俺がポケモンマスター (てんぞー)
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カイナシティ

 ゆっくりと、雲が流れて行く。

 

 欄干に腰かけるように体重を乗せながら、背後に広がる大海原へと視線を向ける。大海原へと視線を向ければ悠々と泳ぐ水のポケモン達の姿が見える。その中でもひときわ目を引くのがホエルコとホエルオーの群れだろう。超巨大なポケモンで有名なホエルオーが集団となって泳いでいるのだ、圧巻と表現できる光景がそこには広がっている。友好的なホエルオーの群れなのか、此方へと視線を向けてきたホエルオー達は勢いよくしおふきで挨拶をしてくる。それに返答する様に、此方も被っていたボルサリーノ帽を取り、軽く頭を下げてから被り直した。まぁ、あのホエルオーがなぜあんな行動を取ったのかは解る。彼らは野生のポケモンだ。

 

 彼らには敬意を抱くべき存在がある、それだけだ。

 

 静かにホエルオーが敬意を払いつつも下がって行く姿を眺めながら、軽く欠伸を漏らす。ホエルオーの姿が見えたという事は、大分ホウエン地方に近づいて来たのだろうか。未だに大海原にはホウエンの大地が見えてこない。さっきまで部屋の中で眠っていたのに、暖かい春の陽気に当てられて、大分眠くなってきてしまった。まぁ、船旅というものは大体暇な時間の方が大きいのだ。眠くなるのも仕方がないという話だ。しかし毎回、船に乗る度に眠い思いをしている気がする。

 

 まぁ、自分の人生を振り返れば、常にマグロの如く走り回ったり、鍛錬してばかりの人生だ。一か所にとどまるというのは予想以上に眠気を誘うのかもしれない。改めるべきなのかもしれないが、時間は待っていてくれない。のんびりしている間に状況は動くのだ。そう考えるとどうしても体を動かしたくなってくるのだ……ある意味、マグロで正しいのかもしれない。

 

「しゃぁねぇ、もうひと眠りでもすっか……?」

 

 そう思ったところで、聞き覚えのある音が少し離れた位置から聞こえてくる。今現在は大型客船の二階外周部分、その欄干に寄りかかる様な形で時間を過ごしていたが、その更に上、広場部分から音が聞こえてくる。自分が実によく知るその音に耳を傾け、そして良い暇つぶしになるだろうと判断し、音源へと向かって歩いて行く。欄干に沿って通路を歩けば、上へと続く白い階段が見える。それを上がって、階層を二つほど上へと移動すれば、オープンデッキへと到着する。スタジアム程ではないが、それでも広大なスペースを保有しているのはポケモンバトルをする為であり、金持ちの多くはポケモントレーナーであるという事実があるからだ。

 

 なにせ、ポケモントレーナーは儲かる、勝てれば非常に儲かる。勝てれば、という前提があるが。それでも大規模な大会では優勝賞金は余裕で数百万から数千万というレベルに到達する。そしてそれだけの金額がポケモンの育成、企業への還元、育成環境の構築等で消費されている。なのでポケモントレーナーは金遣いの荒い職業であり、プロのトレーナーであれば一財産築くのも難しくはない。その為の配慮を高等遊民向けの施設に組み込むのは決して間違いではない。そういう訳で、この客船にも無論、ポケモントレーナーに配慮したバトルフィールドが用意されている。

 

 上へと上がっただけでそれが見えてくる。バトルフィールドの上では二人のトレーナーが相対しており、中央にはポケモンが二体存在している。どちらも原生種だ。相対するのはピカチュウであり、ハヤシガメ。電気タイプのピカチュウと、草タイプのハヤシガメでは相性が見えている。

 

『見た感じ、レベルはピカチュウが21、ハヤシガメの方が20でほぼイーブンというところですね』

 

「解析、早くなったな」

 

『ずっと一緒にいますから、そりゃあ覚えますよ』

 

 くすくすと笑う声をボールから聞きつつも、くり広げられるバトルを見る。ピカチュウが正面からハヤシガメへと接近し、電光石火を繰りだし、それを受けたハヤシガメが耐えた所から至近距離ではっぱカッターを繰り出す。それを受けて吹き飛ばされたピカチュウはぼろぼろになる。やはりレベルが低いと耐久力も低い。

 

「レオン!」

 

「そんな雑魚潰してしまえ!」

 

 トレーナーの心配する声にピカチュウが奮起し、立ち上がる。素早く繰りだしたでんきショックを受けてハヤシガメは一瞬だけ怯むが、直後にはっぱカッターがくりだされ、ピカチュウを吹き飛ばし、倒す。そのままピカチュウは起き上がらない。瀕死の状態になっているからだ。勝負は付いた。ピカチュウのトレーナーらしき若い少年と、ハヤシガメのトレーナーの若い少年は二人とも姿がスイミングトランクスだが、何処となく身なりの良さを”気配”に感じる。どっちもそれなりのボンボンかねぇ、と十歳前後の二人の少年を眺めていると、ハヤシガメのトレーナーの少年がピカチュウのトレーナーの方に近づいて行き、

 

「やっぱ進化させてないピカチュウなんて雑魚だな! タイプ相性さえも見極められないんだから駄目だよお前! ピカチュウがかわいそうだしトレーナーなんてやめちまえよ!」

 

「う、だ、だって……」

 

「勝ちたかったら進化させるか相性をもっと良く考えろよ!」

 

「う……うん……」

 

「まぁ、ピカチュウなんて種族値が腐ってる雑魚を使っても勝てないけどな。勝つためには強いポケモンを使わなきゃ勝てないんだ」

 

「それ、カリンがガチギレしそうな言葉だよなぁ……」

 

 まぁ、流石にこんな間違った考えを持って育つのは心苦しい。溜息を吐きながら前に出る。一応は有名人だ。帽子を深く被って顔を隠すように前に出る。白いロングコートが軽く海風に揺れ、それが横を抜ける人の視界に映り、此方へと視線を向けられる。何人かが此方の姿を見て軽く動きを止めるのは、自分が誰であるのかを把握してしまったのからだろう―――サニティチェックをどうぞ。ともあれ、軽く二人の少年の間に立つように割って入る。

 

「まぁ、ちょっと落ち着きなされ少年よ。この超偉いお兄さんが一つ授業してやろうじゃないの」

 

「うるせぇよオッサン!」

 

「お、オッサン……」

 

 地味にショックな言葉だ。いや、恰好は、こう、若干イケてる中年? をイメージしているし実際は28になってるし? オッサンと言えばオッサンなのかもしれないが、肉体的にはピーク時、つまりは二十歳前後の状態をキープしているし、今でも外見年齢は18と間違われるこの俺がオッサン、だと、

 

『子供の言う事ですよ……』

 

 まぁ、そうなのだが。

 

 とりあえず、ポケットの中に適当に突っ込んである”げんきのかたまり”を取り出し、それを抱きかかえられているピカチュウの口の中に押し込み、食べさせる。直後、今までボロボロで元気のなかったピカチュウが目を開き、そして元気になる。その視線はすぐさま此方へと向け、頭が軽く下げられる。可愛らしいそのピカチュウの頭を撫でる。

 

「ま、最初に何を言おうが聞きやしないよな。良し少年。今から俺がこのピカチュウを使ってお前のハヤシガメを倒す。倒せたら俺の講義に強制出席して貰うぜ」

 

「え―――」

 

 ただし、と付け加えながらもう一度ポケットの中に手を突っ込み、そして今度は手の中に飴玉を五つ取りだす。緊急の瀕死回復、戦力調整用に何時も持ち歩いているものだ。それを見た瞬間、文句を言おうと口を開いていた少年の動きが止まる。

 

「俺に勝てたらこの”ふしぎなあめ”を五個やろう」

 

「おー、やるやる! またピカチュウ如きぼっこぼっこにしてやるよ! 来いハヤシガメ!」

 

 報酬に釣られた少年がハヤシガメを連れてフィールドの反対側へと移動し、そしてそこでかいふくのくすりをハヤシガメへと使い始める。あのレベルだったらいいきずぐすり程度で十分だろうになぁ、と苦笑しながらピカチュウを抱いている少年へとすまないね、といいながら視線を向ける。

 

「いやぁ、悪い悪い。余計な事だと解ってるんだけどお兄さん。お兄さん! お兄さんな! は、ちょーっとピカチュウに対して思い入れがあってね、雑魚扱いされるのは許せないものがあるんだよ。まぁ、そんな訳で少しだけ、ピカチュウのレオン……オスか、レオン君を借りるよ」

 

 笑顔を浮かべてそう言うが、少年は不安そうな表情を浮かべ、

 

「む、無理だよぉ! 今だって半分も体力を削れずに負けちゃったし……また戦っても負けるだけだよ……」

 

「お前がそう思うならそれはそれでいいのかもしれないけど、レオンくんを見てみろよ」

 

「ピッカァ!」

 

 少年の腕から抜け出して飛び降りたピカチュウは両頬から電気を見せ、やる気がある事を少年に対して証明する。少年は諦めていたのかもしれないが、このピカチュウは違った。まだ戦いたい、まだ戦える、勝てるという事を証明したがっているのだ。それを見て、少年は黙ってしまう。その間に軽く観客の中へと視線を向けると、此方へと頭を下げてくる男女の姿が見える。たぶん、この子の両親だろう。ボディランゲージですいません、と表現すると向こうも必死に頭を下げてくる。これは両親から許可を取れたという事だろうか。まぁ、そう思っておく。足元のピカチュウも割と気合が入った姿を見せている。

 

 再び少年へと視線を向ける。

 

「で、どうよ。ここで断られたら俺、物凄く恥ずかしい訳なんだけど……」

 

 少年はピカチュウへと視線を向け、しばらくしてから顔を持ち上げる。

 

「お願い……します……!」

 

「良し来た」

 

 少年の頭を軽く撫でて、そしてピカチュウへとしゃがんで、視線を合わせる。片手を前へと出せば、迷う事無くピカチュウが手を握り、握手して来る。やはりやる気は十分らしい。まぁ、本来であれば今の勝負はそれで終わりでも良かったのだが、あのまま勝負を納得させて終わらせると、双方悪い影響が残ったままになってしまう。それは大人として、どうにかできるのに見過ごしておくのは間違いだろう。いや、大人としてではなく―――。

 

 自分も、ハヤシガメのトレーナーの様に相対側のフィールドに立ち、そして正面にピカチュウを立たせる。勝負の間は勉強にもなる為、少年の事は横に立たせ、見学させる。反対側へと向けると完全回復したハヤシガメの姿があり、バトルの準備が完了している。

 

「おい、始めようぜオッサン!」

 

「……まぁ、しゃぁねぇか。うっし、気合入れていくぞレオン。指示を出すから心は預けなくても良い、この時だけは俺に体を預けて動け。勝たせてやるさ」

 

「……ピカ!」

 

 気合十分な返答が得られたところで笑みを浮かべる。

 

「行け、ハヤシガメ!」

 

「さて、始めようかレオン」

 

 ハヤシガメとピカチュウ”レオン”が同時に飛び出すようにフィールドに立つ。速度は圧倒的にピカチュウの方が早い。だが指示を繰りだし、ピカチュウの動きをワンテンポズラす。その結果、ハヤシガメが先制を奪う。

 

「はっぱカッター!」

 

「よけろレオン」

 

 繰りだされたはっぱカッターが一斉にレオンへと向かって放たれる。だがはっぱカッターの軌道を見るのは三度目だ。そしてその全ての動きが一緒である。故に軽くレオンへと指示を繰りだし、はっぱカッターの回避に成功する。それを感覚としてレオンに指示を通して叩き込み、体に覚えさせる―――この試合に限っては、改善しない限りはっぱカッターが当たる事はないだろう。

 

「ポケモンバトルってのはトレーナーとポケモンが揃って初めて成立するもんだ。ポケモンが弱いなら、それを補うのがトレーナーの仕事だ。こんな風にトレーナーが相手の動きを見切ったなら、指示を通して確実に避ける様に仕向ける事が出来る―――レオン、でんじは」

 

 はっぱカッターを回避したレオンがでんじはを放ち、ハヤシガメの動きを封じ込める。海風に飛ばされないように帽子を片手で抑えながら、繰りだされてきたすいとるの軌道を見切り、レオンへとその動きの軌跡を覚えさせる。まだまだ未熟なトレーナーだ、技の軌道を変える事なんてものはエリートトレーナーの様には出来ない、ワンパターンな攻撃だ。これなら一度見切れば以降も回避し続けられる。

 

「まぁ、トレーナーの能力ってのは様々でな。指示を通してポケモンを効率的に動かし、勝利させるタイプってのがいりゃあ―――俺みたいに育成するのが得意って奴もいる。俺ほど極めた人間なら―――」

 

 レオンがハヤシガメへと一気に接近し、呼吸、重心の置き方、意識の仕方を叩き込み、そしてレオンをバトル中に育成させ―――アイアンテールを限定的に習得させる。等倍でダメージが発生するアイアンテールがハヤシガメへと叩きつけられ、ダメージが発生する。また指示の差によって急所への一撃を確定させ、ハヤシガメへと大ダメージを通す。

 

「―――まぁ、こんな風に成長する余地のあるポケモンなら潜在能力を引きだすくらいは出来るし、その場で技の一つや二つ、覚えさせる事だって出来るさ。そうさ、ポケモンバトルは”ポケモンが強いだけじゃない”んだよ、少年」

 

 レオンへと素早く指示を繰り出す。ハヤシガメの必死なたいあたりを回避し、すれ違いざまにアイアンテールを確定急所で叩き込みながら、一気にハヤシガメを沈める。そうやって残ったレオンは無傷であり、その状態で勝利していたのだ。まさか先程余裕で勝利した筈の相手に負けるとは思わなかった少年が呆然と立ち尽くしており、レオンも状況が軽く信じられないのか、自分の姿を眺めながら呆然と立ち尽くしている。

 

「いいか、諦めるな。拘りを持て。カスミ風に言うならポリシーを抱けって奴だ。未進化のポケモンでもどうにかなるんだよ、トレーナーさえちゃんと扱ってやれば。だから1回負けた程度で諦めんな。悔しかったら勉強しろ。ポケモンと一緒に強くなれ、男の子だろ?」

 

 今までコートの下で眠っていたポケモンが目を覚まし、もぞもぞとコートの下から動きだし、肩の上へと上がってくる。肩の上に乗っかるのは大きさが10cm程の黄色い体毛に覆われた、蜘蛛の姿のポケモン、バチュルだ。そのふさふさの姿の足を軽く撫でてやり、目を細める姿を見てから視線を少年へと戻す。

 

「どうよ、勉強になったか」

 

「え、あ、う、うん……でも、お兄さん……誰?」

 

 少年の素朴な疑問に笑顔で答える。

 

「―――通りすがりのポケモンマスターさ!」

 

 

 

 

『―――乗船ありがとうございました、カイナ、此方カイナシティとなります―――』

 

「んっん―――! あぁ、久しぶりのホウエンだわ。懐かしさがあるなぁ、やっぱ。どうよ、ダビデ? ……そういえばお前、ホウエンは初めてだったな。目を輝かせやがって、何とも愛い奴め。ここか、ここがいいのか!」

 

 バチュル―――ダビデの足を軽く掻く様に撫でる。基本的にバチュルという種族は頭や腹などよりは足の方を撫でられるのが好きらしく、こうやって肩の上に乗っているバチュルのダビデの足を撫でてやると、嬉しそうに鳴き声を零すのだ。10cmという大きさしか持たず、それでいて未進化であるダビデはただのマスコットにしか見えないが、これでいて今季のパーティーのサポーターを務めているのだから、見た目でポケモンは侮ってはいけない。

 

「何をやっているんだか……邪魔になってるよ」

 

「ん? あぁ、すまんすまん」

 

 さっさと乗っていた客船から下りて、そして邪魔にならないように桟橋の端へと寄ると、荷物であるバッグとキャリーケースを引きずる青年の姿がやってくる。無造作に伸びる緑髪に帽子を被る、不思議な雰囲気の青年は今にも悪態を吐きそうな表情を容赦なく此方へと向けているが、そんな注文は受け付けない。アシスタントに人権はないのである。数年ぶりとなるホウエンの大地へと桟橋から進んで到着しながら、海の方からやってくる風を感じる。

 

「うーん、ホウエンだねぇ」

 

「解るの?」

 

「解ったような態度をしているのが風流人っていうもんさ」

 

「聞かなければよかった……」

 

 心底後悔した様な表情を浮かべ、溜息をアシスタント兼ブリーダーとしての弟子が吐いている。その姿を確認して軽く笑い声を零し、そしてカイナシティの浜辺へと視線を向ける。軽く見渡せば浜辺に沿って開いているレストランの姿もある。時間も丁度良い頃合いだ、

 

「軽く食いながら今後の事を話そうか。ホテルには予約入れてあるし、ちっと遅れても問題ないだろ」

 

「旅慣れてるなぁ」

 

「世界中回ってるからな、こう見えて」

 

 アシスタントを連れてそのまま適当に浜辺のオープンレストランへと行き、開いている席へと座る。そこから街の方へと視線を向ければ、船の中でバトルをしていた二人の少年が両親達と一緒に町の中へと消えて行く姿が見える。親と手をつないで歩くその姿を少しだけ眺め、曲がって消えたところで視線を外し、メニューから適当に腹に溜まりそうなものを選ぶ。カイナシティといえばミナモシティに並ぶホウエンの玄関とも言える街だ。その関係で新鮮な魚介類が運び込まれている為、海鮮パスタなんて大いに期待できるんじゃないか? と思っている。

 

 料理を頼めば飲み物の方が直ぐに来る。冷たいアイスコーヒーを口の中で転がしつつ、一息を吐く。

 

「ふぅー……ホウエンか……」

 

「確かここにいる伝説は大地の創造者”グラードン”と、大海原の創造者”カイオーガ”、そして天空の支配者”レックウザ”だっけ」

 

 そうだなぁ、とアシスタントの声に答える。

 

「このホウエン地方は割とめんどくせぇ土地でな、伝説種が三体存在している。お前の言った通りグラードン、カイオーガ、そしてレックウザだ。その上で、だ。幻のポケモンとしてラティアスとラティオスの目撃例がアルトマーレに続いて高いのがここ、ホウエンだ。それに付け加えるとホウエン地方にはグラードンとカイオーガが暴れた場合のセーフティとして古代人が用意したレジロック、レジアイス、そしてレジスチルが眠ってやがる。だからホウエン地方は他の地方と比べてめちゃくちゃ伝説、準伝説級のポケモンが多い。それに加えてグラードンとカイオーガは”敵対関係”にある。クッソめんどくせぇ土地だ」

 

 ……アレ、ジラーチもホウエンだったか? デオキシスは……違うな。記憶が若干曖昧だ、メモを確認した方がいいかもしれない。

 

「……伝説レベルが敵対だなんて、良く滅ばなかったね」

 

 いや、まぁ、ホウエンは過去に滅びそうになったのだ。ほんとうに古代の話だが。

 

「グラードンとカイオーガは戦闘力よりも侵略性が凄まじく高くてな、ぶっちゃけ”戦う領域に踏み入れられない”というのが現実なんだよ。まともに戦えればグラカイに勝てる可能性だってあっただろうよ? だけど誰が海すら蒸発させる日照りの中で戦い続けられる? 島を沈没させる程の大雨の中でまともなバトルが出来るか? と、まぁ、そこらへんが答えっつーわけだ。古代人たちはこの問題を解決する為にレジロック、レジスチル、レジアイスというカウンターを用意したわけだが」

 

「失敗したんだ」

 

「おう」

 

 レジ三種では不足だったのだ。これがレジギガスだったらまだ何とかなったのかもしれない。だがホウエン地方に用意されたレジ三体ではグラードンとカイオーガの暴威に抗う程度しか出来なかった。レジ三体の尽力によってホウエン地方は滅びを回避した。しかし問題は解決できなかった。だから、

 

「古代人は祈ったんだ。助けを。そしてそれに応じたのがレックウザだった。レックウザの”エアロック”―――いや、”デルタストリーム”か。ありゃあ天候殺しっても言える能力でな、全ての天候に対する干渉を無効化して、正常化させるって能力なんだよ。古代人の祈りに応じたレックウザはメガレックウザにメガシンカ、その力でゲンシカイキしたグラードンとカイオーガの力を抑え込み、戦いを止め、そして眠りにつかせた。ホウエンはそうやって救われました、めでたしめでたし」

 

「改めて君は物凄い事を知っているよね。学会にでも発表すれば受賞ぐらいされそうなものだけど」

 

「んなもん興味ねぇよ。そんなものに興味あったらチャンピオンなんかやってないって」

 

「それは……そうだね」

 

 溜息を吐きながら軽く空を見上げ、そしてホウエン地方の未来を考え、そして再び溜息を吐く。

 

「……まぁ、知っての通り、俺の目的は”伝説種が暴れない未来を作る事”なんだわな、これが」

 

「ホウエン地方の伝説達の居場所は全部把握しているんだし、先回りして僕が説得してもいいよ? 話しあえばトモダチだし」

 

「その為にお前を拉致って世界を見せてるようなもんだけど―――残念ながらそれは不可能なのである。アズにゃん王がいてくれれば心強いんだけどなぁ、今回はモロに世界の闇を覗き込む様なハメになりそうな気がするし……」

 

 まぁ、それはともあれ、色々と無理な理由がある。

 

「まず第一にグラカイの二匹が手だしできない場所にいる事。グラードンは溶岩の中で眠ってるし、カイオーガは深海の底の底、ダイビングでさえたどり着けない闇の世界で眠り続けてる。レックウザはオゾン層を音速で飛び回ってる。俺にどうしろってんだ!!」

 

「どうどう」

 

 カイオーガだけはジョウトからワダツミ―――ルギアを呼び寄せればまだなんとかなるかもしれないが、それを利用されたり、カイオーガだけが目覚めた結果グラードンが連鎖反応で目を覚まして暴れ始めたらやってられないってレベルじゃない。レックウザは常に”巣”にいるわけじゃない、世界中を移動し、オゾン層で活動しながら休む為に戻ってくるのだから、運命力が低すぎてエンカウントできない可能性の方が高い。となると確定で接触できるのはレジ三種ぐらいだろうだが、正直役に立つとは思えない。ジョウトの方から伝説を三人とも呼び寄せた方が良いだろう。

 

「藍色の球と紅色の球もなぁ、アレって人間の精神をハッキングするから運命力低いと拒絶されて乗っ取られるだけだからなぁー。クソ、レッドがバトルフロンティアやサブウェイの沼にさえ飲まれていなければなんとかなったものを……!」

 

「で、結局どうするんだい?」

 

 そうだなぁ、とアシスタントの声に答えると、丁度料理が運ばれてくる。それが目の前に並べられるのを確認しつつ、フォークをイカスミスパゲティに通す。

 

「だから暴れる理由であるマグマ団とアクア団をどうにかしよう、って話になるんだわ。組織の方を潰しちまえばどうとでもなるからな。前来た時はまだ組織の方が結成前でボスの足取りもつかめなかったら手出しができなかったけど―――最近、ホウエン地方でマグマ団、アクア団の活動が見られ始めたし、それに合わせてこっちでも活動の開始が出来る。サクっと組織を潰しちまえばそれまでの話さ。グラードンもカイオーガもおねんねを継続できるって訳よ」

 

「なるほどね。……ん、美味しいねこのパエリア」

 

「マジか。俺のスパゲティとちょっとだけ交換しようぜ」

 

 予め店員が用意しておいた取り皿にお互いの料理を少し乗せて交換し、試食してみる。どう美味しいかを表現するのは難しいが、美味しいと断言できる。やっぱり旅はこうやってゆっくりする時も必要かもしれないなぁ、何て事を思いながら、

 

 ―――ナチュラル・ハルモニア・グロピウスの姿を見る。

 

 イッシュ地方でゲーチスによって洗脳させられていた青年だったが、プラズマ団を滅ぼすと決めた時にゲーチスに腹パンし、そのままやぶれたせかいに投げ捨て、拉致って獲得したのがナチュラル君である。Nの城に開幕流星群を連打する作業は実に楽しかった。ハーブを大量に口の中に放り込みながら流星群64連打なんて中々みられる光景じゃない。

 

 まぁ、そんな訳で拉致ってしまったナチュラル青年だが、彼がこのまま成長した場合、非常に環境というかイッシュ地方に対して危険だ。放置していても黒と白の主人公が解決するかもしれないが、ナチュラルの能力―――ポケモンの言葉を理解し、声を聞くというものは非常に有能な能力である為、どうしても確保したく、拉致ってしまったのだ。

 

 最初に言うが、この世界、”ポケモンの言語は7割解析されている”のだ。

 

 たとえばバンギラス等の”かいじゅう”グループのポケモンの怪獣言語、これは完全な解析が完了されており、勉強をすればちゃんとバンギラス等の怪獣グループのポケモンが話している言葉を人間の言葉へと翻訳する事が可能だ。

 

 ただそれでも絶対に解析できない言葉が存在する。

 

 そもそも言葉を発さないポケモン。

 

 人間の言葉を語らない伝説種。

 

 新種のポケモン。

 

 人工的に生み出されたポケモン。

 

 こういう存在に関してはナチュラルが存在するだけで交渉のステージに乗る事が出来るし、俺だって全ての解析済みポケモン言語を習得している訳ではない。万能ポケモン翻訳機だと考えれば、ナチュラルの価値はかなり高い。ちなみにかなり突出した”能力型”と”育成型”の才能を保有している。その為、洗脳解除の為に世界の良い所、悪い所を両方見せながら周り、ポケモンの育成の仕方などを教えている。

 

 最初は対立したりもしたのだが、

 

 こうやって時間が経過すれば、段々とナチュラルにも現実が伝わってくる。

 

 まぁ、そんな訳で、今はナチュラルくんもほぼ洗脳解除が終わり、優秀なアシスタントとして活躍してくれている。

 

「∞エネルギーねぇ……」

 

 まあ、食用のポケモンがあるんだし、個人的にはそこまで思う事はない。それでも、ナチュラルからすれば違う風に感じるだろう。まぁ、それはそれとして、

 

「うまうま」

 

「んー、また来たくなる美味しさだなぁ」

 

 やはり美味しいご飯を食べるのは良い、と思う。お腹も、そして心も満たされる。

 

「で、これからの活動はどうするんだい?」

 

「まずはカナズミに行ってデボンコーポに顔を出す。新しいポケナビの受領と、あそこならダイゴの居場所を把握している人がいるからな。それが終わったらミシロタウンへと向かってオダマキ博士に挨拶して、そっからマグマ団とアクア団の足跡を追う感じかねぇ」

 

「結構忙しくなりそうだなぁ」

 

「そりゃあそうさ、誰かを何かを助けるのが楽な訳ねぇじゃん」

 

 当たり前の話だよなぁ、何て事を思いながら軽く笑うと、砂浜の方に直感的に何かが出現したのを感じ取る。砂浜へと素早く視線を向ければ、砂浜の中央に見た事のない、光の輪っかが出現するのが見える。見た事のない現象に動きを止め、観察していると、その向こう側から新しい姿が出現する。

 

 それは子供の様に小さく、そして紫をベースとした色を持った、原生種のポケモンだった。

 

 その姿を見て軽く首を傾げ、

 

 光の輪っかを見て軽く首を傾げ、

 

 ―――そして思い出す。あ、やべぇ、と。

 

「フ―――」

 

 そのポケモンの名前を口にしようとした瞬間、

 

 ―――光の輪っかの向こう側から、咆哮が響き、そして荒れ狂う様に大量のポケモンが出現した。




 オニキスさん(28)
  赤帽子とコンビを組んで悪の組織に腹パン(流星群)を喰らわせて回っているチャンピオンな人。今日もサカキに貰った黒い帽子を被ってかっこつけてる、”黒帽子”。

 レッドさん(16)
  バトルフロンティアとバトルサブウェイという沼に飲まれて帰ってこない。

 ナチュラルくん(20)
  城が流星ラッシュされたと思ったら異次元腹パンがゲーチスに突き刺さってやぶれたせかいに飲みこまれた哀れな犠牲者。プラズマ団は犠牲になったのだ……犠牲の犠牲にな……。組織の残骸はジュンサーさんが美味しく逮捕しました。

 このお話はポケスペ+萌えもん+ORASという変則的な内容になってます。ORASにおける伝説出現地点の光輪を某ポケモンの責任としてシナリオを組んでいるので、大体想像通り、何時も通りなんじゃないかなぁ……。(帰国準備進めつつ


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カイナホテル

 間違いがない、光輪の向こう側には暴走状態のポケモンが多く存在し、そしてこの召喚主によって此方側へと呼び出されつつある。光輪を抜けてポケモンが解放されたら間違いなく大惨事に発展する。特にこんな、街中でポケモンが暴れる様であれば、被害は無視できない。それを高速で理解した直後には既にモンスターボールを、椅子から横へと滑り落ちながら抜き、真っ直ぐに光輪へと向けていた。開閉ボタンを素早く押して、モンスターボールの中のポケモンを一瞬で外へと叩きだす。

 

「押せ、メルト」

 

「―――」

 

 言葉と共に放たれたポケモンは原生種のヌメルゴン。ただし、そのサイズは十五メートルを超える超重量級のヌメルゴンであり、”受け”としての役割を与えられた、ホウエン遠征パーティーのサイクルの要の一つだ。ただただ単純に巨大であり、そして丈夫なヌメルゴンのメルトの巨体は光輪を超えるサイズを誇っており、出現と同時に光輪の前へと立ちはだかる様に構え、光輪から出現して来るポケモン達の姿を光輪から出す事なく、その重量から来るたいあたりで出現させるどころか一気に押し戻す。何処と繋がっているかは解らないが、レベルはそこまで高くはないらしい。

 

 そう判断し、素早くメルトをボールの中へと戻しながら、片手で砂浜の大地を叩いて体を横へと転がしながら、0.3秒でモンスターボールの交代を終える。

 

「スイッチ―――」

 

 メルトがボールの中へと戻り、その代わりに次のポケモンの入ったボールを手に取り、メルトを繰り出した時の様に光輪へと向ける。あの光輪が物理的現象ではなく、空間的な、エスパー的な干渉であれば、それを遮断すれば問題は解決するはずだ。

 

「―――氷花」

 

 メルトと交代で繰り出されるのは原生種ではなく、亜人種の姿だ。年齢は見た目で二十程、全身を白い着物に包み、地面に届きそうなほど長い赤い帯で着物を縛っている。髪色は水色で、セミロングという風体で、頭には氷の様な突起がある。砂浜を踏むその足は草鞋を履いており、登場と同時に霰が降り始める。ユキメノコ亜人種、氷花だ。

 

「穿ち断て」

 

「御意に旦那様」

 

 片手を持ち上げ、もう片手で口元を着物の袖で隠す様な仕草で氷花がシャドーボールを放つ。威力的には凡俗の領域を出ないそれはしかし、光輪に触れた瞬間にその存在を揺らがせ、キャンセルさせる。バフ、或いは特殊効果のキャンセル効果持ち、徹底的に妨害するタイプのサポーターである氷花が育成されたことで得た能力だ。ただ一回で光輪が消える事はない。やはり、能力が異質すぎるのだろう。光輪の向こう側からポケモンが出現しそうになるが、

 

「ダビデ」

 

「ちゅら」

 

 肩の上からバチュルのダビデが飛び降り、前へと出るのと同時に放電する。降り注ぐ霰に反射し、微弱な電流が乱反射し、敵対する存在が小さく感電し、僅かにその体力が削られるのと同時に、強制的に麻痺が押し付けられる。そうやって動きが鈍った瞬間にもう一度シャドーボールを叩き込み、光輪を今度こそ完全に破壊する。

 

 完了するのと同時に再度ロールから立ち上がり、軽く砂を払いながら帽子を被り直す。

 

「やれやれ、前途多難だなぁ……お疲れ」

 

 氷花をボールの中へと戻し、飛び降りたダビデを回収して再び肩の上へと乗せる。定位置へと戻って来たせいか、ダビデが軽く息を吐いて満足げな表情を浮かべている。愛い奴め、と軽く足を撫でながら、再び椅子まで戻ってくる。確認すればフーパの姿はない。当たり前だ。アレは悪戯をするポケモンだ、”どうにかなる”というのを解ってて実行したのだ。実害が生まれないことを確認してけしかけてきた、愉快犯だ。

 

 そんなわけで、

 

 被害0。

 

 周りは何が起きたのさえ理解していない。

 

 カイナシティは今日も平和である。これで良し。

 

「いや、良しじゃないから」

 

 ナチュラルへと視線を向け、フォークを握り直し、パスタにフォークを絡めながら口へと運ぶ。ナチュラルから説明を求める視線を受けているので、軽くパスタをほおばりつつも、ナチュラルへと説明を始める。

 

「フーパよ、フーパ。悪戯のポケモンの。空間を繋げる能力があってなんでも無節操に呼び出せるらしいぜ」

 

「……で?」

 

「遊び相手を求めるだけの手合いだから基本無視で大丈夫」

 

「無視した結果街が消えなきゃいいけどね」

 

 ほんとうにそれな、そう思いながらパスタを食べ進める。ホウエンへと到着したばかりなのに、既に波乱の予感で溢れている。

 

「―――ORASかぁ……」

 

 ナチュラルに聞こえないようにそう呟く。自分の記憶に残っている、最後のアドバンテージであり、”余計な知識”でもある。こんなものがあるから現在進行形で苦しんでいる、と言っても過言ではないのだ。シンオウ、イッシュ、カロスとこの余計な知識を使って早期に問題を解決というよりは”力技で潰してきた”のだが、どうやらここ、ホウエン地方ではそのセオリーが通じそうにないらしい。未だにセンリがジムリーダーとしてホウエンに来ていないことは確認済みだから”メインシナリオ”の進行まではちょい時間が残っていると考えて良い。

 

 まぁ、それでも、ここまでスピード解決をしてきたせいか、”皺寄せ”がここに集まってくる気がしなくもない。

 

 ―――たとえば今まで出番が潰されてしまった伝説大集合とか。

 

 グラードンvsカイオーガvsレックウザvsパルキアvsディアルガvsレシラムvsゼクロムvsキュレムvsゼルネアスvsヤベルタル神。

 

 まさにホウエン最後の日。帰ってくれ伝説。いや、ほんとうに帰ってくれ。そんな地獄流石に”伝説殺し”でもどうしようもない。しかし、ORASという実機環境で思い出せるのは、伝説の出現場所に存在していたのは”光輪”であり、それを通して本来の主人公は伝説と出会い、戦う事が出来たのだ。一説ではその光輪はフーパのものではないか、なんて話もあるのは、フーパは光輪を通して自由に移動や様々な物を取り寄せる事が出来るからだ―――そう、伝説さえ。

 

 ―――あ、ヤバイ、ホウエン最後の日が想像できちゃう。

 

「ま、滅亡1ドット前って状態になったらアルセウスがなんとかするって事を祈っておくか」

 

「?」

 

「いや、何でもない。それより食ったらホテルにチェックインして、明日から移動だから観光したかったらカイナから離れない限りは自由な」

 

「ん……解った」

 

 そう言って食べ続けるナチュラルの姿を見て、思う―――果たしてまだこの未熟な身で誰かに技を教えようとする自分を見てボスは、サカキは一体どんな感想を抱くのであろうか、と。

 

 

 

 

 カイナシティで選んだホテルはそこそこの高級ホテルだ―――長期滞在するわけでもないのに最高級にしてしまうと、使わない施設が多く、それなりに勿体なく感じてしまうからだ。まぁ、支払いに関しては無駄に浪費しないなら、ポケモン協会から割といい感じの給金が出ている上に、公共施設やポケモン協会と提携しているホテルであれば、チャンピオン特権という事で支払いをポケモン協会が負担してくれる。このホテルの支払いも勿論ポケモン協会側が負担してくれている。そのおかげで色々と予約や支払い作業が楽なのだ。トレーナーカードの提示だけでチェックインも完了するし。

 

 まさにチャンピオン特権。それなりの苦労があるが、相応の見返りもまた存在するのだ。

 

 ともあれ、ホテルのチェックインを完了させてからアシスタントであるナチュラルはカイナシティの観光の為に街へと出て行ってしまった。まぁ、なんだかんだでナチュラルの過去は”監禁”に始まるのだ。だからこそ、プラズマ団から、そして世界へと解き放ち、ゲーチスが見せた世界だけではなくもっと広い世界を見せている。そのせいか、最近ではナチュラルの趣味に散策、或いは散歩みたいなものが追加されている。自分の足で歩いて、新しいポケモン―――”トモダチ”と出会い、話し合い、そしてもっと知る。

 

 自分で積極的にそう取り組む様になって来たところがある。まぁ、それはいい事だ。ナチュラル自身、ポケモンを一体、十分に強いのを連れているし、襲われても正直問題はないだろうと思う。今のナチュラルだったらプラズマ団に迫られても拒否できる程度のメンタルは育っているし。あれでも二十歳の男子だ、心配するまでもないだろう。

 

 それよりも、だ。

 

 借りたホテルの部屋はスイートルームで、ベッドルームやリビングが別にあるタイプの部屋だ。それなりに広い部屋、一旦帽子を脱いで帽子掛けにコートと共に掛けて、体が軽くなったところでダビデの足を右手で軽く撫でつつ、左手で電話を取り、左耳に当てる。電話番号のナンバーを確認し、外線へと切り替えてから別地方ナンバーを入力し、ソファに沈みこむ様に座る。やはり黒尾の尻尾の方がいいなぁ、と思ってしまうのは贅沢を知ってしまったからだろうか。

 

 ともあれ、電話はすぐに繋がる。

 

『ハァァァピィィィィィィィッヒィィィィ!! ナス』

 

「ハピ子さんどうしたの? ヤクでもキメたの?」

 

『友人の芸をちょっと借りただけです』

 

 一瞬だけだが真剣に解雇するかどうかを考えてしまった。流石に薬物ヤってるメイドを育成環境に―――と、思ったが、よく考えたらタウリンタウリンブロムブロムインドメタシン! なんて歌いながらスタイリッシュにポケモンをヤク漬けにするのも育成の一環でやってるのだから、何処にも問題はなかった。今日もドーピングが世界中に溢れているが、世界は平和なので一切問題はない。

 

「んで……そっちの方は調子的にどう?」

 

 電話の先は実家―――つまりはジョウト地方のマイホームだ。基本的に、自分は育成タイプのトレーナーだ。だから手持ちのポケモンは定期的に入れ替え、育成、再育成しながら最終的なスタメンを選ぶのだ。チャンピオンになった時の面子でさえ完全なフルメンバー、という訳でもない。それでもあの面子は育成がほぼ完全に完了してある。マイホームの防衛と、そして後は知人のジムリーダーに貸し出したりで、色々と副収入に役立ってもらっている。

 

 まぁ、イブキとかワタルはスパー相手にゴンさんの貸し出しをしつこく希望して来る。それがレンタルの始まりだったりする。

 

『此方の方は―――あ、はい、ちょっと今お代わりしますね』

 

「ん?」

 

 ハピ子さんの発言に首を傾げている間に電話の受話器が手渡される音がし、直後、向こう側から聞こえる声が変わる。

 

『もしもし、聞こえる?』

 

 向こう側から聞こえるのは割と頻繁にバトルをする相手―――エヴァの声だった。

 

「お、ハニー」

 

『気持ちの悪い呼び方はやめてくれないかしら』

 

「はっはっはっは書類上ではあれ、旦那に対してこの言い分である」

 

『書類上のみね』

 

 お互い、ポケモン協会からのお見合いと結婚コールがあまりにもウザすぎる結果、書類上でも結婚だけでもしておけば回避できるんじゃないか、という結論にいたり、こんなことになっている。割とエヴァ自身、チャンピオンになった翌年に四天王を突破して見事俺にまた敗北しているので、実力に関しては文句なしのトレーナーだったし、これにはポケモン協会もニッコリの結末だった。

 

 まぁ、シロナと結託して書類上だけで結婚を済ますという手段もあったのだが、シロナに関しては”お前まだ男捕まえられないの?”って煽りたい気持ちがあったのでやめた。

 

「んで、そっちはどうなんだ」

 

『平和なもんよ。ロケット団も暴れる様な事はないし、ポケモン協会もネチネチと色々うっさいわ。チョウジジムのジムリーダーに就任しないか、なんて言われたわよ。私、育成型じゃないから正直面倒なだけなんだけど』

 

「ご愁傷様」

 

 向こうは向こうで苦労しているらしい。まぁ、此方ほどじゃないだろう。ともあれ、

 

「エヴァ、今そっちにフライゴンさんいる? ちと必要になって来たから此方に送ってほしいんだけど」

 

『あー……ゴンさんならワタルがスパー相手用に借りて行ったわ。最低で一ヶ月は戻ってくる事はないわよ』

 

「なんてこったい……」

 

 フーパの存在が確認できた今、対ドラゴンポケモン決戦兵器のフライゴンさんを手持ちに是非にとも置いておきたかったのが、ワタルが連れ去っていたらしい。嫌なタイミングで必要なポケモンが手元に来ない―――やっぱり、ここら辺運命力の悪さが影響しているかもしれない。レッドがいりゃあ確実に手元にフライゴンさんが回ってきていたと思う。パルキア、ディアルガ、レックウザ等の対策にフライゴンさんは必須レベルだったのだが……いないならしょうがない。

 

 となると、誰を送ってもらったら良いのか。

 

 アッシュとサザラは駄目だ。あの二人は”超級”のエースだ。あの二人が手札に揃っていると、無意識の内に頼ってしまう。三年前、ポケモンマスターになった時、サカキ戦はそれが原因で敗北した。超級のエースであるサザラ、或いはアッシュ、あの二人を最後に残すように敵を削って行けば、確実に彼女達が敵を倒し、勝利する。

 

 駄目だ、それでは駄目なのだ。頼りすぎは堕落を生み出す。だから手持ちのポケモンを新しくしつつ、頼らないように戦っているのだ。

 

「……じゃあナイトだな」

 

『確か受けからフルバックアシストに転向したんだっけ』

 

「おう」

 

 ナイトはヌメルゴンのメルトが加入した事で再育成し、大幅に役割を変えたポケモンの一体だ。メルトの受けとしての完成度が”高すぎた”のだ。その為、新たに受けを育成する必要がなくなり、ナイトから職を奪ってしまった。だがナイトは受け以外にも相性の良いポジションがあり、尚且つ習得技や経験、頭の回転とブラッキーとしての特異性を合わせ、新たな役割を自分自身に任命する事が出来たのだ。それは極論で言うと、

 

 場に出るのではなく、ボールの中から観察し、アドバイスし、そしてサポートする、トレーナーを補助する役割だ。トレーナーの脳の回転を補助して高速思考による疑似”タイム”を再現したり、長く観察したポケモンならある程度そのデータを解析したり、ポケモンではなくトレーナーを支援するタイプのサポーターだ。公式戦になると6枠の一つに入れないと機能を果たせない様にルールが存在するが、ルール無用の野戦、伝説戦であればそれを無視してサポートさせられる。

 

 とりあえず手持ちに入れておくべき一体だろう。

 

『んじゃボックスに今から預けてくるから、そっちで早めに引きだしてあげてね』

 

「あいよ、助かったわ」

 

『こっちだって施設使わせてもらっているしね、これぐらいお安い御用よ』

 

 エヴァとの通話をそれで終了しながら軽く息を吐き、窓の外に広がるカイナシティの姿を眺める。

 

 今はまだ、平和な街の様子だ。だがカイオーガが出現すれば”近づいただけで沈む”だろう。グラードンにしたって接近するだけで”人が干上がる”だろう。ホウエン地方の伝説、災厄とはそういうものだ。純粋な戦闘力はディアルガやパルキアの方が上かもしれない。だが殺戮者としては非常に優秀だ。

 

 文明を一つ終わらせるには十分すぎる存在だ。

 

「ま、これで最後の義務が終わるんだ。頑張りますか―――」

 

 今日一日は休息、明日からはコトキタウンを抜け、カナズミシティへと向かう、旅が待っている。




 氷花(ユキメノコ亜人種)
  霰起点で妨害型サポーター。上昇解除、付与効果解除、ダークホールとか覚えている徹底的にウザイタイプ。しかも擬似いたずらごころ完備でウザさは加速する。ある程度の特攻があるので、竜、飛行に対するプレッシャーでもある。

 メルト(ヌメルゴン)
  15m級の超重量級のヌメルゴン。攻撃力を殺した退化としてぬめぬめを防御力に転用、接触技からのダメージをある程度受け流せる上に、接触技を喰らった時限定で持ち物破壊までする。設置無視と設置解除技を覚えている。ただやはり火力は死んでいる子。ナイトのお仕事奪いました。

 ダビデ(バチュル)
  体長10cmの小さな勇者兼マスコット。場に出た時まきびしやステロの様な小規模割合ダメージを発生させる。天候が霰か雨の場合は追加で相手を麻痺にさせられる。タスキ潰し、固定削り、麻痺撒きがお仕事。なお元がバチュルなので耐久や火力はお察し、しかし才能を全て回避能力に捧げたニンジャタイプ。

 ハピ子さん(ハピナス)
  オニキス家のメイドさん。こっそりしろいハーブをヤってる。あくまでもしろいハーブであって危ない薬ではないので法律的にはセーフ。なお好物はタウリン。


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110番道路

 ボールベルトにちゃんとモンスターボールが装着されているのを確認し、白いコートと、黒いボルサリーノ帽を被る。肩の上には何時の間にかダビデの姿がある。しっかりとポジションを確保しているらしい。荷物に関してはキャリーケースとバッグの中に押し込んで、ナチュラルに運ばせている為、一切の問題はない。何も忘れていない事を確認しつつ、ホテルのチェックアウトを完了させ、カイナシティのホテルから出る。朝の陽ざしを全身で感じつつも、不快な暑さも寒さを感じない、ワダツミとカグツチの加護の存在に感謝する。

 

 カグツチやワダツミと出会ってから既に三年が経過している。あの時は受動的に加護の効果を受けるしかなかったが、慣れて、成長した今、ある程度なら能力型のトレーナーの様に力として振るう事が出来る様になった。まぁ、万能という訳ではないが、それでも武器は増える―――チャンピオンになっても、成長は終わらない。俺も、ワタルも、シロナも、そしてレッドも、まだまだ強くなっている最中なのだ。

 

『―――しかし一番最初に合流するのは俺か。他の連中には悪いが、久しぶりの旅だ。一足先に楽しませてもらうとするか』

 

 ボールの中からナイトの声がする。再育成を通してナイトはポケモンバトルの選手としてのスタイルを驚く程に切り替えた。受けというスタイルでは亜人種の姿よりも、原生種のポケモンらしい姿の方がまだ有利だったが、そのスタイルから変わった今―――ナイトの姿は亜人種のものへと変貌している。その為、普通に人の言葉を喋る様になっている。嬉しいような、寂しいような、昔を思い出すと不思議な気持ちだが、多分コイツ、受けに戻そうとすればまた原生種へと変化すると思う。

 

『先達が合流されましたか……これは益々恥ずかしい姿を見せられませんね』

 

『アンタそう言うけど、普段と全く気配が変わらないわよ』

 

『何時も通り身も心も美しくあれば問題ないわね』

 

『今世代も濃いなぁ……』

 

 ナイトの呟きに小さく苦笑し、荷物を運びながらついてくるナチュラルへと視線を向ける。荷物持ちを任せていた最初の頃は少し歩いただけでも大汗を掻いていたナチュラルも、すっかりパシリの姿が似合うようになった、たくましい男子に成長してくれた。良きかな良きかな、そう思いながら視線をナチュラルから外し、カイナシティの外へと向かって歩き始める。

 

「で、どうやってカナズミへ行くんだい?」

 

「カイナを北へ出ると110番道路に出る。そっから103番道路へと抜ける。途中で湖が道を塞いでるけど、飛ぶか波乗りすりゃあ問題解決だからな。103番道路抜けりゃあコトキタウン、トウカ、トウカの森、んでカナズミって訳だ。まぁ、ミシロに立ちよってカナズミの前にオダマキ博士に挨拶しておくのも悪くはないだろうけどな」

 

 なお空を飛ぶで移動する、という選択肢は残念ながら存在しない。ナチュラルに世界を見せるという事を決めている為、空を飛んでショートカットするのは選択肢から排除している。一度行った事のある場所、通った事のある道を再び行かなきゃいけない場合は話が変わるが、それでも新しい土地へとやって来たのに、それを無視して空を飛ぶという選択肢はちょっと選べない。

 

 ともあれ、カイナシティを出て110番道路へと出る。

 

 少し歩けばキンセツ近くまで繋がっているサイクリングロードが110番道路の上を超える様に存在しているのが見える。空を飛べるポケモンがいると、すっかりサイクリングロードの存在を忘れてしまうのは仕方のない事だよなぁ、と一人、苦笑しながら並んで110番道路を歩く。護衛用のポケモンにボールから繰り出して横に歩かせるのは―――スピアーだ。

 

 スピアーのスティング、自分の出身地、故郷であるトキワの森出身のポケモン。

 

 ”オニキス”の生まれ故郷のポケモン。であり、現在のパーティー構成における”エース”だ。

 

「……」

 

 ボールから放たれたスピアーは無言で横に浮かび上がり、極限まで羽音を鳴らさず、ほとんど気配を殺し、ステルスしている様な状態でホバリングし、何時でも守れるように動けるように構えている。まぁ、人の手が大きく入っている地域だ、百級のスピアーが出ているだけで野生のポケモンは寄り付かないし、半端なトレーナーも戦う気は失せるだろう。

 

 肩の上でダビデが護衛は自分で十分だときぃきぃ鳴いて主張して来るが、レベル100のポケモンであっても、進化済みのレベル80や70に劣るレベルの火力しかないので、やっぱりダビデだけじゃ不安なのだ。

 

 スピアーを護衛代わりに連れながら、ナチュラルとコトキへと繋がる103番道路を目指して歩き始める。現状、そこまで必死になって焦る必要はないため、歩みのペースは普通なもので、しっかりと大地を踏みしめて前へと進んで行く。

 

「そういえばミシロへオダマキ博士に挨拶に行くって言ってるけど、何か面識でもあるのかい?」

 

「いや、オダマキ博士に面識がある訳じゃないよ。つか俺が知っている博士ってオーキド博士ぐらいだからな」

 

 そのオーキドにしたって出会いに関しては最悪だった。何せ、出会いの原因がロケット団としての活動で拉致したりだったりするからだ。まぁ、それでも今はチャンピオンという立場だ。昔の事はそれなりに流してある感じだ。ずっと拘っていては好き勝手動けないのもある。まぁ、過去は過去だ。それはそれとしておき、

 

「オダマキ博士はホウエン地方におけるポケモン研究の権威だからな。挨拶する事自体は悪くはない。こういう権力や顔の利く人達に伺いを立てる事で、顔を立ててるんだよ。そうすると別の所で交渉や協力を要請する時、”お、オニキスって良い奴だった記憶があるな”って程度には記憶に残ってくれるからな、色々と物事がスムーズに運ぶんだよ」

 

「ふーん、面倒だね」

 

「そりゃあな……お、プラスルとマイナン」

 

 草むらの方へと視線を向ければ、プラスルとマイナンが窺う様に此方へと、そしてナチュラルへと視線を向けていた。少し恐れる様な所はあるが、それでもプラスルとマイナンは友好的なポケモンらしく、草むらの中から出てくるとおずおずと言った様子で近づいてくる。その姿をナチュラルが膝を曲げて迎えると、笑顔になったプラスルとマイナンがその姿に飛びつき、足元と肩の上へとやってくる。

 

「相変わらずモテるなぁ、お前は。羨ましくなるぐらい」

 

「君だってトモダチには割とモテ―――いや、なんでもない」

 

 たぶんナチュラルは首輪を装着した異世界ストーカーの存在を思い出しているのだろう。狭い世界しか知らなかったナチュラル。彼にとって人間はポケモンを虐げる存在であり、ポケモンはバトルを通して虐げられる存在だった。だからモチベーションを持ったポケモンや、自分からスカウトされるためにトレーナーに接触するポケモン、

 

 そして愛を拗らせた結果ストーキングするポケモンなんて存在はまさに未知だったのだろう。ナチュラル、ちょっと現実を知って大人になる時だった。

 

「んで、プラマイちゃんはなんだってさ」

 

「いや、僕に興味があるからちょっと顔を出しただけみたいだよ。うん……そうだね、103番道路までは一緒に行こうか。……うん……君達の見る世界を僕を教えてほしいんだ。頼めるかな?」

 

 プラスルとマイナンが嬉しそうに跳び上がりながらナチュラルの足元を駆けまわり、そして興奮した様にそれぞれの言葉で早口に喋り始める。プラスルとマイナンの言葉も一応勉強してはあるが、流石に早口すぎて聞き取りづらい。これが怪獣言語だったら割と聞き慣れているのだが、違うグループな為、聞き取るのに失敗する―――が、ナチュラルにはちゃんと、プラスルとマイナンの言葉が伝わっているらしく、笑みを浮かべながら二匹の話す事に耳を傾け、歩いている。その姿を後ろからゆっくり追う様に歩く。ナチュラルの腰にぶら下げられている唯一のモンスターボールへと視線を向け、笑みを浮かべる。

 

「ご苦労様」

 

 ナチュラルに悟られないようにボールが小さく揺れ、そしてそしてその姿を見て小さく苦笑する。ナチュラルの護衛は―――彼のポケモンは強い。それも物凄く。ナチュラル自身はそのポケモンに対して”トモダチ”として接しているから解らないだろうが、そのポケモンはその友情に応え、静かにナチュラルを守り続けている。プラスルとマイナンを引き寄せたのも、間違いなくその縁だろう。

 

 無邪気に野生のポケモンと語り合い、そして先頭を往くナチュラルの姿を後ろからひっそりと眺める様に歩き、進んで行く。

 

 

 

 

「―――流石にひっかけ過ぎだ」

 

「……ごめん」

 

 丸一日を使って110番道路と103番道路の境目までやってくる。しかし時間はもう遅く、空は暗くなってきている。夜通し歩く理由もないのでキャンプをセッティングするのだが、キャンプ地が問題だった。別に、キャンプする事に問題があるのではない。持ち運びが便利なキャンプキットはあるし、野営をするのだって初めてではない。夜番を立てて、交代でポケモンに見張りをさせながら眠るのは旅の間に良くやる事だ。ただ今回は、

 

 少々ナチュラルが自重しなかったのが悪い。

 

 キャンプ地を見れば周りには大量の原生種のポケモンがいる。プラスルとマイナンを始め、ゴクリン、ラクライ、ライボルト、オオスバメ、コイル―――つまりは付近の野生のポケモンが大量に集まっていたのだ。そのどのポケモンもが友好的であり、ナチュラルを中心に、そのカリスマというべきものに集まっていた。流石に20を超えるポケモンが集まっているこの状況に、ナチュラルも困ったような表情を浮かべる。が、

 

「お前が呼び寄せたんだからお前がどうにかしろよ」

 

「う、ぐ……いや、それが正しいんだけどさ……」

 

「自分のケツは自分で拭く! はい、以上、お疲れ様解散! 眠くなったら適当に寝ろよ、明日も一日中移動予定だからな」

 

 中身の詰まったポロックケースをナチュラルへと投げ渡す。ただ話すのもつまらないし、集まったポケモン達に軽くポロックでも食わせてやれば、それなりに良い時間になるだろう。ナチュラルから視線を外し、焚火の近くに設置した簡易スツールの上に座る。

 

「うん、解った。じゃあ、良し皆、今夜は僕が見てきた地方の話をしようか。そこには君達とはまた違うたくさんのトモダチ達で溢れているんだ」

 

 観客であり友人である野生のポケモン達へと語り掛け始めたナチュラルの姿を横に、焚火を光源にしながら、軽く息を吐き、そしてメモ帳を取りだす。その中には自分が記憶している限りの”イベント”が記録されている。正真正銘、オニキスが保有する荷物の中で、唯一、元の世界に関連するものであり、これが最後だ。

 

 これ以外、持ちこんだものは全て処分を完了させてしまった。これも、昨日の夜から何度も何度も読んで確認し、そしてその内容を頭へと叩き込んだ―――といっても、もはや情報的アドバンテージはこのホウエンに関する物語のみになる。ここ、この一年。これを乗り切れば完全に”足が抜ける”状態となる。そうなれば、本当の意味で過去からは自由になれる。

 

 となると、

 

「こりゃあもういらねーな」

 

 焚火の中へとメモを投げ捨てて焼却する。これで、過去へと繋がる情報は、そして未来のヒントは全てなくなった。だがそれでいい、ナチュラルの姿を見れば、彼が本来辿るべきだった道筋から大きく離れて、全く別人へと変化し始めているのが解る。だけど、そっちの方が幸せなのだから、それでいいものだと思う。

 

 ―――宇宙へと上がる手段を用意しねぇとな。

 

 将来、ゲンシカイキの死線を乗り越えた後で発生する世界消滅の危機。それを乗り越える準備を同時に進めなくてはならない。ツクヨミ、ワダツミ、カグツチでは駄目だ。メガレックウザへと俺が進化させられるとは思えない。宇宙へと飛翔できるポケモンは非常に限られている。ジラーチなんかが見つかればまた話は楽なのだろうが―――奇跡には祈れない。

 

 役者を仕立てないといけないかもしれない。

 

 運命力と実力を考えればルビー、サファイア、レッド、ナチュラル―――この四人あたりが隕石破壊の為のメガレックウザのパートナー候補になるだろう。

 

 まぁ、それ以外にもフーパを捕まえて、”隕石おでまし”でもさせれば解決するかもしれない。そう考えるとフーパとの出会いも悪くはないのかもしれない。そこらへんはナチュラルの天運が呼び込んだ幸運かもしれない。

 

「ま、なんとかなるか―――」

 

 本来は自分が存在せずとも丸く収まるご都合主義の舞台だ。それでも動き回るのはチャンピオンの肩書き、そして世界に生きる人間としての義務だろう。そう思いながら焚火の中でゆっくりと燃えて消えて行く、メモ帳の姿を眺める。

 

 旅はまだまだ続く。




 スティング(スピアー)
  エース枠でメガシンカ枠。故郷であるトキワの森のポケモンならどれだけ上手く扱える? という試みで育成を開始、予想外の相性の良さにエース級まで育てられたスピアー。キョウからアドバイスを貰って幾つかの毒殺技を伝授してもらっている。夢はミュウツーをタイマンで撃破する事。

 そういえばNってポケモンと話しあうだけじゃなくて未来と過去が見えるとかいう死に設定があったよな。


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103番道路

「―――おはようダブルバトルを申し込むでございます!」

 

 110番道路から103番道路へと入ったところで直ぐに、立ちはだかるトレーナーによって勝負を申し込まれた。服装は旅に向いた軽装で、真っ直ぐモンスターボールを突きつけてくる様な格好だ。この行動を不審者のそれだと言わずして、誰を不審者と呼ぶのだろうか。いきなり出現して上で勝負を挑むなんて、

 

「受けるに決まってるじゃねぇーか!」

 

 世界よ、これがポケモントレーナーだ。

 

「これだからトレーナーって生き物は……」

 

 プラスルとマイナンを抱きかかえたナチュラルが呆れた声を漏らすが、そんなものは聞こえてこない。さっさとルールの確認などを挑戦者と話しあって決めてしまう。基本的な部分は公式戦ルールだが、近くにポケモンセンターが存在しないことを考慮して4:4のダブルバトル。そう、ダブルバトルだ。環境的には野戦に近いが、シングル戦とダブル戦では戦い方も戦術も大きく変わってくる。ここ、ホウエンはこのダブルバトルが割と盛んになっている。その為、こうやって勝負を挑まれた時、ダブルバトルである場合が時々あるだろう。良い機会だから、ある程度ダブルバトルの方にも手を出しておいた方が良いだろう。

 

 十数秒、ルールに関して話しあえばそれでセッティングは完了。向こうも手持ちのレベルは100で統一されているらしく、レベルを調整する必要はなさそうだ。

 

 適当に距離を開けて、そして手持ちのメンバー選出の時間となる。4:4ルールという事はポケモンの数と役割が更に圧縮されるという事であり、ダブルバトルでは”交代受け”がほとんど機能し辛い状況になる。シングルであれば一人を狙えばいいが、ダブルバトルだとターゲットが分散する。その分、地味にバトルが複雑化するのだ。

 

 ダビデをボールの中へと戻し、

 

「んじゃホウエンでも軽く調子を確かめる為に、今回の面子は黒尾抜きでやるか。先発はミクマリとナタク、残りをスティングとダビデで行くか」

 

『えー! アタシの出番がなぁーい! 寄越せー! 出番を寄越せー!』

 

 約一名、凄まじく文句を口にしてぶーたれているのがいるが、あまり見せたくはないポケモンというか、変異特異個体を調子を確かめるのに使っても、正直微妙な所だ。彼女―――”カノン”には後で適当な機会を与える事を約束すると、黙ってくれる事を約束してくれた。まぁ、なんだかんだでチョロい気がする。ともあれ、そのチョロさに感謝しつつ、持たせる道具を確定させる。

 

 ミクマリ(レッドカード)

 ナタク(ラムのみ)

 スティング(メガストーン)

 ダビデ(きあいのタスキ)

 

 まぁ、こんなところだろう。モンスターボール越しに持ち物の設定を完了し、”電子化された持ち物を装備させる”。これでモンスターボールから放った時、ポケモンは道具を持った状態で戦闘に参加できる。

 

 ちなみに一部の持ち物、”ゴツゴツメット”や”とつげきチョッキ”は”完全な電子データ”となっている。これを持ちものとしてポケモンに装備させる事によって、それぞれの効果が発揮するのだ。無論、持ち物扱いなので破壊効果は受け付ける。ふぅ、と息を吐きながら基本的な情報の整理を終え、手の中にミクマリとナタクのモンスターボールを握る。それに相対する様に、三十メートル程離れた先にいるトレーナーも、モンスターボールを二つ握り、構えている。

 

「ナチュラル、審判頼む」

 

「解った。ただ、過剰に傷つけちゃダメだよ?」

 

「解ってらぁ」

 

 ナチュラルの言葉に苦笑し、帽子を少しだけ深く被り、その隙間から正面のトレーナーを睨む。放つ気配と闘志の刃に相手が一瞬だけ動きを止め、そしてやる気を見せる様な笑顔を浮かべる。もし、相手が此方を誰か理解して勝負を挑んでいる様であれば、大した馬鹿だと思う。将来に実に期待できるから本気で戦おう。そして相手が自分が誰かを理解していなくても―――本気で戦う。

 

 チャンピオンが手を抜いて戦う訳がない。

 

「お互い準備は出来たかな? それじゃあ構えて―――開始」

 

 ナチュラルの声が響くのと同時に、片手で握る二つのモンスターボールを前方へと向ける。素早く開閉ボタンを押し、その中に入っているポケモン達を繰り出す。此方側から繰り出すポケモン、ミクマリとナタクはどちらも亜人種のポケモンだ。

 

 まず最初に登場するのがミクマリの姿だ。惜しげもなく腹や臍をクリーム色のきつめのチューブトップで見せつけ、その豊かな胸を強調している。余計な装飾を身に纏う事はなく、下半身は光の加減によっては七色に変わり輝く、金色に近いパレオをスカートの様に腰回りに巻いており、髪は頂点で金髪だが、先へと進むごとに蒼色のグラデーションによってその色を変えて行く。色違い亜人種ミロカロス。それがミクマリの正体であり、出現と同時に雨が降り始める。その雨を纏う様にリングを形成し、アクアリングを発動させる。

 

 その横に静かに立ったのはナタクの姿だ。薄紫と白色のノースリーブ型のスリットドレスを装着しており、スリットドレスとは別パーツになっている、大きく余る、ダボついている袖を装着している。胸を支える様に両手を胸下で組んで登場し、長い薄紫の髪は首の裏でまとめられており、尻尾の様に伸びる様になっている。ただし、その両目は閉じており、開いて確認できる宝石のような紫の瞳は光を移さない―――盲目の”天賦”コジョンドだ。

 

「美しく決めましょう、ね?」

 

「参ります」

 

 出現した二人の前に相対する様に出現するのは緑色の蛙のキグルミを被った女の子の姿をした亜人種のポケモン、ニョロトノ、そして原生種のカポエラーだった。ニョロトノとカポエラーの組み合わせを確認し、そして理解する。相手の構成はおそらくは”雨パ”になっている。開幕で雨乞いを行えるポケモン、ニョロトノの存在は有名であり、雨パに関しては非常に起用されやすいポケモンだ。特に、自分みたいにあめふらしを育成で仕込めないトレーナーにとっては相棒とも言える存在になりえる。そんなニョロトノと一緒にカポエラーを繰り出すのはニョロトノや雨パの天敵であるナットレイなどのポケモンを安定して狩る為だ。

 

 カポエラー自身、猫騙しを使えるし、非常に有効な組み合わせだ―――というかダブルバトル前提の組み合わせだ。面白い、此方はシングル畑の人間で、シングル向けのポケモンだが、ダブルバトルが出来ない訳ではない。

 

 重要なのは読みだ。読みが状況を支配する。4:4という数ではあるが、相手はそれなりのガチパを構築してあるらしい―――まぁ、狩る事には変わりはない。ニョロトノとミクマリのあめふらしによって大雨が降り始めるなか、迷惑そうに逃れようとするナチュラルを野生のオオスバメが庇う様に翼を広げて守っている。

 

「―――ニョロトノ、カポエラー!」

 

「遅ぇ」

 

 一手目はボールからポケモンを放つ前に仕込んである。故に言葉を放つ前にミクマリとナタクが動いている。真っ直ぐ進んで猫騙しを放ってくる腕をナタクが払い叩き、ファストガードを完了させ、その瞬間しんぴのまもりを展開したミクマリの体をねっとうが直撃する。それを軽々と耐え抜きながら、ミクマリが保有していたレッドカードが発動し、ニョロトノが強制的にボールの中へと戻されて行く。その代わりにフィールドへと引きずりだされるのは―――ルンパッパだった。ファストガードを成功させたナタクが相手の腕を絡め取り、そのままあてみなげを連結させてカポエラーをトレーナーの下へと投げ返す。大地へと叩きつけられたカポエラーが立ち上がり、体勢を整える頃、

 

 雨に濡れたミクマリが水流に乗り、ボールの中へと戻ってくる。天候バトン効果を発動させながら、次に繰り出すのは―――ダビデだ。ミクマリが敷いた水流の道を滑る様に出現したダビデはアクアリングを引き継ぎながら登場と同時にスパークする。降り注ぐ雨に雷が乱反射し、それに触れる敵の姿を感電させる。タスキ潰しと雨と霰に適応された麻痺撒き効果によってカポエラーとルンパッパが両方とも麻痺の状態異常を押し付けられ、二体の動きが痺れる様に停止する。が、その内カポエラーが振り払う様に麻痺から回復する。

 

『……』

 

『……』

 

『あの、先輩達が解析した事を言いたくてウズウズしているんですが……』

 

「お前ら戦闘に参加してないから黙ってなさい……さて―――こうだな」

 

 ルンパッパから猫騙しが放たれるのを再びナタクのファストガードで妨害させつつ、そのまま受け流しの動きで追撃のはっけいがルンパッパへと叩き込まれ、あてみなげと繋げられ、ルンパッパの体が吹き飛ぶ。合わせる様にダビデへと接近していたカポエラーの攻撃を素早く回避したダビデがそのまま、水流に乗ってボールの中へと戻ってくる。そのままバトンをダビデからミクマリへと繋げ、場に再びアクアリングを纏ったミクマリを繰り出す。

 

「さあさ、美しく追いつめるわよ」

 

 ルンパッパとカポエラーのターゲットがミクマリに集中し、それを受け入れる様に笑みを浮かべながらミクマリが腕を広げる―――実際、彼女の存在は非常に面倒だ。ミロカロスという種族自体が耐久力に優れ、アクアリング、とぐろをまく、じこさいせい、ドラゴンテール、メロメロ、しんぴのまもり、と、凄まじくサポート能力が高い。次のポケモンへと繋げるという起点として考えるサポート役であれば、耐久力をそれなりに保有しており、その技幅から次へと繋げる役割には非常に有用であり、面倒な敵になる。つまり、迷う事無くこの状況でミクマリを潰さないと、強化されたポケモンを次々とバトン交代で繰り出されてくるという状況になるのだ。

 

 それを理解して潰しに来ようとするまでの判断が早い。

 

 だが二体の攻撃の前にナタクが立ちはだかる。迷う事無く攻撃の射線に入り、ルンパッパのハイドロポンプを喰らい、そしてカポエラーの繰りだすインファイトを掴み、受け流し、大地に叩きつけ、カウンターでインファイトを叩き込んでからあてみなげを繰りだしてカポエラーを瀕死に追い込む。

 

「こと、格闘においてはシバ殿のカイリキー以外には毛頭負ける気はありませんので、ご留意を」

 

「つっよっ―――」

 

 その理不尽さが”天賦”のポケモンなのだ。

 

 特にナタクは盲目、その分のリソースを他に回せている為、少々異質な意味で理不尽でもある。それを思い出しつつも、ミクマリを天候バトン効果でボールの中へと戻して行く。悔しそうな表情を相手が浮かべているが、それでも手は緩めない。ポケモンをミクマリから次に繋げるのは―――ダビデだ。合わせる様に相手が繰り出してきたポケモンはオレンジ髪に翼をもつ亜人種のポケモン―――カイリューだった。

 

 雨の時ならば暴風を避ける事は極限的に難しくなるのだろう、カイリューはそういう役目を持っていそうだと判断し、また、ナタクとダビデが出てくる事を予想しての死に出しだろう。ただこれは”誘導”でもある。ずっと居座っているコジョンドのナタク、そして交代で麻痺を撒いてくるバチュルのダビデ。飛行タイプ技、それでいて高命中度技を放つ事が出来るのはこの雨パ構成ならカイリューぐらいだろう。

 

 ダビデの登場と共に電撃がスパークし、体力が削られながら濡れた体を締め付ける様に電撃が神経を刺激し、麻痺へと叩き落とす。それを持っていたラムのみを食べる事でカイリューが脱出する。その姿を守る様にルンパッパがカイリューの前に立ち、雨を吹き飛ばす様な暴風がカイリューから放たれる。その衝撃にナタクが動きを止め―――ダビデがその超小型の体を生かして、必中効果を無視して回避する。汗を掻きながら素早く、濡れた大地を滑る様に回避したダビデがボールの中へと戻ってくる。合わせる様にギリギリ体力の残ったナタクへとボールを向け、ボールの中へと戻して行く。

 

「んっんー、ビューティフル!」

 

 ダビデとバトンタッチによって再びミクマリが出現し、そしてナタクと交代する様に出現するのは、

 

「マルチスケイルは剥がれた。やれ」

 

 スイッチする様にボールから放たれたスティングが閃光に包まれ、メガシンカを完了させる。その姿にエールを送る様に手を叩いたミクマリが先手を譲る様にルートを示した―――おさきにどうぞが成功し、先手を与えられたメガスピアーと化したスティングの赤い目がカイリューをロックオンし、そして必殺の刃を研ぎあげる。一瞬でカイリューの背後へと超加速から接近し、両手のニードルを最小限の動きで振るう。ダブルニードルを繰り出す動きで、

 

 一撃目で毒を喰らわせ、

 

 二撃目で毒素を爆発させてカイリューを潰した。

 

 二撃必殺。キョウが仕込んだ毒殺の奥義がこのバトルに置ける唯一にして最大の天敵を、その耐性を破壊しながら始末する事に完了させた。それを目撃したトレーナーが動きを止め、そしてあちゃぁ、と声を漏らしながら頭の後ろを掻く。

 

「……駄目だ、ここから勝てるイメージが思い浮かばないや」

 

「サレンダーするか?」

 

「うん、申し訳ないがこれ以上バトルしても傷つくだけだし、サレンダーさせて貰うよ」

 

「それじゃあそこまで! 勝負あり!」

 

 トレーナーが敗北を認めるのと同時に脱力したかのようにルンパッパが座りこみ、そして今まで場を支配していた大雨が終了する。ちょっと濡れてしまったなぁ、と跳ねかえった雨粒のせいで軽く濡れた自分の姿を確認しつつ、

 

 ホウエン地方における初戦を快調な滑り出しで開始できた。




 初ダブルバトル。ダブルはシングルと環境がかなり違うのです。

 ミクマリ(色違いミロカロス)
  支援型サポーター。シングル戦想定だけどリングやヴェール、設置除去や積み技からの交代が非常にウザイ。ビューティフォーの響きが気にいっている。

 ナタク(天賦コジョンド)
  盲目のコジョンド。自分から目を捨てる事によって更に武術の技や連携に磨きをかけた。特に何処かがおかしい、凄いというのではなくて”強い奴は強い”という理論を実践した固体。胸はサラシを巻いて抑えてるらしい。

 これで今季の面子で出現していないのは後一人だけかな。


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コトキタウン

「―――つまりアレだ、雨パ自体は悪くはないけど、捻りがないのが辛い。ただの雨パや砂パ、天候パってのは構成が最初の2~3匹で予想出来るんだよ。特にダブルバトルだと見せる札が一気に増えるから、その分更に見えてくる訳だ。育成次第じゃあ色々と変化を与える事も出来るけど、テンプレに従ってると、テンプレなメタ用意されるか、読まれるかで終わるからな。今回は完全に読まれたパターンで」

 

「ふむふむ」

 

「基本軸が雨パってのは問題がないんだよ。ただ問題は”雨パそのまんま”って状況よ。特性だけに頼るんじゃなくて、工夫や新たな能力を開発して行くんだよここから。雨に反応して能力が上がるとか、雨に反応して優先度が上がるとか。そうやって天候に連動する様に能力を育成して、ドンドン尖らせてくんだ。一匹でアレコレ対応しようとすると広く、浅くって風になっちまうからな。だからどこまで趣味と個性をコンセプトに押し付けられるか、それを実行できるかが勝負になってくる」

 

「あ、物凄い参考になります」

 

「良し良し、まぁ、こういうポケモンの戦術構築は一年二年じゃあ構築できねぇ、四年、五年かけて漸く構想が完成するもんだ。俺だって三年前は若干力押しでぶっ飛ばした部分があるしな。重要なのは”戦術”と”育成”とバトルにおける”読み”だ。重点的に鍛えるといいぜぃ」

 

「どうもありがとうございましたぁ!」

 

「あいよ、見かけたら何時でも声をかけてくれ、バトルの相手だったら歓迎するから―――」

 

 手を振りながら、

 

 ―――103番道路の湖へと沈んで行くトレーナーの姿を眺める。

 

 というかトレーナーを運んでいたポケモンが波乗りをするのに飽きて潜り始めたせいで、トレーナーまで溺れ始めている。その光景を無視して、モビー・ディックでは大きすぎる為、ナチュラルがそのカリスマによって説得したギャラドスの背に乗って、103番道路をコトキタウンへと向かって移動する。ナチュラルと共に水没したトレーナーの姿が完全に見えなくなるまで眺める。

