ねこだまし! (絡操武者)
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01 ボーダーに入ったネコ

ワールドトリガーが面白くて初めて書きました。
よろしくお願いします。



 俺の名前は音無 音鼓 16歳。名前の読み方はネコだ。両親は俺の生まれがねこ座だったことからネコの呼び名で名前を考えたらしい。ちなみに動物のネコは好きなほうだが、名前と被るから遠ざけていたりする。幼少の頃は「ネコが猫と遊んでる」などと揶揄されたものだ。

 

 そんな俺は学校が終わり、その足でボーダー本部に着いたところだ。何故ボーダー本部に来たかと言えば俺がC級のボーダー隊員だからだ。

 

 ボーダーのことを説明するとしたら4年ほど前の話になるのだが、ここ三門市は28万ほどの人口の普通の街だったんだが、ある日突然異世界へのゲートが開いた。ゲートからは近界民(ネイバー)と呼ばれる怪物が現れ、銃も打撃も効かない化け物に市民は恐怖した。それが今でもこの街で生活していられるのは、謎の一団がネイバーを撃退したからだ。それが界境防衛機関『ボーダー』の始まりだ。

 

 その人達のことを俺は知らないが、恐らくはゲートの向こう側の人間か、向こう側の人間が力を貸してくれたかどちらかなんだと思う。けど、まぁ助けてくれたのだしいいだろう。襲う奴もいれば助けてくれる人もいる。地球と変わらない。ただ極端を言えば平和だった日本という国の中に、三門市というランダムで発生するゲートから紛争地域が生まれる様になったということだと俺は考えている。今でも世界のどこかでは銃を撃ってミサイルぶっ放して戦う国があるのだ。化け物が相手なだけ感情的には戦いやすいと思えば気が楽なのではないだろうか。

 

 

 

 休憩所で熱々のココアを冷ましながら飲んで、ふと今までのことを思い出す。ボーダーに入隊した頃のこと、それでもまだ半年ぐらい前のことなのだが……。

 

 俺は三門市外の人間だった。引っ越して来たのだが、自分でではない。ボーダーによるスカウトだ。黒江双葉ちゃんという可愛い女の子からお誘いを受けたのだ。

 ニュースでこの三門市を知って、母親に言われたのが、「将来やりたいことが思い付かないなら、行ってみれば? 視野が広がるかもよ?」だった。

 

 そうは言ってもボーダーになる方法が分からない。そんな事を頭の片隅に追いやったまま忘れ去ろうとしていたある日のこと、街中を歩いていた時に男性数名に囲まれていた双葉ちゃんを見かけた。もしかして襲われてる? とか思って恐る恐る近付いてみると―――。

 

「舐めてるんですか? 次の方どうぞ。―――はぁ、恥ずかしくないんですか? 次の方どうぞ。―――はい、どいてください。次の方どうぞ、ちょっと何離れて行ってるんですか」

 

 双葉ちゃんは罵倒の言葉で主に男性陣を切り刻んでいた。え、何これ怖いと思い離れようとした時には射程圏内に入っていたらしく捕まっていた。

 双葉ちゃんは何かの機械を持っていてそれに触れるように言われた。最初はなんだか分からなかったけど、何かを測定中との事で、その間に自己紹介から始まり―――。

 

「え、音無さんは高校生なんですか?」

「そうだよー」

 

「そんなに小さいのに……」

「ちっちゃくないよ! 双葉ちゃんのほうが小さいよね!?」

 

「でも、150ぐらいですよね?」

「でもってなに!? 155あるよ!」

 

 155.2だし! 怒るところは怒るよ! ―――その後も雑談も混じりながらボーダーだという事を知って色々教えてもらった。

 

「へー、ボーダーの給料ってそんな感じなのかぁ」

「えぇ、ですから私とか中学生ですけど給料良いと思います。それにしても測定長いですね故障でしょうか……?」

 

 その測定器は『トリオン』というモノを計測していたらしく、計測時間が長いからもしかして壊した? と少しだけ双葉ちゃんが青くなっていたが、そんな心配し始めた頃に計測は終了となり、結果は熱烈なスカウトだった。

 

「私よりかなり……。ぼ、ボーダーに入ることをお勧めします。えっと、これ以上の手続きとかは良く分からないので少し待ってください。―――あ、黒江です。加古先輩、凄いのがいましたけど、どうしたらいいんでしょうか?」

 

 どこかに電話を掛けて双葉ちゃんは応援を呼んだらしいが、何か少しだけ興奮していた。

 

「……どうしたの?」

「じ、実は、このスカウトという仕事は初めてでして、トリオン量が少ない人ばかりで何のために三門市外まで来てるんだろうって……その、ちゃんと仕事出来て良かったと思いまして」

 

「あー達成感が凄いんだね。なんとなく伝わってくるよ」

「あの、ありがとうございました。で、出来ればボーダーに入ってくれると嬉しいです。そうすると更に私たちのお給料も増えます」

 

 給料とはなんて正直な子だろう。基本的には防衛任務やランク戦で活動してるらしい双葉ちゃんははじめてのお使いの達成感に打ち震えていたらしい。ボーダーにスカウトするほどのトリオンを持つ人物が中々出てこずキレて自棄になって罵倒しまくっていた時に現れたスカウト出来るほどの人物が現れた時は確かに嬉しいだろう。

 

 俺はその時、自分のトリオン量という凄さを全く気にしてなかった。だって、罵倒されまくり立ち尽くしていた男性陣がやっと立ち直って、いや立ち直らずに泣きながら1人また1人と去って行ってたんだもの。そっちが心配で集中できないよ。

 

 しかし、途中で交代した本格的に書類などを用意してきた加古さんという綺麗なお姉さんに変われば話はグイグイ来た。俺は帰って書類を書いて、両親に同意書を書いてもらった。でも母さんも父さんも良い顔はしなかった。

 

「え、でも。やりたいこと無ければ行ってみればって……」

「そんなこと本当に有るわけないって思ってたもの……」

「ネコ、本当に行くのか? 一人暮らしをするのは構わないし、新しい事に挑戦するのは賛成だが、4年前にニュースでもやってたの見ただろ。あそこの地域は危ないんだ」

 

「でも、俺より小さい子も頑張ってるし、危ない事が無いわけじゃないだろうけど……やっぱやってみたいな」

 

 小さいのは身長と言う意味でも年齢の意味でもだったが、長い事説得した結果、母さんからは離れて暮らすことに涙ながらに色々と言われたが、同意書にサインも貰い、書類を提出した。断るのも申し訳ないし、自分の将来も何も思いつかないので三門市にある高校に編入して、ボーダーに入隊することを加古さん達に勧められた。編入の資金などもボーダーの今後の成績によってはある程度面倒見てくれるらしいし、今まで通っていた高校も今の時点で編入するのならばある程度返金されるらしい。C級は無償労働なので、早くB級にあがってネイバーの討伐頑張ってお金を稼ぎたいものだ。

 

 

 俺は入隊日が来るまで暇だったので本部に通っては訓練室などで色んなトリガーを使った。ボーダー基地の中にはトリオンを消費せずに活動できる場所がいくつかある。その中で俺は的を只管攻撃していたのだが、どうもしっくり来ないトリガーがある。シュータートリガーである。銃型トリガーとは違い色々設定して放つシュータートリガーは難しく、直線上の的に当てることは出来ても、動きながら考えて放つというのが非常に難しい。正方形にして作り出すキューブを割って射出、これは割りと単純で出来た。問題はバイパーというトリガーだ。障害物があったりして直接当てられない的などに使うのだが、2段階までは余裕で曲げられてもそれ以上に曲げて使うのが難しい。的当ては出来ても動く的だと難しいのだ。弾幕ゲームの様で面白いのだが、練習でどうにかなるのだろうか。それともセンスなのだろうか。

 

 さて、問題が発生したのが色んなトリガーを使い始めて3ヶ月ほど経った入隊日だ。説明をしてくれるのがテレビでも見たことのあるボーダーの顔『嵐山隊』だ。木虎さんが可愛いのは知ってるし、嵐山さんが爽やかイケメンだということもテレビで見て知ってる。そんなアイドル的存在が目の前で説明をしてくれていて周りもざわついていた。

 

 説明が進むにつれて俺の使っているトリガーに異常があることが分かった。C級の入隊指導で訓練用トリガーを起動した時の初期ポイントが4200だったのだ。この数値は普通だと1000ぐらいらしく、C級からB級、つまり正隊員に上がるのに必要なポイントが4000で、俺のそれは既に超えていたのだ。確かに素質や熟練度も見てB級に上がりやすいように3000~3800ぐらいにする事はあるらしいが、最初からB級確定ポイントは有り得ないと言われ、トリガーの故障かといくつか訓練用のトリガーを変えても数値に変わりは無かった。試しに1300位のポイントの子と交換しても俺が使えば4200だったし、トリガーを返して使ってもらうとその子は1300となっていた。そして、そのポイントは単純な強さではなく、どれだけ使いこなしているかと言う数値ということから周りと比べると異常だと分かる。

 

「話は聞いた。少し見させてもらうぞ。どいつだ?」

「あの小さい子です。トリガーを変えても表示に誤差は―――」

 

 その情報から偉い人らしい鬼怒田という小さいながら怖い顔をしたおっさんに目をつけられていた。遠くから俺をロックオンしてるらしい。自分より小さい奴を見つけたからといって良い大人が苛める気じゃないだろうな。なんて事を俺は考えていた。

 

 あの時、俺が装備していたのは近接用のスコーピオンって言うトリガーで、初心者レベルの大型ネイバーをどれだけ早く倒せるかのタイムアタックが行われた。いきなり戦闘訓練からなのかと驚きもしたが、実物よりも少し小型化してあるし、攻撃してこない敵、いや的らしい。俺の前に戦闘訓練をしていく人達を見て、俺は新記録を出す方法とかありもしない事を考えていた。その結果、それを俺は2秒で倒した。俺自身が驚きもしたがもう一度やればもっと縮まる気はした。

 

 しかし、ざわざわとしている周りに囲まれること無く、終了のブザーとともに俺は鬼怒田という小さいおっさんに連れて行かれた。他の入隊したばかりのC級隊員に色々言われている様子だったが、俺はこの小さいおっさんに怒られるのだと思った。俺よりでかいけど。

 

 思い出すと笑いがこみ上げてきた。だってあの時の鬼怒田さん。強い口調で怒っているように見えるのに、好奇心や褒め言葉を連発していたのだから。

 

「お前は何をしたんだ! お前みたいな奴は規格外だ! すごいぞ!」

「は、はぁ……えっと、あれ? 怒られてますよね?」

 

「何を言っとるんだお前は! 自分の力も分かってないのか!」

「4200って数字しかよく分からないんですが……」

 

「今はそんな数値どうでもいい! これから休み無しでお前の研究をしなければならん!!」

「え、あの、ありがとうございます? そんな急がなくてもいいのでは?」

 

「馬鹿か貴様は! お前みたいな奴を調べんでどうする!! 一刻も早く調べ上げなければならんのだ! いいか! 毎日通え! いや、泊り込みでもかまわん!」

「あ、いや、学校とかありますので……」

 

「そうか! 気をつけて帰れよ!」

「え、あ、はい。し、失礼しました」

 

「あ、私だ。さっきの彼が帰る。護衛を付けろ」

「え、何? 俺じゃないですよね?」

 

 帰りにはC級隊員から指差されて何か言われてたり笑われてたりするが、褒められ慣れていないことから変な興奮が俺を包み込んでいて気にもならなかった。

 

(あの人じゃないか? 最速の2秒でクリアしたのって)

(あー最短記録らしいね)

(名前知ってる?)

(ネコらしいよ変わった名前だよな)

(じゃあNeko2だな)

(なんだそれ)

 

 途中で合流した嵐山さんが大丈夫かと笑顔で肩を叩いてくれたが、家に着くまで話してくれた。爽やかで優しい人だ。嵐山さんは大学生らしい。弟と妹がいて、この街を守ると熱く語ってくれた。俺が女なら惚れてるのではないだろうか。しかも嵐山さんは家が逆方向らしい。え、まさか本当に護衛付けてくれた上にアイドル付けてくれたの? なら木虎さんの方が良かった。

 

 それから俺は学校終わりにボーダー本部に通い続けていた。しかし、C級として訓練に行き、その後は開発室に連れて行かれ、試作型のトリガーを使って仮想の的であるネイバーに撃ったり斬ったりを繰り返す。しばらくする内におかしいと思いはじめた。念の為に開発室の研究員さんに聞いたことがある。

 

「このネイバーの的って攻撃しても倒せないんですか?」

「設定しなおせば損傷過多の判定で倒せるように出来るよ」

 

 なるほど、つまり今は倒せないのか。しかし、解せぬ。何故倒せない様な設定にするのか。他のC級隊員でもこれほど時間を要することは無いだろうに。5分間、10分間攻撃を続けていても倒しきれない。そしてこの的がどんな設定なのか聞いてみると―――。

 

「あぁ、今は初期の状態にリセットさせるのをループさせてるね。さっきまでは耐久値を弄ったりもしてたけど、鬼怒田室長も楽しそうだよね」

 

 被害妄想が働いた。あ、これは馬鹿にされてるなと判断した。常に治る設定にしているのだから、いくらダメージを与えても倒せるわけがない。どこかで俺を見て笑っているのだ。冷静に見れば性格悪そうな顔してるもんあのちびオヤジ。どこかにカメラがあってボーダードッキリとかで放送されるんだと考えた。

 

 しかし、それは無いとも考え付いた。俺なんかに時間を割いてるほどボーダーは暇ではないと思う。息抜き程度に弄ることはあっても、本格的に苛めるほど暇ではないだろう。思い切って鬼怒田さんに聞いてみることにした。

 

「鬼怒田さん。俺って何をしているんでしょうか?」

「何を言っとるか!! ボーダーは市民を守るのが仕事だ! お前の仕事は何だ!!」

 

「え……同じじゃないんですか?」

「分かっているじゃないか!!」

 

 えぇ……つまりどういうこと? ボーダーの仕事は極端言えば1つだ。ネイバーを倒すのが仕事だ。襲ってくるネイバーから市民を街を守るのだ。それは座学でビデオとかを見た。それだけじゃないのか?

 

 戦闘で足や腕が吹っ飛びながらも戦うボーダー隊員達。B級以上になれば緊急脱出システムの『ベイルアウト』が使えるようになり、トリオン体であの動画のように腕が吹っ飛んでも活動限界が来れば戦線を離脱して本部に送還されるらしい。しかし、これがC級の訓練用のトリガーの場合は送還されないからトリオン切れでトリガーが使用不能になった場合、敵を目の前にして殺されるらしい。ベイルアウトとても大事。そこまで座学を遡って思い出しても自分が何をしているのか分からない。

 

 これは念のために聞いておく必要があるな。

 

「まさか、俺をボーダー全体で苛めてるわけじゃないですよね?」

「違うわ!!」

 

 チョップで叩かれた。

 

「見たところお前は攻撃用のトリガー全てに適性がある」

「じゃあ何であんなのを繰り返してるんですか? 意味不明です」

 

 俺はあんなのと言って個室に投影されているネイバーの的を指差す。アレを続けていても訓練してた方が強くなれそうな気がするのだけど、じゃないと俺がボーダーにいる意味は無いのだから。早くB級に上がってお金を稼がせてください。っていうかシュータートリガーにも適性あるのか、ならやはりシューターとしてのセンスの問題だろうか。

 

「それを説明している!」

 

 また叩かれた。さっきのは俺が悪かったと思うけどこれは理不尽じゃね?

 

「お前は攻撃すると通常の攻撃の他に、別の攻撃をしているかのような数値が出ている! 適性があるというのはどのトリガーを使っても同じような結果が出るということだ!」

「な、なんだってー。ってそんなわけ無いでしょ。鬼怒田さん疲れてるんですか? 目の下クマが酷いですよ?」

 

「疲れてはいるが問題などない。いいか、これはお前がアレに攻撃したデータだ」

 

 そう言ってタブレット端末に映るデータを見せられるが、わけが分からない。どこを見ればいいのだろうか。しかし、鬼怒田さんは意外にも優しく、的を損傷状態にしたデータを再生してくれた。

 

「ちと分かりやすくするか……これでどうだ。この緑色のゲージを見ていろ」

「あ、減って赤いゲージに、更に減った……お、一気に増えて緑になりましたね。あ、また赤に、更に減った……」

 

「これで分かっただろ」

「え? 何がですか?」

 

 3度目のチョップが脳天に飛んできた。

 

「若い奴に分かりやすくゲームのようにしてやったのに全く! これはダメージを受けている仮想敵を回復させているループだが、攻撃1回ごとに回復させている。この意味が分かるか!?」

「1回ごとに? それおかしくないですか? ダメージゲージですか? 今のは2段回で減ってましたよね?」

 

「だからそれをお前がやってるんだ!」

「あ、なるほど……ってそんなこと出来るんですか!?」

 

「それを研究してるんだろうが!!」

 

 しばらくして、動画を撮ってあるらしく確認させてもらう。体力MAXの仮想的。それに弧月という刀のようなトリガーで斬れば的には切れ目が入る。そこからスローで見せてもらう。切れ目からは粒子が噴出しているのだが、アップにしてよーく見ると噴出しているはずの切り口に更に奥に入っていくトリオン粒子がある。

 

 的の内部映像まで出してもらい見てみると、それが内部に入って行き……あ、切り口とは別の箇所が炸裂して傷が増えた。鬼怒田さんが言うにはどれもB級以上が使っている普通のトリガーでオプションは付けていないらしい。

 

 C級の最初の訓練の時も当然のことながらオプションなんて無くて、最初はトリオン量が凄い新人がいて、初期ポイントにも異常が見られると言うことで鬼怒田さんは見に来たらしい。鬼怒田さんは俺が仮想的を倒したデータを見てそれに気付いたらしい。

 

 何が起こっているのか良く分かっていない俺は、鬼怒田さんが凄い技術者だと言うのはとりあえず分かった。いやー最初は意地悪タヌキかと思ったよ。

 

 離れた場所から狙撃するスナイパーやガンナーでもこの状態が見られるのは、射出した弾丸であるアステロイドにそれがコーティングされているかのように射出されているらしい。不思議な話である。俺以外に同じ様なのが居なかったのも不思議な話だ。

 

 そして開発室での研究は進んでいるらしく、嵐山隊の嵐山さんや時枝さんと戦ってもらい、わざと攻撃を受けてもらい胸を借りるような練習試合を繰り返してもらっていた。こっちは全力でも経験値の差は大きいらしく、相手はアドバイスしながら俺を攻撃してくる。これがA級嵐山隊かと思い知らされていた。

 

 嵐山さんは俺の肩を力強く叩いて、「音無君、君の力は凄い! 早く上がって来い!」と言葉の限り力説してくれた。何と励みになることか。でも4000pt持っててもB級に上げてくれませんけどね。ネイバーを倒せませんけどね。とりあえずネコと呼んでもらうように伝えといた。

 

 時枝さんもこれが周りにも行き渡る物なら戦いがより確実になると言ってくれた。ちなみに時枝さんは同い年だったらしく『とっきー』と呼ぶことになった。とっきーは俺のことをネコと呼ぶことになった。『アーサー』と『とみお』と言う名の猫を2匹飼ってるらしい。写真ぐらい見せて欲しいものだ。

 

 ちなみに木虎さんと一緒に帰りました。と言うか送ってもらった。護衛は嵐山隊で継続されていたのだが複雑な気持ちだ。何故って木虎さんが少し怖かったからだ。テレビのイメージが強かった所為だろう。それでも可愛いなーと思っていた。

 

 そんで木虎さんの「護衛って必要ですか?」という割と冷たい感じの一言で俺は鬼怒田さんに護衛いらないって直訴した。そして俺も木虎にさん付けすることは無くなった。

 

 あれはネコ科でも漢字に入っている通り『トラ』なのだ。つるぎ座らしいし、かなり性格はキツイんだきっと。俺は姓名判断と性格診断の本を立ち読みしながら、ボーダーのアイドル木虎 藍をそう評価した。

 

 




主人公設定

名前:音無 音鼓 (オトナシ ネコ)
性別:男
年齢:16歳(スカウト時は15歳)
身長:155.2センチ

三門市外の高校に通い始めた頃にボーダーのスカウトで三門市に一人暮らしで引越して来た。C級の訓練成績で『Neko2』という異名を影ながら付けられる。

猫舌。気分屋でまじめな事もあるし、どうでもいいと思うこともある。
トリオン量はエリート連中より多い、でも千佳ちゃんよりは少ない。中間ぐらいで考えてます。

作品の現時点では9月、10月ぐらいで、まだ原作主人公達とは会ったことが無い。


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02 ネコとサイドエフェクト

 

 スカウトされたのが半年ぐらい前だろうか、三門市に引っ越してきて4~5ヶ月ぐらいだろうか、ボーダー正式入隊から2ヶ月だからそれぐらいは三門市で暮らしていると言うことだ。ボーダー本部の開発室に通うのも毎日ではなく週に多くて3回ほど、C級の訓練のある日に合わせてくれるので手間も省けていたりする。

 

 外ではたまに警報が鳴ってネイバーが現れるのも少し慣れてきた。ボーダー本部にはネイバーを引き寄せるような誘導装置があるので大体は問題ないが、最近ではイレギュラーゲートと言われる誘導装置が効き難いエリアに発生するゲートもあるらしいが、今のところ防衛任務に着いている部隊だけで事足りていて大きな問題にはなってないらしい。

 

 そんな警報が鳴り続けようとも俺が戦うわけでもない環境だと気も冷めてくる。だって俺はまだC級だ。勝手に戦えば怒られるって言うのは聞いたことがある。噂によると確かC級のトリガーの無断使用はクビだったと思う。そこは気を付けろと鬼怒田さんからも強く言われている。ボーダーにはB級以上が担当する防衛任務という役割があって、その人達がゲートの対処をするのだ。俺にはまだ関係ない世界の話しだ。

 

 そんな少し冷めたボーダー生活とは反対に、3ヶ月ぐらい前に編入してきたこっちの高校生活は問題なく、クラスメートも仲良い人が増えたりもした。ネコという名前も親しみやすいのかもしれない。良い名前を付けてくれてありがとうお父さんお母さん。昔は少し弄られたけど、今は割りと大丈夫です。

 

 さて、他のクラスや違う学年にはボーダー関係者がいるらしい。それもそのはず、ボーダーに戦闘員はA級からC級まで合わせて500人以上いるらしいし、オペレーターさんとかサポート人員を含めれば800人以上はいる……と思うその中で高校生も多いだろう。中学生ぐらいから大人まで働ける職場だ。同じ学校にボーダー関係者がいてもおかしくは無いのだ。

 

 ……そう、ボーダーは職場なのだ。にもかかわらず俺のお給料はゼロ。アルバイトの研修期間でさえお給料は出るというのに。俺のやる気の無さは戦えないことだけではない。C級だからお給料がでない。4200ptあってもB級に上がれずお給料が出ない。まだ3ヶ月程度でこっちに着たばかりだけど、俺の一人暮らしの仕送りで親に苦労を掛けているだろうってこともなんとなく分かる。大丈夫とは言ってくれてるけど少なからず負担にはなっているだろう。

 

 それに高校を編入してきたのもお金が掛かっている。スカウト対象者なのでボーダーである程度の成績を出せば面倒見てくれるらしいけど、C級のままでは成績を出すことも叶わない。

 

「あー、アルバイト探そうにも開発室で時間が取れないしなー……」

 

 

 そんなボーダーとしてのやる気が薄れ掛けていたある日の事。C級の訓練が無く直接開発室に着けば木虎にいきなり脇腹パンチ貰った。軽めとはいえA級からのイジメ来たーと冷や汗掻いたところでとっきーがフォローするように今日の相手は木虎と佐鳥がしてくれるとの事。

 

 木虎には俺のことを教え甲斐があると嵐山さんもとっきーも推してくれていたらしいが、最近の俺にやる気の無いことがとっきーや嵐山さんからそれとなく伝わっていたらしい。気合を入れてくれたんだな。テレビで見る以外にも可愛いとこあるじゃん。痛いけどね。あ、また殴られた。これ気合じゃないやっぱイジメだ。

 

 佐鳥は嵐山隊のスナイパーというのは知っているのだが、同い年だったとは知らなかった。佐鳥はボーダーで唯一無二のツインスナイパーとのこと。「ツインスナイパーってなんなのん?」と聞くまでも無くスナイパー用のトリガーの2丁を構えていた。マジかー。

 

 そして、一旦休憩が取られたタイミングで木虎が話しかけてきた。

 

「ネコ先輩。何でやる気なかったんですか?」

「だってまだC級なんだよ? 一人暮らしでお金なくてさー、もうボーダー辞めて実家に帰ろうかなって思うじゃん。帰るのもお金掛かるけど、今みたいにお金掛かるだけの生活よりはマシだと思うし、親に迷惑掛け過ぎだよ……」

「え!? ネコ辞めるの!?」

「馬鹿者!! 何でそれを早く言わん!!」

 

 タヌ……鬼怒田さんからのジャンピングチョップが飛んで来る。どうやら聞いていたらしい。そして、急いで何かの書類を別の部署の人に作成させ持ってこさせると、サインをしろと言われた。何か金額が80万って書かれてるんだけど……。

 

「え、何これ怖い。臓器でも売らないといけないの?」

「違うわ!!」

 

 これは特別手当の申請書との事で、80万というのは開発室から出してくれる金額らしい。え、いいのか? 確かにそういう感じでは言ったけどさ、アルバイトの時間をくれればいいんだけど。しかし、それも伝えるとバイトの時間があるならここで働けといわれた。

 

 え、何でこんなに良い方向に進んだ? とりあえず後で両親に電話しておこう。

 

「良かったな、ネコがボーダーに残ってくれれば俺も木虎も嬉しいよ」

「な、何を勝手なこと言ってるんですか佐鳥先輩。私は別に嬉しいとは一言も言ってませんよ」

「え、でもいいのかな……C級のままですよ俺……」

「何を言っとる! 今まで請求してなかったのだから当然だ! スカウト入隊ということを忘れていたのもあるからな! これは開発諸経費として出す! 来月は未払い分が少なくなる分、低く計算することになるが―――」

 

 なんだか細かいけど、そうなのか。スカウトで入ったけど思うようにランクが上がりませんってわけではなく、ランクを上げさせてくれませんって感じだからいいのか。

 

 まぁ、俺が開発室に通っているのはこれだけのお金が動いても問題ないほどのことなのか。嵐山隊の皆と模擬戦を何度やってもボコボコにされるだけの仕事と思っていたけど、って、違うよな? こんな事しなくても俺をB級に上げてくれればネイバー討伐数に応じて給料が出るんじゃないか?

 

「それをすれば開発研究の時間が減るではないか」

「あ、そうか……え、じゃあ俺はずっとC級のままですか?」

 

「いや、近い内にお前の研究にも目処が立つだろう。来月があるかも分からんから、手当金は当てにするなよ」

 

 早ければこの研究も今月中に終わるのか。通常の攻撃しただけで1.5倍の威力になる。それが全ボーダー隊員に行き渡り、新型のトリガーとかになるなら効果は絶大だ。でもその場合はネイバーに対しては良いんだろうけど、ランク戦とかでボーダー隊員同士で戦う場合はあまり意味がなさそうな気がする。まぁネイバー対策になればそれでいいのか。

 

 その後も少し休憩を挟みつつ何度か木虎と佐鳥と戦ってもらって帰った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 ネコ先輩を先に帰らせ、私は佐鳥先輩に声をかけた。

 

「佐鳥先輩、ネコ先輩がB級に上がったらどうなると思います?」

「んー、そりゃー……俺達みたいにチーム規定の戦闘要員4人フルで組んでるチームは少ないし、この研究が上手く行ってもすぐに強化されたトリガーが出来るわけでもないし、ネコの実力が知れ渡れば争奪戦が起こるんじゃないか? ネコはまだネイバーとも戦った事もないから動きに変化が欲しいけど、トリガーの扱いは上手いよ」

 

 そう、建物の使い方や逃げ方や進み方が素人でも射程距離に入った時のネコ先輩は凄い。強いとは言わない。それなら私の方がまだまだ強い。あの人はまだC級だ。B級確実のポイントではあるが、まだまだ負ける気はしない。

 

 でも、いつか抜かれるのは何となくわかる。初期の戦闘訓練で2秒の記録はボーダー内で1位だ。今やればほとんどの先輩達も同じぐらいの成績にはなるだろうけど、初見の戦闘訓練でアレは中々出来ないだろう。

 

「木虎は嫉妬してるんだろ?」

「は?」

 

「いや、ネコの記録さ、2秒のやつ」

「……まさか、小さくても先輩なんですから尊敬はしても嫉妬はしないですよ」

 

 ……嘘だ。

 最初の私を超える4000以上のポイントに初期の戦闘訓練も2秒を叩き出されて超えられた。今日だってそれだけの力を持っていながら何でやる気がないのかイラつきから殴ってしまった。

 

 開発室に籠ってるだけだということを聞けば理解は出来るが、イラつきは仕方がない。やる気を戻したのを見てホッとしたのもあるが、やはり嫉妬に近いモノは感じているのかもしれない。尊敬できるかはまだ分からない。年齢的には先輩だけどボーダーとしては私が先輩だ。負けたくは無い。……私より小さいし。

 

 ネコ先輩の能力は確かに凄い。損傷させた部位の他に違う箇所が勝手に損傷する。戦闘訓練でも私の腕に掠り傷を付けたと思ったら、足にも損傷が来たときには、反射的に足のスコーピオンでネコ先輩の首を吹っ飛ばしてしまった。アレが掠り傷ではなく切り落とされていたとしたら足も落ちていたのだろうか。稀にトリオン供給機関にダメージが行くこともあるらしい。それなら腕を落とされただけで即死だ。

 

 だからこそ、ネコ先輩が今以上に力をつけてランクが上がれば個人戦でも良いとこまで行くだろうし、争奪戦が起こるというのも分かる気がする。それに力を付けるのも早いだろうと思う。今は嵐山隊だけとしか戦っていないが、アドバイスしながら戦うのも限界が近いと時枝先輩も言ってた。その通りだと私も思う。

 

「鬼怒田開発室長。ネコ先輩の研究は終わりそうなんですか?」

「そうだな来月中には正式回答が出せるだろう。……あいつのアレはサイドエフェクトかもしれん」

「マジっすか」

 

「菊地原を知ってるだろう。あいつは指摘されるまでサイドエフェクトがあるとは気が付かなかった」

「風間隊の菊地原ですか。強化五感でしたよね確か耳が良いとか」

 

 サイドエフェクト。副作用という意味のそれは、高いトリオン能力を持つ人間が稀に超感覚を発現するもの。『強化五感』『強化睡眠記憶』『感情受信体質』など、ボーダーの中にもサイドエフェクトを持つ人はいる。

 

 ネコ先輩の攻撃がサイドエフェクトなのだとしたら攻撃強化系のもの。ただ腕力が上がるだけという単純なものではないだろう。射撃トリガーに腕力は関係ないのだから。

 

「音無はサイドエフェクトでもおかしくないトリオン量は持っている。だが、攻撃の癖の様にも見える。本人はサイドエフェクトを理解してないみたいだがな」

 

 鬼怒田さんがタブレット端末を見ながらそう付け加える。攻撃の癖で攻撃力が上がるというのか。

 

「あいつの攻撃は言うならば気まぐれで意味不明だ。その時その時で少し変化がある。必要以上のトリオン量を込めている場合がほとんどだが、その時に意味不明なことが起きる。トリオンが規定値しか使用されていない点だ」

「はー確かにトリオンを多く出してるのに規定値しか使わないって意味不明ですね」

「それがネコ先輩のサイドエフェクトに関係しているということですか」

 

「そう判断するのが早いが、サイドエフェクトの場合はこの研究は無駄に終わるということだ。サイドエフェクトの線でも別の奴に調べてもらっているが、診断結果待ちだ」

 

 ネコ先輩だけの力といえるなら研究は失敗。癖と言うことでトリガーを改良できるならばいつもの戦い方でボーダー隊員全体の攻撃力の増強が見込めるということだ。

 鬼怒田さんの言う気まぐれさも意味不明さも分かる。使用しているトリオン量が10で15の力を発揮していると言われたらサイドエフェクトの可能性が高いと言えるが、サイドエフェクトではないとしたら意味不明だ。

 

 戦ってみて、どこか猫のような動物的な感覚で動いているような感じがする時がある。ボーダーの中にも感覚で動く凄い人は多い。考えて行動するのではなく、このぐらいで良いだろうという感覚で行動する。それでミスが多い人も居るだろうけど、B級以上でチームを組んでいるのであれば強い人しかいない。私や嵐山隊の皆とは真逆のタイプだ。

 

 

 それから数日、開発室に通っているのも動きのトレースの面が増えてきている。ネコ先輩が私たちの真似を出来る限りして攻撃をする。逆に私たちがネコ先輩の動きや攻撃方法を真似することもあった。結果は変わらずネコ先輩にしか特異性は見られない。他にも細かいことも突き詰めていき、出た結論は今回の研究は失敗だった。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「君が音無 音鼓君だね」

「え? あ、はい。どうもはじめまして」

 

 ある日のこと、鬼怒田さんに開発室とは違うところに連れて来られていた俺は、忍田本部長に名前を呼ばれて戸惑いながらも何とか答える。どうしてC級の俺が本部長と挨拶なんかしてるかと言えば、開発室の研究が終わりを迎えたからだ。開発室としては良い方向にではなかった。

 

 俺の攻撃はサイドエフェクトだと判断されたのだ。嵐山隊の皆は気にしないでいいと言ってくれたが無駄な時間に終わり本当に申し訳ない。鬼怒田さんや開発室の皆さんにも謝ったが、研究というものはそう言う物らしい。まだボーダーという組織が始まって数年。トリガーに関する研究は成功した時は莫大な成果になるのだが、失敗は基本らしい。研究職とはそういうものだと鬼怒田さんは語る。小さいけど。

 

 でも、ここで更なる問題が発生した。何のサイドエフェクトか判断が付いていないらしい。サイドエフェクトにはボーダーでランク分けしているらしいのだが、Aランクの超技能なのか、Bランクの特殊体質なのか決める側も悩んでいるらしいのだ。

 

 俺の1.5倍攻撃は『超技能』なのか、『特殊体質』なのかということだ。開発室として出した結論は『トリオンの異常噴出』というもので、俺の攻撃のデータを何度も解析したりして分かったのはそれだけだった。

 

 そして、1.5倍の攻撃は100%発動するものではないらしい。必要以上のトリオンを使ったときだけこれが起きる。10に対して10使う。これなら通常攻撃だ。10に対して11~12使う時があるらしい。それが1.5倍攻撃が発動する時らしい。

 

 仮に弧月でトリオンを規定値10だったとして、オプションの旋空も使わずに俺は11を使う。この時、攻撃に8ぐらい使い、補助として3を使う。8で損傷した部位に残りの3が入り込み、対象内部から3の攻撃が炸裂する。内部からの破壊により通常の損傷以上の威力が生まれ11のトリオン量で16ぐらいの攻撃力になっているという結論だった。

 

 これが射撃トリガーやシュータートリガーの時は逆で少し変動があり、攻撃に6で補助に5で弾丸を2層でコーティングするかのように外装の6の弾丸で傷を付け、内部に入った5が炸裂するらしい。

 

 良く分からんことを説明されて俺は「えーと、あ~お得ですよね」と、まるで20%増量されたお菓子かのように答えたけど、やはり意味が分からん。研究室にいた誰かに「サイドエフェクトってなんなのん?」って聞いたことがあるけど、そこで初めてサイドエフェクトを知ったのだが、自分にそんな力があるようには思えなかった。自分で理解出来てない物ほど信じられないものだ。

 

 あれから少し間が空いた今でも良く分かってない。1.5倍の攻撃が出来るというだけだ。かなり出目は薄いが、運がよければ腕や足を切り落としただけでトリオン供給機関にダメージが行って一撃で倒せることがあるラッキーなもの程度の認識だ。けれども基本的には敵を削りやすくするだけな気がする。それが超技能でも特殊体質でも関係ないのだ。

 

 まぁ、サイドエフェクトがあるだけ良いかと思っておくことにしよう。

 

 

 

 さて、本部長と話が終わると次に根付さんという人と唐沢さんと言う人が声を掛けてきた。根付さんはボーダーのメディア対策室長、嵐山隊もあるわけだしテレビとか雑誌とかに関係する人だろう。俺のことも鬼怒田さんから聞いてるらしく、報道に利用できないか考えていたらしいが、B級の成果で考えるらしい。そんな根付さんはどこか信用できない目をしている。悪い意味で大人な感じだ。ボーダーとしては出来る人であってもこういう目の人とはあまり仲良くなれそうにない。ボーダーとして必要な人間だとは理解するがそこまでだ。

 

 銜えタバコの唐沢さんは外務・営業部長らしいけどボーダーの営業とは何ぞや? メディア対策はなんとなく分かるが営業と言うものが俺には分からないでいた。根付さんとは逆に唐沢さんはカッコいい大人な感じがするってことしか分からん。

 

 反対側の椅子にいるのが玉狛支部ってところの林藤支部長。この人はラフな感じだ。銜えタバコに顎鬚、服装もボーダーの制服だけど着崩している。上層部がこれでいいのか? 俺は気が楽になっていいけどね。しかし、ボーダーには本部と呼ばれるこの建物しかないと思っていたけど、支部があるとはね。だから本部と付いているのか。この建物も相当広いと言うのに金はどこから……あ、唐沢さんの仕事ってそういう関係か?

 

 そして、最後に顔に傷がある男。めちゃくちゃ怖い城戸さんだ。城戸さんはこのボーダーの最高司令官らしい。怖い。眼が怖い。顔にある大きな傷が怖い。ヤクザと言われても疑わない。そんな怖い顔して「これからの君の働きに期待する」とか言っちゃうの。もう怖くて見てらんない。実はヤクザの世界に迷い込んでたりしないだろうか不安になる。今は実家に帰りたい気持ちだ。

 

 これに鬼怒田さんを入れた6人がボーダーの上層部だそうな。しかし、俺以外にも一人ボーダー隊員も部屋にいる。城戸司令の横に立っているところを見るとまるで映画とかに出てくる護衛や殺し屋の位置付けにしか見えない。目つき悪いし。誰だろうか? 挨拶したほうがいいのか?

 

「あ、あの、はじめまして音無ネコと言います」

「あぁ」

 

 あ、少し溜息吐いたかこの人? 挨拶も返してこないし感じ悪い! 挨拶はしたしいいよね。もう知らない! そんな偉い人達+αへの挨拶が終わるとほぼ同時に一人の隊員が部屋に入ってきた。

 

「どーも実力派エリート参上しました」

 

 自分のことをエリートと名乗るのは迅 悠一という人だった。

 

 

 








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03 未来予知してもらったネコ

 迅さんという人が来た段階で「じゃあお邪魔しました」と出て行こうとするが鬼怒田さんに止められた。あ、そういえば俺は何しに連れて来られたんだろう? もう偉い人からのプレッシャーで疲れたよ。

 

「小さいなー、君が音無ネコ君? あ、俺は迅 悠一です」

「あ、どうも。ネコでいいです」

 

「ネコ君は……凄いな」

「はい?」

 

 名前しか言ってないのに実力派エリートからは高評価だ。小さいって言われたけど高評価だ。下げてから上げた感じだ。エリートめぇ……人の扱い方を知ってるとでも言うのか。まぁいい人そうではある。

 

「どう見る、迅」

「ネコ君は出来るだけ早く育てた方が良いと思いますよ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 城戸司令が迅さんに質問してるが、あんたら俺の何を知ってるんだ。あんたのサイドエフェクトは何者だ? テレビもラジオもないのか? 俺の疑問は表に出さないまま会話は勝手に続いていく。

 

「どこが良い?」

「勝手に育つタイプではあるけど、短期集中なら玉狛がいいだろうね。各部隊を点々とさせるのも良いけど、その場合は精神的にストレスになるかも知れない。鬼怒田さんのところはもういいの?」

「たまに来て貰えればな、それで問題ない」

 

 あれ? 開発室での研究はもう終わったんじゃなかったのか? まぁ毎日じゃなくたまに行く程度で良いならいいか。

 

 しかし、迅さんはかなりの発言力があるようで、あーした方が良い、こーした方が良いと言っていく。司令も皆も止めるのではなく、他には無いかと発言を促している。エリート超えてるでしょ。実は裏の総司令官とかではないだろうか。戦隊モノで言うところのブラックに当たる気がする人だ。

 

 そして、どうやら俺はこの場でB級へと昇格したらしい。とりあえずのトリガーを鬼怒田さんから受け取る。中身は弧月とオプションの旋空、スコーピオンとシールドとグラスホッパーだそうな。後は開発室やどこかの作戦室に行っていじってもらえば良いらしい。まぁお金を稼げるなら何でもいいか。

 

「ウチはいいぞーネコ君。オヤツが出る」

 

 え、普通は出ないの? いや、違う、オヤツが出る方に驚くべきなのか。気になって迅さんの所属を聞くと玉狛支部だった。べ、別にオヤツに釣られたわけじゃないし。

 

 でも結局は勧誘してくる迅さんの裏を考えてしまい玉狛に行くとは言わなかった。とりあえず本部に通う形で色々な隊と合同の防衛任務をこなして行く事になったが……こんなに自由で良いのだろうか?

 

 ちなみに、防衛任務は必ずしも隊毎に動くとは限らないらしい。個々人で学校や外せない用事などで、その時間帯に空いてる面子で組むランダムのチーム編成の防衛任務もあるらしい。それでもほとんどの場合は隊の連携なども考えてランダム構成になることは少ないそうだ。

 

 

 

 今日は疲れたし、先ほどの顔合わせで帰ってよしとなったのだが、帰りに晩飯の食材を買いにスーパーに向かった。肉野菜炒めでいいかと思ったところで米が無いことに気が付く。仕方ない今日はカップめんにするか。米は重いから今日は買って帰るのだるい。と思ったところで迅さんに捕まった。

 

「奇遇だねネコ君。今日の夕飯はカップラーメンかな?」

「な、何でいるんすかー? エリートはスーパーには来ないでしょー……」

 

「それは偏見だよネコ君」

「……あ、サイドエフェクト?」

 

 俺はふと思い至った。

『俺のサイドエフェクトがそう言っている』

 司令でもないのに、あーした方が良い。こーした方が良いと指示して、それを信頼している上層部。まるで俺の近い未来を見たかのような提案。今も夕飯がカップラーメンってことまで言い当てた。かなり当たる占いみたいなものか未来予知的なものだと思われる。

 

「お、ネコ君は鋭いね」

 

 迅さんはにやりと笑う。不気味と言うわけではない。味方をしてくれるであろう信頼を寄せても良さそうな安心感。だからこそ裏があると深読みしてしまう俺が居る。

 

「……いやいや、エリートも凄そうですね。聞きたいんですけどサイドエフェクトってそんなに化け物染みてるんですか?」

「いや、正直に言うと俺のサイドエフェクトは強力過ぎるな。俺は目の前にいる人間の少し先の未来が視えるんだ」

 

 占いじゃなかった。未来予知のサイドエフェクトか。しかし、サイドエフェクトは人の能力の延長線上じゃなかったのか? 未来予知だとしたら強力すぎやしないか? 化け物じゃないか。

 

 迅さんの居るチームは最強だろうと思い聞いてみるが違うらしい。迅さんはチームに参加してなかった。一人でチームに勝てるのか聞いたらこれまた違うらしい。迅さんはB級でもA級でもなくS級だった。S級は『ブラックトリガー』という特殊なトリガーを持ってる人のランクでランク戦に参加できないらしいのだ。

 

「えっと、つまり実力派ぼっちってことでいいんですか?」

「よくないなー、ぼんち揚げ食べて落ち着きなさいネコ君」

 

 何故かお言葉のままに菓子折りを買って和菓子屋さんを出た俺。……あれ!? スーパーでカップラーメンは!? なんて驚くが差し出されたぼんち揚げを頂いた。そのまま色々教えてくれた迅さんだが、俺はというと言葉巧みに誘導されながら何故かどこかの川沿い、いや川の上に建っている建物に辿り着いていた。

 

「あれ? どこだここ」

「ここが我らがボーダー玉狛支部だ」

 

 何でさ!

 聞けばこの玉狛の建物は川の水質調査か何かをしていた建物をボーダーが買い取って改築して使っているらしい。いや、聞きたいのそこじゃなくてですね。と、はいお邪魔します。

 

「お帰りなさい迅さん。あれお客さん。やばいお菓子今無いんだよー!」

「あ、はじめまして拉致られて来ました。これお土産でいいんですよね?」

「お、悪いねネコ君、これ御返しな」

 

 あんたが買わせたんだよ!! 代わりにぼんち揚げ1箱貰ったけど、邪魔なので一旦預けておくことにする。箱って何だよ。大人買いするほどのものなのかぼんち揚げって。

 夕方に染まる建物の中に入るとメガネのお姉さんが迎えてくれた。名前は宇佐美 栞さん先輩に当たるらしいが同じ学校ではないらしい。玉狛でオペレーターをやってるそうだ。

 

「ボーダーと言っても本部とは全然違いますねー」

「個人部屋があって寝泊りも出来るんだぞー」

「うちは全員で10人しかいないこじんまりとした基地だけど、強いよ」

 

 10人というのは、今目の前にいる2人以外に防衛任務についてる3人と支部長の林藤さん、エンジニアの2人と本部に遊びに行っている陽太郎という子供とペットで10人らしい。

 迅さんもブラックトリガー持ちで相当強いらしいけど、今防衛任務中の3人もA級でめちゃ強いらしい。

 

「少数精鋭の集団って感じですかね?」

「そうだね。ネコ君もウチに入る?」

 

「いやーそれが良く分からなくて」

 

 そうだよ。何で玉狛なんだ? 本部に通って合同任務をこなして行けば良いって言われたと思うんだけど。

 

「ネコ君、本部ではあぁ言ったけど、俺は君がここに入った方が色々近道になると思っている。回り道もいいけどね」

「それ、サイドエフェクトですか? 未来が分かるのはいいんですけど、言いなりになっちゃいそうで怖いんですよねー。嘘かどうかも分からないし」

 

「疑うねーネコ君。確かに俺が見えてるもののほとんどではネコ君は玉狛所属にはなっていない。でも割と仲良くやっていけそうだよ俺達」

「興味本位で聞くんですけど俺のことどんな風に見えてるんですか?」

 

「ほとんどの未来では合同任務で色んな隊と任務こなしてるかな。少ない未来ではウチに所属してるのもあるし、本部の隊に加入するのもある」

「ん? 未来って確定じゃないんですか?」

 

 流石にそこまでチートじゃないらしい。それでもチートに変わらないけど。迅さんが見えてる未来予知の姿は木々の様に枝分かれしていて、どこの枝に行ってもおかしくないらしい。その中で出来るだけ最良の未来に近付ける様に動いてるのだろう。

 

「迅さんにとっての最良だと俺は玉狛に入ってるんですか?」

「んー……いや、そうでもないな。ネコ君がウチに居てくれて助かる場面も勿論あるけど、本部側に居てくれた方が助かる場面もある」

 

 どっちもどっちというわけだ。まぁ全部信じるよりは参考程度に留めておくべきだろう。そうなれば尚のこと俺は玉狛に入る必要がない。部屋があって寝泊りできるのもいいけど、家賃払ってるんだから一人暮らしが勿体無い。悪い人ではなさそうだけど、どこかに所属するのは面倒そうだ。

 

 結局俺はお断りさせて貰って玉狛支部を後にした。林藤さんが支部長だし緩そうだとは思うんだけど、まぁ急がないしいいや。さて、弁当でも買って帰るか。

 

 ……あ、ぼんち揚げ忘れた。

 

 

 

 数日経って、俺のレンタル活動が始まった。ネイバーが出たらバリバリ稼ぐぞー。しかしだ、一時的とはいえ隊にレンタルされ配属されるのだから、その隊の考えとか連携とかがあるだろう。挨拶の意味も込めて菓子折りを持っていくべきだろうか。そう思って俺はデパートの洋菓子店でクッキーの詰め合わせを購入した。甘いものは世界を救うのである。

 

 さて、初めての防衛任務である。防衛任務は1つのエリアで1チームか2チームぐらい合同で行うらしく、その時間帯に出動しているチームは全てのエリアで大体3チームらしい。俺は防衛任務に参加するチームに加わって行動するらしい。今日の防衛担当エリアは1チームの様で、そこに入れて貰う事になっている。

 

 俺は合流前に開発室に行ってトリガーを調整してもらっていた。基本的に鬼怒田さんに設定してもらっていたのは変えないのだが、まだ空きがあるらしいので、そこを加えて貰う事にした。

 

 弧月にオプションで旋空、これがメインなのだが、あまり慣れてない。その内スコーピオンをメインにするかもしれない。

 サブにスコーピオンで、これによって孤月との大小の二刀流も出来る。でもシュータートリガーに未練がある。だってシューターカッコいいじゃん! でも難しくて、でも諦めきれなくてって感じだ。もしメインにスコーピオンを使う事になれば銃型トリガーか、シュータートリガーを使うと思う。

 で、補助を厚くするためにシールド、グラスホッパー、テレポーター、カメレオン、バッグワームの合計8つ。これで限度いっぱいだ。

 カメレオンとバッグワームで更にシールド張ってれば見つからないし、そうそう即死しないという逃げの考えだ。狙い打たれでもしたら死ぬけど、ここまでやれば狙われることはないだろう。しかし、そんな考えは見事に粉砕された。カメレオン起動中は他のトリガー使えないんだってさ。まぁそれでも備えあれば何とやらだろう。

 

 

 

「失礼します。はじめまして合同で防衛任務に付きます音無ネコです」

「え、小さい……男?」

 

 合同で防衛任務になっている那須隊の作戦室に集合ということで、集合時間5分前ぐらいにノックして入ると、目の前に揃う4人が最近ランク落ちこみ気味のB級12位の那須隊だ。那須隊は全員女の人らしい。

 

 俺の姿に疑問を口に出したのはオペレーターらしき片目を隠すかのようなヘアスタイルの同い年ぐらいの人。とりあえず、「あ、小さい男でごめんなさい」と返しておく。

 しかし返答に対して固まってしまい、他の隊の人達が俺を無視して話し始めた。

 

「小夜ちゃんごめんなさい。名前しか聞いてなかったから男の子だとは思わなかったわ……」

「ま、まぁ来ちゃったものは仕方ないでしょ。小夜子は作戦室だし我慢して」

「他は男の人の隊ばかりですし。私と同じぐらい小さいですし大丈夫ですよ」

「なんかごめんなさい。これつまらないものですが」

 

 あれ、何か不味いの? とりあえず菓子折りを買って来ているので、フォローしてくれた人達に差し出す。小夜だか小夜子と呼ばれているオペレーターさんは多分男が苦手なのだろう。初めて会ったけど関わらないほうがいい。

 

 幸い他の隊員3名は男嫌いと言うわけではないらしく、オペレーターと俺をフォローしていた。しかしあれだな、苦手なのは分かるけど、「我慢して」の言葉に少し傷つくなー。俺はこの隊で仲良くやっていけるのだろうか……。

 

 

 







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04 那須隊とネコと時々脇腹パンチマシーン





 那須隊(+ネコ)で防衛任務が始まろうとしていたが、オペレーターさんは男性恐怖症と言うか苦手と言うか、その辺は良く分からないけど、あまりよくない感じのファーストコンタクトだった。

 

 かなり落ち込み始めたのがオペレーターの志岐 小夜子さん。同い年らしい。身長も同じぐらいだろうか……オペレーターとして優秀だというが、異性が苦手との事。何のフォローなのか知らないが、「ネコ君が小夜ちゃんよりも年上じゃなくて良かった」とのこと。もしそうならどうなっていたのだろうか。

 

 志岐さんを小夜ちゃんと呼んでいるのが隊長の那須 玲さんだ。身長は俺よりも少し高めのようだ。これは認めざるを得ない事実。1つ上の先輩でかなり綺麗な人で惚れ惚れするけど、どこか病弱そうに見える。この隊長さんは大丈夫だろうか? ポジションはシューターらしい。シューターである。個人的に超重要である。

 

 熊谷 友子さんも1つ上の先輩で、高身長でまるでバレーボール選手のようだ。これには今は勝てない。今後の俺の成長に期待するしかない……あ、身長の話ね。で、この人がこの那須隊の斬り込み隊長、つまりアタッカーである。

 

 最後に1つ年下の日浦 茜ちゃん。俺と同じか少し小さいぐらいか……帽子とおさげ髪が可愛らしい。この中で一番感情豊かそうに見えるスナイパーだ。

 

「まぁ買ってきてくれたんだし甘いものでも食べて落ち着きな」

「……はい、どうもです」

 

 

 時間になり意気消沈してほとんど言葉もない志岐さんを作戦室に置いて本部から警戒区域へと向かう。警戒区域は人が住んでないゴーストタウンだ。距離的に玉狛支部に近いかもしれない。

 

 防衛任務のほとんどは警邏をして周って、たまに不良がいるから立ち入り禁止だと伝える。それで終わりらしいんだけど、個人的にはネイバーが潜んでいたり、ゲートが発生して警報が鳴ってくれたほうがありがたい。お金を稼ぎに来てるからね! まぁそんなことは真面目に働いている人達に悪いから口が裂けても言えな―――。

 

「やっぱりネイバーが出てこないと給料でないからB級も厳しいね」

「言った!!」

 

 熊谷先輩が俺の思っても言えなかった事を言ってのけた。そこに痺れた憧れた!

 

「言ったって何? 当然でしょ?」

「いやぁカッコいいです! 熊谷先輩最高です!」

 

「な、何よ、褒めたって何も出せないよ?」

『くまちゃん、ネコ君。集中してね』

「ごめんなさい!」

 

 那須先輩に注意されるけど、どうしても集中しきれない。見回りだけなのだから仕方ないのかもしれない。俺は廃屋になってしまっている少し古めに見える一軒家で伸び放題になっている雑草を孤月の鞘で八つ当たり気味に払った。

 

「ん? 何か光った?」

『ネコ君何かあったの?』

 

「いえ、民家の庭なんですけど……何だこれ?」

 

 小型の機械の様な亀の様な虫の様な。座学でもこのタイプは見た事が無い。玩具にしては出来過ぎだし、足っぽいのが動いてるしネイバーのモノで間違いなさそうだが、レーダーに映らない。取り敢えず攻撃して潰そうとした瞬間、警報が鳴り響いた。

 

『ゲート発生! 音無さんの真上!』

「え?志岐さん喋った?」

 

 俺の驚きはゲート発生ではなく、落ち込んでいたはずの志岐さんの突然の通信の声に対してだった。レーダーを確認すれば俺と重なる点がある。上を見上げれば降ってくるデカブツ。バムスターだ! 俺は取り敢えず足下に居る小型の奴を孤月を抜いて刺し貫いて仕留める。そして、少し後方に飛び上がり、旋空孤月で斬り払う。スパッと切れたバムスターはそのまま落下した。俺は死骸となったバムスターの上に降りた。家よりも高くなった視界の中で俺は初めての実戦に割と軽い手応えを感じていた。今まで開発室で動かない的を何百回と斬ったり撃ったりするだけだった。それだけでも訓練になっていたのだろう。

 

 更に上から降ってくるトリオン兵を2体確認する。ブレードの様な脚が見える。確か名前はモールモッドとか言う奴だ。バムスターよりもお金になる奴だ!

 

「防衛任務って初めてなんですけど、あれ何体出てくるんですか…ねっ!」

 

 まだ高い位置にいるモールモッドに向けて俺はグラスホッパーで飛び上がり、旋空孤月で刀身を伸ばして仕留める。奥に居る奴もすぐさま斬り落として上を見るが、その他は出てこない。ここのボーナスステージは終了のようだ。

 確か報告をするんだよな。

 

「えーと、バムスター1、モールモッド2、小さいの1、倒しました回収お願いします」

『え、最後の何?』

 

「多分トリオン兵? いや、それより、え? 会話して大丈夫なの?」

 

 志岐さんは気分を持ち直したのか分からないけど、とりあえず新型っぽい小型のトリオン兵の事を把握した様だ。その後は割りと楽なもので熊谷先輩はモールモッド2、日浦ちゃんはバムスター1、那須先輩はモールモッド1、バムスター1だ。俺は最初の以外は0だった。

 

 まだ1回だけの防衛任務だけどこのチームは連携が素晴らしいと思った。常に冷静な那須先輩が上手くまとめているチームだ。他の隊もこうなのだろう。これより連携が上手く行かないチームがあるなら上には行けないだろう。もしかしたら連携は駄目だけどゴリ押しで勝ってるチームもあるかもしれないけど、それはある程度までしか勝てないだろう。

 

 ってそんなことより!

 

「那須先輩! もう一度! もう一度シューター見せてください! さっきの遠くのモールモッド倒してた奴! 何であんなに綺麗な線を描けるんですか!?」

「えと、困るわ。対象がいないもの」

 

「あの、だったらこの後お時間があれば是非訓練室でも行きません!? 先輩のシューターがカッコよすぎて見てられません!!」

「ね、ネコ君? 支離滅裂になってるわよ」

『防衛任務は終了です。早く戻ってきてください』

 

 何か機嫌悪そうに感じた志岐さんの通信を聞いてとりあえず本部に戻る。志岐さんは俺が持ってきた菓子折りを食べていた。

 

「小夜ちゃん大丈夫?」

「大丈夫です」

 

 そうトリオン体を解除した体調悪そうな那須先輩に笑顔を向ける志岐さんは俺をチラリと見るとそっぽを向いてまた菓子に手を伸ばしていた。任務に出る時は意気消沈で、今は怒ってるとかわけが分からないよ。しかしそれよりも隊長は大丈夫か。

 

「へぇ、やるじゃん」

「え? 何がですか?」

 

 熊谷先輩が俺の肩を叩いて菓子に手を伸ばす。今のが何の評価かは分からないが、とりあえず菓子折りは成功したと見ていいのだろう。

 

「お疲れ様です。ネコ先輩」

「あ、お疲れです。初めての任務なのに先輩って恥ずかしいな」

 

「そんなことないですよ。最初のアレ、サポートする間も無かったですから」

 

 スナイパーの日浦ちゃんはそう言ってくれるが、経験が圧倒的に足りない俺としては、もっと大量にネイバーに来てもらわないと困る。もちろんそんなことになれば市民が困るわけだが。やっぱり個人戦で経験値を上げるべきなのだろうか。

 

 最近はイレギュラーゲートとか言われてるのも増えてきているらしいけど、防衛任務で必ずネイバーが出てくるとは限らないのだから。

 

「あの、ネコ……さん」

「同い年だし呼び捨てでいいですよ志岐さん」

 

「んなこと言ったらネコも小夜子にさん付けじゃん」

「んーでも、それはそれで失礼かと……」

 

 とりあえず志岐さんは俺となんとか話が出来るようだ。任務に出た後に何があったのだろうか? 単純にクッキー効果と言っていいのだろうか。やはり甘いものは世界を救うのか。

 

 さて、志岐さんは俺が最初に倒した小型のトリオン兵の件を上に報告しており、その結果開発室に呼ぶように言われたようだ。何か悪いことしたかな? もしかしてトリオン兵じゃなかった?

 

「じゃあ自分は開発室行くのでお邪魔しました。また明日お願いします」

「うん、よろしくねネコ君」

「お疲れーまたー」

「お疲れ様です」

「お、お疲れ様……」

 

(小夜ちゃん凄いわ。男の人と話が出来たじゃない)

(で、小夜子なにがあったの?)

(何か甘酸っぱい感じでしたよね?)

 

 退出したと同時に中ではガールズトークが花咲いているかもしれないが、忘れちゃいけないことを先に伝えておくことにする。部屋をノックしてもう一度入る。

 

「ごめんなさい失礼します那須先輩。明日にでも時間あればシューター見せてくださいね。じゃ今度こそ失礼します」

 

(那須先輩に興味が行ってますね……)

(わ、私じゃなくてシューターのトリガーが好きみたいで……)

(でもネコって良い名前じゃない? 親しみやす……そう言えば名前で呼んだよね小夜子)

(え、いや! ネコが苗字かと思って……!)

 

(最初のゲート発生の時は『音無さん』って呼んでましたよ?)

(そ、それはその……よくよく冷静になって考えてみたら、小さいし、怖い人じゃなかったし、同い年みたいだし、クッキー買って来てくれたし、初めての任務でネコ……君のほうが大変だと思うし……)

(優しそうな子でよかったわね小夜ちゃん)

(この店はりんごパイが美味いんだよね。このクッキーもいいけど)

 

 

 

 ―――開発室。鬼怒田さんはこの部屋の室長だ。そんな鬼怒田さんが俺を見つめる。その低い身長で更に小さい俺を見下すように見つめる。そんな目で俺を見ないでください。物凄く睨み付けて見ないで!!

 

「この馬鹿者!」

 

 ほら怒られた。

 呼ばれたのは先ほどの防衛任務で仕留めた小さいトリオン兵について。あれはトリオン兵で間違いないらしい。俺の攻撃の副産物のトリオン異常噴出はトリオン体にしか効かないらしく、小型トリオン兵にも異常噴出で機能停止したのが見て取れたらしい。

 

 では鬼怒田さんが何故怒っているかというと、俺が弧月で刺したことによって切れ目からトリオンの異常噴出効果により重要部分が漏れなく破裂しており、ただ小さい新型がいるという情報だけで、この小型トリオン兵がどんな機能があるのか不明となっていたからだ。

 

 バムスターは人攫いタイプでモールモッドは攻撃タイプ。今はもう動かないあの小型トリオン兵が攻撃型なのか、それとも別の機能があるのかが争点とされているようだ。もしかしたらイレギュラーゲートとに関連するかもしれないが、まぁそこまで深刻ではないだろう。一応このトリオン兵は『こんな形の新型がいる』という情報だけボーダーに伝わっていくことになった。

 

 今度から見たことがない奴見かけたら他の人を呼ぶように言及された。

 

 

 

「ネコ先輩、何したんですか? 鬼怒田さんが凄く怒ってましたけど」

「さっき怒られてきたよ……」

 

 開発室から出て休憩室でココアを飲む俺に通りすがりの木虎が疑いの眼差しで俺を見る。そんな目でも見るな。優しい目で見守ってあげてよ。拗ねるぞ。

 

「知らない物を見かけたら人を呼ぶようにだってさ」

「子供ですか」

 

 なんて冷静な突っ込みでしょう。でも木虎なりの優しさなのか、訓練に付き合ってくれるらしい。

 

「でも、今はシューターの気分なんだよなぁガンナーはお呼びじゃないんだよなぁ」

 

 口が滑ってそう言ったら弁慶蹴られた。マジかー。

 

 

 

 翌日、早退することなく学校から直接ボーダー本部に来た俺。那須隊との合同防衛任務2日目である。集合時間まで余裕がありブラブラしてるとC級だった時に見かけたことがある人達に遭遇する。知り合いというわけでもなく話し掛けることも掛けられることもないが、居辛くてその場から離れる。しかし、逃げた先には昨日も遭遇した脇腹パンチマシーンが現れた。逃げ出した。しかし回り込まれてしまった。

 

「何で逃げるんですか?」

「咄嗟ノ行動ダヨ」

 

 はい一発目。木虎から今日の一撃を貰う。良く遭遇するボーダーの虎である。今日のねこ座の運勢良かったはずなんだけどなぁ。しかし、本当にメディア向けの顔は可愛いと思う。切に思う。ほらアイドルが脇腹パンチなんてするからC級の子達も怯えてるよ?

 

(確かあの小さい人この前まで一緒にC級にいなかったっけ?)

(高校生らしいけど、お前知らないの? あの人がNeko2だよ)

(え、あれが噂のNeko2? 本当に2秒で戦闘訓練クリアしたの?)

(B級に上がったの本当だったんだな)

(嵐山隊の木虎さんやっぱり綺麗~それに凄く仲良さそうじゃない?)

 

 あーあー知らない。怯えてはなさそうだけど完全に面白いとこ見たと言わんばかりの目だよ。木虎もう猫被りバレたわ~。ボーダー内でのアイドルの顔失ったわ~。

 

「何ですかその目は? 腹立つんですけど」

 

 2発目、3発目……。イジメダメゼッタイ。その後すぐにとっきーが来て木虎を連れて行った。今日は嵐山隊でテレビの仕事があるらしい。あ、鏡で身嗜み気にしてる。そういう所はプロだなと感心する。

 

 俺も良い時間潰しが出来たと考えよう。殴られて感謝はしないが、時間潰しにはなった。今日も稼ぐぞー出て来いネイバー。出来ればお値段高い奴。

 

 

 

 さて、木虎で時間が潰せたと言っても集合20分前という早めな時間。それでも誰かしら居るだろうと那須隊の作戦室へノックして入ってみる。

 

「昨日に引き続きネコです。よろしくお願いします」

「は、早いの……ですね」

 

 どこか言葉遣いのおかしい志岐さんが迎えてくれるが、他のメンバーはまだ来てないらしい。

 

「あの志岐さん。俺と話して大丈夫なんですか? そう言うの良く分からないんですけど、苦手なんですよね?」

「いや、その、ネコ…くんは……その、頑張りたいので……」

 

 そうは言ってもチームの連携に問題が発生するなら止めといたほうがいいだろう。それに女子って影でイジメとかあるんでしょう?(偏見)男子だって余裕で囲んでボコボコにするんでしょう?(超偏見) ならば離れておくのが一番いいと思うんだ俺は。

 

「あの、志岐さん。もし駄目なら俺外に出てま――――」

「大丈夫! あ、その……下の名前で……呼んでくれていいから。あっ違くて! その、男の人に早く慣れる練習と言うか……」

 

 ……なるほど。互いを下の名前で呼べば親近感が沸くか。友達や家族は基本的に下の名前で呼んでくる。ならば志岐さんの為にもそれが良いのだろうか。……あれ、志岐さんの下の名前なんだっけ?

 

 

 




感想や質問や誤字脱字の報告等々お待ちしてます。


◆裏設定や独自設定について◆

◆木虎のネコに対する攻撃について
基本的に先輩と思えない身長だし、ボーダーとしては木虎のほうが先輩ということで、口では『ネコ先輩』と言うが、同年代と同じように接する。だからパンチするし、記録を抜かれても尊敬よりも嫉妬が出てきます。

◆トリオン兵のお値段
バムスター・バンダー・モールモッドしかまだ確認されていないという設定の中で書いてますが、攻撃能力の有無や、その脅威度で値段違うんじゃないかと思って、
お値段公式『バムスター < バンダー < モールモッド』と考えてます。



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05 しょくげきのネコ

感想や評価いただきありがとうございます。



 どこか不安気であり目を行ったり来たりさせながらも期待の色も見せる志岐さん。そんな志岐さんの下の名前を思い出そうとしている時に救世主が現れた。体調不良の救世主それは―――。

 

「やっと着いたわ……小夜ちゃん遅くなってごめんなさい」

 

 トリオン体じゃないと体調悪そうな那須先輩の登場だ。少し息も切らしているがこの状況下では救世主だ助かった。志岐さんの下の名前は小夜子だ。でも小夜子って呼びにくいな……小夜子さん。いや、なら呼び捨ての方が呼びやすい。熊谷先輩の様に小夜子や、那須先輩の様に小夜ちゃんって言うのは呼びやすいかもしれないけど同い年なのに先輩達が呼ぶのと同じってのは失礼じゃないかな?

 

「じゃあ、小夜で良いかな?」

「ッ!!?」

「……ご、ごめんなさい小夜ちゃん。邪魔しちゃったみたいね」

 

「セーフっと。お、ネコ今日もよろしく」

「あ、熊谷先輩よろしくでっす」

 

「昨日から思ってたんだけどその熊谷先輩って何とかならない?」

「え、ごめんなさい? 怒りの熊谷特攻隊長?」

 

 チョップされた。違うらしい。固まってる志岐 小夜子(仮)を置いておいて話の進みそうな熊谷先輩の話を聞く。熊谷と呼ぶ人はいるけど実はあまりいないらしく、クマで良いそうな。

 

「じゃあ、クマちゃん先輩? でいいですか?」

「いい、くないかなー……」

 

 クマちゃん先輩(仮)は志岐 小夜子(仮)を見て、困惑している。何だ? 良く分からない。だってクマ先輩も何か呼びにくいんだもん。それなら熊谷先輩の方が呼びやすい感じがする。呼び方にだって個人差はあるだろうけど、俺は熊谷先輩か、クマちゃん先輩のどちらかだ。

 

「あー、小夜子ごめん」

「くまちゃん大丈夫よ。小夜ちゃんは小夜って呼ばれてたから」

「っ!!」

 

 あ、志岐 小夜子(仮)が再起動した。と思ったら息が吸えない水中かの様に真っ赤になって頬を膨らましながらも口を結んでいる。その上、眼が泳ぎまっくているが何なんだ。男が苦手な人に見られる特徴なのだろうか。失礼だろうけど少し面白い。

 

「はははっ、やっぱやるじゃん。なら良いよさっきので」

「じゃあクマちゃん先輩で」

 

 クマちゃん先輩から(仮)が外れた。那須先輩はいつの間にかトリオン体になっていて先程までの病弱そうな姿は消えていた。

 

「じゃあ私は玲ちゃん先輩ね」

「え、何で?」

 

 ついつい素で返したら那須先輩は少し残念そうな顔になった。お、トリオン体にも関わらず病弱そうな感じに近付いたぞ。と思ったらクマちゃん先輩にチョップされた。間違えたのか。えーと、じゃあ玲ちゃん先輩で良いのだろうか? 良いんですかと視線を向ければ那須先輩は少し微笑んだ。

 

「じゃあ那須先輩で」

「あれ……?」

 

 だって那須先輩は『那須先輩』の方が呼びやすいんだもん。

 

「そういえば、日浦ちゃんはまだなんですか?」

 

 体力的にも性格的にも一番時間通りに来そうな1番年下の日浦ちゃんが来ない。他のメンバーも少し心配になりながらも取り敢えず本部前に出てきたところで、本当に遅刻ギリギリで日浦ちゃんが来た。謝りながらトリガーを起動し、トリオン体になる日浦ちゃん。

 

「珍しいね茜が遅刻ギリギリなんて」

『なにかあったの?』

「え、えっと……そのちょっと家のトラブルで……」

 

 とても言い難そうな日浦ちゃんだが防衛任務の時間だ。那須先輩も心配してはいるが、後で話そうと任務に入った。

 

 日浦ちゃんのスナイパー用のトリガーはライトニング。速射性に優れ軽いのが特徴だ。他のスナイパートリガーと比較してのデメリットは射程と威力だが、俺も開発室で使ったことはあるけど、当てられる距離であればそこまで違いはないと感じた。ただランク戦などの対人戦になるとシールドなどで防がれやすいらしい。

 それでも日浦ちゃんは昨日もバムスター倒してるし、援護射撃のサポートも通信を取り合って的確だ。しかし、今日はミスが多かった。

 

『茜、そこじゃ熊谷先輩へのフォローが通らない』

『え? あ、ごめんなさい!』

 

「よほど大きい心配事みたいですね」

「そうね……でも、今はフォローして行くしかないから」

 

 近くにいる那須先輩と話しながら熊谷先輩が交戦中の位置に跳ぶ。那須先輩も心配みたいだが、仕事だし隊長だしで、直接声を掛けることは出来ないでいた。一度注意したが注意力散漫の日浦ちゃんは小さいミスが続いた。

 

 那須先輩は少し考えて位置取りを変える事を提案した。全体的に散らばり、日浦ちゃんを廃墟になった高層マンションの屋上に配置。周辺を3人で警邏して、ゲートが発生したら日浦ちゃんにフォローしてもらう形……というのは建前だ。一人になって落ち着いてもらおうと考えた苦渋の決断だった。

 日浦ちゃんは大丈夫ですと言うけど、熊谷先輩もこの提案に賛成した。俺は隊としては部外者だし、了解としか言えなかった。勿論、出来るだけ近くで周辺を歩いて回る様にした。日浦ちゃんのとこにゲートが開いてやられる事も有り得るからだ。

 でも、この配置変更の提案は裏目に出た。

 

『イレギュラーゲート発生。熊谷先輩の近くです』

『オッケー見えてるよ。茜、フォローよろしく』

『はい!』

 

『ッ!? つ、続けてゲート! 茜の後方!!』

 

 この時、熊谷先輩は既にネイバーと交戦を開始。日浦ちゃんはパニックになった。先に熊谷先輩の方に向かい二人で倒す。その後に後方を対処すれば完璧だ。俺や那須先輩も向かっているわけだから、新しく発生したゲートから来るネイバーも俺と那須先輩が対応して、日浦ちゃん達が来る頃には終わっている事も考えられるから問題ない。

 

 しかし、日浦ちゃんは新しく出来たゲートへ向かった。

 

『茜!』

『だ、大丈夫です! あっ!』

 

 その通信の直後、光の線が空に伸び、ボーダー本部に向かって行った。ベイルアウトだ。その後の処理は問題なく終了。でも、終わった後の反省会は重苦しかった。日浦ちゃんが謝るが、配置変更を提案したのは那須先輩だ。それで良いと熊谷先輩も賛成したのだから。

 

「あのー、部外者なので口を挟むのもあれ何ですけど……」

「……いいわ、ネコ君言って」

「日浦ちゃんの心配事聞いた方が良いんじゃないでしょうか? 俺も邪魔なら帰りますんで」

「茜、ネコがいても話せること?」

 

 日浦ちゃんは少し時間を置いて頷く。考えたというよりは、どう話せばいいかといった感じだ。

 

「実は、私……引っ越し、するかもしれません」

 

 日浦ちゃんは生まれも育ちもこの三門市らしい。日浦ちゃんの両親は5年前の初めてのネイバーの侵攻に頭を抱えた。助けてくれた人はいたし、ボーダーという組織も出来た。それでも安心では無い。

 

 家のローンとかの問題もあっただろうけど、命あっての生活だし、日浦ちゃんがボーダーに入っている事も心配だった。トリガーという力があっても、トリオン体じゃなければ人は死ぬ。だから三門市から家族揃って生きるために引っ越すことを考えてるらしい。

 

「茜ちゃん、決まった事なの?」

「分かりません。でも、私が卒業した時の高校とか遠くの聞いた事もない学校を勧めてきたりするんです。あんなのここから通えっこない。そしたら引っ越すかもって……」

「ま、まだ決まったわけじゃないんだろう?」

 

 ふと考える。俺の両親はどうだろう。まだこっちに来て3ヶ月ぐらいしか経ってないけど、俺が、『ボーダーにスカウトされたし将来も考えてないから行ってみる』って言った時は母さんは泣いてた。先にそう言ったのは母さんだったけど冗談のつもりだったらしいし、仕送りでこの前届いた米とかと一緒に手紙があったけど、最後には身体に気を付けてって書かれてた。一人暮らし前日に父さんも近くの駅まで送ってくれたけど、いつでも帰って来いって言ってた。

 

 親は心配なんだ。心配すんなよとは言えるけど、それでも心配なんだ。日浦ちゃんの両親を止める事は出来ない。日浦ちゃんの気持ちの問題はあるけど、それで覆せるような問題でもないだろう。

 

 それが分かるからと言って、引っ越しが決まったら解散ですね何て言えるわけがない。冗談でも言えない。そんな重苦しい空気は日浦ちゃん自身で無理やり終わらせた。

 

「で、でも多分大丈夫ですよ! 引っ越しなんてお金掛かるし、それに……だ、だから大丈夫です!」

「……うん。一旦この話はお終い。小夜ちゃん回収の報告は終わってるわよね?」

「あ、はい。大丈夫です」

「玲……」

 

 うん。流石は冷静な那須先輩だ。今はそれが精一杯の終着点だ。安易に大丈夫なんて言えないし、このチームを大切にしたいなんて言葉で縛るのも駄目だ。取り敢えず俺は何のために居たんだろうと、重い話を聞いて少し落ち込みながら、話聞いちゃってごめんと日浦ちゃんに伝えて帰る事にした。

 

 

 

 那須隊での防衛任務も次で終わりだ。明日はボーダーの仕事は休みで明後日に防衛任務の仕事の予定だ。時間も少し早めで学校も早退しなければならない。先程の話を考えない様に明後日の事を考えながら、スーパーに向かう。送ってもらった米もあるし野菜炒めとか作って食べようと携帯片手に何を買うか調べながら野菜に手を伸ばす。お、コンソメが安売りしてる。ウィンナー買ってスープでも作ろう。

 

 一人住まいの寂しいアパートの我が家が見えてきた。お腹は減り、体力的にも精神的にも疲れた。財布の中に入れている鍵を取り出し、アパート玄関に辿り着くと隣の一軒家から誰か出てきた。

 

「ん?」

「え? ……ネコ君?」

 

 お隣の綺麗な一軒家はまさかの那須先輩の家だった。

 

「いやーご近所さんだったんですね。というか本当にトリオン体じゃないと体調悪いですね。ちゃんと食べてるんですか? これからご飯なんですけど食べます?」

 

 なんてスーパーの袋を掲げて軽い社交辞令を口にする。当然来るわけがない。男の一人暮らしに女の人が来たら嬉しいけど、そうはならないだろう。だから那須先輩も―――。

 

「……じゃあいいかしら?」

「え、何言ってんの?」

 

 また素で返して微妙に悲しそうな顔にさせてしまった。更に病弱感が増す。いかんいかん。何で来るのか知らんけど誘ったのは俺だ。しかし、割と病弱なお客様が来たので少し悩みます。……うどんがいっか、少し寒くなってきたし温かい卵あんかけうどんを作ろう。消化にもいいし問題なし。

 

 那須先輩の家は今日は誰も居らず、何か買いに行こうとしていたらしい。何を食べるつもりだったのかと聞けば「桃のゼリーとか……」って返ってきた。そりゃ顔色悪いはずだ。ゼリーを晩御飯にするとかどこのダイエッターだよ。家に誰もいないときはちゃんと食べてないのだろう。

 

「料理は好きなの?」

「んー最初はそうでもなかったですけど、元々は一人暮らしをしたら料理をしろって母親に言われて少し教わってて、色々無駄が分かる様になってきて今は面白いですね。簡単なものしか出来ないですけど」

 

 まず鍋に水を入れて沸かします。野菜炒め用と考えていた豚こま肉とにんじんと長ネギを使いますが、大口を開けるとは想像も出来ない先輩のために野菜は小さめに薄く切ります。万能スライサー超便利。具財は大きいほうが好きだが今回はお客様重視だ。肉と野菜は塩コショウで炒める。

 

 沸騰したお湯にうどんを入れます。その間に他の鍋でめんつゆ温めて片栗粉投入しトロミをつける。火を止めて卵入れて餡は完成。同時進行で箸でぐるぐる混ぜてればうどんも出来上がりだ。

 うどん、卵あんかけ、肉野菜の順に器に入れれば完成。……しょーがないなー麦茶も出してあげますよ。

 

「量足ります? 多いです?」

「大丈夫よ。美味しそうだわ」

 

「おあがりよ」

「……ネコ君は凄いわね。本当に凄い」

 

 いや、食べてから言わないと味見してないから泣く事になるかもしれないよ?大きなミスはないだろうけど、香りは良くてもかなりしょっぱい可能性もある。しかし、食べないまま那須先輩は喋り続ける。俺と同じで猫舌なのだろうか。

 

 那須先輩が俺の家に来た目的はご飯ではなく日浦ちゃんの事を含めた那須隊のことだった。そりゃそうだ。

 

「茜ちゃんはきっと引越ししちゃうかしらね……ネコ君はさっき何も言わなかったけどどう思う?」

「んー、引っ越さないかもしれませんけど、引っ越しても仕方ないですよね。家族の生活や幸せの話ですし、そこに日浦ちゃんの意見は効果が薄いと思います」

 

「そうね……」

「でも那須先輩かっこよかったですよ? ちゃんと良いところで話を終わらせて、引き止めることも悲観もしなかったですし、流石は隊長さん」

 

「玲ちゃん先輩って呼―――」

「―――まぁまだ確定じゃないですし、今を楽しむのと、その時になったらなったで、その時の最高を目指せばいいんじゃないですか?」

 

 那須先輩の声を上書きするように遮るとまた病弱感が増したが、俺の話を聞いてか、口元に笑みを浮かべて割り箸を手に取り小さく頷いた。

 

「……そうね、どうもありがとう……いただきます。うん美味しい」

「あ、本当だ美味しい」

 

「え?」

「え?」

 

 お粗末!

 

 

 

 食べ終わって少し談笑もしたのち那須先輩は帰って行った。片付けが終わり、風呂に入りながら俺は隊長という役職は大変だなと考えていた。戦うだけじゃなくてチームのことを考えないといけない。今回は日浦ちゃんの引っ越し騒動だけど、他のチームは色々な問題とかも抱えてるのではないだろうか。個々人の気持ちはどうだ? 上に行くためにランク戦に挑む人もいれば、友達感覚でやってる人もいるんじゃないだろうか。

 

 どちらかと言えば俺は後者の友達感覚でやりたいタイプだ。上に上にという考えは嫌いじゃないし理解できるが、自分もそこに加われと言われればお断りである。上に行って何か良い事があるのか? 俺が思いつく点ではただ1つ。給料の変化だ。

 

 A級になれば討伐数関係なく給料が出る。防衛任務などで討伐もすれば出来高分が更に給料に加算される。仮にではあるが、一人暮らしと学費を払っていくとした場合どうなのだろうか? A級にならないと厳しいのかな。A級に上がるためにはチームに参加して、更にランク戦を勝ち上がるしかない。今はランク戦やってない期間らしいけど、もう少ししたら始まるらしい。

 

 どこかの隊に入った場合は人間関係が面倒だ。「もっと熱くなれよ!」とか些細な喧嘩も起こり得る。正直言って色々指示されるのも嫌だ。自分が隊長でチームを作った場合も変わらない。いや、大いに面倒ごとが増えて激変だろう。

 

 まだ嵐山隊と那須隊しか見たこと無いので、俺の様ないい加減な奴が居るのかも分からないが、俺が出した答えは『ある程度わがままを言っても許してくれる自由な部隊なら参加してあげなくもない』という上から見下ろしたものだった。言い換えるとすれば、現状維持である。

 

 

 




感想や誤字脱字のご報告、また答えられる範囲ではありますが質問もお待ちしております。



◆今回の独自設定◆

◆日浦 茜ちゃんの初めて引越しの話があったタイミング。
まぁ、原作では茜ちゃんが中学卒業と同時に引越しらしいですし、親としては早めにファーストクッション入れるでしょう。いつ引っ越すかは言わないにしても相当考えてるはずです。

◆那須 玲の家
一人暮らしだろうと勝手に決め付けてました。綺麗アパート的なところで病弱に暮らしているんだと……。本当にごめんなさい。読み返してみたら綺麗な一軒家に住んでました。修正。


◇主人公ネコ◇

一人暮しする前に母親に教わったので簡単な料理が作れる。出来るのは『炒める・焼く・煮る』が基本。しかし、計量スプーンや計量カップなどは無い。味見をしない。だから最終的に失敗することもある。それでも失敗は味の濃い薄いがほとんどの為、ほとんどの場合は作り終わった後でも何とか調整が効く。



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06 ネコとメディア対策計画

 那須隊での最後の防衛任務の日である。学校の先生にボーダーの防衛任務だから早退すると告げればクラスメートに囲まれた。

 

「ネコってボーダーだったの!?」

「そだよー」

 

「防衛任務ってB級以上なんだろ!?」

「そだよーB級だよー」

 

「嵐山さんのサイン貰ってきて!」

「今度会ったら聞いてみるよー」

 

 質問タイムが長いと早退させてもらう意味がなくなってしまう。俺は切り上げて学校を後にした。それでも時間に余裕はある。日浦ちゃんは大丈夫かなと考えながら本部に向かっていると、ゲート発生の警報が鳴った。

 

 那須隊の前の防衛任務って誰だったっけ。確か那須隊と同じで、読みが2文字の名前のチームだった気がする。俺はゲート発生場所が近かったので、念の為トリガーを起動して現場に向かった。

 

「おー、まだ誰もいない……稼ぎ時か」

 

 目の前にいるのはバムスターと、なんだっけあれ? ぱんだ……バンダーか。その2匹がいた。バンダーは確かトリオンビーム撃ってくるとか言ってた気がする。先に落とすか。多分バムスターよりも金になるだろう。

 

 スコーピオンを目玉のようなところに突き刺すが即死には至らなかったようだ。ならばと、十字に刃を入れるようにもう一度切り裂くとバンダーは倒れた。少しタフなトリオン兵なのか。弧月の威力の高さを思い知った。でも弧月って邪魔だしなーと内心で愚痴る。

 

 もう一匹のバムスターに飛びかかると、散弾がバムスターを撃ち抜いていった。気が付けばレーダーにも味方識別の反応がある。レーダーにも注意を払わないとランク戦とか戦えないな。

 

 そんな事を反省しつつ死体となったバムスターの上に着地しながら現れた防衛任務らしき3人組に目を向ける。

 

「諏訪隊現着したぜ」

 

 隊長らしきタバコを銜えた金髪ツーブロックの兄ちゃんがショットガンを構えて俺を見てる。あーそうだ諏訪だ。諏訪隊。確かランクは那須隊よりも上の順位だった気がする。タバコ銜えてるし、大学生ぐらいだろうか。

 

 諏訪隊の隊服は緑を基調としていて、ショットガン装備だしアーミー仕様なイメージだろうか。かっこいいなーと思っているとバンダーの死骸を指しながら声を掛けられた。

 

「アレはお前がやったのか? 名前は?」

「この前B級になった音無ネコです。この後、防衛任務です」

 

「あ? この後って那須のとこだろ? 何で男が……」

「諏訪さん。本部長から話しがあったじゃないですか」

『あったあった。音無ネコって子がレンタルで防衛任務に付くって』

 

 諏訪隊のオペレーターさんだろう人がオープンチャンネルで会話に参加してくる。レンタルネコの話はある程度広まっているらしい。

 

「あー思い出した。Neko2って奴か」

「え、何それ?」

 

 ネコツーとは何だ。俺はサイボーグか何かか。すると同い年だと言うそばかす顔の笹森日佐人が説明してくれた。俺が初期訓練で2秒の成績を残したり、すぐに開発室行きになったことから色々と噂になっていたらしい。もっと褒めていいんニャよ? 脇腹パンチとかじゃないなら大歓迎さ。

 

「しかし那須隊に男か……羨ましいよなぁ日佐人!」

『あー、日佐人も男の子だからねー』

「何で俺に振るんですか!? おサノ先輩まで!」

 

 ふむふむ、那須隊はやっぱり人気があるのか。女性だけって言うのがカッコいいよね。注目を集めても全然不思議じゃないチームだ。って時間が結構経ってるな。

 

「集合時間ヤバイかもしれないんで俺はこれで」

「おう、またな。おサノ、ネコって奴にバンダー付けとけ」

『はーい』

 

「あざっしたー。レンタルあった時はよろしくです」

 

 うへへへ、バンダーゲットだぜ。C級には味わえない金を稼ぐ感覚が良いね。俺はトリオン体のまま本部に向かった。流石はトリオン体、割と早く着いた。

 

 

 

「那須隊でのネコ最終日です。よろしくお願いします」

「ネコ最終日ってなによ? また来ることもあるんでしょ? ってか何でもうトリガー起動してんの?」

 

 クマちゃん先輩にチョップで突っ込まれつつ俺は敬礼を崩した。今日は全員揃っているようだ。

 

「日浦ちゃんおはー」

「おはようございマス」

 

 日浦ちゃんは少し固いようだけど、一昨日ほどではないようだ。1日間を置いたこともあって少しは冷静に慣れたのだろう。これなら取り敢えずは大丈夫だろう。

 

「はい小夜もおはー」

「お、おはー……」

 

 おぉ、ぎこちない顔をしてはいるが、かなり良いのではないだろうか。固さはあるが苦手意識は薄いように見える。そして、奥の休憩室のゆったりチェアから起き上がったのは体調悪そうな隊長さんだ。

 

「おはようネコ君」

「相変わらず体調悪そうですね。ちゃんと食べてるんですか?」

 

「あ、この前はご馳走様」

「いえいえ」

「ん? 何かあったの?」

 

 クマちゃん先輩の質問に俺の住むアパートの家と那須先輩の家が隣だと伝えると、那須隊は隊長を除いて固まった。そして那須先輩はクマちゃん先輩に奥の休憩室に連れて行かれ、小夜も日浦ちゃんもそれに続いた。

 

「あの、防衛任務……」

「まだ大丈夫です。ネコ先輩はここで待っててください」

 

 イジメかな。そうか、家が近くって情報は個人情報か。アレかな、家にシュールストレミングとか言うパンパンに膨れ上がった缶詰送り付けられたりするんだろうか。怖いな怖いなぁ。

 

(ご馳走様って、何があったの玲)

(え、えっと、ネコ君の家でうどんをご馳走に……)

(上がったんですか! 一人暮らしの男の子の家に上がったんですか!)

(こ、今度作戦とか練るときは、私頑張って那須先輩の家に行きます)

 

(小夜子が仕事以外で外に出る……!)

(い、いつもは私だけ通信で済ませてて申し訳ないからですよ!?)

(いやいや~建前とかいいですから。凄いですよ小夜先輩!)

(いつの間にか茜ちゃんも元気になって、ネコ君のおかげね)

 

 

 何か会議してるよー。ちょー不安だよー。

 防衛任務の時間になり、その辺はしっかりしていて時間通りに任務開始。一応さっきの事を聞いてみたけど、とりあえずイジメチックな話ではないらしい。何やらいつもランク戦の時とかの作戦を立てる時は先ほどの作戦室ではなく那須先輩の家でやってるらしい。

 

 それでも小夜とかは基本引き篭もってるらしく通信での参加が普通らしい。それで今度、那須先輩の家に皆で集まる話しをしていたそうだ。まぁ面と向かって話し合ったほうが色々と思い付いたりすることが増えるかもしれない。……ふぅー、俺関係なかった。よかった。その会話から日浦ちゃんの固さも取れてるし、女の子って凄いと思った。

 

 

 

「おう、ネコ交代だな」

「あ、お疲れ様です、日佐人もおつー」

「あぁ、ネコは頑張ってな」

 

 入れ違いで防衛任務を終わらせた諏訪隊が帰ってきた。「やっぱ小せーなー」と諏訪さんに頭をガシガシと撫でられる。日佐人も笑いながら止めてくれるし、これもコミュニケーションという奴だ。見た目怖くても良い人なのだろう。

 

「ネコって諏訪さんと知り合いだったの? あーあーボサボサにされて」

「いえ、本部に来る時にネイバー倒して知り合いになりました」

 

 クマちゃん先輩が軽く頭を直してくれる。その光景を見て那須先輩が口を開いた。

 

「ネコ君、ウチの隊に入る気はない?」

「え、何言ってんの?」

「コラ」

 

 後ろからクマちゃんチョップが飛んで来る。つい反射的に素の感じで答えちゃうんだよなー。悪気はないからトリオン体なのに顔色悪くしないで欲しい。

 

「ん~。那須隊ってB級唯一の女性チームですよね? それを壊すのは駄目だと思うんですよね」

「まぁ玲がいきなり言い出したことだし私も驚いてはいるけど、何が駄目なのよ? ネコならバランスも良さそうだけど……」

 

「女性だけって凄くカッコいいじゃないですか。華やかですし。ファンも絶対いますよね?」

「私たち嵐山隊みたいな活動もしてないのにファンがいるんですか?」

「いやーいないでしょー」

 

 いるよ、クマちゃん先輩って意外とバカだな。那須隊の隊服も女の子らしくて人気があるだろうし、『綺麗・可愛い・かっこいい』が揃ってるチームだ。人気が無いわけがない。最初にこの那須隊にレンタルされると忍田さんに言われた時に、迅さんが本気かどうかは読めなかったけど羨ましがってた。更にその迅さんは本部長補佐の沢村さんというお姉さんにジト目で見られていた。何かやってるなあのエリート……。それはさておき、人気があるのは間違いないだろう。

 

 

「確かA級にも女性だけのチームあるんですよね?」

「加古隊ね」

 

「ん? 加古さん? あ、スカウトの時のお姉さんか」

「ネコ先輩って加古さんからスカウトされたんですか」

「へー、知らなかった」

 

 実際のファーストコンタクトは双葉ちゃんだけど―――。

 

「まぁ、それは置いといて、女性だけのチームが頑張ってる姿は結構影響力あると思いますよ。2つと無いからカッコいいんだと思います。だから、A級に上がって女性チームが2つにでもなるなら誘ってください」

「A級に入ってから言えってこと? 言うじゃん」

「そっか、でもネコ君考えておいてね。冗談とかじゃないから」

「あの……それって私がいなくなった時の―――」

 

 あ、そういうことか? いやいや、那須先輩はそこまでアホじゃないだろう。日浦ちゃんがいなくなった時のことを今考えるとかデリカシーが無さ過ぎる。せっかく持ち直した日浦ちゃんを更に落とすとか鬼悪魔も宴会開くレベルの所業だ。

 

 まぁ単純な戦力増強とかを考えてるんだろう。アタッカー2の構成に出来れば作戦の幅が広がるとかだろう。戦略的なこととかは知らんけど。しかし俺はアタッカーと言うわけじゃない。ただ単に今使ってるトリガーが弧月とスコーピオンというだけだ。弧月が3800pt、スコーピオンが4400ptってだけだ。

 

 シューターを諦めたわけではないが、シューターに関して言えば3000pt行ってる物が無い。スナイパーはアイビス以外は3000ぐらいだった気がする。大体平らにポイントが上がったものだ。

 

「―――違うのよ茜ちゃん。この間のことは驚いたけど、茜ちゃんがいなくなった時のことは今は考えてない。ネコ君が入ってくれた時は小夜ちゃんが大変になるだろうけど」

『わ、私が何で大変になるんですか!?』

「はははっ、そりゃオペレートフォローが増えるって事でしょ。それとも他に何かあるのかな小夜子~ん~?」

 

 あーそっか。人数が増えるってだけで大変なのに、小夜の場合はそれが男だと更に大変だ。男が苦手ならプレッシャーを感じて上手く機能しない可能性もあるな。その面でも俺は那須隊に参加すべきじゃないと思う。

 

 話をしている内に日浦ちゃんも理解したようで、誘う側に回った。しかし、そこは流石の那須隊長。防衛任務中ということでこの話は終わりとなった。

 

 

 

 今回は何事も無く任務時間は過ぎていく。もう少しで終わりと言うところでゲート発生現場に向かい、日浦ちゃんのライトニングがバムスターをすぐに仕留め、那須先輩の変化弾(バイパー)も建物の奥にいたモールモッドに直撃して終わった。

 

「何度か見てるけど、やっぱ那須先輩の変化弾(バイパー)カッコいいなー。軌道が毎回違うし、設定してないんですよね?」

「えぇ、設定しちゃうと対応取れないことってあるでしょ?」

 

 変化弾(バイパー)は事前にどういう軌道で対象に飛んでいくか設定できる。銃手(ガンナー)は設定しとかないと戦えないレベルだろう。でも射手(シューター)は別だ。設定しておくことも出来るけど、ガンナーとは違って設定しながら戦えるのが利点だ。でもそれをやると動けない人が多い。

 

 実体験でも分かるけど考えながら動くことは非常に難しいからだ。凄いシューターがA級にもB級にもいるって聞いたことはあるけど、那須先輩も間違いなく凄い部類だろう。

 

「あーあ、今日で那須隊での合同防衛任務も終わりかー。結局教えてもらえなかったなー」

「体調が良くて空いてる日があればいつでも大丈夫よ」

 

 体調が良い日って、そんな日ないんじゃね? 俺は微笑む那須先輩に無言のジト目で返事した。

 

『防衛任務終了です。お疲れ様です』

「終わったー」

「お疲れ様です」

「お疲れ様」

「この後は反省会だけど、今日は目立った事は無かったね、強いて挙げるとしたら今日は話しすぎたかな」

 

 那須先輩が本部に向かいながらそう言う。確かに今日は那須先輩が止めるまで話が止まらなかったし、止めるのも遅かった。まさか隊に誘われるとは思いもしなかった。まぁ、女性だけのチームに男が入るわけには行かない。

 

 一般人がテレビで嵐山隊を見てアイドルでも見ているかのような目と同じように、男性諸君の目から見れば女性だけのチームは愛らしいものだ。そこに異物混入事件が発生すれば叩かれるに決まってる。このレンタル活動だけでも知り合いから何か言われそうだ。そんな知り合いなんていないけど。

 

 

 

 さて、那須隊に『またよろしく』的なお別れの挨拶をして忍田本部長のところに向かう。俺の直属の上司はとりあえずで忍田本部長ということになっているらしい。

 

 迅さんが言うにはボーダーには『派閥』があるらしく、未来予知に従うとすれば忍田本部長のところか玉狛支部がお勧めらしい。俺はまた裏を考えたが、聞いてみると確かにそうかもと思い、今のところは忍田さんの指示で動いている。手続きはあるが、いつでも鞍替えしていいらしいので、とりあえずである。まぁ城戸司令の派閥はトップの顔が怖いし止めておく。

 

 ちなみに派閥は大きく分けて3つだそうだ。城戸司令の近界民(ネイバー)殲滅派と、

 忍田さんの街や市民の安全平和第一主義派と、玉狛支部の敵意が無いならネイバーとも仲良くしようぜ。という3つらしい。

 

 ネイバーと仲良くか。なるほどやはりかと思う。ボーダーを作ったりトリガーをこの世界に持ち込んだ人がいるということだ。ネイバーが襲ってくるなら、こっちからネイバーの世界に行くことも出来るだろう。地球の人間がネイバーの世界に行ったのか拉致られたのかは知らないけど、この世界を救おうとした人間かネイバーがいるって事だ。

 

 だからと言って、「じゃあ玉狛入る」とはならない。少し離れて見ていた方がいいだろう。仮に仲良くなったはずのネイバーからの騙まし討ちとかもありそうじゃないか。出来れば人間型のネイバーにも出会わない方が動きやすい。ならやはり忍田本部長の下にいたほうが良いだろう。本当に仲良くなれるなら玉狛に行けばいいだろうしね。

 

 会議室に着くと忍田さんと根付さんがいた。何故に根付さん? 苦手なんですけど。それに根付さんは城戸派じゃないのか? ……とりあえず挨拶しないと始まらないか。

 

「失礼します。お疲れ様です」

「音無、次の合同の防衛任務は嵐山隊なんだが……」

 

 忍田本部長が言葉を濁す。すると引き継ぐかのようにメディア対策室長の根付さんが続けた。

 

「君は茶野隊を知っているかな?」

「茶野隊? いえ知らないです」

 

「では嵐山隊は?」

「? そりゃあテレビでも見たことありますし、入隊したての頃からお世話になってますから知ってますけど?」

 

 根付さんは俺の答えに「うんうん」と頷いて見せた。何だろうと思ったら、実は茶野隊というのはB級の最下位の方に位置するガンナー2人の隊なのだが、根付さんが作ったメディア向けのチームということらしい。広報向けのチームって嵐山隊以外にもいたのか。

 

 茶野隊は嵐山隊ほどではないにしても、ちょこっとテレビに出たり小さい取材を受けたりもしているらしく、将来的には音楽業界も視野に入れているらしい。すげーな茶野隊。知らんけど。

 

 で、俺に関係があるのはここからだ。根付さんはメディア対策室長として俺の評価を見直したらしい。開発室での研究があったので最速でのB級昇格というわけではないが、規定に基づけば入隊日にB級になれたはずの俺だ。メディア受けするだろうと目を付けたとのこと。大人って汚い。

 しかし悲しいな根付さんよ。俺は形式上は忍田派に身を置いているのだよ。どうせ口利き程度でここに着たんでしょ? 俺が忍田さんにやりたくないと言えば断れるのだよ! だから自分が如何に汚れているか理解させるために力強く言ってやろうじゃないか!

 

「おことわる!」

「音無、すまないが決定事項だ」

 

 忍田派の力よえーな! いや、派閥関係ない仕事だからだろうか。そもそも何でそんな話になっているかと言えば、イレギュラーゲートによるボーダー隊員の対応の遅れが少しずつ目立ってきたらしい。イメージ回復に新たな要素はないかと見出したのが俺らしい。では先ほどの話にあった茶野隊はなんだったのかと言えば、やはり知名度がまだまだ低く、今回は別のアプローチを考えたとのことだ。マジかー……。もっと良いの居ると思うよ?

 

 仕事内容も聞いてみるとそこまで大変なことではないそうだ。嵐山隊の次のメディア向けの仕事は雑誌の取材らしいのだが、俺の事はあくまでも根付さんがメディア受けするだろうと考えているだけで、取材する側が俺に興味を持たないならそこまでらしい。

 

 ……別に根付さんも雑誌の取材に同行するわけではないのだから、「あ、木虎さん肩に糸くずが―――」とかで補佐に徹してればいいかと俺は考えた。仕方ない決定事項なのだから。

 

 はー、明日から嵐山隊の3日間か。菓子折りは何が良いかなー。

 俺はデパートによって菓子折りを選ぶのだった。

 

 

 




感想や誤字脱字の報告。質問等々お待ちしております。


◇ネコのトリガーポイント◇
C級の訓練を全てやったわけではないが訓練をやった結果、初期の4200ptから少し上がってます。一番難しく感じているシューターはあまり伸びてない模様。

◇『おことわる!』◇
【賢い犬リリエンタール】のリリエンタールの名台詞です。作者さんが同じで全4巻の漫画です。とても面白い。読んでない人は読んでみよう。


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07 ネコとイメージアップ戦略

お気に入り70件突破。本当にありがとうございます。



 今日の菓子折りはどら焼きの詰め合わせである。栗が入っていたり、餡が数種類あったりするやつだ。それに少しお高い。

 最初は那須隊と同じでクッキーで良いかと思ったのだが、昨日はお金が足りなくて明日にしようと思い今日買ってきた。何故に和菓子にしたかと言えば、昨日帰ったらやってたテレビを見たからだ。テレビでやってたのは和菓子特集である。洋菓子と違いバターなどの油分を使っていない和菓子は実はヘルシーとか言う部分だけを見て和菓子に決めた。実際のところは知らない。その時その時で影響されやすいだけだ。でもオペレーターさんも木虎も女性なわけだしその辺気にするかも知れないという小さな配慮だ。

 

 菓子折りの入っている紙袋を持ち俺はボーダー本部内にいた。今思えば嵐山隊の作戦室に行くのは初めてである。開発室の頃は開発室集合だったので仕方ないことだ。そして俺は迷っていた。また同じトイレ前に辿り着いた。トイレに行きたいんじゃない。このぐるぐる回る感じは好ましくない。何で同じような作りの場所ばかりで迷わせるのだ。

 時間の余裕はまだあるが、迷い続けるのならそれは余裕ではなく活動限界のタイムリミットとなる。

 

 そんなピンチに現れてこそヒーローと言うものだ。

 

「あれ? もしかして……ネコ君?」

 

 後ろからの声に振り向けばヒロインだった。って誰だこの綺麗な人。どこかで見た覚えがあるけどこんな美人さんの知り合いはいない。知り合いにいたら覚えてる。そんなすんごい美人が俺のことを知ってるとはボーダー内で俺も有名になったということだろうか。

 

「あ、はい音無ネコです」

「合っててよかったー。はじめまして綾辻です……って分からないよね」

 

「嵐山隊のオペレーターさんだ!」

 

 そう、綾辻さん。フルネームは綾辻遥さん。名前まで綺麗なこの人は、ボーダー内外問わず数多くのファンが居ると噂のマドンナ。見たことあると思ったら嵐山隊としてテレビで見たことあるんだ。テレビで見るのは嵐山さんと木虎がほとんどだったから気が付かなかった。

 

 すると真横の自動ドアが開いて脇腹パンチマシーンが現れた。

 

「ネコ先輩でしたか。さっきからうるさいですよ」

「マジかー」

 

 緩やかなくの字形に歪む俺の体。出会えばこの拳を貰わないといけないの? もういらないよこれー。毎回俺が悪いみたいじゃん。

 

「お、ネコ早いな」

「そうだね」

「おっ来たなネコ君」

 

 佐鳥ととっきー、嵐山さんも既に作戦室にいたようだ。

 

「あ、どうも。今日からお世話になります。これつまらないものですが」

「ん? 何だいこれは……おいおいネコ君、こんな事しなくていいんだぞ?」

 

 そうはいかん。俺のミスやマイナス要素を上手いこと帳消しにするように菓子折りに投資をしてるんだ。マイナス要素などが無かったとしてもただ単純にプラス評価に働く投資兵器だ。どこの隊に行っても続けるぞこれは。

 

「わー、いいとこのどら焼き? まだ時間あるし何か飲み物出しますね」

「ネコ先輩は何飲みますか?」

「え、木虎が優しい? そんな馬鹿な……」

 

 咄嗟の一言に脇腹に拳のツッコミが飛んで来る。これがボーダーのアイドルの素顔です。オペレーターの綾辻さんも宥めてくれる。木虎も本気で殴って来るなら酷いけど、実際にそんなことはないし、この嵐山隊は悪い印象の人がいないなーとしみじみ思う。前から開発室でお世話になってたけど改めてそう思う。

 

 

 

「さて、話は聞いてると思うが、今日は俺達に防衛任務が無い」

「はい、聞いてます。雑誌の取材ですよね」

 

 そう、嵐山隊での3日間の内、今日だけはメディア向けの仕事と聞いている。メディア向けのチームがあるのに関係ない俺を巻き込むとか根付さんも奇手を使ってくるものだ。

 聞いて初めて知ったのだが、嵐山隊全員で取材を受けることは稀なことらしい。2名ぐらいで対応して、他のメンバーは防衛任務やC級の訓練に借り出されるらしいのだ。広報活動って大変だな。

 

「もう少ししたら取材の人が来て基本的には受け答えをするだけだ」

「今日のお仕事は何度か取材してもらってる情報誌なんだけどね。写真も撮るんだけど、今回はカラーかもしれないんだって」

 

 綾辻さんもどら焼きを美味しそうに食べながら説明してくれる。

 週刊誌らしいのだが雑誌の中で『噂のお仕事』というコーナーで毎週色々な職種を紹介しているとのこと。スカウトなどで県外に行ったりすることを除けば主に三門市限定の仕事だが、テレビでも知られている嵐山隊を何度か取材に来てるらしい。今では職種の紹介ではなくボーダーのコーナーになっているそうな。

 

 嵐山隊の広報としての仕事はボーダーのイメージアップをすることだが、思ったままに受け答えをするだけで問題ないらしい。しかしそれは嵐山隊だからだろう。俺なんかが何も考えずに受け答えをしようものなら―――。

 

『何故、音無さんはボーダーに入ったんですか?』

『夢も希望も無く街をぶらぶらしてたらスカウトされました。今はお金を稼ぐことを考えてます。げっへっへ、あ、ギャラのお話を先にしてもらっていいですか?』

 

 ―――最低じゃないか! 完全にイメージダウンだよ!

 

 

「まぁ考え無しの発言が出ても問題ないよ」

「え、いいの?」

 

 とっきーが言うにはテレビであっても取材であっても基本的には生放送・生原稿のまま出すことはないらしい。出していいかどうか根付さん率いるメディア対策室が確認してから発信許可を出すらしいのだ。だから失言があっても、取材をした記者さんからマイナス評価だったとしても表に出た時に読者層からはプラス方向に修正されてるらしい。すげーメディア対策室。それと同時に真実を握り潰す大人って汚い。

 

 テレビでたまに「伝え切れないことがある」とか「真実を隠すのか」とか騒いでたりするのはメディア対策が出来ていないことの裏付けであり、一般人が目にしている情報には真実が載っていないことをも意味する。怖いな怖いなぁ。

 

「だから木虎もボーダーの顔出来るのか、ぁぅ」

「私はいつでもちゃんとしてます」

 

 俺の背後で腕を組んで立っていたアイドルがチョップしてきた。

 

 のんびりと雑談をしながらお茶を飲んでいると、何かの電子音が部屋に鳴り響いた。電話だったようだ。綾辻さんが出るとボーダー窓口の人らしい。取材の人が来たらしい。

 一般の人や直接的にボーダーに関係の無い人は窓口側から入ってくる。窓口の人は取材してもらう部屋に案内中ということで俺たちもその部屋に向かうこととなった。

 

「ネコ緊張してるか」

「うりゃっ! 別に~俺関係ないし~」

 

 佐鳥がニヤニヤと覗き込んでくるからロケット頭突きを繰り出してやったが片手で止められた。とっきーは相変わらずの無表情。綾辻さんと嵐山さんは他の事を話し合ってて余裕そうだ。木虎はエレベーターの中で鏡で自身を確認していた。やっぱプロだわ。ごまかしの天才だよ。あ、鏡越しに目が合った。

 

「何ですかその目は」

「騙されてる人多いだろうなーって思って」

 

 真実を話しても殴られるだけだと判明した。だから世界の至る所で真実は隠されるのかとも理解したつもりだ。

 

 

 

「お久しぶりです。本日はよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

 

 嵐山さんと記者さんの挨拶から始まり、入隊する隊員の減少やイレギュラーゲート等の対応の遅れなどの近況を真摯に答えていく嵐山さん達。まぁ対応の遅れによって家が壊されたりして不満もあるのが三門市民だが、記者さんはその辺も理解があり、ボーダーがいない場合の意識もちゃんと持っている人だった。

 

 つまり、対応が遅れるのはボーダーの怠慢などで捉えるのではなく、原因の究明頑張って下さいという意見だ。勿論ボーダーに非があるなら怒られるべきだけど、ちゃんとした評価をしてもらいたい。これだよ俺が思う『良い大人』ってーのは、こういう人で世界が溢れかえればいいのに。

 

 この間、俺に質問は一度も飛んできていない。だって俺は飲み物を用意して端っこでお盆を持って立っているだけなのだ。完全に補佐役として機能している。木虎の(ここに座ってなさい)という顔とジェスチャーは無視である。だって、動いて物音立てたらボイスレコーダーに雑音入って迷惑じゃないか。

 

 

 

「―――では、一旦休憩を挟ませていただきます。今の内に軽くまとめて他に質問が無いか確認しますね。後ほど集合写真もお願いします」

 

 ふぅ、お茶出し担当でいるのも限界かもしれない。この後は部屋から出ていようかしら。あ、隠密トリガー(カメレオン)使えばいいんじゃね? いや、アレはトリオン体じゃない人には見えてるのか? とカメレオンの仕組みを考えながら佐鳥がトイレに行くのに続いて部屋を出ようとすると首根っこ掴まれた。

 

「仮ニモ今日ハ嵐山隊デスヨネ? ネコセンパイ、サッキカラ無視シテタノハ何デデスカ? 仕事シテクダサイヨ」

 

 oh……。目が怖いアイドルなんだな……。

 

「あ、やっぱりボーダー隊員の子ですよね? 今日は嵐山隊というのは――?」

 

 ほら記者さんまでロックオンしてきた。記者さんが興味を持たないなら立ってるだけでいいって言われてたけど、持たれたら答えなきゃいけないじゃないですかーやだー。

 

「あー……どうも嵐山隊にレンタル中の音無です」

「レンタル中? 前は嵐山隊にはいなかったですし、レンタルってどういうことか聞いても良いですか?」

 

「うーん。自分でも良く分かってないんですけど、ちょっと前にB級に上がりましてボーダーの部隊(チーム)を転々として防衛任務に就くことになりました」

「どうしてそんなことに……?」

 

 良く分かってないと前置きをしたことから、記者さんは個人で考え始めたようだ。これで話は終わりだろうか。……そうは問屋が卸さない。動いたのは木虎ではなく俺が用意したお茶を飲んで一息ついていた嵐山さんと綾辻さんだった。

 

「彼は少し特殊でして、C級に入ると同時にB級確定の力を持っていたんです。でも開発室に通う必要があって、最近B級に上がってきたんですよ」

「それは凄いですね!」

「え?」

 

「下の名前はネコ君って言うんですよ。小さいし可愛いですよね。今日から嵐山隊に3日間来てくれるんですけど、差し入れを持ってきてくれたんですよー」

「確かに飲み物とかも出して頂いて気が利く良い子ですよね!」

「え?」

 

「ポジションは狙撃手(スナイパー)特殊工作兵(トラッパー)ですか?」

 

 え、何この人。凄く詳しいのか? トラッパーなんてポジションの人はほとんどいないのに知ってるなんて。とっきーが耳打ちで教えてくれたが、ボーダーの取材をして長い人らしい。気が利くという情報だけでポジションを考える人も凄いが、別に気が利くわけではなく全て打算的な行動だ。

 

「そういえばネコ先輩ってメインはスコーピオンですけど、攻撃手(アタッカー)にしては逃げ腰ですよね?」

 

 ディスるの止めて下さい。会話も広げないで下さい。

 

「開発室長が言うにはどのトリガーも適性があると聞いたことがあるな。一番長くネコと模擬戦やってるのは充だったな」

「ネコは中距離が好きみたいですね。スナイパーとしても良い感じでしたけど」

 

 げぇっ! とっきーまでそっちに回っただとぉっ!?

 

「戻りましたー。何かあったんですか?」

「あ、僕らのツインスナイパーが帰ってきた! ほら、ツインスナイパーの方が凄くないですか? 唯一無二のツインスナイパーですよ?」

「佐鳥君は以前お話しを聞きましたし、今はネコ君のお話しを―――」

 

 使えねーなツインスナイプ野朗!!

 

 

 

「じゃあカメラを睨む様にお願いしまーす。はいもっと睨んでー、いいですよー。少し向き変えてみましょうかー。はいOK。今度は―――」

 

 ボーダー本部のエントランスでの集合写真や個人撮影である。もちろん俺は参加してない。俺はただのレンタル人員であって、今回の取材の雑誌が世に出た時には嵐山隊ではないのだから当然だ。俺はそんな撮影風景を見ているだけだ。

 

「あ、デスクですか? ボーダーで面白い子見つけたんですよ。今回は小さく使えればと思うんですけど、機会があれば大きめに取り上げられるように責任者の方と交渉をお願いしたいんですよ。勿論デスクに判断してもらってからですけど、きっとデスクも気に入ると―――」

 

 そんな撮影と関係ないのが取材記者である。あのお姉さんは質問をしてその答えを纏め上げて文章を書くのが仕事だ。だからカメラを構えることもないのだ。気にはなるが後ろの方で携帯で話している内容は無視するしかないし、俺の嫌いな汚い大人が話の内容が実現した時に断ってくれるのを願うしかないのである。今回の巻き込まれ型の俺に関する取材もカットして欲しい。

 

「じゃあ次は君だね」

「マジかー……」

 

 俺の取材は俺が答えることは無く、全て嵐山隊の偏った意見で構成されており、俺に出来る必死の抵抗といえば、ムキムキのカメラマンによる最後の撮影に、出来るだけ表情を作らないようにすることだけだった。

 

 

 

 撮影を含めた取材全般が終わり「疲れたー」と伸びをしつつ嵐山隊の作戦室に戻る。嵐山隊の俺への評価は高すぎると愚痴りながら俺が持ってきたどら焼きをもう一つ食べ始める。嵐山隊の為に買ってきたものを買ってきた本人が自ら食べるとか普通は駄目だと思うのだが勝手に手が動いて取っていたのだから仕方ない。とっきーが「お疲れ」と言ってお茶を用意してくれた。

 

 (疲れないのかこの人達は)と思うが、嵐山隊にとっては先ほどの取材と言うものは日常とまでは言わないが、普通の仕事なのだ。疲れはしてもメディア向けと言う『顔』が出来ているのか表情には出ない。

 

「俺たちのネコ君への評価が高いと言うが、俺はそうは思わない。確かに君は俺達との模擬戦を除いては個人戦などの対人戦は1回もやったことが無い」

 

 その通りだ。その模擬戦だって嵐山隊が本気になったことは1度もないだろう。基本的にアドバイスを貰いながらの戦闘なんて余裕があってこそのものだ。個人戦闘訓練もやったことが無い。友達感覚でやってる俺にしてみればあの個人ブースに入って、番号と何のトリガーをメインで使っているのかしか分からない対戦形式は怖い。まだ「お前が音無か、個人戦やろうぜ」なんて辻斬り紛いなことを言われた方が戦いやすい。

 

「―――ネコ君の攻撃は確率が低いとは言え掠り傷でも一発退場(ベイルアウト)もあるからな。こちらも掠り傷も負わずに勝てる余裕なんて無い。最初の頃はアドバイスも出来たけど、今は無理だろうな」

「トリオン体は生身じゃないからある程度の被弾は当たり前だけど、ネコとやる場合はそうも行かないからね。一対一だと危ない場面も増えたし」

 

 とっきーも嵐山さんに続いて言った。木虎はどこか威圧的な顔で俺を見ているが、多分「自惚れるな」とか「調子乗るな」とか考えているんだろうけど今は無視だ。

 つまり俺はあの副作用(サイドエフェクト)なのか良く分からない能力で高評価ということか。

 

「……じゃあ俺って強いんですか?」

「少なくともネコ君の同期、つまり今のC級隊員がB級に上がって来たとして君に勝てる子はいないだろう。今期のトップと言えるな。後は一発退場を除いて考えた場合だが、経験の差やポジションによって今のB級以上とどこまで戦えるかってところだが、初見の相手や情報の入ってない相手ならある程度勝てる見込みはあるだろう」

 

 経験か……。つまりだよ? 経験値を上げるにはランク戦だけど、やればやるほど対策が取られる俺の情報が出て行くって事だよな。掠り傷一発で倒せる可能性は非常に低い。倒されるの嫌なんだよなー……。

 

「ネコ先輩、もしかして倒されずに倒す事だけ考えてませんか? そんなことで強くなれるわけないじゃないですか」

 

 鋭いけど長い溜息吐きながら馬鹿にするのは止めて欲しい。そっか、近道はないか……ん?どこかでそんな話を聞いたような気がする―――。

 

 

「えー何で俺こんなにピンボケなんですかー……」

「仕方ないよー」

 

 奥の休憩室でなにやら聞こえてきた。佐鳥と綾辻さんの声だ。俺は近道を考えるのを止めてそちらに視線を向ける。

 

「どうかしたのか、賢」

「見てくださいよこれー。前回の雑誌のサンプルが届いてたらしくて見たんですけど、嵐山さんと木虎にピントが合ってて、奥に居る俺が少しボケてるんですよー」

 

 佐鳥は俺たちの居るテーブルまでその雑誌を持ってきて広げた。そこには嵐山さん、木虎、とっきー、佐鳥が手前から順に奥に並んでいるかのような写真があった。確かに佐鳥は少しボケているように見える。しかし、そんな事は気にならないほどにメインとも言える嵐山さんと木虎が目に入る写真だ。

 

「……やっぱ木虎可愛いなー」

「なっ!?」

「はははっ言うじゃないかネコ君」

 

 あ、また殴られた。真実を語ればやはり殴られるようだ。これは実体験に基づく真実だ。主に木虎に限るが……。

 

 その後は明日の防衛任務の事や雑談モードに切り替わり、俺は今日の取材の話も近道の話も頭の片隅に追いやった。

 

 

 




◆木虎ぱんち
 最初は嫉妬から自然と手が出ていたが、最近では少しイラついただけでもネコを叩くようにしている。周りからは見え辛い様に位置取りも意識してネコボディに拳を突き入れている。※他の先輩には決してやらないし、原作どおり烏丸が好き。

◇ネコは個人戦をやったことが無い。
 正式入隊日に4200ptあって、C級の訓練だけでスコーピオンを4400ptまで伸ばし、後は模擬戦ばかりのボーダー生活。今のネコがアタッカー装備でB級以上の隊員と個人戦闘訓練をやった場合、スナイパーからはカモ状態。中距離戦は勝ち目が薄い、アタッカーなら良い勝負と言ったところ。
 ちなみに同期とやった場合、ほぼ確実に勝てるだろうけどネコはB級に上がっているので、個人戦という形式は同期のC級の隊員とは組めない。



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08 スナイパーにされるネコ

 思い出したようにクラスメートの女子に謝る俺。何をしたかといえば別に悪いことは何もしていない。ただアイドルのサインを貰えなかったってだけだ。嵐山隊の隊長である嵐山さんのサインだ。

 実際問題としてサインはしているのかと言うと、周囲からはアイドル的な目で見られているけどあくまでも広報であってサインはしてないらしい。しかし、今後そういう仕事も増えるかもしれないとの事。サインの練習とかもしてないらしいです。だから俺たちの集合写真で許してもらった。

 ちなみにではあるが撮影してくれたのは通りすがりの他の隊のオペレータさんで『氷見(ひやみ) 亜季(あき)さん』って人で綾辻さんが呼び止めて撮影してもらった。B級の二宮隊とかいうチームのオペレーターさんらしいけど「何でボーダーにいる女の人は綺麗だったり可愛い人しかいないんですかね?」と綾辻さんに聞いたら何故かシャッターを押す時間が長く掛かった。あんなにクールそうな人なのにデジカメも使えないほど機械音痴さんだったのだろうか? オペレーターさんにしては珍しい。そんなデジカメを握り締め顔を赤くして困ってる氷見さんをじっと見てると、綾辻さんに「そういう事はあまり大きな声で言っちゃだめだよ?」と困った笑顔で注意された。

 そんな俺を見て嵐山さんは笑顔、佐鳥は苦笑い、木虎は呆れ顔、とっきーいつもどおりの無表情だ。良く分からんが素直に謝っておいた。ごめんなさいでした。綾辻さんが氷見さんに話しかけてしばらくすると写真は無事撮影された。使い方講座、シャッターボタン押すだけ。一つ学んだのであろう氷見さんは少し笑顔を浮かべていたが、デジカメを受け取ろうとした俺と目が合うと、デジカメを綾辻さんに渡して慌てて行ってしまった。……謝ったのにー。

 

 それはさておき、写真を受け取った瞬間までは喜んでたのに、黙って写真を見つめ始めたと思えば他の女子を呼び、その女子たちが男子を呼び、写真を見ては俺を見始めた。

 

 

(あの嵐山隊と一緒にネコ君が写ってる……)

(私にも見せて~)

(あいつB級って言ってたよな、A級との壁って無いのかな?)

