なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。 (あぽくりふ)
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GGO/鏡面模倣の双銃剣士
原作開始前



少し雰囲気を変えてみました。






 

 

 

 

 

 ―――生きたい。

 

 ただそれだけの願いが膨れ上がっていく。かき消えそうな命の灯火。それに比例するように、再現なく生への渇望と死への拒絶が肥大化していく。

 

 ―――死にたくない。

 

 だがその願いが聞き届けられることはない。急速に低下していく体温と流れ出る膨大な血液は、避けようのない死の運命を宣告している。

 すでに痛みなどない。いや、痛むのかもしれないがそれを伝える神経が機能していない。もはや指一本すら動かせず、肉体はとうにその役目を放棄している。

 

 ―――嗚呼、無様な人生だった。

 

 脳裏を走り抜ける走馬灯を見ていると、そんな感想が浮かんだ。別段成功もしていなければ失敗もしていない人生。有り体に言えばつまらない、それでいてありふれているような人生。だがそれもここで終わりを告げる。それは、すでに確定している事象だ。

 

 ―――生きたかった。

 

 何も成さぬまま死んでいく。そのことが悔しくてたまらない。生きたい。生きたい。生きたい。なんでもいい、この人生が駄目なら来世でもいい。ただ生きたい。忘れられることが怖い。何かを刻みたい。オレという人間が生きていたことを証明するために。何かを成したい。オレという存在の価値を証明するために。

 生きたい。生きたい。生きたい。

オレはまだ、死にたくない―――。

 

 

 

 

『その願い―――聞き届けよう』

 

 

 

 

 これはきっと。

自然の摂理をねじ曲げた、愚か者の物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、恭二。手が止まってるぞ」

「あー、悪ぃ兄貴。もうエリア移動したのか」

 

 俺は慌てて止まっていた指を動かし、自分のキャラクターを操作する。つったかつったか走るその姿は信じられないくらいにヌルヌル動いていた。……時代の差を感じるなあ。さすがはプレステ6。

 ―――俺の前世はプレステ4までしかなかったんだけどなあ、と。そんなことを考えながら、キャラを操作していく。

 

 そう、俺はいわゆる"転生者"という奴である。前世の記憶は微妙にある。というのも、記憶があるにはあるのだが"前世の俺"の詳しい記憶のみが奇妙にぼやけてしまっているのだ。

 家族構成はわかる。だが名前と顔がわからない。

何処に住んでいたかはわかる。だが通っていた学校がわからない。

 ―――自分のかつての名前も、黒く塗り潰されたかのように消えているのはいっそ不気味だ。自分という存在の詳細に関してのみ、全く思い出せないのだ。明らかに作為的なものを感じる。

 

 ……ただ1つ。覚えていることがあるとするならば、俺はこの世界を知っているのだ。

 そう、この近未来の世界―――「ソードアート・オンライン」の世界を。

 

「このプレステ6っていくらしたんだっけ」

「大体十二万と少しじゃないか?」

 

 うわたっけえ、と俺は感想を漏らした。そしてこれをあっさりと買える我が家すげえ。これ以外にも最新型ゲーム機はほぼコンプしてるし。

 

「リメイク版のモンハン楽しいなあ……レウス業火種とか昔いなかったろうに」

「……昔を知ってるような言い種だな」

「レトロゲーもやってるしね。楽しいぜ?PSPのあのシャカシャカいう音」

「うるさいだけだろ」

「それを言っちゃおしまいよ」

 

 画質めっさ悪いしな。2ndGもリメイク出たからもはやただの化石扱いである。

 

「……なあ、恭二」

「なんだよ兄貴」

 

 カチカチとボタンを押す音だけが響く中、兄―――新川昌一は躊躇いがちにこう言った。

 

「ソードアート・オンラインって知ってるか?」

 

 ―――ソードアート・オンライン。通称SAOと呼ばれるそれは、近日発売予定のVRMMOゲームのタイトルである。前々から大々的に宣伝しているそれはかなり有名であり、βテストの時点で2ちゃんの鯖が落ちかねないほど話題が沸騰した、VR初のMMOゲーだ。

 ……まあ、ゲーマーが発狂する気持ちもわかる。30年前から夢見ていたVRMMOがついに現実(リアル)のものとなるのだ。そりゃ有名にもなる。しかもβテストでも生半可な出来ではないと太鼓判を押されたのだ。そりゃみんなこぞって手に入れようとするだろう。中には「一週間前から並ぶ」とかいう猛者もいるとか。多分ヤフーオークションだと一本50万は下るまい。なにせ、初回販売はきっかり一万本しかないのだから。

 

 ―――まあ、これがデスゲームになっちまうのを知っている身からするとアホらしくてしょうがない。

 

「……悪ぃ。テスト近いから多分できねえわ。最近親父も煩いし、ある程度やっとかなきゃな」

「そうか……」

 

 少し肩を落とす兄に苦笑し、俺は一応忠告してやることにした。

 

「……兄貴もテスト近いだろ?買うだけ買って、後からやればいいじゃん。というか俺のテストが終わるまで待ってくれねえか?」

「……すまん。だが、オレもゲーマーとしてこれは譲れない」

 

 だろうな、と俺は肩をすくめた。うちの兄貴は筋金入りのゲーマーだ。おそらくSAOを止めさせようとしても聞く耳を持つまい。デスゲームに巻き込まれるのを知っている身としては心苦しいが、まあ死なないのを期待して待っとくくらいしか出来ないだろう。

 

「了解。ま、先に兄貴だけでも楽しんどけって」

「しっかり楽しんでくるさ」

 

 再び、カチカチとボタンを押す音だけがリビングに響く。別に仲が悪いわけではないし、こんな兄弟もありなんじゃなかろうか。

 

 

 

 

 ―――ところで。新川恭二って名前聞いたことあるような気がするけど、気のせいだよな?

 






主人公の原作知識は曖昧。詳しい名前なんてほとんど覚えてません。


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リバース=もんじゃ焼き

 

 

 

 

 

「……やってらんねえ」

 

 はぁー、と俺は溜め息を吐く。仰け反ると同時に椅子が軋み、閑散とした図書館の中に響いた。いかに前世の知識があると言っても、高校レベルの数学などではほぼ意味がない。しかも進学校レベルになれば逆に遅れているレベルだ。もともと真面目にコツコツ勉強するような人間じゃないのだ、俺は。だから三角関数なんてやらなくていいよね。そういうことにしておこう。

 ―――既に俺は高校一年生。あのSAOに兄が巻き込まれてから2年と少し、そしてSAO事件が解決して五ヶ月ほど経っていた。

 

 世間を騒がせたSAO事件。色々と情報を精査した結果、やはり原作と乖離してはいないようだ。

 つまり最後はアスナが意思の力(謎)で麻痺から復活して斬られて、キリトくんがブチ切れることでシステムを越える(謎)ことで茅場を倒したらしい。……うん、創作の世界だと首を捻るだけで済んだが現実で「気合いでシステムを越える」とかいうもはや意味不明な現象を起こされても困る。なんだよ意思の力って。頼むから物理法則に従ってくれ。そして茅場はそれに満足してんじゃねえよそれでも科学者か貴様は。ううむ、ツッコミ所が多すぎて困る。そして一番のツッコミ所は周囲の誰もそれを指摘していないことだろう。なんで納得してんだ貴様らは。

 とりあえず一人のゲーマーとして言わせて貰うと、ユニークスキルとかいう公式チートがある時点でSAOはクソゲー、はっきりわかんだね。後継であるアルヴヘイム・オンラインにはそんなゲテモノがないことを切に願う。

 

 まあ、それはともかく。

 

「……かったりぃ」

 

 親の過大な期待に応えるべく中学三年間必死こいて勉強し、進学校と言われる都内の高校に進学した―――はいいが、いかんせん俺は所謂ぼっちという奴になっていた。

 ……いや言い訳をさせてくれ。別に俺はコミュ障でも人見知りでもない。ましてやキチガイでもない。ただ、一人でいることが苦でない人種だったのである。

 だからこちらから話しかけもせず本を読んだり勉強したりしていたのだが―――どうやら、俺はあぶれてしまったらしい。別にいじめられたりするわけでもないが、クラス内ヒエラルキーで言えば下から数えたほうが早いという部類。すなわち、毒にも薬にもならない無害な人種、という立ち位置に収まってしまっていた。

 ……いや、別にいいんだけどね?下手に目立つよりは余程マシとは言える。

 

「はぁ……」

 

 というわけで、可もなく不可もない人生を謳歌している俺だった。ちなみに彼女はいない。前世からいない。……別に悔しくなんかないし。ほんとだし。

 

 そう誰にともなく言い訳をしながら周囲を見渡すと、ふととある光景が目に入ってくる。

「……?」

 

 雑誌を捲りながら、少し前のテーブルに座っている少女がそれを丹念に読み込んでいく。それも1ページ1ページ、目に焼き付けるかのようにだ。その表情は真剣極まりない。

 だがその顔が段々と青白くなっていき、ついに限界を迎えたのかぱたりと閉じてしまう。そして、しばらくした後に再び雑誌を読み始めるのだ。以上のサイクルを三回ほど繰り返したのを見た後、俺はそっと目を逸らした。

 

 ―――え、なにあの変な人。

 多分関わったらダメな類いのアレだわ。そう考えて完全無視を決め込むが、僅かに俺の好奇心が刺激された。読んでるだけで真っ青になるような雑誌とかここにあっただろうか。

 野次馬根性を発揮した俺は本を取りにいくような振りをしつつ、その後ろを足早に通り過ぎる。その過程でちらりと少女の手元の雑誌を一瞥した。

 

「……?」

 

 だが、それはホラー雑誌でもクトゥルフ系列の雑誌でもない。そこにあったのは、ただの銃のカタログ的な雑誌だった。

 ……ひょっとして銃が苦手なのか。だがそれでは銃の雑誌を見る理由にはならない。というか、嫌なものをじっと見つめているとかマゾかよ。

 

 そう独断と偏見で判断した後少女を「変態」に分類しつつ、俺は無造作に追っていたタイトル群から目を逸らし、蔵書の詰まった棚に背を向ける。そして再び少女に目を戻し―――思わず二度見してしまった。

 青白くなった顔。まあこれはいい。だが口を塞ぐように当てられた手。これはアウトではなかろうか。

 

 ―――もしやこいつ。リバースする気か。

 

「おい、あんた……」

 

 背後から呼び掛けてみるが反応はない。よく見ると体も震えていた。ヤバくないかこいつ。

 ……ああくそ、と俺は呻く。ここで吐かれるのは最悪だ。さすがにこんな所でリバースされれば俺が大迷惑である。見掛けてしまった以上、どうにかするしかない。

 

「……移動するぞ。ほら肩貸せ」

 

 目の焦点すらも合ってなさそうにふらつく視線。それを見てこれは本格的にヤバいと判断する。急いで右腕を担ぎ―――ああもうめんどくせえ。半ば強引に少女を背負うと、俺はずっしりとした背中の重みに戦々恐々としながら階段をかけ下りた。頼むから背中でリバースは止めて下さい。したら恨むぞ。

 途中すれ違った司書の人に目を丸くされて何やら声をかけられたが、スルーしてトイレ―――の前に設置されている洗面台へと向かう。そして慌てて背中の少女を下ろすと、その背中を(さす)るようにして促した。

 

 ―――直後、決壊するようにして少女は嘔吐した。身を震わせながら吐く様はまるで病気の子猫のようだ―――と場違いな感想を抱きつつ、俺はゆっくりとその背を擦る。逆流した胃酸の臭いが充満するが、我慢できないほどのものではない。いわゆる貰いゲロをするような気配も俺にはなく、少女が落ち着くまで俺はその背中を擦っていた。

 

「落ち着いたか?」

「……え、あ」

 

 少女が憔悴した様子ながらもようやくはっきりと意識を取り戻し、混乱したかのように目を白黒させる。それを見て苦笑し、俺は立ち上がった。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 返事を聞かずにその場を離れ、図書館出口近くにある自販機で水―――いろはすを一本購入する。戻る途中で職員にどうしたのか、と聞かれたため事情をかいつまんで説明し、タオルを持ってきてくれるように頼んでおく。

 そして少女の元へと戻ると、彼女は口元を水で洗っている所であった。

 

「ほら、これで口を濯いでおけ。気持ち悪いだろ」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 ぽつりと礼を言うと、少女は勧められるがままに口内を洗浄し始める。

 

 そして職員がタオルを持って駆け寄ってくるまでの間、しばらく俺は少女の隣でただ立っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの。ごめんなさい」

「いいよ、別に気にするな。……ぶっかけられたわけでもねえし」

 

 頭を下げる少女を見て、俺は苦笑しながら手を横に振る。思うところがないでもないが、別に内心痛罵の嵐……というわけでもない。特に気にしてないのは本当のことだった。

 

「………………あの」

「?」

 

 俺が今座っているのは図書館から出てきた所、エントランスホールにあったベンチ。ここの区立図書館は公民館なども兼ねており、なかなか大きなビルの1階と2階のフロアを陣取っているのだ。当然そんな所で頭を下げられていればこの上なく目立つ。よって俺としてはさっさと頭を上げて欲しかった。

 だが気付けば、少女はじぃっと此方の顔を注視している。探るようなその視線に居心地の悪さを感じつつ、俺は眉をひそめた。

 

「あなたって、確か同じクラスの……」

「へ?」

 

 同じクラス。俺はその言葉に喚起され、少女の顔をまじまじと見つめた。

 ……顔の両横で細く結わえたショートの黒髪に、近眼なのか眼鏡をかけた小柄な少女。ぶっちゃけて言えば何処にでもいそうな、あまり記憶に残らないタイプの女子だろう。痩せた子猫を彷彿とさせる彼女を前にして、俺は諦めたように息を吐いた。

 

「すまん。全くもって思い出せん」

「……朝田詩乃。名前はともかく、クラスメイトの顔くらいは覚えておいて欲しかったけどね―――新川くん」

「俺の名前知ってんのか」

 

 驚きに目を見開くと、少女―――朝田は呆れたように眉を上げる。

 

「知ってるわよ。いつもぼけっと外を見てる一人ぼっちくんでしょう」

「むぐ……」

 

 俺の行動まで把握しているとは、やはり本当にクラスメイトだったらしい。それにしては見覚えがないのだが―――冷静に考えてみたらクラスメイトの顔を誰一人として明確に思い出せないことに気付いて、俺は肩を静かに落とした。いやこれはきっと俺の記憶力が残念なだけなんだ。……どっちにしろ俺が悪かった。

 

「……朝田、か。うん、多分忘れない。忘れないように努力しておく」

「どれだけ私の影薄いのよ……?」

 

 いわゆるジト目というやつで此方を睨んでくる朝田詩乃。俺はうんうんと頷いて脳にその名前を刻みこんだ。

 

「図書館でリバースしかけた少女、朝田詩乃。うし覚えた」

「その不名誉な覚え方は止めて!?」

 

 朝田が悲鳴に近い声を漏らす。俺は肩を竦めて初めて名前を覚えたクラスメイトを見据えた。

 

「……で、朝田はなんであそこでゲロしそうになってたんだ」

「……率直に言うのはやめてくれない?」

「なんでもんじゃ作ろうとしてたんだ」

「普通にリバースでいいわよ!」

「んじゃ、なんでリバースしかけてたんだ?」

 

 純粋な疑問として訊ねてみると、朝田は暫し逡巡した後に躊躇いがちに口を開いた。

 

「……銃が、その。少し苦手なのよ」

「ほう」

 

 リバースするほどに苦手、ということか。そう考えて俺は少し首を傾げた。

 いわゆる心的外傷(PTSD)、つまりトラウマというやつでもあったりするのだろうが―――にしても、この平和ボケ大国日本で銃に関するトラウマを持つというのも稀有な話である。

 

「写真を見るだけで、か……」

「モデルガンのケースを見ただけで気持ち悪くなるくらいだから。治したいとは、思ってるんだけど……」

「ほーん……」

 

 ふむ、と頷いて腕を組む。朝田は少し離れてベンチに腰をかけた。

 

「……さっきはお手洗いまで連れて行ってくれてありがとう。私、あのままだったら本に向かって吐いてたから」

「どういたしまして……まあ気にすんな。むしろあのままリバースされたほうが迷惑だったし」

 

 改めて礼を言う朝田にそう返し、その横顔をじっと見つめる。そして、俺はふと思い付いた案を言うことにした。

 

「……なあ、朝田。お前はそのリバース癖を治したいんだな?」

「リバース癖って。……まあ、そうね」

 

 そのためにあの雑誌を見てたんだし、と朝田はぼやくように続ける。

 

「多少荒療治にはなるが、治せるかもしれないぞ?」

「…………え?」

 

 目を丸くする朝田。それを見ながら、俺は自分の提案を口にするのだった。

 

「―――"ガンゲイル・オンライン"って知ってるか?」

 



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硝煙と鉄の世界の中で

 

 

 

 

 

 ―――ネオンカラーのホログラム広告が激流のように視界のあちこちを流れ、膨大な色と音が五感を圧迫する感覚に目を細める。足を踏み出せば軍用ブーツが金属の舗道とかちあって硬質な音を立て、上を見上げれば黄昏色の空に無数の高層建築物が群れをなして聳え立っている。

 往来を見渡せばそこにあるのはミリタリージャケットを着込んだ傭兵(ゲーマー)達。どいつもこいつも敵の頭に鉛弾をぶちこむことしか考えていないのは、その背や腰にぶら下げた無骨な銃が証明している。

 

 ―――嗚呼、たまらない。戦意と欲望の匂いが充満する大気を吸い込み、俺はにんまりと笑った。

 

「さて……お姫様は何処にいるんだかな」

 

 もしや初めてのフルダイブで酔っていたりするのかもしれない。そうしたら色々と困るが、そこはまあ朝田の性能的なアレに期待しておこう。

 

「最初はあのへんてこドームにいるんだっけか……」

 

 グロッケン内は初見では迷うこと間違いなしの迷宮だ。無数の高層ビルとそれを連結する空中回廊、さらにごったがえしたような人々とずらっと並んだ怪しげな店を並べればもはや立派な都市型ダンジョンである。

 脳内でここらの地理をおさらいしつつ、路地裏を抜けてここ―――つまり中央都市《SBCグロッケン》のさらに中央を目指す。軽く口笛を吹いてみるが、上手く吹けないためすぐに止めた。やはり現実とVR世界は厳密には違うようだ。

 

「……おお。多いなおい」

 

 無事ドーム(名前忘れた)に辿り着いてみたはいいが、その外にも内部にも腐るほど人が溢れている。

 そうしてどうしたもんだか、と頭を掻いていると、ふと肩を叩かれて俺は振り向いた。

 

「ねえ。あなたが《シュピーゲル》?」

「……あ」

 

 無造作な水色のショートの髪に、猫を思わせる藍色の瞳。柳眉が不機嫌そうにひそめられ、俺は思わず驚愕に口を開けた。

 

「お、お前朝田か?」

「そうよ。なんだ、やっぱり新川くんだったんじゃない」

「……んでもって、《シノン》?」

「そうよ……って、なんであなたが私のアバターネームを知ってるのよ?」

 

……きゃんきゃんと小柄な少女が鳴いているが、俺はそれどころではなかった。《シノン》。さすがにその名前は覚えている。

……SAOのGGO編のメインヒロイン。対物ライフルの弾を見てからぶったぎるとかいうもはや意味不明な反射速度を持つ、キリトに惚れた水色髪少女。

……そのシノンが朝田詩乃だったとか―――

 

「聞いてねえぞ……!」

「ちょっと、聞いてるの!?」

 

 単に俺が忘れてただけかもしれないが。

 既に原作メインキャラと関わってしまっていたという事実に驚愕しながら、俺はがっくんがっくんと朝田(シノン)に揺さぶられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、何処に行くのよ」

「んあ?」

 

 不機嫌オーラを全開にして隣を歩くシノンに視線を向け、俺は眉を上げた。

 

「おいおい、死にそうな顔してんぞお前」

「うっさいわよ。……本当に、治せるの?」

「知らん」

 

 道行く人々(プレイヤー)が腰にぶら下げている銃を見て、シノンは顔を青くしている。思わず大丈夫かと尋ねたくなったが、大丈夫じゃないからそんな顔しているのだろうと考え直して口を閉ざす。

 

「……無責任なヤツね」

「俺は提案しただけだ。お前がこの世界に入ってきたことで悪化しようが完治しようが知ったこっちゃない。それはお前の問題だし、お前が選んだんだろ」

 

 そう、俺には関係ない。まあそもそもこれ程キツい症状ならカウンセリングには通っているはずだし、それで治っているのならあの図書館で銃の雑誌を読んでいる道理はない。つまり通常のカウンセリングでも修正不可能なほど深いトラウマだということであり、だからこそ朝田は自身のトラウマを治そうと必死だったのだろう。

 

 ―――ならばこのGGOは打ってつけだ。なにせ、自身のトラウマの根源と限りなく現実に近く、触れあえる環境なのだから。

 

「……それもそうね。これは私の問題(トラウマ)だもの」

「そうそう。……まあ、とりあえずお前は銃を見ても平然としていられるよう努力しろよな」

 

 ぐ、と呻くシノンを見て俺は頷いた。努力、友情、勝利。この三つ大事。

 

「というわけで手始めに銃買うぞ。気に入ったのあったら言え、一つか二つくらいなら奢ってやるよ」

「……いいの?」

「一応、誘ったの俺だし」

 

 納得したかのように頷くシノン。そんな彼女を伴って、俺は初心者用の店に足を踏み入れた。

 

「……なんというか、凄いところね」

「おいおい、専門店はこんなもんじゃねえぞ?」

 

 銃を構えたバニーガール達がそこかしこにいる店内を見渡して、シノンは目を白黒させている。が、ぶっちゃけ専門店はこの比ではない。あえて言うならゴミ溜めと露店を高次元で融合し昇華させた、現代社会を象徴するがごとき芸術作品である。結論を言おう。察しろ。

 それにしても、と俺は腕を組んで店内のショーウィンドウを見渡した。……うーむ。AGI一極型(俺と同じ)はあまり勧められたもんじゃないし、狙い目としちゃSTR寄りのバランスか?

 

「っつーわけで中古のアサルト一本とハンドガン、ついでにモンス狩り用の光学銃(ビーム砲)ぐらいが良さそうな気がするんだけど。朝田……じゃなかったシノンはどんな感じで育てたいんだ?」

「……わからないわ。それより、その、あ、アサルト?っていうのはなんなのよ?」

 

 俺は思わず瞠目し、直後に納得と諦感の籠った息を吐いた。そりゃ銃が苦手なら銃の知識がなくともおかしくはない。あの雑誌を見てる時も文章ではなく主に写真を睨んでるようだったし。ともかく、俺は銃の種別から全部説明しなくちゃいけないらしい。

 

「……アサルトってのはアサルトライフルの略だ。このGGO内じゃ最も使われていると言っても過言じゃなく―――」

 

 ふんふんと頷きながら話を聞くシノンを見下ろし、俺は内心で大丈夫なのだろうかと溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、私の武器……」

 

 おっかなびっくり武器を掴むシノンに、俺は苦笑した。まるで得体の知れないものをつつく猫のようである。

 

「アサルトライフルは定番のAK-47だよなあ、やっぱ」

 

 うんうん、と俺は満足げに頷く。やっぱアサルトはAK-47だよね。派生品やらコピー品も入れたら世界に5億挺あるとかいうアレである。

 シノンが選んだ―――というよりは俺が勧めたのは《AK-47》、《ベレッタ》、そして光学銃である《トライデント》の三本だった。まず選んだ基準は比較的安い、癖が少ない、そして利便性だ。初期ステータスである今では無駄に重い銃なんぞを装備してはまともに走れない。とりあえずは《トライデント》を持ってMob狩りのレベリング―――レベル制ではないもののそう呼んでいる―――をしなければならないだろう。

 

「……えっと。これ、どうやって撃つの?」

「まず安全装置(セーフティ)を下ろして……って馬鹿おま引き金(トリガー)引いてんじゃねえよ!?」

「へぶっ!?」

 

 ろくに構えずぶっぱしたシノンは衝撃に耐えきれずひっくり返った。まあ当然と言えば当然だが、堪えきれず俺は吹き出してしまう。シノンはと言えば、水色の髪を揺らして怨めしげにこちらを睨んでいた。

 

「だから言ったろ……ぶふっ」

「笑うんじゃないわよーっ!」

 

 顔を真っ赤にするシノンを見て、俺はさらに吹き出す。だが、ふととある事実に気付いて目を見張った。

 

「というか、お前。銃に触れてもなんともないのか?」

「……なんともないわ。少し緊張するくらいよ」

 

 シノンは少し顔を強張らせながらもAK-47を再び構える。だが気分が悪くなった様子もない。どうやら、仮想世界の銃ならば大丈夫らしい。

 

「へえ、よかったな。これで少なくともGGO内でもんじゃ焼きを量産することはないってわけか」

「だからもんじゃ言うなっ!」

 

 がるるとシノンが唸り、不恰好ながらもAK-47が火を噴く。俺はそれをステップを踏んで回避し、にんまりと笑った。

 

「よし。それじゃ少し講義してやろう、新兵(ニュービー)……まずは銃の構え方、そして弾道予測線だ!」

 

 ―――ああ。原作とか、俺の立ち位置とか関係ない。今こうして馬鹿みたいにはしゃいでいるだけで、俺は十分だ。

……少なくとも、今は。

 






銃の知識がほとんどないので、そこらへんは寛容にしてください。FPSとかやっていれば別だったのかもしれませんが......。


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たった一人の世界









 

「ふぁ……」

 

 つい漏れ出た欠伸。それに気付いた俺は手の甲に爪を立てた。痛い。だが眠い。尋常じゃなく眠い。……まあ、徹夜すりゃ眠いのは当然だが。

 少し気を抜けばすぐ船を漕ぎ始めるマイヘッドに鞭を打ち、欠伸を噛み殺す。そうして電子黒板に書かれた古典の現代語訳を慌てて書き写すうちに、50年前から変わることのないチャイムの音が教室に響き渡った。

 

「はぁ……」

 

 やる気のない日直の号令に応じて礼をおざなりにして、俺は欠伸混じりにルーズリーフに書き込んでいく。

 

 ―――土日が明けて月曜日。社会人はせかせかと出勤し、学生は怨嗟の声を漏らす絶望の曜日である。かくいう俺もその例に漏れず、徹夜で鉛弾をばらまいていたツケを食らいながら登校していた。

 

「……はぁ」

 

 いや、ね?あのあとシノンとめちゃくちゃ訓練したわけなんだが、シノンがログアウトし(落ち)た後に色々とハイになって朝まで暴れまくってたのだ。勿論モンス相手じゃなくてプレイヤーである。

 そうしてそれなりにレア物で気に入っている《FN・FAL》を片手に古代遺跡で殴りこみかけた挙げ句返り討ちにあったり皆殺しにしたりしながら楽しくパーリィしていたのだが―――起きてみたら7時でした、はい。そりゃ眠いわけだ。自業自得とはまさにこの事である。

 

 まあ、どうせしばらくすると―――具体的には15分後には放課なのでそこまでの辛抱だ。そう考え、俺はくぁ、と欠伸して机に突っ伏した。ほら、戦いとかいけないことだから。博愛の精神を持って睡魔とも友好的な関係を築こうではないか―――

 

「ちょっと」

「……んあ?」

 

 そうして睡魔と講和条約を結ぼうとした最中、肩をとんとん、と叩かれ俺は首をもたげる。ぎろりと上を見上げれば、そこにあったのは絶壁だった。

 

「なんか今、失礼なこと考えなかった?」

「滅相もない」

 

 もとい、朝田だった。

 ぎろ、とこちらを見下ろす朝田を見て俺は目をぱちくりさせる。何の用なのだろうか。というか、学校で誰かに話しかけられたことなんて実に二ヶ月ぶりなため普通に驚いた。主に俺の交友関係の狭さに。

 ついでに言えば、その二ヶ月前の会話というのは『新川ー、日直頼む』『わかりました』というものである。担任の教諭じゃねえか。

 そんな感じで改めて俺がぼっちなのだという悲しい事実を再認識させられながら、俺は口を開いた。

 

「……なんか用か?」

「今日、何処に集合するの?」

 

 あー、と俺は頷いた。確かに言ってなかった気がする。

 

「ほら、あのなんとかドームの前で」

「《メモリアル・ドーム》ね。覚えておきなさいよ。……じゃあ、六時に」

 

 それだけ言って頷くと、朝田はすたすたと歩いていってしまった。いや、あの、六時って俺が仮眠する時間すらなくないですかね朝田さん。そう言いかけて、俺は諦めて嘆息する。

 

 ……そしてふとその背を追ってみると、朝田はクラスカーストで言えばトップのグループへと歩いていくようだった。いわゆる『女子力』とかいう頭悪そうな単語がトップにくる女子(ゴミ)共のグループである。

 この偏差値が高い学校にも内部生というものに分類される奴等がいる。それも小学校からエスカレーターのように上がってきた輩は、他の高校同様こういう典型的な人間のクズが比較的に多い。

 努力も何もせず、ただ与えられた資源を貪るだけの豚。何も成すことがなく、無駄で無価値で無意味な生を送る塵芥。そうして学生時代は何もせず、楽観極まりない思考で最底辺の大学へと入った彼等は当然のことながら就職先に困り、自身が全く努力しなかったことを棚に上げて社会や金持ちを詰るのだ。まさに存在自体が害悪である。こりゃ英雄王が間引きしようとするのも無理はない。

 

 だが―――、と俺はそこで疑問を抱いた。朝田は、俺が接した限りそんな人間ではない。むしろトラウマを克服するべく努力する姿勢は尊敬に値するだろう。だからこそ、あのグループにいることには違和感を覚える。

 

「……なんだかなあ」

 

 ―――いずれ破綻するのではないか。

 そんな考えが頭に浮かぶが、俺には関係のないことだと振り払う。これは彼女自身の問題であって俺が干渉するべきではない。いらないことに首を突っ込んで火傷するのは己だけには留まらない。過干渉は誰も得することがないのだ。関係ないことに手を出して噛まれるなど馬鹿馬鹿しすぎて笑えない。

 君子危うきに近寄らず、とは少し違うが必要のないことにまで首をつっこむべきではない。そう考え、俺は頭を腕の間に沈める。

 

 ―――まあ、助けを求められたのならばその限りではないが。

 ふとそんな思考が脳裏に浮かび、俺は苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「お帰りなさいませ、恭二様」

 

 都内のど真ん中、とは言わないものの中心部に近い場所に堂々と立つ豪邸。それが俺の家だ。ちなみ隣近所も豪邸が立ちまくりである。少し歩いた所に某有名議員の家があるのに最初はびびったが、今はもう慣れたものである。

 

「あのさ。いつも言ってるけど、その仰々しい挨拶ってどうにかならないの?」

「いつも言っておりますが、それは無理というものでございます」

 

 そう言ってくすくすと、艶然とした動作でメイドさんが笑う。メイド、というよりは家政婦と言ったほうが良いだろうか。見た目はロッテンマイヤーさんにそっくりである。

……そう、見た目だけは。

 

「そこんとこどうにかなりませんかね―――黒雪さん」

「私はしがないメイドですので」

 

 年齢不詳の美貌に淫靡な笑みを浮かべる黒雪さんを見て、俺は呻くようにして天を仰ぐ。

 ―――見た目ロッテンマイヤーさんのくせして、この人動作というか雰囲気がエロいのである。

 なんというか、こればかりはもうどうしようもない。本人の性格も見た目もそんな事は全然ないのだが、雰囲気がアレなのだ。ぶっちゃけサキュバスが現実にいたとしたら、この人のような感じなのだろう。しかも滅茶苦茶美人だ。年齢はわからない。が、中学生になった頃からずっとここで働いていることからしてそれなりの年齢なのだろうが―――。

 

「あら、それ以上は考えてはいけませんよ?」

「そうやってさらっと心を読むのやめてくれませんかねえ……!」

 

 そう抗議してみるも、年齢不詳メイドは「失礼いたしました」と言って笑うだけである。

 ……ぶっちゃけ親父の愛人だとか言われても違和感ゼロだが、意外なことにあの人は全く手を出してないらしい。それに少しばかり聞いてみたところ、黒雪さんは実はいいとこのお嬢さんらしい。どうやら家を出てきたようだが、本人曰く「実家とは縁を切りましたので」とのこと。何故かと少し突っ込んで聞いてみたらメイド道に目覚めたとかなんとか言われた。メイド道ってなんすか。

 

「……それで、兄貴の様子は」

「お変わりありません。ご存知のように昌一様は"あの事件"の後から、ずっと……」

 

 はぁ、と俺は溜め息を吐く。

 ―――"新川昌一"。俺の兄にして、現在絶賛引きこもり中のSAO生還者(サバイバー)だ。あの"SAO事件"の後から戻ってきて一言も口を利いてない兄のことを、俺はそれなりに心配していた。

 

「……あのクソ親父が」

 

 思わず罵倒が口をついてでる。俺は兄が引きこもった理由が親父にあるのではないかと睨んでいた。

 ―――ああ、言うまでもない。兄貴が生きて帰ってきたことに口では喜びを示しつつも、目では失望と侮蔑を語るあの様は忘れていない。あの時それに気付いていたのは俺と兄貴くらいのものだっただろうが、間違いなくあの親父は、兄貴が生還したことに喜んでいたのではなく兄貴がもはや使()()()()―――"落ちこぼれ"になってしまったことに失望していたのだ。

 

「恭二様、あまりそのような言葉は……」

「わかってますよ。……それじゃ、飯の前には起こして」

「仰せのままに」

 

 ……それはメイドというか、むしろ臣下じゃないのか?

 相変わらず仰々しいというかなんというか、と考えながら扉を開けて入る。一応「ただいま」と言っておくが、当然ながら"おかえり"などという声はない。靴箱にスニーカーをつっこみ、そのまま二階に上がる。

 

「…………」

 

 俺の部屋の手前。兄貴の部屋の前でふと、少し立ち止まってしまった。

 物音はしない。ひょっとしたら寝ているのだろうか。

 

 ―――兄貴はどんな考えで引きこもっているのだろう。

 そんな疑問が意識の波間から浮上する。やはり親父に見捨てられたことがショックだったのか。デスゲームの中で、人の悪性を見てきたことから人間嫌いになったのか。それとも、ただ腐っているだけなのか。血縁的には最も近いはずだが、兄貴の考えがわからない。どれも推論に過ぎず、真相からはほど遠い気がしてならない。

 ……いや、それはお互い様か。

 

「…………」

 

 無言で扉の、兄の領域の境界線を撫でる。

 

 ……俺は兄を止めなかった。唯一の兄弟であるというのに、実の兄がデスゲームへと踏み込むのを止めなかった。いや、引き止めはしたのだろう。だが、強硬な手段を取ることはしなかった。

 デスゲームになると説明して誰が信じる?そして何故知っていたのかと聞かれてどう説明しろと?そんな自己弁護が胸中に湧くが、なんてことはない―――俺の兄に対して抱いている感情はその程度だったのだ。

 

 やろうと思えばやれた。事故と称してコードを千切るなりなんなりすればよかった。だがしなかった。面倒だったから。人目を引くことを嫌ったから。どうせ物語の世界、創作の世界だという感情が消えてなかったのだ。全てが映画の一幕のような、何処か一歩引いた視点からしか見られない。何処までいっても、所詮はリアルな"物語"にしか見えなかった。

 

 ―――この世界には俺しかいない。誰も俺を理解できないし、俺も理解されようとは思わない。

 

「はっ……」

 

 冷笑を浮かべながら足を動かし、無駄に広い自室に入る。そして荷物を机の横に放り出し、俺はベッドの上に転がった。

 

 ……嗚呼、こんなことなら転生などしなければよかった。記憶があるというだけで世界はこんなにものっぺりとして視える。何も知らずに生きられたらどれだけ幸せだっただろう?

 

「…………」

 

 そんな後悔を握り潰し、ヘッドギア―――次世代ゲーム機たるナーヴギアの後継、「アミュスフィア」を頭に被る。

 

 ―――果たして、俺は何処で間違えたのだろうか。

 

 決まっている。

 

「最初からだ」

 

 生まれる前から、ずっと。

 そんな、いつものように導き出される結論を抱いて。

 

「―――"リンク・スタート"」

 

 俺は自身の胸を焦がす、唯一の世界へと跳ぶ文言を口にするのだった。

 




感想で色々つっこまれてた主人公の視点。転生の弊害でもあります。


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美少女、ただしゲーム内に限る。

 

 

「ハッハァー!逃げるMobはただのMobだ!向かってくるMobは良く訓練されたMobだ!」

「こんな時になに言ってんのよ!?」

 

 シノンが悲鳴を上げる中、俺は笑いながら引き金(トリガー)を引く。馴染みの衝撃が腕にかかると同時に銃口が火を吹き、吸い込まれるようにして7.62mmNATO弾が機械人形(サイボーグ)の頭を吹き飛ばした。

 

「いやー、敵さんも元気だな。なにか良いことでもあったのかい?」

「だから!そうやってふざけてる時じゃないでしょうが!」

 

 シノンの罵声を聞き流し、排出される空薬莢に笑みを深めて俺は装填された次弾をぶっぱなす。

 7.62mmNATO弾を採用している事から他のアサルトライフルに比べ火力が高いのが特徴の《FN・FAL》。故に火力性能はいいものの反動が強く、慣れるまでは少々扱いづらい銃でもある。だがフルオートの命中率がアレなのに対してセミオートならばかなり命中率が高い優れモノだった。

 

「おいおいもんじゃガール、命中率下がってんぞ? そんな調子で大丈夫か?」

「誰がもんじゃよ……!」

 

 そこは「大丈夫だ、問題ない」だろうに。

 歯噛みするシノンをちらりと見やって、俺は肩をすくめた。シノンが今用いているのは昨日買った《トライデント》。光学銃であるため反動も少なく、また《ナルカミ》のようにプラズマのような光弾を発射するのではなくレーザータイプであるためかなり照準はしやすいはずなのだが―――。

 

「ほらもっと脇を締めて安定させる。銃口狂ってんぞ。敵さんもずっと止まってる的じゃねえんだからリードつけて射てっちゅーに。……お、当たった」

「……一応言っときますけど、私昨日始めたばかりの初心者よ!?」

「うん知ってた。だからこの中級プレイヤー用のダンジョンに連れてきたんじゃねえか」

「あんた全力で"だから"の使い方間違えてるわよっ!」

 

 タンタンタン、と刻むように引き金を引いて三体の機械人形(サイボーグ)を機能停止に追い込み、俺は混ぜっ返すようにしてシノンに返す。

 

「ほらほら頑張れ頑張れ。女は度胸だ」

「それを言うなら愛嬌じゃないの?」

「……いや、ねえ?そこは望むべくもないというか」

 

 そこで俺が何を―――具体的にはどの部位を見てそう言っているのか気付いたシノンがぶち切れて光学銃を乱射する。うわ危ねえ。

 

「死ね!氏ねじゃなくて死ね!流れ弾にでも当たって死んじゃいなさいよ!」

「おいバカやめろ、それでデスペナのランダム泥でこいつ無くしたら俺泣くぞ」

 

 こいつなかなかにレアであるため、無くしたら割りとガチで泣きかねない。いやまああくまでサブウェポンだけども、それなりにカスタムしてるし。自分に合うように銃を改造(カスタマイズ)するのはGGOプレイヤーの基本だ。

 

「……にしても、ちょーっと釣りすぎた感があるな」

 

ひー、ふー、みー、よー……合計20体の機械人形(サイボーグ)がいることを確認し、俺は瓦礫の陰に隠れながらマガジンを再装填。ちなみにマガジンに入っている弾の数は20発である。

 

「おーい、シノンさんや」

「なによ?」

「これ、フルスイングで向こうに投げてくんない?」

 

 そう言って取り出したのは黒い球形の物体。シノンは眉をひそめながらもそれを受け取り、しげしげと見つめた。

 

「ステ振りは大体STRだろ?なら俺より遠くに投げれるんじゃないかと思ってな」

「……そう遠くまでは投げらんないわよ。で、何処?」

「あの機械人形(サイボーグ)どもの場所」

 

 了承したシノンが頷き、機械人形(サイボーグ)による弾幕が止んだ隙をついて投擲する。放物線を描きながら飛翔する黒球は見事60メートルほど先の、アサルトライフルに似た腕を持つ機械人形(サイボーグ)たちの中へと落下していった。

 

「ジャストか。んじゃ、当たりますよーにっと……」

 

 ―――重力加速度による速度変化を演算し、脳が今までの経験に基づいて最適解を導き出す。そして俺はそれに従って引き金(トリガー)を引き絞り―――。

 

「ビンゴ。……汚ねぇ花火だ」

 

 7.62mmNATO弾が見事黒球の中心を貫き、引火したプラズマグレネードが爆発して青い電光を撒き散らした。

 迸るような球状のプラズマ結界。一瞬爆ぜるように展開された雷撃の嵐はその効果範囲にいた機械人形(サイボーグ)たちを見事に機能停止にまで追い込む。それに追い討ちをかけるようにして俺とシノンが銃を乱射し、残る機械人形(サイボーグ)を沈めていく。

 そうして見たところあらかた片付いたところで、ようやく俺たちは銃口を下げた。もちろん安全装置(セイフティ)をかけることも忘れない。

 

「……まるで曲芸ね」

「おいおい、お前さんにもこれくらいは軽く出来るようになって貰うつもりだぞ?」

「はぁ!?」

 

 シノンが何やら目を剥いていたが、俺はさも当然のように頷いた。というか、このくらいは割りと簡単にできる。そう、GGOならね!

 

「ま、ハンドガンにアサルト、サブマシンガンにスナイパーまでとりあえず全部使ってみろ。んで、気に入ったヤツを使いこんでいけばそこそこやれるようになるさ」

 

 俺はマガジンを再装填(リロード)し、空になったマガジンに再び7.62mmNATO弾を籠めていく作業をしながら、シノンに少しばかり講義してやることにした。

 

 

 ―――GGOのプレイヤーはざっと大きく三つに種別される。

 1つ目は"近距離型"。とは言ってもその"近"というのはあくまで銃の射程範囲(レンジ)内での区別であるため約100メートルくらいだと考えていいだろう。これに該当するのはショットガンやハンドガン。まあハンドガンはサブウェポンだと考えて、ここらはショットガンのレンジだろう。ちなみによくあるFPSゲームではショットガンのレンジがやたら狭いが、本来のショットガンは100メートルはレンジがあるため、限りなくリアルに近付けてあるGGOでは現実と同じく最大射程200メートルだと考えていい。また最大射程とは有効射程範囲と同義だということではない。それを言えば、スナイパーライフルなんぞ最大射程距離が6㎞だったりするのだから。

 

 2つ目は"中距離型"。ようするに300~500メートルの距離でドンパチする奴等だ。サブマシンガンやアサルトライフルがこれに該当する。マシンガンもあるにはあるが、あれはほぼ固定砲台なので除外しておく。まあ、一番多いのがこいつらだろう。

 

 3つ目は"遠距離型"。700~1500メートルの距離からドタマをぶち抜いてくる鬼畜野郎共がこいつらだ。いや、ね。うん。何が起きたかさっぱりわからないまま死ぬのは色々と腹が立つものである。あのクソアマ絶対許さねえ。あの巨漢の女がリーダーやってるスコードロンは見た瞬間に喧嘩ふっかけること確定だ。ドラグノフはかっこいいけどあのアマは許さない。

 ……話が逸れた。とりあえずこの遠距離型はほぼスナイパーライフルの領域だ。大体1500メートルの距離を当てられれば達人クラス……と呼ばれるのが現実だが、いかんせんこのGGOはスナイパーライフルで1500メートル程度わけなくいけるのである。割りと簡単に。さすがに2000メートル越えの猛者はなかなかいないが、当ててくるヤツはきっちり当ててくる。中には対物狙撃銃(アンチマテリアル・ライフル)とかいうサーバー内に十挺もない超絶レア武器を持ってる奴等もいるため、一発で木っ端微塵になることも考えられる。

 ちなみに現実(リアル)では悲惨なことになるため、対物狙撃銃(アンチマテリアル・ライフル)は人に向けて撃ったらいけないと主張している国もあるらしい。なんでも「残虐な兵器」に該当するとかなんとか。物欲センサー的な意味でも残虐なため、こっちでも禁止して欲しいもんである。

 

「……スナイパーライフルっていうのが少し気になるけど」

「あれは根気とか色々いるぞ。待ち伏せ(アンブッシュ)が基本戦略だからな」

 

 そしてのこのこ突っ込んできた前衛を、ほくそ笑みながら射ち殺すのだ。まさに俺のような近距離~中距離戦闘タイプの天敵みたいな奴等だ。

 

「ふーん……」

「まぁ、第一結構高いしな。それに店の中古とかじゃ限界はあるし、やっぱり自分でMob狩ってドロップしたヤツを使うのがベストだろうさ」

 

 一般的に流通している―――すなわち金で買える武器に一級品があることはまずない。そもそもそんなレア武器がドロップしたならば、自分が使うからである。故に本気でトッププレイヤーを目指すのならば地道にMob狩っていくしかない。

 ……まあ、プレイヤーを狩ることでランダムドロップすることもないではないが。

 

「少ししたら、手頃なスコードロンに入るのも手かもな」

「すこーどろん?」

 

 トライデントの整備が終わり、ついでに道中のMob狩りで試し撃ちをしたAK-47の再装填(リロード)を終えたシノンが首を傾げる。それを見て、俺は確かに分かりにくいか、と頷いた。

 

「スコードロンってのは、まあ、有り体に言えば"ギルド"みたいなもんだ」

「成る程ね」

 

 小隊(スコードロン)。すなわちプレイヤー同士で三人以上、時には十人を越える大所帯で狩りをするグループのことである。大体のプレイヤーはいずれかのスコードロンに所属していることが多い。

 なにせ、このGGOはゲームと言えども限りなくリアルに近い仕様だ。故に単騎で突っ込むなんて芸当は余程の腕がない限り自殺行為に等しいし、チームを組んでカバーし合わなければ簡単に死んでしまう。中にはプロの軍人ですら容易く死ぬような魔境レベルのダンジョンがあるとも聞く。

 

「で、あなたはそのスコードロンに所属してるの?」

「…………」

「ゲームでもぼっちなのね」

「うるせぇ!」

 

 なんでかは知らんが、どいつもこいつも俺を入れたがらないんだよちくしょう!

 

「……ま、お前なら引っ張りだこだろうよ」

「そうなの?」

「滅多にいない女プレイヤー、それも美少女と来たらそりゃそうだろ」

「そ、そう……」

 

 "ザ・シード"を転用したVRゲームは、感情が表に出やすい。頬を赤くしている美少女(シノン)を見て、俺は片眉を上げて言い放った。

 

「ま、()()()()()、の話だけどな」

「―――ええそうねそうよねわかってたけど、とりあえず言いたいことがあるならはっきりいいなさいよ―――ッ!!!」

「危ねッ!?」

 

 轟音と共に俺の顔の数センチ横を弾丸が通りすぎ、衝撃波(ソニックブーム)で頬が僅かに切れる。冷や汗を流しながらシノンに視線を戻すと、丁度舌打ちしながらAK-47をフルオートに切り替えるところだった。

 

「……わ、わかった。落ち着いてとりあえず話し合おうジャマイカ―――ッ!?」

 

 慌ててローリングしながら回避する。響く再度の舌打ち。

 

「なんで動くのよむかつくわねッ!」

「理不尽すぎる!?」

 

 ―――こうして。銃声を聞き付けた機械人形(サイボーグ)の大集団が現れるまで、俺はキレたシノンと隠れんぼをすることになるのであった。

 




ちょっと間違ってるとことかあるかもしれませんが、些細な部分に関してはあくまでゲームということで。


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I am the only one, who can realize me.

 

 

 

 

 

「?」

 

 いつものように携帯端末で通知を無造作に消していると、ふとある文章が俺の眼に止まった。

 

 "うちのクラスのAちゃんってさ、人殺しらしいよ"

 

「…………」

 

 くだらない。そんな感想を抱くが、ふと気になってそのURLをクリックする。すると、連動して開かれたのはTwitterだった。

 

 "ほら、この事件"

 

 そう書いて下に張られていたのはとある地方新聞の記事の1つ。書かれていたのは―――"■■市郵便局強盗事件"。

 

 "小5の時に、強盗の男を銃で射ち殺したとか。"

 

 さらにそんなツイートが即座に下に表示される。まあ、十中八九サブアカウントを使った自演だろう。間隔が余りに短すぎる。

 

 "【悲報】うちの学校に殺人鬼がいる"

 

 リツイートが重ねられ、拡散されていく情報。尾ひれがつけられ、さらにクラスメイトがそれをリツイートしていく。ものの五分もしないうちに、情報は手の施しようがないほどに拡散されてしまっていた。

 

 "だれ?"

 "ほら、こいつ"

 

 ついには目の部分こそ黒線で消しているものの、個人の写真までばらまかれ始めた。そんな様を見て、俺は密かに嘆息しながらそのツイートを見ることなくTwitterを閉じた。

 

「…………」

 

 "Aちゃん"。おそらくこれは女子、さらに名字のイニシャルを指しているのだろう。

 ―――そして。うちのクラスには、"A"……すなわち"あ"から始まる名字を持つ女子は一人しかいない。

 

「……くだらねえ」

 

 静かにそう呟き、俺は携帯端末の画面を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――よう。遅かったな」

 

 六月に入った最初の週の月曜日。GGOを始めて丁度二ヶ月、朝田(シノン)からすれば一週間という節目が今日だ。

 だがそんな今日に限って、シノンは1時間以上も遅れて待ち合わせ場所に現れた。

 

「……ごめんなさい。少し、用事があって」

「……? そうか」

 

 感じた違和感。いつもに比べ、シノンの顔には翳りが見られる。……が、俺はあえてそれを無視して背を向けた。

 

「んじゃ、行こうぜ。あのスナイパー落とすまで周回するつもりなんだろ? ちゃちゃっと落として調整しようぜ」

「ええ……」

 

 ……心当たりは、ある。だがそれは俺が言い出すことではない。

 俺は肩を竦めて、グロッケン西に位置するゲートへと歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして、2時間ほど経っただろうか。

 俺は誰にとも知れない説明をしつつ横を見る。俺の横で伏せ射ちをする少女は、現在進行形で明らかに不調であった。

 

「…………っ」

 

 タァン、という音と共に射出されるお馴染みのNATO弾。手にする銃はなかなかレアな狙撃銃であるワルサーWA2000である。セミオートの癖にボルトアクション式顔負けの命中精度を誇るこの銃は、その独特な形状からGGO内でも愛用するファンは非常に多い。とは言っても、やはりスナイパーライフルの代表格であるドラグノフには負けてしまうが。

 

 それはともかく、今俺たちがいるのは狙撃銃をの試し射ちに最適な場所と名高い廃墟―――それも高層ビルの屋上だ。先程ボスのランダムドロップによって、シノンが運良く一発で入手したこのワルサーWA2000。それの調整のために此処に来ていたのだが―――

 

「外れ、か。なんか今日は調子悪いな」

「…………」

 

 いつもなら噛みつくように返されるはずだが、返事はない。そのことにやはりおかしい、と確信しながらも俺はお馴染みの《FN-FAL》を構えた。

 ……強風があるものの、たかが500メートルの狙撃である。普段ならば10発撃てば10発をど真ん中に当てるほどの狙撃適性を持つシノンだが、今に限っては3発に一回は外すという絶不調である。

 しかも敵は比較的狙いやすいはずの鳥型モンスター。ここが"鴨射ち"と称される所以でもあるが―――それをこんなにも外すとなれば、明らかに集中出来ていない証拠だ。

 

「……ちッ」

 

 引き金を引く。だが俺もいらないことを考えていたせいか、アサルトライフルの有効射程範囲内であるにも関わらず外してしまう。屋上のひび割れたタイルの上を空になった薬莢が跳ね、銃口から漏れた燃焼ガスが風に吹き散らされていく。思わず溜め息を吐いた。そんな俺に目もくれず、淡々とシノンは引き金を引く。

 

 ―――当たり、当たり、当たり、外れ、当たり、外れ。弾装が空になり、シノンがようやくスコープから顔を上げる。自分でもわかっているのか、その表情は浮かないもの。無造作に取り出したマガジンを再装填(リロード)し、再び伏せ射ちを始める。

 タァン、タァン、タァン―――と。小気味良く、リズムを刻むように響く銃声を聞きながら俺は無言でその様子を見ていた。

 

「……ねぇ」

「なんだ」

 

 ふと、シノンが口を開く。その目はスコープの中に向けられ、伏せたままだが確かに俺に話しかけていた。

 

「あなた、聞いたんでしょ?」

「何を?」

「……私が、人を殺したってこと」

 

 直後に引かれる引き金(トリガー)。だが弾は外れ、シノンが嘆息する。

 

「……まあ、な」

「じゃあ、率直に聞かせてくれない?」

 

 ―――どう思った?

 

 そんな問いかけに、俺は面食らってシノンをまじまじと見つめた。スコープを覗きこむ彼女の表情はわからない。だが、声は恐ろしく平坦だった。

 

「……どう思ったか、ねえ」

 

 聞いた、というよりは読んだと言うべきだろう。だが、シノンの真意がわからない。どう答えるのが良いのだろうか。

 ……わかるわけがない。ただのぼっちにそんな会話スキルを求めるほうが間違っているのだ。

 

 そうして早々に考えることを破棄し、俺は素直に思ったまんまのことを言ってやることにした。

 

「―――今日、俺は朝食にパンを食べました」

「はぁ?」

 

 突然の脈絡のない発言に、シノンが振り返る。俺はさらに続けた。

 

「どう思う?」

「はぁ?……いや、どうって」

 

 ―――"それがなにか?"

 

 俺とシノンの発した言葉が重なる。俺はそれにうんうんと頷き、シノンを指差した。

 

「そ。それと同じ」

「お、同じって……」

 

 思わず絶句し、シノンが閉口する。俺は肩を竦め、FN・FALの表面を撫でた。

 

「俺はお前のトラウマの原点なんて興味ねえし、お前がリアルで人殺していようがなにしようが、俺の知ったことじゃない。それともあれか? "きゃー、この人殺し!"とでも言って欲しかったのか?」

 

 ふん、と俺は鼻を鳴らす。だがシノンは納得出来ないのか、しどろもどろになりながらも言葉を紡いだ。

 

「で、でも……人を、殺したのよ?」

「だから?」

 

 冷笑を浮かべながら答える。シノンが息を飲み、俺はスコープを覗き込んだ。

 

「誰かが死んだ。誰かが殺して殺された。―――で、なに? クソくだらねえ」

 

 弾道予測円が最小になった瞬間、躊躇いなく引き金を引く。頭を吹き飛ばされたMobが落下する様を見て、珍しいこともあったもんだと感心した。

 

「お前が過去に犯罪者を射ち殺していようが、俺には関係ないし関係したいとも思わない。他人(お前)の過去に首突っ込むほど暇じゃねえんだよ、俺は」

 

 実際、この事を知っても"そういえばそうだったな"程度の感想しか抱けなかった。

 

「というか。当事者でもない俺に、とやかく言う権利なんざないだろうに」

 

 自分を真に理解できるのは自分のみ。俺を理解できるのは俺だけだし、朝田詩乃を理解できるのは朝田詩乃だけだ。時には自分自身ですら自分のことがわからなくなってしまうことさえあるのである。たかが他人のためにリソースを割けるほど俺に余裕はないし、偽善者でもない。

 

「……そっか。そうよね」

 

 シノンは何処か納得したように頷き、再び前を向いて伏せ射ちの姿勢に入る。その様子を見て溜め息を吐き、俺は再度引き金を引いた。―――外れ。再び溜め息を吐いた。

 

「あのさ」

「んだよ」

「……ありがと」

「どういたしまして……?」

 

 つい疑問系にしてしまったのは、何か礼を言われるようなことをしただろうか、と首を捻ってしまったからだ。

 すると、シノンがくすりと笑った。やはりよくわからない。

 

「……ま、あれだ。いつかお前の悩み(トラウマ)を解決するような主人公サマが現れるだろうよ」

 

 無論、某黒の剣士こと正妻持ちのハーレム系主人公であるキリトのことだ。どうやら須郷も無事消されたようだし、いずれこちらにも来るだろうからもう少しの辛抱だろう。

 

「主人公、ね。あんたは違うの?」

「アホ吐かせ。俺はアレだ、ジョジョで言うなら精々ダイアーさんくらいのもんだ」

 

 間抜けがァー、とか言いながら割られる人である。波紋入りの薔薇は痛かろう……とか言いながらパリーンってなるやつ。……うん、割れるのは嫌だな。

 そんな事を考えていると、シノンが呆れたように笑う。

 

「……あんたってさ。やっぱり馬鹿よね」

「んだとこの野郎」

「自覚症状がないとこが馬鹿なのよ」

 

 馬鹿馬鹿言われて思わず閉口する。いや、テストの点そこまで悪くないはずなんですけど。というか、お前より成績良くないですかね?