 

「動かないな」

 

「うん」

 

 そのままずっと後ろを見ながら先へと進んだが、結局あのトレーナーが浮かび上がる事は二度となかった。”ダイビング”でも発動させたのだと信じておこう。そう信じよう。ともあれ、視線を殺害現場から背け、前方へと向ける。予想よりもコトキタウンへの道のりは順調であり、夜にはコトキタウンに到着するかと思ったが、半分の時間で到着できそうだった。それに間違いなく貢献しているのはナチュラルによって協力してくれるようになったギャラドスの存在であり、当初は適当にハスボーを捕まえて運ばせようとでも考えていたので。10匹ぐらい捕まえればそれなりに座って移動できるスペースは出来るし。

 

 ともあれ、ギャラドスのおかげもあって移動は早く終わりそうだった。

 

「しっかしダブルバトルか―――やっぱ勝手がかなり違うな」

 

「僕からするとポケモンを戦わせてるんだからどれも一緒に見えるんだけどね」

 

「馬鹿野郎。お前、選手やってるポケモンと真面目にポケマス目指してるトレーナー全員に殴られるぞ」

 

 シングルとダブルのバトル環境は違う、かなり違うというよりは完全な別物だ。分散されたターゲット、増えたフィールド、増える攻撃回数、変わってくるアシストの仕方、変わってくるポケモンの役割―――ダブルバトルとシングルバトルでは環境が違いすぎるのだ。無論、野戦とも全く違う環境だ。ダブルバトルはシングル以上に慎重に、そして頭を使う必要な部分がある上に、同時にポケモンを二体指揮する都合上、指示タイプのトレーナーが物凄く有利なのだ。まぁ、元々指示能力はポケモンバトルに必須な項目というか能力なので、鍛えられていて当たり前なのだが、

 

 ―――三年前、俺にはそこまで高い指示能力はなかった。

 

 チャンピオンになったのはいいが、それは今からすればやや強引な戦い方だった。強く育成したポケモンでアドバンテージを捥ぎ取る。どこかで手持ちのポケモンに頼り過ぎていた戦い方だ。サザラを最後に残せば勝利してくれる……そんな考えは最後の最後でサカキが打ち砕いてくれた。だから面子を変え、環境を変え、慢心しないように、慣れない様に、指示能力を鍛えているのだ、今も。おそらく、それが自分に一番足りないものだったから。

 

「ホウエンではダブルやる回数が増えそうだなぁ……」

 

「大変そうだね」

 

「頂点とは何時だって大変なものさ、なんてな―――っと、岸が見えてきたな」

 

 ギャラドスの移動速度は風を感じ、髪が後ろへと流れて行く程度の速度だ。言ってしまえば小型のモーターボートと同じレベルの速度。本来はもっと速度が出るのだろうが、それでも背中に人間を二人乗せているという状況で湖を進んでいるのだ、あまり無茶は出来ない。それでも十分な速さはある。やっぱり旅は楽しいよなぁ、なんて事を思いながら見えてきた岸の方へと視線を向けていると、そこには一か所に集まっているポケモン達の姿が見える。灰色の姿は103番道路で比較的に良く見かけるポチエナの姿だが、なんだろう、狩りの途中なのだろうか。

 

 そんな事を思いつつ前方へと視線を向けていれば、

 

「―――ん?」

 

 人間が倒れていた。

 

 ちょっと太っていて、白衣姿の男が。ポチエナに舐められたりガジガジと甘噛みされている。どこかで見た事あるなぁ、と思ったら思い出した。

 

「オダマキ博士ぇ―――!!」

 

「え、えぇぇぇ!?」

 

 ポチエナに群がられているオダマキの死体? へと絶叫を響かせながら、オダマキへと近づく為にギャラドスを急かせる。

 

 

 

 

「―――いやぁ、フィールドワークしてたのはいいけど、お腹が空いちゃってね、それでも今やっていることを途中で切り上げるのもアレだし、終わらせてから食べに行こうと思ってたら気が付いたら何故か体が動かなくてね! あーっはっはっはっは―――」

 

「漫画ばかりの出来事じゃないんだよなぁ、お腹空いて動かなくなるのって」

 

 その経験がないのか、ナチュラルは口の端をヒクつかせているが、実際に、こうやってお腹が空きすぎて全く動けなくなるという事はあるのだ。俺も実際、一度だけ経験した事がある。その時は生死の境をさまよって、何とかポケモンセンターへと運ばれ、栄養剤を摂取しながら数日間安静する事によって何とか生き延びたのだ。あの時は本当に死ぬかと思ったものだ。まぁ、そんな訳で、

 

 コトキタウンのポケモンセンター内にある食堂でホウエン地方におけるポケモン研究の権威、オダマキ博士と和やかな食事をしていた。相当我慢していたらしく、皿に大もりになっていたチャーハンが簡単にその胃袋の中へと消えて行く。バトルしたり移動したりでそれなりに此方もお腹が空いていたが、それでもオダマキの食べる量を見ているとお腹がいっぱいになってくる。ナチュラルと横に並んでうへぇ、と表情を浮かべている。肩の上のダビデでさえ、食べる気をなくしているのだから凄いものだ。そのまま、数日分の食料を腹の中に溜めこもうとしているオダマキの姿を眺め、食べ終わるのを待つ。

 

 ―――結局、全部食べ終わるまでそれなりに待たされてしまったが、相手は良い表情を浮かべている。

 

「……さて、食べ終わったところで改めて自己紹介させてもらおうか。ホウエン地方でポケモンの研究を行っているオダマキというんだ。気軽に博士、とでもオダマキ君、でもオダマキ博士とでも呼んで欲しい。君は―――セキエイチャンプのオニキス君だね、さっきは助けてくれて本当にありがとう。いやぁ、これで妻に叱られずに済むよ」

 

「これ終わったらチクリますわ」

 

「!?」

 

 倒れたんだからそれぐらい義務だろう。オダマキが笑ってごまかそうとするが、この会話が終わった直後にミシロタウンへ連絡を入れれば問題ないだろう。少しは心配する側の気持ちを知れ―――と、思うのは自分がしてはいけない事なのだろう。どちらかというと心配をかける側の人間だし。

 

「と、ともかく、ここでセキエイのチャンピオンに出会ったのは幸運だったよ。ちょうど、知り合いのエリートトレーナーにでも頼もうと思っていた所だし、チャンピオンだったら依頼をする相手としては問題ないだろうし」

 

 オダマキの言葉に首を傾げると、オダマキが笑みを浮かべ、

 

「いや、実はね、とあるトレーナー―――というかトウカシティのトウカジム、そこに新しく就任したジムリーダーのセンリくんとはちょっとした親交が彼がジョウトにいる頃からあってね、新しくホウエンへと来たばかりで、調子を確かめる為には一戦、スパーを知らない相手と組んでみるのがいいんじゃないかと思うんだ。知らないトレーナーとの戦いが何よりもいい練習になるだろうし。という訳で、報酬はだすし、ちょっと協力できないかな?」

 

 で、どうするの、という感じの視線をナチュラルが此方へと向けてきている。トウカジムのセンリは情報として知っている―――ノーマルタイプのジムリーダーだ。元ジョウト在住で、つい最近ホウエンへと移ってきたという事は、彼の息子であるルビーがホウエンへとやってくるのもそう遠い未来ではないのだろう。となると色々と時間が足りないのかもしれない。が、それはそれとして、センリだ。この男の事は比較的に良く知っている、

 

 何せ、セキエイリーグ参加者だったからだ。それを理由にポケモン協会がスカウト、トウカジムのジムリーダーとして就任にする事になったのだ。つまり、本気になればポケモンリーグ級のトレーナーなのだ。そんなトレーナーと戦う事は良い経験になるし、修行にもなる。それにオダマキから報酬が出る事を考えると悪い話ではない。まぁ、それ以前に”最初からジムリーダーとは戦う予定だった”所もある。

 

 自分はまだまだ未熟だ。

 

 シロナ、グリーン、ワタル、レッド、カルネというチャンピオン経験者は何とか倒した経験を持っているが、それでもサカキ、アデクには敗北した所を見るとやっぱり”経験”と”読みが粗い”部分があるのだと思っている。こればかりは勉強ではどうにもならない領域だ。既に勉強で詰め込む事のできる知識は極限まで詰め終わった後で、後は勉強出来る部分もそれぞれの家やトレーナーが持つ”秘伝”と呼べる技術ぐらいだ。

 

 オニキスに残された成長の余地は全て、ポケモンバトルを通しての成長だ。だから強くなるにはバトルを繰り返すしかない。それだけがトレーナーとしての成長の方法だ。

 

「……受けるかなぁ。ホウエンのジムリーダーは一回、全抜きしておく予定だったし」

 

「お、受けてくれるかい、それは助かるよ。まぁ、チャンピオンだから裏切る事はないし、先払いで報酬は払っておくことにしようか―――」

 

 オダマキ博士が持ち歩いているバッグに手を入れる。その中から取りだされたのは一つのモンスターボールだった。それをテーブルの上に置いたオダマキは、そのモンスターボールを此方へと押すように渡してくる。

 

「その中にはピカチュウの”特異個体”が入っているよ。僕は野生のポケモンの生態研究の研究者なんだけど……流石に特異個体に関しては専門外なんだ、特異個体って群れを形成しないし、数が少なくて……だから、ここはスパっと育てられる人間に預けてしまおうと思ってね。悪くはないポケモンだと思うよ」

 

「ほー……まぁ、報酬を貰ったからにはキッチリしっかりとお仕事はするから」

 

 チャンピオンとしての名誉が存在するし。同じ格の相手以外では一切負けるつもりはない。とりあえず、オダマキからモンスターボールを受け取る。新しいポケモンを育てるのは何時だって育成家として楽しみな事なのだ。

 

「ふぅ……そろそろ家に一旦帰るべきかな」

 

「博士の家……ミシロタウンでしたっけ」

 

 うん、そうだね、とナチュラルの言葉にオダマキが頷く。比較的に研究者に対してトゲトゲしているナチュラルがオダマキに対してあまり言葉を放たないのは、オダマキの研究内容が野生のポケモンの生態調査だからだろうか。

 

「うん、ここ一週間ずっとフィールドワークしてたしね……そろそろ顔を見せて安心させておくべきかなぁ」

 

「まぁ、連絡すら入れてないのならそろそろ、って所じゃないかなぁ」

 

 その後、オダマキと適当に話をして時間を潰し、ポケモンセンターのタコ部屋に部屋を取る。

 

 カナズミシティへと向かう前に、トウカシティでちょっとした用事が出来てしまった……少しだけ、移動のペースを上げた方がいいかもしれない。

 

 そう思いつつ新しく手に入れたポケモンを明日確認しよう、そう思い、一日を終えた。




 オダマキくんからもらってポケモンが今季の”頭おかしいぞこいつ”枠です。

 別名フライゴンさん枠。


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102番道路

 ―――102番道路。

 

 コトキタウンとトウカシティをつなぐ、短い道路がある。この102番道路、というかトウカシティ、コトキタウン、ミシロタウン周辺は比較的に”ポケモンが弱い”。それはこの地方において、ポケモンの天敵である人間が、トレーナーが特にその生態系にはかかわらず、ある程度の距離を置きつつ共存をしているからだ。オダマキ博士からすればポケモンの生態研究をする為には理想的な環境だろう、なにせ自分の実家の様に人工的に作りだした環境ではないのだから。まぁ、そんな102番道路だが、ポケモンが弱いため、

 

 俺やナチュラルが生身で襲われても撃退できる、という事実があるのだ。

 

 実際、俺自身に関しては銃やナイフ、手榴弾とかを使う必要はあるが、場合によっては”レベル40”までは安定して狩れるし、伝説の加護をフル稼働すれば50レベルを殺せるところまでは行ける。その為、ある程度は安全な場所でもある。なおナチュラルに関しては野性のポケモンに対する問答無用のカリスマがあるので、武器とかは必要ない。

 

 今、102番道路にいる。

 

 オダマキと出会ってから一晩が経過し、トウカシティへと向かう道中。

 

「―――さて」

 

 オダマキからもらったモンスターボールを片手に握り、左手にバトルスキャナーを持つ。これはポケモン図鑑の劣化コピー品だ。近年のポケモントレーナーの育成用補助具の一つであり、ポケモンの能力をある程度データ的に解析をその場で行う事の出来る道具だ。無論、公式戦等での相手に対する解析行動はポケモンの能力でもない限り禁止である為、バトルスキャナーの使用は禁止されている。

 

 バトルでは使えないが、新しいポケモンの確認とかには便利な道具だ。肩の上のダビデがいるのを確認しつつ、視線をナチュラルへと向ける。

 

「んじゃ、新しく入ってきたポケモンをこれから繰りだして色々と確認を行うけど、”未解析言語”を喋る場合があるから、それに備えるのを頼む。ピカチュウの言語だったら解析済みで俺も理解できるけど、特異個体だって言われてるんだ、もしかしたら新しい言語を口にしてくる場合もある」

 

「その時に話すのは僕、って事だね。解っているよ」

 

 問題児である様なら、ダビデがその瞬間に制圧してくれるだろう。そう思いつつ、前方、空いている場所へとボールを向け、開閉ボタンを押してそこからポケモンを繰り出す。赤い閃光が白い光を生み、それがポケモンの形を生み出して行く。まず最初に生み出されたのは、

 

 ―――人の形だった。

 

「!?」

 

 黄色く、筋肉の盛り上がった肉体―――。

 

「ふぁ!?」

 

 つぶらな瞳に特徴的な耳、

 

「……え、えー……」

 

 まるで鍛えられた戦士の様な屈強なその姿はパンツ一枚であり、ビルドアップするかのようにポーズを決める黄色いポケモン―――ピカチュウの頭にゴーリキーの体という凄まじい姿をした、ポケモン? な存在がボールから放たれた。見事なビルドアップを決めて筋肉をアピールするピカチュウはそのままサムズアップを向け、

 

「ピ゛カ゛チ゛ュ゛ウ゛」

 

 物凄く野太い声でピカチュウと鳴いた。

 

 でも泣きたいのはこっちだった。

 

「―――」

 

「……」

 

「ピ゛カ゛チ゛ュ゛ウ゛ゥゥゥ、アァァァ……」

 

 無言で視線をポケモンというかバケモンから外し、そしてバトルスキャナーをバケモンへと向ける。ボタンを押す事によってバトルスキャナーがバケモンの解析を始め、そして数秒間、ポーズを変えて筋肉を見せびらかすバケモンを眺め、バトルスキャナーが解析を完了させる。

 

 名前、ゴリチュウ。性別、メス。特性、ノーガード。種族値は物理系が優秀。たぶん原生種。バトルスキャナーに”たぶん”とか表示されるのは初めて見た。

 

「メスかよぉぉぉ―――!!」

 

 そう叫んだ瞬間ゴリチュウが驚きながら両腕で胸を隠すように動く。

 

「ピ゛ッカ゛ァ゛」

 

「隠すのが遅いんだよ! さっきまでお前ビルドアップしてたじゃねーか! クソが! 開き直ってサムズアップ向けるんじゃねーよ!」

 

「ゴリィ……?」

 

「何だよその言ってる事が解りませんって表情は! しかもさりげなく鳴き声変えてるんじゃねぇよ! オダマキィ。オダマキィィィ! オダマキィィィィ!!! てめぇ、こいつ押し付けやがったなぁぁ―――!!」

 

 102番道路に絶叫が響く。隠れていたポケモン達が殺気にビクっと震えるが、ゴリチュウは恥ずかしそうに頭の裏を掻く。何でこの奇怪な生物は妙に、こう、仕草が、というか動きが感情豊かというか色々アレなのだろうか。切らした息を何とか整えつつ、頭の中を軽く整理し、すぐさま落ち着きを取り戻す。アレだ、最近ツクヨミと逢ってないのが悪い。最近、自分がボケを引き受けてばっかり、ボケを喰らう所がなかったから、咄嗟にツッコミに回ってしまったのだ。片手で頭を押さえながら、ナチュラルへと視線を向ける。

 

「やあ、ナチュラルくん。後は頼んだ」

 

「ふぅ、見た目でポケモンを判断しては駄目だと僕は思うんだけどね」

 

 ナチュラルがそう言って、気負う事無くゴリチュウへと近づいて行く。ナチュラルからすればポケモンの姿形は関係ない、全てのポケモンが彼の”トモダチ”なのだ。だからナチュラルは何時もの様にポケモンへと、ゴリチュウへと近づく。笑顔を浮かべ、

 

「やあ、僕はナチュラルって言うんだ。君の事をもっと知りたいんだ、少し話さないかな?」

 

「うるせぇ、引っ込んでろ。もっとプロテイン飲めよ肉無し」

 

「!?」

 

「ゴリチュウッ!」

 

 取り繕ったかの様なゴリチュウの鳴き声に、ナチュラルが完全にフリーズする。そうか、そうだな、ここまで理不尽な経験、中々できるものじゃないものな。今の内に経験しておけば後に備えて耐性を作れる―――頑張れナチュラル、諦めるなナチュラル、君のカリスマだったら未来を掴めるさ、たぶん。

 

「うーし……技幅はそこそこあるけど内容がなぁ……。お、ボルテッカーを最初から覚えているのはいいな、物理系統だからいい感じだし。クロスボンバー、クロスチョップ、メロメロ、ビルドアップ、じごくぐるま……空を飛ぶと波乗りが使えると出ていますが、これはどういう事でしょうか」

 

 最後の言葉をゴリチュウへと向けると、ゴリチュウが柔軟体操を始め、スクワットへと移行し、ナチュラルから数歩離れると、助走を付けて一気に跳躍し、そして大きく腕を広げながら羽ばたく様に腕を動かし―――数秒後、落下しながら踵落としを繰り出した。

 

 その光景をナチュラルと共に両手で顔を覆って見るのを止める。現実逃避したかった。だけどできない。視線を持ち上げればやり切った表情のゴリチュウが存在している。駄目だこいつ、完全に俺の手を超えている。ある意味で、問題児という分野で今まで扱ってきたポケモンを数倍のレベルでぶっちぎっている。ここまでカオスの権化とも表現できるポケモンと出会ったのは初めてかもしれない。

 

「なみのり―――いや、いい。たぶん精神衛生上見ない方が良い。じゃあとりあえず、ボルテッカーを見せてくれ」

 

「ピ……ゴリィ!」

 

「取り繕うのが面倒になって来たなお前!」

 

 完全にフリーズどころか白目をむいているナチュラルを引きずって避難させると、ゴリチュウが近くの木へと視線を向ける。右腕を天へと向けると、そこに雷が落ち、右腕が電気を纏ってスパークし始める。そこからクラウチングスタートに構えたゴリチュウはロケットの様に体を射出し、

 

「ゴリテッカァァァァ―――!」

 

 そのまま稲妻を纏ったラリアットを木に叩きつけ、真っ二つに叩き折った。倒れてくる木を背後に、良い汗をかいた、と言わんばかりにゴリチュウが額を拭いながらサムズアップを向けてくる。さわやかに決めようとしているところが悪いが、お前が何をしてもさわやかに見える事はねぇから。しかもゴリテッカーとはなんだ。ボルテッカーじゃないのか。バトルスキャナーを確認したらボルテッカーがゴリテッカーに変化していた。もうやだこいつ。

 

 過去最大の問題児認定。

 

「……まぁ、俺のポケモンになった以上、手放すことはしないし、しっかりと育成するから、そこらへんはしっかりと従ってくれよ、ゴリチュウ。つかお前にもニックネームつけなきゃな……。とりあえず、何か適当に良さそうな名前を見繕っておくわ。おーい、ナチュラル、ナチュラルくんやーい、おっきろー」

 

 軽くナチュラルの頬を叩くと、放心していたナチュラルが現実に戻ってくる様に復帰して来る。

 

「う、うん。うん、ちょっと呆けていたみたいだ。僕らしくもない」

 

「おう、トレーナーに迷惑かけてんじゃねーぞ貧弱王子」

 

 ゴリチュウの口から放たれた言葉に即座にゴリチュウへとナチュラルと合わせて視線を向けるが、ゴリチュウは筋肉を強調する様なポーズを決め、

 

「ゴリチュウゥッ!」

 

「ごめん、僕、人生で初めてトモダチになれないポケモンと出会ってしまったかもしれない。この子とだけはまともに話しあえない気がする」

 

 凄まじい悲しみとショックと敗北感をナチュラルが感じている中で、ゴリチュウへと視線を向け、良し、と決断する。

 

「お前の名前はピカネキ! ピカチュウである事を強調する名前だな! そしてこれからのバトル、積極的にお前をバトルに出して”ゴリチュウテロ”を発生させてやる! オダマキ、俺は忘れんからな、この仕打ちを決して忘れはしないからな!!」

 

 その言葉を聞いたゴリチュウ―――ピカネキが気合をいれる様にポージングを始め、やる気を見せる。

 

 まぁ、このゴリチュウとかいうピカチュウの特異個体、能力自体は悪くはないと思う。姿を一旦忘れてしまえば、ライチュウを物理特化型にしたような種族値を保有している。そこまで防御面が高い訳ではない。だがピカチュウという種族をベースにしているからか、それなりに高い素早さを保有し、ノーガードから様々な低命中技を必中させられる強みがある。その上、攻撃力がずば抜けて高い。多くの格闘、ノーマルタイプ技に適性を保有しているのは見れば解る事だ。それにまだ、才能の領域を多く残しているのを見ると、成長性、或いは将来性に多くが見込める。それにボルテッカーから変質したこのゴリテッカー、性能が面白い。ノーガードと組み合わせる事前提でゴリチュウが編み出した技かもしれない。

 

 つまり育成次第では面白いポケモンに育てる事が出来る、という事だ。それにここからまだ進化する可能性だって十分に残されているのだ。見た目と性格の事を抜きにすれば、育成してみるポケモンとしてはかなり面白い分類にジャンルできるのかもしれない。

 

「……うっし、ピカネキのレベルはまだ二十程度だし、軽くクセやコツを把握する為に、野生のポケモンを引き寄せて戦うとするか。センリ戦には間に合わないけど、カナズミジムだったら間違いなくある程度のレベリングを完了させる事が出来るし、そこでデビューさせるとするか」

 

 ピカネキの育成を考えると、ちょっとだけ楽しくなってくる。最近はバトル三昧だったし、変なポケモンを育成するのも育成家としては楽しいのだ。

 

 ともあれ、

 

「まずはトウカだな」

 

 ピカネキとナチュラルを引き連れながら、トウカシティへと続く102番道路―――野生のポケモンにおびえられながら進んで行く。




 ゴリテッカー/180/40/電/反動ダメ

 大体みんなが予想してた通りのゴリチュウ。オリポケ?改ポケ?勢に関してはどこまでが使用していいのかのガイドラインが解らない。一応アルシリ、ベガまではクリアしているのよね(´・ω・`)

 性能的にゴンさん級という訳じゃないんだ

 キャラのヤバさ的部分で総合的にゴンさん級なんや


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トウカシティ

「―――うし、トウカシティ到着だな」

 

 102番道路を抜けてトウカシティへと到着する。カナズミシティとは違って、トウカシティはそこまで開発の手が伸びていない。その為、街中でも緑の姿をよく見かける事が出来る―――自然の多いホウエン地方の中でも、そこそこ多い方だ。一番は間違いなくヒワダタウンなのだろうが、あそこはもはや完全に違う様なものだ、勘定に入れるのは違うだろう。目的地へと到着したし、さっそくトウカジムへと向かわせてもらおう。その前に同行者を確認する。

 

 一人目、ナチュラルくん。完全な敗北を経験したせいか若干昔のレイプ目が復活している。

 

 二人……目? ピカネキ。葉巻を優雅に咥えながら上半身をブレさせない歩みで直ぐ横をマークしながらついてきてくれている。さっそく理解の限界を突破してくれた。もう何も考えずにそういう生き物だと思って諦めよう。レイプ目で歩みがおぼつかないナチュラルを肩に担いで運ぶようにピカネキに指示し、そのままトウカジムへと向かう。

 

 トウカシティの住民がショックと驚愕の表情を受けながらピカネキと晒し者になっているナチュラルへと視線を向けるが、写真を撮ってSNSへとアップロードする様な鬼畜精神の持ち主は存在しなかったらしい。なんて優しい世界なのだろうか―――俺は写真を残すが。

 

 そんな事を考えながら、新たに荷物持ちというジョブを取得したピカネキが上半身を一切ブレさずに荷物と荷物(ナチュラル)を運び、トウカジムへと向かう。ジム内部からは人の気配を感じるが、それも一人だけだ。いるな、と判断した所で迷う事無くジムの自動ドアを抜けて、ジム内部へと入る。

 

 扉を抜けた先にはジムのロビーがある。そこは道場風の内装になっており、実家近くのエンジュシティの事を思い出させる。周りへと視線を向けるが、受け付けのカウンターにも、ここでトレーナーにアドバイスを送るアドバイザーの姿もない。まだまだ、ジムとして始動したばかりの姿をしている。ジムの仕掛けも、おそらくはまだ起動していないのだろう。となると奥へ行くのは楽だろうが、そんな事をする必要はない。

 

 数秒間、何かをするわけでもなくそこで立っていると、

 

「すまない、待たせたな―――」

 

 そう言って奥の部屋から若い男の姿が―――トウカジムのジムリーダー、センリの姿が現れる。何て事はない。センリもポケモンリーグで勝ち抜いてくるだけの実力を誇る男だ、少しだけ、闘気を垂れ流せば、敏感に闘争の気配を察して反応してくるだけの事だ。だからそれを利用し、言葉も使わずにセンリをジムの奥から呼び出したのだ。そして出てきたセンリは此方の姿を両目で捉えると、驚いたような表情を浮かべ、そして笑みを浮かべる。

 

「これはセキエイチャンプ!」

 

「久しぶりセンリ。……つっても前シーズンぶりだし、たったの数か月の話だな」

 

「えぇ、久しぶりです。まさかホウエンに来ていたなんて―――公務ですか?」

 

「いや、ちょっとした趣味と修行だよ。ついでにオダマキ博士にスパー相手を頼まれたからいっちょ、暇なら相手でもしてもらおうかと思うんだけど……既に報酬を押し付けられちゃったし」

 

 視線をピカネキへと向ける。それに釣られる様にセンリも視線をピカネキへと向ける。視線を受けたピカネキが葉巻を加えたまま、ピカチュウの愛らしい顔で笑顔を浮かべてサムズアップを向けてくるが、その肉体が全てを台無しにしていた。しかも耳から煙が少し漏れている。お前の体内構造どうなってんの。

 

「……なんかすまない」

 

「……慣れたしいいよ」

 

 頭の中でオダマキの笑っている表情が思い浮かぶが、このオニキス、セキエイチャンピオンは決して受けた恩と恨みは忘れはしない。覚悟しておいてほしい、一番いやらしいタイミングで爆発させてやるから。ともあれ、センリへと視線を向け直し、どう、と視線で聞く。それにセンリが頷いて答える。

 

「助かりました。一戦、本気でポケモン達を動かしてから細かい調整とかを入れたかったんです。実はホウエンに来る前にジョウトの方で二人ほど既に調整段階に入ってしまったので、残りは四人程になるんですが……4:4でかまいませんよね? ルールはレベル無制限の公式で」

 

「俺は問題ないさ。どんなルールでも勝利するだけだしな」

 

 そういうとセンリが戦意ある表情を浮かべる。恐らくセンリは”ホウエン最強クラスのトレーナー”だろう。ホウエン四天王に迫るレベル、或いは匹敵するレベルのトレーナーだ。6:6で勝負する事が出来ないから完全な本気とは言えないが、それでも勝負するだけの価値は間違いなくある。頭の上の帽子を軽く押さえ、深めに被り直しながら小さく笑い声を零す。駄目だ、やっぱりトレーナーという生き物は業が深い。

 

 強敵との戦いを前にすると血が沸き立つ。

 

 数年前までは自分が追いかける側だった。

 

 今は追いかけられる側―――引きずり落とされようとする側だ。

 

 殺意が籠ってしまう程に全力でポケモンを指示するトレーナーと戦うのは―――楽しい。

 

 センリがジムのフィールドの場所、その場所への進み方を教えてから姿を消すように先に奥へと進んだ。此方が気にする事なく面子の選択と道具のセッティングを行える様に、というセンリの配慮なのだろう。別にそこまでする必要はないのに、と思いつつ頭の中で今回のバトルに使用するポケモンを決めて行く。センリは、トウカジムは”ノーマルタイプのジム”だ。つまり、センリは間違いなくノーマル統一で戦って来る。まぁ、ある程度センリの手持ちは割れている。だからまず間違いなく出てくるポケモンを知っている。

 

 ―――それを考慮し、メンバーを選出する。

 

 黒尾(きあいのタスキ)

 メルト(だっしゅつボタン)

 カノン(いのちのたま)

 ナタク(たつじんのおび)

 

「―――ま、こんなところだろう」

 

 ノーマルタイプのポケモンの技で一番採用率が高いのがノーマルと格闘タイプの技だ―――と思ってはいけない。近年のポケモンバトル環境において、優秀なサブウェポンを教える事が段々とだが広まっているし、センリもそこは初心者じゃない。対面不利、或いはゴースト相手でも落とせる様に優秀なサブウェポンを積んだポケモンを持ってくるだろう。まぁ、それでも格闘とノーマル技を交代受けで無力化させられる氷花をパーティーに加えない理由は簡単だ。

 

 ”甘え”だ。

 

 甘えはトレーナーを腐らせる。もっともっと自分を追い込まなくてはならない。安易にメタパを使って勝利するなんて事は成長に繋がらない。苦境ではない、対等な”血闘”こそがトレーナーを磨く何よりもの研磨剤なのだ。だから残念ながら氷花の採用は見送り、ミクマリは特殊受けと支援サポートを考えたポケモンだが4:4の状況だと状況が早く動きすぎてかえって使いづらい、ダビデの採用はセンリが相手だと少々火力が足りなくなってくるから採用見送りだ。最後にスティングだが、聊か相性が悪いだろう、というのもスティングの耐久力はそこまでは高くはない。ノーマルタイプに昆布戦法は行えないが、それでもセンリのエース、天賦のケッキングを相手にするとなると恐らく毒を一回ぐらい無効化して来るだろう。となるとその隙に殺されてくる。

 

 となるとパーティー面子は固定される。

 

 先発で天候を夜に変える事が出来、尚且つ対面する事である程度相手の能力を看破できる相棒の黒尾。このパーティーで天候に関しては一番適応と適性を保有している、ウルガモスの特異個体であるカノン。超重量級で物理と特殊両方の受けを担当できるヌメルゴンのメルト。そして最後に、このパーティーで唯一タイプ一致で弱点を攻める事の出来る天賦コジョンドのナタクだ。このパーティー、攻撃性能に関してはカノンとナタクが担当している。この二人が落とされた場合、勝利はないと思っても良いだろう。

 

 何せ、黒尾とメルトからは攻撃力のほとんどがオミットされているのだ。黒尾ももう昔の様にVジェネレートを放つ事は出来ない様に調整されている。それと引き換えに手にしたのが、経験と俺と一緒にいる事によって覚えた、育成家として相手を見抜く能力、能力の解析なのだから。

 

「黒尾、メルト、カノン、ナタク。今回はお前ら四人に任せる。相手は格下だからと油断すれば一瞬で喰い殺してくるタイプの人間だ、欠片も慢心するなよ」

 

『慢心する理由がありません』

 

『ぬめーん』

 

『やぁっとアタシの番ね! もう、待ちくたびれちゃったわ』

 

『何時も通り、ただ勝利するのみです』

 

 手持ちのポケモン達の戦意は十分なようだ。いや、この面子の中でバトルに対して気後れする様なポケモンは存在しないだろう。多少、無茶や悪い事をして手に入れたポケモンが存在する事は認めざるを得ないが、バトルに対するモチベーションに関しては俺から吹っかけた事は”一度もない”のだ。バトルに対して勝利したいという気持ちは純粋にポケモン達に生まれ、そして俺はそれを育てているに過ぎない。

 

 誰かのために戦うのは動機が弱すぎる。

 

 他人の為という自分の為ならまだ納得できるが。

 

「ふぅー……センリの手持ちが去年から変わってないなら耐久特化型輝石ラッキー、破壊の遺伝子が内蔵された”闘神”ケンタロス、メガシンカに開眼したガルーラ、怠ける事を止めた天賦ケッキング、復讐の刃のザングース、んで全天候型ポワルンって所だけど―――」

 

 恐らくセンリが本気で戦うというのならこの六匹で来るのは間違いがないだろう。ただこの六匹の内、二匹は調整の関係で参加してこない。その中で、メガガルーラへとメガシンカしてくるガルーラと、そして輝石ラッキーが来ない事だけを心の底から祈っておく。メガガルーラに関してはもはや説明をする必要は存在しないと思うが、輝石ラッキーはあの凄まじい耐久性に加えて麻痺や火傷を容赦なくばら撒き、その上で積み技を重ねてバトンタッチしてくる。

 

「……いや、決めた事を変えるのは駄目だな」

 

 積み消し、みちづれ、ほろびのカウント、割合ダメージ。輝石ラッキーを潰すというのであれば、まさしく氷花の存在が最適なのだ。それこそメタを取れるというレベルで。だがそうするとあまりにもあっさりと相手の受け起点を破壊出来てしまう。そうなると正直、こっちにもあっちにも得はない―――勝つのではなく、調整を最終的な目的としたスパーに来ているのだから。

 

 それはそれとして絶対勝つのだが。

 

「ま、こんなところだろう。4:4で此方が有利、冷静になってセンリの手の内を読めば負ける事はない、読めれば―――」

 

 その”読み”というのが凄まじく難しい。経験とセンスの差がどうしても見えてしまう部分だ。これだ、これが自分の弱点であり、鍛えなくてはならない。サカキやアデクレベルの”魔性の読み”や”絶技”と表現できるポケモンに対する指示。ああいうベテランに入って経験が極まっている指示型のトレーナーに勝利するには、素の読みの力を鍛えるしかないのだ。

 

 オニキスのトレーナーとしての能力は8割、9割完成している。

 

 それゆえに求める、更に先へと進み、成長する事を。

 

 男として生まれたのであれば、一度は最強を目指さないとならない。

 

 それは病気の様なものであり、どうしようもない衝動であり、

 

 ―――大人になったつもりで、それでもまだ誰にも敗北しない最強の座を目指すのは、大人になり切れていない部分があるのかもしれない。だとしたら、

 

 世の中、馬鹿な子供(トレーナー)で溢れているのかもしれない。

 

「……良し、ホウエンのジムリーダー達とのバトルは間違いなく良い経験になる。ホウエン最初のジム戦だ、危なげなく勝利して次へと繋げるぞ」

 

『はい!』

 

「ピカネキ、いい加減ナチュラルを叩き起こしてくれ。そいつが審判をしないと話が始まらない」

 

 後ろでおうふくビンタがさく裂する音を耳にしながら、ポケモンバトルを果たすために前へと、奥のフィールドへと向かって歩き進む。




 ピカネキの朝は紅茶と葉巻で始まる。ナチュラルを見つけたらプロテインを叩きつけ、スクワットしながら紅茶と葉巻を嗜むのだ。そしてナチュラルは死ぬ。

 SAN値が徐々に削れる。

 という訳で次回、vsセンリですわ。準備をしたり、対策を考えたりするのも”ポケモン”かなぁ、と思う。


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vsセンリ

 トウカジム奥のバトルフィールドはジムには珍しく畳張りの道場風のフィールドとなっている。足元の感覚が普通とは異なる為、ポケモン達に対する指示もそれに気を付けなくてはならない。大事な所で踏ん張り方を間違えて転ぶ、それが原因で敗北なんてかっこ悪すぎる。だから靴の裏で足元の感触を確かめつつ、反対側にいるセンリへと向け、そしてピカネキと漸く復帰したナチュラルに部屋の隅で観戦する様に指示を出しておく。それに二人が大人しく従い、壁に沿う様に動きを止める。バトル前だから特にネタに走る事はしないらしい。ちょっとだけ安心する。いや、待て。おい、体育座りは止めろ。なんで寂しそうな表情を浮かべて体育座りしているんだあのゴリチュウ。おい、スクワットもやめろ。大人しく観戦してろ。

 

 良し、つまらなそうな表情を浮かべて普通になった。

 

 視線を反対側へ、センリへと向ける。

 

「待たせたか」

 

「いえ、それほどでも。それにしてもまた妙なポケモンを育てていますね」

 

「まぁ……妙なポケモンが集まる事は自覚しているよ。それを育てるのもまた楽しいしな。”強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手”、って奴だな」

 

「なるほど、四天王カリンの言葉ですか」

 

 彼女の言葉に対しては全面的に同意させてもらう。強いポケモンや弱いポケモンは存在するが、それは所詮人の側の主張であり、勝手な言葉だ。本当に強いトレーナーなら、強くなりたいポケモンで強くなるべきなのだ。だからそうしてきた。そして強くなりたいポケモンには手を差し伸べてきた。ポケモンにはそれぞれ、可能性が秘められている。それを開花させるのも、また育成家としての使命だと思っている。ともあれ、

 

 モンスターボールを握る。センリも既にモンスターボールを握っている。さて、と小さく言葉を吐いてからセンリへと視線を向ける。センリも視線を此方へと向けており、バトルの準備は完了している様に見える。

 

「じゃあ、始めようか」

 

「えぇ―――全力でッ!」

 

 それ以上の言葉は必要ない。握ったモンスターボールを静かに持ち上げ、そしてそれを掌の上で転がすようにフィールドへと向ける。素早くその中に納められたポケモンが出現し、フィールドの上へと黒い姿が出現する。九本の黒い尾を持ち、見た目は二十前後、昔よりも伸びた黒い髪を持つ黒い露出の多い着物姿のポケモン―――黒尾がフィールドに繰り出される。それと同時にフィールドに出現するのは巨大なカンガルーの様な姿をした怪獣の様なポケモン―――原生種のガルーラだ。そしてガルーラは場に出るのと同時に、光に包まれる。

 

「メガシンカ―――!」

 

 センリの言葉と共にメガシンカを果たし、ガルーラがメガガルーラへと進化する。

 

 メガシンカ。3年前まではほぼ、自分とサカキで独占していた技術だが、三年も経過すればそれなりに有名になり、広がる。ジムリーダー級やポケモンリーグ上位級となって来ればキーストーンを手に入れる為のコネが生まれてくるため、企業やスポンサーを通してメガシンカに必要な道具を揃える事が出来る。センリもそうやってメガシンカを可能にした一人だろう。

 

 今の環境、メガシンカをパーティーに組み込んだ編成はそこまで珍しくはないが―――メガガルーラは本当に厄介なポケモンだ。実機環境であればおやこあいにグロウパンチなどの鬼畜コンボが達成されたが、リアルポケモンバトルは更に辛い事になっている。しかし、黒尾が出た事によって天候が夜空へと変わる。

 

「―――夜の天候か。チャンピオンとしては少々、残念なところがあるのでは?」

 

「いや、まぁ、うん……そうだなぁ……」

 

 なんというべきか―――”天候融合が禁止制限”を受けたのだ。その代わりに夜と星天が独立した天候として認められたのだが。それでも天候を”二律背反”によって融合し、活用するという旧来の戦術をポケモン協会によって潰されてしまったのだ。事実上俺専用の戦術だから仕方がなかったのかもしれないが、それでもある程度戦術の根幹を揺らがせる大事件だった。

 

 まぁ、そうなってから2年間、一度もチャンピオンとしては敗北していない訳だが。

 

「解析―――完了」

 

 メガガルーラと相対した黒尾が相手の特性や能力を見抜き、そのデータをバトルスキャナーに送信して来る。そこに表示されるメガガルーラのデータは多少の変化はあるものの、大体自分が知っている通りのメガガルーラの性能だった。面倒な相手だ。そう思いつつ腹の袋から独立して、親の半分ほどの能力を保有した子ガルーラを確認する。

 

「対面不利―――戻れ」

 

 迷う事無く黒尾に行動を取らせる事もなくボールに戻し、そして別のボールを手に取る。夜空が展開されているので、最低限の役割は果たしてあるし、メガガルーラの能力は解析されている。どこまで動けるか、それを把握して手を打てる。故に迷う事無く黒尾を戻して、そして、ボールからポケモンを繰り出す。

 

「―――メルト」

 

 ヌメルゴンのメルトが繰りだされる。出現するのと同時にメガガルーラのグロウパンチが親子愛で放たれる。メガガルーラと子ガルーラのグロウパンチがヒットし、メルトのぬめり気の多い体が拳を滑らせる。拳によるダメージを大幅に軽減しながらメルトが出現し、攻撃を喰らった事によってだっしゅつボタンの効果が発動し、そのまま素早く、ボールの中へと戻ってくる。メルトの入ったボールを入れ替える様に次のボールを握り、転がし、そしてその中で活躍を待ち受けているポケモンを繰り出す。

 

「天候は夜―――」

 

「―――引きだす色は”紫”。タイプ・ワイルド」

 

 モンスターボールから放たれたポケモンは亜人種のウルガモスだ。上半身を完全に肌蹴させた、丈が股下までしかない橙色の和装を着ており、和装の下は黒いインナーを装着し、首には白い、もこもこのマフラーを巻いてある。背中からは赤と橙色が混じったような六枚の翅を広げており、髪は白く、無造作に伸びてる。整った顔の瞳の色は美しい水色をしており、頭からは二本の赤い角が生えている。黒いブーツで道場の床を踏み、

 

 背から生えているウルガモスの赤い六枚翅―――それが夜空に呼応するかのように紫色に、

 

 ゴーストタイプに染まり、色を変える。

 

「来たわ、見たわ―――じゃあ勝つわね」

 

 昔教えた、この世界には存在しないローマの言葉、それを意気揚々と告げながらゴーストタイプへと己を変質させたカノンが降臨した。ウルガモス特異個体種、カノン。ウルガモスの”たいようポケモン”が更に太陽を示す”天”の特性に近づいた結果、変種、或いは特異個体と呼べるウルガモスが生まれた。それが彼女、カノンだ。タイプ・ワイルド、天候に対応したタイプへと自分を変化させる事の出来る、非常に珍しいポケモンだ。恐らくはウルガモスと呼ぶことはギリギリ出来ないが、姿かたちはほぼウルガモスと一緒なので、ウルガモスと認定されている。

 

 ともあれ、

 

 ―――ゴーストタイプへと変化したことによってノーマル、格闘タイプが封じられた。

 

 対面有利。

 

「……セット」

 

 次の一手を読み、静かに指示を繰り出す。

 

「来た来た来た来たわよ―――!」

 

 メガガルーラが拳を構えて前に出るのと、天候が変化するのとは同時だった。夜の闇が消え、その代わりに砂嵐が発生し始める。あらゆる存在が砂嵐によってその身を削られる中で、カノンの翼の色が岩を思わせる茶色へと変化し、カノンのタイプが変化する。瞬間、踏みこんだメガガルーラと子ガルーラが揃って炎のパンチをカノンへと叩き込むが、

 

「―――手繰るタイプは岩―――」

 

 タイプが岩に変化されており、ダメージが今一つへと落とされる。そのまま、踏み込んで後ろへと下がれない状態のメガガルーラをカノンが片腕を持ち上げ、そして変化させているタイプを凝縮させた波動をメガガルーラへと叩き込む。さばきのつぶて―――伝説種アルセウスが放つ”タイプ対応攻撃”が放たれ、それがメガガルーラへと叩き込まれ、吹き飛ぶ。そう、アルセウスだ。シンプルに、カノンのコンセプトは”天候軸のアルセウス”だ。エアロックやデルタストリーム相手には極限まで無力となってしまうのが現状の天候パの弱点だが、

 

 読み勝つ事さえできれば、カノンは恐ろしく強い。

 

「なるほど、チャンピオンらしい凄まじくいやらしいポケモンを持っているようですね。此方が格闘かノーマル技を出すと読んだらゴーストタイプに、それ以外のタイプだと判断したら可能性が一番高いのを予想し、それに対応するタイプへと変化し、相性差で受けながら確実に潰すポケモンですか」

 

「”読み”を鍛えるって意味でもカノンの存在は最適だ。自分だけじゃなくて相手にも読みを強制させるからな、こいつは。さあ、頭を使って次の一手を考える時間だぜセンリ。―――俺の次の一手はなんだ? ドレパンでゴースト化か? 或いはまもって砂嵐で削るのを継続するかもしれないし、別のタイプへと切り替えて戦うかも、な?」

 

「改めてチャンピオンという存在が恐ろしく感じますが―――なるほど、ならこうしましょう」

 

 メガガルーラが動く。それに合わせてカノンも動く。後ろへと下がりながらさばきのつぶてを放ったカノンに対してセンリはメガガルーラをボールの中へと戻し、そして入れ替える様に次のポケモンを―――ラッキーを繰り出した。さばきのつぶてを交代の影響で避ける事も出来ずに直撃したラッキーはしかし、欠片もダメージを受ける様な姿を見せない。間違いなく輝石ラッキーだ。そして攻撃を受けたラッキーはそのまま中継ぎ、受けとしての役割を果たし、ボールの中へと戻りながらエースの為に道を作った。

 

 すなわち、

 

「私ならゴーストだろうが何だろうが関係なく殴り貫けるな」

 

 茶色と薄い茶色のミニスカートとパーカーを装着した、白髪の亜人種ポケモンが出現する。目に凄まじい闘志を宿し、一瞬の油断も慢心も見せる事のない、やる気で溢れたポケモンの正体は世間一般では怠け者の代名詞として知られている、ケッキングの存在だ。だがただのケッキングではない。センリの保有するケッキングは天賦の才のケッキングだ。その才能ゆえに現実を知り、そして怠ける事を忘れてしまったケッキング。

 

 能力として”きもったま”持ちだ―――つまりはゴーストタイプに関係なく、攻撃を通す事が出来る。

 

「超級エースの一角だな―――スタンバイ」

 

「超級エース、素敵ね! でもアタシの方がもっと素敵で素晴らしいわ!」

 

 ケッキングが一瞬でカノンへと接近して来て振るわれるアームハンマーが先制を奪って一瞬でカノンへと叩き込まれ、吹き飛ぶ。だがその瞬間には既に天候とタイプが変更されている。砂嵐を吹き飛ばすように風が吹き荒れ、天候を吹き飛ばす乱気流が発生し、カノンの翅が大空の青色に染まっている。

 

「手繰るのは空の色―――」

 

 さばきのつぶてがケッキングへと放たれる。が、ケッキングがパーカーの下から覗く瞳で敏感に攻撃の切っ先を感じ取り、床を蹴りながら素早く回避動作に入る。そのままさばきのつぶてを飛び越える様に正面から拳を握り、そして腕を振り被る。拘りスカーフか、次はないなと確信し、迷う事無くカノンをボールの中へと戻し、メルトを繰り出す。交代際に繰りだされたメルトに回避の手段はなく、正面から拘ったアームハンマーを喰らい、その15mを超える超重量級の体が僅かに浮かび上がり、後ろへと2m程吹き飛ばされる。それでも敗北しなかったメルトは、自身の体へと接触技で触れたケッキングの拘りを、持ち物を溶解液で破壊した。

 

 持ち物を破壊した事でバトン効果が発動し、メルトがボールの中へと戻ってくる。それに合わせる様にボールを転がし、そして繰りだす。

 

「黒尾ッ!」

 

 夜空と共に黒尾が出現する。出現し、狐火を浮かべる黒尾に対してセンリは迷う事無くポケモンを戻し、メガガルーラを繰り出してくる。出現したメガガルーラが狐火によって火傷を押し付けられ、その火力を半減させられる。物理型が多いセンリの構成ではこれはかなりの痛手だ。が、それに構う事無くメガガルーラに交代してきた。黒尾のみちづれを嫌がって切り替えてきて、まだ切り捨てる事の出来るメガガルーラを選んだのだ。

 

 メガガルーラと子ガルーラの拳が黒尾へと叩き込まれ、黒尾が倒れ、そしてみちづれが発動してメガガルーラが倒れる。これは予定調和とも言える状況だ。若干黒尾のタスキが腐ってしまったが、タスキは保険の意味合いが強い。完全に信用の出来るアイテムではないし、設置除去を持たないセンリ相手に狐火をばら撒く事が出来ただけ、大金星だ。

 

 目立った強さが黒尾にはない。

 

 だが確実に相手の足を引き、アドバンテージを捥ぎ取る、不動の価値が黒尾にはある。

 

 恐らく、どれだけ多くのポケモンを捕まえ、育成しようとも絶対にパーティーから彼女を外す様な事はしないのだろう。

 

「お疲れ黒尾。行け、カノン!」

 

「ケッキング!」

 

 ゴーストタイプとなったカノンが天賦のケッキングと再び睨みあう様に対応する。だが先程とは違い、展開された狐火によってケッキングは強制的に火傷を付与された。持ち物がラムのみではないことは拘りハチマキを破壊した事で解っている。ケッキングには自然回復能力の付与は難しいし、ラッキー以外でケッキングの治療を行うのは難しいだろう。だがラッキーを中継ぎ以外で繰り出そうとすれば、火傷から連鎖して迷う事無く殺す。

 

「―――チェック」

 

 詰みに行く。

 

 夜空は星空が浮かぶ明るい夜へと―――星天へと変化する。星天は竜を称える天候。

 

「手繰るのは竜の覇気―――!」

 

 ドラゴンタイプをカノンが自身に付与し、さばきのつぶてを放つ。見切ったケッキングが最小限のダメージでさばきのつぶてを受け止めながら突っ込み、ノーガードを強制的に発動させる。そのまま正面からカノンを睨み、アームハンマーがカノンに叩きつけられ、その姿が吹き飛ぶ。が、カノンは落ちない。火傷で火力が落ちている以上、必殺するだけの威力が足りない。

 

「ケッキング、眠れ! 寝言、アームハンマー!」

 

「ッ! もどれカノン―――受け止めろメルト!」

 

 迷う事無くカノンを戻してメルトへと入れ替える。立ったまま目を閉じたケッキングが眠ったままアームハンマーを繰りだし、メルトに攻撃を叩きつける。流石に小さくメルトの声から悲鳴が漏れるが、星天が、ドラゴンタイプを強化する天候がメルトに力を与え、その姿を倒れずに済ませる。そして天候適応能力によるバトン効果が発動し、メルトがボールの中へと戻って行く。

 

「ここだ―――ナタク!」

 

 ボールからナタクを繰り出す。勢いよく射出されたナタクが一切速度を殺す事なく一直線に眠ったままのケッキングへと向かう。素早くボールを切り替えたセンリがケッキングをボールの中へと戻し、そしてラッキーを繰り出す。だがそれでも一切速度をナタクは落とさずに、全力で敵の懐へと踏み込んだ。

 

 インファイトがラッキーに突き刺さり、その反動で浮かび上がったラッキーを追撃する様にとびひざげりを叩き込んで追撃し、マッハパンチでひっかける様に殴りながらラッキーの体を引き戻し、はっけいで逃れられない様に体の動きを痺れさせて停止させ、スカイアッパーで体を上へと殴りあげ、落ちてくる姿をゆっくりと捉え、

 

「破ァッ!」

 

 ばかぢからで捉え、吹き飛ばし、戦闘不能に追い込む。連続攻撃の反動で体力と集中力を使いきったナタクがゆっくりと息を吐く合間に、素早くラッキーを戻したセンリがケンタロスを繰り出す。原生種のケンタロスは血走った目でナタクを捉え、一瞬で接近し、すてみタックルを叩きつけてくる。反動で消耗していても、吹き飛ばされたナタクが空中で体勢を整え直しながら着地し、バックステップを取る。それに合わせてナタクをボールの中へと戻し、

 

「これでラスト、メルト!」

 

 メルトを繰り出す。再びケンタロスのすてみタックルが繰りだされたメルトへと叩きつけられ、接触技であるが故にメルトの粘液がかかり、ケンタロスの持ち物が破壊される。また同時にメルトが体力の限界を迎え、倒れる。

 

「お疲れ―――カノン」

 

 メルトを戻してカノンを繰り出す。両腕を組んで、その大きな胸を強調する様に持ち上げるカノンは、笑みを浮かべ、

 

「さあ、詰みよ」

 

 砂嵐が展開される。砂嵐に晒され、ケンタロスの体力がすてみタックルによる反動と合わせて大幅に削られて行く。それに構う事無く一直線にケンタロスが迫ってくるが、無常にもそれをカノンが守って回避し、体力が更に削られ、火傷によるダメージもケンタロスの体を容赦なく削って行く。

 

「はねやすめはねやすめ」

 

「くっ―――」

 

 狂牛型ケンタロスはすてみタックルを放ってナンボだ。火傷を受けた状態でメルトを沈めるだけの凄まじい破壊力を持っていても、火傷に加えて岩タイプへの攻撃となると流石に一撃でカノンを落とす事は出来ない。そしてはねやすめを挟んで休息を得ている間に、

 

 火傷、反動、砂嵐によってケンタロスが削り殺され、倒れる。

 

「さあ、出しなさい、エースを! ふさわしい戦場が貴方を待っているわ!」

 

「相手も弱っている、行くぞケッキング!」

 

「勝てない相手じゃないわね……!」

 

 ケンタロスと入れ替わるようにケッキングが放たれる。天賦エースは”まともに戦うのが負け”というポケモンだ。重要なのは”戦わない”事なのだから、

 

「さあ、来た! 来たわよ!」

 

 カノンの笑い声と共に砂嵐が消え、それと引き換えに濃霧が発生する。フィールドが、道場内が一切見えなくなるほどの濃霧の中、僅かに見える視界で、そして気配でカノンの存在を察したケッキングが先制を奪って一気に接近し、火傷で焼かれた体を無視しながらアームハンマーを繰りだし、カノンを吹き飛ばす。それを受けたカノンがさばきのつぶてを放ち、直感的に天井を蹴りながら移動したケッキングがカノンの背後へと着地し、反応できる前に腕を振るう。

 

「終わりよ―――」

 

 アームハンマーが急所に叩き込まれ、カノンが倒れる。油断すれば6タテを当たり前の様に行うのが天賦の、超級のエースという存在だ。だけど、

 

「終わるのはそっちだ―――」

 

 ナタクを繰り出す。

 

 盲目の武人が完全に姿と気配を殺して濃霧に紛れる。

 

 その存在をケッキングが知覚しようと目と耳を凝らすが―――無駄だ。目を失った事で波動を見る事をルカリオから学んだナタクには濃霧があってもなくても関係ない。焦る事も走る事もなく、散歩をするような気軽さで気配を殺し、天賦の直感でケッキングの死角へと潜り込み、

 

 確定された急所への一撃を殺意を拳に纏って繰り出す。

 

「―――」

 

「―――主から教わりました无二打の伝説、私にはまだまだ遠いようですね……」

 

 音を立てずに、そのままずるりとケッキングが倒れる。

 

 戦闘が終わったことでフィールドを覆っていた濃霧が完全に消え去り、元のジムの姿が戻ってくる。ゆっくりと歩いて戻って来たナタクの頭を労いに撫でてからボールの中へと戻し、視線をセンリへと向ける。

 

「私の負けです。まだまだチャンピオンには遠いようだな……」

 

 どこか、苦笑し、誰かを思い出す様にセンリはそう呟いた。




 カノンちゃんはアルセウスの特徴を天候を軸に再現したポケモン。ナタクの必殺コンボは体力の兼ね合いで1試合1度まで、徐々に数を減らして必殺度を上げる修行中、メルトは物凄い回しやすくて便利、黒尾ちゃんマジ正妻。なお今季のてんぞーの個人的なお気に入りはカノンちゃん。

 ピカネキは試合中ずっとスクワット。



 追記.書き終わってからねこだましの存在を思い出す。


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104番道路

 トウカジムで3日程滞在してからトウカシティを出る。しっかりとセンリのスパーと調整の手伝いをするだけではなく、ジムというちゃんとした環境があればポケモンを育てる事も出来る。カナズミジムではピカネキを真面目な話、運用したいので、彼女の調整をする為にも、ジムの環境を使えるのは悪くはない事だった。それにナタクもまだまだ成長途中だ、技を磨く為に同じ天賦のポケモンと語り合うのは決して悪い事ではない。そういう事もあり、トウカジムでの三日の滞在は悪くはない事だったが、他にも用事があるので、先へと進まなくてはならなかった。

 

 そういう訳でトウカシティを出て、104番道路に出る。ここ、104番道路はムロタウンへと繋がる105番水道と隣接しており、海岸が存在している。ムロタウンへと行くには4番道路、105番水道、106番水道を経由するトウカルート、或いはカイナシティから109番水道、108番水道、107番水道を経由するカイナルートが存在する。基本的に定期便が出航するカイナルートの方がトレーナーには人気があり、トウカルートはあまり人を見ない。

 

 砂浜と隣接する様に伸びている104番道路を、砂浜で遊んでいる人達を軽く眺めながらナチュラルとピカネキの二人と一体で歩く。ピカネキのレベルもトウカジムにいる間に50レベルまで上げておいた、ここら辺の野生のポケモンに敗北する事はありえないだろう。

 

「で、ナチュラル的にはどうなんだよ」

 

「理解できないからそういうものだって妥協する事にしたよ」

 

「いや、そっちじゃねぇよ。人間とポケモンの関係に関してだよ」

 

「……」

 

 キャリーケースを引きずっているナチュラルへと視線を向けると、ナチュラルが無言で帽子を深く被り、そして黙る。

 

 ―――ナチュラルは不幸な少年だった。

 

 ゲーチスという吐くまで腹パンを喰らった挙句水車に巻きつけられて拷問された男によって幼い頃から育てられた。それはナチュラルが先天的に保有するポケモンに対する絶対的なカリスマ、どんなポケモン―――伝説であっても語り合う事の出来る会話能力、そして人間の過去や未来を見る事の出来る能力、ナツメやマツバすら超える超能力を保有したナチュラルをその家系から見抜き、洗脳し、育ててきた。

 

 ポケモンは解放されるべき、だと。

 

 本来であればイッシュ地方を大きく巻き込む大事件をゲーチスとナチュラルは巻き起こしていただろうが―――そこはそこ、自分とレッドのタッグである。大体の居場所は把握していたし、プラズマ団も本格活動の前の状態だった。だったら後は幹部やボスの居場所を確実に把握し、ゲリラ戦術で散発的に攻撃を仕掛けながら緩んでいるところを狙って喰い千切る。ゲーチスとナチュラルさえ落とせば、プラズマ団はほぼ死体と同じ状態だ。そうやってプラズマ団や他の悪の組織は潰してきた。伝説のポケモンが表舞台に上がる前に、

 

 ダイヤモンド、パール、ブラック、ホワイト、エックス、ワイの主人公達が旅立つ前にケリを付けたのだ。

 

 ただナチュラルだけは事情が異なる。ナチュラルは洗脳された被害者であり、放置する事も豚箱に叩き込んで置く事も出来なかったため、拉致したのだ。洗脳を解除する必要があった。ポケモンが人間によって一方的に虐げられていると思うのはあまりにも悲しすぎたからだ。確かに、ポケモンを道具として見て、扱う人間がいるのは事実だ。だけどそれは寧ろ少数派なのだ。それが大多数であり、この世界の現状だとゲーチスは長年かけてナチュラルに思わせる事に成功した。それをそのままにしておくのが、どうしても嫌だった。

 

 だから嫌がるナチュラルを連れ回し、今のこの世界の現実を見せつけて、そこから判断させる事にした。

 

 それで人間に愛想をつかすのならいい。その時はナチュラルの新しい考えを尊重し、敵として正面から立ちはだかって戦い、捻り潰す。それだけの話だが―――そういう風にはならない、ナチュラルの変化を見ていればそう思える。まぁ、それでも今回はデボンコーポレーションの”闇”を見せるのだ、少々不安になってくるのは事実だ。

 

 そう思って軽く探ってみようかとナチュラルへと話しかけたのだが、ナチュラルは言葉を選ぶように小さく沈黙し、そして顔を上げてくる。

 

「僕は―――僕の今までは一体何だったんだろうね……」

 

 小さく、呟くようにそう言葉をナチュラルが零した。それだけ聞けば、ナチュラルが現実と教えられた事の違いを理解した、してしまったという事が解る。

 

「トモダチ達は虐げられ、無理矢理使役させられ、解放しなくてはならない。僕はずっと、ゲーチスにそういう風に教えられてきた。人間は敵で、信じられるのはゲーチスとトモダチ達だけだって。でも実際に自分の足で世界を回ってみれば、見えてくるのは全然違う景色だった。奴隷の様に働かせられていたと思っていたトモダチ達は人間と共存していた。無理矢理戦わせられていたと思っていたトモダチ達は自分から戦いを求めていた―――」

 

 それが現在のスタイルだ。

 

 確かに野生のポケモンは存在する。野生のまま、自然に暮らしているポケモン達が。だけどトレーナーと一緒にトップリーグで戦うポケモン達の大半が”スカウトされたポケモン”というのも事実だ。というのも、

 

 ―――モチベーションがポケモンの育成には凄まじく重要なのだ。

 

 ポケモンバトルは娯楽ではなく、生きる為の手段であり、スポーツであり、競技であり、決闘であり、そして生存競争なのだ。ポケモンバトルを魅了するのは人間だけではなく、ポケモンもそうだ。ポケモンは基本的に、本能的に”強さを求める”性質を持っている。その為、ポケモンバトルを求める傾向がある。それゆえに、ポケモンからトレーナーに対して”雇ってほしい”、或いは”捕まえてほしい”と言って来る事は珍しくはないのだ。そうやってポケモンは自らをトレーナーにスカウトさせ、トップを目指すのが今のスタイルでもある。事実、自分の手持ち、ミクマリは”スカウトしてほしい”と自分から申し込んできたポケモンだ。

 

 そしてモチベーションだが、同じレベル100でもモチベーションがそこそこと最大のやつでは、能力1~2割、つまりは積み技を1回繰りだす分ぐらいには違って来る。その為、必然的にやる気が、モチベーションの高いポケモンを優先するのは当たり前であり、無差別にポケモンをボールで捕まえ、そして鍛える時代は終わりを迎え始めていると言っても過言ではない。

 

 今の時代、ポケモンとトレーナーが協力し、契約し、そしてバトルをするのだ。

 

 そしてそれはナチュラルが教えられてきた現実とは違いすぎる。

 

 ナチュラルへと視線を向けるとナチュラルは溜息を吐き、そして視線を105番水道の方へと向ける。つられる様に自分も105番水道へと視線を向ければ、浜辺でハスボーと追いかけっこをする少年の姿が見える。楽しそうに笑って浜辺を走り回る子供とポケモンの後ろを、ゆっくりと両親らしき人物が追いかけて歩き、穏やかな時間を過ごしている。ポケモンと、そして人間は生活に密接にかかわっている。切っても切れない存在だと言っても良い。ポケモンは人間と寄り添い、人間はポケモンと寄り添う。ポケモンが人間から離れようとする事はないだろう。そして人間はポケモンから離れる事が出来ないだろう。

 

 それがこの世界の今の姿なのだ。奴隷でも道具でもなく、対等な隣人にしてパートナー。それがポケモンと人間の、自分からの視点による考えだ。

 

「トモダチ達の解放を……なんて考えていたけど、本気でポケモンバトルに魂を注いでいるトモダチ達からすればそれは冒涜であり、きっと、迷惑でしかなかったんだろうなぁ……まぁ、君との旅は楽しいよ。色々と見れるものは多いし、知る事の出来るものも多い。自分がどれだけ狭い世界にいたのかを思い知らされるよ」

 

 そう言ったナチュラルの肩の上にピカネキが手を置く。それを感じてナチュラルが顔を上げ、笑みをピカネキへと向ける。それを受け、ピカネキは、

 

 視線を横へと向け、痰混じりの唾を道路へと吐き捨てた。

 

「ピッピカチュゥ!」

 

「挑発してるのは解った。そして理解したよ。君にだけには容赦しちゃいけない事を」

 

「ピ……ゴリッ」

 

 ナチュラルへと開いている片手で中指を向けると、流石にキレたナチュラルが動きの良い拳を繰り出そうとするが、ピカネキがブリッジ状態へと移行し、拳を回避したらそのままバク転で後ろへと連続で移動し、綺麗に着地するとしっかりと背筋を伸ばしてフォームを取る。肩の上のダビデの足を軽く撫でながら、そのままトムとジェリーの様に走り回るナチュラルとピカネキの姿を見る。あんな姿をして、軽く異次元な存在のゴリチュウ、ピカネキだが、

 

 その性格に関しては”割とまとも”な部類に入る。

 

 トウカジムで調整を手伝う合間に軽く育成したが、バトルの指示には素直に従い、ポケモンバトルの選手としてはモチベーションが高く、育成を完了させる事が出来れば普通にエース級として活躍するだけのポテンシャルを秘めている。その上で、細かい部分を理解するだけの賢さも持っている為、あんなナリで優秀なのだ。

 

 あんなナリで。

 

「……まぁ、ナチュラルの事が心配だからピエロってくれているのかもな」

 

「ちゅらら」

 

 ダビデの頷く様な声は、同じ電気タイプのポケモンとして何かを感じ取っているのかもしれないな、と思いつつ逆立ちで逃亡するピカネキとナチュラルを呼び戻す。段々とピカネキの煽り芸がひどくなってきているが、これはこれでポケモンバトルに組み込めるだろう。登場と同時に挑発を繰り出して変化技を禁止―――なんて事が出来たら、恐ろしく優秀な先発として活躍する事が出来るだろう。何せ、挑発による変化技封じとなればステルスロックやまきびし、どくびしを封じ込める事が出来るのだから。

 

 攻撃よりも設置や牽制が多い先発の中で、変化技封じとおいうちゴリテッカーを繰り出す事が出来たら、多分物凄い奇襲になるんじゃないかと思う。

 

 一番すごいのはビジュアルだけど。

 

「おーい、お前らー、今日中にトウカの森前まで到着したいんだから、遊んでないで行くぞー」

 

 未だに鬼ごっこを続けるナチュラルとピカネキを呼ぶと、ピカネキがスライディングからナチュラルを掬い上げ、肩の上に乗せながら逆の手で荷物を握り、此方へと走ってくる。疲れた様な、諦めた様な、そんな死んだ様な表情を浮かべているナチュラルがいるが―――心なしか、少しだけ、笑っている様な気もする。

 

「さて、目指すはカナズミ……デボンとカナズミジムだ。トウカの様な田舎と違ってカナズミは都会だからな、良い部屋で眠れるぞー」

 

「ゴッゴリチュゥ!」

 

「もうなんでもいいからコイツと違う部屋で眠れたら僕はもうそれだけでいいかな……」

 

 はっはっは、と笑い声を響かせ、波の音をBGMが割にトウカの森へと向かって進む。

 

 今日も、良い日だ。




 繋ぎの回という事で若干短め、次回はトウカの森

 道中、野生のピーコちゃんを発見したのでピカネキが噛んで食おうとしてました。生で。


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トウカの森

 暗くなる頃にはトウカの森の前にまでは到着した。ここをキャンプ地にし、そして明日は朝からトウカの森へと入り、暗くなる前に抜けてカナズミシティへと向かおうというプランだ。どこでも言える事だが、夜という時間帯は夜行性のポケモン、そしてポケモンバトルには関係も興味もない、ガチのハンティングな方のポケモンが出現する。その為、夜番もなしにキャンプしていると、襲撃されたりする。トウカの森に限らず”森”という環境はそういう、ハンターなポケ生を送っているポケモンが存在する。レベル100の手持ちを保有しているとしても、それで安心してはならない。隙さえあれば襲いかかってくるのが”野生”というものだ。

 

 野生の相手は非常に面倒である為、トウカの森は明るい内に通り抜けてしまおうという計画だったのだが―――どうやらそう上手く行かないらしい。トウカの森の前へと到着した所で、トウカの森前の広場に、少なくはないテントの数が張られており、キャンプ地が形成されていた。少々珍しい光景に首を傾げながら近づき、様子を窺おうとしたところで、トウカの森の方から出てくる姿が見える。

 

「ダメだダメだダメだ! どいつもこいつも殺気立っていやがる。俺じゃあちょっと無理だわ」

 

「ダメかぁ……」

 

「こうなって来るともっと強い人に頼まないと駄目だなぁ。カナズミへと飛べる奴いるか?」

 

「いないからこうやって足止めされてるんだよ。あー……良し、トウカジムに新しくジムリーダーがきてるし、ジムリーダーに頼もう。それしかねぇ」

 

 困ったような様子で立っている集団が見える。言葉を拾って繋げてみれば、どうやらトウカの森でなんらかの事件か事態が発生しており、そのせいで通行する事が出来なくなっている様だ。これは面倒事の気配だなぁ、と思いつつモンスターボールを取りだし、ピカネキを一旦ボールの中へと戻す。流石に真面目な話をする時に外に出ていると話が進まないので一旦ご退場願う。それを見てナチュラルが心の底から安堵しているが、お前、そこまで嫌だったのか。

 

「おーい、そこ、いいか?」

 

 声をかけながら歩いて近づくと、どうするか話しあっていたグループが此方へと視線を向けてくる。軽く帽子を持ち上げて挨拶しつつ近づく。此方の存在に気づいたかどうかは、とりあえず判断できないが、それでも迎える雰囲気はある。

 

「トウカの森、通行止めになってるのか?」

 

 予測を口にしながら接近した所、トウカの森から出てきた男があぁ、と頷きながら返答してくる。

 

「たぶんだがトウカの森の”ヌシ”が世代交代したのか、或いは殺されて奪われたのかもしれない。じゃなきゃここまでトウカの森が殺気立ってる理由にはならないわ。野生のポケモンが殺しにかかる様に襲い掛かってきて本当に困るわ。お蔭で並のトレーナーじゃあ入れなくなってる―――俺とかな!」

 

 サムズアップを向けてくるトレーナーの言葉に小さく笑みを零し、集団から視線を外してナチュラルの方へと視線を向ける。ナチュラル自身、既に視線をトウカの森の方へと向けており、無言で闇の先を見つめていた。自分も視線を森の中へと向け、そして気配を澄ませてみれば―――感じる、巧妙に気配を隠しながら視線を向けている存在がいるのを。此方を窺っている存在がいるのを、確かに感じられる。ふむ、と小さく声を零すと、

 

「……何か、強い感情を感じるよ。怒り……殺意……人間に対する強い負の感情だね。絶対殺してやるって言ってる」

 

「んー……」

 

 頭の後ろを掻きながら小さく声を零す。

 

「こういう時に月光がいりゃあ軽く森の調査を任せられるんだけどな……」

 

『ないもの強請りしてもしょうがないだろうよ』

 

 ナイトの言う通りだ。ないもの強請りをしていても仕方がない。トレーナーという生き物はなかったら調達する、或いは代用するのが常だ。持てる手札でどうにかするのは自分の得意分野だ。コートの内側へと手を差し込み、その中から短刀とハンドガンを抜き、弾薬をハンドガンに装填する。対ポケモンを想定した対ポケモン弾がロードされているのを確認し、そして体の調子におかしな所がないのも確認する。

 

「ナチュラル、どうする?」

 

「僕に世界を見せてくれるんだよね? だったら新しいヌシに会わせてほしいな」

 

「あいよ」

 

 短刀とハンドガンを一旦しまい、ナチュラルにキャリーケース等の荷物を一旦ここに置いて行く事を指示しておく。スペアボールからフーディンを繰りだし、ここに置く荷物の見張りを頼む様に指示する。頷いたフーディンが文句を言う事なくナチュラルからキャリーケースと鞄を預かり、荷物番をしてくれる。その様子を見ていた他のトレーナーたちがおいおい、と口を開き始める。

 

「話を聞いていたのかよ?」

 

 心配する様に森の中から出てきたトレーナーが言うが、勿論話を聞いていたさ、と返答し、帽子を被り直しながらその言葉を続ける。

 

「―――この程度で止まる様ならチャンピオンやってないのさ」

 

 

 

 

 ―――夜だ。

 

 完全に夜の暗闇が支配し、月が天に浮かんでいる。昼間でさえ薄暗いトウカの森だが、夜という時間帯は更にこの闇を深く、そして見づらいものへと変えて行く。対策もなしにこの中へと踏み入った者は突破するのに相当苦労する事だろうが―――平時であればそこまで問題ではない。トウカの森は比較的に安全なエリアだと認識されており、実際に虫取りを目的とした少年が入って、網でポケモンを捕まえられる程度には安全なのだから。だが今は違う。今、踏み入ったこのトウカの森は、

 

 闇の底から獲物を狙うような、そんな視線が突き刺さっている。肩の上にはダビデが乗っており、ダビデが威嚇する様に周りへと気配を放っている。そのおかげか、襲いかかってくるポケモンは存在しない。ダビデは小さく、そして能力に関しては直接的な戦闘向きではない、ボルトチェンジで交代、麻痺撒き、削り効果、そういう性能のポケモンだが、それでも100レベルだ。成長の限界と言われるレベルに到達している。50レベル程度のポケモンが十体群れようが、ダビデに勝てはしない。だから、ダビデが目を光らせている間は大人しくしているのだ。

 

 まだ襲ってきはしない。

 

 まだ。

 

「流石にこの状況でピカネキを出して遊んだら喰われるな」

 

「僕もいる事を忘れないでよ」

 

 無論、言葉通り物理的に餌にされるという意味だ。ポケモンがポケモンを喰らう、肉食であるならばそれは珍しい事ではない。野生のポケモンならではの事だ。ともあれ、育成途中のピカネキでは流石に実力が足りない。奇襲を受けた場合、そのまま落とされるだろう。となると奇襲に対応できる、育成済みのポケモンが重要―――。

 

 そう思考を作った瞬間、高速で跳び出してくる姿がある。それに素早く反応したダビデが肩の上から電磁波を放ち、動きを鈍らせた瞬間、袖の中にしまっていた短刀をワンアクションで手の平の上へと出しながら体を加速させる。ポケモンの動きを真似る。亜人種のポケモンが動かすように体を動かし、

 

 人間の生身電光石火を繰りだし、背後へと周りこんでナイフを振るう。

 

 草むらの中から跳び出してきたのはマッスグマだった。首裏へ短刀の柄の一撃を叩き込み、それでマッスグマの動きを止めてから蹴り飛ばし、肩から飛び降りたダビデが雷を落としてマッスグマを無力化する。そのままステップを取り、ナチュラルの横へと移動し、短刀を構えたまま周りへと視線を向ける。相変わらず視線は多いが、それでも襲いかかってくる様な存在はない。どうやら襲いかかってきたのは今のマッスグマだけだったらしい。短刀を構えたまま、ダビデを迎える。周りへとエレキネットとクモのすを吐いており、接近するポケモンが存在すれば確実に足を取られる様にしてある。

 

「殺した……のか?」

 

「いや、瀕死にしただけ」

 

 殺すのなら首裏に刃を突き刺して始末している。ナチュラルがいる以上、必要以上に殺生を行う事はない。しかしトウカの森の中へと入ったところから完全にマークされている。これは一旦隠れた方が動きやすいだろうと判断する。

