夜空の武偵 (トナカイさん)
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PROLOGUE 転生、そして始まる伝説
プロローグ1。伝説の始まり


「何だ……これ?」

 

 

黒い、真っ黒な世界に俺はいる。

意識はあるが、手足は動かない。

声が出る感覚はあるが、口を動かした感覚はない。

目を開けているのかもわからない感覚の中、次第に光が差してくるのが解る。

視力で確認したわけではない。なんとなく、「あ、明るくなった!」という認識をしたのだ。

何が起きてるのか解らない。

どうして自分がこんなところにいるのかも解らない。

そして、自分自身がどこの誰か、なんてことも実はよく解っていない。

ただ解ることは。

自分は漫画や小説が大好きだったということ。

年が近い妹がいたこと。

産まれた時からあまり身体が丈夫ではなかったということ。

そして……。

頭、頭部に角のような出来物があったこと。

 

(くっ、頭が痛い……何だ? この痛みは……⁉︎)

 

ズキン、ズキンと頭痛に悩まされていたその時だった。

 

『おめでとうございます~‼︎』

 

とあるアニメ映画のような台詞が聞こえ。

 

『貴方は、選ばれました~』

 

俺の意識は完全に覚醒した。

突然の声に驚き、思わず。

 

「……は?」

 

と声を上げてしまった……。

 

いやいや、今何て言った?

 

おめでとう? 選ばれた?

 

何を言ってるんだ?

 

というか……誰?

 

この光は何?

 

 

『はじめまして‼︎ 僕は世界を管理する管理者。君達の世界を担当している神の一人だよ‼︎』

 

……イカン。

 

幻聴が聴こえてきた。

 

『幻聴じゃないよ……君は死んで、この何もない創造の最果て。神界と人界の境界線に堕ちてきたんダヨ?』

 

創造? 境界線?

なんだそれ?

わけがわかない。

待て……コイツ今なんて言った?

俺が死んだだと⁉︎

 

『うん、病気になってね……。

胃ガンと肺炎が同時に発症して手遅れだったみたいだね。ご愁傷様……あ、もう死んでたね?

ってへへ♡』

 

殴りてぇ。

殴ってもいいよな?

 

『暴力反対』

 

「ま、やんねえけど」

 

面倒だし。それより、そうか。死んだのか……。

まだ、今週のジャ●プ読んでないのに…。

 

『そこなの⁉︎ 死よりもジャ●プの方が気になるって……君って面白いな』

 

「ま、冗談だけど」

 

『冗談なんだ?』

 

「死のうが生きようがどうでもいいからな」

 

『若いのに病んでるね。そんなに現実は嫌いかな?』

 

「ああ、現実なんてクソゲーだ!!

あのまま生きててもどうせ無価値でどうにもならなくて、ただ同じことの繰り返す無意味な時間だけが過ぎていくからな。特に俺みたいな病人はな」

 

だからいいんだ、もう、いいんだ……。

俺は主人公になれない、いや脇役すらなれなかった……ただの出来損ないなんだから」

 

(フム、やっぱりこの人にするかな。

心に深い傷を持ってて絶望を知っている人……まさに僕が選ぶ条件にピッタリだ!!)

 

『……ねぇ、転生してみない?』

 

 

「転生?」

 

『うん。そう、転生。実は、神々の間で代理戦争っていう人間界をも巻き混んだゲームが流行っていてね。君の魂はその駒……げふん、げふん。参加者として見事当選したんだよ。

選考の結果。君が転生する世界は『緋弾のアリア』に決まったんだ』

 

「げっ! 何だそりゃあ。しかも……よりによってアリアかよ⁉︎

危険じゃん。パワーインフレおかしい世界だろうが」

 

『あっ、知ってるんだ?』

 

「原作持ってたけど、武偵殺しとか魔剣(デュランダル)とかブラドとかヤバいやつばかり出てくるだろ! 主人公(キンジ)みたいに特殊な体質とか、アリアみたいな『イロカネ』を使えるとか、そういった能力ないと即死だぜ?」

 

『あ、それは平気だよ。転生特典で能力をあげるから』

 

「能力ねぇ……因みに選べるの?」

 

『ううん、ランダムだね。何がつくかはパルプンテ並みにお任せだよ?』

 

「『何が起きるかわからない』か、でも、まぁ、それならそれでいい……」

 

……。

っていいわけあるか⁉︎

何流されそうになってるんだ俺よ!

いかん、いかんぞ。

ここで流されたら……キンジ並みの『逸般人』になっちまう。

それは絶対に嫌だ!

 

『というのは冗談だけど、ある意味君が考える以上の人外にはなるかもね。というわけで主人公みたいな『逸般人』になっちゃいなよ』

 

「いや、む「無理って言うの禁止!!ってアリアちゃんに言われちゃうぞ?」っ……本気かよ?」

 

『もちろん。

本気だよ……あんまり時間ないし、さっさと行ってらっしゃい~♪』

 

「はっ!?

ちょっ……待……」

 

『駄目、待たない。いってらー』

 

自称神の少年がそう告げた時。

チリン、チリンと、鈴が鳴った。

その鈴の音を聞いた俺は。

 

駄目だ……なんだか眠くなってきた。

 

突然、意識が朦朧としてきて。グラン、グランと身体が揺れるような感覚を感じたのを最後に。俺は意識を失った。

薄まる俺の意識だが、途切れそうになったその瞬間。

少年の、神と名乗ったものの声が聞こえた。

 

 

『あっ、名乗り忘れたけど僕の名は(テラス)。よろしくね~!!

そうそう、能力だけどラノベ『ゼロの使い魔』に出る伝説の使い魔の力にしといたから~♪

『それが武器なら、どんな武器も操れる力』。その力があればこれから行く世界でかなり有利に闘えると思うからね~‼︎ それじゃあ、気をつけて~♪』

 

 

(ふざ……け……ん……な)

 

 

誰にも届くことはない呟きを残して。

俺はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

こうして、俺は転生させられ。

のちに世界を驚愕させる伝説を残すことになる俺の第二の人生は始まったのだ。



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プロローグ2。星空家の『普通』……

「スーちゃん、スーちゃん」

 

 

(……え? 誰だ?)

 

目を覚ますと見知らぬ女性に抱かれていた。

うん、幻覚じゃないぞ~。

目覚めたら、某少年探偵よりも幼く(というか赤ちゃんに)なっていた……。

 

「バブー、バブー」(夢じゃなかったんだ……)

 

「あらあら、お~~よしよし……」

 

今俺を抱いてるこの人がこの世界での母親か……。

俺を抱いているその女性の容姿は黒髪で、かなりの美人な大和撫子を体現したかのような女性だった。

こんな美人……前世でもなかなかいなかったぞ?

まあ、あの神の言う通りならここは『緋弾のアリア』の世界だが。

確かにあのラノベやアニメでは皆んな美少女、美人さんしか出てこなかったけどさ。

あ、蘭豹や綴は別な。

いくら容姿がよくてもあの性格は勘弁だ!

って、何適応しようとしてるんだ俺は!

ここが『緋弾のアリア』の世界とか、そんなこと認めてたまるかー⁉︎

などと一人で考えていると。

 

 

「ただいま~。お、起きてたか~~!

いい子にしてましたか~~?」

 

そう言って男性が俺の顔を見下ろしてきた。

この人が……父親か。

 

普通のサラリーマンっぽいな。

何だ、ってきり、何処ぞのヤさんとか、警察官とか、武装職に就いている。

そんなイメージを持っていたけど。

思ったより普通の人でよかった。

安心したよ。

これなら原作になるべく関わらない、普通の人。すなわち一般人として生きていけそうだな。

原作になるべく関わらない!

それが長生きするには重要だ!

 

「おかえりなさい。お仕事ご苦労様。

新しい任務はもうなれました?」

 

「ああ、うん。ふー……疲れたな。官邸の警備はやっぱり疲れるね。

前やっていた強襲任務とかの方が僕には向いてるよ」

 

 

うん? 聞き間違いか?

なんだか今、物騒な話題が出たような?

それによく見るとスーツが若干、膨れているような……?

 

ま、まさかな……。

 

「今日は依頼も速く終わったし、パパと遊ぼうな~♪」

 

「あら、ダメですよ。これからおじいちゃんも来ますし。

武偵庁の人達もお祝いに来るんですから」

 

武偵庁?

武偵庁……武装探偵を管理する省庁。

……やっぱり武偵なのかよ!

うわぁ。家族が武装職に就いてるって嫌だなー。

これ、詰んでないか?

……いやいや。まだ諦めるな。まだ原作回避は出来るはずだ。

ところで依頼って何の依頼だ?

 

「あー……そういえば依頼主の大臣からも祝福されたよ。

写真見せたら総理大臣のところのお孫さんも昴と同い年だと解ってね。今度昴を連れて首相のご実家にお邪魔することにしたよ。公私共々よろしく、なんて言われたからね。はははっ!」

 

はははっ! じゃ、ねえよ⁉︎

何勝手に話進めてんの?

馬鹿なの? 死ぬの?

総理大臣とか、政治家とか、そんなもんに関わりたくないんだけどっ⁉︎

俺は普通の生活を送りたいの!

変なコネとかフラグはいらないの!

まぁ、どんな環境だろうとなんとかするけど。

なんとかしてやる、って思ってるけど。

だけど……それは今じゃない!

 

「オギャー、オギャー、オギャー‼︎」(お願い! 誰か止めてー!)

 

「あらら、おしめかしら? はいはい……ちょっと待っててね?」

 

違う。違うよ、マミー!

止めてー!お願いだからそこのお花畑脳な父を止めてー!

そんな風に騒いでいた、その時だった。

______ドカーン! っという扉を蹴破るような音が聞こえ。

ドカドカドカ、っと騒がしい足音が鳴り響き。

 

「ガハハハッ! こらー、光一! わしの孫はどこじゃあ!」

 

全身を鎧でガチガチに固めた武者姿のご老人が部屋に入ってきた。

え? 誰、この暑苦しい人?

鎧武者なご老人は両親と一言二言交わすと、その顔を俺の方に向けてきた。

目が合った!

と思ったら。

 

「足らんな!」

 

開口一番にそう呟いた。

WHAT?

何がでしょう?

 

「何が足りないのですか、お義父さん?」

 

恐る恐るマミーが聞くと。

祖父は神妙な顔つきをして。

 

「この子には……『筋肉』が足らん!

こんなぷにぷにな身体では銃弾を生身で弾き返せないではないかー⁉︎

困ったのう。わしの秘技『筋肉(マッスル)返し(バスター)』の継承がこの子の今の筋肉では出来ないのぅ」

 

と言った。

 

ちょっと待て______⁉︎

『筋肉返し(バスター)』って何?

赤子の肌がぷにぷになのは『普通』だろうが!

生身で銃弾を弾き返す、ってどこの筋肉ダルマですか⁉︎

心の中で叫ぶ俺を他所に。

祖父はニカッ! っと笑い。

 

「この『一騎当千』の継承者が筋肉なしなしではいかん!

決めた! わしはこの子を世界最強の筋肉剣士にしてやろう」

 

満面の笑みを浮かべてそう宣言した。

 

NO______筋肉! YES______普通!

 

俺は普通の生活が送りたいの!

そう思った俺は、両親に助けを求めたが……。

 

「困りますよ、父さん。昴はごくごく『普通の』Rランク武偵になるんですから……」

 

「あら、貴方。何言ってるの? スーちゃんは立派な陰陽師になるのよ?

この子は『土御門家』の血を引いているのだから、陰陽師になるのが『普通』でしょう?」

 

……駄目だ、コイツラ。早くなんとかしないと。

 

「ガハハハッ! 何を言っとるんじゃ! この子は『鬼』の血を引きし者。即ち『剛』の者になるのじゃ!

その為には『筋肉』がなければいかん! 筋肉さえあれば敵なし!

これ、この世の真理じゃ!」

 

……誰か、『普通』の定義をこの人達に教えてやってください!

早急に!



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プロローグ3。思わぬ邂逅

目覚めたあの日から、およそ一年ほどたったある日。

1歳になった俺は両親と祖父に連れられて、何処ぞの上流階級のパーティに参加していた。

参加すると言ってもまだ1歳なので、言葉もろくに話せないし、動くのも人前……とりわけ両親の前ではハイハイしかしていない。本当は拙いヨタヨタ歩きではあるが1人で自由に歩けるし、言葉も普通に話せるのだが。あの両親のことだ。

普通に会話が出来て、歩けると解ったら何をされるか……彼らが知った後の行動は容易に想像がつくので出来ない振りをして過ごしている。

下手に出来る子アピールして、変な英才教育とか始まったら俺が求める普通の生活。『一般人』として過ごすという当たり前の夢が遠ざかるからな。

などと、母親の腕と胸の間に抱かれながら考えていると。

 

「あら? あの人がそうかしら?

……なるほど。出来るわね」

 

母親の呟きが聞こえて。

そちらの方に視線を向けると。

 

膝にまで届きそうなくらいに髪を伸ばした、俺の母親にもひけをとらないほどの美女が顔に笑みを浮かべながら近づいてきた。その女性の髪は日本人にしては少し明るくブラウンかかった、ふんわりウェーブの髪をしている。その女性の姿は何処か神々しく感じる。

まるで……女神様が具現化したかのような______。

そしてその女性の腕には赤子を抱いていた。

その赤子の髪は金髪で。

肌は色白い。

どう見ても純粋な日本人ではない。

女性の子ではないのか? と思ったが。

 

「うふふ。こんにちは。初めまして。神崎かなえです。この子は娘のアリアです。よろしくね? スバルさん」

 

母親に挨拶を終えた女性が気を遣ってか、俺にも挨拶をしてくれた。

その女性の腕に抱かれていたのは。

女の子だ。

何処かで見たことがある。

……って俺のバカ、見たことがある、じゃねえ。

どっからどう見ても彼女は……。

 

(り、現実(リアル)アリアちゃん1歳♡ めっちゃくちゃ可愛い〜……じゃねえ!)

 

なんでここにいんの⁉︎

英国(イギリス)で暮らしてるんじゃないのかー?

メインヒロインとの遭遇イベントとか、何このテンプレ?

こんなテンプレいらないんだけど!

そんな風に内心叫んでいると、アリアと目が合って。

 

「あー、うー、だー!」

 

すまん。何を言ってるのかまったく解らん。

 

「うふふ。どうやらアリアもスバルさんのことが気に入ったみたいね。これからも(・・・・・)よろしくね? スバルさん」

 

何をどうよろしくするんですか?

 

「うふふー」

 

かなえさんは笑みを浮かべたまま、しばらく微笑んでいた。

アリアとはよろしくしたくはないが。かなえさんとならよろしくした「ぅえええ〜〜〜〜ん‼︎」スミマセン、アリアさん。冗談です。だから泣き止んでください。

今日のことは絶対に忘れてください。将来的にガバで撃つとかしないで!

絶対だからな! 絶対に撃つなよ! 絶対だぞ!

 

と、そんなバカなことを思っていると。

 

「おお、ここにいたか。探したぞ。ほれみろ光一。ちゃんと孫の『筋肉』の反応があったではないかー」

 

「あはは……まさか、昴君の『筋肉』が動く時の音を感知して居場所を探るとか、さすがですね。父さん」

 

俺の平穏を妨げる『逸般人』日本代表共がやってきた。

筋肉が動く時に出る音(?)を感知する祖父とか、それを当たり前のように受け入れてる父親とか。

もう、嫌だ______こんな家族⁉︎

 

「ガハハハ! 何、『筋肉感知』できなくては『筋肉』を極めた者の証である『一騎当千』を名乗れないからな。光一もできるじゃろ?」

 

「まあ、昔から貴方に鍛えられて生きてきましたからね。敵の動きを筋肉の動きで探る『筋肉感知(マッスル・レーダー)』や相手の筋肉を断裂させる『筋肉殺し(マッスル・ミレニアム)』とかならできますよ」

 

さらりととんでもないことを言う父親。

何だよ、『筋肉感知』って。何だよ、『筋肉殺し』って。

何でもかんでも、筋肉で解決しようとするなよ! この脳筋共。

ジト目を向けているとそんな俺に気づいたのか、母親が声をかけてきた。

 

「あらあら。いやですわ。この子ったら……そんな死んだ魚のような目をして……」

 

何気に酷いな。なんだよ、死んだ魚のような目って。

魚は陸に上がれば死ぬんだよ!

それと同じで、普通に生きたい俺に普通じゃない生活させたら即死だからね!

ねえ、解ってる? レベル1のスライムにドラゴンと遊べって言ってるようなものだからね!

そんなことを考えていた俺は母親に引き連れられて。

華やかな社交会の会場の奥。

一曲踊れそうなくらい(実際ダンスとか踊ることもあるのだろう)広いスペースに連れて行かれた。

連れて行かれる途中で、ふと父親と祖父の方に視線を向けると。

二人は小声で何やら会話していた。

会話の内容を知ろうにも周りの雑音で二人の声が特に小さめだったせいか聞き取れない。

 

(こんな場所で密談? ……気になるな)

 

父親と祖父の会話が気になった俺はその会話の内容を知ろうと意識を集中させた。

______その瞬間。

それまでの騒がしい雑音が嘘のように聞こえなくなり、祖父と父。

二人だけの声がバッチリ聞こえてきた。

それと同時に声と共にドク、ドクッという筋肉が動く心臓の鼓動やギッ、ギッといった感じの何か……筋が伸縮するような音のようなものも聞こえる。

 

(何だ______これは⁉︎)

 

その感覚に戸惑いながらも、「ま、集中してるせいか。集中してると周りの雑音が聞こえなくなることなんてよくあるよな」と1人納得して、会話を聞いた。

内容はこんな感じだ。

 

 

 

「なんじゃ、光一よ。お主に託したあの技(・・・)はまだ使えんのかのう」

 

「……残念ながら。あの技をやるにはあの刀を使いこなす必要がありますから。

僕には父さんのように力尽くであの刀を屈服させることは最後までできませんでしたから」

 

「うーぬ。腐っても妖刀なことはあるのぅ。光一でもあの刀を使いこなせぬか……」

 

「まあ、僕には無理でもきっと昴君ならできますよ!」

 

「うぬ。そうじゃな。わしらの目に狂いはなければ此奴には『才』があるからのぅ。

あと二、三年したら毎日のように遊んでやろうぞ」

 

「ほどほど、に。お願いしますよ?」

 

「ガハハハ! 心配いらぬ。悪いようにはせぬ。この『一騎当千』、星空玉星(ぎょくせい)に任せなさい」

 

……寒気がしたのは気のせい……と思いたい。




プロローグはまだ続きます。
プロローグは二千文字程度。
本編は五千文字くらいにしようかなー、と思ってます。


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プロローグ4。人質にされました……

メリークリスマス。
サンタより、ブラックサンタにお願いしたいです。
ブラック企業とリア充爆発させてください!(切実)


祖父と父親の会話を盗み聞きした俺は話を聞いたことを後悔していた。

なんだよ、なんなんだよ。

赤ん坊に何を求めてんだ、あの人達は?

げっそりとした表情に、死んだ魚のような目をしながら母親に抱かれていると。

ホールの壇上に一人の男性が上がった瞬間、ホール内は静寂に包まれた。

 

「ご来場の皆様、本日は私の主催する『美しい日本を作る会』の会合及び、娘の誕生記念パーティーに参加していただき誠にありがとうございます。

娘は無事に1歳を迎えることができまして、これは常日頃の皆様の……」

 

男性が話し始めたが、内容は、主に最近の娘の様子やら、パパと呼んだやら、親バカ的な発言が繰り返された辺りから俺はうたた寝をすることにした。

ぶっちゃけ興味ないし。

他人の家のことよりも、自分のことでいっぱいだからな。

ああ、本当。

あの人外達どうしようか……。

普通の生活を送るには、なんとかしてあの人外達を説得……もしくは物理的に排除しないと、安息の日々を送ることが出来ない気がしてきた。

『生身で弾を弾く人間』を物理的に黙らせるにはどうしたらいいか?

その問いに対する答えなら一つある。

……嫌だが。本当はもの凄く嫌だが。

未来の平穏な普通の生活を送る為に、俺は敢えて彼らの師事を受けようかと思う。

物理で殴って黙らせる為に!

全ては平穏な日常を送る為に!

 

よーし、そうと決まれば頑張るぞー!

 

俺はそんな決意をして母親の腕の中で惰眠をむさぼる。

 

二、三年後から。

二、三年後から頑張るから。

だから今は安眠させてください!

お願いします!

 

 

そんは俺のお願いは叶う______筈もなく、突如、会場内に銃声が響いた。

 

 

「おとなしくしろ! われわれは『日本救世軍』!

死にたくなかったら、全員両手を後ろに回して床に座れ!

誰かと話したり、泣き喚いたり、抵抗するそぶりを見せたら殺す!

抵抗したり、泣き喚く奴は誰だろうと容赦しない。

われわれは本気だ!

われわれの本気を見せるとしよう。

そうだな。そこのお前。

そこの赤ん坊を______連れて来い」

 

銃器片手に入り混んできた人物の数は合計10人。

全員顔をマスクで隠している為、身元はわからない。

手に持っている銃声はおそらくイスラエル製のアサルトライフル。

腰にはナイフらしきものが携帯されている。

男達の中にはアラビア語かなんかか?

発音が英語や中国語とかとは違う。

今の時代だと、前世でいう湾岸戦争とかの辺りかな?

外国語が飛び交う感じから多国籍で結成されているみたいだな。

なんて他人事のように考えていると、男達の一人が俺の母親の前に来て、その腕から俺を強引に引き離した。

母親は必死に抵抗するも、眉間にアサルトライフルを突き付けられて、俺を手放してしまった。

おい! マミー! もうちょい頑張ろうよ⁉︎

 

「われわれは本気だというところを見せよう。

これからわれわれはそこにいるこの国の指導者、内閣総理大臣。風斬颯に要求を行う。

その要求が通らない場合、見せしめとしてこの会場にいる人を順番に殺していく。

まずは、この餓鬼の命を対価にアメリカ合衆国とお前らの国が交わしている思いやり予算の全面凍結。

並びに、日米安保条約の撤回を審議しろ!

期限は三時間。

それが行われない場合……この会場にいる奴らの身の保障はない」

 

無茶苦茶な要求だな。

そんなもん、通るわけないだろ。

日本がアメリカに逆らえるはずないんだから。

内閣総理大臣も大変だよな、こんな馬鹿の相手をしないといけないんだから。

と思っていると、その内閣総理大臣と目が合い。

パチパチパチン、とアイコンタクトされた。

すまんが、全くわからん。

まだマバタギ信号とかは習ってないし、そもそも赤ん坊だし。

俺は普通の人間を目指すただの赤ん坊ですことよ?

俺は内閣総理大臣にテキトーにマバタキを返す。

すると内閣総理大臣の顔が真っ青になっていた。

何故だ?

テキトーにマバタキしただけだぞ?

何故あんな顔をするのか気になる。

 

「……私にはこの国を守る義務がある。

君達の要求には答えられない」

 

「ふむ、われわれの要求を拒否……この赤ん坊を殺してもいいということだな?」

 

「ああ、出来るものならね。

君達では彼に勝つことなんて出来ない。

比嘉の戦力差もわからない可哀想な君達など……

赤ん坊な彼に無残に散らされるといいさ」

 

内閣総理大臣は俺の方を見ながらそう言った。

いや、あの……誰が扇げと言いました?

 

「なっ、き、貴様!

われわれを馬鹿にするとは……死にたいようだな」

 

「馬鹿になどしていないさ……あくまでも事実を言っただけさ」

 

内閣総理大臣は俺に向けてマバタキ信号を送ってきた。

『ほら、お膳立てはしといたから君の力を見せるチャンスだよ?』というかのように。

いや、あの総理……俺。

 

た だ の 赤 ん 坊 な ん で す が⁉︎

 

「くっ、馬鹿にしやがって!

殺せー、赤ん坊をブチ殺してしまえー!!!」

 

キレた男(アサルトライフル付き)が襲ってきた。

 

コマンド

 

 

にげる。→だが、逃げられない!

 

戦う→素手で? 赤ん坊のぷにぷにボディで? どうしろと?

 

アイテム→涎掛け、ポケットに入ってるおしゃぶり。 使えない!

 

必殺→泣く! しかし、何も起こらない……。

 

必殺②→赤ん坊のウルウル瞳攻撃→テロリストには効かなかった。高い耐性を持っているようだ!

 

俺が必死に打開策を考えるも、無情にも。

テロリストの男は俺の額にアサルトライフルを突き付けつけて。

そのトリガーを引いた……。




次回、筋肉無双の始まり、始まり。(予定)


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プロローグ5。筋肉は世界を救う?

あっ、俺死んだ……。

 

突きつけられたアサルトライフルの銃口から弾丸が発射されるのを俺を見ることしかできなかった。

床に座らされたというより、床に置かれたといった方がいいような状態。

手足は縛られていないが、赤ん坊の体では回避もできない。

いや、大人の体でも避けることなどできないだろう。

弾丸の速度は亜音速。

人間が避けれるはずがない。

ましてや、ただの赤ん坊の俺が避けれるはずがない。

だから、俺はただただ、迫り来る弾丸を見つめることしかできなかった。

 

(ちきしょう。せっかく転生したのに……俺はまた死ぬのか?)

 

そんなことを考えることしかできなかった。

普通の赤ん坊の俺には弾丸を回避する術などないのだから。

そう思っていた。

そう思っていたのに!

 

不思議なことに……テロリストが放った弾丸は俺の頭に当たることなく、『ギィン』という音を残して逸れていった。

 

え? なにが起きたんだ?

なんで俺生きてんの?

頭の中に浮かぶのは幾つもの??。

何故という疑問。

そして、右手に感じる熱さとチクチクした痛み。

訳がわからないまま、視線をテロリストに向けるも。

撃った張本人ですら唖然としていた。

『今、俺の前で何が起きたんだ?』といった顔をしている。

周りの人質達も訳が解らないとばかりに、唖然としていた。

そんな中、この状況でも冷静に分析している人がいた。

 

「へえ。凄いな、亜音速で飛ぶ銃弾を手の甲で弾いて軌道をずらしたのか。普通の人間なら銃弾の速度に反応できないし、出来たとしても衝撃に体が耐えられないけど、さすがは僕の息子だね。

先祖代々受け継がれた強靭な肉体の耐久性があった上で赤ん坊特有の体の柔らかさ、柔軟な関節を生かして衝撃を鞭のように弾くことで逃がしたんだね」

 

他でもない。俺の父親、星空光一その人だった。

 

「僕達の一族は普通の人に比べて高い持久力と高い耐久性持って産まれ、それに先祖代々先天性筋形質多重症を遺伝的に受け継ぐ一族だからね。出来なくはないか……うん、手出しはいらなそうだね」

 

『まさに、武偵憲章第4条だね』と笑う父親。

え? なにそれ?

先天性筋形質多重症?

それなんだ?

 

「こ、このバケモノがああああぁぁぁ」

 

と、父親が呑気に解説してる合間に。

錯乱したテロリストの一人が手に持つアサルトライフルを乱射した。

あっ……今度こそ死んだわ。

と思った俺だが。

その銃弾が俺や周りの人に当たることはなかった。

何故なら……

 

「やれやれ、そんなオモチャがなければ戦えんとはなさけないのう」

 

いつの間にテロリストの前に移動していたのか、爺ちゃんが放たれた銃弾を全て防いでいた。

弾丸を両手の掌を使い指と指との間に挟み込むようにして、受け止めていた。

 

 

「『銃弾挟み』……昔、戦友から教わった箸でハエを掴む技を真似たものじゃが、役に立つ日がくるとはのう」

 

持つものは戦友じゃな、と笑う爺ちゃん。

 

「馬鹿な……」

 

そんな爺ちゃんを見て戦意を失くすテロリスト。

 

「おおっ! さすがは生ける伝説」

 

「『一騎当千』の名は伊達じゃないですなぁ」

 

爺ちゃんの人間離れした技を見て感心する人質達。

……感心してる場合か!

もっと突っ込めよ!

素手で銃弾受け止めるとか、人間じゃないだろ!

 

「馬鹿な……ありえん。夢だ、これは悪い夢だ……」

 

現実逃避するテロリスト。

そんなテロリストに爺ちゃんは告げる。

 

「さあ、どうした? かかって来い! 儂と一緒に筋肉を極めようではないか!

なあに、筋肉を極めれば銃弾くらい誰でも掴めるようになる。さあ、儂と楽しい楽しい稽古をしよう!」

 

いや、無理だから!

筋肉極めても銃弾受け止められないから!

人間辞めてるアンタらと同じにするな!

 

「父さん、それはさすがに無茶ですよ?」

 

おおっ、さすがに父さんにも常識があったかー。

だよなー。いくら人間離れした父さんでもただの人間に銃弾掴みは出来るわけない、って解ってるよなー。

 

 

「む、そうか?」

 

「ええ、最初は腕を亜音速で動かす練習からしないと。

いきなり銃弾掴みは危険ですよ」

 

「バブバブ〜(一から常識学び直せ、コラ!)」

 

と、突っ込み入れてると。

 

「くっ、馬鹿にしやがって……おい、アレ。アレ、持って来い!」

 

テロリストのリーダーがそう叫び、テロリストの一人が駆け出し、戻るとリーダーの手にそれを渡した。

あれは間違いない。

いわゆるロケットランチャー。

某ラノベの主人公が『地球嘗めるな、ファンタジー』とか言いながらぶっ放したアレだ。

室内でぶっ放していい物じゃない。

 

「ふん、懲りない奴じゃな。どれ儂の筋肉を見せてやるか……」

 

「嘗めやがって……死に晒せ。あばよ、糞爺」

 

テロリストのリーダーがそう言いながらロケットランチャーを放つ。

爆音を鳴らして弾頭が発射された。

 

「爺ちゃああああぁぁぁぁぁぁん⁉︎」

 

俺は木っ端微塵になる光景を想像したが……。

爆音が鳴り響き、奇跡的にも爺ちゃんの周りには爆発の衝撃がない、やがて会場内を覆っていた黒煙が晴れるとそこには……。

 

「ふんぬ! 効かん、効かんぞ。足りん。火薬が足りんぞ。

儂を倒したいなら軍艦でも引っ張って来ぬと倒れんぞ」

 

無傷姿の爺ちゃんが立っていた。

 

「まったく、弾頭を筋肉解体するのは正直面倒なんじゃぞ?

男なら拳でこんか。拳で」

 

爺ちゃん……アンタ、本当に人間か?

筋肉解体って、何?

 

会場は壮絶となった。

 

余談だが、筋肉解体というのは『胸筋、腹筋、背筋、脊柱、関節を同時に動かし高速で連動させて、衝撃波を生み出し物資を破壊する解体方法』らしい……。

爺ちゃん、父さん曰く、『鍛えれば猿でもできる』とのことだが……出来てたまるかー!

と、突っ込んだ俺は悪くない!

 

 

 

 

 

結局、戦意を完全に喪失したテロリストを無効化するのに、爺ちゃんと父さん二人がいれば十分だった。

いや、爺ちゃん一人で十分だった。

なにあの強さ?

人間? 爺ちゃんの半分はバグで出来てんの?

いろいろと突っ込みを入れたい衝動に駆られるも、それを抑えて。

こうして、初めての社交界デビューは終わった。

星空家に新たなる伝説を残して。

 

 

 

 

 

 

それから四年後。

俺は五歳になっていた。




次回、筋肉無双するとか言ったな?
ちゃんとしたぞ!(爺ちゃんが)
ね、したでしょ?(爺ちゃんが)

……爺ちゃんと光一がチーター過ぎる件。
違うんです。最初は昴がもっと活躍する話だったんです。
でも気づいたら爺ちゃん無双になってました。
筋肉の呪い、筋肉病になった弊害が……。


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プロローグ6。運命に導かれて

やる(書く)気スイッチが入ったので投稿します。
前作のストーリーを改稿したものです。
ところどころ修正入ってます。

プロローグはこれにて終わり、次回からあらすじの内容に入っていきます。


あの日から五年が経った。

今日は7月31日。

俺、星空 昴の五度目の誕生日だ。

家族だけで、誕生日パーティーを開いた後、両親から誕生日プレゼントを貰ったのだが。

 

(……まさかとは思ったが、やってくれたな……父さん達)

 

父親から(デザートイーグル)を(実際に持つのは武偵高付属中に入ってからといわれた)、母親からは日本刀と木刀を渡された。

日本刀の銘は『彗星』というらしい。

木刀は正式には『星砕』という銘らしいが、刀身には『洞爺湖』と彫られていた。

手に持ってみたら、左手にあるルーンが輝き出して身体が軽くなる感覚がある。

どうやら、きちんと『武器』として認識されてるみたいだ。

何を基準に『武器』として認識するのかはまだ解っていない。

爺ちゃんの家にある道場の竹刀ではルーンは光らなかった。

『竹刀』と『木刀』の違いはなんだろう?

ちなみにこの世界にも銃刀法はちゃんとある。

改正銃刀法だけど。

それまでの銃刀法では木刀の所持は容認されていたが、凶悪化する犯罪に対処する為に改正され、正当な理由もなく、武装許可されていない一般人が木刀など、人を傷つける凶器になるものを持って外に出たら捕まる。

車のトランクに入れてるだけでもアウトだ。

国家権力怖い。

……なーんて、思える奴らは幸せだ。

何故なら(ウチ)は、両親や爺ちゃんがアレ(・・)だから、五歳児の俺が拳銃の運び屋やらされても(お駄賃は100円だった)、練習用の木刀持って公園で素振りやらされても、『ああ、またやってんな……ご苦労様』なんて父さんの同僚や、巡回(パトロール)中の巡査に思われるだけだからな。

 

 

……普通、拳銃や刀……いや、木刀ですら5歳児に持たせる物じゃないよな?

 

まったく、と我が両親達の行動を子供ながら呆れていると……くいっと、袖を引っ張られ、後ろを振り返ると3歳になった可愛い妹がいた。

 

「どうした、(さくら)?」

 

星空 桜……俺の実妹。年齢は三歳。

黒髪ロングの可愛い妹だ!!

母親に似て、将来は和服が似合う大和撫子になる……と思われる。

母親(高名な陰陽師の末裔)の血を色濃く継いでいるらしく超能力の素質があるらしい。

属性は風と雷。

G(グレード)は7。

年齢からしたらかなり高いGだが、桜はまだ制御はできないので普段は髪に結ぶリボンで封じている。

 

 

「お兄ちゃん、お誕生日おめめぇたう……」

 

(おめでとうって言いたかったんだろうな)

 

「ありがとうな、桜」

 

可愛い、うちの妹、マジ天使!

桜を抱きしめて和んでるとこれまた可愛い声で呼ばれた。

 

 

「あ、にいにぃ~だ!」

 

声をした方を振り向くと天使が……背中まで伸ばした茶髪をツインテールに結った可愛い女の子が母親に抱かれてやって来た。

 

星空 橘花(きつか)……俺、星空 昴の血の繋がらない妹。年齢は三歳。

 

彼女は父さんの親友だった人の忘形見だったようで、二年くらい前に外国から帰ってきた父さんが連れてきた。橘花の両親は仕事中(任務中)に亡くなったらしく、養女としてうちで引き取ることになった。

この子も超能力を生まれながら使えるみたいで……属性は水。

Gはおそらく5前後。

首にはご両親の形見のネックレス……青い石が付いた十字架をブラ下げている。

 

「にいにぃ、じぃじ、きたよ?」

 

「ん?」

 

「ふふ、さっきおじいちゃんが来て貴方にコレを渡してって言って帰ったわ。

______開けてみなさい」

 

母親に言われ、手渡された包みを開けると、そこには一本のナイフが入っていた。

真っ赤な刀身をしたバタフライナイフ。

刀身が緋色……だからだろうか?

原作の金次が持つナイフに酷依しているように見えた。

まさか……これは⁉︎

 

「気に入ったかしら? 今度あったらおじいちゃんにちゃんとお礼言ってね?」

 

「爺ちゃんは?」

 

「今日は帰られたわ。なんでも昔の親友とそのお孫さんに会いに東京に行くって言ってたわ」

 

「東京?」

 

「巣鴨……って、言ってもわからないわね。えーっと、おじいちゃん、おばあちゃんの楽園みたいな楽しい町よ?」

 

楽園かぁ。まあ、おばあちゃんの原宿って言われるくらいだから、ある意味楽園かもしれないなぁ。

しかし、巣鴨かぁ。

やはり爺ちゃんはあの家……あの一族(・・・・)と関わりがあるんだなぁー。うわー、嫌だなあ。

関わりたくないぞ、個人的には。

『普通の人間』を目指す身として、あの一族とは関わらない!

 

……と思っていたんだが。

 

 

 

 

誕生日から5日程たったある日。

俺は青森にいる。

何でも父の知り合いの息子達が来ているようだ。

待ち合わせ場所は普通の喫茶店。

俺は、チョコレートパフェを(本当はコーヒーがよかったが父親が勝手に注文したから)食べながら、父に会う人の事を聴いている。

 

「ねぇ、父さん、これから会う人達って武偵なの?」

 

「ああ、一人は見習いだよ……。年はお前に近いけどね」

 

「へぇー」

 

どんな人なのかなー?

父さんの知り合いで青森に住んでいる人で武偵ってことはやっぱ人間辞めてんだろうなー。

……いや、待てよ? 父さんの知り合い。『一人は』ってことは来るのは一人じゃない。武偵で年は近い……なんだろう。や、嫌な予感しかしない)

 

「な、名前は何て言うの?」

 

「遠山「やっぱりか______⁉︎」な、なんだ? どうした、昴?」

 

思わず、机に伏せてしまった俺を、父さんは心配そうに覗きこむ。

 

……待つこと30分。

 

______カラン。

 

喫茶店のドアが開き、二人の少年が入ってきた。

 

 

 

「金一君、こっちだよ?」

 

父さんが、手を上げて金一と呼んだ男の子を席に座らせる。

 

 

「いやー、悪いね。青森では仕事なんだろう?」

 

「いえ、構いません。丁度星伽での用事も一段落した所ですので」

 

「そうか。それにしても大きくなったね~。隣にいるのは弟さんかな?」

 

「ええ。ほら金次、挨拶」

 

「はじめまして、遠山 金次です」

 

「こちらこそ、はじめまして。

星空 光一と息子の昴だ」

 

「……よろしく」

 

あまりよろしくしたくなかったが、挨拶はしておく。

 

 

「光一さんは、世界的に名を馳せている名武偵の一人だからいろいろ聞いておけよ。金次」

 

「うん、わかったよ、兄さん」

 

(なんか盛り上がってるけど、変に原作に介入して巻き込まれたくないな)

 

確か、原作だと星伽神社で白雪と会って、花火大会に行ってたんだよな……。

 

「______昴君。よかったら金次と一緒に花火大会に参加してみたらどうかな?」

 

と、考え事をしていたらそんな提案をされた。

いやいや、何を言ってるんだ、カナ……あっ、今は金一か。

小学生になったばかりの少年に言われて気付いたが。

 

白雪とここで出会ったら原作ぶっ壊して、ヤンデレルート突入する可能性あるんだよな……。

 

……犠牲になるのは金次のみでいい。

俺は普通の学園生活を送りたいんだ!

 

「そうだな、子供同士友好を深めるのも必要だな。よし、行って来なさい」

 

NOー! 断固拒否だ!

誰が好き好んで女装大好き少年(キンイチさん)の弟である人間辞める少年(キンジ)と一緒に花火大会行くかー!!!

と、思った俺の頭部に、『ガチャ』と、父さんの(黒いデザートイーグル)が押し付けられた。

父さんの顔を見ると、その表情は笑顔だが目は全然笑っていなかった。

 

「仲良く行ってくるんだよ?」

 

「……よ、よろしくな?」

 

俺は黙って父さんの言葉に頷くことしかできなかった。

 

……なぜ、こうなった?

 

 

 

喫茶店で遠山兄弟と邂逅したことにより半ば強制的に花火大会に参加することになってしまった。

金一と金次は一度星伽神社に向かい、俺は一人で待ち合わせ時間まで暇を潰すことになった。

因みに、父さんは青森武偵局の要請により仕事に行ってしまった。

用心の為、木刀を棒状の黒い袋に入れて持ち歩く。

もう一度言う。なぜ、こうなった?

原作に介入するのは極力避けたかった。

まぁ、桃まん大好きなピンクツインテール武偵にはどのみち目をつけられるだろうけどな……。

 

ずーんと落ち込みながら歩いていると路地裏から少女の叫び声が聞こえた。

 

「だ、誰かー!?」

 

『っ⁉︎』

 

路地に入ると50メートルくらい先で和服を着た黒髪の少女を男達が取り囲んでいた。

 

ど、どうする?

 

今の状況(1対10)で戦う? 見知らぬ女の子を助けに?

確かに俺なら出来るかもしれない。

両親や祖父から戦いのやり方は教わっているからな。武器だってある。

だが、武器(木刀)はあるとはいえ、それを一般人に向けていいのか?

力はただ力だ。無闇やたらと見せるものじゃない!

だけど……絡まれてる女の子を見捨てることは正しいのか?

 

武偵憲章にはこうある、『強くあれ。但し、その前に正しくあれ。』

 

……仕方ねえかぁ。

本当は目立ちたくないけど、ここで見ぬふりしたら寝覚めが悪い。

だから助けてやるよ!

なーんて、カッコつけて前に踏み出したが……。

 

______カラン。

 

……カラン?

 

ヤバッ、転がっていた缶を蹴ってしまった⁉︎

 

「あん?なんだ、糞餓鬼⁉︎」

 

「何、ガン垂れてるんだ⁉︎」

 

……なぜ、こうなった?

 

男達の興味は、少女から俺に移る。

いや、5歳児相手にナイフやら鉄パイプを持ってにじりよってくるか、普通?

 

「ちょっと、道に迷ってあははは……」

 

「チッ、餓鬼がガンタレてんじゃねえぞ! 殺す(・・)ぞ?」

 

殺す?

その言葉にスイッチが入る。

 

「殺したことなんかないくせに……」

 

「あん?」

 

「死ぬかと思うくらいの戦いなんかしたことなんかないくせに……殺すなんて言ってんじゃねえぞ、ハゲ!」

 

「なっ、俺はまだ二十代だ!」

 

いかん、言っちまった。

普段、修業と言う名目であの超人達に殺気をぶつけられてみろ、殺す、殺されるとはどんな感じか嫌でも解るからさ。

それにしても二十代? いや、その歳で幼女誘拐とか立派なロリコンじゃねえか。

 

「殺すとはどんなことか、その身に教えてやるよ。かかってきな、ハゲ野郎共」

 

「この……糞餓鬼ィィィィィィ‼︎ やっちまえ!」

 

不良達は鉄パイプを手に全員一斉にかかってきた。

俺は手に持つ木刀を構え、不良達に向かって走り出す。

木刀を握り締めた途端、左手甲のルーンが光輝き、身体は軽くなる。

羽が生えたように軽く、まるで風になったかのような感覚で駆け抜ける!

突っ込んできた不良の一人を木刀で思いっきり殴り、次に飛び込んできた不良の腹を木刀の柄で突く。

振り下ろされた鉄パイプは木刀の刀身で滑らすようにして弾き、刀身を横にして不良の頭を軽く叩いて気絶させる。

十人いた不良はたった1分足らずで数を1/3に減らした。

まだまだ余裕で戦えるが……。

 

「よし、とりあえず……逃げるよ、君‼︎」

 

少女の手を取り、全速力で逃げる!

不良達を全員戦闘不能にするのは簡単だ。

だが武偵ではない俺が武器を普段から持っていることが周りにバレたら絶対ややこしいことになる。バレたら逮捕(補導)もんだよな……。

とりあえず、逃げる、逃げる、逃げる。

 

 

 

……んで、気がつけば待ち合わせ場所まで来てしまっていた。

 

「ハァハァ、大丈夫?」

 

「あ、ありがとう……」

 

「多分、もう大丈夫だと思うから気をつけてね?」

 

「ありがとう、私の名前は風斬(かざきり) 風香(ふうか)。君の名前は?」

 

『俺の名前は……昴。星空 昴』

 

 

「昴君かぁ、君があの(・・)……そっか、そうなんだ。ありがとう昴君……また、会おうね」

 

そう言い、彼女は去っていった。

しかし、風斬かぁ。昔あった総理大臣と同じ名字だなー、なんて思っていると。

 

「おーい、昴君」

 

「お、金次が来たか」

 

金次が息を切らせながら走ってきて、その後ろには隠れるように巫女装束を着た白雪がいた。

俺は白雪に話しかける。

 

「初めまして。星空 昴だ。よろしくな」

 

「星伽 白雪です。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

遠山と星伽。

 

星空と遠山。

 

星伽と星空。

 

風斬と星空。

 

 

様々な出会いがこの日あり、この日があったからこそ俺の物語は始まることになったのだが、この時の俺は知らなかった。

全ては運命によって導かれているということに。




この作品の設定。

遠山金一……小学生にて武偵見習い。
飛び級ではなく、土日を使って武偵の訓練を受けている。
武装許可はされてるが、ナイフや威力が低いハンドガンのみ。
青森には金次と共に金叉の仕事の手伝いと星伽に用事でやってきた。


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第0章 幼少期 ヴァンパイアストライク
Ammo01。海外旅行は波乱がいっぱい? ルーマニア旅行は危険がいっぱい?


今話から本編開始。
波乱万丈な『ルーマニア編』開始です。
修正、加筆を加えています。
次話以降、もしかしたら更新速度が落ちるかもしれません。
リアル多忙で夜勤とかありますので。
まあ、気長にお待ちください。


青森から帰省して3日がたった。

俺は今、自宅の地下室に幽閉されている。

 

え? 聞き間違えかって?

安心していい。

そう思った人は正常だ。

 

 

 

 

 

ことの始まりは3日前。

 

「ただいま!」

 

自宅の玄関口を開けて、リビングに入ると、父さんと母さんが二人揃ってソファーに腰かけていた。

 

「お帰り」「遅かったな……」

 

夫婦揃って、挨拶を返すとおもむろに父さんがソファから立ち上がり、リビングから廊下に出ていった。

整備室に行って銃の通常分解(クリーニング)でもするのかな?

別段、珍しい光景ではないので、母さんの隣に座りここ数日あった金一さんの訓練という名のしごきによって疲労した身体を休めるべく、うたた寝をはじめていると……誰かに呼ばれる声が聞こえてきた。

 

「昴、こっちに来なさい」

 

声の主は父さんだったがいつもよりか、その声はピリピリしてる。

うわぁ、嫌だな。なんか嫌な予感しかしないぞ。

そんなことを、考えながら渋々整備室に入って行くと父さんが布に包んだ物を渡してきた。

なんだこれ?

疑問に思い包みを開くと中に、自動拳銃のFN Five-seveN(ファイブセブン)とデザートイーグルが入っていた。

 

「前に誕生会で渡した銃と予備の銃を用意しといた。幼稚園に行くとき以外、常に携帯しておきなさい」

 

「ええ⁉︎」

 

5歳児に武装させるって正気か?

エアガンじゃない、実銃だぞ?

銃刀法違反になるぞ。

 

「えっと……大丈夫なの?」

 

「平気だ、ばれなければ罪にならないから」

 

と、俺の前にお茶の入ったカップを置きながら言った。

いや、駄目でしょ! この人、本当に武偵なのかよ!?

 

「大丈夫、大丈夫。いざとなれば法務大臣や警視総監、武偵局長には顔が利くから」

 

そういう問題じゃねえよ!

と思いながら、カップに注がれたお茶を飲む。

 

「ああ、そういえば青森で誘拐されそうだった女の子助けたんだって?」

 

「ぶっ、げほげほ……な、なんで父さんが知ってんの⁉︎」

 

思わず口に含んだお茶を吹き零してしまった。

 

「風の噂で聞いたよ。木刀だけで制圧できるなら上出来だね。武偵憲章も覚えているようだし、本来なら10歳から始めようと思っていたけど今日からは銃を使った訓練を始めようか」

 

え、なんだか嫌な予感しかしないんだが?

 

 

「さて、まずは準備運動からだな!

最初は軽く腕立て伏せ100回×5セットいってみよー」

 

いや、軽くねえから!

 

あまりの無茶振りに耐えきれず、ガンダールヴの能力発動させて逃走を試みたけど無駄だった。

駆け出して100mも進まないうちに首元掴まれたよ。

……本当にこの人同じ人間か?

生身でガンダールヴの速さについてこれるとかもうチーターやん……まあ、Rランク武偵だから当然かもしれないけどさ。

その後準備運動という名の拷問を受けた。

確かに、ガンダールヴの能力を引き出すなら経験と鍛練は必要だ。

原作の事件に巻き込まれても生き残れるくらいには強くなりたいからそれ自体は願ってもな……いや、やり過ぎじゃ、ボケ!

と心の中で叫ぶ。

声に出してこんなこと言ったらオシオキされちまうからな。

まあ、抵抗は無駄だったけどさ。

逃げ出した罰として三日間俺は自宅地下に監禁された。

息子を監禁しちゃうとか、この人達はもう……しかし、俺はこの事に対し恨みは抱かない。

何故なら、この時から始めた訓練のおかげで俺は強くなれたからだ。

そのことを実感するのはそれから数年後のことだ。

 

 

 

「ここがルーマニアかぁ……」

 

 

あれから五年後。

俺はルーマニアに来ていた。

手にはトランクをひきさげ、腰には木刀と日本刀を刺し、上着の内ポケットの中には銃がある。

家族旅行ではない。父さんのお使いとして、単身で遠路はるばるヨーロッパに来たのだ。

小学生の俺が何故遠路はるばるルーマニアに来たのか、という疑問を解くには少し時を戻すことになる。

 

それは訓練という名の修行を始めてから5年ほどたった秋の日。

小学校から戻り部屋でデザートイーグルの整備をしていると、携帯電話が鳴り響いた。

 

「はい、もしもし星空……あっ父さん。どうしたの?」

 

電話は海外出張中の父からだった。

 

「え、来週の土曜日?空いてるけど……はぁ? 飛行機に乗って海外に行け?」

 

突然の話に頭がついていかず混乱していると、父がダメ出しの一言を口にする。

 

「その通りだ。ちょっと海外の知り合いのところまでお使いに行ってほしい。ああ、パスポートはあるから安心していいよ。初めての海外でちょっと危険かもしれないけど、日頃の訓練の成果を実戦で試すいい機会だからね。「えー、嫌だ。面倒」訓練の一環の模擬戦で、敗けた者は勝者に従うというルールあるだろう? 5年分の権利を使うから拒否権はないぞー」

 

チケットは送ったといって電話を切られ、呆然とするなか荷造りを始めたのだった。

はぁ〜。……気が重い。

 

そして、出発の朝、母からチケットを受け取り行き先を確認した俺は愕然とした。

俺が行かなきゃならん国。そこは……

ルーマニア。

吸血鬼伝説がある歴史ある小国。

この世界においては『串刺公』よりも『無限罪』と呼ばれる事の方が多い吸血鬼(ブラド)が住まう国。

理子ルートに入りました……。

ってこれ死亡フラグ立ってないか?

いや、ルーマニアに行くからって吸血鬼(ブラド)と戦うとは限らないじゃないか⁉︎

よし、ポジティブに考えよう!

仮にブラドに襲われても、弱点もわかってるし、なんとかなるだろう。

魔臓を同時破壊できればブラドは怖くないからな。

って、まてよ?

ということは……だ。

理子救い出せるよな? 理子を助けたら、原作壊すことになるよな?

まぁ、ブラドに会ってしまったらその時考えよう。

それにしても……海外か。前世では縁なかったなー。

仕事みたいなもんだけどせっかくだから楽しむか!

 

そんなことを考えているとあっという間に出発する当日となり、気づくと俺は成田空港に到着していた。

空港に着いた俺は出国手続きを済ませるべく、航空カウンターに向かう。

そして、飛行機の搭乗時刻まで空港内の売店や飲食店で時間を潰し、出発前の家族団らんを満喫する。

 

「それじゃ行ってくるよ」

 

時間はあっという間に過ぎた。

 

「はいはい、気をつけてね~」

 

「兄さん、気をつけてくださいね? 行ってらっしゃい」

 

「にいにぃ~お土産よろしく‼︎」

 

母と妹達のそれぞれの言葉を聞き、苦笑いしながら出国ゲートに向かい、手続きを済ませる。

普通ならこんな子供が1人で海外に行くのは怪しまれる。

それも帯銃や武装した小学生なんて、搭乗拒否されて当然なのだが。

そこはRランク武偵の父親。

父の推薦状と法務大臣やら、官僚の氏名と実印を押印された武装許可証やら出国許可証とかを提示すると驚くほど手続きは短くすんだ。

国家権力凄えな、やっぱ。

あまり乗り気じゃなかったが、来ちまったもんは仕方ねえ。

さて、日頃(訓練)の成果見せますかー!

気合を入れ直し、機内に乗り込む。

座席に座ると、移動までに蓄積された疲れもあってすぐに眠気が襲ってきた。

少し目を閉じるか……。

 

「隣失礼するよ?」

 

しばらくして声をかけられた。

目を閉じていたせいか、どうやらうたた寝をしていたようだな。

声をかけてきた人を薄目を開けて見てみるとそこには二人組の女の子がいた。

声をかけてきたのは短髪のおかっぱ頭をしてしている小学生くらいの子供だった。

あれ?

この子……どこかでみたような? この子を大きくさせた感じの女性を確かアニメかなんかで……。

……ってどう見ても(つづり)だよな?

ってことは連れは……ゲッ!ら、蘭豹(らんびょう)だ‼︎

なんでいんの?

というか、二人はもう(つる)んでるの?

小学生だろ、まだ。

まさか、原作崩壊が始まってんのか?

落ちつけ、落ちつくんだ、俺。

よし、冷静になって考えよう。

 

綴と蘭豹(らんらん)が現れた。

この二人に対して有効な選択肢は……

 

 

①死んだふり

 

②寝たふり

 

③口説く

 

 

ってか、なんだ? ……この選択肢⁉︎

口説くという選択肢は絶対ないだろ、誰得だよ!

②だな。寝たふりしてやりすごそう。関わっちゃいけない。

関わったらブラドと闘る以前に死ぬ。物理的に(確定)。

だからここは寝たふりでやり過ご……。

 

「なぁ、そこの餓鬼。起きてんやろ? お前武偵見習いか?」

 

はい、やり過ごせないとさ、こんちきしょう!

武偵見習いということまでバレてるし。

恐るべし野生の勘。

というか、初めての海外旅行で偶然綴や蘭豹と同じ飛行機に乗って座席が隣になるとか、俺の運勢どうなってんの? 今日は絶対厄日に違いない。

しかし困ったな……話しかけられた以上、寝たふりはできん。

どうする? どうする?

どうしたら、いいんだ?

どうやってこの状況を切り抜けたらいいんだ?

山で熊に出会った人間はおそらくこれと似た恐怖を感じるんだろうな。

 

機内の座席に座りこれから起こる出来事に期待と不安を感じていたところに、転生以来最大の出会い(ピンチ)を迎えてしまい、俺は混乱していた。

蘭豹に声をかけられるとか、原作介入が始まったのか?

しかし、意外と昔の蘭豹って可愛らしいんだな。これが後数年であんな残念な感じになるのか……。

時って……残酷だよな。

目の前にいる蘭豹の格好は上は武偵高の制服に似たものを着用しているが、下は超ミニなスカートを履いている。膝丈何センチだ? 金次がいたらヒスるぞ。

かなり際どいミニスカートを身に着けている。

因みに、綴は東京武偵高の制服を着用している。

 

「おい、聞いてるのか?」

 

そんなどうでもいいことを考えていると、無視されたと勘違いしている蘭豹が声を荒くあげた。

うわぁ、質問しただけなのに殺気出してるよ。

見た目は子供なのに何コイツ超怖えー。

 

「ち、違いますよ。いきなり質問されてビックリしただけです」と、無難な言い訳をして、蘭豹の出方をみる。

 

「ふん、まぁいい。……で、お前武偵見習いか?」

 

再び先程と同じ質問をしてきた蘭豹。

誤魔化せる雰囲気ではないな。

 

「はい、父から……あ、武偵の星空 光一。俺はその息子の昴です。

父から、将来武偵として活躍できるように鍛えられてます」

 

「ワイは蘭豹や。なんやお前。光一先生の息子やったんか?」

 

え、光一先生って⁇

 

「私は綴 梅子。こっちの蘭豹とともに昔、光一先生に教えてもらってたことがあるんだ」

 

蘭豹と綴を教えたって……あの父親、本当に何者なんだろ?

それにしても、綴と蘭豹か。早くても出会うのは数年先だと思っていたんだけどな。

武偵高の教師じゃないのかな?

その辺探ってみるか。

 

「えっと、二人共、もしかして武偵高生ですか?」

 

「そうや」

 

「そうだが?」

 

な、なんとこの二人にも学生時代があったのか?

いや、当たり前か。

一応(・・)、人間だしな。

 

「つかぬ事をお聞きしますがお二人はどちらの学校にお通いで?」

 

歳近いのに敬語で話すのはアレだ。

この二人にタメ口とかありえん。

タメ口聞いたら死ぬ。ガチで!

 

「ワイは香港と上海……今は名古女(ナゴジョ)に通ってるでえ。因みにインターンや」

 

「私は東京武偵高よ。同じくインターンよ」

 

そういや、蘭豹は中国出身だったな。

てか、名古女(ナゴジョ)って。まぁ、蘭豹なら確かに撃たれなさそうだけど……。

ナゴジョとは名古屋女子武偵高校のことを指す。この学校、女子高なのに専門科目は強襲科(アサルト)のみというキチガイな学校で制服は素肌が見えるくらい短く武偵が着る服としてはあまり好ましくない。素肌を晒すということは防御が疎かになるからな。しかし、彼女達はあえて着用することで周囲に『自分は何があろうと撃たれない』と自己暗示を含めたアピールをする為に着ている。

その為、数ある武偵高のなかでも実力派として知られ、武偵業界では有名な学校なのだが……。

なんでらんらんがそこの制服着てんだよ⁉︎

ってか、インターン生かい!

外見もそうだけどら中身も子供だろ、あんたら……って、寒気がした。ごめんなさい。調子乗りました。

そういや、蘭豹こう見えても俺と年齢あまり変わらなかったな。原作でも18、19歳だったしな。

ということは今の年齢は俺より1、2歳上、11、12歳くらいか……。

ちなみに強襲科(アサルト)というのはその名称の通り、犯罪現場に突撃! 強襲する学科で。

テロの制圧などを行う最も死亡する可能性が高い学科だ。その卒業までの生存確率は僅か、97・1%。

毎年100人に3人は死ぬというキチガイな武偵高の中でもかなりアレな学科だ。

悪しき伝統で挨拶代わりに死ねということから通称『死ね死ね団』とも呼ばれる。

まぁ、綴や蘭豹に対してはいろいろツッコミどころ満載だが今はいいや。それより。

 

「ルーマニアには依頼ですか?」

 

「その辺のことは言えんやけど……まぁ、仕事の邪魔はすんなよ?」

 

しねえよ。

あんたらと関わったら命がいくつあっても足りないからな。

俺はまだ死にたくない。

まぁ、同じルーマニアに行くとしてもむこうでこの二人とバッタリ出会う確率なんてそんなに高くないだろ。

余程、運がない限りは……。

たまたま同じ飛行機で一緒になった人と旅先でバッタリ会うなんてそんなこと起きるわけがない。

なーんて、思っていた俺だが、自分の運の無さをこの時の俺はまだ……知らなかった。



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Ammo02。無自覚な逸般人

更新ストップと言ったな。
あれは嘘だ!
気が向いたからした。
それと、二千円札久しぶりに見てテンション上がったのも理由だ。
もっとも、その直後に偽札かと疑われたが……。
(深夜テンションの為、言葉使いがおかしくなってます。夜勤はいろいろ大変なんです。
一部、ストーリーの修正しました!)


2016年4月12日誤字修正済み。
誤字脱字あれば報告お願いします。


ルーマニア

 

ルーマニアは、東ヨーロッパに位置する共和国制国家で南西にセルビア、北西にハンガリー、北にウクライナ、北東にモルバナ、南にブルガリアと国境を接し、東は黒海に面した国家である(wiki調べ)

公用語はルーマニア語だが、宗教的には東方教会の『ルーマニア正教会』が大多数を占めている。

国名のルーマニアは『ローマ人の国』という意味でかつて、ローマ帝国の領土だった時の名残が今もあるようだ。その歴史は古く中世には、ワルキア、モルダヴィア、トランシルバニアの3公国、黒海に面したドブロジャがあり、様々な国の支配下で発展した国の一つである。

かつてのワルキア公国、今のルーマニアで英雄とされた人物がいた。

ワルキア公、ブラド……実は吸血鬼であることは表の世界では信憑性がないデマという情報を流されている。しかし、裏では『無限罪のブラド』として武偵、公安、様々な組織からマークされているが、そのことを知っているのはごく一部である。

何故ならブラドには誰も手を出せないある秘密があるからだ。

 

 

 

 

〜ルーマニア内のとある古城~

 

 

薄暗い古城の中を白衣を着た爽やかなイケメンという感じの男の隣を黒いゴシックローターのドレスを着た私は並んで歩いていた。

並んで歩いてはいるが、その立場は決して対等ではない。

 

「サンプルは集まったのかしら?」

 

黒いドレスを身に纏った私は威圧的な声色を出し、隣を歩く男に語りかけた。

 

「ええ、ぬかりはありませんよ。いつでも採種できます」

 

「久しぶりにいい食事もできそうね。ああ、そうそう、あの雌犬はどうしてるのかしら?」

 

「地下の牢屋にいますよ。心配しなくても彼女には何もできません。遺伝子的に劣性ですからね……」

 

「そう、つまらないわ……少し遊ぼうと思っていたのに……」

 

なあんだ、抵抗しないのねー、ツマラナイわね。

もっと反抗した方が面白いのに……。

そんな事を考えながら私は今日もこの退屈な古城の中で配下の手下に指示を出す。

ああ、もっと美味しい血が飲みたいわ。

肌も荒れてきたし、血液風呂なんかもいいわねー。

下等種族の人間共よ。私の糧となるといいわ。

 

 

 

 

 

とある飛行機の機内

 

『ご搭乗ありがとうございます。当機はまもなくルーマニア首都ブカレストに到着致します。シートベルトを着けてお待ち下さい』

 

 

……ん?、アナウンスか……。

 

「ふぁ~よく寝た~」

 

あの後、蘭豹達にしつこく父の事と俺の事を聞かれ、精神的に疲れてしまい気がつけば爆睡してしまっていた。

隣を見てみると、蘭豹と綴はヨダレを垂れ流しながら爆睡していた。

いや、お前ら一応女の子だろ?

いいのか? いや、考えるのやめよう。うん、それがいい……。

さて、ようやくルーマニアに着くけどこの後はどこに行けばいいんだ?

空港ロビーで待っていろ、ということ以外何も知らされていないんだよ。

我が父親ながら適当な人だよな……。

 

「……すー、すー、ん、うん……むにゃぁ……?」

 

あ、蘭豹が起きた。

 

「おはよーございます」

 

「……」

 

蘭豹はしばし無言になると、シートベルトを外し、立ち上がると座席上の荷物入れからカバンを下ろして……。

って、え、ええ〜⁉︎ 機内(ここ)で銃だした~⁉︎

 

「ちょっ、何をしてるんですか~⁉︎」

 

「うるさい、可憐な乙女の寝顔を見といて……生きてられると思うにゃよ!」

 

寝ぼけてるのか、噛んでんぞ。

 

「……は? 可憐? 誰が?」

 

って、おい! 蘭豹が持っている銃は……

 

S&WM500……通称『象殺し』。

 

世界最強の威力を誇る拳銃の一つじゃねえか⁉︎

や、ヤバイ……。

何故かは知らんが、最強の豹の尾を踏んでしまったようだ。

ってか、俺悪くないよな?

どうする?

どうすりゃいいんだ?

誰かこの状況をどうにかしてくれー!

 

「おりゃあ、死ね、死ねー、死に晒せー!!!」

 

俺は念のためにと、足元に置いといた木刀を構えるが。

 

「うっさい!」

 

目を覚ました綴にチョップされて、蘭豹はおとなしくなった。

周りの乗客と乗務員の皆さん、蘭豹が騒がしくしてスミマセンね、本当。

 

 

 

 

 

数十分後。

 

ルーマニア首都ブカレスト 空港ロビー

 

 

あの後、綴によっておとなしくなった蘭豹(いまだに睨んでいたが)達と別れた。

彼女達はこれから情報収集に向かうようだ。会わないことを切に願う。

蘭豹達と別れた俺は入国ロビーの前で父さんが頼んだ案内人を待っている。

 

「君が昴君かな?」

 

と、そんな俺の前に一人の男性が話しかけてきた。

日本語で話しかけられ、驚いてしまったが声をかけてきたのは金色の髪をオールバックにした紳士服が似合う男性だった。

 

「えっと……貴方は?」

 

「これは、失礼……私は、そうだね、オルメスとでも名乗っておくよ。無論、本名ではないがね。任務中に使うコードネームだと思ってくれたまえ」

 

コードネーム?

オルメス?

……まさか?

 

「さて、遠路はるばるよく来たね。古き伝統と怪物の国……ルーマニアへ」

 

この時の俺は彼の正体を確認しなかったことを後悔することになる。

だが、それはまだ先の……そう、彼の正体に気づくのは『あのハイジャック事件』の後になる。

 

「こっちだついてきたまえ~」

 

オルメスさんの案内でタクシーに乗せられた俺は街中を車で走り、気づけばルーマニア武偵局ブカレスト支部前に着いていた。どうやら、この中に父さんの知り合いがいるらしい。

 

「今日、この中で話すことは他言無用だよ? その意味……わかるね?」

 

オルメスさんに念をおされながら支部長室と書かれたプレートのあるドアを開けて中に入る。

 

「お!、ようやく着いたか……」

 

そこには、我が父親と武偵と思わしき人物が3人いた。

 

「って、何でいんの?」

 

「おや? 海外出張先はここだと言ってなかったか?」

 

聞いてないけど、一度も……。

首を横に振ると父さんは笑う。

 

「はははっ!そっか、それは悪かったね。

ところでちゃんと持って来たか?」

 

俺はトランクの中からアレを取り出す。

 

「はい、頼まれてた弾薬と、書類。

後、母さんから着替えの予備も持たされたから……」

 

「ああ、助かった。やっぱ弾薬はアイツ(・・・)のじゃないと落ち着かないんだよー、ありがとうな」

 

「はい、お使いは終わりだね〜。じゃ、さようなら……「待ちなさい」……え?」

 

回れ右して帰ろうとしたが父さんに腕をガッチリ掴まれた。

逃走失敗……嫌な予感しかしない。

 

「悪いと思うがお使いというのはただのおまけだよ。ここにいるメンバーの紹介はあとにするが。昴君にはやってほしいことがあるんだ。昴君にしか出来ない重要な任務だ。実は、ここルーマニアで誘拐事件が多発していてね。それも両親が何かしらの才能を発揮している家系が狙われている事が解ったんだ。その中にはルーマニア政府高官の家族や、軍人の家族、貴族の子弟なんかもいてね。ルーマニア武偵局としては見過ごせない事件となってしまったんだ。そこで相手の狙いは子供のようだから、囮として昴君に協力してもらう。以上。異論はあるか?」

 

こ、このダメ親父……普通我が子を囮にするか?

ダメだ。やっぱ普通じゃない!

 

「まぁ、異論あっても聞かないけどな、只の子供ならともかく昴君なら大丈夫だろ?」

 

いろいろとツッコミどころはあるが、まあ確かに只の(・・)子供じゃないしな……。

 

「わかったよ。やればいいんだろ? やれば……」

 

才能がある両親の血を引く子供の誘拐。

十中八九、吸血鬼(ブラド)が関わってるだろうな。

吸血鬼(ブラド)相手にどこまで出来るかはわからんが……全力でやってやるよ!

頼みの綱はガンダールヴの能力とこの五年で会得した星空家の戦闘術だな……。

 

「さて、鬼退治といきますか」

 

意を決して武偵局を出ようとした俺だが……。

 

「見つけたで〜‼︎」

 

ゲッ、この声は……?

声のした方を振り向くとそこには蘭豹がいた。

 

「やっぱりここにいたー!!!

ワイの勘に狂いはなかったんや!」

 

「な、なんでここに?」

 

戸惑う俺に父さんが声をかける。

 

「お! 来たな、紹介しよう。

この子達は今回昴君と共に捜査する武偵達だ。

まだ小さいが将来有望な子達だから彼女達の言う事をよく聞くんだぞ?」

 

「ちょっ、聞いてないんだけど?」

 

「うん、今言ったからね!」

 

おい!

 

「こっちの活発な子が蘭豹ちゃん、で、ちょっと目がいっちゃってるこの子が梅子ちゃん」

 

「……先生、目がいっちゃってるは余計です」

 

「あははは! ごめん、ごめん。

まあ、とにかく、3人で任務にあたってくれ、以上!」

 

いやいやいや、聞いてないから!

 

「えっと……よろしく、な?」

 

「認めない。ワイは自分より弱い奴と組みたくあらへん!

せんせー、勝負させてなー」

 

はい?

 

「勝負?」

 

「ワイに一撃でも入れられたらチームメイトとして認めたる!」

 

蘭豹は腰にあるホルスターから銃を抜いた。

そして、俺に向ける。

 

「いやいや、嫌なら無理して組む必要は……」

 

「うん、そうだね。お互いの実力把握しといた方がいいよね。

よし、じゃあ裏庭行こうか?」

 

え、マジで?

俺の不戦敗でいいんだけど!

そんな俺の内心を他所に……

裏庭に連れて行かれた俺は何故からんらんと戦うことになった。

一つ言いたい。

これ、何の罰ゲームですか?

 

「よし、ルールは簡単。一撃入れた方の勝ち。

蘭豹ちゃんが勝てば昴君は一人で任務を遂行し、帰国後に僕と父さんの地獄メニューをこなしてもらう。蘭豹ちゃんが負けたら、そうだな……武偵育成フルコースを受けてもらおうかな」

 

父さんの言葉に俺も蘭豹も顔を青くする。

一人で任務を遂行するのはハッキリ言ってご褒美だ。

だからむしろ負けてもいい、と思った。

帰国後云々を聞かなければ。

だが、父さんと爺ちゃんの地獄メニューとか考えただけで……胃が。

蘭豹もトラウマがあるのか顔を青くしてる。

あの蘭豹をおとなしくさせるとか、普段何してんの?

