――つまり、魔法使い。その事実を切嗣は肌で感じ、自分が何を敵に回したのか、本当の意味を理解出来てしまった。

 ……あれには、魔術師殺しの技が通じない。

 数多の魔術師(メイガス)を狩り殺したが、魔法使いを狩った事は一度もなし。

 切嗣は遠坂凛と言う化け物を大いに勘違いしていた。そもそも彼女は、自分が殺される事を前提で桜と殺し合っていた。死者蘇生は魔法の領域だが第二法で成すことは出来ず。ならば魔法を利用することで、自分が死んだ瞬間に自動発動する蘇生魔術を準備しておけばいい。そのような理外の神秘を平然と使う生身のヒト。

 切嗣は悟る―――あれこそ、恐怖。

 第二魔法の真髄は世界移動でも時間移動でもなく、出来ない事がそもそも存在しないこと。ありとあらゆる可能性を見出し、あやふやとは言え未来を有る程度は予測して準備をし、行動することが可能なこと。

 戦闘において、正しく万能の超越者。

 自分が人生を賭して辿り着ける究極の一を無数に使役する者。

 遠坂凛が至った境地とは魔力を無限とする能力であり、無限に連なる平行世界を自在に運営することであり―――無限の自分を得る神秘である。

 ―――無限であることを根本とする。

 第二の魔法使いとは、無限の魔術師でも在った。

 

「来たのね、士郎……士郎? ぼーとして、どうしたの?

 相手はあの二人よ。しゃんと気張りなさい」

 

 頭部の蘇生を完了させる。宝石礼装に充填させておいた魔力全ての消費したが、第二法により既にまた限界まで魔力の補充が完了。何時でも死ぬことができ、直ぐ様蘇生する準備が瞬時に整った。凛が持つ宝石礼装は、そうした専用術式を刻んだ複合礼装であり、宝石剣と言う無限の魔術炉心と繋がった連動機関であり、全ての状況に対応する魔術式の集合体。

 それを士郎は知っていたが、あの領域まで至っているとは思わなかった。自動治癒程度ならば備わっているだろうと考えてはいたが、まさか自動蘇生まで可能とは思う事さえ出来なかった。

 

「―――いや、そこまでとは思っていなくてな」

 

 正義の味方として凛から離れた後、士郎は彼女がどれ程の研鑽を得たのか知らなかった。

 

「ふん。投影した鞘入れてるあんたなら、自動蘇生とはいかなくても、死んでいなければ同じことできるじゃない」

 

「死から甦ることは出来んぞ」

 

「今更今更。神秘を鍛えた魔術師なら、自分の肉体程度自在にしなきゃね」

 

 根源に至る程の叡智。深淵に潜り、何処までも落ち、逆行する真理。正確に言えば、まだ宝石翁こそ第二の魔法使いであり、彼女は魔法を使える魔術師だが、それでも神秘に狂った魔術学者。出来てしまう事柄は、やはり平然と使いこなすのだ。

 そして、凛は拳を握り絞める。起源弾を頭蓋に受けて回路にもダメージを負ったが、霊体も既に修復済み。蘇生式には高度な霊媒治癒も組み込まれ、肉体だけで霊的負傷も回復させていた。

 

「あぁ……―――これはまた、私に随分と不利ですね」

 

 大聖杯から無尽蔵の魔力を汲み上げられると言うのに、虚数魔術が使えない絶命の危機。しかも相手は三人だ。姉と一対一で殺し合えないとなれば、もう自分個人の願望に執着は出来ない。娘の亜璃紗に使徒の派遣を念話で頼もうにも、それは出来なかった。

 何故か?

 原因は至極分かり易かった。

 

「無駄よ、桜。もう遮断させて貰ったわ」

 

 凛が張った遮断膜。魔力を歪ませ、空間を乱れさせる結界魔術。空間魔術を応用し、大聖杯がある空洞の更なる地下に巨大魔法陣を刻み、この土地を一時的に隔離した。これならば切嗣が起源弾を結界に撃ち込み、結界ごと凛の魔術回路を殺そうにも、そもそも弾丸が結界の陣まで届かない。

 

「念話は届かない。助けは来ない―――」

 

「―――ふむ。それは早計だぞ」

 

 黒く汚染された法衣を纏う者。

 ―――その神父は、大聖杯の前に佇んでいた。

 

「言峰、綺礼……ッ―――」

 

 衛宮切嗣が、嘗ての正義の味方が、静かに呟いた。

 

「神父さん……なんで?」

 

「驚く事はない、間桐桜。君の望みは、私にとっても代えの効かぬ願望だ。

 この心臓―――その為だけに、生きている」

 

 亜璃紗は桜を遵守する。彼女の指示がなければ、大聖杯の御使いである黒騎使徒を送ることはない―――だが、綺礼ならば好きに行動できる。綺礼は綺礼なりの真心があり、姉妹同士の殺し合いを純粋に邪魔したくはないと、地獄を愉しむだけに亜璃紗に協力している。姉か妹かのどちらかが自分と血の繋がった家族を殺した後、彼は祝福を唱え、どんな痛みが心に刻まれたのか切開して愉しみたかったのみ。自分が介入すれば理想的な悲劇にならず、純真無垢な悲嘆を愉しめない。

 人間こそ、人間にとって最高の娯楽である。

 亜璃紗は綺礼と同じ嗜好を持つ外道であり、その亜璃紗を手伝いをするのは綺礼にとって悪い事ではなかった。

 その少女からの頼み―――何故、断れるのか。神父として、代行者として、彼は自分を消耗させ続けて生きていた。そんな誰かの為に身を犠牲にしてきた言峰綺礼が、この場にいない理由がない。

 

「だが、これはまた壮観だな。亜璃紗が居る故に、裏切りようもないと考えていたが―――成る程。流石は衛宮切嗣。

 常道なぞ無価値であり、絶対などない。

 おまえからすれば自分の魂さえ、人を殺す為の道具になると言うことか。英霊の魂に興味を一切抱かず、サーヴァントを完全に兵器として扱う魔術師殺しだからこそ、導き出せた裏切りの手段である訳だ」

 

 神聖さに満ちた存在感。今の綺礼は聖職者以外の何物でもなく、静かな微笑みに邪な意思は感じられない。心の底から他人を祝福する神父であり、善に属する神へ仕える者。

 無論、その善性とは―――言峰綺礼が喜びとするモノ以外に他ならないが。

 

「しかし、また随分と懐かしい物を見る。凛、おまえが持つソレは、私が遠坂の弟子を卒業した記念品でもあり、遺品の一つして授けたアゾット剣か。

 全く……殆んど、忘れかけていたぞ。

 嘗て私を導き、魔道を継承させて頂いた時臣師。彼は実に優れた“魔術師”であった」

 

「……なに、そんな事知ってるわよ。それよりも、随分と含みのある言い方じゃない?」

 

「それはそうだろう。彼こそが娘を間桐の養子に送り、マキリの業を全て引き継ぎ、間桐桜と言う魔術師として大成することを願った男だ。

 そして、それはこうして現在―――実現された。

 おまえ達二人は研鑽の果て、魔術師として最後に至れる境地に居る。そのような魔法を手中に収める程の腕前を持ち、更なる深淵に潜り続ける絶対性。

 そして、その果てに冬木の聖杯を巡り、今に至る。

 姉妹同士が殺し合うこの現実を幸運なことだと、時臣師ならば楽し気に喜んでいるだろうよ。魔道に生まれた遠坂家は、実に幸福であるとな」

 

「……まぁ、でしょうね。今なら分かるわ」

 

 凛は父親を尊敬している。幼い頃の思いに間違いはなく、彼は凛に偽ることをしなかった。嘘を吐いたことも、騙したこともなかった。

 一人の人間として尊敬すべき親であり―――魔術師としても、彼は完成されていた。

 

「父さんなら、そう考えるでしょうね」

 

 親の情を持ちながらも、彼は魔術師に過ぎなかった。

 

「ああ、その通りだとも。そして、時臣師の期待通り―――間桐桜は、こうして存在している。いやはや、正しくこの惨劇は、彼の望み通りの未来である。

 ……裏切り、殺した甲斐もあったものだ」

 

「ハ―――だから、何?

 あんたがそんな奴だって事は、もう理解してるわよ。まぁ……だからと言って綺礼、あんたを再びちゃんと地獄へ叩き落とすことに迷いはないけど」

 

「クク―――素晴しいな、凛。後生大事におまえが今まで使っているそのアゾット剣で、背後から心臓を抉り込まれ、何も分からぬまま蒙昧に死んだ愚者の娘とは思えんな」

 

「―――なん、ですって……?」

 

「その剣の刃、遠坂時臣の血を啜ったものだ。師殺しに使われた凶器であり、おまえは親殺しの礼装に愛着を抱いていたのだよ」

 

「コト、ミネ……キレイ……―――アンタは、そこまでッ!!」

 

 憤怒である。邪悪とさえ呼べる程の怒気は色濃く具現し、凛の殺意は限界まで高まった。彼女本人でさえ、人生でここまで激情を爆発させた事はなく、これ以上の殺意を誰かに向けることはないと実感する程だった。

 ……なんで、そんな事を思ったのか。

 言峰綺礼は遠坂凛のそんな感情をあっさりと凌駕させた。怒りに限界などないのだと。

 

「鳶が鷹を生むとは正にこれだ。実に世界は素晴しい。私の手で罠に嵌めた女も、物の序でに思い出してしまったよ。そう言えば、哀れなあの女は気が狂って死んでしまっていたな。

 名前は果たして、なんであったか。まぁ、どうでもいいことだが。

 確か遠坂時臣から種を仕込まれ、魔術師の後継者を生み出す為だけの道具だった女だよ。遠坂凛と遠坂桜を孕まされ、聖杯戦争に巻き込まれて死んだ女が居た筈だ」

 

「何を、言って……―――」

 

「―――もう分かっているのだろう、凛。私だよ、私が元凶だ。

 最初はな、些細なことだった。手始めに時臣師を殺し、そのサーヴァントと契約したのが始まりだった。おまえ達が前回の聖杯戦争で倒したギルガメッシュだよ。そして、そのサーヴァントと共にな……―――クク。ハハハ、今もまだあの時のワインの味は思い出せるぞ。

 凛。おまえはまだ、間桐雁夜を覚えているか?」

 

「まさか、アンタ」

 

 とても楽しそうに笑う神父が一人。綺礼の笑みを見た者は誰も動けなかった。そこまで彼は不吉だった。

 

「私はギルガメッシュに提案したのだ。間桐雁夜からバーサーカーを得る為に、少し娯楽に興じようとな。

 ……今となっては間桐桜も知っていることだが、おまえも知るあの者は聖杯戦争に参加していたマスターだった。そして、あれは時臣師を恨んでいてな。それを餌にすればあっさりと釣り上げる事に成功したぞ。

 その後は面白い程に拍子抜けだった。

 私が殺した時臣師の死体に会わせ、あの女を―――おまえの母親である遠坂葵を、その現場に誘い込んだ」

 

「―――綺礼……! 言峰、綺礼!!!」

 

「ハッハッハッハッハッハッハッハ! 才能がない私が考えたにしては、アレは実に素晴しい演劇だった!!

 逆上した間桐雁夜の手で、遠坂葵の首が絞めらている哀れな光景……実に、アレは愉しかった。人間とはああでなければ面白くない。精神を剥き出しにしてこそ、走馬燈は光り輝く。

 ……恥ずかしい話、人生初めての娯楽だったからな。

 物は試しと死蔵させていたワインを急いで取り出してみたが―――……あぁ、美味かった。人間程、ワインに深みを与える酒の肴は有り得まい。

 ギルガメッシュと共に飲んだ葡萄酒の味、今でも忘れられん……」

 

「――――――死ね」

 

 分かっている。凛は誰よりも分かっている。憎しみを奔らせるのは、それこそ綺礼の思う壺。それでも耐え切れないことがある。桜が蟲にされていると知った時に匹敵する激情―――だが、既に諸悪の根源である間桐臓現は桜の手で殺害され、憎悪を晴らすことは出来なかった。

 しかし、それとは別の、家族の仇が目の前にいる。桜からすれば自分を蟲に売り払った如何でもいい血の繋がった他人なのだろうが、凛にとっては掛け替えのない家族。桜の事を知った時に得てしまった狂う程の憎悪と、綺礼から与えられた地獄のような怨念が混ざり、繋がり、融け、一つとなって魂を支配する。

 もはや限界。

 ―――遠坂凛の憎悪は、臨界を遥かに超えた。

 

「待て、遠坂……ッ――――――」

 

 士郎の声よりも早く、凛は震脚で以って綺礼に接近。士郎は急いで凛の援護に向かい、切嗣もそれに乗じて攻撃に移る。

 だが、桜も同じく跳んでいる。今この場に居る者の中、一番優れた武錬を誇るのが彼女である。エミヤ程度の技量に遅れる訳もなく、完成され尽くされた技で以って蹂躙するのみ。

 ――――アロンダイトの暗き剣閃。

 アーサー王が持つ聖剣に匹敵する裏切りの神造兵器に狂いはない。泥に沈んだ桜にだけ許される魔剣が、二人のエミヤを迎撃。

 邪魔をさせない強い意思。

 桜は渾身の武技を振って障害となった。

 それを凛は圏境で把握しながら―――強く、早く、地面を踏み込み跳んだのだ。

 

「―――綺礼……!!」

 

 死ねと言った言葉に偽りは欠片もない。絶殺を生み出す凛の絶紹。彼女の拳は迷い無く、綺礼の心臓部を狙って奔った。

 ―――とん、と軽い音で胸部に添えられる拳。

 果たして、遠坂凛に武術の基礎を教えたのは誰であったか。どれ程の高み、師を越える境地に至ろうとも、何度も何度も鍛錬で合わせた呼吸を忘れることなど有り得ない。

 

「―――戯け」

 

 憎悪に汚染されながらも、呪詛によって僅かに狂気を加速されていようとも、凛の武に狂いはなかったのに―――綺礼は、動作全てに同調していた。呼吸も、視線も、神経も、筋肉も、意識も、何かもを掌握されてしまった。

 中心点から端にまで衝撃が渡り、心肺が一気に停止する。

 ……心臓を穿ったのは綺礼の方だった。

 凛の一撃を避け、己が専心を動きを止める事に費やしていた。

 そして、強化された凛の肉体に触れたことで指の骨に亀裂が入るも、綺礼の拳は精確無比な凶器。徹底的に鍛えられた人体破壊の合理に間違いはなく、本当に僅かな一瞬だが凛の肉体を停止にまで追い込んだ。

 

「無様―――」

 

 右拳は砕けたが、何一つ問題はない。止まっている悪性心臓を強引に鼓動させ、汲み上げた呪詛を左腕に送り、悪神の加護が黒い渦となって腕の周りで螺旋を描く。

 ―――凛が止まった一瞬のみ、綺礼に勝ち目がある。

 ならば迷いは不要。流れる様に左手で彼女の顔を鷲掴み、一気に後頭部から地面へ叩き付けた。だが、強化された肉体で動く凛に傷はなく、脳が衝撃で揺れただけ。今の彼女を物理的な手段で殺すには、宝具並に概念が高められた武装でなくてはならない。

 故に―――言峰綺礼は深く笑みを刻んだ。

 生み出たのは、綺礼が作り出す呪い。左手に宿ったのは精神を“切開”し、傷跡が腐り枯れる悪魔の怨念。掴まれた頭部から直接身の内に流れ込む黒いエーテルは、意識を一気に染め上げ、凛は口から内部に入って来た泥を嚥下してしまう。

 

「―――ではその魂、我らと同じく腐り給え」

 

 祈りは此処に。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)――――――」











 第四次聖杯戦争から十九年も熟成した娯楽、綺礼は最後の最後まで楽しみました。父親を殺され、母親を玩具にされ、妹も狂わされ、弟子は終わっていて、友人は酷く壊れ、恋人は地獄に落ち、凛の理性は最後の一線を越えました。ここまでされて怒らないとそいつは人間じゃないと思い、綺礼もそう思ったから凛の感情に止めを刺しました。
 それでも戦い続けるからこそ、凛はヒロインじゃなくてヒーロー寄りなんですよね。


 しかし、剣豪面白いですね!
 これを無料でゲームとして楽しめるとは、良い時代になったものです。


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88.宿敵

 ダクソとFateのクロス書きたいこの頃です。ゲーティアが目指す死の無い世界の人間って、小人が見付けたダークソウルっぽくて面白そう。あれってゲーティアの理想を悪意増しで、まるで冬木の汚染聖杯が叶えて作ったような雰囲気で良さそうなんですよね。


「―――邪魔だ。そこを退け、桜」

 

「―――駄目ですよ。ねぇ、先輩」

 

 まだ彼は完成していない。あの弓兵のような完成した騎士姿ではないが、聖骸布の赤外套を身に纏い、黒騎士の前で戦意を顕している。

 強さ、と言う観点から見れば黒騎士が格上。

 巧さ、で比較すれば人殺しは赤騎士の勝利。

 

「一対一で姉さんとは決着をつけたかったですけど、私個人の願いも潰えましたから。ですので先輩、もうここまで堕ちれば私は―――間桐桜(マキリ)は、止まれませんよ」

 

 だが、決意の固さは士郎を桜が上回っている。何もかもを賭けた大聖杯を成就させるためならば、信念も、愛憎も、感情さえ捧げている。

 

「それに切嗣さん、今までの全ての策は貴方から生み出たもの。それらはこの瞬間、遠坂凛と間桐桜の抹殺が為に集約されていたのでしょうけど―――でも、残念。

 ……息子共々、地獄に堕ちなさい。

 勿論イリヤさんも、同じ固有結界に取り込んであげましょう。

 永劫に続く幸せな家族の団欒。あの衛宮の家を、貴方達の魂を使って模しましょう。そして、アイリスフィールも、遠坂凛も、藤村大河も、メドゥーサも、死んだ皆の魂を集めて、何もかもを使って私の冬木に堕落しなさい。

 その幸福に満ちた煉獄の中から―――世界の果てを見せて上げる」

 

 現世こそ苦界である。桜の地獄とは、永遠の地獄。誰もが幸福に生きる事が許された日常と、死に満ちた無間地獄が同居する真性悪魔の異界である。

 ……苦しむだけでは、異界常識に囚われた魂が無駄になる。

 死んで生きて、その輪廻さえ桜は地獄の中で模して、永遠に繰り返させるつもりだった。苦しんで苦しんで、でも魂が苦しめ無くなるほど焼かれ続けて死に絶えれば、擬似的な幸福な生によってまた、桜の中の地獄に作られた(ヒト)の街で生を謳歌する。そしてまた魂は甦り、地獄に落とし、死んでも残り続けているだろう悪性を更に焼却し、後は永劫に繰り返す。悪が滅却するまで何度でも―――繰り返す。

 間桐桜は魂を永遠に焼却し、全ての悪を廃絶する。

 目指す願望は魂全てを滅ぼすことではない。その中にある悪性の滅却こそ、地獄が出来上がる目的なのだ。

 

「その通りだとも、間桐桜。故に私はおまえに賛同している。文字通りそれは、地獄を支配する悪神と成り果てること。

 このアンリ・マユによって、我らの死後は一変する。

 この世全ての魂が混ざり、ありとあらゆる人生に価値が定められる」

 

 凛を呪泥に沈め、その彼女を放置した綺礼。凛の魂は生きた英霊と呼べる程のモノであり、汚染には時間が必要。天使への転生にはあらゆる邪悪が要り、それでも耐えて元のままである可能性が高い。故に聖杯が呪うだけではまるで足りず、綺礼の切開が必要不可欠。

 つまり、切開された中身が生まれ変わる。凛を助けるタイムリミットは綺礼の起源で短くなり、彼女を助けたい士郎に残された時間は殆んどない。

 そして、綺礼は桜を守る為だけに、士郎と切嗣の前に立ちはだかる。

 

「……変わらないな、言峰綺礼。

 他人の不幸を幸福に感じ、悪としてのみ生きられるおまえの人生にも、何かしらの価値が生まれると?」

 

「変われるものか、衛宮切嗣。

 ……私はおまえたちが羨んでいる。しかして、やはり私は私としてのみ死ぬしかないのだろうよ」

 

 本当なら、四人に言葉は不要であった。ただただ殺し合うのが正解であった。

 ―――そんな風に、正しいだけの生き方は出来なかった。

 しかし、それでも自分達にはこれ以上の言葉は要らないと理解している。大聖杯を守る者と、大聖杯を殺す者。何処まで行っても交差しない平行線であり、言葉が通じて意思も理解しても―――殺し合うしかない、と実感するだけなのだから。

 

「しかし、おまえは変わったな――――」

 

 けれども、綺礼は呪いを最後に一つ。

 

「――――真実、今から世界を救う正義の味方になる訳だ」

 

 凶悪な殺意、膨大な悪意―――衛宮切嗣の、炎の轟きだった。それを引き継いだ士郎も同じく、壮絶なまでに無表情となる。

 殺して、救う。何度も行った罪科。

 この地獄を生き延びたとしても、死ぬまで繰り返す事となる所業。

 言峰綺礼は、その業を祝福している。例え、綺礼が死んだ所でエミヤに間違いはなく―――綺礼と桜が二人を殺した所で、座へ堕ちるエミヤは永久に苦しみ続けるのだから。

 

「士郎。今だけで良い。僕は君の思い人を殺そうとした。だが―――!」

 

「―――今だけだ、爺さん。後でちゃんと、飯抜きで説教してやる」

 

「……ありがとう」

 

「ああ。それに爺さんの心情は、嫌というほど理解している。だが、遠坂はもう殺させん―――!」

 

 衛宮士郎は衛宮切嗣を許した訳ではない。だが、人を殺すのに爺さんが虚偽を行う訳がないのは理解している。命を天秤で計り、遠坂を殺す方が良いと判断したのは分かっている。許容は出来ないが、もし自分が切嗣の立場であれば、果たして遠坂凛を殺したか、否か――――

 

「なんですか、それ? 私を殺す為に確執を捨てると? 幾ら親子だからって怨敵同士で? 正義の為に、世界を救う為に、そこまでして自分の感情を徹底的に殺すと? 憎悪も感情も消し去ると?

 ああ……それは、全く。狂いたくなる程、蟲の良い…………ッッ―――!」

 

 ―――呪いである。誰も彼もが、呪われている。

 

「成る程。ならば、英雄らしい悲劇に眠れ。

 ……懺悔の時だ。

 おまえらの末路に、地獄以上に相応しい最期はない―――」

 

 黒鍵を具現し、綺礼は予め腕に再装填しておいた令呪(コマンドスペル)で強化する。大聖杯からサーヴァントとして霊体を再現された綺礼は、腕に宝具もどきとして令呪と、その令呪を魔力によって再度装填する為の疵が刻印されている。つまり、魔力さえ足りれば幾度も使い潰せる令呪群。

 間桐桜より膨大な魔力供給が有れば不要な神秘であったが―――魔弾封じには最適な武装。

 何より令呪を消費しても、聖杯より魔力を汲み上げれば良い。また装填すれば、魔弾が通じぬ魔技を幾度も行使可能。起源弾による回路破壊も、外部回路の魔力が使用と共に空っぽになれば全くの無駄。加速による高速機動とて、鍛え上げた武術で以って対処する。自分以下の技量しかない単純な速度など、令呪で同程度に身体強化した肉体さえあれば問題なし。

 嘗てと同じく、偶然が重なったことで生まれた魔術師殺しの天敵―――言峰綺礼。

 神父は自分の優位性を理解している。何一つ迷いなく、魔術師殺しを狩り殺しに走る。そして、綺礼が切嗣を理解しているのと同様に、切嗣もまた綺礼の能力は殆んど理解している。

 聖杯の御使い(サーヴァント)と化した言峰綺礼には、二つの異能が備わっている。

 一つは、魔弾殺しとなる令呪群。

 もう一つは、受肉した悪性心臓。

 遠坂凛を仕留め、機能停止に追い込んだ悪性心臓による呪詛の解放―――この世全ての悪(アンリ・マユ)。切嗣は既に呪われた身故に、切開による精神崩壊など効かない。しかし、余りに凶悪なまで煮詰まった呪詛は、霊体を容易く黒泥に融解する。魔術回路を汚染し、霊体を侵食し、魂を穢すとなれば、脅威度は切嗣の魔弾を越える。

 綺礼の呪いは使い方次第で、汚染した相手の回路を機能不全にする効果もあの泥にはあった。

 つまるところ―――決め手さえ当たれば、互いに一撃必殺。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 刹那の交差にて、二人は己が絶殺に専心するのみ。泥化によって並のサーヴァントを越える回復力を持つが、霊核を砕かれれば流石に死ぬ。

 狙いは其処だ。首か、脳か、心臓か。

 あるいは四肢を引き千切り、弱らせた後に確かな死を与えるか。

 

「―――告げる(セット)多重令呪(マルチコマンド)

 

時のある間に薔薇を掴め(クロノス・ローズ)―――」

 

 肉体が許す限界、霊体が可能な極致。サーヴァントは令呪によって限界を越えた動きをし、空間転移さえ可能となる。それは令呪に聖杯の願いを叶える神秘が宿され、一時的にその概念の方向性に魔力が解放されるからだ。

 そんな神秘を持つ令呪を同時に幾つも、強化魔術として解放。

 生前の綺礼ではただの魔力源としてしか魔術に転用出来なかったが、大聖杯の神秘を九年間掛けて、霊体と、その魂に染み込ませ、呪詛が宿った綺礼ならば可能。限定的な聖杯の欠片として、真に令呪の使用が出来る条件が整っていた。

 サーヴァント化した身体機能を、更に数倍化させて機動する魔術師殺しの悪夢。

 だが同様に、聖杯の神父も身体機能を数倍にも増幅する狂気の域に達していた。

 

「―――!」

 

 だけならば、切嗣とて死を覚悟しない。奴には中国武術の心得がある。令呪と魔術を合わせた気功の殺人技。そして、完全なる圏境とはまた違い、魔力を使う気配は色濃く残るとはいえ―――綺礼は、その武術と組み合わせ、令呪によって肉体を透明化させた。無論、黒鍵も同じこと。右手に三本、左手に三本。全身全刃、聖なる断片でもって魔に通ず。

 加速した世界のおいて、切嗣は自分の肉体を魔術理論・世界卵を使った固有時制御で覆っている。分類するならば、固有結界と同じ結界魔術。つまるところ、五感と第六感以外では外界の情報を得られない。なので固有時制御中は視覚情報しか使えない。

 透明化を見破ろうとも、探知魔術では不可能。加速中の切嗣では魔力探知や物体探知の魔術を使おうにも、そもそも自分が外界と固有時制御で断裂してしまっている。魔眼でもあれば視覚機能を追加するので問題はないが、他の手で探る為には、宝具を止める必要がある。

 そして、加速解除は、今の綺礼が相手では自殺行為―――!

 

「ハ―――!」

 

 綺礼は、常に後悔していた。何故、第四次聖杯戦争の最後、勝ち切れなかったのか、負けたのか。そんな思いを宿す男が、衛宮切嗣の殺し方を思い浮かばない訳がない。

 これは、サーヴァント化した綺礼の奥の手の一つ。

 生身の人造人間で在りながら、自分以上に戦闘に特化した化け物―――あのエルナスフィールの心臓を抉り取った時と同じ殺し方だった。

 ならばこそ―――魔眼、擬似発動。

 両目に魔術式を施すことでサーモグラフィーもどきによる熱探知を切嗣はするも、無駄。守護者化した切嗣は生前の殺戮手法の妙を魔術である程度は模倣できるようにしているが、綺礼がその程度の魔眼に対応出来ない訳がなかった。綺礼の透明化は光学と熱に対するステルス機能を令呪によって引き出しており、触れれば分かればが、目では分からない。

 となれば、太源の魔力濃度を測定する。専用の魔術式を刻んだ目で魔力の流れを見て、太源を有る程度は視覚化する。

 当たり―――と、魔術師殺しは自分が賭けに勝ったのを悟った。

 ぼんやりと姿を浮かぶだけだったが、両手から六本の刃を出す人型の靄として敵の姿を視認した。本当にギリギリであったが、何とか心臓と脳を黒鍵で抉られる直前で回避に成功。通り過ぎる不可視の刃を見ながら、静かに射撃体勢へ移る。

 構えるは、数多の魔術師を殺害した単発式拳銃(コンデンター)

 英霊となった衛宮切嗣の技量ならば、拳銃による遠距離狙撃が可能な腕前を持つ。魔術式による魔眼で気配の隠蔽を見破り、千里眼もどきでズーム機能もある暗殺者の両目だ。ライフル弾を改造した礼装魔弾「起源弾」をすれば、近距離遠距離も関係無く、敵の命を一方的に粉砕する。遠坂凛の頭蓋を砕いたのも、この魔技によるもの。拳銃自体にも固有時制御を掛けるには長い呪文詠唱と大量の魔力消費が必要な為、流石に戦いながらでは加速魔弾を撃てないも、彼の一撃必殺に間違いなし。

 ―――魔弾が躊躇わず発砲される。

 ―――硬化黒鍵は弾丸を薙ぎ払う。

 令呪によって強化され、高密度な魔力に凝縮された刃は銃弾をあっさりと弾き飛ばした。しかし、魔弾は令呪で綺礼に効果は及ばないが、効果が発動していない訳ではない。黒鍵が内部から轢断され、一瞬で全て粉砕。

 しかし、互いに分かり切った結果だった。

 綺礼も透明化と言う搦め手を使ったが、ただそれだけ。

 切嗣とて起源弾一発で殺害が出来るとは考えていない。

 

告げる(セット)……ッ―――」

 

 令呪の効果が切れ、神父の透明化が解除される。殺し手を知っているのは向こうも同じと考え、綺礼は顔に出さずにほくそ笑む。

 ―――令呪、全工程装填完了。

 時間を掛けて殺す気など毛頭ない。全てを必殺として、自身の何もかもを綺礼は上乗せする。

 

Time alter(固有時制御)――― limited accel(限界速)……!」

 

 宝具解放、固有時制御―――最大加速、開始。

 切嗣は―――否、エミヤはもう躊躇わなかった。この場に士郎が居るのであれば、必ずしも自分が大聖杯を壊す必要がある訳ではない。目の前の神父さえ死ねば後に残るのは、遠坂凛を倒す為に魂が“崩壊寸前”になった間桐桜だけ。綺礼さえ命を賭して殺害すれば、自分の目的は叶うと合理的に判断を下した。

 ……つまり、彼は命を無視した。

 サーヴァントの霊体を得たと言うのに、体が崩壊を起こす程の―――限界加速。細胞が一粒一粒死滅し、神経が蒸発し、筋肉が発火する極点の神速。もはや異界常識と呼べる一種の固有結界となった固有時制御の暴走である。

 音速を超える手動で愛銃(コンデンター)には、既に起源弾を装填済み。

 加速した魔術師殺しに匹敵する敏捷強化を施す綺礼は、もはや令呪によって切嗣と同じく―――EXランクに近い迅さに至る。

 ―――早い、速い、迅い。

 二人を形容する言葉が選べない程、時間を置き去りにする程、ただただ加速し、強化し、意識のまま死に向かって疾走する。

 ナイフを片手に握り、切嗣はコンデンターの照準を合わせ続ける。

 綺礼もまた黒鍵を再び編み出し、両手に装備する。

 刹那―――交差。

 瞬間―――発砲。

 銃口を押し付ける近距離からの射撃。切嗣は綺礼を殺したと理解した。流石に魔弾に加速は施していないが、それでも魔力による強化はされている。初速もその分上昇しており、サーヴァントであろうと一撃で葬る一射。それを殴り付ける様にして撃つのだ。殺意の分だけ、確実に殺せるだろう。

 撃ったと同時―――綺礼がその場にまだ居ればの話だったが。

 切嗣が引き金を引いたその動作を、綺礼は見逃さなかった。最初から起動させておいた令呪が命令通りに発動。

 

「――――――ァ……」

 

 血反吐を撒き散らしてしまった。令呪によって綺礼は空間を跳躍し、仙人の縮地に匹敵する歩行で背後に回り込んでいた。引き金から撃鉄が降り、弾丸が発射される隙を只管に待っていた。

 幾ら、加速した世界に住まおうが―――零に至る魔速に敵う訳もなく。

 悪性心臓から汲み上げた黒泥で刃を編んだ神父の黒鍵が、魔術師殺しの腹部と心臓と肺を背後から串刺しにしていた。

 

「遺言は聞かん。さらばだ、衛宮切嗣――――」

 

「……ことみ、ね……き、れい―――!!」

 

 串刺しにした宿敵に向け、見えないだろうが綺礼は笑っていた。あの時の屈辱を返す時であり、与えられなかった勝利による引導を渡す時だった。

 

「―――この世全ての悪(アンリ・マユ)―――」

 

 黒鍵の刃から溢れ出る黒泥が、魔術師殺しの霊体を完全に融解させる。手足が泥となり、胴体も泥となり、顔のある頭部も全てが黒く崩れ落ちた。

 その魔力、その霊子を―――綺礼は、悪神の呪詛を通じて喰らい殺した。

 そして、泥の様に溶けて、全てが消えて逝く間際、衛宮切嗣は自分の敗北を実感していた。

 最初から決めていた殺し方だったと、魔術師殺しと呼ばれる自分には分かってしまった。練りに練った完璧なタイミングと、自分の固有時制御を破る為だけに考え付いた令呪による強化と、空間転移による縮地技法。如何殺そうか煮詰めに煮詰め、あいつなら如何自分を殺そうとするのか夢想し続け、その全てが想定通りに進んだだけだった。

 ああ、だったら仕方ない。

 ―――負けを認めるしかない。

 ただただ士郎とイリヤを救えなかった自分を呪い、今までの行いを悔みながらも、士郎ならばと願いながら死んで逝った。

 

「ああ、そうだとも。今回は―――おまえの負けだ」

 

 白兵戦において無敵の宝具―――その確信が、綺礼に許された唯一の勝ち目である。如何に加速しようとも、速度そのものを越えてしまえば殺せない道理はない。綺礼は令呪による幾つかの応用魔術を見せたが、転移による縮地は見せていなかった。

 速さを武器にした所で、技と搦め手で罠に嵌めてしまえば価値はない。

 死した父親から譲り受けた令呪こそ、綺礼が最も信頼する兵器である。

 士人に遺品として生前は最後に渡したが、聖杯が自分をサーヴァントとして復元する際、この令呪が宝具として備わっていた幸運。恐らくは初めて泥に飲まれた時に、霊体の情報として大聖杯に登録されていたのだろう。

 

「成る程。ふむ、これが人理。抑止の守護者とは、私でも眩暈を覚える業の深さだな」

 

 泥化して吸収した切嗣の魔力を、綺礼は心臓で吟味する。宿敵の霊子を呪詛に変換し、その過程で記録を全て切開した。

 人類史―――あるいは、人理。

 殺して、殺し回って、殺し続けて、殺し尽くして、一体何を守ると言うのか?

 

「さて、向こう側も全て終わったか……」

 

 

◆◆◆

 

 

 間桐桜は、自分が限界なのなど理解していた。大聖杯と繋がり、黒化天使を黒騎使徒に作り変え、彼女ら全員を支配下に置いたのは良い。世界からの修正も既に何にも感じない領域まで肥大化した器と、凶悪なまで鍛え込まれた魂が可能とする神域の精神力だった。

 その上で、自分の霊体を自己改造したのが致命的だった。

 魔法使いと成り果てた遠坂凛と一対一で殺し合う為に、サーヴァントの霊核を取り込むのは必要不可欠だった。素のままの桜ならば英霊の一柱程度の情報なら、神秘として霊体に付属させるなど容易だっただろう。キャスターの宝具を利用したので、安全性も更に上がっている筈。

 だが―――彼女は聖杯である。

 有り得ない程の無茶の上で無理を重ねた愚行だった。

 例えるならば、凛が嘗て観測した世界における衛宮士郎と同じ状態だった。彼は英霊の腕と繋がったことで、死が定められた時限爆弾と同じ状態になった。

 

「―――ああ、先輩……もう、これで終わりにしましょう」

 

 自分で自分の命へ、桜は導火線に火を付いた。このまま戦えば桜の魂は、もう壊れる以外に未来はない。大聖杯が成就する以外に生き延びる術は存在せず、人間の魂から悪神の権能へと進化しなければ、彼女の人格と精神は絶対に崩壊する。

 ……それ程までに、凛に桜は拘っていた。

 しかし、その願望も消え失せ、果たすべき執着はもう一つだけ。

 言峰綺礼と衛宮切嗣の殺し合いから意識を外し、眼前の相手に専心する。士郎も同じく、黒騎士と成り果てた桜のみに集中する。

 

投影(トレース)開始(オン)―――」

 

 ―――絶殺を此処に。

 桜を止めるにはこれしか手段はないと判断。今まで鍛え続けた心眼で以って、敵と自分と状況全てを味方にして戦術を練った。

 干将と莫耶を見て察知する。桜は魔力を込めて投擲された双剣を見切り、それが更に幾十にも投げ放たれると理解する。ならばと自分と士郎の間に影の使い魔を何体も展開し――――あっさりと、夫婦剣によって両断された。

 

「……ッ――――――!」

 

 怪魔殺しを桜は思い出した。干将莫耶が本来持つべき退魔の神秘を解放し、士郎は桜が生み出す呪詛の怪物を討伐。最期の敵と見定めた男が、自分が最も得意とする虚数の使い魔に対する天敵だったと言う事実。

 そして、桜が見るのは自分の元に迫った刃の群れ。

 鶴翼三連―――否、三連を越えた幾重もの斬殺の刃舞。

 前後左右から迫る何対もの夫婦剣は桜を囲み―――迫り来る何かもを、アロンダイトで粉砕する。対魔術と退魔概念によって虚数魔術は効き難いのもあるが、それも出力差で圧殺すれば問題ない。

 刃陣に孔を空けた桜はそのまま疾走。

 士郎も必殺を諦めず、桜に向かって踏み込んだ。

 

「―――鶴翼(しんぎ)欠落ヲ不ラズ(むけつにしてばんじゃく)

 

 だが、投擲した夫婦剣の幾つかは完全に壊れず弾き飛ばされたのみ。それでも桜は走りながら構わず虚数の鞭で士郎を攻撃するも、その一撃一撃を強化した手に持つ双剣で斬り落とす。一本一本に宝具級の魔力を込めたが、夫婦剣は全て無力化した事実を驚きながらも彼女は認め―――背後から、戻って来た一対の双剣に襲われる。

 壊し損ねた夫婦剣が、再び士郎が持つ夫婦剣に引き寄せられたのだ。干将は莫耶へ、莫耶は干将へと向かい、その途中に居る桜を斬殺する軌跡を描く。

 

心技(ちから) 泰山ニ至リ(やまをぬき)―――」

 

 そして、桜の眼前には士郎の姿―――死、であった。

 ならば話は簡単。あろうことか桜は背後を見ることもなく後退しながら双剣を避け、背後から来た双剣に士郎を襲わせた。

 

「……な―――!?」

 

 だが、士郎はあっさりとその策を見抜いている。自分に戻って来た干将を莫耶で、莫耶を干将で引き合わせ、そのまま桜に向けて撃ち返した。追加とばかりに更に双剣を投げ、先程の倍の数となった刃陣が、体勢が崩れかかった桜を襲う。

 そして、後退した桜を追い、士郎も双剣を手に持ち追撃―――!

 

「―――心技(つるぎ) 黄河ヲ渡ル(みずをわかつ)

 

 桜にとってその程度、生温い臨死。危機ですらない。魔剣で以って撃ち返した双剣を弾き、士郎の斬撃を受け止める。

 ―――直後、魔術起動。

 自分の身で相手を抑え込むことで泥沼に引き込み、魂を咀嚼して地獄へ叩き落とす。

 並のサーヴァントならば死ぬ。上級サーヴァントでも、トップサーヴァントでも死ぬだろうランスロットと桜の思考が混ざった合理と奇策の戦術眼。しかしながら、相手にするのは剣製の魔術師である。潜り抜けた死地は数多く、相手にした魔物は数知れず。

 聖遺物を柄に仕込んだ聖剣を虚空に投影し、それを沼の中心部に射出。

 嘗てはヘクトールの槍であり、やがて聖騎士の愛剣となった天使の武器は、虚数魔術を浄化するのに適していた。士郎は自分に伸びていた影の触手が元凶ごと消え去ったのが分かり、そのまま桜との鍔迫り合いに持ち込む。

 

「なんて人……でしたら、悪心祝祭(アロンダイト)―――」

 

 轟くは、泥湖の輝き。黒兜の内側から桜の呪文が士郎の耳にも入り、遂に避けられぬ絶死が来ることを察知した。

 それを士郎は待っていた。流石の桜であろうとも、アロンダイトを発動させている間は、それ以外の魔術行使は不可能だと読んでいた。

 危惧すべきは、眼前の魔剣一本。

 心眼を全力で使い続けることで脳が酷使されて神経がすり減るも、士郎は巧みに全筋肉を駆動させて鍔迫り合いの状況を維持し続ける。それだけに専念すれば、次の策が勝手に発動する。

 自分ごと巻き込み―――周囲に散らばった夫婦剣を全て手元に戻す。

 このままでは桜と共に士郎はミキサーに放り込まれた肉塊の如きミンチとなろう。

 桜は此処に至り、この死を理解する。鍔迫り合いと言う絶対の好機、双剣が飛んでくるのは分かっていた。それを利用する気も桜にはあり、魔剣解放を囮にして斬撃を出し、そのフェイクを隠れ蓑に魔術で応戦する心算もあった。

 ―――違うのだ。衛宮士郎は、自分自身を囮の罠としていた。

 悪魔と半ば混じり、英霊化している桜であろうと、肉片にまでバラバラにされると完全な再生は不可能。いや、蘇生自体は可能だろうが、今の壊れかけの状態では蘇生したところで精神がまともなままでいられるか如何か分からない。

 となれば、逃げ場は一つしかない。

 前方には士郎、左右と後ろは影を切り裂く刃の群れ―――上空以外に逃げ場はない。

 

唯名(せいめい) 別天ニ納メ(りきゅうにとどき)―――」

 

 そう誘導して、策が成功した事実を士郎は悟る。だが、相手がそれを理解した上で乗り、態と誘い込まれているのも理解する。

 だが、その程度の読み合い、勝てねばどうする。

 上に飛び上がった桜に目掛け、手に持つ双剣を投擲―――瞬間、その双剣に向かって周囲の干将と莫耶も飛来する。互いに引き合う性質を利用し、何十もの退魔の剣が桜に向かって襲来。

 

「―――呪光湖泥(ヘブンスフォール)……ッ!」

 

 その軍勢を、魔剣から放たれる泥光が粉砕。上空と言う足場の無い不安定な場所で真名解放を可能とするのは、ランスロットと言う規格外の技量を持つ騎士を取り込んだからこそ。

 勿論、完全なものではないにしろ、干将莫耶の軍勢を蹴散らす程の神秘は蓄えており―――

 

「―――両雄(われら)共ニ命ヲ別ツ(ともにてんをいたかず)……!」

 

 ―――衛宮士郎の絶殺は、遂に完成を迎えた。

 剣を振った桜よりも更に上に飛び上がり、回路から魔力を噴出。上空で擬似的に踏み込み、大ぶりに振り上げた干将と莫耶が本当の姿を顕す。

 投影魔術の真髄。研鑽した宝具―――オーバーエッジ。

 もはや長剣と化した夫婦剣はAランク宝具を越える威力を誇り、桜の影の守りごと命を両断するに余りある神秘を保有。

 上空で身動きの出来ない桜に向けて―――死が、降り下される……!

 

「―――あは……は、ははははははは!!!」

 

 それを見抜けずして、何が裏切りの騎士か。あらゆる殺意、身に持つ合理、敵の能力を把握する武錬の具現。この死を待っていたからこそ、桜はケタリケタリと哂い声を上げる。

 ―――アロンダイトの真名解放は、まだ終わっていない。

 発動したままの強制二連撃。

 激突するは―――アロンダイトとオーバーエッジ。

 

「……さ、くらぁあああああ――――――ッ!!!」

 

 粉砕するは―――魔剣の一閃であった。

 干将と莫耶は斬り壊され、士郎は地面に目掛けて吹き飛ばされる。それでも士郎は無意識の中、咄嗟に夫婦剣を両手に投影する。身を守る為、魔術師として当然の自衛行為だった。

 ……気が付けば、眼前に桜が居る。

 アロンダイトの切っ先は自分の胴体目掛けて一直線。

 ―――死ぬのか。

 ―――駄目なのか。

 ―――終わりなのか。

 黒い光を発する魔剣が相手では、この干将莫耶では太刀打ちできない。新たに宝具を投影する時間もない。夫婦剣を強化する暇もない。

 だが、それでも士郎は諦めることは良しとなかった。

 無抵抗のまま死ぬのは許せなかった。

 ……そう決意した所で、もはや今の士郎では確かに桜を殺すことは出来ない。霊核に致命傷を与えない様に戦っていたのだとしても、相手が殺せないと今もまだ葛藤しているが、それでも尚、彼は戦い続ける事が出来る。

 砕かれると分かっていても、士郎は双剣を振う。

 技量の限りを尽くし、莫耶と干将で薙ぎ払って受け流し、次の手の為に生存する―――

 

“あ……駄目ですね、これ―――”

 

 ―――そんな、有り得ない幻聴を、士郎は兜の中から感じ取れた。

 

「……あ?」

 

 サクリ、と鋭く美しい音。刃で鉄ごと肉を引き裂いた音。

 振われた双剣は魔剣を素通りし、桜の肉体を大きく薙ぎ払っていた。内臓にも達する深い刀傷と、黒く汚染された流れ出る血。

 宙に舞っているのは、血の雨であり、桜の肉体。

 

「何故だ……?」

 

 落下する二人。士郎は咄嗟に堕ちて来た桜を抱き留め、そのまま彼女を守るように地面へ落下した。

 衛宮士郎の必殺―――鶴翼三連を間桐桜は打ち破った。彼の業を上回り、止めを刺す直前まで迫ったのに、彼女は士郎を殺せなかった。

 そして、自分の上で死体になりつつある彼女の体温を士郎は感じた。既に鎧を維持する余裕もないのか、彼女はランスロットの甲冑姿ではなく、元の間桐桜の姿に戻っていた。

 

「何故、ですか。ふふ、さぁ?

 わたしにも、分かりません。ああ、でもこんなんじゃ、結局、姉さんも殺せなかったんですかね。あなたはどう思いますか、先輩?」

 

 何故か、なんて士郎には分かっている。桜も、それは分かっている。本当は、殺したいなんて思っている訳がない。 

 ……もう十年以上前の思い出だ。

 けれども、あの時は藤ねえが居て、桜が居て、それが当たり前で。壊れた自分が苦痛に感じる程、あの日常は幸せに満ち溢れていた。

 第五次聖杯戦争後には、家族も増えて、友人も増えて―――桜の笑顔も、もっと増えていた。イリヤや遠坂がワイワイと騒いで、言峰が無意味に騒ぎを大きくして、美綴が奮闘してはからかわれ。皆で大人に隠れてお酒を飲んだり、言峰と沙条が企画した旅行に皆で行って記念写真を撮ったり、柳洞寺で本格的な肝試しをしたり、ロンドンに行ってもまだまだ大人になり切れない学生で。

 楽しくて、下らなくて、何もかもが面白くて、輝いていて―――

 

「……泣いて、くれる……のですね―――?」

 

「―――桜」

 

 ―――ぼそりと力無く呟く桜を抱きしめる。

 

「馬鹿、ですね。もうわたしは貴方が知る後輩じゃありませんよ。捕まえた時、あんなに犯したじゃないですか。そんな身勝手な女に涙なんて、流しちゃいけません。

 先輩は、わたしの最期に泣いちゃいけないんです……」

 

 桜に致命傷を与えたのは、士郎による疵。しかし、それはもう完治している。治癒すれば助かるのであれば、士郎もここまで絶望したりはしない。

 手にとって、桜を解析して、魔術師として“視”ることで彼は分かってしまっていた。

 霊媒医術が得意ではない士郎が一目で理解出来てしまう程に、今の桜は霊体が壊れて仕舞っている。

 桜は導火線に火が付いてしまった時限爆弾と同じで、自分の一撃が止めになって遂に―――死の火が、魂にまで追い付いてしまったのだと。そう、士郎は理解してしまった。

 

「それでも、それでも一つだけ言えることがあります。お願いです、信じて下さい。

 わたしは化け物になってしまって、心を失って、お爺様と同じ蟲になってしまいました。けれど、それでも――――」

 

 だから士郎は震え続ける桜を、その震えが止める様に強く抱きしめる。

 

「―――それでも……わたしは、先輩を愛してました。

 今はもう失くしてしまって、手遅れになってしまって、こんなことになってしまったけど―――貴方を、愛していたのだけは本当です」

 

 血を吐き出す。士郎に抱き留められた桜は、赤く塗れながら血と一緒に笑みを溢す。段々と体温が下がり、命の灯が消えそうになるのが、触れている彼には良く分かった。数え切れない人の死を見てきた所為で、命が弱まるのが正確に感じ取れて……そんな冷徹な自分に、まだ少しだけ残っている感情は吐き気を覚えた。

 

「すみません。いけないって、こんな姿になっても過去は変えられないって、分かってました。このままだと先輩に殺されるかもしれないって分かってたけど、やらないとダメになりそうだった。

 ……本当、面倒な女に付き合わせてしまって―――ごめんなさい」

 

「……桜―――良いんだ。

 オレはおまえに会えたことに後悔はない。面倒だなんて、一度だって思った事はない」

 

「そうですか。ええ、嬉しいです。久しぶりですね、こんな気持ち。でも……」

 

 桜はもう、自分の記憶さえ定かではない。辛うじて姉と先輩が分かるだけで、自分が間桐桜である自覚さえ失っている。

 

「……もう、これで最期ですね―――……あぁ、何だか、とても寒くて、眠いですね」

 

「―――そうか。

 なら、オレが必ずおまえを起こすから。安心してくれ」

 

「は……い、せん……ぱ………い………――――」

 

 

 士郎は桜を強く、強く、抱きしめて。もう何の反応もないことを実感した。桜は生きているが、生きているだけ。屍と同じで、笑わないし、喋らないし、涙も流さない。

 心を失った抜け殻になった。

 生きているだけの誰でも無いヒトになってしまった。

 

 

「桜……さく、ら―――?」

 

 

 桜の心が今―――壊れた。

 士郎は何も映さない彼女の瞳を見て、全てが終わったのだと分かった。

 

 

「あ、ぁあ―――あ、うあ、あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」














 大聖杯の前で残ったのは、衛宮士郎と言峰綺礼のみ。






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89.運命

 狂おしい程の、男の叫び。涙は無いが、声は震え、堪え切れない悲哀が空気を切り裂く。あらゆる不幸と悲劇を混ぜたかのような音であり、誰もが無視できない心の絶叫であった。

 今の桜は、亡骸ではないが心を失くした抜殻であった。

 士郎の腕の中にいる彼女は、既に人格を失い、精神を崩壊させ、植物と同じ状態であった。

 

「―――衛宮士郎。とても良い悲鳴、実に聞き心地の良い絶叫だった。

 やはり人間は素晴しい。在りの儘に剥き出しなった悲哀こそ、我ら人間にとって最高の娯楽であろう」

 

 神父の声が、大聖杯の有る空洞の中で響いた。

 

「―――言峰、綺礼」

 

 腕で抱きしめている桜を優しく地面に置く。そして士郎の背後には、倒さねばならない“悪”が存在している。

 大聖杯―――アンリ・マユ。

 亡霊の神父―――言峰綺礼。

 思えば、全ての元凶に等しい邪悪なのだろう。

 士郎が綺礼と言葉を交わすのは、拘束されていた間桐邸の地下室以来だった。士人と良く似た、と言うよりも士人が綺礼に良く似ていると言った方が正しいのか。兎も角、士郎は綺礼が生粋の悪だと一目で分かったが同族に対する共感も確かにあった。

 その共感とも言える違和感が今、再び自分の中から浮かび上がる。

 

「だが、安心しろ。おまえは確かに間桐桜を救った。あの女の魂にはな、マキリ・ゾルゲェンと言う魔術師の妄念がラベルとして張り“()”いていた。我が息子、言峰士人の呪泥が(あたか)も接着剤のような役割を担い、間桐桜をマキリの蟲にしてしまったのだ。

 それから解放するとなると非常に厳しい事態となる。それこそ死以外の手段となれば、心の中身を空にする他に手立てはない。そして見事に、おまえは間桐桜の霊体に止めの一閃を与えて零にした。

 ……無論、最初はその様な意図はなかったのだろうよ。

 しかし時が経つにつれ、間桐桜は自分の現状に気が付き、そのまま強く自我を深化させた。士人の奴も後に気付いたが、あれは本人が頼めば助けるが、そのままが救いとなるなら放置する男だ」

 

 何がそんなに楽しいのか、神父はニタリニタリと嬉しそうに惨劇を解説する。まるで腹を切開して内臓を取り出すように、綺礼は士郎の精神をじっくりと解剖している。いや、事実そうなのだろう。

 綺礼は、この瞬間が楽しくて堪らないのだ。

 図らずとも桜の精神を崩壊させてしまった士郎を前にして、綺礼が黙っていられる訳がなかった。

 

「―――救いだと?

 あれが、あの姿が、心が壊れるのが救いだと!?」

 

「救い以外に何があると思うのかね? 終わりがなければ、永遠に止まれない事になるのは分かっている筈だ―――他ならぬ、衛宮士郎ならば尚更な。

 ……人はな、死ななくてはならん。

 魂が輪廻するのだとしても、我らの人格は何処かで終わらなければ永久に苦しむのみ。終わりの無い地獄など、そも耐え切れない。

 間桐桜はまだ生きているが、終わることが出来たのだ。

 故に、囚われる前に終われた事が良かったと、おまえだけは間桐桜を祝福する資格がある。そうでなければあの男、祭り上げられた衛宮切嗣と同じ事になっていただろう。おまえの成れの果てと同様に止まる事が出来ず、ただただ憎み、苦しみ続けるだけだ」

 

「祭り上げられた衛宮切嗣……あぁ、そうか。爺さんのその気配―――ッチ、喰ったのか……?

 おまえは、一体何が目的なんだ!?」

 

 士郎は爺さんの姿を確認出来なかった。しかし、存在感が消えた訳ではない。確かに彼の気配を察知出来た。今も出来ている。

 ……何故か、この神父から切嗣と同じ気配を感じ取れている。

 現状を考えれば単純に、養父が殺されてまた死んだのだと士郎に分かった。加えて、その気配を神父から把握出来てしまったと言う事は、恐らくは霊体を喰い殺されたのだと士郎には分かった。桜の虚数魔術や聖杯の呪泥と言う実例を加味すれば、人間の霊体を自分に取り込むのも難しいが不可能な事ではないのだろうと。

 

「目的か。さてはて……とは言え、だ。話をしている暇が今のおまえにはあるのかね。急いで私を殺さねば、大聖杯の復活は無論、黒騎使徒を止めている仲間が死に、遠坂凛も汚染によって完全に手遅れになろう。

 それに……ほう、これは朗報だ。亜璃紗からの連絡でな、そちらのアサシンは完全に呪われたみたいだ。頼りのアヴェンジャーも瀕死であるようであるし、これでは向こう側から助けは来んぞ」

 

 事実であった。凛の結界は機能しておらず、念話はもう通じている。

 

「たわけが。遠坂を倒した手で、私も楽に殺そうとでも考えたか?」

 

「ほう。流石に見抜かれるか。まぁ当然とも言えるが。怒り、焦り、精神が乱れ、隙を晒せば殺し易いからな」

 

「―――貴様は!?」

 

「貴様は、何かね?」

 

「……ああ、実に不愉快だよ。遠坂は―――もう、手遅れだ。魔力と霊子に変化はなく、既に意識を失い、眠っているだけだ。

 おまえはそれを理解しておきながら、態々こちらを苛立たせる言葉を選ぶ……ッ」

 

「くくく、晴眼だな。見抜いた通り、凛は完全に終わっている。聖杯の使徒への転生は一瞬で完了したからな」

 

 綺礼の言葉通り、凛はもう死んでいる。正確に言えば、その人格は生まれ変わっている。肉体、精神、魂は失われずとも、中身が泥と融け混ざっている。

 泥沼に今も沈んでいるが、それも大聖杯がスペアを大事にしているだけだった。

 桜は精神が崩壊しただけでまだ契約を続いており、黒騎使徒や亜璃紗との繋がりがまだある。聖杯にとっても重要な人柱である事に代わりないが―――遠坂凛も同じく、今やアンリ・マユの御使いとなった。桜が殺されようとも、同程度に頑強な凛で在れば生まれ出る為の母として十分だった。

 

「……ふむ。ならば、少し話に付き合え。

 私も、おまえには言わなければならない事がある。何、時間は取らんよ。数分程度だ。向こうの戦局にも大して影響は出ないだろう。私を殺す準備を聞きならがしても良いし、聞く必要がないと思えば好きな時に斬り掛って来ると良い」

 

「―――何?」

 

「私も私で戸惑っているのだ。これも衛宮切嗣を喰い殺した弊害だろうな……―――成る程。あの時は世界を救うなど子供の戯言と嗤ってやったが、この諦観は中々に美味だ。

 狂おしく、ヒトを貪る亡者の夢。正気を亡くし、理想を求める破綻者の成れの果て。つまるところ、理想の為の理想であり、求道の為の求道であり、己に還るものが何一つも無し。

 生き迷っていたのは誰も彼も同じか。

 ……やはり、この世全てに意味はある。最期に無価値となって消え失せるだけであり、人はそれを無意味と錯覚するのだろう。世界へ人間の答えを求める者に、善も悪も無い訳だ」

 

 紛れも無く外道を良しと笑う悪人で在り、しかし非道に没頭する悪党ではない。

 

「…………おまえは、本当は何者なんだ?」

 

 不可解な怪人。自分と同じ破綻者でありながら、自分とは全くの逆の価値観を持つ神父。彼と衛宮切嗣の殺し合いが、聖杯を求める魔術師が、冬木を嘗て焼き払ったのを士郎は知っている。しかし、それも不可抗力のようなもの。確かに綺礼も加担してはおり、焼死した人間は良い娯楽品だったのだろうが、元凶は聖杯だ。

 ……果たして、何が言峰綺礼を聖杯を求めさせるのか。

 士郎にはこの男の本性は分かるが、本当の目的が分からない。聖杯を求めているのは事実であり、人間を娯楽品として楽しむのも事実であるのだろうが、本心がそれだけではないのも確実だった。

 

「それはまた、とても簡単な話だな。おまえにとって私は、冬木の火災で焼け死んだ両親の仇であり、養父を死なせた殺人犯であり―――生き残れたおまえの兄弟を、怪物に作り変えた張本人だとも。

 ……衛宮切嗣が、衛宮士郎を正義の味方(化け物)にしたようにな」

 

 奴の言葉に嘘はない。全て真実であり、言峰綺礼が愉しんだ娯楽の残骸であった。だが、士郎は怒りも迷いも浮かばなかった。

 もう、分かっていた事だ。何もかもが偶然な訳がないのは分かっていた。

 誰かが、あの悲劇を望んだから起きた。それは聖杯であり、大聖杯に眠る悪魔であり―――悪を祝福する神父であり。

 

「否定はしないがな。しかし、兄弟とは士人のことか?」

 

 故に、士郎は平常心のままだった。

 

「そうだとも」

 

 満足気に頷き、綺礼は薄ら笑いを浮かべて話を続けた。

 

「あれはおまえの兄弟だ。その証として言峰(ことみね)士人(じんど)の本名は人志(ひとし)と言ってな。士人と言う名は住民票と戸籍を見た私が、アレの兄弟であるおまえの士郎と、その人志から一文字づつ取った名前だ。

 士郎と人志、それで士人(ジンド)と名付けた。

 ……聖杯で精神を失った死人(しにん)のあれに相応しい名前だと、我ながら安直な考えだった。他にも魔術師としての詩人(しじん)や、戦う者としての士人(しじん)と言う意味も含めている。魔術的に、カタチを示す名は大切なモノだからな。

 そして、ジンドと言うのは、人道と言う意味でもある。

 人の道―――即ち、私の求道の後継者として育てると決めたが故に、少しばかり無理矢理な読み方を与えた」

 

 士人(人志)を拾った時、綺礼は彼の人生を祝福した。幼い身で在りながら生き足掻き、呪いを逆に喰らって生存する姿。

 ―――楽しくない訳がなかった。

 心臓を失くした自分は確実に死ぬ。早い期間で起こる第五次聖杯戦争まで生き残れるかさえ分からず、その聖杯戦争以降は生きられないのは理解していた。ならば、と思う綺礼に間違いはない。これ程までに愉快な人間をわざわざギルガメッシュの栄養源にする必要が全くない。

 もし自分が死んだとしても―――この道は続いて行く。

 言峰綺礼は他人の不幸を喜びとするが、自分の人生が無価値ではないこともまた喜びであった。

 

「そして、ジンドとはジンドウが欠けた者を指す銘である。神父である私の養子として、人道に生きながらも、人道に至れぬ後天的破綻者。

 ……まこと、アレに相応しい名とは思わんかね?」

 

「ああ、成る程。そうかよ。おまえが―――元凶か」

 

 価値が無いなら無いで構わなかった。この求道が無意味ではない実感があった。しかし、それでも―――

 

「無論。言峰士人にとって言峰綺礼とは、衛宮士郎にとっての衛宮切嗣である」

 

 ―――意志は引き継がれてこそ、終わりに見る走馬燈のように尊く輝くのだろう。

 

「アレはな、育つ程に呪詛を喰らう魔物となった。生前の私は聖杯の呪泥で延命していた身だったからな、段々と自分の命をアレに喰い殺されていった。

 無論、抵抗は出来た。だが、する必要が皆無でもあった。

 ……分かるか?

 あの男は言った通り衛宮士郎、おまえの兄弟だ―――その、体と魂はな」

 

「貴様は、まさか……そこまで仕組んでいたのか―――?」

 

「ああ、当然だ。この命を私は息子に捧げたのだ。

 言峰綺礼に許された唯一の求道。それを言峰士人が失った感情の全て―――その精神とする為だけにな」

 

「言峰には生きている実感がないと言っていた。それもおまえが細工をし、あんな衝動を植え付けた張本人立って言うのか?」

 

「―――まさか。

 奴も呪いには気が付いていただろう。だが、アレの心の中には何も無い。幼い頃の士人にとって、自分の精神など無価値な存在だった。

 故に、吸い込まれる呪いに―――私の意思を混ぜ込んだ。

 養子であるが実子よりも尚、アレと私は同一の破綻者だ。真実、息子と呼べるのもアレだけだ。衛宮切嗣の理想をおまえが引き継いだように、言峰綺礼の求道を引き継ぎ―――無銘の亡者は、言峰士人と成り果てた」

 

 だからこそ、人道を越えた後天的異常者となった。

 その為にのみ与えられた言峰(コトミネ)士人(ジンド)の名前であった。

 

「つまるところ、言峰士人は人間の魔術師に非ず、聖杯の魔術師である。その正体は、聖杯によって生み出された伽藍堂の泥人形だ。

 私はな―――士人に殺されたのだ。

 その時、この命は引き継がれ―――今に至る」

 

「だから、言峰には感情がない。確かな意志だけが身の内に在って、貴様の意思が混じった求道を娯楽とするのか」

 

「その通りだ。あの男には自分自身が一つも存在していない。何もかもが貰い物であり、私やおまえ以上に壊れて狂った破綻者である」

 

 第六次聖杯戦争の原因を士郎は知らない。しかし、その根底に言峰士人がいるのは悟っていた。第五次聖杯戦争を生き残った監督役の立場は重く、アインツベルンや両キョウカイにも顔が効く。

 しかし、士人がそう考えて行動するそもそもの元凶が目の前に居た。

 切嗣の理想を受け継いで英霊にまで成り果てた正義の味方と同じく、綺礼の求道を受け継いでこの世全てを愉しもうと足掻く泥人形。

 

「とは言え、根底に在るものはおまえも私も、アレにとっても同じことなのだろう」

 

 綺礼はギルガメッシュに捧げる贄だった孤児を思い出している。あの英雄王も結局は自分と同じ狢の化生。人の命を喰らって生きることに躊躇いはなく、星の輝きを食す者。

 ……その、今も喰われ続けている同胞を前にして、綺礼に士人は邪魔と言った。

 師匠である凛から自分の工房を持つようにと言われて、地下に工房を作ろうとして、贄の祭壇場を見付けた士人は、偶々発見してしまった彼ら彼女らを何ら特別に思わなかった。

 感情が無いと正にソレなのだ。

 特別な何かが一つもなく、全てが無価値である故に、この世全てが平等だった。

 そして、その化け物を見た綺礼は、今でもその時に味わった悪徳の味を思い出せる。何か決意をして見殺しにするならばつまらないだけだが―――真に、士人は何も思っていなかった。それなのに、宿った呪詛だけが衝動のまま、その邪悪が楽しいと嬉しいと暴れ、それさえも士人は何も思わない。呪詛を脳内で汲みとって感情を偽り、それを実感できるが、心の中には何も生まれない。結局、何も実感出来ていない。

 素晴しい―――と、綺礼は面白くて堪らなかった。

 奴は鏡となって綺礼をより濃厚に世界へ写し出し、彼は持つ価値観に意味を与えた。生きた末に死ぬであろう最期、綺礼自身が自分で見た走馬燈に価値が生まれてしまった。

 

「私は、おまえたちが幸福と感じる事が不幸にしか感じられなかった。それ故に聖杯を求め、生まれる価値がない者が存在する価値を知りたかった。

 衛宮士郎、おまえは人の幸福を至福としながらも、自分の幸福を苦痛にしか感じられなかった。それに故に正義の味方を求め、無価値に死んでしまう人間を救う誰かを目指した」

 

「……っ――――――」

 

 士郎は自分の感情を言葉にすることだけはしなかった。あれは自分の理解者であり、自分はあれの理解者だった。

 ……認めたくはないが、言峰綺礼のような人間が士郎は好きだった。

 そして綺礼も、士郎を唯一無二の面白い同胞だと思っている。

 恐らくは、もう二度と出会うことはない同類たち。同じだからこそ相反する意志を持ち、自分を曲げない為には相手を倒すしかない運命。殺し合うしかない聖杯戦争での宿業こそ、むしろ今の二人には相応しい関係なのだろう。

 

「……だがな、士人は違った。ギルガメッシュが与えた誇りは更にアレを歪に深化させ、私が与えた求道は呪詛の衝動を更に禍々しくした。

 言峰士人は自分の幸福も不幸にも価値を感じず、人間そのものに価値を感じている」

 

 人間こそ―――最高の、娯楽である。

 

「――――……その為か。だから、おまえは間桐桜を助けるのか」

 

「ああ。アンリ・マユの復活は確かに、私が求め続ける方程式を見出すだろう。無価値なモノがこの世に存在する価値を与え、私が生まれて来た意味を知り、自分の人生にも何かしらの価値を得られるだろう。正しく望外の祝福だ。

 ……何より、生まれる前の赤子に罪はない。

 まだ言葉を知らず、感情に名前さえ持たない子供が、その魂に宿す衝動。生まれ出たい、と言う思いを私は誰が相手であろうと否定させるつもりはない。それはこの世で最も尊ぶべき人間の心であり、神であろうと人が最初に持つ原初の感情を間違いだというのならば、一切の躊躇いを持たずに問い殺そう。

 断じて、人と反する言峰綺礼だけは―――許してはならない。

 それを否定するとは即ち、この衝動から生み出た全ての人間を否定することに他ならない。私が持つ求道も、おまえが目指す理想も、全てがそれから生み出て始まった一つだけの道である。この聖杯戦争に参加した英霊共も、魔術師共にも、そもそも全ての元凶である聖杯でさえ例外ではない。

 故にこそ、このアンリ・マユの誕生を否定するならば、自分自身を否定した者で在らねばならないだろう」

 

 神父として、赤子を祝福するのは当然だ。生まれ出たいと望んでいるなら尚更だ。何より、この衝動以上に尊い人間の望みなどこの世には有り得ない。神霊とて人間と同じく、その魂が生まれ出たいと叫んだから生まれたのだ。後に、その衝動を基に作り上がるのが、自分を自分と定義する人格や精神である。

 そして、アンリ・マユは人間にとって無価値な存在だ。悪神の誕生は逃れれない人類の滅亡を意味する。数万年前から続く霊長は地上から抹殺され、この星は悪魔の住処と成り果てる。この聖杯は人類史に何の価値もない。

 それでも綺礼は、生まれたいと希う悪魔の叫びを肯定する。

 迷い、彷徨い、遂に出会ったこの運命(アンリ・マユ)を、彼は絶対に否定しないだろう。

 

「だが―――」

 

 そして在りの儘に悪魔が生まれる姿は、綺礼が愉しみたい人間そのものでもあった。

 

「―――間桐桜は自分を否定して、人間全てを肯定しようと足掻いた。それこそが、この世全ての悪を廃絶する彼女の意志だった。これを祝福せずに、何が幸福か。何より、そもあの女はな、士人に与えた私の呪詛で自分の意志を取り戻した過去を持つ。因果は聖杯を中心にして周り、巡り、こうして私は再び現世に復活した。

 無意味なモノなど、この世には一つ足りとてない。

 無価値なモノであろうとも、この世に生まれ出たのは唯一つの衝動だ」

 

 価値が無い自分自身に意味を見出す為に、言峰綺礼は存在している。結末を理解しながらも足掻き続ける衛宮士郎と同じく、彼はただただその為だけに呼吸している化け物だった。

 

「だからこそ、間桐桜は私にとって天啓に等しい奇跡である。士人に与えた呪詛が誰かの為に誰かを呪い、誰かを地獄から救い上げ、無価値なまま死ぬべき者に機会を授けた。その魔女も息子の友となり、私と同じモノを目指す同胞となっていた。

 ―――これを運命と呼ばず、果てして何が人生か。

 彼女が生み出す地獄はアンリ・マユにさえ生まれた価値を与え、この世全てに意味を為す人類最後の答えとなった」

 

 大聖杯を、自分の心象風景にする大偉業。この世全ての魂を蒐集し、鋼の大地に人類史を刻み込むこと。星を見届け、数多の世界を喰らい呑む解脱の外法。

 アインツベルンの千年と、ゾルゲェンの五百年と、遠坂の二百年。

 その全てが報われる桜の願望。

 言峰綺礼が望む答えが今―――この眼前に。

 勝利も敗北も、綺礼はどちらでも構わない。

 この在り方が間違いではない実感がある。

 得た生き方が無意味ではない確信がある。

 生きて死んで今更、これまでの自分を曲げて戦いから逃げる理由など存在しない。大聖杯を守り抜く事が綺礼には当たり前な事実であり、その為に死ぬのもまた当然の結果に過ぎない。

 今までそう思い生きてきたからこそ、今もまだ―――そう生きているだけだった。

 

「そんな事の為に、おまえは士人を作ったのか。

 ……その為だけに、桜に協力したのか―――!?」

 

「そうだ。そんな事の為だけに、死んだ私はこうして今も生きている」

 

 士郎は理解出来てしまった。目の前の男はただ生きているだけなのだ。命を賭けることが何ら特別な事ではなく、当たり前に生きているだけ。

 ―――自分と同じだった。

 正義の味方で在り続けることが生きる事であり、綺礼の思いもまた同様だった。

 私はおまえたちが幸福だと思うものが、幸福だと感じられない。綺礼のこの長い求道の旅の始まりは、その想いに集約されている。

 

「ああ―――分かったよ。

 それは確かに、今更諦める訳にはいかないか」

 

「すまないな、衛宮士郎。私は私の為に、全てを利用した。それを最後だからと、聖杯を前に切り捨てることは不可能だ」

 

 投影(トレース)開始(オン)―――と、言葉にせず士郎は思考だけで唱えた。聞きたいことは全て聞き、あの神父もまた話すべきことは全て話した。

 告げる(セット)―――と、声に出さずに綺礼は詠唱した。殺すべき相手を互いに目の前にし、敵が持つ願望が永遠に共存不可能と理解した。

 ―――最期の最後。

 聖杯によって人生を狂わされた二人は、遂に出会った自分の宿敵と殺し合う。
















 読んで頂き、ありがとうございました。
 長い伏線回収になりました。ハーメルン投稿の前、ジンドがジンドウの欠けた名前と当てた人が居ましたが、今も読んでいたら嬉しい限りですね。言峰家の名前は、理性と綺麗の漢字を変えた名前になってますので、だったら人道にしてみようと思いました。そこで攻殻機動隊のアンデルセン系キャラ、合田一人の名前から士人が思い浮かんだのが始まりです。


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90.再誕

 ―――夫婦剣を投影。

 ―――令呪を再装填。

 士郎と綺礼は完全武装し、疾走を開始する。ありとあらゆる戦闘経験を蓄積した双剣は錬鉄の魔術師を超人に作り直し、異常な領域にまで強化された神父は大英雄を生身で打ち砕く魔人と成り果てた。

 だが、既に勝負の行方は傾いている。綺礼は喰い殺したエミヤの戦闘経験と神秘を略奪し、自身の霊基を強化している。士郎は逆に桜との戦いで魔術回路を酷使し、半ば固有結界が肉体面にまで侵食し始めている。その状態でありながらも士郎は更に肉体強化の魔術を自分に施し、心身の剣化が止まらずに加速し続けていた。

 

「―――ッ……!」

 

 声も無く、ただ力のみで神父は空気を破裂させた。早い何て次元ではない踏み込み。令呪による空間転移を応用した縮地もどきも可能だが、相手は衛宮切嗣ではなく衛宮士郎。あの切嗣は固有時制御により内界と外界が遮断されていた所為で魔力反応や空間の歪みを感知するのに鈍くなり、綺礼は令呪の転移で容易く殺害出来たのだが、士郎が相手では対処されるのは分かっていた。

 恐らくは使った所で魔力を感知されてカウンターの餌食になる。また、綺礼は知らぬことだが彼は空間の歪みに対して鋭い第六感を魔術師として保有している。

 その奥の手を使わない事が結果、士郎に対する逆風となった。

 ―――ただただ速い。

 強化された神父の五体は最上の英霊にも匹敵する。この度の聖杯戦争で召喚されたランサーのサーヴァント、クー・フーリンを連想させる程の素早さだ。

 

「……―――!?」

 

 その動きを彼は容易く見抜いた。強化された肉体動作、魔力の流れ、視線の向き。そして、感じ取れる蝗の群れの如き殺意。観測したあらゆる情報を零秒で処理し、最適化された剣術で以って迎撃。

 交差した夫婦剣と、神父の魔拳が衝突する。

 硬化した神父の拳は士郎の胴体を粉砕出来ず、双剣を二つ纏めて砕くだけに終わった。このままでは第二撃目として繰り出される綺礼の拳から脚による打撃によって、武器を持たぬ士郎は即座に肉片へとバラバラに砕かれよう。

 だが、その瞬間―――投影、完了。

 士郎は予め呪文詠唱を幾つか同時進行させていた。既に心象風景が内蔵された脳内部には武装が準備されており、容易した魔術にも最初から魔力を装填済み。

 

「全工程投影(セット)完了――――」

 

 士郎は左手で右肩を掴んで押さえ付け、右腕一本で剣を構えた。右手が握り絞めるのは、人間が持つには余りに巨大な剣だった。それは剣と呼ぶには余りに肉厚な刃を誇り、まるで丸い盾のような円状の形をした大斧だった。

 エクスカリバーとは別の、黄金斧剣。

 アーサー王の財宝であると同時に、星ではなく神が作った神造兵器。

 ―――マルミアドワーズ。

 アルトリア・ペンドラゴンがキャメロットに保管していた武器の一つだった。巨人の王から奪い取った宝剣であり、嘗てはヘラクレスの愛剣として使われた宝具。神代にて多くの魔獣共を屠り、その剣には大英雄が体得した剣術が濃厚に蓄積されていた。

 士郎が知っているのは第五次聖杯戦争で召喚されたバーサーカー―――ヘラクレスが持つ岩の斧剣のみ。

 だがそれは大英雄の宝具ではなく、アインツベルンの錬金術師が神殿の礎から作成した武装。そんな紛い物であろうとも士郎はヘラクレスが愛剣として振うことで戦闘経験を固有結界に蓄積し、十全に大英雄の武器として扱うことが出来る現代最強の魔術師の一人である。

 大英雄ヘラクレスが持つ殺戮技巧が武器に染み“()”き、それごと彼は投影する。

 ならば―――可能。

 この黄金斧剣(マルミアドワーズ)はアインツベルンで召喚された陰陽師(キャスター)、安倍晴明が作り上げた偽物であるが衛宮士郎には問題は欠片もなかった。岩の斧剣に蓄積された大英雄の戦闘経験と、第五次聖杯戦争の時に召喚されたエミヤ(アーチャー)から引き継いだ固有結界の情報と、キャスターが召喚した式神であるヘラクレスが持っていた陰陽術で過剰強化されている擬似宝具。

 この三つを自分の固有結界、無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)によって錬鉄する。

 その為に今までの人生で登録した全ての武器を検証した。必要な技術と神秘を心象風景より検索し、実験し、投影可能な武器として再登録する。

 全ては―――この時の為だけに。

 自分以上の魔人を倒す事を目的とする。誰が自分の前に立ち塞がるかは分からない。それでも相手が魔術師だろうとサーヴァントだろうと、格上の敵を抹殺する手段だけを思考し、衛宮士郎はアインツベルンの根城から帰還してからも、自分自身の魔術を常に錬鉄し続けていた。

 それ即ち―――

 

「―――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)

 

 ―――絶殺にのみ専心する投影の極致。

 ―――九つの刃。狙うは八点。

 最初の一撃を足止めの為に使い潰し、残り八連。

 それら全てを八ヶ所の敵の急所へ、神速の域に達する斬撃を叩き込む―――!

 

「ク―――グゥ、ォ、ォォオオオ」

 

 気が狂う程の奇跡であった―――令呪による人造の奇跡の具現であった。

 おぞましさすら感じ取れる修羅の精神によって、神父は全身で以って最初の一撃に専心していた。命を賭ける、とは様に言峰綺礼の所業を指す。

 強化した肉体と、体感時間が停止する程の集中力。

 何より令呪を使うことで、自分の霊基から引き摺り出した宝具足る得る魔術―――固有時制御。神父は自分の霊体に吸収した切嗣(エミヤ)の神秘を令呪による奇跡で取り出し、縮地もどきを行うのと同じ要領で擬似的に模倣していた。空間を跳躍する魔法レベルの大魔術を可能とする令呪だからこそ、同じく魔法に迫る魔術を綺礼は神秘を理解することで行使する事が可能となった。

 エミヤの神秘を奪い取り、それを再現する。

 故にこれは、実行可能な対応策ではった。強化を施した自分を二倍速で稼動させることで、宝具「射殺す百頭」と同じ領域にまで自分を繰り上げた。

 

「オオオオオオオオオオ―――――――――――」

 

 素手による迎撃―――無刀の白刃取り。

 令呪を更に装填した両腕により斧剣の刃を固定させ、迫り来る一撃目に全身全霊を注ぎ込んだ神父の狂気。

 

「――――ッ………!!」

 

 ―――まるで、英雄のような雄叫びを上げた。

 神父の叫び声は本当に自分の命を力尽くで絞り取るようで、令呪を強制発動させる自己暗示と成り果てた。

 強化に使っていた魔力が全て掌から一気に噴射。膨大な魔力の圧迫と拳圧に耐え切れず、投影の構造が概念的に崩れ、斧剣は崩壊。衛宮士郎が保有する二十七本全ての魔術回路を使った投影魔術は絶殺に失敗し、射殺す百頭は残り八連撃を不発に終わる。

 ―――だが、綺礼もそこで動きを停止させた。

 切嗣を殺す為に使った令呪は膨大な魔力を消費することで再び装填させておいたが、腕の傷痕にはもう一画の令呪も残っていない。全ての令呪を使い潰すことで、綺礼はやっと士郎の絶技に並び立てたのだ。そして綺礼はこの後、強化を施すにも聖杯の奇跡は使えず、自前の魔術回路を使う他に手段はない。無論、加速も転移も不可能だ。令呪の再装填は間桐桜からの膨大な魔力供給があろうと数秒は必要で、今はその桜も意識を失い、自我が崩壊しているのだから。そのため令呪復活は数秒ではなく、更に時間を必要としてしまうことだろう。

 ―――それで充分だった。

 相手はサーヴァントではなく、人間の魔術師。

 耐久性は物理的な肉体に依存している。泥化していない黒鍵は勿論のこと、魔力を宿さぬ拳でも殺害可能。

 

「……ッ――――」

 

 倒す、と神父の殺意が一気に膨れ上がった。無言のまま拳を構え、身に刻みに刻んだ套路が綺礼を効率的に稼動させる。士郎は咄嗟に拳を振り抜き、綺礼は冷静にその死を目視する。

 この近距離、魔術を準備する機会もない。予め呪文詠唱を済ませておけば余裕を持って使えるが、先程の攻防に士郎と綺礼は何もかもを使っていた。刹那の一瞬に全てを集中させていた。互いに魔術回路はオーバーヒートし、霊体が発火していないのが不思議なほど。

 ならばこそ繰り出されるのは―――生身の拳!