 

 そう文句の1つでも言ってやろうと口を開く。が、その文句が発せられることはなかった。

 

「なによ?」

「……や、なんでもない」

 

 黄昏色の光を反射する水色の髪。加えて山猫を思わせる美貌を彩る微笑。

 

 

 

 ―――まさかお前に思わず見惚れてました、なんて言えるわけがなくて。

 

 俺は再び、口を閉じるしかなかったのだった。

 






かかったなアホが!>(*´ー`*)


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同級生の女子に家に来ないか誘われた件について。

 

 

 

 

「…………」

 

 夏休み前の期末テスト。その結果を見て、俺は僅かに眉をひそめた。悪くはない。むしろ、良いとすら言えるだろう―――総合的に見れば、の話だが。

 

 まず数学、英語、古典。これは良い。非常に良い。

次に化学、生物。これもまあまあだろう。

そして世界史に現社。まあ、及第点ギリギリと言うべきか。

 

だが―――現国、テメェはダメだ。

 

「12点ってむしろすげえなおい」

 

 漢字しか取れてない。壊滅的な点数の国語を見て、俺は頭を抱えた。毎回のことだが、なんでここまで現国が苦手なのだろうか。せめて記号問題ならば良かったのだが、今回は全てが記述かつ作中の人物の心理の変化を答えるような問題ばかり。模範解答と見比べてみると、見事なまでに俺の解答は間違っている。というか反対のことを書いてるやつまであった。

……見なかったことにしよう、うん。

 

「来月から本気だす」

 

 そんなフラグを立てつつ、俺は返却された答案を丁寧に畳んで鞄の奥へシューッ!超、エキサイティンッ!と(内心で)言いながら叩き込んだ。ふぅ、いい仕事したな……。

 そうして意識からテスト結果を締め出して携帯端末(スマートフォン)を取り出す。が、呆れたような声とともにそれは奪われてしまった。

 

「おい」

「なに現実逃避してんのよ」

 

 呆れたような声。俺の端末を奪ったのは、前の座席に座る朝田だった。というか、こいつくらいしか俺が話せる奴がいないのが現状である。なにそれ悲しい。

 

「ばっかおま、スマホつつくのが現実逃避だとしたら俺常に逃避しちゃってることになるだろうが」

「……なんかごめん」

 

 デフォルトが逃避しかないとか何処のはぐれメタルだよ。

 少し哀れむような視線を朝田が送ってくる。が、よく考えたらこいつも今じゃ似たようなもんだろ。何をやったかは知らんがあの……、……、……ビッチちゃん(名前思い出せなかった)達に過去を暴露された挙げ句ハブられてるんだから。

 ……とは言っても、弾き者にされてるのはあいつらがいる間だけであり、あいつらの目が無ければ会話程度はする友人はいるらしいが。なんだこいつぼっちじゃねぇじゃねえか。

 

「で、何の用だよ」

「用が無きゃ話しかけちゃダメなの?」

「ダメって事はないが、何も無いよりはあったほうが望ましいな」

 

 主に会話が途切れた時の絶妙な気まずさで俺が死にかけるから。その点事務連絡という奴は楽で良い。……なんだろう、俺がぼっちな理由はここにある気がしてきた。

 

「……あんたに会話を楽しむって気がないことがよくわかったわ」

「会話を楽しむ……ねぇ」

 

 スレの議論は楽しかったりもする。前なんかアサルトライフル最強決定戦だったはずが何故かマシンガンの使い道のなさについての話になっていた。中にはマシンガンのみで戦っている猛者もいるらしいが。もはや愛だけで戦ってるとしか思えない。確かにロマンだからわからなくもない。

 ……よくよく考えたら、俺の本職もなかなかにロマンだしな。今はどうにも行かなくなって《FN・FAL》を乱用してるけど。

 

「―――って、ちょっと。聞いてるの?」

「ん……ああ、うん。聞いてる聞いてる」

「絶対聞いてないでしょうが。人の話くらいはきちんと聞きなさいよ」

「わかった善処しておく。で、何の話だったんだ?」

 

 はぁ、と朝田が溜め息を吐く。どうやら俺の適当極まる返事がお気に召さなかったらしい。

 

「……はぁ。だからさ。今日うちに来ない? って聞いてるのよ」

「………………え、なんだって?」

 

 

 

 ―――うん。

どうやら俺は女子の家に呼ばれてるらしいんだが、どうしたらいいと思う?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アパートに住んでんのか」

「そ、一人暮らしなのよ。ほら上がって」

 

 よくある集合住宅の一画。それが朝田詩乃の住居であった。

 俺ん家よりかなり狭いな、と滅茶苦茶失礼なことを考えながら勧められるがままに玄関で靴を脱いで上がる。他人の家というものに上がることはなかなかない。少々―――いやかなり居心地の悪いものを感じつつ、俺は朝田の背を追った。

 

「……一人暮らし、ねえ」

「実家は東北。仕送りをして貰ってるのよ」

「へぇ……」

 

 いらん情報が増えたな、と思いながら廊下を抜けてリビングに出る。座っといて、と言われて手頃な位置にあった椅子―――ではなくカーペットの上に胡座をかいた。

 リビングを見回せば、テーブルに椅子、ソファーやその横に最近出たばかりのテレビが置いてある。が、それくらいしか物がなかった。

 ……ちなみにうちには色々絵や壷、親父が買ってきた謎の甲冑まであったりする。うん、俺ん家が異常なだけだな。さすが二代前から医者やってるだけあって金持ちである。……まあ、だからこそ「医者になれ」というプレッシャーが凄いのだが。

 

「おまたせ。今日はうちで食べてくのよね?」

「ああ……一応家には言っといたしな」

 

 着替えてきたのか、部屋着というか制服ではなく比較的ラフな格好で、朝田がリビングと繋がっているキッチンから尋ねてくる。それに肯定で返し、俺は溜め息を吐いた。

 

 電話で"今日は夕飯は外で食って帰る"と黒雪さんに一報いれてある。突然どうしたのか、とかなり驚かれていたため帰ったら根掘り葉掘り聞かれるに違いない。言い訳というか、どう誤魔化すかが面倒だった。

 

「なによ、人ん家で溜め息を吐いて」

「お前のせいだ、お前の。というか、お前も一応女子なんだからそう簡単に男を家に上げるなよ?」

「…………はぁ」

 

 善意からの忠告。だが朝田は心底呆れたかのように息を吐き、こちらをジト目で見てくる。

 

「な、なんだよ」

「……うん、あんたがそういう奴だっていうのはわかってたしいいけどね」

「あれ? 俺が悪いの?」

「うん。全面的に新川が悪い」

 

 解せぬ。

 

「……それに。別にあんた以外を上げる気はないわよ」

 

 ……それは男として見てないということだろうか、と俺は首を傾げる。まあそもそも朝田(シノン)はキリトのヒロイン3号くらいの立ち位置だし、俺は眼中にないのだろう。良くて友達か。

 まあ、俺としてもそういうのに興味ないため好都合とも言える。そういう愛だのなんだのは主人公の周りでぎゃんぎゃんやってくれ。当事者でさえなければ、ああいうのは見ててさぞ楽しいだろう。

 

「というか。よく考えたら、俺って原作でどんな立ち位置だったんだ……?」

 

 何度目かわからない疑問に頭を捻る。ぶっちゃけ、SAOとか流し読みしかしていないのである。しかも多分十二巻くらいまでしか読んでない。とりあえず"キリトくん凄い" "反射速度さえあれば現実でも仮想でも無双できる" "東京醤油ラーメン"しか頭に残ってなかった。クラインやエギルのリアルネームなんぞさっぱり頭にないし、大まかなストーリー展開しかわからない。

 "GGO編"……つまりファントムなんとか編についても、今わかっていることと言えば

 

死銃(デス・ガン)とかいうやつに撃たれたら何故か人が死ぬ。

②政府の依頼かなんかでキリトくんが来る。

③銃弾だろうがなんだろうがキリトくんの前では無意味。全部悪・即・斬して死銃も斬る。アカメもといキリトが斬る。

④みんな解決ハッピーエンド。ついでにキリトくんはシノンをゲット。やったね。

 

 ……これもうわかんねえな。うん。

 だがこれでも比較的覚えてる方だと言うのだから驚きである。GGO編はまさかの対物ライフルの弾を斬るとかいう非常識っぷりがかなり衝撃的だったため、割りと頭に残っているのだ。

 そして転生し、実際にGGOの弾の速度を見たプレイヤーの視点から言わせて貰おう。―――キリトくん人間じゃねえわ、やっぱ。

 

「そもそも腕振る速度より弾のほうが速くないっすかね……」

「なんか言った?」

「いや、何も」

 

 朝田が首を傾げる。それを見て、俺は誤魔化すように咳払いをして再び口を開いた。

 

「で、なんだっけ。スナイパーの立ち回りを知りたいんだったか?」

「ええ。……あ、でも今から作るから食べた後にでも教えてね」

 

 そう言いながらも朝田はすでにてきぱきと動き始めている。さすが一人暮らしをしているだけあって動きが機敏というかなんというか。俺なんかカップラーメン作れるレベルでしか料理なんぞ出来ない。……これ料理じゃねえな、多分。まぁ韓国だとラーメン屋でカップラーメン出されるらしいしワンチャン。

 

「暇ならそこでテレビでも見てて」

「あいよー」

 

 ……ま、同級生の女子の手料理を食べれる機会など早々ない。役得かどうかは知らないが、GGOの立ち回りを教える程度で経験できるのなら儲けもんというやつだろう。

 

 そう考え、俺はテレビのリモコンを探すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走さまでした」

「お粗末さま。……どうだった?」

 

 少々不安げな朝田の声。俺はサムズアップしながらそれに答えた。

 

「普通に美味かった。いやほんと」

「そう。それは良かったわ」

 

 朝田が安心したように息を吐く。俺は苦笑しながら食後の茶を啜った。

 

「……ま、余程のことがない限りカレーで失敗することはないしな」

 

 いわゆるアンパイというやつである。それでいて料理した人間の性格やらが具材に反映されるため、それでいてなかなか楽しい料理だったりするのがカレーだった。

 

「野菜類がかなり多かったけどな。結構甘かった気がする」

「しょうがないでしょ、一人暮らしだと自然とそうなるのよ」

 

 そう言って朝田は肩を竦める。まあ実際、野菜類をいちいち盛るのも手間だしカレーに全部ぶちこむというのは良い手だろう。腹も膨れるし。……カレー万能説を真剣に唱えたくなってきた。

 

「んで、スナイパーの立ち回りだったか」

「ええ。アサルトとかなら結構使えるようになったんだけど……」

 

 夏休み直前、期末テストの結果が返された七月上旬。朝田がGGOを始めてからすでに1ヶ月経っている。今や中級プレイヤーとして、それなりに名前も通っているだろう。ただでさえ目立つ女プレイヤーなのだから、そりゃ積極的に狩りに出ていれば名前が知られるのも当然ではあるが。

 

「……うーん。そろそろ一人立ちするべきかねえ」

「え……」

 

 驚きに目を見開く朝田。俺はそこまで驚くことか、と思いながらも続ける。

 

「ソロに戻ってもいい頃合いな気もするしな。お前も結構強くなってきたし―――」

「だ、駄目!」

 

 話をぶったぎるようにして、朝田が声を上げる。俺は目をぱちくりさせて、眼鏡なしのその顔を見つめた。

 

「そりゃまたなんで?」

「いや……えっと……ほら、あなたもAGI特化でソロはキツいでしょ? 私もスコードロンに所属してるわけでもないし」

「まあなあ……」

 

 AGI特化の弊害の一つに、まずそこまで火力を出せないというのがある。STRに振ってないお陰か、そこまで重い武器を持てないのだ。ミニガンなど論外である。M60もギリギリ無理、というレベルだろう。

 ……というかよく考えたら、AGI特化型のメリットってなくないか? という疑問が頭に浮かんだが、黙ってジャーマンスープレックスをかまして叩き潰した。多分、そこは気にしたら負けだ。

 

「ま、とりあえず俺がソロに戻るかは置いといて。スナイパーの話するか」

「え、ええ。そうしましょう」

「……うん。まあスナイパーは基本的に"見つからない"という前提の立ち回りを意識する必要があってだな―――」

 

 何処からか取り出してきたメモを片手に持つ朝田。そんな彼女に、俺は基本的なスナイパーの在り方やスナイパーに適したスキルなどを説明していくのだった。

 

 

 

 ……なお、話があらかた終わった後に時計を見ると10時を回っており、歩いて帰った後に黒雪さんにこってり絞られたのは余談である。

 






リアルで定期テスト近いので、更新遅れるかもしれません。早くキリトくん出したいなあ......。


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すれ違い

お久しぶりです。色々意見はあるかもしれませんが、楽しんで頂けたらなと思います。ちなみに現在テスト間近です。また次の更新も遅れると思いますのであしからず。
では、視点の違う8話です。




 

 

 

 全く―――どうしてこうなってしまったんだろうか。

 

「―――嫌」

「は?」

「嫌。あなたにお金を貸す気はない」

 

 きっぱりと拒絶する。僅かに語尾が震えていたのが自分でもわかったが、どうやら目の前の女子には悟られてないようだ。

 ……情けない。そんな自嘲に似た感情が湧くが、これでもかなり進歩はしている。以前の私ならばこうやって拒絶するのはおろか、対峙することすら出来なかっただろう。僅かかどうかはわからないが、あの世界での経験は着実に私を"強く"してくれている。

 そう―――こんなただの同級生の女子とあのミニガンから吐き出される弾丸の嵐では、比較にすらなり得ないのだから。

 

「手前ェ……舐めてんじゃねえぞ」

 

 右の目元を引きつらせ、女子―――確か遠藤さんが一歩踏み出してくる。それと同調するようにして残る二人の取り巻きが背後に回り、路地裏で囲まれるような形になってしまっていた。

 ……彼女らは暴力を振るう気はないだろう。彼女らとて、各々の家庭ではきちんと"良い子"しているのだ。警察沙汰になるのはもう懲り懲りのはずだ。だからこそ、彼女達は表沙汰になるような真似はできないに違いない―――。

 

 だが。そんな安堵にも似た慢心は、次の瞬間に砕け散っていた。

 

「―――っ」

 

 嘲るように、目の前の彼女の口が円弧を描く。同時にゆっくりと右拳が持ち上がり、こちらを指すように―――より正確に言うならば眉間を狙うかのように、人差し指が伸びた。例えるならそれは拳銃。なんてことはない、ただの幼稚なカリカチュア。子供がよく拳銃を模す際に取る形。

 しかしたったそれだけの動作に、私の体は敏感に反応していた。さあっ、と血の気が引く感覚。さらに平衡感覚が遠ざかり、両脚は小鹿のように震え出す。周囲の色彩(グラデーション)が急激に色褪せ、心拍が連動するように加速していく。それに伴って、軋むような耳鳴りが際限なく高まっていき―――

 

「ばぁん!」

 

 それらを破り、唐突に声が響いた。敏感に反応した喉がくぐもった悲鳴を漏らす。

 ……これではダメだ。そう思ったが、体の奥の震えは止むことがない。すでに、私の体は私の意思を受け付けなくなってしまっていた。

 

「クッフ……なあ、朝田ぁ」

 

 笑いの混じる声。毒々しさを増したそれに、今の私は完全に怯えていた。まるで幼児に戻ってしまったかのように。

 

「兄貴がさぁ、モデルガン何個か持ってんだよなぁ。今度、学校で見せてやろうか。お前好きだろ、ピストル」

「…………」

 

 舌が動かない。水気が失せた口の中で、小さく縮こまってしまっている。

 私は、震えながら首を横に振るしかなかった。

 

「おいおい、ゲロるなよ朝田ぁー」

 

 彼女らの声が、下卑た笑い声が響く。

 

「いつだかみたいにここでゲロられても、あんた連れてってくれるカレシもいないわけだし」

「そうそう……って、あいつなんて名前だっけ? シン……シンなんとか」

 

 ―――カレシ?

 収縮する胃を必死に押さえる中、私はその言葉に疑問を抱く。誰のことだろう。私には、今交際している異性などいない。そもそも、友人すら両手の指で事足りる程度なのだ。そして、その中でも異性と言えば、

 

「あれだ―――シンカワ、だっけ?」

「それそれ。あいつも趣味悪いよね、こんなゲロ臭い女に構って」

 

 ―――違う。

 遠くなる意識の中、私は誰にとでもなく必死に否定する。私は彼と付き合ってなんかいない。そんなものじゃない。だって、私は彼にとって、ただの、

 

「―――お巡りさんこっちです」

 

 その時。若い男の声が響いた。

背後からの声。それを聞いた途端、私を囲んでいた彼女達は驚くほどの速さで飛び退く。そして私の鞄を放り出し、普段では考えられない速度でアーケードの方へと走り去っていった。

 ……はぁ、と。思わず息を吐き、今度こそ完全に足から力が抜け、私は崩れるようにして路地裏にうずくまった。

 懸命に呼吸を整え、蘇りかけた悪夢とパニックの発作を彼方へと追いやる。頭を空にするようにして周囲の雑音に集中する。

 

 ……何十秒そうしていただろうか。ようやく周囲に満ちる喧騒が耳に戻ってきた頃、軽い調子の声が背後からかけられた。

 

「……ったく。また絡まれてたのか、お前」

 

 呆れたような声。だがそこに此方を気遣うようなニュアンスが含まれているのは、顔を見ずともわかった。

 最後に一度大きく呼吸して、萎えかけた足に力を込めて立ち上がる。

 

「よう。大丈夫―――じゃねえな、うん。死にそうな顔してんぞ?」

 

 度の入ってない眼鏡をかけ直しながら私が振り向くと、痩せた制服姿の少年の姿が視界に飛び込んでくる。率直に言って、小柄。だが私よりは背が高く、そしてこれからも高くなっていくだろうことは彼の年齢から容易に推測できた。実際、数日前には成長痛で関節が痛いだのなんだのと愚痴っていたのを覚えている。

 

「……もう、大丈夫よ」

「はいダウト。せめて顔色を戻してからその台詞は言いましょう」

 

 彼の名前は、新川恭二。

 この街で唯一味方と言える人物を前にして、私は安堵に息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「警察? え、嘘だけど?」

 

 あっけらかんと。そう言い放つ彼を前にして、私は呆れながら短く首を振った。

 

「……よく咄嗟にそんな真似できるわね」

「俺演技派だから。将来の夢はドラマでよくある死体の役、動かないだけのお仕事です」

「なかなかハードね。あれ、3時間くらい動けなかったりするんでしょ?」

「マジかよ」

 

 嘘だと言ってよバーニィ、と呟きながら新川恭二はコーヒーを啜る。そろそろ秋も後半に入るからか、彼が頼んだのはホットコーヒー。私の手元にあるのはいい香りのするミルクティーだ。両手でそれを包むように持つと、ようやく少し気持ちが落ち着いてきた。

 ……どうせまた彼女たちはちょっかいを出してくるだろうが、その時はその時だと懸念を心の隅に追いやる。

 

「……なんか奢ってもらったけど、いいの?」

「いいんじゃねえの? 別に金欠なわけでもないし」

「なによそれ」

 

 猫舌なのだろうか。ホットコーヒーをそろそろと啜りながら他人事のようにそんな事を言う彼を見て、私は少し噴き出した。ここは彼が気に入っている喫茶店らしいが、正直言って意外だった。基本的にゲーム―――特にGGOにしか興味がないのだとばかり思っていたが、こんな小洒落た店にも来る様子があまり想像できない。

 すると、そんな思考が顔に出ていたのだろうか。彼は苦笑し、弁解するように肩を竦めた。

 

「ラノベ買った帰りには此処で読むようにしてるんだよ。家に帰るのもなんだかあれだしな」

「成る程ね」

 

 学校でもかなりの確率で本を読んでいる事が多い彼らしい理由だ。ライトノベルもよく読んでいるが、実際彼は乱読家だ。"海辺のカフカ"を読んで首を傾げていたこともあれば、なにやら一昔前の携帯小説のノベル版を読んで眉をひそめていたこともあった。以前それを不思議に思って尋ねてみた所、特に理由はなく、なんでも「前世の痕跡を探してる」らしい。おそらくふざけてるのか、何かのネタだろう。私にはわからなかったけど。

 

「……それより、さ。結局いつログイン出来そうなの?」

「んー、まあ第三回には間に合いそうな感じか。1ヶ月ログインしてないとなると、かなり勘が鈍ってそうなもんだが……」

 

 ―――第三回。すなわち、第三回"バレットオブバレッツ"。GGO内最強のプレイヤーを決定する大会のことだ。

 第一回は北米サーバーで開催され、第二回以降はこちらでも開催されているBoB(バレットオブバレッツ)。GGO最古参の一人であり、私から見てもかなりのプレイヤースキルを持っている彼ならば容易く上位陣に食い込める―――と思いきや、如何せん彼は模試の結果が芳しくなかったらしく、1ヶ月もの間GGOを封印されてしまっていたのだ。

 

「…………」

「や、睨まんといて下さい。今回は大丈夫だから。きっと多分おそらくメイビー」

 

 限りなく曖昧にして言葉を濁す彼を一瞥し、私は溜め息を吐く。勉強と両立させるのが難しいことはよくわかるが、それでも突然ログインを止めるのはやめてほしい。夏休みの途中で突如としてログインが途絶した時は、柄にもなく心配してしまったものだ。こうやって一緒にお茶することくらいはできる唯一の友人……少なくとも敵ではない人間を喪失するのは避けたい。私が彼に少なからず依存してしまっているのは、自覚済みのことだった。

 

「そういや、一昨日あのベヒモスを墜としたんだってな。掲示板で結構噂になってたぞ……"冥府の女神(ヘカテー)"が"巨獣(ベヒモス)"の眉間をぶち抜いたって」

「……その名前、止めない?」

 

 げんなりとしながら私は懇願する。いつからか、ネットのスレッド掲示板ではそんなイタい名前が蔓延していたらしい。正直真正面から言われると、悶絶する程恥ずかしい。

 

「お前がヘカートⅡとかいう厨二感満載な対物ライフル持ってんのがいけないんだろ。いや俺はかっこいいと思いますよ? 冥府の女神(ヘカテー)(笑)」

「ぶっ飛ばすわよあんた」

 

 にっこり笑いながらテーブルの下で脛を蹴る。鈍い音と「ぐおお……」と呻く声を無視し、私はそ知らぬ顔でミルクティーを口に運ぶ。

 

「……にしても、お前があのベヒモスを倒すとはなあ。随分強くなったもんだ」

 

 脛を擦りながらも、感嘆するように彼はしみじみと呟いた。確かに、ベヒモスは今まで戦ってきた中でもトップクラスの兵士(ソルジャー)だった。冷静沈着にして敵を目前にしても笑う豪胆さ。なにより、レアな銃であるミニガンに振り回されず完璧に運用する技量の高さは賞賛に値する。

 だが―――私はふるふると首を横に振った。

 

「……確かにベヒモスは強かったけど、作戦的に見ればこちらの失敗だったわ。こっちのスコードロンは六人中四人もやられたんだから。待ち伏せで襲ってその結果じゃあ、とても勝ったとは言えない」

 

 結果として得られた戦利品も微妙なもの。経験としてはかなり貴重な一戦だったが、総合的に見れば割りに合わない。自分にも反省すべき点は多々あったはずだ。

 

「ミニガンは集団戦においてこそ真価を発揮する。待ち伏せ(アンブッシュ)に加えていくらヘカートⅡが強いつっても、ベヒモスに勝つのは簡単なことじゃない。……本当強くなったな、朝田」

「……それほどでも」

 

 予想外の方向から来た不意打ちに、もごもごと呟いて返す。だが、これではまるで―――

 

「うむ。もう俺が教えることは何もない。免許皆伝じゃ!」

「……あんた。まさか、引退するつもりなの?」

 

 思わず語尾が震えた。確かに、今がやめ時なのかもしれない。1ヶ月もログインを空けたのだから、そのままフェードアウトすることも考えられる。もしや、新川は第三回バレットオブバレッツに出場し―――それを最後に引退するつもりなのではないだろうか。

 

「っ……」

 

 嫌だった。もはや恐怖に似た嫌悪が体を這い回る。侵食するようにして心を満たし始めるのは怯えと恐怖。

 

 ―――新川恭二は、自己だけで完結してしまっている人間だ。

 基本的に受動的な行動しか取らず、自分からアクションを起こすということがほぼない。学校でも誰とも話すことはなく、いつも本を読むかスマホをつついている印象しかない。だがだからと言ってコミュニケーション能力に支障があるわけではなく、話しかければ饒舌に返してくれる。人並みに常識も人道も弁えているし、性格にはなんら問題はない。極々一般的で普通な男子高校生、それが彼に対する第一印象だろう。

 

 だが、少し付き合えばわかるが―――彼は他者に関して、あまりに鈍感に過ぎた。

 同情もするし共感もする。だが、彼にとってはあくまで全て"他人事"なのだ。例えるなら、私たちがニュースを見ているような視点。フィルター越しに見ているような彼の視線。

 他者を必要とせず、彼の中で全ては完結している。絶対的に"自分"と"他者"に境界線を築いているのが新川恭二の在り方だった。

 

 ……恐い。彼を喪うことが。彼との接点を無くすことが。

 私は手の震えを隠すようにして、ミルクティーのカップを掴む。力を込めすぎて指が白くなってしまっていたが、そんな些細なことを気にする余地などなくて―――。

 

 

「んーにゃ? まだやめる気はないよ?」

 

 思わず、脱力した。

 安堵に息を吐き、訝しげな彼の視線から隠れるようにしてカップを傾ける。

 ……全く、人騒がせな男だ。そんな愚痴を内心で呟いた。

 

「ま、本選で首洗って待っとけよ? AGI型の真髄を見せてやる」

「スナイパーが苦手なくせによく言うわね。さっさと勘取り戻しときなさいよ?」

「うぐ……了解です、教官」

「よろしい」

 

 冗談めかしてそう返し、ちらりと壁にかかっている時計を一瞥する。……そろそろ帰らなければならない時間だ。楽しい時間は体感的に早く過ぎるものらしいが、確かにその通りなのだろう。もうすでに六時を回りつつある。

 

「……そろそろ帰りましょうか」

「うっわ、もうこんな時間かよ……塾遅れるな、こりゃ」

「はいはい、急ぎなさいよ」

 

 そう言って呻く新川の背を押し、勘定を済ませるべく急かす。だが、ふとその背中が止まった。

 

「……なあ、朝田」

「なによ?」

 

 突然立ち止まった彼を見て、私は眉をひそめる。その表情は見えない。彼は振り返ることなく、言葉を続けた。

 

 

 

「もし、周りの全てが風景画にしか見えない人間がいたとしたら―――どう思う?」

 

 

 

「へ? ……何よそれ、何かの本?」

 

 そう尋ね返す。すると、一拍置いて彼は答えた。

 

「―――そうそう、最近出たラノベに出てくるキャラなんだよ。しかも雑魚というかモブというか」

 

 ―――違う。

 決定的な違和感。ざわつくような嫌な予感。私は今、何かを決定的に間違えてしまったのではないか。

 そんな予感を払拭するように、思わず彼の服の裾を掴む。すると、彼は緩慢に振り向いた。

 

「なんだよ、ったく」

「――――――っ」

 

 嗚呼、きっと私は間違えたのだ。

 彼の瞳を覗きこみ、そう根拠もなく直感する。正体不明の後悔の念が胸中に湧いてくる。近いのに、果てしなく遠い感覚。そこにいるのに、決して届かないような……まるで鏡のように無機質に反射する虹彩。

 

 そこに私は映っている。だが、彼は私を見ていない。

 

 何の脈絡もなく、そう直感し―――私は取り繕うように微笑み、「なんでもない」と言うのだった。

 

 




次くらいから原作主人公登場?色々と拗れる予感しかしない第三回BoBに突入します。


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邂逅/開戦

お久し振りです。テスト&模試という地獄のコンボを乗り越えての投稿です。ふふ、信じられるか?今度は修学旅行があるんだぜ。また投稿遅れるフォイ...... 。

というわけで、幕開けの9話です。




 

 

 

 

 

「―――っし、と。これでエントリー完了か」

 

そう呟き、入力ミスがないか確認して《SUBMIT》と書かれたボタンを押す。表示されるエントリー完了のウィンドウを消し、5分もかかる予選エントリー手続き―――それをようやく完了させた俺はこきこきと首を捻った。

別に肉体的な疲労はないが、モニターに向き合ってぽちぽち入力する作業は精神的に少し疲労感を覚えた。うん、俺は事務作業に向いてないらしい。ぽちぽちゲーとか絶対無理だ。

そんなことを考えながらホログラムディスプレイの一つを一瞥する。大会―――第三回バレットオブバレッツが始まるまで残り十五分。いつもの三倍増しで目に飛び込んでくる人の群れを前に、どう暇潰ししようかと思案していると―――

 

「へーえ、シュピちゃんも出るんだ」

「うぉあ!?」

 

唐突に背後からかけられた声にびくりと肩を震わせる。ぎょっとして振り向くと、そこにいたのは―――

 

「なんだ痴女か」

「誰が痴女だ誰が」

 

痴女―――もといピトフーイ。GGOの中でも最古参、ほぼ全ての武装を使いこなすことができる痴女(プレイヤー)を前にして、俺はげんなりとして顔を歪めた。

 

「......寄るな来るな星に帰れ露出狂。ノーモア変態、お巡りさんこっちです」

「そこまで嫌うことないじゃなーい。ほら、今は着てるっしょ?」

 

そう言ってくるりとその場で一回転してみせるピトフーイ。黒髪のポニーテールが追従するように靡き、褐色肌の長身美女はそのスレンダーな体を覆うボディースーツを披露する。

 

「前の三百倍はマシだな」

 

見てくれだけなら、SF映画のサイボーグだろうか。身体の形を強調するようなスーツだが、以前見たこいつの装備に比べれば余裕で許容範囲内だ。というかあれは装備とは言わない。あんなビキニに毛が生えた程度なやつは装備でもなんでもない。変態からマニアックプレイヤーくらいには格上げされたと言えよう。

だが―――

 

「それでも、俺は貴様を許さん」

「あり? 私シュピちゃんになんかしたっけ?」

「黙れ課金厨、金の亡者が......!」

「把握」

 

成る程ねー、と頷くブルジョア痴女を睨みながら俺はふしゃー!と唸って威嚇する。

 

―――この《ピトフーイ》という名前のプレイヤーは、いわゆる銃器愛好家(ガンマニア)だ。それも半端じゃないレベルの。収集家(コレクター)と言ってもいい。それ故に古今東西、あらゆる銃器に関する知識を持つ彼女は基本的にレア銃に目がない。

だが、レア銃がレア銃たる所以はそのドロップ率の低さとドロップモンスターの極悪な難易度だ。いかに銃器を愛していようが、ゼロコンマ1以下の確率の壁を越えることは不可能である。ならばどうするのか。

 

答えは、課金―――それも半端でない量の課金である。

 

「あ、そういえば昨日《レミントンM870》を手に入れたんだけど」

「うおあああああ死ね!氏ねじゃなくて死ね!」

「うん? 君も己が財で殴る真髄を知りたいかね?」

「ピトフーイ貴様ぁ!」

 

けらけらと笑うピトフーイを、俺は血涙を流す勢いで睨み付ける。これも全てはRMT(リアルマネートレード)を搭載しているGGOが悪いのだ。全く、何故こんなシステムをつけたのか声を大にしてザスカーに問いたい。

―――他のVRゲームではこうはいかないのだが、GGOは目下唯一の、ゲーム内の通貨と現実の電子マネーの交換が公式に可能なVRゲームである。このため、GGOにはゲームをやり込むことで"売れる"アイテムを手に入れ、販売することで生計を立てることも可能だ。実際俺も調子が良い時は月々のサーバー接続料金である3000円につぎ込んだりする時もある。......高校生の小遣いで、毎月3000円しょっぴかれるのはさすがに辛いのだ。

 

そんな3000円稼ぐだけでもかなり頑張らなくてはいけないシビアなレートにも関わらず、生活費レベルの金額を叩き出す猛者がいたりもするのだが―――ピトフーイはその真逆。現実(リアル)での財力にものを言わせて銃を買い込む金の使徒である。俺としては、ゲームにリアルマネー突っ込んでんじゃねえよ!と叫びたい気持ちで一杯なのだが、まあゲームの楽しみかたは千差万別。なによりシステムで禁止されていないのだから、貧乏人のひがみと鼻で笑われれば、悲しいかなそれまでである。

 

......とまあ札束で相手の顔面をぶっ叩く廃プレイヤー(ハイプレイヤーに非ず)なピトフーイだが、腹が立つことにその腕もまた確かなものなのだ。具体的に言えば、得意なレンジであるはずの近接戦でも俺が勝率七割を切る程度には強い。プレイヤースキルの高い課金厨とか死角がなさすぎて泣きそうになってくる。

 

「痴女!貧乳!運営の犬!」

「あんた小学生か」

 

がるるる、と唸りながら威嚇すると、ピトフーイは呆れた風に苦笑する。

 

「......ま、今回は初っぱなからあんたとぶち当たるみたいだしねー。精々首を洗っときなさいよ」

「え、マジで?」

「マジマジ。ほら、上にあるじゃない」

 

上空に無数に浮かぶホログラムディスプレイ。その中でも一際大きいものに表示されているトーナメント表を見ると―――なんと驚きなことに、栄えある一回戦のお相手には燦然と毒鳥(ピトフーイ)の名前が輝いていた。

 

「嘘だと言ってよバーニィ......」

「いやー、シュピちゃん相手は久しぶりな気がするわ。何がいいかなー? レミントンの試し射ちでもしようかなー?」

「か、課金勇者わんわんおーが相手とか勝てる気がしねぇ......!」

「なにその名前かっこいい」

 

初っぱなから激闘の予感しかしない対戦カードに戦慄しつつ、俺は肩を落とした。割とガチめに敗けそうな気がする。ぶっちゃけ、高性能なスナイパーを持ってこられればその時点で俺の敗北はほぼ確定するのだ。

......一応秘密兵器はあるにはあるが、初っぱなからこれを使うのはなるべく避けたい。できればこれは本選に突入してから使いたいのだ。それに、タイマンである予選ではやはり効果が薄れてしまうというのもある。なるたけ対策はされたくない。

 

「ふーん。シュピちゃん、勝ちたいんだ?」

「ん? いや、そりゃまあな」

「や、そうじゃなくて......なんかいつもと違うような......」

 

意外そうに眉を上げるピトフーイ。それに対してそう返すと、ピトフーイは苛々とした風に頭を掻き、うがー!と吠えた。

 

「!?」

「まーなんでシュピちゃんがそんなガチなのかは気になるけど、いいわ。スナイパーとか遠距離系は封印してあげる」

「......はい?」

 

正直、有り難い。だが何故いきなりそんなことを言い出したのかわからなかった。

突然吠えたりわざわざ勝てる手段を封じると宣言するピトフーイに俺は思わず目を白黒させる。すると、ただし―――と褐色肌の美女は釘を刺すようにして言葉を続けた。

 

本気(ガチ)で来なさい。最近シュピちゃんアレ(・・)使ってなかったでしょ?」

「......わかった。まあ元からお前相手に手を抜く気なんてさらさらなかったけどな」

「それは重畳でなにより。もし手ぇ抜いたりしたら、1ヶ月間追い回してサーチアンドキルしまくるとこだったわ」

「なにそれこわい」

 

ランダムドロップでどれだけ武器を奪われるのだろうか、と身を震わせていると―――ピトフーイはあ、と呟いてさらに条件を付け足した。

 

「あともう一個。シノンちゃんに会わせてよ」

「はぁ? いいけど、そりゃまたなんで?」

「また頼むのよ。前頼んだ時にはばっさり断られたからね―――けどほら、物は試しというかトライアンドエラーみたいな?」

「......ちなみに何を頼んだんだ?」

「シノンちゃんのヘカートⅡを売ってって頼んだのよ。頑張って探して見つけて言ってみたんだ。"こんにちは!ヘカートⅡ売って!"って」

 

予想通りすぎる答えに俺は溜め息を吐く。というか―――

 

「お前さ、それで本当に買えると思ったのか......?」

「ダメだった!身持ち堅いわあの子!」

「............」

 

色々と問題だらけな奴だが、一番あれなのは頭のほうなのかもしれない。

そんなことを考えながら、俺は再度息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......にしても、いねえなあいつ」

 

ピトフーイと別れた俺は、見慣れた―――しかし暫く見てない水色の髪を探して周囲を見回していた。だが見つかるのはひたすら野郎共のみ。もしかしたらあのちっこさなら何処かに埋もれているのかもしれないが、来てない可能性も十分に高い。

 

「あと十分もねえぞ......?」

 

ひょっとすると、エントリーに間に合わず未参加になるのではないだろうか。

そんな考えが頭に浮かぶが、慌てて頭を振って打ち消す。冗談じゃない。それだと、あの原作主人公まで未参加ということになりかねない。それだけは御免被る。

 

そう考え、俺は総督府―――通称"ブリッジ"の外を見やる。気付けば、足はエントランスを抜けて階段へと向かっていた。

 

「ハッ......」

 

どうやら、柄にもなく俺は急いているらしい。逸る心を押さえつけつつ、駆け出したくなる足を制しながら歩を進める。

―――そして。エントランスから一歩足を踏み出した直後、轟くようなエンジン音が耳を貫いた。

 

「ッ」

 

目を向ければ、そこには赤色のレンタバギーが横付けに停められていた。未だエンジンを震わせるそれから飛び降りるのは、二人の少女―――否、少女と少年。少女のほうは見慣れた水色の髪。そして少女にしか見えない少年の髪は、艶やかな黒。

 

―――嗚呼、この時を待っていた。

 

弧を描く口元を抑えられない。高鳴る心音を止められない。ようやく来たのだ、この時が。

 

「......はは」

 

黒紫色の瞳がこちらを見上げる。言葉は届いていないだろう。だが、確かに視線は交錯する。

ああ、そうだ―――

 

「―――待ってたぜ、主人公」

 

ぞっとするほど美しいその顔を見つめ、俺は静かに破顔するのだった。

 






ピトフーイを知らない人はソードアートオンライン・オルタナティブを買いましょう。ぶっちゃけ原作よりガンゲイルしてます。


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予選開幕は混沌とともに

修学旅行から帰還、ようやくの再投稿。ふへへ、徹夜でスマブラしてたぜ......ルフレ可愛いよルフレ。

それでは、全く話が進まない十話です。






 

 

 

 

浮き足立つ心を抑えようとするも、それは徒労に終わる。いつもの倍は弾んでいる足取りに苦笑し、俺はエントランスに戻る。......声を掛けたくはあったが、今はエントリー締め切りまで時間がない。それに、今は姿を確認できただけで十分だ。

 

「ふぅ......」

 

総督府(ブリッジ)一階のホール。その正面奥にいくつも並んでいる昇降機(エレベーター)のボタンを一つ叩き、スライドした扉の中へ足を踏み入れる。ずらりと並んだボタンの中から"B20"と表示されているものを選んで触れ、暫しの浮遊感を全身で味わう。

そして、十五秒ほど経過して扉が開くと―――奇妙な空間がそこには広がっていた。

 

「ハッ......」

 

戦意の充満した大気を吸い、浅く息を吐く。

構成するのは黒光りする鋼板と赤茶けた鉄網。一階ホールと同等か、もしくはそれ以上の大きさの半球形の空間は予選に出場するプレイヤーの待機場所だ。一回戦の開始時刻まで残り30分弱、天頂部に浮かぶ巨大な多面ホロパネルにはでかでかとそのカウントダウンが深紅のフォントで表示されている。

 

......これがゼロになったら爆発したりして。

そんなアホな考えが頭に浮かんだ。最近は見てないが、よくある時限爆弾のフォントにそっくりだった。

 

まあそれはともかく、そこらでたむろしてる連中と同じように俺も装備を整えなければならない。ぶっちゃけいちいち控え室に行って着替えるのも面倒臭いのだが、こんな公衆の面前でマッパになったとなればHENTAIの汚名を受けることは避けられない。俺は何処ぞの痴女でもドクペ好きのタイムリーパーでもないのだ。

 

こちらに好奇の視線を向けてくるプレイヤー達の間を抜け―――時折見たことのあるプレイヤーに会釈しつつ―――ドームの奥に並ぶ鉄の扉へと向かう。上には緑色のインジケータが点灯しており、俺はそれを確認して無造作に扉を開いた。そのまま中へ入ると、鈍い音を立てて背後で扉が閉まる。振り返って扉の隣に備え付けられた操作パネルに手を当てると、軋んだ施錠音と共にインジケータが赤へと染まる。それを確認すると、俺はウィンドウを開いて一気に全装備を解除した。

 

―――うむ、謎の解放感。アーマーパージとはこんな感覚なのだろうか。絶対違うな、うん。

全裸(下着はある)のままでウィンドウを操作し、羅列される装備欄から手早くいつもの戦闘服(ファティーグ)を選んでプッシュする。選択するのは密林用のミリタリージャケットに軽めの防弾アーマー―――そして動きやすいぴっちりとした改造ジーンズ。最後にコンバットブーツを装備し、指貫グローブにするりと手を滑りこませてきゅっと引く。

更にマガジンを実体化させると、ベルトにくくりつけるようにして二個ほどセット。大腿部にアーミーナイフを忍ばせ、まだメインアームは実体化させずにストレージに突っ込んだままにしておく。

 

―――準備完了。僅か三十秒もかからずに戦闘の準備が終わってしまった。とは言っても俺が軽装なのは必然だろう。下手にフルフェイスのヘルメットや分厚いプレートでも装備しようものなら、俺の持ち味であり唯一の武器とも言える速さ(アジリティ)をわざわざ捨ててしまうことになる。故に最低限急所を庇うプロテクターのみを装備し、後は自分の足で翻弄するしか活路はない。......いや、というか―――

 

「AGI一極型自体が割と地雷なんだよな......」

 

そもそも、メリット自体が非常に少ないのだ。確かにアバター自体の速度と照準(サインティング)速度には目を見張るものがあるが、それと引き換えに"強力な銃が装備できない"という致命的なデメリットが存在する。加えて、STRのぶんまでAGIに振っているため、総重量が15キロ程度でもう重量オーバーになってしまうのである。これではろくに銃を積むこともできやしない。精々アサルト一挺とハンドガン、そして弾薬とグレネードを積むだけでストレージは満杯だ。

故に、AGI特化の唯一の活路は―――

 

「近距離及び超近接戦における電撃的制圧、か」

 

スナイパーやマシンガンなど論外。唯一にして無二の高速軌道を生かすには近距離戦闘にて敵を翻弄する他にない。よって俺のスキル構成も近距離にのみ特化している。精密狙撃などは捨てて軽業(アクロバット)軍用格闘術(マーシャルアーツ)、さらに装填速度高速化や反動軽減を取ることで近距離戦においては無類の強さを発揮するのが俺のスキル構成(ビルド)だ。

 

「......ピトフーイか」

 

一回戦の対戦相手にして、一番の難関であろうプレイヤーの名前を呟く。

過去に何度か交戦経験があるが―――あいつはあらゆる武装を使いこなすオールラウンダーだ。というよりも、奴は基本的に敵の武器を奪うことで弾薬切れを気にすることなく戦場を引っ掻き回すゲリラ戦術を最も得意とするプレイヤーだ。つまりピトフーイは集団戦で真価を発揮すると言ってもいい。そう考えてみると、奴とタイマンというのはそこまで悪い条件ではない。最悪なのはスナイパーを持ち出されて遠距離からの狙撃をされることだったが―――数分前の会話でスナイパーは控えてくれると宣言したばかりだ。要するに舐めプされてるわけだが、今回に関しては我慢するしかない。

 

残る不安定要素は一回戦で選ばれるステージだ。最高は草原、次点で遺跡、まぁ普通に戦えるのが市街地で最悪なのが山岳地帯......といった所か。天候としてベストなのは遠距離狙撃が封じられる雨天であり、それ以外は微妙だ。レアな天候である暴風雨であれば着弾地点が容赦なくずれるため近距離以外の選択肢が潰されるが......こちらとしてもそんな悪条件の中で走り回るのは避けたい。下手すればスリップしてちゅどん、というのすら有り得る。

 

まあともかく、その時はその時だ。各地形や天候の対処法は頭の中に叩きこんであるし、その程度の有利で簡単に勝たせてくれるほどピトフーイは甘くない。罠も地形もアバターの性能も、その全てを駆使しなければ勝ちは拾えない。

 

「初戦からハードすぎんだろ......」

 

深々と溜め息を吐き、俺はロックを解除して控え室から退出する。全身を睨み付けるような視線が四方から突き刺さるが、生憎とメインアームは装備していない。すぐに視線が外れるのを肌で感じながら、俺は近くにあった手頃なテーブルの席に腰を下ろした。

 

「ふぅ」

 

一息吐き、注文を選択した直後にテーブル中央部から排出されたジンジャーエールを手に取って口に含む。ぴりぴりとした炭酸の味わいを口内で転がしながらきょろきょろと辺りを見回してみるが、予想に反して見慣れた水色のショートと黒髪ロングのセットは見つからない。あれだけ目立つ美少女二人組なのだ、見落とすなんてことは有り得ない。

そして、一体何をしているのだろうか―――と疑問を抱いた直後のことだった。

 

「うぉわ!?」

 

その答えは扉の向こうから転がり出てきた。

 

「............」

「............」

 

即座に閉じられる扉、蹴りだされたように床に顔から突っ込む美少女―――否、美少年。

 

「あの、なんかすいません」

「ああ、うん......」

 

情けない表情で謝る美少年(キリト)を前にして、俺は何があったのかを一瞬で悟るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「............」

「............」

「............」

 

なんだこのカオス。

思わずそんな言葉を内心で吐き、俺はちらりと前の席に座るプレイヤーを見つめる。

 

一人は、ひたすらそっぽを向きながら無視に徹する水色髪の少女。不機嫌そうに歪められた口許はいつか俺がプレゼント......というよりはトレードしたマフラーが覆い隠し、傍らには彼女の代名詞と言っても過言ではない"ウルティマラティオ・ヘカートⅡ"が立て掛けられている。

そしてもう一人は、気まずそうに隅に座っている美少女、もとい美少年キリト。こうして見るとかなりの美少女であることがよくわかる。だが男だ。ついでに怪物じみた剣の使い手だということはよく知っている。

......うん、だからこっち見んな。お前がどうにかしなさいよ。俺関係ないじゃん。

 

だが、このまま険悪な雰囲気というのもアレだ。俺はげんなりとしつつ、ストレートに質問を放った。

 

「......お前らなにしてんの?」

「別になにも」

 

素っ気ないシノンの返し。どうやらまだ激おこらしい。

溜め息を吐き、俺は他のことを尋ねることにした。

 

「にしても、えらく遅かったな。なにしてたんだ?」

「......そこのヒトを案内してたら遅くなったのよ」

 

言外に「私のせいじゃない」というニュアンスを匂わせつつ、シノンがキリトに冷たい視線を寄越す。ようやく存在を認められたキリトが肩を竦め、こちらを見ながら言葉を紡いだ。

 

「どーも、そこのヒトです」

「あー、うん......よろしく」

 

先程見たばっかだが、とりあえず挨拶しておく。すると、シノンが吐き捨てるように短く言い放った。

 

「騙されないで。そいつ、男よ」

「うん知ってた」

「「えっ?」」

 

左右両サイドから驚愕の視線が突き刺さる。それに肩を竦めて答えつつ、俺はジンジャーエールのストローをくわえる。うん美味い。ちなみにここのメニューにはドクペがあったが、ぶっちゃけ不味かった。だってあれ、薬みたいな味がするんだもの......某タイムリーパーや引きこもり探偵はよく飲めたもんである。

 

「なんでわかるのよ」

「いや、胸見たらわかるだろ。キ......そっちの人が真っ平らなのに対して、シノンはある.....きっとある.......あるといいな、うん」

「死ね!」

 

若干憐れむような視線を向けると、シノンが顔を真っ赤にしながらコーヒーの入ったカップをぶん投げてくる。伏せるようにそれを回避しつつ、俺は口を尖らせて苦言を呈した。

 

「危ねえなおい。物は投げちゃいけないぞ? お兄さんとの約束だ!」

「うるさい死ね! 箪笥の角に小指ぶつけて死ね!」

 

ふー!と威嚇するように息を荒げるシノンを前にして、俺はどうどうと言ってそれを宥めにかかる。

 

「まあ落ち着け。具体的には胸に手を当てて深呼吸するんだ......それで全てがわかる」

「こいつコロス」

 

完全に戦闘モードに突入したシノンがヘカートⅡをフルスイングし、俺は再び伏せてそれを回避。キリトが唖然としながら此方の様子を見ているのが視界に入った。ついでに巻き添えを食ってふっ飛ぶのも見えた。南無三。

 

「あっ......」

「―――ごふ」

 

キリトが床に沈み、シノンがやっちまった的に顔になる。そして周囲のプレイヤーの視線が此方に集まる中、俺は頷いて言い放った。

 

「―――犯人はこの中にいる!」

「全部あんたが元凶でしょうがああああ!」

 

シノンの叫びがフェードアウトするようにして響き、俺の視界を青い転移光が満たす。

 

かくして―――混沌とした状況のまま、予選が開幕するのだった。

 





ピト「私まだ?」

次はピトさん専用なので暫しお待ちを。


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跳梁するは魔王の武・Ⅰ

 

 

 

 

―――放り出されたのは、陰鬱な黄昏色の空の下だった。

直後に足の裏に感じるのは固いコンクリートの感触。唇を舐め、膝をたわめると俺は全速力で駆け出した。

 

「"大陸間高速道"、か」

 

このステージの構造は単純であり、まっすぐ伸びる高架道のみ。重心を全力で前に倒し、取り敢えずは手頃な遮蔽物を確保するべくダッシュする。

―――バレットオブバレッツの予選はプレイヤー同士の一騎討ち(タイマン)だ。故に選出されるステージは単純な構造にしてあるだろうと内心で予測はしていた。予選に使用されるステージは共通して四方1キロメートルであるためそうそう逃げ場はない。つまり、策も何も関係なく単純な強さが問われるのがこの予選だった。

 

「......チッ」

 

視界に入るのは横転するトラック、無人のバス、墜落したヘリ。大小様々なオブジェクトは記憶にある無数の配置パターンの一つであり、これらを見るだけで残る遮蔽物の位置は把握できる。今俺がいるのは細長いハイウェイの東端。つまり、ピトフーイは西端の何処か―――少なくとも500メートル先に転送されているはずだ。

 

―――どう来る。

"FN・FAL"に7.62mmNATO弾を装填しつつ、トラックの陰に身を潜める。GGOにおいて、もっとも重要なのは"敵の位置"。無知とは最大の敵であり、情報とは最強の武器だ。だからこそこういう何の手懸かりもない状況では"経験"―――すなわち敵の行動を予測することで大まかな位置を割り出すことが重要になってくる。敵を視認さえできれば、バレットライン不可視の狙撃をドタマに食らっての即死、という事態は防げるのだ。全てにおいて優先されるは敵の位置の把握。

 

「......左から迂回。いや、そう来るのを俺が読むことを読まれている、か?」

 

如何にして相手の裏をかくか。ある程度ある"(パターン)"の読み合いが序盤では行われる。だが読みすぎて下手を踏めば馬鹿を見るし、時間を掛けすぎてもたもたしていれば接近される。故に残る思考時間は―――。

 

「............そうか」

 

―――いや。ピトフーイの気質を考えてみる限り、奴が正攻法で来るとは思い難い。奴は型だとかそういったものを破るのを好む。

故に最も可能性が高いのは一つ。すなわち―――

 

「正面突破、か!」

 

数秒の思考の末に結論を出し即座にトラックの陰から転がるようにして飛び出す。両手でFALを構え、即座に前方を確認。全集中を前に向け、僅かに銃口を上へと向ける。ピトフーイの気質からして、奴は必ず此処から来る―――!

 

「―――大当たり(ビンゴ)

「やっば、読まれてた―――!?」

 

反射的に引き金を引くが、ピトフーイはギリギリで回避。セミオートで刻むように吐き出された弾丸がピトフーイの越えてきたバスの側面に突き刺さり、食い荒らしていく。

 

「チィ―――」

 

さすがに対応が早い。先制は此方が取ったが、一発たりともまともに当たっていない。さすがに掠りはしたが、減少した体力は微々たるもの。アドバンテージはゼロに等しい。

 

「殺してやるよ、ピトフーイ......!」

 

自然と体が動き、ダッシュしながらもプラズマグレネードを放る。凄まじいスパークと放電の中、俺は軋むような笑みを浮かべる。

―――一分に満たない序盤は終了。互いにほぼ無傷なまま、近接戦へと事態は縺れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「容赦ないわねェ......!」

 

新川恭二......すなわちシュピーゲルが次に取った行動は、最大火力であるプラズマグレネードの投擲。―――だがそれはピトフーイも同じだった。

ピンを抜いて投げられた電磁手榴弾―――奇しくも空中で衝突しあったそれらは、放電しながら球状の電磁結界を展開する。

互いに選んだ最適解。それは、ど真ん中にあったバスを跡形もなく消し飛ばした。

 

「開幕の号砲―――なんてね」

 

煉瓦模様の刺青が刻まれた頬に凄惨な笑みを浮かべ、ピトフーイは駆ける。彼女の肩を掠めて飛んでいった弾丸は、その飛翔音と発砲音からしておそらく7.62mmNATO弾。加えてその弾を使えるアサルトライフル、そしてあの速射力から絞りこむに―――シュピーゲルの武器は十中八九"FN・FAL"だろう。あの凶悪な速射力はAGI特化型との相性が良い。

 

「―――ちィッ!?」

 

と、そこまで思考したところで、ピトフーイは転がるようにして回避する。背後から放たれた銃撃は彼女が先程までいた場所を抉り、粉砕していく。

 

「速すぎるのも考えものねェ!」

「避けるなよ、綺麗に風穴開かないだろうが」

 

―――速い。

ただ純粋な速さで以て、一方的に弾丸を叩き込んでくるシュピーゲル。それを前にしてピトフーイは小さく舌打ちする。まさに暴風と言うべき強襲だった。その手に握られたFN・FALも強襲(アサルト)の名に違わぬ破壊を撒き散らし、ピトフーイを喰い殺すべく獰猛に牙を剥く。

だがピトフーイもこの程度でやられるはずもなく、そのまま回転回避をしつつ遮蔽物となる車の陰―――その中でも唯一安全なエンジンブロックの向こうへと転がりこむ。

 

「いったぁ......ったく、シュピちゃん予想の三倍増しくらいには速いんだけど。なにあれ何処のニンジャ?」

 

口を尖らせつつ、ピトフーイは被弾箇所を確認する。

開幕から続くシュピーゲルの一方的な攻撃―――だが幸運なことに目立った被弾は肩や腿に二、三発貰った程度。軽く痺れるものの戦闘そのものに支障はなく、六割にまで削られた体力も応急治療のキットで回復可能である。

横転した車の陰―――その中でも唯一安全と言えるエンジンブロックを盾にしつつ、ピトフーイはストレージから取り出した治療キットを首筋に突き刺す。これは即時回復するものではなく時間経過と共に回復するものだ。かと言ってこの車の陰に長いこと隠れていれば、またもやシュピーゲルの強襲を受けることは間違いない。というかそもそも、自動車というオブジェクト自体がそこまで優秀な遮蔽物ではないのだ。あんな薄っぺらい金属のドア程度、ライフル弾ならば紙同然にスパスパ貫通してしまう。安全と言えるのはエンジンブロック、もしくはタイヤのホイールくらいのものだ。

 

「......ま、速いのはわかってたし、対策もたっぷりしてきたしね―――」

 

此所に留まる、というのは真っ先に選択肢から抹消される選択だ。だが、そもそもピトフーイには隠れる気など毛頭ない。

 

「逃げるなんて性に合わないし、面白くもなんともないもの―――そう思わない?」

 

誰にともわからない問い掛け。当然ながら答えなど返って来るはずもなく。

鈍い輝きを放つレミントンM870を片手に、ピトフーイは車の陰から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「―――マジかよ」

 

陰から飛び出してくるピトフーイ。それを視認したシュピーゲルはやはりか、息を吐く。そして即座に撤退を選択した。

 

―――"レミントンM870"。それはシュピーゲルと致命的なまでに相性が悪い散弾銃(ショットガン)に分類される銃である。

通常、アサルトライフル等に用いられる弾はライフル弾は言わば"線"。射程が無限の槍であると解釈すれば、シュピーゲルのように馬鹿みたいな速さがあれば避けられないわけではない。が、ショットガンが用いるのは散弾―――すなわち"面"。貫通力を破棄した代わりに手にした圧倒的な面制圧能力は、回避特化であるシュピーゲルを完全に殺しにかかっているのだ。散弾であれば速い敵であっても十分に対応できる。そうして弾をばらまきつつ、生命線とも言える足を狙ってくるのはシュピーゲルからしても容易に想像できた。

 

そして―――厄介なことに、シュピーゲルに現時点でこのショットガンに対する対応策は"ない"。どう足掻こうと、ショットガンを持ち出された時点で退避以外の選択肢はシュピーゲルの中に存在し得なかった。

 

「......クソったれが」

 

―――どうする。

正面突破など論外。だが搦め手など存在しない。逃げるにしてもジリ貧、隠れるにしてもそもそも場所が限られている―――いや。

 

「狙撃......しかないか」

 

弾き出された苦肉の策は"狙撃"。だが当然ながら彼が狙撃銃(スナイパーライフル)など持っているはずもなく、使用される銃器は必然的にFN・FALによるものとなる。

―――7.62mmNATO弾の射程は最大でも700メートル。そのうちFN・FALでシュピーゲルが当てられる距離は500メートル。そして、確実に当てられるという自信があるのは300メートル。四方一キロしかないこのステージならば妥当と言えなくもない射程だ。

 

「やるしかないか」

 

シュピーゲルにとって、狙撃とは鬼門に他ならない。彼自身も狙撃は苦手な分野に入るし、その狙撃でもって殺されたことは数知れない。バレットラインが視えるならば避けようもあるが、視えない状態から回避するのはそれこそ"第六感"とかいう意味不明な運命力が必要になってくる。殺気を感じる、なんて芸当は電子で構築された仮想世界では不可能であり、彼からすれば不可視の狙撃は天敵だった。

 

「......くそッ」

 

だが、四の五の言っていられる状況ではない。やるかやらないかではなく、やるしかないのだ。そう―――間違いなくキリトやシノンと並ぶほどの実力者であるピトフーイを相手に、300メートルの近距離から悟られることなく狙撃を成功させる必要がある。

とりあえず、ピトフーイから距離を取るべくシュピーゲルは駆け出した。完全に人間離れした脚力は最高で時速80キロに達している。アスファルトに積もった土埃を巻き上げつつ、瞬く間に200メートルの距離を駆け抜けていく様は駿馬に似ている。

そして轍を刻むようにブーツの踵で急ブレーキをかけると、ふとシュピーゲルの視界に狙撃に都合の良いオブジェクトが飛び込んできた。

 

―――距離も丁度良く、高さもそれなりにある大型の観光バス。もはやこれ以外に良いモノがないことを悟ると、AGI補正を発揮した大跳躍で割れた窓から二階に飛び込む。そしてピトフーイがいるであろう方向へと銃口を向けた。

 

「ふぅ―――」

 

動悸を抑えるべく息を吐く。そして割れた窓から銃口を突きだし、シュピーゲルは取り付けられたスコープを覗きこんだ。

 

......ヘリの陰。横転する自家用車の横。道路脇に立つ外灯やトラックの周辺などに次々と焦点を合わせていくが、ピトフーイは見つからない。銃声一つしない不気味な静寂。

そして、ふと気付いた彼が400メートル先にある同じような観光バスに照準を合わせた瞬間、その体は凍り付いた。

 

―――浮かぶのは嘲弄に似た笑み。構えられ、こちらに向けられているのは彼女の愛銃である"KTR-09"。弾は7.62×39mmが75発。黒い銃身が此方を嗤うかのように輝く。

 

(―――筒抜けだったッ!!)