(これ綾辻さんに頭撫でられてるぞ!? 羨ましいぃぃぃ……)

(ネコってかなり凄い奴なんじゃね?)

 

 何だよヒソヒソ話なんかしやがって、喜んだと思ったら個人の写真じゃないと許してくれないのか? それとも他に何かしろとでも いうのか。っていうかサインの件は女子一人だけの筈なのに集団戦に切り替えるとは酷い連中だ。イジメとかマジでやめろよ? ボーダー規定に違反するがトリガー使ってでも復讐するぞ俺は。

 

 

 

 学校が終わり、真っ直ぐボーダー本部に向かう。防衛任務まではまだ時間があるのだが、今回は暇潰しの必要は無い。鬼怒田さんに呼ばれているからだ。

 

「と言うわけで来ましたー」

「おれも来たぞぽんきちー」

 

 え、この子誰? 俺の後ろにヘルメットを被り、何かの動物に乗っている男の子がいつの間にか現れた。『ぽんきち』って誰だ?

 

「なぜお前が居る!?」

 

 あ、知り合いみたいだ。ぽんきちって鬼怒田さんのことか? ボーダーには子供がいても最年少は双葉ちゃんの様に中学生からだと聞いていたけど……ん? 確か宇佐美先輩が玉狛には『陽太郎』という子供とペットの『雷神丸』と言うのがいると聞いた覚えがある。……この子がその陽太郎だとして何故に本部に居る?

 

「今日は誰だ。林藤支部長か、米屋か、迅も宇佐美も本部には呼んどらんぞ」

「陽介が個人戦の後どこかに行ってしまってな。暇だから遊びに来てやったのだ」

 

 偉そうな子だ。おっと目が合った。

 

「もしかして玉狛支部の?」

「むぅ、おれを知ってるとはおれも有名になったものだな。見ない顔だがおまえは何者だ?」

 

 鬼怒田さんに聞いたんだけどお子様が答えた。もしかすると本当に偉い人……とかの子供かもしれない。俺は一応低姿勢で挨拶をすることにした。

 

「あ、ども音無ネコです」

「ふむふむ、良い眼をしている。おれの名は陽太郎、こいつは雷神丸という。何かあればキミの力になろうじゃないか」

 

 お、おぅ。何かヒーローみたいな子供だな。何故ヘルメット? かと思ったが中々ヒーローっぽさとして堂に入ってると言えるのではないだろうか。

 そして満足したのか知らんけど、元々開発室に用は無かったのか時計を見ると陽太郎少年は出て行った。……何だったんだ。

 

 

 さて、気を取り直して開発室での用事である。何故呼ばれたかと言うと、俺が使っているトリガーを確認するとのことだ。ポイントだけでなく、色々な情報も入っているらしく定期的に確認したいそうだ。研究は失敗で終わりじゃなかったのか? そう思い聞いてみると、鬼怒田さん個人としては失敗で終わりではなく、一時凍結扱いらしい。費用を掛けずに研究を進める方法としてトリガーを定期的に確認していくことにしたそうだ。

 

「―――お前はアタッカーしかやらんのか?」

「いえ、アタッカーと言うより渡されたトリガーがアタッカー装備だったと言うだけで、今はシューターやりたいですね。教えてくれる人いないんで今のままだと防衛任務に支障出るかも知れませんけど」

 

「今見つかっておらんのなら別のトリガーにするぞ」

 

 鬼怒田さんは俺のトリガーホルダーを分解し始めた。分解しながら鬼怒田さんがアタッカー以外で問題があるのか聞いてくるから問題無いとは答えた。

 だけどさー。いきなりスナイパーにされるのもなー。

 

「シューターは一旦保留にしておけ」

「はーい」

 

「データは欲しいからな、アイビス・イーグレット・ライトニング全てを用意するが不満はあるか?」

 

 シューターが出来ないのが不満だが、通常弾(アステロイド)以外は戦える気がしない。理想が高すぎるのだろうか? でも諦めたくないなぁ。まぁ今は鬼怒田さんに従っておこう。教えてくれる人でも出来たらシュータートリガーにしてもらおう。

 

「それで問題ないです。今のところは色々なトリガーを使って研究に貢献するってことですかね?」

「そうだ。お前の力を今でも副作用(サイドエフェクト)で片付けていいものか判断に迷う。診断結果も変わってないのだろう? 本部としてはこれ以上お前に費用は掛けられんが、出来る範囲で続けるぞ」

 

「……あのー、諦めるって事はないんですか?」

 

 ふと思った疑問である。今の話で何となく開発室が俺の研究を失敗だと終わらせたのではないと分かる。本部の決定として、『この研究は終わり』って感じだろう。他にも研究することが多そうなのは開発室の資料の山とか見ても分かる。なら何で鬼怒田さんは続けようとしてるのだろうか。

 

「―――前に少し話したがな、研究者に失敗は付きものだ。だが失敗と決め付ける事と、失敗だと導き出す事は全く違う。諦めるのはまだ先だ」

 

 調べる資金が無くなったから諦めるというのは研究者ではないらしい。なるほど、城戸司令の派閥にも凄い人はいるんだ。

 

「それから、個人戦をやらんのかお前は」

「何というか……苦手意識がありまして」

 

 苦手意識というよりは結果が見える気がして嫌なのである。昨日の嵐山さんの話で更に嫌になった。個人戦を始めた時にやられ続けるのは嫌だ。木虎が言ってた通り倒されること無く強くなるのは傲慢だろうし無理な事だと思うけど、全く手も足も出ないのは嫌だ。嵐山さんが言ってたように戦い方次第で勝てるかもしれないというのも分かる。だが、今のところマイナスの考えしか浮かんでこないのだ。負ける。手も足も出ない。馬鹿にされる。はぁ、考えるだけで嫌になる。

 

 鬼怒田さんに怒られながら俺はとりあえず、他の装備をスコーピオン・テレポーター・シールド・グラスホッパー・通常弾(アステロイド)で設定してもらった。バッグワームは対人戦でも無いので必要ないだろう。……トリオン兵にレーダーとかあんのかな?

 グラスホッパー以外の補助系のトリガーあまり使ってないなーと思いつつ、俺は鬼怒田さんに「その内にでも個人戦も頑張ると思います多分」と他人事のように伝えて逃げるように開発室を後にした。

 

 

 

「驚いたな、今日からはスナイパーか。ネコ君の動きから万能手(オールラウンダー)タイプだとは思っていたが、パーフェクトオールラウンダーを目指すのか?」

「何ですかそれ?」

「知らないんかい」

 

 佐鳥のツッコミを受けつつ説明も受ける。万能手(オールラウンダー)と言うのは『近・中距離』両方に対応する人を指すらしい。で、そこにパーフェクトが付くと遠距離も加わり、完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)ということになるそうだ。あー確かに今の俺の装備はパーフェクトオールラウンダーというものに該当するのかもしれない。

 しかし、別に目指してるわけじゃない。ただ用意されたトリガー使ってるだけだし、それに木虎が言うには全部8000ptのマスタークラスとか言うレベルにならないとただの器用貧乏で使い物にならないらしい。そこまでポイント上げてられるか。

 ちなみにパーフェクトオールラウンダーさんは一人しか居らず、玉狛にいるらしい。すげーな玉狛。宇佐美先輩が言ってた通り本当に強いのか……。

 

 雑談しながらトリオン体になる嵐山隊と俺、時間になり嵐山隊での2日目、防衛任務としては1日目が始まった。今日は三輪隊ってところと分散して見て回るらしい。イレギュラーゲートに対応するために最近では同時間帯で防衛任務する隊を増やしているらしい。三輪隊って名前だけ言われても知らないけど、とっきーが言うにはA級のチームで嵐山隊と同じく規定人数フルに使っていて強いらしい。一緒に行動するわけでもないから俺には関係ないけど。

 

 警戒区域をブラブラと歩き、跳び、トリガーに慣れる目的も兼ねてテレポーターで移動してみたりと行動する。

 

「ネコはスナイパー訓練には来てないから開発室での情報しか知らないんだけど、他には何を持ってきてるんだ?」

「ライフル3種とスコーピオンとカメレオンでしょー、あとグラスホッパーとアステロイドそれとさっきのテレポーター」

 

 佐鳥と建物の屋上を飛び跳ねながら会話をして進む。ゲート発生予測位置を警戒するが、嘲笑うかのようにイレギュラーゲートが市街地近くの警戒区域内に発生した。

 

「何かだんだんヤバイ場所に発生してない?」

「また広報(ウチら)の仕事増えるかもなー……こちら佐鳥、狙撃ポイント到着」

『了解、問題なさそうだが警戒しててくれ』

 

 嵐山さんの通信が入る。バムスター2体だけだし問題ないだろう。しかしなー、どんどん市街地に近寄ってないかい? 誘導装置は正常だって話だけど、基地近くに発生するはずのゲートが遠く離れた場所に発生するし、イレギュラーゲートとの発生も増加してる。

 俺はイーグレットのスコープでバムスターを見つめるが、引き金を引くことなく戦闘は終了。予測ポイントどうりに発生するゲートもあれば、かなり離れた位置に発生するゲートも増えた。俺は防衛任務始めたばかりだからあまり気にならないが、出動回数が増えたという声も多いらしい。

 

 難しいことは分からないけど、このまま行くと『市街地にもゲートが発生して』→『三門市民が逃げてしまい』→『ボーダーのスポンサーがいなくなり』=『給料が出なくなる可能性もある』

 そうなると実家に帰るしかないし、未来も見えない人生に後戻りだ。解決策はないものだろうか。イレギュラーゲートがどうにかなれば取り敢えずの問題は解決しそうだ。

 

『ネコ君、賢、そろそろ本部近くの予測時間帯だ』

「先行します」

「了解」

 

 俺達の方が本部に近い位置で狙撃待機していたので、本部側に向けて先行する。発生予測ゲートは予測通りに出現した。バンダーとバムスターのコンビだ。

 俺はライトニングを構えたまま飛びながら撃つが―――。

 

「あれ、外した」

「そりゃそうだろ動きながらじゃあ当たらないよ。最初の内は時間掛けてもいいから確実に当てることを―――ってあれ?」

 

 佐鳥の声を最後まで聞かずに俺はグラスホッパーで一気に飛んで、そのままバンダーの後ろに瞬間移動(テレポート)した。テレポーターで跳んだ距離は約50メートル。10秒ぐらいインターバルが生まれるだろうが今はもう関係ない。 バンダーが振り向いてきた。口の中にある眼のような球体にライトニングを向け2発ぶち込むとバンダーは沈んだ。バムスターには2×2×2=8分割の大き目のアステロイドを放つとそちらも沈んだ。

 

「バムスターとバンダー1体ずつです。お願いします」

『了解。でもあまり無茶な動きはしちゃ駄目だよ? 一人で戦ってるわけじゃないんだから』

 

 綾辻さんからの通信に謝罪の応答を返し、俺は接近戦の癖が抜けてないと思い知らされていた。木虎が言っていた器用貧乏とはこういう行動のことを言うのかもしれない。適切にどのトリガーをどのタイミングでどれぐらいの距離で使うと言う切り換えは難しいのだろう。

 

 

 その後は何も現れず五体満足で基地に戻って反省会となった。

 

「―――何事も無く終わってよかったと言うのは結果論だが、嵐山隊(ウチ)は他の部隊と比べても連携を最も大事にする隊だ。ランク戦を見ると自分を犠牲(おとり)にして他の誰かに相手を倒してもらう釣りの様な作戦も多く目にするが、ウチは出来る限りフォローし合って戦うチームだ。他のチームと違って規定人数の戦闘員4人という数の多さもあるが……」

 

 俺が単独行動の事を謝罪すると、木虎は優越感を感じて俺を見下しているような目を向けてくる。「ふふん」と鼻で笑う声でも聞こえてきそうな顔である。んだよー……やめて殴らないで!

 

「それにしてもイレギュラーゲートも不味いですよねー。ネコと少し話してたんですけど、市街地に近付いて行ってますよね?」

「そうだな。今日のイレギュラーゲートも妹や弟の学校も近くてな、少し焦った」

「……その学校周辺ちょっとおかしいですよ」

 

 綾辻さんがパソコン画面を見ながら会話に参加する。何だ何だと俺たちもパソコン画面を覗き込もうと綾辻さんの後ろに回る。画面に映っているのは三輪隊の報告書である。この報告書は城戸指令や本部長などの上層部に行くだけで誰も見ないはずなのだが、綾辻さんは嵐山さんに頼まれて、念の為に弟妹の通う中学校周辺の防衛任務担当の報告書を毎回確認して欲しいと依頼しているらしい。心配なのは分かるが、こういう行動は兄バカとでも言うのだろうか。

 

 それはさておき、問題がある点を綾辻さんはポインターを移動させて見せた。そこには討伐数が記録されている。

 

「これが今回の三輪隊の合計討伐数ね。で、こっちが本部で確認したゲート発生数とトリオン兵の数」

「1匹足りない……?」

 

 ボーダーの探知に引っかかるトリオン兵はレーダーに映るようになっていて、その数も当然把握できるようになっている。討伐数も誰が何を何体討伐したかの記録も残る。というか残さなくてはいけない。給料もあるし、逃がしたら逃がしたで市民に被害が出てしまうだろうから当然だ。隊員が報告しないなんてことも考えにくい。お金になるのだから報告しないという選択肢の意味が分からない。

 

「足りないのは……バムスターか」

「そうだね。でも今はトリオン兵はマップに引っかかってない」

 

 その他の文章を確認する。『軽傷の一般人を数名保護』と言う文と『恐らくA級隊員』という文が目に入る。A級隊員がちゃんと倒してるんじゃん。

 

「―――これってつまり、バムスター討伐を報告してない非番のA級隊員がいるってことですか?」

「そうみたいですね。非番とは限りませんけど、報告書を見る限りA級だと思います」

 

「それにしても知らなかったな。ボーダーって一般人を保護するんですね。怪我人の治療って病院かと思ってた」

「いや、これは今頃は記憶を処理してるってことだよ」

 

 あ、そう言えばC級の時に座学で聞いたかも。ボーダーに関する記憶を弄られるんだっけか。鬼怒田さんは何でも開発するなーマジで凄い。マジで怖い。

 

 少ししたら新しいメールが来て綾辻さんが確認する。内容は先ほどのA級隊員探しらしい。まだ報告してないのか……なんでだろう?

 

「これって誰かが嘘ついて『倒しましたー』って言ったら給料増えますかね?」

「いや、怒られるだろうな。報告を怠るなって感じだろう」

「残念でしたね」

 

 ざ、残念じゃねーし! そんなこと全然考えてないし! しかしなるほど、その時に報告しないと討伐しても怒られるのか。迅速な報告・連絡・相談が大事なわけだ。分かったからそんな目で見るな木虎、ただの冗談じゃないか。やめろ拳を握るな!

 

「さ、佐鳥ー射撃教えてー」

「おーいいよ。トレーニングステージ行こうぜ。アクロバットツインスナイプを教えてやる」

 

 そう何度も殴られてたまるか。今の俺はスナイパー佐鳥先生がいるのだよ。

 

「私も手伝います佐鳥先輩」

「お、じゃあ複数の相手を想定した模擬戦形式にしようぜ」

「マジかー」

 

 佐鳥に教わったこと。俺はトリオン量が多いから対人戦などで相手のシールド対策として火力のあるアイビスもお勧めらしい。対人戦なら1発撃ったら逃げる隠れるを繰り返す。今回の嵐山隊のように誰かとチームを組んだりする状況なら、サポートに徹するのを優先すること。腕に自信が付いて話し合い次第では積極的に狙って行っても良いらしい。それが出来る様になったらアクロバットツインスナイプの使用を許可する。……ツインはしないけどね。

 

 木虎『さん』に教わったこと。相手が年下だったとしてもボーダーとしての先輩を舐めない事。全てを師とし年下であっても敬うこと。破ったのならばボーダー規定の範囲内であればトリオン体ならば首を落とす。生身ならば音無音鼓の腹を叩く。全力ではないが嫌だと思う程度に何度でも何度でも叩く。

 

 つまり俺は叩かれ続けるらしい。

 

 

 




◆陽太郎と出会うネコ。
『お、お前は~。あの時の~』的な再会の為だけに登場させた。
まぁ玉狛の子って知ってるから劇的な再会にはならない。
鬼怒田さんを「ぽんきち」と呼ぶ陽太郎が好きです。

◇三輪隊を知らないネコ。
B級に上がった時に隊長さんと会ってるんですけどねー。
名前も教えてもらってませんけどねー。

◆個人戦に消極的なネコ。
勝ちたいと言う気持ちは薄く、負けるのが嫌なだけです。
これは多分『負けず嫌い』とは言わないんじゃないだろうか。

◇さらっと原作入りしたネコ。
空閑遊真が三門市にログインしました。その結果、誰が倒したか分からないバムスターのバラバラ死体が三輪隊によって発見された模様。



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09 狙い撃つネコ

お気に入り件数90件です。本当にありがとうございます。



 嵐山隊レンタル生活3日目。学校を午前中だけ出て特別早退で直接本部に来たところである。最初から休みになってくれればありがたいが、学生と言う身分である以上仕方ないことだろう。

 嵐山隊の作戦室に向かって本部内を歩いてると噂話が聞こえてくる。昨日のバムスター爆散バラバラ事件は解決していないらしいのだ。三輪隊と言うA級のチームが到着した時にはコンクリートも抉れるほどの派手なバラバラ殺害現場のみが残っていて名乗り出る隊員がいない。

 そして、この事件は本部にいるC級の人達のネタになりつつあるようで、「アレは俺がやった」とか「お前がやったんだろ~」等と笑い話としてちらほらと聞こえてくる。

 

 それとは別にB級以上の白服じゃない隊員はいつも以上に忙しそうにしてるか、疲れているように見える。

 そんな中、「音無ちょっと来い」なんて鬼怒田さんに呼び止められて行ってみると「お前じゃないだろうな」なんて疑われちゃってんのもう聞いてらんない。

 俺はバラバラ死体の現場なんて見てないけど、報告書や噂からして結構派手な破壊のされ方で、破壊力が凄まじいことから俺のサイドエフェクト的なことなのか、A級の誰かなのかと言うことらしい。俺には嵐山隊での防衛任務でアリバイありますからぁ! と言っても本気で聞いてきているわけではないそうだ。

 開発室としては現在有り得そうなトリガー『炸裂弾(メテオラ)』と仮定して調べてるらしいが、鬼怒田さんが言うにはボーダーのトリガーじゃない可能性があるらしく調査続行中との事。でもボーダーのトリガーじゃないとしたらトリオン兵の仲間割れか……何かヤバイの来てるとか?

 そして、昨日から警戒区域外にネイバーが現れる事態が既に5件起きているらしい。技術者が総出で原因を探ってるらしいが誘導装置が効かないので、防衛任務のボーダー隊員も三門市の端から端まで飛び回って忙しいそうだ。

 

 

 

 さて、噂話は置いとくとして今は防衛任務である。狙撃(スナイプ)の細かい点を佐鳥に教えてもらいながら建物を跳び移る。狙撃ポイントに着いてはポイントを変更する。本部近くで何体かのトリオン兵を嵐山隊として片付ける。そんな中、とても不安を感じていることがある。

 

「俺の給料って討伐数なんだよな~……」

B級(ネコ)はそうだよね」

 

 佐鳥が冷静に答える。A級の余裕だろうか。『給料プラス+討伐数』のA級は金に困ることは早々ないだろう。B級は金を稼ぐためにトリオン兵を倒すしかない。C級に関して言えば何も無い。すぐにB級に上がれた俺は恵まれている方だ。それは分かってる。

 しかし、個人でなら討伐できるはずのトリオン兵が、俺の射程圏内で鮮やかな連係プレーにより倒されていく。それをスコープ越しに見るだけの簡単なお仕事。ただし給料には反映されない。マジかよー……。鬼怒田さんに頼んで近接用トリガーに戻してもらおうかなぁ。これも研究だし駄目かなぁー……。

 スコーピオンはあるよ? でも防衛任務前の嵐山隊での話し合いで俺はスナイパーポジに決まったのだ。昨日もスナイパーがライフル構えて敵の目の前に踊り出たことにより反省会でも注意されたのだ。わんふぉあおーる・べりーはーど。

 

「A級になれないスナイパーは割に合わない……アレ撃って良いかなぁ?」

「駄目だろ。フォロー指示出てないんだから」

 

「次、俺の近くに出たら撃つから」

「それなら俺だって許可出すよ。でも昨日みたいに動きながら撃つなよ?」

 

 スナイパーが動く時は撃つ前と撃った後。そんな当たり前のことを俺は昨日破った。当たらなくても仕留める方法は色々有るから別にいいと思っての行動だったが、単独行動でもない限りは怒られるだけである。

 

 時刻は午後1時を回ったところだ。近くにでねーかなぁー那須隊の時みたいに真上でいいんだ。そしたら成層圏の向こう側まで狙い撃ってやるのに。射程距離が足りるのならばの話だけどね。

 

『イレギュラーゲート発生! これは―――警戒区域の外!』

 

 って遠いよ! マジで出るんだな警戒区域外。しかし俺が一番近いし、グラスホッパーが有る分だけ俺が最速で行けるだろう。

 

「先行します!」

 

 嵐山さんがテレポーターで一気に建物屋上に出たのが後方に見えた。他の隊員も移動しているのはレーダーで分かる。それでもやはり俺が先行するのが一番早いようだ。

 グラスホッパーの連続使用で加速を続けるかのように警戒区域の建物屋上を駆け抜ける。続けて綾辻さんの通信が嵐山隊全員に届けられる。嵐山さんの弟妹のいる中学校の目の前から反応が出ているとの事。

 

『反応はモールモッド2』

『不味いな』

 

 綾辻さんから随時更新される情報に佐鳥が反応するが、隊長である嵐山さんの反応が無い。結構離れた後方だけど移動はしている。弟妹さんが心配なんだろう。それでもすぐに冷静になり、指示を飛ばす。

 

『市民の安全確保が最優先だ』

『『『了解!』』』

「了解―――って、おいマジか!?」

 

 嵐山隊はもうかなり離れて目視では見えずレーダーに映るだけ。俺の位置から目的地の中学校は距離にして1200メートルほど。俺はスコープ越しに学校を見ながら最高速度に乗って跳びまくっていた。スコープから見える学校らしき建物は崩れている箇所があり、窓も割れているところが多く見受けられる。その割れた窓の中の1つにモールモッドが見え、メガネで白服のボーダー隊員らしき服装が見えた。

 

『―――どうした!?』

「嵐山さん! 学校内に誰かボーダー隊員がいる! でもC級(白服)だ!!」

 

『時間稼ぎしてくれてるのか! だが危険だ!』

『その前にC級隊員のトリガー無断使用は規定違反です!』

「んなこと言ってる場合か!」

 

 俺は珍しく木虎に叫んだ。いや、初めてかもしれない。咄嗟の叫びだった。人の生死が掛かっている時に規定などと騒いでる場合じゃない。

 

 俺は弾速重視にするためにイーグレットからライトニングに切り替える。まだ確実に当てられる距離ではないが、もう一度スコープを覗く。そこにはメガネをかけた白服のボーダー隊員の片腕が、モールモッドの前足によって斬り落とされた瞬間だった。

 

 ―――600mか、今の俺の腕だと確実とは言えない。間に合うか……?

 

 建物屋上から次の建物へジャンプだけでは足りずグラスホッパーの足場で跳び移る。現在の距離は結構詰まって400m弱、建物の外からもう一匹が上がって来ているのが小さく見える。俺は5階建てのマンションの屋上でライトニングを構えて最高速になった身体に踵で一気にブレーキをかける。

 スコープの端で建物内にいるモールモッドが『白黒で素早い何か』に斬り裂かれたのが見えたが、C級で且つC級のトリガーで片腕とは言えかなり戦えるようだ。高い能力を持ってるC級隊員ってことだろうか。しかし、もう一匹がいる今は後回しだ。

 

 ―――今回は止まって撃つんだから当たれェ!!

 

 強く念じて引き金を2度引く。ライトニングから放たれた2発のアステロイドの弾道は真っ直ぐに建物に突き進み、建物を登るモールモッドの背中に吸い込まれる様に着弾した。モールモッドは建物を登る動きを止め、今度は落下運動を始めた。1.5倍の弾丸が上手く働いたのかは分からないが、取り敢えず良しだ。

 建物内の奴はちゃんと仕留め切れたのかスコープを覗くと、呆然としているメガネ君の制服姿と、トリガーを持っている白い頭の少年が見えるだけだった。俺は大きく溜息を吐いて移動しながら通信を送った。

 

「モールモッド2体沈黙を確認。1体はC級隊員がいたのでその子が対応した模様。後ほど確認します。綾辻さん他の反応はありますか?」

『―――今のところ無いみたいね』

『ナイス狙撃(スナイプ)ネコ!』

『良くやったネコ君。警戒怠るなよ賢』

 

「音無、現着しました」

『こっちはもう少し掛かる。すまないが負傷者や被害状況確認を先に頼む』

 

 了解の返答をして、俺はスーツ姿の大人に歩を進める。

 

「遅れてすみませんボーダーです。早速で申し訳ありませんが、負傷者の確認、生徒さんや先生方の点呼確認をお願いします」

「は、はい」

 

 屋上などに逃げていた生徒と、避難訓練通りにシェルターに逃げ果せたであろう生徒たちが目に付く。確認は嵐山さん達が到着しても終わらなさそうだ。

 俺は確実に仕留めてあるかモールモッドの死骸を確認していると、狙撃していたのが屋上から見えたらしき数名の生徒から感謝の言葉を貰う。遠巻きに「小さいボーダーだ」と興味津々といった視線を浮かべる生徒たちもいる。小さいは余計だ。学校はボロボロだが、人的被害はなさそうに見えるが、戦っていたメガネのC級隊員は―――。

 

「二人とも大丈夫!? ケガはない!?」

「三雲くん!!」

「助けてくれてありがとう!!」

「ていうかボーダー隊員だったのか!? いいなぁー!!」

 

 メガネの生徒が白髪の少年に肩を貸しながら外に出てきた。女性教員やクラスメートだろう人達が二人に駆け寄っていく。……間違いない、あのメガネくんと白髪の少年だ―――。しかし、気になる点がある。白髪の少年が助けられたかのような絵図になってボロボロの校舎から出てきたのだ。俺が見た限りでは肩を貸すほどの事は無かったと思うが……。

 少し思うところはあるが話を聞かないことには何も進まない。

 

「無事だったんだね良かった。ボーダー隊員だよね?」

「……はい。C級の三雲 修です」

 

 俺の姿を確認すると少し空気に重たさを感じさせた。C級の規定は知っているようだ。隣の白髪少年は三雲君のそんな姿を見てこそこそと話し始めた。

 

(どうしたんだオサム? お手柄だろ?)

(言ってなかったけど、ぼくはC級。まだ訓練生だ。基地の外でトリガーを使う事は許されていない。僕がやったのは隊務規定違反。多分、厳罰処分だ)

 

「聞こえてるよ。とりあえずよくやったね。君がトリガーを使ってなかったら死人が出てたかもしれない。本当にありがとう」

「なんだ、小さいけど話の分かる人じゃん」

 

「小さいは余計だし君の方が小さいだろう……。それと悪いけど、話が通じるだけで三雲君の規定違反の判断は俺には出来ない。何も知らないところを見ると、君はボーダーじゃないのか? 三雲君がトリガーを解除した後にトリガーを持っていたように見えたんだけど」

「おれはボーダーじゃないよ。オサムが落としたから拾っただけ」

 

 白髪の少年が何の迷いもなく答える。トリガーを持っていたことを指摘すると、その後の言葉から違和感がした。白髪の少年が「落としたから拾っただけ」と答えたところだ。

 第三者が聞けば言い分におかしい所はない。落し物を拾ってあげたという良心的な褒められることだ。しかし、俺には違和感が纏わり付いていた。(お前は騙されようとしているぞ)と誰かに言われているような奇妙で不快な感覚だった。

 

「―――騙そうとしてる?」

「ッ!? ち、違います! 空閑は本当に拾ってくれただけです!」

 

 独り言に近い俺の発言に対して三雲君は過剰に反応した。これに関しても違和感が生まれた。空閑君とやらの発言の違和感と同質の違和感が新しくもう一つ生まれたような感じだ。俺はその感覚に一瞬止まってしまうが、何とか自分を取り戻した。

 

「……っと、クガくんって言うのか」

空閑(くが) 遊真(ゆうま)。遊真でいいよ」

 

「あ、うん……俺は音無 音鼓、B級の隊員。背は低いかもしれないけど高校生だ」

 

 いきなり奇妙な感覚が消えた。嘘じゃないってことなのだろうか? いやいや普通に考えて、感覚で正しいことなんて分かるわけがない。しかし、だとしたら一つ前の会話の奇妙さは何だったんだ?

 

「あー……遊真君、トリガーは本当に拾っただけで、アレを倒したのは三雲隊員って事でいいかな?」

「そうだよ」

「そ、そうです」

 

 はっきりと言う遊真とは対照的に、苦しそうに三雲君が肯定する。これには聞いた側の俺も困った。違和感が再び俺を包んでいるからだ。本当のことが知りたいのに何かを隠されている様な気持ち悪い気分だ。この感覚が正しいものだと言うなら、それはそれで困るわけだ。

 俺にいきなり現れた感覚では『空閑遊真はボーダーではない』『空閑遊真はトリガーを拾っただけではない』『モールモッドを倒したのは三雲修ではない』―――おいおい、そんな馬鹿なという話だ。……疲れてるんだ。俺は自分に言い聞かせた。

 

 そうだよ俺は前回の那須隊と今回の嵐山隊で1週間のうち6日間働いているのだ。それが俺にとっての普通な事なら良いんだが、レンタルネコ開始からいきなりのシフトなわけだから疲れているのだ。那須隊の女子だけと言う空間で『男嫌いの志岐小夜子に気を使い』『シューター教えてくれなかった体調の悪い那須先輩』、嵐山隊では『初日にいきなりの取材の仕事』に『木虎ぱんち』などなど、仕事以外にもストレスを感じているのかもしれない。確か迅さんも『他の隊だとストレスを感じるかも知れない』とか言ってた気がする。

 自分に疲れの所為だと言い聞かせると割りとすぐに納得している自分がいることに気が付く。頭の中を整理して再び考えるとこう結論付けた。

 

 ―――モールモッドは三雲隊員が倒し、トリオン露出過多によりトリオン体が解除され、その時に落としてしまったトリガーを空閑遊真という生徒が拾ってあげていた。ほぼ同じタイミングで俺が登ってきていたもう一体のモールモッドを対応。

 

「すまない遅れたネコ君!」

「嵐山隊現着しました」

「現場調査行きます」

 

 嵐山さん達が到着した。木虎が綾辻さんに通信を飛ばす。とっきーは早々に建物を上がり現場確認をしに行った。佐鳥がいないけど、念の為に警戒して離れた狙撃地点で待機しているようだ。

 

「負傷者は確認中です」

「そうか……先生ですか? 遅れて申し訳ない」

 

「嵐山隊!?」

「A級の嵐山隊だ!」

 

 俺の時と違って流石に大人気である。しかしちらほらと「ネコ?」「あの小さい人ネコって名前なの?」的な会話が聞こえてくる。ペットを見る様な眼で見るな。小さいとか言うな聞こえてんだよ。

 

「生徒、教員含めての点呼確認できました! 全員無事です!」

「嵐山さん。C級隊員の三雲君です。校舎内のモールモッドは彼が対応しました」

「本当にC級だったの!?」

 

 木虎が驚きの声を上げる。嵐山さんも驚いているがすぐに三雲君に感謝の言葉を述べた。この学校には弟と妹がいるとか説明してるけど俺達は何度も聞いてるよそれ、って、あー……あれが弟さんと妹さんね。

 

「うお~~~~っ! 副! 佐補! 心配したぞ~~~~!!」

「うわっ! 兄ちゃん!」

「ぎゃーー! やめろーーー!」

 

 おーおー溢れる兄バカという力が全てを包み込む様に抱きついている。俺はとっきーに呼ばれて現場調査が終わった校舎内のモールモッドの死体を少しバラして外に降ろした。木虎の使ってるスパイダーって言うトリガーが便利だった。モールモッドの足をまとめて縛って降ろせたぜ。

 

 

 下に降りると木虎は嵐山さんに違反者を褒めるなと言い出した。俺は回収しやすいようにモールモッドを端に寄せていくが、木虎が手伝わないから大変になった。

 

 しかし、どっちの言い分も正しい事は分かる。C級のトリガー使用は訓練時のみ許可されている。今回の件は間違いなくルール違反だ。だが、嵐山さんが言うように三雲君が時間稼ぎをしたことによって避難出来た生徒も少なくない。生徒たちも三雲君をフォローしているのが目立つ。俺もC級のトリガーであんなに綺麗にモールモッドが倒せることには驚きである。あれでC級とか言われても信じがたい。B級に上がってきたら俺より強いのではないだろうか? 嵐山さんも初対面で知らない隊員みたいだし、そういう人がいてもおかしくはないだろう。

 最初からあれだけの力を出せば被害ももっと抑えられた気もするが、C級である以上は今回が初めての実戦だったろうし、今更そんな事を言っても仕方ないだろう。

 そんな話をしていると白髪の少年、遊真が木虎の前に出てきた。

 

「おまえ、遅れてきたのに何で偉そうなの?」

「……誰? あなた」

 

「オサムと小さいボーダーの人に助けられた人間だよ」

(お前のほうが小さいだろ。聞こえてんだよ)

 

 さっき名乗ったのにまだ小さい言うか。しかし、『助けられた』という言葉にまた違和感が浮かんできた。何だこの感覚は……気持ち悪いな。

 その間も木虎と遊真の会話は続く。C級はトリガーを使わないなら人助けをしてもいいが、トリガーを使うならボーダーの許可がいる。トリガーはボーダーのものなのだから。それが木虎の言い分だ。そして、空閑が返した言葉に再び奇妙さは消えた。

 

「―――何言ってんだ? トリガーはもともと近界民(ネイバー)のもんだろ。お前らはいちいちネイバーに許可とってトリガー使ってんのか?」

「あ……あなたボーダーの活動を否定する気!?」

「あー木虎そこまでにすれば? 三雲君が褒められてるのが気に入らないのか知らんけど、さっきのスパイダーで手伝ってくれよ」

 

「なっ! 何を言ってるんですか!? 私は組織の規律の話を―――」

「ふーん、おまえ……つまんないウソつくね」

「あー遊真君も、抑えてくれると助かる」

「ネコの言う通りだね。現場調査は終わった。木虎も、三雲くんの賞罰を決めるのは上の人だよ。オレたちじゃない。ですよね? 嵐山さん」

「なるほど! 充の言うとおりだ!」

 

 木虎の規定漬けの会話の前に空気になっていた嵐山さんが再起動した。とっきーは人を立てるのが上手いなぁ。仕事も出来るし嵐山隊を支えているのはとっきーなのだろう。

 

 最後に、三雲君は今日中に本部に出頭するように言われるが、嵐山さんは処罰が重くならないようにすると、最後に再び感謝の言葉を言って撤収することになった。

 

 

 




◆ネコの叫び
木虎に対して怒鳴りましたが、ネコはもう忘れてます。木虎はC級が訓練用のトリガーでモールモッドを綺麗に倒していたことに嫉妬していて忘れてます。
『私を叱ってくれる人はネコ先輩だけです素敵』みたいな失笑するような出来事は起こりません。これからも。

◇白黒で素早い何か……
C級の制服は白。修は黒髪。
遊真のトリオン体は黒服。遊真は白髪。

◆サイドエフェクト覚醒の兆候
 ネコが特定の会話の中で違和感を感じるようになりました。(俺は疲れてるんだ)と言い聞かせ疲れによる違和感だと認識しましたが、今後もそういった違和感がなくなることはないでしょう。
 ※自分に言い聞かせるだけで納得してしまうのも……。


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10 ネコの必殺技お試し版

 嵐山隊の作戦室にて、警戒区域外に発生するなんてイレギュラーゲートにも程が有るという形だけの反省会をして嵐山隊は解散した。今日で嵐山隊生活も終わりのため、しばらくはここに来る事もないだろう。その足で忍田さんのところに行くと、シフトを見直すとかで明日は休みになった。週6で働いていた計算なので確かにそれがいいかもしれない。とりあえず明後日の午後にでも忍田さんのところに行けば次からの予定を組んであるようにするが、緊急時は連絡をくれるそうだ。

 

 時刻は午後3時過ぎ頃。俺は休憩所にてココアを買って冷ましながら飲む。次はどんな人の隊だろうかと考えていると木虎が現れた。トリオン体を解除した木虎は学校の制服の上からコートを着ている。

 

「ネコ先輩は帰らないんですか?」

「これ飲んだら帰るよ」

 

 何気なく木虎の姿をぼーっと眺めていると、ある事に気付いた。木虎の制服姿はお嬢様学校のものではないだろうか? 確か少し前に学校の友達が帰りに見かけた制服姿を指して「従姉妹が通ってる学校だー」とか言ってた気がする。冬だからコートを着てるが、スカートと首もとの細いリボンが見える。多分間違いがないだろう。根っからのエリート血族なのだろうか。

 

「何ですか?」

「お嬢様学校なんだなーって思って」

 

 そんなどうでもいい事……と言わんばかりの目で見られ一瞬沈黙するが、木虎は話題を変えた。

 

「私、間違ってますか?」

「んぁ? あー、さっきのボーダー規定のこと? 間違ってないでしょ。でも、皆ルールだけで生きてるわけじゃないし、助けられたらお礼も言うでしょ。それを横からルール違反だーって叫んだって、助けられた側は何がなんだか分からないんじゃない?」

 

 木虎が嵐山隊としてボーダーの顔をしてるからマシだけど、仮に俺が言ったとしたら批判だけが生まれるだろう。規定とか煩いの嫌だし言わないけどね。

 俺の言葉に木虎は再び黙ってしまうが、落ち込んだと言うよりは、より嫉妬の炎の力を強めたかの様な雰囲気だ。木虎は「失礼します」と言って本部を出て行った。

 

(怖いねー。ありゃさっきの中学校行くだろうなー)と、ココアを飲みながら俺は考える。木虎藍という人物は高いプライドで出来ている。それに見合った実力も勿論あるだろう。今模擬戦やっても10本中6本はクビ飛ばされるだろう。他の4本は刺されたり斬られたりだ。俺の勝ちはない。

 実力があってプライドの高い人間は他の人にも考えを押し付ける。関係のない赤の他人には興味を持たないだろうが、ボーダーと言う同じ職場の人間だし、三雲君はC級にも関わらずモールモッドを綺麗に倒していたし、生徒達からの人望も有った。嵐山隊が到着しても感謝の言葉と共に規定違反を擁護する言葉に包まれていたのだ。規定違反者だと高らかに言い放っていた木虎からしたら面白くないだろう。

 自分の方が優れているのだと分からせないといけない。そんな事を考えてるのかもしれない。実に面倒な性格である。そんなのは上級ランク同士でやってあげなさいよ。見てても面倒くさい。俺を巻き込むなよ?

 

 ココアの空き缶を捨てて俺も本部を出ることにする。このままスーパーに向かって肉とか買おうじゃないか。豚こまだな。献立を考えながら木虎の面倒臭さも考える。

 木虎は多分、さっきの学校の校門で、下校する生徒達の羨望の眼差しを気持ちよく受けつつ、三雲君を待ち構えるのだろう。規定違反者が逃げ出さない様に見張るとかわけの分からないことを言って本部まで一緒に来るに違いない。もしこの予想が当たるのなら河川敷の方から本部まで来るだろう。俺はそんな面倒臭い出会いを避けるためにスーパーから自宅までの道のりを考えるが、出会うことも無いコースだと判断してスーパーへと向かった。

 

 

 しかし寒い。マフラーだけで過ごすのも限界かもしれない。学ランの中にジャージも着てるけど、コートが必要になってきた。寒いしねー、豚こま肉じゃなくて今日はおでんが良いか。よく知らんけど『思い立ったが吉日』とか言うしねー。俺は冷蔵庫の中身を想像しながら必要な食材を買い物カゴに放り込んでいく。

 

 レジに並ぶと、バイト交代時間だったのだろう人が変わりにレジに入った。高校生ぐらいだろうモサモサした頭のイケメンだ。学校の下校時間とほぼ同時にバイトに入ったであろう時間帯だし熱心な人と見える。心なしか俺の後ろに並ぶ奥様連中も増えた気がする。他のレジの方が空いてません? イケメンの力は凄い。

 

「いらっしゃいませポイントカードはお持ちですか?」

「はい」

 

 無表情だなーこのイケメン。『烏丸』という名札が見えるが、『とりまる』とは珍しい苗字だな。下校時間からこのスーパーまでの距離を考えると俺と同じ高校だろうか? 先輩かもしれないな。ってレジ操作早っ! 他のレジを軽く凌駕するその速さに俺は驚く、しかし、ポイントカードを返してもらったり御釣りを返してもらう時などは、こちらが財布にしまうのを手間取っても急がせない優しさ。やだ、この人本当にイケメン。並んでいる奥様連中も艶かしい吐息が漏れている人がいる。これはしょうがない。学校で会うことがあれば挨拶してみよう。

 

 外に出れば空は少しオレンジ色になって来ている。レシートを眺めながらポイントが貯まっていく数字を見て少しニマニマしていると、少し離れた空に黒い空間が発生するのが見えた。

 

「マジかー……」

 

 はいそうですと答えるかのように警報が街を包み込む。

 

『緊急警報 緊急警報 (ゲート)が市街地に発生します。市民の皆様は直ちに避難してください。繰り返します―――』

 

「でかいな――トリガー起動(オン)

 

 俺はトリオン体に変身してスーパーの屋上に跳び乗る。買い物袋をそこに置き、まずはイーグレットのスコープで確認する。見えるトリオン兵は1体。座学などでも見たことがないトリオン兵だ。見たこと無いけど鯨のようにでかいし空を飛んでる上に―――爆撃し始めやがった。レーダーの感度を上げて広く見るが、防衛任務部隊は恐らく本部近くのようで更に交戦中のように動きが無い。これでは到着まで早くても30分以上は掛かるだろう。

 俺はグラスホッパーとテレポーターを使用して屋上を駆け抜ける。トリオン兵は河川敷と商店街周辺をぐるぐる回っているかのような動きで飛んでいる。

 

 商店街に着けばところどころ瓦礫となり煙も上がっている。トリオン兵は再び旋回して川のほうに向かっていった。そこで本日二度目の再会を果たすことになる人物がいた。

 

「やぁ三雲君、また違反?」

「音無先輩!? 木虎があのネイバーを倒しに行ってて、ぼくは避難誘導を手伝えればと思って―――」

 

 木虎が動いてるなら問題ないか。新型を俺が攻撃したらまた鬼怒田さんに怒られかねないから俺はサポートだな。俺はそう思って空飛ぶトリオン兵を眺めながら、落とされる爆弾を撃ち落したり、三雲君と一緒に避難誘導の手伝いをすることにした。

 

 

 

「ママーママー!」

「そこの人たちと一緒に早く逃げなさい! ママは大丈夫だから!」

 

 少し離れたところで親子の会話らしき声が聞こえてきた。逃げる人たちとは逆方向に進みそれを見つける。

 

「やだぁー! ママもいっしょがいいー!」

「バカ! 言うことを……」

 

 衝撃が走り子供の上から建物の瓦礫が降ってくるのが見えた。

 

「ネコキック! あーんどスコーピオン!」

 

 俺はグラスホッパーで飛び出し瓦礫を安全な位置に蹴り落とす、細かい瓦礫はスコーピオンを細かい木の枝(ブランチ)にして切り払う。三雲君は子供を抱えるように守っていた。助けるのはとてもいいことだ。しかし、あれほど綺麗にモールモッドを倒せる力があるのにその動きは不自然だ。やはり、あれを倒したのは俺の感覚どおり三雲君ではなさそうだ。そもそもあの時は片腕斬り落とされていたし、やはり何か裏があるのだろう。

 

「大丈夫!? ケガは!?」

「……うん、へいき」

「少し離れててください瓦礫をどかします」

 

 感謝の言葉も頂きつつ、その他に逃げ遅れた人の情報などを貰いつつ俺と三雲君は分担して建物へと助けに行った。

 

 

「ボーダーが来てくれた!」

「ここだ! 助けてくれ!」

「ありがとう! 助かったよ!」

 

 俺はシェルターに非難するように伝えてデパートを見回りながら木虎に通信を送ってみた。

 

「こちらネコ、こちらネコ。空飛んでるって噂の木虎さん聞こえますか?」

『ネコ先輩、来てたんですか。たった今―――何!? なんなのこれ!?』

 

 木虎の焦った返事と共に、デパートの窓から覗く空飛ぶトリオン兵に異常を感じた。アレ落ちて来ようとしてないか? 木虎も街に墜ちると考えている焦った言葉を放った。

 どうにか押し返して川に落とせないだろうか……。鬼怒田さんに怒られるかもしれないが被害が出るよりも良いだろうし仕方ない。アレ、やってみるか。他に良い方法も思い浮かばず俺はスコーピオンもライフルも解除した。

 使用するのはシュータートリガーの通常弾(アステロイド)

 

「悪いな木虎、実験台になってくれ」

『何ですか!? 声が小さくて聞こえないんですけど!? こっちは止まらなくて、こいつ街に墜ちて自爆をする気かも―――!!』

 

 俺は屋上に出てアステロイドキューブを作り出す。それは仮に地面に置いたとした場合、俺の身長ぐらいの大きさになり(俺よりほんの少し大きいだけだ。べ、別に気にしてねーし)、これを分割をする。分割をする。分割して、分割を重ね、分割を繰り返す。最終的に20×20×20の8000個にも及ぶキューブを作り出す。突撃命令を待つ光の胞子の様に俺の周りをゆらゆらと浮いている。

 俺の攻撃が内部破壊という特殊性を持つと言うのなら、100発でも1000発でも10000発でも撃って数多く当てれば良い。宝くじを全て買い占めるのならば1等は必ず当たる。作り出した小さなキューブが全て当たらなくても内部からトリオン器官に当たる確率は増えて空で爆発してくれるかもしれない。木虎も巻き込まれてベイルアウトするかもしれないけど、その時はその時だ。これで上の人たちに勝てる証明にもなるし、怒られても必要経費と考えよう。

 百発百中じゃなくても良い。下手なシューターも数撃ちゃ当たる大いに結構!

 

「これが俺の必殺技お試し版―――」

『止まれ!! 止まりなさい!! 止まって!!』

 

 木虎は通信が入ったままのことも忘れてトリオン兵の上で銃型トリガーを連射している。それを見ながら俺はアステロイドに指示を出す。

 

「―――ネコ(ぱんち)8000(はっせん)!!」

 

 威力は標準より少し低めで弾速重視の8000発もの小さなアステロイドが真っ直ぐにトリオン兵目掛けて空を飛んでいく。内部破壊なんて特殊性が無いとしたらただ嫌がらせのような『猫ぱんち(8000発)』だ。【雨垂れ石を穿つ】と言う。野良猫の拳でも無限に繰り出せばオリハルコンでも叩き割れる! ……かもしれない。アステロイドは俺の様々な期待を乗せて空を走って行った。

 しかし、そんな期待を嘲笑うかのように、ネコぱんち8000はトリオン兵に1発も当たることなく空の彼方に吸い込まれ消えていった。トリオン兵には鎖のような何かが付いていた様に見え、それに引っ張られたかの様に有り得ない動きで川に落ちて大爆発をした。川での爆発による街への被害はなさそうだ。

 まるで引き擦り込まれたかの様な動きだった。やはり最後に見えたアレは鎖だったのだろうか。俺は川の方を眺めながら通信を送る。

 

「……木虎、生きてる?」

『げほっげほっ……はぃ。何をしたんですかネコ先輩……』

 

 川に落ちたであろう木虎は信じられない物を見たかの様な怪訝な声で聞いてきた。しかし、誤解である。俺の攻撃は1発たりとも当たってないのだから。

 

「いや、俺の攻撃は当たってない。鎖っぽい何かに引っ張られたような感じに見えて川に落ちてったけど……あ、三雲君が囲まれてるから、ちょっと行ってくるわ。木虎も被害説明とかお願い」

『……これから向かいます』

 

 

 

 デパートから川近くの商店街に辿り着く。シェルターから出てきた人たちは三雲君を囲んでいるようで、俺は三雲君の隣に飛び降りて着地した。

 

「無事?」

「あ、音無先輩」

 

「あ、さっきの小さい子!! 本当にありがとうね!!」

「このメガネの子にも言ったんだけど、君達のおかげで本当に助かった!」

 

 なるほど、お礼の言葉攻めか。でもね、俺には嵐山隊での経験があるんだよ。実践は初めてだけど、『市民に対するマニュアル・広報編』を暇潰しにザックリだけど読んだからね。

 

「避難指示に従って頂いてありがとうございました。えーと、被害状況の確認などで、これよりボーダーより公式発表もありますので、いくつか質問する点もあるかと思いますが、出来る限りで構いませんので情報提供なども宜しくお願いいたします」

「小さいのにしっかりしてるなー」

「ネコキックのお兄ちゃん、さっきはありがとー」

「マジ小さいんだけど」

「小さいなー」

 

 市民に対しては真摯に向き合うこと。感情的にならないこと。……うん、俺には広報は無理だな。小さい小さい言う必要ないじゃんか、まったく、イライラするぜ。はよー。木虎はよーこい。

 

「遅くなりましたネコ先輩」

「あ、こいつです! こいつがあのネイバーを倒しました! じゃあ俺はこれで!」

 

 俺の声に木虎に視線が向けられるが、『あのA級嵐山隊の木虎』だと認識すると木虎を持て囃し始めた。中には家や店が破壊されて怒っている人もいるが、三雲君も木虎に言われて市民から少し離れる。そして、いつの間にか三雲君の隣には空閑遊真がいた。

 

「何でここに遊真もいるのかな?」

「帰り道が同じでオサムと木虎と一緒にいたんだよ」

 

 まただ。気持ち悪い感覚が俺を包み込む。しかし、対処法は何となく分かってる。この感覚に対して『その通り』という方に思えばこの感覚は消えるのだ。俺は気持ちを無理矢理落ち着かせて帰ることにした。スーパーに寄って買い物袋を回収しなくてはならない。

 

 

 

 少し遅くなった夜ご飯。手間暇掛けて作った茶飯とおでんを食べていると電話が鳴った。迅さんである。ぼんち揚のことだろうか? 今思えば、初めて玉狛に行ってからは一度も行ってない。つまり、箱で貰ったはずのぼんち揚を忘れてきたままに回収していないのだ。

 

「もしもし、迅さん?」

『やぁネコ君。さっき本部に呼ばれててね、これから46時間ぐらいはゲート発生を強制封鎖したらしいんだ』

 

 へーそんなこと出来るなら常時やれば良いのに。と思わないでもないが、時間制限があるところを聞くに、かなりエネルギーを喰う代物なんだろう。しかし、俺に電話掛けてきた理由は何だろう? 俺に何の関係もなさそうだし、確か迅さんの未来予知は目の前にいる人間の未来しか見えないと聞いた気がする。迅さんには会ってないわけだし俺の未来なんて見えないと思うんだけどな。

 

「はぁ、凄いですね。で、何です?」

『多分ネコ君は明日にでも鬼怒田さんにすごく怒られる。そりゃもう酷く怒られる。最悪の未来ではネコ君は泣いて誰にも手が付けられなくなりそうだ』

 

「何で!? 泣くほどに酷いのは何で!?」

『明日時間取れるかな? 怒られない為にも一緒に行動しようじゃないか』

 

 俺の未来が見えたのは鬼怒田さんに会ったからなのか。エリートめぇ……俺は休みだと言うのに……しかし、怒られるのは嫌だ。理由は分からんけど怒られるというのは気分が良いものではない。ストレスは溜まる。聞いてる限りだと最悪の未来はトラウマになりかねないほどに酷そうである。……仕方ないか。俺は少し考えたが、迅さんと待ち合わせをすることにして通話を切った。

 

 すると本部長補佐の沢村響子さんからメールが来た。迅さんから連絡があると思われるという内容だったが、迅さんが言ってなかった点もいくつかあった。どうやら三雲君も明日一緒に行動するようだ。

 

「ふーん、三雲君は無事だったのか。迅さんが何か視たか、忍田さんが庇ってくれたのかな……」

 

 

 そして、この日の俺は『明日鬼怒田さんに怒られる』という情報が頭に纏わりつき、眠れずに次の日の朝を迎えるのだった。

 

 

 




◆知らず知らずの内に出会うネコ
今回の出会いはスーパーで玉狛支部の烏丸京介にレジを打ってもらいました。ちなみにネコは頭が良いと言うわけでもないので『烏』と『鳥』の字を見間違えており、更に『烏』をカラスと読むとは考えてないので、普通に『とりまる』だと勘違いしました。玉狛に行けば多分問題は解決するでしょう。

◇スーパーのポイント。
細かい設定ですが、Tカード的な感じで色々なところで貯められるポイントと考えて書いてます。『あ、今日はポイント2倍だから買い物に行こう』とかは考えてませんが、ネコはポイントが貯まって行くのを見るのが好きです。

◆ネコ拳8000(ねこぱんちはっせん)
ネコの身長ほどの大きさのアステロイドキューブを20×20×20でカット。結果、8000発アステロイドになりました。まだ試作的な技です。
仮に対人戦であれば、作ってる内にやられるほどに隙だらけです。シューターを覚えて合成弾をやったとしても隙は増える一方です。
※本当に単純なミスをしていたので本文と共に修正しました。
※更にご指摘を頂戴し修正。これで大丈夫だろうか?


◇ネコとストレス
数値で表すとすれば、MAXが100とした場合、
現在のネコのストレス値:27ぐらいです。
ストレスの解消法としては、買い物でのポイントを貯める事と料理とココアを飲むことです。その他にシューターのバイパーを見るのも安らげます。


感想や質問、誤字脱字のご報告に評価などお待ちしております。


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11 ネコと小型近界民一斉駆除作戦

お気に入り100件突破! 本当にありがとうございます。
また、ご感想やご評価もありがとうございます。




「ぅぅ~……」

 

 眠れずに頭を抱えたままにベッドを出てカーテンを開ける。まだ暗さの残る青空に小鳥が囀り朝の訪れを告げている。世に言う朝チュンである。ふざけるな。折角の休みのはずだったんだぞ?

 

「……迅さんの所為だぁ」

 

 いや、迅さんが教えてくれなかったら俺は鬼怒田さんに怒られるという事なのだが、悩まされて眠らせてもらえないとは納得がいかない。実は怒られる未来予知なんて嘘で、俺が寝不足になる未来でも視たのではないだろうか? そしたらイジメだイジメ。

 溜息を吐きつつ昨日の残りのおでんの鍋を火に掛けて、ご飯をどんぶりに盛って、炊飯釜を水桶に漬ける。おでんが温まればどんぶりにぶち込んで『おでん型ネコまんま』の完成である。はふはふっ、ちくわうめぇ~。おでんつゆうめぇ~。茶飯の塩もう少し減らしてもよかったかな。

 洗い物を片付け、洗濯機を回してシャワーを浴びる。あー眼が痛ーぃ。風呂場を後にすればテレビを付けてニュースをBGMに洗濯物を干す。こんなに規則正しそうな事なんて普段はしないのに、やってみると『今の俺って意識高い?』とか考えてしまう。この行動が意識高いかどうか知らんけど、こんな日常を維持出来るわけもなく今日だけのことである。

 

 待ち合わせまで暇だ。シャワーを浴びたから寝てしまうなんてことも無く、違和感の残る眼の軽い痛みを感じながらテレビを見続ける。今日は土曜日で学校も休みだ。先生からもらったプリントや宿題も終わってる。学業を疎かにするとボーダー側からも怒られるのでその辺はしっかりとやっているつもりだ。

 

『続いてのニュースです。昨日三門市に発生したイレギュラーゲートによる被害は4年前の近界民(ネイバー)大規模侵攻以来の大惨事となりました。現在で分かっている被害状況は―――』

 

 地方番組から流れてくるニュースが、俺も関わった事件だと言うのは分かる。昨日の空飛ぶトリオン兵の爆撃の所為で街は滅茶苦茶だった。家が無くなったりした人なんかは昨日からずっと避難所にいる。助けられた人もいるけど、こうやってニュースを見て初めて知る情報もある。死傷者が出ている。軽い怪我をした程度の人は見た。でも、俺の眼には死体も重傷者も見えてなかった。それが今になって重く圧し掛かる。今になって一気にテンションがダウンした。

 (全部助けられれば)なんて無理なことも考えるし、仕方ないんだと言う想いもある。全部ネイバーが悪いんだとも思うし、イレギュラーゲートが発生しなければということも頭を過ぎる。様々な考えが頭の中を駆け巡り、頭を抱えている内にニュース番組は終わり、地方局らしく朝の通販番組が始まっていた。

 

 

 

 外は少し肌寒く、俺はコートを引っ張り出してきた。冷たい風が頬を打つが、トリオン体なら寒さ関係ないし? と言わんばかりのぼんち兄さんが現れた。常にぼんち揚食ってんのかこの人は。

 

「やぁネコ君。寒そうだね。ぼんち揚食う?」

 

 少しムカつく気持ちがあるが、そうかトリオン体っていいじゃんってことを気付かせてくれた迅さん。寒いからってぼんち揚食う理由にはならないと思うがとりあえず一つもらう。その横には三雲君もいて「どうも」と頭を下げてきた。

 

「規定違反の件は大丈夫だったの?(ボリボリ)」

「いえ、迅さんに助けられたと言うか……」

「忍田さんとかは反対だったしな、そこまで煩くは言われないさ。それに今回のイレギュラーゲートの解決にはメガネくんの知り合いが関わっている。って言うか、ネコ君も知り合いみたいだな」

 

 サイドエフェクトがそう言ってるらしいです。俺と三雲君の知り合いでイレギュラーゲート解決に関連する人物とは誰だろう? 俺達はぼんち揚を食べながら歩みを進めた。

 

「そう言えばネコ君、今度はいつ玉狛に来る? ダンボールを持って行って欲しいんだけど」

「ぼんち揚大量の箱なんていらないですよー。これぐらいで十分でーす」

 

 三雲君だけ会話に参加してこないが、見た目通りで根っからの真面目君なのだろうか。それとも年上と言うことでの遠慮だろうか。

 

「ネコ君機嫌悪そうだね?」

「昨日の迅さんからの電話で眠れなかったんですよー」

 

「はははっ、それは悪かった」

 

 俺は隠しもせずに欠伸を掻く。せめてもの主張だ。そんなお話をしている内に目的地に辿り着いたようだ。確かここは申告の無いバムスターバラバラ殺害現場じゃないだろうか? そこには俺も知り合いと言える少年がいた。

 

「空閑!?」

「遊真じゃん。警戒区域に入っちゃ駄目でしょーが」

「お、やっぱ知り合い?」

 

 迅さんは遊真の白髪頭を撫でながら自己紹介をし始めた。迅さんは何か見えたらしくこう言った。

 

「空閑遊真、遊真ね……おまえ、むこうの世界から来たのか?」

 

 『むこう』ってネイバーの世界って事か……マジか? 俺が自然と距離を取ろうとした時には既に遊真は身構えていた。俺はそれを見て距離を取ることも無く、見つめることしか出来なかった。しかし迅さんは捕まえるつもりは無いと弁明した。そして、迅さんの発言にも驚かされた。迅さんもむこうの世界に何度か行ったことがあるらしい。だから近界民(ネイバー)にも良い奴がいるって言う派閥の玉狛支部があるのかもしれない。迅さんが空閑遊真という少年がネイバーだと見破った理由のサイドエフェクトを説明し始めところで、俺は昨日の事に全て合点が行った。

 イレギュラーゲート発生により嵐山隊として三雲君の中学校に向かい、俺が狙撃しようとしたあの時、高速でモールモッドを斬り裂いた『白黒』は、三雲君のボーダーC級の白服と黒髪ではなく、空閑遊真が起動させたトリガーの黒服と白髪だったのだと。それと同時にあの『奇妙な感覚』も正しい感覚だったのだと言うことが分かった。たまたまの感覚だったのかは別にしても、あの時の遊真と三雲君の言葉は間違いなく俺を騙そうとしていたものだ。まぁ騙すと言えば聞こえは悪いが、友達を守るための嘘だったのだろう。

 と、自分なりに考えを落ち着かせたところで、遊真の手には見たことのある小さいトリオン兵の死骸があった。

 

「犯人はこいつだった」

「あー! あん時の!」

「あーやっぱりこいつかー」

「知ってるんですか!?」

『詳しくは私が説明しよう』

 

「え!? この黒いウサギの頭みたいなの何!?」

『はじめましてジン、オトナシ。私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

「おお、これはどうもはじめまして」

 

 冷静な迅さんに習って俺も挨拶をする。ついでに『ネコ』と呼ぶように伝えといた。反応を見る限り三雲君はこの『レプリカ』の存在を事前に知っていたようだ。しかし、ネイバーの世界にはこういうペット(?)的な面白く便利なものがいるんだなぁ……。

 さて、この小型トリオン兵は『ラッド』という奴で、隠密偵察用らしく、ゲートを発生させる機能もあるらしい。この大きいトリオン兵の死骸の腹部に格納されていたらしく、そんな感じで紛れ込んだコイツは三門市に既に数千もの数がいるらしい。

 ゲート発生にはそれ相応のトリオンが必要だが、街中の市民から少しずつ集めてゲートを開いていたようだ。これがイレギュラーゲートとなり、昨日みたいに警戒区域外にもゲートを発生させていた。幸いなことに三門市外にはいないらしいが、三門市にはびっしりとこびり付く様にいるらしい。これは三門市には高いトリオン能力を持つボーダー隊員が多いことに起因するそうだ。

 

 俺が最初の段階で鬼怒田さんにあのトリオン兵を普通の状態で提出できてれば昨日の事件や市街地へのゲート発生も起きなかったかもしれない。

 あれからボーダーでも情報公開はしているが、見た目だけの情報に留まっており、機能も何も知られていなかった。俺以外の誰もラッドを捕獲していないからだ。それもそのはず、ラッドは隠密偵察の目的をメインにするトリオン兵で隠れるのが上手いらしい。時には地中に、水中にとまるで忍者である。

 

「そう気負うなネコ君。話は聞いてるがこれは仕方ない。俺や他の隊員が見つけられないのも仕方なかった」

「……これが怒られる理由ですね。でも結局怒られることに変わりなさそうです」

「ふむ、どーしてネコさんが怒られるの?」

 

 遊真が疑問を持って俺を見つめてくる。俺は正直に話すことにした。

 

「実は俺、1週間ぐらい前に倒してるんだよこいつ。ただ、滅茶苦茶な壊れ方してて、イレギュラーゲートとの関係性まで突き止められないほどになってた」

「ネコ君も少し特殊なのさ」

 

 迅さんが俺の頭に手を置くが、俺は振り払わずに甘んじて受けた。仕方ないと言われても嫌な感情しか生まれてこない。

 

『サイドエフェクトか』

「ネコさんのサイドエフェクトって何?」

「いや、何のサイドエフェクトか分からないし、サイドエフェクトなのかも分からない」

「そんな事ってあるんですか……」

「普通は医療的な観点や、ボーダーの検査で分かるもんなんだけどな、ネコ君はその辺も特殊らしい。それから、ネコ君は怒られないと思うよ」

 

 

 

 迅さんが視る限り、遊真はまだ流石に本部まで連れて行けないとの事で、遊真を置いて本部に向かった。ゲートの強制封鎖してられる時間にも限界があるので、それまでに数千体のラッドを始末しなければならない。

 そして、俺は今開発室にいる。鬼怒田さん達が総力を上げてラッドを解析してレーダーに映るようにしているらしい。勿論技術的なことなんて分からないので手伝いなんて出来ない。ただ、迅さんが視た限りではここにくれば怒られる可能性はほぼ無いそうだ。といういか、口利きもしてくれたらしく今もまだ怒られていない。それでも俺は謝ることにした。

 

「あの時お前が破壊した小型トリオン兵がイレギュラーゲートの発生原因だったとはな……可能性は勿論考えていたが、あれから発見報告がなくてな、正直手詰まりだった」

「あの……本当にすみませんでした……」

 

「何を謝っとるか。トリオン兵を倒すのが隊員の仕事だ。確かに今回に限ってはお前の能力は厄介だと思ったが、数千にも及ぶコイツを初めて発見したのはお前だ。あれから誰もコイツを発見出来ないでいた。仕方あるまい……その代わり、徹夜覚悟で働いてもらうぞ。全て破壊捕獲をせねばイレギュラーゲートは発生し続ける」

「はいっ」

 

 

 

『―――警戒区域外。つまり市街地にゲートが発生する原因が分かりました』

 

 根付さんの緊急記者会見がテレビに映っていた。ボーダーには一斉送信のメールなどで伝わっていて、レーダーに映るテストを繰り返し、『小型トリオン兵一斉駆除作戦』が午後から始まった。

 

 破れ難い大きなゴミ袋を手に、見つけては破壊捕獲を繰り返して放り込んでいく。俺はスコーピオンで潮干狩りの様に地中からラッドを引っ張り出していた。

 

「よぉ、ネコじゃねーか、何か酷い顔してんな。眼も真っ赤じゃねーか」

「……タバコが眼に沁みてるんですーどっか行って下さいよー」

 

「銜えてるだけで吸ってねーよ!」

「まぁまぁ諏訪さん、ネコ君にも色々あるんでしょう」

「堤さんお疲れ様です」

 

 通りすがりの諏訪隊が現れて声を掛けてくれるが、眠気などからの疲れもあるが、怒られるところで励ましの言葉とかで涙が流れただけだ。鬼怒田さんの言葉を思い出すだけで潤んでしまう。

 

「何か俺と堤で対応違くねーか!? って何だこの量は!?」

「ネコは一人だよな……?」

「な、何体回収してるんだ?」

「えーと……さっき持って行ってもらったのも合わせると……多分300ぐらいですかね?」

 

「おサノ! 俺達の回収した数は!?」

『んー、今のところ諏訪隊全部で98だよ~諏訪さんが特に少ない』

「これは負けてられませんね諏訪さん」

「俺たちも頑張るけど、あんまり無理するなよ?」

 

 怒られない代わりと言うなら何体でも回収してやる。それだけじゃないけど、うまく説明できない。給料にも関係ないかもしれない緊急の案件だけど、最初の発見で全て片付いたかもしれないのに罪悪感で押し潰されそうだ。

 

 

 

「お疲れ様ですネコ先輩!」

「あ、お疲れー日浦ちゃん、クマちゃん先輩に那須先輩も」

「聞いたよ。凄い量捕ってるんだって? ってどうしたの? 普段の玲より酷い顔してるよ?」

「クマちゃん……」

 

 那須隊にも出くわした。

 他にも名前も知らない隊員だけど何人もの隊員とすれ違う。白服のC級が一番多いけど、挨拶するわけでもなく俺は木を登ったり、建物を登ったり、マンホールを開けてみたり、地下鉄の線路を歩いたりしながら、ラッドを狩っていった。特に地下鉄のホームの下は結構多かった。レーダーも上下を映せる様に出来たら完璧だろうなと思わざるを得ない。

 しかし、確実にレーダーから赤い点は消えて行っている。都内のコンビニ密集地の様に映っていた赤い点はド田舎のデパート件数でも表示していると言わんばかりの数になっていた。マップを縮小しても同じ様な感じだ。

 そして―――。

 

『よーし作戦終了だ。みんなよくやってくれた。おつかれさん!』

 

 最後の点が消えて数秒後に確認が終わったのか、迅さんの全体への通信が飛んできた。これで終わりらしい。俺は最後の袋を回収してもらうために本部長補佐の沢村さんに通信を飛ばした。

 

『ネコ君お疲れ様。全部集計終わってないから確定じゃないけど、多分トップの回収数だよ?』

「ありがとうございます」

 

 沢村さんに返事をすると、今日は解散で帰って良いらしい。俺はそのまま帰る事にした。

 

 少し離れているが、あと1時間ほどで閉店と言うデパートに向かう。駆け込みのお客さんや、だらだらと過ごしている人も見受けられるが、いつもより客数が少ないことは店員さん同士の会話が聞こえてきた。先ほどまでボーダーの一斉駆除活動があったし、その報道もあったから外出を控えてる人も多かったのかもしれない。

 俺が1階にあるフードコートでたこ焼きを買って食べていると迅さんがラーメンを乗せたトレーを持って俺の目の前に座った。

 

「や、お疲れ」

「エリートってフードコート使うんですね。ていうかラーメン2つですか?」

 

「ネコ君はそれで足りるのか? このラーメンあげるよ。その代わりたこ焼き少しくれよ」

「いいですけど……」

 

 迅さんはラーメンを俺のトレーに乗せて、たこ焼きを爪楊枝で持って行った。俺は鬼怒田さんへの口利きのお礼や、今日の事を話しつつ、気になった事を話す事にした。

 

「ネイバーの世界に行ったことがあるって言ってましたけど、迅さんもネイバーってことですか?」

「いや、俺は純粋な日本人だよ」

 

 迅さんは一度周囲を見渡してからもう一度口を開いた。フードコート貸し切りと言うわけでもないからお客さんもいて、声量も少し抑え気味だ。釣られて俺もサイレント気味になる。

 

「これは機密事項だけど、ボーダーは『遠征』って言ってネイバーの世界に行く事があるんだ」

「……初耳です」

 

「まぁA級でも上位グループしか行かないかな。そこで取引したりでアッチのトリガーとか手に入れてボーダーのトリガー研究開発してたりするんだ」

「取引だけですか? トリオン兵が攻めて来るみたいに、こっちから戦いに行く事はないんですか?」

 

「無くはないけど、今のところはまず有り得ないと思ってくれていいだろうね」

 

 なるほど、納得がいった。それにあの奇妙な感覚も出てこない……あ。

 

「迅さん。何でもいいから俺の事を騙してくれません? 嘘とかでもいいです」

「ん? 面白そうな事言うね。そうだな……そのラーメンだけど、豚骨醤油なんだ」

 

 完全に味噌ラーメンじゃん。と思いつつも、やっぱり奇妙な感覚が出てきた。でも少し感覚が違う。気持ち悪いというほどでもない。分かり切っている嘘だとこうなのだろうか?

 

「―――サイドエフェクトかい?」

「え、あ、はい。この前―――」

 

 俺は初めて三雲君達に会った時の事を話した。モールモッドを倒したのは遊真だったけど、三雲君と揃って俺に嘘をついていた事。その時の奇妙な感覚の話だ。迅さんは俺を視ながらこう言った。

 

「ネコ君のサイドエフェクトが何かは分からない。でも凄いものだってことは分かる。初めて会った時からね」

「開発室でも医療検査でも最終的な結論は出てないんですけど、こんな事ってあるんですかね?」

 

「普通は無いね。俺みたいに未来が見えたりするモノは自分で気付く。五感系なら医者の診断で分かる。……正直に言うとね、前に玉狛に来てもらった時は普通だったんだけど、今はネコ君の未来が視えなくなる時があるし、全く違う未来が視えることがある」

「それは、未来が枝分かれしてるって言うことじゃないんですか?」

 

「いや、これは違うな。今までにこんな事はなかった視え方なんだ。じゃあ『他人のサイドエフェクトを阻害する』モノなのかというと違うだろう。ネコ君は攻撃にも特徴がありすぎる」

「……例えばサイドエフェクトが2つあるとか?」

 

「面白いけどそれは無いかな。俺の考えを言わせてもらえばネコ君のサイドエフェクトは『相手に影響を与える』系統のモノだ」

 

 相手に影響を与える? これまた意味不明なことを言い出したぞ。聞いた限りではサイドエフェクトというのは人間の能力の延長線上の特殊能力だ。睡眠学習的なものとか聴覚が優れてるとか自分に恩恵を与えるモノのはずだ。迅さんのは他人の未来が視える凄いものだけど、相手に伝えたり手を回して初めて結果が出るモノだ。

 

「ん? それだと嘘吐かれた時とかに感じるアレは?」

「副産物かな、経験値とでも言うのかな。例えばスナイパーをやってれば、相手もスナイパーの時にはどこから狙ってくるかとか、どこに逃げるかとか、ある程度予測が付くだろう?」

 

 いや、経験足りなさ過ぎて予測付かないけど……。とりあえず俺は「そうですね。とても良く分かります」と答えておいた。その後も少しばかり迅さんなりに俺のサイドエフェクトを予想してもらったが、ピンと来なかった。閉店時間前にデパートを出て迅さんと別れた。

 

 俺は自宅に戻り風呂に入る。湯船に浸かりながら考える。迅さんの話は良く分からなかったけど、もう一度一から考えてみよう。俺の攻撃は1.5倍攻撃。嘘などに奇妙な感覚が生まれる。迅さんが視ると未来が他人よりも大きく変動しまくる。奇妙な感覚が生まれるのは副産物だから直接的な効果ではない。

 

「……嘘だと分かるのは直接じゃない……嘘をつく能力? いや、1.5倍に未来がブレるのは……騙す? 騙しのチカラ?」

 

 俺はサイドエフェクトのことを考えて初めてカチリとパズルが組み合わさったようにすっきりした感覚に包まれていた。それが合っているかどうかの確認は取れていないが、気は楽になっていた。

 

 風呂から上がった俺は、イレギュラーゲート問題の解決や鬼怒田さんから怒られなかったこと、やっと眠れることに安堵して、すぐに深い眠りに付いた。

 

 

 




◆ネコの人型ネイバーに関する考え
空閑遊真とネコはまだまだ浅い関係です。ネイバーだと知っても驚くよりも先に前日のことへの納得に気が回ります。元々迅さんにネイバーにも良い奴がいるという考えは支部単位で有ると言うこと聞いていたし、その迅さんも目の前にいる状況でそこまで悪い感情は持ってない。

◇迅さんとネコのサイドエフェクト
迅さんにはネコのサイドエフェクトが何なのか大体の予想は付いてますが、ネコの未来がほとんど未確定なことから予想のさわりしか伝えてません。それでも十分だったようですが。

◆ネコのサイドエフェクト
『このサイドエフェクトで間違いない!』という確認作業をして無いので確定ではありません。そろそろ覚醒させたいと思ってます。


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12 ネコの実験台探しin玉狛

 昨日はボーダー隊員全員で小型トリオン兵『ラッド』を一斉駆除した。ラッドと言う名前はレプリカ先生から教えてもらったので、ボーダーではまだ呼称していなかったはずなのだが、迅さん辺りが進言したのかラッドで登録されたらしい。

 さて、そんな情報を携帯で確認しつつ、表示される本日の日付を再度見る。間違いない。それはそうだ。昨日が土曜日で休み予定だったのが強制ラッド狩りに行き、迅さんにラーメン奢ってもらって帰ってきたのを覚えている。これで今日が月曜日だと言うなら1日眠り姫状態だったと言うことになってしまう。

 そう、今日は日曜である。YES休みなのである。 ボーダーの仕事は休み。学校も休み。やっと手に入れた休みな気がする。こんな事で幸せを感じるのはおかしいだろうか? 否、今俺は幸せである。ちなみに明日も休みだ。何故って学校の記念日だからだ。ネコに優しい世界でありがとう。

 

 しかし、流石に疲れていたのか起きてから携帯を覗けば朝の11時を過ぎていた。仮に学校がある日ならば大遅刻だ。昨日は早起きだったというのに……いや、アレは早起きではなく寝ていなかったのだから気にしたら負けだ。遅い朝は遅い朝で別の幸せがある。暖かな陽射しでポカポカ布団の中で伸びをしてのろのろと起き上がるのも幸せなのだ。

 

 遅めの朝ごはんを作るにはやる気が出なかったのでスナック菓子で、昼間は牛丼屋で済ませ、夕飯はゲームやっててだるくて食べなかった。そんな何気ない幸せはあっという間に過ぎ去り、夜になった。い、いや幸せだし。べ、別に損した気持ちになってないし。でもお腹減ったし昼同様に牛丼でも食べに行こうか……等と考えていたところに忍田さんから電話が掛かってきた。え、緊急で防衛任務とか嫌だよ?

 

「はい音無です」

『夜分にすまない。近い内に音無の力を借りる事になるかも知れないから前以て連絡したんだが―――』

 

 良かった今じゃなかった。しかし、何じゃろ? と思って話を聞いてみると遊真の件だった。遊真と俺の関係性も既に迅さんから伝わっているらしい。関係性って言ってもネイバーってことを知ってるぐらいの仲だろう。友達かと言われてもいや違うでしょという回答しか出てこない。

 さて、そんな空閑遊真という人物については既にボーダー上層部の面々に知れ渡っているらしい。しかし、直接会って話をしたというわけではなく、三雲君と迅さんから、そして『三輪隊』からもたらされた情報とのこと。遊真は黒トリガー(ブラックトリガー)持ちで、話が拗れ始めているらしい。確か迅さんが持ってる様な普通とは一線を画した強いトリガーという話だったはずだ。それでも何か会話の中で違和感が残るので、俺のサイドエフェクトだろうか? と思いつつ探りを入れてみることにした。

 

「もしかして遊真のトリガーを奪おうとか考えてます?」

『……そうだ。だが、それは城戸司令の考えだ』

 

「あ、城戸司令の派閥で動いてるってことですかね?」

『そうだ。そして今日は昼間に三輪隊と空閑君の戦闘行動があった』

 

 三輪隊はネイバー討伐という名目で遊真を襲撃、しかし返り討ちに遭い、その時にブラックトリガーだと判明したらしい。で、城戸司令は遊真のブラックトリガーを奪おうと考え、根付さんや鬼怒田さんもそっちの考えに賛同しているらしい。まぁ鬼怒田さんは技術者だしそれが当たり前かもしれないな。しかし、忍田さんはそれでは強盗と変わりないと考えている上に、遊真の父親はボーダー創設に関わりのある人らしい。そこで遊真のトリガー奪取を阻止するべく動き始めているとの事。マジかー、鬼怒田さんとこに行き辛くなるなー。「俺、忍田さん派閥なんでブラックトリガー奪取に反対です」って感じだ。絶対怒られるわ。

 しかし遊真の親父さんはどうしたんだ? 親父さんがネイバー出身かどうかは知らんけど、ボーダーの創設の関係者だろ? 何でボーダーにいないんだ? 息子だけ異世界留学とかすげーな。と言う考えを見透かしてか、亡くなっているという情報を忍田さんから聞いた。そうかなるほど。俺は納得して忍田さんと話をもう少しだけ詰めることにした。直属の上司の命令だし、俺だとばれないように動けばいいんだ。それに強奪に動くと決まったわけでもない。今のところは通常運転で良いらしいし、気にするだけ無駄だろう。そうなった時に考えるだけだ。

 通話を終えて俺は通話の中でも違和感を覚えたことについて考えていた。さっきのは嘘とかではない。隠し事とでも言うのだろうか。話をオブラートに包むとか言うけど、そのオブラートが気持ち悪かったり、話自体を隠されても程度は違えども違和感を覚えると言うことだろうか。

 

 

 

 次の日、俺は本部には行かなかった。呼ばれてもいないけど、もしも鬼怒田さんと出くわした時に何か言われそうで怖かったからだ。まぁ防衛任務も無いし良いだろう。なので今日は玉狛支部に行こうと思う。ぼんち揚? いらないし。今日は俺のサイドエフェクトの実験台を探しに行くのだ。本部が駄目なら胡散臭い男とその愉快な仲間たちを頼ろうと思っただけだ。一昨日もサイドエフェクトのヒントをくれたわけだし他にも教えてくれるだろうと期待しての行動だ。

 俺は教えを請う以上は菓子折りでも必要だと思いどら焼きを買うことにする。もしかすると迅さんだけじゃなく他の隊員さんも実験台になってくれるかもしれないしね。確か玉狛支部は10人とか宇佐美先輩が言ってたな……12個入りがいいか。

 買って牛丼食べて玉狛支部に向かう。牛丼に飽きてきた俺がいるが気にしない。警戒区域を通り抜けるようにしばらく歩くと川のど真ん中に聳え立つ玉狛支部が見えてきた。俺はトリガーをボードに宛がってドアを開けた。

 

「あれ!? ここにあったはずなのに……どら焼きがない!?」

「え? あるよ?」

 

 って誰だこの可愛い人。奥から声を上げてやって来た女の人は俺の反射的な言葉に顔を向けて少したじろいだ。

 

「あ、アンタ誰よ?」

「あ、どうもはじめまして、ボーダーの音無ネコって言います。ちょっと迅さんに相談があってきました。あ、これどら焼きですけど今食べます?」

 

「迅に? あ、ありがとう。迅なら多分こっちよ」

「あ、どうも」

 

 俺は名前も知らない女の人の後ろに付いて行く。奥の部屋のドアを開けると、宇佐美先輩と迅さん、雷神丸の背中でバランス良く寝ているパジャマ姿の陽太郎。それに加えて三雲君と遊真、更にその隣には可愛らしい女の子もいた。

 

「お、来たなネコ君」

「え、来るの知ってたんですか? サイドエフェクトで視えてたんですか。三雲君に遊真も来てたのか。玉狛に入ったのか……あ、そうか遊真がいるもんな」

「どうも」

「どうもネコ先輩」

 

 俺への未来予知がブレて視えにくいと言っても全てと言うわけでもなさそうだ。三雲君達に手を上げて軽く挨拶すると三雲君と遊真が挨拶を返してきた。その隣の女の子も頭だけ下げてくる。そんな中、どら焼きを渡してある女の人は陽太郎の足を掴んで持ち上げていた。

 

「手に入ったからいいものの、私のどら焼きを食べたのはまたおまえか!? おまえが食べたのか!?」

「むにゃむにゃ……たしかなまんぞく……」

 

「おまえだなー!!?」

「ごめーんこなみ、昨日お客さん用のお菓子に使っちゃった……でも手に入ったって、その紙袋はネコ君が?」

「あ、どうもうさみん先輩」

 

「ほぉ『うさみん』とは良い呼び名だね」

 

 メガネをキランとご満悦そうだ。よかったよかった。するとこの部屋に更に男の人が2人入って来た。ん? もさもさの人は……。

 

「あ、スーパーの!」

「ん? あぁ小さいお客さん。それと、この3人は迅さんが言ってた新人すか?」

 

 小さい言うな。

 

「新人!? あたしそんな話聞いてないわよ!? 何でウチに新人なんか来るわけ!? 迅!!」

「まだ言ってなかったんだけど実は、この3人俺の弟と妹なんだ」

 

 うわっ背筋を撫でられたかのような気持ち悪さが俺を襲った。何でそんな分かり切った嘘つくのー? イジメかー? 俺のサイドエフェクトらしきこの気持ちは伝えたはずだろー?

 

「えっそうなの?」

 

 信じたよ。気持ち悪さは出てこないからマジで信じてるみたいだ。マジかー……。この可愛い人残念なんだー。

 

「迅に兄弟なんかいたんだ! とりまるあんた知ってた!?」

「もちろんですよ。小南先輩知らなかったんですか?」

 

「言われてみれば迅に似てるような……レイジさんも知ってたの!?」

「よく知ってるよ。迅が一人っ子だってことを」

「このすぐダマされちゃう子が小南桐絵(こなみきりえ)17歳」

 

 混乱している小南先輩は怒っているが、玉狛支部の人間は笑っている。可哀想な可愛い人である。宇佐美先輩の玉狛支部の人達の紹介は続く。

 

「こっちのもさもさした男前が烏丸京介(からすまきょうすけ)16歳」

「もさもさした男前ですよろしく」

 

 すげーポーカーフェイスだな。しかも『とりまる』じゃなくて『からすま』なのに『とりまる』と言われても訂正しない。やだ、凄いイケメン。先輩じゃなくて同い年だったのか。

 

「こっちの落ち着いた筋肉が木崎レイジ(きざきれいじ)21歳」

「落ち着いた筋肉……? それ人間か?」

 

 聞いただけだと人間じゃないよね。筋肉だよ。でも落ち着きのある人だし、落ち着いた筋肉を体現しているのだろう。

 

「あ、じゃあついでに。音無ネコ16歳です」

 

 なんか俺に視線が集まったので俺も自己紹介をする。そんな流れに続いて三雲君たちも自己紹介をする。小さい女の子は雨取千佳(あまとりちか)ちゃんというらしい。

 そして、そこからは迅さんが引き継いで本題を話し始めた。三雲君たちはA級を目指しているらしい。しかし、遊真と千佳ちゃんはボーダーに正式入隊していない。次のランク戦も2月まで始まらない。正式入隊日までの時間を使って玉狛支部の3人が新人3人にマンツーマンで指導する師匠になるらしい。A級を目指す理由って2つ3つぐらいしか思いつかないな。固定給が欲しいか、強さを求めるか、迅さんの言ってた『遠征』に行くかだ。まぁいずれにしても大変な事だろう。

 

「はぁ!? ちょっと勝手に決めないでよ! あたしまだこの子たちの入隊なんて認めてないわよ! ね、ネコならどら焼きくれたしいいけど……」

 

 おいこら残念美少女の先輩、どら焼きは玉狛支部に持って来たのであって、あんたに全部あげたわけじゃない。更に言えば俺は玉狛に入るとは言ってないぞ。

 

「小南、これは支部長(ボス)の命令でもある」

「支部長の……!?」

「林藤さんの命令じゃ仕方ないな」

「そうっすね。仕方ないっすね」

 

 小南先輩は納得が言ってなさそうな顔してるが、気持ちを切り替えたのか遊真を選択した。一番強そうだと言う理由らしい。遊真も生意気に受け入れたようだ。千佳ちゃんはバランスがおかしく見えるが、スナイパーポジらしく落ち着いた筋肉さん21歳の下に、すると必然的に俺と同い年だったイケメンとりまるは三雲君と師弟関係になった。

 ……俺の実験台がいなくなった。戦える人はあの3人だけなんだろ? 後は迅さんだけしかいないじゃないか。失敗したか。迅さん模擬戦とかやってくれるのかな? エリートは忙しいとか言って断られる気がする。聞いてないけど。前みたいに嵐山隊で面倒視てくれるだろうかと思案していると肩に手を乗せられていた。手の主に顔を向ければ小南先輩だった。

 

「ねぇ迅、ネコも私が貰って良いの?」

「あぁ、小南が良いなら頼むよ」

「え? シューターじゃないなら師匠いらないですよ? あたっ」

 

 さらっと断ったら小南先輩から軽いチョップを貰った。いやね、実験が出来るのは嬉しいんだけど、俺のサイドエフェクトは『騙し』だと思ってるわけですよ。何でもかんでも関係なく信じちゃう人を騙すとか意味わかんない。実験にならないじゃないですかーやだー。

 

「(ネコ君、大丈夫だ。これはブレ始める前に視えてた未来の一つだ)よーし、それじゃあ3人とも師匠の指導をよく聞いて3週間しっかり腕を磨くように!」

 

 ひそっと俺に迅さんがそう言って去っていく。マジでこの人は関わらない気か。いろいろとやることがあるって言うけど何してるんだろう。

 

 

 

 三雲君達はそれぞれの師匠に付いて行く。俺の場合は師弟関係じゃない気がするけど……遊真は小南先輩に連れられて更に奥の部屋に入っていく。部屋の仕組みなどを宇佐美先輩のオペレートで聞いている間に小南先輩は遊真を挑発している。俺はうさみん先輩の後ろでその会話を聞きながら各自の映像を見ている。

 

『―――おチビじゃないよ空閑遊真だよ。よろしくな『こなみ』』

 

 わぉ、遊真も挑発的である。小南先輩は『先輩』と呼べと言い、遊真は「おれに勝てたら」と言っている。良いコンビじゃないか。ブラックトリガーを使わない上に初めてのボーダーのトリガーだと言う遊真がどれぐらい強いのかも知らんけど……いや、確か初めて会った時のモールモッドは三雲君の訓練用トリガーを使ってたか、その前の日は誰も討伐報告してない上にボーダーのトリガーじゃなかったからブラックトリガーだろうけど。

 別のトレーニングルームでは三雲君がボッコボコにやられてる。……あれ? 千佳ちゃん一人じゃね?

 

「あぁ、レイジさん夕方まで防衛任務だから使い方だけ教えたのね。でもまぁスナイパーだからまずは的に当てる事を練習するのは当然かな」

「まぁそうっすね。……ちょっとだけ見てきていいですか?」

 

「うんよろしくね~」

 

 

 俺は千佳ちゃんのいるトレーニングルームに入る。的の中心には遠いが、的のトリオン人形自体には当たっている。撃っては人形が積み上がっていく。しかし、外しているところも見受けられる。

 

「―――とりあえず狙いを頭の的の中心じゃなくて、胴体側の的の中心にしてみな」

「え? あ、音無先輩」

 

「ネコでいいよ。頭の方の的は一旦忘れて、胴体の中心を狙って、まずは数よりも今の狙いでどこに当たるのかを明確にした方が後が楽だよ」

 

 俺の言葉に従って千佳ちゃんは狙いを澄まして引き金を引く。イーグレットから放たれた弾丸は狙って欲しいところから少し左下に着弾した。

 

「はい、まずは確認から。狙った部分はどこだった?」

「ここです」

 

 オーダー通りの場所を指差すのを見て、新しい的に向けてもう一度構えて貰う。狙いを定めたところでストップをかけ、狙いをずらす様に指示する。少しだけ右に少しだけ上にと、そこで引き金を引かせれば、ほぼ狙い通りの場所に弾丸は当たった。

 

「それが千佳ちゃんのズレ。誰にでもある程度のズレはあって、反動とか自分の視角でズレちゃう所があるんだよ。これを覚えちゃえば、どんな的でも確実に当てられるようになる。狙った場所からズレの部分を修正して引き金を引くようにしてね」

「あ、あの、ありがとうございます」

 

「俺は師匠じゃないんだからお礼はいいよ。俺も教えてもらった受け売りだしね。でも撃たなくなると感覚は薄れて行くから反復練習しっかりとね」

「はい」

 

「じゃあ次は人形の頭の方の的を狙って、ド真ん中からこっちに少しずらして」

「はい」

 

 俺は10発ほど見るとそこから去る事にした。声を掛け続けることが良いとも言えないし、師匠がいるならその人の教え方もあるだろう。ならば最初の狙いだけ教えてあげればいい。トリオン切れまでやったら戻ってくるように指示されてるらしいし大丈夫だろう。

 

 

 

 どら焼きを食べつつ俺はモニターを眺めていた。遊真が8本も取られているのを見ていたのだが小南先輩のトリガーが気になっていた。斧である。それも馬鹿でかい斧だ。スコーピオンにしては伸ばして使っているのに強度がありすぎる。弧月は刀と槍しかしらない。では、あの斧は何だ? 考えている俺にうさみん先輩が教えてくれた。アレは玉狛オリジナルらしい。

 玉狛支部のトリガーは本部のものと違って、ネイバー色が強く出ているらしい。トリガーホルダーも後で見せてもらったが違っていた。だから強い。でも本部のトリガーじゃないからランク戦には出れないらしい。遊真が『トリガーはネイバーのもの』って言ってたのをふと思い出す。

 そんな話を聞いて感心していると、とりまると三雲君が帰ってきた。三雲君は一方的にボコボコにされたらしい。とりまるも「弱いな」と慰めるでも同情するでもなく冷静にそう言っていた。

 次に戻ってきたのは小南先輩・遊真ペアだった。小南先輩は信じられない事を体験したかのように落ち込んで返ってきた。遊真は頭を爆発させて「……勝った」と言って帰って来たのだ。8本負けてたはずだけど……と思えば最後の1本だけ勝ったらしい。1本負けただけであそこまで落ち込むのか。相当腕に自信があるのだろう。すぐに気を取り直して再戦をしようと話をしていたが、その前に小南先輩も遊真も俺に目を付けたらしい。

 

「ネコは強いの?」

「あれ、こなみ知らないんだっけ? ネコ君は噂のネズミ狩りのNeko2だよ?」

 

 俺の知らないところで更に呼び名に付け加えが広まっているらしい。ボーダー訓練の成績で呼ばれ始めた『Neko2』そして、前回のラッド一斉駆除作戦の単独トップ捕獲成績で『ネズミ狩りのネコ』や『Neko Mk-II(ねこまーくつー)』と呼ばれ始めてるらしい。2つ目は多分もうモビルスーツだよね。

 

「まぁ大変な作戦だったけど今回は戦功も付けられないみたいだけどね」

「センコウ?」

 

 聞きなれない専門用語に俺は反応した。うさみん先輩はボーダーのサイト内の隊員専用ページからログインして情報を確認しているようだ。『戦功』とは臨時ボーナスのことらしい。過去の大規模侵攻の様な事が起きた場合、また、起きる予兆などが明確に分かるモノを潰した時にボーナスが出るらしい。最初のスカウト時には双葉ちゃんから聞いてなかったモノだ。

 

「え、何それ欲しい」

「今回は市街地に出るイレギュラーゲートも多かったし、未然に防げてれば貰えたかも知れないんだけどねー」

「イレギュラーゲートでの被害は少なくないですし、死傷者も出てますからね」

 

 うさみん先輩ととりまるがそう話す。ラッドは最初の一匹目を完全な状態で鬼怒田さんに提出できていればと今になって悔やむ。まぁそれでも戦功というボーナスが貰えたか分らないけど。ラッドの一斉駆除では俺がトップの成績だったらしい。

 

「ふーん、トップって何匹ぐらいだったの?」

「単独で600を超えてたよ。まぁ正隊員はチームで動いてるのがほとんどだからねー。C級は勝手が分らない人も多かったみたいだし」

「それでも一人で600は凄いな」

 

「でも、そんな小さいの大量に捕まえても強いとは限らないでしょう? 訓練で最速でも実戦は違うわ」

 

 俺は暇だったこともあり挑発に乗る事にした。小南先輩、その次に遊真が相手をしてくれるそうだ。嵐山隊以外のA級、しかもボーダーのトリガーじゃない使い手。サイドエフェクトの確認作業を忘れて俺はトレーニングルームに入った。

 

 

 






◇ネコとボーダー上層部。
忍田さんの派閥なので上辺だけの付き合いみたいになってます。ブラックトリガー争奪戦の後で関係改善がされるのか?

◆ネコと小南桐絵。
今はどら焼きだけの関係ですが、次回からどうなるのか? 10本勝負が全てを左右しますね。

◇ネコと雨取千佳。
ネコは自分より小さい女の子は割りと珍しいので非常に可愛いと思ってます。勿論、恋愛感情ではないですけどね。

◆うさみん先輩。
みみみんみみみんうーさみん。……特に意味はありません。

◇二つ名『ネズミ狩り』
ボーダー隊員がログインできる情報サイトではラッドの一斉駆除作戦の結果が閲覧出来るようになってます。単独で自由行動できたネコは屋上にマンホール内に駅のホーム下にと縦横無尽に駆け回り、最終的に600を超えるラッドを狩りました。ラッドを『ネズミ』と呼称した誰かさんから伝播してネズミ狩りと言われ始めてます。ラッドはネズミでは無いことは触れられてないです。まぁ至るところに隠れ潜んでいたのでネズミでも通じるかもしれません。
『Neko Mk-Ⅱ』に関しては『Neko2』が更に凄いことやったぞ。という流れからの名前改変です。


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13 考えるネコ

 ―――斧で胴体と下半身とでさよならすること2度、頭を潰されること1度、それが最初から数えて3戦目までだった。俺も手は出したがアステロイドは避けられ、グラスホッパーで逃げた時も斧を投げられて終わった。

 そんなことを繰り返して迎えた4戦目。

 

「な、何が……起きたの……?」

「悪いっすねー負けるの嫌なんですよ俺」

『こなみトリオン供給機関破壊。凄いよーネコ君』

 

 俺は4戦目にして小南先輩から1勝をもらっていた。冷静に倒れている小南先輩を見下ろす俺と、憎き者を見つけたかの様に俺を見上げる小南先輩。オペレーターのうさみん先輩の声が室内に響き渡っている。俺の手には狙撃用のライトニング、左手の周りにはアステロイドが10発分ほど宙を漂っていた。

 

 

 

 ―――遡ること15分ほど前。小南先輩とは初めて戦うわけだし力量なんて良く分からない。遊真との戦闘も斧ばかりに目が行ってしまい、ほとんど見れていなかった。そんな俺に小南先輩は挑発を繰り返していた。C級の訓練のレコードタイムが塗り変わったのも周りが騒いでいるだけ、ラッドを一番多く倒したのもただのゴミ回収だと言う。まぁそうだろうなと俺も思う。別に天狗になってるわけでも無い。それでも挑発されれば『じゃあアンタはどうなんだ?』という気持ちが出てくる。別にムカついてるとかそういう事ではない。どれぐらい強いのか、人にモノを言える立場なのか、それが気になるだけだ。それだけの理由で嵐山隊以外の人と初めて戦うことになった。

 

「うさみん先輩、俺が小南先輩に勝ち越す可能性ってあります?」

「んー、無いとは言わないけど、ミラクルな展開の連続じゃないと厳しいかなー」

「私に勝つつもりでいるの? 遊真みたいに1本だけでもそれなりにまあまあよ?」

 

 その言葉で、俺は『それなりにまあまあ』の上を目指すことに決めた。そもそも個人戦をやったことがなく、嵐山隊の人しか対人戦の経験は無い。しかも相手はボーダー正規のトリガーではない。戦ったことも戦うところも今さっきのモニター観戦以外では見たことが無いけど、人型のネイバーと戦うつもり……つまり、『本気で相手を仕留めるつもりで行こう』と考えていた。

 そうは言っても10本勝負。俺はとりあえず10本の内、最初の3本ぐらいは様子見としてアステロイドとグラスホッパーだけで距離感とか分かるモノなのか調べることにした。

 結果は何も分らなかった。そんな間合いを見切るとか達人チックな事なんて3戦程度で掴める訳もなかった。ただ小南先輩から『弱い、それしか攻撃手段が無いのか』等と言われるだけだった。斧の間合いも持ち方変えたり投げてくれば変化するし、斧を振り回されるだけでも厄介だ。

 迎えた4戦目。俺は何度も繰り返すように、まずは距離を取る。小南先輩はまたかと言わんばかりの落胆した表情を見せ、俺は目の前から消えた。

 

「―――え? あ、テレポーター!?」

 

 小南先輩の真後ろに現れた俺の右手にはライトニング、左手には逃げたとしても仕留められる様にアステロイドを用意する。ライトニングから放たれた弾丸は小南先輩を捉えたかと思ったが、反射神経だけでしゃがんで避けられた。それでも片腕に掠っていたようで、俺は左手のアステロイドで追撃をしようとしたが、放つことはなかった。

 掠っただけでトリオン供給機関を破壊していたからだ。正しく奇跡の内部炸裂1.5倍が効いたようだ。俺は内心で(あっぶねー……)と冷や汗を掻きながら、理解し切れていない小南先輩に強がって言い放つ。

 

「な、何が……起きたの……?」

「悪いっすねー負けるの嫌なんですよ俺」

『こなみトリオン供給機関破壊。凄いよーネコ君』

 

 うさみん先輩が言ってたミラクルが起こったようだ。小南先輩が被弾したのは左腕に掠り傷、そしていつの間にか穿たれた胸の部分。内部炸裂だ。

 

 続く5戦目。俺はライトニングで振り下ろされた斧を受けた。斧の圧力でライトニングは弾き飛ばされ、そこから横薙ぎに振るわれる斧。俺はバックステップで回避して先ほどと同様にテレポーターで小南先輩の目の前から一瞬消えた。

 

「テレポーターは! 視線の先ィッ!!」

 

 振るわれた斧は小南先輩の後ろで空振りになっていた。俺が現れたのは消えた地点の更に後方。つまり距離を更に取っていた。

 

「な、何で更に離れて……!?」

 

 俺はアステロイドの8000発を作り出し広範囲に放った。『ネコ(ぱんち)8000(はっせん)』だ。何百発かは斧で吹っ飛ばされたが、何個かが触れると小南先輩はまたダウンした。

 

『トリオン供給器官破壊、こなみダウン。いやーネコ君ってこんなに強かったのかー』

「つ、次よ、次!!」

 

 まぐれが続いたがもう続かないだろう。テレポーターを持ってることもバレた。さっきのテレポーターだって俺は後方を確認してから飛んだのだが、小南先輩が勘違いをしてくれたようだ。けど、その辺の慢心とかはもう無いだろう。……そう思っていたのだが、トリオン供給機関破壊での決着はもう一度続いた。

 6戦目。俺はアステロイドで牽制するが小南先輩は跳躍でそれを飛び越えてきた。ライトニングを囮で出して構え、先ほど同様に受ける形になる。俺は足の裏から地面を潜る様にスコーピオンを小南先輩の足の裏に伸ばして捕まえた。これもトリオン供給機関に行った様で決着。

 

「スコーピオンまで持ってたとはね……でも何で……」

「あと使ってない攻撃トリガーは他のライフル、イーグレットとアイビスだけですから」

 

 何故と言う小南先輩の疑問には答えない。全てを明かすほどの余裕は無いのだから。

 7戦目。アステロイドでネコ拳8000を作り出す前に速攻でやられた。8戦目も9戦目も手も足も出なくなった。流石に奇襲作戦も行動起こす前に攻撃されれば意味が無い。もう勝てないかな。……そう思っていたが、負けるのも嫌だった。

 

「ま、まぁよくやったんじゃない? 私が3回も負けるなんてまず有り得ない事なんだから」

「まだ、もう1戦残ってますよ……」

 

 勝ち越すのは無理だった。それでも負けるのは嫌だ。10本勝負という形では負けは確定なんだけど、それでも最後は勝ちで終わりたい。最終戦が始まると同時に俺はまず逃げた。可能性が一番高いのは中距離戦に持ち込んだアステロイドでの面制圧だ。手数で削り切るのが一番確実だ。今日に限って供給機関破壊が冴えてるし、これに賭けるべきだ。

 当然そこら辺は小南先輩も察しているようで距離を詰めてくる。俺はアステロイドを作りつつグラスホッパーとテレポーターで逃げ続ける。テレポーターに関しては小南先輩は苦手なのか見失ってくれることが多い。さっき『テレポーターは視線の先』って言ってたから大体の出現ポイントはバレるもんだと思ってたけど見当違いの方向に斧を振るってくれるのでラッキーである。しかし、ネコ拳8000を作れるほどの余裕は無い。俺は通常のアステロイド10発程度の連続使用で対応することにしたが、それだと小南先輩は斧で掻き消して行くだけだった。

 そして、俺の胴体にチェックが掛かった。斧が完全に俺の腹を捉えて切り裂く。俺は作り出していたアステロイドを当たれと念じながら放とうとするが、既に上半身は半回転しており、小南先輩に背を向けていた。そして、苦し紛れに放たれたアステロイドはだれも居ないトリオンで出来た壁に向かい放たれ……小南先輩を貫いて行った。

 

『ネコ君トリオン流出過多でダウン。こなみも供給機関破壊でダウン。引き分けだね』

「な、何でよ!? アンタ、変化弾(バイパー)も持ってたのね!? 何で最後しか使わないのよ!? あーもうっ嘘つき!!」

 

 10本勝負では勝ちだが、個人的には圧勝したかったのだろう小南先輩は怒りを振り撒きながら「もう1回!」だと俺を立ち上がらせる。しかしだ、持っていないのだ。俺はバイパーを持ってない。俺はすぐさま部屋を出てうさみん先輩に調べてもらうことにした。

 特殊な工具で俺のトリガーホルダーを開けてもらい、装備の確認をする。そんなわけが無いと思いつつモニター画面を見つめる。小南先輩は「何なのよ……?」と再戦できないことに少しイジケ気味だが、今は放置だ。

 そんなわけが無い。そんなわけが無いのだ。俺が最後にトリガー設定を弄ってもらったのは嵐山隊へのレンタル前、鬼怒田さんに弄ってもらってそれっきりだ。そもそもバイパーなんて軌道設定すらしてない。変化しない変化弾なんて誰が使うというんだ。俺なんかが使えば軌道の線を引いてる内にやられてしまう。

 

「設定情報でたよー」

「何で無いのよ!? どんなズルしたのアンタ!!?」

 

 俺の使っていたトリガーは【ライトニング・イーグレット・アイビス・スコーピオン・アステロイド・シールド・グラスホッパー・テレポーター】で埋まっていた。やはり変化弾(バイパー)誘導弾(ハウンド)などのシュータートリガーは持っていないのだ。

 ついでに最後の10戦目をリプレイで見せてもらった。しかし、そこには俺は正面からアステロイドを放っている様にしか見えなかった。しかし、先ほどの室内ではアステロイドはカクカクと曲がる折れ線グラフの様なカーブを描いて小南先輩に直撃していたはずだ。うさみん先輩がその辺を不思議がらないのも違和感がある。

 

「アステロイドって曲げられるんですか?」

「それは無理だよー。アステロイドはストレートだけ。変化球を投げたいならバイパーとかハウンドだね」

 

 意味不明だ。うさみん先輩と話し合う中、小南先輩が怒って俺の首をスリーパーホールドし、脳天に何度も拳が振り下ろされるのを俺は棒読みで痛みを訴えている。というか痛みを感じないので本気では無いらしい。

 

「なんだか知らないけど面白そうだ。次はおれだよねネコ先輩」

「んー……じゃあ行こうか」

「ちょっと待ちなさいよ! 私も後でもう1回やるからね!」

 

 混乱で頭が回らないが、相手はネイバーだ。遊真の戦い方を知らないが、そらもう本気でやらないと駄目だろう。小南先輩とやる以上に気合が入る。遊真はレイガストで来た。全てのトリガーを使ったわけでもなく、慣れた訳でも無いだろうが、レイガストを盾のように大き目に構えるのではなく、攻撃に特化させるようにコンパクトなブレードの形状にしていたのが印象的だ。

 俺はそれをライトニングで受け止め、腰元から伸ばしたスコーピオンで遊真を貫く。結果は一撃必殺。

 

『ネコ! さっきもそうだったけど、何でライフルで受け止めるのよ!!』

 

 オペレーターマイクまで奪って小南先輩は俺に怒りの疑問をぶつけてくるが、剣戟とかを受け止められそうなものがライフルしかないのだから仕方ない。スコーピオンじゃ割られてしまう可能性があるからだ。ライフルの中でもライトニングは軽いし振り回しても無理の無い動きが出来る。そもそも接近戦はそこまで好きじゃないのだが、千佳ちゃんの使ってるトレーニングルームの方に大きくトリオンを回しているからここが狭いのは仕方ないらしい。

 2戦目が始まると遊真は高速で飛んできた。俺は対処しきれずに肩を切り裂かれトリオン露出過多でダウンした。

 

「は、はえーなー……」

「これで同点だね」

 

 遊真はニヤリと笑ってそう言った。ここからは勝たせないとでも言いたげな顔だ。しかし、その後は取って取られてを繰り返していた。結果は6-4でなんとか俺の勝ちである。遊真が使いやすいトリガーを使って、慣れた時には勝てなくなってしまうだろう。ブラックトリガーとやらを使った場合は手も足も出なくなるのではないだろうか?

 その後は師匠と弟子という関係を思い出したのか、小南先輩と遊真はトレーニングルームで再び戦い始めた。

 

「ネコでいいか?」

「あ、うん同い年だし、何組?」

 

 とりまるは再び三雲君をボコボコにして戻ってきた様で、俺と話し始めた。同じ学校で違うクラス。その辺は話の枕にして、『ネコ』『とりまる』と呼び合う仲になった。三雲君はソファーで寝かされている。

 

「内容は見て無いんだが、小南先輩から4本取ったって?」

「3本だよ。1本は引き分け」

 

「小南先輩はボーダーでもかなりの実力者だ。納得いかないか?」

「いや、強いのは分るんだけど……」

「ネコ君が納得行ってないのは勝ち方かな?」

 

 うさみん先輩が会話に参加してくる。その通りだ。あれだけ出なかった掠り傷でのトリオン供給機関破壊という一撃必殺の連続発動に加えて、アステロイドの真後ろに向かうほどのブーメランカーブ。今までと何が違ったのかが良く分からない。更に言えば、うさみん先輩が疑問視しないのも不思議だ。

 

「モニターで見る限り普通に強い戦いだったんだけどね?」

「そうっすね」

 

 とりまるは俺と小南先輩の戦闘データをタブレット端末をうさみん先輩から受け取り確認してそう言った。モニター越しには普通に見えるのか? 尚のこと異常である。そして、うさみん先輩は結論付けた。「―――自分で違和感を感じるならサイドエフェクトかもね」と。

 

「何か聞いてるんですか?」

「迅さんから少しだけね。でも『サイドエフェクトを持ってるかも』っていう可能性の話だけで、他は何も聞いてなかったんだけど―――」

 

 となると、初めて玉狛支部に来た時の後の事かもしれない。ここで仮定を一つ『トリオンの内容を変化させるサイドエフェクト』だとしたらどうだろうか? アステロイドを無理矢理バイパーなどに変更して放った。うん、しっくり来る。しかし、そうだとしたら人が吐く嘘などが分るのは何故か? ……相手の変化に気付く? うーん、近い気もするけどやっぱ違うか。

 では『トリオンの声が聞こえたりトリオンに言う事を聞かせることが出来る』……オカルト過ぎる。(そんなオカルトありえません)何て声が天から聞こえてきそうだ。人の能力の延長線上じゃないな。細胞どころか分子レベルの話になってしまう気がする。

 やっぱ『嘘を吐く』とか『相手を騙す』サイドエフェクトで間違いないのではないだろうか? 正解ならば卑劣な気がするが、戦闘においては有利に働くこと間違い無しだろう。それに一番しっくり来る感じがする。

 

「―――今までサイドエフェクトの内容が分らなかったんですけどね……」

「普通は開発室とか診断とかで分るものらしいだけど、珍しいのかな?」

「迅さんみたいな内容だと自分で理解するしか無さそうですけどね。でもその口ぶりだと分ったのか?」

 

「多分だけど……とりまるは三雲君についてるから……もう行くでしょ?」

「あぁ、行けるか三雲」

「はい、お願いします」

 

「じゃあ、小南先輩たちを待つか」

「トリオン兵なら用意できるけど?」

 

「まじっすか?」

「うん、まじ。仮想だから何でもできるよ」

 

 言われて飛び込んだトレーニングルームには見上げても頭の先が見えないバムスターがいた。

 

「大きすぎません? 天井突き破ってるように見えますけど……」

『ウチのオリジナル100mバムスターだよ』

 

 俺はとりあえず足元にスコーピオンを突き刺す。しかし、先ほどとは違い一撃必殺にはならない。デカ過ぎるからだろうか? バムスター以外で標準的なサイズでお願いすると、モールモッドが出てきた。でも……。

 

「何か色違いません?」

『女子ウケのいい『やしゃまるハニーブラウン』だよ!』

 

 『やしゃまる』とは何だ? 俺は疑問を抱きつつもスコーピオンで前足を切り落とす。しかし、モールモッドのハニーブラウンとやらは活動を続けている。とりあえず倒してみるが、さっきと今とで何が違うのだろうか? トリオン兵には効かない? いや、そんな事は無い。見える範囲で別の部位の裂傷は起こっているし、開発室でのバムスターだって確率が低いだけで供給機関の破壊は起こっていた。対人戦の発動率が高い? だとしても謎だ。そうこう考えてるうちに新しいモールモッドが出てきた。

 

「……今度は黒いモールモッド」

『やしゃまるブラーック!』

 

 溜息を吐いた時にモールモッドとは思えないほどの速い斬撃が俺の胴体に襲い掛かった。俺は真面目にならないと不味いと思いながらテレポーターで何とか避けて、狙いの定まらないライトニングで何とか後ろ足を撃ち抜いた。するとモールモッドのブラックは供給機関破壊で沈んだ。何が違う? テレポーターを使えばいいのか? そして、次に出てきたのはピンク色だった。

 

「あの……」

『やしゃまるブラックのことが気になっているが生き別れの兄妹だということはまだ知らない『やしゃまるピンク!』』

 

 ピンクは少し小柄だった。普通のモールモッドよりも性能が全体的に低い感じだ。女子か。俺はテレポーター直後の攻撃や小さな相違点を考えつつ攻撃するが供給機関破壊にはならない。

 

『ネコ君、私の最高傑作『やしゃまるゴールド』いくよ!』

 

 考えが纏まらない内に現れたのは金色のモールモッド。うさみん先輩曰く、圧倒的なパワーと装甲とのこと。つまり硬い上に斬撃も強いと言うことらしい。実際に一度やられた。ライトニングで受けようものなら吹っ飛ばされ、グラスホッパーで体勢を立て直す前に空中で斬り裂かれた。

 

「マジでつえぇ……」

 

 俺は今までと違って余裕が無いと判断し本気で仕留める事にした。―――すると。スコーピオンで斬撃を少しだけでも受け止められたらと思い防いだら、金色の刃がバターの様に斬り落とせた。しかも供給機関破壊での一撃必殺だ。

 

「……あのーうさみん先輩。もしかして、この金色の奴は前足が弱点とかですか?」

『明確な弱点は眼だけだよ? 今のも眼を攻撃したんじゃないの? それでも頑丈にプログラムしてあるんだけどなー』

 

 じゃあ今のはサイドエフェクト成功と言うことか。何が違う? 余裕が無いことか? ……そうなのか? 俺はうさみん先輩に一度に10匹ぐらい用意できるか確認すると、通常のモールモッドなら用意出来るらしい。うさみん先輩が残念そうにしているが、『やしゃまるシリーズ』を10体用意出来ないのが残念らしい。「戦隊モノみたいにとりあえず5色に増やせばいいのでは? ピンクはいるから4色か……」と進言すると『それだ!』と今後のやる気につながったようだ。俺は戦わないけどね。

 

 俺は余裕が無いと思い込むように集中してモールモッド10体に挑んだ。そして、一気にアステロイドの雨を降らせれば全てが一撃必殺。アステロイドを使用しない状態で再挑戦してもライトニングだろうが、スコーピオンだろうが、一撃必殺になった。気持ちの問題と言うことか? 俺はトレーニングルームを出て考える。小南先輩がスリーパーホールド掛けようが、陽太郎に「食べていいのか~」と、どら焼きを目の前でチラつかされようが、集中して考える。

 

 

 

 ―――相手を騙すとしたらどうするだろうか? 嘘をつくとはどういうことだろうか? 何故、人は嘘の情報を信じ騙されてしまうのか?