 ―――直撃。

 肉と骨が砕けた感触。

 綺礼は敵の拳を紙一重で回避し、自分の拳を相手の心臓へ叩き込ませた。

 

「―――!?」

 

 確かに、綺礼には肉が砕けた実感があった。しかしそれは、自分の拳が砕けた痛みを伴う違和感であった。まるで鉄塊を強引に殴り付けた感触であり、剣山を手で叩いたかの様な鋭い激痛。

 ―――体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 呪文詠唱など不要。

 自己暗示さえ無用。

 衛宮士郎は剣であり、魂の起源も剣である。回路に魔力が僅かにでも残っていれば、思念のみで剣と化す―――否、もはや思念さえ剣である。士郎は肉体を剣化させることで身体機能を強め、内臓と神経まで硬化し、更に心象風景の侵食が進めば肉そのものが刃と変貌する。流石に脳まで剣化すれば人間でなくなり生命活動を維持出来ないが、頭部を除く外部は剣体に作り変えられている。

 投影魔術よりも遥かに直接的な剣の具現―――!

 

「おぉ、ぉ―――ォオ―――オオオオオオオオオオオ!!」

 

 喉を切り裂かんとばかりに士郎は叫んだ。ここで負けたら全てが無に還る。桜は未来永劫の地獄となり、凛を大聖杯の呪縛から助けられない。

 士郎は何が何でも頭部だけは守りながら、体勢を整えた。

 数発のみ相手の胴体へ即死の打撃を炸裂させたが、綺礼は敵を殺し切れず。士郎の拳を肉を抉り取っただけで、神父の命までは殺し切れず。

 ―――剣化による肉体硬化。

 それでも拳の衝撃まで防げる訳ではない。神父の魔拳は心臓を砕いていた……その筈だった。だが、士郎には聖剣の鞘(アヴァロン)がある。アルトリアとのラインを修復し、宝具の蘇生機能を今は万全に扱える。しかし、剣化していなければ鞘が有ろうと綺礼の拳は肉体を打ち破り、心臓内部に呪詛を直接流し込み、神父は士郎へ確実な死を与えていた。

 つまり、十九年前に切嗣が士郎に与えた鞘が作り変えた剣の起源。

 そして、アルトリアとの繋がりで得る聖剣の鞘が与えた不死の力。

 その二つが、士郎を衛宮士郎へと生み変わらせた原因が―――この瞬間、彼が神父を上回った理由であった。

 

「っ、……っ―――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 刃の肉体、何者かと神父は疑問を浮かべたが答えを直ぐに察した。しかし、この瞬間に必要ではないと捨て去り、絶殺のみに専念。

 ……しかし、最初の一撃に何もかもを込めたのが悪かったのか。

 令呪がなければ砕けた拳を直ぐ様万全に治癒すことは出来ず、それでは鉄の破壊は叶わない。

 殴り合いの応酬は本当に短い間で。五秒も満たずに雄叫びを上げた正義の味方は、神父の身に辿り着き―――

 

「……そうか。その力、息子(アレ)と同じ固有結界(シナモノ)か」

 

 ―――命を掴み取った感触。

 刃となった拳は躊躇い無く進み―――悪魔の心臓を、突き抜いた。

 

「―――オレの勝ちだ」

 

「そのようだ。この勝負……おまえの勝ちだ、衛宮士郎」

 

 士郎は腕を綺礼から引き抜き、鞘で以って強引に剣化を抑え込んだ。肉体が再び刃から肉へ作り変えられ、全身の細胞が激痛を訴えるが、既に身に慣れた苦痛だった。

 ……綺礼は自分を見下ろし、何も無くなった心臓を見た。

 これではもう戦うことは出来ないと静かに納得し、大聖杯に眠る悪魔と繋がっていた悪性心臓が消えたことを理解した。

 

「では、私は死ぬとする。

 ―――おまえが勝ち残った最後のマスターだ。存分にその責務(望み)を叶えに向かうと良い」

 

 この度の第六次聖杯戦争の監督役に代わり、言峰神父は何時もと何一つ変わらないまま衛宮士郎の勝利を祝福した。

 最後のマスター。

 その言葉には言峰綺礼の過去が込められていながらも、彼はまるで関心がない普段の表情のまま敵の勝利を告げていた。

 

「ああ、さらばだ。容赦なく、貴様の望みを打ち壊そう」

 

「――――――、」

 

 口元を僅かに笑みに歪め、神父は喜びも悲しみもなく崩壊した。この苦界から完全に消え去った。エーテルで構成されていた肉体は太源へ還り、霊基に取り込まれていた切嗣ごと残すモノなど一つもなく―――消滅した。

 最後まで立ち塞がるいけすかない敵でありながら、士郎にとって憎み切れない神父であった。

 

「終わりか。やっと、これで…………」

 

 士郎が見上げたのは、この世界に植え付けられた肉の塔だった。黒い魔力が放たれ、呪詛を撒き散らす聖杯戦争の根源。

 この世全ての悪はまだ生きていた。アンリ・マユを守る者は全て倒された。後はもう、あれは死ぬしか出来なかった。

 亜璃紗は使徒を使って士郎たちを抑え込んでいたが、今は逆に大聖杯へ向かうのを敵に阻まれている。士郎は使徒が抑え込まれている内に大聖杯を破壊する必要がある。

 

「……………………っ」

 

 士郎はそのまま歩み始めた。立ち止まることはせず、大聖杯が何かする前に破壊しようと進み続けた。まだ背後の洞窟からは戦闘が続いている気配があり、決着を付けねば皆が死ぬ事となる。大聖杯を止めなければ、桜の魂は解放されず、凛も呪われ続けたままだ。二人を早く助ける為にもまずは聖杯の破壊が最優先だ。

 ―――投影、開始。

 一撃で両断する武器が要る。

 士郎の脳内にはセイバーが持つ聖剣が描かれる。設計図はあっさり描き終わり、魔力を流せばエクスカリバーは彼の宝具として投影されることだろう。

 

「――――――衛宮君」

 

「あぁ。やはり、無事だったか……………」

 

 その声に安心して士郎は振り返った。生きていた事に安堵し、聖杯による汚染も心配していたが、呪詛に満ちた魔力の気配はない。呼び声に違和感など欠片もなく、神父が言っていた通りに汚染されていれば、躊躇わず士郎を背後から不意打ちをしていたことだろう。

 そして、そもそもな話、凛は九年前にこの泥を克服している。第五次聖杯戦争の最後、士人が投げた黒泥に取り込まれた士郎を救い出したのは彼女自身。凛が持つ精神防御は非常に高く、勿論九年前よりも現在の方が強い。

 それを考えれば、聖杯の呪いに負ける遠坂凛ではない。凛は綺礼に勝った士郎を祝うように、彼を背後から呼び掛けた。

 

「……遠坂――――――?」

 

 士郎へ向ける普段通りの変わらない表情だった―――瞳が金色に輝き、髪が白く脱色していなければ。加えて肌も魔力による影響を受けたのか、薄黒く変色していた。

 

「……まぁ、見た通りよ。何もかも手遅れって訳ね」

 

「―――凛……おまえ」

 

 そして、凛は精神崩壊した自分の妹を大事に、愛おしそうに、両腕で抱え上げていた。そんな悪夢の如き現実を士郎は前にし、間違いが間違いであって欲しいと彼女に問わないといけなかった。

 

「聖杯は、破壊しなければならない」

 

「そうね」

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)は滅ぼさないといけない」

 

「そうね」

 

「―――桜を、この悪魔から解放しなくてはならない!」

 

「そうね――――」

 

 遠坂凛は豹変する。人間から、真性悪魔へ転生した……してしまった。悪神の眷属となる使徒化などまだ可愛らしい。

 彼女は悪神の呪詛を完全に克服し、大聖杯を一瞬で己が魂の支配下に置いた。

 ―――地獄が、生まれ出てしまった。

 相反する法則と法則が統合され、人類を守る抑止力にとって絶対に有り得てはならない存在(モノ)が誕生した。

 

「―――でも、駄目ね。

 私の妹を救うには、大聖杯が要る。壊れてしまった桜の魂を直すには、この第三魔法が必要なの」

 

 この時になって士郎はやっと理解した。何故、切嗣が凛を殺そうとしたのか、理解出来てしまった。抑止力がこんなにも直接的に契約を利用して干渉して来たのは、この目の前の地獄が原因だった。

 第二魔法の使い手が、第三魔法を求める悪夢。

 第三法を体現する悪神を、第二法を体現する魔法使いが支配する矛盾。

 ……確かに、凛の強靭な精神は呪詛に対抗するだろう。

 彼女からすればアンリ・マユの呪詛など無価値である。

 しかし、綺礼が行った汚染は違う。彼は自分の魂が持つ始まりの混沌衝動、起源「切開」を用いた呪詛の流入を行ったのである。

 この世を呪う悪魔の祝福を、魂の内部へ直接流し込む絶対変異―――第三法による魂の再誕である。物理的に融かせば相手の霊体さえ取り込んで泥と共に吸収するが、本来の使い方を考えれば変質(こちら)が本質である。

 ―――逆なのだ。

 霊体を融解させる程の呪いを凌駕する魂の強さを持つことで、変異は果たされてしまう。

 綺礼の悪性心臓は大聖杯から直接呪詛を供給されることで、魂と言う情報の設計図を内側から作り変えてしまう正しく第三法による邪法であった。

 

「―――Anfang(セット)

 

「ぐ、ぅ―――ぁあ……ぁぁあぁあああアアアア!!」

 

 ―――空間圧縮。肉体を一点に押し潰す威力を持つ魔術を、彼女は即座に起動させた。そして、そのまま固定する。

 士郎が身に纏う赤原礼装は外界からの干渉を防ぎ、その気になれば強化した肉体と魔力を放出することで魔術の力場を崩し、強引に空間固定程度の魔術ならば破壊することが可能。

 ……しかしだ、相手は遠坂凛である。キャスター(安倍晴明)の根城に風穴を開ける化け物が成す魔術に、回路さえまともに動かせない士郎が抵抗出来る訳がなかった。

 黒騎使徒の群れ、英霊憑依した間桐桜。

 そして、最後に戦ったのは死力を尽くす言峰綺礼だった。

 もはや余った力は少なく、残す魔力も聖剣分だけ。それも自分の精神や魂を削り、魔力に変換してやっと真名解放が可能な程に消耗している。頼みの綱であった凛からの魔力供給ラインも綺礼の呪いでとっくに切られ、士郎は自前の分しか残されていない。そもそも、ラインが繋がっていたところで今の凛が魔力供給するかは疑問であり、むしろ逆に呪詛を流し込まれずに済んでいたのかもしれなかった。

 

「見てたわよ、士郎。綺礼に呪われた後、実は私、結構早く目が覚めててね。本当、良いタイミングだったわ。

 丁度―――貴方が、桜を壊した瞬間でね。

 まだ何とか抵抗は出来てたんだけど……私、願ってしまったから―――」

 

 

 呪いは満ちた。悪魔の祝福はついに人間へ辿り着いた。

 

 

「―――桜を、救いたいって」

 

 

 聖杯は笑った。世界を支配する魔人が地獄へ堕落した。

 

 

「と、お……さかッ―――!?」

 

「可愛い呻き声を上げるわね、士郎。あぁでもこの変な気分、何なのかしら。こうなる前なら思いもしなかったけど、これが他人の不幸が甘い蜜に感じる悪徳なのかしらね?

 確かに、なるほど。

 ―――人間って、こんなにも愉しいのね」

 

 とは言え、凛に士郎を殺す気はない。圧力も骨に罅が入って砕ける寸前で止めている。何より、もし殺すとしても第三魔法を根源から奪い取り、完全な魂の蘇生が出来るようになってからだ。そうすれば好きな様に魂を改竄し、衛宮士郎の魂に刻み込まれたアラヤとの契約さえ剥ぎ取る事も出来るだろう。

 第二法も過去の改変や、限定的な死者蘇生も可能だが条件付きだ。

 しかし、凛が何もかも救う奇跡を得る為には、この大聖杯を利用する必要があった。

 

「そこまで、堕ちたか……ッ―――」

 

「否定はしないわ。そうね、んー……反転衝動とでも名付ければ良いのかしらね。でも、これが、呪われた士人と桜の二人が何時も味わってた愉しいって実感なのね」

 

 魂に融け込み、憎悪を喜びとする反転衝動。凛は士人のように心の中身まで全て焼却された訳ではないが、士人と桜が良しとした地獄を彼女も同様に楽しいと笑うことが出来てしまった。あるいは、綺礼と同じ不幸を歓喜とする悪人の感性だった。

 

「―――反転、衝動……おまえ……が!?」

 

「残念だけど、何事も例外はあるの。むしろ、正解の王道ばかりな訳ないでしょ。霊体ごと魂をぱっくり切開されて、内部から入り込んで来た所為で、中身グチャグチャよ。性格や人格も元の形を失ったわ。

 抵抗はすることは出来ても、もう自分の心象風景に融け込まれて、呪いを取り出すのは不可能になったの。普通に呪われただけなら、こんな世界を滅ぼす程度の呪詛、どうとでも出来たんだけど。

 そして、私が持ってしまったこの願いを聞き、大聖杯の悪魔は叶えようとした。願望器としての機能を私に向けて使ったって訳なのよ」

 

 そして魔力の濃度を上げ、士郎への圧力を少しだけ高めた。

 

「が、ぁ―――あぁアアアアアアア!!」

 

「ふふ。耐える耐える。まぁ、魂に刻まれた心象風景を魔術として運用して、固有結界に対する抑止力からの圧迫にも普段から耐えている士郎だものね。

 うーん、空間干渉には相変わらず強いようで。第二法を使う私からすれば、本当羨ましい特異性よね」

 

 凛は笑いながら、世界へ孔を穿った。

 

「だから、油断はしないわ。衛宮君は強いもの。どんでん返しは許さない。

 ……そこでずっと見てなさい」

 

「……なに、を―――!?」

 

「決まってることでしょうに。大聖杯を完成させるのよ―――私の世界でね」

 

 合わせ鏡の如く重なる平行世界から凛は魔力を強奪し、空間に刻み込んだ魔術式に魔力を注ぎ、大聖杯を中心に魔法陣を描き続ける。

 完成する魔法陣は一つだけではなかった。手持ちの宝石を術式の核として運用し、描いては固定し、刻んでは浮遊させ、一つ一つの陣に1000にも届く魔力が溜まった宝具級の魔術が群れを成す。

 

「まさか―――」

 

「―――まさか、何て言葉はもう遅い」

 

 黒い光を輝かせる肉の塔が包囲された。凡そ1000の数値に匹敵する魔力が籠もった魔法陣が、数十以上も輝きながら世界に降臨していた。全体の魔力量は流石に大聖杯には負けるものの、最上級のAランク宝具が数十個以上同時に真名解放された魔力の轟きに等しかった。

 大聖杯は今も尚、この世界に孔を穿っている。

 言うなれば聖杯そのものが、根源の渦へ繋がる大回廊だ。

 その渦を―――更なる巨大な孔が覆いかぶさるように、異なる世界へと続く孔が開かれた。

 

「この大聖杯は私のものよ―――」

 

 この段階に入り、凛も自分がどんな存在になったのか、理性面では全て把握していた。衛宮士郎の養父であるあの衛宮切嗣が何故、この自分の命を桜よりも優先的に狙っていたのか分かってしまった。

 魔法とは、人類史に有り得てはならない法則。人理による世界の守りを容易く崩壊させる力だ。

 その魔法の神秘さえ超える異端は魔導とも呼称されるが、アンリ・マユによるバックアップを受けた遠坂凛はその領域に達していた。

 だから、この恐怖を理解していたから、この第六次聖杯戦争には抑止の走狗が集中した。衛宮士郎が参戦したのは当然のこと。言峰士人によって集まった魔人と超人は全て素質の有る候補者だった。集ったマスターは全員が抑止の守護者となれる能力を持っていた。現状の世界を維持する為ならばと契約が結ばれる力場が発現したのも、この危機に対する抑止力(カウンター)だった。

 今の人間社会は常に滅びの危機に瀕している。しかし滅んでいないのは、自分達の集合無意識が人間達に働きかけ、自然と流れが存続に繋がるように誘導しているからだ。世界が滅び去る事件に、その事件を解決可能な人間が招かれるのも、この抑止によるもの。

 だが―――第六次聖杯戦争は違う。

 より直接的な介入がなければ人間が消滅する。

 その為の契約だった。デメトリオ・メランドリは遠坂凛を殺すことを代償に、死から生還する権利を阿頼耶識から譲り受け、それをあっさり放棄してアルトリアの魂を斬り殺した。衛宮切嗣も同じく遠坂凛を殺すことを代償に、イリヤスフィールと士郎がせめて死ぬまで平穏に暮らして欲しいと、間桐桜と協力した。無論、遠坂凛抹殺に成功すれば、人類存続に邪魔な桜達全員の殺害も計画の内側であった。

 それら全ての情報を今―――大聖杯と繋がることで凛は細部まで理解した。

 アンリ・マユが聖杯を通して観測したこの世界を、第六次聖杯戦争で働いた抑止力の流れを、彼女は把握出来た。

 

「―――第三法はたった今、第二法の担い手と統合される!」

 

 冬木の聖杯戦争は五度の殺し合いを経て、魔術師同士の殺し合いではなくなっていた。英霊を使い魔のサーヴァントに劣化させ、渦を生み出す為の生贄にする儀式魔術ではなくなっていた。魔法の魔術基盤が眠る根源への門を開き、第三魔法をアインツベルンが手に入れる為の魔術実験ではなくなっていた。人間が生み続ける悪性を焼き滅ぼし、マキリ・ゾルゲェンが最初に抱いた願望であるこの世全ての悪の廃滅を為す為ではななくなっていた。

 聖杯戦争の結末は―――遠坂凛に集約された。

 魔法への研鑽を忘れず、根源を諦めず、御三家で一番狂っていたのは遠坂家だった。聖杯を求めない魔人が生み出たが故に、遠坂の集大成と呼べる魔術師に成長したが故に、冬木に集った御三家最後の“魔術師(探究者)”である凛が勝ち残ったのも必然であった。

 

「―――無尽蔵の命。

 ―――無限の世界。

 ―――神の真霊子。

 古き偶像が持つ権能を模した無辜の生贄(サーヴァント)を媒体に、魔術師共が生んだ大聖杯によって作り上げられた人造悪神―――この世全ての悪(アンリ・マユ)

 

 何もかもが必然と呼べる流れだった。偶然など一つも存在していない。運命とは、人類全ての意識が求めた総決算だった。

 

「理解してるのでしょ、士郎。これは地獄なの。この惑星が飼ってる(イヌ)が作った世界じゃなく、私達人間が生み出した地獄(セカイ)の神様。その悪魔が、私の魂となってしまった。

 私もね、今の自分が狂っているのはちゃんと知ってる。

 でもね、この魂が止まらない。

 叫んでるの―――救いたいならば、この世全てを生贄にしろって」

 

「――――――ッ……!?」

 

 金色に輝く凛の瞳に士郎は地獄を見た。間桐桜と同じく、人類全ての悪を内蔵した悪神の目。見ただけで精神が弱い人間の命を容易く奪い、惰弱な魂を狩り取る死神の呪詛。言わば言葉一つで、人の心を悪に落とす呪いの軍勢。守護者として錬鉄された衛宮士郎でなければ、遠坂凛と会話することさえ許されない。英霊並の魂がなければ、魂魄自体が発狂して死ぬ人型の怨塊。

 ……彼女はそんな自分の現状を分かっている。

 平行世界の自分から盗み写した術式を使わなければ、呪詛の波動を身の内に封じ込める事も出来ない。そんな生き物、既に人間と呼べる存在(モノ)ではないのだ。

 

「―――Anfang(セット)

 

 呪文によって生み出されるのは、魔法。凛は集めに集めた数万もの魔力を疾走させ、魔法陣全てを起動させた。大聖杯が眠る山だけではなく、この冬木の街が壊滅する程のエネルギーが轟き、魔法陣に刻まれた術式が力を発揮する。

 ……少しでも制御に失敗すれば、街が消える。

 凛はその危機感を愉しみながら、回路を使って術式を万全に運用した。

 

Unendlicher Korridor(無限回廊)Kreation(隔離展開)――――――」

 

 凛と士郎が居る空洞は光に満ち―――一瞬で、大聖杯は消滅。冬木の霊脈に取り憑いていたアインツベルンの巨大魔術回路は失われ、誰も知らぬ何処かへと流出してしまった。

 ―――大聖杯は、冬木の地より消え去った。

 凛はそれでも士郎への魔術拘束を弱めず、自分と桜の転移の準備を始めた。目的の大聖杯強奪に成功し、後は自分がこの冬木から脱出するのみ。時が経てば同盟を結んで仲間になっていた魔術師と英霊たちがこの場に到達し、敵として自分を殺害することだろう。

 

「それじゃあね、士郎。今度会う時は多分、殺し合うんでしょうけど。それでもちゃんと言っとくね―――」

 

 呪詛に狂った黄金の眼に、凛は僅かに人としての感情を混ぜ込んだ。彼はそれを見て、これから喋る凛の言葉に嘘はないと直感した。

 

 

「―――愛してる。

 全く、自覚してるのに不思議な感覚よ。誰かを愛する心は、人間も、神様も、悪魔も、関係がないのね」

 

 

「……止めろ。止めてくれ、凛――――――!」

 

 

 世界は歪み、士郎の前から桜と一緒に凛は冬木より過ぎ去った。

 

 












 第六次聖杯戦争、終幕です。









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完.end of Fate

 オリキャラ同士の雑談みたいな回です。



 冬木の街から離れた都市。根源の渦を生み出し、消え果てた大聖杯を巡り魔術協会でも聖堂教会でも問題は起きているが、今のこの二人には関係がなかった。

 ―――第六次聖杯戦争から半年後。

 太古の真性悪魔が生み出る大聖杯が解き放たれたが、世界は相変わらずそのままだった。平和な国では平穏に人々が暮らし、闘争が続く国では人々が殺し合って死に満ち溢れている。何一つ、人間に、世界に、変化はなかった。

 

「衛宮から盗み取れた記録はこれだけ」

 

「成る程。感謝する」

 

「どうも」

 

「ふむ。ではこれで、さようならと言う訳だ。ならば間桐亜璃紗よ、もう二度と合うことはないかもしれないが言っておこう。

 これからお前が歩む人生を、俺は祝福している。

 間桐亜璃紗と言う人間はこれでやっと、自分自身の足で己の道を歩み始める事になるのだからな」

 

「……アリガト。貴方の真心って空っぽなのに、誰にでも優しいんだね」

 

「神父だからな。その先に身を焼く地獄が待っているのだとしても、若者の未来を祝うのが俺が自分に課した務めだ」

 

「へぇ、厭な神父ね。本当に嘘偽りないのが人間としてダメね」

 

「是非もないことだ。人間としての在り方など、俺のような神に仕える偏屈者か、魔術師のような社会不適合者でなければ気にして生きていないだろうよ。

 ……あるいは、誰かの心を食い物にする存在不適合者のお前でなければな」

 

「言えてる。何が正しくて、何が間違っているかなんて、私たちみたいな爪弾き者が幸せになれない人間社会が主軸になった考え方だもの」

 

「その通りだ。当たり前の幸福を目指して生きた所で、自分が持つ元の在り方に反して苦しむだけ。いや、苦しめると言う実感が有るだけまだマシだ。まともに苦しむことさえ出来ず、虚無感もなく、何かを思って感情を吐露することもない。

 結局、破綻者は幸せを幸せと実感出来ん。

 所詮、地獄が無ければ地獄を作り出す獣。

 お前も俺も生きているだけで人生を愉しめるが、それは人間がこの世に溢れているからだ。この娯楽品が不足してしまえば感情を失い、世界に価値を見出せなくなり、呼吸をする気力さえ奪い取られてしまうだろう」

 

「モチロン。人間がいないと、心が潤わないし。人間としての思いが足りない私の心は、やっぱ他の心を食べないと栄養不足になって感情が停止しちゃう。

 意識はあるんだけど、何かをする事が出来ない。

 あの無気力感って、感情が戻った後に再確認すると凄く死にたくなるんだ」

 

「気にする事でもあるまい。生きていれば我ら人間、死ぬまでの間は如何とでも足掻ける」

 

「ま、ね。人間じゃないと人間は愉しめないから」

 

 亜璃紗は桜の末路を知っている。士郎から記憶を盗み見し、大聖杯の前で起きた全てを理解した。それらを知った上で、間桐の名をまだ名乗り続けている。

 亜璃紗は娘として、母の悲劇を愉しんだ。

 何故、人間が苦しむ姿はこうも胸に迫るのか。

 何故、愉しいと感じながらも同時に胸が苦しいのか。

 何時も通りに面白いと思いながら、亜璃紗は桜が最後の姿を思い出すだけで呼吸するのが苦しくて堪らなかった。

 

「そうだな……―――」

 

 暗い感情を少女から察するも、士人はそれを探らない。既に分かっていることであり、亜璃紗に桜の最後を語らせることでもう、彼女の心へ棘を抉り込ませていた。尤も、心を読む亜璃紗はその士人の思考を読んでおり、自分の思考回路を読ませることで彼女に罪と罰を強引に向き合わせていた。

 

「―――で、狩人共はどれ程だった?」

 

 その言葉を聞き、亜璃紗はどっと疲れた表情を浮かべた。人形みたいに作り物染みて気持ち悪い領域で整った顔立ちの美少女が、一気にブラック企業務めで精神が摩耗し、生きる気力が消えていく徹夜明けのOLの如き様相に変わった。

 

「いやぁ、今は死ぬほどピンチなの。ほら、黒化天使……じゃなく、黒騎使徒って私達が作ったじゃん」

 

「ああ」

 

「桜さんが魔法使いに大聖杯ごと拉致された所為で、私は彼女たち人造聖杯を手放すしかなかった。そんで、それを保護したのがカレンさんとバゼットさんでさ、聖堂教会と魔術協会に属することになったの。

 その後、大半が執行者やら代行者になってね……悪夢よ。

 あいつら全員、復讐に目覚めたの。例外なく、一人も欠けずに復讐者になった。組織に属することを拒んだ数人もフリーの魔術使いなってるし、私を狩り殺すのを全く諦めてないし。平和に生きようとか、幸福になりたいとか考えるのがいなくて、まずは人生の目的として桜さんと私の抹殺を最優先にしてる」

 

 そして、生まれたのが巨大派閥。死徒との抗争で多大な損害を受けていた魔術協会と聖堂教会であったが、それを補って余りある戦力の補充に成功していた。

 バゼットは復讐を願って時計塔の執行者になる事を望んだ者を、誰も拒むことをしなかった。纏めて保護し、経歴を偽装した。そして、まず最初にエルメロイ二世に押し付け、魔術師としての基礎を勉強させることにした。その後、それでも執行者になるのを望むならばと、自分が臨時代理の管理者になった部署に所属させれば良いと考えた。

 何より、今のフラガは協会内でロードに匹敵する魔術師。聖杯戦争中にクー・フーリンが使った原初のルーンの実物をその目で理解し、彼から直接学び、魔術神オーディンが持つ権能を学習してしまった。伝承保菌者として光神ルーの神霊魔術である宝具を操るフラガだからこそ、神代にまで遡って魔術を鍛えられる。ルーン専門の刻印魔術師としてバゼット・フラガ・マクレミッツは、もはや誰もが認める冠位の中で、更に異端極まる魔術師となった。本来ならば封印指定確実だが、そもそも成り上がったバゼットは今の執行部において絶対権力を持つ最高戦力。ルーンの深淵に到達するのも時間の問題であり、宝具フラガラックも完成を越え、宿った伝承より進化した神秘となるだろう。エミヤによる宝具の改造理念も知っており、もう協会で彼女以上の神秘を持つ者は存在しない。

 そして、カレンもバゼットと同様の事をした。しかし、聖堂教会の代行者不足は協会の執行者不足よりも深刻であり、カレンと知り合いのシエルは彼女達が同意するならばと代行者になるのを協力した。死徒二十七祖を殺し得る戦力が一気に十名以上も入ったことで、何人もメンバーが死んで存続が危ぶまれた埋葬機関も甦ることだろう。

 

「あの大聖杯に繋げて、アンリ・マユと適合させたのが悪かったわね。ヒヨった惰弱な思考する奴が誰もいないし、メンタル全員狂ったみたいに私が魔術実験で強くしちゃったし。

 いや、味方の傀儡なら別に良いんだけど、今はもう敵に回ったからアウト。不屈のガッツを持った人間聖杯が、全員揃って私を殺そうと迫って来るのはホントにヤバいんだから。

 こんなことになるなら、私も桜さんみたいに誰か英霊を憑けとけば良かった……」

 

「だろうよ、俺でも死ぬぞ」

 

「ね、そうでしょ。まぁ、死ぬ気はさらさらないけど。あぁ、でも、オルテンシアさんとマクレミッツさんまで結構ノリノリで私の事を間接的に殺してくるのは勘弁して欲しい。マジで」

 

「バゼットさんはああ見えて、天然でノリが良い女傑だ。普段は可愛い部分も大いに目立つが、むしろ芯の部分は紛う事無き英雄の思想だ。彼女らのように、復讐を他力本願ではなく自分の力で望みで果たそうとする被害者が居れば、何だかんだであっさり感情移入する。ついでに異性に惚れ易く、同性も信頼し易く、結構騙され易い人だ。後、弟子を育てるのとかも実は何気に好きであったりする。自分からは彼女達の為に殺しに来ないが、殺意は逆に積極的な方だ。殺さない理由がそも無い。

 カレンはあれだ、単純にお前が苦しみ悶える姿を想像するだけで愉しく、実際に苦しんでいれば更に面白がる女だ。デミ聖杯らに協力するのも、自身の復讐の炎で自分の心を燃やし続ける彼女達が愉しく、面白く、最悪の中で最善の人生を選び取る姿が純粋に好きなんだろうな。お前を殺したいと言うよりは、更に業を深める彼女達を楽しむ為にお前が死ぬことに協力している」

 

「ダメじゃん、それ。私、絶対包囲網が敷かれてる」

 

「残酷な事だが事実である。恨み憎しみは奥深く、もし誰かに自分への憎悪を抱かせるような事をするならば、末代まで祟り殺される覚悟がなければ無様を晒す破目となる」

 

「そんなんはまぁ、当たり前のことだし死ぬのも仕方ないか。うん。私も魔術とか神秘とか関係なしに、人間が人間を殺したり、苦しめたり、犯したりするのを面白可笑しく楽しんでたしな。

 そう考えれば、ついに自分の番が回って来たってことなんでしょ。面倒臭いけどさ」

 

「良く言う。その面倒臭さもまた、つまらなくなければ良い道楽になると考えているのだろう?」

 

「そりゃ肯定するしかないけどさ……」

 

 人の業は世を回る物。面倒臭いと言いつつも、彼女も彼もそれだけが生きる事を愉しめている理由だった。自分が死ぬことになっても肯定するしかない。

 だから最後に、自分を救い、間桐桜を養母として紹介した神父に聞いておきたいことが亜璃紗にはあった。

 

「……兎も角、ま、それでね? 最後だから、言峰士人にだけ聞いておきたいことがあるんだ」

 

「ふむ、聞こう。それに今更だ。神父である俺に懺悔するのに、何かを気負う必要はない」

 

「ありがとう。懺悔って言うよりかは愚痴みたいな物だけど、貴方には聞いておいて欲しい」

 

 にこり、と彼女はおぞましい程に綺麗過ぎる笑みを浮かべた。女神とも呼べず、天使には程遠く、悪魔にも似ていない、人形のような完璧な頬笑みだった。人間で在ればこう在るべきと頷ける余りにも美しい笑みだった。

 

「ほら、恨み辛みってあるよね。憎しみって良くある話でね、私の友達……まぁ、魔術とかと何の関係もない普通の学校の友達が一人居たんだ。小学校でも、中学校でも、聖杯戦争から逃げる為に辞めた高校でも、女友達も男友達も沢山居たけど、その一人だけは私が腐れ外道だって事を見抜いた上で友達になった奴が居たんだ。

 でね、まぁこうやって愚痴ってるから分かってると思うけど、そいつ死んでね。私が殺したんじゃないし、死因も私が全く関わってなかったけど、凄く何故かショックでさ……」

 

 心を読める彼女は、神父の思考を読めている。彼は凄く真剣に話を聞き、誰よりも人の心に関心を向け、全身全霊で他人の人生を玩具にして遊んでいる。

 その事に納得しながら、この男にならと誰にも話した事がない悩みを告げて良かったと再認識する。

 

「……―――なんだっけね。

 その友達の親に胸糞悪いレベルで学生の頃にいじめられてた奴がさ昔、結構哀れな雰囲気で自殺してね。その自殺した奴の親が、復讐のために自分の子を殺した奴の子……ま、死んだ私の友達を誘拐し、自分の子が自殺したのと同じ方法でを殺したんだ。首を吊って自殺したからって、縄の輪を首に掛けて、木から吊るして窒息死させたって話。しかも、じわじわと死んで逝く場面をカメラで映像保存して、それを復讐相手の親に送って見せたんだよ。言うなれば、自分の子供を自殺に追い込んだ罪人の子供を、復讐の為に殺したって動機。

 ……それで私はさ、その犯人の心を読んだ。

 死んだ子供は確かに、自分の親が人殺しになって不幸になるのは望まない可能性はある。けれど、同じ位に死んだ自分の為に罪を犯しても相手を苦しめるなら、やっぱ人間はそれを嬉しく思うのも当然の話。

 しかもさ、復讐を果たした親はね、死んだ自分の子供に罪を被せない為だけに、相手の子供を殺した。本当は憎い相手を殺したかったけど、それだと自分の子供を理由に人の命を奪うことになる。だからと、死んだ子供と関係をなくそうと、子供を殺された自分自身の為だけに復讐すると誓った。憎悪する相手を自分と同じ憎悪を抱かせる為に、子供を惨たらしく殺された罪人に作り変えた。

 つまり、アレです。子供の仇を取るのではなく、子供を殺された自分自身の仇を自分で果たしたんです。

 後、このホントの殺人動機は心を読んだ私だけが知ってる事実。警察に捕まった時も、裁判の時も、明かさなかったみたい。

 ……貴方はこの話、どう思う?」

 

「ほう。中々に興味深い復讐劇だな。それに業も深い。とは言え、登場人物が三名いる。簡単に切り捨てられる奴から語ってしまおうか。

 まず、子供を殺された親は如何でも宜しい。その人物はそもそも幼少期、他者を道楽にして愉しんでいた者だ。言ってしまえば、俺やお前と同類の悪人悪党であり、程度の差はあるが、その根本は人の心や業を好物とする犬畜生だ。

 自分の意志で、自分の人生を満喫する為に、誰かの子供を殺したのだ。ならばこそ、自分の子供が誰かの娯楽品にされて殺されてしまう可能性がある事は、子供を殺された親も理解していただろうて」

 

 士人は自分が持つ衝動を全く特別視していない。悪意と言う実感は、人間ならば誰もが持っていることを理解しており、人間ならば誰もが生み出している邪悪に過ぎない。士人が終わっているのは、その悪性しか実感がない事が問題であり、善行にも悪行にも感情が生じないこと。その規模がこの世全てであり、全人類を呪い殺しても余る領域にまで膨れ上がっている点である。

 いじめ、と言う“遊び”を士人は神父として良く観察したものだ。子供も大人も、これを良く楽しんでいた。いじめ自体には人間と言う獣が作る営みの一つに過ぎず、士人は何も思うことはなかったが、いじめを楽しむ醜い動物を見るのは中々に面白かったのは覚えていた。自分が弱者を甚振るのは一欠片も面白くないが、やはり被害者と加害者の悲鳴と嬌声が混じるのは見応えのある喜劇である。人の感情をそれなりに観察できるのが良かった。

 無論のこと、そのいじめに介入して平然と当事者となり、無償で助けるのもまた言峰士人。その手の面倒事は愉しむモノであり、助けて良いなら助けない道理もなく、傍観して見殺しにするより助けた方が勉強になった。そう言う事を繰り返すことで、子供の頃の彼は人の感情の機微を習い続け、人間の営みを学ぶ為に必要だからとしていたのも事実であった。

 

「次はお前の友人を殺した犯人だな」

 

「あれ、早いね」

 

「この人物は分かり易いからな。自分の子供を殺した復讐相手の子供を殺す殺人事件の罪人。行動原理も殺害動機も、一貫した意志による犯行だ。そこまで殺人考察に入れ込む必要もない。

 ……要は、復讐だ。

 それも長い期間、熟しに熟した濃厚な怨念だ。

 話を聞く限り、自分の子供を自殺に追い込まれた後、その相手が結婚し、子供が生まれ、成長するまで待ち続けたのだろう。その間、何度も何度も憎い相手を手っ取り早く殺してしまいたいと、憎悪を延々と滾らせ続けていたのだろう。子供を死なされた自分は人生が枯れ、怨念の塊に成り果てたと言うのに、苦しめてやりたい相手は逆に人生を謳歌し、結婚した愛する人と平穏に暮らし、自分の子供も育てられる家庭の幸せを満喫している光景を見続けていたのだろう。

 全く、気が狂うのも当然だ。

 子供が親のとばっちりを受けて死ぬのは理不尽である―――等と、情が湧く精神が完全に磨り減ったのも道理だ」

 

「……酷い話ね。私の友達、何の罪もないのに、生まれた時点で死ぬしかなかったって言うの?」

 

「ふ。クク……いや、真面目な話だと言うのに、笑ってすまない。確かに、酷い話だ。子に罪は無いが、親に罪が有り、死ぬ理由を理不尽に与えられていた。

 しかし、まぁ、良くある話だ。死ぬ目に遭うのは珍しいがな。人生はその程度の匙加減で、あっさりと運命が定まってしまうもの。よって最後に、お前の友人に対する意見を述べよう」

 

「うん、どうぞ」

 

 亜璃紗は何故か、どんなに他の人間の心を喰い潰しても、その友達を忘れられなかった。愉しい、と言う感情で他の感情を塗り潰せなかった。道楽に熱中している間は頭が空っぽになるのに、記憶からは何も消える事がなかった。

 

「親の因果は良くも悪くも、子に引き継がれる。お前が気にしていた人物は、生まれた時点で誰かに憎まれていた訳だ。その者の死への言い方は様々あろう。運が無かった。ついてなかった。間が悪かった。神に見放された。つまるところ、理不尽による死だ。

 残念だが、自分個人に死因がない完全なる犠牲者と言うことだ。

 殺されたお前の友人に非が全く無いが故に、その死から避けようがなかった。

 だが、まぁ……アレだ。こう言うのは別段、魔術師や代行者には珍しい話ではないし、一般社会でも普通に認知されている境遇だろう。風評被害と言うのもこれの一種だ。とは言え、人間の悪性など見たくないので、誰もが目を逸らしているだけだ。

 人間は、自分達の邪悪さを、その醜さを直視しない為に蓋をするものだ。自分と同じ生き物である人間への憎悪を抱けば、人間性と言う名の獣の性が浮き彫り出る。

 ―――醜いとは、人間で在る事の証でもあるからな」

 

「醜い? ま、そりゃ醜いっちゃ醜いけど?」

 

 その言葉に亜璃紗は疑念を持った。この神父が何を醜いと思っているのか、神父自身の言葉で理解したかった。

 

「ふむ。亜璃紗、心を読むお前には分かり難い実感だろうな。人の心を見聞きするお前には、人の醜さを感覚で把握する。となれば、誰かの顔を見ることや、その声を聞くのと同じ事だ。思考する必要もなく肌で解かるため、醜いことを嫌悪することなく、醜いと理解してしまうのだろう。

 そうなだ……昔、俺の教会に居候していた王様は良く、今の人間は度し難い、気持ち悪い、気色悪いと、本当は人間が好きだからこそ、この人間社会を醜いと断じていた」

 

「ああ、ギルガメッシュ?」

 

「そうだ」

 

 暴君の中の暴君だが、士人にとってギルガメッシュはそれ以上に賢人だった。そも、士人が人助けを愉しめるのは、ギルガメッシュが彼に与えた臣下としての誇りが有ってこそ。

 単純な話、言峰士人は自分以外の人間が、人間を愉しむのが好ましくない。

 自分が人を殺すのは人類全ての悪性を持つ故に仕方が無いが、人類がこの星に刻み込んだ全ての悪と罪を背負わずに誰かが誰かを殺すのを、士人が持つ悪性衝動が憎悪をする。そして、その憎悪を愉しむようになったのも、ギルガメッシュが原因だった。その憎悪の対象外になるのは、衛宮士郎や遠坂凛、あるいは美綴綾子やバゼット・フラガ・マクレミッツのような、その人物そのものが憎悪以上に面白い場合に限った。

 

「王曰く、我ら人類、叡智を手に入れた醜い獣だ―――等と言っても、これを理解するには、お前はまだまだ人間を愉しみ足りない。相応の時間を地獄のような極楽で過ごす必要がある。お前もそれなりに悲惨な過去があり、人間の所業を見ているが、単純に生き足りないのだ。

 例えばの話になるが、そうだな……―――金は、分かり易いだろう」

 

「うん。人は金で人を殺すし、命より金が大切な人も多い。金の為に親や子や友、夫や妻を殺っちゃう事もあるし。普通の人はどうでも良い赤の他人の生死より、自分のお金に一喜一憂するから」

 

「その通り。俺らが暮らす社会では、命よりも金が大切にされる。何故か?」

 

 直接的な命のビジネスも立派な社会を回す歯車だ。戦争で他国民を殺す軍隊や、一般市民を守る為に犯人を殺す警察の特殊部隊は、やはり国家運営に必要と誰かが思っているから職業となる。あるいは中絶で我が子を殺すのも、子供を不必要と考えた妊婦が苦労をしない為に必要不可欠な経済活動だ。

 しかし、それは醜さの根本ではない。ただの営みだ。

 

「金は、人の命で出来ている」

 

「……ん? どういうこと?」

 

 少しだけ困惑した少女に笑みを溢し、神父は考えを纏めながら語り始めた。

 

「そうだな。俺もお前も、平和な日本生まれだ。となれば……うむ。金と命が変換される身近な出来事と言えば、交通事故は良い例えだろうな。

 知っての通り、交通と言う社会システムは、必ず死者が出る。毎日、人が死ぬ。如何に完成されたシステムを作ろうが―――死ぬ。子供でも知っている当然のこと。

 だが、何故誰もが交通の文明を捨てないのか。人が死ぬのは間違っていると文明と戦わないのか。それはな、人の死を上回るリターンがあると理解しているからだ。事故死と言う悲劇以上に、経済の繁栄の方が自分達に利益があると理解しているからだ。

 そして、そうやって人間の命を材料に経済を回し、社会は運営されている。つまるところ、金が命で出来ているとは、人間達自らの手で命から金を生み出している事を指す。故に、人間は自分達の生命で作られた金銭を、同族の命よりも価値があると思想する。

 何より、社会を運営する為に材料とされる人間の命は、交通の利便以外にも様々だ。文明の利器に果たして、如何程の命が消費されているか。世界を見れば、おぞましい程の営みに溢れ返っている」

 

 金は命を食べる魔物。精密機械に使われるレアメタルも安価に手に入れるには、アフリカで武装組織が支配する鉱山などで、人間が労働力として消費されて死んで逝く地獄があり、そんな地獄から生み出た商品を誰かが買い、更に金を使ってその誰かが国へ輸入するために買っている。

 身近にある携帯電話に使われている材料にも、そう言った命で作られた材料が使われている。

 無論、携帯電話だけではない。テレビやパソコンや車などの工業商品、あらゆる食品やその加工食品なども何処かしらで人の命が使われいる。何より、それら物資の運搬に交通は必須であり、つまり人が死ぬのも普通の営みとなる。

 

「その金で現代人は生きている。その細胞一つ一つが―――人間の命から生まれ出た。母から生み出る為にも命が使われ、生まれた後も同族の命を社会を通じて喰らって肥え太る。

 人間は――人で作られている。

 生命は――命から生まれ出る。

 更に人間は金によって生物を喰い、生命の糧とする。食べる為に殺された命に感謝する、と言うのは少し的外れな臭い物に蓋をする考えだ。経済活動により金で買ったモノを食すとはな、動植物の命だけではなく、本質的に人間の命を取り込んでいる。人間はな、食べ物に人の命をブレンドし、その死をトッピングしなければ快適に過ごせないと分かれば、平然と他人を喰い物とする。そもそも生きる為の食糧を買えなければ、金銭に価値など欠片もないからな。

 故に、もし感謝するとなれば今この瞬間、人間の為に死んでいる人間の命にだろうて。

 社会の中で生存する全ての人間が例外ではない。無自覚のまま他人を喰らい、社会に喰い殺された不運な誰かを可哀想だと笑うだけの動物だ。

 ……此処まで言えば、醜さを言葉でそれなりに例えられた筈だ。

 今の我々は、赤子として生み出たその瞬間から―――命を喰らう薄汚いケダモノである」

 

 金と言う経済価値を維持する為に、果たして幾人もの命が消費され、そして今も消化され続けているのか。1ドル、1ユーロ、1ルピー、1円。それらの一つ一つの通貨は、どれもが命を素材にしている社会の象徴だ。

 

「ぶっちゃけ、良く分からん」

 

「それはそうだろう。難しい話と言う訳ではない。単純にこれは、俺が見た人間の世界の姿と言う話だからな」

 

「だけど、何となくは分かる。確かに、うん―――私は、醜い」

 

 醜い、と無感情に亜璃紗は受け入れた。

 

「お前の話は、それに突き止まる。お前の友人は可哀想だが、可哀想なだけの死人に過ぎん。その者は醜さに殺され、他者の死に様を可哀想と感動するのもまた醜さだ。

 非業の死に、優劣など存在せん。

 俺もお前も醜いが、それは全く特別な悪性ではない。

 お前は俺に、その友人の話をどう思うかと聞いたが、俺と言う人間が出した結論は今話したそれらの事柄だ。有り触れた何時も通りの殺人であろうとも、お前のように覚えていてくれる人が居れば良い。その死人も命無き亡者として、自分の人生を恨むことを止める事が出来る可能性が生まれるのだろうよ」

 

「うん、なるほど―――理解した。

 やっぱり神父さんって、あの綺礼さんと一緒で良い人だ。あの哀れな人造の悪神も、私みたいな悪い女も、変わらず等しく、祝福してくれるのね」

 

「無論だとも。死は悼み、祈るもの。罪無き死者を嗤いはせん。尤も、罪を犯した魂で有れば、面白可笑しく嗤ってやるのだがな」

 

 と、言いつつも、罪の無い人間など士人は存在しないと考えている。罪、と言う言葉も程度の問題だ。士人は亜璃紗の友人を罪無き死者と例えたが、それは誰かから裁かれない程度には罪が無いだけ。死んで無様だと言峰士人自身は嗤いはしないが、悪性に満ちた衝動は人の死を愉しいと嗤うのだ。彼からすれば、悟りを開いた聖人で在ろうとも、楽しめるなら娯楽品として接する人間に過ぎなかった。

 なので、嘘はついていない。隠し事をしているだけであり、亜璃紗は彼の心を読むことでその隠し事も暴いていた。

 

「じゃ、私が死んだら?」

 

「祈りながら内心で爆笑だ。俺の心が笑みを耐え切れん」

 

「ヒド!? え、なんで? 私の末路ってネタなの。じゃ、あれ、大聖杯の中で眠るアンリ・マユが殺されたらやっぱり笑う?」

 

「まさか。アンリ・マユは赤子だ。人間で例えるなら、母親の子宮の中で眠る水子だろう。

 私としては、あれが誰にも殺されずに世界を滅ぼすのは不利益である。止められるのなら止めるのだが、あの悪魔による人類絶滅なら構わないのも事実だ。この人間の世界よりも面白い走馬燈を眺められるなら、自分以外の誰かが大聖杯を使って悪神を甦らせても良かった」

 

「ふぅん、そっか。貴方にとってアンリ・マユも、人間も、あんまり変わらないのね」

 

「うむ。つまり大聖杯は私にとって、脅威でも、世界の終わりでもない。ただの、人間と変わらぬ一個の生命に過ぎなかった。

 何より私はな、この世で最も純粋な人間の願望は―――生まれ出たい、と叫ぶ赤子の衝動だと思う。

 誕生の否定をすることは、この思いから生まれ出る人間の感情全ての否定に繋がろう。これ以上に尊い人間性など人類は持ち得ず、生の実感など有り得ないだろう。私のこの求道も、この世界で生きたいと赤子だった自分のこの魂が炸裂したからこそ、今をこうして生きている。

 そう言う意味では大聖杯成就もまた、私にとって祝福すべき命の誕生に他ならなかった」

 

「そんな考えなら、確かに。アンリ・マユが死んでも面白くはないね」

 

「いや、それはそれで娯楽には感じるぞ。ただ神に仕える神父として、赤子の命は大切にしたいだけだ。人に仕えている訳ではなく、人間社会に奉じている訳でもないので、別段その赤子が世界を滅ぼそうとも何も思わんだけだ」

 

「―――外道。

 いや、貴方、それは私以上に人間失格。びっくりする。貴方って、どんな神様に仕えてるのよ」

 

「そうだな。(ワタシ)個人としては、神とは理だと思ってる。私が言峰士人で在り、お前が間桐亜璃紗で在るこの世界そのものだ。

 しかし、物質的に嘗て世界に存在していた神となれば、(オレ)が神父として仕えているのは、人類に啓示を与えた古い神霊だろう」

 

「啓示……って言うと、あれ、唯一神? ユダヤとかキリストの?

 えーと、隠さないで言っちゃうけど、貴方がそんな神様に仕えてるとか胡散臭い」

 

「それだな。親父と同じく、俺が神に仕えているのは胡散臭いだろうよ。とは言え、魔術師をしていれば、人間の裏側の魔術世界における歴史も学んでいる。ギルガメッシュからもそれとなく神代について聞いたこともあり、神代に生まれた神の財宝も理解している。

 神父としての信仰心など欠片も無いが、信仰心を得る為に神を信仰すると言う神父の真似事は出来る。魔術学者としての神霊への信仰もあり、俺が他の宗教家と大きく違うのはその一点だ」

 

「それは分かるよ。貴方が神を知るのに、啓示なんて不必要。ぶっちゃけ、自分の心を知る為の研究対象ね。神への救いなんて以ての外」

 

「否定はしないがな。そも神は人を救わんし、俺も救われることはない。何よりもだ、俺が信徒として属している宗教の神はな、旧き時代、天の裁きとして人間を良く殺めていた。殺された側からすれば、殺戮によって神の理を世に刻む審判の神でもある。ユダヤとイスラムの神でもあり、今尚この世で信じ方が違うと信仰を奪い合ってもいるが、その根本は六芒星の聖書に印された啓示の神であろう。

 そして、我々が旧約聖書と呼ぶ書物には、とあるイスラエルの王について書かれている。

 魔術師で在るお前ならば、その神と深く関わる魔術師―――ソロモン王のことも良く学んでいる筈だが。彼を想像すれば、俺が神父として仕えている神へのイメージもし易いだろう。俺が教会の神父として信じている神とはつまるところ、我ら魔術師の始祖であるソロモン王へ神の叡智を啓示した神霊だ」

 

「ソロモン? うーん、魔術師してる私からすると、魔術と言う人間の技術を生み出した魔術師って以外だと、悪魔を召し使いにして神殿作ったり、レメゲトンとかゲーティア書いた狂った魔術師のイメージしかないな。それと糞恥ずかしい妻へのラブレターなんて黒歴史を公開された人とか。

 あの王様、父親みたいな逸話もないし、他は母親が寝取られた未亡人って位かな。兄も居たって話も覚えてるけど、神様に殺されたんだっけ?」

 

「ふむ。冬木在住だった魔術師として、英霊の逸話には中々詳しい。その通り、ダビデ王の息子―――ソロモンには兄が居た。異母兄弟ではなく、自分と同じ母親とダビデとの間に出来た子供がな」

 

「そうそう。確か、人妻欲しさに部下を殺したダビデへ罰として、神様が殺したんだよね。地味に母親からも子供を奪い殺してるし」

 

「ああ、酷い話だ。父親への罰として、ソロモン王の兄は死んだ……いや、死ぬことさえ許されなかった。命を神の裁きとして奪い取られた。お前の友人と同じだ。親の罪を背負って無実の子が死んだのだ。そして、ソロモンの兄は赤子であり、まだ―――母親の胎から生まれていなかった。

 俺はこの話を学んだ時、疑問に思った。何故我らの神は、生まれ出たいと言う罪なき赤子の尊さを、直接手を下して否定したのか。無論、唯の話の一例として思考しただけだったがな。

 だが―――今尚答えは得ていない。

 お前の友人の死に様を聞いてな、何故かこの話を思い出したのだ」

 

「へぇ、そうなん。でも、それだと、貴方の宗教からすれば、中絶手術って神罰の模倣なのね」

 

「それが人間と言う動物が至った文明の奇跡だ。技術で以って神の奇跡を再現する。根本的に科学も魔術も変わらないのはその為だ。

 いやはや、皮肉なものだ。

 魔術王は自分の家族を殺した御業を、人間の技術としてこの世に生み出したのだからな」

 

「そう言う意味じゃ、私達が殺し合った聖杯戦争の元凶も、ソロモンと神様が大元の元凶なのね」

 

「……知らないのか?

 そもそも聖杯戦争で使われている召喚技術は、ソロモン王が編み出した決戦魔術だぞ。それをアインツベルンの魔術師が残した人造人間(ホムンクルス)ら……まぁ、その魔術師が滅んだ今となっては、人造人間(ホムンクルス)の方がアインツベルンの魔術師だが。その者たちが神代から魔術式を発掘し、聖杯戦争において英霊をサーヴァントとして運用している。

 お前の知っての通り、アインツベルンが求めているのは天の杯(第三魔法)だが、それを起動させるエネルギー源を得る為に使っているのは、遥か昔に死んだ英霊が残した魔術の叡智に他ならない」

 

「あー……ああ! 思い出した。そーいえば、桜さんそんな事言ってた気がする」

 

「間桐桜は誰よりも努力していたからな。その手の知識の収集も全力を出し、無論俺も乞われれば手伝った。そして、大聖杯を呪っているのも、大元は阿頼耶識によって座に登録された無銘の村人だ。その人物がアンリ・マユとして名前を魂に刻まれ、英霊に成り果てた結果、今のこの様だ。

 聖杯戦争の黒い大聖杯は本当に、英霊が存在しなければ有り得ない魔術儀式なのさ」

 

「へぇ、あ、そ。あんま興味ないです」

 

「気にする事はない。蘊蓄の披露と言うのは、相手に話すことで自分の知識を自分で再認識する為のもの。話す相手の興味関心はそこまで重要ではない」

 

「良く分かる。心読んでると知識自慢する奴って、自分に酔ってるのが殆んどだし……―――で、そろそろ私、帰ろうかと。

 貴方も私から聞きたい情報は聞けたみたいだし、私も貴方との世間話は十分愉しめたので」

 

 亜璃紗は突如として気が変わった様に話を変えた。言いたい事も聞きたい事も、全て用事を済ませたので神父に用はないのは事実だが、彼女がもうこの場所に居る必要はなかった。しかし、それだけではない。

 このまま雑談を続けていれば、亜璃紗は神父を利用したくなる。

 だが、それは最悪の悪手。実行すれば最後、自分が娯楽品にされてしまう。黒い神父は悪人だと理解しているが、人間として何故か信頼してしまいたくなる変な魅力がある。そう感じたが、彼女はこの男が信用はできても、絶対に信頼してはならない者だとしっかり理解していた。

 

「分かった。だが、帰るとは何処へだ?」

 

「ま、詳しくは言わないけど、知人の封印指定の賢者さん()にでも居候しようかと思ってる。その間に色々と偽装でもして、追手共から逃げながら旅にでも出てみるよ。

 びくびくしてても面白くないし、私の魔術研究は部屋に籠もったままじゃ進展しないから」

 

「―――そうか。では、さらばだ。お前無くして間桐桜は第六次聖杯戦争を引き起こせず、俺もアインツベルンも挫折していたことだろう。

 その事は、最後に伝えておこう。感謝する」

 

「うん。神父さんは私と同じ、この聖杯戦争の戦犯だからね。第五次じゃ世界滅亡実行未遂犯で、第六次じゃ諸悪の根源だ。

 だけどさ、次は違うよ。貴方―――最高に、愉しめるよ」

 

「理解しているよ。もし、次に参加するとなれば私は、自分の企みと全く関係がない聖杯戦争への参戦となる。

 故に、聖杯戦争の元凶としてではない。

 ただの言峰士人として我が師、遠坂凛が生み出す戦争を存分に―――何もかも、愉しみ尽くそう」

 

 間桐亜璃紗は、士人には言っていないがもう救われている。士人に拾われ、桜に必要とされ、自分が存在する価値が生まれていた。

 だから後は、子供から大人になるだけだった。

 第六次聖杯戦争の終わりとは、間桐亜璃紗にとって独りで生きる為の契機となった。

 

「そうだね。だから私は貴方の心を祝福してるわ、言峰士人」

 

「ありがとう。ならばこそお前の旅路に祝福を、間桐亜璃紗」

 















 今まで本当に、本当にありがとうございました。
 後はおまけとして、凛が大聖杯を持ち去った直後の話とか、各キャラの後日談などを更新していこうかな、と計画しています。








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設定資料集
人物設定


―――注意・ネタばれ要素満載設定紹介―――
 人物設定はこの作品のネタばれです。ゲームなら攻略本を先に読んでしまう位のネタばれ要素が存在します。この人物設定は読まない方が良いかもしれません。
 そして厨二病の権化な設定紹介です。作者の妄想の塊です。厨二に吐き気を感じる人は気を付けてください。
 そして、第二部・第六次聖杯戦争の登場人物の設定もありますので、第一部だけのネタばれではありません。もしネタバレなく読む場合は、最新話まで読んだ後にして頂けると助かります。


――登場人物の紹介――

 

◆第一部◆

 

名前:言峰士人(コトミネジンド)

身長:179cm

体重:67kg

血液型:AB型

誕生日:不明 

イメージカラー:灰色

特技:鍛錬、策略、モノ造り全般(料理から武装の開発と創作の幅は広い)

好きな物:業

苦手な物:手加減

天敵:正義の味方

魔術属性:物

魔術特性:物

 

―――解説―――

 

 魔術師兼代行者の神父。

 第四次聖杯戦争により孤児となったところを言峰綺礼とギルガメッシュに拾われる。その後、冬木教会で育てられた。魔術師・遠坂凛の弟子となり魔術を学び、代行者・言峰綺礼に秘蹟を教えられ修練を重ねた言峰士人は第四次聖杯戦争から十年後の第五次聖杯戦争の監督役となる。何か物事を極める事が得意で、極めることに極まった才能を持つ。その為か重度の鍛錬狂であり、何事も自然と限界の境界を超えて究極地点を目指してしまう趣味がある。

 悪性衝動となった呪詛を宿した生き残り。元は一般人だが聖杯の泥によって神秘に覚醒し、極大の呪いによって悪魔的に強靭な魔術回路を具現させた。衛宮士郎と同じく固有結界を持つのは、素質が生まれながらにあったのと、悪魔の呪詛を完全に自分の概念に取り込んでしまったため。その固有結界が投影による物体創造なのも、聖杯の願望器の破片を取り込んだ影響であり、所有者が望んだ存在(モノ)を与える願望器としての側面が心象風景に刻まれたから。

 後天的異常者で“業”を娯楽とする精神破綻者。ヒトの業を愉しむ悪性衝動を持ち、人そのものを愉悦とする存在。生き方や在り方、ヒトの生き様と言った業を悦楽とする人格障害を持つ。この衝動は言峰綺礼のような破綻した価値観ではなく、七夜の殺人衝動に近いモノである。ヒトの死に様より生き様の方が見ていて飽きないが死に様も嫌いではない。人を娯楽用品扱いする士人の衝動の正体は言峰士人そのものになったアンリ・マユの呪いであり、士人の中にある呪いは聖杯の中にいるアンリ・マユとは別モノとなっている。また、人を殺しているヒトに憎悪(それらしき衝動、本来なら人が抱くべきモノでは無い)するのも黒泥による衝動であり、発生した憎悪を晴らすのもまた一興。自分以外のニンゲンが殺人行為を行っているのを見ていると、ソレを殺すことに愉悦を感じるほど憎悪を抱く。殺さない人物もいるが、それは抱いた憎悪以上にその人が娯楽となる場合のみ。ギルガメッシュの正義に近い、自分以外の人間が殺人を犯すことを良しとしないモノだが、彼にとっては憎悪も悦楽も等価。結局どちらも娯楽として愉悦の衝動に浸り楽しめるのが言峰士人。

 士人自体は空っぽで心の中には何もなく、既に感情が死んでしまい何かに価値を感じる事はない。全てが等価に無価値な士人は何かを幸福や不幸に感じることもなく、精神的な喜びや苦しみも存在しない。原因は聖杯の泥であり、人類史上最悪の恐怖、罪悪、絶望、等々の“負”そのもので精神が崩壊して心が砕けた為。よって殻の精神がそもそも外から影響を受けることがなく、空の心は外側からの干渉で変質しない。表情は全て作為的なモノ、無表情が本性。感情は今までの人生経験で計算し、表情を偽装する。

 士人は“言峰士人”になる前に持っていた価値観は全て失くしおり、火事の災害で完全に生まれ変わっている。火事の時に襲われた聖杯の黒泥により記憶を失い自分の名前も消失。「士人」と言う名も綺礼が被害者名簿を見て、直感で思いついた名前。彼は火事以前の自分についての記憶を完全に失くしてしまった。実は士郎の双子の兄。衛宮士郎と言峰士人は贋作者兄弟、つまりはフェイカーブラザーズだったり。しかし、士郎と士人の二人はその事実を綺麗さっぱり忘れている。衛宮士郎を精密機械と例えるなら、言峰士人は泥人形。感情がないのに絶対的と言える程、己の意志で生きている人間もどき。

 一人称は「俺」、素だと「私」。良くも悪くも表情が良く映える男であり、物凄く綺麗な笑顔を浮かべるが怖い顔をした時は壮絶と呼べる程まで異様に怖い。肌の色が白く(簡単に言うと、士人の肌の色はセイバーオルタな感じになります)、眼の色は奈落の様な闇染みた黒眼。髪色は灰色が混じったような黒色。髪型はヤング綺礼と殆ど同じで、さらにそれを天パっぽくボサボサにした感じ。双子のため顔は衛宮士郎に似ているが、どちらかというとアーチャー(エミヤシロウ)に似ている。士人は小学生まで士郎そっくりだったが、中学生になると段々顔立ちが違っていった。

 第六次における身長体重はアヴェンジャーを参照に。また、第一部と第二部でキャラ設定に余り差異は出ていない。

 

◆◆◆

 

名前:遠坂凛(トオサカリン)

身長:161cm

体重:49kg

スリーサイズ:79/57/81

血液型:O型

誕生日:2月4日 

イメージカラー:赤色

特技:あらゆることをそつなくこなしながら、ここ一番では必ず失敗する

好きな物:宝石磨き

苦手な物:電子機器全般、突発的なアクシデント

天敵:言峰一族

 

――解説――

 

 言峰士人の師匠。

 原作と少々乖離している人物で天敵が言峰一族。後、原作の遠坂凛に比べると「あかいあくま」の脅威度が桁外れに高い。魔術師としての腕前は原作を上回っており、戦闘能力は格段に上がっている。理由は簡単で、隣に同年代の完璧な弟子がいたため。横を向けばリアルで修羅な鍛錬をしている士人おり、弟子に負けるのが師匠として癪だったので勢いの余り、まったく加減無く鍛えてしまった。

 色々あってツッコミで言峰士人にガンドをぶっ放すが、士人は蝿が止まった程度にしか感じないので遠慮をしないで殺す勢いで呪っている。そのせいかガンドの腕前も上がっているが、本人はなんかそんな上達の仕方が嫌だと思っている。鍛えている為か、視た目の女性らしさが上がっている。拳法家としては言峰士人の格上だが、殺人技術と言う観点から見ると遠坂凛は言峰士人より遥かに劣っている。弟子と二人で戦闘魔術や魔術戦術も構築していたので、格闘戦もそうだが魔術戦闘も原作より凶悪になってきている。士人の影響で魔術師らしさが高くなっているが、お姉さんもやっていたのでお人好し度も上がっている。

 等々、変わっている箇所有り。悪魔みたいなのが弟子になっている為か、原作よりも精神的に成長しているけど少し荒んだ人間になった感じです。

 言峰士人のことは、生意気な弟分で完璧な弟子、と思っている。綺礼に似てしまった事が残念でならない。言峰士人のことは、士人、バカ弟子、似非神父二世、と呼んでいます。言峰士人が尊敬する人と問われたとしたら遠坂凛の名を上げるくらいには慕われている。彼からは、尊敬できるがからかい甲斐もある師匠、といった感じに思われている。言ってしまえば、衛宮士郎と藤村大河の関係に近い雰囲気があります。もっともその場合、藤村役が主人公で士郎役が凛になりますけど。

 第二部と第一部では差は余りありませんが、うっかりを結構克服しています。また、少しだけスタイルが良くなり、身長と体重に変化が出ています。

 

◆◆◆

 

名前:アヴェンジャー

身長:186cm

体重:76kg

属性:混沌・中庸

イメージカラー:灰色

特技:モノ作り全般、策略

好きな物:業

苦手な物:手加減

天敵:エミヤ

 

―――解説―――

 

 死灰の英霊。言峰士人の“究極”。

 言峰士人が至る存在であり、第五次聖杯戦争の過去においては可能性の一つ。英霊としては守護者に分類される。彼の座はエミヤシロウの座と同じで人の世を守る為、永遠に人類または霊長に仇成すモノを殺し続ける因果を持つことになる。英霊コトミネは、言峰士人が守護者になる世界のコトミネの集合体であり、その魂は『コトミネジンド』として完成されている。

 守護者化した原因は不特定多数存在する。その一つが霊媒体質に苦しむ言峰綺礼の実の娘であるカレン・オルテンシアの命を救う力を得るためであり、彼の死因も世界の数だけ様々。言峰士人は生前では無く、死後に永遠の時と無限に存在する平行世界を実感して彼は人格の形成を完了させてしまった。救われることも苦しむことも、そもそも自分には心に中身が必要無いのだと理解し、感情が無いことを無心で実感する。彼は実感が抱けない事を実感する事で、己の“生と死”を実感した。守護者と化し自分を悟ることで漸く答えを手に入れることが出来たのである。

 後天的ではあるが、生まれながらにして仙人のようなカタチを持つ神父。明鏡止水を能力としてでは無く、人が呼吸して生きるのと同じ様に生態として持っている魔人。生きた末に己を極め切り魔境に至った魔道。無欲で在る故に欠片も満たされる事が無く、彼は飢えさえも心から失ってなっている。身の内に有るモノは魂に焼き付いた呪いのみ。身の内に葛藤が無く、生前の様に葛藤が無いことに葛藤する事も無くなった。本物の無感情であり、呪いに植え付けられた衝動によって精密機械とも言えない泥人形。そしてなによりも、英雄でも怪物でも人間でも倒せない、この世の全てを敵にして勝利する空っぽの人型。例外として泥人形の神父を倒せる存在は全世界に二人、全てを背負う最古の英雄王か、守護者と成り果てた本物の正義の味方のみ。

 アヴェンジャーが聖杯戦争に参加したのは、純粋に世界を愉しむため。人々が様々なモノを賭けて命を奪い合う戦場では、業の元となる苛烈な生き様や歪んだ在り方を堪能出来る。人のカタチを見て楽しみ、自分の娯楽に浸る。戦いもその一つで、本気の殺し合いもまた良しとしているし、殺したり殺されたり、世界が滅ぼされたり救われたりするのもまた、それはそれで良い事。故に、自分が生きていた時代に召喚された事自体が彼にとっての幸運である。

 宝具は“空白の創造(エンプティクリエイション)”。概念武装化した呪いの投影である“悪罪(ツイン)”が一番の得物。持つ技術は全てが自己の究極に至っている。そして長い長い、それこそ永遠の殺戮で元々持っていた心眼のスキルはその経験を生かし完成されている。言峰士人の心眼ランクの限界がAなのは変わらないが、これも言峰士人では守護者化したコトミネジンドには勝てない理由の一つ。幸運に恵まれた神父で非常に運気が高く、戦場で生きてきた英雄として悪運が高い。適性のあるクラスはセイバー、アーチャー、キャスター、アサシンの四つ。しかし、個人的な生前の因縁からアヴェンジャーのクラスにも適性があり、こと冬木の聖杯戦争においてはアヴェンジャーのクラスで現界する確立がかなり高くなる。万能と言える程オールマイティだが特出した戦闘技能を持たず、エミヤの様に超長遠距離攻撃の才能に特化している訳ではない。

 『死灰(シカイ)』と呼ばれる由縁は、死者を灰にするエクスキューターに因んでいる。また敵がどんな存在でどれ程の規模を持っていようとも、あらゆる戦場で生き残り、そして殺し合いに勝ち続けてきた為。灰の魂を持ち、そして見た目も灰色の髪と白い肌と黒装束から『灰被りの悪夢』と呼ばれる事も。天パが酷くなり、第五次聖杯戦争当時よりボサボサ感が増えている。

 召喚の触媒になったのは、綺礼の葬式の時にバゼットから貰ったルーンのお守り。このルーンはバゼットが直接魔術刻印を刻んだ物。綺礼が死んでしまった心理的要因も有って、クー・フーリンの触媒が有りながらもアヴェンジャーがサーヴァントとして優先的に召喚された。

 

◆◆◆

 

―――第二部―――

 

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名前:アルトリア・ペンドラゴン(アーサー王)

身長:154cm

体重:42kg

属性:秩序・善

スリーサイズ:73/53/76

イメージカラー:青色

特技:器械運動、勝負事・密かに賭け事全般に強い

好きな物:きめ細かい作戦、正当な行為、きめ細かい食事、ぬいぐるみ

苦手な物:大雑把な作戦、卑怯な行為、大雑把な食事、装飾過多、蛸

天敵:ギルガメッシュ、いたずら好きの老人

 

―――解説―――

 

 騎士王。最優のクラスであるセイバーのサーヴァント。

 第六次聖杯戦争において衛宮士郎に召喚され、主従の契約を結ぶ。彼女は英霊の座に招かれた後のアルトリアである為、生前に参戦した聖杯戦争の仲間であった衛宮士郎と遠坂凛の事を覚えている。また、英霊の座に招かれる前に衛宮士郎から聖剣の鞘を返還された過去があるので、英霊化した今では宝具・アヴァロンを召喚された当初から所持。死後の彼女は英霊化しているので霊体化が可能となった。

 本編のセイバーと違うところは、英霊の座に自分の本体が存在しているので死後の記録を所持している点。死後の記録では無く生前の記憶として、衛宮切嗣とアイリスフィール、そして衛宮士郎と遠坂凛の事を覚えている。守護者の契約では無く偉業により座へ昇った正英霊のため、エミヤシロウの様に記憶が摩耗している訳でもない。しかし、本来の自分が生きていた世界から見て未来世界であった聖杯戦争の時間軸は歴史が分岐しており、自分が体験した出来事が平行世界の記録として複数所持している事となる。よって、聖杯戦争のことを細部まで詳しく覚えている訳では無い。座に召された事で人生を完結させ、その死後に王としてのカタチを完成させている。完璧な騎士王となり、最優のサーヴァントとして衛宮士郎に召喚された。

 未来世界における過去の記憶は錯綜しており、色々と所有している模様。伝承として持つ生前の記憶に変化はないが、世界との契約によって参加した聖杯戦争での記録はかなり大量に所持しているとか。中には、第五次聖杯戦争の後も現世に残り、遠坂凛と衛宮士郎と共に生活を送った記録もあるらしい。

 ……だが、第一部の第五次聖杯戦争を召喚された世界軸におけるアルトリア・ペンドラゴンはその後、どうやらこの平行世界とは違う第六次聖杯戦争で優勝した事が原因で英霊化してしまったらしい。

 

◆◆◆

 

名前:衛宮 士郎

身長:187cm 

体重:78kg

イメージカラー:赤色

特技:ガラクタいじり、家事全般

好きな物:家庭料理、武器改造

苦手な物:神父の説教、昆布茶

天敵:言峰一族

 

――解説――

 

 正義の味方を志す錬鉄の魔術使い。

 遠坂凛の弟子として倫敦にある魔術協会最高学府の時計塔に入学。そこで魔術師としての腕を約二年間磨き続ける。遠坂凛と言峰士人によって不遇な環境で生活を続け、性格が色々と凄まじく悪い方へ捻くれて巻くってしまった。彼の人格は守護者化した時の自分に段々と近付いてる。また、姿は第五次聖杯戦争におけるアーチャーに近く、白髪に褐色肌。髪型は第五次聖杯戦争の時と余り変化は無く、基本的にアーチャーのように逆立っていないが、最近は髪質が変わってアーチャーのような髪型にし易いらしい。戦闘時は赤い外套の魔術礼装を纏い、専用の皮鎧を着込んでいる。この皮鎧は普段着のように使えなくも無いので、外套だけ折り畳んで持ち歩いている。

 理想の為だけに強くなる。その為に一年間、言峰士人から戦闘、戦術、戦法を習っていた。遠坂凛からも魔術戦闘における心得や、戦闘における魔術師として技能を教わっている。士人からは時計塔に入学するまでの間で、これは聖杯戦争監督役放棄に対する代償して、士人は士郎を鍛え上げた。二人からの教育はスパルタなんて領域では無く、心身魔改造作業とも言うべき拷問地獄であった。毎日発狂するまで続けられ、彼がそれでも正常稼働して生きていられるのは、アンリ・マユの黒い呪泥を真っ向から撥ね返せる精神力を持っていたから。と、言うか、アンリ・マユの呪いに討ち勝てるレベルの魂の強さを持たないと耐えられない修練など、半人前魔術師にして良い事ではない。しかし残念かな、衛宮士郎はそんな事は知らないので、正義の味方になる為に耐えるしかなかった。

 時計塔を突然飛び出た理由は、エミヤシロウにしか助けられない人間が存在するため。正確にいえば、衛宮士郎が活動しなくては、アーチャーたるエミヤが生前に救った命が消えてしまう事に気が付いた。つまり、自分の手であれば確実に救える命が存在している事に他ならない。これは神父にも諭されていた事柄でもあり、凛も理解していたので彼に着いて行った。また、理想を実戦するための力がそれなりに備えられたと、自分で自分を判断したのも理由である。

 アラヤとの契約は、どうやっても契約しなければ救えない状況に追い込まれた為。救える命を見捨てる判断を出来ず、衛宮士郎が衛宮士郎故に契約せざる負えなくなった。遠坂凛の協力があろうとも、あれは英霊エミヤでなければ救えない事態であったらしい。ある程度の人数は見殺しにして救える数だけ救っておけば契約する必要は皆無であったが、全員を救うには契約が必須であった。

 

◆◆◆

 

名前:アヴェンジャー(第六次)

身長:169cm

体重:57kg

属性:混沌・中庸

イメージカラー:青色

特技:人殺し、暗殺

好きな物:刃物、殺し合い

苦手な物:梅サンド、投影魔術

天敵:正義の味方、外道神父

 

――解説――

 

 殺人貴。本名を遠野志貴、旧名を七夜志貴。

 朱い包帯を両目に巻く黒装束の暗殺者。生前は真祖の姫君、アルクェイド・ブリュンスタッドを千年城で守護をしていた。姫君の騎士になる前、二十七祖であるネロ・カオス、ロア、タタリを消滅させた実績を持つ正真正銘の死神。エミヤシロウやコトミネジンドと同じで霊長の守護者と化した殺人貴の集合体。聖杯への望みは受肉で、現世に戻り家族や友人に会ってみたいと思ったから。と言うのは偽りでもあるが嘘ではない。より正確に言えば、生前の不始末をしっかりと片付けようとしている。

 この作品である「神父と聖杯戦争」の殺人貴の月姫本編は、漫画版の月姫の様に進行していくがアルクェイドは三咲町に残る。その後のタタリでシオンと共闘しゼェピアを完全に殺害する。そのタタリでは自分の分身である七夜志貴とも戦っていたりもするが、この作品では弓塚さつきは生きたまま死徒として町を脱出しているのでタタリ化はしていない。で、タタリの後の数ヶ月後にアルクェイドは限界を感じ千年城に戻って行き、志貴もそれに同行していった。この時、限界間際の直死の魔眼で苦しんでいた志貴だったが、シエルからの選別として特性の魔眼殺しを貰う。真祖の守り手となったその後、彼が訪れた腑海林にて言峰士人と初めて会う事となった。

 「神父と聖杯戦争」の殺人貴は士郎、士人、凛のFate組より二、三歳年上。この世界の彼は第六次聖杯戦争の時点で死亡しており、月姫2の予定である“アルズベリの戦い”も終わりを迎えている。アラヤと契約した理由は、とある策謀により覚醒し、本物の魔王と化したアルクェイドを救うため。霊長に仇成す朱い月ですらなくなった怪物を殺す事を条件に、霊長の守り手としての能力を得て“月殺し”を行った。元の人格に戻ったアルクェイドと共に没し(正確に言えば、アルクェイドは死んではいないとか)、死後は守護者として多くの人間を殺し続けることになる。よって、基本的にアヴェンジャーとして召喚された殺人貴を見た第六次聖杯戦争のマスターたちは、有り得ない筈の幽霊を見た様な表情を浮かべる事となる。

 殺人貴の宝具は、宝具化した彼の淨眼である『直死の魔眼』。彼は人間ではなく昇華され英霊と化している為、直死の眼の力を持つ淨眼の超能力も、その性能が生前より遥かに高くなっている。宝具では無いが七つ夜は英霊の武器と化し、概念武装の特性を得ている。

 

◆◆◆

 

名前:美綴 綾子(第六次)