 

「よし! それじゃ、始め!」

 

父さんが開始の合図をした途端、蘭豹が手に持つM500で撃ってきた。

俺は片手で目にも映らないくらいの速さで木刀を振るい木刀の刀身で銃弾を叩き弾く。

星空流剣術『流星群(メテオドライブ)』。

金一さんの『アノ技』と原理は同じ、目にも映らない速さで刀剣を抜く、居合い技の応用だ。

この技を使うにはかなりの反射神経が必要だが、俺は『武器』を持つと素早く動くことが出来、反射神経も向上する為、この技を使える。

『いつ抜かれたのか解らない』、『いつ斬られたのか解らない』、『いつ斬られるのか解らない』……それがこの技の強みだ!

本来は刀剣でやる技だが木刀でも、普段から使ってれば銃弾くらい弾けるようになる。

この木刀、かなり頑丈だし。

俺に銃弾が効かないと解ったのか、蘭豹は次に背に背負っていた中国の刀に手を伸ばす。

日本の薙刀に似た太刀。確か青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)だっけ?

それを片手で持ち上げ、振り下ろしてきた。

俺はそれを木刀で受け止める。

ズシィィィィィィン。

かなり重量がありそうなくらい重い衝撃が刀身から伝わってきたが、父さんや爺ちゃんの一太刀に比べたら軽い(・・)

俺は両手で木刀を力いっぱい握り締めると真横に振るう。

一閃!

木刀の衝撃を受けた青龍偃月刀にヒビが入った。

 

「はい、一撃入れたね? 俺の勝ち!」

 

俺は『今、何が起きたの?』という表情をしている蘭豹や綴を見つつ、急いでその場から離脱した。

爺ちゃんや父さんの斬撃を毎日受けてる俺からしたら遅いし、軽い。

だから普通に木刀で受け止められるよ。

父さんの顔を見ると、笑ってる。

ちゃんと一撃入れたからな?

ルールには何処にとはないからな?

そんなことを思いつつ、ガンダールヴの力で駆け出した。

 

 

 

武偵局を出た(らんらんから逃げ出した)俺は、父さん達から渡された資料をもとに子供が拐われた場所の一つ……ルーマニア正教会の聖堂に来ていた。

教会がバックについてるのか、武偵局が手出しできないはずだな……。

武偵や殺し屋は金で動く。よって中には教会や寺院に金を積まれて動く武偵も少数ながらに存在する。教会の中に、護衛の武偵がいる可能性もある。

 

「さて、どうするかな……」

 

まさか、馬鹿正直に真正面から追求しても相手にされないだろう。

俺はあくまでも『餌』。但し、ドデカイ針のついたな。

異国人らしく観光客の一人として行くか。

よし、いくか!

気合いを入れ直してから俺は教会の中に入って行った。

 

「ようこそ、ルーマニア正教会、聖堂へ」

 

観光客相手にミサなどの説明や聖堂の成り立ちを話す司教を観察しながら俺は怪しいところはないか念入りに捜査をしていた。

……とその時、ドンと軽い衝撃を感じた。

 

「あ、ごめんなさい」

 

「#&@/#&@/a#d&」

 

ルーマニア語でなにやら言われて振り向くと少女が尻餅を突いて倒れていた。

手にはパンフレットを持っていたようでぶつかった衝撃で俺の方に飛んできた。

 

「大丈夫?」

 

とっさに話かけたが日本語で言ったため彼女には伝わらなかったようだ。

参ったな……俺、日本語しか解らんぞ。

どうしたもんか……と悩んでいると。

 

「見つけたで〜‼︎ さあ、もう一回ワイと戦うんや〜」

 

蘭豹に見つかった。

ああ、ちきしょう。今日はとことんツイてない。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。今、それどころじゃ……」

 

「あーん? ワイと戦いたくないやと〜?

今、ここで死に晒すか、武偵局に戻ってワイと戦うか、好きな方を選べ!」

 

「それ選択肢ないだろうがああああぁぁぁ!!!」

 

「……クスクス」

 

蘭豹に突っ込んでると、少女が笑っていた。

 

「ん、何やこの子? お前の現地妻か?」

 

ちょっ、何を言いだすんだ!

 

「んな、わけあるかー!

ぶつかったんだけど、言葉が解らないんですよ」

 

「なんや、なんならワイが通訳したるや〜」

 

蘭豹が少女に声をかけると、少女は最初は驚いていたが次第に緊張をなくし、ある目的の為にこの聖堂に来たことを話してくれた。

少女の姉もここでいなくなったこと。

ミサの日は一般客は入れなく、寄付を多くしている家の子供のみが参加を許されていること。

などなど語ってくれた。

いい情報源だ。しかも、彼女はミサの日に同伴してはどうかと提案してくれた。

 

「ちょっと話が上手い気もするが……まあ、なんとかなるだろう」

 

そして、その3日後俺はそのミサに参加することになった。




緋アリの二次書くうえで、金次のヒステリアモード時のキザな口調と、蘭豹の関西弁は難しい。
作中において、蘭豹が飛行機の機内で銃を取り出してますが、良い子は真似しないでください。
危険物の持ち込みはダメです。むやみやたらと銃見せびらかしたらいけません。
これ、お約束です。
なお、本来、S&WM500は2003年に登場した銃ですが、設定上の都合で2000年には市場に流通していた、という設定になってます。


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Ammo03。修行の成果

今回は真面目な回です。真面目に書きました。真面目に悩みました。
真面目な回(笑)です。
皆さん、大好きな筋肉無双回です。
ね? 真面目でしょう?

文字数は若干少なめですが、勘弁してください。


3日後。

 

俺は、あの日出会った少女や蘭豹、綴と共にルーマニア正教会のミサに参加していた。

ミサが開かれる教会、『セントリヴル教会』は首都の郊外にあり、当日待ち合わせしていた少女とそこの正面入り口前で再会した。その時少女の名前を知ることとなった。

少女の名前はアリスと言い、なんとルーマニア貴族で伯爵令嬢らしい。

いるんだなー、本物の貴族様って。

アリスは腰まで伸ばした金髪と緑っぽい色合いをした目が特徴の美少女で、年齢は俺と同じ10歳。

そんな彼女の招待客として、教会に潜入した俺は『開祭の儀』での聖歌隊の合唱に感動した。

初めて生で演奏聞いたけど、綺麗な歌声は心に残るなー、来て良かったぜ。

そんなこんなで、ミサは進んで……。

今は『交わりの儀』が終わり、残りは『閉祭の儀』のみとなったところだ。

 

(今のところ怪しい動きはないな。………父さん、そっちはどう?)

 

子供用のタキシードにつけた小型の発信器に語りかけていた。

この発信器にはGPS機能と小型のマイクが内蔵されており、何かしらの動きがあれば即、武偵局が介入する手はずとなっている。

 

『こちらルークス、問題なし。引き続き聖なる祭を楽しみたまえ!』

 

ルークスというのは父さんが自分に付けたコードネームだ。何故ルークスなのかと尋ねると、昔爺ちゃんが戦地でノリと勢いで沈めた米国駆逐艦から取った名前らしい。

ノリと勢いで駆逐艦沈めちゃう爺ちゃんも爺ちゃんだが、それをコードネームにしちゃう父さんも父さんだ……。ラテン語で『光』って意味だからじゃないのかよ!

あの人達は本当にもう……。

 

「やぁ~少年、楽しんでいるかな?」

 

父さん達に内心突っ込み入れてると、『閉祭の儀』が終わったのか、聖堂の司祭に話しかけられた。突然声をかけられて思わずキョドってしまった。

(ミサの終了に気付かなかったのは俺の落ち度だが、司祭が一旅行者の子供に直接話しかけるなんてどういうことだ?)

だが、すぐに冷静さを取り戻す。そして司祭に無難な返事を返すことにした。

司祭は日本語も話せる為、会話は日本語だ。

 

「はい、今日はありがとうございます。日本ではなかなか見れない光景なので新鮮で面白いです」

 

「そうか、そうか。それは何より。はるばる日本から来たのだから、ぜひ楽しんでくれ。ああ、ミサの後には特別なパーティーもあるから良かったら参加したまえ‼︎ では、また後で会おう!」

 

そう言い、去っていく司祭。

 

特別なパーティー?

……怪しいな。

 

 

 

それから30分ほど経った頃、俺達は司祭に呼ばれ聖堂内部にある食堂へと連れていかれた。

食堂には俺達の他にも数人の子供がいた。年齢、性別、人種、国籍もバラバラで、統一性はない。

唯一の共通点は子供というだけだ。

それと、食堂に入ってから用紙を渡され、名前と年齢、そして何故か血液型を書かされた。

……これ、絶対にそういう(・・・・)ことだろうな。

 

「さて、今日は日本から特別なお客様がお見えになっています。

……昴君です。一緒にパーティーを楽しみましょう~」

 

司祭はそういい放つと子供の親を含めた大人達は奥の部屋に消えて行った。残ったのは数名の子供と食堂の扉の前や窓の前に配置された黒服の男達だけになった。

出入り口は封鎖されてる。

黒服達は隠しちゃいるが全員、武装してるな。

マイクロUZIらしきものがチラッと見えたぞ?

さて、そろそろ仕掛けてくる頃合いか?

俺の予想は当たり、黒服達はマイクロUZIを出すと威嚇射撃を始めた。

 

「餓鬼共、おとなしくしろ‼︎」

 

一人だけ、マイクロUZIじゃなく、両手でPfeifer Zeliska(パイファーツェリスカ)を持つ男が声を荒げて通告してきた。

(チィッ、9ミリ弾丸の20倍の威力を誇る銃弾を撃てる銃を子供に向けるんじゃねえよ!)

 

パイファーツェリスカとは重量約6Kg。銃身が長く.600ニトロエクスプレス(.600.N.E.)、.458ウィンチェスターマグナムなど主に象狩り等に用いられる大型の動物を仕留めるための大口径マグナムライフル弾を使用する拳銃で蘭豹の持つS&WM500と共に『世界最強の拳銃』の称号を持つ超大型の回転式(リボルバー)拳銃だ。その威力は9ミリ弾の20倍、デザートイーグルの.50AE弾の5倍の威力を誇り……もはや、ソレ拳銃じゃないだろうっていう突っ込みどころ満載なシロモノだ。

普通は狙撃銃のように固定して撃つか、塹壕などで匍匐した体勢で撃つ銃で、決して常人が固定せずに両手持ちとはいえ、立ったままで使えるもんじゃない!

そこの黒服さん、アンタも人間辞めてんなー!

 

「待て! 人質には俺がなる。……だから、他の子供達は解放しろ!」

 

俺は両手を挙げて男達に抵抗の意思はないことを示す。

蘭豹に通訳を頼むと、蘭豹の言葉を聞いたその男は一拍おいてから日本語で返事を返してきた。

日本語も公用語になってんのか?

 

「ほう、素直な餓鬼でおじさん、助かるぜー。よし、じゃあ解放してやるよ……なんてな」

 

リーダーと思われる男はいきなり手に持つ(パイファー)を俺……の隣の少女(アリス)に向けた。

不味い⁉︎ このままじゃ、アリスに当たる。下手したら死んじまう。そんなこと……させるかー!!!

俺はポケットから緋色のナイフを取り出すと右手に握り締めた。

ナイフを握った瞬間に左手は光り輝く!

そして、身体は軽くなり、まるで風のように素早く駆け抜ける。

アリスを庇うように前に出た。

その直後、男は銃のトリガーを引き発砲した。

俺一人ならガンダールヴの速度で躱せる。だが……アリスは無理だろう。躱せば彼女に当たる。

どうする? どうすればいい?

……簡単なことだ。

なら、こうすれば(・・・・・)いい!

俺はナイフを縦に構える。

銃弾が迫る。

そして……。

 

ギィィィンッッッ!

 

俺はナイフで______銃弾を斬った。

______銃弾斬り(スプリット)! ……原作で遠山金次が使う技の一つで、ナイフや刀剣で銃弾を斬る、ちょっと度胸がいる技を実戦で初めて使った。

そのままでは斬った後の銃弾が後ろにいるアリスに当たる可能性があったから、銃弾を斬った直後ナイフの刀身で弾き僅かに軌道を逸らした。

その為、アリスに実害はない。

銃弾は綺麗に真っ二つに切断された。

発砲した男は驚愕し、『今、何が起きたんだ?』と俺の周りの人がよくやる反応をする。

成功して良かった。訓練では100発100中だったけど、実戦で誰かを守りながら使ったことはなかったので実は内心かなりヒヤヒヤしている。

 

「餓鬼ィ、お前、プロ(武偵)だな?」

 

「いんや、見習いだよ」

 

「嘘つくんじゃねえよ、お前ほどの実力で見習いは通じねえぞ!」

 

「嘘じゃない。俺はちょっと銃を使えるただの小学生(子供)だよ」

 

「てめぇみたいな小学生(子供)がいてたまるか!!!」

 

突っ込まれた。本当のことを言っただけなのに……あの祖父や両親に戦闘訓練受けさせられたら誰だって、銃弾くらい斬れるようになるのに、大袈裟だな。

キレた男は俺に向けて第二射を射つ。

俺はタキシードの胸元に入れていた左手を抜き、愛銃……デザートイーグルを取り出し発砲した。

 

ギィィィンッッッ!

 

放たれた黒服男の弾丸は俺の放った二発(・・)の弾丸により反らされ、俺や少女には当たらず、右横の壁に向かって飛んでいく。

______銃弾撃ち(ビリヤード)______! ……これまた、遠山兄弟が得意とする銃撃技。

銃弾を銃弾で弾く、曲芸を披露する。

修行の一環で父さんから教わった技がこんな形で役にたつとはな。

辛くても訓練続けてて良かった。

もっとも、デザートイーグルの.50AE弾一発では威力負けするので、一発目を撃った直後、直ぐに二発目を撃つ。『目にも見えない早撃ちを行う』銃技、『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』……いや、俺の場合自動式拳銃で使うし、見えない弾というより見えない銃撃って感じな『不可視の銃撃』だな。

その技を使用して、銃弾撃ちで僅かに逸らされた弾を『不可視の銃撃』で撃った弾で弾き返す。

ただそれだけの動作で銃弾は軌道をずらし、俺やアリスにはかすり傷一つなし。

黒服達は驚いた顔でぽかーんとしてる。

 

「まさか……銃弾弾く小学生がいるとは世界は広いな……なら、これならどうだ?

おし、てめぇら、一斉射撃だ!」

 

リーダーの男の声により、我に返ったのか周りの黒服達も銃を俺に向けてきた。

こんな子供相手にそんなもの向けるんじゃねえよ。

まあ、全然怖くねえけどさ。爺ちゃん、父さんが向ける殺気に比べたら全く怖くない。

判断基準が可笑しいのかもな……普通ってなんだろう?

とは、いえ、さすがに一斉射撃を防ぐ技はまだ覚えてない。

原作の(・・・)技では……。

 

ガガガァァァ、と迫り来る銃弾。

俺は抵抗しないで身体一つでそれを受け止める。

この技に銃や刃物は必要ない。

身体一つあれば誰にも出来る。

(ちょっと痛いけど、少しの我慢だ)

 

いくぜ。星空流防弾格闘術。

筋肉銃弾返し(マッスルバスター)!』

 

銃弾が俺の体に当たった瞬間、ギィィィーンッ!

銃弾は弾かれて180°方向転換して撃った男達の銃身にそのまま返り。

ガガァン!

内部破壊を始めた。

それは原作金次がやっていた全身を使って銃弾を相手に弾き返す銃弾返し(カタパルト)、そして銃弾を銃口に撃ち返す銃口撃ち(チェッカー)……の筋肉版。

技の原理は非常に簡単だ。迫る銃弾を身体の筋肉のみ(・・)で弾く、ただそれだけ。

道具も装備もいらない。原始的な防衛術。

筋肉一つあれば誰にも出来る!

五年ほど筋トレすれば出来るようになる!

筋肉は最強! 筋肉は正義!

筋肉ハ嘘ツカナイ。

サア、御一緒ニ……!

 

「筋肉ハ世界ヲ救ウ?」

 

ナゼカタゴトで疑問系なのかは自分でもわからん。

ただ、爺ちゃんや父さんとの訓練の日々を思い出しながらやったらそう言ってた。

筋肉ハ最強! もう、それでいい。

何も考えるな、感じろ。

唖然とするリーダーの男に俺はナイフを持ったままガンダールヴの速度で近づき左手でバリッツ……これも父親仕込み……を仕掛けて投げ飛ばし、無力化し、手錠をかける。

 

「馬鹿な……お前、本当に人間か?」

 

「さっきも言ったけど、ただの小学生だよ。

ちょっとした特異体質を抱えるどこにでもいる普通の、ね」

 

つい金次みたいなことを言ってしまう。

しかし今なら金次の気持ちが良く解る。

先天性筋形質多重症なんてもんを先祖代々受け継いでる家系に生まれ育っちまったせいで、肉体的にはバケモノだからな。俺は。精神(自分)的には普通のつもりなんだが………まあ、考えても仕方ないな。

さて、後は……

 

「おらおら、死ね、死ね! 死に晒せ______!」

 

「ふん、こんな程度かぁ。戦いがいがないな。ま、この後の尋問では楽しませてくれよ?」

 

黒服達を制圧する蘭豹と綴をどうやって止めるか、だ。

とりあえず、あの二人が暴走する前に応援呼ぶか……。

 

(父さん、早く突入して!)

 

外に待機してるであろう父さんに連絡して後は丸投げする。

俺にしては良く働いた方だ。後始末くらいしてくれよ?

 

「クソ、血液さえ渡せば大金が入ったのに……バケモノ共め!」

 

「相手が悪かったな、蘭豹達みたいなバケモノを相手にしたのが間違いだったな!」

 

などと言ったら蘭豹、綴、アリス、そして黒服の男にジト目をされた。

何故だ?

こうして、無事に請け負った任務は完了した。

その顛末はというと、武偵局の強制捜査が入り、司祭ならびに教会関係者、一部の子供の親などが捕まり教会の支配力は事実上弱体化した……。

司祭はブラドの手下の一人から話を持ちかけられ、取引は首都から近い森の中に建つ古城でおこなっていたことを自白した。

そして、俺は父親から『昴君達で行きなさい。その方が相手も警戒しないだろうし、なにより面し……いい経験になるから』などというふざけた理由で依頼として押し付けられ、蘭豹、綴と一緒にブラドの住まう古城へと行かされることになった。

いや、ふざけんな!

俺は行かないぞ。絶対行かないからな! 絶対だぞ!




2016年4月16日誤字、脱字、改稿作業ひとまず終了です。
矛盾、誤字、脱字、ありましたら教えてください。


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Ammo04。発動! オペレーション『ヴァンパイア・ストライク』

サイド⁇

 

首都ブカレストからほど近い森の中にある古城。『アルカード』

昼間なのに薄暗い森の中にひっそりと建ち、周囲は草が生い茂りいかにも何か出そうな感じがするその古城。

その城の地下牢に私は監禁されてる。私が監禁されてからもう何年経ったのかな?

今日もいつもと同じだった。

身に付けていられるのはボロボロのところどころ破れた布切れ。3日に一度出されるパンは干からびていて、スープなんてない。水は出るけど、空腹は変わらない。

と、そんなことを考えていると。

私が閉じ込められている牢の前に誰かが来た。

 

「……誰? 誰かいるの?

誰でもいい……助けて……助けてよ……」

 

しかし、その人は私をゴミのように見つめるだけですぐさま地下牢から去っていってしまう。

ああ……やっぱり助けを求めても無駄かあ。

私に力があればブラドに一発喰らわして逃げてやるのに……。

 

「はぁ~まるでおとぎ話に出てくる囚われのお姫様みたいだね。私のもとには王子様や勇者様は来ないけど……」

 

絶望していた。期待なんてしていない。

助けを求めれば助かる。呼べば誰か来るなんてのはただの幻想だから。

私には何もない。何もないから監禁されてる。

優秀だったら外に出られたのに……力が欲しい。

逃げ出せる力が。自由になれる力が欲しい。

隠し持つ十字架をギュッ、と握り締めながらそう思う。

考えるだけ無駄だけど……。

だけど……つい考えてしまう。

 

『囚われ姫のもとに来てくれる勇者』……そんな存在がもし、いるならば……と。

 

 

 

同時刻。

ブカレスト武偵局内。

 

俺は父さんに抗議していた。

 

「頼まれたことはやったから、もう帰っていいでしょう⁉︎

ただの小学生に吸血鬼の相手は荷が重いよ?」

 

「昴君が『ただの小学生』だったら、今すぐ日本に帰してるさ。だけどパイファーツェリスカを持った戦闘員と戦える時点で『ただの』ではないよね?」

 

「うぐっ……そ、それは」

 

くっ、いい訳できん。

だが、そうしたのは父さん達だろう?

もし俺が普通じゃないのなら、それは保護者(父さん)達が普通じゃないからだ。

 

「まあ、帰ってもいいよ? ただし、帰ったら父さんが張り切って君と遊び(・・)たがるだろうけど。

海外に行ってたことを知ったあの人が孫と再会したらどうなるか……解るよね?」

 

父さんの言葉に戦慄する。

爺ちゃんはかなりの孫バカであり、戦闘狂だ。

そんな人が海外で戦ってた孫が帰ってきたと知ったら……どうするか?

マズイ。俺の身の安全がマズイ。

十中八九、遊び(模擬戦)に誘ってくるだろう。

それも全力で! 筋肉全開で!

そんなの……ゴメンだ!

爺ちゃんと模擬戦やるくらいなら、ブラドと戦った方がマシだ!

 

「@#/a@j/m/&!」

 

俺達と一緒に武偵局に来たアリスが何やら叫ぶ。

が、すまん。何言ってるのか解らん。

ルーマニアの言葉が解らない俺は人間翻訳機こと、らんらんに通訳するようにお願いするが。

 

「別にええけど、後で模擬戦やろうなー」

 

この戦闘狂共!

そんなに模擬戦したいのかー!

ここにはマトモな奴は俺以外いないのかよ⁉︎

 

「んー? ……うんうん、そらそうやな」

 

らんらんはアリスの言葉に耳を傾け、うんうん唸ると、俺に視線を向けた。

 

「この子、メチャ怒ってるわ〜……まあ、それもしゃーないわな。約束守らんで、トンズラしようとしてるんやもん」

 

「約束?」

 

「この子が出した依頼は『姉を探して欲しい』……その依頼、放り出して日本に帰ろうとしてる奴にキレん方が可笑しいやろ?」

 

「いや、依頼放棄したわけじゃ……」

 

誰かに引き継ごうとは思ってたけど……。

 

「『武偵憲章2条。依頼人との契約は絶対守れ。』……この子と約束したんやろ?

なら、最後までやれや〜! 武偵として、いや、男として約束は守らなあかんやろ?」

 

くっ、非常識な塊である蘭豹に言われるとは……だけど、反論できない。

一度約束した以上、約束を破るのは人間として最低な行いだからな。

普通の人間を目指す俺にとって守らなければいけない事だ。

 

「解った。やってやるよ!

アリスの姉を探し出して、ブラドも捕まえる。

それでいいんだろう?」

 

「……」

 

蘭豹達にそう言うと、その言葉を蘭豹から聞いたアリスはコクンと頷き。

タタッと俺に駆け寄ってきて。

俺の顔を両手で挟み込む。

え? え?

何されんの?

と思った俺の……。

チュッ。

頰にキスをした。

 

「なっ⁉︎」

 

何が起きたんだ⁉︎

固まる俺に蘭豹が笑いながら告げる。

 

「ははっ! 報酬の前払いらしいでぇ〜。よかったな、こんな可愛い子にキスして貰えて」

 

「……シャッターチャンス見逃した。脅すネタだったのに……」

 

報酬の前払い⁉︎

今のキスが?

つうか、綴!

今のカメラに撮る気だったのかよ!

危ねえ……もし撮られてたら絶対拳銃自殺したくなったからな。

綴に脅された日には廃人コース間違いなし、だからな。

 

「さて、昴も殺る気になったし、ちゃっちゃと終わらせてルーマニア料理食べに行こうや~。

そして、その後、昴と模擬戦やるんや〜楽しみやな〜」

 

やる気にはなったが、殺る気はないぞ?

というか、何故俺と戦うのが嬉しいんだ?

……よく解らん。

 

「油断は禁物よ? まぁ、さっさと終わらしたいのは同じだけどね……ぷはぁーっ」

 

綴はそう言ってからタバコのような、草っぽい匂いがする物を吸い始めた。

そんなタバコみたいなもんを吸って言っても説得力皆無なんだが、綴さん。

父さんも笑ってないで止めろよ。

まあ、さっさと終わらせたいのは同感だけどな。

 

 

「ああ、早く終わらせるってのには同感だな。じゃあ、始めるかー、吸血鬼捕獲作戦(オペレーション)『ヴァンパイア・ストライク』を」

 

俺は父さんから渡された作戦の詳細が書かれている書類を受け取りそれを見ながら答える。

作戦名はヴァンパイア・ストライク。

吸血鬼が住まう城を攻撃して、一網打尽にするという計画だ。

突入部隊は先行班、主力、陽動班の3つ。

俺達は先行と陽動に分かれて行動する。先行は綴と蘭豹。俺は陽動。子供の俺達が先に突入して、混乱させ、相手が油断して隙を見せたところに武偵局の主力部隊が突入するという三段構えの作戦だ。

相手は吸血鬼。

殺しても死なない怪物。

そのくらいじゃないと戦りあえない、というのが武偵局側の意見だ。

父さんは俺達三人いれば大丈夫とか言ってたけど……武偵局の皆さん、ナイス判断!

一般人な俺には吸血鬼の相手は荷が重いから任せますよ!

なんて思いながら準備を整えてから武偵局を後にした。

 

 

ルーマニア首都ブカレスト郊外の森。

昼間にも関わらずに太陽の光が当たらない薄暗いその森を歩く俺達三人。

舗装されていない獣道が続き、体感的には20分くらい歩いた頃だろうか。

森の中というのは変わらないが開けた場所に出ることができた。

周りを見渡してみると、杉や檜、楠などの様々な種類の木々がまるで根元から引っこ抜かれたかのように散乱していた。

 

(巨木もあるぞ⁉︎ この荒れようは自然現象ではないな……根元から引っこ抜かれてるし。かといって人間の仕業とも思えないな、ウチの爺ちゃんなら出来そうだけど)

 

「わはは、これは筋トレに使えそうないい巨木ではないかー」などと言って巨木を引っこ抜く爺ちゃんの姿を脳内で想像してしまう。

さもありなん、だな。

そんなことを考えながら、倒れている樹木を見ていると、ある気配……いや、『音』が聞こえた。

(関節が擦れる音が聞こえるな、人間というより、4足歩行しているような感じの……数は4、いや5。野生の獣か、あるいは……)

音がした方向に意識を集中させると、それは聞こえてきた。

 

アオオオォォォ________ン!

 

(チィッ、やっぱり(・・・・)いやがったか!)

 

「な、なんや?」

 

「……ウソ、だろ?」

 

蘭豹や綴もソイツの登場にはビックリしている。

ガサッと草むらから飛び出してきたソレは4足歩行の獣。

それは、銀色をした、巨大な__________狼。

そう、オオカミが飛び出してきたのだ。

綴じゃないが、ウソ、だろ? って思いたい。

しかし、予想はしていた。出てくるかもしれないという予想は。

原作にも登場するソイツはコーカサスハクギンオオカミ。

それが飛び出してきやがった。

ソイツが来たってことは……クソッ。

 

「蘭豹、綴、気をつけろ。襲って来るのはコイツ一匹じゃない(・・・・・・)! 群で来てるはずだ!」

 

俺が叫んだその瞬間。

バキバキっと、木の枝が踏み鳴らされたような音が聞こえ。

視線を周りに向けると、それを感じる。

い、いるぞ。いやがるぞ。

俺達を取り囲むように。

白銀の狼がウヨウヨいやがる!

直接姿を見せたのは僅かだが、解る。

解るぞ。

どこに潜んでるのか、正確な場所が解る。

狼が動いた時、筋肉が動く音と共に関節が擦れる音が聞こえるからな。

確か昔、爺ちゃんや父さんが技の詳細を語っていた『筋肉と関節が擦れる時に発生する音を聞き取る』諜報技。

筋肉感知(マッスルレーダー)』だったか?

訓練を続けるうちに自由自在に聞こえるようになったからそれを使って狼の居場所を感知した。

右に三匹、左に二匹、背後に四匹、そして前方に一匹。

全部で十匹か。

 

ウォォォオオオオオ__________ン!!!

 

狼の遠吠えが鳴り響くと、俺達を取り囲んでいた狼達が一斉に襲いかかってきた。俺はFN Five-seveN(ファイブセブン)とデザートイーグルを取り出すと片手でそれぞれ構え、二丁撃ち(ダブラ)で襲いかかってくる狼に鉛弾を浴びせる。

バババッ!

ドゴォォォォォ!

と、左手に持つデザートイーグル、右手に持ったファイブセブンから銃弾が発射され、次々と襲いかかってくる狼に直撃する。

 

「……この戦いがゲームだったらウルフハンターの称号とか、狼を狩りし者、なんていう称号付きそうだな」

 

といっても、致命傷を与えないように脊椎と胸椎の中間、その上部を銃弾で掠めて瞬間的に圧迫したから狼は死んでないんだけどな。

銃弾を浴びた狼はドサッ、と地に倒れる。

 

神経圧迫(compression of nerve)射撃(shoot)……名付けて『プレスショット』。原作で『ロボットレキ』、『狙撃科(スナイプ)の麒麟児』などのあだ名を持つ蕾姫(レキ)が得意とする標的の神経を銃弾で圧迫させ、脊髄神経を麻痺させることで殺さずに無力化する絶技。

この技を使うには常人や普段の俺では無理だ(と思う)が今の俺はガンダールヴ……武器の扱いに関しては誰にも負けない。それが『武器』なら、どんな武器でも使いこなせる自信があるからな!

そんなことを考えながら襲いかかってきた狼を撃っていると残り5匹となっていた。

 

「とっとと終わらせないとな」

 

狼退治に時間をかけ過ぎたら、吸血鬼(ブラド)に悟られちまうからな。

まあ、すでに手遅れかもしれないけどさ。

狼が襲ってきたってことは、ブラドやその配下に浸入者がいると感づかれたってことだろうし。

それを前提にして作戦を遂行した方がいいかもな。

 

「らんら……うおっ⁉︎ あ、あー……蘭豹、綴、ここは俺に任せて先に行ってくれ!」

 

うおっ、と。危ねえ! らんらんと言おうとしたら鉛弾が飛んで来たよ。

蘭豹め、「チッ、外したか……」なんて呟くのやめろ。

当たったら死ぬから!

お前の持つ(M500)、威力ヤバイから!

当たらなければいい、とかそんな武偵のノリはいらんのです。

 

「死に晒せばいいのに……で、なんや?」

 

「少しは本音を隠せー! まあ、いいけどさ。

俺達の存在を吸血鬼(ブラド)達に悟られたかもしれないから、作戦通り俺が囮になるから、蘭豹と綴は俺が撹乱してる間に突撃してくれ」

 

「それは今すぐに、か?」

 

「ああ、狼ごときを相手に時間潰してたら臆病(・・)な吸血鬼達が逃げるかもしれないからな。

だからここは俺がやる。逃げる前に強襲逮捕してくれ!」

 

「そうか。解った。けど……気ぃつけろや」

 

「蘭豹の言う通りね、ここはその理由で先に行くけど……気をつけなさい」

 

 

蘭豹と綴は真面目な顔をして頷くと、手に持った銃を乱射して城へと続く道を走り始めた。

二人に襲いかかろうとする狼を、俺は二丁撃ち(ダブラ)で威嚇して妨害する。

残った狼はグルルルル、と唸って俺を見つめる。

さて、邪魔者はいなくなった。

 

「そろそろ出て来たらどうだ? 糞吸血鬼さんよ?」

 

俺の声が伝わったのか、バサバサ、と上空を黒いものが羽ばたいた。

多いな、20羽はいるな。

あれは……蝙蝠(コウモリ)か?

いや、ただの蝙蝠じゃない。

着地した蝙蝠は狼の影に入り込み集まり出した。

そして、ソレ(・・)は人の形になっていく。

 

(緋アリの世界だから、いるとは思ってたが、まさかこんなところで会うなんて、な)

 

「森の方から臭い匂いがすると思って来てみれば……下等種族の人間がいるなんて。こんな簡単に浸入を許すなんて小夜鳴(サヨナギ)も使えない男ね。お父様も何であんな奴を生み出したのかしら?」

 

そんなことを言いながら、ソイツは俺を見る。

上手く隠れていたが狼達の居場所を探す為にやった『筋肉感知』でいるのは解ってたけど、目に見えると想像以上に不気味な存在だな。

影から現れたソイツはくるくる、とフリフリの日傘を回し、退廃的で、不吉な印象を抱かせる、ゴシックロリータ衣装を着た金髪ツインテールの美少女。

ソイツは紛れもなく。

 

「ああ、不幸だ。不幸過ぎる。本当、不幸だな……お前(・・)本当ツイてねえよ(・・・・・・・・)

 

俺はソイツにそう告げながら両手に持つ銃を下ろす。

降参する訳ではない。

銃を下ろすのは構えても無駄だから(・・・・・)、だ。

コイツと戦うなら。

 

何故なら目の前にいるのは……

 

吸血鬼の一族。

そう。俺達が狙う竜悴公(ドラキュラ)・ブラドの娘。

竜悴公姫(ドラキュリア)・ヒルダだからだ……。




九州の地震、未だに収まらずに大変な思いをしている人も多いでしょう。
私は北関東在住な為、九州の現状はわかりません。
しかし、熊本ではないですが昔住んでいたこともあり、他人事とは思えません。
大地震も五年前に経験してますし、余震の怖さも知ってます。
津波は体験してませんが、震度6クラスの揺れを感じたあとから、揺れに敏感になってしばらく余震で揺れる度にその震度がどのくらいか解るようになるなど不思議な体験もしました。
地震、停電、断水、それらが起きると生活を元の水準に戻すのは大変です。
今、現在辛い目に遭われている方も多いでしょう。
かける言葉は見つかりません。
かける言葉を言う資格もありません。
そんな私が唯一出来るのは作品を書くこと。
下手な文章です。甘い設定です。
プロットすらマトモに書けません。
エタります。
失踪もやらかします。
そんな私の作品ですが、読んでいただいて、少しでも笑顔に出来ればいいな、と思ってます。


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Ammo05。VS 竜悴公姫・ヒルダ

原作新刊を読んで一部改稿しました。
獅童さん、ヤバすぎるー!!!


竜悴公姫(ドラキュリア)・ヒルダ……!)

 

手に持つ日傘をくるくる、くるくると回しながら顔を隠しつつ、ヒルダは俺の方へ歩み寄ってきた。

その顔を見ることが出来たが……

 

(ああ、原作金次の言う通り______美人だな)

 

原作でもヒス金が見惚れてしまったほどの美人とあったが、成る程。

確かに綺麗だ。飴細工のような白い肌。怪しく輝く、切れ長の赤瞳。ルージュに彩られた唇。金髪の縦ロールをかけたツインテール。筋が通った綺麗な鼻先。

漆黒を強調したゴスロリ服もヒルダが着ると、排他的・魔的な感じがして違和感がない。

フリルやレース、リボンが付けられたそのドレスを着こなしたヒルダはまるで……

 

「ふふっ。見惚れているのね。まあ、無理もない事だけど。私は、美しいから」

 

まるで……世界の頂点に君臨している女神……いや、魔王のように。

そんなヒルダの姿に見惚れるというより、飲まれた。

そう飲まれてしまったんだ。

一目見ただけで悟った。悟ってしまった、理解出来てしまった。生物としての『格』が違うと。

この触れることすら許されない不可侵の気配。

魔王。

ヒルダを顕すならその二文字がピッタリだと思ってしまった。

 

「お前達人間が名も無き雑草なら______私達吸血鬼(バンピュラス)は、手入れの行き届いた温室のバラ。

天が与えたデザインからして違うのだから。だから、好きなだけ見なさい。恋い焦がれなさい。希いなさい。ただ見ることしかできないのだから、せめて、見るのよ。ご覧、ご覧、目を逸らせずに……」

 

その声色は柔らかく、安心させるような、彼女の言う事を聞きたくなるようなそんな感じがした。

……何故だ。ヒルダの顔を、その姿から目が離せない。離すことができない。

目を逸らしたらいけない、そんな気がしてきた。

 

「そう。それでいいのよ。そのままじっとしてなさい。そう……そうよ。私の言う事をよく聞いて。いい子ね。ほほほっ!

下等な人間ごとき(・・・)吸血鬼(私達)領域(テリトリー)に浸入するなんて、身の程を知りなさい」

 

柔らかい声色を一変させて高圧的な態度で俺に告げた。

身の程を知る?

それはヒルダ、お前の方だ!

子供だと思って油断したのが運のツキだ!

俺はヒルダに視線を向けたまま、ガンダールヴの反射神経を利用して手に持った銃を超高速で動かし撃つ。

 

(喰らいやがれ! ______不可視の銃撃(インヴィジビレ)______!)

 

ヒルダに視線を向けてる間にコッソリマガジンは入れ替えておいた。

入ってる銃弾はヒルダが苦手な法化銀弾(ホーリー)だ。

作戦で使うようにと武偵局から支給されたその銃弾でヒルダを撃とうとしたが……。

……。

……⁉︎

 

「______ッ……⁉︎」

 

どうして______どうして動かないんだ。

手が……手が、動かない……!

これは、まさか……⁉︎

 

「ふふっ、なんで手が動かないのかしらね? 不思議よね? 身体の自由が効かないなんて」

 

「クソッ……やりやがったな、糞吸血鬼!」

 

これは原作で金次がかかった……。

 

「糞吸血鬼? 口が悪いのね。高貴な私達を糞呼ばわりするなんて許せないわ。下等な______人間の分際で!」

 

ヒルダがムチを振るった。ただそれだけの動作で。

 

______バチッッッ!

 

電流音(スパークノイズ)が鳴り響く。

 

「……ッ⁉︎」

 

身体が痺れ、俺は地面に倒れてしまった。

感電させられたのだ。ヒルダが持つムチが当たったことによって。

そういや、ヒルダは催眠術で動きを封じて、電気を操るんだったなー、なーんて思っていると。

 

「下品な香水のように、銀弾の香りをプンプンさせて、私が気付かないとでも思ったのかしら? 高貴な私達を糞呼ばわりしたその罪、身体で払ってもらうわ。具体的に言うと、血を全て抜いて、肝臓は魔術の材料として利用してあげる。ああ、安心していいわよ、私は優秀な2種超能力者(ステルス)でもあるから。だから貴方の身体は無駄にはしないわ」

 

「……」

 

「ああ、人間の血を思いっきり浴びれるかと思ったら、なんだかドキドキしてきたわ。久しぶりに血液風呂なんてのもいいわね。最近、お肌荒れ気味だし……」

 

「……」

 

「あら? 抵抗はしないの? いえ、できないのね。可哀想に……何も出来ないほど弱いなんて。非力な弱者(人間)強者(吸血鬼)に踏みにじられる。でも悲観する必要はないわ。それは生物の現実なのだから」

 

カツン、カツンとヒルダのハイヒールが鳴る音が響く。

俺に近づいてくるその姿はまるで死神を連想させる。

 

「そしてその現実からは、人間は逃れられない。弱者は強者に従う。力こそ全てなのだから……。

さあ、強者()に従って血を流しなさい」

 

弱者は強者に踏みにじられる?

 

「………フッハ……アハハハハッ! 面白れぇ! 面白いよ、お前……」

 

「……ッ⁉︎ 何が可笑しいのかしら?」

 

「……『力こそ全て』かぁ。まるで古い少年漫画に出てくる悪役(三下)のようで、面白いな、ヒルダさんよぉ?」

 

「なん、ですって……?」

 

「『力がなければ従うしかない』……成る程。確かにそれはあるな。心が強くなければそもそも自分の意思を思い描こうともしないし、力がなければ誰かを守ることも出来ない。心強さと力強さがなければ意志を貫き通すことも出来ない。

お前の言う通り確かに力や強さは必要だ。

けどな! 『武偵憲章第3条。強くあれ。但し、その前に正しくあれ。』……正しくなければ強さを通してはいけない。それが武偵(俺達)のルールだ!」

 

「フン、強がっていられるも今のうちよ。貴方は私に勝つ事は出来ない。いいえ、満足に動くことすらできない。虫は虫らしく地べたに這いずってればいいのよ」

 

「そうか、なら……まずは虫らしく身を守ってやるよ!

来いよ、吸血鬼! さあ、殺せるもんなら、殺してみやがれ!」

 

俺は敢えて小馬鹿にするかのように、ヒルダを挑発した。

今からやる技は完全なカウンター技だ。

ヒルダのような能力持ちから攻撃されないと、俺はまだ自身が抱えるこの体質を上手く使うことが出来ないのだから……。

 

「______人間の分際で!」

 

バチバチバチッ!

ヒルダの持つムチから高圧の電流が流れるのを感じられた。

(さあ、来いヒルダ! お前の言う、『力があるものに弱者は従う』……その意味を身をもって知れ!)

 

 

バチバチバチッ!

電流が俺の身体を貪る。俺は抵抗はしないでその電流を敢えて受ける。

 

「ほーほほほほほほッ! 口先だけで何もできないのね。これだから人間は……下等種族の分際で高貴な私達に逆らった罪、身をもって知りなさい。おっーほほほほほほほほ!」

 

ヒルダが口に手を当てながら高笑いをする。そして、俺から視線を逸らした。

(______今だ!)

 

バチバチバチ、バチィィィッ!

 

「ん? 何の音……なんですって?」

 

俺の方を振り向いたヒルダが驚愕の顔を浮かべる。

 

「……ハッ、アハハハハッ!

礼を言っとくぜ、ヒルダ。お前のおかげで俺は『次の段階』へと進めた」

 

大事で笑いながら俺は起き上がり、油断して立ち尽くしてたヒルダの腕を掴む!

 

「な、なんで生きてるのよ。電流は弱くなかった筈……」

 

「ああ、人が死ぬくらいには電流も電圧も足りてたさ。充電できない環境でよくやった、と素直に感心するぜヒルダ」

 

俺の言葉にヒルダは再び驚愕の顔を浮かべた。

ヒルダの能力は『素粒子を操ること』。

放電はヒルダの真の能力ではない。

魚のDNAを取り入れて得た後付けの能力だ。

その為、ヒルダ自身に発電能力はない。

放電する為には外から電気を盗み、変圧器で調整しなければいけないのだ。

そのことを知っていた俺は一芝居打つことにしたのだ。

法化銀弾(ホーリー)で撃とうとして失敗したのも、ワザとだ。

ヒルダは匂いに敏感だからな。

ただ撃とうとしただけでは気付かれる。

だから、ヒルダが接近してくるように仕向ける。

その必要があったんだ。ヒルダは格闘戦は下手だからな。

もっとも、本当に催眠術にかかったのは予想外だったけど。

 

「……ど、どうやって?」

 

「なあ、人間の……いや、生物の筋肉はなんで動くと思う?」

 

「?」

 

「いろいろな条件とかあるけどな、脳から出された命令(信号)が神経を通る際に微弱な電気を発生させるんだ。その電流によって筋肉は動く。

で、だ。もし、人より筋肉の密度が高くて、筋繊維のバネが密集してる奴に電流を多く流せばどうなると思う?

答えは簡単……いつもより、筋肉が動きやすくなるんだよ。今の俺みたいに、な」

 

もちろん、誰でも出来ることじゃない!

高圧電流に耐えられる耐久性、忍耐力、体質。

それらがなければ死に至る。

幸いにも俺は普段から電流に対抗する為の訓練を受けて、身体は電流流しに慣れていた為出来る。

(まさかヒルダの奴もキレた時の母さんのお仕置き方法が高圧電流を流すこと(ビリビリ)とは思わないよなー……日常的にビリビリ受けてれば嫌でも慣れるさ、うん……)

今の俺はヒステリアモードの金次以上の力が出せる。

俺は金次のように性的興奮(エクセシオン)で神経系の強化はできないが、外的要因(ビリビリ)によって筋繊維を刺激することで筋肉の動きをより活性化できる!

今の俺なら筋肉だけで常人の250倍の出力を余裕で出せる!

これは高圧電流を受けることで身体強化する技。

名付けて『雷神』。

 

「さて、問題です。ヒルダさん。

『弱者が強い者に遭遇しました』……貴女ならどうしますか?」

 

俺はさっきヒルダがした発言を質問に変えて彼女に返した。

さあ、答えてみろよ。

高貴な吸血鬼なら答えられるだろう?

 

「……このッ……ネズミの分際で!」

 

「俺がネズミならお前はハムスターか?」

 

俺は至近距離から不可視の銃撃(インヴィジビレ)法化銀弾(ホーリー)を放ち、ヒルダの背に生えている翼に風穴を開けた。

 

「……ッ!」

 

「オラオラまだ行くよ!」

 

続いて二丁撃ち(ダブラ)で法化銀弾を放ちまくる!

右の翼に大きな風穴が開いて、飛んで逃げようとしたヒルダはバランスを崩す。

続いて左の翼に風穴を開ける。数十発の銀弾が翼に命中してヒルダは飛行が出来なくなった。

大きく穴が開いた翼は形が保てなくなり、重さで崩れ落ちた。

だが……それでも。

それでも、まだ。ヒルダはまだ戦意を失っていなかった。

 

「……許さない、許さないわ……お前、絶対に許さない」

 

翼がもげた状態になってもヒルダは倒れない。

それどころか翼は自己蘇生を始めている。

……『無限回復力』か。

やはり、『魔臓』を破壊しないと倒れないようだな。

さすがは吸血鬼。耐久性ハンパないな。

なら……アレ(・・)を試すか。

 

「オラオラ……まだだ、まだ終わらんよ」

 

俺は人生で一度は言ってみたかった台詞を呟きながら、弾切れになったFiveSevenと、デザートイーグルを地面に落とし、背中に背負っていた木刀と腰に差していた日本刀を抜いて、ヒルダの体を切り刻む!

狙うのは目玉模様の付いた皮膚。

そこに魔臓はある……というのはブラドだけだ。

ヒルダのソレはフェイク。

正確な位置は本人も知らない。

だから、魔臓の位置が解るまで斬りまくってやった。

斬った場所はすぐに塞がるから、そう簡単に死なないだろうしな。

 

「やッ……やめ……やめなさいッ……やめろっ……」

 

「そういった理子の言葉に耳を貸した事はあるのか?」

 

「……何故、アイツの名前を……そうか、そういうことね。……可笑しいと思った……のよ。武偵が来るなんて。 ……アイツが……アイツが呼んだのね? ……全てはアイツが……許さない!」

 

「なんか、勘違いしてるみたいだけど……それは違うからな?」

 

あれ? もしかして、変なフラグ立てた?

りこりん強襲フラグ立てちゃった?

……気のせいだな。うん。

りこりんは無実ですことよ?

聞いてる? あっ、聞いてないな。 ……ドンマイりこりん!

さて、気をとりなおして。

ヒルダが隠してる魔臓見つけないとな。

魔臓とは、一種の臓器みたいなものだ。

臓器は筋肉の集まりみたいなものだから。

その理屈なら音が聞こえるはずだ!

筋肉感知(マッスルレーダー)』で他の筋肉や臓器とは違った音がする箇所を確認する。

ふむふむ、なるほど、魔臓はそことあそことそこらにあるのか……。

魔臓の位置を確認した俺は木刀を腰に差し、日本刀を鞘に収める。

そして。超高速で移動して不可視の銃撃の要領で同時攻撃の居合を放った。

 

「星空流奥義『龍星群(ドラゴン・ドライブ)!』」

 

ザシュザシュザシュザシュ……!!!

 

脚の筋肉の出力を上げることで速く動き、さらに武器を持つことでガンダールヴの力も使い、高速移動を可能にする。今の俺は忍者みたいに分身してるかのような動きが出来る!

四人に分身して(実際には超高速で動くことで分身してるかのように見える)居合を同時に放って、四つあるヒルダの魔臓を破壊した。

魔臓を破壊されたヒルダは断末魔を上げる。

 

「……キャァァァアアア‼︎」

 

その効果はすぐに現れた。

(無限回復力が途切れた……いける!)

ヒルダの体からはおびただしい血が流れている。

普通の人間なら失神してるか、出血死してるくらいの出血量だ。

しかし、そんな中でも。

 

「______ひぃいぃ……!

……私が、この私が、悪い夢だわ……夢よ。これは、夢……だってありえないわ。この私が…………」

 

まだ意識があるヒルダはずりずりと這いずりまわって、逃げようとしていた。

 

「どこに行くんだ? 人間ごとき(・・・)から逃げるのか _____高貴な吸血鬼さんよ?」

 

「ひぃ……ひぃいぃぃぃ……!」

 

竜悴公姫(ドラキュリア)・ヒルダ。お前を傷害・殺人未遂の現行犯で逮捕する」

 

俺はヒルダの眉間にデザートイーグルを突きつけてそう告げた。

逃げたら、今度は素手で捕まえてやる!

催眠術にかかったのは想定外だが。

捕まえることは出来たのだから、結果オーライ、だよな?

血塗れ吸血鬼……GETだぜー!




ちょっと、独自解釈及び、ご都合入ります。
作中の昴の能力ですが。
ヒステリア・サヴァン・シンドロームとは違い、電気を流すと筋繊維が刺激され、より筋肉を動かしやすくなり高い出力を出して強くなる……とでも思ってください。
先天性筋形質多重症は先天性ミオパチー、先天性筋ジストロフィーなどの逆バージョンと解釈してます。


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Ammo06。囚われの少女

本日から5月3日まで更新は止まります。


あの後、意識を取り戻したヒルダに対超能力者用の手錠をかけて拘束した俺はヒルダを連れて森を駆け抜けた。森から出ると目の前には湖が広がっていた。太陽の光がキラキラと反射する綺麗な湖にも驚いたが眼前に聳え立つ城を見て、さらに驚きの声を上げてしまう。

 

「うわぁ、如何にも……って、感じな古城だなぁ」

 

「おほほほっ! どう、驚いたかしら? この優雅に聳え立つ城こそ、我が吸血鬼(バンピュラス)の居城『アルカード』よ」

 

ヒルダが高笑いしながら自慢げに告げる。なるほど。自慢したくなるわけだな、こりゃあ。

その城はとにかくデカかった。映画『ハリー◯ッター』に出てくるホ◯ワーツ城並みの大きさの城が湖のど真ん中に建っているのだ。

城の周りを囲むように湖が広がっていて、城に行くには湖に架かる橋を渡る必要がある。周辺の森には狼がいる為、地理的に攻めにくい造りになっている。

 

「随分古そうな城だけど、どのくらい前に建てたんだ?」

 

敵情を知る話題を振るチャンスだと思い、まずは城の内部情報を吐かせようかとヒルダに聞いてみると。

 

「さあ? 詳しいことなんか解らないわ。興味もないし。私が生まれる前には建ってたみたいだし、お父様はほとんどこの国から出たことがないと仰っていたけど、この国に吸血鬼(私達)がいることが伝わってから少なくとも600年は過ぎてるんじゃないかしら?」

 

ろ、600……年?

あまりのスケールのデカさにクラっときた。

さも当然と言った感じで話すヒルダだが、普通の人間な俺の感覚からすると、目の前の城は荒らしてはいけない貴重な文化財に見えてくる。

(これ、中でドンパチやって、後で国や保護団体から苦情来ないよな?

遺跡を荒らした危険人物扱いされるとか……嫌だぞ?)

 

「中に住んでるのはお前とブラドだけか?」

 

「ええ、そうよ。ふん、なるほど。私達の情報を聞き出そうといった魂胆ね? 本来なら下等な人間であるお前には何も教えないところだけど……いいわ。特別に教えてあげる。

城にいるのは私とサヨ……お父様だけよ」

 

ふむ、やはり、原作同様。ブラドは小夜鳴に擬態してるのか。

つまり、小夜鳴を捕まえることが出来ればブラドとの戦闘は回避出来る可能性があるってわけで……。

なーんて、都合のいい展開を期待していたが。

現実はそんなに甘くなかった。

 

______ズズッン!!!

 

まるで巨大地震が襲ってきたかのような衝撃が城の前にいた俺達に襲ってきたからだ。

これは⁉︎

 

「地震か? ヨーロッパなのに……」

 

「ふ、ははははっ! 地震? あはははっ! 面白いことを言うのね。地震なんかではないわ。もっと恐ろしいものよ。さあ、来るわ。来たわよ。

さあ、彼が来たわよ(・・・・・・)!」

 

ヒルダの声と共に聞こえてきたのは、かなり激しく動き回る筋肉の音。

人間のではない。それは人間を遥かに超える量の筋繊維、そしてバネをしならせて、動く巨体。

筋と肉が間接を擦り合わせる音。そういった音がヒルダが上げた声と共に聞こえてきた。

 

(人間じゃない。人間でこんなに筋肉を鍛えるなんて、一部の人達を除いて不可能だ。そもそも身体の造りからして違う。さっき戦ったヒルダは人間態と変わらない形態だったから、人間と同じような感じだったけど、これは違う。人間じゃない。人間を超越した存在。

まさに______)

 

______ズシーン!!!

 

強い衝撃が俺達を再び襲う。

ガラガラっと、何かが崩れる音が聞こえ、見ると城壁の一部が崩壊していた。

人1人通れそうな穴が分厚い城壁の向こう側(・・・・)から開いている。

地震で壊れたのではない。

壁の向こう側から強い衝撃を放たれたんだ。

 

「おほほほっ! ごらんなさい、アレを」

 

ヒルダの視線の先に顔を向けると、そこには巨木に木の幹が突き刺さっていた。

それはまるで巨大な木の長槍。

それが巨木の幹に真横に突き刺さっていたのだ。

なんだ、これ?

 

「あれはお父様が遊びで投げた木の幹よ。目覚めの暇つぶしにああして身体を動かされているの。人間でいうダーツ遊び。どんな巨木も変身したお父様にとってはただのダーツの矢と同じことよ」

 

吸血鬼の暇つぶしはダーツ遊び?(それも巨木限定)

ダーツの矢代わりに巨木投げ飛ばしちゃうとか……自然保護団体が知ったら卒倒しそうだな。

まあ、あのブラドならさもありなん、だな。

などと考えていると再び……

 

______ズシーン!!!

 

穴の中から、木が吹き飛んできた。

 

「……マズイわね」

 

ヒルダが顔を青くして呟く。

 

「何がマズイんだ?」

 

「何でもないわよ。ええ、決して下等な人間に捕まった事実をお父様に知られたくないとか、そんなこと思ってないわ!」

 

あ〜なるほど。つまり。

 

「ああ、ブラドにバレるのが怖いのか?」

 

「っ〜⁉︎ ち、違うわよ。そんなことは決してないわ。ただ、下等な人間に捕まった事実を知られたくないだけよ!」

 

「凄んで怒鳴り散らしても、超能力封じてるから怖くねえよ。

つうか、その下等っていい方止めろ。人間ごとき(・・・)に捕まった下等な吸血鬼さんよ?」

 

「っ〜⁉︎ 言わせておけば……下等な人間の分際で!」

 

「その下等な人間に負けたのはどこのどいつだよ」

 

「負けてないわ。ちょっとしくじって捕まっただけよ。ええ、私はまだ全力を出してなかったもの! 天気がいい日(・・・)に戦えば絶対に私が勝つわ!」

 

ヒルダが言う天気がいい日にか……そんな日には戦いたくないが、いざ戦いになったら……そん時は。

 

「その自信はどっから来るんだよ……まあ、いいけどさ。それじゃ、今回の件が終わったらまた人間(辞めた人間(キンジ))と戦えよ。そして、白黒付けろ!」

 

逸般人なキンジに丸投げだ!

 

「言われなくてもそのつもりよ」

 

赤い目で俺を睨むヒルダ。そんなに睨まれたらゾクゾク……しないけどさ。俺、N(ノーマル)だし。

高圧電流流されても『痛い』っていう感覚はなかったけど。むしろ、筋肉がほどよく解かれて気持ちいい……もっと、もっと流してー、って感じ……いや、止めよう。それ以上考えるな。感じろ!

解りやすく例えるならマッサージ……そう。電気マッサージを受けた感覚だ。そう思うこと自体は別におかしいことじゃないはずだ。俺は決してアブノーマルじゃない! ただ電流を筋肉で受け入れただけだ!

と、こんな馬鹿なこと考えていたが、そんなことよりも重大なことがあったと、ハッ! と我に返る。

高圧電流で思い出したけど。さっき受けたヒルダの電撃はまだ身体の中に残ってる。

高圧電流で身体強化する技『雷神』。

その技は電流を体内に帯電させることも出来るから、数十分間は身体強化される状態になっている。

そしてそれは今も続いていて、体感的にあと……10分は余裕でいけるな。

よし、あと10分以内に行方不明のアリスの姉を見つけてやる!

それさえ出来れば依頼達成で吸血鬼の居城(この場所)からオサラバできるからな!

ブラド?

それはらんらんと綴、父さん達大人に任せる。

『武偵憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ』。

その教訓をもとに。

らんらんと綴、父さん達大人を信じて(・・・)俺は俺の依頼を達成することにする。

決して吸血鬼と戦うのが面倒だから、とか。悪目立ちしたくない、とか。そんな理由じゃない。理由じゃないったら理由じゃない!

もともと吸血鬼と戦うのは乗り気じゃなかったし、今はこの城の隅から隅まで知り尽くした優秀な案内役(ヒルダ)もいることだし。それに俺の役目は陽動。戦場を引っかき回し、混乱させること。その役目は終わった。ここからは効率的に動いた方がいいんだ。

俺は任務を遂行してるだけ。そう、これは効率的に動いているに過ぎないのだから。

うん、そうだとも。

俺はあくまで、『受けた依頼をこなす、ただの武偵見習い』に過ぎないんだから。

だから俺はヒルダに優しく(・・・)お願いした。

 

「ねえ、ヒルダ。この城に閉じ込めてる少女がいるなら、そこに連れて行って欲しいなぁ?」

 

純化銀弾(ホーリー)が詰まったマガジンを再装填したDE(デザートイーグル)を眉間に突きつけて。

これは決して脅しじゃない、喧嘩早い蘭豹達と比べたら断絶優しいお願いの仕方だ。

さあ、ヒルダ。道案内よろしくね?

 

 

 

そうして。

ヒルダに案内された俺は城の地下道を歩いている。地下道は暗くてジメジメしていて、寒い。

ヒルダにもうちょっとマシな道はないのか! と文句を言ったが。

「あら、こんなに暗くてジメジメして、涼しい快適な空間は他になくてよ?」なんて、驚きの発言が返ってきた。糞、蝙蝠女め! お前らの感覚で語るな! 吸血鬼はやはり、人間とは感性が異なる生き物らしいな。

吸血鬼にとっては過ごしやすいのかもしれないが、人間にとっては劣悪な環境だぜ。

 

「さあ、着いたわ。この先が飼育小屋の入り口よ」

 

ヒルダは大きな鋼鉄製の扉の前で歩みを止めた。

飼育小屋。

その言葉で思い浮かべるのは、牛や豚、鶏などの家畜だが、きっと俺が思い描くものとは違う。

この先(・・・)にいるのは、吸血鬼にとっての(・・・・)家畜だから。

 

「ちゃんと生きてるんだろうな?」

 

「当然よ。死んでたら新鮮な生き血が飲めなくなるじゃない? 馬鹿なの? 筋肉しか取り柄がないのかしら?」

 

ヒルダのその言葉にイラっときたが、ここで殴ってもスッキリしないので今はガマンしておく。

スカッとするにはそれ相応の場面を用意しないとな。そう、例えば筋肉馬鹿な爺ちゃんとタイマンとか。圧倒的な筋肉で叩き潰されたりする場面(シチュエーション)とか。ヒルダを泣かすプランを練るのも面白そうだ。

 

「……お前は後で殴るのは確定事項として、この中で金髪の少女は何人いる?」

 

「ッ……! やっぱり(・・・・)アイツが目当てだったのね。知ってるのに尋ねるなんて、いい性格してるわねー」

 

「いいから答えろ!」

 

「……二人よ。二人とも珍しい血液型だから生かしてあるわ」

 

ギギギィと、奥歯を噛み締めながらヒルダは答える。

悔しいんだろうな。格下と思っていた人間に負けた挙句に、自分達にとって、有能な遺伝子と血液型を持つ子供を奪われようとしているのだから。

 

「そっか。よかった。助けられる……」

 

ふー、とりあえず生きていてよかった。死んでたらアリスに『嘘つき呼ばわり』されるからな。

無事で一安心だ。

さあ、さっさと助けてトンズラするか!

そう思い、俺は鋼鉄製の扉の前に立ち、背中に差した木刀を抜いて構えた。

『雷神』は継続中だ。今の状態は言うならば……『雷神モード』。

身体中に溜めた電気を流して解き放つ、生体電気を利用したモード。

その溜めた電気を木刀に流すイメージをする。

よし、行くぞ!

 

「ア◯ンストラッシュ!」

 

天高く掲げた木刀を振り下ろし、思いっきり扉に叩きつけた。

 

スパァーン!

 

木刀に籠めた力はだいたい50%くらい。

『雷神モード』発動中だから常人の125倍くらいの出力で扉をぶった切った。

ちなみにア◯ンストラッシュと掛け声を出したが、型も振りも全く違う。

掛け声だけのなんちゃってア◯ンストラッシュだ。

それにしても常人の125倍の出力は凄まじいな、鋼鉄製の扉はまるで豆腐のようにスパァッと斬れたぞ。

しかし、これでは斬れた木刀が凄いからなのか、『雷神』で身体強化したからなのか、どっちが凄いのかいまいち解らんな。うーむ。

 

「な、何をしたのよ、今……」

 

『今、私の目の前で何が起きたの⁉︎』と、俺の周囲ではわりとよくある反応をヒルダがしたが、俺自身特別なことは何もしていないので答え難い。

ただ単に、身体強化した身体で手にした木刀を振り下ろして、扉をぶった切っただけだからな。

それも、感触的には箸で豆腐を切る感覚に近い。

特別なことは何もしてない。

 

「別に大したことじゃない。ちょっと木刀で扉を切り裂いただけだ。こんなの誰でも出来ることで、おかしくはない」

 

「いえ、おかしいわよ⁉︎」

 

吸血鬼に突っ込まれた。

そんなにおかしいか?

 

「いやいや、世の中には木刀で真剣と渡り合う侍とか、何でも斬れる刀(ただしコンニャクはダメ)とかあるから、別におかしくは……」

 

「比べる基準がおかしいことに気づきなさいよ⁉︎」

 

くっ、存在自体がおかしい吸血鬼に突っ込まれるとか……なんなのもう。

 

「仕方ないじゃないか! 身内に駆逐艦沈めちゃった祖父とか、人間辞めた人間(Rランク武偵)とかいればそりゃあ、鋼鉄製の扉くらい斬れるようになるよ!」

 

「普通はそうならないと思うわ。本当に人間なのかしら? 人間にしてはいろいろおかしいわ。気のせいだと思っていたけど貴方からは私達に近い匂いを感じるし。まるで似ている(・・・・)存在のような……。

まあ、気のせいよね。それはともかく貴方も苦労してるのね……ぐすん」

 

おや? (ヒルダ)の目にも涙が。

あれ? もしかしてヒルダさんいい人?

というより、あんがいチョロい人?

なーんて考えていると。

ジトーと、ヒルダは俺を睨み付けてきた。

くっ、鋭いな。ヒルダの癖に。

ヒルダの癖に……。

 

「なんだか、とっても馬鹿にされた気がするわね。

まあ、いいわ。アイツのいる場所ならあっちよ」

 

そう言ってヒルダが指差す。

その手の手首には手錠がかかったままで、一応逃亡防止の為にヒルダに付けた手錠と俺の手首に付けた手錠との間は鎖で繋がっている。

 

「あっちか。行くぞ!」

 

俺はヒルダが指差した方向に向かって駆け出した。

木刀を手にしたままなのでガンダールヴの速さで駆け抜ける。

手首が少し重く感じるが、走れないほどの重さではない為、強引に引っ張りながら走った。

 

「え、ちょっ、ちょっと待ちな……ヒャアアア!!!」

 

ヒルダが何か叫んでたが、よく聞こえん。まあ、放っておいても大丈夫だろう。ヒルダだし。吸血鬼(ヒルダ)ならそう簡単に死なないから多少乱暴に扱っても問題ないしな。

そんなことより……待ってろよ、理子達。今いくからな!

今、助けに行くよ。

 

「 いたら返事しろ______‼︎ 理子____________‼︎」

 

アリスの姉は名前は書類で知ったが容姿が解らないので、とりあえず容姿も解る理子の名前を叫んでみた。

狭い地下道を走っていると、その声が聞こえた。

 

「______‼︎」

 

いる。誰かいる。

声が聞こえた場所へ向かって全力で走ると、一つの牢の前に辿り着く。

その牢の中に……居た。

一人の囚われの少女が。

ボロボロの服だか、布切れを身に纏ったガリガリに痩せた金髪の少女。

長い間こんなところにいたせいか、くすんで見えるが、よく見ればその髪の色はもともとは美しい金色(ハニーゴールド)だと解る。

それを短いツインテールにしたその少女は間違いなく。

 

(______峰・理子______!)

 

大怪盗の血を引く、この世界のヒロインの一人だ。

その彼女が目の前にいる。

そんな彼女がボロボロの布切れを纏った姿で軟禁されている。

その事実を、その姿を目にした俺はとりあえず、引きづるようにして連れてきた(何故か気を失っていたが)ヒルダを足蹴しておいた。

 

「@tgdjjwja?」

 

そんなことをしていると理子は何やら驚いたような声を出したが、すまん、何を言ってるのかさっぱり解らん。人間翻訳機の蘭豹を連れてくるんだった……失敗したな。

何やらヒルダを足蹴した俺に驚いているようだが、アレか?

「ヒルダはりこりんの獲物だー、勝手に倒したらぷんぷんがおーだぞ!」っていうノリか?

だったらすまん。何故かは知らんが気を失ってるから、今のうちに好きに教育してやってくれ。

なんだったら手柄もやる。

名誉とか特にいらないからな、俺は。

依頼さえ果たせればいいんです。




HappyBirthdayToMe……。

ヒルダさんをチョロイン化させるのはアリかな?

修正

400年→600年

ネットで確認したらブラドの年齢600歳越えてた。
もちろん、その頃にヒルちゃんはいません。


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Ammo07。吸血鬼と名探偵

サイド 理子

 

私は混乱していた。

今、私の前で起きたのは現実なの?

______それは数分前の出来事。

いつも通り、牢屋の中で膝を抱えて、うずくまるようにしていると、薄暗い通路を誰かが歩く足音が聞こえてきた。その足音を聞いていた私が思ったのは、『ああ、また奴らが来たのか……』というもはや諦めの境地だった。

奴らというのは、私をこんなところに幽閉した人物達……いや、アイツらは人なんかじゃない。

______吸血鬼。

お伽話のような存在が実在して、私を拘束している。

昔。

フランスで8歳まで普通に暮らしていた当時の私は、お母様が読み聞かせてくれた絵本でその存在を知った。

闇夜に生きる人外。人とは異なる怪物。

私が好きだった本ではお姫様を捉えて、牢屋に閉じ込めてしまうといった内容のものだった。

その当時はまさか、それと似たようなことが自分の身に起きるなんて、想像していなかったけど。

それが自分の身に起きた時の恐怖、絶望感。

物語の中では、囚われのお姫様を助けに、勇者様が来てくれるけど。

ここは、現実。

勇者はいない。

そんなことはわかっていた。

誰も助けに来てくれない。

期待するだけ無駄。

そんなことはわかってるのに。

なのに……。

その足音は今まで聞いていたものよりも、小さく、そして速かった。

近づいて来る貴方はいったい、誰?

 

 

 

 

 

牢の前に来たのは少年だった。

理子よりも大きな背丈、黒髪、少し赤みがかかった瞳。身体は鍛えているのか、私と違い、お肉がついていて、ガッチリした体格をしているように感じた。

顔はヨーロッパ人ではなく、アジア的な、昔、あったことがあるお父様のお友達のような顔をしていた。

刀っていう武器を腰に差しているところも似ている。

もしかして……日本人なのかな?

お母様は純粋な日本人でお父様も日本人の血が流れているから、日本語も少しは解る。

けど、目の前の人が本当に日本人なのかはわからない。

だから、最初はフランス語で会話してみようとして……その時、彼が取った行動に驚いてしまった。

な、なんと。彼は私の目の前で。

ボロ雑巾のように引きずっていた吸血鬼(ヒルダ)を足蹴りしたのだから。

だから、その行動に驚き、大声を上げてしまった私は、悪くない!

 

 

 

 

 

 

 

 

サイド 昴

 

 

さて、どうやって理子に状況を説明すればいいか。

とりあえず、会えばなんとかなるとか思っていたが、ここで最大の問題が浮上した。

そう、言葉の壁である。

俺は典型的な日本人である為、日本語しかわからない。

前世の知識もあるが、語学方面の知識はからっきしだから、会話なんか不可能だ。

日常会話はもちろん、英単語すらよくわからんレベルだ。

会話が通じないというのはかなり不便だが、人間、コミュニケーションの取り方は会話だけではない。

肉体言語。つまり、ジェスチャーや読唇術とかで相手と意識の疎通が出来るはずだ!

では、さっそく。

 

『初めまして』→これをジェスチャーでやってみよう!

うーん、初めまして……とりあえず、自分の方を指差してみるか。

人差し指で自分を差しながら、理子の顔を見てみた。

 

「……」

 

「……?」

 

「……」

 

うん、そうだよね。何も言わないで自分を差す奴がいても意味がわからないよな!

じゃあ、次は……もっと簡単な方法で。

人差し指に自分の唇に向けて理子を見た。

 

「……」

 

「……!」

 

おっ、目を大きく見開いてガン見してくれた!

これならいけるか?

 

「……」

 

「……(フルフル)」

 

理子は首を横に振ってイヤイヤをした。

がーん、だな。何か嫌われるようなことしたか?

……待てよ。冷静になってみよう。

突然、目の前に現れた奴が自分の唇に人差し指を向けて見つめてきたらどう思うか?

……。

……。

……ヤッチマッタ。

これ、どう見ても怪しい不審者じゃねえか!

イヤイヤ、違うんですよ! 理子さん!

キス魔とか、怪しい人物じゃないですから!

くっ、ジェスチャーはダメだな。

アレは難易度高い。

なら、読唇術はどうだ?