 

 それは多分、騙す側が考えることから始まる。どんな嘘を付くか、どうすれば相手を信じさせることが出来るか、何も考えずにいきなり『私は、神だ』と言って信じる人はいない。良くて笑われる程度のこと。裏付けとなることや、信じるに値する何かが無いと信じられないだろう。嘘だと最初から分ることはただの嘘であり、嘘を見抜かせないことに成功した時点で騙すことになり、そのまま墓場まで持って行けるほどの事であればその人にとっては本当のことになるのだろう。嘘で隠された真実があったとしてもだ。だから俺が相手を騙すとしたら明確な本気の考え(イメージ)が必要だと言うことだ。

 サイドエフェクトが気になりだしたのは開発室での会話の中で初めてサイドエフェクトと言うものを聞いた時からだ。しかし、その場では自分のサイドエフェクトが何なのか分らなかった。そのヒントをこの前の夜に迅さんから教えてもらった。相手に影響を与えるもの。相手が嘘を付いていることに違和感を感じるのはその副産物。

 違う視点から考えてみよう。今までは深くまで考えるのを放棄していたが、1.5倍の攻撃とはなんだろうか? 相手に影響を与えると言う情報を信じるのであれば、相手のトリオン体、もしくはトリオン能力に何か異常を与えるということだと仮定できる。それが騙しという事を繋げれば答えは『この攻撃は通常より痛いモノだ。だから他の場所も傷付くのだ』と錯覚させるようなものだろう。1.5倍と言っても誤差の範囲とはいえダメージに差はある。

 では、この1.5倍攻撃が発動しない時があるのは何故か? 人は常に相手を騙すことを考えてはいない。俺が防衛任務でトリオン兵と相対するときの心構えとしては『如何に怠けて金を稼げるか』だ。勿論考えない時もあるけど、1発で終わればいいなーとかそういう願望は持っている。その想いが1.5倍攻撃になっているとすれば、まぁ納得することは出来る。勿論俺自身が思いも寄らない思考が働いてるかも知れない。

 迅さんの未来予知が効き難いのも俺の(無料(タダ)で視てんじゃねーよ金取るぞ)という気持ちや、迅さんを信じ切れていない気持ちがそうさせているかもしれない。

 

 考えを小南先輩や遊真との戦闘に移そう。あの時は余裕が無いというよりは本気で仕留めようと考えていた。だから発動した。いや、少し違う。その先があるはずだ。サイドエフェクトを使いこなす、もしくは把握するためには、『本気で仕留めるにはどうするべきか』を考える必要がある。

 相手が攻撃してくるのは当たり前だ。相手の攻撃で自分が倒れることもある。勝った時の事だけ考えよう。

 相手に手出しさせないためにはどうする? 俺は自分の1.5倍を知っている。だから当てればいいと言う考えがまず働く。俺の攻撃を当てるにはどうする? 掠るだけでもいいから手数が大事になる。その中で一発で倒れろと考えながら攻撃する。この思考が一撃でトリオン供給機関を破壊するのだろう。

 その間にやられないようにするには? 距離を取る。テレポーターで逃げる。テレポーターでも位置を錯覚させたのは騙したからだ。後方を確認して飛べば後方に行く。それを自分の後ろに出てくるぞと思わせたのは騙したからだ。

 アステロイドが曲がったのは? 当たれと願い、アステロイドは敵は逆だと言われ、一直線にしか飛べないわけがない(・・・・・)と深層心理でアステロイドを騙したからだ。

 

 ―――あ゛ぁ~~~~やっべぇぇぇ……すっごいスッキリするぅぅぅ。

 

 ―――つまり、俺のサイドエフェクトは『トリオンを騙す能力』ということになる。対象がトリオンでもトリオン体でもトリオン兵でも関係ない。相手がトリオン能力を持っているならば騙せるといっても過言ではない。

 俺が(こんなの信じないよなー)と言う気持ちなどで嘘を吐く、そのイメージで攻撃しても意味が無いということだ。考え無しの嘘や分りきった嘘だと効果が無い。もし何でもOKだと言うなら俺は嘘を付きまくって超一流の詐欺師になってしまうだろう。……楽して生きて行けるのならそれも悪くないが、それで生きていけるほど図太くない。親にも顔向けできなくなるのは人として駄目だ。

 

 『騙しのサイドエフェクトではないだろうか?』と考え始めてから今まで時間が掛かったのは俺すらも騙されていたからでは無いだろうか? そう考えればすっきりする。なるほど、このすっとする気持ちが騙し解消なのかもしれない。サイドエフェクト能力者すらも騙すとか凄い能力だが、解けてしまえばなんてことは無い。あー気持ちえぇー。

 

 

「何てことだぁ~ぁぁ謎がぁ~謎が解けてしまったぁ~」

「あ、動いた。ネコ君、『考える人(ロダン)』状態から長かったねー。もう18時半過ぎだよ」

 

 言われて時計を見ればそれぐらいになっていた。外も暗い。どんだけ俺は考えていたんだ。三雲君も遊真もまだトレーニングルームにいるらしい。トレーニングルームならトリオンも気にしなくていいけど精神的に疲れないのだろうか? 頑張り屋さんのレベルではない。そういえば千佳ちゃんは? と、思ったところでレイジさんが帰って来た。

 

「レイジさんおつかれさま~」

「お疲れ様でーす」

「雨取はどこ行った? もう家に帰ったのか?」

 

「千佳ちゃんですか? そういえばまだ出てきてないですけど」

「!?」

 

 レイジさんは猛ダッシュでトレーニングルームに向かっていった。少ししたらレイジさんと共に戻ってきた。ずっと撃ち続けていたらしい。俺が見に行ってから6時間ぐらいか? それだけ撃ち続けても千佳ちゃんはトリオン切れになってないって事か……すげートリオン能力なんだろうな。

 

 と、そこに戻ってきた小南先輩と遊真。ふふん。もう俺は最強なんだぜぃ? そう思って小南先輩に10本勝負を1回だけお願いすると。待ってましたとやってくれた……のだが、0-10でボコボコにされた。

 

「弱くなってるじゃない!? さっきのは何だったのよ!?」

 

 だ、駄目だ。『俺最強』と考えたら思ったように動けずに終わった。イメージが完全に慢心として俺の身体を騙したらしい。まだこの能力に慣れるには時間がかかりそうである。

 

 

 




◇ネコのサイドエフェクト
『トリオンを騙す』サイドエフェクト。その効果は個人に留まらず、トリオン能力を持つ相手、トリオンで出来ているものも騙せる。だが、どう騙すのかなどを深いレベルで意識しないと効果が出ることは少ない。
テレポーターの時の出現位置もネコが目線を離していないと小南のトリオン体が視覚を騙されたため。

◆そんなオカルトありえません
アニメ『咲-saki-』より、清澄高校の原村 和の名言。

◇「何てことだぁ~ぁぁ謎がぁ~謎が解けてしまったぁ~」
TVドラマ『ST赤と白の捜査ファイル』より赤城左門(藤原達也)の台詞。映画化もしてどちらも面白かったです。他の俳優陣も良い味出してます。

◆やしゃまるシリーズ
ネコの進言により、4色は増えるかも? 今後出てくるかは怪しい。



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14 観察されてたネコ





 今日はボーダー本部に向かう。防衛任務であって防衛任務ではない。なぞなぞではない。次のレンタル先はまだ決まってないのだ。今日から新しいところにレンタルされて今日の昼過ぎから防衛任務だ。というわけで次はどこでっしゃろ忍田はん?

 

「失礼しまーす」

「来たか音無」

 

 そりゃ呼ばれたからね。念のため室内を見渡すが鬼怒田さんは居ないようだ。忍田さんもその辺は理解があるのか苦笑いを浮かべつつ、今は鬼怒田さんも俺に手が出せないのだと説明してくれた。何故って? 城戸派との抗争とも言うべき遊真のブラックトリガー争奪戦が始まるかもしれないからだよ!! (トリオン粒子)(トリオン粒子)を洗う抗争が始まるかもしれないんだよー。ちょー怖いよー。まぁ出てもトリオンの飛沫とこちらに向かってくる怒りの矛先だろうけど、怖いものは怖い。

 しかし、本当に強盗行為するのかよと怪しんでたんだけど、更に可能性濃厚となる事が近々起こるらしい。

 

「―――知らないだろうから説明するが『遠征』というモノがある」

「あー、ネイバーの世界に行くやつですよね?」

「え、何で知ってるの!?」

 

 機密事項を知ってる俺に忍田さんのお隣の沢村さんが驚く、忍田さんも少し驚いているように見える。俺は迅さんに教えてもらったと素直に答えた。

 

「迅くんかぁ……」

 

 沢村さんは少し嫌そうな顔を浮かべて納得したようだった。何? あのエリート嫌われてんの?

 

「話を戻そう。その遠征部隊(トップチーム)が明後日帰還する」

「今回の遠征チームはA級の1位から3位までの構成メンバーなんだけど、全チーム城戸司令の派閥って言えば分かるかな?」

「マジかー……」

 

 流石は最高司令官とでも言えばいいのだろうか? ボーダーとしては誇らしいが、今の俺は忍田さんの派閥に属している。城戸司令の派閥に入りたいとも思わないけど、その遠征部隊が襲いに掛かる可能性があるからそれを防ぐことになるかもしれないのだとか。A級1位~3位って、S級を除けばボーダー最強部隊ってことでしょう? しかも話の展開からしてブラックトリガー持ちが他に居たとしても今回関わってくるS級は迅さんだけだ。一人だけで複数名とやり合うとか無謀だ。そこに俺を何故に巻き込むのか?

 

「……あのーこの前の電話の時に聞くべきだったんですけど、何で俺なんでしょうか? B級ですし、しかも上がったばかりですよ?」

「あぁそうか話してなかったな。一つは直属の上司が私だと言う事と」

「ネコ君がスカウティング対象なのよ」

 

 【スカウティング対象】とは、初期戦闘訓練などで好成績だった者や、トリオン能力が優れている者はボーダーとして観察対象になっているらしい。観察と言っても四六時中見られているとか盗聴器などを仕掛けられていると言うことではないらしく、ボーダーとして支援しやすいように、また、緊急時に真っ先に連絡を取れるようになっているらしい。メリットは優遇されやすい……かも。デメリットは時と場合によっては行動を制限されたり忙しくなる事があるとの事……え、聞いてないんですけど、優遇されやすいかも(・・)ってメリット無いに等しいんじゃないですか? ボーダー辞めていいですか?

 

「あ、ボーダー辞めるとか言わないでね?」

「い、言わないですよーやだなー」

 

 本当にやだなーちくしょう……。

 さて、スカウティングは様々な角度から見られることになる。本部に来て自主トレや集団訓練、個人戦やチームランク戦に参加したりした際の成績などを周囲の人と比べて10倍ぐらいは見られる。研究されていると言ってもいい。更に本部だけに留まらずどこかの支部での行動もチェックされているらしい。ある程度育ったら解放されるというが、その頃になれば「ウン、ボク、ボーダー、ダイスキ、何デモ、言ウコト、聞くにゃんこ」などと洗脳状態ではないだろうか? それは流石に無いか。でも開発室に記憶消去装置とかある組織だしなー……。ん、開発室といえば……。

 

「開発室に通い始めた当初、嵐山隊の皆さんの日替わり護衛みたいなのがあったのはもしかして関係してます?」

「あれは行きすぎかと思ったが、鬼怒田開発室長の一存で決まったことだな。音無の方から断ってくれてこちらとしては人員の面で助かった。あの時の鬼怒田室長は納得していなかったようだがな。サイドエフェクトだと結論が出て助かった面も大きい」

「ちなみに昨日は玉狛支部で小南ちゃんに3勝したんでしょ? 実力も十分ね」

 

 oh……個人情報が筒抜けな上に、それが本人に開示されている不思議空間なんだな。つまり今までのボーダーでの活動や行動は全て他の隊員以上にめちゃくちゃ見られてるってことだ。涙が出そうだよ。だから給料も計算と合わなかったのか。防衛任務時の討伐数を計算しても明らかに多い給料。『諸手当』の部分にある謎の金額。アレは『ずっと観察してるけど、これ迷惑料な』って意味なのだ。明細を開いた時には予想よりも多くて小躍りしてたぐらいなのに何かショックだ。

 

「さて、本題に戻ろう。迅と相談したんだが、念のため嵐山隊に声を掛けてある。音無は今日から3日間諏訪隊へのレンタルとなるが、緊急時は抜けても問題ないことになっているから気にしないでいい」

 

 凄く気にするよー。等と言える訳もなく、俺は精一杯の歪んだ笑顔を浮かべつつ話を聞いて部屋を後にした。嵐山隊が居れば問題ないんじゃないだろうか? 俺の必要性に疑問を感じながら俺はエレベーターで下に降りる。今日から諏訪隊とのことだが、待ち合わせ時間まで3時間ぐらいある。ふむ、投資兵器を買いに行くか。

 

 

 

 今日のお菓子はクッキーにしておいた。俺が和菓子を食べ飽きてきていたからだ。どら焼き以外と言っても大福は手が白くなるし、隊長の諏訪さんもどちらかと言えば洋菓子の方が好きそうな顔してる気がする(偏見) そして、和菓子より少し安い! 今後はA級チームには和菓子(高め)、B級には洋菓子(安め)という方針で行こうか等とつまらぬことを考えつつ昼ごはんも食べ終わってボーダー本部に戻ってきた。

 それでも早すぎる。まだ2時間近くはあるぞ……とりあえず休憩所でココアでも買おうかなと思い足を運ぶと諏訪隊のアタッカーで俺と同い年の笹森日佐人が居た。

 

「やほー日佐人」

「お、今日はよろしくな。暇なら作戦室行くか?」

 

 俺は日佐人に連れられて諏訪隊の作戦室に行くことにした。暇なら作戦室って、何か暇潰し出来る物があるのだろうか? そう思いながら入ってみると麻雀卓に漫画と小説の多い本棚が真っ先に眼に入った。え、作戦室ってこんなに弄っていいの? ―――いいんだよ! 明らかに成績が振るわないと駄目だが、モチベーションや成績を維持、向上できるならば自由に使って良いスペース。それが作戦室だ。そう話すのが諏訪さんだ。やり過ぎ感があるけど、上から何も言われて無いならいいか。他の隊の人もよく遊びに来てるとのことだし俺が気にするだけ無駄だろう。

 

「おう来たなミスターNeko Mk-II。ウチの隊で遊んでやるぜ」

 

 え、何それ? ダサイから『ミスター』とか付けるの止めてください。でも諏訪さんはどこか自信満々である。少しだけ残念な人だ……。

 

「あ、これつまらないものですが」

「あん? おう、気が利くなぁ」

「あー忘れてたけどここのクッキー好きなんですよー。久しぶりに紅茶入れよー」

 

 小佐野先輩は諏訪さんの肩越しにクッキーの包装を見ると踵を返してお茶を淹れに行く。忘れてたのに好きとは言い得て妙だ。まぁそう言うモノもあるだろう。

 

 

 

 小佐野先輩の淹れた紅茶でしばしの歓談。そして今では……。

 諏訪さんは何かの小説を読んでおり、日佐人は麻雀卓で牌や麻雀マットを掃除している。小佐野先輩はパソコンでファッション系のサイトを見ているらしい。俺はソファーに寝そべりながら漫画を読んでいる。何て自由な空間だろうか? そんなだらけ切った空間に入って来たのは諏訪隊最後の一人堤さんだ。ソファーの背もたれが死角になっているのか俺にはまだ気付いてないらしい。

 

「諏訪さんお疲れ様です。今日はネコ君が来るって聞いたんですけど」

「おう、もう来てるぞ、そこで恐ろしいほどに寛いでやがる」

「犯人は~主人公の奥さーん」

 

「さらっとネタバレすんじゃねーよ!? つかもう死んでんだよ奥さんは!」

「あ、堤さん今日はよろしくです」

 

 俺はソファーから起き上がり挨拶をする。で、またソファーに倒れ込む。……そうか奥さんはもう死んでんのか。というか何の小説読んでるか知らないし、知っててもネタバレするほど悪党でもないよ俺は。堤さんに寝そべりながら挨拶すると堤さんは微笑を浮かべていた。

 

「ははは、もう馴染んじゃってるんだね」

「あークッキーあるんでどうぞー」

「麻雀やりませーん?」

「あ、私やるー」

 

 本当に何て自由な空間なんだろう。素晴らしいとしか言い表せない空間で俺は漫画を読み続けていると、日佐人の掛け声で諏訪隊の面々は麻雀を始めた。チラリと時間を見ればまだまだ余裕はある。俺はとりあえず漫画を優先し読み耽った。

 

 数十分して最終巻まで読み終わり、麻雀もそろそろ終わりらしい。俺は麻雀のルールはよく知らないけど、ドンジャラの様に同じ柄を集めたり数字を階段状に揃えれば良いのだろうというぐらいは理解している。ドンジャラも名前しか知らないけどね。

 俺は小佐野先輩の後ろに行くと何となく面白そうな形に見えた。すぐ近くに置いてあるプラスチックの器には点棒と呼ばれるものが乱雑に入っていた。

 

「小佐野先輩が独走ですか」

「そうだよー。そこの3人は負け犬共だよー」

「お~サ~ノ~……」

「事実ですよ諏訪さん」

 

 俺は負け犬共と称されるボーダーの先輩方を見やり、小佐野先輩に色々と簡単に説明して貰い少しだけルールが分った。結果は小佐野先輩の上がりで終了。俺は思い出したように漫画を片付けるために本棚に持っていくと麻雀の役などを紹介してる

本を見つけた。役なんて覚えてない人はいないらしく貰っていいとのこと。あざーっす。あ、この『国士無双』ってのは聞いたことがある。

 

 さて、防衛任務の時間になるが、目立った事は何も起きなかった。まぁイレギュラーゲートを防ぐための作戦を終わらせたばかりなのだから大事があっても困るのだが、今日はゲート発生予測地点に向かうだけの簡単なお仕事だ。出てきても苦労しないレベルのトリオン兵達。実に楽だ。

 しかし、イレギュラーゲートは厄介だったけど、沢山出てくるトリオン兵はB級の俺たちにとっては良い金稼ぎになった。まさにボーナスステージと言えたのではないだろうか? そんな事は怯えて暮らす市民に大変失礼なので言えな――――。

 

「タバコ値上がりするしなー、もっとネイバー出て来ねーかな?」

「でじゃう゛!?」

「諏訪さん不謹慎ですよ。分からなくもないですけど」

「ネコどうかした?」

 

 いや、これは既視感(デジャヴ)ではない。実際に体験してる事だ。前に熊的な人が言ってたからな。でもやっぱお給料的にはA級に行けた方がいいよなー。A級になると仕事はどれぐらい増えるのだろうか? 流石に遠征とかいう仕事のある上位チームは大変だろうけど、その下ならどうだろうか? 嵐山隊は広報の仕事があるし、C級の訓練教官も担当することが多いから例外だ。

 諏訪さんに聞けばB級にも嵐山隊程ではないにしても訓練の補佐などの仕事はあるらしい。俺呼ばれたことありませんけど? その分観察されているのだろうか?

 しかしアレだねー。散弾銃(ショットガン)タイプのガンナートリガー良いねー。至近距離型トリガーだし、今使ってるスナイパーより良い気がする。ライフル担いで近接に飛びこむクセのある俺向きなのではないだろうか? 狙撃できなくなるのが難点か。堤さんみたいに2挺構えるのはどこぞのツインスナイプ野郎が頭を過るからアレだけど、1挺なら良いかもしれない。まぁ堤さんの場合は明確に火力が上がりそうで許容範囲だ。そうだなー、遊真のブラックトリガーの件が終わったら鬼怒田さんに聞いてみても良いかも知れない。玉狛とかで勝手に弄ったら後で怒られるかもしれないし検討しておくに留めておこう。

 

 そんなこんなで何事もなく防衛任務終了。反省会もそこそこに報告書もお願いする形で俺は帰ることにした。窓から覗く空はすでに暗く、外は寒そうである。コートを着て明日の事を考えれば少しほっこりする。だって明日は終業式。学校は冬休みへと突入する!

 

 

 

「あら? 確かネコ君よね?」

「へ? あ、加古さんだ」

 

 エレベーターで1Fに着くと、加古さんと双葉ちゃんに出会った。

 

「どうも」

「あ、双葉ちゃんも久しぶり。B級に上がれたよー」

 

「聞いてるわよ、訓練成績も色々塗り替えてるらしいじゃない」

「スカウト大成功です」

「噂の一人歩きですよー」

 

 加古さんの言葉に双葉ちゃんも頷いているが、俺はとりあえず謙遜しておいた。そう言えばこの二人はA級とかいう話だったはずだ。聞いてみるとその通り、A級に上がって特別な仕事はあるのか聞いてみると、俺を誘ったあの『スカウト』がA級の仕事の一つだそうだ。双葉ちゃんは中学生だし、加古さんも大学があるから長期の休み、つまり春や夏などの休み期間中などで旅行プレゼントを含めて他県でのスカウト業務が与えられることがあるらしい。

 

「ネコ先輩はA級に上がるんですか?」

「楽な仕事で、楽に上がれるなら考えるかなー、固定給+討伐歩合制とか安定するじゃないですかー」

「なら加古隊(ウチ)のチームに入らない?」

 

 まさかのお誘いだ。那須隊の次はA級の、しかもまたもや女性チームからのお誘いである。なに? ネコフィーバーなの? 人生には3回のモテ期があるらしいが、その1回目がココなのだろうか? もしくは那須隊が1回目で、既にこれは2回目? だとしても、じゃあ入りますとはならない。A級の仕事内容もよく知らないし、女性だけのチームと言うのも断る理由の一つだ。那須隊の時もそうだったけど、『女性だけ』と言うことに拘りとか理由は無いんだろうか?

 

「お断りします」

「そう言うと思ったわ」

「えっ……」

 

 双葉ちゃんだけ何だか着いてこれて無いような会話の流れだが、安心して欲しい。俺も良く分かって無い。取り敢えずの理由を聞かれたので、B級上がり立てで足を引っ張るかもしれないし? と答えたのだが……。

 

「あら、桐絵ちゃん倒せる力持ってるんでしょ?」

 

 桐絵ちゃんって小南先輩だよな? 何で知ってるの? A級は個人情報閲覧権限でも持っているというのか? そうだとしたら何てダーティブラック企業だよ。しかし少し違うらしい。能力向上に繋げる為に、規定人数満員になっていないチームに忍田さんが売込みしているらしい。「ウチのネコいりませんか?」ってな感じだろうか? 飼い猫じゃあるまいし……まぁボーダーの社畜という見方をすれば飼われているが……。

 

「貰ったデータ見せてもらったけど、私みたいに結構真面目にネコ君を入れようと検討してるチームは多いらしいのよ。次はB級にも話を回すらしいけど、一度レンタルしてから考えたいってところが多いらしいわね」

「ネコ先輩の争奪戦ですか……確かにスナイパーならバランス良いですね」

 

 この人は、なんて面白そうに笑うんだろう。いや、綺麗ですけどね。双葉ちゃんも深く考え込まないでね。スナイパーも仮だから。なんちゃってスナイパーだから。

 さて、俺の情報はA級に回っていて、今度はB級にも回される。そんな情報を初めて知った俺はどうしたらいいんだろうか?

 

 『何で仲間はずれにするのかなー? 誰か音無君を仲間に入れてあげてもいいよーって班はありませんかー……じゃあじゃんけんで決めよーか。ね?』……っておい待て!? そんな体験したこと無いのにとてもリアルに再現映像を頭の中に映すな!!

 B級に上げられた時にレンタル活動だけでいいって聞いてたのに、ぼっちになってたなんて酷いじゃないか! そういえばC級の訓練の時も3人組が多く見受けられたのは、既にあの時点でチームを組んでいたのか? 俺も誘えよー。そりゃ初日から開発室に連行されたけどさー。

 

「まぁ考えておいてね。いつでも歓迎するから」

「失礼します」

「は、はぁ……お疲れ様でした……」

 

 俺は力なく手を振って別れ、家路に着いた。明日は終業式に出た後にしばらく時間が空いて諏訪隊2日目の防衛任務かー。遠征チームが帰ってくるのは明後日だから、明日色々と試してみるかなー。鬼怒田さんのいる開発室は頼れない。嵐山隊はC級訓練の指導とか言ってたから無理でしょー。玉狛は離れてるから防衛任務が億劫になる。えーと……あれ、もしかして俺って那須隊と諏訪隊とぐらいしかまともな知り合いいない? しかも1度しかレンタルされてないので頼って良いかも分からないレベルの知り合いだ……もし、裏ではレンタルが迷惑がられていたとしたらと考えると更に申し訳ないな……那須隊に関しては小夜は男性苦手なわけだし、かなり有り得る。

 

 ふむ……初めての個人戦やってみるか?

 

 

 




感想、質問、誤字脱字報告などありがとうございます。引き続き随時受け付けております。

◇今回の独自設定◇
【スカウティング】:スポーツなどでスカウトする人の仕事とでも言いますか、その人を偵察し、その人の情報を集めて分析することを言いますね。ボーダーにも裏方部門はあるかと思い、少し拡大解釈して都合よく書きました。今後は触れるかどうかも怪しいですが、深く描ける足掛かりになればとおもってます。

◆諏訪さん「ミスターNeko Mk-II」
今のところは単に言わせたかっただけ、エネドラが出て来た時にまた弄るかもしれない。

◇麻雀教則本を貰ったネコ
最初は麻雀強い設定で、『御無礼』とか言っちゃいそうな人が親戚のお爺ちゃんで、麻雀を教えてもらったという設定で書いてましたが消しました。これは麻雀の題材小説ではないっていうのと、傀が爺になっても麻雀を教えるわけ無いか、って感じでイメージが沸きませんでした。別に麻雀強くなくてもいい。今後カモられてもいいと思って初心者にしました。主に影響しないところに時間掛けてました。

◆ショットガンのトリガーに魅かれるネコ
作者は映画『マトリクス』を見てショットガン大好物になりました。スパスでしたっけ? 買おうと思ったこともありましたけど、近所で売ってる場所もなく、諦めて今に至ります。ライフル持ってても対象に接近しちゃネコにはお勧めかも知れないトリガーですね。シューターのこと忘れてやがりますけど、今だけです。

◇A級に情報が渡されてるネコ
売られてるわけではありませんし、里親を探されているわけでもありません。そして忍田さんに飼われてるわけでもありません。嵐山隊や三輪隊のように規定人数満員でチームを組んでるところは勿論駄目ですが、あと一人枠が空いてるチームは少なくありません。チームの力の底上げになればと忍田さんが開示できる情報を開示しているだけです。
情報には訓練成績新記録が連なって書かれているのと、最新情報としてA級の小南桐絵から10本中3本取ったという事実が載っています。その後にボコボコにされたことは書かれてません。

◆ネコフィーバー?
ネコのモテ期かもしれません。ですが、そうだとしても2回目や最後の3回目ではなく、1回目です。そして、モテ期ではないかもしれません。


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15 ネコ、個人戦やってみた

お気に入り230件です。お読みいただき、本当にありがとうございます。





 寒い曇り空の下、終業式が終わりボーダー本部に向かう俺。コートを着てもマフラーを巻いても寒さを感じてしまうこの感じは好きではない。家にコタツとかあればいいのになぁと思いながら歩みを進める。(あ、そうだトリオン体になろう)と、京都をアピールする鉄道会社のコマーシャルの様に思い付いて、今更ながらもトリオン体になる。

 見た目はコートよりも薄着になろうとも、寒くもなく、暖かくも……いや、ほんのり暖かい。最高の防寒着だ。一市民としての考えが染み付いてしまい寒いならコートやマフラーを装備するという先入観がある。しかし、俺は正規のボーダー隊員。トリオン体になればほら、そこには自販機のココアの様に『あたたか~い』になる。確か鬼怒田さんが言ってたんだっけか? トリオン体になると適温になる的なことを。実に快適だ。

 (うしゃしゃしゃしゃ)と内心でご満悦な俺は飛び跳ねながら本部を目指す。あ、歩くよりも圧倒的に早い。トリオン体にデメリットなし。トリオンの消費ぐらいだろう。少し先の未来ではトリガーが一般人にも行き渡り、トリオン体がトレンドになるのではないだろうか? 「ねーねーこのトリオンの服オートクチュールなん?」ってな感じで小さいお子様までカバーできる夢の話。

 ……いや、そこまでのトリガーの数が確保出来ない点もあるだろうし、その場合は世に出ている冷暖房器具まで無くなってしまうかも知れない。そしたら家電業界は一気に衰退してしまうし、コタツを無くすと言うのならトリガーいらねー。コタツは別物である。あ、次は作戦室にコタツのあるチームにレンタルされないかなー。そんなチーム無いかなー。諏訪隊が自由空間だったしあるかもしれないなー。

 

 俺は本部に着くとすぐに個人戦用のブースに入る。さて、簡単な話でしか使い方を教わったこと無いけど……。簡易的なソファーがあるのはベイルアウトなどで離脱した時の場所。んで、モニター画面には何も映って無い。……んー、まずは台座にトリガーをかざして、おぉ画面が点いて正隊員でログインされた。なるほど、これで個人戦という名目ではC級とは戦えなくなるのか。ポイント移動のない模擬戦なら出来ると言うことだと思われるが、事前申請とか必要なのだろうか? そしたら面倒臭いね。

 モニターには他の部屋番号と所持ポイントとメイン装備のトリガーが表示されているが、一番下の黒い四角はなんだろう? タッチしてみると黒い文字で対戦対象人数が増えた。これは全てが4000以下のポイントだからC級と思われる。これで戦えるわけか。4000以下でも白文字のままの人は俺と同じ様にB級以上だけど、他の装備を練習してるとかだろう。

 名前もランクも分らないけど、これぐらいの不透明性がいいな。相手が誰か分からないけどメインのトリガーだけ分るというドキドキとワクワク感がある。俺もこれぐらいの見えない個人情報がいいな……。と、しみじみしてたら対戦申し込みが来た。

 

「3本勝負か……スコーピオンで9000ポイント以上もあるよ……4000以下を相手にするなんて、暇潰しか人違い、後は考えたくないけどイジメだろうなぁ……まぁいずれにしろ強いって事は変わらないか」

 

 俺はOKボタンをタッチして転送された。相手を見下ろす形でどっかの建物の屋上に出ると相手の通信が飛んできた。

 

『あー、ごめん人違いだ。よく考えたら荒船先輩はライトニング使わないかー。出る?』

「いや、3本だしすぐ終わるでしょ? それとも時間ない?」

 

 俺と同じぐらいの身長だろうか? 少年の声をした子は少し生意気そうだ。これは中学生だな……いや、中学生で9000pt超えとかマジか? 迅さんみたいにエリートというやつなのだろうか? まぁ年下に変わりは無いか。相手もすぐ終わるという言葉に含みを持たせて同意し対戦となった。

 

 バッグワームを持ってない俺はとりあえずいつもの様に突っ込んだ。すると、目の前に居た少年はグラスホッパーを使い多角的に動いて距離を詰めてきた。おぉーグラスホッパーで上に跳んで、上にグラスホッパーを起動して斜め下に、右上にと、まるで箱の中でスーパーボールが跳ね返っているみたいだ。これではライトニングでは当たらない。俺は左手にアステロイドを用意し放つ。

 しかし、避けて当然かのようにグラスホッパーの進行方向を途中で前方に切り替えスコーピオンを振り下ろしてきた。俺はシールドで弾くと一度距離を取った。すげーな。俺があの動きしてたらグラスホッパー止められないなーと感心していた。グラスホッパーとスコーピオンの戦闘特化のスタイルらしい。

 さて、騙すにはどうイメージする? 俺は考えを深め始める。俺は最強じゃない。慣れない動きは身体が着いていかない。考えるのは自分のことじゃない。相手がどう倒れるかだ。それが騙す結果を導き出す鍵になる。

 俺はアステロイドを撃ちまくり距離を一定に保つ。相手は避けながら進んでは下がってを繰り返す。これでは倒せない。倒されもしないが何も意味を成さない。俺はもう少しだけ距離を取って行動にでた。

 

(必殺、ネコクラスター……行けっ)

「何だ……?」

 

 俺が作り出したのはアステロイドキューブ。その大きさはバスケットボール大ぐらいだろうか? そのキューブを俺は上空に放つ。相手は一瞬だけそれを見上げたが、俺を刈り取ることにしたようで弾幕の無い道を駆け抜けてきた。俺は上空のアステロイドキューブを見てるが……うん。失敗だアレ。俺はあっさりと胴体とお別れした。

 ブース内のソファーベッドに落下するように出てきて再びインする。転送されている間に色々考えるが、全ては実験だ。負けても何も問題ない。それでも次も負けるのは嫌だけどね。

 

『さっきのなんだったの?』

「いやー失敗みたい。色々試してんだよねー」

 

『ふーん? ……じゃあ、行くよ』

 

 わざわざ宣言してこなくてもいいのに。俺がいる建物を一気に駆け上がり、その素早い動きから繰り出されるスコーピオンをライトニングで受け止める。少年に驚きの色が見えるが申し訳ない。刃物の止め方はこれが一番しっくり来るんだ。俺は肘からスコーピオンを伸ばし、相手の腹を刺して仕留めた。トリオン供給機関破壊らしい。

 ふむ、これは問題ないな。後は100%発動できるようにイメージを固定化していくだけだ。問題は1戦目の【ネコクラスター】だ。上空での待機状態まではよかったけど、発動しなかった。アステロイドを騙し足りなかったのかもしれない。それかもう少し手を加えてもいいかもしれない。と、少年が再度インして戻ってきた。

 

『スコーピオンも持ってたとはね』

「ん? あぁ、先に言っておくと、アステロイド、スコーピオン、ライフル3挺が攻撃トリガーね」

 

『何かバランスおかしくない? 下手な完璧万能手みたいじゃん』

「スナイパーいらないんだけどねー。でも、勝手に弄っちゃうと怒られかねないから仕方ないんだ」

 

 開始の合図と共に相手は再び突っ込んできた。しかし、さっきのスコーピオンを警戒してか、グラスホッパーで少しフェイントを混ぜてきた。ふむ、勉強になるな……そういう動きもあるのか。

 そんな俺はテレポーターで消える。

 

「な!? いや、視線は―――」

「残念こっちでしたー。はい、ちぇっくめいとー」

 

 俺は相手の予測とは別の位置に出現しライトニングで頭を撃ち抜いた。悪いね。攻撃トリガー以外も当然あるんだよ。俺はログアウトしてみると、200ポイント貰えた。こうやってマスタークラスに近付いていくのか。

 

『ちょっと! もう一回! もう一回勝負してよ! 正直舐めてたけど次はスコーピオン以外も使うから!』

「え? さっきの子?」

 

 いきなりの通信にびっくりしたが、部屋番号が分ると通信が出来るらしい。負けず嫌いにも程がある。しかし奇襲で負けると言うのも後味が悪いだろう。しょうがないなー―――。

 

「おことわる」

『はぁ!?』

 

 ―――本当にしょうがない。勉強にはなるけどスコーピオンとグラスホッパーって、自分でも使ってるからある程度イメージしやすいところがある。やっぱ今求める相手はシューター、ガンナー系か、スナイパー辺りかな。そうで無いと明日以降に起きるかもしれない抗争には生き残れないと思う。最強クラスがチーム単位で来るんでしょ? 色々なことに対応できるようにならなければいけない。

 時間を見ればまだ余裕がある。さっきの3本勝負で考えればあと10戦ぐらいは出来るな。でもご飯も大事だ。俺は一度出ることにした。

 すると部屋の前にはさっきの少年が居た。部屋番号だけで出待ちするなよー。

 

「ねーやろうよー! 次は5本か10本で!」

「お腹空いたからやだー」

 

 そんな言い合いをしつつホールに出ると人が多くいて、C級らしき人たちに遠目に見られながら何か言われていた。

 

(ほら、やっぱラッド狩りのNeko2だよ)

(何でランク戦やってんの? やらないって噂だろ?)

(つか隣にいるの緑川じゃね?)

(その緑川が負けてたよ)

(嘘だろ!? ほら、1本だけ取ったとかだろ)

(私見てたよ。3本勝負で2-1。1本目は緑川君で、2本連続でネコ先輩だよ)

 

 何て言ってるか知らないけど、この子と戦いたいのか? あげるよー、俺は食堂で何か食べてくるから。そんな感じで少年の誘いを断り続けると別の切り口から誘い始めた。

 

「お前何年生だよー?」

「え? 高1だけど?」

 

「え?」

「え?」

 

 改めて自己紹介。少年の名前は『緑川(みどりかわ) 駿(しゅん)』A級4位の草壁隊とか言うチームのアタッカーで中学生。俺のことを年下だと思ってたらしい。俺は偉そうだからもしかしたら同い年かと思ってたよ。やっぱ年下だったんだな。しかし双葉ちゃんといい中学生でA級って凄いなー。あ、木虎もか。あいつも凄いなー。

 しかしA級4位って最強チームと競ってるってことだな。断った手前こちらから再戦を申し込むのもアレだし、結局は『スコーピオン駿』みたいな発展途上の主人公タイプだし(関係ない)今回は別の人にしよう。

 で、俺が名乗ったら何か納得した感じになった。

 

「なるほど、Neko2って先輩だったんだね」

「何を納得してんの?」

 

 聞いてみると、初期戦闘訓練だったっけ? あれのタイムレコードはどうやら俺の前は緑川が最速タイムだったらしい。納得し終わると再び熱烈な再戦の申し込みが来た。だからやらないってーの。

 

 

 

「お願いだよーネコ先輩ー」

「まだ言ってんの? 飯まで奢らせてまだ言ってんのお前?」

 

 俺は本部の食堂でチャーハンと餃子を食べてるわけだが、俺が食い始めたのを見て緑川もお腹が減ってきたらしい。仕方ないからラーメンだけ奢ってやった。あ、こら俺の餃子を取るな。『先輩』はいい響きだが話の通じない後輩は要らないぞ。

 

「む、ネコじゃないか」

「ん? おぉ陽太郎か。一人で来たの? あ、こら俺の餃子取るなって」

 

 雷神丸に乗る陽太郎は『ようすけに会いに来た』という。誰だか知らんが保護者代わりがいるなら安心だ。と、その『ようすけ』とやらも食堂にやって来た。

 

「あー腹減った。お、緑川じゃん。さっき負けたんだって?」

「よねやん先輩!」

「どうも」

 

 米屋陽介、俺と同じ学校で1個上の先輩で、三輪隊のアタッカーらしい。『三輪隊』ねぇ、割とよく聞く名前だな……あ、城戸司令派閥で遊真と戦った部隊か。んー、てことはブラックトリガーを奪いに来るのもこの人達だろうか? 悪い人には見えないけど、上司には逆らえないということだろうか?

 まぁ、アタッカーということで俺は興味をなくしたが、個人戦について話したり、緑川少年に勝ったのは結構凄いことらしく、今度戦う約束をした。あーチャーハンうめぇ。

 

 

 

 少し話し込んでしまったので後3本勝負の1戦が限界かなーと思いブースに入る。するとポイント高めのバイパーさんが居た。この人で良いやという考えで3本勝負を申し込むと少しして了承されたらしく転送開始となった。

 

「あれ? 那須先輩?」

「あ、やっぱりネコ君だったのね」

 

 何故そう思ったか。スナイパーを使う様になったと小夜から聞いたらしく、ライトニングのポイント数を見て、もしかしたらと思い受けたらしい。小夜はどこで知ったんだろうか……?

 そして、時間も有限と言うことで会話そこそこに戦闘開始となった。那須先輩は会話に付き合わせてしまったと言って一度隠れてもいいと言うが俺は必要ないと断った。俺が話しかけたのが始まりだし、それは譲られすぎだろう。

 那須先輩の動きは防衛任務時とは全く違った。勿論、通常体の病弱さの欠片も無い状態だ。ただ、あれほど飛び回る姿は見たことがなかった。俺は襲い掛かるバイパーの雨をシールドで防ぎながら建物内に侵入する。

 

「げっ! 建物内でも関係なしに追ってくる!?」

 

 しかもその横殴りの雨が止まない。その上これだけ撃たれ続けるとシールドが持たない……あ、窓から覗く位置に飛んで来た那須先輩と目が合った。那須先輩はトリオンキューブを2つ重ね合わせると俺に向けて放出した。一直線、アステロイドか、何とか防げるな。これを防いだら奥に逃げよう。しかし、罅割れていたシールドは呆気なく砕け散り、俺はアステロイドの群れに穴だらけにされた。

 ソファーベッドに落ちた俺は予想以上の威力の高いアステロイドを思い知りながら再度インする。最後のアレは、アステロイドとアステロイドの合成弾だろうか。合成弾は嵐山さんととっきーに時間が掛かるから隙が多いと聞いたことがある。合成弾か……そういう手もあるんだなぁ。しかも早い。

 転送が終わり開始の合図が鳴る。今回は俺は建物の屋上に出た。那須先輩は表示できるマップ範囲の一番端に居る。スナイパーとシューターならスナイパーの方がレーダー索敵範囲は広い。視覚支援も無い今なら取れるかもしれない。

 

「居た……(シールドが張られても突き破れー突き破るのだー君なら出来るー自分を信じろアステロイドの弾丸よー。シールドは、そうだなぁ……シールドは暖簾みたいなもんだ壁じゃなーい。暖簾に腕押し、シールドにアステロイドだ。君は楽に貫通する事が出来るのだー)」

 

 念じるように、また願うように最も射程の長いイーグレットの引き金に指を置く。那須先輩はジグザグに動き、隠れながら少しずつ此方に近付いてくる。全てが丸見えというわけではないが、経験則である程度の位置を確認しながらマップを確認しているのだろう。しかし、スナイパー装備の俺と会うのは初めてだったはずだ。しかもこの状態での対戦経験も防衛任務も無い。レーダーに映らないバッグワームの事も当然考えにあるはずだ。持って無いけどね。未だに撃たれないことに疑問も浮かんでいるかもしれないが、思考までは読めない。俺には経験が足りなさ過ぎる。

 那須先輩が俺を見つけた様に見える。俺がMAPの表示範囲に載ったんだろう。しかし、この距離じゃあ俺も那須先輩も当てられない。もう少し近付いてくれないと……俺はふと視界の右脇にあるここよりも少し低い建物を確認した。テレポーターで届くか? いや、届くだろうが、タイムラグがありそうだ。

 動きながらの狙撃で行けるだろうか。狙撃の面倒を見てくれた佐鳥にこれを見られたら怒られそうだが、そうも言ってられない状況もあるだろう……ということにしておこう。

 那須先輩は建物で射線を遮りながら確実に近付いて来てシュータートリガーを腕に起動した。射程距離が近いのだろう。さっきみたいに全方位から攻めてくるか……。俺に経験が足りないことは那須先輩にも知られてる。シュータートリガーに詳しくないことも知られてる。

 一息吐き、俺は引き金を引いた。那須先輩は斜め上へ飛び回避するが、シールドに当たる。シールドを割らずに透き通るように貫通する弾丸は那須先輩の本体に触れる事無く地面に着弾した。それを俺は正面ではなく斜面から確認していた。引き金を引いた瞬間に俺はテレポーターですぐ10mほど離れた真横に飛んだ。別の建物にテレポーターで移るには時間が掛かりすぎる。なら空中で構わない。那須先輩が着地する前に当てれば勝ちだ。

 

「(君はどこへでも行ける。曲がりたければ曲がるが良い! ただ、これだけは成し遂げろ―――)当たれ!」

 

 落下しながら放たれた弾丸は幾何学的に進み那須先輩に直撃した。ベイルアウトしていく那須先輩を見て俺はグラスホッパーで体勢を立て直し仮想のコンクリートジャングルに着地した。

 

「っしゃ!」

 

 しばらくして那須先輩が再度インしてきた。対戦の最後になる3戦目だ。

 

『聞きたいことはあるけど、とりあえずこれを終わらせましょう』

「了解です」

 

 今回は開始と同時に那須先輩が見えた。俺は鳥籠の様に下を除く全方位から襲い来るバイパーをシールドとテレポーターで何とか避けきると、距離を詰めた。俺に勝ち目があるとしたら、それも騙し以外で経験の差を埋められるモノがあるとしたら、それは相手の隙を突く事だ。隙は自分で生み出させないといけない。つまりスナイパーがまさかのインファイトだ。……まぁスナイパーになってから何度もやってる戦法だが、那須先輩には見せたことが無いものだ。

 しかし、シューターとアタッカーの戦いは攻撃可能範囲を考えれば圧倒的にアタッカーが不利だ。あの那須先輩の弾幕をどうにかしないといけない。ここは、ラッキーを願うのみの見様見真似しかない。さっき見たばかりのアレをやってみてあのスピードが出せるかは分からないが……。行くしかない!

 

接近戦(インファイト)……!?」

 

 驚きの声を漏らす那須先輩から遅れて俺に放たれるバイパーの隙間を掻い潜るようにグラスホッパーで避ける。跳んだ先にグラスホッパーを用意。その先にも、その先にも用意する。使ってても身体の動かし方が上手くいっていない気がする。やはり緑川の動きを再現するのは難しい。それでも少しだけスピードを落とせばそれっぽく見えるのではないだろうか?

 

「ピンボール!?」

「―――っ! ここだ! 貰いっ!」

 

 再びバイパーを放とうとする那須先輩には近付かず、俺は逆噴射するようにグラスホッパーで後ろに跳んだ。ライトニングで那須先輩を撃ち抜き、飛んで来る多角的な軌道を描くバイパーをテレポーターで回避する。これに当たってベイルアウトしたら引き分けになってしまう。

 避けきった俺は、システムの異常を考えた。戦闘終了にならないからだ。アステロイドで間違いなく那須先輩を撃ち抜いたのを見た。俺はベイルアウトして無いんだから俺の勝ちで終わ……あれれ~? このMAPに映る赤い点は何かなー?

 

『残念だったわねネコ君』

「マジかー……」

 

 俺は真横から来た爆撃でベイルアウトした。炸裂弾(メテオラ)である。一撃必殺の内部炸裂が失敗したようだ。結果は1-2で俺の負け。ポイントは50ポイント那須先輩に移動していた。

 モニターを見てログを確認すると、最後のライトニングの弾丸は間違いなく那須先輩の足に当たっていた。ほぼ同時に肩が損傷したのが見えた。トリオン供給機関破壊にはならなかった。あー慢心したか俺。最後の最後で貰ったと思ったのがいけなかったのだろうか? 感情を殺して倒せとでも言うのか? 何事でも達成する地点が眼の前に見えれば慢心するだろう? だとしたら何て難しいサイドエフェクトだ。

 

『ネコ君戻ってる?』

「あ、お疲れ様です。ありがとうございました」

 

『今、ログを見ていたんだけど、2戦目、ネコ君の撃った弾道が直線じゃないように見えたの……でも、ログに映るのは一直線に私を撃ち抜いてた。何か分かるかしら?』

「見間違いじゃないですかー? だってライフルの弾丸はアステロイドですよね?」

 

『そう……よね。トリオン体でも疲れ眼ってあるのかしら?』

「あー……眼に良い物でも調べて何か作りましょうか?」

 

 俺のサイドエフェクトの話をして情報が広まるのは避けたい。対応策でも考えられたら誰にも勝てなくなるし、これ以上の個人情報流出を自ら出すわけには行かない。

 

『じゃあ今度、皆で行くわね』

「皆? ―――あ、防衛任務だ! 那須先輩また! お疲れっしたぁ!」

 

 俺は那須先輩の言った。『皆』って那須隊ってことか? と思いつつ諏訪隊に急ぐのだった。

 

 

 

 諏訪隊でのレンタル活動2日目。この日も難なく終わり、まるでヤル気の無い夏休みの絵日記のごとく、『今日も平和だった。』ってな感じだった。来た時は時間があまりなく話せなかったが、防衛任務の最中に今日の個人戦について質問された。どうやら俺が来る前に小佐野先輩がログを見てたらしい。防衛任務中でも自由だなこの隊は……。

 

「で、何で緑川に勝てて、那須に負けんだ?」

「そりゃー、緑川は分かりやすいしー」

「緑川に勝ち越すなんて凄いな……」

「ポジションも相性良かったかもしれませんね」

『いや、堤さん。ネコ君は接近戦してたよ?』

 

「何だそりゃ!? スナイパーの意味ねーじゃねーか!!」

『ゲート発生来ますよー』

 

 そんな感じで、今日も気楽に防衛任務を終わらせ帰る事にした。

 明日で諏訪隊の活動も終わりだが、明日になれば遠征部隊が帰ってくるという話だ。ブラックトリガー奪いに来るかなー。来ないでほしいなー。と考えつつ温かいココアを飲みながら俺は家路に着いた。

 

 

 




◆ネコはコタツで丸くなりたい。
ネコの一人暮らしの家に炬燵はありません。でも炬燵が素晴らしいものだと言うことは知っていて、夢の家電製品だと思っています。

◇緑川駿
迅に助けられてもらった事があり、それ以来、迅を見かければペットの様に『迅さん! 迅さん!』と小躍りをするほどのバカ。実力は有り、A級4位の草壁隊に所属する天才型の中学生。運動神経がよく、スコーピオンとグラスホッパーを使い、『ピンボール』というグラスホッパーの技術を持っていることしか分からない。……ので、他に何のトリガー使ってるか分らない。米屋陽介と戦って、勝ったり負けたりというレベルらしい。※3バカの一人。

◆新必殺技『ネコクラスター』
トリオンキューブを上空に打ち上げて……。まだイメージがネコの中で明確ではないところがあるようで完成して無い失敗作。

◇米屋陽介
通称『槍バカ』。ネコとは今回が初顔合わせ。緑川に勝ったと言うことで戦いたくなった模様。尚、ネコはアタッカーに興味が無い模様。※3バカの一人。

◆志岐小夜子の情報(独自設定)
ボーダーの隊員ログインで色々な情報が見れる模様。隊員名で検索し、現在の主トリガーだけ確認でき、隊員同士の掲示板もある。その中でも最新のスレッド【Neko Mk-II こいつ、動くぞ part.6】では嵐山隊での出来事や、菓子折りを持って現れる礼儀正しさ等の目撃情報が寄せられている。

◇シールドなんて暖簾だよ偉い人にはそれが分らんのです。
アステロイドの弾丸に対して割と真っ直ぐな騙し方をするネコ。アステロイドは真っ直ぐしか進めないので、直球勝負の騙し方をしているらしい。


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16 情緒不安定になるネコ

 諏訪隊でのレンタル最終日。……だけだったらいいなぁ。

 諏訪隊の作戦室で漫画読んでだらだら過ごす空気は好きだった。でもそれは初日だけで、昨日は初めての個人戦に時間を割き漫画は読んでない。今日はというと、俺は悪く言えば拉致されていた。流れとしてはこうだ。

 ボーダー本部に行く。→個人戦やろうとしたら綾辻さんに見つかる。→手招きされるがままに着いて行くと嵐山隊の作戦室に連れて行かれる。→→→その結果。

 

 パソコンデスクの席に綾辻さん、ソファーに座る俺の左に佐鳥、正面向かって左手に嵐山さん、右にとっきー、そして背後に木虎の配置だ。これでは負けられない戦いでもネコ代表は点を取れないだろう。負けてしまう戦いがここにはあった。

 

「な、なんでせう?」

「何怯えてんだよ?」

 

 佐鳥が肘で突いてくるが、び、ビビッてねーし、お茶ありがとうだし。

 

「来てもらって悪いなネコ君。聞いてると思うが、遠征部隊がそろそろ帰ってくる」

 

 嵐山さんが順を追って話し出す。遠征部隊は今日の昼頃に帰って来るそうだ。「どうやって帰ってくるんですか?」とか何とか話を別方向に逸らす突破口を探すが、「そんなことネコ先輩には関係ないじゃないですか」と腕組みした木虎が背後から威圧してくる。怖いよー。

 でも、遠征の疲れって言うの? あるだろうし、攻めて来ても明日以降だよね? ほら、この話はまた今度に―――。

 

「迅が言うには遠征部隊と三輪隊が今夜、玉狛支部に向けて行動を開始するらしい」

「早い!?」

 

 空閑遊真のブラックトリガーが欲しい城戸司令とそれに従う派閥の人達。その考えを良しとしない迅さんに忍田さんと声の掛かった嵐山隊。……と、俺。俺いるー? 絶対いらないよー。

 

「俺達は防衛任務で到着がギリギリになるだろう。その点ネコ君は夕方には防衛任務が終わっている予定だから遅れる事は無いだろう」

「……はい」

 

 スケジュール調整されたのはそういうことなのか? なら嵐山隊のスケジュールを弄りなさいよ。時間稼ぎにサンドバッグになってろとでも言うのか?

 

「それから、昨日の個人戦のログを見させてもらったんだが、綾辻」

「はーい、ネコ君トリガー貸してー」

「え、はい」

 

 俺はトリガーを綾辻さんに渡した。すると全員が立ち上がり綾辻さんの使っているパソコンのデスクに集まった。

 

「何してるんですか。来てくださいよ」

「は、はひぃ……」

 

 木虎の声と手招きに俺も立ち上がりパソコン画面を覗き込む。

 

「えーと……言ってた通り無いですねー」

「ネコ君。狙撃に大事なことは何か分るか?」

「えーと、一撃で仕留めることと、見つからないことですかね?」

 

 綾辻さんがトリガーの内容を見て“無い”と言う。何が無いのか分からないが、嵐山さんの質問にそれらしい答えを言うと「今はそれでいいだろう」と言って嵐山さんは頷いた。が、横にいる佐鳥は呆れ気味だ。何か間違った事言いました? 『今は』って事は今後は違うのか。

 

「そこまで分ってて、何でバッグワームがないんだよ……」

「え? あー、ランク戦とか参加することは無いだろうって思ってたから……トリオン兵には必要ないじゃん?」

「確かにトリオン兵に対してはバッグワームの有用性は低く感じるかもしれないが、トリオン兵にもこちらの場所を把握する機能はある」

 

 え、マジで? 聞けばその通りかもしれない内容だった。トリオン兵はトリオン能力の高い相手を攻撃や捕獲対象として行動する。遊真のところのレプリカ先生もラッドのことを“トリオンを集めてゲートを開く”って言ってた気がする。すなわち、対象がどこにいるかは分かるということだ。そこでバッグワームを使って目視されない場所に位置取りできている状況でトリオン兵に気付かれないならば、レーダーに引っ掛からないバッグワームは機能してると言えるのだろう。そういう場面は結構あるらしい。

 しかしだ、俺から言わせて貰えば、トリオン兵を倒す防衛任務に関してはやはりバッグワームはいらない気がする。見つかったとしても簡単に倒せると感じているからだ。それにバッグワーム入れとくぐらいなら、他の装備入れといたほうが有用な気がする。……まぁ、やんわりとではあるが注意されているのは確実なので口には出さないでおくのだが。

 

「ネコ先輩は、トリオン兵ぐらい余裕とか考えてますよね?」

「っ!? ま、まさかー。危険な仕事だよー? バッグワーム入れたら、他のトリガーを試す機会が減ると思ったから外してただけで―――」

 

「『他のトリガーを試す前にヤラれる』とは考えなかったんですよね?」

 

 ぐぬぬ……木虎が鋭い上に厳しい。でも合ってるから何も言えない。

 

「まぁネコには専属で教える師匠が居ないからなー……」

 

 そうだね。スナイパーでもアタッカーでも模擬戦はやっても、マンツーマンで指導に当たってくれる人は居ない。シューターの師匠なら欲しいけど、「それも弟子にしてください」なんて弟子入りするのも何か気恥ずかしい様な気持ちがある。良い師匠候補も見つかって無いしねー。

 出来ることなら俺の理想とするような人が「弟子にならないか?」とか、「師匠にならせてください!」とか言って来てくれたらいいなーとか考えてる。この時点で弟子入りに向いていないだろう。

 

「ネコ君。スナイパーで行くか? 今ならシューターに変更出来るが」

「え、でも勝手に変えると鬼怒田さんに怒られるかも知れないし……」

「どうして? 使うのはネコ自身だよ」

 

 とっきーの言葉に凄く迷う俺がいる。鬼怒田さんに怒られないだろうか? そりゃあシューターやりたいけどまともに戦えないだろうし……。

 うーん、駄々を捏ねても今回の作戦に参加するのは変えられないだろう。でもって、参加するなら必要以上に足を引っ張る事はしてはいけないし、最低限動けないと意味が無い。なら、答えは決まってるな。

 

「スナイパー装備で行きます。綾辻さんお願いします。ライフルのアイビスとイーグレットをメインから外して、サブの通常弾(アステロイド)をメインに持ってきて、で、えーと……バッグワームをサブに入れて―――」

「はいはーい。すると、グラスホッパーはメイン側でいいかな?」

 

 綾辻さんにトリガーホルダーを開けて貰い、中のチップを弄ってもらう。あまり使うことの無いライフル2挺削ったところにバッグワームとシールドを入れ、最終的にこうなった。

 

【メイン】ライトニング・アステロイド・グラスホッパー・シールド

【サ ブ】スコーピオン・テレポーター・バッグワーム・シールド

 

 これで今までと違うのは、どの状況でもシールドを使えるようになったし、固い両防御(フルガード)も出来る。

 ライトニングを展開している時はグラスホッパーが使えなくなった。緑川戦法と同じ様にグラスホッパーを使いながらスコーピオンを使えるようになった。

 ライトニングとアステロイドの同時使用が出来なくなった。

 ……それぐらいだろうか?

 今まで通りにライトニングで弧月などを受け止めながら、スコーピオンでサックリも出来る。この辺の出来る出来ないを明確にしておかないと、即ベイルアウトになるかもしれない。俺は個人戦に行ってくると言って踵を返すと木虎に首根っこ掴まれた。

 

「設定が終わったならトレーニングルームです。相手しますから。今日が作戦決行日ですから足手纏いは困ります」

「そうだな。慣れないトリガー設定の凡ミスでポイントを取られるのも痛いだろうし、遠征部隊にログを見られる可能性もある。ネコ君はノーマークだろうが一応な」

 

 こうして俺は久しぶりに嵐山隊の皆に模擬戦で戦ってもらい、自分のトリガーの配置を頭と身体に叩き込んだ。ライトニングとアステロイドの同時使用不可能で詰まる所や、バッグワームの起動忘れを叩き込んでもらい、防衛任務の時間になり諏訪隊へ向かった。

 

 

 

 諏訪隊での防衛任務も意識しながらトリオン兵を倒す。アタッカーの動きから距離を取ってシューターに、更にテレポーターで離れスナイパーに、そう動いていれば諏訪隊の面々もいつしか疑問を持っていたようだ。

 

「変わった動きっつーか、やっぱオールラウンダーとか目指すのか?」

「そういうわけじゃないんですけどね……強いて言うなら、生き残るため?」

『何で疑問系?』

 

 そして防衛任務も終わり、外は夕焼け空。俺は最終日だからと諏訪さんに本部で飯を奢ってもらいお礼を言って別れた。

 

 まだオレンジ色が残りつつも薄暗くなり始めた空。嵐山隊は防衛任務中で、数十分後に終わるだろう。俺は乗り気では無いが仕方なしと覚悟を決めて玉狛支部の方角に足を運んだ。

 警戒区域で廃屋だらけの元住民の生活区域を進んでいると、見覚えのある人が現れた。実力派エリートの迅さんだ。

 

「お、来てくれたかネコ君」

「こんばんは、やるだけやってみますけど、本当に今日なんですか?」

 

「あぁ、間違いない。嵐山隊もそろそろこっちに向かってくると思うけど、ネコ君は完全に孤立することになると思うけど」

「えー……聞いて無いんですけど……」

 

 嵐山隊はオペレーターの綾辻さんのキャパオーバーを考えればこれ以上面倒を見る隊員を増やすわけにはいかないのは分かる。迅さんは未来予知のサイドエフェクトでオペレート要らずらしい。そんで、浮いた駒の俺は完全に単独行動。オペレーターのサポートも無しとの事。覚悟決めて来たらまさかのぼっち状況に落ち込むしかない。

 

 全く相手を知らない俺は少しばかり迅さんと話をして簡単な流れを聞く。来るのは、まずA級1位太刀川(たちかわ)隊。来るのは2人らしい、太刀川隊長は弧月の使い手でNo.1アタッカー。いきなり最強さんキターと思ってたら、この太刀川さんは迅さんが相手するらしい。よし、やれ。それからシューターの出水(いずみ) 公平(こうへい)。俺の一つ上の先輩で、シューターとして最強クラスらしい。ちょっと興味ある。

 次に2位の冬島隊。隊長さんは来るか視えて無いらしいが、来るのが確定していて厄介なのが当真(とうま) (いさみ)という人でスナイパーNo.1の腕を持つ、個人ランクは4位らしい。リーゼントが特徴の18歳。この人にも興味がある。

 そして、A級3位の風間隊。スコーピオンとカメレオンを得意とする部隊で、隊長の風間(かざま) 蒼也(そうや)さんはNo.2アタッカー。特徴、小さい。俺とどっちが小さいか聞くと、俺の方が少し小さいらしい。それから、俺と同い年で聴覚系のサイドエフェクトを持つ菊地原(きくちはら) 士郎(しろう)。とオールラウンダータイプの歌川(うたがわ) (りょう)。菊地原と歌川は俺と同い年らしい。え、小さい風間さんはまさかの年下? と突っ込んでみると迅さんよりも年上らしい。……俺、もう大きくなれないのかなぁ……。

 そんで、前々から絡みのある三輪隊の4チームが来るとのこと。主にアタッカー系は迅さんが抑えて、他は嵐山隊に任せるとの事。

 

「やっぱ俺いらないじゃーん。お疲れっしたー」

「いやいや、ネコ君には遊撃をお願いするよ」

 

「遊撃? どこでも戦いに行けってことですか?」

「まぁそういう事だな。ただ、俺の方には助けに来なくてもいい。特に『プランB』って通信を飛ばした時には近付かないで欲しい」

 

 プランBとは? それはほぼ間違いなく起きる未来らしい。

 迅さんの視る最良の結果は話し合いでの解決らしいけど、命令で来る以上あちらさんも本気でブラックトリガーを回収する気で来る。だから話し合いが無理でも次点でトリオン切れで帰らせる未来がある。そんでその更に3番目に良い未来として、ほぼ間違いなく起きる未来の『プランB』との事だ。その通信が飛んだら特に意識して迅さんから離れて戦わなきゃいけないらしい。

 何故か? 迅さんの持つ黒トリガー『風刃』の力を思い知らせる必要があるからだという。(最初からそうすりゃいいじゃん)と思わないでもないが、迅さんはアタッカーを引き付けてくれるらしいし、嵐山隊の補佐だけで済むならそれに越した事は無い。シューターの出水先輩と当真先輩とやらが見れればいいか。

 

「!! 止まれ!」

「っと、来た様だぞネコ君」

 

 誰かに静止を求める声が大きく響いた。少しビクッとしたのはバレて無いだろうか? そちらに眼をやればバッグワームを装備している集団が居た。なるほど、MAPに映らずに近づけるわけだ。って違う! 嵐山隊は!? まだ来てないよ!? ……あ、あれか? 生贄にされたか? 嘘つかれたのか!? いや、違和感はなかった……サイドエフェクトじゃないという当初の問題に逆戻りか!? 俺はとりあえず迅さんの後ろに隠れることにした。あ、首根っこ掴まれて戻された。

 

「迅……!!」

「なるほどそう来るか……そっちの小さいのは見た事が無いな」

 

 あ、あの黒髪の目つき悪いのは視たことがある。迅さんに教えてもらったところ、あれが三輪隊の隊長、三輪(みわ) 秀次(しゅうじ) 17歳らしい。城戸司令の横に雇われた殺し屋の様に立って、俺が挨拶しても挨拶返してくれなかったのを覚えてる。根に持ってると言っても良い。がるるるるー。

 

「太刀川さん久しぶり、みんなお揃いでどちらまで?」

 

 なるほど、先頭の顎鬚のモッサリヘアーが太刀川さんか。アタッカーNo.1ねー……。で、あのリーゼントが当真さん、小さいのが年上の風間さん。なるほど説明してもらって特徴と合致する人が多い。大体の名前と使用トリガーが分るぞ。

 この人たちの目的は黒トリガーの奪取。迅さんは後輩隊員に手を出さないで欲しいと言うが、太刀川さんは言った。1月8日の正式入隊日を迎えるまでは、ボーダー隊員ではなくただの野良近界民(のらネイバー)だと。なるほど、頭が良いと言うか狡賢いと言うか、迅さんに似てるところがありそうな人だ。

 で、結局迅さんの説得は失敗。風間さんが力で押し切ろうとこちらを説得しようとしてくる。言ってる事がどっちも正しく聞こえて困る。俺を悩ませるな。

 

「あくまで抵抗を選ぶか……お前も知ってるだろうが、遠征部隊に選ばれるのは黒トリガーに対抗できると判断された部隊だけだ―――」

 

 はい、ここで簡単な算数の時間だ。黒トリガーに対抗できる部隊が相手に3チームいて、こっちに黒トリガーは迅さん一人。……あ、嵐山隊ー助けてー!! まだ防衛任務終わらないのぉ!? 話が違うじゃん! はよー!! はよー助けに―――あ、MAPに新しい反応。

 

「嵐山隊現着した、忍田本部長の命により玉狛支部に加勢する!」

「嵐山……!」

「嵐山隊……!?」

「忍田本部長派と手を組んだのか……!」

「きゃー! 嵐山さーん! こっち向いてー! 助けてー!」

 

「遅くなったな迅、ネコ君」

「いいタイミングだ嵐山、助かるぜ」

「本当に助かりました! もしかして生贄にされたかと―――!」

「ネコ先輩うるさいですよ!」

「何だか情緒不安定だね。大丈夫ネコ?」

 

 おぅふっ、トリオン体だから微塵も痛みを感じない。とっきーだけが俺のことを心配してくれる。何故か脳内に『白い恋人たち』が流れて涙が流れそうになる。やだ、とっきー優しい。

 そして、迅さんは言う。

 

「―――嵐山隊が居ればこっちが勝つよ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 その言葉を聞いた時、俺に名言が降り注いだ。

 

『私は常に強い者の味方だ』

 

 ……ふはははは、A級トップグループがなんぼのもんじゃい。さぁ迅さん、嵐山隊の皆さんやっておしまい!! あ、通してとっきー、俺後ろの配置がいい。

 

「なるほど『未来視』のサイドエフェクトか。ここまで本気のおまえは久々に見るな、おもしろい。おまえの予知を覆したくなった」

 

 そう言って弧月を抜く太刀川さん。その行動だけで開戦の合図になった。

 

「やれやれ、そう言うだろうなと思ったよ」

 

 迅さんも黒トリガーを抜いた。って持ち手の黒い弧月にしか見えませんけど? 大丈夫なんだろうなエリート? 負けたら『口だけエリート』って呼んでやる。

 

 そうは言っても作戦通りに今はトリオン切れ狙いだ。軽く受けて、相手が消耗する度合いを大きくすればいい。しばし交戦して距離を取る俺たち。相手はこちらを分断させると嵐山さんは想定した。

 三輪隊は嵐山隊の方に来て、太刀川さんや風間さんは迅さんに向かうだろうと考えているらしいが、そんな事よく分かるのね。分析とか苦手どころのレベルじゃないから理解に苦しみます。

 さて、俺はここでお別れだ。バッグワームを使ったまま隠れながら進もう。一応、木虎に釘を刺された。『さっきの交戦、何もしてませんでしたよね?』……ちゃんと働けだってさ。勝手に作戦に組み込んでおいて酷い話だ。まぁ出来る事はしようと思う。

 

 廃マンションの3階のベランダで隠れていると三輪先輩と出水先輩が現れた。昨日会った米屋先輩もいる。嵐山さんと話をしているようだが、説得できるのだろうか?

 

「嵐山隊、なぜ玉狛と手を組んだ? 玉狛はネイバーを使って何を企んでいる?」

「玉狛の狙いは正直よく知らないな。迅に聞いてくれ。ネイバーをボーダーに入れるなんて普通はありえない。よっぽどの理由があるんだろう。迅は意味のないことはしない男だ」

 

「そんなあいまいな理由でネイバーを庇うのか!? ネイバーの排除がボーダーの責務だぞ!!」

「おまえがネイバーを憎む理由は知ってる。恨みを捨てろとか言う気は無い。ただ、おまえとは違うやり方で戦う人間もいるってことだ。納得いかないなら迅に代わっておれたちが気が済むまで相手になるぞ」

 

 ふむ、三輪先輩がネイバーを憎む理由ね。家族かな? 4年前の侵攻で亡くなったのかも知れない。城戸司令の派閥に入るって事はそういう人が多いって事か。今まで深く考えずに派閥の考え方がやだなーって思ってたけど、少し納得した。

 

()るならさっさと始めようぜ、早くこっちを片付けて太刀川さんに加勢しなきゃなんないからな」

 

 そう言って出水先輩が大き目のトリオンキューブを両手に構えた……けど違和感があるから違うな。アレは攻撃用のトリガーじゃなくて釣りだろう。俺は嵐山隊の佐鳥に通信を飛ばす。

 

「佐鳥ー出水先輩狙ってる? もしそうなら止めといた方が良いよ。アレは攻撃じゃない。多分、両防御(フルガード)だと思う」

『何でそう分かるのか聞きたいけど、攻撃にしか見えないし撃たないとなぁ』

『いや、もしネコ君の言うとおりなら賢を晒す事になるからな……ネコ君、頼めるか』

 

 言わなきゃ良かった!

 でもねー、俺ってば出水先輩の最強クラスのシューターの戦い方見たいんですよねー。俺はアステロイドを威力最弱の速度最速で小さい弾を100発ぐらい用意した。テレポーターで嵐山さんの前に出て、そのアステロイドを出水先輩に向けて放つ。当然貫通しろとも願掛けして無いアステロイドは全て両防御に防がれた。

 

「おぉっ!? さっきの小さいのか!」

「音無ネコです。よろしくです」

 

 小さい言うな。と思いながら挨拶をしておいた。米屋先輩も「よぉ」と軽く挨拶をしてくる。俺も「どうも」と返す。

 

『本当に両防御だった。何で分ったんだ?』

「(……さぁ、何となく? そんじゃ、また隠れますね)」

 

『米屋がネコ君を追うぞ、賢フォローを』

『了解です』

 

 俺は再び隠れることにした。が、米屋先輩が追ってきた。

 

「昨日出来なかった勝負しようぜ」

「イヤだ。イヤだぁ。イヤですと」

 

 マジでイヤだー。アタッカーの飛び込みセールスはお断りです。俺はマンションの室内に逃げ込んだ。中はボロボロで、当時のネイバーの侵攻の痛々しさが伝わってくる。食器もテーブルの上で埃を被っているほどだ。

 

「おいこら野良猫、勝手に人んち入っていいのか?」

「ネコなら仕方ない(佐鳥ぃ、はよ助けてー)」

『向かってる。少し待て』

 

 米屋先輩の突く、薙ぎ払うといった槍の連続攻撃が俺に向かってくる。マジか、滅茶苦茶早い上に槍というのは初めての対戦でやり辛い。つーかアタッカーじゃなくて出水先輩のシューターを見たいのに……。

 

「邪魔しないでくださいよー、っとぉ!? 危ねぇ……」

 

 俺は別の部屋に逃げ込み、ドアを閉めアステロイドを部屋の隅に配置する。俺の腹がドアごと斬り払われるが、掠り傷程度だから問題ない。米屋先輩が部屋に入ってくると同時に設置してあるアステロイドが米屋先輩目掛けて突っ込んでいくがそれもまた斬り払いとシールドで防がれた。

 

『ネコ、自分のタイミングでしゃがめ』

「(ラジャー)これでどうだ」

「真面目に戦ってくれよ」

 

 俺はスコーピオンを突き出すが、槍の形状とはいえ弧月に変わりはなく、強度の劣る俺のスコーピオンは砕かれた。そのまましゃがんで両防御(フルガード)をすれば佐鳥が何処かからキッチリと米屋先輩を撃ち抜いたようだ。

 

「……やるじゃん。悪ぃ、俺ここまでだわ」

 

 米屋先輩が三輪先輩に通信を飛ばしたのか、その直後にベイルアウトした。

 

「サンキュー佐鳥ー」

『相手はアタッカーなんだから自分でも何とか出来たんじゃね?』

 

 そんな事は無い。ラッキーはあるかも知れないが……あ、中距離戦に持ち込めばよかったのか? いや、仮にそれが出来たとしても相手を喜ばせるだけでは無いだろうか? 戦闘バカな感じがするし。

 迅さんから通信が飛んできた。内容はプランBへ移行との事。それとほぼ同時に迅さんの戦り合ってる方でも緊急脱出(ベイルアウト)があった。嵐山さんが言うには黒トリガーにはベイルアウト機能は付いていないと言う事で、あのベイルアウトは迅さんが倒した相手ということらしい。トリオン切れにさせるのは無理だと判断したのか、見破られたのかは知らんが、言われていた通り近付かんとこう。

 迅さんは何人相手にしてるんだ? こっちに射撃が来てないところを見る限り、アタッカー4人にスナイパー3人だろうけど、スナイパーはバッグワーム使ってるからどこにいるか分からない。こっち側で狙ってる可能性もある。それでも最低でも4人を相手にしてる迅さんって認めるのも何か変な感情が沸くが、実力派エリートは伊達じゃないかもしれない。

 下を覗くと対立は距離を置いているガンナー・シューターの距離での戦闘だった。

 

 (おぉ! 出水先輩の戦い方すっげぇー!)

 

 上に上げたのは……ハウンドか!嵐山さんの死角から誘導弾(ハウンド)が降り注ぐ。死角にするために前方にはバイパーの弾幕を張って誤魔化し方も上手い。それでも嵐山さんが落ちないのはとっきーがシールドを張っての連携補佐があるからだ。正にチームの力という戦いだ。

 そこにガンナーとして攻撃を加えるのが三輪先輩だ。アレは確か重い……鉛弾(レッドバレット)って言うんだっけか? 開発室で使ったことはあるけど、俺には使えないと判断して早めに見切りをつけたトリガーだ。それを上手く当て、嵐山さんの機動力を奪っていく。

 そこへ出水先輩のアステロイド群。しかし嵐山さんはテレポーターで背後に回り、とっきーと連携しての十字砲火を出水先輩に浴びせる。目まぐるしい攻防がそこにはあった。そんな時だった。木虎がベイルアウトで落ちたのは。

 

『すみません嵐山先輩。当真さんが来てます』

『反省は帰ってからだ。まだ終わってないぞ』

 

 スナイパーか。全員迅さん側じゃなくこっちにも来てたようだ。しかも狙撃No.1の当真先輩がだ。

 俺はどうだろうか? 十分に役に立てただろうか? 言われたし怖いので迅さんの方には行かないが、こっち側で倒したのは連携して米屋先輩だけだ。しかも倒したのは佐鳥。

 木虎は落ちて、ぱっと見の感じだと互角ぐらいの戦況に見える。スナイパーが邪魔だけど、佐鳥に何とかしてもらおう。その為には……。

 

『ネコ君聞こえる? 当真さんの最終位置情報送るね』

「え、綾辻さん?」

 

 何故に通信を取った? あ、そうか。木虎が落ちた分、余裕が出来たのか。ほっといてくれれば良いのに、これでは本気で働かなくちゃいけない。

 

「仕方ないか……」

 

 俺は身を隠していたマンションから姿を消した。

 

 

 




ご感想、ご質問や誤字脱字のご報告いただけると嬉しいです。


◆ネコのトリガー少し変更。
近・中・遠をバランスよく育てるのか? とでも言われそうなトリガー構成です。ネコの中でテレポーターで相手の目の前に現れてライトニングを使う。という流れが出来てきていますね。

◇さらっと終わる諏訪隊レンタル活動。今後もすれ違いざまに挨拶する関係に、余裕が出来れば麻雀を覚えて一緒にやる関係になるかと思います。

◆迅さんのフォローをしないのは仕方ない。
プランBは風刃の圧倒的な力を見せ付けるための作戦です。その為、フォロー入れると、風刃の力を存分に見せ付ける形にはならないと判断し、ネコは嵐山隊に付けておきました。ほら、フォローしなくても迅さんは強いから。

◇『私は常に強い者の味方だ』
もう、DVDとかでしか聞くことは出来ないんだな……。とても好きな言葉です。あの流れも微笑ましいですね。

◆三輪秀次の過去を何となく理解するネコ。
もう少ししたら、もう少し深く書くつもりです。何故ネイバーが憎いのかとか、この文章だけでは分らないところが多いですものね。

◇イヤだ。イヤだぁ。イヤですと。
ネコはこの前日にアタッカーはお断りだと何度も緑川少年の個人戦申し込みを断りました。何度も聞いてれば嫌になりますよね。

◆原作との相違点。『木虎がベイルアウト』
これによって一気に難しくなる展開に困ってます。書き直す可能性ありますが、何とか出来ればとも思います。


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17 ネコ、黒トリガーを知る

 さて、綾辻さんから情報を貰いながら冷静になって状況確認だ。見る限りだと、嵐山さんの片腕と片足は三輪先輩の鉛弾(レッドバレット)で重くなり、とっきーは出水先輩の炸裂弾(メテオラ)変化弾(バイパー)のコンボで片足が吹っ飛ばされたようで機動力が無くなっていた。これではスナイパーの餌食だ。今は建物の隙間を縫って少しずつ動いて射線を通らなくしている。

 そんなスナイパーの餌食にはまず木虎がなった。これで嵐山隊のアタッカーは居なくなった。幸いな事に佐鳥は五体満足で当真先輩を探しているらしい。当真先輩も撃てば見つかるわけだから、確実に当てられるまで撃たないだろう。

 

 じゃあ俺のするべきことは何だ? 囮になることか? いや、五体満足なのに囮ってのもどうかと思う。逃げ方も下手だし。なら攻撃か……。アタッカー? はぁ……やるか。

 俺はバッグワームを装備したままマンションを後にした。

 

『ネコ君。近くに公園があるんだけど分かる?』

「はい、目視できる位置にいます。民家から狙います」

 

 綾辻さんと佐鳥で狙撃ポイントを再検討し、公園で迎え撃つのがやりやすいと判断したらしいが、それは嵐山さんが囮になるらしい。重りのせいで撹乱出来るほど動けないし、トリオン能力とシールドの固さを考えての行動らしい。

 

 公園に誘い込むように動いた嵐山さん。とっきーの姿が見えないが、味方識別の位置情報だと公園内にいるようだ。とっきーが味方識別情報しか表示されないってことはバッグワームを使っているってことか。

 

 俺が公園を覗ける一軒家に侵入すると、三輪先輩と出水先輩が公園に来た。俺はこの家の2階にあるトイレの小窓からライトニングを構える。ぼっちには相応しい空間だろう。

 

 佐鳥に通信を飛ばすがまだ当真先輩は見つかっていない様だ。これは困った。囮役の嵐山さんか、とっきーが落ちたら一気に傾く状況だ。

 そして、出水先輩のメテオラの豪雨が嵐山さんを襲う。こんな逼迫した状況下でも出水先輩の攻撃は勉強になった。ただのメテオラが困惑するほど動きがある様に見える。上から降らせるだけじゃなく、右から左、左から右、前から奥へ、奥から前へ降る進行方向を軽く弄るだけでこれほどまでに惑わせる爆弾になる。トリオン能力が優れている面もあり、弾幕が絶えない。右手でメテオラを用意してる隙に左手は相手に見えない様に背中で隠し誘導弾(ハウンド)を放つ。降って来たメテオラに集中してるわけだから、次に来るハウンドには気付けない。凄い……やっぱりシューターって凄いぞ!

 

 って、違う違う。俺は今やるべきことをやらなければ……集中だ。

 

(どんなに固いフルガードだろうが関係ない。君にとってシールドなんて暖簾だ。薄手のタオルやガーゼみたいなもんだ。楽々ブチ抜けてもおかしくない)

 

 俺はその想いを固めて引き金に指を掛ける。狙いは……先に出水先輩だ。傷を負ってなおもあの火力は封じなければならない。

 次の瞬間、状況が一気に動いた。嵐山さんがシールドが持たないと判断してテレポーターで一度逃げに入った。しかし、それを一瞬で捉えた光の直線は嵐山さんの頭を撃ち抜いた……かと思ったが、とっきーが一点集中のシールドでフォローしたようだ。よく読みきれたなとも思うし、アイビスじゃなくて助かったとも思った。

 そんな木の上から現れたとっきーを三輪先輩が弧月で斬り、とっきーがベイルアウト。それとほぼ同時に佐鳥の独り言の通信が入る。『発見しましたよー当真先輩―――』その声のすぐ後に後方からベイルアウトの反応。MAPに映る赤い点が出た瞬間に消えた。恐らく当真先輩を佐鳥が落としたのだろう。

 

 俺は目まぐるしい光景や情報量に戸惑いながらも出水先輩のがら空きの背中に銃口を向け引き金を引いた。シールドは張られていたが、それを割り、弾丸は少し反れるが右腕を落とした。しかし、供給機関破壊にはならず片足が損傷したようだ。俺は集中し切れず失敗したことに悔しさを覚えつつも民家を後にする。そして、バッグワームとライトニングを解除して公園に出た。

 とっきーか嵐山さんが撃ったのか、いつの間にか手負いの状態になっていた三輪先輩と、片膝を着いている出水先輩が居た。結果として形勢はこちらに傾いたようだ。次の瞬間、迅さんのいる方角からベイルアウト反応が連発で起こった。三輪先輩と出水先輩は通信を受けている様で、出水先輩が「くああ~負けたか~!」と声を上げた。

 

「つーか迅さん6対1で勝ったの!? 太刀川さんたち相手に!? 黒トリガー半端ねーな!」

 

「終わりですか?」

『嵐山さん見ました? 俺の必殺ツイン狙撃(スナイプ)

 

 俺は嵐山さんの隣に行き声を掛けた。それとほぼ同時に佐鳥からの通信も飛んで来る。

 

「あぁ、ネコ君、賢。よくやった。充と木虎、綾辻もよくやってくれた」

『どうもです』

『お疲れ様です』

『お力になれず済みませんでした』

 

「作戦失敗か~、5位のチームに一杯食わされただけでなく、小さいの、ネコでいいのか?」

「はい、音無ネコです」

『ネコ先輩、出水先輩に『ウチの隊はテレビや広報の仕事をこなした上での5位なんです。普通の5位と一緒にしないでもらえます?』と伝えてください』

 

 知らんがな。そんな伝えることの無い伝言を言われてる間に佐鳥も合流した。

 

「出水先輩おれのツイン狙撃見た?」

「あーうるせーうるせー俺はおまえに撃たれてねーよ。今はネコと話してんだ。おまえは先に帰れ。しかし、スナイパーとシューターをやってる奴なんて珍しいな。どこのチームだ?」

 

「チームに所属してません」

「へー、遠征行ってる間に面白いのが出てきてたんだなぁ」

 

 

「嵐山さん、ネイバーを庇ったことをいずれ後悔するときが来るぞ。あんた達は分かって無いんだ。家族や友人を殺された人間でなければネイバーの本当の危険さは理解できない。ネイバーを甘く見ている迅はいつか必ず痛い目を見る。そしてその時にはもう手遅れだ」

「甘く見てるってことは無いだろう。迅だってネイバーに母親を殺されてるぞ?」

 

 ―――今、とんでもないこと聞いた気がする!?

 

「5年前には師匠の最上さんも亡くなってるし、親しい人を失うつらさはよく分かってるはずだ。ネイバーの危険さも大事な人を失うつらさも分った上で、迅には迅の考えだあるんだと俺は思うぞ……さて、帰る前にこの重りを外してもらえるとありがたいんだが」

「……くそっ!!」

 

 嵐山さんはレッドバレットで重くなった腕を指差して少しでも和ませようとするが、三輪先輩は公園の街灯のポールを殴りつけて怒りをぶつけた。

 ネイバー憎しという気持ちだけで戦ってきて、ネイバーと仲良くしようぜと言う玉狛を毛嫌いしていたのが、まさか同じ境遇だった人物がいることに怒りの矛先をどこにぶつければ良いのか分らなくなったのだろう。

 

 俺は何かが少し分かった気がした。俺は市外から来た人間だけど、ネイバーに家族を殺された恨みだけでボーダーにいる人間もいるのだと再認識した。それを知らなかったわけじゃない。ただ、上手く理解していなかったのだ。

 今まで出会った学校の友人や、ボーダーの人達はほとんどの人が本心を見せなかった。「あれは怖かった」「家がなくなった時は辛かった」等と語るその顔は、悲痛さを感じさせずに過去を語る。でも、あれはまるで、『酷い災害だった』とでも言うのか、仕方が無いことだったとでも言う様に聞こえてばかりだった。本当に4年ぐらい前にネイバーに侵攻されたのか? と疑いたくなるほどだ。災害じゃない。侵攻だったんだぞ?

 それを三輪先輩は微塵も隠すこと無い明確な憎しみという感情で俺に教えてくれたと言ってもいいかもしれない。別にどちらも異常だとは思わない。憎しみが生まれて当然だし、戦う力がなければ奮い立つ事も出来ないのかもしれないとも思う。俺はどちらでも無いから表面しか理解することは出来ないけど、怒られるのが大嫌いな俺にとっては、俺に向かってくる怒りや憎しみでなくて助かる。今後ともその憎しみが間違っても俺に向きませんように。

 

『―――ネコ君、聞こえるかな?』

「迅さん?」

 

『これから本部に行くんだけど一緒に行かない? 今行っておけば鬼怒田さんとの関係も今後スムーズになるかもよ?』

「あ、そうだった」

 

 鬼怒田さんに楯突く形になってしまったのだから、開発室に今後呼ばれた時には説教などから始まる可能性が高い。「あの時はよくも……」と恨み言から始まる再会なんてやだな……。

 今思えばさっきまでやってたのは戦争だったんだなぁと思う。ボーダーに所属してランク戦などのルールに則った戦いではなく、意思の戦いだった。ネイバーは敵だと考える人が居たり、仲良く出来るかもしれないと考える人が居たり、その中でも家族を殺されている人がいる。仲間割れの戦争だった。俺はそれに何も考えずに上司の命令だから……いや、断固拒否すれば断れたのだろう、ならばお願い事だ。それを俺は受けた。

 

「行きます」

 

 

 

 本部に向かう道中、先ほどの迅さんのお母さんがネイバーに殺されている等の話はしなかった。そんな過去があるにも拘らず、こうまで飄々としてる人も逆に怖い気がする。主な話としては、今回の作戦に参加してくれてありがとうという言葉と、敵対していたA級チームの人達との今後の関係性は知り合いレベルであって敵対関係にはならないと教えてくれた。それを聞いて俺はほっとした。目付けられて絡まれるのも怖かったしね。あくまでも双方共に上司からの指示で動いただけで、本気で憎しみ合っているわけではないのだから当然なのだが、とにかくほっとした。

 

 本部に辿り着くと先ほどまで戦ってた出水先輩と米屋先輩が出てきた。

 

「あ、お疲れ様です負け犬ども」

「おうコラ、さっきとは違っていきなり生意気だなこのネコは」

 

 俺は出水先輩に頭をガシガシと撫でられる。だって敵対関係じゃないなら俺が勝利者側だもん。間違ったこと言ってねーもん。小佐野先輩の真似しただけだもん。

 

「迅さん。本部に報告しましたんで俺達は先に帰りますよ」

「手出したらボコボコにされましたってなー。今度はサシでやろうぜネコ」

「あぁ、お疲れさん」

 

 隊長さんたちはまだ本部内にいるらしい。挨拶も簡単に済ませ、迅さんと俺は上層部の会議室に向かった。

 

 会議室からは怒声が聞こえてきていた。鬼怒田さんだよ。めっちゃ怒ってるよ。怒られてるのは忍田本部長らしいけど、迅さんはニヤニヤといつもどおりの表情だ。忍田さんは本部長という席に身を置いているが、太刀川さんに弧月を教えた師匠で、現役のボーダー隊員でも勝てる人はいないらしい。黒トリガー持ってても勝てないのかと思ったら、それは例外らしい。やっぱ黒トリガーって凄いんだ……。

 会議室内では忍田さんも言い返しているようだが、この怒り渦巻く会議室に入るのは躊躇われる。俺は扉に耳を当てて話を聞いているが、『次の刺客には天羽を使う』とか聞こえてきた。

 

「終わってないみたいですよ?」

「大丈夫大丈夫。そうはならないから」

 

 天羽というのが誰か知らないけど兵器の名前か? いや、刺客という以上は人だろう。それに『天羽君の戦う姿は少々人間離れして―――』って聞こえてきたから人間なのだろう。……化け物に近い人間ということで覚えておこう。きっと2m超えるデカい人で、トリガーを2つとか持ち歩いている人間兵器かもしれない。

 

「さ、入るよー」

「あ、ちょ……」

 

「失礼します」

 

 不意にドアを開けられ転げるように入室する俺。

 

「どうもみなさんお揃いで、会議中にすみませんね」

「なっ……!? 音無っ! それに迅!!」

「迅……!!」

 

 あーっ鬼怒田さんが怒ったー! 城戸司令も通常の怖い顔が更に怖い。

 

「きっさまらぁ~~! よくものうのうと顔を出せたな!」

「ひぃっ、ご、ごめんなさいぃぃ!?」

「まぁまぁ鬼怒田さん血圧上がっちゃうよ」

 

 恐れる俺を他所にそれだけで済ます迅さんすげーと思いながら、俺は迅さんの後ろに隠れることにした。話の流れは空閑遊真のボーダーへの正式入隊へと変わった。『模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く禁ずる』というルールがある以上、ボーダー隊員ではない遊真に対して、城戸派閥は何度でも襲ってくるだろう。だからそんな要求飲むわけなくない? ネイバー嫌いの派閥なんだからネイバーを隊員にするなんて認めるわけ無いじゃん。

 

「私がそんな要求を飲むと思うか……?」

「もちろんタダでとは言わないよ」

 

 迅さんは黒いトリガー『風刃』を置いて言った。

 

「―――かわりにこっちは『風刃』を出す。うちの後輩の入隊と引き換えに『風刃』を本部に渡すよ」

「!?」

「な!?」

「え? え?」

 

 風刃を渡すって、あげるってことか? え、迅さんボーダー辞める気なのか? 俺は迅さんのズボンをクイクイっと引っ張ってみるが、「大丈夫だよネコ君」と言って頭を撫でられるだけだった。何が大丈夫だ? あんたエリートから落っこちるんじゃないか?

 黒トリガーを差し出す事に根付さんと鬼怒田さんは口元に歪んだ笑みを浮かべている。黒トリガーには適性もあるから誰にでも使えるわけではないと聞いた事がある。教えてくれたのはうさみん先輩だったっけ? とすれば、適性未確認の遊真の黒トリガーよりも魅力的だろうし、鬼怒田さんは技術者として黒トリガーをくまなく調べたいのかもしれない。

 城戸司令は色々とこの取引に違和感を覚えているようで別の策を提示しているが、迅さんも真っ向から受け答えをする。黒トリガーは欲しいが未来が視えるのは迅さんだけ。答えは出ているかもしれないが、奇妙さだけが城戸司令を包んでいるのだろう。

 

「何を企んでいる? ……迅、この取引は我々にとって有利すぎる。何が狙いだ?」

 

 なるほど、俺からすれば駆引きにしか見えなかったが、あちらにとって有利すぎる条件なのか。

 城戸司令側にとっては黒トリガーが欲しかったところに、別のところから、使える可能性の高い『風刃』が手に入るという、かなり有利な条件。そして、こちらはその代わりに空閑遊真をボーダーに正式入隊させて欲しいというモノ。しかも、玉狛支部で危険性が無い人物と言われている上に、空閑有吾というボーダー創設に関わった人物の息子という情報もある。まず問題がなさそうなネイバーの少年だ。

 ……うーん、俺はもう遊真のことを知ってるからあれだけど、まぁ遊真をボーダーに入れてしまったほうが話はスッキリする気がする。迅さんも「かわいい後輩をかっこよく支援してるだけ」などと、他意は無いと言い張る。違和感も出てこないし嘘ではなさそうだ。

 

「―――ただひとつ付け加えるなら……城戸さん。うちの後輩たちは城戸さんの『真の目的』のためにもいつか必ず役に立つ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

「……いいだろう。取引成立だ。黒トリガー『風刃』と引換えに、玉狛支部、空閑遊真のボーダー入隊を正式に認める」

 

 へー、ボーダーの運営以外に『真の目的』って、街を守ることだけじゃないんだ……。

 

 

 

「ちょっとロッカーに寄るよネコ君」

「それはいいんですけど……黒トリガーって手放して大丈夫なんですか? S級の話とかどうなるんです?」

 

 迅さんはチーム無所属の隊員になるらしい。俺と同じじゃん。ちなみに『風刃』の内容も聞いた。最上宗一という迅さんの師匠が『風刃』らしい。何言ってんの? トリガーが人?

 

 ―――黒トリガーは優れたトリオン能力を持った人が自分の命と全トリオンを注ぎ込んで作られる特別なトリガーで、元になった人の人格や感性が強く反映されるから、その黒トリガーを使える人は元の人との相性がよく無いと起動できないらしい。

 

 風刃が使えるというのも、使える人が多いという利点が多いのだろう。つまり風刃の元になった最上さんって人も良い人だったんだろうな……っじゃない! 黒トリガーって人で出来てんの!? 諏訪隊の作戦室で読んだ錬金術の漫画にあった賢者の石みたいなことか!? 人体錬成ってやつか!?

 そういえば緊急脱出機能も付いてないって嵐山さんが教えてくれたし……あれ、じゃあ遊真の黒トリガーって誰の……親父さんのか? それを奪おうとしてたのか? あー駄目だいきなりの驚き情報に考えが纏まらない。

 

「ネコ君、ぼんち揚でも食べて落ち着きな」

「はぁ、ロッカーに寄るって、玉狛だけじゃなくて、本部にもぼんち揚常備してるんですか?」

 

 その後も色々と話しながら入り口に向かうと、私服姿の太刀川さんと風間さんがいた。

 

「よう、お二人さんもぼんち揚、食う?」

「戦わなかったから知らんけど、おまえの横にいる小さいのは強いのか?」

「音無ネコです。B級に上がったばかりの出来損ないですからお気になさらず……」

 

「―――ネコ君とは戦ったことは無いけど、小南も10本中3本は取られたって聞いたしな。俺は場合によっては勝てないかも知れない」

「おまえにそこまで言わせるのか……?」

「面白そうじゃないか」

「いやいやいや! 戦ったこと無いのに勝てないかも何てありえませんから、迅さんも嘘言わないで……あれ? 嘘じゃない?」

 

 違和感がなかった。つまり本心? 何故に? 黒トリガーないから勝てないとか言い出したのか?

 

「俺のサイドエフェクトとネコ君のサイドエフェクトは相性が悪すぎるんだ。ネコ君のことだけ視えない事が多すぎるからね」

「サイドエフェクト持ちか……」

「米屋と出水を抑えたのはおまえだろ?」

「違いますよ。米屋先輩は佐鳥が必殺のツイン狙撃で倒して、出水先輩は背後から撃っただけで、片腕しか落とせませんでしたし」

 

 俺の話はそれぐらいで終わり、話題は今回の戦闘行動と『風刃』と遊真についてに変わった。

 俺も初めて聞く内容だが、迅さんが言うには、遊真は過去が結構ハードだったらしく、楽しい時間を作ってやりたいとのこと。迅さんもS級に上がる前のランク戦などで戦っていた頃が最高に楽しかったらしく、遊真にはボーダーで沢山のライバルと楽しくやり合って欲しいらしい。

 

「あ、そうそうそれともう一つ、おれ黒トリガーじゃなくなったからランク戦復帰するよ。とりあえず個人(ソロ)でアタッカー1位目指すからよろしく」

「そうか! もうS級じゃないのか! そういやそうだ! おまえそれ早く言えよ! 何年ぶりだ!? 3年ちょっとか!? こりゃ面白くなってきた! なぁ風間さん!」

「おもしろくない。全然面白くない」

「太刀川さんは面白そうですけど、風間さんは何で?」

 

「音無、先を常に視られている相手にどうやって勝つ?」

「え……あー……目潰し!」

「あははは怖いなネコ君」

 

 こうして、遊真と遊真の黒トリガーの安全は確保された。そして、遊真と千佳ちゃんが正式入隊するまでに俺は軽い事件に巻き込まれるのだった。

 

 

 






◇原作との相違点。スナイパー当真を佐鳥が落とす。
ツイン狙撃は両肩に当て、もう攻撃方法が無いという状態にさせて、緊急脱出機能させたという感じです。佐鳥視点で書いて無いので分かり辛いですが、この場にて解説。

◆ネコのサイドエフェクト発動失敗。
出水を背後から狙撃する際の多く飛び交う情報量に混乱し、そのまま狙撃。両防御じゃなかったので何とかシールドは割れたが、弾道は反れ、胴体には当たらず腕に命中、内部炸裂も供給機関に行かず、失敗となりました。集中しないとまだまだです。

◇黒トリガーの作り方。
人体錬成。

◆ひそかにロックオンされるネコ
太刀川・風間・出水・米屋がネコの強さに興味を持ちました。正面からのまともな戦闘はなくても、迅が認めている点、米屋・出水が戦闘行動に支障をきたしたのは事実。



◇軽い事件に巻き込まれる?
次回、ネコのボーダーでの日常に軽く触れたいと思います。以前レンタルされた嵐山隊での行動のその後など……


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18 選択ミスをしたネコ

 その日の俺は3件の予定を抱えていた。まず嵐山隊に行って、久しぶりに開発室にも行き、忍田さんのところにも行かなくてはならなかった。

 嵐山隊には作戦室に来るように言われていた。しかし、防衛任務に該当するレンタルではなく、本当に御呼ばれしているだけだ。特に内容も知らされずに、遊真の黒トリガー奪取の件の報告書関連だろうかと思っていた。それ以外に特に思いつかない。

 開発室にはトリガーのデータ収集をするとメールがあり、鬼怒田さんに会いに行く事になっている。迅さんが『風刃』を手放した事によって一応の収束はしたものの、派閥争いが起きてから今日まで行くことは無かったから少し怖い気もする。

 忍田本部長のところには次のレンタル先を聞きに行くのだが、メールでの連絡かシフト表でも出してくれれば楽なのではないだろうかと思ってしまう。

 

 さて、いつもの様に早めに本部に到着したので、休憩所でココアを買って飲んでから嵐山隊の作戦室に向かおうとしていた。何故いつもココアなのかって? そりゃココアパワーがとても大事だからだよ。誰かから怒られてもある程度の恐怖心ならばココアが祓ってくれる気がする。ココアすげー。さすがココアだ、木虎のパンチでもなんともないぜ……実際やられたらビクッとするけどね。

 途中で俺よりも少しだけ(・・・・)(ここ重要だからもう一度)俺よりも少しだけ大きい風間さんが休憩所前を通ったので挨拶をする。この前、迅さんというクッションを置いて話したが、風間さんはクールな人だ。身長が控えめな点がクールすぎるが、風間さんぐらいの歳になった時には俺の身長は伸びてくれてるだろうか?

 

「音無」

「うぇ!? あ、はい? なんでしょう?」

 

 あっぶねー考えが読まれたかと思った。小さいとか思ってごめんなさい。俺の方が小さかったですごめんなさい。

 

「おまえはどこかの隊に所属する気はあるのか?」

「いやー無いですね。誘いがあっても今のところ不自由は無いのでお断りしてます」

 

 だから誘わないでね! という予防線を張らせてもらうが、風間さんはまだ俺の情報はほとんど見ておらず現状としては自分の隊に誘う気は無いらしい。用件は加古隊からの誘いに関してだった。迅さんと加古さんから話を聞いているらしく風間さんは少しだけ教えてくれた。風間さん曰く、加古さんが俺を誘ったのは迅さんからの提案だったらしい。『絶対に無理だと思うけど誘ってみてくれませんか?』という加古さんへの依頼だ。何故にそんな事を? とも思ったが、そこら辺は明かして無いらしい。加古さんも迅さんのサイドエフェクトを知ってるらしく、二つ返事で受けたらしい。理由は『絶対に無理だと思うけど』というのが一つだった。

 加古隊はイニシャル縛りをしているチームで、部隊章(エンブレム)にも蝶に『K』が入っている。KakoにKuroeか……なるほど。オペレーターさんは知らないけどその人もイニシャルKらしい。では何故Kに関係ない俺を誘った? そこで一つの答えが『絶対に無理だと思う』というK以外が入ることは無いと分かっていたかららしい。

 で、もう一つあるらしいのだが、『無理だと思うけど……』というかなり薄い可能性に賭けてみたかったらしい。加古さんもその状況になった際の事を考え、エンブレムの改定を考えたり、無理矢理『K』に繋がりのあるようにする拡大解釈を持ち込もうとしたとの事。

 つまり、加古隊に新たな戦力が欲しいのは確かなことらしい。俺である必要は無いと思うけどね。

 

「んーよく分からないですけど、それなんですか? 俺にKなんて繋がらないと思うんですけど? 動物の猫はCatだし、音無もKなんて付かないですよ? 拡大解釈ってどこまでですかね?」

「ちょうど暇潰しに読んでいた本が『ケット・シー』だったらしい」

 

 ケット・シーって猫の妖精だっけ? それは色々と書かれている本があるが、そんな中に『King of cats』という民話があるらしい。加古さんはそれを読んで、もし俺が入ることになった場合はその本を参考に、『King』と俺の通り名を固定化しようとしてたらしい。おいおい、俺が高貴なのは分かるが、妖精とか王様なんて柄じゃないぜ。それに馬鹿にされてる気もするしね! 尚のことお断りだよ! ネコって名前で猫と連想するのはやめて欲しい。幼少期からずっと続く悪しき慣習である。まぁ、仕方ないとも思ってしまうけど……。それを拡大解釈して猫どころか妖精で王様ともなれば行きすぎだ。

 と、そんなところに加古さんも休憩所に登場した。

 

「あ、元凶の加古さんだ」

「あら、ネコ君じゃない。風間さんと一緒って微笑ましいわね」

「おい」

 

 風間さんは少し怒った目を加古さんに向ける。……少し怖い。風間さんって笑ってるとこ見たこと無いからなー。

 加古さんは俺たちの話を聞くと、仮に俺が加古隊に入るなんて状況は深く考えてなかったと言った。隊へのお誘いはほとんどリップサービスだったようだ。そう言われると少し寂しい気もするが、入る気はないからまぁ良いだろう。その辺はお互い様だ。

 でも、入るというなら真剣に考えてくれるらしい。A級でやっていけるレベルなのか、エンブレムをどう変えるか、K縛りを続けるか等……。うん、俺が入ることでエンブレム変えるとかの大騒ぎは申し訳ないし、改めてその気は無いことを伝えた。本当にKingにしようとか言ってそうで怖いしね。

 

「でも、迅さんは何で俺を誘うように言ったんですかね? 無理だって視えてたんですよね?」

「迅くんは、ネコ君がどこかの隊に所属する未来はほとんど無くて、仮に所属する未来があっても加古隊(ウチ)じゃないって言ってたわね」

 

 迅さん何考えてんだろ? 最近では俺のサイドエフェクトのせいで俺の未来は見え辛いとか言ってたけど、俺によく関わってきてる気がするのは気のせいだろうか? 他の人にも同じぐらい関わってるならいいけど、初めて会った時に『ネコ君は凄いな……』って言ってたのは何が視えたんだろうか?

 

「―――多分だけど」

「はい?」

 

「ネコ君に出会いの場を増やしてるのかもしれないわね」

「なるほどな。音無を育てる気か」

 

 何? 勝手に理解し合わないで下さいよ。俺にはさっぱり分からんです。育てるってなんですか? 俺はポケモンでも観葉植物でもねーですよ。

 

「普通に考えてみてもB級に上がりたての子をA級に放り込んだり、ましてや広報の仕事中の嵐山隊に入れたりしないわよ」

「はぁ……まぁ他の人はそんなことしてませんもんね」

 

 加古さんが分析する限りで言えば、レンタルと言う名目で忍田本部長に指示されて色んなところに行ってるけど、基本骨子は迅さんが組み立てたのかも知れない。そして、色んな隊で経験を積ませてあらゆる面で育てているかも知れないとのこと。この前の遊真の黒トリガーを巡っての攻防戦も俺の顔を売るために防衛戦に誘ったのだろうか? ……だとしても広報の仕事は必要か?

 まぁ何にしても掌で踊らされてる感じがして嫌だ。嫌だけど別に良いかとも思ってしまう。何か起こるわけでもないし行動に移すのが面倒くさい。別に困ってるわけでもないし、給料が入らないわけでもない。

 

「まぁ、俺は今の感じが割と好きなんでどっかの隊に入ることは無いかもしれませんけど、イニシャルKでお探しなら玉狛に新しく入った奴で面白そうなのがいますよ? 一言で言うなら普通じゃないのが、引き抜きは難しいと思いますけどね」

「あら、ネコ君が言うなら少し玉狛に注目してみようかしら」

 

 うん、普通じゃない。だってネイバーだもんな遊真は。まぁ勧誘されても組んだばかりの三雲君の隊から抜けることは無いと思うし注目してもらう分には良いだろう。

 結局は俺の事は現状維持って事で加古さん風間さんと別れて嵐山隊の作戦室に向かった。

 

 

 

「失礼しまーす。今日の菓子折りは『ぐんまもん饅頭』ですよー」

 

 嵐山さんの「いつも悪いな」なんて言葉を貰うが、2回目だし気にしないでほしい。というか、前回の三輪先輩や出水先輩をまともに抑えられなかったから怒られる可能性があると思い、ゆるキャラが描かれた包み紙や饅頭で少しでも和んで欲しいという願いを込めて買ってきた菓子折りだ。

 何でも『群馬』と『熊本』のゆるキャラが合体したと言う設定で作られたコラボ商品で、『大怪獣ぐんまもん』というシリーズはお子様に人気らしい。知らんけど。

 

 さて、前回の黒トリガー争奪戦についてだが、嵐山さんが言うには予想外にも俺は良くやったらしい。そんな褒められて照れている中、「そもそもB級がA級遠征部隊を相手に活躍できるなんて思ってませんよ」何て腕を組んだ木虎が言って来る。なんだよーおまえはベイルアウトしただろー、あ、やめて! 熱いお茶をなみなみと注がないで! 熱くて飲めないから! 表面張力まで!? 持つことも許されない!?

 

 さて、呼ばれたのは遠征部隊との戦闘行動についてでは無いらしい。報告書に関しては嵐山隊で忍田本部長に提出済みで、良い意味で俺は必要なかったらしい。うん何となく分ってた。報告書とかは隊の人がやってくれて楽が出来るから単独行動すきー。

 

「じゃあ今日はなんですか?」

「コレが出来たんだよー」

 

 饅頭を2つ食べた綾辻さんが3つ目を取る前に何かの雑誌を持ってきた。付箋が貼られているページを捲ると、嵐山隊がデカデカと載っていた。背景を見る限り、本部前で撮った写真だ。あーなるほど、これはこの前の嵐山隊レンタル時の広報の仕事の雑誌か。

 俺はそれに気付くと、佐鳥がニヤニヤしてる事に気が付く。

 

「んだよー」

「次のページ見てみ?」

 

 まだ記事内容を見てないのだが、言われるままに饅頭を食べながらページを捲る。

 

「んー? …………っ!? ふぐぅっ!?」

 

 饅頭詰まった! お茶熱いし溢しちゃうから持って飲めねぇ! そこにすかさず冷たいお茶を出してくれたとっきーマジ神。息を整えてお礼を言いつつ、記事に視界を戻す。

 嵐山隊のインタビュー記事が前のページから続き、写真もチラホラと載っている。そこまでは良い。それは正常だ。しかし……その左下の記事ぃッ!! なんだその小さい記事で載ってるやつは!?

 

【今回のボーダー隊員】『音無音鼓くん』

『成長著しい期待の新人ボーダー隊員。愛称はネコ。現在はB級隊員だが、嵐山隊も認めるほどの―――』

 って、やめろーーー!?

 綾辻さんや嵐山さんは褒めてくれるが、俺の記事を作るなー! 俺は広報担当になった覚えはないし、なんだこの写真は!? 写真撮影したやつじゃないし、角度的に絶対に隠し撮りじゃないですかー本当にやだー! あ、俺と嵐山隊の集合写真もある!? 使って良いのコレ!?

 佐鳥はニヤニヤしたままこの雑誌の前回や前々回のモノを見せに来た。そこには【今回のボーダー】等というコーナーはなく、今回だけのモノらしい。嵐山さんは「良いじゃないか。根付さんもチェックした上で発行されるんだし」なんて爽やか笑顔で言ってる。汚い! 大人って汚い!!

 記事には爆撃型の空飛ぶでかい鯨のようなトリオン兵が三門市上空に現れた時のコメントも少し載っていて、市民の救出に貢献したと書いてある。違うよー。木虎がアレと戦ってるって言ってたから三雲君と避難誘導とかやってただけだよー。ボーダーなら誰でも出来る簡単なお仕事だったんだよー。

 

 ……しばらくして、少し落ち着くと諦めている自分がいた。絶望しきった視界の中で綾辻さんや木虎の写真に目が行く。木虎なんて取材前や撮影前にも身嗜みを気にしていたプロ根性があり、やはり写真写りは良い。綾辻さんも綺麗だ。アイドルとかの写真を集めてたりはしないが、している人の気持ちも薄らと分かる気がする。

 そんな写真を今回の雑誌だけではなく、遡って確認していく俺の目には力が戻ってきていた。綾辻さん綺麗。木虎可愛い。綾辻さん綺麗。木虎可愛い。綾辻さん綺麗―――。

 

「―――木虎可愛い」

「なっ!」

「言うねーネコ」

 

 佐鳥が俺の肩を組んでくるが、ニヤニヤ顔が腹立つので払い除ける。がるるるるー。

 しかし、間違いなく木虎は可愛い。だって写真写り完璧すぎでしょう。うん可愛いよこれは。アイドルだと騒がれても不思議じゃない。中身とかは残念かもしれないけど……。ふと、顔を上げると鬼気迫る顔の木虎に弁慶キックを貰った。やめて! 青あざ出来ちゃうから! せめてトリオン体にならせて!

 

 

 

 雑誌のこと以外は世間話だけだった嵐山隊を後にして俺は開発室に向かう。鬼怒田さんにも呼ばれてるからだ。久々に呼ばれたが、前回上層部の会議室で怒られてるから怒られはしないだろう。迅さんのおかげだ。

 

「貴様! 勝手にトリガーを弄ったな!!」

 

 ―――怒られた。そういえば怒りを吐き出させる前に迅さんが宥めた気がする。消化不良で更にトリガーも勝手に設定変えたから怒っているようだ。

 

「い、いやぁ最適化といいますか、アイビスもイーグレットも使い辛いなーって思って……あ、それから俺のアレってサイドエフェクトで間違いなさそうだったので……その、研究も……」

「なぁにぃ~~?」

 

 あぁ怖い。目の下のクマが鬼怒田さんの怖さを引き立てている。鬼怒田さんの身長がその怖さを抑えてくれている。小さいって凄い。などと自分のことを棚に上げている場合じゃない。

 いや、でもそうなんですよ。鬼怒田さんに伝えてなかったけど、サイドエフェクトで間違いなさそうなのだ。だからこれ以上研究しても無意味なのである。それを伝えると更に怒られた。だって言う暇なかったんだもん……。

 

「だって鬼怒田さん黒トリガー強奪賛成派だったじゃないですかー……」

「むぅ……いつサイドエフェクトだと分ったんだ……?」

 

 えーと、そうだと思ったのはラッド一斉駆除の後に迅さんに視えたモノを少し教えてもらって……あれ? もしかして何のサイドエフェクトか分らないだけで、サイドエフェクトだとは分ってた……な。うん、分ってたぞ確か。騙しだと判明したのは玉狛に行った時か? その直後だかで木戸司令派VS忍田本部長派と玉狛派での争いになったから……。

 

「何をだまっとるか! そんなに前なのか! 何故言わなかった!」

「あ、違います。派閥争いに入った時だったので……その、言い辛くて」

 

 嘘は言ってない。サイドエフェクトの内容が明確に分ったのは最近だ。だから嘘は言ってないのだが、鬼怒田さんもそれを言われては何も言えないようだ。こちらも申し訳ない気持ちがある。そんな少し気まずい空気を破ったのは一人の来訪者だった。

 

「あぁ、こちらでしたか室長」

「柏木か、何だ?」

 

 どこかで見た顔だ。開発室のデザイナー部門の人だったっけか? 俺に関わりの無い人だから挨拶ぐらいでしか面識はないが、男の人だけど肩に付くぐらいの長髪でメガネの人。柏木さんって言うのか。

 

「このライフルの銃口部位を言われた仕様にしてみましたけど、形状テストに回す前に一度室長に通すように言われたんで持って来ました」

「ライフルの銃口? ……なっ!? わ、分かった! お、音無! また呼ぶ事もあるかも知れんが、もう帰っていいぞ!」

「え? あ、はい。失礼しました」

 

 鬼怒田さんは柏木さんに渡されたデザインらしき書面を見ると慌て始めた。俺はとりあえず言われるままに帰る事にした。

 

(―――馬鹿モノ! 何故本人がいるところに持ってくる!?)

(え? あぁ、今のがネコ君だったんですか。いつも挨拶してくれて良い子ですよね)

 

(まったく……もう一つの頼んであるデザインはどうだ?)

(2つほどサンプルを用意しましたが、本人の意向は確認しないんですか? 折角この場に居たのに)

 

(迅が言っていたが、音無は既存の隊には所属しない可能性が高いからな。念の為に用意しておく必要がある)

(まぁ、もう少しデザインを細かく弄りたいと思いますけど、参考に出来ればいいんですが、前に言ってた特殊能力かサイドエフェクトが有るとか言ってたのは変化ありましたか?)

 

(サイドエフェクトで間違いなさそうだ。こっちで調べておこう)

(よろしくお願いします)

 

 ふむ、ドア越しに最初の怒りの音だけは少しだけ聞こえてきたが、何て怒ってるかは分らなかった。その後の会話は響いてこないから緊急性の高いものでも、柏木さんが怒られているというわけでもなく、いつもの様に鬼怒田さんが声を張り上げていただけなのだろう。

 ドアの向こうから聞こえなくなった音を後にし、俺は忍田さんのところに向かうことにした。つーぎのレンタルーはどーこじゃろなー♪ っと。

 

 

 

「―――音無、しばらく防衛任務は休んでかまわない」

 

 母さん事件です。まさか突然のクビ宣告である。世に言う本職のメイドという方々はクビになる時には決まって『暇を出す』と言われている。漫画とかの知識だけど俺にも当てはまるのでは無いだろうか? しばらく休み? つまり暇を出すってこと? つまりクビじゃなかろうか? 貯金はするようにしているから少しの間は大丈夫だ。いや、三門市で暮らすのは早めに切り上げるべきだ。引越しのお金とかは大丈夫だが、学費は駄目だろう。また両親に迷惑をかけることになるが―――。

 

「お、音無……?」

「おーいネコ君? 凄く焦った顔してるけど、お給料は特別手当が出るからねー?」

「はっ!クビじゃにゃい!?」

 

 沢村さんの声に我に返ると噛んでしまった。

 防衛任務は休みだが、別の案件を頼みたいらしい。

 

 帰って来た遠征部隊(トップチーム)は早々に黒トリガー争奪の任務に当たり、その結果は失敗。遠征の疲れがなかったわけではないが、それを言い訳に出来ないのがトップチームという実力を持つ悲しいところだろう。

 任務失敗は何が原因だったのか? 黒トリガー風刃を持っていた迅さんが居たこと? 広報の仕事がなかったと仮定すれば遠征部隊入りをしていてもおかしく無い嵐山隊が玉狛と手を組んで現れたこと? 予想外の展開もあっただろう。しかし、これもまた言い訳に出来ない。迅さんは玉狛の人間だし、嵐山隊に関してはランク戦でも戦り合う仲なのだから、対応が出来てこその遠征部隊だ。黒トリガーに対抗できると想定されて選ばれたチームなのだから尚更だ。

 

「そこで、遠征部隊の中で可能性を一つずつ確認し対応できるようにしていきたいとの意見が出た」

「はぁ……嵐山隊や迅さんと合同訓練でもするんですかね?」

「それがねーネコ君と戦いたいらしいのよ」

 

「……は?」

「嵐山隊や迅の対策は既に取れていると話し、最後の問題点として音無の名前が挙がった」

 

 ―――嵐山隊への対策としては連携を取らせないように出来る限り分断させる。迅さんへは面制圧として読み切れないほどの手数で対応するという考えらしい。

 仮にもう一度あの夜を再現出来るとすれば、チーム分けを変更し、迅さんを抑える側に出水先輩が向かい、スナイパーの当真先輩を最初から嵐山隊側に持って来る。風間隊も分けて行動し、迅さんを優先して叩く。嵐山隊にはスナイパー2名態勢で動きを止めておき、迅さんが落ちた次点で一気に嵐山隊も潰すという考えらしい。

 

 しかし、問題なのが俺らしい。エリートでも無い。A級でも無い。広報担当で顔が売れてるわけでも無い。遠征部隊以外のA級チームなら俺の個人情報は流れてるらしいから知ってるだろうが、遠征部隊はネイバーの世界に旅行中で俺の情報がなかった。

 そして、『B級の小さいぼっち』という扱いなのか知らんけど、初めて見た人も当然多く、俺の力量を知りたいらしい。個人戦も片手で数えられるほどしかやって無いし、とにかくデータが無いらしい。『あの小さい奴は嵐山隊や迅と一緒に居たんだから強いんじゃね?』という誤解が生まれているようだ。

 ってバカかー。

 

「あのー……力量が知りたいって言っても、前に加古さんから聞いたんですけど、俺の情報ってA級なら見れるんですよね? それを見てもらえれば―――」

「閲覧できるのは公式の戦闘ログと、模擬戦の結果だけね。勿論それを見てからの判断らしいわ」

「音無の公式戦データは少ない。緑川にも勝ち越したようだが、3本勝負で実力は測れないと言っている。那須に負けているログを見て思うところもあるらしいが……」

 

「えーと……その活動はいつまででしょうか?」

「次のランク戦が始まる前には終わらせる予定だが、1ヶ月ぐらいと見ていいだろう。模擬戦の形式を取り、個人戦成績やポイントには影響させない様に話をしてあるが、両者共に同意するのなら個人戦を用いても構わない」

 

 突っ込んでお金の話をしてみると、イレギュラーゲートの発生しなくなった防衛任務よりも圧倒的に特別手当が良さそうだ。模擬戦だし、気楽に受けて良いのだろうか? 出水先輩が模擬戦してくれるならシューターを教わる機会もあるかもしれないし、上位グループの人たちと戦えるというのは経験値的に考えてもメリットが多そうだ。

 

「や、やってみます」

「イジメられたら言ってね!」

 

 イジメられるの!? 模擬戦とか言ってボコボコにされるの!?