身長:165cm

体重:53kg

スリーサイズ:87/58/83

イメージカラー:オレンジ色

特技:武芸全般、精神修行

好きなもの:テレビゲーム全般、面白味の有る出来事

苦手なもの:碁、将棋

天敵:藤村大河

魔術属性:門

魔術特性:干渉

 

―――解説―――

 

 超能力者兼魔術師。異能者。巻き込まれ体質。

 魔術師となり裏側に転職。お宝や武器の収集強奪を良くしているので『盗賊』と呼ばれることも。または『死の行商人』など。神秘を身に修め魑魅魍魎溢れる世界を独りで旅をする力を得たので、魔術や人間社会の裏表関係なく旅をする事に決めた。かなり無軌道な旅路で、紛争や魔術師や死徒などの争いがあると気侭に戦いへと赴く。左顔に戦場で刻まれた刀傷が有り、左目を通る様に真っ直ぐな縦線で傷が刻まれている。この傷は殺人貴に付けられた刀傷で“死の線”で傷つけられてたモノ。失くした片眼の代わりに不思議なオレンジ色の光彩を放つ義眼を入れており、今はまだ扱い切れない“偽りの左眼”を隠す為、彼女は非戦闘時には眼帯を付けている。髪型は第五次の時よりも少し長いセミロングで、色合いに変化は無い。また、戦闘服として、赤焦げたオレンジ色に見える黒っぽい赤茶色のオーバーコートと、鎧代わりの黒い皮服と、頑丈な黒いズボンの上から橙色のチャップスを着ている。

 良識は有るが善悪に拘りが無く、周りがどんな環境だろうと精神が揺れる事が無くなってしまっている。目の前の現実を“有りの儘”に受け入れられ、要は常に己にとって“普通”で在り続けられる合理主義者。魔術を学び戦場で戦いを続けている内に命懸けの戦いが好きになってしまい、基本自分の心を満たす為に戦場へ足を運ぶようになった。放っておくのが勿体無いので戦利品として敵の得物を収集している内に武器集めが趣味となり、魔術協会の執行者や聖堂教会の代行者から『盗賊』と呼ばれるようになる。物欲や金欲が強いと言うよりも、新しい武器で暴れるのが好きなタイプで新しい得物の実験を良くしている。そして、ザ・主人公と言えるまで巻き込まれ体質となっている。士人の手で聖杯戦争に巻き込まれてからは厄介事の嵐で、何処に行こうが一筋縄では解決不可能な事件や難行に挑んでいく羽目になってしまった。

 武器は何でも使いこなす女傑。一番の上手く闘える得物は薙刀だが、一番好きな武器は刀。日本刀を良く好んで使用しているのは、人を斬る感触が一番スッパリしている為。彼女の剣術は何でも有りの殺人剣術。刀剣類に目が無い刃物オタクでもあり、火器好きな重度の兵器マニア。銃火器に火力を求める浪漫主義。

 如何して唯の人間である彼女が異能を持っているかと言うと、その理由はとある神父にある。超能力とはヒトという種がヒトの普遍的無意識(阿頼耶識)から生み出した抑止力、偶発的に発現する一代限りの変異遺伝であり、その抑止の対象は霊長類として頂点に立つヒトに仇すモノたち。彼女の異能は世界を滅ぼしかねないとある英霊候補の抑止力となる為、阿頼耶識より因果律が結ばれた異能である。魔術回路も偶発的に生まれ育った冬木の霊地が、阿頼耶識により異能を携えた魂と頑強な霊体と才能豊かな肉体と言う素材に効果が出た為に発現した。つまるところ、世界安定のため霊長に捧げられた生贄である。

 人格、性格、趣味嗜好が超能力者としての特徴か、結構な社会不適合者であり、常識的な部分な思考回路を持つ厄介な存在不適合者になっている。自己進化をする事が一番好きな生き方であり、戦闘による鍛錬を好み、過度の鍛錬による行き過ぎた修練で日々を過ごすのが日常。精神が一般から逸脱してしまったのは、超能力者としての自分自身を、言峰士人にその事実を自分で認識したからであり、それから動いてはならない歯車が回り出した。

 

◆◆◆

 

名前:アーチャー(第六次)

身長:166cm

体重:54kg

属性:中立・善

スリーサイズ:88/57/83

イメージカラー:橙色

特技:武芸全般、遊戯全般

好きなもの:武器全般、馬鹿騒ぎの出来る厄介事

苦手なもの:遠回り、細かい作業

天敵:理屈が通じない天然

 

―――解説―――

 

 斬撃の魔女。抑止の化身。

 生前の行いから「盗賊」や「死の行商人」などの異名を持ち、歴史に伝承が無い唯の守護者。英雄ではない。とある神父との関わりを契機に、冥府魔導の道を歩むことに決めた一人の少女の成れの果て。何処かにある平行世界の一つ、その世界でミツヅリと言う人物がアラヤとの契約で守護者化した存在。英霊となった理由は簡単で、如何しようも無い底抜けの莫迦をぶっ飛ばす為に力が必要となったから。聖杯への望みは特に無く、好き勝手生きた前世には何の未練も無く、聖杯が取れたら受肉でもしてみようかな、と単純な欲望がある程度。だが、実際のところだと、生前では戦いを最後の最後まで生き残ってしまって人生に心残りがあり、死に場所を求めている。死んだ時に自分が死に場所を欲していた事に気が付いてしまった。その為に士人の命を狙っている。

 彼女は老年まで戦いの中で生き抜き、人生の果てに己の“武”を完成させた。魔術や薬物の副作用で長生きは出来なかったらしいが、それでも十分に満ち足りた人生であった。魔術師としては二流以下の三流。もっとも彼女は研究者タイプと言うより技術屋タイプであり実践派。魔術の研究と言う観点ではなく、魔術と言う技術を武芸の一つを鍛えるように徹底して極め尽くしている。つまり、自身の魔術自体は極限まで完成させており、戦闘に特化した魔術使いとしては一流を超えた超一流。使用する武装は選ばず、どの様な道具も器用に扱える。一番の得物は薙刀だが、一番好きな武器は日本刀で二刀流や抜刀術も鍛えられている。遠距離では主に改造した銃火器で敵を仕留めに掛るが、中距離ならば魔術行使が基本となってくる。

 精神年齢はかなり高く、魂が悟れる領域まで悟り切った年寄り臭い英霊。カラカラとした印象を与える女傑であるのだが色々と枯れており、少々胡散臭い部分も有る様に見えて根っこの部分は凄まじい正直者。縦に真っ直ぐな左目部分を通る刀傷が顔に有り、左眼には橙色の瞳をした義眼を付けている。見た目はオッドアイになっているが、本人は「これ、イタい子じゃね?」と結構気にしている。髪型は短めのポニーテールにしており、髪の毛も病的なまで白色に脱色し、肌も結構蒼白くなっている。また、赤黒い色合いをした黒外套と黒帽子を、武装化した時に着込んでいる。彼女は着てる戦闘服は自作の礼装で、昔から愛用していたオーバーコートの成れの果て。コートの下はタイトに張り付く薄い灰色の皮鎧と、濃い灰色の頑丈なズボンの上に特殊な加工をした黒いチャップスを装備。帽子には気配を抑え、印象を薄める効果もあるが、基本的には防具として機能している。

 英霊の一人であり、正確な種別は守護者であるが、本人に英雄の素質は皆無。英雄に退治される怪物たる反英霊の特性も無く、その属性はただの人間に近い。言ってしまえば英霊クラスまで強くなってしまった唯の一般人。座の立場的に言えば伝承を持たない生粋の守護者であり、別に守護者家業も慣れてしまえば人殺しにうんざりする事にさえ飽きてくるらしい。その魂も生まれは人間一つ分しかない普通の重さしかなかったが、壮絶な人生の末に英雄の素質を持たない人間の限界地点に到達している。今では普通に世界とか救えるほど色々な面で強い。衛宮士郎のように持って生まれた英雄固有の異常性や精神面の強さでは無く、常識的な感性を壊す事無く普通に自身の究極へ至っている守護者である。痛みが無いのではなく、痛みを我慢出来るだけで消す事も出来ない。罪を受け止めて前に進むのではなく、前へ進む時は罪を見ないで歩み終わった後に孤独の中で苦しむ。

 

◆◆◆

 

名前:アサシン

身長:169cm

体重:47kg

属性:秩序・悪

スリーサイズ:83/55/80(お気に入りの姿の状態)

イメージカラー:灰色(死灰)

特技:変装、話術、鍛錬

好きな物:呪術開発、星空と満月

苦手な物:異教徒、略奪者

天敵:言峰士人

 

――解説――

 

 四代目山の翁。葬主のハサン・サッバーハ。

 名も無き者。暗殺者と言うよりは呪術師の方に傾向しているが、彼女の暗殺術は教団内でも最高峰に位置していた。アサシンに選ばれるハサンの中だと呪術特化だが、暗殺術も最上位クラス。女性の呪術師で在りながらハサンの一人に選ばれた理由、それは暗殺術と呪術のの二つに才能を持ち、そのどちらも他の教団員よりも優れていたから。歴代ハサン・サッバーハの中でも残虐な殺しをする暗殺者で、特に呪術による殺害を非常に良く行った。変装や話術もかなりの使い手であり、直接的な暗殺術以外も様々な殺し方を習得している。教団の呪術発展に貢献した呪術師。次世代のハサン・サッバーハに後継者を譲った後は呪術師の一人として教団に所属し、後輩のアサシン達に暗殺術や呪術の指導を行い続けた。多芸であるが百の貌のハサンには遠く及ばない。

 彼女の生まれは他の暗殺者とは違い、暗殺者の宿命を生まれながらに受けていた。そもそも母親は子宮を悪性の精霊と同化させられた生贄で彼女の誕生により死亡。加えて、その母親の人生を記録として吸収しており、生まれた時から呪術と暗殺の知識を持ち、胎児の時から自意識があった。はっきり言えば、記憶と魂の点で見れば、母と混ざっているので半ば生まれ変わり。そして、その呪術実験を行った張本人であり、父親でもある呪術師の弟子として教団内で成長していった経緯がある。それ故、呪術師としては天性の才能があり、暗殺教団以外の生活をそもそも知りはしなかった。父親は教団の壊滅時に殺している。父親を殺害した後は延命処置を辞め、不死を取り除き寿命で死亡。

 なので、そもそも初代の時代から呪術師として教団に所属。ハサンに選ばれる程の才能を持つ暗殺者でもあったが、本質は呪術研究者。不死の化け物であり、ハサンとして初代から断罪される時に人間としての命を斬り殺され、蘇生の為に完全な人外の不死者に成り果てた。首を斬られた理由は単純で呪術に傾倒し過ぎ、その呪術で人間を殺すのが愉しくて仕方なかったから。殺す為に殺し、愉しむ為に殺し、首を斬られた後は、自省も兼ねてもう必要がない武芸方面の暗殺術も更に鍛え続けたとか。

 アサシンが言峰士人に召喚されたのは、お互いにカタチが似ていた為であるのと、呪われた心臓を身の内に持っていたから。生まれた時の名を悪魔に奪われ、感情も消えてしまっている。二人とも殺人を“良し”と神に祈る事が出来る神罰の代行者。そして重度の鍛錬狂いで何処までも生真面目。何だかんだで二人とも気が合ってる。

 聖杯への望みは自分の顔と名前を得る為。自我が芽生えた幼少の頃から呪術で他人の顔を奪い、一つ一つのパーツで顔を細かく変化させられる彼女は自分の貌を失っている。本来の自分の顔を子供時代で失っている為、自分の顔を全く覚えていない。自分の精神さえ他人に偽装出来るので、外部から取り入れた情報を使って構築した人格に変貌する事も出来る。そもそも他人から名前を与えられていないので記憶にある名前は全て偽名であり、ハサン・バッハーサの名も唯の役職でしかない。余りにも多くの貌を持つが故に無貌の暗殺者なのだ。故に、髑髏の面を付けているが意味は無く、それを外す事に全く抵抗はない。基本的に顔立ちは好きに変えられるが、普段は水死体の様に肌が蒼白い不健康そうな美貌の女で、まるで人では無い悪霊に見える。ぶっちゃけ悪女的な美人さんで、唇の色とかも紫色だったり、瞳の色も紫色な上、髪の色も紫色風味だったりする。現代ではレバニラに嵌まっており、辛口にして良く食べているとか。

 宝具の『妄想血痕(ザバーニーヤ)』は呪術スキルを組み合うことで応用性が高まる。この宝具は単純な毒による呪殺だけでなく、感染者の生命力を反転させたり、血液を爆発性の毒素に変えたり、神経毒に変え感覚機能を狂わせたり、痛覚を刺激して激痛を与えたりと用途は多種多様。心臓が宝具の核であるが、武器として機能するのは全身の血である。

 

◆◆◆

 

名前;キャスター

身長:171cm

体重:60kg

属性:混沌・善

イメージカラー:白色

特技:学問、妖怪退治

好きな物:他人を占うこと、魑魅魍魎

苦手な物:自分を占うこと、暴走車両

天敵:泰山府君

 

――解説――

 

 鬼殺し。最強の陰陽師にて、式神遣い。

 真名は安倍清明。天文博士であり、占いに優れている学者さん。日本に住まう魔獣や呪い系統の怨霊に関する専門家でもある。無名だった陰陽師時代は一人で妖怪退治を何度も繰り返し、単身で英霊級の幻想種と殺し合いを行っていた。イメージとしては軋間クラスの悪鬼羅刹の巣に飛び込み、退魔活動に励んでいた陰陽師。しかし、老年となり弟子を何人も育てるようになってからは、本格的に都の朝廷へと入り陰陽師として働くようになる。日本の歴史に名を刻み始めたのはこの頃から。長い年月を掛け陰陽道を完成させた。

 聖杯への望みは聖杯本体を手に入れ、受肉して現世に転生した後、その聖杯を研究して自分の手で自分の聖杯を創り上げること。英霊召喚システム、令呪の隷属、根源の孔、天の杯、その他諸々が彼の研究心に火を付けた。

 一人称は“私”。基本的にエルナの事は“エルナ殿”と呼んでいる。鬼や天狗などの数多の妖怪退治の伝説を持ち、怪物に対して強力な力と知識を持つ。キャスターらしく計略を巡らす策士としての一面を持つが、国に仕えた陰陽師であるからか“外道な行い”を『良し』とはしない。しかし、目的達成の為の“非道な行い”は『良し』と出来る一面もある。戦いの相手や自分の邪魔者に対して容赦をすることを相手と自分への侮辱と考え、力と策略の限りを持って思うが儘粉砕する。若い頃は権力にまるで興味なく、他人にも心を余り開かず、実に反社会的な世捨て人だった。陰陽師として仕事をする為に都に居たに過ぎず、自己の修練に熱を入れていた。しかし、老年になると世間に関わる様になり、自分の学問を後世に残すため弟子を育て始めた。そして、朝廷や帝からも信頼されるようになる。昔の偏屈な天才学者とは違って、身内や気に入った者には人の良い爺さんになっていった。狐狩りが地味に得意で、某キャスターの天敵の中の天敵。

 おそらくは日本の伝承の中で最高の陰陽師。退魔師としてもかなりの達人で、愛用の直刀を持ち剣術もそこそこ使える。陰陽師の一環として弓術にも微妙に優れている。特に戦闘面では眼力が優れており、人外の速度で動く怪物達の攻撃を全て見切って死線を通り抜けて来た。若い時は鬼種と言った様々な幻想種を相手に単身戦闘に臨み、色々な魔物相手に妖怪退治をしていた。長年に渡る退魔の経験によって、常識から外れた生き物と戦う事に慣れている。魔術戦も負け知らず。型月世界の平安時代の鬼種は、紅赤朱の様な戦闘民族がうじゃうじゃ徒党を組んで悪さをしまくっており、人外の異能も溢れまくっていた時代でもあり、そんな鬼を複数相手に勝てる超人と言う設定なキャスターなので強い。音速戦闘が常識な世界だった日本の平安時代はマジ地獄。

 キャスターである安倍晴明は術符中毒で、暇な時間が出来れば陰陽道の魔術礼装となる呪符を作成している。また、陰陽術の基本でもある呪符を好んで戦闘に使用している。呪符には様々な効果と能力が有り、無詠唱で能力解放出来るのが利点。何千何万と符を仕込んでおり、大規模な結界を瞬間的に作れるので陣地作成にも役立つ。また、陰陽師として純粋に対亡霊魔術に優れているので、霊体に対して攻性な能力を持つサーヴァントキラーと呼べる。クラススキルの対魔力対策も生前の経験から完璧なので、キャスターの中では間違いなく最強の一角であり、日本が舞台なので地域補正が掛っている。後、車酔いが酷いので、騎乗スキルがE-。

 

◆◆◆

 

名前:エルナスフィール・フォン・アインツベルン

身長:178cm

体重:69kg(義手無し)

スリーサイズ:85/56/84

イメージカラー:銀色

特技:斬り壊すこと、戦闘魔術の研究

好きな物:人間観察、当ての無い旅路

苦手な物:面白味の無いモノ、興味の湧かない人との会話

天敵:衛宮士郎

 

―――解説―――

 

 Ernasviel von Einzbern。アインツベルン最強の絡繰兵器(ホムンクルス)

 完全なる不完全。イリヤスフィールと衛宮切嗣の遺伝子で設計されている人造人間もどき。第六次聖杯戦争においてキャスターと契約した。彼女は聖杯ではなく、第六次は予備に造っておいた無機物の聖杯が用いられている。生命として製造された時、左腕と右眼が欠損していたが素体としては最高のスペックを誇った。エルナスフィールを開発したホムンクルスの魔術師もそうであったが、その能力はアインツベルン当主のユーブスタクハイトにとって想像以上のモノ。同じコンセプトで彼女以外にもホムンクルスは造られたが、カタチを成すことが出来たのは彼女だけであり、他の素体を崩れてしまっている。雛型も一体を残して全滅、そして生き残った雛型が彼女唯一の従者でもある。彼女は誕生した後も肉体と回路に改造を施され、人外の怪物として完成されられてゆく。

 正確には人造“人間”ではない。アインツベルンが鍛えた錬金術と聖杯製造の応用品。人として能力と技術を成長させ、最強のサーヴァントと共に聖杯をアインツベルンに取り戻す為に誕生した。ユーブスタクハイトは聖杯戦争の敗因をマスターであるホムンクルスの惰弱さに有ると考えた。その為に外部の魔術師(衛宮切嗣のこと。能力だけは第四次以降も認めている)の血をさらに混ぜ、ホムンクルスとして不完全とする事で生命体としての完成度を高め、一個体として完璧にすることにした。そして産まれたのが自然と霊長の混血児。生まれ持った能力を鍛え、生まれた末の技術を極めるため、ホムンクルスとしては異端中の異端であるが毎日を鍛錬尽くしで生活している。製造されたのは第五次聖杯戦争終了の半年後。衛宮士郎にとっては妹でありながら姪。彼女から見れば兄であると同時に叔父でもある。母はイリヤでもあるが、母としてのイリヤの事は遺伝子提供者くらいにしか思えず、どちらかと言えばお姉さんだと感じている。 

 見た目は黒髪ショートになった二十歳くらいのイリヤスフィール。眼は爛々とした赤褐色。アインツベルン製のホムンクルスなのに髪が黒いのは、衛宮切嗣の血が濃く影響している為。外出時の服装は紫色のコートで、武器諸々を隠し持っている。右目は義眼の魔眼であり、左腕は杭打ち機が仕込まれたカラクリ魔腕。また高位の魔術師であり、イリヤスフィールと同じで理論に関係なく魔力により神秘を引き起こす魔術を使う。しかしエルナはイリヤと違い、鍛錬し成長しているので明らかにイリヤの魔術より格上で概念の高さや魔力の燃費が違う。戦いのスタイルは衛宮切嗣に似ており、勝てばそれで良いと考えているので手段も得物も選ばない。良くアインツベルン領を愛剣を携えて飛び出ては親友兼従者のツェツィーリアと世界中を旅をし、見聞を広めると共に武者修行も兼ねており、脱走したアインツベルン製の狂った人造人間や堕ちた魔術師、そして死徒等を相棒と共に狩って自身の戦闘能力を強めている。そんな生活を送っているためか、アインツベルンの放蕩騎士姫と言われるコトも。言峰士人や衛宮士郎とは討伐に外出した時に面識がある。

 実に単純な性格をしており、“楽しければ全て良し”と考えている快楽主義者。人並みの感情は存在するが、罪悪感が完全に欠如している精神を持つ。罪を理解出来るが実感出来ないので、知識としてのみ罪悪を認識。故に自らの所業に苦しみを持たず、自らの行いに後悔は無い。自分の事は如何でも良いが、自分の血肉とも言える身内の者が傷付く事を苦痛に感じる類の人間。理不尽に襲われ絶望に落とされる罪無き人間を見かけたら取り敢えず助けておくが、面白くも無ければ如何でも良い悪人悪党の類の死に様は面白可笑しく感じて笑顔を浮かべながら笑い声を上げる。人助けで悪を倒すと言う点では正義の味方に近く、遺伝的に父である衛宮切嗣に似てもいるのだが、正義を快楽として愉しみ、殺人を娯楽として遊べ、さらに自分が異常者と自覚もしながらも在りの儘に生きられる時点で正義の味方には程遠い。要は目の前の現実に納得出来なければ、力尽くでも如何にかしようと楽しみ遊びながら行動するのだ。赤の他人が如何なろうが知った事ではないが、自分が面白い人間だと感じた者にはお節介や無邪気にちょっかいを出してしまう。自分にとって面白味のある人が死んだしまったら色々と勿体無いので助けてしまう気質。彼女にとって人か人外か、そう言った区別は無く、自分にとって面白いか面白くないかと言う観点で他人を常に見ている。

 

◆◆◆

 

名前:ホムンクルス・クノッヘン

身長:160cm

体重:58kg

イメージカラー:鉛色

特技:斬り壊すこと

好きな物:生肉

苦手な物:自分より固い物

天敵:ゲイ・ジャルグ

 

――解析――

 

 インテリジェント・ウェポン。人格ならぬ剣格を持つ魔剣。

 人工の守護霊が憑いており、それがこの剣の精神体と化している。男でも女でもないが、強いて性別を付けるなら男性。霊体の大元はアインツベルンで生み出されては殺されていった人造人間。破棄施設で弔われることなく朽ち果て、憎悪や悲哀に墜落して逝ったホムンクルスが成りの果て。幾百幾千の怨念が昇華され邪悪な意志を持った魔剣であり、人格のようなモノを一つ宿している。シエルの第七聖典に似た概念武装であるが、ななこみたいなマスコットキャラは出てこない。魔術で空気を振動させて言葉を話すことが可能。

 剣として人格が完成されている。例えるなら、我は剣、故に斬殺最高皆殺し、そんな感じな本物の魔剣。人を揶揄して楽しむのが好きな性格の悪い剣。人をぶった斬ってなんぼだと自分のことを考え、斬り甲斐のある悪党や強い化け物や人間を斬り殺したくなる。定期的に戦場へ連れて行けと駄々を捏ねるが、別に殺人中毒でも無く剣として使って貰えないのが寂しいだけ。また、元になった亡霊達の中には、エルナやツェリになる事が出来なかった数多の失敗作も含まれ、エルナの別人格でもある。

 

◆◆◆

 

名前:ツェツィーリエ

身長:168cm

体重:98kg(四肢の義手義腕を含む)

スリーサイズ:84/55/83

イメージカラー:白色(髑髏的な意味で)

特技:研究全般、戦闘全般

好きな物:開発、虐殺、奉仕

苦手な物:懐いてくる子供

天敵:自分の製作者

魔術属性:骨

魔術特定:構造

 

――解析――

 

 Zäzilie von Einzbern。死神型殺戮メイド。

 目がかなり荒んでいて、殺気立つと発狂した狼に似た眼をする。見た目は十代後半、銀髪赤眼で長い三つ編みなイリヤスフィール。あるいは、若干幼いアイリスフィール。エリナスフィールの雛型であり、生存する唯一のプロトタイプ。戦闘特化の魔術師型人造人間として製造された。アインツベルンにおいてエルナの次に強い人造人間。生まれながらにして完成された一個体。無機物に戻された聖杯の管理を第六次聖杯戦争では行っている。第五次聖杯戦争終了の二ヶ月後に製造される。戦闘タイプの人造人間として史上最高の性能を持ち弱点と言う弱点は無いが、技術と精神以外に成長する要素が存在しない。戦闘型の弊害で実は生まれた時は短命だった。

 高位の魔術師。魔術属性は“骨”。特性は“構造”で、強いて起源を言葉にするなら、“組み立てる”こと。聖杯としての属性もあるが弱まっている。自家製のメイド服式礼装と魔術師の杖でもある多格変形骨鎌が武器。そして、自らの骨を全て概念武装へと変貌させ、自分の全身を魔術礼装とする。自身の製作者に両手両足両目を奪われ凌辱の限りを実験と称して受けており、その時の魔術実験で短命だった命を概念武装への変質を完了させることで延命。そして、人造人間から外れた生命体となる。生物を辞め半ば不老となり、正真正銘エルナの武器と化す。脳髄も霊的に改造をしているが、まだ其処はちゃんとした生身。両手両足両目は義手義足義眼、五臓六腑も頑丈なモノへと改造されており、普通の人造人間と同じ様に生活できる性能を持っている。彼女の義手義足義眼の大元の材料は、ホムンクルスであった時の自分の肉体。

 愛称は“ツェリ”。主であるエルナスフィールとは精神がリンクしており経験を共有することが出来る。戦闘経験の共有は成長を早める為とコンビネーションの補助だとか。エルナの修行相手であり修羅場での相棒。主であるエルナスフィールの事を「エルナ様」と呼ぶ。彼女はエルナスフィールのことを心底敬愛しており本人曰く、一目でベタ惚れした、らしい。一人称は『ワタシ』、二人称は『アナタ』。エルナ以外は存在していようが消えようが如何でも良い。エルナが全て、奈落の狂気を自分の正気とするメイドさん。エルナスフィールへと一目惚れで魂に衝撃が走った彼女は、エルナの為に生きたい、エルナの為に死にたい、エルナの為に呼吸したい、エルナの為に苦しみたい、エルナの為に感じたい、と底無しの狂愛に走り続けるメイドへと自分でも気が付いたらなっていた。キャスターとは何だかんだで、気が会う友人兼同僚と言った雰囲気を少し超えている。

 本名はアルマスフィールと言うのだが、気に入らないので棄てたらしい。後、アインツベルンの人造人間とは思えない程、実は機械にかなり強い。実際、自分が組み立てた魔術理論には電子機器を使うものもある。

 

◆◆◆

 

名前:アデルバート・ダン

身長:177cm

体重:72kg

イメージカラー:闇色

特技:射撃、狙撃、テレビゲーム(特にFPS系のもの)

好きなもの:銃器、先の見通せない命懸けの死闘

苦手なもの:弾丸を無効化する達人、銃器が効かない怪物

天敵:衛宮士郎

魔術属性:弾

魔術特性:維持

 

――解説――

 

 処刑銃。“Adelbert Donne”。魔術協会に所属いていた元封印指定執行者の殺し屋。

 元々は暗黒街に住む唯の殺し屋だったが、紆余曲折の末に執行者になった後、またフリーの魔術師となり殺し屋家業を再開した。幼少の頃は人間離れした身体能力と独特な体術を持つ殺しの師がいたが、色々と面倒になって師匠を殺害。殺した主な理由は友人の少女が凌辱されたため。十代前半の時から年齢を偽り依頼を受けては人を殺して生きてきた。母親は娼婦であり、暴漢に襲われた時に出来た息子。その時の母親は金が無く彼を下すことが出来ずに仕方なく産み気紛れで育てたが、街を離れる時に彼を家に置いて去って行った。父と母には魔術師の血が偶然にも流れており、それが偶発的に上質な魔術回路を持つことが出来た理由。師を殺害後、とあるアメリカの街で殺し屋として生活していたが魔術師と死徒の抗争に巻き込まれる。しかし、若い身でありながら死徒と魔術師を無傷で殺害。その時に討伐へ来ていた協会の魔術師に殺し屋としての技量を見込まれ協会にスカウトされる。そして、自分を協会へと誘った魔術師の元へ弟子入り。そうしてアデル・ダンは独立し、魔術協会の封印指定執行者になり淡々と生きていく。しかし、自分を罠に嵌めた魔術協会の重役を報復として殺し尽くした事を契機に協会から脱会し、野に下った魔術師として聖堂教会からも因縁を付けられながらも殺し屋を再び営む。

 生身のままで脅威的な身体能力を持つ生粋のガンスリンガー。魔術師としては、家系の一代目に当たる突然変異の特化型魔術師。魔術属性は『弾』、魔術特性は『維持』、起源は“形を保つ”こと。魔術師も死徒も代行者も関係無く、眼前にある標的を淡々と殺す“冷酷無慈悲な殺し屋”。協会で一番有名なのが『処刑銃』と言う異名。彼は魔術師や封印指定執行者である前に他者からの依頼で殺人を行う労働者、要は人殺しを職とする生粋の殺し屋。魔術師だから神秘の為に殺すのではなく、単純に殺し屋だから生活の為に人を殺す。既に幼い頃から殺しが日常生活の一部に組み込まれている。故に殺し屋として生きていける執行者へと志願した。封印指定執行者と言う役職であるので、バゼットとフォルテとは同僚。任務を共に遂行したことが数度ある。フラガが最強ならばダンは最凶、と言った評価が魔術協会で一般的な執行者部門の印象。

 見た目は少々渋めクールな顔立ちで黒髪黒眼。服装はリーマンスーツ、リーマンネクタイ、そして茶色のトレンチコート。黒スーツが基本、シャツとネクタイは日で色が変わる。格好は着崩して前を開けたスーツで、ネクタイは緩々でシャツも首元がだらしない感じ。その上から茶色のトレンチコートを着込んでいる。見た目は若手エリートサラリーマンそのものなのだが、カリスマギャングなマフィアの若頭的威圧感を持っており、次の瞬間には殺されそうな圧迫感を与える人物。本人は常識も持っているが、知識としてのみ活用している。彼にとって自分を含めたヒトの命は全て平等で、どうせ死ぬんだから自分が殺しても結果は何も変わらないと殺人を肯定している。要は他人の命を自分の技量で、殺せるのか、殺せないのか、そう言った殺し屋的観点で見てしまう生粋の暴力主義者。もっとも、等価値に視ているのは命だけであり、人間性や精神を平べったく感じている訳では無い。それは必要なら誰だろうと殺せると言う事であり、故に不必要な殺しは一切ぜず、アデル・ダンは快楽殺人は行わないし、彼は殺人鬼でも殺戮者でも無く生粋の殺し屋なのだ。ついでだが美綴綾子のことが気になっており、彼女の前だとキャラブレイクを起こす事あり。

 そんな殺し屋として人を殺し生活を営んできた人間だからか、何時何処であろうと自分が死に襲われても対処出来るように心の底では常に心構えており、道路の向かいの人間が行き成り斬りつけて来るかもしれない、自動車が轢き殺しに突っ込んで来るかもしれない、遠くのビルから狙撃されるかもしれない、と究極的な“死の仮定”が内側では灼熱とした思考と共に渦巻いている。言ってしまえば、死に続けるコトで生き続ける殺し屋。常に外側へと不意打ちを続けながら生きることで不意を打たれる事も無く、あらゆる死線を当たり前の日常の一コマと変わらない姿で潜り抜けてきた。

 

◆◆◆

 

名前:バーサーカー

身長:190cm 

体重:82kg

属性:中立・狂

イメージカラー:闇色

特技:体力勝負、気合い

好きな物:家族、死闘

苦手な物:女神、我が侭な女

天敵:狡賢く物欲の強い女(主にとある女神のこと)

 

――解説――

 

 報復王。未来永劫、狂気と怨念と憎悪に苛まれ続ける魔剣の主。

 嘗ての神話の時代にデンマークを治めていた王族、真名はホグニ。かなりやさぐれており、神族の類を心の底から憎み切っている。座に召され英霊化したことにより自分が何故あのような理不尽な地獄に落ちたのか知ってるが、それは知識としてであり自分自身の記憶は全て摩耗し切っている。生前では最終的に戦いの理由を忘我しており、憎む為に憎み、戦う為に戦い、殺す為に殺す、そう言った殺戮装置と成っていた。故に正真正銘、滅びの魔剣であるダインスレフの完全な担い手となり、ホグニは宝具の能力を利用し尽くすことが出来る。魂が狂気に侵されており、精神が狂えば狂うほど頭が冴える特性を得ているため、彼にとって狂化は足枷にならない。

 バーサーカーとして召喚されたサーヴァントであるが、英霊化により魔剣の主として魂が完成されてしまっているので狂いたくとも狂えない。感情も完膚なきまでに消えてなくなり、心の中にはホグニと言う人間の理性しか残っておらず、その理性でさえ倫理観が崩壊し狂気と同化している。彼の理性は狂っている状態が普通であり、例え狂気に蝕まれようとも、狂気を飲み干す明鏡止水に戦い続けた無限地獄で至っているため理知的に行動する。ここまでくる明鏡止水だと修練で至れる無念無想ではなく、強制的に無心状態になる呪縛の類。余りにも長い時間を魔剣に呪われながら戦場で戦い続けた為か、バーサーカーは感情の大部分が停止しており、精神が狂おうとも理性を失うことが不可能となっている。魔剣の呪詛と共に永遠の時を戦い続けた呪縛からか、“憎悪する”と言う生態しか精神的な働きが残っていない。魂を完全にドス黒く染めた怨念と、誰でも良いから恨みを晴いたいと言う殺害衝動のまま戦闘を行う。ゆえに大した聖杯への望みはなく、強いて言うなら生前溜めに溜めこんだ怨念の解消、要は憂さ晴らしが良いところ。もっとも恨み半分憎しみ半分でラグナロクに参戦して神々を皆殺しにしてみたいとも考えているが、彼らは滅び逝く運命のため別に狂気はそこまで湧いてこないらしい。現世に召喚されたのも聖杯戦争と言う血塗れな戦場において、敵と戦い、敵を殺し、生き死に行き交う戦場での勝利と敗北を味わいたいが為。永遠に勝つ事も負ける事も出来なかった彼らしい願いとも言える。ホグニがバーサーカーとしてアデル・ダンに召喚されたのは、そんな死に囚われた精神構造が似ていた為だろう。

 

◆◆◆

 

名前:フレディ・ボーン

体高:27cm

体重:7kg

イメージカラー:茶色

特技:交渉、詐欺、ナンパ

好きなもの:お喋り、散歩、骨付き肉

苦手なもの:食品に含まれる添加物、シリアスな空気

天敵:蚤

 

――解析――

 

 アデルバート・ダンの使い魔もどき。

 犬種としてはバセットハウンドで、見た目はキモ可愛く、かなり愛らしい姿をしている。しかし、声は結構な渋味を有する。基本的な仕事としてアデルバート・ダンの工房の留守を預かっており、多種多様な人語も理解するマルチリンガル犬で、魔術も使用出来る魔導狗。念力っぽい神秘にも目覚めている。低級の自然霊と動物霊を素材に造られた使い魔っぽい生き物で、犬の肉体を媒体に契約している守護精霊が使い魔たるフレディの正体。と言うよりも、位の低い無色な自然霊を犬の魂が取り込んで超進化したワンちゃんが使い魔の真似事をしてる『何か』で、使い魔と言うより、なんかヘンテコま魔術生命体が使い魔の属性をおまけで持っている魔獣と言った方が正しい。フレディの人格(犬格?)は、元々この犬の肉体にあったもの。自然霊を取り込んで使い魔っぽい魔術生命体になった人工の幻想種で、今では魔獣と化している。素体はどっかの家の飼い犬。ぶっちゃけ使い魔しているのは、飼い犬根性が魂的に染み込んで持っているから。使い魔になる前の飼い犬時代にも結構なドラマがある。そして、時計塔の降霊科が実験を行って今の姿となり、そこから紆余曲折を経て彼の使い魔っぽい仕事をしている。つまるところ、実は使い魔でも何での無いが、使い魔の契約をしているので使い魔に分類されている魔獣と言うのが正解。

 補足として、降霊科が行った実験の内容は、まず犬を苦しまずに肉体が損傷しないように殺害し、犬の魂が消えて仕舞わぬ内に召喚して捕まえておいた自然霊を犬の死体に憑依させると言うもの。そして、儀式によって魔獣として世界に顕現させた。

 

◆◆◆

 

名前:デメトリオ・メランドリ

身長:189cm

体重:90kg

イメージカラー:緋色

特技:賭博、軟派、飲酒

好きなもの:信仰、正義、成敗

苦手なもの:子供、老人、美女(この三つは個人的に戦い難いモノの事)

天敵:間桐桜

 

―――解説―――

 

 “Demetrio Melandri”。浪漫剣士。聖堂教会最悪の聖騎士(パラディン)

 神父でもあり代行者と同じく異端狩りの仕事もするが、正式には騎士団の一人である聖堂教会所属の聖職者。他の騎士と同様に聖なる土地を守るのが基本的な職務であるのだが、この騎士は魑魅魍魎が跋扈する異郷の地へ斬り込む退魔の騎士でもある。本職は騎士であるため代行者ではなく埋葬機関員になれないが、実力的には彼らに匹敵する聖堂教会騎士団の人型兵器。つまるところ、聖堂教会内で各部門の渡り橋役になる武闘派蝙蝠屋。後、妻子持ち。

 年齢は五十歳程度だが見た目は三十代半ば。見た目はボサボサの髪を切らずに伸ばしている中年で、渋いと言うよりは若々しいオヤジ。黒髪黒目で特徴は余りないが、顔立ちは男らしく整っている。『侘び、寂び、萌え』を理解する日本通。実はかなりの不良神父で、女好き、酒好き、賭博好き。寡黙そうに見える堅物だが、実はひょうきん者なエロオヤジと言う分かり易い性格をしている。聖職者としての真面目さに反比例して剣に対する愛着はかなり強い。志の違いから言峰士人と軽い殺し合いをした事があるほど彼は自分の正義や信仰に妥協しないのだが、殺害対象ではない相手に暴力で訴えるのは自分が強者と認めている者のみ。戦闘狂の気が有るが、分別自体はしっかりしている武人体質。怪物が相手ならば聖騎士としてノリノリで殺しに掛るので、人外が相手になると無駄に残虐になる傾向が有る。敵が強ければ強い程、戦いに意義を見出す武人として燃えるタイプ。己を悟り切っているので聖職者として人助け等の慈善活動くらいしか、異端討伐や死ぬ以外にする事がなくなってしまった。裏話であるが、アデルバート・ダンの殺しの師とは宿敵であり無二の親友で、彼の影響はかなり大きい。

 彼は起源に『断罪』を持ち、それの詳細は“罪を裁く”こと。それ故、鉄槌の剣と呼ばれる概念武装とは頗る相性が良く、正義と言う言葉に対して異常なまで執着している。だからこそ“悪”を殺す事を至上の悦楽として戦闘を愉しんでおり、神父として分かり易い邪悪である“魔”を処することを一番の快楽とする。それが持ってして生まれた魂の属性。

 剣の“腕前”は聖堂教会トップクラス。教会に属する騎士なのだが彼は若い頃、山籠もりをしており、心の底から本気で神霊を超えようと毎日の鍛錬で死力を尽くし剣技に励んでいた。彼が造り上げた我流剣術は対軍・対城に位置する破壊的なモノであり、彼の剣技は英霊とも殺し合える領域。もはや唯の人間が敵う剣士ではなく、そこいらの化け物を一方的に屠ってしまうまでに強く極めてしまった。彼の剣技の特徴は判り易く、一撃に何もかもを込めながらも鉄壁の守りを持ち、攻撃性と防衛性が極まって共に高い剣術。魔術師としてはそこそこの腕前を持ち、魔力量も多く燃費も良いのだが、魔術の平均的な腕前を同僚のシエルと比べるとかなり劣っている。しかし、起源からして聖堂教会の魔術理論である秘蹟に特化した魔術回路であり、悪魔“払い”として凄まじい才覚を持つゴーストキラー。通常の魔術も平均以上に使いこなす器用さも有り、霊体や精神、そして魂に直接ダメージを与えられるので死徒の天敵。魔術自体に高い防衛性もあるので魔術師の天敵でもある。また、後天的に発露した天然の魔眼持ち。切除の魔眼を保有する。これは山に籠もって行っていた剣の修行により開眼したモノで、脳内の“斬る”イメージを視界に投射し、それで実際に対象を切り裂く魔眼となる。

 本来ならば生粋の剣士であり、剣以外など関心が無い。しかし、剣以外の技能も不死の怪物を殺す為に仕方なく習得し、趣味と合致したので娯楽として修行の合間に極めている。今では良い暇潰しであり、読書のような感覚。そして、剣はただ丈夫で良く斬れる事が全てであり、それ以外の能力は腕を鈍らせてると考えている。強い敵を言うよりも、死に場所を求めて彷徨っている節があり、死地を好んで踏破している。

 また、自己進化にしか興味が無く、敵と戦うことも強くなる為の要素としか捉えていない。彼にとって神とは進化し続けた果てにある自分自身そのものであり、信仰とは限界を延々と只管に踏破し続ける事となる。聖杯戦争のマスターに選ばれたのは、そんな自身の進化をする為にその願望が面白いと認められたから。

 

◆◆◆

 

名前:ライダー

身長:199cm

体重:91kg

属性:中立・中庸

イメージカラー:蒼色

特技:荒事全般

好きな物:目に映る世界、建国作業

苦手な物:覇道を阻む英傑、不可避の妨害、犬

天敵:特になし

 

――解説――

 

 略奪王。蹂躙皇帝とも呼ばれる蒼き狼。遊牧民を率いる草原の主。

 一代で己の国を建国し、絶対的な王権を手に入れた王。超巨大国家の基礎を築いた偉大なる征服者にて侵略者。正体はモンゴル帝国初代皇帝チンギス・カン。暴君の中の暴君であり、侵略者の中の侵略者。彼の覇業によって殺された人間は数千万人とも言われている虐殺者で、冷徹に眼前の現実を直視する慈悲無き合理主義者でもある。また、あらゆる苦境を止まらず突き進み、どんな困難であろうとも屈しない英雄の素質が異常なほど狂気的に高く、どんな目に合おうとも絶対に諦めない。何が何でも絶対に自分を諦めない英霊となる。サーヴァントとして召喚された姿は心身共に全盛期だった若い頃の彼であるが、その人格はモンゴル帝国皇帝として完成したカタチをしている。彼がライダーとして召喚されたのは騎馬民族の長で自身も馬乗りだったのもあるが、何よりも自分が建国した大帝国の、自分の野望を果たす為の侵略軍と言う本物の化け物を大陸で乗り回していたからだろう。

 心の奥底では目に映る世界全て、本当に価値あるモノは存在しないと考えている。そして、世界や自分自身の価値は己の手で創り出さなければならないと思っている。合理的な理性を持ち、哲学者的な側面をあるが、人格をカタチ作る根の部分はとてもシンプルな精神構造をしている。それは即ち、支配するか支配されるかと言う二択。物事の手段はとても計画的なのだが、行動理念は単純明解で“国を欲す、故に国を奪う”と言うな王様気質。侵略者で暴君でもある事は第四次ライダーと同じだが、内に秘める志は全く方向性が違っている。彼は侵略する為に侵略を行う王道を持ち、戦争をする為に戦争を行う覇道を持ち、そしてソレらを愉しみながら大陸を暴力で支配していった恐怖の君臨者なのである。彼は何処までも合理的な残虐さを持ち、必要ならば何もかもを破壊し、他国を無慈悲な滅亡に追いることが出来る。敵国の人間からすれば、自分たちの世界を破壊し尽くす恐怖そのものであった。支配した後の統治も合理主義の権化の如く、残虐な現実主義で継続された。チンギスにとって世界征服とは、快楽であり、娯楽であり、生き甲斐であり、野望でもある、当たり前な日常の営み。男たる者の最大の快楽は、敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その馬に跨り、その女と妻達を抱きしめることにあると臣下に言っていた。チンギス・カンは誠実な青年だったが自分の妻が敵軍に誘拐され何日も監禁・暴行されたことをきっかけに開き直り、それから狂ったように女を奪って犯すようになった。善人だったのだがヒトの欲望を肯定し、自身の内に眠る凶暴性を容認した。聖杯への望みは世界征服であり、聖杯の力で国造りを目論んでいる。

 サーヴァントとして全盛期であった若い頃の姿をしており、遊牧民族独特の装飾された民族衣装を着込んでいる。見た目は超大国の皇帝と言うよりも、軍隊の司令官風味。茶髪で顎髭を少しだけ伸ばして生やしている。宝具は四つ保有しているが大元は“一つの侵略軍”が正体。分断しているのはライダーが宝具を使い分けているだけであり、兵士と兵器と戦場の三つが英霊の幻想を構成している。彼が身一つで創り上げ、皇帝として君臨したモンゴル帝国の軍勢がチンギス・カン最大の矛であり盾である。ライダーの宝具は彼の侵略軍がそのまま宝具化しているとも言え、その能力は“侵略”の概念の塊と言えよう。日本でも高い知名度を誇るが、モンゴルなら更に四体の巨馬と四体の大狼に轢かれる陸上移動要塞戦車を更に宝具としてライダークラスなら持ち込める。

 また裏設定であるが、実は元々ザビ男に並ぶイケ魂の持主。素質と才能に溢れ返り過ぎた王になるべくして王となった主人公気質な少年。人格はザビで能力はレオみたいな凄い危険人物。しかし、危険はあれど慎ましい毎日を過ごしていて、元より質素倹約を基本とする彼に野望なんて一つも何もなかった。だが、ある日赤セイバーとザビ男並に相思相愛だった奥さんを襲撃を受けて拉致されてしまう。そして自分の妻が敵軍の男と強制的に結婚させられ、敵の男どもから性的暴行を何度も受けた。自分の最愛の女性を奪い返したものの、善人のテムジンが本気で復讐に狂い、人喰い獣の狼に成り始めたのはこの時期となる。原作登場人物でこのチンギス・カンを例えるなら、セイバーのネロを男共に嬲り犯されて、その復讐に狂い果てた末に暴君と化してしまったザビ男。彼の第一の妻であるボルテは暗黒面に旦那が堕ちても、それでもザビ男を支える赤セイバー的な立場となる。

 

◆◆◆

 

―――外伝―――

 

◆◆◆

 

名前:シエル

身長:165cm

体重:52kg

スリーサイズ:85/56/88

血液型:O型

誕生日:5月3日

イメージカラー:空色

特技:お菓子作り、飛び道具

好きな物:カレー、日本茶

苦手な物:吸血鬼映画、教会所属の魑魅魍魎な同僚

天敵:アルクェイド、割烹着的魔法少女、言峰親子

 

――解説――

 

 埋葬機関の第七位、弓のシエル。

 月姫本編だと年齢は23歳、第五次聖杯戦争時点で26歳くらい。Aランクを超える高位魔術師。聖銃の代行者。埋葬機関一の人徳者。わりと不思議で謎ないいひと。パン屋の娘で将来の夢はケーキ職人。お菓子作りの腕はちょっとしたものだが、昔を思い出すので本人は洋菓子を作りたがらない。好きな歌は『地下室のメロディー』。シエルという名は正式な洗礼名ではなく、本名はおそらくだがエレイシア。言峰士人と知り合い、その余波で言峰綺礼とも関わりを持ってしまった哀れな犠牲者。外伝や士人の過去話で登場する。

 戦闘能力を考えますと、第五次聖杯戦争時点の言峰士人より基本性能は高いが、士人と殺し合いを行えば最後の最後で嵌め殺されます。そもそも士人と戦った場合だと相性は最悪で、黒鍵の数や制圧力も上回れ、第七聖典は人間の代行者相手ではお荷物状態、魔術はそもそも投影された概念武装で防御され、精神干渉も効き難い呪詛塗れの悪魔体質、治癒阻害の武装も持ち出されると不死身体質(月姫後の回復力が高いだけの状態)が無効化、と実はシエルの天敵だったりします。その上、昔は素直で可愛かった後輩代行者だったと言う過去もあり、本人も士人とは戦い難い私情があったりなかったり。今の言峰士人に対してだと、もう自分がお守をする必要が無い一人前だと認めており、真っ直ぐな捻くれ者で聞き分けの良い後輩だと思っています。シエルから見れば、代行者の中でだと結構まともそうに見えるのだが、任務時に怪物以上に怪物的な超越者の気配を纏う事があり、其処ら辺を少しだけ心配している。

 

◆◆◆

 

名前:アインナッシュ

身長:直径50km

体重:不明

イメージカラー:不明

特技:不明

好きな物:不明

苦手な物:不明

天敵:殺人貴

 

――解説――

 

 死徒二十七祖の第七位。腑海林、思考林。

 一代目は真祖に殺されており、現在は二代目。二代目アインナッシュは自身の眷属たる吸血植物達が寄り集まってできた直径50kmほどの生きた森を統括し、50年に一度くらいの割合で活動する。活動時には森全体が血液によって赤黒く点滅し、森ごと移動して無差別に人を襲う。そして数百人単位の人間の血を吸うといずこかへと姿を消し、再び活動を休止する。

 この物語では外伝のラスボスとして登場した吸血植物。メレム・ソロモンの悪魔を吸収することで幻想種として一気に進化し、言峰士人に本体のアインナッシュが真っ二つにされた事で生存本能のまま巨人化した。人の遺伝情報を摂取し過ぎた為、アインナッシュは自分の構成体を森の大きさで人化する事が出来るようになったと言うオリ設定。超吃驚な超変化です。吸血鬼としての属性だけで無く、何気に名前を得た真性悪魔と変質していたのでヨーロッパは結構な大ピンチだった。でも主人公が真っ二つにしないで志貴が死の点を普通に突いていれば、このアインナッシュは巨人化することもなく死んでいたと言う裏設定があったり。このまま生きていれば本物の悪魔と成り果てており、アインナッシュと言う悪魔もどきとして地獄の森を形成していた事であろう。物語では辺り一帯の樹林を吸収して人化していたが、もっと自分の眷族を吸い取れば更に大きくなっていった。

 

◆◆◆

 

名前:ジャック・ストラザーン

身長:188cm

体重:70kg

血液型:?

誕生日:7月4日

イメージカラー:茜色

特技:射撃、縄投げ

好きな物:銃火器、アメリカンな料理

苦手な物:十字架、イギリス料理

天敵:言峰士人

 

――解説――

 

 魂魄の魔術師。傀儡鬼。

 マジカル・ガンマンでクールにハイテンションでトリガーハッピーな吸血鬼。死徒のような化け物ではないが不老の人外。魔術によって人外に再誕した魔術師であり、血を吸う必要がない代わり死徒らのように強力な怪物ではない。しかし血を吸えば魔力を補給でき、自分の人形に変えられる。言ってしまえば、血を吸う能力を持った不老の人間。弱点はないが死徒特有の超抜能力も零。しかし、魔道生命体のため魔を否定する聖遺物の類には弱い。それとルールブレイカ―系の契約破り。

 過去話で良く主人公に殺されている死徒。外伝9でもチョイ役で登場。元々は赤毛短髪でオールバック、長身で細身。とは言え、魂を宿している素体で姿形は全く違う。人間時代は思いっきり西部劇みたいな環境で暮らしていた。表の職業はもろガンマン。研究は、ヒトの起源によって世界の起源を目指すこと。魔術師として最終的には、魂を自分で設定して創造する魔法使いを目指している。生まれがアメリカ独立記念日と同じ年月。アメリカ西部生まれの魔術師。土地に適合せず家系は衰弱していってが、その中で生まれた突然変異で家系の中で過去最高の才能を持つ。ジャックの家系は現代も続いており彼は異端者の扱いを受けている。が、本人は何とも思っていない。この家はとある真性悪魔との混血である魔術師一族の分家で、彼は先祖還りをした強力な混血でもある。

 固有結界「魂縛界(Soul Prison)」と魔銃術式「GUNS OF THE ORIZIN」を持つ。戦闘は自分の魂に情報として刻み込み、投影魔術で物質化した大型リボルバー拳銃を二丁使って戦う。かなり強力且つ凶悪な吸血鬼兼魔術師だが、余り自覚はない。魔術師としての能力は、投獄した魂の数だけ有りとあらゆる属性と特性を持つ大魔術師と化し、その属性に特化した大魔術を使用すると言ったもの。苦手な魔術が無いと言うよりも、得られた魂の分だけ特化属性の魔術を使用出来る。専用魔銃でもって大魔術を無詠唱で連射する奥義を持つ。これの真骨頂は対軍戦で、何十、何百の人形を使っての戦い。人形は魂を固有結界に取られ人形に改造されただけで、生物としては正常に生きている。よって、操るのに魔力の消費は要らないし、いざと言う時の魔力タンクにもなる。

 

◆◆◆

 

名前:ルート・アーメント

身長:178cm

体重:61kg

スリーサイズ:90/58/87

イメージカラー:鮮血色

特技:拷問、人殺し

好きなもの:吹き出る血流、生々しい贓物

苦手なもの:光り輝く街の夜景

天敵:代行者

 

―――解説―――

 

 拷問狂。元代行者の死徒。

 吸血鬼に転生してから三百年程度の時が経つ。見た目は血の様な赤毛をセミロングにした清楚な白人女性で、外見年齢は十代後半と言ったところ。愛嬌も有る綺麗な顔立ちをした美女であり、男女両方からとても好かれそうな雰囲気を持つ。振る舞いによっては優しい村娘にも見えるし、高貴な貴族令嬢に見える事もある。死徒の中でも更なる怪物的異端者、そんな血を吸う怪物達の中でも実に人間的に凶悪な殺戮欲求と異常性欲を持つ。もはや完璧な異常者で、狂人と言うカテゴリーの中でさえも病的な性質を持つ精神構造をしている人格。欲望の標的になるのは男も女も関係無く、彼女は人型の生命体自体に欲情しているので見た目が整っていれば全て良し。そして、女が相手でも色々と生えるので無問題。三度の飯より死闘を好み、自分の命を掛ける事と相手の命を踏み躙る事に最高の幸福感を得る。死徒連中からも外れ者にされており、まともな死徒は蛇蝎の如く彼女を嫌悪している。

 人間時代では代行者として死徒や魔術師を討伐する傍ら、地下教会で人々を凌辱・拷問に掛けて遊んでいた愉快犯。元々は敬虔で清楚なシスターさんだったか、若い頃は自分の内面に眠る異常な違和感に葛藤。才能を第八秘蹟の連中に見出された後、ただの修道女から代行者になり、ヒトの命を奪い続ける事で自分が何を快楽とするのか気が付いた。代行者と成った後は“殺し”そのものを崇拝する様に悦楽に溺れ、村の人々を自分が勤める教会に攫っては地下室で欲望の快楽に浸り続ける。ベテラン代行者となり教会からも信頼されるようになったが、討伐で訪れた街で偶発的に凶悪な吸血鬼と出会い、その怪物に内側を暴き尽くされ、精神と肉体を共に凌辱され尽くされた末に血を流し込まれ死徒と化す。そして吸血鬼の配下になったが、その死徒の隙を突いて殺害に成功し、独立した死徒として活動を始める。その後、自分より数年先に同じく死徒化していた嘗ての同僚であるサカリアス・ヴェガと偶然再会し、死徒狩りの連中を撃退する為にコンビを組む事となった。

 代行者時代から魔術の心得を持ち、武器には戦闘用に改造した拷問道具を愛用していた。起源に『流血』を持ち、吸血鬼化してからは起源覚醒者でもある。死徒としての超抜能力で血液を自在に操作する事が可能で、これを魔術と併用する事で代行者時代とは違う新しい戦術を使うようになった。夢魔の血を吸った事があるので性魔術にも特化しているが、戦闘では大した役に立たない。様々な拷問道具を武器として愛用しているが、その中でも針の形状をしている拷問具を特別に信頼している。

 

◆◆◆

 

名前:サカリアス・ヴェガ

身長:180cm

体重:74kg

イメージカラー:紅色

特技:斬り合い、隙を突くこと

好きなもの:炎、武器の整備

苦手なもの:偽善者、博愛主義者

天敵:シエル

 

―――解説―――

 

 火焙りの騎士。元聖堂騎士の死徒。

 吸血鬼の魔術師であり、炎の魔剣を所持している。吸血鬼に血を吸われ、死徒に転生してから凡そ三百年が経過する。外見年齢は二十代半ばと言ったところ。見た目はそれなりに筋肉質な好青年で、黒髪で髪型が超普通としか形容できない。普段は真っ赤なシャツに黒いズボンを着ており、戦闘時には禍々しい色合いをした灰色の外套を着込んでいる。服の下に鎖帷子を仕込んでいるので地味に耐久性が高い。炎の剣とヘンテコな盾を装備し、クロスボウの礼装を愛用している。近代兵器にも通じており、何の苦も無く様々な武器を使用可能。筋力を大幅に強化し、筋肉が金剛となって怪力となる手甲型の魔術礼装を持っている。

 他者の事情や命を考慮しない無慈悲で冷淡な性格で、吸血鬼だから残酷なのではなく、人格の根っこ部分に生々しい狂気が宿っている。狂っているのではなく、生まれながらに苛烈な精神を持っており、善も悪も正も邪も、未来や過去にも関係なく己で己を導く事が出来る。火とか血とか、そう言った闘争の象徴を好む。撫で斬りとか焼き打ちとか皆殺しとか、そう言うのも大好き。

 人間時代は剣術と魔術と殺し合いにしか興味が無い聖堂騎士だった。万能聖騎士と呼べるほど多芸で何でも出来た。戦って戦って只管それを繰り返し、殺し合いの相手に丁度良いから死徒や魔術師を積極的に討伐していた。聖地を守るべき騎士であったが、そんな事知らねぇ、と外に出向いては代行者の獲物を横取りしまくっていた。そして今は滅ぼされている死都二十七祖の一体に目を付けられ、決闘の末に血を吸われて吸血鬼化。その死徒に負けた敗因の理由は修行不足であり、後数年修行して悟りに開眼していれば何とか勝てた。魔剣も有るので今なら余裕で勝てる。吸血されて死徒の下僕に成ったが直ぐに呪縛を自力で打ち破って独立し、両キョウカイや敵対する死徒の追手を殺しながら世界を放浪して修行を積み続けた。死徒となった今は闘争以外にも人生を見出し、様々な娯楽に興じられるようになり人間味が増している。超越者となり長い時を生きた所為か、面白味の無い殺戮装置から遊び心がある鬼畜外道になった。

 魔術属性は『火』、魔術特性も『火』、起源にも『火』を持っている魔術師。また、発火系統の超抜能力を持つらしく、思念のまま火を自在に操作する事が可能。彼は魔術師として、死徒として、パイロキネシスと融合した炎の魔術を使用する凶悪な発火能力者(ファイアスターター)である。溶岩を儀式魔術で固定させた炎の魔剣を愛用している。これは彼が死徒化した後、旅の途中で手に入れた武器。魔剣の名前は『外法炎詛』。この炎剣には、人身御供として生きながら焼き殺された少女の魂と、その少女が身に宿していた悪性の精霊・イフリートが封印されている。

 

◆◆◆

 

名前:イフリータ

身長:166cm

体重:51kg

スリーサイズ:87/55/84

イメージカラー:鈍色

特技:呪い、占い

好きなもの:火と煙、担い手

苦手なもの:水泳、水場全般

天敵:トオサカ

 

―――解説―――

 

 魔剣の悪霊。外法炎詛。

 溶岩で作られた炎の魔剣に宿る少女の霊。悪性の精霊であり、この魔剣の人造守護精霊でもある。溶岩の魔剣である通り能力は焼く、燃やす、融かす、焦がす、などなどと言った“火”を自在とする炎剣。刃から火を噴出させ、それを操ると言った芸当も可能。元々この悪霊の少女は、人格の無い現象そのものに加工した特殊なイフリートを呪術で移植されて、全身に呪詛の烙印を刻み込まれた呪術師。その少女を更に“贄の儀式”で焼き殺し、魔剣に魂を封じめた。イフリートとはジンと呼ばれる精霊の一種であり、特にこの少女に取り憑いて魔剣に封じられた個体は強力な力を持つ。悪性の精霊であるイフリートは様々の力を持つとされるが、この剣に宿る力は火を操る事に特出している。生贄となった少女自体も火に精通した呪術師で、起源に『火』を持っていた。

 生贄として殺されたのは約1100年前の大昔。元々彼女はこの魔剣を作った呪術師の一人娘。自分が人で在った頃の名前は覚えているが、悪霊になった今では人の名を捨てている。自分に相応しく無い担い手の場合、面白半分に内側から魂ごと焼き殺すので注意が必要。魔力で実体化する事が可能で、その気になれば自分で自分の本体である魔剣を使って戦闘する事も出来なくはない。

 目は淀んだ金色で、炎の様に赤い髪色で髪型はロングヘア。全身に禍々しい烙印が刻まれた姿を持ち、肌の色は褐色で結構な美貌を誇りスタイルもそれなり。服装は露出が激しいが神聖さが出ている踊り子もどき。性格はかなり歪んでおり、定期的に人を斬り殺したり焼き殺したりしないと、自身の存在理由を鬱々と悩み始めて担い手を怨霊の思念波で勝手に呪ってしまう。生前は精霊を肉体に宿す為、拘束された状態で全身を熱した細い鉄の棒で呪詛を焼いて刻まれ、拘束されたまま何人もの男に凌辱された上で、仕上げとして焼き殺されて魔剣の生贄となる。その後、儀式に成功したが想定以上に凶悪な怨霊と化し、彼女の父親も含めその場にいた全員が炎の犠牲となった。魔剣と化した後は世界を転々と回り、およそ三百年前に自身の主に相応しい人間を見つけ、その人物の愛剣として使われている。知人の亡霊に、ランプの精になった友人がいる。

 

◆◆◆

 

名前:ブリット=マリー・ユング・スヴァルトホルム

身長:155cm

体重:48kg

スリーサイズ:77/55/79

イメージカラー:漆黒

特技:魔術全般、家事全般

好きな物:殺し合い、血生臭い儀式

苦手な物:純粋無垢な子供

天敵:正義の味方

 

―――解説―――

 

 蝕死鬼。ウィッチワンダー。詠唱壊し(カウントレス)

 魔宴(サバト)のマリーと呼ばれる死徒の魔女。正真正銘の邪悪なる大魔術師。黒魔術の果てに吸血種と化した。黒髪銀眼で顔色は悪いが、かなりの美人。美女と言えば美女だが、どちらかと言えば美少女で、綺麗と可愛いを両立させている。黒衣に尖がり黒帽子がトレードマーク。

 秘密結社「日緋色魔宴(サバトサンライト)」のボス。死徒や外法の魔術師などの不老の人外が無節操に加入しており、主に都市占領、盗賊稼業、魔術実験、根源探究が活動目的。大規模な虐殺略奪も繰り返している模様。神秘を存分に悪用しており、私利私欲で暴虐の限りを尽くしてはいるものの、一般社会への神秘漏洩だけは絶対秘匿している。魔術協会と聖堂教会の両方から敵視されており、数百年の間ずっと指名手配されているとか。魔術師の団員の中には根源を目指している者もいるが、誰も彼もが自身の欲望に忠実。研究をするにしても人体実験や、態と血生臭い手段を取る輩が多い。

 西暦1400年頃に誕生し、17歳の時に不老の儀式を自分自身に施して吸血種となる。正確な分類だと真祖から派生する死徒では無く、魔術の果てに吸血鬼と化した死徒である。もっとも、血を吸って生命や魔力を補充出来るだけで、グールを生み出す生態系を持っている訳ではない。ある種の使い魔にして支配するような真似事が出来るだけの、死徒とは別種の吸血鬼。更に言えば、吸血鬼と呼ぶにも相応しくない不老の魔女である。

 西暦以前から続く神代の家系の分家が黒魔術を取り込み、中世で大家になった貴族。その分家の初代当主であり、現当主。なんでも神代において妖精の血が混ざった神官から続く家系らしく、スヴァルトアールヴヘイムの妖精種の血統であるのだとか。つまり、妖精との混血一族であり、固有結界を代々保有する大魔術家系。固有結界の持ち主のみ当主になれ、当主以外に固有結界の持ち主が出れば正式な貴族の格を持つ分家を作る事が許される。

 杖剣・妖精の遺産(アールヴスレフ)と魔杖・竜馬真骨を持つ。アールヴスレフは妖精の鍛冶で錬られた杖の剣であり、元々は実家の概念武装だった物を改造して自分の魔術礼装にした。竜馬真骨は竜種と一角獣の牙と角から作成されており、考え付いた設計図を基に材料収集から完成まで全て自分の手で創造した。魔術属性は「五大元素」、魔術特性は「具現」、起源は具現たる「形を現す」こと。黒魔術を極めた五大元素使いであり、何事も堪能で万能。詠唱を全て破棄した魔術行使が可能となる超抜能力を持つ為、一工程よりも更に早い思考レベルの領域で魔術を使える。それがカウントレスの異名の原因。

 快楽主義者。根源を目指しているが、心の奥底では魔術を極める事が好きなだけで、神秘を鍛え続けた過去に対する意味と、その行動の結果に価値を見出す為に根源を求めている。純粋な探究心しか無く、求めているから求めているだけと言う、ある意味本物の賢者たる魔女である。故に魔術師特有の誇示、諦観、固執が一欠片も存在しない。決まり事や他人からの束縛に従わず、常に自由気儘なマイルールで生きている。

 

◆◆◆

 

名前:イノセント・ホワイトヘッド

身長:195cm

体重:98kg

イメージカラー:白

特技:開発全般、兵器運用

好きな物:研究業務

苦手な物:図々しい人間

天敵:美綴綾子

 

―――解説―――

 

 災厄を撒き散らす外法。世界で一番関わりたくない錬金術師。

 人型の魔術礼装とも言える人物で、外見は人間だが中身は錬金術と科学技術と魔術で作成された機械人形。脳味噌も霊子回路に置き換えられており、電子頭脳とも言える異端の半人半機。

 元々はアトラス院の錬金術師。そして、大元は封印指定をされる前に脱退した時計塔の魔術師。アトラス院では研究成果を秘匿しなければならないが、彼は「兵器は使われなければ価値が無い」と言う信条があるので修練を積んだ後は直ぐに野へ下った。結果、時計塔からは封印指定を結局受けて仕舞い、巨人の穴蔵からも指名手配を受け、更には聖堂教会から刺客を向けられる事となり、加えて様々な死徒の派閥から命を狙われている。

 現在では美綴綾子が一番の客。彼女から金は勿論だが、色々な材料や、諸々の礼装や武装を貰って武器を売り渡している。研究一筋であり、自分の兵器を巧く使ってくれる為、美綴のことをかなり気に入っている。

 



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能力設定

―――注意・ネタばれ要素満載設定紹介―――
 能力設定はこの作品のネタばれです。ゲームなら攻略本を先に読んでしまう位のネタばれ要素が存在します。と言うよりもこの能力設定は読まない方が良いかもしれません。
 そして厨二病の権化な設定紹介です。作者の妄想の塊です。厨二に吐き気を感じる人は気を付けてください。
 そして、第二部・第六次聖杯戦争の設定もありますので、第一部だけのネタばれではありません。


◆◆◆

 

第五次聖杯戦争におけるサーヴァント

 

◇◇◇

 

真名:コトミネジンド

クラス:アヴェンジャー

性別:男性

マスター:バゼット・フラガ・マクレミッツ

身長/体重:186cm/76kg

属性:混沌・中庸

 

パラメータ

筋力C  魔力B

耐久C  幸運B

敏捷B  宝具?

 

クラススキル

単独行動:A

――現界の維持、戦闘、宝具の使用まで一切をマスターのバックアップなしにこなせる。ただし宝具の使用など膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

気配遮断:B

――サーヴァントとしての気配を絶つ。

≪本来の聖杯戦争ではセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、バーサーカー、キャスターの七騎のみ用意されている。よって、イレギュラーであり、聖杯の七騎のクラスに準備されていない復讐者のクラスになった英霊は、それらのクラススキルから適正のあるスキルをクラススキルとして与えられる≫

 

スキル

心眼(真):A

――修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、活路を見出す“戦闘論理”。逆転が不可能でないのなら、作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

魔眼:B

――魔術による人工的な魔眼。後天的な魔眼のため、先天的な魔眼に比べ特出した能力を持たない。

魔術:B

――オーソドックスな魔術を習得。司祭として秘蹟も習得している。得意なカテゴリは不明。

 

宝具

空白の創造(エンプティクリエイション)

ランク:E~A++ 種別:???? レンジ:??? 最大捕捉:???

――アヴェンジャーが可能とする、固有結界と呼ばれる最大魔術。視認した武装を複製する。ただし、複製した武装はランクが低下する。

 

◇◇◇

 

真名:ギルガメッシュ

クラス:アーチャー

性別:男性

マスター:言峰 士人

身長/体重:182cm/68kg

属性:混沌・善

 

パラメータ

筋力B  魔力B

耐久C  幸運A+

敏捷C  宝具EX

 

クラススキル

対魔力:E

――魔術に対する守り。無効化はできず、ダメージ数値を多少削減する。

単独行動:A+

――マスター不在でも行動できる能力。

 

スキル

黄金律:A

――身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。 大富豪でもやっていける金ピカぶり。一生金には困らない。

カリスマ:A+

――大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。

神性:B(A+)

――最大の神霊適正を持つのだが、ギルガメッシュ本人が神を嫌っているのでランクダウンしている。

 

宝具

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

ランク:E~A++ 種別:対人宝具 レンジ:― 最大捕捉:

――黄金の都へ繋がる鍵剣。 空間を繋げ、宝物庫の中にある道具を自由に取り出せるようになる。 使用者の財があればあるほど強力な宝具となるのは言うまでもない。

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

――乖離剣・エアによる空間切断。 圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となって敵対する全てを粉砕する。 対粛正ACか、同レベルのダメージによる相殺でなければ防げない攻撃数値。 STR×20ダメージだが、ランダムでMGIの数値もSTRに+される。最大ダメージ4000。 が、宝物庫にある宝具のバックアップによってはさらにダメージが跳ね上がる。 セイバーのエクスカリバーと同等か、それ以上の出力を持つ“世界を切り裂いた”剣である。

 

◇◇◇

 

真名:佐々木 小次郎

クラス:アサシン

性別:男性

マスター:言峰 士人

身長/体重:176cm/63kg

属性:中立・悪

 

パラメータ

筋力C  魔力E

耐久E  幸運A+

敏捷A+ 宝具?

 

クラススキル

気配遮断:D

――サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

 

スキル

心眼(偽):A

――視覚妨害による補正への耐性。 第6感、虫の報せとも言われる、天性の才能による危険予知である。

透化:B+

――明鏡止水。精神面への干渉を無効化する精神防御。暗殺者ではないので、アサシン能力「気配遮断」を使えないが、 武芸者の無想の域としての気配遮断を行うことができる。

宗和の心得:B

――同じ相手に同じ技を何度使用しても命中精度が下がらない特殊な技能。 攻撃が見切られなくなる。

燕返し

――対人魔剣。最大補足・1人。 相手を三つの円で同時に断ち切る絶技。 多重次元屈折現象と呼ばれる物の一つらしい。 ゲイボルクとは違った意味で、回避不可能の必殺剣である。

 

◆◆◆

 

第六次聖杯戦争におけるサーヴァント

 

◇◇◇

 

真名:アルトリア・ペンドラゴン

クラス:セイバー

マスター:衛宮 士郎

性別:女性

身長/体重:154cm/42kg

属性:秩序・善

 

パラメータ

筋力A  魔力A

耐久B  幸運A

敏捷B  宝具A++

 

クラススキル

対魔力:A

――A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。

騎乗:A

――幻獣・神獣ランクを除くすべての獣、乗り物を自在に操れる。

 

スキル

直感:A

――戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。 研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。

魔力放出:A

――武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。いわば魔力によるジェット噴射。強力な加護のない通常の武器では一撃の下に破壊されるだろう。

カリスマ:B

――軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。稀有な才能。カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。

 

宝具

風王結界(インビジブル・エア)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1人

――不可視の剣。敵に武器の間合いを把握させない。 シンプルではあるが、白兵戦において絶大な効果を発揮する。強力な魔術によって守護された宝具で、剣自体が透明という訳ではない。風を纏った刀身は光の屈折率を変化させ、元から有る剣の形状を不可視にしている。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

――光の剣。人造による武器ではなく、星に鍛えられた神造兵装。聖剣というカテゴリーの中では頂点に立つ宝具である。所有者の魔力を光に変換し、収束・加速させる事により運動量を増大させ、神霊レベルの魔術行使を可能とする聖剣。

全て遠き理想郷(アヴァロン)

ランク:EX 種別:結界宝具 防御対象:1人

――エクスカリバーの鞘の能力。所有者の傷を癒し老化を停滞させる能力があるが、実際は個人を対象とした移動要塞といえるもの。鞘を展開し、自身を妖精卿に置くことであらゆる物理干渉をシャットアウトする。魔法の一つ、平行世界からの干渉でさえ防ぎきる。

 

◇◇◇

 

真名:クー・フーリン

クラス:ランサー

マスター:バゼット・フラガ・マクレミッツ

性別:男性

身長/体重:185cm/70kg

属性:秩序・中庸

 

パラメータ 

筋力B  魔力B

耐久C  幸運D

敏捷A  宝具B

 

クラススキル

対魔力:C

――第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

 

スキル

戦闘続行:A

――往生際が悪い。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、致命的な傷を受けない限り生き延びる。

ルーン:A

――北欧の魔術刻印・ルーンの所持。召喚者との相性により、生前時により近い能力へランクアップしている。

矢よけの加護:A

――飛び道具に対する防御。狙撃手を視界に納めている限り、どのような投擲武装だろうと肉眼で捉え、対処できる。ただし超遠距離からの直接攻撃は該当せず、広範囲の全体攻撃にも該当しない。召喚者との相性により、生前時により近い能力へランクアップしている。

仕切り直し:C

――戦闘から離脱する能力。不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。

神性:B

――神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。粛清防御と呼ばれる特殊な防御値をランク分だけ削減する効果もある。菩提樹の悟り、信仰の加護、といったスキルを打ち破る。

 

宝具

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:2~4 最大捕捉:1

――突けば必ず相手の心臓を貫く呪いの槍。ゲイボルクによる必殺の一刺。その正体は、槍が相手の心臓に命中したという結果の後に槍を相手に放つという原因を導く、因果の逆転である。ゲイボルクを回避するにはAGI(敏捷)の高さではなく、ゲイボルクの発動前に運命を逆転させる能力・LCK(幸運)の高さが重要となる。

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)

ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:5~10 最大捕捉:50

――ゲイボルクの呪いを最大限に開放し、渾身の力を以って投擲する特殊使用宝具。もともとゲイボルクは投げ槍であり、使用法はこちらが正しい。死棘の槍と違い、こちらは心臓命中より破壊力を重視し、一投で一部隊を吹き飛ばす。

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

ランク:B++ 種別:対軍宝具 レンジ:5~50 最大捕捉:100

――クー・フーリン本来の宝具。自らの肉体の崩壊も辞さないほどの全力投擲。ルーン魔術により自身と魔槍を強化し、崩壊する肉体を蘇生しながら投擲のであるため、通常の投擲使用よりも威力と有効範囲が上昇している。敵陣全体に対する即死(心臓破壊)効果があり、即死にならない場合でも大ダメージを与える。この度のランサークラスでの召喚ではルーンを蘇生以外に宝具発動条件を満たすため、筋力ランク補正に強化も使用するため肉体崩壊を抑えきれない。そのため使用後最低1ターンはルーンによる治癒に専念する必要があるが、令呪を用いれば多大な苦痛はあるも万全に使用可能。

噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:1

――荒れ狂うクー・フーリンの怒りが、魔槍ゲイ・ボルクの元となった紅海の魔獣・クリードの外骨格を一時的に具象化させ、鎧のように身に纏う。攻撃型骨アーマー。着用することで耐久がランクアップし、筋力パラメーターがEXになる。また、この宝具を発動している最中は『ゲイ・ボルグ』は使用できない。だがルーン魔術のスキルは併用可能なため、魔槍が使えずとも応用性が高い宝具となる。

 

◇◇◇

 

真名:ミツヅリ

クラス:アーチャー

マスター:遠坂 凛

性別:女性

身長/体重:166cm/53kg

属性:中立・善

 

パラメータ

筋力C  魔力C

耐久D  幸運B

敏捷A  宝具C

 

クラススキル

対魔力:D

――一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:B

――マスター不在でも行動できる。ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

 

スキル

直感:B+

――戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。危機的な状況に追い込まれる程、身に迫る危険に比例して第六感が研ぎ澄まされていく。

魔術:C

――オーソドックスな魔術を修得。また超能力を保有しており、空間と物体に対する自然干渉能力に特化している。

透化:A

――明鏡止水。精神面への干渉を無効化する精神防御。暗殺者ではないので、アサシン能力「気配遮断」を使えないが、武芸者の無想の域としての気配遮断を行うことができる。

 

宝具

虚空の斬撃(カットブロウ)

ランク:C+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:30

――質量化した凝縮空間による大斬撃。極めた魔術の集大成であり、英霊の象徴として宝具化された魔術。矛から放たれる刃が空間亀裂を引き起こし、対象となった相手を問答無用で両断する。攻撃判定は細く引き伸ばされて圧縮した刃の先のみ。無色透明な斬撃なので魔力反応でのみ判別可能。武器に斬撃を刃として纏わせるだけでも使用可能であり、その場合はCランクの斬撃強化宝具となる。また武器から魔術として宝具を放つため、使用武器に応じてランクが上昇する効果を持つ。

偽真両腕(ツインアームズ)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――両腕である左の義手と右の魔手。左腕は外界に干渉し、右腕は内界に干渉する事に特出している。元々は魔術礼装であったが、英霊の座へ昇ることで宝具と化した。

 

◇◇◇

 

真名:チンギス・カン

クラス:ライダー

マスター:デメトリオ・メランドリ

性別:男性

身長/体重:199cm/91kg

属性:中立・中庸

 

パラメータ

筋力A  魔力B

耐久C  幸運A

敏捷B  宝具A++

 

クラススキル

対魔力:C

――第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

騎乗:A

――騎乗の才能。幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

 

スキル

カリスマ:A+

――数多の軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。人間として獲得できる最高峰の人望は勿論あるのだが、彼のカリスマは圧倒的な畏怖によって更に強大なスキルへと完成されている。

軍略:A

――一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。自らの対軍宝具や対城宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具、対城宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

皇帝特権:EX

――本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。該当するスキルは剣術、槍術、弓術、体術、投擲、隠密、心眼、千里眼、等。ランクがA以上の場合、肉体面での負荷(神性など)すら獲得する。一代で帝国を支配した国家建国の英雄として、戦場で生き残る為の様々なスキルが得られる。

建国の祖:――

――人と世界を見通し、論理的な道筋を生み出す。彼独自の固有スキルであり、国家の始祖である建国者が得た特殊能力。それが如何なる難行であろうとも、目的達成の手段を思考し、実現の為に必要な最善の行動を瞬時に考察可能とする。身一つで己の国造りを達成した英霊の中でも、人の身で国の祖となる神霊として崇められており、国家の創設と運営で鍛えられた思考回路は成功不可能な困難を達成可能な難業に作り変える。

 

宝具

王の侵攻(メドウ・コープス)

ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000

――死して尚、主である皇帝の魂に縛られた侵略軍。正体は宝具と化した亡霊たちであり、全兵士が死後も軍隊としての形を保つ。兵士とその武装はE~Dランク程度の宝具扱いとなる。魂喰いの亡霊として主に従う侵略兵の為、召喚に魔力が必要となるのだが現界維持は自律的に行う、サーヴァントでなければ使い魔でもない存在。亡霊たちの装備や騎馬は物質化しているが、兵士の血肉は幽霊の様に血色の半透明になっている。また、この宝具は大陸に数千万と言う膨大な屍を積み上げた覇道の具現でもある、彼の帝国侵略軍そのもの。

反逆封印(デバステイカー)暴虐戦場(クリルタイ)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:10~40 最大捕捉:500

――宝具『王の侵攻(メドウ・コープス)』により召喚された亡霊たちが、一定規模の空間を侵食して造り上げる流血の略奪結界。この宝具は一定範囲の空間を自分たちの逸話を再現する戦場へと変質させる。結界の内側にいる敵対者を対象とし、魔力を空間から間接的に強奪する。宝具の対象者は皇帝から侵略される敵対者と定義され、強制的に能力が一定ランク弱体化する。また、結界内で略奪した兵器であれば「王の侵攻」に装備させる事が可能となる。魔術理論・世界卵を使用しているのは固有結界と同じであるが、この宝具は術者の心象世界を入れ替えるのでなく世界に境界を作るモノ。強力な宝具だが、魔術理論的には通常の結界魔術の範囲内。

蹂躙草原(カンウォールス)

ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000

――宝具を全力で使用することで初めて解放される。召喚された兵士たちの能力を最大限発揮する兵器と戦場を魔力で形成・再現する。これは草原で徒手空拳から創り上げた巨大帝国の具現。つまり複数の形態を持つチンギス・カンの心象風景「大蒙古国《イェケ・モンゴル・ウルス》」が真の形を得た固有結界である。通常の野戦用兵装も装備しているが、この兵団には要塞や都市の制圧に必要な兵器も揃えられており、対人、対軍、対城、対都宝具として万能の宝具と化す。これにより兵士はサーヴァントと同じ領域の血肉を保つ霊体を持ち、チンギス・カンに忠誠を誓った侵略者として完全に覚醒。神秘の濃度が増加しているため兵士の能力は上昇し、彼らの兵装も大幅にランクアップする。これは心象風景を具現化する拡大式固有結界であり、初代皇帝が示した絶対略奪権。皇帝ただ一人で構築しているのではなく、兵士一人一人が宝具の形成に必要な材料。通常時は主君である皇帝の魂の中へ内包されており、他二つの宝具を運用している。略奪軍としての演算機能もあり、奪い取った相手の魂魄情報を使用し、兵士の霊体に改良を施せる。吸収された魔力を貯蓄し、兵士を生産し、略奪品も保管可能。加えて、ある程度なら兵士達が使い易い様に、武装の改良も行える。だが、新兵器開発は固有結界外部で行い、完成した兵器を内部に戻す必要がある。

蒼き覇天の狼(エセゲ・マラン・テンゲリ)

ランク:A~EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:100

――人災の魔獣。都を食らう巨大な青い狼。巨大な牙を生やし、口内に咬み入れた物を千切り取る。対象が鎧や盾で身を守っていても、装備品ごと肉体を喰らい奪って魔力へと消化する。宝具「蹂躙草原(カンウォールス)」を封印しなければ使えない為、他二つの宝具も必然的に使用不可能。また狼と言う型自体は変えられないが、ある程度ならば形を変化させられて大きさも自在となる。これは他国を侵略して拡大した帝国を象徴する大いなる獣。この神獣の材料は宝具である固有結界の兵士たちであり、軍勢が強大に成長する程この宝具も強くなる。故にこの狼の正体は獣の形を成す固有結界。エセゲマラン・テンゲリとは故国モンゴルで神格化された国家創始者チンギス・カンであり、未曾有の大帝国を現している。また蒼い狼はモンゴル人の祖とされる伝説上の神獣。この蒼い狼もモンゴルを建国したチンギス・カンと同一視されている。

獣帝の蝕(エセゲ・マラン・テンゲリ)

ランク:A 種別:対自己宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――獣の略奪者。宝具より召喚した蒼い狼「蒼き覇天の狼(エセゲマラン・テンゲリ)」に自分自身を喰わせ、肉体を融合し、モンゴル帝国の神獣エセゲ・マラン・テンゲリとして君臨する。宝具としては魔獣との融合を成す憑依の一種であり、ランクも融合作用を示したものであるので実質的な宝具ランクは召喚した魔獣に批准する。

大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)

ランク:A++ 種別:対人・対軍・対城宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――

――自らが無から建国した帝国の具現。英霊の生涯そのものが伝説であり、その軌跡全てを複合させた伝承が宝具と化した建国神話。正体は五つの使用方法を持つ固有結界であり、上記五つの宝具は全てこの宝具によるもの。実質一つの宝具しか所有しておらず、モンゴル帝国を生み出した皇帝チンギス・カンの能力となる。

 

◇◇◇

 

真名:安倍 晴明

クラス:キャスター

マスター:エルナスフィール・フォン・アインツベルン

性別:男性

身長/体重:173cm/60kg

属性:混沌・善

 

パラメータ

筋力C  魔力A+

耐久C  幸運A

敏捷C  宝具?