よし、覚悟しろよ理子。

S◯Kで鍛えた俺の読唇術を解くとみよ!

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

……うん、なんか話そうか理子さん?

口開けてくれないと、読唇できないですよ?

くっ、俺の読唇術を初見で破るとは、さすが理子りん、恐るべし。

 

「やはり、ロリータは格が違うな……」

 

そんなことを呟いたその時だった。

 

「ねえ、ロリータってなに?」

 

理子りんが答えてくれた!

 

「え? 理子さん、君、日本語わかんの?」

 

わかるなら、もっと早く言ってくれよ!

 

 

 

そして、俺は理子にロリータについて熱く語った。

ロリータだけじゃない、スク水やバニーガールの破壊力の凄まじさとか、いろいろと。

遠回しに、ロリータは個性。ロリータは最強の思想を植え付けた。

もしかしなくても、これは『教唆術(メンタリズム)』になるのか?

いや、まさかな……。

そんなしょーもない会話をした後、本題に入る。

 

「さて、理子。俺がここに来た理由だけどな……」

 

「うん、わかってるよ」

 

「おっ、何も言ってないのに伝わるとか、流石は理子だな!」

 

「理子にバニーガールの格好させに来たんだよね?

恥ずかしいけど、昴になら……いいよ?」

 

「バッ、ち、違げよ! お、俺は別にバニーガールなんて……」

 

いかん、幼児体型な理子りんにバニーガールとか、犯罪臭が……だが、それもいい!

 

「……見たくないの?」

 

「……」

 

あ、鼻血が……。

 

 

 

 

しばらくして、鼻血が治った俺は改めて本題に入ることにした。

 

「さて、理子りん。俺がここに来た理由だけどな……」

 

「もう、バニーガールネタはいいの?」

 

「ネタとか言うな! って、それは置いといて」

 

「置くの?」

 

置かして下さい、お願いします。

 

「俺がここに来た理由……それは君を助ける為だ」

 

「……ッ、助けてくれるの?」

 

俺の答えが予想外だったのか、理子がかなり驚いた顔をしている。

くそ、こんな可愛い理子にこんな酷い仕打ちをするとか……ブラドの奴、死刑だね!

 

「ああ、他に人探しもあるんだが……まずはそこから出ようか。危ないからちょっと後ろに下がってくれ」

 

俺は理子にそう言うと、手にした木刀を頭上に掲げて。

 

「ギ◯ストラッシュ!」

 

 

雷神モードの状態を維持したまま、木刀を横に振り下ろした。

アバ◯ストラッシュと変わらないだろう、っていうツッコミはなしでな。

あくまでもなんちゃって、だからな。

鉄の冊子は、まるで豆腐のようにスパァァァアアアと斬れた。

恐るべし、ギ◯ストラッシュ!

なんて、アホなこと考えていると。

 

「……夢じゃない。夢じゃないんだ! 私は自由になれたんだ!

ありがとうー、ありがとう昴!」

 

ガシッと理子に抱きつかれた。

ちょっと苦しい。

ガリガリに痩せてるとはいえ、理子は女の子だから結構、柔らかいし。

まだ、無いとはいえ、その……当たってるしな。

いや、どことは言わんが。

そんなことを考えながら、俺は泣き叫ぶ理子の背中を優しく撫でてやるのだった。

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「うん、ごめん。もう、大丈夫!」

 

落ち着いた理子を離し、気絶したままのヒルダを起こす。

 

「ほら、さっさと起きろ。起きないと口の中にニンニク突っ込むぞ?」

 

「んにゃ〜……ニンニクは嫌ぁ……って、何してたの、私?

……っ、人間の分際で高貴なる私を引きずって走るなんて……これだから人間は」

 

「知らん。勝手に気絶したのはそっちだろうが!

それより、ほら、行くぞ。理子も後ろに隠れなくても大丈夫だから……」

 

「理子? ……お前は!」

 

ギリリ、と犬歯を剥き出しにしながらヒルダは理子を睨みつける。

仇敵にでもあったかのような、表情だが……理子、ヒルダになんかしたのか?

 

「そんなに睨むな! 理子が怖がるだろうが……頼むから喧嘩はしないでくれよ?」

 

「……誰のせいだと思ってるのかしら?」

 

「ぐすっ……昴〜〜〜やっぱ恐いよー」

 

うーん、この2人の仲の悪さ、なんとかならないかなー?

原作通りなら、ヒルダの命を理子が救うことで和解するのだが……今の状況だと、それは難しいし。

うーむ。

 

「まあ、時が解決するか。もしくは、逸般人な金ちゃん様に丸投げだ!」

 

誰にも聞こえないくらいの大きさで呟いた俺は、ヒルダにもう一人の少女がいる方へ、案内をさせる。

 

「着いたわ。ここよ。この特別飼育室の中にその雌犬はいるわ」

 

「人間を家畜扱いするのは止めろ。高貴なる吸血鬼(笑)さんよ!」

 

「誰が吸血鬼(笑)よ!」

 

おお! すっかりツッコミが板に付いてきたな。将来的にお笑い吸血鬼にジョブチェンジできるなー。

よかったな、ヒルダ。ツッコミマスターになれるぞ。

 

「なんか、馬鹿にされてるような気がするわね」

 

「気のせいだ、気のせい……」

 

さて、そんなことより。依頼の完了が先だ。

そう、思った俺は特別飼育室の中に足を踏み入れた。

 

「ッ______ブラドォォォ!!!」

 

そして……そこで見た光景により、俺は改めてブラドを殴る決意を固めるのだった。

 

 

 

サイド 綴

 

「チッ、ここにもいないやなぁ」

 

「ええ。でも、おかしいわね。

あれだけ、暴れたのにさっきの人形以外に誰も出てこないわ。これはひょっとしたら……罠、もしくはガセネタだったのかしら?」

 

先ほどまで、私達の前に、武装した人形が襲ってきていた。

欧米の一部の国々でオートマタと呼ばれるそれは近年、欧米や米国などの先進国で開発中のヒューマノイド。

人型ロボット。

こんな科学後進国のルーマニアで見られるなんて、予想外だったけど。

しかし、蘭豹と私の敵ではなかった。

確かに苦戦したけど、動きが機械的で、パターンさえ解れば倒すのも簡単だったからな。

だけど、機械的な動きはしたけど……見た感じただの人形だったのよね。

人形が意思を持つように動き回るなんて、可能なのか?

もしかしたら、私が知るロボットとは違う原理……SSRの領域に踏み込んだのかもしれないわね。

そんなことを思っていると突然、大広間の扉が開け放たれて、そこから一人の人間……いや怪物が入ってきた。

 

「グゲゲゲ……まさか、俺様が寝ている間にドブ鼠が3匹も侵入してきたとはな……」

 

顔は犬、いや狼……変身した人狼に近い。

図体はデカく、鋭い牙、鋭い爪を持った正真正銘の化け物。

吸血鬼・ブラドが目の前に現れた。

 

「お前が『無限罪のブラド』やな?」

 

「やっと見つけた。攫った子供達はどこだ?」

 

蘭豹と私は問いかけるがブラドはそんな私達をゴミ扱いし、あたかも上から目線で見下した態度をとる。

 

「鼠が騒がしい……踏み潰してくれるは……」

 

こうして、私と蘭豹は『無原罪のブラド』に挑むことになった。

私達は武偵としてこれまで数多くの組織、人間と戦りあってきたから、ブラドにも勝てる自信があった。

蘭豹は香港で恐れられたマフィアの娘として、その人脈と筋肉を武器に、私は拷問紛いの尋問を武器に。

しかし、そんな私達でも目の前に佇む怪物、吸血鬼(ブラド)には歯がたたなかった。

戦闘開始から10分後。

 

「くっ……不味いで、何度傷つけても再生可能とかチートすぎやろ……」

 

「かっは……確かに絶対絶命ね。遺書でも書いとく?」

 

「あほか。まだまだ、余裕やわ……」

 

満身創痍ながらも笑顔で答える蘭豹。

私はそんな相方(蘭豹)を見て同じく微笑み、化け物……ブラドに、残った力を全てぶつけてやる!

そう思って、蘭豹と共にブラドに向かって駆け出した。

私達の意地、武偵としての『誇り』にかけて、ブラドに一撃入れてやる!

そういった決意を胸に秘めてブラドに近づく私と蘭豹。

と、その時、4発の銃声が鳴り響き、ブラドがその巨大を大きく揺らし、今にも倒れそうになっていた。

 

……?

ブラドに駆け寄るとブラドの体にある目玉模様のど真ん中に弾丸が命中して風穴が開いているのが見えた。

 

「はっ? 何がおこったんだ!?」

 

二人して今起きたことに戸惑いを感じていると大広間の扉の前に一人の少年が銃を構えてたっているのが見えた。

ああ、やっと来たのね。

来るのが遅いのよ……。

 

『『______待ってたわ、昴!』』

 

サイド 昴

 

地下路から地上に出て城内に浸入すると、奥から銃声が聞こえた。

音が聞こえた方に走って向かうと、そこには大きな扉があり、内部からは人の気配や、争う音。

それに、人体の、筋肉が動く音が聞こえてきた。

扉をそっと開けると、そこにはいかにも満身創痍といった状態の蘭豹と綴がブラドに向かって駆け出していた。

 

(オイオイ、無駄死にする気か……仕方ない。

本来なら目撃者なしで倒したかったんだが……)

 

俺はホルスターから右手にデザートイーグル、左手にファイブセブンをそれぞれ抜き、ブラドに向けて発砲した。ブラドを倒すには、ヒルダと同じように体のどこかにある4箇所の魔臓を同時に破壊すればいい!

ヒルダと違い、3つの魔臓の位置は目で確認しやすいしな。

では4発同時に弾を当てるにはどうすればいいか?

そんなの簡単だ!

まずは、普通に1発ずつ発砲し、即座に第二射を……ガンダールヴの反射神経を便りに速撃ちをすればいい。

不可視の銃撃(インヴィジビレ)』……原作において、カナ、遠山金一の得意技の一つ。

本来なら、シングルアクションリボルバーで放たなければ真の速撃ちではないが原作知識を便りに使った。

もちろん、これだけではなく銃弾撃ち(ビリヤード)を併用させ4発の弾丸をブラドの弱点である左肩、右肩、右腹脇……そして、僅かに開いた口の中の舌。そこにある目玉模様に叩きこんだ。

そして、苦痛の雄叫びを上げるブラドにガンダールヴの速度で近づいて、俺は拳を握り締め、振り上げる!

 

「______歯ぁ、食いしばれよ、吸血鬼(最強)

俺の筋肉(最強)はちっとばっか、響くぞ!」

 

そう言って、切れかかっていた雷神モードの出力を全て出しきって、素手でブラドの顔面を殴りつけた!

ドゴォォォォォ!

と、轟音が炸裂し、ブラドは倒れる。

蘭豹達を見ると唖然とした表情で俺を見ていた。

 

(説明どうするかな……)

 

よし、蘭豹達への説明は後回しにして、さっさとブラドを縛るか。

そう思ってブラドに近づいたのだが……。

俺はこの時、完全に油断していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー バシュー!

 

 

「え?何だ? 左肩が……痛い……なんだ、これ?」

 

「見させてもらったよ……昴君」

 

突然、大広間に男の声が響き渡る。

そして、その男は語り始める。

 

「はじめまして……というべきかな?」

 

コツコツと、床の大理石に足音を響かせて、近づいてくる。

 

「僕の名は……「シャーロック・ホームズ……なぜ『今』あらわれた?」……なぜ僕のことを知っているんだぃ?」

 

シャーロックの言葉を遮るように、話した俺の前に立つのは。

その瞼に閉じた瞳を見開きながらも質問をする男……もとい、イギリスの英雄にして世界最高&最強の名探偵。教科書にも載っているほどの偉人。

その歴史上の偉人が床に倒れた俺を見下すように見つめていた。

そう。俺達の前に。

シャーロック・ホームズが現れたのだ。



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Ammo08。『最強』の壁

突然、左肩に激痛を感じ、何がなんだか、解らなくなる。なんだ? この痛みは……なんだ?

痛い、痛い……今、撃たれた、のか?

一瞬の出来事でよく解らなかったが。

解ることもある。

弾は貫通していない。

俺の感覚では弾は肩甲骨と脊柱の間を突き抜けるように、入り込み、おそらく心臓付近で停止している。

雷神モードが切れる寸前だったせいか、まだ雷神によって刺激された筋肉が膨張していたせいで、広背筋やら、三角筋とかに弾が挟まれたおかげで貫通するのは免れたのかもしれないな。それが幸か、不幸かはさておき。

 

『はじめまして……というべきかな?』

 

俺は前に……これと似たような状況を知っている気がする。

どこでだ? どこで見た? 思い出せ。

確か、そう、確か……あれは……前世で……。

確か……ラノベで、そうだ。原作で。そう、カナ。カナだ!

金次の兄であるカナ(金一)が原作で、とある人物に狙撃された時の状況に似ているんだ。

その人物の名は……。

 

「シャーロック・ホームズ、……なぜ『今』あらわれた?」

 

俺は……痛む左肩を抑えながら必死にいつものように、なんともなさそうに質問を口にした。

完全に油断していた。でなければまだ、『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』を知らないはずのホームズの銃撃ならば俺の反応速度なら。ガンダールヴの速さでなら避けられたはずだ。

糞、蘭豹達はブラドとの戦闘で満身創痍、俺も左肩を撃ち抜かれて普段よりも力が出せない。

……不味いな。

状況は非常にマズイ。

と、そんな焦りを感じていた俺に。

シャーロック・ホームズが質問を質問で返してきた。

 

『なぜ、僕のことを知っているんだぃ?』

 

「それは、『推理』したからだよ。貴方のお得意の……推理を、ね」

 

痛みをこらえ適当な返事を返す。

 

(実は原作知識で知ってました~。てへっ☆ )

 

なんて、思いつつ、俺は今の自分の状態と戦力を把握する。おそらく、今の状況では勝ち目はないだろう。

相手は、歴史上……最高にして最強の名探偵。

武偵の祖ともいえる『偉人』なのだから。

そして相手は優れた名探偵でありながら、優れた武人でもあるので今の俺ではまず勝てない相手だ。

例え、万全の状態だろうと、原作知識があろうとも勝てる気はしない。

そのくらいの力量差がある。それが解る。解ってしまう。だけど……。

俺も武偵(見習い)として……一発もらったら一発返してやる!

武偵は義理堅い。一発貰ったら、一発返すもの……だからな。

俺は、腰に差した木刀を抜く。この木刀、刀身に洞爺湖と彫らているが、正式には『星砕き』と呼ばれ、爺ちゃん曰く、どんなに馬鹿力を入れても『折れず、曲がらず』な一品。名刀として次世代に残すべき星空家の至宝。そんな至宝の木刀を俺は構える。

左肩を撃ち抜かれたせいか、感覚が麻痺してきた俺の左手は……ガンダールヴのルーンは弱々しい光を放っている。だが俺は痛む体を引きずりながらシャーロック相手に向かっていった。

左手に持つ木刀をシャーロックの脳天目掛けて振り下ろす。

 

「やれやれ……そうくることは『推理』できていたよ……?」

 

バチィ、っとシャーロックは右手と左手の掌を合わせるようにして、刃物を受け止める達人技……真剣白羽取り(キャッチング・ビーク)

のちにひ孫であるアリアが金次(パートナー)に教える素手で刃を防ぐ技を当たり前にできるかのように平然とおこなった。

流石はシャーロック。

チートの塊のような男だ。

 

「ちっ……やはり無駄かぁ」

 

俺は痛みに堪えながら一撃を入れようとしたが、世界最高の頭脳を持つこの男には通じなかった。

だが、何も俺が使う武器は木刀だけじゃないんだぜ?

俺は続けて反対の腰に差していた、日本刀を抜き放つ。

鞘から超高速で抜刀する居合い技『流星群(メテオ・ドライブ)』!

それを使い、シャーロックに斬りかかる!

しかし、『世界最高の頭脳』に、その動きは読まれていた。

バシッ!

さっきと同じように、素手でいとも容易く掴み取られた。

それも今度は片手(・・)で。

 

「……真剣白刃取りの片手版かぁ。このチートめっ! 少しは手加減しやがれ!」

 

「いきなり斬りかかってきた相手に手加減は必要ないと思うがね」

 

「ケッ、平然と防ぐチートが何言ってんだ?」

 

呆れる俺を見てシャーロックは微笑む。

まるで、ヤンチャな子供を見守るかのように。

 

「……何故、本気を出さない」

 

シャーロックはそんなことを呟く。

ああ、全てお見通しかよ。

 

「手の打ちを晒すはずないだろ、特にあんたみたいな危険人物の前で」

 

「ふむ。なるほど……今の返答で推理できたよ。どうやら、ドーピングは終わったようだね」

 

ん? シャーロックなら、雷神モードが切れるのも推理できたはずだよな?

 

「不思議そうな顔をしてるね。おそらく、君はこう思ったはずだ。何故、自分のドーピングが切れるのを僕が見抜けなかったのか、とね……答えは簡単だよ。

いつ切れるのかは推理し難いのだよ。君のその技は」

 

「あんたにも推理できないものがあるんだな」

 

「その問いには半分だけ正確と返すよ。僕にも推理し難いことはあるからね。君も含めて君の祖父や父親のようなバグキャラの行動は正確に読むのは非常に困難なのだよ。物理法則を無視した動きをする君の一族のことを推理するのは非常に困難なのだから。だけど、困難なだけで推理できないわけではない」

 

「だから、君が木刀を振るうのは推理できていたよ」などと笑いながら告げるシャーロック。

そうかよ。なら……この技は推理できるか?

 

(______不可視の銃撃(インヴィジビレ)‼︎)

 

俺は高速でデザートイーグルを抜いて発砲した。

亜音速の速さで銃弾はシャーロック目掛けて飛ぶ。

距離的にはほとんどゼロ距離だ。必ず当たる。

そう思い、放ったのだが……。

……おいおい、嘘だろ?

銃弾はシャーロックに到達するや否や、弾かれてしまう。

それが防弾製の衣服によって防がれたのなら、驚きはしない。

だが、シャーロックは今、腕を鞭のように振るうことで銃弾を弾いた(・・・)のだ。

 

「……ふむ。なるほど、初めて使ってみたのだけどこれはかなりキツイ技だね。肉体的に。

やはり、赤ん坊みたいに柔軟性がないとやるのはキツイな……」

 

手の甲を出血しながらそんなことを言うシャーロック。

ポタポタ、と血を流しながらなんでそんなに楽しそうに笑えるんだ。理解できん。

っていうか、い、今のは……間違いない。昔、赤ん坊だった頃の俺が無意識にやった鞭のようにしならせた腕で銃弾を弾く技。

それをやりやがった。

手の甲で銃弾を殴るように弾き、軌道を変えたのだ。腕の関節を鞭のようにしならせることで衝撃を殺して。

だが、さすがに無傷というわけにはいかなかったようだな。

 

「ふむ。どうやら、僕が使うにはまだ足りないみたいだね」

 

「何が、だ?」

 

シャーロックに足りないもの?

一般常識か?

 

「無論、筋肉が……だよ」

 

お前は俺の祖父か!

脳筋は一人で充分だよ、このヤロー!

 

「素手で銃弾弾いといて、何言ってんだこの逸般人が⁉︎」

 

まったく、逸般人は最悪だぜー。

 

「おや、おかしいな。今の君ならこのくらいできると、そう推理できてるが……」

 

今すぐその推理止めろ。俺は一般人だから、そんな技できん。

俺はあくまで『普通』の人間なの。

 

「あんたらと一緒にするな。つうか、少しは自重してくれ」

 

「よかろう。では、ハンデを付けてあげよう。君が一番強いと思う技で攻めてきたまえ」

 

「……いいのか?」

 

「構わないさ。僕にそれが通じると思うなら、全力でかかってきたまえ。

僕はあえて、それを受けよう。ああ、余計な心配はいらないよ。君の全力でかかってきなさい。子供を躾けるのも英国紳士の嗜みだからね」

 

英国紳士って……そんなんだっけ?

なんか、子供扱いされてるな。実際子供だけどさ。

だが、そんなことを言っていいのか、シャーロック?

言質は取ったぞ?

紳士に二言はないよな?

なら、望み通り……デッカい風穴開けてやる!

 

「この小惑星……砕けるものなら……砕いてみやがれっ!」

 

俺はまず、シャーロックから距離を取る為、バックステップで後ろへ跳んだ。そして、日本刀をしまい、バタフライナイフを展開しながら距離を取る。この技はある程度の距離と技を出す為のタメが必要で、日本刀だと攻撃の瞬間邪魔になるからな。

そして、ガンダールヴの力により高速移動でシャーロックに近づきつつ、首を動かし頭を後ろに引いて、ナイフを握りしめた腕も後ろに引いて、シャーロックに体が当たる直前、肩甲骨を前に突き出す動作を行う。

 

Δ(デルタ)・ダイナマイト!!!)

 

この技を出すには3つの動作が必要だ! それはシャーロックの体に触れる寸前に行わなければならない動作。

まずは……後ろに引いていた首を前に振ることによる、頭突き。次に肩甲骨を前に突き出す際に、後ろへ引いていた(ナイフ)を叩き込む動作。そして、肩甲骨を前に突き出した時に肩でシャーロックの体に触れること。

たったこれだけの動作だが、これを3点同時に、同じタイミングで当てなければいけない。

そうすることで一瞬だが、爆発的な破壊力が生まれるからだ。

少しでも、一箇所でもタイミングがズレれば威力は半減してしまう。

これは某アメフト漫画に出た、相手に突っ込んだ際に体の部位を3点同時に動かし、当てることで撃力を3倍に上げる攻撃方法。

俺はそれをシャーロックに使って突っ込んだ!

隕石のように、超高速でただひたすら真っ直ぐに!

この技に名前を付けるなら……やっぱこれだな。黒き三連星の鉾(デルタ・トライデント)

さらに、爺ちゃんに習った『余すことなく、全体重を拳に乗せて放つ技』も同時に放つ!

シャーロックのその体に全体重を乗せた、3点同時攻撃が直撃した。

ズドオオオォォォン‼︎

シャーロックの腹に俺の体が衝突し、まるで砲弾が直撃したかのような爆音が鳴り響く。

砂塵を巻き起こしながら勢いよく、シャーロックの体が吹き飛んでいく。

シャーロックの体は城壁を突き破り、そのまま湖に落ちていった。

 

「……やったか?」

 

思わずそう、呟いてしまった。

それはフラグだと解っていながら。

だけど、そう呟きたかった。

何故なら俺はもう……限界だったからだ。

雷神モードの欠点というか、後遺症の筋肉痛が始まった影響か、全身に痛みが走っているのもあるが何より。

肩の傷がヤバイ。

肩を撃たれながら大技を放ったせいか、出血がさらに増えたからな。

血を流し過ぎたせいか、頭もクラクラして、悪寒も感じる。

もう、さすがに限界だ。

だから、これで終わりだ。

そう思っていたその時だった。

 

「いい攻撃だったよ。もう少し速ければ僕はやられていたかもしれないね」

 

シャーロックの声が真後ろから聞こえてきた。

しまった⁉︎ と思ったがすでに遅く、シャーロックが手に持つスクラマサクスを振り上げるのが視界に入る。

どうやって、防いだんだよ。というか、本当にあんた人間か?

などと思いながらシャーロックがスクラマサクスを振り下ろすのを見つめる。

ああ……やられた。

殴った瞬間、室内なのに砂塵が舞った時点でおかしいとは思ったが……まさかもうあの魔女と接触していたなんて。さっきまでのシャーロックは(デコイ)だったのか。

砂人形を作って入れ替わっていたことに気づかなかった。

解っていたはずなのに。知ってたのに……油断していた。

畜生……悔しいな。悔しい気持ちと同時にやはり、という気持ちを感じた。

『最強』の壁は簡単には破れない。

そう告げるかのように、スクラマサクスがゆっくり振り下ろされるのを呆然と見つめることしかできないなんて。

目を瞑って、襲ってくるであろう痛みと衝撃に耐えようとしたが……衝撃も痛みもこなかった。

それどころか。

バシッ、と何かを受け止めたような音が聞こえる。

何が起きたんだ? 恐る恐る閉じていた目を開けると……そこには。

 

「大丈夫かい。よく頑張ったね、後は任せなさい」

 

微笑む父さんの姿があった。

えっと……これは幻聴か? 父さんの声が聞こえるなんて。

これは幻覚か? スクラマサクスを二指真剣白刃取り(エッジ・キャッチング・ビーク)した父さんの姿が見えるなんて……。

もし、幻覚じゃないのなら、一言言いたい。

来るの……遅いよ、と。

そんなことを思い。そして同時に助けに来てくれたことに感謝し、安堵する。

『ヴァンパイア・ストライク』の主力組が突入してきたのが解ったからだ。

さすがにシャーロックでも父さんを含めた主力組にはてこずるだろう。

へへ、ざまぁー見ろー、なんて思っていると。

ついに限界が訪れた。

ああ、結局……シャーロックに一撃入れられなかったな……なんて思ったのを最後に視界が真っ黒になる。

限界を迎え……俺の意識はそこで途切れたのだ。

こうして、短い俺の冒険は終わった。

吸血鬼を捕らえるという目的は果たしたものの、圧倒的な力量差による『敗北』を味わって。

そして、倒れた俺に寄り添う少女達の声を薄れゆく意識の最中に聞きながら……俺は誓うのだった。

 

『次は負けない』と。




技名を変更しました。

彗星→黒き三連星


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Ammo09。目覚めると……

……て。……て。

…………ま!

 

なんだ?

誰、だ?

俺を呼ぶのは……誰、だ?

薄っすらと、目を見開くとそこには……。

 

「ごしゅじんさま! おきてください!! ……おきなきゃ……こうですよ______!!!」

 

「……」

 

目を開けたら、目の前にフリフリのメイド服を着たメイドさん(りこりん)がいた。

俺の腹上に跨って、ぽんぽん飛び跳ねているのだ。

何を言ってるのかわからねぇと思うが、俺も解らねぇ。

これは……夢か?

 

「あ、目覚めた?」

 

「……」

 

「おはよう、ごしゅじんさま♡」

 

「ん……おはよう、理子。その格好は?」

 

「あっ、これ? この格好で起こした方が喜ぶって、すばるのおじさまが」

 

「ん、解った。とりあえず、父さん後で殴る!」

 

理子に何を吹き込んでるんだ!

俺は別にメイドなんて……。

そんなことを思いながらも俺は理子の格好をもう一度よく見る。

フリフリの、白と黒の子供用のメイド服。

黒のワンピースの胸元はざっくりと開かれており、何段重ねにもなった純白のフリルが露出したもの。

おそらく、ブラウスの代わりにフリルだけでできたチューブトップを着てるんだろう。

そこに腰からミニスカートの前面上部まで、短い白いカクテルエプロンをかけている。

そして、バックの帯は長く、お尻の上で大きく蝶々結びをしていて、頭にはレースとフリルを重ねたカチューシャを付けている。手前がフリルで奥がレース。二段構造になっている豪華なものだ。

短いスカートを中心からふわっと広げる4段、いや5段階層の白いベンチコートは幾重にも重なった布のひだひだを、カーネーションのように咲かせていた。

それだけじゃない。

まだまだ小さな子供でありながらおぼろげに女の子っぽい曲線を感じさせる理子の脚の付け根に演出されてるのは、ドロワーズ。先のベンチコートとの合わせ技により、スカート内の布量は完全にメーターを振り切り爆発寸前だ。

全ての素材が、質の高いベルベット、シルク、そして腕の良い職人の手作りの精緻なレースで作られていた。

かなりの高級品だと、一目見ただけでも解る。

何故、こんなに詳しいのかというと……幼馴染み達の家にはメイドさんが普通にいて、その人達からいろいろ聞いたからだ。日本の幼馴染みは実家というより公館の方に。英国の幼馴染みは実家の方にメイドさんが普通にいるからな。

新ためて理子の格好を見た俺は……。

 

「イイ……なんか凄くイイぞ」

 

カワイイ。可愛すぎる。

何、この生き物。

あまりの可愛さにクラっときた俺はつい、口に出してしまった。

 

「全く、メイド服は最高だぜー」

 

「きゃは、すばるんが喜んだ______‼︎」

 

理子は俺を見て、「くふふふ」と笑う。

その顔はからかう獲物を見つけた、そんな意地悪そうな顔をしている。

ってか、すばるんて俺のことか。

 

「なんだよ、すばるんって……」

 

人に変なアダ名付けんな!

そのアダ名はいろいろアウトだ。

俺はロリコンコーチじゃない。

 

「えー、すばるだから略してすばるん?」

 

「……何で略して字数が増えるんだ?」

 

そして、何故疑問系?

 

「あ、本当だ⁉︎」

 

気づいてなかったのかよ。

突っ込みどころ多いな。

 

「ほら、おきて。おきたらりこと遊ぼ?」

 

腹の上に跨がいながら俺の腕を引っ張る理子。

「んしょ、んしょ」と一生懸命引っ張るその姿もとても可愛らしさかった。

 

「あはは、そんな力じゃ俺は起こせないぞー?」

 

一生懸命引っ張る姿は大変可愛らしいが、俺を引っ張りたいならトラックでも持ってきやがれ!

などとしょーもないことを考えながら、ベッドに横になったまま動かない俺を見て、理子は。

 

「むぅ。おきてー。おきなきゃ、すばるんのねがおを撮ったカメラをらんらんにわたすよ「さあ、起きよう。今すぐ起きよう。いやー今日もいい天気だなー!」……すばるん」

 

そんな哀れ目で俺を見るな!

俺の寝顔をらんらんに渡したら絶対ロクなことにならないだろう。

下手したら将来、それをネタにゆすられるかもしれないんだぞ。

というか、撮った写真あるなら今すぐ消せ!

 

「カメラを渡せ」

 

「キャハハ、おにさん、こちら」

 

理子は笑いながら俺の腹から飛び降りると、サイドポニーテールした髪を揺らして部屋を出てしまう。

俺は起き上がって理子の腕を掴もうと手を伸ばしたが、起き上がった瞬間、ズキズキと身体が痛み出したので、その手は理子の腕を掴むことなく空回ってしまった。

くそ、痛え。全身が痛い。

酷い筋肉痛だ。無茶をし過ぎたな。

高圧電流を身体に流すのには慣れていても、それで戦闘をしたのは初めてだったから、持続時間や技を使った後の後遺症まではハッキリと解らなかった。

これはまだまだ改良しないと使えないな。

それに……。

左胸の奥が妙に痛む。

ただ単に撃たれた傷が痛む……ってのもあるけど、それとは違う痛みがある。何故かは解らないけど、理子や幼馴染み達のことを考えると痛みと動悸が増す。

それに高揚感っていうのか。なんか知らんが、もっとドキドキ、ワクワクしたい。

もっと女と触れ合いたい。

もっと戦いたい、なんて思っちまう。

どうしたんだ一体?

疲れで変なテンションになってんのか?

寝てたはずなのに身体が重いし。

これがいわゆる心的外傷後ストレス障害(PTSD)って奴か?

戦いでストレス感じまくった反動が原因で、もしかしたら痛みや動悸がするのかもな。

などと考えていると。部屋の扉を叩く音が聞こえて。

返事をする前にガチャ、と扉が開き中にガッチリと黒や紺色のスーツを着込んだいかにも政府高官って感じの人と父さんが入ってきた。

 

「やあ、昴君。目覚めはどうかな? うん、顔色は悪くはないね。ちょっと脈は速いけど、会話をするだけなら問題なさそうだ。よし、ってわけで。ちょっとお話ししようか」

 

父さんはそう言うと、隣に立つ金髪碧眼のイケメンに声をかける。

二人が話すのは英語や日本語ではなく、ルーマニアで使う言語でもない。

ヨーロッパ系の言葉ってのは、話し方のニュアンスでなんとなくわかった。

 

「この人はね、わざわざドイツから来てくれた連邦警察の一員でね、昔、僕と何度か戦って引き分けた強さを持つアドルフ君だよ。彼はある国際的な犯罪組織を追っていて、たまたま(・・・・)、ここルーマニアに来てたみたいなんだ。そしてその追ってる組織のことで話しがあるみたいなんだよ」

 

アドルフさんが挨拶(?)を始めたが何を言ってるのかがまったく解らなかった。

日本に帰ったらドイツ語や英語勉強しよう。今の時代、国際交流は大切だしね!

『普通の人間』を目指すなら、とりあえず3ヶ国語くらい話せないとダメだって、母さんも言ってたし。

 

「おーい、昴君ー? ちゃんと聞いてたかい」

 

父さんにジロッと見られてドキッとした。

いつもは温厚でどちらかと言えばおちゃらけてる父さんが鋭い殺気(・・)を放ったからだ。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「うん、ちゃんと聞くんだよ? ああ、言葉が解らないのならそれでいいから。

今はちゃんと聞くんだ。君は我々の話しを良く聞いて理解した(・・・・)、その確認が必要なだけだからね」

 

「え?」

 

父さんのその言葉に疑問が浮かぶ。

言葉が解らってないのは問題じゃない。

説明をされて、受け入れた事実があればどうとでもなる。

そんな風に感じるからだ。

 

「父さん、まさか。その組織って……い「ダメだよ。昴君。いくらお腹空いたからっていくら丼は無理難題過ぎる。せっかく、ルーマニアに来たんだ。ルーマニア料理にしときなさい」……はい?」

 

そんなこと一言も言ってねえ!

突っ込もうとした俺に向けて父さんが何度か瞬きをした。

それで俺は理解する。

これは『マバタキ信号(パッシング)』。

今、父さんは『トウチョウチュ、ハツゲン二チュウイセヨ』と送ってきた。

そうか。この会話は盗聴されてるんだな。

だが、少なくともカメラは無い。

音声のみ、気をつければどうにかなる。

そういうことか。

俺は『マバタキ』行い、頷く。

そして、俺は切り出す。

 

「ところで父さん。シェリングフォードさんは元気だった?」

 

「うん。とっても元気だったよ。元気過ぎて大変だったさ。お友達と一緒に遊んであげたからしばらくはおとなしくするはずだよ」

 

父さんは実は脳筋に(ああ)見えて、結構な読書家でもある。

その為、あの人のことも詳しく知っている。

だから、俺は盗聴対策であえて読書好きやあの人のファンしか知らなさそうな別の名で彼のことを聞いてみた。

 

「そっか。その人は今も父さんのお友達と一緒にいるの?」

 

「いいや、用事があるからと『仕事仲間』と帰られたよ。『新人さん』を二人連れてね」

 

なるほど、解りました。

その新人さん、『人外』なあの方達ですね。解ります。

そして、『仕事仲間』ってことは……あの組織の一員が来たと。

ああ、気絶してよかった。

あんな濃いメンバー相手にしてたら命いくつあっても足りないぜ。

そして、シェリングフォードさん……もとい、シャーロックは上手く逃げたんだな。それも『吸血鬼』を連れて。『人外』な強さを誇るRランク武偵から逃げれるとか、どんだけ『人外』なんだよ。

勝てないはずだ。でも……あの『人外』に金次は一撃入れちゃうんだよなー。

さすが、金次さん。俺達に出来ないことを平然とやってのける。そこに痺れる、憧れる!

だけど、ただの憧れで終わすのはなんか嫌だな。

原作開始まで後7年……なんとかそれまでに強くなって絶対に『一撃』入れてやる!

倒したい目標が出来たから頑張る……この考えって『普通』だよな?

父さん達の話しはそれからも続き、気づけば日が暮れる時間になっていた。

ああ、やっと終わった。

こんなに時間かかるなんて……っていうか、お二人さん。

怪我人だってこと忘れてませんか?

怪我人ってことで思い出した俺は父さんが部屋を出る寸前に気になってたことを聞いてみた。

 

「そういえば父さん」

 

「ん? なんだい?」

 

「左胸が痛むんだけどさ。ちゃんと弾は摘出されたんだよね?」

 

「……」

 

え? 何故無言⁉︎

その沈黙かなり怖いんだけど。

 

「……そうだな。その事も話さないといけないよな。うん、わかった。

話そう。ただし、夕飯が終わって心にゆとりが出来てからだ。人間何事にもゆとりが大切だからね」

 

いや、父さん。その言葉でだいたい悟ったよ。

ああ、そうか。薄々そんな気はしてたんだけど……やっぱそうなんだな。

あれ? そうなると……と、ここで重大な問題に気づいてしまった。

俺、今10歳なんだけど……もしかして成長遅れてチビなままなんじゃ?

原作開始時点のアリアが身長142㎝程だったから小4で成長が遅れた未来の俺はそれ以下ってことにもなりえるわけで。

これ、かなりヤバくね?

男で身長142㎝以下とか……考えただけで死にたくなる。

ズーン、と落ち込んだまま、俺は父さんの後に続いて部屋を出た。

俺が目覚めた場所は大きな屋敷の一室で、軽く15畳くらいあったが、それと同じ広さの部屋が廊下を歩いた感じでは20部屋くらいあった。まるで貴族の館だな、なんて思ったが。

それもそのはず。本当に貴族の館だった。何故解ったかというと、大広間に入ると、この屋敷の令嬢であるアリスが部屋に入ってきた俺に気づいて座っていた椅子から立ち上がったからだ。

 

「@jpmawg#!」

 

相変わらず何を言ってるのかは解らないが、なんとなく心配されてるのは伝わってくる。

泣いてたのか目には涙の跡も残ってるし。

 

「#apmtwgjq!」

 

父さんがルーマニア語でアリスに語りかけ、落ち着かせた。

うーん、やはり外国語の勉強はやった方がいいかもな。

言葉を話せないのはかなり不便だし。

と、勤勉意欲を高めてると。

父さんがアリスの発言を通訳してくれた。

 

「……うん、うん。わかった。じゃあ、伝えるね。

昴君、アリスちゃんは君にお礼をしたいって言ってるよ。約束した姉を見つけてくれたことを感謝してる、ありがとう。って言ってるよ」

 

父さんの言葉に俺は表情を曇らせる。

確かに依頼にあった姉は見つかった。

ちゃんと生きて連れて帰ることもできた。

だが……。

だけど、その姉の意識は戻らない。

機械に繋がれ、ただ呼吸を繰り返すだけのものになってしまっていた。

アリスの姉であるアリサは本来なら15歳になる少女なのだが。

その肉体は12歳前後のまま、成長は止まってしまっていた。

発見した時には痩せこけ、機械に繋がれ、ただ血を提供する道具のように扱われていた。

『生きてる』と言ったら生きてるが、あの状態を『生きてる』と言っても良いのか……俺は何も言えない。

ただ、その姿を見た瞬間、何が何でもブラドを殴る! と思っただけだった。

……情けないな。俺は結局何もできなかった。

確かにヒルダやブラドを倒すことはできたが、シャーロックに撃たれて気絶するし。

望んで依頼を受けたわけじゃないが、五体満足で達成できたわけじゃない。

何もかも、中途半端。

 

「……礼を言われる資格なんかないよ」

 

俺は結局守れなかったんだから。

そう思うと、情けなくて嫌になる。

逃げ出したくなる。

実際、俺の足は無意識のうちに出入り口の方へ向かっていた。

だが、それを阻むように父さんが立ち塞がる。

 

「『自分は何もできなかった』。本当にそう思ってるのか?」

 

父さんが行く手を阻むように、逃げ出そうとする俺を咎めるような顔をして俺を見つめる。

 

「確かに昴君は……昴は依頼を完璧に達成できたとは言えない。

吸血鬼は倒せたけど、結局逃げられたからね。犠牲になった子供達も何人もいた。

そういった意味では依頼は失敗だ。

だけど……それがなんだい?」

 

「は?」

 

「確かに吸血鬼に逃げられ、プロ……シェリングフォード氏にも逃げられたけど、少なくとも君がいたからこそ、救われたものもそこにはあったんじゃないかな?

もっと周りをよく見てごらん。君がいたことで助けられた子もいるんだよ」

 

父さんの言葉で俺の心は少し軽くなる。

そして、父さんが向ける視線の先を見て。

俺はこの国に来て良かった、と心から笑うことが出来た。

父さんの視線の先。そこには……。

 

困ったような、嬉しいような、そんな感じの笑顔を浮かべた二人の少女(アリスと理子)の姿があった。

 

「理子、アリス……ごめん、ごめんな……」

 

俺、強くなるから。もう、誰にも負けないくらい強くなってみせるから。

そう、二人に誓うのだった。




気づいたらちょっと重めな話しに。
うーん、最初はもっとコミカルな感じになるはずだったんですけど。
まあ、たまにはシリアスな展開も挟まないとね。
主人公が決意して少し大人になっていく……そんな回があってもいいんじゃないでしょうか。


決して……筋肉ネタが浮かばなかったわけじゃないですよ?



おまけ。


その頃の爺ちゃん。

「ふぅー、孫も息子もいないと退屈じゃのう。暇過ぎて暇過ぎて退屈じゃわい。
どれ、退屈をまぎわらす為に素振りでもしようかのぅ」

手に巨大なハンマー(5t)を持って畑の真ん中で振り回す!
それ〜行くぞ!

「ウソッ◯パウンド!」

ドゴーン、と地響きが鳴り響き。
地面が真っ二つに引き裂かれた。
あ、いかん。ついつい、地面にぶつけてしまった。
ワシもまだまだじゃな。
うぬ。しかし、今日の筋肉は絶好調よの!
今度は気をつけて素振りを続けるとしようかの。


そして、10分程経ったその時。

ぬ?
携帯が鳴ってる?
相手は婆さんから……「もしもし……う、うぬ。すまん、善処する……うぬ」

いかん、いかん。しくじりおったわ。
まさか、地震と誤報されるとは。
携帯のニュースサイトを見てみると……うぬ、載っておるな。
マグニチュード6.2。深さ10㎞。震度5強。
この地震の影響による津波の心配はありません。

「うぬ。まだまだ本気じゃないんじゃが……やるのはやめとこうかのう」





これが、爺ちゃん。『星空玉星』の日常。
未来において。新たに『地震兵器』(ハープ)の二つ名を得る『一騎当千』の『素振り』である。


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Ammo10。また、な

アリスと理子、二人の少女を抱き締めながら強くなることを誓っていると、「おほん」と父さんがわざとらしい咳払いをしてきた。

ちぇ、美少女達に抱き締められていい気分だったのに……。

まったく、人がせっかくいい気分でいたのに……それを邪魔するなんて。

 

「……馬に蹴られていっぺん死んでこい」

 

「心の声、だだ漏れだよ」

 

父さんから突っこまれた。

おっといかん、いかん。つい本音が。

苦笑いを浮かべる父さんに悪態を吐きながら、部屋の中央にあるテーブルの席に腰掛けると、出入り口に控えていた使用人と思われる黒い燕尾服を着た初老の男性が近づいてきて、俺の前にティーカップを置くと、そこに熱々の紅茶を注いだ。

 

「ミルクとお砂糖はお好みでお淹れください」

 

ダンディな髭面な男性はそう告げると、お辞儀をしてから下がっていった。

 

「ありがとう、セバス」

 

アリスが髭紳士にお礼を言う。

髭紳士の名はセバスというのか。

 

「初めまして。わたくしはアリスお嬢様ならび、このカンタクジノ家に仕える使用人でございます。セバスではなく、セバスチャン……とお呼びくださいませ。セバちゃんでも可です。無論、本名ではありませんが呼び方はご自由に。セバストポリ、セバル……御使いする主人により名はかわります故に」

 

セバスチャンはともかく、セバちゃんはねえよ⁉︎

 

「そうでございましょうか? 短くて呼びやすい名でございますが 」

 

「心読まれた⁉︎」

 

「執事ですから」

 

「執事は心が読めるのか⁉︎」

 

「執事の嗜みです」

 

ねえよ、そんな嗜み!

そんな嗜みあったら、夜な夜なバットなご主人様の為にスーツを直したり、甘党な世界一の名探偵の為に甘いものを用意したり、雷鳥の整備したりするのも『執事の嗜み』になっちまうだろうが!

 

「おや、よくご存知で……裁縫や、デザートの調理、メカの整備などももちろん執事の嗜みでございます」

 

「マジで⁉︎」

 

「無論、御使いする主を守る為には強さも必要ですが。そう。主人の為なら、己の命すら惜しまずに戦う者、それが一流の執事でございます。具体的には素手で虎と闘ったり、ミサイルをぶっ放すロボットを撃破したり、極寒の中、海に入ってサメと闘ったり、時計台から命綱無しで飛び降りたり……」

 

「執事って一体……」

 

執事って武偵より凄いんじゃねえ?

 

「……あははは! からかうのはそのへんにしたら、セバス」

 

「おや、これは失礼を」

 

「って、嘘かよ⁉︎」

 

うん、そうだよね。わかってたよ、コンチキショウ!

 

「全部が全部嘘じゃないと思うけど、さすがに時計台の下りは盛りすぎよ。紐なしでバンジーとかどこの格闘家よ?」

 

「執事ジョークでございます」

 

「疑問に思うとこそこ⁉︎」

 

いやいや、突っこむところ他にあるだろう!

素手で虎と戦うとか、ロボット撃破とか、寒中水泳してサメと戦った、とか。

普通できねえから! どこの借金執事だよ、アンタ!

ゼェゼェ、と息を切らしながら突っこむ俺にセバスチャンは微笑む。

クソ、遊ばれてる!

セバスを睨みつけていると、そのセバスは俺に近づき、「スバル様、少しは元気になられましたかな?」と囁く。

はっ! とした俺がセバスの顔を見るとニッコリと微笑み返してきた。

……まさか、人の心が読めるっていうのは……いや、そんな馬鹿な。

これが一流の執事かぁ。

などと関心した俺にセバスは「さあ、さあ、紅茶が冷めてしまいますぞ。ゆっくりお飲みください。お代わりをお淹れいたします故に、いつでもお呼びください」と言って後ろに下がる。

その動作は一流の執事といった悦に入る動きで、その立ち振る舞いは執事という存在がどれほどのものなのかを見せつけられた。

ナンチャッテ執事ではない。本物の執事ってカッコイイよな、と素直に思えた。

 

「……あの、そろそろ本題に入りたいんだけど」

 

父さんが何やら呟いていたが、セバスの姿に夢中になった俺は父さんの存在を暫し忘れていた。

 

 

 

アリスとその姉アリサとの面会を終えた俺は、痛む身体を引きずってルーマニア首都、ブカレストの街中を歩く。

無論、一人で、ではなく。右隣に父さん、左隣をアドルフさんが歩く。

現在の時刻は午後4時半。夕食には早く、昼食としては遅いがこれから三人で昼食を摂ることになったからだ。

ブカレスト市内中心部。その大通りから一歩離れた路地裏。そこに父さんオススメの店があった。

BAR『ワラキアの魔笛』。

店の扉を開けるとからん、と鐘が鳴る。

「いらっしゃい」と店のマスターとおぼらしき、初老の男がグラスを磨きながら告げる。

父さんに聞けば、夜は荒くれ者が集まる酒場になるその店は昼間には知る人ぞ知るランチメニューを提供するレストランにもなっているとか。

現地の人オススメの隠れた名店。そう、ブカレスト支部の仲間に教わったみたいだ。

まあ、もうすぐ陽も暮れるから、店の中は閑散として客も2、3人しかいないけど……っていうか。

そのうちの二人は見たことありまくりな奴らなんだけど。

 

「おっ、やっときおった。先生、来るの遅いでー」

 

「先始めてるわよー」

 

グラスにビール注いでぐびぐび飲む酔っ払いもとい、らんらんと綴の姿がそこにはあった。

 

「さーて、先生達も来たことやし、もっぺん、乾杯しようやー! マスターお代わり! グラス……いや、樽で!」

 

「それとつまみもね。あと、ワイン……じゃなくて、大人のブドウジュースお代わり!」

 

「……君達未成年だから帰ったら三倍確定だね」

 

「ひぃ、ま、待ってーな。これ、ビール風りんご味のジュース。子供ビールや。微炭酸ノンアルコールやから、三倍刑は勘弁してーな〜」

 

「そ、そうよ。さすがの私達でも先生の前ではハメはハズさないわよ。「僕の前では?」……いえ、いつも外してませんとも」

 

綴の発言を聞いた父さんから黒いオーラのようなものが出た。

そのオーラは父さんの全身に広がり、やがて胸筋や腕筋……といった全身の筋肉が膨らみ、頭部には血管が浮かび上がる。

前歯も2本その先端が尖り、出っ歯になる。頭の頭頂部にはまるで角のような突起物が出ている。

コレは父さんがマジ切れした時に出る症状だ。なんでも一族代々受け継ぐ困った病気……らしい。

何故出るのか、と昔、聞いたことがあるがその都度、母親からビリビリされてきた思い出がある。ビリビリされる度に記憶もあやふやになるから、いつしか深く追求するのを止めた。世の中には知ってはいけないことがある。

これもきっとその類いだ。だからここ数年はスルーして生きてきた。

好奇心猫を殺す。その言葉の通り、好奇心で首を突っこんではいけないと身体で覚えた。

それに暴走した父さんを止めるのは俺にはできないしな。

 

「ちょ、スバル、助けろや!」

 

「援護しなさい。早くしないと尋問するわよ⁉︎」

 

すまない、らんらん。綴。

お前らの犠牲は無駄にはしない。俺があんたらの味方するわけないだろう。

父さんを敵に回して勝てる気がしないからな。

 

「……骨は拾ってやる!」

 

「「薄情者ーーー!!!」」

 

なんとでも言え。『命を大事に』コマンド一択だ。

『ガンガン行くぜ!』オンリーのあんたらに付き合っていたら命がいくらあっても足りねえよ。

 

「大丈夫、大丈夫……痛いのはほんの一瞬だから」

 

「「全然大丈夫じゃない!」」

 

お手手とお手手の平を合わせて……。

 

「南〜〜〜無〜〜〜」

 

「「薄情者ーーー!!!」」

 

 

 

 

「さて、静かになったことだし。まずは何から話そうか?」

 

素行の悪い不良達を黙らせた父さんは席に着くなり、今まで起きていた惨劇はまるでなかったかのように、平然と言った。アドルフさんはそんな父さんの姿にドン引き……などしていなかった。

「ああ、またか。懐かしいな」などと言ってビールが入ったグラスを傾けている。そんなアドルフさんに驚く。いつものこと、という態度もそうだが……それより。

 

「……日本語話せたのかよ」

 

アドルフさんは「誰が、いつ話せないと言った?」などと言って豪快に笑う。そして……父さんの行動には慣れっこだと言わんばかりに、ぐびぐびと、豪快にグラスを傾ける。

「騒がしい父ですみません」と一応謝ったが、アドルフさんに「いつものことだからな。家だと違うのか?」などと言われてしまった。

言われた父さんはバツが悪そうに。

 

「家じゃ、あまり飲まないからね。飲みすぎたら母さんがキレるし。父さん……お爺ちゃんは酒飲むと僕よりヤバくなるし……子供の教育上、酒と喧嘩はご法度になってるんだよ。我が家では」などと、語る。

しかし、俺は知っている。

父さんの部屋の本棚の裏に、隠し扉があって、そこに年代物のワインが保管されてることや。

家で喧嘩が起きないのは、超能力アリだと母さんに絶対に勝てないからだと。

完璧超人の父さん曰く、女性と超能力は苦手だ、と言っていたからな。

うちの序列は女の方が強い。

爺ちゃんも婆ちゃんには頭が上がらないみたいだし。

キレた母さんはヒルダの千倍恐ろしいからな。

そんなことを思いつつ、父さんに気になっていたことを聞く。

シャーロックとの戦い、そう、俺が気を失ってから起きた出来事全てを。

 

「……うん、そうだね。あの『無限罪』を倒した昴君には聞く権利がある。わかった、話そう。

僕が知る全てを。彼との戦いの……全てを」

 

ワインが入ったグラスを傾ける父さん。その口からあの日あった出来事が語られた。

のちに明かされたそれは、やがて頂上決戦と呼ばれる戦いで。

俺と父さんの運命を狂わせた……いや、ある意味『必然』とも言える出来事を起こす__世界最強同士のぶつかり合いの『序章』の戦い。『緋弾のアリア』を生み出すあの戦いへと、俺が参加するきっかけになった__そんな戦いの『始まりの戦い』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

3日後。ブカレスト国際空港。

今日、俺は帰国する。

最初は乗り気じゃなかった国際遠征。

初めてのお使いから一転、諜報活動やら、吸血鬼とのガチバトルやら、世界最強の探偵にボコられるやら……ロクな目にあわなかったが。

終わってみると、帰る時間が迫ると途端に寂しくなる。

辛いこともあった。救えない命があった。自分の弱さを痛感した。

__だけど。

だけど……それと同じくらい、大切な人と出会えた。肩を並べて戦った仲間がいた。助けられた人がいた。

苦しんだ分だけ、辛かった分だけ、笑顔になれた。信じ合える仲間ができた。

強さとは何かが少しだけ解った。

世界を知れた。己の力を知れた。

『運命』を『覆す』ことも出来た。

自分一人だけでは俺は何も出来なかったかもしれない。

転生という、アドバンテージ。原作を知っていたから調子に乗っていた、だから勝てなかったのかもしれない。だけど……と俺は思う。

原作を知り、転生したからこそ。

自分にしか出来ないことがあるのではないか?

力がないのなら力をつけよう。

知恵がないのなら知恵を付ければいい。

まだまだ時間はあるのだから。

俺はこのルーマニアで多くのことを学んだ。

武偵として。人として。

大切なことをたくさん学べた。

武偵憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ。

仲間を信用することの大切さ、仲間を助けることの難しさ。

武偵憲章3条。強くあれ。但し、その前に正しくあれ。

強くなければ大切な仲間を護れない。だけど、強さの前に、正しい義の心を持っていなければ、その強さは絶対に通してはいけないこと、を。

武偵憲章10条。諦めるな。武偵は決して、諦めるな。

諦めたら全て終わりだ、と。諦めないことも強さの一つなのだ、ということを。

心の強さ。心技一体。それが真の強さなのだと。

武偵憲章9条。世界に雄飛せよ。人種、国籍の別なく共闘すべし。

井の中の蛙大海を知らず……世界を知り、己を知ることで、人はさらに強くなれるのだ、と。

この国で、この戦いで教わった。

 

だから……と俺は思う。

 

いつかまた、いつか……必ず。

もう一度この国に来よう、と。

一人前の武偵として。この国に再び来ようと。

いつか……必ず。

 

 

 

 

「……サヨウナラ、スバル」

 

「また、ね? すばるん!」

 

「ああ……また、な」

 

アリスと理子に別れをすませて、俺は旅立つ。

俺が帰る場所。

生まれた国。

日本……へと。

 

「スバル……ありがとう。ありがとう。ワタシ、アイニイクカラ。必ズ。アイニイクカラーーー!」

 

背を向けて歩き始めた俺にアリスが告げる。

 

「くふふふ。理子とはすぐに会えるから心配いらないのだ☆」

 

理子は理子で不気味な笑いを浮かべる。

振り返り、そんな二人の頭を優しく撫でてからぽんぽんと、軽く叩いて別れをすませると俺は出国ゲートに向かう。

そして、発着時間が来て成田行きの便に搭乗した。飛び立った飛行機の窓から、ルーマニアの大地を見渡して思う。

 

__また、な。また……会おうぜ、ヒルダ。

 

 

「ん? ……気のせいか」

 

一瞬、窓の外が青白く光ったような気がしたが、雷雲もない晴天の空だ。

だから……気のせい。

そう、思って俺は空からルーマニアを見下ろす。

 

そんな俺を機内後方の座席に座り、ワイングラスを傾けながら見つめてきていた__ヤツの視線に気がつかず、に。

 

「フィー・ブッコロス♡」

 



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第0章 幼少期 ルーマニアから来た少女
Ammo11。俺の妹達がこんなにブラコンなはずがない!


神奈川県横浜市某所。

閑静な住宅街にあるとある一軒家のインターフォンを鳴らす。

しばらく待つと。

ガチャ、と玄関の扉が開く。

 

「ただいまー」

 

と言って中に入った俺に向かってタタタッと足音を鳴らし、駆け寄ってくる二つの人物。

ドン、と勢いよくタックルをされ、内蔵が圧迫された苦しみから「ぐぼおおおぉぉぉ」と呻き声を上げてしまう。痛いぜ、セニョリータ。

 

「にいにぃ、おっかえりなさーい♡」

 

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

 

倒れた俺の上に跨り、あるいは抱きつきながら挨拶してきたのは義妹の橘花と、実妹の桜。

元気いっぱいの妹達の顔を見れて、俺もようやく日本に帰ってきたんだなー、と実感できた。

 

「……ただいま」

 

離れ離れになっていたのはほんの一週間ほどだったが、たった一週間しか離れていなかったのにも関わらず、俺は妹の顔を見ただけで、安心してしまう。

もしかして、俺ってシスコンなのか?

いやいや、可愛い妹を持つ兄貴なら、寂しく思うのは当たり前……のはずだ。

頭をブンブン振って、妹の顔を見る。

少ししか離れていなかったはずなのに、なんだか可愛さが増しているような……綺麗になったような……って、たった一週間しか離れてないのに、何言ってんだ。

 

「えへへー、にいにぃだ。にいにぃが帰ってきたー。ねえ、にいにぃ、ただいまのハグしてー?」

 

「あっ、橘ちゃんズルいです! お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんですよーーー?」

 

可愛い妹達に玄関で押し倒され、取り合いをされる俺。妹達よ、俺を巡って争うのは止めてくれ!

それと桜、兄さんから昔の呼び方に戻ってるぞ!

 

「お兄ちゃんから離れてください!」

 

「やだ、やだ〜〜〜にいにぃは私のだ!」

 

「……んもう、なら仕方ないですね。だったら……半分こ、します?」

 

「うん、半分こしよう」

 

そう言って橘花は右手を俺に向けて差し出してきた。

そして、右手の指先からポタポタと、水滴が落ちるのが見える。

ゾクリ、と悪寒が走った俺は「きゃあ⁉︎」と妹達が悲鳴を上げるのも躊躇わずに横に転がる。

俺が転がった瞬間、たった今まで俺がいた玄関の床。大理石に亀裂が入った。

まるで鋭く尖った刃物か何かで斬られたように、縦に鋭い切り傷が出来たのだ。

 

「ひ、ひぃ」

 

避けれた自分を全力で褒めてやりたい。

避けなかったら、綺麗に真っ二つになっていただろうからな。

今のは間違いない。

水を操る橘花の力。

水刃刀(ウォーターソード)』。

大気中の水分を凝縮させて、水で出来た刀として繰り出す、超能力の一つ。

先日、橘花の超能力レベルはG(グレード)7になったと聞いていたが、それを敬愛するお兄ちゃんに向けて放っちゃうんですか、橘花さん。

 

「あ、避けちゃダメだよ、にいにぃ!」

 

「あほか! 避けなかったら死ぬわ!」

 

なんなのもう。ルーマニアで危険な目にあったばかりなのに、日本に帰ってきてまで、また死にそうな目に遭うとか、俺の人生どうなってんの?

俺をこんな危険な世界に転生させるとか、あの神バカなの? 死ぬの?

妹に真っ二つにされて死ぬとか、いくら妹の事を(家族として)愛していると言ってもそれはごめんこうむりたい。

だから、ここは全力で逃げる!

そう思って逃走しようとした俺だったが……。

ビリッ!

体が痺れて動かない。

これは……まさか⁉︎

 

「ダメですよー。お兄ちゃんが避けたら、半分こできないじゃないですか?」

 

俺の前に……プンスカと、頬を膨らませた可愛い、可愛い()様が仁王立ちで立ち塞がる。

いや……桜さんや。半分こしたらお兄ちゃん死んでしまうのですが……。

 

「心臓が停まっても、お母さんに頼んでマッサージしてもらいます」

 

「そういう問題じゃねえだろう⁉︎」

 

確かに、心臓が停まったくらいなら、あの人(母さん)なら電流流して蘇生とか出来るだろうけど。

『死んでも生き還れば問題ない』とか、その考え……ああ、全く『普通』じゃない!

というか、真っ二つになったら心臓マッサージ意味ねえし。

 

「あっ……そうですね」

 

そうだろ、そうだろう。

……うん?

 

「あれ? 俺、今……声に出してたか?」

 

「いいえ。お兄ちゃんの脳波を読みました」

 

「そんなこと出来んの?」

 

「血が繋がった妹ですから!」

 

何それ、怖い。

妹には兄の思考を読み取る力とか、デフォルトされてんの?

 

「愛の力です」

 

「そんな重たい愛はいらねえ!」

 

クソ、帰国早々、なんで俺はこんな目に遭わんといけないんだ!

義妹に切断されかけるとか、実妹にビリビリされてショック死の危機有りとか、災難過ぎる。

だが……桜が電撃系の能力者でよかった。

アレを使えるからな!

よし、来た。

 

バチッ、バチバチッ!

 

「え? ……これは」

 

気づいたみたいだな。だけど遅い。

『雷神』モードの俺には誰も追いつけねえ!

電撃を受けることで身体強化する技『雷神』。

それを使って桜達から逃走を図る。

玄関から外に出ようと駆け出したが……ぶよん、と見えない『壁』に阻まれて外には出れない。

これは?

 

「念のため、『結界』を張っておいて正解でした」

 

そう呟く、桜の周りには折り鶴が浮んでいた。

あれは……確か、母親に教わっていた式神ってやつか。

 

「ちぃ、超能力とかって本当厄介だな……」

 

と言う俺も左手に超能力を宿しているわけだが……まあ、家族には話していないからな。

話すべきか、迷っているというのが一番の理由だ。受け入れられなかったら、と思うと怖いからな。

左手の力は本来、この世界にはない。唯一無二の能力故に、話した後……どうされるのか、どう扱われるのかが怖い。そう、怖いんだ。

俺はこの家族に見捨てられるのが、軽蔑されるのが、疎まれるのが怖いのだ。

『普通』じゃない家族だからこそ、その家族にまで見捨てられたら……と思ったら、話せないでいる。

まあ……とはいえ。

 

「さあ、逃げ場はありませんよ? おとなしく私と遊んでください」

 

そういった心配は杞憂かもしれないけどさ。

 

「あっ、ズルい。にいにぃと遊ぶのは私なんだからー!」

 

右手に水刃刀を出した橘花が桜の隣に並ぶ。

ああ、これは逃げられないなぁ。

 

「じゃあ、橘ちゃんも協力して?」

 

「うん!」

 

ピリッ、と桜が放電を始め、橘花が手にした水刃刀を上に掲げる。

 

「えっと……何をするつもりだ?」

 

「お兄ちゃんをおとなしくさせる為に、ちょっと軽い爆発を起こすだけですよ?」

 

「ちょっと待て! もしかして、水素爆発させる気か!

はぁ……わかった。わかったよ。で……何して遊ぶんだ?」

 

大気中に含まれる水素の含有量は0.5ppm、それだけならたいして問題ないのだが、橘花の能力で凝縮させた水を桜が無理矢理電気分解させたら、水素爆発できる量の水素を発生させることもできるのだろう。

そうなったら、家が吹っ飛びかねない。桜は風を操り、酸素も操作できるだろうし。

仕方ねえ、面倒だが少し遊んでやるか。

 

「お兄ちゃん! 一緒に人生ゲームしませんか? っていうかやりましょう! ね? お願いします!♡」

 

桜はそう言いながら必死に手を合わせて俺にお願いをしてきた。少しびっくりしながらも桜に答える。

 

「ああ。それだったらいいぞ。飛行機の中でぐっすり寝れたからそこまで疲れてないし、一緒にやろう。持ってきてくれるか?」

 

俺の答えに桜は「はい!」と嬉しそうに飛び跳ねてそそくさとリビングのドアを開けてどこかへ行ってしまった。そしてしばらくすると戻ってきた。帰ってきた桜のその手には人生ゲームが持たれていたが……は?

 

「……お、おい、これは……なんだ? どっからどう見てもただの人生ゲームじゃないぞ!」

 

俺は顔を歪めてテーブルに置かれた人生ゲームを二度見した。桜が持ってきたのは外側がよくある市販の人生ゲームの箱で、中身がまるで違っていた。桜が作ったのかおかしな盤になっている。駒、札に俺の色々な顔写真がカラーで綺麗にプリントされ、中央辺りにある数字を決めるルーレットみたいなやつにも俺の顔写真が貼られ、人生ゲームは俺をモチーフに綺麗に見事に改造されていた。

 

「えーっとですね!これはお兄ちゃんと私達の愛を深める為の人生ゲームならぬ改変型恋愛人生ゲームです♡」

 

「……」

 

俺は盤と駒、札、ルーレットのあまりの出来に呆然としていた。これを……桜が作ったのか? 7歳やそこらで?

そんな俺を他所に桜はせっせと駒と札を嬉しそうに準備する。

 

「さ! お兄ちゃん! 準備できました! 私とやってください♡」

 

「あ、ああ……」

 

やってください♡ じゃねえよ! その発言いろいろアウトだ! それと駒に貼られているその写真いつ撮った?

などと、突っ込みが出かかったものの、首筋に冷んやりとしたもの(水刃刀)が当てられた俺は黙って頷くことにした。そして桜特製の盤、駒、札、ルーレットによる、究極の改変型恋愛人生ゲームがスタートしてしまった。

 

 

 

 

「まず、用意しないといけないのは100万愛ドルと駒ですね! さあ駒を決めてくださいお兄ちゃん」

 

俺は橘花から100万愛ドルと書かれた札を受け取り、桜の持ってきた人生ゲーム……ならぬ、改変型恋愛人生ゲームの箱の中に入っている、もの凄くよく出来た駒(車型の後部座席付近にでかいハートマークのついている、俺の顔写真でよく出来た人形の乗っている車『恋愛スポーツカー』)を手に取った。

 

「すげぇな。これ……」

 

目を細めてから駒を見ると本当によく出来ている事が分かる。

 

「作るの大変だったんじゃ?」

 

「いいえ、そんなことありませんでしたよ。作る手間より、私が辛かったのはお兄ちゃんがなかなか帰って来なかったことですから……」

 

「にいにぃがいないから、私達、寂しかったんだよ?」

 

「桜、橘花……」

 

悪いな。寂しい思いさせて。

俺がいなかった寂しさのあまり、まさか、ここまでブラコンを拗らせるとは……。

寂しさを紛らわせる為に、こんなもんを作ったのか。

埋め合わせをしないとな。そんな事を思いながら、精密に出来た駒を眺めていると、桜達も駒らしきものを取り出してきた。

 

「さて……ようやくお兄ちゃんと一つになれましたね」

 

「じゃーん、私達はこれ! にいにぃとのラブラブカー!♡」

 

自分の顔写真のついたよく出来たピンクの花嫁姿の人形と、俺の顔写真のついたタキシードのよく出来た青い人形がそれぞれ乗った、高級感を醸し出したオープンカーの形をした車の駒を桜と橘花は取り出した。……ちょっと待て。それズルくねえか⁉︎

 

「……おい。それは反則だぞ。桜、橘花。人形は一人、一体までだ」

 

俺がそう告げるなり、橘花達の顔がだんだんと漆黒に染まっていくのが確認できた。その表情はまるで死神の如く……ひえっ⁉︎ めっちゃ、怖い!

 

「なに? にいにぃは一人がいいの? なんで?」

 

「お兄ちゃんの隣に座るのは……妹なら当たり前ですよね?」

 

(ダークマター)オーラを出す桜達の姿に、何も言えなくなった俺は首を縦に振る。

 

「いえ……なんでもありません」

 

俺の言葉に橘花はうんうんと首を縦に振ってから、

 

「私とにいにぃは以心伝心のいつまでも一緒にいなくちゃいけない人間なんだもんこうなるのは当たり前」

 

「私達、ですよ?」

 

橘花の言葉に訂正を言いながら桜は自らが作った特製駒を幸せそうになでなでする。その光景を見ながら俺は(やれやれ)と小さく呟いて、駒をスタート地点に置いた。

 

「初めはどっちからルーレットを回す?」

 

桜に聞くと、ニコニコ(心底幸せそうな)笑顔で

 

「お兄ちゃんからお願いします。お兄ちゃんが止まったマスを追いかける様にして、私も一緒のマスに止まりたいんです」

 

「……はいよ」

 

両頬に手を添えてそう答える。まるで新妻の様に。顔を真っ赤に染めて。

はぁー、さっさと終わらせるか、そう思いながら俺はルーレットをゆっくり回す。

 

「……4だな。どっちのマスから進むかなっと……」

 

「どっちのマスに行ってもいいですよ。私達はお兄ちゃんについていく。同じマスに止まる。ただそれだけですから」

 

妹の重たい発言をスルーして。

 

「よし。ならこっちに行くか」

 

前の方にある職業コースに4つ進む。するとそこにもの凄い長い文章で何かが書かれていた。就職では無い何かが。嫌な予感がするな……。

俺は訝しげに書かれている文章を読む。

 

「……『お兄ちゃんは妹と一緒にお風呂に入る様だ。妹は下着を脱いで兄に渡してきた。兄はそれを洗濯しようとして、手を止める。兄がこの先取る行動は。1、妹の下着を頭に被る。2、全裸の妹を抱きしめる。3、写真を撮る。いずれかを選択しなさい』……なんだよ、これ⁉︎」

 

俺はマスに書かれている文章に目を眉根を寄せて顔を上げる。そこには恥じらっている橘花がいた。その目はトロンとしている。……コイツ何を想像した⁉︎。

 

「私のぱんちゅを被るか、一緒に風呂に入って写真撮るか、抱きしめるかだよ? にいにぃ……」

 

なんだよ、その選択肢⁉︎

妹相手じゃなかったら、通報もんじゃないですかー⁉︎ いや、妹相手でも通報もんだろ、バカヤロー!

俺はこめかみに指を当ててから立ち上がった。そして橘花を大切に抱きしめる。無論、服は着せたまま、これでも一応、妹なんで。これだったら変じゃ無いだろう。

なんて思いながら橘花を抱き締めると、何故か桜も抱きついてきた。

 

「.……お兄ちゃん。大好き」

 

「にいにぃ、愛してる♡」

 

「はいはい、ありがとうよ。

俺も愛してるぜ」

 

家族として、な。

兄妹で愛し合うなんてあり得ないけどな。

兄妹間の恋愛なんて……おままごとと一緒だろ?