 

「ポケモンのいない場所、解るか?」

 

「うん。ここにいる皆は心を開いてくれないけど……それでも気配は解るよ。トモダチが教えてくれる」

 

 そう言ってナチュラルは腰のボールに触れた。どうやらやっこさんは今日に限っては非常に協力的らしい。となると機嫌が良い内にさっさと移動した方が良いだろう。ダビデをボールの中へと戻し、その代わりにカノンを繰り出す。夜の闇の中でも遠慮なく輝く彼女は闇の色を吸収し、タイプを変質させ、そして闇に適応する様にその光を消失さえ、また同時に夜の闇を深くして行く。

 

「アタシ参上ッ! 寧ろ惨状と言っても過言ではないわね! ふふふ、じゃあ活躍してあげようじゃないかしら!」

 

「―――二律背反」

 

「仰せの通りにヘイ、カモン!」

 

 夜空を覆う様に暗雲が発生し、雨が降りだす。また同時に濃霧が発生し、完全に光が遮断される。トウカの森を覆う様に発生した暗雲と濃霧は完全にポケモンの嗅覚と視覚を潰す為の物であり、また雨音によって聴覚も潰す。相当近い距離にいない限りは此方を捉えることなどできないだろう。カノンをボールの中へと戻し、それと入れ替わるようにナタクを繰り出し、そしてナタクとナチュラルの手を握る。ナチュラルなら場所が解るし、その探知はナタクが行えばよい。

 

 これで徹底してポケモンを回避し、調査を行う事が出来る。濃霧と雨の影響で体がかなり濡れてしまっているが、そんなものは今更だ。濡れる事を気にしてしまったポケモントレーナーが旅をできるものか。息を吐き、ナチュラルが示した道をナタクに先導させる様に、一瞬先が全く見えない暗闇の中を、確実に、そして安全に進んで行く。

 

 ―――なおこの作業全て、月光がいれば彼女一人で済む上に踏み込む必要すらない。

 

 フィールドワークという点において、彼女の有能さが解る。

 

 草木の間に体を隠すようにトウカの森を進みながら、この森に発生してしまった異変について考える。この異変に関してだが―――大体その原因を予測する事が出来る。この状況、そして情報から想定する事の出来る可能性は四通り存在する。

 

 その一つ目が普通にヌシの交代だ。前々から人間に対して悪感情を持っているポケモンが存在し、そして殺意を持っていた。ヌシの交代をきっかけにトウカの森を支配し、そして人間に対してなわばりを主張しながら危害を加える様になった、というケースだ。現状、この可能性が一番低い。もしこの可能性だったら、事前にセンリか、或いはカナズミジムのジムリーダーのツツジが何とかしていそうだからだ。となるとこの事態は突発的な可能性が高い。

 

 となると考えられるのが二つ目と三つ目のケース、誰かが意図的にポケモンをここへと放逐し、そしてこの事態を引き起こしている。この二つのケースはマグマ団とアクア団が原因である場合と、そしてフーパが原因である場合に分けられる。あの組織が原因だった場合はトウカの森に目を引きつけている内にカナズミシティで何かをやらかすのが目的、フーパが原因なら恐らくは愉快犯になってくる。

 

 だが正直、一番高い可能性は他にあると思っている。

 

 つまり四つ目のケース―――デボンコーポレーションが原因である場合だ。

 

 ”(むげんだい)エネルギー”の話だ。

 

 ポケモンの生態エネルギーを、命を燃料として生み出されたエネルギーだ。もしその事実を知ったか、或いは”燃料”が逃げだしたとしたら―――実に解りやすい事になるだろうとは思う。まぁ、この可能性ではない事を祈るばかりだが、人間に牙をむくという現在の状況を考えるに、どうにかしなくてはならない。

 

 このホウエンの旅、ナチュラルに∞エネルギーの話を聞かせ、見せるというのもまた目的の一つだ。

 

「……ま、なる様になるか」

 

 誰にも聞こえないように呟きながらトウカの森の深部へと向かって突き進んで行く。

 

 恐らく、この事態はヌシを殺すまでは終わりがないのだから。




 前作では野戦が少なかったし、今回は対悪の組織を意識して野戦若干増えるかなぁ、という感じで。なおちゃんとジム戦と四天王は全部制覇予定です。チャンピオンならスパーリングって名目で勝負の予約できるからね。

 こういう野戦状況で輝くのが月光ちゃん。攪乱、援護、調査、備考、攻撃、撤退、何でもできる。


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vsトウカのヌシ

「スイッチバック、ナタク。出ろ、カノン。雨はもう良い。濃霧はそのまま維持して”湿原”にしろ。展開期間は三時間ほどで良い。良い子だ、スイッチバック。ダビデ、再び警戒と護衛を任せる」

 

 ナタクからカノンへ、そしてカノンからダビデへとポケモンを入れ替え。指示を繰りだし、追跡を完全に振り切る。そのまま、ナチュラルが指し示す方向へと向かって歩いて進む。依然、濃霧が行く手を遮るが、それでも自分の目はしっかりとこの暗闇の中を把握しており、ナチュラルの手を握って示す先へと向かって着実に進んでいる。何て事はない、これも伝説種による加護の影響だ。ところどころ人間を止めている様な気がするが、生身で神速とかやらかすシバやシジマと比べればまだまだ圧倒的に人間だ。というかボスゴドラと殴り合って勝利するんだからあの二人は頭おかしい。人間ならそこは死ねよ。

 

「なんか……慣れているんだね」

 

 ナチュラルの言葉を聞く。その声は隠れているという事を理解して、小さくなっている。だから此方も応えは小さくする。

 

「そうだな……俺には一人、師匠がいたんだけどな。この人がもう、本当に容赦のない人でさ、ポケモンの効率的な運用の仕方というのを理解していた人なんだ。ポケモンを徹底して道具だと断じて、そして使っていた人だった。だけど無駄に使い捨てる事だけはしなかった。徹底してポケモンの限界を引きだし、そしてそれを統率し、導いていた。どんなポケモンも、彼の為なら使い潰されても構わない、自分から仲間にしてほしいって頼みこんだポケモンまでいるぐらいさ」

 

「それは凄い……けど……僕とは相容れないだろうね」

 

 あぁ、勿論、そりゃあ不可能だろう。ロケット団総帥、サカキ。彼は天才ではないが、まさしく怪物だった。”天才を喰らう怪物”といえる存在だった。サカキは慢心しなかった。サカキは油断しなかった。そしてサカキは知っていた、人間と、そしてポケモンの団結力は恐ろしい。団結するからこそ力が生まれるのが生物というものだ。だから彼はロケット団を夢を叶える為の装置として生み出した。”根がロマンチストのリアリスト”だと自分は思っている。そんな人物だからこそ、あそこまで魅せる事が出来るのだろう。

 

「まぁ、それで師匠から効率的な運用方法を使い潰さない程度には覚えたのさ。出来る事と出来ない事を把握しておく事、役割以上の事を求めない事、連携と情報交換を絶対に忘れない事……まぁ、言っちまえば基本的な事だよ、マジで。ただ意識しないこととかあるだろ? それを徹底して覚えたんだよ。基礎は全てに通ず! って奴だな」

 

 今でも反復練習を欠かす事はない。暇な時間があればボールハンドリングの練習をしたりしている。トレーナーである以上、永遠に向き合う事なのだから。ただ、まぁ、サカキの修行や考えとは根本的にこれを突き詰めた結果、回転を根本的な部分から理解して運用するというところにある。

 

 まぁ、それはともかく、

 

「まぁ、そんな訳でこういうのは師匠に教わったもんを自分なりに最適化させて運用させている事なんだよな―――」

 

 空をオオスバメが飛行している。濃霧がかかっているとはいえ、”するどいめ”でも持っていれば見つかるかもしれない。夜間で目立つ白いコートは既に脱ぎ捨てているが、それでもバレない様にナチュラルを木の影の中へと押し込み、静かにオオスバメが飛び去って行くのを確認してから再び歩きだす。段々とだが森の奥にある”殺意の根源”とでも言えるものを感じつつある。ここまで来るとナチュラルの案内は必要はない、自分一人でも到達できるだろうが、ナチュラルに案内させる様に進む。

 

「―――ま、俺も清廉潔白って訳じゃないしな、トレーナーを始めて三年、本気でポケモンの世界と向き合って七~八年も経過してやがるわ。俺も歳を取るわけだ」

 

 もう28歳だ。ホウエンチャンピオンのダイゴでさえ25歳だ。大分歳を喰ってしまった。こうやって、色々と経験を繰り返して大人になって行くのだ。そんな中でもかなり波乱の人生を歩んでいる自覚はある、と言うよりも自分から求めて波乱の人生へと飛び込んだ。だけどそれでいい、自分は今、こうやって経験している自分の人生に満足しているし、自分の馬鹿が原因で殺されようとも、それで笑顔を浮かべたまま満足して死ねる自信がある。

 

「ま、俺はいいのさ。問題はオメーよ。原因がなんであれ、しっかり向き合う覚悟だけは用意しておいてくれよ」

 

「……」

 

 返答はない。だがナチュラルは意思の強い男だ。自分の知る世界が現実とは違っていると知っても、それでも心が折れる事無く、世界を見る事を望んだ。それだけ強い心を持っているのなら、まぁ、何があっても悪い道に転ぶことはないだろうと思っている。何だかんだで、自分がいなくてもナチュラル自身、最終的には正しい道に戻るのだから、”そういう星の巡り”の下にいるのだろうから。

 

 そんな事を思いつつ歩き続ければ、やがてトウカの森の深部へとやってくる。カナズミシティへと続く道からは大きく離れ、トウカの森の深い部分へとドンドンと踏み込んで行く。端から端へと移動するには一日の時間を必要とするだけの広さが存在するが、今回に限っては”元凶”が察知してか、浅い場所までやってきている事もある。お蔭で早く事件が終わりそうだと思いつつ、誘われるがままに奥へと踏み込む。

 

 深部の入口付近は広場になっている。元々は深部探索者用のキャンプ地だったのだろうが、完全に荒らされ、蹂躙された形跡しか残されていない。戦闘も自由に行えるだけの広さを持ったその空間、

 

 濃霧が蔓延する中、二律背反を解除すればその効果が切れ、霧散して行く。そうやってシルエットしか見えなかった三メートル程の巨体が見えてくる。そこにいるのはホウエン地方では比較的珍しいポケモン、”でんせつポケモン”のウインディだった。ただし通常のウインディとは違い体は鍛えられたように屈強であり、その色は黒に白い文様を持ち、そして明確な殺意を人間に対して突き刺していた。

 

 ―――色違いのウインディだ。

 

『―――いや、それだけじゃないぞ相棒。奴め、”天賦”だ』

 

 ナイトが経験則からの解析を行い、ウインディの特性を、或いは生態を見抜く。ボールの中から忠告を行い、今もなおその詳細な情報を掴もうと、ナイトが探りを入れているのを認識しつつ、視線をウインディから外さない。

 

 圧倒的強者の威圧感を纏って君臨するウインディは黒い体を引きずりながら赤い眼光を突き刺す様に自分とナチュラルへと向けてくる。それに対して―――自分達が怯む事はない。その場で足を止め、短刀を片手に、もう片手にモンスターボールを握り、ウインディが動いた瞬間に反応出来る様に構える。それを理解しているからこそ、ウインディは動く事がなく、一定の距離を保ったまま此方へと視線を向けてきているのだ。肌に突き刺す様な殺意―――そして悪意。遠くからでは負の感情と感じられたそれはウインディの放つ悪意だった。

 

 帽子の下から睨む様にウインディを捉え、その姿を逃がさない。瞬きを行う場合も、ダビデが常に動けるように意識しておく。神速で襲いかかられたとしても、エレキネットで一瞬でもいいから動きを鈍らせればポケモンを交代させる速度の方が早い―――ナタクへと交代し、ファストガードを挟む余裕が出てくる。この先の動きを考えながらも意識を外す事なく、口を開く。

 

「オラ、ケツは持ってやるから好きにやりな」

 

 ナチュラルへと声を向ける。

 

 受け取ったナチュラルが帽子の下からウインディを見るのが見える。少しだけ、ウインディの殺意と怒りにおびえているのが見えるが、直ぐに心を落ち着かせ、そして一歩前へと進むのが見える。力強い瞳でナチュラルはウインディへと視線を向け、ウインディがそれを受け取りつつ、視線を睨む様にナチュラルへと叩きつける。並のトレーナーならこの威圧感で吐いているだろう空間、この感覚、”懐かしい”という感情を感じつつ、縮小されている状態のボールをベルトから見えない様に外し、そして落とす。

 

 音もなくボールは落下し、トウカの森の草地の中に紛れる。

 

「ねぇ、教えて欲しいんだ―――君は一体、何をそんなに憎んでいるんだい?」

 

 ナチュラルがウインディへと語り掛ける。ポケモンに対するカリスマ性を保有するナチュラル。それは伝説のポケモンにさえある程度、作用される。故にポケモンの統率者として最高のランクをナチュラルは保有していると考えても良い。故に、ポケモンと語り合う能力と合わせ、ナチュラルのポケモンに対する会話能力は高い。純粋に異能ではなく、ナチュラルと対面したポケモンは”彼とは話しあわなくてはならない”という考えを抱くのだ。

 

 故にウインディはナチュラルと対面した一瞬だけ無言となり、

 

 ―――そしてその口の端を大きく歪めた。

 

「―――グルゥ、クックックギャ、キャッキャッキャッキャ―――」

 

 まるで人間の笑い方を真似る様に歪めた口の奥から嘲笑うかのような声が響いてくる。いや、実際に人間という種族を見下しているのだ。まるでゴミを見るかの様な視線をナチュラルへと向け、そして真面目に向き合おうとしているその姿勢を馬鹿にしているのだ。故にそれが解りやすいように、人間を真似て笑っているのだ。歪な笑い声を響かせ、馬鹿め、と主張している。それを受けてナチュラルの動きが止まり、

 

「なんで君は―――」

 

「グルゥァーオ……グラァーオ!!」

 

 ウインディが吠える。その咆哮の衝撃にナチュラルの姿が吹き飛びそうになり―――ナチュラルの腰のモンスターボールから弾けるオーラが溢れ出し、咆哮の衝撃を相殺し、ナチュラルを咆哮の衝撃波から守る。此方も当然の様にダビデにガードしてもらい、そしてウインディへと視線を向ける。完全に狩猟者として、そして獣として、食料程度にしかナチュラルを見ていない。ナチュラルがポケモンの王として保有するカリスマ、それがこのウインディに対しては一切通じていなかった。一方的な悪意と殺意、

 

 それに理由は存在していなかった。

 

『気を付けろ相棒―――』

 

「なんで……」

 

『―――こいつ、ダークタイプだ』

 

「通りでな」

 

 溜息を吐きながらウインディへと視線を固定する。ウインディは油断はしてはいないが、それでも余裕は見せている。見下す事に変わりはないが、それでも明確に付け入る隙を生む事はない。だが、そうか、ダークタイプだとするのならば、色々と納得できる部分がある。立てた推測は全て間違いだった。答えは一つ、ダークタイプ。それで結論が付く。

 

「―――話しても無駄……というか()()()()()()……」

 

 ナチュラルの呟きにそうだな、と言葉を繋げる。

 

「それがダークタイプってもんよ。”トレーナー殺し”のポケモンさ」

 

 極悪と表現できるほどに狂暴であり、凶悪である。人間に従う事を良しとせず、何らかの方法で捕まったとしても解放され次第、トレーナーを殺し、そして人間を殺す。エンカウントした場合は”殺害が推奨”されるポケモンだ。理由は必要ない。ダークポケモンは己がダークポケモンだから人間に殺意を抱く。殺したいと思う。殺意を向ける。ありったけの悪意を込めて叩きつけるのだ。

 

 それが娯楽なのだから。

 

 理由のない暴力と悪意。

 

「味わうの初めてか」

 

「話には聞いていたけど―――トモダチに一方的に向けられるのは初めてだね。こういう事を経験するとトモダチではあるけど、所詮僕は人間だという事を思い出させられるよ」

 

 ウインディを睨んだまま、森の奥から音が聞こえる。先程のウインディの咆哮に合わせて森中のポケモン達がこの場所へと集まりだしているのかもしれない。逃げる事は可能だろうが―――その場合、派手に森を吹き飛ばす必要が出てくるだろう。あまり取りたくはない手段だ。だから、手っ取り早くこのウインディを殺して、トウカの森のこの統率を解除した方が圧倒的に効率が良い。だけどその前に、

 

「……何も言わなきゃこいつをこの場で殺すけど……どうする?」

 

「捕まえる。捕まえて説得するよ。他のトモダチ達とは解り合えたんだ、時間をかけて話しあえば解ってくれる筈」

 

 ―――ダークタイプのポケモンを統率するのに必要な資質は、普通の資質とは違う。エヴァの様な狂暴性を屈服させるのではなく、認めさせ、そして率いる荒くれ者のボスの様な、そういう資質が求められる。ナチュラルの様な対話による統率では恐らく、一生ダークポケモンを認めさせる事は出来ないと思う。が、それでもナチュラルの選択肢は尊重しよう。

 

 最悪、(エヴァ)へのプレゼントが増えるだけだ、問題ないだろう。

 

「そんじゃ―――」

 

 短刀を手放した瞬間、ウインディの姿が神速と共に霞む。それに反応してエレキネットを展開したダビデが此方の肩の上からナチュラルの肩の上へと飛び移る様に移動し、そのまま押し倒すようにナチュラルを保護する。同時に電光石火の要領で体を動かし、エレキネットでワンテンポずれたウインディの頭上へと飛び上り、

 

「―――ヌシ戦を始めようか」

 

 足元に転がしておいたモンスターボールが自動的に開く。ウインディの頭上でモンスターボールを開く。

 

 下からピカネキのゴリテッカー、そして頭上からナタクの回転踵落としが、

 

 クロスボンバーの様に決まり、ウインディの首を上下から叩きつぶす。

 

 それを確認する事なくナタクを蹴って横へと飛ぶように転がり、スペアボールの中へとピカネキを、元のボールの中へとナタクを戻した瞬間、フレアドライブが足元のボールを破壊し、そして周囲1メートル範囲を焼き尽くす。流石ダークタイプの耐久力、そう思いつつ、

 

「捕獲するから殺さずに弱らせるか―――辛いねぇ」

 

 天賦故にもう二度と同じ手段が通らないことを確信しつつ、戦闘を開始する。




 vs天賦色違いダークウィンディ。

 属性てんこ盛りってレベルじゃねーぞ!! ゴッゴリチュゥ

 色違いなので自分は特別である。天賦の才なので頭が良くて学習し、そして多くを理解する。そしてダークタイプなので基本的に人間に対して殺意と悪意しか抱いていない。これらを合わせた場合どうなるかを答えよ。


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トウカの戦い

 ―――たとえば月光がいたら、今回の件、物凄く楽になっていただろう。

 

 ”裏”に関する事で月光ほど鍛えられたポケモンはいない。トウカの森の中へと踏み込む段階でもポケモン達の目を外し、派手に動かなくても静かにウインディの下へと到着できただろうし、ウインディに気付かれずにある程度罠を張った状態で戦闘を開始する事が出来ただろう。それだけ、彼女は優秀だった。特にこういう野戦状況だと。或いはクイーンも良いだろう。彼女の色違い、そして天賦に対する殺意は、殺害能力は絶対だ。ダークタイプが存在していたとしても、関係なく耐性を削り、命を抉り、そしてその体をばらばらの八つ裂きにしただろう。蛮であれば真正面からウインディと殴り合えたかもしれないし、サザラやアッシュだったら勝率0%の状況を覆すだろう。つまり、チャンピオンとなった時のポケモン達は、その性能は非常に凶悪、現状のレギュレーションだとほんとうに”ギリギリ”ラインになっている存在ばかりだ。

 

 故に、頼る事は出来ない。

 

 ”読みが粗い”。

 

 そう感じたのはサカキに負ける”前”からの話だった。そう、読みが粗いのだ。時々ポケモンの事故死が発生する。だがそれは読み負けたからではなく、自分が手筋を間違えたからだ。その結果、アドバンテージをロストしてしまった試合が何個もある。そのたびにミスをリカバーする様に、ポケモン達が頑張ってきたーそう、彼、彼女達は非常に優秀であり、極悪と呼べる性能を保有している。それゆえに、どうにかなってしまう。無理矢理にでもどうにかしてしまうのだ。それを理解して、頼る事は出来ないと解ってしまった。それゆえに、今のパーティーが存在する。

 

 徹底された役割。

 

 代理する事の出来ない性能。

 

 相手を理解し、考え、そして選出するポケモン。

 

 今の手持ちは徹底して”読む”事を強要してくるパーティーだ。サイクル戦を組むとして、このパーティーの大前提は相手の動きに読み勝つ事であり、これが成功している間は封殺でさえ可能な面子になっている。もし、チャンピオンになった頃の自分と、今のパーティーで勝負し、読む事で勝利すれば、バトルでも勝利さえできる。そういうパーティーだが、逆に言えば事故死でも起こそうものなら一瞬でサイクルが崩壊する、確実に読んで、そして最初から用意していた自分のビジョンに当てはまる様に試合を運ぶ―――そういう鋭い読みの能力を必要としたパーティーだ。

 

 アデクやサカキ、ヤナギ、ああいう経験から次の一手どころか三手四手を予測し、確実にアドバンテージを稼いでくる怪物染みた読みの能力を持っているトレーナー向きのパーティーであり、自分の様な凶悪に育成して、それでゴリ押す様なトレーナーのパーティーではない。だけど敗北し、そして鍛え直す必要があった。

 

 だから”強すぎる”仲間には頼れない。

 

 今の、ガラスの刃の様な仲間たちで―――鍛えるしかないのだ。

 

 そして次世代の、理想の、”完成”を目指すのだ。

 

 だからたとえ月光がいなくても、彼女が出来た事、その役割を分担して遂行する。クイーンの様な圧倒的なメタ能力を持っているポケモンが手元にはいないが、それでも似た様な事は計算しながら行動すればできる。安易な一手を選ぶのではなく、真剣に、思考を加速させて考え、そして確実に勝利する為の一手を選ぶ。ポケモンを信じるのではなく、お互いに助け合って信じ合うのが理想だ。

 

 それが、今の自分(オニキス)だ。

 

 

 

 

 ―――故にウインディと相対した一手目で、選ぶ選択肢は決まっていた。

 

「逃がさん―――」

 

 ナチュラルを押し倒したダビデがその背の上から迷う事無く背を向けて神速で逃亡しようとしていたウインディの行動をクモのすで阻害する。それが成功し、森の中へと逃げ込もうとしていたウインディがこのキャンプ跡地から逃げられず、足を停止させられる。ダビデを出している間はクモのすを継続させられる。交代禁止、逃亡禁止。必要な事だ。

 

「賢しいな」

 

 なぜならこの相手は”賢い”からだ。馬鹿な野生のポケモンではない。考え、学習し、そして判断して動く天賦なのだ。だから一番効率的に此方を殺す方法を理解している。

 

 ―――数の暴力だ。

 

 森の中に隠れ、監視しながら圧倒的なポケモンの数で蹂躙する。十匹なら余裕で対処出来るだろう。三十匹でもまだいける。四十、五十となってもまだ対処できる自信はある。だがこれが百、二百という数がコンスタントに襲いかかってくる様になると、話は変わってくる。ポケモンには体力の限界があるし、物量で攻められると攻撃を避けられなくなってくる。そうなると終わりは近いだろう。それをウインディは野生の狩猟者として良く理解している―――だから逃げ、時間を稼ぎ、仲間を集めて圧殺する。

 

「その前に潰す、氷花」

 

「―――御傍に」

 

「呪え!」

 

 氷花が体力を捧げてウインディを呪おうとした瞬間、ウインディの咆哮が木魂する。空から超高速で音を割りながら登場したオオスバメがウインディとの間に割り込み、ウインディの代わりに呪いを喰らい、体力を抉られる。素早く氷花をボールの中へと戻しながら横へと到着し、オオスバメのつばさでうつを回避しつつ、目の前から飛びかかってくるウインディにボールを向ける。ボールの中から繰り出されたメルトがウインディの前に立ちはだかり、しんそくを崩し、素早くボールの中へと戻しながら入れ替える様にナタクを繰り出す。ナタクを見た瞬間ウインディが大きく後ろへと跳躍して距離を取る。

 

「殺せる可能性を感じ取れましたか……同じ天賦、警戒に値する、という事でしょうか」

 

「自己評価が低いなナタク。格の違いを見せろ。コートを捨てるハメになった報いは受けてもらわないとな」

 

 ウインディへと向かってナタクが一気に踏みこむ。

 

『気を付けろ―――こいつ、”ダーク技”を使えるぞ』

 

 ナイトが看破によって得た情報をすかさず此方の耳へと届ける。故にナタクが踏みこんだ瞬間、迷う事無くナタクに猫騙し―――ではなく守らせた。直後、漆黒(ダークタイプ)の炎がウインディを包む様に燃え上がり、守っているナタクに襲いかかるが、守っている故にそれは届き切らない。それが途切れた瞬間、ナタクがウインディの下顎へとはっけいを叩き込み、そのままあてみなげを大地へと体を回転させるように持ち上げて叩きつける。

 

「―――硬いッ!」

 

 大地へと叩きつけられたワンバウンドしたウインディがほとんどダメージを発生させていない状態で跳ね上がったのを見たナタクの声が響く。それもそうだ。ダークポケモンは”全てに対して耐性を保有している”、極悪なタイプなのだから。それでいてダーク技は全てのタイプに抜群相性でダメージを通す事が出来る。これが反則じゃなければ一体何が反則なのだろうか。だけどそれもダメージが発生するだけ、理不尽ではない。ナタクが前へと追撃を繰りだす為に攻撃を繰り出す。

 

『しっかり狙えナタク。俺が背中を押してやる』

 

 ボールの中からナイトがおさきにどうぞとてだすけを発動させる。それによって支援されたナタクの動きが一瞬で先制を奪い、相手を上回る速度で刹那を駆け抜ける。接近した飛び膝蹴りがウインディの顔面へと叩き込まれ、その姿が浮き上がる。その姿を落とさぬように神速の連撃が発動する。

 

 ―――その前にナタクをボールの中へと戻す。

 

 直後、エナジーボールと破壊光線とりんしょうがナタクのいた場所を穿っていた。片目を森の中へと向ければ、最も足の速い幾つかのポケモンがここへと到着している。守る様に、そして妨害する様にウインディに合流している。数の暴力―――増えられるとどうしようもなくなってくる。ツクヨミを呼び出して強引に滅ぼすなんて手段はかっこ悪すぎてやりたくはない。だからここで勝負を仕掛けるしかない。

 

「ミクマリ」

 

「んー……その殺意、ビューティフルじゃないわね」

 

 ミクマリが出る。本来であれば炎と水で相性はミクマリが優っているが、ダークポケモンであるウインディに通常の相性関係は全く意味をなさない。が、それでもミクマリが出現するのと同時に大地が鳴動し、亀裂が生まれ、そして水が吹き上げる。そのまま、波乗りを発動させたミクマリの津波の一撃が全てを洗い流すように放たれる。それに向かってウインディは迷う事無くトウカの森から吠えて部下たちを呼び出し、

 

 ―――津波にたいあたりをくらわせ、肉壁にして威力を削いだ。

 

 肉の壁を潰しながら血の道をウインディが駆けてくる。

 

「スイッチバック、メルト」

 

「グルルルゥゥゥォォォォォ―――」

 

 ウインディが前に出るのと同時に生き残ったポケモン達の鳴き声と睨みつけるの大合唱が響き、一気にメルトの能力が落とされ、喉笛を掻っ切る様な爪の一撃が―――ダークラッシュが振るわれる。

 

「―――温い、反物質法則」

 

 ギラティナの法則、即ち反物質世界の法則。全ての効果が逆転する。優先度の上昇は優先度の低下へ、弱体化は強化へ、全ての干渉能力が逆転し、集団の大合唱を喰らったメルトは瞬間的に最大の状態まで強化され、正面からウインディのダークラッシュを連続で喰らう。抜群相性のそれは木の実などでも軽減する方法が存在しないが、それでも最大強化された能力であれば耐えられる。だっしゅつボタンが発動してメルトがボールの中へと戻って行き、メルトへと衝突した衝撃からウインディの動きが一瞬止まる。

 

 動きを加速させる。

 

 思考を冴えさせる。

 

 殺意をモンスターボールに込めて、敵を定める。

 

 ―――モンスターボール越しにこころのめが屠るべき怨敵を捉えた。

 

「殺せ、スティング」

 

 メガシンカの光と共にスティングが出現した。こころのめで捉えた敵をスティングの殺意が纏わりついて逃がさない。込められた殺意が急所へと至る崩壊の一点を見出した。ルール違反を犯した愚か者を殺害すべく死を刃に乗せて動きの切っ先を制した。

 

 ―――シネ、クズガ―――

 

 ダブルニードルが逃れられない死となってウインディを貫く。

 

 その前に野生のスバメがファストガードを自身の体を間に挟む様に発動させた。スティングの死の刃がスバメを貫通してウインディへと突き刺さるが―――浅い。

 

 そして二撃目―――二撃必殺がダークタイプによって軽減され、失敗される。チ、と吐き捨てながら残像を残してブレたスティングが通常のダブルニードルをそこから五連続で、合計十連続の攻撃をすれ違いざまに叩き込み、その姿へとポケモンの群れが殺到する。

 

『目を瞑るな。殺意をセンサーにして纏え、見切れ』

 

「―――!」

 

 大量のポケモンが群れて迫ってくるその状況をスティングが的確に見切って回避し―――その先にウインディが仲間の、部下の死体を踏みつけながら先回りした。殺した同胞の血を浴びながら段々と赤黒く変色するウインディは笑い声を響かせながら黒い炎を―――ダーク技を繰りだしてくる。問答無用で抜群相性を叩きつける炎がスティングの体を焼き、

 

 受けた痛みを復讐心へ、そして破壊力へと変換する。

 

 砥がれた復讐の刃が殺意を纏って急所を抉る。

 

「穿てスティング」

 

 殺意のダブルニードルがウインディの急所を抉った。心臓へと直接叩き込まれた殺意が心臓を強制的に止め、そして二撃目の刃がウインディへと突き刺さる。

 

 殺意のボルテージは終わらない。ウインディの心臓を一瞬止めたが―――その体には傷が見えない。故に、再びダブルニードルが突き刺さる。殺意がその動きを拘束し、刃を研ぐ。

 

 殺意のダブルニードルが再び急所へと突き刺さり、執拗にその命を奪わんと必殺を確定させて突き刺さる。

 

「ッ、戻れ!」

 

 スティングをボールへと戻した瞬間、爆発する様に咆哮と炎が溢れ出し、視界が一瞬だけ黒に染め上げられる。瞬間、体を横へと飛ばしながらボールを繰り出せば、黒い炎が大地を溶解させながら抉っていた。繰りだされたカノンが雨を降らし始め、炎の勢いを鎮静化させながら二律背反と合わせ、霰を呼ぶ。雨と霰の暴威に、一定のレベルに達していない野生のポケモン達が強制的に間引かれる。それでも五十を超えるポケモンの大群が突進して来る。それが命中するだけで人間はバラバラになるだろう。ボールの中からメルトが跳び出し、竜のオーラを纏いながら大群に対して正面から衝突し―――押し勝った。

 

 が、その間にウインディは距離を大きく開けていた。

 

「氷花ッ!」

 

『……これは、無理ですね』

 

 黒尾が言わんとしていることは解る。氷花を繰りだしながら黒い眼差しとクモのすを同時に放つが、ウインディとの間に発生する三十を超える未進化のポケモン達が肉壁として立ちはだかり、技を代わりに受け、ウインディの逃亡阻止を失敗させる。その間にウインディが傷ついた体を引きずりながらカナズミシティの方角へと向かって全力で駆け抜けて行く。

 

「畜生、しくじったか」

 

『いや、ここは嘆いても仕方がないだろう。それよりも雑魚の処理をどうするかを考えなくちゃいけないぞ』

 

 ウインディは自身の劣勢を感じて迷う事無く逃げた。恐らくは、このまま戦っても負けることが見えただろうし、数の暴力で攻める前に潰されると思ったのだろう―――勝ってもウインディが戦闘不能だった場合、別のポケモンに殺されてヌシを交代させられる可能性がある。つまり、そのレベルまでスティングで弱らせたのだが、

 

 いつの間にクモのすを除去されたんだろうか。

 

「……ま、考えるのは後か」

 

 指揮するウインディがいなくなっても、ダークポケモンの殺意が感染したトウカの森のポケモン達が残っている。

 

 その殺意や狂暴性はある種の熱狂や、ウィルスだと言っても良い。

 

 死んでも消えない熱狂。

 

「頭を冷やせば良いんだが……時間が必要か」

 

 溜息を吐きながらモンスターボールを握り直す。

 

 ―――ここからは逃亡の時間だ。




 答えは肉壁を展開しつつ物量で圧殺する事に失敗して迷う事無く逃げる。

 トウカの森にはいっぱいトレーナーがいるので、大人しく盗み見すればトレーナーの戦いや、バトルでの判断が見れるのでそれを通して学習したよ!人間さえ殺せれば環境を問わないのでトウカの森に固執する理由もないしね!

 天賦(6V)とはつまりその種族におけるトップの称号みたいなもんよ。(現在厳選違法な為

 という訳でまた次回。


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再び104番道路

「―――ふいー、よーやく抜けたわ。あー、疲れた……しばらく休みたい所だわ」

 

 トウカの森のカナズミシティ側の入口付近に到着し、もう森のポケモン達が追ってこないことを確認しつつ、ナチュラルの護衛に回していたダビデを自分の肩の上へと戻しつつ、ボールの中へとスティングを戻す。”森”という環境で誰よりも強く、そして自由に動き回れるのはスピアーがベースとなっているメガスピアーのスティングだ。その為、ウインディがいなくなってからは迎撃だけの為に動かし、近づいて来たポケモンだけを倒した―――必要以上の殺しはしない。ウインディがいなくなった今、殺意は薄れて行く。少しばかり時間はかかるだろうが、それでもまたトウカの森はあのウインディがヌシになる前の状態へとゆっくりと回帰するだろう。

 

「……お、森を抜けてきたのか!?」

 

 トウカシティ側に入口がある様に、カナズミシティ側の入口前にもキャンプ地がある。そこには待機していたトレーナーなどの姿が見える。軽く横目でナチュラルの姿を確認し、無言で立ち尽くしているのを確認してから軽く前に出て、そしてトレーナー達とトウカの森の状況に関して報告しておく。態々自分達がトウカシティ側に戻る必要もないだろう、ここで報告してしまえば後はここの人間か、向こう側へと行こうとするトレーナーが空を飛んでか、テレポートで向こう側へと状況を伝えてくれるだろう。

 

「―――ま、後2、3週間は入らない方が安全だわ。ヌシは消えたけど簡単には頭は冷えないから、放置してりゃあその内正気を取り戻して何時も通り、ってな」

 

「助かった、本当に助かった!」

 

 握手してくるトレーナーにいやいや、と言って、手を解放してもらったら大きく背中を伸ばし、そして青空へと視線を向ける。白いロングコート、結構気にいってたのだが、完全にお釈迦にしてしまった。これはカナズミシティで新しいのを購入しなきゃダメだなぁ、と思いつつ、腰のボールからポケモンを繰り出す。

 

 筋肉隆々で、黄色く、そして背筋を伸ばして敬礼を取るつぶらな瞳のピカチュウフェイス。

 

「ただいまボス」

 

「おかえりピカネキ」

 

 そしてさようならシリアス。完全に人語喋ってるじゃねぇか、というツッコミはきっと入れてはいけないのだろう。見ていた人間が一瞬でフリーズし、ピカネキがシャドウボクシングで威嚇し始める。と思ったらそのままブレイクダンスに移行する。どうやらトウカの森でハジケられなかった分、若干テンションを持て余していらしい。蹴り飛ばしてやろうか、コイツ。

 

 ピカネキの姿を見て錯乱し始めたトレーナー達がバケモンだと叫ぶのを無視しつつ、視線をナチュラルへと向ける。それに気が付いたナチュラルが視線を返してくる。片手を上げて本当に大丈夫かどうかを確認すると、ナチュラルが小さく笑みを零す。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫さ」

 

「いやね、撤退中に呪いでも喰らったのかとね。なお、俺は経験がある。じわりじわりと体力が削り殺される感覚、薬をガブ飲みしながら体力を回復して元凶をぶっ殺すまで解除されないから酷い数時間だったわ」

 

「本当に壮絶な経験をしているなぁ、君は! いや……まぁ、それぐらい経験してなきゃ君の様にスレる事もないか。まぁ、僕の事はそこまで心配しなくてもいいよ。確かにショックなのは事実だけど、それで心が折れる程じゃないし。現実を思い知ったというだけの事だから」

 

『……嘘はついていない様だぞ』

 

 ナチュラルも助けられてばかりの子供ではない、という事だろうか。そう思いながらナチュラルから視線を外し、視線をキャンプ地へと向ける。そこではみんなのアイドルピカネキがポーズをキメながらメロメロを発動し、周囲のトレーナーやポケモンをメロメロにするテロを行っており、発狂した一部のトレーナーが湖の中へと身投げを行っている。手綱を握ってないと好き勝手やるなぁ、自分が巻き込まれている訳ではないので遠くから眺めていると、ナチュラルが小さく笑う。

 

「結局、姿形が違うだけで中身はそう変わらないものなんだね」

 

「人間をぶっ殺すポケモンがいりゃあ、ポケモンをぶっ殺す人間もいるって話だわな。今時、珍しくもないだろう」

 

「……そうだね、それはそれとしてあのテロは止めなくていいの」

 

「面白いから放置で」

 

 無人のキャンプの中央で勝利に拳を掲げるピカネキの姿を確認し、無言でモンスターボールからナタクを繰りだす。無音で移動するナタクがピカネキに気付かれる事なく接近し、そのままみねうちを叩き込んでピカネキを一撃で大地に倒す。その姿をナタクが片手で足を引きずり、連れてくる。その姿を見て、頷き、

 

「しばらくはそのまま引きずる方向で」

 

 

 

 

 カナズミシティ側トウカの森出口とカナズミシティの間には巨大な湖があり、その上を橋がかかっており、これを渡る事で簡単にカナズミシティへと向かう事が出来る。だが、実際は湖を直接波乗り等で渡ったりする方が時間を半分までカットする事が出来る。その為、波乗り許可の出ているトレーナーであれば普通に波乗りをしてわたってしまえば良い。何時も通りナチュラルに野生のポケモンとの交渉を行わせた結果、ハスボーの集団を説得する事が出来た。ハスボーの集団を並べ、その上にイカダの様に乗り、ゆっくりと湖上を進んで行く。

 

「―――しかしあんなトモダチが出現するなんて、一体どういう事なんだろうね。イッシュ地方では一切ダークポケモンを見かける事はなかったし」

 

 ナチュラルがそんな事を呟く。ハスボー達の横でクロールで波乗りをしているピカネキの姿を眺めつつ、そうだなぁ、と呟く。

 

「バランスが狂ってるんじゃないかねぇ」

 

「バランス?」

 

 ダークポケモンなんてものは一種の突然変異で生まれてくる存在だが、そもそもからしてダークポケモンは”人工的に付与された特性”であって、自然に生まれるものではないのだ。つまり、本来ダークポケモンなんてものは存在しない。自分も始めてダークポケモンと出会ったときはかなり驚いた―――それは7,8年ほど前、カントーが主人公達とロケット団との衝突によって大荒れしていた時の話だ。ナチュラルへと視線を戻し、問いかける。

 

「デルタ種を知っているよな?」

 

「本来とは違うタイプを持ったトモダチ達の事だよね」

 

「あぁ。デルタ種ってのはかなり珍しいポケモンなのはホロン地方にしか存在しないからだ。だから今、トレーナーが保有しているデルタ種のポケモンは全てホロン地方で捕まえたのか、或いはホロン地方から流れてきたデルタ種を捕獲したもんだ。まぁ、このデルタ種ってのだけどホロン地方の独特な磁場が影響して、卵にいる間のポケモンのタイプが狂う事で発生する事なんだ。近年じゃあ卵の間にポケモンを意図的にデルタ種にする、なんて実験も成功している」

 

 つまりデルタ種は”ホロンフィールド”の影響を受けているから生まれるポケモンなのだ。ちなみにだが進化の時にホロン地方にいてもデルタ種として進化する場合がある。つまり、ポケモンは環境に適応する様に、或いは環境に影響されて進化する生物なのだ。10年前までは存在しなかった進化が5年後には種族全体に広がっているのはそういう環境の影響などがポケモンの間で概念として共有されているからかもしれない。

 

「―――つまり君はトモダチ達は環境と密接にリンクされている訳で、イッシュ地方などは乱れていないからダークポケモンが出現しない、だけどバランスが崩れているホウエン地方ではダークポケモンが生まれる環境が出来上がってる、って言いたいんだね」

 

「流石ナチュラルくん、頭良いなぁ」

 

「―――で、それがホウエンへと来ている理由に繋がるわけなんだ」

 

 そう、マグマ団とアクア団が活動し始めている。まだ目立つ動きはないし、環境への影響もない。だがホウエン地方へと上陸した直後から、嫌な目に合っている―――フーパの存在だ。どっかにいるだろうとは思ったが、アレとホウエン到着直後にエンカウントするとは一切思っていなかった。というかホウエン地方に到着した直後にエンカウントしたのだ。という事は、”もうホウエンにいた”という事であり、

 

 此方に悪戯をする前に、既にどっかで悪戯をしていてもおかしくはない。

 

 或いはあんなピンポイントで接触してきたのだ―――裏で誰かが使役しているのかもしれない。

 

 フーパ―――更にヤバイのは解き放たれしフーパの存在だ。通常時でさえ伝説種を自由に召喚師、暴れさせるぐらいの実力は持っているのだ。その力が解放された場合、ほんとうにシャレにならない事態が待っている。間違いなくグラードンとカイオーガはまだ眠っている。それは断言しても良い。グラードンとカイオーガは一種のマップ兵器だ。目覚めたら解らない訳がない。アレは起きているだけで滅ぼす災害そのものだ。

 

 だけど他の伝説種は違う。パルキアやディアルガ、カロス地方の伝説種はそこまで広範囲へと影響する様な能力ではない。ぶっちゃけた話、連中がこっそりフーパに召喚されていたとか言われても不思議じゃない。まぁ、その場合の目的が全く分からない訳だが。それに現状、捕獲が確認されているルギア、ホウオウ、ギラティナ以外の伝説はミュウツー、デオキシス、カントー三鳥―――そしてゼクロムのみだ。

 

 キュレム、レシラム、ディアルガ、パルキア、ゼルネアス、ジガルデや某ヤケモン神等の伝説に関しては確認が取れていない。こっそりフーパを通して召喚されており、回収されていたりしたらまさに大惨事にしかならない。―――しかし、色違いの天賦ダークポケモンなんて属性がてんこ盛りの化け物、それこそ人工的に生み出されるか、

 

「自然か環境のバランスが狂ってなきゃあんな化け物も生まれねーわ。流石に俺でもあそこまで訓練されているわけじゃねぇのに殺意の高いポケモンは初めて見るわ。あの感じ、俺が取った手筋は確実に覚えられたからやり方変えなきゃ殺られるわ」

 

「……なんというか、ホウエン到着直後から色々と前途多難だね」

 

 そうだなぁ、と答える。もう、なんというか、これがインフレの上限だと思いたい、そう言う気持ちが非常に強くある。数年前のジョウトでも凄まじいインフレを経験したが、今回ばかりはグラードンとカイオーガが相手になるのかもしれない。普通に戦う分にはまず戦闘にすらならない。相対するだけで死ぬのがこの二体の伝説の特徴だからだ。

 

 ―――その対策がカノンだ。

 

 天候”デルタストリーム”はまだ完成していないが、それでもグラードンとカイオーガと戦う大前提として必要になってくる。記憶が正しければ間違いなくゲンシカイキしてくるのだ、デルタストリーム以外にそれを破る方法はないし、フーパが出現している今、レックウザ―――メガレックウザを信頼する事は出来ない。場合によっては敵に回る可能性があるからだ。

 

「BREAK進化を実用化できればなぁ……」

 

「僕は君のその知識が一体どこから出てくるかが不思議だよ」

 

「良い男には秘密があるのさ」

 

 真実を伝えることは誰にもできない。だから世界の真実を自分が墓場まで持って行く。だけど、それもここまでだ。ここで、このホウエンの地でゲンシグラードン、ゲンシカイオーガ、そしてフーパをどうにかすれば、もう、未来に怯える事もない。義理からも義務からも解放されて、好き勝手生きる事だって出来る。

 

「もう考えたら俺も28か……ガキの一人か、後継者の一人でも作らないと駄目だなぁ」

 

「そんな事を考えるには早いんじゃないか? 僕から見たらまだまだ若く見えるし」

 

「馬鹿野郎、何時死ぬか解らない世界にいるんだから早めに色々とやっておいた方が良いに決まってんだろ……まぁ、もうちょっと真面目に夫婦仲に関して考えても良いとは思うけどな。仮面夫婦のままじゃぁちっと寂しいだろうしな」

 

 今度エヴァに逢ったらデートにでも誘うかねぇ、と呟きつつ、バタフライで泳ぐピカネキがいい加減ウザイのでボールの中へと戻す。

 

 段々と暮れて行く夕陽を眺めつつ、

 

 遠くに見えてくるカナズミシティの街並みへと向かって、真っ直ぐ突き進む。




 このポケモン二次には
・擬人化(萌えもん)
・デルタ種(ポケモンカード)
・BREAK進化(ポケモンカード)
・リアルファイト(ポケスペ)
・ガチ殺し(ポケスペ)
・ダイレクトアタック(ポケスペ)
・特殊能力(ポケスペ)

 要素があると考えると割と凄まじいカオスなミックスになってる。それにしてもポケスペはやっぱり凄いなぁ……。


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カナズミシティ

「―――漸くカナズミに到着したな」

 

「僕はもう疲れたよ……」

 

「俺も割と疲れたわ」

 

 カナズミシティに到着する事には暗くなり始める頃だった。そしてトウカの森突入からカナズミシティへの到着までの間、割とノンストップで移動を続けてきたため、たっぷりと疲労が体に溜まっている。カナズミシティにおける最優先事項はデボンコーポレーションへと向かう事だが―――流石にこれだけ遅くなると、明日改めて向かった方がいいだろう。今からホテルの部屋を取るのも面倒だ、ポケモンセンターのタコ部屋を借りてしまうのが一番良いだろう。軽く帽子を手に取り、埃を掃う様に一回腿の辺りで叩き、そして被り直す。

 

「うっし、部屋を取りに行くか。喰う気すらしねぇ」

 

「もう、ただただ眠りたい……」

 

 軽く欠伸を口から漏らしつつあらかじめ調べておいたポケモンセンターの位置を思い出す。カナズミシティはカイナシティと同レベルの大都市だ。それこそ都市全体を回るには一日中時間が必要になって来るぐらいには。ここからポケモンセンターまで歩くのが激しくだるい。誰か運んでくれないかなぁ、と思いつつ歩きだそうとしたところで、

 

「―――部屋なら用意してあるよ」

 

 男の声に動きを止める。俯きがちだった顔を持ち上げて視線を正面へと向ければ、銀髪にスーツ姿の男がや、と声を零しながら片手を上げていた。その男の姿をよく知っている。いや、寧ろ知らなきゃおかしい。このホウエン地方でおそらくは最も有名で、嫉妬を集め、それでいてトレーナーの目標、

 

「ダイゴじゃねーか!」

 

「元気……にはどう足掻いても見えないね。ようこそカナズミシティへ、歓迎するよオニキス」

 

 ははは、と笑いあいながらダイゴへと近づき、拳を叩きあってから握手する。ガッチリと腕を組んだ所で軽く眠気が吹き飛ぶ。デボンコーポレーションへとは向かう予定だったが、まさかこんなところでダイゴと会うとは一切思っていなかった。そう、ダイゴ、ツワブキ・ダイゴ。デボンコーポレーションの御曹司であり、そしてそれでいてホウエン地方の現在のチャンピオン。このホウエン地方において最も有名な男は間違いなくコイツだろう。お、そうだ、と声を零しながらナチュラルへと視線を向ける。

 

「ナチュラル、紹介するわ。この無駄なイケメン野郎がホウエン地方で最も恵まれている石マニア、ツワブキ・ダイゴだ」

 

「大企業の御曹司な上にリーグチャンピオンという人生の勝ち組でごめんね負け組諸君。僕みたいな特権階級の人間は奇妙な趣味を持ってもイメージと立場で許されちゃうんだ。ほんとうに勝ち組でごめんね」

 

「初対面で喧嘩を売られたけどこれって殴ってもいいって事かな?」

 

 ナチュラルが疲れからか、受け流す事なく言葉を受け止め、そして拳を作るのをダイゴが笑って受け流す。しかし、ダイゴに会う事になるとは思っていなかった。どうせコイツの事だから流星の滝か石の洞窟で時間を潰しているのかとでも思っていたのだから。だからそれだけ意外だったが―――良く考えれば立場的に別にデボンコーポレーションで働いていてもおかしくはないのだ。まぁ、今はそれ以上に面倒なものを相手しなきゃいけないからダイゴにも遊ぶ時間はないが。

 

「ここで何やってるんだよお前」

 

「ん? トウカの森の件を僕でどうにかしようと思ったんだけどね、君が解決に乗りだしたって聞いたからね、だとしたらすぐに終わるだろうからここで待っていたんだよ」

 

「ちょうど良かったわ。トウカ側に荷物と荷物番を置いて来たんで、回収を頼む」

 

「手配しておこう。とりあえずデボンの名前で部屋を取っておいた、今夜はそこでゆっくり疲れを落として、明日ゆっくりと話をしよう。今夜はもうくたくたなんだろう?」

 

 ダイゴの言葉はありがたかった。トウカの森を出てからこっち、ウインディの事が気になって、あんまり野宿をしたくはない状態だったから強行軍で進んできたのだ。タコ部屋も割といいのだが、ちゃんとした部屋を用意してくれているのであれば、それに越したことはない。ここはダイゴの言葉に甘えて利用させてもらおうと思ったところで、ダイゴが視線を後方へと向ける。ダイゴの視線に合わせて視線を後方へと向ければ、無言でブリッジ中ピカネキがいる。

 

「ナニアレ」

 

「ピカネキ。おい、ホウエンチャンピオン様だ、挨拶してやれ」

 

 そう言うとピカネキがブリッジから復帰し、無駄に足音を立てずにモンローウォークでダイゴへと接近し、

 

「ピッピカぺっチュウ!」

 

「なんだこれ」

 

「ピカネキ」

 

 こいつがいるとネタを振らないで済むから色々と楽だなぁ、と思いつつピカネキをボールの中へと戻し、テロられて困惑状態のダイゴにさっさと案内をさせる。もう何でもいいからとりあえず眠りたかった。欠伸を何とか噛み殺しつつ、デボンコーポレーションが用意してくれた部屋へと泊まる為に、ダイゴの背中を押して歩き始める。

 

 

 

 

 ―――気絶する様に眠り、そして次の日に起きる頃には既に十一時近かった。

 

 ボールから出す事の出来るポケモン達も疲れているのか眠っているらしく、ゆっくりとベッドやソファの上で眠っていた。一部、姿の見えないポケモン達は恐らくトレーニングか、或いはホテル内の散策に出かけたのだろう。ナチュラルがまだ眠っているのを確認し、歯を磨き、シャワーを浴びてさっぱりとしてからカードキーを片手にポケモンも連れずに部屋を出て、ホテルの食堂へと向かう。

 

 デボンコーポレーションが経営するホテルの一つはまだシーズンではない事を踏まえ、客の数はまばらに見える。だがそれでも食堂へと向かえばそれなりに人の姿が見えるのは、食事だけでも利用する客がいるからかもしれない。そんな事を思いながら食堂を軽く見渡せば、四人用のテーブルの一つにダイゴがいるのを発見する。片手を上げて挨拶をすれば、珈琲を片手にダイゴも片手を上げて挨拶を返してくる。そのまま、ダイゴのいるテーブルの相対側へと座る。

 

「その様子を見ると良く眠れたようだね」

 

「流石に強行軍は疲れるからな。逃亡したと見せかけて奇襲する為に潜伏されていた……なんて場合に備えてずっと警戒してたからな。やっぱ街の中に入るまでは安心できねぇわ」

 

「ははは、お疲れ様。紅茶にする? 珈琲にする?」

 

「珈琲で。後は適当に何か食えるもん、なんでもいいわ」

 

「ん、解った。僕が見繕っておこう」

 

 サクサクとダイゴがウェイターを呼んで時間的にブランチの為の料理や珈琲を注文して来る。それをぼーっと眺め、ほどなくやって来た珈琲のカップを握り、軽く喉の中へと流し込み、それで意識を覚醒させながら息を吐く。旅は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、こうやって良いホテルでゆったりするのも悪くはない。いや、旅で疲労するからこういうホテルで宿泊する事が良く感じるのだろう。とりあえず、漸く休めた、という感じだ。それを表情から態度で理解したのか、ダイゴが小さく笑う。

 

「なんかくたびれてるね、少しだけ老けて見えるよ」

 

「一応、俺28だからな。お前よりも年上だからな」

 

「僕も君も見た目じゃあまだ20前後にしか見えないんだけどね。ま、若く見られるほうが得だし、それはそれでいいんじゃないか?」

 

「えー」

 

 30を過ぎたらサカキの様な渋いチョイ悪オヤジ風になりたいというひそかな願望があるのだ。だがやっぱり、肉体的な加齢が遅いのは伝説種との契約との関係だろうか。まぁ、思い当たるのはホウオウ―――カグツチの存在なのだが。輪廻転生は禁止しておいたが、それ以外に関しては細かい禁止してないし、今度聞きだしてみるとするか。

 

「で、トウカの森の方はどうだった?」

 

「数週間は入れねぇ。統率してたのが色天賦のダークウインディだったわ。ポケリ級のトレーナーじゃなきゃ容赦なく殺されるクラスの化け物」

 

「逆に言えばポケモンリーグに出場するだけのレベルがあれば問題はない、か」

 

「まぁ、実力だけを考えるとな。ただ妙に頭がキレやがる。ダークポケモンの残酷性はいいが、迷う事無く群れのポケモンを肉壁にする発想なんて普通は思つきやしねぇし、それを躊躇なく実行できるダークポケモンなんて俺は知らねぇわ。基本的にダークポケモンは”狂暴”であって”外道”じゃねぇし―――」

 

「―――という事は誰かの介入か、入れ知恵があるって考えている訳だ」

 

 まぁ、少なくとも完全に関係はないとは思えない。だけど人間に対するあの殺意は本当に理由はないと思う。アレはそういう生物なのだから。考えれば考える程面倒だ。偶に全部投げ捨てて全裸になって走り回りたくなってくるが―――それは実家でやる事にしよう。風呂上がり、全裸で徘徊するのはアレ、意外と気持ちが良い。

 

「それはそれとして、お前の方は調子どうなってんだよ―――調査、終わったのか?」

 

 そう言うとそうだね、とダイゴは飲み終わった珈琲のカップを降ろし、お替わりを注文しながら腰に手を伸ばし、そして三つのモンスターボールをテーブルの上に広げる。その中に入っているのはただのポケモンではない。”伝説殺し”の経験が反応している為、その中に入っているポケモンが伝説に準ずる存在である事を理解させられる。つまり、提供した情報からゲットする事にダイゴが成功した、という事でもある。

 

「111番道路の砂漠遺跡のレジロック、105番水路の小島の横穴のレジアイス、120番道路の古代塚のレジスチル―――少し苦労したけど全部捕獲に成功したよ」

 

「これで四王の内、三王は見事こっちで捕獲完了かぁ……」

 

 レジスチル、レジロック、レジアイス、そしてレジギガスの四体を合わせて四王と呼ぶ。準伝説級であるレジスチル達とは違い、レジギガスは正真正銘の伝説級のポケモン、大陸そのものを動かしたという伝説を保有するポケモンである。ただレジギガスだけはその所在がシンオウ地方である為、この三体を揃えてからシンオウ地方へと向かわないと全て揃わないという事実がある。まぁ、そういう訳で四王の情報をリークしたのは自分だ。

 

 どう足掻いてもマグマ団とアクア団の暴走に間に合わなかった場合を想定して、最低限の戦力を用意する為に伝説に関する情報を信用できる人物たちに流したのだ。レジギガスはいない為三王になってしまうが、この三王に関してはグラードンとカイオーガがゲンシカイキしないのであれば、動きを封じ込める事が出来るだけの実力を持っている。

 

「しかし相変わらず呆れるよね、君には。一体伝説のポケモンに関する情報をどうやって集めているのか知りたくなってくるよ」

 

「それに関しちゃあ秘密……って言いたい所だが、そう難しい話でもねぇよ。ちょっとばかし、未来を知る手段が俺にはあったのさ。だから先をハッピーにするために動いている……間違っているか?」

 

「いや、間違ってなんかいないさ。立派な事だよ。ただこの三体を捕獲する時死にかけるかもしれないよ? って一言でもいいから忠告してくれたらキレなかったかもなぁ……」

 

「伝説だよ? 強いよ? 捕獲するなら死にかけて当たり前じゃねーか」

 

 ダイゴが笑顔のまま無言で中指を突きだして向けてくる。ありがとう、その姿が見たかった。そんな事をやっている内に、ダイゴが頼んでおいたブランチが運ばれてくる。やはり昼飯の分が混ざっているだけ、少々内容は重めで、サラダとスパゲティにスープ、焼き立てのバゲット等が運ばれてくる。ナプキンを膝の上に広げつつ、

 

「喰い終わったらツワブキ社長に会いに行くか」

 

「マグマ団にアクア団、目覚める可能性のあるグラードンとカイオーガ、そしてホウエン地方へと向かって落ちてくる隕石に暴れ出すダークポケモン。うーん、厄年かな? チャンピオンに就任してからこれだけ酷い状況は初めてかもしれない」

 

「そんなダイゴ君に朗報です。なんとフーパちゃんがホウエン地方で観測されました」

 

「先生、フーパちゃんって何ですか」

 

「自由自在に伝説のポケモンを召喚させられるキチガイポケモンです」

 

 無言でダイゴが両手で顔を覆う姿を見て、お前のその姿を見たかったんだよ、と心の中で愉悦しつつ―――ダイゴと協力してこの状況をどうにかしなきゃいけないのは自分だった、と思い出して絶望が心の中に蘇ってくる。

 

 それでも、それでも、

 

「ジラーチ、ジラーチにさえ祈れば……!」

 

「その願いは私の力を超えているとか言って逃げだしそう」

 

「想像できるからマジでやめろ」

 

「というかジラーチって現在休眠期であと数年は目覚めないんじゃなかったっけ」

 

 ご都合主義には頼れなかった。

 

 順調に三王、三鳥、そして三犬を確保出来ている状況とはいえ、どうしたものだろうか、これは。考えれば考える程、ホウエンの未来が闇に包まれている様に思える。




 石狂い:ホウエン三王
 ???:カントー三鳥
 鬼キス:ジョウト二鳥、ギラティナ
 Nな人:はじけるオーラ

 現在作中で保有が確認されている伝説・準伝説の所在。

 バトルの描写をする時、ポケモンバトルの文体みたいに「XXXの黒い眼差しが逃亡を許さず見つめ続ける」みたいな感じにやってるけど、このゲームの説明文っぽい形式と、普通に描写するのとどっちがいいんだろうね。割とノリが良くて気に言ってるんだけどさ、ゲームっぽい表現。


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デボンコーポレーション

 デボンコーポレーションの社内に入ると、歓迎する様に社員が頭を下げてくる。その丁寧で此方に対して敬うような姿勢はポケモン協会へと顔を出すときに良く見る光景だ。まぁ、ポケモン協会によって認められたチャンピオンが二人も揃って並んで歩いているのだから、当然なのかもしれない、が、それでも窮屈なこの感じは好きではない。それでもある種、”理想的なチャンピオン像”が一般にはある為、なあなあでそれを守る為にも、軽く笑みを浮かべ、手を振っておく。遠くで見ている社員が小さく声を漏らしている。

 

 営業用スマイルを張り付けたまま、ダイゴと共にエレベーターに乗る。服装はこういう時の為に用意しておいたスペアのロングコート―――此方はダメにしたやつとは違い、旅用に多少汚れても解らない様な、暗い茶色のものだ。今朝、荷物を持ったフーディンがテレポートで合流してきた為に取りだす事の出来たものだ。やはり手持ちとは違って、移動や護衛用にポケモンと金銭や育成等の契約をしておくと非常にスムーズになるところがある。荷物番を任せたこのフーディンも、育成することを条件に、使用人として振る舞っているのだ。

 

 そのままエレベーターに乗ってデボンコーポレーションに上層へと向かい、地上三十階でエレベーターが停止する。扉を開いて向こう側に広がるのは社長室だ。大きなデスクの向こう側に座っている初老の男が見える―――大企業、デボンコーポレーションの現社長の姿だ。ツワブキ社長は此方とダイゴを見ると、大きな椅子から立ちあがり、笑みを浮かべながら迎えてくる。

 

「やあ、ようこそセキエイのチャンピオン! 君の事を待っていたよ……と、もう一人来ていると私は聞いていたのだが……」

 

「ナチュラルくんはちょっとねぇ」

 

 まぁ、あの状態で∞エネルギーの話をさせる訳にもいかないので、ピカネキを付けて部屋に置いて来た。今頃疲れてダウンしているナチュラルをピカネキがエプロン姿で看護しているだろう。ほぼ確実に午後までには復活しているだろうとは思う。ともあれ、ツワブキ社長と握手を交わす。

 

「さ、話を始める前にこれを渡しておこうか。我が社でポケモン図鑑やバトルスキャナーに対抗する為に生み出した”ポケモンマルチナビ”だ。ポケモンの情報はもちろん、コンディションや分布、他にもポケギアやポケナビにあった機能を凝縮させた新製品だ!」

 

 そう言ってツワブキ社長がポケモンマルチナビ、長方形の小型の機械を手渡してくる。サイズ的には初期のあの大きかったDSを思い出させる程度のサイズだが―――確認する機能は凄まじい。ポケモン図鑑等に対抗しているというだけはある。だが、

 

「これ、ぶっちゃけいくらぐらいしますか」

 

「……」

 

 無言でツワブキ社長が両手を広げる。

 

「10万ですか」

 

「……まぁ、コストダウンは狙っているんだけどね? 我が社はどう足掻いてもエリートトレーナー等の一線級のトレーナーを支援する体制を優先してしまっているからね? 作る製品は超一流である自負があるのだけれど、やはりどうしてもコストがかかってしまって、10万でも割とギリギリな値段なんだ……耐水耐熱耐電、防塵加工に防弾防刃も施してあるから戦いに発展しても壊れない様にはあってるんだけど……」

 

「まぁ、それぐらいやるんですけどねぇ」

 

 まぁ、10万はアマチュアのトレーナーからすれば少々高いってレベルだろう。

 

「―――アマチュアの大会で優勝すれば賞金は大体10万前後だから、そこからプロの世界へと踏み出そうとする層と、それ以上の層を狙った商品になるね。まぁ、僕らみたいに環境トップにいるトレーナーは一試合でうん百万とかギャラで入ってくるから困らない話だよね。まぁ、駆け出しのトレーナーだって一応お金を溜めれば買えないもんじゃないし」

 

「まぁ、俺からすりゃあ使えるなら高くても問題はないわ。デボンの経営方針に関しては社長さんとダイゴで決めて欲しいよ、俺、部外者だし。とりあえずポケモンマルチナビ、受領しました。とりあえずデータ整理用にポリゴンかロトムでも雇う事を考えようかなぁ……」

 

 ハピナス、フーディン、ピジョット、タブンネ、カイリュー、ポリゴン、ロトム辺りが街で働くポケモンとしてはメジャーな部類だろう。ハピナスやタブンネは福祉で、ピジョットやカイリューは移動で、フーディンは念力とテレポートを合わせて万能だし、ロトムとポリゴンはデータの管理等で非常に役立ってくるのだ。家の方には敷地の維持とかでそれなりに雇ってるし、此方にポリゴンを送るか、新しく雇ってもいいかもしれない。軽くポリゴンをこういう端末に仕込んでおくと効率が上がるのだ。

 

 なお自分の場合、給料よりも育成を求めるポケモンの方が多いのは育成を求めた場合の値段の方が遥かに高い上に、ポケモンとして能力が上がればスカウトされる確率が上がったり、他の事でお金を稼ぐ事も十分にできるからだ。そういう訳でお金を払う事よりも育成を代金がわりにしているのが自分のケースだ。それでもポケモンに対する支払いへの給料は人間が働く場合とそう変わりはしない。社会的にそこそこイコールな立場を築きつつあるからだろう。

 

「まぁ、それはともかく……デボンの方での調査、どうですか社長」

 

「うむ―――マグマ団、そしてアクア団の事だね」

 

 ホウエンと言ったら? デボン、そう言い返されるレベルでデボンコーポレーションは有名であり、ホウエン地方の各地にその根をおろしている。つまりホウエンで活動する上でデボンコーポレーションと協力することはホウエンにおける最大の味方を得たという解釈を取ってもいいのだ。そしてデボンコーポレーションの協力を得るのはそう難しくはない。マグマ団とアクア団、そして迫りくる隕石の脅威を伝えれば、それだけで対策に乗りだすのは死活問題に繋がるからだ。

 

 ただそれ以上話を広げないのは、あまり動きをマグマ団やアクア団に察知されたくはないからだ。

 

 馬鹿の様に姿を見せてくれれば、やりやすい。

 

 このサービス残業をとっとと終わらせて自由になりたい。

 

「ある程度は活動を把握しているよ。まずはマグマ団だけど、環境保護団体を含む幾つかのダミー会社を経営しているね。アクア団の方も同じようにダミー会社を幾つか経営して、組織の活動を隠ぺいしたり、資金調達しているよ―――これ、事前に両組織の事を教えられていなかったら疑う事もなかったからね、かなり手慣れた、或いはやり方を知っている人間が所属しているよ。……で、今は放置すればいいんだっけ?」

 

「えぇ、最終的にグラードンとカイオーガを目覚めさせるのが目的なら絶対におくりびやまでべにいろのたまとあいいろのたまを奪取する必要がありますからね。組織を監視するよりもおくりびやまでの活動を監視しておいた方が遥かに解りやすいですからね。まぁ、その前にちょくちょく問題は起こすでしょうけど、それに関しては俺の方で対処に当たります。デボンは―――」

 

「―――隕石の対処だね。現在直接宇宙へと飛行する事の出来るポケモンを調べているよ」

 

 流石に宇宙からやってくる隕石の対処となると、自分の領分を大きく超える。ワダツミやカグツチは地球環境に適応したポケモンだし、ツクヨミだったら地球に落ちてくるところを迎撃出来るかもしれないが、それと引き換えに地表が消し飛ぶと思われる。自分の保有しているポケモンでは宇宙空間へと出て、迎撃することは現実的ではなかった。

 

「一応僕のメガメタグロスで成層圏にまで飛ぶ事は出来たよ―――まぁ、それ以上は流石に活動が難しかったね。エアロックか、或いはそれを発展させた、環境を常に支配し続ける能力か特性でもない限り、宇宙空間に出たとしても恐らくまともに攻撃を繰り出す事は出来ないと思うよ。少なくとも宇宙へと上がろうとした僕の感想がそれだ」

 

 やはり、通常のポケモンで宇宙空間に対して何らかのアクションを起こすのはほぼ不可能に近いのが現在の答えなのだろう。

 

「―――一応テラボルテージでゼクロムをレールガンの様に射出すれば隕石を砕けるけど、完全に一方通行な上にゼクロムじゃあ宇宙空間で死ぬからな、現在の持ち主が許すとは思えねぇわ。この方法が使えるのはゼクロムだけなんだけどなぁ……」

 

「そう言われると惜しくなって来るけど、伝説を犠牲にするとなると流石に手を出せなくなって来るなぁ……まぁ、デボンの方では隕石を粉砕する為の手段を用意しておくよ。一朝一夕で成る事じゃないし、なんとか終わる前に方法を見つけておくさ」

 

「頼むよー。じゃなきゃ住所不定無職のレックウザを見つけてメガシンカさせなきゃならなくなってくるからなー」

 

「頭が痛くなるねぇ」

 

 今日も元気にオゾン層で活動中のレックウザを捕まえる事が不可能な事実その一、事実その二は伝説のメガシンカ化が相当無茶をしなくちゃ不可能な事で、その両方を考えると相当の無茶であり、超不可能な領域に見えてくる。伝説をメガシンカってなんだよ。早く来てレッドさん、そこらへんの運命力でのご都合主義アタックはおまえの仕事だろ。

 

 ともあれ、現状は研究と調査、そういう状況だ。あまり表側で派手に動く事はない。それを三人で確認した所で、ちょっとだけ気が抜ける。まぁ、当たり前の話かもしれないが、ここで終わる事はなかった。デボンコーポレーションがパパっと解決するか、或いはジラーチが発見されて終わりとか、そういう風に物語が終わってくれれば非常に楽だったのだが、そうもいかないらしい。まぁ、当たり前だよなぁ、何て事を思っていると、ツワブキ社長がさて、と話しかけてくる。

 

「セキエイチャンピオンはこれからどういう予定かな?」

 

「あー……ちょっと腰を落ち着けて育成したいポケモンがいますからね。1か月はカナズミで足を止めようと思ってます。ホテルも中々のものですし、いっそのこと部屋を借りてホウエン地方での活動の拠点にしてしまおうかと。まぁ、それで育成が終わったら―――カナズミジムに挑戦、そっから”りゅうせいのたき”へ向かおうかと思ってますわ」

 

 ツワブキ社長が首を傾げる。

 

「流星の滝へ?」

 

「えぇ、まぁ、自分の目で確かめておきたいことが幾つかあるので」

 

 ―――流星の滝の流星の民にはヒガナという伝承者の少女がいる筈だ。流石にここまで来ると記憶があいまいであり、断言できない所が苦しい。ただ流星の滝は隕石があったり、過去のグラードンとカイオーガの争いに関する話を伝承していたり、と礼儀を持って接すればおそらくは良い感じに情報を集める事が出来るだろう。ともあれ、まずはピカネキの育成だ。ピカネキのポケモンバトルに対するモチベーションは非常に高い。それこそスタメン、或いはレギュラーを狙っているレベルでのモチベーションの高さだ。

 

 これだけモチベーションが高ければ、かなり良い感じの育成を彼女に施す事も不可能ではない。

 

 ネタを抜きにしたガチガチの本気、競技用のポケモンとして鍛え上げれば、おそらくは違った世界が見えてくるだろう。少なくともあのモチベーションだ、悪くはならない筈だ。

 

「となると……最終的な対戦相手は僕なのかな? 他の地方のチャンピオンにも挑んでいるし」

 

「まぁ、事件が終わったらゆっくりと挑むさ。とりあえずは今のパーティーを調整ついでに経験稼ぎの為にホウエンジム制覇だわな。今使ってるパーティーもまだ結成して2~3か月しか運用してないしな。もっとしっかりコミュニケーションを取っておきたいところだわ」

 

「亜人種は人間に近いだけ、メンタル部分も原種の方よりも複雑だからねぇ……僕はどちらかというと原種の方が多いけど、それでもその気持ちは良く解るよ。手持ちのポケモンのメンタルケアは戦闘時の力になる時があるからね。……そうだね、僕も最近は忙しかったし、ちょっとまとまった時間を取ってコミュニケーションを取ってみるかな」

 

「ふむふむ、なるほど、チャンピオンもそこはただのトレーナーと変わらないようだね?」

 

 社長の言葉に笑う。チャンピオンというのは強いだけではなく”純粋なトレーナー”なのだ。だからそこらへんにいるトレーナーと本質は変わりはしない。強くなりたい、勝ちたい、熱いバトルがしたい。もっと、もっともっと、血が滾る様なポケモンバトルをしたい。そういうバトルに惹かれた狂人のてっぺんがポケモンマスター、そしてチャンピオンなのだ。

 

「それでは社長、ポケモンマルチナビ受領しました」

 

「うむ、確かに見届けた。デボンコーポレーションは何時だって努力をするトレーナーの味方であり続ける―――何時でも頼ってくれ、助けになろう」

 

「一勢力と懇意になっているって噂されるとシルフカンパニーがキレるんで程々に……」

 

「はっはっはっは!」

 

 カントー・ジョウトと言えばシルフカンパニーなので、あまりデボンと仲良くしすぎるとシルフカンパニーの方がキレるので、あんまり笑えない。そんな事を思いつつも、休める時は休む、

 

 情報収集を忘れないようにしなきゃな、と思いつつこれからの準備を進めることにする。




 いったい だれが ゼクロムを もってるんだ(棒

 テラボルテージでのレールガン理論を繰りだす時に使ったらモンスターボールから射出してそのまま反対側のトレーナーに突き刺さりそう。

 という訳でしばらく更新できない代わりに数話先までの次回予告
・ピカネキコミュ(という名のテロ)
・コミュ????
・涙とテロのツツジ戦

 おたのしみに(`・ω・´)


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コミュニケーションピカネキ

 黄色い肉塊だった。

 

 否、肉団子である。

 

 黄色い肉団子がごろごろと転がっている。カナズミシティにあるデボンコーポレーション経営のホテル、そこに逗留を決めてから数日、未育成のポケモンを育成する為にホテル裏手のグラウンドを利用している。実家の様な安定したトレーニング用の器具はないが、それでもポケモンを自由に動かせる様に意図された場所になっている為、育成をここで行っている。育成以外にもポケモンと遊んだり、バトルしたり、そういう事も出来る広い場所になっている。そこでポケモンの育成を自分がやるのは当たり前の話だろう、適した場所なのだし。ただ、

 

 目の前に繰り広げられている光景はなんだ。

 

 黄色い肉塊が芝生の上をゴロゴロと転がりながら縦横無尽にフィールドを駆け抜けている。それを最初は黄色い姿から何らかのポケモンかと思って皆は見て、そして肉塊の正体に気付き、そして発狂している。そう、しっかりと見たものは気付いてしまったのだ。冒涜的で、そして救いのないどうしようもない真実を。

 

 転がっている物体がピカチュウの顔をした生物であると。

 

 えびぞりに体を曲げて足を肩の上まで持ち上げて乗せる。そこから体を丸めてビルドアップしつつ両手で足や体を押さえ、その状態で体を転がせる―――肉弾戦車ピカネキが完成した瞬間だった。筋肉モリモリの丸い肉塊が転がりながらピカチュウ顔の笑顔でゴリ、や、ピカ、と偶に思い出すかのように鳴いて転がりながら縦横無尽に移動しているのだ。

 

 恐怖と絶望でホテル裏の空間は満たされていた。

 

「な、なんなんだあれは、どうしろっていうんだぁ―――!!」

 

「まて、ピカチュウなんだ、ストーンエッジを―――」

 

「転がりながら跳び膝蹴り……だと……!?」

 

「あぁぁぁぁぁ、ピッピが筋肉に飲まれたあああ―――」

 

 筋肉戦車ピカネキが一瞬だけ肉塊モードを解除するとピッピを両腕でホールドし、取りこむ様に抱きしめたら丸くなって再び暴走戦車を再開した。こういったらアレなのだが、実にテロい。これはもう二度とピカチュウを直視出来なくなるテロさだった。これを街中に解き放てないのが実に残念なぐらいテロい。そうやって元気にピカネキがピカチュウに対する幻想を砕きながら転がっている姿をナチュラルと並んで見ている。

 

「おかしいなぁ……相性の良い技を探すために色々と教えてただけなのに……」

 

「まさか”まるくなる”と”ヨガのポーズ”と”ころがる”でこんな事になるとはね。多分誰も思いもしなかっただろうね―――なんて僕が言うわけないだろ!! 君はこれ絶対予想してからやっただろ!」

 

「はい、面白そうなんでやってやりました」

 

「誇らしげにするな……!」

 

 ナチュラルの怒りの拳を片手で受け流しつつ、悲鳴で溢れるグラウンドへと視線を向け、そして腕を組む。頷き、そして決心する。

 

「さっさと事態を収束させて育成を再開すっか。記憶処理とピカネキの処理始めっぞー」

 

 ボールから氷花とナタクを繰りだし、さっさとここの始末を開始する。

 

 

 

 

 催眠術で集団昏睡事件に偽装し、ナタクがワンパンでピカネキを沈めて事件は終わった。終了した所で育成を再開する為、石を抱かせた状態でピカネキを目の前で正座させている。唯一ピカネキの耐性や能力を無視し、視覚情報に惑わされないナタクはピカネキの背後で腕を組んで立っている。現状、笑わずに問答無用でピカネキを沈める事の出来るのはナタクと……カノンだろうか? 他の面子は割と笑ってお茶目を許している感があるし。

 

 ―――ともあれ、

 

「育成するのはいいとして―――ピカネキお前、割と本気でポケモンバトルで上を目指す意思とかあるのか? 俺はポケモンバトルガチ勢だぜ」

 

 意識調査その2。ピカネキのレベルが80を超え、野生の状態としてはかなり強い部類に入る強さの今、もう一度意識調査を施し、本当にポケモンバトルに対して興味があるかどうかを調べる。というのも、レベル80ともなればもう既に十分強いと言える強さだ。まだ能力開花の育成等を行ってはいないが、それでも、トップリーグじゃなければ十分に活躍できるだけの実力を内包するレベルだ―――それに、

 

「一応もう解ってるかもしれないけど、俺達育成型のトレーナーは”層が厚い”ぜ」

 

 それが育成型トレーナーの特権だ。チャンピオンである自分は必要以上に強力なポケモンを生み出す事を禁止されている為、年間の育成数に制限を受けている。その為、育成出来る数には限りがある。だがそれを抜きにしてもレギュラー争いは苛烈を極めているといっても良いレベルだ。確実にレギュラーにも控えにも入れないポケモンが出てくるのが、育成型トレーナーの特権であり環境なのだ。

 

「ウチの選手層は他と比べるとハンパないぜ―――」

 

 先発:黒尾

 物理アタッカー:災花、蛮、ナタク、サザラ、スティング、クイーン

 サポート:月光、ダヴィンチ、ミクマリ、氷花、ダビデ

 特殊アタッカー:カノン、アッシュ

 受け:メルト

 アドバイザー:ナイト

 

「―――っと、まぁ、ジョウトに置いて来た面子も含めればこんな感じかな。……物理アタッカーを見れば激戦区になってるのが解るだろ? サポートに関しても支援型と妨害型で二分したとしても激戦区だ。唯一対抗馬の存在しない先発、受け、そしてアドバイザーは”レギュラー確定枠”だと思ってくれてもいい。基本的に俺がチャンピオンとして1シーズンの防衛戦で使用を許可されるのは”6体のみ”だ。リーグやトーナメント出場時は”6体+控え4体”になって来る。アタッカーとサポートの控えでそれぞれ2:2で枠を競うとして―――凄まじいレギュラー争いが繰り広げられているのが解るだろ?」

 

「ゴリ」

 

 ピカネキが石を抱いたまま頷く。話には付いてこれているらしい。

 

「お前のポケモンとしての得手不得手は今日までに調べる事が出来た。結果、お前に一番向いている役割は物理アタッカー―――一番激戦区って事になる。俺が考えている運用方法になってくると”変則的な先発”ってのもまず考えられる。だけどな、いくら俺が運用を考えたって、お前が他の連中全員蹴落としてトップに立つってぐらいの気概がなきゃ意味はねぇ。俺の手持ちとして活躍するってのはそういう意味だ。可愛いから、面白いから、愛しているからって理由で俺はポケモンをレギュラーに選んだりはしない。努力し、そして成果を見せた奴だけを俺は起用するぜ」

 

 ―――そういう面子の中で、恐らく一番尊敬、或いは凄いと思えるのはナイトだろう。ヌメルゴン最大サイズのメルトを見つけ、スカウトに成功した時、ナイトは迷う事無く受け、中継ぎの役割から降板することを選んだ。強力すぎる受けポケモンの登場の予感に、こいつなら絶対に自分よりも優秀な受けになると、それをナイトは理解してしまったのだ。だから受けから役割をアドバイザーに転向した。的確な状況でアドバイスし、アシストし、トレーナーの判断や動きをアシストする専門職に自身の役割を転向したのだ。幸い、10年近い戦闘経験とセンスがナイトにはある。その為、役割の転向はうまく行き、そして確定枠に自身の存在を置いた。

 

 レベル1から役割を捨ててやり直す、並大抵の覚悟ではそれは出来ないし、自分で判断して言い出せない。トレーナーがすべき決断や判断をナイトは自分で行ったのだ―――それがセンス、或いは才能とも言えるものかもしれない。

 

「お前は”天賦”でも”色違い”でもない、そして対抗馬には天賦や特異な能力を持った変種がいる―――そういう連中を相手にレギュラー争いをする気があるってなら、これから本格的な育成を施して、超一線級のポケモンに育て上げる事を約束する。だけど努力したからって必ずレギュラーになれるってわけじゃねぇ。どれだけ努力してもそれが報われないって可能性もある」

 

 それでも、

 

「やるか?」

 

 問うた先で、ピカネキは抱いていた石を抱き壊し、立ちあがり、ビルドアップをしながら大胸筋をピクピクと動かし始める。その姿を見てからナチュラルへと視線を向ける。

 

「流石に僕でも筋肉の言葉は……馬鹿な、頭の中にこいつ直接……!」

 

「で、なんて」

 

「我に一番相応しい育成を施してください、だって」

 

 ピカネキへと視線を向ければ、ナタクへと向かってシャドウボクシングを始めるピカネキの姿が見える。どうやら本気でレギュラーを狙っている様だ。その姿を見て小さく笑いながら、ピカネキの育成プランを素早く頭の中で構築を始める―――ポケモンにやる気があるなら、全力を出せる様にその力を引きだすのがトレーナーの仕事だ。だからこれからツツジ戦を行うまでの間、全力でピカネキを育てることに集中する。

 

「ナタク、そのままピカネキの体術指導を頼む。俺が教えるよりもお前の方がポケモンの体術指導、上だろ」

 

「任されました。それではピカネキ殿、指導を開始しますので……あぁ、いえ、意思さえ抱いてくれれば波動を読み取りますので。それでは基本的な動きを見ますので―――」

 

 そのままピカネキの指導を開始するナタクを軽く眺めていると、横からナチュラルが話しかけてくる。

 

「ねぇ……本当に彼女を育てる?」

 

 勿論育てるに決まっていると答えると、そうか、とナチュラルが息を吐く。それは嫌がってる―――のではなく、何処か安心した様な、そんな感じの表情だった。少し予想外だった為、少々面喰ってしまったが、ナチュラルがポケモンの味方である事を思い出す。

 

「彼女の過去をちょっと見てしまったんだ。”どうしてあんな性格になってしまったんだ”、って思ってね。そうしたら彼女、元々は普通のピカチュウだったんだけど、突然変異でああなってしまったらしく、ああなったのも彼女一人だけだ。ピチューでもなく、ライチュウでもなく、ピカチュウでもない彼女を群れは気味悪がって離れて……しばらくはどこにも受け入れられる事なく放浪してたみたいだね」

 

 過去を見てしまって後悔している、という表情をナチュラルは浮かべている。ピカネキの今の態度やモチベーションは集団で生活できる事への喜び、そしてグループで活動できる事に対する喜び、今までが孤独だったことに対する反動だったのかもしれない。ナチュラルボーン畜生じゃなかったことに喜べばいいのだろうか、少しがっかりすればいいのだろうか―――まぁ、手持ちとなった以上、過去は”どうでもいい”事だ。

 

「ピカネキはピカネキさ」

 

「うん、そうだね。それはそれとしてテロ自体は楽しんでるらしいけど」

 

 畜生は畜生だった。

 

「ふぅ―――……気が重いな」

 

 今、手持ちは全てボールから出して離している為、何を言っても聞かれる事はない。だから少しだけ、愚痴とも言える言葉を吐きだす。それを聞いたナチュラルが頷く。

 

「―――レギュラー選びだね」

 

「ちっとは解ってきたじゃねぇか」

 

「そりゃあ一緒に旅をしていればいやでも、ね。それで……今の暫定で誰が確定している?」

 

「―――ナイト、メルト、カノンが確定しているな。残りの三枠が未定だわ」

 

 その言葉にナチュラルが一瞬黙り、そして視線を向け直してくる。

 

「……黒尾を追加すると思ってたんだけど」

 

「相棒だから、愛しているから、そんな理由でレギュラーに起用出来るほど甘い世界じゃねぇ。今までは準禁止制限で許されてたが、恐らく自動みちづれも禁止されるだろうし、狐火も”便利すぎる”からな、設置しちまえば物理アタッカーはお釈迦になるし。現在の黒尾の仕様が潰されたら、再育成だ。ポケモン協会は一体俺をどれだけ弱体化させれば気が済むんだろうな……」

 

「は、ははは……厳しいんだね」

 

 そうだなぁ。自分にも、ポケモンにも、他人にも、少々厳しくしているかもしれない。だけどそれぐらいしなきゃチャンピオンで居続ける事は出来ないのだ。だから、

 

「厳しくするのを止めるのは……楽になるのはチャンピオンを止めたらにするわ。やめれば育成制限も解除されるだろうし、ゆっくり育成屋でもやって、のんびり暮らすさ―――ま、それにはまずこのホウエンを救わなきゃいけないんだけどな」

 

 カンフー映画みたいに空中戦を繰り広げるナタクとピカネキを眺め、そして息を吐く。

 

 ―――まぁ、今の生活も悪くはないのだ。だったら、頑張るのみだ。




 みちずれと狐火が便利すぎたので後日禁止制限行きになりました(

 日本からコンニチワ。


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コミュニケーション????