 

 




感想、評価、誤字脱字のご報告、質問など随時受け付けております。


◆さすがココア、なんでもないぜ
ココアの加護を受け、ゴッグ級に守備力が上がる。気分的な問題だが精神的にも安らぎ、医学的にも様々な効果がある魔法の飲み物だが、ネコはただココアが好きなだけ。

◇加古隊からの誘い。
以前お誘いのあった加古隊。ツッコミがなかったから不安でしたが、今回のお話で説明。仮に加古隊に入るとしたらKako・Kuroe・Kingということにされそう。小さいネコが沢山いれば集まって合体してキングネコになる……なんてことは無い。

◆大怪獣ぐんまもん
群馬の『ぐんまちゃん』熊本の『くまもん』が奇跡の合体!? その名は『大怪獣ぐんまもん!!』完全に非公式で小さなお子様から大きいお友達まで大人気!! という無駄設定。饅頭の他にストラップなどもあるが、映画製作中らしい。という裏設定。

◇ネコ、雑誌で全国デビュー!?
嵐山隊も認めるほどの実力と書かれてるらしいが、全国の書店には次週並ぶ予定。クラスメートにあげた『嵐山隊との集合写真』も使われている模様。

◆何か企んでいる鬼怒田さん。
現在出来上がっているモノ。デザインサンプルのみだが、銃口部分を変更するデザイン。それとは別に2種類のデザインがあるが、こちらは何に使われるかは分らない。

◇オリジナルキャラ柏木さん(男性)
開発室デザイナー部門で働くデザイナーさん。特徴ロン毛でメガネ。今後関わるかは不明。

◆案の定トップグループと模擬戦漬けの1ヶ月をやることになるネコ
ネコにとってプラスになるかマイナスになるかは不明。ただ相手には戦闘バカが数名いる模様。


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19 見つめ直すネコ

お気に入り件数300件突破しました。本当にありがとうございます。



 模擬戦で貸切になったホール。C級の訓練などで使用する事の多いこの場所だが、今は決まった人間しか入れない状態だった。例えば俺とかね。何故ならそう、俺は選ばれし者! 自称エリートから! A級のトップグループから! 上層部の人達から興味を持たれた存在!! ……目を付けられたと言ってもいい。俺にはそうとしか思えないんだけどね。

 

 ―――初日には迅さんと太刀川さんが来た。初日という事もあり沢村さんが管制をしに来てくれた。迅さんを睨むが迅さんは飄々としている。やっぱ何かしてるなこのエリート……。

 

「迅さんとも戦うんですか?」

「いや、俺はただの観客だよ。ちょっと気になってね」

「今日はよろしくな少年」

 

「あのー、つかぬ事をお伺いしますが、出水先輩は?」

「出水はウチの不出来な奴を昨日夜遅くまで扱いててな、今日は休みだ」

 

 騙された! シューター教えて貰えないじゃん! 不出来な奴って誰だよ! ……ん? 何かおかしいぞ。太刀川隊の人ってことだよな? 冬島さん以外にもあの日の夜に夜戦に参加してこなかった隊員がいるって事か。などと考えていると弧月を抜こうと、いや抜いた男がいた。

 

「―――早速で悪いが試させて貰おうか」

「模擬戦の室外で孤月抜かないで!!?」

 

 模擬戦室内に入り、俺は何気なく相手に合わせてスコーピオンを使ったが即落ちさせられた。迅さんの助言もありつつ、遠慮せずにその他のトリガーも自由に使っていいという事で俺は全力で胸を借りるつもりだったのだが……。

 

『―――た、太刀川ダウン』

「あらら、本当に太刀川さんが手も足も出ないとは……」

「今日は調子が良いみたいです! (……本当に?)」

「掠っただけで……? これがお前のサイドエフェクトか、面白い」

 

 その後は、一進一退を続けたが、距離を取っても弧月のオプションの旋空で斬られまくった。それでも迅さん曰く上出来らしい。太刀川さんも今度は個人戦でやろうと言って去って行った。これから防衛任務らしいが、今度は出水先輩も連れて来て欲しいものだ。つか、アタッカーはしばらくいりません。

 沢村さんも仕事が多いらしく去っていく。お疲れ様でっす。

 

 しかし、迅さんには何が視えていたんだろうか? 結局迅さんと戦うことは無かった。太刀川さんと一緒に来たことを考えると太刀川さんの未来を視て付いて来たのだろう。

『あらら、本当に太刀川さんが手も足も出ないとは……』って言葉は、結果が視えてたんだろうな。……あ、そうか。俺の事が直接視れないけど、俺と戦う人を視れば俺の未来も間接的に視えるって事か。視れる情報が少ない気もするが視れないよりは良いかもしれないな。

 

「迅さん」

「お、ぼんち揚食う?」

 

「いらないです。サイドエフェクトの事なんですけど、上の人に言った方が良いんですかね? というよりも報告しなきゃいけないんですかね?」

「ネコ君のサイドエフェクトが『何のサイドエフェクトか』って事か。それなら対処済みだよ」

 

 迅さんが言うにはボーダーという組織として活用できるサイドエフェクトなら申告するべきだが、『トリオンを騙すサイドエフェクト』というのは活用も出来るが、悪用もされかねないとのことだ。それに現在のところ不完全ということもある。迅さんなりにまだまともに視えてた時の俺の未来や、今回の太刀川さんを通して視た俺の未来から考えて答えてくれたのは報告の必要は今のところ無いということだった。

 迅さんから忍田さんなどの上層部には今日ここに来る前に話をしたらしく、『音無ネコはサイドエフェクトは持っているが少し様子を見させて欲しい』と伝えてるとの事。暗躍してくれてありがたい。

 

「―――初めて俺と会った時、何が視えたんですか?」

「んー……良い方と悪い方、どっちから聞きたい?」

 

「じゃあ悪い方からお願いします」

「悪い方は、最悪の状況だとネコ君がネイバーに攫われる未来があった。でもコレはC級からB級に上げる事と色々な隊にレンタルされ自力を上げることで回避できた。枝分かれの未来の中で今も継続中だと思う未来が今の状況だ」

 

「今の状況?」

「そう、今はまだ問題があるように見えないけど、隊員のレンタルって言うのは基本的にはありえない。本当ならユルい玉狛(ウチ)に入れておきたかったけど、厳しい隊もあるだろう。あの時は精神的に限界が来た時にネコ君が暴走してる未来が視えた。今思えばアレはネコ君が暴走するって言うよりもサイドエフェクトの制御が出来て無い状況だったかもしれないな」

 

 そういえばストレスがどーのとか言ってた気がする。確かに出来れば呼ばれたくない隊はある。例えば三輪隊。城戸司令派閥という事もあるが、隊長の三輪先輩がネイバーを憎みすぎてて怖い。この前の戦いで三輪先輩の考えもあやふやになったかもしれないけど、強烈な憎しみや負の感情のところにレンタルされるのはストレスを感じそうだ。

 女子だけの那須隊も周囲からの視線が怖いので出来れば避けたいが、コレは贅沢なストレスだろう。

 

「悪い未来はこれぐらいだな。限界を超えるようなストレスを感じたりしないなら問題は無いと思うよ」

「正直言って行きたくない隊もあるんですけど、レンタルを辞める事って出来るんですかね?」

 

「さっき鬼怒田さんを視たんだけど近い内に出来ると思うよ。とは言ってもレンタル活動が全てなくなるわけじゃなさそうだけどね。今より少し楽になる感じかな」

 

 つまり、俺のレンタル活動の忙しさは鬼怒田さんに懸かってるって事か。なんだろうか? 研究は打ち切りだろ? 他に鬼怒田さん絡みで俺の問題ってあるのかな? レンタルされたい場所を指定すればそこへレンタルしてくれるのだろうか? もしそうなるならコタツだ。コタツのある隊を所望する。

 

「良い方の未来聞く?」

「玉狛への移籍ですか? 何度か言ってましたもんね」

 

「それもあるよ。でも絶対じゃない。ウチに来たほうがストレスは感じにくいって事がメリットだな。今のまま忍田さんのところでいいなら……桜子(さくらこ)ちゃんを知ってるよね?」

「いえ、誰ですか?」

 

「あれ、会って無いのか。あの時にはもう正確に視えてなかったのかもな想定外だ。えーと、武富桜子(たけとみさくらこ)ちゃん。B級の海老名隊のオペレーターなんだけどね」

「その人は俺にどんな影響が?」

 

「会えば分かるとしか言えないかなー……でも、視えたのは結構前の事だし、今会っても意味が無いかもしれない。今でも意味があるなら確実にステップアップに繋がるはずだよ」

 

 武富桜子。オペレーターさんと会って何が変わるんだろうか? ……恋? 恋とか愛の力が芽生えてハート型のアステロイドの弾丸でも打ち出せる様になるのだろうか? 一目惚れとか? いやいや、何も恋愛絡みに持っていく必要は無い。例えば俺がその海老名隊に入る事になる可能性だってあるわけだ。確定してない上にもう視えない未来だから迅さんも教えてくれないし、今度時間が出来たら探してみよう。

 

 

 

 ―――2日目、風間隊が来た。全員アタッカーだった。ふぁっく。いらないって思ってたのに……。

 事前情報として、うさみん先輩とのメールのやり取りの中で歌川と菊地原のことは多少分かっていた。あだ名も教えてもらった。同年代とは仲良くしたいものだ。

 しかし、やってきたと思ったら菊地原が開口一番こう言った「何で僕達がこんなの相手にしなきゃいけないんですかー」俺も本来なら相手にしたくねーよ。歌川は良い奴だけど菊地原は口が悪い。率先してボコボコにした。何度かやられもしたが、何倍もボコボコにしてやった。

 管制に着いてる三上歌歩は同い年らしいが身長は俺より小さい珍しい存在だ。俺より小さいのは双葉ちゃん、千佳ちゃん、日浦ちゃん、遊真、緑川……もかな? そして今回初めて会った三上。ぐらいだろうか? 年下以外で初めての俺より低身長の人物に俺はココアを奢るのだった。うまいぞ~飲むがよい。

 

「昨日のデータ見たけど、太刀川さんから勝率5割近くってヤバいな」

「でもぼっちなんでしょ? 一人で出来る事なんて高が知れますよ。現にチームで当たれば焦って自滅するところありますし」

「確かに今回は音無を含め、迅、嵐山隊を同時に相手した場合の検討を含めた模擬戦だから複数で当たる事もあるが、個人戦では勝てないという事だぞ?」

 

 まだ言うかこのロン毛ポニーテールが。俺の内心に滾る怒りを知ってか風間さんが菊地原を軽く注意した。菊地原は口を尖らせていたが、アレは堪えてないな……。

 

「悪いなネコ。こいつ口悪いから……」

「いいや許さん! もっかい模擬戦部屋に入れきくっちー!」

「何度やっても同じだよ、僕が勝てると思ってるの? ただの時間の無駄だね」

 

「諦めんなよ! その根性『ネコぱんち』で叩き治してやるぜ!」

「それは当たらないから」

 

 いつの間にかあだ名で呼ぶ仲になり、イラつきも消えていた。脱力系の口悪い奴だけど根が悪い奴というわけじゃないと分かったからだろうか。確かにネコ拳8000は溜めが有りすぎて当たらず簡単に避けられてしまう。元のキューブをもっと小さくして作成スピードを上げても良いかもしれない。8000発である必要もないだろう。

 しかし、それを除いて考えれば風間隊との相性は抜群だった。カメレオンで消えても何となく居場所が感覚的に分かるし、その場所めがけてアステロイドを放てば7割ぐらいの確率で決着となる。避けられても距離を保っていれば時間の問題で蜂の巣に出来た。那須先輩のアステロイド合成弾のイメージで放ってるけど、合成弾を作った事が無い。今後の課題だろう。

 

 休憩時間。俺はココアを片手にベンチに座り歌川こと『うってぃー』と、菊地原こと『きくっちー』と談笑していた。そこで俺は昨日の迅さんとの会話を思い出す。昨日迅さんが言ってた武富桜子ってもしかして元シューターとかだったりして師匠になってくれるとか? だとしたら『確実にステップアップ』というのも頷ける。怪我とかで戦闘は出来なくなりオペレーターに転向したかもしれない。と思ったが2人に否定された。

 

「武富桜子? よく実況担当してる子だろ?」

「実況?動画でもネットにアップしてんの?」

「違うよ。チームランク戦で空いてる時は実況を率先してやりたがるんだよ」

 

 ランク戦は戦ってる間ログが残る様になっている。個人戦の場合は知ってたが、モニターで観戦したりできる。これがチームランク戦の場合は実況と解説が付くようになっているらしい。隊員の解説が付く事により、ボーダー隊員はランクに関わらず戦い方の勉強が出来ると言う事だ。中でも人気なのは(あずま) 春秋(はるあき)さんという人の解説らしい。知らんけど。

 この実況解説のシステムは武富桜子が考案したもので、C級の頃から上層部にプレゼンし続けて出来上がったものらしい。実際に実況解説を聞いているボーダー隊員のレベルは飛躍的に上がっているとは風間さんの言。

 しかし、ログを見たとしても実況解説の音声情報は会場で流れるだけで、試合の行われている転送先には届かず、記録には残らないらしい。そんな実況オペレーターと会って俺に何が有るのだろうか?

 

 

 

 ―――3日目。俺は流れを読んだ。はいはい冬島隊でしょ? とね。太刀川さんだけとは言え初日に太刀川隊、次の日には風間隊。そしたら冬島隊しかないだろうと思ったわけだ。

 

「お、いたいた。この前は来れなくて悪かったな」

「こんちわっす出水先輩」

 

 念願のシューターさんの来訪に喜ぶべきなのか、冬島隊が来ない事を嘆くべきなのか分からないが、とりあえずこの日は出水先輩と米屋先輩が来た。奈良坂先輩と、俺と同い年の古寺はスナイパー訓練らしく今日は来ないらしい。三輪先輩は参加する気が無いらしい。その内容に少しほっとする俺。

 

「―――揃ってるようね」

 

 最後に来たお姉さんは三輪隊のオペレーター月見(つきみ) (れん)さん。今日の保護者的な存在らしい。管制をしてくれるそうで、模擬戦ルームの設定をしたり、『音無ダウン』とか言ってくれるそうな。でもボコボコにやられている時に『早く立ちなさい』とか『あなたの敵は待ってくれるのかしら?』とかキツめに言われたくはない。言わないだろうけど、言いそうな目してるんだもん。怖いよー。

 

「は、初めまして音無ネコです」

「初めまして月見蓮よ。三輪隊のオペレーターをしているわ」

 

 クールビューティーな人だが流石は三輪隊の人だ。……やっぱ少し怖いよー。

 

 さて、基本的には一対一で模擬戦をし、この前の夜を考えて複数戦も検討しながら相手をする。でもさ、アタッカーにシューター陣形はずるいだろう。そら負けるわ。二人ともアタッカーとかならやりやすいのに、距離の違う連携をやられると動きが制限されてすぐに狩られてしまう。アタッカーオンリーかアタッカーなしの構成が良い。

 

『―――音無ダウン。一旦休憩にしましょう』

 

 二対一の戦闘で5度目のダウンをした段階で蓮さんによる休憩タイムが発動した。これではシューターを教わる時間もない。俺がココアを補給していると蓮さんがやって来た。

 

「ネコ君、少しいいかしら?」

「え? あ、はい」

 

「昨日までのデータは確認したけど、慶を相手に凄いじゃない」

「ケイ?」

 

「そう、太刀川慶。幼馴染なの」

「へー似てないですね」

 

「幼馴染は似ないわよ?」

「あ、そうか」

 

 正直言って負け続けのイラつきでまともに話を聞いてなかった。いかんいかん。これでは相手に失礼だし、蓮さんが怒るかもしれない。怒られるの嫌い。怖いの嫌い。

 

「集団戦は苦手かしら?」

「複数相手するのは初めてじゃないんですけど、こっちにも味方がいたり、戦いやすい相手だったりの経験しかないので、どう動けばいいのか分かりません」

 

「一対一になる様に動いてみなさい。例えば―――」

 

 蓮さんはタブレット端末でマップを3D表示にして、建物の高低差も表示させて教えてくれた。今回は居ないが、スナイパーの対処方法は射線を通らなくする事。狙いが分かるなら一点集中のシールドも良いらしい。スナイパーの射線を封じてる間にアタッカーかシューターを落とすのだが、アタッカーを優先した方が圧力も一気に減るらしい。今回のシューターは出水先輩という事もありトリオン能力が優れているのでシューターの距離で戦うのはお勧めではないらしい。距離を取ってスナイパートリガーで落とせればいいが、すぐさまスナイパーに狙撃し返される可能性があるという点がある。

 

「―――今回はそのスナイパーも居ないから気にしないで良い点が多いけど、実戦で同じ様な状況になったらベイルアウトするのは自分だから少しは気にした方が良いわね。複数人を一人で相手するのも、この間の夜の対策としての模擬戦だから仕方ないけれど頑張って」

「了解です。色々教えてくれてありがとうございます……でも何とかなると思います」

 

 今思えば蓮さんが教えてくれた事は嵐山隊の皆や、今までのレンタル活動による防衛任務でも学んでいた事だ。それでも上手く動けなかったのはトリオン兵以外では複数人を相手にする機会がなかったからだ。

 焦るな。一人一人確実にやれば問題ない。そう思いつつ俺は再び模擬戦ルームに入るのだった。

 

 

 

 

 

 ―――レーダーに赤い点が高速接近していた。

 

「見つかった!?」

 

 隠れていた橋の下から飛び出す。

 

 雨の中、トリオン体で駆け抜ける。

 

 追ってくるのはボーダー屈指の精鋭達。

 

 逃げるのは何故か。追われるのは何故か。

 

 俺はそんな事も考えなしに逃げ続けた。

 

 建物の隙間を縫う様に身体を滑り込ませたその時、ロープの様なもので首を引っ掛けて俺は倒れた。

 

「そこまでです」

「ぐぅ……何で……」

 

 トリオン体だから痛みはないが、倒れた俺に銃を向けてくる少女を目にして俺は苛立ちが溢れてきた。

 

「何で木虎まで敵に回ってるの!?」

「知りませんよ! 私も迷惑してるんですから!」

 

 チームランク戦で使う戦場(フィールド)に転送されたかと思えば、設定は雨の街。俺は嵐山隊の木虎、太刀川さん、米屋先輩、奈良坂先輩の集団に襲われていた。4人相手って酷すぎるだろ!! しかも攻撃のバランスが良い組み合わせだし!!

 事の発端は太刀川さんだ。「掠るだけでベイルアウトするなら集団にも対応できるはず」とか言い出して、今回の模擬戦の関係者で来れる人に連絡を入れて呼んだらしい。

 木虎もこっちの味方かと思えば敵に回ってスパイダーと銃型トリガーで襲ってきた。迷惑してるとか言いながらも……ストレス発散とか考えてんじゃないだろうな。

 

「―――でも残念でしたー!! くらえぃ!」

「しまっ……!!」

 

 スコーピオンを足の裏から伸ばし木虎を突き刺す。一発ベイルアウトさせ俺は再び駆け出す。スナイパーは後回しだ。レーダーに映るのは米屋先輩かな? 俺は即席トラップになるか分からないが、シューターのアステロイドを作り出す。それを(メッテオラ! メッテオラ! ぶっちかませーメッテオリャー!)と念じながら設置して離れた場所からライトニングで狙撃してみる。

 

「おぉーメテオラになってる! ふむ、コレで誘き寄せたところを……」

「……と、思うじゃん?」

 

 マジかー……俺は咄嗟に身を捩り米屋先輩の弧月の槍を避けるが、オプションの幻踊で変形した槍先に片足を切られる。それに構わずアステロイドを放つのだが、いとも容易く回避され切り払われた。俺はその瞬間にバックステップで距離を取り、再びアステロイドを放つが、放つと同時に後ろ手にアステロイドに念じる。

 

(君は誘導弾(ハウンド)だ! 喰い破れ!)

 

 真上に打ち上げられたアステロイドは一直線に上がらず、曲線を描いて米屋先輩の上から襲い掛かった。

 

「かぁーマジか。ハウンド持ってたのかよ……」

 

 それをまともに受けた米屋先輩はベイルアウトでフィールドから消えた。残りはスナイパー1にアタッカー1か。スナイパーは邪魔だけど、ここは建物の多いエリアだから射線を通らないようにしてアタッカー優先か? それともスナイパーを探すのが先か? と、ここでまた俺は倒れた。

 

「何だ? あ、木虎のスパイダーか! へー木虎がベイルアウトしても残るんだなー……コレも便利だな」

 

 今後のトリガーの設定を考えつつ俺は騙しのメテオラを作り、アステロイド待機状態にして配置。赤い点が近付いているのを確認して建物の2階に移動した。ライトニングよーし。

 

 レーダーには高度計はないので俺が2階にいるのは一発で分かる事はないだろう。赤い点が太刀川さんだったが、メテオラを打ち抜いて先ずは目くらましをする。同時起動した待機状態のアステロイドは太刀川さんに向かうが……。

 

「上かぁ!!」

「うぉぉぉっ!?」

 

 旋空弧月でランダムで切られまくる。一歩だけのバックステップで視野を広くしてアステロイドも切り落とされた。俺は斬撃をテレポーターで回避して、背後から太刀川さんをライトニングで撃ち抜いたのだが、慌てた状況ではイメージが上手くいかず、一発退場には出来なかった。結局その後は太刀川さんの旋空弧月の乱舞にごり押しされた。

 

 そして、ログインした部屋。つまり太刀川隊のソファーに落下して戦闘は終わった。

 

「おぶっ」

「お、降って来たねーお疲れにゃんこー」

 

「どもでっす……」

 

 太刀川隊のオペレーター国近柚宇さんに労いの言葉を頂きながら、俺は欠点を再確認した。俺は焦った時に失敗する。思考が一瞬止まった時はイメージもボロボロに崩壊する。もっと簡単なイメージでも良いのか確認しよう。さっきの戦闘を振り返れば、米屋先輩に放ったハウンドはかなり良かったかもしれない。それと比較してもメテオラなんかを作る時は時間が掛かり過ぎな気がする。

 

「どした~何を悩んどるのかね~。ゲームするかい?」

「よぉ惜しかったなネコ」

「うぐぅ……なんですかあの必殺ゲージが溜まったような弧月乱舞は……」

 

「お、じゃあ格ゲーにするかね」

「柚宇さんはマイペースですね~」

「お前も中々にマイペースだろう」

 

 それを言うなら太刀川さんもじゃね?

 

「お? 太刀川さん。忍田さんから連絡~」

「……ぉ、ぉう」

 

 太刀川さんは忍田さんから電話で怒られた。俺のデータ取りやシュミレートをするのは許可しているが、遊び感覚で集団で襲うとは何事かと怒られてる。忍田さんの声が受話器から漏れてくるからめっちゃ聞こえる。そして、電話は切られ、太刀川さんは部屋を後にした。これから面と向かって怒られるらしい。

 

「がんばってね~。よし、ネコ君どのキャラ使う?」

「あ、じゃあガイルで」

 

 さぁ本気のバトルの始まりだ。

 

 

 




◆太刀川さんと互角レベルで戦うネコ
いえ、少し誤解です。個人戦などの公式のランク戦ではないので太刀川さんがマジでやってないところがあります。が、ネコが少し勝つようになってからは割と本気でやってくれます。中距離を維持できれば何とか勝てますが、旋空の間合いに入れば大体負けます。勝てるときもあります。

◇可能性のネコ
サイドエフェクトの制御不可能により多大な被害をボーダーに与えていた可能性のあるネコですが、優しい人たちに囲まれて割と平気です。そんな中、武富桜子と会うことでどうなることやら。

◆風間隊との相性。
基本的にネコは射程が取れるものが好きです。ぼっち意識が強まるので孤独なスナイパーはそこまで好きではなく、テレポーターを使った一気に距離を詰める近距離スナイパーをやったりします。中距離にもなれば即落ち率も低くなり、風間隊ともやりやすい距離です。

◇カメレオンとネコ
隠れる=騙まし討ちなどに繋がる事から、ネコは何となく嫌な雰囲気を感じ取れます。周囲からは野生の感として認識されています。

◆見つめ直すネコ
月見蓮さんから教えられた事は割と基本的なことで、嵐山隊や防衛任務中に自分で学んだ事でもあります。再度その辺を認識させ、出来るはずなのに出来てない事を理解させました。
また、自分の欠点を理解し、焦らないようにさせていきます。

◇月見蓮
三輪隊オペレーター。太刀川慶と幼馴染。
ネコの事を可愛い弟でも見るような感じで接してくれてます……が、ネコは三輪隊の人だし少し怖い。という印象を持っています。少し和らいだかな?

◆国近柚宇
太刀川オペレーター。マイペースさん。ボーダーNo.1ゲーマー。
ネコのことは一緒にゲームが出来るペットの様に認識している。

◇ガイル
ネコは待ちガイルは好きではなく、ソニックブームが好きです。そして、ゲームは好きですが弱いです。負けが込むとココアでも回復しきれないかもしれません。


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20 ネコの特殊相対性恋愛感情理論

お気に入りがまた一気に伸びてました。現在380件です本当にありがとうございます。


 クリスマスだなんだという時期が目前にまで近付いていた。街中の装飾やテレビで伝えられる情報や音楽もクリスマスカラーに染まっていく。勝手な憶測でものを言うならば、幼い子供ならサンタクロースやプレゼントに希望を持ち、大人に近付けば恋愛に夢を見る期間だろう。

 俺はといえばサンタクロースの真実というか大人の事情ってやつを知っているし、恋愛に興味を深く持てないお年頃だ。興味はあっても好きな人がいないという感じだろうか? まぁ何はともあれ今はあまり興味が湧かない。

 そんな俺は夕方にスーパーに出掛けておでんの材料を買う。だって寒いもん。ちくわ、つみれ、白滝等々をカゴに入れ、ジャガイモも入れてやろうと冷蔵庫に入っていない材料を選んでいく。一緒にお菓子なども買って俺は家に帰る。今日はとりまるお休みデーだった。そんな、か~え~り~み~ち~クマさんに~でぇあ~った~♪

 

「ん? ネコじゃん」

「クマちゃん先輩、家こっちの方なんですか?」

 

「いや、これから玲のとこに……ネコは帰って一人鍋とか?」

「さ、寂しくないっすよ!? これが俺の当たり前だし! そ、それに鍋じゃなくておでんですし!」

 

 袋から覗き見える食材から一人鍋を指摘されるが、当然の事だし、俺は冷静に慌てて答えた。……慌てたよ! 図星だよ! でも残念! おでんでした! まぁおでんだろうが一人には変わりないのだが。

 

「別にそんな事はツッこんでないでしょ、こっちは玲の家でミーティングだよ。最近は小夜子も出てくるんだよ」

 

 華やかだね~。まぁ俺は一人が嫌いじゃないし良いんだけどね。

 

「確か、玲の家の隣って言ってたっけ?」

「アパートですけどね~」

 

「じゃあ一緒に行こうか」

「……は~い」

 

「何よその間は」

「ん~何となく?」

 

 クマちゃん先輩にチョップをもらいつつ、俺は自分で言った『何となく』ってのを考えてみる。ん~……正直なところ困る感じだ。同じ人間であっても男と女は違う。顔つき、身体つき、声、考え方、性格、笑いのツボ、全て違う。

 俺は異性に対して恋愛感情があるわけでもないのに距離を取ってしまう感覚がある。異性と一緒に遊ぶのは違う気がする。でも、学校では彼氏彼女の関係になってる奴もいたりして、それを見ても羨ましいではなく、何でだろうって疑問が先に出てくる。

 大人になれば分かるのだろうか? 付き合いたいって、結婚したいって、子供が欲しいって思うのだろうか? 考えても今の俺には答えは出せないし、やはり女の人と一定の距離を取る事を考えてしまう。

 言うなれば、友達の一歩手前のような感じだ。友達の距離まで詰めたいから、友達と言って欲しいから優しく接する計算していない打算的な行動。矛盾しているようで本能的な行動だ。

 よく『男と女の間に友情はあるのか?』みたいな事を耳にするが、俺はあると思う。でもそれは男同士や女同士の友情と男女の友情は質が違うと思う。その質が良いとか悪いとかの話ではなく、ベクトルが違うだけで友情は友情なのだ。その先に恋愛があるのかどうかまでは分からないが、今の俺にはそこまでしか興味がない。

 でも、今のクマちゃん先輩みたいにアッチから寄ってくると自然と距離を取ろうと考える自分がいる。俺って変なのだろうか? 女の人を見れば綺麗だとか可愛いとか思う感情はある。あるけど恋愛感情にはならない。知り合い以上に仲良く慣れれば良いとは思うが、深い関係は求めていない。これは駄目なのだろうか? 変なのだろうか?

 

「ねーねー、クマちゃん先輩って好きな人います?」

「い、いないけど? いきなり何よ? 答えちゃったじゃない」

 

「俺もいないんですけど、これっておかしいんですかね?」

「は? 普通でしょ。まだ若いんだから自分が出来上がっていけば勝手に好きな人が出来るって……はぁ」

 

 何で私がフォローしてるんだと言う様な顔をしてるが、そんなものか。自分が出来上がっていけば……なるほど、自分を育てていけば答えは出るのか。俺はご教授いただいたお礼に商店街の肉屋でコロッケを買って差し上げる事にした。ここのコロッケは肉が違うらしく美味しいのだ。あ、揚げたてだラッキー。

 

 

 

 那須先輩の家へ行くクマちゃん先輩。自分のアパートに入る俺。「じゃあまた」というだけで別れた。そうだな。レンタル活動でまた那須隊に行くことや、本部に通うときに会うかもしれない。だから「また」というのは正しい。でもさ―――。食材を切っていた時に家のチャイムが鳴った。親からの宅配便でも着たのかと思いつつドアを開けると那須隊の面々がいた。

 

「来たよ」

「え? はい?」

 

「お邪魔しま~す」

「私、男の人の家に入るの初めてですよ」

「ネコ君の家は2度目だけど綺麗に片付いてるわね」

「お、お邪魔します」

 

 ―――「また」って、なう? 「また今度」って意味じゃないの? 那須隊の面々は何かしら荷物を持っており、部屋へ押し入った。お、おまわりさんこいつらです!?

 

「ほら、やっぱり玲の家から大きめの鍋持ってきて正解だったでしょ」

「人数分の食器も必要ですしね」

「あの、私、料理は自信がなくて……」

 

 俺はキッチンを占領され「切って鍋に入れるだけだよ」等という会話を聞いていることしか出来ない。狭い台所によく3人でいられるものだ。ん? 3人? ……あ、那須先輩だけリビングで座ってこっち見てる。呼吸も軽く荒いし本当に体力ねーなあの人。……ってそうじゃないだろ。

 

「えと……何をしてるんでしょうか?火事とかで那須先輩の家なくなりました? それならまずは食事よりも消防や警察に連絡を……」

「失礼な事言わないの」

「この前、皆で行くって言ったでしょ?」

 

 た、確かに個人戦のときに言ってた気がするけど本当に来るなんて思わないじゃん。社交辞令を覚えなさいよ。

 

「ネコはおでんにジャガイモ入れる派なんだ。ウィンナーも入れるの?」

「え、駄目ですかね? 美味しいですよ? コンビニのおでんとかも入ってますし」

「美味しいですよねー」

 

 ねー。……ってだーかーらー。日浦ちゃんと和んでる場合じゃない。

 はー……もういいか。諦めよう。仕方ないんだ。追い出す事も出来ないのだから。これはもう食べて行ってもらうしかないようだ。作ってくれるわけだし、少し楽が出来たと考えよう。でも、甘えるのもこの家の主として申し訳ないし、出来る事はやろう。

 冷凍庫から枝豆を出して枝豆入りの茶飯を炊こう。前に作った事もあるし、調味料は覚えてる。あ、パックの漬物が買ってあったはずだ。おでん・茶飯・漬物。これで最低限の見栄えもするだろう。

 俺がお茶やみりんや酒を炊飯釜に入れていると後ろから覗かれていたようで那須先輩が声をかけてきた。

 

「手が込んでるのね。レシピも見ないで分かるの?」

「たまたま作り方覚えてるだけですよ。お客さんが来たんだから少しは良くしようと思うじゃないですか。見栄ですよ」

「そういうところが良いんじゃない? ねー小夜子」

「んぇ!? あ、はい。そ、そうですね……」

 

 慌てる小夜をニヤニヤと見ていた日浦ちゃんが小夜に怒られたりと賑やかな中、調理は進んでいった。

 

 

 

 ご飯が炊けて、おでんが煮えて、最近の俺の行動について質問があがりながらの晩御飯となる。俺は漬物をお皿に用意して座った。

 

「―――『最近はどこの隊に行ったか』でしたっけ? 最後にレンタルで行ったのは諏訪隊だったと思いますけど、その後はちょっと色々あってレンタル中断になってるんですよ」

「え、それってもう2週間ぐらいレンタルされてないってこと?」

 

 何でそこまで知ってるか分からないけど、小夜は緊張がほぐれたのか、自然と会話が出来ていた。

 そういえば、俺がスナイパートリガーを使い始めたのを那須先輩が知ってたのは小夜から聞いたからだったっけか。オペレーターさんって色んな情報が仕入れられるんだな。ボーダーの情報ページで仕入れられる情報なのだろうか。

 

「隊には所属してないんでしょ?」

「はい。あ、ジャガイモ美味しいー」

「美味しいですねーホクホクで味もしみてて」

 

「この前、出水君と歩いてるのみたけど、師匠になってくれそう?」

「いえ、軽く教えてはくれるんですけど、師匠は受けてもらえませんでした。根に持ってるんですかね?」

「何かしたんですか?」

 

「模擬戦でボコボコにしたりされたりなんだけど勝てるときは徹底的にやり返すんだよねー」

「え……あんた、出水に勝てたことあるの!?」

 

 出水先輩に勝てるのはたま(・・)にです。弾バカだけに。米屋先輩が弾バカって言ってた。米屋先輩も出水先輩に槍バカって言われてたな。

 それはさておき、俺は最近の行動を話そうとして気付いた。喋って良い内容なのだろうか? 模擬戦ルームも貸し切りだし、太刀川さんや米屋先輩とは最近だと個人戦をする様になってきている。その個人戦ですらモニター表示させなかったり、戦績ログを残さないような徹底振りで行っているのだ。ポイントだけが移動している結果だけが残るので、常に俺の記録を見ている人がいたとすれば、異常に見えるかもしれない。

 個人戦にする理由としてはMAP選びが出来て行動範囲を気にしなくて良い点や、仮想の街中を疾走したり破壊できる爽快感もあったりする点、それにポイントが懸かっていると本気になれるからということらしい。俺がスコーピオンをメインで使ってたとしたらC級落ちするほどにポイントが激減したのが5日前ぐらいだ。昨日で結構盛り返したし、いろんな人からポイントを貰っている。それが気にしなくて良いぐらいに他のトリガーのポイントも増えたので個人戦でも構わないのだが、これらを喋って良いのかどうかは判断できない。

 

「最近、個人戦をやっていないのにポイントの変動が大きいのは何で?」

「あーそうだった。小夜子が言ってた奴だ。訓練でも上がったり下がったりしないほどのポイントが動いてるのは何なの? ライトニングは6000超えてたんだよね?」

 

 どこまで調べてる志岐小夜子!! 当たり障りのないレベルで話せるとしたら……。

 

「うーん……喋って良いのか分からないですけど、模擬戦とかばかりで防衛任務は休業中なんですよ。そろそろ終わりそうなんですけどね」

「上層部絡みですか」

「ネコってサイドエフェクト持ってるの?」

 

「え、何でそう思うんですか?」

「だって色々不自然じゃん。玲との個人戦のログも見たけど何も異常ないのに、玲が違和感ばかり感じててさー、『トリオン体で体調が良いのも限界が近いのかも……』とか言い出すからびっくりしたわよ」

「でも、あれから問題はないんですよね?」

「うん、考えすぎだったみたい」

 

 俺がサイドエフェクト持ってることは言っても良いのか? いや、迅さんが上層部を止めてくれてるのだから、現在進行形で同じ釜の飯を食べている仲間でも言わない方が良いだろう。……結局隠し事だらけだな。申し訳ない。

 

「あ、そうだ。俺も聞きたいことあるんだった。武富桜子って子知ってます?」

「海老名隊のオペレーターですね」

 

「そうそう、その子って何か特殊能力でもあるんですか?」

「特殊能力? そんなの聞いたことないけど?」

「有名なのは実況に力入れてるぐらいですよ」

 

 ふむぅ、やっぱそうか。まだ会ってないけど何があるんだろう? 模擬戦に関しても冬島隊は当真さんしか来ないし、冬島さんってどんな人だろうか? 開発室でたまに見かける冬島さんと兄弟だったりしないだろうか? 明日本部に行った時に開発室にいれば聞いてみるか。ついでに武富桜子も探してみよう。どうせ明日も米屋先輩が待ち構えてるだろうし……太刀川さんは大学のレポートがどうのとか言ってたから忙しいだろうし、人探しを頑張ろう。

 

 

 

「はー美味しかったです!」

「茶飯って美味しいんだね。おでんともよく合うね」

「ご馳走様でした」

「お邪魔しちゃってごめんねネコ君」

「いえいえ~。ま……」

 

「ま?」

「……ま、まいねーむいずネコ」

「知ってるよ?」

 

 あっぶね~。「また来て下さい」とか余計な社交辞令を言いそうになってしまった。言ったら来るかもしれないし、これは言わないほうが良い。

 

「また来るね」

「oh……」

 

 マジかー。違和感がないからマジなんだろうなー。社交辞令を使ってよー。

 

 

 

 日は変わり個人戦。6-4で米屋先輩を穴だらけにする。この模擬戦期間が終われば強い人を紹介してくれるそうだ。戦闘バカは困るが、まぁ中距離タイプの人とか教えてくれるとありがたい。

 

「しっかし、何でシールドを簡単に割るかねー……何のサイドエフェクトだよ」

「教えると後が怖いから言いませんよー」

 

 俺達は個人戦部屋を後にする。先ずは開発室だ。しかし、何故に米屋先輩も付いて来るのか? もう今日はやらないよ?

 

「陽太郎任されてんだよ。多分開発室で鬼怒田さんを弄ってんだろ」

「あー、よねやん先輩って玉狛のうさみん先輩と親戚なんでしたっけ?」

 

「従姉弟だな。ネコは何しに開発室に行くんだよ?」

「開発室に冬島さんいないかなーって思いまして。失礼しまーす。あ、いた冬島さーん」

「ん? ネコじゃないか」

 

「冬島さんに兄弟とかいます? A級の冬島隊長って人を探してるんですけど、家族とかですかね?」

「え、冬島隊なら俺が隊長だけど?」

 

 ……あんたかよ!!

 

「あ、あのー模擬戦の話とかは?」

「模擬戦?」

 

 おやー? 話が通じてないぞー?

 冬島さん曰く、模擬戦の提案は戦闘バカの太刀川さんと、三輪隊の槍バカこと米屋先輩、真面目にあの日の夜を検討した風間さんの考えらしく、冬島さんは関与してないらしい。それにトラッパーだし、模擬戦というよりもどんな連携を取るかぐらいしか考えず、直接の戦闘はないようだ。

 

「―――あ、そうだったんですね。冬島さんだけ何も連絡なく来ないからビクビクしてたんですよ」

「ランク戦とか遠征以外だと開発室で忙しいからね。何をビビッてたか知らんけど……」

 

 俺はそれだけ分かればってことで開発室を後にした。来ないなら良いんだ。いきなり襲い掛かってこなければ良いのだ。トラッパーって話だから意地悪なことしてくると思ってたんだけど、考えすぎだったようだ。開発室の冬島さんと冬島隊長が同一人物ならいいんだ。良い人でよかった。

 

 

 

(あーびっくりした。いきなり来るんだもん)

(音無は帰ったか?)

 

(あ、室長。たった今帰って行きましたけど、これには気付かなかったみたいです)

(鬼怒田さんそれ何?)

(ぽんきち、何だそれは)

(米屋もいたのか……絶対に言うなよ? まだ、上層部と迅しか知らん事だからな)

 

(俺も興味本位で見てただけのデータなんだけどね。これはネコのエンブレムと隊服デザインを元に作ってるデータ。こっちは専用装備。専用とは言っても普通の装備のデザインを変えただけで、性能自体は何も変わってないみたいだけどね)

(へー……ん? エンブレム?)

(ほぅ! ではネコは―――!!)

(声がでかい!! 全く、絶対に言うなよ?)

 

 

 

 武富桜子は基地内にある自室にいるらしい。迅さんは倉庫の様にぼんち揚の保管場所として活用しているらしい。俺は開発室に通っていた頃のC級の時はそこを自由に使えと言われたけど、通うのが苦痛になるほど家が遠いわけでもないために使わなかった部屋だ。隊員全員が使えるわけではないらしいが、よく知らん部屋だ。

 さて、武富桜子が居るという情報の部屋をノックをするが、返事が無く居ないのかと思えば部屋のドアは開いていた。

 

「ぶふふ……」

 

 一発目に思ったのは酷い笑い声だという事だった。俺に背を向ける様な形でモニター画面の明かりが見える真っ暗な室内。モニターの光を遮るのはヘッドホンをしてこちらに気付いてない女の子らしき人影だった。

 

「もしもーし、入りますよー? てか既にお邪魔してますよー?」

「ぬふふ……」

 

 危ない子なのだろうか? でも、周りの評価は普通だったよな……。俺はとりあえず部屋の明かりを点ける事にした。

 

「のわぁっ!? 太刀川さん!? じゃない!? だ、誰ですか!?」

「あ、どうも音無ネコです。ノックしたんですけど返事が無くて、どうしようか考えていたところドアが開いてたんで電気点けてみました」

 

 自己紹介をすると、桜子ちゃんも自己紹介をしてくれた。立ち姿は俺よりも小さく、中学生らしい。正直、驚きである。そんな小さい子が実況解説システム導入に尽力したとは思ってもみなかった。小さい子は優秀な子が多いなー。……ここで言う『小さい子』って言うのは年齢だから。身長じゃないから。

 桜子ちゃんは俺の事を知ってたらしい。やはりオペレーターという人達は独自の情報網を持っているのだろうか?

 

「様々なボーダーの訓練記録を更新し、数々の異名を持ち、最近ではA級のトップチームとの交流がある様ですね」

「お、おう……」

 

 異名ってNeko2とネズミ狩り以外にあるのか知らんけど、まぁ嘘は言われていないようだ。面と向かって言われると困惑してしまう。

 ふと、気付いた。桜子ちゃんが見ていたモニターに視線をやると、ランク戦らしき戦闘行動が映っていた。ログを見ていたのか? あの奇妙な笑い声は個人的に好きになっている隊員さんでも見ていたのだろうか?

 ログを見ることは俺もある。あるけど、自分の動作とかがメインだ。その時の逃げ方や判断が間違ってないかを確認する程度で、駄目だと分かっても修正方法は分からず仕舞いのままにしているのが現状だ。

 迅さんが言う桜子ちゃんと出会う事で俺にプラスになることとはこれの事だろうか?

 

「―――音無先輩は、隊に所属する気が無いと噂されています。チームランク戦には興味ありませんか?」

「ん? あぁ、ネコで良いよ。確かに俺はチームに所属する気は今のところないけど、チームランク戦は面白そうだなって思ってるよ」

 

「なるほど……興味があるか分かりませんけど、取引しませんか?」

「取引?」

 

「まだ仮のお話ですが、ネコ先輩が解説に呼ばれた時に、音声データを記録してほしいんです。それを頂けるのであれば、ここで保管してあるデータを視聴する権利をあげます」

「……どういうこと?」

 

 ―――以前、風間さんが教えてくれた内容によるとチームランク戦のログには実況解説は含まれないとの事だった。

 しかし、その解説のデータがここにはあるらしい。武富桜子という人物は実況解説のデータを収集し視聴する趣味があるらしく、自分が実況したデータがここにはあるらしい。解説者にも試合内容にもよるが、これらのデータは大変価値のあるモノらしく、一部の人間だけが桜子ちゃんと取引をしてデータを提供し、ここの記録を視聴しているらしい。それにより、桜子ちゃんが実況を担当していない日のデータも少しはあるらしい。

 

 もし……もしもだ。俺と同じ様な動きをしている人のシーンを解説してくれている人がいたとしたら、誰かに聞いて回ることなく、答えが出るかもしれない。誰かに聞くというのは大事な事だとは理解しているが、相手にも悪いし、聞く側の俺としても面倒なものである。

 つまり、ここって人を成長させるデータ保管所なのではないだろうか?

 

「でも、俺って解説に呼ばれる事あるの? 公式戦だと個人戦しかやってないんだけど? チームに所属しないとチームランク戦も出られないでしょう」

「その時々のオペレーターの依頼が入るようになってますから、B級以上なら呼ばれることがあると思います。それに、ネコ先輩はオペレーターの中でも結構人気高いですから間違いなく呼ばれますよ」

 

 いつの間にか菓子折りパワーの効果と、その人伝の評価が発揮されていたようだ。俺はこの取引を受け入れた。前借としてオススメのデータや、シューター系統のデータを視聴させてもらった。……おぉ、これはすげぇ。

 

 




感想、質問、誤字脱字の報告や評価など随時受け付けております。
また、設定上のミスなどもあれば優しく教えてくれるとありがたいです。


◆恋愛感情にピンと来ないネコ
まだ目覚めてませんから。
でも、興味がないわけではありませんから。
今のところは愛でるより、愛でられるネコです。

◇まいねーむいずネコ
那須隊また来るってさ。

◆さらっと槍バカに勝ち越すネコ。
アタッカーとの相性は割と良いです。太刀川さんの様に旋空弧月などで距離を潰されるとネコは弱いです。

◇何かを企んでいる鬼怒田ぽんきちさん
何が出来るのかねー?
言うなよ!? 絶対に言うなよ!?

◆武富桜子と出会うネコ
取引に応じたのでネコは桜子の部屋から実況解説付きのランク戦ログデータを借りられる事になりました。二人並んで一つのモニターを見ながらヘッドホンを支えるように耳にあて、「「ぬふふ……」」と笑っているかもしれません。


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21 ネコ隊が作られた

あけましておめでとうございます。今年は? 今年も? 良い年でありますように。




 干支の話を知ってるだろうか? 『子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥』の十二支からなるものである。

 小さい頃は……身長じゃねーよ。年齢的な話しだから。子供の頃は『子』も『こ』って言ってたし読めないのが多かった。『子』も猫の『ね』だと思ってた。親に子供の頃から聞かされた『猫』の話が俺は好きだった。俺の名前と同じイントネーションでもあり、何度も親にその話を聞かせてもらったと記憶している。

 

 ―――神様が動物たちに新年の挨拶に来るように、付け加えて、12番目までゴールした順番に動物の大将の位を与えると言ったそうだ。1月1日になった時点で神様の住む家の門が開きゴールとなるのだが、猫は日付を忘れてしまいネズミに訊いた。するとネズミは1日遅れの1月2日と伝えた。ネズミは牛にも嘘を吐いて1位でゴール。その後は言わずもがな干支の順番の出来上がりだ。騙された猫は当然間に合うわけもなく、干支入りすることは叶わず、今もネズミを恨み追い続けているという。

 

 他にも諸説あるらしいが、俺はこの話が好きだった。好きと言ってもネズミが嫌いだと思わされ、猫が可哀想だという同情の念からの好きだ。かと言ってラッドを一番多く狩った理由にはならない。だってラッドはラッドだし。俺は動物の猫でもないしラッド憎し、ネズミ憎しとはならないし、復讐心もあるわけがない。ラッド一掃作戦も仕事だからやっただけである。

 

 そんな干支の話を思い出すと変な縁みたいな物を感じる。騙されて仲間外れにされた猫。騙しのサイドエフェクトを持ってぼっちの俺。ネズミ狩りとも呼ばれるし、まるで干支に入れなかった猫が今度は(ネコ)になって騙す側に回ったかのような奇妙さだ。俺は猫じゃないけどね!!

 

 さてさて、そんな話のトマホーク枕は放り投げて、あけおめことよろってことで新しい年が来た。久しぶりに実家に帰って母親の手料理を味わい、雑誌の事や生活面での話に花を咲かせ、元旦から3日を過ぎれば三門市に帰ってきた。

 

 

 

「あけましておめでとう」

「お、おめでとうございますです!」

 

「さて、音無ネコ君、どちらが良い?」

「え、えーと……」

 

 ボーダーの偉い人達。それが上層部であり、そのトップが司令官の城戸正宗さんだ。顔に傷があり、オールバックの髪型。その姿は俺にとって恐怖でしかない。アウトレイジの世界だよー。こんな怖い感じで『あけまして―――』とか言っちゃうの、もう見てらんない。城戸司令としては普通に接してくれているのかもしれないが、威圧込みで俺を包み込んでいる空気だ。

 

 上層部の会議室。そこには上層部以外に開発室でたまに会うデザイン部門の柏木さん。黒トリガー風刃を上層部に差し出した迅さんがいる。

 

 『どちらが良い?』と聞かれているのは目の前に広げられている装備品だろう。目の前にはサンプルらしき見たことのない部隊章(エンブレム)の隊服が2つマネキンに着せられていて、その後方には銃型トリガーの数々、見たところ武装に関しては通常のものとの違いは色以外に見受けられないが、全体的に真っ黒な武器ばかりである。

 

 あの隊服は何だ? 真っ黒の隊服でフード付き、そのフードも2本の角というか……まるで動物の耳の様な形みたいに尖っている。いや、尖ってるって言うかふわっとしている。やっぱ耳みたいに見える。耳だとしたら内側に当たる部位だけ少し色違いだし……。アレはレーダーの性能を上げるアンテナとかの効果があるのだろうか?

 考えたくはないが、そういう事(・・・・・)ではないだろう。そうだと信じよう。アレは耳ではないはずだ。きっとそうだ。そうであって欲しい。

 

(柏木君、このシルエットは素晴らしい。これならメディア受けも良いだろう)

(ありがとうございます)

 

 メディア対策室長の根付さんは小声で柏木さんを褒めているが、俺には何が何だかさっぱりだ。呼ばれたと思って来てみたら圧迫面接スタートなんだから。困惑する俺に頼れる大人の一人の忍田さんが口を開いた。

 

「音無、順を追って説明しよう。まず迅を始め、A級部隊からの報告書などから音無の評価を大幅に修正する事になった。サイドエフェクト込みで考えた場合の音無の戦闘力は既存の部隊に匹敵するケースもあるとの報告が上がっている。相性もあるとの事だが、個人トップランカーに勝てることが増えてきているとも聞いている。鬼怒田さんは数ヶ月前から既に開発をしていたようだが、おかげで前倒しで今回の場を設ける事になった。今回、音無に選んでもらうのは部隊章(エンブレム)だ」

「……選ぶと、どうなるんでしょう?」

 

「単独遊撃部隊の位置付けとして、音無隊を―――」

「―――忍田本部長」

 

「……ネコ隊を設立する事になる。いや、これは決定事項だ」

 

 おいおい頼れる大人……。城戸司令が『音無隊』って発言を止めたってことは城戸司令の命名なの? 普通は苗字が部隊名だろうに。というかぼっち確定の決議案じゃないですか。普通なら誰々の隊に入れてあげようとか考えるんじゃないの? まさかぼっちを率先して勧めるどころか決定させるとは……イジメじゃないか!! 一人で隊を名乗るとかピエロじゃないか!!

 

 俺は溜息を隠すことなく吐き出し、とりあえず隊服のマネキンを見比べる。違いは本当にエンブレムのみで、片方は猫の肉球マーク。もう片方はネコのシルエットマークか……あれ、根付さんがエンブレムに釘付けになって汗をだらだらと流している。好きじゃない人だが声は掛けてあげないといけない。

 

「あのー、根付さん大丈夫ですか? 汗凄いですよ?」

「―――はっ! こ、こっちのエンブレムは駄目だろ柏木君!!」

「は? 何か問題でも?」

 

「ちょっと来たまえ!!」

「は、はい!」

 

 会議室を退室する二人を見送り、室内に残った俺達は困惑した。

 問題らしきエンブレムは猫のシルエットで目がエイリアングレイの様に大きく吊り上っている。右頬からは2本のヒゲが伸びているが……まぁネコ隊としては問題は感じない。

 動物愛護の観点からの問題とか? そうだとしても問題点は浮かばない気がするが……。

 

「エンブレムに何か問題があったのか?」

「正直、分かりかねますが……」

 

 城戸司令と忍田さんが疑問を口にするが、残された俺も他の人も疑問だ。しばらくして、退室していた根付さんと柏木さんは戻ってきて、強制的に肉球マークのエンブレムになった。っておい!? 選択肢すら消えたよ!!

 

 『ネコ』+『騙しのサイドエフェクト』=『ねこだまし』

 相撲でも手を合わせ打って相手の目を眩ませる同名の技があるし、手の平を思わせる肉球マークは良いんだろうけど、あっちの黒猫のシルエットマークは何が駄目だったんだろうか?

 

「えーでは、隊服のコンセプトから説明させて頂きます。エンブレムはネコ君の名前から、猫の肉球マークを選び作り上げました」

 

 あ、完全に黒猫の方のエンブレムマークを脳内から消去しやがった。いつの間にかその隊服も撤去されていた。

 

「―――隊服にはこの様にフードを付けましたが、猫の耳をイメージしやすいようにしてあります。茶野隊の広報部としての成績が思わしくないというお話しもあり、臨時の広報活動も視野に入れてのデザインです。カラーは装備するトリガーも含めて基本的に黒一色で統一してあります」

「こりゃ玉狛(うち)に来れば、『玉狛のブラックキャット』とかの異名が付きそうだな~」

 

 迅さんがのほほんと余計な事を呟いてる。いかねーっすよ。ってかあの尖った部分やっぱりそういう事(・・・・・)だった!! 結局ネコミミかよ!! このデザインに関しては根付さんも満足そうに頷いている。大人ってバカだな!!

 

「装備品は主にスナイパーライフルを含めた銃型のトリガーの銃口部位に細工を施し、噂程度の情報ではありますが、ネコ君のサイドエフェクトとの相性も良いかと思われます」

「うむ、問題点はあるか?」

 

「正直に申しますと資金難です。後は完成までの時間だけです」

「唐沢君どうだろうか?」

「こっちに問題ありませんよ。金集めは私の仕事ですから。言ってもらえれば必要なだけ引っ張ってきますよ。今回はネコ君のことですし、伝え方によってはスポンサーの更なる助力も得られるかもしれませんしね」

 

「迅、お前の意見はどうだ?」

「んー。いや、前にも言いましたけど、もうネコ君の事は何も視えてないんですよ。たまに視える事はありますけど、その全てがデタラメだ。最初の視えた時の通り、太刀川さんや風間さんに勝てる存在ってのはその通りになってきてるし、予定通りで大丈夫……ってぐらいですかね」

 

 そうか、迅さんにはもう俺の未来が視えてないのか。太刀川さんとか風間さんに勝てることはあるけど、それも最初の頃は視えてたって事か。予定通りって言うのはストレスフリーのネコ社会を作ってくれるって意味だろう……という事にしておこう。

 

 ここに揃っているものは全てサンプルで、完成までもう少しかかるらしい。

 今回の会議室での話し合いにて俺は来月から再始動するチームランク戦に参加できるようになった。空いてるオペレーターさんを見つけてくれば試合に乱入できるらしい。……個人戦だけで十分ではないだろうか? 何で集団戦に飛び込まなければならないのだ。俺は戦闘バカじゃないぞ。

 防衛任務は引き続きレンタルによって行われる。今日見た装備品は数日後には俺のトリガーに設定されるとの事。

 別に怒ったりしない。結局は隊服以外は今までと変わらないみたいだし、隊服のフードも被らなきゃ良いんだ。装備品も試射してないから分からないけど、見た目は真っ黒で武器らしくなったし、気にしなきゃ良いんだ。だから別に俺は怒らない。この涙? これは悔し涙。

 

 

 

 

 

『ある一定のレベルを先に見据えるならば、スナイパーを主軸にした戦い方の『待ち伏せ(アンブッシュ)』がありますね。冬島隊の当真が得意とする戦い方ですが―――』

「ふむふむ……」

 

 俺は桜子ちゃんから借りてきた解説人気No.1らしい(あずま) 春秋(はるあき)さんの解説を再生させて戦闘ログを見ていた。

 

 スナイパーは隠れて一撃必殺を考えて行動するポジションだ。常に場所を悟られぬようにバッグワームを起動し続けるためにトリオンも消費し続けるが、その効果は大きい。

 スナイパーの攻撃武器は3つ。対象のシールドをぶち抜くためにアイビス。回避させる間もなく当てられるように弾速の早いライトニング。射程を重視してイーグレット。どれも素晴らしいトリガーだが、ツインスナイパーでもない限りは撃てるのは一つずつだ。

 

 どのトリガーライフルであっても一度撃てば射線やオペレーターさんによる支援によって位置はバレる。その為にすぐに走って隠れなければならない。位置がバレたままならば、ほとんどの場合はライフル(メイン)バッグワーム(サブ)を使用してしまっているので、シールドも張れずに即落ち要員になってしまう。

 

 スナイパーは隠れて撃つだけ。撃ったら逃げるだけ。アタッカーなどからすれば、発見したら近付いて落とすだけの楽な駒。そんな考えを覆すのが『アンブッシュ』だ。

 

 先に優位なポイントを作り出し、そこに相手を誘い込めば、スナイパーの弾丸が相手を撃ち抜く。狙撃ポイントを探して動くのではなく、狙撃ポイントを作り出すのが特徴だ。

 

(同じ事じゃないの?)なんて考えてしまってすみませんでした。って謝りたい位にとてもチーム戦としては素晴らしい考え方だった。

 

 先ずはチームの合流を優先し、味方のガンナーやシューターが足止めする。シールドの張れない状況や隙間を縫ってスナイパーがポイントゲッターになる。スナイパーが積極的攻撃手になり、他の隊員がスナイパーの事を全力で守る戦い方だ。アタッカーもポイントは取るが無理はしない新しい姿勢を見た気がした。

 まぁ当真先輩の場合は冬島さんのトラップを使い、他の攻撃支援はない状況だけどね。それでもスナイパーNo.1は凄いな。

 

 まぁこんな動画を見たところで俺はソロに変わりないんですけどね!!

 そんな感じで俺は桜子ちゃんから音声データと組み合わせた動画をレンタルしまくる日々を送っていた。基本的にはチームランク戦なわけなので、単独行動をする人は少なく、俺の行動と合致する人はいなかった。まぁそれでも勉強にはなる。戦い方を解説する人って凄い。

 

 

 

 

 1月8日。この日は新しいC級隊員達の正式入隊日だった。俺があそこにいたのはもう結構前の事だな、俺も前はあの場で忍田さんの挨拶を聞き、嵐山隊の後ろをアヒルの様に着いて行き、開発室に拉致されたなぁ……。

 まぁ今回は遊真がいる。ネイバーで、三輪隊を撃退し、トリオン兵も何体か倒してるであろう玉狛の空閑遊真だ。多分、初期戦闘訓練の俺の2秒の記録も塗り替えるだろう。玉狛支部でやった模擬戦を思い出せばそれも当然だと再認識できる。あの飛んで来るような素早い動きは、あんな訓練用のバムスターなんて文字通り瞬殺だろう。

 俺は開発室に寄ってトリガーを渡してきた。代わりのトリガーを受け取り、用はないから帰ろうとした時である。入隊式場から訓練場へと向かう集団に出くわした。先頭にいたのはイケメン有名人の嵐山さんだ。

 

「お、ネコ君じゃないか」

「嵐山さん、お疲れ様でーす」

 

(あの人って雑誌に載ってたネコ先輩じゃない!?)

(私も見た! 嵐山隊も認める実力だって!!)

(あんなに小さい人だったんだね)

(でも高校生なんだろ?)

 

 おうおう嵐山さんよー。躾がなってねーなー。それにお前らぁ! 人のこと小さいとか言っちゃいけないんだぞ! だけど言いたい事も言えないこんな本部の中じゃ、ぽいずん!

 

「ネコ君、これから対近界民(ネイバー)戦闘訓練なんだが一緒にどうかな?」

「あ、行きまーす」

 

 行きたくない。帰りたい。帰っておでん食べたい。言いたい事も言えない。だって尊敬する先輩ですもの。帰っておでんよりも頼れる先輩である。当然着いていきますよ。

 俺はとりあえず部屋に入ると三雲君と木虎を見つけたので、そっちに向かう事にした。新C級隊員達の視線が痛いからだ。み、みてんじゃねーよ! こっちに来たら木虎パンチがお前らを打ち抜くぜ!?

 

「あ、お疲れ様です音無先輩」

「ネコ先輩は何しに来たんですか?」

「嵐山さんに連れて来られた。邪魔にならない様にこの辺で見てるよ」

 

「そうですか―――それで? あなたの時は何秒かかったの? 三雲君」

「いや、ぼくは……」

「木虎は確か4秒だっけ?」

『2号室終了。記録58秒』

 

「まあまあね。―――私は9秒です。4秒は緑川君ですよ」

「あーそうだっけか。でもまぁそんなの関係無いだろうね。俺も含めて遊真が全部抜くでしょ。あ、ほら順番が来たみたいだ」

 

 それは高速を超えた音速未満の動き。ボーダーのトリガーを使ったトリオン体で音速を超えられるのか? それは不可能だ。しかし、そうだとしてもあのスピードは脅威だし、この場を覗く者は皆驚愕の色を窺わせている。

 それでも見た事のある俺や、隣にいる木虎なんかは怪訝な表情と共に観察の視線を向ける。対応出来なくはないという事だ。まだ対策は立てられるレベルだ。

 

『……れ……0.6秒!?』

「まぁそれでも今のところは脅威だわな」

「……今全てが腑に落ちたわ」

「……え?」

 

「三雲君、あなたの学校を襲ったネイバー。倒したのはあいつね? そうでしょ?」

「うっ……そうだよ」

 

「やっぱり!! そういう事だったのね! 三雲君にあんな真似出来るわけないと思ってたわ!」

「嬉しそうだな目立ちたがり屋め」

 

 答え難そうではあったが、白状した三雲君に対してとても嬉しそうにハキハキとしている木虎を俺は目立ちたがり屋と称した。勿論パンチが飛んできた。トリオン体ブローック。精神的ダメージしか通らないぜ。だから止めてくれ!

 

「修とネコも居たのか」

「ん? おぅ、とりまるじゃん」

「か……か か か 烏丸先輩!」

 

「おう、木虎久しぶりだな。悪いな修、バイトが長引いた。どんな感じだ?」

「問題ないです。空閑が目立ってますけど……」

「0.6秒だってさ、更に縮まって0.4になったみたいだけど。バイトってスーパー? だったら今は空いてるかな?」

 

「あぁ、スーパー多分空き始めたとこだろうな。しかし、そうか、まぁ目立つだろうな。今回も嵐山隊が入隊指導の担当か。大変だな」

「いえ! このくらい当然です!」

「いや木虎は見てるだけで何もしてな……ふぐっ」

 

「烏丸先輩、最近ランク戦に顔出されてないですね。お時間あったらまた稽古付けてください!」

「いや、お前十分強いだろ。俺が教える事なんてないよ」

 

 木虎がいつも以上に目に見えて表情豊かだ。これは俗に言う恋してるってやつなのだろうか? だとしたら好きな人がいるってどんな気持ちなんだろうか? よく恋愛ドラマとかでは青春だったり、有り得ない力が働いたりしていて楽しそうなのだが……。

 

「ん? そういやおまえ修と同い年か」

「? はいそうですね」

 

「じゃあちょうど良かった。こいつ俺の弟子なんだ。木虎も色々教えてやってくれ」

「……!? 弟子……!? 弟子というとその……マンツーマンで指導する的な……?」

 

「だいぶ先は長そうだけどな」

「すみません……」

 

 あ、木虎が三雲君を嫉妬の眼で見ている。なんだ? 恋じゃないのか? 烏丸京介という男の弟子になりたいだけなのか? やっぱり恋愛って言うのは良く分からないな。

 

 




◆干支とネコ
干支は猫年ってないけど、ねこ座はあります。この世界では騙しのサイドエフェクトのネコとして頑張らせたいです。

◇ネコ隊(ぼっち)
一人です。オペレーターさんは暇な人をレンタルします。隊服は猫耳フード付きの真っ黒で将来的には周りからブラックキャットと呼ばせたいです。「不吉を届けに来たぜ……」とかは言わない。

◆問題のエンブレム
根付さんの威厳のためにも本文では描いてない設定。猫のシルエットで目がグレイの様に大きく、右頬にだけヒゲがある。……フランス書院のロゴマークらしいです。
根付さんは様々なメディア関連の情報に精通して無いといけないので、たまたま見たことがあるレベルのロゴマークでした。問題に気付くのは根付さんの部下とかでも良かったかもしれないけど、根付さんそんなに好きじゃないし、まいっかと思いました。

◇独自設定◇
アンブッシュ『待ち伏せ』……東さんはこんな事を言っていません。当真が得意とする戦法かどうかも不明。






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22 ネコ、風刃を使ってみた





 俺が外に出た時である。携帯が着信を知らせた。

 俺はC級の初期戦闘訓練が終わったのを見て外に出た。とりまるのバイト先のスーパーが空いてると聞いて本日の食材を買いに行こうと思ったのだ。着信音に何となく振り向きつつ本部を見上げる形となったら、本部の壁に不自然な穴があることに気が付いた。あれ、爆破チックな事で破壊されてできた穴っぽくない?

 

「―――もしもし? あ、鬼怒田さん?」

『貴様どこにいる!! 何を仕出かした!?』

 

「はい? いや、外ですけど? って言うか、あの、本部に穴が……」

『穴!? 報告の件はやはり貴様の仕業か!! 逃げてないで今すぐスナイパー訓練場に来い!! いいか!? 逃げるなよ!? すぐ向かうからな!!』

 

 そう、ボーダー本部の壁がぶち抜かれている穴があった。勝手に犯人扱いされるのも困るのだが、鬼怒田さんとの会話から察するにスナイパーの訓練場にて穴は穿たれたようだ。穴は若干ながら上の方を向いてるので、街への被害はなさそうだが、本部内はどうだろうか? というか何故にぶち抜ける? ……外からの攻撃だったら警報が鳴るよな? うん、やっぱりあれは内側からだな。

 

 とりあえず誤解とはいえ呼ばれては行くしかないので、本部内に戻る。ほとんど行った事のないスナイパーの訓練場に入ると佐鳥に向かい合うような形で土下座をしている千佳ちゃんがいた。

 

「―――おうこら、佐鳥のくせに千佳ちゃんに土下座させるとは何事だ?」

「いや、違う。色々と誤解だ」

「お、音無先輩……わ、私が壁を……」

 

 落ち着くがよいぞ(俺よりも)小さき者よ。(俺よりも)小さい君を見捨てたりはしない。佐鳥は俺が倒す!! と思ったら本当に違うらしい。

 

「―――音無? 君が音無ネコ君か?」

「はいそうですけど? お兄さんは誰ですか?」

 

 佐鳥の横にいるロン毛のお兄さんが俺の事を知っている口振りで話しかけてきた。まぁNeko2等のある程度の噂があるので知られていてもおかしくないか。

 そして、なんと! このお方こそ解説人気No.1の東春秋さんだった。声しか聞いたことなかったから顔は知らなかった。ちなみにもう一人の正隊員は荒船隊の隊長さんだった。荒船先輩はキャップを被っていて、隊としては黒を基調としたジャージの隊服の様だ。

 

「荒船先輩よろしくです。音無ネコです」

「噂はよく聞くな。ラッド狩りとかは分かるけど、Neko Mk-IIってのはなんだ?」

 

 知らんよ。ティ○ーンズカラーとかあるんじゃないの?

 つか、荒船先輩の隊服にエンブレムがない。いや、エンブレムがないわけじゃない。ボーダーのロゴはある。荒船隊を示すエンブレムがないのだ。……今思えば那須隊もその隊服に目が行きがちだが、エンブレムはボーダーのロゴだった気がする。

 でも佐鳥には嵐山隊の星のエンブレムがある。思えば太刀川隊も、三輪隊も、冬島隊も、風間隊も独自のエンブレムがあったはずだ。……もしかして線引きはA級かそうじゃないかの違いか?

 俺はB級だよな? いや、まだ慌てるような時間じゃない。A級とは言われていないのだから、エンブレムの線引きは別にあるはずだ。……多分。あの肉球マークのエンブレムはきっと失敗したクリスマスプレゼント的な奴なのだ。そうだよドッキリだって有り得る。あの時に騙されてる違和感が生まれなかったのは多分調子が悪かったのだ。多分……。

 俺は深く考えない事にして挨拶を続けた。

 

「―――東さんもはじめましてよろしくです。待ち伏せスナイパー(アンブッシュ)の解説最高でした」

「ははは、ありがとう。こっちも色々と聞いてるよ。それよりも、君、壁の事は気にしなくていいよ。責任は現場監督の佐鳥が取る」

「ひええ!? 東さん!?」

 

 話は千佳ちゃんの壁ぶち抜きショットに戻った。千佳ちゃんはトリオン量が尋常じゃないらしく、アイビスを使用した事により壁を貫いたようだ。ライフルには特徴がある。トリオン能力が優れているほどにそれは如実に表れる。アイビスは破壊力。イーグレットは射程。ライトニングは弾速だ。しかし、これほどとはねー。

 

「あの……私のせいで玉狛の先輩が怒られたりとかは……」

「しないしない。責任は全て佐鳥にある」

「ですよね! やっぱり!」

 

 東さんの千佳ちゃんへのフォローに佐鳥が涙ながらに了解している。現場監督も大変である。すると鬼怒田さんも訓練場に来た。

 

「本当に穴が!? 一体どうなっとる!? 音無!!」

「俺じゃないですよ!?」

「鬼怒田開発室長。訓練中のちょっとした事故が起きました。責任は全て現場監督のボクにあります」

 

 うおっ、佐鳥が広報の仕事の時の顔してるよ!! こうすると佐鳥がイケメンに見えるマジックだ。胡散臭い感じがするイケメンだけどね。

 そんな佐鳥をお構いなしに鬼怒田さんはチョップして同じ目線に下げると襟を掴みあげる。

 そして、千佳ちゃんが鬼怒田さんに自分がやったと謝り、東さんが補足説明をして鬼怒田さんは千佳ちゃんを褒めて撫でてとデレデレになり始めた。東さん曰く、鬼怒田さんは千佳ちゃんと同い年ぐらいの娘さんがいるとの事だ。

 

「―――壁の事は気にせんでもいい。あの壁もトリオンで出来てるから簡単に直せるし、あれぐらい音無もよくやる。今回もトリガーを取り上げた腹いせに音無がやったと思ったからな」

「酷いし、やったことないし、出来ないですよ!」

 

 このスナイパー訓練場に来る事もまずないのだから。スナイパーのトリガーを装備していても通うことはなかった。行けとも来いとも言われなかったし、訓練で得られるポイントも別に欲しいとは思わなかったからだ。スナイパーの練習なら実戦でやれてたと思うし。

 

 そこに三雲君と遊真も穴の件を聞き付けて来たのか、合流した。

 

「三雲……? そうか、玉狛に転属しおったのか。おいこらメガネ! ちゃんとこの子の面倒を見んか!」

「……!? はいすみません」

 

 鬼怒田さんに尻を引っ叩かれた三雲君は驚いてはいるが、しっかりと返事をする辺り人間出来てるなーと思う。

 

 

 

 それからというもの、本部基地内では噂話が広がっていた。戦闘訓練の記録が塗り替えられた事。基地の壁の穴が開いた理由。B級に上がったばかりのメガネが風間さんと引き分けた事。全て三雲隊の事だ。

 ってか風間さんと引き分けたのか三雲君。すげーなー。サイドエフェクトも無しで引き分けとか、とりまるは弱いって言ってたけど、頭使うタイプかな? 伊達にメガネかけてないってことか。

 

 そんなこんなで学校も始まり、防衛任務の特別早退をしつつ荒船隊での防衛任務開始である。今回の菓子折りはB級という事もあり、クッキーである。人によっては『甘いもの嫌い』という線も有り得ると考え始めた今日この頃。私、音無ネコはお煎餅も視野に入れております。

 

 さて、荒船隊は、隊長の荒船(あらふね) 哲次(てつじ)18歳(荒船先輩)。穂刈(ほかり) (あつし)18歳(ポカリ先輩)。半崎(はんざき) 義人(よしと)16歳(よしと)。この3人が戦闘員で全員スナイパーという面白いチームである。

 オペレーターさんは加賀美(かがみ) (りん)さん18歳(加賀美先輩)。美大に進むことが決まっているらしく、後頭部で8の字に束ねている髪形といい、美的センスが独特な人である。

 

「最近、玉狛のトリオが噂になってるけど、お前の記録が白髪チビに全部抜かれたんだって?」

「らしいですねー。記録には興味ないから良いですけど」

「マジか。へこむね、俺ならへこむ」

 

 荒船先輩とポカリ先輩にボーダー記録の事を持ち出されるが気にしない。遊真に負けるのは仕方ないという気持ちがあるからだ。多分、同じ人間という意識が低い所為だろう。ネイバーの世界から来た少年なわけだし。それに個人的な模擬戦とかでは勝ち越してるし別に良いや。だから、ネイバーという事を抜いて考えても、唯一負けても仕方ないと思える相手なのだ。

 

 ―――レプリカ先生のお話によると遊真はかなり壮絶な人生を送ってきた上に、あの身長なども成長しないのだと聞いた。親父さんの有吾さんが黒トリガーを作り出す時に死に掛けの遊真の身体も治したとのこと。そんな事までできる事にも驚いたけど、少しずつ死に向かっているという事にも驚きである。死に掛けるだけでも驚きではあるが、ネイバーの世界の戦争も怖いものだ。

 

 何で俺にそんな話しをしたのかとレプリカ先生に訊ねると、遊真には味方が必要だと言われた。おいおい、友達認定か? 本人同士で友達になるものだろうがよ。まぁ初めて会ってから何度か会話もしたけど、最初のモールモッド討伐の件以外に嘘はなさそうだし、あれも遊真を匿う為の嘘だったわけだし良いだろう。

 

「―――出来た! 最高傑作だよネコ君」

「え、加賀美先輩、試合もしてないのにそれ作ってたんですか?」

 

 よしとが加賀美先輩を見て少しばかり驚いているが、名前を出されて俺もそちらに顔を向けると、小さい粘土人形がそこにはあった。それを手渡される俺。

 

「え、何ですかこの人形?」

「ネコ君だよ」

 

 なん…だと…? いや、いやいや、驚くな俺。これはアートだ。芸術的作品がどれだけ素晴らしくても俺にはセンスがないからこの素晴らしさに気付けないだけなのだ。ほら、綾辻さんの絵とはベクトルが違うと感じる辺り、見事な芸術作品といえるのかもしれない。

 

(試合関係なく作るの見たの初めてだな)

(確かに)

(だるい事にならなきゃいいっすけど)

 

 そんな事を遠巻きに荒船先輩達が言ってるが、何? 特別仕様なの?

 

「ありがとうございます! 家で大事に飾りますね!」

 

 と、何とか笑顔で模範解答的な事を口にしたら、加賀美先輩の目が潤んだ。……失敗したの?「こんなのいらないっすよー」とでも言えばよかったのか? そんな酷いことは言えないだろー。俺が少し慌てると加賀美先輩は目元を拭う仕草をして言った。

 

「……あ、ごめんごめん。引き攣った笑顔で受け取る人が多いから、素直に喜んでもらえたのは凄く嬉しいよ」

 

 ごめんなさい。実は俺もそっち側の人間です。今も引き攣りが顔に出なかった事に少しばかりの後悔が生まれています。

 

「美大に入る事は決まったけど、やっていけるかの不安はあったんだよね。少し元気になったよ!」

 

 あぁぁぁぁぁ……何か人の人生の背中を押してしまったようだ。これで芸術家として棒に振る人生になってしまっては俺の所為も出てくるだろう。成功するまで加賀美先輩の作品を俺が買ったりネットで評価したりすればいいのだろうか? 芸術品って高いのかな? か、金を貯めなければ!! でも、あれだ美大に入るぐらいだから、最低限の期待値はある。頑張れかがみん先輩。

 

「ぜ、絶対(……はないかもしれないですけど)加賀美先輩なら凄い芸術家になれると信じてます!!」

 

(更に背中を押したぞ)

(押したっつーか、押し込んだというか……)

(押した自分も一緒に落ちていったように見えますけどね。だるそうだ)

 

 味方がいない! 一緒に落ちてきてよ!

 

 ―――防衛任務になればスナイパー部隊らしく、密集する事はなく、全員が一定の距離を保って任務に当たった。ゲート発生予測地点を4人で十字砲火するような配置だった。俺もこの時はトリガーが開発室に預けてあり、仮のトリガーのままで、スナイパートリガーが入っていた為、荒船隊の防衛任務はオペレーター支援が楽だったらしい。

 

 

 

 

 

 代わりのトリガーを渡されてから数日。遂に俺のトリガーが帰ってくる事になった。何故か開発室には上層部の方々もいらっしゃっていて、トリガーを受け取ったら「じゃあこれで―――」等と簡単には帰れなかった。

 

「トリガーを起動したまえ」

「は、はひぃ……」

 

 城戸司令に言われるがままトリガーを起動すると、フードを被った状態で真っ黒な服が俺を包んだ。先日見た隊服のサンプルのまんまである。

 そんで「ゆっくりと回ってみなさい」とか顔の怖い城戸さんが言うの。もう信じらんない。ゆっくり回るってライ○ップかよ。猫背にしてから胸を張ってポーズすれば良いのか? しないけどさ!

 柏木さんはガッツポーズ。他の方々もうんうんと頷いているのが分かる。集まってないで仕事しろ。

 

「―――間に合ったな」

「はい」

「間に合ったって、何がですか?」

 

 ここで驚くべき速報である。ネイバーが襲ってくるらしい。それも大規模侵攻だ。最近ではイルガーって名前のついた空飛ぶ鯨のような爆撃型のトリオン兵による死傷者が出たり、イルガー発生の原因にもなっていたイレギュラーゲートを発生させるラッドだったりと、ある程度問題は対処してきたが、それらは相手の下調べだと思われるようで、迅さんが色々と視る限り、そろそろ『大規模侵攻』が来るらしいのだ。

 

「マジかー……」

 

 鬼怒田さんに俺の使ってるトリガー構成を変えるか聞かれたが、慣れないトリガーを使うよりもこのままの方が良いだろう。それよりも色々な情報が欲しい。最近では戦闘ログや解説音声を聞いてかなり勉強になり、情報はとても活用できると理解し始めたのだ。

 

「トリガーはこのままで良いんですけど、迅さんが使ってた風刃のログとかないですかね?」

「今なら開発室(ココ)に実物があるわい」

 

 黒トリガーの風刃は誰が使うのか、城戸司令が考えていたらしいが、迅さんの提案もあり、三輪先輩が使う事にほぼ決まっているそうだ。それでもまだ確定ではないので、今はまだ開発室にあるらしい。使える人が多いと聞いたことのある風刃を俺は一度使わせてもらう事にした。

 

 抜いたところだけは前に一度見た事がある。風刃は弧月と似ている。能力発動時には光の帯が展開される。

 そして、最も凄いのは『目の届く範囲であればどこにでも斬撃を飛ばせる』という事だ。オペレーターさんとの連携で視覚支援してもらえば、本来目の届かない様な死角部分もいけるのではないだろうか?

 光の帯の数が斬撃を飛ばせる回数らしいのだが、再装填(リロード)も出来る凶悪な性能だ。

 

 威力は弧月ぐらいか。弧月の切っ先よりは劣るけど、それ以外が強すぎる。でも、俺には上手く使いこなせないようだ。

 

『どうだ、問題はあるか?』

「んー……初めて使ったからかもしれないですけど、弧月の方がまだ気楽に使えますかね……適性が低いのかもしれません。あ、いや、駄目だ……気持ち悪い。出ます……」

 

 鬼怒田さんの訓練室への声に応答するが、応えたとおり、どうもしっくり来ない。使うだけなら出来るが、誰よりも上手くとはいかない。というか段々気持ち悪くなってきた。なんか嘘を吐かれている時の様な気持ち悪さだ。騙されてないのにそういう違和感が出るのは何故だろう?

 

 最上さんという人で出来ている風刃。まぁ隊員の全員が適性あるわけではないし、上手く使えそうにない事に対してへこむ必要はないが、トリガーを騙しきれない事もあるんだな。黒トリガーだからだろうか?

 

「だ、大丈夫か?」

「何とか大丈夫です……ふぅ。今日は帰りますね。ありがとうございました」

 

 風刃の能力は面白いな。一振りで最大10発ぐらいの斬撃が距離を関係せずに飛ばせる。

 ふむ……弧月か、それともスコーピオンだろうか。今持ってるのはスコーピオンだし、スコーピオンだな。

 俺はイメージを膨らませながら鬼怒田さんにお礼を言って本部を後にした。

 そして、大規模侵攻のお知らせメールが届いた。訓練生でも関係なく各隊員に送られているらしく、俺はそれを確認しながら不安を持ったまま家で一人鍋を楽しむのだった。

 

 

 

 

 ―――学校でのある日の出来事である。

 どのようなコンテンツであっても少なからず見ている人はいる。例えばTV等には出てないアイドルであったり、実力の発揮できないアスリート。人気が少ないだけで、見ている人は必ずいるというものだ。

 ボーダーには公式サイトがあり、ボーダーに憧れる人がいるように、ボーダー隊員に興味を持ち、嵐山さんのファンだったり、ただ単にボーダーという組織が好きで毎日欠かさずに情報をチェックしてる人がいてもおかしくないのだ。

 

「あ、ネコ君A級昇格おめでとう」

「……はぃ?」

 

 嵐山隊の隊長、嵐山准のファンである女子クラスメートは公式サイトをスマホで確認しながら不穏当な発言をした。俺も慌ててスマホをチェックする。普段見ることのない内容なので、クラスメートに確認しながらそのページを表示する。

 マジだ。俺はA級にされていた。他のクラスメートも褒めてくれたり、嵐山隊などと同じA級になったことを賞賛してくれた。やはり独自のエンブレムはA級の証の一つなのだろう。

 いつもの俺なら勝手に決められた事に怒るのかもしれないが、今回は話しが別だ。A級だぞ? つまり固定の給料が出る!! これには喜びである。討伐数は歩合制のまま。これは凄い事である。現役高校生がサラリーマンの毎月の給与を抜いてしまうこともあるかもしれない。ひゃっほい!

 

 今日はお祝いだ! パーティだ!!

 そして、祝いの警報が鳴り響いた。外を見ればゲートが見たことのないぐらい多く発生して大規模侵攻が始まった……っておい!?

 

 

 




感想、質問、意見、評価、誤字脱字の報告などなど
胃に優しいものをお待ちしております。

◆壁ぶち抜き事件。
トリオンで出来た分厚い壁をぶち抜くのはネコぐらいだろうと勝手に犯人扱いされました。実は最初は鬼怒田さんが「音無にも出来るから気にするな」という発言からネコにも壁を開けさせるシーンを書いてましたが、壁を直したりとか試行錯誤しているうちに、その文面は消す事にしました。
(面白そうだ)と思っても、書いてみると冷めてしまう不思議。

◇空閑遊真の過去を知るネコ
玉狛に行った時に書いておけばよかったのだけど、飛ばして、いつか書かないととしている内に、無理矢理のねじ込み。

◆荒船隊での防衛任務
加賀美倫を蔭ながら『かがみん』と呼ぶネコ。芸術的作品の奇怪な粘土人形を貰いました。

◇ネコの【結果にコミットするライ○ップ】
『ボーダーに入る前の夢も希望も無いネコ』ブゥーチッブゥーチッ♪
     ↓ ↓ ↓
『エンブレム装着型ネコMK-II』ペーペケッペッペペーペーペペ♪

◆風刃を少しだけ使ってみるネコ
騙しのサイドエフェクトによる違和感を感じ、気分が悪くなり、帰る事にしましたが、風刃の性能を確認する事が出来ました。さて、どうなることやら。

◇『あ、ネコ君A級昇格おめでとう』
本部の人間よりも早くボーダーの公式サイトが発表し、それを確認したクラスメートから初めて聞いた情報。上層部がこれをネコに直接伝えていないのには意味があります。大規模侵攻編後に判明予定。


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23 ネコクラスター

沢山の方のお気に入り登録もいただきまして、565件になりました。「もうすぐ500件か~」等と思っていたらもう600件が見えそうな勢いで驚きました。これからもよろしくお願いします。




 今回のゲート発生は『警戒区域外にいるから安全』というわけではない。ボーダー隊員がいない? いや、隊員なら大勢いる。しかし安全とは言えない。以前に出現していたイレギュラーゲートのような緊迫感? それの比じゃないのは目に見えて明らかだった。ゲートの発生数は30を超え、40を超えと、事前情報では聞いていたが、それ以上の大規模なネイバーの侵攻が目の前に広がっていく。

 警戒区域で人が住んでいない廃墟の街並みも更に破壊され、いつの間にか仕掛けられていたトリオンのトラップやミサイルランチャーが地面から生えてはトリオン兵を粉砕しているが、トリオンには限りがある。それを知ってか知らずか、トリオン兵は無尽蔵かのようにゲートから現れ続ける。

 俺はネコ耳フードを外して走り続ける。グラスホッパーやテレポーターは多用出来ない。いつまで続くかも分からないこの侵略行為の街中を走り回るならトリオンが惜しいからだ。そして、様々な破壊活動をほとんど無視してオペレートのままに駆け抜ける。動き回るトリオン兵を無視していいのかと心底不安になる光景が背後で作られていくのだが、命令では仕方がない。せめて確実に届き、尚且つ、走りながらでも落とせる範囲でトリオン兵をアステロイドで撃ち抜いて行く。

 このエリアを無視しているのは近くの隊員が間に合うからだ。俺の今のところの行動目的は間に合いそうにない地点へ行き少しの足止め。近くの隊員が合流できるタイミングで離脱。この繰り返しだ。忍田さんが指揮を執ってるらしいのだが、先ずは隊員の合流を最優先にし、その後に戦線を押し戻す事にしているとの事。

 途中、カーキ色の隊服が俺を飛び越すように現れた。諏訪隊である。

 

「よぉ!いつの間にか服が変わってんな! とりあえず、ここは任せて行け!」

「あ! 諏訪さん死なないでねー」

 

「縁起でもねーこと言うんじゃねーよ!?」

「ネコも頑張れよ!」

「おー! 日佐人もなー!」

 

 諏訪さんはショットガンでトリオン兵を吹っ飛ばしていき現着報告をする。俺はそれを確認しただけでここのエリアは大丈夫だと安堵して足に力を込めるのだった。

 

 

 

 今回の大規模侵攻において『角つき』の人型ネイバーがいるかもしれないとの事だった。角があればトリオン兵なんて比べ物にならないほどトリオン能力が優れているらしい。角は2色。白か黒だ。黒が黒トリガーを使う化け物らしい。風刃持ってる迅さんと考えれば怖さは薄れるが、角つきって完全に鬼じゃないか。

 ネイバーはいくつもの世界があるらしい。遊真がいた世界や、トリオン兵を送ってきている世界。これは今回の大規模侵攻を起こした世界の奴らと同じだと思うが、襲ってくる世界や、平和主義な世界もあるらしい。

 その中でも今回の大規模侵攻で攻めてきているネイバーによっては角つきがいない場合もあるらしいが、俺はそっち側である事を切に願う。わざわざ強い奴に来てもらわなくてもいいし、寧ろお断りである。

 

『―――ネコ君~、次の角を左に入ってー』

「了解です」

 

 そんな中、俺は一人かと言うとそうではなかった。心強い味方として、太刀川隊のオペレーターである国近柚宇さんが一時的に空いていた事もあり、俺のオペレートをしてくれていた。柚宇さんの指示の下、走り回っている。最短ルートで案内してくれているらしい。

 しかしね~、A級1位の隊のオペレーターさんが空いてるって太刀川さんは何してんだよ? とやんわりと聞いたところ、太刀川さんは正月用に買っておいた切り餅の残りを食べて、のんびり過ごしているらしい。正解は越○製菓ってか? ふざけんな出て来いNo.1アタッカー。準備中? 40秒で支度しな!!

 

 俺はモールモッドをメインに一撃で屠っていく。今回はサイドエフェクトも全開である。どこでもいい。掠るだけでもいい。アステロイドも曲げまくってやる。少しだけでも傷つけられるなら、内部破壊で一撃で仕留めてやる。

 

「―――え? 新型のトリオン兵?」

『そう、呼称は【ラービット】だってさー。ログデータ送るねー』

 

 しばらく疾走する事数分。柚宇さんからの情報で、『ラービット』という新型がいることを知った。サイズは3メートル強、二足歩行の人型タイプで戦闘力が高いとの情報だ。少し恐怖を煽られる情報としてはトリガー使用者を捕獲する行動を取るらしい。

 前に迅さんから聞いてた俺の未来の中に『攫われる』という内容があることから、少しだけ背筋が冷えるのを感じた。

 

『―――あ、不味いよー。諏訪さんが捕獲された(つかまった)みたい』

「げっ! やばいなぁ……あんな事言わなきゃ良かった……これからは? どうしたらいいですかね柚宇さん? 諏訪さんを助けに行ってもいいの?」

 

『んー、諏訪さんの方は風間隊が行ってるみたい。ネコ君が好き放題に動くと大変な事になりかねないから、しっかり誘導するように言われてるからねー。一番手薄なところに誘導するから安心してねー』

 

 あれ? 何で手薄なところ案内するの? 安心できるわけないじゃん。みんなと一緒に戦わせてよー。

 

「あ、迅さんは色んな状況が視えてるんでしょ? 通信できないですかね?」

『迅さんからの事前の指示でもあるんだよー。手薄になるところがネコの手も借りたいところなんだってー。それで助かる人が視えてるんだってさー』

 

 あのエリートめぇ……。俺の未来は視えないから間接的に視える未来を参考にするのは仕方ないが、手薄な危険地帯に一人だけ送るとか酷いだろ……。

 

『大丈夫、にゃんこなら出来るよー太刀川さんにも勝てるんだし、今だって一撃必殺してるじゃん』

 

 そんな伸び伸びと言われても……。仕方ないか。

 

「っと、腹から出てくるとはねー……あれが新型か。ふむ、実験台になってもらおうか」

 

 モールモッドを倒した腹の中から出てきたのは初めて見る新型らしき二足歩行型のトリオン兵だった。さきほど柚宇さんから聞いてたラービットとかいう奴だろうそれは存在感があった。

 俺はバスケットボール大ぐらいのトリオンキューブを作り出す。個人戦で緑川に放とうとして失敗した改良型。新・ネコクラスターだ。簡単に言えば、空から一気に散出して地に爆発を降り注がせるものだ。

 

 ―――【ネコクラスター】は、アステロイドキューブをメテオラと混ぜたように騙したもので、それを分割しない状態で打ち上げ、上空で待機、対象に目掛けて接近しながら落下し、ある一定の距離まで近付くと一気に拡散するように分割され、広がりながらクラスター爆弾の様に対象を包み込むものだ。

 それが緑川戦ではただ上空で待機しているだけの失敗作だった。あれがメテオラになってたかすら怪しいが、今回は成功のようだった。

 

 そのトリオンキューブはラービットの真上に上がり、ラービット目掛けて落下する。ラービットはその耳らしきものが少し動き察知したのか、回避行動を取るが、間に合わなかった。

 いきなりラービットの真上で細かくバラバラになったトリオンキューブは真下のラービットに降り注ぐ。ラービットとその周辺の地に降り注いだ細かいアステロイドキューブはメテオラの効果を持っており、細かく激しく爆発を繰り返す。

 

「―――思ってたより硬い装甲してたなぁ」

 

 俺はラービットの原型を割と留めつつ内部破壊で沈黙した姿を見下ろしながらそう口にした。そして、内部破壊されていなかった場合を考えてしみじみと思う。他の隊員だとどう倒すのだろうか? メテオラでも防御に徹されたら倒すのに時間が掛かりそうである。目玉狙いでも口を閉じるし、回避した瞬間の動きだけで判断するのもなんだけど厄介そうな感じだ。旋空弧月の先端斬りで何とかなる硬さなのだろうか? メテオラの連発もトリオンの消耗が激しい気がするな。

 何? 他の人は連係プレーで倒す? こっちは一人でやってんだよ!! 仲間に入れて欲しかったら仲間に入れろよ!!

 

『おめでと~新型撃破はにゃんこが最初だよ~』

「別に競ってませんから~。あ、回収お願いします」

 

 新型って値段設定どうなってるんだろうか? いや、新型モデルをボーダーで出してるわけじゃないから値段設定をしてるわけがない。これからするのだろう。諏訪さんを捕獲したぐらいだから高くしてもらわないと困るが……。なんだっけあのボーナスのやつ、戦功だっけ? あれにならないかなー。

 そんな事を考えていた時だった。本部の方角から爆音と大きな光が見えた。空飛ぶ爆撃型トリオン兵が本部へ体当たりで自爆したようだ。後続に3体見えている。

 爆発直後の通信が乱れる。

 

『おわっ ザザ……わわっ……ザザッ……っ!?』

「柚宇さん!? 大丈夫ですか!?」

 

『―――……ぁ~あ~、聞こえるかね~ネコ君』

「あ、大丈夫でしたか……?」

 

『こっちはなんとか大丈夫みたい。太刀川さんが出るから、ネコ君は一度本部に向かってきてだってさ~。おっ? ……ザザッ―――』

 

 通信を聞きながら本部を見上げると、爆撃型トリオン兵3体の内1体は本部の砲撃で撃ち落とされ、もう一体は何かに斬り落された。斬り落としたのが太刀川さんという事で良いのだろうか? あんだけデカイの斬るとか、本当に太刀川さんの弧月は凄いな……。残りの1体は本部に当たって再び大きな光を生み出し爆音を出すが、遠目に見る限り、本部は原形を留めている。トリオンの壁が少し変色しているが、徐々に戻っていくのも見える。

 再度通信は乱れるが、今度の柚宇さんは慌てた様子を見せなかった。

 

「あー聞こえますか? 太刀川さんが新型の相手するんですかね?」

『うん、そうみたい。私も太刀川さん達のサポートに戻らなきゃいけないからここまでだね~』

 

「あー、ありがとうございました」

『うむうむ~よきにはからえ~』

 

「あ、柚宇さん」

『んぅ? なにかね~?』

 

「ラービット追加で4体片付けたんで回収お願いします。中身は分かりませんけど、外見は綺麗に残ってますんで」

『oh……』

 

 

 

本部に辿り着くまでの間にモールモッドに新型のラービット、空飛んでる小型のトリオン兵や大型のトリオン兵を倒してカウントを忘れずに本部のオペレーターさんに連絡をしておく。\チャリン\チャリン\チャリーン\と、金稼ぎを忘れてはいけない。

 市民が不安がってるのに金稼ぎとか最低と考えていた事もあるし、今でも思う時はあるが、ボーダーにおいて、『金稼ぎ』=『市民の安全』に繋がる事が多い事も確かである。

 トリオン兵を倒さないなら市民にも危険が及ぶ。なら倒した方がいい。つまり、金を稼いだ方が良いに決まっている。

 主目的がどっちかと言われたらどちらとでも答えられるのだ。上辺だけで言うなら市民の安全のためだ。クラスメート相手でも、近所の人にでもだ。嘘ではない。でも個人的な気持ちとしては金稼ぎの面もしっかりと根付いている。

 うん、やっぱり両方だ。平和維持と実益を兼ねたモノだ。母親にこの前この悩みというか、相談をしたところ『ネコに小判ね』と言われて笑われたが、流石は親とでも言うのか。『それが普通だよ』と言ってくれた。

 大人の階段登る。ネコはまだネコのままさ。つまり、別に大人の汚さに染まったわけではないらしい。『まぁ、お金に執着し過ぎな気もするけど……』とも言われたが……。

 

 でも……だって……自分に出来る事が見つかったんだ。今ではやりたい事になってきてるんだ。一人だけの隊だけど、仲良くしてくれる人たちが沢山いるんだ。

 

 

 

 さて、本部に辿り着いた。俺は何故か開発室に呼ばれているらしいので行ってみることにするが、出迎えてくれたのは今さっき暇になったという諏訪隊のオペレーターおサノ先輩だった。最新情報によると、敵は角つきの人型が出てきたらしい。報告を合わせると黒トリガー持ちは最低でも2人は確認されているとの事。きびしーなー。でも未来が視えるエリートが慌ててない以上はまだまだ大丈夫だ。こっちはこっちで出来る事をやろう。

 おサノ先輩はこの後から俺のオペレートをしてくれるらしい。おサノ先輩が暇になったと言うのは、堤さんと日佐人は一時的に本部に退避してきており、隊長の諏訪さんがトリオンキューブになってしまっているからだった。

 

「―――なるほど、じゃあよろしくお願いします。……あの、諏訪さんは大丈夫なんですか?」

「んー、トリオンキューブになって帰って来たけど、諏訪さんの反応が出続けてて、開発室で調べてるらしいんだよねー……残ってる二人も落ち込み気味だし……」

 

 おサノ先輩の口調はいつも通りだけど、どこか大人し気というかおサノ先輩も落ち込んでいる様な感じである。まぁ『これが諏訪さんです』なんてキューブで帰ってきたら色々と考えてしまうだろう。そりゃあ最悪の結果まで。

 

「ネコ君には開発室に行ってもらって、その後に少しだけ休憩してもらって、北の方を見てもらうって話なんだけど、今の内に回線(チャンネル)合わせしとこうか」

「はい―――じゃあ、開発室行ってきます」

 

「あぁ、そうだ。これあげる。いつも飲んでるもんね」

「あ、どうもです」

 

 冷たいココアを貰ったぞ! ホットも良いけど、動き回ったりした後は冷たいのも良いよねー。……開発室で飲んでも大丈夫だろうか?

 

 俺は開発室を覗いてみる。そこにはチーフ技術者(エンジニア)寺島(てらしま) 雷蔵(らいぞう)さんもいるが、テーブルの上にあるトリオンキューブを囲んでパソコン弄ったり相談してる姿があるだけで、諏訪さんはキューブのままだった。……って、あれ? 別のテーブルにキューブが2つある。

 

「あのー……呼ばれて来たんですけどー、ココアOKですかね?」

「あー来てくれたかネコ。こっち座って、ココアは……飲みながらでもいいか」

 

 雷蔵さんに言われるがままに椅子に座ると、パソコンから変な機材に繋がり伸びるケーブルが技術スタッフさんによって俺の横に用意される。ケーブルの先にはトリガーホルダーが用意されていてそれを握れとのこと。

 片手でココアを、片手で言われたトリガーホルダーを握ると次の指示が来た。目の前には2つのトリオンキューブが用意されていた。

 

「こっちのトリオンキューブを見てくれ、何か分かるか?」

「え……んーただのトリオンキューブですかね? アステロイドとか何も設定してないやつ?」

 

「どうしてそう思った?」

「え、何となくですけど、あと、皆さんが向けて来る視線に何となく違和感を感じてるんですけどなんですかね?」

 

「悪いけど少し我慢してくれ、じゃあ諏訪はこっちって事で良いか?」

「え、諏訪さんのキューブはあっちのテーブルの奴ですよね? あ、もしかして、それを隠してたんですか?」

 

 いきなり違和感が散ったので隠していたのかと判断した。質問する雷蔵さん以外のスタッフさんが驚きの声を上げる。なんだろう? トリオンキューブを7つ集めると願いが叶って諏訪さんが復活するのだろうか? 『残りのドラゴ……キューブは後5つ、急げぇ~迅~』とか触覚の生えた界○様みたいな人が言ってるのだろうか?

 

「試して悪いな。そのサイドエフェクトが使えるかも知れないって室長が言うから呼んだんだ」

「鬼怒田さんが?」

 

 何で知ってるんだろう? いや、ザックリとした能力の検討はつくのか? 『騙し』とは気付かないまでも、トリオンに作用させるサイドエフェクトってところまでは気付いてるのかもしれない。

 というか、雷蔵さんの質問にも誤魔化す事無く答えてしまった。これはこれで問題だ。嘘を吐けるようにならなくては……いや、嘘吐きになる必要はないか。利用されない人間になればいいのだ。……い、今は利用されてるんじゃないし良いよな? 手伝っているだけだ。人助けである。

 握らされているトリガーホルダーは諏訪さんのキューブに影響を与えるらしいが、失敗はしないらしい。正しい解き方をしないと傷も付かないというところまでは分かっている状況らしい。拉致する技術も凄いもんなんだなと感心してしまう。

 

 トリガーホルダーからキューブへと送られる情報はデータとしても蓄積され、他のキューブ化されてしまっている隊員にも役立てられるらしい。

 俺は諏訪さんのトリオンキューブを見つめる。どう解けば正解か? そう考えるのは技術者側である。俺はサイドエフェクトを使ってイメージするだけである。戻れ戻れと念じるだけだ。

 

「キューブが人型に実体化していきます!!」

「―――成功か。ログは取れたな?」

「はいっ! 他のキューブ化した隊員にも転用できます!」

「こちら開発室。隊員キューブ化の解除に成功しました。解除された諏訪隊員は現在意識を失っていますが、問題はなさそうです」

 

 気を失っている諏訪さんがトリオン体のまま実体化し、それを脇のベッドに運ぶと、雷蔵さんから感謝の言葉を貰う。

 

「助かったよネコ。こっちだけでも出来ただろうけど、時間短縮になった」

「いえいえ、なーんか少し疲れましたけどねー。あ、今のところのログって見れますかね?」

「じゃあ、これどうぞ」

 

 俺は女性スタッフさんからタブレット端末を貸してもらい各地のログデータを確認し始めた。

 ―――嵐山隊から木虎だけ離れ三雲君と共にC級のフォローに回ったが、新型のラービットを1体倒したものの、後から送り込まれてきた複数体の前に木虎が捕獲される。そこには玉狛の木崎さん達が向かい対応中。徐々に基地へと退避しているようだ。

 ―――各地域で人型の角つきネイバーの登場があり、風間さんがベイルアウト。風間隊は一度退避しているようだ。風間さんはこの戦いからは脱落って事か。相手は黒トリガーで液体化する能力に見えるがそれだけではなさそうだと風間さんも報告を上げているようだ。

 ―――東さんたちは空を飛ぶ人型と交戦中。米屋先輩・出水先輩・緑川の3人が合流したようだ。他にも荒船隊などのB級隊員も合同で当たっているようだ。

 ―――太刀川さんが本部から少しずつ離れ始め、新型を対応中。黒トリガーと戦いたい顔してるな。本当に戦闘バカである。

 

 その他の地域でも奮戦しているようだが、ベイルアウトしている隊員もいるし、捕獲されている隊員もいるようだ。人型のネイバーが4人か……。まだいるだろうなー……と、ログを見終わると諏訪隊の堤さんと日佐人が駆け込んできた。

 

「諏訪さんが戻ったって本当ですか!?」

「お、堤さんに日佐人だ。お疲れーっす」

「ネコがどうして!?」

『ネコ君がキューブ化解除に一役買ってるんだってさ』

 

「あっ諏訪さん寝てる!?」

「気絶してるからもう少し待ってくれ、そろそろ目が覚めるんじゃないかな」

「よかった……あれ? 何か諏訪さんからココアの匂いがする!?」

『え!? 何それ私も嗅ぎたい!』

 

「へぇ、ココア飲みながら治すと匂いも付くのか」

「あーごめんなさい。でも和むから良いですかね?」

 

 寺島さんが冷静にそう分析するが、俺は謝る事しかできなかった。まぁ、タバコの臭いよりは良いだろう。

 

 さて、ココア成分も入ったし、今ならヤル気も満ちている。楽なとこに行きたいが、それは叶わないだろう。それは仕方ないと理解している。俺も太刀川さんと同じ様に新型を相手したいな。倒し方が分かっていると楽だ。

 

<侵入警報! 侵入警報!>

 

 基地内全体に響き渡る警報と基地内放送。

 

「侵入警報? 初めて聞いたな……侵入者ってことか」

『音無! 今は開発室か!?』

 

「あ、忍田さんですか? はいそうですけど?」

『お前が一番近い! 時間稼ぎを頼む! 諏訪隊も連携してくれ!』

 

 えー……。時間稼ぎって、倒せない相手って事か?

 

「「了解!」」

「んぁ? ……ここは? 何だこの甘ったるい匂いは……?」

『あ、諏訪さん起きた。今の諏訪さんはココアの匂いがするんだってさ~』

 

「何でだよ!?」

『はいはい侵入者の対応だよー』

 

 日佐人と堤さんが俺に視線を向けてくる。俺の所為だけど俺を見ないでくれ! でもさ、おサノ先輩も口調はいつもどおりになり、日佐人も堤さんも表情が和らいでいる。これも諏訪ココアのおかげだろう。

 俺は忍田さんの指示に従い、目覚めた諏訪さんに説明しながら動き出す諏訪隊と共に侵入者らしきMAPに表示された赤い点を目指して走るのだった。

 

 




感想、評価、誤字脱字の報告、意見や質問など、胃に優しく溶けて早く効くものを随時受け付けております。

◆安心してください。ネコ耳フード外してますよ。
次回か次々回辺りで被る事になると思いますが……今はここまで。大規模侵攻を次回で終わらせられるか、次々回まで行くかで変わります。

◇『ネコ君』と『にゃんこ』
大体の人は主人公のことをネコ君と呼びますが。国近柚宇さんは両方で呼びます。彼女なりの使い分けがあるようです。

◆ネコクラスター
クラスター爆弾の様に、対象の上空でキューブが分割されて飛来するメテオラ。最初からメテオラ放出よりも相手の虚を突く攻撃方法です。貫通力も多少あるため、アステロイド成分も配合しています。尚、作り手のネコは合成弾だと気付いてない模様。

◇さらっと追加でラービットを倒すネコ。
合わせてラービットを5体倒して単独トップの成績ですね。内部はズタズタなので研究材料としては使えないでしょうけど。他の人が綺麗に倒してくれる事でしょう。

◆ネコに小判。
『猫に小判』ではなく『ネコに小判』なので、諺とは違い、ちゃんとお金の価値は分かってます。お金に執着しがちですが、市民の安全の事や仲間の事をちゃんと考えてます。ある意味、様々なストレス等の気の紛らわせ方としても金稼ぎは良い働きをしているかもしれません。

◇ココア香る諏訪さん。
絶対に飲食禁止の場だと思うんですけどね~。まぁネコですから。
あ、別に『諏訪ココア太郎』なんて呼ばれませんと思いますですはい。


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24 ネコが飲んだココアが……

お気に入り件数がまた一気に伸びました。本当にありがとうございます。
現在のお気に入り件数は650件。評価頂けた方にも感謝を。




『―――敵が通信室に向かっている阻止しろ!』

「了解! 行かせるかよ!」

 

 ココアの匂いを漂わせながら走る諏訪さんが忍田さんの通信に口を開く。実に癒しの香りである。

 

 ―――技術者(エンジニア)や通信室で働いているサポートスタッフは、そのほとんどが正隊員になれなかったトリオン能力の人達だと聞いた事がある。単純に年齢をある程度超えるとトリオン能力は低下していくが、そういった人だけではない。若くても元々トリオン能力が低い人たちなんだ。

 過去のネイバーの侵攻によって家族や友人を失った人たちも、怨恨の念からボーダーに入っている人も少なくないが、全員が戦闘員になれるわけでもなく、そこにはトリオン能力の壁がある。

 それでも、どういった形であれネイバーに復讐を、戦う者にこの想いを、そう願い働く人もいる。

 ボーダーに入る最低ラインの条件の一つとしてトリガーが起動できるトリオン能力を持っている事というのがある。スカウトとは別枠になるらしいが、これは別に直接戦える必要はない。サポートスタッフとしてでもボーダーは受け入れの間口がある。

 

 俺は侵入者を捉えるカメラ映像を送ってもらいながら廊下を走っていた。映像に映るのは片方の目が真っ黒で、黒髪パッツンロングの黒い角つきだった。つまり―――。

 

「風間さんを倒した黒トリガー……はぁ、時間稼げるかなぁ」

「黒トリガー相手に本気かネコ……?」

「―――速攻で倒せるってか? 部隊章(エンブレム)持ちは余裕だな」

「弱腰にならないで行けるのがネコ君のいいところですよ諏訪さん」

 

 おいおい勘違いすんじゃないよ。時間稼ぎすら出来ない気がするし、勝てる気がしないから言ったんじゃないか。人の話はちゃんと聞きなさいよ。

 正直自信がない。黒トリガーは量産できる代物ではなく、命を懸けて創り出す最強のトリガーだ。俺がこれまでのボーダー生活の中で確認した事のある黒トリガーは、迅さんの使ってた風刃だけだ。ログデータからこの黒髪パッツンが使ってた液体化も見たけど、その能力はボーダー隊員の持つトリガーとは明らかに掛け離れた異質さを感じさせる。風刃も使ってはみたけど、ボーダー寄りのトリガーな気がする。弧月っぽいからだろうか?

 

『対象が通信室の裏側まで来てるよ。あっ―――』

 

 おサノ先輩の通信の直後、破壊音がした。この角を曲がれば通信室の入り口のドアなのだが、黒髪パッツンが壁を破壊して先に通信室に入ってしまった様だ。間に合わないと判断し、俺は壁をスコーピオンで斬り裂いた。そこにはデータで見ていた人型ネイバーがいた。

 

「おーおー、ウヨウヨいるじゃねーか。能無しのネズミどもが。戦える雑魚が増えたみてーだが1匹だけか、少しは楽しめるんだろうな? チビ」

 

 間違いないログデータ通りの黒い角に片目真っ黒、黒髪パッツンロングの奴だ。性格も悪そうである。つか、1匹? こっちには諏訪隊が……あれおらん。諏訪隊おる? ……に、逃げたのか!? 俺も連れて行けよ!! 一人で黒トリガー相手にするとか魔王への生贄レベルだろ! あっ今更気付いたけどココアの匂いもしない!!

 

 と、とりあえず通信室のスタッフさんに被害は……。怪我人がいる。黒髪パッツンの壁破壊の攻撃に巻き込まれたのか、瓦礫に埋もれている人がいる。

 ……おい……ふざけんな。勝手に襲ってきて、戦う力のない人に危害加えてんじゃねーよっ!!

 

 俺はアステロイドを放つ。しかし、怒りに任せ放ったアステロイドは曲がる事無く真っ直ぐに相手目掛けて進むだけだった。その上、相手は俺のことを舐めているのか避けずに容易くヒットした。ログデータ通りの液体化でトリオン体が歪んだだけでダメージもなさそうだった。

 

「けっ、さっきの連中にはイライラしたが、やっぱ雑魚だな玄界(ミデン)の猿は」

「みでん? 専門用語使ってんじゃねーよパッツン! こっち来いおりゃー!」

 

「あぁ!? わけ分かんねーこと言ってんじゃねーぞチビ猿!!」

 

 や、やんのかーおらぁー。全力は止めてくださいおらぁー。……しかし困ったな、取り敢えず通信室からは離れられたけど、供給機関破壊どころか別箇所の裂傷なども起こらなかったぞ。あー駄目だ。怒りに任せては駄目だ。落ち着け、イメージだ。大事なのは内部裂傷のイメージだ。供給機関を一撃で破壊するイメージだ。

 

『―――音無、そいつのトリガーは液体化以外にも能力がありそうだ。お前なら大丈夫だろうが、気に留めておけ』

 

 俺なら大丈夫ってなんだよ? だいじょばないよ。

 先にベイルアウトしている風間さんからの通信を聞いて俺は考える。液体化以外か。そうなんだよなぁ。違和感はあるんだよ。隠し事がある的な感覚は伝わってくる。多分俺が『液体化』という情報しかないから『それ以外にあるぞ』とサイドエフェクトが教えてくれているのかもしれないが、強烈な感覚ではない。ってことは液体化に近いことなのか、液体の延長線上の能力だという事かも知れない。多分。そんな気がする。だってそう考えたらモヤっとした感覚が少しだけ晴れたもん。

 

「(風間さん、能力に何か思い当たります?)」

『情報が少ない今はまだ何とも言えんな。だが、それを知るために諏訪隊がいるだろう』

 

 それが逃げたんだよ、あの人達ぃ~って答えようとした瞬間。通路の角、敵の背後からバッグワームを解除してショットガントリガーをローアングルより構える諏訪さんが現れた。疑ってごめんなさい。作戦だったのね。心配だから言ってから行動して欲しい。

 

「―――こっちだぜミスター黒トリガー!!」

 

 でたー諏訪さんの『ミスター』発言ー。あれは精神的にダメージが……あ、イラついた顔してるだけだ。逃げてー諏訪さーん。

 諏訪さんの持つ散弾銃(ショットガン)から放たれた散弾は相手に当たると、俺の時と同様にスライムが歪んだように変質した。まるでターミ○ーター2の液体金属さん(T-1000)みたいである。直後にイラつきの表れか敵の黒い斬撃が諏訪さんを襲うが、何とか回避したようだ。

 

「更に出てきたな雑魚が」

「あっぶねー。しっかしこいつ全然効いてねーっぽいぞ! これマジで急所とかあんのか!?」

『ある。トリオン体である以上、伝達脳と供給機関は必ずある』

『諏訪さん! 訓練室へ誘導しますよ!!』

 

 堤さんも現れ、接近しすぎな十字砲火を浴びせるが、やはり効果はなさそうである。そして、少しずつ通信室を離れていきつつ風間さんの通信は続く。

 

『―――常に体内を移動させて的を絞らせないようにしてるだけだ。端から端まで虱潰しにいけ。お前たちのトリガーはそれに適している』

『さすがA級、簡単に言ってくれるぜ!』

「(あー忍田さん。今の内に通信室へ救護班をお願いします。怪我人は3名。内、意識不明は1名)」

『分かった向かわせよう』

 

 情報が交錯しつつも敵を誘導するように廊下の床や壁に被害を出しながら進む。何となく勝てる気がしないのは相手が黒トリガーだからだろうか? 勝つイメージが固まらない。何度かアステロイドを当てるが、別箇所の裂傷は起きる様になっても供給機関破壊までには至らない。

 ……諏訪隊で引き付けてくれている内に今の駄目なところを考えよう。あー……相手が強そうな黒トリガー、鬼みたいな角を持って怖い、通信の情報量が多すぎて集中できない。ってところか? 相手が怖いという恐怖心に煩くて集中できないか……。一つずつ解消しよう。まずは……。

 

「(あのー、俺だけでもいいんで、5分ぐらい通信カットさせてもらっていいですか?)」

『えー……。どうなんでしょう?』

『……いいだろう』

『忍田本部長!? 通信を切ってもし何かあったら……!!』

『音無の通信をカットするだとぉ!?』

 

 おサノ先輩が忍田さんとかに聞くと5分だけならOKらしい。根付さんや鬼怒田さんの声も聞こえた気がするが、すぐさま音声はカットされ、離れた場所から聞こえてくる戦闘音だけになっていた。あー集中できるわー。

 諏訪隊から堤さんが離れ、諏訪さんと日佐人を追って敵は見えなくなるが、どうやら訓練室へ入ったようだ。堤さんは管制室だろう。ふむ、仮想戦闘モードにすれば時間が稼げるだろう。さ、俺は今の内に気持ちのリセットだ。ちょっと座ろう。

 

 さて、風間さんからの情報としては液体化だろうが、液体化以外に能力があろうが、トリオン体である以上、伝達脳と供給機関は存在する。ならば俺のサイドエフェクトは通用するはずだ。サイドエフェクトを無効化するサイドエフェクトとかなら別問題だけど、俺の攻撃が当たって、別箇所の裂傷が起きたのはサイドエフェクトが効いているという証拠だ。

 で、あるならば後はイメージの問題だ。敵が怖そうであっても、黒トリガーであっても、その辺は黒髪パッツンキャラとして認識してしまえば怖くもない。前髪パッツンスライム……ぶふふ……。桜子ちゃんの笑いも真似しつつ気持ちをプラスに持っていく。

 俺はトリオンキューブを作り出す。それにある(・・)イメージを与えるが、それは失敗に終わった。なるほど、同質の液体を再現できないか……。流石は見た事しかない黒トリガーと言ったところだろうか。ま、無理なら仕方ないんだ。

 それならそれで、いつも通りの手数で勝負だ。失敗に繋がるから過信してはいけない。でも自信は持つ。相手は前髪パッツンスライム、怖くない。イメージは……ネコ拳8000を素早く展開させる感じで……弾数を少なく、でも確実に当てるように……。

 

「……うっし……行くぞ」

 

 

 

 俺は管制室に入った。

 

「ネコ君、今諏訪さんたちが抑えてる! 敵は供給機関を硬質化させているようだが、大量のダミーを作る事もたった今分かった!」

偽装(ダミー)ですか……堤さん俺が入ったら仮想モードのカットをお願いします」

 

「え!?」

「すぐに片付けます。通信カットが解除される前に終わらせますから……あと1分」

 

 すぐに俺は訓練室へ入り、仮想モードの解除を確認した。諏訪さんの片腕が落とされていたようだ。

 

「ネコ!? 何で部屋を解除した!?」

「あぁ? てめぇは逃げたんじゃなかったのか? チビ猿」

「うっさいパッツンスライム! これでも喰らえ!」

 

 ダミーなんて全て無視しろと、4×4×4で64発のアステロイドを放ち曲げる。いや、曲げると言うよりも回す。トルネードの様に敵の周囲を回りながら徐々に狭まっていき、敵は64発のアステロイドの竜巻に触れる。名前はネコ拳64(ねこぱんちロクヨン)だ。

 

「あ? 何だこりゃ? ……ガっ!? くそがっ!!」

「え、まだ動け……えっ!?」

 

 俺は、内部の供給機関に直撃しなかった事への驚きと同時に、違和感の正体が発覚して更に驚いた。―――ココアの香りだ。諏訪さんからしていたはずのココアの香りが敵からも漏れていると気付いたのだ。

 

 これは俺の勝手な想像だが、諏訪さんの腕を斬ったのは何度か見ている液状化を一時的に硬くしているブレードだろう。それがココアの匂いのしたトリオン粒子を少しだけ拭い、敵の能力としてトリオン体に全て戻った。

 で、たった今だ。敵のトリオンから微かにココアの香りがした気がした。しかも、何となくの感覚で言うならばその元が供給機関から匂いがしている気がする。さっきのネコ拳64も供給機関破壊にはならなかったが、感触的には掠ったのかもしれない。それで匂いが漏れ出て俺はこんな奇妙な面白感覚に陥っているのだ。

 そして、もう一つ、液体化以外の能力。それは気体化も出来るって事だ。ココアの匂いを運んだのはそれだろう。じゃ無きゃログで見た風間さんが内部から刺されたのも、俺が現在進行形で内部から刺されているのも説明できない。ブレードの様にでかい奴じゃなくて、針みたいなレベルの攻撃の所為かトリオンの噴出もないからベイルアウトの心配はなさそうである。この針みたいになる前、体内に気体が入る瞬間に俺のサイドエフェクトが『あ、気体系のトリオンが入って来ました。これから中から攻撃されます』的な感じを醸し出したのだ。

 

「てめぇ……何しやがった……何笑ってやがる!!」

「いやぁ、パッツンスライムからココアの匂いがするから面白くてぇ」

 

「あ゛ぁ゛っ!? 何わけ分かんねーこと言ってやがんだ!!」

『ザザッ―――音無5分だ』

「(ありがとうございました。もう終わります。敵の能力は液体化と気体化も出来るみたいです)」

 

 俺は敵の硬質化したブレードを回避しつつ、更に追加でネコ拳8000を作り出し先程のトルネードの様に放つ。流石に体内を動き続ける供給機関でも8000発の内部破壊を回避させる事は出来なかったようで、前髪パッツンはトリオン体を解除して倒れた。

 

「……チビ猿が……!!!」

「ん?」

 

 パッツンの手首にあるアクセサリーから嫌な感じがした。直後に大人一人通れるぐらいの丸い輪っかの空間が出来て、黒い角つきの女の人が現れた。やっぱまだいたか。しかも黒トリガーかよ……。……でも可愛い。これって不思議ミステリー。

 

「まだいんのかよ!」

「人型ネイバー!!」

「空間操作のトリガー……!?」

「回収に来たわエネドラ。派手にやられたようね」

「チッ……! おせえんだよ!」

 

 パッツンは『エネドラ』って名前なのか。でも、女の人から違和感が凶悪なレベルで漏れて来ている。何これ……今まで感じた事のない気持ち悪さのレベルだ。嘘とかかわいいもんじゃない。もっと凶悪な裏がある感じだ。

 

 エネドラは女の人に差し伸べられた手を取ろうと腕を伸ばす。

 

「あら、ごめんなさい―――」

 

 その女の人の言葉と同時に、エネドラの腕は別の空間から伸びた黒い刃で斬り落とされた。

 

「あ!?」

「!!」

「なっ……!?」

「―――回収が命令されたのは黒トリガーだけなの」

 

 諏訪隊も俺も、敵であるエネドラも驚く中、女の人は冷静に淡々とエネドラに伝える。目の色が片方だけ黒いのは命が長くないからとのこと。その角が脳にまで根付いたことで、暴言、独断行動、命令違反が酷くなり、組織の仲間としてはもうやっていけないという事らしい。

 黒トリガーの名称は『ボルボロス』。それを『ミラ』と呼ばれた女性は回収し、諦めず怒り狂うエネドラを空間から串刺しの刃を出し、エネドラを始末した。

 今なら落とせるか? 俺はとアステロイドを数発放つが、別の小さい空間に吸い込まれて行ってしまった。

 

「あなたの事は警戒していたわ……危険な子。返すわね」

「マジかー……そういう使い方もあるのかー……」

「ちぃっ! 厄介なトリガーばかりだな!!」

 

 空間に消えた俺のアステロイドは俺の背後に出来た空間から俺に向けて出て来た。勿論進行方向なので避けられなければ当たるのは俺だ。それを庇ってくれたのが諏訪さんだった。

 

「これぐらいしか出来無くて悪いなぁ……ネコ」

「諏訪さ……!! スミマセン!!」

『気にしなくていいよー。諏訪さんもネコ君に助けられたんだしこれで貸し借り無しって事でー』

 

『こらおサノ! 俺に言わせろよ!?』

『え、諏訪さんからココアの匂いしないんだけど?』

『トリオン体だったからじゃない?』

 

 ベイルアウトした諏訪さんはすぐに通信に割って入って来た。まぁおサノ先輩の言った通りの気持ちらしい。おサノ先輩も堤さんもいつも通りの空気を出し、日佐人も笑っている。

 そこからは追撃無用とのことで、忍田さんに抑える様に言われた。

 そして、空間操作のトリガーの女の人は去って行った。

 

 さっきの気持ち悪さは殺そうとする悪意か……。仲間を助けに来たと俺も思ったから違和感を感じたんだな……。

 エネドラだけの死体だけが残った訓練室からは敵の気配は消えたが、様々な想いが残された。

 

『しかし……仲間を殺りやがるとはな……』

『救護班を向かわせる。風間隊はいるな?』

「はい」

「はーい」

 

 うってぃーときくっちーだ。いたの? そう言えばさっき声がした気がする。何で見えなかっ……あ、カメレオンか、レーダー見てなかったわ。通信のやり取りで諏訪隊は風間隊の存在を知ってたらしい。通信カットしてるとこういう事もあるな。

 

『ちょっと待ってください本部長! そいつもう死んでますよ!?』

『かまわん。こいつの角は未知のトリガー技術(テクノロジー)だ。分析できれば次への備えになる。風間隊は所持品を調べろ。今の女が黒トリガーだったとしても無制限の空間移動はできないはずだ。ワープ座標を決めるための発信機(ビーコン)が必ずある』

「あ、うってぃー、発信器っぽいのなら多分手首のアクセサリーだよ」

「マジか。了解」

「うえーやだなあ。血キライなのに……」

 

 好きな奴なんて普通はいないでしょ。でも遠征組は手慣れてるなーと思う。もし仮に俺も遠征とか行く事になるとしたらあーいう事もしなくちゃいけないのだろうか?