 

クラススキル

陣地作成:A+

――魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。工房を上回る『祭壇』を形成することが可能。都市を丸々一つ、自らの領域にする。

道具作成:A

――魔力を帯びた器具を作成できる。呪符、霊札などの魔術礼装を作る事に特化している。

 

スキル

陰陽術:EX

――陰陽五行説。大陸思想と神道が合わさり発展した独自の神秘。陰陽道と呼ばれる魔術体系であり、認識としては魔術に近い呪術。キャスターは陰陽師として最高の性能を持っている。

神性:D

――信太明神に連なる白狐の子という出自から来る神霊適性。狐に関する出自の伝承を持つ英霊に対し、戦闘が有利に成り易くなる。

千里眼:A+

――視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上、視界の拡大。さらに透視、未来視、過去視をも可能とする。そしてキャスターの眼力は、本来ならば視えざるモノを視覚で捉える事が出来る。

 

宝具

十二天将(じゅうにてんしょう)

ランク:E~A++ 種別:対軍宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――

――鬼神の召喚と使役を可能とする特殊な宝具。魔を世界より呼び、自身の式神として具現する。泰山府君の秘術を使われた式神は受肉した状態で世界に召喚され、魔力供給が行われている限り契約が続くため現世での長期活動が可能。様々な魔獣を従えており、鬼種や竜種さえ支配下に置いている。

陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――作成した符を宝具として扱う能力。どのような効果を持つ符であろうと宝具の特性を宿させる事が可能であり、符に印された術を宝具化して使用する。これは陰陽師として数々の伝承を残してきたエピソードの具現であり、彼が身に収めた術理そのものが宝具に相応しい伝承である。Aランクの宝具だが、実際の宝具ランクは込められた魔力と概念によって変動。

大悲胎蔵泰山府君祭(たいひたいぞうたいざんふくんさい)

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――反魂の理。接触した対象の魂に直接干渉し、生死を自在とする宝具。蘇生魔術として使用するだけではなく、魂を肉体から乖離させ現世から星幽界へ帰還させる浄化魔術としても使用可能。正確には宝具ではなく陰陽術の一種。東嶽大帝、または泰山府君の権能を模した安倍晴明にのみ使える外側の法則である。また宝具「陰陽五行星印」でこの宝具を予め利用することで、死亡した直後に蘇生魔術を自動発動させることも可能となる。

 

◇◇◇

 

真名:ハサン・サッバーハ

クラス:アサシン

マスター:言峰 士人

性別:女性

身長/体重:169cm/47kg

属性:秩序・悪

 

パラメータ

筋力C  魔力A

耐久C  幸運D

敏捷A  宝具C

 

クラススキル

気配遮断:A+

――完全に気配を断てば発見するのは不可能に近い。

 

スキル

呪術:A+

――中東に伝わる魔術体系。肉体を素材にし、呪うことに特出している。全身に刻まれた特殊な魔術刻印により呪術の補助が可能。

心眼(真):B

――修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、活路を見出す“戦闘論理”。逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

自己改造:A

――自身の肉体にまったく別の肉体を付属・融合させる適性。このランクが上がれば上がるほど正順の英雄から遠ざかっていく。

 

宝具

妄想血痕(ザバーニーヤ)

ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――呪われた心臓。正体は悪性の精霊・シャイターンが宿る心臓であり、人を呪うことに長けている。自身の血液を呪術的な毒素へ変化さる事で、その血液を呪いの媒体とする。これは毒性呪詛を呪術で応用することで真価を発揮し、媒体血液を多種多様な毒物や呪詛に変換する能力を持つ宝具。この中でも特に強力な毒素は、霊体を猛毒に感染させる事で対象の生命力を反転させ、肉体の生命活動を停止させて呪い殺す。

 

◇◇◇

 

真名:ホグニ

クラス:バーサーカー

マスター:アデルバート・ダン

性別:男性

身長/体重:190cm/82kg

属性:中立・狂

 

パラメータ

筋力A  魔力B

耐久A  幸運E

敏捷A  宝具A

 

クラススキル

狂化:C(A)

――魔力と幸運を除いたパラメーターをランクアップさせる。既に理性が狂気と同化している為、本来持つべき値よりランクダウンしている。生前の逸話から、狂化を受けても正気を保つことが可能。

 

スキル

戦闘続行:EX

――往生際が非常に悪い。例え霊核が破壊され、五体が完全に砕け散ったとしても、思念だけで己の肉体を動かせる。

カリスマ:C

――軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。カリスマは稀有な才能で、一軍の統率者としてはCランクで十分と言える。

心眼(偽):A

――直感・第六感による危険予知。戦場で研ぎ澄まされた感覚により、先の展開を予測することが出来る

魔力放出(呪):C

――呪詛に汚染された魔力。霊体を侵食する念が魔力となって使用武器に宿る。また、この魔力によってダメージを受けた肉体は回復を阻害される。さらに重度の精神不調に陥ってしまうため、直感や心眼(真)などの精神状態に影響を受けるスキルを低下させる効果を持つ。

 

宝具

永劫なる屍骸(ゴッデス・カラミティ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――

――隠された能力。不老不死ではなく、死んだまま活動する事が出来る。肉体が滅びようとも魂が乖離する事が出来ず、肉体も時間の経過で自動復元することで擬似的な不老不死となる特殊な宝具。死を肉体から取り除く霊薬により変質した肉体が宝具能力の根本であり、サーヴァントと化した今では魔力の限り蘇生を可能とする。これは女神に与えられた永遠に続く呪い。世界が最期の時を迎えるまで永遠に戦い続けた伝承の具現でもある。殺す条件としては、頭部と心臓の両方を完全に消滅する必要があり、単純に破壊するだけでは死に至らない。

復讐すべき殺戮の剣(ダインスレフ)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1

――魔性の剣。この剣を抜いている間、対象を殺害するまで狂化し続ける。全パラメータを肉体へと侵食する呪詛に比例してランクアップ。使用者が殺害対象を殺し得る能力値までパラメータを強化する報復の宝具。自己を汚染する呪いの魔力の正体は強力な殺人衝動による精神汚染であり、剣の刀身には夥しいまでに報復の呪詛が刻まみ込まれている。バーサーカーは魔剣と精神が完全に同調している為、狂化スキルや精神干渉系魔術で理性を失うことが出来ない。

 

◇◇◇

 

真名:殺人貴

クラス:アヴェンジャー

マスター:美綴 綾子

性別:男性

身長/体重:169cm/57kg

属性:混沌・中庸

 

パラメータ

筋力D  魔力D

耐久E  幸運E

敏捷A+ 宝具EX

 

クラススキル

気配遮断:A

――サーヴァントとしての気配を絶つ。完全に気配を断てば発見するのは不可能に近い。

対魔力:D

――一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

 

スキル

心眼(偽):A

――視覚妨害による補正への耐性。第六感、虫の報せとも言われる天性の才能による危険予知。

退魔衝動:B+

――“魔”の気配を察知する索敵能力。過剰なまで魔に反応し、戦闘時にはパラメータを補正する。精神が狂いながらも理性を保ち、戦闘技術を完璧に使う事が可能。またスキル発動中は精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。

貧血持ち:C

――強過ぎる魔眼による呪い。慢性的な貧血持ちのため、負傷した肉体を癒す為の回復に必要な時間が掛かる。規格外の宝具を保有する代償とも言え、この装備(スキル)は外せない。

 

宝具

直死の魔眼(アイズ・オブ・デスパーセプション)

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

――死を視る眼。脳髄と両目が一組になって魔眼の能力が機能しており、死を線と点で知覚する。視界に入れば対象を選ばず、生命や無機物は勿論、宝具や魔術などの神秘も線と点に接触する事で、その存在を完全に死滅させる事が可能。正確な分類だと魔眼ではなく超能力の一種。本来は淨眼であり宝具ではないが、英霊の象徴ということで宝具扱いになっている。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:言峰 綺礼

クラス:アヴェンジャー(アサシン)

マスター:間桐 桜

性別:男性

身長/体重:193cm/82kg

属性:秩序・悪

 

パラメータ

筋力C  魔力C

耐久C  幸運E

敏捷C  宝具?

 

クラススキル

気配遮断:C

――サーヴァントとしての気配を絶つ。

単独行動:A+

――マスターを必要としない。受肉しており、現界の維持、戦闘、宝具の解放まで一切をマスターのバックアップなしにこなせる。

 

スキル

中国武術:A+

――中華の合理。宇宙と一体になる事を目的とした武術をどれほど極めたかの値。 修得の難易度は最高レベルで、他のスキルと違い、Aでようやく“修得した”と言えるレベル。師の教えに我流が混ざり、独自の人体破壊術に特化している。

戦闘続行:A

――瀕死の傷でも十分な戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けようが生命が許す限り生き延びる。

魔術:C+

――オーソドックスな魔術を習得。霊媒治療を得意としている。また教会の洗礼詠唱も修めており、霊体に対して有利になれる。

 

宝具

聖杯断片・多装令呪(コマンドスペル)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

――魔術刻印の一種。数に限りがある魔力結晶。消費することで聖杯が持つ願いを叶える力を解放し、魔力に指向性を持たせて使用する。単一機能に特化させた方が概念が強まり易いが、大雑把な使い方だと逆に弱体化してしまう。また時間と大量の魔力が必要となるが、消費した令呪を腕の傷痕に再装填する事が出来る。

この世全ての悪(アンリ・マユ)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――

――悪性心臓。悪魔の王に呪われた自身の心臓を触媒としており、魔力を黒い呪泥に変質させる。泥は自己再生能力も保有し、宝具の対象者を呪い殺すことも可能。自分の心臓として機能しているが鼓動はしておらず、半ば受肉した状態を保っている。そのため心臓の宿主が持つ起源が具現し、呪った者の精神を問答無用で「切開」する宝具。

 

◆◆◆◆◆

 

真名:アルトリア

クラス:セイバー(黒化)

マスター:間桐 亜璃紗(間桐 桜)

性別:女性

身長/体重:154cm/42kg

属性:混沌・善

 

パラメータ

筋力A  魔力A++

耐久A  幸運D

敏捷B  宝具A++

 

クラススキル

対魔力:B

――魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。…闇属性に染まっている為、対魔力が低下している。

騎乗:B

――騎乗の才能。幻獣・神獣ランクを除くすべての獣、乗り物を自在に操れる。荒々しさが増して細かな動作を好まないため、ランクが低下してしいる。

 

スキル

直感:A

――戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。

魔力放出:A

――膨大な闇属性の魔力はセイバーが意識せずとも、濃霧となって体を覆う。灰色の甲冑と黒い魔力の余波によって、防御力が格段に向上している。

カリスマ:C

――軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。稀有な才能。カリスマは稀有な才能で、一軍の将としてはCランクで十分と言える。

 

宝具

風王結界(インビジブル・エア)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1人

――黒い風。刀身に霧状の闇黒が纏わり、敵に武器の間合いを把握させない。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

――闇の剣。エクスカリバーは所有者の魔力を変換する増幅器である為、黒化したセイバーの聖剣の光も、同じように黒色となっている。

 

◆◆◆

 

―――武装紹介―――

 

 一応は、宝具風の説明とその解説で書いています。

 

◆◆◆

 

 黒泥怨讐(ダインスレフ)

 

 呪詛を宿す報復の魔剣。

 対象を殺害するまで狂化する能力を持つ。剣を抜いてる間は、対象となった敵を殺すまで剣による狂化は継続する。肉体へと侵食する呪詛に比例して狂化の度合いも高まり、最終的には殺害対象を殺し得る能力値までパラメーターをランクアップ。さらに刀身は斬り付けた対象の傷から生命力を吸収する事で、魔剣に魔力を補給し、刀傷も呪詛により治癒の阻害をする。

 ランクAに相当する対人宝具。ダインスレフではなく、改造されたダインスレフⅡ。

 言峰士人の改造魔剣であり、原典と同等である贋作の一つ。宿る呪詛が桁外れに強大になったダインスレフもどき。実際、魔剣の性能に差がある訳ではないが、ダインスレフⅡは士人との相性が格段に上がっている。主に「泥の呪い」の概念で改造されており、言峰士人に創造された原典から派生した魔剣。他にも士人が研究した呪詛が刻まれている。ダインスレフとは「ダーインの遺産」という意味で、とある鍛冶師の作品。まあ、宝具ではなく原典の方はダーインが作った訳ではないと思われるし、原典は「報復の魔剣」のオリジナルであり無銘の剣であったので、士人はそれに泥をぶち込んだということで。

 真名解放能力はありますが、この概念武装を宝具と呼べるかどうか。一応、真名解放が可能で宝具の属性も持っているので宝具になっています。それにアロンダイトやゴッド・ハンドと同じで魔力を叩き込めば発動するバーサーカーの宝具に多い常時発動型の概念武装だったりします。士人が真名を唱えたのは自己暗示の要素が強く、真名解放の瞬間に自己の切り替えがうまく行い、「世界」に現象を引き起こしやすくする為。魔力を込めるだけでも発動するが魔術師としての式様美、まあ詠唱の特性もあるので、真名解放だと発動の魔力燃費が良くなったり、唱えた瞬間に発動するなど利点も多い。

 おそらくですが、ヘラクレスも死んだ時に、「十二の試練!!」とか叫ぶと、素早く蘇生すると思います。

 

◇◇◇

 

 (ダイン)破滅剣(スレフ)

 

 呪詛を宿す報復の矢。

 対象を殺害するまで追尾する能力を持つ。敵を殺すまで追い続け、当たったとしても死んでいない場合は追撃する。矢による傷は治り難く、命中と共に対象の生命力も奪っていく。

 ランクAに相当する対人宝具。ダインスレフではなく、改造されたダインスレフⅢ。

 ダインスレフⅡをさらに改造し、矢へと変化させた投影宝具。剣としての原型を微かに残しているだけで形は殆んど“矢”となっている。彼のネーミングセンスは衛宮士郎に近い。

 

◇◇◇

 

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

 

 魔力による防御を無効化する長槍。

 魔力によって編まれた防具はこの槍の攻撃に対し効果を持たず、また武具に施された魔術的な強化、能力付加もこれと打ち合う場合には一切発揮されなくなる。事実上、物理手段によってしか防御できない“宝具殺し”の槍。ただし過去に交わされた契約や呪い、既に完了した魔術の効果を覆すことはできない。

 ランクB相当の対人宝具。言峰士人が投影した英雄王の原典の一つ。

 投影魔術師、言峰士人が愛用する投影品の一つ。特に改良はしていない。魔術師にとって災厄とも言える概念武装。実際は無銘の紅い槍で真名を所有していない。しかしギルガメッシュ以降の歴史で、この魔槍から派生した紅い槍が宝具化した為、これにも宝具の側面がついただけの名無しの概念武装。そもそも無銘の槍で真名解放いらずの魔力を込めれば発動する常時発動型の宝具(もっとも本編のFate/Zeroの方もゲイ・ジャルグは常時発動型の宝具です)。後の歴史でゲイ・ジャルグの名を冠しただけ。しかし、投影“魔術師”としてダインスレフⅡと同じ様に真名解放の利点がない訳ではない。

 そもそもギルガメッシュが持つ宝具の原典は、「英雄の武器」としてはかなり微妙な存在。宝具の側面はありますが、伝承、伝説を持ちません。例外はギルガメッシュが没するまでに過去を持っている武器、エアやエルキドゥくらいでしょう。それと英霊化して宝具になった財宝庫への鍵。

 

 

◇◇◇

 

 悪罪(ツイン)

 

 聖杯の剣。双子の意。

 アンリ・マユの成れの果てとなる概念武装。言峰士人が“言峰士人”となった原因そのもの。“この世全ての悪”が、たった一人の為の悪となった存在である。

 正体は物質化した呪いの刃。元々は無銘な為、言峰士人が名を刻んだ。この剣は凡そ二尺の刀身を持ち、鉄板に似た刃は鈍重な鉈を思わせる。これは固有結界に宿る概念を叩き込み続け、固有結界を完成させることで究極と至れる心象風景の起源にして終焉。言峰士人を担い手とする悪意の剣である。しかし、一番最初に込めた概念はとある魔剣の原典。英雄王の原典の一つ「原罪」から抽出した魔剣の概念を叩き込み、黒泥を悪の剣として創造した。故に同じく罪を保持する“悪”の双子剣として、これに悪罪と名付けた。

 宝具としてだとランクC程度の対人宝具。

 魂の欠片であり思念による遠隔操作が可能。対物理と対魔術の能力を持つ。余りにも濃い呪いの刃によって切り傷が癒え難く、肉体と霊体が壊死してしまう。神聖なる守護を汚染し、邪悪なる呪詛を破壊。カタチを三つ保有しており、最初の第一形態から二段階変身をする。

 悪罪(ツイン)魔罰(タロン)闇翼(ギルト)

 魔罰は悪魔の爪のように刀身が伸び、物理的な破壊性能が上昇する。闇翼は悪魔の翼のように刀身が巨大化し、概念的な殺害性能が上昇する。

 

◇◇◇

 

 聖閃天意(デュランダル)

 

 天使の贈り物とされる決して折れない剣。

 魔力によって刀身が祝福され、切断性能を増大させる。そして魔力を込めれば込める程、切断効果は大幅に強化される。また、それに比例して魔を滅する浄化作用も上昇していく。退魔の剣としては最高峰の領域に値し、数多の聖遺物と天使の加護が施されている。

 ランクA相当の対人宝具。言峰士人が投影した英雄王の原典の一つ。

 実際は英雄王の蔵にあった絶世の名剣、デュランダルを改造し尽くしたデュランダルⅡとでも言うべき物。代行者としての秘蹟を補助する効果もあるものの、死徒相手に実戦で使うとこれ一つで事足りるので霊体を浄化する洗礼詠唱の習得が殆んど無駄になった。改造により、刀身や柄には神の祝福を示す聖文や様々な秘蹟の加護が刻まれている。また、ギルガメッシュの原典には入っていなかったキリスト教の聖人たちの聖遺物を、言峰士人は新たに色々と組み込んでいる。更に言えば、退魔として天使の聖剣として鍛え上げている為、魔術に対しても強い効果を持つ。

 根本的に剣として只管に極まっている。決して折れず、如何なる物を斬りつけようとも刃毀れしない。それ故、何かしらの能力がある宝具では無く、剣士が振う剣として最高の性能を持つ。彼の英雄が持つアロンダイトがそうであるように、担い手が強ければ強い程、剣技が巧みであればある程、高い効果を持つ宝具としてで無く、人を斬る為の剣として最高の能力を発揮する。そうである為か、第五次聖杯戦争時の言峰士人では能力は兎も角、剣としての性能を完璧に扱い切れていない。

 

◇◇◇

 

 (デュラン)不毀剣(ダル)

 

 聖剣の光槍矢。

 能力は凄まじく単純で、剣の軌道上全てを切り裂きながら魔力の限り直進する。剣自体が頑丈なので破壊は難しく、防ぐには剣に込められた魔力が枯渇するまで抑え続ける必要がある。あるいは、強引にその弾道を逸らさなくてならない。

 ランクAに相当する対人宝具。デュランダルではなく、改造されたデュランダルⅢ。

 バージョンⅡをさらに改造し、矢へと変化させた投影宝具。剣としての原型を残してはいるものの、どちらかと言えば弓から射出し易くしているのでヘクトールの槍に近い形状。彼のネーミングセンスは衛宮士郎に近い。

 

◇◇◇

 

 灰の弓

 

 主人公が愛用している名無しの魔術礼装。投影魔術で作り出した『矢』を遠距離射撃をする為、開発しているものであるので、第五次聖杯戦争では完成していない。

 ギルガメッシュの原典にも弓の武器はあるが、言峰士人は自分の魔術に適性を持つ自分自身の弓を使いたい為、それに特化した魔術礼装を求めて作成している。これによって投影武装の真名解放による狙撃や、超遠距離投影連続攻撃を可能にしている。

 普段は投影して使っているが、投影のオリジナルとなる弓は、実際に工房で作っている。様々な改良を日々続け、その度に投影する弓の能力は更新されていく。

 

◇◇◇

 

 黒鍵

 

 節理の鍵。教会に伝わる伝統の概念武装。言峰士人が愛用する兵装であり、彼が造り上げた“概念”武装の真髄。

 洗礼を司る浄化の護符。術式の付加で能力を持ち、黒鍵と一言でいっても士人が投影する黒鍵には複数の種類がある。元になった教会の黒鍵の基本的な違いだと、「斬る」、「突く」、「砕く」、等の“剣”としての概念や、「投げる」、「飛ぶ」、等々の“投擲”としての概念が高めらている。そして言峰士人により『浄化』の意味を持たされた概念武装として、魂魄による攻撃力がより繰り上げられている。

 黒鍵の式典魔術はシエル直伝。投影した黒鍵そのものに式典能力を刻むことで威力を上げている。その場その場で式典付き黒鍵を投影して式典魔術を使っている。

 

◇◇◇

 

 金剛杵(ヴァジュラ)

 

 雷を操る金剛と黄金の杵。

 一度限りの射出宝具で、使用者の魔力に関係なく使用可能。杵は雷撃と化し、対象を穿ち感電させる。ダディーチャ聖仙の骨を元に工芸の神トヴァシュトリが作ったとされ、インドラの雷を具現化したものだとも言われる神の法具。

 ランクB+に相当する対軍宝具。

 使用者の魔力に関係なくダメージ数値を出すお手軽兵装。魔力が欠しい時に重宝する。士人が使用時に必要となるのは投影魔術に必要な分のみであり、能力の解放に魔力を使用しない。

 

◇◇◇

 

 葬浄弾典(コンスタンティン)

 

 アデルバート・ダンが愛用する聖銃。言わば、銃字架(ガンクロス)

 教会が元々所有していた比較的新しい概念武装であるリボルバーピストル。銃そのものは『Colt Python』の6インチモデルが改造元となっている。

 彼が養父でもあった殺しの師匠を殺害し、その亡骸から奪い取った聖遺物内蔵回転式拳銃を自分用の魔術礼装として再改造した。儀式加工済みな特殊な合金で製作されており、聖遺物の加護もあるため衝撃に強く、鈍器としても大変有用。魔銃に込められた弾丸は淨弾と化し、人を蝕む“魔”を浄化する。内に溜め込んだ不浄を炎上・爆破し、被弾した対象の霊体を肉体ごと粛清。特に対魔術に優れており、霊体に対して異常な殺傷能力を持つ。加えて、装填する銃弾に祝福や術式を施しておけば、銃自体の能力と相乗させられる。つまり、黒鍵が魔力で刃を編む様に、この銃は魔力を込める事で銃弾に祝福を施す事が出来る。よって黒鍵と同じ様に、弾丸に様々な魔術を付加させられる。弾丸が延々と直進するのは、拳銃では無く銃弾の能力となる。

 補足として、この聖銃はダンの殺しの師が代行者を辞める時に盗み出した物。聖遺物にはとある聖人の歯が銃把(グリップ)内部に入っており、実は聖堂教会は盗品奪取を諦めていない。なので、代行者は聖遺物回収と教会の概念武装強奪の為にアデルバート・ダンとは敵対関係にある。もっとも、彼が教会と不仲なのはそれだけが原因ではないが。後、師を殺した時のダンは元々これの名前を知らなかったが、とある代行者に自分が使っている拳銃の正体を教えて貰っているので、聖銃の名を知っている。元々は金属製の十字架であったらしく、それを溶かしてコルト・パイソンと融合させたらしい。これが銃字架(ガンクロス)と呼ばれる由縁。また、実はこの拳銃を使い続けた事で偶発的にも魔術回路が目覚めており、アデルバート・ダンの魔術属性が特化型になった原因でもある。回路が覚醒しても魔力の扱い方は分からず、独学で色々と試していた。時計塔へ勧誘される前までは、無意識的な拙い強化程度しか使えなかった模様。本人は昔恋人と一緒に見たカンフー映画の気功っぽい何かだと、魔術を知るまでは考えていたとか。

 

◇◇◇

 

コルトガバメント(Colt Government)

 

 衛宮切嗣が現世で改良した大型自動拳銃。

 サーヴァントを殺害出来る様にと、弾倉には魔力を込め、血液と悪神の呪詛により概念武装化した銃弾が装填されている。また、儀式魔術で弾丸には魔力で術式が刻まれており、加速術式と貫通術式が加えられているとか。特に霊体殺しに優れる様に性能を傾けている為、実際に実体の無い存在も撃ち殺せる。

 古い拳銃でコルトガバメントが製造された合衆国初期の拳銃。とは言え、メンテナンスやカスタムが何度も行われているので使用には問題ない。と言うよりも、実際に使用されて幾人の人間の命を奪っている曰く付きで、実際に呪われている魔術的にも良質な歴史ある骨董品。切嗣が買い取り、魔術師が扱う魔術礼装へと改造を施す事で今の魔銃に生まれ変わった。銃弾だけではなく、拳銃自体も良質な礼装なので、魔力を込める事で弾速を大幅に向上させ、弾道を安定化させた。通常の市販弾丸を遥かに超える破壊力を持ち、死徒に対しても大変有効な個人携帯兵器なのである。

 

◇◇◇

 

 人造聖剣

 

 デメトリオ・メランドリが愛用している聖堂騎士団所有の聖剣。

 “鉄槌の剣”と呼ばれる聖堂教会の概念武装。別名、慈悲無き信仰(シンペイル)

 中世の頃、魔術と鍛冶の心得がある一人の代行者が造った魔剣であり、とある聖騎士が愛用していた聖剣でもある退魔の大剣。刀身が四尺程あり、数十kgと言う大重量を誇る。元はただ巨大なだけの両刃剣を礼装化させたモノだったが、吸血鬼や魔術師を斬り殺し続け数多の人間の生き血を啜り、数百年と言う長い年月がこの剣を概念武装化された魔剣に変え、教会の加護によって聖剣の属性を持つに至った。正義を司る武器で、悪を裁くことを意味する魔術礼装でもある。インパクトの瞬間、剣の刀身は重量を何十倍にも増加させ、さらに衝撃を過剰なまでに増幅させる能力を持つ。重量増加と衝撃増幅の力から“鉄槌の剣”と言う二つ名を保有。衝撃の強さは剣が裁いてきた“悪”に比例する為、血に染まるほど剣の概念が強大になっていく。斬れるモノは物体だけではなく、魔術などの形無きモノも強力な概念武装として斬り裂ける。これを握っていると矢鱈と人間を斬り殺したくなる副作用があるのだが、持ち主であるデメトリオ・メランドリにとっては特に如何と言う事は無い。この斬殺衝動は元の持ち主が残した残留思念による殺意。刃に染まる怨念は正義の為に殺された犠牲者の怨恨であり、それを遥かに超える死した一人の騎士の思念が斬殺衝動の正体。数多の人間を裁いてきた聖剣は血に汚れながらも神聖な輝きを放ち、魔剣の刃は“正義”と言う矛盾した概念を意味している。

 これを愛用していた元の所有者は、死徒や賢者を狩り殺し、孤児院も経営していた教会の騎士。聖職者としては人格ある良識人だったが、同時に人間としては既に終わっていた正義の狂人。彼の魂に宿る狂った正義は、もはや自分でも制御できない激情となり心身を汚染した。行き過ぎた正義の果て、それは悪徳に浸る人間社会の浄化。その対象はそれまで狩り殺してきた吸血鬼や魔術師と言う分かり易い異端ではなく、目の前で邪悪を興じる人々を一人残さず虐殺する事であった。彼は村々を襲う盗賊や街に潜む悪漢たちを斬り殺し、悪徳を良しと笑う人間の命を捻り潰してきた。無実の人間を生贄に魔女狩りに興じていた司祭を影から始末し、面白半分に神の名を唱え人々を恥かしめていた教会の神父や修道女に天罰を下した。娯楽として罪無き人を魔女として処刑する村々の人間を、一人残らず皆殺しにしていった。

 世渡り自体は得意だった騎士は、傭兵崩れの盗賊や心無き悪漢、そして命を弄ぶ死徒や堕ちた魔術師の仕業であると己の所業を偽装していたのだが、やがて気付かれ両キョウカイに追われる事となる。それでも当たり前の様に、彼にとっての“悪”を殺し続け、騎士はやがて正義と言う概念そのものと化し人間を辞めてしまった。そして、自分がいた孤児院の子供たちが成長して先生である騎士を説得しに行き、騎士は自責の念から地獄に逝く為、自分の心臓を自分で串刺しにして最期を迎えた。

 

◆◆◆

 

―――個別能力紹介―――

 

◆◆◆

 

 主人公の固有結界について

 

 言峰士人は衛宮士郎と同じで投影魔術師であり固有結界の使い手。投影魔術、強化魔術、変化魔術を固有結界の応用として習得している。固有結界は『空白の創造(Enpty Creation)』という名前。空白の創造(以下の文からはECと略称を使います)は、情報物質化の能力を持つ世界。物体が存在する為の要素、つまりありとあらゆる物体創造の法則を持つ。設定を詳しく説明すると、外界の物体を解析し内界に写し取り空白に情報が刻みこまれる。そして、その情報が物体を構成する因子であり、その存在の因子が空白から具現化される。最後に存在因子を固定することで物体が誕生する。

 ECによる物質化には条件があり、投影をする場には一つの「存在」として投影する必要がある。例えるならば、精密機械の様な膨大なパーツを組み合わされて存在しているものを単純に投影することができない。要は一つ一つの存在が組み合わさっているので、それをまとめて一つの存在とするのは難しい。故に投影しても大抵は形だけであり、中身が衛宮士郎と同じで空っぽになる。よってECの物質化において、宝具や概念武装の類はそれ自体が一つの幻想として存在しているので非常に相性が良い。大抵の宝具、概念武装は投影可能。エアも士人が解析したところで良く解から無いが、良く解からないまま型落ち投影できるが死にそうになる。魔道書の類の投影は絶対に不可能だが情報はECに貯蔵されるので、英雄王の財宝によって太古から既存の魔術理論は殆んど記録している。知識だけなら人類史規模の図書館レベル。銃器も投影しようと思えばできるが、その場合はパーツを一つ一つ投影し自分の手でで組み立てることになる。しかし銃器にも例外があり、ブラック・バレルのような『天寿の概念武装』として一つの幻想として存在しているなら投影可能。もっとも、銃弾は別物として投影する必要はある。ブラック・バレルの投影は宝石剣と同じ位の負担となり、黒い銃身の特性状、銃を持っている時は一切の魔術行使が使用できなくなる。それ故にブラック・バレルと同時に専用弾も投影する必要も出てくるので、ブラック・バレルの投影には魔術回路に弾丸分の負担が増す。余談であるが、衛宮切嗣の起源弾は投影できるが言峰士人が使ったところで能力は使えない。あれは起源に「切断」と「結合」を持つ魂である衛宮切嗣が魔力を込めるから発動する概念武装じみた魔術礼装であり、言峰士人は衛宮士郎の様に担い手の経験を扱えるからと言って自分の魂が持つ起源を偽装することはできない、と言う設定。何日何週間も断食して瞑想を行い、自己の精神世界に没頭する事で物体創造の工程を儀式魔術レベルで組み立てて具現化させれば、EX宝具でもオリジナルに匹敵する投影に成功出来なくもない裏技を持つ。

 心象風景であるECは、白い大地と白い空があり、天の中心に真っ黒な太陽が灰色の炎を纏って存在し、死灰が宙を舞っているだけ。本当に何も無い世界が『空白の創造』。士人は固有結界の才能が有るには有るが魔術理論・世界卵に衛宮士郎ほど特化している魔術師ではない。よって本来ならば修得に200年、完成までさらに1000年程の時間を必要とする。しかし通常の魔術師の数十倍の早さで極めており、自分に僅かでも才が有る分野の魔術ならば修得率が異様に早い魔術回路を持つ。その為、彼は怪物的に練度が高い固有結界の持ち主になれる訳である。凛は士人と同じ修行をして廃人に成り掛けた事があったり。基本的に回路を限界ギリギリを少し超えて回路を鍛錬している為、毎日毎日死んで甦っている。

 UBWとECを比べた場合、戦いの道具としてはUBWが上であり、物作りの道具としてはECの方が上と成っている設定。初めから武器を準備出来るエミヤと無から有へと一々作らなければならないコトミネの差が戦闘では出てくる。言峰士人の固有結界ECは、魂が悪魔の呪いを喰らい、己のモノにしたために覚醒した魔術基盤である。それが本来なら真性悪魔の保持する能力を言峰士人が使える理由であり、士人の魂はアンリ・マユという悪魔によってその様な属性を与えられた事により心象風景を士人は保有することになった。私が思うに衛宮士郎の固有結界はアヴァロンを体の中に入れていたために発生し、衛宮士郎の固有結界であるUBWはアヴァロンの鞘として「剣を納める」概念と、それが衛宮士郎自体の魂の属性が一致して出た固有結界と言う設定だと思考します。さらに、アヴァロンは理想郷の具現、つまりは妖精郷と繋がった鞘であるため、妖精が持つ固有能力である固有結界に衛宮士郎が目覚めたのではと思います。故に、言峰士人が悪魔の呪いにより悪魔の固有能力である固有結界に覚醒したという設定を、衛宮士郎の固有結界と対比させている。呪いによって心が空っぽになったがため、空白の心象風景が生み出され、言峰士人は魔術理論・世界卵が使用でき、固有結界ECに目覚めたということです。衛宮士郎と同じく魂自体は作る者のため、心象風景もソレ系統。加えて聖杯の泥による魔術回路の具現であった為、固有結界内に浮かぶ黒太陽は願いを叶える聖杯の写し身でもあり、大元に聖杯の能力である「願いを叶える」と言う神秘を獲得してしまい、望んだ財宝を魔力で生み出す願望器としての能力でもある。

 

◇◇◇

 

切除の魔眼

 

 デメトリオ・メランドリが有する魔眼。

 対象を視界内に入れ、緻密に想像した不可視の刃を振うことで斬撃を世界へ投射する。実際に現実では斬撃と言う現象だけが発生しており、切り裂く為の刃は存在していない。しかし、斬撃と対象物との間にデメトリオ・メランドリが斬り裂けないと認識したものが存在すると、イメージによる刃は停止してしまい霧散してしまう。基本的に刃の大きさに制限は無く、同時に出現出来る数にも制限は無く、実際に連続で剣を振うよりも大分低下するが連射も可能。また、刃が振るわれる速度もデメトリオ・メランドリが振う剣と比べると、最大速度のおよそ四分の三程度。目視不可の斬撃であるので見切るのはかなり困難であるが、魔眼の刃を察知出来てしまえば、彼の剣戟に対応出来る技術か能力の持ち主ならば対処可能。

 魔力の消費も極端に低く、正確な分類は魔術では無く超能力である。彼は元々魔眼の才能を持っていたが、特に何かしらの超能力を先天的に持っていた訳ではない。魔術によって人工的に開発する魔眼が、かなり良質になる程度の才であった。しかし、剣に対する素質から、毎日修行を重ねているとある日突然開眼。瞑想の一環として、樹木に対して剣を振うイメージトレーニングをしていると何故か普通に両断出来てしまった。要は剣を馬鹿みたいに振いまくった果てに、瞑想を繰り返す事で開眼した人工的では無い天然であり、先天的ではないが後天的に覚醒した魔術的超能力となる。

 

 

 



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後日談
献身者の墓


 セイレム、まだ始めてませんがそろそろやろうかと。知人に少しだけネタバレをされました。
 ミコラーシュがキャスターで良いとか何とか言ってましたが、随分と啓蒙高いストーリーみたいで楽しみです。多分、L字ポーズとって宇宙の神様と交信しているのがラスボスと見ました。
 且<我らに瞳を授けたまえ


 嘗て、ハサン・サッバーハと名乗る男が居た。

 暗殺術の頂点と呼べる絶対的技量。豊富な学術知識に、身に修めた呪術の叡智。暗殺教団の教祖に相応しい人格と、その圧倒的なカリスマ性。彼が唱えた教えは信者の魂を掴み、瞬く間に信仰は砂漠の国へ広まった。

 しかし、彼はそれを捨てたのだ。両親に付けた貰った本来の名を棄て、教祖としてハサン・サッバーハと名を新しくし、その名前さえ捨て去り、彼の暗殺者は自分の息子に自分の名前を授けた。彼はただの山の翁となり、死に物狂いで身に付けた暗殺術と呪術さえ捨て去った。

 残った物は、仮面と鎧と―――剣と盾。これだけあれば、と彼は納得した。

 精霊も宿さず、神秘の一欠片もない剣。変哲も無いただの剣だからこそ、これを鍛えることにした。これを技とすることに決めた。

 ハサンを名乗る後継者達が獣へと堕落する前に、せめて人のまま死ねる様に。彼は生涯を掛けて鍛え上げた暗殺術を棄て、暗殺教団の秘技である始まりの地獄の天使(ザパーニーヤ)も暗殺者として捨て、せめて後に続くハサン達が大義のある人生で終われる様にと願った。

 自分を殺して手に入れた新しい“教祖の暗殺者(ハサン・ザッバーハ)”と言う自分さえ全て投げ捨て、死の谷に眠るただの山の翁へ成り果てたのだ。名無しの、暗殺者を暗殺するただの暗殺者と化してしまった。

 

「……それで、師よ。あのオヤジ、今どうなってる?」

 

 暗殺教団を創設した教祖が幽谷へ去り、二十数年後。

 

「気になるのか、ハサン」

 

「やめろ。アンタにそう言われるのは気色悪い。そもそも、まだオヤジの名を継ぐのは早い」

 

 ―――此処は、アムラート城の一室。

 二代目頭目である生薬のハサン・サッバーハと、後に葬主のハサンと呼ばれる呪術師。その二人が居るのは、初代ハサン・サッバーハが建設した砦であった。この記憶の今から考えれば未来であり、過去を回想している今のハサンすれば過去の出来事だが、このアラムート城はモンゴル帝国の侵略によって完全に破壊され尽くされている。現代においてイランに存在しているのは僅かな跡地のみ。

 今となっては、ハサン達の記憶にのみ存在する初代頭目教祖の砦だ。

 暗殺者を統べ、教えを広め、その彼が晩鐘となる事を決めた居場所。

 暗殺教団の全てが此処から始まり、終わりを迎えた場所でもあった。

 彼が作り上げた教団そのものの運営は、キヤー・ブズルグ=ウミードを後継者としてハサンは決めた。伝道局にはデフダール・アブー・アリー・アルディスターニーと、ハサン・ブン・アーダム・カラーニーの二人。軍事部門の指揮官はキヤー・バー・ジャアファルである。

 だが、暗殺者を統べる山の翁は別だ。

 呪術や武術を極めた献身者の頭目として、その時代の最も優れた暗殺者として、ハサン・サッバーハの名前は受け継がれ、影の中で存在し続けた。歴史に名を残さぬ無貌無銘のハサンで在ることが、教団を支配する本当の後継者だった。

 

「目標にしているのがアレとなれば、何時まで経ってもハサンに成れないな。こうやっている今も、あの方は谷の霊廟で剣を振って自分を鍛えている」

 

「……だろうな。あの先代、生真面目を煮詰めて、更に思い詰めてた様な人だったから。自分の心情は誰にも何も言わない。挙げ句、教団を存続させる為の監視者になると言って、俺にこの教団を渡して姿を消した」

 

 ハサンに成る前の二代目ハサンは先代―――つまり、初代ハサン・サッバーハから直接教えを受けていた。酒に堕落した兄は首を斬り落とされ、違う兄は伝道師の殺害を企てたと死に追いやられ、代わりに自分が二代目と成り上がった。元々の腕前は兄より自分が上であったと判断していたが、今は暗殺者としての技量よりも教団を繁栄させる経済能力と政治能力の方が重要だった。教祖のカリスマに頼っていた教団の運営を軌道に乗せる為には、ある程度の経済機能と神の暴力装置としての脅威が必要であった。組織力が低い今の段階では、ハサンとはただただ強いだけでは物足りない。必要なのは集団をより巨大化させ、組織を繁栄させる王としての能力。これこそが重要であり、初代ハサンが消えた直後の暗殺教団に必須なこと。

 それを考えれば、今の教団には兄の方が利点がある。自分はただの暗殺者で良い。兄ならば、教団内で一番暗殺技術を鍛えた者をハサン・サッバーハになれる機能を備えられる。二代目ハサンはそう考えていたのだが、初代ハサンはそう考えてはいなかった。

 

「そも、教団に教祖は既に不要であった。あの方の役目は教祖となり、教団を設立し、神に仕える信徒を生み出すこと。その為に自らもまた最高純度の信仰者と成り果てる必要があった。

 ……分かるか?

 この教団は、ハサン・サッバーハそのものなのだ。

 支配者は影で在らねばならず、教団指導者として、歴史に名を残してはならない。

 故に我ら悪性精霊へ奉じる呪術師一派が教団に(くみ)するのも、暗殺者に奥義を伝授する為でもあるが、そもそもあの方の為。あの方が必要とするからこそ、我らは教団に属するのみ。この邪術、彼の御方が必要としたが故に、私はお主らに呪殺の真髄を伝授する」

 

 後に四代目となる葬主のハサンは、弟子である二代目ハサンにそう語った。初代が霊廟に眠りにつくのを見届け、二代目と三代目が首を斬り落とされ死んだ後―――そのハサン達の遺体を、彼女が教団の墓へと埋葬した。五代目以降の死んだハサン達の遺体も全て回収し、教団の墓へ全て埋葬した。ハサンだけではなく、任務で死んだ暗殺者達の遺体も、回収出来た者は全て彼女が埋葬した。

 ―――秘術、地獄の天使(ザパーニーヤ)

 ハサン達の秘技。それら全ては彼女が教えた呪術が始まり。暗殺者の適性を見抜き、適切な呪術を教え、至れるように徹底して鍛え上げる。だからこそ埋葬者の呪術師たる彼女は教団内でも特別に“葬主”と呼ばれた。しかし、初代ハサンに殺されたハサン達を墓へ埋葬するハサン故に、違う意味でもまた彼女はハサン達から「葬主のハサン」と英霊の座では呼ばれている。そして、埋葬するのはハサンだけではなく、死んだ同胞の献身者の遺体も回収し、教団埋葬地区の墓地へ送り続けていた。

 

「とは言え、今はただの教団員、ただの献身者。あの方……我らが教祖の教えにより、呪術も組織の武器として有用に使われるようになった。

 それは、とても喜ばしいことだ。使われず、死蔵されるだけの兵器に価値はない。私の父も霊廟に眠る彼の御方に心惹かれ、呪術の叡智と技術を教団に提供し、私と言う呪術師の暗殺者を生み出した」

 

 始まりの髑髏の仮面を被る男。底知れぬ暗殺技術に、呪術師にも劣らぬ神秘への知識。しかし、最後に視た時の姿は髑髏兜と黒い鎧。暗殺者には程遠い騎士甲冑の姿は、暗器を使うあの人らしからぬ程に目立ち、らしくない殺人者の形だった。

 死の化身―――……なのだろう。

 しかし、死の気配が濃過ぎる変化をしてしまったあの人は、暗殺者と言うよりも処刑人になっていた。

 

「それに与えたのは呪術ばかりではない。無論のこと―――……薬物、についての知識もな」

 

「……その話か。師よ、やはり貴女は反対なされるか?」

 

「反対はせんぞ。必要ならば、悪行を成すのもまたあの先代様からの教え。元より殺人の技を生業とするこの教団で、過度な道徳は逆に害毒となる。

 ……この場所の信仰を守れる程度の、折れぬ尊厳が在れば良い。

 故に、最低限の尊厳さえ奪い取るお前のやり口は、確実に霊廟のあの方の怒りを買うぞ」

 

「かもな。だがよ、俺はこれが必要だと思う。だから行う。自分が、この山の翁で在る限りはな」

 

「薬と女、あるいは男を使った洗脳だぞ。お前自身は堕落せずにいればお前の兄弟のように、父であるあの方に首を斬り落とされることもないだろう。だが、悪徳に満ちた繁栄はお前の心を犯し、魂が腐り落ち、堕落するのも時間の問題となる。

 ―――良いのか?

 二代目ハサンとして、人生を全うする期間が短くなるぞ」

 

「構いはしねぇさ。オヤジに匹敵する後継者は俺以外にも居る。妹の方も殺人者として自分と同等の技量もあるし、ハサンの名には俺以上に相応しい三代目となる。俺が死んでも何も問題はなく、そもそも念の為に、俺も妹もそれぞれ良い相手と子供を作っておいてある」

 

「お前が良いなら、私はそれで構わんのだ。ただな、死なずに全うし、後継にハサンの銘を明け渡すことも出来るのだぞ。

 あの方、先代ハサン殿もな、人の心がある。殺人を犯せばやはり、罪によって魂が削れてしまうのだ」

 

「―――まさか。あの人が?」

 

「当然だろう。でなければ、自分を棄て、神に仕え、人の為に人を殺める苦行を為す訳がなかろうが」

 

「そうなのか。けれど、教団拡大には必要なことだ。確かに、あの人を悲しませることはしたくない。堕落した我が兄を殺した時も……ああ、そうだったな。

 人を殺すのは誰よりも巧みだが、人殺しを好んではいなかったな」

 

「ならば……―――」

 

「―――いや、使えるものは使う。

 ハサンの後継足り得る弟子にも、この考えを支持する者が一人いる。だが、あれは暗殺の素質が極めて高いが、策謀家としての才能がオヤジに並ぶ。ならばこそ、山の砦にハサンは二人要らず、あれには違う使命が必要となろう。故に我が弟子が未来、宣教師としてこのアムラート城を離れ、異教徒共が跋扈する西の土地にも教えを伝えるには、現地において即席で、強力な手駒を量産する必要がある。

 だからこそ、弟子と貴女と俺で作り上げた新たなる戦士ではないか。殺戮を尊ぶ異教の十字軍共と、我らを排斥する多宗派を抹殺する暗殺者だろうが。

 名付けて―――殉教者(フィダーイー)

 俺と貴方の教えを受けた我らの若き弟子、ラシードの思想を根底に持つダーイーの先兵だ。名前自体は今までのフィダーイーと同じだが、育て方が大きく違う」

 

 ハサンに匹敵する技量を持ちながらも、暗殺教団の砦を離れ、十字軍や他国の違う宗派の土地で戦い抜いた暗殺者がいた。山の翁と呼べる確かな能力を持ち、老人の名を世界に知らしめた戦士にして英雄。

 ラシード・ウッディーン・スィナーンと、ハサンの弟子は名乗っていた。

 二代目ハサンは、正確に言えば父の跡を継いだハサン・サッバーハ二世である。本名はハサンではないが、影の支配者としてハサンと名を変えたので、ハサン二世と言っても良いのかもしれない。とは言え、暗殺者として初代の座を継いだ事で、自分の経歴は全て消し去っており、もはや先代の教えを体現する唯のハサンでしかないのだろう。血の繋がった妹を除き、他の暗殺者と隔絶した強さを持つ故にハサンの名を継いだだけの男だった。

 その彼が自分の後継者とするのが惜しいと考えたのが、弟子であるラシードだった。

 ラシードは二代目ハサンと共に、高純度の信仰心を持つ戦士を量産する事に腐心していた。自己犠牲を厭わぬ完璧なる献身者。その対象になったのは、自ら土地や信仰を守る為に暗殺教団へ入信した者ではなく、異教徒や思想が違う者。教団の戦士に作り変えるおぞましき呪術と薬物の業により、献身を越えた殉教の意志を抱く宣教の先兵だった。

 

「ラシードは、素晴しい暗殺者であり、優れた呪術師であり―――先代様を思い出させる将の才がある。

 ハサンの名を引き継ぐことなく、この砦から離れた土地であろうとも、先代様のように国そのものと戦い抜けるだろう。異教の十字軍なる略奪者共も、多宗派の軍隊だろうと関係無く、巧く使いこなすに違いない。時に利用し、時に使い捨て、我らの教団を世界に轟かせる英雄に成り得よう。異なる信仰が根付く場所で、この教団の教えを広める事も十分に可能だろう。

 ……だが、奴が望むは、表側における英雄の地位ではない。

 求めるのは貴様が座する地位―――真に、教団本部を統べる暗殺者(ハサン)の名だ」

 

「分かっている。あれは危険だ。第二の教団も、恐らくは作り出すだろう。俺があれと進めている計画も、その軍事力を維持する為に使われることもな」

 

「本当に、貴様は分かっているのか?」

 

「安心しろ。あれは砦から独立させた事を恨むだろうが、それが弟子を成長させる栄養源となるだろう。暗殺者としての技術と呪術も無論、餞別としてザバーニーヤに等しい業も伝授しよう。

 ―――我が弟子は成長する。

 頭は良いが、今はダーイーに相応しい献身者に過ぎん。だが戦地において、ハサン・サッバーハの名に匹敵する宣教師(ダーイー)となり、何時かはその境地を自らの手で越えた信仰者となる」

 

「成る程。ならば、良い」

 

 暗殺教団と呼ばれているが、信徒全員が名無しの暗殺者である訳ではない。裏側で初代の意志を継ぐハサンが君臨しているが、表向きにはハサン・サッバーハではない指導者が存在し、他にも様々な者が暗殺者以外の役職に付いている。また、そう言った名の有る者の中にも、ハサンと同様の暗殺者としての訓練を積んだ者も多くいる。

 若いラシードはその筆頭だった。ハサン・サッバーハに代わる才能を持つが、暗殺者以外の素質にも溢れていた。彼ならば、主席宣教師に相応しい活躍をするだろうと考えていた。

 

「師よ、ハサン・サッバーハとは称号だ。最も優れた暗殺者が担う名だ。教祖の教えを継ぐ頭目として、教団の君主さえ逆らえない翁の威光を持つ。

 ……しかし、所詮は名無しの暗殺者だ。

 その本質は道具であり、教団最強の兵器であることだ。死と、力と、技による権力だ。その始まりであるオヤジは信仰の果てに空へ至り、あの霊廟が建てられた境界の住人となった。

 謂わば―――空の境界である。

 ハサンを継ぐには、名を消し、顔を潰し、己を空にし、我らの信仰を体現しなくてはならぬ。その信仰の極点に位置するが故の、頭目が発揮する威光だ。だからこそ、唯一人のハサンになれなかった才能ある者を、そのままただの献身者として死蔵するのも馬鹿らしい」

 

「何を、当たり前なことを。教団上層部は(みな)、先代様の教えで暗殺者としての業を持つ。その皆が、本当は影に座する無銘の教主を目指した。

 ……しかし、全員がお前に破れた。

 目指した信仰の頂きであるハサン・サッバーハになれなかったからこそ、その者達が我らの教団を組織として運営する幹部となり、優れた統率力を持つ者が君主として信徒の指導者(フッジャ)となったのだろうが」

 

「だから、ラシードはハサンにしねぇのよ。オヤジに似たカリスマ性がある男を、有効に使わないのはハサンとして間違っているからな」

 

 後にハサンの読み通り、ラシードは六代目主席宣教師となり、戦火渦巻く西の地で暗殺教団の支部を確立させた。そして、その支部は巨大な組織となり、本部にさえ逆らえる程に強大な権力を持つに至った。

 

「ああ、それは確かに。しかし、そうなると、異教徒共の侵略先となる西の地は地獄となるな。ラシードは今でも危険極まる宣教師だが、戦地にて更なる深化を果たすだろう。極まった才が、真なる暗殺の極意に辿り着き、我らの教団の先兵となる……いや、違うな。

 我らと殺し合える程に、あやつはハサンで在る必要もなく、あの教主の同様の信仰を垣間見ることとなる」

 

 そして、初代ハサン・サッバーハが作り上げた教団本部は、砂漠を越えた東の草原より来た帝国侵略軍によってすべからく鏖殺された。初代皇帝チンギス・カンが作り出したモンゴル帝国に滅ぼされるまで、初代頭目の居城であるアムラート城砦はハサンの本拠地として使われ続けた。

 聖杯戦争に召喚されたアサシンにとって、歴史とは過去であった。

 あの光景を彼女は覚えていた。炎が生きたまま人間を焼き、逃げ延びた者も射殺され、斬殺され、屍が作り出される地獄絵図。自分が育てた暗殺者が馬の蹄で踏み潰され、骨が折れる音がまだ脳の記憶の中に残留している。

 ハサンの暗殺一派は滅びなかった。

 ……生き残り、自分達はそのまま存続した。しかし、暗殺教団は組織として、あの帝国の先兵共の手で滅びを与えられ―――

 

 

◆◆◆

 

 

 ―――その記録を魂から掘り起こし、アサシンは暗い思い出に浸っていた。

 さてはて、あの滅びから幾年か。教団が滅ぼされた後、更にハサン・サッバーハの名が消えて何世紀か。

 生前の思い出はやはり英霊にとって薬であり、毒でもある。過去の故郷での記憶を思い出しながらも、嘗て歩んでいた道を彼女は死後もまた同じく歩き進んでいた。

 

「ただいま。戻ったよ、諸君」

 

 おかえり、と返事をする者は一人もいなかった。彼女が居る此処は、荒地の砦跡に封じられた地下墓地。生ある者は誰一人もおらず、目の前にあるのは塚の列である。夥しい数の墓が綺麗に並べられ、その中で区切られた意匠の違う墓の集まりがあった。

 合計で十九の墓。

 遺体がないものもあるが、慰霊碑としての役割は十分に果たしていよう。

 

「…………」

 

 ともあれ、生き残ってしまったものは仕方が無い。今はもう神父との契約を切ったが泥により受肉し、彼女は現世で生存することが可能になったサーヴァントの一柱。

 アサシン、ハサン・サッバーハ。

 葬主のハサンとも呼ばれる暗殺教団四代目頭目である。

 

「……不老の命、下らん。これでは石ころと同じだ。ただの無機物だ。

 無念よ。ああ、これでは死に切れん。何故、名前を得られなかったのか。あるいは―――」

 

 ―――この第二の生で、自分の人生を全うして名を得るべきなのか。

 

「いや……だが、もう過ぎ去った決別だ。だろう、皆の者。前世の死に場所に選んだこの場所で、また死のうと戻って来たのだがな」

 

 元々、暗殺教団の埋葬地区はアラムート城の地下奥深くに葬主のハサンが作った墓地だった。しかし、生前の段階で既に場所を移し、教団幹部であろうと誰も場所が知らぬ土地にあった。知っているのは、献身者として、神の意志の代行として、暗殺を行う献身者の中でもハサンに連なる者共だけ。あるいは、生きたまま役目を終えた暗殺者だけだった。

 だが、そもそも結末としては、アムラートの本部はモンゴル帝国によって壊滅した。

 戦った暗殺者達の殆んどが鏖殺され尽くした。酷い、惨い、殺戮だった。ハサンの居城も消えて無くなったのだ。教団は組織として完全に壊滅した。しかし、それでもハサンの暗殺者達は生き延びていた。残った信徒が逃げた先には主席宣教師ラシードが作り上げた西の地もあった。

 とは言え、そのハサン・サッバーハの系譜は十九代目で終わりを迎えた。

 葬主のハサンは初代に首を切られたが死ねず、モンゴル帝国が行った大量虐殺による組織消滅も生き延び、ハサンが消えてなくなる最後の最期まで見届けた。十九代目の屍もこの墓地に埋葬し、モンゴルの脅威から逃れた暗殺教団が本当に滅び去るまで暗殺者達の傍に居た。

 

「―――久しいな」

 

 そして、誰も居ない筈の墓地にて髑髏の騎士が一人、彼女の後ろで佇んでいた。

 

「お久しぶりです。冥府より戻りました、ハサン・サッバーハです」

 

「そうか。だが、良くもここまで無様を晒せた。我らの神は杯など持たず、あれは異教徒に示された神に仕える救世主の御業。それを魔術の徒が魂を贄として模倣し、更に異教の神霊が持つ大釜を本質とした神の奇跡の真似事だ。

 故に、この世に聖杯などと言う物はない。妄想と狂信を混合し、それを求める為、人を殺めるとは何事か。抱いた主への信仰に迷い、ハサンであった過去を持ちながら、殺人の罪科に彷徨うとは恥を知れ」

 

「はい。申し訳ありません、初代様」

 

「謝る必要は皆無だ。我は汝らの罪を許す資格を持たぬ。無論、同じハサン故に裁くことも有り得ぬ。それらが許される存在は天に住まう主だけである。我に可能なのは、死に場を失った亡者と成り果てる前、せめて人としての死を与えることのみ。

 天命亡きハサンは殺せぬ。

 神託無き免責は許されぬ。

 そのような事、貴様ならば我と同様に理解していよう」

 

「……はい。肯定致します」

 

「死に塗れ、命を喜びながらも聡明なる血の呪術師よ。貴様は葬主と数多のハサンめらに呼ばれながら、己自身が墓場から迷い現れた。挙げ句、魔術師の隷属として再びこの世で、信仰無き殺戮を彷徨いながら果たした所業。

 正しく、怠惰、堕落、劣化哉。

 汚濁極まるとは貴様の業だ―――首を出せ」

 

「―――……はい」

 

「だが―――」

 

 アサシンを見下ろす死神の姿。しかし、髑髏の騎士は剣を出すことはしなかった。

 

「―――もはや、構わぬ。既に汝の名へ天命は下り、神託は果たされいる。人間としての貴様の首はもう、我が遥か昔に斬り捨てた。

 ……我らハサン・サッバーハの晩鐘は二度、同じ名に鳴ることはない」

 

「有り難き、お言葉……です。初代様」

 

「だが、そも、今の我に首を断つことは不可能だ。貴様ならば理解していよう」

 

「それは……はい、その通りであります」

 

 髑髏の騎士は、言ってしまえば幻だった。アサシンのように肉体がある訳でも無く、サーヴァントのように実体を持つ訳でもない。

 もう特例でもない限り、騎士は世界に具現することは無理なのだ。

 霊廟から独自で出来る事と言えば、こうして自分の幻影を世界に映し出す程度の干渉が限界だった。

 

「我は今、眠りに付いている。この姿は蜃気楼だ」

 

「その様ですね。あの境界の、死の幽谷に住まう貴方にとって、現世の方が夢中の幻影なのでしょう。正に初代様は我々ハサンの後継達にとって、水を求め彷徨う砂漠で幻視する蜃気楼なのです。

 ……だが、何故なのです。

 貴方は何故、まだ――――死ぬことが、許されぬのですか?」

 

「貴様には関係ないことだ。これは我の定め故に。この世に我が天命の鐘がまだ鳴り響かぬが故に。よって我、未だ境界にて、最期に鳴るか否か分からぬ神託を待ち続けるのみ。

 ……しかし、我らが信仰の為に生きた貴様であれば、その問いをする資格を有する」

 

「では、何故?」

 

「世には、獣が存在する。貴様が召喚された聖杯戦争において、あの水子が封じられた杯も、サーヴァントとして生み出れば人理によるクラスを得ていた。

 ―――だが、やはり些末事だ。

 死なぬのは己が信仰の為に過ぎん。

 もはや我が身、自害によって果てる以外に終末はない。

 なれば、星と共に終わらぬことが我の天命。人類の滅びと共に消えるが定めとなる」

 

「分かりました。そう言うことであれば、教主様」

 

「……ほう。また、懐かしい呼び名だ」

 

「私にとって、やはり貴方を初代と言うのは違和感があります。恐れ多くもハサンの名を継いだ信徒としてならば兎も角、貴方の前ではそれも難しい。

 ……これも、私が死に惹かれた弱さの一つなのでしょう。

 その声を聞きますれば、その髑髏の御姿に成る前の、我ら信徒に教えを与えた頃を思い出します」

 

「肯定しよう。汝の弱さは堕落の誹りに値する。しかし、それも既に価値はない。首を斬り落とされ、(そそ)がれた罪科である。

 ……好きに呼べ。

 貴様が名無しの呪術師であるのと等しく、我もまた名無しの亡霊に過ぎん」

 

「ありがとうございます、教主様。でしたら、少し……話しをしても?」

 

「構わん。ハサン・サッバーハであれば我は正すのみだが、信徒として懺悔をすると言うのであれば拒む理由はない。

 話すべきことを話すと良い。

 話したいと考えたことを話すと良い」

 

「感謝致します。では……――――――」

 

 ―――第六次聖杯戦争。

 日本の冬木で引き起こされた魔術儀式。

 大聖杯、アンリ・マユ。

 陰陽師、安倍晴明。 

 略奪王、チンギス・カン。

 騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 報復王、ホグニ。

 光の御子、クー・フーリン。

 抑止の化身、ミツヅリ。

 死神、殺人貴。

 魔法使い、遠坂凛。

 殺し屋、アデルバート・ダン。

 聖騎士、デメトリオ・メランドリ。

 人造人間、エルナスフィール・フォン・アインツベルン。

 伝承保菌者、バゼット・フラガ・メクレミッツ。

 盗賊、美綴綾子。

 正義の味方、衛宮士郎。

 召喚者―――言峰士人。

 この戦争の参加者全てが狂気を抱き、殺し合い、命を賭けて聖杯を奪い合った。一人一人がハサン・サッバーハを殺し得る魔人達だった。

 

「そうか。貴様の召喚者は、貴様にとって良い魔術師で在ったようだ。それも、あの草原の獣と対峙するため、我が信仰の剣を模倣するとはな。

 ……ふむ。あの晩鐘もどきが幽谷に響いたのも、その影響だろう。

 現世から乖離した霊廟で眠るだけの日々であったが、久しく目が冴えてしまった。まさか、ハサン・サッバーハの晩鐘を為そうとする我と同じ愚か者がいようとは」 

 

「はい。私を召喚した魔術師は、我らハサンと同じく、悪で以って求道を為す者でありました。我らとの信仰が反する異教徒でしたが、神に仕えて命を奪う殺人者でした」

 

「我らハサンの中でも、貴様がその者に召喚されたのも道理であったか。

 成る程。我も霊基が召喚術式と適応するとなれば、何時かは何処ぞの魔術師に召喚される運命もまた良い未来やもしれん」

 

「―――……御冗談を」

 

「……………」

 

「……すみません。冗談は御嫌いでしたね」

 

「否。気にするでない。尤も、冗談を言った覚えも言われた覚えもないが」

 

「そうですね。貴方は何時もそうでした。申し訳御座いません」

 

 誠実且つ、実直且つ―――頑固。髑髏の鎧を着込む前、頑固者過ぎて色々と凄まじい面倒事を起こしていた教主の姿をアサシンは思い出した。何がんでも自分を絶対に曲げない男の信仰心が、その手の不真面目さを嫌っていたのを彼女ははっきりと記憶から甦らせていた。

 

「……まあ、良い。それで貴様、これから何を果たす?

 もはや我らハサンが頭目となるべき教団も潰え、導く信徒も存在せぬ。責務が消えた我と同様、貴様もまた柵を失くし、今は自由の身だ」

 

「無論、修行をやり直そうかと。まずは再び、あの巡礼の旅を行い、生前の自分を振り返る予定です。自我を見詰め直さなくては、自身の欠点を知ることも出来ません」

 

「ほう。砂漠越えか。懐かしい旅路だ」

 

「今の世ですと、あの国の名はエジプトでしたか。その後は我らハサンの弟子、六代目主席宣教師ラシードが教えを広めた地へ行く予定です。あの地も名前が代わり、今ではシリアと呼ばれているとか。異教徒と他宗派が混じり、終わらぬ凄惨な殺し合いを続けておりましたが、あの土地はまだその連鎖から抜け出せず、闘争が続いております。実際に、その中で今の人々を見てみたいのです。

 ……しかし、それでも我らが生きた時代から、もう九百数十年です。

 国も、宗教も、文化も、何もかも違う何かへ変わってしまいました。だからこそ、自分の眼で確認して練り歩くのは、良い旅の修練となりましょう。

 けれども―――巡礼だけは、変わらぬものです。そこでなら見付けられる筈です。

 生前に名が無かった私はハサン・サッバーハの名を頂けた時、とても本当に、嬉しかったのです。ですのでもう一度、自分の本当の名前を見出してみたいのです」

 

「死してまだ、足りぬ自己を修練するか」

 

「はい」

 

「―――ならば、果たせ」

 

 それだけ呟き、髑髏の騎士はアサシンの前から消え去った。この墓地は数多のハサンと暗殺者の残留思念が集い、一種の異界となっている深淵だ。だから、彼は夢の幻影として姿を投影出来たが、それも役目を叶えれば維持する必要もない。

 

「去ってしまわれたか……ええ、さらばです。

 我が存在、座の眷属となり、イスラーム(天国)にもジャハンナム(地獄)にも逝けぬ魂ではありますが、それでも何もしないまま消滅を待つ気はありません。何の価値もない写し身であろうとも、価値を作れない訳ではありません。

 足掻いてみます―――この、変わらぬ世界で」

 







 読んで頂き、ありがとうございました。
 アサシンは旅を終え、その後は生前と変わらず、人を殺して人を助け続けました。その過程で少年兵やら孤児を拾い、彼らに消え去った嘗ての教団の暗殺技術と信仰を僅かな人々だけでも良いから伝えようと伝授したりしました。子供の才能が有ろうが無かろうが関係無く、望む限りの技術と知識を与え、弟子がその力で善行をなそうが悪行をなそうが関係無く、見続ける事になります。
 その果てで、やっと名前を見付ける事になるかもしれない。そんな終わりでした。


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聖騎士の印

 前回の前書きの続きですが自分、騙されていたみたいです。ミコラーシュじゃなくてミドラーシュだった。ストーリーは確かにミコラーシュっぽいですけど。


 狂える程の、屍の山。冷え滾る悪意と憎悪が腐った死体から垂れ流れ、この抑止によって隔離された世界は死が煮詰まっていた。

 

「…………―――ふぅうむ、ふむ、ふむ。

 この世、この異界、この特異点、素晴しい悲劇に満ちている。いやいや、本当、世界とは悲劇なのか。何故人間は、こうも飽きずに死に続けるのか疑問だぞ。

 はははは! これにて己が信念を人類に捧げ! 地獄の炎に尊厳を焚べるのも幾度目か!!

 我ら英霊に安息は有らず!

 我ら霊長に平穏は有らず!

 我ら人類に楽園は有らず!

 全て、全て、事も無ければ、是非も無い!」

 

 今の彼はもう、生前の記憶が殆んど消えている。覚えているのは、剣に生きて、剣に死んで、剣を振うのが全てで在った事だけ。

 嘗ての前世の名は、デメトリオ・メランドリ。

 死後、至った座における名は―――アンチ・キリスト。

 キリストとは、救世主の意。セイヴァーであり、メシアであり、メサイアである。

 アンチとは、対する者の意。ネガであり、フェイクであり、フィクションである。

 

「やめ、やめて……止めて下さ―――ぎぃゃぁああああああ!」

 

 本当ならば、黙示録における実在しない英霊の銘を魂に刻まれること何て有り得なかった―――だが、デメトリオ・メランドリは契約を破棄した。自分の願いだけを抑止力に叶えさえ、しかして抑止からの代償を一切払うことなく満足して死んだ。

 嘘偽りの英霊ならざる守護者。

 自らの名で座に至ることを拒んだ者。

 余りに強靭で、膨大で、英霊の座にしか相応しい場所がない契約だけが結ばれた魂を、阿頼耶識が逃す訳はなく。だが、メランドリと言う名でもはや座に登録することは許されず。名前を棄てた聖騎士自身が如何でも良いと魂を特化させ、暴走させ、根源へ至り、霊長でも精霊でも神霊でも真性悪魔でもない別の魂に深化し、何もかもが完成し、あらゆる全てが完結した異端存在。

 ―――一つだけ、座に相応しい空席があった。

 其の名は、有り得ない終末に現れると言う名前だけの偽の預言者。

 神の力に属しながらも、神を信じず、神の為に悪を為す反救世主。

 

「お母さん、お母さん、お母さん!! ああ、ああ…………ぁ、ぁ、ぁ――――いやぁああああああああああああああああ!!!」

 

「可哀想に、だが幸運だ。直ぐにお母さんの所へ逝かせて上げようとも。お母さんを天国に届けた我が刃でな」

 

「なんで、どうし―――……カヒュ!」

 

「ああ、痛いだろうに。喉に刃の先が挿されて苦しいだろうに。故に、ほぉうら、もっと体の中に挿し込んで、お肉の中に入れ込んで、楽にして上げよう。

 殺してやろう、死なせてやろう……ふはははは!」

 

「――!―――!―――ッ……!!」

 

「おっと、死んだか。はははは! 君、可愛い顔をしていたと言うのに、全く以って勿体無い。苦痛と恐怖に表情が歪んでいる。もっと遊べば良かったが、なぁあに、斬って遊べる玩具は沢山あろうてなぁ、ハハハハハハ!」

 

 反英雄―――アンチ・キリスト。実在しない虚構の英霊であった。

 

「しかし、ふぅうむ。相も変わらず、虐殺稼業だな。鍛えた刃を振うは良いが、これ以上強く、巧く、鋭くはなれん。やはり、剣士で英霊になど成るものではなかったか。

 だが、零と無と空の境界にて我が剣は頂きを得た。

 この魂では此処が限界か。いやはや、無念よな。残念よな。生前の最期はこれを至高としたが、辿り着けばまた違う業の頂きを欲してしまう。

 ―――根源程度では、これが限りか。

 何が接続者か、阿保か、馬鹿か。全知全能など無意味無価値と捨て去り、単知剣能と成り果てたが……あぁああ、まこと、つまらんな。つまらん斬殺、つまらん殺戮、つまらん滅却だ……」

 

 本当は、自意識など抑止の守護者には備わっていない筈。しかし、人類を救う為、人理に邪魔な人間を虐殺する為に召喚された男には意思が宿っていた。

 ―――彼は無感情のまま、母親を斬り殺した後、その娘を斬り殺した。

 何の為かと言う疑問など彼には存在しない。人類全ての為に、淡々と斬って殺しただけだった。

 

「ふん。この度の顕現、(オレ)に得る剣技の糧はなし」

 

 アンチ・キリストなどこの世に存在しない。無辜の怪物としてその銘が刻まれた英霊はいるが、それが真名として刻まれた英雄などいない。召喚されるとなれば架空の英霊だが、そもそも召喚することさえ許されない。ヨハネの黙示録に印された終末の徒は、その全てが人類が信仰することで生じる架空の存在。終わりの名前を刻まれた誰かが、その役目を演じる英霊として召喚される。

 となれば必然、アンチ・キリストは彼だけの名前だった。

 他にも候補は大勢いるだろうが、その中でも極まって強い英霊が彼だった。

 

「これこそ刃。妄想が編み出す剣の舞。

 尤も、我が愛剣ではなく、思念だけで振うだけの紛い物の下らぬ斬撃に過ぎんが」

 

 左手に逆十字に釘が何本も打ち込まれた魔杖を取り出し、彼はその両目を輝かせた。瞬間、この特異点において地獄が生まれた。

 彷徨い出ていた者、物影で震えていた者、建物の中に立て籠もっていた者。

 一秒にも満たぬ瞬き程の刹那の間―――一切合切、一人残さず偽の預言者は鏖殺してしまった。

 

「神の敵の、偽りの奇跡。剣を振うよりは早いが、それだけか。ただただ斬れてしまう、幸運なことよ」

 

 魔眼より投影された刃は、丁寧に一人一人両断し、首を撥ね、脳を割り、心臓を裂き、肝臓を抉り、それぞれ異なる趣味趣向に沿った斬撃軌道を描いた。

 偽りの神の虚ろなる奇跡。

 つまりは逆磔刑杖により為される魔術ならざる魔術―――千里眼による透視だった。つまるところ、この男、瞬きをしただけで数千と言う人間の命を断ったのだ。

 

「愉しいか、愉しくないか。やはり、この地獄は愉しいな。人を特に意味も無く斬り殺し、命を無差別に裁き殺すのは楽しいな。良い娯楽だ。ああ、しかし、我が本人格は強者との斬り合いにしか本気を出さず、雑事の守護者稼業はこの某に任せきりか。

 だがしかし、だぁがしかぁしぃ……!

 終末時代において、殺戮者の役目を果たすが某の使命。架空の英霊として刻まれし、アンチ・キリストの名こそ偽人格の某の本質。剣など所詮は斬殺兵器よ。

 この人格は偽の預言者として存在せし憎悪そのもの。

 神を嫌悪し、神に愛されし全ての人間の魂を捧げよう! 悪徳に満ちた獣性こそ人間の真理! ならば我ら悪霊の母たる淫売獣女と、その母を生み出せし七つ首の獣竜に人類を捧げようぞ!!」

 

 ―――殺した。

 大勢、殺した。

 今までと同じ様に、これからと同じ様に、反救世主は殺し続けるだけ。架空の反英霊として存在し、あらゆる世界で永遠に人間を生かす為に人間を殺し続けた。アンチ・キリストとして、反救世主として、偽預言者として、神と人への憎悪を核に聖騎士の魂へ宿った偽人格は何時かと、何時までと、夢見るは終末神話の到来だった。

 ―――これは偽預言者の信仰だった。

 人間が自分達の終わりとして、こんな現世の地獄の果てに神の救いが在ると信じて、黙示録を夢見た信仰の、その幻想より生じた反英霊だった。ナザレの救世主と敵対する架空の反救世主だった。しかし、神と人の為に生まれた憎悪は、神と人を憎悪するには魂が足りなかった。英霊として成り立たず、補わなければ幻霊に過ぎなかった。人類からの信仰は十分満ちているが、殺戮者としての霊核が信仰に届かない。

 その為の―――デメトリオ・メランドリ。

 奴は本来、守護者として存在せし無銘の聖騎士。

 しかして、因果は巡ってこの空席の反救世主の魂に適応した。

 聖騎士に刻まれたのは反英霊として信仰されし架空の憎悪であり、その憎悪より生じた偽預言者の偽人格である。

 

「マザー・ハーロットよ、見て頂けているだろうか。これが生きたいと願う人間の本質だ。

 悪徳の母よ、どうか涙を流して人間を愉しみ給え。これこそ終末に至る為の救いだろう。

 そして、我らが父たる信仰の獣よ。どうか、架空の反英雄へと堕落した我らに救い在れ。

 ―――ああああああああああああああああああああ!

 何と素晴しき人類守護の栄誉だろうか!?

 人間は人間を殺し、終末に向けて繁栄を約束する!!

 我らが同輩、我らが友人、黙示録の四騎士よ、この殺戮劇場を楽しみ給え!

 我ら災厄を讃えしラッパ吹きの天使よ、この娯楽を愉悦し、この惨劇を悦楽とし給え!