「―――そっちの資料を頼む」

 

「はいはい」

 

 ナチュラルが資料を運んでくる。口の中に珈琲を流し込みながらナチュラルが運んできた資料を受け取って、その中身を確認する。そこに書かれているのは今期のポケモンリーグに関する資料、ルールの変更や新たに出現した制限に関する事が書かれているそれには、やはり狐火やみちづれに関する制限が書かれてあった。それ以外にもメガシンカに関する新しいルールも記載されている。

 

「―――今年からメガシンカは1試合に1回限定か……お、ワタルの奴も制限喰らってやがる。ざまぁみろ……持ち物の電子データ化が本格化してきて、きのみもデータ化して持たせる事が出来る様になって来たか、見た目じゃ持ち物が解らなくなってきた以上、解析能力は更に重要になってくるなぁ……」

 

 セキエイリーグでも環境の変化が進んできている。カントーとジョウトでは居座り型のパーティーが基本だったが、カロスやイッシュ、ホウエンやシンオウから新しい戦術などが入りこんで、環境の変化が進んでいる。今までとはトレーナーの考え方が変わってくるだろうし、サイクル対策も組んでくるだろう。そしてメガシンカ無双だった環境も、メガシンカの使用制限も入って、パーティーの選出も変わってくるだろう。

 

「サイクルを組むトレーナーと、サイクル対策を組むトレーナーが一気に増えてくるなぁ、こりゃあ……今まで以上に設置や設置除去に対して気を使うハメになりそうだわな」

 

 ふぅ、と息を吐いて珈琲を飲もうとして、中身が空っぽになっているのを確認する。壁にかかっている時計を確認すれば既に四時過ぎになっている。朝からポケモン協会に送られてきた資料とずっと睨めっこしていたからあまり気にしてはいなかったが、こうやって気付くとお腹が空いていることに気付くが―――やっぱり環境トップの人間としては、こういうものをいち早く確認するのは大事な事だ。大事な公式戦でルール違反をするわけにはいかないからだ。

 

 ―――おそらくはダイゴもデボンコーポレーションの本社か、或いは自室で同じように資料を確認しているに違いない。偶にキチガイな側面を見せているが、チャンピオンという立場に関しては誠実な存在だ。真面目にチェックして、パーティーの事等を考えているに違いない。

 

「もう少し読んだら休憩を入れるか……」

 

 そう思って次の資料に手を伸ばそうとしたところで、手を伸ばした場所には何もないのを感じる。首を傾げながら視線を持ち上げれば、ナチュラルに運ばせた資料が目の前にはなくなっており、その代わりにテーブルの向こう側にはドレスとロングコートに首輪から鎖を伸ばす、奇妙な恰好の女の姿があり、その両手には料理の乗った皿が握られている。

 

 そもそも昼時に睨めっこしているのを止められずにいた事を気付くべきだったかもしれない。

 

「お前、ホウエンに来てたのか―――ツクヨミ」

 

「ハローだぁーりん、来ちゃった」

 

 伝説種ギラティナ、ニックネーム・ツクヨミ。反物質と逆様の理を司るポケモンの姿がそこにはあった。3年前、ジョウト地方でケリを付けてからは嘘の様に大人しくなった、自分が保有している伝説のポケモンの一体だ。他にもジョウト地方にはルギアとホウオウのワダツミとカグツチが残っているが、基本的に公式試合に出場制限を持っている上に、強すぎるから草試合で使う事も出来ない。それに頼ってしまうと”もしもの時は伝説で”なんて思考を生んでしまう。

 

 つまり、弱体化の原因になりえる。

 

 だからジョウトに強いと断言できるポケモンは全て置いて来た。

 

 ツクヨミもその内の一人だ。まぁ、ツクヨミ自体は”やぶれたせかい”という反物質と反転された世界の主でもある為、そこを経由する事で自由に世界に出現する事が出来る。だからここに出現すること自体は不思議ではない。ただ、目の前のツクヨミの存在には違和感を感じるものがある。彼女の姿を見て、目の前に並ばれる皿を見ながらも首を傾げる。確認するツクヨミの姿自体は変わっていない。プラチナで編まれた鎖を胸の間に挟んで強調する辺り、人の趣味を良く解ってると小さく褒めたい所だが、そこじゃない。そして、気付く。

 

「……お前、弱くなってないか?」

 

「そうね、レベルで言えば100程度しかないわ。だってポケモンバトルするのに必要最低限の力を残して、ほぼ全部実家の地下に封印してきたし。今の私はちょっと特殊で、相性最高の良妻系伝説よ! 特技は虐殺で」

 

「タイムで」

 

 手を合わせてタイムを求めると許可をもらったので、迷う事無く椅子から飛び降りて隣の部屋へと走れば、壁の裏に隠れる様にナチュラルが張り付いていた。ナチュラルの襟を掴んで壁に叩きつける。

 

「なぜ何も言わなかった貴様……!」

 

「ははは、たまには君も理不尽な目に合えばいいんだ」

 

「こいつ……!」

 

 まぁ、と言葉が置かれ、

 

「一切の悪心がないし、僕と”彼”で今の彼女ならどうにかなるからね。だから特に問題はないと思たんだけど……違ったかな?」

 

「……まぁ、実際そうなんだけどさ」

 

 ナチュラルを解放し、壁の横から顔を出してツクヨミの方へと視線を向ければ、笑顔で手を振り返してくる彼女の姿が見える。その姿を見て観念する。世界間移動能力は健在だが、それでもかつての様にシャドーボール百個形成みたいな馬鹿な真似は出来ない、”競技としてのポケモンバトルに参加できるレベル”まで弱体化している。手加減ではない、彼女自身が自分の力を体から切り離して封印したのだ。逆に言えば、その封印を解除すれば元のフルパワーギラティナへと復活するのだろうが。

 

 それはそれとして、

 

「お前、なにしに来たの」

 

「ポケモンバトルに」

 

 簡潔に答えた。ポケモンバトルに、と。誰よりもおそらくは”魂的に一番相性の良い”ツクヨミだからこそ、彼女は此方の考えを、感情をある程度察せられる。それでおそらくは察したのだろう、伝説種である間は、同じ伝説種が相手でもない限りは、バトルで使う事はないだろうという事を。だから弱体化してきた、超級と言えるレベルだが、だが1:1で撃破出来るレベルまで、公式戦には出場できないが、それでも草試合であれば出場できるという程度には。

 

「愛されているな、俺」

 

「愛しているわよ、全霊で」

 

 いえーい、と言いながらツクヨミがピースを浮かべ、向けてくる。その姿を確認してから笑みを浮かべ、ゆっくりとナチュラルへと視線を向ける。それを受け取ったナチュラルが、

 

「自慢したいなら口に出してもいいんだよ? ―――僕がキレない保障はないけど」

 

 

 

 

「―――ピカネキの育成もある程度終わったんで、明日はツツジと模擬線を行う。ダイゴを通して既に申し込んで、許可は貰ってる。だから後は明日行って、一戦やらかすだけだ」

 

 時間は進み、午後、ホテルの部屋には大きすぎて入れないメルトがモンスターボールに入っている事を除けば、全員が座っているソファの前に集まっている。いや、唯一ツクヨミだけが横に座って腕にしがみついており、はなれないのでどうしようもないので放置している。黒尾のジト目が先程からツクヨミに突き刺さっているが、ツクヨミはそれに一切気にする事のない様子を見せている。お前ら、少しは仲良くしろよ、と内心思うが、口には出さない。

 

「とりあえず―――レギュレーションの変更でウチでダイレクトに影響を喰らったのは黒尾だ。悪いけど再育成が終了するまでは黒尾は試合に出す事は出来ない。っつーことで今回はお休みだ、悪いな」

 

「いえ、当然の事なので問題はありません」

 

「そう言ってくれるとありがたいな。んで、そうなると困ってくるのが今回の選抜メンバーって事になって来る。センリの時とは違って今回は6vs6でやる以上、戦術も戦力も最大の状態で勝負を挑んでくるから、此方も相応の覚悟で挑む必要が出てくる。相手がトレーナーズスクールの在校生だって舐めればぶっ殺されるのがバトルの世の中だ」

 

「それは解ってるからいいわよ、ボス。それよりも今回の試合、一体誰が出場するのかしら」

 

 ミクマリの言葉に頷き、集まっている連中を見る。全員、視線を此方へと向けて言葉に集中している。自分が試合に出る、出たいという意思を明確に感じる。センリの時はお互いにある程度調整という事で手を抜いている部分はあった。だからセンリの時とは違い、露骨に弱点を狙う様に選抜をする予定ではある。だから一旦言葉に間を置き、

 

「今回戦いに出すのはピカネキ、メルト、ミクマリ、氷花、”ナイトとツクヨミ”だ。前回のジム戦で選ばれなかった面子、なおかつ此方から弱点を狙える面子で行く。ナイトとツクヨミに関しては試合中で確かめたい所があるからの選出だ。ダビデとスティングには二回連続で出番をやれずにすまん、次の試合に期待しててくれ」

 

「ちゅらら」

 

「……」

 

 ダビデとスティングは特に残念そうな表情を浮かべる訳ではないが、出番を譲ってやる、という感じの雰囲気を仲間たちへと向けていた。それを受け、小さく笑みが零れる。レギュラー争いをしているのにドロドロとしないこの環境は中々居心地の良い場所だと思う。ポケモンにとって、そして自分にとっても。ともあれ、これで次の試合の選出するメンバーは決まった。明確に役割を与えるとこうなる、

 

 先発:ピカネキ

 受け:メルト

 サポートA:ミクマリ

 サポートB:氷花

 アドバイザー:ナイト

 両刀アタッカー:ツクヨミ

 

 若干火力不足に思えるかもしれないが、ピカネキが格闘技をタイプ一致で繰りだせる上にそれで弱点を突ける為、火力がかなり高いし、ツクヨミもツクヨミでかなり特殊なポケモンだ。弱体化した状態での数値はとって、ジムへと送って許可は取得してあるから問題はない。ミクマリはミロカロスとして優秀な水技を使えるし、氷花はそこにいて霰を発生させるだけでがんじょうを潰したりできるし、鬼火等をばらまけば火力の制限へと繋げられる。

 

「ツツジはもう知っているだろうが、岩タイプのジムリーダーで、ホウエンポケモンリーグを在校中に出場する事に成功した才女だ。タイプとしては天才型のトレーナーにありがちな頭のキレる指示タイプのトレーナー、特にこれ、といって目立った特徴がないように思えるが―――面倒なのは技の命中率を彼女が技量で支えている事だ」

 

 たとえばストーンエッジ、或いはワロスエッジ。

 

 あれの命中率を100%の状態まで彼女なら引き上げる事が出来る。

 

「ムラっけがある見たいだが、大体20~30%ぐらいは命中上げてくる―――つまりはじわれも6割で当たるって事なんだ!!」

 

「それ、制限されないの……?」

 

 ナチュラルの呟きはごもっともな話なのだが、異能や能力などではなく、純粋な技術と指示で命中率を上げているのだ―――つまり制限をするにしたって”指示禁止な!”程度にしか言えず、そうするとあまりにも制限が重すぎるため、どうにも出来ない領域的な話なのだ。

 

「これに関しちゃあどうしようもねぇ、何時も通り読んで、スカさせて、そしてぶっこんでくだけだ」

 

 ピカネキ:でんきだま

 メルト:オボンのみ

 ミクマリ:たべのこし

 氷花:ヨロギのみ

 ナイト:きあいのたすき

 ツクヨミ:ラムのみ

 

「定番と言っちゃあ定番だな。場合によっちゃあ居座ってでも妨害したいから氷花は一致弱点対策にヨロギを、ミクマリは除去や支援ばかりじゃなくて攻撃をする事も覚悟しておいてくれ。久々に6vs6で思いっきり戦う事になる」

 

 その言葉に吠える様な返答が返ってくる。結局、ポケモンバトルが好きなのは自分だけではない―――ここで自分の指示を待ってるポケモン達も、ポケモンバトルの世界で本気で戦う事に魂を燃やし、熱狂しているのだ。

 

 息を吐き、集まりを解散させ、そして窓の外へと視線を向ける。

 

 段々と暗くなって行くカナズミシティの姿が窓の外からは良く見えている。

 

「どうなんだろうなぁ……」

 

「んー?」

 

 呟きを拾ったツクヨミが体を寄せながら首を傾げてくる。だからいや、と言葉を置く。

 

「アルセウスは今、この世界を見てどう思ってんだろうな、なんてさ―――」

 

 とある物語の中で、現在の世界のあり方に疑問を抱いたアルセウスは世界を無へと帰そうとした事があった。未だ、そんな現象も予兆もないし、シント遺跡にそれらしいイベントの形跡はなかった。だけど、それでも、アルセウスはこの世界のどこかに存在して、見守っているのだ。

 

 今の世を見て、どう思っているのだろうか。

 

「実は試練中だったりして」

 

「ハハッ、まさかな―――ないよな……?」

 

 ホウエン地方の現状と遭遇するその未来を予測し、黒幕がアルセウスである可能性を思いつき、否定する。

 

 余計な事を考えるのは止めよう、明日はバトルが待っているのだから。




 ツクヨミ、合流。

Q.なんで許可でたん?
A.修羅勢「伝説と戦えるのに拒否するとか馬鹿じゃね」

Q.ナイトの描写少ねぇんだけど(半ギレ
A.次回に備えて映してねぇんだよ(半ギレ

 ツクヨミちゃんははっきんだまデフォ装備です。

 次回、カナズミジムでSANチェック☆


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vsツツジ A

 良い天気の日だった。

 

 朝は問題なくすっきりと目覚められたし、ツクヨミは我儘を言わずにボールの中に入ってくれたし、そしてピカネキも試合に向けて軽く緊張しているらしく、いつもよりも静かにボールの中に納まっていた。これから行うバトルがピカネキのデビュー戦になるのだ、そりゃあ緊張するだろう。

 

 ともあれ、準備は完了している。だから視線を前方へと向ける。

 

「今日は対戦の時間を作ってくれてありがとう」

 

「いえいえ、はるばるジョウト地方の方から来てくださってるチャンピオンに挑戦する絶好の機会です。こんなチャンスを一人のトレーナーとして、逃す事は出来ません。今日は互いに制限はゆるめなので、楽しくバトルをしましょう」

 

 カナズミジムの前で制服姿のジムリーダー、ツツジと握手を交わす。トレーナズスクールの在校生である彼女は一部授業や単位を免除されており、その代わりにジムリーダーとしての仕事に従事する事を義務付けられている。学業とジムリーダー業を両立している。この年齢でそれをなしえているのは驚愕すべき事実なのだが―――赤帽子というぶっ飛んだ例外を知っているから、”まぁできるんじゃね?”と思ってしまうのは致し方ない事かもしれない。ともあれ、ツツジと握手を交わしてそのままジムに入りつつ、ナチュラルへと視線を向ける。

 

 ナチュラルはダイゴと一緒にいる。今日は観客席側で二人一緒に見る予定だ。ツッコミ役が減るのは寂しいよなぁ、なんて事を思いつつも、そのままカナズミジムの扉を抜けた奥へと、挑戦者用のバトルフィールドへと向かう。此方が入口側に近いエリアに陣取る様に、奥の方にはツツジが陣取る。センリのいるトウカジムとは違い、カナズミジムはトレーナーズスクールが近い事もあり、かなり大きいジムになっている。フィールドもジム側有利な荒野風のステージとなっており、ジム戦を見学できる客席は結構広く、二階から見下ろすように囲まれている。

 

 まぁ、チャンピオンの情報なんてバレてナンボだ、見られる事に思う事はない。

 

 反対側に立ったツツジは自信を持った表情で立ち、モンスターボールを握る。既に準備を終わらせているのは此方だけではなく、彼女もそうなのだろう。それに無駄に言葉を飾る必要もない。トレーナーはバトルを通して語るべし。故に自分もモンスターボールを手に取る。それを見ていた審判をするジムトレーナーがフィールド外側、中央ラインの前で両側を確認して頷く。

 

「―――それではカナズミジムジムリーダー、ツツジさんとカントー・ジョウトチャンピオンオニキス氏による練習試合を行います。バトル……スタート!」

 

 開始と同時にモンスタボールを前へと投げ、ポケモンをツツジが繰りだしてくる。それに合わせる様に此方もボールを握り、”はじけるオーラ”を纏う。そしてそのまま、薙ぐ様にボールを滑らせ、素早く中にいるポケモンを前方のフィールドへと向かって放つ。そうやってフィールドに出現するのは二体の原生種のポケモンだった。相手側のフィールドに出現するのは巨大なモアイの様な、青と赤のポケモン―――ダイノーズだった。

 

 それに対して此方に出現するポケモンははじけるオーラをその身に纏い、回転しながら両足と片手を大地に付け、テラボルテージを発動させながら中指をダイノーズへと向けてからフィールドに唾を吐き、親指で首を掻っ切るジェスチャーを見せる。

 

 ―――先発、ピカネキ。

 

ゴリッ(クズめ)……ゴリゴリ(いわ・はがねとか)……生きてて恥ずかしくないの?」

 

「―――」

 

 一瞬でダイノーズがピカネキの挑発に引っかかる。というか九割の生物は大体引っかかる。というか最後の方お前普通に喋っているだろ、そういうツッコミは一切入れてはいけない。なぜならこの瞬間、ピカチュウの顔をかぶったバケモンが出現した為、ツツジの動きが完全にフリーズしてしまい、ダイノーズに対する指示が発生していないからだ。この程度のカオスで思考を止めるとはあまりにも未熟。故に、

 

「―――ピカネキ、ゴリテッカー」

 

 ノーガードの構えがダイノーズとの逃げ場のない殴り合いを呼び起こす。

 

 拳を構え、雷撃を自分の体へと落としたピカネキがゴリテッカーを纏って雷撃に輝きながら真っ直ぐダイノーズへと向かって突き進む。その動きを見て本能的にポケモントレーナーとしてツツジが動く。混乱したまま、体が勝手に理解できない存在から逃れるためにボールを出し、交代の動きへと入る。が、

 

 逃げる姿をピカネキの腕が追い討つ。

 

 追い打ちの効果が付与されたゴリテッカー、その太い腕がラリアットの様にダイノーズの鼻の下に叩き込まれ、そしてそのままモンスターボールの中へと叩き戻すように殴り飛ばす。射出される様にモンスターボールの中へと叩き戻されたダイノーズはその勢いが尽きる事無く、モンスターボールそのものがツツジの手から弾かれ、後ろへと飛んで行き、壁へと叩きつけられて動きが停止する。そこでナイトの声が聞こえる。

 

『―――ありゃぁ瀕死だな』

 

 相手にとっての理解外の完全奇襲でダイノーズを葬り去った。片手で帽子を押さえ、見られないように軽く俯きながら小さく笑い、そしてピカネキへと視線を向ける。ダイノーズの必殺に成功したピカネキが勝利の雄たけびにピカチュウの鳴き声を響かせながらガッツポーズと共にビルドアップを披露する。

 

 観客席からの阿鼻叫喚の悲鳴がピカネキを包む。

 

『完全に悪役ですわこれ』

 

『悪役じゃない、もっとひどい何か』

 

『んっんー、実にビューティフルな出だしじゃない』

 

『お、おう』

 

「ははは……テラボルテージをギリギリで詰め込んでおいて正解だったな、今のダイノーズは”がんじょう”か」

 

 相手側から戻ってくる様にバックステップを取るピカネキを確認しながら相手のダイノーズの能力について予測する。解析前に倒してしまったが、それはそれで問題はない。何せ、ピカネキのコンセプトは”先発”と”サポート殺し”なのだから。繰り出して発生する挑発による変化技封じ、そして準奥義級の威力を発揮する上に追い打ち効果が発生するゴリテッカー、回避を許さないノーガード、そして相手の特性を無視して殴り合えるテラボルテージ。

 

 次のポケモンへとつなげるためにステルスロックやまきびし、解析、天候起点、そういうポケモンが先発には好まれている。

 

 それに対する徹底的なメタがピカネキのスタイルだ。挑発の効果によって先発の環境構築の一手を封じ込め、そして温存する為に戻すようならそれを読んで追い打ちゴリテッカーでそのまま潰す。相手が不思議な守りや頑丈だなんて関係ない。テラボルテージでそこらへんを無視してゴリ押す。読んでサポートや先発相手にぶつける事が出来れば、ほぼ確実にゴリテッカーで相手を潰す事の出来る、サイクルカットが役割だ。

 

 ただそのせいか、天候適応などとは相性が悪く、天候バトンは組めない。徹底してサイクルをテロって破壊する、そういうポケモンに特化するだろう。

 

「―――そ、それ、本当に……ピカチュウですか? いや、やっぱりご、ゴーリキーですか? ゴーリキーに仮面をかぶせているんですよね?」

 

 漸く復帰したツツジがゆっくりとダイノーズのボールを回収しながら、ピカネキへと指を向ける。それを受け取ったピカネキが指を回避する様にブリッジをし、そのまま横へとカサカサと動く。

 

「ひ、ひぃっ」

 

 ツツジの悲鳴が聞こえた瞬間、ピカネキの動きが停止し、そして笑顔の状態で立ち上がる。どうやらツツジの悲鳴を聞いてテンションが上がってきたらしい。その場でスクワットを始めた。試合中なのに猛烈に蹴り飛ばしたくなって来た。

 

「え、えぇい! 悩むのは後にします! 理解出来ないことは”理解できないと理解します”、データとしてのみ認識するなら―――」

 

「おっ」

 

 流石ジムリーダー、切り替えが早いな。そう思いながらツツジが繰り出してきたポケモンは―――全身を緑と茶色のパーカーを被るように姿を隠す、背の高い亜人種の姿だった。すぐさまそれがユレイドルと見ぬき、ピカネキに指示を繰りだす。ツツジ側もピカネキを理解できない存在だと断じて理解したため、”無駄に姿や言動を考えないように考えを切り離した”のだろう、鋭い、本来の指示能力が一瞬で復活した。

 

 だが、それでも年季でもポケモンの速度でも、実力でも此方の動きの方が早い。

 

 一瞬でユレイドルへと接近したピカネキが顔面に蹴りを叩き込み、そのまま体を飛ばし、”ちゅうがえり”を繰りだした。バトン効果がないなら、交代技で素早く去るしかない。ボルトチェンジがガードされそうな状況、取れる交代技は電気タイプ以外のものだ。故にちゅうがえりでピカネキを交代させ、

 

 ピカネキをボールに戻すのと同時に次のポケモンを繰り出す。

 

「メルト―――」

 

 メルトが繰りだされ、ユレイドルが放ったどくどくをまともに受ける。超耐久のメルトを交代読みで潰しに来たのだろうか? いや、その判断はいい、メルトはそもそも露出している時間は少ないから毒の影響はそこまで辛くはない。だが喰らったのは変化技だ。これではバトン条件を満たす事が出来ないし、交代も出来ない。

 

「―――セット」

 

 メルトが吠える。天候が変化する。一瞬でジムの中が星天の輝く夜へと一気にシフトする。

 

「良し!」

 

 ユレイドルがドわすれを積む。メルトが受け役である事を事前知識から知っているのだろう、故に攻撃を繰り出さなければ交代もしないのは正しい。だが星天に適応するメルトはバトン効果が発動し、

 

「スイッチバック―――」

 

 ボールの中へと相手の行動の終わりに戻って行く。ボールの中へと戻したところでボールを転がし、スイッチさせ、そして再びはじけるオーラをボールに纏わせ、その中にいるポケモンを勢いよく繰りだす。テラボルテージを纏ったピカネキが再び中指を突きたてながらフィールドの上へと降り立ち、ユレイドルを挑発した。再び登場した異形の姿に観客席から嗚咽と涙と悲鳴がファンファーレの様にピカネキに降り注ぐ。

 

「スコアを稼げるだけ稼いでみろ」

 

 繰りだす指示に従って一直線に敵へと向かってピカネキのゴリテッカーが反動を生みながらユレイドルへと突き刺さった。が、来る事を今度は理解していたツツジの号令によってユレイドルがくいしばって紙一重で耐え―――そのまま大量の岩を流れる様に叩きつけてくる。いわなだれの前にピカネキが一瞬で飲まれ、タイプ一致によって強化された威力が一瞬で防御力も体力も低い体から気力を奪い去って行く。一瞬で瀕死になるほどのダメージを、

 

 ピカネキが根性で耐えて持ち直し、戦闘を続行する。

 

 いわなだれを突き抜けた先に見えたユレイドルへと捨て身の一撃を―――ゴリテッカーを叩き込む。テラボルテージによって特性等を無視しながら叩き込まれた雷撃と格闘の組み合わさった必殺の一撃がユレイドルの首を捉え、そしてその姿をフィールドの反対側の壁へと叩きつけるのと同時にサムズアップを天に掲げ、そのまま白目を剥いて瀕死になる。

 

「ピカチュウの概念を疑いたくなりますね」

 

「俺も悩んだ結果考えることを止めたよコイツに関しては。お疲れピカネキ」

 

 デビュー戦で先発を含めて二体落とす事に成功したのだ、大金星と評価しても間違いはない。後はここから、ピカネキが序盤に捥ぎ取ったリードを維持しつつ、中盤戦と終盤戦を制するのだ。状況は5:4、理想は6:4で中盤戦に突入する事だったが、ピカネキ一匹で敵を二体落とせたので十分だろう、それ以外の被害もメルトの毒状態で留まっている訳だし。

 

 となるとここからが本番だろう。ツツジ側としてはここで最低でも4:4のイーブンにまで状況を持ち直さないとここから先、逆転する事が出来ずにズルズルと戦いを引きずってしまう。

 

 ―――場合によってはエースの投入タイミングと考えてもいい。

 

「さて、と。お互いに次の一手を読みながら打つとするか―――」

 

「勉強させていただきますが―――負ける気はありません!」

 

 良い勢いだ。そう思いながら、自分も割と年を食っちゃったんだな、そう小さく息を吐きながら次のボールを手に握る。状況は中盤戦へと入りそうな所だ。このリードを維持したまま状況を固めるため、

 

 ―――ポケモンを繰り出す。




 ポケモンカードの技はオリジナルなものが多かったり、面白い効果のものが多くて楽しいです。たとえばちゅうがえりはボルトチェンジやとんぼがえりみたいな技ですぜ。

 ピカネキにバットを持たせたらプニキに見えねぇ? とか書いてて思った。

 さて、次回、一発目で出すのは誰でしょうかね。観戦している気分で考えると物語を更に楽しめる感じで。

 ※ジムリの手持ちは強化版PWTを多少弄ってある程度です。


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vsツツジ B

「―――さて、状況は5:4でこちら有利だ。このままリードを維持するぞ」

 

「させません、少々驚きましたがここから巻き返させてもらいます!」

 

 カナズミジム、ジム内のフィールドでツツジと正面から相対する。こっちはピカネキが落ちた代わりに、ダイノーズとユレイドルを葬る事ができた。先発という役割はバトルを引っ掻き回し、そして次のポケモンへとつないでアドバンテージを稼ぐ事を役割としている。あのダイノーズの性能がどういうものかは解らなかったが、それでも早期に潰せたという事は出番を考えなくてもいい、という事だ。リードは取っている、ならここから詰める勝負だ。

 

「行け、ミクマリ―――」

 

「リッパァ―――!!」

 

 ミロカロスのミクマリを繰り出すのと同時に、ツツジがフィールドに繰り出したのはカブトプスの姿だった。ただ、普通のカブトプスではなく、その両手の鎌はもっと禍々しく、殺傷する事に特化して鋭く、そして歪な形をしていた。原生の変異個体だろう。おそらくはカブトプスが切り裂く事に特化して生まれた個体―――初見、見たことのないポケモンだ。おそらくは隠し手の一つだろう。が、それでもやることは変わらない。

 

「さぁて、新人が働いたのよ。プロフェッショナルとしてはビューティフルにやらないとダメね。そのために自分を売り込んでこのステージに来たのだからね」

 

 ミクマリの登場と共に天候が雨天へと変更し、降り注ぐ雨がアクアリングへと変質してミクマリの姿を強化する。水のヴェールがあらゆる脅威からミクマリを守りに入る。それに対して登場したカブトプスは息を吐き、殺意を凝縮しているように見える―――必殺タイプのポケモンだろうか。

 

 ―――一手見る。

 

 無言で指示を繰り出す。それに呼応する様にミクマリが守りに入り、直後、カブトプスが一瞬で踏み込んでくる。その動きは”武術”の動きだ。人間が上位の存在を狩るために使用する動き、それを使いやすい様に部分的に盗み、組み合わせ、そしてそれでカブトプスは一瞬でミクマリに踏み込み、そしてすれ違う様に斬撃を繰り出した。繰り出された美しい斬撃はミクマリのまもるを破壊し、その向こう側で身を守っていた体に斬撃を突き通す。必殺の一撃、守り貫通の刃がミクマリの体を切り裂き、

 

「―――首の皮一枚って所ね……!」

 

 首の皮一枚でミクマリが耐え抜いた。即座に食べ残しとアクアリングでミクマリの体力が回復して行くが、それでもカブトプスの次の一撃には耐えられないのは目に見えていることだった。だが最低限、雨乞い起点とアクアリングの設置だけは完了した。それだけ仕事をすれば十分だ。流れる水に乗ってミクマリがボールの中へと戻ってくる。ボールをスナップで交換させながら次のボールを手に取り、ノータイムで繰り出す。

 

「氷花」

 

 氷・ゴーストというタイプを持つ氷花と入れ替わり、天候が雨から霰へと変化する。そのまま攻撃を続行する予定だったカブトプスの動きが一瞬だけ硬直し―――次の瞬間にはストーンエッジを繰り出すために岩の刃をその鎌に纏う。

 

「一手目」

 

 金縛りの閃光が響く―――カブトプスの切り裂くが封じられるのと同時にストーンエッジが氷花に突き刺さる。だがヨロギのみによってその威力は削がれ、軽減される。そしてその状態から氷花が先手を奪って鬼火を浮かべ、それをカブトプスへと叩きつけた。

 

「これで機能停止ですね」

 

 二撃目のストーンエッジが氷花に突き刺さり、氷花が倒れる。だがやけどに金縛りを受けたカブトプスは完全に機能が停止していると断言しても過言ではない。

 

『ラムのみじゃねぇ? やっぱラムのみは”ゲンシプテラ”の方に回しているのかもしれねぇな。機能停止したけど一応解析完了したんで言っておくけど、あのカブトプスは”きりさく”に特化してる。追い打ち効果、まもみき貫通、身代わりも貫通してくるから守りに入るのは下策っぽいぞーまぁ、もう関係ないけど』

 

 メインウェポンを封じて火傷を与えた今、カブトプスは詰み起点として使える相手だ。相手も同じことを考えるだろう、だからここは相手も引く。これを利用して、こちらから攻める一手を差し込んで行く。そろそろ”頃合い”だろう。モンスターボールが興奮と戦意に揺れているのだ―――求めているのであれば是非もなし。

 

「戻ってくださいリッパー―――行きます、ボス!」

 

 相手がボールからポケモンを繰り出すのと同時に、氷花を戻し、そして掌の上にボールを置く。アクアリングは解除されたが、まだ天候はこちらが握っている。

 

「さあ、競技の舞台では初登場だ。力を示せ―――ツクヨミ」

 

 掌の上に置いたボールがはじける。反物質の理を身に纏って、その本来よりもはるかに弱体化したが、それでも”超級”の領域に立つ、伝説のポケモンが出現する。闇色のオーラを纏い、切り裂きながら黒と白に包まれた金髪の女が出現する。伝説種・ギラティナ、シンオウ地方において”やぶれたせかい”に封印された反物質の女王、その伝説級の力を封じ、一般のポケモンと戦えるレベルまで弱体化した、その姿がそこにはあった。対する彼女と相対するのはボスゴドラの亜人種、全身を鋼色のプロテクターを装着した姿をしており、その眼はまっすぐ闘志を持ってツクヨミを睨む。

 

 オリジンフォルム、大人をモデルとした本来の姿、その姿で登場したツクヨミは首元の鎖を揺らしながら笑う。

 

「天候? 相性? 上昇差? 小賢しいぞ。何かを支配するのであればいちいち細かく握るな、支配するなら世界を支配せよ! 出でよ我が世界! 我が異界! 来たれやぶれたせかいよッ!」

 

 フィールドに足音を響かせる事もなく、一切の衣擦れの音を響かせる事もなく、ポケモンとしては異様とも言える雰囲気を、オーラを纏ってツクヨミは登場した。その美しさは既存のポケモンの範疇を超え、登場するのみで圧倒し、そして魅了する。だが同時に天候が飲み込まれ、そしてフィールドが変質して行く。ジムという環境が、フィールド全体を飲み込んで、逆様の理によって支配される、反物質の世界へ、

 

 フィールドが”やぶれたせかい”によって上書きされた。

 

 それがこのフィールドを支配するルールとして定着された。

 

「レギュレーションのせいで天候と同様に50秒(5ターン)のみとなっておるが、蹂躙するには十分すぎるであろう?」

 

 返答の代わりにボスゴドラが接近してくる。そして一定まで近づいたところで飛び退き―――そしてゆきなだれを呼び寄せる。虚空から出現したゆきなだれがツクヨミのドラゴンタイプの弱点を的確に穿ちに来る。その前にツクヨミは片手を持ち上げ、そして天に掲げる。”竜星群”が呼応する様にやぶれた世界の中を割くように天から落ちてくる。だが、それよりもボスゴドラの動きの方が早く、

 

 ゆきなだれが衝突する。

 

 的確な弱点への攻撃、しかしそれは、

 

「悪いが―――今一つだ……!」

 

 ”こうかはいまひとつ”に変換され、そしてそれに驚愕した直後のボスゴドラにりゅうせいぐんが衝突する。本来は今一つのタイプ相性。だが、

 

 フィールドを支配するのはやぶれた世界の法則。

 

 バトル用に調整されたそれは単純に法則を切り替える。

 

 つまり、効果抜群を今一つに、今一つを抜群に、一方的にそのルールを押し付けるのだ。本来であれば”あまのじゃく”の効果も付与しておくのだが、それは少々やりすぎだと判断されたため、相性掌握の効果にのみ留められた。が、それでも、擬似的にさかさバトルを挑んでいるのと同じような効果になるのだ、元々それ用にパーティーを組んでいないのであれば、対処はほぼ不可能に近い。

 

 そして、

 

 りゅうせいぐんを放った反動を利用して逆様の理をツクヨミが支配する。その姿は大人の姿から子供の姿へと―――オリジンフォルムからアナザーフォルムへと変化する。攻撃的形態から防御的な形態へと変化し、そしてボスゴドラと相対する。攻撃後に発動するフォルムチェンジ能力。相手よりも先に動くことができれば、交代を絡めて攻撃後の隙を潰すことができる。

 

「ヘイ! カマン! ばつぐんは通じないからタイプ一致でチマチマ削るといいよ! ヘイヘイヘーイ!」

 

「うるせぇ、はよオリジンに戻れ」

 

 アナザーの時はやかましいのが弱点だなぁ、そう思いつつボスゴドラへと視線を向ける。りゅうせいぐんの直撃を受けたボスゴドラの体力はほぼ蒸発し、消滅している。いまひとつ相性に見えるそれがこのフィールド効果で強制的に抜群扱いに変化されたのだ、それもそうなる。ではここからどうする?

 

 ―――たっぷり脅威を見せたら、”是が非でも落とさなくてはならない”と思う。

 

 特に、初見の脅威が相手では。

 

「―――若いな」

 

「しまっ、ボス―――」

 

 迷うことなくツクヨミをボールに戻し、そしてメルトを繰り出す。ボスゴドラのアイアンヘッドがメルトへと叩きつけられ、ボスゴドラのなんらかの持ち物を破壊し、ダメージを受けた反動でそのままボールの中へと戻ってくる。そのままメルトが戻ってきた反動に合わせて再び、ツクヨミを繰り出す。バトン効果によって物理的な攻撃力が上昇する。ボールに戻ったことでフォルムがリセットされたツクヨミの姿はオリジンフォルム―――攻撃的な形態に変化している。繰り出されたツクヨミが登場と同時に影を纏う。

 

『―――速度はこっちの方が上だ、一撃で落とすんだ!』

 

 ボール内からナイトのてだすけが入る。加速され、威力の入ったノーチャージのシャドーダイブがボスゴドラの真下から決まり、その姿を大きく吹き飛ばす。フォルムチェンジが発動し、アナザーフォルムへと変化しながらツクヨミが着地する。

 

「私ってば最高ね!」

 

「そこまでにしておけよ、この程度ならスティングが余裕でこなす」

 

 展開されたやぶれたせかいを悠々と泳ぎ進み、ツクヨミがボールの中へと戻ってくる。これで状況は3:4でこちらリードだ。ただしメルトは毒を受けて、ミクマリは体力が大分ヤバイ。ナイトはタスキを持っているが、攻撃も防御もするタイプのポケモンではなく、ボールの中から支援するのが仕事だ―――つまり、ツクヨミのみが純粋なアタッカーで、ツクヨミが落ちれば詰みなのだ。そう考えるとあまり楽観できる状況ではない。今までの戦い方からツツジが居座りタイプのトレーナーであることは把握した、だったらこちらで読んで攻撃を止めつつカウンターを挟み込めばいいのだ。

 

 ……次辺りでメルトのオボンが消費されるな。

 

 場合によってはそのまま落とされるかもしれないが―――恐れていてもしょうがない。

 

「ミクマリ」

 

「流れを一気に変えます―――お願い、私のエース―――!」

 

 ミクマリを繰り出すのと同時に、ツツジがポケモンを新たに繰り出す。やぶれたせかいが時間経過によって解除され、法則が通常のものへと戻り、雨乞いによって雨が降り始める。その中、雨を”静電気”によって弾き飛ばしながら出現したのは―――プテラだった。そう、通常のプテラではなく、全身に微弱な電流を纏うプテラ、おそらくはデルタ種のプテラだった。去年のリーグで使用した時のデータなら持っているが、今の環境だと、

 

「メガシンカ―――!」

 

 プテラがもっと細身で鋭利な姿に、そして全身からはじけるオーラを纏いながら進化を果たし、デルタメガプテラへと変化する。エースにはふさわしすぎるほどの貫録とそして圧力を兼ね備えている、そんな原生種が出現した。はじけるオーラを纏ってはいるが、おそらくまだテラボルテージには届いていない―――かたやぶりレベルだろうが、それでも特性の無視は凄まじく辛い。

 

「んー、対面不利ねぇ」

 

 メガプテラが雷を纏いながらミクマリへと突進してきた。それをまもるで無効化しつつ、食べ残しとアクアリングで回復を行い、天候のバトン効果によってアクアリングと上昇効果を次へと引き継ぐためにボールの中へと水流と共に流れて戻って行く。ボールをスナップさせ、ミクマリからツクヨミへとボールを切り替える。

 

「さて、どちらが先に切り札を切るか、という所であろうな」

 

 アクアリングと水のヴェールによって姿と体力を保護され、ツクヨミが場に出る。ツクヨミとメガプテラが睨み合うのは一瞬。速度で圧倒するメガプテラが一瞬で先制を奪い、ツクヨミへと接近する。その姿へと向かって伝説種のオーラが動きを奪う様に放たれるが、

 

「ギャァァァォォォゥ!」

 

 かたやぶりがそれを打ち砕く。

 

『やぶれたせかいの展開が少し早かったかもな―――受けたら痛いぞ、避けろ!』

 

「解ってるわ」

 

 メガプテラのストーンエッジをナイトの回避指示によって回避しながら、ツクヨミがシャドーダイブを放つ為に一瞬だけ影の中へと潜り込む。その瞬間、メガプテラが浮かび上がりながら全身からスパークし、光で部屋を満たす。シャドーダイブから出てくるための影を潰すための行動だったが、法則性を無視する様に虚空、メガプテラの背後に影が生まれ、そこからツクヨミが出現した。

 

「元祖であるがゆえに、多少こういう芸当もできる」

 

 一気にメガプテラを叩きつけ、地面へと向かって落下させる。が、メガシンカしたことで得る圧倒的な種族値はその命を救う。攻撃の影響で緩やかに落下して行くツクヨミへと向かってデルタプテラが視線を送り、そして迷うことなくツクヨミへと向かって雷を纏いながらストーンエッジを振う。フォルムチェンジによってアナザーフォルム化したツクヨミでそれを受け止め―――アクアリングで回復しつつ耐え抜いた。そのままの勢いで着地し、

 

『―――タイプは岩・電気だ! ついでに言えば”しゃかりき”でもあるぞ』

 

「なるほど―――なら潰せ、ツクヨミ」

 

 ツクヨミとメガプテラが正面から相対する。相手のタイプを解析したことによってツクヨミ最後の武器が解禁される。迫ってくるメガプテラを正面から睨みつつ、反物質を収束させ、サーチされたメガプテラのタイプ相性を反転させ、弱点でのみ構成されたタイプの黒い、不定形の靄の様な、影の様な刃を生み出す。大きく片手で振るうそれをメガプテラへと向けて振りかぶる。

 

「ヒャッハー! はんぶっしつのつるぎだぁーい!」

 

 後の先を奪い、メガプテラの呼吸の合間を縫ってツクヨミが優先度を奪い、割り込むようにはんぶっしつのつるぎを振るう。サーチされたタイプ―――すなわち電気・岩タイプに対してもっとも効果的であるタイプ、地面タイプをメガプテラ自身のタイプを逆さに反物質で表現することで生み出した。はんぶっしつのつるぎは当たり前の様に抜群の威力をメガプテラに対して発揮し、その姿をフィールドの壁へと叩きつけながら気絶させた。

 

 その反動で再びフォルムチェンジが発生し、葬り去った勢いでくるり、とスカートを軽く広げる様に体を回転させる。

 

「さも恐ろしきは競技のために技を磨くという概念やの。強い技を放てばいい……そう思ってしまう野生には絶対存在しない概念よねぇ……さて、次の相手は誰かしら」

 

 挑発的に笑みを浮かべるツクヨミの姿の前にツツジはメガプテラをボールの中へと戻すが、そこで動きが止まる。数秒間、ポケモンを繰り出すわけでもなく、目を閉じて考える様にしぐさを取り、そして目を開く。

 

「詰み、ました……負けを認めます……」

 

「ふぅ、お疲れ様」

 

 ツツジがギブアップしたところで、この試合が終了した。勝因は間違いなく序盤でペースをもぎ取ったことだろう。

 

 すなわち、

 

 ピカネキMVP。




やぶれたせかい
 受けるばつぐんをいまひとつに、与えるいまひとつをばつぐんにする。当初は天邪鬼搭載予定だったがアームロックと共に”それいじょういけない”のコールで自重された。5T継続1試合1回。

はんぶっしつのつるぎ
 相手のタイプが判明している場合、対応する弱点のダメージを与える。数値的には威力200の命中100、反物質なのでタイプ一致扱いというバグ技。1試合1回。公式試合には出してもらえない理由その2。

 この試合分のデータだけ再作成終わったので、キリがいいところまで執筆ってことで。


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カナズミジム

 ―――意外とツツジ戦は実りのある戦いだった。

 

 いや、間違いなくツツジ自身は未熟だ―――あくまでもジムリーダーという範疇で考えれば戦えるのは事実だが、それでも理論の方が先立ってやや実戦不足という感じはあった。もっと格上と戦い、経験を積み重ねればその能力をもっと尖らせる事もできよう。だから彼女としても十分いい経験が出来た筈だと思っている。そしてこっちとしては長い間、試合に出す事の出来なかったツクヨミを出して、公式試合とはいかないが、それでも出す事で戦闘欲求やストレスを発散させることが出来た。

 

 ポケモンバトルは理論だけでも、実戦だけでも成り立たない。忘れられがちだがポケモンバトルとは()()なのだ。何も考えない馬鹿では勝てないし、考えるだけの頭でっかちでも勝てはしない。そういう意味ではツツジは若干後者に入る部類だったのかもしれないのだが、そこら辺はまだ若いという事でどうにでもなる。ともあれ、

 

 バトルが一回終わったところで、それで終了という訳でもない。

 

 そもそも一日フリーにとったのはじっくりとバトル、指導する時間が取れるようにする為だ。昔、自分がボスから戦い方を教わったように、フリーの時代に他のトレーナーから戦い方を覚えたように、今では自分が頂点という誰かに教える立場にある。チャンピオンである以上、勝負から逃げる事は出来ないし、敗北する事も許されない。それでもポケモン協会側の意向として優秀なポケモントレーナーを育成するべく、秘伝や奥義の類でなければガンガン教えて育てろとのことなので、

 

 そのまま、メタれる様に此方だけ面子を変える事無く三、四戦そのまま連戦に突入する。歩いて旅をし、トレーニングを欠かしていないこちらよりも先にツツジが体力的にダウンする。それで休憩に入る―――訳はなく、

 

 そのまま面子を変える事無く今度はジムトレーナー相手に連戦に入る。ツツジに続きそのまま全戦全勝し、それが終わったらポケモンたちにクールダウンの時間を与える為に講義の時間に入る。相変わらず便利に動くツクヨミがホワイトボードやらをやぶれたせかいから引っ張ってくる為、そこらへんの準備はかなり楽に終わり、そのままポケモンバトルに関する講義が開始される。

 

 ポケモンスクールでは基本的な戦術、バトルの知識、その応用等に入る。その為、一々どこをどうすればいい、そういう類の話はせず、そのままもっとディープな部分の話に入る。

 

 たとえば現在、ポケモンリーグで考案されている事など。

 

 

 

 

「―――フリーフィールド形式、ですか」

 

「今、一番ポケモン協会で話題になっている事だ。と言っても一部の役員、そしてチャンピオンたちの間で話し合っている事だけどな」

 

 ホワイトボードにマーカーを使って従来のバトルフィールドを描く。それは長方形の普通のフィールドの様になっており、両サイドにトレーナーが立つスペースを用意する、というものだ。これに対して、その横に新たなフィールドの絵を描く。長方形である事に変わりはない。しかし、フィールドは従来の物よりも二回りほど大きく、ポケモンの戦闘領域が拡大し、そして同時にそのエリアを囲うようにトレーナーのフィールドが用意されている。絵にすれば解りやすい。

 

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 この図を従来のポケモンバトルの構図とする。黒がトレーナーがポケモンに対して指示を繰り出すためのエリアであり、そして白がポケモンのバトルフィールドだとする。

 

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「―――これが今、話し合われている新しいポケモンバトルのフィールドの原型となっている。簡単な話、今までワンサイドからしか試合を見て、指示を繰り出すことが出来なかった一部のトレーナーや関係者の話を聞いた結果、ちょっとそこらへんを見直そう、という話になったんだ。片側からしか見れないとステロとかで相手トレーナーの視界を封じて戦う、なんて戦術もあるわけだしな」

 

 もっと細かい話をすると、ポケモン協会側の上の人間のお話だと()()()()()()()()()()()()()()という判断でもあった。ポケモンがあくまでも主役ではあるが、それらを指揮しているトレーナーにあまりにも動きがなく、そして視界を封じたりする地味な戦術を止めたり、もっと的確に指示を出すことが出来るようになる方法はないのか。それを考えた結果、

 

 トレーナー側にフリーフィールド方式、つまりは一か所ではなくフィールド周囲を自由に走り回りながら指示を繰り出せるようにすればいいのではないか、という話が上がってきたのだ。

 

「ちなみにこれはまだ結構構想というか相談の段階の話だが―――実現の可能性は結構高い」

 

「え、そうなんですか?」

 

 ツツジからの驚くような声がするので、それに頷いて返答する。ここにダイゴがいればもうちょっと説明が楽なのだが、アレはアレで忙しく、ここにはいない。残念に思いながら話を続ける。

 

「そもそもいつもの規制やレギュレーションの更新とは違って俺達(チャンピオン)が割と乗り気だからな、これ。今まで突っ立ってでしか指示を繰り出せなかったわけだが―――これが実現するとなると所謂痒い所に手が届く、って状態になる。特に指示能力が高いトレーナーとなってくると、狙って急所への一撃を叩き込める様になってくる。今までは見れる範囲が制限されてたからそれも制限されてたが―――」

 

「―――あ、なるほど。自由に周りを動けるとなると更に指示のキレを上げられるんですね」

 

「そういう事だ。実際野戦とか野良のバトルでこういうバトルフィールドが存在しない場合、自由に走り回ってバトルを観察、指示を出しているトレーナーが多いって調査でも出てるからな。まぁ、だからある意味本来の形に適応するっても言える訳だが……まぁ、そういう話があるのは解っていてくれ。そして新しいルールや形式を広める場合」

 

「最前線で広めるのがジムリーダーとチャンピオンになる、という事ですね。把握しました」

 

 まぁ、とそこに言葉を付け加える。

 

「そこまで気合いを入れる必要はない。公式戦やジム環境でしかバトルをしていないトレーナーなんていまどき存在しないだろうし、野戦経験があるならそれなりに動くことだってできるだろうしな……まぁ、ただこれからのバトルは今まで以上にトレーナーが体力を使うという事が確定しているだろうから、そこだけは気を付けておくべきかね……と、現在のポケモン協会、バトルの最前線の話はまだあるわけだが……興味あるか?」

 

 ジムリーダー、ジムトレーナー合わせて頷きが返ってくる。まぁ、確かにそこら辺は興味があるよなぁ、とは思う。だから現在、リーグや協会からホットな話題を引っ張り出してくる。

 

「なぁ、今のポケモンバトルの環境、どう思ってる?」

 

「どう、とは」

 

 ジムトレーナーの返答に抽象的で解りづらいよな、と言葉を置き、唾を飲み込んで軽く喉を潤す。そうだなぁ、と再び言葉を置いて話を続ける。

 

「ポケモン協会の一部の人間の間で今のポケモンバトルは一部に対して有利じゃないか、って話があるわけだ」

 

 その言葉に首を傾げられる。これに関して口を出しているのは本当に少数な為、理解できない方が普通だ。だから説明を始める。

 

「まぁ、そいつらによるとポケモンを強くする事に対するハードルが()()()()()()()()って事らしいんだな。レベル100を超えて101へのブレイクスルーが発生してから、徐々に100の制限というものが破られつつある―――」

 

 ポケモンとは不思議な生き物だ。とある場所で一匹のポケモンが進化を迎えた。今までそのポケモンには進化が存在しなかった。だがその一匹の進化の成功がまるで伝播したかのように、世界中で同じ種族のポケモンが進化することが出来る様になった。また、ポケモンの卵も最初の一つが発見されたとたん、一気に世界で確認できるようになった。

 

 元々は伝説種の特権だったレベル100超え、それを今では一部のトレーナーだけだが、普通に突破する様になった。その現状にポケモンが慣れ、そして適応しつつある。嫌いな言い方だが―――()()()()()()()()()()()と言える現象が始まりつつある。

 

「レベル100を超えるのが上位トレーナーにとって普通になって、そしてそこに更に特性や特殊能力を付随するとなると、環境的にそうやって育成する能力の高いトレーナーが圧倒的に有利になってしまう、って話さ。それは少々ずるい、というか育成を苦手とするトレーナーにとって不利なんじゃないか? あと環境的に色々と習得できる天賦や色違いばかりが優遇されすぎじゃないか、って事もな」

 

 はぁ、とツツジから返答が返ってくる。

 

「でも、そういう育成やポケモンとの出会いも含めてトレーナーとしての実力で、ポケモンバトルの一部なんじゃないでしょうか」

 

「俺もそう思ってる。だからこっちはさっきのと違って割とウケが悪い。不公平なのは当たり前の話だろうよ、って事でな。まぁ、こっちの方は割と不評だから実現する事はおそらくないだろうがな。実現するとなったらレギュレーションの大幅改定になるし、ポケモン協会が今更そんなめんどくさい事に手を出すとは思えないし、話半分に覚えておいた方が良い」

 

 まぁ、どこの組織も大きくなりすぎるとそういう風になってくるものだ。組織が肥大化すると末端の方まで神経が通わなくなってくる。そうならない様に指導者が絶大なカリスマで組織を維持する必要がある―――たとえばボスの様に。なんだかんだでポケモン協会は長寿な組織で、指導者は何度か交代している。今の会長は良い人物ではあるが、すべてを率いるカリスマ性を持った男ではない。残念ながら彼ではすべてを掌握する事は出来ないだろうとは思っている。

 

「解っているかもしれないけどポケモン協会の新レギュレーションやバトルの方向性を最前線で話し合い、テストし、広めるのは俺達リーグの関係者だからな。草案が組みあがったらジムの方にも話は間違いなく来る。トレーナーを鍛え、指摘し、ポケモンバトルするだけじゃなくて環境を把握し、そしてしっかりと時勢を見極めるのもリーグの関係者、ジムリーダーやジムトレーナーとしての仕事だから、そこら辺はちゃんと意識しておけよ……オーケイ?」

 

 はい、と勢いのよい返事が返ってくる。講義に参加している全体を見渡せば、トレーナーの年齢が全体的に低い事が解る。ヤナギ等の高齢のジムリーダーは減り、今やジムリーダーの大半は十代後半、或いは二十代前半となっている。高齢のポケモントレーナーは大体リーグ級、四天王級ぐらいとなってきてしまった。

 

 世代交代という訳ではないが、近年の若いトレーナーの勢いというものはどうもすさまじく感じる。

 

 しかしそれはそれで不安を覚えるものだ。ホウエンリーグからベテランを数人派遣できないものか、そんなことを考えながら軽く息を吐き出して、それは自分ではなくホウエンリーグのチャンピオンの、ダイゴの仕事であると思い出す。

 

「ま、今日はこれぐらいでいいだろ。まだカナズミには残っているから育成と調整の問題でちょくちょく顔を出しに来る。興味があったり聞きたい事があるなら遠慮なく頼れ、大人はその為にいるんだしな。じゃあ解散! お兄さんは喋り疲れたから飲み物でも貰ってくるわ」

 

 お疲れ様でした、と声が聞こえるのに対して片手を上げてお疲れ、と返しつつ教室に背を向けて外へと向かって歩き出す。リーグのチャンピオンとして指導の義務があるとは言え、誰かに教えるのって自分の柄でもないんだよなぁ、ボス、等と軽く胸中の中で呟きつつ今夜はどうやって時間を過ごすかなどを考えていると、

 

「―――あの」

 

 背後から声がかかってくる。振り返れば若いジムリーダーの、ツツジの姿があった。

 

「本日は貴重な経験を本当にありがとうございました。それでお礼と言うわけではないんですが……」

 

 そこでツツジは一瞬だけ言い淀む。

 

「こ、今夜、私の家で晩御飯とかどうでしょうか!」

 

「既婚者のお兄さんをお持ち帰りしようとはこの娘、デキるな」

 

「な、なな、ち、違います! 違いますから!」

 

 顔を赤くして否定するツツジの若々しい仕草に笑い声を零しながら、了承する。相当恥ずかしかったのか、そのまま駆けてどこかへと去って行くツツジの姿を見送ってから小さく息を吐く。

 

「……家のメシかぁ……久しぶりだなぁ……」

 

 ホウエン―――随分と遠い所へと来たものだ。今は遠い自宅を思い浮かべながらそうつぶやいた。




 久々の更新なので慣らしの1話。フィールド関係がもうちょっと自由になりますよ、というお話。まぁ、ポケモンバトルは競技みたいなものだからね。たぶんコンマイ語のカードゲーム程じゃないけどそれなりにレギュレーションの変更とか禁止制限とか入れ替わってるんじゃないかな……。


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カナズミシティ-夜

「ふぅー……結構遅くなっちまったな」

 

 頭の裏を掻きながら空を見上げれば、既に暗くなってしまっている。カナズミジムで色々と講義を終わらせた後、夜、ツツジの家へと食べに行くまで軽く情報や育成案のまとめを行おうと考えたのが悪かった。新しいレギュレーション、制限、変更された禁止範囲、新しく広めてほしいもの、そういう事を考え、考慮に入れながらポケモン自身の才能や能力を考えていると、いつの間にか時間は夜に突入しており、静かな時間となっていた。ポケモンマルチナビも集中するために消しっぱなしだったのが仇となった。

 

 こうなればせめてアラームでも仕込んでおけばよかった。そう嘆いてももはや遅い。約束の時間は七時で、既に時間は八時を過ぎている。ポケナビで通信を入れれば怒られることはないが、それでも呆れの声は返ってくる。正直、あまりいい気分ではない。土産にピカネキの一発芸でも持ち込んで、それを披露して許してもらおう。そんなことを思いながらボールの中のポケモンをホテルの中で解放し、そのまま食事をしてくると伝え、

 

 ホテルを出る。

 

 星が浮かぶカナズミシティの夜空は美しい。環境破壊と汚染は間違いなく進んでいるのだろうが、それを自分が知る東京、渋谷や吉祥寺等の街と比べると遥かに美しく、そして澄んでいる様に見える。この世界は、ポケモンという隣人がいた。

 

 その力を借りる事で環境を汚染するような技術がそこまで発達しなかったのだろうか。∞エネルギーなどを見ると、それでもどこかで科学の発展、環境への被害というものも見えてくる。それでも、ここはいい世界だと思う。少なくとも隣人が傷ついていれば見過ごさず、助ける事が出来る人がいっぱいいる。

 

「んー、夜風が気持ちいいな」

 

 散歩でもしたい気分だが、さすがにこれ以上遅れるとキレられるな、と思い、ポケナビで現在位置とツツジの家の場所を再び確認する。さすがにカナズミ級の都会となってくると地図がないと迷子になりそうだなんて事を思いつつ、住宅街へと続く道を見つけ、進んで行く。街灯によって照らされる街並み、人通りは多くはない。住宅街の方へと進めば更に人通りがなくなり、家の中から食事をする人の気配を感じる。

 

 そんなことを考えていると段々と腹が減ってきた。意外と健啖家なのだがそこらへん、大丈夫だろうか。

 

 そう思考し、住宅街を進み、

 

 曲がり角を曲がる。

 

 ―――瞬間、顔面めがけてギターが振るわれていた。

 

「危ねっ」

 

 咄嗟の事に体が反応し、上へと向かって蹴り上げる様に動作が即座に入る。顔面めがけて振るわれていたギターはそれで上へと弾き飛ばされ―――瞬間、背中を這うような寒い、怖気の様な気配を感じる。この怖気は寒さからくるものではない。ゴーストタイプポケモンが使う呪術系統の技―――くろいまなざし、或いはのろいから来るような怖気だ。

 

 そこまで感じれば、これが事故ではなく()()であると理解させられる。

 

 蹴り上げた姿勢から視線を前方へと向ければ、そこには暗闇の中に浮かぶポケモンの姿が見える。暗闇の中で黒と紫色に浮かぶそのポケモンは―――ムウマだ。間違いなくこのムウマがギターを投げつけてきた犯人なのだろう。両手を前へと突き出すように形成されるのは影を凝縮させた玉であり、

 

 それが生み出されるのと同時、頭上でジリジリ、電気がスパークする音が聞こえる。視線を向ける暇もなく、確認する暇もない、左手を腰裏へと伸ばそうと一瞬だけ考えるが、そこにはモンスターボールがない。当たり前だ。ホテルで自由にしてきたのだから。

 

 ―――そもそもこんな見られやすい街中で襲い掛かってくるキチガイはロケット団にもいなかったぞ……!