 

「発信器らしきアクセサリーを発見」

 

 あんな冷静に出来ないなー。まぁ遠征になんて行かないけどねー。親に心配をかけ過ぎだ。今回の大規模侵攻でもし既にテレビ報道がされているなら、今頃携帯の着信などはどうなってしまっている事やら。電話くれてたとしたらごめんよ母さん。

 

『音無、通信カットは正直迷ったが、よくやった』

「ありがとうございます」

 

 褒め言葉よりも戦功とかいうボーナスが欲しい。まぁ口に出して言えないが……。

 

「本部長、風間隊も結構やったんでボーナス下さい」

「言った!?」

 

 きくっちーが俺の言えない事をすんなりと言った。なんだボーダーって言いたい事言っていい組織なのか!? お、俺にもボーナスを~……。や、やっぱ言えねー……。

 

 俺は基地内に問題がないことを知らされ、今度は再び外に出される事になった。少し時間が掛かるらしいが、冬島さんの転移トラップを使わせてもらい、基地の外に出る事になっている。どこに転送させるかも城戸司令が考えてるらしい。

 

 俺はさっきのミラって女の人の言葉を思い出しながらベンチに座って足をブラブラさせていた。

『あなたの事は警戒していたわ……危険な子―――』だって? 何だよそれ? 警戒してた? いつから? 初見でしょうが。トリオン兵から情報でも行ってるのか? 迅さんの最初視られた時の攫われるって未来に関係してたりするのか? するかもしれないけど、もうそんな未来は狂ってるだろう。それならやっぱトリオン兵からの情報収集か。やめろよー? マジで攫われでもしたら親に会わせる顔すら用意する事も出来ない。書き置きすら何もしてないのだ。

 俺は恐怖に近い不安感を反芻し、色々な事をふざけながら考えることで何とか誤魔化していた。勿論、誤魔化しきれない恐怖は蝕む様に纏わりついていた。

 

 

 

 エネドラの侵入によって通信室が一時業務中断に陥ったが、すぐに復旧し立て直しを図ったようだ。三雲君ととりまるがC級隊員を連れて本部に向かっていたそうだが、そこら辺はどうなっているんだろう? タイミング的にエネドラが侵入してきた頃だろうから通信室の業務が停止してた頃ではないか?

 俺は現在の状況をうさみん先輩から仕入れていた。

 

 ―――空飛ぶトリガー使いは、弾バカ(よねやん先輩がそう呼んでた)先輩の誘導でよねやん先輩が最後突き刺したのだとか。東さんや荒船先輩などのスナイパーにシューター、ガンナーが総勢で連携したらしい。戦いの基本は数であるってか? そして、ミラという空間操作系のトリガー使いらしき女の人は空飛ぶトリガー使いを『ランバネイン』と呼んだらしい。

 

 ―――とりまると三雲君が人型ネイバー2人を相手にしているところに遊真と迅さんが合流した。レイジさんはベイルアウト。小南先輩はトリオン兵の対応に追われているらしいが、徐々に押し戻してるらしい。ちなみに人型ネイバーはお爺さんの方が『ヴィザ』若い方が『ヒュース』と呼び合っていたという情報がある。

 

「―――じゃあネイバーは千佳ちゃんのトリオンに目を付けた?」

『そうみたいなんだけど、取り敢えず千佳ちゃんはギリギリで開いた連絡通路にC級の子達と一緒に入ったからひと安心。本部の侵入警報のあった黒トリガーは何とかなったって聞いたけどネコ君は知ってる?』

 

「あ、それ諏訪さんたちと連携して俺が倒しました」

『お、偉い! 強い! 流石は玉狛のブラックキャット!』

 

「え、玉狛入ってないですしー」

『えー入ろうよー。楽しいよー。あ……ちょっと危ないのが来たかも……』

 

 ―――少しばかり収束しつつある気がしていた大規模侵攻の中をこのタイミングでもう一人の黒い角が現れたらしい。特徴としては魚や鳥を模したトリオンの弾をかなりの量を飛ばして来るらしい。緑川がそれでベイルアウトしたのだとか。その弾は威力があるのだろうか? 生き物の弾って事は動くのだろうか? よく分からん。

 

「とりあえず了解です情報ありがとうございます。千佳ちゃん狙いって事は、また基地に侵入してくる可能性もあるって事ですよね」

 

 エネドラとミラって女の人のやり取りを見る限りだと、エネドラの独断専行だった気がするのでそれはなさそうだけど、まぁ絶対じゃないし警戒するに越したことはないだろう。

 後は被害状況だ。警戒区域の外。つまり普通に人が暮らしている生活圏内への被害が酷いらしい。今のところ市民に死傷者は確認されてないらしいが……。

 

『―――準備完了だ。待たせたなネコ助』

「……ふぅ……お願いしまっす」

 

 俺は冬島さんからの通信を一呼吸置いてから応答し、続いて入ってくる城戸司令からの通信で現在の戦況と俺の行動内容を確認しながら再び基地外へ出た。

 

 

 




感想、評価、質問、意見、誤字脱字報告、意見などよろしくお願いします。


◆勘違い作品って面白いですよね。
って事で、無理矢理ネコの発言を『黒トリガー?余裕でしょ?』という風に捉え違えた諏訪隊を書いてみた。特に意味はないので引き続きココアをお楽しみください。

◇黒髪パッツンロングスライム!
物語上、エネドラって名前が分かるまでしばらくの間、書くのが面倒でした。パッツンパッツンって煩いな! 敵が最初から名乗るシーンを作ると楽ですねー……。
「俺は黒トリガーのエネドラだ! ミデンの猿ども○すぞ!」……駄目だ。これはこれでかませ犬過ぎる。

◆エネドラ=T-1000
原作だと『エネドラッド』になってから雷蔵さんと『あの映画』見てましたよね。口と性格の悪いペットだけど、映画見てるときは大人しそうなところが面白い。

◇ネコのエネドラ対策。
最初はいつもの様にイメージがしっかり出来ていませんでした。その後は通信カットして先ずはトリオンキューブをエネドラと同質の液体に出来るか試しましたが失敗。これは以前、風刃を使いこなせなかった事と同じく、『対象が黒トリガー』だという事に関係しています。結局は原作の忍田さんと同様にダミーすらも全て破壊しちゃえばいいんでしょ? という数の暴力ネコぱんちで対処しました。設定はダミー無視として書きましたけどね。

それと、前回までの感想欄で『ネコならエネドラ戦が楽そうだ』というお言葉を結構多めに頂きまして、作者の負けず嫌いが発動し、太刀川さんも迅さんに言ってたように私も『読者様の予知を覆したくなりました』
その結果として、原作とは違い通信室がほぼ無事で、忍田さんの出撃が無く、C級隊員たちは連絡通路を通り避難しました。千佳ちゃんセーフ。

◆微かにココアの香るエネドラ。
諏訪さんの腕を斬った事による液体伝染。私は供給機関をトリオン体の心臓のようなモノとして捉えており、ココアの香りつきトリオンも供給機関に一度運ばれたと無理矢理解釈しました。サブタイの通り、『ネコの飲んだココアが……こんなにも設定を引き伸ばすとは』って感じです

◇警戒されていたネコ。
ミラの言う『警戒していた』『危険な子』発言により、ネコが不安感を煽られております。でも何とか無理矢理楽しい事などを考えて気持ちのバランスを取ろうとするが、内面としては落ち着ききれてません。だって、空いてる時間なのにココア飲んでませんもん。この時ココアを飲んでいれば……あぁ、でもエネドラと戦う前に飲んでるし……。ココアの用法容量を正しくお飲みください。

ネコ拳64(ねこぱんちロクヨン)
64のコントローラーの真ん中に『3Dスティック』ってあったじゃないですか。アレをぐりぐり回す感じにするとアステロイドが回ってトルネードになります。(イメージの話ですからね?)


◇原作との大きな違いまとめ◇
●エネドラ戦での忍田さん出撃なし。
●諏訪さんベイルアウト。
●通信室などの非戦闘員の死者が出てない。
●千佳ちゃん達C級隊員がほぼ逃げる事に成功。



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25 吹っ飛ばされるネコ

お気に入り登録して頂いた方、本当にありがとうございます。お気に入り700件突破です。



 あー頭が痛い……気がする。トリオン体だとトリオンによる攻撃以外はほとんど効かないと思っていたけど、頭痛はするようだ。いや、頭痛じゃないのか? コレの原因は知らないが、なーんか頭痛い……気がする。なんだろこの感覚は? 頭が痛いと断言できるほど明確に分からないのだが、頭が痛い時と同じ感覚、でも直接的に頭が痛いというわけではない気持ち悪い感覚だ。ん? 感覚? だとしたらサイドエフェクト関連だろうか? 感覚的なことだとサイドエフェクトによるモノが多いのがここ最近で分かってきた。まぁ、今のところ支障はないから問題ないだろう。

 

 その外にも疑問に思うことがある。忍田さんからの通信が無くなったのだ。思い返せばエネドラを倒した後からだろうか? 現在俺は城戸司令の指示の下、C級隊員の人たちが入ったとされる連絡通路近くに転送された。

 

『音無君、帽子(フード)を被りたまえ』

「はひぃ……」

 

 俺は城戸司令に言われるがままにフードを被る。ご覧の有様である。「ネコが猫耳帽子被ってるぞー!」なんて言われたくないのですが……。城戸司令は『いいだろう』とか言って満足そうにしてるの。わけが分からないよ。

 

『―――今空いているオペレーターを確認している。それまでの間……近くに二宮がいるはずだ。合流するといい』

「二宮? あ、そこのスーツの人~避難指示が出てるはずなんですけ……ど?」

 

 スーツの人はシューターの様でモールモッドをハウンドで撃ち抜いていた。あ、MAPにも味方として表示されているって事はこの人もボーダー隊員なのか。トリオン体がスーツ姿ってコスプレみたいだな。まぁ似合ってるけど……。

 

『―――そのスーツ姿の男が二宮だ。二宮、部隊(チーム)と合流するまでの間、その子と任に当たりたまえ』

「……了解しました。―――お前は何だ?」

「はじめまして、音無ネコです。トリオン体でスーツってカッコいいですね二宮さん」

 

 俺のリップサービスに二宮さんと言う一見怖そうなお兄さんは少し気を良くしたのか、邪険にする事無く接してくれた。笑顔を浮かべたりはしないが、とりあえず嫌われなかったようだ。ボーダーって無表情な人が割と多いな。

 まぁでも問題はない。『まず相手を褒める事から良好なコミュニケーションは築かれる』最近の読んだ本に書いてあったことだ。嘘は言ってない。スーツはカッコいい。ただ、戦闘する現場にスーツでは『コスプレ』としか見て取れないのですがねー。

 多分、周りからは奇異の目で見られている面があるのではないだろうか? だって戦闘する格好じゃないもん。スタイリッシュすぎるよ二宮さん。

 

「―――アステロイド」

「!?」

 

 横の家を突き破るように現れたモールモッドを二宮さんは冷静にアステロイドで対処した。俺は驚いてしまった。突然現れたモールモッドに対してではない。二宮さんのアステロイドを見て驚いたのだ。

 

「え、今のアステロイドなんですか? 三角形とか角錐とか……」

「……他の連中とキューブの分割の仕方が違うだけだ。慣れた分割方法でやれば良い。それだけだ」

 

 あーなるほど。この人は良くも悪くもあくまでもスタイリッシュなのだ。正方形に分割するだけがシューターの攻撃方法ではない。斜めにカットしてもアステロイドと言う弾丸に変わりはないのである。俺や出水先輩、那須先輩などからすれば正方形に等分化してカットするのが普通なのであって、二宮さんからすれば弾丸の大小が発生しようが、攻撃できる弾丸には変わりないのだ。

 

「こうですかね? アステロイド……お、出来た。あ、てことは好きな形にも出来るのか?」

「っ!? ……音無と言ったな。見覚えのないエンブレムで、どこの隊に所属しているか知らないが、二宮隊(ウチ)に来るなら考えておいてやる」

 

 どこの隊も何もないよー。ネコ隊だよー。個人チー……チームとすら呼べないぼっちチームだよ。戦闘体でスーツを着る気はないからお断りですがね。俺はとりあえず「機会があればよろしくお願いします」と社交辞令を述べておく。

 

 二宮さんがシューターという事もあり、勉強させてもらう気持ちで少し後ろから俺はライトニングを取り出した。……んー、今思ったら、この隊服になってからライトニング使うの初めてだぞ? これは真っ黒なライトニングってだけなのだろうか? 黒猫イメージだとしたらそうだけど、確か銃口に何かしてあるとか開発室で言われた気がする。性能が変わらないって事しか聞いてなかったから気にしてなかったけど。

 

「―――ここまでだな。俺は隊の奴等と合流する」

『はいはーい。こっからは私が引き継ぎますよネコ先輩!』

「おぉ? 桜子ちゃん?」

 

『ってアレ? ネコ先輩、猫耳帽子にエンブレムって……』

「あーその話はまた今度ねー」

 

 戦況と同じ様に俺の周辺人員も次々と変わっていく。単独行動と考えれば当たり前なのかもしれないが、ライトニングを試す事も無く俺は二宮さんと別れた。

 海老名隊は漏れなくベイルアウトしているらしく、桜子ちゃんは暇していたそうだ。それを発見されて俺のオペレートに回った……のではなく、自分からオペレートが必要なところを探していたらしい。凄いな。仕事できる人って感じだね。

 俺は桜子ちゃん指示のルートを辿り、本部から遠ざかったり近付いたりとあちこちを駆け回るのだった。

 しかし、ライトニングは本当に色だけしか違いが分からないな。銃口に何をしたんだろうか? 今度開発室に聞きに行ってみるか。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 ―――時はしばし遡る。

 

 ここは三門市であって三門市では無い場所。この室内にいる者たちは三門市に行こうと思えば行ける位置で三門市の各地の状況を観察している者たちがいた。アフトクラトルというネイバーの国からやって来た者達だ。

 

「―――目標確認。雛鳥の群れです。住民の避難にあたっていた模様」

「なるほど、巣を叩いても出てこないわけだ」

 

「ですが、最初にラービットを撃破したこの子は……」

「攻撃は他の奴らと変わらないレベルのようだったがな」

 

 彼らが『玄界(ミデン)』と呼ぶ三門市には、トリオン体になれる人間には限りがある。また、満足に戦えるものは更に少なくなり、緊急離脱の補助機能を持つトリガーは白服には備わっていない。それが事前の調査で分かっていたことだ。

 それでも、特に異才を放つ存在が、ラービットを初めて撃破した小柄な少年だった。帽子も一緒に付いている様な黒服を着ており、他の地域でラービットに接触している者よりも遅い接触だったにも拘らず単騎であっさりとラービットを撃破した。

 少年の攻撃手段をモニタリングしても一見しただけでは何故ラービットが容易く倒されたのかが理解できない。爆裂するトリオンキューブを降り注がせた。それは分かる。だが、その程度ならば他の戦闘行動に入っているラービットの方がもっと多くの火力を集中させられている。

 現にラービットの損傷状態もほとんどないのだ。供給機関一点破壊をするならば、何故目玉は無傷なのか。不可解な戦闘内容だった。

 ミラは進言する。「この子は危険です」と。

 しかし、トリオン能力の高いものを捕獲する目的で三門市に来た彼らとしては、黒トリガーでもない少年があれほど簡単にラービットを撃破したのなら捕獲しない手はなかった。ラービット撃破時のトリオン計測器を確認しても普通にしか見えないのは奇妙だが、取り敢えずは様子見をする方向で決まった。

 

 

 

 ランバネイン・エネドラ・ヴィザ・ヒュースの4名が撹乱陽動と捕獲に出撃し、しばらくするとエネドラの独断専行による基地襲撃が始まった。

 リーダーのハイレインが一応の意味で止める様に指示を出すが、エネドラは従わず、基地内を移動し始めた。そして、数分後。回収の依頼がミラに届いた。

 計画通り(・・・・)エネドラの殺処分と黒トリガー『泥の王(ボルボロス)』を回収するために、ミラは空間と空間の距離を0にする黒トリガー『窓の影(スピラスキア)』でエネドラのいる基地内に空間を開いた。

 そこにいたのが危険だと判断していた少年だ。ミラの表情は平静を保っていたが内心では驚いていた。エネドラを囲むように数名の戦闘体がいたが、エネドラを倒したのはその少年だろうとミラは判断した。

 

 エネドラは脳にまで達してしまったトリオン受容体の所為で言動や行動に乱れが生じている。乱れとは、残忍且つ、粗暴な言動行動をしてるのだが、トリオン能力が低くなったわけではない。黒トリガーも所持しているのだ。それを数分の間に目の前の少年は連携してとは言え倒したのだ。

 

『ミラ、その少年はまだ底が見えない。そこからは引け』

「(はい)」

 

 エネドラの腕を斬りおとし、黒トリガーを回収しエネドラの息の根も止めた。そして、即撤退するはずだったがトリオンキューブの弾丸がミラに放たれた。少年が放った攻撃らしい。

 

「あなたの事は警戒していたわ……危険な子。返すわね」

 

 ミラは小窓の空間を展開しアステロイドをそこに入れ、少年の背後に出口の小窓を作り出す。これで倒せたならこの少年も回収をしようという考えはあったし、少年も「マジかー……そういう使い方もあるのかー……」と諦めた声を上げたので内心でほっとした。

 しかし少年を庇うように金髪の男が少年の背後に回った。少年は五体満足で残り、ミラはこの後の作戦行動に嫌な予感を覚えつつハイレインの指示通りその場から撤退した。

 

 庇われるほどに仲間からも信頼を得ている。黒トリガー相手に五体満足で生き残っている。攻撃手段の見た目は平凡に見えてもその威力はラービットを簡単に撃破するトリオン能力。しかし、トリオン計測器では平均値。―――振り返って考えてみても、ミラの中で出した答えは変わらなかった。

 

「―――隊長、やはり異常です。危険すぎます」

 

 ミラの進言にハイレインは頷く。しかし、先ほど捕り逃したという『金の雛鳥』を考えると、その少年は捕りたいと考えてしまう。

 

「……いや、やはり試してみよう。駒に加えたい」

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「―――逃がした『金の雛鳥』の代わり? 何それ?」

『恐らく金の雛鳥は『玉狛のトリオン怪獣(モンスター)』と噂され始めている雨取さんの事だと思われます。一緒に行動していた烏丸隊員と米屋隊員の音声ログからの情報によると―――』

 

 音声データと言えば私にお任せ! そう言わんばかりに桜子ちゃんは各地域から拾ってきた音声データを解析していたらしい。ネイバーはトリオン能力の優れたボーダー隊員を捕獲しようとしている。それらを『雛鳥』と呼び、トリオン怪獣と呼ばれるほどの能力を持つ千佳ちゃんを『金の雛鳥』と呼んだそうだ。

 千佳ちゃんが基地への連絡通路に入った事と、それを守備したとりまる達によって『金の雛鳥』を諦める発言をしたらしい。

 

「で、代わりって言うのは?」

『そこまではハッキリしてないですね』

 

 誰だ? トリオン能力の凄い人でしょ? いずみん先輩とか? それとも代わり(・・・)に隊員100人集めようとか小学1年生の友達感覚で隊員拉致を考えてたりするのだろうか?

 

「まぁ俺はやれる事をやろう。最新の情報もらえる?」

『了解です』

 

 市民への人的被害状況は軽傷者に留まっているようだ。転んだとかそのぐらいのレベルなのだろうか。しかし、トリオン兵は警戒区域外にも侵攻している様なので、家を失った人はいるようだ。戦闘後の根付さんと唐沢さんの手腕に期待しよう。

 ボーダー側としては、ベイルアウトした隊員はかなりいるし、捕獲されてる隊員もいる。キューブ化された隊員はラービットの腹の中ってのも何名かいるみたいだ。太刀川さんを筆頭に撃破してキューブも回収しているようだし、この調子で押し戻して欲しいところだ。

 

 人型ネイバーの『エネドラ』は死亡して本部で遺体を確保。『ランバネイン』は戦線を離脱。『ヴィザ』と呼ばれていた者は遊真が対応中(角無しで黒トリガーとの情報あり)。『ヒュース』と呼ばれている奴は迅さんが抑え込んでるらしい。『ミラ』という女性ネイバーの姿は確認されていない。そして、指揮官と思わしき『ハイレイン』という男は現在隊員と交戦中であり―――。

 

「―――いずみん先輩と緑川がベイルアウト?」

『それから忍田本部長が出撃したみたいです』

 

「え? どこに?」

『そこまではこっちに伝わってないんですよねー』

 

 これは初耳だったのだが、忍田さんは太刀川さんの師匠で、仮に今も本部長と言う椅子ではなく、常に戦闘員でいるのなら通常トリガー(ノーマルトリガー)最強らしい。戦えるのか? と、一瞬でも思ってしまってごめんなさい。

 

 狙撃部隊の多くは本部屋上に布陣しているらしいが、ラービットが送り込まれたらしく、少し梃子摺ってるようだ。送り込まれたっていうのは、ミラって女の人が空間のトリガー使ったってことだろうか。

 市街地のトリオン兵は加古さんや、さっき会った二宮さんの隊が対処しているらしい。他にも残ってるB級はトリオン兵の相手をしているらしいが、トリオン兵は未だにゲートから出て来ているし、市街地に向けて動いているようで油断ならない状況だ。

 

「じゃあ俺もトリオン兵の方に行こうか」

『駄目ですよー。ネコ先輩は特命が出てますので本部に向かってください』

 

 え、結局戻るのかよ。あっちに行ったりこっちに行ったりと疲れたよー。冬島転送トラップ使わしてよー。そもそも太刀川さんはどうしたんだよー。俺と太刀川さんのポジションチェンジで良いだろうに……。って本部?

 

「―――本部ってその『ハイレイン』とかいう親玉がいるんじゃないの!?」

『そうですね。頑張ってください』

 

 マジかー……。親玉相手に戦える総力を以って対応しているのだろうか?

 

「おっと、ども三輪先輩」

「音無か……その頭は何だ。ふざけているのか」

 

 曲がり角で久しぶりの再会である。パン齧ってたら恋に落ちてたかもしれないですね! そんな軽いジョークも言わせてもらえないほどに相変わらず怖い顔してる。帽子に関しても俺に言わないで城戸司令にクレーム出してよー城戸派でしょー? それに、もうちょっと親しみを持ってくれないとネコ拳でベイルアウトさせるぞ? ばびっとやっつけちゃうぞ?

 そんな事は言えるはずもなく、無言でトリオン兵を薙ぎ倒して俺と三輪先輩は基地へと向かって行った。

 

 

 

 本部に着くと、ミラという女性ネイバーと、キューブ化させる小動物型の弾丸使いで恐らくリーダー格であろうハイレインという男がいた。ボーダー側はとりまる、よねやん先輩がいた。もっと多くの隊員で囲んでるかと思ったが……バランス悪いなーあんたら。二人とも弧月かよ。(一人は槍弧月)あれ? 忍田さんはどこだ? この親玉の目と鼻の先にいるって聞いてたんだけどな。

 

『よぉ聞こえるかネコ助』

「(あ、いずみん先輩。ベイルアウトおつでーす)」

 

『うるせーよ。状況を説明するぞ、親玉の奴の攻撃はキューブ化するものって事は知ってるだろ? 実体には効かないって知ってたか?』

「(そこまでは聞いてます)」

 

『OKだ。今は上の変態スナイパー共が魚を避けて本体に当てるゲームをやってるから槍バカアタッカーでも対処出来てるって所だ』

『おい、ゲーム感覚は当真さんだけだ』

『でも、奈良坂も楽しくね? 古寺もなぁ?』

『真面目にやってくださいよぉ……』

 

 冷静に奈良坂先輩が俺は遊んでいないと否定してくるが、当真先輩は本気で遊んでいるようだ。章平だけ困ってるな。でも、確かに隙間を縫って当てている。これは確かに変態スナイパーだ。だって魚とか蜂とかの小型トリオン弾が常に親玉の周囲をカーテンの様にユラユラと蠢いているのだ。狙って本体を狙うのが当たり前みたいに語るのは……ねぇ?

 

 その他にも地を這ってくるトカゲなどもいるらしいが、一番の問題はハイレインの黒トリガーのもう一つの能力だ。キューブ化した物を回収して自身のトリオン体を修復できる能力がある様で、今も狙撃で開いた腹の穴を修復した。

 ハイレインは俺と三輪先輩の到着を目視で確認すると、こちらに目を向けたまま喋り出した。

 

「来たな、玄界(ミデン)凶鳥(フッケバイン)

「また『みでん』かよ。それに『ふっけば……?』何か知らないっすけど声掛けられてますよ三輪先輩」

「奴の視線はお前に向いている」

 

 そんな冷静にー。専門用語なのか外国語なのか知らないけどさー、せめて分かるように言いなさいよ。

 

「金の雛鳥は逃したが、君を新たな駒としてアフトクラトルに連れて行く」

 

 ふざけんな!! 堂々と拉致宣言するんじゃないよ!!

 親玉さんは言いながら俺に魚群の弾丸を流れる様に飛ばしてくる。あれ、これどうやってみんな避けてるの? 俺は避けれる気がしなくてベイルアウト準備を考えていた。

 

「秀次カバー!!」

「チッ」

 

 よねやん先輩の声に舌打ちで応えた三輪先輩は俺の前に出て、襲い来る魚群を細かく分散したシールドで一匹も通さないようにしてくれた。……あ、ツンデレ? と思ったら『おぉっとネコ先輩吹っ飛ばされたー!』と桜子ちゃんの実況と共に三輪先輩に蹴っ飛ばされたー!! 旧民家の壁に吹っ飛ぶ俺は何とか体勢を整えて声を上げた。

 

「な、何をするっすか!?」

「戦えないなら下がってろ!」

 

 えー……ツンデレ語だとしたら『危ないから下がってなさい』だよな? 違和感はないけど、ツンデレなのか本心なのか分からない。でも蹴ったしなー……。とりあえず戦えるって事を示さないとな。

 

「や、やれますし!」

「……なら、足を引っ張るな」

 

 魚に鳥に蜂に蜥蜴か。面白トリガーだけどその性能は凶悪だ。アレに触れたトリオンに該当するモノは全てキューブ化され、それが元が人でない限りは相手を回復させてしまう。永久機関かよ。マジでムリゲーだな……。

 

 

 




感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告、ご指摘、ご質問などなど随時受け付けております。


◆二宮さんと出会うネコ。
大規模侵攻編でどこにいたのか? 加古さんと同じ様に遅れてやってきて市街地に向かったって事にしておきます。この出会いによってネコはスタイリッシュアステロイドを覚えました。

◇ライトニングの変更点とネコ
大規模侵攻後に分かりますかね。銃口部位に細工をしてあります。ですが、仮に他の隊員さんが臨時接続で使ったとしても威力や性能に差はありません。

◆金の雛鳥とその代わり。
「雛鳥が成長すればただの鳥。金の鳥? 金鳥。殺虫剤かよ」と思ってネコだけど凶鳥フッケバインにしてみました。ハイレインたちは異国人だしネコのことは知らなくて当然ですよね。ただの異常攻撃方法の少年として見られてもおかしくないですよね。知らんけど。

◇おおっとネコ君吹っ飛ばされたー!
ガッツが足りてないとか根性論の話しではなく、三輪先輩の本心かツンデレかの話しですね。ネコに厳しい人は少ないので、本心に一票して、今後態度が軟化していく事に期待する作者です。




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26 ネコは動物病院には運ばれない

今までで一番長かった。悩んだ結果こうなった。
投稿しても悩んでます。



◆ ◆ ◆

 

 ―――今回の大規模侵攻というネイバーの侵攻は事前に迅悠一からある程度の情報が出ていた。街が破壊され、市民が死に、ボーダー隊員も攫われる可能性が高く、玉狛支部である迅の後輩の三雲修が死ぬ運命が視え隠れしていたのだ。

 だが、未来は確定ではない。最善へ向かうために話し合いは続き、隊員には通達をし、大まかな行動指標も出しておく。それだけの事で未来視によるところの被害率は大幅に激減した。

 そして、ボーダー所有となった黒トリガー『風刃』を誰に所持させるのか。これも一つの問題となっていた。迅に戻しておくべきかという仮定も含めて、何名かの候補者が絞られ、最終段階でA級の三輪隊を率いる三輪秀次に持たせようとボーダー本部司令の城戸正宗は考えていた。

 しかし、迅が三輪に会いに行った事によって、もう一つの未来が迅の視る世界に映し出されていた。三雲修が死なない未来で確定ではあるのだが……。

 

「―――城戸さん、ネコ君が捕獲される未来が秀次越しに視えた」

「……続けろ」

 

「もしそっちの未来の場合は、風刃は秀次よりも適任な人がいるんだけど、本部的にはどうかなー。前話し合った未来よりも良くはなるんだけど、どうかなー」

「言ってみろ」

 

 時間が経つにつれ、未来はその方向に傾いていく。そちらの方が民間人への被害も隊員の攫われる未来も減少傾向に視えたため、迅としてもそっちに傾くように行動したわけではあるが、この迅と城戸の密会は『誰が風刃を所持するのか』という話し合いであり、誰が所持するかも決定もした。そして、この作戦を知るものは迅とボーダー上層部のみだった。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 ―――大規模侵攻終焉間近。

 

 ボーダーA級ランク1位太刀川隊のシューター出水公平はベイルアウト直前に本部基地の屋上からハイレインまでの射線を通すためにメテオラで付近の建物を爆破で吹き飛ばした。

 

 射線が開けた事により屋上に待機していたボーダー屈指のスナイパー陣の狙撃が始まる。その場に居て見えない存在も一人いた。ボーダーの本部長、忍田真史だ。彼は自分のトリガーのカメレオンを起動していた。

 

 ミラと呼ばれる女のネイバーが空間を繋ぎ他の地域で交戦中だったラービット1体を屋上に送り込むが、スナイパー陣は短い距離で転移をして交戦を回避する。スナイパーの戦いは距離を潰されては致命的だ。ならば転移して距離を取って火力を集中した方がいい。

 

 だが、スナイパー達がラービットへ攻撃することは無かった。ミラという女性が空間の中に消え、スナイパーが短距離転移(ショートジャンプ)した瞬間にラービットは弧月の刃に斬り裂かれた。

 

「―――旋空弧月」

 

 弧月を起動させた事によりカメレオンは効果を切らし、忍田真史は姿を現した。本来であれば今作戦の全般的な指揮を執る役割のはずなのだが、途中で最高司令官の城戸正宗にバトンタッチして戦場に現れた。

 

 忍田が基地屋上から遠くの地面を見下ろせば射線の通った視界が広がっており、『ハイレイン』と『ミラ』と呼ばれる敵の位置も見て取れていた。

 

「トリガーオフ」

 

 トリオン体を解除し、ネクタイをビシッと締めたボーダーの制服になった忍田はもう一つのトリガーを握り締め状況を見守りつつ、トリガーを起動した。

 

「力を貸ります最上さん―――『風刃』起動」

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ハイレインがこちらに魚や鳥の弾丸を飛ばしてきた。

 だが、それはもう見たし対処法も見た。

 俺は二宮さんから見て盗んだ角錐アステロイドを弾速を遅めにして作り出し、三輪先輩がたった今繰り出した分割シールドを作り出す。

 ……うん。やはり問題がない。サイドエフェクトはちゃんと機能してるようで、俺のほぼ理想通りの機能をしていた。だが、あの魚群をすり抜けてハイレインへダイレクトアタックが出来ない。エネドラの時もサイドエフェクトは上手く機能しなかった。最初は相手を怖がってるからだと思っていたけど、思い返せば『風刃』を試した時も気持ち悪い感じだったし、俺はきっと黒トリガーとの相性が悪いのだ。

 まだ仮定の話ではあるが、サイドエフェクトが騙す能力である事から、命を懸けて創り出す黒トリガーは、言うなれば死者の意思の塊だ。それを騙す事は出来ないのかもしれない。死人を騙す事は出来ないってわけだ。それでも何とかエネドラを倒せたり、目の前のハイレインと戦っていて生き残れているのは、黒トリガーを騙しているのではなく、俺自身の攻撃方法と、トリオン体のハイレインを騙しているからだろう。

 まぁそれが全てとも言えないし、仮定の話だから違うかもしれないが、黒トリガーと俺との相性に関してだけ言えば悪い事に間違いない気はする。

 

「―――対応が早いな」

 

 俺が出したアステロイドと分割シールドを見てそうハイレインは呟く。余裕がある様だが、弾数で言えば互角レベルだ。二宮さんのアステロイド見てなかったら無理だっただろうし、三輪先輩のシールド使用方法応用編を見てなかったら防ぐ事も出来なかっただろう。

 相打ちになったシールドとアステロイドは全てトリオンキューブ化する。これが相手を回復させてしまうのだが、俺との弾数で互角と言うなら、人員の数的有利で勝ち目はこちらにある。

 しかし、そうならないように弾数調整するのが小窓の空間を作り出すミラだ。その小窓の攻撃は既にログとして伝わっているので、容易くもらう隊員はいないが、死角から現れる攻撃は厄介な事に変わりはない。

 

 ―――ほんの少しの隙を見つけた様にとりまるがハイレインの後方に飛び出し、よねやん先輩は瓦礫を槍で打ち飛ばしていく。なるほど、トリオン体にしか反応しない弾だからそういう戦い方も出来るのか。原始的に見えるけど効果的である。

 とりまるは弧月を振り、ハイレインを斬ったかに見えたがマントだけしか切れておらず、マントの下にも蜂型の弾丸が待機されていた。

 しかし、それでも防げないのが三輪先輩の鉛弾(レッドバレット)だ。俺は一旦距離を取って密集した集団戦になってきた事に動きを改める。確かにシューターとしてアタッカーと連携して攻撃すれば火力を集中させやすいが、フレンドリーファイアも可能性として挙がって来る。ここはライトニングだろうか? いや、狙撃班は上でやってるし、スコーピオンでアタッカーに? それも違うか、よねやん先輩にとりまるもいるし、三輪先輩だってオールラウンダーで弧月使いだ。これ以上アタッカーはいらないだろう。

 えーと、援護できて邪魔にならないポジションは~……。

 

「……あれ? 俺いらなくね?」

『いや、そこにいろ音無、敵の狙いはお前だ』

 

 姿の見えなかった忍田さんからの通信だ。目と鼻の先にいるって聞いてたのにいないからおかしいとは思ってたんだけど、近くにいるらしい。ただ、場所を伝えて視線で敵に伝わると困るので場所は教えてくれない。

 

「(あー……じゃあ、俺がベイルアウトして本部に逃げ込めばいいんじゃないですかね?)」

 

 千佳ちゃんのことも諦めたのだから、逃げ込めば終わりなのではないだろうか? しかし、それを否定するのが事前に未来を視ていたエリートだった。

 

『迅の予知だと、狙いが無くなった場合は、多くの隊員が消える。つまり、キューブ化され、攫われる隊員が多くなる未来が濃厚になるらしい』

 

 あーじゃあ駄目だ。逃げられないわ。注目の的として動き回っていることしか出来ないか。

 

「―――っ! ミラ、艇だ」

「了解しました」

 

 フネ? 何に気付いたか知らないが、ミラが空間に消えて行く。その瞬間、状況が一気に動いた。三輪先輩の鉛弾(レッドバレット)とよねやん先輩の瓦礫攻撃で相手のトリオン体にしか反応しない弾丸を抑え、とりまるがおかしな姿になりつつ孤月でハイレインに突っ込む。

 

「お? 京介ずりーやつ使い始めたじゃん」

 

 よねやん先輩はとりまるのアレを知ってるようだ。とりまるの孤月を持つ腕と両足が黒くなり、まるで一部分がトリオン兵になったかのような一体感を感じさせる姿である。見たまんまと言うか、孤月を振るスピードや脚力が大幅に強化されているようだ。

 

『よくやった』

 

 まだ相手を倒せていないのだが、忍田さんからそんな通信が飛んできた。それとほぼ同時に、ハイレインを包囲するように斬撃が包み込んだ。自分でも使った事があるからよく分かる。これは風刃の斬撃だ。なるほど、三輪先輩ではなく忍田さんが風刃を持っていたのか。

 

 ハイレインはトリオンの噴出するボロボロの身体で何とか身体を起こすが、既に戦える力は無いように見えた。

 

 ―――そう、俺はまた慢心した。

 

 視界がグニャりと歪んだ。片足の感覚が異常な事に気が付いた時には手遅れだった。

 

「やっば! 緊急脱しゅ(ベイルアウ)……!!」

 

 ほっとした瞬間に足下に現れた這い回る蜥蜴型の弾丸に、俺はベイルアウトも間に合わずキューブ化された。俺の意識があったのはそこまでだ。

 

 

 

 

 

 気が付くと俺は開発室の天井を見上げるようにベッドで寝かされていた。

 

「……っは!! ぁぁぁぁ良かったぁぁぁ~~~捕まってないぃぃぃ」

「あ、起きたな。室長に連絡して」

「了解です。室長~ネコ君起きましたー」

『……ザザッ……無事か音無ぃ!!』

 

 寝起きに鬼怒田さんの通信が襲って来る。トリオン体にも関わらず、頭に響く感じが頭痛を思い出させた。

 

「頭痛いんですから大きい声出さないで下さいよぉ~」

『む、すまん。……ん? 今、何と言った?』

 

「え、頭が痛いって……あ、それよりネイバーはどう―――?」

『迅を呼べ!! すぐにだ!! 音無! そのまま寝ていろ!』

 

 いや、だから頭痛いんだから大きな声を……ん? そう言えば頭が痛い気がする(・・・・)気分的な感覚が、完全に頭痛いってモノに変わってるな。とりあえず戦闘行動が気になっている俺は近くにあった端末を勝手に拝借し状況を確認する。

 

 数十分前に戦闘行動は全て終了し、ネイバーは消え、被害状況の確認や、隊員の点呼を取っているらしい。現状として、数名のC級隊員との連絡が途絶えているらしく、キューブ化されて攫われた可能性が高いと見ているようだ。

 

 戦闘が終わったならこのネコ耳フードともおさらばである。俺はそう思い、トリオン体を解除した。

 ―――瞬間激痛が走る。

 

「ッ!? ガッ、ァァァアアァァァァァッ」

「ネコ!?」

「大丈夫!?」

 

 生身になった瞬間に頭に激痛が走った。頭が割れるという言葉がある。それを正に体現しているかのようでありつつ、頭が有るのか無いのか分からないほどに混乱する様な激痛が俺を襲っていた。頭を抱える様にベッドで横向きに蹲るが、頭に触れているはずなのに、そこには何もないかのような感覚すら出てくる。周りの人が俺の肩に手を置き揺すって安否を確認しているのがまるで遠くの出来事の様に感じられた。

 そして数秒後、俺は再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

<トリオン能力に作用するサイドエフェクトの効果は非常に期待できるが、本人への負担がかなり大きく、トリオン体の状態ではその性質上その負担を感じ難い模様>

<A級のエンブレムを用意はしてあるが、当初の予定通り、A級へのランク戦への参戦はB級ランク戦を経てから参加可能とし、防衛任務も本人の意思を尊重すると共に、防衛任務の負担を軽減するべく、シフトの組直しを検討するべきと判断>

【音無ネコに関する報告書より一部抜粋】

 

 

 

「どうだ迅?」

「久しぶりに視えましたよ。意識失ってた所為かハッキリと視えた。ネコ君は大丈夫だ。さっき忍田さんに会って間接的にも視たけど数日すれば元通りになってるかな……ただ、今回はサイドエフェクトを行使し過ぎたみたいだ」

 

「そうか。……迅、お前が組め。特例で本部と支部の垣根を取り払おう」

「あー、確かにその未来は少しだけ視えてますがねー」

 

 少し考える素振りを見せて迅は城戸に条件を出した。それは、ネコ隊に常時所属するのではなく、必要な時にレンタルとして迅がネコ隊に入ると言うモノだった。

 

「―――玉狛に入れなくても彼は大丈夫なんだな?」

「視る限りでは間違いなく。まぁ今玉狛に来ても戸惑うだけかもしれませんからね。まぁ本部に居ても玉狛に居てもやる事は変わりませんが……」

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 目が覚めた。そこは見た事のない場所で薬品の匂いがした。視界に入る様に吊り下がっている透明な液体が入ったパック。そこから伸びる管は俺の腕へと繋がっていた。

 

「……点滴……?」

「起きた? 分かる? ストレス性のモノだって言われたけど大丈夫?」

 

 視線を横に向けると母さんが居た。

 

 あれから3日経っているらしい。意識を失うまで痛がっていた頭痛は消え失せており、寝すぎていた身体のダル重さだけが残っていた。

 ストレスねー……なんだろ? 知らず知らずの内に溜め込んでたのだろうか? 思い当たるものがないのだが。木虎とは最近会ってないし、三輪先輩に蹴飛ばされたことか?

 

 今日の検査次第では明日には退院してもいいらしく、検査に付き添ってもらい、病室に戻って母さんと色々と話しをした。

 母さんが来たのは昨日の事で、その時には既に病室には花束や『スーパーうちゅうねこ』のぬいぐるみや果物の詰め合わせといった所謂見舞いの品々があったらしい。

 三門市は街への被害はあるものの、人的被害は軽傷者に留まるもので、防衛としてはよく機能したらしい。問題は隊員の失踪だ。まぁ十中八九ネイバーに拉致されているだろう。

 

「それから、女の子が何人かお見舞いに来たわよ? あんたもやるわねー」

「あー、誰だろう。後で確認してお返し考えないとー」

 

「どこかの病室の子かしらね? 少し儚げな可愛らしい子と」

 

 あ、那須先輩だわ。病人かのように見受けられる人がお見舞いに来るもんじゃないね。

 

「一緒に来たのが活発そうな子と、髪をこんな風に分けた子に、長い黒髪で大人しそうな子」

 

 那須隊で来たんだね。お、コレか。メッセージカード付きの果物とぬいぐるみあざーっす。何でネコにアンテナ付いててキュウリ食べてるか知らんけど愛嬌のある感じのぬいぐるみだ。

 俺はスマホにメモでお返しする人名簿を記録していく。

 

「後はテレビで視た事ある子、綾辻さん。可愛いわねー。オペレーターの代表としてきたって言ってたわ」

「お花はオペレーターさんたちねー……顔見知り全員かな? 失礼だけど綾辻さんに聞くか」

 

「他にもボーダーの鬼怒田さんって方と、忍田さんって方も来たわ」

「えー、偉い人には何をお返しすればいいのー?」

 

「何かの菓子折りでいいんじゃない? あ、華美すぎないことね」

「カビ? カビ生えてるもの渡すの? すげーな大人」

 

「バカな子ねー。華美って言うのはこう書いて―――」

「ふんふん」

 

 他にも簡単な新しい料理レシピ等の話しをして、時間は過ぎていった。

 そして、母さんは少し真面目な空気を醸し出して言った。

 

「―――ボーダー、続けるの?」

「……うん。続けたい」

 

 他にやりたい事も思いつかないが、ボーダーだと割と評価されていると思う。大規模侵攻という事件があったのだから親としては心配なのかもしれないけど、個人的には続けるべきことだと考えている。……ん? あ、日浦ちゃんは大丈夫だろうか? 最悪のタイミングの大規模侵攻だったからなー……引っ越しちゃうだろうか?

 

「そっか……あまり応援できないんだけど、いつでも帰って来ていいからね? じゃあ私は三雲さんに挨拶してから帰るけど、今日はネコの家で泊まって行くから。鍵はコレでいいのね?」

「そうだけど、何で鍵持ってるの?」

 

「ボーダーの人が持って来てくれたのよ」

「ってそれより、三雲さんって?」

 

「修君って言う子のお母さんよ。聞いた限りだと修君がネイバーを追い返したんですって、命に別状はないけどまだ寝てるらしいのよ。初めて会ったんだけど意気投合してね」

「……三雲君が?」

 

 どうやったか知らんけど、伊達にメガネかけてないわけだし頭がいいんだろう。明日退院できたらお見舞いに来よう。あの時、ハイレインからミラを引き離したのは三雲君という事だろうか? いずれにしてもネイバーを追い返したほどの作戦を考えたのだから凄いものだ。

 

 

 

 翌日、検査に異常もなく俺は退院した。母さんもそれを見届けると帰っていった。

 さて、いつもの様にデパート巡りをしてお返しの品を買い揃えて本部に来たぞ。忍田さんと鬼怒田さんへ和菓子詰め合わせを贈り、嵐山隊を始めいくつかの隊を回って歩く。そんな中、東さんと出くわした。

 

「ネコじゃないか。いつ退院したんだ?」

「東さんこんにちはー。今日の午前中に退院してきました」

「あ、ネコ君いたいた」

 

 東さんとの会話が始まると、忍田さんのところにいた沢村さんがやって来た。なに? 和菓子の詰め合わせあげましたよね? あれだけじゃ足りないの? クッキーも欲しいの? これは二宮さんのところに持って行くんだよ?

 

「これ、明日にはメールも送る予定らしいんだけど、事前に渡しておくね」

「なんですかこれ?」

 

 渡された封筒を俺は開けてみるとそこには『音無音鼓 右の者を本部兼玉狛支部所属とする』とあった。

 

「……わけが分かりません」

「本部と玉狛支部を兼任する? これおかしくないか?」

「私に言われても困るよー。でも、今回の件でこれが決まったらしいんだけど、確かに聞いたことないね」

 

 東さんと沢村さんが俺の手元の紙を見てそう言うが、前代未聞の人事異動が俺に起こっていた。マジかー……。今回の大規模侵攻で俺は何かやらかしてしまい本部で全部は面倒見切れないから玉狛と一緒にネコの起こした問題事厄介事を折半するぜってことなのだろうか?

 

「俺、何かしちゃいました?」

「ネコ君が? んー……論功行賞で特級にするか一級にするかの議論はあったけど、あ! こ、これ内緒ね。発表があるまで言っちゃ駄目だからね?」

 

「論功行賞ってなんですか? 特級? 一級? 戦犯とかですかね?」

「あー違う違う。戦功だよ。多分だけどネコ君は特級戦功もらえると思うよ」

「記録によると新型(ラービット)撃破数は太刀川に次いでの個人で5体。人型の黒トリガー使い、それも本部襲撃者を撃破してるからな。まず間違いないだろう」

 

 戦功きたー!! ボーナスでしょ!? 給料とは別に貰えるボーナス。10万ぐらい貰えるのだろうか? いや、期待しちゃいけないか。攫われてるC級隊員もいるんだし控えめだろう。そうだなー……5万とかでもいいや。

「ちょうどいいか。退院祝いと戦功取得を祝して焼肉行くかネコ? 奢るぞ」

「いいんですか!?」

「あ、いいなー」

 

 沢村さんよだれよだれ。

 どうやら東さんは今度よねやん先輩、いずみん先輩、緑川の3バカを連れて焼肉に行く事になってるらしい。俺は「よろしくお願いします」と伝えて連絡先を交換してその場を後にした。

 やっきにく! ボーッナス! やっきにく! ボーッナス!

 喜びに浸りながら俺は残りのお返しの品を配るべく本部内を歩き回るのだった。

 

 

 




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◆風刃の所持者
忍田さんにしたのはエネドラ戦の活躍がなかったから。ノーマルトリガー最強が黒トリガー使ったら敵無しじゃね? そんな事はない。だって相性があるのだから。今回も確実性を高めるために米屋・三輪・烏丸・ネコ・スナイパーの連携を重視し、完全に斬撃が入るタイミングで風刃を使いました。(……あれ? 誰でも良かったんじゃね?)し、忍田さんかっこいいー!!(ほとんど勢いです)

◇分割シールドを覚えたネコ。でも黒トリガーは……
基本的にはノーマルトリガー系統ならば難しい構造でもちゃんと集中すれば真似できるネコですが、黒トリガーを真似する事は難しいです。死んだものを騙す行為に近いためですね。黒トリガーを真似しようとしてるから失敗するんですねー。如何に柔軟に対応していけるかがネコ成長のカギです。

◆艇の危機を知ったハイレイン。
コレは全く書いてない裏情報で次回以降で書ければと思いますが、原作では千佳ちゃんを守るための行動でしたが、千佳ちゃんが助かっているにも拘らず三雲君がレプリカ先生と共に動き出し遠征艇狙いになってます。
これはC級隊員の多くが連絡通路に入れたことで三雲君に余裕が出来、彼なりに出来る事をやろうと考えた結果、レプリカ先生と相談して遠征艇狙いになりました。完全に単独行動ですね。

◇ネコキューブ
騙まし討ちとかも違和感で気付くネコですが、油断や慢心があればサイドエフェクトは上手く機能せず、足元のトカゲにも気付きません。まぁ大規模侵攻スタート時から全力でサイドエフェクトの乱用をしてきたので、疲れが溜まり頭痛へとつながりました。サイドエフェクト(能力)サイドエフェクト(副作用)です。

◆ネコ隊に入るの?
実力派エリートがネコ隊に!? そんなバハマ。
ネコが意識失ってるおかげで久しぶりに視えたネコの未来。安心してください。ネコは無事ですよ。
ネコ隊としてランク戦に参入する時は迅さんがいるかもしれない未来。

◇『スーパーうちゅうねこ』のぬいぐるみ
原作では三雲君の病室には『リリエンタール』のぬいぐるみが……ぐぬぬ、ならばこっちは『スーパーうちゅうねこ』だ! という無駄な張り合い。裏設定として志岐小夜子が密林から買ってあったものを持ってきてくれました。志岐小夜子は『スーパーうちゅうねこ』のぬいぐるみを保管用・展示用・布教用で3点持っていた模様。

◆焼肉奢ってくれる東さん好きー。
マジかよ大学院生。流石は元A級率いてただけはあるぜ。ネコは直接師事してもらってないけど、武富桜子の音声データでかなり勉強している模様。解説分かりやすいし勉強になるし焼肉奢ってくれるし好きー。という完全に頭弱い子設定で近付いてますね。


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27 ネコと幸せの青い雲

今回は日常回で、また、オフィシャルデータブックを踏まえての少しの補完があります。



 

 退院して、母さんも実家に帰って、ボーダーに挨拶回りをして東さんには焼肉を奢ってもらうお話まで頂戴した。

 家に帰れば『温めて食べなさい』という母さんの書置きとラップに包まれた料理が冷蔵庫に入っていて、とりあえずレンジでチンッ。

 いつも一人の夜なのに、何故か久しぶりだと感じてしまう一人の夜で、意識を失うほどの頭痛があったことなど信じられないほどに安定した体調だった。

 母さんの作ってくれたご飯を食べながらバラエティーの番組を見る。芸人さんが無茶をやらされて周りが笑い、俺もそれを笑って見ていた。

 

 ふと、芸人さんがすべった。その直後に他のタレントさんが拾って笑いに繋げて再びテレビの中は笑いに包まれたが、俺はその瞬間に色々と思い出してしまいテレビに顔を向けていても目は虚ろになっていた。

 

 ―――あ、不味いよー。諏訪さんが捕獲された(つかまった)みたい。

 諏訪さんが捕まった。まぁ、結果は大丈夫だったしココアの匂いがするぐらい癒しキャラになったけど、捕獲されたって聞いた瞬間は正直少し怯えた。

 

 ―――回収が命令されたのは黒トリガーだけなの。

 自分の味方を簡単に殺す敵がいた。角が付いているとはいえ、目の前で会話が出来る人型の生き物が死んだのは怖かった。戦闘行動中だったから冷静さが結構あったけど、今見せられたら混乱してしまうかもしれない。

 

 ―――来たな、玄界(ミデン)凶鳥(フッケバイン)

 正直、周囲に味方がいなかったらあんなに強気でいられなかっただろう。一人であんなのと初見で戦えばすぐにトリオンキューブにされてしまっていただろう。

 

 ―――「やっば! 緊急脱しゅ(ベイルアウ)……!!」

 そして、俺は味方がいなければ拉致されていたのではないだろうか?

 

 ―――ボーダー、続けるの?

 続けたい? 本当に? サイドエフェクトを使わずとも相手に嘘をついていないか? 俺は何がしたいんだ? 何もする事が無いからボーダーに来たはずだ。ならば、何故こんなに怖い思いをしてボーダーに残るんだ?

 

 そう、俺は……今になって怖くなっていた。

 テレビで先ほど芸人さんがすべった瞬間、『ミス』という言葉が頭に浮かんで離れなくなった。あの時、あーしていれば、こーしていればと後悔の念が浮かんでは消えずに俺を包んでいく。痛くもない頭を抱え、コテンと横に倒れる。

 

 怒られるのは嫌いだ。怒られないように相手を不快にさせないようにしなくてはいけない。苦手な人でも顔に出してはいけない。怖いのは嫌いだ。怖い顔の人も、怖い事を言う人も、怖い出来事も嫌いだ。

 

 突然、スマホが着信を告げる。いきなりの着信にビクリともせずに俺は固まっていた。そして、いつも通りに電話に出るために自分に言い聞かせる。

 

(―――俺を騙せサイドエフェクト。何も怖くない。いつも通りになったんだ。頭も痛くない。テレビもバラエティーで楽しげだ。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。俺は大丈夫だ)

 

「―――はい、もしも~し。沢村さん? ―――いえ、ご飯食べてテレビ見てただけですし―――あぁ、論功行賞ですか?」

 

 ―――いつもの俺だ。大丈夫だ。俺は大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三雲君のところへお見舞いに行った。そこで三雲君のお姉さんっぽいお母さんと出会った。俺の事は俺の母さんから聞いているらしく、こっちは少し恐縮気味に挨拶をしたのだが、三雲君のお母さんはかなり若かった。

 

 見舞いの品なのだが、三雲君がまだ目覚めていない事から、腐っては意味が無いし、食事制限があっては駄目だろうと思い、いつもの菓子折り作戦は控えて本を2冊用意した。メガネだけに読書好きだろうというナイスな(偏見の)考えだ。

 

 そんな俺は、よねやん先輩といずみん先輩と緑川に病院のエントランスで見つかり……。

 「あ、ネコ先輩だ」

 「お、それメガネボーイへの見舞いの品か?」

 「俺たち何も持って来てないから便乗させろ」

 と言われ(マジかー……―――)とも思ったが、他にも俺には柚宇さんに取って貰った『リリエンタールのぬいぐるみ』があったので、(―――まぁいいか)と了承した。

 

 ちなみに、柚宇さんと会ったのは病院に来る前のゲームセンターだった。

 見舞いの品で悩んでいたところ、ゲーセンの入り口にあったクレーンゲームで良さ気なぬいぐるみ(『R』の文字のスカーフを巻いた犬)を取ろうと300円ほど飲まれたところで後ろから声が掛かった。柚宇さんは俺に100円を要求したと思いきや、そのクレーンゲームで俺が狙っていた犬のぬいぐるみをあっさりと一発ゲット。しかも俺の金だから俺の景品だと言って、ぬいぐるみを俺に渡して去って行ったのだ。

 柚宇さんの背中に向けて「今度高めの菓子折りを持参します」と言ったら「その言葉を待っていた~」と緩やかに笑顔で返された。その台詞にはサイドエフェクトを通じて違和感が来たから嘘だと分かった。『ゲーム系とオペレートに関しては』と付け加えるのだが、本当に頼れるお姉さんである。

 

 その後に、費用となった400円が使われて用意出来たぬいぐるみを見て、何と無しに少し申し訳なさを感じ、本屋に寄って三雲君に似合いそうな本を(勝手に想像して)探してみたのだ。

 

 さてさて、そんなわけで三雲君への見舞いの品は『日野リリエンタール』という犬のぬいぐるみと本2冊である。その内1冊は青春的な恋愛小説で俺は絶対に読まないのだが、感想を聞かせて欲しくて用意した。合わないかもなーと思ったが、三雲君のお母さんからは喜ばれた。

「修には千佳ちゃんとの親密さが足りないからこういった本は必要かもしれないわね。ありがとうネコ君」だってさ。

 聞けば三雲君は千佳ちゃんと幼馴染みらしい。なるほど、親として二人をくっ付けちまう気ですね? 恋愛的な知識はないから手伝う事は難しいかもしれませんが応援しますぜ?

 

 他の会話に関しては「三雲先輩はよくやってくれてます(後輩の癖に上から目線かよ)」とか「ボーダーに無くてはならない存在です(上司か)」とか「貴重なメガネ人口だと従姉弟から聞いています(うさみん先輩じゃねーか)」とかリップサービスを含めたものがあったが、ほとんどは『三雲君のお母さんは若い!』だった。

 

 

 

「三雲先輩はやく起きるといいね」

「そうだなー。にしてもメガネくんのお母さんは若かったなー」

「つかネコのお母さんも若かったろ?」

「え? 会ったんですか? 若いか……んー……」

 

 まぁそうだな。うちの母親も結構若いと言われる気がする。家族だから気にすることはあまり無いのだが、周囲からの反応を見るとそうなのかもしれない。

 

「まぁ3バカさん達が三雲君のお母さんを若い若いってうるさく騒いでたのを宥めるぐらいには冷静でいられたかなー。若いとは思っても、見慣れてる若さだったかも?」

「「「誰が3バカだ」」」

 

 あんたらだ。

 

 

 

 

 

 ボーダー本部基地の少し広めの部屋には論功行賞を受ける人や部隊の代表者が集まっていた。城戸司令自らが隊員を前に呼んでは賛辞や激励の言葉と共にA4ぐらいの封筒を渡していく。

 

「―――音無音鼓君」

「はい」

 

 太刀川さんの次に呼ばれた俺は事前情報通りに特級戦功という枠組みで城戸司令の前に行く。いつもは怖いと感じているはずの城戸司令の御尊顔ではあるのだが、一昨日にサイドエフェクトで自分自身に願いまくったおかげなのか、恐怖心なんてものは消えていて、冷静に封筒を受け取る事が出来た。

 

「―――ボーダーに入って1年も満たないが、素晴らしい戦果を生み出してくれた。今後も期待する」

「ありがとうございます」

 

「今後は本部と玉狛支部の橋渡し役としても動いてもらう事があるかもしれないが、構えずに勤めてもらいたい」

「了解です」

 

 忍田さんと林藤支部長に聞いたところ、今回の大規模侵攻でアフトクラトルに攫われた隊員もいるのだが、逆に捕虜を1名玉狛支部で管理しているらしい。迅さんが『ヒュース』って名前のネイバーを捕縛したと聞いてはいたけど、なるほど玉狛にいるのか。

 しかし、城戸司令の言った通りに、今のところは別に構える必要は何もなく、何かあったら行ったり来たりするだけで、その辺も忍田さんや林藤支部長からその都度連絡が来る事になっている。

 

 まぁ今はそんな事よりもこの封筒の中身である。

 論功行賞の発表は終わり、解散して俺はネコ隊とは名ばかりの作戦室(現在は広い一人部屋)にて、紙の重さしか感じさせない封筒をペーパーナイフで開いていき、ゆーっくりと中の紙を取り出していく。まず見えたのは1500P加算を意味する文字。あ、上下逆か。封筒を上下逆に持ち直して書類を更に下に取り出すと、メイントリガーに設定してあったライトニングの文字が書いてあった。これはあれか、ライトニングにポイントが加算されたって事かな。

 んー確かライトニングって……6500ポイント超えてたよな? スナイパーマスタークラスになったのか? 来たか? 狙撃界に新しい波が。でもなーマスターした気がしないなー。ゲームみたいに新しい必殺技とか覚えれば分かりやすいんだけどなー。まぁいいかー。と、そこでノックと共に入ってきた人物がいた。

 

「や、A級の作戦室の居心地はどうかなネコ君?」

「あ、迅さん」

 

 迅さんは封筒を片手に部屋に入ってくると、食堂に行こうと誘ってきた。俺は封筒を引き出しにしまって付いて行く事にした。

 

「今回はお疲れ様。病院は大丈夫だったかい?」

「医者が言うにはストレスなんですけど、ボーダーの検査だとサイドエフェクトによるモノだって言うんですよねー。まぁどっちにしても大丈夫です」

 

「ネコ君のサイドエフェクトは対象を騙す系統のものだろ?」

「あ、やっぱ迅さんにはバレてますよねー」

 

 そりゃそうだ。迅さんの予想から発覚されたサイドエフェクトなのだし、少しだけ考えれば分かる事だ。

 

「この前、太刀川さんとネコ君が模擬戦やっただろ? あの時に確信したんだけどね」

 

 先ずは迅さんの予知が効かない事。これは全て視えないのではなく、ほとんどは虚偽の未来が視えているとのこと。サイドエフェクトを周囲の人間に確信させないために『視えない』と言っていたことが多いらしい。

 そして、模擬戦などをモニターしている画面だと普通の戦闘行動なのだが、直に戦闘を見ていると、俺の創り出すトリオンキューブの大きさや、弾道が明らかに違う事で確信したらしい。

 トリオンを計測する側面もあるモニタリングだと、例えば俺がアステロイドを放つと真っ直ぐに飛んでいき、そのトリオンキューブの大きさも平均より少し大きいレベルなのだが、実際に模擬戦の室外で見ると、ネコ拳8000を作り出す際のトリオンキューブが馬鹿デカイ代物であり、更にはそれがアステロイドに関わらずハウンドのようにカーブを描くように曲がったり、バイパーのように多角的に飛んでいくことから、後からモニタリングと比較して確信したとの事だ。

 射手(シューター)が射撃体勢に入る時にトリオンキューブを作り出す際、常に最大値の大きさのトリオンキューブになるのだが、俺はその時々で違う。そりゃそうだ。騙しているのだから。だから俺のネコ拳8000を見た人は驚くし、初見だったら回避出来ない人も多い。よく開発室に通ってたから、特殊な開発中のトリガーだと思われてもいるらしいが、そんなもの使ってない。ただのサイドエフェクトである。個人的にキューブは大きい方が分割させやすいので大きくするような癖がついている。普通の人はコレができないわけだ。

 

 だから、俺と模擬戦や個人戦で直に戦った人は「面白(おもしれ)ー!!」という戦闘バカ民族や、「疲れてるのかしら? トリオン体で元気でいられるのも限界かしら?」という疲れ目説に分かれるのが多いのだが、オペレーターさんや、後でログデータを確認する人は何がおかしいのかが分からないのだ。モニタリングデータすら騙しているのだから仕方ない。

 

 モニターなどの情報を騙すのは俺の無意識というか制御できない面だったのだが、大規模侵攻が終わった今なら何となく出来る気がする。『モニターは騙さない、でも対戦者は騙す』という風に区切りが付けられる気がするのだ。これはサイドエフェクトを使いこなせ始めているという事なのだろう。

 

「あ、そうだ。試しになんですけど、迅さん。今の俺ってどう視えます?」

「ん? ……これから行く食堂で酒を飲んで寝てるよ。やっぱまともに視えないなーいやー困ったサイドエフェクトだよ」

 

 俺は少し意識して、迅さんを信じつつ、境界を狭めていくイメージでサイドエフェクトを感覚で弄る。

 

「もう一度、コレならどうです?」

「お、変わった。ネコ君がさっきの作戦室で倒れてるな」

 

 何でさ!? あっれーまだ弄れないのだろうか? いや、迅さんのサイドエフェクトが正しい可能性もある。……え、でもその場合は俺ってばまた倒れるの? 体調は何ともないんだけどな……。

 

「あ、また酒飲んでやさぐれてるのが視えた。いや、酒じゃなくてサイダーか?」

 

 炭酸で酔うかよ。それに未成年だし酒は飲まないですよー。しかし、まだまだ使いこなせてないって事か……。詐欺師の本とか買って勉強しようかな? でもなー、人を騙す事に本気になるのも人としてどうなんだって気もするしなー。

 

 俺達は食堂につくとそれぞれ定食を頼み向かい合って食事を始めた。

 

「そうそう、さっき論功行賞の後に忍田さんたちと話しててね、ネコ隊の始動なんだけど、次のランク戦から参加できる事に決まったよ」

「はぁ、あ、餃子取らないでくださいよー」

 

「そんで、前に話があった通りに参加したい戦いに参加して構わないんだけど、B級からの参加ってことになってるから」

「え、A級なのに? ……給料は!?」

 

「んー、やっぱランク戦も出てないのにA級って問題があるなーっていう周囲の反発を抑える意味合いと、B級からの方がネコ君が育ちやすいって点があるなー」

 

 俺が意識を失っていた時、つまり俺のサイドエフェクトも切れていた時、迅さんは俺の未来が普通に予知出来ていたらしい。その時に視えたのがこの未来らしいのだが、俺はサイドエフェクトの酷使で倒れた。ランク戦もB級から参加の方が俺のためになるらしい未来が視えたのだとか。

 A級への参加はどのタイミングでもいいのでB級のトップグループとのランク戦で生き残ること。そしたらいつでもA級に参加していいらしいし、またB級で戦っててもいいらしい。給料はA級で維持されるが、B級で負けが2連続で起こるようなら降格するようだ。

 ふむ、サイドエフェクトも使いこなせてきてるし、何とかなるだろうか? 月見さんが言ってたように1人ずつ相手にする戦い方に持ち込めれば負けはしない……かな? いや、それが慢心か。慢心したらサイドエフェクトのない俺なんてすぐに負けるわけだし、常に本気で掛かる必要があるだろう。那須先輩との個人戦の時のような『仕留めた』と思ってもいけないぐらいに本気で掛かる必要が。

 

 

 

 迅さんと別れて俺は作戦室に戻る。

 

「あ、そうだ。忘れちゃいかんボーナス確認だ」

 

 ―――戦功。それは君が見た光。僕が見た希望。

 

 ―――戦功。それは触れ合いの心。幸せのボーナス。

 

 俺はワクワクしながら封筒の中身を確認すると150万と書かれていた。いやいやこれは違う書類だよー。あるぇー? 封筒どこやっただろう? あ、この書類だライトニングに1500ポイントって書かれてるから間違いないや。……あれれぇ? やっぱり150万って書いてあるよぉー?

 ……そんなバハマ! そぉれっ!! はいここ嵐山隊作戦室!! というわけで俺は全力疾走で嵐山隊の作戦室に向かい、ノックをして木虎を召喚した。

 

「木虎ー! ハードパンチャー木虎ー!」

「うるさいですよネコ先輩!!」

 

 嵐山隊の作戦室にはたまたま木虎しかいなかったようで、木虎は部屋を出て来て、俺がトリオン体だと目視確認すると、腰を捻り割といい音のするパンチマシーンへと変身した。久しぶりにズドンと一発腹にもらうがトリオン体だった俺は心が痛むだけで身体的ダメージは皆無だった。しかし、心とは言っても痛みは痛みである。触れ合いの心はボロボロとなったが、その痛みのままに書類をもう一度見る。やっぱり150万円である。

 

「というか、ネコ先輩退院してたんですか」

 

 論功行賞の場には代表者として嵐山さんしか来ておらず、確かに退院後に木虎と会ったのは初めてである。退院したての人間を全力で殴るなよ! トリオン体だってことを確認してたからまぁ良いけど……って、今はそんな事はおいといてだな!

 

「ボーナス150万貰った!!」

「え、退院早々に嫌味ですか?」

 

「違うよ! でもおかしくない!? 街も壊れたとこ多いし、復興費の事考えたら隊員がこんなに貰っていいの!?」

「それじゃあ寄付すれば良いじゃないですか」

 

「ばっかそれは違うだろー!」

「……ネコ先輩は何しに来たんですか?」

 

 あ、止めて! 冷静にキレて拳握らないで!

 

 

 

 




感想・ご意見・質問・誤字脱字の報告・評価・お気に入りをお待ちしております。

◆ネコ、一人になって思い出して怖くなる夜
サイドエフェクトで自分を騙します。怖くない怖くない。大丈夫大丈夫ー。……書いてて、まるで自分に言い聞かせてる気がして来てました。

◇三雲君へのお見舞い
3バカと一緒に行ったってことにしておきます。リリエンタールも柚宇さんに取って貰い差し上げた事にした。明かされてないもう一冊の本はなんでしょうかね?

◆論功行賞とスナイパーマスタークラス?
普通は全員集めての表彰式みたいな感じだと思うけど描写がないしなーと思いつつテキトーに。
スナイパーに関しては次回とかで触れたいですが、大規模侵攻時にネコはライトニング使ってましたっけ? 多分来てないです。狙撃界に新しい波は。

◇トリオンキューブの大きさ。
オフィシャルデータブック読んで気付いた。確かにそうだ。凄くよく読んでる人いるなーと関心と尊敬と納得をした作者です。
修がいつも小さいアステロイドキューブなのに対し、いつも馬鹿でかい出水のキューブ。確かに個人差がある。アレは常に個々人の最大値の大きさで出るらしいのだ。修も「僕の何倍あるんだ」的な事言ってたし、もっとよく読まないといけませんね。騙しのサイドエフェクトじゃなかったら結構書き直してたかも。過去話を修正ではなく今回で補完ということで書きました。

◆サイドエフェクトの成長?
原作では大規模侵攻を経験して変わったといわれている隊員さんが何名かいらっしゃいますね。この作品ではネコもその一人。サイドエフェクトが更に使いやすくなりました。今後のランク戦へ向けてモニタリングを騙さないように、また迅さんからの予知を視れる様に徐々に成長していきます(アップデートver.1.2ぐらいです)

◇今回のサブタイ
『幸せの青い雲』

◆久しぶりの木虎パンチ
何故に木虎のとこに来たかと言うと、『夢かな?』『頬つねってやるよ』『痛い(いふぁい)、夢じゃない』の古い流れですね。使いやすいが、メインには絡んで来れないレベルですね。



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28 ネコはビルダーになったようです

大変長らくお待たせ致しました。





 木虎から逃げ切って改めて150万円の使い道を考える。

 車とか買っちゃう? いや、免許ないし。木虎に言われたとおりに三門市の復興費に寄付とか? いやいや、それはやっぱ違うだろー。別に市民に褒められる為にボーダーやってるんじゃないし。

 で、結局最終的に物欲などが今は無いことに気が付いた。せいぜいコタツぐらいのものだ。コタツも結局は置き場とかを考えると即決で買うわけにはいかない。ならば現状の使い道としては少しだけ高い食材を買って豪勢に料理を作ってみようというぐらいである。後は貯金だ。

 一応、母親に話したところ、『貯金しておきなさい』という答えだったし、コレが正解なのだろう。何か欲しいものが出来たときに使おうじゃないか。

 

 そんな一人の作戦室に飽きて、俺が外に出ようとすると、タイミングよく那須先輩がやって来た。な、なんだよー? 150万円は貯金するんだからなー? もう決めたんだからなー?

 

「えっと……そんな疑いの目で見られても困るわネコ君」

「はっ! ごめんなさい疑心暗鬼でした」

 

「少し相談に乗ってほしいの」

「はぁ……どうぞ、まだ作戦室作ってもらったばかりで何もなくて、ココアすらも出せませんが」

 

 ……あ、ここにコタツ置けばいいんじゃね? あと、嵐山隊の部屋みたいに給湯の場所を……いや、思い切ってココアのホットとアイスが入れられるドリンクサーバーにして申請してみよう。ネコワクワクしてきたぞ。

 

 ランク戦参加時のレンタルオペレーターさん用の机とパソコン。奥にはベイルアウト時のマットが並んでおり、その他はまだ何も申請してないので、お見舞いなどで貰ったぬいぐるみなどが机の上に置かれているだけだ。

 那須先輩は室内に入ると那須隊について話し始めた。どうやら日浦ちゃんが引越しの話しを本格的にし始めたようで、今は何とか両親を説得している最中らしい。

 

「大規模侵攻が決定打になってると思うんだけど……。あ、それでね、ネコ君には私と模擬戦をして欲しいの」

「何言ってんの?」

 

 あ、いかんいかん。意味不明だが那須先輩を落ち込ませてはいけない。しかし、本当に意味不明である。

 話しをとりあえず聞いてみると、大規模侵攻が起きて、日浦ちゃんが引っ越してしまう可能性は極めて高い。だからランク戦で今までで一番の成績を取って笑顔で解散しようと考えているらしい。その為には自力を上げる事がまず第一と考え、少し前にやった俺との個人戦を思い出したらしい。

 引っ越さないならそれに越したことはないが、その時は自力もついてて結果オーライとのこと。

 

 俺とやった個人戦。あの時、那須先輩はアステロイドの合成弾、―――徹甲弾(ギムレット)って言うらしいのだが、―――アレを使ったのは公式戦初だったらしい。というよりも合成弾自体が初めてだったとの事。公式戦では見せた事がない技であれば、その対応策も取られていない事から有利に働くだろうという考えらしい。

 ギムレットは単純に威力が上がり貫通性が高まったアステロイドである。だから合成弾だとはログでは見分け辛いから使ったのだという。

 つまり、俺に他の種類の合成弾の標的になれってことだ。いずみん先輩の使ってた変化炸裂弾(トマホーク)とかだろうか。

 

「退院したばかりで申し訳ないのだけれど、どの距離でも戦える人はネコ君ぐらいしか思いつかなくて」

「んー……別にやることないし、いいっすよ」

 

 そして、トレーニングルームに入り、少しだけ住宅地などを再現し展開する。俺は那須先輩の言われるがままにアタッカーになったりガンナーになったりと大忙しである。秘密特訓であるが故に他の隊のオペレーターさんを呼べないので、室内の設定を弄ったりトリガーチップの交換が面倒である。ちなみに小夜は本日引き篭もり中だそうな。

 

 時には見よう見真似でいずみん先輩のようにメテオラの雨の中、ハウンドも隠して放ったりする戦闘スタイルや、太刀川さんの様に旋空弧月で斬撃を伸ばしまくったりもする。これはこれで自分自身の勉強にもなると思いつつ、サイドエフェクトは意識して使わないようにしている。

 

「前の個人戦の時みたいな違和感はないわね……」

「オー、疲レ目治ッテヨカッタデスネー」

 

 俺はサイドエフェクトの事は触れずに軽く流しつつ、お互いに何度かダウンを繰り返し、休憩を挟んで話す。

 

「那須先輩の弱点は、スナイパーぐらいっすかね」

「アタッカーにも寄らせた時の苦手意識はあるわね」

 

 そりゃそうだろうシューターなんだから近寄らせちゃ駄目だ。建物を壁にして逃げ回りつつ合成弾を作り……って言うだけは簡単だけど、やっぱ実際にやると難しいよな~……あれ?

 

「思い出した! シューター教えてくださいよ!! 俺にも合成弾とか!! ねー師匠ー!!」

「し、師匠? で、でも、ネコ君のシューターってさっき見たけど、凄いと思うわよ? それに合成弾は―――」

 

 結論から言うと、合成弾は感覚だ。センスだ。才能だ。そもそも合成弾という枠組みは最初は存在しなかった。その辺を無理を通して道理をぶっ飛ばしたのが、弾バカ族代表で始祖の出水公平という偉人である。しかも、「あ、出来た」ぐらいの感じで創り出したモノなのだ。それに関してはアステロイドやバイパーを考え出した技術班も、簡単に自分達の考えの先を行かれてしまいショックは大きかった事だろう。

 

「弾バカ族どもめー……」

「それって私も入ってるの……?」

 

 俺は教えてもらえないことで愚痴りながら右手に変化弾(バイパー)、左手に誘導弾(ハウンド)を何となく作り出す。

 それをとりあえず重ね合わせようとするが、重ねるのに時間が掛かる。2つの粘土を継ぎ目が無いように捏ねていく感じだろうか? お、いい感じだ。これを……こうか?

 

 俺は少し離れた建物の屋上に発生させておいたボウリングのピンのような的に向けてそれを放出する。地面スレスレを小刻みに左右に動きながら屋根の上を目指す初めての合成弾。段差は、まるで動物がジャンプしているかのように動きながら的を目指し、的を全方位から一気に襲うように囲んで穴だらけにした。

 

「あ、出来た」

 

 なんと、俺も弾バカ族だった様だ。

 

「やっぱネコ君は凄いから師匠は受けられないかしらね……」

「マジかー……」

 

 そこからは那須先輩もイメージが沸いたのか変化炸裂弾(トマホーク)の練習をした。放出したのにも関わらず、帰ってくる様に線を描いたパターンも練習し、(うん、やっぱ那須先輩も弾バカ族だよ)という感想を持った。言ってはいない。言ってはいないけど穴だらけにされた。本当にトリオン体だと凄く動ける人である。

 他にも地を這ったり、天井を這ったりするようなバイパーも練習していたが、いつ使うんですかそれ?

 

 

 

 

 

 さて、思い立ったが吉日という事らしいので、俺は自分の作戦室にコタツとドリンクサーバーを申請した。次の日には搬入されてきて、ドリンクはココア(ホット・アイス)・ウーロン茶・紅茶・コーラとなっている。

 コタツに入ってココアを飲む。(あ、やべーこれ)と、味を占めた俺は本棚とテレビも要求した。テレビを付けたままに漫画を読みココアを飲んでコタツで丸くなる。(あぁ、やべーこれ)と、ニマニマしていたところで目が覚めた。

 

「音無、ドリンクサーバーは駄目だ。機器のメンテナンスの問題や―――」

「……夢だった」

 

「音無、聞いているのか?」

「あ、はい。人の夢は儚いのだと悟りました……」

「そんなに落ち込まなくても……」

 

 忍田さんから窘められる様に却下されたが、コタツは大丈夫らしい。嵐山隊の様に給湯室なら大丈夫らしい。だが、ドリンクサーバーだと定期的なメンテナンスの問題で、業者との契約もあり許可は出せないとの事だ。書類整理をしていた沢村さんも苦笑して「残念だったねー」と言ってくれるが、夢を見ていただけに覚めた時のダメージはでかい。

 

 んーするとコタツだけってのも見栄えが悪い。今更ながらココアも休憩所に買いに行けばいいから給湯室もいらない。漫画とかだったら諏訪隊に行けばいいし、ゲームなら太刀川さんのとこ行けば出来る。ふーむ、部屋作りって難しいな。

 作戦室って言っても俺しかいないし、作戦室に寝泊りするわけじゃないから家にあるモノを持ち込むのも違う気がする。とりあえず、加賀美先輩に貰った俺の芸術的粘土細工と、スーパーうちゅうねこのぬいぐるみ、これをパソコン机の上におくでしょー……。あ、別に俺だけの部屋ではないか。那須先輩みたいに来客があることも無きにしも非ずだ。じゃあここに机でしょー。ソファーでしょー。冷蔵庫はいいだろうか? いや、応接室スタイルは古いか? 他の隊がやっていないような自由な空間でありつつ、斬新な部屋は……。

 そんな感じで俺は部屋作りにのめり込んでいった。

 

 

 

 そして、東さん達との焼肉の日である。

 

「よぉネコ助ー焼肉行くぞー、ってうぉ!?」

「何だこりゃ……行った事もねーけど一部がBarみてーな感じだな」

 

 よねやん先輩といずみん先輩が驚きながら入ってくる。

 黒塗りのカウンター。その奥には給湯室を超えて、もはやキッチンという代物。カウンターの上にはお洒落にグラスなどが吊り下げられており、カウンター周りにはナッツなどの小皿が用意されている。

 

「木材×5、鉄のインゴット×1で作り上げた自慢のカウンターです」

「お前はビルダーか……」

「つーかキッチンっていいのかよ?」

 

「開発室の人に『あ、出来ないんですね』って言ったら何故かやってくれた」

「なに煽ってんだよ!?」

「開発室ってことは、これもトリオン技術かよ……」

 

 だって業者に発注だと駄目だって忍田さんが言うんだもん。開発室に相談しに行ったら最初こそ断られたが、何気なく口に出した「あ、出来ないんですね」という言葉が「開発室の人って凄いと思ってたんですけど、大した事ないんですね」と曲げられて取られてしまったらしい。まぁ鬼怒田さんが「息抜きに作ってみろ」と言ってくれたのも大きい。煽ったつもりは本当に無い。全くの誤解である。

 

 

 

「―――へー、今度俺も行って良い? ネコ先輩の作戦室」

「ありゃ作戦室じゃねーよ」

「だな、あれは酒場みてーな食事処だ」

「自由な作戦室に憧れて、被らない様にした結果ですー」

「ははは、一人部屋を満喫してるじゃないか。今度遊びに行かせて貰うよ」

 

 最初こそ「うおォン、俺達はまるで人間火力発電所だ」「うんうまい肉だ。いかにも肉って肉だ」「米はよー米ー!」等と東さんを除いてハイスピードで肉を消費していたのだが、落ち着いてみれば日常の会話になっていた。

 

「―――この後の記者会見は見るだろ?」

「攫われたC級隊員が24人。街への被害も0じゃないですからね」

「迅さんが『面白い事になるはずだ』って言ってたし見ますよー」

 

 そう、本日は大規模侵攻の結果報告の記者会見である。本部や各支部の専用回線のテレビであればCMなどのカットも無く、全部最初から最後まで見れるのだ。

 緑川の言うとおり、確かに迅さんもそんなこと言ってたな。基本的に攫われた事に対しての謝罪会見になりそうな気がする俺は間違っているのだろうか?

 

 俺達は焼肉屋を後にしてボーダー本部へと向かい、俺の作戦室に集まり、軽いお菓子を用意してテレビを見ることにした。

 

「俺コーラ」

「俺ペプシー」

「俺はサイダーでいいですよネコ先輩」

 

 そんな3バカの要求には応えず、俺は有無を言わさず冷たいココアを冷蔵庫から取り出すのだった。

 

 

 




感想・評価・誤字脱字報告・質問・個人的なメッセージなどなど、随時受け付けております。


◆150万円の使い道
物欲は無かったはずなのですが、作戦室を作り上げるのに食器などを購入。それでも10万も使わずに開発室がやってくれました。鬼怒田さんはネコに優しいというか甘いです。

◇ネコの合成弾
何も悩む必要なんてない。だってネコにはサイドエフェクトがあるのだから。感覚でやろうと思えばまず出来ない事はありません。苦手意識などの先入観があるだけです。

◆ネコの作戦室
入って左手にバーカウンター(キッチン付き)。冷蔵庫はミニサイズでカウンター下に2個設置。
加古さんがチャーハンを作りに来る事もあるようです。
中央から右手にかけて机やソファーがあり、雑談や軽食をいただけます。
佐鳥や緑川が飯を食いに来る事もあります。
奥の部屋にオペレーターデスクがあり、ベイルアウト時のマットがあります。
コタツは諦めた模様。その内、影浦隊に遊びに行くからコタツに固執する事もないでしょう。

◇ビルダーとは?
ドラクエビルダーズ参照。

◆3バカの要求にココア。
有無を言わさず冷たいココアを冷蔵庫から取り出したネコですが、東さんには確認を取ってからお茶を出しました。
ネコ? ネコは自分にホットココアを用意しました。


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29 ネコとヒーローと容疑者と被害者

お気に入り登録が1000件を突破しました。本当にありがとうございます。大変嬉しくて気持ちが上がって早めに書けました。やっぱ感想や評価があるとモチベーションが違いますね。
今回、話はそんなに進まず、記者会見部分と、少々日常です。



 ボーダーによる記者会見が始まっていた。ボーダーの上層部と言われる面々が唐沢さんを除いて座っており、根付さんだけ立って会見の質疑応答をするようである。

 そんな状況を焼肉行きましたメンバーズは余裕の面持ちでモニターを見ている。

 

「ミロおかわり!」

「ココアだよ!!」

 

 緑川を引っ叩きつつ、空になったカップを受け取り、紙パックのココアを注ぎいれる。3バカと東さんはソファーに座ってモニターをのほほんと眺めている。……いやいやいや、何でそんなに余裕なのよ? 隊員が24人も攫われてるんだからボーダーは世間から凄く責められて存続の危機! とか考えないのだろうか? 3バカはまだしも東さんも余裕そうなのが尚の事おかしく思えてしまう。俺の感覚がおかしいのだろうか?

 

「今回のヤツは大変だったけど、かなり守れたよな~」

「逆に4年半前の大規模侵攻で三門市内だけで済んだのもすげーよ。忍田さんとかだろ?」

 

 ……あ、そうか。みんな体験してるんだ。全員がそうではないけど、4年半前にあった初めての大規模侵攻を経験してるのだ。だからこそ根付さんも―――

 

『『―――ボーダーの防衛力の不足をどう考えているか』という質問ですが、結論から言って不足であるとはまったく考えていません』

 

 ―――こう言えるのだろう。

 正直言って俺は知らない経験談だ。『他所の街で大変な事が起きたぞ』という対岸の火事として関係ないと思って育って来た人間だ。まだ小さかったという事もあるし、(身長じゃなくて歳の話しだからな?)トリオン兵の残骸をテレビで見てもSF映画か何かの様に捉えていた節がある。

 今でこそ、知らぬ存ぜぬなんて発言は出来ないが、当時の自分を思えば、「へぇー大変な街があるんだなー、お母さーん今日のおやつも肉?」等と蒟蒻ゼリーを食べてるだけの無知な子供だったはずだ。「少しは真面目に聞いてなさい……」と冷静に怒られていた気もするが、よく覚えてない過去のニュースである。

 

 そして、4年半前の大規模侵攻時は1200人以上の死者と400人以上の行方不明者が出ている。それに対して今回の大規模侵攻に関しては戦闘規模で考えると8倍のネイバーが送り込まれてきたにも関わらず、死者は0で行方不明者は24人。建物の被害もかなり抑えられている。そう根付さんは報告する。

 大変は大変だし、攫われてる隊員やその家族には言えないが、ボーダーはかなり良くやったとも考えられる。まぁネイバーが来ないのが一番なんだけど、ボーダーが存在しない場合を考えると、かなり結果を出しているだろう。単純に考えてもボーダーがいなければ1万人近くの死者が出ててもおかしくないレベルなのだそうだ。

 

『―――ボーダーには緊急脱出のトリガーがあると聞いています。なぜそれを訓練生にも装備させないんですか?』

「あ、ベイルアウトで突っ込まれた」

「いや大丈夫だろ。ならもっとスポンサー来て下さいって話なんだから」

「金だけの問題でもないけどな。正隊員のトリガーも資材が必要だし」

「あーあー鬼怒田さんが怒ってるよ」

 

 ふむ、鬼怒田さんは基本的に技術屋だけど、その技術を持って隊員の命も考える人だから大丈夫だろう。知らない人が見たら開き直りとも取られかねないが、ちゃんと見極められる目を持ってる人なら分かるだろう。鬼怒田さんはただ小さいだけじゃないってことを!!

 

 

 

『―――先月の上旬、市立第三中学校にネイバーが現れた事件がありましたよね? その際現場にいた訓練生がトリガーを使って戦ったという目撃談があります。そこでネイバーに情報が漏れた可能性は?』

 

「ん? これって三雲君のことか?」

「へ? 三雲先輩?」

「あー、あん時ネコは嵐山隊で防衛任務してたんだっけか?」

「……なるほど、根付さんらしいやり方だな」

 

 記者達がざわつき始め、次第に怒りの矛先は、名前こそ出ていないがトリガーを使った訓練生時期にあったの三雲君に向かった。三雲君がトリガーを使わなければ、ネイバーに『白服には緊急脱出機能は無い』という情報が漏れる事は無かったと言い始めた。

 東さんが考えるに、この流れの取っ掛かりを作る質問をした記者は根付さんが用意した記者さんだろうという事だ。

 

 ……じゃあ、あの中学校の生徒や先生達はボーダーの正隊員が来るまで怯えて逃げ続けてれば良かったって言うのか? 最悪、嵐山隊到着までに数人死んでたかもしれないんだぞ?

 

「まぁ怒るなよネコ。もし見てるとしたら嵐山さんもかなりキレてるだろうからな」

「顔には出さずに内心で鬼の形相だな。顔に出ないボーダーの顔はすげーわ」

 

 あ、そうか。嵐山さんの弟妹もいるんだっけ。

 

「こういう方向に意識を向けることで、記者に書かせる記事を限定するんだ。有る事無い事書く様な記者もいるからな」

 

 東さんにそう言われて何とか怒りを静めるが、やっぱり大人って嫌いだ。ボーダーが悪い組織なら仕方ない。でもボーダーに救われてるならそう書けばいいじゃないか。ボーダーが悪いことしてないなら根付さんも胸を張って正確な情報を話せばいいじゃないか。人命救助に尽力した勇敢な訓練生として扱えばいいじゃないか……。

 

「……やっぱり俺、根付さん嫌いです」

「ははは。でもな、必要な人間なんだ。あぁやって矢面に立ってコントロールするように状況を作って話せる人間は貴重なんだよネコ」

 

 分かる気もするが。分かりたくは無かった。

 

 

 

「……っ! マジか!?」

「おいおいメガネボーイ退院して無いだろこれ……」

 

 驚きの声が上がるモニターを見れば、そこにはヒーローがいた。

 忍田さんや林藤さんと何かを話したように見えたが、三雲君は根付さんをどかして全て自分が答えると言って記者たちの矢面に立った。その姿は病院から抜け出して来たまんまといった感じだった。

 

『―――情報が漏れると知っていたとしても、やっぱりトリガーを使ったと思います。それくらい切迫した状況でした』

『そのせいでその先に犠牲者が出るとしてもかね!?』

 

『はい、将来的に被害が広がる可能性があったとしても、それが目の前の人間を見捨てていい理由にはならないと思います』

『言ってることは立派だけど問題なのはあなたが訓練生だったことでしょ? あなたがはじめから正隊員だったら学校のお友達も守れてトリガーの情報も漏れなかった。ヒーローになりたいなら順序を守ってまず正隊員になるべきだったんじゃないの?』

 

「何言ってんだこのババア?」

「口が悪いぞ弾バカ、このオバハンぐらいにしとけよ」

「そうだよー槍バカ先輩を見習ってー。でも結局見捨てる側の意見だよねーこのおばさん」

 

 3バカの声が遠くに聞こえる。俺は会見に夢中になっていた。

 

『運命の分かれ目はこちらの都合とは関係なくやってきます。準備が整うまで待っていたらぼくにはきっと一生何も出来ません。ぼくはヒーローじゃない。誰もが納得するような結果は出せない。ただその時やるべきことを後悔しないようにやるだけです』

 

 反省の色が見えないと言って大声でまくし立て始める記者たち。そんな記者たちに苛立ちを覚えつつも、仮に俺があの記者会見場にいた場合を考えると、何も言えずに泣く事しかできないのではないかと、ヒーローを見守る。

 

『もう少ししおらしい所を見せたらどうだ。さっきから聞いていれば開き直ってるだけじゃないかね。我々が訊きたいのは、きみが原因で失われた24人の若者の人生をきみはどう埋め合わせるつもりなのか、きみがどう責任を取るのかということだよ』

『取り返します』

 

 言いたい事を言うだけ。そんな子供以下な記者に対して三雲君は一言で静まらせた。

 

『―――ネイバーに攫われた皆さんの家族も友人も取り返しに行きます。『責任』とか言われるまでもない当たり前の事です』

 

「おいおい遠征まで持ち出していいのか?」

「あ、機密事項か確かに」

「アッチには何度か行ってるけど、家族にはボーダーの合宿って事で話してるからなー」

 

『……彼の言ったとおり、現在ボーダーでは連れ去られた人間の奪還計画を進めている。既に無人機でのネイバー世界への渡航・往還試験は成功した』

 

 城戸司令が三雲君から話しを引き継ぐ。記者は既に三雲君の責任を問わずに意識はネイバーの世界に行く事に向いていた。まるで餌を前にした畜生だ。

 今まで行っていたという『遠征』は無として、これから行く様にする話の流れである。

 

『ネイバーの世界に隊員を送り込むと……!?』

『危険ではないですか? 24人を救うために更に犠牲が出る可能性が……!』

『……そうか、きみたちはこの場合『将来を見越してたかが24人(・・・・・・)は見捨てるべき』という意見だったな』

 

 ……城戸さんを見直した。ただの怖い人じゃなかった。

 そして、今回攫われた隊員だけではなく、第一次侵攻で行方不明になった市民も奪還計画の対象とし、ボーダーへの参加や理解を求める流れで話しを締めに入っていった。

 

『奪還計画の人員はどのように決めるんですか? 三雲くんもそのメンバーということですか?』

『―――基本的にはA級以上の隊員。選抜試験も実施されるだろう。彼が遠征に参加できるかどうかは単純にその条件を満たせるかどうかで決まる』

 

 

 

 記者会見が終わると焼肉メンバーズは自然と解散し、俺は一人になってオペレーターの席に座って考えていた。

 そうか、三雲君がA級を目指す理由って言うのは行方不明者の奪還だったのか。俺の知ってる三雲君はボーダー隊員としては弱いが頭は働くタイプという感じだった。でもそれがガラリと変えられた。彼はヒーローだった。

 三雲君の株をかなり上げていたところで、パソコンの電子音が流れてくる。メッセージを受信したようで、俺はそれを立ち上げて読み上げる。なになに、現在のポイント報告?

 

 スナイパー(ライトニング)  :6520pt

 アタッカー(スコーピオン)  :5875pt

 シューター(アステロイド)  :7820pt

 ガンナー (アステロイド)  :2120pt

 トラッパー(スイッチボックス):1500pt

 

 あれ? ライトニングがポイント増えてない……。1500pt入ってマスター入りしたはずじゃ……。というかシューターのアステロイドがもうすぐマスター? 何で?

 少し下にスクロールするとその理由が書かれていた。

【戦功によるポイントは、最も貢献度の高い『アステロイド』への振分けとなる】

 

「あー確かにライトニング使ってないわ。メイントリガーがライトニングってだけだったのか、あの紙―――はーいどうぞー」

 

 ノックの音に俺は入室の許可を出す。入って来たのは諏訪隊の堤さんだった。しかし、どこか怯えているかのような印象を……ん? 太刀川さんも? 堤さんは太刀川さんに脅されて? いや、その太刀川さんも怯えているのか?

 

「さっさと入りなさいよ~」

「おわっ!」

「は、話せば分かる!」

 

 更にそれを押し込むように入って来たのは加古さんである。ふむ、サイドエフェクト的な観点から察するに隠し事はなさそうなので、俺に何か害があるわけではなさそうである。

 

「……皆さんお揃いでなんでしょう?」

「ネコ! なんてことしてくれたんだ!」

「あまりそういうのは良くないかな~……」

 

 え、責められてる? 何で?

 

「ちょっと~ネコ君は良い仕事してくれたんじゃない。何が不満なのよ?」

「えーと? ……なんなんです?」

 

 太刀川さんと堤さんが加古さんに睨まれながら進言する俺の問題点。

『何故キッチンなんて兵器を作り出したのか』

 

 事の発端はつい先ほどである。焼肉メンバーズが解散し、いずみん先輩が太刀川さんを見つけて、「ネコの作戦室にはキッチンがあった」と言うと、それを曲がり角でたまたま聞いた加古さんと双葉ちゃん。

 そして、たまたま嵐山隊にC級隊員関連の書類を提出しに来ていた堤さんは加古さんに後ろ襟を掴まれ、引き攣った笑みを浮かべたのだという。

 太刀川さんは一人で俺の作戦室へ足取り軽く向かって来ていたのだが、背後にプレッシャーを感じた時には時は既に遅し。俺の作戦室の前で少しだけ「キッチンがあるって聞いたのよ」的なお話しがあり、押し込まれるように入室したらしい。

 

「―――キッチンは兵器じゃないですよ? 火とかは使わないようにIHの要領でトリオン技術を使って、排気とかもちゃんと出来るように開発室の人たちが作ってくれましたし、って加古さん、キッチンに入って何を?」

「創作意欲が湧いたのよ。」

 

 創作意欲? 何か作ってくれるのだろうか? というか、双葉ちゃんは? キッチンの話を聞いたときには一緒にいたのに除け者にしたの?

 

「失礼します。貰ってきました!」

「あ、双葉ちゃん」

 

 双葉ちゃんの手には食堂で見た事があるような食器と、それに乗る食材が何点かあった。

 

「あ、俺忍田さんに呼ばれ―――」

「あら、逃げたら酷いわよ?」

 

 太刀川さんは項垂れ、堤さんは既に諦めたようで食材を見てほっとしている。

 白いご飯やネギなどがあるが、まぁ料理の失敗をしないのであれば、酷いことにはならなさそうである。太刀川さんたちの反応を見るに、加古さんは料理が壊滅的かとも思ったのだが、堤さんのほっとした顔を見るとそうでもない気がする。一応聞いてみるか。

 

「ねー双葉ちゃん。加古さんって料理上手なの?」

「凄く。チャーハンはかなりの確率で大当りです」

「ネコ君も気になってるようね? 今回も創作チャーハンを作ります」

 

 ()? 双葉ちゃんも加古さんも嘘は言ってない。じゃあ何故に怯えるのだろうか? ……例えば双葉ちゃんの味覚が壊滅的だとか? ありえるが、聞くことは出来ないなー。

 

 そうして始まったチャーハン作り。トリオン製のキッチンをワクワクウキウキと加古さんは使いこなし食材を切っては華麗に炒めていく。はー上手いもんだ。コレなら何も心配いらないんじゃないだろうか?

 

「ネコのせいだ。俺は悪くないのに……」

「何ブツブツ言ってんですか、ほら、美味しそ……あれ?」

 

 アレは冷蔵庫に入っていたはずのココアでは? 冷蔵庫にしまい忘れたか? そう思ってキッチンへ入り、ココアの紙パックをしまおうとしたのだが、ここで爆弾発言が投下された。

 

「あら、ネコ君。まだ使うから待ってね」

「なん…だと…?」

 

 使う? ココアを? 何にだ? チャーハンに? まさか……いや、加古さんは今なんと言った? まだ使う(・・・・)と言わなかったか? もう既に使って……!?

 そういえば俺の大好きなココアの香りが部屋に充満しすぎてないか? いつからだ? 一体いつから俺はココアの香りに騙されていた?

 

「一品目出来たわ」

 

 加古さんの目が見れない。だ、駄目だ。俺がココアを嫌いになってしまう。それだけは……。

 

「早く食べなさいよ太刀川くん」

「加古さん、太刀川さんが息してません」

 

 食う前に死んだー!!

 

「んー双葉、鳩尾に拳を突き入れてみなさい」

「この辺ですか?」

「ふごっ!!」

 

 無理矢理生き返させられた!?

 双葉ちゃんも躊躇無く容赦無く行ったな。太刀川さんトリオン体じゃないのに……。

 

「いただきます。でしょ?」

「い、いてぃぁだきゃまふ……ガっ……」

 

 もう、ちゃんと喋ることすら……。一口で機能停止した姿を確認すると、俺はもう太刀川さんを見ることが出来なかった。

 

「二品目、出来たわよ……堤くん」

「っ!?」

 

 は? 俺は気絶でもしてたのか? フライパンは一つしかないし、キッチンだって広くはない。それなのにココアを使ってない二品目だって? そんな馬鹿な。気が付けば既にココアの香りは消えている。

 

「い、いただきます。……がっふっ……ごっ……」

 

 う、動きが止まったー!!?

 動け、動いてよ! 今動かなきゃ何にもならないんだ! 動け、動け、動け! 動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動いてよ! 今動かなきゃ、今やらなきゃ、みんな死んじゃうんだ! 出来たばかりの俺の作戦室でそんなの嫌なんだよ! だから、動いてよ! 堤さーん!!

 こっちも一口で停止した……。駄目だ、太刀川さん(メイン)堤さん(サブ)(シールド)がこうもあっさりと破られるなんて……。

 

「さ、私達も食べましょうか」

「ひぅっ!?」

「はい、いただきます」

 

 双葉ちゃんが躊躇なく再起動もしない二人をソファーからどかし、座り、手を合わせる。

 

「ほら、ネコ君も。キッチン貸してくれたお礼にどうぞ?」

「マジかー……マジかー……」

 

 俺は既に心の内で泣いていた。お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。それもご飯を食べるだけで先立つ事に本当にお許しを……。

 太刀川さんの食べた米がココア色に染まった『大人の甘さココアチャーハン』堤さんの食べた卵の代わりにぷっちんするプリンを使って作った『エビプリンチャーハン -グリコ風-』とは全く違う見た目のチャーハンが俺の目の前にあった。そもそも俺の冷蔵庫から勝手にプリンとココアを使って……。

 食欲を掻き立てる香りも、色鮮やかな見た目も、その全てが動かぬ彼らを見ているだけに怪しい。

 

「……あ、あー俺、さっき東さん達と焼き肉いっぱい食べて来てお腹いっぱいでー」

「一口だけでもいいから食べてみてくれるかしら。ね?」

 

 もしゃもしゃと美味しそうに食べている双葉ちゃんを見るが、彼女の味覚はやはり壊れているのだろうか? 遺書も書いてないのに……。

 

 意を決して、俺はスプーンを取り、一口だけ口に運んだ。口の中で小爆発が起きる。卵が完璧なふわふわ感を残し、米はパラパラではなくしっとりさを残している。決してベちゃっとはしておらず、ピラフとチャーハンの間ぐらいの絶妙な火加減だ。コレを初めてのキッチンで再現したというのか!? 気が付けば一口どころか残さず食べきっていた。

 

「ふふふ、満足いただけた様でよかったわ」

「凄く美味しかったです!」

 

 味覚がぶっ壊れてるとか思ってごめんね双葉ちゃ……。

 もしゃもしゃと先ほどよりもやや無感情といった面持ちで彼らの時を止めたチャーハンを食べ切ろうとしている双葉ちゃんを見て、俺は思った。味覚と胃袋が強いんだこの子……。双葉、恐ろしい子!

 

「―――キッチン貸してくれてありがとう。また来るわね」

「お邪魔しました」

「マジかー……」

 

 トリオン体になった加古さんと双葉ちゃんは二人を引き摺って運び去って行った。容疑者が被害者を山に捨てに行くが如く運ばれていく様を見送り、俺もまた共犯者なのだろうかと少しばかり困惑しつつも、太刀川さんの台詞を思い出す。

 

『何故キッチンなんて兵器を作り出した! お前のせいで俺達は―――!!』

 

 キッチンが兵器なんじゃない。使う人が兵器を生み出すのだ。知らんけど。

 

「あー生きてるって素晴らしい」

 

 俺はココアを飲んで、何となく親への日ごろの感謝のメールを送るのだった。

 

 

 




感想、評価、質問、ご意見、誤字脱字報告など随時受け付けております。


◆原作との相違点◆
前回に書けばよかったのですが、お分かりの通り、大規模侵攻による死者が出ておらず、攫われた隊員も少なくなっております。

◇三雲君の評価を上方修正するネコ
自分に出来ない事を平然とやってのけるメガネに『正義の味方(ヒーロー)』を見ました。全てを正直に発言できる彼に、ネコは興味を持ったようです。

◆ネコのトリガーポイント
安心してくださいマスタークラスになってませんよ。コレに関しては別にネコは落ち込みもしてないです。ただ、スーパーのポイントカードと同じ様にポイントが増えるのが好きなだけです。
トラッパーに関してはポイントがあるのかも少々疑問ですが、開発室に通っていた時期にスイッチボックスで遊んでたら鬼怒田さんがポイントくれたという無駄に終わるかもしれない設定です。
この他の弧月などのポイントに関しては必要に応じて今後書いていきたいと思います。

◇容疑者Xの献身
加古さんのチャーハンは当たりが8、外れが2とのことですが、スマホゲームのガチャの如く、10回引けば2が外れとは限りません。5作って、2外れでもおかしくありません。でも双葉ちゃんの言うとおり、かなりの確率で大当たり、ほんの少しの外れがあるだけです。
ネコも流石にココアチャーハンは無理のようです。
献身的に最後は運んで頂きました。



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30 ネコ三日会わざれば刮目して見よ

遅くなりました。
まだチームランク戦に入らないというノロノロペースにもう少々お付き合いください。




 1月もあと2日で終わり、チームランク戦の時期が近付いていた。

 俺には関係ないと言いつつも、忍田さんから「出るように」と釘を刺されれば内心で嫌な顔をしつつも出なければならない。ランク戦の意義は……あー……訓練生の時に説明を受けて……、正確には覚えてないけど、技術向上や連携などの底上げ、またそれだけに留まらず、トリガーの問題点などの検証という観点から見ても重要な役割を持っている。って感じだったと思う。

 だがしかし、俺は一人である。チームメイトという存在はこの作戦室には居らず、オペレーターさんですらレンタルしてこないといけないのだ。最低限必要なのはオペレーターさん。

 ここで更なる問題が浮かび上がってくる。仮に俺が参加する初戦をおサノ先輩が空いていてオペレーターを頼んでOKだったとしよう。それ以降の戦いで諏訪隊が対戦チームになったら情報は筒抜けである。サイドエフェクトで情報を騙す? 情報を相互間通信するオペレーターの意味ないよね! A級のオペレーターさんに頼む? A級のランク戦に上がった時に結局は同じ事が待ち受けてるよね!

 じゃあ専属のオペレーターを探す? いやいやいや、これまでだって一人でやって来たし、師匠探しだって基本的に上から目線で「弟子になってやってもいい」とか考えてる俺だよ? 今更誰かに頼むっていうのも気が乗らない。

 沢村さんとかなら本部長補佐だから情報が漏れる事もないだろうけど、忙しくてそんな暇なんてないだろう。

 

「ランク戦の度にシフト空いてる人を探すのも面倒なんだよなー。……お? うさみん先輩か。もしもーし」

 

 そんな悩みを抱えてる時に着信音が作戦室を包み込んだ。玉狛支部のオペレーター宇佐美先輩である。

 

『一人の作戦室はどうかなー。陽介から面白い部屋だって聞いたけど』

「んーはい。開発室の人たちにキッチンを作ってもらいまして、休憩所行かなくてもココアがアイスもホットも飲めるようになりました」

 

『ほーほー。今度私も遊びに行くねー。でもねー、今回はネコ君が来てくれないかなー?』

「はい?」

 

 

 

 

 

 ―――玉狛支部に辿り着く。

 ここに来るのは久しぶりだ。俺は玉狛支部も兼任という枠組みなので、いつでも来ていいらしいのだが、本部に作戦室は用意されたし、ここに来る必要があまりない気がする。本部では防衛任務のお仕事がシフトで割り振られており、いつもの様にレンタルで活動している。でも玉狛の人達と組んでっていうシフトはない。ここに来る意味がないのである。

 『詳しくは来てから話す』という事で、何で呼ばれたかも分からぬまま、俺はトリガーホルダーを玄関扉脇のボードに当ててドアを開ける。

 

 ドアを開けた瞬間にサイドエフェクトが違和感を越えて、隠れ潜む人物の危険性を俺に伝達する。しかし、いきなりすぎて俺は何も出来ずに固まってしまった。こんなことならトリオン体になっているんだった。

 

「っ!?」

「捕まえたー!!」

 

 俺は玄関に入った瞬間に真横から頭を抱えられるように捕獲された。俺の顔に長く明るい茶髪が掛かる。

 

「小南先輩!?」

「何でずっと来なかったのよ!? 捨てられたと思ったじゃない!!」

 

 え、何その彼氏彼女の関係が縺れたっぽい様な発言。しかもポカポカと叩かないで下さいよー。つか、びっくりしたなーもう。小南先輩の大声を聞いて奥から呼び出してきたうさみん先輩がやってきた。

 

「ネコ君ごめんねー来てもらって。えーとね、御覧の通りこなみがちょっと困った事になってて手が付けられなかったんだよねー」

「はぁ……どういう事でしょう?」

「こっちが聞きたいわよ!」

 

 えー……俺も聞きたいんだけどー……。

 

 しばし話を聞き理解するのにお時間を頂戴した。

 小南先輩との初めての10本勝負。結果は3勝6敗1引き分けだった。あの時はサイドエフェクトの確認というテストでここに来たのだが、小南先輩は3敗もしたとショックを受け再戦。結果はサイドエフェクトが全く機能せずに0勝10敗で負けた。―――というのが以前玉狛に来た時の結果だ。

 あれからサイドエフェクトも上手く使えるようになってきたし、派閥争いの黒トリガー争奪戦にも巻き込まれ、その後は模擬戦漬けの日々、その次は大規模侵攻が来るぞーと大騒ぎし、入院もして、更に極めつけには玉狛に用がないから来る事はなかった。

 その間、何と小南先輩は滅茶苦茶悩んでいたらしい。

 

『弱くなってるじゃない!? さっきのは何だったのよ!?』

 うん。小南先輩のこの発言は俺も覚えている。サイドエフェクトが使えないとボコボコに負けると理解した1日だった気がする。

 

 あの後、俺が帰って数日して、遊真といつもの様に模擬戦をする小南先輩は、休憩中にふと「あれ、そう言えばネコは今日も来ないの?」と疑問を口にすると、とりまるが「言いませんでしたっけ? 小南先輩にイジメられて嫌になってもう来ないって言ってましたよ」と辛めの嘘をついた。「イジメてないわよ!? あ、でも謝らないといけないかな……」と真に受ける小南先輩だが、とりまるもすぐに「まぁ嘘ですけどね。本部で忙しいんじゃないですか?」と言ったらしい。怒る小南先輩と平然としているとりまる。いつもの光景である。その場はそれで終わったのだが、小南先輩はその日から徐々に負の感情を溜めこんでいった。

 

「それにしてもネコは本当に本部で忙しいの? ネコも貰うって言ったのに……もうっ」

「今日も来ない。ネコのくせに気まぐれなんだから……まさか本当にイジメられたって勘違いしてて……?」

「今日も防衛任務!? そんな連日シフトなんて……」

「やっぱり私、模擬戦でやりすぎたかしら……」

「え!? 太刀川と模擬戦をしたの!? ネコが半分近く勝ったの!? わ、私の方には来ないのに……え!? これからしばらくトップグループと模擬戦なの!? うぅ~なんでよぉ~……」

「ネコも入院!? わ、私がちゃんと面倒見てあげてれば……お見舞いに……あ、でも迷惑かな……」

 

 などなど、ダークサイドに落ちる結構手前の方ではあると思うのだが、考えすぎである。いや、もう最後のは加害妄想に近いのではないだろうか? 何で小南先輩のせいで入院したんだよ? お医者様が言うにはストレス。ボーダーの観点で言えばサイドエフェクトの使い過ぎだからね?

 今だからこう言えるのだが、寝ても覚めても「ネコが私のせいで~ネコが~」と元気ない時もあったそうな。その度にとりまるが「まだ言ってんすか?」と、そんなわけ無いと言ったり、うさみん先輩が「玉狛支部も兼任するってメール着てたし、その内来るよー」と宥めたりもしたが、負の感情は今日まで続いていたそうな。

 昨日になって、うさみん先輩も「そろそろ来てもらわないと小南がねー、明日連絡してみようかな」と迅さんに相談すると、迅さんも「うん、呼べば来るみたいだな。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」と未来もほぼ確定したらしい。

 で、うさみん先輩が俺に電話して、「ネコ君が来る」と小南先輩に伝えると、玄関で捕獲しようと待ち構えていたようだ。

 

 

 

「―――じゃあ別に私との模擬戦が嫌で来なくなったんじゃないのね?」

「そんなまさか、模擬戦相手だったとしても可愛い人との方が嬉しいですし」

 

 太刀川さんとかよねやん先輩とか戦闘民族はもう嫌だ。個人戦ならまだポイントが動いてメリットを感じるが、小南先輩は髪形も変わるし、ボーダーのトリガーとは違うしで面白い。そういう意味も込めてお世辞を述べると、不安がってた顔は一瞬で消え……。

 

「ちょっとネコ、やめてよねそういうお世辞。お世辞じゃないかもしれないけど!」

「お世辞じゃないですよ? 本当に可愛いです。先輩かわいいー!」

 

 何だこの生き物は小動物を見ているかのようである。俺の方が小さいはずなのだが……。褒めれば褒めるほどかわいいじゃないか。照れて手が出てくるけど甘んじて受けよう。

 ぺしぺしと軽く頭を叩かれてしばらくすると、その手は俺の後ろ襟をがっしりと掴んでいた。

 

「じゃあ早速模擬戦ね!」

「マジかー……」

「がんばってねー」

 

 

 

 

 

 トリオン体になって連れ込まれたトレーニングルーム。

 

『いやー新しい隊服の事は聞いてはいたけど、いいねー。やっぱり『玉狛のブラックキャット』で売り出そうぜ』

 

 と、うさみん先輩に言われる。小南先輩も少し興味があるようで戦闘前に会話となる。

 

「アンタ本当にA級になったのね。どうして? チームランク戦で上がったわけじゃないんでしょ? そんな特例……」

「サイドエフェクトじゃないですか?」

 

「サイドエフェクトだけでA級に何て上げるわけないでしょ」

『迅さんも一枚噛んでるよこなみ』

 

 あーそう言えば俺の部隊章を決める時にいたなあの人。B級に上げたのは俺が攫われる可能性があったからだって言ってたけど、じゃあA級にまで上げたのは何でだ?

 迅さんは俺の未来が視え辛いって言ってた。つまり俺以外の俺に関係する第三者を視て進言したんだろう。A級に上げるべきだと。

 その第三者の人と迅さんが俺をA級に上げるメリットは何だ? 固定給を出さなくちゃいけなくなるし、作戦室だって作らないといけない面倒さもあるはずである。やっぱ城戸司令だろうか? その可能性が高い。怖い顔してるけど俺に対して結構優遇してくれてる気がする。このネコ耳フードはおかしいが。今のところ俺にはメリットしか無いし重く受け止める事もなく特に気にしていない。将来的に「え? でもネコはA級でしょ?」って感じで迷惑事を押し付けられそうになった時には気にしよう。まだ慌てるような時間じゃない。

 

「―――サイドエフェクトね。前の模擬戦の時も使ってたんじゃないの?」

「サイドエフェクトが分かってなかったというか、使いこなせてなかったというかって感じですね。今は結構大丈夫ですよ」

『こなみとネコ君のトータル戦績は16-3-1だからね。太刀川さんも結構やられてるらしいし、面白そうだね。始める?』

 

 小南先輩は斧を手に起動させると「そうね始めるわ」と言って構えを取る。俺も溜息一つ吐いてスコーピオンを……あれ? スコーピオンのはずがアステロイドキューブが出てきた……あっ! 那須先輩と模擬戦とかやってた時のまんまだ!