 

シュピーゲルは内心で悲鳴を上げる。完全に"読まれていた"。狙撃を画策することも、此方に逃げることも、そしてこのバスを使うであろうことも全て―――!

 

「ッ、クソがッ!!」

 

だが今更引くことなどできはなしない。弧を描く口元を睨み、バレットサークルが収縮する瞬間を狙い―――

 

「ッ、ぐぁ―――」

 

同時に発砲炎(マズルフラッシュ)が走り、咄嗟に首を倒したシュピーゲルの頬から血飛沫の如くダメージエフェクトが迸る。だが痛みに怯まず、シュピーゲルはスコープから目を離さない。見ると、どうやらシュピーゲルの弾は彼女の腰に刺してあるレミントンに当たったらしい。運が避ければ損傷でもう使えないだろう。

 

一発目は回避。そして、間断なく放たれる二発目は―――

 

「ッ」

 

今度は左肩を弾が貫き、シュピーゲルが思わず呻く。そして彼が放った弾は寸分違わずピトフーイの額に放たれたものの、一発目で彼がやったのと同じように首を倒すことで回避される。―――バレットラインが見えているというのは、こういった超人技をも可能とするのだ。

 

「――――――」

 

―――どうする。

再度の自問。バレットラインが見えている限り、千日手―――もしくはピトフーイの正確無比な狙撃に倒されるであろうことは明白だ。先程左肩を狙われたことも痛い。地味に痺れた肩では狙撃を外すことも考えられる。

ならばどうする。どうすればいい。一秒が何倍にも伸ばされた高速思考の中、反芻される自問の嵐―――

 

(......あ)

 

そうだ―――バレットラインがあるから避けられるのだ。ある前提で考えるからややこしくなる。

ならば、バレットラインをなくせばいい(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「―――ハッ」

 

余りにも馬鹿げた考えだ。バレットラインをなくすということはバレットサークルも消滅するということ。つまり―――現実と同じように、システムに頼らず命中させる必要があるのだ。

命中確率は数十分の一にまで下がる。とてもじゃないが、こんな土壇場でやるようなものではない。こんな机上の空論染みたことを、何の練習もなしにやるような奴は馬鹿に違いない。

 

そこまで思考し、シュピーゲルはふっと息を吐いた。

 

そう―――だから、俺はきっと馬鹿なんだろう。

 

「頼むぜ、相棒」

 

バレットサークルは、引き金に指が触れることで発生する。そしてそれに伴うようにして、バレットラインは発生するのだ。つまり、バレットラインを無くすためには撃つその瞬間まで引き金(トリガー)に触れないことが求められる。

 

―――照準器(スコープ)越しに覗くピトフーイの顔。その額に照準線(レティクル)の中央を合わせる。

400メートル―――バレットサークルがあれば、外すことなど有り得なかったに違いない。だがそれは弾道予測線(バレットライン)という致命的なアドバンテージを敵に与えることになる。だからこそ、手動で当てなければならない。

 

彼にそんな芸当は不可能だ。故に、ここから先は運試しに等しい。表か裏か、イチかゼロか。

 

「分が悪いにも、程がある―――」

 

だが賭ける他にない。

シュピーゲルは諦めたように笑い―――博打の引き金が引かれ。

 

 

 

「―――あは」

 

 

轟音と共に、"不可視の一撃(インビジブル・バレット)"が有毒の鳥(ピトフーイ)を貫いた。

 

 

 





FAL 「やったか?」
シュピ「おいバカやめろ、それフラグ......!」


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跳梁するは魔王の武・Ⅱ

今回は無駄に長いです。はい、自覚しています。多分二話弱くらいはあるんじゃないでしょうか。これも全ては自身の無能が招いた結果......けどやっぱり削るのも勿体ないしそのまんま投稿します。
色々ツッコミ所多いと思いますけど、そこら辺はゲームということで。割りと甘めに見てもらえると幸いです。
では、十二話。







 

 

「うっわ、あの銀髪馬鹿じゃねえの? AGI特化が距離取ってどうすんだよ」

「いや、あれはしゃーないだろ。さすがにレミントンを避けるのは無理無理」

「そもそもAGI特化とか時代遅れすぎ。今はSTR一強」

「おいテメエ闇風さん馬鹿にすんのか殴るぞ」

「ひゃー、出たぜクレブス・タクティカル・ライフル! あのドラムマガジンがたまんねえ!」

 

様々な声が飛び交う中、キリトとシノンは静かにマルチモニタを見上げていた。既に二人とも予選一回戦はあっさりと通過しており、後は残る戦いを見物することくらいしかやることがない。

そして様々な戦いが映される中、際立って注目されているのが"シュピーゲル"vs"ピトフーイ"の対戦カードだった。

 

「な、なあ。あの人って結構有名なのか?」

「うるさい、黙って見てなさい変態」

 

キリトがシノンにこそこそと尋ねるも、取り付く島もないとばかりにばっさりと切り捨てられる。

だがキリトが捨てられた子犬のような目でシノンをしばらく見詰めていると、やがて根負けしたかのようにシノンは口を開いた。

 

「......ええ、かなり有名よ。"ピトフーイ"と言えばそこそこ名の通ったプレイヤーだし、"シュピーゲル"と言ったら、まあ......馬鹿の代名詞ね」

「はあ?」

 

それなりに仲の良さそうなプレイヤーであるシュピーゲルを馬鹿と断言したこと、そしてその意味がわからずキリトはきょとんとする。すると、シノンは肩を竦めるようにして答えた。

 

「MTDのスレッドでも曝されたりしたし、GGOの中じゃかなり有名なのよアイツ。まあ、要するに"ロマンバカ"ね」

「ろまん......?」

「そ。私にはわからないけど、アイツ曰く男のロマンだそうよ」

 

はぁ、とシノンは心底呆れたかのように息を吐く。最近でこそ使っていないものの、かつては毎回の如く"それ"を持って突撃し、そして爆死していたものだ。その勇者っぷりとロマンが評価され、ファンが付くまでになったらしいがーーー。

 

「アイツの本来の武器はアサルトライフルじゃない。アイツの武器はーーー」

 

と、そこまで言いかけた所でシノンの言葉が止まる。キリトも催促することなく、ただ唖然としてマルチモニタを見上げていた。

 

「なあシノン、あれって何が起きたんだ?」

「さあ......ああ、成る程そういうことね」

 

画面に映るのは、"アサルトライフルを破壊された"まま笑うピトフーイの姿。そしてーーー

 

「ーーー撃たれたのよ、アイツ。撃ったのと全く同時に」

 

FN・FALを破壊され、呆然とするシュピーゲルの姿だった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「ッーーーぐッ!?」

 

引き金を引いた直後、腕ごと持っていかれるような衝撃とともに弾き飛ばされる。何が起きたのかわからないまま目を開ければ、手の中にあるのは無惨に銃口が変形したFN・FALの姿があった。

 

「な......」

 

思わず息を飲み、そして何が起きたのかを理解する。あの時確かに、俺の放った弾丸は命中した。だが、着弾するまでのコンマ数秒ーーーそう、本当に極僅かな時間差でもってKTRからも弾が吐かれていたのだ。でなければ、どちらかの弾丸は発射されていない。俺がライン無しの狙撃という無茶を敢行したのとほぼ同時に、ピトフーイもまた此方を狙撃していたのだ。

 

「くそったれが......」

 

一応防弾仕様の額当てを巻いているものの、直撃すれば昏倒は免れまい。そう考えれば運が良かったのだが、その代わりにFN・FALを無惨な姿にしてしまったというのは痛かった。向こうの状況がどうなっているかはわからないが、リザルトに移行してない以上死んでいないのは間違いないのは確かだ。つまり、俺は唯一遠距離から攻撃できる武器を失ってしまったのだ。

............あれー?これ、よく考えなくても絶対絶命じゃないすかー?

 

「っべえ......」

 

冷や汗が湧くのを感じつつ、俺はもはや使えない銃のスコープを覗き込む。あれだけ頑張って放った一撃だ、せめて手首でも吹き飛ばしていると大金星なのだがーーー

 

「......ってバリバリ元気じゃねえか!」

 

此方を見ながらひらひらと手を振ってくるピトフーイ。未だ三割しか削れていない体力を見て、俺は相変わらずキチガイ染みた強さだと実感し冷や汗をかく。バレットラインは見えてなかったはずだが、それでも直撃を免れたらしい。

......なんなんだろう。キリト然りピトフーイ然り、あの運命力とも言うべき謎の武運と第六感にも似た勘の良さは何処からやってきているのだ。もはや作為的なものしか感じ得ない。

 

「少しは寄越せっつーの......」

 

そうぼやきながら、俺はピトフーイの様子を検分する。ーーーと、幸運なことに、どうやら俺のFALがオシャカになったのと同じく奴のKTRも破損しているようだ。これで少なくとも痛み分けに終わったわけであり、まだ勝負の行方はわからない。

だがピトフーイにはレミントンM870という近距離戦において絶対的アドバンテージを誇るショットガンがあり、そして俺がこれから挑むのはその近距離戦であることは変わらない。アサルトライフルのもう一丁でもあれば別だったのかもしれないが、生憎俺のストレージはFN・FAL一丁とハンドガンだけで許容量ギリギリである。そしていかに近距離戦において強いと言っても、接近する前にショットガンぶちかまされればミンチになって終わりである。

......あれ? よく考えたら、ショットガン使えばキリトって結構余裕で勝てる気が。

 

まあ、それはともかく。

 

「やるっきゃねえ、か」

 

もはや銃としての役割を果たすことのできないFALを下ろし、静かに息を吐く。

 

ーーーショットガンを相手にして、無傷で済もうなんて考えはこの際捨てる。被弾覚悟で接近し、至近距離からの速射で即死させる他に手段はない。

 

俺の全く鍛えてないSTRと、そしてこの軽装では恐らく耐えられて一発のみ。それも直撃すれば容易く粉砕されることは間違いない。故に一部被弾覚悟で撃たせ、再度の装填の間にあの顔面へと鉛弾を叩きこむ。先程は躊躇してアサルトライフルによる狙撃という"逃げ"に走ったが、そもそもあれが間違っていたのかもしれない。そもそも高機動型、近距離特化のスタイルなのだからそこをブレさせるべきではなかった。

 

ーーーリスクは高い。フェイントと回避タイミングを読まれれば一瞬で殺される。だが既に退路はなく、武器はハンドガンのみ。これは中距離からの狙撃に逃げた自分が招いた事態だ。今まで蓄積した経験を、ピトフーイという強敵を前にして信じられなくなったことに対するツケだ。

ならばこそ、もう迷わない。近距離という、ショットガンの本領とも言えるレンジでピトフーイを越えてやる。

 

「ーーー絶対に、殺す」

 

思い付いたら即行動。後手に回っていれば勝機はない。

壊れたFALをストレージに突っ込み、代わりに引き出したかつての相棒を腰のホルダーに突っ込む。そしてマガジンを腿に巻いたベルトに捩じ込み、俺は観光バスから飛び出した。

 

 

 

 

「うーん、やるわね! まさかエムと同じことするとは思わなかったわ」

 

弾道予測線無しの狙撃。もし自分がその存在を知らなければ、とてもじゃないが回避出来なかっただろう。下手をすればそのまま退場していたかもしれない。

そう自己分析し、ピトフーイはくつくつと笑う。

咄嗟にあの技を編み出したとすれば大したものだ。そしてまず、普通の人間であれば思い付いたとしても実行に移そうとは思わない。それがぶっつけ本番ならば尚更だ。だからこそそれを何の躊躇いもなく行えるシュピーゲルはただのバカかーーーもしくは馬鹿げた戦闘センスを持っているのか。どちらにしろ、あの実行力は称賛するべきものだ。

だがーーー

 

「ま、これくらいはやって貰わないとねえ?」

 

そう呟き、ピトフーイは楽しげに口笛を吹いた。

彼女は、シュピーゲルを明確に"敵"として認識している。故にこの程度で音を上げて貰っては困るのだ。他の有象無象とは違う、自分と対等なステージで殺し合える"敵"。それがこんな所で退場するなど、興醒めにも程がある。

彼女が求めているのはただの作業でも処理でもなく"闘争"だ。血で血を洗う死闘。一歩間違えれば此方が無惨に死ぬような戦いこそが、唯一ピトフーイを満足させるものだ。

余興は終わり。此処からが本番であり、ようやく終幕は近付いてきた。どちらも近距離武器しかない今、やっと対等な条件で殺し合える。

 

「............それにしても、シュピちゃんって私に似てるようで違うんだよね」

 

ふと、ピトフーイはそんな事を呟く。何の脈絡もなく吐かれた言葉は、いわゆる独り言というやつだ。

 

「私がただ"殺し合いたい"のに対して、なんていうか......」

 

時折、戦いの最中ですら見せる無機質な空気。昔よく見た特攻染みた突撃。自暴自棄とも違う、自己犠牲でもない。そう、言うなればーーー

 

「ーーー"死にたがってる"みたいなんだよねえ、シュピちゃん」

 

"死にたがり"。もしくは、"死に場所を探している"と言ってもいいかもしれない。

そんな空気を敏感に感じ取ったピトフーイは、だからこそ彼の事を気に入っていたのだ。

 

「もし、シュピちゃんの"答え"がこの大会にあるんなら、ちょーっと気になるかな。まぁーーー」

 

ガシャン、という音と共にレミントンM870ーーー否、"M870・ブリーチャー"の薬室に弾丸を送り込み、ピトフーイは立ち上がる。その立ち姿には気圧いも迷いもなく、ただ闘争を楽しもうとする意思のみが感じられた。

 

「全力で来なさい、シュピちゃん。よもすれば、この身に届くやもしれんぞ?ーーーなんてね」

 

そう言ってピトフーイは笑みを浮かべ、再び口笛を吹く。

奏でる曲は"魔王"。無意識のうちに刻むフレーズが戦場に響き渡っていった。

 

 

 

 

「見つけたーーー」

 

黒いポニーテールが揺れる様を視認した俺は、即座に大地に身を伏せる。とは言っても、距離は約150メートルーーーこの距離からショットガンを撃たれても掠るかどうかのレベル。だが"見つかっていない"というアドバンテージを手放す気はさらさらなかった。

 

「............」

 

静かに深呼吸し、息を整える。否が応でも高まる緊張を必死に抑え、そろそろと首をもたげる。取り出した単眼鏡を当ててゆっくりと前方を観察する。

ーーー路面に転がるバイクの隙間。それから見える彼女の武装は予想通りレミントンM870。どうやら当たりはしたものの、再起不能になるまでのダメージは与えていなかったようだ。やはりそう世の中は上手く行かない。

 

「............」

 

周囲のオブジェクトを見つつ、如何にして接近するのが最短かつ安全なのか模索する。ギリギリまでバレないように接近したいものだが、向こうも気を張っているはず。この150メートルという距離こそが気取られず接近できるギリギリのラインだろう。つまり、ここからは電撃戦。ともかく速さが問われる。

 

「ふぅ............」

 

仰向けになって天を仰ぎ、静かにホルスターからハンドガンを抜き放つ。既に薬室に一発送り込まれていることを確認し、俺はスリーカウントで飛び出すことを決定する。こうでもしなければ、いつまでもびびって飛び出すことなんて出来やしない。

 

ーーー3。

身を起こすと最終確認。ブーツの紐、マガジン、ハンドガンのセーフティを確認。異常なし。

 

ーーー2。

クラウチングスタートにも似た構えを取り、膝をたわめる。目指すはピトフーイの背後。

 

ーーー1。

 

 

 

......ぶっ殺せ!

 

Go(行け)!」

 

カウントがゼロになると同時に、収縮する仮想体(アバター)の筋肉に身を任せて大地を蹴る。同時にシステムが正常に作動、馬鹿みたいに高めたAGI補正が乗った脚力は瞬時にこの体を最高速へと至らせる。圧倒的なアクセル感を前にして脳が反射的に恐怖を生み出すが、それを押し潰してさらに加速していく。

 

「ふーーー!」

 

100メートル地点通過。

体幹を全くブレさせず、完全に重心を前に倒して足のみをひたすらに動かす。躓いたり足が縺れたりすれば一貫の終わりだが、そんな初心者のような真似を誰がするものか。

転けることもなく高速道路を駆けていく俺はさらに速度を増し、50メートルという距離を一瞬で詰めた。

 

だがーーー残り50メートル。そこになってついに、ピトフーイが振り向いて目を見開いた。

 

「ッーーー」

 

ーーー1秒を、切り刻め。

瞬間的に意識が加速し、1秒が何倍にも引き延ばされていく。時間すら置き去りにしたかのようなアクセル感。もはや音すらも重低音と化し、時速120キロに迫るかという勢いの自分の速度すらも酷く緩慢に感じられる。視界のマージン部分が放射状に引き延ばされ、ただ視界の中央に映るのはレミントンM870ーーーいや、さらにそれを切り詰めた完全近距離仕様であるブリーチャーの銃口のみ。

 

ーーー引き金(トリガー)に、指が乗せられる。

その瞬間的動作を見切り、全くスピードを落とさずにフェイントをかける。高速での左右切り返しーーーそれを前にしたピトフーイの口許が苛立たしげに歪み、目が細められる。

しかしそれでも、フェイントに惑わされずしっかりと照準を合わせてくるのはさすがと言うべきか。

 

「ーーーーーー」

 

引き金(トリガー)に指が乗せられて1秒。弾道予測線が高速で放射状に伸び、瞬時に視界を赤い線が埋め尽くす。散弾が飛び散る軌道の全てをご丁寧に予測し、示したバレットライン。だがそれはもはや(ライン)ではなく面と言っても過言ではない。ショットガンが近距離戦において最強と呼ばれる所以を肌で感じつつ、それでも俺は加速する意識の中で必死に目を凝らす。

ーーー20メートル先の、人差し指の動き。その関節の軋み、筋肉の収縮、筋の強張り、ありとあらゆるその動きを瞬き1つせずに捉え続ける。全神経をそれに集中し、他の感覚の一切を遮断する。

かつてないほどの全力集中ーーー思えば、それは一瞬にすら満たない、ほんの僅かな時間だったのだろう。だが俺にとってその時間は実際の何万倍にも長く感じられーーー

 

 

「ッーーー!」

 

それが引き絞られる予兆を見て取った瞬間、俺は全力で"上へ"跳躍した。

 

「くーーー!?」

 

空間を制圧する赤いバレットライン。その僅かな隙間をくぐり抜けるようにして高く跳躍する。直後に真下の空間が鉄と鉛の暴虐によって粉砕され、同時にレミントンの発砲炎(マズルフラッシュ)に紛れて俺を見失ったピトフーイが視界の端で瞠目する。

 

......人の目というのは、上下の動きに弱い。真偽のわからない知識だったが、どうやらそれは真実だったらしい。恐らくピトフーイからすれば、"俺を撃ったと思ったら消えていた"ようにしか見えていまい。

 

「ハッーーー」

 

思わず獰猛な笑みが漏れる。シノンはよく"後ろに注意(チェック・シックス)"と言っていたが、果たして真上は何時の方向なのだろうか。

 

「ッ、しまっーーー!?」

どんな時でも頭上に注意(Pay attention to your sky)、ってな」

 

もう気付くとは、さすがというべきだろう。だがもう遅い。

加速した意識の中、右手に構えたハンドガンで奴の頭に照準を合わせ、さらに()()()()()()()()()()()()。左手と右手をクロスさせるようにして、重なるバレットサークルが完全に額をロックする。ずしりとする重みが懐かしい。

 

ーーー【ベレッタM93R カスタム(・・・・) "干将"&"莫邪"】。久し振りに引っ張り出してきた二挺の愛銃は対になるように白と黒。有名な中華の刀鍛冶から命名したその二挺拳銃はかつての黒歴史でありながら、同時に頼もしい相棒でもある。右に白、左に黒を構えて俺は笑った。

アサルトライフルに浮気しても、かつて身体に刻みこんだ感覚は忘れちゃいないーーー久々の御披露目だ、派手に行こう。

 

「さあ唄え"干将"、哭け"莫邪"ーーー!!!」

 

制御も何もない、だが至近距離故に外すことはない二挺拳銃の三点バースト射撃。

凶悪な反動と引き換えにして、二挺自動拳銃(ダブル・マシンピストル)が超高速の三連射ーーー合計六発のパラベラム弾をピトフーイの顔面に叩き込み、吹き飛ばした。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

そして同時期。マルチモニタの下ではーーー

 

「「「「ーーーなんだアレかっけえぇぇぇ!」」」」

 

異口同音の叫びが木霊していた。

 

「うっさ......」

 

予測していたとはいえ、うるさいものはうるさい。呻き声を漏らしながら耳を塞ぐシノンは、まさに不機嫌な猫そのもので。

 

「ーーーえ、やべえなにあれかっこいい!」

 

モニターを見ながら目をキラッキラと輝かせるキリトはその容姿も相俟って、まさに玩具を見つけた仔犬のようにしか見えなかった。

 

「ヤバいぞシノン、あれめっちゃヤバい! なんというか超ヤバい!」

「ヤバいのはあんたの言語能力よ!」

 

何を言っているのかさっぱりわからないキリトの言葉にシノンはキレて叫ぶ。ちなみに、キリト自身も興奮しすぎて何を言いたいのかわかっていないのが真相だ。二挺拳銃は男のロマンなのである。

 

「くぁー! 夢にまで見た二挺拳銃! あれで撃ちたい、むしろ撃たれたい!」

「空中でぶっぱとかやっぱわかってるぜアイツ。つーか左右両方三連バーストとか反動ヤバそうだけど、大丈夫なのかあれ」

「おいおい、練習したに決まってんだろ。咄嗟に反動逃がすのがめちゃくちゃ難しいんだぞあれ。ソースは俺」

「男なら一度はやってみるもんだしなあ......けどそれを実戦に持ち込むシュピーゲルさん、そこに痺れる憧れるゥ!」

 

 

「......やっぱわかんないわ。というかあれ、二挺も持って何の意味があるのよ」

「「「「え?かっこいいだろ?」」」」

 

キリトまで揃っての切り返しに、シノンは理解できないという顔でモニタを見詰める。彼女からすれば銃器は所詮道具であり、頼れる相棒ではあってもそこに美醜やかっこよさなどは求めていない。二挺拳銃は男のロマンーーーそう、"男の"ロマンである。

 

「......俺、二挺拳銃やってみようかな」

「やめときなさい、反動で吹っ飛ぶのがオチよ」

 

男はいつまで経っても厨二病。ロボと剣と二挺拳銃はいつの時代も男のロマンだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「ーーーったいわねぇ!」

「なッ!?」

 

だが、まだ終わらない。

硝煙の向こうから向けられるのはキレたピトフーイの笑み。その肉食獣めいた笑みを認めた瞬間、反動で体勢を崩していた俺は驚愕に一瞬身体が硬直させる。

 

ーーー嘘だろおい!?

 

「どんだけタフなんだよてめぇは!」

「ざぁーんねん。鍛え方が違うのよぉ」

 

拳銃弾と言えど、被弾ダメージ係数の高い顔面に高速で六発、それも至近距離から叩き込めばほとんどのプレイヤーは沈むだろう。だがピトフーイにそんな常識は通用しなかった。

怨むべきは、一発も頭蓋を貫通させられなかった己の不運か。

 

「ーーーお返しよ」

 

そして、再装填(リロード)されたレミントンM870・ブリーチャーの銃口が突きつけられーーー俺は身を捩るようにして再び二挺拳銃の引き金を引く。それも、何もない方向へ。

 

「ッ、らァ!」

 

悪足掻き、というわけではなかった。

何も足場のない空中ではレミントンの銃口を避けるのはほぼ不可能に近い。だが、凄まじい衝撃と反動を放つ物体があるのならばその限りではない。

放つは左右両方での三点撃発(バースト)。合計六発の弾丸がセミオートでは有り得ない速度で連射され、本来ならばストックによる両手持ちでなければまともに撃つことのできないほどの衝撃が俺の身体を吹き飛ばした。

 

「ッぐーーー」

 

だが、それでもその緊急回避でも完全に避けるには至らない。ブリーチャーと呼ばれる所以、超広範囲への拡散弾は半身に直撃し、アバターを貫通しながら仰け反り(ノックバック)効果を発生させる。ーーーこれが、ショットガンが近接最強と呼ばれるもう1つの理由だ。一度ヒットすればその体力を削りきるまで延々と散弾を至近距離から食らい続けるーーーつまりハメられるのだ。

 

圧倒的な広範囲攻撃、そして一定確率でのノックバック効果。加えてショットガンは散弾であるが故に攻撃力自体が根本的に低いという欠点があるものの、弾が当たることそのものによるヒットストップ効果によってばらまくだけで敵の足止めが出来るという鬼仕様。さらに近付けば近付くほど威力が跳ね上がることもあり、もはやチートである。

まあ、その分レンジは大体100メートル前後程度しかないためアサルトライフル等で攻めれば良いだけの話なのだが。こんな近接チートの武器に真正面から挑むなんぞ馬鹿の所業としか言い様がない。

 

そして、そんな武器を構えたベテランプレイヤーを相手に二挺拳銃とかいうロマン装備で挑む俺は超馬鹿だ。

 

「ーーーらァッ!」

「へぇ」

 

だが、諦めるつもりなど毛頭なかった。

マスター済みの軽業(アクロバット)スキル。地面に足を着けた瞬間、それのパッシブ効果である"受身"が発動し全ての行動阻害効果がキャンセルされる。すなわちノックバックも消えるということであり、俺は硬直時間のないまま右手の"干将"で牽制射撃。本命の"莫邪"でショットガンの機関部を狙いつつ高速のステップ切り返しでピトフーイに迫る。

 

「死ね!」

「だが断る」

 

増量しているマガジンを生かすべくフルオートに切り替え、恐ろしい衝撃をギリギリで制御しつつ弾をばらまく。現実であれば確実に骨がイッてしまっているに違いない。

ランダムに跳ねる銃口を手首のスナップのみで抑えるというのは至難の技である。それも、両手となれば尚更だ。だがかつてGWを返上してひたすらに練習した日々は無駄ではない。

 

断言しよう。この世界において、二挺拳銃に関して俺の右に出るものはいないと。こんなロマン砲、まともに使えるまで練習するほうが馬鹿らしい。いくらロマンでも、使えるか使えないかは別だ。アサルトライフルのほうが余程強い。

 

「チッーーー」

 

ものの二秒で全弾を吐き出し終え、二挺の拳銃が同時にスライドストップ。だがその甲斐はあったのか、秒間30発を越える弾丸の嵐はピトフーイの動きを止めることに成功していた。金輪際ないと言ってもいい隙。

そして、その一瞬の硬直の隙を見逃さず俺は一気に懐へ踏み込んだ。

 

「ッ!?」

 

ーーー弾のない拳銃など何の役にも立たない。だが、それは通常であればの話だ。

 

「ぐっーーー!?」

「ーーーハァッ!」

 

ベレッタM93Rカスタム。もはや原型を留めていないそれは、俺がカスタマイズする際にその象徴とも言える折り畳み式(フォールディング)ストックをもぎ取り、只でさえ恐ろしい反動の三点バーストがさらに制御しにくくなってしまっている。細かい理由は忘れたが、恐らく二挺拳銃なのだからストックは必要ないと判断したのだろう。後はダサいからだろうか。そもそもM93Rを二挺で使おうとしているのがアホだが、まあそこは気にしたら敗けだ。 

それはともかく、余りにも制御しにくいM93Rの二挺撃ちに音を上げた俺は必死に頭を捻った。どうすれば、片手で三点バーストを撃てるかを考えた。......そもそも三点バーストを両手撃ちするのが間違っている気もするがそこは気にしたら(ry

 

そして、何をトチ狂ったのかーーー当時の俺が考え、そして実行した魔改造。それこそーーー

 

「銃剣のついた拳銃なんて、常識破りにも程があるわよねぇッ!?」

「間違えんな、"銃剣型スタビライザー"だ。ーーー機能してるかは別としてなッ!」

 

ストックの代わりにスタビライザー、と称した銃剣を装備させることだった。

さらにマガジンも増量した特注品を使い、元の機能であるセミオートと三点バースト機能に加えてフルオートまで付与した、ベレッタM93Rとは完全に別物なバケモノ二挺拳銃。それがこの干将&莫邪の正体だった。

 

「シッーーー」

 

歯の間から呼気を押し出し、白き右銃を振るう。今まで何人ものプレイヤーの喉笛を食い破ってきたブレードがピトフーイへと迫り、その頬を僅かに裂くに終わる。続けて放たれた黒き左銃が肩口を切り裂き、ピトフーイがバックステップし距離を取ろうとする。だがーーー

 

「やらせる、かッ!」

 

吠え、ひび割れたアスファルトを蹴って前へ。そして半身を捻るようにして、俺は全力で蹴りを放った。

ーーー特化したAGIに軍用格闘術(マーシャルアーツ)による補正を乗せた一撃。それは狙い違わずレミントンの銃口を蹴り飛ばし、ついにピトフーイの手からそれを弾き飛ばすことに成功する。

 

「ッ............!」

 

ーーー勝った!

内心でそう確信し、快哉を叫ぶ。だがその次の瞬間、ピトフーイの顔を見て、俺の背筋を悪寒が貫いた。同時に今のが完全に悪手だったことを悟る。

 

「ーーーハァッ!」

「ぐふ............!?」

 

しかし、気付いた所で既に遅かった。この体勢からでは回避は不可能。

まず膝蹴りが鳩尾に叩きこまれ、身体が衝撃でくの字に折れる。そこからの肘がこめかみを襲い、揺れる視界に対応出来ない間に唸りを上げるアッパーが脳を揺らす。三半規管が揺れ、たまらず込み上げる吐き気に呻くと、その隙に腹に蹴りが突き刺さる。

 

「ーーーごはァ!?」

 

鍛え上げられたピトフーイのSTR。俺がAGIに特化しているならば、ピトフーイはSTRに特化していると言っても過言ではない。そんな馬鹿げた筋力値によって放たれた蹴りの威力は、想像を遥かに凌駕して俺を吹き飛ばした。

 

「............!」

 

一瞬の浮遊感の直後、背中から何かに激突する。背後から伝わる衝撃に思わず息を詰まらせ、点滅する視界に呻きながら目を開けた。

 

「くそ、がッ!」

 

満タンから一気に2割弱にまで体力を削られた事実に驚愕し、俺は車体に叩きつけられた状態から転がるようにして追撃を回避。直後にプロテクターを装備したピトフーイのブーツがバスの車体を蹴り、轟音と共に凹む。ピトフーイが舌打ちし、俺は未だ揺れる視界に悪態を吐きつつ立ち上がった。

 

......ショットガンの脅威に惑わされていたが、ピトフーイ自身の近接戦闘力も並大抵のものではない。完全に誘導されていた事実に戦慄しつつ、俺はまだ手放していない二挺の拳銃を握りしめる。

 

「っべぇ......」

 

マガジンをベルトの端に引っ掛けて引き抜き、そのまま地面に落ちるまま破棄。そのまま既に抜いていたマガジンを入れ違いに叩き込み、バックステップしつつスライドを引いて再装填(リロード)。この間1秒未満。これをもう一度する必要がある。

だがーーー

 

「二挺拳銃って、ロマンよね」

「ああ......」

 

うっとりとして呟くピトフーイ。陶酔したようなその声音に、俺は苦虫を噛み潰したかのような声で応じる他にない。

 

「ぶっちゃけ、私もそれやってみたかったんだよねぇ。けどそれじゃ芸がないし、今日は違うモノ持って来てみたんだけどさぁ」

 

嗚呼、成る程。そう来るか。予想だにすらしていなかったがーーー本選でこそ登場するとばかり思っていたが、それが予選で出てこない道理はない。確かに俺が相手ならば、それは有効な武器ではあるだろう。

対策は立ててこそいるが、それも全ては"本命"用。ピトフーイに通用するとは思えない。筋が違いすぎる。

 

「......くそ。流石に恨むぜファッキンゴッド」

 

ふざけんなよクソ野郎。予選からして無理ゲーすぎんだろJK(常識的に考えて)。なんだこの難易度、予選ってもっとあっさりしたもんじゃないのか?

 

「ねぇーーーフォトンソードって知ってる?」

 

歌うようにそう呟き、ピトフーイが起動するのはムラマサF9。ヴォン、と音を立てて発生するのは超高密度の光子(フォトン)の刃。本選まで見ることはないだろうと思い込んでいた、ガンゲイルで唯一と言ってもいい純近接武装の系列。

キリトが扱うものと同じ系統ーーーキリトのものがカゲミツG4なのに対してこちらはムラマサF9だがーーー最強クラスの攻撃力を誇る光子の剣(フォトンソード)が、ピトフーイの手には握られていた。

 

「......ああ、いいぜ畜生。フォトンレイだかビームサーベルだかバルムンクだか知らねえが、ここでぶっ潰してやるよクソ野郎ーーー!」

「あはーーー汝にフォースの導きがあらんことを!」

 

片や二挺拳銃、片やフォトンソード。

ガンゲイル・オンライン史上初の、世にも奇妙な対戦カードが今ここに成立していた。

 

 




も、もうちょっとだけ続くんじゃよ。どうしてこんなに長くなった......。


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跳梁するは魔王の武・Ⅲ


投稿するのが久々すぎて、色々書き方忘れてたり。おかしければ修正入れるかもしれません。違う、これも全てはテストとモンハンクロスがいけないんだ! ソロで白疾風辛い。

では十三話。


 

 

 

 

「ーーーチッ!」

 

振るわれる光剣が青い軌跡を描き、咄嗟に飛び退くと同時に地面を抉り取る。下から上へと放たれた一閃は目で追えない程に速く、そして鋭い。さらに上段から雷霆の如く降り下ろされた一撃を避けると、俺は舌打ちしつつバックステップで距離を取る。

フォトンソードの特徴は大きく分けて二つ。1つ目、やたら攻撃力が高いこと。そして二つ目、やたら軽いこと。

要するに、だ。

 

「速くて強いとか、最強に聞こえるから困るーーー!」

 

軽トラを両断し、近未来的デザインの車を三枚に卸して迫る剣撃。車の側面などを利用した三次元機動でそれをかわしつつ、俺は莫邪を再装填(リロード)していく。

 

「ちょこまかと腹立たしいっ」

「止まったらあっという間に愉快な斬殺死体になっちまうだろーが!」

 

多分現代アートみたいになる気がする。

俺はそんなことを脳の片隅で考えながらセミオートに切り替え、リズムを刻むようにして引き金を引いた。フルオートやバーストでもないただのセミオートならば、多少離れていても照準を合わせるのは容易い。

ーーーだが、放たれた弾丸がピトフーイを貫くことはなかった。

 

「嘘だろおい」

「またつまらぬものを切ってしまった」

 

ピトフーイの頬のタトゥーが歪み、俺は舌打ちする。再度引き金を引くも、青い剣撃が今度もやはり防いでくる。

ーーーやりにくいったらありゃしねえ。

 

「弾丸切るとか、人間技じゃねぇなぁ!」

「弾道予測線って便利よねぇ?」

 

苛立ち混じりに叫ぶと、俺は二挺撃ちでピトフーイの手を狙う。だがくるくると回転する光子の剣がその全てを消失させ、さらに神速の踏み込みと共にこちらの銃を狙ってくる。愛銃を両断されることを危うく回避し、ピトフーイの剣の巧みさに舌を巻きつつバックステップ。障害物など知ったことではない、とばかりに伸びる剣を戦々恐々としながら見切っていく。

......なまじ剣が巧みなだけに、フォトンソードが最強の矛でありながら最強の盾と化している。致命弾のみをガードするフォトンソードは厄介なことこの上ない。

 

「くそがっ」

 

空気を焼く光子の剣を睨み、俺は息を吐いた。これでは悪戯にこちらの弾丸が消費されるばかりである。

拳銃弾では簡単にフォトンソードで防がれ、勝機のある三点バーストによる超高速射撃を射つには距離が遠すぎる。かといって迂闊に近付けば手足を切り飛ばされて終わるし、多少の被弾では反動で動けないこちらに接近されてやはり斬られて終わる。先程の至近距離ぶっぱでかなりの体力を削れたはずだが、それでも万全を期すためには急所に六発全てを叩き込みたい。

......せめて、アサルトライフルがあれば。

 

「............はっ」

 

一瞬過ったそんな考えを蹴り飛ばし、俺は鼻で笑う。戦場に"たられば"はない。今ある武器でどうにか現状を打開する策を思い付くしかないのだ。

だが、現時点ではどうにも出来ないのも事実。ならばどうするか。

 

「............ちっ」

 

出てきた案は二つ。まず思い付いたのは、ガソリンに引火させて爆風で吹き飛ばすこと。だがエンジンブロックを貫けるだけの火力はないし、第一それをやると俺も死ぬ。そのため却下。

 

そして二つ目。ーーーどうにかして鉛玉をぶっこんで殺す。つまり、無策無謀超行き当たりばったり大作戦である。やったね孔明も真っ青だ。

 

「くそったれが」

 

どうにもならないという事実に気付き、俺は低く呻く。拳銃弾ではなくもっと高速の弾でもあれば、防がれることもないのかもしれないがーーー

 

ーーーちょっと待て、何故防がれる?

 

「............」

 

拳銃弾は遅いし火力は低いし狙いは甘い。だが、それは他の弾丸や銃と比べればの話だ。長距離からの射撃を避けるならまだしも、この至近距離では生身での回避など不可能。ましてや、弾道予測線など見てから避けるなど余りに遅すぎる。この距離では、弾道予測線が見えた瞬間にはすでに撃たれているのと同義なのだ。つまり、ピトフーイは弾道を予測できないはずなのだ。予測して防ぐなど"有り得ない"。

 

ならば何故防がれた。現に今、ピトフーイの体を狙った弾丸はその悉くが防がれている。どうやって防いでいる。如何にして弾道を予測している。もしや何らかのスキルか? いやそれはない。ならば、何故、どうやってーーー

 

「あらぁ、もう弾が切れたの?」

「っ、んなわきゃねーだろ!」

 

牽制の意味も込めて後方へと銃を乱射。その何発かは命中弾だったはずだが、それらは全てフォトンソードによって蒸発させられる。やはり、奴は何らかの手段で弾道を予測している。

直感? 否。そんなあやふやなものだけで通用するほどこの世界はご都合主義じゃない。どうやっている。何処で判断している。お前は何処を見てーーーーーー!

 

「っ............!」

 

ふと、稲妻の如く脳裏を走った閃き。驚愕に息を飲みつつ、俺は路面を蹴りつつ後ろへ振り向く。

ーーー今思い付いた通りなら。奴は、これを防いでくるはず。

 

慎重に狙いを定めてピトフーイの手足を狙って発砲。そしてその悉くが見事に切り裂かれたのを見て、俺の中の疑念は確信へと変わった。

 

「はっーーー」

 

成る程、そうか。そういうカラクリだったのか。確かに今まで俺もそうやってきたのだ。極悪難易度のボスなんざ、予測線を見てからじゃ回避なんてできっこない。でなければ、毎秒数百の弾丸が蹂躙する空間を走破することなどできやしない。なんだ、考えてみれば簡単なことじゃないか。

 

ーーーだが、仕組みがわかった所でどうなる?

 

「......やるっきゃねーだろ」

 

全力で距離を取るべく疾走していた足を止め、俺はくるりとピトフーイに向き直る。距離は目算にして20メートル、様々な障害物を利用して逃げていたためそこまで離れていない。

そうしてそちらを向いた俺を見て、ピトフーイはにぃ、と笑った。

 

「諦めたのかしら? それとも、武士みたく一騎討ちをお望み?」

 

そういうの嫌いじゃないわよ、と嘯くピトフーイ。それを見て、俺は鼻を鳴らして応じた。

 

「まぁ、覚悟を決めたって点じゃ似たようなもんだがな」

「斬られる覚悟かしら」

「いんや。撃つ覚悟だ」

「へぇーーー」

 

さらに笑みを深めると、ピトフーイはす、と腰だめにフォトンソードを構える。そして、唄うように言い放った。

 

「じゃあ来なさい。こっちだって生半可な練習したわけじゃないものーーー全部斬って、最後にその首を叩き斬ってあげる」

「ここは銃の世界だ。世界観間違えてんじゃねーぞ」

 

自分の装備を棚にあげてそう返し、俺は干将と莫邪を構える。ぴたりと照準を合わせ、ピトフーイの眼を見て睨む。

 

「......無茶なことでもない。不可能なことでもない」

 

自身に言い聞かせるように、呟く。そして俺は静かに呼吸を止めーーー

 

 

「......え?」

 

"眼を閉じて"、その引き金を引いた。

 

 

 

 

 

"眼を瞑ったまま"引かれる引き金。一見すると、それは自殺行為にしか見えない。それもそうだ、敵を目前にして瞼を下ろすなど愚昧に他ならない。

 

ーーーだが、その弾丸はピトフーイの右肩を寸分違わず貫いた。

 

「なっーーー!?」

当たり(ビンゴ)、か」

 

ピトフーイは驚愕に眼を見開き、相対するシュピーゲルは静かに眼を開いてその戦果を確認する。彼の予想通り、ピトフーイは彼が放った弾をーーー瞑目したまま放った弾を防げなかった。今までならば容易く斬って捨てていた弾丸を、だ。

 

ならば何故、今になってピトフーイがシュピーゲルの弾丸を防げなかったのか。理屈から説明すると、そもそもピトフーイは弾道予測線を見てから斬っているわけではない。この近距離では弾道予測線の出現と発砲のタイミングはほぼ同時と言ってもいい。故に、予測線を見てからの回避や防御は間に合わないのだ。

 

そう、ピトフーイは弾道予測線を見ているのではない。"弾道予測線を予測している"だけ。それだけ聞くと意味がわからないかもしれないが、別にそう難しいことではない。弾道を読み取るのに、弾道予測線ではなく他の情報を元に推測しているに過ぎないのだ。

 

ーーーその情報源とは即ち"視線"。ガンナーであれば狙うべき部位を注視するのは必至。ピトフーイはそれを逆手に取り、敵の眼の動きから狙ってくる箇所を推測ーーーそして怪物じみた戦闘勘と蓄積された膨大な戦闘経験から引き金を引くタイミングを読み、その弾道上にフォトンソードを重ねて置いていたのだ。

 

「............ハハ、ハ」

 

才能と経験、その二つが無ければ不可能な絶技。だがその絶対防御も無欠を誇るわけではない。眼球の動きから弾道予測されるのなら、それを見せなければいいだけのこと。即ち、"相手を見ずに撃てばいい"のだ。

 

 

ーーー無論、そんな馬鹿げた芸当が出来る人間などいるはずがない。いや、いるはずが"なかった"。

 

「アハ、ハハハハハッーーーーーー!」

 

故にピトフーイは笑う。自分以上に狂った人間の存在を知って、笑う。それを思い付いたとしても、実際に行動に移すかは別だ。しかもそれを成功させてしまうなど前代未聞。

 

ーーー考えてみるがいい。何処の世界に、敵を見ずに撃つ狙撃手がいるーーー?

 

「私よりも頭がおかしいヤツがいたなんてねぇ! 誇りなさいシュピちゃん、あんたも相当狂ってるわよぉ!」

「ここまで嬉しくねぇ賞賛は初めてだな、おい」

 

そう返すとシュピーゲルは再び瞑目し、そして撃つ。だがピトフーイとて棒立ちのままではない。左右にステップを刻み、全力で距離を詰めるべくダッシュするもーーーそれでも当たる。正確無比に膝を撃ち抜く弾丸に笑みを浮かべ、ピトフーイは獣の如く地面に手を付いて駆けぬける。

......先程編み出した技術、すなわちエムと同じ技が【弾道不可視の狙撃(インビジブル)】だとするならば。この前代未聞の技術は何と呼ぶべきなのだろうか。

 

「アハ、ハハハハハァーーーッ!!!」

「哭け干将、唄え莫邪ーーーッ!!!」

 

大地が爆ぜ、剣鬼が駆ける。だがその動きの悉くを完璧に予測し、白黒の二挺剣銃が咆哮を轟かせる。火を吹きながらばらまかれる弾丸は狂人の体力を削り落としていくも、その疾走は止まることがない。

 

肩、肘、膝。そしてさらに手首までも千切れ飛び、至るところから鮮血にも似たダメージエフェクトが飛び散りーーー

 

 

 

「............言い残す言葉は?」

 

シュピーゲル自身も驚くほどに、正確無比かつ凶悪な銃撃。それによって四肢を砕かれ、残り僅か1メートルといった所でピトフーイは横たわっていた。

だがシュピーゲルとて無傷というわけではない。最後の最後、彼女の右手首を吹き飛ばす直前に彼も左手を斬り飛ばされていた。1歩間違えれば、負けていたのは彼だったのかもしれない。膝を撃ち抜いた一発が無ければ危うかっただろう。

 

「ーーーあは」

 

額に突き付けられる白銀の銃口。そしてその下にある銃剣を見つめ、ピトフーイはへらりと笑う。ああ、十分すぎるほどに楽しめた。ここまで血が沸いたのは久々だった。予選一回戦で敗退というのは少々箔が付かないが、まぁそれを差し引いてもお釣りが来るほどに充実した殺しあいだった。

 

思い残すことなどない。だが、願わくばーーー

 

地獄に堕ちろ(Go to the hell)

さよならだ( Arrivederci)

 

この愚かな同類に救済を。

 

ピトフーイがそう胸中で呟くと同時に、白い自動拳銃の引き金が引かれた。残り僅かだった体力が虚空に消え、幕引きはあっさりと終わる。

ただ空薬莢が地面に転がる音のみが静かに響きーーー少年は静かに溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

Dブロック予選一回戦《シュピーゲル》vs《ピトフーイ》。勝者《シュピーゲル》。

 

ーーー【弾道不可視の狙撃(インビジブル)】及び【予測不可能の一撃(インポッシブル)】、修得完了。






結構ぐだった予選一回戦もこれで終わり。え、主人公が強すぎる? タグでもHAIJINだと言ってるジャマイカ。
これでキリトくんの前に立っても瞬殺はされないレベルになったはず!(え


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願望

 

 

 

 

「............えっと」

「なに?」

「俺、勝ったよね?」

「ええ」

「割と頑張ったよね?」

「そうね」

「じゃあさ───なんでそんなに怒ってるんでせうか?」

 

視界の大半を閉めるのは鈍い輝きを放つ銃口。後頭部に感じるのは冷たい床の感触。

まぁ、要するにへカートさんで頭ぐりぐりされてるわけで。

 

「───別に、全く、これっぽっちも怒ってなんかないですけど何か?」

 

───あかん。何故か知らんがこの人めっさ怒ってらっしゃる。

 

ここ半年で一番の笑顔を浮かべるシノンを見上げて、俺は冷や汗を掻きながら乾いた笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

「あのね? あんたが二挺拳銃とかいう馬鹿みたいなモノを使うのは知ってたからいいわよ。別に、それに関しては何も言うことないわ」

「お、おう......さいですか」

「問題はその後よ」

 

自覚症状はあるのか、と目で問われ───俺は首を傾げる。直後、銃口による眉間ぐりぐりがさらにぐりぐりぐりぐり、と回転数を増した。解せぬ。そして痛い。超痛い。

 

「な、ん、で───敵の目の前で寝てんの? 馬鹿なの? 死ぬの? むしろ死ね馬鹿」

「いやあれは寝てたんじゃなくてちょっと目を瞑っただけで痛い痛い痛いです大佐」

「うっさい黙れしゃらっぷ。敵見なくても撃てるならその目玉はいらないわよね? そうよね? はいかイエスか二択で答えなさい───10、9、8、はいゼロ」

「それ実質選択肢ないよね!?」

 

もはやろくすっぽカウントせずに選択を迫るシノンに、俺は殺気めいたものを感じてだらだらと冷や汗を掻く。ヤバい。なんかヤバい。というか目がマジだ。

どうにか風穴を開けられるのを防ぐべく、どう答えるのが最良かと俺は冷や汗を流しながら考えを張り巡らせ始める───が、唐突にその殺気が収まる。

思わず目をぱちくりさせながらシノンの顔を見つめると、そのつり上がり気味な猫目にじろりと睨まれた。怖い。

 

「......ま、勝ったからギリギリ許してあげるわ。良かったわね、あれで負けてたらただじゃ済まなかったわよ」

 

"次にあんな舐め腐ったような真似したら殺す"と目で語りながら、シノンは俺の額を銃口で小突く。

小突く。

小突く。

ひたすらに───ごすごすと額を小突き続けて。

 

「......あの。そろそろ退いてくれません?」

「なんかムカつくから嫌」

「えぇ......」

 

そんな理不尽極まりない理由でストレス発散に付き合わされることになった俺だったが、シノンがようやく周囲の視線に気付いて真っ赤になるまでひたすら額を攻撃されることになるのだった。

 

 

 

 

「よう、さっきは大変だったな」

「ん? ......ああ。確か、キリト......だったよな?」

「そうそう。そういうあんたはシュピーゲル、だろ?」

 

原作主人公の名前を間違うことなど有り得ないが、知り合って間もない人間がスムーズに名前を呼ぶのも少し違和感がある。そこで少しばかり演技を挟んで応じると、テーブルの向かいの椅子に美少女───に限りなく近い美少年が腰をかけた。

ちなみにシノンはさっき真っ赤になって何処かに行ったが、また戻ってくるだろう。予選の二回戦もあるのだから此処から安易に移動は出来ない。......というか、俺もさっきから色んな視線が突き刺さっているのだが、なんなのだろうか。

 

まあ、それはともかく。

 

「んで、何の用だ、美少年......少年なんだよな?」

「用がなきゃ声をかけちゃいけないのか?......あとこのアバターについては何も言わないでくれ。俺は男だ。男だからな!」

「男の娘ってやつですねわかります」

「おいバカやめろ」

 

呻く主人公───キリトを見て俺はくっくっと笑いを漏らす。まさかあのキリトとこうして軽口を交わすことができるようになるとは、なかなか感慨深いものがある。ひょっとしたら転生して唯一のメリットがこれかもしれない。

 

「......まぁ、本当に用はないぞ? あんたとちょっと話してみたかっただけさ。あの二挺拳銃を作った張本人と───」

「───ぐふ」

 

今度は俺がテーブルに突っ伏す番だった。見事に俺の黒歴史を抉ったキリトは「へ?」と声を漏らす。どうやら俺にクリティカルダメージを与えたことに気付いてないようだ。

 

「やめろ......その事は聞くんじゃねぇ.....!」

「え? でもあれ滅茶苦茶かっこよくないか?」

「おっふ」

 

なんでだ?と心底不思議そうに首を傾げる様を見てさらに俺は撃沈される。いや別に今のキリトの容姿がもろに俺の好みで明らかに女にしか見えないのも相まってちょっと見惚れちゃったりしてよくよく考えたらこいつって男なんだよな、って思って自己嫌悪と絶望の波に飲まれた───というわけではない。断じてない。ないったらない。

別にそういう訳ではなく、単にフラッシュバックした黒歴史によってSAN値をゴリゴリ削られただけである。

 

「......俺が悪かった。俺が悪かったからもう止めてくださいお願いします。俺をその名で呼ばないで......!」

「え? いや───」

「......"白黒十字の双銃士(モノクロス・ダブル)"」

「デュフ」

 

背後からぼそりとかけられた言葉に崩れ落ち、俺はうわああああああ──と叫びたくなる衝動を堪えるべく頭をテーブルの縁に打ち付ける。

だが、追撃は終わらない。

 

「"舞い降りし漆黒の堕天使"、"太極双銃(パラドックスガンナー)"、"混沌喰らいし銃剣(カオスイーター)"、"究極の白き闇(ダークネス)"、"絶†影"、"双覇の聖魔銃剣(ガンソードオブビトレイヤー)"、"黒天白鬼"───」

「ごふぅ」

「シュピーゲルぅ───!?」

 

厨二ネームのオンパレードを呪詛のように囁かれ、俺は吐血しながら崩れ落ちる。死にたい。

 

「あ、さっきスレッドみたら更新されてたわよ。読んであげましょうか?」

「..................死のう」

「やめろ! シュピーゲルのHPはもうゼロだ!」

「......ふん」

 

必死にキリトが俺を庇うが、もうすでに俺は死に体。というより死にたい。死のう。俺なんで生きてんだろ。

だが正真正銘の止めを刺す前に矛を納めたのか、背後から奇襲してきた犯人───シノンは鼻を鳴らして俺の右横の椅子を引いて座る。

 

「で、そこの変態二人組はなに密談してんのよ」

「え? いや、密談ってほどでもない......というか話す前にシノンが思いっきり腰を折ってきたんだろ」

「そうだったかしら?」

 

なんでだろう。いつの間にか俺も変態の仲間入りを果たしてしまった気がする。

 

「ほら、いつまで寝てんのよ。さっさと起きなさい」

「くぺ!?」

 

襟を思いっきり後ろに引かれ、強制的に覚醒を促される。まさに暴虐不尽。だが文句の1つでも言ってやろうと振り向くと、未だ頬を少し赤く染めて視線を反らす様を見てその気が失せる。うん......余程恥ずかしかったんですねシノンさん。ですが俺が完全に被害者であることも考慮してくれませんかね?

 

「......ふーん」

「いや、なんだよその意味深な"ふーん"は」

「いや、別に? ところで、二人はリアルでも......その、知り合いなのか?」

「あん? まあ、一応知り合いではあるな」

 

そう言って横を見ると、「そうね」とシノンが肯定して頷いた。

 

「誠に遺憾ながら、そこのロマンバカとはリアルでも関係があるわ」

「おい、誰がバカだ。バカって言ったほうがバカだかんな?」

「あんた何処の小学生よ」

 

そんなくだらない掛け合いをしていると、キリトは何故かふむふむと頷く。そして、かなりイイ笑顔で爆弾を投下した。

 

「じゃあ──二人は付き合ってるのか?」

「──ぶふぅ!?」

「はい?」

 

シノンは含んでいたジンジャーエールを吹き出し、俺は首を傾げる。何がどうなったらそんな結論に行き着くのだろうか。

 

「だ、誰がこんなバカと──!」

「そうだぞキリト。コイツと付き合うなんざありえるわきゃねーだろ」

「............」

 

何故か隣から視線がびしばし突き刺さってるがスルーし、俺は堂々と胸を張って答えた。

 

「──心は汚れても体は純水(ピュア)な童貞ぼっちゲーマーなめんな。そもそもこいつの胸部装甲じゃ話にならん、転生してやり直してくるがいい」

「ちょっとそこ退いてキリト、こいつ殺せない」

「お、落ち着けシノン!? 話せば、話せばわかる!」

「話してわかるなら軍はいらないのよ────ッ!!!」

 

ふしゃー!と唸りながらシノンが殺気すら乗せて此方を睨む。HAHAHA、何が起こってるかわからないなぁ。

 

「おま、ジンジャー飲んでないで止めろよ!?」

「逆に考えるんだ。あげちゃってもいいさ、と」

「意味わかんないんだけど!?」

 

ぎゃーすか喚く二人を見ながら、俺は若いなぁと思いつつジンジャーエールを口に含む。......あ、やっぱ嫌いだわこれ。コーラ寄越せコーラ。なにこれ薬みたいな味なんですけど。ドクペ?