 

「おままごと? お兄ちゃん。……どういう事ですか?」

 

「……にぃにぃ?」

 

「……」

 

いつの間にか声にしていたらしい。いや、声を出した記憶はないから……桜に読まれたのか。うーむ。これはマズいな。 今度こそ、俺……死んだかも知れん。

 

 

 

 

 

 

「全く、お兄ちゃん、私達をからかうなんて」

 

「今度、冗談言ったら活け造りにしちゃうよ?」

 

ありったけの良い訳を言って、桜達をなんとか沈静化させる事に成功した。起爆寸前の爆弾か。コイツらは。

 

「冗談も兄妹の関係性には重要なんだ。桜、橘花」

 

「でも、私達をからかう必要性はないよね? プンプン!」

 

橘花は口を尖らせて言う。それに対して俺は頭を何回も下げた。新婚の奥さんに浮気がバレた事を謝る亭主のように何回も。……なんで俺、妹に頭を下げなくちゃいけないんだ?

 

「……まぁ、いいですよ。必死の気持ちが籠っていましたから……」

 

桜は言うなり、ルーレットを回した。そして出た目は。

 

「……3……?」

 

「3だな。……うおっ⁉︎」

 

桜の顔に浮かぶのは笑み。しかし、それは感情が籠ってない笑みだ。桜はそれを見せるなり電撃を出し、ルーレットを破壊した。俺は啞然とそれを見届けた。

お前、本当に7歳児、か?

 

「……ええと、4ですね。やっぱりお兄ちゃんと一緒です」

 

予備のルーレットを出し、やり直しでルーレットを回した桜がそう告げた。

 

「……」

 

あまりの怖さに俺は脂汗が滲む。その時だった。その感情に更に拍車を掛けるかの様に……。

突然、電話が鳴り響く。

 

「おっ、電話……うわあ⁉︎」

 

俺は電話に出ようとして、恐怖に身が竦んだ。

電話に出ようとしたその瞬間、桜達の表情が一変した。俺が恐怖を覚えたのも無理はないと思う。

なぜなら、桜達の顔が白雪が黒雪になったときの表情に近い感じに変貌したからだ。

 

「お兄ちゃん。……今は私と遊ぶ時間ですよね?」

 

「……私達よりも、電話の人が大切なの?」

 

俺は固まる。少しして何とか弛緩した口を動かした。必死に弁解する。

 

「いや!これはだな!……そう!父さんだ! 父さんからの電話なら仕方が無いだろう?」

 

俺の言葉に、桜と橘花は「お父さんからなら仕方ないなー」と納得した。

いつも父さんに電話で無茶振りされるところ、見てるからな。

 

「すまん! 桜、橘花! 感謝する!」

 

俺はリビングから飛び出して自分の部屋に駆けこむと自室ドアにしっかりと鍵をかけてから電話に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし? って、その声、理子か! ……なんの用だ?」

 

電話の主はなんと峰 理子からだった。原作ヒロインの一人。

先日、ルーマニアの吸血鬼が住まう城から助け出した女の子。

日本人とフランス人の血を引く大怪盗の末裔。

ルーマニアを旅立つ際に、携帯の番号を書いた紙を渡しておいたから、連絡を待ってはいたんだが。

早くないですか?

今はルーマニア武偵局に保護されていて、父さんと一緒にいるはずなんだが……。

 

『別に……すばるんの声が聞きたかったから電話したとか、そんな理由じゃないんだからねっ!』

 

今日の理子りんはツンデレ気味です。

 

「そっか。じゃあ、切るか」

 

『待って! 冗談だよ⁉︎ 切らないでー』

 

「だったら早く要件を言ってくれ。今、すげー忙しいんだ」

 

『もう……すばるんは鈍感さんなんだから……ちょろ〜っとその態度が気に入らないけど……。まっ、いいや。教えてあげる。あのね……』

 

「うん?」

 

その時だった。

 

バチ! バチバチバチッ!!! ビシュ____ベキベキ!!!!!

 

まるで、落雷が堕ちたかのような轟音と、鋭い刃物で切断されたかのようなもの凄い音が俺の部屋の中に、俺の耳に響き渡った。音の発信源は後方からである。うっわー……嫌な予感しかしないなー。電話の向こうの理子も何が起きたのかわからないといったような、不思議そうな声を出して聞いてくる。

 

『ちょ、ちょっとすばるん⁉︎ 今の……何の音⁉︎』

 

俺は電話を静かに耳元から離して汗を流しながら後方を見た。俺の部屋の木製のドア。確かにそこにあったはずのそれは何故かバラバラになって床に散乱している。そして、そのドアがあったはずの空間には俺を鋭い目つきで睨みつける鬼妹……いや、可愛い、可愛い二人の妹達の、姿があった。

 

「ねえ、お兄ちゃん?」

 

「にいにぃ……」

 

「その声の人……」

 

「だ〜〜〜〜れ?」

 

あ、ヤバい。俺、今度という今度こそ……死んだかも。



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Ammo12。俺の妹達と祖父が常識人なわけがない!

俺は乱入してきた妹達の姿を見て、右手に携帯を持ったままガタガタと震えた。今の声を本当に我が妹が出したのかと疑いたくなるほどに低くてドスが効いた声を出した妹達の姿は恐ろしい。

黒雪さんか、こいつらは!

 

バチバチッ!!!!!

 

電撃音が鳴り響く。

恐怖に固まっていた俺が次に見たのは、真っ黒に焦げ風穴が開いた床の惨状だった。

 

「なぜ、ここに……」

 

俺の声を無視して、妹達はズンズンと室内に入ってきた。

 

「お兄ちゃん? 何をやっているんですか?」

 

間違いない。今のは桜の仕業だ。指先から高圧電流を放ったんだ。その技名は『放電(ヴァーリー)』。某海賊漫画から引用して俺が付けた桜の得意技の一つだ。その技にビビった俺は後ろに後退しながら汗を流して桜を見る。その時に焦ったのか、手を滑らせてしまい、握り締めていた携帯を床に落としてしまった。

 

『すばるん? もしもし⁉︎』

 

落ちた携帯からは理子の声が響く。不穏な空気を感じたのか、電話先から心配そうな声が聞こえる。

 

バリバリッ!!!!! ザシュッ!!!

 

桜の電撃が命中し、床に穴が空く。その衝撃によって携帯は宙を舞う。続いて部屋の中に踏み込んできた橘花が手にした水刃刀(ウォーターソード)を振るうと、その一撃によって携帯がまっ二つになった。それを見届けた桜は笑みを携えたまま、手を開く。その右手に電撃を放出させたままだ。隣に立つ橘花の左手には水でできた日本刀のようなものが握られていた。二人の妹のそんな豹変した姿を見た俺は過呼吸になりそうなぐらいに早く呼吸をしていた。

 

「お兄ちゃん?もう一度聞くけど、何をやっていたの?」

 

桜は小首を傾げて言う。

 

「にいにぃの返事次第では活け造りにするよ?」

 

黒い笑みを浮かべて橘花が言う。

それは魚の活け造りですよね? 晩御飯の話ですよね? 今日のおかずはお刺身ってことだよね?

お願いだから、そうだと言ってくれ!

俺は机に手を置いて桜達を恐ろしげな目で見ながら、脂汗を滲ませ考えを頭の中で巡らせる。

 

Q、ここで嘘をついたらどうなるか?

 

A、死ぬな。

 

Q、では、ありのままの事実を話したら?

 

A、死ぬだろう。

 

どちらにせよ死しかないぞ、これ。どうしたらいいんだ。誰か助けてくれ。ヒス金ヘルプミー!

俺が手を額に当てて項垂れているとその態度をどう受け取ったのか顔色をさらに悪くした桜が語りだした。

 

「お兄ちゃん。私は悲しいです。お兄ちゃんは決して浮気などしないと思っていたのに。私達だけを永久に愛してくれると……そう思っていたのに……」

 

桜は右手に出した電撃を俺の部屋の床に突き刺す様に落とす。バリバリ、と轟音が鳴り響き、床は見るも無残な瓦礫と化す。それから顔に手を当てた。……ちょっと待て。桜? ……泣いているのか? 俺は机から手を離すなり眉根を寄せて桜を見る。……それからゆっくりと桜のもとに寄ろうとした。その時。

 

「コロシテヤル」

 

顔を上げてから桜がそう呟いた。瞳孔が開いた目からダイヤモンドの様な輝きを放った涙が桜の頬を伝う。それから足元の残骸も気にせずにノロノロと桜は立ち上がった。そして破壊されたドアの残骸を靴底で踏み潰す。まさか……⁉︎

 

「コロスコロスコロスコロスコロス……」

 

ああ、やっぱり。

どうやら怒りによって正気を無くしたようだ。これはマズい!マズい!!!!! このままだと人を殺すぞ。

 

「桜!ちょっと待て!オイコラ!!!!!」

 

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

 

呪文の詠唱の様に理子への殺意を呟く桜。俺の力任せの必死の静止も無駄であった。つーかなんちゅう馬鹿力だ! コイツ! 年上で男でもある俺がこんな簡単に引きずられるなんて!

 

ガシャーン!!!!!

 

必死に静止をさせるも桜は俺を馬鹿力で廊下に吹き飛ばした。俺の体は廊下の壁に叩きつけられる。円を描くような感じではない。真横に、叩きつけられたのだ。

この力、爺ちゃんや父さんにもひけをとらない。まさか⁉︎ 自我を失ったことでリミッターが外れたのか⁉︎ さすがは星空の血筋……人間辞めてんな。

妙なところで血の繋がりを感じていると、桜と橘花は廊下に出てきた。

 

「おい、桜、橘花! 何する気だ⁉︎」

 

「「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」」

 

桜は指先からバチバチッと放電させ、橘花は水刃刀(ウォーターソード)を作り出した。

まさかこいつら……また水素爆発起こす気じゃ……?

 

「「テンチュウーーーーーー!!!」」

 

「駄目だ!コイツら!」

 

早くなんとかしないと! ……とは言え、今の状態の桜達をどうやったら正気に戻す事ができる⁉︎

今の状態をどうにかする方法……気絶させる。誰が? 俺が? 無理だ! 大切な妹達に手は出せない。意識を逸らす。どうやって? 何かないのか、有効な手段は! 今まで試してないことで。やった事が無い事……えーっと……! 一つだけ思いついた方法があるが許されるのか? 兄妹だろ、俺達⁉︎

……だが、他に方法は思いつかない!!!!!

……やるしかないのか。

 

「桜ぁぁぁあああ!!!!!」

 

「……?……⁉︎」

 

俺は桜の顎を掴むなり、半ば強引と言うか、無理矢理キスした。桜は突然の事に何が起こったか分からずだったようだが、途中で気づいてもされるがままになっていた。

 

「っ⁉︎ ああ! ずるいっ⁉︎」

 

ええい、こうなったらヤケクソだ、騒ぐ橘花も抱き締めてその唇を奪ってやった。

チュー、と唇を吸われた橘花は白目を開きおとなしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「良いか。理子とはただの友達だ。……この事を隠していたのは悪かった。謝る!!!!!」

 

妹達の部屋にて。病んで暴走していた桜達を何とか床に座らせて落ちつかせた俺は頭を床にぶつける様にして謝った。日本の伝統文化DOGEZAである。

 

「本当にただの友達ですか?」

 

桜は真顔で聞いてくる。その事に関して弁明しようと、俺は頭を上げて口を開いた。

 

「ああ、ただの友達だ。残念ながら俺はモテナイしな。……あ、いや、ただの友達だ。分かったか?」

 

嘘ではない。仲良くなったと言ってもまだ出会って日も経ってない、友人という間柄なのかもわからん。

残念ながら……の部分でまた阿修羅のような顔になったので「ただの」を強調した。

 

「ふーん、そうですかー」

 

「そんなこと言って、キスとかされてたり?」

 

「ぶほぉ!」

 

橘花の追求に思いっきり動揺してしまう。

 

「……その反応……まさか⁉︎」

 

「ない、ない、それはない」

 

嘘は言ってない。理子にはされてない。

 

「俺がキスをされたのは桜や橘花だけだ。

俺がキスを許すのはいつだって、お前らだけだー!」

 

まあ、アリスにもキスされたがアレはノーカンだ。欧米ではキスは挨拶だというし。

 

「……そ……そうですか……っ!」

 

やっと桜の表情が変わった。赤面している。……だが、安心もつかの間。直ぐに桜の顔色が暗黒色に染まった。……何故だっ⁉︎

 

「お兄ちゃん。もし、私達以外の子にも同じようなことを言っていたら許しませんからね?」

 

「あ、ああ……肝に免じておくよ」

 

そう言うしかなかった。まだ死にたくないからな。

ふー……と息を吐く。俺の妹達がこんなにブラコンなはずがない! とはいえ、なんとか誤魔化しきれたようだな……。

安心した俺に桜は満面の笑みを浮かべて告げた。

 

「よろしい。では、下に戻りましょうか……いろいろと聞きたいこともありますし」

 

……うん、そうだよな。

脳波を読めるのなら、隠し事できないよなー。

解ってたよ。あははははは!

俺は首根っこを掴まれて、引きずられるようにしてリビングに連行された。

 

 

 

「で? さっきの電話の相手は誰ですか?」

 

「さっさと吐いた方が楽になるよ、にいにぃ?」

 

リビングの床に転がされた俺は、仁王立ちする桜と橘花の詰問を受けていた。

逃走防止の為か、手足には父さんが使う手錠がかけられている。

犯罪者の気持ちがわかったぜ。マイハニー。

 

「いろいろと言いたいことがあるんだが……これだけは言わせてくれー」

 

「うん? なになに、言い訳? 見苦しいよ、にいにぃ?」

 

「……ジョウジョウシャクヨウの余地はありませんが、弁解の機会くらいは与えましょう。なんですか?」

 

おおっ! 7歳児なのに随分と難しい言葉を知ってるな。優秀な妹を持ってお兄ちゃん嬉しいぞー。

だが惜しいな。正しくは情緒酌量(ジョウジョウシャクリョウ)だ。

 

「えっと……だなぁ。……さすがにクマちゃんとにゃんこはないな、と。

いやー……似合ってるけどさぁ」

 

俺の言葉にバッとスカートを抑える妹達。

うんうん、照れた顔も可愛いなー。

 

「……クマさん、可愛いくないですか?」

 

顔を真っ赤にして恥じらう桜。

それに引き換え……。

 

「にいにぃ……どこ、みてんの?」

 

橘花はプルプルと怒りに震えた。あちゃー、やりすぎたか。相手の注意を他所に向けさせる名案だと思ったんだが。

 

「いや、この位置からだと丸見えで……決して覗きたくて覗いたわけでは」

 

「私のぱんちゅ、見たくないの!」

 

「お兄ちゃんのバカーーー!!!」

 

ええ⁉︎ なんで俺、妹のパンツ見たくないって言っただけで怒られてんの⁉︎

内心ツッコミを入れていると、パシャッと顔面に水をかけられ、そして電撃が直撃し、ビリビリ、と電流が迸る。

 

A、水と電気が合わさったらどうなるか?

 

Q、感電死します。(普通なら)

 

……今この時だけ、感謝する。

普通の人間じゃなくなってること、に。

 

____ギィィィンッ!

 

発生した水蒸気が晴れると、ピンピンと立つ俺を見て驚愕した表情を浮かべる桜と橘花の姿があった。そんなありえないものを見るような表情は止めて! お兄ちゃん、悲しいぞ。というか。

……今の技、受けたの俺じゃなきゃ死んでんぞ?

 

「え? 今……何したんですか?」

 

「にいにぃ……それ、何?」

 

橘花の視線は俺の体に向いていた。拘束されているはずの手足。しかし、今やその手足は膨らんでいた。拘束具(手錠)は膨らみに耐え切れずに破損してしまっている。高圧電流を受けたことによって俺の筋肉は『刺激』され、『膨張』したのだ。

『雷神モード』、タイプ『執金剛神(ヴァジュラパーニ)』。

その姿はまさに金剛力士像そのもの。ま、ただ筋肉が膨張した姿なんだけど。

『刺激され膨張した筋肉はいかなる攻撃をも受け付けない強靭な鎧となる』とは爺ちゃんの弁。

筋繊維の『硬化』化。

『筋形質多重症』なんて厄介な体質を抱えた俺の一族が生み出した秘伝の技。

もっとも、爺ちゃん達は高圧電流を受けなくても自在に『硬化』できるのだが。

やっぱりあの人達は凄いなぁ、なんて思う。

俺はまだ電流による刺激がなければできないからな。

それにこれは意識を集中させなければできない。

不意打ちや反射的には発動できないのだ。

 

 

 

 

俺は妹達の目を盗み、こっそり自室に戻って精神を落ち着かせる。その際に床に落ちている妹達の一撃によって真っ二つに破壊された携帯を見た。

 

「なんだこれ.....」

 

拾い上げた携帯電話の残骸。ただの携帯にしか見えないが、バッテリーパックの裏の横辺りに何か装置みたいなものが。取り外してかざしてみる。まさか……

 

「盗聴器か? これ……」

 

用意周到である。まさか、ここまでやるとは。ヤンデレは恐ろしい。本当に7歳なのか、俺の妹達は? 今度から気をつけなければ。ヤバいぞ。これ。あと、壊された扉も何とかしないと。

 

「お兄ちゃん……?」

 

「……っ⁉︎」

 

背後から突然名を呼ばれた俺は後ろを振り向いた。そこにはリビングにいたはずの妹達の姿があった。俺は桜達の顔を見て思わず顔を引き攣らしてしまう。二人は漆黒の笑顔を浮かべていたからだ。なんでだよ⁉︎

 

「にいにぃ、やっぱりさっきの電話の娘の方がいいんだー」

 

「突然、来て何を言ってるんだ? 意味がわからん。というか、何故わかった?」

 

「ハッキングです。お兄ちゃんを監視する為の!」

 

「.....」

 

それ言っちゃいますか。ハッキングって。お前、能力()の使い道を思いっきり誤ってますねセニョリータ。確かに俺の脳波を読み取って思考を読めるくらいの力があればそういう事も楽勝だろうけど。

 

「どうしたのですか? お兄ちゃん? さっきの電話の女の方が私よりも大切なの? って聞いてるんだよ? お兄ちゃん……………………………?」

 

「……」

 

汗が止まらん。暑くもないのに。こんなに冷や汗かいたこと今まであったか? ……結構、あったような気がするな。そんなことを思っていると、俺が手に持っていた真っ二つになった携帯に電撃が直撃した。飛来した電撃によりバラバラにぶっ壊れた。能力を使い過ぎた代償か、桜の口から血液が滴り落ちて俺の布団にシミを作っていった。俺は口を半開きにする。

 

「お兄ちゃん……答えてください。私達以外の女性(ヒト)が大切なんですか? 私達が大切なんですか?

どっちなんです、お兄ちゃん?」

 

「勿論! 家族(お前ら)が大切だ!!!!!」

 

「うんうん! ……そうですよね。ですが、お兄ちゃん。私達、ちょっともう許せそうにありません」

 

「……?」

 

っ⁉︎

桜が呟いた直後、俺は壁際まで橘花によって追いやられた。すると、橘花は水刃刀(ウォーターソード)を発生させた。それからギラリと鋭く光る水でできた刀身を嘗める。 ひぃ!!!?

 

「にいにぃがこういう行動ができない様にお目目……手足を分別しようかな! そしてそれでお人形を作って私の部屋に飾るの! にいにぃはいつまでも私達を見ていればいいんだからね………………………」

 

話を逸らすしかねえぇえええええええええええ!!!!!!

 

「だが!ちょっと待て!!!!! それは人道的に! 人として間違っているぞ!!!! 新しい人形なら今度買ってやるから、な?」

 

「えー、にいにぃの人形がいい……」

 

「それじゃ、今度母さん達と買いに行こう! そうしよう」

 

「それは今の話と関係無いですよね? お兄ちゃん………………?」

 

話を逸らそうとしても駄目でした!

 

「にいにぃのお目目をまずは戴くね」

 

ドンッ!!!!!

 

「どわあ!!!!!」

 

壁に勢い良く水刃刀(ウォーターソード)が突き刺さった。あと数センチ横だったら真面目に目玉をくりぬかれていたな。あ、危ねえ!

咄嗟に身体を傾けて回避した俺は立ち上がると、その場から逃げるように駆け出した。

 

「あ〜。逃げないでよ! にいにぃ」

 

「あっ、待って、お兄ちゃん」

 

これで逃げないバカがいたら俺は賞賛するね!!!!! もう駄目だ! 対応策がまるで思いつかん。

俺は自室を飛び出して走る。逃げるぞ! 全力で廊下を駆け出す。しかし、ただ走るだけではいずれ体力切れ(ガス欠)になるのは目に見えていたので、父さん達の寝室や書斎、整備室、地下訓練場、武器庫などに身を潜めて妹達から逃れようと必死に抵抗してみた。

……無駄だったけど。桜は電流の流れを操作して、俺が筋肉を動かした際に発生した微弱な電気信号をキャッチして居場所の特定をしたり、橘花なんて俺の体から流れる汗から画鋲サイズの棘を生み出してチクチク襲ってくるし。妹達との追いかけっこ兼かくれんぼはいろんな意味で刺激が強すぎる。

家の中でそんな妹達とのかくれんぼに興じていると。

 

ピンポーン……

 

インターフォンが鳴った。

 

「おお、神よ!!!」

 

ナイスタイミングだ!

テラス神よ! ちゃんと見ててくれてるんだな。

 

「ほらお客さんだ! 出たら後でお前らの好きにされるから! ほら早く!」

 

「仕方ないですね……いいところだったのに」

 

「……むー。まぁ、お客さんは放っておけないしね。それじゃあ、にいにぃのお目目と手と足はあとでちょうだいね?」

 

「解かった。解ったから! だから水刃刀(ソレ)はしまってくれー。いいな⁉︎」

 

「やったー! これでにいにぃ似のお人形が作れるー!!!」

 

「……ふう。では、行きましょうか?」

 

渋々仕方なく、玄関に向かった妹達の後を追う。

いや、一人残ろうとしたら妹達から殺気が籠められた視線を向けられたからな。

そして、玄関まで来たのだが……俺は頭を抱えていた。俺のこの姿はこの世界が終わる事を知って悲観している人間の様だ。玄関を開けたのは良い。そこまでは良かった。だが、開けた先にいた人物に俺と妹達は同時に固まざるを得なかったのだ。

 

「がはははっ! 筋肉を鍛えて無事帰ってきたかー孫よ!!!!!」

 

「うげぇ、じ、爺ちゃん……」

 

そこにいたのは俺達の祖父。星空玉星(ぎょくせい)だった。

俺がうわぁ、といった顔をした直後、俺の脳天に凄まじいほどに重い一撃が放たれた。

い、痛てぇ。なんちゅう馬鹿力だ……。

 

「爺ちゃんに向かって、うげぇとは何事じゃ!」

 

爺ちゃんが再び拳を握り、そして振り落とす。

俺は妹達との追いかけっこの際に武器庫から拝借し、いざという時の為に背中に背負っていた大型防弾盾(バリスティックシールド)を爺ちゃんと俺の間に立てかける。これなら爺ちゃんの拳でもビクともしないはずだ!

なんたって、この盾は警視庁特殊部隊(SAT)御用達の防弾レベルNJJIII+(サンプラ)、ライフル弾すら跳ね返す世界最強の盾だ。人間の拳程度では粉砕できやしない!

念の為、自身の身体は『硬化』しておく。防ぐにしろ衝撃は凄いだろうから。ま、貫通の心配はさすがにいらないだろうけどな!

……なーんて思っていた時もありました。はは、忘れてたよ。俺の前にいるのは人の姿をしたナニかだということを。

NJJIII+? 世界最強の盾? 何それ、食えんの?

爺ちゃんが降り下ろした拳一つでバキッという音と共に粉砕したそれを見た俺は、衝撃で吹き飛ばされながら、現実逃避を始めていた。

 

「……ありえない。ありえないだろう。夢だ。これは悪い夢だ。こんなことありえん!」

 

現実だと認めたくない。そんなことを思っていた俺に爺ちゃんはがはははっ! と豪快に笑い、ニカッと笑みを浮かべて告げた。

 

「我が筋肉に不可能なことなんかないわ。

愛ある拳は防ぐ(すべ)なし! これもまた、世界の常識じゃ!」



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Ammo13。筋肉は性別を選ばない!

更新遅れました。
執筆時間が取れなくて……言い訳です、ハイ。
明日から5日ほど、ちょっと電波悪そうな島に行ってきます。
神津島というところなんですが、船に乗るので船酔いが心配です。
次話は8月になります。

今話から『原作崩壊』、『キャラ強化』が始まります。
ま、どのキャラが強化されるかはお楽しみに!


「そんな常識ねえよ!」

 

突っ込んだ。愛ある拳って、どこの中将だ!

 

「何を言っておる⁉︎ 愛の力は偉大なんじゃぞ〜〜⁉︎」

 

爺ちゃんが愛について語り出すと、なぜか、妹達も一緒になって頷く。

 

「あ、わかります!」

 

「うん、うん。愛さえあれば何でもできるもんねー」

 

「そうじゃろ、そうじゃろ。昴よ、愛って何か解るか?」

 

「えっと……」

 

愛? 抽象的過ぎてわからん。

愛って言ってもいろいろあるだろう。

家族愛、恋人に向ける愛、友人に対する愛、親愛……。

愛ってなんだ?

 

「えっと……愛って何?」

 

「それはのぅ。躊躇わないことじゃ!」

 

「……」

 

聞いた俺がバカだった。

どこの宇宙刑事だよ! コンバットスーツで戦うヒーローか!

 

「躊躇いは人を弱くするからのぅ。躊躇わずに全力で拳を振るう。全力で筋肉を震わせる。そうすることで最強の攻撃ができる! どうじゃ、愛ある拳は最強じゃろ?」

 

駄目だ、この人。早くなんとかしないと。

 

「躊躇うことで動きが鈍るのはまあ、解るにしても……別にそれは愛の力じゃ、ないんじゃ……」

 

「何を言うか! 愛と筋肉は最強なんじゃー爺ちゃんの言うことを聞きなさい! なのじゃー」

 

暑い。暑くて鬱陶しい。誰かこの人止めてくれー。

 

「あの、お爺ちゃん。中で詳しく聞かせてもらえませんか?」

 

そう思っていたら、出来る妹である桜が爺ちゃんに中に入るように勧めてくれた。

さすがは桜。うちの妹は出来るんです。たまにヤンデレるのが傷だけど!

愛が重いのが欠点だけど。

 

「……お兄ちゃん。後でお説教です」

 

何故だ?

 

 

 

 

 

 

リビングに入って、ソファに腰掛る爺ちゃん。

桜が出した熱いお茶を「ズズッ」と啜るようにして飲む。

猫舌の俺には真似できない芸当だ。真似する気ないけど。

 

「それで爺ちゃん、何しに来たんだよ? 来る用事あったけ?」

 

妹達と愛について語り合っていた爺ちゃんを一瞥して尋ねると、爺ちゃんは何故かショックを受けたような顔をした。

 

「孫が、孫が冷たい……用事がなきゃ、来ちゃいけんのか。

ううっ、しばらく見んうちに冷たくなって儂ゃ、儂ゃ……悲しいぞ〜。

よよよよよ」

 

そして鳴き真似を始める。よよよよよってアンタ。

呆れる俺とは違い、爺ちゃん想いの桜達は慰めに入る。

 

「ちょ、お兄ちゃん。そんなこと言ったら可哀想だよ。お爺ちゃん、毎日のようにお兄ちゃんはまだかー、って電話してきてたんですから! お兄ちゃんの携帯にかけても繋がないからって」

 

「そうだよ。にいにぃと遊べなくて寂しいって毎日のように電話してきたんだから!」

 

そっか。毎日かけてきたのかー。

そりゃあ。

 

「着信拒否しといて正解だったな」

 

「孫が冷たい!」

 

いや、だって。電話に出たら絶対、筋肉がうんたらなんとか、帰ってきたら模擬戦じゃぞーとか言うんだろ? 旅先でまでんなこと、聞きたくないわ。

 

「もっと儂に構わんかぃ!」

 

「嫌だよ。筋肉談義はもう飽き飽きだ! というか、何で俺にかけてくるの?」

 

爺ちゃんは道場やってんだから、門下生達いるだろう。

 

「あいつらは駄目じゃ! まだまだ儂の相手をするのには足らんからな!」

 

足らない? 何が?

 

「筋肉が、じゃ!」

 

聞いた俺がバカでした。

門下生さん達。爺ちゃんみたいにならないでくれ。

 

「……何で俺が今日帰ってくるってわかったの?」

 

父さんが喋ったか?

 

「無論、愛の力じゃ!」

 

もうヤダこの家族……愛が重い。

 

「というのは半分冗談で、光一から聞いた」

 

「俺にプライバシーないのかよ! そんなんだから構いたくないんだー」

 

「うっさい。儂ゃ、それでも構われたいんじゃ!」

 

うっわー。面倒くせぇ……。

テーブルにのの字を書いて拗ねる祖父。

溜息を吐いてから、そんな祖父に話しかけた。

 

「それで……何の用?」

 

「おおっ、そうじゃった。昴、お前……」

 

爺ちゃんが告げたその一言は。

新たな波乱の幕開けだった。

 

「自衛官にならんか?」

 

は?

 

「……はあああぁぁぁ?」

 

「学自の話しが来ておっての。光一の代わりに書類書いておいた」

 

『学生自衛官』。

略して学自。普段、学生の身でありながら有事の際には国民を守る自衛隊予備軍。

それは近々創設が噂されている新たな自衛官の姿。

近年、成長著しい某国や某独裁国家との争いを懸念して新設が検討され始めた青少年による自衛部隊。慢性的な自衛官の人手不足を解消するのが狙いだが武装探偵、武装検事に続く暴挙だ! 絶対反対だと、そういやニュースで話題になっていたな。その時は眉唾ものだとばかり思っていたが、まさか実在するなんて。

 

「実はのう。儂の古い友人が防衛省とこの大臣やっておってのう。昔の戦の同窓会(集まり)に参加した時にその新設される学生部隊の教官を打診されてのぅ」

 

「そっか、頑張ってね! 忙しいのならお帰りください。出口あちらです」

 

玄関の方を指差した俺に爺ちゃんの拳骨が炸裂する。

 

「話は最後まで聞かんかいーーー!!!!!」

 

バキ、と床板が砕けて大きな穴が空く。

 

「いっ、痛て______!!!!!」

 

爺ちゃん、渾身の一撃は骨身に沁みる。

まあ、もう慣れたからちょっと流血したくらいどうってことないけど。

 

「全く。儂の孫じゃなかったら、殺るつもりで殴っとるとこじゃぞ。

儂がその話を受けたのはお前の為でもあるんじゃぞ?」

 

俺の為?

 

「お前、勝ちたい奴が出来たんじゃろ?」

 

爺ちゃんのその言葉に、あの探偵の姿が思い浮かぶ。

 

「なんで知ってんだ? 父さんから聞いたの?」

 

「何度も言わせるではない。愛の力じゃ!」

 

だから愛ってなんだ……?

 

「それは無論、躊躇わないこと「わかった。もうわかったから!」……そうか?」

 

なんかドッと疲れた。帰国してから数時間しか経ってないのに、なんでこんなに疲れなきゃならんのだ?

 

「ってな、わけでの。明日から一週間選抜を兼ねた筋肉合宿をやるから参加するのじゃぞ!」

 

「……拒否権は?」

 

ないとわかっていても一応聞いてみる。

爺ちゃんは拳を握って告げた。

 

「筋肉フルコース受けたいんじゃな?」

 

「喜んで参加させていただきます!」

 

プライド? んなもん、犬にでも食わしとけ。

筋肉フルコースより、自衛隊の合宿の方が1000倍マシだろう。多分。

 

 

 

 

 

 

そして、翌日。

俺は朝霞駐屯地を訪れた。

陸上自衛隊、体育学校の体育館で合宿をする為に。

バックレようとしたが、桜と橘花に起こされた。いわゆる妹目覚ましというやつだ。

ただし、フライパンとお玉でカンカン……なんて可愛いもんじゃない。

桜からビリビリ、橘花には水を口に入れられて窒息攻めされた。あんな起こされ方をされるなんてなんというか……不幸だぁーーー!!!!!

心の中で嘆きながら一列に配置された椅子に座って順番を待つ。

指定された時間よりだいぶ早く来たせいか、まだ人も疎らだ。

ちゃっちゃと始まってくれないかなー。もう速攻で帰りたいんだけど。

そんなことを考えていたその時だった。

 

「隣の席、空いてるかしら?」

 

突然、横から声をかけられた。

声の主を見ると、ひょろひょろの男が立っていた。

年齢は18、19くらいか? 背は高いが痩せていて、なんか男らしくない。

身体付きもそうだが、口調が女っぽいせいか?

 

「ああ、いいぞ。俺、昴。星空昴だ。よろしく、な!」

 

「アタシは巻よ。(まき)六雄(むつお)

 

巻と名乗ったオネエ口調の男は目をキラキラさせて尋ねてきた。

 

「暇つぶしに参加したけど、アンタみたいな子供まで呼ばれるなんて……やっぱりこの合宿には何か(・・)あるのかしらね〜」

 

「学校の勉強より楽しめそうね」と巻は笑いながら言う。

図体はデカイが線は細い。ガリガリなせいか、アンバランス感が半端ない。

 

「む〜何よ。人の身体ジロジロ見ちゃって。アンタもアタシのこと、貧弱呼ばわりするの?

私だって好きでこんな身体で生まれてきたわけじゃないのよ! 私ももっとマッチョになりたいわ。オカマの何が悪いのよー! オカマってだけで、アタシの頭がいいってだけで妬んで虐める奴ら見てなさい! この合宿で筋肉ムキムキになって見返してやるわ!

なんたって、合宿の教官はあの伝説の『一騎当千』が務めるそうじゃな〜い。楽しみね〜合宿が終わった頃にはアタシも筋肉ムキムキのオカママッチョに。楽しみね〜どんな人かしら?」

 

巻の身体を見てたらウィンクされた。やばい、吐きそうになる。

筋肉ムキムキのマッチョの相手なら我慢すればできるが、オカマは対象外だ。

 

「いや、ただの脳筋だよ」

 

「あら、知ってるの? んん、待ってちょうだい。星空……確かデータベースに登録されていた『一騎当千』の本名は星空玉星。偶然……ってことはないわよね〜。星空なんて名字、そうそうあるもんじゃないし」

 

「ああ、祖父だよ」

 

不本意ながら、な。

 

「ぬ〜〜あ〜〜ん〜〜ですって〜〜⁉︎ アナタがあの 『一騎当千』のお孫さん?

あの伝説の……昴クン、アタシと(マブ)(ダチ)になりましょう!」

 

ガシッと堅い握手を交わしてきた巻。

その細い身体のどこにそんな力があるのかというくらい力強かった。

 

「痛たたたたただだだだ」

 

コイツ、見かけに反して力強いな。筋肉探知(マッスルレーダー)により巻の身体を探る。これは……筋繊維が密集してる感じの筋肉の動きを感じる。巻本人は自覚ないようだが、筋形質が常人より多い体質を持ってるようだ。

 

「あらいけない。ダメねえ〜〜興奮しちゃうと力出ちゃうのよね。アタシ」

 

合宿参加しなくても鍛えれば筋肉ムキムキになるんじゃないか?

巻の力に驚愕してると、気づけば体育館内は人でいっぱいになっていた。

 

「〜〜といったわけで、皆さんには栄えある自衛隊の一員として……」

 

上官の長い長い挨拶を聞き流す。考えるのは爺ちゃんのこと。

俺が爺ちゃんに対して思うのはただ一つ。

頼むから常識的な指導してくれ!

自衛隊の『普通』の鍛錬でいいから、無茶振りしないでくれ。

などと思っていたが、壇上に爺ちゃんが上がると。

それまで、心非ずだった参加者達も皆、爺ちゃんに注目していた。周りを見渡せば自衛隊のお偉いさん達や士官も皆、爺ちゃんに敬礼している。

なんなの? ここ筋肉教の総本山なの?

 

「皆のもの、よく集まってくれた。儂、再び軍に戻ってこれて、嬉しいわぃ。

儂が若い頃、日本はアメリカと戦った。激しい戦いじゃった。多くの戦友が死んだ。儂も何度も何度も死線をくぐり抜けてきた。その時の体験を今ここにいる多くの若者に伝えられることに、儂ぁ、儂ぁ、感謝してしまうわい。こんな年寄りの教えを受けたくないかもしれないが、多くのことを学んでくれたら嬉しく思う。

長くなったが、最後に一言。

 

筋肉はーーー?」

 

爺ちゃんの問いかけに参加者以外の人(主に自衛官)が答える。

 

「「「正義!」」」

 

「筋肉はーー?」

 

「「「最強!」」」

 

「筋肉はーーー?」

 

「「「裏切らない!」」」

 

「うぬ。どうやらちゃんと筋育されとるようじゃの。感心、感心」

 

ウンウン頷く爺ちゃん。敬礼をやめない自衛官達。呆然とする参加者達。

なんなのこれ? あと、筋育って何?

 

「筋肉がなければ人は動けないからのぅ。武人にとって筋肉はなくてはならないものよ。筋肉がなければ力を出せないからのぅ。儂が思うに三大欲望とは食欲、睡眠欲、そして筋欲じゃ。筋肉を欲するのは人間としての本能なのじゃ! その本能に逆らって筋肉を軽視するものは、筋肉に泣く。これもまたこの世の真理じゃ!」

 

「ま、儂の戦友は性欲がなければ戦えんけどのぅ」と爺ちゃんは呟く。

爺ちゃんの言葉に会場から歓声が上がる。

 

「「「筋肉、筋肉、筋肉!」」」

 

筋肉コールは鳴り止まない。

 

「駄目だ、コイツら……早くなんとかしないと」

 

日本の将来が大変心配です。国を守る自衛官がこれって……大丈夫か、日本?

 

「あ、ああ……」

 

俺の横で聞いていた巻が体を震わせる。

額から大量の汗を流している。大丈夫か?

心配になった俺は巻に声をかけた。

 

「お、おい、巻……さん?」

 

途中でさん、を付けたのは巻の様子がおかしかったからだ。ブツブツ呟いているし、目がイッチャテル。正直、怖い。

 

「やっぱりそうだわ。彼こそ、筋肉使いの中の筋肉使い。筋肉のスペシャリスト! 筋肉の達人(マイスター)! いいえ、神だわ! 筋肉神(ゴッドマッスル)ね。ああ、筋肉神よ。アナタについていけばなれるのよね? アナタ様の教えを受けたら私も立派なオカママッチョに……! 筋肉、筋肉、筋肉イェーイ!!!!!」

 

あっ、もう手遅れだ。ここにも一人筋肉病になった奴がいる。

くっ、おのれ筋肉めえ! なんて酷いことを。惜しいオカマを亡くした。

巻、お前のことは一生忘れない。

などとバカなことを考えている間に、式は終わったのだった。

そして、『地獄』の合宿は始まった。

翌日。

 

「いい景色だなぁ!」

 

俺が今いるのは奥多摩にある雲取山の山中。

背中にリュックサックを下げ、両手足にそれぞれ10キロの重量の重石を合わせて40キロ付けながらスイスイと山道を登っていく。天気は晴天。雲は……遠くに薄っすら見える。今はなんともないが、天気には注意しないとなぁ。山の天気は変わりやすいから。

 

「ちょ、ちょっと、なんで……はぁはぁ、アンタそんな元気なのよ?」

 

息一つ乱していない俺に、巻は戸惑いの声を上げる。

 

「え? なんでって、これくらい準備運動と同じだろ?」

 

俺の言葉に一緒の班になった奴らが絶句する。

「40キロの重りを付けての登山を準備運動?」「さすが一騎当千の孫だな。人間辞めてる」「……変態だ」などと好き放題言ってくださる。

ちょっと待て! 変態ってところは否定したい。

 

「アンタ、今までどんな訓練受けて来たのよ?」

 

どんな訓練ってそりゃあ……。

 

「千尋の谷から突き落とされたり、体に風船括り付けられて空に飛ばされたり、肉喰わせてやる! って真夜中のサファリパークに放り込まれたり……」

 

「あ、あー、悪かったわ。アタシが悪かった。もういいわ」

 

何故か、巻に可哀想な子を見るような目を向けられて、頭を撫でられた。

解せぬ。

俺達第五班は順調に進んでいく。

途中、班員が水を飲もうとリュックサックから出したが止めた。

標高2000メートル以上の高さを誇るこの山を、重石を付けながら登っていかなきゃならないんだ。

時間はまる2日。一人ずつ渡されたリュックの中には地図と500mlのペットボトル2本分の水。サバイバルナイフ。マッチのみ。非常食、防寒着などは一切なし。自給自足しろとのお達しだ。持ち物一つも無駄に出来ない。班員全員で無事に頂上にたどり着くまでが選抜試練だからな。何が起こるかわからないから。

爺ちゃん曰く、『無事にたどり着く』までが試験。たどり着いてからがこの合宿の始まりらしい。

あの爺ちゃんのことだ。『ただの』試験なわけがない!

山道を登っていくと、開けた場所に出た。地図によると今だいたい五合目まで辿り着けたようだ。

少し休憩しようと班員に声をかけようとしてそれ(・・)に気づく。

登山道の脇に『熊出没注意』の看板が立てられていた。

え? ここって、熊出んの?

 

「なあ、ここって熊出んの?」

 

「当たり前じゃない。ここら辺は熊の産地として有名よ?」

 

え? そんなところで合宿すんの?

いや、そんなところだから合宿すんのか。陸自の仕事は過酷だから、熊の一体や二体は倒せないと国防なんて出来ないよな。まあ、だとしてもそうそう熊に遭遇することなんてあるわけないけどな。そんなことを考えていたその時だった。

ガサガサ、っと近くの草木が揺れ、ソイツが飛び出してきた。

くま クマ 熊 ベアー……巨大なニホンツキノワグマが現れた!

 

「うおぃ! なんで現れるんだよ!」

 

狙ったかのようなタイミングで熊が現れるとか、なんのテンプレだ?

クオオォォォンと鳴く熊の遠吠えが響く中、俺は迎撃しようと銃を抜こうとしたが……あれ、無い?

あっ、そっか。支給品以外の持ち物は没収されたんだった。

武器になりそうなのはサバイバルナイフだけ。

……これ、死人出るんじゃないか? 一般的に人間が素手で勝てるのは犬くらいだと言われている。ナイフがあろうと、ナイフ一本で熊に勝てる奴なんてそうそういない。

遠吠えを終えたツキノワグマは俺に向かって真っ直ぐに突っ込んできた。

俺は左手にナイフを握ると真横に飛び退いた。ナイフを握った瞬間、左手のルーンが光輝き、身体が軽くなる。そして、ツキノワグマの背後を取るとその背を強く擦るようにナイフの腹を使って思いっきり振り下ろす。神経圧迫射撃……いや、神経圧迫斬撃のナイフ版。

切るのではなく、刀身を叩きつけるようにして、神経を圧迫させ昏倒させる技だ。

ナイフで切り裂く方が手っ取り早いが、無闇矢鱈と殺すのは好きじゃないから、殺さずに無力化する方法をとった。

ズシンと倒れた熊を見た巻や他のメンバー達は皆、ぽかーんと大口を開けたマヌケ面をしている。

いけね。やり過ぎたか。

 

「うおおおお! 凄え、熊を一撃で倒したぞー」 「熊殺しだ!」 「やっぱり変態だ、変態がいる」。

メンバー達は好き勝手に騒ぎ始める。熊殺しはいいが、やっぱり、ってなんだ。あと俺は変態じゃねえ⁉︎

文句を言おうとした俺の肩を巻が叩く。

 

「アナタ、やるじゃな〜い。さすがは伝説の海兵『一騎当千』の孫ね。アナタのおかげで助かったわ。

食料の心配もなくなったし……」

 

巻が倒れた熊を指差す。刺された指先に目を向けると、そこにはナイフ片手に群がるチームメイトの姿があった。

 

「「「肉肉肉肉肉……今夜は熊鍋じゃ________!!!!!」」」

 

うわぁ、まるで肉に群がるハイエナのようだ。

というか、皆さん、解体作業とか出来んの?

疑問に思ったことを巻に聞くと。

 

「屠殺経験がある人が解体してくれるみたいよ。熊を倒すのは無理でも肉の解体はお手の物って言ってたわ〜」

 

チームメイトの経歴を詳しく聞いてみると、元屠殺場職員、肉屋、傭兵、武偵、医療従事者、体育教師、元レスラー、元力士、元アメフト選手、オカマ……なかなか濃い面子だった。

俺達はこの場所で夜を明かすことにした。

薪木を集め、火を起こし、野営の準備を進める。

屠殺経験者と肉屋の下、熊は旨そうな肉となる。

つうか、ナイフで熊解体できるなら、簡単に倒せそうだが……そんな人間離れなこと出来ないと言われた。

あれ? おかしいな……お前は人間じゃない、って言われた感がするぞ。

若干涙目になっていると、熊鍋が完成した。

 

「じゃあ、ワタシ達の出会いを導いてくださった筋肉神に感謝して……いただきます」

 

巻の掛け声により、宴が始まった。

それはまさに漢の為の漢の宴。

豪華な料理なんか出ない。新鮮な熊肉を使った熊鍋。熊の串焼き。モツ煮。山中で捕まえた蛇やイモリの串焼き。ゲテモノ料理カオス食材何でもあり。

一応、食べれる食材しか使ってないが……食べるのに勇気がいる食材も中にはあった。

つうか、蛇やイモリ取ってきた奴誰だ?

知らない間に俺の皿の中にそれらの丸焼きが串刺しになって入ってたのを見た時は吐き掛けたぞ!

……さすがにそれは食えなかった。巻はバリバリ食ってたけど。

 

 

 

宴が終わり、深夜になった。

テントの中で、寝れない夜を過ごしていた。……巻のせいで。

抱きついてくるわ。隙あらば頬をスリスリなすりつけようとしてきたし、挙句の果てにブチューとしてきたから爺ちゃん直伝の愛ある拳で眠らせてやった。身の危険を感じたから、筋肉全開で黙らせた。

横になっても寝付けなかったのでテントの外に出る。

夜空を見上げると空には星が瞬く。

いつ見ても星空って綺麗だよなぁ。

掌を開いて夜空を掴もうと腕を伸ばす。

届きそうで、届かない。

すぐそこにあるのに、遠い。

夜空を照らす星との距離はどのくらいあるのだろう?

 

「アナタ何してんのよ?」

 

声をかけられて振り返ると、そこにはテントで寝ていたはずの巻がいた。

 

「……悪い、起こしちまったか?」

 

「アナタが気にすることじゃないわ。ちょっと星を見たくなっただけよ」

 

巻も夜空を見上げる。

黙って一緒に夜空を見上げる俺達。

天体観測自体は嫌いじゃないんだが……どうせなら可愛い女の子と見たかったぜ。

オカマとじゃなくて。

 

「ぬぁによ〜〜オカマじゃ不服な理由ぇ⁉︎」

 

「あ、悪い。悪い。……って声に出してたか?」

 

「愛の力よ!」

 

「どんな愛だよ⁉︎」

 

ゾクリ、寒気がする。尻がキュッと締まる。

俺、ノンケですことよ⁉︎

 

「オカマ愛に来まってるじゃない! オカマ、舐めんじゃないわよ!」

 

舐めたくありません。

そんなことを考えていたその時だった。

 

クオオオォォォン!

 

遠吠えが鳴る。

近い。近いぞ。

俺は筋肉探知(マッスルレーダー)を使い、周りの索敵を行う。

いる。いやがる。

俺達の野営を囲むように、大勢の熊達がいやがる。

マズイぞ。

30体はいやがる。

 

「巻、皆んなを起こして撤退しろ! 殿は俺が務める」

 

「そ、そんなこと出来るわけないでしょ! アタシも戦うわ」

 

「足手まといだ!」

 

俺の言葉に巻は押し黙る。

すまない、巻。お前らをここで失いたくないんだよ。

 

「早く行け!」

 

俺の言葉を受けて巻は駆け出した。

 

 

 

 

サイド 巻。

 

なんなのよ。なんなのよ。バカー!

勝手ね。本当に勝手なんだからー!

足手まといなんて、そんなこと解ってるわよ!

力がないのは解ってるわよ!

でも。

力が無いからって何も出来ないなんて言わせないわよ!

 

「巻さん、何ごと」

 

テントに駆け込んだアタシに寝ていたチームメイト達が戸惑いの声をあげる。

アタシはそんな彼らに簡潔に説明をした。

野営が熊達に囲まれたこと。

昴クンが、たった一人で殿を務めようとしたこと。

熊達に囲まれたと聞いた彼らは一斉に逃げようとしたがアタシはそんな馬鹿共を蹴り飛ばす。

 

「痛っ……何するんだ⁉︎」

 

「何すんだ、じゃないわよ。……いいか、馬鹿共。たった一人でアタシ達を逃がそうと立ち向かってくれた『仲間(ダチ)』を置いて逃げて。それで、おめえら、明日食う飯が美味えのかよ!!!!!」

 

『オカマ』であるアタシは男でもない。女でもない。

だけど、人であることに変わりない。

人ならば、困った人がいたら助けるのは当然よね?




キャラ解説

巻 六雄 やがて魔剱のアリスベル4巻から登場のオカマ一佐。
陸上自衛隊所属の軍人で未来において、クーデターを企むが……今作品では熱狂的な筋肉教徒に。
身体が弱く、病弱気味だったという過去を持つ。


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Ammo14。友情は過ごした時間とは関係ナッスィィィング?

思ったより遅くなった。こんなはずでは……。


ちぃ、まいったな……。

 

内心溜息を吐きながら目の前にいる熊達を見据える。

その数三十五体。俺達の野営場を囲むように取り囲んでいる。

巻に啖呵を切ったが、正直倒すのは骨が折れそうなくらい大変だ。

なんせ、今の俺にはマトモな武器がないからな。

熊相手に支給されたサバイバルナイフだけでは心許ない。

一体、二体ならまだしも三十体以上をナイフだけで倒すことは……できなくはないが、この先のことを考えるとナイフは残して置きたい。まだ半分しか登れてないからな。あの爺ちゃんのことだ、熊以上の罠や猛獣を用意しててもおかしくない。

その時、武器は必要になる。

だからナイフは使いたくない。

……素手で、片手でやるか。

ナイフを左手に握ったまま、俺は右拳を握り締め気合を入れる。

 

「おっし……かかって来いや!」

 

武器を持つ左手を使わなくても、俺の右手は爺ちゃん直伝の愛ある拳が使えるからな!

だから、大丈夫!

自分自身に喝を入れて、熊に突っ込む。

俺が駈け出すと熊達も駈け出した。

大きな掌にある肉球の先。その先から伸びた鋭く尖った爪を光らせ、獲物を引き裂こうと腕を振り下ろしてくる。

俺は左手に持ったままのナイフを強く握り締める。左手甲にあるルーンが光り輝く。

と、その瞬間。まるで背中に羽が生えたかのように身体が軽くなる。

風になる。

風と一体になったかのような感覚で駈け出し、襲ってくる熊達に愛ある拳を叩き込んでいく。

躊躇わずに、自身が抱える体質を活かして普通の子供より硬い拳を叩き込んでいく。筋肉全開で!

四体、五体目を倒し、六体目に駈け出していこうと思ったが、熊達の行動がその時から変わった。

学習したのか、俺一人を囲むように同時に攻めてきたのだ。

これはマズイ。そう思った時には遅く、俺は前後左右を囲まれて、強烈な熊パンチをその身に喰らってしまう。ガンダールヴの能力で一時的に身体能力が上がっているとはいえ、熊のパンチに耐えられるような防御能力はない。ガンダールヴの能力はあくまでも『どんな武器も使えるようになる』という知識と、身体の動きが素早くなる、それだけだからな。そして、俺はまだ自身の体質である先天性筋形質多重症を使えこなせていない。もちろん、雷神は使えない。

高圧電流などの『刺激』を受けなければ俺は自身の身体を強化できないのだから。

腹部に強い衝撃が走る。

 

「かっは……」

 

胃の中のものが逆流しそうになった。かなり鋭い一撃だった。

まるで爺ちゃんの愛ある拳並みの一撃だ。俺は勢いよく後方に吹き飛ばされたがそれで終わりではなかった。

吹き飛ばされた先には別の熊がいて、さらに鋭い熊パンチが炸裂する。

 

「がっ……!」

 

まるでランバージャックみたいだな。逃げ場がない檻の中に放り込まれた気分だ。

背後から鋭い一撃を受けた俺はよろめきながらも、踏ん張り倒れずに立ち向かう。

ナイフを使うべきか? ……いや、今の状況ではナイフがあろうとなかろうと大して変わらないな。

ナイフを振るうにも熊に近づかなければいけないのだが、この熊達、連携して襲いかかってくるせいで近づく隙がない。間合いに入ろうと無理して近づけば熊爪(ベアーズクロー)の餌食になりそうだ。

かといって、逃げようにも周りは熊だらけで逃げ場がない。

まさに絶対絶命な感じだ。

普通なら詰みな状況だ。

そう。『普通』なら。

 

「しゃらくせえ」

 

俺は握っていたナイフを空中に浮かべるように置き、ナイフから手を放す。

そして、握り締めていた右手を開き、合掌するように両掌を合わせた。

 

「星空流無手0式……睦月(むつき)

 

合わせる時、素早く両掌を叩く。

ただ、それだけの動作で周りに集まっていた熊達は気絶していく。

これは振動によって相手を気絶させる技。

腕橈(わんとう)骨筋と長掌(ちょうしょう)筋を鍛えれば誰でも出来るただの猫騙しじゃ!」……と爺ちゃんは言ってたけどな。それもどうかな。長掌筋自体、日本人の5パーセントは持ってないと言われ、日常生活を送る上で、そもそもあまり意味ない筋肉のはずだし。爺ちゃんは指パッチで同じことが出来る。まあ、指パッチでやるのと比べたら確かに出来るかもしれないが……いや、出来てたまるかー!

一人突っ込みを入れながら残った熊達に近いていく。

今ので十五体は倒した。

残りは二十体ほどだ。まだ多いが、それでもさっきよりかはマシな状況だ。

今ので怖じ気付いたのか、熊達は後ずさっているからな。

殲滅も時間の問題……と思ったのだが、そうはいかなかった。

木々の中から「グォォォオオオオオオオオ!!!」と唸り声が聞こえ、ずしんずしんとそいつは姿を現した。

中から現れたのはヒグマ。おおくま オオクマ 大熊 グリズリー……何で本州にヒグマがいんだよ⁉︎

全力で突っ込んだ。

いや、だって……あり得ないだろう。

ツキノワグマならまだ分かる。

もともと、この雲取山近辺に棲息してるみたいだし、本州の山間部ならいてもおかしくないからな。

だが、ヒグマは基本的に本州には棲息していない個体だ。

可能性があるのは動物園から脱走した個体か、人為的によるものだ。

後者の場合、誰が? となるがこんなことしようと思うのは一人しかいない。

 

「やりやがったな、爺ちゃん……」

 

あの爺ちゃんがおとなしくしてるはずなかった。

筋肉を鍛える為なら孫を真夜中のサファリパークに放り込むような人だ。

ほぼ丸腰な状態でヒグマと闘えとか、十分あり得る話だ。

くどいようだが、人間が素手で勝てるのは犬が限界だと言われている。

だが、爺ちゃんは昔、素手で象をひっくり返したとか言っていた。

つまり、人間辞めた人間なら不可能ではないということだ。

ということは。

 

「……俺、勝てないな。つうか、勝ってはいけないラインだと思う。ヒグマ倒したら確実に越えてはいけないライン越えたことになる」

 

つまり。

 

「逃げるが勝ち!」

 

俺は全速力で撤退しようとした。しかし、それを察したのかツキノワグマ達は俺の前に立ち塞がる。

今はお前らの相手してる場合じゃねえんだよ!

内心叫びながら気絶させようと両掌を鳴らそうした。

しかし、俺が両掌を合わせるより熊が俺に向かってくる方が早かった。

鋭い爪で引き裂かんとする熊達。筋肉探知(マッスルレーダー)を使い、熊が動くたびに発せられる筋肉の動く音を聞き回避する俺。

その攻防は続いた。

体感時間的には二、三時間だが現実的には数分だったのだろう。

ずしんと、俺の背後にヒグマが立ったのが解った。

ああ、もう逃げられないなこれ。

 

「仕方ねえ、やるしかないか……」

 

覚悟を決めた俺はまずはツキノワグマ達を戦闘不能にすることにした。

近いてきた個体は爺ちゃん直伝の愛ある拳で吹き飛ばし、離れた個体は『睦月』を使って気絶させる。今ので12体は倒せた。

ヒグマの攻撃は筋肉探知(マッスルレーダー)で回避した。

どんな巨大な力があろうと当たらなければ意味がない!

生物である以上、筋肉は動く。筋肉が動く時僅かな音が聞こえる。その音を聞き回避すれば攻撃は当たらん。当たらなければ如何ってことない。つまり……筋肉最強! 筋肉イェーイ!

……って、あっ、ヤバイ。俺も筋肉神に毒されてる⁉︎

正気に戻った俺は頭をブンブン振ってヒグマに向き合う。

 

「あんまり調子に乗んなよ! 青っ鼻のトナカイ船医さんも言ってたけどな、どんだけ図体がデカくても生物なら避けらない致命的な弱点があるんだからな」

 

ヒグマを確実に倒す為にも、先ずは周りのツキノワグマ達をどうにかしないと。

一斉に襲われたらどうしようもない。数に暴力の前には人間は無力なんだから。

そんな事を思っていた時だった。ゾクッとした。

お前みたいな人間がいてたまるかー⁉︎ ……なんて、いう突っ込みをされた気がする。

今、一瞬……光ったような?

気のせい、だよな? 誰もいないし。

周りにを見回しても熊達と、何故か足元に転がる焼かれたヤモリの死骸しかない……気のせい、だよな?

何度見回しても人っ子一人いない。黄色くない熊さん達はいるけど。

首を傾げつつ、熊達に向き合う。

ツキノワグマを見ると、何故だか怯えていた。

じり、じりっと後ずさる。

動物に怯えられるとか、なんだろうこの気持ち。

動物好きな俺にとって、敵対してる熊だろうが、怯えられるのは気持ちいいものではない。

ツキノワグマ、できれば持ち帰りたい。

モッフモッフにして、抱き枕にしたい。

毛皮、メチャ気持ちよさそう!

 

「モッフモッフ、毛皮、非常食……ほら、怖くない、怖くないよ〜?」

 

「って、何やってんのよー!」

 

ツキノワグマに突撃しようとしたら、誰かに頭を叩かれた。

いや、誰かってのは声で解る。

 

「俺のモフモフタイムを邪魔するなんて……酷い奴だな、巻は」

 

「アンタの行いの方が酷いわよー! モフモフタイムに毛皮と非常食は入らないわー」

 

巻に突っこまれた。

オカマに常識な事を言われるなんて……。

 

「何故、ここに?」

 

逃げたはずじゃあ。

 

「逃げれるはずないわ。馬鹿共は逃げようとしたけど、全員しょっ引いてきたわ。アンタを助ける為に!」

 

「なんで、どうして……」

 

俺を助ける理由なんてないはずだ。たまたま声をかけて仲良くなっただけの奴を。チームメイトだから? 俺が爺ちゃんの……『一騎当千』の孫だから? コネ目当てか? そう思った。

自分でも捻くれ者だと思う。だけど、この時の俺は巻を完全に信用してはいなかった。

名声や人脈の為に近いてくる馬鹿な奴らを小さな頃からたくさん見てきたから。

だから簡単に信用なんて出来なかったんだ。

 

「そんなの決まってるじゃない?」

 

巻は言葉を切ると、右手人差し指を天に向け宣言した。

 

仲間(ダチ)だからよ」

 

仲間。それは一種の絆。

武偵憲章にも確かにこうある。

『仲間を信じ、仲間を助けよ。』……誰かを助けるのは意外と簡単だ。だが、誰かを信じるのは難しい。

信じる、信用する、信頼する。

言うのは簡単だが、実際に実行できる奴はどれだけいるのだろうか? 行動を起こすのは難しいこと。

なのに、巻はさも当然のように言ってくる。

 

「アタシは男でも、女でもないオカマだけど……人の道は外れないわ。

アタシ達を危険な動物から遠ざけようと身を徹して守ろうとしてくれた’’仲間(ダチ),,を置いて逃げたらアタシはもう人でなくなる。

なにより、アタシ嫌いなのよね〜〜〜恩を忘れる奴って。だから、助けに来たわ。アタシとアンタが過ごした時間は短いかもしれない。けどね……。

友情を育むのに、『強さ』も『弱さ』も、『性別』も……過ごした『時間』さえも関係ナッスィィィング!!!」

 

まるでどこぞのオカマ拳法家みたいなことを言う巻。

 

「……好きにしろ」

 

ぶっきらぼうに言った俺に巻は苦笑いを浮かべる。ぶっきらぼうに言いつつ、内心かなり嬉しかった。巻とは出会ってまだ時間は経ってない。友情を結んだが、顔見知り程度の間柄だと思っていた。

だから、この合宿が終わればもう会うこともないと思ってた……のに。バッキャロー!

そんなこと言われたら嬉しくないはずないじゃないか!

巻は俺の前に出ると、木の棒を片手に持ち、構え、そして、ツキノワグマに向かって駆け出していった。

 

「オラオラ、オカマ舐めんじゃないわようー!」

 

木の棒で熊の頭を殴る巻。殴られた熊は「クゥゥゥン」と弱々しく鳴いて後ずさる。

 

「アタシは将来、世界最強の陸将になるオカマよ! こんなところで熊如きに負けてたまるもんですかー!!!」

 

木の棒振り回し、逃げる熊を追い回す巻。その光景に触発されたのか、他の奴らも。

 

「巻さん、凄え……」「巻さんみたいなオカマでも出来るんだ。なら俺も……」「よし、俺もやってやる! やってやるぞー!」「続け、巻さんに続けー!」叫びながら、木の棒片手に飛び出した。

彼らの剣幕に恐れをなしたのか、ツキノワグマは後退していく。

俺の前に残ったのはヒグマだけとなった。

ヒグマは逃げ回るツキノワグマに向け、咆哮を上げる。

咆哮を向けられたツキノワグマはビクッと震え、動きを止める。

そこにチャンス! とばかりに巻達が遅いかかる。

周りを囲みながら一頭ずつ、確実に仕留める巻達。

まるでハイエナのように、ツキノワグマに群がっていく。

 

「うわぁ、熊達に同情するなー」

 

オカマの底力見させていただきました。にしても巻のカリスマ性半端ねえな。

巻の隠れた才能に驚愕してると、空気を読まないヒグマが咆哮を上げる。

ああ、もう。うっせえーな。

 

「せっかくの巻の見せ場を台無しにしてんじゃねえよ!」

 

ナイフを握り、ヒグマの前に出る。

ナイフを握り締めた左手から力が溢れ出る感覚を感じながら、ナイフをヒグマに向けた。

 

「今の俺はもう、負ける気がしねえ!!!」

 

力が溢れてくる。身体が軽くなり、今なら何でも出来るような、出来ないことは何もないんじゃないかと思えるような、そんな高揚感に包まれる。

これは何だろうと考え……ああ、そっかと、この感覚に心当たりがあることを思い出す。

ガンダールヴの強さは『心の震え』で決まる。

怒り、悲しみ、憎しみ、喜び……感情によって心を震わせることで強さが変わるのだ。

巻の友情を育くのに時間は関係ないという発言を聞いて、俺の心は感謝と喜びでいっぱいになったんだ。

 

「グオオオォォォーーー!!!!!」

 

ヒグマはそんなこと知るかボケ〜と言いたげに駆け出してきた。

俺はナイフを握ったまま、一直線にヒグマに向かって駆け出した。

ヒグマと俺の体が交錯する。

ヒグマの長い爪が俺の身体を八つ裂きにせんとばかりに、遅いかかる。

 

「遅い」

 

俺はヒグマの動きを見るまでもなく、身体を動かし飛び跳ねて避ける。

高く跳躍したまま、ナイフを素早く振るう。

ザシュッとナイフが毛深い毛に覆われたヒグマの皮膚を切断する音が鳴り響く。

地面にストンと着地を決め、ヒグマに背を向けたまま、立ち止まる。

直後、ヒグマは「グウウウォォォォォォオオオン」と断末魔を上げ、ズシンと地面に倒れる。

残っていたツキノワグマを蹂躙していたチームメイトはその声を聞いて振り返る。

直後。「うわわわぁぁぁああああ!!!」と歓声が上がる。

「凄え、ヒグマ倒したぞ! 熊鍋できるな」「バカ、毛皮獲る方が先だろ!」「熊鍋……熊鍋……じゅるり」「熊の素材……売れば……ヒャハハ!」チームメイトの目に円マークが浮かぶ。

しばらく狩りをしなくても食料には困らなくなったが、倒した数多くないか?

 

「やったわね! さすが『一騎当千』のお孫さんってところね。まさかヒグマを倒せるなんて思わなかったわ」

 

返り血を浴びたのか血塗れのまま、巻が身体を引きづりながら側に近寄ってきた。

手にしていた木の棒は先端が折れ、歪みまるで鎌のような形になっていた。

その姿を見たチームメイトから巻は畏怖と尊敬の念を込められ、『血塗れ(ブラッディ)(カマ)』と密かに呼ばれることになった。

そんな巻とお互いの無事を喜びあったあと、ふと気になっていたヒグマのことを聞いてみた。

 

「なあ、この辺りってヒグマ出るのか?」

 

この辺りの事に詳しい巻に聞いてみたが。

 

「はぁ? そんなことあるわけないでしょ〜〜〜ヒグマなんて、本来本州にいない動物よォ?

ワタシにも何がなんだかさっぱりなんだからー!!!!!」

 

怒鳴られた。いや、そんな八つ当たり気味に言われても知らんがな。

まあ、巻が知らないってことは……。

と、その時。

 

「がっははは! 随分と手こずったようじゃのぅ、昴よ」

 

声をかけられた俺が振り返ると、そこには自衛隊の制服に身を包んだ爺ちゃんの姿があった。

後ろに三体のヒグマを引き連れて。

 

「さあ、身体が温まったことじゃし、準備運動は終わりじゃ!

ここからが筋肉合宿の始まりなのじゃ!

まずは、このヒグマを担いで頂上まで登るのじゃ!!!」

 

お手本だとばかりにヒグマを片手で持ち上げてダンベル代わりにしながら告げる。

 

「ホッシーズ・ブートキャンプの始まりじゃ!」



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Ammo15。不信感

何を言われたのか理解できなかった。聞き間違いかと何度も自分の頬を抓った。……夢なら覚めてくれ。

 

「うぬ? 固まってどうしたのじゃ?」

 

片手で自身の何十倍もあるヒグマを軽々と持ち上げてダンベルのように下から上へと動かしながら爺ちゃんは問いかけてくる。

 

「……えっと、何してんの」

 

「見てわからんのか。筋トレしとる」

 

いや、それはそうだろうが!

俺が聞きたいのは、何でクマをダンベル代わりにしてるのか!

そもそも、何でヒグマがいんだよ、とか。ホッシーズ・ブートキャンプって何⁉︎ とか、そういうことだよ!

 

「手頃な重さのダンベルがないからのぅ。連れてきた熊で代用した。

ダンベルじゃなくて……クマベル? ベアベル……かのぅ?」

 

「いや……だから、そうじゃなくて」

 

つうか、そのネーミングは何だ?

 

「何で爺ちゃんが来たのかとか知りたいんだよ! ……つうか、何でヒグマいんの」

 

「昴が長い間いなくて寂しかったからのぅ。ちょっと気晴らしに北海道行って獲ってきた」

 

気晴らし⁉︎ 気晴らしで熊獲ってくんの!

 

「二、三体獲るつもりじゃったが、張り切り過ぎて20体ばかし獲ってきてしまってのぅ。空自の手を借りて本州まで運んだのは良いが……熊鍋飽きたし、何かに使えないかと思ってたのじゃが。昴が強くなりたがっとると光一から聞いて稽古の相手に良いと思い山に放った。反省はしとる。反省のし過ぎで寝れなくなって目の下にクマできるほどに。獲ってきたの熊だけに」

 

「寒いわ!!!」

 

「じゃが、命がけで戦えたじゃろう?」

 

ニカっと笑い、爺ちゃんは語りかけてくる。

 

「人が一番強くなれるのは、結局のところ……大切な仲間や人を守ろうとした時なのじゃ! 自分の為だけに力を振るうより、誰かの為に力を出す。それが一番強く、一番難しいのじゃが……お主達は一番大切なものを持っとるようじゃな」

 

爺ちゃんの言葉にチームメイト数人はあからか様に目を逸らす。

 

「強さには三つある。心技体。お主達は技も体も未熟じゃが、心はまあまあじゃからな。じゃから儂が直々に鍛えてやろう。他のもの達は……ありゃ、駄目じゃな。仲間を大切にせんで、国を守れるわけがないからのぅ。日本人の強さは個々の強さより、群れることでの団結力。いわば絆の強さにあるのじゃ!

個々の力では出来ることは限られとるからのぅ。……まあ、儂ぁ、群れるの苦手じゃったから好き放題生きてきたがのぅ」

 

がははは! と豪快に笑う爺ちゃん。

笑いながらも腕を動かし、肩に乗る熊は上下に揺られる。

腕を上下に動かす度に、筋肉がプルンプルンと豪快に揺れる。

 

「特に、そこのオカマ! お主名は?」

 

「は、はひぃ! 巻、巻六雄じぇす」

 

「……」

 

「「「……」」」

 

(か、噛んだな。噛みまくったな。ドンマイ巻!)

 

「お主、見所ありそうじゃ。お主は昴と同じ特別メニューで筋肉ムキムキにしてやろう!」

 

「あ、ありひゃとう、ごひゃいます!」

 

ゾクリと背中に悪寒を感じた。やばい。何がやばいかわからんが、絶対ロクな目に合わない。

 

「あ、あのさ……爺ちゃん」

 

「バカモン! 爺ちゃんではない! 教官。もしくは軍曹殿と呼ばんかぁ!!!」

 

え? いきなりどうしたの?