 

「相変わらずでかいキューブね……行くわよ!」

「ちょま!」

 

 0-1

 あっさりと胴体にお別れをした俺に唖然とする小南先輩。「何て手応えの無い弱さ……」とでも言いたげな顔である。

 

「今のは違いますから。トリガー設定を忘れてただけですから」

「あ、うん。私も返事を聞く前に行ったから……で、でもキューブ出してたし準備良いと思うじゃない!」

 

 謝ってきたと思ったらすぐに逆切れしてきた。まぁ俺も悪いんだけどね。えっと、思い出したぞ。合成弾出来る様にメインもサブも同じ構成にしたんだ。

 

【メイン・サブ】アステロイド・バイパー・ハウンド・メテオラ

 

 うん、確かこうだった。練習だしいいよねって感じでシールドすら無く、そのままにして忘れてたのだ。アステロイドがメインとサブに一つずつ設定されているならばサイドエフェクトでバイパーなどに騙し変えることは出来るのだが、那須先輩が近くにいては異常に見えるトリガー設定を見せるわけには行かなかったからだ。

 だって、アステロイド以外はシュータートリガーがないのにバイパー放てたらまた「疲れ目きたかも……」とこちらも困ってしまう展開が待ち受ける形になってしまう。

 

「―――うん、思い出しました。とりあえず大丈夫です。でも、5本ぐらいで一旦休憩でいいですか? 使い辛い構成にしてあるんで」

 

 そうして始まった2本目。俺は両手にトリオンキューブを作り出す。

 

「やっぱりシューター仕様よね……」

 

 小南先輩は斧を片手に持ち、もう片方にはトリオンキューブを起動させる。アレはメテオラか……。

 俺はシールドもテレポーターもないのでとにかく接近戦は避けるべきと判断し、とりあえずアステロイドを前方に、バイパーを周囲にばら撒いて後退する。小南先輩はそれをある程度避け、斧で切り裂き、メテオラを俺の周囲を狙って放つ。

 俺はメテオラを撃ち落すイメージでハウンドを放つ。メテオラはハウンドに襲い掛かるように全弾撃ち落し、その隙に更に距離を取った。

 

「全部撃ち落した……!? なんて正確な弾道なの……」

 

 驚きの声が聞こえてくるが、その間を使わない手は無く、俺は更にキューブを作り続ける。アステロイド・ハウンド・バイパー・ハウンド・クラスター・メテオラ・ハウンド・バイパーと連続で放てば勝負は決着した。

 

『こなみダウン。トリオン供給機関破損』

「……今の何?」

 

 俺の位置からだとどれで撃ち落せたか分からないが、多分視界を塞いでるうちに放ったネコクラスターではなかろうか? あれは何だ……合成弾の位置付けだろうか。メテオラ成分とアステロイドを配合したクラスター爆弾である。

 

『こっちではハウンドで落ちた様に見えたけど?』

「ハウンド? ……あの時もそうだった。ネコのシュータートリガーは異常だった。上で待機するハウンド? あんなのトラップじゃない」

 

 そんな言葉を聞きつつ俺は思った。小南先輩も太刀川さんと同じ様なアタッカースタイルなので、手数で何とかなるケースが多そうである。

 3本目からは俺はバイパーとハウンドで弾速は捨てて先ずは弾幕を形成した。かなり細かい散弾が小南先輩に飛んでいく。

 3本目はこれで勝利。4本目はこれをメテオラと斧で対処されるものの、「―――弾幕を越えると、そこは更なる高速の弾幕の世界でした」と言わんばかりに大量にばら撒きまくったバイパーが小南先輩を襲って勝利。5本目も同様だが、最後はフルハウンドで射抜いた。

 

「っしゃー」

「強いねーネコ君」

「むむむ……は、早くちゃんと設定したトリガーにしてきなさいよ!!」

 

 言われて俺はトレーニングルームを出る。那須先輩との特訓のおかげでトリガーホルダーのチップ交換は慣れたものになっていた。サイドエフェクトがあることは伝えてあるし、小南先輩はA級とは言えランク戦に不参加というトリガーなわけだし、対応も何もないだろう。そう思って俺は好きにいじる事にした。

 

【メイン】弧月・旋空・グラスホッパー・シールド

【サ ブ】ライトニング・アステロイド・スイッチボックス・シールド

 

 さて、開発室での訓練を卒業してからだと初めてスイッチボックスを入れてみたがどうだろうか? 弧月も『風刃』を見てから試してなかったし、いい機会だろう。うさみん先輩が見ているモニターも意識して普通に映るようにしてみよう。

 

 

 

『それじゃあ改めて5本勝負だね』

「初めてじゃない? 私の前で弧月(それ)使うの」

「俺のサイドエフェクト、分かりやすく見せてあげますよ」

 

 小南先輩は斧を振るうが、先ほどよりは緩い攻撃だ。俺のサイドエフェクトの様子見をしているのだろう。俺はバックステップでそれを避けると弧月を両手持ちにする。別に両手じゃなくても出来るんだろうけど、初めてなわけだし、集中したい気持ちでそうしただけである。

 

「……何? ―――っ!? アンタそれ……!!?」

『嘘ぉ!?』

 

 俺の持つ弧月のブレードの根元から1本、また1本と揺らめくトリオンの光の帯が現れる。その帯は6本ほどまで増えた。

 

「風刃……!? 栞!」

『ううん、確かにネコ君は正規のボーダーのトリガーを使ってるはずだよ。隊服もネコ隊のものだし間違いない』

 

 俺が片手持ちに切り替えると、小南先輩はハッとして距離を詰めてくる。風刃ならば間違いなく距離を開けるメリットは無い。だって小南先輩は近接系統に特化したトリガー構成なのだから。

 俺はスイッチボックスをイメージする。パソコンをカタカタせずともショートジャンプするイメージだ。そして俺は小南先輩の目の前から消えた。

 

「っ! テレポーター!」

「残念こっちっす」

 

 小南先輩の真横に出た俺は弧月を振るうが、ギリギリでシールドに阻まれる。そこで俺はグラスホッパーで距離を取る。

 

「旋空弧月6連!」

 

 風刃の様に見える範囲へ斬撃を飛ばす事は無理である。あれは風刃ならではの能力だ。俺のサイドエフェクトで出来る限界点は相手に風刃だと一瞬でも思い込ませること、そして、オプションの旋空でまとめて一気に斬撃を伸ばす事である。しかも向き合っていた場合は相手の背後から斬撃を伸ばせるとかは出来ない。ザックリとした斬撃の稼動範囲だが、相手の左右から前方のおおよそ180度ぐらいだろう。

 それが6発分。全ての斬撃を斧とシールドで完璧に防ぎ切る事は出来ず、小南先輩は掠り傷でダウンした。

 

「っしゃー!」

「アンタのサイドエフェクトって何よ!?」

『ネコ君、A級に上がってトリガーを弄ってもらった?』

 

「いーえ。基本的には変わってませんよ。色とかデザインが変わったぐらいらしいです。俺のサイドエフェクト分かります?」

「トリガーは基本のまま、でも風刃みたいに見せたり、テレポーターの視界情報がデタラメ……視覚誤認とか?」

『モニターにも同じ情報が出てるから視覚誤認じゃないね。ネコ君、もしかしてだけど、それで入院したの?』

 

 玉狛ならいいやと思い俺は正直に話す事にした。玉狛第一はランク戦に絡んでこないし、玉狛第二はヒーローの三雲隊である。迅さんは知ってるわけだし、隠す意味があまりなさそうである。

 俺の騙しのサイドエフェクトを知ると、小南先輩は「ズルい!」とヘッドロックをかけてくるが、うさみん先輩は納得がいったようだ。

 

 

 

 

 その後も何度か戦うが、一瞬で距離を詰められたりした場合は俺の負けが多くなる。太刀川さんや風間さんの時もそうだ。グラスホッパーだとか、旋空だとかで一瞬で距離を潰される時が対処できない事が多い。

 そして、小南先輩は防衛任務の時間となり出かけて行き、宇佐美先輩と談笑していると三雲隊の面々がやって来た。

 

「お、ネコ先輩だ。どうも」

「こんにちは」

「お見舞いありがとうございました……あの本は、あ、いえ、何でもありません」

 

 うん、今の反応で分かったよ。恋愛小説は役立たなかったようだ。

 

「三雲…ン。傷は大丈夫なの?」

「み、みくもん? あ、はい。おかげさまで退院できました」

 

 危ない危ない。いきなり目の前にテレビで見たヒーローが現れたから『三雲さん(・・)』って言いそうになってしまった。その結果、どこかのご当地ゆるキャラっぽくなったがまぁいいだろう。

 

「三雲隊は遠征部隊を狙ってるんだっけ?」

「はい」

 

「応援してるよ。場合によっては邪魔しちゃうかもしれないけどね」

「ふむ、邪魔とは? ネコ先輩はランク戦に出られるのか? チーム組んでないんでしょ?」

「ふっふっふー。知らない人もいるみたいだから説明するとね。ネコ君は我が玉狛支部所属になっているのだよ」

「え!? 本部から転属したんですか!?」

 

 お菓子を食べていた遊真が会話に参加してくる。うさみん先輩は一から説明するように俺の説明を始める。驚く三雲君を落ち着かせつつ、A級に上がってた事。隊が作られた事。だからチームランク戦にも参加できる事。そして、玉狛支部の兼任について。

 

「―――。一人で隊を作ったんですか……オペレーターさんはレンタル。迅さんと城戸司令が動いて……」

「そう、城戸司令とか暗躍のエリートが動いてそうなった。で、本部所属は変わらずで、玉狛支部(ココ)も兼任するって感じ」

「ふむ、よくわからん」

 

 俺も分からんよ。でも固定給出るし、作戦室あるし楽しいよ?

 

「あ、そうだ! 三雲隊って確かランク戦開幕初日が初戦だよね?」

「はい。隊服とか間に合わないかもしれないんですけど」

「オサムもな。治らないだろ」

 

 おぉ、隊長が出れないとな? 更に好都合だ。

 

「俺もランク戦初めてなんだけどさ、B級からの参戦だからよろしくね」

 

 そして、俺はスーパーに行くと言って玉狛支部を後にした。ふむ、初戦は様子見で玉狛を助けようじゃないか。

 

 

 

 

 

 ―――。

 音無ネコが玉狛支部を去っていた後に三雲隊と宇佐美栞は話し合いを始めていた。

 

「ネコ先輩が初戦の相手……」

「『よろしくね』って、随分と好戦的な感じだったな」

「うむむ……まずいかなー。さっきもこなみと模擬戦やってたんだけどね? 前に来た時と全然違って、20戦中16本はネコ君が勝ってるんだよねー……」

「ほう、小南先輩から10本中8本取れるのか……楽しみだ」

 

 不安がる雨取千佳。

 参加できない体調だが、作戦を練らなければと思う隊長の三雲修。

 玉狛第二のオペレーターを務める宇佐美栞も初戦から個人でもトップクラスの戦闘能力のある小南桐絵を圧倒し始める存在に困惑する。

 嘘を見抜くサイドエフェクトを持つ空閑遊真ではあるが、音無ネコの言葉に嘘偽りは無く、サイドエフェクトには何も引っ掛からなかった。逆に強者との戦いに期待感を持ち始めていた。

 

 

 

 

 

「―――あ、オペレーターさん誰に頼むか決めてねーや」

 

 俺はスーパーのりんごを手にすると思い出すのだった。オペレーターさんがいなくてはランク戦に出ることも出来ない。俺はりんごを見つめて思う。別にオペレーター専任でやってる人でなくても良かったりするのではないだろうか?

 別に細かい指示はいらない。玉狛第二の手伝いだし。そしたら相手の居場所とかだけ教えてくれるなら良いんじゃないだろうか? 俺は少し高いりんごをカゴに入れて買い物を続けた。

 

 




感想・質問・ご意見・誤字脱字報告・お気に入り登録・評価等々、有り難く頂戴いたします。


◆ネコ三日会わざれば刮目して見よ
 今回はネコの急成長してましたって話。本部所属のトップグループはよく模擬戦なり個人戦やってたので、割と知ってるのですが、玉狛支部(特に小南)はどうでしょうか?

◇スイッチボックスをパソコン無しで使うネコ
 使い方を知ってればいいのです。後は「こんな感じ?」ってな風に成功失敗も含めて使えるようになって行きます。グラスホッパーのピンボールの様に、ショートジャンプを繰り返す未来があるのかも。

◆旋空弧月6連
 6発の旋空弧月が一気に相手に伸びるだけ。でも旋空弧月だからシールドでも防ぎきれずブチ破れる威力があるでしょう。
※この場合、相手のシールドまで器用に騙す事は難しいネコです。並列思考は難しい模様。

◇玉狛にサイドエフェクト内容を伝えたネコ。
 遊真の耳に入ったらどうなるんでしょうね。

◆勘違いする玉狛支部
 恐らく「よろしく」って言った時のネコの顔が『あっスーパーに買い物行かなきゃ!(キリッ)』って感じの顔で「やったんぞーおりゃー」という風に取られた模様。

◇オペレーターさん
 次回で決まりますが。正隊員であれば問題ないと思うんですよね。レンタルなわけだし、その辺は独自設定。ただ、話しの展開次第では結局は正規のオペレーターさんになる可能性もあります。誰がいいかなー。



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31 ネコ+クマ≠パンダ

お気に入り登録1170件です。本当にありがとうございます。



 俺は作戦室で現実逃避の意味を込めつつも落ち着くために雑誌を読みながらココアを飲んでいた。何の現実逃避かっていったら明日から始まるチームランク戦の件だ。未だにオペレーターさんの件を依頼していない。

 このままではランク戦不参加で忍田さんに怒られ……いや、まだだ、まだ慌てる時間じゃない。まぁ数十分も後になってしまえば慌てる時間が来るのかもしれないが、今はまだココアタイムである。

 

 カップから口内へと入り込んでいくココアの香りを聞きながら、ふと少し前の風間さんと加古さんの会話を思い出した。迅さんが未来予知した事を踏まえて俺の周囲の人間に依頼して『ネコ育成計画(多分そんな名前付いてない)』なるものを進めている事を。

 実際はどうなのか知らんけど、主にA級グループの人が俺のところに遊びにきたり(戦闘バカがやってくる)、最近では飯を注文しにきたり(「ココアチャーハンにしてやる……」と呟くと逃げる人がいる)、個人戦や模擬戦に誘ってくれたりと(結局は誰かしらに連れ出されて戦う)、コミュニケーションを取ってくれている。ありがたいことである。あーあー本当にありがたいねー。

 

 パソコンにメールが入る。確認すると、明日から始まるチームランク戦の大雑把な内容が記載されていた。

 差出人は沢村さんだが、忍田さんがメールを送るように言ったんだろう。まだ参加申請の報告をしていないのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが、逃げ道があるかもしれないという淡い期待に「お前の逃げ道ねーから」と言われている気がする。

 

「ぐぬぬ……今日中にオペレーターさんを探さなくては」

 

 ボーダーと言うのは仕事場ではあるのだが、ランク戦に参加するのは学生がほとんどである。ともすれば毎日ボーダーに来る人も珍しいのだ。俺は作戦室も作られたし結構来てる方だけど、防衛任務時にしか来ないという隊員も少なくは無い。とりまるの様にバイトしてる人もいるのだろう。

 別にそれが悪いわけじゃない。ただ、今回に限って言えば、防衛任務で空いてなかったり、そもそも本部に来る予定がない人を「もしもし俺俺ー。チームランク戦出るからオペレートよろしくー」なんて呼び出すのもおこがましい話しである。

 

 今更ながらではあるが、A級のオペレーターさんは除外だろうか? 参加するランク戦がB級である以上、依頼すべきはB級の人だろう。A級でもB級でも俺は構わないのだが、オペレートの経験値とかで差が出てしまう可能性もあるのかもしれない。詳しく知らんけど。

 

「やっぱり昨日買ったりんごの下ごしらえをして正解だったかな?」

 

 俺はハチミツと水で軽く煮詰めた薄切りにしてあるりんごの入った鍋を見やる。そして、もう一度雑誌に目を戻す。甘く煮詰めたものを『フィリング』というらしいのだが、このアップルフィリングを春巻きの皮で包んで、マーガリンを入れたフライパンで焼き上げれば、なんと簡単にアップルパイが出来るのだ!

 ……そんな馬鹿な。春巻きの皮でアップルパイ? そう思っていた俺は既にいない。りんごをそのまま渡して「オペレーターしゃっす」って頼んでも何か違う気がする。でもこれが少し手を加えた『春巻きアップルパイ』ならどうだ? アップルパイみたいに調理器具も要らないし作るのも大変ではない。それでいてオヤツである。

 ……まぁ雑誌を見てりんごを切った時点で決まった事ではあるんだけどね。

 

「よぉネコ、個人戦どうだ! おっ良い匂いだな! 何か作ってるのか!!」

「うるせぇ! ココアチャーハンぶつけんぞ!!」

 

 太刀川さん改め、バカダンガーは架空のココアチャーハンに怯えて去って行った。いきなり入ってきて、速攻で去っていく。嵐のようなバカである。

 

 ちなみに、『バカダンガー』とは加古さんに聞いたのだが、―――『―――太刀川君ってねー『DANGER』を『ダンガー』って読んだらしいのよ、あれを聞いた時は、何でも許そうと思ったわ』―――あれを聞いてて自分の事じゃないのに何故か顔から火が出るほど恥ずかしかった。全く、恥ずかしいったらないよ! ソロランク1位だし戦術面でも戦闘面でも凄い人だと思ってたのもあり、その落差は計り知れなかった。それを抜きにしても今回は邪魔されるわけにはいかない。この話しを聞いて以降、俺は太刀川さんをバカダンガーと呼ぶことがある。常にではない。イラッとした時だけである。……今のところは。

 

 俺は全てを焼き上げて一つ味見をしてみる。……ほう、これは美味い。でもあれだな、カスタードクリームとかあると更に美味い気がする。でも流石にカスタードクリームなんてシュークリームとかで食べた事はあっても作り方は知らんし、この雑誌にも載ってない。時間もないし、完成だ。いや、『オペレーター引き受けてくれたら完成品を用意しますよ』とか言って釣っても良いかもしれない。

 いや、待てよ? それなら更に踏み込んで『これが食べたかったらオペレーターを引き受けることですね』と要求してもいいのでは……いやいや、だから何で上から目線だ。だから俺は駄目なんだ。

 俺はくだらない事を考えながら完成品を紙皿に用意した後、探し人へ連絡を取るのだった。

 

 

 

 

 

 探し人であったクマちゃん先輩は本部に来ていたようで、更にタイミングよく個人戦を終えたところだった。何でクマちゃん先輩かって? 昨日スーパーでりんごを手に取った時に『あーりんご好きって言ってたなー』という些細な切欠だ。小夜の方がいいかもしれないけど、自宅警備の邪魔をしちゃいけない。それに気兼ね無い感じがいいよね。緊張もしなくて済むよ。やったねネコ君、オペレーターを頼めるよ。受けてくれるとは確認してない。

 そんな明日のオペレーター候補さんはすぐに来てくれた。

 

「―――へぇ、キッチンがあるって噂は本当だったんだ」

「早速ですが、これを」

 

「春巻き? いや、甘い香り……どうしたの?」

「クマちゃん先輩がりんご好きって言ってたから作ってみました」

 

「へぇ、いただきます……んー! 美味しい! ネコは何でも出来るねー」

「食べましたね?」

 

「え、た、食べたけど? 何よ? 失敗作だったとか?」

「食べていいとは言ってないのに食べましたね。あーあー食べちゃったかー。どーしよーかなー困ったなー困った事になってるぞー」

 

「た、食べるように仕向けといて? 何が目的なの?」

「話が早くて助かりますよ先輩」

 

 ふっふっふ、と悪く笑う様にしながら俺はクマちゃん先輩に向き直る。

 

「チームランク戦でオペレーターやってくださいお願いします! 俺が困った事になってるんです!」

 

 

 

 しばし説明をして、「小夜子には聞いたの?」という話も出るが、連携に難がありそうだという事で今回は見送らせてもらうと説明する。

 

「―――ふーん……まぁネコならどこのオペレーターでも引き受けてくれそうだけどね……そもそも私オペレーターなんてやった事無いよ」

「そこはほら、何とかなりますってー。座ってるだけでも大丈夫ですってー。それに今後の那須隊のチームランク戦の下見も出来ると思うんでどうでしょう?」

 

「そりゃあ当たるチームになるなら相手の動きとか見れるのはありがたいけど、別にログでいいしねぇ……一応聞くけど、どことやるの?」

「え、知りませんけど? メールには載ってなかったんで」

 

 「んなわけないでしょ……」と言いつつ、溜息を吐いてオペレーターさん用のパソコンの席に座るクマちゃん先輩。俺が後ろからそのパソコン操作を見ていると、見落としていたようで気付かなかったファイルをクマちゃん先輩は開いた。添付ファイルである。

 

「書いてあるじゃん……初日の夜の部で吉里隊・間宮隊・玉狛第二・ネコ隊。ここだよ。ちゃんと添付も確認しないと駄目でしょ」

「ほう、玉狛以外知らない。おぶっ」

 

 添付ファイルの見落としに対する謝罪も、それを発見して頂いた感謝も無く冗談めかしてキランとしている俺にクマちゃんチョップが飛来する。

 

「しかも初日って……明日だと那須隊(うち)は防衛任務だから間に合わないかもね」

「マジかー……」

 

 俺は紙皿ごと春巻きアップルパイを渡して頭を下げてクマちゃん先輩を見送った……つもりだったのだが、クマちゃん先輩はスマホを取り出し、何やら入力をし始めた。30秒も経たずに電子音が2件ほど入る。

 

「来るってさ」

「ん? あ、もしかして知り合いのオペレーターさんに声掛けてくれたんですか? 仮に本当に座ってるだけなら連携も何も関係ないですしね。誰でもいっか」

 

「え?」

「え?」

 

 ―――数分後、那須先輩が俺の作戦室にやって来た。小夜は自宅警備。日浦ちゃんは本部に居ないらしい。いや、知らんけど。この前といい今回といい、何でクマちゃん先輩は俺のところに那須隊を呼び寄せようとするんだ! 今回は那須先輩だけだけど!

 那須先輩とクマちゃん先輩で仲良く頂かれるアップルパイ。俺は牛乳割りのココアを淹れてあげる。

 二人はしばしの歓談と共に食べ終わると、それぞれが感謝の言葉を述べてくる。そして帰っていく。……ってこらー! 何しに来たんだー! 結局オペレーターさんを紹介してくれるでもなく喫茶店代わりとして作戦室を利用されただけじゃないか!

 

 

 

 どうしたものかと思いつつ俺は作戦室を出る。割と気持ちは焦っている。時間がない。早めに沢村さんに返信のメールを返さなくてはならないのだが、肝心のオペレーターさんがいない。もっと早くから探しておけばよかった。これでは夏休みの宿題やってない最終日の子供ではないか。頭の片隅に追いやっていた『忍田さんに怒られる』という予想が現実のモノになってしまう。今だ、今が慌てる時間だ。『ネコ君は忍田さんに怒られるよ。俺のサイドエフェクトが―――』うっせー暗躍エリート! 脳内に勝手に出てくるんじゃないよ! そこでタイミングよく出くわしたのが綾辻先輩だった。

 

「あ! 綾辻先輩~明日空いてます? 空いてないかーそうかー、じゃ急ぐんで! もぉー空いてないなら最初から言ってよねーまったくもぉー」

「えぇぇぇぇ……あ、ネコ君もしかして明日のランク戦のこと?」

 

 クマちゃん先輩への依頼に失敗した俺は空いてるなんて答えを期待しておらず、自己完結型の台詞を述べ、更に『声掛けたのおまえだろ』というツッコミを受ける様な失礼な事を言いつつ諏訪隊にでも行こうかと考えていた。あそこは暇人がいるはずだ。―――すると背後から俺の期待値を上げる声が掛かる。

 

「空いてるんですか!? いやー、困ってたんですよ。本当に助かります。じゃあ明日の夜の部なんですけど―――」

「あ、待って待って、私は空いてないんだけど……」

 

 じゃあ今は構わないで下さいよ! 同情するならオペレーターやっておくれ!!

 

「―――紹介できる子がいるから」

「綾辻さん大好き! あっ! 木虎とか駄目ですよ!? 試合前にベイルアウトさせられるから!」

 

「え、藍ちゃん? あー大丈夫だよ。ちゃんと予定は確認してある正規のオペレーターの子だから」

 

 どうやら木虎ではなく正規のオペレーターさんらしい。名前は宇井(うい) 真登華(まどか)。B級の柿崎隊のオペレーターさんで、俺と同い年らしい。

 ちなみに、嵐山隊は現在、新規の入隊予定のリストチェック作業がこれから大事になる予定らしく、大規模な応募に対してどう対処していくかの話し合いや、現状の書類を急ピッチで片付ける必要があるそうで忙しいらしい。

 これは、数日前のテレビで流れた三雲君の発言で、『ネイバーの世界に遠征する』という情報が世間に洩れたためらしい。大規模侵攻によってボーダーを辞める人も少なくないらしいが、それを軽く上回るほどの応募者がいるらしい。

 さて、綾辻さんは何かあるかもしれないから気に掛けておいてほしいと沢村さんから聞いていたらしく、事前に宇井さんに話を通していたらしい。出来る! 流石はボーダーの顔!

 

 俺は話を聞いてすぐさま作戦室に戻って来た。宇井さんはココに来てくれることになってるらしく、俺はとりあえず沢村さんに返信のメールを送る事にする。えーと―――。

『明日の夜の部に参加できます。綾辻先輩からの紹介もありまして、オペレーターは柿崎隊の宇井さんに依頼しました。お気遣いも頂いていたようで本当にありがとうございます。よろしくお願いします』

 ―――これでいいだろうか? 文章を送信しようかというところで部屋をノックする音が響いた。入室を促すと、雰囲気優しそうな感じの人がやって来た。

 

「やほ~ネコ君。宇井です。綾辻さんに紹介されて来ました~」

「初めまして明日はよろしくお願いします」

 

「え~、何度か顔合わせてるんだけどな~」

「え、どこで?」

 

 どうやらこの宇井さん。同じ学校の人らしい。友達に会いによくウチのクラスに来ているらしいのだが、今はオペレーターさん用のトリオン体(制服姿)という事もあってか、気が付かなかった。というか、顔も言われてみれば見覚えあるかもと言ったレベルだ。

 

「それは失礼」

「いやいや、別にいいよ。試合頑張ろうね~」

 

 

 

 

 

 翌日、初のランク戦である夜の部まで暇でブラブラしていると迅さんに捕まった。

 

「暇だろネコ君。ランク戦行こう」

「個人戦っすか? 気分じゃないんですけど」

 

「いやいや、チームランク戦だよ。ネコ君なら大丈夫だよ俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

「はい?」

 

 迅さんは風間隊のオペレーター、三上歌歩(みかみか)に解説席に呼ばれていたらしい。そこで間接的に俺が視えて、連れて行こうと考えた様だ。試合するチームは諏訪隊と鈴鳴第一と茶野隊らしい。

 

「でも解説なんて良く分からないですし」

「思ったことを話せばいいだけだよ。ネコ君は結構呼ばれる頻度が多そうな雰囲気だからな。慣れておくのもいいだろう?」

 

 ふむぅ、「おぉっと諏訪隊長吹っ飛ばされたー」とか言ってれば良いのだろうか? いや、それは実況か。

 

 

 

 

 

【B級ランク戦・昼の部】

 

『さぁ、B級ランク戦第1戦、昼の部が間もなく始まります。実況担当は風間隊の三上。解説は「ぼんち揚食う?」でおなじみの迅さんと、Neko2で噂のネコ隊隊長、音無ネコさんをお招きしています』

『どうぞよろしく』

『ココア飲んでいいの? あ、始まってる?』

 

『念のため用意しておきましたのでこちらをどうぞ』

『え、いいの? ありがとー』

 

 俺はみかみかからココアをありがたく貰うと迅さんの手元からぼんち揚もいただく。ふむ、ぼんち揚とココアは予想通り合わないね。

 

 対戦するのは諏訪隊・鈴鳴第一・茶野隊の3チームである。諏訪隊しか知らんけど良いのだろうか。三上歌歩(みかみか)が今期初のランク戦という事もあり、知らない人にも仕組みを分かりやすく説明する。迅さんはそのフォローをしているが、俺は質問する側である。

 チームが勝てば一番多くポイントが貰えて上のランクに挑める。と言うわけではないようだ。

 極端な例えではあるが、『アゴヒゲダンガー2刀流』というアタッカーがいたとして、このアタッカーに誰も勝てないが、他の隊員はどうにか出来そうだ。という戦況があったしよう。

 そのアタッカーを避けて戦闘をして他の隊員を倒してポイントを稼いでベイルアウトしてもOKらしい。ただし生存点というのもあるので、やれる事を全てやったらスナイパーの様に隠れて時間切れを狙うのも当然有りだ。時間切れまで逃げ切る自信があるなら相手に生存点を与える必要も無いだろう。

 1人倒せば1点チームのポイントとして加算され、減点は無い。最後まで生き残っていれば、そのチームに2点。2人生き残っても生存点は4点に増えない。複数のチームが残って時間切れだと生存点は発生しない。

 また、倒されて相手に点をあげるぐらいならベイルアウト。という選択も有りだが、相手が半径60m以内にいるとベイルアウト不可というルールもある。

 ふむふむ、夜の部のための勉強になる。

 

『―――さて、茶野隊は遮蔽物の多い市街地を選択。これについてはどうでしょう?』

『茶野隊は村上隊員を意識してここを選んだかもしれませんね。スナイパーは鈴鳴第一にしかいませんから射線を切りやすくし、ガンナーが多い対戦内容になりますから、村上隊員を中距離に止めておきたいのかもしれません』

 

『なるほど、ネコさんはどう思いますか?』

『ん? あー……誰がどんな装備してるか知らないんで今はノーコメント』

 

 思ってたより気が楽な感じだ。思ったことを言いつつ、聞かれたことに「分からない」で答えればもう一人の解説さんがフォローしてくれそうだ。しかし、みかみかが俺を『さん』付けで呼んでくるとは実況の方が大変そうだ。俺も呼ばれなれなくて少々困惑である。

 

 そして全部隊転送が完了し、ランク戦が開始された。

 

『諏訪隊はチームの合流を優先している模様。茶野隊2名の中間にはアタッカーNo.4の村上隊員がいて茶野隊は合流を後回しにし、村上隊員と距離を取る』

『お、村上隊員が動きますね。先ずは1点取る考えでしょう』

 

 俺は画面に表示される資料を確認する。村上(むらかみ) (こう)。鈴鳴支部所属のアタッカー。その実力はアタッカーのNo.4。見た目ガン○ム装備の様に片手に弧月と、もう片方に大盾(レイガスト)装備。

 来馬隊ねー……ガンナーとスナイパーと、アタッカー。バランスの良いチームだ。

 茶野隊は2人の戦闘員で両方共にハンドガンの二丁拳銃。トゥーハンドとでも呼ばれたいのだろうか? チームとして考えるならアタッカーかスナイパーが増員で欲しいところじゃないだろうか? まぁ今すぐに人が増えるわけでもないし、鉛弾(レッドバレット)とか持ってると面白そうだけど、どうだろうか?

 

 茶野隊は作戦通りなのか村上先輩にハンドガンからアステロイドとハウンドを放ち、距離を保ちながら……あれ、なんで後退するの? 意味わかんない。

 

『何で距離取るかなー挟み撃ちにしてレイガストの隙間狙えばいいのに。ハウンドもあるんだし』

『村上隊員の圧力もあるでしょう。レイガストを使用している隊員の中でもレイガストの扱い方が上手いですからね』

『さぁ、その隙に鈴鳴第一の来馬隊長にバッグワームで忍び寄る諏訪隊長と堤隊員、別役隊員もその姿を捉えたか』

 

 日佐人はカメレオン起動で視界には映らずに戦闘に参加せずだが、指示を受けている様で、住宅を迂回して来馬隊長の背後に回る。

 ここでまた動きがある。カメレオンは当然位置はバレてるわけで、村上先輩がスラスターも使いつつ、来馬隊長のフォローに回るために急行する。それを追う形になった茶野隊が、明らかにラッキーで鈴鳴第一のスナイパー、別役太一を視界に捉えバッグワームを起動、この席で見れば明らかにバレバレだが、偶々オペレーターさんの情報処理が追いつかなかったのか見落としたのか、別役太一はハウンドが放たれた直後に側面からの射撃に気付いた様で、茶野真をイーグレットで狙い撃つ。

 

『ここで別役隊員と茶野隊長が相打ちで双方共にベイルアウト』

『これでこの戦いには遠距離持ちがいなくなりましたね。アタッカーNo.4の村上隊員を抑え込めるかがカギですね。手を休めたら一気に距離を潰されるでしょう』

 

 ほんの少し状況は停滞するが、それぞれ作戦を見直したのか、諏訪隊が動き始めると同時に試合は加速し始める。

 日佐人はギリギリまでカメレオンで来馬隊長へ接近し、一気に接近し旋空孤月で来馬隊長の片腕を斬り落とす。村上先輩が来ると諏訪さんと堤さんの前方に出る様に配置した。茶野隊の藤沢はこれに連携する形で来馬隊を挟む位置取りをし、ポイントは狙わずに村上先輩を貼り付けにする事に専念する。

 

『諏訪隊は日佐人を盾にして中距離維持だね』

『藤沢隊員が手負いの来馬隊長へ射撃を継続。これで配置は全部隊直線状に並び来馬隊が挟まれる形となり少し苦しいか』

『村上隊員もスラスターで一気に諏訪隊へ向かいたいところでしょうが、諏訪隊にはショットガンが合計4丁。これは飛び込めませんね。先に茶野隊の藤沢隊員へ向かう場合も背後ががら空きになりますから一度サイドへ退いても良い状況ですが―――』

 

 迅さんの解説通りに一時的に逃げに回る鈴鳴第一。しかし、時計の針が動いたところで中心は変わらない。それと同様にピボットの様に射線の向きを変えるだけで諏訪隊としては状況はほとんど変わらない。

 変化があったのは他の2チーム。茶野隊の藤沢はその射線変更に着いて行こうとするが、来馬隊長の上空から降り注ぐハウンドにベイルアウトして行った。

 これによって鈴鳴第一は挟まれる形を回避できた……が、状況は諏訪隊が良い。

 

『シールドで対応していた笹森隊員ですが、孤月をオフにし両防御(フルガード)で耐える』

『笹森隊員が良い動きをしてますね。今諏訪隊を機能させているのは彼です。アタッカーの仕事をあえてしない事がチームにとって最高の結果を生むというのはチームランク戦ならではですね』

『ん、鈴鳴第一が動くね』

 

 感覚で伝わって来たナニか。恐らく来馬先輩の射撃に反応したのだろう。

 次の瞬間、来馬先輩はハウンドを上空に向けて連射。それに合わせたのか、来馬先輩が合わせたのか、ほぼ同時に村上先輩はショットガンの猛攻を凌いでいた罅が入りボロボロのレイガストをスラスターで押し出す。

 シールドモードのままに諏訪隊に進むレイガストはショットガンの弾丸に砕け割れ……旋空孤月に斬り裂かれた。村上先輩はレイガストごとフルガードの日佐人を斬り伏せた。先端に行くほど威力が増すという利点を最大限に利用してシールドを斬り割っている。個人戦なら日佐人の完敗だろう。

 しかし、盾の無くなったアタッカーに対して距離を置いているそこはショットガンの有効射程。諏訪隊は最後まで冷静だったのか全てが作戦通りだったのか、空から来るハウンドの弾丸もシールドで防ぎ切り、来馬先輩も村上先輩も撃ち抜いて二人残して勝利した。

 

 

 

『―――別役隊員が残っていれば面白い結果になったかもしれませんが、茶野隊の転送位置が良かったですね。最初に合流を避け迂回した結果もまた大きい』

『なるほど、ネコさんは初めての解説でしたがどう見ましたか?』

『本当に日佐人が良い動きしてたね。ほぼ諏訪隊の作戦勝ちだったんじゃないかな。どんな作戦か知らんけど』

 

 いい加減な事を言いつつも迅さんは頷いてるし、白服(C級隊員)達からはささやかながら笑い声が出てるしOKなのだろう。そして、みかみかに『ネコ隊は本日の夜の部が初戦ですね。頑張ってください』と言われて締めとなった。

 さて、遂に俺の初めての『ぼっチームランク戦』である。俺はそれまでの時間をトリガー構成を見直した後に作戦室で寝ることにした。

 

 




感想・質問・ご意見・誤字脱字の報告等々随時受け付けております。

ネコのランク戦入ると思った? 残念次回でした。本当にすみません。

◇サブタイトル変更
ネコがクマちゃん先輩にオペレーター断られたよって話。
ジャイアントパンダは『大熊猫』と書く。チーム:パンダって名前を付けたかったと言うボツ設定です。……今後また機会がある可能性も。知らんけど。
ちなみに、パンダって日本では基本的に熊ってイメージですよね? 中国では猫だという人が結構いるそうな……マジか?

◆B級ランク戦だからB級のオペレーターさんだよね
ネコ個人としてはこの考え方です。きっとオペレーターさんはA級の人でも受けてくれる。ですが、B級の人たちやランク戦の観戦者は妬みの感情を持つかもしれません。『A級から連れて来やがって……』『オペレーターのおかげだな』とかね。ネコはその辺も心の内で気にしてるのかもしれません。

◇バカダンガー太刀川
ダイガン○ーとかアバレ○ジャーとかダイミダ○ーみたいな感じのニュアンスと言うかイントネーションと言うか、そういうのが欲しくて、バカとダンガーを繋げた。それだけ。
……あ、はい。遠藤正明さんの歌が大好きです。

◆本日の一品『春巻きアップルパイ』
簡単で美味しい。オペレーターに雇い入れるために作ったのだが、食べられただけ。しかも仲間まで呼ばれた模様。『喫茶ネコ屋敷』営業中。

◇ネコ隊最初のオペレーター宇井真登華
最新のお話だと柿崎隊が熱い感じで描かれており、まだ少ししか出てないけど綾辻さんのおススメなら良い子でしょう。間違いなく良い子。BBFによると猫好きのねこ座だし、ネコと相性も良いはずだ! ……と思って描きました。次回どうしよう……。
あ、髪の長い綾辻さんも新鮮でしたね。

◆初のランク戦……の解説
基本的に『知らんけど』『わっかんねー』を使って迅さんに丸投げ風。ネコのサイドエフェクトに引っ掛かるような奇襲作戦や囮や釣り等は結構喋れるかと思われる。
ちなみに解説の時のネコは『三尋木咏』をイメージ。



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32 ネコと大地の咆哮

お気に入り1200件突破。本当にありがとうございます。




(ネコよ……虎だ、虎だ、お前は虎になるのだ!)

「……コ君~、ネコ君~、そろそろ起きて~」

「んはっ!? ……あれ? 虎マスクのプロレスラーは……?」

 

 ……夢か。俺は宇井さんに起こされてベイルアウト用のマットから起き上がる。別にベイルアウトして気を失っていたわけではない。初めてのチームランク戦の夜の部まで暇だったから寝ていたのだ。

 

「さて、対戦相手の情報は頭に入ってる?」

 

 ……あーそうだった。玉狛ぐらいしか知らない。しかも玉狛第二に関しても遊真ぐらいしか知らない。それも大規模侵攻前の情報だけである。遊真がアタッカー、千佳ちゃんがスナイパー、隊長の三雲君は……なんだろう? ただのヒーロー? なんだただのヒーローか。期待してるぞ。今回は怪我の影響で出れないらしいけど、早目の復帰を望むばかりである。

 返事の無い俺に対して宇井さんは口元に笑みを浮かべながら「ないわ~」と言うが、柿崎隊としては玉狛以外との対戦経験はあるらしく、ザックリとした情報をくれる。

 吉里隊は戦闘員3人でアタッカー・オールラウンダー・ガンナーのバランス型の部隊だ。アタッカーが凄いとか、連携が凄いとかも無く、特に目立った要素が無い無難すぎる部隊らしい。

 間宮隊も戦闘員3人なのだが、全員シューターという変り種の部隊だ。近距離や中距離の装備で間宮隊の全員が揃った時に遭遇した際には注意が必要で、全員が両攻撃(フルアタック)のハウンドによる連携で『追尾弾嵐(ハウンドストーム)』と呼ばれる技を持っているらしい。

 

「ネコ君のトリガーは?」

「うー……もう弄ってある。見る? くぁ~……」

 

 俺は目元を擦りながら欠伸を掻きつつトリガーホルダーを取り出す。

 

「え、私柿崎隊なんだけどいいの?」

「トリガー構成ぐらい問題ないよ」

 

 それだけで負ける気はないしね。負けたら今まで模擬戦してくれてたA級トップグループの人たちに嫌味を言われそうだ。負けるの嫌だしベイルアウトしない事を目標に頑張ろう。

 さて、今回のトリガーはこんな感じである。

 

【メイン】弧月・旋空・アステロイド・シールド

【サ ブ】スコーピオン・グラスホッパー・エスクード・シールド

 

「エスクードはチームランク戦では見ることもあるけど、一人なのに持っていくんだね~」

「あぁ、これは公式戦だと初めて使うよ。鉄壁にしておきたかっただけなんだけどね」

 

 開発室に通い詰めてた頃を思い出す。コレを出しては嵐山隊の視界を遮り、ハンドガン型のガンナー装備でハウンドを撃ってたりした。あっさりと木虎に首切られてたけどね。こっちの視界も悪くなるから使い方に困るものだけど、今後使ってる内に色んな使い道を見出せるだろう……たぶん。知らんけど。

 俺は軽く屈伸運動と伸びの運動をしてトリガーを起動する。間もなく開始時刻。準備はOK。寝起きだけど、頭もハッキリしてる。

 

『―――転送開始します』

 

 そして試合は始まった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

『OK、遊真くん次のポイントに移動しようか。バッグワーム起動してね』

「了解。しおりちゃん、ネコ先輩はどこ?」

 

『それがねー……バッグワームにしては使い方が……何ていうか変でねー。ネコ君、サイドエフェクト全開かも』

 

 吉里隊を全滅させた空閑遊真は射線を切る様に建物の物陰に隠れる。指示通りにバッグワームを起動し間宮隊へと向かうが、音無ネコの動きがないのが奇妙ではあった。

 宇佐美栞はレーダーに消えてはまったく別の位置に現れる音無ネコの位置情報に困惑しつつも先日話を聞いたサイドエフェクトを思い出す。実に厄介な存在である。

 更に言えば、今回がチームランク戦初参加という事もあり、使用トリガーの情報が少ない。音無ネコのトリガーは初めの頃は開発室で管理されており、それ以降は好き放題に変更を繰り返している。決まったトリガー構成はなく、これまでの使用履歴から見ても、全く別構成で挑んでくる事もありえる。

 

「騙しのサイドエフェクトだっけ。モニター情報も騙せるって事か」

『ネコ君に関してはオペレートフォローできないかも知れないけど、一番多いトリガー構成としてはスナイパーのライトニング。アタッカーのスコーピオン。こなみとの模擬戦だとアステロイド。ここまでしか調べが付かないかなー……』

 

 宇佐美栞は申し訳ないと言いつつ、見つからないものは仕方が無いと割り切る事にし、建物を壁にして隠れ潜む間宮隊を狙うルートを描き出す。

 

『遊真くん位置に着いたね?』

「OKだよ」

 

『じゃあ千佳ちゃん、あの建物撃ってくれる?』

『……はい! っ!?』

 

 基地の壁をぶち貫いた事や『トリオン怪獣』の異名が噂される雨取千佳はアイビスで指示された家を狙い撃つ。狙撃というには目立ち過ぎ、まさに大砲という方がしっくり来るほどの発砲音と衝撃。

 トリオンの情報で出来た家とは言え、現実に弾が当たった場合の再現度は非常に高く、現実と遜色ない。雨取千佳の放った砲弾は指示された家に着弾。そのインパクトで家は完全に倒壊。砲弾の威力は衰えず、道を挟んだ奥の家、更に奥の家と次々に倒壊させていく……はずだった。

 

 雨取千佳は引き金を引いた直後に驚く、着弾予定地点でメテオラによる爆発音が間宮隊の周囲に巻き起こっていたからだ。宇佐美栞もまた同じく、間宮隊の分散を注視する。これでは空閑遊真がまとめて仕留めることは難しくなる。

 

「アレは……迅さんが使ってたエスクードとか言う壁か……」

 

 空閑遊真はその間宮隊を刈り取るべく配置に着いているが、その視界には音無ネコの姿が映っていた。

 

『遊真くん、無理そうなら一旦距離を取るのもありだからね。時間なら余裕があるし』

「大丈夫。予定通り追加で3点取れた……しおりちゃん。ネコ先輩とやっていい?」

 

『え、いたの!?』

「うん、屋根の上に」

 

 間宮隊は予定よりも密集しておらず分散こそしていたが、空閑遊真は間宮隊を全てベイルアウトさせ、6点を取った。この時点で得点だけで言えば玉狛第二の勝利は確定していた。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ―――試合開始から3分もしない内に吉里隊は遊真によってベイルアウトしたようだ。吉里隊が下位グループで弱いと言うのか、遊真が規格外と言ったらいいのか、いずれにしてもフォローの必要は全くなかった。

 しかしだ、追尾弾嵐(ハウンドストーム)という合体技を持っている間宮隊は最悪の場合、玉狛第二の脅威になるかもしれないし、間宮隊の近くで隠れて待ってみよう。

 

『ネコ君、さっき教えてもらったトリガー構成で本当にあってる? ネコ君がどこにいるか分からないんだけど、特殊なトリガーとか使ってる?』

「悪いね。サイドエフェクトなんだわ。これはまだ教えられないかなー」

 

 宇井さんにそう言いつつ、俺はとにかく遠くに見える何か目印になる様なモノを見つけては、(あの辺に居る事にしてちょー)とイメージしながら状況を騙し続ける。なんて無駄な作業なんだろう。こんな事ならバッグワームを持って来ればよかった。次回からのランク戦では必ず入れるようにしよう。

 多対一の戦いは避けられないわけだから、トリガーは防衛寄りに構成しておくべきだろうか。

 俺は状況を騙し続けて間宮隊の集合している民家の2階に侵入する。間宮隊もまた、俺の居場所に困惑しているようで、先ずは玉狛を叩いてからという考えに至ったようだ。

 

「(宇井さ~ん。遊真の場所分かる?)」

『空閑君はバッグワーム起動してるね。多分近いんじゃないかな。雨取ちゃんもスナイパーだからバッグワーム起動してるし、現状だと位置が正確に分かるのは間宮隊だけだね。ネコ君は今どこなの?』

 

「(間宮隊の目の前の家ん中)」

『バッグワーム無しでそんだけ近付いてばれないってずるいわ~』

 

 さて、今回は三雲くんもいないわけだし、俺は完全に玉狛のフォローをする気で来ている。参加した時点で忍田さんからも怒られないだろうし、好きにさせてもらう事にしよう。だからここで俺が間宮隊を落とすのは却下だ。あくまでも玉狛に点を取らせる。

 俺は間宮隊の追尾弾嵐だけを抑えればいいのかもしれないと思い、俺は間宮隊を分断させる事にした。合流済みの隊を分断させるにはどうすればいいだろうか? 俺の答えはこうである。

 間宮隊の2人と1人の間にエスクードの障壁が地面から生える様に出現する。驚く間宮隊だが、俺は手を緩めずに更にアステロイドのトリオンキューブをメテオラに変換する。それをエスクードの真横に降らせる。内部破壊攻撃は意識してカットだ。ついでにアステロイドの置き弾も瓦礫辺りにばら撒いておくか。遊真が仕留め切れなかった時に使おう。

 全員がゴーグルで名前も知らないが、一人が片足を吹き飛ばされながら堪らずにエスクードの障壁から距離を取る。爆風がモロにくるから居続けるのも辛いだろう。

 

『狙撃警戒』

 

 通信の直後、背後から狙撃の音が届いてくる。

 

「やべっ、千佳ちゃんのアイビスか」

 

 俺は弧月で壁を斬り開き、隣の家の屋根へ飛び移り、更に次の家の屋根へ飛ぶ。すぐさま衝撃が背中から身体を撫でていくが、着地して後ろを振り向けば家は倒壊し、設置したエスクードもヒビが入って倒れていた。間宮隊は塀寄りに隠れていたのだが、衝撃で吹き飛ばされると、遊真に全員斬られていった。

 やっぱ何のフォローもいらなかったかな。逆に分断しようとして邪魔してしまったかもしれない。そう思って遊真を見下ろしていると目が合った。遊真はしばし動かずにこっちを見ていたが、スコーピオンを構えて俺に向かってきた。

 

「は!? ちょ待て!」

「む、やっぱネコ先輩だと簡単には行かないな……」

 

 弧月で何とか突進を止めるが、スコーピンの使い方に結構慣れが見え、膝から地面からと自在に操っているようだ。

 俺はボーダーのトリガーに早くも順応している遊真を評価しつつも、この前会った時に初戦フォローするからよろしくねと言ったのに襲ってくるなんて酷ぇな! と焦りながら何とかバックステップで距離を取る。

 

『もう一度来るよ~狙撃警戒。―――』

 

 再度、宇井さんの通信の直後に砲撃音。チカっと光ったのが見え、その射線で考えれば、この家を狙った感じだろう。アイビスで俺を狙撃するには目立ちすぎるからね。やるならイーグレットとかの方がいいだろう。

 遊真は一度距離を取るが、なるほど、間宮隊の時と同様に足場を崩してるところで刈り取る作戦か。グラスホッパーを視野に入れてないのか、またはグラスホッパーを持ってるのか確認する攻撃ともいえるだろう。

 まぁいずれにしてもだ。遊真たち玉狛第二が俺を狙っているのは間違いない。あれか、ついでにもう1点とか考えてんのか? それは駄目だ。俺が怒られる。そう考えて俺は(遊真だけでも落とすか)と考えを改めた。

 

『―――グラスホッパー持ってたよね?』

「(グラスホッパーは基本的にジャンプ台って思われてるけど、『跳ねさせるモノ』とも言えるよね)」

 

 宇井さんは「ん?」という短い疑問の声を出すが、グラスホッパーの情報は与えずに実践してみよう。

 砲撃を避けて地面に着地。遊真も再び突っ込んでくる。いやー作戦の連携も凄い。吉里隊と間宮隊の実力は知らんけど、あっさりと6点取った強さは流石だ。でもだ、確かにボーダーのトリガーに慣れはじめてるかもしれないけど、まだまだ俺は負けないよ。ただ負けるのも、それで怒られるのもどっちも嫌だからね。

 

砕け、大地の咆哮(エスクード)

「―――ッ!」

 

 遊真の足元からエスクードが勢いよく生え出てくる。止まれない遊真は腕でエスクードの衝撃を防ぐ。そこに俺は突進し弧月で空中の遊真を下段から斬り上げる。

 遊真はエスクードの淵を無茶な体勢ながらも掴み、何とか身体を直撃から防ぐように反転しつつ、スコーピオンとシールドで防ごうとする。

 俺の弧月は遊真のスコーピオンを削りつつも、直撃とはいかない。が、グラスホッパーを弧月を握る手に当たる先に起動する―――。

 

 『ツバメ返し』という技を知っているだろうか?(麻雀じゃないからね?)歴史上の剣豪で佐々木小次郎という有名な人の技である。俺も詳しくは知らんけど、剣を振り降ろしてすぐに切り上げる……そんな技だと思う。

 弧月は日本刀と同じ様に片刃だし、返して切るには手首も返さなくてはただの棒の打撃だ。だから弧月の振るわれる先にグラスホッパーがあっても跳ね返ってきた弧月に刃はなく、ただの打撃にしかならない。

 

 ―――グラスホッパーで勢いよく跳ね返された手。その手に握られる弧月は再び遊真に襲い掛かる。メインに弧月。サブでグラスホッパーを使い、グラスホッパーを起動し終えたサブは再び解放される―――。

 

 では、ただの棒切れになったモノに刃を与えるにはどうしたらいいか?

 

 ―――俺はサブのスコーピオンを手元から弧月に沿うように伸ばす。遊真はそれを視界の端に捉えると、スコーピオンの伸ばし口を変えた。

 

「流石だね~……だけど悪いな。やっぱり負けるの嫌いなんだよ」

 

 地面に足を置き踏ん張れる俺と、空中で体勢も悪い遊真では俺が叩き落すのが道理である。無茶も起こらず道理も引っ込まずに遊真を地面に叩き落すと、俺は最後の一手を使った。元々は間宮隊用にばら撒いていた置き弾を起動し、叩き落した遊真にアステロイドを放出する。

 遊真はトリオン体にヒビを入れていき、ベイルアウトしていった。

 

『1点ゲット~』

「最初は倒す気なかったんだけどな~」

 

『え?』

「独り言~」

 

 宇井さんへの返答を誤魔化しつつ、俺は『千佳ちゃんは見つけられなかった』という事にして隠れて時間切れにした。正直に言えば位置は大体分かる。あそこの辺に隠れてるというのが違和感として分かるからだ。

 俺は四方をエスクード4枚で囲んで、弧月で地面に落書きをしながら時間を潰すのだった。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

『―――時間切れにて戦闘終了となりました。最初こそ玉狛第二の火力と速攻に驚かされましたが、音無隊長により空閑隊員はベイルアウト、その後、雨取隊員は音無隊長を狙撃しませんでした。これについてはどうでしょうか佐鳥さん』

『んー、雨取隊員が外したらネコは見逃さないからね。1対1だと、見ての通り相当強いからアイツ。スナイパーが1人って状況も撃ち辛いところがあったかもね。破壊力はあってもエスクードに隠れられちゃうと、倒し切れないかもしれないし、あそこまでトリガーを高速切り替えできるのを見せられると手が出し辛いかなぁ』

 

『なるほど、空閑隊員と音無隊長の戦闘についてはどうでしたか三雲隊長』

『えっと、空閑が負けるのをほとんど見た事がなかったので、驚いてますが、ネコ先輩の戦い方は大変勉強になりました』

 

『ありがとうございます。さて! そうは言っても上のランクへと駒を進めたのは玉狛第二! 今試合で一挙6得点! 強い! 強いぞこのチーム!! この一戦で―――』

 

 B級ランク戦の実況解説が締めに入っていた。

 間宮隊と吉里隊は0点。玉狛第二は6得点。ある意味で注目されていたぼっチームのネコ隊は1点だった。点数だけで見れば1点。点数で見れば確かに勝利チームは玉狛第二である。だが、6得点を挙げた空閑を個の力で抑えたのは音無ネコだった。

 観覧しているほとんどの隊員はC級隊員で、彼らは雨取千佳と空閑遊真をそれなりに見聞きしている。

『トリオン怪獣』『C級の白い悪魔』そんな異名を付けられている玉狛をどうしても凄い存在であると贔屓目に見てしまうし、得点がそれを後押ししている。だから音無ネコは1点取ったものの、凄いと言えば凄いが、玉狛第二ほど目立ちはしなかった。

 

 だが、他にも観覧している隊員がいる。B級以上に身を置く者達である。

 

「どうよ秀次、白チビもやるけどネコもすげーだろ?」

「別にヤツの実力は疑っていない。だが、ナメ過ぎだ」

 

 三輪秀次。A級7位の隊長だ。音無ネコに関しては大規模侵攻時にもその対応力の高さは見ており、口には出さないものの実力は認めていた。トリガーポイントだけで見れば個人ランクはまだトップグループには入れていないが、No.1の太刀川やチームメイトの米屋が負けが増え始めていることも聞いている。ならば、実力は疑うまでもない。

 

 二宮隊の作戦室でモニター観戦していた二宮(にのみや) 匡貴(まさたか)も大規模侵攻時に短い時間とはいえ行動を共にした音無ネコを陰ながら認めている一人であった。一度見ただけで二宮のアステロイドの分割方法を再現した感性、ログを確認しても粗いところはあるが、見た目通りの原石だ。

 ただ、二宮からすれば今回のランク戦は茶番にしか見えなかった。転送位置の問題を含めて見ても、真面目に戦っていれば玉狛が3点、音無ネコが生存点を含めて7点取れていたはずである。玉狛のスナイパーを落とせた場合に限るが、その実力もあると二宮は見ていた。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「本当に助かりましたありがとうございます。これ、つまらないものですが」

「え、いいの? ありがとう~柿崎隊の皆でいただくよ~」

 

 俺はサイドエフェクト関連の質問はヒラリと回避しつつ宇井さんに買い置きのクッキー詰め合わせを渡した。

 

「また空いてたらお願いします。あ、連絡先を……」

「え、私ネコ君の連絡先知ってるよ?」

 

 なんだと? いつの間にか交換してた? 俺は自分のスマホを確認するが宇井さんらしき項目はないし、誤って名前なしの登録もしてない。

 

「え、俺は登録してないよ?」

「メール送ってみようか?」

 

『宇井で~す。ネコ君で合ってるでしょ?』

 

 マジかー。何でという質問をしてみれば、電話番号とメールアドレスが知らされているらしい。とりあえずコレで宇井さんを登録しておこう。

 

「へー便利な情報網があるんだー。他の人のも分かるんでしょ? オペレーターさんって情報管理も大変だけど、色んな事知ってるよね」

「……あ、え、えーと、あ、ごめん。急いで帰らないと~ごめんね~」

 

「あ、そっか夜だった。送ろうか?」

「大丈夫大丈夫~じゃあまた~」

 

 逃げるように帰っていく宇井さんを見送って俺は思う。嘘である。

 サイドエフェクトが俺に告げているのは『急いで帰る必要はない』という事である。送られるのが嫌だったとかはないみたいで精神的にはほっとするが……ま、いっか。俺もさっさと帰ろ。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 ボーダーのインターネットサイト内にはボーダー隊員専用のスレッドがある。隊員のID、パスワードが無いと閲覧すら出来ないが、登録すれば読み専も書き込み派も自由に使用できる。そんなスレッドの中に、昨日とは変わって【New】という項目が起ち上がっていた。

 そこには、従来では【Neko ぼく達が見た流星 part.○○】や【Neko Mk-II こいつ、動くぞ part.○○】や【Neko2 ネコに力を… part.○○】シリーズがあったのだが、今期のチームランク戦も始まった事に起因するのか、【Neko 駆け抜ける嵐 part.1】が作られていたのだ。

 

<このスレの注意点・簡易説明>

 『音無ネコにバレてはならない』を大前提とします。こちらは音無ネコの非公式情報共有掲示板です。ないとは思いますが、荒らしやそれを助長するコメントはお控えください。新しい発見等があれば『マジかー』とネコ気分でレスして和みましょう。

 

『今回からチームランク戦だったわけなんだが、何で私のところに来なかった? ココア冷やして待ってたんだが (´・ω・`)』

『声掛かったのに防衛任務だった奴おる? www』

『まだログ見てないんだけど、勝ったの?』

『見てこい。話はそれからだ』

『何で最初動かなかったの? イミワカンナイ』

『てかさ、何でネコの位置だけバグってたの? イミワカンナイ』

『前のスレでもあったけどサイドエフェクトあるで』

『マジかー( ´・д・)』

『マジかー( ´・д・)』

『マジかー( ´・д・)』

『サイドエフェクト持ってるのは割と広まってるけど、何のサイドエフェクトか分からん』

『ネコだけモニター異常だったのサイドエフェクトか。あれじゃ連携できないよな。ぼっちなわけだ』

『ぬるい戦いしやがって ٩(๑òωó๑)۶ オコダヨ!』

『嫉妬乙』

『今日のオペ担当がログインしましたよ~ (*・ω・)*_ _)ペコリ』

『乙~どうだったん?』

『エンブレム持ち半端ないわ~。かなり抑え目でやってたよアレ。空閑君との戦闘時は真面目だったっぽいけど』

『B級なんて勝負になりませんってか? あのネコ今度防衛任務一緒になったら覚えてろよ』

『そこはランク戦で会ったらって言えよwww』

『おい、イジメたらすぐ分かるからな諏訪(トリオンキューブ)

『玉狛のブラックキャットいじめたら分かってるでしょうね?』

『え、本部所属でしょ? まさかの異動?』

『兼任してんだよ。過去ログ見てこい』

『それな』

『玉狛兼任してるから今日の試合は玉狛のフォローしてたの? それならズルくない?』

『玉狛のオペが通りますよ。それはないかなー。何日か前だけど、玉狛第二とヤル気満々だったし、初めてのチーム戦だったから手探り感あったかも ₍₍ (ง ´・ω・` )ว ⁾⁾』

 

 こうして、音無ネコの情報交換は夜遅くまで続いていくのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 




感想・誤字脱字報告・質問・ご意見等々お待ちしております。

 今回は視点を切り替えが多い感じで、ほとんど切り替えること無く書いてきたから、書いてて気持ち悪かった。その辺もOKなのか従来通りでいいのか、ご意見頂けるとありがたいです。また、今回は顔文字を使っており、不快に思われる方もいるやも知れませんが、それもご意見いただければ幸いです。

◇「初戦フォローするからよろしくねと言ったのに」
注:言ってない

◆千佳ちゃんが撃った2射目
間宮隊と同じくネコを狙っておらず、家を狙ってるから撃ててます。仮に遊真を落とした後に(エスクードを持っていなかったとして)挑発したとしたら撃てないのがバレてしまいますね。

◇砕け! 大地の咆哮!
 BBFで読んだ方、またはワートリの読み切りを読んでいた方には分かるネタ。障壁として攻撃を防ぐだけではなく、物理的な飛び出す攻撃としても使えますね。発射台として利用して飛び上がったりも出来ます。原作でも迅さんがヒュースを抑える時に挟んでたりもしましたね。『実力派エリート迅』では迅に膝を付かせたトリガー(ネイバークラフト)ですね。

◆ツバメ返しもどき
振り上げたのを振り下ろすだけ。手首も返さない。

高速切り替え(ラピッドスイッチ)
 独自設定ですが、ネコは完璧万能手の様なトリガー構成が多く、仮にメインにライトニングを出していた時に一瞬で弧月に切り替えるという高速切替が他の隊員と比べてかなり早いと言う設定です。

◇ボーダーのインターネットサイト内、隊員専用掲示板
 これも独自設定ですが、嵐山隊の専用スレや個人ランクスレなどがあり、一般人視点ではなく、隊員目線で情報交換されています。
 ネコのスレは今までに3部作形式で展開されていました。
『1:ぼく達が見た流星』ではNeko2と呼ばれるようになった理由や同期のC級隊員や、スカウト担当した加古と黒江や開発室の人たちも意見交換してます。
『2:Neko Mk-II こいつ、動くぞ』では成長過程や防衛任務時に関してがほとんどですが、スレッド内でネコの「マジかー」などの口癖やココア好きなのが広まっていったのもこの辺りからです。
『3:ネコに力を…』では「ネコの師匠をやるとすれば誰か?」や、ネコのサイドエフェクトに付いても噂され始めます。開発室や暗躍エリートがある程度情報をリークしており、A級に上がり、大規模侵攻後からランク戦スタート前日までがここに集約されます。
そして今回から『4:Neko 駆け抜ける嵐』が立ちました。

◆『ぬるい戦いしやがって ٩(๑òωó๑)۶ オコダヨ!』
まぁ書いてるのは彼ですね。ほら、雪だるま作る人だからこういう可愛らしい事をしても不思議では……いや、違和感あるな。


※生存点勘違いしてました。時間切れの場合には残ったチームには入らないんですね。すみません。修正しました。

書きたい事が書き足りてない感が拭えてないのですが、後で書き足すか、今後の話で書いていければと思います。


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33 ネコと受け継がれし能力

結構時間掛かりました。頭痛かったり仕事忙しかったり休みの日でもほとんど寝て無いと駄目だったりと、最近の身の回りに困惑しておる作者です。




 日曜日にも関わらず防衛任務ということで本部に来ていた。しかし、今日は初の試みというか、他の隊との合同ではないそうだ。『見回りのエリア狭めるから一人で大丈夫だよね?』って感じで沢村さんに言われてオペレーターも居らずに完全に単独行動だ。迅さんとかある特定の人は一人で防衛任務をこなしている人もいるらしい。その人たちと俺を一緒にして欲しくない。酷いよねー。どんだけほったらかしにしたいんだよー。一人って寂しいんだぞ? ウサギじゃなくても死ぬ事もあるんだからなー。やってみるけど、寂しいんだからなー。

 そんな寂しい防衛任務まで時間もあり、槍バカ弾バカコンビに誘われてボーダー本部の食堂で昼飯を食べていた時である。ちなみに昼ご飯はカツカレー。ちょー美味しいよー。添えてある福神漬けもいい甘さだわー。そんな幸せ空間に舞い降りた電波信号をスマホがキャッチする。

 ……長文メールにて忍田さんに注意されました。太刀川さんのように勉学関連についてではないのが幸いと言えるが、何の注意かって? 昨日の初のチームランク戦が1点しか取れなかったことを追究されたのだ。玉狛贔屓が過ぎたということですなー。

 

「ざまぁ」

「確かにあれはねーよ。白チビ落とせる力あんのに1点止まりで時間切れって」

「うっさいなー。カレーうまー。忍田さんこわー」

 

 遊真とは間宮隊が全滅した直後に戦闘始めたから、俺が間宮隊の近くに潜伏していたのはバレているわけで、そもそもエスクードやメテオラ使ってる時点で、何で間宮隊を落とせなかったのかも説明できない。落とそうと思える力があるのに落とさない。それは間違いなく玉狛に点をあげるためである。

 俺が玉狛を兼任してるという点もあり、『玉狛とどう戦えばいいのかと困惑している』とも取られていたようではあるが、今後はチームランク戦の存在定義を揺るがす事なので真面目にやるように言われたのである。……カレーのスプーンを置いて水を飲んで冷静に忍田さんを想像する。……こ、怖いよー。注意の先には何が待ち受けているのかなんて考えたくもない。

 つまりは『どこの隊相手でも全力で戦え』と言う指示である。まぁ今回は初めてのチームランク戦と言うこともあって、大目に見てくれたようだが、今後は本気で掛からないといけない。三雲君ごめんよ。俺はヒーローを倒す悪になる! まぁ出来るだけ玉狛第二と当たらない事を願うだけである。幸いとも言うべきか、次の試合は2月5日の昼の部で、三雲隊とはグループ分けが下位と中位に分かれたので戦わない。将来的に対戦相手として当たった時にも遊真と相打ち狙いにすれば怒られないとも悪知恵が働く。頑張ったけど負けました! うん、当たった時にはこれでいこう。

 現状として、ネコ隊としては1点しか取れてないから下位チーム同士での戦いだ。前回の状況を見る限り問題ないだろう。オペレーターさんは誰に頼もうかなー。今回は前日とかじゃなくて早めに探し出そう。

 

 

 

 

 

『おい音無聞いとるか! もう一度言うが―――』

「使いますってばー」

 

 鬼怒田さんの通信を遮るように俺は応答する。今回の防衛任務前、いや、大規模侵攻後から言われている事だったのだけど、俺はネコ隊が作られてからスナイパートリガーを相手に対して使っていない。トリオン兵であってもランク戦の相手であったとしてもだ。

 これに対して開発室は『あの気分屋ネコ、俺らの努力の結晶を早く使わんかい』と意見が出ているようで、効果は知っているが、音無ネコ用に作ったのだから本人に使ってもらわなければ作った甲斐もないというものだ。あ、キッチンは使ってます。

 ネコ隊を含めてもそうだが、トリガーは俺が頼んで作ってもらったわけでもない。ないのだが、そこまで言われては使わないわけにも行かない。ライトニングだけでなく、他のスナイパー用、ガンナー用の実体型のトリガーも同じ様な細工をしているらしいが、とりあえず今回の防衛任務で遠距離で安全圏からの狙撃で効果を見せるのが鬼怒田さんとの約束事である。

 ちなみにではあるが、弧月も持ち手となる柄の部分にもネコ隊エンブレムの肉球マークを入れる予定だったらしいが。握ったら見えなくなるじゃん。という意見から、黒い鞘にエンブレムは施された。暗闇の中だと肉球マークだけぼんやり光るそうな……。知らんけど。

 

 さて、防衛任務である。一人で弧月を抜いてとぼとぼと歩く。どーせ本部のゲート誘導装置に引っ張られるゲートだけでイレギュラーゲートは発生しない。ゲート発生予測地点はMAPに随時表示されるし、今回は一人ということもあって見回りのエリアも狭い。楽な仕事だ。はー楽だわー……寂しいわー……。

 でもね、すっごく不気味な違和感が俺を包み込んでるの。多数の視線が俺に向かってるかのような。でもその視線は一点集中で見られているというか、大規模侵攻以来では最高クラスの奇妙さである。まぁ大きな害はなさそうな気もする違和感だが、はっきり言って気持ち悪い。

 そんな経験は無いんだけど、狭い部屋のステージに一人立っていて、10名ぐらいの観衆に集中して見られてる感じだ。幼稚園や小学生の時に演劇に出るとかはあったけど、基本は樹木などの目立たない役だ。メインで見られるなんて事に慣れているわけがない。そんな慣れない環境に放り込まれてる感じは気持ち悪くてしょうがない。

 

『……ザザ……』

「え、誰!? 誰かいるの!?」

 

 びっくりした。オペレーターさんがいるなんて聞いてない。最低限オペさんは付けてくれたという事だろうか。しかし、何の挨拶もなく開始から今までとぼとぼ歩いているだけで弧月で落書き教室を始めても何も音沙汰も無かったのに、今になって通信を飛ばしてくるとは考えにくい。それに通信障害のような雑音のみとか意味わかんない。東隊の作戦室で見たホラー映画を思い出してしまうから止めてよー。見通しの悪い交差点からいきなり出てくるとかも無しだからな……。

 

「だ、誰かいるんどすかー……?」

 

 ビクつきながらも通信を飛ばすがリンク先がないので当然ながら応答なし。本部に繋げたら繋げたで、「何も無いのに連絡してくるんじゃない」と怒られる気もするし怖い。その場に居ては怖いので俺はゲート発生予測地点へ射線が通るように建物の屋上へ跳び上がる。それでも視線の違和感は尽きず、視線の発生源はどこだろうかとキョロキョロしながらも弧月を消してイーグレットを出して構える。なんだろーなーこの視線はー怖いなー怖いなー。そう思いつつも視線が消える事はない。

 

 撃つ前にイーグレットの銃口を覗き込むが、暗い銃口内がどんな細工か分からない。そうこうしてる内に警報と共に事前情報のあった地点へゲートが発生する。モールモッドが2体降りてくるが、1体をそのまま空中で狙撃する。狙い通りの弾道でモールモッドの眼球を貫くと、腹部辺りからも裂傷が起こる。スコープで眼球に注目である。そこには丸い弾痕ではなく、肉球型の弾痕があった。マジかー。そういう事かー。銃口を肉球型にしてあるのか。なんて無駄な技術力。そんなとこ誰も見てないよー。で、あるならば……。

 もう一体のモールモッドが着地し、俺の方へと身体を向け前進を始める。俺はアイビスを取り出し、サイドエフェクトで騙し始める。千佳ちゃんほどじゃないにしても大型の弾丸はモールモッドを背から貫き仕留めた。弾丸は地面のアスファルトまで達して地面に肉球型のダメージを与える。俺はそれを確認した上で悪戯心から射撃を続ける。アイビスの引き金を引く事4度。巨大な猫がそこに居たかのような作り物の足跡を残して防衛任務は終了となった。

 違和感は本部に帰るまで続いた。前に沢村さんから観察対象とか聞いた気がするけど、気になったのは今日が初めてのことだ。今後も今日みたいな感覚があるのだろうか。やだなー。でもねそんな不安定な精神も回復出来ちゃう。そう、cocoaならね。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 ここは本部のとある一室。ボーダーで隊を補佐するオペレーターの多くの人間がここに集まっていた。最初こそチームランク戦の実況などのミーティングだったのだが、そこは有能な集団な事もあって仕事に関する話はすぐに終わり、談笑の時間を過ごしていた。そして、とあるエリアの防衛任務の交代時間を見計らってモニターが点けられた。

 

 音無ネコは観察されていた。まるで可愛い子には旅をさせろという子供の初めてのお使い番組状態である。今回から一人での防衛任務という事もあり、狭いエリアで短い時間という試用期間だが、まず問題ないだろうと上層部は考えているらしい。

 

「ん? 落書き終わったと思ったらキョロキョロしてない?」

「してますねー」

「つーかビク付いてないか? こんなんで本当に桐絵に勝ったのか?」

「普段は落ち着いた子だよー」

「光ちゃんのとこの影浦君とかに追いかけられそうなイメージが容易に浮かぶわー」

「あぶなっ! ……通信用のボタン押しちゃったけど……気付かれた?」

『え、誰!? 誰かいるの!?』

「「「「「……セーフ」」」」」

 

『だ、誰かいるんどすかー……?』

「ふっぐっくくくく……」

「ぶふふっ……」

「どすかって……ぷっふふふ……」

 

 音無ネコが観察されている理由。その多くの理由は音無ネコの自分の隊への勧誘するための情報収集である。だが、音無ネコはどこの隊にも入る事無く、司令の城戸正宗と玉狛の暗躍エリートが動いた事によりネコ隊なる単独遊撃隊を作ってしまったので、勧誘のためという理由はほぼ建前になっており、もう完全にペット鑑賞である。

 

「おぉ~肉球型の弾丸かー」

「鬼怒田さんも粋なことするねー」

「鬼怒田さんは何でネコ君に優しいの?」

「ほら、玉狛のスナイパーちゃんが気に入られてるじゃん。あれで子供が男の子だったらって感じじゃないの?」

「おぉ! 巨大ネコ降臨の足跡!!」

「あのポイントは『ネコの通り道』と名付けよう!」

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 防衛任務が終わり、鬼怒田さんら開発室にも報告をして本部内をブラブラとしていると食材を手にした双葉ちゃんと加古さんを見かけた。またか、またウチのキッチンを使うのか。と思いきや、ネコ隊の作戦室には向かっていない。あ、目が合った。

 

「あら、今日は防衛任務だったの?」

「お疲れ様です」

「お疲れ様でーす。防衛任務終了でーす」

 

 食材を手にどこに行くのかというと、加古隊作戦室とのこと。なんと、加古隊にもキッチンがあるそうだ。マジか、俺の作戦室が初めてじゃなかったのか。だからあんなに早く作戦室が出来上がったのかもしれない。

 

「……またチャーハンですか?」

「あら、残念ね。今日はビーフシチューが食べたくなったのよ。来る?」

 

 誘われたから恐る恐る確認してみたが『作戦室の悲劇』は起きないらしい。何があったって? 太刀川さんや堤さんに聞いてみてくれ。被害者だからうまく言葉に出来ないかもしれないけどな。

 

 誘われてやって来た加古隊の作戦室。そこは那須隊の様に作戦確認部屋というモノとはかけ離れている空間で、生活感があり良い匂いがした。ってそんなことより!!

 

「こ、コタツだ!」

「コタツで丸くなってて良いわよ」

 

 マジかー念願のコタツだ。トリオン体を解除してコタツに侵入する。あれ……んー別に思ってたほどの効果は―――。

 

「電源入れてないですよネコ先輩」

「あ、電源ね。ありがとう………………ぉ、ふぉぉぉぉぉぉ……」

 

 双葉ちゃんに電源を入れてもらい数分ゴロゴロしてると、じんわりと精神破壊光線が放出されているのか、ゴロゴロレベルが上がっていく事に気付く。

 

「ウチ以外だとどこだったかしら? コタツ置いてるの」

「影浦隊です。根付さん殴って降格した」

 

 えー根付さん殴られたのー? ざまぁー。

 俺は聞こえてきた内容を軽くスルーしつつスマホで動画を見ながらゴロゴロするが……暑くなってきた! 双葉ちゃんの操作した電源を見ると弱・中・強の三段階で、強になっていた。弱でいいや。そして、いつしか眠りについていた。

 

(双葉、写真とってくれる? サイトに上げるわ)

(はい!)

 

(『ネコ好き集まれ! ウチに来たネコどう思う?』でスレ立てましょう)

(はい!)

 

 

 

 寝起きにビーフシチューを頂くが、目がしぱしぱしてるところに『カシャッ』と、スマホの写真を撮る音が聞こえてくる。

 

「ぅー……何撮ってるのー?」

「ビーフシチュー(を食べてるネコ先輩)です」

 

 あー食べ物撮る人多いよねー。

 

 

 

 

 

 月曜日。学校帰りに玉狛に来た。迅さんからメールが来て、『多分気分転換になるから』との事だった。まぁねー。一人ぼっちの防衛任務で気分は落ち込んでるからねー。愚痴る相手が欲しいですわ。ぼっち歴の先輩たるエリートに聞いてもらおうじゃないの。俺はトリオン体になって猛ダッシュで玉狛支部に辿り着いた。

 

「―――っていないんですか!? 自分から呼んどいて!?」

「あぁ、迅なら防衛任務に行ってるぞ。でもネコ(お前)が来るって話は聞いてたけどな」

 

 あまり見かけない林藤支部長に出くわした事に驚きもあるのだが、気分転換にって呼ばれたのに言いだしっぺが居ないのはおかしいだろう。

 

「あぁ、そういえばまだ会ってないんじゃないか? 今の玉狛(ウチ)には面白いヤツがいるぞ。会っていくか?」

「雷神丸以上の癒しなんて玉狛にいるんですか?」

 

 「癒しじゃないけどな~」と言いながら進んでいくのは地下の奥の部屋。林藤さんはノックをして「入るぞー」と言ってドアを開ける。そこには鬼が居た。いや、角がある人。ってアフトクラトルの人型ネイバーじゃないですかーやだー。

 

「……俺以外にも捕虜が居たのか」

「捕虜?」

 

 俺はその声に後ろを振り向くが誰もいない。そんで男は俺を見据えている。え、俺?

 

「違う違う。ネコ、フード外してみろ」

「あ、あぁそういう事か。外すの忘れてた」

 

 林藤支部長の声に俺はネコ耳フードを外す。どうやら自分と同じ様な角があって隠すためにフードを被っていたと勘違いしたようだ。

 

「こいつの名前は『ヒュース』大規模侵攻の時に迅が連れてきた捕虜だ。ヒュースこっちは『音無ネコ』一応、玉狛(ウチ)の隊員でもある特殊なヤツだ」

 

 俺は一応ぺこっと頭を下げるが、ヒュースって男は鼻を鳴らすようにそっぽ向いた。三輪先輩みたいな人だろうか? や、やったんぞーおらー。

 

 で、俺が呼ばれた理由は明らかにされた。本日の当番はレイジさんなのだが、急遽防衛任務シフトが入ってしまい思いついたように『ネコも玉狛支部なんだしネコの手を借りてみようぜ』みたいな話になったらしい。

 当番とは、玉狛支部のお料理担当の事である。当番制になっており、人によって個性が出るが、肉肉肉野菜炒めだったり、バイト先で覚えたイタリアンだったり、カレーしか作れなかったり、鍋だったりと、皆で協調しあってご飯を作って食べるのだそうだ。……おいおい、何だか羨ましいぞ。作戦室が作られる前だったら玉狛に入り浸っていたかもしれない。

 

「でだ、噂によるとネコは何でも作れるらしいな」

「んなわけ無いじゃないですか。安全なチャーハンとかは勉強中ですけど」

 

 厨房に案内され、冷蔵庫の中身を確認。とりあえず米を研いで水に浸ける。そんな時にうさみん先輩と小南先輩がやって来た。

 

「今日の当番ってネコなの!? ど、どうせカレーしか作れないんでしょ」

「ネコ君は色々作れるらしいよーこなみ」

 

 俺は長ネギと豆腐、挽肉を冷蔵庫から取り出して調味料を探す。

 

「あ、小南先輩。片栗粉ってどこでしょう?」

「か、カタクリ砲? えっと、そんなトリガーあったかしら……」

 

「うさみん先輩」

「うん、ここの棚に―――あ、でもネコ君、そこまでしなくても確か麻婆豆腐の素があったと思うよ。陽太郎は辛すぎるの食べられないからさー」

「ま、マーボー豆腐ね。『オレ外道マーボー今後トモヨロシク』みたいな料理ね。知ってるわ」

 

 よし、知ってないみたいだ。聞く相手は把握した。

 とりあえず先に一人分を完成させる。出来上がったのは玉子の中華スープと麻婆豆腐。餃子、サラダである。遅めに来るとりまるやレイジさんの分はまた後で用意しよう。三雲君たちはトレーニングルームに入ってるらしく、俺はお盆に一人分を乗せて陽太郎と一緒に奥の部屋に向かった。

 

 

 

「ヒュース入るぞー」

 

 陽太郎がノックしてドアを開けるとベッドに腰掛けているヒュースがいた。

 

「つーか何で一人で食べてんだ?」

「やはりネコもそう思うか」

 

 陽太郎はキランと目を輝かせながら、皆で食べる事に賛成のようだ。俺は別に『皆で食べよう』と誘ったわけではないのだが、まぁ結局はそういう意味になるのか。お盆をテーブルに置こうとすると、陽太郎は「ちょっと待っててくれ」と駆け足で去っていった。

 

「何だ? まぁいいや、辛いのは平気なの?」

「コナミが作ったカレーというモノは食べた事がある」

 

 俺は無いから辛さは分からないが、まぁ問題ないだろう。でもあれだな、人型ネイバーって言っても角を無しで考えれば海外の外国人って感じだろうか。日本食が苦じゃなければいいけど……と思いヒュースを見ると、ヒュースは俺を見つめていた。

 

「んだよー」

「……」

「待たせたな諸君!」

 

 無口だなーと思いつつ部屋は静かになるが、足音が聞こえてきてドアが開けられた。陽太郎は戻ってくると、その手には自分用のお盆を持ってきていた。その後ろには林藤さんもいる。林藤さんも一人分の食事を持ってきているが。ここで食べんの?

 

「持ってきてやったぞネコ。やっぱ優しいやつだなお前」

 

 ……俺がここで食うのかよ。はいはいいいですよー。もう捻くれモードだかんね! この後に作る麻婆豆腐は外道麻婆にしてやるかんね!

 

 ヒュースは陽太郎の食べる様子を見よう見まねで、麻婆豆腐をレンゲを使って食べ、ご飯を食べる。ふん、こーゆーのは麻婆丼にすんだよ! 俺はご飯の上に麻婆豆腐をかけてハフハフと食べる。

 俺の食べ方を陽太郎が見ると「あぁそうか」といった表情を浮かべて真似をする。ヒュースもそれに続く。……会話がないのも面白く無いと思い、ちょっと立ち入った話しを入れてみる。

 

「ヒュースはいつ帰れるんだ?」

「……知らん」

 

 サイドエフェクトに違和感が走った。何か隠してんなー。いつ帰れるか知らんって事で騙すってんなら、そりゃもう逃げる気満々なわけだ。まぁそれはそうか。逃げれるかどうかは別として、捕まったら逃げたくはなるか。それは普通な事だ。でもネイバーに優しい玉狛支部なわけだし居心地は悪くないだろう。ニート的な考えが無いって考えれば帰りたい理由があるわけだ。俺だったら入り浸る方が楽な気がしてならないけど。まぁ何にせよ―――。

 

「早く帰れるといいな」

「……捕虜の心配をして何になる」

 

 その後は食事の音以外は静かなもので、餃子、サラダ、スープ、丼とループを繰り返しハフハフと食は進み、空っぽの皿が出来上がっていくのだった。

 俺がヒュースが逃げるとか心配するまでも無く、迅さんがどうとでもするだろう。迅さん的に俺の力が必要なら声掛けて来るだろうし、上手い具合になるように暗躍をするだろう。

 食器を下げに居間に戻ると既に三雲君たちも来ていて、席についていた。既に訓練後のようで、談笑していたようだ。

 

「お、ネコ先輩だ。この前はどうも」

「いきなり襲って来るんだもん驚いたよ」

「「え?」」

 

 ランク戦なんだから当たり前だろって空気だ。だからまず誤解が発生していたところからの会話になった。俺が「よろしく」って言った事でバトる気満々だったと捉えられていた様で、俺はフォローする気だったと言った。そして、その点について忍田さんからも釘を刺されたからは今後当たる時は本気で行くと伝えた。

 

「何だ。じゃあこの前は本気じゃなかったんだ」

「うーんでもなーそしたら試合の時には千佳ちゃんも落としに掛からなきゃいけないんだよなー」

「き、気にしないで下さい」

 

 気にするわ。

 まぁ誤解は解けたわけだし、俺は三雲君たちの分を温め直したり、作ったりして配膳した。

 

 概ね好評だったネコの簡単中華コース。しかし、片付けをしていて気付いた。まだ3名ほど食べる人が居る事に。迅さんレイジさんとりまるの食事が残念コースになってしまう。材料はどうだと冷蔵庫を確認する。

 

「しまった餃子使い切っちゃった上に、麻婆豆腐も申し訳程度の量に……レイジさんたちの分が……」

「安全なチャーハンなら勉強中って言ってなかったか? 安全の意味が分からなかったが」

 

 林藤さんの声に俺は考える。チャーハンを作るか、確かにチャーハンなら今の材料だけでもどうにでもなる……いや、でも俺はあのチャーハン(・・・・・・・)を見てからチャーハンに安全と危険という区別を付ける様になってしまった。チャーハンなんて炒めるだけだ。だから簡単だ。でも奥が深い。今まではその考えだったのが、『……アレ入れてみようかな』なんて危険思想を持ち始める事がある。奥が深い? その奥というのは危険な闇なのではないか? というほどだ。いや、実際に危険だ。チャーハン作ってる時に甘い物とか考えちゃうんだから。やっぱり他のモノを考え……。

 

「いいじゃないチャーハンでも。ご飯が無いことの方がショックよ」

 

 小南先輩の後押しもあって、俺はチャーハンを作る事に決めた。

 

「チャーハン作るよ!」

 

 

 

 その日の夜、遅れて食事の場にやって来た3人の男が机に突っ伏していたと言われている。手にはレンゲが握られ、彼らの前にはチャーハンを冒涜した何かがあったらしいが、そのチャーハンの製作者は洗脳されたかのような目で後に語る。

 

「―――何を入れたか記憶にございませんにゃ」

 

 

 




感想・質問・ご意見・誤字脱字報告・評価・お気に入り登録等々いつも嬉しく承っております。

今回のサブタイは詐欺だなーと思いますが、ほら、ねこだましですし。


◆防衛任務のぼっち化。
 試験運転です。その内また隊を転々とするかもしれませんし、ぼっちのままかもしれません。当然のことながらぼっちの方がストレスが溜まります。

◇スナイパーやガンナー装備の銃口
 銃身が黒いだけじゃなく、ネコ隊エンブレムのような肉球マークの弾丸が放たれる。威力に差異は無く、本当に遊び心の品です。アイビスで地面を撃った場合は巨大ネコの足跡の様になります。警戒区域外(市街地)ではまず撃つ事は無いでしょう。今のところボーダー内だけの都市伝説的な足跡です。

◆最新15巻で明らかになった加古隊作戦室の補完。
 加古隊にもキッチンあるで。コタツもあるで。
 ネコの理想の完成系な気がしますが、遊びに行けばいいんだよ。細けー事はいーんだよ。

◇受け継がれし能力
 超炒飯創造(オーバーキルクリエイト)という能力だ! 誰かは知らないが突然変異の様なセレブリティオーラを放つ者から強い影響を受けてしまい、チャーハンを作る時は目が虚ろで洗脳されたかのように、チャーハンのようなナニカを作ってしまうのだ!! ……知らんけど。


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34 ネコとタコさんウインナー

大変お待たせしております。

頭痛いから鎮痛薬に手を出し始めた作者です。相当効く薬です。個人的にはカタカナで『クスリ』って書くと危なさを覚えます。EVE効きます。



 

 

 月曜日。本部に来ていた。防衛任務ではない。何で来たんだっけ。とても大事な用があった気がするんだけど……おっとここを登るのか。俺は崖を登って次のエリアに入る。

 

「にゃんこ、そっちはー?」

「んー、いないっすねー」

 

 柚宇さんと一緒に携帯ゲーム機で赤いドラゴンを捜しているのだが、予想していたポイントには居なかった。

 

「あれーおかしいなー」

「あ、いました!」

 

 ……って思い出したよ! 携帯ゲームで一狩り行ってる場合じゃない!

 オペレーターさんを探しに来たんだ! オペレーターさんを探してブラブラしていたところ、太刀川隊のパーカーを着た柚宇さんと休憩所の自販機前で会うと、青い携帯ゲーム機を渡され太刀川隊作戦室にて『ヒトカリイコウゼ!』となった。

 

「違うっす! こんなことしに来たんじゃないっす!」

「にゃんこ後ろ後ろー!」

 

「へ? 何もありませんけど?」

「そっちじゃないよ! 画面画面!」

 

「ぎゃー!」

 

 俺の操作していた双剣使いが背後から襲い掛かってきたドラゴンの爪攻撃で一撃で瀕死になる。柚宇さんの大剣さんが駆けつけて、回復薬も間に合ってなんとかクリアした。

 

「もう集中しなきゃ駄目だよー」

「ごめんなさい……って違う!」

 

 柚宇さんは「あーごめんごめん」と思い出したように携帯ゲーム機を片付けると、俺にコントローラーを渡してきた。

 

『テコンドーノシンズイミセマショウ』

『バビットヤッツケチャウゾ!』

 

『ハキキャク! ハンゲツザン!』

『コオーケン! チョーアッパーダボー! ハオーショーコーケェン! エイエイオウオウジャーンプブイブイ!』

 

「あーやられたー……って違いますってば!」

「あれ? 格ゲーしたいんじゃないの? あ、そっかわざわざ悪いねー」

 

 はい?

 ……なんで少し照れてるの?

 

「ネコ君のことだから和菓子でも持ってきてくれたのかね? 私はゲームソフトの方が嬉しいかなー。いや、でもにゃんこの気持ちの篭った誕生日プレゼントなら何でもカモンだよ」

 

 俺は今日の日付を思い浮かべる、今日は2月3日でしょー? ……2月2日は柚宇さん誕生日だ! 昨日じゃん!

 もう過ぎちゃったわけだけど、この前はぬいぐるみも取ってもらった訳だし、何かしら用意しないと失礼である。そもそも何で手ぶらで来てしまったんだ俺は……いや、違うぞ、今日は強制的に連れてこられたんだ!

 

「柚宇さん!」

「お?」

 

「じ、実はプレゼント用意してあったんですけど、家に置いて来ちゃったみたいだから取りに行ってきます!!」

「あ、冗談だよ? 気にしなくていいんだよー? いっちゃった……」

 

 

 はい、嘘つきました。家にプレゼントなんて用意もしてないけど、ゲーム屋さんで物色しよう。嘘を本当にしよう。

 何かあるだろうか。というわけで商店街の小さなゲーム屋さんに辿り着く俺。

 主に誰かと対戦したり助け合ってやるゲームが多いのは何となく分かるが、一人プレイのゲームがないわけではない。スペランカーとか言うタイトルの古いゲームも好きらしいし柚宇さんはゲームなら何でも来いって感じなのは分かる。

 ……あれ、もしかしてやった事ないゲームなんて無かったりするんだろうか? これでもし買って行っても『え、コレやった事あるしクソゲーだよ? 見る目無いねネコは』なんて言われたらもう顔も見れない。ここは慎重に……。

 

「これ……」

 

 何となくである。インスピレーションでコレじゃね? って感じのソフトを手に取る。そういえばこの系統のゲームは太刀川隊で見たことがない気がする。俺はそれを買ってプレゼント用の袋に入れてもらい本部に戻る。

 

 

「―――お待たせしました!」

「お、おー? 本当に用意してくれてたの?」

 

「コレ系統のゲームないなーって思ってたんで、いいのか分からないですけど。どうぞ!」

「しかもゲームとな! やるじゃないかにゃんこ~。どれどれ~」

 

 包装を無造作に開けるとそこには女性向け恋愛ゲームが入っていた。

 

「oh……(反応に困るものを……しかもコノにゃんこ純粋な目でドヤ顔してるとか、ギャグで用意したわけじゃないのか……)や、やった事ない類のゲームだけど大事にするよー。じゃあ格ゲーの続きやろうかー」

「え、今やらないんですか?」

 

「マジかー……(何で目のハイライト消えちゃうかなー。こっちがショック受けてるよー……そりゃにゃんこの口癖の『マジかー』もでるよー)」

「今やらないんですか?」

 

 ―――数分後。

 

「何で一般庶民だったのにお金持ちばかりの学校に行けるんですかねー? お金無い家って言ってたのに……」

「何でだろうねー。あ、最初のイケメンと出会った!」

 

「何か初対面なのに嫌われてません? パッケージの表紙に載ってる人なのに何で意地悪言うんですかね?」

「ねー。私この人嫌いだなー」

 

 完全に第三者視点でプレイしたのでツッコミどころを探しては楽しくプレイできたそうな。

 

 

 

 

 

 

 火曜日。まずいよまずいよー。またもやオペレーターさんを依頼できないままに明日は2回目のチームランク戦だよー。やっぱA級の人も視野に入れて柚宇さんにお願いしとけば良かったんじゃなかろうか。沢村さんにA級オペさんでもいいか聞いてみるか。

 そんな中、俺は学校でクマちゃん先輩に声を掛けられて本部に来ていた。防衛任務もないが、オペレーターさんも探さないといけないし、ついでにクマちゃん先輩の誘いも消化しよう。流石に今日見つけないとどうなるか分かったもんじゃない。

 

「この前は加古隊に行ったんだって?」

「へ? あ、はい」

 

 そんな本部内で何度目かという同じ内容の声を掛けられる。何で俺が加古隊に行った事知ってるんだ? 人によっては『ビーフシチューは大丈夫なの? 危険なのはチャーハンだけなの?』とか『良い匂いしたのか? 良い匂いしたんだな?』とか細かいところまで聞いて来る人もいて驚きである。

 もしかして人気のあるA級ガールズチームだし、加古隊の作戦室って隠しカメラとか設置されてるんじゃないかと思って念の為に加古さんにメールを送ったのだが、『ネコ君は本当に人気者ね』だってさ。いやいや俺のことじゃないから。加古隊のことだからね? 隠しカメラとかあるかもしれないのにそんなユルい感じでいいのだろうか? 再度念を押すメールを送るが、数名に話したのが尾ひれが付いたのだろうという事だった。あーなるほど。加古隊って人気だから噂も伝播しやすいのかもしれない。

 

「あーネコ先輩! 初日の分はまだですか!?」

「やほー桜子ちゃん。初日の分って?」

 

「解説したんですよね!?」

「え? 解説? ……あ」

 

 そういえば桜子ちゃんと契約を交わしていたかもしれない。解説動画の閲覧権と引換えに、解説する時には録音データを残しておく事……という様な。

 

「忘れてたんですか……あまり解説に来ない上に、解説に相性の良いサイドエフェクトを持ってる迅さんの解説を……」

 

 がっくりと肩を落とす桜子ちゃんを宥めて、とりあえず休憩所でジュースを奢ったところでメールが入る。クマちゃん先輩かと思ったが迅さんだった。開いてみると『音声データを添付しておくよ』とある。

 

 俺は添付ファイルをタップすると……。

 

『さぁ、B級ランク戦第1戦、昼の部が間もなく始まります。実況担当は風間隊の三上。解説は「ぼんち揚食う?」でおなじみの迅さんと―――』

 

「あ、あるんじゃないですか!! 」

 

 あったねー。暗躍エリートすげーな。どこで見てるんだと思いつつきょろきょろしてみるがいない。予知はすごいけど、こうなるの分かってるなら先に渡しておいてほしいものだ。何でギリギリになってメール送信だよ? 暗躍しすぎだろ。

 

 ほくほく顔で去っていく桜子ちゃんを見送り、時間を確認するとクマちゃん先輩との約束の時間を過ぎていた。

 

 

「遅いよ」

「ごめんなさーい。人気者でごめんなさーい。遅くなったのはファンに囲まれてたからなんですー」

 

 頭をぐりぐりと拳で挟まれるが、トリオン体だから痛くない。俺が人気者などという嘘も加古さんのメールから思い出して使ってみる。調子こいてるみたいで自分で言ってて恥ずかしくなってくる。そこに那須隊のオペレーターの小夜もやって来た。3人で模擬戦部屋を借りて、管制には小夜が着いた。

 

「射撃トリガーでしたっけ?」

「そう、玲にも教えてもらってはいるけど、玲も感覚派だからほとんど見様見真似なの。バイパーとかの曲がるのはいらないから、状況を変化させやすいメテオラの使い方をもう少し覚えたくてね」

 

 那須隊でのパワーアップ。個々でのパワーアップ。それを考えた結果、アタッカーは勿論続けるが、射撃トリガーも学び始めたと言うクマちゃん先輩。

 俺は嵐山隊との開発室時代も遡って考えながら、俺の知ってる使い方を伝える。

 

「メテオラをただ飛ばすだけだと簡単に避けられちゃうんで、待機状態でユラユラ浮かしておいたり、トラップみたいに設置しておいて、日浦ちゃんに狙撃してもらって爆発させても良いと思います。こんな感じで」

「分かっちゃいるんだけどねー」

 

 俺がキューブを分割させてユラユラ浮かせるのを見て、苦手だなーといった表情でクマちゃん先輩はメテオラを片手に作りつつ、腕の周りをユラユラと浮かせる。出来てはいるが、戦闘中となると少しぎこちなさが出てくるようだ。

 試しにスコーピオンで切りかかってみると、メテオラは完全に停止していた。それを撃ち出すが、射線は簡単に見切れてしまい、容易く回避できる。

 何故こんなに不器用になるのか。クマちゃん先輩だからである。弧月持ちの人の大半は片手装備であるのに対して、クマちゃん先輩は弧月両手持ちがメインだ。

 

『やっぱり戦闘前にメテオラを設置して、相手をその場に誘導して茜に狙撃してもらって使う感じですかね』

「戦闘になると冷静でいるのも難しいからねー……」

「逆転ホームラン!」

 

 発想を逆転させて閃いた俺。今は両手弧月だから難しいと感じて練習も上手くいかない状況だ。ならば強制的に片手欠損状態にしてしまえばどうだろうか?

 俺はクマちゃん先輩の片腕をスコーピオンで切り落とし、小夜には欠損状態のままで模擬戦を続けるように設定してもらった。

 

「どうっすか?」

「な、慣れないけど。前よりは使えてるかな?」

 

 こうして、クマちゃん先輩との模擬戦は続き、結局俺はオペレーターさん探しを断念した。もう駄目だ。間に合わないんだ。明日がチームランク戦だよ? 間に合うわけ無いじゃん。昼の部だし、そりゃもう探して見つかるようなものでもないだろう。俺にも連絡先教えてよ。

 

「終わった。明日ランク戦なのにオペレーターさんがいない。怒られるんだ……そりゃもう太刀川さんみたいに正座させられて怒られるんだ。やだなー辞めようかなボーダー……」

「つ、付き合わせて悪かったけど、なんて落ち込み様……小夜子、明日出て来れる?」

「わ、わ、私でよければ!」

 

 見つかった!

 『沢村さんへ、今回は那須隊のオペレーター、志岐小夜子さんにオペレーターをお願いしました。よろしくーねっ!』

 

「小夜よろしく!」

「ひゃい!」

 

 

 

 

 

 ランク戦まで時間はある。平日の昼の部という事もあって、学生の多いボーダー本部としては人は少なめである。俺も学校終わってダッシュで来たけど、急がなくても余裕がある。暇な内にトリガー構成を弄って、休憩所で作戦室に補給用のココアを手に入れる。そんな時である。その人とぶつかって出会ったのは。

 

「あ、ごめんなさい」

「……気をつけてよね」

 

「おー……タコさんウインナーみたい」

「ケンカ売ってんの!?」

 

 はっしまった! 思った事がつい口に出てしまった。だって髪型がそれっぽいんだもん! 俺は掴み掛かれて怒られた。

 

「ご、ごめんなさいでしたー……」

「ちっ」

 

 いきなりでびっくりして涙目になってしまったが、謝ったのに舌打ちしたよこの人。三輪先輩以上にイラついてそうな人だな。これでさよならは簡単だけど、今度会った時にまた嫌な感情からの挨拶になってしまう。嫌だけど、今の内にしっかりと挨拶を済ませよう。

 

「そ、そんなあなたにココアを進呈!」

「まだ続くの!? なんなのよアンタ? ……あれ? アンタどっかで……」

 

 去ろうとするタコさんウインナーに俺はココアを差し出す。

 タコさんの言うとおり俺も見覚えがある。だけど思い出せない。タコさんウインナーヘアスタイルのこの人は誰だろうか? あ、学校だ! 学校で見たぞ。確か小夜と同じクラスの人じゃないか?

 

「小夜と同じクラスの人?」

「サヨ? あ、那須隊の小夜子のこと? ってことは同じ学校ってこと? ……え!? 高校生なの!? え、そんなに小さいのに!?」

 

 失礼だ! このタコさんウインナー失礼だ! ってほっぺを抓るな! トリオン体だから痛みは無いけど!

 

「また私の髪形馬鹿にしてるでしょ!?」

ふぉふぇんなふぁい(ごめんなさい)

 

 何でバレたし。

 

「認めるのかよ!」

 

 タコさんはココアをひったくるように受け取る。タコさんは……何て名前だ?

 

「ねー、タコさんは、ぁぅっ」

香取葉子(かとりようこ)

 

 ココアの缶で俺を軽く叩くタコさん改め香取葉子さん。苗字も名前も三文字か……タコさんで覚えちゃったし四文字がいいなー。

 

「ねー、カトリンってさー」

「馴れ馴れしいな!? 何なのよアンタ……」

 

「音無ネコだよ。よろしくね。で、カトリンはオペレーターだったりするの?」

「ちっ、香取隊の隊長」

 

「ほぉーじゃあいいや」

「じゃあいいやで済むか! 聞いといて失礼だな!? なんなのよ!」

 

 音無ネコはオペレーターを募集しております! という事を軽く説明する。

 

「―――は? ん? えっと何? 新しく隊を作るってこと?」

「違うってば、ネコ隊はあるんだよ。オペレーターさんをレンタルで借りたいんだって」

 

「レンタルって何よ? そもそもネコ隊って? それ下の名前なんでしょ? 何で音無隊じゃないのよ?」

「だーかーらー。ネコ隊って名前でやってんのー」

 

「でもアンタ一人なんでしょ? 意味分かんないんだけど」

「こっちだって意味分かんないよ」

 

 なんか今までが俺の事とか知ってる人ばかりだったから、逆に何も知らないと言う人に説明するのが新鮮である。全く伝わらずに言い争いに発展しそうだけどね。

 

「は? 何なの?」

「んだよー?」

「葉子そろそろいい?」

 

 いつの間にか、不毛な争いをしていた俺達をすぐ近くで見ていた人が声を掛けてきた。ショートカットのメガネさんである。

 

「華!? いつから居たの!?」

「葉子が隊長だって名乗った辺りから」

「その姿はオペレーターさん?」

 

 華と呼ばれたのは香取隊のオペレーター。染井(そめい) (はな)さん。同い年。進学校に通ってるようで、会った事はない人だった。

 

「噂は色々と聞いてるわ。これ連絡先。空いてればオペレーターも引き受けるけど、対戦相手になった時の情報収集もさせてもらうし、勉強を優先させてもらう事もあるから」

「よ、宜しくお願いします」

「私の時と違って礼儀正しいなオイ。それに華! 連絡先っていいの!?」

 

「周りの人から色々と聞いてるし、問題はないわ。今話してみても分かったけど、葉子とも仲良さそうだし」

「よくない! アンタもそうでしょ!」

「これでオペレーターさんの連絡先が増えて来たぞー。今日も元気だココアが美味い」

 

「話を聞け! それ私にくれたココアでしょうが!」

「まぁまぁ落ちつけよタ、カトリン」

 

「また馬鹿にした!? 個人戦でボコボコにしてやる! 来い!」

「あ、ごめん。これからチームランク戦だから」

 

「一人でしょうが!? 出れないから! チームランク戦だから!『チーム』だから! 一人じゃチームじゃないから!」

「葉子、ネコ君は単独遊撃隊の一人チーム。それは有名な話」

「そうだよーファミリーレストランに一人で行く人もいるじゃん」

 

 だから大丈夫。……寂しいけど。

 っと、小夜からのメールだ。

 

「悪いねお二人さん。ランク戦の時間だ」

「うん、見てるね」

「だから何で出れるのよ! チーム(・・・)ランク戦でしょーが!」

 

 

 

 

 





感想・質問・ご意見・誤字脱字報告・お気に入り登録に評価。お待ちしております。温かい感想は特に心の安らぎです。


◆ヒトカリイコウゼ!
 ネコはこの手のゲームは苦手です。柚宇さんも主に観測者(スポッター)としてネコを使ってます。

◇乙女ゲームを買ったネコ
 店員さんからの目は気にしてません。プレゼントだし、恋愛とゲームは違うと、恋愛経験ゼロの癖に意気揚々と買って帰りました。
 ちなみに、柚宇さんは速攻でクリアして、その後は唯我がこっそりとプレイしている模様。

◆クマちゃん先輩と特訓
 特に意味なし。ただ小夜をオペレーターにしときたかっただけです。

◇ネコとタコさんウインナー
 華さんクッションを利用してカトリンとネコを仲良さそうに書いてます。実際の2人はまだ探り合いの様な関係です。


 頭が痛い。肩が痛い。心が重い。あ、眠い……おやすみなしゃい。


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35 ネコとときめきの導火線

 お気に入り登録1450件突破。本当にありがとうございます。

 今回のお話は路線を修正、変更しましたが、書き始めた時はかなりダークというか、シリアスな感じで書いてました。そういう映画とかに影響されちゃって染まっちゃう時がありますね。……まぁ少しその影も残っての投稿となってますがね。そんな35話です。お待たせしました。



 

 

「……ん……君……ネコ君? だ、大丈夫?」

「ん、あ? あぁ……うん、大丈夫。何が大丈夫なんだっけ?」

 

 小夜に声を掛けられるが、どういう状況だろうか? チラリと部屋を見渡すと俺の作戦室だ。那須隊の作戦室ではない。じゃあ何で小夜がいるんだ? 俺は寝てたのか?

 

「そろそろ転送されるけど、棄権する?」

「転送……あー、ランク戦か」

 

 ……そうか。そうだったけ。そうだな。うん。チームランク戦だ。小夜に確認をするが、俺は別に寝ていたわけでもなく、会話の途中でいきなり考え事を始めたように黙り込んでいたようだ。

 今回の試合は4つ巴のランク戦で、俺以外の隊は前回試合をした間宮隊、吉里隊、それに茶野隊を加えた試合だ。下位ランクだが玉狛第二もいないし、今回は点数を多く取るチャンスだ。そういった話をし始めたら俺は黙り込んだらしい。

 ……自分で振り返ってみても何も思い出せないが、そうか、まぁそうだな。仮に全ての点が取れれば生存点も含めて10点という事か。どう動くかとか考えてたんだろうか?

 そして、再度小夜に問題ないことを伝えて、転送が開始された。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

「間もなく始まるB級ランク戦2日目昼の部。実況は鈴鳴支部から参りました今結花がお送りします。解説席には暇そうにしていた諏訪隊の諏訪隊長と、かつて新人王争いでも名前の挙がっていた柿崎隊の照屋さんにお越し頂いています」

「おう」

「よろしくお願いします」

 

「前回の試合で注目を集めていた噂のネコ君。音無隊長がまさかの1ポイントという成績でした。一気に駆け上がるものと思われていた方も多いと聞きますが、今回はB級下位の4つ巴の一戦となります。注目している隊員はやはり音無隊長でしょうか?」

 

 柿崎隊の柿色のジャケットを着ている照屋(てるや) 文香(ふみか)は注目すべきは音無ネコ一人だけだろうと、恐らく意見も一致しているであろう事から、先輩でもある諏訪を立てて目線でコメントを譲る。

 

「あー、そりゃあネコだな。1戦目もチーム戦の感覚を掴むためだったのか気紛れかは知らねーけど、色んなところから突かれてるらしいからな、今回は真面目な点の取り方するんじゃねーか? 前回同様に下位ランクで4つ巴も珍しいが、点も取りやすいだろ」

「なるほど、MAP選択権は間宮隊にあります。選んだMAPは展示場。コレについてはどうでしょうか」

 

 諏訪は何かを考えるが、結局は「知らん」と答えた。それを補足するように照屋は付け加える。

 

「音無先輩対策にも取れますが、チームの特性を活かせるMAPでもありますから、射線が通る選択だと思います」

「そうですね、対戦相手はいずれも対応できるガンナー・シューター・オールラウンダーの多い組み合わせです。その中で火力で押し切れるという算段もあっての事と思われます」

 

 ランク下位グループのネコ隊・間宮隊・吉里隊・茶野隊の4つ巴の戦いが始まろうとしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 転送されて展示場に降り立つ。展示場か。へーこれが展示場ね。初めて来たわ。

 さて、俺は本気で動くことにした。まずはバッグワームを起動して高台を取りに動く。同じく高台狙いだったのか、近付いていた吉里隊のオールラウンダーを目視で確認したのでジャンプしたままライトニングで落とす。うんうん、俺も狙撃が上手くなったもんだ。奈良坂先輩や当真先輩に比べたら段違いにダメダメだけど、動きながらの狙撃なら俺には佐鳥という指導者がいる。師匠ではないけどね。ツイン狙撃も継承できないっすわ。

 

 俺は小夜に他の隊同士で交戦しそうなポイントがあるか聞くが、まだそれは無いらしい。

 

「射線が通るから合流してから火力を集中させたい感じかな?」

『た、多分そう。間宮隊には追尾弾嵐もあるから合流させる前に何とかした方がいいかも。でもスナイパー装備を持ってる人はいないと思うから。そこで陣取るのもありだと思うよ』

 

 今日のトリガー構成は

【メイン】ライトニング・アステロイド・グラスホッパー・シールド

【サ ブ】スコーピオン・アステロイド・バッグワーム・シールド

 という割と使い慣れた構成である。

 自分では分からないのだが、転送前の事も考えると調子も悪いのかもしれないし、頭も痛くなるから前回の様な居場所すらも騙すことはしない。相手とアステロイドだけ騙せば何とかなるだろう。うっし、全部取る気で動こう。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

「まず先制点はネコ隊が取った。吉里隊の北添隊員ベイルアウトです」

「ライトニングだったよな?」

「はい。それに北添さんのシールドは間に合ったように見えましたけど……」

 

「その音無隊長は高台を維持したままメテオラを射出」

「煽ってやがんな」

「誘ってますね」

 

 目立つメテオラでの地面へ向けての爆撃。そこには誰も居らず、バッグワームを解いた音無ネコがいた。『ここにいるぞ』というメッセージだった。

 

「間宮隊が合流を果たして揃った。茶野隊も合流し間宮隊を追いかける形で音無隊長のいるポイントへ向かう」

「吉里隊がネコの後方で待ちか」

「一人落ちてますし高台のスナイパーですからね。集まって乱戦になったところで漁夫の利というのもありですね。音無先輩が落ちるとすればの話ですが」

 

 全ての隊が音無ネコを囲むように配置すると、間宮隊が動いた。3人揃ってフルハウンドによる追尾弾嵐(ハウンドストーム)を放つ。音無ネコはそれを両防御(フルガード)で防ごうとするが、流石に3人分の両攻撃(フルアタック)を凌ぎきる事はできずにシールドは罅だらけになり、右手を落とされ、腹部に掠り傷を負う。シールドが割れた時にはテレポーターで回避し、間宮隊の目前に迫る。

 

「音無隊長のフルガード! 3人のフルハウンドは流石に耐え切れずテレポーターで攻勢に出た!」

「久しぶりに追尾弾嵐(ハウンドストーム)見ましたね」

「あいつら合流する前に落とされてる事多いからな」

 

 音無ネコはスコーピオンとグラスホッパーで緩急を付けた動きで間宮隊を2名ベイルアウトさせる。

 

「ネコく、音無隊長の素早い動きに対応出来ず間宮隊長と秦隊員がベイルアウト!」

「アレだけ速いとあいつらじゃ捉えるのは難しいな。相手が悪いぜ」

「音無先輩の入隊の期間ですと、間違いなく新人王ですね。流石としかいえない緩急の動きです。小さくて軽いとグラスホッパーも最大限に活かせますからね」

 

「なるほど。確かに小さい方が優位ですね」

「お前ら……本人には言ってやるなよ?」

 

 茶野隊の二人は音無ネコを狙うのは難しいと判断し、間宮隊最後の鯉沼に狙いを定めアステロイドの二丁拳銃で追い詰め、鯉沼はベイルアウト。

 そして、その茶野隊の背後を突くように音無ネコがメテオラの爆風で茶野隊の視界を一時的に塞ぐと、爆風の奥からアステロイドで茶野隊を打ち抜いた。

 

「ここまで6名のベイルアウト、ネコ隊が5点、茶野隊が1点。ですが、茶野隊はこの時点で全滅となっています。残された吉里隊はポイントを取ることが出来るか」

 

 音無ネコが動く。最後に吉里隊をアステロイドで仕留めに掛かり、隊長の吉里は落ちたが月見はテレポーターで回避した。音無ネコはその出現位置に向けてアステロイドを放つ。吸い込まれるようにアステロイドの弾は月見を貫いた。

 

「試合終了。ネコ隊が7点と更に生存点が入り、9点を獲得。稀に見る大量得点の一戦でした」

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「お、お疲れ様! これ冷たいココア!」

「おーありがとう!」

 

 事前にわざわざ買ってきてくれていたようだ。小夜から缶のココアを受け取る。キンキンに冷えてやがるー。開けて一口飲むが……あれ? おかしい。かなり甘さ控えめになったのか? 風味も甘さも全体的に薄く感じる。休憩所の自販機のココアだよな? そんな質問をしようかと、ふと顔を上げると小夜にモニターを見るように言われた。

 モニターには見知らぬ実況のオペレーターさんと、どこかで見た気もする柿色のジャケットの女の子と、諏訪さんがランク戦のまとめに入っていた。

 

『さて、振り返ってみてどうでしょうか。まず間宮隊のMAP選択についてお願いします』

『悪くねーだろ。相手が悪かっただけだ』

『全距離のトリガーを使ってくる可能性のある音無先輩。オールラウンダーよりの吉里隊。中距離の茶野隊。接近戦は避けるべきなので展示場は間違っていない選択だったと思います』

 

『住宅街などでも良かったと思いますが』

『第一戦でネコとそこでやってんだろ? 変化は欲しいな』

『そうですね。オーソドックスでも間違いではないですけど、変化を付けた方が対戦相手の対処できない場面を作れるかもしれません』

 

『なるほど、では今回大量得点で勝利したネコ隊についてはどうでしょうか』

『当たりたくねーなー』

『そうですねー。支えがいはありそうなんですけどねー……』

 

 支えがいって何? と小夜に聞くが、「分からないでもないけど……(支えられる度胸もないけど……)」と言われた。俺が分からないんですけど?

 

『まぁそもそも部隊章(エンブレム)持ちがB級下位にいること自体が間違ってんだよな。これで中位に上がったんだし、そのまま当たらないままに俺の隊に被害無けりゃいいけどな』

『ウチは当たっても負ける気はありませんよ』

 

『事前情報がとある場所で多くなりすぎて対策に困る事もあるかと思いますが、その辺りはどうでしょうか?』

『アイツは何でも使ってくるからな。そもそも基本のトリオン量も意味不明だ。アステロイドにメテオラ使ってやがったが、キューブの大きさは毎回違う。どんだけ気分屋だ』

『そうですね。中でも中距離が音無先輩の得意な距離に思えます。ウチも中距離戦は得意としてますから、対策は困りますが、じっくり確認して突破口を探して行きたいですね』

 

 こんな風に解説されるのか。これで情報が漏れていくわけだな……。俺の事前情報というのも個人戦のログだったりするところが多い様だ。だけど、『とある場所(・・・・・)』ってどこよ? 会議室とかで討論会にでもなってるとかか?

 

 

 

 小夜に菓子折りを渡して「またよろしく」と言って見送る。本部内をブラついていると試合前に話していたカトリンと華さんと出会った。どうやら本当に試合を見てくれていたらしい。

 

「本当に一人で出てたのね」

「信じてくれたかねカトリン」

 

 「何でこんなのが一人でチームなのか……しかもほとんど倒すとか……」などとカトリンに頭をべしべしと叩かれながら言われるが、華さんはそれを無表情で見ているだけで止めてくれないままに眼鏡をクイッと上げてオペレーターの用事があるとかで去っていった。クールだねー。そんな俺が帰ってご飯でも食べるか、それとも玉狛第二の試合まで太刀川隊でゲームとか諏訪隊で漫画とか暇潰しを考えているとカトリンが視線を外しながら口を開いた。

 

「ねぇ、ちょっと付き合いなさいよ……」

 

 カトリンの声が聞こえたのか、ざわっと隠れた視線と声を見聞きするが、知ってるよ。これってよく漫画である『も、模擬戦に付き合えって意味よ!』みたいなツンデレ勘違い系の話だろ? ……いや、ざわつきを考えると告白なのだろうか? え、マジ? は、初告白受けた!? いやでも俺はまだそういうのいいかなーって思ってるわけで、でも全く興味がないのかといえば少しはあるわけで、でもカトリンは怖いわけで―――。

 

「どうなの? 個人戦する時間あるの?」

「ふざけんな! 初めてのトキメキ返せタコさんウインナー!!」

 

「んだとチビネコ!!」

ふぉふぇんなふぁい(ごめんなさい)!!」

 

 チームランク戦前と同じ様に俺は両頬を引っ張られるように抓られ謝る。

 周囲のざわつきも散っていき、俺はカトリンの個人戦に付き合うことにした。そもそもだねー。こんな怖い人にはときめかないよ。返してもらうまでも無くときめいてないから。そうだなー優しい人っていうのが大前提かなー。

 

「……でもさー、何で俺が受けることを前提で話してんの?」

 

「あ゛?」

「や、やるよー。ほ、ほらーブース行くよー」

 

「ちっ」

 

 し、舌打ちやめてよー。怖いだろー。

 

 さて、個人戦は5本勝負。俺は様子見で最初は全力では行かずに戦うが、カトリン凄く強い。接近戦でスコーピオンで襲い掛かってきたと思えば、供給機関のゼロ距離ハンドガンが俺を襲って俺はベイルアウトした。マジかー。タコさん強い……。

 2戦目からはサイドエフェクトも意識して使い、ハウンドとアステロイドの切り替えも判断して避ける事が出来た。カトリンの顔が怖い。

 久しぶりにライトニングでスコーピオンを受ける。そのまま体勢を崩してスコーピオンで突き刺す。カトリンは身体を捻って直撃を避けようとするが残念。

 

「なっ!?」

『供給機関破損。ベイルアウト』

 

 こっちには一撃必殺があるんだぜぃ? 余裕の面持ちでカトリンの再転送を待っていると更に怖い顔で戻ってきた。

 

「ね、ねーねーカトリン」

「……何?」

 

「もう少し楽しそうにやろうよー。怖い」

「楽しく? 何それムカつく」

 

 ……ふむ、何だろう? 珍しいタイプの人だぞ? 俺の周りの人や、今まで知り合ったボーダーの人の中にはいなかったタイプだ。近い人で当て嵌めるとすれば三輪先輩が一番近そうだろうか。三輪先輩のようなネイバーに恨みのあるタイプなのかもしれないけど、チームランク戦前に話した感じだと、少しは楽しそうな印象もあったんだけどな。

 

「さっさと次、始めるよ」

「……やだ」

 

「は? アンタ何言っ……」

「別に俺の負けでもいいよ。でもムカつく理由を教えてよ。意味も分からずムカつかれて戦うのやだもん」

 

 といいつつ、俺はテレポーターでカトリンの真後ろに出現し、スコーピオンで斬る。

 

「うっそー」

「こ、こいつっ!!」

 

 俺は苦し紛れに振るわれるスコーピオンを避け、ベイルアウトしていくカトリンから距離を取る。

 

「アンタずるくない!?」

「何言ってんだよカトリン。転送終わったら試合開始だよ? 諦めたらそこで試合終了なんだよ?」

 

 転送が終わり、カトリンは言いたい事があるのか、俺のところに早歩きでやってきてハンドガンを片手に叫んだ。

 

「諦めてない!」

「ぎゃー!」

 

 俺はやり返されるようにハンドガンで蜂の巣にされる。こんなもんでいいだろうか? ガス抜きって言うの? イラつきを少しは和らげる事が出来ただろうか?

 

「はぁ……最後の一本は真面目にやってよね」

「ラジャー。……行くよ?」

 

 ―――結果は3-2で俺の勝ちだった。遊びもあるから実質3本勝負だった感はあるがまぁいいだろう。最後の戦闘は距離をとにかく取って、それでも割りと近い距離からライトニングの狙撃で片付けた。

 

「ムカつく! ムカつく! なんだよチビネコのくせに!」

「まぁまぁココアでも奢ってくれよ」

 

「しかも厚かましいな! ……まぁいいわ、良い気分転換になったし」

「うんうん、その調子だよカトリン。カトリン天才だから大丈夫だよ。俺には勝てないけどな。ざまぁ早くココア奢れよ」

 

「んだとこのチビネコ……」

「お、奢らせてください」

「葉子、カツアゲはよくない」

 

「違うから! コイツが生意気なこと言うから!!」

「あ、華さんお帰り。ココア飲む? 奢るよ」

「うん、ありがとう」

 

「何で華には優しいのよ!」

「カトリンが俺に優しくないからだよ!」

「仲が良いのはいいけど、とりあえず人目があるから移動しよう」

 

 

 

 香取隊は他に男子が2名のチームらしい。スナイパーはいないがバランス型のチームだ。俺はココアを飲みながらそんな話を聞いている。やっぱ薄いなー。製造メーカーで味を変えたのだろうか? 『変わりました』ぐらい書いといてくれてもいいのに。トリオン体を解除しても同じ様に感じるからトリオン体の異常とかではないだろう。

 

「それでアンタは何でボーダー入ったの? 三門市に住んでたの?」

「いんや、スカウトで来たんだよ。やりたい事も何も無かったし、でも始めてみたら結構面白いし、みんな優しいから助かってるよ」

 

 (カトリン以外な!)と内心で思ってると拳が飛んできた。「あ、あにすんだーこらー!」と虚勢を張るものの、「また良からぬ事考えてたでしょ」と冷徹な眼で言われた。何でバレたと思ってると、結構顔に出てると言われた。マジかー。

 少しばかり談笑すると、もう少しで夜の部の会場が開くと思い、俺は玉狛第二を見に行く事にした。

 

「―――夜の部見に行くけど、カトリン達は見るの?」

「ウチはこれから防衛任務」

 

「そっか、ココアありがとうカトリン」

「はいはい、また今度ランク戦付き合ってよ」

「お疲れ様」

 

 

 

 

 

 自分の作戦室に寄って買い置きのサンドイッチを食べるが、サンドイッチも何だか物足りない味付けである。もう少し味濃いほうがいいんだけどなー。最近の主流は薄味なのだろうか? 今日の帰りは味濃い目、油多目のラーメンでも食べて帰ろうかな。

 

「音無か」

「あ、ども風間さんこんばんはっす。って風間隊勢揃いでどうしたんですか?」

「ランク戦を見に行こうって話になってな」

「空閑なんて気にする必要ないのに、風間さんが見るって言うんだ」

 

 うってぃーときくっちーがそう言って、ランク戦室に向かうところだという。じゃあ便乗しようかな。と思ってランク戦室に入るが。

 

「満席じゃん。凄いな……何で? そんなに玉狛第二が気になってるんですかね皆」

「多分解説が東さんだからですよ」

 

 みかみかに言われて解説席を見ると、実況に桜子ちゃん、解説席には東さんと緑川がいた。あー東さんの解説か。玉狛第二と解説No.1の相乗効果で満席という事か。いや、席は空いてはいるが、飛び飛びで空いていて揃って座れるところがない。

 

「仕方ないな作戦室に戻るか」

「あ、私ネコ隊の作戦室行きたいです」

「あーそう言えばバーカウンターの作りなんだっけ?」

「えーいいですよーウチの作戦室戻りましょうよー」

 

 みかみかの声にうってぃーも乗り気っぽい反応を見せたが、きくっちーは自分達の作戦室がいいらしい。だが、隊長には逆らえないわけで、風間さんが「ではネコ隊作戦室で見るか」と言えばしぶしぶ着いてくる感じになった。おい、俺は許可出してねーよ。

 

 

 

 




感想、質問、ご意見、ご感想、誤字脱字報告、お気に入り登録、評価、ご感想など、随時受付中です。お待ちしております。



◆サブタイトル:ときめきの導火線
にゃーお。
 額に『鬼』の文字のあるイケメンと転移した女子高生のお話だったような気がする。アニメの内容はほとんど覚えてない。
にゃーお。

◇実況:今結花
 どうなんでしょうね? 支部の人は実況に来ないのかな? でも書いちゃう。だって二次創作だもの。

◆ハウンドストーム
 絶対に合流前に落とされて撃てない事が多い技だと思うんですよね。決まれば超強力(決まればな……)

◇諏訪さんの優しさ
『お前ら……本人には言ってやるなよ?』

◆『とある場所(・・・・・)
 スレッドね。うん知ってた。(ネコ以外)

◇全てが薄味に感じるネコ舌。
 こ、これなら加古チャーハンだって怖くねーだろ!!