 

 油断していたわけではないが、次回からもう少しだけ気を付けよう。そう考えながら、

 

 左袖からナイフを上へと向かって投擲し、正面から迫ってくるシャドーボールを振り上げた足を振り下ろすかかと落としで叩き落とす。上へと投げられたナイフに電撃が落ちて、それを砕きながら体へと到達する前に前へと一気に踏み込み、靴の裏で爆発するシャドーボールを推進力に一気に前へと飛び出す。頭上にビックリマークを浮かべるムウマをそのまま素手で掴み、

 

 放り投げる様に解放しながらサッカーボールのごとく蹴り飛ばす。

 

 電撃を吐き出して落ちてきたギターと衝突し、そのまま奥の壁に衝突する。

 

「ま、そこまで練度(レベル)が高くなかったみたいだし、こんなもんか」

 

 ―――身体は資本だ、という言葉がある。

 

 これはトレーナーも変わらない。そしてチャンピオンとして頂点に立ってからも、体は更に鍛えている。より高いレベルの育成をポケモンに施すにはそれこそトレーナー自身にある程度の身体能力を要求してくる。それこそリーグトップクラスのトレーナーであれば、ポケモンなしでも野生のポケモンとある程度やりあえるぐらいにはある。己もそうだ。これぐらいのラインだったらポケモンなしでも十分だ。

 

 ともあれ、急いでいるところいきなり襲ってきた犯人を確認しようと、蹴り飛ばした壁の方へと視線を向ける。そこには折り重なり、目を回して瀕死状態になっているムウマ、

 

「ん、こいつは面白いな」

 

 そして―――ロトムの姿があった。だがただのロトムではなく、ギターの姿をしたロトムだった。道具を使わず育成家としての観察力で見た限り、タイプは電気・鋼、ヒートロトムの変種か、或いはデルタ種に近いものがある様に見える。ムウマの方も普通とは違ったようなものを感じるが―――二匹とも、その能力よりも目を向けるべきところがあった。

 

 ()()()()()()()

 

 ロトム、ムウマ、両方ともまるで既に攻撃を受けていたかのようにボロボロとなっており、おそらく()()()()()()()()()()()()()レベルまで傷つけられていた様に見える。なんでまたこんなことに。そう思いながら目を回すロトムとムウマへと近づき、壁に叩き付けられてから道路に転がったその姿をより良く見るために膝をついて手を伸ばしたところで、直観的にヤバイ、ムウマとロトムの傷を確認したところでそう理解させられる。

 

 ―――ロトム、そしてムウマの傷は()()()()()()で与えられるような傷跡だ。

 

『りゅうせいぐん』

 

 誰かが、街のどこかでそう呟いた。直感的にそれを感じ取った。経験、そしてトレーナーとしての勘で今、技を此方へと向けられたという事を察知した。相手がだれか、男か女かは解らない。だが―――これは()()、間違いなく()()のだろう。ドラゴンポケモン最強の奥義、りゅうせいぐんが。

 

 即座に思考加速で時間を引き延ばす。自分一人では一度が限度だ―――だから素早く考える。なにせ、状況は酷い。

 

 まず第一にここは住宅街であり、人が普通に住んで、生活しているというところにある。()()()()()()()()()()()()()()()()のは気配を探れば容易に解る事だ。その上でこんな場所でりゅうせいぐんを放てば直ぐ近くの家屋に被害が出るのは当たり前の話だ。だがそれとは同時に、ここで自分が回避の様な行動を実行すれば、

 

 ストレートにりゅうせいぐんがこのムウマとロトムにヒットするだろう。瀕死状態で奥義には届かなくとも、最強技の一つを受ければどうなるのか、その予想は難しくはない。そしておそらく、このポケモン達の傷の具合は自分が反撃した時に簡単に瀕死になる様に調整されたものだ。

 

 ―――やり口が汚い。

 

 ならば、遠慮はいらないだろう。

 

 思考加速を解除するのと同時に口を開く。護衛はいなくても、手元にポケモンの入ったモンスターボールがなくても、その程度で俺を無力化できたと思うのがどれだけ甘い考えなのかを、そしてやろうとしている事の阿呆さ加減を襲撃者のその脳髄に叩き込む。

 

 呪いが喉を絞め上げる。故に肺の中の酸素を吐き出すように呼ぶ。

 

「ツクヨミ―――」

 

 言葉と共に空間が引き裂かれ、虚空を砕くように異界への入口が開く。そこから零れ出る様にアナザーフォルムのツクヨミが飛び出す。りゅうせいぐんが発動してから着弾するまでの時間は僅か一秒程度、だが引き裂かれた虚空から異界の理が溢れ出し、やぶれたせかいが空間のルールを上書きする。言葉は必要としない。呼べば来る。そもそもこの女―――たとえ場所は離れていようが、一瞬たりとも自分から目をそらしたことがない、生粋のストーカーなのだから。

 

「残念、無念、おとといきやがれぇーい!」

 

 軽い言葉と共にその音が伝わる前に、落ちてきたりゅうせいぐんを異界の効果で半減させながら服の下から生やした尻尾でドラゴンテールを放ち、りゅうせいぐんを被害の出ない道路の方へと弾き飛ばす。また同時にツクヨミの放つ伝説のオーラが体を蝕む呪いを喰らい、そのまま砕いて滅ぼす。体が軽くなるのを感じながらそのまま、音と攻撃の気配と、そして戦意と殺気を向けてきた方向を特定する。

 

 ―――場所は二キロ程離れたマンションの屋上と断定する。

 

「そこだ、討て(殺せ)

 

「はーんぶっしーつ! さてらいとー!」

 

 りゅうせいぐんを放ったのであればドラゴンポケモンを出しているのだろう―――咄嗟の逃亡手段は飛行によるものだと判断し、逃げるのであれば直撃して死んでもらうという判断を込め、空に亀裂を生み出し、そこから衛星砲を真似る様に反物質の砲撃を上から叩き落とす。遠目に見えるマンションの屋上が黒と白、モノクロームの世界に一瞬で染まり、一切破壊を生み出す事無く色を奪って生物の命を奪って行く。

 

「―――……やったか?」

 

 そのまま、静かになったマンションの屋上へと視線を向ける。さすがに距離が離れすぎていてどうなったのか、肉眼では完全に把握しきれない。だが感触的には間違いなくヒットしたものはあった。生物の生存を一切考慮しない反物質を叩きつけたのだから、アタリさえすれば即死は間違いないのだが。ともあれ、

 

「確認頼むわ」

 

「ういういー。ここまで伝説を顎で使ってるトレーナーもだーりんぐらいだろうねー」

 

 そんな言葉を置いて再びやぶれたせかいを通してツクヨミが遠くに見えるマンションへと状況の確認を行ってくる。他に何もこないかどうかに軽い警戒を抱きつつ、今夜はツツジの家でごちそうになるのはあきらめた方がいいだろう、なんてどうでもいいことを嘆く。まぁ、命を狙われる覚えなんて腐るほどあるのに街中だと安心して軽装で歩き回った自分に落ち度があるのだ。今度からは最低限護衛を一人どんな時でも傍につけて置こうと思いつつ、視線をムウマとロトムへと向ける。

 

「さて、どーしたもんか」

 

 即行で終わらせたとはいえ、それでもりゅうせいぐんとドラゴンテールの衝突はそれなりの轟音として夜中に響いてしまった。住宅街が少しだけ騒がしくなるのを気にしながらロトムとムウマの事をどうするべきか、数秒間だけ考え、眺めているうちに二匹が野生のポケモンであることを見抜く。こうなればあまり好きなやり方ではないが―――そんな事を考えている内に、ツクヨミが戻ってきた。

 

 上半身だけをやぶれたせかいから露出させる彼女はまるで虚空から上半身だけを生やしているような風に見え、その片手には赤く、黒い紋様の入ったフード付きの上着が握られていた。

 

「屋上にはこれだけが残ってたよ。たぶんテレポートで逃げられたかなー」

 

「そっか、サンキュ」

 

 ツクヨミの手に握られているのは見るものが見ればすぐにわかる―――マグマ団の衣装だ。人間の生活圏を広めようとしているある種のカルト組織とも呼べる集団だ。強盗、殺人、誘拐、理想の為なら手段を択ばないという所はどこか、ロケット団と似ているところがあるが……その目的は人類にとっての理想の世界の構築。

 

 都市部でのテロは聞いた事がないし、自分の知っている記憶にそういう事をする連中でもない、ともある。そもそもこの段階で大きく指名手配されるような出来事は連中なら避けようとする筈だ。

 

 となると考えられる線は二つある。

 

 一つ目はドラゴン技、りゅうせいぐん、という所から考えて―――犯人はヒガナであるという事。まだ出会ってもないし、どういう少女なのか把握してもいないが、純粋にデボンに対して憎しみを、チャンピオンに対して怒りを抱いている彼女であればあり得るのではないか、という考えだ。

 

 そしてもう一つは―――アクア団の仕業だ。マグマ団の存在をアピールするためにマグマ団の衣装を置いて行ったのか。でもそう考えると逆に露骨すぎないか、とも考えられない。アクア団がマグマ団のカモフラージュを行おうとしている……様にマグマ団が見せつけている、なんて風にも考えられる。

 

「……ダメだ、頭がこんがらがってきた。まぁ、ジュンサーさんに連絡いれなきゃなぁ」

 

 今夜は徹夜になるぞ、と口に出して嘆くと上半身だけを浮かべたツクヨミがよしよし、と首に抱き付いてくる。慰めてくれるのはいいのだが、そのホラーな構図はやめてほしい。

 

 ともあれ、

 

 ―――これはそろそろ、カナズミシティを出た方がいいのかもしれない




 未登場のヒガナちゃんの仕業かもしれないし、マグマ団かもしれないし、アクア団かもしれない。或いはフレアやギンガ、プラズマの残党で私怨を抱いたやつがそういう風に押し付けてぶっ殺しに来ているのかもしれない。

 ぶっ潰すとは恨みを買う事でもある。正義の味方は辛いよ。それhそれとしてまさに伝説のストーカー……!


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カナズミ警察署

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ー……」

 

 息を吐き出しながらソファに沈む。腹の上に容赦なく小さなツクヨミの姿が倒れこんでくるが、それを無視して肺の中から息を吐き出しきる。窓の外へと視線を向ければ既に夜が明けており、朝日が射し込んでいる。いつの間にか朝となってしまった。そりゃあ眠いし疲れるわけだ。そんなことを考えながら片手で顔を覆い、顔にかかる日光を遮断する。欠伸を漏らしながら視線を中へと戻し、そしてここ、

 

 カナズミ警察署内へと戻す。そう、ここはカナズミシティにある治安を守るための警察署。場所はその応接室だが―――一時間ほど前までは完全に取調室の方にいた、という事実がそこにはある。ソファの対面側には応対をする為か年老いたジュンサーの姿があり、彼女がこの警察署の署長であるというのが自分と相対している、という事で理解できる。

 

「すみませんねぇ、今度からは若いものに有名人の顔はしっかり覚えておくように言っておきます」

 

「いや、いいんですよ……ここ、ホウエンですし。まさか事情と身分を説明しようとしたら酔っ払い扱いされるとは夢にも思わんかったけどな……!」

 

 当たり前の話だが秘伝技等を含む一部を除く市街地での技の使用は法律によって禁止されている。その秘伝技だって許可がないと使用する事は出来ないようになっている。ごくごく当たり前の話だが、街中で技を使ってしまえば、ジュンサーからしてしまえば捕まえなくてはならないことになる。しかも状況を客観的に見て、襲撃者がどうあがいても自分の様に見えてしまうと、そりゃあもう仕方がないというレベルになってくる。

 

 実際、チャンピオンになる以前はロケット団に所属していたわけだし。ただ、今回はそれ以前に顔が知られていなかっただけ、という非常にアレな話なのだが。しかしこうやって署長のジュンサーが来なければ今も取調室でひもじい思いをしていたのかと思うと軽く鬱になれそうな気はする。

 

 ―――その間、ツクヨミはしっかり朝食と睡眠をとる為にホテルに戻ってたし。

 

 マジで許さんぞお前。甘えても許さんからな。本当に。

 

 そうはいっても最終的に折れるのが自分だと解っているので絶対に口にはしない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ー……あぁぁ……腹減った。眠い……」

 

「ほほほ、眠いのでしたら仮眠室をお貸ししますが……」

 

 あ、いや、とすぐに返答する。確かにそりゃあ眠いのではあるのだが、

 

助手(ナチュラル)にメシとか諸々頼んでいるし寝るならまた後でも―――それよりも個人的に調査の件に関してどうなっているのか色々と話しを聞きたくて」

 

 むしろそっちの方が自分にとっては重要なのだ。何せ、命を狙われる理由なんて腐るほどある。フレア団、ギンガ団、プラズマ団等の赤帽子と共に完全に滅ぼした悪の組織の残党が恨みで復讐に走るケースはあるし、他にも才能を妬んだ一般人やトレーナーがフラっと殺しに来るということも実は割とある。そしてそれ以外にもマグマ団やアクア団が自分がホウエンに来ているという事を理由に動く動機にはなるし、伝承者のヒガナだってチャンピオンやデボンの周りには恨みを抱いている。冷静になって考えれば数えきれないほど襲撃されかねない理由は思いつく。これからの活動と報復を考える為にも、相手を出来るだけ絞っておきたいのだ。

 

 そう言葉を口にすると、署長のジュンサーは少しだけ同情するような表情を浮かべてから、申し訳なさそうに声を零す。

 

「それが……実は全く解らないという事が解りまして……」

 

「……解らないという事が解った?」

 

 えぇ、と相手が頷く。

 

「昨夜の出来事前後のテレポート反応を調べましたが反応はなし、マンションのカメラを確認しましたがカメラが一瞬で同時に破壊されたせいで、一切何も映していなかったようでして。男か女か、どういう姿をしていたのか、それこそどうやって来たのか、去ったのかさえも……」

 

 本当に申し訳なさそうにそう言う署長に対して、いえ、ありがとうございますと言葉を置く。カメラが駄目ならテレポートでもないから追えない。そうなってくると、

 

「―――逆にある程度は限定できてきますね」

 

「……そうなんですか?」

 

 ですね、と言葉を置く。若干眠気で考えが怪しいかもしれないから一瞬だけ思考を加速させてメンタルをリセットさせ、しっかりと考えられるように余裕を作りながら自分の持っている情報と知識、それを組み合わせる。

 

「まぁ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からね。ここ数年で俺が元は伝説種のみの技とかをポケモンに習得させられるようにわざマシン化とかダウングレード版をポケモン協会通して布教してたりしますからね―――シャドーダイブ使われたかも」

 

「本家本元は私だけー!」

 

 ばたばたと腹の上で暴れるツクヨミを片手で押さえながら考える。別に逃げる手段は複数用意できる。たとえばテレポートみたいに空間から空間へと転移する方法。そらをとぶの様にポケモンに乗って飛行する方法。それ以外にもシャドーダイブの様に影の世界に潜り込むという手段もあるし、フーパの存在を考えればいじげんホールで異次元に穴を空けてそこを通るという手段だって存在する。

 

「と、まぁ、ちょいと特殊なポケモンがいれば問題が無い訳ですが……そう考えるとマグマ団やアクア団っぽくはないですね。ぶっちゃけた話、あの二つの組織はここまで特殊な手段で移動をするような有能さはないし……となると別口かなぁ……ん……まぁ、とにかく狙いは俺の様なんで、街の方は大丈夫かと。……あ、ちなみに自分の心配とかは特に無用なので」

 

 ぶっちゃけた話、半端な実力者だと逆にこちらが気を使わないといけないので、面倒が増えるだけなのだ。ナチュラルに関しては彼一人で割とどうにでもなるからこそ同行者として連れまわしているのだ。

 

「まぁ、此方でも一応調査は続けておきます」

 

「お願いします。こっちは確認とかで予定切り上げて移動を始めますので」

 

「どちらの方へ?」

 

「それは―――ん」

 

 行き先を伝えようとしたところでコンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえた。その向こう側からジュンサーがナチュラルが到着したことを伝えてくれる。やっと来たか、欠伸混じりにそうつぶやくと、署長からどうぞ、との声がかかり扉が開く。

 

 ―――その向こう側にいたのはメイド服だった。

 

 いや、正確に言えば異形のメイドだった。筋肉に満ちた黄色いマッスルボディを上品なミニスカートタイプのメイド服が包んでおり、胸元は大胸筋によってはち切れそうなばかりにアピールされていた。そしてそんな服装に身を包む化け物の頭は決してゴーリキー等ではなく、正気を疑う事にピカチュウの顔をしている―――しかもなんかほんのりと化粧がかかっている感じ、ナチュラルメイクに手を出しているらしい。ミニスカートの方も見えそうで見えないラインを維持しており、てっぺきでも使ったのではないかと思わんばかりのガード力を誇っている。

 

 なんだこの生物は。

 

 そうだ、ピカネキだった。こういう生き物だったよな、そう言えば。

 

 一瞬、視界の暴力というものにピカネキの存在を完全に頭の外へと追い出してしまっていた為、完全にフリーズしてしまった。しかしよく見ればピカネキの肩の上にはナチュラルがまるで荷物の様に担がれていた。そして逆の手には風呂敷に包まれた弁当箱が入っていた。中からはまだそう時間の経過していない料理の匂いが漂ってきて、食欲を刺激してくる。

 

「いやぁ、これを待っていたんだ」

 

 ピカネキが床にナチュラルを捨てると、メイド服の内側からフリップボードを持ち出し、そこに達筆な文字を書き込んで行く。

 

【お腹が空いていると思ってお腹に優しいもので纏めました】

 

「お前は何でそうも芸が細かいんだ。まぁいいか。ここで食っても?」

 

 ピカネキを呆然とした様子で署長が眺めている。どうやらジュンサーさん署長はピカネキ・ショックを受けてしまったらしい。気持ちは良く解る。ただのピカネキでさえ既にテロの範疇に入るのに、それがいきなりメイド服という明らかな凶器を装備していると更に破壊力が高い。しかも何を間違えたのか妙に女子力が高い。今もこうやって食べ始めた弁当も普通に美味い。

 

 アルセウスよ、貴様は正気なのか。なぜお前はこんな生きるテロ生物を生み出したのか。

 

「まぁ、それを嬉々として運用しているのは俺なんだがな。オニキスさんったらお茶目ね」

 

「自分で言うな……!」

 

 床から起き上がり、たっぷり感情を込めながらナチュラルがその言葉を吐き出した。帽子を外し、軽く埃を払いながら帽子をナチュラルは被りなおすと、たっぷりと時間をとってから言葉を紡ぐ。

 

「……僕としては漸く入るべき場所に入ったかぁ、って気持ちだったんだけどなぁ……」

 

「なんだかんだでお前口が悪いよな」

 

「もし、そこに原因があるとしたらそれは間違いなく頭の悪い元凶が傍にいるからじゃないかな」

 

 ナチュラルのその言葉に視線をピカネキへと向ける。その視線を受け取ったピカネキはナチュラルへと視線を向けてから窓の方へと歩み、窓を開けてから外へと向かって痰の混じった唾を吐き出し、軽快なフットワークを披露しつつファイティングポーズを見せる。

 

「ゴリィ……テッカァ……ゴリィ……テッカァー……」

 

「本当に芸が細かいなこいつ」

 

「そんなことを言う前に止めてくれよ。数秒後に僕の頭がそらをとぶかとびはねるしそうな光景が今見えたんだけど」

 

 本当に面白いポケモンだよなぁ、とピカネキの事を評価しつつ、そして名残惜しく感じながらナチュラルからモンスターボールを受け取り、さっさとピカネキをボールの中へと戻す。どこでもツクヨミを出す事が出来ると理解された以上、ほぼ確実に街中などで襲われる事はないだろうとは思うが、それでも警戒する事に越したことはない。

 

 ―――ジョウトに預けている旧面子から誰か取り寄せるのも悪くないかもしれない。

 

 まぁ、そもそもからしてゲンシグラードンvsゲンシカイオーガvsメガレックウザという状況が発生しかねないのだ。純粋に被害と殺戮を起こすという意味ではおそらく伝説最強格の三匹を相手にするのだ、手持ちはこれだけでは圧倒的に足りないだろうとは思う。ただ今のところ手持ちだけでどうにかなっている。鍛錬の意味を含めて尖った面子にしているのだから、問題にぶち当たったからチート使う―――なんてのはちょっと、かっこ悪い。

 

 ま、それはそれとして、

 

「真面目な話、予定切り上げて明日の朝にはここ(カナズミ)を出るぞ」

 

「急ぐんだね?」

 

 そうだな、と指先でピカネキの入ったモンスターボールを回しながら答える。

 

「もうちょっとのんびり出来る旅かと思ったけど、急いで確認しなきゃいけない事が二、三個できたからな。本当は週末辺りに∞エネルギーに関してアレコレ見せて回る予定だったんだけど―――」

 

「いや、僕は無理を言える立場じゃないからね。それに君と一緒にいるだけでも結構色々と考えさせられるからね」

 

「人権とか?」

 

「それが解ってるならもう少し優しくしてくれてもいいんだよ?」

 

 弁当箱の中に残っていた最後のからあげをツクヨミが奪おうとするので、その指をピカネキの入ったモンスターボールではじきつつ素早く箸で口の中へと突っ込む。跳ね返ってきたモンスターボールを掴むと、そのまま口の中のからあげを奪おうとツクヨミが口へと向かって顔を寄せて来るのでその顔面を掴み、窓の外へと投げ捨てる。

 

 直後、天井にやぶれたせかいの出口が形成され、そこからツクヨミが再び登場する。落ちてきたところをアイアンクローで顔面を掴み、そのまま締め上げながらナチュラルに話を向ける。

 

「それでさ、ちょっとやって欲しい事があるんだよ、ナチュラル君よ」

 

「うん、それはいいけど……うん、なにかな」

 

 ある意味悟りの境地に達したナチュラルが色々と気にすることを放棄したところで、返答する。

 

「―――事情聴取とスカウトかな」




 (街中で技をぶっ放せば)そらそうよ。

 別地域だとチャンピオンの知名度は情報を集めているトレーナーやジム関係者じゃないとそこまであったもんじゃないなぁ、というのが個人的にフリーダムに動き回るアイス星人の姿を見ての事。あの残念っぷりとアイスクレイジーっぷりでバレないのか(困惑

 という訳で、カナズミとはサヨナラバイバイも近い


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カナズミ警察署 B

 ポケモン用の牢屋の中、そこには二つの姿がある―――唯一の足跡となるムウマ、そしてギターロトムの姿だ。二匹は恐れる様に、そして不安を抱く姿を見せる様に牢屋の隅で特に拘束されることはないが、それでも捕まっていた。監視には警察の方で運用されている専門のガーディがついており、姿は見せてなくても常に見張っている。そんな状態、既に署長から話は全体に通されているのか、看守にしばし席を離れてもらってナチュラルと二人で、ムウマとギターロトムの入っている牢屋をその外側から見る。

 

 じっくり観察すれば見える。正しくはロトムが変種、()()()()()()()()だ。ポケモンマルチナビのスキャン機能で二匹ともスキャンする。レベルは予想通り低く、そしてタイプも今、自分が看破した通りの物であった。詳細は追々として、ポケナビを懐に戻しながら此方に気づいていないムウマとロトムに、軽く鉄格子を叩くことで気を引く。

 

「……!」

 

「よう。元気にやってるか? まぁ、牢屋に入っている奴に言う事じゃないよな……まぁ、治療はちゃんとされているようで安心したわ、当たり前なんだけどな」

 

 言葉をかけるが、此方を恐れているのか、そのまま更に隅の方へと縮こまる様に体を押し込むのが見える。

 

「完全に恐れられているけど何をしたの」

 

「シャドボ踏み潰してカウンター決めた」

 

「人間でそれやったらそれは怖がられるよ……」

 

 一応言い訳をするなら本来の自分のスペックはここまで高い訳ではない。()()等を通してポケモン側からある程度のリソースを融通して貰い、それで自分に足りない能力をなんとか補っているのだ。今の身体能力や生命力、体力だって今はジョウトで放し飼いにしているカグツチ(ホウオウ)との契約を通して得たものだ―――まぁ、そんなことをしなくても世の中には普通に肉体でポケモンと渡り合えるキチガイもいる。

 

 シバとか。シジマとか。トウキとか。お前らトレーナーしろよ。

 

「んじゃ、何をして欲しいかは大体解っているし……任せてもらってもいいんだね?」

 

「おう」

 

 ここに来る前に受け取った鍵をナチュラルへと投げ渡せば、ナチュラルがそれを受け取り、牢屋の扉を開く。牢屋の中に入ったナチュラルは微笑を浮かべ、両手を広げながらムウマとギターロトムに近づく。普通、それだけの動作で野生のポケモンは警戒するだろう。だが既にムウマとギターロトムの視線はナチュラルに釘づけとなっており、そして警戒心を溶かし始めていた。

 

「大丈夫、安心して欲しい。僕は君を傷つけないし、怖がらせたくないんだ。ただ単純に、君とトモダチになりたいんだ―――」

 

「これが真の統率者のカリスマって奴か」

 

 ナチュラルには聞こえない様に呟く。何度も見てきている事だが、やはり凄まじい。数秒前までは警戒していたポケモンの警戒心を完全に溶かし、その存在感だけで安心感を与えている。この世でポケモンを導き、率いる事を才能のみで判断するのであれば、おそらくワタルやボス(サカキ)を超えてナチュラルがダントツで頂点に君臨するだろう。

 

 伝説側から頭を下げさせることが出来るのはおそらくこの少年だけだ。

 

 ―――レックウザ説得の鍵だな。

 

 最優先で守らないと駄目だよなぁ、などと思っている間に受け入れられたナチュラルは二匹に近づき、視線を合わせる様に膝を折ると、そのまま二匹と交流する様に談笑に入る。情報の引き出し方に関しては完全にナチュラルに任せているのだから、まぁ、ここら辺は自由にさせよう。そう思っているとポケナビが通話で軽く震える。確認すればダイゴからの通話だった。

 

「うい、もしもしこちらセキエイチャンプ」

 

『こっち、ホウエンでは君よりもはるかに知名度の高いホウエンチャンプの人生勝ち組だよ』

 

 無言で通信を切る。直後、再びダイゴから着信が入る。再び通話のボタンを押す。

 

「おう、なんだボンボン」

 

『所詮は金のない負け犬の戯言なんだよねぇ……ってそうじゃなかった。襲撃されたって話を聞いたんだけど大丈夫? ……ま、心配が必要なわけないか。少なくとも僕と同格のトレーナーなんだしね。闇討ち程度で怪我をするんだったら引退した方がいいよ』

 

「お前、喧嘩を売る為に通話入れてきたの……?」

 

 言外に切るぞ、と軽く脅迫すると、まぁ、待て、とダイゴから言葉が返ってくる。

 

『こう見えても三王の件に関しては言いたいことがあったからね! まぁ、これぐらいいいじゃないか―――まぁ、そんな事よりも君に朗報だ。ホウエンリーグに話を通して四天王の一人をおくりびやまの警護に着ける事に成功したよ。ゲンジさんが立候補してくれたし、よほどの化け物が襲い掛かってこない限りは大丈夫だと思うよ……まぁ、これは保険なんだけどね。最善はあいいろのたま、べにいろのたまをおくりびやまから遠ざけて隠す事なんだろうけど―――』

 

「―――動かないんだっけ」

 

 べにいろのたまとあいいろのたま―――グラードンとカイオーガをよみがえらせるために必要な道具であり、そして同時に資格のない者でも伝説のポケモンたるその二匹を操ることが出来るようにするための拘束具でもあるあの二つの球はまるで大地に固定された山の様に動かず、壊す事さえできないと前、教えてもらった。その為、隠すという手段が取れない。

 

『うん。あまり大きく護衛を出すと動きが見えちゃうし、警護の方はこれが限度だと思うよ。僕はこれからムロの方で地質調査とメガストーンとキーストーン調査に出て来るけどそっちは……』

 

 あぁ、予定通り進むと答える。

 

「―――北上して流星の滝に向かうわ。流星の民と呼ばれる一族がホウエン地方の伝説に対して古い記録や伝承を保持しているからな。色々と調べて来るよ」

 

『じゃ、死んでいなかったらまた適当に』

 

「あぁ、じゃあな」

 

 ともあれ、ヒガナの事を、そしてレックウザに関するアレコレを確認するためにも流星の民に早いうちに接触しておかないと駄目だと解った。小さく溜息を吐いて、片手で頭を抱える。赤帽子と世界中を回っていた時はもう少し、こう、()()()()()()()()()気がする。やはり主人公という明確に勝利出来る存在が傍にあったことが最大のポイントだったのだろうか。

 

「……ま、くだらない話だな」

 

 スマートに終わらなくても極論終わらせらればそれでいいのだ。そしてそのためにグルっと世界を回ってここまで来たのだ。出来る事をしなくてはならない。自分でそう決め、そしてそれを成すために動いているのだ―――弱音や迷っている暇はない。寝れば調子も良くなる……そうしたらカナズミシティを出る準備だ。

 

「―――っと、終わったよ」

 

「ん、あ、おう」

 

「……大丈夫かい?」

 

「眠いだけだから気にすんな。それよりもどうだった?」

 

 軽い欠伸を漏らすとそれを見ていたナチュラルが納得する。こう言ってはなんだが、ナチュラルはどこか()()()()()ようにも感じる。やはり本質がなんというべきか、人間よりはポケモン側に近い風に感じる。だからと言ってどうしろ、という話でもないのだが。ともあれ、ナチュラルがあの二匹から色々と聞きだせたらしく、大人しく耳を傾ける。

 

「残念だけどあの二人を傷つけた犯人に関しては良く解らなかったよ。突然捕獲されて、そして突然逃がされたと思ったら瀕死一歩手前まで傷つけられて、そのまま逃げてきたんだってね。全く、本当に酷い事をする奴もいたものだね……」

 

 ムウマとギターロトムはどうやら被害者だったらしい―――いや、待て。

 

「じゃあなんで俺を襲った」

 

「あぁ、なんでも向こうの気配が君と似ていたらしいから、パニックになって襲い掛かったみたいだよ―――ちょっと悪事に手を染めすぎなんじゃないかな、君」

 

「うるせぇ、大分足を洗ったんだからそこは。大体男は少し位黒い方がモテるんだよ」

 

 気配……気配―――となるとやはり育成タイプのトレーナーだろうか? 或いはチャンピオン級の実力者だろうか。それだけの実力者となると割と絞り込めてくる、これは間違いなくいい情報だと思ってもいいだろう。りゅうせいぐんを使えるポケモンを保有した実力者を探せばいいのだ―――過去のリーグ参加者から洗い出せばある程度は楽になる。

 

「出身地は解るか?」

 

「いや……あの子たちはどうやら自分が生まれた土地の名前を知らないみたいだったよ。記憶の中を覗かせてもらったけど見えたのは廃墟ばかりだったよ」

 

 出身地から目星をつける事も出来ない。困った、今回の件、完全に相手が上手だ。ほとんどの情報を吐いてくれない、完全犯罪とはいかないが、それでも個人を特定できないレベルとなってくると少し、用意周到が過ぎるというか―――手強い。

 

「ただ襲ってきたトレーナーの姿と、その手持ちのポケモンだけは確認できたよ」

 

「マジか」

 

「うん―――トレーナーは茶色のローブで全身を隠していて全く見えなかったけど、その横で指示されて攻撃してきたのは()()()だったよ」

 

 無言で両手で顔を覆う。フーパ、そうか、ここでフーパが来るのか―――これはどう判断すべきなのだろうか。フーパ……そう、フーパだ。自分の中で一番相手をするのがめんどくさいポケモンランキング、アルセウスに続いて二位にランクインするポケモンだ。異次元をつなげる能力を持ったあのポケモンは現状、

 

「どの手段でも追いかける事が出来ねぇよ……」

 

「あ、あはは、ははは……」

 

 いじげんホールを再現、ポケモンに教える事は出来る。シャドーダイブだって出来たのだから。だけどそれとは別に、ポケモンが固有に保有する能力、やぶれたせかいや転生、そういう能力は残念ながらどんなに育成しても種族の壁を乗り越えない限りはどうにもならない。その為、フーパが異次元への穴を空けたとして、それを追跡する手段が()()()()()()()()()()のだ。

 

 いや、或いはパルキアの空間干渉能力ならどうにかなるかもしれない。ただアレはシンオウ地方の伝説であり、現時点では手を出す事は難しい。

 

 割と真面目に状況は良くない。少なくとも殺しに来ている相手を捕捉、そして予測できないというのは何よりも恐ろしい―――だから情報が必要だ。

 

 無言で頭の裏を掻き、溜息を吐く。ホウエン地方が段々と自分が知っているプロットから外れて行っている。それが単純にここがモデル通りだけの世界から、想像の範疇を超える飛躍を遂げていると喜ぶべきなのか、それとも変わって行く状況に対して自分が万全に挑めない事を嘆くべきなのか―――いや、解っている。自分の事だから良く解っている。

 

 ()()()

 

 純粋にそう感じている。まるでクリスマスの朝、見たこともない新しいおもちゃを手にしてどうやって遊ぶのかを考えている子供の様な気分だ。知っている、発展した玩具ではなく、全く新しいおもちゃに触れているのだ。どうやって遊べるのか、どうやって使うのか、真新しいものに触れるからこそ心が躍るという気持ちもある。

 

「……さて、と」

 

 視線をムウマとギターロトムへと向ける。此方の視線を受けてビクリ、とムウマとギターロトムが姿を震わせる。それを見たナチュラルがジト目を向けて来るが、いったんそれを無視し、再びさて、と言葉を置く。このムウマとギターのロトム、この二匹を見て自分は欲しい、そう思った。つまりはトレーナーとして、トレーナー個人の相性としてマッチングするポケモンであった、という事で。非常に珍しい話だ。

 

 本当にポケモンを欲しい、スカウトしたい―――そう強く思ったのはクイーン以来の話なのだから。

 

「じゃ、話を始めようか。安心してくれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう? 怖がる必要なんて何もないさ―――」

 

 特殊な能力を覚える才能があるわけではない―――だから契約して意中へと上り詰める為の能力を用意した。

 

 圧倒的なカリスマを持っているわけではない。だからついてくるポケモンを厳選し、そして心酔させる。

 

 後は得意分野で―――育成で勝負する。なにせ、何も能力を伸ばす事だけが育成なのではないのだから。たとえば健康やメンタルの管理だってトレーナーの立派な仕事だ。

 

「さ、ちょっと話し合おうか。時間はあるしな」

 

 たとえば心の闇を少しだけ前へと押し出して引き出す事―――それも立派な育成だ。

 

 では、スカウトを始めよう―――。




 根本的な部分でロケット思想なせいでまともなスカウトが出来ない屑の図。前作読んでいる人はクイーンのスカウトの件を思い出せばいいよ!!

 次回はいよいよカナズミとお別れですかねー。長かったけどそろそろ流星の滝でルナトーンを水辺に投げ込みたい。


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さよならカナズミ

「―――これでしばらく文明とさよならバイバイ……だと思うとちぃと寂しくなってくるな」

 

 ホテルを背にしながら軽く被っている帽子を脱ぎ、首を回してから再び帽子を被りなおす。振り返れば片手にキャリーバッグを引きずるナチュラルの姿が見える。その更に後方では浮かび上がる二匹のポケモンの姿―――即ちムウマとギターロトムの二匹がいる。当たり前の話だが、二匹とも普通にスカウトに成功しただけの話だ。

 

 まぁ―――多少汚くはあるが。

 

 境遇、経験、状況さえ理解していればあとは目の前に餌をぶら下げ、それにひっかけるだけの作業である。つまりやっている事は釣りと同じような事だ。まぁ、多少下衆であることは認めなくてはならないが、それでも欲しい、と思ったポケモンはどうしても手に入れたい……そういう事もあるのだ。それに洗脳や無理やり従わせているポケモンに関してはセキエイの方からチェックが入って解放されてしまう。

 

 ―――ポケモンバトルは上位になればなるほど()()()()()()()

 

 簡単な話、最近の最上位クラスの大会となってくると()()()の金があっさりと動く。基本的にポケモン協会はそこまで金にガメツイわけではないが、そこにスポンサーなどで参加する企業などに関しては非常に良い宣伝になる―――我が社はこういう力のあるトレーナーを持っているぞ、と。そういう事もあってポケモントレーナーのイメージとは非常に重要になってくる。企業の看板を背負う場合は負けてもいいから統一パ、コンセプトを決めたパーティー、そんな風に期待される。

 

 まぁ、つまりチャンピオンになって色々と抹消され、過去をクリーンにされてしまったわけでも―――調子に乗ったらカモすぞ、というのがセキエイの判断なわけで、完全なフリーハンドが自分に存在するわけではない。まぁ、それでも意地悪や悪戯、少し下衆なぐらいであれば問題はないが、昔やっていたように問答無用で殺す様な手段をとっていれば、資質に問題アリと判断されて排除されてしまうだろう。

 

 ともあれ、トレーナーのイメージとは重要な話だ。

 

 まず第一にビジネスとしてクリーンなイメージを持たせたい為、というのもあるのだがスカウトに応えて活躍するポケモンとは高いモチベーションへとそのまま繋がる。解りやすい話、内容が違うだけでやっている事はサッカー等のスポーツのプロリーグとそう変わらないのだ。

 

 と、いう訳で、

 

 ムウマとギターロトムの思考力を少々鈍らせて、話に乗せ、スカウトに成功するという所までは通した―――と言ってもこの程度、一週間もすれば簡単に解けてしまうものだ。だから重要なのはそこまでと、そしてそこからをどこまで()せる事が出来るかにかかっている。まぁ、言い方は悪いが、

 

 騙される方が悪い。乗せられる方が悪い。

 

 これぐらいは誰だってやっている―――たぶん。まぁ、つまりあまり酷すぎるスカウトが出来ないというのは事実だ。だから騙されている内に”このパーティーに所属したい”と思わせることが出来ればそれで勝利だ。

 

 

 そこらへん、絶対についてくるとは確信している為、心配など欠片もないのだが。

 

 ともあれ、漸くとも言うべきか、もうと言うべきなのか、カナズミシティを出る事となってしまった。本来はもう少しカナズミシティに滞在しておく予定だったが、謎の襲撃者の事を考えると速やかに情報収集をするべきだと判断してしまう。そういう事もあり、

 

「相変わらず空路は使わんが、ちょっとペース上げて115番道路を抜けて流星の滝へと向ける。ジョウトからモビーを送ってもらったし、今回はこいつで水辺を抜けて進む。少しだけ急ぐから休む回数は減るけど……大丈夫か?」

 

「こう見えて僕もだいぶ旅慣れてきているし、心配されるほどじゃないよ」

 

 視線をナチュラルからムウマ&ロトムへと向ける。視線を受け取った二匹は、ムウマがギターロトムをその小さい手で抱える様に構え、そして念力を使ってギタープレイで激しい音を慣らし、その元気さをアピールしてくる。ムウマといえばよなきポケモンな筈なのだが、このムウマはなんというか妙に元気というか、ロックなソウルを感じる。ニックネームをそっちの方向で考えておくか。

 

 そんな事を思いながら、ホテルに背を向けて歩き出す。

 

 新しく買い換えたコートに宝物のボルサリーノ帽をかぶり、腰のボールベルトには既に手持ちのポケモンと、新しくジョウトから呼び寄せたモビー・ディックのボールが装着されている。軽く手を伸ばし、そして触れれば手になじむようにしっくりとくる。何度も繰り返し、そして練習してきた動作だ。息をする様にポケモンを繰り出すことが出来る。圧縮保存で色んなお土産や食料、道具は用意したし、わざマシンも万が一の場合に備えてデパートで購入してきた。

 

 もう少しゆっくりしたかったが―――残る必要性はない。

 

「さて、行こうか、遅れるなよ」

 

「うん」

 

 ギターの音を聞きながらカナズミの大通りを北へ―――115番道路へと向けて歩いて行く。時間は割と朝早く、人通りが少ない。が、さすが都会だけあってそれでも出勤する人やトレーナーズスクールへと向かう姿をチラホラと見かける。その中でも一番多いのがデボンコーポレーションの社員である辺り、地元の大企業という感じを強く受ける。時折此方へと向けられる視線はやはり正体がばれてるのか、或いはただ単に姿に興味が湧いたからだろうか―――まぁ、どっちでもいい話だ。

 

 かなりの規模を保有するカナズミシティ、街を抜けるだけでも徒歩だとそれなりに時間を必要とするのだが、それでもトレーナーの基本は陸路だ。それにナチュラルがいる以上、バイクやスクーターで進むというのもあまり賢くはない。115番道路には水路もあるし、やはり徒歩が一番安定する。

 

 そんな事を考え、着々と街の外へと向かって歩いていると、

 

「―――どけ、どけー!」

 

 怒鳴りながら迫ってくる声が聞こえてくる。振り返りながら横へと体を滑らせれば、荷物を抱えて赤い姿が走って駆け抜けて行くのを目撃し、それを追いかける様に白帽子の少年が必死にその姿を追いかけて行くのが見える。その姿を数秒間だけ眺めていると、いつの間にか小さな笑い声を零している自分の姿に気づいた。

 

「アレ……止めないの?」

 

「別に……俺、救いの神でもご都合主義の化身でもないし―――」

 

 ホウエン地方の冒険におけるタイトルの名を冠する少年であればそこらへん、自分一人でどうにかしてしまうだろう。そんな事よりも自分は、そういう連中ではどうしようもない裏の部分を―――自分が存在している事でズレてしまった部分をどうにかしなくてはならない。それは完全にやると決めた、自分の責任だ。

 

「さ、行くぞ。予定は詰まってるんだ」

 

「はいはい……結局、あまりゆっくりはできなかったなぁ……」

 

「ミナモでまた大きなホテルをとるからそれで許してくれよ」

 

「ホウエンの反対側なんだよなぁ、そこ……」

 

 もうすでに疲れたような溜息を吐き出しているナチュラルのことは無視しつつ、そのまままっすぐ、既にシナリオが始まっているという事を意識しながら足を街の外へと向ける―――ルビー少年がカナズミにいるのは序盤の序盤だ。だがそれでも全体の物語が動き出した、という事でもある。多く見積もって残された期間は―――半年ほどだろう。

 

 時間は、あまり―――残されていない。

 

 

 

 

 115番道路はトレーナーがホウエンめぐりをする上では通る必要のない道とされている。

 

 その最大の理由はホウエン最北の辺境の街、ハジツゲタウンにジムが存在していないという所にある。ハジツゲタウンにはコンテスト会場が確かに存在するが、それ以外はさして重要な施設が存在しない。ジョウトにいる間、ポケモンリーグの要請で少しだけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()弟子の様な存在がいるが、それを抜けば本当に何もない場所である。

 

 その為、コンテストに用事のある者以外はあまりハジツゲタウンには近寄らず、そして水道と流星の滝という二か所を抜けなきゃいけない必要があるため、交通の不便から非常に人気の無い道だったりする。それが災いして115番道路の道路とは割と名前だけだったりする。

 

 つまりは開発が進んでいない。水路を挟んでその先に滝があるから当然と言えば当然なのかもしれない。

 

 そのおかげで歩みは少し辛い。木々や草むら、そして整備されていない足場がさっそく前に立ちはだかってくる。キャリーバッグを引きずるには適さない道路が出たことにナチュラルがゲンナリし始めたので、ねんりきで荷物を運べるムウマにそこは任せ、ナチュラルを労働から解放し、そのまま前へと向かって進んで行く。

 

 とはいえ、いま出しているポケモンはムウマとギターロトムになる―――この二匹のレベルはそう高くはない。

 

 つまり、このあたりのポケモンに対して危機感を与えるほどにはならない。それに開発されていない自然の中にこそ多くのポケモンは潜む。

 

 115番道路に入り込んでから一時間ほどで、草むらの中からポケモンが飛び出してくる。飛び出してくるのは青い体にふわふわと雲の様な翼を生やしたポケモン―――チルットの群れだった。まとまった、五匹の集団で出現したチルットはムウマとロトムへと視線を向け、やる気に満ちた姿を見せている。これは丁度良い、と口に出す事無く呟く。能力や得意な事を確かめるには悪くはない相手だ―――努力値の類は育成で振り分ける、振り替える事だって可能だし、問題はない。

 

「ムウマ、ロトム……行けるな?」

 

「……! ……!」

 

 ギュィィン、とロトムの体を鳴らしてムウマが問題ないとアピールする。まぁ、スカウトはアレだったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これは特に余計な事をしなくてもいいかもしれない。

 

『まぁ、いざというときはこっちからもサポートを入れるから大丈夫だ。俺がパーティーに参加している時点で種族値に強化入るしな。レベル以上の戦闘力を見せてくれるはずだから……まぁ、五対一? 二? でも大丈夫だろう』

 

 こういう時、ナイトの存在は本当にありがたい。結局のところ、フィールドで判断を下すのはトレーナーの仕事なんだが、それに対してアドバイスを入れられる存在は現状、いない。それを分担できるナイトのポジションのフルバックを生み出したのはおそらく俺が初めてだろう。だがその有用性は既に証明されている。ポケモンを鍛えるうえで発生する自身の強化、それをナイトはキャパシティ上限まで一緒に戦闘に参加するパーティーへと支援、振り分けるという風に利用している。

 

 受けから転向するといった時は驚いたが、こうなると不動のポジションを確保したとも言える。

 

「待たせたな―――んじゃ、肩慣らしに初バトルだギタリストめ」

 

「……!」

 

 ナチュラルと自分を飛び越える様に前に出るムウマたちに合わせて後ろへとバックステップをとり、そしてチルットの群れが戦闘開始の気配に攻撃を開始し始めるムウマの行動に割り込むように一斉に歌い出し、その音で―――りんしょうで先制攻撃を放ってくる。それに対してギターを前に出すようにムウマが構える。ギターロトムのタイプは電気・鋼の複合タイプであり、ノーマル技であるりんしょうに対しては受けが良い。それを理解してやっているのだろうか、一瞬だけそう思った直後、

 

 命令もなしにムウマがギターロトムを鳴らし始めた。

 

ロ ッ ク ユ ー!(ほろびのうた)

 

 りんしょうに対抗心を燃やしたムウマが最大音量、範囲を一切気にせず、全力でほろびのうた―――いや、ギターを鳴らしてロトムと共にやっているのだから、或いは”ほろびのメロディー”とも言うべき物を鳴り響かせていた。その爆音でりんしょうを掻き消しながら115番道路にはた迷惑な騒音テロをかまし、超気持ちがよさそうに目を瞑ってシャウトまで入れている。

 

 それを聞いた瞬間、チルットが全力で背を向けて逃げた。

 

『偉くロックな奴だな……』

 

『ロックを超えてテロじゃないかしらこれ』

 

『ピカネキと同じような気配を感じる……』

 

ゴリィ(あ゛ぁ゛)……?』

 

「いや、お前はそこにライバル意識を感じるなよ。ネタじゃなくてバトルの方で頑張れよお前」

 

 ムウマとロトムへと視線を向ける。既にそこにチルットの姿はない。しかし、自由にギターを鳴らしてソロライブが出来るのが楽しいのか、チルットがいなくなってもワンマンライブは続いている。というかこの一帯のオーディエンスが騒音とほろびのうたテロで死滅しそうなのでどうにかして止めないとならない。こういう時、一番頼りになるナチュラルは開幕ロックなショックで倒れて使い物にならない。

 

 だけど、うん、

 

「こういう変な奴は妙に相性いいよな、俺……まぁいいや。ナタク、制圧」

 

「拝承しました」

 

 モンスターボールからナタクを繰り出し、地上五連コンボから空中十連コンボに入ってムウマとロトムに容赦なくお仕置きを叩き込むナタクを眺めつつ、この旅は、

 

 いろんな意味で騒がしく、普通にならないだろうなぁ、と確信せざるを得なかった。




 という訳でギターフリーク、或いはロックソウル、そんな感じのムウマをゲットでした。今日からほろびのうたテロで君もライブだ!! ピカネキに続くいろんな意味でのテロ要員。チャンピオンのクセしてこいつなんでテロるポケモンばっかりなんだ。

 あとちょっと表記テストで強調したい言葉を中央に表示させる感じで。というかポケモン実機で遊ぶ場合「きゅうしょに あたった!」みたいな一部強調される感じを演出したいけど、そこに困っている感じ。


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115番道路

 ジャリ、と足元の砂を踏みながら横へと飛ぶ。砂地―――砂浜のフィールドを駆け巡る様に横へと飛んで着地し、不安定な足場をしっかり踏みしめる様にこらえつつ、片手で帽子が飛ばないように抑え、正面、ライン分けすらされていない天然のバトルフィールドへと視線を向ける。反対側に見えるのは軽装、動きやすい服装に身を包んだバトルガールの姿だ。拳を前に突き出し、気合いを送り込むようなその先にはアサナンが存在し、そのアサナンに相対する様にギター(ロトム)抱えた(浮かべた)ムウマ―――通称ロトムウマの姿がある。

 

 Aパーティー―――ジョウトで活躍し、殿堂入りを果たした面子の中にいたポケモン、サザンドラのサザラはギルガルドを兵装として装備する事によって自身の苦手なタイプを補完する事に成功した。悪・ドラゴンに、鋼という防御を生み出した。それは天賦(6V)にだからこそ許された暴挙だった。センス、才能、そしてキャパシティを埋め込むようにサザラはギルガルドという存在を埋め込み、そしてその能力をギルガルドを扱う事へと伸ばして行った。

 

 目の前、ロトムウマの姿はサザラと似ているようで―――全く違う。

 

「アサナン、とびひざげり!」

 

「左へ飛んで、通り過ぎたら振り返りながらぶっ放せ(ハイパーボイス)!」

 

 指示に対してロトムウマは驚くほどに清らかな動きで従い、格闘技の動き故に瞬間的な加速で自身を上回るアサナンの動きを回避する事に成功した。そのまま、空中で綺麗にターンを決めながらねんりきで浮かべたピックでギターロトムの体を、弦を一気に弾き鳴らす。それが一瞬で音を生み出し、振動となり、大気を伝わってアサナンに背中から突き刺さる。受けたアサナンがそのまま倒れそうになるが、きあいのタスキを装着しているおかげで首の皮一枚残して耐えきる。

 

 振り返りながらアサナンが拳を作り出す。拳の構え、踏み込み、コンパクトで速い動きから次の一手を事前に予想する。

 

「もう一度だ」

 

「必殺、マッハパンチ!」

 

 ハイパーボイスが響く寸前に、マッハパンチがアサナンの拳から放たれる。素早い拳は易々とロトムウマの速度を上回り、その拳を叩きつけて来る。ロトムを兵装として装備するムウマのタイプは複合化され、悪・鋼―――つまりは四倍弱点と化す。だが持たせた持ち物は格闘技を半減するヨプのみ、それに加え突貫で格闘耐性を叩き込んだ。

 

 結果―――特別な指示を繰り出さずとも、持ちうるポテンシャルと事前の準備で弱点技に耐える事に成功する。進化前の個体でこのレベルの弱点技に耐えられたのであれば十分上出来だと判断できる。

 

 マッハパンチを耐えた所で反撃のハイパーボイスが砂浜に鳴り響く。広がって行く音の振動は一瞬でアサナンに回避不能な一撃として突き刺さり、その体を吹き飛ばし―――砂浜に転がす。目を回しながら砂浜に倒れる姿をナチュラルが確認し、頷く。

 

「そこまで! アサナン戦闘不能、勝者ロトムウマ!」

 

「あー、あと少しで勝てるところだったのにー!」

 

 ナチュラルの審判が入り、そしてバトルガールから悔しそうな声が漏れる。そのリアクションに小さく笑い声を零し、ポケットからげんきのかたまりを取り出し、それをバトルガールへと投げて渡す。それを受け取ったバトルガールが頭を下げる。

 

「勝負ありがとうございました! まさかこんなところでセキエイチャンプと、それも同レベル帯で勝負できるとは思いませんでした! それにげんきのかたまりまで……」

 

「気にする必要はない。来るもの拒まず、戦いを求める者に応えるのがトレーナーで、教えを乞う者にそれを与えるのは頂点に立つ王者としての責務だ。アサナンにマッハパンチを覚えさせた手腕を見れば君の育成家としての手腕は決して悪くないのが良く解る。だけどその代わりに指示が凄く雑い。まぁ、現状は大体どの地方でも育成と能力重視、指示が軽視されがちな環境なせいもあるんだが―――」

 

 軽く咳払いする。話題から離れたな、と。

 

「ともあれ、指示がところどころ雑だ。ポケモンの能力と気合いでどうにかしようと居ているフシがある。気合いも確かに大事と言っちゃ大事だが―――最低限体力計算ぐらいはできる様にしよう。何を受けてどれぐらい残るか、脳筋のシバでもこれぐらいは普通にやってるからちゃんと勉強しよう」

 

「……う、ぐ、……はい……」

 

 まぁ、そのシバも結局はワンパンでぶっ殺すから、とか真顔で言うから理解はしていても体力計算を投げ捨てる様な所があるのだが。それでも細かい体力計算が出来ると急所へ一撃が刺さらない限りは計算が狂う事もない。しかしそうか、と小さくつぶやく。今の様なフリーフィールド式になってくると、ポケモンの能力に頼らなくても急所へと当てる事を狙って行えるのだ。

 

 そうなるとジョウトに残してきた災花も能力的な部分を再育成する必要がある。

 

 難しい。レギュレーションの変更を今回はダイレクトに喰らっている気がする。

 

「その、ありがとうございました! 今から勉強し直してきます! うぉ―――!」

 

「あ、ちょ……」

 

 そう叫んだバトルガールはアサナンをボールの中へと戻すと、そのまま岩肌の崖を垂直に走ってのぼり、その上で出現したピッピにラリアットからサマーソルト、そして空中でつかんでフランケンシュタイナーという見事なコンボを決め、ぼろ雑巾となったピッピを投げ捨て、カナズミシティへと向かって一直線に走り去った。

 

「うーん、見事なフィジカル」

 

「君と一緒だと本当に飽きないよね。色んな意味で」

 

 ナチュラルの呆れた声に対してまんたんのくすりを取り出し、投げ渡す。それを受け取ったナチュラルがピッピの治療へと向かっている間にロトムウマのコンビへと視線を向ける。勝利したのがよほど楽しかったのか、或いは嬉しかったのか、何時までも楽しそうにギターをピックでガンガン鳴らし、ほろびのうたを海の方へと乱射している。どこからどう見ても変種だよなぁ、と苦笑しつつ、腰のボールへと手を伸ばす。

 

「―――さて、長く待たせたな。また冒険をしようか、モビー」

 

 超巨体を保有するホエルオー、モビー・ディックを砂浜横の海へと放った。

 

 

 

 

 115番道路は途中、水道によって分断されている。その為、秘伝技・なみのりを使用できないトレーナー、許可されていない人間は移動に必要以上の労力を必要とする。あのバトルガールの様に崖を走って上る事の出来る化け物フィジカルを持っているなら格好のトレーニングスポットなのだろうが、そうでもなければ全く寄り付くこともないだろう。その為、ここは比較的に多くのポケモンが群れを成しながら生活している。

 

 ただいま、モビー・ディックの背の上に乗って移動するこの水上、見える範囲にポケモンがいても近寄ってくる事はない。ホエルオーとしての超巨体、そして100を()()()レベルが野生のポケモンに対して絶対的な恐怖を演出させているからだ。つまり、モビー・ディックの背の上にいる限りは安全という訳になる。背の上で軽くカナズミシティで用意した軽食のサンドイッチを口の中に放り込みつつ、海の風を感じ、先へと進んで行く。

 

「ふぅ―――流星の滝に到着するのはこのペースだと明日になるかな」

 

「結構ハイペースで移動しているけどそんなもんなんだね」

 

「まぁ、ホウエンは手つかずの自然の多い地域だからな、ちょっと歩き難いってところはある。その中でもここは特にめんどくさい場所の一つだけど。まぁ、その分流星の民の集落ではゆっくりさせてもらおう」

 

「期待せずに待っておくよ」

 

 そう言ってナチュラルは視線をロトムウマのコンビへと向けた。その視線の先にいるロトムウマはポケモンマルチナビから延びるイヤホンを耳に当て、そこから漏れる古いロックを楽しんでいた。その姿を見ているナチュラルは軽く首を捻る。

 

「そう言えば(オニキス)が偶に聞いている曲って他じゃ聞いた事がないけど、ジョウトの方のバンドのなのかい?」

 

「あー……まぁ、そうだな。数少ない故郷の縁の品だよ。媒体自体はぶっ壊れちまったけどデータは残ってたしなぁ。ディープ・パープルとか、ボンジョヴィとか、俺のいた所だとクッソ有名だったんだけどな。こう、こっちにゃあガツン! と来るロックな曲が少ないのが困りものだな」

 

「……つまり?」

 

「小さい事は気にするな、ロックはロックとして楽しめ」

 

「なるほど、まるで解らない」

 

 ロックは理解するものではなく、感じるものなのだ。頭の上に疑問符を浮かべるナチュラルとは違い、ロトムウマコンビはヘッドバンギング等で明確に音楽を楽しんでいる様に思える。

 

 ―――完全にスカウトされた時のことを忘れて、完全に音楽を楽しんでいるだけだろうなぁ……これ……。

 

 いい意味で個性的だ。そんな事を考えていると、腰に装着しているモンスターボールの方から声が聞こえてくる。

 

『結局、流星の民に会うのは解るのだけれど……一体どういう連中なのかしら?』

 

「ん? あぁ、そうか。まだ詳しく説明した事がないな」

 

 ミクマリの言葉で基本的に自己完結してしまうのは悪いクセだな、と思いつつ情報を纏めよう。そう思い、基本的なところから情報のおさらいを始める事にする。

 

「まず、過去のホウエンには巨大隕石が降り注いだことがあるって話をしなきゃならんな」

 

「それによってルネシティや流星の滝が生まれたんだよね?」

 

 ナチュラルの言葉に頷く。

 

「そもそもの発端がそれだ。そして流星の民の話はそこから目覚めてしまったグラードンとカイオーガにある。遥か過去―――原始と呼ばれる時代の二体は強大な力を持っていた。グラードンはあらゆる水分を蒸発させ、海を干上がらせる大地の化身とも言える存在で、そしてカイオーガはどんな大陸だろうが水没させる海の化身と言える怪物だった。この二体は隕石の衝突、そのエネルギーによって目覚めたんだな」

 

 ゲンシグラードン、ゲンシカイオーガ。それが本来の二体の伝説の姿。長い間眠りについた事で今ではゲンシの姿は残されておらず、ほぼ誰も知る事はない。

 

「グラードンとカイオーガはお互いに天敵の様な存在だ。出会ったら最後、どちらかを滅ぼすまで止まる事はない。そして実際、二体はお互いを滅ぼす為にホウエンそのものを消し飛ばそうとしていたんだわ、これが」

 

『マグナム並に大きそうな話ね!』

 

『お静かに』

 

 ネタを挟まないといけない病の馬鹿(カノン)が一瞬だけ発作を起こしたが、次の瞬間ナイトに黙らされていた。故に軽く咳払いをしつつ、話を進める。

 

「そこでグラードンとカイオーガの仲裁に入ったのがレックウザだ。正確には今でいうメガシンカしたメガレックウザだな。祈りによって飛来したレックウザはグラードンとカイオーガから力を奪い、そして二体を再び眠らせた―――そしてそれを果たしたレックウザは救いの神としての信仰を得た。それを引き継ぎ、受け継ぎ、そして継承しているのが流星の民だ」

 

 いったん言葉を区切り、言葉を整理する時間を与える。そして考える―――グラードン、カイオーガ、そしてレックウザは()()()今の状態となったのだ。長い年月を経て力をなくしてしまったとも言える。そう考えるなら原初に生み出され、そして遥か長い時を生きてきた伝説のポケモン達は基本的に弱体化しているのではないだろうか。

 

 ―――そう、ツクヨミ(ギラティナ)も。

 

「……ちなみにだが流星の民には伝承者って奴がいる。空の奥義・ガリョウテンセイをレックウザに思い出させる事が出来る上にレックウザを空の柱に呼び出す事が出来る最高ランクの能力者になるな、こいつは」

 

 その伝承者がヒガナなのだ。彼女だけがガリョウテンセイをレックウザに思い出させることが出来る。そして彼女だけがレックウザを呼び出す事が出来る。故にどうしても彼女に会うか、或いは正確な情報を入手しなきゃならない。そして場合によっては手段を選べなくなるかもしれない。自分が知っている通りならマグマ団とアクア団を煽っていたのは彼女なのだから。この段階で動き出していたら―――どうだろう、ガリョウテンセイを調べる必要がある。

 

 場合によってはゼクロムレールガン射出伝説が始まるかもしれない。

 

「ねぇ、なんか不穏な事を考えなかった? トモダチがちょっとビビってるんだけど……」

 

「え? 気のせいじゃない? 俺、外道は卒業したけど基本鬼畜だよ」

 

「一切信用できる要素がないなぁ……これ……なんだろう。イッシュが凄く恋しくなってきたよ。これがホームシックかな……」

 

『フフ、それは将来に不安を覚えているだけよ! 戦おう、現実と!』

 

『ノー・フューチャー!』

 

『未来等ない!!』

 

ゴリ(キサマに)ッ、ゴリ(明日はない)ッ』

 

「君のトモダチが積極的に僕を虐めようとするのどうにかしてくれない? 心がいつも通り折れそうなんだけど」

 

 やったね、ナチュラル君。メンタルが鍛えられるよ。少なくとももうゲーチスに洗脳されるようなことはないだろう。比較的に性格が外道なウチのパーティーと話し合えるのだから、相当メンタルが鍛えられていると思っていい。

 

 まぁ、それはそれとして、

 

「―――伝承者(ヒガナ)、か……」

 

 はたしてそれは重責なのだろうか。そう思うと、少しだけ同情してしまいそうだ。




 実機にもいるバトルガールユリカちゃんでしたな、相手は。まぁ、それはそれとしててんぞーの人がXYとORAS購入予定らしい。

 それにしてもオニキスパーティー本当に愉快だなぁこれ……。


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隕石跡地

 朝、段々と空気が温かくなってくるのが解る。早めに朝、目を覚まし、寝袋の中から静かに体を抜け出す。横で寝袋にまだくるまっているナチュラルを起こさないように、そしていつの間にか腹の上に覆いかぶさるように眠っていたワルポケ共(ロトムウマツクヨミ)を退かし、静かにテントの外に出る。六人入っても余裕があるほど大きなテントはカナズミシティを出る前に、デボンコーポレーションから貰ったものであり、ポケモンマルチナビ同様先行して頂いたものだ。そんなテントの外へと出れば、テントの前の空間、そこにある切り株の上にナタクが精神統一するかのように座っているのが見える。

 

「夜番、ご苦労」

 

「いえ、元々明るかろうが暗かろうが変わらない身ですし―――あ、ここは笑う所です」

 

「ブラックすぎて笑えねぇよ」

 

 ナタクは盲目のコジョンドの亜人種だ。目という感覚器官を失ってしまった天賦のコジョンド。それ故に残った感覚を発達させ、そしてルカリオがそうする様に生物の波動を感じる様になり、それをセンサー代わりにしている。その為、朝、昼、夜、どんな場所でも関係なく彼女には世界が見えているのだ。だからこそ夜番として彼女程頼もしい存在はいない。どんな暗闇の中でも彼女は常に敵を把握することが出来るのだ。

 

「まぁ、休み入っていいぞ。ボールに入っておくか?」

 

「いえ……少し体を動かしてからボールで休ませてもらいます。まぁ、氷花が朝餉の準備をし始めているようですし、寝るのはその後からでも問題はないでしょう」

 

「あいよ、お疲れさん」

 

 欠伸を漏らす事も、眠気を一切見せる事もなく切り株から降りて鍛錬に入るナタクの姿を見て、やはり姿は人間に近くてもポケモンは強いなぁ、と実感する。

 

「いえいえ、私達からすれば主の方が遥かに強く、頼もしく、そして恐ろしくも愛しく映りますとも」

 

「……」

 

「いえ、心を読んでいるわけではありません。ですが修練を重ねれば波動を通して感情や考えの揺れというものは見えてきます……これをルカリオ達は自然と、息をする様に行え、視力と共に感じられると思うと嫉妬してしまいますね」

 

「はぁ、増々隠し事が出来なくなってきたなぁ……まぁ、基本的に嘘をつく必要のない人生を送っているし、問題はないんだけどな!」

 

 ナタクが小さな笑い声を零して再び鍛錬に戻ると、テントの方が段々とだが騒がしくなってくるのを感じる。振り返れば大きな塊になる様に体を丸めていたメルト(ヌメルゴン)が欠伸を漏らしながら体を大きく伸ばす姿が見え、朝に圧倒的に弱いスティング、ミクマリ、そしてカノンのトリオが顔を洗いに近くの泉へと向かってゾンビの様にのろのろゆらゆらと体を揺らしながら並んで行く姿が見える。砂浜の方へと視線を向ければ海岸に半身を打ち上げたモビー・ディックがしおふきで朝の挨拶を交わしてから朝食の為に海へと潜り、ピカネキがサーフボードに乗ったなみのりピカチュウ―――否、なみのりゴリチュウ状態で通りすがりのペリッパーを生で食べようと捕獲作業中だった。

 

 もうピカネキの事は忘れよう。アレはきっとポケモンじゃない。

 

 そんな事を考えつつ朝食を待つためにテントの方へと戻ろうとすると、足元からポケモンの鳴き声が聞こえてくる。下へと視線を向ければ、黄色いポケモンの姿と、そして黒いポケモンの姿が見えて来る。一匹目は小さなバチュル―――ダビデの姿だ。足に跳び移ると、そのまま定位置を求める様に一気に体を駆けあがって肩の上へと移動し、満足げな鳴き声を零す。そして二匹目、足に身を摺り寄せているのは―――黒いロコンだ。

 

「おはよう黒尾。良く眠れたか?」

 

「こぉーん」

 

「そうか」

 

 再育成に伴い、レベルをリセットするだけではなく、特性等をアップデートするためにも一回黒尾には退化してもらい、ロコンへと戻ってもらった。懐かしいロコンの姿は遥か昔を思い出させる。このころはまだ人の姿をしていないし、すごく弱くて、そして言葉を理解するにも一々辞書を取り出して調べる必要があった。今ではそんなものがなくても、大体解ってしまう。本当に、長い付き合いだと思う。

 

 黒尾を抱き上げ、朝食の準備を進めている氷花の方へと向かう。簡易的な竈がそこには設置されており、小さな台所で人間用の朝食、そしてポケモン用の朝食を分けて用意している。人数的に量はかなり多いはずなのだが、浮遊霊を呼び起こし、それをお手伝い代わりに使役して、一人で数人分の活躍をしているのが見える。

 

「あ……おはようございます。朝食の方でしたらもう暫しお時間を。……つまみ食いは駄目ですよ? ダビデもそこはしっかり見張り、食べそうだったら軽めに忠告する様に」

 

「ちゅらちゅら」

 

 その場合は容赦なく10万ボルトを叩き込んできそうだなぁ、と思い、軽い笑い声を零しながら、急に慌ただしくなったテントの方へと視線を向ける。テントの中から飛び出すように寝間着姿のナチュラルの姿が出現し、此方へと視線を向けて来る。

 

「アレ、どうにかならない!?」

 

 ナチュラルが指先をテントの中へと突きつける。その先へと視線を向ければテントの中にいつの間にか本格的なドラムのセットを構えたツクヨミ、そして演奏を始める気満々のロトムウマの姿が見えた。アレに起こされたのか、と思うと軽くナチュラルに同情したくなる。朝食の前に我がパーティーの問題児たちに軽く説教を入れなきゃならない。その行動を実行に移す前に、軽く空を見上げる。

 

 本日も晴天―――美しい青空がどこまでも広がっているのが見える。

 

 いつも通りの騒がしい朝、いつも通りの馬鹿騒ぎ。

 

 こうやってまた、一日が始まる。

 

 

 

 

 キャンプ地から更に北へと向かって進んでいくと、やがて森、草むらの姿はなくなっていく。ここまで来るともはや水路を通る必要はなく、モビー・ディックをボールの中に戻して徒歩で再び移動し始める。そうすると、足元は段々と荒地へと変わっていく。荒地、とは表現するが大地は生きている―――と言うよりは命であふれている。まるで磨かれた大理石の様に白く、美しい大地、だがそこに芸術の様に刻まれているのは()()()()()だ。

 

 ここは流星の滝の最外周部―――かつて、大昔に隕石が降り注いだと言われる場所。

 

 ここを歩くナチュラルがどこかくすぐったそう、痒そうにしている姿は良く理解できる。隕石から得られるパワーは地上で受けられるエネルギーとはまた質が異なっているのだ。この流星の滝はかつての隕石の出来事により、ホウエン一、いや、この世界で一番宇宙のパワーを集めている場所だと言っても良い。その為、隕石のエネルギーが大地に染み込んでいると表現しても良い場所になっている。

 

 長い時を超えてその力も弱まっている。しかし外付けで能力を補っている己であっても感じられるほどに、この場所にある宇宙の力は強い。

 

「……こういう場所で育成すると普段とは違う進化や変化が発生するんだよな……っと」

 

 歩く先にクレーターがあった。それを避ける様に歩きながら、ナチュラルにそう告げる。それを聞いたナチュラルがあぁ、そうか、と声を零す。

 

「ホロンフィールド、だったかな」

 

「お、ちゃんと覚えててくれたか。そうそう、ホロンフィールドだ。ポケモンってのははかいこうせんぶっ放して生きているのに、なぜか微弱な電磁波を受けると妙な変化をおこしたりする、面白い生き物だ。ホロンフィールドはその中でもかなりおもしろい変化をポケモンにもたらし、ホロン地方全域に発生しているホロンフィールドと呼ばれる磁場、環境はポケモンを全く異なる方向へと進化させる。そしてその因子を保有するポケモンをデルタ種と呼ぶ。ここが発祥の地だからか、デルタ化できるポケモンはこのホロン地方の特性を、デルタ因子を保有しているわけなんだが―――」

 

「大丈夫、ついていけてるよ」

 

 割とマニアックというか研究者向けの話なのだが、やはりナチュラルは全体的に賢い青年だ。完全に一回で覚えているのだろう。話を続ける。

 

「とりわけ、ポケモンの進化って現象は環境や状況に対する適応という行為だって言われている。ポケモンがレベルアップを通して新たな姿へと進化するのは戦闘に適した姿へと己の姿を進化させるため―――それは本来世代を重ねて得る筈だった行動だけど、どうにもポケモンはそのセオリーを無視して世代を飛び越えて姿を変えられる訳だ。だけどそのむちゃくちゃさが不安定だって言われている」

 

「進化というプロセスは不安定、それ故に別の因子によって影響を受け、様々な変化を見せる……という事だね」

 

 正解だ、と言葉をナチュラルに向けつつ、野生のズバットの群れの出現を正面に見る。手を軽く前へと向かって振るえば、後ろの方でなぜかブリッジしながら移動を続けていたピカネキがそのまま、ブリッジの体勢のまま超高速で大地を這うようにズバットの群れへと向かってでんこうせっかを使いだす。それを見て一瞬で発狂したズバットがちょうおんぱを乱射し、群れ内でちょうおんぱが鳴り響いた結果、ピカネキとズバットの群れによるバトルロイヤルが開幕した。

 

 絵面があまりにも容赦なさすぎる。欠片も慈悲がない。なんなんだこれは。

 

「あぁ、だからこういう場所でポケモンを育成すると普段とは違った進化や特性を得たりするんだよな」

 

「あのさ、オニキス君、今さ。凄い育成キチガイの顔をしているよ」

 

 知ってる。物凄く良く知ってる。自覚している。でもこういう場所で育成することが出来れば、多分楽しくなるんだろうとは思っている。それに流星の滝と言えばある種の聖地でもあるのだ。やはりここで黒尾とロトムウマのコンビを育成したい。両方とも具体的なプランはあるのだが、この土地の後押しさえあればもっと愉快になると思うのだが―――まぁ、時間は有限なのだ。

 

 非常に残念ながら。

 

「しっかしズバットが出て来るって事は大分流星の滝に近づいたな。ポケモンの生息地が変わってきてるか……ちょっとだけ警戒上げていくか」

 

 上へと視線を向ければ、上空で警戒を続けるように黒い点が―――遠くを見渡せるようにスティングが飛行し、索敵を続けている。荒地、いわば、山肌となってくると、水路を進んでいた時よりも隠れられる場所は多くなってくる。一応カナズミでの襲撃を警戒しての事だが……まぁ、やらないよりは遥かにマシだろう。

 

 そんな事を考えている間にピカネキとズバットの乱闘が終了していた。満足そうな表情でその場で勝利のブレイクダンスを踊るピカネキをポケモンマルチナビで撮影し、それを一斉にジョウトの知り合いとダイゴへとテロメールとして送っておく。

 

「やべっ、シルフ社長に送っちまった……心臓ショックで死ななきゃいいんだけどなぁ……」

 

「僕、ブレイクダンスで人を殺すトモダチとか見たくも知りたくもないんだけど」

 

 だがピカネキにはまだまだ可能性を感じるのだ。この先もきっと芸の幅を広げながら活躍してくれるだろう―――主にテロ方面で。今、猛烈にくだらない事をしていると自覚しつつ視線を先へと向ける。美しい、芸術の様な大地を台無しにするように点在するクレーター、その遠い先に山肌が見える。

 

 まだ、この段階では流星の滝へと入れる洞窟の入り口は見えない。流星の民も洞窟を通って、そのさなかにある山の中の空間に暮らしているという話だ。……画像とかはないためイメージ的には洞穴式住居なのだが、連中はいったいどうやって生活をしているのだろうか。そこらへん、気にならなくもない。

 

「っと、今度はゴルバットか」

 

 ズバット達の怨念を背負ったゴルバットの集団がやってくる。完全にピカネキにのみその視線を向け、リベンジの様子である。高度的に見えないスティングを呼び戻そうかどうかを一瞬だけ考えたが、ピカネキが割とやる気満々で中指をゴルバットへと向けているので、このまま続行させるか、と判断する。

 

 近くにある岩を握り潰し、次は貴様だとアピールしているからきっと大丈夫だろ。

 

「さて、流星の滝に到着できるのは今夜ぐらいになるか? ピカネキとロトムウマのレベリングを考えて適度に入れ替えながら進みますか」

 

 レベル自体は手持ちのポケモンとスパーリングさせればどうにかなる。だが問答無用、ルール無視の野生の環境で積むことのできる実戦経験だけはスパーリング等ではどうしようもない。ここで鍛えられる野生の勘、或いはセンスとも言えるものは生来の物であり、育成で伸ばすのは難しい領域だ。故にどうにも、野生のバトルは大事だ。

 

「さて……流星の民、どうなってるか……」

 

 期待半分、恐怖半分。先の事を考えると少しだけ鬱になりそうだが、それをこらえながらも先へ、バトルを続けながら流星の滝へと向かう。




 読者も作者も忘れそうだったのに手持ちフルメンバーを出して冒険中、日常の朝。夜、襲われるかもしれないから夜番は必要だし、アサメシは美味しいものが食べたいから朝食を作るやつだっている。朝は苦手って奴がいれば、ペリッパーハントするバケモンもいる。

 そう、バケモンもいる……。バケモン……? まぁ、次回流星の滝という事で。


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流星の滝

 歩くこと更に半日―――漸く流星の滝と呼ばれる岩山、洞窟内部へと通じる入口を見つける。普通の洞窟は秘伝技のフラッシュがないと非常に見通しの悪いところとなっているのだが、ここ、流星の滝は違う。隕石の降り注いだ影響で地質そのものが変化してしまったのか、流星の滝の内部は常に昼間の様に明るく、洞穴内部を流れる水流のおかげもあって常に新鮮な空気が流し込まれ、環境としては非常に良い場所として出来上がっている。

 

 戦闘用に出しておくポケモンは入れ替えておく。スティングとピカネキを戻し、その代わりに再びロトムウマのコンビを外へと出す。警戒用にまだ出そうかと悩んだが、流星の滝の内部は洞窟―――ダンジョンとも言える構造になっている。複数のポケモンを同時に出して走り回るには少々心もとない空間になっている。

 

 故にここで一人が同時に出せるポケモンは一体が上限だろう。

 

「っつーわけで、ほろびのうたは禁止な。反響してここが地獄になる」

 

「!?」

 

 ギュィィン、と抗議の音を鳴り響かせるロトムウマを黙らせつつ、中に入る。やはりロトムウマのレベルが低いせいか、野生のポケモン達の視線がこちらに向けられているのが感じられる。まぁ、別に経験を積む為に戦っても問題はないのだが―――ロトムウマは性格的に調子に乗りやすい。あまり勢いづけると爆音で演奏を始めるかもしれない。そこらへん、要しつけというところだろうか。

 

「で、ここからはどう進むんだい?」

 

「あぁ、流星の滝の奥に流星の民の集落が存在するらしいからな。そっちへとこっちからお邪魔させてもらうさ。特にアポとかとってないから完全に突撃だな。まぁ、地図はポケナビに入れてきてるからそこら辺は問題ないわ」

 

「じゃ、安心して歩けるね」

 

 ポケナビにマップを表示させながら返答する。どうやらこの道は頻繁に使われているらしく、足元は踏み均した形跡が存在している。おそらくは流星の民が外に出るのに使っているからだろう。人が使った痕跡をたどっていけば、多分集落に到着するだろう。そんな事をするまでもなく、地図があるのでそれを見て進めばいいのだが。

 

「ま、とりあえず前に進もうか。夜になる前には到着したいところだしな」

 

「ふぅー、君って結構体力あるよね」

 

 ナチュラルの言葉に笑い声を返しながら奥へ、集落へと向かって歩き出す。奥には梯子が見える―――つまりは人の手が入っているという事だ。奥へと進み、集落へと近づけばもっと楽になるんじゃないかな、とこの先の道を軽く予想しながら、黙々と旅を続ける。

 

 

 

 

 流星の民の集落へと向かう道は途中からやや整備されたものになってくる。と言っても明確に道路があるわけではなく、踏み均された足元が道として機能している、というレベルの話だった。そしてその道が流星の民の縄張りだという事を主張しているのか、野生のポケモンが襲い掛かってくる回数は極端に減っていた。その為、流星の滝を抜ける道のりはそれなりに快適で、スムーズに進んだ。自分としては順調に進んでいたが、

 

 比較的に平地等の方に慣れていたナチュラルとしては結構苦しかったようで、奥へと進めば進むほどその足が重くなってゆくのが見えた。どこかで休憩を入れるべきなのかもしれない。そう思いながらもナチュラルは足を止める事も文句を言う事もなく、それこそ歩くのを楽しむように進んでいたため、此方からは干渉する事無く流星の民の集落を目指した。

 

 梯子を上り、外へと出て、そして山肌を歩んで行くこと暫し、

 

 ―――山肌にテーブル状に広がる空間と、テントなどで形成された集落を発見する。切り立った崖の上から眺める様に流星の民の集落を眺め、それから既に夜になってしまった空を見上げる。結局また一日移動だけで潰してしまった。そう思いながらも振り返り、ナチュラルに発破をかけて前へと進む。それでも集落へとたどり着くには見えてから更に一時間が必要とされた。

 

 漸く集落の入り口へと到着するとナチュラルはさすがに疲れたのか、すぐ近くにあった岩を椅子代わりに座り込んでしまった。その姿を見て苦笑しつつ、視線を集落の方へと向ける。流星の民の集落は本当に集落と呼べるもの―――民族が昔の生活をそのまま維持しているような、そんな外観の場所だった。大きなテントを中心とした住居を建てているが、その奥にチラホラと文明の利器が見える。完全に質素な生活を送っているわけではないようだ。

 

「ま、とりあえず偉そうな人を探すか。そっから話をつなげればいいし」

 