 

「ここからはもう戦場じゃ。生き残りたければ、儂の言うことを聞くのじゃ! わかったか、この……豚共!!!」

 

「「「は、はい」」」

 

爺ちゃんの剣幕に、俺やチームメイトは震え上がる。

 

「『はい』ではない。よいか、これからは何かを言う前に、『サー』を付けろ。返事は『サー・イエス』だけじゃ」

 

「「「さ、サー・イ、イエス」」」

 

「声が小さい。もっと腹筋を震わせるのじゃ!」

 

「「「サー・イエス・サー」」」

 

「まだじゃ! もっと腹筋を、全ての筋肉を震わせるのじゃ!!!」

 

「「「サー・イエス・サー!!!」」」

 

「ふむ。まぁまぁじゃのう。よいか、貴様等豚共がこれから受ける軍事訓練に生き残れたら__各人は優秀な筋肉戦士になれる。一刻も早く立派な筋肉戦士になって我が国に害を与えるクソったれな筋肉なしなし共を地獄に叩き込むのじゃ! よいか、今の貴様らは筋肉がないただの豚じゃ。筋肉がない豚はただの豚。この世界で最下層の生物じゃ! それが嫌なら、筋肉を震わせてみせよ!」

 

「「「サー・イエス・サー!!!!!」」」

 

「今の貴様等は人間ではない! 豚ですらないものもおる。そいつは動物のクソを掻き集めた値打ちしかないクソ虫じゃ!」

 

爺ちゃんは熊を担いだまま、俺達の周りを歩く。

そして、ギロリと睨みつけてくる。

 

 

「貴様等はこれから厳しい訓練を課す儂を嫌うだろう。だが嫌っても構わん。鬱陶しく思いたくばそう思え! じゃが、憎むことだけは絶対止めるな! 憎めばそれだけ一生懸命に学ぶからのぅ! 儂ぁ、厳しいが公平じゃ! 差別主義だけは決してしない! なぜなら……」

 

爺ちゃんの下駄の音だけが地面に木霊する。

 

「男だろうが、女だろうが、オカマだろうが__平等に価値がないからじゃ! 儂の役目は、そんな役立たずな無価値の中から使えそうなものを見つけ、使えるものに鍛え直すことじゃ! 分かったか、豚共!」

 

「「「サー・イエス・サー!」」」

 

「何度も言わせるな! もっと声を出さんか! 筋肉を震わせるのじゃー!!!」

 

「「「サー・イエス・サー!!!」」」

 

「……どこの軍隊だよ」

 

「このバカモンが! 誰が発言を許可した? 儂はサー・イエス・サーと言えと言ったはずじゃが」

 

「いやいや、アメリカ海兵隊じゃないんだから」

 

爺ちゃんの指導法が間違っていると一概に言えないが、ここはアメリカじゃない。

確かに海兵隊方式なら強くなれるかもしれないが……。

って、まさか真夜中に熊を放ったのもこれが目的か!

アメリカの海兵隊新兵訓練では、訓練初日は睡眠を取らせない。

爺ちゃんはわざと熊は放つことで睡眠を妨害したんだろう。危機管理を持たせる為に。

訓練教官が罵声を浴びせるのも、私物を取り上げるのも、訓練初日は睡眠を取らせないのも、今までただの民間人だった彼ら、彼女らの意識を改革させ覚悟を決めさせるためだ。こうして新兵を一人前に育てあげる。

そうして、初期訓練を終えた新兵は『昔の弱い自分を捨て、まさに今日自分は生まれ変わり海兵隊員になったのだ』と実感する者も居るらしい。

 

「儂に意見をした者がどうなるのか、を見せる必要があるようじゃのぅ。なら……そうじゃな。よし、昴。

……儂を倒すことが出来たら卒業させてやろう」

 

「え?」

 

「聞こえなかったのか? 儂に一撃入れて地面に倒せたら帰って構わん。地面に倒せれば……の話じゃがな」

 

「その言葉後悔することになるよ?」

 

積年の恨み? 晴らしてやる!

拳を握りしめ、駆け寄って爺ちゃんの腹にグーパンをした。

 

「い、痛てええええぇぇぇ」

 

拳が爺ちゃんの腹筋に直撃しただけで、まるで鉄の塊を殴りつけたかのような感触を感じた。

殴った手は痛みと痺れで使い物にならない。

 

「ん? 今のはなんじゃ? そんなヘナチョコパンチでは吸血鬼は倒せても、儂は倒れんぞ!」

 

素手じゃ無理だ。

使えそうな武器はナイフしかないが、こんなんじゃ無理だな。爺ちゃんの身体は鋼鉄のように硬いから、ナイフじゃ砕かれて終わりだ。

なら……。

 

「これならどうだ!」

 

ナイフを反対の手に握り締めて、さっきと同じように爺ちゃんの腹に入れる。

 

「無駄じゃ! 何度やっても、そんなヘナチョコパンチじゃ……⁉︎」

 

拳が爺ちゃんの腹筋に当たりそうになった瞬間、拳を引いて反対の手に握り締めていたナイフを突き刺す!

その時、ナイフを握る手と肩、そして……頭を同時に動かして全く同じタイミングで一撃入れる。

3点同時攻撃。

あのシャーロックですら、身代わりをしないと防げなかった一撃だ!

これなら爺ちゃんの腹筋を越えることが出来る……はずだ!

そう思っていたが。

 

バキ、ゴチン、ブシュー……ナイフは砕け散り、殴り付けた手と、おデコからは血が噴出した。

(そんな、馬鹿な……⁉︎)

爺ちゃんの腹筋はありえないくらい硬かった。

腹筋自体が鋼鉄の盾のような、いや、違う。

全身鋼鉄の鎧になってるんだ。

 

「うぬ、なかなかいい一撃じゃな。思わず『硬化』してしまったわ」

 

「ズルい!」

 

「『硬化』しないとは言ってないじゃろ?」

 

いやいや、使わないでしょ。ここは倒れる場面でしょ?

 

「貴様は戦場で相手に加減してください、わざと負けてくれ、なんて言うのか?

相手が本当に加減すると思っとるのか? 本気でそんなこと思っとるなら……甘い! 砂糖菓子のように甘いわ!

言ったはずじゃ、ここはもう戦場じゃ! 訓練じゃが、遊びではない」

 

爺ちゃんは鋭い眼光で睨み付けてきた。

ゾクリ、恐怖で足が竦みそうになる。爺ちゃんと目を合わせただけで失神してしまう奴らもいる。

 

「さて、負けを認めるかのぅ?」

 

「……負けを認めます」

 

「なら、今後は儂の指示に従うのじゃ! 強くなりたいならのぅ」

 

爺ちゃんから殺気が消えていく。

 

「さて、いい感じに身体も温まったところで、基礎から教えることにするかのぅ。全員、儂と同じことをするように……まずは、そうじゃのぅ。ヒグマを片手で持って兎跳びしながら山頂に「「「出来るかぁぁぁああああ!!!!!」」」……む? 口答えしたのは誰じゃ? 愛ある拳を受けたいんじゃな?」

 

「「「上等だーーー!!!!!」」」

 

一斉に飛びかかるチームメイト。

俺は思わず合掌してしまう。

お前達の死は無駄にはしない。

 

「がはははっ! 甘い、甘いわー! そんな軟弱な筋肉では儂は倒せんぞー!!!!!」

 

一人、また一人と愛ある拳に沈んでいく。

 

「がはははっ! 足らん。足らんわ。筋肉が足らん。もっと震わせんかー!!!!! ふん、貴様の上腕二頭筋と上腕三頭筋が鳴いとるぞ? 貴様はもっと、腹筋を震わせんかい! そこの貴様は大腿筋が足らん。もっと、足腰鍛えんかい!」

 

「「「ぎゃーーー!!!!!」」」

 

一方的な虐殺は3分ほど続いた。

 

 

拳による話し合いの結果、準備運動はかなり楽なもの……というより、まだ(・・)常識的なものに変更された。それでも一般人からしたらキツイが……。

最初は今後の訓練に耐えるための基礎筋力、体力作りがメインになる。

 

 まずは準備体操。

 ジャンピングジャック。

 ハロードリー。

 腕立て伏せ×100

 腹筋×100

 背筋×100

 

準備運動が終わった後は、俺と巻以外の皆んなは約4・8キロを時間制限をつけて完走させられる。

アメリカ海兵隊新兵の体力試験の1つだ。

4・8キロを走った時間で点数がつけられる。最低要件として4・8キロを28分という時間で走らされるらしい。

他にも基本動作__気を付け、休め、敬礼の基本動作を教え込まれる。

さらに夜間に開かれる講義で陸上自衛隊の目的、考え方を教えられる。講義をしてくれるのは爺ちゃんではなく、付き添いの自衛官がしてくれた。よかった。本当によかった。

爺ちゃんなら、講義も筋肉談義になるからな。

講義により自身が所属することになる隊の歴史、思想などを知ることで愛着や敬意を抱かせるのが目的らしい。

そして、俺と巻の二人だけ、皆んなとは違う別メニューをやらされていた。

それはひたすら山を下り、また登らされるというもの。

何回も、何回もだ。

武器はまだ持たせてもらえない。支給品のナイフすら補給されない。

ただひたすら何回も山登りを繰り返す毎日。

すると、俺達は疑問を抱くようになる。

 

(どうして俺達はこんなことをやらされてんだ?)

(こんなに山登って何の意味があるんだ?)

(もう嫌だ、もう嫌だ、辞めてしまいたい……)

 

俺達の間に不信感が募る。

1日経つたび、空から降り続ける雪のように……それは高く積もっていく。

だが、俺は何故爺ちゃんがこんな真似をするのか、理解していた。理解できるからこそ、文句を言いつつ、耐え続けた。

なぜ爺ちゃんはあんな『不信感』をわざと煽るようなマネをしたのか?

それにはちゃんとした理由があるからだ。

 

『これには何の意味があるのか?』__この理不尽への不信感こそが、新兵に『皆と協力しないと目標を達成できない』、つまり『チームワーク』の大切さを理解させることに繋がる。つまり、わざと辛い状況へと追い込み、『仲間と助け合わなければ』と強く思う環境を作り出しているんだ。

アメリカ海兵隊の入隊訓練で新兵が追い詰められて取る行動は大きく分けて2つしかない。

 

 1つは訓練を去る、という行動。

 

 そしてもう一つは、『1人ではこの過酷な訓練を乗り越えることは不可能』と気付き、周りと助け合い、訓練を乗り越えるという行動だ。

 

 前者を選ぶ者は少なく、大抵は後者を選択する。つまり海兵隊、今回の場合は『俺達学生自衛官候補生を支えるのは自分1人だけではない』と理解できるんだ。

 

『1人は部隊のために、部隊は1人のために』

こうして新兵達は『チームワーク』の大切さを学び、仲間同士協力して与えられた困難な試練を乗り越えていく。

これは軍隊だけではなく、俺のような武偵を志す者にとっても大切なことだ。

 

『仲間を信じ、仲間を助けよ。』……結局のところ、チームワークがなければ困難を乗り越えられない。人は一人では生きていけないのだから。



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Ammo16。絆

大変お待たせしました。ギリギリ夏休み最終日に間に合いました(汗)


それから三日間は山登りしかさせてもらえなかった。

その日の深夜。俺は熟睡している巻や他のチームメイトを起こさないように、テントをこっそり抜け出した。山頂近くで野営しているせいか、深夜になるとかなり冷える。

「あー、寒みぃなー」などと愚痴りながら、一人で出歩く。

着いたのは、木々が開けた野原。

そこで立ち止まり、頭上を見上げる。

 

「あー、やっぱよく見えるなー」

 

夜空に輝く星を一人虚しく鑑賞していると、カランカランと下駄を鳴らしながら近づいてくる足音が聞こえた。

 

「なんじゃ、昴か。脱走兵かと思ったぞ?」

 

「じ、爺ちゃん⁉︎」

 

振り返るとそこには俺の祖父、星空玉星(ぎょくせい)の姿があった。

 

「今日の虐めは終わったの?」

 

「馬鹿者人聞きの悪いこと言うんじゃない。 ただの訓練じゃ! 」

 

いや、あれを『ただの』訓練っていうのはアメリカ海兵隊と爺ちゃんくらいだよ。

 

「あれしきの準備運動で根をあげるようでは軍隊生活は到底無理じゃ!」

 

自衛隊は軍隊じゃなく、実力組織だけどな。建前上は。

 

「じゃが、中には骨がある奴もいるのぅ」

 

「……巻か」

 

見た目ひょろひょろなモヤシみたいな奴だが、根性とか知力とかあるからな。

 

「4、5年鍛えれば最強の帝国軍人になれるかもしれないのぅ。かつての儂達みたいな」

 

日本はもう軍国主義じゃないけどな。

つうか、爺ちゃん達みたいな自衛官になるって ……それ、不死身人間(サイボーグ)とか、殺し難し(ダイハード)とか、一騎当千(レジェンド)みたいな……化け物扱いされるってことじゃねえかー。やだー。

 

「あのような若者がいるなら日本はまだまだ大丈夫じゃな!」

 

ガハハハッ!と笑う爺ちゃん。

 

「楽しそうだね……」

 

「楽しいわい。鍛えがいのある孫や弟子がいて、大切な家族がいる。半世紀前のあの頃には考えられないくらい、儂ゃ、幸せじゃ」

 

爺ちゃんは顔を上げて夜空を見つめる。

俺も爺ちゃんと同じように、星空を見上げた。

それからしばらくの間。

二人の間に会話はなかった。

ただ、黙って夜空を見つめていた。

どのくらいそうしていただろうか?

ふと、隣に立つ父祖の顔を見ると泣いていた。

衝撃的だった。

爺ちゃんが泣くところは初めてみた。

普段、何があっても爺ちゃんは泣かない人だった。

いや、実際は泣き虫で。俺や父さん達の前では泣かなかっただけなのかもしれない。

常に威武堂々としていて、むしろ、人を泣かせるような無茶振りをするのが趣味のような困った人。

それが俺が祖父に抱いていたイメージそのものだったからだ。

 

「じ、爺ちゃん……?」

 

「……すまんのう。昔を思い出してつい、のう……」

 

今より小さな頃から、爺ちゃんに過去の出来事。太平洋戦争時に自身が起こした武勇伝を耳にタコが出来るほど聞かされていた。何度も何度も。

だが、過去を語った爺ちゃんが涙を見せたことはこれまで一度もなかった。

 

「のぅ、昴よ」

 

「何?」

 

「お前の名が何故昴なのか知っとるか?」

 

星空を見つめたまま、爺ちゃんが尋ねてきた。空には俺の名のもとになった星座が見えた。

俺は首を左右に振り、「いや、知らない」とだけ返した。

 

「疑問に思わんかったか? 夏生まれのお前に、何故冬の星座の代名詞のような名が付けられたのかと」

 

「いや……ノリとか、勢いだとばかり」

 

生まれた日の星座運勢で『牡牛座(おうしざ)』がたまたまよかったから『牡牛座』の一部であるその名を付けられたもんだとばかり。

 

「『昴』というのは、正確には星座ではなくとのぅ。『散開星団』というものでな。たくさんの星の集まり。数十個の星達が集まってできた、繋がりの星。いわば『絆の星』なのじゃ」

 

「ああ、聞いたことあるよ。確かプレアデス星団とも呼ばれてるんだよね」

 

確か、プレアデス星団の日本語訳、昴の意味は『統ばる』。「統一されている」「一つに集まっている」だったはずだ。つまり、両親や爺ちゃんは俺に……。

 

「うぬ。その名にはお前の周りに人が集まりますように。たくさんの縁。『絆』が出来ますように……そういった意味、想いが込められておる」

 

「……そうだったのか」

 

俺の名にはそんな意味が込められていたんだな。

自分の名に付けられた意味に驚き、暫し無言となった俺に爺ちゃんは尋ねる。

 

「ところで昴よ。お主……自衛官になりたいか?」

 

爺ちゃんの問いに、俺は言葉に詰まった。爺ちゃんに強制的に参加させられただけで、別に俺は自衛官になりたいとは思っていない。かといって武偵になりたい! ……ってわけでもない。武偵見習いをやってるのも、父さんに流されてやってるだけだしな。じゃあ何になりたいんだ? と聞かれても。その答えはまだ出ていない。

 

「……俺は……」

 

ただ。爺ちゃんや父さんのように。誰かを、大切な人達を守れるような男になりたい、とこの時の俺は思った。

 

「俺は……自衛官には……ならないよ」

 

「じゃあ、武偵になるのかのぅ」

 

「……それは……わからない」

 

自分が何になりたいなんて、考えたことはなかった。

しいていえば、『普通』の暮らしがしたい。

いや、今も『普通』に暮らしているとは思うんだけど。

 

「では、何故強くなりたいと思ったのじゃ?」

 

「そんなこと決まってんだろ! 大切な人を守りたいから、守れるようになりたいからだ!」

 

「うぬ。良い顔つきになってきたのぅ。じゃが、力がなければ誰も守れぬぞ?」

 

「わかってるさ、そんなこと」

 

そんなことは痛いほど解ってる。力がなければ誰も守れない。あの時のような無力感は二度と味わいたくない。

 

「そうか。そうじゃな、そうじゃろうな。よし、では残り時間は限られとるが。明日から三日間、最後の仕上げを行うことにしようかのぅ」

 

そう言った爺ちゃんが黒い笑みを浮かべていたがその笑みに隠された意味を俺は見抜けなかった。

 

「そろそろ、休んだ方がよいぞ。明日は早いからのぅ」

 

爺ちゃんはそう言って去っていった。

 

 

 

翌朝。

野営地の前では焚き火があがっていた。

ゴォゴォと、薪木が火に焚べられ、パチパチと火の粉が上がっている。

薪木と一緒に何やら栗が炙られているが……朝飯は栗なのか?

 

「よし、集まったようじゃな。ではこれより、貴様らには格闘術を学んでもらう。

とはいえ、いきなりハードな特訓はせん。時間もないからのぅ。貴様らには世界にはこのような格闘術がある、ということを知ってもらいたいのじゃ!

まあ、この中の一人くらいには実践してもらうがのぅ」

 

そう言って、俺の方へ歩み寄ってきた。

うわぁ、マジか。嫌な予感しかしないんだけど。

 

「というわけじゃ、きっちり取得するのじゃぞ、昴よ」

 

「待って。何が『というわけ』だ⁉︎ ねえ、聞いてないんだけど!」

 

「そりゃ、今言ったからのぅ」

 

ニヤリと笑みを浮かべる。

うわぁ、嫌な予感的中だ。

昨夜の笑みはこういうことだったのかよ。

 

「今から貴様らが目視するのはとある部族に伝わる秘技。その名を『火中天津(かちゅうてんしん)甘栗拳(あまぐりけん)』と言う。

その名の通り、火の中にある栗を高速で掴み取る技じゃ!」

 

まさかのらん○だった。

 

「いやいや、出来ねえから!」

 

素手で火中の甘栗掴むとか、そんな超人技出来るわけない。

俺は無差別格闘流極めてないから!

 

「大丈夫じゃ、このくらい銃弾を複数同時に掴むのと比べたら簡単じゃ!」

 

いや、比べる対象がおかしいよな!

 

「これが取得出来れば貴様の拳は音速を超えられるぞ?」

 

いや……別に超えたくないから!

俺の内心の突っ込みを全スルーした祖父は、嫌がる俺を愛ある拳で黙らせて無理矢理栗がある焚き火の前へ連れていくのだった。

 

 

 

 

「はぁはぁ……無理だ」

 

火中の栗へ手を伸ばしたが、熱さによって俺の拳はボロボロだ。

熱さを感じる前に、栗を掴み取れ! と爺ちゃんは簡単に言うが、そんな超人なこと簡単に出来るわけない。

手を火に近づけただけで熱い、と感じてしまう。そんな環境で栗を掴み取れるわけがない。

「頑張れー! すばちゃんなら必ず出来るわ!」と巻は応援してくれるが。

これは無理だ。熱さや寒さなどの痛覚はどうにもできん。

 

「素手じゃ、絶対無理だ。せめてグローブほしい……」

 

「あら、じゃあこれ使う?」

 

巻が差し出してきたのは軍用のオープンフィンガーグローブだった。

試しに左右の手に付けて、火中天津甘栗拳をやってみたら……あ、出来た!

軍用グローブだからか、『武器』認定されて拳の速度はかなり早まった。

指先はちょっと熱かったが、我慢できないほどじゃない。

『ガンダールヴ』の能力様々である。

 

「よし、やってやる。やってやるぞ!

アチャーアチャチャチャチャッチャー!!!!!」

 

俺は火中の栗を次から次へと掴み取った。

そして、ついに全ての栗を火中から掴み取ることが出来るようになった!

 

「……貴様はすでに、死んでいる」

 

なーんちゃって。ケン○ロウみたいなことを呟いたが。

実際はただ、栗を拾っただけだけど、な!

指先は少し赤くなったが、まあ、慣れれば大丈夫そうだな。

 

「ほう、もう取得出来たとはのぅ。さすがは儂の孫じゃ! 3日はかかるもんだと思っとたが」

 

言えねえ。異能使ってズルしたなんて、言えねえ。

つうか、3日で出来るわけないだろ!

火傷治すのに3日はかかるわ!

 

「では、取得した成果を見せて貰おうぞ。最終試験じゃ! その技を使って儂を倒してみよ!

儂を地面に倒せたら、貴様ら全員卒業させてやろう」

 

「本当にいいの?」

 

「構わん。貴様の力を見せてみよ、昴よ!」

 

睨みあう俺達。そんな俺達を固唾を飲んで見守る仲間(チームメイト)。皆んなの為にも、この試験負けられない。

 

「来い、昴よ!」

 

「行くぞ、爺ちゃん!

うおおおおーーー『火中天津甘栗拳』!!!!!」

 

「さあ、来るのじゃー! 行くぞ、『火中天津甘栗拳返し』!!!!!」

 

ぶつかり合う拳と拳。

片手で放つその拳からは一瞬にして、数100発の打撃(パンチ)が繰り出されていた。

俺と爺ちゃんはお互いの拳と拳をぶつけ合う。

 

「うぉぉぉおおおおお!!!!!」

 

「はぁぁぁああああああああ!!!!!」

 

拮抗していた拳だが、やがて一方的に押され始めた。

くっ、なんつぅ馬鹿力だ。爺ちゃんの拳はやっぱり重い。

一撃、一撃が速くて重い。

 

「ほう。なかなかやるのぅ。だが……まだまだ、じゃ! まだ若造には負けんぞーーー! 愛ある甘栗拳を受けてみよ!」

 

「ふんぬ!」と爺ちゃんが力むと、そのあまりに強すぎる力に負けて俺は吹っ飛ばされてしまった。

勢いよく吹き飛ばされた俺は大木にぶつかって止まった。

衝撃で大木はズシンと倒れたが、俺は無傷だ。

 

「クソ、痛てぇぇぇぇ」

 

まるで、ダンプカーに跳ね飛ばされたみたいな威力だ。

 

「初めての実践で、なかなかの威力だが……まだまだ足りん。筋力も覚悟も全てが足りん。

そんな無し無しで、誰かを守れると本気で思っとるのか!

そんな弱くて戦かえると思っとるのか?」

 

「守れるから戦う、守れないから戦わないとか。そんなことで戦うのを決めるんじゃないよ!

大事な人達を守りたいから(・・)戦うんだ!」

 

「一端な口を聞きおって。なら、覚悟を見せてみよ!

この儂を越えてみよ!」

 

「ああ、越えてやるさ。俺はあんたを越えて行く!!!!!」

 

爺ちゃんに向かって駆け出した。恐怖や不安は微塵も感じなかった。

爺ちゃんは強い。今の俺ではかなわないのはわかっている。

だけど。俺は一人じゃないから。

 

「頑張れーーー!!!!! すばちゃん! 伝説を打ち破れ!!!!!」「頑張れー軍曹にカマしてやれ!」「やったれ! 教官をビビらせたれー!」短い間だったが、共に過ごした仲間がいるから。その仲間が応援してくれているから。

だから、俺は負けない。負けられない!

 

「うぉぉぉおおおおお!!!!!」

 

「はぁぁぁあああああ!!!!!」

 

俺も爺ちゃんも互いに拳を突き出す。

余計な言葉はいらない。拳を合わせたらなんとなく、解るから。

 

(爺ちゃん、これが合宿の成果だーーー!)

 

(うぬ。いい仲間と出会ったのぅ。儂はお前に教えたかったんじゃ。共に戦う仲間の必要性を。仲間と過ごす時間を。仲間の為に命をかける勇気を!)

 

(うん。誰かの為に戦うって、こんなにも力が湧くんだね)

 

「はぁぁぁあああああ!!!!! 『火中天津甘栗拳』!!!!!」

 

「行くぞーーーい! 『火中硬化甘栗拳』!!!!!」

 

俺と爺ちゃんの拳が激突した。

 

 

 

 

 

 

……ああ、やっぱり勝てねえか。

爺ちゃんの拳によって、俺はまた吹き飛ばされた。

どんな覚悟を決めようが、そこに実力がなければ意味がない。

改めて、自分の実力不足を認識していると。

 

『情けないわね。私やお父様を倒しておいてこの低落とは』

 

薄れゆく意識の中で。

その声は聞こえた。

 

『なんの為に私が憑いて来たと思ってるのかしら?』

 

誰だ?

お前は一体?

 

『この私を倒した貴方が、私以外に無様な負け方をするなど……許せないわ!!!

だから、力を貸してあげる。さあ、お立ちなさい。

条件が揃えば、同じ体質ならば貴方なら越えられるはずよ。

『教授』の推理を覆した貴方なら!』

 

バチバチバチッ!

スパーク音が鳴り響いた。

そして、青白い閃光が迅ると、俺は自分の身体に起きた変化(・・)を認識した。

ああ、なってる。なったな。

 

____雷神モードに!



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Ammo17。君の名は……

一部、原作最新刊のネタバレ有り。



バチバチ、バリバリ、と自身の身体の中で電流が流れるのを感じる。同時に電流によって自身の筋肉が刺激される感触も感じた。ああ、これはなったんだな。高圧電流の刺激によって身体を強化した状態。雷神モードに!

 

「ぬ、それは……」

 

爺ちゃんは一段階上がった俺に警戒した顔つきを浮かべる。

 

「……こっからが本番だぞ、爺ちゃん! こっから先、俺の技は全て一段階進化するからな!」

 

「ふん、面白い。かかって来るのじゃ!!!」

 

向かい合いお互いの顔を睨む俺と爺ちゃん。

 

「行くぞ! 『火中電撃(かちゅうでんげき)甘栗拳(あまぐりけん)』!!! アチャーアチャチャチャチャチャチャチャチャチャーッ!!!!!」

 

電流を纏った状態で放つ火中天津甘栗拳!

甘栗拳は一瞬のうちに数100発ものパンチを放つ絶技。そこに雷神モードにより強化された拳が加わればいくら爺ちゃんでもタダじゃすまない! ……はずだ。

そう思って繰り出したが。

 

「ふん、まだまだ遅いわ。『火中硬化甘栗拳』!!!」

 

ガキィィィン。

爺ちゃんは俺が放った拳に自身の拳を合わせて威力も勢いも相殺させやがった。『筋肉』を『硬化』させた拳で放つ『火中天津甘栗拳』。完全な力押し。単純なパワー比べでは爺ちゃんには通用しないってことだな。これは。

 

「ふむ……電撃……いや雷撃を纏うことで筋肉を収縮させておるのか。なるほどのぅ。儂らのように自らの生体電気を利用しない新たな金剛の力か。発想は面白いがまだまだじゃな。(パワー)速さ(スピード)、キレ、威力、永続時間……全てにおいて不合格じゃ!」

 

「なら、こいつはどうだ!」

 

俺は電撃を纏ったまま、爺ちゃんに向かって駆け出す。

頭、肩、腕を同時に動かし、当てることで威力を3倍に上げる技。『黒き三連星の鉾(デルタ・トライデント)』。

それを爺ちゃんに叩き込んだ! 爺ちゃんはよく筋肉が足りないと言って無茶振りしてくるが。

一つ、一つの力が足りないなら、より力を込めて叩き潰せばいい!

トラックが歩行者を跳ねるように、勢いよく飛ぶ爺ちゃん。

あ、ヤバい。殺してしまったか?

一瞬そう思ったが、あの爺ちゃんがこのくらいで死ぬ筈がない。

その読み通りに爺ちゃんは空中で飛び跳ねて、綺麗に着地しやがった。

だから、どこの暗殺部隊出身だー!

 

「……ふん! その程度か? 『硬化』したとはいえ、年老いた儂を打ち砕けぬようでは本物の強者には勝てぬぞ?」

 

いやいや、爺ちゃんみたいな化け物と戦う場面なんてないから!

 

「なら、こいつはどうだ! 『火中電撃甘栗拳・改』」

 

俺は電撃を纏ったまま、『甘栗拳』を繰り出してさらに足を動かして地面の土を掘り起こして上に蹴り上げた。上空に舞った土を『甘栗拳』で押し出していく。

一瞬で数100発ものパンチを放てる『甘栗拳』。そこに空中に舞った土が加わればどうなるか?

 

「……そんなもん効か……これは!」

 

拳そのものが効かなくても空中に舞った土を防ぐ術はないはずだ!

防御不可の一撃ならどうだ!

連続で『土』を打ち出す。

爺ちゃんは土塗れとなった。

 

「……やったか?」

 

巻がポツリと呟いた。

それ、フラグだ!

近づいたらバキューン! されるからな!

 

「ふむ、甘い。甘いわ! 正攻法では通じぬからと小細工できおったかー。甘い! 甘いわ!

儂にそんなもんは効かん!」

 

ダヨナー。わかってたさ。

こんなんで倒れたら苦労しないよなー。

本当、どうしよう。

 

「とはいえ、面白い技を見せてもらった。そのお返しではないがのぅ。儂も一つ、面白い技を見せてやろう」

 

爺ちゃんがそう言った時だった。

 

____パァァァァァァァァァァンッッッッッッ‼︎

 

俺の腹部から破裂音が鳴った。

痛みはない。衝撃も大したものではない。

だが、全く見えなかった。

……今のは『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』か?

いや、それにしてはマズルフラッシュも、銃声もなかった。

それに『不可視の銃弾』にしては衝撃や威力も低い。

腹部に当たったが、ちょっとお腹を圧迫されただけだ。殺傷能力は低い。

 

「む? 力加減し過ぎたか。力を抑えて撃つのは難しいのぅ。いつもは銃弾くらいの威力で放つからのぅ」

 

「今のを銃弾の威力で放てるだって⁉︎」

 

馬鹿な……そんなの回避不可のチート技じゃねえか!

 

「そうじゃ、儂が本気を出せば軍艦でも打ち抜ける! 実際、この技で昔、駆逐艦を沈めてやったがのぅ。

これはのぅ。昔、戦友が使ってた目潰し技をパクって昇華させたものじゃ!」

 

がはははっ! と笑う爺ちゃん。

駆逐艦を沈めた武勇伝は何度も聞いたが、それをこの技でやったのか。

確かに見えない攻撃をされたら、軍艦といえど無事にすまないだろうが。

 

「この技は指の力。指先の筋を鍛えることで威力が上がる技でのぅ。指先に体重を乗せることで空間を押し出し、見えない銃弾(空気の塊)を放つ技なのじゃ! もっとも、指には筋肉はないがのぅ。鍛えるのは腕の筋肉じゃ。指の第一関節を曲げる深指屈筋(しんしくつきん)、指の第二関節を曲げる浅指屈筋(せんしくつきん)、指の付け根の関節を曲げる虫様筋(ちゅうようきん)、指を伸ばす指伸筋肉(ししんきん)、中指を中心に、人差し指と薬指を外側に動かす背側骨間筋(はいそくこつかんきん)、親指の第一関節を曲げる長母指屈筋(ちょうぼしくつきん)、親指の第二関節を曲げる短母指屈筋(たんぼししくつきん)、親指を握りこむ(閉じる)時に収縮する母指内転筋(ぼしないてんきん)、親指の第一関節を伸ばす時に収縮する長母指伸筋(ちょうぼししんきん)、親指の付け根を伸ばす時に収縮する短母指伸筋(たんぼししんきん)などじゃ。それらを極限まで鍛えれば装甲が硬い戦艦ですら打ち抜ける!

もともとは戦友の技じゃったが、儂は独自の呼び名をこの技に付けた。『そこにあるようで、そこにはないもの』。『見えないが確かにあるもの』。『目に見えないのに確かにある銃弾』から連想して……まるで水面に映る月のようなこの姿なき技にこう名付けた。『鏡花水月(きょうかすいげつ)』と、な」

 

筋肉鍛えれば戦艦打ち抜けるのかよ。その考えなかったわ。

 

「昴も頑張ればこのくらいできるようになる!

筋肉は裏切らないからのぅ。障害になる者が現れたら筋肉鍛えて拳で殴れ!」

 

「出来るかぁ____!!!!! うぐっ⁉︎」

 

叫んだ俺に見えない攻撃が炸裂した。さっきより威力上がってんぞ? 今のはまるで竹刀で叩かれたような感触だ。

『鏡花水月』と爺ちゃんは言ってたが、厄介だな。あれは。

弾の出処がわからない。指先から放たれたであろうが、あまりの速さに目が追いつかない。

 

「儂が本気を出しとったら、とっくに死んでおるぞ?

加減してやっとるうちに儂を倒さんと本当に死ぬぞ?」

 

何で俺、祖父に殺されそうになってんの⁉︎

 

「殺されて堪るかー!!!!!」

 

踵を返して全力で逃げる!

雷神モード舐めんな! 身体強化されたら、逃げ足も速くなるのだから。

とはいえ、雷神モードは長くは続かない。

電流を自力で発生できればいいが、生体電気を操るやり方なんてわからない。逃げるにしても、状況を変える必要がある。状況を変えるには……とある考えが浮かんだ俺は足を止める。そして、爺ちゃんに向き合う。もうこれ以上は逃げれない。爺ちゃん相手に逃げられるはずない。逃げたくない。爺ちゃんは俺に真正面からぶつかってくれている。ここで逃げたら、俺は爺ちゃんに顔向けできない。何より俺を応援してくれるチームメイト達の為にもこのまま逃げ続けたくない。

だけど、いくら覚悟を決めてもこのままじゃ勝てない。俺と爺ちゃんの間には大人と子供の差がある。筋肉量、体力、知識、経験……何もかも及ばない。

例え距離を離しても『鏡花水月』で狙い撃ちされ。近距離で挑めば『火中天津甘栗拳』でタコ殴りされてしまう。爺ちゃんに勝つには俺一人では無理だ。状況をひっくり返すのには、協力者がいる。

だから……そいつの名を呼んだ。

 

「……いるんだろう? ヒルダ」

 

『オッホホホ、ようやく私の存在に気付いたのね? で、何の用かしら?』

 

爺ちゃんの元へと走る俺について来る()からその声が聞こえた。なんとなくだが、解っていた。いるかもしれないと。何度かその前兆はあった。串に刺さったヤモリ焼きとかな。

だが、確証はなかった。さっき電流が流れるまでは。

 

「頼む。 協力してくれ!」

 

『協力? この私が? 貴方のようなエリマキトカゲのような男に?』

 

「人をエリマキトカゲ呼ばわりすんな!」

 

『ピギィ! と鳴いたら考えてあげなくもなくてよ?』

 

よし、本当だな?

その言葉。動物大好きな俺への挑戦状と受け取ってやる!

エリマキトカゲの声真似くらい楽勝だ!

見よ、この俺のエリマキトカゲを。

 

「ピ、ピギィィィィィィィイイイイイイ!!!!!」

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

無言になる周囲。

爺ちゃんや巻すらぽかーんとした顔をしている。

な、なんかもの凄い残念なものを見る視線をあちこちから感じるんだが、これはもしかしてやらかしたか? 俺。

 

『……まさか本当にするなんて……プライドないのかしら?』

 

くっ、ヒルダの癖に生意気な! ヒルダの癖に! 後で殴る!

 

『今日からお前の名はロドリゲスね!』

 

「どこのブリザードお嬢様だ、お前は!」

 

2、3発殴りたかったが、堪えた。今はまだコイツの力が必要だからな。

 

「頼む! 今は頼れるのお前しかいないんだ! 俺にはお前が必要なんだ!」

 

『ッ⁉︎ し、仕方ないわにゃ……か、感謝しなさいよ。高貴なこの私が人間(笑)如きな貴方に手を貸してあげるんだから』

 

噛んだな、ヒルダの奴。チョロインは健在か。

というか(笑)つけんな! 俺はれっきとしたただの普通の人間だ! まあ、エリマキトカゲから人間(?)扱いされただけでもいい……わけあるかー!

そう心の中で文句を言っている間にヒルダから電流が流れてくる。よし! 充電完了!

 

「ありがとうな、ヒルダ」

 

『礼なんていらないわ。代わりに今度、貴方の血でも貰おうかしら? 久しぶりに血液風呂に入りたいし……』

 

「死なない程度になら血をやるよ」

 

『約束よ。嘘ついたら血を飲み尽くす〜指切った♪』

 

そう言うやいなや影からヒルダが飛び出してきた。

前に見た時と同じようなゴスロリの服。金髪のその長髪をツインテールに結んで。

口元に黒い扇子を当てて不敵に微笑みながら告げる。

 

「さて、では反撃といこうかしらね」

 

バチバチ、とヒルダの周りには何やらバレーボールくらいの球体が浮んでいる。

 

「『雷球(デイアラ)』!!!」

 

ヒルダが叫んだ瞬間、ピンポン玉のようなその球体が炸裂した。

バチィと放電し、爺ちゃんに直撃する。

バチバチッと放電音(スパークノイズ)が鳴り響く。

 

「……やったかしら?」

 

オイオイヒルダさんや。それは言ってはいけない台詞だぞ。巻と言い何でフラグ建てたがるんだ!

このくらいで倒せたらこんな苦労は……。

予想通り、ヒルダの電撃を受けても倒れずに立ち止まったままの爺ちゃん。

無言のままだったので、近づいて『火中天津甘栗拳』をブチかましてやったら……あっ、動いた。

慌てて後ずさると爺ちゃんは呟く。

 

「……はっ! いかん、いかん。寝てた」

 

「寝てたのかよ⁉︎」

 

……思わず突っ込んでしまった。

ヒルダの電撃直撃したのに、寝てたですますとか。

ありえないだろう!

 

「ちょうど良い感じにマッサージされたからのぅ。肩コリや腰痛が改善されてさっきよりも戦いやすくなったわー」

 

「ま、マッサージ……ですって? 私の電撃を……マッサージ扱い? この高貴な私を……マッサージ師扱い? ふふっ、ふふふー! ふははは! ブチ殺し確定ね! こんな屈辱を二度にわたって受けるなんて。許さない。お前達一族は絶対に許さない! 吸血鬼の誇りにかけてぶっ殺してあげるわ!」

 

あーあ。爺ちゃん、ヒルダ怒らせた。知ーらね。

そりゃ、あの『雷球』とかいうヒルダの技を浴びておいてマッサージ扱いしたらキレるだろう。

自身の必殺技をマッサージ扱いされたら誰でもキレるよな、うん。

 

「じ、爺ちゃん、ヒルダに謝れ」

 

「え? 儂なんかおかしなこと言ったかのぅ? いい感じに刺激されたからお礼のつもりで言ったんじゃが」

 

「あの太々しい態度、さすがは貴方の血縁者ね。そっくりだわ」

 

「そいつはどうも」

 

全然嬉しくないがな。爺ちゃんに似てるとか……そいつは最悪な評価だ。

俺はそんなに人間辞めてない。

 

「さて、さっきのマッサージで身体もほぐれたことじゃし。儂もちょっと本気でやるかのぅ。

ふん! 見よ。これが儂の____『雷神様』じゃあー!!!!!」

 

バチバチバチッ!

爺ちゃんから放電音(スパークノイズ)が鳴り響く。

爺ちゃんの身体から紫電の放電が迸る。

あれは……まさか!

 

「初めてやったが、ふむ。ちぃっとばかし出力が低いのぅ。

これなら体内を流れる電気信号を利用した方が良いのぅ」

 

間違いない。爺ちゃんはなりやがった。

俺が生み出した『先天性筋形質多重症』を扱いやすくする為の身体強化技。

 

____『雷神モード』に!




ちょっとスランプ気味なんでもしかしたら、更新止まるかもしれません。


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Ammo18。これが俺の全力だぁぁぁあああああああ!!!!!

「いくぞぃー」

 

バチバチと、放電しながら爺ちゃんは拳を振り上げる。放電された電撃は俺に向かってきたが、前に出てきたヒルダに直撃した。「こんなものこの私には効かな……これは⁉︎ ぎゃゃゃやややああああぁぁぁー」などと叫んで地面に倒れた。いや、思いっきり効いとるやんか、ヒルダさんと内心ツッコミを入れて爺ちゃんの姿を目で捉える。

爺ちゃんの動きを目で追い回避行動を起こすが速い⁉︎

避けようとした瞬間に、身体に衝撃が襲ってきた。

圧倒的なまでのその『速さ』に反応できない。

ギリギリ、直撃は避けれたが掠っただけなのに、まるで鈍器で殴られたような衝撃が身体を襲う。

 

「くっ……」

 

地面を何度も転がり、ようやく止まった時には新たな衝撃が身体を襲ってきた。

仰向けに倒れた俺の腹を爺ちゃんが足で踏みつけていた。

 

「なんじゃ、もう終わりか?」

 

電撃を纏わせながら、爺ちゃんは余裕ある表情を浮かべ、俺を一瞥してきた。

 

「儂を地面に倒すだけでいいんじゃぞい?」

 

倒すだけ、そうなんだが口で言うのは簡単だが、実際に成し遂げるのは難しい。

一撃だけなら、なんとか入る。

ガンダールヴの力があれば簡単に地面に倒せる。

そう思っていた。だけど、爺ちゃんを地面に倒すがこんなに難しいなんて。

爺ちゃんとの距離がこんなに大きいなんて思ってもみなかった。

爺ちゃんを舐めていたわけじゃない。自分の力を過信していたわけでもない。

だけど、一撃も入れられないほどに、こんなにも力の差があるなんて思わなかった。

 

「ほれ、どうした? 儂はまだまだ3割も出してないぞー」

 

「この、人間風情がぁ!!!」

 

最初の電撃で倒されていたヒルダだが、普段から電撃を纏わせて戦う戦術を取るせいか、爺ちゃんの電撃を受けても立ち上がれた。

 

「ほう、加減してやったとはいえ立ち上がるか。見事じゃ! じゃが……」

 

爺ちゃんの姿が消える。

……え?

ズシンと、音が聞こえてた。

 

「相手が悪いのぅ。儂はただの人間ではないからのぅ」

 

ヒルダがゆっくりと、地面に倒れていた。

 

「ふむ……所詮、付け焼き刃の能力じゃな。全然ダメダメじゃな。パルスを増大させれば魚の遺伝子なんかより、より強力な電流を生み出せるからのぅ。本来の儂はもっと速く、雷の速度で移動できるぞい。さて、邪魔者は片付いた」

 

「次は昴の番じゃな……」と爺ちゃんがこちらを睨みつけてきた。

ゾクリ。怖い。なんだ、これ?

身体が動かない。足も手も、口も身体のありとあらゆるところが動かせない。

完全に呑まれてしまった。爺ちゃんの放つ底知れない何かに。

くそ、動け。動け。動けよ。

負けるか。負けてたまるかー!

恐怖に負けじと震える身体を動かし、足を踏み出す。

俺は爺ちゃんに比べて何もない。

筋肉も、知恵も、技術も何も。

だけど。

 

「俺は負けねぇ!」

 

「ほう、まだやるのか? 儂に勝てるものがあるのか?」

 

「ある」

 

「何で勝つのじゃ? ロクな武器もない、筋肉量も及ばない、技術もない、大人と子供の圧倒的な力量差で、この状況でどうやって勝つのじゃ?」

 

「決まってんだろ? 心で勝つ!!!」

 

諦めたら試合は終了だ。武偵憲章にもあるしな。「諦めるな。武偵は決して諦めるな」って。

だから、諦めない。勝てないから諦めるなんて、そんなのは嫌だ。

俺は諦めない。こんなの治らない病を宣告された時に比べたら、全然大丈夫だ!

負けても死ぬわけじゃないし、勝つまで何度だって立ち上がればいい。

俺は諦めないと決めた。自分で自分の心でそう決めた。

前世の漫画で『大事なことは心で決めなさい』と某猫又さんも言ってたしな。

だから。

 

「俺が諦めるのを諦めろ!」

 

「ふっ……諦めの悪さだけは一人前じゃな。じゃが、それだけでは勝てんぞ。力無き信念など無いに等しいのじゃー」

 

爺ちゃんが振り下ろした拳が腹にのめり込む。

「かっは……」と吐血させながらも痛みに耐える。

ここで倒れるわけにはいかないんだ。

諦めてたまるかよ!

俺には信じてくれる仲間や、待ってる家族や幼馴染がいるんだ!

ここで倒れるわけにはいかないんだー!

脳内に浮かんだのは、家族、友人、これまで出会った人々。

そして、耳に届くのは俺の戦いを見守ってくれている仲間達。

彼らが観てる前で俺が諦めるわけにはいかないだろう!

俺は一人じゃねえんだ!

そう思った瞬間、自分の内側から力が湧いてくるのを感じた。

これは……この感覚はなんだ? 喜び、怒り、憎しみ、悲しみ、そういった胸の内に秘めた感情が心の底から溢れるこの感覚は一体?

まるで……まるで、心が震えるようなこの感覚は一体。

 

「なんじゃ? どうなっとる……その左手はなんじゃ⁉︎」

 

左手?

爺ちゃんの言葉で我に返った俺は左手を見ると、左手のルーンが今まで見たこともないくらい、激しい輝きを放っていた。

 

「ガンダールヴのルーン……そうか、ガンダールヴの強さは心の震えで決まるから……」

 

だから、心が震えた今、反応して光輝いたのか。

理由はわからない。

ただ、この状態の俺はいつも以上に集中出来ている。そのせいか……。

 

「その左手は……やはり、何か持とったか」

 

爺ちゃんの小さな呟きすらはっきり聞こえた。

 

「気づいてたのか」

 

「当然じゃ。孫のことを知らぬ祖父などおらん。

お前が何かを隠してるのは前から気づいておった。じゃが、そんな力を秘めておったとはな……」

 

爺ちゃんにはバレたか。ああ、きっと気味悪がられたりするんだろうなー。

人は自分と違うものを徹底的に排除しようとする生き物だからな。

だからきっと爺ちゃんも……

 

「ふむ、面白い。面白い力じゃ!」

 

え?

 

「その力は何じゃ⁉︎ 筋肉が増えたり、筋肉量の増したりするのか?

ズルいぞー、儂ももっと筋肉欲しいんじゃー!!!!!」

 

……。

うん、そうだよな。爺ちゃんは筋肉バカだったよな。普通の人じゃないもんなー。というか十分筋肉付いてるからもう必要ないぞ。爺ちゃんらしい反応だな。

だけど特別な力=筋肉って発想するの爺ちゃんだけだぜ?

 

「そんな力ねえよ!」

 

「チィ、なんじゃつまらんのぅ。筋肉を震わせる力じゃなかったのかー」

 

筋肉を震わせる力って何?

そんな力いらないんだけどー⁉︎

 

「ま、よい。少しは楽しめそうじゃな。ほれ、かかって来い!

儂を倒してみよ!」

 

「言われなくてもそのつもりだ!

行くぞ、おりゃあー!!!!!」

 

爺ちゃんに向けて駆け出す。

身体が軽い。力が溢れる。

今なら何でもできそうだ。

 

「火中天津甘栗拳ーー!!!!!」

 

アチャ、アチャチャチャチャチャチャ______!!!!!

 

「何度やってもそんな軽い拳では……なぬ⁉︎」

 

ドスドス、と重い一撃が爺ちゃんの身体に入る。

 

「かはっ……」

 

爺ちゃんの口から吐血が飛び散る。

 

「……!(ば、馬鹿な。儂の『硬化』を打ち破ったじゃっと)」

 

チャンスだ!

攻撃の手を緩めず、続いて蹴りを放つ。

爺ちゃんは体を捻ってそれを躱し、俺から距離を取ろうとしたが……遅い!

爺ちゃんの動きは全て見える!

爺ちゃんが次、どんな動きをするのかは全てわかる。

筋肉が動く時に発する音を耳で捉えて、爺ちゃんより速く動ければどうということない!

爺ちゃんが拳を振ってくるが、当たらなければどうってことない。そう思いながら俺はあることを思い出していた。そうだ。ある! 爺ちゃんに勝つ方法! 爺ちゃんに接近して爺ちゃんの頭部を狙おう。

もうちょっと上。よし、そこだ! ここに打ち込めば勝てる! 昔、父さんに聞いた爺ちゃんや父さんの弱いところ。

 

『父さんや爺ちゃんに弱点ってないの?』

 

『はは、なんだい、いきなり?

弱点かぁ……そうだな、しいていうなら』

 

____僕達一族はこめかみが代々弱いかな。

 

『火中天津甘栗拳』を放つ瞬間、インパクト時にグーからチョキに変えてそのまま人差し指と親指で爺ちゃんのこめかみを突く!

 

「ぐおおおおおおお!!!!!」

 

もがき、苦しむ爺ちゃん。

こめかみを強く押されたせいか、その顔色は徐々に青くなる。

ごめん、爺ちゃん。だけど、勝つにはここを狙うしかないんだ!

 

「馬鹿な……こめかみ狙うとか貴様本当に人間か!」

 

弱点を突いたら爺ちゃんにマジキレされた。

 

「いや、それは爺ちゃんにだけは言われたくない」

 

さっきからすれ違い様に何発も拳入れてるのに全然倒れないじゃんか!

爺ちゃんに突っ込んでいると、静観していた巻から突っ込まれた。

 

「安心なさい。あんたたち、どっちもただの人間じゃないから!」

 

おい、コラ。巻! それはどういう意味だ!

巻に突っ込んでいると。

チームメイトの一人が巻に駆け寄ってきた。

 

「巻さ〜〜〜ん、とって来ましたー!」

 

巻に手に持つそれ(・・)を手渡す。

 

「遅かったわねぇ! まあ、いいわ。ほら、昴くん、これ使いなさい!」

 

巻が受け取ったそれ(・・)を俺に向けて放り投げてきた。

 

「ぬ。それは儂が厳重に保管していた……まあ、よい。

素手の力は十分見れた。今度はそれ(・・)を使って剣の腕前を儂に見せてみよ!」

 

「ああ、そうさせてもらう!」

 

受け取ったそれ(・・)____木刀『星砕き』____を構えて、爺ちゃんを睨み付ける。

そして、爺ちゃんに向け駆け出す。

 

「いくぞ!」

 

手にした木刀を力一杯握り締めて、爺ちゃんの動きを読んで、間合いに入る。木刀を使うから間合いに入るんじゃない。離れたら『鏡花水月』で狙い撃ちされる。空気の塊なんて目では見えないし、筋肉じゃないから音も拾えない。だから。

近接戦に持ち込んでタコ殴りにしてやる!

 

「オラオラオラオラ!!!!!」

 

木刀を何度も何度も振るい、爺ちゃんの胴体に力一杯叩き込んだ。

ただ叩き付けるだけじゃなく、斬るイメージで木刀を引いたり、刀身で叩き割るイメージで何度も何度も振るう。

木刀を振るう度に、木刀を叩き付ける度に、左手のルーンは強く輝く。

これならイケる!

そんな確信があった。

 

「調子に乗るなー!」

 

パシッ、と音聞こえ、一瞬のうちに片手で木刀を掴まれた。引き剥がそうと力一杯木刀を握り締めるもビクともしない。一体どこにこんな力があるんだ? あんだけ痛め付けてもピンピンしてるなんて……人間辞め過ぎだろ。

 

「なかなかやりおるのぅ。加減してやっとるとはいえ、儂をここまで痛み付けるとは……じゃが、まだまだ足りんな」

 

「筋肉ならこれから鍛えるよ」

 

大人の筋肉量と子供の筋肉量は違う。今の俺では爺ちゃんには勝てないのは仕方ない、もう少し大きくなったら爺ちゃんを力でねじ伏せてやるよ!

そもそも勝てなくて当然だ。だって俺、まだ10歳だからな。

 

「認めてやるぞ。昴よ、お前は強い。今の強さをお前が好きなゲームで例えるならレベル80といったところじゃな。じゃが、今のままでは大人のレベル1には勝てん。強者と万が一対決することになったら間違いなく死ぬ。儂は可愛い孫が死ぬのを見とうない。じゃから、お前が死なないように、大人のレベル10くらいには勝てるように今日は特別な教育をしてやるぞ」

 

そう言った爺ちゃんは掴んでいた木刀から手を離す。そして、腰に携えていた鞘から赤い色をした剣を取り出した。

あれは……日本刀?

いや刀に似てるけど日本刀じゃないな。形が違う。普通の日本刀は峰の方へ向かって反る、いわゆる外反りと呼ばれる反り方をしているもんだけど、爺ちゃんが持ってるのは剣の形をしている。それも刃が内反りだ。刃に向かって湾曲している。

 

「この剣はかの伝説の布都御魂の剣(フツノミタマノツルギ)じゃ。昔、京都の土御門家でひと暴れた時、ちょっくら拝借してきたもんじゃ。伝説の神剣だけあって、此奴には何度も助けられたわ」

 

「ちょ、何やってんの⁉︎」

 

それ、国宝級の品物じゃないっすか⁉︎

勝手に拝借って、土御門家の刺客とか、公安から目つけられるだろうがー!

 

『相棒は人使いあらいからなー、毎度付き合わせれる俺の身にもなれってんだ』

 

「え?」

 

この剣……今、喋らなかったか?

いや……まさか。

 

「巻、今なんか言ったか?」

 

俺は周りを見渡した後、巻に確認をしてみた。

巻は『何、言ってんのこいつ』みたいな顔をして首を横に振った。

 

「いいえ。何も言ってないわよ。誰一人ね」

 

巻の周囲にいるチームメイトも困惑の表情を浮かべている。

……聞き間違いか? いや、でも……。

 

『ん? オメェさん、俺の声聞こえんのか? 契約者でもないのに? そりゃ、おでれーたなー』

 

「おでれーたのは俺の方だ! って、あれ? もしかしてインテリジェンスソード?」

 

意思のある魔剣。まさかのデルフさんっすか⁉︎

 

『俺自身には名前はねえよ。この器の名前はさっき相棒が言ってた布都御魂の剣ってやつさ』

 

「ほう、布都御魂の剣と会話できるとはのぅ。さすがは昴、儂の孫じゃ! がははははっ!」

 

『ん? んん? なんだかお前さんからは懐かしい匂いがするなー……初めて見たはずなのにまるで何年も一緒に過ごしたみたいな、そんな懐かしい感覚がする』

 

「懐かしい?」

 

そう言われても俺が布都御魂の剣と会ったのは今この時が初めてだ。爺ちゃんがインテリジェンスソードを持ってるなんて知らなかったぞ。ガンダールヴが存在するならもしかしたら、どこかにインテリジェンスソードみたいなものもあるかもしれないってのは思ってたけど。

それが今目の前にある。そして、その剣先は俺に向けられた。

 

「さて、会話の時間は終わりじゃ。漢なら剣と拳で語り合え! 拳で散々語り合ったからのぅ、次は剣で教えてやるぞぃ? 本物の剣術とはどういうものなのかを」

 

ニィ、と笑った爺ちゃんは布都御魂の剣を振るった。横に跳んで避けたが、剣先が地面に当たった瞬間、凄まじい衝撃が襲ってきた。なんつう破壊力だ! たったの一振りで地面に大穴が開きやがったぞ!

 

「それそれ、どんどんいくぞぃー」

 

一撃、二撃、三撃……爺ちゃんは休む暇なく手に持つ鉄剣を振るう。俺は全て、反射神経だけを頼りに躱しているが、躱す度に剣速は速くなっていく。

七撃目を躱したところでついにその剣先が俺の服を掠った。

ヒューン、と風を斬るような音を出す剣先から物凄い衝撃が伝わってきた。

俺の身体は50メートルほど、吹き飛ばされる。

くっ、なんつう衝撃だよ、普段から爺ちゃん達に殴ら慣れている俺じゃなきゃ死んでたぞ?

大木に激突し、背中を強打したがこのくらい日常茶飯事な俺はすぐさま立ち上がり、木刀を握り直す。

そして、俺に向けて突きを放ってきた爺ちゃんの鉄剣を木刀で受け止める。

ガキィィィン、と鉄剣と木刀が激突する音が鳴り響く。

 

「なかなかやりおるな。これはやはり、その左手の力かのぅ?」

 

爺ちゃんの視線は俺の左手、ガンダールヴのルーンに向けられた。

うう、どうしよう? なんて言えばいいんだ……。

素直に話すべきか? いや、だけど……神様から貰った力だ、なんて信じるか?

 

「ほう、神から貰ったのかー。じゃあ、儂も神に会えばより強靭な筋肉を貰えるのかのぅ?」

 

って、心読まれた⁉︎

 

「我が筋肉に不可能はないわ」

 

いやいや、筋肉関係ないよな! 心読むのにどんな筋肉使うんだ! 心筋か? 心臓鍛えたら心読めんのか?

どうやって鍛えんだよ?

あと、神に会って貰うのは筋肉とか、どこまで筋肉好きなんだよ⁉︎

 

「よい、突っ込みじゃ」

 

「うっせー!!!!! 誰のせいだ、だれの」

 

このボケ老人めっ! ボケにまで筋肉使うとは……脳筋はこれだから。

 

「爺ちゃんに向かってボケ老人とは何様じゃ!」

 

ガキィィィン! 鉄剣を木刀で受け止めたが、クソ、さっきより威力上がりやがった。

なんとか、受け止めたけど腕が痺れてきやがる。

一撃、一撃の威力が重すぎて俺の筋肉じゃ、抑えきれない。

爺ちゃんは蓮撃を止めない。

ガンダールヴの反射神経と、爺ちゃんが動く度に発生する筋肉が伸縮する時に出る音を頼りに回避行動を取るが、避けてばかりじゃ勝てない。

このままじゃマズイ。そう思った俺は一か八かの勝負に出る。

 

「うおおおお!!!!!」

 

だん、と地面を力強く蹴り、勢いを付けて突進する。

助走を付けることで威力を増すし、突き技なら躱せないはずだ。爺ちゃんの筋肉の動きを聞き取れば、次に動くであろう身体の部位もわかるしな。そう考え、狙いを定めて突進した。

 

「甘いわー!」

 

ガキィィィ、と鉄剣で受け止められ、そして受け長された。体勢が崩れた俺の足に爺ちゃんは足をひっかけ転ばせる。

ズサァァァと地面にダイブした俺は直様立ち上がろうとしたが、ザクッと顔の横に刃が突き立てられた。

 

「まだやるかのぅ?」

 

「まだまだ……」

 

これくらいで諦めるわけないじゃないか!

俺には巻やチームメイト達が声援を送ってくれるんだ。帰りを待ってくれる家族がいるんだ。幼馴染達にも早く会いたいし、早く帰ってゆっくりしたい。

何より負けたままでいたくねぇ!

 

「うおおおおぉぉぉ」

 

最後の力を振り絞って立ち上がる。

もう、体力も限界だ。

腕に、手に力も入らねえ。

だけど、この一撃だけは当てる。

絶対に当ててみせる。

 

「ヒルダ。起きてるんだろう? 最後にちょっと力貸せ」

 

それには協力者が必要だ。

 

「人使いが荒いわね。貸しよ? 後で血をもらうわ」

 

フラフラと身体を揺らしながらも、ヒルダは立ち上がり、そして口元に付いた己の血を舐める。

 

「ああ、好きなだけやるよ。だからお前の残りの電撃、全て俺に流せ」

 

「本気?」

 

ヒルダのその目は俺の覚悟を問うような真剣な目で俺を見つめていた。

 

「ああ、行くぞ」

 

思いついた技がある。ずっとやりたかった。再現したかった技。

桜や母さんに頼めば再現出来るかな、なんて思っていたけど桜はともかく、母さんは殺す気で放ってきそうだから妄想だけで胸にしまっていた技。

俺は爺ちゃんに背を向けて、走り出す。

距離が50メートルくらい空いたところで身体を反転させた。

そして、ヒルダに合図を出す!

 

「俺に合わせろ、ヒルダ」

 

俺の言葉にヒルダは頷き。

 

「行くわよ! ん …… 『雷球(デイアラ)』」

 

そして、力みながら球状の雷を発生させた。

発生直後、ピンポン球の大きさだったそれは、野球の球、そして、バレーボールの大きさまで膨れ上がる。

その技をヒルダは俺に向けて放つ!

 

____さあ、来い。これが俺の……

 

「全力だぁぁぁああああああああ!!!!!」

 

雷の直撃を受けた俺は両腕を伸ばす動作をしながら手に持つ木刀『星砕き』を空中に投げる。

爺ちゃんに向けて、真っ直ぐ浮くように。

勢いよく。

 

「武器を手放すとはヤケになりおったか……」

 

空高く投られた木刀は回転しながらゆっくり落下してくる。

俺はタイミングを見極めて、木刀の剣先が爺ちゃんに向くタイミングでその木刀に……。

____『火中天津甘栗拳』を叩き込む!

木刀は拳に押され勢いよく飛んでいく。真っ直ぐ。真っ直ぐ。矢のように。

爺ちゃんは投げ飛ばされた木刀を避けようとして。

 

「む? こ、これは……⁉︎」

 

『相棒こりゃ、躱せんかもしれんね』

 

その迫り来る木刀の速さに驚きの声をあげた。

投げ飛ばされた木刀の速度は雷神モードの爺ちゃんの速度と同等。

回避は間に合わない。

そう判断した爺ちゃんは鉄剣で木刀を打ち払おうとする。

木刀と鉄剣が衝突した瞬間。

俺の耳に、バリバリという虚空を劈く激しい放電音(スパークノイズ)が迸る。

今の俺が出せる他人の力を借りることで放てる全力の一撃。

____『超電磁砲(レールガン)』。

電力を二本のレールに流すことで物体を遠くへ飛ばす……某ビリビリツンデレ少女の得意技なアレ。

それを使ってみた。弾を撃ち出す為の火薬はヒルダの電撃、砲台は雷神モードになることで電撃の耐性がある俺の身体そのもの。撃ち出す弾は鋼鉄すら斬り裂ける頑丈な木刀『星砕き』。

自分の腕をレールに見立てたなんちゃってレールガン。

なんちゃってだが、全力の一撃には代わりない。ヒルダの全力の雷撃を纏った木刀は全力で投げた俺の力が加わり、爺ちゃんが持つ鉄剣とぶつかりあった瞬間、眩い白い光を発生させた。

今度こそ、爺ちゃんを倒せると思ったが。

 

「ぬおおおおぉぉぉ!!!!!」

 

爺ちゃんは直撃を受けても、倒れることはなかった。それどころか無傷だ。傷一つないとか、嫌になる。

レールガン直撃して倒れないとか、何このバグキャラ。

卒業させる気ないだろー⁉︎

 

「無理だったかぁ。……はぁー、仕方ねえ。約束通り、まだここにいるよ」

 

「夢を見てるのかしら? 私の電撃がまったく効かないなんて。悪い夢。そうよ、これは悪い夢なのよ。寝れば覚めるわ」

 

現実逃避を始めたヒルダは俺の影の中に戻っていった。

サンキュー、助かったぜヒルダ……って、おい! なんで俺の影に入るんだよ!

出ろ! 今すぐ出てけー!!!!!

ヒルダに文句を言ったが反応はない。おいおい、マジか。

俺、ヒルダに憑かれちまったんか。

俺に女が纏わり付いてるのが妹達にもしバレたら……?

いかん、寒気してきた。俺帰ったら殺されるかも。

 

「帰れなくて正解なのかもしれん」

 

そう考えると運がいい。爺ちゃんの卒業試験に落ちちまったから。

俺は当分、家に帰れないからなー。いやー、残念だ。残念だ。

だけど約束だから仕方ないよね?

 

「昴よ。……合格じゃ!」

 

そう言った爺ちゃんはバタン、と両腕を広げて仰向けに倒れる。爺ちゃんの横には砕けた木刀の残骸が転がっている。

……いやいやいや! わざと? ねえ、わざと?

なんで倒れるんだよ! 家に帰るハメになるじゃん。

病んでる妹達に吸血鬼対面させることになるじゃん!

 

「最後の一撃、見事じゃった。お前ならよりよい筋肉使いになれる。儂ゃ、もう思い残すことはないわぁ」

 

いや、ちょっと待てー! 突っ込みどころ多いからちょっと待てー!

筋肉極める気ねぇよ! 筋肉使いってなんだよ! 生身で レールガン撃てたのは筋肉を鍛えてたから、とかそんな理屈いらん。聞いてる? ねぇ、聞いて!

 

『あー……なんだ、その……相棒はなんでもかんでも筋肉に結びつけたがるから仕方ねえよ。一度言ったら聞かねえし。諦めろ……』

 

神話級の神剣にまで脳筋って認められてる祖父って一体……。

 

『それにしても、さっきの技はおでれーたーぞ。2000年ばかし生きてるが、あんな技見たことねえー。こりゃあ、将来が楽しみだなー』

 

「インテリジェンスソードを驚かせることが出来たのなら、頑張った甲斐があったよ」

 

そう俺は布都御魂の剣に告げた。巻にも礼を言わないとな。

あとチームメイトにも。

そう思いながら、歩き出した。

俺の背後で布都御魂の剣が何やらポツリと呟いていたが、どういう意味だろうね?

 

『最後の一撃、本当、おでれーたーからな。あともうすこしでこの器が耐えられなかったとこだ。ビビったね、イヤーマジで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして爺ちゃんに半ば無理矢理参加させられた修行は無事に終わり。

巻やチームメイトに別れを告げた俺はようやく、やっと家に帰ることが出来た。

さあ、久しぶりにダラダラ過ごすぞー!

という俺の野望は帰宅早々崩れさった。

ピンポーン、とチャイムを鳴らし玄関の扉が開かれた。

ここで、いつもなら桜が「おかえりなさい兄さん」とか。「お疲れ様ですお兄ちゃん」と言ってきたり。「兄にぃおかえり!」と橘花がタックルを食らわしてくる場面なのだが、玄関の扉を開けたまま、何故か二人は固まっていた。

 

「どうした?」

 

「に、にに」

 

「に?」

 

「兄さん、どういうことですか!」「これはどういうこと、兄にぃ!」

そう言った妹達にリビングまで引き連れる。

 

「いや、待て。ちょっと待て。落ち着け。意味がわからん……」

 

フローリング床にドサッと投げ飛ばされた俺は妹達に文句を言おうとしたが妹の顔を見た瞬間、黙らずにいられなかった。妹達の目が据わっていたからだ。

 

「なんで兄さんから他の女の匂いがするんですか?」

 

「浮気は死刑だよ、兄にぃ」

 

「何故、バレた⁉︎」

 

え、もしかして俺、ヒルダ臭い? 吸血鬼特有の匂いとかする?

 

「女ものの香水の香りに、ヤモリを焼いたような匂いがします。抱きつかれたりしましたね?」

 

ビシッと指を指す桜。いや、待て。俺は女を抱いた覚えなんて……あっ!

脳内に浮かぶのはテントの中で巻に襲われた記憶。あん時に付いたんだ!

巻、あんニャロー! 香水の香りプンプンさせていたせいで、匂いが服に着いちまったじゃねえか!

 

「浮気する悪い兄にはお仕置きが必要ですよね?

兄さんの身体抑えて橘ちゃん」

 

「うん、わかった。一生浮気できないように躾けようね、桜お姉ちゃん」

 

橘花に羽交い固めをされ、身動きが取れなくなる。

桜の手からは放電音(スパークノイズ)が迸る。

 

「いや、待て。止めろー」

 

俺は悪くない。悪いのは巻のアホだ。

愛ある拳による鉄拳制裁もっとしとけばよかった。

 

「大丈夫です。私達しか愛せなくなるだけですから。ちょっとばかし頭がぱーになるかもしれませんが、もともとぱーな兄さんには何も問題ありません」

 

おい、それはどういう意味だ!

ちょ、待て……止めろ! 話し合おう!

ラブ&ピース! 話し合い大切! そう叫ぶ俺に桜の手が迫り。

その手が俺に触れる寸前。

 

__ピンポーン!

 

玄関から来客を告げるインターフォンの音が聞こえてきた。

 

「ほら、誰か来たみたいだぞ。早く出ないと。

はいはいー、今行きますよー」

 

橘花の拘束を力任せに振りほどいて玄関に向かい、そして戸を開けた。

開けた瞬間、戸を閉じたくなった。

 

 

「やっほーすばる〜ん♡ 愛しのりこりんが来ましたよ〜」




筋肉を鍛える能力……じいちゃんに与えたらよりバグるから……どうしたもんかー。
じいちゃんにマッスル神の加護を付けることも真剣に考えた。

『筋肉を鍛えれば鍛えただけ筋肉が付く能力』

それを与えるのはもちろん……
マッスル神『我を従わせられるのはこの世でただ二つ! 右と左のオッパイだけだ!』
で、おなじみ? なこの神!

照神『止めたげてー! 昴(精神的に)死んじゃうからー!!!!!』

じいちゃんにガンダールヴの能力あったら心震わせなくても筋肉で大抵の敵は殲滅出来ますね、きっと。


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Ammo19。ルーマニアから来た少女

いつもながら、更新遅れました。
前回まではバトルパートでしたので、今話からはしばらくラブコメ風です。
ま、コメディーよりどちらかというとシリアスな雰囲気ですが。
ヤンデレます。ヤンデレますので、ヤンデレ苦手、ブラコンの妹は苦手だという方はバックを推奨します。


り、理子⁉︎

 

戸を開けるとそこに佇んでいたのは俺がルーマニアで助けた少女、峰 理子 リュパン四世だった。

 

おいおい、何がどうなってんだよ⁉︎ 何で理子が家に来てんだ⁉︎ ルーマニアにいる父さんの元でこれからのことを考えるんじゃなかったけ?

 

「兄さん? 誰がいらしたんですかー?」

 

リビングの方から桜の声が聞こえる。

ま、まずい。非常にまずい。桜と橘花は俺の服に女性ものの香水が付いただけでヤンデレモードになるのに、理子と玄関先で会話しているとこを見られたら……そう考えただけで震えが止まらなくなる。

ヤバイ。こんなとこ見られたら……俺、殺される。

ど、どうにかしないと。

で、でも……どうすりゃいいんだ?

 

「すばる〜ん、久しぶりー」

 

そうこう悩んでいると、理子が抱きついてきた。

むぎゅんと、柔らかい感触が俺の頬に伝わる。

し、知らなかった。小学生でも……女の子の胸ってこんなに柔らかいんだな。

原作ほどじゃないが、確かにそこには楽園(パラダイス)が存在した。

レモンより大きい。オレンジくらいあるか? ……いや、この感触、この頬に伝わる感触からするとこの形はりんごだな。メロンやパイナップルではないが、確かにある。小さなりんごが。

よし、今日から理子のことはりんごちゃんと呼ぼう。内心では。

 

「会いたかったよ〜〜」

 

ぎゅっと抱き締めてくる理子(りんごちゃん)。抱き締める度に俺の頬にりんごちゃんが接触してくる。

くっ、なんたることだ。がっちりホールドされているせいか、自分から動いてこの感触を堪能することが出来ないではないか!