やっぱ北添って影浦隊のゾエさんの弟とかかなー?
月見も蓮さんの妹とかかなー?
BBFにも、それぞれ家族構成で兄・弟とか姉・妹って書いてあるしなーそうかもねー。


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36 ネコと味覚障害

大変お待たせいたしております。
優しい世界に行きたいです。



 玉狛第二の試合が始まろうとしていた。

 風間隊の面々と共にネコ隊作戦室に入る前に俺は缶ココアを買い溜めした。紙パックがあるんだけどもうすぐなくなりそうなのだ。しょーがない。買っている後ろできくっちーが急かす様にブーブー文句を言っていたが気にしない。

 しかし、俺は風間さん達に買ったココアの缶をそのまま渡したりしない。まぁ慌てるな。これはメーカーの陰謀により薄味になってしまっているココアである。これで満足が行くわけなかろうなのだ。

 缶のココアをカップに移し、風間さんの事も考えて牛乳も入れるが、ガムシロップも多目に入れてやる。ふむ、完成だ。『ぼくがかんがえたさいきょうのココア』である。味見……うん、んまい。これは十分なココア(ちから)を持っているだろう。

 

「悪いな」

「ありがとう」

「えーココアー?」

 

 きくっちーがまだ文句を言っているが、ネコ隊作戦室(ここ)では俺がルールだ。飲まずに帰れると思うなよ。

 風間さん達は飲んだ瞬間に揃ってビクリと肩を震わす。

 

「こ、これはココアだよな……?」

 

 うってぃーの声に「如何にも」と自信満々に返す。かなりの出来栄えだったようだ。

 

(こ、これ甘すぎませんか?)

(味見してすごく満足気だったな……)

(ってことは悪戯とかじゃないんですよね?)

 

 ヒソヒソと会話してるが、そんなに衝撃的だったかね? 「お、俺達の知ってるココアじゃない!」とか「これがココアだとしたら、私達が今まで飲んでいたのはのは泥水ですね」とか多大なる評価をしているに違いない。ぬふふふふ。

 

(か、風間さんが一気に飲み干したー!)

(わ、私も頑張って飲みます)

 

「あ、お代わりいります?」

「っ! いや、大丈夫だ。こいつらの分も必要ない」

 

(か、風間さん……)

(流石は隊長!)

(これ飲み干さないといけないんですか……甘すぎるよ……)

 

 そうこうしている内に試合はスタート。玉狛第二が選んだMAPは高低差ありまくりの『市街地C』だった。スナイパー断然有利のステージは対戦相手の荒船隊が主導権を握れる選択に思えた。

 

「意外な選択ですね」

「三雲は考え無しのヤツじゃないが……」

「そうですか? MAPの選択ミスですよ絶対」

 

 きくっちーの毒が止まらないが、三雲君たちはまず合流を優先し、荒船隊はスナイパーらしく上へ上へと高台を取りに動く。ふむ、やばくないかい三雲君?

 

「音無、お前ならどうする?」

「このMAPで、この組み合わせですか?」

 

 風間さんは頷きで続きを促してくるが、そうだなー……位置情報を騙すサイドエフェクト使って「私ネコさん、今あなたの後ろにいるの」と思わせつつ、別方向からの奇襲みたいな感じで―――! なんてのは論外だ。そうだねー……。

 

「上を取られてるから、スナイパー対策としては無理矢理レイガストで突撃っすかねー。他はどうとでも出来る気がしますし、スナイパーだけ苦労しそうです」

「お前はやはり一人で戦う人間だな」

 

 風間さんが軽く笑みを浮かべながら意味深な事を言ってくるが、試合が一気に動く。千佳ちゃんの大砲狙撃で荒船隊のいる高台が崩壊していく。もちろん、荒船隊からしたら丸見えな玉狛第二なわけで反撃をもらうが、三雲君のレイガストとメンバーのシールドで動きながら耐えている。

 

「やはり三雲はかなり考えたようだな。なかなかいい諏訪の使い方だ」

 

 風間さんの言うとおりに試合は玉狛が優勢になっていく。それは荒船隊の意識を一度自分達に集中させ、それを隠れ蓑に諏訪隊を荒船隊へと向かわせる作戦だったようだ。

 

 見応えのある試合内容で、結果は玉狛が生存点を含めて7点、最後の方で千佳ちゃんが大砲で状況を崩した直後に荒船さんの狙撃でベイルアウトしてしまったが、三雲君と遊真は生き残っての勝利だ。三雲君の戦闘スタイルも少し変化があったな。

 

「お前が教えたのか?」

「へ? 何をっすか?」

「置き弾な。使われると意識を割かれるからなー」

 

 別に教えては無いな。ログでも見て勝手に覚えたんだろう。今回の試合の作戦を練ったことも考えると勉強とか復習とかは得意そうだ。眼鏡だし。

 

「つか、知らなかったんですけど、荒船先輩って元々スナイパーじゃなかったんですね」

「ネコ君がボーダーに入る少し前だったと思うけど、アタッカーからスナイパーになったんだよ」

 

 みかみかがそう教えてくれる。バッグワームを目くらましに弧月を突いたりする動作なども非常に勉強になった。マスタークラスに届かなかったからスナイパーになったんだろうか? そう口にすればうってぃーが否定してきた。弧月も8000ポイント越えらしい。ふーん。

 まぁ見てて面白い試合だったな。作戦室での観戦だから解説の声は聞こえなかった。東さんの解説も気になるし今度にでも桜子ちゃんに借りに行こう。

 

 

 

 

 

 作戦室を軽く掃除して後にする。さて、帰るか。

 味濃い目のラーメン。油ギトギト~。にんにく~。

 

「お、ネコ君発見」

「お疲れ様です」

「あーどもどもお疲れっすー。玉狛勝利おめでとです」

 

 曲がり角で現れたのはうさみん先輩と千佳ちゃんだった。

 

「千佳ちゃん大丈夫だった? 今度荒船さんにあったら個人戦でボコボコにしておくからね? 先ずは気持ちを落ち着けて気をしっかり持つんだよ? 大丈夫、もう荒船先輩にはトリガー握れないぐらいにお話ししておくから―――」

「ネコ君が落ち着きなさい」

 

 困惑する千佳ちゃんを心配しているとうさみん先輩からのツッコミが飛んできた。冗談ですよー。返り討ちになる可能性もある。実際に戦った事ないから分からんけどね。

 

「ネコ君も帰る? レイジさんが来てくれてるから、車で送ってくれると思うよ」

「あ、いいっすか? 乗ります乗りまーす」

 

 

 

「―――音無もいたのか。玉狛支部でいいのか?」

「いや、お家に帰してください。直接ラーメン屋でも可」

「いつになったら玉狛支部に飼われるのかねー」

 

 レイジさんとうさみん先輩の珍しい冗談を聞き流しながら車に乗り込む。落ち着いた筋に……レイジさんの隣、前の席に座らせてもらい、後ろにうさみん先輩と千佳ちゃんである。

 

 玉狛支部に入ると千佳ちゃんはすぐにトレーニングルームへと入っていった。熱心な子である。レイジさんは今日のログを確認するらしくタブレットを操作し始めた。

 ……ってあれ? 何で玉狛に連れてこられたの?

 

「ネコ君、地下の捕虜君にコレ持ってってもらえる? 陽太郎もいると思うから」

「あ、ヒュースがいたんだっけ」

 

 まぁいいか、帰ってもやる事ないし。陽太郎とヒュースの分のイチゴと練乳を持って俺は地下へと向かう。ノックして入ると聞いていた通りにヒュースと陽太郎がいた。陽太郎にパソコンで何かを見せてもらっているようだ。

 

「よっす元気?」

「ヌコか」

 

「ネコだよ。微妙に間違えてんじゃないよ。ほいコレ。陽太郎の分もな」

「うむ、感謝する」

 

「このねっとりとした白い液体は甘すぎるな」

「練乳だけ舐めるな、イチゴにつけて食べんだよ」

 

 ヒュースの声にふと練乳を指に取り一舐めする。練乳ですら甘さ控えめか? ココアは分かるけど練乳はおかしいだろ。何だこれ。……俺がおかしいのか? ヒュースに教えつつもヒュースの練乳の甘さの反応に再認識する。やっぱそうか。前回の中華料理で何も言わなかったのに、今回の練乳はあまり好きではなさそうだし、ヒュースの味覚が特別変というわけではなさそうだ。ならばおかしいのは俺の味覚の方だろう。

 

「―――んで、何を見せてもらってんの?」

「チームランク戦が始まったからな! 色々仕込んでいるのだ!」

 

 ヒュースは下位ランクの戦闘ログを見ているようだ。何を仕込んでいるのか知らんけど、パソコンの画面端にはトリガー情報も載っていて陽太郎が「あーだこーだ」いってヒュースに教えている。まるで新しく入った後輩に教える先輩気取りである。

 

「そうか、陽太郎先輩だな」

「ふむ、確かに! おれはセンパイだな!」

「もたれかかるな」

 

 ヒュースの部屋を後にして俺自身の身体の問題に頭を働かせる。最近の問題点を挙げるとすれば、『頭が痛い』『小夜との会話中に数秒から数分ぐらいの意識が無かった(かと思われる)』『味覚障害の可能性あり』―――うん、普通に考えればサイドエフェクトが影響してる気がする。大規模侵攻直後からだけど、病院の世話になったのも頭が痛いと気付かされたのもサイドエフェクトを使い始めてからだ。

 記憶がないのか意識を失ってたのかも俺自身が理解してないけど、小夜も「いきなり黙り込んだ」と言ってたし、あの時、何で作戦室にいたのかが最初は理解できていなかった。ランク戦だと気付けばすぐに頭は追いついたけど……うん、これは怖いな。若年性アルツハイマーなんて事もありえる。

 やばいなー。そんなことになったら本当に迷惑かけちゃうなー。親にもボーダーにもなー。大丈夫だと思うけど明日にでも鬼怒田さんのところに行ってみようかなー。

 

 

 

 

 

 地下室を後にしてうさみん先輩のところに戻ると、千佳ちゃんの扱いに関してレイジさんと話しているところだった。どうやら三雲隊としては千佳ちゃんを過保護に扱っているようだ。何か出て行き辛い雰囲気で、そのまま隠れて聞くことにした。

 どうやら三雲隊の考えとしては、『三雲君と遊真がやられた場合は千佳ちゃんは緊急脱出(ベイルアウト)』というモノが前提としてあるらしい。それは千佳ちゃんが危ない役ばかりを買って出るという事への調整にもなっているようだ。遠征を目指しているからこそ、作戦だけじゃなく、考え方とかの調整もしているらしいが、メガネ凄い。

 

「―――アタシも千佳ちゃんはがっつり甘やかすって決めたもんね! 今回は荒船さんにやられたけど。もし千佳ちゃんが無理してホントに傷ついたり死んじゃったりしたらアタシたちはすごく悲しい。まずはそういうのを隠さずに伝えていくつもり。千佳ちゃんはレイジさんの弟子だから悪い気もするけど、大目に見てくれるとうれしいな」

 

 無言でトレーニングルームに向かうレイジさんを確認して、俺はうさみん先輩のところに出てきた。自然体に自然体にー。あ、うさみん先輩と目が合った。

 

―録音を開始します―

 

 ん? 何か音がした? うさみん先輩のパソコンかな? まぁいいや、自然体に自然体に。

 

「ネコ君おかえりー」

「ち、千佳ちゃん大丈夫なんですか?」

 

「あ、聞いてたの?」

「へ、あ、いや、なにがー? 何も聞いてないのです」

 

「下手くそか。ふふふ、騙しのサイドエフェクト持ってるのに嘘吐くのは下手なんだねネコ君。まぁ大丈夫だよ。修くんたちもちゃんと見てるし。それよりもネコ君の方が心配かなー」

「はい?」

 

「メール確認したんだけど、次の試合、B級の上位グループが相手でしょ?」

「いやいや、そんなまさか。だってまだ10点ですよ? 中位に入ったばかりですよ」

 

「でもほら」と、そう言われて見せられたパソコン画面に映るのはB級の2桁も無い数字の隊ばかりである。なんじゃこりゃー!

 

「マジかー……」

 

―録音を終了しました―

 

「ん? 何か言いました?」

「ううん。急いでオペ仲間にメール送らなきゃっていう独り言」

 

 はーうさみん先輩も忙しそうだし、誰に頼もうかなーオペレーター。次は3日後だっけ? そんな思考を巡らせていると、レイジさんと千佳ちゃんがやって来た。

 

「音無、飯に行くか? 宇佐美も」

「味の濃~ぃラーメンが食べたいです」

「あ、レイジさん。私はちょっと録音データの編集と連絡網があるからパス~」

 

 

 

 

 

 やってきたのは牛丼チェーン店の吉松屋の隣にある『味自慢らーめん』だ。入ったことは無かったけど、脂とか味の濃さを決めれるのだろうか。そんな店に入り味噌ラーメンを頼んで味を濃い目で頼むとすんなりOKと言ってくれる店長らしき人。

 数分後、薄味のみそラーメンが来た。マジかー……と思って仕方なく食べていると、味が段々と濃くなっていく。ま、マジかー! 下げてから上げるとは、やるな店長! と思って厨房の方に目をやると、こちらの視線に気付いてドヤ顔してる店長さんがいた。俺は無言で頷いておいた。少しして替え玉が来た。頼んでねーよ!

 

 

 

 俺はレイジさんに車で家まで送ってもらった。風呂に入ってレイジさんの話を思い出す。

 レイジさんのお父さんはレスキュー隊員だったらしい。お父さんに倣って身体を鍛えているらしいが、レイジさんのお父さんはもしかするとネイバーに殺されているかもしれない。胸に傷を負っていたのが、その可能性を高めている。トリオン器官は目に見えない臓器だけど胸の辺りにある。子供を庇って死んでしまったらしいけど、そんな場所を傷つける奴がいるだろうか? レイジさんは特に復讐に囚われずに、生きて帰るために鍛えてるって言ってたけど……。

 

「お? のぼせたかな?」

 

 湯船にぽたりぽたりと赤い滴が落ちていく。俺は考えすぎたのか、久しぶりの鼻血を拭い浴槽を出た。鏡で見ると少し赤黒く見える血を洗い流し、風呂を出た。

 

「血が少し黒く見えるのはココアの所為~♪ 身体はココアで出来ている~♪」

 

 ヘンテコな歌を歌いながら冷蔵庫からココアを取り出し飲んで気付く。

 

「味覚が戻ってる……」

 

 念の為に買い置きの缶のココアも飲んでみるが、異常を感じない。

 

「お、鼻血も止まった! 完全復活! 流石ココアだ、なんとも無かったぜ!」

 

 次の日、俺はオペレーターさん探しをしに本部に行ったものの、開発室に行く事はなかった。

 

 

 

 






◆『ぼくがかんがえたさいきょうのココア』
 別にチートとかではない。ただ、普通ではない。

◇ココア力
 『ちから』と読む。『りょく』と読んではいけない。
 飲みなれるとココアロードが開かれますが、ハイパー化の恐れもあるので用法用量を守って正しく飲みましょう。

◆『結果は玉狛が生存点を含めて7点』
 原作より少し得点アップしてます。置き弾もこの頃から使い始めたという設定。恐らく無駄に終わる設定ですけどね。

◇『作戦室での観戦だから解説の声は聞こえなかった』
 実際はどうか分からないけど、そういう事にしておいてください。違うって分かれば手直しします。(尚、直す時間は掛かる模様)

◆―録音を開始します― ―録音を終了しました―
 この数日後、メール着信音などに
 <マジかー……>が使われるのが流行ったそうな。

◇頭痛・意識を失う・味覚障害・鼻血……治った? ←今ココ


◆身体はココアで出来ている。
 「別に飲んでしまっても構わないのだろう?」でも「ネコの血はココア()だー!」でも好きに言ってやってくだちい。





《更新が遅れた理由》

1.評価の一言というのを見れることを最近知りまして、2連続で心貫かれるコメントを頂戴し、小説から逃げました。マイナス面を書かれると立ち直るのに時間が掛かります。豆腐以下のメンタルかも知れません。

2.ぺろ、これは頭痛薬! 頭痛薬おいしい(おかしい)

3.休みが潰される事件が頻発しております。

ってな感じです。今後はもう少しマシに……なってほしいと自分で思ってますです。


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37 ネコ型ネイバー

 温かなお言葉を多数頂戴しモチベが少し回復したが2週間では書き上げる事は出来なかった!! 本当にごめんなさい!! でも凄く温かな気持ちにはなったんですよ? 本当にありがとうございます。
 お気に入りも1636件と、大変感激しております。

そんな中、

報告① 最近、マッサージに通うようになった。マジで肩が痛い。首が痛い。頭が痛い。頭痛薬ペロペロ……もう一箱くだちい!

報告② おいマジかよ。この作品1周年だってさ! 継続は力なり。あ、もう一箱下ちい。

これからも頑張って行きたいですね。
この作品を終わらせるまでお付き合いいただければ幸いです。



 

 本部に来ていた。もちろんランク戦のためにオペレーターさんを探すためである。『まぁ慌てる事はない』というのが俺のスタンスなので、少し気分転換をと思い、作戦室で次の対戦相手のログを見ることにした。

 ……見れない。対戦相手のログだけが見れない! 玉狛支部のログや、対戦相手が関わっていないログを見ることは出来た。だが、次の対戦相手が参戦しているデータや俺が参加してるログを見る事が出来ない。何のためのシステムだよ! 対策も立てられないじゃないか!

 

 俺は文句を……文句は言えないので、どうにかしてほしいという嘆願をメールにて沢村さんに送った。『ネコ、ログ、見れない、何で?』

 さぁ、返信が来るまでココアタイムだ。ふー……。

 

 ランク戦とは勝ち上がりのシステムだ。B級の最下位からスタートして、試合毎に一番多くの得点を得れば部隊の順位は勝手に上がって行き、B級の1位と2位になればA級昇格への挑戦権が手に入る。A級に入れれば給料はネイバー討伐数という出来高制ではなく、固定給+討伐数となる。安定のために金だけの目的でA級を目指す俺みたいなのもいれば、遠征でネイバーの世界に行くためにA級を狙う人もいるし、やるからには1番目指すっしょ! って人もいる。

 今期のランク戦から参加した俺は0ポイントスタートして、1戦目は1ポイント、2戦目に9ポイント、合わせて10ポイントの状態だ。位置的には中位グループでの戦闘が次に控えているはずである。はずだったんだけどなー。

 

 短い電子音がメールの着信を知らせ、すぐさま沢村さんからの返信メールを確認する。

 

『また? おかしーなー? 送ってあるはずなんだけどなー?

 ちゃんと確認したかなー? したよねー?

してなかったならお姉さん怒るよ? ( ̄ヘ  ̄ ♯)

一応、もう一度添付しておくから確認してね?』

 

 ……oh、あった。ごめんなさい。また添付見落としてましたです。

 

『―――次のROUND3の夜の部は特殊な形式を用いるため事前説明を行います。また、公平性と今回の形式をよりよいものにする為にROUND3夜の部に参加する部隊の情報に制限を加えており、ROUND3夜の部に関しての説明をネコ隊とその他の隊を分けて行う事となりました。ネコ隊は2月6日16:30に本部、第二会議室までお越し下さい』

 

 対戦相手は<暫定1位の二宮隊><暫定3位の生駒隊><暫定7位の香取隊>となっている。嫌な予感しかしない。だってもう公平性が揺らいでるもん。何で『別々に説明』ではなく『ネコ隊とその他』で分けたのか。意味が分からないよ。

 情報の制限って事でログデータが見れない原因は分かったけど、何でそんなことしたん? 何でネコすぐはぶられてしまうん?

 

 しかし、ここで文句を思い浮かべても結局は行かなくてはならないので、渋々ながらも俺は時間通りに会議室に向かった。会議室には玉狛の支部長である林藤さんだけがいた。仕事をしているとは珍しい。

 さて、繰り返しにはなるが、現在のネコ隊のチームランク戦のポイントは10である。戦う相手にしても中位がいいとこである。にも拘らず上位チームの戦闘にぶち込むとは如何なものだろうか?

 

「―――よぅ、まずは昨日の第二戦の勝利おめでとさん」

「ありがとうございます。……えっと、林藤さんだけですか?」

 

「あぁ、お前には俺が説明することになってる。他の隊には城戸さんと忍田本部長が説明する」

 

 

 

 一言で言うなら今回の特殊な形式らしきランク戦は『特別演習』という感じだろうか?今回俺の参加するチームランク戦。すなわちROUND3の夜の部はネイバー対策としての形式にするらしい。内容は『遠征中に現地の人型ネイバーが襲ってきた』という設定で、今回俺の対戦相手となるのはB級でも上位に位置するチームになっている。いつものランク戦と違う点は、

 

『ネコ隊以外の勝利条件はMAPの端から端までの規定ルートを通り抜けること。GOAL地点に辿り着けば勝利。戦闘になった際は逃げても構わないが、他の隊員を見捨てる事は禁止』

『ネコ隊はトリオン体が継続不能状態になっても1度だけ再生可能』

『ポイントに関しては、ネコ隊以外のチームにはネコを仕留めると3点加算される。生存点は無し。ネコ隊は通常ランク戦と同様。生存点は有りだが、1度継続不能状態になって勝利した場合、生存点は無しとする』

『ネコ隊以外での争いは禁止(※やったらランクを2つ落とされる)』

『ネコ隊以外の転送位置は(スタート地点)一箇所に集中させ固定とする。ネコ隊は転送のタイミングを自分で決めていい。他の隊がスタートしてから状況を見て好きな場所からスタートしてもOK』

『ネコ隊にMAP選択権があり、弄る事も許可されている』

『制限をある程度設けるが、ネコ隊にはトリオン兵の使用が認められている』

 

「……あのー、人型ネイバー役って、俺がやるように思えるんですけど」

「そうだな」

 

 マジかー。ついに仮想とは言え、人型ネイバーにまでなったか俺。

 

「まだ内緒にしておいてくれるとありがたいんだが、今回の遠征は通常よりも早く動き出すかもしれない。修たちも大変かもな」

「通常を知らないんでそこは気にしてませんけど、何で三雲くんたちが大変なんです?」

 

「早く動くってことは、今期のランク戦を早めに切り上げて、遠征の人員を決めて、その訓練をしなきゃならないからだな。言うだけは簡単だが、実際に城戸さんや忍田本部長は大忙しだな」

 

 林藤さんも仕事すればいいのに。してるのか知らんけど。

 

「ランク戦を早めに切り上げるってことはA級に入り込めるか難しくなってくるし、B級の1位と2位は少し前までA級だった奴らだ。苦労するだろう」

「ふーん」

 

 二宮さんってA級だったのか。根付さん殴って降格とか言ってた……あ、違うか。あれは影浦隊とか言ってた気がする。

 

「まぁそんな中でだ。俺や上層部もそうだが、ネコのサイドエフェクトも迅からある程度聞いてる。隊員達の間でも知れ渡り始めてるとは言え、中々に未知の相手を想定しての訓練と考えると良い人選だろ?」

「え? 俺のサイドエフェクト知れ渡り始めてるんですか?」

 

 いや、冷静に考えるとそうか。1戦目で位置情報を誤魔化したりしてるし、チームランク戦では曲がるライトニングとかは使ってないけど、怪しんでる人は何人か心当たりあるし(那須先輩とか)、ログデータもあるし、大体の想定はされているだろう。

 

「トリオン兵に関しては宇佐美に聞いてくれ。質問はあるか?」

「質問は大体なくなりましたけど、逃げたい気持ちが膨れ上がってきてます」

 

「よし、その意気だ」

「逃げたいんですよ!」

 

 

 

 

 ―――ところ変わって玉狛支部。

 

「―――というわけで、うさみもーん!」

「どうしたんだいネコ型ネイバー君?」

 

 酷い! ここでもいじめるとか酷い!

 

「支部長から話は聞いてるしデータも色々と貰ってるよー。さて、ネコ君に貸し出せるトリオン兵は10ポイント分ってことなんだけど」

「何のポイントですか?」

 

「今期のランク戦の取得ポイントで決めたらしいよ。それで、例えばだけど―――」

 

―――空飛ぶ小型偵察トリオン兵『バド』攻撃力0だけど、生きてる限り広域なMAP情報を提供し続けることが出来る。1体で1ポイント。3体セットで2ポイント。

―――陸戦型斬撃マシーン『モールモッド』壁も登れる出来るヤツ。攻撃力は高い方。1体で3ポイント。4体で10ポイントのお買い得セットもあります。

―――あ、そっれ! 焼っけ野原! 焼っけ野原! 自爆も任せな!『イルガー』……でもお高いんでしょー? はい、高いままです! 1体で8ポイント。

 

 何か次第に説明文がテキトーになってる気がするけど。何となく分かった。あのでかさであの爆発力のイルガーはお買い得な気がするけど、デカイ的だし3チームが連携すればすぐに落ちちゃうだろうなー。

 

「MAPは決めた? MAPも任せてね。その辺は私が担当するから」

「あ、はい。MAPはまだ決めてないです。どこまで弄ったらいいのかもあるんで……あ、オペレーター忘れてた!」

 

「私はROUND3の夜の部に関しては技術班役だからオペレーターは出来ないんだーごめんねー。でも今回のネコ隊のオペレーターは決まってたはずだよ?」

「え? 知らなかったです。探さなくて済んでラッキーですけど、誰だろ?」

 

「ちょっと待ってねー……あー、うん。やっぱり蓮さんだよ」

「蓮さん? 月見蓮さんっすか? ぅー……」

 

「どうしたの?」

「正直、少し苦手なんです……」

 

「凄くいい人だよ?」

「分かってるんです。あれもきっと違うと思うんです……」

 

「アレ?」

 

 そう、アレは遡る事……どんぐらい前だ? 大規模侵攻前に太刀川さん達と合同でやってた模擬戦の終わりの方だった気がする。蓮さんと休憩がてら自販機に向かいながら、蓮さんに戦い方に関して色々と教えてもらってた時に『G(黒くて硬くててらてら光ってて暗くて狭くて湿ったところが好きなわりに速いせーぶつ)』が目の前の通路からやって来たんだ。

 「うわ」って思ったけど、蓮さんが速攻で俺を盾にして小さく縮こまり始めたので、冷静にたまたま少し先に掃除のおばちゃんが居たのを確認して、殺虫剤代わりになりそうなものを借りて『G』を倒す事に成功したのだ。

 「もう大丈夫ですよ」と振り返って蓮さんに言うと、蓮さんは俺をアイアンクローで殺そうと……あれ、やっぱ変だ。何で俺をアイアンクローで殺しにかかるのだよ? 『助かった、中々やるじゃないかボウズ』とアメリカンなダンディ俳優さんかのように撫でてくれようとしたのかもしれない。あの時は、何故か蓮さんの顔が怖かった気がするのだけど、今思えば『G』の恐怖で表情が崩れていたのかもしれない。

 まぁ、それをアイアンクローで殺されると認識して逃げ出した俺も悪いのだけど。あの時は悲鳴を上げて逃げた気がする。あ、完全に俺が悪い。菓子折り持って謝罪と今回のオペレーターの件のお礼を言いにいこう。だって、アレ以来会ってないもん。入院の時の御返しは人伝に渡しただけだもんな。あ、ヤバイ。思い返すほど超失礼だ俺。

 

 

 

 

 

 うさみん先輩に『こんな感じで』って言うMAP構想とトリオン兵は後で決めると伝え、俺は再び本部にやって来た。もう夜である。

 

「あー和菓子で大丈夫かなー。洋菓子の方が好きだったりするのかなー。今度こそアイアンクローかなー」

「うるさいぞ、ここで何をしている」

 

 oh……三輪先輩なんだな。睨まれたネコ状態である。フシャー!

 

「お? ネコじゃん。悪いけど個人戦は明日な。これから防衛任務なんだわ」

「別に個人戦の誘いに来てないですよー」

「ネコか。スナイパーの訓練にも顔出すようにしろよ」

「あ、お疲れ」

 

 きのこたけのこ先輩、じゃねーや。奈良坂先輩と章平も出てきて、本当に今出るとこみたいである。

 

「あら、ネコ君」

「ど、どうもー……」

 

 謝りに来ておいて、何が「どうもー」だこの馬鹿野郎! と、自分で自分を叩きたい挨拶である。蓮さんはオペレーター席に付いて防衛任務開始時刻までまだ少し時間はあるが準備完了といった面持ちである。

 

「えっと……その、まずはごめんなさい!」

「ど、どうしたの?」

 

 大規模侵攻前の模擬戦での一件を伝えると、確かに少しショックだったと笑いながら言われて更に謝罪を重ねた。

 

「イレギュラーゲートも最近はないし、防衛任務もそこまで大変じゃないから、入って。お茶でも淹れるわ……ココアが無くてごめんなさい」

「き、気にしないで下さい! もう飲んできましたから! あ、これ、つまらないものですが」

 

 とりあえずソファーに座らせてもらい、和菓子を渡す。

 

「あぁ『鹿のや』で買ったのね。高かったでしょう」

「気にしないで下さい。ご迷惑をお掛けしてる上に、次のランク戦のオペレーターまでやって頂けるなんて、申し訳なくて。……っていうか、A級のオペレーターさんでもOKだったんですかね?」

 

「そういえば、他のA級のオペレーターの子たちが、ネコ君から声が掛からないって言ってたわね。問題ないはずよ。私も予定が空いてれば呼んでくれて構わないから」

「はい」

 

「それで、今回のMAPとかトリオン兵も決めたの?」

「MAPはもう日本じゃないようなSFな感じにしたいなって思いまして、宇佐美先輩にお願いしてます」

 

「そうね、『遠征中』という設定があるから地球上で言うところの砂漠地帯とかを参考にしてみてもいいかもしれないわね。でも、大前提としては自分が勝つことを考えてね」

「はい。それで、トリオン兵はまだ考え中なんですけど、開けた感じでMAPを弄っちゃうと偵察型は必要ない気もしますし、足止め程度で……ビーム出すやつなんでしたっけ?」

 

「バンダーね。確かに開けた場面ならいいかもしれないけど、私の考えを言ってもいいかしら?」

「お願いします」

 

「まだ推測でしか言えないけど、ネコ君のサイドエフェクトは自分の居場所を誤魔化す事が出来るし、攻撃に関しても少し特殊よね?」

「は、はい……」

 

「多分だけど、相手の不意を衝いたり、誤魔化す系統の超技能か、超感覚に該当すると私は考えているの。別に答えがほしいわけじゃないから、合ってたら参考にしてほしいんだけど、田舎の村の様な場所をMAPとして構築して―――と、こんな感じかしら」

「そ、それで行きます!」

 

「ネコ君、正直なのはいいんだけど、私の考えでサイドエフェクト合ってるって言ってるようなものよ。まだ隠して行きたいなら気をつけるようにしないとね」

「あぅ……はい、気をつけます」

 

「まぁ手遅れでしょうけどね。ネコ君目立つから」

「マジかー……手遅れかー……」

 

 何はともあれ、俺は蓮さんと色々と決めながらMAPをほぼほぼ決めて、トリオン兵も決めるのだった。10人も相手しないといけないからね。不意打ちに撹乱するしかないわけだ。俺はそのまま玉狛支部に戻って、うさみん先輩にMAP変更の件と、トリオン兵の設定を決めた事を伝えるのだった。

 

 

 

 




 というわけで、ちょっと短めだったかもしれませんが、
オリジナル展開という事で、何で10点のくせに、10位よりも上の人たちと戦う事になったかという理由説明会でした。


◆ネコ型ネイバー
『ネコネイバー』『00(ダブルオー)Neko2は2度死ぬ』等々、無駄な事を考えてしまいます。まぁいずれにしても仮想敵としては最悪の存在な気がする。

◇知れ渡り始めているネコのサイドエフェクト
 そりゃ注目隊員だし、おかしな戦闘内容だったりすれば想定されているでしょうし、そもそも隊員スレッドで議論は白熱してるので、それを見てる隊員からすれば、影響を与えるサイドエフェクトとか、誤魔化す系統というのは広まってるかもしれません。

◆次のランク戦夜の部。
 端から端まで行けば良いだけや、余裕やろ。
 うん、そうかもしれないな。お前の中だけではな。

◇トリオン兵使用許可出ました。
 今のところ何を使うかは頭の中で決めてありますが、今回の『例えばだけど―――』には出て来てないトリオン兵を使いたいです。頭痛くなって変更するかもしれません。

◆次のオペレーター月見蓮さん
 綺麗で可愛い。和菓子が好き。ネコ、戦術指南受けます。
虫が苦手。ネコにGから助けてもらった経歴がある。ゴルゴ13ではない。
また、当然ながらアイアンクローなどしない。ネコの被害妄想です。

◇『鹿のや』
 16巻でお披露目となった和菓子屋さん。いいとこのどら焼きもココで買えるそうです。和菓子好きとしては、そそられる内容でした。


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38 ネコ屋敷

2ヶ月強になってしまいましたか。大変長らくお待たせいたしております。

エタるとか言うんでしたっけ? エタってませんので引き続きよろしくお願い致します。

お気に入り件数1760件。ありがとうございます。
感想133件。本当にありがとうございます。

もう今年も終わりですね。良いお年をというタイミングでの投稿になります。




 

「ふぅ……OK何とか形になったよ。ありがとね」

「いえいえ。楽しみにしてますね明日の昼の部」

 

 弧月を逆手に持つクマちゃん先輩は弧月をしまい、俺はレイガストをしまって訓練室を後にした。クマちゃん先輩と模擬戦をしたのは1時間ほどだっただろうか。遊真と当たった時は相性が悪いから多分勝てないと思う。そう伝えたけど、もし村上先輩と戦う事になった場合、上手くいけば最低でも片腕は取れる……かもしれない技を伝えた。

 

「ネコも夜の部、わけわかんないけど頑張ってね」

「はいっす」

 

「じゃあまた後でね」

「……はいっす」

 

「アンタが呼んだんでしょうが」

「そうでした!」

 

 

 

 そんな昨日の出来事を思い出しつつ。俺はラウンジでココアを用意して開始を待っていた。ここで見るのは初めてなんだけど、解説とかは聞こえるし周囲の雑音も気にしなくて良さそうなので、入ってみた。

 今日の実況はみかみか。解説は迅さんと太刀川さんだ。席は続々と埋まっていくが、やはりC級隊員が目立つ。勉強熱心である。

 

「お、ネコじゃん」

「いずみん先輩……と、二宮さん。今日はよろしくです」

「……手加減があると思うなよ?」

 

 逆にこっちがただビビッてるだけだと思わないで下さいよ? 蓮さんと話し合いをして『襲う』事に対してはそんなに抵抗感はないし、ネイバー役として殲滅してやるけんね? 囲まれたら負けるかもしれないけど、まぁそれは夜の部の本番次第だ。

 

「どの隊を見に来たんですか?」

「俺らは太刀川さんの解説メインだな」

「あまり期待はしてないがな」

 

 ポイントまでは知らないけど、個人のランクだったら太刀川さんが1位、そして、このスタイリッシュ二宮さんが2位って聞いた事がある。ライバル視でもしてるのかもしれない。

 

「お前は玉狛を見に来たのか?」

「玉狛は2割ぐらいですかねー。今日は主に那須隊を見に来ました」

 

 

 そうこう話している内に試合は始まった。MAPは『河川敷A』天候は『暴風雨』である。俺が選ぶときは基本的に晴れしか選ばないので、これをやられたら困惑するだろう。しっかし……ずぶ濡れになるからこんな中で戦いたくないなー。

 

 見事にバラけた各隊員達。合流を優先したいのだが、激流となっている川を各隊で挟んでいる状態では橋を渡るしかない。……ふーん、そうか。クマちゃん先輩は変化がほしいからメテオラの練習も多少してはいたけど、村上先輩と絶対に戦闘するというわけでもない。橋を落とすためのメテオラでもあるわけか。那須先輩もメテオラ持ってるし、日浦ちゃんも持ってるのだろう。誰が橋に一番早く着いても、村上先輩と遊真を戦わせてしまえばいい。その状況を作れるならいつでも橋を落とすって考え方か。

 

 一番早く橋に辿り着いたのはクマちゃん先輩だ。逆サイドにいる那須先輩の下へ日浦ちゃんと向かい橋を落とせば理想の形になる。それが叶えば来馬隊の隊長とスナイパー。玉狛の三雲君と千佳ちゃんだけになる。

 

「那須隊いい形だなー日浦ちゃんの位置だけが惜しいけど」

「那須隊の勝ちか村上がどこまで粘れるかだな」

「いずみん先輩の言う通り、日浦ちゃんが間に合いませんねー。それに橋は先に落とされるかなー」

 

 俺の声に反応したいずみん先輩の疑問の声と同時に逆サイドから砲光と砲声が上がる。橋は爆音とともに崩れ落ちた。

 

「流石は千佳ちゃん、いい仕事するわー」

「はっはー相変わらずギャグみたいな威力だな」

「ふん……」

 

 橋の前で相対する形で睨み合うクマちゃん先輩、村上先輩、遊真。狙撃位置でタイミングを計る日浦ちゃん。アタッカー3人の戦いで狙撃のタイミングは複雑化する。この流れの鍵は日浦ちゃんだろう―――。

 

 

 

 

 

<どぅわあああ~!! やっぱりダメでしたあああ~!!>

 

 寒いからおでん。そんな思惑の買い物を済ませて帰ってくると、那須家からそんな声が外に響いてきた。……俺に出来る事ないしなーと思いつつも何か出来ないかと考えてしまう。そして、おでんの材料の入った袋を見やる。

 

「これじゃあ少ないよねー……もう一回買い物行くか~」

 

『那須隊の皆さんへ。寒空に響く泣き声を聞きつけてネコは考えました。温かいおでんでも食べて落ち着きませんか? 18:00には熱々おでんが振る舞えます。  ネコ』

 

 これで良し。那須先輩にメールを送って俺は再び買い物に出かける。こっちから誘うなんて今回だけですからね? まったくもー。

 事前に来るという返答を貰い、準備を進めて、クマちゃん先輩との模擬戦に出かけて、戻ってきてと忙しかったが、予定していた時間より早めに那須隊は集合した。

 

「泣き止んでるじゃん! じゃあおでんいらないね!」

「いりますよ! 気持ち切り替えたんですよ!」

 

(ネコ、ありがとね。切り替えたって言ってるけど、まだ落ち着ききってないからさ)

(今回は気にしないで下さい。自分で言い出したことですから。今回は気にしないで下さい)

(次回もよろしくお願いねネコ君)

 

 こっちが先手を打ってるんだから後の先を打たないでくださいよ! 人の話を聞きなさいよ!

 

「そ、そういえば、『にゃんこ』と『ちゃんこ』は響きが似てますよね?」

「小夜は落ち着きなさいな。『にゃんこ鍋』は見たくないでしょ? はいお皿用意して」

 

 会話に無理矢理参加してきた鉄砲玉の様な小夜をクマちゃん先輩が落ち着かせ、おでんを皆で仕上げ、前と同じ茶飯でのほほんとした晩御飯となった。

 その後、俺は少し開発室に用があって本部に行っていた。帰る頃にはもう就寝時間。家に辿り着いてふと笑い声が聞こえたと思い、那須家を見上げると少々騒がしかった。頑張ってほしいなぁ。頑張ってほしい。

 

 

 

 

 

 ―――試合は動く。遊真の片腕がほぼ機能を失ったタイミングで日浦ちゃんが狙い撃ったが、ミスした。いや、遊真の反応とグラスホッパーが組み合わさると狙撃は中々利き辛い。位置の割れたスナイパーは浮いた駒だ。仮に俺が日浦ちゃんの立場なら、遊真の戦闘力も知ってるしベイルアウトを選ぶ。しかし、日浦ちゃんは迎え撃つことにした。

 メテオラも目くらましに使い、迎えて一撃で確実に仕留める為にアイビスに切り替えるが、遊真が機能を失っていた片腕を囮に使った為か、日浦ちゃんはベイルアウトしていった。

 

「……まぁいい感じだったな」

「そっすね……。でもクマちゃん先輩がいますから」

「熊谷が村上に勝てると思ってるのか?」

 

「勝てるかもしれませんよー? イチオシです!」

「お、何か知ってんのか?」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

『村上先輩ってレイガストの使い方が上手で、アタッカーと戦う時は必ずと言っていいほど形状変化させるんですよ。特に弧月の時にはこんな感じの形に』

『まぁ、それは見たことあるけど』

 

 ネコはそう言って私にレイガストの形状変化を見せた後に、そのレイガストを渡してきた。私は臨時接続でレイガストを起動して、弧月を受け止める様な溝を作る。慣れないから少し手間取ったけど、それをネコが言う通りに構える。ネコが弧月をゆっくりと振り下ろしてくる。私はそれを溝で受ける構えを取る。

 

「ここで、俺が考えた奇策です」

「え? ぉわっ!?」

 

 私の腕は持っていたレイガストと一緒に斬り落とされた。

 

「『旋空』も使った方が成功率上がると思います。これなら多分片腕ぐらいは貰えるんじゃないですかね。もしこれでも駄目ならメテオラぶち込めば勝てるんじゃないんですかね?」

 

 

 

 

 

 ここで私が村上先輩を倒せたら、泳いででも向こう岸に行って玲を助ける。まだ勝った訳でもないけど、ネコは力を貸してくれた。ただでやられるわけには行かない。

 

 冷静になれ。村上先輩相手だと私の戦い方(受け太刀)は通用しない。受けた瞬間にレイガストで押し返されるからだ。それは相手も分かってはいるだろうけど、他の戦い方があるとも思っていない。

 ネコが言うには村上先輩のサイドエフェクトは勉強用のもので、次の時に強くなってるというものだ。そんな考え方はした事がなかったけど、確かに村上先輩の『強化睡眠記憶』は一度『睡眠』という休憩時間を挟まないとやった事を吸収できない。ならば見たことのない動きや戦い方なら対処が遅れるのではないか。という考え方だ。ネコ自身も村上先輩と話した事もないし、噂やログを見ただけの考えらしいけど、的外れとも思えない。

 

 鋭い弧月の剣先を逸らすように受ける。レイガストのシールドバッシュも崩れない程度に受ける。―――ココ!! 私は旋空弧月を起動して上段から真っ直ぐに振り下ろす。村上先輩はネコとの練習通りに溝で受けようとしている。貰った!!

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 日浦がベイルアウトし、村上と熊谷が剣戟を振るう中、実況解説席では三上に話を振られた迅が解説していた。

 

『熊谷隊員の調子が良いですね。日浦隊員がベイルアウトしましたが、気迫が崩れませんね。それにいつもと違う事をしようとしている。誰かが熊谷隊員に指南しましたね』

『何か視えてんのかお前』

『たしかに……先ほどの日浦隊員もそうでしたが、今日の那須隊の戦いにはいつもよりさらに気持ちがこもっているように感じます。太刀川さんはどう見ますか?』

 

『う~ん。三上には悪いけど気持ちの強さは関係ないでしょ。勝負を決めるのは戦力・戦術、あとは運だ』

『そうですか……? 気持ちが人を強くすることもあると思いますけど……』

 

『そりゃ多少はな。けどそれだけで戦力差がひっくり返ったりはしない。気合でどうこうなるのは実力が相当近い時だけだ。もし気持ちの強さで勝ち負けが左右されるってんなら……俺が1位になれるはずがない。はっはっは』

『うわぁ……嫌な1位……。ですが、村上隊員相手にこれほど耐えられている熊谷隊員も記憶にありませんね。おっと、動きますよ』

 

 動いたのは熊谷。弧月を上段から振り下ろす。村上はそれをレイガストで受け崩して弧月で斬る考えが見受けられる。

 そして、熊谷の弧月が村上のレイガストに作られた溝で受け止められた瞬間に異変は起きた。

 弧月の追加オプション『旋空』は、弧月の使い手のB級以上の隊員ならば入れていない人を探すほうが難しいレベルで使用されているが、起動時間による射程伸縮効果がある。極端な例を挙げると『生駒旋空』とまで言われている生駒隊の隊長の弧月は起動時間を0.2秒と短くする事により射程を40mにまで伸ばしているという。一般的なものは1秒程起動して射程を15m位にしている。熊谷も後者側で使うのが当たり前という考えだったし、その固定観念が壊されたのは昨日の事だった。

 一度距離を取り起動してから上段から振り下ろした旋空弧月の発動はレイガストで受け止められた後に発動された。起動時間こそ計ってないが、射程は観戦している者からすれば伸びたのかすらも分からない程度。

 しかし、目の前でそれをやられた村上はレイガストを持つ左腕を斬り落とされた。村上が初めて見て驚いたのはレイガストで受け止めた直後の熊谷の手の動きだった。弧月をレイガストで受け止めた瞬間、熊谷は弧月を逆手に持ち替えたのである。弧月は受け止められた位置で止まらずに、手首の関節の可動域まで動き、レイガストの内側にまで届いた。そこで更に旋空の効果時間の長い起動である。

 

『これは効果時間が長い旋空!?』

『どうも悪知恵の働く奴が教えたな。誰か知ってんだろ』

『どうかな~』

 

『しっかし、上手いな。くまの奴、レイガストに挟ませた瞬間に持ち方を逆手にしたろ? 片手だけでも斬り落とす執念があったな』

『これは熊谷隊員の大金星ですね』

 

 実況の三上の声に対して冷静に太刀川は告げた。

 

『いや、それは村上を倒せたらの話だ』

 

 

 

 村上鋼はアタッカーNO.4の弧月使いである。現在はスナイパーをメインでやっている荒船哲次が弧月の師匠だが、サイドエフェクトもあり直ぐに荒船哲次を超えるほどの使い手となり、B級のみならずA級のアタッカーとも多く個人戦をこなしてきたし、ログも出来るだけ見てきた。自己鍛錬も疎かにしなかったし、解説席に座る太刀川慶にも期待されるほどのアタッカーだ。強化睡眠記憶という学習能力がとても高いサイドエフェクトのおかげもあり、入隊から短い期間でNO.4にまで登り詰めた。そのサイドエフェクトの所為で他人が妬み離れていってしまうとも思い悩んだ時期もあったが、それも乗り越えてきたし、過日のアフトクラトルによる大規模侵攻でも新型のラービットを複数体抑え戦功を得たという形としての実績もある。

 熊谷友子が隊員として弱いわけではない。村上鋼が相手として強すぎたのだ。実績も経験値もサイドエフェクトで軽く上を行く。初めての動きに対応を取れなかったが、村上鋼は体捌きと足払いだけで体勢を立て直し、一瞬の慢心を抱いてしまった熊谷のバランスを崩した。

 

 

 

 ―――三上には悪いけど気持ちの強さは関係ないでしょ。

 ―――気持ちが人を強くすることもあると思いますけど……。

 ―――それだけで戦力差がひっくり返ったりはしない。

 

 

 

 ―――気合でどうこうなるのは実力が相当近い時だけだ。

 

 

 

 

 

(ネコに教えてもらったし、いつも見てる玲の戦い方をイメージしたらうまく体が動く気がする)

 

 熊谷はメテオラを放ちつつも距離を詰める。今ならば村上にレイガストはなく、自身の受け太刀が活かせるからだ。村上が弧月を振って来た時に受け崩せば勝てる。今はメテオラで牽制をして……。というのが悪手だった。人は自分の手に装備品があるとそれに意識が向いてしまいがちだ。

 

 ここで村上が取ったのはバックステップだった。シールドではない。シールドでは直ぐに割れるのは明白だったからだ。ではメテオラの回避の動きなのか。目の前には片腕を突き出しメテオラを放ちつつも迫ってくる熊谷の姿は見えている。詰めてくる早さ以上のスピードで下がると、村上は弧月を下段に構えた。

 

「驚きはしたが、付け焼き刃にやられる訳にはいかない」

「っ!!」

 

 ―――旋空弧月。

 

 

 

 

 

『惜しかった。だが、いい勝負だったな。村上相手にあそこまでやれたのは正直驚きだ』

 

 三上が違和感を覚えて太刀川に視線をやる。先程の解説だと、村上が勝つことを前提とし、この戦いには興味があまり無いのかと思えたからだ。太刀川は三上の視線に気付くと口を開いた。

 

「勘違いするなよ。俺は気合の乗ったアツい勝負は大好物だ。けど、気持ちの強さで勝負が決まるって言っちまったら、じゃあ負けた方の気持ちはショボかったのかって話になるだろ?」

 

 

 

 

 

「ぐぬぬ……」

「残念だったな」

「っ!?」

 

「ど、どうしたんすか二宮さん?」

 

 ネコの頭をポンと軽く叩いて励ます出水だったが、二宮がこちらを見たと思ったら表情をあまり変えない二宮が驚きの表情を浮かべたので出水は戸惑った。

 少し無言を貫いた二宮だが「いや……飲み物を買ってくる」と言って席を立ち、出水は疑問に思いながらもネコと熊谷と村上の戦いをネコと振り返ってみようと思いネコに向き直ると音無ネコはマジ泣きしていた。

 

「うぶぶ……ふぐぅぅぅ……ひっぐ……」

「ま、マジで泣いてんの? ほ、ほら次があるって、な?」

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

「やっと落ち着いたか……」

 

 二宮さんにココア奢ってもらって、試合をぼんやりと眺める。

 感情移入しすぎてしまったようだ。でもあの場面ならクマちゃん先輩もメテオラ使わなくても良かったと思うんだけど。

 

「近くに空閑もいたからな。決着を急いだのかも知れんが、結果として下策だったな」

 

 あ、またうるっと来た。

 

「だ、だが、よくやってたんじゃないか? NO.4相手に拮抗していたようにも見えたぞ」

「二宮さんがネコに優しいって本当だったんすね」

 

 試合はもう終盤というか、那須先輩がトリオン切れでベイルアウトしていくところだ。終わった。玉狛が勝ったのはいいけど、那須隊にも勝ってほしかったなー。

 泣いて見てなかったところやぼーっと見てたのは、村上先輩は遊真が倒して、那須先輩が来馬隊の2人と三雲くんも落としてた。那須先輩のベイルアウトは来馬隊長が与えた損傷らしい。

 三雲隊が4pt、那須隊が3pt、来馬隊が2pt。

 

「いやーネコが泣いたけど、太刀川さんも割りとちゃんとしてたし、メガネくんは戦い方がいい感じにやらしーな。さすが1回死に掛けただけのことはある。玉狛のスナイパーの子やばいでしょ? 黒トリガーレベルっすよ」

「白い髪の奴はともかく、大砲とメガネは別に問題にならないな。東岸で玉狛が生き残れたのは実力じゃない。ただの運だ。太刀川の野郎……ぬるい解説しやがって」

「玉狛第二はまだまだ弱いからマークされてないだけですよね。これからじゃないですか。遊真は除いてだけど」

 

「そうかもしれないが、あのメガネは戦術をかじっただけの雑魚だ戦術と戦闘どっちもいける奴には勝てない。お前ら、やたら玉狛を評価してるが玉狛第二が太刀川隊に勝てると思うか?」

「まさか、それはさすがにないです」

「じゃあ俺が玉狛第二に入ったら?」

 

「ネコは太刀川さんに任せておいて、お荷物に壁になってもらってれば勝てるかな」

 

 荷物なのか壁なのか……。

 

「でも雨取ちゃんの火力は侮れないと思うけどな~」

「うんうん」

「いくら威力があってもやれることは土木工事だけだ。今日の試合を見りゃ分かる。はっきりとな。あのちび大砲は人が撃てない」

 

 人が撃てない? ……んーこの前のランク戦の時は遊真と戦ってたから射線が通らなかったと思ったけど、土木工事ってことは生身の人が撃てないって事か。二宮さんは嘘は付いてないみたいだけど、千佳ちゃんと話してても違和感が生まれたことはないからなー。まぁ狙撃の話は殆どしないけど……。

 

「ネコ、携帯鳴ってるぞ」

「あ、本当だ。……蓮さんと合流するんで、俺はここで失礼します」

 

 

 

 

 

 千佳ちゃんが人を撃てないってーのは結構深刻な問題な気がするのは俺だけだろうか? だって遠征目指してるんでしょ? 駄目でしょ。実は撃てるとかで隠してるならいいと思うけど、まぁ今は自分の事だ。ネコ隊作戦室の前に何かのファイルを持った月見蓮さんが着ていた。

 

「お待たせしました」

「今来たところだから大丈夫よ。少し早いけどブリーフィングを始めましょう」

 

 作戦室に入ってソファーに座る蓮さん。ファイルから取り出されたのは今回のMAP情報だった。

 蓮さんの意見も参考にして、うさみん先輩と一緒に弄ったMAPがこれだ。木々の少ない森。雑木林とでも言うのだろうか。ただ、異世界感も出したくて木々は雪も積もってないのに幹も葉も真っ白に近いし、地面は土色ではなく黒に近い。そこら辺に多少は苔やキノコも生えているが、色は少し毒々しいかもしれない。『ネコ君の好きな色で行こう』とうさみん先輩は言ってくれたが、別に好きな色でもなくランダムで選んだ感じだ。実際の近界(ネイバーフッド)とは違うかもしれないけど、日本でもありえない世界感になったと思う。

 まぁそこら辺をただの小学生レベルの塗り絵から、現存するかの様に調整してくれたのがうさみん先輩である。

 

 スタート地点が右上にあってゴールは左下。獣道のような細い道もあるし、通りやすい少し開けた道もある。様々な選択肢もあるこの道を進むのはこの近界にやって来たボーダー側であり、二宮さん達なわけだ。彼らはこの雑木林を通り抜けなければ現地の協力者と接触出来ないという設定だ。

 俺はと言うと、それを邪魔する悪いネイバーである。『ネコネイバー参上!』なのである。我が領土に侵略してきた愚かな玄界(ミデン)人に正義の鉄槌を振り下ろすのである。

 

「二宮隊、生駒隊、香取隊の3チームで、戦闘員は10名それをスタート地点で数を減らすのは間違いじゃないけど、スタート地点でまず仕掛けるのね」

「はい、最低でも一人はベイルアウトさせて、別の地点に移動したいです」

 

「じゃあ撹乱用に使う?」

「はい、1セットスタート地点で使いまして、移動の通り道でばら撒く様にもう1セット使います」

 

「悪くないわ。あ、そうそう、ちゃんと隊服もカラーチェンジしたかしら?」

「はいっす。昨日の夜に開発室でやってもらいました」

 

「じゃあ、どのルートを選ぶかは本番次第だから、最初の以外はその都度発生地点を決めていくわね」

「お願いします」

 

「ところで、この真ん中の建物は……」

 

 MAPのど真ん中辺り。そこには『玄界人侵攻反対!!』と大きく書かれた横断幕の張られた建物が建っていた。

 

 

 

 




お気に入り登録、感想、評価、質問、ご意見等々随時受付中です。
※優しくお願いします。エタる可能性があります(新しく覚えた言葉を使いたがる作者)

◆自分から那須隊を呼ぶネコ
 一瞬忘れて、クマちゃん先輩に「アンタが呼んだんでしょうが」とツッコミを貰いました。突っ込んだってことは、通常時はわざと来てるよね。

◇クマちゃん先輩 VS 村上鋼
 ネコにやらせようとしてた技ですが、村上との戦闘描くより先にクマちゃんが来たからクマちゃんへ受け継いだ。忍田さんみたいに逆手に弧月持つ人って今後も出て来そうだなー。でてきてほしいなー。

◆『にゃんこ』と『ちゃんこ』
 にゃんこ大戦争OPより。いつか書こうと思ってたけど、機会に恵まれなくやっと書けた小ネタ。

◇『気持ちの強さは関係ないでしょ』からの『気持ちの強さで勝負が決まるって言っちまったら、じゃあ負けた方の気持ちはショボかったのかって話になるだろ?』
 鉄板。太刀川さんの名言。
 他に名言としては『読めないわけじゃない、確信が持てないだけだ』※太一の苗字の件

◆ネコに優しい二宮さん
 でも試合になれば本気出す模様。

◇ネコネイバー!
 毎週土曜 朝8時00分より放送してません。
 とある近界(ネイバーフッド)の辺境に住んでいる変わり者。玄界人侵攻に対して友好的であったとしても反対運動をしている狂人。ドーム型の建物にはネコ耳のような屋根があるが、辺境の地であったとしても現地人からすると玄界とは友好を結ぼうとしている手前、彼は邪魔な存在であり、近々建物を建て壊し、立ち退きをしてもらおうと考えられている。


どうでもいい近況報告。
最近お掃除に嵌った作者。2週間ぐらい前からずっと掃除をしては新しい掃除グッズを買いあさり、昨日ふと気付いた。あ、大掃除だこれ。


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39 白ネコプロジェクト

 はい、またまたお待たせしております。

 今回はまとめるにまとめられず伸び伸びと10000文字を越えました。

 しかも終わらないネコネイバー編。

 原作と違う流れをやろうとすると大変ですね。身に沁みてます。

 真面目に書きつつもネタを入れてたら変な感じになった。



 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 それは空閑有吾とレプリカが調査してボーダーに提示された近界惑星国家の軌道配置図。それにも浮かび上がってこず、乱星国家として割と自由に飛び回る国があった。その国の名は『コデアル』

 ちなみに、この『コデアル』に関する古い文献によると『コデアル』は省略された名前であり、正式な通り名(・・・)は『ワガハ・イハネ・コデアル』という。通り名というのはそのまま意味で、正式名称ではない(・・・・・・・・)であろう事からだ。

 『ワガハ・イハネ・コデアル』それは『名前はまだない』と直訳されるらしい。この国のことを見聞きした事がある近界の国々の者は『名無しの国』と呼ぶこともあるそうだ。

 地球のオーストラリアに生息するカンガルーという動物と同じ様な名付けの過去があったのかもしれない。

 

 さて、『コデアル』は古くから『玄界(ミデン)』と呼ばれるその国に興味はありつつも、その近辺には近付く事はできなかった。何故なら『キオン』『リーベリー』『レオフォリオ』『アフトクラトル』という大国と言われる様な国家が『玄界』と『コデアル』の中間にいつも位置していたからである。

 いくら乱星国家としてもそれらの大国をすり抜けていく事は危険な行為だった。そもそも『コデアル』は弱小国家。戦える者は数えるほどしかいなかった。

 『玄界』に向けトリオンによる通信を行った事は何度もあるが、その全てに返事はなく、もしかするとトリガーという概念が無いのかもしれないという話し合いがあったこともある。

 

 『コデアル』に住む者たちは大国の侵略行為を恐れており、小さな国同士、また、未発達な国も含めて、それらに対抗しようという同盟国を求めていた。

 しかし、近隣の国と話してみても『コデアル』が弱小すぎて同盟に値しないと断られ続けていた。ちなみに、条件を出して来た国もあったが、当時は飲める様な条件でもなかったそうだ。

 ではもう最初に『玄界』と同盟を結んでしまおう。少しずつで時間も膨大に掛かるだろうが地道に同盟国を増やして行こう。塵も積もればなんとやらである。そう考えたのだが、どうやって大国の目を誤魔化して『玄界』に近付こうか……。そんな悩みを誰が解決させたのか、それがどんなわけか誰も知らないが、ある日、突如として『玄界』の目の前へとワープした『コデアル』

 <さぁ、まだ未発達な玄界と友好を結んで対等な関係を作り、切磋琢磨して強国にも屈さなくて住む平和な世界を作ろう!>という友好的な話し合いを望む大多数の住民達が嘗ては居た。

 そして、そんな『コデアル』に住む友好反対派の立場を一人貫く『ネコ・サイレント』という変わり者。

 

 これは、そんなありえるかもしれない悲しい物語。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「―――って、なんですかコレ?」

「今回の設定資料らしいわよ。中々有り得なくもなさそうな設定ね」

 

 アホですか。暇なんですか作った人は。

 

 まだまだ試合開始までは時間がある。装備や作戦を確認しているとパソコンへメッセージが送られてきた。それはB級以上の部隊に送られているらしく、今回の仮想近界民(ネイバー)戦闘演習訓練ネコの部を始めるに当たって、<相手はネコではない。ネイバーである。百歩譲ってネコ型ネイバーである>という説明を含めた、世界観というか、背景を描いたものだった。

 まぁ、暇といえば暇なわけだし、俺と蓮さんはそれを読み進める。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 その家は猫の頭部を模した様な形だった。ドーム型に生える2つの三角に尖った屋根。目に当たる部分には窓があり、口に当たる部分は家の玄関だ。家の裏手には太いパイプがあり、それは尻尾の様に見えなくもない。

 2つの窓の上辺りには大きく『玄界人侵攻反対!!』と書かれた横断幕が張られており、まるでネコがハチマキをしているように見えてしまう。

 この家は辺境にあるのだが、太いパイプが都心部と繋がっており、トリオンの供給があるためライフラインは確保されている。だが、国の端に存在するこの家は『ネコ屋敷』と揶揄され、殆どの人は近付かない場所になっていた。

 

 繰り返しになるが、『コデアル』は弱小国である。では『ネコ・サイレント』という人物は何故、同盟や近隣国との友好に反対するのか。

 

 一言で言うとすれば、誇りがあったからである。

 

 古い歴史の中で彼の先祖は王族であった。その血が彼には流れている。実は絵本にまでなっていたりするが、それを知らない他の住民達は「御伽噺だ」「絵本だから実話ではない」と教育用には適しているが、同盟に反対する『ネコ・サイレント』を認めることはなかった。

 彼が王族の血筋だと裏付けるモノは他にもある。彼が住んでる『ネコ屋敷』だ。『コデアル』に於いてその建物は一人暮らしにしては大きすぎる住居だった。そして、ネコ屋敷は誰が建てたのかも分からないほどに古い建物だ。絵本にはこう書かれている。

 

<王様はいつもひとりぼっちでした。でも寂しくありません。守るべき民がいる。それだけで王は最前線に住まいを構えていられます―――>

 

<王様はとても誇り高く、とても強かったのです。何度も何度も襲ってくる敵を倒します『僕がこの国を守る! 安心してくれ! さぁ来いアフトクラトルの兵よ!』―――>

 

<やがて、コデアルは少しずつ豊かになりました。それでも王様は一人ぼっちです。それでも王様は寂しくありません。『僕がここにいていつでも敵から皆を守れるようにしよう』―――>

 

 

 この『最前線』とは今でこそ多くの住民が住んでいる辺りだが、古くは敵国からの侵攻があるとすれば、攻め易いのは『ネコ屋敷』がある方面であり、そこが最前線であった。

 また、王族がトリオン能力が特別高かった事が分かっている。『ネコ・サイレント』も変人扱いされているが、とても強い。

 彼が同盟を反対するのも『自分が守るから大丈夫。この国の事はこの国で解決しよう』と言っているのではないか。

 

 ―――そして、時が流れ、玄界と接触する時が来た。

 

 ※この続きは戦闘終了後に更新されます。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「大変だったわねネコ君。グス……」

「お、俺じゃないですしー。ズズー……」

 

 俺も蓮さんも何故か絵本の内容に潤んでしまっていた。何だよネコ・サイレント。身を挺して国民を守ってた王族の子孫でその誇りを受け継いでるのに、今では誰にも信じられずに変人扱いされてるなんて。おっと涙が。

 

「……ん? もしかしてこの『ネコ・サイレント』って俺ですか?」

「そうね。ネコ・音無(サイレント)はネコ君ね」

 

 マジかー。なんとも安直な名前である。まぁいいや。

 

 

 

 開始直前になり、俺はトリガーを起動してトリオン体に姿を変える。開発室にお願いしてこの試合用にカラーチェンジをしてもらった。今日は真っ白である。木々は幹から真っ白だし、ぱっと見で分からない様にカモフラージュしてみた。

 

「白ネコプロジェクトね」

「蓮さんそれ以上はいけない」

 

 さて、俺と蓮さんは最終確認の段階に入った。確認と言っても戦い方とかではない。装備の話でもない。ここまで来たらもう精神論である。

 

「じゃあ最終確認しましょう。今日のネコ君は?」

「ネコネイバー……」

 

「今日のネコ君の敵は?」

玄界人(みでんじん)……」

 

「その玄界人は何をしに来るのかしら?」

「襲ってくる……」

 

 ……精神論というか洗脳的な何かだ。次第に本当に洗脳でもされているかの様な気分になってくる。なんと言うか、一つの事しか考えられ無い様になってくる感じである。何も見えないようで一点において全てが見えるような気さえしてくる。

 

「―――じゃあネコ君はどうするのかしら? 見てるだけかしら?」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 

「何もせずその首を差し出すのかしら?」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 

「『コデアル』を愛してるかしら? 国民を愛してるかしら?」

「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」

 

「目指せ全滅! 撃滅! 大殲滅!」

「オー!!」

 

 

 

 ―――変なテンションのままに時間になり、俺は一足先に設定した森のど真ん中に転送された。ネコ屋敷前である。

 

「行けラッド! 君に決めた!」

 

 『らっど』と書かれたトリオンキューブを投げる様に俺は『お徳用ラッド10体セット(1pt)』をばら撒く。更にトリオンキューブもネコ屋敷を囲む様にばら撒いておく。ネコ屋敷を周辺をうろつく様にラッドは動き始める。ここはこれで良し。玄界人共のスタート地点に向かおう。

 一応、昼間の設定なのだが、天候を『薄霧』設定にしてあるのと木々に遮られた所為で薄暗さを感じる。しばらくして玄界人共の出現ポイントまで辿り着く。ここでも1pt分のラッドをばら撒く。ラッドはちゃんとレーダーに表示される様に登録されているため転送と同時に驚いてくれる事を願う。転送位置を囲む様に10個の点が表示された。

 俺は更にトラップを仕掛けた後、バッグワーム(白)を起動して200mメートルほど距離を置いてライトニングを構えて待つ。

 

『―――ネコ君、来るわ』

 

 スーツ集団の二宮隊を筆頭に、香取隊、生駒隊が転送されてきた。

 彼らのスタート地点はここ。ゴール地点までの規定ルートは2つだ。どっちを選んでもネコ屋敷前を通る事になるが、少々広めになっていて戦いやすい道か、最短距離になっているが獣道の様に狭く細い道かの違いだ。

 邪魔者()を排除して進むのなら広めの道を使った方がいいが、戦闘は避けてゴール地点(勝利)を目指すという事ならば、最短ルートの方がいいだろう。

 まぁどっちを選んでくれても構わんよ。俺の仕事は愚かなる玄界人をこの土地から追い出すことだ。それに変わりはない。

 

 転送されてきた瞬間に全員周囲を警戒する様に見渡し始めるが、敵は見えない。MAPに赤い点が囲む様に点在しているだけだろう。

 

 二宮さんがゴーグルの人に何か指示を出したように見えた。直後、ゴーグルの人から旋空孤月が放たれる。とりあえずって感じで敵影(ラッド)一体の方向に向かって放たれた様だ。……が、長くないか? マジか。何であんなに距離が長い旋空になるんだ。30m以上……40mぐらいだろうか? 斬撃により、木々が斬り倒され、ラッドの反応が1体消えた。

 

 まぁその隙に真横から失礼しますよー?

 俺はバッグワームを展開していたサンバイザーの男の人に銃口を向けて引き金を引いた。

 

 ―――当たれ当たれ当たるまで曲がれ確実に仕留めろ。

 

 ライトニングによる小さな射撃音と発光に気付き、一斉にこちらに振り向いてくるところを見ると警戒はしていたのだろう。うん、そらそうだ。俺と違ってそっちは3チームで事前に作戦会議をしていたんだろうからな。こっちは蓮さんと作戦を練っただけだ。そこに不満は無いけど、人数多くて羨ましくはある。

 それはさておき、こっちがどのタイミングで仕掛けてくるかもある程度は想定していたのだろう。でもね、そっちが想定してる事はこっちも想定してるんだよ。主に蓮さんが。

 

 各隊員がバックステップやシールド、大きく回避でライトニングから放たれた弾丸を回避しようとしている。回避行動により弾丸が向かう先は誰もいなくなった。が、香取隊の黒髪の男の人に向かった。何を言ってるか分からないって?

 

 ―――その弾丸(アステロイド)、曲がるんだぜ?

 

 胸部を穿たれた事により先ずは一人ベイルアウトさせることに成功した。少しばかり驚いている表情がいくつか見える。

 

『もう一人行けるかしら?』

「玄界人死すべし!」

 

 俺は彼らの進行方向に仕掛けておいた炸裂弾(メテオラ)を撃ち抜いて爆破させる。その爆破で片足を失った生駒隊のサンバイザー狙撃手。それだけで済んだのはグラスホッパーを使ったからだろう。俺以外でグラスホッパー装備のスナイパーって初めて見たな。

 

 ―――ぶち抜けぶち抜けぶち抜け。

 

「片足だけだとバランスが悪いだろう。もう一発持っていけ」

「「シールド!」」

 

 スナイパー自身のシールドと、サポートで二宮隊の弧月持ちがシールドを重ね掛けしてきた。が、それも関係ない。

 

 ―――その弾丸、シールドなんて楽に貫通するんだぜ?

 

 生駒隊のスナイパーがベイルアウトした瞬間に彼らは最短ルートを選択したようで、そっちの方向に駆けて行く

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 香取葉子は困惑していた。

 

 二宮の提示した当初のプランは戦いやすいルートを選び、音無ネコを2回ベイルアウトさせて楽々と目的地に向かうというものだった。

(※トリオン兵の使用を認められているため、音無ネコが2度ベイルアウトしてもトリオン兵が存在している限りゴール地点に辿り着かなければ勝利とはならない)

 

 事前に彼らは、少しばかりの対応策を話し合っていた。

 

『知ってる奴もいるかもしれないが、アイツの戦い方は異常だ。こちらからの狙撃、奇襲は効かないと思っていいだろうし、掠り傷一つで緊急脱出(ベイルアウト)もあると思え』

『んなアホな……』

『生駒隊って事前情報とか少ないんだね』

 

 二宮隊の犬飼は生駒隊の水上を咎める訳でもなく、笑って突っ込んだ。

 

『いや、ちゃんとログとか見るで? せやけど今回はそれが見れない相手だったやん?』

『せやな』

『やっぱり、サイドエフェクトですか?』

『そうだ。対象に影響を与える系統とも言われているが、誤魔化す系統のモノだろう。アイツの使うトリガーが特殊というわけではないからな』

『誤魔化す? よう分かりませんけど、狙撃が効かないって点で俺は足手まといですかねー』

『効かんと決まったわけとちゃうやろ。狙えれば撃ってけや撃たなただの雰囲気イケメンやで』

『どっちにしても、こっちの勝利条件は目的地に着く事ですよね』

『そうだ。状況次第だが、戦闘は避ける場合も考えておけ』

 

 生駒隊の独特な雰囲気もあってか、楽観視していたが、2月8日になって試合が始まってみればありえない事が起こり続けた。

 転送直後には想定の範囲だった目視できないトリオン兵の赤い点に囲まれている状況。恐らくは『ラッド』だろうと想定して、二宮が生駒に指示して『生駒旋空』と呼ばれる全アタッカーの中で最長を誇る旋空弧月が前方に放たれ、トリオン兵の機影が1つ消えた。そこまでは良かった。

 その直後の狙撃は全隊員が回避したはずだった。それなのにも関わらず香取隊の三浦雄太が曲がった弾丸にベイルアウトさせられた。これが混乱の始まりだった。

 

「曲がった!?」

「狙撃とちゃうんかいマリオちゃん」

『狙撃……のはずや』

 

 どのオペレーターからも同じ回答だった。狙撃で弾丸を曲げられる? 意味が分からない。狙撃ではなくシュータートリガーなのではないか?

 

『狙撃警戒』

 

 爆発が起こる。唯一の狙撃手でグラスホッパー持ちの隠岐がグラスホッパーで避けるが、回避しきれずに片足を失った。その直後に容赦なく襲ってくる連続狙撃。二宮隊の辻が隠岐のシールドに合わせてシールドを重ねる。それにも拘らず、シールドをいとも容易く貫通して隠岐をベイルアウトさせる。

 そう、音無ネコの攻撃は掠るだけでもベイルアウトさせる。香取葉子も個人戦で味わった。意味が分からないあの攻撃。シールドも意味を成さないというなら、どうしたらいいというのだろうか。

 

『……最短ルートだ』

 

 舌打ちでも入ったかの様な苛立ちの二宮の声に残ったメンバーは駆け出した。

 他の隊員がどんな気持ちだったのかは知らないし、考えもしない。ただ、香取は自分の中に嫌な気持ちが纏わりついたのは感じていた。駆け出すのが悔しかった。

 

(だってこれはそういうことでしょ?)

 

 誰でもいいから目的地に辿り着こうと……逃げ出したのだから。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『―――最短ルートね』

「はいっす」

 

 急がば回れである。このまま後ろから追いかけても追いつけはするだろうけど、撃退される可能性もある。ならば手元にあるカードを最大限に活用するべきだろう。

 

 俺は近くにいるラッドにトリオンキューブを差し出す。ラッドはそれに乗っかる様に飛び付き、すぐに吸収し、球体の黒いゲートを開いた。

 それに飛び込むと俺はネコ屋敷周辺にいた1体のラッドの近くに転送された。

 

 最短ルートから進んできてネコ屋敷へと出てくる辺りにメテオラを仕掛け、俺はネコ屋敷の上にライトニングを構えて待つ。距離もシューター・ガンナーでは届かない距離だし、ここで更に何人か落としたいところだ。今頃、玄界人共は『後ろから来てるかな!? かな!?』とか『逃げろ! 速く逃げろ!』と焦ってくれている事を想像すると面白くて仕方ない。

 

 数分後、玄界人共は現れた。俺は設置しておいたメテオラを狙撃して爆破させ、玄界人共の動きを止める。爆撃でベイルアウトした人はいなかった様で残念だが、俺は即座にライトニングで撃ち始めた。生駒隊のゴーグルじゃない方の弧月持ちの足に当てて内部破壊のベイルアウト、香取隊のメガネの胴体に当ててベイルアウト。

 

「蓮さん残りは……」

『二宮隊3人、生駒隊2人、香取隊1人で合計6人ね』

 

 6人か、まだ多い。接近戦なんて出来る様な数じゃない。

 玄界人共は止まっていても狙撃されるだけだと思い、再び足を動かし始めた。

 

「振り出しに戻ってもらってもいいですかね?」

『数を減らす手としてはいいと思うわ。じゃあ音楽再生するわね』

 

 音楽が流れ始めたら規定の動きをする。その様に設定された6体のラッドが動き出す。ラッドが六芒星を描くように配置に着くと―――。

 

 ―――ズンチャラッカホーイホーイホヒッホヒッ♪

 ―――ズンチャラッカホーイホーイホヒッホヒッ♪

 

 マヌケなBGMに合わせてクルクルと回っては右へ左へと見事にシンクロして踊りだした。

 

(なんか良からぬ事始めたんじゃないネコ君)

(なんやこのアホらしい音楽は……止めなあかんか)

 

 それを感知して止めるべきと思ったのか、二宮隊の犬飼先輩がマシンガン、生駒隊のモサモサ頭の人がシュータートリガーでラッドに向かうのが見えた。邪魔されるわけには行かない。ここでミスったら俺が囲まれてベイルアウトさせられる。折角調子よく4人落とせてるんだから、もう勝ちしか味わいたくない。

 

 まだシューター・ガンナートリガーの射程距離ではない。俺は即座に犬飼先輩とモサモサ頭の人を狙撃した。当たれ、当たれ、当たれと願いを込めた弾丸は彼らを撃ち抜いていった。しかし、サイドエフェクトでもないのだが、何か嫌な感じが見えた気がした。犬飼先輩のマシンガンに弾丸が当たってほんの少し弾道が弱まり軌道もズレた。結局は犬飼先輩もベイルアウトしてるから問題ないと思うのだが……。

 

 おっと、こちらに射撃が届く距離になったか。二宮さんが牽制であろうハウンドを構えてる。カトリンもハンドガンを手にした。残りは4人。誰か一人でもここを抜ければ終わりだとか思ってんだろ? 無理だよ抜けられるわけがない。先ずは玄関までお帰り願おう。

 ラッドが6体の力を合わせて大きめのゲートを開く。それに飲み込まれる玄界人達。

 

 ……範囲外だったらしくゴーグルさんが残ってた。

 まぁ一人なら接近戦でも大丈夫だろう。二宮さんたちが再度ここに来るまでには数分はかかる。俺は弧月を抜いてネコ屋敷の上から飛び降りた。

 

「狙撃だけやないんかい」

「我が名はネコ。ネコ・サイレント。コデアルの剣なり!」

 

「おぉ、めちゃ設定凝ってるやん……っ!?」

 

 俺は弧月に擬似的な風刃の光の帯を生み出す。帯の数は10本。

 

「それは反則やろ……」

「旋空弧月!」

 

 一気に伸びる11本の斬撃。それはゴーグルさんから逸れて背後からも折り返すように襲い掛かる。小南先輩とやった時は相手の前方だけへの斬撃だった。ただ伸ばすだけだったモノが全方位から襲う斬撃にまでイメージを変える事が出来た。ハウンドやバイパーを使ってきてイメージが膨らんだおかげかもしれない。ただ、射程が伸びなかったのだが、さっきゴーグルさんの伸びる旋空を見たから(いけんじゃね?)と思ってやってみたら出来た。伸びるし折り返せるし、いい感じだ。

 と、思ったらシールドと弧月で片足だけで耐えられた。内部破壊までイメージが足りなかったようだ。片足でもゴーグルさんは俺に旋空を放った後に距離を詰めてきた。俺はグラスホッパーでその斬撃を避けると真正面から鍔迫り合いになった。

 

「む、お前、近寄ぉて分かったけど、弧月はそないに上手ないな?」

「ギクッ……」

『声に出しちゃ駄目よネコ君』

 

 くすくすと笑い声も聞こえてくる蓮さんの声を流しつつ、片足もないし、擦り傷だらけでダメージを受けてる人には負けられないと、弧月で片腕を斬られつつもアステロイドで仕留めた。

 

「あ、ちょま……やられたわ」

 

 残りはシューター・ガンナー・アタッカーの3人。ゴーグルさんのベイルアウトの光を見送りつつ、煽る事を考えた。片手もないし余裕は無い。ベイルアウトすれば完全体で復活するかもしれないけど、ベイルアウトがいやだ。マットに振って落ちる感じが大嫌いだ。落ちる夢とか見たかのような感じだ。いや、実際に落ちてるからね? あんなんやだよ。

 ならば煽って少しでも冷静さを欠いた状態にしたい。カトリンぐらいしか煽れないかも知れないけどやらないよりやった方がいい。

 さて、煽るために借りたわけではないが、煽り向きのトリガーがある。俺は桜子ちゃんに借りておいたトリガーを取り出す。『どこでも実況トリガー』とか言う名前らしい。これで侵略者へ声を届けようと思う。

 

『あーあー聞こえるかね愚かなる玄界人の諸君。生駒隊は全滅した。10人で襲ってきて残りは3人。それなのにも関わらずネコの片腕だけの戦果。ねぇねぇ今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? こっちはもうバテバテなんだよね~。それでも負けたとしたらどんな気持ちなんだろうな~俺には理解できないなー理解したくないなー。あ、後でベイルアウトの時のマットに落ちる感覚ってどんなのか教えてくださいねー。じゃあまたさっきの場所で待ってまーす』

 

 と言いつつも、あー……ヤバイな。“頭が痛い気がする”ヤツが来た。確かあの時はトリオン体を解除したら倒れたんだっけか。いや、その前に“気がする”が痛いに変わったんだ。トリオン体である内は大丈夫だ。まだ大丈夫だ。大丈夫だよな?

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

「振り出しに戻された……?」

「どういう事……?」

「ラッドだろうな。アレはトリオンを吸収してゲートを開く特性がある。それを利用して、ここら辺にいるラッドとネコ屋敷前のラッドでゲートを繋げているんだろう」

 

 辻がMAPと生駒の弧月で斬り倒された木々を確認してスタート地点に戻された事に気が付いたが、すぐ隣に香取が居た事に気付き顔を赤くしてそっぽを向く。全くコイツは……異性が近くにいると冷静さを欠くな。しかし困った。打つ手が無い。いや、無くは無いがアイツ(ネコ)のサイドエフェクトが凶悪すぎる。

 戦闘能力の無いラッドと、ネコに翻弄され、更にはオペレーターには月見が居ると聞いている。それに比べて俺たちのシールドは意味を成さない。相手の攻撃は狙撃であっても曲がる。ギリギリで完璧にかわさないと掠り傷一つでベイルアウト。厄介だ。

 

「あれ、生駒さんは?」

「え? あれ?」

『ウチの隊長なら戦ってるわ。風刃までコピー出来るみたいやなあの子』

『アレやばくない? 面白い!』

『ネコ君のサイドエフェクトやばいなー。勝てる気せんわ』

 

 生駒隊のオペレーターと犬飼が通信で声を揃えているが、他のベイルアウトした連中も同じ様な意見らしい。しかし、生駒が残ったか。

 

「時間はまだあるが、残り3人で勝つ手段を考えるぞ」

 

 香取は諦めの表情を伺わせたが、指示には従うようだ。

 

「狙撃があると近寄れませんよ? 回避しても追って来る弾丸なんて狙撃の距離でハウンドを使われてるようなものです」

「そうだな。シールドも意味が無い」

「囮になりましょうか?」

 

 自発的とまでは言わないが、さっさとベイルアウトして帰りたそうな香取が声を上げる。確かに一人を生贄に残りが走り抜け、更にもう一人もそれをカバーでもしないとゴール地点まで辿り着けないだろう。だが、絶対に防げないというわけでもない。犬飼と氷見が言うにはマシンガンに狙撃の弾丸が当たった時を考えると、トリオンで出来ていない物や、弧月やガンナートリガー系統のモノならば壁役に使えるかもしれないとのことだった。

 

「―――いや、香取。お前がゴールまで抜けろ」

「は? 何であたしが……ですか」

 

「グラスホッパーを持ってるのがお前だけだからだ。最初は戦いになると思っていたが、戦いにすらならん今では速度が優先される」

「……分かりました」

 

 嫌だという顔がありありと読みとれる。

 

『あーすんません二宮さん。やられましたわ』

 

 そんな時だった。生駒のベイルアウトの報告を聞いたのは。そして、どうやって声を届けてるのか知らないが、ネコの声も聞こえてくる。

 

『あーあー聞こえるかね愚かなる玄界人の諸君。生駒隊は全滅した。10人で襲ってきて残りは3人。それなのにも関わらずネコの片腕だけの戦果。ねぇねぇ今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? こっちはもうバテバテなんだよね~。それでも負けたとしたらどんな気持ちなんだろうな~俺には理解できないなー理解したくないなー。あ、後でベイルアウトの時のマットに落ちる感覚ってどんなのか教えてくださいねー。じゃあまたさっきの場所で待ってまーす』

 

「あのチビネコ……!」

「生駒さんが片腕を落としたから狙撃は無いと見ていいですかね」

『すんません。それが限度でしたわ』

「十分だ」

 

 絶対とは言えないが、片腕の狙撃は無いと見てもいいだろう。狙撃が無いなら勝ちも見える。

 

「香取、お前は目的地に全速力で向かえ」

「……了解」

 

◇ ◇ ◇

 

 

 





感想・質問・ご意見・お気に入り登録・評価などなど
随時受付中。お待ちしております。



◆ワガハ・イハネ・コデアルやネコ・サイレント等の設定資料
 そんな乱星国家はない! けど宇佐美が作ってくれました。ネコが負ける場合も勝つ場合も想定して、2通りのエンディングを書き終えているようです。

◇殺せ!殺せ!殺せ!ガンホー!ガンホー!ガンホー!
 ふもっふ。
それは最弱ラグビー部のシンデレラストーリーである(嘘は言ってない)

◆ラッド
 トリオンを吸い取ってゲートを開く力がある。今回はラッド同士をゲート座標軸にしてる。音楽に合わせて踊る事も設定上可能……ってことにした。

◇ズンチャラッカホーイホーイホヒッホヒッ
 悪徳ロリータ登場BGM。特に意味はないけど、半熟英雄の召喚呪文でもいい気がする。

◆我が名はネコ。ネコ・サイレント。コデアルの剣なり
 仮面を被った偽者。あいつゼンガーじゃね? という噂もあったが、後に偽者だと分かる。あ、はい本編に全く関係ないです。


次回で決着です。



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40 ネコ死んじゃった

サブタイトルでネコ死んでるけど、
18巻も出たし、がんばるぞい。




 

 

 頭に左手を当てて相手を待つ。うん、風邪みたいなもんだ。大丈夫だろう。右腕は無い。ゴーグルさんに斬り落とされた。そのトリオン漏れは治まった。片腕でも引き金は引けるわけだし狙撃が出来ないわけじゃないけど、狙いが定まらないとイメージもしにくくなる。だから狙撃はなし。アステロイドとスコーピオンで近接寄りで戦うしかないか。後は最後の切り札だけだ。まず問題ないだろうけど……あれ、俺は何のために戦って……いや、何で戦ってるんだろう。

 

 その相手が見えてきた。こちらにかけてくるのは3人。並んで走ってやってくる。次第にカトリンだけ二宮さんたちの後ろに配置するようになる。……カトリン? 二宮さん? どれがその人だ? 後ろに配置してるのがカトリンって人か……。じゃあスーツ姿のどっちが二宮さんだ? ん、何だ? 何かがサイドエフェクトにより違和感を伝えてくる。何の違和感かまでは分からない。サイドエフェクト? 何だ? 俺は何をしたらいいんだ?

 

『ネコ君? 来てるわよ?』

「え? あ、はい」

 

 蓮さんの通信に意識を戻される。何だ? 今の感覚。一瞬、記憶がないぞ。二宮さんたちが見える位置に来たと思ったら、次の瞬間、中距離の射程まで瞬間移動したかのようだった。蓮さんの反応を聞く限りだと、おれ自身が止まっていたんだろう。何日か前にも小夜にオペレーターをしてもらった時に同じ様な事があった気がする。

 ふー……最後まで気を引き締めてネイバーやらないとな。おっしゃ。

 

「玄界人だ! 玄界人だろう!? なぁ玄界人だろお前ら! トリオン器官置いてけぇ!!」

 

 九州の端っこにいる妖怪の様な台詞を吐きながら、俺はグラスホッパーで一気に距離を詰める。二宮さんのハウンドが放たれるが、当たる弾は一つもない。その直後のアステロイド(コレ)で仕留める気だろう。そんな目の前のアステロイドはテレポーターで緊急回避する。辻先輩の後ろを取った俺はスコーピオンで辻先輩の首を取るが、辻先輩は弧月を突き出しており、俺の腹部を貫いた後ベイルアウトして行った。

 

「(ぐぅっ……あれぇ? 蓮さん、痛覚設定弄ってませんよね?)」

『もちろん、弄ってないけど……大丈夫?』

 

「(何とか……)」

 

 更に追撃するように飛来してくるのはハウンドの雨。いや、豪雨だ。二宮さんの攻撃を見るのは大規模侵攻以来だけど、かなりのトリオン能力なのだろう威力が空から降り注ぐ。

 

(香取、行け)

(今のチビネコなら仕留められるっ)

 

(コイツは1度復帰できる設定だ。忘れるな)

(すみません……行きます)

 

 何かを通信でやり取りしたのか、カトリンがグラスホッパーで距離を取る。いや、ゴール地点に向かった様だ。牽制でハンドガンを放ってきたが、個人戦ほどの圧力も感じない程度だった。寧ろ、二宮さんの放つ終わらない豪雨(フルハウンド)の圧力が半端ない。シールドを張るが……あれ、罅すら入らない……。これは、やられたな。

 

「ボロボロだな音無……」

「そっちこそ、残りは2人だけじゃないですか……それに、ずるいっすねー、威力調節し始めて……」

 

「接近戦が苦手なら、その距離に貼り付けにするだけでいい。詰みだ」

「……それはどうですかね?」

 

 仮に、今ここでシールドを解除したら当たってもギリギリ生かされる威力。緊急脱出(ベイルアウト)出来ないぐらいの調節をされている。最初だけ本気のフルハウンドで、今はもう足止めしかする気がないんだ。その間にカトリンが目標地点に辿り付けばあっちの勝ちだ。じゃあベイルアウトすればって? 俺にはベイルアウトと言う選択肢は用意されてない。まぁ倒された時は復帰が1回だけ出来るんだけど、ネイバーと言う存在にはトリガーに対して緊急脱出機能という考え方がないらしい。

 それはそうだ。倒されてもトリオン体が解除されて生身は残るんだから、それ以上は望まなかったのかもしれない。ベイルアウトもかなりトリオンを消費するらしいからな。そんなトリオン消費するぐらいなら戦闘に使うわって考え方なのかもしれない。

 

 それはさておき、間に合うか? ギリギリだ……駄目だったら仕方ないか。俺は最後の切り札を使う事にした。

 

『最後の使う?』

「(丁度それお願いしようとしてたところです)」

 

 残りの8ptを注ぎ込んで巨大なゲートが開き、鯨の様なトリオン兵が上空に現れる。

 

「ちっ……イルガーと言ったか。(香取、急げ。爆破に巻き込まれるなよ)」

 

 カトリンは……あ、駄目だ。バッグワーム使ってる。あっちから狙撃とか攻撃の意思がないならどこにいるかサイドエフェクトに引っ掛からないっぽい。……しゃーない。全て巻き込んで爆発してもらおう。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 ―――チビネコの話は2日前に華に聞いた。スカウトでの入隊、しかもスカウトしたのは加古さんだという噂。その時点でまずイラッとした。

 入隊式の時点でB級確定の実力があったらしいけど、サイドエフェクト発現の予兆が関係してるらしくB級には上がらずに開発室での研究モルモットネコとして飼われていて、少ししたらB級に、そしてこの前の大規模侵攻直前にA級に入ったらしい。またイラッとした。何でB級で活動もそこそこなのにA級に上がるのか。元S級の迅さんや上層部が絡んでるって噂もあったらしいけど、最大の理由はその規格外と言われるサイドエフェクトなのだろうと、次第に周囲に伝わって行ったらしい。それはネコのランク戦を見たのと、私自身も個人戦をやって身を持って知ってる。アレは確かにヤバイ。

 心臓・首・頭。生身の人間と変わらないその急所を、切られたり刺されたり撃たれたりすればトリオン体でも即ベイルアウトだ。それ以外ならトリオン漏れだけで済む。でもネコ相手だとそれが即死になる。掠り傷でベイルアウト? 国近先輩に教えてもらった事のあるスペランカーさんも真っ青な即死判定だ。

 だから、対人型ネイバー役と言う点では音無ネコは適任だったのは間違いないだろう。アイツのサイドエフェクトは凶悪だ。

 

 始まって見れば、曲がる弾丸の狙撃。手や足に当たったのに即ベイルアウト。分かってはいたけど、多く居た仲間が加速度的に減っていくのは精神的に苦痛だった。

 トリオン兵にも意識を削がれた。そもそもチビネコを人型ネイバーと思い切れる訳も無く、ラッドの能力を易々と使う姿にも少なからず驚きを覚えた。

 

 ……私は諦めた。二宮さんに囮になると進言したが却下された。そればかりか抑え役を二宮隊でやるから私に目標地点に行けと言い出される。そりゃグラスホッパーは持ってるけど……。「もう無理だ」って言いたかったが仕方ない。私は目標地点へ抜け出す事を了承した。

 

 そして、私は今グラスホッパーで跳んでは駆け、跳んでは駆けを繰り返している。逃げる事が勝ちに繋がる事が納得は行かないが、それしか私には選択肢がない。

 

『葉子、ゲート発生。爆撃型の大型トリオン兵』

「それ以外も来る?」

 

『どれだけのトリオン兵が用意されてるかは分からない。目標地点にこの前の新型が居る可能性も否定できない』

 

 大規模侵攻で確認された新型のトリオン兵。そいつに何人かのC級隊員は攫われた可能性がある。B級の諏訪さんも一度は捕獲されたと聞いた。B級でも数人で当たらないと倒せないトリオン兵に私が一人で……? 戦った事がないから勝てるなんて言えない。負けるとも思えないけど、でも不安要素なのは間違いない。

 

『―――でも、このタイミングで爆撃型、それもすぐに自爆させようとしてる事を考えると、トリオン兵の用意はこれで最後という可能性がある』

(香取、急げ。爆破に巻き込まれるなよ)

「は? 自爆? 爆破!?」

 

 私は華と二宮さんの通信に少し振り向くと木々を薙ぎ倒さんと落下運動を始めている巨大なそれを見た。

 

『そう、出現直後から落下運動を始めてる』

「最初から言ってよ!」

 

『逃げぇ逃げぇ香取ちゃん!』

『あんのネコネイバー、やる事えげつないわぁ……』

『あれって大規模侵攻の時に本部に特攻自爆した奴ですよね?』

『まぁネコもウチの隠岐と同じ様に可愛い子に何しても許されるタイプやな』

『いやいや、俺は違いますから』

「うっさい!!」

 

『来るで、気を付けぇ』

「っ!」

 

 背後を一瞬の光が照らしてくる。直後、全身に衝撃が来る。グラスホッパーによる加速で肺を撫でられる程度に殺された衝撃に気色悪さを感じながら足は止めない。その後から来るのは土埃。それすらも次のグラスホッパーで抜け出すと、眼の前には何事もなかったかのような景色が広がり続けている。

 

『っしゃあ!!』

『後はゴールだけやんな!』

 

 生駒隊の声がうるさい。

 

 それ以上に、トリオン体で聞こえるはずの無い心音が、

 

 うるさくて心地よかった気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 トリオンによる爆弾を落下させる爆撃行動を取らずに直ぐさま自爆モードへと移行されたイルガーはその巨大な身体に詰まった莫大なトリオンを見事に散らせた。二宮もベイルアウトし、ネコ・サイレントもその姿を消していた。

 

 しかし、全てが焼け野原で周囲の森林も吹き飛んだ光景の中で一つだけ少々色を変えただけの人工物が存在していた。

 ネコ屋敷である。まるで焦げた猫の様に少しばかりの煙を上げているが、建物自体が燃えているわけでもなく、どこかが崩れ落ちた様子もない。王の城と呼ぶに相応しい堅城である。

 

 猫の口が開く。いや、ネコ屋敷の玄関が開かれた。

 

「あー……ベイルアウト出来るようになったけど、試合終了にならないってことは……そういう事ですかね?」

『えぇ、残念だけどね』

 

 ネコ・サイレントの身体は穴だらけだった。片腕は無く、片足もスコーピオンで立てている状態だ。

 二宮は最後まで自分の役割に徹しており、あくまでもネコを身動き出来ないようにハウンドを止めなかった。ネコはイルガーの自爆と同時に二宮のハウンドの雨をシールドで防ぐのを止め、無理矢理に掻い潜り、グラスホッパーでネコ屋敷へと逃げ込んだ。穴だらけになったのはハウンドと最後に仕留めに掛かられた時のアステロイドだ。供給機関や伝達系統をやられなかったのはただの偶然だ。

 

 ネコはその場にネコ座りをする。

 

「あー強かったなー……」

『ふふふ、お疲れ様』

 

 転送が始まる。試合終了である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネコ隊作戦室に戻り、トリオン体を解除する。

 

「蓮さんありがとうございました」

「お疲れ様ネコくん、更新されてるわよ」

 

 何が? と思ってパソコン画面を覗き込むと、物語の続きが更新されているようだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 ―――王様はひとりぼっちでした。戦いに敗れ、傷ついてもひとりぼっちです。

 

 玄界人はネコ・サイレントとの戦いに勝利し、都市に向かいました。しかし、そこには廃墟となった光景しか残っていませんでした。玄界人が交渉に来る随分前、既に『コデアル』は他国により侵略され滅ぼされていたのです。

 

 ―――王様は本当にひとりぼっちになりました。

 

 ネコ・サイレントは玄界人と接触する前に既に滅ぼされた自国を見て涙した事もありますが、ただ協力するのはプライドが邪魔したのでしょう。ネコ・サイレントは傷付いた身体を立ち上がらせ玄界人が乗ってきた遠征艇に向かい謝罪します。

 ここにコデアルと玄界の和解は成り、コデアルはゆっくりとマザートリガーの終焉を迎え崩れ落ちていきました。名も無き国の王様は玄界へと移住し、ボーダーという組織でひっそりと暮らすことになりました。

 

 ―――王様はもう一人ではありません。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ……もう滅んでたのかコデアル。何とも言えない悲しさや空しさを感じる物語である。じゃあここから復讐の物語が始まる。何てこともなさそうな感じだし、物語としてはボーダーと協力していく事になるんだろうな……。

 蓮さんが俺の頭を撫でてくるが、俺元から日本人でボーダー側だからね? 感化されすぎだよ? あくまでも架空の物語だからね?

 

 あー……頭がずきずきとする。やっぱこのサイドエフェクトやべーわ。親になんて言おうか、ボーダーのお仕事どうしようか、学校は……。何とか続けたいなー。

 ココアでも飲もうかと立ち上がり、ふと、鼻の下に違和感を感じて、指でなぞると粘着質な赤黒い液体が付いていた。あ、鼻血だわコレ。ティッシュを取ろうとした次の瞬間、その鼻血が勢いよく噴出した。

 

「―――っ!? ―――っ!?」

 

 ……蓮さんが取り乱す様に何かを言っている。それにしては何も聞こえない。あ、この鼻血ですか? 気にしな……あれ、蓮さん何で横に……ん、俺が横になってるのか? どんどん視界が暗くなって視線も下がっていく……あ、倒れてるわコレ。

 

 

 

 

 

 人生二度目の病院での入院生活……かと思ったら、ボーダー本部内の医務室のベッドだった。横には蓮さんが俺の手を握っており、二宮さんとカトリンが立っているのが見えた。二宮さんと目が合うが、二宮さん達は何も言わずに俺を見下ろしている。んだよー? 目が合ってるんだから何か言ってよ……

 

(あの、起きましたよ? ってあれ?)

 

 口が動かない事に気が付いた。と言うか蓮さんに右手を握られてるはずなのに、その俺の右手がある。……あ……ゆ、幽体離脱だ!? あ、死んだわ!! 音無ネコ死にました! 享年16歳!! 動物の猫だったらよく生きたほうだけど、ロックスターも驚愕な早死にだわこれ!!

 

「いつまで寝てんのコイツ……」

「……」

 

 おい、死人になんてこと言うんだよカトリン。あ、まだ死んだって気付いてないのか……。あ、それなら蓮さんが気付きそうなものだけど……。

 

「二宮さん買ぅて来ました。っと……あ」

「「あ」」

 

 ゴーグルさんがココアを買って来てくれたようだが、ゴーグルさんが入り口のほんの少しの段差にこけてココア缶は宙を舞う。それを見てカトリンと二宮さんが声を揃えて見送る事しかできず、ココア缶は俺の幽体の頭部に当たり、実体に押し戻すように落下し、俺の実体の頭にHitした。

 

「あいた!! あ、戻った!? 戻ったぁ!!」

「目が覚めたのね良かった」

「アンタ、服血だらけじゃない……」

 

「うー、あー、頭痛い」

「まことにもうしわけない」

 

 ゴーグルさん改め生駒さんがその場に正座して謝ってくるがテヘペロ感が滲み出ている。まぁ寧ろ俺が感謝する側なんですけどね。

 

「いえいえ、さっき死んでたんですけど、ココアのおかげで生き返りました」

「アンタ何言ってんの?」

 

 何言ってって、死んでたんだってば。まぁそれも生駒さんのおかげで命拾いした。

 

「身体は大丈夫か?」

「あ、はい。何とか……いや、分かんないです」

「どっちよ」

 

 二宮さんの声に反応するが、大丈夫かと言われると良く分からない。死んだわけだし……まぁ夢だったのかもしれないけど。そんなあやふやな答えを出すとイラついたカトリンが声を上げる。こ、怖いだろー止めろよー。

 

 さて、俺は帰ろうとしたのだが、蓮さんに止められた。このまま本部に泊まって明日の朝一番に精密検査を予約され、空き部屋に押し込まれた。空き部屋も鬼怒田さんと城戸さんから許可を貰ったようだが、そもそも俺がいつでも使っていいように『音無ネコ用』として部屋が存在してたらしい。

「音無の精密検査!? 明日の朝一番で入れてやる! 部屋!? 部屋なら用意してあるわい! 全く使ってないようだがな!!」

 あぁ、そんな鬼怒田さんが容易に目に浮かぶ。城戸さんの方はもっと淡々としてそうな気がするけど……。

 

 晩御飯は食堂で、生駒隊、二宮隊、カトリンと華さんでご飯を食べ親睦を深め、解散すると俺は頭痛薬を飲んで部屋に向かった。部屋に付けばすぐにシャワーを浴びてすぐにベッドについた。

 今日は疲れたというよりも、やばかった。この前の病院送りと同じ感じだった。病院送りになって真っ先に思うのは両親の事だ。また倒れたとかバレたら日浦ちゃんと同じ様に引越しとかでボーダー辞めさせられる気がする。

 もし、ボーダー辞めさせられたら何も出来ない。俺には何も残らない気がする。あー駄目だ駄目だ。考えると嫌な事ばかり浮かんでくる。考えた所為か胃も痛くなってきた……いや、これは胃が痛いって言うよりも……辻先輩の弧月に腹を刺された時の痛みだろうか……。何でトリオン体の痛みを実体が引き摺るんだ? ……はぁ、明日の精密検査で分かるといいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで身体測定の様なモノから始まり、寝かされて何かをぺたぺたと貼り付けられたり、機械の前で呼吸を止めたりと一通り終わると、俺は宛がわれた部屋でボーっとしていた。

 夕方頃になりメールが入り、俺は会議室に向かう。そこには上層部の人たちが待ち構えていた。嫌な予感しかしない。何で医療担当さんじゃなくて上層部だ? ボーダーをクビになることも視野に入れつつ、俺は頭を下げつつ入室した。

 

「音無、全てではないが大まかな検査結果が出た」

 

 忍田さんが口を開くが、その顔はいつもよりも少し暗さが見えた気がした。やっぱ駄目なやつだろコレ。

 

「しばらくの間、音無には広報の仕事と開発での仕事を任せたい」

「……もう、俺って戦えないんですか?」

 

 俺はいらないですか? 俺はどこに行けばいいですか? 俺は……。

 

「音無君、正直に言おう」

「城戸さん!」

 

「―――君の身体はいつ倒れてもおかしくない状態だ。サイドエフェクトの影響なのかまでは判断が出来ない状態だが、少しばかりの痛みや苦痛で済んでいるレベルだ―――」

 

 忍田さんが止めようとしたが、城戸さんはそのまま続けた。少しばかり理解が追いつくのが遅れるが、噛み砕いて言えば、俺の内臓とかはボロボロらしい。それが自分では理解しきれていないが、病院送りになれば長くて数ヶ月は出られないぐらいらしい。

 しかし、幸いにも俺にはトリオン能力がある。開発室で出来る処置をしてもらって、その他はサイドエフェクトを使わない戦闘以外の仕事を回すとのことだ。

 

「右も左も分かりませんが、よろしくお願いします」

 

 俺の居場所はまだボーダーにあるらしい。

 

「さて、音無君。迅からはある程度聞いているが、そろそろ君の口から正解を聞きたいところだがどうだろうか?」

「正解、と言いますと?」

「サイドエフェクトの事だ。お前が持っているサイドエフェクトは相手に影響を与えるモノの様だが、本当のところどうなのだ?」

 

 あー……遂に言われたよ。まぁもうバレバレ一歩手前だしいいだろう。

 

「あー、俺のは『騙しのサイドエフェクト』です。自分への嘘とか隠し事も何となく分かる感じで、狙撃ポジションとかカメレオン、バッグワームとかの奇襲とかも位置が何となく分かります。アステロイドを曲げたり、開発室での活動でもよくやってた内部破壊もサイドエフェクトによるモノです」

「そうか、概ね想定通りだ。では鬼怒田開発室長」

「音無、開発室に行くぞ。改めてお前のトリオン能力を測定させてもらう。サイドエフェクト抜きでな」

 

 

 

 

 

 トリオン能力を測定して開発室を出た。

 溜息を吐き、家に帰ろうと思っていると、同じく帰ろうとしていたクマちゃん先輩に出会った。

 

「ぁー……えっと、大丈夫?」

「どもっす。しばらく戦闘出来ないらしいですけど、多分大丈夫です」

 

「そっか……こっちは、ごめんね。色々としてもらったのに昨日負けちゃって」

「太刀川さんも褒めてましたよ」

 

「……ネコも倒れたって聞いたからさ。試合は見てたんだけど、完全試合惜しかったね」

「いやーネイバー役は大変でしたー。でもほらトリオン兵も使ってましたから楽でしたけどね」

 

 そして、クマちゃん先輩は俺の頭に手を置いた。チョップとかではなく撫でるような感じだ。労ってくれているのだろうか。

 

「なら、もうちょっと楽が出来た顔してなよ。顔色悪いよ?」

「……今は色々痛くて難しいっす。あ、お腹空いたしご飯行きません? 負けた者同士で」

 

「それやだなー……ま、いっか。どこ行くの? 倒れたなら消化に良い物がいい?」

「あ、助かります」

 

「じゃあうどんね。私、肉うどん」

「かけうどんに天ぷらのせよー。エビとちくわにイカ」

 

「イカは消化に良くないでしょ」

「え、そうなんですか」

 

 他愛の無い会話をしながら、俺達は慰め合う様にうどん屋さんへ向かうのだった。

 

 

 

 




ご感想ご質問ご意見、お気に入り登録に評価
誤字脱字報告等々、随時受け付けております。

誤字脱字報告くださる方。毎度ありがとうございます。



◆九州の端っこにいるらしき妖怪
 前話、生駒さんと相対した時はコデアルの剣だったのに妖怪に成り下がるネコ。これは蓮さんや宇佐美との設定の話合いをした時のを混ぜすぎた結果である。
 ※実際(?)は『妖怪首置いてけ』という島津家の30歳

◇速攻自爆イルガー君(8pt)
 もうちょっと空飛ばせてくれても良かったのに……なんて思ってるかもしれない。

◆カトリンと生駒隊
 仲が良いかは知らないけど、咄嗟に「うっさい」とか言ってそう。イケメンでも隠岐には靡かず、とりまるが好みというカトリン。

◇1回死んだネコ
 本当に死んだのか、ネコの夢だったのかは誰も知らない。でも、ネコ自身は生駒に助けられたと思っている。夢だった可能性もあるので強くは伝えておらず冗談だと思われている。

◆しばらく戦闘出来なくなったネコ
 広報の仕事の一環として、ネコはアイドルになります(嘘)



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41 ネコ・おぼえてますか

お気に入りがもう少しで2000件。本当にありがとうございます。
評価も嬉しいお言葉ありがとうございます。




 

 

 

 音無ネコがまた倒れた。大規模侵攻後の退院から3週間も経っていなかった。入院した際の病院からの情報だと精神的疲労による頭痛という事だった。

 病院では3日ほど寝たきりだったがそれ以外に異常は診られなかったという。しかも、その後は至って健康。病院側としても問題がない人を患者とは呼べず退院となった。

 

 その音無ネコが再び倒れた。原因が彼のサイドエフェクトであろうことはほぼ間違いないだろうと思われていた。幸いな事に今回の彼は数十分後と、割りと早くに目覚めた。精密検査を次の日の早朝に予定し、結果は何で倒れてないのか不思議な身体だった。そんな本人自身もいつもの笑顔の感情は薄く、無表情に近い顔になっていた。無理をしてるのは明白だった。

 

 音無ネコのサイドエフェクトはかなり使える。トリオンに作用させる系統の能力なのは見聞きしていればすぐ分かる。開発室のチーフエンジニアである寺島雷蔵からの報告書からもよく分かる。ただ、音無ネコ本人への負担が計り知れない。最悪死ぬ事も視野に入れなければならない。

 

 迅は音無ネコが倒れた事により、再び音無ネコの少し先の未来が視えた。だから未来に従って上層部に対し告げる。

 

 ―――本人に聞けば答えは返ってくる。

 

 迅はあくまでもネコに言ったとおり、迅の口からネコのサイドエフェクトをバラす事はしなかった。基本的にネコがはっちゃけた結果や、自分の口から言った事でバレて行ったことである。

 

 そして、上層部はこの翌日に音無ネコのサイドエフェクトを知る事になる。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 上層部は玉狛支部に預けてある捕虜。ヒュースへの尋問(質疑応答)の終盤。もう締めに入ろうとした頃に音無ネコの検査の途中経過とも言えるとりあえずの結果を通信で受け取った。

 

「ふむ、一つ心配事が減ったな」

「全く、心配させおって……」

「いや、まだ予断を許せない状況ですよ。これ以上悪化しないようにしなければ保護者の方にも報道にも対応は難しいですからね」

 

 城戸、鬼怒田、根付は口を揃えるが、それは三雲修らにも聞こえていた。

 

「どうしたんだ?」

「お前達には言ってなかったが、ネコが昨日の試合後に倒れた。今回はすぐに目覚めたから大丈夫だと思ったんだが、状態は良くない」

「音無先輩がまた倒れたんですか!?」

 

 三雲修と空閑遊真は林藤から聞いてしまった内容につい声を出してしまう。加えてヒュースも少しばかり表情を変える。サイドエフェクトで城戸へ心音による感情の変化を伝えるために同席していた菊地原士郎は自身も音無ネコが倒れたという内容に驚きつつもヒュースの変化を城戸に伝える。

 

『……少し乱れました。このネイバーはネコにある程度心を許してるかもしれません』

「……君は音無ネコを知っているか?」

「……食事を提供してもらった事がある。アイツは無事なのか?」

 

「彼は今後のこちらの対応次第だが、とりあえず大丈夫だ」

「……嘘は言ってないか」

 

 嘘を見抜くサイドエフェクトを持つ空閑遊真は城戸の言葉にとりあえずの納得を見せる。その後、再度の確認事項を数点行いヒュースへの尋問は終わり、解散となった。

 

 

 

 鬼怒田は空閑を連れて開発室へ向かう途中に口を開く。

 

「本当なら音無に依頼するところだったんだが、あの状態ではな……」

「ネコ先輩のサイドエフェクトか……」

 

「それに、嘘を見抜くという点に於いてはお前の方が向いているらしいしな。迅が音無ではなくお前を推す訳が、音無が再度倒れた今分かるとはな」

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「では、予定通り音無には伝えないという事でよろしいですね」

 

 ボーダーの本部長という役職に就いている忍田真史はヒュースらの退室を見送り、残った城戸と根付がいる部屋で音無ネコに『エネドラがある意味で(・・・・・)生きている』という事を伝えない方向でいいか確認を取った。

 

「そうだな。あの子は他を助ける気持ちばかりが先行してしまい自分を蔑ろにしてしまいがちだ。今はまだ情報を与えない方が体調も立て直しやすいだろう。メディア対策室長」

「分かっています。音無君への情報規制ですね。関係の無い雑誌の記事などで対応させましょう」

 

 

 

 話をまとめていき、夕方頃になると再度上層部で集まり音無ネコは呼ばれるのだった。騙しのサイドエフェクトの説明。それを使わない状態でのトリオン能力の計測。トリオン体状態での栄養剤などの服用などが行われていく。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 音無ネコは精神にも異常をきたしている傾向が診られる。味覚が無かった期間があったらしいが、精神的なものと思われる。頭痛も精神性のものかもしれないが、それらを踏まえて、今回は通常の精密検査の他にいくつかの診断テストを行った。

 

 奉仕者、自己犠牲タイプ。よく言えば他者を助けるのに生き甲斐を感じるタイプと言えるが、悪い面を挙げると、自分の事は二の次。他者から与えられる事は自分の価値観を失わせる事の様に感じ恐れる傾向にある。また、行き過ぎれば与えた事に対して望んだ答えが返ってこない場合、更にストレスを抱える状態になり更なる悪循環を生みかねない。

 

 【音無ネコに関する報告書より一部抜粋】

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

【悲報】ネコがまた倒れたらしいんだが……part.1

 

『マジかー( ´・д・)』

『試合後だろ? 何で倒れたん? 病気とか聞いた事ないんだけど』

『ネコ自身に病気はないらしいよ。でもちょっと前から『アイツ大丈夫か?』的な感じで言われてるってウチのオペが言ってた』

『オペも又聞きかよ。病気ないなら大丈夫って何がよ? kwsk』

『有名なのは頭痛かなぁ』

『噂になってるのは鼻血が赤黒いので出てくる・味覚障害とかかな』

『え、それで病気じゃないとか……』

『入院して治ったけど再発したってこと?』

『おい! 味覚障害はKさんのチャーハンの所為だろ!!』

『いえ、ネコ先輩は大丈夫なチャーハンしか食べてないですよ』

『双葉ちゃんがネコスレに降臨した!!』

『この前のネコ写真うpあざーっす』

『大規模侵攻の時に入院したじゃん? 健康そのものだったんだってさ』

『それが3週間ぐらいで倒れるほど悪化するって何? 怖いんだけど』

『通りすがりの実力派エリートに言わせてもらうと、サイドエフェクトの所為なんだわ』

『元S級さんちーっす。どういうことっすか?』

『自分にも強い影響出ちゃうみたいなんだよね。結果だけ言うと防衛任務とかランク戦とかは少しの間様子見で出られない』

『え、じゃあ本部行ってもネコと戦えないのか……』

『自重しろダンガー』

『モチバカ……』

『昨日もぬるい解説しやがって』

『あ! スーツさんは実際に戦ってますよね!? 試合後何があったんすか?』

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 夢を見ていた……。

 

 意地悪そうな大人が俺に向かって馬鹿にするように諦めろって言うんだ。それが悔しくて俺は叫んだんだ。

 

(出来らぁっ! 1対1ならボーダー全員と戦っても誰にも負けないって言ってんだよ!)

『……こりゃあどうしてもボーダーの全員と1対1で戦って勝ってもらおうじゃないか』

 

(え!? 1対1で全員と!?)

 

 そして、目が覚める。うぅ、色々と痛い。頭に身体の中が痛い。何で痛いんだっけ……あれ、ここはどこだ? 夢の内容は何となく覚えてる。『ボーダー』とか専門用語が出てたけど、組織的な名前に感じた。あ、ヤバイ自分の名前以外思い出せない。枕元にあったスマホを手に取ると自分のモノのようで、指紋認証後に操作できるようになった。さて、何か情報を……と思ったとき、何も思い出せないままにスマホが着信を告げた。

 

 

 

 

 

 さて、このトリオン体という姿でいるのが本当に楽だ。完全とは言えないが、痛みとかがほぼ無い状態になる。たまに頭が痛い気がするけど、まぁ大丈夫だ。まぁそんな事はどうでもいいんだ。問題は他にある。

 

「倒れたとは聞いたが……大丈夫なのか?」

「え、あ、はい。さっき鬼怒田さんって人にトリオン体(この姿)で色々検査? したんですけど、かなり楽な状態です。トリオン体(この姿)だと栄養剤もかなり効いていいですね。なんか蛍光の緑色で怖かったんですけど美味しかったです」

「蛍光緑の栄養ドリンクって……無理すんなよ?」

「ネコの手も借りたいとは思ってたけど、ネコは気楽にやっていいから」

 

 嵐山隊作戦室という部屋に来ていた。そこには書類の山が出来ていて、その仕分けとかでこの人たちは大忙しのようだ。

 

「ネコ先輩大丈夫なんですか?」

「へ、あ、み、見ての通りだよ」

 

「じゃあ駄目じゃないですか」

「マジかぁ……」

 

 駄目に見えるのか。駄目かー。何とか行けると思うんだけどなぁ。まぁ普段の俺のことを知ってる人からすると駄目なんだろう。とりあえず何をするのか分からないけど、問題はそこじゃない。

 問題は俺自身の名前以外がほとんど分からないという事だ。朝起きたら電話が鳴って、いきなりうるさいオジサンから怒られるように「学校は休みにしたんだろ!? 早く本部に来い!」と言われる。ズキズキガンガンする頭と身体でスマホを色々弄っていると、本部とはボーダーと言う建物の事だと分かり、何とかMAP検索で辿り着いた。で、正面玄関から入ると「え、何でこっち側から来るんですか?」と目の前にいる赤いジャージっぽい姿の可愛い子に言われた。口は少し棘があるが親しみも感じる辺り、知り合いなのは間違いないだろう。周囲からキトラとかアイちゃんとか呼ばれてるからキトラと呼べばいいか。

 そして「か、開発室に用があるんだ」と言うと、キトラが「……もしかしてこっち側から入ってきたから分からないとか言うんじゃないですよね?」と言うので、俺は恥を忍んで「あ、案内してくれる?」と言えば、開発室まで連れてきてくれた。途中で何度も「ここまでくれば分かりますよね?」「え、まだ分かりませんか?」「からかってます?」等と言われもしたが、そこはほら、分かんないんだからしょうがない。最後には「もう開発室まで来ちゃったじゃないですか! こっちだって暇じゃないんですから!」と言われるが、本当に助かった。

 部屋に入れば鬼怒田さんという小さいおじさんに捕まり奥の部屋へ連行され「何故トリガーを起動していない!? 早くトリガーを起動しろ!」とか言われるの。イミワカンナイ。でも荷物として持ってきてたトリガーって物を言われるがままに起動するとあら不思議、痛みと言う痛みが殆ど吹っ飛んだ。更に何かの危ない色の不味そうに見える美味しい液体を飲まされれば更に楽になった感じがした。これを何日間か続けるらしい。

 開発室でその後も「ここを歩け」「痛みとかはあるか」等の質問を答え、「じゃあ嵐山隊で仕事して来い」となった。嵐山隊ってどこだよ? そう思って開発室を出るとさっきのキトラって子が待ち構えてた。この子も嵐山隊なんだってさ。遅いから迎えに来たんだそうな。

 

 さて、話は現場である嵐山隊に戻る。

 何だか分からないけど何でもやるぞー。と、思ったら綾辻さんという綺麗な人に手招きされてソファーに座らされた。

 

「まずはネコ君の持ってきてくれたどら焼きを食べよう」

「あ、はい」

「私お茶入れます」

 

 

 俺の家にはいくつかの菓子折りがあった。そこから適当に持ってきてみたけど、持ってきて正解だったようだ。菓子折りをいくつも用意してるって事は俺は何度も何度も迷惑をかけて謝る為に菓子折りを常時切らさぬ様にしているのだろうか? でもそれにしては扱いが優しい気がする。(またお前か!)みたいな扱いではない。菓子折りが多いのは何でだろうか? 貰い物だったら食べてると思うんだよな……。

 お茶を頂きながらお仕事の話になる。本日のお仕事はご覧の有様となっている山積みの書類整理がメイン。しかし俺がその書類に触れることは無く……。

 

「ネコ君は俺たちの代わりに綾辻と一緒に雑誌の取材を受けてきて欲しい」

「あるぇ? え、こんなに仕事あるのに雑誌の取材もあるんですか?」

「さぁそろそろ行くよーネコ君」

 

「終わった頃に三雲くんも来る予定だからな。賢はスナイパー訓練だろ」

「おっと、時間か。準備して俺も行きます」

 

 いつの間にやらどら焼きを2つ食べ終わっていた綾辻さんに言われ、俺は嵐山隊を出た。ミクモ君って誰だろう? ケンというのが今準備を始めた奴か。同い年ぐらいだろうか?