「僕は少し疲れたからここで休んでるよ……」

 

「じゃあ介護にピカネキをつけとくな」

 

「休みにならないっ!」

 

 ナチュラルの悲鳴を無視してピカネキを繰り出し、ロトムウマをボールの中へと戻す。ナチュラルが慈悲を求め始めるが、やはりこれを無視して集落の中へと踏み込む。そこには事前に資料で見た通りの、軽装の民族衣装姿の人間がチラホラと見える。そしてこちらが向こうへと視線を向ける様に、向こうからも視線が返ってくる。ここまで来るのに結構な道を歩き、入り込んでいるところもあった―――正直、ここに目的がなければ来る人はいないだろう。

 

「おろ、行商人のあんちゃんじゃねぇな。あんちゃん、俺らの集落へようこそ」

 

 此方から声をかけようかと思ったが、先に流星の民の子供に話しかけられた。

 

「ん? 何? お兄さん? やっぱり若く見えちゃう? もう三十路前なのにお兄さんってテレちゃうなぁ……やっぱ若々しさは隠せないものか!」

 

「お、オレそこまで言ってない……」

 

「心の中で思ったのならそれは発言したことも一緒だよ」

 

「五秒で理解したわ、こいつやべぇ奴だ。母ちゃん! キチガイだよ! キチガイがいるよ!!」

 

「五秒で人をキチガイって断定して広めるお前の方に才能を感じるよ。まぁ、しゃべる事の出来る相手が来るならそれでいいんだけどさぁ……」

 

『どうどう』

 

 ボールの中の手持ちに窘められつつ、少し待っていると少年が母親らしき人物を引っ張ってくる。その表情は最初、困惑していたものだが、此方の顔を確認すると、少し驚いたような表情を浮かべる。

 

「貴方は……セキエイチャンピオンの」

 

 少し驚いた。ジョウトから離れたこの地、しかもこんな辺境でチャンピオンとして名が通っているとは思いもしなかったからだ。

 

「ん……俺を知っているのか」

 

 えぇ、と母親らしき女性は頷いた。

 

「僅かながらルネの一族だけではなく、フスベの竜の一族とは交流がありますから……ワタル様からキチガイ染みたフライゴンを使うキチガイ染みた新チャンピオンが登場したと数年前に笑いながら」

 

「親子そろって人の事キチガイキチガイ言うのやめない? チャンピオンだって一応は人間なんですよ?」

 

「また御冗談を」

 

「しまいにゃあキレっぞ。おい」

 

 再びボールの中の仲間から落ち着け、との言葉が戻ってくる。唯一、ツクヨミだけが大爆笑しているからアイツはあとでおしおきだよなぁ、そう思いつつも軽く咳払いをし、頭の中をリセットする。とりあえず、と言葉を置く。

 

「―――一番偉い人物と話がしたい。長老か或いはそれに類する人物はいないのか?」

 

「今はちょうど暇―――というか死ぬまで暇ですし長老のテントまでご案内しますね」

 

「お、おう」

 

 流星の民、全体的にエキセントリックな何かを感じられる。なんというか、言葉にしづらいなにかを感じるのだ。なにかを。さすが滝の中でひっそりと暮らしている民族である、秘境で暮らしているとキャラまでおかしくなるのだろうか。ここでならピカネキを野生に解き放っても自然に馴染んでいそうな気がする。

 

 振り返り、ナチュラルとピカネキの方へと向ける。

 

 流星の民の子供たちがピカネキに集まり、ダブリラリアットで広げた両腕の上に数人乗せ、ゴリチュー・ゴー・ラウンドとして子供の遊び場と化していた。そこに乗る子供たちは楽しみながらも悲鳴を混じらせ、そして白目を剥いている様子から確実にブラックアウトしているのに、絶対に降りようとはしない。

 

 それを見て流星の民という存在に対して心底恐怖を感じ始めた。

 

 こいつらもしかしてかなり人間としてヤバイ連中なのでは。

 

 

 

 

「最近の子供はアグレッシブすぎて儂にゃあついていけん」

 

「あ、良かった。アレがスタンダードじゃないのか」

 

 集落の中でも一際大きいテントの中、その奥の床に敷かれたカーペットの上に座る老婆の姿がある。特徴的な民族衣装を何枚も重ねて着たような恰好をする老婆は口にパイプを咥えており、その片目はもう開くことが無い様に見え、閉じている。ただし開いている片目はこちらへとしっかりと向けられている。ともあれ、まずは圧縮して保存しておいた、ジョウトから持ってきた箱に入った土産を取り出す。

 

「あ、此方ジョウト、ウチの近くのモーモー牧場の牛乳です。新鮮な状態で保存しているので今でも絞りたての味の筈です。で、こっちは故郷のトキワの銘菓、トキワリーフパイです。個人的にその牛乳でミルクティーしながらパイを食べると非常に充実したおやつの時間になります」

 

「あ、これはこれはどうも御親切に、歳をとって動けなくなってくると食べるのと煙草以外には楽しみがなくてのぉ……」

 

 嬉しそうに土産を長老が受け取ると、それを近くで控えていた侍女らしき人物へと渡す。台所で茶を入れる姿を横目で確認しつつ、視線を長老の方へと戻す。長老が無言でパイプで対面側、カーペットの敷いてあるところを示すため、そこに座れ、という話なのだろう。遠慮なく座らせてもらおう。

 

 それで、と言葉が置かれる。

 

「儂ゃぁもう若くはない。腹の探り合いとかそういうのはもう疲れる歳でなぁ……それで面倒じゃない話ならいいんじゃが、セキエイリーグのチャンピオン様がこんな辺境へいったいどのような用事じゃろうかのぉ」

 

 長老の言葉に目をつぶり、数瞬の時を置いてから返答する。

 

「此方もあまり其方の手を煩わせるのは本意ではありませんから単刀直入に言います……ガリョウテンセイ―――」

 

 その名を言葉にした次の瞬間、殺気とも言えるものが一瞬で背後から突き刺さった。それに反応し、袖から短刀を、そしてボールの中からポケモンを放とうとした瞬間、カツン、と長老がパイプを床に叩き、響かせる音が聞こえる。それが殺気を止めた。それに応じる様に此方も、刃を手放し、手をボールから遠ざける。

 

 長老へと意識を戻せば、少し、驚いたような表情を浮かべている。

 

「ガリョウテンセイ……それを教えて頂きたい」

 

 その言葉に長老が声を零した。

 

「驚いたのぉ……天空の奥義ガリョウテンセイ。それは我が一族にのみ継承され、そして隠されてきた奥義の名前だ。ホウエンで、それもルネの一族やフスベの一族なら知っている可能性もあるもんだが……さすがにセキエイのチャンピオン様が知っているとなると驚くし、気になるのぉ」

 

 純粋に驚くような、そして思案するような表情を浮かべる長老に対して、言葉を叫ぶ存在がいた。

 

「駄目だ駄目だ! 駄目に決まっているだろう! よそ者にガリョウテンセイを教えるだと? ふざけるな!」

 

 そう声を荒げて言うのは先ほどの殺気の主の一人であった。後ろへと視線を向ければ頭にバンダナを巻いた男が三人見える。太った男、髭の濃い男、そして前髪で完全に目が隠れている男だった。長老の護衛なのか、鋭い視線と屈強な肉体を持っているのが良く見える。代表する様に髭の濃い男が駄目だ、と再び言葉を口にする。が、それを叱る様に長老が言葉を出す。

 

「これ、客人に対して失礼じゃぞ」

 

「長老、ガリョウテンセイは流星の民の使命として受け継がれてきたもの……竜神(レックウザ)様へと儂らが返すべきものだ。それに奥義はそれ単体でも危険なものだ。プライド抜きにしたって許せるものではない!」

 

「それを判断するのはお主じゃなかろう! それは儂、或いは伝承者だ!」

 

「長老!」

 

 主張してくるような言葉に、長老は溜息を吐き、視線を此方へと向けて来る。

 

「こうなってはまともに話す事も出来そうにないのぉ、儂ももうちょっと色々と話をしたかったのじゃが……まぁ、また後で来なされ。その時はもうちょっと込み入った話をしようかのぉ」

 

「……えぇ、解りました」

 

 ここで教えてくれると確約してくれない感じ、長老は完全にこちらの味方という訳でもなさそうだ。解っていた話だが交渉の方は少々難航しそうだ……だからと言って自然の中で暮らすこの人たちにはポケモン協会やリーグの威光は利きそうにない。或いはワタルがいれば話はまた別なのかもしれないが、

 

 現在ゴンさんを連れているあのドラゴンキチガイは一体どこにいるのだろうか。

 

 臨時の休息地を確保する為にも、軽い溜息を吐きながら長老のテントを出た。




 という訳で流星の滝、流星の民。実際奥義教えろよ! って言われてもすごい渋るよなぁ、という感じで。そしてピカネキに順応する流星の民のキッズ、将来が非常に恐ろしい。

 そろそろバトルですかなぁ、という所で


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流星の民

 集落の端のスペースを借り、そこにテントを設置する。こういう状況、手持ちの情報はなるべく隠しておきたい……チャンピオン防衛戦のDVDは普通に販売されているので、それを購入すれば普通にこちらの手の内はバレるのだが、こんな場所にそれがあるとは思えない。だから普通にポケモン達はボールの中で待機してもらい、自分一人でテントを設置する。ピカネキとナチュラルはこの光景を見ているはずなのだが、帰ってこないという事はまだ子供たちに遊ばれているのだろうと思う。

 

「だけど……知名度がないと思うと少しだけ寂しいな」

 

『そうなのですか?』

 

『……まぁ、その気持ち、解らなくはないな』

 

 氷花の言葉に苦笑を返すのはナイトだった。ナイトもAパーティーのポケモンだ。既に何度もテレビに映り、活躍している姿を見せているのだ。気持ちは解るだろう。別にちやほやされたいわけではない。だがジョウトではうるさい程にアナウンサーが突撃してくるし、パパラッチが偶にスクープを求めて張り込みをしてくる。街を歩けば誰もが知っている、その地方の顔だ。だけどそれがこちらではほとんどないのだ。あの騒がしさを感じないのは少々寂しい。

 

 まぁ、それはそれだ。もう夜だから夕飯の準備を始めないといけない。幸い、保存してある食料はそこそこあるし、いきなり台所を借りたり竈を出したり等の事で必要以上に注目を集めたくはない。このまま、ナチュラルが帰ってくるまでどうするかを考えておこう。

 

「とりあえず―――このままだとガリョウテンセイ、教えてもらえそうにねぇな」

 

『あら、そうなのかしら? あの長老というのは結構いい感触じゃなかったかしら?』

 

『阿呆。交渉の基本はギブ&テイクだろう。ガリョウテンセイを教えて貰う事だけではギブでしかない―――つまりあちらの取り分、向こう側の利益を提示しなきゃ駄目なんだよ。さっきのはそれが出来ていないからな……たぶん、通るなら向こうから条件の提示が来るだろ』

 

「ま、そんなところだろうな。ただ問題は、どうやって相手をやる気にさせるかって話と現在の伝承者(ヒガナ)がどうなってるかって話だ。ぶっちゃけた話、ガリョウテンセイそのものは割とどうでもいいってところはある。その時が来れば備えようと流星の民も動くだろうからな。だから問題は―――」

 

『動きを把握できない、という事ですか』

 

 そうだな、と呟く。テントの設置を進めながら周りへ気配を向け、そして手の動きは止めない。言葉にすれば実に簡単だがめんどくさい作業だ。それでも長年続けてきた事だけあって、この作業が手に良く馴染む。それでもなぜだろうか。家を購入し、牧場を用意し、そこで短いけど安定した生活を送った後、再び旅に出た時

 

 この作業が妙に懐かしく感じられたのだ。

 

 つい、小さな笑い声を零してしまう。

 

『こぉーん』

 

 ロコンの……黒尾の鳴き声がボールの中から聞こえた。

 

「そうだなぁ……」

 

 そうだな、きっとそうなのだ。騒がしく、バトルばかりでポケモン達と駆け抜けている日常も素晴らしく美しく、俺は好きだが―――あの静かな、ポケモン達が自由に生きているのを眺めている日々も好きなのだ。ジョウトの事を思い出すと、なぜだか妙にエヴァの事を思い出す。仮面夫婦、というか書類上の結婚だが、

 

 意外とあいつのことを愛しているのかもしれない。

 

 ……今度また電話するか。そう思いながらさて、と言葉を零して、懐かしさを拭う。今はそんな事に浸っている場合ではない。

 

『というか、そもそもガリョウテンセイは誰が覚える予定だったのかしら』

 

「ん? 誰にも覚えさせねぇよ。まぁ、しいて言うならカノンだけど……伝承者がガリョウテンセイをポケモンへと覚えさせることが出来るなら、きっとガリョウテンセイは”おしえワザ”の一種なんだろ。だったらあとは用意しておいた空っぽのわざマシンにガリョウテンセイのデータを取れば―――それでガリョウテンセイは確保完了だ」

 

『グラードンとカイオーガが暴れてもいつでも好きなタイミングでメガシンカさせられるし、隕石に対する武器も出来るという事か。一番の問題はマッハの速度で飛行するレックウザをどうやって空の柱まで呼び寄せるか、だな』

 

「そこら辺は是非とも流星の民と協調したいんだよな。ぶっちゃけ空の柱に確実にレックウザを呼ぶことが出来る伝承者の力ってのには興味があるし、一番楽な方法なんだわ。だからこそ強硬策に出たくはないし、印象を悪くするような手段はとりたくないんだよな。だけどそうなると相手の欲しいものを提供する必要が出て来るから―――」

 

『ふふ―――男と女の関係の様にめんどくさそうね! あ、待って、そこまでめんどくさくないわね。あえて言うなら炎上した芸能人のブログに出て来る粘着くんぐらいのめんどくささね』

 

『比べ難いわッ!』

 

 どちらにしろ面倒事である事実に変わりはない。そうだな、と声を零す。

 

「―――ここでちょいと状況と流れを纏めようか」

 

 ポケモンマルチナビを取り出し、インストールしておいた情報整理用のアプリを起動、そこに情報を入力しながらモンスターボールと共有を開始する。こういう事が簡単にできる様になったのだから、世の中本当に便利になった。ともあれ、

 

「簡単にまとめるとこうだ―――」

 

大目標:ホウエン地方の崩壊阻止

小目標1:伝説種グラードンと伝説種カイオーガの鎮静化

小目標2:隕石の阻止

 

 こうやって出すと目標が解りやすく、明確になる。これを表示した上で、情報を追加して行く。

 

大目標:ホウエン地方の崩壊阻止

 内約:伝説大戦による破壊と隕石の落下を阻止

小目標1:伝説種グラードンと伝説種カイオーガの鎮静化

 内約:復活の阻止、もしくは復活後に撃破する

 注意点:グラードンとカイオーガの復活阻止は不可能に近い

小目標2:隕石の阻止

 内約:宇宙から落下してくる隕石を到達前に破壊する

 注意点:レックウザの協力が必要不可欠である為、流星の民の手が欲しい

 

 ここから更に細かくして行く。持っている情報を整理し、解りやすく、そして考えやすいように並べて行く。そうやって整理しながら思い出すのはもう十年以上も前に遊んだゲームソフトの内容だ。ポケットモンスタールビー、サファイア、そしてエメラルド。その詳細な内容はもはや思い出せはしない。だけども、それでも主要事件の内容は覚えている。グラードンとカイオーガの衝突は……確かエメラルドではレックウザの仲裁によって終わった、そんなだったはずだ。

 

 バージョンなんて概念がない世界となってくるとそこらへん、少々怪しいものとなってくるのだが、それでもレックウザが二体を再び眠らせるだけの力を持つというのは伝説でもなんでもなく、実際の事実とデータとして知っている。特にそう、デルタストリームだ。アレがあれば一気にグラードンとカイオーガの引き起こす異常気象だって封じ込めることが出来る。エアロックよりもはるかに凶悪な気流の操作能力。

 

 それこそ真空空間で気流を生み出し、活動を許す程のすさまじい能力。

 

 アレが、隕石を砕く為と、二体の伝説を止める為に必要なのだ。

 

 きっと自分の考えが正しければ今、このホウエンには破壊されたシナリオの皺寄せがきている。そのせいで自分でも知らない事ばかりが発生し、この大地を蹂躙している。今までは盛大にプロットをぶっ壊すように進行してきたが、

 

 なぜだかそれが妙に、ここへ来てからは成功しない、実行に移せない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()かのような―――。

 

「誰か近づいてるよーん」

 

 ビクリ、と肩を震わせながら視線を横へと向ければ、空間の亀裂がゆっくりと溶ける様に消えて行くのが見えた。相変わらず突飛な行動にでるツクヨミに頭を痛めつつも、ポケモンマルチナビを素早く消し、それをポケットの中へと押し込む。そこで振り返ればちょうど到着したらしい人の姿が見えた。

 

「え、っと……お邪魔でした?」

 

「いんや、ちょっとメールチェックしてただけだから気にしないでくれ。えーと……」

 

 正面、立っているのは女だ。長い白髪を持ち、ゆったりとしたローブ型の民族衣装で体を覆っている。そのすその部分が若干ボロボロなのはなんとも”らしい”格好となっており、どこかはかなく、おとなしい雰囲気が彼女にはあった。その両手にはバスケットが握られており、

 

「長老様の方から今から夕食の準備をするのは大変でしょうから、との事です。お届けに来たのですけど……大丈夫でしょうか?」

 

「あ、いや、すごく助かるわ。本当に。ありがたくこれは貰うよ」

 

 女からバスケットを受け取る。その蓋をあけて中を確認すれば、中には焼きたての薄く延ばした生地の様な、パンの様な食べ物に、ジャグの中にカレーの様なソースが見える。

 

「あ、体を温める為に香辛料が多めに入っているので気を付けてください。そっちのパンの方をちぎって、ソースを掴むように食べるんです。今日は滝の方で新鮮な魚が釣れたので具はそれです。お口に合うかは解りませんが……」

 

「あぁ、いやいや。こうして食べ物を貰えるだけでもありがたいよ。生贄(ナチュラル)と一緒に味わって食べるから」

 

「そう言ってくださると助かります」

 

 そう言って彼女は微笑むと軽く頭を下げ、去ろうとする。が、その前に足を一度止め、そして言葉を口にしようとして言い淀むのが見える。かける言葉が特にないのでそのまま待っていると、話した方がいいと判断したのか、言葉が来る。

 

「その……あまり、あの人たちを悪く思わないでください。私達は生まれた時から使命に生きてきましたから。少々余所者には排他的になってしまうんです。普段は子供たちと遊んであげたり、ポケモンバトルを教えていたりいい人達なんですが……」

 

 その言葉に小さく笑う。大丈夫だ、と言葉を置く。

 

「その気持ちは別に解らなくもないなぁ……俺も他人に任せたくはない事の二、三はあるしね」

 

「そう、でしたか。安心しました。それではおやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 笑顔を浮かべ、彼女は背を向けて去って行く。こんな辺境でもやっぱり美人とはいるもんだなぁ、なんてことを思っていると、一瞬だけ、視界にノイズが走る。その瞬間だけ、まるで世界が反転した様な色を見せ、そして次の瞬間には去って行く彼女の体に亀裂が入り、肉が割けるのが見えた。

 

 だが一瞬。一瞬の出来事。

 

 その一瞬が終われば世界は元通りになっていた。

 

「……」

 

 まぁ、疲れてはいるな、と軽く自分の調子を確認した所で奥の方からナチュラルとピカネキがやってくるのが見える。メシがあるぞ、ともらったバスケットを軽く持ち上げると、ピカネキがナチュラルの頭を鷲掴みし、ホップ・ステップ・ジャンプで一気に接近し、大地をスライドする様に近づいてくる。相変わらず犠牲になってしまっているナチュラルには心の中で合掌しつつ、軽く笑い声を零す。

 

「さ、メシにして今夜はさっさと寝ようか。予想が正しけりゃあ数日は動きがなさそうだから―――おい、Nくん今お前、流れ作業で俺の記憶を読もうとしたな」

 

「いや、妙に幸せそうだからその記憶を奪おうかなって」

 

「いい感じに図太くなってきたな、アシの分際でお前」

 

「あえて言わせてもらうとアシスタントも助手も生贄にも立候補したつもりは一切ないからね? 僕の処遇に関しては、半ば拉致で連れまわしているという事実を思い出してもらおうか!!」

 

「船代と飯代と宿代と生活費にお小遣いだって出してやってるだろ!! いったい何が不満なんだよ! この間カナズミで一番おいしいって評判のレストランにも連れてってやっただろ!!」

 

「ありがとう! あそこ凄い美味しかったよ! でも誰もここまでやれって言ってないよね! 僕だってキレる時はキレるぞ!」

 

「キレる! そう思った時に既に手は出てる!!」

 

「か、会話中の不意打ちは、あっ、あっ……ピカネキは卑怯だっ―――!」

 

 げらげらと笑い声を夜空と集落に響かせ―――流星の滝、そこに住まう流星の民の集落に世話になる。未来の事は未だ解らないし、そもそも最初から正しいのかどうかも理解はできていない。しかし今みたいにこの先も馬鹿笑いが出来るのなら―――それはそれでいいのではないのだろうか。

 

 ナチュラルも半分キレながらだが、普通に怒鳴って、普通に笑うようになった。

 

 それはきっと、平和だけどひたすらフラットだったあの頃よりは遥かにいいだろうと思う―――。




 ナチュラルくんも結構リアクションが激しくなってきたなぁ、というお話。でも完全にサイコパスってた昔よりは今の方が遥かに楽しそうなんじゃないかと。まぁ、犠牲ェ……しているのは間違いないのだが。

 で、バトルは何時なんじゃ……。


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流星の集落

 朝が来る。

 

 今朝は手持ちをモンスターボールの中に入れている為、いつもの騒がしさがない。とはいえ、何時までもボールの中に入れっぱなしにしているとストレスが溜まる。そこらへんの管理もトレーナーとしての、率いる者としての管轄の範囲だ。どこかで適当なところで息抜きをさせられればいいのだが、と思いつつ起き上がり、集落の外に流れる川で顔を洗い、歯を磨き、そして朝のルーティーンに入ろうとする。

 

 朝食を用意し、それを食べ、長老からの呼び声が無い為、おそらくは話が難航しているのであろうという事を予想しつつ、あいた時間は流星の滝へと出向いてポケモンの育成に入る。最近、常々思う事が自分にはあった―――それを確かめ、そして実行に移すためにもポケモンの育成は必須だった。故にまだ話が決まらないならそれはそれで良かった。ナチュラルを連れて流星の滝、それも宇宙のエネルギーが近い所を探して歩きまわり、場所を見つけたらそこを拠点にしてポケモンの育成に入る。

 

 単純なランニングからスパーリング、特殊な訓練に瞑想も入れる。人間がやるようなトレーニングをポケモンのスペックに合わせて行い、自分が参加できるものは自分も参加する。ポケモンだけじゃなく、トレーナー自身も身体能力を必要とする環境が出来上がりつつある。それはポケモン協会からのレギュレーション変更等を見れば明白だった。

 

 ここまで連続で発生していたレギュレーション、ポケモンの能力の制限、これはすべて新しい形のバトルに対する()()だと思っている。今まではポケモンがバトルのほぼすべての要素を受け持つものだった。だがこれからのポケモンバトルは変わってくるというのが総意だった。ポケモンがメインの舞台から、トレーナーも最大レベルで重要になってくる、そういう環境を作り上げて行く風に。

 

 今までは強いポケモンをそろえ、火力をインフレさせそれでゴリ押しすれば、多少指示が雑でもどうにかなる、それが全国レベルでの基本だった。だがこれからそのままだとポケモンバトルに成長が見込めない、何よりトレーナーが地味すぎる。故にポケモンの能力を制限し、ポケモンだけで果たしていた役割をトレーナーにも負担させる。そうする事で競技の幅を広げようとしているのが現状だ。

 

 故に自分の体も鍛えなくてはならない。もう既におじさんと呼べるような年齢に入りつつあるが、それでも契約の恩寵で今も肉体は若々しさを保っている。その為、まだまだ体は酷使すれば鍛えることが出来る。

 

 ポケモンのレベルが限界を超えて、その法則が全国に広がったように、

 

 修練に終わりはない―――鍛えれば鍛えるほど人もポケモンも強くなれる。

 

 ポケモンの行うトレーニングにトレーナーが参加すればポケモンとの連帯感も生まれ、息も合わせやすくなってくる。これからのバトルはトレーナーも積極的に動き回る事を考えれば必須とも言える事だし、今まで以上に自分の体を使う事を意識し、ポケモン達と地味な、努力を重ねる様なトレーニングを続ける。

 

 そこにはナチュラルが参加する姿も見える。

 

 最初、連れ出した直後のナチュラルは人間を嫌い、トレーニングを完全に無視し、参加するような姿は見せなかった。だけど言葉で語り合うだけがすべてじゃない。それを最近では理解しているのか、辛い辛いと言葉を吐きながらもしっかりとトレーニングに参加する姿が見えている。元々超人としての素質は誰よりも持っている。その成長は凄まじく、適切な運動を与えてあげれば直ぐに足腰に肉が付いて行くのが見える。

 

 黒尾の新しいスタイルのコンバートを進めつつ、ロトムウマの進化の方向性をしっかりと調べながら育成を施して行く。ロトムウマはサザラの装備法とは違い、所謂ヤドランタイプのポケモンに近かった。サザラは天賦の才でポケモンを従え、そして操っている。だがロトムウマの方は一体化、ヤドンの尻尾にシェルダーが噛みついて一体化するという現象に近い。おそらく進化させればロトムとムウマの意識は統合されるのではないだろうか。

 

 そんな事を調べつつ、

 

 流星の滝へと、流星の民へと接触してから四日が経過する。

 

 

 

 

 四日目の午後、漸く長老の呼び出しがかかる。一部のポケモンのコンバートも終わらせていたので、丁度いいと言えばちょうどいいタイミングでもあった。いつも通りの少しだけ洒落ているロングコートとボルサリーノ帽姿で長老のテントの中へと入れば、何時もごはんを持ってきてくれる女の姿が控える様に長老の傍に、そしてそのすぐ横に三人の流星の民の男達の姿が見える。

 

「……うーん、あんまりいい機嫌じゃないみたいだね、彼らは」

 

 ナチュラルがこちらにのみ聞こえる声で呟いてくる。実際、此方を見る男達の視線にはどこか険悪な感情が見て取れる。それは純粋に認めない、という感情なのだろう。流星の長老と軽く挨拶をかわしながら、ナチュラルと並ぶようにその相対側へと座り、視線を長老の方へと向ける。

 

「いやぁ、時間がかかってしまって悪いねぇ……儂ももう少し早く結論を出してあげたかったんじゃが」

 

「それでこうやって呼び出されたという事は話が纏まった、という事なんでしょうか」

 

 そうじゃのぉ、と声を零しながら長老はパイプを口に咥え、たっぷりと吸い込んでから煙を吐き出す。そこでもう一度そうじゃのぉ、と言葉が置かれる。

 

「簡単に言ってしまえば()()()()()()()()()んじゃ」

 

 その言葉に男達が当たり前だ、と言葉を吐きながら頷く。

 

「他所の者がいきなり”縁なんて一切ないが家宝が欲しい、譲ってくれないか?”と言われてそれを許可する愚か者がどこにいる。しかもこれは代々我々の一族にて継承され、そして返却すべき至宝だ―――ほかの地方のチャンピオンだと名乗ってはいるが、それすら信じていいか怪しい。貴様にくれてやるようなものではない。我が一族でその時が来るまで守り続けるのが最善だ」

 

「何より儂らはガリョウテンセイを竜神様へと返却するために存続してきた。そしてそのために常にドラゴンポケモンと心を通わし、慢心もする事無く修練に励んできた。ここ数日でお前の動きを見てきた。修練を欠かさないその心得は見事なものだ。ポケモンも良く鍛えられている。それだけは認めてもいい。だがそれとこれとは話が別だ。責任と責務の問題だ。余所者の出て来る話ではない」

 

「……と、言う事じゃ。儂も別に手放しでガリョウテンセイを教えようという訳ではない。伝承者の目から見てどんな人物か判断し、信じられるかどうかを試し、その上で儂らの利益を提示できるかどうかで話を決めようかと思っておったのじゃが……存外儂よりも若い連中の方が意固地になって動かんからどうしようもない」

 

 そういう訳で、と長老が言葉を置き、間を一拍挟む。

 

「―――こうやって儂らの処へと来たからにはガリョウテンセイを引き出すだけの交渉材料を用意しておるんじゃろう? ここ数日、ここにいる間に焦らず時間を過ごすのは見えておる。その余裕、儂にゃあ少々気になる」

 

 やはり、と言うべきかこの数日はどうやら監視されていたらしい。となるとあの美人が何度も料理を運んで来たりしていたのは監視の為だったのだろうか。そうなるとハニートラップを思い出して少々悲しくなってくる。勘弁してほしい、男二人旅―――それも子供と一緒だとそういう機会がないから地味に辛いのに。まぁ、それはともあれ、ここからは純粋な交渉だ。提示できる手札を切るべきだろう。

 

 軽く息をのみ、さて、と言葉を置く。

 

「うーん、流星の民の和をもしかして乱しちゃいましたかね? いやぁ、そんなつもりは一切なかったんですけどね……」

 

「……白々しい」

 

 小声で呟くナチュラルの脇腹に軽く肘を叩き込んでおく。ナチュラルが土下座の態勢で悶絶している間に、話を進める―――まぁ、いきなりガリョウテンセイが欲しい、と言えばこうなるのは()()()()()()なのだが―――。

 

「それに俺だって決して悪意でガリョウテンセイが欲しい、なんてことを言っているわけじゃないんですよ? 空の奥義、ガリョウテンセイ。デルタストリームを使って気流を()()()()()した大空の複数の層を再現した攻撃―――そりゃあどんな隕石だって耐えられる訳がない。レックウザのスペックで再現すればおそらくあらゆる生物をその耐久力を無視して粉砕することが出来る。その一撃で殺せなくてもガリョウテンセイの後に残るのは超重濃度の酸素―――つまりは毒。どんな生物だってそりゃあ死ぬ」

 

 昔、ガリョウテンセイを再現しようとしたことがある。だがアレが専用技である所以はデルタストリームを必要とする点にある。デルタストリームで気流を生成し、それがガリョウテンセイを生み出すのだ。だからこそガリョウテンセイは奥義、レックウザしか使えないものとなっている。おいかぜの応用でデルタストリームの再現とガリョウテンセイの作成を一度だけ行ったことがあるが、

 

 結局、不完全で全く駄目だった。

 

「貴様……なぜそこまで知っている!!」

 

「―――それが必要になる事態が将来的に発生する」

 

「っ!?」

 

 怒号を掻き消すように素早く情報を与え、思考を一瞬だけ停止させる。そこから毒を流れ込ませる様にゆっくり、しかしハッキリと通る、解りやすい声色で言葉を続ける。人間、感情的になった瞬間が一番つけ込みやすい瞬間でもあるのだ。

 

「そう、グラードンとカイオーガの復活、これが予知されたんですよ。おそらくはこの地を、ホウエン地方を未曾有の危機が迫っている。もし、古代、ホウエン地方を沈めかけたあの二体がゲンシの姿で蘇ったのなら―――それはもう、空を駆ける竜の神に祈り、その力を借りる必要があるとは思いませんか?」

 

 男衆の声が来る。

 

「だとしたら尚更貴様の問題ではなく我々の管轄だろう! いや、貴様―――我々では実力不足だとでも言いたいのか……!?」

 

 その言葉に唇の端を持ち上げる。口に出さず、それだけで男の言葉を肯定する。実際に言えばこれは安全策―――いや、気遣っているものなのだから。グラードンとカイオーガ、ゲーム内では被害は微少だったが、アレがこの世界のスケールで蘇ったとしたら、おそらく百人や千人単位では足りないレベルで死者が出る。ルギアやホウオウだってゲーム内のデータではもっと小さかった。だが現実に見た彼女たちは理解を超える耐久力と力、そして巨体を誇っていた。

 

 舐めたら虐殺される。

 

 舐めなくても蹂躙される。

 

 全力を尽くしても死ぬ。

 

 それが伝説だ。それに立ち向かうのはごく少数の選ばれた存在、そして生き残るだけの力を持ったトレーナーだけでいい。言い方を悪くすれば―――有象無象が増えた所で死人を増やすだけなのだ。

 

「チャンピオン様や……主は一体どこまで知っているんだい?」

 

「ほぼ全部、と言えば満足でしょうか」

 

「そしてその上で吹っかけようとしているんだから大したタマだよ、お前さんは。育てた奴が相当捻くれてるのか……いや、それよりも今はガリョウテンセイだったね」

 

 長老が言葉を区切る。が、即座に男衆がそれに続く。

 

「長老! ここまで余所者に言われて引く事は男の恥だ!」

 

 だろうね、と長老が呟く。唯一残された片目はこちらへと向けられており、やり口が少し下衆だ、との言葉が聞こえて来る。仕方がない、生憎とこの方法しか知らないのだ。それに正直、まだ生易しい方だと思っている。

 

「ま……しょうがないね。ここまで露骨に実力不足だからガリョウテンセイだけ渡して引っ込んでろ……そう言われて大人しくして居られるほど儂も心が広い訳じゃない。相手はポケモントレーナー。そして儂らもガリョウテンセイの防人としてポケモンと共に生きてきた。となればやる事は一つしか残ってないじゃろう?」

 

 長老の言葉にリーダー格の男が頷き、視線を此方へと向けて来る。

 

「―――勝負だ! 実力不足だと抜かすその口を縫い付けてやる!」

 

「受けて立とう。チャンピオンたる者、常に頂点に立つ者、いついかなる状況であろうと勝負からは絶対に逃げない―――そして敗北しない。しゃらくさい、三人同時でかかってこい」

 

 チャンピオンとは頂点に君臨する絶対者である。

 

「全員纏めて蹂躙してやる」

 

 故に、チャンピオンには逃亡もなく、敗北もない。どんな状況、環境、条件、レギュレーション、

 

 そんな小賢しいものが存在しようとそれでも勝利するからこそのチャンピオンなのだ。




 そろそろ忘れそうな読者向け簡易手持ち解説
黒尾 最近退化した元黒キュウコン
ナイト 一期では受けだったがアドバイザー、亜人種に転向した
モビー・ディック 巨大なホエルオー。趣味は昼寝
メルト 最大サイズヌメルゴン。受け
カノン ハイテンション系ウルガモス。天候適応に特化してる
ミクマリ ナルシスト系ミロカロス。好きなことは自分を磨くこと
スティング トキワ産スピアー。手持ちで一番殺意が高く相性が良い
ナタク 盲目6Vコジョンド。目指せ一撃必殺の境地
ツクヨミ 早くジョウトに帰って
ピカネキ テロのエース。ライバルはゴンさん(ネタ的な意味で
ロトムウマ 妙に相性の良いロトムとムウマのコンビ。ROCK!
ナチュラル 人間。生贄。苦労人。最近キレ芸を覚えた
氷花 作者に忘れられてた子、一番料理が上手。だが影は薄い
ダビデ 超小型バチュル。作者どころか読者にさえ忘れられる

 こう並べると結構手持ち多いなぁ……。


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vs流星の民

「―――さて、という訳でポケモンバトルだ。恒例のバトル前の相談タイムだ。ちなみに今回のルールは変則型トリプルバトルで俺が一体に対して相手は三体、野良試合だから常識的なところ以外はほぼノールールって状態だ。それでは今回試合に出す奴だが―――悪いけどロトムウマ、ピカネキ、そして黒尾はなしだ」

 

 ポケモンバトルの前に作戦を練る為の、準備をするための時間が双方に与えられる。自分のテントへと戻ってきて、そこでポケモン達をボールに入れたまま、ナチュラルと共に準備に入る。だが告げた言葉に対して、抗議の声が即座にボールの中から返ってくる。

 

「相手が一体しか保有していないルールの都合としてほろびのうたを放った後は交代して逃げ続ければ勝てるからな。ロトムウマ、お前らの動きは()()()()()()()()()になるからな。という訳でボツ。ピカネキに関しては前回カナズミで活躍した事とレベルが足りていないって点があるからそれでだめだ。黒尾は純粋にまだロコンのままだから無理って話だな―――」

 

 なので、と言葉を置く。

 

「確定枠から話を出すか。こっちが出せるのは三体までだ。数が少ない試合だとアタッカーの質と数が重要になってくる。今回は―――やれるな、スティング?」

 

『ヴヴヴ―――』

 

 戦意に満ちた羽音がボールの中から聞こえてきた。カナズミジム、ツツジ戦では起用してあげる事はツクヨミがいたために出来なかった。さすがにツクヨミを繰り出して蹂躙しても実力ではなくツクヨミの強さを証明しているだけにしかならない。当たり前の話として、火力を稼ぐためにもスティングの存在は必須となってくる。ここはナタクでもいいのだが、いい感じに今のスティングは戦意に殺意が乗っている―――普段以上の実力を発揮できそうだ。

 

「そんでサイクルを回す為にも必然的に回転役が必要なんだが……今回はこれをミクマリに任せよう。連中がドラポケのエキスパート一族ってなら間違いなくメルトを出した所で狩られそうな予感がするしな。耐久力は劣るけどアクアリングとバトンで長持ちする」

 

『あら、また私のアピールチャンスね? 期待には応えるわ。そう、美しく……!』

 

 そして最後の一人、一体、一匹。その選出は、

 

「先発―――ダビデで。お前の様な奴がああいう連中の天敵になる。しっかり起点を作って貰うぞ?」

 

『ちゅる!』

 

 これが今回、バトルに使うポケモンになる。相手の使ってくるポケモンは予想がつかない為、メタを準備する事は出来ない―――だとすれば人間性等から戦術や流れの予測をするしかない。その上での選出がこの三体になる。その内虫ポケモンが二、という面白い状況になっている。決して意図したものではないが、もしドラゴンを使われたとして、それを虫ポケモンで蹂躙したらさぞや楽しいだろう。

 

 今回の役割ともちものを纏める。

 

先発:ダビデ……きあいのたすき

廻し:ミクマリ……たべのこし

アタッカー:スティング……メガストーン

 

「ま、こんなところだろう。怖いのは相手がこんな状況で三人全員レドカ装備でぶっ飛ばしながらきあパンでも叩き込んでくる事だけど流石にそんなクソゲーをこういう状況で持ち出してくるような畜生ではない事を祈る」

 

「もしされたら?」

 

「リアルファイト開始」

 

 コートの内側から黒光りする鉄の塊を笑顔と共にナチュラルにチラ見せをすると、苦笑いが返ってくる。が、そこで笑いを止めると真面目な表情を浮かべてきた。ナチュラルの浮かべる気配からある程度の感じは察することが出来る。

 

「どうした」

 

 その言葉に一瞬だけ言葉を詰まらせてから、ナチュラルが口を開いた。

 

「この試合……僕も手を貸すよ」

 

「―――」

 

 驚いた。純粋に驚いた。ナチュラルが自分からする必要もないバトルに首を出す、と言ったのだ。ポケモンを、トモダチを無意味に傷つけるのはいやだと言ったこの少年が。理解はあるが、それでもまだまだ此方側に踏み込んでくるとは思えない。だから言葉の先を無言で待つ。数秒間、沈黙をナチュラルは維持し、それから言葉を絞り出す。

 

「僕は……まだ、トモダチ達を戦わせるのは好きじゃない。だけどそれでしか理解できないし、伝わらない事もあるというのは解った。だから完全な否定は止めたんだ。そして……なんだろうね、僕自身が指示を出して戦うのはまだいやだけどさ、ほら……君は、頑張っているじゃないか。凄い必死になって」

 

 ナチュラルは此方を指差しながらそう言った。

 

「純粋な善意とは言わないけど、知り合いが頑張っているのを見て何もせずにいるのは……少し、卑怯だと思っただけ。君の行動には正義がある。無駄に眠っているグラードンとカイオーガを起こす必要はないし、あのウインディみたいなトモダチを増やす必要もない……まぁ、それだけだよ」

 

 帽子を深く被ると恥ずかしそうにナチュラルが視線を外して。言っていて途中で少しだけ羞恥を覚えてしまったのだろうか。恥ずかしく感じるのはまだまだ青い証拠だ。右手で頭を叩くように撫でると、軽く笑い声を零す。

 

「そんじゃ、かっこよく勝ってホウエン地方を救うための小さな一歩を踏み出すとするか、な?」

 

「……うん、そうだね」

 

 チャンピオンに最強のサポートが付いたのだ―――負けるわけがない。

 

 

 

 

 場所は移し切り開かれた岩場。フィールドとして整えられているのか大地のデコボコは少なく、歩きやすくなっている。ただ明確なフィールドのラインなどは存在せず、完全に野生のポケモンと戦う時と同じ、境界線のない環境となっている。こういうフィールドにルールはない。純粋な発想とセンスの勝負になってくる。あとは―――経験だ。

 

 反対側へと視線を向ければ三人の男が見える。無論、今回の対戦相手であり、そしてガリョウテンセイの習得に反対を申し出る流星の民の代表だ。彼らが役割を重視する気持ちはわからなくもない。親から子へ、そうやって継承されたものには誇りがあるのだ。自分だってボスから貰ったこの帽子をみっともなくなくさないようにかぶり続けている。だけどそれが原因で泥沼に沈んで行くのなら、いっそその重荷を奪った方が賢明だ。

 

 後ろへと軽く視線を向ければそこにはナチュラルが両手をポケットに入れて立っているのが見える。直接ポケモンに指示を出すわけでもなく、少し離れた後方からサポートするためにナチュラルはそこに立っている。正直、ありがたい―――異能やカリスマ性は自分が絶対に埋められない部分だ。一時的にだがそれをナチュラルが埋めてくれるというのであれば、これ以上の事はない。

 

 さて、と声を零す。

 

「此方の準備は完了している―――そっちはどうだ」

 

「無論、いつでも構わない」

 

「貴様の実力を見せてもらおうか」

 

 長老が審判として少し高い位置から見下ろすように岩の上に座っている。試合開始の合図を繰り出す為に手に握ったパイプを高く掲げる。その動作に合わせ、口を開く。

 

「実力を見せてもらおう……? 何を言ってんだ」

 

 試合開始の声と共にパイプが下へと振るわれる。それに合わせる様に腰から素早くボールを抜き、センタースイッチを押しながらボールを振るう。赤い光と共にその中に収納されていたポケモンが―――ダビデの姿が出現する。

 

「―――俺がお前らが生き残れるかどうかを試すんだよ」

 

「く、……あくまでも見下すかッ!」

 

 言葉と共に三匹のポケモンがフィールドの中へと流星の民達の手によって放たれた。放たれ、投げ込まれたのはすべて原生種の姿のポケモン、ヤドラン、ヤミラミ、そしてクチートだった。その三体全てに共通して言える事は一つだ。

 

「その余裕が何時まで持つか―――メガシンカ!」

 

 キーストーンとメガストーンが反応し、三匹のポケモンが姿を変える。光に包まれ、殻を砕き割る様にメガヤドラン、メガヤミラミ、そしてメガクチートが場に降臨する。メガ化、それはポケモンの限界突破の手段。ここで使ってくるのは非常に予想外ではあるが―――やる事に変わりはない。相手が声を出して指示を繰り出す前に割り込むように指示を叩き込む。

 

 それが発生する前から既にフィールドをその小さい体でダビデは高速で移動していた。大地を這い、滑る様に移動しながらエレキネットをフィールドにワイヤートラップの様に貼り付ける。その動きに反応して何よりも早く動くのはメガヤドランだった。

 

 メガヤドランがあくびを漏らし、ダビデに眠気を誘う。だがエレキネットが場に出た時点で既に仕事は完了している。メガヤミラミのマジックコートもフィールドへとばら撒かれたものには反応できない―――アレは直接自身に対して発生した技を反射するものだ。

 

 故に次の二体が動く前にダビデを素早くボールの中へと戻しながら、

 

「繋げろミクマリッ!」

 

「さぁて、優雅にバトルを進めようかしら」

 

 ミロカロス亜人種―――ミクマリがフィールドへと出現する。フィールドにミクマリが出現するのと同時にあまごいによって雨が発生し始める。乾いた大地が水を得て少しずつ浸水し始めるのと同時に、エレキネットに水が触れ、その周囲でスパークが始める。

 

 敵も味方も関係なくエレキネットとそれに反応する水が電流を流す。

 

 メガヤドラン、メガヤミラミ、メガクチートの動きが一瞬だけ止まる。その間に雨水を束ねてアクアリングをミクマリが形成し、たべのこしとアクアリングで電流のダメージを即座に回復させる。更にそこから天候のバトン効果が発動する。ミクマリがボールの中へと雨の中を踊る様に去って行き、バトンをダビデへとつなげる。水上を滑る様に射出されたダビデは水中に流れる電気を吸い上げ、その状態をじゅうでん状態へと変化させる。

 

「どうした、動きが鈍いぞ。その程度か」

 

「腹立たしいが……強い!」

 

 ダビデの電撃が浸水した大地を伝い全体へとじゅうでんされた状態で放たれる。それに対して前に出たのがメガヤドランであり、電撃をその体で受け止めながらサイコキネシスを発動させ、拡散する電流と足元の水を一気に吹き飛ばす。そうやって生まれた道を疾走する様にメガクチートが一気に前へと出る。

 

「シャドーボール!」

 

「たえろ!」

 

 足止めの為のシャドーボールがメガヤミラミから放たれる。それをあえて当たらせ、きあいのタスキで食いしばらせる。直後、やってきたメガクチートによるストーンエッジを悠々と回避させる。おそらくシャドーボールを回避した所でストーンエッジをぶち込む予定だったのだろう。きあいのタスキと言っても限界はある。道具効果を上回る威力をぶち込めば―――一撃だ。或いはかたやぶりの様な突破能力があるのかもしれない。

 

 そう考えながらも水に流されて戻ってくるダビデをボールの中へと戻し、アクアリングを引き継いでミクマリが水を爆発させながら派手に登場する。即座にメガクチートが踏み込む。メガヤミラミから放たれたおにびがミクマリに突き刺さってやけどを負うのと同時、サイコキネシスがその体を拘束し、そしてストーンエッジが体に叩き付けられた。

 

「んもぅ、優雅じゃないわねぇ。もっと心にゆとりを持たないと駄目よ?」

 

 雨が激化する。更に視界が悪化し、足元の水流が激しく、そしてエレキネットの浸水がひどくなる。感電の量が増え、ミクマリもメガポケモンも関係なく電流が暴れる。その場にいる全員の体力をすべて平等に削り、アクアリングとたべのこしで回復しながらやけどによって体力を削られる。

 

 ―――加速した水流に乗ってミクマリが帰還し、バトンがダビデへと繋げられる。

 

「クソ、まともにダメージを通せないぞ!」

 

「着実に削ってはいる、持久戦でしかない。相手の方が消耗は早い」

 

「それはどうかな?」

 

 笑みを隠す事もなく見せながらダビデが再び放たれる。登場と同時に電流を吸収してじゅうでんしながら、新しくでんじはが放たれる。それを受けたメガクチートが麻痺し、その動きが鈍くなる。だがそれで動きの鈍ったダビデを狙う様にシャドーボール、時間差で避けた所を狙う様にれいとうビームが放たれる。

 

「だけど―――君はこんなところで倒れる運命じゃない」

 

 ナチュラルの声が豪雨の中、ポケモンの攻撃の爆音を無視して綺麗に響いた。未来を見るナチュラルの異能がダビデに伝播し、一秒先の己の瀕死を察知し、生存本能と経験を練り上げて死地から飛び出すように回避を成功させる。それと同時にれいとうビームを放って刹那の硬直に入ったメガヤドランにダビデのいえきが吐き出される。そのとくせいが削除される。

 

 いえきを吐き出し着地したダビデを狩る様に麻痺し、一手遅れるメガクチートが接近し、うしろの大顎でダビデを殴り飛ばした。既にタスキが発動している為、ダビデが耐えられるはずもなく、一瞬で瀕死状態となった。

 

「お疲れ様ダビデ。いい仕事だった―――さ、仕上げだミクマリ!」

 

「エースをきっちりセットアップさせるのも名アシスタントの仕事ね」

 

 ミクマリが場に出現し、あまごいの発動が三度目に入る。更に激化した大雨はもはや嵐と表現しても差し支えない規模となっており、自分の様に大岩の上に避難しなければ逃げ切れない水が股の処まで上がってきている。それは大いにフィールドに出ているポケモン達の動きを制限している。その中でミクマリがどくどくを発動させ、激化している水流に毒を流し込む。

 

 必然的に水に浸かっている三体のポケモンに静かに毒が流れ込み―――仕込みは完了した。

 

 直後、やってくる三体のポケモンによる一斉攻撃を避ける事も耐える事もせず、完全に役割を果たしたミクマリはそのまま静かに瀕死になり、ボールの中へと戻った。

 

「あと一体……!」

 

 お疲れ様、とミクマリの入ったボールへと告げて、それをボールベルトに戻しながら最後のボールを手に取る。

 

「これで勝ちだがこれは―――」

 

 スティングの入ったボールを手に取る。既にボールの中からは仇を取らせろと、殺意を磨き上げている気配があった。故にそれを掌の上に、正面に掲げる様に出した。

 

「存分に蹂躙しろ、スティング」

 

 言葉と共にモンスターボールが弾ける様に開いた。飛び出したスティングに瀕死となったミクマリとダビデの怨念を刃として背負った。そして仲間が倒されたことに対するその殺意で極限まで刃を磨き上げた。メガストーンとキーストーンが反応し、その体を光と殻に包み込んでから叩き割り、メガシンカを果たす。メガスピアーに変化したスティングの瞳が怨敵を確実に葬る為に逃げ場のないロックオンを果たす。

 

「さあ―――ダメ押しだ! 君になら出来るよ!」

 

 ナチュラルの言葉が響く。極限までとがれた殺意の刃がナチュラルの異能に呼応して事実を捻じ曲げ、復讐を果たす為にあらゆる制約を無視し優先度を奪う。ダビデの無念を晴らす刃を殺意と共に豪雨を突き抜け、反応も防御も許す事無く一瞬でメガヤドランの体へとどめばりを刺し、そして穿つ。

 

ぶ ち 殺 す(きゅうしょにあたった)

 

 殺意の刃が一撃でメガヤドランを瀕死に追い込み、果たした復讐にダビデの無念が晴れ、そしてとどめばりによって殺意のボルテージが上昇して行く。ミクマリの無念を背負った刃で再び高速のとどめばりをメガヤミラミへと突き刺す。それに反応しようとメガヤミラミが動きを作るが、それを封殺する様にスティングの刃が迫る。

 

黙 っ て 死 ね(きゅうしょにあたった)

 

 仲間の無念を晴らす事に成功し、二枚目の刃が消えるが、とどめばりにより殺意のボルテージが最高潮へと上がる。燃え上がる復讐心に任せて必殺をその手の刃に乗せて、復讐の完遂をスティングが誓った。水流と毒と麻痺とエレキネットによってとらわれたメガクチートはほかの二匹同様に、反応する事は不可能だった。

 

復 讐 完 了(きゅうしょにあてる)

 

 メガクチートが水流の中に沈んで行く。復讐を果たしたスティングから殺意が霧散し、しばらくバトルに参加できなかった為のストレスを完全に発散させたのか、物凄いすっきりした表情を浮かべながら横まで飛行して飛んでくる。まだ豪雨は続いている。その中で呆然とし、項垂れている流星の民の男達へと視線を向けた。

 

「これで解っただろ―――お前らじゃ力不足だ。俺でさえ力不足となるかもしれない状況で他の雑魚を連れて行く余裕はない。お前らはここで平和を謳歌してろ。俺がガリョウテンセイを持ってすべて解決するからな」

 

「……ッ」

 

 その発言に返ってくる言葉はない。敗北者に語れる言葉がない事を彼らは良く理解している。だからこれで終わりだ。ガリョウテンセイを貰ってここを去ろう。そう思った時、

 

「―――まだ終わっていません」

 

 女の声が響いた。

 

 長老の方へと視線を向ければその横に新たな人影の姿があった。白髪の女―――いつも料理を持ってきてくれている女性の姿だ。彼女はまだだ、と言った。

 

「ガリョウテンセイを欲しいというのならば、あと一人納得させなくてはなりません」

 

 それは、

 

「―――私を、今代の伝承者()()()を納得させてください。ポケモンバトルで」

 

 モンスターボールを片手に握る彼女は―――死人の名を名乗って立ちはだかった。




 というわけでシガナちゃん登場。公式で一切の情報がないので好き勝手遊べる便利なキャラやでぇ……。そして今回はしばらく出番のなかったスティングさんブチギレ回。みんなも復讐には気を付けよう。

選手解説(読者も作者も忘れてるから)
ダビデ 
 小さい。萌えキャラ。ややペット感覚。基本的に起点作りが仕事で動きの疎外や体力をチビチビけずりタスキ殺しの名人。役割的にミクマリとの選出回数が多い。

ミクマリ 
 自分から売り込んできた奇特なミロカロス亜人種。テレビで天候パを見た所”活躍するならここ”と思い至って突撃、今に至る。攻撃力は捨ててひたすら耐える、そして受け渡す。性能がウザイ。

スティングさん おまえ を ぶちころす。しぬ まで ぶちころす。はよ しねや おら。ぼす や おにきす と しゅっしんち が いっしょ。あいしょう は さいこう くらす。いつも さつい で みちている。


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vsシガナ A

 ―――伝承者シガナ。

 

 その名には覚えがある。

 

 伝承者ヒガナの前に伝承者を務めていた人物であり、ヒガナが可愛がっているゴニョニョのニックネームでもある。彼女の存在は長らく不明であり、公式―――つまりは任天堂から詳細な設定の発表もなく、憶測のみを残される人物であった。ここで己が立てた予測とはシガナの死亡説だった。死亡したからこそ伝承者の立場はシガナからヒガナへと継承されたのだ、と。しかし、今、長老の隣に立っているのは健康的に見える女の……シガナの姿だった。そうなると彼女は死んだわけではないし、

 

 或いはまた彼女も今までの登場人物たちの様に、シナリオから逸脱してしまった存在なのかもしれない。ただ重要なのは彼女が今、伝承者としてそこに立っているという事であり、そして戦意を見せる様に覇気を纏っていた事だ。先ほどの男達とは比べ物にならないほど強いとは直感的に理解できることだった。おそらくは四天王レベルはあるだろう、と予測をつける。そして彼女が伝承者である以上、

 

 誰よりも彼女を納得させなくてはならない。

 

 シガナと長老を見上げ、そして答える。

 

「―――すいません、ちょっとタイムお願いします」

 

「……」

 

 シガナと長老が視線を合わせ、無言で頷き、そして視線を返してくる。

 

「あ、どうぞ」

 

「ありがとうございます。それでは―――作戦タァァァァァイッム!!!」

 

 振り返り、ナチュラルと肩を組み、そのままシガナ達に背を向ける様にしゃがんで、頭を寄せ合って話し始める。

 

「おい、これどうするんだよ。あいつが伝承者って俺ちょっと知らなかったんだよ」

 

「それを僕に言ってどうするんだよ。僕には洗脳と覚醒と会話しか出来ないよ!」

 

「それでも十分すげぇだろう。いや、ほら、お前のこうナチュパワー! みたいな感じで能力を感知だとかなぁ……」

 

「君は僕の事を少し便利に考えすぎてない……? 僕も一応人間なんだからね……?」

 

 そこで一応と入れて来る辺り、本当に自分が人間かどうかを疑っている。その気持ちは良く解る。偶にはかいこうせんを受けて生き残ってる人間を見るとお前マサラ人? て言いたくなる事は自分にも多々ある。しかしポケモンの育成に携わっているとそこそこ見る光景だからやはりこの世界、基礎のスペックでどっかぶっ壊れているところがあると思う。ともあれ、重要なところはそんなところではない。大事なのはこれからだ。

 

 シガナを納得させないといけない。

 

 それもポケモンバトルで。

 

「―――さっきみたいにただ勝てばいいって訳じゃないだろうな」

 

「たぶん性格とか性質とか、君の邪悪な根本的な部分を見たいんじゃないかな。見られた結果納得させられない事に一票」

 

「貴様、ピカネキの横で眠らせるぞ」

 

「僕も天に帰る時が来たんだね……」

 

 あきらめの早すぎるナチュラルを現実に引っ張り戻しながらさて、と言葉を置く。軽い茶番でお互いに頭は温まった。ここから真面目に考える時間だ。ふぅ、と軽く息を吐きながら後ろで警戒してくれているスティングに軽く視線を向け、すぐにこちらへと視線を戻す。

 

「―――まぁ、()()()()()()()()()使()()だろう。感じる威圧感、気配がワタルに似てる」

 

「うん。それに関しては確定してもいいかも。ボールの中から感じるよ……竜特有の強い生命力の気配が。だから間違いなくドラゴンのトモダチで戦ってくると思うよ」

 

 ナチュラルの言葉に良し、と頷きながら頭を上げ、そして首だけ動かして振り返る。

 

「ルール! ルール!」

 

「あ、3vs3、道具は一つまで、トレーナーへの攻撃はなしで」

 

「はーい、ありがとうございますタイム続行だオラァ!! ついでに選出タイムもな!」

 

 ドラパ―――つまりはドラゴンポケモン統一パーティー。弱点は氷、フェアリー、そして同じくドラゴン。メタを張るならフェアリーを一体入れるだけでほぼ機能停止に追い込めるだろう。ただ、属性統一パに良くある話だが、メタ対策はこういうパーティーこそ完成度が高かったりする。だから安易にフェアリー等を投入しようとすれば、逆に狩られるだろう―――元々手持ちにフェアリーはいないのだが。

 

「とりあえず真面目な話をするとさっきのバトルで出したトモダチは疲れているし、見られているから出せないよ」

 

 ナチュラルがそう言う。その言葉は正しい。ダビデとミクマリは未だに瀕死状態、スティングもまだ戦えるが、手の内が見られている以上出す事は止めた方がいいだろう。しかしナチュラルがまるで助手みたいな発言をすることには違和感を覚える。今まで審判はすることがあっても、ここまで積極的に関わる事は見たことがないからだ。まぁ、モチベーションが高いのは決して悪い事ではない。変な茶々を入れるのはやめておこう。

 

「となると残った面子での選出だな……相手がドラゴンで来る事を考えると弱点で攻められる技の持ち主が欲しい所だけど―――安直には行きたくないな。……うっし、vsシガナ戦の面子発表へと移ろうか」

 

 サックリと自分の中で対シガナに対して出す面子を決定する。

 

「偉く早いね?」

 

「まぁ、選択肢はそう多くはないからな」

 

 現在連れているポケモンは全部で十三体になる。この内ピカネキ、黒尾、ロトムウマはレベル等が原因で出す事が出来ない。そして更に三体、スティングとミクマリとダビデが二戦目故に出すことが出来ない。更にモビー・ディックは厳密には戦闘用のポケモンではない。その為、自然と候補から外れる。そうなってくると選択肢から除外されるポケモンは全部で七体、残りの六体が候補になってくる。

 

 そして3vs3の環境だと理想編成はアタッカー2、受け1。もしくはアタッカー1、アシスト1、受け1になる。先ほどの戦闘は先発のダビデがアシスト、ミクマリが受けの要員として活躍していた。だがドラゴンポケモンとの対決を考えると体力値の低いポケモンを出すべきではない、彼らの種族値の暴力は理不尽なものがある。アシストを回す余裕はおそらくはないだろう。となると編成はアタッカー2、受け1となる。

 

 この場合残された受け要員はメルトのみとなる。故にメルトが確定枠その1。

 

 そして必然的に残されたアタッカーはカノン、ナタク、ツクヨミとなる。まずツクヨミはトラウマを残しかねないので今回は自粛する。そうすると面子は自然と決まる。

 

「センリ戦から黒尾を抜いた面子、だね?」

 

「あぁ、さすがにドラゴン相手で3vs3だと選択肢が少なすぎるんだよなぁ……」

 

 ナチュラルの言葉に頷く。瞬間、虚空が割れてツクヨミが文句を言いに来たが即座にカウンターをスティングが叩き込み、黙らせたために被害は出なかった。相変わらず自重しない伝説だよなぁ、なんてことを思いつつメンバーの選出を完了させ、そして持たせるもちものを決定する。こちらも特に悩む必要はない。

 

先発:カノン……きあいのタスキ

受け:メルト……オボンの実

アタッカー:ナタク……おうじゃのしるし

 

 カノンは先制されて事故が起きた場合の対策としてきあいのタスキを装備、メルトは基本的にオボンの実を持たせるのが最善の性能をしている為、メタを張らない限りはオボンの実かレッドカードの二択だろう。育成によって受けてボールへと戻る事も前よりもスムーズにできるようになったため、脱出装置も不要になった。そして―――ナタクだ。

 

 彼女に関してはナチュラルがいるおかげで試せる事がある。その為、持ち物をいのちのたまにするかどうかで悩んだが、結果としておうじゃのしるしを起用する。これが通常のエリートトレーナーだったら一落ちもせずに3タテ出来る面子だとは思うのだが、正直な話、シガナの人間性も能力も、その背景が一切見えてこないのが恐ろしい。

 

 なんだかんだで強敵とのバトルは()()()調()()()()()()()()()()()()だった。その為、ある程度対策と戦術を組むことが出来た。しかし今回、シガナに対してはそれを行うことが出来ないのが怖い。

 

「ま、いつも通り戦って―――勝つか」

 

「大丈夫、足りない所は僕が補う。戦わなくてもやりようはあるさ」

 

 言葉と共にスクラムを解除してシガナ達の方へと向き直る。シガナは一歩前へと進み出ており、長老の斜め前に立っていた。その立ち位置はまるで自分とナチュラルの立ち位置の様であり、あの長老もまた、戦闘中に何らかの方法でシガナを支援するつもりであるというのは目に見えていた。シガナは此方へとまっすぐな、曇りのない綺麗な碧い瞳を向けていた。

 

「準備は終わったようですね」

 

「あぁ、待たせたな」

 

 そうですね、とシガナが言葉を置く。

 

「身分を隠して観察させていただいた事、申し訳ありません。ですが私も貴方もトレーナー―――千の言葉で飾るよりも一回の勝負を通してお互い、その心の底まで曝け出せるでしょう。セキエイの王者(チャンピオン)よ、侮るつもりはありません」

 

 ボールを握る。心臓が跳ねる。血液が血管の中で熱く滾り、そして()()という感覚があった。覚えている。この感覚は強敵と戦う時に感じる熱狂だ。その前兆が背筋を這いあがる様にやってきていた。自然と唇の端が吊り上がって行き、それを止める事が出来ない。まぁ、でも、悪くはないだろう―――だって、ポケモンバトルって、

 

 楽しいじゃないか。

 

 蹂躙するのも、されるのも、苦戦するのも、逆境に陥るのも、それを跳ね返すのも、逆転されるのも。その為の準備も、考える時間も、全部、全部―――全部、楽しいのだから。だからそう、強敵の予感に笑ってしまってもしょうがないのだ。

 

『仕方のない人ですね……』

 

『あら、でも好きな事で純粋に笑えるってのは素敵じゃないかしら?』

 

「時と場合って言葉があると僕は思うけどね」

 

 ポケモン達とナチュラルの言葉に小さく笑い声を零し、息を吐き、

 

 ―――シガナを見た。ボールを見える様に持ち上げ、右半身を前に、銃を構える様にボールを構える。それに合わせる様にシガナがモンスターボールを前へと向かって突き出す。

 

 開始の合図は必要なかった。互いに構えれば、もうその瞬間からバトルは開始される。

 

 ボールのセンタースイッチを押し込むのは同時だった。ボールから放たれたカノンは登場と共に天候への干渉を開始する。そしてそれに合わせる様にシガナのモンスターボールから繰り出されたポケモンが、原生種のクリムガンがエネルギーを纏い始めるのが見える。天が移り変わる。空の色は急速に黒へと変わって行き、満点の星空―――天候”ほしぞら”へと場を変更させる。それが完了し、カノンが乾いたフィールドの大地へと着地し、

 

 ―――クリムガンのエネルギーが爆発した。

 

B R E A K !