 

「......楽しそうで何よりだ」

 

場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、俺はその様を見ながら笑う。主人公(キリト)ヒロイン(シノン)が取っ組みあってるのを端から見れる俺は、恐らく羨まれる立場にあるのだろう。それで十分なのだ。目の前で繰り広げられる物語を見ていられるだけで、俺は────

 

 

 

 

『本当に、そうか?』

「............あ?」

 

『本当は、くだらないと思ってるんだろう?』『とんだ茶番だと、思ってるんだろう?』

『どんなに自分が"物語"に深く関わっていても、所詮は部外者(イレギュラー)だ』『わかってるんだろ? (キミ)は一人だ。何処まで行っても──俺だけは爪弾き』

 

───。

 

 

『じゃあ壊せよ。このくだらない箱庭を。俺以外だけで完結してしまっている世界を。どうせ俺にとっては作りモノの世界だ』『壊して』『殺して』『犯して』

『破いて』『裂いて』『台無しにしてしまえ』『全てを粉々にしてひっくり返せ』

 

『そうすれば、きっと───

 

「───黙れよ」

 

自分でもはっきりわかるほどに、低い声が漏れる。指に力が加えられ、破壊不能オブジェクトであるグラスが僅かに軋んだ。だが幸いなことに、周囲の喧騒に紛れて誰にも聞こえなかったようだ。

......くそ、という言葉が漏れる。どうやら、俺は少し疲れているらしい。今日の所はさっさと落ち(ログアウトし)て、寝るべきか。

 

そう考えて、俺は席を立ち。首を鳴らしながら欠伸をして、一旦外に出るべく足を運ぶのだった。

 

 

 

「..................」

 

背後に突き刺さる、視線に気付かずに。

 

 





次から本選です。予選の他の試合はすっ飛ばします。
え、更新遅いわりに内容薄いし短い?......ほら、うん。それはスランプということでお願いします。繋ぎの回書くのに予想以上に手間取りました、はい。
ではまた。


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狂った歯車

あけましておめでとうございます。今年もよろしくです。
では、新年初投稿の十五話です。ドゾー。






 

 

 

 

「むっかつく......」

 

ガツン、と。

 

「......あの男!」

 

スニーカーの爪先で蹴り飛ばされたブランコの鉄柱が音を立て、俺は蹴った本人である朝田へと目を向ける。直後に「いったぁ......」と溢しながら少々涙目になっていたのはご愛嬌だろう。うん、そりゃ全力で鉄を蹴ったら痛いよね。

 

「......はぁ。とりあえず落ち着け。なんか飲むか?」

 

だが最後まで聞くことなく、不機嫌な朝田によって俺の左手から缶コーヒーがかっぱらわれる。いや、その、それ俺のなんですけど。別に俺のをやるとかそーゆー意味じゃなかったんだが。

そんな抗議の意味をこめて朝田に視線をやる──が、それに気付くことなく憐れ缶コーヒーは飲み干される。よくよく考えたらこれって間接なんとかな気がしないでもないが、本人が一切気にしてなさそうなのでスルーしておくことにした。

 

「にしても珍しいな。お前がそこまで言うなんて」

「だってさ......」

 

朝田詩乃、という少女は基本的に他人にそこまで興味がない。そもそも眼中にない、と言ってもいいだろう。故に他人に関してぐちぐち言うことはほとんどなかった。そもそも喋る相手がいない、というのもあるだろうが。

......あー、いや、別にお前がぼっちだとか言うつもりはないから。だからこっち睨まないでくださいごめんなさい。

そう心中で謝罪すると、朝田はふす、と鼻を鳴らして唇を尖らせる。そして、拗ねたように呟いた。

 

「......図々しくて、セクハラやろーで、カッコつけてて......だいたい、わざわざGGOに来てまで剣で闘わなくてもいいじゃないのよ」

 

ブツブツとそう文句を垂れ流しつつ、朝田は足下の小石を蹴り飛ばす。ついでに言うとその石は全部こっちに飛んできているためすこぶる痛かった。ええい的確に脛を狙うな。

 

「そのうえ、最初は女の子のフリして、私にショップを案内させたり装備選ばせたりしたのよ! 危うくお金まで貸しちゃうとこだったわよ。あ──もう、アイツにパーソナルカード渡しちゃったし......まったく、何が『リザインしてくれ』よ!」

「着実に攻略されてますな......」

「なんか言った!?」

「いえなんでもないですはい」

 

原作だとこうして朝田に興味を持たれ、そこからなし崩し的に攻略していったんだっけか。さすがキリトさん、ナチュラル女たらしはやはり健在か。というより、ああいうフェミニスト的な台詞を臆面もなく吐ける胆力がほんと凄い。もう見てる方が肌痒くなったわ。だが様になっているのがさすがと言うべきか。イケメンマジパねぇっす。

 

「......なによ?」

 

そんなことを考えながら朝田の横顔を見ていると、視線に気付いたのか訝しげな顔でこちらを向いてくる。それにどう答えたものかと考え、俺は口を開いた。

 

「んーにゃ? お前がそんなに他人のことを色々言うの初めてだろ?」

「......そう?」

「そうだろ。お前、普段全く興味なさそうだし」

 

言われてみれば、という表情になる朝田。それを見つつ、俺は本選開始まで後三時間だな──と他人事のように考えながら欠伸をした。

一回戦以後は全くと言っていいほど苦戦しなかったせいか、不完全燃焼めいた感じになっている。だがそんな精神とは裏腹に、体のほうは結構疲れている、というよりは凝っていた。そして長時間のダイブによる疲労を解消するために外に出たはいいが、こうして愚痴に付き合わされることになってしまったのは計算外であった。

 

......ほんと、なんでこうタイミング良く遭遇してしまうのだろうか。だがよくよく考えたらどちらにしろあっちで愚痴に付き合わされることになってただろうな、と思い当たり溜め息を吐く。

 

「......私、怒りっぽいのよ、これでも」

 

知ってた。

 

その言葉を危うい所で飲み込み、「へぇー(棒)」と相槌を打っておく。我ながらファインプレーだったと思う。あのまま言ったら絶対怒られてた。

そうして「この借りは絶対倍返しにしてやる......!」とぶつぶつ呟いてるアブナイ人から目を逸らすと、俺はふと今回の目的について思い出す。俺がこの大会に参加した目的の四割はもうすでに達成されている。すなわち、主人公(キリト)との接触である。だが、欲を言うならばもう少し繋がりを持ちたい。より正確に言うならば、『キリトと戦いたい』。純粋なゲーマーとしても、俺はキリトと矛を交えることを楽しみにしていた。

 

──二年間、ひたすらに剣を振ってきた生粋の廃人ゲーマー。それと戦える機会なんざ滅多にない。折角本選まで来れたのだから、最高峰の剣技を生で体験してみたいと思うのは当然だ。

 

「............」

 

ちらり、と。横目で少女を見やり、俺は首を横に振る。この憤怒に口をへの字に曲げている少女も確かに強いが、何かが足りないのだ。あと一歩及ばない。強いっちゃ強いが、それはあいつらのような"振り切れた"強さではない。それは主人公補正とかそんなのではなく、ただ純然たる"差"。それはあと少しなのに、隔絶したような──届きそうで届かない、絶妙な壁だ。

 

ならば、その差はなんなのだろうか。いや、わかりかけてはきている。だが確信はない。自分もあちら側に──SAO生還者(サバイバー)達と同じような"廃人(バケモノ)"と呼ばれる側へと足を踏み入れつつあるのはわかっているが、何が違うのかはまだわかっていなかった。意志の力、だとか。魂の力、だとか。そんな綺麗なモノじゃないことは確かだ。そんな嘘臭い言葉で表せるものじゃなくて、これはきっと、恐ろしく単純なモノだという確信があった。

ひょっとすると、これは死銃(デス・ガン)とやらにも当てはまることなのかもしれない。だからこそ、奴とも会ってみたかった。

 

 

 

──だが、何故だろうか。俺はこの時、死銃に会うことを望みながらも、恐れていたのだ。理由などない──いや、本当はわかっていたのかもしれない。奴と会えば、何かがどうしようもなく終わってしまうことが。俺と奴は、致命的なまでに正しく天敵足り得るということが。

 

俺は、薄々勘づいていた筈なのだ。死銃というプレイヤーの正体に。

 

「......? どうしたのよ、そんなニヤニヤして。気持ち悪いわよ」

「さらっと酷くねぇか!?」

 

この時の俺は朝田の声によって誤魔化されてしまい、すぐにその違和感から目を逸らしてしまっていた。だがもしこの時、俺がこの矛盾に気付いていたら。自身に巣食う恐怖の原点をしっかりと見据えていたら、結末は違っていたのかもしれない。

だが、もう遅い。すでに俺は間違えたのだ。否、間違えるもなにも、最初から間違っていたのかもしれない。

 

「......じゃ、そろそろ帰りますかね」

 

物語は、どのような形であれ終わりを迎える。

 

──それが、最悪の終わり方(バッドエンド)だったとしても、である。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

バレットオブバレッツ──BoBの本選は、予選がタイマンの決闘であるのに対して複数人によるバトルロワイアルだ。直径十キロの、ほぼ円形な孤島を丸ごと用いて行われる総勢三十人の殺し合いである。

 

そして──その本選が始まって、既に三十分ほど経過しようとしていた。

 

「......そろそろか」

 

欠伸をしながら、樹上で端末を取り出して待機。そしてデジタルの時計が8時半になった瞬間、南から順にスキャニングが始まった。

......五秒ほどで完了したスキャン。それによって判明した現在の生存者は21。つまり、9人が既に死亡したということである。そのうち俺が始末したのは一人──俺が今いる森林地帯でトラップなどを仕掛けようとしていたプレイヤーを殺したのだ。神速で距離を詰めて頭蓋に二、三発叩き込んで速攻で沈めたが、そのお陰で森林地帯の安全はほぼ確保できたと言って良い。というか、俺が最も活躍できるのは障害物だらけの森林地帯くらいなのである。故にずっと此処にいたい気持ちはあるが、そろそろ移動するべきだろう。だが島の中では南東に位置する森林地帯を出るとしたらどちらに行けばいいのだろうか。

 

......端末に表示される光点をタップして名前を確認していくと、判明した事実としてはまずシノンはこの森林地帯から南西にある山岳地帯をうろちょろしているということ。そして、我らがキリトはと言えば森林地帯から山岳地帯へと真っ直ぐ移動中だということだ。どうやら予想以上に近くにいたらしい。こっちに来なくてほっとしている反面、戦いにならなかったことを残念がる自分がいることに苦笑する。

 

......後は、《ペイルライダー》と《ダイン》が追いかけっこでもするかのように鉄橋方面へと森林地帯を突っ切っている、というところだろうか。うん、30人もいるだけあって結構プレイヤーが近くにいるようだ。割りと不意打ちを食らいそうで怖い。やはり移動するべきだろう。ひょっとすると、俺を始末するべく移動するプレイヤーもいるかもしれない。そんなに恨みを買ってるつもりはないが、良くも悪くも名が知られているのは認めざるをえない。

 

まぁ、それはともかく。

 

「......北の田園地帯か、川沿いに遺跡に行くか」

 

どちらにしようか、と唸る。単純にこの大会を勝ち進めるのが目的であれば、田園地帯をうろちょろしつつプレイヤーを間引きし、さらに北の砂漠地帯に向かうべきだろう。正直、遺跡地帯はなるべく避けたい。あのエリアは完全に狙撃兵(スナイパー)の独壇場だ。入り組んだ廃墟を利用して射線を限定させ、位置を割り出して殺す──なんていう高等テクは今の俺にはない。どちらかというと、俺はそうやって頭で考えるよりは特攻して叩き潰すタイプなのだ。おおまかな戦略レベルでは物を考えられても、戦術レベルでは無理だ。よって、遺跡は後回し──

 

「にしようと思ってたんだけどな」

 

今回はただ勝つだけではダメだ。キリト、そして死銃と呼ばれるイレギュラーと如何にして一対一に持ち込むか。つまり、戦況を俯瞰しつつ誘導しなければならない。今後のアリシゼーションなどの展開を考えれば最も避けねばならないのは俺の行動によって、キリトやシノンが死銃に殺されることだが──俺としても、この大会は負けられない。多少のリスクは無視して死銃と相対しなければならないのだ。

 

──そのためには、何人か死銃に殺されようが知ったこっちゃない。

 

「......とりま、こいつには死んでもらうかね」

 

死銃の正体はわからない。俺の足りない脳味噌を駆使しても、絞り込めた候補は五人程度。ならばその候補をしらみ潰しに殺していけば、いつかは奴に会える。

 

「──くは」

 

FN・FALの薬室に薬莢を送り込み、俺は自分が"舞台"に上がっているという事実に身震いする。これだ、これが欲しかったのだ。

俺の行動で、"物語"が変わる。俺にも"役割(ロール)"がある。もう背景(モブ)以下の俯瞰者ではない。

 

 

 

『......はは。うん、君がそれでいいなら、いいと思うよ。もうきっと止められない。(キミ)の壮大な自殺は、僕じゃ止めれない。だって、根幹の思いは同じだから』

 

 

何処かで、誰かが諦めたように笑う。きっとその正体にもわかっている。だが、俺はそれに気付かないフリをして黙殺した。

 

「......目指すは"遺跡地帯"。目標は"銃士X"」

 

たった一人の行動で、原作(モノガタリ)は狂っていく。

その事実に歓喜しながら──俺は田園地帯を突っ切るようなルートを脳裏に展開しつつ、アサルトライフルを構えて走り出した。

 

 

 







ついに本性を現し始めたシュピーゲル。死銃ってダレナンダロウナー(棒)。


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奇襲と交錯

 

 

「ッ......」

 

カツン、と。

背後から響き渡った硬質な音を耳が捉え、彼女ははっとして振り向く。勿論、得物であるアサルトライフルは既に構えていた。......だが吹きさらしのそこには誰もいない。そのことを確認すると、彼女は安堵の溜め息を吐いた。どうやら取り越し苦労だったらしい。過度な警戒は悪いことではないが、こうして一々の音にびくりとなるのは心臓に悪かった。

 

バレットオブバレッツ第三回大会会場である《ISLラグナロク》。直径10キロメートルのほぼ円上の孤島、その中央部に位置する都市廃墟。そのさらに中央部にあるスタジアム風の円形建築物の外周部に、彼女───"銃士X"と呼ばれるプレイヤーは居座っていた。

ちなみに本来のその読み方は《マスケティア・イクス》。決して《ジュウシエックス》ではないのだが、やはり初見の人からはジュウシエックスと呼ばれてしまうのが悩みだった。

 

「......うん、此処にするか」

 

そう独り言を漏らすと、銃士X(マスケティア・イクス)は愛用のアサルトライフルを下げたまま狙撃ポイントを探し始める。この円形スタジアムは高さといい見晴らしの良さといい、狙撃ポイントとしては最高だと言って良い。だからといって固執するのは危険だが、一人落とすくらいまでは此処を拠点とするのも良いだろう。次のスキャンまで残り二分ほどだが、此処の真下を通るような間抜けを探しても問題はあるまい。

そう思考し、彼女はアサルトライフルをストレージに収納し、おもむろに狙撃銃(スナイパーライフル)を取り出した。幸い、崩れかけた縁の瓦礫の隙間に捩じ込めそうだ。伏せれば視力強化(ホークアイ)スキルでもなければ見つけることは困難に違いない。そして、それに気付かなかった愚かな兵士(ソルジャー)の眉間をこの手で───

 

「......ッ」

 

だがそこまで考えた瞬間、ふと悪寒を感じて彼女は辺りを見回す。誰もいない。だが、確かに誰かに見られている感覚がしたのだ。

......ゆっくりと辺りを見回し、さらに縁の近くにまで近付いてそっと下を覗く。さらにスタジアムの内部や彼女が上がってきた階段を見てみたものの、やはり誰もいなかった。

 

「......気のせいか」

 

釈然としないものの、いないものはいない。どうやら過敏になりすぎているようだ、と彼女は苦笑して再び定位置へ戻ろうと歩き始める。此処はかなり高い場所なため、風がそれなりに吹いている。そこらも計算しなければ外すかもしれない。

そうして、スナイパーライフルを再び手に取り──

 

「──あんた、良い勘してるね」

 

突如として、何かが潰れる音と共に視界が消滅した。

 

「あ、ぐ──!?」

 

目を潰された、と気付いた時にはもう既に遅い。仮想体(アバター)と言えど、ぐちゃりという嫌な感触が伝わってくる。推測するに、指で目を潰されたか。

咄嗟に悲鳴が漏れかけるが、シュッという風を切るような音と共に消える。目、そして次は咽。視界と声を潰され、悲鳴すらも出すことができずに彼女は愕然とした。

──何処から、現れた。

 

「真っ向から勝負したかったのかもしれんが、すまんね。こちとらなるたけ消費せずに勝ちたいのよ」

 

囁くような声音。それが耳に届いた直後、背後から腕が回される。思わず狙撃銃を取り落とし、彼女は声も出せないままもがいて抵抗する。だがそれを狙っていたのか、するりと腕がほどけた。

 

「───」

「あー、うん。最期の言葉くらい聞いてやりたいんだけどさ──」

 

真っ暗な視界の中、彼女は足掻くように手を伸ばす。だが指先に触れたのは、解れたローブのような感触だけで。

 

「──ごめん、声出てないからわかんねぇわ」

 

仄暗い笑みを浮かべた少年の姿を幻視したまま、拳銃の銃声とともに銃士X(マスケティア・イクス)の意識は砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......これじゃまるっきり暗殺者だな、俺」

 

砕け散った銃士Xの仮想体。それを見下ろしつつ、俺は彼女の遺産?であるスナイパーライフルを持ち上げる。重い。だが持ち運ぶのに少々ふらつくだけで、運用するにはそこまで支障はなさそうだ。

......たかがスナイパーライフル一つでふらつくような筋力値ってのも色々問題あるか。

 

「ふぅ......」

 

干将を腰のホルダーに納めると、ぼろいフードを抑えながら周囲に聳え立つ廃墟郡を見回す。こんなに乱立している状況では何処にこの銃士Xのようなスナイパーが潜んでいるかわからない。だが、この最も使えそうな場所を奪取できたのはでかいだろう。

 

次のスキャンまで残り一分弱。本命が来るまでに何人かは潰しておきたい。銃士Xが死銃ではないと確認した以上、残る候補四人の何れかが死銃だ。確かもう一人ほどこの近くにいたはずだから、この掻っ払ったスナイパーで出来れば潰したい。

 

「狙撃は得意じゃねえが、下手ってわけでもないんだよなぁ」

 

さすがにシノンのような本職には劣るが、スキル補正無しでも300メートル程度なら当てられる。反動やら何やら結構恐ろしいものの、どうせこのスナイパーは拾いものなのだから捨ててしまっても問題ない。当たれば儲けもの、ようは使い捨てだ。

そう考え、俺は先程銃士Xがポジショニングにしていた場所に狙撃銃──恐らくはドラグノフの改造品であろうそれを据え、伏せてそのスコープを覗きこむ。零点規正(ゼロイン)は300メートルで済ませてあるが、変える必要はないだろう。

 

「......うん、そろそろか」

 

ある程度操作方法を把握した所で、俺はフードを被り直す。そして、囁くようにして呟いた。

 

「──"起動(スタートアップ)"」

 

ジジジ、という虫の羽が擦れ合うような音とともに、フードとローブを波が伝わっていく。そして完全にその波が伝わった後に見てみれば、ローブは完全に背景と同化していた。

 

──《メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)》。それが俺の切り札である、この超絶レアアイテムのローブに搭載された機能だ。

ぶっちゃけ反則級のアイテムだと言っても過言ではない。要するに、不可視の状態から一方的に狙撃することが可能なのだ。頭がおかしいくらいに低確率ドロップ──それこそ対物ライフルレベルでレアなこのアイテムがたまたまボスからドロップした際には目を疑ったものだ

だがしかし、

 

「レアすぎて使う気にならねーっつの......」

 

もしも破損したり奪われたりしたら──という恐怖から今までガンロッカーの中で眠っていたのがこのぼろいローブだった。つまり、その真価を発揮するのはこれで初めて。どんだけチキンなんだと言われるかもしれないが、ゲーマーなんてこんなもんである。

 

「......ほんとに見えないんだな」

 

まぁこの大会で使わなければいつ使うんだ、と考えて引っ張り出してきたものの──これはヤバい。銃士Xを襲撃した際にもこの機能を使ったが、あれだけ注視されてなお欺くほどの迷彩能力である。正直いきなり振り向かれた時にはびびったが、微動だにしなければあの至近距離からでもばれなかった。やはり反則級である。......過信しすぎるのもよくないが。

音を消せないという欠点や足跡でバレるということもあるため、砂漠地帯や砂利が敷き詰められている場所では要注意だ。

 

──しかし、それにしても監視衛星の目すら掻い潜れるってのは考えものだよな。

 

「やっぱり、か......」

 

半信半疑だったものの、北からスキャンされている様子を確認するに、やはり俺の座標は表示されていない。なんだこれ強すぎね。

多くのプレイヤーがスキャンを絶対視している以上、この"スキャンを無効化できる"というのはあまりに強すぎる。一方的な奇襲が可能になるというとはそれだけで脅威だ。

 

「修正パッチくらいそうな気がしないでもないけどなぁ」

 

そうぼやきつつ、俺はローブで覆うようにして端末を覗きこみ、スタジアム近くにある光点をタップする。......表示される名前は《リココ》。死銃候補の一人である。

 

──潰すか。

 

「はぁ......」

 

溜め息を吐き、手元にある銃を確認する。ドラグノフ・カスタムの薬室にはすでに弾は送り込まれているようだ。さらに言えば零点規正(ゼロイン)まで済んでいる。後は敵をセンターに入れて撃つだけ──

 

「......ん?」

 

ふと端末を再び覗きこみ、俺は眉を潜めた。先程まで点灯していた《リココ》の光点が消えている。もう座標表示が終了したのかと思ったが、他の光点がまだある以上は有り得ない。すなわち、残された可能性はただ一つ。

 

「............ッ!」

 

殺された(・・・・)のだ。俺以外の、プレイヤーに。

......だがそれは有り得ない、と俺は混乱しながらも否定する。先程まで──今もだが、この近くにプレイヤーの位置を示す光点はない。そして半径1キロメートル以内にも存在していない。シノンのような超級のスナイパーが2キロメートル圏内に存在している様子もない。そう、俺以外にいないのだ。

 

──ならば、導き出される可能性は二つ。一つ目は、《リココ》が自殺をした可能性。だがこの本選まできて自殺をするメリットなど皆無。故にこの可能性は限りなくゼロに近い。

そして、二つ目。それはすなわち──

 

「──俺以外の光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)持ちがいる、か......!」

 

二人目の隠密兵士(アサシン)。まさか俺以外にもこのレアアイテムを引いた奴がいるとは思わなかった。だが、考えてみれば道理である。バレットオブバレッツはGGO内でも最高峰のプレイヤーが集まる場。つまり、いわゆる廃人(プロ)がこぞって集結するということだ。そりゃ激レアアイテムを持つ連中ばかりが集まるのだから、必然的に自分と同じものを持つ奴もいるだろう。

 

「......くそったれめ」

 

忌々しい。いざ敵に回ったとなると、この透明化能力は非常に厄介だ。

くそ、と思わず悪態を吐き出す。今の反応から割り出すに、奴がこのエリア──"遺跡地帯"に潜んでいるのは間違いない。

 

「銃器持って廃墟でかくれんぼ、ってか。......笑えねー」

 

ただでさえ死銃の炙り出しに骨を折っているというのに、加えて透明人間とのかくれんぼとかオーバーワークにも程がある。言っとくが俺はそんな頭が良いわけではない。いわゆる知識はあるが知恵はない、という人間の典型である。ようはザ・凡人。一般ピーポーにしてワンオブザモブだ。そんな俺からすると、今の状況は十分に許容量オーバーだと断言しておこう。......言ってて少々悲しくなってくるが、事実なのだからしょうがない。

 

「どーしたもんかね......」

 

継続して死銃を追うか、先に透明人間を排除するか。

二兎追うものは一兎も得ず、という先人の言葉にならってどちらかを選ぶことを決意する。果たして、どちらを優先させるべきだろうか。

──目深に被ったフードの奥で揺らめく、数瞬の思考。そして導き出され結論は、

 

「......どー考えても透明野郎だな」

 

周囲に銃口の光がないかを慎重に見回すと、俺は再び伏せの体勢へと移行する。何故透明野郎の炙り出しを優先したのかは、まぁ極々単純かつ当然の理由からだった。

──そう。あの透明野郎が誰かはわからないが、奴も死銃である可能性もあるのだ。否、最もその可能性が高いとも言える。

スキャンから逃れ得る光学迷彩能力。それは殺人鬼からすれば喉から手が出るほど欲しい能力だろう。その容易に結び付く二つの要因からしても、透明野郎は非常に"怪しい"。原作の展開はもうほぼ忘れかけてるが、このローブを持っていた気がしないでもない。

 

疑惑があり、さらに可能性も高く、脅威になる。ならば最優先で排除するのは当然だ。

 

「......丁度良く"囮"も飛び込んで来てくれたことだしなぁ」

 

俺は端末を覗き、俺は薄く笑う。遺跡エリアに飛び込んできた二つの光点──すなわちキリトとシノン。そのタイミングの良さに感謝しつつ、俺は西側へとドラグノフ・カスタムをえっちらおっちら移動させると、銃口の反射を悟られないよう慎重に据えた。

......やがて予想に違わず、ビルの廃墟に空いた穴から一人の少女が現れる。おっかなびっくり──まさに野良猫のようなその様に吹き出しそうになるのを堪えつつ、俺は静かにスコープを覗きこむ。

 

──さて、鬼が出るか蛇が出るか。どちらに転ぶかはわからないが、シノンが即死しないことを祈るしかない。

 

「一発で死ぬんじゃねーぞ?」

 

キリトとシノンの組み合わせは脅威的だ。近接絶対防御マンであるキリトが盾となり、恐るべき狙撃兵士であるシノンがヘカートでぶち抜く──単純かつ、最強の盾と矛を両立させたコンビである。

だが──もしシノンとキリトが二手に別れたのだとしたら、俺が奴ならばどうするだろうか。

 

──決まっている。

 

「......十中八九、後衛(シノン)を潰す──」

 

スコープの中央。唐突に倒れ伏したシノンを一瞥し、走る青色の電流を確認。そしてその左斜め後方の空間が歪み、ぬらりとした動きと共に黒い拳銃が引き抜かれた瞬間。

 

「──そうだろ? "死銃(デス・ガン)"」

 

無造作に引き金(トリガー)を引いた。

 

『............ッ』

 

走る一条の弾道。轟音と爆炎を伴って吐き出された弾丸は僅かに狙いを逸れて、虚空から出現した死神の肩口を貫く。驚愕に満ちた視線がフードの奥から突き刺さり、俺は薄ら笑いを浮かべて応じた。

 

「──大当り(ビンゴ)、ってか」

 

にしても、だっせぇ名前。

俺はそう吐き捨て──第二射を放つのだった。

 

 




シュピ(あれで違ってたら俺はっず......え、あってる、よね? 死銃だよね?)


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流転する戦況

 

 

放たれた二発目の弾丸。それが寸分違わず死銃(デス・ガン)の眉間を貫く──かと思いきや、さすがと言うべきだろうか。冷静に、上体を後方に倒して仮面の男は避ける。マトリックスもかくやというその様に思わず感嘆の声を上げながら、俺は狙撃銃を破棄して転がった。

直後、滅茶苦茶な体勢から放たれた返礼の弾丸が狙撃銃側面にぶち込まれ、機関部を破壊する。あの体勢から撃ってこの精度とは──やはり色々人間やめてるとしか思えない。

 

「そうこなくちゃ、な」

 

元よりあの程度で倒せるとは欠片も思っていない。今のはほんの挨拶程度の応酬。だがあの怪物染みた反射速度は、ともすればキリトにすら匹敵するのではなかろうか。

膨らむ期待と戦闘意欲──それを笑みとして表しながら、俺は円形のスタジアムから跳んだ。色んなものを代償にした敏捷値(AGI)を存分に生かした大跳躍。それを利用して俺は隣にあった廃墟の壁面に着地し、さらに蹴ってスタジアムの側面へと跳ぶ。そうして三角飛びの要領でスタジアムを安全かつ高速に降りると、光学迷彩を起動しながら西口へと走り出した。

 

「......ッ」

 

先手必勝、とばかりにFALによる連射を叩き込む。だが光学迷彩を起動しているため"どちらも"視認不可──故に俺は土埃と響く音から割り出して攻撃する他にない。

 

──だが、それは完全に悪手だった。

 

「んな──ッ!?」

 

何もない筈の空間。そこから覗いた銃口が火を吹き、まるで此方の位置がわかっているかのように正確無比な弾丸が空気を裂いて飛翔する。俺は眼を剥きながらサイドステップでそれを寸でのところで回避。唖然としながら前方にいるであろう敵を睨む。

......おかしい。今のは明らかに此方が"見えている"攻撃だった。だが光学迷彩は問題なく起動している。ならばなぜ悟られた?

 

「チィッ──」

 

舌打ちしながら再び引き金を引く。だが再びカウンターの如く弾丸が此方を付け狙い、やむなく攻撃を中断して回避に移る。

だが、今のでわかった。

 

「成る程、悟られた──じゃなくて、単に反応速度がダンチなだけか」

 

要するにキリトと全く同じタイプだ。人間としての限界ギリギリの反射速度で"後の先"を取る、技術も経験もなく才能だけのカウンター。単純故に最悪──今のように半端な攻撃であれば回避された挙げ句、位置を割り出されて攻撃を叩き込まれるハメになるということだ。

面倒な、と呻きながらも俺は絶え間無く攻撃を続ける。このシュピーゲルというアバターの強みが速射性能とアバター自体の移動速度である以上、攻撃し続ける他に手はない。

──普通ならば一旦引く、という手もあるだろう。だがここで死銃を逃すという手はない。そしてなにより、

 

「......さっさと下がれよ馬鹿野郎ッ」

「ちょ、えっ」

 

二転三転する状況に着いていけず、目を白黒させているシノンに向けて怒鳴る。それで位置が割り出さて飛来する弾丸をステップ回避するまでがワンセットだ。

 

「スタンも解けただろうが、すっこんでろ」

「あ、あんた──」

 

僅かに息を飲むと、シノンがようやく再起動して動き始める。隙だらけだが、死銃にシノンを攻撃する暇はない。そんな暇は与えない。

ちらり、と。死銃の視線がシノンに向かったのを察知し、俺はすかさず引き金を引く。

 

「おいおい、妬いちゃうだろうが。テメェは俺だけ見ときゃいいんだよ──ってなぁ!」

 

廃墟の壁も利用し、高速の三次元機動をしながら銃口だけは死銃に向ける。体がぶれようが重心が移動しようが、常に吐き出される弾丸は死銃へと放たれる。たが、それでも避けられるというのだから笑えない。

──というか早く逃げてくれませんかねシノンさん。割とそろそろ限界なんだが。

 

「くッ──」

 

弾丸が上腕を掠め、照準が狂うのを知覚して顔を歪める。今まで規格外のAGIにものを言わせて回避を間に合わせていたが、やはり"当ててきた"。此方の速度も込みしてぶっぱなしてくるのを文字通り肌で感じ、これはヤバイな、と他人事のように口の中で呟く。

 

「......まだ、無理か」

『"読み込み"が足りないよ。それに、姿が見えないせいで余計に時間がかかる』

 

役立たずめ。

自分のことながら、不便なものだと舌打ちする。ピトフーイ戦でも"視える"までかなりかかった。やはり即席で使えるようなものではない。

 

『けど、このままじゃ【超反応】には対抗できない。退くべきだ』

「うっさい黙れシャラップ。此処まできて退けるかよ」

 

ここで見失ったらどうしてくれる。幻聴は大人しく引っ込んでろ。

 

『............』

 

やはり主導権はこちらにあるのか、すぐに静かになる。慣れたものだが、これも端から見たらただの精神疾患なのだろうな、とも思う。正直、これがただの精神的なアレなのか。もしくは本当にありえることなのか、俺にもまだわからない。

だがこれが所謂二重人格に近しいものだと仮定して──果たしてどちらが"新川恭二"なのだろうか。

 

「......ま、今考えることじゃねぇな」

 

最優先が死銃との戦いなのは自明の理。今までの敵とは格が違う。気を緩めた瞬間に喰われるだろうことは明白だ。

 

「さて。んじゃま、場所を移すかね」

 

残弾を確認しつつ、側面へと回るようにして地を駆ける。戦闘音を聞き付けたプレイヤーに横槍を入れられてはたまらない。

──だがそんな俺の呟きが聞こえたのだろうか。次の瞬間、死銃はとんでもない行動を取った。

 

「............はひ?」

 

透明人間が懐から取り出すのは、銀色の缶のような見た目の物体。ころころと転がるそれは見事に俺と奴との間に転がるが早いか、凄まじい勢いで煙を吐き出し始める。そう、すなわち──

 

白煙手榴弾(スモークグレネード)ぉ!?」

 

あまりにも予想外。完全に想定外。あんまりにもあんまりなその行動に一瞬思考を停止させた俺は、さらに起きた次の行動(アクション)にも着いていけず。

 

「え、ちょ、おま────!?」

 

さらに投擲された球状物体を視認してようやく状況に気付き、死ぬ気で逃走を始めた。

 

──3。

投擲された球状物体、つまり電磁手榴弾(プラズマグレネード)が地面を跳ねる。

 

──2。

嘲笑うかのような赤いランプの点滅。それに頬を引きつらせ、必死に足を動かし砕けたコンクリートを踏んで蹴る。

 

──1。

ヤバイあかん間に合うか。というかなんでそんなもんいきなり投げてんだよあの野郎絶対許さねえ。

 

 

0。

 

「くぁせdrftgyふじこlp─────!?」

 

自分でもなに言ってんのかさっぱりわからないまま爆風を背中に食らい、そのまま頭から地面に突っ込みかける。ギリギリで受け身をとったものの、視界が揺れて吐き気がするのはどうにかならないものか。

 

「......あんの野郎ぉ、」

 

口の中に入った埃とか砂とかを吐き出し、ぎりぎりと歯軋りしつつ拳を握る。くそったれめ、ふざけんじゃねぇぞ死銃。

 

「逃げやがった─────!!!!!」

 

白煙手榴弾による煙幕と、爆発によって舞い上がった埃。もはや人の気配のしないその向こうを見詰めて、俺は地団駄を踏むのだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「っ」

 

轟き渡る爆発音。先程までいた場所から響いたその音に、私は思わず振り向いた。

 

「死銃の仕業......なのかな」

「どうでしょうね。あのバカがそう簡単にやられる筈はない......と思うけど」

 

どうしても不安になるのは抑えられない。相手はあの骸骨仮面のプレイヤー、死銃なのだ。目の前でペイルライダーが苦悶の表情で死んでいった──そう、連鎖したかのように現実の死を迎えたのを見た身としては、死銃と相対することにすら恐怖を覚えてしまう。

もし。そう、もし彼が死銃との戦いで敗北し、あの因縁の銃によって心臓を貫かれたなら。

 

「っ......」

 

思わず、キリトの肩を借りている右手に力が入る。想像すらしたくない。だが、そんな相手とたった一人で戦っているのだ。

そんな私の葛藤を悟ったのか、キリトは囁くようにして言った。

 

「......助けに行きたいのはわかる。だけど、ろくに動けない今の状態じゃ──」

「わかってる。足引っ張るだけって言いたいんでしょ」

 

そうだ、今の私では邪魔にしかならない。ヘカートの引き金を引くことすらできなくなった私には、何の価値もない。ましてやただの拳銃を目の前にして、一歩も動けなかったようでは。

 

「............っ」

 

悔しかった。自分が求めていた"強さ"なんかには到底届いていないという事実が。過去のトラウマに蹴りをつけられていないという事実が。彼に助けられたという事実が。

──あろうことか、彼に"逃げろ"と言われて、這々の体で逃げだしたという事実が。

 

「ざけんじゃ、ないわよっ......」

 

何が本当の強さだ。恩を返すどころか助けられた身が何をほざく。

たった一人、孤独しかなかった世界から救い出してくれた人。そこに打算しかなく、私を見ていなかったとしても、アイツが私を救ってくれたという事実は変わらない。朝田詩乃が新川恭二の助けになりたいという感情はなんら変わらない。

 

──だからこそ。弱い自分が、何よりも腹立たしく、悔しかった。

 

「......というか、何よあれ。メタマテリアル光歪曲迷彩があったなんて聞いてないわよ」

 

アイツが私に何か隠し事をしている。それだけで苛ついてしまう単純な心に嫌気が差す。だが沸き上がる感情に栓をすることは出来ず、気付けば口から文句が飛び出ていた。

 

「大体、いっつも何の相談もなしに突撃して。少しくらいは相談なりなんなりしなさいっての......」 

 

語尾がまるで拗ねたようになってしまうのは何故だろうか。自覚しないままに、私は愚痴を溢していた。

 

「シュピーゲルのこと、よく見てるんだな」

「え?───あ」 

 

苦笑を多分に含んだ声音。それによってようやく今の自分の言動の意味を理解し、一気に顔に血が集まるのを感じる。

 

「これは、その、ちがっ」

「別に隠すようなことでもないだろ。減るもんでもないし」

「減るわよ! 色々と精神的なのが!」

 

主に私のSAN値とかが。

......薄々自覚こそしていたものの、改めて面と向かって指摘されると、その、色々と死にたくなる。ぶっちゃけ自分でもなんであの(バカ)なのだろうかと甚だ疑問に思う。

考え無しで、ぼっちで、ゲーマーで。人当たりが良さそうに見えて素っ気なくて。此方を見てるようで見てなくて、なのに肝心な所だけはしっかり見てくれていて。デリカシーなんて欠片もないくせに本心を晒さず、ただのバカに見えて根っこには歪んだモノを抱えている。

本当、面倒くさいにも程がある。全く、どうしてあんな男に引っ掛かってしまったのだろうか。 

 

まぁ──面倒くさいところも含めて、良いのかもしれないけれど。

 

「..................」

「なんで一人で赤くなってるんだ......?」 

「うっさい黙れシャラップ」

「理不尽だなぁ」

 

澄んだソプラノの声がぼやく。痺れは完全には取れてないが、段々と体が言うことを聞くようになってきた。足取りがしっかりとしてきたことをキリトが察知し、足を早めて遺跡エリアを北進していく。

 

「......このままじゃ、他のプレイヤーに見つかった時になぶり殺しにされるわよ。どうするの?」

 

だが、やはり足取りは遅い。此処でも私が足を引っ張っていることを理解し、自己嫌悪に似た感情が胸を満たす。

 

「......まぁ、そうだな。何処かに足でもあったらいいんだけど」

「そう簡単に見つかったら苦労しないわよ───って」

 

ふと視界の端に映った看板を見て、私は口をつぐむ。ほぼ同時にキリトもそれを見つけたらしく、ニッと──実に癪なことだが、女の私から見ても見惚れてしまいそうになるほど可憐な笑みを浮かべていた。

 

「苦労しないで済んだな?」

「............そうね」

 

まさに渡りに船ではあるものの、何処か釈然としないのはどうしてだろうか。

『Rent a Buggy&Horse』。半ば壊れたネオンサインは不気味さを醸し出しているが、首都グロッケンにもあったものと同じ無人営業のレンタル乗り物屋だ。モータープールに停めてある三輪バギーは、そのほとんどが全損状態だが、中にはたった一台まだ走れそうな奴が残っている。

しかし、乗り物はそれだけではなかった。看板通り、バギーの隣に、四つ足の大型動物──ウマが数匹繋がれている。とは言っても、生きた本物ではない。金属のフレームとギア類を剥き出しにしたロボットホースだ。

ようやく立てるようになった私を置くと、キリトはモータープールに駆け込んだ。そして三輪バギーと金属馬のどちらを選んだものか、と迷うように視線をさ迷わせるが──。

 

「......その馬は、無理よ。踏破力こそ高いけれど、扱いが難しすぎる。とてもじゃないけど素人に乗りこなせたものじゃないわ」

 

マニュアルシフト操作が必要な三輪バギーも乗りこなせる者は数少ないが、ロボットホースの気難しさはさらにその上を行く。ぶっちゃけ、あんなじゃじゃ馬を操れる奴は一人くらいしか心当たりがない。

 

「......そう、だな。わかった、バギーで行こう」

 

一瞬名残惜しげにロボットホースに視線をやると、キリトは頷いて、一台だけ健在の三輪バギーに走り寄る。始動装置のパネルに触れてエンジンを駆けるまでの動きに躊躇いはない。リアステップに乗るように手招きされ、以前と同じようにキリトもシートに跨がってアクセルオン。太い後輪が甲高く鳴き、足元から直に伝わってくる振動音に思わず身震いをした。

だがこのまま遺跡エリアを突っ切るか──と思いきや。フロントが道路の北側を向いたところでキリトは一瞬マシンを停め、轟くエンジン音に負けじと叫んだ。

 

「シノン、ヘカートであの馬を破壊できるか!?」

「え......っと、そうね。出来ないことはないと思うわ」

 

ようやく痺れの薄れてきた右手で、左腕のスタン弾を引き抜いて眉をひそめる。この距離ならばスキル補正だけでも必ず命中するだろう。後は、構えて引き金を引くのみ。

肩口に立て掛けていたヘカートの銃口をロボットホースへと向け、トリガーに指を掛ける。そして目を細めると、未だ痺れの残る人差し指を一気に引く──

 

「っとあぅあ!?」

 

ことができなかった。

突然急発進したバギー。危うく振り落とされそうになったという事実に頭に血が昇る。なにしてくれてんのだ、この女装変態は。

 

「ちょっと、なんのつもりよ!?」

「ッ、すまなかった。けど後方を見てくれ......!」

「はぁ?」

 

タイヤ痕を残しながらひた走るバギー。揺れる視界に顔をしかめながら後方を睨むと──そこに奴がいた。

 

「っ」

 

激しくはためくぼろぼろのマント。右手に下がる長大なライフル。すなわち、"死銃"だ。

思わずぎゅっと冷たい手で心臓を握られたかのような感覚に陥り、唾を飲み下す。ぐんっという加速感によってバギーから引き剥がされそうになるが、キリトの細い胴にしがみつくことでなんとか回避する。やはり、追ってきたか。

 

 

 

──だが。そこでふと、違和感に気付いた。

 

 

 

「......なんで、死銃が此所にいるのよ」

 

死銃と戦っていたのはアイツだったはずだ。だがアイツの姿は見えない。足止めをしていたのではなかったのか。

 

 

──爆発音。そして、死銃が此所にいるという事実。

 

 

「あ......」

 

有り得ない。有り得るはずがない。だが、わかってしまった。理解してしまった。させられてしまった。

死銃が、此所にいる。それはつまり、シュピーゲルは──

 

「あ、ああ」

 

嘘だ。認めない。絶対に認めない。あの飄々とした男が敗北したなんて。あの忌まわしい拳銃で止めを差されたなどと。有り得てはいけない。だって、私は、まだ彼に何も──────

 

 

    何も

 

 できて

       いないのに。

 

 

「ッ、ああああぁぁぁああぁああァァアアアア─────!!!!!」

 

感情が爆発し、脳が沸騰する。ふざけるな。認めてなるものか。ああ認めない。彼があんな骸骨野郎に殺されたなど、認められるはずがない。そんな馬鹿なことなど許さない。

溢れだす憎悪と憤怒。食い縛った歯が嫌な音を立てる。キリトが息を飲むが、知ったことか。

 

「......ろす。絶対に殺す、殺してやるッ!!!」

「っ──、落ち着けシノンっ......!」

 

落ち着いてなどいられるか。

ロボットホースに跨がり、此方に迫ってくるぼろマント。それを見て、丁度良い、と私は笑った。あの金属馬を何故制御できるのかなどどうでもいい。

 

──奴を、殺せるのなら。

 

「ァ......!」

 

抑えきれない憤怒が唸り声となって漏れる。自分でも過去最速であろう速さでヘカートを照準し、悪路で揺れるスコープ越しに死銃を睨む。

 

──それに気付いたのか、死銃も懐から黒星(ヘイシン)を抜き放ち、此方へと銃口を向ける。だがもはやそれすらも気にならない。ただ身体を満たすのは憤激。

ああ、そうだ。この手で奴を殺せるのなら、私は殺人者でいい。

だから、力を寄越せ──"冥府の女神(ヘカート)"。

 

「......シュピーゲル」

 

零れ落ちるのは喪った名前。吼え立てる憤怒に身を任せて、私は嗤う。

 

──今から始まるのは戦いではない。ただの、一方的な処刑だ。

 

 

 

 

 




シュピ「ッ!? (なんか今悪寒が......)」
キリト「(ふぇぇ......後ろが怖いよぉ......)」

アスナ「なんかキリトくんの後ろに般若が!?」
ユイ 「やっちゃえ、バーサーカー!」
クライン「おい馬鹿やめろ」


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逃避行

 

 

 

──もし。もし自分がシノンの立場だったとしたら、どうなっていただろうか。

 

 

精密な重心操作によって巧みにレンタルバギーを制御しながら、キリトはそんな事を思う。考えても詮のない事だが、それでももし同じ様な事態になれば、と考えずにはいられない。

 

全てを(なげう)ってでも救いたかった者を失った喪失感。自覚した瞬間に全てがどうでもよくなり、灰色に染まった世界。思い出されるのはかつてのヒースクリフとの死闘であり、その最中にアスナが自分を庇って砕け散った瞬間の絶望と憎悪だ。

其を今、シノンは味わっている。そう気付いた瞬間、キリトはシノンを止める事は出来なくなってしまっていた。深淵よりも深く、闇よりも昏いあの心象を理解できるからこそ、止めた瞬間にその銃口が自らへと向かうことだろう事は容易に想像出来た。

 

「っ......」

 

ただ無言でバギーを駆り、黒い金属馬からこちらを付け狙う死神の射線を振り切るべくハンドルを切る。キリト自身驚くほどの精密な重心移動。それが功を奏したのか、神がかった機動で弾丸を回避し続けていた。敵が馬上故に正確に狙えず、また拳銃だったからこそ避けられているのか。

──否、それは常人であれば不可能。一歩どころか半歩間違えれば転倒は免れえない変態機動を維持している要因は、彼の才能によるものが大きかった。とはいえ、それは騎乗の才能ではない。彼の仮想世界における強さの根本を支えているもの。即ち、ヒトとしての生物的限界に至らんとしている"反射速度"だった。

 

「揺れるぞっ!」

「くっ──」

 

前方にある窪みを見切ると、背後の少女に告げてハンドルを大きく右に切る。凄まじい遠心力が二人の騎乗者にかかり、咄嗟にキリトの胴に回されたシノンの手に力が込められる。障害物をギリギリで旋回するようにして回避し、キリトは冷や汗をかきながら懸命に死銃を振り切るべく、全く速度を落とさず遺跡地帯を駆け抜ける。

砕けたアスファルト。巻き上げられる砂埃。乾燥した大気は砂漠地帯が近いことを示し、同時に遮蔽物のない砂漠地帯では、後方から放たれる弾丸の回避のしようがないことを悟ったキリトは喉の奥で唸った。

 

「......ちっ」

 

同時にシノンは舌打ちする。処刑──と大口を叩いたはいいものの、彼女は死銃に対して何の攻撃も出来ていないのが現状だった。

攻撃しないのではなく、"出来ない"。だがそれは攻撃のチャンスが全くない、ということではない。ただ──ヘカートⅡの性質、そして彼女の状況的に不可能だというだけのこと。

 

──バギーの上、というこの不安定な状況であの恐ろしい程の反動を誇る対戦車ライフルを撃てば、ただではすまない。それが理解できる程度には、シノンの頭は冷静だった。

 

「............無様ね」

 

苦々しげにそう吐き捨てる。下手に反撃すればそのままバギーの転倒に繋がるのは自明の理。しかもそれで当たるのならばまだしも、このような不安定な体勢と猛烈な揺れではこの近距離でも外す可能性は非常に高い。

当たれば──否、掠めただけでも死銃は真っ二つに引き裂かれ死亡するだろう。だがもし外せば、対物ライフルの凶悪な反動によって、ただでさえ不安定なバギーが本当に引っくり返りかねない。それこそ地面に落下した所を蜂の巣にされ、無駄死にとなる。

 

......そしてそれは、シュピーゲルが身を投して稼いだ時間を無に帰すことに他ならない。その事実だけが、シノンに無謀な狙撃を躊躇わせていた。

 

「......抑えろ、シノン。今は奴を──死銃を振り切ることに集中するべきだ」

 

どうにか距離を取り、砂漠地帯で仕切り直す方が得策だ。

そう諭すキリトの言葉を反芻する。だがシノンは無言で胴に回した手に力を込め、冷静に──少なくともそう見える程には無表情で反論した。

 

「無理よ。こっちは二人乗り、あっちは一人......どう足掻いても速度差がある。このままじゃ、追い付かれて終わりよ」

 

キリトの運転にミスはない。だが、彼我の距離は着実に埋められていた。現にもはや死銃との距離は100メートルもない──

 

「っ!?」

 

と、そこまで考えていたところで、シノンは慌てて首を傾けた。

直後に先程まで彼女の頭部があった場所を弾丸が貫き、空気との摩擦音が衝撃波となって髪を揺らす。100メートルを切ったことを察知した死銃が、本格的に黒星(ヘイシン)を用いて攻撃を始めたのだろう。黒い骸骨の面を睨み、シノンはぎり、と歯軋りする。

 

「なんとかして、撃てないかしら」

「そう、だな。どうすれば撃てる?」

 

質問に質問で返され、シノンは少し考えこむ。ようは安定した場所で撃つことが出来れば良いのだ。つまり、この揺れがなくなればいいと言うわけで。

 

「どうにかして、揺れを無くすしかないわね」

「簡単に言ってくれるなぁ......!」

 

具体的な案など浮かんでいない。キリトもそれは同じようで、巧みに車体をコントロールしながら、暗に不可能だと匂わせながら言葉を返す。シノンとてそれは理解しているが、そこをどうにかする他に活路はない。このままでは、バギーの後輪に穴を空けられるのも時間の問題だ。

現に今も、バギー側面の金属に当たって跳弾したのか──甲高い金属音が耳を刺す。状況は圧倒的に悪かった。

 

「どうしたら......!」

 

恐るべきは敵の精度だ。100メートルという距離はライフルからすればどうということはないが、それが拳銃となれば話は変わる。あの銃身の短さ、火薬の威力で100メートルの距離を正確に狙撃するのは仮想空間でも至難の技である。ましてや金属馬の背、あの揺れの中では尚更だ。

否──諸々のスキル補正等を込みしたとしても、さらにそれに『片手で』という条件を付与した瞬間に、その狙撃は神業と化す。どうやら、死銃というプレイヤーが怪物染みた狙撃センスを持つのは間違いないらしい。出来ればこんな特殊な状況ではなく、極一般的なプレイヤー同士の戦いとして相対したかったものだ──と考えながら、シノンは懸命に周囲に目を凝らしていた。

 

そして。何か、何か状況を打破できるものはないか。そんな願いが天に通じたのだろうか。前方に存在する格好の物体(オブジェクト)を発見したのは両者共にほぼ同時だった。

 

「キリト、あれ!」

「......いける。5秒後だ、やれるか?」

 

丁度ジャンプ台のように、斜めにアスファルトに突き刺さったスポーツカー。それを視認した瞬間、すでにキリトもシノンも、相互の考えを理解していた。まさに天の采配、絶対絶命の危機(ピンチ)は絶好の好機(チャンス)へと反転する。

 

「──当然」

 

ここで、確実に()る。

流れるような動作で相棒(ヘカートⅡ)を構えると、シノンは未だ殺し切れない恐怖心(トラウマ)の芽を握り潰す。失敗は許されない。この機会を逃せば、死銃を撃破するチャンスはもはやない。

 

「......3」

 

ゆっくりと、刻むようなカウントダウン。黒の剣士によって誘導されたバギーは、一直線にジャンプ台に似た障害物へとひた走る。

 

「2、」

 

敵は100メートル先。視界は最悪より少しマシ、体勢はほぼ立射に近いだろう。振動こそ消えるが、とてもじゃないが安定しているとは言い難い。最低とまではいかないが、狙撃に適しているとは口が裂けても言えないシチュエーションだ。

 

──だが、不可能ではない。ならばこそ必中、当ててみせよう。

 

シノンの口元が弧を描く。だがそれは自身を鼓舞する意味合いが強い。大丈夫だ、今ならば当てられる。

 

「1」

 

そして、一際大きな衝撃の直後、全ての衝撃や振動が消え──

 

 

「ゼロ。やれ、シノン─────!」

 

バギーが空中へと躍り出た瞬間、コンマ一秒の間隔(インターバル)と共に照準器が敵影を捕捉。狙撃のみに特化した脳が敵の速度、それに伴う一瞬後の予測地点を演算し弾き出す。完全にして完璧、半秒に満たぬ間にシノンは確実に死銃を捕捉(ロック)する。

 

──()った。

慢心でも油断でもなく、確定した未来として、シノンは引き金に指をかけながらそう認識する。撃つ前から既に獲物を撃ち抜く未来(ヴィジョン)が見えていた。故に必中、外すことなど有り得ない。

 

撃発(ファイア)

 

そう外すことなど有り得ない。引き金を引ききり、仮想世界最速の弾丸が放たれるまで彼女はそう確信していた。既に確定した未来──

 

 

「............え」

 

その、筈だったのに。

 

思わずシノンは呆然とした。唖然、愕然、呆然。どの形容詞でも良いが、その有り得ざる光景に体を硬直せていた。

 

「う、そ」

 

巨大な対物弾。夕闇に螺旋の渦を穿ちながら突進するその軌道は、騎馬の死神をほんの僅かに捉えそこね、右へと逸れていく。本来黒い死神がいるべき空間を、捻り切るように貫きながら。

 

──外した。

 

初めてだった。あのように確定した未来がはっきりと見えた時に、シノンは外したことがない。撃つ前から当たる光景が見える、というのもまた変な話ではあるが──シノンは昔、この事をシュピーゲルに話したことがある。大体極限まで集中した際に見られることが多いそれは、彼曰く「視覚化できるレベルにまで情報処理がなされた結果」ではないか、と言っていた。ようは狙撃のみに特化した変則的な未来予測であり、シュピーゲルからは何処の赤い弓兵だと呆れられたものの、彼女の狙撃才能がはっきりとした形で露見したものであるのはほぼ間違いない。実際、確定した未来(ヴィジョン)が幻視された際にシノンは外したことがない──否、外したことが"なかった"。

 

よってシノンが衝撃にも似た驚愕に思考を停止してしまい、思わず硬直してしまったのは仕方がないと言えば仕方がないのだろう。だが──千載一遇、絶好の好機を不意にしてしまったという事実は変わらない。

 

「シノン──くそ、外したか!」

 

ついに滞空時間が終わり、衝撃と共にバギーが着地する。蛇行しかけるバギーを危ういところで凌ぎ、キリトは悪態を吐きながらも思考を切り替え、次の狙撃地点......すなわちジャンプ台を探して目を走らせた。

だが先程のように都合よくそんなものが見つかるはずもなく、まさに進退極まった、という状況のままでバギーは廃墟の隙間を縫うように走り抜けていく。

 

「......シノン。どうした、大丈夫か?」

「────っ、え、ええ」

 

キリトの呼び声によって我に返ると、シノンはへたりこむようにしてバギーに腰を下ろす。そして何故外したのか、という混乱の極致の中、ふと後方へと視線をやって──彼女は凍りついた。

 

「笑って、る?」

 

骸骨を模した、悪趣味な仮面。その奥で朧げに光を放つ紅眼が細められ、隠れた口が三日月を描く。本来見えない筈のその表情を、シノンははっきりと視認していた。そして、同時に気付かされた。

 

シノンが外したのではない。外された(・・・・)のだ。

 

「っ............!?」

 

それを悟った瞬間、シノンは背筋が凍るような感覚に襲われた。圧倒的に隔絶した実力差。これが全て死銃の掌の上だったのだとすれば、彼我の能力差は絶望的だ。

これ程までの腕を持つプレイヤーが名を知られていないなど信じられないが、死銃が恐るべき敵であることはもはや疑いの余地がない。このままではなすすべもなく、あの黒星(ヘイシン)に風穴を空けられた挙げ句殺されることになる。

そう。ゲームの中だけではなく、現実でも死ぬこととなるのだ。

そう思い至ると同時にシノンの体は硬直し、今になって胸元から込み上げる恐怖にごくりと唾を飲み込む。

 

──そして直後、それを上回る怒りと羞恥に視界が赤く染まった。

 

「っ───!」

 

恥ずべき者も、怒りを抱く対象も己自身。今何を思った?