 

 

 

(なんか、今日のネコ先輩おかしくなかったですか? 来た時なんて正面玄関から入ってきて、開発室の場所も分からなかったんですよ)

(開発室って一番行き慣れてるんじゃないか? 確かにおかしいな)

(多分、記憶に異常があると思う)

 

(どういうことだ充)

(自分の状況や他人の関係性を探ってるような感じでした。鬼怒田さんのことも「鬼怒田さんって人(・・・)」って言ってましたし、三雲君の事もどう反応していいのか分からないといった感じでした)

(あ、確かに……今日は私の事も挑発してなかったかも知れません。いつも以上に腰が引けてたというか……)

(え、もしかして記憶喪失ってやつ?)

 

(まだ分からないですけど、戻ってきた時に大丈夫だったにしても、念の為に報告は挙げておいた方が良いかも知れません)

(そうだな。充の言うとおりだ)

 

 

 

 

 

 綾辻さんの後ろを付いて行き、着いた部屋には誰も居なかった。綾辻さんは「ここで待っててね」と言うと、雑誌記者の人を迎えに行ってしまった。

 

「ふぅ……綺麗な人だなー」

 

 椅子に座ってそんな事を口からもらす。部屋の隅にあるお茶を淹れる場所を見て何気なく、人数分のお茶を用意しようとすぐさま立ち上がり、お茶を淹れているとフラッシュバックが起こった。

 

「あ……前にもここで取材をして……確か嵐山さん達と、皆で写真も撮って……ぁ、あぁ……うん、あぁ……そうだ」

 

 そこからはとんとん拍子で思い出していった。今日、何で開発室で奇妙な色の栄養剤を飲んで今ここにいるのかという理由まで思い出すと、記憶が戻った事にホッとしつつも、やばいんじゃないだろうかとも思ってしまう。

 

 記憶が飛ぶのは異常だ。何度かあったことだけど、今回は一番長く記憶無かったみたいだし正直ヤバイ。身体が痛いならまだ大丈夫だ。身体の中が痛いのとかはヤバイ気がする。でも、記憶喪失なんてドラマとか漫画でしか見たことの無い状況が俺に降りかかるのはヤバイ。

 おっと、いけない。落ち着け、検査してくれてた人も言ってたけど、抱え込むのは更にヤバイ。悪いことばかり考えると精神的に悪化する可能性もあるだろうから、身近な人に報告・連絡・相談はこまめに行うようにって言われた気がする。親にももちろん連絡行ってるけど、俺からは大丈夫とだけしか伝えてない。これ以上親に連絡が行けばボーダーを辞めさせられるかもしれない。ならばボーダー(ここ)で治してしまえ。治るまで戦わないわけだし何とかなる。じゃあ相談できる人を決めよう。身近な人ねー……。

 

 城戸さん、怖い。忍田さん、忙しそう。鬼怒田さん、うるさく言われそう。根付さん、好きじゃない。唐沢さん、ラグビーやらされそう。まったく! 上層部は駄目だな!! じゃあもう先輩隊員さん達しかいないじゃないか!

 と、ノックと共に綾辻さんが記者さんを連れて戻って来た。

 

「あ、お茶淹れてくれてるの?」

「久しぶりネコ君」

「あ、どうも」

 

 この前と同じ記者さんだった。

 まずはボーダーの食堂、好きなメニューという軽い内容からだった。ICレコーダーを用意すると取材は始まった。

 

「この前は他のメンバーには聞いたから、綾辻さんから聞こうかしら」

「そうですねー。デザートとか甘いものが好きですね。食堂でもついつい頼んじゃいます。あ、今日もネコ君がどら焼きを持ってきてくれて皆で食べてたんですよ」

 

「やっぱ気が利く子はポイント高いわー。ネコ君は?」

「最近は食欲無いんですけど……あ、この前テレビで見たんですけど、マグロのカツ丼が食べたいです。ここの食堂にあればなー……。」

 

「確かボーダーの食堂ってリクエスト出来るんじゃなった?」

「え、そうなんですか?」

 

 実際にメニューに載るかは別の話だが、リクエスト出来るらしい。知らんかった。取材終わったら食堂に行ってリクエストしてみよう。

 

「―――じゃあ次ね。自分では料理するの?」

「私はお母さんの手伝いとかでやりますね。手の込んだものはレシピがないと難しいですけど、簡単なものなら作れるようになって来てますね。ネコ君は?」

「俺は、一人暮らしなので、困らない程度のモノは作れると思います。たまに母さんにメールでレシピもらったりします。でも毎日は無理っすわー」

 

 

 何気ない質問の最中の写真や、綾辻さんと休憩中に談笑してる時の写真を撮られつつ、記者さんは帰っていった。

 マグロカツ丼をリクエストしようと思い綾辻さんに告げると、一緒に来てくれた。カツにしてはヘルシーそうだし、女子受けも良さそうとのことだ。

 リクエストを伝えると、実際にその場で作り方を検索して試作品となるマグロのカツを作ってくれた。ただのソースではなく、めんつゆを主に使った様なあっさり目のタレをかけていざ試食。

 

「これ、いけるね。マグロカツ丼とマグロカツ御膳でメニューに入れるか検討させてもらうよ。多分明日か明後日には決まってるだろうけどね」

「あっさりしてるのに食べ応えあるね」

「あぁおいふぃ……ふぅ満足した。もういいや」

 

 綾辻さんに「早い早い」と突っ込みをもらいつつ、メニューに加わる事を喜びつつ嵐山隊に戻ることにした。

 

 

 

 戻るとそこには三雲君が居て、綾辻さんとはじめましての挨拶から、俺を見たと思ったら「大丈夫なんですか!?」何て言ってくれるの。良い子良い子。

 

「今はだいじょばないけど、その内大丈夫になると思うから」

「何ですかだいじょばないって」

 

 木虎は黙ってろよー。と、木虎と目が合うと拳が握られた。俺は綾辻さんの後ろに隠れた。な、なんだよー、や、やらねーぞーおらー。

 

「え、何? ネコ君どうしたの?」

「大丈夫なんじゃないか? 木虎から逃げたみたいだしいつものネコ君だろ」

「はい、多分。ネコ」

「ん? 何とっきー」

 

「記憶戻った?」

「ばっ……な、なんの話しですかー先輩ィ~?」

「嘘が雑すぎませんか……?」

「そこもネコ君のいいところだよー」

 

 何だか心配も掛けてたらしい。申し訳ない。簡易的な報告書を上に挙げたらしい。マジかー……。

 三雲君は射撃を習いに来ていたらしい。どら焼きも被って持ってきたらしい。本当に俺は邪魔しかしないなー。玉狛との初戦もそうだった。手伝うってつもりだったのに邪魔しちゃってたし、何だかやる事全部が悪……いやいや駄目だ駄目だ。プラスに考えよう。どら焼きいっぱい食べれて幸せな隊が一つ出来たと考えよう。

 

 

 

 俺は嵐山隊を後にすると個人ランクのホールに向かっていた。戦うわけでもないのだが、誰かいるかなーぐらいの感覚だ。すると、見覚えがないからC級の人だと思うのだが、焦って逃げる様に二人が私服姿で駆け抜けてくる。

 

「やっぱ普通じゃないってアイツ!」

「なんだよあの狂犬!!」

 

 そんな言葉を言い合いつつ、二人は俺の横を通り過ぎて行った。何だろう? 狂犬? っと、自販機だ。ココア片手に観戦して帰るか。

 恐らく今の二人は個人戦をやってめちゃ強い人にやられたとか……いや、C級ならB級以上の人とはやれないか。じゃあ何だったんだ? ココアの缶を自販機から取り出し、(まぁいっか)と気持ちを切り替えて再度ホールへ向かおうとすると、曲がり角で人とぶつかった。

 

「あ、ごめんなさ、ひっ」

「ア゛?」

 

 あ、めちゃ怖い人……口もまるで牙の様である。なんだよーカトリンといい、この人といい、ぶつかったら怖い目に合うのやだよー。ココアでも和んでくれなさそうじゃないかー……あ、カトリンも和んで無かったかも。

 そんな人が両手を上げる。肉食獣が目の前の獲物を狩り取ろうとする様に一歩、その足を進める。それだけで俺は短く「ひぇっ」ともらした。えぇ、ビビッてます。そして、俺も自然と一歩後ずさった瞬間、獣の脚力は爆発した。

 

「ガァァァァァァァァッ!!」

「ギャーーーーーーーッ!!」

 

 こうして、俺と肉食獣の追い駆けっこが始まった。

 

 

 

 








<本編に関係ない上に絶対に繋がりもしないおまけの話>


◇ ◇ ◇

 綾辻 遥は基本的に冷静である。

 だが、最近の彼女は冷静でありつつも優越感を覚えている。

 それはある人物の冗談の様な些細な一言だった。

 仮にそれを他の人間が言おうが優越感には繋がり難かっただろうが、

 言った人物が人気だった事も大きいだろう。

 彼女は、今日も自分で立ち上げた過去スレッドを開く。



【ネコ君が私のことを大好きと言った件】

『詳しく』
『はよ』
『あくしろよ』
『ネコ君がチームランク戦に出るにあたってオペレーターを探してた→声を掛けオペレーターを紹介する→大好きと告白される→スレを立ち上げる←今ココ』
『はい冗談冗談』
『はい解散解散』
『審議中……』
『確か今回レンタルされたオペって、宇井ちゃんじゃない?』
『それを紹介したって事は……』
『綾辻だー!! 綾辻がネコに告白されたぞー!!』
『おい止めとけよ、本人だったら今頃顔真っ赤にしてんだから』

 確かにそれを見た瞬間に彼女の顔は真っ赤に染まっていた。決して恋愛ではなく茶化された事に寄る自然な反応だった。でもすぐさまそれは彼女にとって優越感に変わった。

『羨ましい……』
『何で私に頼みに来ない? (´・ω・)』
『こんな事ならこっちから声を掛けておけば……その日は防衛任務だったけどね!』

 それ以降、綾辻 遥は優越感を覚えていった。
 だから(・・・)という事もあるが、彼女は音無ネコに優しい。

 だから、少しだけヤキモチを焼くこともある。倒れた次の日、また一つのスレッドが立ち上がっていた。

 【悲報】ネコがまた倒れたらしいんだが……part.2

『今日の夜、家族で駅前にいたんですが、ネコ先輩と熊谷先輩が一緒にうどん屋さんから出てきました。他には誰もおらず二人きりだったようです。二人は付き合っているのでしょうか?』
『あー仲は良いよね。付き合ってるとしたら身長差カップルだな』
『本人ですネコさんとは付き合ってません』
『嘘乙w』
『玉狛のオペレーターが通りますよっと。信じる信じないは別として、ネコ君は誰とも付き合ってる様子はないね』

 綾辻は自然と書き込みをしていた。自分が綾辻遥だとバレない様に注意しながら。

『ネコ君は嵐山隊のオペレーターに告白したんじゃなったっけ?』

 その書き込みに対し、すぐに返事が入る。

『綾辻本人が来たぞー!』
『綾辻さんを『嵐山隊のオペレーター』って回りくどい言い方する人は、まぁいないね』

 しまったと思った時には既に遅かった。

 そして、彼女は一人ネコを思い出すたびに考えるようになる。これは恋なのだろうか。

 そして、彼女は何度も同じ答えを出す。『違う』と。

 そして、彼女は何度も同じ自問自答を繰り返す。

 その答えが『YES』になった時、彼女は自問自答を繰り返し続けるのだろうか。

 それは本人にしか分からない。

◇ ◇ ◇


<念のため、もう一度だけ。本編と絶対に繋がらないからね?>




◆ネコの見る夢
「出来らぁっ!!」
なお、今は出来ない模様

◇記憶を失ったネコ
大丈夫です。嵐山隊から報告が上がってます。ネコは後で問い詰められます。

◆マグロカツ丼
「マグロのカツの丼やで、ウマくないわけがないやろ!」
……って生駒っちが言う未来が視えた。(ボリボリ)

◇ネコと影浦の初対面
「た、たべないでくださーい!!」
「食べないよ!?」
というフレンズ的な感じだと思っていい。(ぉぃ)



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42 ネコとチートオペレーター?


大変お久しぶりです。

まずは言い訳を。

このサイトのIDとパスワードが分からなくなったり、インフルエンザになりかけたり(風邪でした)FF14にハマったり、頭痛が痛かったり、地球防衛軍にハマったり、胃が痛かったり、FGOにハマったり等々、様々な世界(自分の世界を含む)を救うことで忙しかったのです(全て救えたとは言ってない)。
IDとパスワードはスマホに記録していたことを思い出し今に至ります。

久しぶりすぎて、設定だったり話し方だったり、色々と怪しいですがとりあえずの投稿です。

原作のワールドトリガー再開はまだかにゃー?





 

 

 

 太刀川隊の作戦室に逃げ込んでいた。何だよアレ。意味わかんねーよ。いきなり襲い掛かってくるとか、背後を取ったRPGのモンスターかよ。

 そんな俺は格ゲーで唯我を八つ当たり気味にボコボコにしている。俺が作戦室に入って来た時に俺が柚宇さんにプレゼントしたゲームをやっていたからまずは蹴っ飛ばしたところで柚宇さんのストップが掛かるが、『これで勝負を付けようか』と格ゲーを取り出してきた。これは柚宇さんとかなりやりこんだゲームだから俺も得意なキャラで挑んだ。結果はご覧の有様である。

 

「あ、ちょ、動けな……負けた……」

「ストレス発散にもならん!」

「では私が相手だ~」

 

 柚宇さんに代わると拮抗状態になる。勝って負けてを繰り返す。途中で柚宇さんが思い出したように口を開く。

 

「そういえば今日は出水君が三雲君が来るって言ってたけど、にゃんこも一緒なの?」

「へ? 知らないです」

 

 ……ん? でも嵐山隊でも三雲君いたよな? 更にいずみん先輩にも教えてもらいに来るのか? 勉強熱心だな。じゃあ邪魔しちゃ悪いし俺はそろそろ帰るか。そろそろ狂犬も諦めていなくなってるだろう。そう思った時には遅かった。来客があった様で、唯我が既に応対に出ていたようだが、段々と外の声が大きくなり、唯我の悲鳴まで聞こえてきた。……まさか、狂犬が俺を探してここまで来たというのだろうか? 嗅覚まで優れてるとか本当の犬かよ! 俺は汗をだらだら流し柚宇さんの操るキャラにボコボコにされる。

 

「ちょっと外が騒がしいねー。集中できないみたいだしちょっと見に行こうかにゃんこ」

 

 ……マジかー。

 

 

 

 

「暴力反対だ! 弁護士を呼んでくれ!」

「どしたどした~? なにを揉めとるのかね~?」

 

 にゅっと顔を出す柚宇さんの下から俺も恐る恐る不安を抱えつつ外を見ると、部屋の目の前に太刀川さんといずみん先輩がいて、唯我が転げていて、それを三雲君が呆然と見ている。

 

 俺は状況を見て察した。

 狂犬関係ない→唯我が騒いでただけ→被害者は三雲君と俺。

 そう感じ取ると俺は唯我を再度蹴って転ばせ、踏みつける。

 

「ぐわっ! ぐぇ……な、何を……する?」

「び、ビビらせんなコラー!!」

「いや、お前は何にビビッてたんだよ?」

 

「は、はぁ!? び、ビビッてねーですし!! 今のうちに帰りますし!!」

「お、おう気を付けて帰れよ」

「治ったらまた個人戦やろうなー」

「またね~にゃんこ~」

「あ、お疲れ様です」

 

 俺は再度三雲君に別れの挨拶をして、太刀川隊を去った。後ろでは太刀川さんの良い事言うコーナーが展開されているが、それどころの気持ちじゃないため、足早に帰ることにした。

 はー怖い怖い。まぁでも落ち着け俺。そもそも冷静に考えればもう追い掛けて来ないって。そうだよ人間そんな暇じゃない。だからこの曲がり角でばったり出会ったこの人も……。

 

「ひ、人違い……ですよね?」

 

 ニヤァと口元に大きく笑みを浮かべたボサボサウニ頭の男は両手を上げて声を荒げ吠えた。

 

「ガァァァァァァァァッ!!」

「ギャーーーーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引っ繰り返されたそれにソース、マヨネーズ、青のりと掛けられて行く。慣れた手付きで仕上げにたっぷりのせられたユラユラと踊る鰹節。ソースが鉄板に垂れ流れ、蒸発の音と共に食欲を掻き立てる香りを運んでくる。

 

「おら焼けたぞ、食えよ」

 

 俺の今日の晩御飯は、追い掛け回してきた怖いお兄さんの手作りお好み焼きだった。ちなみに、追い掛け回してきた理由は『逃げたし何となく』だそうだ。……やめろよ。やめろよな。

 それを止めてくれたのは狙撃訓練の終わってブラブラしてた荒船先輩だった。そこから穂刈(ポカリ)先輩と、『初めまして』と、知り合った北添先輩(ゾエさん)。そして、追い掛け回してきた張本人の影浦先輩(カゲ先輩)で、流れでお好み焼き屋に来た。

 俺はとりあえず荒船先輩の隣を確保する。怖いのから守ってもらうつもりだったが、顔は怖いが、中身はいい人っぽい。まぁ荒っぽいところも目立つわけだが。目の前に用意されたお好み焼きを恐る恐る食べるが……あっつ……ハフハフ。最後にコーラをゴクリと一息。

 

「……うみゃい!」

「お、喋った」

「カゲが怖かったんだろ」

「何がだよ」

 

 フーフー、はふはふ、はぐはぐ、と食べていると、カゲ先輩が俺を見続けていることに気が付いた。

 

「な、何すか? 美味しいっすよ? 怖いっすよ?」

「あ? あぁ、お前は強いのか?」

「何だ、カゲはネコの事知らないで追いかけてたのか。コイツは太刀川さんとの個人戦だと戦績互角ぐらいだぞ。今は戦えないけどな」

 

「戦えないって何でだよ?」

「戦う気満々か。飢えた獣だな」

「カゲ、ネコ君はこの前の試合の後に倒れて、戦闘系は禁止状態なんだよ」

「詳しいっすね。まぁそーなんすよ。残念ですわー。いやーほんと戦えなくて残念ですわー」

 

 戦闘狂の面々と戦えなくて残念だわー……お前らがな!! ざまーみろ! ネコの無駄遣いするから俺が倒れてお前らの相手が出来なくなってるんだ!! まぁ戦闘狂は戦闘狂同士で楽しんでるだろうからそんなことも考えてなさそうである。

 

「治ったらやりましょう。そん時はボコボコにするんでよろしく」

「コイツかなり生意気だな!?」

「人によるんじゃないか?」

 

「でも太刀川ぐらい強いのか。面白そうだ」

「ひぃっ!」

 

 ギラリとした視線を向けられて俺はまだ焼いてないミックスのボウルを抱え込む。そんな凶悪な目で見るなし!! 怖いし!!

 

「あぁ、ネコ」

「はい? ミックス焼いていいんですか?」

 

「おう、焼いていいけどよ。お前のスコーピオンのポイントが激減したのは何でだ?」

「……はい?」

 

 ミックスをまぜまぜしている手が自然と止まる。荒船先輩の言葉が理解出来てない俺にポカリ先輩がスマホをスイスイと操作してその画面を見せてくる。そこには個人の所有ポイントの画面が出ており、『音無ネコ スコーピオン:2875pt』と表示されていた。その他のトリガーは前に確認した状態でほぼ間違いなさそうだが、確かにスコーピオンだけ2000~3000ptぐらい減ってる気がする。

 

「何故だー(ジュワーーー)」

 

 ミックスを再度まぜまぜして鉄板に流し入れた。少し形を整えて沢村さんにメールを送る。

 

『ネコ、ポイント、何で?』

 

「……え、それだけで返事くれるのか?」

「前にこんな感じで、返事もらえましたけど」

「すげーな沢村さん」

 

 しばし返事が来ず、お好み焼きをひっくり返したタイミングでメールが返ってきた。

 

『鬼怒田さんが明日説明するつもりだったらしいんだけど、ネコ君が入隊した時にスコーピオンで4000pt以上あったじゃない? それがサイドエフェクトの影響と判断されたからその分のポイント返還が行われたみたいだよ。返還されたのは3000ptで、遡って考えちゃうとB級へのランクアップも早すぎたかも知れないけど、すぐに他のトリガーのポイントも貯めたし、妥当なところだろうって判断されたみたい。ランクが落ちたりすることもないから気にしなくて大丈夫だよ。

(๑˃̵ᴗ˂̵)و ハヤクヨクナッテネ』

 

 ……ふむ、なるほど。

 

「ポイント減ってもC級落ちしたりクビになったわけじゃねーんだろ? ならまた勝手に増えてくだろうが」

「ネコ君と違ってカゲの場合は減点でしょうよ……」

「減点? ……あっ!! 根付さん殴って降格した人だ!!」

 

 なんだー同属性かー。根付さん嫌いな者同士仲良くしましょうよ先輩ぃーぐふふふふ。

 

「おい、その気味の悪い目は止めろ」

「ん? カゲ、ネコの感情は読めないのか?」

 

「こいつのはよく分からん。戦えば読めねえだろうから面白そうだけどな」

「へぇ、多分ネコのサイドエフェクトだろうな」

「何の話っすか?」

「カゲにもサイドエフェクトあるんだよ」

 

 説明されるがよく分からない。簡単に言うと相手の感情が分かるサイドエフェクトってことでいいらしい。

 

「ネコはサイドエフェクト使いっぱなしってことか」

「使ってて大丈夫なのか? それが原因で倒れてんだろ?」

 

「意識して使わないようにする方が疲れる感じなんで……まぁ、少しだけなら大丈夫……と思いたい」

「おいおい……」

「おら、焼けたぞ……早く治せよ」

 

 お好み焼きは美味しかった。奢りだったし、カゲ先輩優しい。というか、あのお好み焼き屋さんがカゲ先輩の家らしい。帰りはゾエさんの大型バイクの後ろに乗せて送ってもらった。バイクもいいもんだな。

 

 

 

 

 

 翌日、鬼怒田さんにもらった痛み止めとか4種類の薬を飲んで学校へ、友達も休んだことで心配してくれた。学校が終われば本部の開発室に行って美味しくも色のヤバイ飲み物をトリオン体で一気に飲み干す。トリオン体で飲むというのが重要なことらしい。その後にまた色々と測定して開発室を後にした。

 その後は嵐山隊での書類整理を手伝って今日のお仕事は終わりである。嵐山隊のみんなに「お疲れ様でした~」と声をかけて出て、自分の作戦室に入る。

 

「だぁぁぁぁぁぁ~ちかりたー……ココア飲もっと」

 

 ココアを温めて飲む。これぞ至福の一時。味覚も戻ったしとても旨い(んまい)。と、そんな一時を邪魔しに来た奴がいる。誰だ! まったくもう! ノックの後に入室してきたのは迅さんだった。

 

「やぁネコ君。お疲れさん、体調はどうかな?」

「良くないです。お帰りください」

 

「まぁまぁ、情報を持ってきたんだ。聞いておいた方が良いと思うよ。良い情報と悪い情報があるけど」

「またですか……ハァ。ココアしかないですよ?」

 

 疲れてる時に迅さんとか嫌な予感しかしない。……疲れて無くてもだけどさー。迅さんって未来予知してからじゃないと基本的に来ないから気楽に話を聞く気になれない。まぁ、俺を視てだとサイドエフェクトの所為で間違った情報になるらしいから、他の誰かを通して俺に関連することを知って伝えに来たんだろう。誰を視たかも問題だけど、喜んで迎えることが出来ない人である。来るってことはそれなりに必要な情報なんだろうけどね。

 

「まず、良い情報だ。ネコ君が復帰した時の話だけど、しばらくの間、その都度オペレーターを探す必要がなくなった」

「専属オペレーターさんが現れた!?」

 

 それは確かに良い情報だ。でも誰だろうか? 対戦の組み合わせによっては敵部隊になることもあるわけだから兼任ってわけにもいかない気がするし、玉狛のうさみん先輩だとしたら『玉狛第三』みたいな括りで3部隊の面倒を見るのが大変な気がする。玉狛第二と対戦ってことになったら兼任出来るわけがないしな。じゃあまだ部隊に参加してないオペレーターさんでも現れたのかな?

 

「そのオペレーターとは俺のことだ」

「悪い情報だ!!」

 

 迅さんがオペレーターであることのデメリット。少し苦手意識がある。別に嫌いってわけではない。未来を視る人って言うのが引っ掛かるだけだ。それを除けば良い人だし? まぁ問題ないな。

 メリットは……あれ? この人がオペレーターってヤバくね?

 

 ボーダー隊員の中で迅さんを知らない人はほとんどない。新規入隊のC級とかは除くけど、B級以上ならほぼ間違いなく迅さんを知ってる。逆もまた然りだ。仮に迅さんがその人を知らなくても、戦闘前までにその人を視てくればいいのだ。後はオペレーター席から視ればその人の行動が分かる(・・・)。未来予知をリアルタイムで伝えられながら戦えるって事だ。つまり……。

 

「チートオペレーターだ!!」

「はっはっは、残念ながら俺は目の前に対象がいないと未来は視えないぞ」

 

「やっぱ悪い情報だ!!」

 

 じゃあただのオペレーターデスクに座ってる口だけエリートじゃないか! 俺が相手と接近戦とかでモニターに映ってるなら視えるんだろうけど、俺は中距離から遠距離メインだから相性は良くない。駄目だこの人!

 

「さて、問題は『そんな未来があるかも知れない』って事だ。この未来が訪れる可能性はかなり低い」

 

「え……それって、やっぱ、俺って治らないんですか?」

「いやいや、治るさ。鬼怒田さんの言うとおりにしてれば半月も掛からずに治ると思うよ」

 

 鬼怒田さんのところで指示通りに動いていれば完治までのスピードは速いそうだ。身体の中身はボロボロって言われたんだけどなー……。でも確かにあの蛍光色の飲み物を飲む様になってからトリオン体を解除しても眠れるぐらいには痛みは引いている。アレなんなんだろうな。毒味役として寺島さんも飲んでくれたから人体的には問題ないんだろうけど。詳しい説明は聞いてないんだよなー。

 

 そんな事も予期してなのか迅さんは俺の状態を検査結果を踏まえた上で説明してくれた。

 

 俺のサイドエフェクトは非常に強力で、サイドエフェクトをOFFにしてトリオン能力を計測した結果としては、そこまで高い数値ではなかったらしい。逆にサイドエフェクトを持っているのにも拘らず標準よりも少し高い程度の数値で驚きだったそうな。

 俺のサイドエフェクトは自分のトリオン能力も騙している。驚きなのは騙した分のトリオンも使用できるということだ。例えば仮に、俺の元々のトリオン能力の数値を10だとする。サイドエフェクトが使用されることによって、その数値は50にも100にもなる。ここまでなら、詐称というか、見掛け倒しの能力と言える。しかし、問題はここからで、誤魔化された数値はそのまま使えるということだ。本来10しかないのに100使える。改めて聞くと騙しどころの話じゃない気がする。自分の事なのに信じられない気持ちもある。分かりやすく言うなら貯金が1000円しかないのに1万円使用出来る様なものだ。意味が分からない。借金してるんじゃないのそれ?

 さて、ではこの騙された数値はどこから生み出されていると言うのだろうか? ここからは仮説も含まれるので合っているとは言い切れないが、答えは俺自身の身体である。血や内臓をフル稼働させトリオンを無理やり作り出す様に暴走させる。当然それだけでは足りない。そこで補う為にまるでブドウの房から果実を一粒一粒毟り取るかのように臓器に負担を掛ける。身体的に痛みは当然あるが、サイドエフェクトが身体も騙す。正常である。まだ稼動できると。

 以前、開発室で『トリオンは栄養と休息で回復する。トリオン体の状態では消費されるだけで回復はしない』って教わったことがあるのだが、俺のサイドエフェクトはこれが適用されないらしい。まぁ仮説なので絶対ではないのだが、間違ってもいなさそうである。

 そんで、騙し切れないほどのダメージが本体に来れば、脳が悲鳴をあげ、頭痛になり、トリオン体を解除すればその蓄積された前借しているダメージが一気に襲い―――。

 

「―――倒れるってことですか」

「そうだな。前借をして戦ってるようなものだ」

 

 そして、鬼怒田さんはこれを逆手に取る治し方を試し、問題なさそうであることを確認したそうだ。

 『トリオン体ではトリオンは回復しない』が俺には適用しないと言うこと。つまり、『音無ネコはトリオン体でもトリオンが回復する』と言うことだ。使用出来るトリオンを上乗せできるなら、回復させると同義と仮定したのだ。試した結果は成功なのだから結果オーライなのだろう。

 トリオン体で高密度の栄養を取り入れさせる。肉体にはほぼ100%の栄養素で補給される。そして、サイドエフェクトで身体を騙す。単純に言えば『治る』と暗示のように騙すのだ。

 その後にトリオン体を解除して再度計測した身体は改善が見受けられたとのことだ。

 

「鬼怒田さんの言うとおりにしてれば治るんだ……」

「騙し方にもよるけど、理論上は1週間程度で治す事も可能らしいぞ」

 

「へー。良かった親にもなんて言えばいいか分かんなかったんですよね。半月も掛からないんだったらいいや」

「……ネコ君」

 

 俺は、急にまじめな感じになる迅さんに少し戸惑う。でも何かを隠してるとか、騙す感じではないので、ココアの入ったカップを置き、迅さんに向き直った。

 

「これからはどんな些細なことでも自分に違和感や痛み、何かあったら誰にでもいいから言ってくれ。宇佐美でもいい。俺でもいい。俺たちに伝えにくいなら嵐山隊でも他の隊の誰にでも構わない。鬼怒田さんに言えば治るなんて思わないで欲しい。とにかく誰かを頼ってくれ。ネコ君は一人じゃないんだ」

 

 照れ臭さがくるが、茶化すような空気でもないので、俺はココアのカップを取って飲みきり、「分かりました」と一言だけ返した。そして、疑問が残ったので聞いてみる。

 

「さっき迅さんがオペレーターになるって話があったじゃないですか。でもそれが起こらない未来みたいなことも言ってましたけど……」

「あぁ、それはな、ネコ君がランク戦に復帰出来るぐらいのタイミングになると、ランク戦どころじゃない状況になる可能性が高いんだ」

 

 また何か起こんのかよー……。

 

 

 

 






お気に入り2000件突破ありがとうございます。



◆お好み焼きがうみゃい!
先輩たち優しい。ネコ生意気。

◇ネコの無駄遣い
主に戦闘狂共が無駄遣いをします。でもネコ自身も自分で無駄遣いします。

◆『ネコ、ポイント、何で?』
他のトリガーが4000以上あるからまぁいいや。気にしない。

◇チートオペレーター迅!?
太刀川さんと解説したときは戦闘をリアルタイムで視てたから予知できてたけど、オペレーター席だとネコが接敵してないと視えないと思うんだ。






ちなみに中の人つながりで

「チートオペレーターだ!!」のシーンで、ふと

「チートオペレーターだ!! 流石ですお兄様!!」

というネタになりかけたのは内緒であり、仮にそうなっても悪くないと思っています。

寧ろ投稿がここまで遅れたことが悪いと思っています。本当に申し訳ない!






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43 ネコ、女子と手を繋ぐ

毎度お待たせしております。

FGOの第2部が4月4日からということでね。ほったらかしにしてたフリクエやらないと、と言うタイミングでAP消費が半分だと? 見てるな運営! がんばります!


で、だ。
この小説を無理矢理終わらせるか、停止するか考え中です。
理由としては、ワールドトリガーの新しいネタが思いついたが、この作品には活かせず、書いた場合は新作としてやっていくだろうから、両立は難しいよね。と言うこと。
後は単純に原作が止まってしまっていることでネタを膨らませるのが思考回路はショート寸前、今すぐ(原作の続きに)会いたいよ状態。
長く停滞することで、どんな風に書いていたかも忘れてしまうのが痛いですね。
 まだ考え中なので、また変化があれば改めて報告します。

 とりあえず、43話です。どうぞ。




 

 

 

 ―――誰かの夢を自分の作文用紙に書き写した事がある。

 

 ある日、学校の先生が言った。

「来週の国語の授業は作文です。テーマは『将来の夢』です。みんなが将来何になりたいかを書いてもらいます」

 次の週の国語の授業を待つまでもなく答えは出ていた。

 

 あぁ、それは無理だ。僕に夢はないのだから。

 

 学校の授業よりも前に、親や友達との間で、将来何になりたいかと言う話は何度か出たことがあった。ある人は『こーむいん』ある人は『せいぎのみかた』ある人は『ピアニスト』と、漠然としていたり憧れだったり、習い事の延長線上だったり。今でもその人達が同じ気持ちでいるのかは分からないが、俺には分からなかった。何故、夢が言えるのかが不思議でしょうがなかった。

 

 感情がないわけじゃなかった。かけっこで負ければ悔しかったし、人気者がいれば少し眩しく思えて羨ましかった。でも、じゃあ悔しかったから『かけっこで負けないように将来はオリンピックに出れるようになろう』とか、『テレビに出れば有名人だ! 将来は有名人になろう!』なんて絵に描いた夢にすら繋がることもなかった。

 

 

 

 ―――2年3組 おとなし ねこ

 

 ぼくのしょうらいのゆめはこーむいんです。あんていしたおきゅうりょうをもらって……。

 

 あぁ、あれは間違いなく自分の夢ではなかった。

 

 夢を持っていないあの頃の俺は、絶対に自分のではない誰かから聞いた夢を作文用紙に書き写した。

 

 

 

 自分と同じ様なクラスメートは何人いただろう。

 

 本当の夢を描いた人は何人いただろう。

 

 夢を現実に叶えられる人は何人いるのだろう。

 

 自分の、俺の、僕の

 

 本当の夢は何なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の検査がまもなく終わるだろうという頃、何気なく部屋の上の方にある機器を見上げる。トリオンの測定器である。

 

「今日もトリオン測定してるんですか?」

「ん? あぁ、しばらくの間は毎日でもやるぞ、お前がここに来れなくともトリオン計測できる環境であれば計ってもらう」

 

 モニターを確認している鬼怒田さんに声を掛ければ、いつも通りの目元にクマの出来た顔から返事が返ってくる。サイドエフェクトを使わない様にして、トリオンを計測される。特性蛍光色栄養ドリンクを美味しくいただく。今日も開発室で行われる俺への処置だった。

 

「やはり間違いないか。音無、お前のトリオン能力が向上しとるぞ」

 

 俺の本来のトリオン能力は高くない。それは聞いていたが、それが増えるとは考えてなかった。確かにトリオン能力は成長すると言うか、トリオン量が増えるとは聞いたことがある。成長期とかとは関係ないと思う。だって身長は変わってないもん。ちくしょぅ……。

 でもそっかトリオン量が増えてるのか。ってことはだよ? その内サイドエフェクトで誤魔化してトリオンを増やす必要がなくなるのではないか? こうやって美味しい蛍光色ドリンクを飲まなくても大丈夫になるのではないだろうか。美味しいからいいけど、倒れたりするのは個人的にも御免である。

 

「……言っておくが、無理しようなどと考えるなよ? 倍になったとか急激に増えたわけでもなく多少増えたぐらいだからな」

「わ、分かってますよぉ」

 

 何で俺の周りの人は考えを先読みできるのだろうか。怖いわ。

 

「音無、今日は狙撃の訓練をしてこい」

「え、もう治ったんですか俺?」

 

「バカを言うな。完治まではまだかかるわい。お前の抱えているトラブルの大元は保有量以上のトリオンを使うことだ。ならば、嵩増しせずに持ってる分だけ使うのならばリハビリにもなる、復帰も多少は早まるかもしれん。と言っても使い切るまで撃つなよ? 元も子もないからな」

「了解でっす」

 

 

 

 

 

 以前に壁に穴が開いたことにより呼び出されたことのある狙撃手の訓練場。犯人は俺じゃないのに疑われたやつね。実際に訓練しに来たのは初めてである。やっぱC級隊員が多いなー。キョロキョロしてると後ろから声を掛けられた。

 

「こんにちは! ネコ先輩がここに来るのって初めてじゃないですか?」

「あ、日浦ちゃん。千佳ちゃんも、と、お友達?」

「ども、夏目出穂す」

 

 夏目ちゃんだけC級隊員というのは見た目で分かるが、それ以上に目を引くのがその頭に乗っている猫だ。あらやだ、この子ったらこっちに飛び移ろうとしてるわ。察知した俺はジリジリと後ろに下がる。猫はそれにも拘らずタメを作るように姿勢を変えてタイミングを計っているようだ。

 

「猫苦手なんですか?」

「違う、『ネコが猫と遊んでる』と言われるのが嫌なんだ」

「「「あぁ~……」」」

 

 3人揃ってその状況をイメージしたのだろう声を揃えて苦笑を浮かべた。そこに更なる訓練参加者がやってきた。

 

「おう、そのネコ耳はネコだな? ネコ助は今日はネコの頭狙ってんのか?」

「その声は当真先輩っすか、今コイツと真剣勝負してるんで後ろ向きで失礼します」

「昨日は当真先輩が来たらすぐ乗ったのに、今日は当真先輩の方に行かないねにゃんこ」

「他の乗り心地を確かめたいのかもね」

 

 数分後、勝負の行方は俺の負けとなる。

 隣のレーンに当真先輩が座り、猫は当真先輩の頭に乗った。

 (ふ、勝った)

 イーグレットを出し、俺は狙撃体勢に入った。引き金に指を掛け様とした時、猫は俺の頭に飛び移った。こ、コイツ俺を踏み台にィ……したままだとぉぉぉぉ!?

 あぁ、油断した。猫に対してサイドエフェクトが発動してくれるのかは疑問ではあるが、どっちにしても俺は負けたのだ。

 

「っと、そういや忘れてたぜ。お前さ、大丈夫なわけ?」

「何がですか?」

 

「俺んとこの隊長からも聞いたし、さっきからお前を遠目から気にしてる佐鳥や奈良坂からも聞いてるぜ? しばらくランク戦も出れないってよぉ。それは前に入院してたことも関係あるんだろ?」

「大丈夫とは言えませんけど、鬼怒田さんからも狙撃訓練(ココ)でリハビリして来いって言われてるんで。それに、この通常射撃訓練だけで帰りますし」

 

 当真先輩は狙撃をしながら会話をするが、俺は初参加の訓練だし状況を飲み込むのにワンテンポ遅れる。動かない的だし真ん中に当てるだけだから余裕でど真ん中ではあったが、5発毎に的が遠ざかるとは知らなかった。それでも何とか俺がど真ん中周辺への着弾を増やし続けていると当真さんが大きく外しまくってることに気がついた。

 

「あれ、狙撃手1位じゃなかったでしたっけ?」

「んー。別に真ん中に当てなきゃいけないわけじゃねーだろ?」

 

 あ、そうか。遊んでるんだ。上下左右とランダムに着弾させてるけど……。

 

「何描いてるんですか?」

「今日はトリオンキューブ」

 

 あー、C級とか無所属のエンブレムか。奥にいる夏目ちゃんの腕のそれを見ると立方体に『BORDER』と描かれているエンブレムがある。今日は(・・・)っていつも遊んで撃ってんのか。そっか、俺も別にポイントとかどうでもいいから遊んでもいいわけか。あ、ど真ん中ゾーンから少し外れちった。……はぁ、もういっかテキトーで。今はリハビリなわけだし、治ればどーせ全部サイドエフェクトでど真ん中に―――。うん、違うな。

 

「はぁー……ふぅ……ふぅ……すぅ……」

 

 意識を切り替える。『治ったら』を考える自分を馬鹿と言い聞かせ、深呼吸から浅い呼吸に、浅い呼吸は更に浅く……。

 

「へぇ、ネコは奈良坂とかと同じ(タイプ)か。こっち側かと思ったぜ」

 

 当真先輩の声が聞き取り辛い。いや聞かなくて大丈夫だ。スコープ、その先の的、的に空いた穴、ど真ん中の穴だけ、集中……集中……ok……。

 

 

 

 最終的に真ん中ゾーンから外したのは5発。集中を最後まで切らさずに撃ち続けるのは難しく、俺はこの訓練の参加者の中で3位と言う結果に終わった。

 

「いやー今日もリーゼント先輩やばいっすわ」

「おうイズホ、今日も居残り連やるか?」

 

 夏目ちゃんは訓練が終わると当真先輩の結果を見て、居残り練習に入るようだ。

 

「おいネコ、訓練終わってからだけど、大丈夫なのか?」

「よっす佐鳥。訓練だけなら大丈夫。1日1回の狙撃訓練程度だけどね」

 

「お疲れ、復帰は近いのか?」

「へぇノーマルの狙撃も上手いな。サイドエフェクト無しなんだろ?」

「感覚派だと思ってたけど、集中もするんだな」

 

 奈良坂先輩や荒船先輩も声を掛けてくれる。そして言われて気づいた事がある。サイドエフェクトがない俺は理論派というか、感覚派から離れた戦いになるようだ。サイドエフェクトに頼り切りだったとも言える。別にサイドエフェクトに頼り切ってもいいのだろう。自分の力なわけだし、ただ、それは他人の場合であって、俺の場合は頼り切ると今の状況に陥るわけだ。

 

「サイドエフェクトに頼らない戦い方かぁ……」

 

 勝てる未来が視えない。迅さんがオペレーターについてれば視えるのだろうか。そんなわけないか、迅さんだって万能超人ではない。いや、十分凄い人なんだけど、オペレーター席に座らせておくだけだなんて宝の持ち腐れだ。それが分かっててオペレーターやるとか言い出したのかな。

 

 

 

 

 

 さて、俺は本部を後にして駅に向かっていた。昨日の迅さんの話だと、今日は駅近くをブラつくとのことだ。迅散歩である。ならばこっちもそこら辺をネコ散歩すれば見つけられるだろう。

 

 

 30分後。

 

 いねーわー……電話するにもバッテリーが切れそうなんだよなぁ。

 

 

 更に1時間後。

 

 こんなとこにカレー屋さん出来てたんだー。美味そうだなー。

 

 

 更に更に1時間後。

 

 トリオン体だと満腹にならず食べ過ぎちゃうなー。栄養あるもの食べたほうがいいのかなー。

 

 

 更に更に更に2時間後。

 

 もう真っ暗だわー。もう帰ってるかもなー……お?

 

「 へい、こちら音無」

『あ、応答ありました。えっとネコ君。長い事駅近くでぐるぐるしてるけど、もしかして何か事件とか迷子とかだったりするの?』

 

 いきなりの本部からの通信である。てか迷子って……あ、俺ってば観察対象だったっけ? それだけで連絡してくるのか。ちなみにオペレーターさんは沢村さんである。

 

「迅さんに話があったんですけど、スマホの充電切れそうだし、あ、切れてた……。ま、まぁ駅周辺にいるらしいから探してたんですけど」

『迅くんは……はい、分かりました。あ、ごめんね。迅くんはさっきまで本部にいたみたいなんだけど、林藤支部長と玉狛支部に帰ったみたい』

 

「あーそうなんですかー。じゃあ明日でいいや。っていうか観察対象ってこういう連絡も来るんですね。びっくりしました」

『観察対象? あぁ、これはネコ君だからだよ』

 

 なんだとぉ? 我がプライバシーを侵害するとはいかがなものか!

 

『まだ完全に治ってないんだから出来るだけまっすぐ帰って安静にしてくれると私達も嬉しいな』

「仰るとおりです。申し訳ない。トリオン体だとどうも調子よくて忘れちゃって」

 

『で、そっちにネコ君家の方向の帰り道の人がいるから一緒に帰ってもらうね』

「いや、もう帰りますしそこまでしてもらう必要は……」

 

『一緒に帰ってもらうね?』

「あ、はい」

 

 今までずっとブラブラしてたし心配かけたしで信用されてないというか、沢村さんも言ったとおり完治してない上に、2回も倒れてる人間が「だいじょぶだいじょぶ~♪」何て言っても何の根拠もない戯言みたいな事だと捉えられたのだろう。はぁ、2回目の『一緒に帰ってもらうからね?』は少し怖かったなぁ……。

 つか、初めてC級の訓練受けたときみたいだなー。嵐山隊が護衛みたいな事してくれて大事になってたのが懐かしい思い出である。そして、一緒に帰ってくれるという監視役と言うかお目付け役さんは数分で来るらしい。通信を終わらせ俺は肉屋で買ったコロッケを食べて待ち人を待っていた。知ってる人ならいいんだけど……。

 

「お、美味そうなの食ってんな!」

「あ、こんばんは、えっと?」

 

 ……誰? カツアゲ? 俺の目の前に現れたのは少し目付きが鋭く見えた女の人だった。つか、同じ高校の女子制服だ。

 

「私は仁礼(にれ)(ひかり)。影浦隊のオペレーターだぞ」

「あー、どうも音無ネコです。た、食べますか? まだ温かいです」

 

「お! いーのか! 皆が言ってる通りいいやつだな!」

「仁礼さんが―――」

 

「ヒカリさんでいいぞ。あ、美味い!」

 

 元気な人だなー。

 

「ヒカリさんが一緒に帰るって言うお目付け役ですか?」

「おめつけ? が何かわかんねーけど、一緒に帰るんだろ? ほれ」

 

 ん? 手を出されても……あぁ、はいはい。

 

「コロッケじゃねーよ! ほら、手出せって」

「え?」

 

 おぉ? 手を繋いで引っ張られるぞ。

 

「あー背が低いと手も繋いで歩き辛いなー。早く大きくなれよぉ?」

「な、何で手を繋ぐんでしょう?」

 

「私が寒いからだ! なんだー照れてるのかー? さみしい男めー」

「寒いならトリオン体になれば……」

 

「あんな格好で帰れるかよー。見ての通り私は女子高生だぞ? OLみたいじゃないか、あの格好。本部限定だ」

「格好いいと思うんだけどなー」

 

「あーコロッケ食べてたら白いご飯も食べたくなってき……」

「ヒカリさん?」

 

 いきなり止まる隣を見上げると、ヒカリさんは定食屋さんに目を奪われていた。ディスプレイにはから揚げ定食やカキフライ定食、しょうが焼き定食と、様々なメニューが並んでいた。

 

「よし! 一緒に帰ってやる報酬として奢れ!」

「えぇぇぇ……あのまっすぐ帰らなくて良いんですか?」

 

「白いご飯が今食べたい! 私はカキフライがいいなー! ネコはしょうが焼き頼め! そんで少しくれ! あ、単品でから揚げ(小)も頼めるぞ!」

「あぁ、自分の事しか考えてない……」

 

 この後、めちゃくちゃご飯食べた。

 

 そんでもって、その後、まっすぐ帰ってないことがバレて、めちゃくちゃ沢村さんから怒られた。

 

 そんで、めちゃくちゃ笑って帰った。

 

 

 

 

 




ご感想・お気に入り登録・評価・誤字脱字報告は随時受付中です。感想やコメントはありがたく読ませていただいています。


◆夢なきネコ
何度か作品の中でも触れてたことではありますが、このネコ。
夢がありません!!!

◇リハビリに狙撃を始めるネコ
サイドエフェクトなしでも淡々とこなせる様なことは得意な模様。でも戦闘とかになるとまだ怪しいです。鬼怒田ドリンク(蛍光色)がとても効いています。

◆ネコが猫と遊んでる
遊ばれてるだけ。やっと出穂ちゃんと出会えた。

◇ネコとカツアゲ?
やっとヒカリちゃんと出会えた。可愛いけど、難しい。

◆ネコの食事。
カレー・カレー・コロッケ・コロッケ・しょうが焼き定食(+からあげ(小))
なお、トリオン体のため、このままでは太る未来が待っている模様。

◇ネコとヒカリ
お姉さんと弟みたいな組み合わせばっかだな! でもしょうがないね! ネコが小さいのがいけない!




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44 ネコのぐだぐだ情報戦

大変お待たせしております。
コメント寄せてくださった皆様ありがとうございます。

ワールドトリガー再開は大変おめでたいニュースですね!
ただ、正直再開が個人的には遅くて、どこかで諦めていたところがあったのか、主にFGOに注力してました。

リアフレのガチャの引きの弱さに悲壮感が漂っている今日この頃ではありますが、私の引きは割りと良い方です。今年のクリスマスは誰がサンタさんかなー!!……初の男性キャラとかまであったりするんかな? 可愛い女の子でええんやで?




 

 

 

 吾輩はネコである。名前が音無ネコである。

 一日の大半をトリオン体で過ごすという生活に慣れ、そして、本来の実体での生活に苦労を覚える今日この頃。ヒカリさんと別れ自宅へと帰ってきた。晩御飯はたっぷり食べたのでやらなければならないことはお薬を飲むことである。

 鬼怒田さんから貰った薬物を飲んでしばしTVを見て時間を置く。トリオン体を解除し、お風呂に入り、就寝。このトリオン体を解除してるときが少々辛い。まだ身体の中が痛いのである。これでも割と良くなってきているし、もう少しすればネコ復活祭が行われるのである。(そんな祭りはない)

 トリオン体でも眠れればいいのだが、どうにも眠気がこないのでこうして実体になって眠りに付く。朝が来ればすぐにトリオン体になって薬を飲む。これが最近のネコサイクルである。

 

 さて、本日は2月11日。学校行ってボーダー行って帰ってきて、カップ麺でも食べよーかなーって時の事である。あ、鬼怒田さんにカップ麺の事は内緒だぞ、自分は食べてるくせに俺には「まだ治ってないのだからそんなもの食べるな!」とかうるさいからね!

 まぁひとまずそれは置いといて、今回送られてきたメールを紹介しよう。玉狛のオペレーターうさみん先輩からである。

 

『ネコ君! 今日千佳ちゃんの誕生日だって知ってた!?』

 

 知らんがな! 何も用意してないよ! うさみん先輩もさっき知ったばかりらしい。ふーむ……千佳ちゃんって何が好きなんだ? 時間は……。

 

 というわけで! 俺が緊急で買い回って用意したのがこちらです。

 ホールケーキが予約制で売ってなかったからケーキの詰め合わせである! しかし! 大丈夫だとは思うけど甘いものが嫌いとか、ダイエット中とかで断られる可能性もある。吾輩はその辺も考慮して色々買ってきた。おつまみ系、ダイエット食品系、がっつり飯系。それを両手に玉狛支部にやってきた。

 

「こーんばんわー!」

「いらっしゃいネコ君!」

 

 奥の部屋に入ると三雲隊の面々がいた。遊真以外は学校の制服である。

 

「あ、ネコ先輩だ」

「お疲れ様です」

「あ、やり直しで、こうじゃないわ。うさみん先輩ちょっと」

「はいはい」

「「「?」」」

 

 俺は部屋を出て居間へ移動、お皿にケーキを一つ乗せ、それに100均で買って来たミニ蝋燭を差し火を付けてからうさみん先輩に電気を消してもらうように伝えた。

 

(お? なんだなんだ?)

(え、停電?)

(あわわわわ……)

 

 ガチャ!

 

「はっぴばーすでー千佳ちゃーん! 「「はっぴばーすでー千佳ちゃーん! はっぴバースデー! でぃあ千佳ちゃーん!」」

 

 途中からうさみん先輩も祝いの歌に参加する中、三雲君がぽかーんと放心し、遊真がなんだなんだ? と疑問の顔をし、千佳ちゃんはあわわはわわしているが、俺とうさみん先輩は止められない。

 

「「はっぴばーすでーとぅーゆー! おめでとー!!」」

 

「千佳ちゃんの誕生日と聞いてやって来ました。こちらケーキの詰め合わせと……スルメイカとー……ダイエット食品とー……カツカレー弁当でーす!」

「何その組み合わせ!?」

 

「ケーキが苦手な場合を想定した結果こうなりました。あ、ついでだけどちょうどいいいや。迅さんいます?」

「いやぁー最近は夜遅くまで帰ってこないんだよねー」

 

 ぬぅ、仕方ない。また来るか。

 こうして、千佳ちゃんの誕生日は何とか行われた。ケーキはみんなで食べてもらい、ダイエット食品はうさみん先輩と小南先輩に渡り、カツカレーは林藤さんへ渡り、イカゲソはヒュースが食べることになった。

 

「確かにかめばかむほど味が出るが、顎が疲れるな」

「たしかなまんぞく」

「おい、陽太郎先輩。そのどら焼きはなんだ? また小南先輩に怒られるぞ」

 

 

 

 

 

 そして、遂にこの日が来た!

 

「治ったぁぁぁ!!!」

「治っとらんわ!!!」

 

 鬼怒田さんの脳天チョップが炸裂した。おかしーなー。痛みは無いんだし治ってると思うんだけどなー。てかさ? 治って無いって言うなら叩かないでほしいよね全く。

 

「恐らくサイドエフェクトで痛みが緩和されとるんだろう。まだ完全には治っとらんわい」

「そっすかぁ……」

 

 はぁ、この数日間。なーんか唯我の馬鹿たれが後輩に指導しているだとかで調子に乗ってるからボコボコにしてやろうと思ったのになー。仕方なくゲームでボコボコにして帰るか。

 

 

 

 それから数日して、その日は嵐山隊での書類整理を手伝う日だった。『ネコの手も借りたい』等とドヤ顔した佐鳥は引っ叩いた。C級かー懐かしいなー。……懐かしいか? C級として活動していた時間が短い上に開発室ばかりでC級の訓練をほぼやってない俺は特段懐かしさを覚えることは無かったようだ。

 さて、今日のお仕事が終わり帰ろうとした時である。

 

「ネコ君。はいこれ」

「あぁ、忘れてました。私からも一応渡しておきますね」

 

 綾辻さんと木虎からお菓子を貰った。まさかのネコ復活祭である。いや、違うな。まだ治ってないとか言ってたしね。だとしたら何のお菓子だこれ。いつもの菓子折りのお返しとかだとしたら嵐山隊で渡してくるか、代表して綾辻さんか嵐山さんから貰うようなイメージがある。なのに綾辻さんと木虎からである。更に言えば木虎が嘘ついた。『このお菓子を渡すのを忘れていない』という事らしいが、とりあえずお礼を言って退散しよう。

 

 それは更に続いた。一度ネコ隊作戦室に戻ろうと思ったら、その道すがら桜子ちゃんから、加古さんと双葉ちゃんから、那須隊の面々からと次々にお菓子を渡される。それもラッピングされていたり手作りだったりである。感謝の言葉を述べつつクッキーが多いなと何気なく思いながらその場を後にしていく。あ、でもカトリンと小佐野先輩にも貰ったけど市販の安いチョコレート菓子だった。全員が手作りだと言うならそれは調理実習とかで作った的な流れだと思うけど、ラッピングされた少し高そうなものを見ると違う気がする。

 

「にゃんこ~。あ、すでにモテモテだぁ」

「あ、柚宇さん」

 

「私もコレを進呈しよう~」

「どうもです。みんなお菓子くれるんですけど何かあったんですか? ハッピーハロウィン? は何ヶ月か前だったような……」

 

「え?あ、あー……太刀川さんに呼ばれてるから急いでるんだった。ま、またね~」

「へ? あ、はい~」

 

 なんだってんだ? 隠し事されてるのは分かる。それが何かは分からぬが……あ! そういえば嵐山さんのところにも同じぐらいの量が入ってそうな紙袋が何個かあったぞ! ハロウィンのイベントってこの時期にもあるのか? トリック・ア・トリートなんて言ってないんだけどなぁ……。ん? イベント? 今は何月だ?

 

「あ」

 

 頭の中にヴァレンティヌス様が降臨された。そうだ。今日はバレンタインデーだ。よく見ればラッピングされてる包装紙に『Happy Valentine』と書かれてるモノがある。おぉ確かにモテモテだ。嵐山さんの方が凄かったけど。お返し忘れないようにしないとな。

 しかし、チョコ系統が少ないのは何でだ? チョコ貰う日だと思ってたんだけど最近は違うのかな?

 

 ※猫にチョコを絶対に与えてはいけません。ネコには大丈夫ですが、殆どの方々はなんとなーくチョコ系を避けて渡しております。

 

 

 

 

 

 2/15である。2/14が過ぎたのである。モテ期が過ぎたと言ってもいい。そんな俺はと言うと暇していた。最近の三雲隊は今日のランク戦に向けて個々の力を伸ばそうと特訓をしていたらしく、邪魔しちゃ悪いと思い玉狛には寄らないようにしていた。迅さんと話したいから連絡したりしてんるんだけど、忙しいらしく直接は会えないでいる。あんのエリートめ、わざと俺を避けてるんじゃないだろうな。

 さて、実を言うと俺は千佳ちゃんの誕生日の後は本当に暇だったこともあり、情報戦に乗り出すことにした。玉狛に勝って欲しいのだよ吾輩は。ヒーローを応援したいのだよ吾輩は。と言うわけで、東隊・影浦隊・二宮隊に対して少しでも戦いの意識を逸らせたり情報を引き出すことは出来ないだろうかと考え、それぞれの隊にちょっかい出すことにした。当然のことながら直接どーこーするとかはNGなので、戦術指導を受けたいとか、オペレーターさんに用がある様な体にして各隊を回ることにしたのだ。もちろんバレたらやばいので関係のない隊に行く偽装工作も忘れないようにする。……結果は散々というか全く意味を成さなかった。寧ろ怒られたまである。

 そんな日々を過ごし、本日は三雲隊の試合の日である。三雲隊勝てるといいなぁーと思っていると迅さんからの連絡が入った。玉狛で一緒に試合観戦しようだってさ。散々こっちからの連絡を蔑ろにしておいて来いとか良い根性してるわ。今から行きまーす。

 

 

 

 

 

◇ 影浦隊OP 仁礼 光の場合 ◇

 

 ネコが彷徨ってるから保護して欲しいというような内容の連絡を受けたときは、遂にボーダーも便利屋になったのかと思った。

 音無ネコ。ボーダー隊員だ。そういえば何かと話題になってる奴な気がする。オペレーター仲間も言ってたし、カゲも『ネコのログねーか?』とかデータ漁ってた気がする。動物愛護の精神に目覚めたかと思ったりもしたが、ボーダーのタブレットを操作してたから愛称とかあだ名だと思った。

 そんな噂のネコを駅近くで見つけると、私はお腹が減っていたことを思い出した。だってコロッケ食べてたんだぞ。

 

「お、美味そうなの食ってんな!」

「あ、こんばんは、えっと?」

 

 ほー確かにカゲが追い掛け回したくなりそうな奴だと思った。コロッケは何個か買ってたみたいで1個くれたから悪い奴じゃないと分かった。その後の飯も奢らせたがとても良い奴だ。

 

 そんなネコが作戦室にやってきた。菓子折りも持ってくるあたり、やはり出来た奴だ。

 

「失礼しまーす。これクッキーですけど」

「おーよく来たなネコ助! コタツ入るか? あ、その前に飲み物とってくれ! 奥の部屋に冷蔵庫あるから」

 

 そんで会話もそこそこにTVみてコタツで丸くなって、起きたらカゲに追われて去って行った。……そう言えば何しに来たんだあいつ。

 

 

 

 

 

◇ 二宮隊OP 氷見 亜季の場合 ◇

 

 ネコ君の事は良く知っている。ファーストコンタクトが個人的には良くなかった。写真を撮って欲しいとのことで遥ちゃんに呼ばれて撮ろうとしたところ―――。

「何でボーダーにいる女の人は綺麗だったり可愛い人しかいないんですかね?」と私の方を見ながら言ったのがネコ君だった。久しぶりの感覚だった。恥ずかしさが一気にこみ上げてきたのを今でも覚えている。

 以前、鳩原先輩から「烏丸くん相手に比べたら、他の人は緊張しないでしょ」という助言から大丈夫になったと思っていたらコレである。

 ネコ君は遥ちゃんに何か言われたのか、すぐに謝ってきたけど、私は恥ずかしさから、写真を撮り終わったらすぐに逃げてしまった。

 

「はぁ」

「どうしたのひゃみさん」

 

「辻君とかなら問題ないんだけどな……」

「え……」

 

「また音無のことか」

「あ、はい」

「大変だねー。でもこの前のランク戦でもオペレートは問題なかったし、戦闘とかだったら問題なかったんだからいいんじゃない?」

 

 二宮隊全員で作戦室の掃除をしながら私はネコ君を思い浮かべていると、二宮さんが私の思考を読み、犬飼先輩が気にする必要は無いと言う。

 確かにそうだし、個人的な問題だ。緊張癖が戻ったわけではないし、気にしないのが一番いいのかもしれない。

 

「失礼しまーす」

「あ、噂をすればネコ君じゃん」

 

 私は固まった。

 

「噂ってなんです? あ、コレ皆さんでどうぞ」

「今日はどうした。ウチに入ることにしたのか?」

 

 え!? ウチに入るの!? 既に誘ってるの!? 二宮さん私がネコ君で恥ずかしさを覚えたこと知っててやってるの!?

 

「いや、入らないです。氷見さんに相談がありまして」

 

 っ!? そして、私は逃げ出した。またやってしまった。どうにもネコ君相手だと鳩原先輩の助言が効かない。

 後から聞いた話だが、ネコ君が何しに来たのかは分からず仕舞いらしい。

 

 

 

 

 

◇ 東隊OP 人見 摩子の場合 ◇

 

 その子には似たり寄ったりだが色々な呼び名がある。音無ネコ。それが正式な名前だが、話題の人物と言うことで、話のネタは尽きないような子だ。ただ、私個人としてはそこまで関わりがあるわけでもない位置づけだ。

 同じ高校の1年生で後輩にあたる。クラスメートでオペレーター仲間の加賀美倫や、東さんが言うにはかなり良い子らしい。

 聞いた限りで最初に変わってると思ったのは、一人だけで隊を作ってる子だと言う事だ。聞いた瞬間、(可哀想な子?)等と思ってしまった。今ではその勘違いも解けているが、オペレーターが決まっていない上に一人で部隊を名乗るのは、痛いというか可哀想な存在かと思っていたのだ。

 迅さんや上層部が絡んでると聞いて、(それはそれで実験動物みたいで可哀想)だとは思ったが、東さんを通して菓子折りを持って来た時は(はー、良い子だなー……コアラとかも見習って欲しいわ)と思ったりもした。

 そもそも何で菓子折りなんて持ってきたかと聞いてみれば、入院してた時に色々オペレーターの子達からお見舞いの品を貰ったとか。そう言えば遥ちゃんが集めてたお見舞金に募金してたっけと思い出しつつ私は菓子折りを受け取った。

 一人部隊のこともネコ君なりに多少気にしているらしく、チームランク戦に出る時は自分で空いてるオペレーターを探さないといけないから少し大変なのだとか。シフトチェックして用意してあげなさいよ上層部……。私は連絡先を交換し空いてたらオペレーターをやる旨を伝えた。

 

 

 そんなネコ君がまた倒れたと聞いたのは、例のランク戦を観戦し終えた翌日のことだった。ネコ隊と二宮隊・生駒隊・香取隊の試合だ。一見イジメにも見える構図だったが、内容は圧倒的だった。ネイバーを想定しているためトリオン兵も使用されていたという異色な試合だったが、東さんの言っていた通り、サイドエフェクトが黒トリガー並みに厄介だと理解した。これはオペやる方も大変かもしれない。(相手の位置情報とかだけなら伝達できるか)等と、もし私がネコ君のオペをやった場合も想定しながら試合を見ていた。

 

 倒れたことによりそのサイドエフェクトの代償とも言えるものは大きく、使えば体が中からボロボロになってしまうという事を私は知った。東隊の作戦室で集まり私達は音無ネコについて話し合っていた。

 

「今後、ネコがチームランク戦に出てくるのは難しいだろうな」

「え!? もう戦えないんですか!?」

「俺はまだ個人戦でも戦ったこと無いな」

 

 東さんの言葉にコアラと奥寺君が悲観しながらそう返す。

 

「ボーダーも辞めちゃうんですか?」

「いや、あくまでもチーム戦が無理だということだ。アイツのサイドエフェクトは対多数には向いてないみたいだからな。今後は個人戦だけに絞るか、それとも新しい隊員を増やして負担を減らす戦い方になるんじゃないか」

 

 私達はその見解にほっとしつつ、またコアラたちは戦いたいと気持ちを持ち直した。スカウトで入隊して戦えなくなったら可哀想だもんね。

 

 

 

 しばらくして、体調もかなり良くなったらしいネコ君は東隊にやってきた。以前と同じ様に菓子折りを持って。

 

「こんちわーっす」

「あー久しぶり、身体はもう大丈夫なの?」

 

「大分良くなりました。これ、どーぞ」

「快気祝いに私達が贈りたいところなんだけど」

 

 相変わらずのようで私は苦笑を浮かべる。

 

「東さんいます?」

「今日はまだ来てないよ。どうしたの?」

 

「へ? あ、あー……今度の玉狛との試合の話でもしようかと思ってぇ……」

「……ネコ君?」

 

「え、えーと、MAP設定とかー、今度、そう、今度選ぼうとしたらどんなMAPにするかなーって……」

「……へたくそか!」

 

 今思えばこの子玉狛支部兼任だったわ。いや、それどころか言葉選びも支離滅裂だし、こんなあからさまなスパイがいるだろうか。私はネコ君の肩に手を置き、チームランク戦の意義が失われてしまいかねないので、優しくいけない事だと諭すのだった。

 

「情報を流すのも、聞き出そうとするのも?」

「いけないことです!」

「……何やってるんだ?」

 

 東さんは作戦室に入ってくると、正座したネコ君と仁王立ちする私を見て苦笑を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉狛支部に着いた。試合までまだまだ時間はある。迅さんに連絡を取った結果、牛丼と飲み物を人数分買って来た俺に抜かりはない。

 

「ようネコ君」

「こんばんは」

 

 迅さんに出迎えられ、俺は後に続いて進む。

 

「そろそろ教えてくれませんか?」

「ん?」

 

「電話でも教えてくれないし、会おうと思ったら会えないではぐらかされてばかり、何が起こるんです? もうそろそろ復帰できそうですよ? 『復帰できるぐらいのタイミングになると、ランク戦どころじゃない状況になる可能性が高い』って言ってたじゃないですか」

「完全に治ったら話すよ。ネコ君の未来は正確に視えないからどこまで話していいか分からないんだ」

 

 未来は枝分かれしている。不確定だから間違えることになるかもしれない情報は出せないということか。あーモヤモヤする! まぁ治るまでってことなら後2~3日だろう。美味しく蛍光色ドリンクを飲み続けよう。

 

 奥の部屋に入ると陽太郎とヒュースがいた。

 

 さぁ、玉狛第二の試合が始まる……その前に牛丼食おうぜ!

 

 

 





感想・誤字脱字報告等お待ちしております。


◇モテモテネコ
勘違いしちゃいけません。
友チョコや、日々の業務お疲れ様ですの意味合いがとても強いです。


◆ネコのぐだぐだ情報戦
影浦隊:菓子折り渡してコタツに入っただけで寝落ちしたら、狂犬に追われた。

二宮隊:菓子折りを渡すが対象に逃げられた。

東 隊:聞きたい事は聞こうとしたが、下手くそで優しく怒られた。




 ……そろそろネコが復活する模様。






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45 ネコと玉狛第二の敗北

あけましておめでとうございます。

春が来ましたね。

もう夏日が来てますね!

大変お待たせいたしております!

5ヶ月ぶりか。平成最後の投稿なのは確実ですね。




 

 

 

 はーウマかったー。最初に牛丼考えた人天才かよ。天才だよ。早い安い美味いの三拍子が揃ったこの食べ物に吾輩は満足である。

 さて、玉狛のモニターには本部の観戦室の大画面モニターの映像がリンクされており、試合開始を待つ状態である。

 

『B級ランク戦 ROUND4! 開始ギリギリになって申し訳ありません! 実況を務めます嵐山隊―――』

 

「あ、綾辻さんだ。忙しいのに大変だな」

「アヤツジという奴は何か特別なのか」

 

「綾辻さんがって言うより、嵐山隊はボーダーに新規入隊する人たちの受け入れとかの対応もしてるから忙しいんだ。他にも取材とか……あー、なんだろ?」

「市民との窓口的な役割をしてるからな。他の部隊より忙しいのは間違いないな」

 

 ヒュースの疑問に答えるが、『取材』で伝わらなかったみたいで、何と言えば伝わるか考えてると迅さんがフォローしてくれた。

 

 この試合の解説は風間さんと加古さんである。リンクモニターなので実況解説席側を映す映像は無いのだが、音声だけで加古さんから風間さんと綾辻さんへ1日遅れのバレンタインチョコ配布イベントが行われている事に少々違和感を覚える。

 

 

 

『転送まであとわずか! MAPは【市街地B】が選択されています!』

 

「―――このMAPの選択権はこの戦闘前の段階で最も低いランクのチームが持っていると聞いたが、他のチームは戦場に出るまでどこになるのか分からないのか?」

 

 リンクモニターには市街地Bが晴天で表示され、過去の戦闘で使用された映像が流される中、綾辻さんが市街地Bの特徴を会場の人たちにおさらいで説明する。そこでヒュースが何気ない疑問を口にした。

 

「いや、転送される少し前に伝わるよ。そこで各隊は急遽作戦変更したり、トリガーを変える場合もあるらしいよ」

 

 迅さんも頷いているのを見るに間違ってないようだ。ランク戦前を解説するって違う意味で難しいと感じる。

 

 

 

『4日目 夜の部四つ巴! いよいよ戦闘開始です ! MAP【市街地B】天候【雪】! 積もった雪は30cmほどでしょうか―――』

 

 しばしの説明があった後に試合が開始される。各員の転送位置はそのまま表示されるが、転送直後にバッグワームを起動する狙撃手たちと東隊に【BAGWORM ON】の表示がされる。改めて考えてみると気持ち悪いなこれ。戦闘に参加してるオペレーターさんからしたら、このバッグワームを起動してる人達の表示は消えてるわけでしょ。考え出したらきりが無いが、第三者として試合を見てると、見えるという事に慣れない感じで少し気持ち悪さを覚える。

 しかし雪か。ここで見てる分には面白そうである。あ、三雲君が映った。うーん移動が大変そうだなー。加古さんがMAPを選んだのは小荒井だと言っている。あのモヒカン風の子だっけ? 何回か個人戦で当たった記憶がある子だ。そこまで強くは無かった気がする。

 

『珍しく二宮隊の動きが鈍いようですが……?』

『いつになく慎重だな。東さんをよく知ってるだけに東隊が仕掛けた雪MAPの意図を図ろうとしているのかもしれない』

『雪は絶~~~っ対東さんの作戦じゃないわ。そんなことも見抜けないんじゃまだまだね』

 

「東さんと二宮さんって何かあるんですか?」

「元チームメイトだな。加古さんと秀次もいて元A級だったんだ」

 

 秀次って三輪先輩かな。ふーん、ほーん。そんなチームだと加古さんと東さんしか喋らないようなイメージがあるな。あ、でもオペレーターさんもいるか。

 チームって組んだり解散したりもあってやっぱ面倒なイメージしかないんだよなー。反省会とかで「ここはこう動けよ!」「なんだよおまえだって!」とか言ってケンカになるんでしょ? はーやだやだ。(個人の見解です)

 

 

 

 大きな放物線を描く炸裂弾が何箇所かに飛来する。オペレーターさんからのある程度の位置情報でゾエさんがリボルバー式のグレネードランチャーで撃ちまくっているようだ。建物や電柱が爆散していくが、ダメージを負った隊員はいないようだ。そして、ゾエさんの近くにいるのが二宮さんだ。当然、ゾエさんを取りに動き出した。

 

「おぉスタイリッシュアステロイドだ」

「普通の通常弾(アステロイド)と何か違うのか?」

 

「え? スタイリッシュなだけだよ?」

「……そうか」

 

 しかし、二宮さんに追われる形になったゾエさんと影浦隊の狙撃手以外は固まりつつあるな。綾辻さん達の実況解説だと乱戦になる上に、基本は玉狛狙いで得点稼ぎになるようだ。

 影浦隊は隊長のカゲ先輩だけの戦いになる様だが、加古さん曰く不利ではないらしい。カゲ先輩には狙撃も不意打ちも通用しないのだとか。

 

「……え? なんで? 狙撃効かないとかずるくない?」

「サイドエフェクトか」

「というかネコ君がずるいとか言うかね?」

 

 俺のことはいいんですよ。今はカゲ先輩の事だ。ヒュースがサイドエフェクトと言い当てて俺は思い出す。そういえばお好み焼き屋で感情がどーのとか言ってた気がする。『狙ってるぞー』って感情を読み取れるってことか。殺気的なやつかな。あ、でもそしたら俺の考えは読めないとか言ってたぞ。やったねネコ君、狙撃が通じるぞ。戦わないけどね。

 

『―――北添が二宮を釣り出している間にどれだけ点を取れるかだな。その条件は東隊も同じ、まずは獲りやすい点に狙いが集中する。狙われた玉狛がどう凌ぐかが見物だ』

「ひきょうな……! なんでみんなたまこまをねらうのか!」

「弱いからだな」

 

 否定できないけどバッサリだなぁ。陽太郎先輩がぐぬぬ顔であられせられる。

 

「むっ……!」

「この中ではタマコマが一番隙がある」

「おっなんだ? 詳しいねお前」

 

「おれがデータをたたきこんだからな」

「へぇ」

「……ヨータローには悪いが、他の部隊にくらべてタマコマは部隊の総合力で数段劣る」

 

「でもこのまえもさいごは勝った!」

「今回は敵の戦力もマークのされ方も違う。オレが見る限りタマコマに勝ち筋はない。逆にこれでタマコマが勝つようならこの組織の兵のレベルを心配した方がいいくらいだ」

 

「ぐむむ……」

「ほう、じゃあ賭けようぜ。玉狛が勝つか負けるか」

「……賭けだと……? 馬鹿馬鹿しい……。くだらない遊びはしない」

 

 おっと、迅さんの煽りが始まったぞ……。当然ながら俺だって玉狛に勝って欲しい気持ちは大いにある。でもなー。これまでの玉狛見て来たのと、解説を聞いた限りで考えると勝てないのは容易に想像出来る。勝つ可能性はあるにはあるんだろうけど、多分無理だ。せめて千佳ちゃんが人撃てたらなー。それだけで勝てるよ。でも撃たないとなると勝てないなー。せめて俺が各隊に仕掛けた情報戦が成功してればなー。……東隊の摩子さんに怒られただけなんだよなー。

 

「もし玉狛第二が負けたら、おれに可能な限りなんでも一つ頼みを聞いてやる。たとえば……おれが預かってるおまえのトリガーを返すとかでもいいぞ」

「……!!」

 

 あ、本部で管理してるんじゃないんだ。鬼怒田さん辺りが嬉々として調べてるのかと思ってたよ。でも賭けに負けたらヒュースはトリガー返してもらって暴れ出す……ことは無いか。かなり冷静な奴だし、一人でボーダー全員と戦って逃亡なんて無謀な選択はしないだろう。

 

「そのかわり、玉狛第二が勝ったら当然こっちの頼みを聞いてもらう。どうだ? 自信あるんだろ?」

「……よし! おれのおやつもたまこまにかけよう!」

「貴様……何を企んでいる?」

 

「何ってただの賭けさ。分が悪い賭けは嫌いじゃないんだ」

 

 いやー、ただの賭けじゃないわ。何か隠してるよこの人。サイドエフェクトにピリピリ来てるよ。玉狛が勝った場合の頼みごとが何か特殊な感じなのか。それか負けてもリターンがある何かが視えてるんだろう。汚い、流石迅さん汚い。でも逆を言えばヒュースにとっては分は悪くない賭けだ。ヒュースが信じるかは知らないけど、迅さんは状況が悪くなる嘘はつかないだろうし。ふむ……。

 

「ねーねー迅さん、それって俺も参加して良い賭け?」

「お、いいぞネコ君も玉狛だろ?」

 

「うん。玉狛が負ける方に賭けるよ」

「「!?」」

 

 陽太郎とヒュースが驚愕してるがこればっかりは仕方ない。迅さんも少々想定外といった顔を浮かべている。

 俺は負けるのが嫌いだ。ならば勝てる可能性が高いほうに賭けさせてもらうだけだ。

 

「おのれネコ! うらぎったのか!?」

「陽太郎よ。私は常に強い者の味方だ。今日の貴様のおやつをいただくのは私だ。さーて、おやつは何かなー」

 

「このあくまめぇ! しょうぶがつくまえにおれのおやつにてをだしたらゆるさんぞー!」

「……いいだろう。俺も乗ろう。そっちが出した条件だ。忘れるなよ」

「もちろん、さぁ応援だ」

 

 万が一億が一ぐらいの念のためだ。俺が賭けに勝った場合のお願い事はヒュースの立場が悪くなるようなら何とかするように使おう。大丈夫だとは思うけどね。一応ね。迅さんって何考えてるか分からない人だからね。

 

 

 

 そして玉狛第二は、各上相手に頑張ったとは思うが結果は……。

 

 

『ここで空閑隊員が緊急脱出(ベイルアウト)! 最後の刃は届かず!』

 

 一瞬ショックの表情で固まった陽太郎はソファーの上で悔しそうに暴れながら怒りの声を上げる。

 

「ゆるせん! みんなしてゆうまをねらいおって!」

「どーどー落ち着け陽太郎。さっさとおやつをよこせ」

 

「おにかおまえは! かりにもたまこまのブラックキャットだろう!」

「俺は故あれば寝返るのだ!」

 

 そんなやり取りをしている時、迅さんとヒュースもまた賭け結果の話をしていた。

 

「賭けはおれの負けだな。賭けの報酬はどうする? おまえのトリガー返すのでいいか?」

 

 迅さんは飄々としているが、賭けに勝ったはずのヒュースがお怒りの表情だ。

 

「どーすんの? トリガー返してもらっても今のところ持ち腐れになると思うんだけど、返してもらって暴れる? そしたら、戦わなきゃいけないわけだけど……」

「……分かっている。……報酬の話は保留だ」

 

 返してもらって暴れるのは困るなーやだなーって感じの俺の質問にヒュースは苛立ちの顔を浮かべ、迅さんを睨みながらそう言った。

 

「ん、分かった」

 

 あ、保留なんて手もあるのか。頭いいなー。俺ならどーするか悩んで無駄なお願いして終わらせちゃうかもしれない。

 つーか試合が動きもなく終わりそうだ。時間切れか。画面越しの解説の風間さんと俺の目の前にいる迅さんが言うには狙える駒がいなくなったのだとか。

 狙撃手の東さんは完全に姿を晦ませていて、カゲ先輩にはサイドエフェクトで不意打ちが決まりにくい。二宮さんは東さんと同じチームだったこともあり東さんを追うのがほぼ無駄だと考えている。カゲ先輩も雪のMAPだから機動力が低いらしい。雪か、試してみたいな。

 

「ネコ君はどうする?」

「へ? あー、俺も保留でいいですか?」

 

「了解~」

 

 試合のほうも終わり、総評に入っていた。玉狛第二を除く各隊の隊長だけが生存しての時間切れ。必ず最後まで死力を尽くして倒しきれってワケじゃ無いのは学校の運動部とかとは違うね。時間切れも作戦というか、普通に有りなワケだ。

 

『―――本当に部隊を勝たせたいなら『自分の成長』という不確かな要素だけじゃなく、もっと具体性のある手立てを用意する必要があった』

『それはつまり……『もっと自分の能力(レベル)に合った戦い方をしろ』……ということですか?』

 

『違う。隊長としての務めを果たせということだ』

 

 

 

 こうして今日の夜の部は終わった。モニターを消して飲み物を一口。ふぅ……。いやー、玉狛だけ見れば収穫は少ないようで結構あったと思う試合だったな。

 僕らのミクモンが即落ちさせられたのは逆に言えば警戒というか活かしておくと厄介だから真っ先に狙われたとも考えられなくはない。ポジティブに言えば毎回常に成長できるメガネと言えるだろう。

 そして、千佳ちゃんだ。二宮さんが言うところの土木工事の役割も今回は出来なかった。でも、ミクモンが落とされた直後に迷いもあったけど、それでも密集地帯に向けて撃ったのは少し驚いたわ。外れたけどね。当てれるように撃てるようになれば完璧だな。まぁ、そこは強く求めなくてもメガネ戦略で何とかできるだろう。土木工事結構じゃないか。地形を変えられるのはやっぱ強みでしょ。

 で、エースの遊真だけど、やっぱ安定して強いな。ネイバーだからって言うのもあるんだろうけど、戦い慣れと、ボーダーのトリガーの使い方というか発想がヤバイ。最後のやつも届かなかったけど、カゲ先輩の伸びるスコーピオンを真似様としたでしょ多分。三雲君も強くなってるし今後は遊真も楽に……いや、三雲君が完全にサポート役に徹すればいいんじゃないか? 例えば那須隊と来馬隊の試合の時みたいに最後は突っ込んで那須先輩にやられたけど、突っ込まないでいた時は割りと機能してたと思うし。……でも結局三雲君が狙われれば意味ないか。やっぱ三雲君も強くなるしかないのか。

 ……んーでも、それだと遠征選抜に間に合わないんじゃね? そこまで悠長にしてられないでしょ? だとしたら迅さんが何も言わないのもおかしい。何か強くなる方法があるんだなやっぱ。

 

 でも今回のランク戦での一番は。

 

「風間(さんかっけー)

 

 ってことだろう。マジ隊長の鑑だね。足りないのは身長だけだね。(ガタッ)おっと誰か来たようだ……なんて事はない。ふぅビビらせやがって、ヒュースが陽太郎のおやつを探しに立ち上がっただけだったぜ。しかしカッコいいなー。人としてデカ過ぎだわ。本当足りないのは身長だけ……おっと今度はマジ電話来たわ。誰だろ……って風間さん!?

 

「ひゃ、ひゃい音無です!! お疲れ様です(おちかれさまでち)!!」

『……なんだその反応は?』

 

 あぁ、電話越しなのに風間さんからジト目で見られてるのが分かる。でも風間さんの疑問に対しては何も言わない。俺は嘘が下手とか言う根も葉もない噂があるらしいから、一応、念には念を入れて何も言わないでおくのだ。

 

『まぁいい。明日、鬼怒田開発室長からも通達があると思うが、開発室に寄った後は時間を空けて置け』

「へ、へぃ。だ、誰を消せばいいんでしょう?」

 

『お前は俺をなんだと思っているんだ……今さっき忍田本部長と会ってな、お前に連絡を入れておくよう頼まれたんだ。明日行われる会議に出てもらうだけだ』

 

 会議? 公開処刑されるのかな? 脳裏に浮かぶのはドラマや映画で一人が寄ってたかって口うるさく怒られるシーンだ。う、頭が……。

 

「ワタクシ、マタナニカ、ヤラカシマシタカ?」

『またとは何だ。何もやってないなら堂々としていろ。テレビの見すぎだ。安心しろ。座って話を聞いてるだけでいいはずだ』

 

 なにやら今後の話をするらしい。もうすぐ復帰できるから俺も呼ばれたと。

 風間さんとの通話を終えると、迅さんに呼ばれて屋上に出た。迅さんからホットココアを淹れられたカップを受け取り、屋上のへりに腰掛けた。

 

「風間さんからの電話って明日の会議のことかな?」

「え、何で知って……あ」

 

「うん、前に話してた『ランク戦どころじゃない状況になる可能性が高い』って話の会議だ」

 

 まだ完治してないんだけど、会議でその内容が分かるって事か。いや、もしかすると明日行く開発室で完治報告が出るかもしれない。あの謎の蛍光ドリンクや薬ともおさらばであれば良い事だ。そこまで苦痛ではないけど、飲むなら普通の飲み物を飲みたい。

 

「お、メガネくん達が帰ってきたみたいだな」

「あ、本当だ」

 

 屋上から見下ろす道路に三雲君達を乗せてるであろう支部長の車が見えた。それを見ながら迅さんは話を続けた。

 

「さっきメガネくんから電話があってな。話があるらしいんだ」

「今日の試合のことですか?」

 

「多分そうだな」

 

 迅さんに聞くことね~? 戦い方とかなら師匠のとりまるではないのだろうか? 未来予知してもらうのかな? 迅さんが未来の結果を言うかどうかは別としてそれに頼るのも絶対に悪いというわけでもないだろう。迅さんが話してくれる人なら俺もガンガン聞いてること多いだろうしね。まぁでも多分違うな。迅さんに聞くこと、迅さんに聞くこと~? 本当になんだろ?

 

 

 

 そして、三雲君が屋上にやってくるのにそう時間は掛からなかった。

 

「お、メガネくん」

「お帰り~お疲れ~」

「お疲れ様です」

 

 悪い感じじゃないけど何か物凄い爆弾でも持ってそうな感じだ。その三雲君の表情もどこか硬いというか真剣だ。俺って居ていいのか?

 

「……話って何だ?」

「……迅さん。ぼくたちの部隊に……玉狛第二に入ってください」

 

 なにそれ超面白い!!

 

 

 

 






◆モニターに映るのは試合情報のみ

 多分そうでしょって思ってるんですけど。ランク戦を自分の作戦室や支部のモニターで見てる人たちは解説の声が限界だと思って書いてます。解説の声も届いてない可能性もあるとは思いますが、とりあえこれで行きます。


◇子供からおやつを要求するネコ

 形だけです。また来た時に倍以上にして返します。ネコはそういう悪者になりきれない中途半端な奴です。


◆『隊長としての務めを果たせということだ』

 風間さんがマジカッコいい。作品内で足りないのは身長だけと2回も書きましたが、これはあくまでもネコの考えです。私が思うに風間さんはアレで完成してます。完全体です。


◇なにそれ超面白い!!

 原作読んだときに私が感じた感想でもあります。チート迅さんが玉狛第二に入ったらヤバない? って興奮してました。


以上13巻までの内容でした。




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46 他人事なネコ

大変長いこと間が開きました。
お待ちいただいていた方がもしいれば本当に申し訳ありません。
今話の冒頭でもメタ発言として書いてますが、1年以上も開いてしまいました。

続けられる限り続けたいですが、どうなるか分かりません。
うまく頭が働かないんだなー。周囲の環境が変わることも多かったです。その周囲に付いていくのが大変大変。
最近ではコロナ問題によるストレス、自分の事でも分からない事が多いものです。仕事してても、ニュース見ても、休みの日に短めの散歩しても、ちょっとしたことでイラついてしょうがない。

はーーー優しい世界に転生したいなーーーー!

そんな作者の戯言でした。失礼しました。ではどうぞ。





 

 

 

 ……んはっ!? やばい意識飛んでた? なんか客観的に見ると1年以上意識が飛んでた気さえするが、メタ大丈夫みたいだ。……脳内で言葉を噛んだ。めちゃ大丈夫だ。自分でも何を言ってるか分からないけどとりあえず大丈夫だ。

 

 三雲君の話は蓋を開けてみれば結構重い話だった。というか俺もレプリカ先生から遊真の状態を聞いてはいたんだ。ただ、レプリカ先生がいなくなってその後、遊真とあまりにも普通に接してたから忘れかけていた。

 

 三雲隊は今日のランク戦で負けたことで、遠征部隊の選抜までにA級に上がるのが絶望的状況になった。この先の試合は負けられない。三雲君達が『今期はダメだった、来期で良いか』とはならない理由。それは空閑遊真に残された時間だ。

 

 迅さんが玉狛第二に入れば負けないかもしれない。未来が視えるサイドエフェクトを持っているし、A級隊員を複数相手に一人で互角に渡り合えるほどの能力を持ってる。あの時はブラックトリガー持ってたけど、大規模侵攻の時はノーマルトリガーでヒュースを抑えた。初見の相手、初見の敵の何をするかわからないトリガー相手に凄いことだろう。

 

 そして、迅さんは三雲君の話を聞いて答えを出した。

 

「……残念だけどおれは玉狛第二には入れない。俺には今他にやらなきゃいけないことがある。チームランク戦に参加するのはムリだ。すまない」

「ネコ隊なら抜けていいっすよ。そっちの方が面白そうだもん」

「え!? 迅さんは音無先輩のチームに入ってたんですか?」

 

「形だけになりそうだけどな。それでも俺はネコ隊のエリートヒラ隊員だ」

「個人的には迅さんは抜けてもいいと思ってるんだけどね。これから忙しくなるのは本当みたいよ?」

「迅さんがそう言うなら……無理なお願いをしてすみませんでした」

 

「メガネくん。あんまり自分を責めるなよ。レプリカ先生のことはメガネくんのせいじゃない」

「……空閑もそう言ってましたけど……レプリカはぼくたちを助けるために……」

 

「いやちがう。レプリカ先生がいなくなったのは、おれのせいだ」

「え……?」

 

 この時だ。俺が迅さんを信頼してもいいのではと思ったのは。今までは何か裏があるのではないかとばかり考えていた。自分だけが視える未来。その力で自分だけが良い思いをしているのかもしれない。もちろんそういう人じゃないのは分かってる。分かっているけど、この思考は迅さんに会う度に付きまとっていた。

 

 枝分かれしている未来。大規模侵攻の時も何通りかの良策が視えていたらしい。ネイバーの狙いが隊員の捕獲だと分かった時に、千佳ちゃんを逃がすことも出来たがそうしなかった。千佳ちゃんという膨大なトリオンの餌に集まってもらった方が、被害が減る可能性があったからだ。その結果、三雲君は病院送り、レプリカ先生もいなくなった。

 『俺のサイドエフェクトがそう言ってる』ってよく迅さんが言ってるけど、その感覚が俺にもわかる。俺の場合はサイドエフェクトが何も伝えて来ない時は嘘は言ってない、隠し事は無いということだ。だから迅さんがこのことをかなり深く重く捉えてるというのは本当の事みたいだ。大きな借りもあるって言ってるし。

 俺はといえばどうにも重い話とかは苦手で逃げたい気持ちから迅さんに質問を投げてみた。

 

「あ~……茶化すわけじゃないですけど、じゃあ俺は? 大規模侵攻の時、結構一人行動だったんですけど」

「ネコ君の事は本当に直接視えないから迷った。でも、周囲の状況から千佳ちゃんの次に狙われる可能性は高いのは分かっていたから、事前にネコ君と一緒に行動する予定の隊員さんを観察して間接的な未来を視て、捕獲されないように誘導したはずだ。不安にさせて悪かった」

 

 あー、これは俺も悪い。サイドエフェクトが使いこなせてないのだから。いまだに使いこなせてるか怪しいしね。

 

「あ、そうだもうひとつ。玉狛第二の戦力増強のことだけど」

「はい?」

 

「玉狛第二に入れるならおれより適任なやつがいる。そいつがチームに入ってくれるかどうか微妙だからあんま詳しくは言えないけど、自分の弱さを理解してなりふり構わずいろんな手を考えられるのがメガネくんのいいとこだ。今回も考えて探してみるといい」

「わかりました」

 

「んじゃ、がんばってね」

「俺も帰るかな。がんばってね」

 

「迅さん、ぼくはたしかに死にかけましたけど、それ以上に今まで迅さんに助けてもらってます。迅さんに貸しがあるなんて思ってませんから」

「メガネくんはそう言ううだろうと思ったよ」

 

 色々考えさせられるなー。てかさ? 俺が玉狛第二に入るっていうのはダメなのかな? まぁほぼダメだろうなー。鬼怒田さんの実験動物だもんなー。

 そんな自虐を考えつつ俺は帰宅した。

 

 

 

 

 

 さて、その翌日の事である。鬼怒田さんのいる開発室に行って検査をした結果。

 

「……むぅ」

「あの……悪くなってるんですか?」

 

 鬼怒田さんがデータを表示してるタブレットを見ながら唸る。あー、こんなシーンは医療ドラマとかで見たことあるよ。あれだろ? CTとかいう白黒のペラペラしてるアレに影が写ってるとか言い出すんだろ? 大体ガンなんだよね。腫瘍がー。とか言うの。白黒のアレで影なんてわかんねーよと思って今まで見てたけど、まさか俺がその立場になるとはね。いやでも鬼怒田さん凄いわ医療関係も分かるんだもん。そんな事を隣にいる寺島さんに聞いてみたけど、検査結果を医療班や検査機関に回してるだけで、ここにいるスタッフは医療的知識はほぼないらしい。

 

「身体はほぼ治っとる。明日にでも完治していそうな数値と見解が届いとる」

 

 じゃあ何で唸ったし。俺がジト目で鬼怒田さんを見るが、鬼怒田さんはどこ吹く風か、寧ろ俺を逆に睨みつけてくる。な、なんだし……?

 

「いいか、何度も言ってきたが、何度も言うこと聞かないから正直に言うが」

 

 そう鬼怒田さんが前置きをした瞬間に周囲のスタッフさん達は不自然なタイミングで距離をとる。まるでこの場から離れたいかのようである。……ははーん。この話、長くなる説教のようなタイプだな?

 

「あー……その話は置いといて、治ってよかったですねー」

「置いておけるか! 他人事か貴様!!」

 

 ……おかしいぞ? 何故かスタートボタンを押してしまったようだ。

 

「はぁ、まったく。いいか、『サイドエフェクトだと思われるモノ』だ」

「……はい?」

 

「お前の『騙しのサイドエフェクト』だと思われるモノはサイドエフェクトだとは限らないと言っとるんだ」

「……え、でも」

 

「相手を意識し、または攻撃手段に思考を傾けることで対象を変化させる。誤認識させる能力。言えば簡単だがな。強力な能力だが、数日前からやっとるトリオン能力の数値の話は分かるな?」

「えっと、少し成長してるのか増えてるんですよね。俺のトリオン能力」

 

「違う。いや、そうだが、そこじゃない。お前のトリオン能力値はボーダーの中でも平均か少し上ぐらいだ。その能力値でのサイドエフェクトの発現はおかしい。データとして知る限りネイバーの中でも異常……というよりもありえないことだ。トリオン能力値が特別高いというわけでもないのにサイドエフェクトが発現した。そんな特別な例が『音無 ネコ』という初めての存在ということも有り得なくはないが、やはりそこは異常だと捉えておくべきだ」

「だとしたらコレ何なんです?」

 

 俺は両手の平を見つめながら質問するが、鬼怒田さんは頭をガシガシと掻きながら答える。

 

「分からんから困っとる。身体はほぼ治っとる。その回復の速さも異常だ。本来なら最低でも後2ヶ月は掛かってもおかしくないレベルのダメージだった筈だ」

 

 正直、トリガー起動してない通常時に、痛いなー苦しいなーの感覚しかなかったから自分がやばいと言われてもよく分からなかった。説明されても上手く受け入れられず、指示通りに動いたり検査受けたり蛍光色のドリンクを飲んだぐらいだ。2回倒れた事で頭痛が来たら身体がヤバくなってるという認識を持てたぐらいだ。

 その後も黒い鼻血の事を伝えたり、この前の試合の後に一度死んだ可能性がある事も伝えた。滅茶苦茶怒られたけど。今後、無理して倒れた時に脳へのダメージなども起こりうる。起こった時には身体障害が残る可能性も伝えられた。脅さないでよー。色々考え事が多すぎて頭が痛くなるからー。

 

「でもサイドエフェクトを使いこなせてなくて、やっぱり騙してる情報をデータとして出しちゃってるなんてことも」

「もちろんその可能性もある。だが、お前は意識してサイドエフェクトを切って検査したんだろう?」

 

「そりゃー……そのはずですけど」

「使いこなせ始めているから、身体を騙し回復も早くなった。とも考えられる」

 

 あー、確かにその可能性もあるのか。自分の事なのに何が何だか分からなくなってくるな。

 

「まぁ今日はここまででいい。また時間をおいて来い。無理はするなよ。出来るだけサイドエフェクトに頼るな。……この後の予定は分かるな」

「あ、はい。会議室ですよね。行ってきます。失礼しました」

 

 

 

 

 

 会議室へ向かうがいつも通り少し早い時間帯。5分前行動どころかまだ30分もある。ココアタイムだな。自販機で温かいココアを調達し飲みながら考える。サイドエフェクトではないかもしれない。確かに聞いてたことではあった。高いトリオン能力を持っているからサイドエフェクトが発現する場合がある。高いから発現するわけじゃないけど、高くないと発現することはないという通説。俺も疑問はあった。でもあるんだからいっか。ぐらいにしか考えてなかった。

 トリオン能力を騙して多くカサ増ししてるからトリオン能力が高く、それ故にサイドエフェクトがあるのだ。いやいや、それはおかしい、前提として本来のトリオン能力は低いではないか。そんな卵が先か鶏が先かみたいな問答を頭で繰り返しても答えは出てこない。でだ、ここで俺の悪い癖が出てくる。思考の悪い方への偏りだ。

 

 改めて思うわ。本当に俺は役立たずだなー。猫に小判・猫に真珠・猫に金棒だわ。色々と違ったかもしれないけど、とりあえず自分で自分を振り返って見てもさー、すごい能力持ってても倒れたら意味ないじゃん? でも、この能力を使うためには無理しなきゃ使えないじゃん? でも、無理したら倒れて迷惑かけるじゃん? でも、迷惑かけちゃうんでボーダー辞めますって実家に帰るのも逃げ帰るみたいでカッコ悪いし、まずサイドエフェクトかも不明な能力を持ってる人材が出す辞表なんてモノが通じるかって話じゃん? 現に最初の頃、口頭で話した時は止められたしね。じゃあボーダー続けるしかないじゃん? そもそもさ、サイドエフェクトであってもなくても、騙すことに変わりないじゃん? 多分だけどそうじゃん。そしたらさ……。

 

 あ、ヤバイ……。ダメだろ。ダメなことに気が付いた。あーあー……これだから自分のことが嫌いなんだ。思考が悪い方へ悪い方へと止めどなく加速していく、流れていく。もう滝だ。止められない。

 

 

 

 ボーダーに入ってすぐ開発室通いになった時、ボーダーを辞める話を出した時、鬼怒田さんはすぐに特別手当の申請書を出してきた。あの時、何で一瞬で良い方向に話が進んだのか疑問に思った。

 

 ―――自分に都合が良いように騙したんじゃないの?

 

 B級に上がってすぐに那須隊と合同で防衛任務に就いた。オペレーターの小夜は男性不振というか苦手としていた。でも防衛任務から帰ってきたら大丈夫になっていた。クッキーの差し入れをした程度で人間はそうまで変われるだろうか。

 

 ―――あぁ、騙すの簡単だったよな?

 

 社交辞令程度で一人暮らしの男の家に会って数時間の女性がやってくるだろうか。

 

 ―――いつも通り騙したんだよ。

 

 俺みたいな生意気な奴を誰もが受け入れてくれているけれど、そんなことがあるだろうか。

 

 ―――全員騙したんだよ。この能力がないと音無ネコなんて存在は無価値なんだよ。

 

 

 

 あぁ、あの時だって、あぁ、あの時も、思い出しては『本当は違う』『それはあり得ない』と過去の出来事を否定していく。有り得ない。自分は好かれるような人間ではない。では何故そんな過去が有り得たのか。

 

 ―――だましたんだろ。お前が。 

 

 

 

 

 

「……なし! 音無!? おい!」

「……へあ? あ、風間さん。お疲れ様です。あれ、凄く伸長伸びましたね。え、ソックリさん?」

 

 どこかから駆け寄ってきた風間さんに肩を叩かれ、意識を向ける。気付けば俺の頭は風間さんの腰元ぐらいの位置にあった。見上げるとかなりの身長差である。

 

「……お前がうずくまってるからそう見えるだけだ。大丈夫か? 医務室に行くか?」

 

 気付けば俺は通路でうずくまっていた様だ。風間さんも俺が冗談で言ってるのではなく本気でそう思っていたと判断し、膝を付き熱などがないか俺の額に手を当ててくる。

 

「え? あ、あー……大丈夫です。ん? あ、ほら! ココア飲んで酔って座ってただけですから!」

「ココアで酔えるのか? 通路に座り込むか? ……何があった」

 

 ……何があったんだろ? 何で俺ココア缶持って座り込んでたんだろ? 分からないから。何も言えない。俺は「本当に何でもないです」と言って立ち上がり、風間さんの前で跳ねて「ね?」反復横跳びして「ね?」回転したりしてみて「ね?」と言ってみるが、それでも睨んでくる風間さんに覚えてる限りの事を話すことにした。

 

「えーと、鬼怒田さんのとこ行って、まだ会議まで時間があるから、そこでココア買ってそこの椅子に座って飲んで、気付いたらここで風間さんに肩叩かれてました」

「話に聞いてはいたが、また意識が飛んだのか」

 

 意識が飛ぶ? あー、何回かそんなことがあった様な話を聞いたことがある。でもそれはサイドエフェクト使い過ぎの時期だったからでしょ? 今はむしろ戦闘系は休業してるし、さっき鬼怒田さんからほぼ治ってると言われた。なんでやねーん。

 

「お、風間さんにネコ君。お疲れ」

「迅、音無は大丈夫なのか?」

「大丈夫ですってー。ほらココア飲んでますし、鬼怒田さんからもほぼ治ってるって言われましたし」

 

 迅さんが本部にやって来て時計を見れば、もう会議まで数分だった。

 

「何があったの?」

「音無がまた―――」

「あ! 会議に遅れちゃいますよ! さぁ行きましょう!」

 

「はぁ……会議の後で話すぞ」

「はいはい~♪」

 

 覚えてたらね! 会議の後に速攻で逃げよう速攻で! 面倒な説明なんて上層部だけで良いんだよ。携帯への連絡は「気付きませんでした」で、次に会った時には「あ、忘れてました」でやり過ごそう。

 

「ふむ……ネコ君が会議の後逃げる未来が視える」

「ファッ!? な、何を言っとるのかね?! しょ、証拠でもあるのかね?」

「……音無」

 

 そんな目で見ないで風間さん……。そっか、迅さんは風間さんを視て判断したのか。ビビったー。はぁ、迅さんにはこの前強く言われてるからなぁ。そうだよ。そもそもがいつも通りじゃダメなんだ。報告するように言われてるんだもんな。

 

「すみません、つい癖で……」

「よしよし。あ、そうだ風間さん。昨日もネコ君と一緒にいたんだけどさ、その時にウチのメガネくんに玉狛第二に入らないかって誘われたよ おれ」

「おまえをチームに誘った……? まったく豪胆というか強欲というか……」

 

 メガネくんに関する雑談をしながら俺たちは会議室へ向かうのだった。

 

 

 

 

 






もちろん感想あればありがたいですが。
もし批判とかあれば優しめでお願いしたいです。趣味で書いてるだけだから心は簡単にへし折れる事を自覚しました。


◆完治目前なネコ
 本当でござるか~?

◇サイドエフェクトなのか再び検証すべき?
 作中で何回か書いてましたがネコのトリオン能力はそこまで高くありません。
 最初考えてた未来が枝分かれしてて、どっちに行くか分からない。俺のサイドエフェクトが言ってる。

◆完治と見せかけてか~ら~の~
 ネコは生意気な奴ですが心は割と脆いです。思考は基本的にネガティブ寄りで、周囲が甘やかしてればある程度保てますが、、、


では、また次回。 ノシ




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47 何気なく復帰するネコ


 コホンコホンッ あー怠いなぁ……あれ!?
『体調崩して今爆発的なあれかと思い病院行って検査したら陰性だった。ただの風邪だったようだ』
 という経緯があり、想定外の時間が出来たため、少し書けてかなり久々に投稿。

 誰が掛かってもおかしくない状況で、軽い風邪だろうと思っていたような症状でも、検査したら陽性でしたなんて事もあり、怖い世の中になってしまいましたね。私はワクチンもまだ打ててない状況ですが、これっていつ収束するのか、収束せずに変異に変異を重ねて人類が激減なんて事になるのか不安が尽きませんが、ショータイムってことで日本人がアメリカの大リーグで活躍中ってニュースでよくやってますよね。アレ見るとマスクせずに満員かな? ってぐらいお客さん入れて試合してるの見ると、「あ、これなら日本もそのうち大丈夫になるかも」なんて楽観視もしちゃう。情報に左右されまくっちゃうんだよなー。。。





 

 

「おつかれさまでーす」

 

 軽い挨拶で迅さんを先頭に入った会議室。室内には城戸司令、忍田本部長、沢村さん、冬島さん、太刀川さん、嵐山さん、東さん、三輪先輩が既にいた。迅さんと風間さんが席に座り、俺は冬島さんの隣で一緒に壁に寄り掛かることにした。

 

「揃ったな。では、緊急防衛対策会議を始めよう」

「忍田本部長」

 

「……音無」

「はい?」

 

 城戸司令の制止の声に忍田本部長は(またか……)という感情を隠した後、俺に顔を向けてくる。俺は忍田さんに手招きされ、忍田本部長の横に向かう。すると、移動して分かったが、そこには小さめの椅子がありここに座れとのことだ。まぁ立ってる人もいるし? ありがたいんですけど、もう少し広い会議室用意しなさいよ。城戸司令は何で俺に優しいのよ。

 つか、サイドエフェクトが更に良くなってるのか知らんけど、今までは「何か隠してる」ぐらいしか分からなかったのが何を隠してるのか感情も少しわかってきたな。それでもさわり程度しか分からんけどな。

 

「……では本題に入らせてもらう。先日の防衛戦で捕虜にした元・黒トリガー使いエネドラから『新たに近界からの攻撃が予測される』という情報を得たと開発室から報告を受けた」

「え? ……ん? エネドラって前髪ぱっつんスライムですよね?」

「あぁ、ネコ君が対応した敵だな」

 

「死んでましたよね? あれ? ボーダーって蘇生魔法とかも使えるんですか?」

「すまない。音無には伏せていたが、トリガー技術によって今は」

こういう状態(・・・・・・)になって情報提供を促してるの」

 

 沢村さんが操作しているパソコンにエネドラがラッドになっている画像を表示させ俺に見せてくれる。黒くて角のあるラッドである。この角が脳とつながっていた事などから人格とある程度の記憶が残っているラッドになったそうな。わーぉ……人体実験じゃん。

 

 風間さんが言ってた通り、会議は本当に聞いているだけで良かったみたいだ。今回の会議内容を俺なりにまとめてみると、この前攻めてきたアフトクラトルに従属しているガロプラってところと、ロドクルーンっていうところが攻めてくる可能性が高いらしい。迅さん曰く、ボーダーの人間も街の人たちも攫われたり殺されたりって未来は視えてないらしい。ここ数日俺が迅さんに接触をしようとしても居なかったのはそれらの未来をぶらぶら視に行っていたからということみたいだ。

 アフトクラトルみたいに大規模に仕掛けてこない。攻める事が目的じゃないって可能性があるわけで、東さんや風間さんの見立てだと、ボーダーの技術や情報、捕虜になってるヒュース奪還か処分が考えられるらしい。処分って怖いこと言わないでほしいよねー。

 で、今回の事は出来る限り市民の方々には秘密にする『対外秘』にするそうだ。短い期間でまた攻めてきたって市民に知られると不安感などからボーダーへの批判だとか遠征行かずに残って守っていてほしいなどの声が強まって遠征計画が頓挫してしまうことも有り得るのだとか。それはボーダーとしても三雲君達も困るんだろうな。じゃあ俺もがんばるぞい。

 そして、会議は終わり。

 

 

 

「じゃ、お疲れっしたー、ぐぇっ」

「待て、お前は話があるだろうが」

 

 Bダッシュで会議室から逃げようとする俺の後ろ襟を風間さんが掴み椅子に座らせた。

 

 

「何かあるのか?」

「ここに来る前に音無の意識がまた飛びました」

「公開処刑ですか!?」

 

 風間さんがまだ会議室を誰も出てない状況でそう発言する。会議の後に話すって言ったじゃん!

 

「逃げようとしただろう」

「い、いやー? 基地内のトイレのトイレットペーパーを補充しに行こうとしてただけですよ~? そ、それに今のは声に出してないでしょう!?」

「せめてトイレに行こうとしたと言えよ」

「はっはっはっ バレバレだなー。しっかしお前も治りそうで治らないなー」

 

 太刀川さんが俺を笑いながら、早く治してランク戦をと言ってくるが、城戸司令がその鋭い視線で太刀川さんを黙らせる。

 

「沢村君、音無のレポートを」

「は、はい」

 

 そして俺は、忍田さんの指示で沢村さんが表示させたPC画面を見せられつつ、これまでの異常な行動や、症状を確認させられつつも、これ以外にもあるのか、間違いがないかの確認を取られた。しっかし、こうやって俺の異常が出た時の行動履歴を見せられると、ここまで酷かったのかとも思ってしまう。いろんな隊からの報告や目撃情報からの内容の様で、重複して報告のある場合は何月何日〇〇隊〇〇隊で同様の報告有り。というように羅列されている。他人の事見てないで自分の事見ろよ。まぁ俺は自分の事見てなかったからこうなってるんだけどな!

 

 

 

 

「なにはともあれ通達は以上だ。各員準備にかかってくれ」

「さあ仕事だ仕事だ。お先~」

 

 冬島さんがそう言って真っ先に退室していく。俺も早く帰りたいなー。なんて思いながら俺の個人情報の載っているパソコン画面から視線を出口に向けると、三輪先輩が無言で退室しようとしたところで太刀川さんと迅さんが声をかけに行った。

 

「よう三輪、なんか前よりすっきりした顔してんな」

「髪切った?」

「……」

 

うわ、良くない空気。ちょっと前の遊真の黒トリガー強奪の時の事を色々思い出すなぁ……。パソコン画面を見ながらチラチラとそっちに意識が行ってしまう。っと東さんも参加した。

 

「秀次、久しぶりだな。ちゃんと飯食ってるか?」

「大丈夫です」

 

 あらま、あの子ったら東さんには好意的だわぁ。焼肉にも誘われてるわぁ。東さんの横にいる沢村さんなんてそれを聞いてて涎垂らしそうにあわよくば私も連れて行けと目で訴えかけてるわぁ。しっかし何で東さんには……あ、元同チーって言ってたか。まぁ少しだけど和らいだからいっか。

 

「あ、沢村さーん、この日も意識飛んでたんですか?」

「ネコ君の事でしょ!? 何で私が意識飛ばしてたみたいな言い方するの!?」

 

 焼肉の話からこちらにダッシュで戻ってきた沢村さん。ごめんなさいねー。吾輩の報告が長引いてしまって。本当だったら音も無く真っ先に退室していたのは俺だったはずなのに。音無だけにね! まぁこれで終わりだからいっか。よし、終わった。

 てかさ? 俺はよ? 話したでしょ? 報告もしたでしょ? もういいでしょ? 帰るよ? 帰っていいんだよね? あ、そもそもさぁ(がんばるぞい)って思ったもののさ。

 

「そもそもなんですけど」

「どうした?」

 

「俺って会議にいらなかったと思うんですけど? 」

「それは」

 

 忍田さんが迅さんに確認するように視線を送る。

 

「何回か言ってることだけど、ネコ君の未来が一番不安定だからだよ。もちろんネコ君がサイドエフェクトを意識的に切ってるときに視させて貰ったりもしたけど、それでも不確定であっちこっちに出没してる様に視えたし、今回みたいに作戦とかを事前に伝えておけば逆に特定しやすくなるだろうってなってね」

 

 おいこのエリート今なんて言った? 意識的に切ってる時に視たって、最近だと検査の時とかぐらいだぞ? その場に迅さんがいるとは聞いてない。つまりだ、俺が迅さんを探してた時にこのエリートは俺を逆に監視してったってわけだろ? 一声掛けてくればいいじゃんよ。そうすれば俺が迅さんを探す必要もなかったでしょーよ。がるるるるー。

 

「忍田本部長、B級の勤務予定と照らし合わせて動かせる部隊をピックアップしますが音無は組み込まない方がいいですか?」

「音無については迅から保留とされている」

「ネコ君は出来れば本部待機で、それか玉狛支部に配置してほしいんですよね」

 

「玉狛? 敵の目的は分からないと言っていただろう」

「ネコ君が玉狛預かりの捕虜の近くにいるのが何度か多めに視えてるんですよ。個人的には本部待機が良さそうかなー」

 

 ヒュース? まぁ一緒にいても別に構わないけど、どう視えているのかによらないか? この話し方だと本部で問題なさそうだけど。

 

「そうだな……では音無は本部待機で、問題が無さそうであれば本部防衛のシフトに参加可能なようにしよう。こちらとしても手数が増えることに越したことはない」

 

 というわけで、俺は忍田さんの指示によって本部でゴロゴロしていることになった。ネコの手でも借りたい時は言うがいいさ。お呼びとあらば即参上である。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、その次の日。俺はというと体調面では完全復活したということで、監視された上ではあるが個人戦に復帰することになった。1日に行えるのは5本勝負3回までという制限付きだが、俺からしたら多すぎるぐらいだ。ちゃんと監視できる人材と一緒に行動するように言われ、今日は東さんが付いてくれてる。

 

「なんかスミマセン」

「いや、俺もお前が個人戦に戻れるとは思ってなかったからな。嬉しい反面、心配だし空いてたから気にしなくていいさ」

 

 さぁ個人戦だ! とは言っても俺から仕掛けることはない。『音無ネコの個人戦相手は既に予約で埋まっております。辻斬りはご遠慮ください。』そんな沢村さんお手製のメッセージボードを首から下げつつ、対戦相手が来るまで個人戦ロビーで東さんと一緒に大型モニターをボーっと見てる。周囲のC級たちから遠巻きにネコだネコだと言われているがこのボード見ろよ? 襲い掛かってくるなよ?

 そして、待つこと数分後、対戦相手が防衛任務を終えたのかやってきた。

 

「東さんお疲れ様ですっ!」

「ぉわっ!? びっくりした~……」

 

 いきなりの真横からの声量にビクりと跳ねた俺は、声の主の方に向き直る。

 

「来たな。ネコ君、彼が今日の対戦希望者の」

「弓場拓磨だ。初めましてだなぁ音無ぃ……」

 

 切れ長の目に眼鏡。7:3オールバックにした黒髪。高身長。分かる? 威圧感凄いの。城戸さんが組長だとすると、この弓場さんって人は若頭とかそんな感じに思えてくるの。分かる? 一瞬で判断したね。怖いって。だからこそしっかりしないとヤラれると思い。きっちりしっかり挨拶。まずは挨拶。

 

「お、音無ネコです! よろしくお願いします!」

「おい音無ィ……」

 

「は、はひぃ……?」

 

 弓場さんは目元を歪めて俺を見下ろす。何か知らんが終わった。殺される。そんぐらいの恐怖感。何が琴線に触れたか知らない。嫌いな声だったのかもしれない。嫌いな顔だったのかもしれない。何か分からないけど、挨拶の段階でキレさせてしまったらしい。隣の東さんに助けを求めようとしたその時。

 

「良い挨拶じゃねぇか。やっぱり噂は当てにならねぇな。 自分の目で見ねぇとソイツの本質ってモンは分からねぇモンだ」

「こういう奴なんだ」

 

 東さんが「ははは」と俺の肩に手を置く。……ぁ、あ-ーーー…ビビったー! 怖ぇよ! やめろよ! つまり曲がったこと嫌いな硬派な型の人間ってことだ。コッチがしっかりしてれば良い人でいてくれるというわけだ。

 弓場さんの言う噂って言うのは、卑怯で生意気な奴というところを聞いていたらしい。卑怯って言うのはサイドエフェクトの事だろう。かすり傷でも一発ベイルアウトって聞けば確かにそうだろう。絶対ではないけどね。生意気というのは出水先輩やカゲ先輩に言われることはあるが、そうは言いつつも良好な関係を築けているから、伝言ゲーム的に広まる中で齟齬が生まれているのだろう。俺は生意気ではありません。事実無根であります。

 

「じゃあ5本勝負で良いな?」

「ッス!」

「はい」

 

 東さん監督のもとそれぞれのブースに入り対戦である。東さんも同じ対戦ルームに入り、審判的な立ち位置で高台に陣取る。

 ガンナーという表示だったし、弓場さんの両腰にはリボルバー銃らしきものがあったから近中距離の戦い方ってことだろう。

 久しぶりの対戦だ。ゆっくり慣らして上げていこうと思ったら、2戦まで速攻でボッコボコに穴だらけにやられた。手も足も出ないとはこのことだ。西部劇とかで見ることのあるアレだ。クイックドロウって奴だ。侍で言うところの居合切り。

 1戦目で思い出したことだけど、この弓場さんって人は、桜子ちゃんから借りるランク戦のデータや個人戦のログデータによく出てる人だ。解説の音声データはない試合ばかりだったから分かり辛かったけど、近・中距離で高火力の人だ。シールド張っててもお構いなしでブチ破る火力は驚いたものだ。

 徐々に対処しようと思いつつ、2戦目の俺は弧月を持ち出していた。距離を取って弧月の旋空を放ったら弓場さんは避けずにリボルバーの引き金を引いた。何故か俺の旋空は届かず、弓場さんの銃撃だけ届いた。マジかよ。届かない上にこっちはもっと距離離さないといけないの? ……仕方ないなぁ。

 サイドエフェクト使いまくることになるから使ってなかったけど、結局は慣れたシュータートリガーの方がいいと思い3戦目からはシューターに変更である。結果は2-3で俺の負けである。

 

「音無大丈夫か?」

「これぐらいなら大丈夫です。自分のトリオン能力分だけで済んでるので」

 

 そう、自分の能力分を超えると自分に負荷がかかる。超えないならば個人戦とかでも余裕なわけだ。もちろん基地外でトリオン使うなら減るだけだが、個人戦ブースやチームランク戦、模擬戦ルームなどであれば疑似的にトリオンを自分の分量を使ってるから問題ない。自分の分量以上を使える俺だからこそ自分の分量を超えないようにしないとトリオン切れやトリオン体解除にならないからヤバイわけだ。自分の分量分を使ったらその後は、サイドエフェクトで前借をしていってまた倒れる道を歩むことになってしまう。

 

「弓場もお疲れさん」

「ッス!」

「お疲れ様です」

 

「音無、お前が卑怯だと言われている理由は分かった。まさかシールドをすり抜けるとはな。だがそれもお前の力だ無視していい。またやろうぜ」

「あざっす! まぁ最初からこの力使ってれば余裕でしたけどね! リハビリに付き合ってもらってありがとうございました!」

 

「お前が生意気だって言われてる理由も分かったぜぇ……(ピキピキィ)」

 

 あれ!? 礼儀正しく感謝したよね!?

 

 

 





◆お呼びとあらば即参上。
ボーダー旋風ネコライガー。
メディア対策の一環として根付さんがボーダーでアニメを作ろうとしてボツになった企画があったとか無いとか。まぁ無いんですけどね。

◇制限及び監視付きで個人戦に復帰するネコ。
『ダメ辻斬り、ゼッタイ』『イジメ、カッコ悪い』等々メッセージボードの余白には色々書かれてるらしい。ちなみにこの個人戦の後は焼肉に連れて行かれる。やったね。



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