 

 メガシンカを果たす事のないポケモン、進化をするはずのないポケモン―――それが限界を突破(ブレイク)して進化する金色に輝くメガシンカを行えないポケモンの最終進化、限界突破方法。自分もまだ成功せず、そして理論のみである為に再現に苦労している進化、

 

 ―――BREAK進化を実現させたクリムガンがそこにはいた。

 

 金色に輝くその体こそまさにBREAK進化によって種族に定められた限界を突破した証だった。だがそれで終わる事はなかった。未だにエネルギーは集束を続けていた。刹那の思考、カノンかクリムガン、どちらの速度が相手を追い抜くか。先制の奪い合いが発生する。

 

「見て、感じ、そして覚えなさい―――これが―――」

 

 謎の乱気流が発生する。ほしぞらを破るほどの威力はないが、それが風を束ね、混ぜ上げ、そして破壊へと変貌させる。その力はシガナから溢れ出し、クリムガンへと注がれ、クリムガンがBREAK進化によって発生させたエネルギーと混じり合う。

 

「―――奥義、ガリョウテンセイです……!」

 

 ガリョウテンセイ、空の奥義が放たれた。伝説種レックウザが放つべきその奥義は大幅にダウングレードされているが、再現ではなく直系の継承者によってポケモンに一時的に付与され、発揮される()()()()()であるが故に回避の概念は当然発生せず、

 

 最強クラスの異能能力者の保有する奥義、その波動が異能を持たぬ存在を優先度をぶち抜いた―――発生した奥義が岩場を粉々に粉砕しながらカノンから先制の可能性を完全に奪い去り、

 

 たやすくタスキを消し飛ばした。




 シガナちゃんが化け物能力者という事でガリョウテンセイに優先度+2、そして威力が180になりました。なに? レックウザが使えばどうなるのか? 一発で街が消し飛ぶ。伝説とはそういう生き物なんじゃ……。

 そしてBREAK進化初登場。ポケモンカードでメガシンカを持たぬポケモンの進化方法として登場、BREAK状態になると黄金に輝くという特徴があり、チート化する。なおBREAKゼルネアスなるバケモンが存在する為メガ非対応の伝説もBREAK出来る模様(震え声

本日の選手紹介
カノン 
 特異個体ウルガモス亜人種。天候を自由に変え、それにタイプが変化する。いつも出番を欲しがっていてアピールしている上にハイテンションで一部からウザがられている。若干アイドル意識がある為にこっそり歌の練習をしている。ロトムウマバンドにボーカルとして自分を売込み中。

ナチュラルくん
 最近ますます便利になって軽くポケモン協会に報告したら「え、お前ピンチになったらポケモンを有利な方向へ覚醒させるの? こわっ」という当然のリアクションで公式戦出場禁止という、赤帽子ですら成せなかった出場せずに出禁と言う快挙を果たした。天才で頭は良く回るけど最近はバカになる方を選んだ。


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vsシガナ B

 タスキが乱気流に飲まれて消えた。

 

 クリムガンを通して発動したシガナのガリョウテンセイはフィールドをえぐる様に文字通り蹂躙した。その証拠として岩は砕け、そしてその余波を回避するためにナチュラルを片腕で抱えながら自分も跳躍する必要があった。その結果として、データ化されていたはずのきあいのタスキが実体化し、ぼろぼろにちぎれながら宙に舞った。それが視界の外へと消えて行くのを追わない。

 

 バトルはまだ続いているのだから。

 

「ギリギリねぇ―――」

 

 ―――カノンの姿は健在だった。その姿はボロボロであり、服も大きく破けている。文句を言いそうな格好をしているカノンはしかし、自身についた傷跡を軽く抉り、そこから吹き出した血を紅の代わりに唇に塗り、更に飾りながら踊る様に動き、笑みを浮かべた。

 

「とっても激しいタイプなのね! でも駄目よ……私、身持ちが硬いの。アイドルに触れてはいけないって習わなかったかしら?」

 

 楽しそうに笑い声を零すカノンの姿にBREAKクリムガンとシガナの動きが完全に停止する。信じられないものを見る様な視線を向ける。確かに、ウルガモスの耐久力であのガリョウテンセイを受け止めるのは不可能だ。きあいのタスキの容量を遥かに超える一撃、これが公式戦であれば耐えれたかもしれないが、こういう野良試合では無理だ。だからカノンは落ちる筈だった。

 

 ネタの種は二つある。

 

 ほしぞらによって変更できるタイプは竜、もしくは鋼である為に耐性の高い鋼を選択した事。

 

 ―――そしてギリギリで反応したナチュラルがカノンの能力を一瞬だけ覚醒させ、守らせた事。

 

「喜べ、ボーナスもんの動きだぜ今のはよ……!」

 

「ボーナスとかいいから待遇の改善を要求するよ!」

 

 考えておくと、カノンに合わせる様に狂笑を響かせながらカノンを動かした。既に天候は変化してある。場の掌握は完了している故に、必要以上に欲を掻く必要はない。何よりガリョウテンセイを受ける事は不可能だ。連射可能だった場合、限りなく最悪の状況が待っている。故にほしぞらに浮かぶ星の光がまた一つ消えるのに合わせ、カノンをボールの中へと戻し、

 

「回すぞメルト!」

 

 素早くメルトを繰り出す。こちらの動きで正気に戻ったシガナが言葉を超えて指示を繰り出す。通常のクリムガンの反応速度を容易に上回るBREAK状態はもはや黄金の残像のみを残し、一気にメルトへと接近する。鍛えられた動体視力でその爪が赤熱化しているのを看破し、放たれる技がドラゴンクローであるのを見る。呼吸をメルトに合わせ、指示を叩き込む。

 

 横から、その巨体を大地に固定する様に体を固めてロックし、繰り出されたドラゴンクローを受けて、そして止めた。その接触によってぬめぬめがBREAKクリムガンのもちものを破壊し、数瞬後に発生させた反動によってメルトが()()()()()()()。ちょうど、ボールの中へと戻ってくるようにメルトが帰還する。

 

 ボールをスナップさせ、入れ替え、素早くポケモンを繰り出す。ドラゴンクロー程度ではBREAK状態とはいえ、メルトを止められない。何より今のドラゴンクローを見て確信した―――ガリョウテンセイは連続で放てる技ではない。おそらく繰り出す事に何らかの特殊な条件を持っている。そのルールを守るからこそおそらくあの180、或いは200クラスの威力を発揮しているのだろう。

 

 頭上で星がまた新たに煌めく。

 

「どんなに硬くとも刃は通る―――ナタク!」

 

 フィールドに天候と交代とバトンによる能力強化の恩恵を得たナタクが着地する。そのまま間髪入れず、前へと飛び出すように両手を広げ、叩く。登場からの最速のねこだましにBREAKクリムガンが怯み、動きが停止する。その怯みに行動を追加する様に入り込んだナタクが接近、クリムガンを掴み、ともえなげでシガナの後方へとその黄金の巨体を投げ飛ばした。強制的に交代を促す技であるともえなげの強制力により、クリムガンが強制的にボールの中へと戻らされて行く。

 

「二回とも拳が傷つきませんでした……そうなると特性はちからづくかかたやぶりどちらかとなりますね……私も次へと繋げます。今回ねこだましが重要な武器になりそうですし」

 

 投げ飛ばした反動を利用し、ナタクが流れる様な動きでボールの中へと戻ってくる。フィールドからはすべてのポケモンが消失し、新たなボールを握るシガナ、そしてこちらの姿がある。シガナがガリョウテンセイと言う切り札を保有する限り、此方は常に警戒してどこかでメルトを繰り出す必要がある。もしくはナタクへと交代し、ねこだましで妨害しながら強制交代で出先を挫く必要がある。

 

 だがねこだましは使えるタイミングが限られている―――つまりナタクを出すタイミングを間違えれば逆に繰り出した後を狩られるという事だ。

 

 面倒な相手だ。

 

 だが強い相手だ―――実に、楽しくなってきた。

 

 笑みを浮かべながらボールを手に取る。力を発揮したいとその中から主張してくる意志を強く感じる。ならば良い―――それを許そう。それを飲み込んで統率するのがトレーナーという存在なのだから。その欲望、どこまで業が深くても自分が受け入れ、そして飲み干そう。自分についてくるような奇特な連中は全霊で率いて見せる。

 

「それだけやる気があるなら十分だ。やる気だけでも、そして育てるだけでも発揮できない眠っている君の能力、才能。その一歩先へと進みたいというのなら僕が引き出す―――!」

 

 モンスターボールを握り、繰り出す態勢に入る。シガナもシガナでボールを新しく握る姿が見えている。ポケモンを繰り出すのは同時になるだろうとは思える。ならば此方から先制すればいい、それだけの事なのだ。ボールが割れ、光がその中から弾ける。中から赤い閃光を白く染め上げてカノンの姿が出現する。ステップを踏むように柔らかく、しかし確かに大地を踏み、天が彼女に従う様に変化を見せ、

 

 そして環境そのものが揺らめく。

 

 空間がその重圧に敗北し、天候の変化能力がナチュラルの後押しを受けてその一歩先へと進化を果たす。

 

 即ち天の支配から世界の支配へ。

 

「アタシ、思ったのよね。天候を操ってそれで終わりってちょっと地味じゃないか、って。ツクヨミを見てたら”あ、コレできるんじゃない? いけるんじゃね?”ってずっと思ってたのよね―――」

 

 ―――そうして、異界が展開される。展開された世界はカノンが住まうというにはあまりにも地味すぎる空間だった。それはぼろぼろに崩れた廃墟―――否、城だった。ウルガモスという種族の魂の奥深くに刻まれているかつては栄華を誇った過去の象徴。砂に埋もれ、風に削れ、炎に焼かれ、そして歴史は洗い流された。その残骸がここに展開された。

 

「うーん、地味ね。リフォームは必要だとして、発揮できる能力も最低限なものだけね―――でも十分でしょ? アタシのポケモンマスター様!」

 

 そこまで言われたらやるしかない。大声で笑いを響かせたいのを堪えつつ、正面、繰り出されるポケモンを見た。青いコートに翼の様に広がる赤いマフラー姿は亜人種のポケモン―――ボーマンダだ。だがその姿は登場するのと同時に虹色を描く。殻を形成し、その中から更に成長した姿は叩き割りながら出現する。

 

「オオオオォォォォ―――!!」

 

「メガシンカか―――!」

 

 ボーマンダ、ドラゴン・飛行の複合タイプのポケモンだ。つまりはタイプ一致による恩恵がガリョウテンセイに発生するポケモンになる。……おそらくはガリョウテンセイを放つ為に特化された個体だろう。まもるやみきりさえぶち抜く、それだけの意志と破壊力を宿す、そういうコンセプトのボーマンダだ。が、その咆哮を縛る様に、

 

 ―――異界、カノンの古城から古き者共の災厄が溢れだす。

 

 災厄が呪いとなってボーマンダの体を運命を捻じ曲げて縫い付け、その優先度を強制的に-1の状態へと上書きする。どんな最速の行動を発揮しようが、展開された異界の災厄がそれを許さず、どんな状況、どんな場合でも絶対に後手に回るという運命を与えた。

 

「というわけでばいばーい!」

 

 優先度と言う覆せない絶対の速度差、それを利用して接近したカノンが顔面に蹴りを入れる様にとんぼがえりを放つ。失敗する理由もなく、当然の様に成功した一撃に乗ってとんぼがえりしたカノンがボールの中へと戻ってくる。カノンの帰還に合わせて古城の異界が罅割れ、そして砕け散った―――覚醒したての状態ではカノンがいる場合にしか展開出来ない模様だと認識し、迎撃の為に素早くメルトを繰り出す。優先度の呪いによって漸くボーマンダの動きが解放され、

 

ブ チ ギ レ た ぜ !(全能力最大上昇)

 

「怒りを燃料に放ちます―――ガリョウテンセイ―――!」

 

 おそらくは拘束、或いは制限による反動から発生する上昇効果―――プライドの高いドラゴンにはよく見られる能力、限界まで極まっているそれがガリョウテンセイと共にフィールドを吹き飛ばすように放たれる。一切合財、それに衝突した生物を亡ぼす為の奥義、それが一直線に受けという役割を果たす為のメルトへと向かい、

 

超 痛 い で す 。(気合いで食いしばった)

 

 ガリョウテンセイがメルトを穿った―――しかしあらゆる攻撃能力を排除して防御力、耐えるという事に特化したメルトであれば意識すれば一回ぐらいは体力が削られていようが瀕死への攻撃を食いしばって耐えられる。ガリョウテンセイと言うトンデモ奥義に対してそれに見事合わせることが出来たメルトの闘争心、或いはプロ根性に対して惜しみない賞賛を送りたかった。

 

 しかし、

 

「まだ、まだぁ―――!」

 

 乱気流が発生する。それはガリョウテンセイを放つ為の前準備だ。それが発生していた。だがそれはおかしい。もし連続でガリョウテンセイが放てるならもうすでにやっているはず。

 

 故に条件は()()()()()()()()()()()()と個人的に予想をつけていたのだが―――。

 

「―――おそらく()()は正しい憶測です。ある程度制限をつけなきゃ使えないからこその奥義ですが―――」

 

「儂も昔は伝承者だった、それだけの話じゃよ」

 

 長老の言葉が挟み終わるのと同時に乱気流によってガリョウテンセイが形成される。一瞬、この一瞬だけはポケモンを入れ替える隙がある。自分の技量であれば一瞬で入れ替えることが出来るだろう。だがナタクもカノンもどちらも能力は攻撃力に投げ込んでいる。6vs6と言う環境ならサブで受けを担当出来るポケモンを入れる事でダメージを分散させる事が出来る。

 

 だが3vs3、この編成だと被害を受け持てるのは一人だけだ―――さすがにガリョウテンセイの威力が高すぎる、というのは言い訳に出来ない。故に判断はその一瞬の間に下される。モンスターボールへと手を伸ばし、入れ替えず、

 

 メルトを捨てる。

 

 逆鱗に触れられたボーマンダが怒りのボルテージを天元突破させながら乱気流と共に奥義を放つ。

 

ぶ っ 死 ね(ガリョウテンセイ)

 

だ が 断 る(気合いで耐え抜いた)

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「えぇー……」

 

 最初はある程度整地されていたフィールド、三度のガリョウテンセイによって粉々に砕かれ、まるで月面の様なデコボコな姿を見せている。当たり前だが通常の技ではこんな風にはならない。あくまでもガリョウテンセイという奥義の威力が凄まじいのだ。本来使われるべき威力から遥かにダウングレードさせようとも、それでも人間がくらえばはかいこうせんなんて目じゃないレベルで血風さえ残さず消し飛ばすだろう。これはそういう奥義だ。

 

 それをメルトはもう許して、という感じの表情を浮かべながら気合いで食いしばっていた。しかもぬるぬると滑りながら戻ってくる姿が見える為、瀕死になっていないのは確定事項だった。体力はレッドゾーンを超えて気合いだけで動いているのは解ったが―――少し、いや、かなり驚かされた。

 

「……アレが回転の軸だからここで確実に落としたかったが……焦ったかのぉ。これシガナ。バトルはまだ続いておるぞ」

 

「え、だけど、え、えぇー……」

 

 シガナの狼狽する気持ちは良く解る―――が、それでも耐え抜いたのだ。そして誰もあきらめてはいない。

 

 即ち、バトルはまだ続く。

 

 状況は依然3:3のイーヴン、しかし被害は此方の方がガリョウテンセイによる奇襲で重い。何より先ほどの奇跡はもうないだろう。しっかりとメルトを使い潰すタイミングを見極めないとならない。

 

 ―――観察と把握は終わった。ここからは巻き返しの時間だ。




 ヒガナとかいらなかったんや!!! なおヒガナダンスは先祖代々伝わる初代の悪戯の模様。

選手紹介
シガナさん
 原作ではおそらく死亡扱いだったので好き勝手設定を組み込める人。白髪、巨乳、儚い系、どっかの誰かの趣味が見えてきそう。奥義ガリョウテンセイは威力180~200で安定せず、ポケモンを繰り出した時にのみ発動可能との事。早く出禁にされろ。

長老さん
 ヒガナに日常的にクソババァ死ねと言われているお婆さん。キレるとガリョウテンセイを生身で放ってくるクリーチャー。流星の民は早く滅ぶべき。二連ガリョウテンセイのネタは長老が精神コマンド再行動を叩き込んでいるようなもの。

メガボーマンダさん
 作者のミスによって弱体化修正された子。一致飛行によってガリョウテンセイを1.5倍とかちょっと言っている意味が解りませんねぇな状態にするチートポケモン。まもみきを貫通する事まで可能にしているので本格的に出禁される三秒前。なおドラポケでも特にプライドが高く、拘束、弱体化の類を超嫌っていて食らうとキレて強化される。出禁はよ。

 シガナ戦、Cパートへ続く。合計1万文字で終わらないバトルとか久々だなぁ……。


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vsシガナ C

 思考を加速させる。世界がスローモーションに入る。一秒を十秒へ、一分へと引き伸ばし、引き延ばされた時間の中で思考する。

 

「―――あとどちらかが一体でも倒れれば6vs6視点からすれば後半戦に入る。勝つためにはここから一気にペースを上げて巻き返す」

 

 誰にでもない、自分自身に呟く。現状、相手の見ている手札は二連ガリョウテンセイ、BREAKクリムガン、そしてメガボーマンダだ。改めて留意しなければならないのはドラゴンポケモンの体力種族値だ。ドラゴンポケモンと言う種族は非常に種族値が高く設定されているのは実機の時代からあったことだだが、こうやって現実化されている環境となるとそれが遥かに解りやすくなってくる。なお、一つの特徴として、

 

 ドラゴンポケモンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という特徴がある。

 

 BREAKによって天元突破したクリムガンよりもおそらくはメガボーマンダの方がまだ狙えるターゲットだ。ボーマンダのタイプはメガ化されても飛行・ドラゴンである事に変わりはない。弱点で一番狙いやすいのは4倍でダメージを通す事が出来る氷タイプだろう。ここで耐性+ヤチェの実という組み合わせであれば一発までは氷をほぼ等倍で受けることが出来るだろう。

 

「―――だけどそれはないと思うよ。もちものは一つまで。それはボーマンダを進化させるためのメガストーンで埋まっている。そして僕が感じ取る限りクリムガンもボーマンダも僕がトモダチ達と力を借りる時と同様、潜在能力を引き出し、覚醒させて強化している。一般のトレーナーや君との育成とは全くスタイルが違う」

 

「人の思考加速になんで平然と割り込んでいるんだお前」

 

 まぁまぁ、とナチュラルが言葉を置く。実際”ナチュラルだから”で割と納得できるのでもあるが―――時間を無視してアドバイスできるのは実際便利だ。今度からこいつにはもっとバトルに関する事を勉強してもらおう。それを感じ取ったのか、ナチュラルから少しだけため息が漏れ、言葉を続ける。

 

「僕たち異能に特化したトレーナーはトモダチ達の潜在能力を覚醒させたり、本質を引き出したり、レベルをブーストしてあげることが出来るし、普通は目覚める事のない能力を覚えさせることだって出来る。だけど僕たちが出来る事はあくまでも普通の育成では出来ない事だよ」

 

 それはつまり、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ……。流星の民は少数の部族でコミュニティ全体が一つの大きな家族に見える。そして……ほぼ全員が伝承者として継承する為の資質を先天的に保有しているみたいだね。ドラゴンポケモンを保有すること自体にトレーナーとして統率能力を必要としてくる。そうなるとトレーナーのタイプとしては統率、そして異能に秀でている。流星の民全体がおそらくこの傾向だと思う」

 

 つまり、

 

「流星の民に育成専門のブリーダーを用意するのは無理、って事か」

 

「うん。外部の人間がいれば話は変わるけど今までの流星の民を確認した限り()()()()()()()だ。誇りの象徴とも言える竜を他人に触れさせるとは思えない」

 

 ここまで情報を纏めればほとんど答えは決まっているようなものだ。持ち物を警戒する必要はなく、氷耐性もない。だとしたら選択は一択だ。それを認識した所で思考加速を解除する。そのまま次のボールを手に取り、素早くそれを繰り出す。

 

「イッツ・ミー・アゲイン!」

 

「てめぇ……!」

 

 モンスターボールからカノンが放たれ、再び古城の異界が展開される。そこから災厄が溢れ出し、絡みつくようにメガボーマンダの動きを押さえ込む。既に限界まで能力が強化されているメガボーマンダにこれ以上の能力強化は発生しない。ただただ激怒させるのと同時に、カノンが先制を奪って温度を一瞬で極寒と言えるレベルまで下げ、古城そのものを凍り付かせる様にふぶきを発生させた。

 

「ダーちゃん!!」

 

「流れろカノン」

 

 極められた回避力でメガボーマンダが超反応のごとく回避能力を発揮する。だがその動きを既に一手早くこちらは予測していた。故にメガボーマンダの動きに合わせる様にふぶきは流れて行き、その全身を凍える風で包み、反対側の壁まで運んで叩き付ける。古城の壁に叩き付けられ凍らされるメガボーマンダが纏わりつく呪いを引きちぎりながら動き出そうとする。さすがに全能力が最大まで強化を受けていると一撃では落ちないか、

 

「もう、許さねぇ……!」

 

「あら、そうなの? でもごめんね、踊り子には触れちゃいけないルールなのよ!」

 

 古城をカノンが崩落させる。破壊され、降り注ぐ瓦礫の中をカノンが逃げる様に、楽しそうにボールの中へと戻ってくる。それによって異界の古城が消え去り、フィールドがクリアになる。そして再び、メルトを繰り出す。

 

「お前が一番うぜぇ! 落ちろォ!!」

 

 ドラゴンクローがはなたれ、受けの姿勢に入っていても体力的に、そして精神的にも限界を迎えていたメルトが一撃を食らって戦闘不能になる。それでも仕事を果たし、ボールの中へと瀕死になりながらも戻ってくる。能力の上昇は一旦途切れる。だからそれも意識し、ナタクを繰り出す。

 

 登場と共にすかさずねこだましが炸裂する。止まりたくはない―――そんな意志とは関係なく強制的にメガボーマンダが怯む。

 

「次に回します」

 

 怯んだ隙を突いてナタクが素早くボールの中へと飛び込むように戻って行く。そうやってメガボーマンダが動きを停止している間にボールをスイッチ、ナタクからカノンへと入れ替えて再び異界の展開と共に出現させる。ほしぞらは未だに輝いている。交代によって上昇が発生し、そして効果が累積する。そして再び、メガボーマンダの動きが古城に阻まれる。

 

「クソ、クソッ! 俺様が―――」

 

「じゃあねー! ばいばーい!」

 

「こんな軽そうなやつにぃ―――!!」

 

 二発目のふぶきが古城を凍らせながら発生する。能力は最大値まで上昇してはいる。だがそれを入れても4倍弱点、それも耐性を保有しないポケモンとなると、よほど狂ったと表現できる体力を持っていないと耐えきれない。そしてこのメガボーマンダは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――ガリョウテンセイを放つ事に特化している。

 

 明らかにキャパシティオーバーの奥義だ。それを十全に放つというのであればポケモン側にも犠牲を強要する必要がある。つまり削らなきゃ二連ガリョウテンセイなんてもん打てるわけがないよ、という話だ。故に、

 

「く……そ―――」

 

 メガボーマンダが二発目のふぶきを受けて倒れる。低威力ではあるがねこだましが一発入っている事を考えればかなり耐えた方だと判断することが出来る。ともあれ、異界を崩壊させながら再びカノンがボールの中へとモンローウォークを披露しながら戻ってくる。楽しそうに鼻歌まで響かせる。軽い笑い声を零しながらカノンをボールへと戻し、その上昇効果を引き継ぐ。ここで繰り出せるのはナタクのみとなる。だけど繰り出すその前に軽く息を吐き、

 

「―――2:2、イーヴンだ……!」

 

「っ、クーさん!」

 

「殲滅するぞナタク」

 

 BREAKクリムガンが黄金の残光を散らしながら再び場にボールから放たれ、登場する。通常のクリムガンの限界を突破した姿は雄々しく、そして美しく映る―――だからこそ散らす事に楽しさがある。乱気流が渦巻くように発生する。あらゆる速度差を無視した優先度の先制によって場に出たBREAKクリムガンが奥義を放つ準備を整えた。

 

「見飽きました。芸がないですね、貴女」

 

 放たれる奥義、ガリョウテンセイ―――そのタイミングをボールの中から何度も観察し、確認していたナタクがみきりでその攻撃を回避する事に成功する。ガリョウテンセイを放った直後のがら空きの胴体に外れる訳もなく、一瞬でばくれつパンチを叩き込み、わずかにクリムガンの体を打ち上げ、そこから更にインファイトを繰り出し、その体を後方へと吹き飛ばす。

 

 が、それで倒れないクリムガンが咆哮を響かせながら大地を揺らし、そして天からりゅうせいぐんを呼び起こす。

 

「喰らえば確かに落ちるでしょう―――が」

 

 跳躍し、足元のじしんを回避する。それを狙い打ったかのようにりゅうせいぐんがナタクめがけて落ちて来る。冷静にそれを見据えたナタクが両手に波動を集め、はどうだんを放ってその進路を変える様に弾く。そうやって攻撃を繰り出した直後のナタクに接近する様にBREAKクリムガンが一気に竜のオーラを片腕に溜め、動けない瞬間のナタクを狙って的確に攻撃を叩き込んでくる。

 

「―――」

 

 

 

 

 果たして天賦の才とは何だろうか。

 

 それを一言で表現するなら6V、そのポケモン、その種族における最高の個体値を保有したポケモンと表現できる。だけど世の中、それだけで終わりはしない。それはあくまでも()()()()()()()()()()()()()()()だ。そう、才能とは決して数値で語ることが出来ない領域でもある。個体としての能力が高い、振る事の出来る努力値の量が多い、そういう事も確かにあるだろう。

 

 だが天賦の才、つまりは6V個体とはその種族における一種の最強の称号でもある。

 

 6Vとはつまりその種族の頂点に立っているという証でもあり、自然な環境では生まれたとしても世界全体で二、三体程度しか生まれる事はない。かつて、まだタマゴに関する法律が整備されていない時に大量生産で6Vポケモンが環境に増えたこともあった。だがそれでも本来は希少な存在であるのは6V個体、天賦の才はその種族の本気、とも表現できる個体だからだ。

 

 その種族は天賦の個体を見る―――そしてそれが己の届ける限界、進めるべき道を見るのだ。

 

 私達のトップはあんな所まで上り詰めた。

 

 私達はあそこまで行ける。

 

 天賦の活躍を見てそれを同族のポケモン達は抱くことが出来る。それ故に時折、自らの才能を理解し、それを見て、トレーナーに売り込むポケモンがいる。通常のポケモンでもそういう上昇思考の持ち主は存在する。

 

 ―――ナタクもまた、自分から売り込んだそういうポケモンの一体であった。

 

 天賦でありながら盲目。強くなるためには犠牲が必要であり、天賦でありながら満足する事無く目を捨て去り、武を磨いた。そんな彼女を同族は理解できず、光を失ったと嘆いて失望した。

 

 それが彼女―――ナタクだった。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 ナタクに指示は必要なかった。

 

 そもそも天賦と言う領域は一種のブラックボックスだ。6Vと言う言葉では表現できない()()()が存在する。ワタルの異常な天賦ドラゴン軍団、サザラの適応力、数値だけではどうやっても表現できない領域が天賦のポケモンには存在する。それはあえて表現すれば―――仕様外の仕様とも言えるだろう。

 

 計算上、BREAK状態のクリムガンの攻撃を受ければ乱数次第だがおそらく一撃だろう。故にナタクの最優先事項は生き残る事であり、回避こそが最善だった。だがタイミング的にそれが不可能であると理解していたからこそ、

 

 ナタクはそれを受けた。

 

 メルトがやるような止めて回す動きではない。受けて、体を曲げ、そして衝撃を逃がす様に脱力し、ダメージを受けた点ではなく全身で分散する様に流し、()()()()()()()()()()()()。それは決して自分が育成で教えた事でも、ナチュラルによる覚醒で施された部分でもなく、

 

 純粋に、純然たる才覚から生じるセンスから発生する生存能力。

 

 必殺に届くドラゴンクローをそうやって無理やり威力を受けて殺し、ナタクは吹き飛ばされながらも紙一重で生存する。攻撃を受けた服の腹部は大きく破れているが、それを一切厭う事も、気にする事すらせず、当然のことを成し遂げたようにバックステップで戻ってくる。BREAKクリムガンが着地し、その黄金の視線をまっすぐ、ナタクへと向ける。それを受け、紙一重で体力を残したナタクが視線を返す。

 

「―――一撃で落とせぬのなら落ちるまで攻撃を続ける。行けます」

 

 覇気に充満させるナタクの姿を見て、まだ体力を残すクリムガンを見て、ダメージレースは負けているが―――次からの動き、一気に勝負の終了まで持っていく時だな、と判断する。

 

 状況は2:2でこちらがダメージで負けている―――が、負けは絶対にない。

 

 なぜなら、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。




 今回で終わると思ったけど終わらなかった。たぶん残ったポケモンと手札の数を考慮すると次が最後だといいなぁ。まぁ、バトルが進むよりは余計な情報挟んで話が長引いている感じあるので、それが原因かなぁ、って。そろそろコミュも挟みたい。

本日の選手紹介
カノン
 スカウトの経緯は秘密、ウルガモスの中でも特に変わった個体でほとんど準伝等の固有種に近い個体。先祖返りで環境や空間に力を発揮するとかなんとか。だけど本人はそんな事よりもアイドルだったり踊り子だったりハイテンションだったりする。目立つ事第一。なおツクヨミを抜けばこの場で一番のおばあちゃんらしい。

クリムガン
 ポケカ産BREAK進化を発揮するキチガイ。メガシンカ出来ないポケモンにとってのメガシンカ互換とも言える現象なので単純に考えてシガナさんはメガシンカを二回やっていると考えるとすっごい楽。何が凄い、とかは特にないのだがドラゴンで全体強化と限界突破やってるんだからそりゃあ種族と個体値の超ゴリ押しよ強いという事で。受けポケでもなきゃほぼ確定確一火力というすさまじい恐怖。

 Dパにつづく


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vsシガナ 決着

 2:2、数ではイーブンだがナタクもカノンも瀕死。そう考えると此方がやや不利。ここで確実にBREAKクリムガンを落とさないと敗北が見える。こうなると出せる指示は一つしかない。異能を持たないのだから、異能の代わりに育て上げた武器を振るうしかない。

 

 ―――殺意を練り上げた。

 

 ボスの様な威圧する殺意ではない。ボスはそれで空間を満たし、プレッシャーを与えながら反応から動きを読んでいた。だがそれよりも自分は生きるために食らいつく手段を求めた。殺意を練り上げ、固めて、纏めて、それを研ぎ上げて―――一本の刃の様に鋭く、刀の様に美しく、芸術的に作り上げる。そして完成された殺気の刃を悟られぬように常に隠し、保有し、

 

 ここぞという場面でポケモンかトレーナーの心臓に突き刺す。

 

「ッ―――ァ」

 

 BREAKクリムガンの動きが一瞬、怯んだように停止する。完全に意識外、トレーナーからの攻撃なのだから反応できるわけがない。心臓を鷲掴みされるような痛み、恐怖、ルールによって制限される公式戦では当たり前の様に禁じ手に類する類の技だ、()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。だがこういう野戦モドキのバトルでは存分に使える―――限度はあるが。

 

「捉えました」

 

 即座にノータイムできあいパンチが入った―――更にそこから追撃を叩き込むように二発目のきあいパンチがBREAKクリムガンの水月へと叩き込まれ、怯みから連打のダメージにより今度は動きが停止する―――硬い。だがそれに続くように、

 

「―――良いサンドバッグでした」

 

「ぐる……ぁ……ぉ……」

 

 断末魔が流星の滝に響く。それがナタクを祝福していた能力の上昇をすべて掻き消した。最後の最後で仕事をされたな、そう思いながらナタクを素早くボールの中へと戻し、そして視線をシガナへと向ける。その眼は最後の一体と言う状況へと追い込まれていながらも、決してあきらめのない、自信にあふれた瞳をしていた―――素晴らしい。実に素晴らしい。チャンピオン相手にそういう表情で殴りかかってくるのはチャンピオンリーグを勝ち抜いたポケモン馬鹿共を抜いたら……早々見つからないのだ。

 

 もっと力を吐き出してお互いに燃え尽きる様に楽しもう。

 

 それでこそポケモンバトルという競技の世界を堪能できる。

 

「頂点に立つ者の余裕で―――先手は此方から出してやる」

 

「―――まぁ、後出しも二人しかいないから意味がないんだけどねぇ!」

 

 モンスターボールの内からカノンが放たれる。登場と共に再び古城が流星の滝を上書きし、塗り潰した。静かに耳をすませば古城の奥に眠り、そして渦巻く者共の声が聞こえて来る。その声はカノンを讃える様で、しかし同時に恨むようで、喜ぶようで、悲しむようで、そしてどこまでも災厄を貯めこむ滅びの坩堝だった。聞き入ったら精神がイカレそうだなぁ、と思いつつもシガナのリアクションを求め、視線は外さない。

 

「驚き……ました。ここまで追い込まれるとは」

 

「井の中のニョロモって言葉知ってる? こんなクッソ狭い場所にいるんだからそらそうよ」

 

「……かもしれません。ですが私にも伝承者としての誇りがあります―――ですから、恨まないでください」

 

 そういうとシガナがボールを手に取る。それを掌の上に乗せ、そしてそっとその中に収められたポケモンの名を口にした。

 

「―――私を助けて、()()()()()

 

 ボールが内側から弾け飛び、破壊された。その中から出現するのは白い流線型のフォルムを持ったポケモンの姿だった。白く、そして青く、可愛らしく見える姿だったが、それがフィールドに登場するのと同時に発生するプレッシャーは今までの比ではなかった。全身から溢れさせるサイコパワーは明らかに通常のポケモンのそれではなく、通常のポケモンではどうしようもない絶望として描くことのできる存在だった。

 

 準伝説級―――或いは幻級とも言われる極端なまでに生息数が少なく、数が極小にしか確認されていないポケモン。

 

 ラティオス―――むげんポケモンラティオス。それが最後の一体の正体であった。そしてそれが登場するのと同時に自分の真横に空間の亀裂が発生する。その中から当然の様にツクヨミが出現し、中指をラティオスへと突き出していた。

 

「ちょっと待ってぇぇぇ―――!! それアリなら私もアリだろこれぇ―――!! フェアじゃない! フェアじゃない! わーたーしーもー出番欲しーいー!」

 

「うるせぇ黙れ引っ込んでろ今いい所なんだよ」

 

「あぁん」

 

 確認するまでもなくツクヨミである事を理解している為、即座に裏拳で異界の中へと殴り戻しつつ、一切油断する事無く、ラティオスへと視線を向ける。だが変化はそれで終わりではない。ラティオスの体が反応する様に光に包まれ、そして長老が握っているパイプが共鳴する様に輝く。それはよく知っている現象なだけに、より強く―――心が燃え上がる。

 

「メガラティオス―――!」

 

 むげん―――夢幻、或いは無限をつかさどると言われるラティオス、メガシンカを果たした幻のポケモンの圧倒的覇気が一瞬で異界の古城を揺らす。それに反応する様に異界の災厄が呪いとなってメガラティオスの動きを奪おうとその手を伸ばす。だが光を叩き割って出現したメガラティオスは古城を一睨みする。

 

幻のオーラが放たれた!

 

 メガラティオスから放たれたむげんの波動がその身を蝕もうとした古城の災厄を一気に振り払い、干渉を消し飛ばした。そのまま、乱気流が発生し、極大の風が発生し始める。来る、そう解っているのなら行動は早い方が良い。

 

「―――セット―――!」

 

 殺意の刃をシガナに叩き込む。心臓の痛みにシガナが一瞬、ガリョウテンセイの動きを鈍らせる。その隙間を縫う様にカノンが即座に動き出す。その動きは攻撃動作ではなく、

 

「ステージを盛り上げて退場するのも悪くはないわね!」

 

 自身をささげる―――おきみやげの動きだった。カノンの残された僅かな体力がすべて捧げられ、瀕死になる。それによって聞き遂げられたカノンの願いがメガラティオスへとまとわりつき、その能力を下げた。煩わしそうに放たれる幻のオーラがそれを半減させ、カノンが去るまでもなく内側から古城を破壊する様に吹き飛ばした。

 

「さすが幻か―――」

 

 カノンをボールへと戻しながらナタクの入ったボールを手に取る。これで状況は1:1、相手がメガラティオスで、この状況、此方の手札がスティングだったら()()()()()()()()()。だが今、手持ちにいるのはナタクだ。彼女のタイプは純粋な格闘のみとなる。ドラゴンとエスパーの混合型のメガラティオスが相手となると相性は最悪だ。ドラゴンという種族値の塊にエスパーというメインウェポンである格闘が一切刺さらない相手となる。

 

 背筋をゾクゾクと、悪寒が走る。

 

 奇襲を成功させられた気分だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう、これだ、この逆境だ。この逆境で抗って勝利したい。そういうバトルがしたいのだ。それで勝ててこそバトルは楽しいのだ。当然の様にチャンピオンに君臨し続ける生活なんて欠片も楽しくはない。

 

 状況は絶望的であれば絶望的である程いいものだ―――そうだろう?

 

 触れているボールがビリッ、とくる。電気の類ではない。純然たる、ナタクの放つ戦意、そして覇気によるものだ。幻、それもメガシンカを果たした存在に対して勝負を挑みたいと心の底から渇望しているのがナタクから感じられる―――ボールから放てばそこからは一切ノンストップ、ナタクかメガラティオスが倒れるまでは一切の休みは入らない。

 

「……次、ナタクを繰り出した時に僕が最後のサポートを入れる。それで眠っている潜在能力を引き出す。それがなんであるのかを僕は理解していないし、使いこなせるかどうかは解らない……だけど、よく解らないけど……なんか、何もしないってのはちょっと考えられそうにない」

 

「と、神サポーターのお声だ」

 

 だからお前には二つの方法を教えよう、とボールを握り、伝える。

 

「ポケモンバトルは最終的には火力の勝負だ―――だから一撃でぶち殺す事。踏み込んで、叩き込んで、そして終わらす事」

 

 これが一番基本的なスタイルだ。そして理想のスタイルでもある。なぜならばこのやり方は事故が発生しないからだ。安定しているとも言う。だから安定しない方法を教える。

 

「―――()()()()()()()()()()()だ、意味は解るな?」

 

 ゲームシステムなんてものはなく、お行儀のよいターンなんてものもない。あるのは速度、戦略、効果、そしてポケモンの能力だ。それを組み合わせて相手をいかにねじ伏せるか。それを成すための二つ目の手段が死ぬまで攻撃を続ける事。だがこれはポケモンが一瞬でも反撃を繰り出せば失敗してしまう方法だ。それ故に安定せず、推奨もされない。

 

 でも、だからこそ、

 

 面白いのではないだろうか。

 

「蹂躙しろナタク」

 

「決着だ―――それを君の手で成すんだ!」

 

「私は、負けたくない。メガラティオス!」

 

「ほっほ、年甲斐もなく熱くなってきたわい」

 

 ボールから解き放たれたナタクが音もなく静かにフィールドに着地した。ナチュラルから最後のサポートが―――潜在能力の覚醒が施される。それを受けたナタクの姿に一切の変化はなく、静かに一歩目を踏み出そうとし、

 

 ぱぁん、と音を響かせてねこだましを放った。

 

 普通、幻、或いは伝説のポケモンの類に対してこういう小技の類は通じない。しかしナタクの放ったそのねこだましはまるで意識外を意識して叩き込むもの―――先ほど己が殺気の刃でやったことを再現したのに近い事であった。それ故にメガラティオスはその強さ、性質、能力とは一切関係ない、ポケモンバトルからはもっとも縁遠い()()()()()()()()()()()()()()()()()によって動きを止めさせられた。

 

 故に、

 

 ここが最初で最後のチャンス―――ここで屠れなければ次はない。

 

 故にナタクは一瞬で踏み込んだ。コジョンドという種族が許せるその肉体を限界まで使用して踏み込み、大地を強く震脚で踏みつけながら、その背後へと抜け、裏拳を叩き込むように顎下から上へと叩き込んだ。一撃。それが脳を駆け抜けた―――が、メガラティオスを倒すには至らない。

 

「―――ラスターパージ!」

 

 故に迎撃の指示が、トドメの指示がシガナから放たれる。それに反応すべくメガラティオスの指先が動こうとし―――震え、動かない。その現象にメガラティオスが驚いている。

 

「俺はチャンピオン! 不敗の王者! 運命とは平伏し、屈服させるものォ―――!」

 

 頂点の執念でおうじゃのしるしの効果を無理やり引き出す。二度目はない。そしてその必要もない。ナタクは確かめ終わったかのように拳を握りしめていた。

 

私は修羅(天賦の才で)―――」

 

 そこから即座にみだれづきが五連続でメガラティオスの胴体に叩き込まれた。

 

「―――闘争に全てを捧げる者(スキルリンクを閃いた)

 

 みだれづきが成功してから更にれんぞくパンチを放ち、閃いたスキルリンクでそれを更に連続で確定させ、おうじゃのしるしがその効力を発揮してメガラティオスを拘束する。

 

今、この時(スキルリンクを忘れ)―――」

 

 はっけいを怯まされ、動けないメガラティオスの体へと叩き込んだ。

 

「―――主との出会いに感謝する(てんのめぐみを持っていると宣告した)。我が修羅道、見たり」

 

 メガラティオスが一撃で麻痺し、その体が痺れる。てんのめぐみを投げ捨てて再びスキルリンクを覚えていると主張したナタクの足によるみだれづきが五発綺麗に腹へと叩き込まれ、肺から酸素を吐き出させつつおうじゃのしるしが輝く。そこかられんぞくパンチで顔面を殴り倒し、そこからばくれつパンチをボディへと叩き込んで麻痺とおうじゃのしるしで再び動きを拘束する。

 

 特性、それは一種の精神性か、体質だと言っても良い。育成を通して塗り替えたり切り替えたりすることもできるだろう。だがそれを戦闘中に自由に切り替えるのはもはやそういう領域ではない―――これぞ、これこそ理不尽。

 

 天賦、それも何かを切り捨てる事によって得られる天賦の極致。

 

「ハァ―――!!」

 

 みだれづき、ばくれつパンチ、れんぞくパンチ、はっけい、スカイアッパー、連続で繰り出すそれをてんのめぐみやスキルリンク、そして天賦により元来備わっている絶大なセンスを天賦の才で支え、絶対に麻痺と怯みが発生する様に攻撃を叩き込む。それは天賦の才とは、種族的には絶対に届かないであろう存在、幻と称される存在に対する挑戦である、下剋上であり、

 

 ―――オニキスのポケモンらしい、蹂躙だった。

 

「ラティ!!」

 

「―――」

 

 シガナの言葉にメガラティオスが咆哮を轟かせ、

 

幻 を 舐 め る な !(麻痺と怯みを振り切った)

 

黙 れ(なげつける)

 

 幻のポケモンがなす理不尽さで一瞬だけ覆し、とびひざげりの反動で後ろへと飛びながら着地を決めながら放たれたなげつける―――額におうじゃのしるしが浅く突き刺さる。

 

 メガラティオスの行動が確定で止められた。

 

これで―――(天賦の才で)

 

 蹂躙されている事実にメガラティオスが大きく目を開く。しかしそれに一切応えもせず、一気に懐へと踏み込んだナタクが最後の一撃を放つ為の拳を作り、

 

―――終わりです(ちからもちを閃いた)

 

 きしかいせいが深く、メガラティオスの胴体へと突き刺さり、その意識を奪って流星の滝、もはや原型が残らないほどにボロボロとなったその大地に体を倒した。信じられないものを見る様な視線を向けるシガナと長老の姿を見て、少しすっきりする。

 

 あぁ、実に楽しかった。

 

 今の勝負、最初から最後までナタクが蹂躙できなければ敗北だったのだから。彼女はあとで労って、そして褒めてあげないと駄目だろう。それに最初の方でアドバンテージをロスしてしまった為に、後半、ナチュラルに頼りすぎた部分があるかもしれない。

 

 まぁ、反省会は後に。

 

 今は、

 

「ナイスファイト―――楽しいバトルだった! また命燃やして、魂を叩き込むようなバトルしようぜ。今度は俺の得意な6vs6でな」

 

 ただ、この激戦を讃えたく、そして疲労感が気持ちよかった。




 という訳で合計2万文字になる3vs3終了。若干ナっくんによる覚醒祭になってないか? と思いつつこの勝負一期面子ならぶち殺してたしこれぐらい問題ねぇな、と判断。どっかのサザンガルドとかいう生物が3タテぐらいはするじゃろ。と、まぁ、次回から漸く平和ですね、って感じ。

選手紹介
ナタク
 盲目で天賦の亜人種コジョンド。天賦の才だけでは限界がある。その先が見たいから目を使えなくしたというキチガイポケモン。お前は一体何を言ってるんだ。息を吸う様に鍛錬し、息を吐くように戦うのでもはや生活サイクルにバトルが混ざっている手遅れな存在。次の目標は麻痺なしでコンボ完遂。

メガラティオス
 かわいそうな子。覚醒イベで踏み台になる展開は多いからそれがいけなかったんや……と言うのは冗談で、シガナ側もデータがない行動には即座に対応できなかったというだけの話である。あのコンボ、麻痺で一部繋いでいるのでラムの実もたせれば勝てた模様。

 シガナ戦おしまい! クソ長い!


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流星と宴

 バトルが終わる。それは当然の様に己の勝利で終わった。ぼろぼろになったポケモンを治療し、そしてそこから再び交渉の続きになろうとしたところで、それは延長するハメになった。

 

 その理由は、

 

「飲めぇ―――!!」

 

 宴が始まったからだ。

 

 流星の民の集落、少ない数の人しか住んでいないその辺境には今、ほぼすべての流星の民が参加する宴が行われていた。集落の中央で巨大なたき火を燃やし、それを囲うように民達が酒を飲み、肉を食らい、そしてポケモン達を自由に放ち、遊んでいる。まさに祭りと表現するのにふさわしい馬鹿さ加減だった。この地方にいない事で珍しがられているメルトは一部のトレーナーや子供たちに人気だし、ピカネキは張り切って遊びまわっている。

 

 見る方向を変えれば異界の内装を改造したのか、ミニライブを生み出したカノンがロトムウマ、ツクヨミ、そして新しくベース係として引き入れたミクマリを含めてバンドに挑戦していた。しかも妙に上手だからイラっとくる。ナイトやスティング辺りは騒がしすぎるのが苦手らしく、少し離れた所で月見をしながら酒を飲んでいるみたいだが、

 

 概ね、自分の手持ちのポケモンも割と好き放題やっている状態だった。なぜこうなってしまったのだろうか。そんな事を考えながらナチュラルを探そうとして思い出す。あの少年は妙に女にモテてたのでリリースしたのだった。明日の朝まで戻ってこなかったらたぶん色んな意味で大人になっているのだろう。

 

 トラウマが残らなければいいけど。いや、そんな事よりも、どうしてこうなっているのだ。

 

「ほら、飲みんしゃい。手が止まっておるぞ」

 

「長老……」

 

 酒の飲みすぎは体を悪くするからいつもは量を控えているのだが、そんな事を気にせず、グラスの中にガンガン度数の高い酒を長老が注ぎ込み、笑いながら背中を叩いてくる。その威力が予想よりも強く、少しだけグラスから零れるが長老は気にするような様子を見せず、ボトルを握ったまま老人の集団に向かって突撃してくる。

 

 凄い婆だ。だがこれはなんだろうなぁ、そんな事を思いながらグラスを口に付けると、

 

「―――これは歓迎だよ、おじさん」

 

「あ゛?」

 

 そんな声が聞こえた。首だけを振り返りながら声を漏らせば、そこには少女の姿が見えた。年代はおそらくナチュラルに近く、顔立ちはシガナに近い、黒髪のショートカットの少女。名乗らなくても彼女の名前は知っている。彼女を探してこの地にやってきているのだから。

 

「お前は―――ヒガナ」

 

「あ、やっぱりバレてた。こっそり監視してたけどチラチラこっちの方を見てたしバレてるんじゃないかなぁ、って思ってたんだよね。あ、でも手持ちの情報を売らなかっただけ感謝してよね?」

 

 違う意味でヒガナの名前を呼んだのだが、彼女はその意図を理解する事無く楽しそうに声を零した。切羽詰まったような焦燥感はなく、気楽に、そして空気を楽しむように笑みを彼女は浮かべていた。それはオメガルビー、或いはアルファサファイアというデータ上の世界では絶対に見る事のなかったヒガナの姿であり、自分の予想があっけもなく裏切られた瞬間でもあった。ヒガナはここにいた。

 

 ―――だとしたらフーパ使いは誰だ。

 

「ま、姉ちゃんに勝てたんだからこれだけ騒ぐのは当然だよ」

 

 そんな此方を察する事もなく、ヒガナは喋り続ける。その当然という言葉に首を傾げる。

 

「うん? 解らない? ウチ(流星の民)って結構閉鎖的なコミュニティでしょ? それでいて独自の技術を保有したり、高いレベルの力を保有しているから解るやつはそれなりに目をつけて来るし、定期的にドラゴン使いとかが修行の名目で勝負しに来るんだよね―――ワタル様もそうやって勝負しに来た一人だし。だけどね、姉ちゃんが伝承者になってから今まで、一度も敗北したことがないんだ」

 

「そりゃああんなクソみたいなチート軍団、倒せるキチガイが限られるわ」

 

 メガボーマンダによる種族値の暴力、BREAKクリムガンの限界突破した強さ、そしてそれを乗り越えた所で出現するメガラティオスというどうしようもない絶望。二枚看板どころか三枚看板だ。天賦でも相当育成した個体か、或いはナタクの様に突き抜けきった異常な個体じゃない限り対処は難しいだろう。そんな事を思っていると、打撃の音が聞こえた。

 

 視線を岩地の方へと向ければ、岩から岩へと飛び跳ねる様に高速で跳躍するナタクの姿と、それに追いつくように空中戦を挑むラティオスの姿が見えた。また戦っているの貴様ら。まぁ、ナタクはナタクでどうやら修羅道に突き抜けてしまったようだし、仕方がないのかもしれない。練習量と休みの比率、再調整すべきだろう。

 

「言っておくけど、私達(流星の民)は別に全方位に喧嘩を売ってるわけじゃないんだよ? ただ姐さんが強いと皆、調子に乗り始めるからね? でもそれって結局は期待の裏返しでもあるんだよね……まぁ、だからお姉さんに勝利したおじさんを見直して、そして外の連中も見直して、ついでにお酒を飲む口実を得たからそれで盛り上がる」

 

「絶対に最後のが大半の理由だろ」

 

 黙ってヒガナが周囲を見て、やや意気消沈しつつうん、と答える。足元でこぉん、と鳴き声を漏らす声に視線を向ければ、ロコンの姿をしている黒尾がいる。抱き上げ、膝の上に乗せる。

 

『―――嘘も演技をしている姿でもないわ。彼女は()よ』

 

「お疲れ様……」

 

 テレパシーを通して教えてくれた黒尾の報告に安心をしながらも、更に深まる謎に少しだけ頭を痛める。とはいえ、敵は敵だ―――出てきたら全力でぶち殺すだけなのだ。実際、ツクヨミから逃げきれるというレベルは油断も慢心もできるレベルではない。場合によっては同格であることを覚悟しなくてはならない。まぁ、今ぐらいはそれを忘れてもいいだろう。

 

「まぁ、個人としてはガリョウテンセイを手に入れればもういいんだけどさぁ」

 

「―――それに関してお答えしましょう」

 

「あ、姉ちゃん」

 

 ヒガナの反対側、つまり自分を挟むようにシガナとヒガナが揃った。酔っている様子はなく、酒の匂いもしない。まだ飲んではいないようだ。それにヒガナがシガナへと向ける表情、相当仲の良い姉妹の様に思える―――シガナが死んだからこそ、原作とも呼べるゲームの世界でヒガナはあんな動きを取ったのだろうか? そう考えるとシガナの存在がどれだけ重要か解ってくる。

 

 ともあれ、シガナが来たのなら話を進めよう。

 

「俺が勝った訳だが……納得できたか?」

 

「えぇ、実に心が湧き立つ、血の滾る熱い勝負でした。その戦いを通して解りました。貴方はどこか闇を背負い、手段を択ばない外道とも言える部分があり、進んで下衆である事を選ぶ人間です……ですが、その本質は誠実さであり、悪に裏付けされた正義です。貴方は信用も信頼も出来る人物です」

 

 なぜなら、とシガナは言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「当然だ。俺に率いられたいという奇特な連中を俺が手放すわけないだろう」

 

「だから私はそれを信じて教えます―――貴方がガリョウテンセイを習得する事は()()()です」

 

 シガナの言葉に覚悟はしていたが、そうか、と呟き、軽く頭の裏を掻く。ヒガナが首を傾げるが、シガナの言いたい言葉、その意味は解っている。

 

「……()()()()()()()()()()って事だな?」

 

「解っていましたか……」

 

「まあな」

 

 カントー時代に最高クラスの異能者、超能力者であるナツメに資質の判別を行われたことがある。その時ナツメは断言したのだ。俺に異能に関する才能は一切存在しない。もし異能を保有する様になるなら、それは一部の特殊なポケモンと契約を行う事によって異能を手にするか、或いは何らかの方法によって才能の器そのものを拡張しなければならない、との事だった。

 

 俺の資質は育成の方向性に振り切れていた。

 

 指示は意識して鍛えれば鍛えるほど磨くことが出来、今でも鍛えている。

 

 統率力は生来のカリスマが全てだ。だからそれを補う様に自分に適応した、適合するポケモンを探し、生み出し、そして率いる。

 

 そして異能だけは伝説のポケモンによる外付け拡張でどうにかしている。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()のだ。自分に異能を使う事は出来ても、それを覚える事は出来ない。他人から異能を受け継ぐ場合は直接異能を覚える、その領域に埋める様にはめ込むのだ。ツクヨミ、カグツチ、ワダツミの異能能力はポケモンの力を借りて、自分の体を媒体に繰り出しているに過ぎず、ちゃんとした習得ではないのだ。

 

「ナチュラルはどうだ」

 

「彼なら覚えられるかもしれませんが、それと引き換えに多くの能力と才能を失うでしょう。少なくとも私達はこの継承でポケモンを育成する能力を大きく失い、ドラゴンポケモン以外に対する大幅な指示と統率力の低下が発生しています。あと場合によっては身体能力までもが……」

 

「クソみたいに重いなぁ……いや、だからこその奥義か」

 

 ガリョウテンセイ、これを確保しておけばレックウザ関連は此方が遥かに有利になってくる。だから出来るならポケモンに覚えさせるなり、自分が覚えるなりで確保したかったが、シガナの話を聞いている限り、ポケモンに教える場合も駄目になるだろう。少なくともメガボーマンダを見ている限り、専用構築をしないと駄目というレベルになってくる。そこまで犠牲になって協力してくれるポケモンは……今、手持ちにはいない。ダヴィンチなら可能かもしれないが、彼女は諸事情故に()()()()()()()()()()()

 

「ですので―――代案を用意しました」

 

「代案?」

 

「えぇ、カイオーガとグラードン、二体の復活が迫るというのが事実でしたら竜神様の力を継承し、伝えて行く我々流星の民であっても決して看過できる事ではありません。こうなってくると本格的に動き出す必要がありますが、その数にも限度がありますし、どうせでしたら事情の解っている方と一緒の方がいいと思いませんか?」

 

 確かにな、と言葉を呟き、シガナの言葉に納得する。

 

「確かにガリョウテンセイさえ確保できてればいいからな―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。という事はお前が来るのか?」

 

「いいえ、私はそこまで体が強い訳ではありませんから……ヒガナにガリョウテンセイを継承し、外の世界へと連れて行ってください。最近暇そうにしているので」

 

「えっ」

 

 予想外の言葉にヒガナが一瞬でフリーズした。その表情はガリョウテンセイの継承に嬉しそうな表情であり、そして同時に姉に一瞬で売られたという事実に対してショックを受けている、複雑そうな表情だった。ただフリーズしているのは間違いなく、膝の上から欠伸と共に黒尾が偽りなし、とチェックを入れた。良い姉妹なのだが、どうやらヒガナの方が若干シガナに振り回され気味らしい。

 

「じゃ、問題ないな」

 

「えぇ、問題ありません。それよりも今度は何時、此方へ来られますか? 敗北するなんて相当久しぶりでして……早くリベンジを挑みたくてはしたないかもしれませんが、今から楽しみにしています」

 

「そうだなぁ……まぁ、しばらくは忙しいだろうから結構後になるな。少なくともホウエンが平和になればチャンピオンリーグまでは育成以外でやる事はなし、選手の調整やスパーリングで遊びに来ても問題はないんだよな。……あぁ、そうだ。ダイゴを紹介するよダイゴ。食らった感じ、アイツの超耐久パ相手にはお前のパーティーが全く通じそうにないからな」

 

「そんな恐ろしいパーティーがあるんですか……?」

 

 ダイゴの耐久パは本当にヤバイ。具体的に言うと一撃必殺や割合ダメージ以外だと削っている感触がしないレベルで硬いし戦いが終わらない。前勝負した時はレギュレーション変更前だったのでまだ黒尾のきつねびが使えた頃の話だ。対面でやけどにして耐久力を割合で削れ続けるのだから、サイクルを有利に保ってダメージを減らせば耐久し返し、勝利するという最悪に残忍な勝負が出来た。

 

 まぁ、今考えるときつねびの火傷条件がガバガバすぎるからレギュレーションに引っかかってもしょうがないよなぁ、という気持ちである。

 

「ま、またバトルしようぜ。今度は6vs6で、な」

 

「能力的にほぼ3体までの育成で私は限界なんですよね……ここら辺、今後の課題でしょうか」

 

「ねぇ、二人ともなんでそこまで私の人権を無視して話を続けられるの?」

 

 他人事だからな、とオチが付いたところで酒を飲み進める。また明日からは移動だ―――しかしその前の小さな宴、小さな休息。

 

 そこで休んだとしても罰は当たらないだろう。




 新たな犠牲者のエントリーだ!!

 という訳でかつてない程にクリーンなヒガナちゃん登場。こいつが黒幕じゃね? なんてことを思われながらもシガナ存命である為に一切の厄ネタなしというエピソードΔが驚愕する事態に。

 次回から移動&コミュのお時間ですよ。さて、だれかな。


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コミュニケーションカノン

飽 き た

 

 長らく覚えている感覚、感情がそれだった。果たして最後に表情を変えたのは何時だったのだろうか。失意と傍観、そして無感情の虚無に囚われた心は何かを感じる事はなく、ひたすら玉座に座り続ける事のみを続けた。その有様を言葉として表現するのであれば或いは肉人形、その言葉が一番ふさわしかったのかもしれない。だが己は人形以下の存在であると、そういう自覚はあった。人形には遊んでくれる主がいる。

 

 自分にはそれがいなければ教わったこともない。

 

 生まれた時から退屈だった。主として、支配者として生まれたのはいい。だがそこで見たのは滅びゆく文明だった。かつては栄華を誇っていたのだろう。だが己が生まれてきたとき、それは既に衰退の時代に入っていた。

 

 古城の主として()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に退屈だった。成長をする必要がなかった。古代の血を引き、原初の太陽をもたらしたウルガモスの再来として祀られ、そして古城の主として君臨する。それだけが己に必要とされた能力だった。それ以外は何もしなくていい、戦いも世界も知る必要もない。故に玉座に何かをするまでもなく、主として、女王として君臨し続ける。それが義務であり、それ以外の全ては必要とされない。故に当然ながら己は何もしなかった。そして当然の様に、

 

 衰退しつつあった文明は滅んだ。

 

 かつて、人はポケモンと共にもっと身近に生きていた。その時代ではポケモンは人の姿をしていなかった。所謂古代種は人の姿をせず、それでも人と共に生き、子供を成し、そして次の世代へと進んでいた。その衰退の流れを己は見た。積み上げられてきたものが着実に崩れて行く姿を、戦争によって滅んで行く文明の姿を。それを見て己が何か感情を抱くことはなかった。それは必要のない機能であったから。

 

 原初のウルガモスとは暗黒の時代に天を生んだ者。太陽となって大地を照らし、冬を終わらせた者。その再現、それ以外の必要はされていない。故に己は何もしなかった。古城に時折人が助けを求めに来たが、拒絶する事も助ける事も受け入れる事もしなかった。だからこそ当然ながら人は消え、ポケモンは増え、そしてまた消え、少しずつ朽ちて行く。なぜ何もしない。なぜ動かない。貴様は神ではないのか。道を照らしてくれ。

 

 古城に怨嗟が溜まって行く。だがそれすらどうでもよかった。そもそも君臨するために生み出され、生まれてきたのだ。それ以外の全てを持たない存在に何を求めるのだろうか―――そんな事すら考えなかった。ただ肉人形として君臨し、存在し、そして古城と共に長い、とても長い時代と時間を生きた。

 

 そして文明はポケモンを残して滅んだ。

 

 そして再び時は動き出す。

 

 それでもやる事に変わりはなかった。何かをする必要も、覚える必要もない。ただ知識は勝手に増えるばかりで、そして古城も少しずつ変わって行く。主の庇護を求めて勝手にポケモンが住み着き、そして風化していくようにゆっくりとだが削られて行く。着実に削られ、そして消えて行く古城は前文明の遺産であり、

 

 ―――そして滅びの象徴だった。

 

 だからといって何かをする訳でもない。朽ちるその時まで君臨し続ける為だけにそこに存在する。故に古城は何かをされるわけでもなく、ほとんどの文明から遠ざけられて存在し続けた。別にどうでもよかった。それこそ完全に崩れて崩壊しても。そうすれば飽きる事なんてなかっただろうに。だがそんな願いですらない願いを裏切り、古城は数えもしなかった時を生き抜いた。おかげで古城の中のポケモン達も代替わりを重ね、一部、古参を除けばほとんど己の知らない者ばかりとなってしまっていた。

 

 その間に世界も大きくその姿を変え、いつの間にかポケモンは人に近い姿を望み、そうなる様に進化した。おかしな話だ。

 

 かつて、人とポケモンはいっしょだった。それこそ結婚し、子を成すまでに密接に生きていた。だが新しい時代、人とポケモンの間には種族という小賢しい壁があって、それを乗り越えていないのにポケモンは人に近づこうとしていた。まるで意図的に誰かが世界の針を進めているような、そんな印象を受けるあべこべさが外の世界には広がっていた。或いはその古城から変わって行く世界を眺め続けていたからこそ解った真実なのかもしれない。

 

 しかし、果てしなくどうでもよかった。

 

 考える事にすら飽きた。

 

 生きる事にも飽き、

 

 そして死ぬのも面倒だ。

 

 だからただ唯一、もはやだれも近寄る事すらなくなった玉座でただただ自分と城の終わりを待ち続ける様に君臨した。もはやそれを望んだ存在がいないのだから、極限まで不毛であった。だがそれ以外を己ですら求めていない。故にソレ以上を求める必要もなく、傍観の果てに傍観である事すらも忘れつつあった。己以外にも同じような境遇の古参は数名存在した。だがそのどれもが結局のところ、どこかで狂うか傍観に沈んでいた。

 

 それほど長い時を過ごしたから、という意味でそうなったのではない。

 

 それしか選択肢がないからだ。

 

 伝説でもない存在―――超常存在である伝説、バグとして生み出されたことが始まりの幻、それを除けばはるかな時を生きる事は決して賢い訳ではなく、最終的に世界に飲まれる。

 

 或いはそれこそが見えざる神によるシステムのアップデートなのかもしれない。

 

 望んですらいないのにいつの間にか人の姿をしていたのが何よりもの証拠だった。だが虚無の底に沈んだ意識の中ではもはやあぁ、という言葉すら出ない始末だった。だけど刺激を求める訳でも救いが欲しかったわけでもない。人形にそのようなものがある訳はない。ただ知識を持つだけであり、それを動かす知恵がなかった。

 

 ―――そこにある日、変化が訪れる。

 

 良くも悪くも己は完結していた。故に永遠に変化はありえなかった。故に変化とは内部ではなく外部から生じるものだった。代わり映えもしない時、いつの間にか古城の最奥、己が主として君臨する玉座の前に到達する一つの姿があった。それは一人の男の姿だった。白いトレンチコートに黒いボルサリーノ帽という何ともアンバランスな格好をしている癖に、本人がカッコいいと思っているのか、それを着こなしている、そんな少しだけ間抜けな男の姿だった。あとから話を聞けば黒は師とかぶるから嫌だ、という何ともしょうもない理由でそんな色を選んでいた男だった。

 

『お前が欲しい』

 

 男の欲求は何とも情熱的であり、率直だった。余計な言葉を入れず、ストレートな欲求だった。男は己に対して説明を行った。男はポケモンマスターだと。とある大陸でチャンピオンをしていると。そしてもっと強くなるためにポケモンをスカウトしているのだと。だから己は答えた。好きにしろ、と。捕まる事等どうでもよかった。未練も執着もない、そういう生だったからだ。だから捕まえて従わせるならそれも良い。そう答えた所で、男は答えた。

 

『俺のタイプは元気で強情なお嬢さんを組み敷いて無理やり浚って行く事なんだ』

 

 そう告げた男はそれだけでスカウトをあきらめた。この男は一体何を言っているのだ、と軽い混乱を抱いた。捕まえに来たのではないか。そんな疑問が胸中に湧き上がっていた。

 

『言っただろ? 少し嫌がるところを組み敷くのが好きだって。反応のない人形を連れ出した所で楽しくもなんともない。無駄足だったか……まぁ、ここらへんでスカウトできそうなのを探すか、他にもウルガモスはいるみたいだし。あー……この匂い、どっかに天賦ガモスがいるな……! スカウトできなくても育成したくなるぞ!』

 

 男は己の心を、頭を掻き乱すだけ掻き乱してあっさりと背を向けてしまった。一体なんだったのだろうか、もやもやとしたものが胸に、痛みと共に現れ始めていた―――その時、己は気づきもしなかった。長い時を傍観に沈んでいた己が漸く、何かを考えようとしていたことを。初めて明確に考えようとし始めていたことを。

 

 意志に対して方向性を与えようとしていたのを。

 

 ―――夜、男は寝床を求めて再び玉座の前に姿を現した。

 

 安全な場所がこの玉座の間のみであると男は言い、ここをキャンプ地として勝手に宣言していた。破天荒な男は良く喋り、今の世界がどんなものかを良く語ってくれた。それに応える様に己も最初は控えめに、そして次第に引き出される様に言葉を、知識を放出していた。昔の人々はどんな生活をしていたのか。なぜ己はここにいるのか。どういう世界なのか。何をしているのか。

 

 飽きて、ただただ死んでいないだけの生に、初めて潤いと言える様な出来事が続く。男と一緒の時間は心地よかった。男といる間、まるで心臓に刃を突き刺されたような痛みを抱き、肌をぞわりと悪寒が撫でる。それは祀られるだけの己にとっては未知の領域であり、そして未知であるが故に心地よく、快感を覚えてしまいそうなほど楽しいものだった。それは男の殺意だった。もはや感じる事のなくなった己の心臓に殺意を流し込み、それで眠っていたものを引き出そうとしていたのだ。

 

 だがそれを口に出す事も、損耗する姿も見せずに、男は古城に滞在する五日間、ずっと続けていた。

 

 彼はほかのポケモンでもスカウトしよう。そう言った。

 

 だがそれは嘘だった―――彼の瞳には最初から己しか映っておらず、どうやってその気にさせるかしか最初から考えていなかった。だから彼は彼にしか出来ない事をやった。凝り固まった氷の様な心を殺意の刃でそぎ落として露出し、その中に彼らしい焔を叩き込んで、くすぶっている種火を燃やしたのだ。言葉での説得ではない。それは彼、そして彼に適応できるポケモンにのみに出来る手段だった。

 

 ()()()()()()()だった。

 

 その統率に私は見事、適ったのだった。

 

 故に自然と、接している内に私は彼の事を想い、率いられたいという感情を引き出されて行く。おそらくそれは男の計算通りの動きだったのだろう。そしてそうやって動かさないと手持ちを増やすことが出来ないのだから彼のいる世界はなんともめんどくさい世界だった。己が知っている時代よりもはるかに複雑となっているが、どこか、縛られている。そう受け取れる世界だった。それを伝えると男は笑い、そして言葉を告げたのだった。

 

 

 

 

「―――もうちょっとハジツゲまでの道路を整備してもいいんじゃねぇか? 見ろよ、アイツもう瀕死だぜ」

 

「君が! 僕を! 群れの中に放り込むからでしょ!」

 

「いや、それで襲われずペロペロ地獄されるのは私初めて見たよ。というか今もファンの皆が後ろからこっそり行列を作って追いかけてきてるよ」

 

「モテモテだなナチュラル君」

 

「僕は自分の能力を今だけは恨みそうだよ……」

 

 前方、流星の滝からハジツゲタウンへと延びる道を三つの姿が歩いて進んでいるのが見える。出会った時と変わらない黒い帽子の男、白い帽子をかぶる緑髪の少年、そして新しく旅についてきた少しだけ同情できる民族衣装の少女だった。三人とも年齢はバラバラだが、それでも一つの友人のグループとして、遠慮のない関係を構築できているようで、楽しく笑っていた。後ろから歩いている自分はそんな三人に小走りで追いつき、軽い跳躍で男の背中に追い付き、抱き付きながら視線を白い帽子の少年へと向けた。

 

「ねぇねぇ、知ってる? ―――昔はポケモンとの結婚とか色々と文化であったのよ」

 

 一瞬で白帽子の少年は動きを停止させ、うなだれながら呟く。

 

「待って。それを僕に言ってどうするの」

 

 それを聞いていた民族衣装の少女が静かに頷き、背後の野生のポケモンの行列へと視線を向けた。

 

 

「さあ、始まってまいりました第一回婿チュラル君争奪戦。参加者は……おっと、いきなり114番道路がルール無用のデスマッチに突入しましたね……ってこれ環境変わらないかな」

 

「おなかがいたい」

 

「色男って罪深いわね……!」

 

「君のせいだよ!! なんでオニキスのポケモンってこんなにイロモノが多いんだよ!!」

 

 流星の滝へと来る前よりも白帽子の少年に対する被害が増えている。このままだと少年の胃は大いに荒れそうだなぁ、何て事を考えながらころころと笑い声を零してしまう。飽きを感じていた己はあの古城に捨ててきた。あそこを異界として再現することが出来た故に少々思い出してしまった。しかし、

 

 今の自分は、

 

「アタシ、染められちゃって浚われちゃったからね。仕方ないわね」

 

 こうやって、歩き、笑い、一緒に生きているだけの時間が何よりも楽しいのだ。

 

 故に進む、

 

「ね、アタシのポケモンマスター様」

 

「おう。男には浚うぐらいの強引さがないとな」

 

 次の街へと向かって、率いてくれる自分のポケモンマスターと共に。




 元古城の主。今回はスカウト経緯、内面という感じとオニニキの性癖の話。これも全部ロケット団って奴が悪いんだ。ところでボス、教育方針間違えませんでしたか?

 ヒガナちゃん、犠牲枠に入るのが嫌で積極的にナチュラルを弄る側に走った模様。これにはピカネキ、ボールの中からニッコリ。


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114番道路

 ホーホーの鳴き声が響く夜、大きなたき火を囲むように三つの椅子を並べ、皿の上に盛られたカレーを食べている。黒尾がロコン化で家事に参加できない今、料理当番を一番頑張り、そして積極的に取り組んでいるのが氷花だ。彼女のおかげで料理に関する質は高い水準で保たれており、今食べているカレーも保存されている物ではなくこのキャンプ地で調理した物だ。黒尾がロコン化してから台所を一気に掌握してしまった彼女だが、どうやら本格的に料理に取り組むことに魅力を見出してしまい、このカレーもスパイスから作り出す徹底ぶりを見せている。

 

 もう選手やめて料理屋でも開けばいいんじゃないのかなぁ、というレベルである。

 

 ただ料理している様子は楽しそうだし、誰も文句はない。むしろおかわりが大量に発生する。それを見て黒尾が若干ぐぬぬぬ、という表情を浮かべているが、所詮は姿がロコンなのであまり威厳の類は存在しない。まぁ、可愛らしい話だ。そんな事を想いながら視線を空へと見上げれば満天の星空が見える―――ポケモンバトルではなく自然の、美しい星空だ。

 

「次の目的地はハジツゲって話だけど……何か予定あるの?」

 

「いや、ハジツゲ自体には用事はねぇよ。ぶっちゃけた話、ハジツゲは補給の為に一旦寄るだけだぞ。それが終わったらちょいとペースを上げて一気にフエンに行く―――ハジツゲからフエンまでは今回、ちょいポリシーを曲げて飛行するか、或いはポケモンに乗って移動しようかって思ってるんだな、これが」

 

「あれ、意外だね。基本的にオニキス、移動する時は徒歩って決めてるよね」

 

 まあな、と答える。基本的に徒歩を自分が好むのは趣味の様なものだ。未知の土地を自分の足で歩いて踏破するからこそ、旅と言うものには価値が生まれるのだと思っているし、そうやって歩くからこそ自然と体が鍛えられる―――ポケモンの育成につながると思っている。だけど今回は少しだけ話が変わってくる。流星の滝では予想外に滞在が長引いてしまった。その為、あまりゆっくりしている時間がないのも事実だ。

 

 そもそもイベントに関する正確な日時を把握する方法が己にはない。

 

 ただえんとつやまでアクア団、マグマ団がぶつかる事は知っている。その前に発生する隕石の強奪は―――正直、止めようがないと思っている。実際、現在のホウエン地方で隕石を入手しようとすればそれ自体は()()()()()()()()事なのだ。流星の滝で待ち伏せしてマグマ団とアクア団を阻止するのは別に問題はない。だがその結果、どうせ別の方法で隕石を入手されてしまうのなら最初からえんとつやまで張り込みをして、そこで近づいたところを皆殺しにすればいいのだ。

 

「実は前々から温泉には興味があってな―――フエンは温泉で有名なんだぞ? ま、日ごろの疲れを癒す意味でもフエンで暫し滞在だ」

 

 無言のガッツポーズを見せるナチュラルに対して、ヒガナが首を傾げている。フエンタウンへと急ぐ理由にはなっていない、という表情だ。それを聞こうとこちらへと視線を向けているが、静かに人差し指を唇へと当て、しー、というジェスチャーを取る。それで勝手に何かを想像したのか、ヒガナはなるほど、と納得した様子を浮かべる。チョロイ少年少女共め。

 

「まぁ、そっちもそっちで色々と考えてるんだが―――個人的にはロトムウマの育成で困っている部分もあってなぁー」

 

「え、困る?」

 

 まぁ、方向性の話だが、と言葉を付け加える。空になったカレーの器を下へ置きながら、片手でエネルギー補給していたロトムウマのコンビを呼び寄せて、膝の上に乗せて頭を撫でる。目を細めてうとうとし始めるのを確認しつつ、そうだなぁ、と声を零す。

 

「最終的な方向性としては後続へと繋げるタイプのアシストになる。ただ想定している最終形態が二種類あってな、どっちにするかで迷っている、ってところだな」

 

「むぅー?」

 

 自分の話であると理解したムウマが視線を上げ、首を傾げて来る。まだまだ中身は子供だな、と思いつつ自分の中で完成されている二つのプランを口にしようとして―――周りで手持ちの面子が聞き耳を立てている事に気づく。それもそうだ、最終的にはこのBパーティーにいるポケモン達も全員がスタメン争いに参戦しているライバルたちなのだ。仲間であり、それでいてライバル。オニキスというトレーナーの手持ちのポケモン達は全員が最高の舞台で戦い続ける事を望んだ者たちなのだから。

 

 そしてとびっきり相性の良いポケモンはつまり、スタメンへのリーチがかかっている、という事だ。そりゃあ真剣に気になる、という話だ。

 

「俺が用意している二種類のうち、一つ目のプランは通称”デスメタル”だ。相手と対面した時に相手のタイプを()()()()()()()()()()ってコンセプトのプランだ。たぶんレギュレーション的に1試合2回、もしくは3回って回数制限がかかるだろうが、相手がどんなタイプ、耐性を保有していようがそれを此方で指定できるってのはアドバンテージだ」

 

「なるほど、私との連携を重視した形ですね」

 

 ナタクの言葉に頷く。

 

「プラン”デスメタル”は相手を鋼タイプにする事で炎が使える黒尾とカノン、格闘の使えるナタクという大火力を保有する面子が相手を確実に殺せるようにお膳立てする為のプランだ。もちろん鋼化に伴い優先度の変更、重量の増加とかもあるけどメインとなるのはタイプの変更によるアタックのアシストだ」

 

 これは対面した場合の相性を考えての能力だ。近年のポケモンバトルではサイクル戦が主流になりつつある。アタッカー、アシスト、受け、その役割を明確に分けながら入れ替え、アドバンテージを握って行くスタイルが一番効率が良いと言われている。その為、不利な対面の時は有利な対面を生み出す必要性が、その重要性がお互いの中で大きくなっている。

 

 だがそれが出来ないという場合もある。

 

 シガナ戦が非常に良い例だ。もし4倍一致弱点を取れる対面を生み出すことが出来ればガリョウテンセイを無視してダメージを叩き込み、もっと早く潰すことが出来た筈なのだ。だがポケモンとは状況に応じて切り替えられるものではない。ならばどうするのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()というのが答えだ。

 

 此方のメインアタッカーが有利を取れるタイプに相手のタイプを上書きする。その事によって相手が不利な相手であろうと、不一致弱点ダメージへ攻撃を制限したり、此方が上から叩き潰すという状況を作るのだ。

 

 デスメタル(鋼をぶち殺す)というプランになる。

 

「なるほどね。単体での運用はそもそも考えていないんだね」

 

「まぁ、そういう子じゃないみたいだからな」

 

 ロトムウマは何というべきだろうか―――非常に歪な感じがするのだ。言葉としてどう表現すれば良いのかは解らないが、とりあえず言葉では表現の出来ない相性の良さ、そして性能の偏りがある。それはまるで()()()()()()()()()()()()様な、そんな奇妙さがある。まぁ、情報が足りなくてあまりロトムウマに関して言えることはないが、それでも育成は施せる。

 

「で、もう一つプランがあるんだよね?」

 

「あぁ、こっちはもっと解りやすい。具体的に言うとほろびのうたと言うよりは”死のカウントダウン特化”だな。プラン名は……なんかビビっと来るネーミングがこないから実はまだ名づけていない」

 

「ちょっと期待してた……」

 

「そっちの方はどんな感じなんだい?」

 

「それはだなぁ―――」

 

 ポケモンのプランやこれからの目的、妄評。そんな事を話し合いながら段々と夜が進んで行く。いつまでも話し合っているわけにも行かず、適当な所で眠気を感じたら切り上げ、夜番を決定して眠りにつく。

 

 流星の滝を離れて114番道路に入り二日目、ヒガナは割と集団になじみ、そしてハジツゲタウンへの道はまだ続いていた。

 

 

 

 

 キャンプの撤去を完了させるとそのまま、ハジツゲタウンへの道を進み始める。フエンタウンでは温泉を高級ホテルと共に堪能することが出来るという話をヒガナとナチュラルの二人へと告げれば、まずまず二人の足並みに力が入り始める。露骨に楽しみにしているのが態度に出てきてしまっている辺り、やはり子供だな、と軽く苦笑を漏らしながらも、ポケモンの育成を進ませながらハジツゲタウンへと段々と近づいて行く。

 

 ―――ハジツゲタウン。

 

 そこは本当に何もない。田舎・オブ・田舎という言葉にふさわしい場所だ。何せコンテスト会場しか観光資源が存在しないという枯れっぷりなのだから。

 

 そのハジツゲタウンも流星の滝を出て三日目になると漸くその姿が遠くに見えて来る。相変わらず寂れている場所だ、と記憶の中にあるその様子を想い出しながら少しずつ歩き、進んで行く。段々と近づいてくる街の姿を眺めつつも、

 

「本当にクソ田舎だよなぁ、ハジツゲ。限界集落って言葉がふさわしいわ」

 

「その限界集落で私達足りない生活必需品購入してるんだから舐めるなよ流星の民を」

 

君たち(流星の民)ってさ、ガチ勢なの? それとも芸人なの? 結局はどっちを目指しているわけなの??」

 

「私達はとりあえず全力ならいいかなぁ、って……!」

 

 ナチュラルがヒガナから聞き出した流星の民の実態に関して軽く戦慄しながら、足元が舗装されている街道へと変わり始めて来る。明確な道路が敷いてあるところは人間の生活圏内であり、野生のポケモンはそこに入ってこようとはしない。その為、ここまでくればポケモンを護衛に出しておく必要もなくなってくる。今まで外に経験稼ぎのために出していたロトムウマをボールの中へと戻す。

 

「ふぅ、漸く限界集落が見えてきたな」

 

「確か限界集落で物資補給したらフエンに行くんだっけ?」

 

「ハジツゲを限界集落って呼ぶのやめようよぉ!! 泣いている限界集落もあるんですよ―――あ」

 

 ヒガナまでついにハジツゲを限界集落呼ばわり、これはもうどうにもならない、と思ったところで歩き、

 

 ―――僅かな違和感を覚える。

 

「……どうしたんだい?」

 

 違和感を覚えた直後に足を止め、そして歩くのを止めた。それと同時にボールの中からツクヨミを迷う事無く繰り出し、そしてコートの内側から隠し持っているハンドガンを抜く。ポケモン相手にはほとんど意味のない武器だが、人間相手であれば生身ででんこうせっか、そこからヘッドショットで大体どうにかできる。ともあれ、違和感を覚えたのならそれを疑うべきだ。

 

 少なくともそういう人生を送ってきた。

 

「ツクヨミ、先行偵察。発見次第報告。ナイト、何か読み取ったら即座に伝えろ」

 

「りょうかーい」

 

『任せろ。お前の感覚はアテになるからな』

 

 ツクヨミがシャドーダイブでハジツゲへと向かって一瞬で消えて行き、ナイトが警戒する様にボールの中から情報を纏める準備に入る。流石に自分の動きに何かがおかしい事を察したのか、ナチュラルとヒガナが表情を変える。

 

「こう……ピクリ、そう来る感じがあったらまず最初に疑うもんなんだよ」

 

「そこまでして疑わなきゃいけない人生辛くない?」

 

「割と辛い。安住の地が欲しい」

 

「切実だね……」

 

 しょうがない。それだけ多くの恨みを買っているという話でもあるのだ。ジョウトの実家であれば割と安住の地というか伝説が二匹程好き勝手住み着いている上にレベル100に育成された野生のボディガードが好き勝手生きているので襲撃されてももう何も怖くないという素敵な状態なのだが、ここではそうもいかない。

 

「良い子のヒガナちゃんとナチュラルくん―――あまり悪の組織を亡ぼしながら生きるのは止めよう! ガチで狙撃されたりするからな! 俺の首には懸賞金がかかってるぞ!」

 

「知りたくもなかった」

 

「ちなみにそこらへん、ポケモン協会もセキエイも保障してくれない」

 

「良くも悪くも中立なのはポケモン協会らしいなぁー」

 

 ポケモン協会は本当に世界が滅ぶとかそういう状況であっても一切動かず、ジムリーダーや四天王、チャンピオン個人の裁量に動きを任せるから本当にそこらへん頭を疑う。そこらへん、構造改革を行ってくれないだろうか。そんな事を考えている内に、

 

「おいすー」

 

 空間に亀裂を生み、そこからさかさまにツクヨミが登場していた。

 

「お帰り……んで限界集落はどうだった?」

 

 んー、そうだねぇ、とその言葉にツクヨミは呟いた。

 

「……限界集落が限界を超えちゃった感じ?」




 (日付変更前に間に合わなくて)すまんな。インド時間だと日付変更前だからセーフ(日本時間3時間30分オーバー)

 さすがに9時間のフライトの後は辛いんだよ!! 察して!! 楽しいからいいんだけどさ!!