 どうかどうか―――ああ、どうか! 哀れな架空の偽物共に、神の加護よ、在り給え!!」

 

 独り言を声高々に叫び、偽預言者は殺し回った。人類繁栄を約束する為、人間が救われたいと願った為、己が役割に殉じて、人類全ての希望を作り上げていた。

 歩き、殺した。

 進み、斬った。

 笑い、断った。

 そうやって、守護者としての役目が終わり、また座へと消えるまで殺し続けた。特異点と化したこの異界で、誰一人逃さぬ為に殺し続けた。そうして歩き進み、殺し笑い、彼は一人の生きた死者と出会った。

 

「ほう。久しいな、我が同僚。そして、とても辛そうだ、エミヤ。

 ………ああ、そう言えば、そうであったな。普段の顕現、某らに自意識はない。この度はそれが存在し、殺戮に嫌悪した訳か」

 

「……良く喋る。高揚しているのか?」

 

「ああ、肯定しようぞ。無辜の怪物と言う、一種の呪いだ。本音を言えば、既に誰かと意思疎通する程に人間へ興味もなく、独り言をボソボソと呟く趣味など毛頭ないのだよ。無様で哀れで、何と無価値な行動か。信仰によって魂に刻まれ、こう在らねばならないと言う人物設定など、そも役を押し付けられた本人から恥ずかしいだけじゃあないか、全く。疲れるよ、人格を偽ることを強要されるってのはさ。

 ―――……英霊は下らない。

 守護者など先兵に過ぎない。

 しかし斬り殺したなら、剣の記録だけはしかと刻みつけなければ」

 

「成る程。最後のだけが本音か」

 

「無論。意識せず、勝手に話す。体も勝手に動く。無駄口すまんな」

 

「その預言者の偽杖、意志を持っているのだったな」

 

「肯定だ。正確に言えば、杖に宿る神への憎悪によって生み出た別人格(アルターエゴ)だが……ふむ。架空の英霊に選ばれると、いらぬ苦労ばかりだ。しかし、押さえ付けるのが楽だからと言って沈黙と不自由を選べば、杖が拗ねて面倒となる」

 

「それは、何と言えば良いか……本当に面倒だな。皮肉も厭味もなく、素直に同情する」

 

「そうか。ならば某も素直に同情を受け取る。ありがとう……―――まぁ、そのような事はひどく如何でも良いので、それはそれとして!

 蛆虫の群れの如き集合無意識の阿頼耶識が、我ら先兵(イヌ)に無駄な機能を備えさせる訳がないからな。自意識がこうして有ると言うことは、その能力が人類存続に邪魔な塵を焼却するのに必要だと言うことだ。

 ―――しかも、派遣された座の飼犬(ガーディアン)は一体のみに非ず!

 となれば大掛かりな殺戮稼業となろうて。我ら二人以外にも、鏖のために呼ばれた座畜はまだまだおるようだ」

 

「座畜?」

 

「今考えた略し方よ。英霊の座の畜生、略して座畜。君の国では確か我らが生きた時代、社畜と言う文化が生み出した新たな蔑称があるそうではないか。

 ふむ、この身も前世では結構な日本贔屓でな。詳しいぞ。何より、そもそも妻が日本生まれだったからな。まぁ、名前も顔も覚えておらんが! はははは、記憶はないが知識だけは忘れていないとは、皮肉よなぁ」

 

「そうか。座畜とは、全く以って私に相応しい名前だ。守護者として、アラヤによって座で飼殺されているからな。

 とはいえ、別段うまいことは言えてはいないが」

 

「ふぅはははは! (オレ)も上手いことは言えてないと思っておったが、まぁ、なぁに……む? おぉ、あそこにいるのは我らの同業者ではないか。

 ……あれはトランペッターか!

 何と、黙示録仲間の一柱も呼ばれていたとは。

 哀れなものだ。歴史に名を刻むことを許されない守護者の集まりだな、これは!」

 

 偽預言者にトランペッターと呼ばれた守護者(ガーディアン)は、金管楽器を金色の銃火器に変形させ―――撃った。逃げ迷う人々をその背後から淡々と撃ち殺していた。建物を一瞬で崩壊される程の威力を持つ数多の徹甲弾を、弾幕として連射し続けていた。まるで弾丸の発砲音がラッパ吹きの演奏となり、天の裁きが人の命を奪い取っているかのようだった。

 ―――手に持つは、天使の黄金銃。

 形状としてはガトリング式重機関銃か。

 そして、次に変形したのは火炎放射器だった。集合無意識から供給される無尽蔵の魔力を燃料に、炎は数百メートルも伸び広がり、民衆を無造作に焼き払っていた。

 

「あれは、アデルバート・ダンか。そう言えば、あれもガーディアンの契約を結んでいたな」

 

 エミヤシロウはぼそりと呟いた。既にボロボロとなった生前の思い出、あるいは前世の魂に残された記憶だが、知識の記録としてならば有る程度は残っていた。

 

「だろうな。また難儀な」

 

「……ふむ、今は本人格と見える。全く、貴様はころころと人格が変わるな」

 

「仕方ない。偽人格など架空の憎悪で形を為す仮初の精神だ。本体の某が話そうとすれば、何の抵抗もなく替わる。黙示録による信仰は根強く、滅びに対する人類の恐怖は多大だが、人間一人の意志の前にすれば濡れた紙切れと変わない。

 某からすれば、無辜の呪いなど雑念に過ぎなかった」

 

「そうか。だから架空の反英霊として通常は、あの反救世主を表に出していると。そちらの方が難儀だと私は思うのだがな」

 

「何はともあれ、人類が某に望んだ役割だ。救世(ぐぜ)に必要とあれば、神の道化師を演じるのも聖騎士(パラディン)の嗜みだ。

 だがな……―――」

 

 そして、深く両目を瞑った偽預言者(アンチキリスト)は、溜め息を大きく吐いた。殺戮に疲れたと言うよりも、飽きて面倒臭い作業をまた開始する職人のようだった。

 

「―――君は、正義の味方なのだろう?

 今は自由意志の有る状況だ。人類の為に人間を殺すのは、殺しを尊ぶ某のような架空の反英霊だけで良い」

 

「気遣い感謝する。しかし、誰かが殺さねば、世界が滅ぶ。その気遣いを私は嬉しく思うが、やはり今となっては心の毒にしかならない」

 

「そうか。某は辛くはないが、君には辛かろうに」

 

「同業者からの労わりだ。素直にその同情は頂いておこう」

 

「ふ。同情などと言うつもりはなく、ただの感想だ。辛い現実は辛く、憎い存在は憎い、それだけの話だ。君に他人からの同情心など不要だろう」

 

「否定はせん。だからと言って、そちらの言葉を否定する気はないだけだ」

 

「成る程。気遣うつもりが気遣われていたか」

 

「傷の舐め合いなど馬鹿らしい故に、私ら守護者には似合わない。する気にもなれん。しかし、だからと、互いの傷を抉り合うのもまた阿保らしいのでね」

 

「成る程、同意だ……―――まぁ、だからと言って、現実が変わる訳でもないがな!

 はっはっはっは! 殺し過ぎて、犯し過ぎて、罪など糞の価値にもなりはしない我らガーディアンが持つ宿業、宿命。そして、我らの宿敵である人類滅亡を果たす自滅因子!

 ……だからこそ、殺すのだ。

 人間が無価値に死して、人類が幸福に終われるように……ッ―――!!」

 

 そうして、殺戮は続いた。固有結界から取り出された宝具が上空から数百と降り注ぎ、クレーターを作りながら地面に突き刺さり、一つ一つが爆散する。それだけで何百何千と言う人間が死に絶えた。世界からの供給があるからこそ許された絨毯爆撃。錬鉄の英霊唯一人で、戦略爆撃機数百機分の虐殺を行っていた。無論、偽預言者もラッパ吹きも、同等の虐殺を常時行っていた。

 英霊とは―――人類最強の兵器である。

 それも抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)として召喚された彼らに敵は存在しない。本当に今の彼らは、全人類によって運用される殺人兵器であり、人類を標的とする大量殺戮兵器に過ぎなかった。そも七人揃えば人類を喰い殺す四番目のビーストにして、二十七祖第一位を殺す兵器を相手に、たかが五つの魔法の領域に文明を進化させられない人間共に勝てる訳がない。元より核熱攻撃だろうと、物理的な攻撃手段で死なぬ化け物なのだ。

 

「―――ふぅははハハハ!!

 トランペッターの奴、張り切っているぞ。アバドンの犬もラッパで喚び出し、蝗の群れで人間共をジワジワと喰い殺している。あの人喰い蟲は大喰だからな。

 酷い非道だ。とても外道だ。

 良い殺戮、良い虐殺、良い悲鳴だ。

 反英霊の魂と五臓六腑に染み渡る命の輝き……ああ、素晴しいなぁ。人類を守る為の茶番劇ではなく、何時かは真なる終末で反救世主を演じてみたいものだぞ」

 

 殺して、殺して、ただ殺した。途中で阿頼耶識より召喚された彼ら守護者に対抗する為、拮抗可能な同じ英霊の力で抗う為に、英霊を憑依させられた数多の魔術師が敵として現れた。

 ……しかし、全てが無価値。

 あのギルガメッシュさえ利用されていたが、偽預言者の手で斬殺された。本物の英雄王ならば兎も角、まだバビロンの鍵を完全に使いこなせていない未熟者が相手ならば余りに容易かった。蔵への門が開き、道具を取り出す瞬間、空間を繋ぐ路となる“門”を魔眼による斬撃で力場を崩壊させてしまえた。

 宝具を召喚さえすれば射出し、無双の英雄殺しとなる王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 ならば、対処は簡単。道具を出す前に空間の歪みを察知し、魔力の流れを把握し、蔵の“門”が開き切る前に”路”を斬り壊してしまえば良い。その魔術師を最後に、呆気無く敵対した憑依術者達は皆殺しにされた。

 

「―――守護者(イヌ)がぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 その果てで抑止の対象となった元凶を三人は発見した。そして、そもそもこの世界は、剪定された平行世界だった。何れかは完全に星ごと滅び去り、もう既に終末は訪れていた。実際に終末神話が起きた訳ではないが、人間が自分達の文明に耐え切れず人類滅亡を開始してしまった世界だった。

 だが、それに刃向かう者はいた。

 その者は根源に近く、自分が助けられる者だけでも救おうと足掻いていた。

 滅び去るこの惑星に逃げ場は何処にもなく、外へ逃げる為の宇宙開発もまだ進んでいない文明の世界となれば手段は一つ―――他の平行世界へ移住するしか術はなし。

 そして、その者はその手段を持っていた。

 少しでも人間性が残っていれば、誰でも思い浮かべる救援の志。

 全員は無理だとしても、この世界を覚えている者を一人でも救い上げたいと思い―――この世界の住人は、あらゆる全ての平行世界から拒絶されたのだった。

 故に、人理を守るべく抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)がアラヤより派遣された。

 剪定事象に選ばれ滅び去る世界から、誰一人として逃さぬ様にと、特異点となった区域の人間全ての虐殺が開始されたのだった。

 

「犬かぁ……まぁ、人間の飼犬だぞ。君達人間の為に、我々は君達の繁栄を約束する先兵(イヌ)となったのだ。

 博学そうな君ならば分かっていそうだが。ああ、それとも魔法の眠る根源は白痴の脳無しの方が理解し易いからな、やはり魔法の使い手は皆馬鹿なのだろうよ。

 人間を人理に逆らってでも救おうとは‥…はははは!! 愚か哉、無様哉!!」

 

 だからこその、特異点。特別な法則で支配されているこの特異点では抑止は介入しに難く、ガーディアンではなくサーヴァントとしての能力を持たせる必要があった。今の彼らに自意識が残されているのはその為だった。 

 

「ふざけるな! これが、こんな殺戮を人間が望んだとでも!?」

 

「あーはっはっはっは! 人間以外に、人間をここまで根絶やしにする意志を持った生物が、この地上にいるとでも?」

 

「守護者め、醜い殺戮者め……ッ―――死ね、死んで償え! 死んで詫びろ!

 この人でな――――……?」

 

 言葉は途切れた。彼は叫ぶ相手を愛剣で斬り殺し、守護者は役目を何時も通りに終えた。世界が滅び逝く剪定事象の中、僅かな人だけでも救おうと足掻いた魔術師は、人理を守る為に不必要と剪定された。そして、数多の平行世界を守る為、召喚された三人の守護者は無事帰還した。

 ―――これは、良くある抑止の守護者の仕事風景である。

 











 読んで頂き、ありがとうございました。
 守護者となったオリキャラのデメトリオ・メランドリですが、死後はこんな風に抑止力として人理の邪魔になった人間を殺しています。エミヤと同業者です。その上で、反救世主の名を刻まれた架空の反英霊として座に登録されました。





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殺し屋の契

 アポ、サイコー!
 最終決戦は面白くて良いですね。


 元より、この加護は自分のモノではなかった。ただの貰い物だった。第六次聖杯戦争後、聖堂教会に所属する事となり、その能力を認められ、自分の聖典を与えられたことで縁が生まれただけに過ぎなかった。

 これは死徒ソロモンの遺産が一つ。

 メレムが集めた概念武装を改造した天使の楽器。

 あの人が持つ聖典のように、生贄にされた人間の魂を精霊に加工して憑いている訳ではなかった。しかし、遥か昔に行われた天使光臨の儀によって祝福され、確かにこの楽器にはエデンより降り注ぐ主の遣いの洗礼を受けた。その楽器に心惹かれ、自分用の聖典に選び、銃火器の改造を趣味とするあの人の強力もあり、代行者の武器として新生した。

 

「お願いです、助けて下さい助けて下さい………!」

 

「……――――――」

 

「死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 仕方が無いことだったんです!! 私だって好きで吸血鬼なんて化け物になったんじゃない!!?」

 

「―――そうか」

 

「何がいけないの!? 人間を食べないと生きていけないのに、なんで人間を食べただけで殺されなきゃいけないの!?」

 

「さぁ、知らねぇよ。けどさ、人を襲う害獣は撃って殺すのが当たり前だ。害獣駆除は誰かがしないといけない役目だろう。

 お前が死ぬのは社会にとって得にしかならない時点で、その生死を問う価値もないな」

 

「ふざけるな……ふざけるなふざけるなぁ……!!

 だったら何で私は吸血鬼なんて怪物になったんですか!? 私は、私は……!!?」

 

「まぁ、アレだぜ。お前の殺害を願った依頼主を強いて言えば、この人間社会そのものだ。命を啜る化け物に人権など有り得ず、血で穢れた魂に人の尊厳は宿らない。

 だから―――死に給えよ。

 お前ら邪悪に許される救いは唯一つ。最後の走馬燈に苦しみ悶え、身の内に溜めた咎を洗い流して死ぬことだけだ」

 

「いや……いや。いや、いやいやいやいやい――――」

 

 ―――パン、と乾いた音が鳴る。

 殺し屋の前で両脚を撃たれ、跪いていた少女の頭部が吹き飛んだ。さらりさらり、と死体は一瞬で灰となり、少女が生きていた痕跡は衣服と持ち物だけだった。その残り物さえダンは魔術を使って抹消し、彼女が生きていたと言う証拠品をこの世から消し去った。

 

「全く、これだから死徒は達成感が余りない。つまらないぜ。人間を殺したのと違い、死体が残らないからな」

 

 彼が手に持つは、金色の大型自動拳銃。それを元の形のトランペットへ戻し、背中の楽器入れに仕舞った。ついで懐から煙草とライターを取り出し、口に咥えて火を付ける。すぅと深呼吸をした後に、はぁと溜め息と一緒に煙を吐いた。やはり一仕事(人を殺)した後の一服は格別だ。これで教会の方に経費も請求すれば、かなり良い額の金が銀行口座に貯まっていることだろう。久方ぶりに高い酒でも買うのも良いかもしれない。

 ……ここは裏路地。ポイ捨てされたゴミが溜まり、腐臭が漂う都市のデッドスペース。

 三分もせずに煙草を吸い終わったダンは、その吸殻を死徒が死んで出来た死灰の山の中へ放り投げた。その後、死骸の灰ごと吸殻を踏み潰し、燻ったままの火を完全に消した。

 

「おうおうおう、うははは!

 オレっちの見立て通り糞雑魚蛞蝓(クソザコナメクジ)だったな、吸血鬼のかわい子ちゃん。雌人の良い匂いと怪物の生臭さのブレンド具合からして、強いっちゃ強いけど、何かビミョーだったしな。

 やっぱありゃ、報告通りの急造死徒ですぜ、ご主人様よぉ。

 身体能力だったり、魔術に使う魔力量だったり、その運用術式自体はそりゃ数百数千年レベルだったけど、全体的にぎこちねぇ。人喰い化け物特有の狂った在り方っつーよりかは、人間の狂人の延長線上にある雰囲気?」

 

 そして、今まで隠れて見ていた魔術師アデルバード・ダンの使い魔が顔を出した。姿としては子犬であるが、雰囲気がセクハラ好きの中年オヤジでしかない異様な魔獣だった。

 

「そうだな、フレディ。どうもこの雑魚、無理矢理死徒にさせられ、無理矢理人間を喰わせられ、無理矢理狂気を宿らされていた様だ。

 ただの死徒化じゃねぇなぁ……これは、何と言えば良いか分からんけど。うぅむ、そうだな、強いていば洗脳か。お前の言う通り、吸血鬼として持つ残虐性と言うよりもだ、気が狂った精神病患者だ。哀れだぜ」

 

「となるとだ、ご主人よ、あの報告は正解なんじゃね?」

 

「だな。惨いぜ……ったく。新規参加した二十七祖の尖兵か」

 

「おっ()んだ殺人貴にやられて空番になってた位に入った奴だったな。確か、怪物王女とか全知全能なんとかだったか」

 

「色々と呼ばれ方は色々とあるみたいだ。とは言え、今はただ―――全能、とだけ呼ばれている。

 まぁ実際のところ、正体は不老不死の吸血種と言うだけで、あれは死徒でもなければ吸血鬼でもないらしいのだが」

 

「へぇ、まぁ、子犬のオレっちからすれば、人喰い化け物は人間しか喰わんし、如何でも良いや。自分、犬ですので。

 つーかぁ犬喰い文化の国だとぶっちゃけ、人間も吸血鬼もオレっちからすりゃ同類の捕食者よ!

 アンタら人間、マジ何でも食べるからな。犬の立場から見れば、吸血鬼とか自分と同種族の人型生き物を食べちゃうのが好きなだけのヒューマンだもの。そこに違いなんてあーりませんぜぇ。

 しかも、結構な国で保健所なんて屠殺施設まで在る始末だよ。犬殺し大好き人間文明は怖いね」

 

 フレディは思い浮かべるのは、同族が人間共の手で屠殺される風景。犬を惨たらしく殺し、いらないからと無機質に処分する連中でありながら、奴らは何故か吸血鬼を化け物と罵る。自分達が吸血鬼の手で犬のように殺される時、自分達も動物で在りながら特別な別の何かと勘違いし、この星が作った自然の摂理を呪うのだ。

 その矛盾が面白いのだと、小犬は楽しそうに嗤っていた。

 

「ああ。そして公共衛生、都市管理の為―――殺す為にただ殺す!

 犬だけどオレっち、人間が作ったネットとか好きだから良く動画やら何やら見るけどよ、まぁ、可哀想。世界中どこもかしくも、人間の手でオレっちの同族のお犬さん達がヒデェ目にあって死んでるぜ。特に革製品とか食肉とかね。

 だから、人間も吸血鬼も変わらんってこと。まぁ、如何でもいんだけど」

 

「お前、ネットしてるのは知ってたけど、動画なんて趣味があったのか。まぁ、遠い場所で生きてる他者に無関心な部分は、オレら人間とそう感性が変わらないのな」

 

「おう! アンタら人間も、自分達と同じ姿をした動物が無残に死ぬ動画見ても、何も思わんだろ。基本それとおんなじですぜ。

 それに動画以外も楽しんでるぜ。ネトゲとか、掲示板とか。特に意味も無く炎上させるの大好きです。あいつら自分が犬以下の知性体の癖して、野生動物以上に自分に価値あるって勘違いしてるからな!」

 

「はぁ、全く。お前も存外、人間に染まったな。そこまで文明を愉しんでいるとは、驚いたぜ」

 

「えぇえぇぇえ、そうかぁ……?

 けどよ、アンタらの知性のカタチは面白いよ。オレっち犬だけど、人間は犬殺しの動物種だけど、人間は他の動物と違って感情が面白い!」

 

「面白いと思うのは大事な感情だ。楽しみがないと髄から本気になれんからな。オレも銃が趣味であり、生き甲斐であり、人生一番の娯楽だ。特に強い獲物を射殺すのはガンマン冥利に尽きる」

 

「おうともさ。オレっちも楽しくなければ種族問わず交尾はしないぜ。腰振ってわんわんおってな!」

 

「はは。何、人間の男もまた雄だ。犬のお前以上に脳内が交尾一色に染まった腰振りマニアも少なくない」

 

「知ってるぜ。性交を文明に取り込んでいる知性体は地上で唯一、アンタら霊長類だけだ……だがよぉ、無駄話をするのもいい加減良いんじゃね。

 尖兵殺したけど、親玉は見付からねぇ。死徒共の井戸端会議で流れてる噂話を頼りによ、何匹もご主人様の葬浄弾典(コンスタンティン)と聖典ラッパで銃殺刑に処して来たけど、当たりはまだなしですぜ。

 全能なんて祖、本当にいるのかどうか……」

 

「……さぁて。それはオレの知ったことじゃない。何より、今のオレは雇われのサラリーマン。大事なのは同僚の仕事ぶりを信じ、上司の命令を完遂すること。

 あの女がいるか、いないかなど、実際どうで―――」

 

「―――あら。やっぱり貴方だったのね、アデルバート・ダン」

 

 そして、フレディは瞬く間に平伏し、可愛らしい鳴声を上げた。

 

「ワンワンワン。クゥン……クゥン、ワンワン、ワンワンオ!」

 

「それに、殺し屋に似合わず可愛らしい子犬さんも連れているのね」

 

 一秒にも満たない早技だった。使い魔のフレディはプライドも見栄も全く見せず、一瞬でただの子犬に成り果てていた。

 死徒、全能―――根源接続者。

 一目見ただけでフレディは彼我の戦力差、そして存在の規格が違うことを鋭過ぎる嗅覚と第六感で嗅ぎ取っていた。魂からして次元が違う。感じ取れる魔力の波動をフレディは身に受け、夜空の宇宙の如き広大さを錯覚していた。吸血鬼だから、魔術師だから、と言った話ではなかった。

 

「お前、本当にある意味で潔いな。プライドとかないの?」

 

「―――ない! ……あ、じゃなかった。

 わんわん、わんわんわん! オレっち悪い小犬さんじゃないですぜ、ワン!」

 

「えぇ、悪い小犬じゃないわね。やっぱり如何見ても、極悪そうな狂犬ですもの。私が言える事じゃないけれど、精神が邪悪だわ。それに何処か(よこしま)な、好色そうな雰囲気。

 ふふ。黒く澱んで、おいしそうな魂ね」

 

「そんな、吸血鬼様―――ッ!

 で、でで、でしたら……でしたら何卒(なにとぞ)、どうかオレっちの代わりにご主人を食べて下さい!?

 ぶっちゃけご主人は殺しても良いんで、はい! 何卒自分だけは殺さないで下さい、めっちゃ助けて下さいお願い致します!!」

 

「飼い甲斐のない薄情な使い魔だ。生き残れてもお前、明日から飯ずっと半分な」

 

「そんな殺生な、ご主人様ッ!」

 

 何故か殺し屋は、この場に突如として顕現した少女と同じ呆れた目付きで、自分が飼い主をしている使い魔を見る破目になった。

 

「しかし、やはりお前だったか。特徴を聞いて直ぐ分かった。祖に選ばれるとは、随分と暴れ回ったらしい」

 

「私はそこまで暴れたつもりはなかったのだけれども。うん、でも、そうなのかもしれないわ。

 それにしても、あの協会で執行者をしていた貴方が封印指定にされたと聞いて驚いたわ。協会の魔術師を何人も撃ち殺して指名手配されたのもそうだけど、貴方があんな魔術礼装を作ってた方にびっくりよ。容量に上限はあるみたいだけど、永劫に劣化せずエネルギーを維持する特殊な魔力炉心だったかしら?」

 

「詳しいな。協会員を殺した時に、その礼装の情報が流出してしまってな。それで手配序でに封印指定に選ばれた。

 全く協会の奴らは本当、調子の良い狸共だ」

 

「そう。けれど、その驚きも、埋葬機関員になったと聞いた時の驚愕で塗り潰されたけど」

 

「自営業の殺し屋では限界が来ていてな。これで中々、雇い主がいるリーマン生活も楽しいぜ。だがまぁ、世間話はこの辺にしてビジネスの話をしようか?」

 

「ええ、良いわよ。なにかしら?」

 

「ここで暴れていた死徒。あれはお前の手駒か?」

 

「そうよ。素質のある人間に私の因子を植え付け、更に死徒化させたの。私を通じて根源へ擬似的に繋げて……―――って、あ、ここまで言う必要はないわね。

 幾ら知人の貴方でも、研究は秘匿しないといけないわ。で、親玉の私を見付けて、これからどうする?」

 

 もう十年以上前になるのかしら、と彼女は思い返していた。沙条は妹が引っ越しした冬木を襲撃し、そこに住む神父の手で返り討ちにあった。一度はまだ少年だった神父を捕え、甚振り、監禁して玩具にしたが、隙を突かれ死に掛けた。弄りものにした応報を受けたものの何とか死なずに生き延び、それ以来言峰士人とは何だかんだで長い付き合いとなる。

 沙条の分岐点はそこなのだ。気侭に世界中を巡る様になったのもその所為なのだろう。アデルバート・ダンと知り合ったのも、そんな縁故に必然だったのかもしれない。

 

「ご主人よぉ、オレっちは逃げたいんだけど。この吸血鬼って言うよりも、臭う概念からして精霊種……いや、神様か?

 ……まぁ、どっちも理解出来ないから良いんだけど。この女、何の気配も生じさせずに空間からヌルリと飛び出て来たんだぞ。姿を消してた訳でも無く、空間転移なんて膨大な魔力を使う魔術を発動させながら、その魔力を一切漏らさずに使いやがった!!

 神霊魔術が正体だぞ、こいつの神秘は!?」

 

「ふふ。賢い子犬ね。でも、なにも不思議な話ではないでしょう。神様と同じ場所から生まれた私が、神様と同じ力が使えるのは」

 

「……根源接続者―――!」

 

「そう震えるな、フレディ。殺せない相手と真正面から殺し合わない」

 

「―――ふぅん……?

 変ね、殺し屋の貴方らしくないわ。もしかしてアレかしら……初めて会った時、撃たれた弾丸全部素手で掴み取ったのがショックだったの?」

 

「何を言うかと思えば、はぁ……ったく――当然だろうが。

 未だオレは、お前を殺せる腕前ではない。鍛えているこの銃技、魂が零に至ったお前を殺す為には、同じく空の境界を越えて向こう側の領域へ到達しないとならない」

 

「頑張っているのね。そう言うのは大事よ。私もほら、また新しい魔術体系を極めて完全習得しましたし。あの神父は、努力は得難い快楽を生むと言ってたけど、根源接続者の私でもあの男のおかげで中々生きるのが面白くなったから。

 勿論、コミュニケーションも大事だって言われたわ。魂は、他の魂を理解することで深化するの。それは精神同士でも……ええ、この肉体同士でも同じこと。

 お友達も増えましたし、話が合う沢山の同類とも巡り合えました」

 

「お前の同類って奴、聞くだけで怖そうだぜ」

 

「そうでもないわよ。変な人が多いのも事実だけど。モンジーちゃんとかは精神面では私以上に「 」( カラ )へ近い破戒僧でしたし、キアラっちなんて要らない知識を一々艶やかな仕草で言ってくるしね」

 

「あー……マジか。ガトーとセッショウインとも知り合いかよ。あの神父、お前をあいつらと会わせる何て、本気で碌な事してないな。

 と言うよりも、あの時以上にお前はまだ強くなってるのか?」

 

「もう魔術体系は殆んど会得したの。なので今は、呪術や仙術の方面を御勉強中ね。インドの神代マントラとか良かったわ、創造神の力とか便利ですし。それに大陸の神仙道とかも良いわね、仙術とか道術とか妖術とかとても種類があるの。

 特に今は生まれ故郷の神秘を学んでるわね。

 陰陽道は勿論、神道に伝わる呪術、鬼道は中々に面白い学問だったわ。あの国で生まれた神霊を祭神にしてる神秘でね、神道の頂点に立つ最高司祭の、その始まりの人類に寄り添った神様が広めた技術なの。一番古き大和の王が、神代から人代に移し替えたのがそもそもの始まり。つまりは今まで神様が独占していた力を、人間にも宗教と学問して分け与えた。そして神から生まれた身でありながら、神と人を決別させ、自らの手で人間を支配する荒神達を討伐し尽くした。数多の神から蜻蛉の島を征服し、初めて日ノ本と言う国を具現した。

 魔術の研鑽の根本にあるモノは、古き時代の記されない歴史の旅でもあるから。魔法なんて技術もあるにはあるけど、あれはまた神代から今の人代にずっと伝わり続けた概念って訳でもないしね」

 

「饒舌だな。実に楽しそうだぜ?」

 

「当然よ。生まれて来て良かったって、今はちゃんと実感して生きてるの。この瞳で“視”えた筈の王子様には中々会えないけど、面白い人間は探せば沢山いて、つまらなかった魔術も愉しもうとすれば良い学問になったの」

 

「そうか。それは何よりだ」

 

 殺せる隙が全く無い。ダンは師匠から奪い取った愛用拳銃で早撃ちを試そうと狙うが、殺せるビジョンが浮かばない。会話を続けていても、撃ち殺せる呼吸の間が存在しない。

 

「……それにそうね。この手駒の出来具合も見れたし、もう良いかしら。貴方とても良い実験相手だったし、なので私、もう帰るわね」

 

「見逃して貰えるのは有り難い。雇い主に命を賭ける程、ビジネスにオレは熱心じゃねぇからな。死なないのなら良い事だ」

 

「そこの子犬さんと同じく、貴方もまた潔いわね」

 

「使い魔と主人は自然と似るものだ。オレも自分が生き残る為ならば、フレディを生贄に捧げるしな」

 

「―――エ”……ご主人、嘘っすよね?」

 

 沙条愛歌は楽し気に、殺し屋と魔獣に微笑んだ。人間を殺すのも楽しいが、やはり生きている方が面白い。昔なら目的の為にさっくり殺していたのだろうが、一人の人間として業を深め、随分と内面が様変わりしていた。

 

「そうなの。けれど、撃ち殺す気満々みたいね」

 

「出来ればな。出来ないからしないが」

 

「正直ね……まぁ、良いかしら。手駒の実験相手として貴方の協力はとても有意義だったから、ここは見逃しましょう」

 

「有り難いな。雇い主に命を捧げる程、オレはビジネスに熱心じゃねぇからな。生き延びるならそれで構わねぇぜ」

 

「ふぅん、良く言うわね。

 ―――さようなら、殺し屋さん」

 

 そう一方的に別れを告げ、気侭に怪物は一人と一匹の前から過ぎ去った。顕現した時と同じく、一切の気配を洩らさず、まるで蜃気楼がふわりと消えたみたいにこの場から転移した。

 

 

◆◆◆

 

 

 埋葬機関副機関長シスター・シエルより勧誘を受け、既に数カ月。アデルバート・ダンは聖堂教会所属の埋葬機関のメンバーとなり、死徒を討ち殺し、魔術師を狩り殺し、悪魔を射殺し続けた。そして、直ぐ死に殉職する予備員生活を何とか過ごし、やがて正規の位を任命された。預かった洗礼名は砲のトラン。とは言え、そのような殺伐した生活も変化していった。

 冬木の愛すべき遺産―――大聖杯(ヘヴンズフィール)の魔術式。

 漏洩の元凶は―――第四位(トーサカ)

 そして、その情報を手に入れた魔術師の中に、根源接続者(サジョウ)真性悪魔(セッショウイン)がいた。

 原因は唯一人、言峰士人のみ。あの男が、二人の女を惹き会わせた。

 神父は自分の衝動を楽しむがまま、この世に地獄が生まれ出る原因を一つ一つ、丁寧に、誰も阻めない様、幾つも、何個も、滅びの元凶を作り上げていた。

 では何故、奴が接続者と悪魔を会わせたのか―――無論、求道の為である。

 そんな事の為だけに、神父は世界中に種を撒いて、育て、守り、綺麗に花開くのを見守っていた。冬木で起きた第五次聖杯戦争も、第六次聖杯戦争も、神父が人生と賭して求めた娯楽の一つだった。

 ……第六次聖杯戦争後、聖杯戦争は世界中で乱造されたが、あの吸血鬼と悪魔が画策した戦争は真に地獄そのものだった。

 原因は解らないが、沙条は聖杯戦争を始める太源を何処からか収集した。

 理屈は知らないが、殺生院は全てのマスターを始める前から手中にした。

 起きたのは聖杯戦争だが、もはや英霊同士で殺し合う戦争ではなかった。

 奴らはただただ地獄を作って、その中の生活を楽しんでいただけなのだ。

 結論として、都市一つが二人の玩具となった。神秘の秘匿は守られていたが、その都市の霊脈が支配され、惑星の最深部へ自分達が作った聖杯を送り込む侵食基地となっていた。

 目的は根源でも、魔法でもない―――魔人のまま神になること。自分の欲望を愉しむ為には、神になるのが効率的だった。

 沙条愛歌――――全知全能。

 殺生院祈荒―――随喜自在第三外法快楽天。

 召喚されたサーヴァントは聖杯を目的に互いに殺し合う為ではなく、既に具現した聖杯を守ることで聖杯を得る為に戦う防衛機構(ガーディアン)だった。つまるところ、英霊の座にいる本体を騙す為、何も知らぬマスターに英霊を普通の聖杯戦争だと錯覚させた状態で召喚させた後、祈荒の洗脳を再稼働。聖杯戦争のサーヴァントとなった英霊をマスターから令呪ごと奪い取り、マスターを殺し、その使い魔を支配した。

 埋め込まれしは快楽天と全知全能が作った呪詛。

 それは魔人の業―――全能天。

 例外無く全能天により魔人化したサーヴァントは、二柱の魔人(メガミ)と大聖杯を守るガーディアンに失墜した。

 となれば必然、サーヴァントではガーディアンに勝てる道理はない。結論を言えば、人間程度の規模で殺せる七騎のガーディアンではなく、二柱の魔人でもなく、魔術協会も聖堂教会も手が出せなかった。一騎さえ殺せず、自分達が殺されるだけの虐殺だった。アデルバートの同僚も悉くが死に果て、参戦したもう一人の埋葬機関の人間でさえ殺害された。

 無双天(セイバー)―――ベオウルフ。

 武功天(アーチャー)―――ラーマ。

 梟雄天(ランサー)―――呂布奉先。

 不滅天(ライダー)―――ダレイオス三世。

 無明天(アサシン)―――沖田総司。

 推論天(キャスター)―――シャーロック・ホームズ。

 螺旋天(バーサーカー)―――フェルグス・マック・ロイ。

 より強く、より巧く、より猛く、より多く、より鋭く、より賢く、より荒く。

 倒すべき七騎の魔人。全知全能と快楽天が作り上げた呪詛は英霊の本質をより浮き彫りにし、属性を抽出させ、現世における存在を偏らせた。成長をしない英霊の技を進化させ、死して止まった己が業を深化させ、霊核に全能天を植え付けた。奴ら全てを殺さねば聖杯には辿り着けず、全知全能にも快楽天にも届かない。

 殺し屋(エクスキューター)―――アデルバート・ダンは、自分一人で全てのガーディアンを殺し尽くさねばならなかった。

 熾烈を極める、などと生易しい表現ではない殺し合い。

 魔人の一体一体が国家軍隊に類する戦闘能力。

 だが、殺し屋は皆殺しを成し遂げた。足りぬモノを補う為に、自分の全てを文字通り世界に捧げた。

 そこまでして、ダンはサジョウとセッショインを殺し切れなかった。あの女達は、契約までして自分らを殺し損ねた殺し屋の男を嘲笑いながら、星の聖杯が作り上げられなくて残念だったと嗤いながら去って行った。

 殺し屋のその後の人生も波乱に満ち、幾度か乱造された聖杯戦争にまた巻き込まれもした。死徒二十七祖が引き起こした騒乱も経験した。全知全能や快楽天とも再び遭遇し、それからどうなったかは今はもう彼にしか知らぬことだった。

 

「これがオレの人生だ。かなりはしょったダイジェスト形式だけどな」

 

 ……そんな思い出も、遥か昔。生前の記録に過ぎない。

 

「ふぅん、そうなのですか」

 

「実に淡白。驚愕だぜ」

 

「でも別に、ヘラクレスを倒すには余り参考にならないね」

 

「おい、マスター。気分転換がしたいからと、オレに無理矢理恥ずかしい自分語りをさせておいて、それか。酷いぜ」

 

「まぁ、ねぇ。でも、夢で見たまんまでしたし。それはそれとして、あれをセイバーで召喚するとか、一体何を考えているのでしょうか。

 やっぱ弱点は毒ですか? 有名なヒュドラの毒なら倒せそうではあるけど」

 

「あのよ、勘違いしてる奴は多いけど、ヘラクレスはヒュドラの毒でも死なずに、自害を選んで焼死した大英雄だぞ。元より数居る半神の中でも、優れた五体と魂を持つ者だ。ヒュドラ並の猛毒でやっと苦痛を与えられる程の耐毒性を持っており、それで漸くステータスを弱体化させられる。しかもだ、死ぬまで意識を保って自殺した逸話を考えるに、神竜の猛毒に犯されても戦闘はそのまま続行可能だ。まぁ、弱点は弱点なので有効ではあるけどな。

 よしんばヒュドラの毒を精製しても、それだけで殺せる訳がない。毒で奴は絶対に死なん。ヘラクレスは毒で死ねないから自害した訳だからな。むしろ逆に、やったヘラクレスを毒状態にしたぞ、と油断してる所を不意打ち射殺す百頭(ナインライヴス)だ」

 

「え。勝ち目零ですか?」

 

「いや、あるぞ。毒にした後、火で焼く。死の逸話を再現すれば、神話最強の大英雄だろうとある程度は霊核に響く。だがまぁ、それだけでは死なないだろうから、追い込んだ所をオレが宝具で討つ。

 ヒュドラを用意すれば十二の試練(ゴッド・ハンド)の弱体化か、あるいは封印することも出来るだろうが、無い物強請りだろうな。せめて奴の不死性の根源である防御宝具に匹敵する物、Bランク程度の神秘が毒には必要だ。毒ならばAランクに届かなくとも、体内にさえ入れば完全に無効化は出来ない筈。出来ればAランクがいいが、そこまで良い毒となるとそれこそヒュドラクラスだろう。

 後は弾丸に猛毒に漬け込み、直接奴の体内へ埋め込むだけ。大英雄を焼くためにも、上等な薪が必要だろう」

 

「だったら、まず毒から用意しないとね。でも毒を作るとなると技術もいるし、材料探しは大変だ。本物のヒュドラの毒は製薬できないとしても、なるべくそれに近い激毒を準備しないといけないです」

 

「ああ、すまないな。オレがより優れた英霊ならば、正攻法でヘラクレスを十一回殺し、不死性を突破し、最後の命も奪えただろう。だがな、十一回蘇生する命を持ち、最後の十二回目もBランク以下の宝具を無効化する守護は機能している筈だ。

 なのではっきり言おう―――勝てるか!?」

 

「ですよね」

 

「セイバーのクラスで召喚されたから鍛冶神ヘパイストスが作った神造兵装(マルミアドワーズ)を持ってるのは分かるが、何故射殺す百頭(ナインライブズ)の大弓を持っているのか。流石にあの毒矢までは弓兵での召喚じゃないから持って来ていないようだが。いやむしろ、ヒュドラの毒を持って来てくれていた方が、地面に落ちてる矢から毒素を解析できたかもしれないけどな。

 しかし……まぁ、アレだ。アーチャーはレンジャーの特性もあるけどよ、セイバーにはないだろうが。アーチャークラス以上に強い弓使いの剣士って訳が分からないぜ」

 

「うん、そうですね。しかも宝具の神剣を、更に宝具化した剣技で真名解放する合わせ技までしてくるから。並のマスターなら射殺す百頭(ナインライブズ)の大弓、鍛冶神の剣、不死の肉体を常時戦闘中に発動させるなんて出来ない筈ですけど、レオなら普通に出来ますし」

 

「ああ。あれは召喚者が行った反則だろうな。ギリシャならば魔獣狩りの弓も持って来れたかもしれないが、此処は月だ。クラスによる制限はより厳密な筈。

 だからよ、オレらもずるをしないと勝ち目はないってな」

 

「アサシン、私はまだ何も分からない。何も分からないまま死ぬ気はない。例え相手がレオとヘラクレスだとしても―――死にたくない。

 絶対に―――私は諦めない」

 

「無論だ。勝つぜ、岸波白野(マスター)

 

 第一戦目。ライダー、ゲオルギウス。

 第二戦目。アーチャー、トリスタン。

 第三戦目。キャスター、チャールズ・バベッジ。

 第四戦目。バーサーカー、坂田金時。

 第五戦目。ランサー、ヘクトール。

 第六戦目。アサシン、李書文。

 最終戦目。セイバー、ヘラクレス。

 何処か狂った月の聖杯戦争において、岸波白野が召喚したのはアサシンだった。アサシンは彼女へ英霊としての真名である黙示録のラッパ吹き(トランペッター)と名乗り、人間としての名は告げなかったが、それでもその信頼は強かった。

 そして、アサシンはふと自分の人生と、この度得た短い再度の人生を思い返す。

 第六次聖杯戦争なんて物に関わって以来、自分は英霊や、召喚されたサーヴァントを殺してばかりだと考えた。あの神父に誘われて参戦し、生き残った後に分かった事だが、そもそもあの第六次聖杯戦争は神父が元凶の一人となって行った魔術儀式であったのをアサシンは知った。聖杯戦争以外にも、封印指定に選ばれた賢者の暴走や、死徒二十七祖と呼称される吸血鬼共の企みや、真性悪魔が支配する異界常識での地獄の具現や、根源とはまた違う外側から来た神霊の脅威やらと、魔術世界は表側の人類史と関係なく血生臭いままだった。

 死後は抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)として、人類繁栄の為、文明維持の為、人理補完の為、邪魔者を虐殺する永劫を味わうだけの時間。守護者(ガーディアン)としてアラヤに召喚されなくとも、魔術師に使い魔(サーヴァント)として召喚されたとしても、やることは抑止と根本的に変わらない。敵を銃で撃ち殺すだけだった。

 そんな中、彼が岸波白野に召喚されたのは本当に偶然だった。

 月の聖杯戦争では召喚に触媒はなく、相性によって相棒であるサーヴァントが選ばれる。そもそも電脳世界の中で英霊召喚の触媒など準備出来ず、外側から来る前に反則でもしなければ狙った英霊をサーヴァントに選ぶことは出来なかった。

 だからこれは本当に、偶然の中で偶然は起きたような異変だった。

 彼女は記憶がないことを自覚し、自分を認識するのが参加を選定するより早かった。その命をマスターとして不要と剪定されるよりも早く聖杯戦争を理解し、何故か偶々データ内に残っていた礼装を手に入れていた。記憶ない自分がこの術式を保有していることを彼女は分かたなかったが、これが自分の手の内に残った武器であることは悟れた。

 それは天使のラッパと言う、コードキャストを使う礼装の一つに過ぎなかった。

 彼女は礼装を装備したまま選定の場へ赴き、アサシンを召喚したことでマスターに選ばれた。

 

「まぁ、快楽天のヤツは殺せたからな。あの女が好きな男にときめいてる何て爆笑シーンも見れ、本体への良い土産も記録出来た。アンデルセン、正にメルヘン文化の頂きに位置する童話作家だった。

 ……後は、沙条と言峰と衛宮か。

 取り残した生前の獲物を撃ち殺す事こそ、死後のオレが望める唯一の悦びだ」

 

 裏側での出来事は、アサシンにとって非常に有意義な時間だった。

 

「あら。あらあら、あら。トランペッターってそう言うカラクリなのね。七人いる天使の候補者からランダムで選出される架空の反英霊とでも言えばいいのかしら」

 

「ほぅ、面白いのぅ。我輩(ワシ)も此処を侵略し、占領してから長いが、これまたムーンセルまで面白いマスターとサーヴァントが来たぞ。

 我がマスターよ、あれは中々だ。

 全知全能のお主さえ殺し得る因果を持つ魔術師……否、己が業に目覚めた元藁人形(NPC)の強き人間よ」

 

「ふふ、知ってる」

 

「―――ならば、良い。

 諦めぬ心こそ最も強き人の業。この身は復讐も我欲も何もかもを諦めず草原を走り死んだが、あの女も同じ事が出来る人間の強さがある。諦めが信念を殺し、尊厳を犯すが、あやつにはそれが一欠片も存在せん。諦めて良いと感情では認めているのに、精神も、魂も、肉体も、諦観を逆らい続ける。

 我輩は同類故、その手合いの厄介さは骨身に染みておるわ。あの者はお主の殺害を決して諦めんだろうよ」

 

「全く以って、その通り。だって見てたもの」

 

 ヘラクレスとレオを倒し、ムーンセルまで辿り着き会ったのは―――全知全能(沙条愛歌)と、略奪王(チンギス・カン)

 

「そこを退いて貰います―――全力で」

 

「良い眼ね、貴女。まるで不屈の王子様みたいで好きよ」

 

「あの、わたし……一応、女なんですけど」

 

「ええ。それが? 女でも男でも、カッコいい人は大好きなの。でも、安心しなさい。同性に恋愛感情を向ける趣味はないから。

 ……独占欲はあるけど」

 

「気をつけろ、マスター。あれ、人類最悪レベルで恋愛観が病んでる女だ。全く、奥さんを部下に寝取られたって言うんなら、ちゃんとコレを引き取れよ、あいつ」

 

「わたしの王子様を愚弄して良いのはわたしだけよ! 愚弄なんて絶対しないけど!!」

 

「これだよ、怖いぜ。そこのところ、お前はどう思っている、ライダー?」

 

「あっひゃひゃははははは!! そりゃお主、我輩(ワシ)も普通に怖いが。男と言う生き物は、愛に狂う女を理解出来んからの。

 正直な話、最初はチェンジしたかったからのぅ。今となっては、これはこれで良い人間性じゃがな。からかうと中々に良く響くぞ」

 

「分かる。自分の愛に疑念を持たない人間ほど、おぞましい動物はいない。男も女も、そこは変わらない。面白いのも変わらない」

 

「その通りだの。女の愛は男と違い、男の愛も女とは別物よ。だが、愛に狂ってしまえば同類よ」

 

「―――アサシン」

 

「―――ライダー」

 

「オーケー。ちゃんとやる」

 

「そう睨むで無い。どちらが死ぬが分からぬ故、冥土の土産は殺し合いに必要なのだぞ」

 

 そして、ライダーは遂に宝具を展開。あらゆる召喚地で彼が持つ唯一の宝具ではなく、知名度によって限定的に保有できる第二宝具を具現した。

 四頭の巨大騎馬と四匹の巨大青狼。

 その八体の魔獣が率いる移動要塞。

 真名を「邪獣要塞(ドルベン・クルウド)四駿四狗(ドルベン・ノガス)」と言う、大蒙古国(モンゴル)初代皇帝(カン)のみが所持する戦地移動用皇帝要塞。つまるところ、大陸を蹂躙する為に生み出されたチンギス・カンの自宅であった。

 

「これは邪獣要塞(ドルベン・クルウド)四駿四狗(ドルベン・ノガス)と言う宝具での。月で召喚された我輩の宝具は本来、固有結界“大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)”しか持って来れぬのだが、そこは我が召喚者の渦によって容易くこの宝具を保有出来たぞ。

 能力は説明せぬが……ふむ、見た目通りとだけ言くかのぅ」

 

 略奪王(ライダー)はこの場所で、聖杯戦争に優勝した数多のマスターとサーヴァントを殺してきた。淡々と殺し尽くした。最強を証明した英霊を自らの手で殺害し、その信念を略奪した。

 つまり、今のチンギス・カンは数多の究極の一を略奪した宝具を持つ。

 スキル「皇帝特権」と宝具「獣帝の蝕」により、宝具「反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)」で己が魂に奪い取った技能と宝具を完全に支配する初代皇帝は、自分と同等のサーヴァントの神秘を既に幾つも装備した状態であった。

 

「あー……―――成る程。つまり、あれか、宝具の神獣を使っていても、要塞に入れといた兵士は使えるってことか。あれと融合した状態であろうと、総司令官として帝国軍を支配できる訳だ」

 

「げっひゃっひゃっひゃひゃはははははははは―――」

 

 ライダーは自分の力を哂いながら、相手の鋭い眼力を笑いながら、固有結界を神獣に作り変えた。戦場にて余りに巨大な蒼色の大狼が生み出され、そのまま獣は皇帝を―――喰った。チンギス・カンは自分と同一視される神獣の蒼狼と融合する宝具「獣帝の蝕(エセゲ・マラン・テンゲリ)」を発動させ、あらゆる戦闘準備を完了させた。

 現れるのは、人獣の皇帝。

 対峙するは、災厄の使徒。

 草原の国を作り上げた建国神話そのものと、世界を終わらせる為に捧げられた人身御供が殺し合う。

 

「―――その通りぞ!

 さぁ、災厄を告げる天使の成れの果てよ。命を賭し、我らの戦争を始めよう!!」

 

「―――受けて立つ!

 大いなる人災の具現こそ貴様の力。死力を尽くし、全てを撃ち殺してやろう!!」

 

 









 とのことで、殺し屋アデルバート・ダンのその後でした。神父さんが残した遺産は世界中で火種として燻ってありまして、実は全知全能と魔性菩薩は神父さんの手で、あらあらうふふとお友達になってました。殺し屋はその後始末として闘争の渦に飛び込み、気付けば守護者に成っていたと言う人身御供。
 月の平行世界で召喚されたのも、実はあの聖杯戦争は繰り返し起こされてまして、岸波白野は記録はないですが前の聖杯戦争で負けて、しかし次の聖杯戦争で復活して自我をまた得ました。その前の聖杯戦争の時に天使のラッパと言う礼装を手に入れ、自分に装備していたので、それを縁にトランペッパーの真名を刻まれた殺し屋が召喚されたと言う裏話でした。チンギス・カンとの戦いの結果は、何とか殺し屋がハクノンの根性で勝ちますが、全知全能はムーンセルの消去に平然と抵抗できるのでまだ死んでません。




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覚り人の心


 ―――ジークvsシロウ、燃えた。





 惨状と言えば惨劇なのだろう。この場所は狂った淫獄であった。ただその場に居るだけで情欲が湧き、息を吸う度に熱が猛り、嗅覚は強烈なまで熟された性の猛毒が脳味噌を痺れさせる。

 

「……あー、あー。ホントにかったるい」

 

 蟲惑の女王が一人。その他諸々の脱力した雄と雌の椅子。周りには本能のまま欲を満たす獣の群れ。彼女が座るは、肉の玉座と化している欲得の虜達。

 

「喜ばしい。久方ぶりに会ったが、変わらず壮健で何よりだ」

 

 そんな場所で場違いな男が一人。神父服を着込んだ彼の名前は言峰士人。神父は笑みを浮かべながら、気が狂った乱交劇場を見ても特に何も思っていない。ただ、理性を溶かされて性欲に支配された人間と言う生き物が、こんな生き物になるのだと言う事実を見て、知って、覚えて、それで終わりだった。

 

「この状況で壮健とは言っちゃう当たり、相変わらず狂ってますね。うん、下には下が居るって言うこの感じは悪くない」

 

 全裸のまま肉の頂きに座る魔女―――間桐亜璃紗は、とても嬉しそうな笑みで士人へ微笑んだ。手に持った棒状の物を口元に運び、淫靡な仕草で唇に挟んだ。

 少女の吐息は甘く、故に毒々しく、堪らなく熱かった。

 

「―――はぁー。ホント、良い運動をした後に吸う煙草は実に美味しい」

 

 白い煙が暗闇に溶けた。ここは空気が澱んだ個室であり、紫煙の匂いは籠もるのだが、そんなものを上回る性の臭いが部屋には充満していた。誰も気にしてはいない。

 

「ふむ。俺も吸って構わないか?」

 

「どうぞどうぞ。気にしないで」

 

 肯定する仕草も一々艶めかしい。彼女は大股を開いて隠すべき所も隠さず、美し過ぎてドン引いてしまう程の性器も、まるで天才芸術家が悩み苦しんだ果てに出来あがったような完璧な胸も、羞恥心無く曝け出している。

 亜璃紗は一切その美貌を翳させることなく、実に淫乱だ。淫乱、と言う言葉が褒め言葉に成る程、彼女は雌として完璧だった。

 ―――肉体の全てが、本当に究極的なまで美しい。

 神に勝る程の美貌はどんな表情も麗しく、見ただけで畏怖を覚えてしまう。裸体に映える黒髪は危険なまで胸に迫る感動を与え、頭の先から手足の指先まで完全な黄金律を誇る。特に女性の象徴的部分を見ると発狂する領域で本能を刺激し、実際にこの場で喘いでいる人型の獣らは気が狂わされているのだ。

 

「それで亜璃紗、全て順調なのか?」

 

 だが、そんな彼女を見ても士人は変わらなかった。大胆に股を開いて、男を狂わせる程の雌の姿を見せているのに、神父は此処が神聖な礼拝堂であるかのように振る舞える。そして、手に持つ煙草に火を付け、ゆっくりと口から煙を肺へ送り込む。彼は先程までの聖職者然とした姿のまま、神聖な仕草で煙を吐き出した。

 

「それは桜さんにでも聞いて下さい。ま、私から言えるのは自分の事だけ」

 

 トントン、と煙草を叩いて灰を落とす。勿論、彼女の下には淫肉の椅子があるので、それなりの熱量を持った煙草の灰が落ちている事になる。声も無く肉と化したヒトは震動し、座る亜璃紗を揺らしていた。その震動具合が面白いのか、彼女はフラフラと綺麗な顔を揺らして笑みを浮かべている。

 

「構わない。むしろ、お前の事を俺は知りたい。アレの事はアレから直接聞くと決めている」

 

「成る程。貴方らしい」

 

 椅子の尻を叩きながら、亜璃紗は煙を吸う。そして、置いておいた小さい酒瓶から直接、アルコール度数の高い酒を飲み込む。吸っている煙草は魔術薬物の特注品で、飲んでいる酒は自分の家でボトルに入れてきた薬酒。最近はこんな風に愉悦に浸るのが楽しく、男も女も自分の虜にして玩具にしていた。パーティ会場は自分の目に叶う者たちだけ。

 ―――酒と煙草に女と男。

 快楽を極めていた。亜璃紗は喫煙家であり、飲酒家であり、両性愛者だ。特に性癖が拗れている。加虐趣味で、被虐趣味で、倒錯的な快楽を喜んでいる。

 

「……あぎぃ―――!」

 

 無造作に火が灯る煙草の先端を、自分が座っていた椅子の肉に押し合えた。名前も知らない玩具の一人だが、声には心当たりがあった。確か快楽漬けにした少女の一人で、良い音色で嬌声を上げてくれた。可愛らしい仕草で悶えるものだから、男や女と愉しんでいた所を自分が直接参加して遊んだのだった。

 

「あらあら、すまんね。ほら、これ、消毒」

 

「んーーーー!」

 

 火傷の上から酒を垂らした。良い声で鳴いてくれる。ぐりぐりと指で撫でつけた後、その“肉”を椅子から取り外した。重さを感じないような力強さで持ち上げ、肉を椅子の上に座らせる。ぐったりとしているが気にせずに、亜璃紗は相手の髪を掴んで顔を持ち上げ、その唇を貪った。

 

「その、なんだ……痴態を見せられても困るのだが?」

 

「プハァ! もう、良いところなんですから、邪魔しない」

 

 グチュグチュと弄んでいた唇を離し、神父をつまらなそうに見詰めた。

 

「それは困る。話が出来んからな」

 

「困るのはこっち。人の愉しみに横槍だなんて、神父さんとしてどう?」

 

「ふむ。言語道断の行いである。しかし、そうとは分かっていても、俺もそれなりに趣向を重んじる。お前は何を望んで痴態を晒す?」

 

「―――趣味です。

 こう言う皆で愉しめる乱交パーティ、偶に開くと良いストレス発散になるんですよね」

 

 魔術の研究で、気が狂うような快楽を味わい、そして溶けてしまう程の快楽地獄を地下で作り上げている。しかし、今ここでしているのは、そう言った魔術の研究からは離れている。性魔術や精神干渉系統魔術の鍛錬、あるいは精液や愛液による魔力の吸収と言う魔術師としての利点もある。が、これは純粋に彼女は行っている娯楽活動だ。

 ―――そう、これは娯楽だ。ただ快楽を愉しむ為だけの悦である。

 実験材料は実験材料として人間を拉致監禁しているが、これは違った。そも、彼女の家が飼う蟲は男である時点で喰い殺し、肉として増殖するだけの餌に過ぎない。こうやって男も快楽の渦に巻き込まれている時点で、それは間桐家の研究とは異なっていると言うコトだ。

 

「実益を備えた遊興と言った所か。実に悪趣味だ」

 

「まぁ、私は貴方が知っての通り、精神に関する分野が得意なのです。なので、娯楽だけって訳じゃなくて、魔術を実践出来る良い機会なのもの本当です」

 

 話をしている間もパーティは続いていた。この場にいる獣達は全て間桐亜璃紗によって精神を解放され、本能のまま交り合い続けている。彼女の魔術で避妊対策もされ、記憶の改竄も完璧である。この事を覚えている男も女も明日の朝には一人も居ないが、肉体に快楽は刻まれる。この場の者全員が亜璃紗の性奴隷であり、快楽の虜に成り果てている。

 こんな生活が第六次聖杯戦争が始まる前の、間桐亜璃紗の当たり前な日常だった。

 

 

◆◆◆

 

 

 魔獣を育成する為の巨大施設。仄暗い地下室の床に作られた隠し扉の奥の、更に底へ作られた魔術工房。広大な工房は実際に掘り拡げられたのもあるが、工房を霊脈内へ取り込むことで魔術的にも拡大されていた。僻地や辺境ならば、あるいは異界化した森の中であれば、外に結界を作って巨体を誇る魔獣を飼うこともできたが、この場所は都市部から僅かに離れた場所。霊脈の関係で森林地帯の奥地に工房を作れず、こうして態々人口密集地帯の近場に地下工房を作っていた。

 

「おう、亜璃紗。ペットの使い魔のお手伝い、すまんな」

 

 そう笑い、子犬の撫でていた亜璃紗に一人の魔術師が声を発した。

 

「良いよ、別に。居候だし」

 

 第六次聖杯戦争後、間桐亜璃紗はとある魔術師の元に身を寄せていた。正体は日本在住の封印指定。元々は魔術師ではなく呪術師であり、高い法力を持つ祈祷師でもあり、西洋の魔術基盤になど興味がない男。しかし、とある理由で魔術に手を出し、魔術協会時計塔に入学し、そこで魔術を極めた末に日本へ帰国した怪物。後に封印指定を受け、もう百年以上経っていた。

 とは言え、風貌は疲れた顔立ちの中年男性。

 そんな血生臭い経歴を感じさせないスーツ姿の(THE)日本人。

 

「貴方、結構な年齢だけど、まだ表側で職に付くの辞めないんだ」

 

「当然。おっさんは魔術師も呪術師も止めんし、帰って来てから開業したこの仕事も続けてくよ」

 

「会社経営のペットショップでしょ。私も動物好きだけど、就職すると時間の拘束が長いからね」

 

「安心しな。今のおっさんは経営に成功した(シー)(イー)(オー)

 ……じゃなくて。それももう辞めて、経営から身を引いた総株主の会長だ。偶に会議に出るだけなので、今は研究に専念してるのさ」

 

「良い御身分ね」

 

「いやぁ、それもこれも全て亜璃紗のおかげだけど。あの死灰の男……えーと、名前は言峰士人だったか。そいつに遊び半分で狩り殺されそうになってたところを、君が助けてくれたからな」

 

「貴方、性根は義理堅そうだったし、報酬として研究結果を分けてくれた。そのおかげでマキリの杯も量産できたので文句なし。

 幻獣クラスの―――遺伝子改竄魔術式。

 封印指定に選ばれる程の技術力、とても有意義だったよ。桜さんも笑いながら絶賛しました」

 

「そー言われるとおっさんも照れるね。封印指定にされちゃった事件の後始末も亜璃紗のおかげで助かったし、良い事尽くしだ」

 

 今より百五十年以上前。封印指定に選ばれたのは幻獣を作り出す遺伝子改竄だったが、それが協会に露見してしまう事件があった。魔獣廻しと呼ばれるこの魔術師―――座戎(ざえびす)孝頼(たかより)が生み出した幻獣は高度な知性を持ち、あろうことか工房から海洋へ脱出した。その後、その幻獣は海の中で神獣へ深化し、とある辺境の漁村に漂着。そして神獣は悪魔の異界常識に至り、港町とは呼べない小さな漁村を固有結界の内側に取り込んだ。漁村は深い霧に覆われ、現世より隔離された異界に堕ちた。

 ―――地獄である。

 漁村に居座っていた死徒の情報さえ取り込み、吸血鬼の真性悪魔が誕生した。

 村人は悪魔の眷属となり、死徒ではない人食いの吸血鬼となった。神獣より生み出た新たな吸血種の眷属は獣に狂わされ、悪魔を神として崇める信徒に変貌。魔術協会が送り出した執行者と、聖堂教会が差し向けた代行者は、僅かな生き残り以外例外なく異端の神の眷属に成り果てた。その時代の高位執行者や埋葬機関員さえ殺害、あるいは撃退した。それにより、漁村の者は魔術や秘蹟の知識さえ収集してしまい、真に神秘を理解した邪教の宗教一派が作り上げられてしまった。そして生き残った者が何とか採取した神獣の血液と細胞と、この異界で生まれた吸血鬼の魔力。それを手掛かりに協会は元凶の魔術師を特定。座戎(ざえびす)孝頼(たかより)は封印指定に選ばれた。

 漁村に住まう者――獣血の眷属。死徒ならざる吸血鬼。

 奴らは元より、獣。日々が獣性の宴。日光を弱点とせず、教会の洗礼が効かず、水中を好む血吸い人獣。既存の魔物から外れた人造知性体。

 名付けるならば――カルヴァート獣血教会。

 神秘を学問として研鑽し、神に近づく為に血を尊ぶ学術教団。村長の名をそのまま付けられた漁村を支配する異端邪教。しかも、奴らは組織として活動し、戦闘部隊も作っていた。取り込んだ執行者や代行者が保有する戦闘技能を解明し、邪教の吸血鬼は惨殺技巧に優れた武闘派魔術結社でもあった。

 そして冷戦時代が終わろうとも、魔術結社「カルヴァート獣血教会」は滅んでいなかった。

 こう言う半ば特異点化した地域、あるいは異界常識で支配された領域は世界中に点在している。幻想種や魔術師の手で異界化した辺境の土地や孤島は、数が多い訳ではないが無い訳ではなかった。上級死徒が管理する土地や、殺人貴によって滅ぼされたアインナッシュの森なども例に含まれよう。

 とは言え、今はもうその魔術結社も滅ぼされた。

 数年前の話である。ふらりと唐突に訪れた聖堂騎士(パラディン)――デメトリオ・メランドリが単独で、漁村と結社を一晩で壊滅させてしまった。神獣は惨殺され、吸血鬼共も淡々と斬殺した。そして、聖騎士が殺し損ねた生き残りの残党が座戎の居場所を突き止め、襲撃してきたところを、魔術式の交渉をしに来ていた亜璃紗に皆殺しにされたのが顛末だった。

 

「カルヴァート獣血教会だっけ。あの連中、メランドリさんの玩具にされて葬られたんでしょ」

 

「ん、メランドリ? メランドリ……―――ああ! 教会の聖堂騎士(パラディン)か。そいつだったな、皆殺しにしたの。

 いや、あれ人間じゃないからな。昔、おっさん特製の幻獣が一撃で真っ二つにされたからね。本当、可笑しいからね。戦艦の機関砲を受けても無傷な筈の甲殻魔獣だったんだけど、すげぇ綺麗に切り開かれたかんなぁ……」

 

 戎とは、蛭子を変えた名。座とは、位である。幻獣には座戎家に伝わる御神体の遺伝子情報が使われていた。遥か神代、とある島にて採掘された真エーテルを彼らは遺伝子に保菌し、現代まで伝えていた。つまるところ、その遺伝子が使われた魔獣は神代回帰した神秘だ。それを剣一本であっさり両断した聖堂騎士は、座戎にとってあまりにインパクトが強かった。

 

「……だけど、死んだ奴はどうでもいいや。おっさん興味ないし。兎も角、亜璃紗は妙に動物が好きだな。ここのペットの餌やりも中々“愉”しんでるみたいだしね」

 

「まぁね。この餌場で保管されてるのは、貴方が経営してるペットショップで売れ残った子犬とか子猫とかでしょ。人慣れもそこそこしてるし、撫でてるだけで心が癒される」

 

 ふわりふわり、と彼女は子犬の頭を愛でる。

 

「貴方なら知ってるでしょ、ペットショップの動物は何も知らない生き物だ。与えられた餌だけを食べ生き、人間に無機質に管理され、自分の親さえも生まれた瞬間に引き離される。生きる為のモノを全て与えられる代わり、何もかもを奪い取られ、自身を忘却した精神性。まるで消毒液臭い真っ白な病室みたいに、この子たちの中身は綺麗で美しい形をしてる。

 その心が―――愛おしい。

 工場で培養された純粋無垢ではなく、環境を剥奪された白痴無能。ただ生きることだけが許された動物もどき」

 

 そう亜璃紗は笑って、子犬の頭を撫で続けていた。とても優しい手つきで、滑らかな仕草だった。犬種としてはポメラニアンか、その犬は完全に安心し切った雰囲気で亜璃紗に抱きつかれていた。

 

「……ふふ。それに元よりペットは、私達人間を愉しませる為の生き物。その為に職人がオスを使ってメスを無理矢理孕ませ、工場で量産してる商品。

 人間社会で生きる彼らは娯楽商品としてのみ、この社会に存在価値を認められている」

 

「おうよ。なのでペットショップの動物は、旬の時期を過ぎれば処分しないといけない。魔獣を専門にしてる魔術師だからか、それが酷く勿体無く思えてね。と言うより、動物研究してる魔術師だから、表側でも好きな業種としてペット商売を始めてんだしな。

 ……なので、売れ残りをこっちで引き取ることにした。

 保健所やら専門業者やらで、手塩にかけたペット商品を殺す為にただ殺す。そういうのおっさん、好きじゃない。動物好きとして許せることじゃない」

 

「良い心掛け。命は無駄使いせず、しっかりと有り難まないと」

 

「魔獣使いとして当然だ、勿体無い。命は有限なんだぞ。あーあ、おっさんも国民として税金はちゃんと払ってるけど、その金の一部が殺処分代に消えてると思うと残念だ。この国で生きる為の必要経費として、そう言う納税とかの義務は怪しまれない為にも必要だし、国から良識ある人間として扱って貰う為の、ある種の契約でもある。魔術師としても契約は大切だしな。しっかし、おっさんが趣味で経営してるペットショップの利益が、そう言うことに国で使われてると思うと悲しいよ。

 殺すならよ、全部おっさんが貰いたいくらいだ!!

 ……まぁ、要らない物を処分する考えそのものには賛同するけどね」

 

「随分と穿った考え。でもそう考えると、この国で生きてる奴全員、殺処分にお金を支払ってる訳だし、動物が好きだなんて口裂けても言えないね。

 安楽死させて、死体は焼却。

 成る程、日本人の私が動物好きだなんて思うのはおこがましい」

 

「ないない。おっさん、そこまでは思ってないさ。亜璃紗が持っている子犬も殺処分は間逃れたけど、結局は早いから遅いかの違いだからな。生命の最期は死と決まっている。

 だからペットには、ちゃんと生きる為の餌やりは重要だ。此処はその為の餌場だし、食事ってのはエネルギーだ」

 

「ふぅん。そうなの……だってさ、ワンちゃん。それじゃバイバイ」

 

 そして、亜璃紗は手に持っていた子犬(エサ)を、使い魔の合成獣(ペット)がいる檻の中へ投げ捨てた。撫でられて安心しきっていた生餌は当然の事態に対応できず、わんわんと吠えることもなく墜落。高所から(ほう)り投げられた所為で、餌は着地が巧くいかずに片足が折れてしまった。

 その光景を座戎は歪んだ表情で見る。愉しい愉しい時間の開始である。

 

「だけどおっさん、本当に心の底から勿体無いと思ってるんだぜ。彼らをたった生後数カ月でおっさんら日本人は不必要な生ごみとして扱い、子犬や子猫を焼却炉に焚べて無かったことにする。本当に馬鹿げている。心を読み、魂を理解する亜璃紗ならば良く分かるだろう?

 ―――あいつらには心がある!

 生きたいと、死にたくないと希望する想いがある!

 ただただ殺すくらいなら―――煮え滾る憎悪を育てる為、その想いを魔獣の餌にするのさ」

 

 骨折した子犬の前に居座っていたのは、人間よりも遥かに巨大な犬の様な魔獣(ナニカ)だった。

 

「否定しないよ。普通の人にとっても動物の餌やりは楽しい娯楽だもの。餌になる生命が死んでるか、生きてるか、それだけの違いだし。

 何よりさ、草食動物の餌になる植物もちゃんとした生き物だし、彼らにも生きると言う遺伝子に刻まれた本能がある。その想いは決して、私達人間が生きたいって願う心に負けない気持ちなんだ。私はその心を読もうと思えば脳内チャンネルを変えて分かるし、けれど知らない奴らはそんな彼らの気持ちを踏み躙って生きている。肉食動物の餌やりも同じだ。上げる時は肉片になってるけど、その肉も生きて心を持っていた。

 勿論、人間が食べてる生物も同じこと。

 どんなに死骸を調理して美しくしていても、元々心を宿して生きていたんだ。主食にしてる穀物や、サラダにして生で食べてる野菜だって、人間以上に純粋な心を持つ生物だ。

 そして、人間は人間の命を食べて生きている。経済やら貿易やらと間接的にはだけど、人の命は社会って名前の、人類全員の胃袋の中で消化されてる。それがヒトと言う生命体の成り立ち。今この瞬間も、生きたいと願う誰かの為に、死にたくないと望む誰かが犠牲にされ、人間社会に消化されてる」

 

 亜璃紗はただただ笑うだけ。座戎と、子犬と、魔獣を嘲笑うだけ。この三つの心は余りにかけ離れ、人の心も、他の心も、どうしようもなく歪んでいるだけ。

 しかし、彼女を助けた神父の教えが光となる。

 その神父に与えられた母親役の間桐桜が救いになる。

 自分は醜く、人間も醜いが、本能と欲望を宿すヒトの心とはそも醜い。そんな醜いものを綺麗に思うも、汚らわしく感じるも、また自由な心の儘なのだ。それを亜璃紗は楽しめる境地に至り、彼女が観察する「この世全ての心」が掛け替えのない娯楽品なのだ。

 ―――亜璃紗にとって、生まれた時から世界とはそれだった。そうだと認めてしまえば、後は堕ちてしまえば良かった。

 

「私達の命は、生きたいと願う心を食べて延命する。私にはその仕組みが良く分かる。だから、何時も思うんだ。

 最期の走馬燈を炸裂させる心は―――なんて、綺麗なんだろうって」

 

 ―――死の恐怖。

 ―――生の絶望。

 終わりを感じて震え上がる子犬の心を亜璃紗は読み取り、歓喜した。

 

「花火みたいに終わる心、流れ星みたいに消える心―――涙が出る程、美しいんだ。

 他の人にも見せて上げたい、聞かせて上げたい。出来れば、分かち合いたい……―――なんて、思う事さえ私には出来やしない。

 この感動は私だけの愛情(モノ)

 美しい天然の芸術作品を愛でるのは、この私だけで良い」

 

 魔獣はまず、鋭い爪で子犬を弄んだ。骨折した前足を爪一本で突き、徐々に突刺し、最後は砕いた。その後、足を一本ずつ砕いた。身動きが取れない所を蹴り転がし、腹に爪を更に刺した。そして、引く。むわりと血臭が漂い、子犬の小さい胴体に詰まった内臓が飛び出た。

 甲高い子犬特有の鳴声ではない。死を間際にした獣みたいな絶叫だった。

 そして、外に出た内臓を魔獣は牙で裂きながら喰い散らかす。野生動物とは違い、息の根を仕留めてから捕食するのではなく、愉しむ為に生きたまま喰い続けた。最後は子犬が出血性のショック死で死ぬ前に、しっかりと意識が残った状態で頭部を口の中に入れ、引き千切り、咀嚼し、胃袋の中へごくりと喉を鳴らして流し込んだ。

 

「良い子だね。たんとお食べ。ほら、この子猫も上げよう」

 

 口元を血で汚す魔獣を見て微笑む魔女が一人。亜璃紗は喰い殺された子犬が入っていたゲージの隣から、とても優しい動きで子猫をゲージからまた取り上げた。この一匹もペットショップの売れ残りであり、本当なら業者に頼んで屠殺されるだけの命。にゃーニャー、と健気に鳴く可愛らしい売れ残りの猫を腕に抱き、その背中を彼女は非常に滑らかな手付きで撫でた。気持ち良さそうに目を細める子猫の心を感じ、亜璃紗もまた同様に良い気分となって感情を楽しんだ。愉しんだ。

 よって―――生餌をまた愉しもうと思うのも必然だった。

 

「あは。あの魔獣、良い趣味してる。猫の頭部だけを口から出させて、体の方はじわじわかみかみだ。ガムみたい」

 

「ふぅむ、おっさんの遺伝子設計図通りの残虐性だ。喜ばしい。あの魔獣は食欲に、性欲をリンクさせた脳神経にしてるからな。ああやって生きた食べ物で遊ぶのも、人間で言ってしまえば自慰と同じさ。そして、弄ばれた動物を喰い殺し、発生した憎悪を宿す魂を内側に溜め、練磨し、成長する。

 犬神用の生贄として、そろそろあの魔獣も完成だな」

 

「えー、もう首ちょんぱする?」

 

「直ぐにはしないさ。首から下を埋めた後、あれの目の前に食べ物(売れ残り)を入れたゲージを置いて、餓死食前まで待たないとな。食欲と性欲を溜めさせ、気が狂い、発狂してもまだ殺さない。魂が壊れるまで数週間放置し、肉体が死ぬギリギリまで待ち続けて、最後に首を鋸でギコギコじっくり斬らんといけないから。

 最近は魔獣製の犬神作りに凝っててね。こうやって殺して生贄にすると、かなり良い使い魔になるんだよ」

 

「楽しみ~」

 

「おっさんもだ」

 

 これは協会最強の封印指定執行者、バゼット・フラガ・マクレミッツが襲来する数日前の出来事。工房を守る犬神と魔獣軍はルーンと拳で抹殺され、サーヴァントに匹敵する神秘を保有する数多の幻獣は容易く撲殺され、真エーテルを組み込んだ最高傑作である人型合成幻獣・鵺人(ヌエンド)も神剣フラガラックで封殺された。

 座戎も亜璃紗も脱出には成功したが、住処は崩壊。そして、亜璃紗はバゼットと遭遇することで居場所が協会にばれてしまい、彼女への復讐を望む聖杯の執行者たちが本格的な狩りを開始する。無論、教会の方に属する聖杯の代行者も活動を再開。フリーランスの魔術使いとなっていた聖杯の魔女らも同じく捜索に参加。

 彼女は再び拠点を得る為、座戎へ別れを告げて旅に出る事となった。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「南無阿弥陀仏―――?」

 

「ビャギャァァアアアアーーー!

 融ける熔ける解けるなんで、脳が溶けるなんで!?!?」

 

「南無阿弥陀仏……? え、なんで疑問形で唱えた念仏があんな凄いの」

 

 取り敢えず、彼は右手で目の前の吸血鬼の顔面をワンパン。間桐亜璃紗は白目になりそうだった。人助けの為に飛び出た男を止めるも余裕で無視され、亜璃紗はこの南無阿弥陀仏劇場を見せられることになった。序でに助けた女性もまだ傍におり、この光景をぽかーんと口を開けて見守っていた。

 

「そしてこれが最後の……アーメン!」

 

「ギャフゥ!」

 

 次に左拳でまた顔面ワンパン。

 

「ハレルヤ!」

 

「フゥグア!」

 

 もう一つおまけに右手でワンパン。

 

「ピーナッツバスターァァアアア―――!!」

 

「ぎゃぁぁあああああああああああああ!!」

 

 最後の一撃として、その求道僧は敵の顔面にドロップキックを炸裂させた。

 

「理不尽極まるよ。なんで最後はピーナッツバターじゃなくてピーナッツバスターなの? ドロップキックでバスターっぽいから? そして何故死徒にそんな適当な仏法の祈りが、私が魔術で施した洗礼以上に効くの?

 ―――……あ、駄目だ。これ駄目な奴だ。私、知ってる」

 

 さらり、と見事に死灰と成り果てた死徒。それを見て特に意味もなく高笑いをする求道僧。更にその二人を見て顔面の表情が息絶えている少女が一人。

 

「頭が可笑しくなりそう。糞ぅ、くそぅ、クソゥ、失敗した。面白そうな心をしてるのが居るからって話掛けるんじゃなかった。深層心理では阿闍梨の域へ至っているのに、神と教に葛藤して、未だ覚醒していない聖人だったから迷わせてやろうとか思うんじゃなかった。

 もうヤだ、やだやだヤダ……私のド間抜け。

 内面は聖人君子一色だったのに、まさかこんな色モノ破戒僧だったなんて……―――!」

 

「―――小生、大勝利哉!!」

 

 臥籐門司、否―――人呼んで、ミラクル求道僧は人外にもかなり寛容だが、人を喰い殺している怪物に容赦はしなかった。そもそもこの世に神は居ても、吸血鬼などいないと思っていた。なので、実は吸血鬼ではなく、何となく現世に迷い出た妖魔の類だと思い、潔く成仏せよと物理で祈っただけだった。

 そんな何となく殴っただけのモンジーパンチであったが、彼の内側で練磨された徳は本物だ。念仏を唱えるだけで拳に法力が宿り、一撃で相手の霊核を浄化したのであったとさ。

 

「霊山ヒマラヤに登り、神への答えを悟ることは出来ずとも開眼した我が心眼!

 インドの通信教育でバラモンより授かったカラリパヤット!!

 そして霊験有り難き小生の神域ヤコブ絶命拳!!!

 ―――正に無敵!

 ―――遂に究極!