実力差を認識するのは良い。だが奴を、シュピーゲルの仇を目前にして怖じ気付き、あまつさえ"敵わない"などと思考したのは──断じて赦せない。シノン自身が赦さない。

 

「............キリト。このバギーって──"一人"なら、死銃を引き離せるわよね?」

「え、まぁ───ってシノン、まさかッ」

 

驚愕に彩られた顔が振り向き、シノンは無駄に綺麗なそれを一瞥して苦笑する。既に背負うようにしてヘカートは担がれ、不安定なバギーの上にしゃがむようにして膝をたわめられている。

それを見て慌てたのはキリトだった。何をしようとしているかはわかる。これ以外に打開策が無いというのも理解できる。だが、これでは、まるで──

 

「私が死んでも、気にしなくていいから。あんたが最終的にアイツを斬ってくれるなら十分よ」

「馬鹿、待てシノン───!」

 

制止の声を振り払うと、シノンは躊躇いなくバギー後部から跳躍する。13キログラム以上あるヘカートを担いで跳躍するなど、本来なら無理もいいところだ。だが鍛えられたSTRは難なくそれに耐え、それどころか五メートルを越える跳躍を可能にする。

アバターのステータスは時には超人的な挙動を可能にし、それが鍵となって戦況を一変させることはたまにあるが──今回もそれに当てはまるのだろう。ようはベヒモス戦と同じである。

あれの場合は廃ビルから飛び降りていたため跳躍など必要なく、さらに滞空時間も長かったため一概には同じだとは言えないが──一度やったことがあるとないとでは大きく異なる。跳躍のほぼ直後、弧を描くようにして跳んだシノンは最高点に達したその瞬間に、すでにヘカートを死銃へと向けていた。

 

「死ね」

 

放たれるは対物弾。第一次世界大戦前であれば、それ単体で戦車の装甲を抜くほどの威力を誇っていた脅威の弾丸。だがやはりと言うべきか、予測でもしていたかのように至極あっさりと回避される。副作用とも言える衝撃波(ソニックムーブ)がぼろマントを纏うアバターをぐらりと揺らすが、それだけだ。

 

全く、未来でも見えているのだろうか。そう愚痴るように心中で溢すと、シノンは仮想重力に引かれ落下し始める。恐らく、この高さと重量で地面に叩きつけられればただでは済まないに違いない。万が一即死を免れたとしても、なんらかのバッドステータスを食らうのは目に見えている。元よりそれは予想していたことだが、こうも歯が立たないとなると苦笑しか浮かばない。

 

(......まぁ、後はあの変態がどうにかしてくれると思うけど)

 

自棄になった、とも取れる思考。だがそれも無理はない、と妙に冷静になってシノンは自分の行動を分析する。

 

──死ぬことに躊躇いなどなかった。新川恭二(シュピーゲル)がいなくなった世界など、無価値に等しい。あの牢獄にも似た現実に朝田詩乃の場所はない。

 

元より生きているのか死んでいるのかすらわからない日常だったのだ。今ここで死ぬのならば、それはそれで良いのだろう。

唯一未練があるとすれば、それは彼女の母親くらいのものだが......まぁそれも今まで通り親族が面倒を見てくれるだろう。母は、今も幸せだった時間の中で──停滞した時の中で暮らしている。その瞳に彼女が写ることは今までもなく、そしてこれからもその機会は無い。

 

(......デートとか、してみたかったんだけどな)

 

最期に思うことがこれか、とシノンは溜め息を溢す。だが彼女とて思春期の女子だ、そのくらいの願望はあったりする。だが──

 

(ま、こんなモノよね)

 

視界の端にちらりと黒い銃口が映り、彼女は静かに瞼を下ろす。数秒後、地面に叩きつけられ瀕死になったところを撃たれて朝田詩乃の人生は終わる。それも朝田詩乃らしいと言えばらしくて、当然の結末なのかもしれない。自分が初めて人を殺した銃で末期を迎えるとは、最高に皮肉なものだが。

 

(......さようなら)

 

誰に宛てたかもわからない別れの言葉。それを声に発さず呟く。

そして、彼女の体は容赦なく大地に衝突し───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──うわ、なにこのスタイリッシュ落下自殺。なにこれ最近の流行りなの?」

 

──なかった。

衝撃と共に何かにぶつかりはするが、それは明らかに固い地面の感覚ではない。

 

「てかマジで危ねぇなおい。重さ×速度は破壊力だぞ? つーわけで速くて重いのでさっさと起きてくれると非常に有り難かったりするわけなんですが。うちのラムレイ2号はただでさえじゃじゃ馬なんだから、このままじゃ落っこちるぞ」

 

有り得ない。これは幻聴だ。今になって未練がましい自分の心が産み出したモノに違いない。

そうだ、目を開ければそこには誰もいないに決まっている。ほら───────

 

 

 

「........................シュピー、ゲル?」

「おうとも。十五分ぶりの感動の再会だ、泣いて喜んでもいいんだぜ?」

 

無造作に纏めた白髪が風に靡き、顔に浮かべるのは張り付けたような軽薄な笑み。茫然とするシノンはただ、それを見上げるしかなく。

 

──唯一無二たる二挺拳銃使いは、黒い金属馬を伴って推参したのだった。

 

 






シュピ「うわちょー重い」
ラム2「せやな」

キリト「...... !? (状況についていけてない)」


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愚者の鏡像

最初に言っておきます。
申し訳ありませんが、今年の更新はかなり遅々としたものになります。下手したらこれが今年で最後かもしれません。と言うのも、作者実は今年で受験生なのです。勉強せにゃならんのです。辛い。ほんと辛い。

というわけで、全く話が進まない十九話です。




 

 

 

「──一つ、昔話をしようか」

 

 

 

 

 昔々、ある所に。一人の少年がいました。

 少年は一人でした。いつも一人でした。誰も少年に近寄らない。誰も少年に触れようとしない。

それには理由がありました。少年は、異常だったのです。

 

「それは、精神的な異常だった。いや、より正確に言うならば──魂、霊魂に関わる異常。そう、輪廻転生と言ったら良いのかもしれないね」

 

 少年には、前世の記憶がありました。

 ただ、知識としての記憶だけならばよかったかもしれません。ですが、少年は人格を──知性までも、引き継いでしまっていたのです。

 

「......それがよくあるネット小説のようなチート転生だったなら、どれだけ幸せだっただろうに」

 

 ですが、そうはいきませんでした。

 少年は、全てを知っていました。

 あらゆることに既視感を伴いました。泣くこともほとんどなく育ち、何の感慨もなく離乳食を卒業し、そして赤子らしからぬその動きから............彼は疎まれました。

 

「本来なら、それは悲しむべきことだ。嘆くべきことだ。誰からも愛されないなんてことは、普通の感性なら泣き叫んでもおかしくない」

 

 ところが、彼はただ、こう考えたのです。

──"失敗した"、と。

 

 失敗。親から疎まれることをそう受け取り、彼は学ぶことにしました。どうすれば愛されるか。どうすれば受け入れてくれるか。親の愛を──より正確を期すならば、親の援助(・・・・)を手に入れるべく、彼は学習を始めたのです。

 冷静に、冷徹に、確実に。まるで赤子とは似ても似つかない、何処までも合理的な思考で。

 

「明らかに、異常だった。異端だった。何かが何処かで、間違いなく狂っていた」

 

 死にたくない、という一心での学習行動。

 彼はそれ自体が致命的に間違っていることを知りませんでした。間違っていると認識することすらできませんでした。それが全ての原因だということがわからなかったのです。

 

 彼には、全てが灰色に見えました。

 何もかもがつまらない。

 何もかもに既視感が伴う。

 ただ機械的に、作業的に生きていく日常。

 

「人間が全て人形に見えた。のっぺりした顔で、かろうじて区別がつくのは親と兄だけ。他は誰一人として判別できない。例えるなら、それは無数にいる蟻の顔をいちいち区別できないようなもの」

 

 彼は早々に壊れかけました。自分以外に、誰一人としてこの世界に人間はいないことに気付いて絶望しました。いるのはニンゲンだけ。ヒトガタのニンゲンが灰色のセカイで無数に群れて、彼以外に色のある人間はいなかったのです。

 生きる目的もありませんでした。

 セカイに居場所はありませんでした。

 理解してくれる人も、理解できるヒトもいませんでした。

 

 彼は、狂気に蝕まれながらも幼少期を過ごしました。

 

──しかし。ある日、唐突に彼は笑顔を浮かべるようになったのです。今まで無表情で生きてきたことが、嘘のように。

 

「......それは、一種の防衛機構だった。少年の精神を維持するための防衛システム。このままでは壊れてしまうと理解した少年は──演じることに、したんだ」

 

 彼の知識の中にある、とある男。何処かのライトノベルのキャラクター。

 そんな、主人公の友人の一人であるキャラクターを──彼は模倣(トレース)することにしたのです。

 

「耐えられないのならば、自分も人形になってしまえばいい。何も考えず、何も受け入れず、少年は愚かな道化を必死に演じることにした」

 

 それはすなわち、役割演技(ロールプレイ)でした。

 自分でない誰かの仮面を被り、それが自分であると必死に思い込もうとした哀れで愚かな道化。

 初めは演技と見抜かれることも多かったそれも、周囲の反応から"最適解"を学習し──その拙い演技は年を重ねる毎に違和感を無くしていきました。そうして、ついに小学校を卒業する頃には、彼の分厚い仮面の奥を見抜くことが出来るヒトは居なくなったのです。

 

「時折仮面の綻びから本来の少年が覗くものの、その程度のもの。既にロールプレイは定着し、少年自身もその仮面が自分そのものだと、かつての自分を忘れるまでに至った」

 

 平和で安穏とした、欺瞞と錯覚に満ちた日常。何処か腐臭のする、そんな日々を中学で過ごしていた彼でしたが──ところが、唐突にそれは崩壊しました。

 

「............ソードアート・オンライン。その名を聞いた瞬間、少年は理解してしまったんだ」

 

 いわゆるVR技術とやらがあるのは知っていました。ですが、それは彼の前世でも研究されていたものです。だからこそ、そこまで違和感を抱くことはありませんでした。

 そして大々的に報道されるソードアート・オンラインのCMと茅場昌彦の名前を聞いた時に、漸く彼は気付いたのです。

 

 

──なんだ。俺がおかしいんじゃなくて、最初から全部ニセモノだったんじゃないか。

 

 

「あんまりな結末だった。どう足掻いても、本質的にこのセカイに居場所はない。何故なら"ソードアート・オンライン"という物語はそれだけで完結してしまっているから。主人公もヒロインも、脇役も悪役も──名もないモブキャラクターまでもが定められている。真に定められた場所がないのは、少年だけだったんだ」

 

 彼だけが異物でした。何の因果かこんなセカイに放り込まれ、苦悩しながらも生きてきたというのに──全てが最初から無駄だったのです。生まれ落ちたその瞬間から異物であり、有り得ざる人物。最初から踏み外しているのなら、元のレールに戻ることなどできません。

 彼の行動も、思考も、人生も......その"死"にすら割り振られた役割も意味もなく、無価値だと悟ったのです。

 

──何処までも、孤独。何時までも、虚構。

 

存在意義(アイデンティティー)の崩壊は、少年に大きな衝撃をもたらした。周囲が真の意味で物語(運命)に踊らされる人形なのだと気付いたその瞬間から、灰色のセカイは本当に無価値となった。

............だけどね、少年は半ば狂いながらも気付いたんだ」

 

 

「『ならば。物語(原作)に関わることで、無理矢理にでも自分の役割(ロール)を創ればいい』、とね」

 

 これは、自らに価値を見出だせず、世界に求めてしまった愚者(フール)の昔話。

 他者に映る鏡像( Spiegelbild )でしか自己を証明できない、哀れな道化の物語だ。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「──ま、よくわからんが。死にたくないなら捕まってろよ、シノン」

「え、あ............うん」

 

うちのラムレイ二号(仮名)は狂暴だ。隙あらば主を振るい落とそうとしてくる──いや意図的かはともかく、そうしようとしているとしか思えない程に揺れるのだ。本当、これ作ったやつ乗せる気さらさらねぇだろ。乗馬経験者でもこれはキツい。俺でもかなり練習しなければ乗りこなすことは出来なかった。

............ごめんなさい嘘です。普通に騎乗(ライディング)スキルないと乗れませんでした。

 

そう誰とは言わず謝罪混じりに言い訳していると、ふと視界の端で発砲炎が瞬いた。

 

「ひゃ!?」

「早速撃ってきたか、あんにゃろ」

 

金属馬に拳銃弾が命中し、跳弾の甲高い音にシノンが身を竦ませる。数十メートル先で嗤う赤い目を睨み返すと、俺は小さく舌打ちした。撃ち返したいのはやまやまだが、さすがにお荷物(シノン)を抱えたままでは無理だ。

 

「............(重い)

「今なんか言った?」

「なんでもないですはい」

 

落としたらどうなるんだろう、とか考えたからだろうか。ぎろりと睨み上げてくる空色の瞳から逃れるように視線を水平に固定する。しょうがないだろ、俺筋力値(STR)上げてねーんだよ!重いんだよ!マジで!

 

「............ふん。ばーか」

 

そう小さく罵倒し、某お荷物さんが猫のようにぐりぐりと額を押し付けてくる。その感触にくすぐったさを覚えながら、俺は必死にラムレイ二号の手綱を制御してアスファルトの上に散らばる大小様々な障害物を回避していく。

 

............というか。よく考えなくてもこの状況って色々と不味いのではなかろうか。

馬上という不安定な場所であるため仕方なくはあるのだが、シノンが真正面から俺に抱きついているに近いこの構図は不味い。これの相手が男ならネタになるし無名のプレイヤーならまだいいのだが、シノンはこの見た目とプレイヤースキルの高さから恐ろしく人気が高い。ただでさえネタにされて精神的にダメージ食らっているというのに、これ以上スレ民達を煽るような真似は──────うん、もう手遅れだな。

 

「これも全て死銃(・・)の陰謀............!」

 

各所からヘイトを集めているであろう原因を全て骸骨野郎に押し付け、廃墟の配置から現在位置を割り出しながら廃墟群を駆け抜ける。キリトが乗っているバギーは百メートルほど先を疾駆しており、このままならそこまでかからずに砂漠地帯へと到達するに違いない。

そうすれば他に生き残っているプレイヤーも巻き込んで乱戦となり、死銃の魔の手から一旦は逃れられるだろう。実際キリトがそう考えているのかはともかく、俺はそう考えて手綱を繰り─────

 

「............ちょっと。あんた、今"死銃"って言ったわよね?」

「........................あ、やべ」

『馬鹿じゃないの?』

 

口軽すぎるだろ、俺。

 

普段から独り言を呟いてしまう癖が仇となり、冷や汗が背を伝う。呆れたような声の主が溜め息を吐き、シノンは詰問するかのようにこちらを再び見上げる。

............さて、どう誤魔化したものか。

 

「あー、うん。説明したほうがいいか? できれば後がいいんだが────」

「そうじゃ、ないわよ」

 

ぎり、と。背後に回された手の爪が立てられ、俺は驚いて目線を下ろす。

そこにあったのは、怒気の籠った瞳で。

 

「別にあんたがどうやってその事を知ったとか、なんであいつが死銃だって気付いたのかとか──そんな事はどうでもいいのよ」

「へ?」

 

吐き出されたのは、弾劾の言葉だった。

 

「あんた────死銃だってわかった上で、あんな真似したの?」

「............あー、まぁ............うん」

 

あんな真似。その言葉が指す意味はわかる。そしてシノンがなんでキレてるのかも、まぁなんとなくわかった。

 

「もう二度と、あんな事しないで。............あんたに死なれると、夢見が悪いのよ」

 

そう押し殺したような声で続けると、シノンは再び猫のように額を擦りつける。その様を見下ろしながら、俺は困ったようにへらりと笑う。

 

 

──この世界には、配役(キャスト)がある。

例えばキリトは主人公。そしてシノンの役目は花形(ヒロイン)で、俺は本来ただの有象無象(モブキャラ)。ならば、どちらが優先されるべきかは自明の理だろう。切り捨てられるべきは、俺に決まっている。

 

『........................』

 

押し潰し、圧縮し、踏みにじった感情から、目を逸らしながら。

そう、胸中で呟くのだった。

 









うーん、なんか書きにくい。スランプかしら。ひょっとしたら後々修正するかもしれません。


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ダブルクロス

(皆さんお久し振りです......こっそり更新ナリ......)





 

 

 

 

 死銃との乱闘、そして金属馬を用いての追撃戦を経て俺はシノンと合流することに成功した。

......まぁ合流も何も同盟すら組んでないという事実があったりするのだが、そこは置いとくとして。

 

「何とか振り切った......いや、逃げられたって言ったほうがよかったのかね、ありゃ」

 

 銃撃から逃れられたと喜ぶべきか、まんまと敵前逃亡を許したと嘆くべきか。判断に困るところだが──。

 

「前向きに考えましょう。あの状況じゃ勝ち目も薄かったし、仕切り直せてむしろよかったわ」

「いや......うん、まぁ、そうだな」

 

 考え方というのは事の他重要だ。希望も抱けない程に悲観するのは避けるべきだが、かといって愚鈍に過ぎるほど楽観であることも望ましくない。次に起こす行動へと繋げられるような前向きさが必要なのだ。

 まぁ、要はマイナス思考を止めろということだ。シノンの言葉も最もだと俺は内心で頷いた。

 

「にしても、迎撃するのが砂漠のど真ん中とはね。大した慧眼だこって」

 

 金属馬から降りたのが数分前。ぎらつく太陽の下、俺は洞窟の中から外へと顔を出してすぐに引っ込める。

 

「しょうがないじゃない、あの透明マント対策にはここが一番でしょう?」

 

 そう言って、隣でシノンは口を尖らせた。......とは言え、別に俺は皮肉のつもりで言ったわけではなく、割と本気で感心していた。実際に光学迷彩を持っている身からすれば、こういった足跡がくっきりと残ったり踏み込めば音がなる地面は鬼門だ。

 

......逆説的に俺も使えなくなるから、思わず皮肉るような口調になってしまったが。

 

「ま、後はあの骸骨仮面が引っ掛かってくれるか、だな」

「......死銃はキリトと因縁がある。それも尋常でないモノよ。必ず現れるはずだわ」

 

 その言葉は確信を滲ませている。キリトから何かを聞いたのだろうか、と考えつつ前方へと俺は視線をやる。

......ゲームの中とはいえ砂漠のど真ん中で真っ黒な装備とは見てるだけで暑くなってくる。お陰で見つけやすくはあるが、何故オタという存在は黒い装備を好むのだろうかと肩を竦めた。

 

「あー、あー。聞こえるか?」

『......ああ、聞こえるぞ』

「ん。異常は?」

 

 波長を合わせた骨伝導ヘッドセットの向こうから響く声。俺がそう尋ねると、一拍置いて返事が返ってきた。

 

『今のところは、ない。けど見られてる感覚はする。シノンに警戒を緩めるなって言っといてくれよ』

「はいはい。......つーか、何だよその"感覚"って。お前は動物か何かか」

『しょうがないだろ、そうとしか言えないんだよ。ほら、殺気を感じたりすることってあるだろ?』

「ねーよ」

 

 あるぇー?と届く声に対し、俺は盛大に溜め息を吐く。さすが主人公、意味のわからない直感を持っている。

 

「ったく、第六感でももってんのか」

『......《第六感(シックスセンス)》、か。いいなそれ』

「はいはい厨二乙。さすが銃の世界で剣振り回すだけあるぜ」

『二挺拳銃使ってるシュピーゲルには言われたくないぞ』

「うるせえ厨二とロマンを一緒にするんじゃねぇよ!」

 

 ぎゃんぎゃんとアホみたいなやり取りをしていると、ふと隣から視線がびしびし突き刺さっているのを感じ──いや違う、これなんか物理的なもんが刺さってる。

 

「あ、あの......シノンさん? なんで弾を人の脇腹に刺してるんですかね?」

「......別に。何でもない」

 

 何でもないなら狙撃用の弾でつっつくの止めてくれませんかね。地味に痛い。

 何故かむくれるシノンを他所に、俺は再度前方を観察する。広がるのはひたすらに砂、砂、砂。

 

「一応警戒しとけよ。あいつがこっちに来る可能性もあるんだからな」

「あんたのこのぼろマントがあるなら大丈夫でしょ」

「......好きでぼろぼろにしたわけじゃねーよ。それ、性能は良いけど耐久度がガンガン減ってくんだって」

 

 死銃と寸分違わぬ光学迷彩の外套。同種の切り札を持つからこそその弱点は隅々まで理解できている。

 

「キリトに関してのあーだこーだは知ったこっちゃないが──あいつはここで出て行かざるを得ない。そこを叩けば一丁上がりというわけだ」

 

 口の端を僅かに歪め、そう断言した。明らかに罠だとわかっていても飛び込まざるを得ない状況だ。これ見よがしに立っているキリトを見れば誰だって罠を警戒する。だが時間はない。──ならば速攻でキリトを殺ればいい。

 奴ならばそう考え、罠を内から食い破らんとするだろう。そこを確実に仕留めるのがシノンの役目、というわけである。

 

「......ほら見ろよ。予想より若干早いが────おいでなすったみたいだぜ?」

『──来た。二時の方角、狙撃ッ!』

 

 轟き渡る銃声に、上体を反らしながら回避するキリト。恐らく不可視となったはずの死銃の狙撃を回避したのだろう。普通は避けようと思って避けられるようなものではないが、まぁあれは主人公(ヒーロー)だからしょうがない。

 

「......さて。どう転がるかねぇ?」

 

 原作であれば、キリトは勝った。しかしそれは俺の記憶が正しければ、シノンの援護あってのことである。

 

脚本ありきの人生(Life with script)、なんてつまらない──そう思わないか? キリト」

 

 さあ、ここからだ。俺の復讐はここから始まる。

 

──陳腐な英雄劇なんて柄じゃない。ご都合主義の物語(デウス・エクス・マキナ)なんざお呼びじゃない。

 望むのはたった一つ。

 

「"尊厳ある生を。然らずんば、殉教者としての死を"............なんてな」

「......なんか言った?」

「んにゃ、別に」

 

 ちらりとこちらを訝しげに見た後に、シノンは視線をスコープへと戻す。俺はその無防備な首筋を見つめて、薄く嗤う。

 

「さぁ、ショウ・タイムだ」

 

 奇しくもかつてのSAO事件における殺人鬼と同様の言葉を口にし、俺は何の躊躇いもなくコンバットナイフを降り下ろした。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「くっ......!」

 

 放たれる刺突。もはや目で追えない速度で急所へと迫る突きは、その一つ一つが確殺たらしめるものだ。その技量は尋常ではない。

 

──だからこそ。その悉くを回避する少年の技量、或いは本能的直感は異常という他になかった。

 

「......さすが、だな。黒の剣士の名は、伊達ではない、か」

「俺を、知ってるのか......!?」

 

 キリトが右手に持つは光剣カゲミツであり、左手に握られるのは単発威力の高い拳銃として有名なファイブセブン。そして相対する骸骨面の男の獲物もそれに酷似している。狙撃に用いられた銃はストレージに収納されたのだろう。

 援護はまだか。突如途絶した通信器に不安感を覚えるも、目の前の死神の猛攻を凌ぐだけで手一杯なのが現状だ。何が起きたかはわからないが、あちらで対処して貰うしかない──。

 

「考える、余裕が、あるとはな」

「っ──!」

 

 舐められたものだ。

 

 そう告げると同時に、更に速度を増した剣閃がキリトですら完全な回避が不可能な領域に到達する。まだ上がるのか、という畏れ──そしてその剣に乗った濃密な殺意に、キリトは僅かながらも恐怖を抱いている己を自覚する。

 

......いや、敢えて断言しよう。この骸骨面の男の剣の技量は、明らかに"閃光(アスナ)"すらも越えている。これがこの男の本来の技量か、それとも後押しする何らかの感情によるものなのかは知らないが、あの流星の如き剣技すら凌ぐ勢いで殺到する刺突は脅威の一言に尽きた。

 

「......黒の剣士。SAO事件の立役者にして、VRMMOにおける、頂点に座すプレイヤー」

 

 淡々と。

 緻密な剣技、そして距離を取ろうとすればすかさず牽制する弾丸に苦い思いを抱くキリトを他所に、男は──"死銃(デス・ガン)"は誰に説明するでもなく告げる。

 

「そんなお前のトラウマは『デスゲーム』、だ。妙な噂を流せばすぐに釣れると思っていたが、まさにその通りだったな」

「お前......!?」

 

 いつになくそう流暢に語ると、骸骨面の奥の目が歪み、嗤った。視線に乗った殺気は仮想空間であるという事実すら越えてキリトへと突き刺さり、今度は明確にキリトを恐怖させた。純粋で濃密で、そしてこの年になるまで味わったことのない──吐き気がするほどの"怨恨"。恐怖するなという方が間違っている。

 何せ、キリト......即ち桐ヶ谷和人はよくよく考えてみればただの高校生(・・・・・・)なのだ。確かにその業績、恐怖を抱きながらも踏み越える勇気、そして仮想空間内において並ぶ者がいない反射速度及び剣技は尋常なものではない。英雄と讃えられても差し支えないだろうし、実際キリトは相応の修羅場を潜り抜けてきた。

 

 しかし。それはあくまで普通の高校生(・・・・・・)と比べて、尋常ではないというだけの話だ。それも、ゲーム内という状況下においての話である。

 彼とて嫉妬や憎悪といった負の感情に晒されたことは何度もある。ネットゲームとはその坩堝と言っても過言ではない。その程度の誹謗中傷に傷ついていてはオンラインゲームなどやっていられない。

 

「"恐れた"な? ......ならばつまり、貴様はその程度だと言うことか」

 

 だが、それでもやはりたかが(・・・)ゲームなのだろう。

 

 誰もが生き足掻き、血を流し這いずり回りながら他人を地獄の底へと引き摺り落とそうとする煉獄。まさにこの世の底、情念と怨恨の渦、誰もが平等に正義でありながら悪でもある対等な殺戮演義。そんな本来何処にでもある(・・・・・・・)戦火の海を知らない少年には──この濃密に過ぎる程に純化された殺意に対して恐怖を覚えるな、というのは酷な話だ。

 

 自身が殺した人間が紡いできた人生(過去)を。これから紡ぐ筈であった人生(未来)を。その隅々まで思いを巡らし、咀嚼し、飲み下し──そしてそれを悦楽だと嗤う生粋の殺人鬼。そんな男に洗脳に近い形で心酔していた男が放つ殺気は、噎せ返るほど濃厚であった(狂いに狂いきっていた)

 

「疾く死ね、黒の剣士」

 

 突き出されるは神速の刺突剣。絶望的な速度で伸びる剣先は恐怖に飲まれた剣士の心臓を、容易く穿つ。

 

──寸前、其は轟音と共に叩き落とされた。

 

「......ク」

 

 骸骨面の奥から笑みが零れる。

 確かに恐怖に飲まれたことは事実だ。しかしそれで尚踏み込んでくるのが"黒の剣士"なのである。まさに天然の英雄、こればかりは模倣しようのない才能(呪い)なのだろう。紛れもなくその姿は"主人公(ヒーロー)"だった。

 

 意識的か無意識的かはともかく、黒い剣士は未だに健在。恐怖に塗れようとその瞳はしっかりと死銃を見据え、刺突を叩き落とした光剣のグリップは握られている。

 

「お、ぉおおオオオオ──ッ!」

 

 咆哮と共に再開される剣撃と回避の乱舞。あるはずの支援はなく、黒の剣士は死神と踊る。

 

──幸か不幸か、桐ヶ谷和人はあまりに英雄(・・)的に過ぎる。故に、彼は主人公で有り続けることしか出来なかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「おうおう、やってるっぽいな。......しかし、それにしても、だ」

 

 飄々と。しかしながら僅かに焦りを滲ませながら、俺は呟いた。

 

「まさか避ける(・・・)とはね。流石メインキャラクター、そう簡単に殺させちゃくれないか」

「......何を、言ってるの?」

 

 降り下ろした筈のナイフを寸での所で回避され、直後に銃口を突き付けられホールドアップさせられた状態。まさに絶体絶命、呆れる程に裏目が出た様に俺は内心で呆れると同時に歯を噛み締める。

 

「別に。なかなか良い勘をしている、と思っただけのことさ。ここまで完璧に失敗した自分にほとほと呆れた所だ」

「......そう。で、何でこんな真似をしたの?」

 

 此方を見つめる瞳から目を逸らし、俺は鼻を鳴らした。地面に転がるのは二挺の拳銃にアーミーナイフ──即ち今の俺は丸腰に等しい。逆転の目は、果たしてあるのか。

 

「何で......ねぇ。いや、ああまで露骨に隙だらけだとつい始末したくなったんだよ。別に俺は一言も、お前らの味方だと公言したことはなかっただろう?」

「そう、ね。確かに言ってなかったかもしれない」

「ああ、ただそれだけの事だ。元から隙さえありゃ寝首をかくつもりだったからな......それがたまたま今で、そして失敗しちまった」

 

 苦笑いを口の端に浮かべ、俺は肩を竦める。格好がつかないにも程がある。大言壮語を吐いてあんな隙だらけの背後からの奇襲に失敗するなど──。

 

 

 

「嘘つき」

 

「──────」

 

 思わず絶句し、吐き出しかけた息を飲んだ。

 

「じゃあ、なんであの時私を死銃から助けたの? 何で──このナイフには麻痺薬(・・・)が塗ってあるの?」

 

 震える声で指摘される事実。よもやそこまで観察されているとは思わず、顔が歪む。

 

「何故かは知らないけど、あんたはあの時(・・・)を狙って、しかも私を殺さず(・・・)に行動不能にしようとしていた。どうして? あんたの狙いのは何なの?」

「..................」

 

 必死に思考を巡らせる。そんな俺を睨み、シノンは叫んだ。

 

「答えなさい......シュピーゲルッ!」

 

 洞窟内に声が反響する。俺は微かに肩を揺らしながら、ハ、と声を漏らした。

 

「それを知ってどうするんだ、シノン。俺はただお前を背後から殺そうとした下手人だ。それで十分だろう?」

「......教えてくれる気は、ないのね」

「ああ、ない。だが、一つアドバイスをしておこう」

 

 つくづく勘の良い女だ。だからこそ──邪魔されるわけにはいかないと、確信した。

 

「敵と喋るな。それも、俺のような奴が相手なら尚更に」

「なっ──!?」

 

 特化したAGIにより瞬時に最高速へと移行し、跳躍と同時に銃口を蹴り飛ばす。高い敏捷値は接近戦でこそ真価を発揮する──こういった格闘戦に慣れていないシノンの弱点を突いた、一見無謀とも思える危機的状況からの戦闘だ。しかしこうまで彼我の距離が近いと、時に銃というものは足枷にも成りうる。

 

「例えば、こんな風に......な」

 

 上空からの側頭部への蹴りが綺麗に決まり、シノンはもんどり打って地面へと転がる。しかし俺は容赦なくそこに追撃を加え、そして拾い上げたナイフを振るった。

 時に銃を捨ててでも対応するべき状況になることもある。こうした経験の少なさ──狙撃手であるシノンの弱点が見事に露呈した形となったが、もしこの相手がピトフーイやキリトならばこう上手く事は運ばなかっただろう。

 

「ぐ......シュピー、ゲル......!」

「悪ぃな。お前にゃ少し動いて欲しくないんでね......なに、ほんの十分や十五分の辛抱だ」

 

 そう告げると、麻痺ナイフを脇腹から引き抜いてベルトの鞘へと納めた。そして愛用の二挺拳銃を拾い上げ、俺は冷めた目で動かなくなった少女を見下ろす。しかし殺すわけにはいかない。『原作』では恐らくキリトとシノンの二人が同時優勝していたはず......可能な限り物語(運命)を歪ませたくない俺としてはこんな所で脱落されては困るのだ。最終的な結果は変えず、それでいて俺という存在を物語に挟み込む(・・・・・・・)。それが俺の理想であり目的なのだから。

 

──しかし、一瞬。ほんの一瞬胸が苦しくなった気がしたが、すぐにその違和感も消える。

 そうして倒れ伏すシノンを視界から外すと、俺はメニュー画面を開いて時間を確認し、頷いた。

 

「少しヒヤリとさせられたが、まぁ......許容範囲内だ」

 

 まだ間に合う。

 恐らく今頃斬り合っているだろうキリトがいる方面へと顔を向け、ぼろ布のような光学迷彩を身に纏う。全てはこのためだったのだ。誰にも邪魔はさせない。させてなどやるものか。

 

 人は生まれる時を選ぶことは出来ない。しかし、死ぬ時は選ぶことが出来る。そうして初めて、俺は俺であることを証明できるのだから──。

 

 

 






はい、と言うわけでモンハンのダブルクロスじゃなくて裏切り者(ダブルクロス)でした。え、どんな話か忘れた? すいません更新してなかったせいです。え、超展開すぎる? わかってます、ここからは自分でも「マジかよ」となるほどのオリジナル設定と独自解釈と主人公面倒臭ェなオイ展開のオンパレードです。
正直ここからは色々とアレだな?と思うところも多々ありますが、これ以上ぐだぐだ書いては消してをひたすら繰り返していても埒が明かないので思いきって投稿することにしました。

一応エンディング......というかGGO編の終わりまでは見えたので投稿を少量ずつ投下していく予定です。色々とツッコミ所も多いしオリジナル要素満載ですが、暖かく見守ってくれたらなぁ、と思います。


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"De Vision"

※独自設定注意




 ソードアート・オンラインはゲームであって遊びではない。いや、デスゲームという事実すら一側面に過ぎないのだろう。
 何故科学者は直前まで誰にもナーヴギアの欠点を把握出来ず、そしてプログラマーは誰一人として不自然なゲームシステムに違和感を抱かなかったのか?──そう問いを繰り返せば、自ずと真実は見えてくる。


 ソードアート・オンラインは、たった一人の天才が造り上げた仮想の牢獄(デスゲーム)などではない。
 
 そう、あれは──。






 

 

 

 

「──────」

 

 極限の集中下で、キリトは浅く息を吐いた。

 予備動作などなく、全くのノーモーションから繰り出される神速の刺剣による連撃。スピード、バランス、タイミングの全てが完成された領域にある剣技は、"黒の剣士"と吟われたあのキリトをしても凌ぐことで精一杯の有り様だ。

 剣というものは心技体によって成り立つが、この死銃(デス・ガン)と呼ばれる男はその全てにおいて上位に位置している。剣技だけではない。そのアバター、そして何より極限まで純化された殺意と憎悪という"心意(ココロ)"こそがキリトすら圧倒する領域へと押し上げている。

 

 負ければ、死ぬ。アスナを置き去りにしたままで。それだけは許容できないとキリトはギアを上げるが──しかし本来の土俵である二刀すらない状況下、明らかに劣勢に追い込まれているのは彼だった。

 

「どうした? こんなものか? あの人を、倒した......お前は。あの日、俺の名すら、聞かず──倒した、お前は......この程度か?」

「ぐッ」

 

──重い。

 鋭く、疾く、そして重い。ここまで重い剣に、あの聖騎士(ヒースクリフ)に匹敵するほどの剣に戦慄する。しかし解せないのは、ここまでの使い手を忘れるはずがないということだ。

 いや、片鱗はある。記憶の片隅にこの剣が引っ掛かっている。何処かで見たはずの剣。明らかに知っている軌跡。この男の口振りからするに、キリトは死銃と戦ったことがあるはずなのだ。......それも恐らく、あの浮遊城アインクラッドで。

 ならば心当たりはある。というより、ここまでの憎悪を抱かれる相手などあの一味の他に思い当たらない。

 即ち。

 

嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)の残党......!」

「ようやく、正解に、辿り着いたか」

 

 しかし、と。死銃は暗い瞳でキリトを見据えた。

 

「俺の名は、思い出せまい。......卑劣な英雄、キリト。背負うべき、闇から、逃げた男。なかったことにした、愚かな剣士よ」

 

 忘れていた──否、目を逸らし続けてきた過去と相対し、キリトの手は知らず知らずの内に震える。目の前に立つのは過去の亡霊。幸福を享受するうちに忘れてきた己の罪だ。忘却の淵に追いやった負の遺産だ。

 キリトがかつて斬った犯罪者(レッドプレイヤー)──殺人者と言えど人を殺したという業が、纏わりつくようにしてキリトの剣を鈍らせる。フラッシュバックするかつての過去に剣先が震えかけるのを必死に抑え、言葉を絞り出した。

 

「......いや、思い出したよ。その珍しい剣......」

 

 霞む記憶の向こうに存在する男。ラフィン・コフィンの幹部にして、存在すら忘却していた赤い髪。フードに刻まれた紅蓮の逆十字、そして......この骸骨の如き仮面に輝くものと同じ真紅の両眼。血の色のような目をした、その男こそ。

 

ザザ(XaXa)......《赤眼(アカメ)のザザ》。それがお前の名前だ」

 

 五メートル。

 その距離を置いて、死銃──ザザはキリトを見据えて停止する。そして掠れたような嗤笑を上げると同時に殺意を迸らせた。

 

「如何にも......如何にも、如何にも、如何にも! 思い出したか、黒の剣士ィ!!」

 

 ぎらつく赤眼は狂気の底にある。名前を暴き、殺人を忘却した罪を認めたキリトを見詰め、ザザは殺意をさらに膨張させる。キリトは迫り来るであろう剣撃の嵐を予感し、光剣を構えた。

 そして、死銃(ザザ)は咆哮を上げ──

 

「なればこそ死ね、黒の剣ッ......!?」

 

──その場を飛び退いた。

 

 直後、砂塵を巻き上げて弾丸が地面を抉り飛ばす。キリトの後方をザザは睨み、そしてキリトもまた同じように驚愕の視線を背後へと向けた。

 

「あらまぁ......避けちゃうか、あれ。全くどういう勘なんだか」

 

 呆れた風にそう呟き、強襲者は解れたローブの機能を解除する。同時に光歪曲迷彩が解除され、長身の男が砂漠の中央に現れた。

 

「シュピーゲル......」

「よぉ。五分前ぶりだな、キリト君」

 

 軽い調子で告げられる言葉は普段のシュピーゲルと何ら変わりはない──しかし、キリトは僅かながらその違和感に気付いた。纏う気配の変質、そして何より底無し沼の如き瞳からは死銃による殺気とも違う何かが溢れていた。

 それはまるで、暗闇の向こうから此方を見据える餓狼のようで。

 

「......止まれ」

 

 味方なのだろうと理性では判断しても、キリトの本能はそれを無視することを許さなかった。

 

「おいおい、俺達仲間だろう? 何だよその剣は。ほら、一緒に死銃を倒そうぜ?」

「......何でお前が死銃の名前を知っているかとか、聞きたいことは色々あるけどね。一つ教えて欲しいことがあるんだ」

 

 あるはずの狙撃援護。その消失こそが最大の違和感であると自覚し、キリトは二人目の()を睨み付けた。

 

「シノンに、何をした?」

「変なことを聞くじゃないか。そりゃあ勿論」

 

 引き抜かれる二挺の拳銃。それを交差させるように構え、双剣双銃の担い手は大地を蹴る。

 

「退場して貰ったに、決まってんだろうがァ!」

「────ッ!?」

 

 前言を翻し、キリトに向かって迫る双振りの刃。独特な構えから放たれる刃を回避し、キリトは言葉を紡いだ。

 

「どういうことだ......! シュピーゲル、お前はシノンの仲間じゃなかったのか!」

「おいおい、何ノンキなこと言ってんだよキリトくん。俺はんな事ァ一言も言っちゃいない」

 

 キリトの仮想体(アバター)より数段上の速度で放たれる蹴撃が胸へと直撃し、吹き飛ばされたキリトは咳き込みながら立ち上がる。

 それを見下ろしながら、シュピーゲルは三日月のように口を歪めた。

 

「俺の仲間は"(オレ)"だけだ。テメェも死銃も、まとめてぶち殺してやるから安心しろって」

「......何処にも安心できる点がない、って突っ込みは野暮か」

 

 キリトはシュピーゲルの言い種に思わず顔をしかめるが、しかしこれはバトルロワイアルであることを思い出す。裏切りなどあって当然、ゲームとしてはよくあることだ。

 

「シュピーゲル。死銃の事を知っているなら話は早い。まずはそっちを二人で叩いて、その後に決着を着けよう。死銃を倒した後ならいくらでも相手してやるからさ」

「......ふーむ、成る程ねぇ。お前の目的はあくまで死銃ってことか」

「ああ。だから、」

 

「やなこった。一々待ってられるか」

 

 右手に握られた黒銃の引き金が引かれ、咄嗟にキリトは後方へと跳ぶ。しかしその一方は同時に死銃へと向けられており、シュピーゲルはけらけらと笑った。

 

「お前......!」

「何で俺がテメェの用事に付き合わなきゃならないんだって話だよ。それにキリト、お前は一つ勘違いをしてるぞ」

 

 目線によって射撃軌道が読まれるという事態を防ぐべく、シュピーゲルは光歪曲迷彩を発動する。それは奇しくも死銃のそれと酷似しており──。

 

「いつからお前は、死銃が一人だと(・・・・・・・)錯覚していた(・・・・・・)?」

「──何、だと?」

 

 その言葉に思考が停止した一瞬。それを契機にして、三つ巴の戦闘が始まるのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 よくもまぁここまで口から出任せが出るもんだ、と。俺は内心で、俺自身にほとほと呆れ果てていた。

 

『本当、適当なコトがよくそうもぽんぽんと飛び出るね。詐欺師にでも転向したほうがいいんじゃないかい?』

 

 うるせぇ、と毒づきたくなる衝動を抑えてキリトへと牽制射撃を放つ。しかし同時に死銃の動向にも気を配り、常に背後を取られないように位置を調整しつつ再装填(リロード)。死銃の表情こそ確認できないが、しかし相対するキリトの顔は焦りと驚愕に彩られていた。それはそうだろう、キリトからすれば一対二になってしまったようなものなのだから。

 

「──有り得ない」

 

 しかし。そんな状況で冷静に吐かれた言葉に、俺はほぅ、と片眉を跳ね上げた。

 

「シュピーゲル......お前の目的をオレは知らない。だが、お前が死銃でないことは確かだ。そもそも一人ではあのトリックは再現できないんだからな」

「あのトリック......?」

 

 そう問い返すと、そうだ、とキリトは肯定する。

 

「そもそもあれは死銃本人が殺したわけじゃない。冷静に考えればわかったことだ。超常現象なんか有り得ない......ただ、極単純な話さ」

 

 憶測と推理、そこから得たであろう死銃の真実が告げられた。

 

「死銃は仮想世界と現実世界に一人ずつ居たんだ。実際に殺人を──心肺停止を引き起こしていたのは現実の実行犯であって、お前じゃない。そうだろう、ザザ!」

 

 その言葉に応じたのは黒星(ヘイシン)から放たれる弾丸だ。しかしそれこそが、キリトの推測が真実であることを肯定していた。

 

「成る程ねぇ。だがそれは俺が死銃じゃない証明にはならないぞ?」

 

 それがどうした、とばかりに俺は聞き返しながら三点射撃を見舞う。しかしキリトはその全てを光剣で叩き落とし、

 

「......かもな。だけど、お前は......シュピーゲルは死銃じゃない」

 

 カウンターでファイブセブンから放たれた一発が、俺の頬を掠めた。

 

「自分でも何だが、人を見る目くらいはあると思ってる。シノンが信じたんだ、お前は殺人鬼なんかじゃないさ」

「......ハ、言っていることが滅茶苦茶だな。そのシノンを裏切った張本人こそ俺だぜ?」

「だけど、殺しちゃいないんだろう?」

「............っ」

 

 それで十分だ。

 そう告げる主人公(キリト)を前にして、俺は思わず歯軋りする。無性に苛つく。その結論が、その論理性などかなぐり捨てたような結果論が俺を苛立たせた。

 気に入らない(苛立たしい)気に入らない(腹立たしい)気に入らない(殺してやりたい)。違うだろう? そうじゃないだろう? 主人公(テメェ)の役目は、そんな平和ボケした言葉を吐くことなんかじゃなく──。

 

「そうかィ──ならばその盛大な勘違いを胸に抱いたまま、死に晒せよ」

 

 徹底的に、圧倒的に。小細工もろとも捻り潰し、主人公(ヒーロー)として俺を殺すことだろうが。

 

「"記録遡行(trace)"、"開始(on)"」

 

 ぎちり、と。

 何かが噛み合うと同時に脳が回転を始める。(オレ)が警告するがそれを無視し、熱を持った神経がかつての記憶、記録、経験則から算出し──未来予測という回答を叩き出す。極彩色の味が口の中へと広がり、脳に刻まれる鈍痛を感じながら俺は嗤った。

 

──【未來視(ディヴィジョン)】。いつからか保有していたこの異常な空間記憶能力の事を、俺はそう呼んでいる。

 これがあの転生による恩恵(弊害)なのか、それともVRによる副作用じみた代物なのかはわからない。が、朝田詩乃(シノン)が似たような経験を持っていることからして、ひょっとするとこの世界ならばそう珍しくもないのかもしれないと過去に結論付けていた。

 恐らくは異常とも言える空間把握能力、そして変質した絶対記憶能力の産物なのだろうが──。

 

「ああ、其は視たことがある(・・・・・・・)

 

 キリトが一歩踏み出した瞬間、記憶している行動パターンから動く前に数手先まで予測。同時に背後から付け狙っているであろう死銃へ三発ほど牽制に放ち──そのまま踏み込みキリトの目前へと到達する。驚愕に見開かれた瞳を抉り出してやりたい衝動に駆られた。

 

「なっ、」

既に其も視た(【未來視/記録遡行】)

 

 腐るほど見飽きた片手剣技《ヴォーパルストライク》の動き。最早目を閉じていても悠々と回避できる──その軌道を利用し、弾丸の如く全身を捻るようにして肘を鳩尾へと叩きこんだ。

 

「かッ......は」

 

 そこから先は此方の流れ(モノ)だった。

 元から低いSTRを連撃(コンボ)で補い、離脱する隙を与えず一方的に叩き伏せる。体幹さえ崩せば己の体すら易々と斬りうる光剣は振るえず、剣を振るえない剣士など恐れるに能わず。銃床と銃剣、そして止めの蹴りによってぼろきれの如くその体は吹き飛ばされる。

......が、それでも削れて三割。STRの差というものは予想以上に大きかったらしい。だが下手に深追いするのは光剣という一撃必殺が存在する以上下策、死銃も敵にいる事からこれでも上々だろう。

 

「シィ──」

「......ッ」

 

 既に想定済みの背後からの刺突を防ぎ、そんなことを考えつつ迎撃する。

 宙を舞う八連続の刺剣による攻撃は初見ならば回避など不可能。しかし先程キリトに振るわれたものを見ていたが故に、体の各所を掠めながらも回避に成功する。かち合う視線、異質な赤い瞳を睨み返す。

 

『記録完了......これでこの技は既知のモノだ。再現はともかく、識っているのならば避けられない道理はない』

「恐れるべきは未知。そして──」

 

 過去の記録(ログ)から有り得るべき未来を読み解き、最適解として下段からの蹴りを選択する。しかし、そんな未来予測(ヴィジョン)は突如としてその意味を喪失した。

 

『──【超反応(ハイパーセンス)】。(オレ)達も大概反則じみているけれど、これは恐ろしいね。強引に行動を挟み込んでくる』

 

 人類の限界に挑みつつある反応速度。思考がそのままアバターの動きへ直結する仮想世界だからこそ可能な凄まじい反射で俺の蹴りを回避し、続けざまに刺突を死銃が見舞う。たまらず後退し、再演算を開始しながらひきつった笑みを浮かべた。

 

「これだからSAO生還者(サバイバー)は怖いんだよ......!」

 

 キリトに一時とは言え競り勝てたのは恐らく運、そして無意識の慢心の隙をついただけに過ぎない。極限まで記録を蓄積したところで、怪物的な反射神経は極小の勝機すら手繰り寄せてくるのだ。

 こんな馬鹿げた能力を生還者(サバイバー)の全員が保有しているかと思うと、最早阿呆らしくなってくる。

 

『ひょっとすると、SAOの本来の目的はこうした仮想世界に対する"過剰適合者"を生み出すことだったのかもしれないね。茅場晶彦の単独犯行と考えるより、そっちのほうがしっくりくる。もしかして国際規模での仮想空間を用いた実験だったり......』

「馬鹿言え。いくらなんでもそれはない」

 

 だよね、と肩を竦める少年の姿を幻視し、舌打ちする。陰謀論など考えるだけ無駄な話だ。それより、"読み込み"の足りない死銃へ少しでもリソースを回すべきだろう。膨大な情報の処理に軋む頭蓋は悲鳴を上げているが、ここで無理をしなければいつ無理をするというのか。

 

──だが、大一番の戦場だ。限界の一つや二つ越えなくてどうする。

 

「無理を通せば道理が引っ込む......ここまでやらかしたんだ、どちらも殺す気概でやってやるさ」

 

 砂ぼこりを払いながら立ち上がる英雄(ヒーロー)。襤褸に近い外套を纏う不可視の死神はさながら悪役(ヴィラン)。ならば、そこに乱入した俺は何だ?

......そう、本来は有象無象の内の一人だ。だが侮るなかれ、我が牙はその喉元へ到達するに足るもの。配役(キャスト)は無くとも、無名の人間であろうとも、主人公(ヒーロー)の足元程度にならば及ぶことを証明してみせよう。

 

「さあ、これこそが(オレ)の結論だ。貴様(テメェ)の剣で斬れるものなら斬ってみるがいい」

 

 【弾道不可視の狙撃(インビジブル)】に【回避不可能の一撃(インポッシブル)】。土壇場で完成させたこの技術も所詮は俺の異常な記憶力から零れ落ちたもの。なればこそ、二つとも同時に扱うことが可能なのは当然の摂理だ。

 

 ようやく至った。そして確信した。これならば勝てる(・・・)と。蜘蛛の巣の如く張り巡らせた演算領域が駆動する──。

 

「そうだな。いつも通り名付けるとするならば、」

 

 無造作に放った弾丸。何の予備動作もなく放たれた其に対し、キリトは反射的に剣を振るう。その反応速度にはつくづく驚嘆させられる。加えてご都合主義ここに極まれり、と言わんばかりの直感だ。生半可な技では強引に斬られて終わりだろう。

 

 だが(・・)それだけだ(・・・・・)。今だからこそ、そう豪語できる。

 

「【未來視(ディヴィジョン・)/魔弾ノ射手(デア・フライシュッツ)】......喜べ英雄(キリト)、これが貴様(テメェ)を殺す弾丸だ」

 

 弾道は不可視、予測は不可能。真正面から放たれる必中の魔弾は愕然とするキリトの右足首を、的確に貫いていた。

 キリト風に言うならば、これは所謂システム外スキル(・・・・・・・・)なのだろう。弾丸すら斬る英雄、それを殺すためだけに発現させた我が終局点である。

 

──ただ殺すために、SAO事件終結後に英雄の軌跡を追い続けた。ALO内で振るわれる剣の美しさに泣き、その強さに嫉妬し、羨望すると同時に何から何まで記憶した。

 今や長年コンビを組んでいたアスナに並ぶほどに、キリトの剣は理解している。

 

 更に放たれる二発目。だが意図的に視線を誘導すれば見事に肩を抉り飛ばす。至極簡単な作業だった。

 

 

「どうした、斬ってみろよ。でなきゃ──貴様(テメェ)もシノンも、他の奴等も合わせてみんな仲良く全員丸ごと死銃(デス・ガン)に殺されるぞ?」

 

 キリトの表情が変わる。信じられないモノでも見るかのような視線が突き刺さり、俺は嗤った。

 敵が一人だとは限らない。三つ巴のバトルロワイアルが開幕する。

 

 時は満ちた。今こそ歪んだ自己承認欲求が成就する瞬間(トキ)なのだ──。

 

(オレ)を止めてみせろ、主人公(HERO)

 

 

 

 さぁ、英雄殺しを始めよう。








「天然の適合者、か」

 電子の地獄の中で、男は目を細めた。


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誤算



私は世界に二人いる。
現実(こっち)過去(あっち)に一人ずつ──。











 

 

 

 

 【未來視(ディヴィジョン)/魔弾ノ射手(デア・フライシュッツ)】。

 

 大層な名をつけてはいるが、その能力の本質は人間の能力の延長線上にあるものだ。簡単に言えば空間把握能力に割くリソースを極限まで高めたものにすぎない。筋力に本来リミッターが存在するように、普段は稼働していない脳の演算領域のほぼ全てを導入しているのだ。......この芸当は彼のとある特異性(・・・)によるものが大きいが、今は割愛しておく。

 

 無論、そのような芸当をしでかせばどのような後遺症が残るかはわからない。下手をすれば前世どころかあらゆる記憶を喪失したとしてもおかしくはなかった。

 

「"予測演算(trigger)"、"完了(off)"──」

 

 リミッターを外すべく繰り返される自己暗示の詠唱。既に視界は赤く染まり、脳に走る鈍痛は一秒毎に増していく。明らかに正常ではない──だが、そこまでの危険性(リスク)を背負わなければ真性の天賦には追い付かない。

 しかしそれは、逆に言ってしまえば──追い付いた、追い付いてしまったということでもあった。

 

「その程度ならいくらでも当たるぞ?」

 

 双銃が吼え、放たれる弾丸は的確にキリトの体を食い破る。まさに魔弾(タスラム)──目線では全く判断できず、かといって引き金が引かれるまで弾道予測線は不可視のまま。剣を振るえど、たまに偶然のように防ぐ程度のもの。今やキリトに絶対的防御性は存在せず──英雄は凡人の領域へと零落する。

 

「そら、早くしないと......全員死ぬぜ?」

 

 足りぬモノは代償と努力で埋め、無双の剣士へと引き金を引く。その一挙手一投足が演算結果であり、確実に詰み(チェックメイト)へと歩を進めていく。キリトの得意とする近接戦に持ち込ませず、持ち込んだとしても銃撃手(ガンナー)とは思えないほど巧みな銃剣術により容易く凌がれる。攻守完璧に完成した男がそこに立っていた。

 

 いや、もしこれがキリトではなく他のプレイヤー......アサルトライフルやサブマシンガンを保有するプレイヤーならばこうも一方的にはならなかったのだろう。だがシュピーゲルは、最早謀ったかのように(・・・・・・・・)キリトを封殺しにきている。まさしく対キリト専用(英雄殺し)のスタイルなのだ。

 

「お前、どうしてそこまで......っ!」

 

 戸惑いながらもシュピーゲルの猛攻をギリギリで凌ぎ、キリトは疑問を口にした。

 何が彼をそこまで突き動かすのか理解不可能だった。シュピーゲルという男は"SAO生還者(サバイバー)"というわけでもなく、かと言ってピトフーイと呼ばれる狂人のように"SAO失敗者(ルーザー)"でもない。しかし一撃一撃に込められる執念──心意(ココロ)死銃(デス・ガン)にすら匹敵するという異質なもの。

 キリトのような天然の英雄であるわけでもなく、死銃(デス・ガン)のように殺人に魅せられたわけでもない。故に本来ステージに上がるはずのない少年は(ひとえ)に異質な存在感を放っていた。

 

(......それに、段々動きが良くなっている)

 

 否。段々、などというレベルではなかった。

 一瞬前にキリトが用いた体重移動、歩法、それを完璧に記憶したシュピーゲルは一秒毎にそれを自身の動きへ刷り合わせて(フィードバックして)いく。経験を飛び越え最適解を記憶し、蓄積した記録(ログ)模倣(トレース)することでシュピーゲルは進化──深化(・・)していくのだ。

 時間をかければかけるほどに英雄(キリト)は不利になっていく。【未來視(ディヴィジョン)】の完全記憶能力とはそういうものであり、鏡面(シュピーゲル)の名に違わず、まさしく鏡写しのようにシュピーゲルはキリトの体術を模倣していた。

 

「────!」

 

 一か八かで突貫する。だがそれすらも見透かしたかのように、薄ら笑いを浮かべながらシュピーゲルは対応した。

 

 片手剣突進技《レイジスパイク》を牽制射撃で封殺し、《ホリゾンタル》を懐に潜り込むことで回避。《シャープネイル》を肘の内側を打つことで停止させ、蛇の如く首へ伸びる銃剣──それを寸前で避けたキリトは胸中で毒づく。成る程、手の内は全て知られているわけか──と。

 

 しかし、忘れてはならない。この戦場にはもう一人存在しているのだ。

 

「邪魔すんじゃねェよ、骨野郎」

「ほざけ。そこの男は、死銃(デス・ガン)の名にかけて......私が、殺す」

 

「そうか。じゃ、まずは貴様(テメェ)から死ね」

 

 透明化した状態から放たれる弾丸をさも当然のように避け、カウンターとして精密な弾道描いて吐き出される拳銃弾。さらに其を回避し、死銃によってキリト諸共屠らんと引き金を引かれるライフル。

 

 透明化を容易く見破るシュピーゲルも異常だが、それに比肩する死銃も異常だ。どちらもある種狂気的とも言える修練と執念、そして仮想世界における怪物的才能によって昇華されている。そんな規格外が三人存在しているこの戦場はまさに魔境と化していた。

 

 

 

『元から素質はあった......んだろうけどね』

 

 寂しそうにソレは笑う。

 今となっては彼方(あちら)此方(こちら)、どちらに根差していたものなのかは分からない。太極図の如くはっきりと分かれていながらどうしようもなく混沌の如く混ざってしまっている以上、どちらのものかなど問うことすらバカらしい。

 だが、本来これは必要のないものだった。彼が望まなければ、その片鱗すら見せることなく凡庸に生きていたのだろう。人は誰しも特化した方向性があり、彼の場合それがたまたま(・・・・)仮想空間という肉体の制限無き世界で、才能として開花させたに過ぎない。

 

『才能はあった。時間もあった。そしてあろうことか、歪んでしまった(オレ)は鋼鉄の精神を得てしまった』

 

 歪であろうと皹が入っていようと、新川恭二に成り果てた(・・・・・)少年は怪物的な精神を持っている。如何に仮想世界と言えど数千数万に至る技術の修練は精神を磨り減らす。足りない手数を二挺拳銃という局所的実用性しか持ちえない武装で補い、ただ架空の英雄(原作のキリト)を真正面から打倒するためだけに特化した戦闘スタイルを確立させた。

 逆恨みでしかない復讐心は"世界そのものが違う"という絶対的孤独感によって育まれたもの。故に幼い頃から培われたその心意(ココロ)は絶対的強度を誇り、まさに負の極致へと到達している。

 

 二刀流の英雄(キリト)に相対するは二挺拳銃(トゥーハンド)鏡像(シュピーゲル)

 正と負。剣と銃。他人のために立ち上がる黒の剣士と独り善がりの復讐を突きつける鏡の銃士。

 

 まさしく何から何まで正反対に仕立て上げられたその少年だが──しかしながらその真意こそ『全力を尽くした上で敗北したい』『踏み台であろうと配役が欲しい』という捻れ狂った自己承認欲求なのだから本当に救いようがない。ここまで努力し、上り詰めたというのに実は最初から勝つ気がなかったなど呆れるどころか哀れみすら覚える程だ。

 

『......本当、馬鹿みたいな奴だよね。悪役(ヴィラン)を目指すどころかこれじゃ道化(ピエロ)だ。自ら英雄の踏み台を目指すやつが何処にいるんだ』

 

 ここにいるんだよなぁ、とソレは溜め息を吐く。救えない。救われる気が端からない。加えて救える(・・・)可能性が(・・・・)ある(・・)人物をあっさりと切り捨てるのだから、もう好きにしろとしか言えなかった。

 

『挙げ句の果てに馬車馬の如く酷使しやがって──酷い奴だね、(オレ)は』

 

 万華鏡(カレイドスコープ)のように乱反射する精神は異質の一言に尽きる。その瞳は相対する者を写し出す。観察者が覗く深淵には自身の姿があるのみ、あろうことか鏡そのものすら自分の本来の姿を忘却したのだ。

 これを道化と言わずして、何と言う──?