楽園を堪能していた俺にその声は聞こえてくる。

 

「お兄ちゃ〜〜ん、いつまでそこにいるんですかー。そろそろさっきの話しの続きを……⁉︎」

 

俺を抱き締めたまま、理子はその声がした方向へ体を向ける。

リビングから歩いて来た桜と目が合う。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

ち、沈黙が怖えぇぇぇ。

 

「……」

 

「……兄、さん?」

 

どう説明すればいいのか、答えに詰まって沈黙していると、桜が口を開いた。

が、その口調はかなり冷たい。ここで説明ミスったら後がヤバイ。

な、なんとか上手い言い訳しないと。

 

「あ、あー……これはだなあ……」

 

「これは……なんですか?」

 

ひ、ひぃ! 怖ぇぇぇ!

や、やべえ。殺される⁉︎

 

「ねえ、昴。この子だれ?」

 

理子が桜について尋ねてくる。

 

「昴?」

 

「あー……こいつはなぁ」

 

「兄さん、この人は一体誰ですか?」

 

じとー、とした視線が桜から向けられる。

 

「こいつは……」

 

「兄さんってことは昴の妹さん?

だったらりこりんの妹だね!」

 

理子の発言にその場の空気が固まる。

り、理子めっ! もっと空気読め。ここでその発言はいろいろアウトだ!

 

「妹……あ、あはは! 聞き間違いですよね? 今、そちらの方から寝言が聞こえたようですが、起きてます?

まだお昼ですよ? はろはろー? 」

 

「やだなーちゃんと起きてるよー。私の昴の妹さんなら、未来の義妹ってことだよね?」

 

「……私の?」

 

「うん、私の」

 

バチバチ!

桜と理子の視線がぶつかり合う。

なんだろう。二人の周りだけ気温が下がってるような気がする。

ここにいたらまずい。とりあえず、理子の腕の中から脱出しないと。

 

「あっ。だ、だめっー!!! すばる〜ん、そこはだめだよー」

 

脱出しようともがけばもがくほど、手が腕が顔が、理子の柔らかい部分に触れてしまう。

ああ……これはあれだなぁ。

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)は実在したんだ! ラフテルは女の子の体の一部に実在したんだよ!

 

「ちょっ、何してるんですかー⁉︎ 兄さん、離れてください!」

 

そうは言うが桜さんや。離れようとすればするほど、理子が持つ古代兵器級な胸の谷間(プルトン)からは逃げられないんだよ。

 

「なっ、なんていう羨ま……ハレンチなことをしているんですか!

え、えっちぃのはいけないと思います!」

 

そう言った桜は俺の顔を掴んで無理矢理引き剥がそうとする。

い、痛いたたたたたたった!!!!! く、首が捥げるぅぅぅ捥げてしまう_____!!!!!

馬鹿力で無理矢理引き剥がされた。

ちょ、ちょ待て! 俺の首がありえない方向に曲がってるんですけどー⁉︎

青白くなる俺を見た桜は。

 

「……今、治療しますね。『雷鶴(らいづる)』」

 

小さく呟くと、彼女の両手から小さな鶴が出現した。

その鶴は両翼を広げて、空へ飛び立つとやがて俺の頭の上でくるくるくるくると回り始める。

 

「『雷針(らいばり)』!!!!!」

 

広げた両翼から小さな無数の針が降り注ぐ。

って、針⁉︎

 

「あいだだだだだっ!!!!!」

 

上空から降り注いだ雷の針は俺に突き刺さる。

 

「あ、動いちゃいけません! まだ治療中なんですから」

 

そうは言うが、桜さんや。チクチクチクチクっと、針が全身に突き刺さるのは結構痛いんだぞ?

我慢できないほどじゃないが、下手な鍼灸より痛みがある。

 

「……どうせ、お母さんのように上手くいきませんよーだ……」

 

俺の心を読んだように桜はそう言って、唇を尖らせる。ああ……そんな桜の姿は可愛いなぁ。

こういうとこは年相応というか、七歳児そのものなんだけどな。

なんで、いきなりヤンデレるんだうちの妹達は。

 

「って、わわっ! 何それ⁉︎ 大丈夫なの⁉︎」

 

心配そうな顔をして、理子が聞いてきた。

 

「ああ、大丈夫だよ。今のは桜の陰陽術だからな。西洋で言う魔術みたいなものだ。

筋繊維や神経に針を刺して、回復を促す治療の一環だよ。たまにお世話になってるし、大丈夫だ……多分」

 

「多分って何⁈」

 

「多分って何ですか!」

 

いや、だってな。三回に一回は失敗してるじゃん。

この前なんか、父さんの肩凝り治そうとして、庭の木燃やしたし。

 

「大丈夫なの⁉︎」

 

理子が心配したのか、俺の手を握り……そして、その手を自身の胸に押し付けてきた。

WHAT? な、何が起きたんだ⁉︎

もみもみっ。

……これは、まさか⁉︎

 

「……兄、さん」

 

うおぉぉぉ⁉︎ 桜の視線がヤバイ!

ち、違うんだ。これは。

ど、どうにか桜を説得して切り抜けないと!

そう思っていた俺にもう一つの災厄が降りかかる。

 

「……何やってんの、兄にぃ(・・・)

 

……あっ、死んだ。俺死んだ。

俺の視界に、笑顔の橘花の姿が目に入った。

いい笑顔だった。いい笑顔をしている橘花だが、よくよく見てみればその手には包丁を持っていた。

いやいやいやいや!

 

「……桜お姉ちゃんが戻って来ないと思って来てみれば」

 

「ちょ、待て。落ち着け、話せば解る!」

 

話し合い大切。ラブ&ピース!

 

「問答無用! 死に晒せー!!!!!」

 

手に持った包丁を振り回してきた。

うおっ、ちょ、よっと!

パシッ、と両手の掌を合わせるように包丁を挟んで受け止めると、それを見ていた理子が「昴……人間辞めてるね」と若干引いていた。大丈夫だ! りこりん。世の中にはこれを片手で平然と行う根暗さんがいるから。近い将来、お前の前に現れるから!

 

「やっぱり、普通の刃物じゃ兄にぃは刺せないかぁ。じゃあ、これならどう!」

 

橘花はそう言うと、掌を上に翳して大気中にある水分を凝縮し始めた。

 

「いやいやいや……ただの人間相手に魔術なんか使うなよー!」

 

俺、ちょっと筋肉ある普通の人間。魔術なんていうオカルトは苦手なんだけど!

そんな俺に橘花は魔術で作った日本刀『水刃刀』を向ける。

 

「兄にぃなら当たっても大丈夫。どうせ死なないし……」

 

いやいや! それ、大理石に傷付けるくらい威力あるよな?

人間の皮膚に触れたら血が出るから。痛いから!

 

「……痛いですむのは兄さんやお父さん達くらいですよ?」

 

桜が呆れた顔をして、じとーといった眼差しを向けてきた。

え? 俺なんか間違ったこと言った? 痛いの嫌じゃん。

 

「じゃ、遠慮なく」

 

橘花は手に持つ水の刀を振るう!

 

「だから止めて! 血出るから!」

 

俺は慌ててしゃがんで回避した。あっぶねえー。あと数センチずれてたら血飛沫出てたよ。

どんなに殺傷力があろうが、当たらなければどうということはない!

橘花の動きは筋肉探知で、次どこの筋肉動かそうとしてるのかわかるからな。

 

「普通は血が出るから、ですむ話しじゃないよ、昴……」

 

理子の呆れた声が聞こえたきたが、知らん。気にしたら負けだ。周りの大人達が非常識の塊だからかな。

 

「く、この、えいっ!」

 

橘花は俺が避けたことが気に入らなかったのか、手に持つ水刃刀をブンブン振り回す。

だが残念! 当たりはしない。

 

「ははは、どこを狙っているのだね?」

 

気分的にはあれだ。ム○カさん的な気分だ。

 

「このー!!!!! 絶対、ぜっーーーーーたいに死なす!!!!!」

 

いや、橘花よ。その台詞はピンクの桃まん武偵に言わせたいんだ。

だからお前が言うな。それを言っていいのはレモンちゃん(ツンデレさん)だけだ。

 

「……んもう、兄さんたら……」

 

桜が呆れ気味に溜息を吐く。

 

「桜お姉ちゃん、手伝って!」

 

「もう仕方ないですね、二人がかりでやりますよ」

 

桜の掌から放電が始まった。

いやいや、止めろよ!

お兄ちゃん、本当に死んじゃうよー⁉︎

 

「だ、ダメ____私の昴に意地悪しないで!!!」

 

「だから、私のって何ですか!!!!! お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんですからね!」

 

「違うもん、私の兄にぃだもん!!!」

 

「昴は理子のもんだもん。だって昴は理子のお兄ちゃんになった(・・・・・・・・・)んだから!!!」

 

「……はい?」

 

俺が疑問の声をあげたその時。

携帯の着信を知らせるメロディが流れ始める。

……何だろう。凄く嫌な予感しかしない。

画面を見ると、父さんからメールが来ていた。

開いてみるとそこには……

 

『from 父さん

 

 

昴くんへ。

 

元気でやってるかな? ルーマニアのゴタゴタがようやく片付きそうなので、近いうちに帰ります。

あ、そうそう。理子くん達はうちの子になるからみんなで仲良く暮らすように。

可愛いからって、手を出してはダメだよ?

新しい妹達の面倒よろしく頼むよ 父より』と書かれていた。

 

……送ってくるの遅いよ。もっと早く知らせてくれよ、父さ____ん‼︎

ああ、なんていうか。

 

「……不幸だ」

 

「というわけで、今日からこの家で一緒に暮らす峰 理子です! あ、星空 理子の方がいいかな?

でも、同じ名字だと新婚さんみたいだよね〜。ねぇねぇ、昴は峰と星空どっちがいい?」

 

俺の携帯を覗き込んでいた理子がノーテンキにそんなことを言ってきた。

いやいや、理子さんや。それ、どっちを選んでも同じことじゃないかー。

どっちを選んでも死ぬことになるぞ。俺が!

 

「……兄さん?」

 

「……兄にぃ?」

 

はい、死んだ。俺死んだ。

 

「……えっとー……つまり……」

 

この状況どうにかしないと。

ここは。よし、伝説的な口説き文句のあの台詞で乗り切ろう!

 

「……悪いな。実は俺、2次元の妹にしか興味ないんだ!」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「も、もしくは、ポニーテール萌えなんだ」

 

「……に、兄さんの馬鹿____!!!!!」

 

「兄にぃのアホ______!!!!!」

 

「昴の鈍感______!!!!!」

 

某借金執事なごとく! のハ○ヒ的な口説き文句は大失敗だった。

って、うおおおい!!!!!

し、室内で能力使うのは止めろ!

理子を見習え! 拳で殴るとか、可愛らしい攻撃しかして来ないじゃないか。ポカポカと、殴る姿可愛いなぁ。って、なんで、妹達は睨んでくるんですかね? 気に触るならほら。

能力や武器を使わず、拳で語り合おう!

……あれ、なんか俺、爺ちゃんの悪影響モロに受けてないか?

いや、気のせいだよな。武器や能力使わずに拳で話し合うのは『普通』だしな。

うん、普通だ。普通。

変じゃない。

 

「いや、おかしいわよ⁉︎」

 

そんなことを考えていたら、誰かに小声で突っ込まれた。

その声は俺の影の中から聞こえてきた。

げぇ。そういや、こいつもいたんだっけ?

 

「ば、馬鹿、今話しかけんな」

 

お前が俺に憑いてることバレたらややこしくなるだろうが!

それに理子を怖がらせることになりかねない。そんなことになってみろ。俺はお前をぶん殴るぞ!

ヒルダが理子にしてた仕打ちを俺は許していないからな。

 

「……何ぶつぶつ言ってるんですか、兄さん?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

「そうですか。では気のせいですね」

 

「何がだ」

 

「物の怪の匂いがしたと思ったのですが……」

 

「あ、ああ……き、気のせいだろ。物の怪なんているわけないだろう? あははは」

 

疑わしげに俺を見つめる桜。

う、陰陽師の血を濃く継いでるだけあって、鋭いな。

冷や汗が止まらない。

 

「ま、いいです。……ところで、兄さん。今日の夕飯、ニンニク料理にしますね。それから料理は全て銀食器で提供します。食べる前にみんなで十字架のアクセサリーつけましょう。後で杭の用意もお願いします」

 

「なんでそのチョイス⁉︎」

 

バレていらっしゃる⁉︎

俺の影から悲鳴が聞こえてきたぞ!

 

「ニンニク料理は『精』が付きますし、お祓いは早めにした方がいいですから」

 

桜はそう言ってニッコリ微笑んだ。笑顔だが、その笑顔が怖い。

お前、本当に七歳児か?

 

「いつから気づいていたんだ?」

 

「最初からです」

 

「バレバレだったのか」

 

「バレバレです。兄さんが女性ものの香水を使うはずもないですし、こんな獣臭いわけありません」

 

「な、だ、誰が獣臭い、ですって!」

 

俺の影から数十匹の蝙蝠が飛び出してきた。その蝙蝠が一箇所に集まり、人の形になったと思えば蝙蝠は飛び去っていく。蝙蝠がいた場所にはいつの間にか、黒いゴスロリの服を着た一人の少女が立っていた。

黒いフリル付きの日傘をくるくる振り回しながら。

甘ったるい香水の香りを薄く漂わせながら。

 

 

____竜悴公姫(ドラキュリア)・ヒルダ。

 

 

ルーマニアで理子を苦しませていた吸血鬼ブラドの娘で、ブラド討伐後はシャーロックに連れられて一時雲隠れし、そして今現在、何故か俺に取り憑いている魔の化生が姿を現したのだ。

これには俺だけではなく、理子も絶句している。

 

全くの偶然だが、ルーマニアから来た二人の少女が出くわしてしまったのだ。




次話で小学生編は終了します。(予定では)


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Ammo20。やっぱり小学生は最高だぜ!

大変お待たせしました。
いや、今話の執筆がこんなに手こずるとは。
予想以上に難産でした。
特に昴にある言葉を言わせる為の場面を書くのが想像以上に難しかったです。
あの言葉をスラスラ言ったあの人はやっぱ真の○○○○だなー、と思いました。
偉大すぎるぜ! あんなコーチに私もなりたい。


というのは冗談で、冗談ですって。通報しないで!

……ごほん。いよいよ、小学生編は今話にて終了し、次話からは中学生編です。
JCです。JC。理子やメインヒロインだけど、20話以上出番がなかったあの子がようやく活躍できるそんな章になってます。多分。
まさか、メインヒロイン出すのに、こんなに話数かかるとは……恐るべしエアリアさん属性。
エアリア=空気なアリアさん。某2次作品における緋弾のアリアのメインヒロインの扱いです。
まさか、自分の作品のメインヒロインにその属性がかかるとは。
空気系ヒロインとは恐ろしい。


あれから2年の月日が流れた。

 

 

 

銃声が鳴り響き、銃弾が標的(ターゲット)である人形に全弾命中するとその標的(ターゲット)の前で回転式(リボルバー)拳銃を手に持つ少女が喜びの声を上げる。

 

「ねえねえ、昴見てー。今のはいい感じだよね?」

 

はしゃいで俺とハイタッチを交わすのは峰・理子・リュパン四世。偉大なる大怪盗の血を受け継ぐ俺の義妹だ。俺達がいるのは地下の射撃場。

そこで射撃の腕を磨いていた。

 

「ああ、今のはかなりよかったぞ」

 

理子が放った銃弾は標的(ターゲット)の人形の肩、関節など致命傷にはならない箇所を正確に撃ち抜いていた。

射撃の腕だけなら恐らく武偵ランクはA相当だろう。

 

「本当? やったーっ!」

 

しかし、わずか2年でここまで精度の高い射撃ができるようになるとは。

2年前まで、銃なんて触れたことすらなくて、戦闘力も普通の子供と変わらないくらい、か弱かったあの理子が、今や射撃の命中確率95%を誇る凄腕ガンマンになるとは。

子供って凄いなー。

この短期間でここまで射撃の精度が上げられる吸収力。

 

「まったく、小学生は最高だぜ!! 」

 

さすがは原作ヒロイン。その吸収力はまさにチート級だな。

 

「ねえ、すばる〜ん。アレ見せて」

 

「アレ?」

 

「いつも昴が見せてくれるあの曲芸技」

 

曲芸……ああ。

 

銃弾撃ち(ビリヤード)のことか?」

 

「うん、それそれ〜」

 

「ああ、いいぞ。なら、ほら撃てよ」

 

両手を大げさに広げて、カモーンといった仕草をとる。

そんな俺の態度に慣れっこな理子は手に持つ回転式(リボルバー)拳銃を俺に向け、そしてトリガーを引いた。

ズギュュューンと放たれた銃弾はそのまま、真っ直ぐ俺に向かってくる。

俺はガンダールヴの反射神経を頼りに目にも映らない速さで(デザートイーグル)を抜き、銃弾を放つ!

放たれた銃弾(50.AE弾)は理子が放った銃弾(9x19mmパラベラム弾)とぶつかり、その軌道を変える。

 

「わ、わぁ、うわあああ凄い、凄い。何度見ても凄いよー昴ー!!!」

 

「そ、そうか?」

 

「うん! 凄い! ねえねえ、昴。理子もその銃弾弾く技やってみたい。教えて!」

 

「教えるって、銃弾撃ち(ビリヤード)を、か?」

 

うーむ。教えるのはいいんだけどな。これは簡単に出来るもんじゃないし、こんな曲芸より今は正統な射撃技術を理子には身に付けてほしいんだよな。

 

「お願い、ねえ、ねえ〜いいでしょ〜」

 

俺の体に自身の体を密着させて腕を絡ませてくる理子。

ぎゅぅぅぅ、と抱きついてくる度に柔らかいものが当たっているんですが!

この2年で小さなりんごちゃんは、大玉サイズへと確実に成長していた。

 

「ま、まあ、いいけどさ。練習する時は実弾は禁止でゴムスタン弾だからな。あと、俺がいない時もやっちゃダメだぞ」

 

「わーい、昴ありがとう!」

 

むにゅん、と腕に強く当たる大玉りんご。ああ、当たってる。

ラピュ○は本当にあったんだ!

 

「……って、いかん、いかん。こんなことやってたらまたお仕置きされる」

 

いつものパターンと化しているのが、理子やヒルダとのラッキースケべ時に妹に見つかり、お仕置きという流れ。ここ最近は気をつけているから回数は減っているとはいえ、見つかったら三途の河を渡ることになる。

あれは嫌だ。ここ2年で桜も橘花も超能力の腕、かなり上げたからな。全力で使われたらさすがに俺も死ぬ。

お仕置きといやぁ……2年前も凄かったな。

俺は2年前のあの修羅場を思い出す。

 

 

〜回想〜

 

2年前。

 

「だ、誰が獣臭いですって!」

 

俺の影から飛び出してきた、ヒルダが怒りの叫び声を上げる。

そんなヒルダを挑発するかのように桜はクスッと笑い、手で口元を隠すようにしながら告げる。

 

「自覚はあるのですね。ヤモリ女さん」

 

「誰がヤモリよ! 私は偉大なる吸血鬼(バンビュラス)、ブラドお父様の娘、ヒルダよ!

あんな蜥蜴のなりそこないと同じにしないでもらえるかしら?」

 

「それは失礼しました。そうですよね。失礼ですよね、蜥蜴に」

 

「コンノォォォ糞ガキィィィ!!!」

 

桜の言葉に切れたヒルダが桜に飛びかかる。

俺はDE(デザートイーグル)を抜いていつでもヒルダを撃てる体勢になるが、飛びかかられた桜の目を見た俺は直様撃つのを止めた。

あの目……マジ切れした時の目だ。

鋭い眼光をしたまま、桜はヒルダに向けて何かを投げた。

あれは……折り鶴?

 

「我らを悪しき魔から守り給え、天守鶴(てんしゅかく)月読(ツクヨミ)』」

 

「あぅ……」

 

桜が術の詠唱をした途端、折り鶴は大きく膨らむ。そして、その両翼を広げてすぐにその姿を消失させた。

消えた折り鶴のことは眼中にないのかヒルダはそのまま、突き進み、そして見えない壁に激突して動きを止める。ガンと、おデコを見えない壁にぶつけて涙目になるヒルダを見て一瞬可愛い、と思ってしまった俺に鋭い視線が突き刺さる。

いや、なんでそこで睨むんだ。妹と理子は。

足元をふらつかせながら起き上がったヒルダは目の前に展開された見えない壁を手で叩く。

しかし、壁はそのくらいではビクともしない。

それもそのはず。

桜が唱えた術式は一種の絶対防御。

有効範囲は10メートル程と短く、また未熟な桜は前面にしか展開出来ない為、術としては未完成だが、初見の相手には充分有効な術式だ。

その強度は絶対的。

完全な術式なら通常の戦車の砲弾はもちろん、APFSDS 劣化ウラン弾やレーザービームにも耐えられる……と父さんは言っていた。本当かどうか疑わしいが実際父さんは桜と同じ術式で母さんが防いだのを目撃したらしい。

APFSDS 劣化ウラン弾って……世界最強の対戦車砲弾と呼ばれるものなんだが……それを防いじゃうとか、人間辞めてんな本当。

その絶対的な防御結界に激突したヒルダは足元をふらつかせながらも、その目からは戦意は消えていなかった。

 

「今のは超能力(ステルス)ね? ……それも東洋の魔術、陰陽術師の巫女(ヤパンセ)の『式』ッ!」

 

「はい、私は大陰陽師の血を受け継ぐもの。人に仇なす魔を退治するのは私の役目。 ですから、大切な兄さんに近く貴女のような物の怪を退治するのも私の役目なのですよ? というわけですので死んでください! 兄さんに近く女は____犬も猫も、蝙蝠もみんな纏めて消えちゃえー!!!」

 

明らかに私怨が混じった言葉を吐いた桜は冷たい眼差しをヒルダに向けたまま、リビングの窓を開けて、庭へと飛び出した。桜が外に出ると、逃げ出した、と勘違いしたのか。「逃がさないわよ」とヒルダもそれに続いて外に出た。

二人を追いかけて庭に出るとそこで、桜とヒルダは超能力戦を始めていた。

桜の掌から放たれる放電をヒルダは余裕の表情を浮かべて受け入れ、耐え抜き、そして高笑いをした。

 

「おっ、ほほほほほほ! 残念ね。兄から何も聞いていないのかしら? 私に電撃は効かないわ。わざわざ私に電気をくれるなんて、随分と親切なお嬢ちゃんなのね。それとも兄同様に間抜けなのかしら?

まあ、私達吸血鬼(バンビュラス)に耐電性質があることを知らないのも無理ないわね。だって、貴女何も知らないただのお子様ですもんね。

貴女がこの庭に生える雑草だとしたら、私は庭園に咲き誇る薔薇。

貴女と私とじゃ、生まれ育った環境も、立場も違う。そう、違うのよ! 人間の子供風情が私達吸血鬼の前に立ち塞がるんじゃないッ!

子供は子供らしく惨たらしく死になさい!」

 

ヒルダは相変わらずヒルダだった。

おい、ヒルダ。お前忘れてないか?

そんなこと言って前にズタボロにされたのはどこの吸血鬼(笑)だよ?

お前の前にいるのは俺の妹なんだぞ?

お前が絶望したあの爺ちゃん(脳筋)の孫なんだぞ?

ただの(・・・)子供のはず、ないだろ。

そう呆れた目でヒルダを見ていると、桜は次の術式を展開した。

桜が掌を頭上に上げるとバリバリと桜の掌から電撃が放たれる。

放たれた電撃は上空に浮かぶ大きな白雲に直撃した。

そして、白雲はすぐに雷雲に変わり、放電を始めた。

 

「土御門流決戦奥義『建御雷神(タケミカヅチ)!!!』」

 

桜は一言告げると、再度、上空の雷雲に向けて放電を放つ。

桜の掌から放たれた電撃は雷雲に吸い込まれるように消えていき、そして。

 

ピシャッ! ゴロゴロ!!!

 

雷雲は激しい雷光を迸る。

桜が掌をヒルダに向けて振り下ろすと、その雷雲からは巨大な雷撃が落ちた。

 

ガガァ____ンッッッッッ……!!!

 

激しい落雷の音と共に、周囲を閃光が包み込み。

 

「「きゃあああぁぁぁっ!」」

 

橘花と理子の悲鳴が聞こえた。

 

「____!」

 

とっさに両腕で顔を覆った俺が、眩む目を開くと……前方には雷撃を纏ったヒルダの姿が見えた。

全身に青白い雷光を纏い、帯電性があるのか、下着、ハイヒール、蜘蛛の巣柄のハイヒールは残っているが、胸元に付けていたリボンは燃えて胸元が露わに……ひぃッ!

ヒルダの胸元に目を向けていると俺の第六感が警鐘を鳴らした。

いけない。それ以上見ていたら死ぬ。殺される。

誰にかって? 決まってんだろ!

 

「……兄、さん?」

 

「兄、にぃ?」

 

「……すばる」

 

ひぃぃぃぃ!

なんで三人とも睨んでくるんだよ。

 

「______生まれて2度目だわ。この第3態(テルツア)になるのは」

 

「それが本当の貴女なんですね」

 

「ええ、第1態が人、態2態が鬼なら__この第3態は、神。帯電能力と無限回復力を以て為す、ドラキュラ一族の奇跡。そう、稲妻とは奇跡的にも、私が受電しやすい電圧の自然現象なのよ。それはこの現象を作った神が、私を神の近親として作った証拠……」

 

確かに凄い力だけどさ、ヒルダよ。別に吸血鬼(ヒルダ)じゃなくても、帯電性質さえあれば、誰だって雷撃受けて筋肉強化出来るだろ?

 

「神? 貴女が?

面白い冗談を言うんですね。ふふっ」

 

ヒルダの言葉にツボを刺激されたのか、桜はクスクス笑い始めた。

 

「な、何がおかしいのよ!」

 

「ご、ごめんなさい。貴女が自分は特別だって思ってるから」

 

「特別よ! 私は下等な人間より優れた吸血鬼なのだから!」

 

「そうですか。井の中の蛙なんですね。なら……大海を知らぬまま、焼け死になさい! 土御門流決戦奥義、『建御雷神(タケミカヅチ)!!!』」

 

そう桜は呟き、再び掌を頭上に掲げ、電撃を放つ。

 

「何度やっても無駄よ! 私には電撃は効かないわ!」

 

ヒルダの言葉をスルーした桜は……手を振り下ろした。

そして、落雷を落とす。

自分自身(・・・・)へ向けて。

 

「……え?」

 

唖然とするヒルダ。

だから言っただろう。目の前にいるのは俺の妹なんだって。

俺と同じ体質を先祖代々受け継ぐ桜が使えないわけないだろう。

『雷神モード』を。

 

「さて、これで条件は同じですね?」

 

にっこりと笑った桜の笑顔はなんだかとっても怖かった。

『雷神モード』になった桜は誰にも止められなかった。速さはヒルダより、上回っていて、様々な陰陽術を使用し、ヒルダを翻弄し、風の式でヒルダの体に確実にダメージを与えていく。

『魔臓』による『無限回復力』に頼りきっているヒルダは桜の猛攻から逃れる術はもたなかった。

ショットガンのように無数に散乱する風の矢を受けたヒルダはついに、全ての『魔臓』を破壊されてしまったのだ。

 

「そんな……夢……これは悪夢だわ。ここにいるのは人間なんかじゃない。……そうよ、悪魔。悪魔の一族なんだわ」

 

吸血鬼に悪魔呼ばわりされるのはなんか凄く嫌な気分だな。

俺は悪魔じゃない。ただの普通の人間だ。

そんな内心のツッコミをしていると、ヒルダがフラフラしながら、まだ何かをやろうとしていた。

おいおい、もう勝負はついただろう。

桜は警戒をしたまま、ヒルダの周りに風の矢を展開している。

勝負はついた。これ以上戦わせる必要はないな。

 

「ヒルダ。桜。遊びはもう終わりだ」

 

威圧するように、そう言ってヒルダに近いた俺だが、おっとっと……小石に躓いてよろけてしまった。

幸い倒れることなく、なんだか柔らかいものに捕まることで、転倒はしなかったんだが……ん? この柔らかいものは一体なんだ?

むにゅむにゅ、してるこれは……一体⁉︎

 

「ひゃん⁉︎」

 

掌で感触を感じていると、そんな声が聞こえた。俺の額から大量の汗がぶわぁぁぁっと、流れ落ちる。

この両手に感じるこのパイナップルみたいな感触は……もしかして?

恐る恐る顔を上げると、涙目をしたヒルダさんと目があった。

ヒルダさんの顔は真っ赤に染まっていた。

うん。これは、あれだな。

 

「えっと……ご馳走様でした?」

 

パイナップルとってもよかったです。

そんな現実逃避をしていると。き、来た⁉︎

 

「兄、さん……」

 

「兄にぃ……」

 

「すばる……」

 

桜、橘花、理子。

そして。

 

「こ、この、エリマキトカゲの分際でぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

羞恥心から怒りへとその心をシフトチェンジしたヒルダさんと妹達の怒声が響きわたった。

ああ、とっても。

 

「不幸だ______!!!!!」

 

叫びながら俺は逃走をはかった。死ぬ気で街中はしりまくった。だけど、修行で疲れ果てていた俺はついに捕まり。

そのあとメチャクチャ○○された!

 

 

 

〜回想終了〜

 

ああ、2年前よく生きてたな俺。

あの後、しばらく妹や理子、ヒルダから変態呼ばわりされたんだよな。

誤解なのに。ただのラッキースケベだったのに、どうやら俺はリトさんにはなれないみたいだ。

トラブルは頻繁に起こるのに。TO LOVEる⁉︎はないみたいだ。チキショウ!

 

「どう、昴? 今のはいい感じじゃない?」

 

昔を懐かしいんでいると、拳銃を手にした理子が話しかけてきた。

おっといけねえ。今は訓練中だった。

しっかり見てやらないと。

 

「あー、ダメだな。まだぶれてんぞ。というか、シングルアクションで撃てって言ったよな? 今の撃ち方、ダブルアクションでやったろう? 理子の体だとダブルアクションはまだ早い。手ぶれの原因になる。理子はまだ成長期なんだから、指先の負担が少ないシングルアクションで撃った方が狙いも安定するぞ」

 

ダブルアクションはトリガーを引けば撃鉄が下りて暴発も少ないっていう利点があるけど、その代りトリガーが重くなるからな。女性や子供が撃つなら指先に負担がかからないシングルアクションの方がいい。

ちなみに理子が使っているのはワルサーP38。シルバーメタリックモデル。父さんに頼んで探して貰った。理子の親父さんであるあの人が若い頃使っていた拳銃だから理子に持たせてやりたい、という理由を話したら見つけてくれた。流石に装飾は入っていないけど。理子が喜ぶ姿を見たかったから。

銃の腕前は原作理子と比べたらまだまだだが、確実に腕は上げている。といっても、すぐに調子に乗って教えてもいない撃ち方を試そうとしたり、かなりヤンチャだが。

カップ&ソーサーとか、そんな撃ち方どこで知ったんだ? 原作同様、ちょっと調子に乗りやすい困った奴だがその分、小学生から銃を撃ってるだけあり吸収力はもの凄い。

今の成長スピードでいけば原作開始時点で、キンジ印の曲芸技いくつか使えるようになってるかもしれないな。……やっちまったかな? と一瞬思ったが。

ま、大丈夫だろ。もし理子が原作通り伊・U入っても、人間辞めるキンジさんならきっとなんとかしてくれるだろう。キンジに丸投げ。後は知らん。

 

「えー」

 

俺の指摘に頬を膨らませる理子。ああ、可愛いなぁ、チキショウ。不貞腐れる姿も可愛い小学生相手なら許せる。これがむさいおっさんなら風穴開けてるところだけど。可愛いから許せる。

やっぱり小学生は最高だぜ!

 

「今のうちに基礎をしっかり身に付けて、変な癖があったら直しといた方がいいんだよ。基本が身に付けば応用技やるときも失敗するリスクが減るからな。MLB(メジャーリーグ)で活躍している一流選手だって、マイナー時代では徹底的に基礎を叩き込まれている。それと同じだ。曲芸技やりたいなら、まずは基礎を完璧にしないとな」

 

俺の言葉にやや不服そうにしながらも、理子は頷いて訓練を再開し始めた。

そんな理子を見ながら俺は来月から始まる新しい生活に胸を高まらせていた。

あのルーマニアでの冒険から2年。俺、星空 昴は小学六年生になっていた。来月から、神奈川武偵高付属中学に進学することになっている。

むろん、理子も一緒だ。

あの後、正式に家の家族となった理子は、養子として、星空性へと変わり、今や俺の妹と名乗っている。

峰の苗字が無くなることに理子は『母様は私のここにいる。だから、大丈夫。昴もいるし』と自身の胸に手を当てて、星空の一員になることに決めたみたいだ。

俺としては新しい妹が増えることは別にいいのだが……原作開始前にぶっ壊した影響がどう出るか、それが心配だ。

 

「兄さーん、ご飯出来ましたよ?」

 

部屋に設置されている内線から桜の声が聞こえた。

おっ、もうそんな時間か。今日はこのくらいにしとくか。

 

「おい、理子。夕飯だってさ」

 

「はあはぁ……うん、わかった」

 

息を切らせながら、理子は駆け寄ってきた。

額や首筋から汗を掻いていて、どこからか甘い匂いが漂ってくる。

うぐ、ここ2年で慣れたとはいえ、女の子から漂ってくるこの匂いに耐えるのは健康な男子には拷問にも等しい。だが、変な目で見ることなんてできない。

理子は大切な妹なんだから!

 

「あーもーお腹ペコペコ! 今日の夕飯何だろうね?」

 

「さあ、な。何でもいいさ。桜が作ったんならどんな料理でも美味いからな」

 

「……まったく、そんなこと桜ちゃんに言ったらまた怒られるよ(料理作れなくてわるかったね……昴のバカ!)」

 

「え? なんで?」

 

「『何でもいいが一番困るんです! 』って言われちゃうよ?」

 

「あー……確かになー」

 

でも、実際桜の作る飯はどれも美味いからな。

 

「桜が作る料理だから何でもいいんだけどな……」

 

「……昴の女たらし」

 

「何で⁉︎」

 

「昴なんて刺されちゃえ!」

 

「止めて! それ、シャレになってないから!」

 

転生してから今まで何度撃たれたり、刺されたりしてきたか。

言っとくが、俺は刺されて喜ぶ特殊な性癖ない、ただの人間だからな。

一般人だから。何処にでもいるちょっと筋肉あるただの小学生だから!

理子と漫才のような掛け合いをしながら地上へと通じる階段を上っていき、夕食を取るリビングに行くと、そこには桜、橘花、ヒルダ、父さん、母さん、そして、爺ちゃんの姿があった。爺ちゃんの顔は真っ赤になってる。床に酒瓶転がってるし、さては宴会やってたな。婆ちゃんはいないとはいえ……

まさに星空家オールスターズ大集合! って感じだ。

 

「「「昴、理子ちゃん進学おめでとう!」」」

 

俺達がリビングに入ると、クラッカーを鳴らして、桜、橘花、母さんがそう言ってくれた。

 

「え? え?」

 

「何だよ、これ。こんなことやるなんて聞いてないんだけど」

 

「うん、今言ったからね。二人とも武偵中学に無事合格したから、そのお祝いも兼ねてのサプライズだよ。

それに昴君には話さないといけないことがあるからね」

 

「話さないといけないこと?」

 

「うん。実は……」

 

父さんは何かを言いかけて。

 

「がっははは! 元気か、孫よ! 筋肉鍛えとるかー? 筋肉あれば、敵なし! 筋肉最強! 筋肉は生涯の友! 筋肉は友達! しっかり鍛えるんじゃぞ! ひっく……」

 

「あらあら、お父様ったらもうこんなに酔っ払って……仕方ない人ね。あなた、手、貸してもらえます?」

 

母さんの要請にあっさり頷いて母さんの方へ向かおうとしていた。

いやいや、まだ話し途中でしょ!

 

「あ、うん。実は昴君には婚約者がいてね。同じ中学に入学するんだけど……まあ、入学すれば分かるからいっか」

 

そして、軽〜〜ーい感じで爆弾を投下していった。

 

「いや、良くねえよ⁉︎」

 

そんなの初耳なんですけど!

俺何も聞いてないんだけど。

しかし、そんなの関係ねえ! とばかしに。

父さんが落とした爆弾は。

 

「……兄、さん」

 

「……兄にぃ」

 

「……昴」

 

「……ロドリゲス」

 

見事炸裂し、妹達+αのお怒りを買うこととなった。

 

「「「「婚約者って、どういうこと⁉︎」」」」

 

 

いや、そんなの……こっちが聞きてえよ!



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第一章 青年期 やはり俺の中学生活はいろいろ間違っている!
Ammo21。桜が咲く季節


新章開始。


ルーマニアでの冒険から2年以上の時が流れ、俺は今日第2の小学生人生を卒業する。

この世界に転生して10年以上経ったが思い返せばこれまでいろいろな事があった。

思い浮かぶのはこの12年で出会ってきた人達の顔……

 

濃すぎる家族に。

金一さんや金次との出会い。

ルーマニアで出会った蘭豹、綴、アリス、ヒルダ。

爺ちゃんに連れられた先で出会った巻。

 

中でも俺の転生人生を変えたのは間違いなく……

 

 

……る!

 

……ばる!

 

……昴!

 

「もう、ぼ~としちゃダメだぞ! 昴~」

 

その中でもあのルーマニアの大冒険で出会った大怪盗の血をひく少女。峰・理子・リュパン4世との出会いは俺の人生(というか平穏)をまるっきり変えてしまうほどだった。

 

「あ、悪い、悪い。えーと、なんだっけ?」

 

「だから〜式が終わったらみんなでカラオケ行くから昴も来るのかって聞いたんだよ?」

 

「カラオケかぁ。いや、俺はパス。流行りの音楽とか知らないし」

 

「もう、ノリ悪いなぁ。いいじゃん、行こうよ! 昴が歌うとこ理子みたい!」

 

お前が見たいだけだろ⁉︎ カラオケなんて誰が行くか! 音痴な奴が好き好んで行くわけないだろう!

と内心ツッコミながら、俺は理子をどうやって説得するか頭をフル回転させる。

ちなみに今、俺達がいるのは小学校の体育館で、卒業証書授与されるのを待っているところだ。

 

「あ、そうだ。だったらアレだよ。理子と一緒の部屋に入ればいいんだよ。確かカラオケにはカップルシートってものがあ「却下だ、却下」まだ、途中までしか言ってないのに〜酷い」

 

「酷くない」

 

カップルシートなんて、この馬鹿理子はナニを考えてんだ?

もし、そんなとこに二人で行ってたのが妹達にバレたら……アカン、悪寒がしてきた。駄洒落じゃなくて、マジでヤバイ。俺の命が!

 

「ええ〜いいじゃん行こうよ〜理子と一緒に歌おうよ。一緒にいちゃいちゃしようよ〜」

 

そう言って隣りに座っていた理子は身体を密着させてきた。

理子が身体を密着させるたびに俺の腕に柔らかいもんが当たる。

柔らかい、また成長しているな。原作でも凄かったが、この成長速度だと原作以上に凄くなりそうだ。

 

「は、離れろよ」

 

「嫌だ」

 

「いいから離れろ!」

 

「嫌だ。一緒にカラオケ行ってくれなきゃ離さない」

 

腕を絡めて、下から覗き込んできた。うっ、上目遣いとか……ズルい。

そんな顔されたら断りにくくなるだろうが。

 

「また、いちゃついてるよ、あの二人」

 

「おい、親衛隊はどうした?」

 

「僕達のりこりんに……!」

 

「RDCの鉄の掟、忘れたのかアイツは!」

 

「誰か会長を呼べ! 早く!」

 

うっ、ヤバイ。見られてる。周りの視線がかなり痛い。

小学生同士とはいえ、理子を狙う馬鹿者達の嫉妬に燃える視線がヤバイ。

ちなみにRDCとは『りこりん大好きクラブ』の略。

俺の義妹、星空理子ファンクラブのことだ。

 

「おい、こら離れろ!」

 

「嫌だ、嫌だ、離す代わりに、理子と一緒にカラオケ行くか、結婚の約束してくれなきゃ、離さない」

 

「わかったから離せ!!!」

 

「え? それって結婚してくれるってこと?」

 

「するか馬鹿!!!」

 

なんつうポジティブな奴だ。知ってたけど。

しかし、このままでは埒があかないので仕方なく、本当に仕方なくカラオケだけは付き合ってやることにした。周りの視線は痛いけど。周りの視線に耐えながら、隣でニコニコニヤけている理子を見て思った。

ま、たまには悪くないかもな。コイツと過ごすのも、と。

今に思えばこの時の俺はどうかしていた。

だから、あの日。入学式の朝、あんな目に遭うことになったんだ。

 

 

そんなこんなで30分。

俺は眠気に負けそうになっていた。

 

「ふぁ〜」

 

はぁ~どこの学校の卒業式もそうだが校長の話しは長いな~。なんでこんな無駄話を長く話すんだろう。もっと簡潔に述べてくれてもいいのに。

そんなどうでもいいことを考えているとついに俺の出番がきた。

 

 

「星空 昴君 かの者は小学校の課程を終了したことを……。おめでとう」

 

校長が読み上げた後、卒業証書を受け取り、校長と来賓へ向かって礼をし、壇上から降りる。

そして、式の終わった後は友人達との記念撮影をすませ、ようやく俺は卒業式から解放され……なかった。

帰ろうとした俺に笑顔の理子が抱きついてきて、そのまま強引にカラオケに拉致ったからだ。

カップルシートは体験できなかった。店員さん、ナイス判断!

理子はふくれっ面していたが、代わりに一緒にデュエットしてやったら喜んで歌っていた。

ノリノリで。こっそり、理子が歌う姿を写メったのは内緒だ。

そんなこんなで、卒業式も無事に終わり。

季節は桜が咲き誇る4月。

入学式の当日になっていた。

 

 

 

 

チュンチュン。

 

 

……きて。

 

 

……起きてよ。

 

 

……起きなさい。

 

薄っすら目を開けて、枕元に置かれている目覚まし時計を見ると時刻は6時30分だった。まだ起きるには早い。あと30分は寝ていられる。普通の人なら遅刻するかもしれない距離でもガンダールヴの速さで走ればギリギリ間に合う。だから、まだ寝ていたい。

 

「んー、まだ眠い。あと五分……」

 

「もー今日から新しい学校生活始まるんだよ! ほらほら、起きてー! 起きないと昴の大切なもの、盗んじゃうよ?」

 

「……それは貴女の心をです、ってか?」

 

「わたしの心は昴にとっくに盗まれてるけどね、起きないならもっと大変なもの盗んじゃうよ?」

 

「んー……盗めるもんなら……盗んでみやがれ!」

 

実は起きていた俺は慌てる理子の姿を見たくてつい、そんな意地悪を言ってしまう。

 

「……よし、言質とったよ。だったら一緒に寝るね」

 

なんだと……⁉︎

 

まさかの理子とのドキドキ添い寝……!

そんな夢みたいなことがあっていいのか? いや、いつもみたいに理子のお茶目っていう可能性がある。むしろ、その可能性が高い。これで反応すると『ほら、朝から変なこと言ってないで、さっさと起きないとぷんぷんがおーだぞ?』とか言うに違いない。なので、ここは真偽を確かめるべく、二度寝を続行だ……!

 

「一緒に寝るんなら、やっぱり制服は脱いだ方がいいよね?」

 

なっ、なんだとぉぉぉ⁉︎

原作理子も積極的な誘惑が多いキャラだったが、まさか朝からこんなことを言ってくるようになるなんて。

動揺して固まる俺を他所にシュル、と胸元のタイを抜き取る音が聞こえた。すぐ近くで美少女が生脱衣している姿を想像してしまい、かなり緊張してしまう。

まさか……そんな。こんなことになってしまうなんて。

これは夢か。夢だよな? 夢であってくれ!

 

シュル……シュル……シュル……シュル……トス……

 

衣摺れの音が聞こえ、床に制服が落ちる音も耳に入ってきた。

つまり、今の理子は少なくとも上は下着姿。つまり、ブラだけ。スカートだけ履いた状態ということ。靴下はどうかはわからんが、俺は靴下は履いててもOK派だから、そこは気にしなくてもいい、って何言ってんだ俺は⁉︎

 

「ムフフ。さーて、そんじゃー下も脱ぐとしようかな〜」

 

な、なんだとぉぉぉ、しょ、正気か貴様ぁぁぁ!!!!!

ドキドキ、バクバク心臓の鼓動が高まるのがわかる。

今、左手に武器を持ったら間違いなく、今までで一番ルーンの輝きは増すだろうな。

そのくらい感情が昂ぶっているのがわかる。

落ち着け。落ち着くんだ。俺の鏖殺公(サンダルフォン)よ!

などと、高まる感情によって昂ぶったモノを沈めようとしている俺に、理子はさらなる追い打ちをかけてきた。

 

「まだ起きないんだー? んじゃ、仕方ないなー。下着も脱ごうかな」

 

脱ごうかな、脱ごうかな、脱ごうかな……頭の中で理子の言葉が木霊した。

 

「なっ⁉︎ いかん、それはまだ早い。嬉しいけど……俺達にはまだ早い……!」

 

俺は大慌てで起き上がると、理子を止めようと手を伸ばした。

しかし、そこにはタイを取っただけで立つ理子の姿が。

 

「おはよう、昴☆」

 

「あ、あれ? 添い寝は? 下着姿は?」

 

理子の顔を見ると理子はしれっとした顔をしていた。

そして、理子の足元には何故かハンカチが落ちていた。

 

「……もしかして」

 

いや、そんな。こんなことって。

 

「ハンカチで衣摺れの音を作るテクニックって結構便利だよね〜? この前買ったギャルゲでもあったし、練習した甲斐があったよ」

 

してやられた。そういえば理子は器用な奴だった。

理子の年齢でギャルゲをやってるのはアレだが、いつも通りなんでそこには触れないようにする。

 

「さあ、昴。目醒めたんなら早く着替えてきて。もう、朝食出来てるよ?」

 

床に落としたハンカチを拾い、外したタイを付け直しながら、理子は部屋から立ち去っていく。俺はその背中をポカーンと見送ることしかできなかった。

バタン、と戸が閉められた自室で正気に戻った俺はいろいろ勘違いをやらかした恥ずかしさに絶叫してしまう。

 

「うおおおお、俺の馬鹿!」

 

ベッドでゴロゴロし、そのまま二度寝した俺は悪くない。

 

 

 

 

 

……さい!

 

……なさい!

 

……さっさと起きろ!

 

うつ伏せで寝ていたらバゴーんと、硬い物が頭に直撃した。

金属音が鳴り響き、そのあまりの痛さにより目覚めた俺は後頭部をさすりながらその痛みを作った原因を睨み付ける!

 

 

「痛ぇ~何するんだよ! 馬鹿理子……」

 

「昴が入学式前なのにグースカ寝てるから悪いんでしょ~。ほら、二度寝なんかしてないでさっさと起きて!」

 

俺を叩いた張本人、理子に文句を言ったが正論を返された。うぐぅ、その通りだ。

だが、フライパンで殴って起こすことないだろ?

理子の流行り『妹目覚まし』。

普通はお玉とフライパンでガンガン鳴らして起こす、というものだが、理子風はフライパンで殴って起こすという発想らしい。『物理で殴れ!』をこんな形で実行するとは……理子、恐ろしい子。

すっかり、星空色(うち)に染まってしまったな。そのおかげで俺は常に紅色(血の色)に染まりそうになっているんだが。

部屋をノックする音が聞こえ、戸が開かれると橘花が入ってきた。

 

「兄にぃ~朝だよ~……って、また峰さんが起こしてるし。もう、兄にぃは私が起こすんだから邪魔をしないでよ~!!!」

 

「え~理子~そんなこと知らない〜。早い者勝ちだよ〜⁉︎」

 

言い争いを始めた二人は、朝からテンションが高く、ギャー、ギャーと喧しい。

もう、慣れたけどな。理子が俺の義妹になってから2年。毎日がこんな感じで騒々しく、賑やかで、明るく、そして、楽しい。

そんな日々を俺は……いや、俺達は送っていた。

しかし、普段はなんだかんだで、仲がいい二人だが何故俺のことになると途端に喧嘩を始めるのだ?

うーん、大切な兄を取られたくないという妹の心境なんだろうが、よくわからん。

普通の兄妹ってこんなにも、仲良いものなんだろうか?

学校の友人も妹と仲良い奴多いが、毎日仲良いわけではなさそうなんだが。

 

「ねぇ、昴は理子に起こされた方が嬉しいよね?」

 

「何言ってんの? 私に起こされた方が嬉しいに決まってんじゃん! そうだよね、兄にぃ?」

 

「いや……俺は」

 

「「俺は?」」

 

問い詰めてくる二人の義妹。これは答えないと解放されないパターンだ。だが、どっちかを選んだら片方にお仕置きされるな。どうしたもんか。どうにかしないと下手したら殺されかねない。ガチで!

よし、こうなったら……

 

「あ、あんなところに俺の女装写真が!」

 

「「え? どこどこ?」」

 

窓の外に視線を逸らす馬鹿二人。

馬鹿め、俺が女装して写真なんて撮るわけないだろうが!

女装する予定なんかないし、そんな姿見せるなんて未来永劫ありえない。

抜き足で部屋から脱出した俺は足音を立てずに階段を降りて、リビングに入る。そこにはすでに起きて朝食の準備をしている桜の姿があった。

 

「おはよう、桜」

 

「おはようございます。兄さん。朝食の用意しますね」

 

仕事で家を留守にしがちな両親に代わり家事全般を取り仕切るのは桜の務めと気づいたらなっていた。一応、フォローはしとくが、理子も橘花も料理は一通りできる。

理子は洋食、橘花は和食。そして、桜は和洋中問わず作れ、和漢洋ともいうべき料理すら作れる。

最初、誰が俺の朝食を作るかで揉めに揉めた。ヤモリの串刺しやレアよりもレアな串刺ししか作らないヒルダは論外で。じゃんけんの結果、桜が朝当番。昼食は橘花。オヤツは理子の担当となった。

夕食は基本桜担当で、偶に橘花や理子が作ることもあるが、この前理子が作った鍋料理はやばかった。理子の馬鹿が原作通りに、鍋の中にパルスイートを500g、さらに大量の鷹の爪まで入れた、何鍋だよ、これ⁉︎

という最早突っ込む気力すらなくすとんでも鍋作りやがったからな。しかも、具材に本来入れてはいけないもんが入ってた。一体誰がこんなもんを……と思ったがこんなもん入れるアホは一人しかいない。ヤモリの串焼きとか、何入れてんだヒルダのアホは!

甘いのか、辛いのかよくわからん紫色のスープを吸ったヤモリが鍋に投下されていたのは罰ゲームを通り過ぎて一種のホラーだったな。

どうしたって? もちろん食ったよ。桜や橘花の分まで俺一人で。腹壊したけどさ。

「消える星、残った星も、消える星」という、星に寿命があるように、いつかは人間は誰もが死ぬんだ。だから鍋で死ぬのも寿命で死ぬのも変わらねえぞ、という意気込みで食った。

食って、30分しないうちにぶっ倒れた。俺、頑張ったよな、パトラッ○。

あやうく本当に星になりそうだったぜ、理子料理マジヤバす!

あー……朝から嫌なこと思い出した。

話題変えよう。

 

「ふぁ~……今日から中学生かぁ」

 

「はい、楽しい学校生活が送れるといいですね。ところで兄さんは今日の夕方何か予定はありますか?」

 

「ん? いや、なんもないな。式が終わったら真っ直ぐ帰ってくるよ」

 

「でしたら、お買い物につき合って下さい。日用品とか、お米とか、いろいろ買わないといけないものがありますから」

 

「ん、ああ、いいぞ~」

 

そんなやり取りをして一時の平穏を過ごす俺だったが。まさか、入学前にやっかいごとに巻き込まれることになるなんて。この時は想像していなかった。




あれ? おかしいなぁー、メインヒロインの出番なくなった。りこりんに全てもってかれた。これが原作ヒロインの力か。
りこりんのヒロイン力高いせいで空気に包まれたんだな。りこりん流石です。


……次話でメインヒロイン出ます。
多分、きっと。


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Ammo22。桜咲く日に、君と出会う

ようやく、この作品のメインヒロイン登場です。
ここまで長かった。やっと出せました。

なんていう理子回とか言わないでください。
ちゃんとメインヒロイン回……なはず。


朝食を食べ終えた俺は今日から通う神奈川武偵高付属中学に登校する為に、玄関で靴を履いていた。

俺が靴を履き終えたタイミングで橘花が手にしていたお弁当を差し出してきた。

 

「はい、これ兄にぃの分。ちゃんと卵焼き入れといたから」

 

「おおっ! サンキュー。ウィンナーは?」

 

「もちろん入れといたよ。タコさんウインナー!」

 

手作り弁当っていったら卵焼きとタコさんウインナーは定番だよな。

 

「おおっ、キッカちゃんやる〜理子も負けてられないな! はい、昴。今日のおやつのバナナだよ!」

 

「おおっ、ありがと……って待て! お前は遠足に行く気か! バナナはおやつに入りません。つうか、今日お弁当いらねぇんじゃないか?」

 

入学式って午前中だろ? 午後から大抵の奴は用事ないはずじゃ。

 

「いいから、兄にぃはそれ持って出来るだけ人目が多いとこで食べて!

その方が虫除けになるから」

 

「うん、うん。なんだったら、理子があ〜んしてあげよっか?」

 

理子があーんする真似をすると、それを見ていた桜と橘花が猛反対をした。

 

「それは駄目です!」

 

「ちょっと理子さん、それは同盟違反だよ!」

 

「ちぇー」

 

唇を尖らす理子。

なんか知らんが、三人は同盟を結んでいるらしい。

 

「兄さん、時間です。新学期早々遅刻してはいけませんよ」

 

「ああ、んじゃ行って来ます」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

「理子さん、兄にぃに変な虫が付かないようによーく見張っておいてね」

 

「うー、了解(ラジャ)!」

 

橘花の言葉にビシッと敬礼する理子。

この二人は仲がいいのか、悪いのかよくわからんな。本当。

玄関を出てからも、手を振り続ける二人の姿をチラ見しながらも、俺はゆっくりと歩き始めた。

家を出た俺達は河川敷をゆっくり歩く。

土手沿いに植えられた桜の木々、ソメイヨシノの花は満開になっていた。その花は咲き乱れ、風が吹く度に散り、木々の下は春らしい陽気に包まれている。俺と理子はそんな桜並木の下をゆっくりと歩く。

ああ、気持ちいい。春の陽射しは眠くなるのがちょっとツライが。

 

「ふぁーあ、いい天気だな。ビバ、平和って感じで。心地いい。ああ、平穏って素晴らしい~」

 

なんて当たり前な事を思ってしまうが、そんなことを思うのも今までの俺の日常が非日常的過ぎた反動だな。俺からすると平穏はもっとも遠いものだ。なのでそう思ってしまうのはある意味仕方がないことだと思う。

 

「桜って綺麗だよね?」

 

おっ、理子が珍しく女の子らしいことを言っている。まさか、理子が花に興味を持つなんて。

花よりダンゴじゃなかったのか。

 

「……なんか失礼なこと考えてない?」

 

勘が鋭い奴だな。

 

「か、考えてないゾ」

 

「ふーん……ま、いいけど。桜ってなんかいいよね。風に吹かれて舞う感じとか、綺麗で」

 

「ま、散り易い花だからな」

 

「むー、そういうこと言わないの! せっかく可愛い女の子と二人きりなんだから、もっと他に言うことあるでしょ?」

 

「他に?」

 

……えっと、何を言えばいいんだ?

駄目だわからん。気の利いた言葉なんか言えない。俺はヒス金じゃないからな。

女の子が喜ぶ言葉なんか知らん。

 

「んもう、昴の鈍感。そこは『桜吹雪綺麗だけど、一番綺麗なのは理子、君だよ』とか言うとこだよ。キャー!」

 

いや、何がキャー! なんだ。そんな小っ恥ずかしい台詞言えるか!

 

「ほらほら、昴早く言ってよー」

 

「誰が言うか!」

 

「むー言ってくれないなら、今日の昴の寝顔現像してサクサクやキッカに売りつけてやる!」

 

胸元からデジカメを取り出す理子。

そんなとこにそんなもん入れんな。ってか、よく入ったな。四次元ポケットか何かなのか。

 

「おい、お前か! 俺を盗撮している馬鹿は!」

 

小学校で高値で売られていた俺の写真。盗撮犯が誰かわからなかったが、やっぱお前だったのかよ。

 

「そのカメラ渡せ!」

 

「嫌だよー、これは理子の大切なものなんだから」

 

「じゃあ、せめて写真消せ!」

 

「えー、理子の精神安定剤だからダメです〜」

 

な、何が精神安定剤だ。俺の精神がガンガン削られていくわ!

渡さないなら仕方ねえ。武力行使だ。

俺が銃を抜こうと思ったその時、理子も銃を抜いていた。

 

「武偵になるなら、やっぱ武力(これ)で問題解決しないとねー」

 

「ハッ、お前が俺に勝てるのかよ?」

 

「勝てないよ、真正面からやればね」

 

そう言って理子は発砲した。俺は理子の弾を銃弾撃ち(ビリヤード)で処理し、銃口を理子に向けた。

理子は首に下げていた懐中時計をふわぁ、と空中に投げていた。

あれは……まさか⁉︎

地面に懐中時計が落ちると、強烈な閃光が辺り一帯を照らし、あまりの眩しさに俺は両目を瞑ってしまう。

光りが収まり目を開けた時には既に理子の姿は消えていた。

チキショウ、逃げられた。

理子の得意な『逃げ足』にしてやられた。

 

「えへへ。(お義兄)さんこちらー」

 

理子はそんな捨て台詞を吐いて走り去ってしまう。

クソ、待ちやがれ! 今すぐカメラ置いていけ!

俺の言葉は届くことなく、理子の背はどんどん遠ざかっていく。

俺は直様、ガンダールヴの力を使って理子の追跡を開始した。

風と一体になったように、一瞬で駆け抜けるように。

そんなこんなで中学の正門の前に到着した。

 

「はぁはぁはぁ、馬鹿理子の奴、後で覚えてろよ」

 

息を切らしながら俺は学校の中に入ろうとした。

その時、背後から誰かが近づく足音と気配を感じ取った。この感じ、プロではないな。だが、ど素人でもなさそうだ。それなりの訓練はしている。そんな筋肉の動かし方だ。それにしても俺の背後に立つとは命知らずな奴だな。俺が某スナイパーなら銃撃してるぞ。さて、どんな奴だ? どうせむさいおっさんか、野郎なんだろうな。そんなことを思いながら後ろを振り向くと、一人の少女が立っていた。

風に靡く髪は黒色で、腰まで届くロングヘア。

凛と佇む姿は大和撫子を体現しているかのように、優雅で、綺麗だった。

その姿に目を奪われた。綺麗だ。可憐だ。

 

「……君は?」

 

誰だ? こんな美少女、一度会えば記憶に残っているはずだけど。

駄目だ、小学生時代の記憶にはこんな子と過ごした覚えがない。

少女はそんな俺の顔を見ると、上品な仕草で口元に手を当ててクスリと笑い、話しかけてきた。

 

「お久しぶりです。……昴君」

 

そう言った彼女の顔をみた俺は、何故だか懐かしいような、何処かで見たことがあるような、既視感を感じていた。いや、既視感を感じるのは当然かもしれない。何故なら見たことならあるからな。それもつい最近、写真で。そう、彼女は俺の婚約者様(・・・・)だ。知っていて当然だ。だが、それとは別に何処か懐かしさを感じる。俺は彼女と会ったことがある気がする。初対面なはずなのに。そんな不思議な感覚を感じていた。なんだこの感じ? 何処かで見たことあるような。俺はこの少女を知っている。そうだ。知っているんだ。思い出せ! あれは確か……7、8年前の……そうだ、夏祭り! 青森の夏祭りだ! あの時出会った女の子に似ているんだ。

俺はあの青森の夏の出来事を思い出していた。

女の子を狙っていた変な連中を木刀でボコって、武偵免許持ってないから途中で逃げたんだよな。彼女と一緒に。そして、自己紹介して別れた。

うん、ここまでは覚えてる。

 

「えっと……確か、風斬(かぜきり)……さんだっけ?」

 

「嬉しい! 覚えていてくれたんだね。うん、そう。私は風斬(かぜきり)風香(ふうか)。私のことは風香って呼んでください。よろしくお願いしますね、ア・ナ・タ♡」

 

「貴方ってどちら様のこと⁉︎」

 

あ、ヤバい。なんか知らんが嫌な感じがする。

これはアレだ。桜や橘花、そして、理子が偶に出すあの(・・)感覚に似ている。

 

「それはもちろん、昴君のことだよ〜。私の旦那さんになる人なんだから、アナタって呼んでもいいよね?」

 

「絶対駄目だ!」

 

人前でアナタなんて呼ばれたら絶対誤解される。

俺の中学時代が暗黒時代になってしまう。

入学早々、ぽっちは嫌だ。男友達作って普通の学生生活満喫するんだ。

 

「わかりました。なら、昴君って呼ぶね。よろしくね、昴君」

 

おや?

 

「……ん? どうかしましたか?」

 

「あ、いや、なんでもない……」

 

やけに引き下がるの早いな。桜や橘花ならもっといろいろ聞いてくるのに。いや、これが普通の反応か?

俺の周りの奴が非常識過ぎるだけか?

 

「……後で身辺調査しとかないと」

 

「え?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもない……」

 

き、気のせいか。なんか身辺調査とか不穏な単語(ワード)出た気がしたんだが。

気のせい、だよな? 妹達がアレだからちょっとナーバスになってるのかもしれないな。うん。

 

「ところで昴君には妹さんが三人いるんだよね? どんな子?」

 

「どんなって言われてもな。んー、一言で言うならブラコン?」

 

「へー、とーってもお兄さん思いな妹さん達なんだねー……要注意人物達だね」

 

「え?」

 

「ん? なんでもないよー?」

 

ニコニコと、笑う風香。

笑顔だが、目は全く笑ってない。

何コレ⁉︎ メチャクチャ怖いんですけどー⁉︎

 

「ところで昴君は探偵科(インケスタ)志望だよね? 実は私もそうなんだ!」

 

「おっ、そうなのか。知り合いがいてよかったぜ。探偵科(インケスタ)が一番安全で、平穏な学生生活送れそうだからな」

 

「うん、そうだよね。私は昴君が入る学科ならどこまでも(・・・・・)ついて行くけど」

 

なんか発言が重いな。ん? というか、俺。風香に妹がいることや探偵科志望ってこと言ったけ?

もしかして、父さん経由で聞いたのか?

 

「いえ、光一お義父様からは何も聞いていません。その情報は独自の情報網から入手しました」

 

「心読まれた⁉︎」

 

「風は嘘を付きません。風はいろんな情報を運んでくれます。だから、今日の朝、昴君が妹さんといちゃいちゃしてたことも知っています」

 

「なんで知っているんだ⁉︎」

 

「風(盗聴器)が教えてくれました」

 

「盗聴器⁉︎ 今、盗聴器って言った⁉︎」

 

「……気のせいだよ?」

 

「その間はなんだ⁉︎」

 

盗聴器ってどこに仕込まれたんだ。っていうか、いつ仕込んだ?

風香、恐ろしい奴。油断ならねえ。

 

「俺のことはなんでも知っているってことか」

 

「なんでもは知らないよ。知っていることだけ」

 

まさかその台詞を聞ける日がくるとは。いや、違うシチュエーションで聞きたかったな。それもメガネ女子の口から聞きたかった。

 

「メガネっ子好きなの?」

 

「い、いや、別に好きってわけじゃ……」

 

メガネをかけた学級委員長とか、ポニーテールメガネ女子とか、ツインテールなメガネっ子とかちょっと萌えるけど。

って、また心読まれた⁉︎

また盗聴されたのか⁉︎ 盗聴器ってもしかして、俺の身体に仕込まれてんの?

俺の内心の疑問に風香は「いいえ」と首を横に振って答えた。

 

「婚約者には好きな人の心を読むスキルがデフォルトされているんだよ」

 

「何そのスキルの無駄遣い⁉︎」

 

「安心して、明日からちゃんとメガネかけてくるから!」

 

「安心できるかー!!!」

 

思わず突っ込んだ俺は悪くない。

そして、突っ込んでいると。

風香の背後に黒いバンが急停車した。

サイドドアが開き、中から伸びてきた手が風香の口を塞いだ。

それはあっという間の出来事だった。

叫び声すら上げられずに、風香の身体は車内へと引っ張られていく。

俺は突然の展開に呆然としてしまった。

え? 何コレ? 何かの撮影? そういうプレイ?

しかし、風香が必死に抵抗する様を見た俺はようやくこれがただ事ではない事件だと認識した。

バンはサイドドアを閉めて急発進した。

俺は、左手に木刀(通販サイトで購入した『星砕き』)を握り締め、右手にガンダールヴの槍であるDE(デザートイーグル)を握り締めて、全力ダッシュを始めた。

ただのダッシュではない。『縮地』と呼ばれる歩法の一つだ。

爺ちゃんと母さんに叩き込まれた。なんでも土御門家に代々伝わる伝統武芸らしい。

あの地獄のような特訓を受けた俺から……ガンダールヴから逃げきれると思うなよ!

 

バンの速度は法定速度を無視した100㎞越えだが、相手が悪かったな。

俺はただの人間じゃないからな!

爺ちゃんや父さんが出す技の速度に比べたら全然遅えよ。

普通に音速越えてくるからな、あの二人。

100㎞なんて、止まってみえる。

バンに追いついた俺は運転席側のフロントガラスにへばりついた。

中には黒い目出し帽を被った男が二人いた。

 

「あ〜あの〜悪いんだけどさ。その子返してくれないかなー?」

 

「あ、兄貴っ⁉︎ ひ、人が」

 

「わかってるよ、ちょっと黙ってろ」

 

俺の姿に驚いたのか、ハンドルを握る男は俺を振り落とそうと、左右に激しく揺さぶりをかける。

勢いよく、揺らされた俺はバンの前方に落ちて、そのまま轢かれて吹き飛ばされたが……。

 

「はあはぁ、ざま〜みろ」

 

「あ、兄貴、ひ、人を」

 

「うっせ、落ちて轢かれた方が悪いんだよ」

 

急停車するバン。

 

「いやー本当その通りだよな、まさか、落ちるとはおもわなかった」

 

「そうだろ、そうだ……⁉︎」

 

驚いて俺を見つめる二人組。

 

「な、な、なっ⁉︎」

 

「なんで生きてんだよ!」

 

俺がほとんど無傷でいるのが信じられないって顔してるな。

いや、無傷じゃねえよ。体質的にマッハ8くらいまでなら普通に受け止められるけど、皮膚は人間と変わらないから血は普通に出るし。殴られたら痛みもある。

今のも脳震盪を起こしても不思議じゃなかったんだが、昔、もっと強い衝撃を受けたことあるから無意識のうちに身体がガードしてくれたみたいだ。

あーよかった。血出るだけで。いや、よくねえか。痛てぇし。

 

「車に轢かれる衝撃なんてな。昔、爺ちゃんや熊と戦った時の衝撃に比べたら全然大したことじゃないんだよー!!!」

 

「ば、バケモンだ……」

 

「一体どこのガ○ダムだ?」

 

失礼な奴らだな。

俺はれっきとしたただの『普通』な人間だよ!

内心そうツッコミながら、男二人に近づき、その手に手錠をかけた。

 

「未成年者略取・誘拐罪及び道路交通法違反ならびに、殺人未遂の現行犯で逮捕する!!!」




筆が進んだから久しぶりの連続更新!


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Ammo23。衝突

さっさと入学編終わらせたいのに、なんか思ってたのと違う展開になった。
キャラが勝手に喋りだしたんだ。
だから、展開遅くなるのは仕方ない。
仕方ないんだー!


誘拐犯を捕縛した俺は武偵中に電話をかけることにした。つい、勢いで捕まえてしまったが、よくよく考えてみれば大変マズイことを仕出かしたと気づいたからだ。武偵中に入学は決まっている身だが、当然ながら武偵免許は所持はおろか、発行すらされていない。

当たり前だ。一般的に便利屋扱いされる武偵といえど国家資格。慢性的な人手不足とはいえ、免許が発行されるのは半年に一度開かれる学力試験と実技試験に合格した奴だけ。

そして、通常その試験は入学後に行われる。

武偵高なら入学試験に受かれば自動的に発行されるが、武偵高付属中学は違う。

在籍する多くが15歳以下。つまり義務教育を行う教育施設という建前上、生徒の身の安全を考慮し、教務課(マスターズ)が許可した者でなければ試験すら受けさせてもらえない。

それもある意味当然だと思う。徒手格闘だけではなく、武偵は刃物や銃器を扱う技術はもちろん、車両の運転、尾行、調査能力、変装、医療技術など高度な知識や技術が求められる職業だからな。

 

「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! 教務課(マスターズ)になんて説明しよう……」

 

つい、ノリと勢いで誘拐犯確保してしまったが、教務課の反応次第では俺は今日死ぬかもしれない。

武偵には「武偵三倍則」と呼ばれる罰則がある。一般人と違い、武器を合法的に携帯できる武装許可、逮捕権、捜査権などの特権が与えられている武偵が犯罪を起こした場合、その罪は一般人の三倍となるんだ。

 

「……」

 

武偵中の番号にかけて、反応を待つ。

トゥルルル、という回線の音が聞こえるたびに俺の心臓は激しく脈打つ。

待つ時間が長い。一分一秒がとてつもなく、長く感じてしまうのだ。

ガチャ、と受話器を取られる音がした。

どうか、話しやすい人が出ますように!

 

「はいなー、えっと、もしもし? うちは……えっと、なんやっけ? そやそや、神奈川武偵高付属中学校の(らん)(ひょう)や。用件なんや? 早く言って死に晒せ」

 

お 前 か よ!!!!!

 

ってか、何で神奈川に?