 では亜璃紗よ、大丈夫であったか? おぬしは何となく麗しく無くも無い美少女であったからか、あのアヤカシに狙われていたからな。何処か呪われていたら遠慮なくこの小生に言うが良い。余り有り難くない我が神通力にて痛い痛いの飛んでいけぇい!!! と吹き飛ばしてやろう」

 

「ぁ、はい。無事です、ガトーさん」

 

「そうかそうか。それは良かった、あっはっはっはっはっは!!」

 

 臥籐門司がありとあらゆる宗教に絶望して数年、ふとした出来事で彼はヒマラヤ登山を制覇してみたものの、神と教に悟りを得ることは出来なかった。あれはあれで良い修行にはなったか、欲しいものは得られなかった。人を救う神は有り得ず、人間の悪性にまみれていない原始の神性など何処にも存在しなかった。しかしそれで止まれる程、門司は信仰に愚かではなく、我欲に賢くもなかった。どちらを選んでも神に絶望し、人に失望し、誰も救えない己を憎悪するのみなのだろうが、この両目で世界を見ることを止めなかった。

 葛藤に塗れ、徒労に果て、走り抜けた先にある虚無感。

 神を見捨て、世を見下げ、人に失意する飽くなき求道。

 だからこそ、人を救うと、業で足掻きながらも諦めた。

 ……と、臥籐門司のこう言う思想は実に亜璃紗好みな筈なのだ。この求道僧の心の中は、地獄で出来上がっていた筈なのだ。こんな絶望を抱えているなら、面白くない筈がないのに……興味津々で、話し掛けて、求道の旅路に無理矢理同伴してみればこれだった。

 ―――アレ一歩手前だった。

 これはないと嘆くも時既に遅し。亜璃紗は門司に内面を悟られ、せめて邪悪な精神を人並み程度の悪党に改心させてやろうと思われてしまった後だった。と言うよりも、門司が救うことが出来ないと納得してしまう程に亜璃紗が悪徳に狂っており、求道僧とすれば其処が妥協点だった。全知全能や魔性菩薩の領域で向こう側の住人になっていれば、魂がそうなのだと門司も諦めもつくが、亜璃紗はまだ何とか変われると思った。罪を償うことは出来ずとも、罪から逃げることが出来るだろうと考えていた。

 

「どうした、亜璃紗よ。

 そんな浮かない顔をすれば、あの死霊から陰気を背負わされてしまうぞ!?」

 

「そぅですね。あい。気を付けますぅ……」

 

「元気がない。

 折角小生のウルトラ説法かっこ物理が見れたのだ、もっと有り難ってもいいのだぞ!?」

 

「……わぁー、すごーいィ」

 

「なんと気の抜けた……!?

 年頃の娘っ子がこれでは覇気が足りないぞ。一緒に百式菩薩断食荒行でもするか?」

 

「やぁ……やだぁ……もう断食やだぁ……」

 

 目が死んでいる。亜璃紗も一度は彼に反論した事もあるが、逆に論破されて本気で気落ちした。説法の巧さで言えばあの狂った神父以上で、膨大な人生経験と徳の高い求道僧の精神性は臥籐門司が誇る武器である。嘗て出会ってしまった殺生院祈荒をマジへこみさせて絶望に追いやり、沙条愛歌から流石のモンジーちゃんと特別視される程の説得力を持つ。

 如何でも良いが、言峰士人もまた求道仲間の臥籐門司から一つの真理を学んだ。偶に求道活動を中断してニート生活を満喫し、武術修練や魔術鍛錬、あるいは概念武装や魔獣礼装の開発と研究に専念するのも門司の教えからだった。

 

「全く、これはいかん。亜璃紗は何故か魔性の者に狙われ易いようだからな。せめて小生並になんちゃってラマダン法力を身に付けた方が良いぞ。

 あの程度の死霊ならば、ハレルヤパンチとアーメンキックで南無阿弥陀仏できるようになり給え、若者よ!!」

 

「ひぃ。一日一万回のモンジーパンチはやりたくないよぉ」

 

「愚か者め、人の為に祈らなければ修行にならんぞ。

 さぁ! さぁ!! さぁ!!!

 ―――小生と共に修行をして、お主はせめて人の不幸をちょっぴりほくそ笑む程度の小悪党に改心せねばな」

 

「良いよ。もう私は其処ら辺の小悪党系美少女だよ」

 

「え? 美少女? お主が?」

 

「否定するのソコなの!?」

 

「小生はまだ悟りに至らぬ未熟者。女神のような豊満さを欲する心を否定出来ぬ。美とは顔立ちや体型だけで語れぬものではないのだ。やはり麗しき天女とは、細々とした綺麗さではなく、大雑把にでも美しいもの。

 後、これが一番だがおぬし、中身が美人からは程遠い。

 出来れば―――チェンジ・ザ・中の人!!」

 

「チェンジってなんなの、なんなの!? ああぁぁあああァァアアアアアアアアア!!?」

 

 こうして亜璃紗は、この世で出会ってしまってはならない天敵にロックオンされる事になっていた。

 

「うーむ。改心させるには、アガペー的キャラ崩壊が足りんか」

 

「クソぅ! 私じゃこいつに勝てないよ、桜お母さん!!」

 

「お、良い感じに人間性がお主から出て来たな。

 ―――しかし! だがしかし!? まだまだ聖母マリア度が足りん!? まるで足りん!!」

 

「絶対こいつ殺生院に押し付ける! 今そう決めたじゃないと私の心が死ぬ!?」

 

「流石の小生もあの魔性菩薩はちょっと……―――うむ、ないな。あれはない。ハルマゲドンっぽくマジでない。ラグナロクが起きようとも有り得んな!」

 

「あのー、すみませ~ん? もう良いですか?」

 

 とは言え、今は二人の漫才を止める者がいた。

 

「おお、どうしたそこの通りすがりの少女よ。あの悪霊は無事小生が成仏させたぞ!!」

 

 門司が死霊と勘違いした吸血鬼を滅したのも、実はこの通りすがりの少女が襲われていたからだった。亜璃紗が制止するのも効かずに突撃し、その死徒を背後から忍び寄ってまずチョークスリーパーを決め、勢いのままバックドロップ。そして、何とか立ち上がった死霊(実は吸血鬼)を前に、彼は迷い無く南無三ヘッドバットを叩き付けた。後の流れは南無阿弥陀仏でボコボコにし、最後にピーナッツバスターで仕留めたのであった。

 一連の流れを茫然と見ていた被害者らしき少女は、その後に繰り広げられた亜璃紗とのコントも苦笑いで見ながら、やっと臥籐門司に声を掛けることが出来たのであった。

 

「私、弓塚さつきって言います。この街で日本人に会うのは初めてで驚きましたが、この度は助けて貰ってありがとうございます」

 

「そう畏まるな、なんだか幸の薄そうな弓塚さつきちゃんよ。略して、さっちん」

 

「―――さっちん!? 

 ん? それなんか久しぶりな、あれ……化け猫ビレッジで、ニーソ&ストベリーパフェ、売れないピアニストがネロアで……うぅぅうぅ、頭がぁッ……これは、思い出してならないもう一夜のタタリフィーバー!!?」

 

 急にさっちんと呼ばれて頭を抱えるさつきに気付かず、門司はマイペースに話を続ける。そんな門司を胡乱気な瞳で亜璃紗は見るも、何かを喋る気力が失せていた。

 

「そして、バビロンもびっくりな提案があるのだが、これはどうだろうか?

 小生が我流祈祷術で愛と勇気とアーメンを祈りまくり、お主に悪霊が寄ってこない様に、メソポタミアの萌え神とエジプトのマスコット神の加護を与えても良いのだぞ!!

 それが胡散臭いのであれば、如来の教えでも啓示の神の教えでも、お主の魂に刻んでやる!! 文字通りの神様流血大サービスと言うヤツよ」

 

「止めて下さい。死んでしまいます」

 

「はっはっはっはっは!! 死んでしまうほど小生の言葉が有り難いと言うことか、さっちん!! お主は求道僧を誉めるのが上手いな!!」

 

「いやぁ、ある意味間違ってる訳じゃないんだけど……あの、本当に止めて下さいね?」

 

「分かっている分かっている。嫌よ嫌よも好きの内と言う訳だな、伊邪那美(イザナミ)的に。では早速!

 ―――寿限無、寿限無。五劫の擦り切れ。海砂利水魚の、水行末、雲来末、風来末。食う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子。パイポ パイポ パイポのシューリンガン。シューリンガンのグーリンダイ。グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの、長久命の長助。

 寿限無、寿限無―――」

 

「なぁにこれぇ、こんな洗礼落語聞いたことない……でしょ、弓塚さつきさん?」

 

「ふぅわぁあああああああああ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、本当に私死んじゃうよぉおおお!??

 なんでそんな適当な祈りで浄化されそうになるのぉおおおお!?? 魂が清められちゃうよぉおおおおおお!!!」

 

「なるほど、弱点属性で効果は抜群だ。ビビるね」

 

 心を読める亜璃紗はさつきが死徒なのを察していたが、本当にあんな適当な聖句で浄化されてしまうことに色々と絶望した。彼女の内心を読み取った限り、かなり上位の祖クラスの死徒でありながら、この無様。そもそも死徒と言う吸血種は魔術世界でも有名な吸血鬼で、大元は月より地上へ降りた者より広まった血の呪い。一種の不治の疫病とも言え、宇宙人の血が流れ込んだ元人間が正体だった。そして、亜璃紗が見たのが真実ならば、彼女はあの番外位である転生者(アカシャ)のロアの子供。そのロアは更に真祖の直系死徒であり、さつきはあの姫君の孫とも言える化け物の筈。

 だがしかし、現実は非情。

 真祖やら二十七祖やらと全く関係無く、ガトーモンクの洗礼は有効だった。

 

「ガトーさん、その人あれだから。吸血鬼だから。本当に死んでしまうよ?」

 

「―――寿限無寿限無……む? 亜璃紗よ、何か言ったか?」

 

「ほぉえぁあああああああああああ、あ、あぁ……あれ? やっと終わったの?

 う、うぅぅ、死ぬよ。死んじゃうよ……!! なんでぇ、私ばっかりこんな目に……ッ―――」

 

 さつきの脳裏に走るのは今までの記憶の数々。それを読心で見てしまった亜璃紗は人生で初めてと言える程、凄まじく優しい気持ちになれてしまった。

 

「ああ、なんて無様。これは酷い、酷過ぎる……」

 

 他者の心を娯楽にする外道の筈の間桐亜璃紗は、自分より遥かに不運な人にこれまた初めて本心から同情した。

 

「助けてぇ、本当に助けてぇシオン、リーズバイフェさぁん。折角、ロアの血を狙って来た変態魔術師吸血鬼から助けて貰えたのに、私を助けてくれた本人から殺されちゃうよ」

 

「おおおお! どうしたのだ、さっちん!? まるで天魔(マーラ)のマーラを見てしまった乙女の如き悲嘆の叫び。

 小生、助けずにはいられない!!」

 

「十割貴方の所為だから、ガトーさん」

 

「何故だ!! ミラクル求道僧は間違えない!!」

 

 後に、元院長の錬金術師と元聖堂騎士の音楽家が旅の仲間に加わり、白猫の使い魔を連れた詩人風(ポエマーチック)な殺人鬼とも出会ってしまう。そして、死灰の神父や正義の味方と料理一番台所対決が始まり、盗賊の魔女や埋葬機関の殺し屋とヴァンデルシュタームのカジノで財産をザワザワしながら奪い合い、全知全能と魔性菩薩が女友達同士久しぶりに里帰りした実家の山でBBQして人生エンジョイ中にミラクル求道僧が乱入したりするのだが、それらは恐ろしい事にここ一年以内の話となる。











 この作品ですと、真祖の姫が殺人貴と一緒に居たので山頂でモンジーは会えませんでした。神、サイコー! やっぱ姫君は良い文明!
 亜璃紗が改心することはあり得ませんが、門司のおかげで人間性を手に入れることは出来るようになります。原初の神性とこの平行世界のモンジは永遠に出会えませんので、死ぬまで修行僧を続けて最後は菩薩の域を超えることが出来る可能性が全くない訳ではありません。なので、山から下りた後にアジアの何処かにある海賊共和国な港町で出会った亜璃紗を、ノリノリで改心させてやろうと旅に連れ回すようになりました。






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騎士王の殻



 アポクリファ、終わった……





 一年後。日本国。第六次聖杯戦争が終わり、生き残った者は冬木市から脱出していた。あの地はもう、完全に魔術協会と聖堂教会が共同管轄する聖杯降臨の聖地となり、魔都と成り果ててしまった。セカンドオーナーの失踪は当然だが、そのオーナー代理をしていた間桐家の壊滅も痛手であった。外部勢力のアインツベルンも冬木から完全撤退し、協会と教会のみが管理者となった。

 しかし、一番の原因はオーナーとその代理が消えたことではない。

 セカンドオーナーであった遠坂凛は第六次聖杯戦争が終わり、実は魔術協会・時計塔に出向していた。監督役であったカレン・オルレンシアの報告書を密かに偽造し、表向きはセカンドオーナーとして事後報告をしに向かっていた。

 その日―――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは死んだ。

 嘗て、死徒狩りの道具を作る為、弟子の神父と交渉して手に入れた聖釘の刃を背後から凛は突き刺した。第四位は死に果て、師を暗殺した弟子が新たな祖となった。この平行世界からゼルレッチの干渉を排除し、遠坂凛のみが運営を許される世界となった。彼女は吸血鬼ではなかったが、聖杯によって悪魔と成り果て、吸血能力を持つことから死徒二十七祖に選定された。

 死徒二十七祖、第四位・偽法宝石(レプリカジェム)トーサカ。

 これにより、魔導元帥を協会は永遠に失った。当然と言えば当然だが、魔術協会は遠坂家から冬木を剥奪。間桐を没落させ、聖杯を量産した間桐桜と間桐亜璃紗を封印指定に認定。独立していたアインツベルンであろうとも、冬木の霊脈に干渉することを永久に禁じた。大聖杯跡地は協会が封鎖し、土地の管理には聖堂教会も協力することになった。

 そうなれば、冬木は安息の土地ではない。

 第六次聖杯戦争を生き残った者は、この土地から離脱することを余儀なくされてしまった。

 衛宮邸に住んでいたイリヤたちは協会と教会の連中を避けるため、執行者のバゼットと監督役のカレンの手伝いもあり、自分達の情報を秘匿したまま冬木をとっとと逃げ出していた。

 

「では、イリヤスフィール。この子をお願いします」

 

「ええ。これ以上の問答は要らないのでしょうけど、これが最後だから……うん、確認。私はそもそも今も反対だし。

 ―――本当に、これで良いのね、アルトリア?」

 

「―――はい」

 

 その言葉と共に、アルトリアは迷わず腕に抱いていた赤子をイリヤに渡した。優しい母親の表情でありながら、しかし決別の意志を宿す険しい戦士の意志を瞳に秘め、ゆっくりと慈しむように赤子を手から離した。

 

「……シロウは、知らないままね」

 

 赤子を受け取ったイリヤは、儚げに笑った。士郎とアルトリアの面影がある腕の中の子供は、そんな自分の心境も知らず安らかに眠ったまま。

 

「仕方が無いことです。今のシロウを私では止められませんでした。止められるのは凛だけでしょうけど……その彼女が、今や世界崩落の元凶です。

 しかし、本当はそれだけではありません。

 ―――私が、子供を宿してしまったことがどういうことか、シロウなら分かる筈。

 恐らくは凛と桜の二人にも、子供が出来ていても可笑しくは有りません。桜の方は確実でしょうし、凛の方も……」

 

「……受肉による影響で貴方が妊娠したのも驚きだった。けど、それなら、あの二人が同じ様にシロウの子供を妊娠しているの可笑しくはないわね。

 凛は単純に自分の意志の問題だったろうし、桜がシロウを拒むこともない」

 

「ええ。だからと言う訳ではありませんが、私はこの子の……士穂(シホ)の誕生を拒みませんでした。

 なので、出来ればイリヤスフィール、貴女には―――」

 

「―――勿論。可愛い姪っ子だもの。

 叔母さんとして、育ての親として、しっかり面倒をみるつもりよ」

 

「ありがとうございます。貴女の真心に感謝を」

 

 衛宮士穂。又の名を、シホ・ペンドラゴン・エミヤ。ブリテンの赤い竜の因子と、錬鉄者の魔術回路を引き継ぐ者。

 魔術世界のおいて、魔は魔を引き寄せる。異端は異端を呼ぶ。英霊アルトリアと守護者シロウの娘である士穂は、台風の目となって怪異に襲われることは確実だった。その脅威から守る為には、この娘もまた生き延びる為の力と知識が必要となる。だからこそアルトリアは、自分の為に旅へ出るとなれば、娘を守る事が可能な能力を持ち、尚且つ人間としても、魔術師としても、戦士としても、彼女を育てさせることが出来る人物に預ける義務があった。

 それに最適だったのが、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 今の彼女は安倍晴明の宝具によって英霊(コトミネ)を憑依され、聖杯としても無条件で覚醒している。アルトリアに匹敵する戦闘技能と、キャスタークラスのサーヴァントと遜色がない魔術の腕前と知識。彼女以上に自分の娘を信頼して預けられる人物を、アルトリアは現世も生前も含めて知り得なかった。

 

「ええ。だから安心して、いってらっしゃい。私達はここで待ってるからね、アルトリア」

 

「はい。いってきます、イリヤスフィール」

 

 ―――……そう義理の姉(イリヤスフィール)我が子(衛宮士穂)に別れを告げ、彼女が世界に飛び出て数カ月。過ぎ去った時間を彼女は余り実感しなかったが、母親としての自分と、子供を愛したい感情を置き去りにするには、アルトリア・ペンドラゴンにとって十分な時間。

 人間が営む今の世界は、自分が生きていた時代よりも残虐になっていた。

 生前にサーヴァントをしていた頃のマスターであり、守護者化した死後の自分のマスターでもある男を思う。その男を育てた魔術師を考える。正義の味方になると誓った彼が、人類全てを救いたいと願った男が戦っていた戦場には、地位も、名誉も、矜持も、尊厳さえも無かった。

 確かに自分の信念は自分にしか価値がなかった。

 この時代、騎士の誓いでは誰の命も救えない。だがその誓いを果たす為、命を賭して鍛え上げた戦闘技術だけが戦場での正義だった。

 ―――剣魔。

 あるいは、黒い月光。

 聖剣を振う何者か。英霊であることは露見しなかったが、明らかに人間以上の存在。アルトリアは偽名としてヴィヴィアンと名乗って静かに活動していたが、とある魔術師(屑の中の屑)によって正体を見抜かれ、その偽名と強さが神秘側の社会に広まってしまった。

 

「終わりだ、吸血鬼(ヴァンパイア)

 

「あああああああ! おぉおおおおおおおおお!! 月光だ!! その剣こそ月光の黒星だ!!? 月明りの聖剣だ!!? 真なる暗月の貴き煌きだ!!!!

 あぁぁああ、どうか、我らの頭蓋に光を刺し入れ、この脳味噌に啓蒙を奪い取らん!!?」

 

「やかましい。爆ぜろ」

 

「べぎゃ!」

 

 エクスカリバーでアルトリアは敵を串刺しにし、その刀身から魔力放出を行った。鉄塊を粉々にする威力を誇るアルトリアの魔力放出は、骨も内臓も関係無く吹き飛ばした。言ってしまえば、体内で手榴弾が炸裂したのと同じこと。

 しかし、細胞はまだ生きていた。

 聖剣の輝きによって概念的に燃焼された為、直に死ぬだろうが、通常の魔術的手段では殺せない。黒鍵や半端な洗礼詠唱程度の秘蹟も無効化し、容易く蘇生するだろう。

 

“―――成る程。これが、深海の叡智を得た邪神の眷属ですか。新種の吸血鬼……いえ、神獣の血液に汚染された獣血教徒”

 

 言峰士人と衛宮士郎を追い、遠坂凛を探す日々。美綴綾子とは連絡が取れるようにはなったが、騎士王の人探しの日々と、人助けの旅は続いていた。

 その旅の間に出会った魔術師(屑の中の屑)―――プレラーティから、アルトリアは情報を得ていた。

 何でも言峰士人は、魔宴(サバト)と名乗る魔術結社に参加しているらしい。本格的なメンバーではないが、名簿には登録されていたとか。

 蝕死鬼――ブリット=マリー・ユング・スヴァルトホルム。

 拷問卿――ルート・アーメント。

 火焙り――サカリアス・ヴェガ。

 傀儡鬼――ジャック・ストラザーン。

 外法炎詛――イフリータ。

 電子機人――イノセント・ホワイトヘッド。

 死灰――言峰士人。

 元々は人外共の寄り合いみたいな組織、と言うよりも小規模魔術組合だった。全員が魔術師だが、言ってしまえば魔術社会における暴力団やマフィアのような組織であり、魔術協会や聖堂教会からすれば異端も異端。しかし、第六次聖杯戦争後、協会も教会も彼らを受け入れざる負えない事態となっていた。この結社が開発した魔術と科学を融合した魔術工芸品は、今の社会に対する圧倒的なカウンターとなってしまった。

 神父が発案したことだが、賢者の石(フォトニック結晶)の電子回路を利用した異界常識(コンピュータ)を作り、一組織が情報社会全てを自動統制出来ないかと計画を始めた。出来たら面白そうだと言うだけの魔術実験だったが、根源に興味がない魔術使いの化け物共は何故か、その実験が気にいった。結果、最近特にすることがない暇な結社の幹部全員が興味本位で技術提供し、一カ月もせずに完成してしまった。

 魔術回路のような巨大演算電子基盤。

 結果、電脳(ネット)空間に魔術介入するシステムを創設。

 宇宙のような膨大な情報量を世界規模で演算・処理し、神秘漏洩を完全隠匿する自動改竄機構。

 魔術社会は、高度に情報化された電子社会を完全制御する技術を手に入れてしまった。神秘の隠匿は数年で間に合わないとされたが、これにより現代社会は神秘学者の玩具と成り果てた。つまるところ、彼らがその気になれば、国家が管理する全ての核弾頭を発射させ、人類史を終わらせる程の電子兵器である。無論、電子制御されているのは核弾頭だけではない。火力発電所、原子力発電所、陸海空交通機関、金融機関など、あらゆる文明運営の要所を支配する。

 現代社会に生きる人間全てを御する電子の神だった。

 国家運営さえ制御してしまい、経済攻撃で国をも簡単に滅ぼす悪魔だった。

 特に意味もなく、学者の娯楽として、ある意味で聖杯に匹敵する化け物を生み出してしまった。

 この事に気が付いた魔術協会も、聖堂教会も、魔宴から叡智を奪い取ろうとした。だが、出来なかった。地味に組織に対するサイバーテロで資産凍結されそうになり、あっさり組織が壊滅させられそうになったからだ。神父の嫌がらせは何時も誰にも的確だった。

 よって契約として、協会と教会に独立組織と認めさせる代わりに、神秘隠匿を電子制御する専門機関として機能することを約束した。この組織によって、神秘の漏洩と拡散は防がれる事となった。無論のこと、魔術協会や聖堂教会も神秘隠匿の際、ネット社会や情報化社会に対応する為、この電脳技術を取り入れる事となった。

 ……とは言え、悪用しているのは確か。

 例えばの話になるが、世界には電脳空間に消えてしまう小数点以下の電子マネーが存在する。株取引や為替交換、マネーの貴金属化、銀行口座間の移動など、計算によって金を流通させると発生するも、しかし現実の硬貨として存在しないもの。あろうことか、神父はその本来なら消えてしまう存在しない通貨を、世界中から集められないかと考えた。ゴミとして処分される情報(マネー)を集積し、秒単位で電子通貨を再生利用するリサイクルシステム。誰の資産も攻撃せず、誰にも被害を出さず、社会全てからお金(ゴミ)を徴収する。

 これにより、組織は莫大な資金を何もせずに得ていた。

 億万長者など笑い話。幹部連中の私財は膨れ上がるばかりで―――神父の総合資産もまた、常に貯蓄され続けて行く一方だった。

 

“言峰が本当に此処で潜伏しているか、これでは分かりません。やはり面白半分のウソでしたか。

 ……プレラーティめ。虚偽であれば敵対者と定め、世の果てまで追いかけ回し、エクスカリバーの威光で以って脳髄ごと魂魄を斬り潰し、魂を現世から抹消して上げましょう”

 

 言葉にせずとも殺意は確か。彼女が思うに、フランチェスカ・プレラーティは魂から腐臭が漂う狡猾なゲテモノだ。世の為、人の為、一秒でも早く殺した方がいい鬼畜生だった。死後の英霊として人類史を理解し、現世でも歴史を学び直したアルトリアは、第四次聖杯戦争で出会ったキャスターの宝具がそもそも奴の生み出した魔導書と知った。

 しかし、殺しても、殺さなくとも、如何でも良い相手だったので横に真っ二つにしただけで済まし、縦に真っ二つにしなかっただけでマシだろうとアルトリアは考えた。昔の自分なら問答無用で轢殺していたであろうと彼女が思った程の腐れ外道なのだが、敵ではないので興味はなかった。必要なのは、この魔術師が持つ情報のみである。

 そして、これもまたプレラーティからアルトリアが得た情報だったが数年前、聖騎士デメトリオ・メランドリが滅ぼした魔術結社「カルヴァート獣血教会」はまだ生きていた。正確に言えば、獣血の神秘と、祭り上げられた神獣の血液と細胞を漁村の村長が持ち去っていた。そしてカルヴァート村長はメランドリに斬り殺されたが、殺される前に漁村へ来ていた同盟相手へ教団の叡智を託していた。契約を結んでいた他の魔術結社へ、せめて深淵の叡智を残そうと渡していたのだ。

 その契約の代価として、カルヴァートの残留思念と記録が刻まれた人造人間(ホムンクルス)を育てる事を約束させた。つまるところ、村長は死んだが、そのコピー人間が同盟相手の魔術結社の手で作成されたのだ。

 魔術結社・日緋色魔宴(サバトサンライト)。言峰士人が隠れて在籍する組織。

 魔宴(サバト)と呼ばれるこの組織もデメトリオ・メランドリに襲撃され、メンバーの大半を斬り殺された過去を持つ。しかし、ボスと幹部は生き残り、彼らがカルヴァート獣血教会の意志を引き継ぎ、カルヴァート二世が創造された。彼は……いや、新生した彼女は魔宴から無事に独立し、再びこの世に深淵の叡智を目指す獣血教会を創設した。組織運営の資金も魔宴から提供され、教徒は増殖する一方だった。

 

「闇を呼び寄せるトラペゾヘドロンの宝玉ですか。カルヴァート二世が作り出した魔術工芸品(アーティファクト)であり、狂気作家の現代神話に登場する名前でもあると聞きましたが……ふむ。学術教団の神獣はこの世ならざる何処かの神の叡智に深海で触れ、深淵の力を得た神獣になったと聞きます。

 そして、第二学術教団創設者であるカルヴァート二世にはあの神父が、言峰士人が直々に力と恩恵を授けたとも」

 

 士人は投影魔術師だが、通常の投影とは全く別の魔術理論であり、士郎の剣製とも根本からして別のもの。奴の魔術師としての本質は聖杯の泥で目覚めた固有結界により、魔力によって望んだ(モノ)を生み出す魔術理論・世界卵。魔術属性「物」、魔術特性「物」、そして起源も「物」へと魂自体が転生している。言ってしまえば、あのイリヤスフィールと同質の、願いを叶える聖杯の異能である。つまりは偽物の財宝を作り出す異界常識を魂に有し、限界は定めっているが外部から製造方法、あるいは誕生理論を知ることで財宝を何も無い空白から創造する。

 故に、固有結界「空白の創造(エンプティ・クリエイション)」と名付けた世界。そして第五次聖杯戦争にて、未来の自分の固有結界を知ってしまった神父は、既にあらゆる財宝を生み出す為の情報を魂に宿している。とは言え、投影存在は戦闘用や、その場での使い捨てが基本。永続的に使うとなれば、固有結界の情報を写し出しながら道具を作成する。

 その能力を神父は、悪用せずにはいられない。

 ―――カルヴァート二世は有り得ざる叡智を与えられた。

 

「それは事実か、貴様?」

 

「あっひゃははははふひゃひゃははははひゃくひゃ! カルヴァート様は偉大なりィ!! 我らが学術長様は天才なりィ!!

 我らカルヴァート獣血教会は宙の神域に届いたのだ!!

 月の地を超え、星の海も超え、宇宙の神秘さえも超越するぅぅうおぉおおおおおお!!

 深海より世界を侵略する異本で以って現実は変容するぅのだ!! 神父の形をした魔物が、あの死灰の者が与えし月の聖剣と鍵の魔剣は、我ら獣血の教徒を、叡智の眷属を照らす暗黒の太陽となりたもう!!」

 

「……異本? そして、その神父の剣とは何だ?」

 

「おげぇああああ!! 死ぬぅ屍ぬ死ぬぅうううぬっはっはあはははは!!! 星海の月光が体内に入って来るぅぅうううう!!

 なんて素晴しい暗黒聖剣気持ち良いっ良いッ良いっ良いィイイイイイ!!」

 

「……―――」

 

 吸血鬼を黒い聖剣で串刺しにして拷問を行い、情報を得る為の尋問を淡々と続ける自分も狂ってるが、相手の方が遥かに狂った様相をアルトリアは見て沈黙してしまった。試しに体内から悪魔の呪いで黒化した魔力を放出してみたが、痛がるどころが快楽を得ているようだった。

 

「言え。言うのだ、(ケダモノ)

 

「―――深淵に沈む古都の書と、騎士王の聖剣と……ぎ、ぎ、ぎぎ、ぎぎぎぎ銀鍵(ぎんけん)のダインスレフぅぅゥゥウウぅううううううううウゲヴェ!!」

 

 その答えを吐露した化け物を、串刺しにした聖剣で魔力放出を応用し、彼女は頭部と心臓と首の三か所の霊核を体内から爆散させた。

 

“古都の書は、まだ分かりませんね。しかし、私の聖剣とダインスレフ……ホグニ王の、あのバーサーカーの宝具ですか。だが銀鍵とは……”

 

 深海、古都、深淵、沈む、異本。関連するワードはそれらであり、恐らく古都の書は何かしらの魔導書なのだろうと彼女は把握した。しかし、何故あの魔剣に銀鍵と言うワードが付くのか理解出来なかった。召喚された現世では馴染み深い日本語にすれば黒鍵と似た雰囲気の単語であり、日本生まれの代行者である神父の事を考えれば特殊な黒鍵とも考えられなくもないが、アルトリアの直感はどうもそれとは何かが違うと訴えていた。何よりあの魔剣に黒鍵の効果を付けても、呪いと反して逆効果だろう。

 

“……銀鍵、銀の鍵、銀色の鍵、シルバーキー。兎も角、まだ情報が足りませんね”

 

 そして、末端の獣血教徒共を遥かに凌ぐカルヴァート獣血教会学術長直属戦闘部隊。彼らは量産品の武器ではなく、特殊形状の様々な個人兵装を装備した魔術使いの殺戮集団。気狂いの如く叫ぶ教徒とは一線を超え、死を喜び、人を弄び、命を愉しむ殺人鬼衆。

 怨念車輪の轢殺者。変幻曲鋸の瞬殺者。焔血倭刀の斬殺者。炎上墓鎚の焼殺者。退魔刃弓の射殺者。自動剣銃の銃殺者。回転重機の惨殺者。隕鉄双刃の暗殺者。

 最強の眷属、断罪骨鎌の葬送者。

 そして―――月光聖剣の粛清者。

 だが、そんな超常の惨殺愛好者の中でも裏切り者がいた。彼らは血を強引に注がれ、名前を学術長に奪い取られた元人間の吸血鬼であり、獣血による反転に適応した強き魂を持つ魔人である。しかし、特に強靭な意志を持つ者は血の衝動に逆らい、たった一人であるもカルヴァート二世の呪縛を断ち切った獣の眷属がいた。

 

「ヴィヴィアンさん……いや、本名はアルトリアさんでしたか」

 

「その通りですが、貴女は何者ですか? 名は?」

 

「名は有りません。奪い取られました。代わりに、刺殺者と呼ばれています」

 

 彼女に名前はなかった。獣血教会では射出槍杭の刺殺者と呼ばれている戦闘部隊員。普段は両刃杭剣を使っているが、火薬が爆ぜたように刀身が飛び出ることで杭槍に変形する魔術礼装を使う吸血鬼だった。

 

「ふむ。と言うことは、その者らが獣血教会の幹部とも言える教徒達ですか?」

 

「幹部なんてものではありません。学術長以外は、ただの獣ですので。戦闘部隊員は確かに学術長に次ぐ発言力を有してますが、それは戦場でのこと。普段は権力を持っていませんから」

 

 裏切り者から情報を得たアルトリアであったが、分かったの獣血教会の主な内情だけだった。確かに無銘の刺殺者は、古都の書と銀鍵のダインスレフの名前は知っていたが、それは名前や形や大雑把な能力が分かっているのみ。だが、粛清者が持つ聖剣についてはそこそこ詳しい情報を得ていた。

 

「何でも、ブリテンの騎士王の聖剣を模したと言う魔の月光剣を使う教徒が、私達戦闘部隊のリーダーを務めています。獣血教会協力者の言峰士人と言う異端の代行者が製作した呪われた概念武装らしく、偽りの月剣はリーダーの粛清者にしか持てなかったのです。最も強いのは葬送者ですが、所詮は学術長の傀儡に過ぎず、月光は持てませんでした。しかも、月光の柄には真エーテルを生成する未知の宝玉機関があるとか。

 ……あれは、化け物です。変態です。

 私は自力で学術長の束縛を解きましたが、リーダーは束縛が初めから効かず、それでも学術長を盲信しています」

 

「言峰神父の月光剣。聞いただけで嫌な予感が……と言うより、あの男はこの世界でそんな事しかしていないのですか。何処まで狂えば、ここまで憎悪を世界中に撒き散らすことが出来るのか。

 ……いえ、すみません。話がずれました。取り敢えず、その聖剣について教えて貰います」

 

「良いですけど。そうですね、あの聖剣を何と言いましょうか―――……とても、おぞましい。

 気色悪い月色の蒼い紋様が脳を汚染し、獣の啓蒙を脳に刻み、月の神秘が脳で弾け轟いてしまう。本当は神父がエクスカリバーを真似て作った呪月の概念武装だったらしいけど、あんな発狂と覚醒を促すモノが聖剣であるものですか。

 そのエクスカリバーもどきを更にカルヴァート学術長が銀鍵術式を刻んでから自分の血に漬け込み、月光の聖剣に変性させたとか、そんな話を聞いたことはあります」

 

「……なるほど。それはエクスカリバーではない。

 ならば、そもそもこの魔術結社は何を目的としているのか、貴女は知っているのですか?」

 

「それは知ってますよ、アルトリアさん。このカルヴァート獣血教会はですね、深海より漂着した神獣を祭り上げた漁村が悲劇の始まりとなります。そして、その本質は神獣の血と細胞を使い、魔術回路と不老不死に覚醒し、獣の神秘を求める学術教団です。魔術の研究をしてますが、方向性は魔術師とは違います。世界の外側を目指しているのは同じですが、我ら獣血教会は神獣が手に入れた深淵を求め、世界を超えた場所に住まう神と同じ叡智を獲得することです。

 その知識を使い、人類全てを獣血教会の教徒―――獣の眷属へ転生させること。

 学術長カルヴァート二世は、その為だけに存在しています。自分が誕生した存在理由を果たす為、あの死灰の化け物神父から鍵の魔剣を授かり、呪った月光剣を粛清者に手渡しました。学術長が行っていたトラペゾヘドロンの宝玉の開発も、恐らくはその為に必要な道具なのだと思います。

 後、内容は分かりませんが、古都の書は貰い物ではなく、学術長本人が何処ぞから奪い取って来たらしいです。あの書物には惑星外の概念から由来する魔術式が存在している、なんて眉唾ものの噂話もありますし」

 

「そうですか。わざわざあの神父が自分の心から作り出した魔剣と聖剣を、その学術長に渡した理由も分かりました。恐らく魔導書の方も、在処を教えたのは神父でしょう。

 しかし、全人類の眷属化ですか。それはそれでまた言峰神父が全力で協力しそうな与太話ですね……―――いや。そんな有り得ない事象を全身全霊で為そうと足掻く狂人であるからこそ、あの神父も力を貸したのでしょうね。

 そう言う人生には、少しばかり身に覚えがありますから」

 

 アルトリアとて、有り得ざる未来の為に全てを国へ捧げた聖者だった。傍から見れば、人外の精神を持つ狂人にように映ったかもしれない。従がえた騎士達の中にも、アーサー王がそう見えてしまった者もいたことだろう。

 しかし―――人類史に、不老不死の王など存在してはいけないのだろう。

 不老不死を目指した王は悉くが滅ぼされ、歴史に記されずとも実際に不死を体現した支配者も必ず誰かに殺され続けた。霊長を運営する目に見えないナニカは、神代の奇跡である不死の王を否定し、その大元である神代の神秘を否定している。アーサー王も、実際に不老不死の王として国を治めたが、抑止力の流れか、人理による修正か、不死の力を奪い取られ、不老の力も投げ捨て、不老不死の怪物ではなく、当たり前な人間の王として死ぬ事になってしまった。

 あの時代のブリテンは、土地そのものが抑止や人理の対象となっていたが、恐らくは不老不死を体現してしまった自分も抹殺対象だった筈、とアルトリアは死後にそう考えるようになっていた。宙より来た月の魔物に汚染された元人間の死徒や、魔術を極めた末に不老不死になった人外らのように、人間の歴史や、それを守る人理に影響を与えないのであれば、抑止力も抹殺対象には選ばないのだろう。しかし、あの時代で国を統べる王が不老不死の神秘を身に宿し、人間と言う生き物が自分の想いを渡すべき後継者として子供を必要とせず、自分一人で文明全てを完結可能な存在など、霊長が認める訳がなかったのかもしれない。

 結果、自分が統治した歴史は伝承や伝説に替わり果て、史実からも除外されてしまった。

 不死となった先達の王や、不老を目指した後進の王も、現代の史実では有り得なかった存在にされている。

 この獣血教会の願望も個人の欲望として、自分や教徒だけに限定した眷属化であれば抑止力も目を付ける事はないだろうと、騎士王だったアルトリアは密かに人理と言う霊長の仕組みを蔑んでいた。だが、その欲望が世界全てや、人類史を変える事となれば話は別だ。

 嘗てモードレッドと名乗る騎士が、人類史から不老不死の王を全身全霊で排除したのと同じことだ。この魔術結社も抑止力に後押しされるのか、自然な流れで最後に辿るのかは分からないが、誰かの手で滅ぼされる未来が用意されているのは分かった。

 だが、もしカルヴァート二世がそれでも足掻くならば―――歴史は変わり、剪定対象となる可能性が生まれるだろう。

 

「ようこそ、我が都へ―――騎士王」

 

 その女はまるで、人血に酔う獣のような美貌を誇る魔女だった。肉食獣のようなセミロングの茶髪に、濁り腐った血液のような赤黒い瞳。獣の血が染み込んだ赤いサーコートを羽織り、半漁人の宝冠を付けた頭部。中世ヨーロッパ貴族風の、細部まで拘った過度な装飾を成された細身の装束。

 そして、獣の魔女――カルヴァート二世は一欠片も油断をしていなかった。学術長直属戦闘部隊のメンバー全員を引き連れ、アルトリアの前に現れたのだ。自分たちを裏切った刺殺者の抹殺も兼ね、慢心さえも存在しなかった。

 ……とは言え、折角の来客だ。ただ殺すだけでは愉しみ甲斐もない。

 己が至った窮極の叡智を誰かの脳に刻み込みたい、と言う欲求を満たす為だけに、彼女はアルトリアが問うた疑念に研究者として返答した。

 

「最愛なる神父殿が創作せし報復王の魔剣、ダインスレフ。この魔剣はあの偉大なる死灰の怪人が生み出した呪詛が刻まれ、呪いの炉で鋳造されし我が真なる魔術礼装。魔力で創造された投影存在ではなく、新生した報復の概念武装である。その柄の中に、あの大いなる御方が投影された銀色の鍵が仕込まれておるのだ。故、窮極の門へと通じる魔剣を、我ら獣血教会は銀鍵のダインスレフと呼ぶ。

 それを更に我が血液に浸し、己が武装として契約を結んだ。我が一の配下、蒼月の粛清者が持つあの月光剣と同じくな」

 

 発動させし呪文は、呪泥の刃鍵(ダインスレフ・シルバーキー)

 

「ここまで言えば、不老不死の力で化石化した啓蒙亡き脳髄でも少しばかりは理解可能だろうよ、騎士王。そのダインスレフと、私が作ったトラペゾヘドロンの宝玉により、世界を穿つ門を解き放つのだ!」

 

魔術師(メイガス)らしい話だな、カルヴァート二世。その魔術礼装(アーティファクト)によって、根源の渦へ通じる孔を開くのか」

 

「……違う違う違う―――否! 断じて、否!

 我らのこの宇宙と同じく根源より生じた別次元の、宙の壁によって隔離された外宇宙の存在と交信する!!」

 

 右手を宙へ上げ、左手を地平に伸ばし、カルヴァート二世は美貌に恍惚とした笑みを浮かべていた。

 

「嘗てカルヴァート獣血教会が祭り上げた神獣は深海の古都にて、深淵の神と邂逅した!

 その時、我らの獣は宙の存在へと到達し、聖騎士(パラディン)メランドリに滅ぼされた故郷の漁村にて宙の奇跡を啓蒙したのだ!

 だからこそ私に神秘を授けた神父は、我が怨念を具現せし鍵の魔剣を創造した!!!」

 

「それが間違いなんですよ、学術長。そもそも魔宴で生まれた人造獣人の貴女は、カルヴァート村長の偽物に過ぎない筈です。

 あの神父も、遺伝子元の残留思念に狂う貴女が愉しいから、手を貸したに過ぎません」

 

「……名亡き刺殺者。裏切りの眷属よ。面白い事を囀る。

 今思えば貴様こそは恐らく、我が教会を滅ぼす為の抑止力だったのだろう。我が洗脳を打ち破る精神力は見事と呼べるが、そんな貴く強い貴様の意志を抑止力は少しばかり後押しした。その作用によって、こうして汚染されぬ自我を取り戻し、我が傀儡から脱する事が出来たのだろう。

 ああ……だがしかし、道理に合わぬ可笑しな話だ―――」

 

 カルヴァート二世は誰もが褒め称える麗しい美貌を、表現出来ぬ程に歪め、人間以外の生き物に見える程に邪悪な感情を露見させた。

 

「―――それなら私の傀儡から、人の傀儡になっただけに過ぎないだろう?」

 

「ほざいたな、カルヴァートォォオオオ―――ッ!!!」

 

 発狂したような刺殺者の叫びが契機となり、戦闘部隊は二人を包囲し、全員が同じタイミングで襲撃した。

 ―――殺し合いは凄惨を極めた。

 そも戦闘部隊のメンバーは、元々素質ある者。獣血教会を滅ぼす為に敵対して来た代行者や執行者、あるいはカルヴァート二世とその特務部隊が強制的に拉致した魔術師か、高次元霊体を持って生まれた天然の異能者。非常に高い戦闘能力を持つ人間を、超常の身体能力と魔術回路を持つ人外に変生させ、神獣の血と細胞で深淵の叡智を脳と魂に刻まれた魔人である。精神も同じく化け物に作り変えられ、戦闘に特出した心理形態に深化している。相手が集団であることもあって、攻撃しても中々致命傷を与えられず、アルトリアの技量でもまだ一人も殺せていない。

 中でも、葬送者と粛清者は群を抜いていた。

 神獣の血と細胞で魔力強化された肉体を、更に強化術式を五体へ装填して加速移動する葬送者は、行動中は目視不可能の化け物。基本歩行が縮地でありながら、それが強化されると言う悪夢。そして、カルヴァートが葬送者から本名ごと奪い取った登録名(ラベル)は、サンクレイド・ファーン。倒した女を強姦する事を趣味とし、神の名の下に悪行を面白可笑しく為す眷属に相応しいテンプル騎士団所属していた代行者。

 粛清者は優れた魔術の使い手でもあり、月光剣を触媒に大いなる星界の滅光をアルトリアと刺殺者に目掛けて何度も、何重にも、放ちながらも剣戟を繰り返す。刀身から放たれる蒼い光波はおぞましい魔力に満ち溢れ、触れた物体を空間ごと切断。そして、カルヴァートが粛清者から精神ごと奪い取った登録名(ラベル)は、ダーニック・プレストーン。敵対者の情報操作によって魔術協会から排除されて家系が途絶えてしまい、無様に根源への到達を諦めた落後者の心折れた老年の魔術師。

 だからこそ、アルトリアは勝負に出た。味方になった刺殺者を背後に置き、自分は彼女を守るように剣を構えて前に出た。魔力放出を全力解放し、飛んで来た矢、銃弾、魔力弾を弾き返し、迫って来た敵も一気に吹き飛ばす。

 真名解放を行う為の隙を強引に生み出し、躊躇わずに振り上げた黒き星剣を解放した。

 その威光に対するは、神父が造り出した蒼い紋様の有り得ざる月光聖剣の輝きである。

 

「―――約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァアアアアアアアア!!」

 

「―――啓蒙深き蒼月紋の剣(ムーンライト・コールブランド)ォオオオオオオオオ!!」

 

 星が鍛えた騎士王の神造兵器と、神父が作った蒼月の概念武装。どちらもAランクを超える宝具であったが、聖剣エクスカリバーに月剣コールブランドが勝てる道理は一欠片も無い。

 

「―――呪泥の刃鍵(ダインスレフ・シルバーキー)……ッ!!」

 

 カルヴァート二世――マリア・マーシュ・カルヴァートは加減なく憎悪の限り、鍵の魔剣で以って世界(宇宙)に小さな門孔を開いた。

 魔力でも、エーテルでも、真エーテルでもなく―――未知の霊子塊。

 宇宙の暗黒へ通じる門は内側から輝き、魔剣の刀身から発したカルヴァート二世の憎悪が霊子塊に纏わり憑いた。シルバーキーが解き放ったのは、何処でも無い暗黒より飛来した大いなる憎悪の暗黒粒子(エネルギー)であった。

 エクスカリバーが相殺される――――!

 爆発の中心点は地面を大きく陥没させ、やがて互いに高まった。聖剣の光と、蒼月の真エーテルと、未知の暗黒粒子が混じり、合わさり、相乗し……――――

 

「―――……やり手ですね、カルヴァート。まぁ、殺せないならそれで良いでしょう。ここに言峰士人はいませんでしたし。

 兎も角、貴女が生き延びることが出来て良かったです。刺殺者」

 

「ああ、ありがとうございます。アルトリアさん……いえ、やっぱり私にとって、貴女はヴィヴィアンさんですね。まだこの私では、貴女をアルトリアと呼ぶには早いです」

 

「ふふ。そうですか。私は、どちらの呼び方でも構いませんよ。

 ……しかし、あれがカルヴァート二世ですか。

 逃げ足が素晴しい戦術家のようです。あの神父から教えを受けた弟子でもあると聞きましたが、殺すにはとことん追い詰めないと駄目ですね。戦闘部隊員も結局は一人も仕留められなかったと考えれば、ある意味サーヴァント以上に厄介です。

 では、取り敢えず、刺殺者――――」

 

「―――クロニア。クロニア・アイスコルです」

 

「クロニア・アイスコル……ですか。となると、記憶が甦ったのですか?」

 

 ニンマリと、刺殺者と名乗った吸血鬼は笑っていた。静粛としていた雰囲気が完全に消え、嗜虐と憎悪に満ちた悪鬼羅刹の存在感が溢れ出始めていた。

 

「そのようです。しかし、ああ、ああぁあ、なんとこれは素晴しい。これが私の名で、これが失った記憶で、甦った記録ですか……く、クク。あひゃひゃはははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

「刺殺者……―――?」

 

「いやぁ、嫌ですよ。ヴィヴィアンさん、私の名はクロニア・アイスコル。黒魔術(ウィッチクラフト)の一族、アイスコル家最後の生き残りです。一人だけ生き延びてしまった魔女なんです。多分、そうなんだと思います。記憶の欠陥がやばいですけど、この記録は正しい筈です。

 ああ、しかし―――素晴しいです!

 カルヴァート二世が工作して我が魔術礼装になった射出槍杭と、宙の化け物の魔術回路ですか。ふふ、ふひぃひひひ、ひひゃはは!!」

 

「貴女、その魔力……」

 

 邪悪な気配と、澱んだ意志。魔女に相応しい穢れた魂。

 

「……何て、無様な話なんですかね。私は眷属になる前から、そもそも命を喰らう獣だったと言うことですか。母のセレニケ・アイスコルから魔女の業を引き継いで、人間の命を喰らう魔女だったと言うことですか。

 あは、はははは……はは、はははははは……あーはっははははははははははははははははははははははははははははは―――ふざけるなぁ……ッ!!」

 

 刺殺者は、クロニア・アイスコルは、カルヴァート二世に奪い獲られた何もかもを思い出した。

 

「私はヴィヴィアンさんに助けて貰えるような、そんな人間じゃなかったんです!!

 生まれた時から人殺しが好きな犬畜生で、生まれた後も人殺しを愉しんでいた悪鬼外道で、こうして今―――何もかもが邪悪な存在に成り果てた獣になりました!!」

 

 その姿は泣き叫ぶ童のようで在りながら、雄叫びを上げる悪鬼のようでも在った。

 

「そう後悔しているのなら―――強く生きなさい、クロニア。

 貴女はまだ、その命を失っていない。尊厳が在る限り、人は誰しも未来を生きる資格を持っているのです」

 

「ヴィ……ヴィ、アン……さん―――」

 

 獣血教会から何とか脱した刺殺者は、魂から奪われた筈の名前を思い出す事が出来た。既に生まれた家はカルヴァート二世の手で滅ぼされ、両親を含めた家族全員が皆殺しにされている。それでもコレが自分の名前であり、そう生まれたからには名こそ魂のラベルである。

 刺殺者の名は、クロニア・アイスコル。

 マリア・マーシュ・カルヴァートに殺された母はセレニケ・アイスコル。

 獣血教会を滅ぼす為、ヴァンパイアハンターとなることを彼女と決めた。黒魔術(ウィッチクラフト)の魔術師ではなく、吸血鬼を狩り殺す魔術使いとして、カルヴァート二世を狙う狩人を名乗ることにした。

 

 

◆◆◆

 

 

 カルヴァート二世の居城は破壊したが、アルトリアは敵の戦力を削ることしか出来なかった。戦闘部隊を殺すこともしなかったが、クロニア・アイスコルの離反には成功した。あの獣血教会は言峰神父が作り上げた世界崩落の因子であろうが、アルトリアはクロニアの怨敵を自分の手で皆殺しにするのは好まなかった。あの少女はもう、復讐だけが生きる望みになってしまっていたからだ。

 ……しかし、アルトリアがすべきことは他にあった。

 取り敢えず、直感のまま嘘を自分に吐いたプレラーティの住処を探し当てた。ついでに出会った一秒後、顔面を聖剣の刀身の腹で強打した。

 結果、プレラーティは言峰士人の居場所を知らない事を何となく直感で彼女は把握した。

 とのことでアルトリアはこれまた取り敢えず、士人の居場所を知っているだろう相手の居場所をプレラーティの顔面をもう一度聖剣の腹で強打してから吐かした。

 死徒二十七祖、全知全能――沙条愛歌。

 ニアダークに連なりし真性悪魔、魔性菩薩――殺生院祈荒。

 

「ふーん、貴女があの伝説の騎士王、アーサー・ペンドラゴン?

 あの神父が言ってた通り、本当に女の子だったのね、ね……ねぇ……―――え、本当に?

 え、なんで? 私の王子様は何処ですか?」

 

「知りませんよ、魔術師(メイガス)

 

 挨拶もなく、行き成りこれである。アルトリアは目の前の幼い少女の姿をした魔術師(プレラーティ曰く、痛々しい妄想癖を持つ三十路過ぎの女神)を胡乱気な目付きで見て、思いっ切り台詞を吐き捨てた。

 

「あー、本当にやってられないわぁ。あの世界線みたいな妹に依存しないと生活出来ない駄目人間になりそう……って言うよりも、本当は神父に会わなければ駄目人間になってた未来が濃厚でしたし。

 ハァ―――私の目、時間軸も世界軸も超越してる筈なんだけど。千里眼ってゴミね。退屈で精神が壊れそうになるだけで、本当に使えない。誰かにあげようかしら?」

 

「あらあら。気が抜けてますと、本当に貴女はポンコツ接続者ですね。その全知全能に至った脳髄は根源と繋がってますの?

 普段の愛歌は私から見ても、こう、あれですね。絶対にアレな場所にチャンネルが合わさってますね」

 

「うるさいわね、エロ僧侶。モンジーちゃんとお見合いさせるわよ」

 

「―――ヒィ……!」

 

 キアラもキアラで平行世界を見通す事ができ、自分の運命の人と呼べる人物を知っている。しかし、彼に会う為には色々と制約があり、そもそも会うのが恥ずかしい。会える運命を持つ自分を知っていればそれでよく、愛を知りながら恋を知らぬ殺生院は、内面がある意味で純情乙女。

 言峰士人曰く、愛は黄金、恋は宝石だ―――と祈荒へ、求道仲間の門司と肩を組みながら説法したことがあった。愛とは天高く積み上げられた金貨よりも価値があり、恋とはどんな宝石よりも貴く輝く綺羅星なのだと。地味に祈荒は自分が知らない理屈で、生まれた時から溢れ出る愛欲の感情を論破されてしまった。彼女は未だに、マーボー神父ソンとミラクル求道僧に今世紀最大のドヤ顔をされた事を忘れられなかった。

 つまるところ神父の所為で、臥籐門司とはキアラにとって―――人生最悪のトラウマであった。無論、神父も少し苦手であるが、あの男は求道僧と対極に位置するド外道な極悪人なので何とかなった。所詮は言峰士人、自分達と同類の人間種を腐らせて死滅させる癌細胞みたいな存在だ。

 

「な、何と言うことを……鳥肌が!

 三十路幼女が、そんなおぞましいことを言わないで下さいまし!!」

 

「あー! 今貴女、言ってはならないことを言ったわ!?」

 

「何を言うのですか。私はただのセックスが好きな僧侶なので違いますが、魔術師は歴史があるほど良いと言います。でしたら、別に貴女が三十路過ぎの概念が重すぎる女なのは、誇っても良いことなのでは?」

 

「シャー、呪って上げる!」

 

「ふふふふ、上等ですね!」

 

 話と違うとアルトリアは混乱していた。プレラーティ曰く、どう足掻いても絶望、混ぜるな危険、カオスとエロスの融合体、とかなり散々に言っていた二人組の筈。

 

「若い頃からずっと外見が年増女だった癖に、そうやって私の実年齢を揶揄するのはいけないと思うの!? 見た目年増女の癖に!!」

 

「そんな淑女から程遠い暴言をお吐きになるから、理想の王子様なんて痛い妄想を見るのです。良いですか、貴女が夢見るその王子様はどうせ見た目はイケメンでしょうし、はっきり言って上げます。

 そんな見た目の男、確実に女誑しのヤリ捨て野郎ですよ?」

 

「―――やめてぇ……!

 そう言うのイメージすると、この千里眼が勝手にアカシックレコードから記録を検索して、見たくもない王子様と(にっく)き平行マイシスターとの濡れ場シーンが、が、がが……ふわぁお―――なんか、死にたくなる」

 

「あらあら、ふふふ。愛歌、賢者タイムですか?」

 

「違います。ただの女神タイムです……―――泣きたい」

 

「―――すみませんが、私の話、良いですか?」

 

 竜の威圧感を轟かせながら、アルトリアは会話を自分方へ強引に持ってきた。

 

「あー……ごめんなさい。折角のお客様だって言うのに、こっちの下らない口喧嘩に巻き込んでしまったわね。それでアルトリアさん? やっぱり王様で本当に偉いのだし、アルトリア様の方が良いかしら? それとも偽名で名乗っているヴィヴィアンさんって呼んだ方が良いかしら?」

 

「どちらでも構いませんし、何でも良いですよ。口調も呼び方も先程のように砕けた雰囲気で構いません」

 

「そう……じゃあ、アルトリアで。話って多分、あの神父や正義の味方についてでしょう?

 だったら、祈荒も詳しいけど、貴女が知りたい情報については私の方が知ってると思うわよ。人格だとか、精神のパーソナリティとかも知りたいなら、キアラっちが専門だけど」

 

「いえ、その手の情報は大丈夫です。私が知りたいのは、彼らの居場所や、今後の動向などですので」

 

「となると、話相手は私ね。でも、少し待って頂けるかしら。紅茶でも入れて来ましょう」

 

「愛歌。アルトリア様は貴女目当てみたいですし、お茶とお茶受けの準備は(わたくし)が致しましょう。貴女はもう、茶番劇に付き合わせてしまった彼女の相手をちゃんとして上げるように」

 

「あら。ありがとう、祈荒。気の効くパートナーで嬉しいわ。それに貴女が入れる緑茶は、自分で入れる紅茶を飲むよりも良いですし」

 

「そうなのですか。私は逆に、自分で入れる緑茶よりも、貴女が入れる紅茶の方が飲みたくなるのですが……まぁ、この話は良いです。

 後、お茶受けの方は、今日のおやつに買っておいたお団子で良いですよね?」

 

「ええ、お願い」

 

「それでは、アルトリア様。失礼致します」

 

 中身を知れば気色悪い程、礼儀と道徳が人並み程度に備わった二人の会話。しかし、この二人、外面だけは最上級の淑女であり、美少女&美女である。動作一つが美人であり、アルトリアから見ても気品に溢れているように感じられた。

 

「―――それで、何が知りたいの?」

 

「知りたいのは、衛宮士郎、言峰士人。そして、出来れば―――遠坂凛の所在地です」

 

「あら、その三人。魔術社会だととても有名ですし、私も全員と知り合いよ。そうね、まずは正義の味方から話しましょうか……―――」

 

 アルトリアも黙り、愛歌は淡々と知り得る情報を開示した。キアラも話の途中で戻って来たが、優雅な仕草で三人分の緑茶と団子をテーブルの上に置き、口を開くことなく静かに席へ座った。

 

「衛宮士郎については、そんな程度ね。あの第六次聖杯戦争前は暴れ回ってたのに、今は紛争地域にも余り姿を見せないし、社会に潜む魔術師や吸血鬼を狩り殺してるようじゃないみたい」

 

「ふふ、それは当然でしょう」

 

「……キアラ?」

 

「あの人、とても疲れていたみたいでしたから―――ふふ。私、放っておけなくて。メンタルが弱ってる強い男性って何だかとても心惹かれまして、少しばかりカウンセリングをして上げましたの。我流ですけど」

 

「あ、あー、うん。衛宮についての話は、これで本当に終わりね。ある意味、本当に終わってそうだけど……多分、大丈夫じゃない? アルトリアが心配することじゃないと思うわよ?」

 

「―――何処が?」

 

 マジギレ寸前である。

 

「安心して下さいな、アルトリア様。あの精神状態で戦場に出ると危険だと(わたくし)は思いまして、少し諭しただけですの。

 今は恐らく、少しばかりアルコール依存症にでもなって、何処ぞで捕まった女魔術師の家でニートライフをエンジョイしている程度の壊れ具合だと思いますから。はい、死んではいません。死んでは」

 

「カウンセリングになってません! あのシロウを酒に逃避されるとは、貴女は一体何をしたのですか?!」

 

「そんな、恥ずかしいですわ。アルトリア様のおスケベさん」

 

「お、おスケベさん……!

 そんなこと、生まれて初めて言われました。ショックです。あぁ本当、またシロウは無駄な女難スキルを発動させて―――!」

 

 ぶん殴って娘を認知させてやろうか衛宮一族め、とアルトリアは思ったがグッと抑え込む。多分今それをしたら、本気で精神崩壊するかもしれないと彼女は考えた。

 そして、優雅にお茶を飲みながら団子を食べる二人をアルトリアは見た。からかわれているのを悟り、平常心を取り戻して話の続きを促した。

 

「次は言峰ね」

 

「ええ。お願いします」

 

「あの神父は今、聖杯戦争での活動から解放された所為で―――弾けたわ。所謂、ヒャッハー状態よ。

 ある意味ね、冬木の土地はあの神父の行動範囲を縛り付けていたの。だから今は、世界中で自分の同類を見付けては説法して、社会崩壊の因子を手当たり次第作り上げてるの。あの男、何だかんだで周り全てを巻き込んで、どうしようもない馬鹿騒ぎをするのが好きな極悪人だから」

 

「それは知ってます」

 

「あら、そう。なので正直、私はあの神父の現在地は分からないわね。この前は根源の渦……じゃなく、外縁世界でもなく、何だっけ……あ、そうだったわ。確か、外宇宙領域との門を連結させるのに成功させた魔術結社と関わってたらしいですし。有名なところですと魔宴が造り出した演算基盤、アウターキューブの作成も関わってるって話でした。

 今はロズィアーンか、スミレだったしら。それとも他の死徒だったかしら。まぁ、兎も角、薔薇の預言書について悪さをしてるって聞いたわ。真祖の姫が殺人貴に殺されたとなれば、空想具現化の奇跡は水魔スミレにしか許されない能力だから、多分あの世界の歪みはそう言うことだと思うのよね。

 魔術協会や聖堂教会は、言峰士人の暗躍に気が付けてないみたいですけど。そうね、私たちみたいな、裏社会や魔術社会の規律にも適応出来ない本当の存在不適合者の間だと、かなりの有名人なの」

 

「成る程。でしたら、その死徒のところに向かえば良いのですかね」

 

「もういないと思うわよ。噂話ですけど、今は冬木以外の聖杯戦争に介入してるって聞いたけど。この前にあったアメリカの聖杯戦争も馬鹿騒ぎしてたって噂もあるし。それに亜種聖杯戦争は結構開催されてるけど、アインツベルンクラスの大型聖杯戦争が実施されそうなの。ロンドンと、ベルリンと、ローマで量産型大聖杯が誰かの手で設置されたとか何とか。

 うーん、控え目に言って地獄ね」

 

「―――ああ、そう言う……確かに。控え目に言わなければ、普通に人類滅亡ですね」

 

「なので、私が知ってる言峰の話はこの程度。もし探し当てるなら、自分の直感に従った方が良いわ」

 

「分かりました」

 

「それと遠坂凛の居場所は、この世界ではない何処かとしか言えないわね。そろそろ、こっちの世界に戻っては来ると思うけど。平行世界の運営って言うけど、実際は何でもありの世界間の時間軸移動ですし。

 第二法なら並列世界や平行世界の移動だけではなく、異世界への訪問も可能と言えば可能なの。この世界の裏側の真エーテルが満ちた幻想種の暮らす異界や、真性悪魔が作り上げた隔離異界もそうだし、世界と世界の狭間に存在する鏡面世界なんて異空間もある。それと剪定事象を受けて次元世界から途絶えた有り得ざる人理世界や、あるいは全く別の可能性に至った異聞帯の別人類史世界もある。

 あの魔法使いが潜んでいるとなると、そう言う何処かの世界だから。私でも見付けるのは正直不可能なの。でも、この世界の現世に孔を空けて舞い戻って来るとなれば、転移して戻って来たところなら、星を観測して私も居場所が何となく分かるわ」

 

「―――そこまで。凛は、そんな領域にまで至りましたか」

 

「正確に言えば、そう誘導されたっていう方が正しいわね。私も並列存在を平行世界から観測可能だから分かるけど、この世界の遠坂凛は理論上、魂の限界を超えた存在規模に到達してるの。

 ……あの神父、言峰士人が宝石剣のソレを教えたのが契機になったみたい。

 宝石翁が暗殺されるなんて異常事態、起きるのはこの世界線くらいみたいだったし。魔導元帥殺害に使われた暗器も、元々は遠坂凛に頼まれて神父が作った死徒殺しの概念武装だったそうだしね」

 

「その知識も、千里眼によるものですか」

 

「ええ。貴女が城で雇ってた宮廷魔術師さんも、私と同質の千里眼持ちよ。これが如何程の異能なのか、騎士王の貴女なら分かってると思うけど」

 

「知っています。しかし、よくぞその年でそこまで神秘を極めましたね。現代における魔術師の家系は、積み上げた歴史の厚さで神秘の濃度が違うと聞きましたが、貴女は神代の者共と同類で、個人の魂に類した強さのようです」

 

「それは当然ね。私たち魔術師の家系は歴史が長い程、歴史が積み重なった程、あの下らない魔術協会では貴い血脈とされる―――……全く、なんて見当違い。本当に馬鹿で、愚かで、浅ましい。たかだか、そんな異次元に至る為、こんな程度の頂きを得る為に、百年も千年も時間が必要だなんて凡夫にも程があるでしょう?

 ……笑い話にもならないわ。

 家系の古さを誇るってことはね、阿保さ加減を証明してるのと同じ意味。自分達の無能さと、哀れさを誇示してるのと一緒なの」

 

「そうですか。となれば、貴女の千里眼はやはり重宝するようです」

 

「―――……あら、殺さないの?

 貴女からすれば、私も祈荒も殺した方が気分が良い邪悪じゃないの?」

 

「しませんよ。戦場で敵として会ったのなら兎も角、今は善悪なんて如何でも良い事柄なので」

 

「ふふ。でしたら、もう少し情報を上げましょう。貴女みたいな綺麗な人は好きですし、贔屓にして上げたいのでね」

 

 かくして、アルトリアは情報の収集に成功した。衛宮を見付けた後、言峰と遠坂を探す為、彼女は探索の旅を続けていた。








 との事で、アルトリアさんの話でした。
 この平行世界ですと、かなりエグイ事態になっています。神父さんが全力を出し始めました。


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天細工の杯

 人理継続保障機関フィニス・カルデアって名前の時点で、カルデアが第二部の最終ステージになりそう。


 初めて自己を認識した時、彼女は全てを把握していた。培養器の中で眼を醒ました彼女―――エルナスフィール・フォン・アインツベルンは、存在理由を真っ向から肯定した。死ぬ為に誕生し、獲得する為に死に殉ずる。

 枯れ果てた妄執は綺麗だ。単純で、純粋で、惨酷だった。

 ―――覚醒。

 ―――反転。

 ―――死骸。

 ―――英霊。

 ―――意識。

 ―――聖杯。

 身動きを試みてみた。生まれて初めて体を動かした。

 ……左腕が無い。左眼が無い。

 人間には四肢と両目が揃っているらしいが、自分の肉体には足りない部分があるらしい。

 

「―――エルナスフィール様。義腕と義眼は、ワタシが準備しております」

 

 透明な壁の先。声の主が其処に居た。

 ―――赤い目と銀髪。服装は知識から把握するに、アインツベルン製の特別な魔術礼装である給仕服。白色を基調にした清潔感溢れる服は、彼女が俗にメイドと呼ばれる種類の人だと一目で理解出来た。凍り付いた表情は無を体現していたが、メイドからは微かに喜びの気配が溢れていた。

 

「…………―――っ!」

 

 邪魔だった。目の前に広がる透明な壁が、意識がチリチリと焼けるほど煩わしいと感じた。だから、エルナスフィールは壁を蹴り抜いた。耳障りな硝子の破壊音が研究室内で響き渡るが、この場所に居るのはメイドの彼女だけ。なので、そんな彼女の暴挙を誰も咎めなかった。

 ―――飛び出した地の先。エルナスフィールは両足で立った。

 そして彼女は、初めて自分の口をゆっくりと開いた。だから、これから話す言葉が生まれて初めて喋る内容だった。

 

「じゃ、ソレ、宜しく」

 

「ええ。では、部屋まで案内致します」

 

 植え付けられた知識によると、目の前の人造人間(ホムンクルス)は自分専用のメイドらしい。彼女はエルナスフィールの為に準備しておいた白く清潔な布で、自分の主を丁寧に寒くない様に包み込んだ。

 

「おまえ、私専用のお手伝いさん何だってな。……名前は?」

 

「ありません。生まれた時はアルマスフィールと命名されたのですが、気に入らなかったので捨てました。ワタシは聖杯の運用や、聖杯戦争の主軸となる人造人間ではありませんので、スフィールの系統を辞退したのです。

 故に、今は唯のアインツベルンのホムンクルス。貴女にだけ仕えるメイドです」

 

 名前など不必要。逆に彼女はアルマスフィールと言う名前が心底不愉快であった。自分は確かに聖杯の能力を持っているが、聖杯戦争で運用される聖杯では無い。それは目の前の主であるエルナスフィールも同じであるが、それでもスフィールの意味合いには適合しているのだろう……欠陥品の自分とは違って。

 

「じゃあ……ええ、と。そうだ、ツェツィーリエとかどう? ドイツ系の女性名で何となく直感で思い浮かんだんだけど」

 

「いいですね。ツェツィーリエ……ですか。成る程、良い響きです。決めました、ワタシは今からツェツィーリエ・フォン・アインツベルンと名乗りましょう」

 

「んじゃツェリ、道案内宜しく。私の事はエルナとでも呼んでくれ。一々エルナスフィールって呼ぶのは面倒だろ。

 その代わり、私はツェリって呼ぶからさ」

 

「―――有り難う御座います。

 これからは我が主、エルナスフィール・フォン・アインツベルン様の事をエルナ様と呼ばせて頂きます」

 

「ああ、わかった」

 

 人生で初めて地に立ち、人生で初めて声を発し、人生で初めて服を着て、人生で初めて両足で歩いた。エルナは存分に生を実感し、自分が生まれた事を運命に感謝した。

 歪な人造人間として誕生した今生とは言え、生である事に違いは無い。

 全てが当然の如く進む様に、まるで双六を単調に進める様に、死ぬまで生きられる事に違いは無い。

 

「―――ああ。そうか、これが世界か」

 

 広い。とても広い。封じられていた五感が、ありとあらゆる情報と化して、エルナの脳に神経を通して世界を伝達していた。だから、その表情も生まれて初めて浮かべるモノ。

 爆笑。苦笑。失笑。冷笑。微笑。空笑。嘲笑。憫笑。どの笑顔にも彼女の表情を例えるのは適していなかった。

 強いて言うのであれば―――赤子の如き泣き笑い。

 涙が出そうな程、心の底から感動する。これからの人生が素晴しい、人生が始まるのが喜ばしい。 

 

「ツェリ。あのさ、今更何だけど――――これから宜しく頼むぜ」

 

 ……と、そんな思い出もまた遠い過去でありながら、今の自分にはこの記録を二つの主観で覚えていた。魂も肉体も精神も、混ざり、溶け、三種の存在が一個体に新生した故に当然と言えば当然だった。

 もはや彼女はエルナスフィールでも、ツェツェーリエでも、クノッヘンでもない。

 反魂の理によって転生し、魂が星幽界に戻ることなく生まれ変わってしまった。正しく、冥府の神の権能であろう絶対の理論であった。

 ―――魂を物質化させた人造人間をアインツベルンは手に入れた。

 新たなる当主を迎えた錬金術師は聖杯戦争から脱却し、だが第六次聖杯戦争後、大聖杯製造の秘匿情報が漏洩した。限定的だが第三法の成功例を入手し、もはや不要となった技術に錬金術師は興味を見せず。しかし、先代当主だけは責務としてドイツ・ベルリンで起きた聖杯戦争へ単身回収に向かったが、それは失敗に終わった。ドイツで完成した聖杯は魔法使いが手に入れ、アハト翁は自分の使命に従い死に、古いアインツベルンは消え去った。新たな家系として、魂が物質化された人造人間(ホムンクルス)を量産し、術式を継承していく事が使命となった。そして、やがて真に魔法へ至る為、只管に人造の魂を生み出し続ける錬金術師の家と成り果てた。

 ……こうして、アインツベルンとマキリと遠坂が始めた英霊召喚と聖杯儀式は魔術世界に広がった。地獄のような都市を贄とする儀式が溢れ返った。

 

“ふぅ……けれども、我らに事は無し”

 

 彼女に名は無かった。強いて言えば、アインツベルンのホムンクルスとだけ名乗れる女。

 

“泰山府君の権能―――……我が反魂の死。ふ、ふふふ!

 ああ。しかし、まさか、アインツベルンの錬金術ではなく、陰陽道の呪術で第三法の魔術理論に辿り着くとは、皮肉よなぁ”

 

 カレン・オルテンシアとイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに宝具が仕込まれていたのと同じく、エルナスフィールにも、ツェツェーリエにも、安倍晴明(キャスター)の宝具が仕込まれていたのは至極当然の対策だった。

 カレンの中には、安倍晴明(キャスター)の因子がある。

 イリヤの中には、言峰士人(アヴェンジャー)の因子がある。

 エルナとツェリに英霊の霊基を符術で憑依させる予定はなかったが、それでも念には念を入れるのが陰陽師の心得だ。

 宝具「大悲胎蔵泰山府君祭(たいひたいぞうたいざんふくんさい)」の奥義たる力。

 反魂の死によって、魂と魂を融合し、全く別の魂に転生させる地獄に逆らう術理である。新生するのは魂だけではなく、肉体も、精神も、元のカタチを消失してより高次元の生命体へ進化してしまう許されざる邪法であった。宿敵の陰陽師だった男さえ吐き気がすると嫌悪したかもしれない人間そのものを否定する神秘であるが、清明からすれば陰陽道とは最初からそう言う呪われた理に過ぎなかった。

 だが、それだけではなかった。

 安倍晴明(キャスター)は魂を式神として自在と可能なのは、何も英霊だけではない。あの冬木で死んだ者は無論、まだ魂があの地に残っている魔術師が存在していた。

 至高の錬金術師。大聖杯として分解された人体宇宙。

 魔歩使いの弟子が鋳造せし最高傑作(ホムンクルス)――ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。そもそも大聖杯とは、彼女の魔術回路を魔術式に置換した巨大魔法陣。未だに身体が納められており、アンリ・マユに汚染されて悪神の揺り籠になっても本質に変化はない。その身体と回路さえあれば、清明にとって触媒には十分だった。最初から、第三魔法を使用可能な術者がそもそも冬木市には眠っていることは理解していた。

 つまり晴明はユスティーツァが魔法を使う際、その魔力消費のコストが最悪だったことを知っていた。聖杯戦争などと言う儀式をアインツベルンの錬金術師(ホムンクルス)が行ったのも、魔力源を確保する為であり、根源の孔を空けるのも魔法に至る為だけだ。

 ―――ならば、話は簡単。

 ユスティーツァそのものから必要な因子を宝具へ写し取り、エルナとツェリに複製した術式と擬似回路を移植すれば良い。

 それがキャスターの保険だった。

 そして、カレンとイリヤは自分が死んだ後、もし彼女達が死んだ場合における保険だった。

 カレン・オルテンシアが持つ被虐霊媒体質は、式神との相性が非常に高く、自分の因子を憑依させるのは最適だった。その事を理解したキャスターは、聖杯転生の反魂儀式をカレンにさせる為の契約を令呪もどきで施し、エルナとカレンが死んだ後にその保険が使われた訳だった。更にその儀式成功を保証させる為に、カレンは聖杯のイリヤスフィールにも協力させ、クノッヘンの魂を生贄にすることで今の完全体の蘇生を成功させたのであった。

 

“結局のところ、あの陰陽師を召喚して冬木へ赴いた時点で、アインツベルンはそもそも聖杯戦争なんて必要では無くなったと言うこと。

 それでも戦っていたのは、キャスターの願望と、私の我が儘だけが理由だった訳だ”

 

 竜種を超えた無尽蔵の魔力炉心。

 物理的な損害を無効化する不死性。 

 英霊と同じ神秘無き干渉が効かぬ体。

 三者の魂が混じることで名前を失うことになったが、彼女は永劫の時間さえ取るに足りぬ地獄にしか感じられない程に凶悪な自我を持つ破目になった。魂と精神が、そもそも永遠に耐えられる異次元の領域に至った者共であり、遂にその肉体も永遠を飲み干す何かへと変貌することになっただけだった。

 この女こそ、全ての死徒が望む永遠の存在。

 あらゆる魔術師が望んでやまない空の体現者。

 魔法使いが過ぎ去り、その弟子の魔術師も消え去り、アインツベルンに残されたのは人造人間の錬金術師だけだった。しかし、数百年の時を経て、ホムンクルス達はやっと遥か過去の目的に至ることが出来た。

 

「―――当主様。次世代躯体の鋳造設計図が完成致しました」

 

「ああ、御苦労。見せてくれ……―――ほぅほぅ。中々に尖った遺伝子構図と、魔術回路の設定だな。君、私よりも正直、人造人間製造に向いているよ。

 ここは思い切って、このような名を失くした錬金術師ではなく、才あるホムンクルスが当主にでもならないかね」

 

「御冗談にも程があります。このアインツベルン、ホムンクルスとゴーレムのみが生きる魔法使いとその弟子達の残骸でした。しかし、衛宮切嗣を招き入れたことで、イリヤスフィールが生まれ、人間の魔術師でもある聖杯がアインツベルンになりました。本来ならば有り得ざるアインツベルンの血統に連なる人間を、この家は取り戻せました。

 ……当主様は、そのイリヤスフィールの娘です。

 この家は遂に魔法使いの弟子が造った人工知能のからくり機構から脱し、魔法に向けて進化する錬金術師の家系に回帰することが出来ました」

 

「ほぉ。そう言う考えか、君は。確かに、この家で人間の魔術師は私だけだったな。しかし、それももう、エルナスフィールであった頃の話よなぁ。

 今はエルナであり、ツェリであり、クノッヘンでもある。

 人間の魂と遺伝子を持つが、割合で考えれば、この私もやはりアインツベルンのホムンクルスに過ぎんからな」

 

「―――だからこそ、です。何より、我らホムンクルス、例外なく全て当主様の眷属であり、使い魔でもあり、擬似的に第三法を施されたプロトタイプです」

 

「それは当然だ。そもそも私が体得したこの第三法は、現世へ生み出た生物を高次元に脱する魔術基盤。しかし、根源に赴いて体現した訳ではなく、まだまだ基盤を知り得ただけの状態。キャスターの置き土産に肖るだけの者。未熟な私では、魔法を使える生命体が限定される。適性のある生命体は、未だアインツベルンのホムンクルスのみだ。

 そして、この魔法は生まれた後の生命に施す魔術。

 私は人造人間の鋳造が優れている訳でも、第三法の人造人間を作れる訳でもない。 

 第三法を為そうとしても、この家の術者が創り上げたホムンクルスが存在しなければ無価値な神秘だよ」

 

「それは勿論で御座います。故、貴女以外は当主に相応しくないのです」

 

「肯定はしよう。だが、そう言う意味では、私はホムンクルスを更なる上位存在に昇華するだけの装置に過ぎん。自然の触媒に過ぎない私達を、高次元領域の端末体に……いや、星を不要とする独立体に変革することだけだ。今の我々はもはや太源(マナ)を必要とせず、呼吸の為の大気さえ無用であり、宇宙空間で生存可能な永久機関。

 しかし、そう言う高次元生命体には出来上がったが、その第三法もまだまだ未完成。不老ではあるが、肉体を完全に破壊されるとまだ死に、半端な不死性しか再現出来ていない。無尽蔵に魔力を生成するも回路に制限があり、魔法使いのように無制限の魔力行使が出来る訳ではない。そもそも人型で在り続けるには、まだ肉体の要素がなくてはならない。

 根源に眠る魔術基盤に対する接続度が私では足りず、死ぬことで根源は知ったが、あの境地に至った訳でもないからな。となれば今のアインツベルン、肉体要らずな情報生命体には程遠い。

 ホムンクルスを鋳造する錬金術師と言う観点だけで言えば、魔法使いの弟子が作り上げた人工知能(ゴーレム・ユーブスタクハイト)の方が優秀だろうて」

 

「しかし、八代目はあの神父に出会い、呪われ、人間性に目覚めてしまいました。人工知能として欠落し、だからこそ最高傑作たるエルナスフィール様の作成に成功しました。しかしその所為で、あの人造人間(ホムンクルス)を支配する人工知能(ゴーレム)は聖杯戦争へ赴き、殉死しました。

 ……本当の、アインツベルンの魔術師と呼べる御方は、もはや貴女様だけなのですから」

 

「そうか。変な話をしてすまなかったな。もう下がって良いぞ」

 

「はい。当主様」

 

 聖杯戦争から帰り、三名だった何かは、こうしてアインツベルンで変わらぬ生活を過ごしている。自分の手でも人造人間を造り上げることもあるが、あの死したゴーレムの弟子達のホムンクルスの方がより優れた素体を生み出す事が出来ていた。アインツベルンの研究を進める魔術師として優秀な者や、様々な分野の技術関連に優れた者を作れなかった。そして、何故か分からないが、自分が鋳造したホムンクルス達は例外なく戦闘機能に特化した個体しか造れなかった。宿った人間性も独特な個体が多く、全員が癖のある性格をしているのも解せない。製造遺伝子の元として自分の遺伝子情報を使って製造する為か、気が付けば当主が直接製造した当主直属近衛兵団なんてホムンクルスの管轄まで出来上がっている始末。これの所為で、自分が侵入者と暇潰しで殺し合う機会さえ失う惨事が起きている。

 そんな感慨に耽っていると、唐突ではあるが、彼女はふとあることを考えた。

 

「―――……やはり、名無しでは周りが不便よなぁ。

 私は構わないが、この新生した魂にも何かしらの名前を記録させて上げるのも一興だ」

 

 後に、置き手紙一つで世界にまた飛び出した無銘の当主が消えたことでアインツベルンの工房要塞が大騒ぎになり、捜索部隊が徒党を組んで世界に飛び出る事になるのだが、如何でも良い話である。

 

 

◆◆◆

 

 

「―――で、ここまで暇潰しでやって来たと」

 

「ああ、その通りだよ。コトミネ」

 

「魔術師らしく、研究テーマがあるのならば、工房に引き籠っていれば良かっただろうが」

 

「暇なのよ。つまらん」

 

「当主がそれでは、アインツベルンはかなり苦労していると見えるな」

 

「良いのだ。何かなければずっと停滞し、そのまま精神が腐りそうな家柄だ。ちょっと昔はホムンクルスを作っては消費し、それを繰り返し、かなり血生臭かったが、それももう無くなり、人造人間の待遇も人並み程度に落ち着いている。となれば、この程度の変化があった方が良い。

 イベントも有ればあの家のホムンクルス達も生きている実感を得られるだろうし、私も楽しめる。いやはや、まこと良いこと尽くめよなぁ」

 

「ほう。何だかんだで当主を愉しんで見える」

 

「無論だとも、君。今の私はそもそも人造人間(ホムンクルス)が好きだからな。出来れば、生まれた事を誇って貰いたく、壊れる時も過去を思い出しながら満足して死んで欲しいのよ」

 

 何処ぞの封印指定を受けた賢者を圧殺し、占拠した魔術工房で武装開発をしていた言峰士人の元へ、とても珍しい来客が訪れていた。

 

「そうか。それは立派なことだ。職務は真面目にこなせば面白くない。しかし、エルナスフィ……いや、もう違ったな。ふむ、お前の事は何と呼ぶのが正解なんだ?」

 

 黒髪黒目のショートヘアは彼女の面影があり、アインツベルンのホムンクルスであるユスティーツァ系譜の造形でもあるも、人形以上に作り物めいたこの惑星の人間とは思えない美しさ。いや、美しいと言うよりも、幻のような例えようがない狂気を促す顔立ちであり、まるで雪のような、空のような、無の美貌であった。

 

「何でも良いぞ。名無しでも、名亡きでも、当主でも、アインツベルンでも」

 

「そうか。では、アインツベルンで良いな。まぁ、兎も角だ、お前が持っているその武器、中々に面白い工夫が施された概念武装だ。

 ―――興味深い。

 剣や銃の話をすると饒舌になる衛宮が興奮しそうな芸術品だ。無論、この俺も目から鱗が落ちそうだと驚く程の発想性だ」

 

「流石神父、お目が高い。暇過ぎて趣味に走り捲くり、歯止めが効かず、後戻りが出来なくなった我が礼装に着眼するとはね。

 私流に名付け――シェイプシフター・ノートゥングだ。

 勿論これは、魔術礼装の神秘を引き出す為の呪文詠唱でもあるからな。英霊の宝具のように必殺技を叫んで攻撃してみたいと魂が叫ぶので、適当な擬似宝具も勢い余って組み込んだ。まぁ、そこそこ腕に覚えがある魔術師なので、無詠唱でも自前の礼装程度なら起動出来るのだが、そこは戦場の雰囲気と気分で変わるものよ」

 

「ああ。気持ちは分かるぞ。真名解放は俺らのような狂魔術学者にとってロマンだからな。何より、一般人には通じない素晴しいネーミングセンスだ」

 

 士人も一人の魔術師だ。学生時代は友人の後藤から性格や口調が、少しだけ厨二病、若干ポエマーなどと言われて心外だったが、魔術師ならば誰もが通る道である。そもそも前日見たテレビの内容で口調が変わる変人に言われたくなかった。

 

「当然だ。唱える度に自分の精神を捻じ曲げる程、呪文の台詞に命を賭けるのが魔術師だ。その手のセンスがないと高速詠唱も儘ならない。

 だが狂魔術学者とはまた、身も蓋も無い。根源を目指す魔術師は皆、狂気に駆り立てられているよなぁ」

 

「良く言う。俺もそうだが、お前も本質は魔術使い。根源に興味を抱いていないだろうが。しかし、ふむ……」

 

 と言いつつも、士人は呼吸をするのと同じ様に魔眼化した解析を行う。

 ―――妖装変剣(シェイプシフター・ノートゥング)

 錬金術師の家に相応しい気が狂った魔術理論で運用された礼装であり、ノートゥングの名前に負けない概念武装でもあるようだ。

 

「……これまた脳が痺れる変態傑作。

 ノートゥングはお前の故郷のオペラ、ワーグナーのニーベルングの指輪で名前が出る剣。シェイプシフターは有名な変身妖怪の名前だな。成る程、コンセプトは名前通り剣型の変形武装。

 見た限りでは剣、槍、鞭、斧、鎌、鎚、銃の複合宝具魔剣……―――ふむ。やり過ぎだが、やる込むならこの位徹底する方が、引き籠り体質な我ら魔術師らしいな。

 七種の各武器を一つに纏め、融合させるとは正に悪趣味。俺好みの魔改造だ。嘗てのお前が使っていた魔剣とメイドの骨鎌を骨子に使い、そこへ手当たり次第収集した宝具や概念武装を組み込んだのか。天才宝具技師の超軍師が作った猛将の方天画戟とも似ているが、工学技術よりも錬金術寄りの造りだ。そして、核となる箇所に術式カッティングされた宝珠が使われいる。竜殺しのバルムンクと似た作りだな、興味深い。しかし、生成されるのは真エーテルではなく、虚数元素でもあるようだが、それと違う要素も混ぜ合わせた闇属性の何かだ。

 ……む。何故、この宝珠をお前が持っている?」

 

「ふふ、ふぅふふふふ。不思議だろう?