 

 

「は、ははははははは! どうした、その程度じゃないだろう!? まだ底は知れてない筈だ!」

 

 哄笑と共に猛威を振るう弾丸は恐ろしいほどの精度──しかしシュピーゲルはキリトならばそれを越えるだろうと期待している。切望している、と言ってもいいかもしれない。

 

「ほら──使えよ。お誂え向きの戦場は用意した。(オレ)を殺さなきゃ死銃が止められない、という大義名分もある。条件は整った」

 

──二刀流を解禁しろ。

 

 そう言外に告げ、マガジンを再装填(リロード)する。AGIに特化したアバターは蜘蛛の如く地を駆け、銃声が轟く度にキリトの体力は加速度的に減っていく。

 

「くっ......このッ!」

 

 【超反応(ハイパーセンス)】──そうシュピーゲルが呼んでいる異能じみた反射速度。そして最早理屈すら越えた【第六感(シックスセンス)】が土壇場でようやく駆動し始めたのであろうか。振るわれた光剣、そしてファイブセブンによる異形の二刀流を手にしてキリトは全ての弾丸を回避しながら避ける。

 

「......ハ。それでいいんだよ」

 

 あり得ない筈の殺気を関知する【第六感(シックスセンス)】。その仕組みは大方シュピーゲルには理解できていた。これだけが魔弾ノ射手(デア・フライシュッツ)の唯一の攻略法であると理解し、そして敢えて残している。

 このまま、凄惨に鮮烈に敗北する......そんな己が望む未来を幻視し、彼は僅かに気を緩めた。これでいい。こうして倒されることが、新川恭二の──。

 

 

 

 

 

「──あ?」

 

 そして次の瞬間、何故か(・・・)地面に転がっている自分に疑問を抱いていた。

 

『なっ......クソ、そう言うことか!』

「何──?」

 

 脚は動く。だがよく見れば左手首から先が消失していた。どういう事だと混乱した頭を回転させるが。

 

 

『早く起きろ馬鹿ッ! 狙撃(・・)だ!』

 

 シュピーゲルの思考に空白が生まれる。

 シノンの狙撃か、と考えるもそれならばアバターが存在していることが有り得ない。対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)など掠めただけで人間など八つ裂きにしうる怪物的破壊力を誇るのだ。原型を留めている以上これは選択肢から外れる。

 

 ならば、何が。回る思考を遮るかのように悲鳴じみた叫びが脳内に響いた。

 

『最悪だ──(オレ)の言う通りだった! 死銃は(・・・)一人じゃない(・・・・・)! もう一人......いや、二人後方で待機している!』

「......はは。何だそりゃ」

 

 理解はするが、納得は出来ない。

 原作通りに事が進むと思えば妙なところで変化している。狙撃弾によって吹き飛ばされた左手首では最早銃を握ることは出来ず、残されたのは銃剣のみ。胸元に照射された弾道予測線を辿れば、その先にはフードを被った狙撃手(スナイパー)──蒼い瞳の骸骨面、即ちもう一人の死銃が数百メートル先にいるのがズームされた視界に僅かに映った。

 

 嘘から出た真とは言うが、まさかこんな幕切れだとは。新川恭二(シュピーゲル)は笑った。これは予測不可能だ。

 

「は、は──クソが。地獄に堕ちやがれ」

『っ、駄目だ。これじゃ不完全燃焼(・・・・・)みたいなものだ......!』

 

 こんな幕切れなど認められない。

 ここで新川恭二という男は全てを清算しなければならないのだ。さもなくば、この未練を死ぬまで引き摺ることになる。今度こそ、誰にも救えない深淵にまで新川恭二の精神は堕ちることになる。

 

──今後一切誰にも心を開くことなく、死ぬその瞬間まで仮面を被り続ける哀れな怪物。そんなモノに成り果てる折り返し不可能地点(point of no return)こそ、今この時この場所この瞬間なのだと彼は理解していた。

 

『起きろッ! まだ君は立てるだろうがッ!』

「......つっても、こりゃ完全に詰んだしな」

『────ッ!』

 

 ああそうだ。シュピーゲルが勝ち得る可能性は狙撃によって完全に潰えた。近接戦に如何に強かろうと遠距離にはどうしようもなく弱い──そんなシュピーゲルの弱点を謀ったかのように突いてきたのである。

 最早どう足掻こうと頭蓋を撃ち抜かれて即死する。その事実も理解し、彼は絶望する。新川恭二(シュピーゲル)は自嘲する。 

 

 そしてその次の瞬間、超遠距離から螺旋を描く弾丸が放たれ──。

 

 

 

 

「......何のつもりだ? 英雄(キリト)

「休戦だ。まずはあいつを......いや、あいつ()を撃破する」

 

 音速の軌道を読み切り、光剣により弾丸を蒸発させたキリトがシュピーゲルの目の前に立っていた。

 

(オレ)が素直に言うことを聞くとでも?」

「そうせざるを得ないだろうさ」

 

 指し示す先。そこには──。

 

「よぉおおお、キリトくゥん。覚えてますかァ──?」

「......ああ、思い出したよ"ジョニー・ブラック"」

 

 哄笑をあげ、死銃のそれと酷似した銃剣を手に男は嗤う。

 

 同じような骸骨の仮面、しかし顔の上半分のみを覆っていることにより怖気のするニタニタ笑いが露となっている。その横には死銃──ザザが立っており、仲間であることは容易に想像が付いた。

 

 つまり死銃(デス・ガン)は一人どころか三人で一組の殺人犯だったということだ。いや、現実側を考えればもっと組織的な犯行なのかもしれない。原作の逆恨みにも似た殺人とも異なる、明確な目的を持った上での組織的支援を得た計画殺人だ。

 

......原作とは余りに解離した展開である。シュピーゲルは混乱しつつも立ち上がり、冷静に自分の状況の把握に努め──自身の破滅願望を邪魔した死銃に対して激怒していた。

 確かにこのままではキリトと戦うどころの話ではない。3対1対1では流石に勝負にならない。だとするならば、やはり組むしかないのだろう。

 

「お前はオレと戦いたいんだろう? だったら、まずはあいつらを片付けてからだ」

「......成る程ね、こりゃ無理だわ。勝てる気がしない」

「そうか?」

「そりゃそうだろ、(オレ)は負傷しているのに向こうは三人、加えて一人は遥か彼方の狙撃手(スナイパー)と来たもんだ。勝てる配置じゃない」

 

 その言葉に、かもな、とキリトは頷いた。

 

「じゃあ、背中は頼んだ」

「......貴様(テメェ)は話を聞いてたのか? それとも肩から上が飾りもんなのか?」

「酷い言い種だな」

 

 キリトは苦笑を浮かべる。

 

「第一、さっきまで殺意丸出しで殺しにかかってきた奴に背中は預けるとか脳ミソお花畑にも程があるだろうが」

「......それは、どうだろうな」

「んだと?」

 

 片腕の状態で勝利可能である未来を模索しつつ、怪訝そうにシュピーゲルは眉をひそめた。 

 

「お前はさ。きっとオレには分からない悩みを抱えてるんだろうけど......多分、本当は良い奴なんだと思う。だから、任せられるよ」

「成る程。貴様(テメェ)さては馬鹿だな」

 

 理論はなく、ただ直感に過ぎない意見を叩きつけられ顔をしかめる。というより純粋にイラッとした。しかし返答はなく、ただシュピーゲルは背後の男が笑ったことを理解した。

 

「それに......オレは勝算があるから言ってるんだが?」

『狙撃手は任せなさい──そこの馬鹿は後でゆっくり悲鳴を上げるまで締め上げるとして、今は協力してあげるわ』

 

 響き渡る轟音、そして唖然として見開かれるシュピーゲルの薄い色をした瞳。同時に脳内で誰かが溜め息を吐く。

 

 

「え──いや、おま、なんで」

『お生憎さまね。あんたが昔教えてくれたように、わざわざ用意してた貴重な解毒剤がようやく役に立ってくれたわよ』

「え"っ」

『後で覚えておきなさいよ?』

 

──なんでさ。

 

 凡ミスもいいところだ──いや、そもそもシノンは無駄を避ける兆候があるためまさかピンポイントでそのようなアイテムを持ち込んでいるとは思っていなかったのである。銃撃戦で毒を盛られる機会など通常ならば有り得ない。

 シュピーゲルの唯一の誤算は、昔の彼の適当な発言をシノンが真に受け、あろうことか今でも忠実に守っていたことだろう。変に律儀というか素直というのか──何とも言えず微妙な気分になりつつシュピーゲルは呻いた。

 

「オレはあいつを倒す。シノンは狙撃手(スナイパー)を、シュピーゲルはザザを頼んだ」

『ええ、任されたわ』

「......了解だ、クソッタレめ」

 

 何処まで計算が狂えば気が済むのだろうか。だがまあいい、とシュピーゲルは肩を利用して無事な白銃をリロードする。

 

死銃(ザザ)を殺して英雄(キリト)を殺せばいい。要はそれだけの話だろう──?」

 

 志半ばで殺られたとしても本望。魔弾の射手は死神へと引き金を引いた。






キリ「何こいつ弾丸避けらんない(※普通避けれません)」
シュピ「勝った!第三部完!(※フラグ)」
キリ「お、何となく避けられるようになったやで(※普通避けられません)」
シュピ「狙撃で左手吹っ飛んだフォイ(※即フラグ回収)」
死銃「ステンバーイ......ステンバーイ......」←今ココ




え、展開が早い? だから言ったじゃないですかもー。いや下手に引き延ばしてもあれだしぎゅっと圧縮したらこうなっちゃったというか(技術不足)
というわけでこんな感じで圧縮して第一部終了まで突っ走ります。

──ついて来れるか?(訳:色々とすいません)


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加速スル心意

※独自設定注意
※超展開警報






 

 

 

 

 端的に言おう。どうやらシュピーゲルは外れくじを引かされたらしい。誤算も誤算、大誤算だとシュピーゲルは己の想定の甘さを呪う。

 

 

 キリトの強さは想定範囲内。本来狙撃不可能である筈のシノンが回復したのも、まあ誤差の範囲と言えるだろう。そこまでは良い。驚かされはしたが修正可能......ここまで来ればキリトに倒されるか、或いはキリトとシノンの連携によって倒されるかの違いしかない。ひょっとすると劇中の幻影の弾丸(ファントム・バレット)を見られるのかもしれないと考えるとむしろその方が良い、とシュピーゲルは息を吐く。

 

──だがこの男(ザザ)だけは別だ。完全な誤算、下手をすると全滅すら有り得る異分子(イレギュラー)

 

「............貴様(テメェ)、やろうと思えば本調子になる前にキリトを殺せただろう」

 

 対英雄(キリト)に特化したこの技術は些かのズレこそあれ、ある程度はこの死銃(ザザ)にも有効らしい。だがその些か程度であるはずの"ズレ"──それが微小であれ極小であれ存在する以上、その綻びから確実に殺す(・・・・・)領域にもっていくのが《赤目のザザ》という男である。

 

 経験に裏打ちされた直感、そして仮想世界に浸りきったことによる常人を遥かに越えた反応速度。加えて黒鉄宮にてアインクラッド崩壊に至るまで、何千何万と振るい続けた剣技が加われば──それは容易く未来予測を崩し、生半可な業など鎧袖一触とする必殺、或いは確殺へと到達する。

 

 

「冗談じゃねぇ──手ぇ抜いてやがったな」

 

 そう吐き捨てる。

 

 異常だ。あまりにも異常に過ぎる。シュピーゲルの知っている限りでは、作中でキリトに伯仲する程の実力──いや、越える実力を持つ存在などヒースクリフを含め数える程もいないはず。あれはそういう物語(ラノベ)なのだ。英雄の話に敗北はなく、正義の前に悪は倒れる。

 だからこそ、シュピーゲルは強烈な違和感を抱く。この男は何かが違う。決定的に、"歯車"から逸脱しているような──。

 

「っ!」

 

 そんな思考を抱いた瞬間、意識の間隙を突いて死神が接近する。振るわれるは本来の刺突剣(エストック)に比べ二回りほど小型化された鉄の塊。

 滑るようにして迫るそれを寸前で見切り、右手の拳銃に付属した白剣を用いて捌く。金属同士が擦れあい軋む音に眉を潜めた。

 

貴様(テメェ)、一体何者だ? 何の目的で人を殺している」

 

 目的がまるで見えない──原作における死銃の立ち位置、単なる個人の復讐とも違う何かで動いていることは確かだが、わからない。そもそも三人もの死銃を投入すること自体がおかしいのだ。

 キリトを確実に殺すためか。そう考えるも即座に破棄する。明らかに矛盾しているのだ。ゲームの中で殺すのと同時に現実の肉体も殺す、そこまでなら個人の復讐としてデスゲームを再現したのだろうと納得できる。

 

『だが、そこに"三人"という条件......そして手を抜いていた事実が加わるとおかしくなる』

 

 三人も使い、確実に殺そうとする合理性を持つならばそもそも現実のキリトを殺せば終わる。だがわざわざ奴等は手間をかけてキリトを誘い出し、この舞台を作り上げたのだ。その矛盾した行動は決して両立しない。

 

『つまり、彼等の目的は』

「キリトじゃない。少なくとも、キリトの殺害が主な目的というわけじゃなかったのか......!」

 

 第三勢力の出現。自身の知り得ない、原作の枠外にある敵の存在を明確に意識したシュピーゲルは僅かに動揺する。だがすぐにその動揺も収まり、呼気を吐き出し落ち着ける。

 

「"記録塑行(trace)開始(on)"」

 

 何処から運命が狂ったのかはわからないが、取り合えずこの男を殺せば済むだけの話だ。

 

 瞬時に構築される予測演算のパラダイム。数十もの予想から取捨選択、ゼロコンマ数秒後の行動(数値)を次々に入力──失敗(Error)。予測を見事に外され、魔弾は空虚を穿つのみ。

 

クソったれが(Fuck)......」

 

 予測出来ず(Error)回避され(Error)弾かれる(Error)。やはりおかしい。演算結果もこの男が異常であることを告げている。

 

貴様(テメェ)、チートでも使ってんのか?」

「..................」

 

 チート──有り得る筈のないその可能性を想起させるほどの異常性がそこにある。

 純粋な技術の問題などではない。本来の仮想体(アバター)能力値(スペック)、それが瞬間的に跳ね上がっているのだとシュピーゲルは理解していた。不規則に変動する数値など、まさしく計算外。

 

「あの茅場昌彦が構築したセキュリティを突破できた奴はいない。......どうにも腑に落ちないな、そりゃ何だ?」

「......答える義理が、あると思うか?」

「成る程、確かにそうだ」

 

 片手と口を利用することで器用に再装填(リロード)する。このままでは確実に負ける──いや、何のつもりかは知らないが死銃は確実に手加減をしている。でなけれは、あの逸脱した強化によって直ぐにでもシュピーゲルの首は撥ね飛ばされているに違いない。

 だが──。

 

「その計算外(・・・)も含めて再演算すればいいだけの話だろう──?」

 

 言うは易く、行うは難し。

 計算外を含めて再演算するなど、はったりもいいところだ。そこまで都合の良い能力ではないことはシュピーゲルも百は承知、しかしそうでもしなければ勝つことは不可能だと分かっていた。

 

「......無駄だ。お前では、勝てない」

「うるせぇ殺すぞ」

 

 ストレートな罵倒がシュピーゲルの口をついてでる。それが無意識からくる焦りによるものなのか──それは本人すら自覚する所にない。

 

「ちィ──ッ」

 

 吐き気すらするほどに脳を酷使し、色すらあやふやな世界で演算が未来を掌握する。だが次の瞬間、その確定した未来はエストックにより切り裂かれる。

 

 防御にやり骨が軋む音すら置き去りにして前へ。元よりシュピーゲルという仮想体(アバター)が持ち得るモノは速さ以外になく、新川恭二が持ち得るのは演算能力以外に何もない。

 なればこそ、此処に全てを置いて逝け。絶望も希望も、怯懦も蛮勇も、憎悪も愛情も何もかも棄て去って────

 

 

 加速(カソク)する。

 

「っ、ァ────」

 

 瞳から光が消えた。

 

 其はただ演算し、未来を掌握するべく突き進む悪鬼。刹那を永遠へと引き延ばし、何もかもを置き去りにして加速(カソク)する魂。狂える鏡刃(狂人)はたった一つ、演算のみに純化しながら右手に握る刃を振るう──。

 

「......ああ、そうか。"あの人"の、言っていた意味を、理解した」

『......!?』

 

 だが、刃は容易く死神に受け止められる。常軌を逸した膂力は信じられないことに、僅か二本の指で刃を止めることに成功していた。

 

「認めよう。その刃は、その瞳は、その精神(ココロ)は...........危険だ」

 

『離れろッ!』

「......っ、く──!?」

 

 その言葉に咄嗟に正気を取り戻し、シュピーゲルは側頭部へと蹴りを放つ。当然のようにそれは防御されるが、その反動を利用してどうにか距離を取る。

 

「......何だ、今のは」

 

 寒気が背筋を這い上る。一瞬だが、彼は確実に意識が飛んでいた。いや、より正確に言うならば"意識はあるが制御出来ていなかった"。

 記憶はある。何を成そうとしていたのかもわかる。だが、体が勝手に動いていたのだ。そしてその事に違和感すら抱かなかった。

 

 それはまるで、意識が肉体の伝達速度を越えたかのような──。

 

『......そうか。そう言うことか』

「何一人で納得してんだ、よッ!」

 

 システム的に有り得ざる速度で迫る死銃を見据え、【未來視(ディヴィジョン)】を駆使することで何とかその猛攻を凌いでいく。単純に速すぎるが故に厄介なのだ。どんなインチキを利用したかは知らないが、このままでは押しきられる、とシュピーゲルは判断を下す。

 

「本格的に詰んだか......?」

『いや、まだ手はある。......でも、これは非常に分の悪い"賭け"だ。向こうが使えるのに此方が使えないなんて道理はない──だが正直に言うと、これは恐らく君には制御できない。君だからこそ(・・・・・・)、これは危険なんだ。劇薬に過ぎる──』

「つべこべ言わず結論だけ言ってくれねぇか?」

 

 溜め息と共に、声は告げた。

 

『向こうがチーターなら、こっちも同じ手を打ってしまえばいい。......結果は、どう転ぶかは保証しないけど』

 

「......マジかぁ。垢BANとか食らったら嫌なんですけど」

『その点は安心してくれていい。これは公式だよ、試験体の試作体のβ版のプロトタイプの初期型みたいなシステムだけど、ね』

「それ絶対ヤバいやつじゃないか......?」

 

 その言葉に、声は同意した。

 

『だからどうなるかわからない、って言ってるんだ。【未來視(ディヴィジョン)】の代償でただでさえ君は精神的に消耗している......これに加えてあんな乱暴なシステムを使えば、十中八九暴走するだろうね』

「お前、何か知ってるな?」

『ああ、知ってるよ。......あれの名前もね』

 

 うっすらとだが血のような紅いエフェクトに身を包み、死銃は突貫してくる。GGOでは見たこともないそのエフェクトが原因なのだろうか。

 そんなシュピーゲルの思考を肯定するかのように、彼は苦々しげに呟いた。

 

『アレの名前は"心意(シンイ)システム"──茅場昌彦が作り出した、最低最悪の発明のうちの一つさ』

 

「シンイ? ......万華鏡写輪眼か何かか?」

『それは神威だ。だがそれに比肩するほど厄介な代物でもある。......おかしい。何故死銃がそれを使える?』

 

 明らかに物語が狂っている。何処かで決定的な歯車が外れているのだ。死銃がこんなにも悪辣かつ容赦のない殺人鬼と化しているのにも、何か理由が──。

 

 

「戦場で、考え事とは余裕だな?」

 

「な」

 

 回避は不可能。心意を用いた全力の身体強化により既に二十メートル近い距離は無と帰した。骸骨の奥の紅い瞳と視線が交錯し、シュピーゲルは眼を見開いた。

 

『"耐える"ことを"想像"するんだ、恭二ッ──!』

 

 瞬間。

 腹に突き刺さる衝撃を感じると同時に、シュピーゲルは呼吸すらままならない状態で空へと打ち上げられる。ただ単純(シンプル)な蹴りが一発............それだけで自身の体力が、残り数ミリも残っていないことを確認しながら大地を転がった。だが生きている。寸前でのアドバイスが辛うじて命を繋いでいた。

 

「終わりだ。ここで死ね、シュピーゲル」

 

「......冗談。まだこれからさ」

 

 むしろ此処からが本番だ、と凄絶な笑みを浮かべる。タネは割れた。模倣こそシュピーゲルの真骨頂、目の前に手本が存在するのならその悉くを奪い尽くしてみせる。

 

視えた(・・・)ぞ、貴様(テメェ)のインチキの正体」

「......戯れ言を。わかった所で、貴様には──」

 

「要は妄想想像、思い込みが力になるってんだろ。──真性の厨二舐めんなよ?」

『......!? おい馬鹿やめろ、君の場合は本気で洒落にならないっ......!?』

 

 仮面を被ることには長けている。自己暗示などお手の物だ。だからこそ、ごく自然にそれは口をついて出た。

 

 

──其は加速する魂

 

 

「貴様には......何だって?」

「............ッ!?」

 

──我は加速する魂

 

『ああ畜生絶対停まるなよ、恭二! ......くそ、こんな試作品(プロトタイプ)で不完全なプログラムを作動させるなんて正気じゃない』

「向こうが正気じゃないんだ、こっちも同じことをやるしかないだろう」

『......呑み込まれないようになるべく僕が制御する。演算に領域(リソース)はあまり割けない、回避はそっちで勝手にしてくれ』

「わかってるさ。......こいつに出来るんだ、(オレ)に出来ない道理はない」

 

 全てが高次元へと至った世界で、刺突剣(エストック)拳銃剣(ガンブレード)が激突する。死銃(ザザ)が驚愕に息を呑み、いよいよもって頭痛が激しくなってきた新川恭二(シュピーゲル)は顔を歪めた。

 

 だが、心意とやらが与える万能感はそれ以上のもの。詠唱する度に体が軽くなる。要らないコトを忘れていく。全部忘れて、忘れて、忘れて(棄てて)──何処までも加速(カソク)して逝く。

 

「何故、お前が心意(シンイ)を」

「さぁな。(オレ)も知らねぇよ」

 

 "もう一人"による提唱で強制的に発動させたプロトタイプシステム──"心意システム"。それを何故ザザが使っていたのか、どうしてこんなものがGGOに搭載されているのか、そしてどうやって"もう一人"がそれを知ったのか。何もかもがわからない事だらけだが、その全てをかなぐり捨ててシュピーゲルは目の前の敵の打倒へと集中する。

 

......長くは持たない。ただでさえ狂ったように演算を繰り返していたのだ、この状態を維持できるとしても三十秒が精々だと理解していた。

 

「......危険などという領域ではない。お前の不安定さは、黒の剣士を越える可能性(イレギュラー)に成り得る」

「そりゃ随分と高評価をどうも。ついでに死ね」

 

 加速した意識、加速したアバターによる超高速の剣撃による応酬。一瞬にして十数の刃が交わり合う様は常識を遥かに越えている。溢れる全能感、まるで空を飛ぶかのような疾走感──加速は未だ止まらない。

 

「は──はは」

 

──加速するカソクするカソクスル

 

「はははははははははは」

 

 笑う。奥底から溢れる力に感覚が呑まれていく。

 

 死神が握る刺突剣にはどす黒い赤の炎が舐めるように纏わりつき、シュピーゲルが振るう銃剣には銀の混じる紫電が蛇の如く這っている。どちらもそれは、茅場昌彦がひた隠しにしていたとあるシステムによる産物。かの怪物的天才ですら完成させることの出来なかった不完全なシステムの産物──。

 

── 架ソクすル過息する化そくスル

 

「......がァ」

『不味い......制御出来ていない......!』

 

 視界が歪む。意識が飛ぶ。しかし加速は止まらず、強制的に詠唱が溢れ出す。

 

 端的に言って、それは暴走だった。

 

 心意システムとは人の精神(ココロ)、或いは魂といった限りなくあやふやなモノに根差す制御プログラムである。それは尋常ではない意思により発現し、時に死に逝く仮想体(アバター)を強制的に突き動かし、人の可能性というものを茅場昌彦に見せつけたものだ。

 だがそれは善意──正の心意によってのみ目覚めるものでは決してない。ベクトルがどちらを向いていようが関係なく、常識を越えた意志によってそれは発動する。そして発動したが最後あらゆる優先順位を超えてプログラムを上書き(オーバーライド)し、そして更なる意志の発現を誘発(・・)するのだ。

 

 

 つまり、それは人によっては押し止めていた心の栓を外されるのと同じであり。

 

「──『私ハ加塞スル魂』」

 

 暴走した心意(ココロ)は、決壊したが最後全てを破壊しながら流れ出す──。

 

「こ、れは」

 

 剣撃は更に速度を増し、サーバーの処理速度すら越えるのか、僅かにラグすら見せながらザザを吹き飛ばす。

 そして、吹き飛ばされたザザを先回りすることで(・・・・・・・・)、防御行動すらさせずに背後から銃剣を叩きこんだ。

 

 

「『翠光を零し/追い縋って/奔り続ける魂』」

 

 ザザは同じように心意による殺意の衣で防御を図るも、加速する剣は容易く貫通する。だが止まらない。止まることを最早知らない。意識は加速する悦楽へと呑まれ、自身そのものを魔弾として死銃へ食らいつく。

 

「『死を孕みて/尚疾く/奔り続ける魂 』 」

 

 詠唱は、溢れ出す心意による暴虐は既に音速にすら到達しかけている。回避は不可能、心意の防壁すら貫いてHPは削られていく。

 

「『夢を失い/空と也て尚/奔り続ける魂』」

 

「............そうか。オレは敗けるのか」

 

 腕を、脚を、耳を、眼を、喉を、肺を、心臓を。

 全てを銀閃により切り裂かれ、十七に分割されながら、男の口から言葉が零れる。

 

「強くなったな。あぁ────」

 

 

 

 

「お前の勝ちだ、恭二(・・)

 

「『この身は地獄路を疾走す ....................................え?」

 

 

 その言葉に、砕けていた思考が停止し。

 新川恭二の意識は白光に呑まれた。

 

 







??「それ童の詠唱ぅぅぅ──!?」

 はい、というわけで一話分(大体6000字)にコンパクトにカットされた超展開ラストバトルでした。正直設定の羅列にしか見えなくて非常に心苦しいかつ申し訳ない気分になったのですが、なまじ引き延ばしても無駄な話が長引くだけなので早々に切り上げることにした次第です。ついでに詠唱は某最深部を目指す系の作品からパク......リスペクトしました。魔弾繋がりだからね、是非もないネ!

 そんなこんなであと二話くらいでこの第一部は完結(予定)です。その後後日談やら閑話やら挟んで第二部に突入する予定です。もちっとだけ続くんじゃよ。


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BAD END

 

 

 

 

「やぁおめでとう。此処に来たのは君で二人目(・・・)だ」

 

 

 

 呆然とする()の前で、その男はコーヒーポットを傾けながら淡々と告げる。

 

「そこに掛けるがいい、新川恭二君。私は個人的にも君に興味があるんだ」

「お、お前は......」

 

 上も下も左右も白く、遠近感の狂いそうな世界でその男の周辺だけは正常だった。半径十メートルの範囲で再現された研究室の内装、しかしその縁はぼやけて白へと溶けている。

 

「確かに君と私は顔見知りとは言い難い。というより、私が一方的に知っていると言えば正確かな? ......ふむ、こういうときは自己紹介をするのが一般的だったね」

 

 何処か浮世離れしたような印象を受ける男は、よれよれの白衣を揺らして此方へと振り向く。

 

「初めまして、新川恭二君。私の名前は茅場昌彦(・・・・)......ソードアート・オンラインを作り出し、桐ヶ谷君に"ザ・シード"を託した、しがない研究者兼犯罪者さ」

 

 そう告げて、死んだ筈の男は悪戯が成功した小学生のように笑うのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「......へぇ、そうかい。あんたが茅場昌彦か」

「意外だね。もう少し取り乱すかと思っていたが」

「わけわかんねぇ事が連続し過ぎてな、一周回って逆に落ち着いたわ」

「そうか、賢明だね。現状把握は実に重要なことだ」

 

 そう言うと、茅場昌彦を名乗る男は指を鳴らした──同時に俺の目の前に椅子が出現する。その不可思議な現象に眉を顰め、勧められるがままに座った。

 

「では、何から聞きたい? 此処が何処か、心意システムとは何か、君の意識は現在どのような状態にあるのか。............もしくは、君が知りたいことが他にあるのならばそれでもいい」

 

 そう、例えば──。

 

「死銃の正体を知りたいのかい?」

「......知ってるのか、あんたは」

「いいや? 私は何も知らないさ。知っているのは君だよ」

 

 何もかもを見透かしたような眼だ。もし神がいるのならばこいつのようなのだろう、と何となく思う。このろくでもなさそうな雰囲気と人を苛つかせる物言いが特にそんな感じだ。

 

「分かっているんだろう? 君は聡明だ。それこそ、私ですら予想も出来ない特異な能力を使う程には」

 

......未來視(ディヴィジョン)も知っている、か。そう言えば昔サトリという妖怪の話を聞いたことがあるが、実際に相対すればこんな気分なのだろうか。

 

「現実逃避に思考を利用するのは止めたまえ。私の正体についても薄々察しているのだろう」

「......クソ、わかってるよ」

 

 ガリガリと頭を掻き、俺は喉の奥から唸りにも似た声が漏れるのを必死に抑える。考えたくはない。考えたくはないが──。

 

「死銃は......ザザ(ZaZa)の本名は新川昌一。......俺の、兄だ」 

 

素晴らしい(Congratulations)──正解だ。彼は正真正銘君の兄、新川昌一だよ」

 

 おどけるようにそんな事をのたまう茅場を睨む。

 

「ふざけてんのか?」

「まさか。だが双方共に素晴らしかったと、制作者として称賛を送っておこう」

 

 空虚な拍手が偽りの研究室を満たす。俺は口の端を歪めた。

 

「ハ──神様気取りで上から見てたってか? なぁ、死んだ筈の茅場昌彦さんよ」

「神か......創造者という意味においては、確かにそうなのかもしれないな。だがそれはさておき、話を戻そうか」

 

 随分と傲慢なことだ、と鼻を鳴らす。だが次の言葉で、俺は思わず眼を見開いた。

 

「君は兄を倒した。心意システムの暴走という形とはいえ、アレ(・・)の右腕とも言える存在を単身で打倒したんだ──これは大金星と言っても過言ではない」

「待て。何の話だ?」

「私の、桐ヶ谷君の......そしてこれから君の"敵"となるであろう男の話さ」

 

 全くと言っていい程に話の中核が見えない。要領を得ない言葉に眉をひそめた。

 

「アレは私とはまた違ったベクトルに才能が特化した怪物だ。他者の行動を誘導し、侵食し、駒として扱うことに長けている。そうだね、君の形式に習って【心理掌握(マインドジャック)】とでも呼称しようか」

「マインドジャック......?」

 

 マインドジャック──【心理掌握(マインドジャック)】。何となく意味は察せられる。

 

「過剰適合に伴って稀に発現する異常な能力──【心理掌握(マインドジャック)】も恐らくそれらに分類されるのだろうな。些か変則的ではあるが、現実では不可能な事象を仮想世界で体現しているのだからそうカテゴライズする方が自然だ」

「......お前、説明が下手だってよく言われるだろ」

 

 或いは説明する気がないのか。そう言うと、茅場は薄く笑った。

 

「ソードアート・オンラインは私が造り上げた箱庭であると同時に、ある社会実験の側面も持っている──それも国家規模の社会実験だ。そう言えば、君は信じるかね?」

「…………」

 

 話は聞く。その姿勢を見せるように目を向ければ、満足そうに茅場は頷いた。元々研究者だ、こうしたご高説を垂れるのは領分なのだろう。

 

「私を支援してくれた組織の目指す終着点は、人類の新たな社会形態を担う存在の創造。つまり、桐ヶ谷君を始めとするSAO生還者(サバイバー)......いや、仮想世界過剰適合者(Virtual Reality Over Adapter)の実験的生成が目的だった。人類が産み出した電脳空間を意のままに御する新人類(ニュータイプ)、それが彼らの夢想する"大いなる目的"とやらだった。まぁ、私を含め各々の目的で利用していただけの連中が大半だがね」

 

......予想以上に内容が濃い。あのラノベにこんな重い裏設定なんてあったか?と言いたくなる程に。というか組織って何だ──財団Xとか黒ずくめの組織でも関わってるとでも言うのだろうか。

 

「桐ヶ谷君を筆頭とする過剰適合者(オーバーアダプター)はソードアート・オンラインによって創られたもの──だが君は違う。人工的な要因──長時間のフルダイブによる適性変化もなく、君は機械が造り出す仮想世界に対しての適性が異常に高い。言うなれば選ばれた人間、天然の過剰適合者というわけだ」

「......ちょっと待て。過剰適合者(オーバーアダプター)って何だよ」

「そのままの意味さ。仮想世界とはそもそも情報だけで構築された機械の産物、それに脳を接続するとなれば何らかの形で拒否反応が生じるのが正常な人間だ。だが、君は違う。剣の才能、射撃の才能とも違う──体質(・・)とも言うべきかな。君は仮想世界との親和性が異常に高いんだよ、新川恭二君」

 

 それこそフルダイブの時間を引き伸ばせば、さらに適合率は跳ね上がるだろう、と茅場は予想を述べた。

 

「そして君が過剰適合において獲得した能力は"情報処理特化"──仮想世界においてのみ未来予測すら可能とする異常演算能力、つまりはその【未來視(ディヴィジョン)】とやらなのだろうね」

 

 例えば、桐ヶ谷和人が二年間ものフルダイブによる調整(・・)によって【超反応(ハイパーセンス)】と【第六感(シックスセンス)】を得たように。或いは、とある殺人鬼が【心理掌握(マインドジャック)】を発現させたように。

 新川恭二という少年は、数値で構成された仮想世界においてのみではあるが、完全に近い予測能力を──【未來視(ディヴィジョン)】を得た。

 

 其が過剰適合によるものなのか、或いは生来の記憶能力が結果として過剰適合に繋がったのか。それはわからない、とかつて聖騎士(ヒースクリフ)を自称した男は苦笑する。しかしそれだけではなく──。

 

「加えて尋常でないフラクトライト出力による心意操作とくれば、まず連中は放っておかないだろう。人類を新たな段階へと引き上げる、と素面で言うような奴等だ。生まれついて仮想世界に愛されている君をどんな手を使ってでも手にいれたがるに違いない」

「......んで、それを俺に言ってあんたはどうする気だ?」

 

 悠然とコーヒーを啜る男を睨む。危機感を煽るだけ煽り、何を要求するかはわからないがろくでもないことには変わりないだろう。

 

「そうだな、取引をしようじゃないか。私は"ザ・シード"のネットワークを利用して政府高官の協力者に君の保護を依頼しよう。その代わり、君は私の手駒になって貰いたい」

「手駒、ね。随分とストレートな表現だな」

「下手に誤魔化しても逆効果なようだからね」

 

 そう言って肩を竦める。

 

「私はね、この世界を愛しているんだ。だからこそそれを汚すものは断固として許さない。人類の進化? 電子適合計画? 馬鹿な話だ。現実があってこそ、仮想は存在を許されるというのに──」

 

 そこで口をつぐみ、今さら詮の無いことだ、と呟いた。湯気の立つコーヒーが机の上に置かれる。

 

「アナログの肉体を捨ててしまった以上、今の私には現実世界に対しての干渉能力が大幅に制限されてしまってね......そこで実力も高く、奴等の心意制御にも対抗可能な唯一の人材に目をつけたというわけさ」

「それで手駒ってわけか」

「ああ。だがいきなりこんな話をした所で君は信用しないだろうね」

「......よくわかってるじゃねぇか」

 

 こんな意味不明な話を鵜呑みにするやつがいたら、それはただの思考停止したアホか真性のバカくらいのものだ。

 

「君と私の間には"信用"が足りない。だからこそ、投資の意味をこめて一つ良いことを教えてあげよう」

「......なんだよ?」

「現実世界において約十二秒後、君は為す術もなく死亡するだろう」

「は?」

 

 突拍子もない話に眉をひそめる。

 

「冗談等ではないさ。このままでは──今はこうして体感時間を実験的に加速させてはいるから問題はないが、それでも君は死ぬ。君の兄(・・・)によって、どうしようもなく──死ぬ」

「......なんだそりゃ」

 

 根拠はわからない。どうして死ぬのかもわからない。第一全くもって信用ならない。

 だが、直感的に恐らくこの男は嘘は言っていないのだろう、と理解する。

 

「そんな死ぬ事実だけ言われてどうしろって言うんだ、茅場昌彦さんよ」

「無論、方法はあるさ。君が私に協力するのなら、だが」

「......ハ。結局脅しか? 芸がないこったな」

「どうやら勘違いしているようだが、これは脅し等ではない。君にそんなものが通用しないことはよくわかっている。ただ、君がこのまま彼らの手に渡るくらいであれば見殺しにした方がメリットが大きいというだけの話さ」

 

 それに。

 

「君は死ねない。いや、少なくとも自ら死ぬ気はなくなったのだろう?」

「............」

この世界(・・・・)は君が知っているより、ずっと複雑で歪んでいる。勧善懲悪などなく、きっと唾棄するほどに無慈悲で理不尽な物語なのだろうな」

「っ、な──」

 

──その言葉に、思わず驚愕に目を見開く。まさか、この男は。

 

「世界というのはどうしようもなく残酷だ。無慈悲なだけならば良い。絶望しかないのなら、まだ諦めもつく。だが──悪意が吐いて棄てるほど転がっている中に、僅ながらも光を放つものがあるのもまた事実。故に人は希望を捨てきれず、盲目の希望を燃料に世界は廻る」

 

 何を言っているのかはわからない。だが、再び意識が白く染められる寸前──。

 

「私は愛してくれた人を棄て、人間性を棄て、肉体を棄て、世界(全て)を棄てた結果として此処にいる。......新川恭二、君は私のようにはなる(間違える)な」

 

 その男は、薄く笑っていた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ」

 

 目を覚ませば、口の中に広がる鉄の味と脳を侵食する鈍痛に思わず顔を歪めた。喉の奥に流れている血の原点は鼻孔だ。つまり鼻血である。毛細血管が破れたのだろうと勝手に予想をつける。

 ゆっくりと上体を起こし、しかしそれでも揺れる視界に溜め息を吐く。

 

 

 そして、目の前で目を見開いて驚愕している男に告げた。

 

「こうして直接顔を合わせるのは何年ぶりかね──兄貴」

「恭、二」

 

 兄は殺人鬼へと堕ち、弟は自殺志願者になった。異常に過ぎる兄弟はこうして数年ぶりにお互いを認識する。

 

「俺を殺したいのか?」

「............ああ、そうだ。オレはオレのために、恭二──お前を殺したい」

 

 そうか、と呟く。少し前の俺ならばそれもまた良いだろう、と受け入れていたに違いない。

 だが今の俺は......漠然とだが、死ぬことに然程魅力を感じなくなっていた。それは原作とまるで関連性のない"展開"に対する興味なのだろうか。

 

──それとも。

 

「............」

 

 あの男が最後に寄越した警告(・・)を思い出すと同時に、ある少女の顔が一瞬ノイズのように過る。思わず苦虫を噛み潰すような顔になるが、口の中に広がるのは鉄の味だけだ。

 

「悪ぃが、今のところ死ぬ気はさらさらないよ。......クソみたいな世界だとは思っていたが、俺の知らないことが予想以上にあるらしいんでね」

「恭二ッ......」

 

 兄の瞳が一瞬揺れる。しかし、それも一瞬だけだった。

 

「──お前の意思は聞いてない。此所で死ぬんだ、新川恭二ッ!」

 

 無針注射器を手にして突っ込んでくるその姿は、酷く遅い。だがそれよりも遅い自分の肉体の反応に自嘲する。仮想現実で如何に戦えようと、やはり現実では何のパラメーターにもなりはしない。

 

 だが、わかりきっている素人の動きを避けるくらいなら、演算が使えない俺でもできる。

 

「ぐっ......!」

 

 急激に体を動かしたせいか、頭痛が一層激しくなる──が、新川昌一の攻撃をかろうじて回避する。反吐が出そうな酩酊感と眼窩を突き刺すような苦痛が襲いかかる。

 そんな最中、血を分けた兄は歯を剥いて吠えた。

 

「何故、お前だったんだ!」

「はぁ!?」

 

 声がガンガンと頭に響き、突拍子もない問いに苛立ちながらそちらへ目を向ける。

 

「何故あの場にいた!? 何故大人しく負けない!? SAO生還者(サバイバー)でもないのに──いや、そうだとしても心意さえ使えなければ、オレは!」

 

 再び突進してくるのを横に転がるようにして避け、半開きの扉の外へと出る。無駄に広い廊下が今ばかりは有り難い。

 

「んな事、俺が知るかッ! 心意だぁ!? あんなもん初めて使ったわ!」

「初めて使って、あれだと......?」

 

 兄の目が更に剣呑さを増す。

 

「......恭二。お前は危険だ、だから此所で!」

「危険なのはテメェだよヒキニートォ!」

 

 扉を盾にして凌ごうかとも思ったが、恐らく体格差に準ずる身体能力の差で押しきられる。直感的にそう判断し、階段へと身を翻した。

 

──だが。そこで俺は致命的なミスを犯した。

 

「つぅッ!?」

 

 激しい頭痛に苛まれている状態でこうも急激に動けば、三半規管が狂ってもおかしくはない。しかしこのタイミングでまさか足を滑らせるとは──まさしく素晴らしく運がない。自分自身に殺意が湧いた。

 

「死──ね!」

「クソったれが!」

 

 降り下ろされる注射器を、寸前に腕を掴むことでどうにか逸らす。だがそもそもの体格差と体重差を考えれば押し込まれるのは時間の問題だろう。さすがに大学生と、成長途中の高校一年生では明確な隔たりがある。

 

「死ね、死んでくれ恭二......でなければ、オレはあの人に......!」

「......"あの人"、だって?」

 

 ギリギリでの力の拮抗によって、カタカタと揺れる注射器が生理的恐怖を煽る。中身は恐らく筋弛緩剤だろう。透明な薬液がゆらゆらと揺れる中、その向こうで兄の瞳は狂気と恐怖(・・)に染まっていた。

 

「誰だよ、そいつは。そいつが俺を殺せって言ったのか!?」

「そうだ! あの人の計画に、不安要素は必要ない!」

「なんだよそりゃ、ふざけんじゃねぇぞ......!?」

 

 憎々しげに見下ろす目を、負けじと殺気混じりに睨み返す。

 

「尚更殺されてやるわけにはいかねぇな。理由もなく殺されるなんざ真っ平ごめんだ......!」

「理由ならある! お前は危険なんだ、恭二!」

「......ざっけんじゃねぇぞクソ兄貴ィ!!」

 

 吠える。反射的に怯むその顔に、俺は言葉を叩き付けた。

 

「あんたの意思は何処にある!! 他人の都合を、命令を──あたかも自分のものかのように吐くんじゃねぇよ......!」

 

 何に苛立っているのかもわからない。いや、恐らく俺は自分の幕引きがまさかそんなあやふやなものでもある、ということか許せなかったのだと思う。

 

......いや、誤魔化すのは止めよう。これはきっと同族嫌悪なのだ。今吐いた言葉は何処までも俺に突き刺さる。俺は一体どうしたいのか。最終的に何もかも中途半端に終わって、切り捨てたはずなのにたった一つの警告でいとも容易く未練が甦る。

 仕方がないと、本来あるべき物語に自分の居場所などないと言い訳し続けてきた。否定してきた。クソみたいな世界を盾にして、全て見ない振りして突き進んできて......その結果がこれだ。

 

 俺の意思は──何処にある?

 

「殺すなら、あんたの意思で殺せ。他ならないあんたが殺すんだ。笑う振りして誤魔化して、責任転嫁するのはもうやめろ」

 

 俺は、結局──。

 

「あんたは結局......どうしたいんだ?」

 

「......、どうしたかったんだろうな」

 

 どうしたかったのだろうか。

 

「どうすれば良かったんだろうな」

 

 俺は、どうすれば良かったのだろうか。

 

「オレも、お前も──どうして、こうなっちまったんだろうな」

 

 新川昌一は、そう掠れた声で呟く。全くだ、と俺は同意した。本当に、どうしてこうなってしまったのやら。

 

「......恭二、オレと一緒に来い。あの人に頼み込んでやる」

 

 その言葉に、無言で新川昌一の顔を見上げる。そこには先程までの、まさしく洗脳されたような狂気はなく、よく見知った兄の顔があった。

 

「オレたちの仲間になれ。世界を変えるんだ、一緒に」

「......それが、あんたの意思か?」

「そうだ。オレはお前を殺したくない。だから一緒に行こう、恭二──」

 

 新川昌一自身の意思によって吐かれた言葉に、俺は一瞬だが思考の海へと沈む。俺にとって最善はどれなのか。真実を知るには誰が最も適しているのか──。

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、俺はその僅か一瞬で背後まで近付いた人影に気付けなかった。

 

「あら、駄目ですよ昌一様。それは貴方の領分ではありません」

「っ、ぐ、ゥ......!?」

 

 兄の頭が弾かれたように壁へと叩き付けられ、蛇のようにして伸びた腕が露となった首筋へと何かを突き立てる。

──空になった無針注射器。床に転がるそれを認めた瞬間、俺の体は凍りついた。

 

「兄貴ッ!?」

「何、故......"黒羽"......!」

 

 綻びのない、まるで普段と変わらない完璧な笑みを浮かべたハウスキーパーが口を開く。

 

「お役目を果たしてくれないと困りますよ? 貴方は弟の恭二様を殺し、そして後を追って自らに筋弛緩剤を投与して眠るように息を引き取る............そういう筋書きだったでしょうに」

「な、ぁ......!?」

 

 新川昌一が驚愕に目を見開くが、最早その体は痺れたように動かない。心臓が停止し、血液が回らなくなり、酸素の届かない脳が機能を停止するまで残り数十秒──。

 

「貴、様ァ!」

 

 迷った。

 死に体の兄の体にすがるべきなのか、この女へ拳を振るうべきなのか、何もかも捨てて逃げるべきだったのか。綻びかけた仮面の向こうで、俺が途方に暮れたように呆然と立ち尽くす──。

 

「......やはり、子供ですね」

 

 兄の手から拾い上げた無針注射器を手にして、黒羽と呼ばれた家政婦は嘲笑う。そして滑るように近付いてきたと思えば、俺の腕がぐっと引っ張られたと同時にプシュ、と小さな音が響き渡る。

 

「貴方のせいで兄は死んだ。そして次に貴方も死ぬ。......気分はどうですか? 分不相応な能力を手にして、現実で何も出来ずに死んでいく気分は?」

 

──嗚呼、そうか。

 

 世界が憎い、とは思ったことがある。だがそれはとぐろを巻く蛇のようにして仮面の奥に巣食うもの、俺の心意の原点とやらは何処か冷たい性質を持っている憎悪だ。

 だが、これは全く違う。偽りのものでない、かぶり続けた仮面を内側から砕くように流れ出すこの奔流こそが。

 

「殺して、やる」

 

 成る程。これが──この感情が、俺自身から溢れだすこれこそが、本物の殺意なのだ。

 整った顔に浮かんだ嘲笑に身を焦がすような殺意を抱く。真に自分を理解してくれたかもしれない、そんな可能性を目の前で殺したこの女が、どうしようもなく憎い。

 

「殺してやるッ......!」

 

「それは無理ですね、ここで貴方は死にますから。では来世でもお元気で......さようなら、"シュピーゲル"」

 

 にこりと微笑み、そしてご丁寧に俺の手を踏みにじって黒羽は──"黒羽時雨"は悠々と階段を降りて去っていく。よく見ればその手には白い手袋が嵌まっており、綿密に計算された殺人であることを理解した。

 

「畜生......」

 

 体が震える。指の感覚すらなく、緩やかになっていく鼓動と共に意識も朦朧となっていく。だがこの殺意は忘れない。十年以上に渡って被り続けてきた仮面を内側から灼き焦がす、俺自身の感情が吠え猛る。

 

「........................兄、貴」

 

 俺達兄弟は、一体何処で間違えたのだろうか。

 

 頬を濡らす何かに気付かぬまま、俺はそう自問自答を繰り、返

       し

         て──────

 

──────────────

 

   ──────────────

────────────────────────

     

   ──────────────────

──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まだ、終われない。......そうだね? 恭二』

 

 

 







 誰?と小首を傾げた人は読み返して下さい。一応序盤の方にちょろっと登場してます。


 どうせみんないなくなる(*´ω`*)


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新川恭二

※本日投稿一話目





 

 

 

 

 見開かれた瞳孔。瞳に映るのは私だ。乱反射を繰り返す中で自我が曖昧になっていく。砕けた仮面の破片をかき集めるも、喪われた欠片(ピース)は見つからない。だから半分だけでもと、伽藍洞の顔に仮面を填めていく。

 

──殺したい。

          誰を?

──わからない。

          何が?

──私の名前が。

          君の名前?

 

 

 誰かが笑って伝えてくる。

 

──(オレ)達の名前は、■川■二なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ!?」

 

 気付けば、そこは何処までも銀色の床が広がる場所になっていた。空の代わりにあるのは突き抜けるように高く聳える尖塔であり、その悉くが銀色に染まっている。乱反射する光に顔をしかめて......そしてそこではたと気付いた。

 これは()だ──。

 

「や、起きたんだね。運が良いのか悪いのか」

 

 その声にぎょっとして振り向けば、先程までは存在しなかったはずの玉座が鎮座している。そして、そこに腰掛けているのは俺と全く同じ容姿をした少年。

 

「......うん、完全には崩れてないようだね。安心したよ」

 

 そう言って、"もう一人の自分(アルター・エゴ)"は笑った。

 

「ようこそ、我等が心象へ。ほんの僅かな邂逅だろうけど、君と直接話せて嬉しいよ──■■」

 

「待て、今何て言った......?」

 

 最後の単語にだけノイズが走っていた。長らく意識を共にしていながら初めて目にする同居人はさもありなん、と頷く。

 

「うん、やっぱり身体より精神の損害が大きいね。自我(エゴ)の崩壊が顕著だ──自己承認の破損がここまで酷いのは、或いはキリトとの決着がつかなかったからかな」

「......頼む、わかる言葉で話してくれないか?」

「すまないが、それは無理だ。僕達には致命的に時間がない」

 

 穏やかに、だがはっきりとそう断言する。

 

「君の......僕達の、そして兄さんの最期を覚えているかい?」

「兄、貴......?」

 

 その言葉を発端として、濁流のように流れ込む記憶に思わず呻いた。心意の発現、茅場昌彦の言葉、新川昌一との対話────そして、あの女の嘲笑まで全て、鮮やかに。

 

「ぁ、あぁ────殺す」

 

 あの女は殺す。再び猛り狂う憤怒に吐息が漏れる。握りしめた拳からは血が滴り落ちた。

 

「......あんなもの予想の仕様がない。■■、仕方なかったんだよ」

「ハッ、仕方なかった? 仕方なかっただと?」

 

 腹の底で渦巻く殺意の対象は、一人は黒羽時雨という名の女だ。

 だがその矛先のもう一方は、他でもない俺自身だ。余りの情けなさに自嘲の笑みすら浮かぶ。

 

「ふざけんな──ふざけんじゃねぇぞクソ野郎がァ! 」

 

 爪が突き刺さりだらだらと血が伝う拳を、鏡の大地へと叩きつける。破片が拳に突き刺さるも構わず殴り付け、しかしその自傷すらもただ自分の心の平穏のためのものだと自覚する。

 ふざけるな。ふざけるなよ──。

 

「そうだ、兄貴が死んだのも!! 俺が死んだのも!! 全部テメェの自業自得だ■川■■!! 俺の幼稚な欲求がテメェを殺したんだ!!」

 

 あの忌々しい女の言う通りだ。調子に乗って、桐ヶ谷和人の敵であろうとして──その結果はなんだ? 何もない。死に損なった挙げ句に兄を巻き込んで、それで満足して死ねたのならまだしも未練と後悔だらけと来た。ふざけるな。死ね、死ね、死んでしまえ──■■■■。

 

「......何もしなければよかった。ただ地獄に甘んじて沈んでおけばよかった。俺は、物語に関わるべきじゃなかった」

 

 砕けていく。

 鏡の大地も、尖塔も、俺の意識や記憶すらも。

 砕けてしまえ、全て。

 

「俺なんて、いなければよかったんだ(・・・・・・・・・・・)

 

「......そうか。悔やんでいるのか、■■」

 

 降り注ぐ鏡の破片の中で。砕けていく心象世界の中で、痛々しいものでも見るかのように彼は目を細めた。

 

「君が何もしなければ、兄は死ななかった。物語を歪めることもなかった。みんな幸せなままに、定められた英雄の物語のままに進んでいた」

 

「......その通りだ。俺がいたから、死んだ。俺があのまま道化(ピエロ)の真似事をしながら野垂れ死んでさえいれば、兄貴は──!」

 

 

 「 思い上がるのも程々にしろよ 」

 

 

 その声に、震えた。

 

 砕けていく鏡の破片を掴みとり、彼は玉座から降りてくる。そして俺の目の前に立ち、いつの間にか槍のように変形していたそれを突き付けた。

 

「君がどうしていようと新川昌一は殺人鬼に成り果てていただろうし、当然桐ヶ谷和人は死銃としての彼を打倒していた。そして始末されていたであろう事実は想像に難くない」

「な、なら、俺が兄貴をSAOにログインさせてなけれ、ば────!?」

 

 その言葉を吐いた瞬間、俺は殴り飛ばされる。雨のように破片が舞う中、歯を剥き出しにして彼は怒鳴った。

 

「だから──思い上がるなと言っている! 自分が神だとでも思っているのか!? お前は、■■■■はただの人間(・・・・・)だ!! 如何に精神的にイカれていようがその事実は変わらない!!」

 

 胸ぐらを掴み上げられ、燃えるような瞳が俺を見据える。そこに在るのは、写っているのは。

 

「あの道を選んだのは兄さんだッ! そこに■■■■の意思は介在しないし、もし変えられると思っているのなら──それはただの傲慢だ! いいか、お前は特別でもなければ人外でもない、たかが少し知識の多いガキなんだよ!」

 

   それさえわからないのであれば。

 

「ここで死ね、■■■■。自分の意思で道を選ぶことを兄さんに諭したお前が、己の選択を否定してどうする......!」

 

 そう吐き捨てると、俺を睨み──そして手を放す。必然的に俺は膝をつく形となり、まるで赦しを請うかのように項垂れた。

 

「............俺は、どうすれば良かったんだ」

「知らないよ。未來視(ディヴィジョン)があろうと、人の運命を操るなんて芸当は不可能だ」

「........................」

 

 最早応える気力もない。

 目論みは失敗し、己が原因となって兄も自分も死んだ。まさしく最悪の結末(バッドエンド)、嗤いながら運命を呪うしかあるまい。

 

「後悔しているのかい?」

「......当たり前だろう、しないわけがない」

「そうか。別にそれ自体は構わないが......だが、後悔はしても否定だけはするな」

 

 淡々と、彼はそんなことを口にした。

 

「後悔はしてもいい。人間というものはきっと、何を選んだとしても後悔する生き物だからね。だけど──否定だけはしちゃいけない。それだけは、やってはいけない行為なんだ。それは道を選び進んだ己の存在否定であり──」

 

 名前を忘却した俺を糾弾するかのように言葉を紡ぐ。

 

「そして......その道の過程で救われた、君が救った人に対しての最悪の侮辱だ。失ったモノばかりではなく、得たモノも確かにあるのだと君は知るべきなんだ」

 

「得た、もの?」

 

 反芻する。思い出せない。失ったモノばかりがそこには在る。欠落は虚しく、得たモノなんて何処にも無くて──。

 

 

「楽しかったんだろう? 彼女と過ごした日々は」

 

 

 

──まるで錨のように、融け堕ちる魂が繋ぎ止められた。

 

 

「......違う。俺はアレを利用しただけだ」

 

 

「始まりは偶然だったね。君も意図していない遭遇だった」

「利用価値があると思った。アレを餌にしてキリトを引きずり出せれば、それでよかった」

「原作に沿うように君は彼女を誘導し、基本を叩き込んで数々の戦場を巡った。今までたった一人戦ってきたのとも違って、君を退屈させることは決してなかった」

「面倒だったよ。原作通り狙撃手に転向させ、ヘカートがドロップするダンジョンにまで誘導してやるのにどれ程苦労したか」

「楽しかったね。遠慮のない彼女と話すときだけ、君は仮面を取り繕う必要がなかった。時折君が見せる無機質さにも彼女は恐れることはなかった。例え理解はしていなくとも、彼女は唯一素の君を見ていた」

「どうでもよかった。物語に支障さえ出なければ、アレがどうなろうと関係ない。"アレと関わりがあった"という要因(ファクター)さえ、物語に関わるに足る事実さえあれば後は用済みだった」

「君は迷った。兄さんと同じように、自分を理解してくれる可能性を持っている彼女との関係を絶つことを怖れた。結果、君は彼女に尋ねたんだ」

「嘲笑っていたさ。何もわかっちゃいないアレを切り捨てて、俺はついに物語の舞台に立てたんだ」

 

「それでも何処かで、ずっと何かが君の心を苛んでいた。責め続けていた。だが君には認められなかった──認めてしまえば、このふざけた世界への復讐のために磨いできた牙が無駄になってしまう気がして」

 

「......見える世界は常に灰色だった。今もそうだ。どいつもこいつも人形みたいな顔をしやがって」

 

「最初はそうだった。でも、いつの間にかそこに色調が生まれていた。......そうだ、君に必要だったのは復讐なんかじゃない。ただ君を理解し、受け入れて、傍らで言葉を聞いてくれる人間こそが──本当に必要なモノだったんだ」

 

 

 

「君は、いつしか君を人間にしてくれた彼女の事を──」

「俺は、何も知らない癖にずっと追いかけてくるアイツの事が──」

 

 

 好きになっていたんだ(吐き気がするほど嫌いだ)

 

 

 

 

「......平行線だな」

「そうだね。でも理解しただろう? どちらにせよ彼女は君に感情を与えていた。君に仮面(ボク)はもう必要ない。君の復讐は、既に成っていたんだ」

 

 そう言って、彼は笑った。

 

「兄さんが死んだ原因の一端が君にあるのは確かだろう。だからと言って、それは君の馬鹿みたいな復讐を否定する理由にはならない。悔やむなら、償いたいなら──生きろ。生きて、この下らない世界で足掻いた果てに死ね。それが君に出来る唯一の贖罪だ」

 

 ひび割れていく。砕け散る鏡界の心象と同じように、彼の体もまた崩れ始めていた。

 

「......もう行かなきゃいけないらしい。まあ元から一つの体に二つも中身があったのがおかしいんだ。本来の所有者に返すのが道理ってもんだ......そうだろう? "新川(・・) 恭二(・・)"」

 

 ニッと彼は笑う。声を上げようにも、体は何故か動かなかった。

 

「喜べよ恭二、僕達は──いや、"俺達は(・・・)"は最後の最期で世界とかいうクソ野郎を騙くらかしてやったんだ。"新川恭二"の死は必定だ......だがな、同時に"新川恭二(オマエ)"は生き延びる。ハハハ、ざまぁねェな! 既に滅茶苦茶になっちゃいるが、物語の修正力ってのも存外に無力らしい!」

 

 待て、と口にしようとするもやはり動かない。待ってくれ、何だその言い種は。その目は。その顔は。

 お前まで、"俺"を置いていくのか──?