東京じゃないの?

と一瞬思ったが、あ、そういえば原作で、蘭豹は全国各地の武偵高を首になった、って記述があったのを思い出した。各地の武偵高で問題起こしまくって、東京武偵高しか居場所がなくなった、とかそんな感じだったな。そういえば。

 

「で、用件なんや。早よ言えや。さっさとしないと(ケツ)の穴に杭打ち器(パイルバンカー)撃ち込むぞ!」

 

「やめろ! 一体なんの拡張工事を始める気だ、アンタは⁉︎」

 

ってか、そんな架空兵器持ってるのかよ!

 

「……その声、昴やな?」

 

いかん、つい突っ込んでしまった!

 

「久しぶりやな〜元気か〜?」

 

「え、ええまぁ」

 

「確か昴もうちの学校入るんやったな。あれ? 入学式の最中じゃあらへん?

……お前今どこにおるんや?」

 

後半からいきなり声のトーンが低くなった。

やめろ! ただでさえ、お前怖えのに、声低くしたら怖さ倍増するだろうが!

 

「えっと……じ、実は……」

 

俺は蘭豹にことの経緯を説明した。

 

「アホか! 何やっとるんや、お前! お前みたいなガ○ダムが出撃する案件やないやろ! 過剰防衛になったらどうするんや? 犯人無事か? 死人出してないやろな?」

 

人間バンカーバスターの蘭豹にガ○ダム呼ばわりされた。ショックだ。

あの(・・)蘭豹にお前、人間じゃないんだから……と言われるなんて。最悪だ。

 

「ははは、嫌だな、俺がガ○ダムなら先生はネオ・ジ○ングか、デビルガ○ダムですよ」

 

もしくはアレだ。デスト○イみたいな戦略装脚兵装要塞=戦略兵器だろ。

 

「言うやないか。ワイにそんなこと言うなんてやっぱりお前、おもろいやっちゃな。専修学科は当然、強襲科(アサルト)やろな? 楽しみやな〜お前を指導すんの。強襲科(アサルト)でビシバシ鍛えてやるから覚悟しいや」

 

ははは、何を言ってるんだね、らんらんは?

強襲科(アサルト)なんか誰が入るか! 俺は探偵科(インケスタ)で平穏に過ごす!

 

「ええ、お手柔らかにお願いします」

 

関わる気ないけどな!

 

「……鑑識科(レピア)と、探偵科(インケスタ)強襲科(アサルト)の学生向かわせるから、ソイツらが来たらやっぱお前、教務課(マスターズ)に来いや。武偵中流のお も て な し……したる」

 

「全力で遠慮します!!!!!」

 

誰が教務課(マスターズ)とか、そんな超危険地帯行くかっての!

全力で拒否する俺に蘭豹は原作ヒロインのあの言葉を言い放つ。

 

「こんかったら、風穴や!」

 

 

 

 

蘭豹が手配した武偵附属中の学生に2人組を預けた俺は車内にいた風香を抱き抱える。

怪我は……ないな。見たところ外傷もない。薬で眠らされただけか。

風香を優しく抱き抱えて、武偵中まで歩き始めた。

車両を手配してくれるという話しだったが、先輩達の好奇な視線を受け続けるのは嫌だったから断った。

婚約者云々の説明もややこしくなりそうだから、伏せて昔から知っている幼馴染ということにした。

それでも、好奇な視線で見られたから、全力ダッシュして逃げた。

そして、再び辿り付いた神奈川武偵附属中学の正門前。

そこには、頬を膨らませた理子の姿があった。

俺が来たことに気付いたのか、駆け寄ってきた。

そして、俺に文句を言おうとして、口を開いたが。

 

「やっと、見つけた。遅い。もう、式始まってるよ? 一体今までどこに……え?」

 

途中で言葉をなくし、その場で固まった。

……ん? 何だ? なんで、そんなありえないものを見たような顔してるんだ?

首を傾げる俺に理子はわなわな、と震えながら、口を開く。

 

「昴、それは……一体どういうこと?」

 

理子の視線は俺が抱き抱えている風香に向けられていた。

風香はまだ目覚めていなく、俺の腕の中でスヤスヤと寝息を立てていた。

 

「お姫様抱っこ……私もまだされたことないのに」

 

ぷくぅ、と頬を膨らませ、ふんぬー、と鼻息を荒くして『私、怒ってるんだから』というアピールする理子。

 

「理子以外の子をお姫様抱っこしたら、いけないんだぞ! ぷんぷんがおーだ!」

 

「あー……いや、これはだなぁ」

 

なんて説明したらいいんだ? どうする。どうしたらこの場をやり過ごせる?

考えろ。考えるんだ、俺。

 

「そこの泥棒猫もいつまで狸寝入りしてる気だァ?」

 

理子の口調が変わった。あ、これ、スイッチ入った⁉︎

原作でいう『裏理子』になった。

 

「……バレちゃったか……もう少しお姫様気分でいたかったのにな」

 

「理子、人の物を盗るのは好きだけど〜盗られるは大嫌いなんだよね〜。お姫様気分……ふざけんじゃねえよ。人の物を盗る奴にはお仕置きが必要だよな。銃あるんだろう? 抜けよ。ワタシと勝負しろ!」

 

表の甘い声で言ったかと思えば直様、裏理子の口調に戻る。

情緒不安だな。良くない傾向だ。

 

「いいけど、貴女じゃ私に勝てないと思うよ? だって、私はG(グレード)15の超能力者だから」

 

G(グレード)15⁉︎ 馬鹿なありえねぇ。

桜や橘花ですら、G(グレード)は12やそこらだぞ?

原作ジャンヌでG(グレード)6〜8の氷を操る。それで、キンジ、アリア、白雪が三人がかりで捕まえなければならないくらいの強さを持っていた。力を開放した白雪でG17。白雪ほどではないにしろ、中学生でその強さは異常だ。ありえねぇ。G(グレード)15なんてプラフだ。

 

「ハッ、言ってろ。人の物を盗すんだらどうなるか、その身にわからせてやる!」

 

理子は腰にかけているホルスターから銃を抜いた。

メタリックシルバーのワルサーP38。理子の親父さんが若かりし頃使っていた拳銃と同型のもの。

その銃で発砲してきた。

 

「わっ! バカ、やめろ!」

 

風香に狙いを付けた銃弾が飛んできたが、運良く強い突風が吹いて、銃弾は逸れていった。あ、危ねぇ。たまたま、突風が吹いたから助かったが、生身の風香に当たれば当たりどころ悪ければ死んでたぞ?

後で説教だな。

 

「人の大切な物を盗む泥棒猫は風穴だ__!」

 

いや、俺もいるんだけどー⁉︎

などと叫ぶ俺の声をスルーし。

 

パン、パン、パン!

 

続けて3発の銃弾を放つ理子。風香を両手で抱き抱えていたせいで、武器を持てない俺は任○堂が昔発売したゲーム、007『ゴール○ンアイ』に出る架空武器、黄金銃(金弾銃)から放たれる銃弾を躱す裏技、ボタン連打によるダンス(『ヘナチョコダンス』)擬きを再現して、全弾躱す。ちなみに黄金銃はその銃から放たれた銃弾が一発でも体に当たると即死する最強の武器なんだが、それは『当たれば』の話しだ。その攻略法はシンプル。『当たらなければどうということはない』を再現すればいい。

銃は人類が生み出した史上最強の武器だと金一さんは言ってたが、どんな武器もそれを使うのは人間だ。

ならば、人間の動きを感知して、行動を先読みできれば当たることはない。

つまり、人間が動く時は必ず筋肉も動くからその動きを感知すればいいんだ。簡単なことじゃないか!

 

「あー躱したな! 避けちゃダメ!」

 

地団駄を踏む理子。そうは言うがお前なぁ……

 

「避けるに決まってんだろ!」

 

避けなくても筋肉で銃弾は弾けるが、あれは痛えんだぞ。痛覚は普通の人間と変わんないからな。

 

「……私を守ってくれた。やっぱり相思相愛なんだね」

 

風香は風香でうっとりしてるし。なんなのこの状況。

 

「でも私は大丈夫だから下がってて。絶対に私に銃弾は当たらないから」

 

「だけど」

 

「大丈夫。もう私は守られるだけの弱い子じゃないから」

 

微笑む風香の顔を見た俺は何か言おうとして……やめた。

風香から強い決意を感じたからだ。

 

「あー見つめ合ってる! 昴は私だけの昴なんだから、さっさと離れろ」

 

むきー、と理子は今にも飛びかからんとしていた。

いや、別に見つめ合ってないんだけど。

 

「私の名は風斬風香だよ。古の時代からこの国を守ってきた由緒ある一族の娘。たかだか150年やそこらのパッと出の怪盗一族の貴女とは産まれた瞬間から違うんだよ。私の家は1000年続く武家の一族。本当は貴女が関われる間柄じゃないんだけど。いいよ。特別に相手してあげる。『決闘』しよう。どっちが昴君に相応しいか身をもって教えてあげる。さあ、かかって来なよ、四世(・・)さん」

 

「私を数字で呼ぶなぁぁぁああああ!!!!!」

 

ワルサーP38を連続で発砲する理子。

放たれた銃弾は全て風香に向かっていくが、弾は一発も当たらない。

風香に当たる直前、銃弾がありえない軌道を描いてカーブしたからだ。

なんだ、今のは⁉︎ いや、風香が何かしたのはわかる。

 

「……これがG15の超能力者(ステルス)の力、か」

 

あれはおそらく風を操る能力。

銃弾がホップしたり、カーブしたり、物理法則を無視して軌道変えたぞ。

 

「この距離からじゃ防がれるか。だったら……」

 

理子は風香に近いていく。

近接格闘で戦うつもりか。いや、違う。あれは近接拳銃戦(アルカタ)の動きだ。

だが、相手の手の内がわからないのに、接近なんかしたら。

 

「うっ……」

 

理子の手からワルサーが落ちる。

俺は今、起きた出来事に呆然としていた。

今、風香は何をしたんだ?

風香は微動だしていない。

ただ立って(・・・・・)いるだけ(・・・・)で、理子の手にある銃を落としたんだ。

 

「ダメだよ。むやみやたらと武器なんか見せたら。情報は何処から漏れるかわからないんだよ?」

 

「今何を……」

 

「本当は私も戦いたくないんだけど……でも仕方ないよね? そこの害虫……じゃなくて、ちょっとお転婆な妹さんが銃向けてきたんだから。それにやられたらやり返すのが武偵だし」

 

害虫……⁉︎ いや、今のはきっと言葉のあやか何かだ。

気のせいに違いない。聞き間違いであってくれ!

 

「……まだ、負けてない」

 

「終わりだよ。貴女じゃ、昴君は守れない。色金すら満足に使えない今の貴女じゃ、何も守れない。昴君の隣に立つ資格はない。安心して、昴君はこれからは私が守るから」

 

「……待て。理子はまだ……「終わりだよ」……うっ」

 

理子の体が宙を舞う。全力疾走した俺は間一髪、吹き飛ばされた理子の下にスライディングして地面に激突する前にその体を受け止めた。理子をキャッチした際に、理子の体から握りこぶし大の石が落ちる。

何でこんなところに……⁉︎

 

「さ、式終わっちゃうから早く行こう」

 

気を失った理子を抱き抱えて、その顔を見た俺は心が震えるのがわかった。

この震えは……この感情は、怒りだ。

風香に大切な家族を傷付けられた怒り。

二人の戦いを止められなかった自分自身に対する怒り。

 

「風香、お前……」

 

「ごめんね、昴君。でも仕方ないよ。ああでもしないと、お兄ちゃん離れできないだろうし。力がある人に逆らえばどうなるか知るいい機会になったでしょう?」

 

「ふざけんな、理子は俺の妹だぞ! 俺の家族に手出すな!」

 

「うん、もう出さないよ。彼女から何もしてこなければ、ね?

今のは決闘であって、『殺試合』じゃないからね!」

 

ニコニコ顔でいう風香の顔を見た俺は、ゾクリと得体の知れない寒気を感じた。

何を言ってるんだ? こいつは?

まるで、殺し合いなら躊躇わないみたいな言い方じゃないか⁉︎

 

「お、お前は一体なんなんだ⁉︎」

 

俺の疑問に風香はクスリと笑って告げるのであった。

 

「ただの婚約者だよ。ちょっと歴史ある家系に生まれた、至って普通な、ね。

ただ、ちょっと違うのは……元内閣総理大臣の孫ってだけかな?」

 

いやいやいや⁉︎ 全然普通じゃねえから! 俺の周りの人達はみんな『普通』、『普通』言うけど、全然普通じゃねえから! ちょっと、普通の意味を辞書で調べ直して来いや!

 

「そんなことより、早く行こう! クラス分け楽しみだな!」

 

悪怯れなく笑う風香の顔を見て思った。

コイツは今までで一番厄介なトラブルメイカーと出会ったんじゃないかと。

そして、俺は思い出す。

さらなるトラブルメイカーがこの学校にいたことを。

 

 

「来るのが遅い、遅れた時間分死に晒せー!」




らんらんの関西弁めちゃ難い。関西弁になってるか果てしなく不安。
関西弁っぽく書いたが関西弁知っている人が読んだら……ごめん。ナンチャッテ関西弁でごめんなさい。

緋アリ二次の鬼門……らんらんとヒス金の口調、めっちゃむずい。


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Ammo24。 未来へ。

おや? おかしいな。気がついたら蘭豹とあの人の話しに。
きっともうすぐクリスマスが近いからダナー。
だから、あの人が不幸になるのも仕方ないナー。


理子を救護室に預けた俺は、急いで体育館へ向かっていた。

神奈川武偵高附属中には体育館が四つある。

黒い外壁の体育館は強襲科(アサルト)専用。黄色い体育館は狙撃科(スナイプ)専用、白は超能力捜査研究科(SSR)専用……そして、どこの学校にもあるような一般的な体育館。

本日、入学式が行われているのが、この一般的な体育館だ。

中に入ると、校長と思われる人物が壇上で話していた。

 

「武という字は”(ほこ)を止める,,と書きます。__みなさんは犯罪の戈を止める探偵、武装探偵として、日本の、そして世界の未来を守る重大な責務、責任を負うことになるわけです。この中には、武偵という職業について、よくわかっていない人もいるでしょう。周りに流されて、または憧れて、ただカッコイイからという理由で武偵を志す人もいるかもしれません。……何人かのみなさん、顔色が変わりましたね。そんなに心配しなくてもよろしい。不純な動機、実に結構です。どんな理由であれ、学ぼうとする意欲がある限り、我々附属中学の教師陣は全力で支援します。しかし、武偵になるにはみなさんの想像以上の知識や技術、忍耐力、そして何より正義の__正しい義を通す__心が必要です。力を持つということは責任を負うということ。その責任の重さを知って、やがて、世界に羽ばたいてくれることを願っています。三年間しっかり学んで未来への大きな一歩を踏み出してください」

 

ここからじゃ、校長の顔はよく見えないが、どこにでもいそうな普通のおっさんっていうイメージ……というか、雰囲気だな。特徴がないのが特徴的な。

武偵高附属中の教師陣のトップにしてはやけに普通というか。普通過ぎて逆に不気味だ。

試しに筋肉感知(マッスルレーダー)してみたが、一般的な成人男性と筋肉量は変わらない。

だけど……そんな、馬鹿な。

筋肉の反応が僅かな間とはいえ、消えた(・・・)だと⁉︎

人は生きているだけで、筋肉を動かしている。

だから、筋肉の動きを止めるなんてことは不可能なはずだ。いや、止めるとかそんな次元じゃないな。

筋肉そのものが消えた。筋肉の反応感じなくなるとか、いろいろおかしいだろ!

 

(そういえば、原作にいたな。存在そのものがあやふやなキャラ。特徴がないのが特徴で、とにかく目立たない、背景に溶け込むように認識を阻害する男。それは……『見える透明人間』こと、緑松武尊(たける)

 

どこにでもいそうな中年のおっさん的な見た目してるが、まさか、この人がそうだったなんて。

なんで、中学の校長やってんだよ?

東京武偵高の校長じゃないのか?

原作と違い過ぎるだろ!

 

内心突っ込んでいると、突然、誰かに肩をガシッと掴まれた。

ギギギ、と左肩が圧迫され痛みだす。

 

「痛だだだだだっ!!!!!」

 

だ、誰だ⁉︎ 肩をそんな風に掴まれたら脱臼してしまうわ!

こんなことするアホは。

 

「みーつーけーた。さっさと死に晒せ」

 

「やっぱ、あんたかよ!」

 

やはり武偵高一の問題教師蘭豹だった。いや、まだ武偵中か。

……そんなことはどうでもいいな。問題なのは、何故蘭豹がここにいるのか、ということだ。

 

「ホンマ久しぶりやの、昴。会いたかったぜ」

 

「俺は会いたくなかっ……ワーイ会エテ嬉シイナー」

 

蘭豹先生と再会できるなんて、嬉し過ぎて涙が出る。(悪)夢のようだ。

チョー嬉しい。

だから、だから……眉間に押し当ててる(M500)しまおうか?

 

「そやろ。そやろ。これから三年間、毎日シゴいたるから覚悟せや! ワイ(のシゴキ)抜きではいられない身体にしたる!」

 

蘭豹のシゴキ⁉︎ 何、その罰ゲーム⁉︎ そんな特典いらないんだけど。

 

「はははっ! ……それはちょっと無理だと思いますよー?」

 

「なんでや?」

 

「だって、俺。探偵科(インケスタ)入りますから!」

 

探偵科(インケスタ)? お前が?

……なに、アホ言うてんねん。お前みたいなガンダ◯は強襲科(アサルト)入るに決まってるやないか!」

 

「そんな決まり、無いだろ!」

 

「無いなら、作ったる。校長に掛け合って、ワイがお前を立派な強襲武偵にしたる!」

 

「絶対やめろ! 俺は探偵科(インケスタ)で平穏に過ごしたいんだ」

 

「なんでや? なんで強襲科(アサルト)嫌やねん? 強襲科(アサルト)おもろいぞ。強襲科なら好きなだけ銃撃ちまくれるし、ワイが指導したるぞ!」

 

だから、それが嫌んだよ!

絶対、あの日の続きしたがるだろ!

 

「今ならサービスでワイのメアド教え「結構です。いりません」死にたいんやな、お前」

 

ひぃぃぃ!!! なんで、そこでキレんの?

暗黒オーラ全開って、メアド交換拒否っただけで、なんでそんなキレんの?

 

「俺なんかより、蘭豹先生に相応しいメル友いますって! えっと……例えば」

 

「例えば、誰やねん?」

 

ぐいっと顔を近づけてくるらんらん。

ち、近い。近いって。顔だけは(・・・)いいんだから。こうゆうのやめろ!

 

「と、遠山。そう、新入生に遠山金次って奴がいるはずです。そいつには兄がいるんですけど、かなりの美形なんで、きっと蘭豹先生も気に入「ちょっと探してくるわ。またあとでな」……本当に行きやがった⁉︎」

 

男が絡むと蘭豹、ヤバイな。金次と金一さんに幸あれ!

あんたたちの犠牲は忘れない。実に惜しい人を亡くしたな。(死んでないけど)

なーんて思ってると。

ピロリロリーン!

携帯に着信を知らせるメロディが流れる。

ん? メールだ。誰からだ?

 

from・金一さん

 

おっ、金一さんからだ。珍しいなー。なになに〜?

 

『昴、貴様ァッ! 蘭豹を何ケシかけてんだッ!』

 

からに始まり。

 

『無理矢理メアド交換させられた。お前のメアドもバラすからなッ!』

 

というメールも着た。って、ちょっと待て! 俺を巻き込むな!

 

『ウェディングドレスヤバい。ウェディングドレスヤバい。花嫁強い。ルリ先生も怖い』

 

ちょっと待てくれ! 何があった⁉︎ 蘭豹と戦ったのか⁉︎ ルリって誰⁉︎

などという、突っ込みどころ満載なメールや。

 

『昴、後でコロス!』

 

という一文のメールが送れてきた。

最近の若者ってキレやすくてあかんなー。あははは。

逃げよう。今すぐ、逃げよう。鎌を持った女装した死神が迫ってくる前に!

っていうか、らんらん行動力早いな。もう、見つけたのかよ。それも本人を。どんな嗅覚してんだ?

 

「ねえ、ねえ昴君。クラス分け見た?」

 

金一さんからどうやって逃げようかと考えている俺にいつの間にか、隣にいた風香が声をかけてきた。

 

「いや、まだだけど」

 

「じゃあ、こっち来て、一緒に見よ!」

 

ぐいっと腕を引っ張り、そしてそのまま腕を組まれる。

 

「おいおい、腕放せよ」

 

「なんで? 婚約者なんだからこんなの普通だよ? そうだよね? ア・ナ・タ……きゃっ!」

 

何がきゃっ、なんだ? っていうか、周りの視線が痛いから、さっさと放せ。離れろ!

 

「腕組んでくれないなら、あの泥棒猫ぶっ殺してやる! 昴君は私だけの昴君なんだから」

 

風香の瞳が一瞬のうちに暗くなった。いかん、これは桜や橘花と同じようなパターンだ。俗にいうヤンデレモードってやつだ。ん? 俗に言わない? 知らん。俺は勝手にそう名付けた。

 

「あーもう、わかった。わかったから、ぶっ殺すとか、人前で言うのやめろ! 仮にも武偵になるなら武偵法9条は守れ!」

 

日本の法律。武偵法の9条には次のような条文がある。

『武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない』

その法律を厳守しなくてはいけない。少なくとも日本で武偵活動するのなら。海外の武偵の中には殺しの許可証(ライセンス)持っている奴がいるから、日本の武偵だけの制約なんだけどな。

 

「うん、ならいいよ」

 

にこにこ、と笑顔を向けてくる。

くっそー、なんか調子狂うなー。

そんな風に思いながら腕を組んで風香と一緒に歩くこと数分。

 

「あ、ほら。あそこでクラス分け発表してるんだよ?」

 

風香が巨大な掲示板を指差す。

そこには平成◯◯年度、神奈川武偵附属中学校クラス分け名簿と書かれた紙が貼ってある。

人が多いが、かき分けて前に移動して見ると。あった!

一年A組。星空昴の名が。クラスメイトは……キンジと一緒か。

それに理子とも一緒だ。

理子の名前を見ていると、隣から呪詛が聞こえてきたが、きっと気のせいだろう。気のせいだ。

気のせいだよな? 風香さん?

ぶつぶつと、「泥棒猫と一緒泥棒猫と一緒泥棒猫と一緒泥棒猫に死を泥棒猫に死を泥棒猫に死を泥棒猫に死を天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅天誅」なんて言葉が聞こえるけど、聞こえない! 聞こえないったら聞こえない!

 

「ま、まあ、賑やかなクラスになるな、間違いなく。うん……」

 

登校したくねえ。なんか、胃が痛くなってきた。キリキリする。筋肉不足かな? 腹筋足りてないのかもな。胃って筋肉だっけ? 内臓系も鍛えないとそのうち死ぬかもな。ストレスで。マジな話し。

現実逃避してると、クラス表にありえない名前を見つけてしまった。

な、ば、バカな。なんでお前がここに。

どうして、不知火の名前があるんだよ!

原作では一般中(パンチュー)出身のはず、だろ?

なんで、神奈川にいんの?

 

「ちょっといいかな?」

 

後ろから声をかけられて、振り向いたらたった今、突っ込んでいた不知火ご本人様とご対面。

なんでや! なんでや! なんでや!

 

「僕、不知火(しらぬい)(りょう)。同じクラスメイトになります。よろしく」

 

右手を差し出してきた。握手しようってことか?

ま、いいけど。

 

「あ、ああ。俺は「星空昴君であってるかな? 祖父から聞いてるよ。面白い武偵見習いがいるってね。祖父との会話ではわりとポピュラーに出てくるよ。君と君のお父様の話しは」……うわぁ、マジかよー」

 

不知火の祖父ってアレだろ。政治家や警察関係者に顔が効くって噂の、権力者の一人だろ?

嫌だなー。キンジと不知火が揃うと平穏に学園生活送れる気がしないぞ。

頼むから、これ以上、原作崩壊するなよ? 絶対にするなよ? 絶対だぞ!

などともはや、お決まりのコントを内心してると。

 

「見つけた。昴テメェ、なんてことしやがる!!!」

 

俺の脳天にゴンッと強い衝撃が走る。普段から爺ちゃんに殴られ慣れている俺は首と肩の僧帽筋を震わせて、下肢にダメージを逃し、大臀、大腿を震わせまくり、衝撃を分散させて耐えた。

ふっ、俺の筋肉舐めんなよ。

顔を上げると、そこには般若なような顔をした金一さんがいた。

あれ、入学式に来れたんですね。いつもなら海外に行ったり、特秘任務(トクヒ)行ってるのに珍しい。というか。金一さんのその姿は何⁉︎

男子生徒が着るブレザーを身につけてる……だと⁉︎

 

「そんなバカな⁉︎ 金一さんが女装していないなんて! カナになるのは飽きたのか!」

 

「俺の前で____カナの名をッ!」

 

あっ、やべえ。しまった……つい、口を滑らしたッ……!

 

「俺に! 聞こえる! 範囲で! 口走るなッ!」

 

怒り狂った金一さんに馬乗りされて、ドカボカッと殴られた。

すっかり忘れてたが、そういや、金一さんはヒステリアモード化する為にカナになるが、本当は超恥ずかしいらしく、カナの話しをされるとキレるんだった!

 

「テメェが蘭豹をケシかけたせいで、しつこく付きまとわれてんだぞォ! 「キンイチー見ーつーけーたー!」ひぃぃぃ!!!!!」

 

なっ、あの金一さんが怯えているだと。

声がした方に顔を向けると、そこには蘭豹の姿があった。

何故か、花嫁衣装を着た。

 

……え? 何コレ、珍百景?

 

「さあ、ワイと一緒に来てもらうで! 役所まで一緒にタンデムしよーや!」

 

ガシッと金一さんの肩を掴んで体育館の出入り口まで引き連っていく蘭豹。

必死に足掻う金一さん。

 

「絶対に御断りだ!」

 

え? 何コレ? 本当に何がどうなったらこうなるの?

混乱していると、金次からメールが着た。そこにはあの後、何が起きたのかが書かれていた。

 

蘭豹が金一さんを見つける。

金一さんと無理矢理メアド交換。

金一さん、不慮の事故(神様の手違い)によりヒステリアモード化。

らんらん、金一さんに押し倒されて口説かれる。

金一さん、正気に戻る。

らんらん、花嫁衣装を近くにいた特殊捜査研究科(CVR)生から借りて(奪って)くる。

金一さん、逃走。

らんらん、金一さん追走。

金一さん捕まる←今、ココ。

 

……アー今日も日本は平和ダナー。平和ったら平和ダナー。

今日は大変良き日だな。いやぁーめでたい、めでたい。

金一さんには日中友好の犠……ごほん、ごほん。礎となっていただこう。

エジプトの砂礫の魔女さんは……うん、あれだよ。

世界には一夫多妻が許される国とかあるから大丈夫だよ。金一さんハーレム築けるね、やったね!

金一さん、貴方の身をもった犠牲は忘れない。

 

「今の花嫁さん、綺麗だったね〜いいなー憧れちゃうな〜」

 

風香の口からトンデモ発言が飛び出す。

綺麗? 憧れる? バカな⁉︎ ありえん!

 

「正気に戻れ! 蘭豹だぞ? 人間バンカーバスターな問題教師だぞ!」

 

そんな問題教師を金一さんに押し付けたのかよ、とか言うな。いいんだよ。金一さんも大概普通じゃねえし。

さて、これにて式は終わり。いやー、いい入学式だった。

蘭豹もよかったな。いいパートナー見つけられて。

 

 

と、ここで終わればどんだけよかったか。

ここで終わらないのが、『属性・不幸』を持つ、俺と金次の二人だということを嫌と知ることとなる。

 




さーて、来週の遠山さんはー? 金一、美人(笑)体育教師と結婚……の巻(笑)
嘘です。多分。ネタですって多分。

神様(作者)の手違いがなければ無事逃げられますって。多分。


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Ammo25。人を呪わば穴二つ

かなりおそくなりました。


クラス発表の後は各教室に移動して、自己紹介を行うことになっている。

その為一年A組の教室に入り、黒板に書かれていた座席表の通りの自席に座ると後ろに誰か座る気配を感じた。ここは教室で俺が座る席は後ろから二列目だ。当然、最後列の席がある。だから後ろの席に生徒が座ること自体は不思議ではない。だが、じっーと誰かに睨まれているような、寒々しい視線を感じるのは何故だ? 嫌な予感がした俺は恐る恐る背後を振り返った。

そこには。

 

「ずっと待ってたのに来てくんなかった。昴のバカッ!」

 

ぷくっと頬を膨らませ、ジト目をした峰……いや、星空理子さんがいた。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

元気そうだが、全身を強く打ったはずだ。

気を失うほどに衝撃をその身に受けたんだ。大丈夫なはずはない。元気そうな見た目をしていても、強がりかもしれないし。そう思って、俺は理子に声をかけたが。

 

「うん、大丈夫だよ。あのくらいの痛みなら……もっと痛くて、強いのを昔、ヒルダやブラドから受けてたからね……」

 

だから心配いらないよ、と微笑む理子だが……わ、笑えねえ。重い話をサラッとするな。なんて声をかけていいかわからなくなるだろうが。

どんな言葉を言えばいいのか、悩んでいると俺の足元の影が不自然に動いていることに気づく。当のご本人様は何やら言いたいことがあるのかもしれないな。昔のこととはいえ、帰ったら少しばかりOHANASHI☆しようか、ヒルダさーんや?

俺の思考を読んだのか、影が不自然に揺らぎ、そして、影の中からポッ◯ーの箱が出てきた。

……いやいや、こんなもんで許されるはずねえだろう! きっちり、OHANASHI☆してやるから覚悟しろよ!

と思っていたら、あれ?

ポッ◯ーがない⁉︎ もしかして?

視線を理子に向けると、ぽりぽり、カリカリ、とポッ◯ーを口に加えて齧る理子の姿があった。

おい、いいのかよ、それで。

 

「ん? 何?」

 

「いや、そのポッ◯ー……」

 

「ん? ああ、これは理子のだからあげないぞー! 落ちてたポッ◯ー先に拾ったのは理子だし! もともと昴のもんでも今は理子のもの。昴のものは理子のもの。理子のものは理子のもの。拾ったら全部理子のもんになるんだもん!」

 

ジャイアニズムの継承者か、お前は⁉︎

 

「ま、いいけどよ。お前がこれで許せるなら」

 

こんなんで理子とヒルダの仲が少しでも改善するのなら安いもんだ。

 

「こんなんで許せるわけないだろう」

 

『裏理子』の口調で理子は言うと、目つきを鋭くしてしばらく俺の足元を睨んでいた。

しかし、そう言いつつ、貰うもんはちゃっかり貰うのは理子らしいよな。

とはいえ、まあ……そんな簡単にはいかないよな。一緒に暮らし始めたとはいえ2年経ってもお互い腹を割って話すような関係じゃないし。

原作のように理子がヒルダを助けるような事件はまだ起きていないし。

うーむ。こればっかりは歴史の修正力とか、原作の流れに任せるしかないのかもしれないなー。

と、思っていると。ゾクリ、視線を感じた。なんだこの重いプレッシャーは?

視線を向けると。風香と目が合った。

うん? 何々。

『浮気ダメ。それ以上近づいたら……コロス』って何んで?

近づいたら一体何されんの⁉︎ どうなるの俺⁉︎

風香と視線を交わしていると。

グイッと首を無理矢理後ろに向けられた。痛タタタタッ!

ちょっ、ちょっとおやめになってーそれ以上首曲がらないから!

 

「どこ、見てんの? 昴はわたしだけを見てればいいんだヨ」

 

理子の顔はとーっても笑顔だった。向日葵のように明るく、見る人を笑顔にするようなとーってもいい笑顔だった。ただし、目はまったく笑ってないが。

 

「あ、いや、これはその……」

 

「昴はわたしだけの昴なんだから、あんな女を見ちゃダメ!」

 

「いや、でもな……」

 

クラスメイトだし。と言おうとした俺の言葉を遮る奴がいた。

 

「あら? 負け猫の遠吠えが聞こえますね。さっきから聞いていれば、わたしの、わたしの、って昴君を自分のもののように言ってるけど、昴君はわたしのものですからね!

負け猫は引っ込んでなさい!」

 

「はぁ? お前こそ、何言ってんの? 昴はわたしのものだから。同じ名字なのがその証だよ!」

 

「いや、あのな」

 

「ただの義妹の分際で出しゃばらないでくださいね、わたしは婚約者ですから」

 

「はぁ? 何言ってんのー? ただの婚約者の分際で、家族の会話に入ってくんな!

わたしと昴は寝食を共にする仲なんだから! 」

 

「なっ、なんですって⁉︎」

 

「いや……あのな……」

 

その言い方誤解招くだろ。ってか風香、理子のこと義妹って知ってるなら気づけよ。家族が一緒に暮らすのは普通(・・)だろ?

普通なら騒ぎにならない些細な問題。

だが、ここは馬鹿の溜まり場。武偵高付属中学。

 

「なんだあいつ。さっきからいちゃいちゃしやがって」

 

「なんか知らんが昴の奴、大変そうだな」

 

「さすがは星空君だね!」

 

「我らりこりん大好きクラブ(RDC)の目前で理子様といちゃつくとは……」

 

「……星空君、顔は結構いい感じなのに。二股かけるなんてサイテー」

 

「理子ちゃん可哀想」

 

「リア充には死を! リア充には死を! リア充には死を!」

 

クラスメイトからも可哀想な目で見られたり、疎まれたり、嫉妬の視線を向けられてることに気づいた。

っていうか、金次と不知火。見てないで止めろよ!

 

「ど、同棲なんて駄目____!!!!! 絶対、絶対駄目____!!!!!」

 

風香は風香で顔真っ赤にさせて騒ぐし、理子のアホはアホで。

 

「す、昴と理子は……い、一緒にお風呂入ったり、ご、ご飯も、あ、あ、あーんしあったりしてるんだから!(夢の中で)」

 

とんでもない、馬鹿発言してるわで。

誤解は益々深まった。

 

「ちょ、ちょっと待て! いろいろちょっと待て! 落ちつけ。落ちつこう! 落ちついて……くれませんかね? あははは……」

 

嫉妬という狂気に取り憑かれたクラスメイト達がにじり寄ってくるその姿はとても恐ろしかった。威圧感で言ったら蘭豹以上、爺ちゃん以下。ブラドと同じくらいの殺気だ。

嫉妬の力ってスゲえなー。

ヤ、ヤベエ。ここにいたら殺される。

間違いなく死ぬ。

そう思った俺は一か八か、左手をズボンのポケットに突っ込み、ポケットの中に入れていた折りたたみ式バタフライナイフを取り出すとすぐに展開した。バタフライナイフを持った瞬間、左手のルーンが光輝く。

これでいつでも戦えるが、人数が多い。乱戦になるし、襲ってきてるといえ、クラスメイトだ。あまり手荒な真似はしたくない。

こんな時は……逃げるに限る!

武偵高付属中学の中では『理由もない私闘は禁じられている』。しかし、『発砲』や『刃物』を振り回す行為自体は『射撃場や訓練所以外で必要以上にはしないこと』と校則にある。つまりは、バレなきゃ『してもいい』という解釈になる。武偵高付属中学の敷地内なら武装しても咎められないからな。

そして、血気盛んなお年頃である中学生達は皆、その手に釘バットやら鞭やら鎌やら、薙刀やら日本刀やら金槌やらを持って迫ってくる。

俺はガンダールヴの力を解放して教室を飛び出す。

ガラッ!

ちょうど開いたドアに向かってデビルバットダイブ気味に飛び出したその時__ガシッと頭を何者かに掴まれ、そして空中にぶん投げられた。廊下の窓に激突した。

ガシャンと校舎の窓ガラスが割れる。

俺は頭から突っ込んでしまう。

い、痛い。だ、誰だ。馬鹿力でぶん投げたアホは……。

顔を上げるとそこには何故か阿修羅顔をした蘭豹がいた。

 

「何やっとんのや。ほら、餓鬼どもさっさと席につかんか!

今日からお前らの担任になった蘭豹や。ビシビシ指導していくから宜しくしろや!

ほな、出席取るぞー」

 

ガラスに突き刺さった俺を放置したまま、蘭豹はクラスメイト達を席に着かせ、出席を取り始める。

 

「赤羽」

 

「は、はい!」

 

「足立」

 

「はい!」

 

「安藤」

 

「はーい」

 

「はーい、じゃないやろ。はい、やろ。それが教師に向かってする返事か? お前、死に晒したいんやな。昴みたいに窓ガラスに突き刺したろうか? ああん!」

 

「ひぃぃぃ、ご、ごめんなさい!!!」

 

「他の奴らにも言っとくぞ。ワイ達、武偵高の教師陣を舐めたらあかん。舐めた態度取る奴には武偵高名物、体罰フルコースをお見舞いしてやる! わかったな? わかったら返事しいや!」

 

「「「は、はい!」」」

 

蘭豹から発する殺気を感じたのか、それまで騒いでいた連中も皆静かになった。

そう。この時、クラスメイトが初めて一致団結した瞬間だったのだ。この教師に逆らってはいけないと。

それから出席は滞りなく行われ、そしてついに、俺の名前が呼ばれた。

 

「星空。星空 昴おらんのかー? はよ、返事せやー。返事ないんなら、おでこにチューすんぞ?」

 

「はい、ここにいます!」

 

「うん? どこや。おらへんな。これはほっぺにチューせなあかんな」

 

「死ぬ。死にたくなるからやめろ!」

 

「……ほんまに死なせたろうか?」

 

あれ? 蘭豹の機嫌が益々悪くなってきた。

なんでだ? おかしいな。

 

「ところで……いつまで窓ガラスに顔突っ込んでるんや?」

 

「誰のせいだ、誰の⁉︎」

 

突っ込んだのお前だろ!

 

「昴なら、そんくらい平気やろ?

人間辞めてるし」

 

蘭豹に突っ込む為に、窓を筋肉で粉砕して教室に入った。

頭や首から血がダラダラ流れてるが、いつものことだから気にしない。

 

「窓ガラスに突っ込んだ張本人がそんなこと言うな!」

 

平気だけど。皮膚をちょっと切っただけで、神経にはガラスの破片届いてないけど。

だけど……なんか釈然としないな。

 

「あ、あの〜し、質問いいですか?」

 

「なんや?」

 

「星空君と蘭豹先生ってお知り合いですか?」

 

「ああ、ワイの……」

 

「「「ワイの?」」」

 

「ワイの奴隷や!」

 

「ちょっと待て。いつからお前の奴隷になった⁉︎」

 

蘭豹の奴隷とか、誰がなるか!

そんなもんになるなら、アリアの奴隷になった方が1億倍マシだね!

いや、奴隷になりたいとかそんな願望ないけど。

 

「あ、間違ってもうた。日本語って難しいやなぁ。昴は奴隷なんかじゃなかったわ」

 

「うんうん、そうだよな」

 

ただの間違いだよな!

 

「ワイが昴の肉奴隷なんやったな?」

 

「ハイ、アウト____!!!!!」

 

な、何言ってんの⁉︎ お前馬鹿なの? 死ぬの?

 

「お、お前は一体何を言って……「ワイの師匠に昔言われたんや。その師匠の流派には代々自分より強い女に負けたら何がなんでも見つけだして殺せ。そして男に負けたら結婚しろ、って掟があるんや。だから、だから……ワイ、愛しのキンイチと結婚できんのやー!!!!! さっき市役所で届け出したら突き返されたんや。きっと師匠の教え守らんかったからや!」……いや、それ……」

 

金一さんが18歳になってないからじゃねえ? 日本の民法知らないのか?

ってか、その掟何だよ? どこの女傑族の掟だよ?

 

「だからワイを好きにせい! だけどワイの心は金一のもんや!」

 

「いや……いらねえし」

 

__ドオォォォ。

 

「うおっ!」

 

拒否したらM500から鉛玉が飛んできた。手に持っていたナイフで切り裂いて防ぐ。

銃弾斬りくらいできるから別に撃たれるのはいいけど、俺にどうしろってんだ!

 

「いらないってどういうことやねん? 魅力ないって言いたいんかぃ? ああん?」

 

「いや……それは」

 

「ワイがフラれたのはお前のせいや! だから、ワイに協力せい」

 

「……はい?」

 

何でそうなる⁉︎

神様一つ聞きたい。

俺が何をした。

 

「ワイが金一と結婚できるように援護しろや!」

 

後、もう一つ。

これなんていう……無理ゲーですか。

 

「ワイの恋を叶えるキューピッドになれ!」

 

「いや、無理だから!」

 

そんなこと言われても不可能だ!

 

「そういう無茶振りは金次に言えよ」

 

「なっ、お、俺?」

 

大丈夫だって。キンちゃんなら不可能を可能にできるって。

 

「金一さんの弟なんだから、蘭豹の相談に乗ってやれよ」

 

「いや、そんなこと言われても……「遠山ァ!!!」うおぉぉぉ! は、はいっ?」

 

教壇から一瞬のうちに姿を消したかと思えばいつの間にか金次の席の前に移動してその手を握る蘭豹。い、今のは……『縮地』か?

疾くて見えなかったぞ⁉︎

目を♡マークに変えた蘭豹は金次の襟首を掴むと。

 

「ちょっと急用できたから自己紹介勝手にやっとけ。遠山はワイと二人で話そうや! 義姉弟のコミニュケーションをたくさんとりまくろうや「いや、俺はうぎゃあああああ⁉︎」……さて、後は好き勝手やっとけや!」

 

そう言い放ち教室を出て行った。金次を引きずって。

何というか……すまんな、キンジ。

お前の犠牲は忘れない。

お前の代わりにクラス内は任せろ!

 

「さて、蘭豹先生もいなくなったことだし。改めて自己紹介やって、クラス委員とか決めないか?」

 

クラス委員とかはやる気ないが、蘭豹に絡まれるくらいならクラス内を纏める方がいいに決まっている。

 

 

 

 

「というわけでクラス委員は不知火君と鏡高さんに決まりました。

二人とも前に出てくれ」

 

クラス委員は立候補、他薦により決められ、不知火亮と鏡高(かがたか)菊代(きくよ)という母親がカナダ人な金髪美少女に決まった。

うん、原作の強制力って凄えな。まさか、不知火と鏡高と同じクラスになるとは。

不知火は見た目からしてイケメンだし、性格も基本いい人だからクラス委員にぴったりだな。

というか。

 

「あはは。選ばれたからには一生懸命やります。よろしくね」

 

パチッとウィンクしただけでクラス内のほとんどの女子がポーッと見つめているのを見ると他薦したのは失敗したかもしれないな。リア充爆発しろや!

 

「……すばるん、モテたいの?」

 

「当たり前だろ!」

 

「ふーん、そうなんだー」

 

「昴君、浮気は死刑だよ?」

 

「い、いや、これは浮気とかじゃなくてなー……な、なーんちゃって?」

 

俺の真後ろの席から理子の冷たい(ブリザード)視線(アイ)を浴びせられ、そして何故か俺の右隣の席にちゃっかり居座った風香がシャープペンで俺の頬をツンツン、突いてきていた。風香は笑いながら突いているが目は据わっていた。や、やばい。ここで『浮気は文化だぜ!』とか言ったら刺されかねない。

俺の命がマッハでやばい。

っていうか、席順は名字順のはずだろ?

なんで風香が隣にいるんだ?

 

「なあ……」

 

「ん? なぁに?」

 

ニコニコとしてるがその笑顔が怖い。

 

「お前の席、そこじゃないだろ?」

 

「うん? ああ、変わってもらったんだよ? 私視力よくないから」

 

「いやいや、この席後ろから二列目だから! 視力悪いならもっと教壇に近い方が……」

 

「私、視力よくないんだよ?」

 

「いや、だから……」

 

「視力よくないから、昴君がよく見える隣の席じゃないと……ダメダヨネ? ネエ、ソウオモワナイ?」

 

「あ、はい、ソウデスネ……」

 

あかん。これ、逆らったらあかん。

目完全に据わってるし。逆らったら本当に刺されかねない。シャープペンで。

 

「むぅ〜り、理子も視力悪いんだった!

昴の左隣いかないとよく見えない。大変だ、ねえ、そこの席変わって? いいでしょう? イイヨナ? はい、決まり!」

 

俺の真後ろの席に座っていた理子がそう言うと、俺の左隣に座っていた男子生徒に『脅迫(お願い)』して席を変わりやがった。

 

「いやいやいや、お前視力は両目2.0あるだろうが!」

 

小学生の時の身体検査の結果、見たことあるが視力悪いは嘘だ!

 

「突然悪くなったの。昴の後ろからじゃよく見えないの。昴の隣じゃないとダメなの。

だから前世は恋人だったんだね?」

 

「いや、意味わからん」

 

俺の前世ではお前らみたいなヤンデレはいなかったわ。

 

「そんなことより、お腹すいた。終わったらファミレス行こう?」

 

理子が突然、思いついたようにそんなこと言ってきた。

いや、ファミレスって。

 

「弁当はどうしたんだよ?」

 

朝渡された弁当あるだろ?

 

「ん? ああ、あれね……あっ、そうだ!」

 

俺の言葉に理子は何かを思いついたかのように、カバンわガサガサ漁り。

弁当箱を取り出した。

 

「今、食べよう。あーんしてあげる♡」

 

「いや、いい」

 

クラスメイトの前であーんとか、何その公開処刑。

 

「ノリ悪いんだから、ほら。さっさとお弁当出して?」

 

俺の鞄をガサガサ漁って弁当箱を机に出してしまう理子。

おいおい。こんなところで広げたら。

 

「さあ、あーんし合おう♡」

 

「ちょっと待て⁉︎」

 

「待たない」

 

俺の制止の声を無視して弁当箱を開けてしまう理子。

 

「馬鹿、まだ授業中……「……昴君?」ひぃ!」

 

右隣からブリザードが吹いた。何これ。めっちゃ寒い。

 

「……ねえ、昴君。これって、どういうこと?」

 

ジーッとある一点を見つめる風香。その視線は俺と理子の弁当箱に向けられていた。そして口を開く。

俺と理子の弁当の中身を見比べた風香の一声はかなり冷たいものだった。

 

「何、何がだ?」

 

「色違いの弁当箱」

 

「きょ、兄妹だから……ふ、普通だろ?」

 

「そのお弁当箱の容器、青色だけど、犬やウサギの柄が入ってる。どうみても女の子が選ぶようなもの。昴君の趣味じゃない。それにお弁当の中身の具材が同じ」

 

「そ、それは……同じ店で購入したもので、具材は……す、スーパーのお惣菜詰めたからだな、あはは」

 

「嘘、手作り。その証拠にタコさんウインナーの脚、大きさが均一ではない。それに卵焼きに梅干し入ってる。唐揚げも食べやすいように工夫されている。なにより、白米の上に桜でんぷんで♡マークがあるよ?」

 

「なっ、嘘だろ⁉︎ 橘花の奴ッ!」

 

「うん、嘘」

 

「……」

 

は、ハメられた。

 

「で、誰が作ったのかな? なんで二人は同じお弁当食べようとしてるの? 橘花って誰? 説明シテ?」

 

説明シテ……の言葉がかなり怖いんですけど。風香さん⁉︎




気付いたらヤンデレ話しに。
次話はもっとサクサク進みます!
進むといいなぁ。


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Ammo26。ファミレスとかで騒ぐのはほどほどに! これ、大切なお約束

新年明けましておめでとうございます。
昨年は私の作品を読んでいただきありがとうございました。
今年もできるだけ執筆活動続けていきますので、今後ともよろしくお願いします。



放課後。俺は武偵中学の校門前にいた。理子、金次、風香、不知火と共に駅近くのファミレスで親睦会を行うことになったからだ。

 

「理子の機嫌が少し良くなったのは助かったな。風香の方は……うぅ、胃が痛い」

 

結局あの後、俺に『あーん』をした理子や弁当を作ったのが橘花(いもうと)と知ったら(義妹と説明したらなんかキレられた)張り合ったり納得したが、机の上に置かれた弁当をあらためて見た風香が『だったら私も毎日弁当作ってくるから、残さず食べてね!』とか言って大人しくなったから助かったけど。たかが弁当で何であそこまでキレるんだよ。

女ってのはよくわからないもんだな。本当。

承諾しないと日本刀で刺して来そうな勢いだったから思わず頷いちゃったけど……明日から弁当二人前も食べる羽目になんのかよ。ま、食えるからいいけど。

転生して今の身体になってからかなりの大食いになったからな。多分、原作でレキが頼んでた超壺麺とか余裕で食えるんじゃないかな。金欠になったら大食い、早食いチャレンジとかやってみようかな。確かあれ、5000円くらいするもんだけど30分以内に完食したら無料だったし。食費が浮くのに越したことないからな。

ま、大食いなのは俺だけじゃないから多分遺伝的な体質が原因なんだろうな。

筋肉をよく動かすからその分の燃料が必要なんだろう。燃費が悪い体質だな。まったく。

そんなどうでもいいことを考えながら正門前でボケーッとして待っているとミシメキッ、ビキッ、誰かに肩を掴まれた。メチャクチャ痛てェ。

 

「……昴テメェ」

 

振り返ると、そこにはネクラそうな顔をしたネクラな目を吊り上げ、頬を引きつらせ、額にDの血管を浮かべた逸般人(キンジ)が立っていた。

おっ、もう蘭豹から解放されたのか。思ったよりも早かったなあ。

 

「おおっ、キンジじゃないか! 心配してたんだぞ? 大丈夫……じゃなさそうだな。あははは……」

 

ちょっ、落ちつけ。キンジ。肩に力込めるのやめろ。

両肩掴んで、頭突きしようとすんな。お前の頭突き洒落にならないから! あ、ぐりぐり攻撃もやめて!

ちょっ、顳顬(そこ)はだめ。手が、指が、顳顬(こめかみ)に当たってる。

そこは先祖代々、だめなんだって!

 

「あ、ひゃ、うっ」

 

「変な声出すなよ⁉︎」

 

仕方ねえだろ⁉︎ そこは本当苦手なんだから。

 

「……何やってんの。昴ってやっぱりそういう趣味だったの?」

 

「昴君が、いけない遊びしてる⁉︎ そんな、まさか昴君は男色家だったなんて……でも、昔の武士はそういう趣味の人もいたっていうし。それに下手に女に好かれるくらいならいっそ男の子に好かれる方が……ううん、やっぱりだめー!!!!!」

 

金次にぐりぐり攻撃されて、おかしな声をあげてしまった俺の姿を目撃した理子と風香の反応がそれだった。

ちょっと待て! やっぱり、ってなんだ?

俺は男に襲われて喜ぶ特殊な性癖なんか持ってない。金次と一緒にするな。

 

「「俺は普通の性癖だ! これはただのコミュニケーションの一環でふざけあってるだけだ!」」

 

あっ、金次と声が被った。

 

「じゃあ、キー君も普通に女の子が好きってこと?」

 

理子の問いかけに、困ったような顔をした金次は。

 

「……いや、女より男の方がいいな」

 

とんでも発言しやがった。

 

「やっぱりそっち系なんだ⁉︎ きゃは!」

 

「……昴君は渡さないから」

 

「は?」

 

おい、そこのヤンデレ共。何好き勝手言ってんだ。

それと金次。その答えはいろいろアウトだ。

お前、『女より男の方がいい』って、それ。

『女よりも男の方が気兼ねしなくていい』の間違いだろう?

ちゃんと伝えないと、バカ二人は間違った解釈したまんまだぞ。

 

「キンジ君は、昴君のナァニ?」

 

いかん、風香さんがブラック風香さん……黒風さんになりかけてる。

 

「な、何って昔馴染の……」

 

「昔馴染の……何かなぁ?」

 

にこにこ、と顔は笑顔だが、目は全く笑ってねえ⁉︎

いかん。このままじゃ、周りに被害でかねない。

 

「き、キンジはただの幼馴染だ。誤解されるような関係はないし、俺は普通に女の子が大好き……あ、いや、風香さんがダイスキデス」

 

「うん。そうだよね?」

 

にこにこ、と笑った風香を見て思った。

俺の幼馴染や妹達がこんなに病んでるはずがねえ⁉︎

それにしてもキンジのヤツ。

顳顬(こめかみ)、ぐりぐりしやがって。

仕返しにとっておきの嫌がらせしてやる!

そう思った俺は金一さんから送られてきたとあるメアドにメールを送った。

火火火、キンジ死に晒せ!

 

 

 

 

理子の案内で武偵中学に近い最寄駅の駅前にあるファミレスに入った俺達は。

 

「「「「「「カンパ~~~イ」」」」」

 

ドリンクバーで各々淹れた飲み物片手に、乾杯した。手に持ったグラスを傾け、中に入った液体を一口飲む。ああ、リアル◯ールドめっちゃ美味え。やっぱドリンクバーっていったら炭酸だろ。

ただ、うーん。やっぱり薄いなぁ。氷入れ過ぎたかな。

めっちゃ、寒気するんだけど。

好きな飲み物を飲んで一息ついていると、一番騒がしい馬鹿が、馬鹿な発言をしてこの場の空気を凍らせやがった。

 

「よ~し、それじゃあ~さっきもクラスでやったけど、もういっかい自己紹介をしよっか。

まずは、理子からするね〜。

私の名は星空理子。そこに座っている星空 昴の義理の妹で昴の彼女でもありま~~す!!!」

 

 

……は?

……はぁぁぁあああ?

 

 

「……」

「……」

「……」

 

固まる俺達男性陣。

え、何何?

どういうこと?

 

「……どういうこと昴君?」

 

ゾクッとした感覚がして、首をギギギッと動かして風香の方を向いてその顔を覗き込むとうげぇ!

そこには……阿修羅がいた。

圧倒的な怒気を孕み、周りの空間を歪ませるようかの負の瘴壁を放つ、暗黒面に堕ちた超能力者がいた。

 

「ひゃひゃひゃひゃッ!!!!!」

 

また、このパターンかよ。

なぁ、神様……俺が一体何をしたってんだ?

あれか。神社で賽銭ケチって五円玉の代わりに五円チョ◯入れたのを根に持ってんの?

五◯チョコ美味いだろ? ありがたいだろ?

気に入らないのなら次からは札束チョ◯か、チョコバッ◯か、うまい◯にするからそろそろヤンデレけしかけんのやめようか?

 

「すばるんは悪くない! 悪いのはすばるんにこびりつくお前みたいなばい菌だろ?」

 

「ばい菌? あはは! それは貴女でしょー?」

 

一般的に武偵は、毒、金、女に弱いとされている。

毒はどんなに鍛えても解毒できなきゃ、抵抗できないし。

金に目がくらみ、任務を放棄する武偵もいるのは確かだしな。寝返ったりする奴もいるし。だけどそれは仕方ないことだ。武偵は基本、金で動くものだからだ。

そして、男にとって一番の弱点が女だ。

女に甘くなるのは男の本能みたいなものだからな。

だから女に弱いのは仕方ない。

仕方ないが。

 

だがちょっと言いたいことがある。

俺は……俺には。

俺にはヤンデレ趣味とかは、全くねぇんだぞ?

そこんとこわかってんの?

せっかくの晴れ舞台の入学式が終わって、新たにクラスメイトとなった奴らと楽しいひと時を過ごす……はずだったのに。

なんでこんな修羅場になってんの?

スマン、帰っていいか?

楽しい談笑?

 

何それ? 美味いのか?

 

 

今のこの惨状を楽しい談笑とかほざく奴がいるなら、今すぐ脳外科か眼科に行け。あるいは精神科にでも行った方がいい。

何故なら俺の目の前は修羅場もとい、文字通り『戦場』となっているのだから。

 

「ひゃひゃひゃひゃ!!! 死ね、死に晒せー」

 

阿修羅と化した風斬 風香と。

 

「よーし、りっこりこにしてやんよ」

 

武偵中学ではなく、一般社会の店内で実銃であるワルサーP38を発砲しまくるアホな子が暴れているからな。

なぁ、神様。俺のことそんなに死なせたいのか?

馬鹿なの? 死ぬの?

一般のお客さんはもちろん、ウエイトレスや店の従業員のみなさんは外に逃がしたが俺達、武偵中学に怒られるんじゃないか?

下手したら退学もんだろ? この騒ぎ。店内で実銃発砲、器物損壊、営業妨害、店に対する補償。

刑事罰____武偵三倍刑なる決して受けたくない罰が頭の中に思い浮かぶ。

店のテーブルを盾にして弾除けに使っているが防弾仕様ではない為、このテーブルも弁償しないといけないんだよな? 耐久性低いからあまり長くは持ちそうにないし。

頼みの綱は中学の防弾制服と己の筋肉。そして、外まで広がってるであろうこの騒ぎが職員室に届かないことを祈るばかりだ。教師が来て止めてくれるなら普通は喜ぶべきだが、武偵中学は教師も普通じゃないから余計騒ぎが広まって、ただの喧嘩のレベルではすまなくなる。

いや、実銃ぶっ放す時点で『普通』じゃないんだけど、神奈川武偵中学には問題教師がいるからな。

そんなことを考えていると店内のドアが開き誰かが入って来た。

 

「おーやっとるな〜。よしよし、ヤレヤレ~~。ぶっ殺せ! 殺しあえー餓鬼共!!!」

 

野生の蘭豹が現れた。

 

コマンド

 

①告る

 

②たたかう

 

③にげる

 

④デートしてデレさせる

 

⑤キンジを生贄に……

 

……よし、⑤だな。

⑤しかねえ。

 

「キンジ、いい作戦があ「断る!」……チィ」

 

キンジのくせに勘のいいやつめ。

 

「……なんかディスられてるような気がするんだが?」

 

「気のせいだ。気のせい」

 

まったくキンジのくせに生意気だな。

ってか誰だよ。蘭豹にここ教えた馬鹿は! ……あっ、俺か⁉︎ さっきキンジに嫌がらせするつもりで蘭豹に『近くのファミレスで屯ってるんで来ませんか? キンジが大切な話しがあるみたいです』なんてメール送んなきゃよかった! ああ、俺の馬鹿! この非常時に非常識な蘭豹を寄越すとか何を考えているんだ俺は?

 

アハハハ、と笑い声が聞こえたので隣を見ると不知火が現実逃避していた。

 

解る解るぞ、その気持ち。

某国にプルトニウムを渡すぐらいヤバイ奴が来てしまったからな。

なんとかしないと終わる。俺の学生生活とか、青春とか。

なんとかしないと。銃声が鳴り響く。流れ弾が時々飛んできたが、当たりそうなヤツだけ、俺はナイフで斬ったり、銃弾を銃弾で弾いたりしながら防いでどうするか考える。

あっ! そうだキンジならこの状況どーにかできるかもしれない。

ヤンデレ武装巫女と何度も接しているキンジなら対ヤンデレの対処法を知ってるはずだ!

ヤツならこの事態を静めてくれるかもしれない。

そう思い荒らされた店内を見回すと。

 

「って、金次ぃぃぃいいいいいい!!!!!」

 

床に血塗れになり倒れていた。さっきの流れ弾に当たったのか? 外傷はないから制服に当たったんだな。必死に身体を揺らす俺。あ、揺らしちゃダメだったんだっけ?

テンパってると「ガフッ」とキンジの口が開き呻き声と呼吸音が聞こえた。

生きてた。よかった。

 

「はあ〜よかった。危うく死人が出るところだったぜ」

 

「おばめ、ばはりよふめぼ(お前、周りよくみろ)」

 

「ん? なんだ。何がいいたいんだ?」

 

「おばめ、の……ぶぅばぁん当たった……ガフゥ(お前が逸らした銃弾が当たったんだぞ)」

 

「おい、キンジ! 大丈夫か? しっかりしろーーー!!!!!」

 

人殺しダメ。絶対! そもそも金次死んだらアリアのドレイ役誰がやるんだよ?

俺嫌だからな。アリアとは何度か会ったことあって、会うたびドレイ呼ばわりされるけど、絶対ドレイになんかならないからな!

つうか、金次死んだら伊・U(イ・ウー)潰せなくなるだろうが!

教授をぶん殴るのが目標だけど、わざわざ自分から伊・U(イ・ウー)ぶっ潰して世界中の超人達から目を付けられたくはない。SDAランキングは圏外がいい。ちなみにSDAランキングとはアジアでどんだけ人間辞めてるかがわかる、アメリカの民間会社が勝手に格付けしてるいわば『人間辞めたランキング』だ。

父さんが確かその上位版の世界ランキングで上位に入ってたな。

それも一桁台、トップファイブに。

爺ちゃんは武偵じゃないからランキング外だけど、世界中……特にアメリカでは危険人物扱いされてるとか言ってたし。あの二人の血を引いてる俺はいろいろ自重して気をつけないと本格的に人間辞めちまうことになりかねない。だから目立つようなことはしない。

普通の人間になるべく近づく努力をしよう。

そう思って武偵中学の学科も強襲科(アサルト)ではなく、探偵科(インケスタ)を志望した。

だから、キンジが死ぬようなことになったら俺が困る。

絶対、そのしわ寄せは俺に来るってのは解るからな。これまでの流れ的に。

それにバスカービルのリーダーがアリアになったら、ひたすら特攻かましてすぐに全滅する。間違いなく。

そもそもキンジいなきゃバスカービル自体存在しないかもしれない。

それは非常に困る。

俺が平和的な武偵活動を送る為にもキンジにはぜひともバスカービルに入って原作通りに人間辞めてもらわないと。

だからキンジ死ぬな! お前は必要な人間なんだ。

などとりあえず金次の心配(?)をしながら現実逃避も同時にする俺だった。

 

 

とりあえず、今日生き残れたら女には用心しよう。何故か、守れる気は全くしないが。

 

 

この騒動の顛末をいうと。

 

ワルサーを弾切れ(予備弾倉含む)までぶっ放して若干大人しくなった理子と日本刀を振りかざして疲れ果てた風香が同時にダウンした後、煽っていた蘭豹がようやく教師らしく二人に説教をかまして二人を職員室まで連行していき、ようやく俺達は解放された。店側には謝罪と賠償。今度無報酬で一か月間、店内清掃やら皿洗いのバイトを任務扱いで受けることになった。なんで俺達まで……とも思ったがあの馬鹿達を止められなかった監督責任は確かにある。

ま、怪我人出なかっただけいいし、被害届け出さないでくれるだけ温情があるけどさ。

店側と交渉を終え無事に帰宅の途につけたのは日が沈んでからだ。

今回の件で思ったのは……

 

ああ、命って素晴らしいってことだな。




今話はちょっと短めに。
……いろいろあって、時間ないんで本当すみません。
夜勤中なんで感想返しも朝までできません。


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Ammo27。班決めは最初が大事。何事も最初が肝心。それが大事。一番だいじぃぃぃぃ!!!

かなり短いんですが、更新します。
最近執筆時間マジで取れないんで(言い訳)
リアル忙しいんで(言い訳)

あと、モチベーションあまりあがんなくて(これ本当)


親睦会から3日が経ちクラスにも馴染んできた頃、俺は新たな課題に直面していた。

それは……

 

「新入生合同オリエンテーション……これ、行かないと駄目なのか」

 

手元にあるプリントをもう一度見る。そこに書かれているのは神奈川武偵高付属中学名物、新入生オリエンテーション。別名『死のハイキング』のお知らせ。

行く先は箱根山。

箱根といえば温泉。静養地。学校行事とはいえ、参加を渋る要素はない……はずなんだが。

 

「よりによって、引率が蘭豹とか……嫌な予感しかしないな。酔っ払った蘭豹が宿泊先で暴れる姿が想像できる」

 

神奈川武偵中学内でも蘭豹の行動はぶっ飛んでるのに、酔っ払ったら大変なことしでかしそうだな。例えば、象殺し(M500)乱射したり……あっ、いつもと変わんないな。ロケットランチャーぶっ放したり……これもいつも通りだな。青龍刀振り回したり……普段通りだな。手榴弾でソフトボールやらせたり……これもいつもと以下略。

……普段からぶっ飛んでたな、そういえば。

 

「ねえねえ、昴は班決めた?」

 

担任教師のぶっ飛び具合を確認し、現実逃避しようとしていると同じクラスの理子が尋ねてきた。

 

「班?」

 

「うん。オリエンテーションで一緒に行動する班。まだ決まってないんなら理子と一緒に過ごそうよ〜。三日間オールナイトでアゲアゲしよう。そうしよう?」

 

組むのはいいんだが、なんだそのテンションは。

あと、なんで疑問系なんだ。

と、そんなことを思っていると。

 

「あーっ! 昴君は私と一緒の時間過ごすんだから駄目ーーーっ!!!」

 

俺と理子の会話を聞いていた風香が顔を真っ赤にして叫びだした。

 

「昴君は私と一緒の旅館に泊まって、一緒の部屋で寝泊まりして、一緒の布団の中で毎晩ゴーゴーからのツイストからのランバダをして過ごすんだからー!」

 

「するか馬鹿!」

 

中学生で一体ナニを言ってんだ。

この耳年増め。

ってか、そんなことクラス内で叫ぶな。

 

「……聞いた今の?」

 

「あの二人ってもうそんな関係だったの?」

 

「出会ってから数日でもうそんなふしだらな関係に……」

 

「でもほら星空君だし」

 

「あー」

 

クラス内(主に女子)からそんな言葉が囁かれる。その他にも、文書そのものは聞き取れないが、「たらし」、「ヤンデレホイホイ」、「巨乳好き」とかそんな単語が聞こえてきた。

ってか、俺クラスの女子達からそんな風に思われてんの⁉︎

泣くよ。泣くからね!

 

「あ、あのな、風香。ここは人が多いし、あんまりそういうことは言わない方が……」

 

「え? なんで」

 

「なんでって誤解招くだろ! いろいろ」

 

「誤解させておけばいいよ。私と昴君の仲は、早めに知らしめておいた方がいい。その方が悪い虫が付かないからね」

 

そう言って俺の肩に枝垂れかかってくる風香。

おいおい、そんなことしたら……

 

「あっ! 何してんだ。私の昴から離れろよ、この泥棒猫!」

 

ああ、やっぱり。枝垂れかかる様子をバッチリ目撃していた理子がブチキレてしまった。

 

「泥棒は貴女の方。私は昴君の正当な許嫁。許嫁は常に隣にいないといけない。それが世界の常識。世間の常識。私達の日常」

 

「ねえよそんな日常」

 

思わず突っ込んだ俺は悪くない。

 

「そうだよ、昴は私みたいな背が小さくて、金髪の幼女体型で、でも胸がちゃんとある子が大好きな変態さんなんだからーーー!」

 

「フォローになってねえーーー!」

 

思わず叫ぶと、俺の耳元に顔を近づけた理子が「いいからここは理子の言う通りにして! 付きまとわれるの迷惑でしょ?」と囁いた。確かにオリエンテーション中までべったりなのは勘弁してほしい。

そう思ってしまった俺は理子の指示通りの言葉を口にした。

 

「あー、そうそう、実は俺、ロリコンなんだ。毎日、近所の小学校に出向いて女子小学生の体育風景を観察するのが日課でな。穢れを知らないつるぺたボディに俺のサンダルフォンは暴走寸前なんだ。まったく小学生は最高だぜぇぇぇ……ってうおおおぉぉぉぃぃぃ!!!」

 

これ余計に状況悪くしてないか。

周りのクラスメイト達もドン引きしてるし、女子からは汚物を見るような目を向けられてるんだけど。

 

「よし、作戦成功。これで昴に余計な虫が付くことは金輪際ありえない」

 

グッとこぶしを握る理子。

まさか理子の奴、俺に話しかける女子を減らす為にあんな台詞言わせたんじゃ……?

 

「……そう、なんだ」

 

俯いてしまった風香さん。

その背後から真っ黒なオーラが出てるんですけど、これどうしたらいいんだ?

 

「……昴君幼女好きだったんだ。知ってれば緋緋を体内に入れてたのに」

 

小声でなんかぶつぶつ呟いてるし。

 

「あのー風香さん。もしもーし? 「昴君は幼女好き……」……駄目だ、聞いてねぇ」

 

とりあえず話題を変えよう。そうしよう。

 

「あー、そういや、班決めっていうが、これ見るとオリエンテーションで所属希望の学科の適正を見定めるってあるんだが……理子はどこの学科にするんだ? やっぱり、強襲科(アサルト)か?」

 

「ううん、昴と同じとこ」

 

探偵科(インケスタ)か? 確かにお前は状況判断能力とか、洞察力とか優れてるけど、情報収集力もあるんだし情報科(インフォルマ)とかでもやっていけるんじゃないか?」

 

「えー嫌だよ情報科(インフォルマ)なんて……だって昴いないじゃん」

 

「いや俺がいるからって理由だけで所属学科決めんなよ。理子の将来がかかってんだから自分で決めろ」

 

「理子の将来……かぁ」

 

考え込んでしまう理子。きっと理子は将来とか、やりたいこととかがよくわからないんだろうな。目的というか、目標とかがないんだろうな。

幼少期をほとんど監禁されて過ごしてきたから尚更わからないんだろうな。

 

「まあ、まだそんなに難しく考えるなよ。ゆっくり考えればいいさ。俺だってやりたいことなんかないしな」

 

当面の目標はシャーロックをぶん殴ることだけど、その先は何も考えてなんかないし。

どーしよ。人のこと言えないな。

やりたいことなんてないし。でも、せっかく『どんな武器も使える能力』があるんだから武装はしたいな。

やっぱ武偵免許は所持していたいなぁ。

 

「星空君、ちょっといいかな?」

 

「うん? なんだ」

 

不知火に声をかけられ思考を中断して頷く。

 

「よければ僕達も君と一緒の班に入れてもらえないかな?」

 

「悪いな昴いいか?」

 

不知火の隣に立つ金次も聞いてきた。

見ると、金次や不知火の背後にまだ話したことのない男子が立っていた。

 

「いいけど、男子率高くないか? 男五人、女子二人ってアンバランス過ぎだろ」

 

「うん、僕もそう思って女の子に声かけてみたら、まだ班決まってないっていう女の子がいたから一緒の班にどうかな?」

 

「俺は構わないけど」

 

「よかった。実はもう呼んであるんだ。北条さん、平賀さん、鏡高さん大丈夫だよ」

 

不知火がイケメンスマイルを浮かべると、不知火に名前を呼ばれた女子の一人は顔を真っ赤にさせた。

くっ、イケメン爆発しろ!