 だから君は素晴しい変態よ。アインツベルンだと誰もが私を理解不能な変態を見る目付きで距離を取り、苦笑いでうんうん頷いて肯定しかしてくれないのよなぁ……悲しいことだ」

 

「聞いている限り、随分とあの家のホムンクルスも人間性が備わって来たようだな。支配者であり、管理者でもある当主の意志に疑問を持ち、自分の感情と向き合って意思を持つ。お前の努力が報われているように見えるぞ」

 

「大変だった。人間らしさとてでも言うべき情緒だ。自分自身が人間でない故に、この方向性であっているかは分からないのが不安よなぁ」

 

「そうだな。しかし、それならば俺は失礼な事をお前に言ってしまったことになる。人間性などと、人の心が分からない俺が偉そうに告げられる物ではないのでな」

 

「良い良い。私も人間としては半端者だ。なので言峰、私の話を聞け。先程見せた礼装の、君が疑問に思った宝珠こそ素晴しいのだ。それのここ、この部分を見てくれないか?」

 

「むぅ……―――おぁ、うむ。これは現代の魔術式ではないな。魔術世界の伝承に残るものでもない。既存の術式でも概念でもなく、この体系は地球由来でない。まさか惑星外から流れて来た神秘を解析し、お前がアインツベルン流に外側のそれに改良したものか?」

 

「―――その通りだとも、君!

 少し前だが、カルヴァート獣血教会と言う魔術結社が支配する死都を観光した時、こちらの技術提供と交換条件で頂いた魔術礼装の宝玉だ。第三法のちょっとした応用術式と引き換えに、貰った物はこのスペア品だったのだが、虚数の暗黒霊子が霊体に響いて欲しくなってしまった。ついつい、術式位なら良いかもしれんと交換してしまった。

 鍵の魔剣と異本の術式を使って製造された礼装――輝くトラペゾヘドロンである。

 その眼で解析する君なら言わずとも勝手に理解するのだろうが、それでは自慢話を私が出来ずにつまらんからな。故、ちゃんと聞いてくれ給え」

 

「ああ、構わないさ。しかし、鍵と異本?

 獣血教会の、我が弟子(あの娘)の傑作品。いや、“血”作品だな。しかし、あの魔術結社が欲しがるアインツベルンの術式となると……ふむ、そう言うことか。面白くなるなら構わないが、残酷で、可哀想なことだ。果たして、どれ程の人間が生贄に捧げられ、獣血の眷属となることやら。

 となれば、あの学術教団も大忙しだろうて。このまま順調に肥大化すれば死徒の一大派閥と認識され始め、メンバーが激減した祖にも選定されるかもしれんな」

 

 正しく世間話であった。趣味の話に、研究の話に、今の自分の話。時間にして二時間以上も利益が全くない無駄話をしたが、互いに徒労感はなく、ただただ話しておきたいことを、自分の心情から吐き出し続けた。

 とは言え、アインツベルンが来たのはそれだけが目的ではない。士人はこの魔術師が面白いので話をするのも構わず、今の段階で用がある訳ではないのでこのまま会話を続けるのも良かったが、アインツベルンは無駄話を遮って本題を出した。

 

「―――で、聖杯戦争はどうであった、神父?」

 

「良い地獄であった。生き残り、受肉したのがそれぞれの都市で三柱いたぞ。冬木のセイバーも含まれば、受肉して生きているサーヴァントが四体も存在している」

 

「そうか。大分この世も狂って来たな。何より解せんのが、あの大聖杯、感じ取れた私達の魂が本物だった。アインツベルン城にいながらも伝わる程よ。しかし、それは有り得ない筈。大聖杯は一人のホムンクルスから誕生した唯一無二の魔術式。似たような機能を持つ魔術工芸品(アーティファクト)は作れる可能性はあるが、全く同じ物は生み出せない。この世界は、そもそも同じ魂を持つ者が同時期に誕生するのは抑止力が許さず、ユスティーツァはこの世でただ一人。

 ……―――遠坂か?」

 

「だろうな。造ったのか、あるいは……持って来たのか。考えるまでも無く、あれは何処ぞからこの世界に持って来たのだろう。魔術社会では、魔法使いが作った量産型などと言われているが、大聖杯の正体は生きたまま腑分けされた魔術師の内臓だ。

 小聖杯とされるのは礼装だが、根本の大聖杯は生命体。作ろうとして生まれる物でない。

 ……良かったな、アインツベルンの魔法使い。

 この世界でお前達の願望は叶えられ、他の世界のお前達の願望もこの世界で成就する。

 我が師匠は歴史干渉を避ける為、恐らくは聖杯戦争が終わった世界か、大聖杯が解体される事が決まった世界から、冬木の大聖杯をこの世界に持ち運んだのだろうさ」

 

「あの魔法使い、良い塩梅で狂ってるよなぁ。自分本人はこの世界の大聖杯を所持したまま、平行世界の大聖杯を霊脈に接続させたと言うことなのね。

 ――倫敦(ロンドン)

 ――羅馬(ローマ)

 ――伯林(ベルリン)

 大都市で行われた英霊同士の殺し合い。

 その果てに大聖杯は龍脈の太源を喰らい、覚醒した三つの大聖杯を所持したまま、あの魔法使いはまた何処かに消えた」

 

 アインツベルンもアインツベルンで、既に人間が当主の一人しかいないが、表社会や裏社会、そして魔術社会にそれなりの情報網がある。魔術協会や聖堂教会にもそこそこのパイプもあり、世界で起きている大規模魔術儀式程度の情報なら、ある程度は収集可能。

 彼女は父親である衛宮切嗣の名も借り、その手の情報収集をちゃんとシステム化しておいた。

 だから、その話が入って来た時は耳を疑ったものだ。魔術協会のあるロンドン、聖堂教会のあるローマ、そしてアインツベルンの霊脈と繋がっているベルリン。そこに誰かが“アインツベルン”の大聖杯を設置し、聖杯戦争を強制的に発動させた。

 

「それで生き延びたサーヴァントの真名、君ならもう把握しているのだろう?

 何も無い空白から財宝を生み出す聖杯の異界常識―――その悪魔の力を持つ君の目であれば、英霊が持つ宝具(ザイホウ)を解析するのも容易かろう。

 ―――教え給え。

 情報次第では、我々は恩人である君に協力する事を約束する」

 

「無論。特にベルリンでの戦争では、先代アインツベルンの当主もおしい所まで行っていたからな。協力しないで観賞していただけだが、良い闘志だった。アハト翁と契約したサーヴァントも、かなりの強者であったからな。

 ……とのことで、聖杯に到達した亜神は三柱。

 倫敦のライダー―――アシュヴァッターマン。

 羅馬のアーチャー――ニムロド。

 伯林のセイバー――ディートリッヒ・フォン・ベルン。

 どの英霊もアルトリア・ペンドラゴンに匹敵する化け物共だった。中でも伯林のセイバーはアハト翁と契約していたサーヴァントでもあってな、他六騎を下して最期まで戦い抜いた。だが、平行世界の大聖杯目前まで迫ったアハト翁を我が師が殴り、蹴り、潰して殺し、英霊の魂を喰らって完成した大聖杯をディートリッヒの目の前で持ち去った。

 いやはや―――とても良い声、心地の良い叫びであった。

 優勝したと言うのに契約者を無残に殺害された挙げ句、大聖杯の泥で魂を汚染された大英雄の雄叫びはな。何より、遠坂凛への復讐を誓った男の憎悪と殺意は、見ていただけで心が躍る程に感動してしまったさ」

 

 破壊の聖仙。あるいは、滅びの英雄。真名をアシュヴァッターマン。

 塔の涜神者。あるいは、狩猟王。真名をニムロド。

 巨人剣遣い。あるいは、奪還王。真名をディートリッヒ・フォン・ベルン。

 甦った三名は既に姿が確認されている。士人も同じく、全員の姿を聖杯戦争中に目視している。しかし、現在は全員が魔術協会からも聖堂教会からも潜伏しており、所在地も分からず、完全な行方不明になっていた。

 中でも伯林のセイバー、ディートリッヒ・フォン・ベルンはアインツベルンとも縁深い。アーサー・ペンドラゴンとシャルルマーニュと並ぶ三王の一人。単純な強さであれば、間違いなく英霊の座で上から数えた方が早い大英雄だ。士人もディ-トリッヒが持つ巨人剣エッケザックスを知っているが、あれの強さはそれだけでない。

 

「しかし、アレだ。国際ニュースになった三都市同時テロ工作の真相は、この聖杯戦争が原因だったからな。特にアシュヴァッターマンがブラフマーストラを放ったロンドンは大惨事だった。更に今の時代では、ここまで大規模な破壊行為が都市内で起きれば、まず神秘の秘匿は不可能な筈。だが、まぁ、魔術協会にも提供した演算基盤(アウターキューブ)が早速効果を示したか。

 ……いやはや、普及に間に合って良かったよ。

 衛星軌道上に浮かぶ全ての監視衛星の映像にハッキングし、都市内に点在する数千数万の監視カメラの映像記録を改竄する。インターネットに繋がるケイタイも無論、全ての映像媒体が対象となる。しかも、インターネットやテレビを媒体にした軽い暗示によって、これがテロではない別の何かだと疑問に思うことを抑止する。結果、画像一つ漏れ出なかったらしいがな。

 とは言え、ネットから独立した記録媒体には効き難いのが難点ではあるが。後はアメリカであった聖杯戦争のように、生放送などで露見すれば改竄は不可能だが、電子社会における隠蔽は完璧だったな」

 

「ほぉ、何でもしているのだな。あの出鱈目電子演算機、君の発明品だったのか?」

 

「まさか。俺は魔術社会のニーズに応え、金儲けになりそうな商品設定を魔術結社へ提供しただけだ。神秘の隠匿は魔術協会も聖堂教会も第一条件であり、その独占こそ存在意義。同業者にさえばらすのを嫌うあの者らにとって、科学文明を良しとするこの現代社会に神秘の一片でも教えたがるものか。

 俺はただこういう魔術工芸品があれば、この魔術社会で権力を得られると提示したのみ。仮所属している結社の暇な術者連中を口車に乗せ、作らせたのがあの演算機械と言う訳さ。

 とは言え、自分の技術を他人に見せるのを嫌うのは誰もが同じくするところでな。まず最初に俺から技術提供し、協力者候補の知的欲求心を大いに刺激させ、ずるりずるりと引き込むのもまた良い娯楽になった」

 

「成る程。ならば今、資産に困る事もない訳か」

 

「元より金は腐らせる程に持っていたが、更に増加してしまった。貯蓄も個人で消費出来るレベルではないからな。なので……そうだな、最近は金を必要としている面白い人材に寄付しているよ」

 

「悪辣で、相変わらずエゲつないよなぁ、君。それでカルヴァート獣血教会と言う繋がりね」

 

「あれは良い組織だ。守護者の知識として異次元や外宇宙の存在、あるいは異界に住まう真性悪魔の類は知ってはいたが、こうして人間として生きている内に遭遇するとは思っていなかった。神秘生きるこの魔術社会の中においても、あの隠された伝承群は更なる奥底へ沈んだ未知の叡智であろう。

 ―――未知との遭遇は、冒険の醍醐味だ。

 この手の偶然を愉しめなくては、態々世界に飛び出て、求道の旅路になど没頭するものか」

 

「ふ……ふふ。ふふぅふふふふふ。確かに、世界は何でこんなにも愉しいのか、魔法使いならざる身で魔法に至ったが、それでも未だに私は理解出来ていない。

 一度死んで分かったが、生きるのは実に楽しい。英霊が第二の生を望むのも、今の我が身ならば大いに理解できるよなぁ」

 

「ああ、そうだとも。俺は出来る限り、一日の終わりに呑むワインとシメのマーボーを、美味しく楽しみたいだけだからな」

 

 ―――瞬間、爆音が鳴り響いた。

 死徒化していた人食いの封印指定を抹殺して手に入れた工房を我流で改造し、投影品も使って要塞化していた言峰の隠れ家であったが、屋敷に入る為の門が砕き壊された。

 

「言峰ぇぇえええー! 殺さないから出て来ぉーい!!」

 

「そうだ、神父! 今なら顔面を聖剣の腹で叩くだけで許してやる!!」

 

 神父にとって非常に聞き覚えのある声だった。陸海空交通機関の利用情報や、監視カメラの映像情報、人工衛星の監視さえ改竄して逃げ続け、世界の何処かに潜伏する神父をやっと見付けた故の、負の感情がとても籠もった叫び声だった。と言うよりも、弟子と知人だった。

 ミツヅリとアルトリアが、遂に言峰士人に追い付いたのだった。

 

「……お前か、アインツベルン。俺の情報を二人に売ったな」

 

「すまない。世界を旅して浪費生活を送るにしても、実家の資金を使い潰すのは一人の大人として如何なものかと思ってな。お前の情報が金に替わると知り、悩まず売却した。

 故に神父よ、私の暇潰しの為の生贄になってくれ」

 

「人間として成長したことは喜ばしいが、出来れば俺を巻き込まないで欲しかった」

 

「ふぅふふふ! 何時も他人を玩具にしている報いが来たと思い給え」

 

 士人とアインツベルンが居る場所は地下なので、まだ綾子とアルトリアの魔の手は伸びていない。しかし、それも時間の問題だった。

 

「何処だ、バカ神父!!? 出て来ないとイリヤさんに向けて焼き土下座させた後、キャメルクラッチしながら藤村先生に謝らせるぞ!!」

 

「私は怒っていない。だから、出て来い神父。今なら霊体内からエクスカリバーを真名解放するだけで許してやろう。

 例え十二の試練(ゴッド・ハンド)を持っていたとしても、一撃で命を全て奪い取る火力でな!!?」

 

「だそうだ、言峰。早く出て行き、謝った方が身の為だと思……―――早いな。もう逃げたのか」

 

 直ぐ真上から響いて来た叫び声を聞き、正に愉悦と言う表情で士人の方へ顔をアインツベルンは向けたが、既にあの男は綺麗さっぱり消えていた。どうやらこの工房を作った封印指定が、こんな事はあろうかとと言う精神で準備しておいた隠し通路で逃げたようだ。恐らく士人がこの工房を襲撃した時も、この通路で封印指定の魔術師は逃げようとしたのだろうが、解析の魔眼を持つ神父が相手では逃げきれなかったのだろう。

 

「ふむ。取り敢えず、あの二人に言峰を逃がしてしまったことを謝らなくては。実に無念よなぁ」

 

 

◆◆◆

 

 

 名前探しの旅に出て数カ月。アインツベルンの工房要塞に残した弟子のホムンクルスたちに追い駆け回せれながらも、悠々自適に彼女は世界を見て回っていた。だが結局、彼女は日本に戻ってしまった。だが冬木ではなく、京都。この地域の神秘機関に露見しておらず、そも基本は後手に回り行動がグダグダだ。

 監視網を簡単に抜け、アインツベルンは濃厚に神秘が残る魔都・京都の街中を歩き進んでいた。

 目的地は最後に訪れようと考え、色々な観光地を見て回った。剣豪将軍足利義輝が討たれた場所、征夷大将軍坂上田村麻呂に縁深い寺、見るべき面白い所が沢山あった。観光地になっていないが、魔術師などの神秘学者であれば有名な場所も多くあった。たかだか千年前、この都は妖怪と呼ばれる魔獣や、神の血が混じった混血や、鬼種と呼ばれる怪物が跋扈していた魔都だった。聖杯戦争の召喚魔法陣を描けば、場所そのものが召喚触媒になりそうな都市だった。中でもアインツベルンは、安倍晴明と蘆屋道満が陰陽術を競い合った場所も見てみたが、伝説をその身で味わった自分からすれば中々に感慨深かった。

 

「ふぅん。そうか、此処が君の墓か。キャスター、久方ぶりだな」

 

 悲しそうな眼で、それを彼女は見ていた。本当に遺体が入っているのか定かでなく、遺体があるとしても本物か如何かも分からないが、どうしてもこの場所に彼女は来たかった。 

 

「死から甦り、死を克服し、魂を理解した偉大なる陰陽師。なのに、君は死を選んだ。自分の魂が英霊の座に存在することを許した。そんな君ならば、異国の人間のふりをした人型の化け物に仕えるのは屈辱だった筈だ。そもそもサーヴァント何て言う、君からすれば使い魔の式神に過ぎない亜神になるなんて面白くなかっただろう。

 けれど―――私の呼び声に応えてくれた。

 研究者らしい欲望もあったのだろうが、最期は自分の為ではなく、私の為に泰山府君の祭を降臨させた」

 

 墓を見ながら、彼女は笑っていた。

 

「私は―――……いや、私達は今も生きているんだ。だから感謝を。また来るぜ」

 

 そう言って、アインツベルンは墓所から過ぎて行った。キャスターの気配など欠片もなく、感じ取れるモノも何も無かった。

 

“名前か。さて、如何したものか。安直に考えれば、あいつに縁のある名が良い。この命と、この魂は、あの男から授かったものだ。この今の私の精神も、キャスターがいなければ発生しなかった自我だ。とは言え、キャスターの真名は日本名だからな。ドイツ風とまで我が儘は言わないが、せめてヨーロッパ生まれの魔術師らしい偽名程度の韻が欲しい。

 ふむ……安倍晴明、アベノセイメイ、あべのはるあきら。

 アベノ。アベ。ノセイ。セイメー。イメイ。ハルアキ。キラ。ハルア―――ハルアか”

 

「―――ハルア。

 ハルア・フォン・アインツベルン。取り敢えず、我ら三人の魂の名はそれで良いか」

 

 嬉しそうにハルアは笑い、またこの場所に来ようと未来に誓った。寿命はまだ腐るほど有り余り、人類がこの星から消滅しても彼女とアインツベルンだけは生き延びる。第三魔法はあらゆる環境に適応する生命体を生み出す技術であり、人が星の海へ飛び出す時代になれば、宇宙で生きる為に必要となる文明技術の一つでもある。この平行世界の人類史がそこまで辿り着けるかは分からず、その世界線を選べるかも分からないが、ハルア・フォン・アインツベルンは全てを見届けるつもりだった。

 ―――大いなる未来に祝福を。

 ハルアは新生したこの魂で以って、生きられるだけ生き続ける決意をキャスターから貰っていた。







 とのことで、この平行世界のアインツベルンは二次創作では珍しくハッピーエンドでした。人工知能ゴーレム・ユーブスタクハイトは言峰士人の手で第五次聖杯戦争が終わった直後に呪われ、人間性を獲得し、システムが故障し、古きアインツベルン最期の使命を果たすべくベルリンで戦い、人間として死にました。
 ベルリンは平行世界からの侵略により、この世界とは別の並列存在のユスティーツァの遺体(汚染済み)が霊脈に穿たれ、封印されました。魔法使いの手でベルリンの霊脈と、平行世界のベルリンの霊脈が繋がり、一気に大聖杯へ魔力が溜まり、聖杯戦争が始まりました。マスターに選ばれた魔術師はアンリ・マユの逆流により呪われ、大聖杯の知識もインプットされ、何の躊躇いも無く英霊召喚を行い、殺し合い、勝ち残ったのがユーブスタクハイトです。




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行商人の手

 自分、今日から浮世絵師葛飾応為のファンになります! 栄ちゃん蛸可愛い!!
 しかし、元々北斎の絵も応為の絵も有名な画は知ってましたが、知ってる人物がサーヴァントになると引きたくなる誘惑。


 都市を構成する何でもないビルの中、この地獄は生み出されていた。気が狂う程の、真性悪魔の胎の中に変わっていた。既に異界であり、もはや魔界である。

 吐気で胃が震える。

 怖気で心が震える。

 しかし、あの女も元は人間だったのだ。誰もが気付かぬ内に人間を辞めていたが、それでも魔人ではなかったのだ。此処は、そんな悪魔の残り香が漂う地獄であった。

 ―――テスタメント・ビル。

 そう呼ばれるようになった理由を本当は誰も知らない。そして、綾子がそのビルに赴く事になった原因は、本当に些細なことだった。彼女は第六次聖杯戦争後、間桐桜を連れて失踪した遠坂凛と、冬木から逃走した間桐亜璃紗を追うことに決めた後、とある情報を手に入れた。

 数年前、殺生院祈荒と名乗る僧侶が真性悪魔となった場所らしい。

 そんな曰くのあるビル。裏側に言峰士人の気配を察し、あのポトニアテローンと呼ばれる人食い女神も関わっている聞き、綾子は食虫植物のような罠の気配を感じながらも其処へ行くことに決めた。

 

“―――ッチ。ド外道が”

 

 真性悪魔に化すのに必要なのは―――異界常識である。彼らはそれぞれが一つの異世界であり、個別の神秘を宿す超常存在。そして、その異界常識を扱う魔術理論を世界卵と呼び、魔術師は固有結界と呼んでいる。師匠と友人が固有結界の使い手だからか、彼女も固有結界についてはそこそこ知識を蓄えていた。高い空間認知力を持つ彼女は、このビルの歪みを簡単に肌で感じ取れていた。

 綾子が予想するにこのビルでの魔術実験は、言峰が案を提供し、殺生院の協力者である沙条が実行した外法転生だろうと考えた。言ってしまえば逆説だった。真性悪魔が固有結界を持つならば、真性悪魔を生み出す固有結界を造り上げれば良い。今はもう消去されているが、このビルには悪魔化に必要な言峰の投影道具が昔は組み込まれていた。沙条が描いた魔法陣が曼荼羅のように刻まれ、ビルそのものが巨大な転生炉心となる為に魔術式が彫り込まれていた。即ち、このビルは子宮であり、殺生院の為だけの揺り籠だった。

 後に必要なモノは―――地獄。

 魔性菩薩に誘い込まれた生贄達は儀式を行った。連日、女が男を犯し喜び、男は女を犯し尊ぶ。ただ只管に乱交を続けるだけでは無く、ありとあらゆる性の叡智の限りを尽くした“愉しみ”が行われ続けた。やがて、異性を陵辱するだけでは物足りなくなり、猟奇的な魔術儀式も愉しまれた。外から連れ込んだ幼子を男も女も関係無く犯した後、生きたまま解剖し、術式の一部にと内臓と血液で魔力を継ぎ足した。まだ男の肌を知らない清らかな処女を嬲り、犯し、内臓をまるごと刳り抜き、剝製に変えて壁に飾った。好きな女を目の前で犯され、殺され、装飾品に変えられる場面を見せ付けられた男を椅子に拘束し、その後はずっと撮影した惨劇を見せ続けて心を壊した。

 正しく地獄。このビルは、地獄と言う異界と成り果てた。

 そして、殺生院祈荒はその一切合切を喰らい―――自分の心象風景に作り変えた。

 沙条が編み出した術式は一秒も掛からず、ビル内に居た獣を融かし、全て地獄誕生の材料にしてしまった。魔術儀式後に残ったのは、ヒトだった(モノ)が二名のみ。キアラの体は地獄に相応しい肉の悪魔と成り果て、その魂の内側には酒池肉林を愉しみ尽くす自分の為だけの極楽浄土が広がっている。

 人造の真性悪魔―――随喜自在第三外法快楽天。

 誰からも聖人と崇められる魔性菩薩、殺生院祈荒が再誕した地獄(ビル)であり、美綴綾子の目的地であった。

 

“……悪魔の残り香か。胸糞悪いね”

 

 神父が関わっていたのは、最初の構想段階だけだろうと綾子は予想した。事実、そうであった。彼は転生子宮炉を作る為に必要な神代の道具を投影し、魔術式作成に必要と言った沙条に渡しただけだ。後は世界を旅しながら、見守っていただけだった。綾子も少しだけ士人から沙条と殺生院の事は聞いたことがあり、詳細を聞きだした訳ではないが、この場所で起きた大体の出来事は理解していた。

 そして、キアラもマナカも既に退去している。誰もいない筈の建物だった。しかし、神父以外には誰にも気付かれず悪魔が生まれた後、このビルは何時からかテスタメントビルと裏社会では呼ばれるようになっていた。 

 

“表側は人身売買と臓器売買の非合法商会。表側でその二つを主な商売にしてる辺り、相当腐ってるけど”

 

 日本に来た海外マフィアとの貿易拠点。あるいは、暴力団の人身営業に対する仲卸企業。こんな島国にここまで大規模で、且つ安全性に優れた違法組織など有り得なかったが、国家機関では手が出せないように巧妙な隠蔽が施されていた。

 このビルがテスタメントビルと呼ばれ始めたのは、その頃以降なのは確かだった。

 そして、そう呼称されるのは人身売買と臓器売買が原因ではなかった。ここに集められるのは借金で売りに出された者、誘拐と拉致で連れ去られた者、親に売られた者と、色んな人種と年齢の人間以外にも“コレクション”として集められていた。

 文字通り、人間以外の者を収集するコレクターがビルの持ち主だった。

 あるいは、人間を人外に転生させる媒体や装置を使ってコレクションを増やしていた。

 魔術的な整形手術によって貌の造形を好みに変え、体系さえ薬物と手術で細々とした箇所まで改竄し尽くす。人造人間製造にまで手を出している始末。加え、コレクターはバイセクシャルであり、幼児や大人も関係無く欲情する異常性欲者だった。相手が年老いていたとしても、若返らせ、陵辱する変態だった。時には女を男に転性させ、男を女に転性させる程の狂人だった。不必要になった者、魂が壊れた者、生命活動を停止させた者を、表側の人身売買や臓器売買の商品としていた。無論、買い取りもちゃんと行っていた。

 そして、元々ビルのオーナーだったキアラは僧侶であり、自分の教えを広める啓蒙家。このコレクターはキアラの自己啓発セラピー(快楽洗脳)を受け、獣の啓蒙が脳の中で花開き、グツグツと煮え滾った欲望でこの世を汚染する為に解き放たれた魔性菩薩の尖兵。このように自分の支配下にある人間を世に解き放つことは今までなかったが、それをした理由がキアラにはあった。

 ―――言峰神父である。

 あの男の言葉が殺生院祈荒の身の裡に沈んでいた。奴の説法はあらゆる善性とあらゆる悪性を認めた上で、祈荒の在り方を全肯定する教えだった。

 この地上において、人は自分唯一人。

 それは今も変わっていない魔性の女。

 しかして、自分以外に初めて聖職者と思えた破綻者と、自分にはない恋の感情を尊ぶ全能者がいた。この二人は明らかに人間以外のおぞましい獣で在ったが故に、自然と人間(ムシ)として扱うことはなかった。

 そんな神父は、自分の手で同類をこの世へ放っていた。

 キアラはそれを見て、幼い子供がそう思う様に、自分もまた似たような事業を行いたくなった。

 そんな産物が数多に洗脳された殺生院僧侶の宣教師であり、世界各国に存在する放浪信者共。その一人が成したのが、テスタメント・ビルで起こった目を背けたくなる惨劇だった。

 

“噂通り―――悪徳を喜ぶ道楽者の娯楽施設だな。醜い”

 

 結界に覆われていようともテスタメント・ビルに入るのは容易かった。右腕には神父が投影し、自分の霊体の一部となって魔術回路と連結した黄金偽鍵がある。非常に強力な空間魔術の触媒となり、相手にバレることなく結界に門として孔を開けることが可能だった。加えて念動力(サイコキネシス)を扱う超能力者として持つ物体操作能力と、その超能力を魔力で以って強化作用させる左の義手がある。またその義手は機械魔具でもあり、得意とする念力魔術を使う為の触媒礼装でもあり、機械制御で閉ざされた扉を悟られずに開けるのも実に簡単だった。

 ……廊下は静かだった。

 綾子は一振りの日本刀を持ちながら、ビルの中を突き進む。

 一番信頼する魔術礼装である愛薙刀は使うまでも無いと心象風景の門内に仕舞ったままであり、そもそもビル内の狭い廊下で長物は扱い難い。後は腰のホルダーに愛用自動拳銃を一丁下げているだけだった。とは言え装備品はそれだけではなく、英霊化した自分を参考に改良した礼装の軍用外套と、密室での毒対策に魔術防護を施したガスマスクも装着済み。左目の義眼によって周囲を監視し、仕込んだ術式による解析魔術によって、魔術的トラップも、工作的トラップも、全て見抜きながら歩いている。

 魔術師の魔術工房を攻める際、これが彼女のお決まりの格好だった。見た目は不審者そのものであり、気配遮断に似た武芸の一つとして存在感を薄めているが、人間の視覚情報に影響を与える程ではない。狭い廊下なら尚更であり―――

 

「ッ――――――……」

 

 ―――見付かった即座、彼女は敵を抹殺した。声一つ上げさせない早技だった。

 油断している()ならば、刀を振うまでも無い。超能力者として持つ異能を、魔力で行使する念力魔術。通常の超能力者を遥かに上回る出力を誇る綾子の念動力は、人間の首を一瞬で高速回転させる力を持つ。

 侵入したこの魔女を見てしまった者はあっさりと、零秒で頸の中を引き千切られていた。

 そして、砕かれたのは首だけではない。心臓を握り潰し、脳内をミキサーに掛けたようにシェイクする。ここまでされれば、魔術刻印で再生能力を持つ魔術師だろうと死に絶える。相手が魔術師ならば、魔術回路で力場に抵抗されることで念動力は簡単に崩されるが、戦士や兵士としての心得がない魔術師ならば抵抗される前の段階で一気に殺せた。

 加えて今殺した相手は魔術師ではなく、日本独特の種族である鬼種などの魔獣との混血。血の色濃い混血が相手ならば念力での干渉は異能であっさり弾き返され、混血も混血で魔術師の魔術回路とはまた別の神秘に対する防御機構がある。しかし、念動力に対する抵抗力を持たなければ、異能者と言えど殺すのは簡単だった。

 

“屑が。そうやって死んでろ”

 

 言葉にせず、黙ったまま屍を罵倒する。死ねば仏、などと言う潔い思想を荒んだ今のミツヅリは持たない。生きる価値のない屑は、屍になろうとも屑である。ならば、生きていようが、死んでいようが、関係無く不愉快な塵屑はそれ相応に扱うだけだった。

 そしてまた、彼女は娯楽部屋の一つへ潜み入った。

 

「はぁ……はぁ、はぁはぁはぁハぁハァハァハァ!!」

 

「あぁ、美しい。狂おしい。天使じゃぁあ!!」

 

 獣共の喘ぎ声。この部屋には前の部屋と違って女よりも男が多く……いや、薄汚い獣欲に満ちた雄共がおり、犯す為の玩具や拷問器具の鑑賞物にされた少女が数人。誰の趣味趣向か分からぬが江戸時代の役所、中世の魔女狩り、ローマ帝国などで使われいた拷問具が揃えらていた。三角木馬に乗せられて足に重石を乗せられた者、水車に縛られて水責めにあっている者、鞭を打たれ続けている者、熱した鉄の棒で肌を焼かれている者、切り傷に塩を塗り込まれている者。拷問を受けている少女は誰もが美貌を誇り、麗しいスタイルを持ち、そうビルのオーナーに改造された生きた玩具であった。そんな風に拷問用のアンティークとして飾れている少女らの真ん中で、一人の少女が大勢から玩具みたいに犯され続けている。

 全く以って見る耐えない陵辱劇であり、綾子は何の感情も浮かばないまま扉の影から様子を見た。その一瞬で状況を把握し、耐えれないとばかりに行動へ出た。既に扉は閉め、防音処置が施された部屋から音が漏れることはない。監視室の職員は皆殺しにし、監視カメラに姿が映ろうとも問題はない。念力魔術で瞬殺する必要がない状況を綾子は整えたのだ。その気になれば、一秒後には皆殺しに出来るが、彼女は敢えてそうしなかった。

 ……性交に励んでいる男の、何と殺し易いことだ。

 しかも男共は丸裸であり、何処も彼処も斬り放題だった。

 首を撥ねて即死させる、何て生易しい殺し方など選ばない。片腕と片足を斬り、じわじわと出血多量で殺した。腹の上から肝臓を突刺し、捻り、手足の腱を斬った。両目を切り裂いた後、腹を裂いて小腸と大腸を掻っ捌いた。男性器に刃を突刺し、両肩を斬り落とした。様々な斬殺技術で、直ぐに死なぬ様に、だが確実に死ぬ様に、ミツヅリは皆殺しを開始した。

 

「男って生き物はさ、ベットの上じゃ自分を大きく見せたがる。肝の小さい奴でもそうさ。気が狂ったアンタらは子供を使って遊んでいても、そんな馬鹿さ加減が抜けてない瓢箪野郎さ。

 阿保が。性欲塗れで隙だらけだ、雑魚が。

 ――――死ね。

 ただただ死ね。

 豚の様な悲鳴を上げろ。家畜みたいに屠殺されろ、ケダモノが」

 

「や、やめ、やめろぉおおおおお――――グヒャ」

 

 グリャリ、とまるで地面に叩き付けられたスイカだった。倒れ伏した男の顔面を踏み潰した後、脳漿や血液が付いたブーツの底を床と擦り合わせてある程度は綺麗にした。

 そして、この部屋で残った最後の生きた男へ視線を向けた。

 木馬拷問を受けていた少女に鞭を振い、塩を傷痕に塗していた彼は当然のように裸体であり、ミツヅリの振った刀で無防備な肌を膾斬りにされていた。だが、斬った筈の傷が治り始めていた。

 

「ひぃ。ひぃ……ひぃひぃ!!」

 

 哀れにも生き残ってしまった男にとって、ミツヅリは死神であり、どう足掻いても勝てない化け物だった。確かに彼女は人間であり、人外の気配がしない唯の魔術師にしか感じ取れないが、その存在感が余りにもかけ離れている。男も男でそこそこの腕前を持ち、人間を嬲れる人外としての身体能力はあるが、逆らおうと思うことさえ出来なかった。

 

「アンタのその再生能力、混血か。屑め」

 

「ぐ、ぐひゃぁあぅがぁあああああああああああああ――――!!!」

 

 その男の左肩を刃で突き刺し、そのまま壁に固定した。目を見開き、血を吐き出すように叫ぶ男は実に哀れであったが、彼女は何も思わず更に刃を差し入れた。高まる叫びを気にせず、彼女は男を尋問する為に、直ぐに殺し易いように、混血の中年男性と目を合わせた。

 

「……凄く痛いでしょ。これは拷問術式を組み込んだ苦痛の概念武装でさ。昔、手に入れた刀を礼装にしたモノなんだ。高い再生能力で肉体が死に慣れてる吸血鬼が、涙を流して、殺して下さいって許しを乞う程よ。

 そして、これがアンタらみたいな人外の異能者や、魔術回路を持つ魔術師にもっと有効なヤツさ」

 

 右腕の鍵で門を開き、自分の内側から彼女は魔剣を取り出した。勿論、それをそのまま目の前で苦しんでいる悪人へ突き刺し、腹から入った刃が背中から飛び出る事になった。そして、更に妖刀を取り出し、同様に串刺しにした。

 

「どうだ。これは霊体に干渉して魔術回路を機能不全にする魔剣と妖刀だけど、アンタみたいな化生に使えば異能が使えなくなる」

 

「ぎ、ぎ、ぎ、ぎぎぎ、ぎぎぎぎぎぎいぎぎぎゃああああ!」

 

「まぁ、処刑刀で苦痛を与えるのはこんくらいで良いでしょう。心も折れた筈だ。尋問に素直になってくれると、アタシもアンタを楽に殺して上げることが出来るよ?」

 

 肩を刺していた古刀を抜き取り、男は腹に魔剣と妖刀が刺さっただけの状態になった。激痛を与えていた妖刀の刃もなくなり、喋るだけの余裕が与えられた。

 

「―――このビルのオーナーは何処に居る?」

 

「上です!! 最上階にいますから殺さないで下さいィィぃぃいいいいいい!!!」

 

「ふぅん、素直だね。良いさ、痛くしない様にして上げる」

 

「え、え? 本当ですか信じ……でグゲェ、ェ、ぇぇぇ―――」

 

「勿論さ。これでもう―――痛くないだろう?」

 

 苦痛の処刑刀で額を串刺しにし、脳味噌へ直接激痛を与えながら最期の一瞬を混血に下した。

 

「にしても、アンタも理解しがたい愚か者。アタシもアンタら屑と同類じゃないか、信じちゃダメさ。死体に聞いても仕様がないんだけど、アンタは自分に助けて欲しいと言った女子供を、一度でも救って上げた事があったのかな?

 ……でもまぁ、黒幕が最上階にいるのは知ってたけど。

 尋問して殺した奴、全員同じこと言ってるし。けれどこれで、クソオーナーの居場所は最上階で決まりでいっかな」

 

 無価値に嗤って、自分を哂って、死体を蹴り転がした。独り言はただのストレス発散であり、この惨劇を見てしまった苛立ちからモノに当たっただけ。

 そう様変わりした自分を可笑しく思い、心の中で意味を求めず独白する。

 

〝何よりアタシはさ、殺しても良い獲物を選んで罪業を積み重ねる人でなしだよ。行動の邪魔になるなら理論も理屈もゴミにしか感じないし、不都合は棚上げ上等。ウジウジするのは性に合わんのよ。

 感情のまま人を助けたいから、こうやって人を殺し回る悪鬼外道。

 悪党を虐殺することが“普通”の善行であり、殺人の罪が“普通”の悪行にしか感じられない。だけどさ、アタシみたいに手遅れな超能力者だと、どんな地獄の中でも、当たり前な日常でしかなくてさぁ……―――あらゆる善行と悪行が、極々普通の仕事であり、ただの普通のボランティアなんだ”

 

 そうして被害者を助けながらも、ミツヅリは殺し回りつつ、最上階を目指して進んだ。超能力を使い、刀を使い、魔術を使い、銃を使い、虐殺を止めずに幾人も地獄から救い上げた。

 だが―――地獄はそれだけではなかった。

 テスタメント・ビルには人間以外の娯楽商品があるのだから。つまるところ、人間が人外を犯して楽しむ惨劇である。

 ―――数多のヒトと、人間以外の人外が陵辱されている凄惨な風景。

 人間共が、自分の快楽の為に死徒を玩具にして拷問し、強姦する。半人半獣の少女を陵辱し、半人半魚の少年を生きたまま腹を切り開いてレイプする。首輪を付けられた狼耳の美女が、手足を引き千切られた羽を持つ美青年が、誰もがおぞましい所業の中で苦しんでいる。男も女も、大人も子供も関係無い。

 

「あっはっはっはっはははははははは!! 気持ち良いな、楽しいなぁ!!」

 

「それ、この聖なる十字架で魂を清めてやるぞ!! 後でマワして愉しむ為にな!!」

 

「凄いわ良いわ素晴しいわ!! 電気椅子並の電気を流してるのに死んでないわよ!!」

 

「すごーい、アツアツの鉄棒を穴に入れてるのに死なないでピクピクしてる!!」

 

「ひゅー! 首に縄を引っ掛けて空中強姦してるのに死なないなんて最高だぁ!!」

 

「もっともっともっとです!! 苦しんでお願いだからぁぁあははははははは!!」

 

 下の階層は少し大きい部屋か、小部屋が殆んどだった。幾つものグループに別れ、あるいは個人で、各々が好き勝手に少女や、少年や、美女や、美青年を苦しませ、犯して、愉しんでいた。

 だが、人外を愉しむ為の娯楽部屋はかなり広い場所だった。傷から零れた血が溝に沿って流れ、中心の小さいプールみたいな丸い穴に溜まっている。面倒だからか、途中で死んだ娯楽品はその穴に投げ入れられ、まるで血の池みたいな浴場になっていた。

 ……冷静に考えれば、遊んでいる人間も危険なのだ。

 そも人外は人間以上の化け物だ。この娯楽品が反抗すれば普通の人間はあっさり殺され、経営者からすれば密室で人外と客を会わせる訳にはいかない。客が死ぬ事態になり、それを防ぐために警備員と一緒に広場で愉しんで貰っている。何よりこのビルに集まった金持ち共は、ビルのオーナーに選ばれた極上の悪意を持つ人間であり、その悪徳の心を満たす為になら幾らでも浪費する。そして、オーナーが全身全霊で集めて改造した〝コレクション”を褒め称えてくれる大切な同好の輩であり、同じ邪悪を共有する大事な徒であった。

 

「…………っッ――――――!!!!」

 

 一目した刹那、ミツヅリは心の底から憤怒した。憎悪して、逆上して、殺戮を止める良心が無に消えた。有るのは肉体を際限なく稼動させる暗く熱い負の感情であり、理論的に技術を行使する冷徹な理性だけだった。しかし、その根本にあるのは(ヒト)に向けた憎悪。当たり前な筈の義憤は生臭く腐った正義感へ変わり、超能力も、魔術も、今は使いたくないと訴えていた。この人間種(鬼畜生)共を、簡単に殺したくないと憎しみが湧き出た。ならば、痛みなく斬殺する薙刀も、引き金一つで殺せる銃も、今は不必要。

 合理的に斬殺する為、門から刀を二つ取り出した。

 双刃の二刀流となり、近くにいた欲獣(人もどき)を瞬く間にブロック状に分解し、元の形が分からぬ肉片の死骸に変えた。刹那、違うケダモノを殺し、直ぐ様また違うケダモノを目にも映らぬ早技で殺戮する。

 ―――殺した。

 命乞いも、叫び声も、死を恐れる言葉も、生を求める願望も斬り捨て―――殺した。斬り殺した。ヒトの形をした獣を殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。

 ……三十七匹の獣を、ミツヅリアヤコは屠殺した。警備員も抹殺した。

 生きているのは自分と、娯楽品として弄ばれていた人外の化け物だけだった。

 

「―――ハァ、ハァ、ハァ。はぁ……はぁ、ぁははは。

 あっはっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

 血塗れで、肉片だらけになって、彼女は救いのない世界を哂っていた。おぞましい生態で繁栄する人間を嗤っていた。狂い果てた自分を笑っていた。

 衝動のまま―――扉を念動力で吹き飛ばす。

 だが憎悪は一欠片も晴れず、怨念は極まって増えてしまう。

 

「ははははははははははははははははははははは!!!

 あは、はははは……はは、はぁはぁ。ハァ、ハァハァ……ふぅ、グ、ン、んンン―――フゥ、フゥフゥ、ひひひ……あぁぁああああああああああああああああああああああ!!!

 糞が! 外道が!! 鬼畜生が!!!

 なんなんだこれは!! なんだんだよ、これはぁ………!!?」

 

 既に人間への失望は終えたと思っていた。憎悪も、絶望も、尽きたと思っていた。しかし、それでも彼女は人間を見縊っていた。まだまだ理想と希望を捨て切れずにいた。

 邪悪と混沌に―――底など、有りはしない。

 なのに、何故か分からないのに、ミツヅリはこの地獄を〝普通”の世界にしか感じられない。

 

「アタシの魂はどうなっているんだ、これが普通……ッ――――――!?」

 

 それは、超能力者にしか分からない苦悩だった。

 

「なんで、どうして、この心は何も変わらないんだ!!?

 ―――心的外傷(トラウマ)は何故刻まれないの!!

 この人格は何時までも変わらないで、傷も負わずに普通でいられるんだぁ……!!」

 

 美綴綾子の精神は、普通の人間とは違う在り方と感じ方をしている。見ているモノが違い過ぎる。脳のチャンネルが全く異なっていた。

 ―――常識が、違うのだ。

 まるで人間以外の化け物みたいに非常識だった。

 彼女はあらゆる状況下において、自分を含めた全てが普通にしか感じられない。哀れな罪人のように悲痛な叫び声を本心から出しているのに、その精神は平常心を揺らがず保ち続ける。どんな地獄の真っただ中であろうと、人間の営みに呪い犯されようと、精神状態が変わらない。それが超能力者に目覚めたことで、人類の普遍的意識から乖離してしまったミツヅリアヤコのみが所有する常識だった。

 糞が、外道が、鬼畜生がと周りに叫んだのではない。

 あれは彼女が自分自身へ向けて叫び上げ、心の底から漏れ出てしまった罵倒である。

 お前の心は、私以上に不死の怪物だ―――と、師匠の神父から告げられた言葉を綾子はずっと忘れないでいた。

 

「皆殺しにするには、後一人足りないな……―――」

 

 狂った殺意を、変わらない心で呟いた。

 

「―――――消すか」

 

 殺さねばならないと決意する。この所業は、死すら生温い。苦しんだ末に、死んで償う必要がある悪行。しかし、被害者でもない第三者である彼女に、この惨劇を起こした悪人を裁き、殺し、死を尊ぶ権利などない。だが、悪を為した人間を改心させる義務も全く有りはしない。

 言えるのは、誰かが地獄を止めないといけないことだけ。

 その為に皆殺しが必要だった。そして、殺したいから殺すだけだった。

 常に平常心を崩さない彼女は、今までの部屋と同じく玩具にされていた人を器具から解放し、楽な体勢で寝かせて上げた。

 やる事を済まし、彼女は確かな足取りで歩いた。

 目指す場所は一つ――テストメントビル・オーナーが居座る最上階の一室だ。

 

「ようこそ、我が家へ。可愛らしいお嬢さん」

 

 入って来た綾子を見て、最初の一言目がそれだった。この老いた男こそ、ビルのオーナーである惨劇の元凶。彼は丁寧にクリーニングされた礼装のスーツに、高級な雰囲気を纏う魔獣の毛皮のコートを身に付けていた。

 名は、佐藤(サトウ)剣三(ケンゾウ)。年老いた魔術師には珍しく、年齢が外見通り。反転衝動に飲まれて発狂し、その処理として綾子が嘗て殺害した天狗の混血と同じ血族であるらしい術者。彼女は今から斬殺する敵が、昔殺したその混血の親戚であり、サトウケンゾウと名乗る混血の魔術師であると言う情報程度しか知らなかった。

 

「ああ。だけど、もうさようならだ。客も職員が皆殺しになったことを、さっきまで気付かなかった阿保が。だからさ、無能なアンタはさっさと死ね。家畜みたいに殺すよ」

 

 しかし、この男は魔術師だ。サーヴァント程の強さとは言えないが、優れた神秘学者だった。先程まで虐殺していた低級異能者や一般人の類なら念動力で手に触れずとも容易く殺害可能だが、この男にその手は使えない。力場を生成しようとも回路から魔力を流することで崩され、念力魔術は打ち破られるだろう。

 とは言え、空間魔術は有効。尤も、その魔術も相手に直撃させることが出来ればの話だが。

 

「仕方ないだろう。先程まで、出来立てほやほやの美少女の肉体で遊んでいたのだ。娯楽に励んでいれば、他人の命など興味は湧かん。

 ……しかし、これは酷い。全員死んでいるではないか。

 全く以って最悪だ。最初から経営体制を立て直す必要がある。お前のような血気盛んな猪は直ぐ殺すに限ろう……―――む」

 

「……あ、何だよ。これから殺し合う相手だからって、不躾に見てさ」

 

 今から殺す、と殺意を練ろうとした瞬間に戦意を挫かれた。オーナーは素で驚いた表情で、綾子が持つ刀を凝視していた。

 

「その刀は良業物……いや、大業物か。素晴しい。それも、より優れた概念武装の処刑刀して完成されている」

 

「博識だな。この刀はそうさ、代々の山田浅右衛門が懐宝剣尺に記した刀の一つ。勿論、あの処刑人達が実際に首を斬り落とすのに使ったか、死体の試し切りに使ったのか分からないが、大昔にちゃんと人斬りに使われた概念武装だよ。

 銘は確か、一平安代‥…だったかな?」

 

「ああ、その名には覚えがある。あの島の民を楽し気に散々撃ち殺し、空を舞い回って焼き殺し、二つの都市を瓦礫の山に変えた国が、無様に負けたなと日本人を嘲笑った後、何処かへ奪い去った文化財産だったな。

 ……あの時代に消えた、我が国の財宝の一つであろう?」

 

「そうだよ。第二次世界大戦後、アメリカ軍が神社から押し入り強盗宜しく簒奪し、その後行方不明になってたのを偶々見付けてね。アタシが殺してやろうと思ってた敵がコレクションにして持ってたし、良い刀で欲しいと思ったから奪い取った」

 

「盗賊と門番の魔女か……ふん。悪名に相応しい浅ましさと収集癖だ。その強欲、正に俺と同じ魔術師だな」

 

「肯定するよ。だからアンタからも、財宝は根こそぎ奪い取ってやる」

 

「素晴しい。個人の財産とは、他人の財産から奪い取って肥え太るもの。全く以って道理だな」

 

 綾子は偶然にも手に入れた大業物の日本刀を使い、魔術師や、吸血鬼や、異能者を殺した。刀身に染み込んだ残留思念を固定させ、怨念と魔力で以って魔術式と呪詛を刻み込んだ。師匠の士人にも手伝わせ、魔術礼装として、概念武装として、その神秘の在り方を改竄させた。

 故に―――苦痛の概念武装。

 そして、山田浅右衛門は山田家当主が代々名乗る名前。彼らは徳川幕府に仕えた死刑執行人、あるいは罪人や死体で試し切りを行う御様御用だ。数多の人体切断の末、刀の切れ味を熟知した首切り役人が刀の良さを示したのが、懐宝剣尺と言う業物一覧。

 収集癖がある綾子は、こう言う人斬りの業物や、魔剣、妖刀の類が好きだった。

 

「その気狂い方、あの僧侶だけが原因じゃなく、もう反転済みでもあるみたいだな。軍部の将校だったとは思えない下劣さと邪悪さ。元はアンタ、大日本帝国軍の軍人だったって聞いたけど?」

 

「良く調べたな」

 

 だからか、この男は戦争で自分達に勝った相手に悪辣だった。綾子が持つ処刑刀を見る目が、まるで敗残兵みたいだったのはその所為だ。

 

「ついでだが、祖先に天狗を持つ混血の魔術師でもあるんだって?」

 

「今は魔術と錬金術も齧っているが、元は混血の陰陽師だ。神秘の知識は多い程、面白い」

 

 日本には鬼種などの混血がいるが、現代にも混血の陰陽師は少ないながらも存在している。昔の術者で有名な所を言えば、狐との混血である安倍晴明なども名が上がる。土御門の一族もそう言う意味では混血だ。このように陰陽師や呪術師、祈祷師などの日本の神秘学者だと混血の一族はそう奇異する人種ではなかった。

 

「錬金術か。其れは良いね。錬金術師だったら、良い開発品を蓄えてるからな。根こそぎ門に送り込んでやるさ」

 

「忌々しい盗賊め。しかし、あぁ思い出したぞ。そう言えば数年前、反転して狂った我が甥を殺したのはお前だったな。

 ……あの甥は、俺が錬金術を伝授した錬金術師でもあった。

 そして、甥でもあった我が弟子を殺し、あやつが作り上げた作品を収集したのはお前でもあったか」

 

「うん……? あぁ、そんなこともあったね。

 あの殺人現場はまだ覚えてる。十歳にも満たない幼い少女をレイプした後に、生きたまま喰い殺していた畜生混血の師匠だったんだな、アンタ。天狗の血筋は随分とまぁ、気色悪いほど業が深いね。

 でも、あの畜生の作品は素晴しい出来栄えだった。アタシのコレクションに相応しい物だった」

 

 そう蔑み、嘲笑い、綾子は心門(ゲート)から刀を取り出した。年月を蓄えた古い概念武装ではなく、魔術知識と工学技術で作成された比較的新しい傑作逸品だった。

 錬金術で作った特殊合金を研磨した刀。造りは日本刀。

 だが、その本質は如何に工学的な鋭さと丈夫さを極めるかと言う品物。

 天狗を祖に持つ混血の錬金術師が作った珍しい日本刀。そんな刀鍛冶の術者が製作したのもあって、綾子はこの戦利品をとても気に入っていた。人体切断、金属切断と言う観点から見て、この刃物が成す斬撃は余りにも美しい切断面を持ち主(ミツヅリ)に“()”せていた。アトラス院の錬金術師に匹敵する狂気と執念が宿っていた。

 

「アンタの甥は優れた錬金術師であり、且つ凄く良い腕前を誇る刀鍛冶みたいだったな。その才能と技術を快楽にし、混血の反転衝動と戦って生きていれば、もっそ素晴しい日本刀を錬鉄していたと思うと残念でならないさ。こんなにも良い宝を作れる職人が、気色悪い人喰い強姦魔だった所為で、アタシは貴重な人材を惨殺する破目になった。

 ……あーあぁ本当、勿体無い。

 せめて、世間体を保てる程度に正気があればね。勿論、これから殺すアンタもそれに当て嵌まるけど」

 

 右手で握る刀は、素晴しい理念を誇る日本刀であり、碌でもない狂気を宿す兵器であった。そして、ミツヅリアヤコが敵を殺して奪い取った盗賊の戦利品。

 無銘の刀であり、今も名を持たない。それでも強いて銘を付けるとなれば、無銘・対概念刀か。

 

「我が一族は天狗の血筋だが、何処ぞの鍛冶一派の血も混ざってるのでな。現代になって錬金術に手を出したのも、代々から続けている刀鍛冶の技術を高める為でもある。

 ……あぁ成る程。お前はその製作品集も目的か。

 外道を殺し他人から財産を奪い取るから、盗賊。

 魔術師から盗んだ財宝を貯え続けるから、門番。

 その右腕に植え付けている黄金の鍵が、お前と言う魔術師の神秘の根底にある概念か」

 

「御明察。鍵まで見抜くとは素晴しい観察眼。だけどさぁ、それが何?

 人道を失った殺戮者は死ねば良いよ、人権ないし。アンタみたいな化生はとっとと殺害して、これから人を殺せない様にしてから、被害に遭った人を速やかに助けるに限る。

 ついでの報酬として、アタシは殺して良い外道共の財宝を奪い取って、飽くなき強欲な収集癖を満たすだけ」

 

「―――残念だ。

 ならば、殺し合うしかない訳だ」

 

「そりゃそうさ。アンタは死んだ方がアタシの利益になる。殺生院キアラもこの場所に関わってるみたいだし、油断なく皆殺しにしなくちゃ安心出来ないのさ」

 

「……おおお。おぉおおお! ああぁぉおおおおお良い名だ!

 その名は、その名は、その名こそ、キアラ様こそ我ら信徒の希望なりぃいいい!」

 

「―――……何、アンタ? いきなり狂化したの?」

 

 彼女が不気味に思うのも無理はない。殺生院キアラと、その名前を言っただけで老人は突然狂った。先程まで理性的で、論理的な雰囲気を纏っていたが、今は見る影もなく終わっていた。思考回路がショートしたロボットみたいに壊れ始めた。

 

「―――我らが宗主様、キアラ様ぁぁ……あぁ、ああ、あああああ! キアラ様の為の、キアラ様に捧げる我が地獄だ!! あの美しき方を思うだけで魂が絶頂して昇天して死にそうだ!!

 美しい、艶やかしィ、素晴しイィィイイイイ!!!

 キ、キキ、キア、キアラ、ア、アラ、ラキアラ、キアラキア、キアラ、キアラ!!!

 キアラ様ぁ、キアラ様ぁ、キアラさまァ、キアラサマァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 最深度まで狂い果てた殺生院の信者の姿。あの邪悪な僧侶が持つ性欲の産物。魔性菩薩は佐藤剣三が持つ反転衝動を強制的に浮かび上がらせ、自分の術式で更に精神解剖した上で作り直し、発狂させたのだ。今の綾子は知らないが、この天狗もどきはあの僧侶の手で精神と肉体を汚染され、魂が可笑しくなった。

 人間から―――人外へ。

 言うなれば、快楽による転生儀式。

 殺生院祈荒と出会う前、彼は誠実な男だった。混血に生まれながら、鉄よりも堅く冷たい理性によって反転衝動から逃げずに向き合い、自分の力として天狗の血を鍛えていた鋼の求道者だった。振い続ける刀から、剣士として哲学の道を歩む強き武芸者だった。陰陽術、呪術、魔術、錬金術と様々な学問と習う万能の神秘学者として、優れた頭脳を持つ賢者だった。刀鍛冶として代々から続く伝統を守る職人だった。若い頃は戦争でこの国の民が死ぬのが許せず、単身で大日本帝国軍に入って国家を強くしようと足掻いた将兵だった。

 それら全て―――魔性菩薩の快楽に融けた。

 魂に宿っていた筈の尊厳は女の欲望に喰われてしまった。そして、人喰い天狗の血が覚醒し、先祖還りによって魔性へ生まれ変わり、人を完全に辞めたのだ。魔物としての自分を延々と深化させ続けた。男は邪悪と悪徳を最高の歓びにする魔人へ転生した。

 それがテスタメントビル・オーナー、佐藤剣三の正体だった。

 

「お前もコレクションの一匹にしてから犯して回して愉しんで! 我がテスタメントとして永遠に飾って遊んでやろう盗賊ぅぅうウウウウウ!!」

 

 涎を撒き散らしながら叫ぶ姿は人に非ず。人でなしの畜生である。そして、ここがテスタメント・ビルと呼ばれる理由がそれだった。

 テスタメントとは、聖なる契約の意。

 彼が集めたコレクションの一つ一つが魔性菩薩に捧げる贄であり、その叫びこそ聖句である。このビルそのものが、男が縋り続ける愛しき女へと捧げた魔性の聖書であった。

 

「キ、キキ、キアラ様ぁぁあああああああああああ!!!」

 

 天狗としての身体能力と、武者としての戦闘技術。今までの人生を注ぎ込み、魔人は魔女へと空間転移の領域に至った縮地で迫った。天狗の血が可能とする仙道の境地であり、まともな人間には出来ない武芸の極致であった。

 神秘が死んだ現世において、魔道を修めた混血だからこそ可能な業。素晴しき哉、人斬り奥義。

 

「―――間抜けが」

 

 尤も、全て無価値であったが。ミツヅリは手に持つ刀を、初速がない動きでもう振っていた。さも当たり前のように佐藤を斜め上から切り裂いた。その次に胴体を横へ斬り薙ぎ、頭上から股まで両断し、右肩を斬り落とし、左脚を刃で切除し、頭蓋を横から真っ二つに断ち―――斬った。切り続けた。

 相手の肉体が重力に負けて床へ落下するまでの間、刀を只管延々と振い続けた。

 ここまで量産してきた屍と同様に、人型としての形など残さずに、圧倒的なまで惨たらしく鏖殺した。最後は特殊な火葬礼装を門から取り出し、細胞一つ一つを残さず灰にして現世から抹消した。

 

「―――弱いな。アンタ、やっぱ雑魚だわ。

 記憶に全く残らない強さだね。あぁ、だけど、化け天狗の財宝の方はとても良いさ」

 

 堕ちていた混血の日本刀を拾い上げ、うっとりと彼女は笑って喜んだ。刃の紋様が妖しく光り、持っているだけで衝動的に誰かを斬り殺したくなる欲望が脳味噌まで昇ってきた。事実、この刀には惨殺された死者の残留思念が刀身に染み、呪いを宿すことで持ち主を斬殺衝動に汚染する妖刀だった。混血が持つ反転衝動に匹敵する狂気だった。

 しかし、彼女からすれば、そんな衝動も普通の感情でしかなかった。

 ご飯を食べた後に感じるちょっとした眠気や、三時になるとおやつ食べたくなる食欲と変わらない。普通ならば一般人を残虐無慈悲な殺人鬼に変貌させて大量殺人をさせる呪いだというのに、欠伸を我慢する程度の動力で呪いを抑え込めていた。

 

「良いな。良い日本刀だな。言峰か衛宮に今度、ちゃんと鑑定して貰おっと。アタシの眼が持つ術式の解析魔術じゃ、創造理念とかまで詳しく分からないし」

 

 左の義眼を橙色に妖しく輝かせながら、念入りに新しく手に入れた財宝を盗賊として愛でた。そして、このテスタメント・ビルにはまだまだ多くの概念武装(ロジックカンサー)と、魔術礼装(ミスティックコード)と、魔術工芸品(アーティファクト)が納められている。あるいは、金目の物である文化財産も多く有るだろう。

 それら全てを心門内に蒐集すべく、また歩き始める。このビルで助けた者を救助するために人を呼ぶ必要があるが、救助隊が来れば盗賊活動が出来なくなってしまう。綾子はちょっとだけおぞましい邪笑を浮かべ、義眼でサーチした部屋へ向かって行った。

 

 

◆◆◆

 

 

 元々、被害者を助ける組織など有りはしない。目撃者の記憶は改竄するが、深く関わってしまえば殺すしかないのが基本。

 

“言峰が経営に一噛みしてる国際財団の、神秘被害者の保護機構か。最近だと紛争地域一帯で孤児院活動してるって聞いたアサシンの奴も手伝ってるって聞くし。魔術協会や聖堂教会に救援を求められない衛宮が助けた人間の多くも此処で保護されて、ちゃんと最後まで記憶を念入りに改竄して殺さず、しっかり社会復帰してるみたいだし。

 あの神父はド外道なのに、あいつがいないとヤバい程の人間が不幸になって死んでると思うとなぁ。いや、マジでやるせない”

 

 無論、この財団は魔術協会と聖堂教会とも関わり合いがある。人道支援を建前で語っているが、本質は今の社会構造だと、隠匿の為に人を殺すと逆に神秘漏洩の危険が増す。なので、なるべく殺さない様に記憶改竄の段階で手段を抑えつつ、最大効率で被害者をちゃんと社会復帰させる魔術結社の一つであった。何より電子社会であるので、様々な記録情報の隠蔽は霊子演算機で容易く可能。

 何より金なら腐る程。そして、今は更に財産を増殖させている神父は、その資産をこういった魔術結社に寄付していた。むしろ、衛宮みたいな神秘面に理解があり、且つ人道活動をする者を纏め、かなり特殊な国際財団兼魔術結社を作ってもいた。こんな事も暇潰しにしている所為か、魔術社会において結構な権力を持ち、あれはあれで協会にも教会にも高い発言力を持つ異端者だ。

 

「―――お疲れ様です。美綴綾子さん」

 

「ああ、アンタか。そっちもお疲れ様。今は日本にいるんだね」

 

「ええ、はい。元々アジア圏の保護担当ですが、今は特に日本担当すのでね。私達の結社は協会の下部組織でもあり、教会の人道支援団体でもありますので、こう言うのも金になる立派な仕事です」

 

「そうなんだ。あ、アタシは別に人助けで金は貰わないから。その余ったお金は被害者支援に回しておいてね」

 

「ありがとうございます。士郎さんと同じく助かります。現在は何故か、魔宴と名乗る魔術結社からも経済支援もあり、言峰神父からも膨大な寄付金もありまして資金に余裕はあるのですが、金は幾らあっても足りません。

 有り難く綾子さんが辞退した報酬は、人助けの為に消費させて頂きます」

 

「そうか。それじゃそうして頂戴ね。報告書は渡したし、アタシもう行くからさ。頑張ってね」

 

「ええ。いってらっしゃいませ、綾子さん」

 

 そうして、テスタメント・ビル攻略を綾子は無傷で終え、事後処理も財団に任せてまた旅に出る為に歩き出した。

 今回分かった事と言えば、殺生院祈荒の危険性だ。

 元はと言えば、佐藤剣三抹殺計画は行方不明の衛宮士郎がやり残した活動。第六次聖杯戦争もあって未だ討伐していなかった魔術結社単独撃滅作戦である。綾子は正義の味方が何処かに消えたので、あいつがしていなかった後始末として人食い天狗を今回は殺すことに決めていた。尤も、この情報自体は言峰神父から流れ出て来た話であったのだが。

 

〝真言立川詠天流僧侶、殺生院祈荒。

 魔性菩薩、殺生院キアラ。

 真性悪魔、随喜自在第三外法快楽天。

 しかも世間からは、破戒僧の癖して何故か立派に聖人認定されてる著名人。

 うーん、盛り過ぎだよなぁ……アレ、ヤバいし。現代で悪魔化可能なまで強靭な魂って、つまり言峰と同等以上のゲテモノってこと。守護者が倒すべき本物の魔王で、更にもう魔人の領域にいる真性悪魔だって聞いてる。アタシが見たことある真性悪魔だなんて、殺人貴が黒騎士シュトラウトごとブッ殺したニアダークしか知らないな。真性悪魔とか、ぶっちゃけ名前程度の知識量しかないし、詳しい生態や神秘体系は固有結界くらいしか知らないんだよ”

 

 はっきり言うと、綾子はキアラと絶対に会いたくなかった。人間ではないことは知っていたが、魔術社会ではそこまで重要な観点ではない。現代は神秘が弱まったなどと言われているが、それは全体での話であって、個人で見れば明らかに次元違いの化け物がかなり存在している。

 

“今度の相手は、確か……学術教団? カルヴァート獣血教会だったっけ。そう言えば、減った祖のメンバー補充候補になってる奴がボスしてる魔術結社の一つだったな。こいつらが良い財宝を沢山蓄えててくれると、アタシも人助けにやる気が出て、化け物を倒す殺る気にも溢れるんだけど。

 ……いや、まずその前に言峰見付けないと。

 あいつを拷問に掛けて、アルトリアに差し出さないと不義理だったね”

 

 第六次聖杯戦争が終わっても、すべき事は溢れている。消えた遠坂凛と、間桐桜と、間桐亜璃紗もどうにかしなければならない。

 ミツヅリアヤコは先が見えない今を楽しみながら、何時もと変わらず普通に生活を送っていた。











 とのことで、ミツヅリさんイベントでした。
 本当ならこのビルには衛宮が突入してまた人類に絶望する予定でしたが、違うところでキアラさんセラピーを受けてアル中になってますので、仕方ないなぁとミツヅリさんが正義の味方の代わりをしてました。





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七つ夜の里

 FGO鯖で一番好きなのはアルテラでしたが、もうエクステラなので違うなぁと思うこの頃。リリィも居ますし。やっぱりアルテラ・ザ・サン(タ)こそ至高。
 欲しい星5鯖は結局、アヴァロン級に召喚率が遮断されていましたので。マーリンとか理想郷に住んでるので仕方なし。フォーリナ―は降臨者なのにカルデアには降臨してくれませんでしたし。アビーがヨーグルトソースで、葛飾先生が春画で有名な蛸なので、後残す有名な迷信の神もそこそこ。ニャル様とか黄の王みたいな神格も降臨するのかどうか、Ⅱ部が楽しみです。


 ここは日本の何処かだった。嘗て、村人全員が一人だけ残して虐殺された隠れ里だった。最強を誇った父も、自分を身を呈して守った母も、強かった親戚の退魔師も死に尽くした。

 今の彼は娘と二人で生活していた。義理の妹が住んでいる屋敷の実家に居候するのも良かったが、流石の彼でも今更そんな生活を送るほど厚かましくなかった。しかし、断っても経済援助は止まらず、数カ月に一度はこの森にも訪れて来る死人に優しい家族だった。

 それに、そもそも彼は娘を引き取るつもりは欠片もなかった。

 神父の手を借りて情報を隠蔽し、自分が死んだ後の事を託した一人娘である。あの神父の仕事は完璧であり、実家の屋敷にしかと届けられ、普遍的な生活する事が出来ていたのを確認した。よって自分みたいな死人と一緒に暮らそうとさせる訳もなく、赤の他人として一度だけ会えれば良かった。

 ―――寒い冬の夜。

 闇深い森の中にポツンと立てられた屋敷。

 古い日本建築の家に相応しい囲炉裏と、上に置かれた鍋。その温かい炭の炎と、ほかほかの料理を囲み、数人の男女が談話を続けていた。そして、男の傍には黒猫が一匹。猫は囲炉裏の熱気を浴びて身を丸め、静かにまどろんでいる。

 居るのは四人。一人は黒い男、殺人貴。いや、今は遠野志貴と呼ぶべき家主の死人。もう一人は求道僧、臥籐門司。若い女はそんな臥籐の勢いに負けて付いて来てしまった魔術師、間桐亜璃紗。そして最後の一人は女性であり、黒髪に朱眼の人形みたいな幼子だった。

 

「うぉおおおおおおおおお―――神、サイコー!!」

 

「はぁ……そうか。あ、もう一杯お代わり貰うよ。しかし、この五穀粥、凄く美味いな。うーん、生前も死後も含めて、この永劫に堕ちた人生で一番ウマい御粥だな。旨い、美味い。数日前、実家に顔出した時に食べた梅サンドが浄化される程に(うま)い。酒にも合うし。

 ……ああ、話と食事に夢中になってた。

 臥籐、アンタが作った御馳走だ。盛ってやるから御椀を貸してくれ」

 

「粥、サイコー!」

 

「かゆ、さいこー!」

 

 声を上げる臥籐門司を真似て、男の脚の上に座っていた幼い娘が楽しそうに笑った。

 

「こら。止めなさい、未貴(マキ)。この求道僧の真似をすると、ミラクルがうつるよ」

 

「はーい、父さん……」

 

 しょんぼりと俯く少女。自分だった生前の遠野志貴の、その愛娘の頭を撫で、両目を包帯で覆う志貴はうっすらと優しく笑った。

 

「―――どうして。どうして、こうなったの……?」

 

 亜璃紗は、もう何が何やら訳が分からなくなってしまった。最初はまだ良かった。しかし、原初の神性を急に探し始めた門司に引っ張られ、旅の途中で出会った死徒二十七祖候補と、同じく祖候補の錬金術師と、その護衛の元聖堂騎士の本拠地と言う街まで来た。と言うよりも、冬木に負けぬ魔都に来てしまった。ついでにこのアヴェンジャーのサーヴァント、殺人貴―――ではなかったと、亜璃紗は思い直す。

 座に登録された真名が死神、殺人貴(DEATH)と言うだけで名は違うらしい。

 心を読めば、生まれの本名は七夜志貴であり、養子先での別名で遠野志貴と言うのだとか。しかも、何故か白い猫を連れた七夜志貴と名乗る殺人鬼も存在し、その一人と一匹にも旅の途中で出会い、その街に行くまで付いてくる始末。最初あの蒼い眼の詩人っぽい言葉回しの殺人鬼に会った時は、アヴェンジャーだと思って変な声が出てしまい、心を読んで同一人物の別存在だと分かって安心し、実はアヴェンジャー以上の危険人物だと分かって安心感が吹き飛んだ。同一人物の別存在だとか、一体それは何なんだろうと思った。心を読めば理屈は分かるも、同時に殺人鬼が生まれたこの三咲町が凄まじい地獄だと言うことも理解してしまった。

 ―――タタリ、である。

 聖杯戦争が終わってある程度は平穏な土地になった冬木と違い、この三咲町はずっと魔境のままだった。そして、そんな街中を彷徨い、何時も通りに求道活動を行う門司と、その背後で目が死んでいる亜璃紗の二人組。更にこんな魔境で騒がしくすれば、挨拶として管理人の混血が様子を見に来るのも当たり前であり、騒動が引き起こるのもまた必然。死徒の祖やら、その候補やら、真性悪魔化した使い魔やら、固有結界から生み出た魔物やら、うじゃうじゃ馬鹿騒ぎの原因が潜んでいるのだから。

 亜璃紗は、その時点で分かっていた。心を読める彼女は、ここはあの殺人貴の故郷である事を悟り、尚且つこの街に殺人貴が偶に訪れると言う事実を。

 更に両目を腐らせた亜璃紗が、子連れで実家の遠野邸に帰って来た殺人貴とばったり会うのも運命だったのだ。

 

「うぅむ。話だけ聞けば、お主の嫁は正に小生が求めし―――神!!

 人間の理想と欲望が混ざらぬ―――原初の女神!!

 生まれに人間の意識に関わらぬ神など迷信にしか存在せんと思ったが、純粋な星の化身が世に存在する事が分かって良かった。

 しかし、それさえも、小生の夢想にして妄想。空想に過ぎぬ罰当たりな理想の神性であったようだ」

 

 ……とのことで、七夜の里跡地に建てた殺人貴(アヴェンジャー)の家に誘われたのも、門司による手腕だったのだ。探し求めていた原初の神性の、その残滓を悟り、この地に門司が求めるモノが“存在していた”ことを知ってしまった。

 後は簡単。様子が可笑しい亜璃紗を簡単に察知し、彼は心を情熱で滾り燃やして聞き出した。心が読める彼女からすれば、勢い任せの説法のダブルパンチで口を割れてしまったのも当然だった。

 

「生まれが霊長と無関係であろうとも、この星に生まれたからには人間と関わり合うのも道理!!

 ―――成る程。

 この星に、人を知らぬ神はなし!!」

 

 絶望感を門司は味わうも、それを一秒で払拭する。慣れた痛みであり、如何でも良い苦しみだった。

 

「ははははははははは!! 後少し早く、後数年早く亜璃紗と出会っておれば、その原初の神性に辿り着けたやも知れんな。

 ……うむ。

 我が事ながら―――間が、悪かったか」

 

 何でも無いように求道僧は笑って、自分が作った粥をスプーンで掬い、口に運ぶ。誰もが何時も通りのミラクル求道僧だと思うのだろうが、亜璃紗だけは彼の内心を理解していた。

 これは地獄だ。

 心が生み出す煉獄だった。

 ―――痛いのだ。呼吸をするだけで、虚しさが胸を支配する。なのに、男はそれを飲み干し、ただの日常で味わう程度の感情として処理してしまう。

 

「……そうだね。昔のアイツを俺は知らないけど、俺が知ってる彼女は女神なんて柄じゃないのは確かだった」

 

「うむうむ。それに人の(ヨメ)を取るのは小生の趣味ではない。聖書に記された偉大なるダビデ王も、人々が理想と求む神から、その理想通りに在り方を全うした神罰を下されたからな!