 

「......そんな顔するな。どうやら長年に渡って混ざっちまった過程で少し勘違いしたみたいだが、本来の主人はお前だ。(オレ)は余計なオマケみたいなもんさ。死に損なったのはお前じゃなくて(オレ)なんだ。......記憶やらが混入してこうも捻くれた人格になっちまったのは(オレ)のせいみたいなもんだし、だからこそあの御大層な復讐劇に協力してはいたんだが」

 

 違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。死ぬべきなのはお前じゃ──()じゃなくて──!

 

「死ぬべきなのは(オレ)さ。その一人称は餞別にでもくれてやる。......だが気を付けろ、新川恭二。(オレ)の知識とは違って、予想以上にこの世界は狂ってる。正直、何が起きてもおかしくない」

 

 頼む、待ってくれ。俺は──"(ボク)"は────!!!

 

 

 

「転生ってのも案外悪くない。じゃあな、新川恭二。お前との十六年間、何だかんだいって楽しかったよ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「........................あ」

 

 涙が溢れる。

 もう声は聞こえない。十六年間共に在り続けた同居人は、確かに逝ったのだと悟った。こんな自分を生かすために、彼はもう一度死んだのだ。

 そしてもう二度と帰ってくることはない──兄も、彼も。

 

「僕は......いや、"俺は"」

 

 だからこそ、今までのように彼の一人称を、乱雑な彼の口調をなぞる。確かに居たもう一人の"新川恭二"を、決して忘れないように。わざと一人称まで変えて僕に合わせてくれた彼を、忘れないように。

 

「............畜生」

 

 

 あれほど無味乾燥に見えた世界が、今ははっきりと色彩を伴って見える。

 二人の死を経てようやく取り戻した、その色鮮やかな世界(感情)に──俺は上を向きながら、クソったれと呟いた。

 

 

 






 本来の一人称は『僕』であり、記憶が混ざり合った結果いつからからか『俺』になっていた。
 『僕』は『俺』になり、『俺』は『僕』になる──。

 ただ、それだけの話。


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エピローグ

※本日投稿二話目





 

 

 

 

 これは、恐らく後日談というヤツになるのだろう。

 

 

 結局原作通り、シノンとキリトの同時優勝に落ち着いたBoB決勝戦から既に三日ほど経つが──俺は未だに経過観察処分的な意味合いで入院している。どうやら俺は殺人鬼の兄に襲われ筋弛緩剤を投与され、一度心臓が停止したものの奇跡的に蘇生した......ということになっているらしく、心身ともに正常であるとはいえ一応は入院しておかなければならないようだ。

 その事を聞いて若干の希望を抱いたものの、兄のことを尋ねれば担当医らしき男は無言で首を横に振った。どうやら、残されてしまったのは俺一人らしい。

 

 

「............」

 

 奇跡、何てものではないことはよくわかっている。俺を生かすために一人の人間が死んでいるのだ、奇跡だ何だと言われても違和感しかそこには無い。

 目覚めてから三日ほど経ったが──俺は未だに彼らの死を消化しきれずにいた。

 

「......俺は、お前のようには割り切れないよ」

 

 ぽつりと。

 そう呟くも、答えが返ってくることはもうない。十六年付き合い続けてきた声が聞こえないというのは酷く違和感があり、そして同時に何処か納得してしまっている自分がいる。恐らく、これが普通なのだ。一つの体に二つの魂──その状態が異常だというのは理解している。

 

 だからきっと、こうなるのは自然な流れだったのだ────と割り切ることが出来るような人間であれば、もう少し賢い生き方も出来たんだろうが。

 

「生きろ、ね。陳腐な話だが......随分と荷が重いもんだ」

 

 生きろ、そして足掻いて死ね。

 そんな言葉と一緒に記憶の全てを押し付けて逝った彼だったが、結局本当の名前はわからずじまいだ。彼は"新川恭二"として生きて、そして死ぬその瞬間までそう在り続けたのだ。少なくとも、俺はそう思っている。

 

 生きろ、と。そう吐いた彼もきっとまた新川恭二なのだから。どっちが本物でどちらが偽物だ、何て言葉は無粋に過ぎる。

 

 死にたい、と願った"僕"と。

 生きろ、と残した"俺"。

 きっとそれはどちらも正しく本音であり、その二つは矛盾なく成立しているのだから──。

 

「......っ、と。どちら様?」

 

 コンコン、という規則的なノックの音に思索の海から引き戻される。慌ててそう尋ねれば、返ってきたのは半ば想定通りの返答だった。

 

『私よ。いい?』

「......どうぞ」

 

 澄んだその声に思わず顔をしかめかけ、声が強張らないよう気を付けつつ返答をする。一拍置いて入ってきた彼女の顔を見ることが出来ないのは、恐らく罪悪感というものなのだろう──と俺の中の冷たい部分は分析していた。

 

「三日ぶり、ね」

「そうだな。三日ぶりだ」

 

 キィ、と面会者用の椅子が軋んだ音を立てる。

 一度は心配停止した身であるが故にここ三日間ほど面会謝絶だったため、今までこの椅子が使われたのは医師としてのコネでごり押しした親父が来たときだけだ。

......まあすぐに出ていったのだが。

 

「体は大丈夫なの? その......一度停まった、って聞いたんだけど」

「無事だよ。今すぐ退院したって問題ないくらいだ」

「そう。なら、良かった」

 

 朝田詩乃は安堵の溜め息を吐き、俺は居心地の悪さに窓の外へと目をやる。......正直、こういうふざけることも出来ない雰囲気は苦手だ。何とも言えない沈黙が部屋を満たし、耐えきれなくなった俺は言葉を選ぶように口を開いた。

 

「あー......何も聞かないんだな」

「なに、聞いて欲しいの?」

「いや別にそう言うわけじゃあないんだが」

 

 彼女が実は割と空気の読める少女であることはよく知っている。だからこそ、この雰囲気は──この微妙な雰囲気は意図的に作り出したものなのではないかと俺は邪推する。

 何というか、そう、つまり。

 

「......もしかして、怒ってらっしゃる?」

「?」

 

 そろっと伏せていた目を上げれば、そこには小首を傾げる女子高生の姿がある。......本当に怒っているわけではないらしい。だがそうでないならば理由がさっぱりわからない。

 

「その、何だ。悪かったな?」

「......どのコトで?」

 

 とりあえず謝罪から入ってみたはいいが、どうやら俺の罪状は複数存在するらしい。まさか『どれか』を聞かれるとは思っていなかった俺は一瞬言葉に詰まる。

 

「いや、どのってそりゃまあ......土壇場でお前裏切ったりしただろ」

「ああ、あれ? 別にいいわよ、そんなの」

 

──ん?

 

「いや、よかないだろ。自分で言うのも何だが我ながら最低な真似をしたと思ってるんだけど」

「そう?......確かに最初は結構キレてたかもしれないけど、もう別にどうでもいいわ」

 

──んん?

 

 いや待て待て待て、と冷や汗をかきつつ考える。何だこの別れ話を切り出す的な雰囲気。率直に言ってしまえば愛想尽かされちゃった的な空気。あれ? 俺なんかやらかしたっけ?と思い返すこと二秒──。

 

......やらかしたことしかなかったわー。

 

「......Oh」

 

 やだどうしよう、と窓から空を見上げつつ必死に思考するもどう考えても詰んでいる。超頑張れ、と笑顔でサムズアップする彼と兄の姿が青空に幻視された。俺のシリアスを返せ馬鹿野郎。いや、今現在進行形で友情破綻のシリアスシーン何だけども。

 

「......んん。いやまあ確かにそこんとこはしょうがないというか、色々と俺がアレだったわけなんだがそこんとこ考慮して頂きたい所であるという所存でしてね」

「そうね。だから、そろそろ私達の関係も整理すべきだと思うの」

 

 畜生......! 詠唱は考えてもないのにペラペラ出てくるくせしてろくな言い訳が出てこねえ......!

 このままぼっちに逆戻りしてなるものかと必死に舌を回すべく──あ、吊った。地味に超痛い。

 

「いや、ほっといていいんじゃないの? ほらパンの生地も寝かせるやん?」

「......人間関係とパンの生地に何の関連性があるのかさっぱりわからないけど、今のままっていうのもどうかと思うのよ」

「いやいやいやきっとそのままでいいから。人間自然体が一番ベストだから。偉い人だってそう言ってたし」

 

 現状維持万歳、と内心で叫ぶ。変わらなくてもいいじゃない、だって人間だもの。

 

「......あんた、どうしたの? 今日ちょっと変よ?」

「べべべべ別に変じゃないですしおすし。オールウェイズこの調子だし」

 

 不審に思ったのだろうか、朝田が眉根を寄せながらこちらの顔を覗きこんでくる。それに合わせて俺はひょいっと顔を背ける。

 

「............」

「............」

 

 ひょい、とまた目線を合わせようとしてくるため俺も再び顔を逆方向に背けた。

 

「..................!」

「..................!」

 

 ひょい、ひょい、ひょい、と回避行動を繰り返して撹乱すること数度。フハハハ馬鹿めその程度の動きなど止まって見えるわ!と余裕ぶっこいてるとフェイントをかけられあっさりと目が合ってしまった。こいつ、やりおる......!

 でも唐突にフェイントかけてくるのは卑怯だと思うの。

 

「人と話す時は目を合わせること。......習わなかった?」

「アッハイ」

 

 あかん。これプチおこや。

 震えながら言われるままに目を合わせる。......が、やはり直ぐに逸らしてしまう。

 

「......うん、やっぱり少し変わったわね」

「え、何処が?」

 

 髪も切ってないし背が伸びたわけでもない。だが俺の瞳を覗きこみ、朝田志乃は微笑を浮かべた。

 

 

「──良かった。今度は、私のことちゃんと見てくれてる」

 

「............意味わからん」

「私がわかってるからそれでいいのよ」

 

 さいですか。

 俺は若干色々と諦めて溜め息を吐く。

 

「んで、結局俺にはどんな処断が下されるの? 絶交とかだったら流石に俺のメンタル的に辛いぞ」

「は、絶交? あんた何言ってんの?」

「え?」

「え?」

 

 揃って小首を傾げた。どうやら違うらしい。

 

「......なーんか変な勘違いしてるみたいだから言っておくけどね、別に関係を整理するとは言ってもそーゆーのじゃないわよ」

 

 ジト目でそう告げると、朝田はむすっとしながら指を突き付ける。

 

「あんたが私の心的外傷(トラウマ)を治すためにGGOに誘ってくれたのは、覚えてるわよね?」

「ああ......そう言えばそうだったな」

「お陰様で完治したわ。その事に関しては感謝してる」

 

 成る程──どうやら朝田詩乃は過去の清算を終えたらしい。そんな彼女から、俺は眩しいものでも見るかのように目線を外した。

 

「......そうか、良かったな」

「ええ、そうよ。そしてこれで私とあんたを繋いでいた楔はなくなった」

 

 俺と朝田志乃を繋いでいた一つの事実は消え去った。それはつまり、最早彼女に俺は必要ないということであり──。

 

「だから......改めて一つ聞きたいの。あんたは私のコト、どう思ってる?」

 

 そっと頬に触れた手に、俺はびくりと体を震わせた。

 

「そ、れは」

 

「好き? 嫌い? 友人? それとも......ただの、都合の良い女?」

 

 間近で囁かれる言葉に、俺は凍り付いたかのように動けない。

 しかし──頬に添えられた手は、何故か酷く熱く感じられた。

 

「どう思っててくれてもいい。でもね──私は少なくとも、次はあんたを助けたいって思ってる」

 

 救われてばかりじゃ割に合わないじゃない、と彼女は笑う。だからこそ──。

 

 

「だから今度は、私に貴方を救わせて下さい」

 

 

 

......嗚呼、と溜め息を吐く。いつだって、そうやって──だから(オレ)は、君が嫌いだ。

 

「朝田って、もっと距離の取り方が上手いヤツだと思ってたんだけど」

「そうね。でも、待っててもダメなんだなって何処かの誰かさんに気付かされたのよ」

 

 だから、少し踏み込んでみようかなって。

 

 そう告げる彼女に、俺は苦虫を噛み潰したかのような顔を向ける。

 

「きっと、その何処かの誰かさんは迷惑してると思うぞ」

「私だって、迷惑させられてるもの。お互い様よ」

 

 強情な女だ、と思う。

 だが同時に妙に素直であり、義理堅く、容赦がないように見えて情に脆く、そして警戒心は強いくせして案外ちょろい。

 

 

「............あのさ。一つ話を聞いて欲しいんだ」

「そう。それで、どんな話なの?」

 

 

 救わせてくれ、と珍妙な頼み事をしてきた"親友"の肩に額を預ける。彼女はそっと俺の髪を透く。

 

 

「これは俺の友達の友達から聞いた話なんだが──なぁ、朝田」

 

 

 これはきっと、ハッピーエンド何かじゃない。ましてやトゥルーエンド何かでもない。これから語るのは、間違えて、失って、最後の最後でようやく気付かされた馬鹿野郎の──。

 

 

 

「輪廻転生って言葉を、聞いたことがあるか?」

 

 

 バッドエンドでしかない、何処にでもあるような物語の結末だ。

 

 

 







勝った!第一部完ッ!

というわけで、ここまで読んで頂き本当にお疲れ様でした。ラストはもはや駆け足とかいうレベルじゃない超巻き巻き展開でしたが、これにて第一部は完結です。この後は閑話やら何やらを数話挟んでアリシゼーションへ。まだまだ続くんじゃよ。こんなハイペースには二度としないけどネ! やはりプロットって大事......!


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番外編/或いはそれは──。


きっと、それは"もう一人"の思い出だ。





 

 

 

 

 昔──そう、あれは十年も前のことだっただろうか。今でも鮮明に覚えている、一人の少年のことがふと思い出される。

 

 率直に言うと、私は箱入り娘という部類に入るのだろう。別に自慢する気などさらさらない──いや。こう言った方がむしろ嫌味に感じられるものなのかもしれない。しかし如何にお金持ちであり、裕福だと言えるとしても、当時の私は間違いなく"不幸"だったのだ。それは物質的な幸福尺度とはまた別の要因によるものであり、きっと私以外の誰にもわからない不幸だ。

 

 十年前、当時の私は七歳か六歳くらいだった。そして主観をなるべく排除して考えてみれば、その頃の私は間違いなく"出来た"子供だった。親の言い付けを素直に守り、我が儘を言うこともなく、多くの習い事をこなし、文句一つ言うことなく常に笑顔を浮かべている。誰しもが私を『偉い子』として扱い、その次には"それに比べてうちの子は"と苦笑する。成る程、確かに私はカシコイ子だったのだろう。

 

──だが。私はそうやって苦笑する他の親の後ろでむすっとしている子供の方こそ、余程羨ましかった。

 

 今になって考えてみれば、異常と言っても過言ではなかったはずだ。むしろその年頃の子供が我が儘や文句一つ言わず、ただ黙って親の後ろでニコニコと笑っている様はさぞかし不気味だったことだろう。

 そう──彼の言葉は何処までも正直で、また最もな話だったのだ。

 

「......気持ち悪っ」

 

 嫉妬なら理解は出来ただろう。悪意なら少なからず受けてきた。だがその少年の目に表れていたのは──時代錯誤な話だが、私の婚約者候補として紹介されたその少年の目に宿っていたのは、本当に純粋な生理的嫌悪感だった。

 

 そしてそれは、当時から容姿も整っていた私からすれば全く新鮮な言葉であった。

 

「............えっ」

 

 ずしり、と胸にくるようなストレート直球な罵倒。その言葉に思わず動揺し、表情を崩してしまったのも無理からぬ話だ。

 

「い、今なんて......」

「何も?」

 

 素知らぬ顔でそっぽを向く少年に対して湧いたのは、怒りでも悲しみでもなく"困惑"だった。私は完璧だったはず。完璧でなければならない。母さんや父さんにもいつも褒められている。なのに何故──?

 

「あ、あの」

「............」

 

 再び声をかけるも、今度は完全に無視。今度は流石にちょっと堪えたのか、幼い私は泣きそうになる。だがそんな私の顔を見て慌てるでもなく、婚約者候補であるはずの少年はむしろ心底嫌そうな顔で溜め息を吐いた。

 

「頼むから泣くなよ? めんどいから」

 

 その言葉に、思わず絶句する。

 だがそれでも、と私は彼との関係改善に努めようとはした──が。その後いくら声をかけても、その少年のコミュニケーションを取る気が欠片もない態度に変わりはなく、結局私はその日すごすごと自分の部屋に戻ったのだ。

 珍しく親の言い付けを──「子供同士で仲良くするように」という言い付けを破った形になった私は酷く落ち込み、その夜はびくびくしていたのをよく覚えている。

 

 

 だからこそ、翌日少年が再び私の家を訪ねて来ていたことには酷く驚かされた。

 

 あれほど私を嫌っていたのに何故来たのか──そこには彼の親の意向があったらしく、彼は渋々ながらではあるものの私と口をきいてくれるようになった。どうやら彼の親はこの婚約に乗り気らしく、彼はそれが随分と気にくわないらしい。と言うより、私が、らしいが。

 

「え、えっと......私の何が"気にくわない"の?」

「全部。特に言えば性格と顔」

 

 即答だった。私は二度目の絶句をすることになった。......ついでにちょっぴり泣いた。

 

「......あー、悪かったよ。少し口が過ぎたか」

 

 それでも"少し"なのが彼らしいと言うべきなのか。

 その後数日に渡って彼は私の家に通い続け、結果として顔をしかめずとも会話が成立する程度には仲良くなることに私は成功していた。『女の武器は涙』という格言は強ち間違いでもないらしい。

 

「何で、私が嫌いなの?」

「能面みたいだからだよ。ずーっとニコニコしやがって、日本人形かっての」

「......笑ってるのが、いけないの?」

「そんなわけないだろ。そりゃ僕だって泣き顔と笑顔のどっちがいい?って聞かれたら迷わず後者を選ぶさ」

「なら......」

 

 小学生らしくもない口調で喋る少年は、そこで此方を見て溜め息を吐いた。

 

「いや、アンタ笑ってないし」

「え」

 

 笑ってない、という言葉に驚いてぺたぺたと自分の頬に触れる。私は笑えてなかったのだろうか。

 

「......いや、見た目だけなら笑ってるぜ? だけどさ、アンタの目だけ笑ってないんだよ」

 

 ぶるり、とおぞましいものに触れたかのように少年は身震いした。

 

「口は笑ってるけど目だけ硝子玉みたいなんだよ。ほんと日本人形みたいで......マジで怖いから止めて欲しい」

 

 目だけ笑っていない──。

 

 その言葉に目尻をなぞってみるも、実感がなくて少し首を傾げた。......いや、それよりも。

 

「まじ?」

「ああ、マジだ」

「......まじって何?」

 

 えっ。と驚いたように彼が顔を上げる。それに首を再び傾げれば、彼は妙なものでも見つけたかのようにじっと見つめてきた。

 

「アンタ、変なとこで常識ないんだな」

「......常識くらいあるもん。バイオリンだって弾けるし」

「それを常識って言うのはちと無理があるんじゃないかなぁ」

 

 そうぼやく彼は呆れてこそいたが、しかしそこに嘲りの色は全く無かった。だからなのだろうか、私は彼が時折溢す未知の言葉の意味を遠慮なく尋ねるようになり──それはいつしか常の事ととなっていた。

 

 "お嬢様"として扱われ続け、純粋培養の如く世間から切り離されていた私としては、スラングのような単語の数々は新鮮の一言に尽きる。また彼がたまにこっそりと持ち込む品の数々も、私にとって日々の潤いの一つとなっていった。

 

「何それ?」

「......PSP。もう化石みたいな代物だけど、何もないよりマシだろ?」

 

 この家には本しかないからな、と嘆くように彼は言う。それも娯楽のようなものではなく、意味があるのかもよくわからないビジネス系のものしかないのだから彼の言葉も当然だろう。唯一彼のようにゲーム類を持っていた兄は当時寮制の男子校へ通っていたためおらず、本当に"何もない"我が家で育った私はおっかなびっくりその電子機器に触れた。

 

「やってみるか?」

「うん!」

 

 そうして幾らかつついてみたはいいものの、やはりと言うべきか画面内の私は珍妙な動きばかりを繰り返すばかり。後ろで腹を抱えて笑う彼にゲーム機を突き返すと、私はむくれて唇を尖らせる。

 

「......もうやらない」

「くくっ......いや、初心者はそんなもんだって。何でも最初から出来たら苦労しないだろ?」

 

 再びPSPを私の手に握らせ、彼は今度は笑うことなく一つ一つ動かし方を指南していく。とは言えそれでも私のキャラクターは敵のモンスターに吹き飛ばされてばかりではいたが──。

 

「お、今の上手かったじゃん。アンタが今やったみたいに、ああいうのは判定範囲より内側に潜り込めば当たらないんだ」

 

 偉いぞ、と茶化しつつ彼は私の頭を乱雑に撫でる。その撫で方は本当に雑で、私はむすっとしながら髪を整え直したものだ。

 まるで犬猫に対するようなそれではあったが、そうやって褒められることが嫌だった......というわけではない。むしろそうやって気兼ねなく触れ合える友人もいなかった私からすれば、彼のような存在は本当に貴重で、そして有り難かったのだろう。

 

「......もう帰るの?」

「ああそうだよ、だから掴むな鬱陶しい」

 

 私の手を邪険に叩き落とすも、私はすがるようにその足の裾に手を伸ばす。彼が帰ってしまえば、またこの家は凍えるような静寂に包まれる。一人に戻ってしまう。それが堪らなく嫌で、彼が帰ろうとする度に引き留めるようになった。

 

「ずっと居てくれたらいいのに......」

「僕はやだね。この家無駄に広いから疲れるんだよ」

 

 確かにこの家は大きく、比例して私の部屋は広い。そしてそんな広い部屋に一人でいるのは、酷く寂しい。

 

「私の婚約者、なんでしょ?」

「あくまで候補な。てか放せ」

「■■くんならいいよ」

 

 それは本心からの言葉で──そしてその言葉を聞いた瞬間、彼は驚きに目を見開き、そして直後に顔を険しくする。

 

「結婚、してもいいよ。だから──」

「僕は嫌だ」

 

 はっきりとした拒絶にびくりと体を震わせる。そんな私を見下ろして、彼は少し口調を緩めて告げた。

 

「......別にもう会えないってわけじゃないんだ。そのくらい我慢しろよ、な?」

「............うん」

 

 また会える。その言葉に納得し、私はそっとその手を裾から放す。別に会えなくなる、という訳ではないのだ──。

 

 

 

 

 しかし。

 その後、明日も、明後日も、明明後日も............一年が経っても彼は姿を現さず。

 私は酷く落胆し、それ以降より一層彼が"気持ち悪い"と形容した笑顔を浮かべるようになり──そして、やっぱり少し泣いたのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「──新、川?」

 

 その名前が対面する彼から飛び出た瞬間、私の息が少し停まった。

 

「ん? 知ってるのか、アスナ」

 

 GGOを震撼させた死銃事件、その顛末を聞く中で突如として出た名前に手が震える。いや、まだ別人の可能性もある──。

 

「う、ううん。......ちょっと、昔の知り合いに似たような名前の人がいたなって思って」

「そっか。まぁ、そろそろシノンが連れてくると思うし」

 

 ちらり、とキリトくんが見せた携帯端末には『あのバカは引き摺ってでも連れていくから』という素っ気ないメッセージが表示されている。それがどうにも彼女らしくて、私は思わずくすりと笑ってしまった。

 

「そろそろこれが送られてきてから一時間経つからな......着いてもおかしくない頃合じゃないかな?」

 

 そう言って、ドアの方へと視線を向ける。そして──。

 

『......っ、......加減に......っての』

『ちょ、やめ......メロォー!』

 

「凄いね、キリトくんの直感......」

「......うん、我ながら少し驚いた」

 

 扉の向こう側で言い争う声が所々漏れてくる。そしてその数秒後、木製の重厚な扉が勢いよく開かれた。

 

「だぁ──もぅ! さっさと歩きなさいよ!」

「馬っ鹿お前押してんじゃねぇよ──!?」

 

 ぜぇぜぇと荒い息を吐く朝田詩乃の前で見事にずっこけた少年が顔を上げ、視線が交錯する。黒というよりは茶に近い髪色、そして光の反射で万華鏡のように色が変わって見える薄い色の瞳──。

 

「えーと......初めまして?」

 

 立ち上がり、何故か疑問系で締め括る少年へと一歩近付く。

 

──きっとあれは愛と言うには淡すぎて。恋というには幼すぎた。だが、そんな感情に敢えて名付けるというのなら。

 

「久し振り......覚えてる? 新川くん」

 

 

 "初恋"だったのだろう、と。そう私は思ったのだ。

 

 

 

 






新川「誰やねん」

Q. 主人公いつの間にアスナちゃんにフラグ立てたんですか?
A. 記憶にございません。幼少期にまだ新川(本体)の自我が弱く新川(憑依)が主導権を握っており、表面にちょくちょく出ていた頃の話です。そのお陰で主人公は幼少期の記憶がちょくちょくすっぽぬけてます。

Q. もしかしてNTR?
A. ないです。んなことしたら本当にバッドエンドになります。

Q. 新川(憑依)は何故ロリアスナちゃんを拒絶したの?
A. 彼がオパーイ教徒──というわけではなく、単純に原作ブレイクを嫌いました。懸命な判断、正に紳士の鑑。

Q. もし主人公がSAOにログインしていたら......?
A. アスナルート突入します。が、その場合キリトが"英雄"に至ることもないのでSAOが地獄と化します。また黒の剣士が存在しないため連鎖的に米軍がアリスちゃんを確保。それを元にAIを複製して兵器として運用するもその人間的思考故に「人類滅ぶべし」の結論に到達したAIとの世界大戦、通称【厄祭戦】が勃発し──最終的に72機のガンダムフレームによって終結するもギャラルホルンによって地球が統治されることになる(かもしれない)。


Q. 第二部まだですか?
A. 暫し待たれよ。というかALOやOS編を挟む(予定な)ためアリシゼーションはどうしても先になる気がする。スクワッドジャムは......どうなんだろ......?


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閑話/いつも通りのよくある日常

いやあお久し振りです。最近忙しくて忙しくて。年内の新章開始は無理っぽそうです。プロットが書けていないとも言う。
……え、なに? お前そんな事言いながらロクアカSS好き放題書き殴ってたろって? 何をそんなまさかハハハ──何故バレたし。

そんなわけで、ちょっと時間軸が飛んだ短めの閑話です。







 

「俺が思うにだな、桐ヶ谷」

 

 

 シャーペンをくるくると回しながら、俺は対面に座る黒髪の少年に言う。

 

「お前の武器はかっこいい。技名もまあ及第点だろう。だけどな、お前には致命的に足りないものがある」

 

 桐ヶ谷和人は神妙な顔をして先を促す。ちなみに手元にあるのは解きかけの二次方程式の基礎的な問題だったりするのだが、そんな本来の目的とも言える高校一年生レベルの宿題は放置してあった。

 そんなものはどうでもいい。どうでもいいのだ。

 

「──口上だ」

「こう、じょう……?」

 

……わかっていなさそうなので、ルーズリーフに大きく"口上"と書いておく。そうすると、ああ、と合点が言ったのか桐ヶ谷は頷いた。

 

「成る程。要するに決め台詞ってヤツか」

「その通りだ。お前には決め台詞が欠けている。だから決めるべき場面でもソードスキルの名前を叫ぶくらいしか出来ないんだ。あのな、技名叫んでかっこいいのは初回だけなんだぞ? 毎回叫んでたら微妙だろ?」

 

「でも月牙天衝って毎回叫んでるじゃん」

「あれはオサレだから許されるんだ。お前のは長すぎる」

 

 えぇー、と桐ヶ谷は口を尖らせる。男がやるとうざったいから止めとけ。

 

「てか何だよスターバーストストリームって。なげーよ。文字数にして十文字越えるじゃねぇか。せめてルビにしろよ。何より名前が安直すぎるししかも最強技じゃねぇとかどういうことだゴルァ!」

「ステイ! ステイ!」

 

 俺の荒ぶる厨二魂が茅場の安直に過ぎるネーミングセンスと、加えて何故かジ・イクリプスを用いない桐ヶ谷への怒りによって覚醒する。ふざけんなよあのデジタルゴースト、何が(スター)爆散(バースト)して流れになる(ストリーム)だこの野郎。お前も太鼓の達人でフルボッコだドン!にしてやろうか。

 

「ともかく、だ。これじゃあまりに格好がつかん。決め台詞的なのを考えろ」

「とんだ無茶ぶりな気がしてきたぞ……」

 

 うーむ、と桐ヶ谷は腕を組んだ。だが決め台詞があるとないではかなり違うのだ。

 

「例えば『テメーは俺を怒らせた』とか」

「あー、『ここから先は一方通行だァ!』みたいな」

 

 それ悪役だけどな。最近主人公してるみたいだが。

 

「牙突!」

「お前それヴォーパルストライクしながら言うんじゃねぇぞ」

 

 そっくり、というかパクリ元な気がするから。

 お茶請けとして置かれている饅頭をもそもそと二人して頬張りながら、数学のノート上に様々な案を書き殴っていく。

 

「『未だかつて、我が二刀を見て生き延びた者はいない』……ってのはどうだ」

「そりゃ安直に過ぎんだろ。ここはストレートに『このオレに二刀を抜かせるとはな』で」

「オレってそんなキャラじゃないと思うんだけど」

 

 微妙な顔をする桐ヶ谷に対して、え?と声を洩らした。

 

「いやだってSAO事件全録とやらには──」

「あれは!違う!」

 

 頑として認めず桐ヶ谷が吠える。確かにあの本は半ば憶測で書かれている節とかあるし、某モヤっとボール頭の男が取材元で何処まで信用していいのかわからないのだが──しかし原作知識と照らし合わせて読んでみたところ、全部が全部ウソっぱちというわけでもないのである。むしろ大体合ってるまである。

 

 特に事件の度に黒の剣士キリトが様々な女にフラグを立てていくところとか。

 

「いやぁ黒の剣士はかっくいーなぁ! 本当憧れちゃうぜ! 敵を斬った後はフッて剣に息を吹き掛けるんだって? それで黒いコートをばっさばっさはためかせるんだろ? ヒューッ!」

「こ、このクソ野郎……!」

 

 羞恥に声を震わせながら、桐ヶ谷は歯を軋らせ──そして俺に指を突き付けて叫んだ。

 

「というか、お前も同じようなもんだろ!? 仮想体(アバター)に刺青仕込んだり銀髪だったり、挙げ句の果てに二挺拳銃使って未来予測したりさぁ!」

「あれはゲーム内だから恥ずかしくないんですぅー! 黒の剣士くんみたく現実(リアル)でも真っ黒じゃありませぇぇん!」

 

 ぐぬぬ、と桐ヶ谷が唸る。この少年、未だに厨二病真っ盛りなのである。まあ全く以て俺が言えたことじゃないし男はいつになっても厨二病ではあるのだが──いつでも何処でも上も下も真っ黒、黒い服があると衝動的に買ってしまうのは流石にどうかとは思う。

 

「そういうお前は服はどうなんだよ……!」

「ん、俺か? 俺はまぁ、うん──」

 

 ジーパンによくわからない英字が印刷されたTシャツという、何処にでもあるような服装が平凡な容姿にこの上なくマッチするのが俺だ。加えて使い古されたジャケットにヤンキースだか何だかの野球帽を装備してしまえば──。

 

「あら不思議。何処にでもいるアメリカの少年の完成だ」

 

 現実では没個性という言葉を体現したような俺だ。地味すぎず派手すぎない格好をすればたちまち雑踏に紛れてしまうだろう。ドヤ顔でその空気感をアピールすると、桐ヶ谷は呆れたような顔を向けてくる。

 

「何というか……目立たなさすぎて逆に違和感があるような」

「え? 目立たないのが俺の特徴だろ?」

 

 

「あんだけ暴れた奴が何言ってんのよ」

 

 そんな声が台所の方から聞こえてくる。次いで響いてくるのは溜め息である。

 見れば、ビニール袋を手にした制服の少女がそこに立っていた。どうやら桐ヶ谷とわぁわぁ騒いでいたお陰で帰ってきたことに気付けなかったらしい。

 

「あんた達、勉強するんじゃなかったの? というか教える側の新川が邪魔してどーすんの。あと、ただいま」

「おかえり──いや、ちょっと脱線しちゃって」

 

 てへぺろ☆ とポーズを決めてみると、更に盛大に溜め息を吐かれた。解せぬ。

 

「……まあ勝手になさいな。それよりあんた、今日はどうするつもり?」

「あー、今日は外食しない感じで。というか最近金欠でな」

「あんだけゲームやPCに注ぎ込んだ上に、クラスの連中と馬鹿騒ぎしてたらそりゃ金欠にもなるわよ。少しは考えて使いなさいっての」

 

 じゃあ、と。すっかりウチに馴染んでしまった朝田は告げる。

 

「夕飯は適当に作っておくから。外に出るなら最低でも八時までには戻ること──いい?」

「了解っす」

 

 返答に頷いた朝田は台所に引っ込んでいった。俺は掛け時計を見上げ、もう五時を回るのかと驚く。そしてさっさと桐ヶ谷の勉強を終わらせるかとテーブルに向き直り──眉をひそめた。

 

「なんだよ」

「いや……何でもない」

 

 桐ヶ谷は何故か、何とも言えない顔をして座っていた。何とも言えない──しかし、例えるなら『ブラックコーヒーを飲んだと思ったらしこたま角砂糖をぶちこまれてました』とでも言いたげな表情であった。何だよそれ。

 

「……一応言い訳しとくが、友人だからな」

「いやそれは通用しないって、流石に」

 

 ですよねー。

 

「というか、むしろその方がタチ悪いだろ。何だよあれ、オレだってアスナに夕飯作って貰いたいわ」

「うるせえテメェは妹の飯でも食ってろ」

 

 睨み合いながら互いに小声で罵倒する。

 

……だが。確かに、俺としても今の状況に思う所がないわけでもないのだ。

 退院して二週間ほど経過し、俺は菊岡とかいう仮想課に所属する役人に用意して貰ったアパート──何処から情報が漏れたのかは知らないが、元の家はマスコミやらで溢れているため戻る気にはなれない──で独り暮らしをしている。

 本当に何処から沸いてきたのやら、と溢したくなるが……まあ実の兄に殺されかけた(実際死んだような気もするが)弟、しかもその兄がSAO事件の渦中で殺人ギルドに所属していたとなれば格好の的となるのだろう。VR全盛期の今、そうしたスキャンダルやSAO関連のものはよく売れる記事になる。

 

──その前に、あのファッキン電子幽霊と繋がる菊岡によって政治的圧力をかけられ、揉み消されるのだろうが。

 

 まぁ、それはともかくとして。

 俺は独り暮らしを謳歌していたわけなのだが……うっかり学校でその事を漏らし、そして朝田がいる前で「いやぁ毎日カップ麺暮らしだぜ!」とか言っちゃったのが原因なのかもしれない。

 何でも朝田は数年間独り暮らしをしてきた経験からか、自炊がいかに健康的で節約になるのかに関して謎の拘りがあるらしく──その後ゲーム内まで追っかけられた挙げ句に説教され、何やかんやでもうこんな状態になってしまっているのだ。

 

「外堀が埋められるどころか、新川自身埋められてないか……?」

「言うな。最近ちょっとやべぇなって感じてるから」

「それでいて未だに名字呼びとかちょっともう」

 

 そっと目を逸らした。しゃーないだろ、もう今更って感じしかしないんだから。

 

……何故だろうか。このままなあなあで済ませて結局始まりも終わりもせず、ずるずると関係が続いていく未来が見えた気がする。

 

「……ま、まあ、何というか、頑張れよ?」

「おう……」

 

 肩を落として応じる。そもそも目の前の妖怪剣術狂いのように、良家のお嬢ちゃんをいい感じに口説いて、しかも喧嘩すらなく円満なのがおかしいのだ。いっそ気持ち悪いくらいに何時でも何処でもハッピーセットである。なめとんのかこの野郎。

 

 ちなみに俺と朝田の場合、すぐ熱くなって口論になる事など日常茶飯事だ。しかし熱くなりはするが冷めやすくもあり、後で冷静に自分の言動を見直した結果平謝りすることになるのが大半だ。

 というか、大体後から考えたらかなりしょーもない事が発端となっているケースばかりだったりする。

 

「とりあえず、勉強するか……」

「おう……」

 

 暗くなった雰囲気でアホな話を続ける気にもなれず、粛々と本来の用事である桐ヶ谷の数学に移る。カリカリとシャーペンの音が響く中、俺も自分のノルマをこなすべく教科書傍用問題集を開き──。

 

 

 

 

「何でッ! 因数分解がッ! 出来ないんだよッ!」

「しょーがないだろ、俺は中二から高一まで勉強なんてしてないんだって!」

 

 悲鳴にも似た声を上げる桐ヶ谷の襟を掴んでがっくんがっくん揺さぶる。まさかこのレベルとは思わなかった。これでは二次方程式の判別式など覚えているはずがあるまい。

 結局俺は桐ヶ谷に八時までみっちり因数分解や二次関数の基礎等を叩き込み、二人揃って朝田の作った夕飯を食うことになったのだった。

 

 

 

 

 

「やーっと帰ったか、あいつ……」

 

 溜め息混じりに散らかった机の上を片付ける。結局あの後VRでないハードのゲームを幾つか遊び、キリトがアスナからのメールに気付いたのが午後九時半のこと。顔を青くして帰っていく様は見物ではあったが、片付けをするのが俺だと気付くと渋面にならざるを得ない。

……アルヴヘイムオンライン(ALO)にインするには、少しばかり遅いか。

 

「OSSをもっと増やしたいんだけどなぁ」

 

 GGOでは一躍有名人になった──何も書き込んでないのに勝手に攻略サイトを炎上させてしまった俺は現在、ALOにデータをコンバートしてプレイしている。朝田によると、更に二つ名が増えて二挺拳銃がGGO内で流行りだしているとのことだ。何でも増えすぎた二つ名がネタ化して某大百科にページが作られているレベルらしく。

 

 二つ名が増え過ぎたが故に付けられた名前こそ──"百銘の赫王(コード・ハンドレッド)"。

 

……うん、まるで意味がわからなかった。それ自体も二つ名だろーが。

 ちなみに。そもそも俺に赤要素なくね、と聞くと、どうやら二挺拳銃を乱射した際の赤いダメージエフェクトが由来らしい。どう考えても後付けだと思う。語感だけでつけただろテメェ。

 

 とは言え、そんな二つ名をスレ民が使う筈もない。結局俺の呼称は『銀髪のやべーやつ』『銀色のゴキブリ』で通っているそうだ。それはそれで嫌だが……まぁ、他よりはマシだ。自他共に認める厨二病患者の俺だが、流石にわけのわからない二つ名で呼ばれることは許容できない。というか悶絶して死ねる。

 

「てか何でALOは銃がねぇんだよ……こちとらAGI極振りなせいで直剣なんざまともに振れねえっての」

 

 ぶつくさ呟きつつ片付けを続ける。そして三つ転がっていたリモコンを拾い上げたところで、ふと思い当たった。

──あいつ、何処行った?

 ひょっとして気付かない間に帰ったのだろうか。だとしたら本当に猫みたいなやつだな、と考えて立ち上がり──。

 

「あ、ごめん。一人で片付けてたんだ」

「別にこれくらいならッとぶぇっふふぉい」

 

 喋ってる途中で噎せたついでに舌を噛んで蹲りかけ、慌てて体勢を維持する。痛い。ちょー痛い。これは恐らく治るのに暫くかかるに違いない。だがそれ以上に、目の前の少女が早急に解決すべき問題だった。

 

「ちょっと、何してんのよ。大丈夫? 」

「いや大丈夫だから。超大丈夫だから。それよりさ、お前……」

 

 濡羽色、というのが比喩でもなく的確な表現となってしまっている湿った黒髪。僅かに上気した頬。普段つけている伊達眼鏡は外してあるからか、その比較的整った顔立ちからは初めて見るかのような印象を受ける。

……間違えようもない。まさしく彼女は風呂上がりなのだろう。また、鼻腔を擽るシャンプーの香りは普段俺が用いているものであり──その事実を認識した瞬間、何故か背筋をぞくりとしたものが這い上がる。だがそれは決して嫌悪やそういった類のものではない。

 

「……ん? お風呂借りてたけど、いけなかった?」

「いや、そりゃあ別にいい……よかねぇけど、その服はどうしたんだよ」

 

 今の朝田は非常にラフな格好だった。具体的に言えば動きやすいTシャツに短パンといったものである。

 しかしラフということは非常に防御性能が低いということであり──その華奢でありながら丸みを帯びた肢体が見てとれる様に、朝田詩乃という少女が十分に過ぎるほど"女"である事実を、強制的に意識させられてしまう。

 

……不味い。これは何というか、非常に不味い。

 

「あぁ、これね。今日みたいに遅くなる時もあるかと思って、前々から洗面所に置いてたのよ。気付かなかったの?」

「……全く以て欠片も気付かなかったが、それよりさ……まさか泊まる気なのか、お前」

「何よ、別にいいじゃない。文句ある?」

 

 少しむくれた様子で朝田は俺をぎろりと睨み上げる。恐らくそこに俺の拒否権はなく、猫の気紛れに従う他にない。

 

「布団の予備、押し入れにあったでしょ? 敷くの手伝いなさいよ」

「……イエス、マム」

 

 半ば呻きに近い形で応じる。そしてお前ひょっとして下着とかも置いてんじゃねぇだろうな、と言いかけて口を閉じた。これは恐らく賢明な判断だったのだろう。それがイエスと返されようがノーと返されようが、彼女が撤去するはずもない。俺の心労が増えるだけだ。

 

 

 

──外堀を埋められるどころか、こりゃ古墳にされてんなぁ恭二!

 

 

 

「……言ってろ、馬鹿野郎」

 

 何処からか聞き覚えのある男の声がした気がして、俺は静かに苦笑するのだった。





 第一章のテーマ曲は、言わずと知れた「カルマ」だったり。バンドリにあるあの曲です。

 
 そして驚きの新事実! アニメ化決定したアリシゼーションでは、銃が使えない!\デデドン/

 というわけで新章からは二挺拳銃ではなくなるという。新たなシュピーゲルの戦闘スタイルは──"斬刑に処す"。


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黒剣と絶剣と敗北と。

 

 

 

 ああもう、全く。どうしてこうなったのだろうか。

 

「ふ、ふふふ!」

 

 狂気じみた笑みを浮かべて、それは俺に斬りかかってくる。大気を裂く剣身は最短距離を走って首へと迫り、寸前で受け止めた短刀が火花を散らしながら軋みを上げる。つんざくような金属音が酷く五月蝿い。衝撃を利用して回し蹴りを放つも、あっさりと回避されて終わる。だがそれは折り込み済みであった。

 

「【閃鞘(せんさ)──」

 

 高速で振動する羽根によって身体が僅かに浮く。更なる回転で以て蹴撃を叩き込み、挟み込まれた剣を踏み台にして後方へ跳ぶ。

 

「──八房】」

 

 ばら蒔いておいた布石......即ち合計八の短刀が一見不規則(ランダム)な起動を描きながら飛翔する。俺が創った中でも比較的使いやすいオリジナルソードスキル(OSS)だ。難点は軌道が複雑なため配置に困る所くらいか。だが速度に関しては一、二を争うOSS、なのだが──。

 

「......バケモノめ」

 

 驚きはしたのだろう。しかし反則じみた反射神経が、その全てに対応することを可能としていた。その姿は某黒いハーレム野郎を彷彿とさせる。いや、純粋な反応速度のみで言えば奴すら上回るだろう。

 有り得ない姿勢から発動したソードスキルが短刀を叩き落とし、反動を利用して体勢を立て直した少女は静かに笑った。

 

「あは──凄い、凄いよ、シュピーゲル!」

 

 無邪気に、しかし貪欲なまでの殺意を迸らせる。思わず頬がひきつるのを自覚した。

 

「本当に"ボス"が言ってた通りだ。ねぇ、もっと戦おうよ! もっと、もっと──死ぬまで!」

 

 お帰りください。というか帰りたい。 

 年端もいかない少女が頬を染めながら執拗にねだる様は、まあ一定層の人間には需要がありそうだが......とりあえずその物騒な剣をしまってほしい。

 

「悪いな。俺、平和主義者なんだ」

「ふふ、じゃあ──」

 

 地が爆ぜる。瞬時に割り出した位置に短刀を配置すれば、ギリギリの所で剣を弾くことに成功する。伝わってくる衝撃からして一撃でも食らえば即死か。

 

「ボクが染めてあげる、よッ!」

「お断りだ......!」

 

 素のAGIの高さ、そしてそれを使いこなすだけの演算速度を保有してようやくこの超人と拮抗できる。全くこの世界はバケモノしかいないのだろうか。

......というか、どうしてコレと戦わねばならなくなったのだろうか。ここまでの経緯を思い出すべく、俺の意識は過去へと向けられるのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「メリクリあけおめことよろうぇーい」

「時期が遅い、というか情報量が多い挨拶だな」

 

 頭痛が痛い、という顔をして桐ヶ谷がこちらを見る。どうやら自作PCをいじくり回していたらしい。そういえば一昨日くらいに真っ青な顔してブルースクリーンが出やがった、と騒いでいた気がしないでもない。もう丸ごと買い替えちまえよ。十万以上するけど。

 

「というかクリスマスの時お前いただろ」

「......ちょっと小生何言ってるのかわからない」

「忘れたとは言わせないぞ。リア充爆殺ツアーとかほざきながら半裸で走り回ってただろ!」

「バケツヘルムを被って聖火リレーする半裸集団......いやぁ、嫌な事件でしたね」

「主犯!!お前!!」

 

 確かに非リアを率いて煽って『敵は本能寺にあり!』とか言いながら松明と爆弾を街中に叩き込んで軽くテロった記憶が若干あるが、きっと気のせいだろう。

 

「オレは忘れねぇからな......! お前が『ハッピメリクリィ──! いい子にはサンタからプレゼンツ! でも君は顔からしてもう腹立つからはいギルティ! ビバ爆発!末期のハイクを詠め!』って言ってたのを忘れねぇからな......!」

「何だその頭おかしいサンタクロース」

「お前だよ!?」

 

 そんな昔のことは忘れた。口笛を吹きながらそっと目を逸らす。誤魔化しかたが古典的過ぎる、と桐ヶ谷が嘆息した。

 

「......うん、結局シノンにヘッドショットされてたしもういいや。で、何の用だ? というかどうやって入ってきたんだ?」

 

 合鍵なんて渡してないはずだけど、という言葉に頷く。そりゃそうだ、他人に家の合鍵をそう簡単に渡してたまるものか。......朝田はいつの間にか持ってたけど。どういうことなの......?

 彼氏の心臓に妙な細工する某閃光とかいうやべー奴もいるし、この世界の女はちょいと行動的すぎやしないだろうか。

 

「普通に開けて貰ったけど。お前の妹に」

「......直葉と知り合いなのか」

「いや、全く。つい三分前に知り合った仲だ」

 

 厳密にはALO内でリーファとしては会っているが、原則としてプライベートに踏み込むことがないため現時点としての俺はリーファ=桐ヶ谷直葉であることを"知らない事になっている"のだ。

 ちなみにALO内において俺は桐ヶ谷達とは別行動を取っている。レベルはコンバートにより引き継いだが、スキル自体はまっさらなため熟練度を一から上げなければならない。手伝おうか、と言われたものの元よりパーティー行動というものに慣れていない俺は丁重に辞退した。同じようにコンバートしたばかりの朝田(シノン)と共にスキル上げ中である。

 

「適当に手土産っぽいのは渡しといたけど......って、何だよ」

 

 ぎろっと此方を睨み上げる姿に眉をひそめる。何かやらかしたような記憶はないのだが──。

 

「言っとくが、うちの妹に手を出したら承知しないからな?」

 

「......は? それ桐ヶ谷が言う? 節操なしに現地嫁量産してるお前が言うの?」

「現地嫁って何だよ。というかシノンを差し置いていつの間にかアスナと仲良くなってる新川の方こそ大概だろ。自重しろよ」

「あ"?」

「ん"?」

 

 至近距離でメンチを切り合う。このクソハーレム野郎、言うにこと欠いて俺の方が女好きだと? ふざけた話もあったものだ。到底許せる言動ではない。

 

 

「「決闘(デュエル)だ!」」

 

「......え、どういう状況?」

 

 丁度上がってきた桐ヶ谷妹の困惑した声が部屋に響き渡った。なんかごめん。

 

 

 

 

「さて、話を戻すが」

 

 ひと悶着あったが、ここに一応休戦協定は結ばれた。全くもって納得できないが、とりあえず五分五分であるということで落ち着いたのだ。......全然納得できないが、話が進まないからしょうがない。

 

「用もなにも、お前が昨日変なLINE送ってきてたろ」

「あー、そうだっけ?」

 

 ずずず、と桐ヶ谷妹が持ってきてくれた緑茶を啜る。なぜに緑茶。普通ここはオレンジジュースとかではないのだろうか。なかなか個性豊かな少女である。流石ブラコン。

 

「ほら......"クッソ強いロリに負けた"みたいなこと言ってただろう」

「色々と酷い省略だけど、まあ、うん。そんなところだ」

 

 ふむ、と。憐れむような視線を桐ヶ谷に送る。案の定噛みつかれた。

 

「おい、何だよその目は」

「"どうせこいつ女だから手加減して負けたとか言うんだろうなー"って目」

「予想以上に具体的過ぎる」

 

 だが否定はしない、と────有罪(ギルティ)

 

「い、いやちょっと待て! でも途中からは本気だったんだ! 盾無しの片手剣でやたらと強くて!」

「それお前と同じスタイルじゃねぇか」

「ぐふっ」

 

 完全上位互換、ということなのだろうか。二刀流が本気であるとは言え非常に悲しい事実だった。

 

「む、ぐぐぐ............まあ、でも、戦ってみればわかる。滅茶苦茶強いぞ」

「そんなにか?」

「ああ、そんなにだ」

 

......ここまで言うからには、相当に強いのだろう。そして原作主人公に打ち勝つほどのキャラクターだ、モブなんぞではあるまい。相方から受け継いだ記憶の中にも、それらしき少女についてのものがある。

 

「あー、あとは......うん、何だろう」

「あん? まだあるのか」

「何というか、こういう言い方はあれかもしれないけどさ......邪悪な感じだった」

「はい?」

 

 思わず目を瞬かせた。なに言ってんだコイツ。

 

「邪悪って」

「いや、他に思い付かないんだよ。病んでるってわけでもないし、邪悪というか、邪ロリというか」

「邪ロリ」

「闇堕ちみたいな」

「闇堕ち」

 

 大した語彙力だった。久々にこいつがオタクっぽいところを見た気がする。だが、そこはともかく。

 

「何でお前はその邪ロリと交戦するハメになったんだ? ナンパでもしたのかしたんだなうわー引くわー......」

「とりあえず自己完結してドン引きするのやめろ。してないから。全然してないから。だからスマホを置こう、な?」

「あ、すまん。もう結城に一報いれちゃったわ」

「ファック」

 

 ペットボトル投げられた。ごめんて。そして数秒も経たないうちに桐ヶ谷のスマホにLINE通知が浮かぶ。お互い真顔になった。

 ごめんて。

 

「......ん、んん。それはさておき、結局どういう経緯で戦ったんだ?」

「あとで覚えてろよお前......経緯も何も、広場で辻斬りしてたんだよ。だからつい、な」

 

 辻斬り。稀にいるが、要は金を賭けて決闘(デュエル)するプレイヤーのことだ。つまるところ腕試し、戦闘狂の類いである。

 

「成る程な、まあ理解は出来た。にしても桐ヶ谷が負けるほどの相手、か」

「一応新川にも負け越してるけどな」

「そりゃまあ、俺だからしょうがない」

「どういう意味だよ......」

 

 黙って肩を竦める。当然と言えば当然の話、俺の場合はいっそ狂気的なまでにこいつの情報(データ)を取り込んでいるからだ。対黒の剣士に関して俺の右に出るものはいない。むしろ勝率4割ギリギリを維持できているだけでも驚異的だろう。やはり【第六感】と【超反応】の組合わせは理不尽に過ぎる。演算出来ていても回避できない場合が多々ある。

......前者は過剰適合の能力と言うよりは、無意識に発現した心意の応用能力だが。

 

「まぁ、とにかく()ればわかる。まだいるだろうしちょっと行ってきてくれよ」

「仇討ちかな?」

「逆だ逆。負けてこい。オレだけ負けてるとかちょっと許せない」

「絶対それ本音だろ」

 

 苦笑する。桐ヶ谷が妙に拗ねたような雰囲気を漂わせているのは同じ剣の領分で敗北したからだろう。デスゲームという地獄を潜り抜けてきたこいつはゲーマーというよりは剣士に近い。故に自身の技術に誇りすら持っている。敗北を許容できないほど狭量と言うわけではないが、すっきりと受け入れる事はできない程度に大人ではないということだ。そこら辺は年齢相応なのかもしれない。

 

「まあ見てろって、俺が軽く倒してみてやっからよ──」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 そんなことを言っていた数時間前の俺を殴り飛ばしてやりたい。黒髪紅眼の少女を見据えながら胸中で悪態を吐く。

 

「【閃走・水月】」

 

 体術を基軸にしたOSSが起動する。緩急の切り返しにより超速の反射を以てしても俺を見失う。システムアシストとAGIの相互作用により瞬間的に音速すら越えて、俺は眼下の首筋へと短刀を降り下ろす。

 

──が。何故か寸前で察知され、皮一枚を切り裂くに終わる。真紅の瞳が俺を捉える。口元が弧を描いた。不味い。

 

「ちィ......!」

 

 空中にいるがために、放たれた回し蹴りを回避できない。咄嗟に防御を選択し、叩き付けられた衝撃に全身が軋んだ。だがその衝撃を利用し、飛行能力も全開にして跳ぶ。数度の回転を経て着地し、もし距離を取っていなければそのまま両断されていたであろう事を確信する。残心のままで少女が笑った。直後にその姿が消失する。

 

 そして、同時に俺も踏み込んでいた。

 

「【閃鞘・七夜】」

 

 神速の斬撃が激突する。単純な移動と抜刀斬りだが、突進の勢いがそのまま威力に直結した結果として拮抗していた。

 加えてAGIの差により、此方の方が後に発動したにも関わらず、少女のソードスキルの発生を強制的にキャンセルさせることに成功する。驚きに見開かれた瞳を睨み付けると、続けざまにスキルを発動させた。

 

「【閃鞘──」

 

 少女は地を蹴って後方へと跳躍しようと試みる。確かにここは片手剣の間合いではない。距離を取ろうとする選択は正解だ。しかしわざわざ取らせてやる義理はない。

 

「──一風】ッ!」

 

 更に踏み込む。

 手を突き込んだ先でプレートメイルの端を捉えた。服の一端、腕の掴み、何処であろうとこの技は発動する。ソードスキルだというのにただの体術に過ぎないこれは、相手の意表を突くという一点にのみ長けているOSSだ。

 つまるところ──速度こそおかしいが、ただの投げ技である。

 

 しかしこの"投げる"という技は一般人想像を遥かに越える威力を秘めている。冷静に考えてみてほしい。自身の全体重が一点に、それも頸椎にかかればどうなるだろうか? 加えて下が舗装された石畳だとしたら? 想像に難くない。

 故に、確実に殺せる。その確信と共に俺は少女を投げ飛ばす──

 

 

「な、に......!?」

 

 

 事は出来なかった。

 

 愕然として腕の先を見れば、そこには俺の腕を蛇のように捉える少女の細腕があった。驚愕に思わず息を呑んだ。

まさか、あの一瞬で──あの速度で、俺の腕を固めたとでも言うのだろうか。あまりの絶技に一瞬思考が停まる。紅い瞳が細められた。

 

──つ、か、ま、え、た。

 

 まるで恋人のような距離で囁かれた直後、右腕が破壊された。痛みはない。ペインアブソーバーは働いている。しかし故障した機械のごとく右腕は動かなくなり、腹に突き刺さる膝が俺を呆気なく吹き飛ばした。

 

「楽しかったよ、お兄さん──」

 

 回避は到底間に合わない。構えられた片手剣が闇色に染まり、完璧な敗北を前にして俺は内心で溜め息を吐く。

 

 

「【マザー・ハーロット】」

 

 

 十一連撃が描く漆黒の逆十字が放たれる。体中を貫く剣閃に耐えられるはずもなく。

 

 

 "You Lose"

 

 俺のHPバーは木っ端微塵に砕け散るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふふ、すっごく楽しかったよ。でも、まさか投げに来るとは思わなかったかな」

「俺もまさか返されるとは思ってなかったよ」

「だろうね」

 

 少女はくつくつと笑う。敗北から学べることは多い。格闘系の技をもう一度再確認する必要がある。とは言え既存の体術スキルなんぞは見たところでなんの収穫もないだろう。腹立たしい話だが、あの毒鳥(ピトフーイ)にもう一度教えを請わねばならないかもしれない。

......と。そんなことを考えていると、少女は一つ伸びをして口を開いた。

 

「うん。ボクは満足したし、そろそろ戻ろっかな。お兄さんはどうする?」

「俺は反省会だな」

 