不知火にガン飛ばしてると何故か顔を赤くしていた少女に睨まれた。

何故だ? 解せぬ。

 

「初めまして。私、北条(ゆかり)よ。志望学科は強襲科(アサルト)

 

「……鏡高菊代」

 

「平賀未来。志望学科は探偵科(インケスタ)。本当はあんたとは仲良くしたくないけど、自己紹介だけはしてあげる。不知火君に近いたら殺すから!」

 

「俺は坂本竜次。強襲科(アサルト)志望。喧嘩なら任せろ!」

 

「僕は仁。救護科(アンビュラス)志望、怪我したらすぐに言ってくれ。動物専門だけど、人間も治せるから……多分」

 

黒髪ロングの子が北条で、茶髪ショートが平賀、金髪の子が菊代で、ツンツン頭で右手に手袋嵌めてるのが仁で、長髪長身でガタイがいいのが坂本か。よし、覚えたぞ。

 

「ああ、よろしく。知ってると思うが俺は星空 昴。見ての通り普通の「「「ロリコンね?」」」違うーーー!!!」

 

泣くよ? 本当に泣くぞ。泣いちゃうよ?

 

「俺はただの「ロリコンでしょ?」……もういっそ殺してくれ」

 

もう俺のライフ0よ。やめてくれ。精神的に死ぬ。

ロリコン、ロリコン言うな。ってか、なんで平賀の奴、俺を敵視してくるんだ?

俺とあいつは初対面なはず……初対面だよな?

 

「ところでロリコン「いや、だから俺の名前は……」うっさいハゲ。人が話している時はその言葉を遮るな」

 

いや、さっきから遮ってるのお前だろ!

なんでそんなに突っかかってくるのかはわからんが。

 

「その言葉、そのままお前に返してやるよ。人が話してる時は最後まで黙って聞け。俺の名前は星空 昴だ。ロリコンじゃねえ。あと、俺はハゲてねぇ」

 

そこはきっちり否定してやる。

 

「さっきのあれはジョークだ。そこにいる理子に言わされただけだ」

 

何知らぬ顔してポッキーカリカリ食べる理子を指差す。

何、『ワタシ、そんなこと言ったけ?』的な顔してんだ。クラスメイトから誤解受けたのはお前のせいだろ!

誤解とけ。

 

「そうなの?」

 

「うん。ジョーダンだよ。半分」

 

「半分⁉︎ 全部だろ?」

 

「えーだってこの前、理子の小学校の体操着姿見て、『まったく、小学生は最高だぜ!』って言ってたじゃん!」

 

……言ってましたね。

うん、自宅の地下射撃場で似たようこと言ってたわ。

嫌な冷や汗がダラダラ出るなー。寒気もするなー。隣の席から絶対零度な視線向けられてるのは気のせいだよな? 幻覚だな。 熱あるのかもな。あれかな? 風邪引いちゃったのかな? 保健室へ避難……休みに行った方がいいよな?

よし、行こう。すぐ行こう。

ここにいたら俺の命がマッハでヤバイ。

ガタッと席を立ってそろりと抜足で教室を出ようとしたが。

ガシッと誰かに肩を掴まれた。うん、わかってた。こうなることはわかってた。

ギギギ、といつもより回しにくい首を動かして後ろを見るとそこには暗黒面に堕ちた大和撫子(ヤンデレ)がいた。いったいどこの騎士様ですかー! 暗黒撫子(ダース・ヤンデーレ)なんですかー?

周りの奴らに助けを求めたが、みんな目を逸らすな!

唯一目があった坂本に助けを求めたが瞬き信号(ウィッキング)で『フォースと共にあらんことを……』って返してきやがった。いやいや! お前どこのジェ◯イの騎士だよ?

まさに今この状況を抜け出すには(フォース)が必要なんだけど⁉︎

 

「何か言い残すことある?」

 

風香が笑顔で聞いてきた。

言い訳はできるうちにしておきなさい。

父さんから言われた格言を思い出した俺は言い訳をしまくった。

 

「いや、違うんだ。俺はロリコンじゃなくて可愛い女の子が大好きな普通の人間なんだ!

ロリだろうが、中学生だろうが、高校生だろうが、大人だろうが可愛ければいいんだ。

可愛い女の子に反応してしまうのは男の本能でな、反応しない方が問題なんだ。

可愛い女の子に声をかけること、可愛い女の子を見ること、可愛い女の子を想うことは紳士の嗜みなんだ。

だけど、決して持ち物や下着には手を出さない、一線を越えないことで背徳感を維持する。それが大事、いちばんだいじぃぃぃぃ!!!」

 

「……言いたいことはそれだけかな?」

 

「知ってた」

 

「ゔわぁ、マジ引くわー」

 

「最低ぇ……」

 

「……」

 

風香、理子、北条、平賀、鏡高の順にそんな反応が返ってきた。

変だな。前世で読んだラノベの主人公が同じこと言っても相手のヒロインは「そう」とか、「知ってた」とか、「私も」とかそんな反応しかなかったのに。

くっ、これがヒロイン(りょく)の差かぁ。

 

こうなったら……場を和ませる最終手段を使うしかないな。それはとあるラノベにおいて、絶対絶命な状況を覆した勇気をくれる『魔法の言葉』。

 

「えっと……今履いてるパンツ。三万円で売ってくれないかな?」

 

「「「「「……」」」」」

 

ほぼ全員から汚物を見る目で見られた。

くっ、やっぱダメか。あの言葉は女装主人公が言わないと威力が半減してしまう魔法の言葉だからだな。

魔法を発動させるには女装しないといけないのかも。……女装するしかないのか。

……って、誰がするか!

そんな内心で一人突っ込みをしていると。

 

「……パンツだけでいいの?」

 

風香が突然スカートのホックを外し始めた。

 

「って、何してんだ風香⁉︎」

 

「パンツ脱ぐ」

 

スカートめくって、パンツを見せる風香。

見えてるー⁉︎ 見えてるからー!

今日は純白なんですね。ごちそうさまです。

って……。

 

「脱ぐなーーー! 脱ぐ、なーーー!」

 

「もしかして……ブラの方がよかった?」

 

「そういう問題じゃない! 全部嘘だから。パンツ欲しくないし、ロリコンでもないからーーー!」

 

「そうなんだ。残念」

 

「残念なのはお前の頭だ!」

 

「そうだよ。昴は理子の体操着姿にしか萌えない変態さんなんだからー!」

 

「うん、お前の頭ん中も十分残念だから安心しろ」

 

まったく、本当このヤンデレ共め。

 

「世間常識、一から学び直せ」

 

そう俺が呟くと。

 

「「「「「あんた(お前)もね(な)」」」」」

 

クラス一同からそんな突っ込みが入った。

解せぬ。




新キャラ紹介

北条縁(ゆかり)……相模の獅子こと北条氏康の子孫。父親は公安0課、母親は公安4課。武士と超能力者の両親から生まれたハイブリッドお嬢様。刀剣マニア。
座右の銘『背中の傷は剣士の恥よ』

平賀未来……平賀(大内)惟義の子孫。不知火に惚れている。昴のことはあまりよく思っていない。

坂本竜次……高知出身の戦闘馬鹿。
家は貿易業で財を成した名家。

仁……オリキャラ。昔描いていた作品の主人公。右手に常に黒い手袋をしている。
動物に異様に懐かれる。






star wars ローグワンめっちゃよかったっすわ。
最後10分マジやばかったね。


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Ammo28。筋肉鍛えたかったら山登れ! 登山で筋肉鍛えよう。筋肉全部鍛えよう。

破胃筋苦(ハイキング)

それは死者すらも恐れるという伝説的な行事。

魔大陸・神奈川に聳え立つという地獄の山。『箱根山』山頂を目指して、生贄となる若者が生まれてきたことを後悔しながら、重い十字架を背負い歩かされる恐るべき儀式が今年もこの神奈川で開催されるという。

 

 

 

 

 

 

箱根山オリエンテーション、2日目の朝。

俺達は登山道の入り口に立たされていた。

これから各班に分かれ様々な課題、任務を言い放たれる。

その任務の内容は班それぞれだが中には強襲活動や要人警護などもおり、俺達の班はくじ引きの結果、強襲任務となった。

犯人役の教師を捕縛せよ、というかなり難易度がアレな任務だ。

しかも、犯人役は複数いるみたいで、実銃あり。弾は非殺傷のゴムスタン弾とはいえ、当たりどころ悪ければ死ぬかもしれない。

かなり難易度高い鬼畜ゲー仕様だ。

で、その任務にあたるチーム()なんだが。

 

 

「山だー! ハイキングだ! ハンティングだー、皆頑張ろう☆」(怪盗娘)

 

「昴君と一緒、昴君と一緒……」(黒髪ヤンデレ剣士)

 

「……はぁー、なんで私がこんなところに来なくちゃいけないのよー。面倒くさいわねー。きゃあ⁉︎」(不知火LOVEなツンデレ少女)

 

「うぉっ! ……っと、大丈夫かぃ? 怪我はないな。それにしても可愛いな。昨夜の雨で道が濡れて滑りやすいから気をつけた方がいい。そうだ。少しの間お姫様にしてあげよう~」(普段はネクラな女タラシ)

 

今の数秒(滑って転びそうになった平賀をキンジが受け止めたが運悪く胸が顔に当たり)で『あのモード』になったみたいだが……まぁ、いいや。キンジは『あのモード』の方が頼りになるしな。

 

「……」(キンジを冷めた目で見る極道の娘さん)

 

「……右手が疼く。くっ、堪えろ!」(常に右手に手袋をはめてるツンツン男)

 

「みんな、背後には気をつけるんだよ? 背中の傷は一生の恥だからね」(どこぞのスナイパーみたいに背後への警戒心めちゃくちゃ強い女剣士)

 

「山といやぁ、狩りだよなぁ。春になると良い獲物が捕れるんだよ。単位不足で卒業、進級できなかった生きのいいヤンキーとか、な?」(喧嘩っ早い戦馬鹿)

 

 

……大丈夫か?

……このメンツで?

 

「……なんだか胃が痛くなってきた」(ヤンデレホイホイ)

 

「あはは、みんな張り切ってるね」(1ーAの良心)

 

胃を押さえる俺に不知火がイケメンスマイル全開で語りかけてきた。

 

「張り切りすぎだろ! まだ朝の6時だぞ。確かに5時から始められるからって、張り切り過ぎだろー」

 

「それだけ楽しみにしてたんだよ。ポピュラーな言い方だけど、僕もみんなと過ごせるのはワクワクするしね」

 

そう言って不知火は微笑む。

が、残念。

俺、ノンケだからドキっとかはしないんだ。別の意味でドキっとはしたが。

不知火に微笑まれただけで何故か凄い目つきで睨む奴がいるからとか、「浮気駄目浮気駄目、絶対」とか。「昴を真人間に戻す」とか呟いてるヤンデレ共の視線が入ったからとかそんな理由でドキっとはしたが。

 

というか、ヤンデレホイホイってなんだ⁉︎

チーム内で変なコードネーム付けるのやめろー。

 

「次ぃの奴来いやー、って……なんやお前らか。

模擬訓練の内容は、山に逃走した犯人の確保や。

犯人に成りすました教師を捕獲するのが目的や。

訓練とはいえ、くれぐれも気をつけて殺りやえや〜」

 

そう言い放ち、蘭豹は次の生徒の元へと言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「りこりんが一番のり~~~」

そう言うと理子は、一人でどんどんと山の険しい道を進んでいく。

 

「おい、理子!!一人で行動するな!!」

そう言って理子を何度か立ち止まらせながら進んでいくと山の中腹地点に小屋があった。

 

 

「皆、あそこの小屋を調べるぞ!!

一人は残って見張りをやろう

警戒しつつ、何か異常があればすぐに知らせてくれ!!」

 

「俺は中に入るぞ!!」

 

そう言って、先に入っていったのは坂本竜次。

幕末の偉人。坂本竜馬を先祖に持つガタイのいい男だ。

 

結局、見張りは小鳥遊が残り、俺達は小屋の中を調べることになった。警戒しながは慎重に中を捜査しようと小屋の扉を開けて一歩入ると、突然上から何かの粉が降ってきた。

 

「ケホケホ。なんだ、コレ?」

 

この粉の正体は口の中に入った食感、味からしておそらく小麦粉か? 扉を開けると落下をする仕掛けになっていたようだな。

 

「ふふふ、20点だね」

 

突然声が聞こえて、小屋の中に男の声が聞こえてきた。

目を凝らして見てみると、部屋の奥にあるソファに誰かが座っているのが目に入った。

 

「神奈川武偵高附属中学伝統行事、『死のハイキング』。それは訓練という名の一種のゲームだが、遊びではない。もし、小麦粉ではなくこれが触れただけで死ぬような即死性のある危険物なら君たちは今、そうやって話すことも歩くこともできなかったよ?」

 

どうやら試験用に罠が仕掛けられていたようだ。

 

「僕を捕まえるのが君達の目標だが、常に周りを見渡さないといけないよ。なぜなら危険は常にそこらじゅうに溢れてるものだからね」

 

そういい放つ犯人役の教師。

 

「クソー」

 

すると、坂本が突然立ち上がり一人で教師に向かって飛び出してしまった。

 

「あの馬鹿……」

 

「彼はどうやらチームで動くことの意味を理解していないようだね……」

 

残念そうに教師は言う。

次の瞬間、二発の銃声が鳴り響き、坂本の体が崩れ落ちる。

目を見開く坂本。

そして、唖然とする俺達。

なんで? どうして?

 

何故お前が……?

 

「理子……?」

 

俺が彼女の名前を呼ぶと、右手に(ワルサーP38)を持った理子は体をガタガタ震えわせ、首を激しく横に振る。

 

「ち、違う。体が勝手に……」

 

「ふふふ、どうだね? 仲間に撃たれる気分は」

 

教師はニヤッと笑い、俺達に銃口を突きつける。

 

「言ったはずだよ? これは遊びではない、と 」

 

マズイぞ! 今、何をされたのか全くわからなかった。

撃たれた坂本の状態も気になるが、ぱっと見た感じは右肩と左膝を撃たれたんだな。

ただし、解ったのは理子が右肩を撃ったことだけだ。それも、自分の意思ではなく、目の前の教師が何かをしたってことだけ。その何かはわからない。

 

「君達の班に与えられた任務は僕の捕縛だったね?

さて、君達に僕を捉えることができるのかな?」

 

「やってやろうじゃない!」

 

平賀が日本刀を抜き、構える。

続くように、北条、仁、風香、坂本……そして、不知火までもが銃や拳銃、刀を構えてしまう。

 

「待て、お前ら」

 

「落ち着け」

 

俺やキンジが呼び止めるが。

 

「止めても無駄よ」

 

平賀達は止まりそうにない。

 

「止めないで昴君。今なら合法的に泥棒猫を殺れ……やっつけられるから!」

 

風香、お前だけ目的変わってるだろう!

理子は敵じゃないぞ。多分。

 

「……はぁはぁ。俺もやるぞ。遅かれ早かれ、捕縛が任務の内容ならそいつとの戦いは避けられないからな。それに、やられっ放しってのは耐えられねぇ」

 

坂本が起き上がり、刀を構える。

 

「やめろ。お前らじゃ勝てねぇ!」

 

「らしくないなぁ。昴君。僕がお爺ちゃん(祖父)から聞いた話じゃ、こういう時に、真っ先に先陣斬るのは君のはずじゃないか」

 

「そうだが、そうかもしれないが。……待て。やめとけ。そいつとは戦っては駄目だ! そいつは! そいつは____」

 

俺にはわかるんだ。わかるんだよ。

そいつはただの人間(・・)じゃない。

俺達とは筋肉のつき方とかが違うんだ! ”違い過ぎる,, んだ!

俺の制止を聞かずに風香達は飛びかかってしまう。

そして、薙ぎ払われた。

見えない攻撃、見えない斬撃(・・)を受けてあっけなく。

地面に這い蹲ってしまう。

 

「……なんだもう終わりかぃ? 弱いな。あっけないな。情けないな」

 

なんなんだ。なんなんだ。お前は?

 

「お前は……一体」

 

何者なんだ?

と、俺が尋ねる前に彼は口を開く。

 

「ああ、そう言えば自己紹介まだだったね。僕の名前は風斬龍一。そこに這い蹲る風斬風香の兄で、主人で、所有者で、今は神奈川武偵附属中学の臨時教員をやってるただの(・・・)人間さ」

 

まるで普段、俺が他人に言ってるみたいな自己紹介をしやがった。

 

「お前みたいな一般人がいて堪るか!」

 

そう突っ込んだが、理子、風香、キンジ、不知火達から『何いってんのコイツ』みたいな目で見られた。

 

「「「「昴(君)が言っていいことじゃないな(よ)」」」」

 

なんでだよ! 俺は普通の人間だよ。ただの一般人だよ。

っていうか、風斬ってことは風香の兄?

だが、なんで風香は「?」ってまるで知らない人を見る目で見てるんだ?

謎だ。怪しすぎる。何かあるな。その話には。

 

「星空君、君は来ないのかぃ?」

 

理子達に内心突っ込んでたら、風斬……間際らしいから龍一と呼ぶが、龍一がそんなことを言ってきた。

 

「遠慮しなくていいから、かかってきなさい。一撃入れたら内申点を上乗せしてあげるよ」

 

内申と聞いて、俺の殺る気がUPした。

 

「いいのか?」

 

「ああ、入れることができるのなら、ね」

 

どうやらかなり舐められてるみたいだ。

確かに、彼は強い。

理子やヒステリアモードのキンジとはいえ、戦闘経験の差では敵わないだろう。

臨時教員とはいえ、相手は武偵附属中学の教師をやるくらいの男だ。

武偵高で教師をやる人間が並の人間のはずがねぇ。

だけど、な。

自分より強いただの人間じゃない奴となら、こちとらほぼ毎日戦ってんだッ!!!

 

「そんじゃ、まずは軽く一発いきますよ?」

 

俺は小手調べに武器を何も持たずにゆっくり歩いて接近していく。

 

「武装しないのかぃ? もう、諦めたのかな? ……いや、違う。これは⁉︎」

 

気づくの遅いよ。

もう、十分この技の射程距離内だからな。

それに武器は必要ない。下手に武装したら殺してしまうから。

俺は武装した方が何十倍も強いからな。

そんなことを考えながら、肩と腕の筋肉を連動させて、一気に前へと力を放出させた。

行くぞ! この3年で鍛えた俺の筋肉に刮目せよ!

 

「行け____!!! 」

 

(多段、『彗星』ッ!)

 

この技はキンジの『桜花』をヒントに……というか、ほぼまるパクリして編み出した音速の突き技を、さらに改良したもの。マッハ1で繰り出す超音速技、『彗星』を身体の筋肉や骨格の使い方を工夫することで、マッハ8以上の撃力を生み出すことができるように改良した。

しかも、『筋形質多重症』なんて特異な体質を抱えてるせいか、さらに威力を上げることもできる。

試しに爺ちゃん相手にマッハ10をぶっ放したらあの爺ちゃんですら、一週間寝込むくらいの威力が出せた。

普通ならマッハ8以上出せば空気抵抗で腕が燃えかねないが、桜が作ってくれた『御守り』による回復魔術を常時使用することで燃えても回復できるからな。ま、痛いけど。逆にそれを利用して、摩擦熱で皮膚を燃やして敵を殴る『炎帝モード』もなんて技もできるようになった。ま、それを使うと痛いし、血出るし、使った後、貧血になるリスク高いのと持続時間短いのと体力を過剰に消費し、寝込むことになる欠点があるから多用はできないけど。

 

とりあえず、まずは……。

 

「これは……操られた理子の分だあああぁぁぁ!!!」

 

____ゥゥゥゥゥゥゥキュドンッ____!

 

筋肉探知(マッスルレーダー)』によると、俺の体内で8発分の『彗星』が生じる音が充填音のように聞こえ、次の瞬間、インパクト時の音もまるで戦車榴弾のような爆音が、ヒットした教師の周辺から聞こえてきた。教師が吹き飛ばされるのとほぼ同時に、小屋の中も俺が立つ場所を中心に爆風が発生し、小屋は崩壊していく。

今やったのは、マッハ8の正拳突き……の寸止め。

寸止めの理由は当てたら確実に殺してしまうから、というのもあるが、筋肉の突き方が普通の人間じゃないにせよ、教師をぶん殴るのはさすがにマズイからな。俺は不良生徒じゃなく、普通の学生を目指したいからな。

普通の学生は教師殴らない。寸止めならセーフ!

だから、寸止めにして、その時発生する衝撃破だけで、教師を吹き飛ばしたんだ。

何も考えないで小屋まで爆破しちゃったけど、理子達無事か?

理子達を探すといた。

崩壊した瓦礫がモゾモゾ動き、ガシャーンと音を鳴らしせながらその瓦礫を吹き飛ばしながら、坂本が起き上がる。

その下にいた。

理子と菊代が。

さらに、瓦礫が動いたと思ったら、その下からキンジや不知火が出てきた。

それぞれ女子を守るように背中で庇いながら。

平賀は不知火に庇われたのが嬉しいのか、ニッコリしてやがるし。

ただ、風香の姿が見えないな、と思っていたら。

 

「もう、昴君。無茶し過ぎだよー」

 

上空から風香の声が聞こえた。空を見上げると風香は空中に浮いていた。

やはりというか、魔術で空も飛べるんだな。最早なんでもありだな。

魔術万歳!

などと現実逃避していると。

その時、坂本が抱き抱えていた理子の身体からプチプチと何かが切れる音がすることに気づいた。

これは……ワイヤー?

ああ、そうか。

目に見えにくいくらいの細いワイヤーを理子の身体に巻きつけていたんだな。

それで理子の身体を操ってたのか。

見えない斬撃の正体もおそらく、このワイヤーだったんだな。

 

「まだ、坂本の分をやり返してないけど……気失っちゃたし、どうしようこれ?」

 

倒れた風斬教諭の方を見ると、理子がツンツン、と突っついていた。

突かれた教諭は無反応なままで身動き一つしない。

あれ? もしかしなくても……やり過ぎたか、これ?

 

「……うん、あれだな。これは……訓練しくじり先生」

 

ま、武偵高で教師やる奴なんて大抵、人生しくじってるんだろうけどな。

 

「「何やってんのよ! この、ドアホ!」」

 

北条と平賀にど突かれたが、なんだ、元気じゃんお前ら。

こんなに元気なら心配する必要なかったな。

なーんて思いながら、軽く彼女達の肩に手を置いたその時。

 

プチプチビリィッ____!

 

なんだか不吉な音が聞こえた。

恐る恐るといった表情で、二人の身体に目を向けるとなんと。

二人が身に着けていた防弾制服が粉々に破け散り、生まれたままの姿……ようは、すっぽんぽんな姿へと大変身してしまった。

 

「うん、なんというか……ご馳走様です?」

 

そう言ってから、俺はバタフライナイフを左手に握り締め(ガンダールヴの力を解放して)、逃走を開始した。

 

「星空昴ぅぅぅううう!!! 待ちなさい! 風穴開けてやるんだからぁぁぁあああ!!!」

 

「背中の傷は剣士の恥だけど、前なら傷付けていいなんて言ってなーい! 全裸にしたら……ブチ殺すわよ」

 

「ふふふふふ、あはははっ! 全裸にしたいなら私に言えばいいのに。なんで? ねえ、なんで?

なんで私以外の雌を脱がすのかな? 調き……お仕置きが足りないのかな? かな? あははは!」

 

マッハ8で武偵高の教師倒せたけど、そのせいで、俺の胃にマッハで風穴開きそうです!



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Ammo29。箱根といえば、温泉。温泉といえば……若いっていいよね?

更新遅れました。
あと一週間しかありませんが、頑張って後、二、三話更新していきます。


あの後、たっぷりお仕置きを受けた俺は外に待機していた仁を呼び寄せ、念の為小屋の中を徹底的に調べあげた。実戦形式の訓練とはいえ、何か罠が仕掛けられているかもしれないと思ったからだ。

結局、なんも見つからなかったから教職員を坂本が担いでそのまま小屋の外に出ることにした。

教職員は縛られる前に「俺は今日の犯人役の職員の中でも二番目の強さだ! 俺を捕らえても第三、第一の教職員がやって来る……」とか言ってたが……アンタ、二番目の強さなのかよ!

普通、一番弱い奴から先に襲いに来るのがお約束なんじゃないか? そう、目の前の教職員に言うと「そんな幻想はぶち殺してやるよ!」とかほざいてたから、その脳天に軽く愛ある拳お見舞いしておいた。やっぱりコイツ、普通じゃないな。ま、臨時とはいえ武偵高の教師なんかやる人間がマトモなわけないんだけど。

 

「う〜ん、絶好の山登りだねぇ〜山頂まであと少しだ」

 

やたらとハイテンションな理子先導の下、俺達は相変わらず山道を頂上目指して登っていた。

俺は爺ちゃんや父さんの無茶振りで山登りの経験あるとはいえ、他の奴はそうもいかないみたいで。

山頂に着く頃にはみんなボロ切れのようになっていた。

武偵中の生徒とはいえ、数ヶ月前までは普通に小学生だったから、登山でヘトヘトになるのも仕方ないか。

というか、犯人役とはいえ、教職員をおぶさって登山とかやらせること鬼畜だろ!

とか思ってると、蘭豹が。

 

「ん? なんやお前ら。わざわざおぶって来たんかー? しおりにハンコ押してもらえばそれでよかったのに。根性あるやないか! 鍛えがいありそうやな」

 

なーんて言ってきやがった。

ん? 待てよ。今、何を言った?

 

「しおりに……ハンコ?」

 

「なんや、誰も説明聞いてへんかったか? それぞれのクエストに応じて課題が設定されていてな。それをクリアしたらしおりにハンコ押される。そうしたら依頼は完了したものとみなされる」

 

「へ? ちなみに課題って……」

 

「お前らの班なら、犯人役を見つけたらそこで依頼達成のはずやったが?」

 

「え? そんなんでよかったの⁉︎」

 

「そんなんって……先月まで小学生だった奴らに武偵高の教師をどうにかできるわけないやら。もし、武偵高の教師倒せる奴なんかいたら……」

 

「い、いたら?」

 

果てしなく嫌な予感を感じるが一応聞いてみる。

 

「いたら、問答無用でウチが強襲科入れてSランク認定させたる!」

 

黙ってよう。マッハ8でワンパンしたこと、絶対黙ってよう。

俺は普通の武偵になるんだ。Sランクみたいな人間辞めた人間の仲間入りなんて絶対されたくない。

 

「それなら彼はSランクで、強襲科(アサルト)確定だよね」

 

そんな俺の決意虚しく。俺がワンパンしちゃった教師は蘭豹に告げ口しやがった。

てめぇ、こんニャロー! よりによって、一番知られたらまずい奴に……。

ヒソヒソと蘭豹の耳元で告げ口する教師。コイツ、絶対根に持ってるな。

 

「ほー。そっか、そっか。星空。後でワイの部屋来いや! 大切なお話ししようや〜」

 

それ絶対お話しじゃなくて、OHANASHIの方だよな?

い、行きたくねえー。胃がキリキリしてきた。

だけど行かないと、胃じゃなく、全身が痛むことになる。

 

「……ま、昴ならそんくらい普通にやると思ってたけどな」

 

ボソッと、蘭豹が呟いたが……なんだよ。もう!

俺はただちょっと力入れて殴っただけだよ?

合意の上だよ。証人いるよ?

 

「ま、そんなことはいい。とりあえず、お前らの班はクエスト達成ってことで、今日の予定はこれで終いや。後はテキトーに飯でも食ってテキトーな時間になったら宿へ帰れ。ワイは一杯やるから、邪魔すんなよ?」

 

蘭豹はどこからともなく、酒樽を取り出した。

……一体どこに隠し持ってたんだよ? っていうか、未成年だよな?

 

「先生、まだ1◯歳ですよね? 未成年の飲酒は法律で……」

 

「あー? うっさいわ、ボケ! ワイのいた国では子供でも飲酒オッケーや。日本の法律なんかしるか! そんなもん、そこいらにいるクマやサルにでも食わせとけ!」

 

いやいや、日本にいるなら日本の法律守らないとダメだろ?

それにアンタ武偵だろ? あ、コラ! 樽の一気飲みはやめろ。

 

「……なんか昴の方が教師みたいだね」

 

理子の呟きに周りにいた他の生徒も同調していたみたいだが、蘭豹の耳には入らなかった。

よかった。もし、聞かれてたら身がもたなかったからな。

蘭豹は気づかず2本目の樽割ってるし。一気飲みって、樽でやるもんだっけ?

 

 

こうして、いろいろあった2日目は終了した。

その後下山した俺達は宿泊先のホテルに帰ってきた。

割り当てられた部屋の中でくつろいでいると、何やら坂本がソワソワしている。

挙動不審だ。一体何をたくらんでいやがる。

 

「おい、坂本!」

 

「うひゃい⁉︎」

 

驚き過ぎだろ。何かたくらんでるのバレバレじゃねえか!

 

「何ソワソワしてるんだよ?」

 

「いや……今の時間って何時だ?」

 

「あん、7時だろ。それがどうした」

 

「女子の入浴時間は8時からだよな?」

 

「坂本……まさか、お前……」

 

まさか……こいつ、なろうというのか。勇者に!

 

「さっき、山の上から確認したんだけどよ。このホテルの裏山からなら、女子風呂見えるんじゃね?」

 

「な、なんだと⁉︎」

 

「今から出れば十分間に合うが……星空、どうする?」

 

考えるまでもない。止めるべきだ。覗きは犯罪だ。バレたら武偵免許発行とか無理ゲになるし、それ以前に俺の命が終わる。物理的に!

だから、断るべきだ! そうだ。最初から選択肢は一つしかない。

さあ、さっさと言え。俺は行かないと。

 

「ちなみに、入浴は班毎で時間決まってるから……風斬やお前の妹も丁度入浴する時間だな」

 

そんなの……断るに決まって……

 

「どうする?」

 

「もちろん、行くに決まってるだろ!

あ、あー……これはあれだ。俺は兄として理子の成長を確かめる権利があってだな、別にやましい気持ちはないんだ。風香に対してもあくまで一許嫁として、他の男から守ってやらないといけないわけで」

 

「おい、昴「金次は黙ってろ! 男には死ぬと解っていてもやらなければいけない戦いがあるんだ!

それは……今、だ!」いや、恰好付けてるがただ覗きたいだけじゃねえか!」」

 

金次の鋭い突っ込みが入る。

 

「うるせー! 覗きは男のロマンなんだよ。まってろよ。理想卿(ラフテル)! 行くぞヤロー共ー! ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)はそこにある!」

 

「そうだとも。さあ、俺達に続けぇ、文明開化は目前ぜよ!」

 

俺と坂本の号令により、いつ間にか俺達の部屋に集まっていた同志(クラスメイト)達が歓声を上げる。

よし、行くぞ。夢とロマンを求めて大秘宝を探しに!

 

 

 

 

 

 

嫌がり暴れる金次を筋肉で無理矢理黙らせ、俺達は裏山へと到達した。

さあ、ここからが本当の戦争の始まりだ。

 

「おい、例のモノを」

 

「おう! ほらよ」

 

坂本から渡されたのはレミントンM700。スナイパーライフル銃。なんでも、坂本の友人の兄が武偵で狙撃科(スナイプ)に属してるらしい。その兄からの借り物だが……やっぱり、な。

どうやら、実銃であれば俺は狙撃銃すらも使えるみたいだ。左手のルーンが激しく光輝いてる。いつもより、光輝いてるからきっと、『心が震えてる状態』なんだろう。裏山といいつつ、近過ぎるわけではない。この裏山の中腹からホテルの露天風呂までの距離は目算で大体1キロくらいはある。

俺は狙撃銃を構え、スコープ越しに標的がいる位置を観る……するとそこに……居た。

湯気で視界はぼやけてるが、間違いない。あの金髪は理子だ。

フランス人の血を引く彼女は日本人女性にはない独特な美しさがある。

ハッキリ言おう。綺麗だ。

身体をすでに洗い終わったのか、髪から落ちる水滴や手足を伝う水滴が、より彼女の色気を際立たせている。

そして、なにより。

 

「り、理子の奴。アイツ、あんなに胸あったか?

りんごくらいのサイズだと思ってたのに……着瘦せするタイプだったのか」

 

メロンやパイナップルには及ばないが、グレープフルーツくらいの大きさはあるかもしれん。

いかん。いかんよ。そんな大きさを中学の頃から持つなんて。お義兄ちゃん、心配です。

 

「おい、星空そろそろ……「うっせー! まだだ、まだ終われんよ」……早くしろよ」

 

まだ、理子しか拝めてないんだ。えっと……風香は……っと、居た。

お湯の中に入ってた。クソ、湯船の中じゃ、見えねえじゃねえか!

さあ、上がれ! 早く上がれ! その最終兵器を見せろ!

願いが通じたのか、風香が立ち上がる。

 

「ぶ、ぶふぅーーーーー⁉︎」

 

その裸体を見た俺は今世で最大級の興奮をしていた。

こ、これは紛れなもなく、メ、メロンちゃん⁉︎

まさに、理想なおっぱいがそこにあった。

 

「やっべえ。黒髪、巨乳、許嫁とか……ヤバすぎる」

 

興奮の余り、スコープから目を逸らしてしまったが、も、もう一度観るくらい……いいよな?

許されるよな? ちょっとだけ。あと、ちょっとだけ。

そう思ってスコープを観た俺は驚愕する。

なんと、風香が目線をこちらに向けてウィンクしてきたのだ。

ば、馬鹿なここから露天風呂まで距離凡そ1キロあるんだぞ?

普通の人間が目視なんかできるはず……そう思いつつ、スコープを使って風香を観るとその口が動いたのを視認できた。

なになに……『ホ カ ノ コ ノ ゾ イ タ ラ オ ト ス カ ラ ネ?』

 

「ナニを⁉︎」

 

怖い。俺の自称許嫁様があんなに怖いわけがない!

 

「おい、星空大丈夫か? なんか顔色悪いぞ? ま、まさか、バレたのか?」

 

坂本が心配そうな表情をして語りかけてきた。

俺はガクガク震えながら、レミントンM700を手渡した。

 

「み、見れば……わ、ワカル」

 

「あ、ああ……」

 

坂本はレミントンのスコープを覗いた。

次の瞬間、奴の顔色は赤くなった……かと思えばすぐに青くなった。

 

「な、なんだよ。この混沌。ち、違う。こんなのは俺が作りたい新しい時代じゃねえ!」

 

坂本は狙撃銃をぶん投げた。俺は直様キャッチする。

危ねえ、いくら風香が怖いからって人様から借りた銃ぶん投げるなっての。

レミントンはかなりいい銃なんだからな!

坂本の様子みてたら風香を観たことで発症した心的外傷が少し緩和された。

胃はまだ痛むけど。

 

「なあ、俺達にも見せてくれよー」

 

「あ、ズルい。次俺なー」

 

「俺も俺も」

 

「押すなよ、次、俺だ!」

 

狙撃銃の奪い合いが始まってしまった。

銃の取り合いは大切に! 銃を見かけても触らない。

武偵高からのお約束はどうした?

 

「ははっ、みんな凄く元気だね」

 

「覗きでなんであんなに張り切れるか、わからん。覗きなんてしない方がいいだろ」

 

「不知火と金次は相変わらず、淡白だな。女子に興味ないわけじゃないんだろ?」

 

「……ははは」

 

「……ん、まあ、少しは、なぁ」

 

不知火はなにやら気まずそうに。

金次は恥ずかしそうにそれぞれ反応した。

金次はまだ女性恐怖症、女嫌いになってないから今のうちに耐性付けとけば、後々ヒスらせやすくなるはずだ!

よし、ここはやっぱり……。

 

「なぁ、みんな。金次に観せてやってくれ。金次に夢を。理想卿(ユートピア)をその目に観させてやってくれ!」

 

俺の言葉に。

 

「仕方ねえな。ま、いいや。なんか、よく見えねえし。ほら、金次」

 

顔色を悪くしたまま、坂本が震える手で狙撃銃を差し出した。

金次は恥ずかしそうな表情を浮かべたまま、狙撃を手に取る。

手が震えていたから、仕方なく左手で銃身に触れブレないようにしてやる。

そして、そのスコープを覗いて。

 

 

 

 

 

そして、ぶっ倒れた。

 

 

耐性なさ過ぎだろ、お前!

 

金次の身体を揺すったり、頬を叩いたりしたが、反応はない。

これ、かなりマズイんじゃ?

脈を確認してみるが、測れない⁉︎ 心臓の音を聞いてみるが、と、止まっている⁉︎

 

「おい、仁呼べ!」

 

「彼ならホテルにいるはずだよ」

 

「くそ、間に合わねえ」

 

どうする? どうしたらいい?

なにか、ないのか! これまでの戦いで学んできたこと。

拳銃の撃ち方、曲芸、剣術、体術……ダメだどれも使えない。

他には……他には。

俺の頭の中で今までの戦いの様々な記憶が思い浮かぶ。

あっ! あった。金次を救う方法。

 

「おい、いるんだろ? ちょっと力貸せ、ヒルダ(・・・)

 

俺は自分の影に向かって囁いた。

俺の影が不自然に動く。

まるで、大きく頷くかのような、不自然な影の動き方をした。

よし、これなら。

俺はヒルダから放たれた電撃を自ら纏い、そして、金次の胸に手を置いてマッサージを始めた。

心臓マッサージだ。知識なんてほとんどない。

母親や妹がやるマッサージ法はちょっと特殊で、普通の人間に使ったら黒焦げにしてしまう可能性があるからできないしな。ま、金次なら大丈夫だとは思うが、万が一って場合もある。それに、ここには不知火がいる。

なんかわからんが、時折不知火から向けられる視線がなんか嫌な感じがするからできれば不知火の前でヒルダの力をモロに使いたくはない。

だから俺はあくまでも普通の心臓マッサージをやってるように見せかけた。

 

数分後、金次は蘇生した。

アレになりかけて(・・・・・)いたが、意識はないから、すぐに治るだろう。

なんだかどっと疲れた俺達はホテルに戻ることにした。

 

 

しかし、金次の奴、何を観たんだ?

 

 

ちょっと、気になった俺は皆が帰るのを確認してから、こっそりレミントンのスコープを再び露天風呂に向けた。

そこに映っていたのは……。

 

「な、なんだと!」

 

そこに映っていたのは、素っ裸になったらんらんの姿だった。

 

 

誰得だよ?

 

 

 

 

 

 

最大のミッションを終えた俺達はホテルの部屋に戻ると、俺の携帯が鳴っていた。

見るとメールが数件来ていた。

 

まずは……風香。『他の子、覗いてないよね? 覗いたら……わかるよね?』のタイトルから始まったまるでホラーな文章。

スルーだ。スルー。

 

次に着てたのは……隣のクラスの男子からか。

 

『結局、星空は見れたのか? 見れたなら、胸と尻どっちが好きだ?』

 

……はぁ? そんなもん、決まってるだろう。俺は……

 

おっと、また着信だ。

えっと……不知火からか。

あれ? アイツ、どこにいるんだ?

 

『明日の朝食、ゆで卵と生卵選べるみたいだけど、昴君達はどっちがいい? 希望があるなら今夜10時までに出さないといけないみたいだから聞いてもらえないかな?

ちなみに、昴君は卵は白身と黄身どっちが好き?』

 

なんだこの質問。

ま、気づいちまったし、早めに答えてやるか。

俺は生卵派だ。

ちなみに卵は……って、また着信かよ⁉︎

 

 

『星空、なんでワイの部屋来ないんや!』

 

げっ、ら、らんらんからのラブメール。

む、無視してぇぇぇ。

 

『これから部屋行きます』

 

『俺は』

 

『キミが』

 

『好きだ』

 

「……よし、送信完了!

さて、そろそろ寝るかな……あー疲れた」

 

背伸びをし、再び画面に目を向ける。そこで気づいた。自身がしでかしたミスに!

バラバラに送信したつもりが、送信者はとある人物になっていた。

 

『俺はキミが好きだ。これから部屋行きます』

 

……な、なんじゃこりゃー⁉︎

訂正文を送らないと、そう思ってテンパっていると背後から強い衝撃を受け、俺は携帯を落としてしまった。

 

「あっ、悪い昴」

 

枕を投げてきやがった坂本。

床に転がる携帯。

俺の携帯が転がったことに気づかず、その携帯が転がった床へ向かって歩いていく金次。

そして。

事件は起きた。

 

「うおっ! ……と、と、と」

 

畳で何故か転んだ金次が大きくバランスを崩し。

 

バキッ!

 

「「「あっ!」」」

 

金次が俺の携帯を踏み付け、ぶっ壊しやがった。



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Ammo30。真夜中の訪問者

更新がとっても、とーっても遅くなりました。申し訳ありません。
書く余裕があまりありませんでした。



目の前にある壊れた携帯の残骸を前に俺は呆然としてしまう。

おいおい、どーすんだよ。この状況。

 

「す、すまん。後日弁償はする」

 

頭を下げてくるキンジ。素直に頭を下げるのはいいことだよな。間違いを自ら認めるその姿、かなり好意的だぞ。

 

「いや、弁償はいいからとりあえずお前の携帯貸してくれ。それで許す」

 

ま、それでも……

 

「……そんなことでいいのか?」

 

許しはしないけどな。

 

「ま、原因はキンジだけじゃなく、枕投げた坂本にもあるし、誰だってミスは犯すものだからな」

 

俺の言葉にキンジは安心したかのように息を吐く。

 

「でもいいのか? なんかさっきまで焦ったような顔してたから深刻な事態でも起きたのかと思ってたんだが……」

 

「ああ、深刻な事態なら起きたな。主にお前と坂本のせいでな……」

 

キンジに返事を返しながら、キンジの携帯を操作していく。

ん? 登録が……宛て先がキンジの祖父宅とカナ名義のアドレスしかない……だと⁉︎ キンジ……お前って奴は。

 

「カナコンにもほどがあるだろ⁉︎」

 

最早キンジのこれはブラコンやシスコンなんて次元じゃねえ。

カナコンプレックス。略してカナコンだ。

 

「ん? ああっ!!! な、なんで他の登録者が消えてんだ⁉︎ しかも兄さんの名前がカナ名義に勝手に変更されてるし! ……くっそ、なんか無駄に高度な設定されてて名義変更できなくなってるし。兄さん……カナの奴、何やってんだよ」

 

「お前も大変なんだなぁ……貸せ。やってやる」

 

キンジの手から携帯を掻っ攫い、再び操作を始める。

カナ宛でもいいが、カナとキンジの姉弟キャッキャウフフは別に見たくないから、メールの宛先は……よし。来い、君に決めた!

 

「直ったか? ちょっ、何してくれてんだ、お前っ!!!」

 

キンジの顔が絶望に染まる。

キンジの携帯を拝借した俺がメールを送った相手。それは……

 

「よりによって何で蘭豹にメール送ってんだ。しかもなんだよ、この内容!!!」

 

キンジが泣きそう顔しながら携帯の画面を見せてきた。そこには……『親愛なる蘭豹せんせいへ。僕とせんせいの未来のことで大切なお話しがあります。今夜男子部屋に来てください』と書かれていた。

 

「あはははは、大丈夫、大丈夫。今ならまだ『間違えでしたー、てへ☆ 』って送れば風穴フルコースくらいですむから……」

 

「全然大丈夫じゃないだろ!」

 

キンジの言葉をスルーして。

 

「ア、イケネー手ガ滑ッタ……」

 

偶々、偶然空いてた窓の外に向かって携帯をぶん投げる。

びゅーん、ガシャン、バギィ……暗闇の中に響く破壊音。

窓ガラスに携帯が当たり、落下して携帯が破壊される音が聞こえた。よし、全て終わった。ミッションインポッシブル!

 

「昴てめぇぇぇ……なんてことしてくれてんだァァァ!!!」

 

「そう、それ。それが俺がお前に抱いた気持ち! わかったか、ばーかばーか!」

 

殴り合いを始める俺とキンジ。

それを肴にコーラを飲む坂本。

 

「まあまあ、落ち着けよ。とりあえず喧嘩はやめてカツオの叩きでも食おうや。叩き合うのはカツオだけにしとけ。なーんてな……あはは」

 

「「坂本……お前が言うな! お前が一番の原因だろうがァァァ!!!」」

 

このあと、めちゃくちゃ◯◯◯した!

いや、まあ、普通に殴りあったんだけど。

ってか、何故かつおたたきなんて持ってるんだよ、お前は。

こうして、良くも悪くもオリエンテーションは進んでいったが……その夜。

安眠を貪っていた俺は思いもよらぬ人物達から襲撃を受けることになった。

 

 

夜は更けて皆が寝静まった深夜。

俺は今、最悪な起こされ方をしていた。

 

「うーは〜♪」

 

サンバのリズムに合わせて俺の体の上に跨り踊り、そして飛び跳ねる一人の少女。

薄眼を開けて見ると、そこに映るのは縞々なおぱんつ……ではなく、金色の刺繍入りのパンツ。

それは月明かりでもわかる。ハニーゴールドなお召し物だった。

見えてるな。見せてるのか? 見せパンかよッ! ってそんなことより……

 

「なあ、理子や。理子さんや。俺の可愛い義妹(いもうと)よ」

 

なぜか、俺の腹の上で踊る峰……いや、星空 理子に声をかけた。

 

「んー何かなー私の可愛いお兄ちゃんよー?」

 

某ラノベのツンデレ司令官みたいな感じで理子が言う。

 

「いや、降りろよ。重いから!」

 

俺が文句を言うとお腹の圧迫感が消えた。

 

「クフフ……そーれ〜♪」

 

理子が俺の上から退いてよかったと思った次の瞬間、俺の身体に凄まじい衝撃が走った。

 

「ガトォォォ⁉︎」

 

飛び蹴りは痛い。避けれなかった。

 

「あはは、ガトーだって〜、試作2号機だー♪」

 

「ソロモ◯よ、私は帰ってきた! ……って試作2号機は奪われる機体じゃねえか!」

 

「クフフ、理子は盗まれる側よりむしろ盗む側だけどね♡」

 

「一体どこに核撃ち込む気だよ、お前は……」

 

「……昴の為ならどこにでも♡」

 

理子が目を据わらながら言う。

あ、ヤバい。コイツ、目がマジだ……。

コイツに核持たせたらいけない。ノーモア核。核撃ち込むのは犯罪です!

核を無闇矢鱈撃ってはいけません。核見つけたら触らない、近寄らない、食べない。これ、お約束な?

 

「……冗談だよ」

 

「今の間何⁉︎」

 

「もしもの話だから大丈夫だよ」

 

「もしもの話かぁ。じゃあ、お前が核撃ち込むガトー役だったら、俺はそれを止めるコウ・ウラ◯役か?」

 

「あはは、いいねぇ〜最後は核撃った後、相討ちだー」

 

結局、撃つんかい! それに相討ちっていっても死なないけどな。お互い。

 

「……人参は食えるけどな!」

 

テキトーなことを言いつつ、どう切り出したらいいか、頭を悩ませる。

理子が来た目的。理由。それは心当たりがありまくるからだ。

 

「……で、だな」

 

「……うん」

 

「メール見た……のか?」

 

「……うん。見た……本気?」

 

上から見下ろしてきた。うっ、なんだかものすっごくドキドキしてきた。

だが、ここで逃げるわけにはいかない。言うんだ。あれは間違えでした!

変な誤解させて悪かったな、って。

 

「……実は「ここかぁ、トオヤマァァァ!!! ワイを呼び出すとはいい度胸やないかー! 相談あるんやろ? さあ、朝までとことん話し合いしようやないか! なぁに、未来の弟の相談に乗るのも義姉の役目やから、恥ずかしがらんでええ、さっさと用件言えや。とりあえず、酒飲み行くぞ。来いや!「ぎゃあああぁぁぁ」」……場所変えるか」

 

らんらんに引きずられていくキンジを見送りした俺達は場所を変えることにした。

 

「……うん」

 

「じゃあ、とりあえず静かなところに移動して……「移動してナニをする気なのかな? 昴君」……ッ⁉︎」

 

背後から風香の声が聞こえた。聞こえたが。声がした方を振りむ……けない。なんだこの圧迫感。それにこの全身を震えさせるには十分過ぎる寒さは。

なんかこの部屋の気温だけ一気にマイナスまで下がったぞ。

 

「……理子さんが布団から抜け出してなかなか帰って来ないからもしや……って思って来てみれば。一体ナニを二人でする気だったのかな? ねえ? ねえ、ナニするの? 教えて欲しいなァ」

 

風香の顔を見ることが出来たが、見なければよかった。彼女は笑っていた。

まごう事なきスマイルだった。但し、目は全く笑っていない。

 

「いや……何も「もちろん婚前交渉だけど、それが何?」って、ナニ言ってるんっすか、理子さん⁉︎」

 

「……なっ、ぬぁんですってぇぇぇぇ!!!」

 

風香はハイライトが消えた目を吊り上げる。

いやいや、本気にするなよ。そんなことするわけないだろ。

誰かこのバカ共止めろ。

 

「そ、そんな羨ま……けしからんこと、絶対させない。許さない!

こうなったら……勝負です。昴君を賭けて私と決闘してください」

 

「望むところだよ。今度は負けないから!」

 

そう言いながら理子はメタリックシルバーのP38を抜いて手に持つ。

おいおいおい、どーしてそうなる。

暴力反対!

と思いながらも止めることはしない。

武偵中では……というより、俺の周りではこういうのはわりとよくある光景だからな。

だが、せめて平和的に戦ってほしい。

ので、決闘方法を一応聞いてみた。

 

「決闘方法は?」

 

「「もちろん、ランバージャックで!」」

 

あーはいはい、そうくるなーとは思ってたよ。さすが馬鹿の集まる武偵高附属中。マトモな奴がいねえ。

 

「「昴(君)幇助者(カメラート)やってね!」」

 

「誰がやるか! もっと平和的に戦え!」

 

「平和的にって……どうやって?」

 

「ランバージャックだって、十分平和的だよー」

 

どこがだよ! 四方を敵に囲まれてボコられる決闘方法のどこに平和的な要素があるんだよ?

 

「そんな物騒な決闘方法しなくてももっとあるだろ! ここは温泉街・箱根。温泉っていったら……」

 

「「いったら?」」

 

「卓球だ! 温泉卓球で勝敗決めろ!」

 

温泉街っていったらやっぱ卓球だろ?

卓球なら平和的に勝敗決めれるし。

そう思って提案すると。

 

「そうだね。なら、卓球で勝負です!」

 

「よーし、その勝負乗った! 温泉卓球マスターりこりんの腕前見せてやるぅ!!!」

 

よし、話題逸らし成功。

これで平和的な争いになる。

未然に武力衝突防いだんだから、何か貰えたりしないかなぁ。平和賞っていうか……賞金くれませんかね? 武偵中さんよぉー。

 

「とりあえず今日はもう遅いから明日の昼間に……」

 

「うん、そうだね……」

 

「そうしよっか。じゃあ、寝ようっか」

 

そう言った二人に布団に押し倒される。

そして、手足を紐で縛られた。

えっと……?

 

「何ヲシテルンデスカ?」

 

テンパって片言になってしまってるが、状況が状況だから平常心を保てん。

なんで俺手足縛られてんの?

 

「何って一緒に寝るんだよ?」

 

「添い寝する時、逃げ出さないように手足縛るのは普通だよね?」

 

「全然普通じゃない!」

 

普通ってなんだっけ?

ヤンデレ基準で物事判断するのヤメロ。

 

「だって、手足自由にしたらすばるん逃げるでしょ? それじゃ一緒にねれないじゃん。一緒に寝るんだよ。ずっと一緒に。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒一緒ダヨ」

 

「私と一緒に寝るんだよね? 大丈夫、何もしないから。一緒に寝るだけだから。私と昴君、二人いればいいの。私とずっと一緒。そうだよね? そうでしょ? そうと言ってよ? そうだよね? 私だけを見て。私だけを愛して。私だけを選んで。私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを私だけを選んで私だけを選んで私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私だけを選んで」

 

誰か、『普通』の常識をコイツらに教えてやってくれ。早急に!

 

「ええい、もうやだぁこんな世界ぃ」

 

転生したら転生先がヤンデレだらけだった件。

これ、小説にしたら売れるんじゃねえ?

なんて現実逃避していると。

 

「やかましいぞ、何騒いでるんだ!」

 

ゲッ、見廻りの教師が来た。足音が近づいてくる。

や、ヤバイ。入ってくる。男子部屋に女子がいるのが見つかったらヤバイ。

っていうか、両手足縛られてる姿見られるの別の意味でヤバイ。

俺にこんな趣味はない。

 

「誰だ、起きてるのは……」

 

両手足、縛られてるせいか身動きとれない。結び目が思った以上に固い。くそ、外れろ。外れろ。

くっ、マズイぞ。ヤツガクルゾ。

 

「おい、理子。風香。早く俺の拘束を解いて……って、いない⁉︎」

 

たった今まで両隣にいたのに……忍者かアイツらは。ま、マズイ。こんな姿見られるわけには……ダメだ。襖が開かれる。

筋肉全開。爺ちゃんの言葉を、教えを信じろ。

筋肉に不可能はない!

やってやる! やってやるぞ!!!

とあるDC兵の気持ちで、教師が入って来るのを待つ。

 

「誰だ、騒いでる馬鹿もんは……って何やってるんだ星空……」

 

入って来たのは、らんらんと同じ体育教師の後藤。通称、ゴリ。ゴリラ顔で、筋肉、体力馬鹿、趣味がトライアスロンという某鉄人みたいな教師だ。顔は悪いが生徒想いという評判の神奈川武偵中では比較的マトモな部類に入る先生だ。

 

「あ、オハヨウゴザイマス。えっと……寝れないので、筋トレを少々……」

 

今、俺は腕立て伏せをやっている……フリをしている。

 

「全裸でか?」

 

拘束解くために力入れたら浴衣破けたんですよ、なんて言えない。

 

「ハイ……」

 

「……早く寝ろよ」

 

「……ハイ」

 

襖が閉じられる。教師の足音が去っていく。

ふうー、なんとかバレなかったな。

ってきり、なんで夜中に筋トレやってるのか突っ込まれるかと思ってたが……。

爺ちゃんの孫だから鍛えて当然とか思われてたりしないよな?

ありそうで嫌だ。

 

「行った?」

 

「行きましたね……」

 

天井から声が聞こえ、上を見ると理子と風香のヤンデレコンビが顔を出していた。

コイツら天井板を外して天井裏に隠れていたのか。いつの間にそんな細工を……。

その事を問いただすと。

 

「だって、すばるんの部屋を防犯強化する為には必要だったんだよ〜」

 

「そうです。昴君の部屋の警備上必要な処置だったんです。これは『親切』の一環です。逃走ルートの確保や盗さ……防犯カメラの設置、盗ちょ……防犯上音源を拾う処置とかも必要だったんだよ。私達、とっても『親切』だよね?」

 

「それは親切じゃなねえ! それは親切じゃなくて普通に犯罪行為だからな!」




働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる働きたくないでござる。
もう働き疲れたよ……パトラッシュ……。

今月も忙し過ぎて病んでまう!
俺が病んでるのは仕方ないことだっておもうんだ!(責任転換)

話変わりますが、ゼロの使い魔22巻、感動します。
デルフゥゥゥってなります。まだな方は読むことススメます。


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Ammo31。青春とは

更新遅くなりました。
リア渋なのと、今期上半期アニメ面白過ぎて更新停めてました。
ロクアカ、ケモフレ、小林さんち、プラネット面白い!

あと、スマホアプリ……戦車ゲーやらロボゲーやら、スナイパー3Dアサシンとか嵌ってました。



青春とは嘘であり、悪である。

 

青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺き、自らを取り巻く環境のすべてを肯定的にとらえる。

 

彼らは青春の2文字の前ならばどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げてみせる。

彼らにかかれば嘘も罪とがも失敗さえも青春のスパイスでしかないのだ。

仮に失敗することが青春の証であるのなら、友達作りに失敗した人間もまた青春のど真ん中でなければおかしいではないか。

しかし、彼らはそれを認めないだろう。

すべては彼らのご都合主義でしかない。

 

結論を言おう。

 

青春を楽しむ愚か者ども……

 

砕け散れ。

 

 

ー深夜ー

 

俺は悶々とした一夜を過ごしていた。

教師の巡回も終わり、ようやくゆっくり休めると思った俺だが、現実はそんな甘くなかった。

結論から言おう。

美少女二人に添い寝されてます。

 

はい、ここで羨ましいとか思った奴、是非変わってくれ。

ストーカー行為、盗聴行為、盗撮行為を『親切』行為と解釈し、平然と行うちょっとヤバめな……かなりヤバめな女達に囲まれて寝てみろ。

安眠できるか!

今も着崩れた浴衣から見える見事な双丘や白い素足、一定毎に耳にかかる甘い吐息や聞こえる小さな寝息。

見た目完璧美少女の二人に挟まれてるこの状況、正直嬉しいが……彼女たちの残念な中身を知ってる俺としては素直に喜べないのだ。

 

「(……ぐっ、ち、近い)」

 

左隣から聞こえる風香のスー、スーと小さな寝息、そして甘い吐息を嗅ぎながら俺は悶々としていた。

二人とも浴衣を崩したまま寝てやがる……風香の奴、ブラ脱げそうだし。なんつう格好してんだ。

疲れてるのに、寝れない。

なんだ、なんだこの状況。

だめだ、とわかってはいても視線を風香の胸元へ向けてしまう。

男子中学生として、男の本能としては正しいのかもしれないが、この状況はマズイ。

自宅の自室ならまだしも……学校のクラスメイトが泊まる同じ宿で、同じ部屋で女子と一緒に寝るとか、そういう間違いを犯したと誤解されかねない。

しかも、風香だけじゃないのも問題だ!

風香に背を向けるように、今度は左隣に体交をした。

そこには何故か掛け布団を半分めくったまま眠る理子の姿があった。

えっと、理子さんや。布団半分ほど空いてるが一体そこは誰のスペースですか?

無論寝てるので何の反応もない。

反応がないから、これはこれでキツイ。

 

「隣で寝てても普通に寝ちゃう関係かぁ……あれ?」

 

何で俺、残念だなんて思ってんだろう?

風香とは婚約者と言っても親同士が勝手に決めた関係だし。

理子に関しては妹のような関係……そこに恋愛感情はない……はずなのに。

 

「(……わからん。考えてもわからない。こういう時は……)」

 

布団を被って目瞑ればきっと寝れる……そう思った俺はそのまま布団を被り続け、気がつけば眠りに落ちていた。

 

「……眠れるわけないじゃん、スバルのバカ」

 

そんな呟きが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

朝食を済ませた俺達は旅館にある卓球場で卓球大会を開いていた。

温泉卓球。定番中の定番だな。

 

「行くよ〜曲がる魔球(サーブ)!!!」

 

理子はサーブを打つ。陣営に一度着いた(ボール)はそこからバウンドし、風香の陣地に球は落ちる。

二度目のバウンドをした球は高い山なりに弾んで風香の胸元めがけて飛ぶが……

 

「甘いよ……風斬スマッシュ」

 

風香が持つラケットが理子が放った球に当たる……誰もがそう思っていた、その時だった。

鋭い下回転がかけられた球は突如、何かに弾かれるように軌道を変更し、大きく曲がった。

ボールは弧を描き風香が構えた位置とは反対の方向へ曲がる。

 

「……っ⁉︎」

 

風香が反応してその球にラケットを当てるが……あーあ、だめだ。そんな高く上げたら……。

 

「くふふふ。いただきースマッシュ!!!」

 

パコーンとラケットの芯にボールが当たる音がしたかと思った瞬間、スマッシュは決まり理子にポイントが入る。転がった球を見てみるとまるで銃弾で撃たれたかのような穴が開いていた。

おいおい、まさか……。

 

「ちょっ、今のはズルいよー⁉︎ あんな風に球が曲がるなんてありえないよぉぉぉ!!!」

 

当然ながら、風香は審判役の坂本に抗議したが……。

 

「えー!!! 偶々だよー。偶々、何かに球が当たって弾かれただけだよー?

ね、そうだよねー? サー君♡」

 

坂本の馬鹿は理子の営業スマイルにデレデレになってて、使えない。ダメだコイツ。

 

「おい、理子。お前、銃弾撃ち(ビリヤード)したろ?」

 

まさか、ただの卓球で使うなんて思わなかったから油断してたが、さっきのは間違いない。

銃弾撃ち(ビリヤード)、そして、いつの間に覚えたのか知らんが……不可視の銃弾(インヴィジビレ)

 

「うん、さっーすがスバルだー。よくわかったねー」

 

俺に指摘された理子のバカは浴衣を捲って太腿にあるホルスター……ワルサーP38シルバーメタリックモデルをガンチラさせながら、あっさり肯定しやがった。

 

「お前なぁ……ただの卓球で使うような技じゃねえだろ!」

 

「そうだよ。あんなのズルいよ!」

 

「は? 何言ってんの? 使えるものは何でも使う。それが武偵卓球のルールだよ?」

 

武偵卓球。

一般的に武偵発足と共に出来た武装卓球の事を指す。

その名の通り、武偵が行う遊び、または競技で基本的には卓球と同じルールだが、武装卓球の名の通り、銃撃、斬撃、超能力……何でもアリな国際的な卓球のルールだ。

 

「何の為に防弾ラケットや防弾(ボール)、防弾ネット、防弾卓球台、防弾タオル、防弾浴衣があると思ってんの? 国際的なルールに沿って遊ぶ為でしょ?」

 

いや、お前の中では普通の卓球をやるって選択肢はねえのかよ!

ってか、え? ここにある設備全部防弾製なの?

 

「……そう。だったら、私も本気でやらせてもらうよ。峰さん、いえ、四世さんには負けられないから」

 

「理子の中に負けの文字はもうない。理子は欲しいものは力づくで奪うから。だから、本気でかかって来な」

 

理子は風香に向かって挑発してきた。

うわぁ、理子の奴、なんか知らんがスイッチ入ってんな。

いつものおバカモードやヤンデレモードとは違う……裏理子スイッチだ。

 

「行くよ、曲がる(サーブ)!!!」

 

「それはもう見切ったよ!」

 

さっきと同じく、風香側の陣地に球が着いた瞬間、大きく弧を描くように曲がる。

しかし、ここでさっきには見られない摩訶不思議現象が起きた。

 

(ぼ、(ボール)が蛇行してる……だと⁉︎)

 

クネクネ動き周り弧を描いていた球が構えていた風香の目の前に落ちた。

風香は大きくバウンドしたそれをラケットの芯で捉え、豪快なスマッシュを叩き込んだ。

理子は反応できなく、呆然とその球を見送っていた。

 

「チッ……璃璃()の力か」

 

小さな声で呟く。

カゼ? 今、風なんか吹いてたか?

 

「何でもアリなら、いいんだよねー?」

 

今度は風香が理子を挑発するかのような顔をした。

もう、何なのさっきから君達?

 

「ふん、好きにすれば。

いっとくけど、私の技はまだまだこんなもんじゃないから。

私のサービスは108ある。曲がる球(今の)は最弱のサービスだ!!!」

 

お前はどこの波◯球使いだよ⁉︎

ちょっと大魔王様入ってるし。皇帝の不死鳥とか出すなよ? 出すなよ? 絶対出すなよ?

 

「わ、わたしのスマッシュは1080バージョンあるもんね!」

 

「だったら、理子のドライブは一万種あります〜」

 

「わたしのツッツキ技は5万くらいあるもん!!!」

 

「理子のチキータは100万越えてます〜」

 

顔を突き合わせ、互いに互いを威嚇する理子と風香。

 

「「うぐぐぐっ!!!」」

 

はぁ、全くこいつらと来たら……

 

「仲良くしろ!」

 

「「無理!!!」」

 

即答かよ!

 

「ああ、もう、だったら試合で白黒つけろ。勝った方の言うこと1日聞く。それでいいだろ!」

 

「「うん、それがいい」」

 

よし、上手く収まった。

これで勝った方の言うこと聞かせて、なんとか仲直りさせれば……

 

「(勝ったらスバルとデート……恋人、もしかしたらそれ以上にきゃあ!)」

 

「(勝ったら昴君とお布団デート……子沢山、ぐへへへ)」

 

……あれ? なんか寒気感じるんだけど。

なんかここだけマヒャ◯ドス食らったように寒いんだけど。

攻撃魔力800越えてビッグバン以上の威力ありそうなんですけど。

凄い身の危険を感じるんですけど……。

 

「よーし、負けないよ。スバルの初めてはりこりんが奪ってりっこりこにしてやんよ!」

 

わーい原作の名台詞いただきましたー……って、何言ってんの!

中学生の女の子が初めを奪うとか言っちゃいけません!

 

「わたしだって負けないよ。わたしだけがスバル君と愛のタンデムして、ランバダするのー!」

 

お前は何言ってんだぁぁぁあああああ!!!

馬鹿なの? ねえ、馬鹿なの? 死ぬの? 社会的に俺殺したいの?

あっ、隣の台で同じように武偵卓球やってる北条達のパンツ見えた。

 

「は? スバルと結ばれるのはわたしだ。わたしだけのスバルでいればいいの……わたしだけの……邪魔する奴らは……死んじゃえ」

 

「ふざけないで! 昴君はわたしだけ……わたしだけを愛すればいいの。わたしだけを愛してるの……ねえ、そうだよね? ……何で返事してくれないの?」

 

うおぉぉぉい⁉︎ 何で二人とも銃や刀こっちに向けてるのかなー?

卓球やるんだよねー? 武器基本的に使わない競技だよねー?

何で二人とも目を据わらせてんの?

瞳からハイライト消してるの?

あっ、ちょっと……ヤバい。引っ張るな。え? 何コレ。何コレ。

 

「スバル……」

 

「昴君……」

 

あっ、ヤバ、二人とも何故かヤンデレモードになった。

 

「「一緒に磔灸やろ?」」

 

「待て! 字が違う!!! それは拷問の(タク)(キュウ)だ!」

 

はりつけ反対、火あぶり反対!

金次や坂本、不知火に助けを求めたが、みんな目を逸らしやがった。

お前らそれでも友達か!

隣の女子達に視線を送ったが、顔面にスマッシュを叩き付けられた。

……あ、パンツ見えた。 ……ご馳走様です。

再びパンツに視線を向けた直後、俺の意識は二人の死神によって、刈り取られた。アーメン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……知らない天井だ」

 

はい、お決まりの台詞言いました。

 

「ハッ!」

 

「ヤー!」

 

目を覚ました俺の目に入ったのはラリーを繰り広げる二人の姿だった。

 

「喰らえ、王子サーブ!!!」

 

「風斬流蛇行閃(ただの横回転ドライブ)……」

 

「甘い!」

 

「かかった!(能力使わないとは言ってない)」

 

理子がラケットを振るのと同時に球は横に大きく曲がってしまう。

 

「また!」

 

風香の奴、まさか……風の能力(ステルス)で風力、風向き操作して打球のコースをコントロールしてるのか……。これは追いつけないだろうと誰もが思っていた。

だが、理子は諦めることなく、打球に追いつき、そして打ち返した。

打球は風香の陣地、卓球台の角に当たって球は床に転がってしまう。

派手な技やズルさはない、根性で食らいつく。地味だが、卓球をしている少女が確かにそこにはいた。

 

「……ズルいな。これじゃ、わたしが悪者だよ。いいよ、ちゃんとした卓球やろ?」

 

笑みを浮かべて、床に倒れた理子に手を差し出す風香。

育まれる友情、美しき青春、認めあったライバルとの正々堂々とした名勝負!

うんうん、やっぱ青春はこうじゃなくちゃ!

仲良きことは良きこと。

手を差し伸べた風香の逆の手に日本刀が握られてたり、理子がワルサーを風香に向けてる姿なんか気にならないな……ハハッ!

アー今日モ平和ダナァ。

 

 

 

 

 

ー1時間後ー

 

「……はぁはぁ」

 

「……ふぅふぅ」

 

現実に帰還すると、理子と風香は共に荒い息を吐いていた。

激しいラリーの応酬が続き、卓球場は惨状……もとい戦場の後と化していた。

武偵卓球により、卓球場内で発砲、斬撃、徒手格闘、超能力なんでもアリのせいで、施設はボロボロ。備品は破壊され、ラケットは真っ二つに折れ、風穴が開いた球は優に100を越えている。

ちょっと待ってほしい。青春は? 美しい友情は? 認めあったライバルとの正々堂々とした名勝負は?

どーすんの、コレ?

現実に帰還して呆然としていると……ガシっと肩を掴まれた。

笑顔の蘭豹先生(らんらん)と旅館の女将が力強く肩を掴んできた。 痛タタタタッ!!!

ああ、コレはアレだな……

 

「「金払え。払えなきゃ、死ね。死に晒せ」」

 

あら嫌だ、息ピッタリ! さすがは蘭豹先生の元戦姉(アミカ)

何でもここの宿の女将さんは武偵で、近衛雪姫さんという、ご先祖様は将軍家に嫁いだ由緒ある家の生まれで蘭豹の先輩とか。年齢は2……「永遠の17よ?」……あ、ハイ、ソウデスネ。

音もなく忍び寄られて頸動脈に刀突きつけられたらそう答えるしかないじゃないですかーやだーー!!!

 

「この太刀、正國六十三代孫波平住大和守平朝臣行安の錆にしても良いのだけど……?」

 

「17です。女将さんは永遠の17歳です。間違いありません」

 

「あらやだー正直者なんだからー///!!!」

 

「……」

 

今度は女性に年齢の話題は振るの止めよう。 絶対に!

 

「ところで用件は…」

 

「そやったな。お前らが破壊した施設の弁償金、補償金を払わせろ、っていうお達しや。

本来ならまだ武偵免許発行前の一年は免責制度があるんやけど……悪いな。これ、上の命令や」

 

「んな無茶苦茶な!」

 

上ってどこだよ?

 

「ちなみに被害額は……1000万ってとこね」

 

いっ、一千万⁉︎

は、払えるわけねえだろぅぅぅ!!!

 

「といってもうちらかて鬼やない。お前らにチャンスやる。

近くの山に生えてるキノコ取ってきたらチャラにしたる」

 

「キノコ?」

 

「一部のものは媚薬の原料になるとされる大変貴重なキノコね。取ってきてほしいのはドクササコ、ベニテングダケ、ワライタケ、白トリュフ……これは3㎏以上はほしいわね。中国人の知り合いに高く売れるから」

 

媚薬って……ま、いいけど。

 

「媚薬……スバルに飲ませれば」

 

「媚薬……昴君、いえ、アナタ♡」

 

うん、白トリュフは見つけたら片っ端から燃やそう。



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