 ……となれば、小生が求めた人を救う神は存在せんのか。

 いや、求める事そのものが罪であり、この指の間から零れ堕ちる実感が罰なのだろう。例え、人間以外から生み出た神性であろうとも、その者にも想いが在る。魂が有れば意識があり、精神が在れば人格が宿る。

 理想の偶像だと小生の欲望で決めつける行いは―――正に邪悪!

 ―――神が神として小生を罰するのも道理よ!!」

 

「あー……うん、そうだね」

 

「となれば必然、神でなく、女神でもない。愛の果て、原初の神性を捨て、愛情を尊んだとなれば、崇めべき理想ではない。それは我らの同胞となり得る魂の持主よ」

 

「うんうん、分かるよ。何となく凄く分かるよ、で―――呑む?」

 

「―――呑む」

 

 冷える夜に染み渡る熱燗(あつかん)を志貴から注がれ、門司は一気呑み。

 

「どれどれ、そっちも呑むが良い。破戒僧から注がれる酒など、有り難みが無さ過ぎて珍しい一品だぞ」

 

「成る程。確かに、有り難みはないけど珍しい」

 

 その粥とその他諸々を肴に熱燗を呑み、凄く酒臭いおっさん二人をジトーと見る高校中退した元JKが一人。手に持つ杯にはなみなみと溢れそうなほど注いだ酒。もう何杯目か分からず記憶はアルコールの彼方だが、まだまだイケると肝臓が訴え居ている。

 

「…………ん、ごく――――――」

 

 一気である。酒を飲み合うおっさん二人組を見ながら、死んだ魚のような目を、もっと暗く胡乱気にしながら亜璃紗は酒を飲んだ。飲酒は二十歳からとか知らぬ。酒、呑まずにはいられねぇ―――と、亜璃紗は何度も一気呑みしていた。志貴と門司が呑んでいる二人分以上のアルコールを流し込んでいた。俗に言う蟒蛇(うわばみ)である。

 

「のむー? お姉さん、これのむー?」

 

「―――ぅん……」

 

 そして、隣に幼女が一人。何時の間にか、自分の傍にまで近づいていた。美形の自負を持つ亜璃紗からして、将来自分以上に美人になりそうな子供だ。そして、何故かそんな子供からキラキラした目で酒を勧められていた。

 

「……呑みます」

 

「のめー」

 

 幼女から更になみなみと酒をおかわりされ、それさえも一気に呑んだ。ゲップが出そうになるのを根性で抑え、ふひーと十代女子がしてはいけないおっさん臭い溜め息を一つ。アルコール摂取で小腹が好き、臥籐作ノーマル五穀粥ではなく、梅干し五穀粥を食べた。美味かった。隣にある玉子五穀粥も食べた。涙が出そうになるのを我慢出来なかった。

 

「お姉さん、泣き虫? わたしも泣き虫だよ? おなかがくぅくぅすると悲しいね」

 

「あぁ―――悲しいね」

 

「…………」

 

 幼女に慰められている胡乱気な目付きな少女を、呆れた視線で黒猫は見るが、見なかった事にした。あの求道僧と一緒に此処まで来たとなれば、あの程度の心的疲労で済んでいるのであれば問題ないと、そう思い込む事にした。にゃあ、と鳴くことさえせず、黒猫は再び瞼を閉じて火で温まりながら眠る。沈黙は美徳なのだ。

 物静かな黒猫――レンは、心穏やかに寝るだけだ。

 この二人が屋敷に来た時は驚いたが、主人の志貴が居るならば心配はいらない。レンが張った敵意感知の結界にも反応もなく、屋敷外の森の中にも野生の獣しか感じ取れない。

 

「んー……ぅ、ぅ。すぅ、すぅ……―――」

 

 と、気が付けば、亜璃紗の膝の上で幼子が眠っていた。酒を鱈腹呑む続け、粥を食べ続けたので分からなかったが、透明で清らかで脳に心地よい心を持つ子供は、安心した様子で亜璃紗に寄り添っていた。子供に好かれる事など一度もなく、亜璃紗は不思議な気分だった。

 今までの彼女は、男からは欲望丸出しで好かれるような、しかし同性の女からは嫌われる女性だった。自分の美貌を自慢することはないが、自分が美人で在る事に一切の疑念を抱かないような人物で、子供に愛着などない冷たい女だ。しかし、殺人貴から未貴と呼ばれた子は、まるで子猫みたいに亜璃紗にくっ付いている。

 ……許されないのだ。

 女子供を楽しみながら蟲で犯して、桜さんと一緒に黒い聖杯へ転生させた。

 聖杯化に使えない男を蟲を作る為の材料に殺し、生きたまま使い魔の餌にした。

 犬や猫などの小動物を実験に使い潰し、散々に虐待死させ、魔獣の餌にも使った。

 だが何故か、そんな邪悪を尊ぶ自分の事ながら、驚くほど素直にこの子供が可愛いと亜璃紗は感じた。

 

「―――可愛い」

 

 思わず、口にしてしまっていた。

 

「可愛いだろう、そうだろう。君も未貴の素晴しさに気が付いてしまったか」

 

「―――……え。え、ちょっと殺人貴さん?」

 

 心を読むまでも無かった。この男、重度の親バカだった。酒に酔っているのもあって、娘愛に歯止めが効かない暴走具合であった。

 しかし、解せなかった。元々は第六次聖杯戦争では敵対していた怨敵同士。敵意がない事は示し、臥籐門司の同行者として扱うようにさせたものの、こんな気安く接するような相手ではない筈。あの無慈悲な死神が冷徹な思考をせず、敵味方の関係に頓着しないで亜璃紗が家に来る事を認めたのが、そもそも可笑しな話である。

 

「まぁまぁまぁまぁまぁ、逃げるなって。気にするなって、間桐亜璃紗。なんと此処に、妹が記念に撮っていた未貴成長アルバムがあるんだけど?」

 

 ―――出口などない。ようこそ、素晴しき愛娘空間へ。

 心を読めば読めでこれである。聖杯戦争の時に戦った冷徹な死神はどうやら、ここ数カ月の間に死んでしまったようだ。

 

「あの、その……―――酔ってます?」

 

「酔ってないが?」

 

「嘘だ! だったら何でそんなに目が蒼く輝いてるの!?」

 

 両目を隠している包帯を取り、眼をまるで青色の空みたいに輝かせる殺人貴に戦慄する亜璃紗。彼の目は死を連想させる程に冷たく綺麗で、見ていると自分が屍になったと錯覚してしまう。

 

「やれやれ。まだ分からないか。

 良いかい―――十七分割されて死ぬか、五体無事に生きるか……今選べ」

 

「わぁ。未貴ちゃん可愛いなぁ……!」

 

「だろう」

 

「はっはっはっはっは、愉快! 随分と素直になったものよ、亜璃紗! 愉快愉快!!」

 

 ガトー後でぶっ殺す、と表情に出さずに亜璃紗は憤慨。アルバムを見せられ、確かに可愛いのは可愛いが、はっきり言って他人の家の子供の思い出アルバムなど一切興味など湧かない。そんなモノに価値を感じるのは、実際に子供を育てた親だけだ。

 ……と言うよりも、神も魔も殺す本物の死神が、その蒼い眼を爛々と隣で輝かせていると生きた心地がしない。

 志貴の心を読める亜璃紗は、まだこの殺人貴が自分を全く、本当に一欠片も信用していないのが分かっていた。信頼に値する人間性を持っていないと断じているのも分かっていた。

 簡単な話、見張りなのだ。この地で悪さをした瞬間、命を奪い絶つ惨殺思考が今も脳内で展開されている。

 

「―――グゥー……」

 

 そう警戒しているのに、門司はそんなの関係無いと爆睡し始めた。志貴から勧められた無理なアルコール摂取により、許容範囲を軽くオーバーしてしまった。

 

「寝た。酒が回ったのね」

 

「随分とアルコールが強い男だ。受肉した俺と同等だな。まぁ、君には負けるみたいだけど」

 

「私はそこそこよ。直ぐに酔うけど、そのまま延々と呑み続けられるだけだし」

 

「そうか……―――で、此処での目的は何だい?」

 

 悪さをしに来た訳ではないからか、彼は殺そうとは思わなかった。そもそも、戦争が終わったのにまだ殺し合うのに価値はない。殺し合う為に必要な理由――大聖杯も、既に何処にもなく、アヴァンジャーは願いを叶えている。もし殺害するとなれば自衛の為だけであり、今の彼は誰かの為に誰かの命を奪おうとは一欠片も考えていない。

 その思考を分かっているからか、亜璃紗は冷徹な蟲の魔女として殺人貴(アヴェンジャー)と対峙出来ている。この男が殺人貴と名乗る死神の守護者ではなく、殺戮を楽しむ普通の殺人鬼ならば、とっととこんな街から出て行っていた。

 その為、亜璃紗にとって白い猫を連れる七夜志貴は大分危険だったが、どうも燃え尽き症候群に陥っているようだったので刺激せずにしておいた。むしろ危険だったのは、死徒を軽く撲殺する領域で拳法を極めた女子高生とかだった。

 

「んー……いや、普通にガトーさんの付き添いかなぁ。暇だし。研究テーマを達する為の実験方法がちゃんと決まるまでは放浪の旅をするつもりで、この街は寄り道の一つ。

 それに此処は悪性情報の坩堝が残滓として残ってる魔都だったから。テーマにしてる魔術理論・世界卵の研究材料にも良いから、読み込んだ術式の情報収集にはぴったりで私からしても理想都市なの」

 

「……嘘は言ってないか。隠し事はしてるみたいだけど、こっちに敵対する予定はないのは確かだね」

 

「うん。あの錬金術師みたいに、タタリ復活祭再びとかもしないから安心して」

 

「まぁ、シオンだし。俺が死んだ後も、相変わらずだろうね……本当、うん」

 

「私の異能はこう言う情報を集めるのに滅茶苦茶便利だからね。それに他の魔術師が行った実験データも一緒に苦労せず手に入る。錬金術師さんのエーテライトみたいな万能性は皆無だけど、読み取る事にのみ我が魂は特出してるから」

 

 なので、この三咲町は門司にとっても、亜璃紗にとっても、最高の寄り道だった。求道僧からすれば原初の神性を知る機会であり、覚りの魔女からすれば無限転生者と飲血鬼の実験結果を盗み取る事が出来てしまえた。

 願わくば――人類に遠き第六法を。

 第三法のシステムを成す魔術回路は学習した。第二法の現象も観測した。後は根源に潜るだけ。

 

「けれど、それは目的じゃない。手段だろう。君は何を果たそうとしているんだい?」

 

「――――――根源到達。

 最終的に魔術師はそこを渇望して死に方を尊ぶ。言ってしまえば、私達は神秘を道具とした哲学者に過ぎないから。少し血生臭いし、利益が自分へ還らない貧乏学者だけど、止められない。

 魔術回路を持つ遺伝子がさ―――もっと深淵をって、疼き続けるの」

 

「ふーん。そうか。じゃ、普通の魔術師だ。この町に害がないんだったら、好きにすれば良いさ」

 

「淡白だね」

 

「心の底から興味がない。どうせ、いざとなれば抑止の守護者がどうとでもする。俺の本体は今も尚、この直死の目でなければ救えない脅威に対し、呼び出されては大量虐殺を行っていることだろうしな。

 何よりも、この現世で悪さをするとしても、誰かが君を止めようとする。

 もしも、誰かが君を殺すのだとしても、俺は君の死ではない。

 自分が生み出した罪業の形を知っている間桐亜璃紗ならば、何時かは憎悪が罰となって逃げ続ける君に追い付くことだろうね」

 

「……それって、私の聖杯ちゃん達のこと」

 

「君がそう思ったのならば、それが罪で在ると言うことだ」

 

「そっか。でも、それは別に悪い未来じゃない。けれど、貴方があの聖杯の味方をするって言うんなら―――」

 

「―――しないさ。

 俺はもう、あの戦争と関わり合いがない身。頼まれなければ、他人の復讐劇に横槍をするつもりはない」

 

「だよね。態々、危険な目に遭う訳がないしね」

 

 欠伸を一つして、亜璃紗は全てを把握していた。殺人貴に脅威はなく、この場で一番危険なのは彼の娘―――遠野未貴。

 間桐亜璃紗が見て来た人間と人外の中で、一番有り得てはいけない存在。

 生命体としての存在規格で言うなら、サーヴァントの霊格さえ凌駕している化け物だった。それも今直ぐにでも衝動のまま、隠れ里から出れば住人を虐殺し尽くしても可笑しくなかった。とは言え、心を読む限り、人間には無害な様子。亜璃紗からすれば、可愛らしい小さな竜の子供と言ったところか。

 

「うん、それじゃあ、御馳走様でした。こっちのお話に付き合って貰って感謝します」

 

 ならば―――実のある話はもう終わりだ。街から離れたこの隠れ里は、日本で一番危ない怪物が住まう場所。受肉した守護者の死神と、半ば真性悪魔と化した使い魔の黒猫と、魔を喰らう幼い半人半祖が生きている異界であった。

 

「ああ。こちらこそ、久方ぶりにアルクェイドの話が出来て良かったよ」

 

 しかし、もう夜も深い。今から森を抜けるのも出来るが、酒を飲んだ後だと身が凍える。殺人貴と雑談しながら朝を待ち、まだ眠る門司を叩き起した。その後、起床した遠野未貴にも挨拶をし、二人は七夜の森を出て行った。

 

 

◆◆◆

 

 

「それじゃ、アタシはここまでだ」

 

「ああ、ここまですまなかったな。俺を召喚してくれたのが君で助かったよ」

 

「良く言うよ。左目と左腕を、自分の前世で殺し奪った相手だったんだ。正直、気不味い相手だったでしょ?」

 

「……かもしれないね。けれど、俺は君にラッキーだと思ったよ。それにこうして、受肉するっていう召喚された時の願望を無事に叶えられた。

 今だから言うけど―――生前に、君と殺し合えて良かった」

 

「おぉぅ、今だからって、凄いことぶっちゃけるな。けど、まぁ、良いさ。結果的に、アンタはとても幸運だった。

 ある意味で、あの聖杯が呪われていた事がアンタからすれば、かなり運が良かったんだな」

 

「大声では言えないが、正解さ。勝たずとも呪われれば、それだけで良かったってことだ。泥を取り込んでも呪詛を殺せば精神も正常に戻り、英霊として第二の生をこうやって獲得できた」

 

「アンタは無事に、アタシに召喚されて英霊共と殺し合った苦労が報われたって訳だ。あの憎き殺人貴が幸せになるのはちょっと許し難いが、アンタはあの殺人貴の成れの果てで、魂は同じだろうけど厳密には別人だ。

 だから、一緒に死線を越えた奴が、普通の日常に戻れるのは喜ばしいと感じる。

 もうアンタはアタシのサーヴァントじゃないし、契約も切ったけど――――まぁ、お互い生き残れたんだ。精々、幸せになれば良い」

 

「ああ。そっちも悔いの無い人生を。守護者に成り果て、抑止力の走狗になるとなれば尚更だ。朝日が来ない明けぬ夜を彷徨うのは、永劫の暗黒に沈む為には、自分自分が灯火となる想いを抱き続けないと亡者となってしまう。

 死んだ後、心に残る澱は取り除けない。

 内に残留した苦悩は、魂を永遠に―――呪うからな」

 

「―――うん。死ぬまで生き足掻いて、自分で在る事を頑張ってみるさ。悔いのないように」

 

 そして美綴綾子は、アヴェンジャーとレンに別れの挨拶をさっぱりと行った。車で一人と一匹を三咲町に送り届けた後、直ぐ様未練も無く何処かへ過ぎ去って行った。

 ……と、そんな過去の記憶へと現実逃避をしたくなるような想いを今、アヴェンジャーはしていた。

 

「………………」

 

「………‥‥…」

 

「………―――――――」

 

「………………」

 

「――――で。兄さん、弁解は?」

 

「ありません」

 

 遠野家当主、遠野秋葉。既に志貴は琥珀とも翡翠とも会い、秋葉の部屋にまで案内された。再会を喜ぶも秋葉は琥珀と翡翠を部屋から退出させ、直ぐにでも伝えなければならないことを話すと決めていた。

 

「貴方がここを去り、彼是十年以上です。

 最後の届けは、言峰士人と名乗る胡散臭い神父から聞いた……あの、信じたくない死亡の知らせと、あの子だけ。私なりに姪をここまで育てましたが……はぁ、兄さんなら分かるでしょう?

 私では母親にはなれません。そもそも自分の子供さえ、まとめに愛せているかどうか、自信の持てない女です」

 

 既に、自分の人生へ秋葉は決着を付けている。何時までも兄を思い続け、愛に殉じた彼に囚われるのは少しだけ無様だ。

 混血の親戚から適当な男をお見合いし、結婚したが、その男はもう血に発狂して死んだ。琥珀も翡翠も一度は自分の人生の為に屋敷を出て行ったが、また戻って来てしまった。

 

「ここまで育てましたが、この場所はあの子にとって良くない場所です。

 私は母親として愛してはいませんし、勿論この娘の母親になることは永遠に在り得ません。だけど、一人の人間として強い愛着があり、一人の家族として愛してもいますが……―――もう、駄目なのです」

 

「何故?」

 

「良く聞いて下さい、兄さん」

 

 暗く沈んだ瞳で、秋葉を溜め息のように重く言葉を発した。

 

「言峰神父曰く――吸魔衝動症候群だそうです。

 今までに類にない物だそうで、霊媒医師でもある神父が命名した生まれつきの病状です」

 

「―――吸魔、衝動……?」

 

「……兄さん。血は引き継がれるモノです。私も混血として、少なからず殺人欲求と、吸血衝動や食人欲があります。生まれた時から身に宿り、何時かは人間ではなく、先祖返りした化け物として死ぬ運命です。特にこの遠野家は退魔一族が紅赤朱と呼ぶように、色濃い鬼の血統で確実に発狂します。

 未貴に宿っているのは混血が持つ反転衝動とは別物ですが、性質の悪さは私達以上です」

 

「反転衝動か。しかし、未貴のそれは普通の吸血衝動とは違うのか?」

 

「死徒が持つモノとは違うと神父は言ってました。常時劣化する遺伝子の維持に、他の遺伝子情報が必要と言う訳ではありません。真祖の詳しい生態は知りませんが、恐らくはそれとも異なるものとも。

 ……そうですね、退魔衝動を持つ兄さんも、自分の意識が削られ、人格が薄れる感覚に覚えがある筈です。あの子の、遠野未貴の中にも、似た物が幾つかが眠っています。だから、あの神父は症候群(シンドローム)と未貴の衝動に名付けました」

 

「人格を変異させる衝動が合わさった病状だから、症候群(シンドローム)か。あの神父は、厭らしく真実だけを残していくな」

 

「その通りです。簡単に言ってしまうと―――人外の命を食べたくなる吸血欲望です」

 

「ああ、そうか。だからか」

 

「はい。兄さんの血に宿る快楽欲求と果てた退魔衝動と、真祖が持つ快楽を求める吸血衝動が混ざったモノだろうと言ってました。

 西洋の鬼。吸血鬼……ではなく、確か死徒でしたか。あの化け物も、時間が経てば魔獣なども食べるようになるようですが、そもそも未貴は人外以外の血を求めません。人間を食べることを快楽とはしていません。

 衝動があるのは分かってましたが、それが顕著に出始めた切欠は些細なことでした」

 

「―――まさか……?」

 

「多分兄さんの予想通りです。あの子は当たり前な仕草で―――私に咬み付き、血を啜りました。彼女にとって、この屋敷で私が一番の御馳走なのでしょう。

 ……あれは、私の油断でもあります。

 普段と全く変わらない雰囲気のまま、急に首をやられました。その後はまた大人しくなりましたが、どうなんでしょうかね。シオンと琥珀が緊急で霊薬を作ってくれましたが、欲望を抑えるのも時間と共に難しくなります。

 しかし、分かる事があります。一度の吸血で歯止めは効き難くなることです。私達のような狂った衝動を持てば分かると思いますが、あの類の欲望は幼子が覚えるには過ぎた快楽です」

 

 首に巻いた包帯を撫でながら、彼女は淡々とまだ話を続ける。

 

「しかし、良い点も一つ。未貴はどうやらまだ人間寄りな様でして、調べたところ遺伝子上は人類です。これから衝動に呑み込まれれば分かりませんが、吸血鬼ではないようです。人外の血を求めるだけで、人外を自分の眷属に変える力はまだありません。私の体にも異常はありませんし、むしろ逆に鬼の血を抑え込め易くなりました。

 ……いえ、これは悪い点でもありますね。

 未貴は私の命から血を通じ、人外の魔を吸収したのです。今の彼女は私の異能を学習し、その気になれば温度を奪い取ることが可能となる筈です」

 

「吸魔衝動ね。あの神父、最後に皮肉を残していったな」

 

 俺とアイツの悪い部分も引き継いでそのまま生まれてしまったんだな、と内心で彼は嘆息した。聖杯戦争で勝ち残った願望はこの子に会う為だけにあったが、どうやらまた聖杯でも使わなければ奇跡を起こして救う事が出来ない事態になってしまった。

 

「後、兄さん、最後に一つ。あの神父はこの衝動に耐え切れなくなれば、未貴は最もこの世で濃厚な味―――自分の血を吸い始めるかもしれないと言ってました」

 

「……そうか―――あぁ、そうなんだ」

 

 殺人貴は―――いや、志貴は自分がどんな表情を浮かべているのか分からなかった。今の彼は受肉した上で生き残ってしまい、聖杯を不要としたままサーヴァントとして召喚された理由である願望が果たされてしまった状態。

 しかし、それでも会わねばならない。

 確かに自分は、生前の遠野志貴ではない。契約により守護者に転生した殺人貴の、その死神の分霊だ。だが、自分の魂には記録が残っている。生前の記憶が刻まれている。

 長い間、アルクェイドは吸血衝動と戦い続けた。それも限界に達し、意志の力だけで只管に我慢し続け、抑え続けて―――しかし、決壊してしまう出来事が起きてしまった。

 彼女は、我が子に命を分け与える必要があった。

 普段は吸血衝動を抑える為の力を、子供が無事に生まれる為のエネルギーに変える必要があった。

 生まれた後はまだ平気だった。しかし、出産で損傷した精神は段々と磨り減り、限界を迎える時間が早まってしまった。

 何時かは終わりを向ける限りある魂。

 子供を諦めれば数年か、数十年は理性を保ち、魔王へ堕落することもなかっただろう。しかし、アルクェイドは自分の心と自分の子を比べ、迷わず後者を取った。

 ならばこそ―――言峰士人が祝福するのも当然なこと。

 神父として一度も間違わず生き抜いた彼は、殺人貴と真祖の姫が死んだ後、生まれた赤子の情報を完全隠蔽し、この三咲町へ無事送り届けた。

 届け先は遠野邸。当主である遠野秋葉に渡されたのは、赤目黒髪の幼子。

 それは真祖と人間の混血児。真祖と死徒の混血は確かに存在し、死徒と人間のダンピエールも世界を探せば生きているだろう。

 だが、真祖が人間の子を孕むことなど有り得てはならなかった。

 そして、厄介な事にその女児は不死であり、不老。肉体も完成すれば成長を止め、全盛期を死ぬまで維持し続ける半人半鬼―――否、永遠に生き続ける半人半祖。

 父の退魔衝動と母の吸血衝動を受け継いだ所為か、彼女は人外の血液を好む異端児として生まれ出ていた。

 

「ただいま」

 

「おじさん、だぁれ?」

 

「……ああ―――そうだったね。知らないのも無理はない」

 

 屋敷から離れた庭。翡翠に遊んで貰っていた子供は志貴に気が付き、翡翠は一礼して離れて行った。

 

「俺が未貴の―――父さんだ」

 

「とうさん……まきの、とうさん?」

 

「うん。突然だけどね。こんなおじさんが父さんになるのは、嫌かい?」

 

「やじゃない。とうさんいるの、うれしいよ」

 

「―――そうか。それは良かった。

 だったら突然だけど、これから君と家族になろうと思うんだ」

 

「う~ん……? かぞく?」

 

「うん、家族だ」

 

 こうして、アヴェンジャーは求めた願望に到達した。これから先の未来、どうなるかはもう聖杯とは関係がない事だった。














 とのことで、殺人貴の旅は終わりです。
 彼が士人から受けていた借りとは、アルクェイドとの娘を守り抜いていたことです。レンがこの神父に協力していたのも、彼が完璧に彼女を守って遠野邸にまで送り、魔術協会にも聖堂教会にも情報を漏洩させなかったからでした。


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理想郷の業





 衛宮士郎は失意の底に堕ちていた。大聖杯は冬木から消え去り、間桐桜は連れ去られ、遠坂凛は自分の敵に成り果ててしまった。

 

「―――あ……ぁ、ああ―――アアア、ァアアアアア、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 聞くに堪えられない嘆きの叫び。

 

「何故、何故……何故!? オレは何故―――」

 

 ―――救えないのか。

 そんな疑念が剣になった筈の体を支配し、硝子の心を粉々にして殺している。

 ―――叶えられないのか。

 救いなど、世界の何処にも見付からなかった。正義の味方とは、果たして何の味方をすれば良いのか、今の士郎は悪夢の中を彷徨っていた。だが鉄の心を得た彼は、決して現実から目を離さず、現状から逃げることを良しとしない。

 原因も、理由も、士郎は理解している。

 泥による呪詛は遠坂凛の魂へ至り、大聖杯は魔法使いの手の中に堕ちた。ただ、それだけの話である。

 

「―――……シロウ」

 

 しかし、アルトリアはただただ目の前の現実に追い付けていなかった。敵対していた亜璃紗は突如として逃げ出し、黒騎使徒を囮にして一気に撤退した。そして、その黒騎使徒たちも時間が経てば正気を取り戻し、個人としての意識と自由を復活させ、自分達に潔く投降した。

 そうと把握出来れば話は早く、彼女は魔力放出を全開にし、一気に大聖杯が在ったこの場所まで駆け抜けた。

 

「アル、トリア……―――?」

 

「一体、なにが……?」

 

 大聖杯は存在せず、間桐桜もいない。衛宮切嗣も言峰綺礼も消えている。アルトリアは現状を理解出来たが、その経緯が分からなかった。

 

「遠坂が、全て持ち去った。もう、聖杯戦争は終わったよ……」

 

「――終わり……?

 ですが、そもそも凛は、あの聖杯は何処に?」

 

「遠坂は……遠坂の魂は汚染された。第二法で大聖杯ごと消え去った」

 

「そんな……」

 

 それだけは、何故か有り得ないと思ってしまっていた。あの遠坂凛が大聖杯に負ける等と、アルトリアは予想さえ出来ていなかった。何せ、そもそも凛が泥の呪詛に劣る魂だと一欠片も思えなかった。

 だが何事にも例外がある。言峰綺礼が唯一人の異常だった。

 後にアルトリアは知る事になるが、奴こそが真に呪詛を完全に扱う元凶だった。あるいは、大聖杯の魔術回路を制御基盤を支配していた桜以上に、あの神父は泥の真髄を理解していたのかもしれない。自分の魂と、その起源さえも道具に使い、泥を自分の擬似宝具(霊媒魔術)に応用していた。宿った令呪と呪泥を九年もの長い間、大聖杯の泥海に沈む事で英霊(亜神)の領域にまで深化させていた。

 

「……――――あぁ。凛は、私と同じモノに」

 

 自分と同じ大聖杯の眷属となり―――いや、大聖杯を管理する悪魔へと遠坂凛が変貌した事を理解した。黒化による反転を精神力のみで耐え切り、人格と性格の変貌程度にアルトリアは抑え込んだ。だが桜からの偽装令呪と性的精神干渉による洗脳と、泥と融合させた架空元素による霊体改竄は防ぎ切れなかった。しかし、呪詛を飲み乾すのは並の英霊の魂で可能な事ではない。

 アルトリアは英霊(サーヴァント)だが、凛は魔法使いクラスの魔術師。その彼女が大聖杯の悪意に取り込まれたとなれば、眷属などと言う生易しい事態ではないだろう。

 

「クソ。なんて無様だ。また駄目だった。何度何度何度、幾度繰り返しても失敗する!

 オレは何故―――何も、出来ない!!

 ―――何も、救えない!?

 言峰から教えられて、遠坂からも諭された。一人の力では限界がある。人を助ける為ならば、誰かに頭を下げ、力を貸りて理想を追い求めた。自分と志を共にする者とも知り合えた。裏切られる事も多かったが、それでも走り続けた。

 今回は、この地獄で仲間も多くいた。オレだけでは桜も誰も救えなくとも、アルトリア―――君だって最後は味方になって共に戦ってくれた。

 救えた筈だ!

 出来た筈だ!

 なのに、それなのに―――オレの所為で、遠坂が犠牲になった!!」

 

 あらゆる手段で衛宮士郎は強くなった。言峰から魔術師狩りや死徒狩りの心得を伝授され、遠坂からは魔術の知識と技術を叩き込まれた。まだ何も知らなかった九年前とは比較にならない程に錬鉄され、魔術も、戦術眼も、戦闘技術も、誰にも負けない武器へと成長させた。

 誰が見ても英雄の強さを誇り、ある種のカリスマ性も持つ。

 その上で人を救う為に仲間を集った事もある。自分がそう言うグループに所属していた事もある。単独行動の方が便利である場合も多く、基本は独りで戦い続けていたが、個人の力で限界ならばと手段は選ばなかった。何せ、形振りに拘っている内に人が死に続けている。

 それでも――正義の味方は、理想を叶える事は不可能だった。

 指の間から零れ堕ちて死ぬ命の群れ。十の内、一を殺して九を助ける……何て、そんな単純な理屈でさえなかった。

 そもそも――救えない。絶対に助けられない。

 悲劇はもう既に開始されている。地獄は常にこの世から生み出されている。悲劇となる地獄は、誰かの死で作られている。

 十の内、八の為に二を殺す事もあった。六の為に四を殺す事もあった。

 十の内、全てが消えるのを防ぐ為に九を切り捨てねばならない事もあった。

 殺さないと救えない。救う為に殺す必要があった。最初から人が死んで、死んで、死に続けて、死に尽くして、正義の味方は十の内に誰かが死なねば、そもそも人が死ぬ地獄に赴く事はない。

 

「理想の為に、人を殺して走り続けた。救う為に人を殺し続けた。正義の味方を引き継ぐ為に、その為だけに、犠牲者を求めて彷徨い続けた。

 ―――見知らぬ人を、知っている誰かも理想に捧げた!

 オレは呪われた桜と遠坂さえも救えずに、ただ生贄にしただけの大馬鹿野郎だ!?」

 

 民衆が虐殺され、兵士が虐殺され、誰もが虐殺された。ただの現実だった。自分の手で幾つものそんな地獄に終止符を打ち、それ以上人が死に続けるサイクルを止め続けた。士郎は確かに犠牲者を出さずに、あるいは犠牲者が出る前に、正義の味方と言う理想通りに人助けを行う事は不可能だったが、数え切れない多くの人々を救い上げた。理解ある聡い人間からは、助けてくれてありがとうと感謝され、良くやったと励まされ、貴方のおかげで救われたと涙を流して頭を下げられた。

 その度に――犠牲にした人の顔を思い出す。理想の生贄にした誰かを思い浮かべる。士郎は誰かに感謝されると言う当たり前な幸福を苦痛に感じ、正義の味方として自己の幸せを実感する度に息苦しくなる。

 そして遂に、助けられなかった遠坂凛と間桐桜が―――そんな犠牲者の中に含まれてしまった。

 

「――…………」

 

 打ち拉がれる男の姿を、アルトリアはただ見詰めていた。全身の骨が砕ける寸前で、身動きが取れないだけではなく、士郎の心は硝子みたいに砕ける前だった。しかし、それでも、彼の心は砕けていない。

 ……アルトリアは、それだけは分かっていた。

 自分と良く似た士郎は、自分以上に強い筈だ。どれ程の地獄の中、家族が死んで、友人が死んで、恋人が死んで、何もかもが死んで滅んでも――耐えられてしまう。どんな苦境だろうと立ち上がり、歩き続けてしまう。

 理想に溺れるまでもなく。

 その身体は、機械よりも正しく意志に従って駆動した。

 

「……シロウ。もう行きましょう。ここには何もありません。早く、傷の手当てを」

 

「ああ。そうだな」

 

 ギチリ、と錆びた歯車が合わさったような声だった。それは、硝子と硝子を擦り合わせたみたいな不協和音だった。

 そうして―――エミヤシロウは、冬木から立ち去った。

 終わりが始まった地獄。彼にとって自分を許す事が出来ない記憶。既に過ぎ去った悪夢は脳味噌に焼き付き、男の目に惨劇は焦げ付いた。

 ―――第六次聖杯戦争後。

 衛宮士郎は世界中を探し回った。

 噂が出た国や所縁のある場所を彷徨い歩いた。宛てのない旅路だった。アルトリアをイリヤの家に置き去り、正義の味方は再び一人で世界に飛び出た。

 しかし、今度の旅は目的がまるで違う。今までは人を殺める脅威を排除し、誰かの命を延々と助け続ける活動だった。

 遠坂凛と間桐桜を見付ける事。

 それだけを目的に、彼は彷徨い続けた。

 

「殺生院と沙条か」

 

『ああ。かなり危険人物だが、この世の大半は知り得ている怪物だよ』

 

 そんな時、士人からそんな電話を受けた。

 

『お前も話位は知ってると思うが、殺生院は魔術協会や聖堂教会にも内通者を持つ情報通でな。有名どころな魔術結社は無論、国家機関やら、政治家やら、国連にも“御友達”が多い。誰を真似たのかは詳しく知らんが、手駒を世界中で飼殺しにしている。

 沙条の方は……まぁ、お前の分かっている通り死徒の祖だ。

 あの女は千里眼持ち故に、我が王ギルガメッシュと同じ視界を得ている。その気になれば平行世界や、過去や未来、あるいは地球外領域も探せるだろう。例え魔法を使って平行世界に逃げたとしても、俺の師が何か千里眼対策でもしていなければ見付ける事も可能だ』

 

「成る程」

 

『とは言え、平行世界に逃げていれば捕まえるのは多分無理だぞ。あの沙条だろうが、平行世界に渡るには……いや、お前が宝石剣でも投影して渡せば不可能ではないかもしれん』

 

「感謝する。取り敢えず、探してみよう」

 

『そうか。ではな。俺からの情報は以上だ。吉報を期待する』

 

「ああ。では」

 

 罠かもしれないと思ったが、嘘ではない確信が士郎にはある。あの神父は隠し事を好むが、絶対に嘘だけはつかない。

 全知全能――サジョウマナカは、既にこの魔術社会では酷く有名だった。

 明らかに次元違いの魔術師。根源の渦を制御し、魔法使い在らざる魔法の化身。むしろ、魔導と呼称可能な神霊魔術を行う魔人であった。

 しかし、殺生院祈荒は少し聞いた事がある程度。

 魔性菩薩、と影で噂されている僧侶だとか。曰く付きではあるものの、真性悪魔なのではないかと言う話もある。臥籐門司と、その求道僧に不機嫌そうな顔で連れられた間桐亜璃紗と偶然出会った時に聞いた話であり、その時は何故か言峰士人とも再会してしまったが。亜璃紗とは深く因縁があるも、あの求道僧の手でかなり……いや、今は余分な事をして敵を作っている時間も惜しいと、亜璃紗を見逃す事にした。そして、勢いのまま神父と久方ぶりに料理対決などしてしまったが、今はもう関係ない事だ。

 

“まずは、殺生院と言う者から探すか”

 

 全知全能の魔人を見付けるよりも、まだ表側でも話題となる僧侶の方が見付け易い。あの女を見付けるのは、そこまで難しい話ではなかった。表側の社会でも有名な聖人でもある僧侶だ。居場所を隠している訳でもなく、隠密行動をしているのならば兎も角、飛行機などの交通機関を使えば記録が残る。

 本当なら、こちらが用事のある来訪者。知らせも無しに突然訪れるのは失礼だと思ったが、連絡をして逃げられてもしたら目も当てられない。士郎は隠れて接近し、相手の人となりを把握してから客として接触しようと考えた。

 しかし、それこそが正解であり、且つ間違い。

 自分の所業を巧みに隠していた殺生院の本質を彼は見てしまった。見て見ぬふりさえすれば、ただ問答をするだけの客として殺生院として出会っていれば、沙条を紹介して貰えたかもしれない。だが、士郎はこの女の本性を知ってしまった。

 

「――――――これは……?」

 

「あら。貴方は確か、あの有名な衛宮士郎さん……で、ありましたか?」

 

「なんだ、此処は……―――?」

 

「なんだとおっしゃられても、これは見たままでありましょう。(わたくし)が指導している信者の魔術使いさんの工房でして。

 今はちょっと巷で有名ですけど、ほら―――赤ちゃん工場って知ってますか?」

 

「貴様……」

 

「ふふ。私としては金銭に対する欲望などどうでも良いのですが、この殺生院の宗教法人に寄付金をする大事な施設の一つでして。偶には主人が視察しなければ、大事な信者のやる気も溜まりませんもの」

 

 名前通りの機能を持つ工場であり、研究の為ではない魔術工房。商売を行う為の施設であり、ここは金銭を得る事を目的する商売施設だ。そして、その商売相手は魔術師。特に魔術刻印の継承に悩む魔術師に限定された。つまるところ、寿命までに根源到達が不可能と悟った者であり、彼らに残される手段は二つしかない。

 一つ目は吸血鬼化。

 二つ目は刻印継承。

 不死の寿命で以って悠久の時間を研究し続けるか、より優れた遺伝子と魔術回路を持つ子に刻印を渡すかだ。

 

「ですので、質問には答えて上げます。

 元々此処は個人経営の人身売買でしたのですけど、後にその人が有り難くも私が作った団体に入信しましたの。ですので、こうして私の法人組織が経営にも関わっておりますため、ええ……私も寄付金集めを全部信者任せは如何かと思って、こうして社長自ら現場を視察していると言う訳です。

 との事で、簡単な儲け話ですの。

 優れた魔術回路を持つ女を生産母胎にし、あるいは良い男を全自動精子製造機にしまして。それで金を払った魔術師と子作りセックスさせて、遺伝子と回路を引き継ぐ子を作ります」

 

 とても朗らかに、妖艶で女らしい美女は微笑んでいた。

 

「この施設はですね、魔術師専用の精子バンク兼赤子販売をする商会。私が経営する法人の子会社と言うことです」

 

 キアラをそう言いながら、臨月を迎えて腹部が大きくなった女を撫でる。優しい仕草で、しかし明らかにエロい動きで撫で回した。それだけで耐えられる快楽信号ではなく、猿轡を噛まされた所為でうぅうぅと唸るだけ。涎を垂らし、涙を流し、鼻水さえ零れる程の性的快楽が、キアラの手から胎児が眠る子宮を通して伝わって来る。それが手足をベットの角から伸びる手枷と足枷でX字に縛られ、衣服を剥ぎ取られて全裸にされた女の状態だった。

 そして、キアラと士郎がいるこの場所は、男の魔術師に子供を孕まされた母胎を飼育する為の大部屋。胎児が中にいようとも組織員の玩具にされ続け、時が来れば手術室で赤子を出産し、その子供を金を払った魔術師へ渡す流れとなる。

 だがそれだけではない。他にもまだ、工場で製造機械にされている男と女がいる。

 個室に監禁され、妊娠が確認されるまで延々と魔術師に犯され続けている女がいる。様々な手段で強姦され、日々飽きるまでレイプされ続ける。男は更に悲惨であり、妊娠と言う時間がない。延々と客の魔術師が妊娠するまで精子を吐き出し続け、それを只管繰り返し、やがてそのまま死ぬ。だが死んで良かった。代わりになる製造機械(ニンゲン)は、同じ工場にいる女を使えば簡単に生み出せる。成長を速める劇薬を使えば、数年で成人男性になる事も可能だった。

 

「それが、貴様の本性か―――魔性菩薩」

 

「―――不快ですね。

 こんな程度の悦楽では思春期を迎えた少女の自慰にさえなりません。これはほら単純に、法人組織を運営する為の商売に過ぎませんので。

 ああ……ですけど、貴方はそれで良いのですか?

 このまま正義感に任せて私を殺せば、聞きたい事も聞き出せないと思いますけど?」

 

「……っ――――!」

 

「何と言う……あぁ、貴方は何と言う顔を私に向けるのですか?

 ―――素晴しいです。

 この現実を直視しているのに、認めていますのに、許容することが出来ないと言う顔。健気で、儚くて、とてもとても男らしい英雄の表情ですよ。

 ふふふ―――こんな程度のモノはもう、何度も見た悲劇に過ぎないでしょうに」

 

 士郎はもう、分かっている。殺生院は悪魔だが、この地獄を作り上げているのは他の人間の欲望だった。この女は他者を玩具にし、その想いを踏み潰す事を快楽にしているだけで、地獄を面白がっているだけで、また違う悪意を持つ化け物に過ぎない。この現実を作っているのは殺生院の意志とは別のもの。

 よくある話だ。今回のこれは魔術関連の話だが、表側の社会でも普通に発生している事柄だ。

 人身売買など見慣れている。この人間社会では自分達と同じ人間を商品としている。特に女や子供が良い商品だった。時代が進んで社会が洗練されようとも、欲の営みもまたより洗練されるだけ。資本主義と言う大義を得た社会人は簡単に悪人悪党へ堕落し、喜びながら悪徳を尊ぶ犬畜生に成り替わる。悲劇は増えるばかりで、ただ単に見え難くなっているだけだ。士郎も自分の故郷である平和な日本でも……いや、平和で豊かだからこそ人身売買マーケットが存在している事を知っている。人間を売るビジネスマンにとって日本人は良い購入顧客になっている。

 奴隷売買が許された過去と何一つ変わらない。

 男も、女も、子供も、赤ん坊も、資本主義社会では金に換算可能な仕組みになっている。大量消費する「商品」になっている。中でも女や子供の売買はとても金になる。

 臓器売買の為、性奴隷の為、売春の為、少年兵の為、児童ポルノの為、スナッフムービーの為、肉体労働の為、物乞いの為、犯罪の手先にする為、子供に恵まれない家庭の為、様々な利用価値が存在する。世界中を旅して回れば、何ら珍しくもない悪の宴に過ぎなかった。

 買った子供の両目や手足を潰し、より効率的に物乞いをさせていた人間を殺した。

 精神が病んで壊れても売春させ続け、売り物にならなくなれば女の臓器を売っていた人間を殺した。

 強制的に様々な重労働をさせて、動けなくなればゴミとして殺して処分していた会社の人間を殺し尽くした。

 衛宮士郎が行動したのは戦場が主であり、戦地縮小を目的として動き続けた。相手は兵士であり、テロリストであり、傭兵であり、軍事企業であり、官僚であり、政治家であり、独裁者であった。しかし、こう言う地獄もまた士郎が変えたい現実の一つでもあった。拝金主義が極まった社会では、金のために資本家は何でもするのである。

 恐らくは、金さえあれば刻印継承者を提供する営利システムを作り上げた魔術”使い”も、元々は表側の社会においてこう言う人身売買業界に所属していた人間であったのだろう。魔術師に商品を売る魔術使いはこうして生まれた。協会や教会からも隠れて人身売買を行い、膨大な利益を生み出していたのだろう。哀れなのはその末に殺生院キアラの術中に嵌まって信者になった事だが、悪意は更に大きく膨らみ上がって成長した。

 

「だってほら、人間は人間を消費してお金を生み出していましょう。今まで興味もなくて知りもしなかったのですが、こう言うのは資本主義って言うらしいですよ。商品に出来るのでしたら、何でも売り買いするようです。

 なので、正義の味方みたいに頑張っている貴方も思った事がある筈です。人間を虐げて利益を得る欲深い獣、こんな奴ら―――人間以下の畜生だって?

 人間で在る自分と比べて、醜い虫だと感じませんか?

 全く実に下らなく、哀れな動物だとは思いませんか?

 なのに、どうしてこんなにも面白くて、気持ち良いのか。私、とても昂ってしまうのです」

 

 そのシステムに、キアラは偶々目を付けてしまった。時が経てばとっとと飽きて、信者任せにして自動的に金銭を得る様になるのだろうが、今は暇潰しの娯楽として商売と言うものに手を出していた。ただ単純に、自分が気持良くなる為の快楽がないだろうかと、そんな事を探すだけの求道として活動に励んでいた。

 

「貴様は、性根が腐っているようだな」

 

「何と言う事でしょう。私に用事があって来訪したと思ったのですが、要件を聞く前にそんな不躾な台詞を吐いて良いのでしょうか?

 貴方の質問に答える気が削がれてしまうかもしれません。ええ、残念な事ですが」

 

「―――良く言う。

 他者を騙し、悦に浸る悪党が。言峰に紹介された故、情報を持っているのは確かだろうが、正直に言う気などないだろう」

 

「言峰―――……あぁ、あの神父。アレから私の事を聞いたのですか」

 

 しかし、キアラの気配は一新された。

 

「まぁ、それなら早く言って下されば宜しいのに。そう言う事情でしたか。ええ、良いでしょう。

 貴方の要件は……あら、元帥殺しのトーサカ・リンについてですね」

 

「……―――」

 

 自分の話をしていないのに、こちらの事情を知り得ている模様。しかし、この程度の不自然な怪異に動揺してしまう程、士郎はもう若くはなかった。

 

「その人の居場所となりますと、私よりも適任者がいますね。恐らくは、この世界で確認できる場所に居るとは思えませんし、私の“目”もまだそこまで深化している訳でもないですから」

 

「―――沙条か」

 

「ええ。そうですよ。獣の目を持つあの人でしたら、見付ける事も可能かもしれません。よって、貴方が私の言う事を聞いて下さると言うのでしたら、会わせて差し上げましょう。

 この施設を……いえ、この私の宗教法人を見逃し続ける事を、契約すれば―――と言う、簡単な条件でありますが」

 

「そうか。ならば、仕方がない。契約を結べば、沙条を紹介するのだね?」

 

「ええ。勿論―――契約破りの宝具も、この契約に限り封じさせて頂きますが」

 

「……―――さて、どういう事かね?」

 

「ふふ――――――」

 

 キアラとて士郎が動揺なく契約を受けた事を疑問に思い、揺さぶりを掛けた自分自身が少し動揺した。だが、士郎が即答したカラクリさえ見抜いてしまえば、簡単な種も仕掛けもある手品(マジック)だ。あらゆる剣を投影する剣製の魔術使いであれば、魔術師が行う魔術契約など在って無いような束縛だ。

 だが、それ以上に見逃せない事がある。

 士郎が持つ手札が、悉くキアラに身破れている点だ。

 

「―――正解ですよ、正義の味方さん。間桐亜璃紗、とでも言えば貴方も分かり易いでしょうね。

 この施設はとうに私の魔術で汚染された結界でして。貴方も入る前に解析魔術で見て、安全だと思って此処まで来たのかもしれませんが、そもそも魔術や魔眼を通してこの私の結界を知覚しますと、私の幻惑と洗脳が対象者の精神心理へ発動します。

 何の異常もなく安全だ―――と、そう錯覚してしまう術式ですよ」

 

「―――ッ……!」

 

 今の危機的状況を士郎は漸く悟った。既に相手の術中に嵌まっていた。つまるところ、この殺生院の結界内に居る術式対象者は心理防壁を知覚出来ずに透かされ、思考回路をキアラに盗み取られていると言うことだ。だが、効果は勿論それだけではない。

 

「そして、これが―――幻術と言うものです」

 

 士郎の目が持つ解析魔術を欺くのではなく、根本の物事を認識する意識そのものを狂わせる。どんな魔術で見破ろうとも、精神そのものが騙される。そして、殺生院の術式を詳しく直視すればするほど、幻惑効果も必然的に高まるのも道理。士郎とて強靭な精神力で防壁を作り、魔力による防御機能もあるが、この僧侶は魂自体に干渉する悪魔である。見破るにはまず、前条件としてキアラの特性を知らなくては対応不可能。

 ―――背後に、女は最初から立っていた。

 もう身動きすることも許されない。結界によって亜空間に潜まされていた黒い手が士郎を掴み、身体と精神を束縛してしまっている。

 

「さぁ、懺悔の時です。

 理想の彼方を焼け焦がし―――浄土の中へ、(トロ)けましょうや」

 

 

 ―――と、そんな過去を悪夢として見る毎日。

 

 

「あー……――あぁ、オレは何故」

 

 あの場所からどうやって逃げ出したのか、もう殆んど覚えていない。あの悪魔と戦ったのは、固有結界に登録した夫婦剣の記録から読み取る事は出来る。しかし、頭の中を巡るのは地獄の記憶だけ。昼も夜も無関係に脳裏には、自分が見続けた世界がグルリグルリと思い浮かび、五感で以って悪夢が延々と再現される。

 起きてる時も悪夢が甦り、寝れば地獄を蘇って目が覚める。

 酒だ。酒を飲むしか許されない。鞘による加護の所為でアヘンを使っても中毒性がなく、薬物や魔薬だろうと問題なく解毒してしまう。過度のアルコール摂取も効かず、甘い酒を飲んで誤魔化すしかない。士郎は逃避さえ許されず、脳細胞が悪夢で茹で上がり、狂気がアルコールと一緒に血管の中を巡り回る。

 

「あぁ。あー、あーあー……あぁあぁ……何だったろうか」

 

 手に取った酒を飲む。呑む。また呑んで、呑み干して、グラスにまた酒を注ぐ。そして、一気に一口で飲み乾した。

 ―――死だ。

 思い出し続けるのは、苦痛だ。

 殺した。殺した。殺した。死んだ。殺した。殺した。射った。殺した。斬った。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。焼いた。殺した。殺した。壊した。殺した。殺した。殺した。殺した。刺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。潰した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。

 ―――殺したんだ。

 とても多くの人間たちの生命を奪ったんだ。

 幻聴が良く聞こえる。幻覚が良く見えてる。

 人を殺した思い出が、自身へ刻み込まれる。

 過去の現実で殺して、現在また殺している。

 色んな地獄に遭遇し、あらゆる悪を滅した。

 あらゆる悲劇を見て、簡単に人が絶命した。

 今までの記録が士郎を汚染していた。魂が歪むような絶望を繰り返して悪夢の中で具現していた。

 老若男女関係無く助け、老若男女関係無く殺す。人を殺す脅威となれば、誰でも無関係に殺した。資産家だろうが、政治家だろうが、支配者だろうが、社会的地位に関係なく、問答無用で理想の為に殺し尽くした。

 殺した記憶と、死んだ人間の記憶全てを思い出した。

 殺した人間と、死んだ犠牲者の姿を掘り返し続けた。

 理想の為の生贄が未練となって士郎から人間性を剥奪し、薄れた自意識を後悔が纏わり憑く。

 

「……シェロ。そろそろ」

 

「ルヴィアか。すまないな、すまない。ああ、あれだ……何がすまないのだろうか。私は、オレは、何で此処で生きているのかね?」

 

「―――――――――……」

 

 毎日の記憶が断続する。特にキアラから何かの術式を受けた直後の記憶は全く無く、今は朧な記録だけが脳に残っている。自力で何かをしてキアラの異能から逃れ、幾らか相手に傷を与えたが、そのまま逃げ去ったのだ。あの施設は多分今も健在で、悲劇をそのままにして正義の味方は負けたのだろう。

 尤も、そんな敗退を後悔すると言う感情も―――薄れたが。

 最近では昨日の事も思い出せない日々を繰り返すだけになってしまった。しかし、まだ致命傷ではない。理想は死んでおらず、身体は衛宮士郎を裏切らず、義務感と強迫観念に突き動かされ鍛錬だけは続けてしまっている。もう今となっては理想だけに依存する人型の何かだった。

 正義の味方は―――理想を抱いて、溺死した。



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エピローグ
最期の聖杯戦争


 麻婆豆腐は型月の中華料理にて最強。異論は認めます。作者は炒飯が一番好きな中華料理ですが。
 とのことで、マーボー最終回です。



「―――ふむ。良い未来だ。

 聖杯戦争は世界全てを巻き込み、冬木の地に運命が集約する」

 

 そう独り言を漏らすのも無理はない。想像した以上の至高の悪夢が言峰士人の目の前で実現した。

 

「この世の冬木の大聖杯と、平行世界から並列存在として持ち込まれた三つの大聖杯。

 ―――何と言う奇跡だろうか。

 第二魔法によって第三魔法が生み出され、根源の渦が幾つも具現する神代を超えた異次元の領域」

 

「……んー? ボソボソ何を言ってるカ、士人?」

 

「ああ、すまないな。店長、迷惑を掛けた。余りに久しぶりだったので、今まで禁断症状に悩まされていてな。その反動が出てしまった。

 この泰山の麻婆豆腐が食べられない日々は、まこと悪夢であったぞ」

 

「―――そうアルカ!

 いやぁ、士人は相変わらず料理人を誉めるのは巧いネ。サービスに、麻婆豆腐をまたお代りするなら、激辛よりも更に辛い地獄の泰山級の、真なる辛味を足してもいいアル」

 

「―――素晴しい。更にこの麻婆豆腐が美味くなるとは、神父として天の奇跡と呼ばずにはいられない。名前的には、地獄に住まう獄卒の加護なのだろうがな」

 

「ハッハハハハハハ。またまた上手い例えアル!」

 

 そう笑って、中華飯店泰山魃店長はキッチンに戻って行った。そんな後ろ姿を見て、神父の脳を疑問が支配する。見た目は何故か、士人が子供頃から全く変わっておらず、今となっては自分の方が年上に見えてしまう様になっていた。明らかに可笑しな事態になっていた。既にこの店で士人がマーボーの衝撃を受けて二十年以上経過しているのに、店長は二十年前から二十代程度の小柄な女性の姿。もしかしてこんな辛い麻婆豆腐が魃店長の主食になっている所為で、苦行を身の内に積み重ねた果て、仙人化してるかもしれないと神父は予想いていた。

 やはりこの店の麻婆豆腐、使ってはならない漢方薬やら、成分不明の香辛料とか使われているに違いない。

 そして白状するなら、士人が解析魔術を使っても何故か、この麻婆豆腐には解析出来ない無明領域が存在していた。訳が分からなかった。星の聖剣や、地獄の原典である乖離剣並の神秘で在ると言うことのだろうか。名前的には泰山を冠する麻婆豆腐なので、乖離剣の親戚とも呼べるのも偶然の一致なのか。確かに構成材料全てが生物の細胞であるので解析し難いのは当然だが、他の料理であればそれなりに解析魔術は機能しているのだが。

 

「ふぅふぅ、ぐ……―――ンム、はむ。ゴク―――ふぅ、は……―――」

 

 そんな意味不明な事まで考えてしまう程に、神父は麻婆豆腐を食べることに集中していた。

 

「―――ンム、はむ……ゴク―――ふぅ、はふはふ……く―――ごくぱく……」

 

 しかし、確かな事が一つある。好物を食べることで精神が高揚し、霊体が香辛料に反応し、何故か奇跡的に神父の魔術回路は微妙に活性化していた。そのことを考えれば、泰山のマーボーには何か有るのは確実であり、しかし神父は全てを許容した。

 ―――だって、美味いし。

 理由としては本当にそれだけである。

 麻婆豆腐を賛美せずに、神と人の為に異端を滅する気力など湧きはしない。

 

「――――――言峰」

 

「何だ、衛宮か。アルコール中毒に苦しんでいると聞いたが……ふむ。いや、良かった。無事な様だな」

 

 丁度今この瞬間、泰山に来店した人物。死んだ魚の目をした男――衛宮士郎が、此処にいる成り行きは簡単な話だ。言峰は殺生院から逃れた衛宮を拾い、あの後ルヴィアに預けていた。物の序でにもう頃合いで良いだろうと、衛宮の居場所をアルトリアと美綴にも連絡したと言う流れである。

 神父も神父で衛宮を壊そうとした殺生院を狩り殺す事を考えたが、今は良いと止めておいた。あの真性悪魔を殺すなら仲間を集った方が良く、一人で滅ぼすには自分も十中八九死ぬ。ならば、どうして彼がアルコール中毒になったのか原因を聞き出す方が面白そうだと思い、電話越しで世間話をしただけに留めた。その時にキアラも士郎がアルコール中毒になるだけで神さえ歪める自分の異能から逃れた事を知り、キアラは士郎を想像するだけであの時味わった性的快感を思い出す変態性に目覚めてしまった。

 

「アルトリアと再会した直後、顔面を殴られて鼻を圧し折られた。美綴からは突然キャメルクラッチされたよ」

 

「気にするでない。あいつらなりのラブシーンだ」

 

「―――は。その後酒瓶でルヴィアに頭を殴られ、バックドロップをされたとしてもかね?」

 

「それは……あれだな、気にした方が良い。しかし、霊媒医師として強い衝撃を与えてみろと面白半分でアドバイスはしてみたが、俺の診立ては外れではなかったか」

 

「おまえの所為か」

 

「判断は間違っていないがな。要は心理的ショック状態であっただけに過ぎん。お前の精神的主柱であるアルトリアにでも思いっ切り殴られれば、殺生院祈荒が施した酩酊状態から覚醒するかもしれないと考えていた。

 ……それに、そもそも聖剣の鞘がある。

 もし、それだけで加護が足りないのだとしても、お前には恋しい愛人がいるからな。その彼女から魔力供給と共に加護も増幅させれば、その魂と精神を正常に戻す事も余裕であろうよ」

 

「――………あれはおまえの差し金か!?」

 

「羨ましい限りだよ。青春時代に想いを寄せた美女と過ごす一夜となれば、男にとって山ほど積み上げた金貨以上に価値がる時間だ。

 何より鞘へのパス繋げと、その魔力供給と言う大義名分があった霊的治療行為である。全く以って(やま)しい事ではない」

 

「何を言ったらあんな事になるんだ。言え、言うんだ」

 

「おいおい、衛宮。ここは泰山、昼間の大衆食堂だ。聖職者たる神父の俺じゃ、こんな公共の場では言えぬ事も多くある。男同士の猥談であろうとも、TPOを弁えないとならんだろうて。

 しかし―――騎士王と性行為するだけで、殺生院の呪いも一撃必殺か。

 色々と酷い話だ。だがまぁ、あの乱交マニアの淫乱僧侶に対する意趣返しとしては良い治癒方法だな。セックスはセックスで上書きすれば万事無事に生き延びられるとな」

 

「思いっ切り言葉にしているのだが!?」

 

「ああ、すまん。食事中であったな。とは言え、仕方がない事。神に使える聖職者故に場を弁えるが、しかしそれでも嘘は吐けない。神父を志す者として、神の言葉にはなるべく従順で在れねばな……ふむ。直接的ではない遠回しな表現となるが、ここは魔術学的に性魔術の魔力供給とでも言っておこう。まぁ、魔術師の常識で言えば、供給(イコール)体液摂取を目的とする性的行為だが。

 しかし、あれだ。魂を自在とするあの魔性菩薩と言えど、呪いと鍛錬で強まった今の衛宮士郎の精神防御を完全に崩すのは不可能。聖剣の鞘とお前のラインを誤魔化して鞘を認識出来ない様にし、その機能を使って回復出来ない状態にしていると考えていたが、俺の読み通り当たっていた様だ。よって大元が無事となれば、物理的衝撃で精神を一時だけ修正し、後はアルトリアがちょめちょめと頑張れば元通りと言う訳だ」

 

 士人も士人で、士郎には思い入れがある。キアラの汚染に対処法があるからこそ、最悪の事態にならないだろうと士郎に殺生院キアラの情報を与えた。

 実際、危惧した通りの事態になった。

 ここで衛宮士郎がサーヴァントで言う所の黒化もどきや、精神と人格が魂ごと変異でもしたら無価値になる。正義の味方と言う理想は、冬木の聖杯に呪われた言峰士人にとっても意味ある求道だ。最期まで走り抜けて貰わなければ、あの地獄で生き延びた意味が空白の中へ融けてしまうだろう。

 何より自分の友人(ゴラク)を、他の友人(ゴラクヒン)に取られるのは気に食わない。念に念を入れる必要があり、士人はアルトリアへ聖剣の鞘(アヴァロン)を利用した霊媒治療方法を提案した訳だった。

 

「それでアルトリアか。いや、そもそも一発殴られた時、私はもう正気に戻ってはいたのだがね」

 

「ほう……」

 

 そんな士郎を見ながら、麻婆豆腐を掬ったレンゲを手に持つ士人。

 

「……で―――食うか?」

 

「――――――食わない」

 

「…………………そうか。

 だが、旨いぞ。辛さも万全だぞ。本格以上の地獄味だぞ。食うか?」

 

「――――食うか!」

 

「そうか。食わんか……―――」

 

 何時も通り士郎は麻婆豆腐の(いざな)いを断り、何時も通り士人は残念そうな表情を浮かべていた。

 

「ハイ、麻婆豆腐お持ちネ……アイヤ! 衛宮さんお久しぶりアル。注文はどうするネ?」

 

 そして、士人へ麻婆豆腐を持って来た魃店長は、相席していた士郎を見て一言。ここ数年は来ていなかったが、学生時代は何だかんだと士郎も常連客になってしまっていた。

 

「餡かけチャーハン一人前で……ああ、それと餃子も一人前で」

 

「承りましたヨ」

 

 さささー、と厨房へ向かった店長。一人で経営しており、来客は少ないとは言え仕事量は多い。そもそもこの店の味は魃店長のみが作れる香辛料を極めた本場泰山(中国)地獄(中華)料理であり、アルバイトができるのも数が限られる。

 

「……若いな。まさか、仙人か?」

 

「お前もそう思ったか、衛宮。あの人、俺達が十歳程度の頃から二十歳のままだぞ」

 

「そう考えれば泰山も長いな。ふむ……やはり、仙人か。どう考えても、人間に可能な事ではない」

 

「大陸の山で、気功の自然修行でもしていたのかもしれんな。向こうの神秘はまだ社会にも民間医療として浸透している地域もある。仙術や道術の類も秘匿はされてはいるものの、学問ではなく医術や武術としてなら不可思議ではない。霊的素質である回路も必要ではなく、重要なのは体内循環と呼吸法による経絡系。よって必須なのは魔力でなく生命力だ。

 とは言え仙人となるには魔術師と同様、霊体の素養がなくてはならないが」

 

「むしろ、神仙道の覚えも幾らはあるのかもな。魔術回路がなくとも、学術知識として仙道は気の真髄に通じている。私も大陸思想の術師と戦った事があるが、あれは厄介極まる。言わば、魔術戦と白兵戦を両立させた気功の使い手だ。

 ……にしても、若いな」

 

「ああ、若いな」

 

 四十歳を超えているのは確かな筈。下手をすれば五十以上だと言うのに、あの若々しさ。そんな魃店長の後ろ姿を見ながら男二人は、特に意味の無い会話をしていた。

 

「言峰……ッ――」

 

「――……神父!」

 

「遅かったな。先に来ていた衛宮はもう注文してしまったぞ」

 

 うんうんと話しつつ、士郎の注文を持つ間に客が来訪した。四人掛けのテーブルが満席となり、加えて空気を壊す程の圧迫感を持つ怒気に満ちる。

 

「あぁあん、なにそれ!

 何でそんな……やぁ数年ぶりだねって、雰囲気の元同級生みたいなノリで挨拶する!?」

 

「その通りです。あれだけ我々が探していたのを知っていながら、何でもないように良くも其方から連絡しましてね?

 斬りますよ?

 肉片のブロックになりますか?

 それとも魔力放出で轢殺ミンチ惨殺刑に処しますか?」

 

「気にするな。俺は気にしない―――」

 

 殺の文字が二つ入った轢殺ミンチ惨殺刑だけは気になるも、本当に神父は二人の怒りを気にせず、麻婆豆腐をぱくりと一口。

 

「―――で、食うか?」

 

「食べません―――!」

 

「……なんだと。それは残念だな、アルトリア。こんなにも辛くて旨い食べ物は、この世に他は存在せん筈なのだが」

 

「無理ですからね。まだ普通の泰山マーボーなら大丈夫でしょうが、貴方が食べているのは既に麻婆豆腐ですらありません。と言うより、何故原材料の香辛料以上の辛味を料理で出せるのですか」

 

「聞いた話、何でも店長オリジナルブレンドの香辛料であるらしいぞ」

 

「なるほど。要らない豆知識(トリビア)ですね」

 

 そして、騒がしくなったテーブル席に様子を見に店長がまた来た。

 

「アイヤー。お客さんがまた増えてるではないか、士人。今日もまた一人かと思えば、お連れさん多いネ。最初に全員分の注文を言ってくれれば、時間に合わせて作っておいたアル。

 ……おっと、スマナイネ。

 それで注文は決まってるアル?」

 

「アタシ、麻婆豆腐と麻婆担担麺を一人前で。後、老酒(ラオチュウ)の泰山府君を瓶で」

 

「綾子!?」

 

「すまないな、アルトリア。アタシ実はマーボーが好きでね。どうせ言峰に払わせるし、昼から酒も飲む日があっても良いじゃんかと思ってさ」

 

「分かったネ。そちらはどうするアルか?」

 

「遠慮は要らんぞ。俺が誘ったのだ。好きな物を食べれば良い」

 

「―――でしたら遠慮なく。

 炒飯(チャーハン)一人前、酢豚(スブタ)一人前、乾燒蝦仁(エビチリ)一人前、青椒肉絲(チンジャオロース)一人前、炸醤麺(ジャージャーメン)一人前、水餃子(スイギョウザ)二人前、焼餃子(ヤキギョウザ)三人前、小籠包三人前、叉焼肉(チャーシュー)二人前。

 そして、北京填鴨(ペキンダック)を四人前です。後、ボトルで白酒(パイチュウ)を」

 

「おー、沢山ネ。少々お待ちして下さいアル」

 

 速筆で注文を書き取り、店長は素早く厨房に戻って行った。この大量注文を如何に素早く料理するか、料理人として腕の成りどころだ。

 

「全部食べるのかね、アルトリア?」

 

「勿論です、シロウ。ここの料理は凝ってますし、食べ応えがあります」

 

 世界中を旅する合間、各国の郷土料理を食べ歩いたアルトリアである。生前の食生活であるブリテンは兎も角、日本風だけの食事だけでなく、あらゆる地域の風土の食べ物を娯楽としてこの二年間食べまくっていた。何だかんだと魂的に衛宮士郎の家庭料理が不動の一位なのだが、生前よりも遥かに舌は肥えた。

 無論――中華料理も同じく、食べる専門で彼女は詳しい。

 肉まんや焼売などの日本で代表的な物も好きであり、鱶鰭や燕の巣などの珍味もまた知っている。

 

「そうだ。食べ給え。折角の甦った現世である。とことん魂の髄まで愉悦を得て、食でも何でも娯楽を探究すべきだ。

 死すればまた訪れるのは悠久の殺戮なのだ。

 この瞬間に楽しめる事柄は、現世で生きる人間に迷惑を掛けてでも行い、生前の行いなど棚上げして遊ぶのが一番だろうて。

 さすれば、溜まりに溜まった気苦労も少しは解消されることさ」

 

 言峰士人は、正に神父だった。何処に出しても恥ずかしくない完璧な聖職で、アルトリアが欲する言葉をいとも容易く与えてしまう。

 神父は、とても綺麗な笑みをアルトリアに向けていた。

 片手で激辛マーボーを掬ったレンゲを持っていて、神聖な気配も含めて何もかもが台無しではあったが。

 

「神父……―――って、その気苦労の主な原因は貴方なのですが?」

 

「気にするな。俺は気にしない―――……む。この台詞、二度目だな。泰山の麻婆豆腐をお代りして食べていると、感覚的にループしているような気分に陥る」

 

「知りませんよ。単純に、頭を香辛料にやられたのでは」

 

「かもしれんな。毒も薬物も効かぬが、何故か泰山のマーボーのみ中毒性を感じる」

 

 と言いつつ、強迫観念に突き動かされた操り人形の如き虚ろな表情で、神父は一切澱みなく蓮華(レンゲ)を動かして食べ続ける。そんな士人を見ながら、まだかまだかと料理が来るのも待つアルトリアも、中々に幼い雰囲気に包まれている。

 士郎も、綾子も、アルトリアも、士人から聞きたい事がある。

 しかし確かなのは、この神父が麻婆豆腐を食べるのを中断させるのは不可能だと言うことだ。こうなると士人が勝手に喋り出すのを持つのは一番効率的だった。

 

「ハーイ。お待たせネ」

 

 士郎と綾子が頼んだ料理と、アルトリアが頼んだ大量の料理が続々と店長が運んで来た。士人が頼んだ最上級辛味泰山麻婆豆腐も届き、全員が食事を始めた。

 

「それで、だ。お前達三人に俺は……―――いや、私は神父でも代行者でもなく、一人の人間として頼みごとをしなくれはならない。この冬木に来た時、あの元凶はもう見た筈だ」

 

「ああ。アタシ、あれ見た瞬間、実家帰りするの止めたくなったさ」

 

「目立つからな。千里眼がなくとも、魔術師ならば否応もなく視界へ入る」

 

 やっと本題に入るのか、士人は言葉を重々しく発する。自分以外の職人が作った料理を食べるアルトリアを微笑ましく見ながらも、士郎は綾子の言葉に同意した。

 

「結論を言おう。我が師―――遠坂凛が、この冬木へ帰って来た」

 

 そして、神父以外の三人が沈黙した。それぞれの思いは心の中で煮え固まり、あらゆる感情を向ける所為で無表情になっていた。

 

「冬木の新都。建造された狩猟王ニムロドの宝具―――王の巨塔(バベル)

 既にローマで師匠が起こした聖杯戦争で確認はされていたが、あのアーチャーの宝具は他に召喚されたサーヴァントが破壊したのも分かっていた。

 蠍の王(スコーピオンキング)、原初のファラオ。ナルメル。

 秦最強の武将、武安君。白起。

 この二体のサーヴァントによってローマは、我が師遠坂凛が直接召喚したアーチャーのバベルの異界化から逃れた。しかし、どうやらアーチャーは他のサーヴァントを皆殺しにし、師匠と共に聖杯を完成させて受肉した。

 ……故に、ここにバベルの塔が存在するのは簡単な話。

 あの涜神者の巨塔は遠坂凛の手で、アーチャーと共に最初から作り出した四つの聖杯の集合体である」

 

「……ニムロドですか。確か最も古い神々の言葉、統一言語を使う魔術師でもある弓兵ですね」

 

 それを聞き、食事をしていたアルトリアは座に住まう英霊としての知識を喋った。

 

「博識だな。その通り、統一言語を使う魔術師でもある。あの沙条と同じ根源接続者の一人だ。とは言え、バベルは神話通りローマで崩壊し、今はまだ統一言語を使う事は出来ないと予想できる。

 ……冬木の塔が完成すれば、また話は違うのだろうが。

 新都で確認できるあの塔も蜃気楼のようなもので、まだ未完成だ。

 どうやら塔そのものは第二法によって作り出された鏡面世界と、固有結界によって生み出された異界で建築が進んでいる。その位相が違う空間で今も天を目指して建造され、その濃厚な魔力が現世に漏れ出ているに過ぎないと思われるからな」

 

「それはまた。と言うことでしたら、侵入には綾子の能力が……――ああ、それで」

 

「察しが良い。流石はブリテンの元国王。鋭い直感を持っている」

 

「御託は良いです。神父、その固有結界内部へ入る為、私たちをこの冬木に召集した訳ですね」

 

「無論だとも。異界への門を作り、それを開ける鍵が要る。つまるところ、我が弟子が存在せねば戦場に赴く事も不可能。いやはや、面白い展開だ。私が作り上げた最高の魔術師が、こうも都合良く重要な役目を与えれる。そして、アルトリアのエクスカリバー(聖剣)もバベル破壊に必須となり、衛宮の固有結界と狙撃も同じく敵対する英霊を皆殺しに必要となろう。

 その事に、我が師が気が付かない訳もない。だからか、冬木に居た魔術協会と聖堂教会の職員は、バベルより送り込まれたサーヴァントの手で全滅され、我々がまた冬木に来れる様になった。

 単純に誘っているのだ。

 ―――私は此処に居る。第三魔法の完結を止めたければ貴方達が殺しに来なさい、とな」

 

 薄気味悪い笑みを士人は浮かべ、次には真剣な顔で麻婆豆腐を食べ始めた。ある意味何時も通りのマーボーオタクっぷりを発揮する神父を胡乱気に見ながらも、綾子も同じく自分の麻婆豆腐を食べた。辛くて旨かった。

 

「嫌なヤツだね、アンタ。こう言いたいんでしょ。抑止力の後押しによるご都合主義だって。アタシもアンタも、衛宮もアルトリアも、世界を救う為に必要なただの駒だってさ」

 

「さぁな。しかし、世界を旅して回り、幾度も世界滅亡の危機を見て来た。この手で数多に起こる人類滅亡の危機を防ぐこともあった。

 ―――都合良く、な。

 例えばだが、実験を成功させて魔術師が根源への孔を開いた結果、その余波で人類が運営する物理法則が引き剥がされ、国が滅びる直前なんて事件もあった。星を覆うテクスチャの崩壊によって起こる神代回帰だな。そして、その事件を解決する為の能力を持った人間が都合良く存在し、都合良く事件に関わり、都合良く世界は救われた。

 ……何故だか、滅亡の危機に頻繁に陥る現世では、そう言う運命が準備され易い。

 魔術師が根源を開こうとすればガイヤとアラヤの手で直ぐ殺されるように、どうしようもない袋小路に文明が行き止まるまでは何とか人類史を続けようとする後押しがある」

 

「分かってるさ、んなことは。アタシが持つ超能力(サイコキネシス)も元を正せば、阿頼耶識が霊長個人に与える抑止力の一つ。人間を害する異端の怪物を殺す為、そして自分達人間を守る為の異能だしね。そう言う意味では殺人貴が持つ魔眼も大元は超能力だったし、彼はその力で人間を結果的に守っていた。とても、都合良くね。

 与えらた黄金の鍵も、目覚めた門の魔術も、何度も人類を守る力になった。

 殺人貴に殺された代わりに付けた義手も、この義眼も、人類を滅ぼす敵を殺す刃になった。

 どれか一つでも欠けていれば、アタシは敵になった奴らを殺す事が出来ず、そのまま世界は危機に落ちていただろうさ」

 

 この現世は人類滅亡が溢れている。高度に発展した文明技術と、それによって滅び易くなった脆い世界。物理法則が支配することで神秘を排しながらも、逆にその神秘に対して非常に弱くもなっている。魔術師が今の世界で魔術師が根源の渦が開いた場合、外側の魔力やら真エーテルが現世へ一気に逆流でもすれば、あっさりと国家は崩壊し、人間は遺伝子レベルで魔素や霊子に耐え切れない。

 アヤラには幾十もの防波堤が必要なのだろう。人間はしぶといようで、直ぐ死ぬ。滅ぶ。

 引き継いだ理想を足掻く士郎のように、人々を救うのは余りに難しい。しかし人類滅亡の危機を引き起こす人間を殺し、世界を救うのは力と知恵があれば簡単だった。

 

「―――抑止力。

 ―――カウンターガーディアン。

 死した人間霊の魂を、奴隷の走狗にする贄の契約。相も変わらず、胸糞悪いシステムさ。何より、超能力者って言うのも抑止力の一部だしね。カウンターガーディアンのミニチュア版だよ」

 

「道理だな。私もまた、そう言うのは良く見たものだ。原子力発電所が暴走した時も……いや、もう今は如何でも良いことだったな」

 

「……シロウ。それは如何でも良いことではありません」

 

「セイバー……?」

 

「セイバーではありません。アルトリアと呼んで下さい」

 

 その名はもう捨てた。嘗てセイバーと呼ばれたサーヴァント、騎士王アルトリア・ペンドラゴンは死に絶えた。今この場所にいる者は受肉した死霊。だたの人間、ただの剣士、ただの女に過ぎないアルトリアである。

 

「いや、すまない。偶に忘れてしまってな。それで如何したと言うのかね。らしくなく、憤っている様子に見えるが」

 

「当然でしょう。あれを如何も良いと言うのは、余りに酷だ。せめて救えたことは誇るべきです。誰の為でもなく、自分自身の為に」

 

「私は、誇るべきことなど成していない。自分の手で救った訳ではない。所詮は犬にならねば、理想を目指し始めることも出来なかった落後者だよ」

 

「貴方は……それでは――――」

 

 隣でそんなシリアスを様子見しながら、士人と綾子は黙々とマーボーを食べていた。しかし、綾子は放っておけず、二人の話に介入した。

 

「まぁまぁ。過ぎ去った昔話さ、アルトリア。そもそも男してならば、アンタみたいな良い女に愛されてる時点で勝ち組じゃないか。遠坂や桜にも……ッチ。このハーレム野郎が。ハーレム好きな男なんて碌な奴がいない。

 どうせ衛宮のことだ。他にも世界各国で現地妻とか作ってるんでしょ?」

 

「――――――シロウ?」

 

「おっと心は硝子だぞ。アルトリアを使って私を殺したいのかね、美綴」

 

「良く言うな、衛宮。俺が知る限り、十人以上の美女アンド美少女だっただろうて。ハリウッド映画の主人公ばりにヒロインと一夜の関係となり、何だかんだでこの世界を、人間として生まれた事を堪能している。この身は神父故、嘘はついていないと断言しよう。

 ……無論のこと、こんな世界だ。辛い事の方が多いがな。

 それでも絶望するような悲劇ではないだろうて、アルトリア。

 俺もお前も美綴も、そして衛宮も、この現在を決める自由があった。この未来で良いと選んだ過去があった。ならば本望のまま生き、欲望のまま死ぬだけだ」

 

「まぁ、アタシが言いたいのはそんな雰囲気の事さ。結局、不幸があろうが絶望があろうが、やりたい事してるんだし良いじゃないか。

 それでも死んだとしても、別に構わないから一度だけの人生よ。

 夢や理想に溺れた結果なら、幸福な死に様だって胸を張れる事は出来る筈さ。それはそれとして、悔いや報い、恨みや憎しみが残ったなら清算するだけ。そうすれば人間万事塞翁が馬って事じゃない」

 

 うんうん、と衛宮士郎の生き方を全肯定する美綴綾子と言峰士人。似た者同士達と言うこともあろうが、絶望している暇があるなら突き進み、恨み辛みがあるなら遠慮なく復讐し、夢も欲も手に入れたいなら努力する。自分のことを棚上げし、敵の都合を娯楽にし、良くも悪くもこの現在を有りの儘に感動する。

 二人共、人間賛歌を突き詰めた在り方の一つ。

 基本的に衛宮士郎やアルトリアみたいな人間こそ、手助けしてくなる相手なのだろう。

 

「―――とは言え、遠坂凛が相手では戦力不足だ。他にも聖杯戦争が各地で引き起こされており、この冬木に来れたのはこの四人だけだ。

 沙条と殺生院は自分達で聖杯を生み出して死都を作り出し、あの殺し屋や聖堂教会はそっちの解決に勤しんでいる。獣血教会の連中も聖杯を使って異界常識が支配する死都をイギリス国内に作り、バゼットさんや魔術協会の戦力はそちらに削がれている。

 となると、この国でバベルに対処する勢力は俺らだけとなる」

 

 麻婆豆腐を食べ終えた神父は手を組み、重々しい態度で告げなければならない事を言葉にした。

 

 

 

「さぁ、今より―――最期の聖杯戦争を始めよう」

 

 

 











 これにて、神父と聖杯戦争完結です。
 今まで本当に、ここまで長い期間読んで頂き、ありがとうございました。








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