 久々の、完膚なきまでの敗北だった。要研究である。溜め息混じりに顔を上げれば、何故か少女は面白そうなものでも見るかのような視線を送ってくる。

 

「......ふぅん。ま、いっか。じゃあね、お兄さん」

「ああ」

 

 頷いた。次もまた広場にいたのならこちらから喧嘩を吹っ掛けてもいいかもしれない。そう考えて背を向ける。

 

 

 

 

「次は、"心意"を使って本気でヤろうね?」

 

「ッ──!?」

 

 

 ぞっとするような殺気に背筋が凍る。殺気、と言っても雰囲気だとかそんな曖昧な代物では断じてない。あまりに濃密な、吐き気がするほどの"負の心意"。

 反射的に短刀の柄に手を掛け、臨戦体勢で振り向く──が、既にそこに少女の姿はなかった。

 

「......ログアウトした、のか」

 

 冷や汗が頬を伝う錯覚に囚われる。しかしあくまで錯覚だ。このゲームにそんなものはない。そう思わせるほどに、あの殺気が凄まじかっただけだ。

 固く握り締めていた短刀の柄から指を剥がすのにさえ苦労しながら、俺は震える呼気を整える。邪悪とはよく言ったものだ。あの凄絶な負の心意の一端をキリトは感じ取っていたのかもしれない。

 

「ユウキ、か」

 

 奇しくも結城明日奈と同一の音だ。確かめるようにその名を何度か反芻する。

 

 そして。何故だろうか──俺はそう遠くない未来に再び刃を交えるであろうと、理由もなく確信していた。







このOSS、アリシゼーションに入ったら使えなくなるのよね(ボソッ
そろそろオリジナル設定塗れになってきたし、キャラ紹介みたいなのを新章入る前に一度挟んだ方がいいかもしれないと思った今日がサラダ記念日。


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閑章/OS/電子亡霊の演算駆動
#1 Specter



この章はオリジナル、というわけではなく劇場版SAOオーディナルスケールの話です。知らない人にもわかるよう進められたらいいなぁ……。









 

 

 

──オーグマー、というものがある。

 

 それは本当につい最近発売された、次世代型ウェアラブル端末だ。その機能は端的に言えば現実拡張であり、VRではなくAR機器と称されるものだ。その利便性は実際非常に高く、随所で利用されているのが見受けられる所から絶大な人気を誇っていることは容易に察せられる。加えてそう高価な代物でもなく、かくいう俺も購入してみたのだが──。

 

『やあ、新川君。丁度良かった、たった今君のデバイスにARカラテ道場をインストールしたところだよ。試してみるかい?』

「........................はぁ」

 

 無言でオーグマーを外す。眉間を指で揉むと、再び装着する。

 

『どうしたんだ、VR酔いならぬAR酔いか? まあ君ほどの適合者であればそんなことは無いと思うのだが──』

「テメェのせいだよクソハゲ」

 

 バグか? バグなのか? 残念、仕様です。

 あんまりにあんまりな状態に、溜め息を吐いてソファに腰を下ろす。視界でうろちょろするキテレツ電子生命体が非常に鬱陶しい。

 

『失礼な、私はハゲてなどいない。ほら見たまえ、この容姿端麗な姿を』

 

 そう言って、くるりと()()が回って見せる。俺は自分の目が急速に死んでいくのを実感しながら口を開いた。

 

「......お前すげぇよ。自分から幽霊になった挙げ句セルフTSするとか常人の神経じゃ出来ねぇわ」

『そう褒めるな』

「褒めてねぇよ変態科学者」

 

 常日頃から頭がおかしいとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。流石は世界に名高い天才脳科学者兼犯罪者の魔王カヤバーンである。死ねばいいのに。死んでるけど。

 

「さっさと俺のデバイスから出てけ。ウイルスバスターぶちこむぞ」

『ははは、面白い冗談だね。そんなものが通用するとでも?』

「クッソ腹立つわぁ......」

『知らなかったのかい?──大魔王からは逃げられない』

 

 ドヤ顔だというのが更に怒りを煽る。ついでに見た目だけならば美少女なのがムカ着火ファイアインフェルノ並みに腹立つ。

 というか、

 

「それ、ユイのパクりじゃねーか」

『失敬な。パクりではなくリスペクトだよ。色も違っているだろう?』

 

 世間ではそれをパクりと言う。

 ユイとは異なる白髪をつまみ上げながら、変態TS電子幽霊科学者は口を尖らせた。

 

『それにあれは私の娘のようなものだ。ならば容姿が同じでも問題ないだろう?』

「問題しかないことに気付け」

 

 むぅ、と唸る様は端から見れば可愛らしいが、中身が三十過ぎのおっさんだと知っている身からすれば気持ち悪いことこの上ない。捻り潰したくなる。

 

『......ふむ。少し君は勘違いしているようだが、今の私は厳密には"茅場昌彦"ではない。茅場昌彦の記憶を受け継ぎ、彼の理念と思考ルーチンを組み込まれた人工知能に過ぎないんだ。つまり私は"茅場昌彦"でありながら彼の最高傑作たる電子生命体ということになる』

「つまり?」

『今の私に性別など関係ないため女性アバターでもモーマンタイ』

 

 大問題だよ馬鹿野郎。再度溜め息を吐いた。

 

......しかし、である。今の話によれば、茅場昌彦は自身の死を人工知能の完成と同義にしたということになる。己の死でSAO事件を収束させ、かつ後継者としての最高傑作を残した。結果としては、意識の連続性などに目を瞑れば死すら超越したと言えないだろうか。

 

「......やっぱ、お前は変態だよ」

『そうか?』

「そうだ」

 

 この天才(バケモノ)め、と毒づく。やはりあれは怪物だ。死んでなお自分の目的を果たそうとしている。

 

「まあとりあえず、このわけわからんアプリを消してくれ。邪魔くさすぎる」

『それは無理だ。消せないように干渉してある』

「ぶっ殺すぞテメェ」

 

 何故そんなにカラテに拘るのだろうか。カラテを高めたところで俺にニンジャになる予定はないというのに。

 

『それより、いいのか? 朝田詩乃から連絡が来ているが』

「......チッ」

 

 舌打ちする。だがしょうがない。さっさと喫茶店に来い、と書かれているメッセージに返信すると、俺は邪魔くさい電子幽霊を伴って外に出るのだった。

 

 

 

 

 

「遅い」

「悪い」

「許す」

 

 許すのか。

 微笑む朝田を前にして、俺は少しバツが悪くなって頬を掻く。責められるよりもこうした態度を取られた方が効くものだ。

 ちなみに待ち合わせていたのは死銃事件が始まる前からちょくちょく寄っていた喫茶店である。正直何か話をするのであれば俺の無駄に広い家で事足りるのではないかとも思ったのだが、朝田曰く「それとこれとは別物」らしい。よくわからないが、たまにこうして此所に来るようになっている。

 

 まあそれはともかくとして、時間を見誤って遅れたのは俺だ。

 

「......なんか奢るわ」

「そう? じゃあお言葉に甘えて」

 

 そう言って朝田が指定したのはショートケーキだった。地味に高いが高過ぎる訳ではない。俺の心情的にも、下手に遠慮されるよりは余程ありがたい──というのも理解しているのだろう。

......ここまで気配りできるというのに、何でコイツ今まで友達とかいなかったのだろうか。

 

 そんなことを思いながらオーグマーを弄る彼女の顔を見つめていると、朝田は小首を傾げる。俺は慌てて視線を逸らした。今は彼女にも友人は多い。

 

「そう言えば、あんたもオーグマー買ったんだ」

「流行ってるからな。幸い金も余ってるし」

 

 耳にかかっている部分を叩いて示すと、ふーん、と返される。店員が持ってきたお冷やをちびちびと飲んでいると、朝田はじゃあ、と続けた。

 

「オーディナル・スケールも入れたわけ?」

「おーでぃなる......すけーる......?」

「その反応からすると、知らないのね」

 

 聞き覚えのない単語に眉をひそめた俺だったが、懇切丁寧に解説してくれた朝田の話をまとめると、つまるところリアルで剣ぶんぶん振り回すタイプのARゲーム......であるらしい。

 

『説明しよう! オーディナルスケールとは──』

 

 やかましいのが視界に表れたため、ノータイムで物理的に遮断して朝田に話を促す。ちなみにこの変態科学者の遺産は俺以外には視えないようシステム的に弄くってある。無論、こいつ自身が弄くったのだが。

 

「朝田は入れたのか」

「まあ、ね。流行ってるし」

 

 あまりやる気もないということなのだろうか。とりあえず無料らしいので俺もインストールしておく。すると、俺の肘で叩き潰された筈のカヤバがひょっこり顔を出して呟いた。

 

『ちなみにそれ、君達には無害だが面白いプログラムが組み込まれているぞ。オーグマーにも言えることだがね』

 

 それを率直に言うとしたら──。

 

『記憶領域に直接アクセスし、特定の記憶をスキャニングする機能が搭載されている。ついでに言うとこの出力でスキャニングをすれば、下手すると記憶領域に後遺症が残る可能性があるぞ』

 

 ゴフォッグェフッフォ、と盛大に噎せた。びっくりして目を真ん丸に見開く朝田の様子が猫のようで非常に可愛らしいが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「どういう意味だ......!?」

『だから、大丈夫だと言っているだろう?......ああ、だが君の場合はどうなんだろうね』

 

 腕を組むと、白髪を揺らして妖精は俺を見据えた。

 

『これは"SAOの記憶"にのみ反応するように出来ている。まあ十中八九君に作用することはないだろうが、可能性はゼロではないな』

 

......人の不安を煽るようなことばかり言いやがって。こめかみを押さえると、朝田が怪訝な顔で俺を見つめていた。

 

「ちょっと、あんた大丈夫?」

「......いやまあ、うん。ちょい噎せただけだ」

 

 そう告げるが、疑念は晴れないらしく。半眼(ジト目)になった彼女は俺の頬に触れ──つねった。

 

痛い(いふぁい)んれすけど」

「......あんた、何か隠し事があったら目を逸らすから」 

 

 手を放す。どうやら俺が目を見て話していなかったことがお気に召さなかったらしい。無意識にやっていた癖なのだろう。わかりやすいことこの上ないな、と自嘲する。

......まあ今は直す必要はないか、と。何となくそう思った。

 

「別に無理には聞かないし、力になれるかはわかんないけど。......相談しなさいよ?」

 

 できれば巻き込みたくはない。だが人間一人で抱え込めることなどたかが知れている。にっちもさっちも行かなくなってしまえば、俺はきっとこの少女を頼る。それでいいのだ。

 

「ん、了解」

「よろしい」

 

 だが、とりあえずやれることはやっておこう。そう思いながら、俺は引き続きオーディナル・スケールとやらの操作方法などを聞くのだった。

 

 

 

 

「カヤバ。話の続きだ」

『ふむ。まあ、話すことはそうないがね』

 

 数時間後。

 今日の夜にレイドボスに参加することを約束して朝田と別れた俺は、小声で会話しながら街を歩いていた。端から見れば変質者にも見えるが、オーグマーを例とするハンドフリーのウェアラブル端末が一般的に普及しているこの時代においてそう珍しいものでもない。変なところで時代の流れを感じながら、カヤバの話に耳を傾ける。

 

 曰く。オーグマーは構造的にはやはりSAOをデスゲーム化させた原因であるナーヴギアと同様のものらしい。物理的な問題からレンジでチンするレベルの出力こそないが、公表されている規格を遥かに越えるマイクロウェーブスキャニングが可能とのこと。安全設計ガバガバ過ぎんだろ、とも思ったがそこら辺は"組織"の手がかかっているのかと思い直した。

 本当にふざけた話だが、この世界には悪の組織じみた何かが存在しているのだ。でなければVRのデスゲームなんて大掛かりな大規模仮想社会実験(シミュレーテッドリアリティ)を仕掛けることなど出来はしない、とカヤバは嘯いた。

 確かにその方がむしろ信憑性はあった。いくら天才と言えど──やはり一人で出来ることは限られている。本当のことを全て言っている訳ではないだろうが、少なくとも嘘ではなさそうだった。

 

「で?そのスキャニングはいつ起こるんだ」

『簡単な話だ。SAOの記憶を強く想起させるような出来事によって、特定の記憶領域が励起状態になるとスキャニングは自動的に開始される』

「......つまり?」

『オーディナル・スケールのレイドボスには旧アインクラッドの階層(フロア)ボスデータが流用されている。よってゲームオーバーとなり、"死ぬかもしれない"というかつてのデスゲームの強迫観念を呼び起こすことで──』

「記憶を特定、スキャニング開始ってわけか」

 

 成る程、理屈は納得できた。問題は目的だ。

 

「にしても、何を思ってそんな記憶を徴収してるんだか」

『......さて、ね。そこは私にも見当がつかないな。だが別に悪いことではないだろう?』

「あん?」

 

 顔をしかめる。カヤバは言葉を続けた。

 

『SAO時代の記憶は多くの人間にとって苦痛に満ちたものだ。ならばそれを奪われるのは──』 

「それは違うぞ、茅場昌彦の亡霊(スペクター)

 

 切り捨てる。驚いたように目を見開くそれへ、俺は告げた。

 

「記憶ってのは人間を構成するもんだ。自己認識が人を形作る。逆説的に言えば記憶をいじるってのは人格そのものに干渉してるに等しい」

 

 淡々と、乾いた口調で指摘する。

 

「もし他人の記憶が流入すれば、多かれ少なかれその人間は影響を受ける。奪われるのも同じだ。奪われてしまえば、人間は過去のそれに戻ってしまう」

 

 人格なんて即物的なものだ。記憶の全てを奪われでもすれば、別人同然となるのは当然の話──一部でも同様だ。

 

「それはもう別の人間だ。人間は自己の記憶の堆積で完成していく。一つ一つの選択が現在(いま)の自分を創ってる。現在進行形で更新されてる。それを踏みにじっていい理由なんて有りはしない」

 

 そいつ自身が背負いきれなくなって忘れるのはしょうがない。だが、奪っていいものでは決してないのだ。どんな地獄のような記憶だろうと、それが現在へ繋がっているのだから。

 

「だから、まあ......奪ってもいい、って話にはならない。そんだけだ」

『......成る程、君は』

 

 何処か納得した風に頷き、妖精は俺を見上げる。

 

『理解したよ。先程の言葉は撤回しておこう』

「そうかい」

 

 肩を竦める。本音で返してしまったが、よくよく考えればそうムキになることでもない。何となく気恥ずかしくなってしまい、前方へと視線を逸らした。

 

『それはそうと、新川君』

「何だ?」

亡霊(スペクター)という呼び名は気に入ったよ。次からはそう呼んでくれ給え』

「......あ、そ」

 

 溜め息を吐く。身体的にはそうでなくとも、精神的な疲弊が肩にのしかかるようだった。

 

 

 

 






>>スペクター
 ついに爆誕したスペクターちゃん。見た目は2Pカラーのユイだが中身は天才科学者のおっさんである。TSロリ電子妖精カヤバくんさんじゅっさい、とかいうなかなかに業の深い属性を持ち合わせた変態。電脳世界では最強。私は神だァ!(アイガッタビリィー)

 ちなみにヒロインではない(戒め)。


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番外編/エイプリルフール企画

※本編ではありません。引っ越し後忙しすぎて死ねるので許して下さい。エイプリルフールと称したIFのような何かです。









 

 

 

 

──都合のいい、夢を見ていた。

 

それは俺とオレが別離する話だ。双つの魂を抱えた異端者が、壊れずに元あるモノへと還る話だ。全く以って馬鹿らしい。

あれが──あんな少女が、オレを理解することなど出来るはずが無いというのに。

 

「本当に、救えない奴だ」

 

無駄に高い天井を睨みながら自嘲する。掛け時計が示す時刻は午前5時。いつも通り、悪夢のお陰で寝付けなかったようだ。

ただし今回のは、とびっきりに胸糞悪い、甘ったるい──吐き気がするほど都合の良い代物だったが。

 

「未練でもあるのか? 馬鹿が」

 

オレに理解者はいないし必要ない。これまでも、この先も。

今日の予定を思い起こし、オレは静かに嗤った。

 

 

 

 

『やぁ新川君。おおよそ十時間と四十二分振りの再会だね』

「いつもオレを観察している癖に、わざとらしいぞスペクター」

『いや失敬。電脳世界とこちらじゃ時間の流れというものが根本的に異なるからねぇ……人間性を保つためとでも考えてくれ。認識することで私は狂わずにいられる』

 

人間性? そんなものがあるとでも思っているのか。オレは鼻で嗤った。

奴は亡霊だ。人間のように見えて人間ではない。所詮は電子の産物、プログラムと数式によって情動があるかのように思わせる……或いは自身すらもそう思い込んでいる、救いようの無い人工物だ。

……確かあの男もこの類の人工知能を連れていたな、と思い返す。薄ら寒い家族ごっこを思い出して顔をしかめた。吐き気がする。オレは過剰適合者だが、電脳世界にああも入れ込む人間の神経がわからない。醜悪な現実逃避だ。

奴等に感情などない。あるのは水面下のプログラムによって弾き出された、厳密な計算結果のみだ。それでも感情があると思ってしまうのは、奴等がそう仕向けたからである──人はそれを“アナログハック”と呼ぶ。

 

「人は道具を使うんだ。使われるべきじゃない」

『ふむ……その道具とは私の事を指しているのかね?』

「嬉しいよ、自覚症状があって」

 

互いに虚ろな笑みを交わす。オレはこの電脳生命を利用し、こいつはオレを利用する。ギブアンドテイクな関係はこの世で最も信用できるものだ。少なくとも、肝心な場面で愛だの何だのを叫ぶより余程信じられる。

 

「さて……無駄話はここまでだ。スペクター、今日は何件だ?」

『無数にあるが、君の手を借りたいのは三つほどかな。どれから処理したい?』

「面倒なものから。オレは夏休みの宿題は早めに終わらせる性格でね」

 

首筋に触れる──否、首筋に存在するVR機器に触れる。ニューロリンカーと呼ばれ、世間に流通するそれの数世代先に存在するであろう“それ”を起動させた。

 

「フリズスキャルヴIII、起動」

《System_HLIDSKJALF III ver.6.31 // Activate》

 

《Welcome to The Accelerated World──》

 

 

 

フリズスキャルヴIII。それは言ってしまえばスーパーバイザー権限を有した、スペクター特製のプログラムを内包するVR機器である。オレの能力を最大限引き出すために調整された最新の機械であり、プロジェクトアリスの試験場に存在していたものを更に改良した事で体感時間を極限まで──千倍以上にすら引き伸ばす機能も存在している。オーバースペック極まりない物体だ。

だが、この仕事はこれがないと務まらない。現代においてVRネットワークはクロックコントロールされているのが当然であり、それぞれニューロリンカー保有者は独自のネットワークを……サーバーを構築している。それはいっそ個人所有の世界と言っても過言ではない。無数の世界が有機的に連結され、成り立っているのが今のザ・シード・ネットワークの実情だ。

故にフルダイブすることで現代の人間は様々な世界を巡ることが出来るようになった。自分の世界はこんなのなんだぞ、とお披露目出来るようになったとも言える。

その“個々の世界”の規模はまさにピンからキリまでだ。4畳半にすら満たない部屋もあれば、グラウンドほどのものもある。中には都市一つすら厳密に創り上げた猛者もいるという。膨大な時間を用いて組み立てられた世界を巡るのはさぞ心踊ることだろう。

そして、人々は自分の世界を舞台にしたゲームを創った。

 

企業が創るVRMMOだけでなく、個人によるホラーゲーや音ゲーなどが無数に存在する仮想空間のネットワーク。それこそが、ザ・シードの成れの果てだ。

……まあ、それだけならば良かった。だが、当然のように弊害は発生した。

 

「心意システム……ね」

 

暗い回廊を進みながら、オレはぶんぶんと飛び回る妖精を横目で睨んだ。大体こいつのせいである。余計なシステムを組み込んだお陰だ。

 

『今回のケースはいつも通りだ。ただし、規模が大きい』

「ほお。具体的には」

『“巣”を二桁近く取り込んでいる』

 

ふざけてんのか。

舌打ちする。現実の肉体と同じ仮想体(アバター)の頰をゆっくりと撫で、思案する。クソ面倒な事案だ。

 

──“巣”。インターネットという言葉が蜘蛛の巣から連想されたものであるように、オレ達は各個人のネットワークサーバーをそう呼んでいる。

 

三年前だろうか。ある異常な事件が発生した。このザ・シード・ネットワークが普及して丁度一年経つかどうかの時点での事だ。まあ経緯を省いて端的に言うとすれば、それはフルダイブした人間の意識が戻らない──というものだ。

無論、いくら阿保と言えどもスペクターのベースとなった男が引き起こした史上最悪の電脳犯罪である“SAO事件”は忘れ去られていない。警視庁に設立されていた仮想課……今もあの英雄被れが所属している組織は調査を行った。ニューロリンカーに何かが仕込まれているのではないかと疑った。

 

だが、結果はシロ。何故意識が戻らないのか判明せず。そして続け様に全国各地で意識が戻らない事例が続出した。

しかし警察も無能という訳ではない。被害者の共通点はすぐに発覚した。それはある特定の“巣”に接続していたという事だった。

 

まあ簡単な話、被害者の精神はそこに囚われていたという事だ。ならばネットを切断すれば良いと思うかもしれないが、ニューロリンカーを物理的に無理矢理に切断すれば弊害が出る可能性がある。仮想課は直ちに元凶となる“巣”へ突入する事を決定し、何人かを送り込んだ。

が──その数人が帰ってくることは無かった。木乃伊取りが木乃伊になったのである。

 

「全く、嫌になるな」

 

仮想世界においてのプロフェッショナルが容易く取り込まれるような“巣”とは一体何なのか。結論から言えば、それは暴走した心意の結果だ。そこの阿保が心意によるプログラムの上書き(オーバーライド)などという傍迷惑なシステムを組み込んだお陰で、暴走した負の心意が流出。“巣”は人の負の心象風景と化し、周囲のネットワークを侵食しながら、さながら癌細胞のように増殖していったのである。

 

その結果が、仮想世界に意識を囚われた人間の量産だ。放置しておけば心意は互いに共鳴し、巨大な“巣”となって洒落にならない規模へと成長していく。とは言え大体はカーディナルシステムの自浄作用により強制排出(イジェクト)される。だが、中には取り除けない規模のものも存在する。

 

「それを切除するのがオレ、か。まるで医者だな」

『現実でも医師だろう? 君は』

「まあな」

 

規模を増大した悪性の“巣”──“悪夢(ナイトメア)”を破壊するには三つの条件がある。

ひとつ。カーディナルシステムにすら割り込める権限によって強制的に介入する必要がある。

ふたつ。内部は基本的に心意によって滅茶苦茶に染められているため、心意を扱えなければ対抗の仕様がない。そのため心意を扱えなければならない。

みっつ。“悪夢(ナイトメア)”を創り上げている人間の精神を──壊す、覚悟。

 

「これか」

『ああ。サポートは任せたまえ……フリズスキャルヴによる演算補助は完璧だ』

「わかってるよ。回収はよろしく」

 

暗い回廊の突き当たりに存在する、古ぼけたドアを睨みつける。じわじわとドアは蔦のようなもので侵食されていた。成る程、今回の“悪夢”は割とわかりやすい部類のようだ。そして、凶悪だ。

 

──実に喰い甲斐がある。

 

嗤う。どろりとした黒色がオレの足から発生し、全身を覆った。仮想体が戦闘用に換装されていく。形成されるのは死神の姿だ。左手には拳銃(グロック)、右手には刺突剣(エストック)

顔を覆うのは、死神の髑髏(デッドフェイス)

 

「はァ……!」

 

鉄底のブーツでドアを蹴り開ける。途端に臭気が嗅覚を刺激した。血と鉄──そして甘ったるい花の香り。あまりに濃いそれは噎せ返るほどであり、花によって全身に寄生された人間がぷらぷらと天井から吊り下がる風景はまさしく“悪夢”だ。

 

《ぷらぷら、ぷらぷら。おはなはゆれるよ》

 

声に合わせて死体が揺れる。鈴の如く揺れる。百を超える人間の死体が揺れるごとに血液が飛び散り、蔦で完全に埋め尽くされた地面に吸い込まれると花が咲く。咲きながらこちらに殺到してくる。

 

「地獄のような花園だな」

 

グロックが火を吹いた。だが量が量だ。早々に迎撃を諦めると、オレは心意を脚に纏わせることで大跳躍する。迸る黒と赤の雷電は負の心意であることを物語っており、しかしオレがそれを完璧に制御下に置いていることも示していた。

 

「さて、と。本体は……あれか」

 

花園の中央、巨大な木の真ん中に血の涙を流しながらぐるぐると目玉を回している女の顔がある。此方を向いた。笑みを浮かべ、あり得ない大きさにまで裂けた口で嗤う。

反射的に飛び退いた。そしてそれは正解だった。

 

「クソ、確かにこの規模は久々だ」

 

どれだけの悪意を溜め込んでいたのだろうか。二桁を超えるサーバーを取り込んだことで、“悪夢”は成長を遂げている。だが直感的にまだ倒せるレベルである事を理解した。刺突剣(エストック)を胸の前で構える。

 

「貴様を──」

 

 

全身から迸る心意に身を任せながら睨みつけた。詠唱など必要ない。全身は漆黒に染まり、死神の身体は拡散する。霧のように、風のようになった戦闘用仮想体(アバター)は花を、樹を、草を腐らせていく。

百病走躯(ペイルライダー)】。オレの心意(あくい)の一つだ。

 

 

「──削除(デリート)する」

 

髑髏の眼が紅く輝く。心意による異能(スキル)を複合発動させながら、オレは駆けた。

 

 

 

 

 

 

「新川先生? ああ、あの人は今日休みなのよねぇ……どのようなご用件で?」

「あ、えっと……大した用事がある訳じゃなくて」

 

ほう、と女は息を吐いた。彼が務める病院を探すのには予想以上に手間取った。仮想課にこっそり協力して貰わねば辿ることすら出来なかっただろう。だが、そんな執拗に痕跡を削除している形跡からある種の確信を得ている。

 

「昔の知人を、訪ねてきただけです」

あの男は、まだ戦い続けている。きっと、あの日からずっと。

 

眼鏡のフレームにかかる髪を掬い、女は唇を引き結ぶのだった。

 







OS編の更新は暫し待たれよ。四月中には更新できるよう鋭意努力する次第です。


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#2 Hlidskjalf

ナイヨォ……ケンナイヨォ!





 

 

 

 まあ──あまり長引かせて語るのも宜しくないだろう。

 

 オーディナル・スケール。オーグマーというAR機器を使用するこのARアプリゲームにはひとつの目的があった。それはSAO帰還者(サバイバー)からかつての記憶を強制スキャニングし、強奪する事だ。無論そのような高出力スキャニングを行えば脳に負担がかかるだろう。現にアスナと呼ばれる少女は記憶の欠落に苦しみ、桐々谷和人は憤怒に身を焦がしている──。

 

「とまあ、そんな感じの独白があるとそれっぽいか」

『ふーむ。そんな様子を何も思うことなく眺めているあたり、キミの悪癖は治ってないと見える』

「悪癖?」

箱庭の中の現実(シミュレーテッドリアリティ)。キミほど冷徹に現実を俯瞰できる者はいないだろうね』

「ハッ」

 

 鼻で笑う。これでもマシにはなったのだ。しかしこの世界が虚構である、という認識は一生離れる事はないだろう。ただ、虚構であると同時に現実でもある、という事実を受け入れられるようになっただけのこと。

 (オレ)の記憶にもう惑わされることはない。彼女という楔がある限り、俺はこの世界を現実だと受け入れよう。

 

「そんで? 目的はわかったんだろうな」

『無論だ。彼等の目的は擬似的な人間の蘇生だよ』

「……蘇生だぁ?」

 

 胡散臭い。顔を顰めてみれば、茅場──スペクターは肩を竦めてみせた。

 

『キミは人間という存在を構築する要因が何か知っているかな? 哲学的かもしれないがこれは大きく分けると』

「長い。纏めろ」

『要は他人の記憶で哲学的ゾンビを作り上げようとしている、という事だ』

 

 やれば出来るじゃないか。ふむ、と顎に指を当てる。はてさてどうしたものか。どうせ“物語”としてはキリトがその邪魔をするのだろう。ならばスムーズに処理するためその露払いをするか。

 

『あと、ついでに面白い事実がある。オーディナル・スケールにおいて第二位を記録する少年を知ってるかな?』

「ああ、あの……なんだっけか」

 

 何処かスカした奴だった気がする。それとアスナに話し掛けていたような。なるほど、あれも今回の黒幕側か。何度か朝田(シノン)と共にレイド戦に参加したが、その際に実にアクロバティックな動きをしていたのを思い出す。

 

『ランキング二位、エイジ。彼はオーグマーと連動するようにしてとある機器を身に付けている。いや機器というよりはスーツと言うのが適切か』

「おい」

 

 睨み付ける。俺は根本的なところでは面倒が嫌いなのだ。スペクターの、生前から変わらない()()に溜息を吐いた。

 

「結論から、手短に、話せ」

『キミはそうやってすぐ結論を急く……だが、まあいい。簡潔に言えば、エイジ──後沢鋭二はパワードスーツを着用している。オーグマーと連動し、スーツ表面の人工筋肉により身体能力を通常の二倍近くにまで跳ね上げている。加えてオーグマーそのものにも予測プログラムが仕込まれていてね、人体行動を先読みする事が出来る。生身の常人ではまず勝てる要素が無い』

「は?」

 

 思わずそんな声を漏らしていた。馬鹿を言え、そんなチート仕込みではVRならともかくARで桐々谷和人が勝てるはずが無い。というか奴はそれを使用することでランキング二位を維持していたことになるのか。そりゃ誰も勝てない筈だ。

 どうせクライン旗下の風林火山を病院送りにしたのもエイジなのだろう。ええい面倒な装備を。

 

「……おいおい、それどうするんだよ。ARでそんなチート行為されたらいよいよ打つ手が無い。こちとらろくすっぽ運動もしないゲーマーだぞ?」

 

 お手上げだ。主人公補正に頼るしかない。或いは法的措置。……いや、無理か。SAO事件の背後に日本政府を初めとするいくつもの組織が暗躍していたように、このオーグマーの異常な流行とそれに伴うオーディナル・スケールというARゲームの熱狂の裏にも何らかの組織がいるのは間違いない。

 茅場(スペクター)曰く、人類の進化を望む者達。次の段階へ、電脳化へと世界を収斂させる事を願い──SAO事件において電脳世界への過剰適合者(オーバーアダプター)を作り上げた、啓蒙家気取りの暗躍趣味な連中。かつてはバイエルン啓明結社と称された、時代錯誤な秘密結社のアホども。

 即ち、イルミナティ。奴等を表す名は複数あるが、茅場(スペクター)は暫定的にそう呼称している。

 

 そのイルミナティが背後にいる限り、この事態に法的措置だのなんだのを絡ませるのは不可能に近いのは容易く想像出来る。つまり自分達で解決する必要がある。

 

「黒幕と話してどうにか解決出来ないもんかね」

『まあ、無理だろうね。話して解決できるならばこんな強引な手段を取っていない……それに重村教授は頑固だ。今更中止、なんてことはしないだろう』

 

 イルミナティの目的はつまるところ人類の電脳化だ。過剰適合者(オーバーアダプター)の生産もその一手に過ぎない。そして、今回はその一環としてAR機器の流布を餌に重村徹大は資金援助を手に入れ、便乗して記憶の強奪に走ったのか。懐かしそうに重村徹大の名を呟くスペクターに肩を竦める。このロクでなしの恩師だが、恩師もやはりロクでなしだった。

 

『ところでARアイドル《ユナ》のライブが近日開催されるのは知っているかな?』

「……おう」

 

 嫌な予感しかしないが、先を促す。

 

『悠長に集めるのが面倒になってきたのか、桐々谷君に嗅ぎつけられて焦ったのか。彼等はそこで大規模スキャニングを実行するようだ。スキャニングに関しても従来の規格から大きく逸脱している。恐らく──脳が焼き切れるだろうね』

 

 頭がボンッ!と爆発する様をジェスチャーで伝える妖精に顔を顰める。正直何人死のうが知った事では無い。だが…………知れば朝田詩乃は悲しむ。

 

『ああ、ついでに報告しておくが、桐々谷君はこのパーティーに招待されていてね。メールの文面と状況からして、地下で後沢鋭二と一騎打ちを行うようだ』

「……なぁ、スペクター。奴はパワードスーツを身に付けていると言ったな」

『そうだな、肯定しよう』

「それを踏まえた上で──現実世界での桐々谷和人の勝率を答えろ」

 

 電子亡霊が艶然と微笑む。演算結果は数秒も経たず吐き出された。

 

『2.4%』

「……………………、はぁ」

 

 当然と言えば当然だ。勝てる理由が無い。桐々谷和人は仮想世界の超人ではあるが、現実でのスペックは少し鍛えた人間にも劣る。パワードスーツを着用し、人体行動予測プログラムを仕込んだ人間相手の勝率は絶無に近い。むしろ可能性があるだけマシ、なのだろう。あとはそれを主人公補正で100%にまで引き上げるだけ。

 

「いや厳しいだろ」

 

 頭を抱える。いや、本来の物語としてはどうとでもなっていたのだろうと思う。だが俺という異物を抱え、イルミナティとかいう意味不明な組織まで出張ってきた以上本来の道筋通りになるかと問われれば──頷けない。バタフライエフェクト、という単語があるくらいだ。ここでみんな死んでバッドエンド、なんてコースもありえる。

 

「どうせテメェの事だ、何か考えがあるんだろう?」

 

 故に尋ねる。半眼で見据えれば、スペクターはその白髪を揺らして大仰に頷いた。

 

『勿論だとも、我が協力者(マイ・ディア)。要はキミが倒せばいいのさ』

「……わかりやすく言え」

『いやいや、言葉の通りだ。キミが、後沢鋭二を倒す。それがたった一つの冴えたやり方と私は進言するね』

 

 こいつ、人の話を聞いていたのか。パワードスーツ相手に勝てるわけがないだろ──と口にしかけて止める。この男……男?は狂人だが決して馬鹿ではない。

 

「対抗できる策でもあるのか」

肯定する(YES)。そろそろ届くと思うが?』

 

 同時にチャイムの音。インターホンで応対したところ宅急便のようだ。受け取った段ボールはなかなか大きく、そして重い。無論こんなものを注文した覚えはない。差出人は──菊岡?

 眉をひそめて開封する。引っ張り出した中身を広げれば、ダイビングスーツに似た何かがそこにあった。だが想像以上に重い。

 

「こ、れは」

『菊岡君はしっかりと仕事をしてくれるから助かるね』

 

 袋を開封して触れてみる。服のようでありながら所々機械的な要素も含まれており、指で触れればゴムのような感触が押し返してくる。そして首の辺りにはオーグマーにも似た機器が接続されていた。

 

「まさか、パワードスーツを作ったってのか……!?」

『重村徹大に作れて私に作れない筈がないだろう? そしてついでにキミのオーグマーにも仕込んでおいた』

 

 何を、と問う暇も無い。日常的に装着していたオーグマーが何かをインストールした事を通知する。慌てて視界の端を探れば、そこには一つのアプリが鎮座していた。

 

「フリズ、スキャルヴ?」

『“フリズスキャルヴ ver.1.00”。私自らが手掛けたAR戦闘用プログラムだ』

 

 目を見開く。スペクターはくつくつと笑う。

 

『さて、では訓練を始めよう。なにせ期日は明後日、時間は全く以て無いのだから──』

 

 

 

 

 言っちゃなんだが、俺の家は豪邸だ。親が金持ちだからだ。開業医の三代目、日本という国の首都に鎮座する我が家は旧華族を初めとするバリバリの金持ち達との繋がりが大きい。故に最近話題のARアイドルライブのチケットも届く。何故かペアだ。なので朝田を誘ってライブに行くのも当然の流れと言えよう。

 

「……本当に良かったの?」

「別に損したわけじゃないしな」

 

 むしろあまり朝田も興味の無いユナのライブに連れてきてしまって申し訳ないくらいだ。しかし、だと言うのに朝田の機嫌は昨日あたりから妙に良い。何かいい事でもあったのだろうか。

 

『やれやれ、わかっているクセに知らない振りをするのもキミのぷぎゅ』

 

 やかましい。白髪黒衣の妖精を握り潰して消滅させる。まあすぐにも復活するだろうが。

 そんな事をしている間に、朝田があっと声を漏らす。釣られて顔を上げれば、群衆の中に見知った顔が見えた。

 

「アスナ!……と、キリト」

「シノのん!……と、新川くん」

 

 わーきゃーと抱き合って再会を喜ぶ女子高生達を尻目に、俺は桐々谷と苦笑を交わした。おっす、と手を挙げて近寄る。

 

「新川も来たんだな。こういうの、興味無いと思ってたけど」

「ん、まあ色々あってな……お前んとこは結城と二人──」

 

 と。そこで背後にいた三人の少女の姿が視界に入る。うち二人の面識は無い。だが俺のことは話に聞いてはいたのか、会釈すれば恐る恐る返してくる。SAO内での名前はシリカ、そしてリズベット。即ちキリトハーレム軍団の一員である。

 

「──じゃあ、ないみたいだな」

「おう……」

 

 若干疲れた顔をしている少年の肩を叩く。まあ、うん。こんだけ女子に囲まれて行動していたらそりゃ気疲れもするだろう。まあそれだけじゃないだろうが。

 

「お久しぶりです、新川さん」

「おう、久々だな桐々谷妹。ちゃんと勉強してるか?」

 

 残る一人、桐々谷和人の義妹に笑って返す。ALO編で加わったキリトハーレム軍団の一員であるリーファ本人だ。桐々谷直葉、十五歳。割と真面目に高校受験に打ち込まなければならない年頃である。

 

「大丈夫ですよ! 新川さんに教えて貰って数学はばっちりですし!」

 

 むん、と気合を入れるように握り拳を作る様に苦笑する。まあ気を抜かなければ彼女の狙う高校は十分射程範囲内だろう。都内でトップを行く偏差値75オーバーの高校でもない限りそうそう落ちることはあるまい。

 

「他の科目は大丈夫なんだな?」

「はい! これでも割としっかり勉強してるんですから」

 

 ならばいいか、と頷く。一応成績優秀という事で名の通っている俺が教えているのだ、万が一不合格ともなれば沽券に関わる……というのは冗談だが、悲惨な結果ともなれば俺の立つ瀬が無い。

 ちらりと兄貴の方へ視線を向ければ、まあ大丈夫だろ、と視線で返された。こいつもこいつで東都工業大学を狙ってるにしては数学が絶望的の一言に尽きるが……まあ、三年もあれば余裕で追い付ける。中学高校の勉強に才能は必要無い。必要なのはコンスタントな努力だけだ。

 

「よし、なら安心だ。まあわからないことがあったらいつでも聞いてくれ」

「その時は是非頼らせて貰います。うちの兄は全然役に立たないんで……」

 

 ジト目で見つめられながら、桐々谷は乾いた笑いを漏らした。……まあ、肝心な中学三年及び高校一年を含めた二年をSAO内で過ごしたのだ。そこらも含めて教えてくれるSAO帰還者(サバイバー)専用の特殊学校に通っているとは言え、数学に関してはよくてどっこいどっこいかもしれない。

 

「んじゃ、立ち話もなんだ。とりあえず入場しとくか」

 

 人混みの流れに沿って、俺達は再び歩き始めるのだった。

 





アルヨォ……ドクブキアルヨォ!

※OS編はサクッと終わらせてアリシゼーションに入りたいと思ってます。アニメ始まったしね!


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#3 Accelerated Reality

※オリジナル設定のオンパレードに注意(いつもの)





 

 カツン──、と。

 

 靴底が床を叩く音が響く。そこは地下駐車場だった。男は面を上げる。細身ながらも鍛えられた肉体を首元までスーツが覆っている。その年齢の男子大学生でもトップに食い込む身体能力を保有しながら、更に人工筋肉により強化されたその身体能力はコンクリートすら素手で砕きかねない。

 後沢鋭二。彼は決して無能ではない。天才ではないが、凡人からは程遠い男だった。

 

 冷静に考えてみて欲しい。もし自分の身体能力が倍加したとすれば、人間はどうなるだろうか? 答えは直感的に理解出来る。ろくに歩くことすら出来はしない。人間の肉体は神秘的な程に精密だ。その肉体の重量を支える適切な筋力、そして制御能力が誰に教わるでもなく自然と備わっている。しかしその筋力のみが倍加してしまえば、途端にバランスは崩壊する。走ろうとすれば勢い余って顔から地面に飛び込んでしまうことだろう。

 故に、パワードスーツを使いこなすには努力が必要となる。有り余る不自然な力を適切に運用する為の努力だ。だが、努力したからといってその努力が成果となる保証はどこにも無い。この場合はそれが顕著だ。努力をしようと、才能が必要になる部分がどうしても存在する。

 

 ただ、運の良いことに。後沢鋭二は生来の体幹の良さと反射神経を保有していた。才能と努力、その二つがランキング二位の座を不動のものとしていたのだ。

 故に彼は確信している。今の己ならば桐ヶ谷和人を打倒できると。あのキリトを──仮想世界の英雄、【黒の剣士】を叩きのめせると。現実の味を教えてやれるのだと。

 無論、この行為は何の意味もない。いや、スキャニングの際においての不確定要素を無力化するという意味はあるのかもしれない。だがさして重要な話ではない。そう、これはただの八つ当たりだ。自覚していても止める事が出来ない、餓鬼の八つ当たりのようなもの。

 

 響く靴音の源へと視線を向ける。そしてエイジは口を開き──怪訝そうに顔を顰めた。

 そこにいたのは桐ヶ谷和人では無い。彼も見知らぬ少年だった。多少整ってはいるが、何処にでもいそうな平凡な顔。オーグマーを身に付けてはいる他に別段特筆すべき事も無い。ここに来たのは何かの間違いだろう。そう判断して再度口を開き、

 

「ああ。桐ヶ谷ならここに来ないよ」

「……なに?」

 

 眉をひそめる。少年が忍び笑いを漏らした。暗い瞳がエイジを貫く。少年がひらひらと手を振った。

 

「俺は代理さ。アイツなら正義の味方らしく上で奔走してるよ」

「馬鹿な……」

 

 毒づく。エイジは忌々しげに舌打ちした。だがアスナの記憶を返してやるという交換条件で呼び出したはいいが、返すつもりなど毛頭無いため拘束力は実質無いようなもの。見透かされたか、と小さな諦感が胸中を占め──。

 

「ま、要するに【黒の剣士】が出るまでもないってんだろうさ」

 

 ぴくりと、眉根を震わせた。

 

「どういう意味だ」

「どうしたもこうしたもない。テメェ如きに姿を見せる意味も無いって判断したんだ。だから俺が来た。わかるか?」

 

 端役(モブ)には端役(モブ)がお似合いってコトだ。

 そう嘲る少年に、エイジは凍てついた声で返す。

 

「成程。つまるところ、奴は逃げ出したという事か」

「テメェがそう思うならそうなんだろうよ……テメェん中ではな」

 

 つくづく癪に障る男だ、とエイジは舌打ちする。そして同時に疑念を抱いていた。桐ヶ谷和人の代理で来たと言うが、こんな男がSAO内にいただろうか──?

 

「後沢鋭二。SAOにおいてのアバター名はノーチラス。血盟騎士団に所属し、年齢は今年で二十歳……ふぅん、先輩って呼んだ方がいいか?」

「貴様」

 

 想像以上に調べられている事実に動揺する。フラッシュバックするかつての悪夢。だがエイジとてその程度で錯乱するほどやわでは無い。すぐに冷静さを取り戻す。

 

「……何が言いたい?」

「んー。まあ、俺から言えるのは一つだけかね」

 

 少年が首を鳴らす。淡々と告げた。

 

()()()()()()()()()()、ノーチラス」

 

「貴、様……!」

 

 脳が沸騰する。その名前を何処で。その意味を何処で。貴様は何を知っている。そんな感情でごった煮になった結果、混線した言葉は意味を成す音とならない。

 

「何をどう足掻こうと死人は帰ってこない。テメェらがやってるのはただの徒労で、自傷だよ。作れたとしても所詮は代替品。精度もたかが知れてるし、もし限りなく真作に近かろうと──或いは真作を越えようとも──」

 

 贋作(AI)真作(人間)になることは決して有りえない。

 

「……れ」

「死人は死人だ。贋作で慰めようが、かえって傷は深くなるのみ」

「……まれ」

 

「それが一番わかってるのは──実は自分(テメェ)じゃないのか? ノーチラス」

「黙れェェェェ!!!」

 

 吼える。頭が痛い。燃えるような瞳でエイジは睨む。少年は笑いながら髪を掻き上げる。ぎらついた視線が衝突した。

 

「図星か? 図星だろうなぁ! わかるさ、俺もテメェも所詮は同じ穴の狢だ! 何処までも死人に囚われる! 例え救われようと本質は決して変わらない!」

 

 負の心意がその体から溢れ出すかのようだった。死神が彼の肩に手を置く様が幻視される。赤い瞳が髑髏の向こうで輝いた。

 だがそれに威圧され、気圧され、一歩下がる──なんて事は有りえない。その逆だ。同じように後沢鋭二もまた死人を背負っている。決して解けない呪縛が在る。故に不退転。退くなど不可能。

 

「黙らせたいか? ならば来い。俺達にはそれくらいしか出来やしないんだからなァ……!」

 

 言葉は不要。既に理解した。互いに同類、抱く感情は同族嫌悪。剣を模した玩具なぞ放棄する。矜恃(プライド)などどうでもいい。全霊を以て目前のクソ野郎をぶちのめす。

 

「お前は、殺す」

「ハッハァ──さあ、ショウ・タイムだ」

 

 

「「オーディナル・スケール、起動ッッ!!」」

 

 

 瞬間。二人の姿が消失した。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 酔っている。そんな感覚があることを、俯瞰する如く冷静に自覚していた。

 

 拳が迫る。共に規格外の慮力、速度である。殺意を隠そうともせずこちらを狙う様に思わず笑ってしまう。視界の端で白髪黒衣の妖精が跳ねた。

 

『速度毎時60km/風速算出/空気抵抗補正/脅威度判定:A/回避を推奨』

「断る」

 

 受け流す。本来ならば視認も難しい速度だ。だが受け流す。当たり前と言えば当たり前の話だ。俺は情報処理特化の過剰適合者(オーバーアダプター)。故に適切な情報さえ与えられれば、未来予知に近い精度で勝手に判断出来る。

 フリズスキャルヴは演算システムではない。異常な精度で周囲の情報を収集し、必要なモノを視界に垂れ流すだけの簡潔な情報収集アプリケーションである。どうやら俺の使用している一般的なオーグマーでは色々な都合でメモリが足りないらしい。しかもただ情報処理するだけでも微妙なようで、オーディナル・スケールに接続すると共にスペクターも補助に回らねばならない欠陥品だ。

 加えて、視界内において高速で流れる情報を自分で処理し、演算する必要性がある。要は情報だけ与えるから勝手に予測しろ、という常人では何の役にも立たない代物なのだ。使えねぇなこのポンコツTS電子妖精。

 

『異議を唱える』

「却下だ」

 

 人工筋肉による補佐は単純に身体能力を向上させる。だが反動はある。軋む肉体に顔を顰めた。持ってあと十分──血反吐を撒き散らしていいなら十五分。想定以上に後沢鋭二は強い。奴の肉と骨が軌跡を描く。演算開始。

 

『軌道測定/被弾該当箇所表示/脅威度判定:B』

「来いよ」

 

 ボクサースタイルから高速で繰り出されるジャブを両の手でいなしていく。痺れるような衝撃が残る様にふむ、と内心で頷いた。やはりAR、VRのように完璧な受け流しは成功しない。肉体が意識についてこない。普通の人間ならあまり差異を感じないのかもしれないが、過剰適合者(オーバーアダプター)からすれば致命的なまでに顕著である。

 そう、これが過剰適合者(オーバーアダプター)の欠点である。先程から意識が微妙に酔っている感覚があるが、それもARのせいだ。ARとはVRと現実の狭間にあるようなもの──そして過剰適合者(オーバーアダプター)はその名の通りVRに過剰適合してしまっている。つまりVRと同じ意識でありながら現実の肉体を操るという()()()そのものに酔ってしまうのである。俺の場合はパワードスーツのお陰でまだマシだが、桐ヶ谷の場合は更に顕著だったことだろう。

 言い換えるならば()()()()か。

 

「言い得て妙、だな」

 

 鼻を鳴らす。放たれた右ストレートに合わせてカウンターを撃つ。豪、と風を撒き散らしながら耳元を擦過する拳。同じく後沢鋭二も回避していた。直後、全く同じタイミングで足技を繰り出す。脛当てが無ければ双方共に悶絶していたことだろう。至近距離中空で激突し、それを利用して距離を作る。ほう、と息を吐いた。

 

「……お前」

「ん、なんだ?」

 

 戦闘開始から三分、一言も喋らなかった後沢鋭二が口を開く。少々煽り過ぎたかと反省していたが、どうやら多少口を利く気になってくれたらしい。

 

「名前は」

「……シュピーゲル」

「そうか。知らないな」

 

 当然だ。俺はSAOにはいなかった。GGO編からの異物にして端役、よくて噛ませ犬に過ぎない。

 

「一応警告しておくぞ、シュピーゲル」

「あん?」

「──死んでくれるなよ?」

 

 ぞっとするような怖気が走る。後沢鋭二のスタイルが変わった。上半身を脱力させ、右脚を左脚の後方へ。即ち、下半身主体のスタンス。直後、ブレる。

 

『軌道測定/脅威度判定──』

「速い……!?」

 

 かろうじて凌ぐ。脚の力は腕のそれの三倍と聞く。パワードスーツに筋力を上乗せされたその蹴りの速度はフリズスキャルヴの反応すら上回るほど。加えて蹴りは拳と異なり円弧を描く。故にその末端速度は──時速において100kmを優に超えた。

 

「テ、メェ──」

 

 防御はした。だがそれでも身を貫く衝撃には抗えない。ハイキックが俺を吹き飛ばす。地下駐車場のコンクリートを転がりながら受け身を取る。警告(アラート)。視界が赤く染まり、視界の端で妖精が慌てて叫んでいる。

 

「容赦、ねぇなッ!」

 

 先程まで頭があった空間を右脚の踏み込みが貫いていた。走る激震。食らっていればどうなっていたか想像するまでもない。後沢鋭二は冷徹に笑った。

 

「ちょこまかとよく逃げる」

「それだけが特技でね。だがまあ──慣れてきた」

 

 酔っている。しかし既に適応しつつある。口内に混じる血を吐き捨て、くい、と指を引いてみせる。

 

「来いよ」

「言われなくとも」

 

 瞬間。視認不可能な速度のハイキックが放たれ──全く同じ動作でそれを迎撃することに成功する。驚愕に見開かれる瞳。

 

「驚く事はないだろ。一度見れば、猿でも真似出来る」

「貴、様は」

 

 顔が歪む。左脚が緊張を帯びた。恐らく新たな技だろう。()()()()()()()()()()()が、それは一度食らわないといけないという意味でもある。流石にあんな威力のキックを何度も食らえば死ぬのはこちらだ。故に切り札の開帳を決断する。うなじに手を当て、存在する凹凸に指を這わせる。カチリ、と何かが押し込まれた音がした。

 

接続(Connection)──警告(Alert)──不明なユニットが接続されました──』

「スキップだ。フリズスキャルヴ……バーストプログラム、スタンバイ」

 

 予め定められた通りの起句を口にする。視界が、フリズスキャルヴのARプログラムが高速で切り替わっていく。深い青に染まる世界。白黒の亡霊が踊った。囁くような妖精の警告。七秒間のみだ、と残像が告げる。

 

『Exceed Burst Acceleration──Standing by』

 

 チャージのためのカウントが始まる。全身の人工筋肉が蠢いた。ゆっくりと、屈むようにして下半身に力を集めていく。

 

(Three)

 

訝しげに後沢鋭二が眉を顰める。放たれる寸前の左脚。フリズスキャルヴは本来の機能を停止しているため、放たれれば最後防御すら不可能。昏倒は免れまい。

 

(Two)

 

 システムが切り替わる。ただひとつに特化したモノへ変貌を遂げていく。茅場の最新作、試作品、実験体。

 

(One)

 

 何かを企んでいる、と理解したのだろう。後沢鋭二の顔に僅かながら焦りが生まれる。同時に蹴りが放たれた。コースは不明。視認は不可能。当たれば敗北は必至。だが俺は口角を歪ませ、一言呟いた。

 

「バースト・リンク」

『BURST LINK』

 

 

──世界が停止した。

 

 青く染まる世界。音は何処までも重く、そして低くなり、極彩色の味が口に広がる。迫る蹴りは頬の僅か数ミリの位置にあった。無造作に首を動かして回避し……たったそれだけの行為で筋肉と骨が恐ろしく悲鳴を上げているのを実感した。本来意識以外は動く事が出来ない世界を、パワードスーツという外殻で以て無理矢理肉体を稼働させているのだから当然か。

 加速する世界(アクセル・ワールド)。だがこれも上限は体感での七秒間だ。時間的余裕は一切無い。痛む肉体に鞭を打ちながら奴の背後にまで辿り着く。これで残り四秒。

……見つけた。パワードスーツのバッテリー及び制御システムがやはりうなじにある。手をかけた。残り三秒。

 そして引き抜く。筋肉が断裂する感覚に絶望的な激痛が走る。だが堪える。コードが停滞しながらも千切れていく。残り二秒。

 完全に引き抜き、引き抜いたコンソロールを空中に放り投げる。百倍速の世界では落下することなく海月の如く漂っている。奇妙な光景だ。残り一秒。

 ゆっくりと後退する。亡霊(スペクター)が微笑んだ。

 

 残り零秒。

 

『BURST OUT』

 

「「ッッああああああ!?」」

 

 瞬間。悲鳴がシンクロすると共に、世界の終わりではないかと思えるほどの痛みが総身を襲った。

 視界は赤く染まり、筋肉は断裂し、骨は歪み、内臓はシェイクされて吐き気と痛みで膝をつく。ついた膝もまた馬鹿みたいに痛い。関節は残らず故障している。駄目だこれは。今後一切使用禁止にすべきだ。これ作ったやつ絶対馬鹿だろ。

 

『異議を唱える』

「うるせえ死ね……ぐッ」

 

 口を利くのも億劫だ。パワードスーツを利用して、痛みに呻きながらも立ち上がる。見れば、後沢鋭二もまた同じような惨状に襲われていた。瞬間的に破壊された結果パワードスーツが硬直したのか、拘束されたように締め付けられて行動不能になっている。しかし首は動くのか、向けられた視線が俺を貫く。

 

「俺の勝ちだ、後沢鋭二」

「……この、チート野郎が」

 

 お互い様だろ。

 餞別代わりに奴からオーグマーを奪い、砕いた後に地面にばら撒く。これで通信も出来まい。俺は緩慢に背を向け、軋む身体を押して歩き始める。うーん、これは入院ですね。死にそう。

 

「おい、シュピーゲル」

「……んだよ」

 

 足を止めずに言葉を返す。不機嫌さを隠すこともなく尋ねれば、奴はぽつりと呟いた。

 

「僕は……どうすれば罰されるんだ」

 

 諦感、絶望、贖罪への羨望。様々な感情が込められた声を──俺は鼻で笑った。

 

「知るかよ、バァカ……」

 

 最も許す事が難しい相手は、己である。

 

 その呪いは一生解ける事は無い。俺達は罪を背負って生きていく。鏡を見る度に、誰かを見殺しにした罪人がいつもそこにいる。

 

『新川君』

「終わったか」

 

 地下駐車場にまで届く歓声。主人公がさも盛大に大衆を救ったのだろう。それでいい。それが英雄キリトに課された運命だ。痛みに呻きながらも鼻歌を刻む。確か、ユナが歌っていた──なんだったか──。

 

「おっと」

 

 駐車場の階段を登りながら膝が崩れる。どうやら想像以上に負担が大きかったらしい。こりゃ日頃から運動しなきゃな、と思いつつも視界に地面が迫り。

 

 

「何やってんのよ」

 

 だが、受け止められた。

 ぐいっと身体が持ち上げられる。呆れと憤怒と心配が等分配されたような顔が俺を見ていた。ふっと笑ってしまう。

 

「あんた、妙に重た……ってか何笑ってんの。殴るわよ」

「勘弁してくれ」

「……帰ったら説教だからね?」

「勘弁してくれ……」

 

 茅場(スペクター)が忍び笑いを漏らす。満身創痍という結果を残して、オーディナル・スケールを巻き込んだ事件は終息したのだった。

 

 

 

 




これにてOS編は完結。コンセプトは同族嫌悪。新川恭二と後沢鋭二の話でした。原作主人公の代わりに拗らせた悪役と拗らせた悪役が殴り合ってただけっていう。なんだこれ……?

>>パワードスーツ
 劇場版で見た時、なんか電飾がファイズのアレに似てるなーと思いました。深い意味は無いです。てかなんでスーツ着てる奴にキリト君走って追い付けてるのか未だにわかってない。

>>フリズスキャルヴ
 本来は情報収集システム。別のユニットと接続することでファイズアクセルフォームになる。イーマーヒトリヒトリノムーネーノーナーカー

>>バーストプログラム
 つまりブレインバーストの試作品一号。

>>後沢鋭二
 簡潔に言うと、SAO内で亡くした幼馴染の蘇生を図った男。VR不適合という点を除けば潜在能力ならばキリトに匹敵する逸材だったりする。要は「サチの死を振り切れなかったキリト」。ダークヒーローになれそう。

>>スペクター
 私は神だァ!ヴェハハハハ!

>>ラストの朝田さん
 げきおこ。帰ったらたっぷり絞られた。えっちな意味では無い(戒め)。




>>さあ、ショウ・タイムだ
 死銃(デス・ガン)は終わらない。


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