 という訳でロトムウマちゃんの育成プランその1公開。そして次回からハジツゲ編へ


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ハジツゲタウン

 ハジツゲタウンを限界集落と表現しているが、それに間違いはない。実際にハジツゲタウンは存在自体が()()()()()からだ。まず立地が悪い。活火山であるえんとつやまから吹き出る火山灰が風にのってハジツゲ周辺を埋めているのが一つ目の理由であり、流星の滝という通るのが面倒すぎる場所に挟まれている為、人がよりついてこないという点がある。それに続くように明確な観光資源がここには存在せず、特産品の類も存在しない。

 

 ハジツゲタウンが滅ぶことを危惧して町長がわざおしえマニアとコンテスト会場を何とか呼び込むことに成功したが、それでもともと低予算だったハジツゲタウンの予算を食いつぶしたらしく、活性化するどころか過疎化が進んでいるらしく、今は一部の意識の高いガチトレーナーがわざおしえマニアに会いに行くために滞在するか、ソライシ博士の研究所へ行くために来る程度となっている。コンテストはそもそも別会場でも出来るので、そこまで効果はなかったらしい。

 

 悲しき運営の現場である。

 

 そんなハジツゲタウンへと到着して目撃した村の様子はとても静かだった。

 

 人の気配はあるが、動く気配は一つとして存在しない、不気味なほどの静けさを保った、そういう場所になっていた。確かにツクヨミの限界を超えたという言葉は正しいかもしれない。この静けさはもはやおわった、という表現が正しく感じるモノだった。不自然な静けさに内心、警戒度を上げながらツクヨミを出しっぱなしにする。そのまま、左手は銃を握ったまま、ハジツゲタウンにいる唯一の知り合い、わざおしえマニアの家へと向かう。

 

「……何か、力を感じる」

 

「チョウワカル、ワカル」

 

「……何も感じ取れないなら解るフリをしなくてもいいのよ?」

 

「私、フリじゃないし……!」

 

 子供たちは楽し気でいいなぁ、と思いつつハジツゲタウンの114番側出口近くにあるわざおしえマニアの家へと到着する。軽く扉をノックして反応を待つが、何も帰ってくるものはなく、家の窓から中を確かめても微妙に曇っており、動きの気配はない。家の中に入らないと情報はないか、と呟きながらドアの前へと移動し、鍵の種類を確かめる。

 

「……うっし、電子ロックか。チェーンロックとかの類だったらぶっ壊さなきゃいけないんだけどな。電子ロックだったらポケナビを近づけて―――ハイ、終了ー」

 

「恐ろしいぐらい手馴れてるなぁー」

 

「あぁ、うん。妙に犯罪者って言葉が似合うチャンピオンだよね」

 

「うるせぇ」

 

 元ロケット団なのだからそこら辺は仕方がないのだ。そのイメージを払拭するためにチャンピオン就任後はポケモン協会やリーグの要請で取材やコマーシャルで非常に忙しかった時があるのだから。思い出すとなんだか恥ずかしくなってくる―――まぁ、バトルの映像とかが既に売りに出されているのだから、今更なのだが。

 

 扉を開けて、わざおしえマニアの家に上がり込む。オーソドックスなホウエンスタイルの小さな家であり、一階しか存在しない。奥へと行けば私室が存在するのだろうが、そこまで奥へと行く必要はなかった。目的の人物であるわざおしえマニアは玄関で倒れていたのだから。急いで近づき、脈を図ろうとし、

 

「―――ぐぅ……」

 

 その動作の途中で動きを止める。小さく寝息を立てていたのだ。そう、死んでいるのではなく寝ている。その能天気な姿に軽く溜息を吐きながら起こそうとゆさぶり、

 

「おい、起きろ」

 

 起きない。

 

 軽くイラつき、蹴りを叩き込む。

 

 起きない。

 

 ピカネキを出してバックブリーカーを繰り出させる。

 

 起きない。

 

「起きないなぁ……」

 

「その前にピカネキを止めようよ。殺しそうだよ……?」

 

 急いでピカネキをボールの中へと戻しながら再び眠っているわざおしえマニアを確認する。瞳孔を確認し、脈を図り、そして軽くポケナビでスキャンをかける。そうやって状態を確認するが、依然眠り状態、としか状態が確認できない。試しにカゴの実を取り出し、それを口の中へと押し込んで起きないかを試してみるが、それでも目覚める様子を見せない。……そろそろ本格的に異常事態に突っ込んでいる、という事実を受け入れるしかなかった。軽く溜息を吐きながら振り返り、視線をヒガナとナチュラルへと向ける。

 

「―――起きないなぁ……」

 

「いや、見ていれば超解るよ、それ」

 

「というかそこまでして起きないっていったいどういう事なの」

 

 そうだなぁ、と呟き、そして軽く息を吐く。割と真面目に困った―――これがハジツゲタウン全体という規模なら、非常に残念な事ながら予想はついてしまうのだ。ただそれを言葉にして告げてしまうのは考えを狭めてしまう可能性もある為、口を閉ざす事にする。とりあえず、と言葉を口にする。

 

「通報するしかねぇか。ハジツゲ全体でこうなってるならさすがに外部か協会の方に連絡入れなきゃ駄目だな」

 

「至って真面目な判断なのになんで違和感を覚えるんだろ」

 

 殴り飛ばすぞ貴様、と軽くナチュラルに脅迫を叩き込みながらポケモンマルチナビの通信機能を入れる―――だがそこに表示されるのは圏外という無常な現実だった。そうやって連絡の取れなくなったナビを二人の子供へと見せれば、ヒガナから真っ先に言葉が返ってきた。

 

「B級パニックホラーの定番みたいな流れになってきた……!」

 

「なんで君そんなに顔を輝かせてるの?」

 

「だってB級パニックホラーの紅一点だよ? 私はヒロインとして最後まで生き残る枠じゃん」

 

「今割とイラっときた」

 

 基本的に身内で醜い争いをするよな、俺達って。そんなくだらない事を考えながらも、この次はどう動くべきかを考える。逃げるのはまずなしだ。その選択肢だけはない。だからと言ってすぐにこの状況を何とかできるか? と言われたらNO、としか答えられない。相手が()()()だとしたら、おそらくは見えない所に引っ込んでいるだろう。流石にジャンルが違いすぎる相手だ、専門家を呼びたいところだが、状況と時間的に呼び出す事は不可能だろう。

 

 割と真面目に困る。情報と()()()()という暴力も最近、有利に働かない部分が増えてきた。割と困った話だが、それだけ嬉しい事でもある。世界が自分の知っている箱庭から羽ばたこうとしているのだ、この世界で骨を埋める事を決めた転移者としては割と重要な事だったりする。

 

 ―――だけどさて、どうすっかな……。

 

「―――……」

 

 なるべく悟られないように思考を加速させ、判断を完了させる。よし、と言葉を吐いて視線をナチュラルとヒガナへと向ける。

 

「とりあえずハジツゲ全体を別れて探そう。こんな状況、よほど強いポケモンじゃないと無理だろうし、別れて探せば簡単に見つけられるだろう―――別に俺がいなくても平気だろ、お前ら?」

 

 ナチュラルに関しては言うに及ばず、ヒガナの方にも気配を求めれば、腰のボールベルトからはシガナの使っていたラティオスの気配がしている。護衛の為にヒガナにラティオスを渡したとしたら相当過保護だと言わざるを得ないのだが、戦力が増えると考えれば悪い話ではない。二人ともトレーナーとしての腕前も結構あるのだから、割と自分が引っ付いている必要はないのだ。

 

 特にナチュラルは割とどうにでもなる。

 

 なんだかんだで最前線でチャンピオン(オレ)の戦いを見続けているわけではないのだ。

 

「という訳で解散。何かあったら派手に限界集落を更地にするか俺の名前を叫べば限界集落を更地にするわ」

 

「ハジツゲになんか恨みでもあるの?」

 

「名前がちょっと覚え難い。あとチョウジを思い出すのがちょっと嫌」

 

「あー」

 

 ほんと、どうでもよくて、そしてどうしようもない事だった。後チョウジにはあまりいい思い出がないのが辛い。ヤナギは本当に強敵だった―――と、昔に浸るのもそこそこにしておいた方がいいだろう。とりあえずわざおしえマニアの前で三手に分かれて行動を開始する。ヒガナとナチュラルがそれぞれ違う方向へと向けて歩いたのを確認してからよし、と呟き、そして腰のモンスターボールへと向けて言葉を放つ。

 

「―――この中で俺の夢の中まで随伴できるのは?」

 

『こぉん』

 

『私も行けますわ』

 

 最後にギュィィン、と鳴らすギターの音でロトムウマもサイコダイブは可能だと解った。夢の中に一緒に侵入できるのはこれで一番関係の深い黒尾、憑依する事で状態を共有できる氷花、そしてデルタ種とはいえゴーストとしての性質で同じく憑依できるロトムウマのコンビだけと言ったところか。これが異界由来の能力であればカノンやツクヨミでまた強引に突破できそうなものなのだが、それとはまた別の性質の話だ。今回の相手はぶっちゃけ、ほぼ無敵の塊のようなものだ。

 

『―――ダークライか。また面倒な相手だな』

 

 ナイトはしっかりと此方の予測を理解していた。

 

 ダークライ、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。村だけではなく街規模で人間を夢に落とす事が可能であり、眠っている人間に悪夢を見せ、己のトラウマ等を対面させて精神を衰弱させ、そのまま殺すことを可能とする幻のポケモンの中でも特に残酷で凶悪な一体として記録されている。ダークライの何が恐ろしいかと言えば、

 

 現状、外部からの治療に関してはクレセリア以外では成功した事がない、という事実だ。

 

「ツクヨミ、お前でも無理か?」

 

「んー、だーりんがダイブした後だったらライン辿って探せるけどちょっと時間かかるかも。というか探知に成功する前に殺される確率の方が高いかなぁー」

 

 だけど止めはしない。俺が絶対に追いかけるだろう、という事をツクヨミは確信していた。そして俺はそうする。明らかにこれは待ち伏せの陣であり、俺を個人として狙っているのは目に見えている事だったからだ。ホウエン地方に存在しないはずのダークライが態々通り道に出現してくる可能性なんてそもそも存在しないだろうに。

 

 というわけで、

 

「―――これから眠って悪夢に囚われて来る。そこでダークライをぶち殺す。ガキ共に言えば無駄に心配させるし、ソッコで潜ってソッコでぶっ殺して、ソッコで脱出するぞ」

 

『できるって根拠は?』

 

「俺に不可能があると思ってんのか?」

 

『割とあると! ―――けどやる時は嘘をつかないからな、お前は』

 

「まぁ、失敗したら全滅するだけだから安心してやろう……ぜ……?」

 

 そんな事を言っている内に予想通り、段々と眠くなってきた。足元がふらふらと、世界がよろよろと揺らめき始める。その中で素早く腰へと手を伸ばし、氷花、ロトムウマ、黒尾の入ったボールを解放し、共に夢の中へと落ちる事が出来るようにする。段々と白く、そして黒く染まって行く視界の中で、緊張よりも、

 

 心はドキドキと音を立てて、状況を楽しんでいた。

 

 ―――さすがに夢の世界へと挑戦しに行くのは初めてだ。

 

 やはり、世界は楽しい。

 

 それを再認識しながら痛みと共に完全に夢の中へと落ちた―――。




 という訳でハジツゲのお話はダークライッなお話。きっと。長くならなければいいなぁ、とか(シガナ戦から目をそらして


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トキワの夢

 眠い。

 

 ―――そう思った時には既に終わっていた。

 

 視界の内にあるすべてが切り替わり、そして変化していた。頭の内がぼやける、情報に封鎖がかかるような感覚で情報が引き出せないような、妙な感覚を覚える。それを払拭する為には左手を口の前まで持って行き、

 

 勢いよく腕の肉を食いちぎる。

 

「―――イッてぇ―――!! クソ! 痛い! 超痛い! でも超目が覚めた! さすがセキエイ! 愛してる! 超愛してる! 予算もっとください!!」

 

 叫びながら赤く、血を流している左腕へと視線を向ける、思いっきり手首の辺りを噛み千切ってしまったため、派手に流血している。急いでシャツを破き、それを包帯代わりに巻いて止血する。口の中に溜まった、と言うか吸い込んでしまった血と肉の破片を吐き捨てながら、頭の中が一気にクリアになるのを認識した。流石セキエイ式自己暗示プロテクトだ―――洗脳対策をチャンピオンは受ける義務があるとか言われても首を傾げていたが、まさかこんなところで役に立つとは。

 

 人生、何があるかほんと解らないものだ。

 

「さて―――なんじゃこりゃ」

 

 そうやって頭がすっきりし、そして周りを認識する余裕が出てきたところで自分の姿に違和感を覚える。確認すれば自分の服装が懐かしいものに―――もっと若々しい格好になっている。背も少しばかり縮んだような気がする。この服装は知っている。自分が過去、()()()()()()()()()()()()()()。そして周りに見える風景は林と、沢と、そして懐かしい、郷愁を覚える緑の匂いだった。

 

「トキワの森、か」

 

 帽子を触ろうとしてそこには帽子がなく、代わりにゴーグルがあった。それに触れて、懐かしさを覚える。だがここで立ち往生していても仕方がない。腰のボールベルトにモンスターボールはなく、そして近くには三人の気配もない。そうなると別々の場所に飛ばされたのだろうか。間違いなく夢へ落ちるのは三人一緒だったため、引きはがす事は出来ないはずだ。となると歩いて探し回るのが一番だ。

 

 ―――昔のトキワシティを。

 

 この林と沢は自分の良く知っている場所だった。この世界へと転移して早々、野生のスピアーに襲われた自分はポケモンという存在に対して恐怖を覚えた。一種のトラウマを覚えたのだ。だけどそれを克服しようと考えて、そして立ち入っていた修行の場所がここだった。ギリギリトキワの森の外。つまりは野生のポケモンがあまり出現しない場所であり、出現するとしてもトキワの森の中にいるポケモン達を一方的に観測できる場所だった。

 

 ここからポケモンを見て、少しずつ慣れる度に近づいて行こう。そう思って通っていた場所だった。だからそれなりに思い入れのある場所で、またこれが郷愁を誘うところだった。トキワの森、自分が一番最初に降り立った場所であり、トキワシティと並ぶ自分の故郷。世界を巡り、ジョウトに新しく家を用意してからはあまりトキワシティへと帰って来ることもなくなってしまった。グリーンとの育成談義もジョウトの家の方が設備が遥かに整っていて、そちらで集まる回数の方が多かった。

 

「……全部終わったらトキワに行くか」

 

 故郷は捨てられない。そんな事を考えながらトキワの森とトキワシティをつなぐ道路を歩く。ここらへんに出現するポケモンはポッポやコラッタが多く、野生と言ってもポケモンを持たないトレーナーに襲い掛かるようなことはしない―――当時はサカキの威光があり、それを恐れて野生のポケモンが人間を襲うという事をしなかったのだ。捕まえていない、野生のポケモンすら無言で平伏すほどのカリスマの持ち主はその時から既に健在だった。

 

「チャンピオンです! チャンピオンオニキス様です! さあ、崇めろ! 祀れ! 俺が王者だ! アイ・アム・ナンバーワン!!」

 

 通りすがりのコラッタにかわいそうなものを見られるような目線を向けられる。おまえぶち殺すぞ、と銃に手を伸ばそうとし、着ているジャケットの内側に銃がないのを確認した。コラッタへと視線を向け直すと、コラッタがその場で転び、瀕死になったフリをしてくれる。そこまで哀れに思ってくれるのか、お前。

 

「お前……いい奴だな……今度遊びにこいよ、ポケモンフーズやるから……」

 

「らったっ」

 

 尻尾を嬉しそうに振るとコラッタは前足でバイバイ、と手を振って草むらの中へと飛び込んで行く。やはりトキワはいいな、と心の中で呟く。野生のポケモンでさえ人情にあふれている良い場所ではないか。ここにナチュラルを連れてきたら軽い地獄になりそうだよな、とも思いながらトキワの森から続く短い道路を進み、

 

 ―――トキワシティを見た。

 

 

 

 

 トキワシティの急速発展はグリーンがカントーチャンピオンとして君臨してから始まったことだ。その為、まだロケット団が表立って本格活動もしていないこの時代、トキワシティはギリギリシティと言える規模だった。その中でひときわ大きく目立つのがトキワジムであり、このころはまだ真新しく、そして輝く様にトキワシティのシンボルとして立っていた。

 

 この頃の俺はトキワジムで寝泊りをしていた―――というのもサカキは実家、と言える家を保有しておらず、サカキ自身もトキワジムに部屋を用意し、そこで寝泊りしていたからだ。なぜ、と思って昔に聞いた事もあったが、その答えは返ってこなかった。

 

 けど大体の話を理解してからなら、解る。

 

 サカキは、燃やしたのだ。

 

 居なくなった息子の家を。

 

 後戻りの象徴を、幸福の時代の形を消して、それでロケット団で悲願を達成する事に全力を注ぐために。まぁ、これは既に過去の話だ。そしてこれは過去の光景だ。そしてこれは夢の中の懐かしい話だ―――ディアルガやセレビィでもなきゃ過去を改変する事は人間には不可能である。

 

「意外と過去改変の手段ってあるなこれ……」

 

 まずはみんな大好きセレビィ。時渡りとかいうクソチートで敗北すらなかった事にする。

 

 次はディアルガ。ときのほうこうをバトルでぶっぱしてもいいのには今でも首を傾げる。

 

 そしてアルセウス。死ね。神様は大嫌いなのだ。

 

「……ま、ジム以外行く場所はないか」

 

 体は動く―――知識に変化はない―――頭はクリアだ―――()は感じる―――ポケモンマスターは健在だ。どんな状況であろうと、これだけの武器があれば十分だろう。では、と軽く意気込んでからトキワジムへの道を進み、足を止める事なくそのままジムの中へと入る。

 

 扉が開かれ、見慣れた石像と共にアドバイザーの姿が見え、ジムトレーナーが訓練中の姿を見せている。

 

「おーっす、未来のチャンピオン―――ってなんだ、オニキスくんじゃないか。服をボロボロにしちゃって秘密の特訓かい? って左手を怪我しているじゃないか!」

 

「いや―――」

 

「おーい! 誰かー! オニキスくんが手に怪我を―――!」

 

「これは―――!」

 

「なんだと!?」

 

「怪我だと!?」

 

「バレたらサカキさんに殺される……!」

 

「治せ! 今すぐ治せ! 治して証拠隠滅だ!」

 

「あったよ裁縫箱!」

 

「話を聞けよお前ら」

 

 半ギレ状態で言葉を吐くが、そんな事もお構いなしにラッキーを出したり、口の中に卵を叩き込まれたり、普通の消毒とか治療を施されたり、自分の記憶にあるトキワジムの連中よりも対応は遥かに馬鹿っぽい気がした―――が、良く思い出せば大体こんなノリだった。今も昔も夢も変わらないな、トキワジムは。そんな事を考えていると、いつの間にか左手の治療も、そして破れたシャツの修復も終わっており、ハイ、撤収の声で全員が去って行く。

 

 ほんと、なんなんだこいつら。

 

 ―――と、目的を思わず忘れそうになった。アドバイザーがまだ残っているので、其方へと視線を向ける。

 

「あぁ、そうだ。ここらへんで黒と白のゴーストポケモンを見なかった? ダークライっつーんだけど」

 

「黒と白? ダークライ? うーん、俺もそれなりにポケモンを見ているし知っているつもりだけど聞いた事も見たこともないなぁ……」

 

「そっか、悪い」

 

 地道にジムの中を聞いて回るか、そう考えた所でだけど、とアドバイサーが言葉を置く。

 

「―――弟が君の事を探していたよ」

 

「……あ゛?」

 

 

 

 

 弟―――その言葉には首を傾げるしかなく、そして早く家に帰る様にジムから追い出されてしまった。家、自分にそんなものはこのトキワシティには存在しないはずだった。それでも直感に任せてトキワシティの住宅街の中を進んで行けば、足は一つの場所へと向かって進んで行く。それはまるで見えない誰かに背中を押されているような、そういう感触だった。やがて、歩き続けるととある三階建ての家の前で足が止まる。

 

 門前の表札を確認すればそこにはサカキの名が刻まれていた。

 

 ―――つまり、自分の記憶には存在しない、サカキの実家、自宅がここにはあった。

 

「……」

 

 無言で頭に装着していたゴーグルを降ろし、息を整える。心臓が激しく己の存在を主張しているのを感じる。この先に進んで情報を入手すべきだというのは解っているが、本能的にここに入るのを拒否していた。それを鋼の精神力で屈服させながらゆっくりと、門を開けて前庭に入り、そのままゆっくりと、右手をポケットの中へと伸ばす。そこにはなぜか、鍵が入っていた。

 

 どうやらお膳立てされていたらしい。

 

「なら遠慮なく」

 

 鍵を開けて家の中に入った―――それは何の変哲もない、普通の家だった。

 

 玄関があって、階段があって、居間やキッチン、トイレ、特に特筆すべき特徴が家にあったわけではない。だがそこには生活感があり、記憶の中から生み出された偽りの光景なのに、妙なリアリティが存在していた。いや、或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()すらある。だからここから先、どうなるのかは想像できる。

 

 人の気配を感じたのか、駆け足で階段から降りて来る音が聞こえた。そうやって玄関に上がった此方を捉えるのは赤い髪の少年の姿だった。自分の記憶にある少年よりも遥かに若く、そして顔に険がない―――まるで平和な日常を謳歌しているような、そんな普通の少年の姿だった。

 

「あ、お帰り兄貴(オニキス)。今日も森へ行ってたのか? なんかポケモン捕まえてきた? ピカチュウとかさ!」

 

「……」

 

 若いころのシルバー、サカキの息子であるその人の姿がそこにあった。つまりサカキはただの父親で、ジムリーダーで、家は残っていて、シルバーは浚われず、アイスマンの策略は存在せず、そしてなんでもない、平和な一家の日常があり、そしてそこで自分の入る役割(ロール)も見えてきた。おそらくは一家の長男か、或いはそのたぐいだろう。だけど参った。本当に参った。

 

 ―――夢から脱出するのに殺す必要があるのなら、

 

 ()()()()()()()()だ、これは。優しすぎて逃げ出すことが出来ず、自分から継続を望むような、そういう類の悪夢だ。そしてこれを容赦なく破壊した所でダークライ本人をどうにかするまではまた同じ光景を目撃するハメになるかもしれない。これは―――ダメだ、としか言葉が出てこない。理想の夢がここに映し出されているというのは解るのだが、これが現実ではないという事は解るのだが、

 

 殺して、夢だからノーカン、と主張するにはここ数年で優しくなりすぎた。

 

 破壊してダークライを炙り出すという手は使えない。

 

 ―――ピンポイントでダークライを突き止め、そして殺す以外の手段がなくなってしまった。

 

「おーい、ぼーっとしてどうしたんだよ。もしかして本当にピカチュウを捕まえて来たのか!?」

 

「ピカチュウは知らんけどピカネキなら知ってるぞ」

 

「なにそれ」

 

「俺が聞きたい。割と切実に」

 

 こういう時、ナチュラルがいればある程度は楽にダークライを特定できるような気もするのだが―――安全を考慮して遠ざけてしまったのが裏目に出てしまった。困った話だが、今回は自分と、そして離れ離れになってしまった三人でどうにか対処しなくてはならない。現状、明確に感じ取れるのは黒尾のみだ。直ぐに此方へと合流しないという事は向こうでも勝手に行動を開始している、という事だろう。

 

 これは、別の意味で強敵かもしれない―――。

 

 現実では見る事の出来ない、楽しそうな若いシルバーの笑みを見て、そう思うしかなかった。




 一期オニキスを更に若くした感じの僕らのポケマス様。一期は完全に残虐非道で行けたらしいが現在は結婚したりで色々とあって無理だそうで。

 ダークライを追いかけつつ、トキワに来たばかりの頃の話をちょくちょく放出し、主人公の過去を軽くだけだが追いかける感じの構成となっているようなそうじゃないようなトキワの森でピカネキ出てきそう。


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トキワの記憶

 ―――若いシルバーを見つけてから()()()()()()()

 

 その間に調査を進める事によってある程度、己の置かれた状況を理解する事が出来た。

 

 まず、初めにサカキが留守にしているという事だった。ジムリーダーとしての仕事が忙しく、家に数日は帰ってこないというのがシルバーの言葉であり、少なくとも自分がほかのジムトレーナー等で確認する限り、同じことを言っていた。これが理想の夢であれば間違いなくサカキも出現するはずなのだが、真っ先に出てこない事に違和感を覚える情報だった。

 

 次にこの夢の広さだった。そらをとぶ、なみのり、自転車やバイクがないので徒歩でしか確認できなかったが、少なくともマサラタウンまでは行く事が出来、トキワの森もニビ側まではしっかりと確認できた。単なる箱庭かと思っていたが、予想外の広さと精巧さはさすがに準伝レベルのポケモン、ダークライが生み出しただけはあった。

 

 そして最後に痛み等で夢からの脱出は不可能らしく、自殺すればそのまま現実の方でも死亡出来るだろう、という事だった。そもそも殺傷の為の悪夢なのだから、ここで殺したりすれば現実でも死亡するのは当たり前の話だった。ただ、左手の傷は妙に速い速度で治癒されている―――これはおそらく現実側からによる治療が影響しているのではないかと思っている。これをヒントに、ツクヨミやカノンへと侵入経路を作る事は出来ないのだろうか、と考えている。

 

 二日間で得られた情報はこれだけだった。たったこれだけ―――相変わらず手持ちとの合流さえもできていない。

 

 割と困る状況だった。

 

 

 

「―――よけろサイドン」

 

 フィールド、正面にいるサイドンに横へと避ける様に指示を繰り出す。ジム用のポケモンとして育成されたサイドンは指示に敏感に反応し、横へとステップを取る様に迫ってくるばくれつパンチを回避した。鈍重なサイドンで回避するには先に読み、それを意識した上でどっちへ避けるかを指示しなくてはならない。簡単なようでそこそこ難易度が高いのが大型、或いは鈍重なポケモンの回避だ。相対するニョロボンもジム用のポケモンで、昔触れたことがある―――それが相手だとしても、この動きは悪くはないだろう。

 

 そうやってサイドンが回避に成功した所でニョロボンの脇ががら空きになる。遠慮する事無くその瞬間を狙ってサイドンを導き、つのドリルを叩き込ませる。狙ったようにそれは突き刺さり、ニョロボンを一撃で戦闘不能に追い込んで倒す。終わった所でふぅ、と息を吐き、反対側にいるジムトレーナーに頭を下げる。

 

「お疲れさまでしたー」

 

「お疲れ様―――って言っている場合じゃないよ! 凄いじゃないかオニキス君、一体いつの間にそんなに強くなったんだ」

 

「ちょっとてっぺん取ってきたからなー」

 

 なんのこっちゃ、と言わんばかりに首を傾げている。まぁ、このころは自分もまさかポケモンマスターを目指そう、という()()()()()()()()のだから。

 

 ―――この頃の俺は外の世界を恐れていた。

 

 トキワの森で恐怖に慣れるために頑張ったり、ジムトレーナー相手に勝負を挑んで練習する事を始めた。それでも根本的にポケモンが怖い、という感覚は拭えなかった。当たり前の話だが、現代を生きる一般人がマシンガンを握ったとして、ほとんど最初に感じるのは恐怖だ。そしてポケモンは銃なんかよりも遥かに強力で。そして恐ろしい武器にもなる。だからポケモンバトルの面白さをサカキから教わったと同時に、またポケモンに対する恐怖を心の底から理解したのだ。

 

「いやぁ、しかし見違える様に強くなったなぁ……」

 

「少し前までなら大型のポケモンなんて絶対に近寄らなかったのにさ―――でも戦い方はすごいサカキさんに似ているなぁ……何というか、若い頃のサカキさんみたいな戦い方だよ。あの人は相手の全力を受け止めたうえで乗り越える……そうやってバトルの間も自分を鍛えようとするからね。今のオニキスの戦い方、すごく似てたよ」

 

 それはそうだ―――ポケモンマスターになろうとしたのも、チャンピオンになったのも、

 

 全ては昔、サカキの背中に憧れたからだ。

 

 

 

 

 ジムでいつの間にか参加していたトレーニングを流し終わり、ポケモンなどを返却したり放したりしてからジムの入口へと向かえば、そこには俺を待つように大地に座る、黒いロコン―――黒尾の姿があった。片腕を前へと差し出せば、軽快な動きで腕に飛び移り、それを駆け上がって肩の上に乗ろうとする……が、ロコンの体ではちょっと難しい。落ちそうになるのを苦笑しながら受け止めて、両腕で胸に抱く。そこを気に入ったのか、満足げな息を吐いていた。

 

「お帰り黒尾」

 

「こぉーん」

 

 テレパシーも辞書も必要ない。黒尾との付き合いは長く、トキワシティにいた頃は黒尾もまた今と同じロコンのままだった。彼女は一番最初の手持ちであり、俺の生涯のパートナーとなっている。レッドのピカチュウがそうである様に、俺も黒尾を手持ちから外す事は一生ないだろう。

 

「あの頃は種族値。努力値、個体値とレベルが育成の全てだと思ってたんだよなぁ……もう十年近い前の話か。道理で懐かしむわけだ。あの頃のお前はかなりヤンチャだったからなぁー」

 

 黒尾が恥ずかしい話は止めろ、と言わんばかりに腕を甘噛みしてくる。こらこら、と言いながらジムを出て、適当にトキワシティを歩き出す。そうやって思い出すのは黒尾の出会い、そしてそれを通した自分のポケモントレーナーとしての成長だ。

 

 あの頃は何をやっても未熟で、知識があれば大丈夫だと思って、リアリティの違いにショックを受けていた。その中で出会ったのが黒尾だった。色違い、デルタ種。それはまだデルタ種も色違いもあまり認識がなかったころ、通常の群れから追い出されるには十分すぎる要素だった。そのせいか黒尾は何に対しても噛みつく様子を見せており、普段見せている淑女っぷりからはまるで想像の出来ない時代があった。

 

 俺も初めはポケモンが怖かった。だけどそれでも黒尾を拾ってしまった責任として、彼女の面倒を見ようとしたのだ。そしてそうやって自分だけのポケモンに触れている内に、色々と学ぶ事が出来た。ポケモンはデータだけの存在ではなく、ちゃんと生きている生物である事。心があって食べ物には好き嫌いが存在する事。かまってあげれば喜ぶし、放置すると拗ねる事。トレーナーどころか、人間としても未熟だった時代の話、

 

 俺は黒尾というポケモンを通してこの世界に触れていたのだ。

 

「心の底からお前と出会えて良かったと思う。たぶんお前じゃなきゃ今の俺はいないしな」

 

 ぶつかった、怒鳴った、和解した、そして成長した。常に順風満帆だったわけじゃない。むしろ最初の数年間は問題だらけだった。ゲームと現実の差に混乱して、怖くなって、逃げたりもした。だけどその結果、今の自分という存在があるのだ。だから黒尾で良かったと思う。彼女がいて、一緒に成長して、そして今も支え続けてくれているからこそ、ポケモンマスター・オニキスがいるのだ。だから、

 

「―――浸るのはそこそこにして、そろそろこの世界を抜ける方法を探そうか」

 

「こん!」

 

 どうやら黒尾も黒尾でこの世界には飽き飽きしていたらしく、返事は気持ちの良いものだった。このトレーナーとしての冒険は二人で始めたのだ―――なら出来ない事は何もない。それを確信しながらトキワシティのはずれ、小さな池の畔に到着し、池を囲む草地に腰を下ろす。横に腰を下ろす黒尾はロコンといえども、そのレベルは100に達している。野生のポケモンを警戒する必要はなく、考えと情報を纏められる。

 

「んじゃ、情報を纏める」

 

 頭のゴーグルを軽く弄りながら言葉を口にする。

 

「―――まず最初にこれはダークライが俺達を捉える為に生み出した夢、悪夢だ。ダークライ本体が現実側で確認できない以上、夢の中から確認するしか方法は残されていない。だから俺は連れていけるポケモンを連れてこの夢の中へと落ちた。連れてきたのは黒尾、氷花、そしてロトムウマ、しかし場所はバラバラである、と」

 

 一旦そこで言葉を区切って間を空けて、

 

「俺はトキワシティ、そして()()()()()()()()()()()()()、か」

 

 黒尾が頷く。

 

「……これだけ距離が離れた場所が再現できるとなると世界構築に費やしている力は相当なもんだな。物理的に壊す事はどう足掻いても無理そうだな、と」

 

 となると氷花とロトムウマの飛ばされた場所が気になる。カントー以外までを再現できるとなったら相当ヤバイ広さになってくるし、合流できる自信がなくなってくる。だが、それと同時にどこかで限界と制限はあるという確信がある。このカントーが俺の思い出から構成されているのであれば、間違いなく思い出の残っている範囲内にいる筈だと。トキワシティ付近にいる事はまず間違いがないと思う。

 

「カグツチとワダツミ、ツクヨミの契約も感じられるって事は隔離されているってわけでもないんだよな……んじゃあ―――どこにいるんだ?」

 

 二日間の間にそれっぽい所は探して回った。マサラタウン、トキワシティ、そして一人で行ける範囲でのトキワの森も。ここまで来るとダークライが誰かに擬態しているのではないかと思いさえする。こういう状況、小説や漫画だとどういうパターンだったか。

 

「……一番行き辛い場所、疑うことが出来ない相手に化けたりするよな」

 

 そこまでは今までも考えた事だ。だがぶっちゃけ、行き辛い所ってどこだろうか―――ポケモンなしでは踏み込めない場所だろうか。だとしたら……間違いなくトキワの森の最深部だろう。黒尾という戦力が今はあるからこそ踏み込むことのできる場所だ。監視をするにしたって基本的に近い場所の方が都合が良い筈だし、距離的にそこらへんが妥当ではないか、と思っている。それにヒントがないのなら適当に思いつくことを片っ端から片づけて行くしか方法はないのだ。

 

「改めて冷静になって考えると結構ヤバイ状況だなぁ、これ」

 

 見つからなかったらどうするのだろうか―――さすがにデッドエンドはいやだ。

 

 いや、()()()()()()()()()()のだが。死ぬ事よりも怖い事は確かに存在する。しかしこの状況でそれを心配する必要はないだろう。とりあえず、今の自分には黒尾がいる。それが一番大事な事だ。彼女さえいればこの時代であればほぼ負ける事はありえないだろう―――一部の例外を除けば。

 

「……まぁ、足を使って探すしかない、って事か」

 

 立ち上がり、トキワの森の方へと視線を向ける。手持ちのポケモンなしで奥へと踏み込めば、たちまち五十を超えるスピアーの群れにでも遭遇して殺されるのがオチだ。だがこうやって黒尾が合流した今、探索することが出来る場所でもある。理想としては氷花、そしてロトムウマと合流しておきたい所ではあるが、不測の事態に贅沢を言う事は出来ない。

 

 魂の伴侶が傍にいるのだから、問題はないだろう。

 

 なら、決まりだろう。

 

「本格的に脱出を目指す―――トキワの森を攻略しよう」

 

「こぉーん?」

 

 いいのか、と黒尾が聞き返してくる。横に連れる様に、トキワシティへと背を向けて歩き出す、その答えはもうすでに決まっている。

 

「過去は所詮過去だよ―――もう終わっちまったもんを何時までも追いかけていてもしょうがないんだよ……」

 

 勝ちたかった。あぁ、凄く勝ちたかった。あの頃、今の自分と黒尾がいればどうにかなったのかもしれない。赤帽子の理不尽な運命をどうにかできなくてもロケット団の天下は見れたのかもしれない。それは理想であり、そして夢―――そう、夢なのだ。

 

 夢は見ているからこそ価値がある。

 

 人が手にすればそれはただの儚い幻想となって散ってしまう。

 

 何より終わったことにぐだぐだうじうじするのは自分らしくはない。懐かしい。だが、それだけだ―――オニキスというポケモントレーナーは選んだのだ。

 

 ロケット団を抜ける事を。

 

 サカキを超える事を。

 

 チャンピオンであり続ける事を。

 

 ポケモンマスターである事を。

 

 ―――人々の心に残る、立派なトレーナーであることを。

 

「だから夢は終わらせないとな……」

 

 そう呟き、足をトキワの森へと向ける。何時までも夢ばかり見ていられるような子供の時代は終わったのだ。

 

 大人は、現実に生きなきゃいけないのだ―――……。




 夢は夢というお話。そして正妻合流。次回、魔境トキワの森。記憶から再現するからそうなるんだよ!!! という阿鼻叫喚のお話。さて、皆はダークライの居場所が分かったかなあ、と。


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トキワの追憶

 トキワの森―――カントー最大規模の森と言われる場所は奥地へと踏み込み過ぎなければそれなりに安全なのは定期的にジムトレーナーが警邏を行い、不幸な出来事がないように警戒しているからになる。故にそのルートから外れて奥へと進もうとすれば、とたんにレベルが50や60、果てには90を超えるポケモンを目撃することだってある。一番最初に自分が入り込んだトキワの森の場所がそこであり、俺はサカキによってそこで救出された。トキワの森が奥地へと踏み込めば踏み込むほど魔境と呼ばれるのはそういう所がある。

 

 なにせ、カントー最大規模の森なのだ―――正しくその全容を把握している人間がいないのだ。

 

 そんな言葉を今、後悔しながら思い出している。

 

 ―――始まりは草むらだった。

 

 その中からピカチュウの特徴的な耳が突き出ている時点で嫌な予感はしていた。だがなぜか足は動かず、そのままその草むらを観察していると、その中から飛び出す姿があった。ピカチュウ特有の可愛らしい顔、現実から逃げたくなるマッチョなボディ、そして絶望の表情でその手に握られているコクーン。

 

 ゴリチュウwithコクーン。

 

 言葉はいらないとかいう次元を超越した何かがそこにいた。逃げよう、そう思っても恐怖からかゴリチュウから逃げ出す事は出来ず、ゴリチュウはその場で軽快なリズムを鳴らす様にコクーンをタンバリンのごとく叩き始め、そして上半身をリズミカルに動かし始めた。正直、ここまでは愛嬌があった。なんだかんだで顔はピカチュウなのだから、それは良かった。

 

 途中から反復横飛びし始めたのがダメだった。反復横飛びで三体に分身したな、と思って動きが止まったら三体に分裂してたのもアウトだった。この気持ちをどう表現すべきなのだろうか―――いや、そうだ、まさに悪夢という言葉が相応しかった。人の頭から光景を再現しているのはわかったが、ここまでやる必要は絶対にないと思った。だがここから更にヒートアップする。

 

 ゴリチュウが木の上から飛び降りて更に増え、タンバリンコクーンを見事なヲタ芸で鳴らしながら合流し始め、

 

 そして巣から強奪されたコクーンを取り戻すべく、100匹を超えたスピアーがガチギレの状態で襲い掛かってきた。

 

「なんだこれ……」

 

 もはやそんな言葉しか出なかった―――これがトキワの森、突入直後の出来事であった。

 

 

 

 

「クソが! あったら面白いなぁ! とか思ったけどさぁ! ゴリチュウの群れとかさぁ! だけどさぁ! そういうのってさぁ! ガチでやるもんじゃないだろ!? 違うだろ!? 宴会のネタにポロっと零すぐらいのもんだろ!? ガチでやるやついるの? ねぇ、マジにこれは頭おかしいだろ! ダークライ……ダァァァクラァァァァ―――イ!!」

 

 周りには頭から大地に突っ込んだゴリチュウ、上半身を木に叩き込まれたゴリチュウ、下半身を大地に埋められてアイルビーバックなサムズアップを向けているゴリチュウ、そしてひたすら焼かれて戦闘不能になった大量のスピアーの姿があった。自分の直ぐ横では荒い息を吐きながらVジェネレートを放っていた黒尾が落とした能力の回復にハーブを食べており、自分も空っぽになったRPGを横へと投げ捨てていた。

 

 トキワの森の探索、その為に持ち込んだ武器の大半を消費してしまった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……もう、なんかやだ……あぁぁぁ……発狂しなかった……はは、そうか……ピカネキで慣れちゃったから発狂できないんだ俺……ごめんな、ナチュラル……今まで俺、お前に結構辛い事してたのかもしれない」

 

 涙を流しながら焼野原の空を見上げると”おう、そうしろよ”というナチュラルの声が聞こえる様な気がした。だが悪い、思うだけなんだ。実行はしない。スピアーを焼き払って黒尾もなんだかんだでご満悦の様子―――表に見せない残虐性はしっかりと俺に似ている。

 

 ふぅ、と息を吐いてメンタルをリセットする。ジムには有事の際に使用できる武装が隠されている。むろん、それは対人間を想定した道具だ―――ポケモンだけでいいのではないか、と思われがちだが、

 

 ぶっちゃけ、モンスターボールからポケモンを出すのより銃で撃った方が早い。その為、暗殺専門や対人専門の訓練を受けたハンターやレンジャーだって世の中には存在する。ともあれ、自分がこのゴリチュウとスピアーの群れを亡ぼすのに使ったのはこっそりとトキワジムに死蔵されていたそれを強奪したもので、たった今、この勝負でそのほとんどを溶かしてしまった。

 

 おかげで残ったのは銃弾が十二発入ったハンドガン、そして手榴弾が三個だけだった。トキワの森を探索するのにたったこれだけの装備で大丈夫なのだろうか、何て事を思うが―――トキワの森を探索しよう、そう思った直後にこれだけ盛大なリアクションが返ってきたのだ。だとしたらトキワの森に何かがある、と考えるのが自然なのだろう。

 

 これがブラフだったらもう知らない。これをブラフにするとかもう勝てる相手じゃない。

 

 ……。

 

「ニビ方面かな?」

 

 反応なし。

 

「じゃあ中央方面かな?」

 

 こちらも反応なし。

 

「……じゃあ大穴で数年前ボスと戦った思い出の地」

 

 トキワの森がザワザワしだした。

 

「……こぉーん……」

 

「うん。俺もそれは思い始めていた」

 

 今の一幕でダークライの残念力が跳ね上がった気がした。いや、さすがにこれはないだろう、としか言えない。流石にこんな事でダークライがボロを出す筈がない。なぜなら相手はダークライだ、幻のポケモンダークライだ。クレセリアがいなければ永遠に悪夢に落として村、街単位で虐殺を起こす事の出来る残虐で極悪なポケモンなのだ。それがこんな対応をするはずがない。

 

 よし。

 

「―――行くぞ決戦の地へ……!」

 

「こぉーん……」

 

 それでいいのか、と黒尾に言われてしまったがこれでいいのだ。マジだった場合はダークライの残念力がこの上なくインフレするだけなのだから。だからそれを確かめる為にも、記憶の中の土地を求めて走り出す。それが正解だったのだ、更にトキワの森のざわめきはひどくなり、それが一点を超えた所で背後が一気に騒がしくなってくる。最初は何かが這いずる音、次第にそれは木々をなぎ倒す音へと変わる。

 

 軽く振り返れば20mを超えるサイズのキャタピーが見えた。

 

「助けて蛮ちゃん……!」

 

「……」

 

 咄嗟に手榴弾を投げ、その追撃にVジェネレートが叩き付けられ、爆炎が一気に広がる。その中でキャタピーが悲鳴を上げるが、それでも倒れる様子は見せず、瞳に闘志を滾らせているのがハッキリと見えた。ホウエンの旅が終わったらトキワの森は焼き払おう、そうしようと心の中で硬く誓いながら、キャタピーを倒す事を諦めて走り出す。

 

 必死にトキワの森の中を這いずり回るが、開幕から心が折れそうになる。こんな時こそ、様々な役割に特化した手持ちの皆が恋しい―――そう思いつつも、自分の切れる手札で何とかするしかなかった。

 

 

 

 

 振り返ればもはや追いかけて来るポケモンの姿はない。その代わりに、トキワの森へとかなり踏み込んでしまった。もはや持ち込んでいた武器は一つも残っておらず、溜息をつきたくなる惨状だった。ダークライに対するヘイトと殺意はもはや募るばかりだった。

 

 ただ、襲い掛かってくるポケモンが居なくなってからはトキワの森が恐ろしく静かに感じられた。深入りしすぎた、と言うよりは追いかける事を諦めた、という印象が強かった。武器も何も残っていない状況でどうしろ、と言いたいところだったが、その思いに反して足は懐かしさに進んでいた。そこそこ軽い足取りで進んで行くトキワの森の中、それは見覚えのある場所だったからだ。

 

 明確な道が存在する訳ではなかった。ただ一度歩いた場所は忘れられない。それもそこが記憶の中に焼き付いた場所であるのならば。細部は変わっているかもしれない。それでも足を前へと踏み出すたびにそこがここである、という感覚は自分の中で強くなっていた―――もはやここまで来ると足を止める事が出来ない。追いかけて来るポケモンはおらず、視線は感じる。気配も存在する。だが何かに抑え込まれる様に、ポケモン達は出現してこない。

 

 ―――その答えは既に解っていた。

 

 黒尾も黙って横を歩き、正面へと視線を向けている。鬱蒼と茂る木々によって見通しは悪い。だがそれにめげる事無く正面へと向かって進んで行けば、段々とだが視界が開けて行くのが見える。それはトキワの森を抜けているというのではなく、その中にある開けた場所へと出てきている、という事だった。

 

 そうやって歩き進むこと十数分ほど、目的地が見える。木々の間から見えるのはぽっかりと空いた何もない空間だった。体を動かしやすいスペースにはポケモンが隠れられるような草むらさえなく、ポケモンバトルをこの森の中で行うには絶好の場所だった。歩き、その場所へと入れば、反対側に待つように立っている姿が見えた。

 

 黒いトレンチコートに黒いボルサリーノ帽。黒一色の格好は何時まで経っても変わらない男のトレードマークだった。場合によっては胸に赤いRのマークも入ったりしてはいたが、既に壊滅してしまった組織のせいか、それはそこになかった。それを見て、少しだけ寂しさを覚える。でもそれが同時に過去を思い出させる。

 

「―――遅かったな」

 

 そう言って深く帽子を被り、表情を隠す男に対してどう言葉を返せばいいのか、一瞬だけ解らなかった。だがそれも一瞬だけだった。これがどういう世界なのかを想い出し、そして小さく、溜息を吐きながら自分に対して呆れを抱く。

 

「あぁ、やっぱりいない訳がないよな……俺の理想を描いた夢なのに」

 

 当たり前の様に、待ち構える様に男はそこにいた。

 

 言葉が返ってくる。

 

「そう、ここはお前の抱く夢だ。平和なトキワの姿。誰もが優しく、息子がそこにいて、そしてお前も家族の一員として混ざっている。ここはそういうお前の為だけに作られた夢だ。おまえは前に進む、現実を見る、そんな事を抜かしておきながら心のどこかではそういう光景を望んでいた。これがその事実だ」

 

「容赦ないですね」

 

「お前が抱いた理想の姿がそうだったからだ」

 

「そうですねぇー……」

 

 いつも心を見透かしていて、誰よりも強くて、それでいて容赦がなくて……だけどどこか、不器用な人。そんな、もう一人の父親とも呼べるような人がいた。

 

「一応流れからしてアットホームパパみたいな姿も期待してたんですけどね」

 

「それは将来、お前が子供を作った時にやれ―――俺の様にならないようにな」

 

 そう言って男はボールを手に取った。静かな殺意が広場を充満するのを察知し、これから男がポケモンバトルではなく、ルールの存在しない殺し合いへと勝負を持ち込もうとしていたのが理解できた。それに戸惑うよりも早く、鍛えられた反射神経は警戒しながら酸素を求める様に殺意に対して神経を鈍感にさせ、感覚を麻痺させる。そうでなければ殺意に溺れるからだ。

 

「これ以上語る言葉はない。俺は俺の役割を果たさせてもらおう」

 

「……相変わらず手厳しいですね―――でも、貴方らしいですよ、ボス」

 

 静かに笑みを自分が浮かべるのを理解していた。これが夢の中の出来事だとしても、丁度良い。

 

「夢の中程度で戦えるならどうあがいても本物の劣化だ―――問題なく勝てる(殺せる)な」

 

「吠えたな小僧」

 

 笑うような声が返ってくる―――そして、帽子を軽く持ち上げ、視線を向けてきた。

 

 ―――視線が合った。

 

 昔からポケモントレーナーとポケモントレーナーが目を合わせた時にやる事は一つ。

 

「勝負だ、サカキ」

 

「理想に打ち勝ってみろ小僧」




 ▷ポケモントレーナー の サカキ が
         しょうぶ を いどんできた!

 なお負けたら奪われるのは賞金ではなく命の模様。という訳で次回、ルール無用のバトル。ギャグとシリアスの落差すげぇなぁ! とか思いつつそれもいつもな感じで送電止められたああああああああ、カムバック俺の部屋の電気いいいいいいいいいいい!!


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vs 夢のサカキ

 言葉は必要ない。

 

 前へと踏み込むのと同時に黒尾は染み付いた経験で最適解を繰り出そうとしてくる。

 

 ―――それはサカキも同様だった。

 

 踏み込むのと同時にきつねびとひのうみが一瞬で広場を見たし、それに対応する様にドサイドンの巨体がサカキの正面、守る様に出現する。これからサカキと行なうのはポケモンバトルではない、()()()()だ。サカキは殺す気しか抱いていなかった。故に殺意で相対している。そして殺し合いにはルールはない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 レギュレーションやパーティーのコンセプトに合わせて変更され、使わなくなった技、使えなくなった技。それを育成特化のトレーナーの特権として一時的にだけ思い出させ、そして引き出す様に使わせる。慣れている、呼吸の合っている、相性の良いポケモンならなおさら、確認をする必要も準備も必要ない。息をする様に力を引き出せる―――故に黒尾との間は魂の伴侶として表現できる。

 

 だからどうした、と言わんばかりにドサイドンが炎を踏み潰す。その手にはラムの実が何個か握られている―――何度でも火傷の治療が行えるように。こちらの手札と手口を理解しての前準備だ、抜け目がない。だからと言ってやることに変わりはない。轟音と共に振り下ろされるドサイドンのアームハンマーよりも此方の動きの方が早い。一歩、先に抜ける様に更に踏み出せばドサイドンの横へと到達し、背後から熱風がドサイドンに叩き付けられる。

 

 そして、サカキがハンドガンを抜いて此方を狙っている。

 

 しっかり、眉間を、一撃で殺すために。

 

 僅かに頭を下げれば銃声と共に頭に痛みが走る―――銃弾が頭に装着されているゴーグルによって弾かれる音が響き、その痛みを無視しながら一気にサカキへと踏み込む。手の中にはドサイドンの横を抜ける時、アームハンマーの空振りで舞い上がった小石が握られており、親指ではじき出しながら二射目を放たせる前に銃口の向きをズラす。

 

 銃声が響き、肩に傷が出来る。それでも動きに問題はない。サカキの前へと接近し、迷う事無く蹴りを繰り出す。横へと回避するサカキの動きで蹴りが外れ、脇腹を掠る様に抜けて行く。合わせて三連続で銃声が響く。が、動作が悪い。回避の出来る動きだ。重心を前に倒す様に銃撃を回避しながら転がり、武器代わりに小石を拾い上げて手に握る。

 

 転がった状態から振り返ればフィールドの全容が視界に入ってくる。黒尾が回避に徹してドサイドンからの攻撃から逃れ、サカキは片手に銃を、もう片手にモンスターボールを握っている。モンスターボールからポケモンを放とうとする動作が非常に洗練されている―――阻むことはできないだろう。

 

 ボールからガルーラが放たれ、サカキの口が開く。

 

「お前は―――」

 

「庇え黒尾!」

 

 ガルーラからのマッハパンチを回り込んだ黒尾がその体で受け止める様に庇った。肉を打つ鈍い音が響くが、その()()()()()()()()()()。追撃でドサイドンのがんせきほうがはなたれ、更に黒尾を引きはがす様に弾き飛ばす。が、黒尾の心配はする必要はない―――これもまた()()()()()()()()()なのだから。とはいえ、庇わせるのもあと一度が限度だろう―――進化していない状態では体力に限界がある。

 

 ―――特性による()()()()()()()()()、それが黒尾の現在の状態であり、進化出来ない理由でもあった。

 

「……!」

 

 ガルーラとドサイドンが陣形を組み、その背後からサカキが射撃してくる。ガルーラが前衛に立ち、その後ろ斜めを身長で越えるドサイドンがカバーし、岩石の弾丸をマシンガンの様に連射しながらガルーラの殴りこんでくる道を作る。その隙間で。こちらの細かい動きをけん制、射抜くように射撃してくるサカキの動きは的確に殺しなれた人間の動きだ―――ポケモンと人間の連携の動きだ。それに対応する様に此方も明確に動きを作る。

 

 持ち込んできた少量の木の実―――オボン等を黒尾の口の中に投げ込んで体力を確保しつつ、きつねびで岩石に対応し、殴りこんでくるガルーラの目をつぶす様にひのうみを一瞬だけ派手に燃え上がらせる。とはいえ、それで踏鞴を踏む程軟弱なポケモンでもない。だがガルーラの精密機械の様に精確な拳が僅かにだが揺れる。

 

「弾け―――!」

 

 飛び出た黒尾が尻尾で拳を弾き、そのまま振り向きざまにだいもんじを叩き付ける。火傷を強制的に受けている事もあって力が入らないのか、ガルーラの動きが僅かに遅れ、そして浮き上がる。だがそれを理解するころには三つめのモンスターボールをサカキが手にしていた。その中からサカキがポケモンを繰り出そうとするのが見え、

 

 ポケモンは出現しない。

 

 ―――ボールのスイッチが壊れている。

 

 外れたように見えた蹴り、それは的確に目標を穿っていた。それだけの事だった。

 

 サカキの動きが乱れる。息を吐いて空っぽにし、その瞬間に全力で踏み込み、でんこうせっかでサカキに接近する。銃弾を撃ち込む動作よりも早くサカキへと肉薄し、ドサイドンが叩き潰そうとするのを黒尾に任せ、拳をサカキの腹へと叩き込む。鈍い感触と共に良く鍛えられた体の反動を拳に感じる。

 

 硬い―――殴った拳の方が痛い。

 

 そう思いながら抉りこんだ拳を弾くように横へと飛ばし、コートの内側、ボールが装着されている辺りを強く押し出す。

 

 狙った通りにボールが外れる音がし、

 

 拳が腹に叩き込まれ返された。

 

「カヒュッ―――」

 

 腹の底から息を強制的に全て吐き出され、一気に頭の後ろがスパークする様な感覚を覚える。拳が物凄く重い。それこそ稽古をつけてくれたシバの拳に匹敵するものを感じる―――そして思い出す、サカキは自己の研鑽、ポケモン、己に問わずそういう類のものは決して手を抜かず、自分が許せる手段の中で常に全力を選び続けると。尊敬はする。だからこそ殺す。

 

 拳を引き戻しながら再び全力の拳をサカキの顔面へと叩き込む。拳の痛みを無視してそのまま殴りぬき、強く後ろに踏み込んだサカキがこちらの顔面を殴り返してくる。むろん、後ろには引けない。右足を後ろにつっかえ棒にして、そのまま全力の拳を顔面に叩き込もうとし、サカキが緩やかなスウェーで回避しながらボディブローを叩き込んでくる。

 

「ガッ」

 

「なぜ―――」

 

 若い頃の体と、成長しきったサカキの鍛えられた肉体では体格差がありすぎる、全力で体重を乗せて拳を叩き込んでも、それでもダメージを上回れない。とはいえ、ポケモンを混ぜた乱戦に入ると物量と経験差で圧殺されてしまう。その為、勝ち筋は結局のところ、接近戦を挑んでサカキと1対1で殴り合うという選択肢しかない。

 

 だから拳を握って、叩き込む。背後ではドサイドンと黒尾が継続して戦い続ける音が聞こえる。大地が揺れるのはじしん。木々が弾ける様に燃え上がるのはだいもんじ。連続で発生する地鳴りはロックブラスト。ドサイドンも、黒尾も最前線で長年戦い続けてきたポケモン。主の指示がなくてもそのスタイルは骨まで染みている。どう動けば有利を奪えるか、トレーナー視点でのそれをトレーナーなしでもある程度行える。だから黒尾は時間稼ぎに徹せる。

 

 その間に自分が如何にサカキを攻略するか、という話になる。

 

 ―――普段、どれだけ武器やポケモンに頼っているのか、という事を思い知らされる。

 

 でも止まる訳にも、やる事を変える訳にもいかない―――ひたすら、インファイト状態を維持しながらほかに余計なことが出来ないように、サカキと殴り合う。

 

 ―――これが、終わったら俺フエン温泉で養生してキンセツカジノで豪遊するわ。

 

 茶化しの一つでもしたいが、そんな余裕は一切なかった。喉から出てくるのは獣染みた咆哮で、それを拳に込めながらサカキに叩き込む。こちらの体格が劣っている以上、ここ数年は加齢の影響でやっていなかったライトウェイトに任せた素早い拳で手数を稼ぐように叩き込むしかない。一秒考えるのに動きを止める時間すら惜しかった。全力で殴る以上、拳は痛み、皮膚が破け、赤くなって行く。

 

 サカキの顔にも裂傷と打撲の痕が生まれる。しかしそれを一切気にする事無く、

 

 拳を振り下ろした。

 

「―――死なない」

 

「死にたくないからだよ!!」

 

 痛みを殺しながら戦闘を続行する。それは此方だけではない。向こうも一緒だというのは良く解る。殴られて痛くない奴なんて存在しないのだから―――だから殴り合いになれば勝負の優劣は体力と気力で決まる。

 

「だからお前はまだ小僧だと言っている」

 

 リバーブローからアッパーを叩き込まれ、くらくらと世界が回りだすのを舌を噛み、その痛みで意識を戻しながらチンブローを返し、そのままエルボーを肩に叩き込む。が、それを堪えたサカキが殴り返し、此方の体を突き出す。数歩後ろへと下がり、足を止めながらサカキへと視線を返す。

 

「あとは自分で考えろ」

 

「相変わらずなスパルタで!」

 

 踏み込み、クロスカウンター、ローキックからのブロー、殴りかかった腕を掴んで膝蹴りを叩き込み、骨を砕こうとしながらまた拳を叩き込む。やっている事に技術もクソもない―――ただの純粋な殴り合いだ。理屈や技術を投げ捨てた体力と気合いだけに任せた殴り合い。そのどうしようもないチンピラスタイルで殴り合っている。頭に血が上っているのは自覚する。だがダークライに対する殺意が高まっているのも事実だった。

 

 よくも故郷を魔境にしてくれたこと、よくも見たくもない見たかった景色を見せた事、そしてよくもボスを夢に出したことを。だが殴り合いで大分血を流したのか、頭は段々と冷静さを取り戻しつつあった。見た目に合わせて心や頭まで若返っていたのだろうか。ちょっと考えもなしに殴り合うのは冷静さを失いすぎではないだろうか。

 

 だが、ボスの言葉で少々、引っ掛かりを覚えたのも事実だった。拳を握り、踏み込み、それを前へと押し出しつつ、殴りかかり、痛みが思考をクリアにするのを自覚しながら考える。

 

 ()()()()()()()()のかを。

 

 ダークライがこれだけすさまじい世界を構築するだけの力を、そしてエネルギーを保有しているというのであれば、そもそも殺しに来るのに()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()のではないだろうか。ひたすら悪い夢を見せて衰弱させたり、溺死させたり、そうやってあっさりと殺し続けることが出来るのではないだろうか。

 

 そこまで考えた所で、動きが止まる。その瞬間、サカキがこちらを強く、殴り飛ばした。後ろへと強く押し出され、サカキとの間に距離が生まれる。サカキが腰の無事なボールへと手を伸ばすのは見えず、その代わりに、

 

「ドサイドン―――討て」

 

 ドサイドンの片腕が黒尾の妨害を受けながら揺らぐ事無く、一切のブレを見せずに此方へと向けられた。避けなければ殺される。それを横目で確認しながら、

 

 ―――自分の足は動かなかった。

 

 そしてドサイドンは命令通りに攻撃を放った。岩石の塊を、人間が当たってしまえばいくらスーパーマサラ人と呼ばれる分類の人間であろうとトマトの様に弾けるだろう。このドサイドンは殺しに慣れている、人間をどうやって壊せばいいのかを良く把握している。その為偶然助かる、という可能性は絶対なく、

 

 音速で放たれた岩石の塊が眼前、触れそうな距離まで接近し、

 

 世界が黒く染まった。




 ボスには勝てなかったよぉ……勝つつもりがあるかどうかは別として。オニキス君の見るボスの姿は強くて、かっこよくて、自他に厳しくて、だがしっかりと仕事と責任は果たす男だそうで。

 ともあれ、流れちと早いんじゃないか、と思いつつ全体でイベント詰まってるしハジツゲではあまり時間が取れないなぁ、という大人な事情も。次回もピカネキにタンバリンを鳴らせつつ待て。


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黒に沈むトキワ

本日2話目注意


 ―――黒い。

 

 黒い腕が見える。

 

 足元、影から突き出る様に黒い、影で編まれた腕が伸びており、それが岩石を全て飲み込んでいた。

 

 バックステップで後ろへと跳んでも追従する事はなく、その場で動きを停止する。それを逃さないように黒尾が即座にくろいまなざしで捉え、消えようとする動きを止める。黒い影の腕はそのまま動きを完全に停止させ、サカキもドサイドン、毛一本も動かさず、その場で完全に停止していた。いや、違う。

 

 停止しているのは世界の方だった。それはまるで時が止まっているかのようだった。トキワの森に吹いていた風が停止し、森が揺れたままの状態で停止し、舞い上がった土砂が落下する事無く浮かんでいた。明らかにありえない世界の法則が発生しており、その中で、それを破る様に出現したのは黒い腕だった。それを証明する様に残留した影は伸びる様に形を変え、そして徐々に人の姿を取る。

 

 揺らめく影の様な体、アクセントの白と赤の色のポケモン―――ダークライの姿へと。幻のポケモン、悪夢を象徴するポケモンダークライは出現すると同時に、此方へと視線を向けてきた。

 

「ナ―――」

 

 言葉を放とうとして、

 

「だいもんじ」

 

 黒尾の炎で言葉とダークライを上書きした。

 

「マテ―――」

 

「だいもんじだいもんじハーブ食ってVジェネほのおのうずだいもんじだいもんじだいもんじだいもんじだいもんじだいもんじ―――」

 

「スコ―――」

 

「だいもんじだいもんじだいもんじだいもんじだいもんじだいもんじ―――」

 

「マ―――」

 

「だいもんじだいもんじだいもんじだいもんじだいもんじ……」

 

 ダークライが何かを話そうと言葉を放つが、それを上書きする様にだいもんじで逃亡阻止の技がはなたれ、一瞬で炎に包まれる。ルール無用、会話なんてしない、レギュレーションだとか知ったことかと言わんばかりのだいもんじの連射が集中爆撃の如く一気にダークライへと降り注ぎ、自然への一切配慮なしで一気に燃え上がらせる。酸素と緑が一気に燃焼されてゆく感覚の中で、それでも足りないと言わんばかりに黒尾にヒメリの実を食わせ、だいもんじを更に追加で三十連発させる。ダークライを包む炎が更に激化し、もはや炎がこちらにまで届いてくる。悪人に人権はない。特に人の頭の中を勝手に見る奴には更に許さない。その気持ちを込めて開幕でだいもんじ祭を開催したわけだが、

 

 十数秒後、炎がゆっくりと消えるのと共にダークライがその中から出現した。

 

「少シ、待テ」

 

「うるせぇ。はよ死ねよ」

 

 ボスぶっている奴に限って妙に喋りたがる。だからフライングするのは割と有効な手段なのだが、当のダークライの姿を見る限り、無傷だった。この夢の世界の主である以上、すさまじい力を発揮できるのは覚悟していたが、ここまでだとは計算外だった。流石にこれは手段を択んではいられないな、と判断する。

 

「よし、攻撃が通じない―――話を聞いてやろうじゃないか、ん? 盛大にヒントを出しやがれ」

 

「貴様ハ暴君カ」

 

 ダークライのツッコミにあながち間違っていない、と答えるとダークライからため息が返ってくる。その動作、そして今までの経緯で大体ダークライの性格とも言えるものを把握しつつあった。だけど言葉を放たず、一旦心を落ち着かせ、向こうからの言葉を待つ。それを理解したのか、ダークライが腕を振るい、逆再生を行う様にトキワの森を再生して行く。

 

 なぎ倒された木々は元に戻り、大地は再び草地に戻り、そしてボスとドサイドンの姿は消え、俺の傷が癒える。

 

「家ヘト帰レ。幸セナ夢ヲ見テ眠レ」

 

「悪いが俺の家はここにはない」

 

「ジョウト、カ」

 

 ダークライに違う、と答える。

 

「夢と理想にはない、って話だよ。夢や理想に逃げる思春期はとっくの前に終わっちまったんだよ。俺はもう現実を生きる大人だ。幻想になる事も、幻想を追いかける時も終わり。そりゃあ生きていれば辛い事だってあるさ。責任を投げ出したいときだってある。何も考えず父親のような人に甘えたい願望だってあったさ」

 

 だけど、

 

「俺はもう大人だ。現実から目をそらしちゃいけない。俺はカントーとジョウトを代表するチャンピオンなんだ。テレビを見て子供たちは俺を見て、ポケモンマスターになりたいって言うんだ。旅をするトレーナーたちは目指すべき頂点に俺の姿を見て道標にするんだ。そしてポケモン協会はどうにもならない時は俺に頼ってなんとかしようとするんだ。俺はその場所に自分で望んで立って、そして今も望んで居続けているんだ。大人は―――夢に逃げちゃいけないんだよ」

 

 結局のところ、それが全てだった。夢におぼれるのは人生から逃げるという事なのだ。それが自分には堪えられない。今まで自分がやってきた事の否定でもある。チャンピオンという座の責任から絶対に逃げない。それは頂点に君臨して自分が決めたことでもあった。帰る場所を作って、結婚して、そしてみんなの目標となる。

 

 そこから逃げちゃ駄目だ。昔がどんなに恋しくても、それは現在を超えて優先させるものじゃない。

 

「……」

 

 その言葉にダークライは黙る。故に言葉を続ける。

 

「なんで俺を殺そうとしない」

 

「殺セト言ワレテイルガ、私ハ、オ前ヲ―――殺ス事ガ出来ナイ」

 

 それは明確なダークライの意志であり、そしてダークライの背後に誰かが命令を下した、という事を証明する言葉でもあった。誰かがダークライに命令を下したのだ、オニキスを殺せと。だがダークライはその命令に逆らってこの夢を生み出して、そこに閉じ込めたのだろう。そこには確かなダークライの想いが感じられた。

 

「オ前ヲ……尊敬シテイル」

 

「じゃあここから出せ」

 

「ソレハ出来ナイ。オ前ハココデ、夢ニ沈ンデイテ欲シイ。ココデナラ、ナンデモ用意出来ル」

 

「いいや、それはいいからここから出せ」

 

「ソレハ、出来ナイ」

 

 チ、と舌打ちして唾を吐く。先ほどまではあんなにも口の中が痛かったのに、今ではそんな事は欠片もない。完全に傷が治っていた。折れた歯も既に揃っており、ダークライのこの夢の中でおける干渉力の強さを物語っていた。それはまるで神・アルセウスが世界を創造した、その強さを思わせる様だった。息を吐き、ダークライへと視線を向ける。質問を変えよう。

 

「じゃあ、質問をさせて貰うけどよ―――なんでこんな事をした」

 

 それが一番気になる事だった。まず理解できるのはダークライ自身に一切の殺意が存在しない事だった。むしろこちらに対して配慮すらしているという事実だった。だが同時にこの世界からは逃がさないという意志も感じられた。それが妙にあべこべだった。此方に対して本当に配慮するのであれば、そもそもこの夢の世界へと誘い込む必要すらなかったのだから。だからダークライが個人の感情を優先してまで命令に逆らっている様に見えるのは少し、歪に感じた。

 

 だから、次の言葉で少しだけ、感情が揺れた。

 

()()()()()()()()()()

 

「―――あ゛?」

 

 こちらの聞き返す様な言葉に、ダークライが言葉を繰り返す様に告げて来る。

 

「コノママオ前ヲ行カセレバ、ソレヲオ前ハ後悔スルダロウ」

 

「だから俺をここで眠らせて守る、だって……?」

 

 ダークライの頷きを見ながら情報を纏めれば、辻褄は会う。おそらくこのダークライ、あのフーパ使いの手持ちだ。あのフーパ使いは俺を殺して何かをしようとしている。そしてその中で、直接的に俺の干渉を妨げれば問題はなくなるという事から、ダークライは殺す事ではなく眠りに就かせて殺す必要性をなくそうとしているのだろう。それがダークライの個人の感情であり、そして判断だった。まぁ、ダークライの判断は主の言葉を守っていないという事を考えれば褒められるものではないのだろう。だけどそれがダークライ自身の判断と言うのならば、それはまたいいのだろう―――ダークライにとっては。

 

 俺個人の感想としてはたった一つ、

 

()()()()()

 

 キレる以外の選択肢がなかった。殺意が心を満たしてゆくのがハッキリと解る。その様子にダークライが驚くのも見える。

 

「お前が俺の何を知って、この先の何を知っているのかを知りはしないが―――ふざけるなよ、てめぇ。誰が命を助けてくれと頼んだ。何勝手に憐れんでるんだてめぇ……!」

 

 結局のところ、ダークライの話は一点、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という点に尽きる。それがなんであるかは解らないし、相手がどうやって知ったのかもどうでもいい。途中まで相手は自分と同じ転移者なのだろうか、或いは超級の異能者なのだろうか、そんな事を考えていたが、もはやそれはどうでもよかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 血管に冷水を注ぎ込まれたかのように一気に熱は引いて行き、頭がクリアになる。今までにない程、誰かを、何かを殺したいと思ったのは初めてだった。一方的に弱者を見下す様に憐れむこの存在だけは絶対に生かしてはおけない。その優しさは理解できても、絶対に踏んではならない地雷を踏んだ。故に殺さなくてはならない。理屈とかではなく、感情をここまで昂らせて殺したいと思ったのは初めてだった。義務でも責任でもなく、

 

 こいつは絶対にぶち殺す。その意思だけが血液の様に体を巡っている。

 

「無駄ダ……ソノ意志ハ解ルガ―――譲ル訳ニハイカナイ」

 

 ダークホール。ダークライのみに許された脅威の催眠技。広範囲を一瞬で眠りの中へと落とし、悪夢へと誘い込むその代名詞。ダークライの何が恐ろしいかと言えば、この技、ダークホールの異常に高い命中率とその範囲の広さになる。街単位を一瞬で夢に落とす事の出来る奥義とも呼べる技、それを逃げ場を残さないようにトキワの森全体を飲み込むように放たれた。無論、避ける事等不可能だ。一瞬でダークホールの闇が全てを飲み込むのが見え、意識が朦朧とするのを感じる。強靭な意志の力で睡魔に対抗し、自身の心臓に負荷をかけてその痛みで抗う。だがここがダークライの領域である以上、抵抗なんてほぼ無意味ともいえる状態だった。

 

 怒りで狂いそうなのに、それに反して体は動かなくなってくる。何もできない。その感覚が何よりも怒りを増幅させていた。

 

 才能―――未来―――進化―――システム―――メタ。

 

 メタ、つまりはこの世界の根本を理解している。どうやって生み出されたのか、どういう法則で世界が回っているのか、それを自分は理解している。だが同時にそれからはみ出た者が多く存在しているという事実も理解している。結局のところ、ただメタ知識というチートとも呼べるものがあっても、生まれ持った才能や資質を超える事は出来ない―――自分にもナチュラルやヒガナの様な、異能の力があれば何とかなったかもしれない。

 

 そこまで考えた所で、あぁ、そうか、と思いつく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 あるじゃないか、すぐそばに、才能と神秘と能力の塊が。人間なんてものを超える圧倒的な力を持った存在が、どんなに鍛えても最終的には勝つ事の出来ない、この世の神秘の象徴であり、当たり前の存在として受け入られている神の創造物が。

 

 そう、ボスは昔こう言った。

 

 未熟だと感じるなら鍛えろ―――足りないと思ったら補え、と。

 

 果たして補うというのはどういう事なのだろうか。育成に特化していると知ってポケモンの育成を勉強して、新しい方法を生み出してもポケモンと出会えなかった。だから災花を手に入れて足りない部分を補い、そして未熟だと感じた指示を今、ホウエンまで来て何とか鍛えている。そう、足りなかったら鍛えればいい、そして持っていないのなら他所から補えばいいのだ。

 

 なぜこうも簡単な事を思いつかなかったのか。

 

 目が閉じる。夢の中で意識が閉じる前に、口を開いた。

 

「―――食って良し」

 

 直後―――狐の遠吠えが響いた。




 憐れむ奴だけはゆるちゃにゃい。ぶちころちゅ。絶対だ。

 という訳で次回、vsダークライ。


 ▷おや、オニキスの様子が……?(進化BGM


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vs ダークライ

本日3話目注意


 自分の体から大事なものが抜けるのを理解した。

 

 ―――魂だ。

 

 黒尾がそれを喰らった。それは黒尾の体内に飲み込まれ、そして彼女の中で同居を果たす。はたしてそんな事は可能だろうか? いいや、可能なはずだ。災花は足りない運命に対する力をその存在だけで分け与えていたし、ゴーストポケモンは死亡したポケモンやトレーナーが霊となったものだ。だから魂は存在する。そしてそこに人間を超えるリソースもちゃんと存在する。ポケモンがありえない進化を遂げて行く姿を見ればその程度誰だって理解できる。だったら話は簡単だ。

 

 足りない分のリソースは補えば良い。

 

 ポケモンで。

 

 なぜ今まで思いつくことすらなかったのか、それが解らなかった。或いは自然に意識から外していたのかもしれない。だがもう遅い。やってしまった。黒尾が飲み込んだ魂が彼女と同調するのを感じる。彼女に波長を合わせられているのを感じる―――そして彼女とそれを共有するのを感じる。絆だけではなく魂という命そのものを通してお互いの目に見えぬものを共有する。瞬間、今までになかった感覚が一気に芽生えるのを感じる。

 

 それは第三の目、それは第三の腕、それは第六の感覚―――異能の開眼。異能を持たない人間では永遠に理解する事が出来ない、新たな感覚器官を得たという感覚。持たぬ者が絶対に理解する事が出来ないというナツメの言葉を肯定する、これはそういう感覚だった。そしてそれ以上の説明も無理だった。当たり前のものを表現する事程難しいものはない。

 

 故に足りなかった最後の壁―――異能の壁、その開花を完了させる。言葉として表現するならば、契約だ。生きている間ではなく死んだ後もポケモンになる事はなく、魂を黒尾に奪われ続けるという冒涜的な契約だ。その対価として彼女の持つ才能の領域をお互いに共有する。収支で見ればマイナスかもしれない所も、そもそもから一生付き合う予定の相手だったのだ、何も問題はない。

 

 だから異能の方向性を作る。まだ目覚めたばかりの力の流れ、それにオニキスという男の本質を捻じ込む。そうやって存在した力の流れは一つの色と形を発揮するようになる。

 

 殺意―――圧倒的な殺意を。理不尽すらねじ伏せて蹂躙する殺意を。()()()()()()()を果たすためにそういう場所を。現実という異世界からやってきたオニキスという男には解るはずだ、異なる環境、異界を、フィールドを支配するという感覚だ。それをポケモン別に適応させて―――殺意を刃に変えて突き刺す。そういう場所が欲しい。

 

 自分が頂点にして君臨する最強。それに相応しい場所を―――生み出す。

 

 

 

 

「―――開け決戦場(しょけいじょう)

 

 気づいた時には眠気は霧散していた。そして右手を前に突き出す様にして、左手で頭の帽子を掴んでいた。格好は元に戻っていた。ボルサリーノ帽にロングコートという格好。場所はトキワの森のまま、正面にはダークライの姿が見える。その表情は己の干渉が破壊されたことに対して驚愕を浮かべている。故に宣言する。

 

絶対王者(チャンピオン)としてレギュレーションとルールの順守を宣言する」

 

「ソレハ―――」

 

 目に見えぬ重圧がフィールドに広がる。チャンピオンに相応しいバトルの下地が生み出される。緊張感が滾り、決戦という名に相応しい状態へと戦闘フィールドが突入する。それに反応する様に、急速に殺意が決戦場に集る。

 

ル ー ル 違 反(殺意カウンター) は 許 さ な い(+6)

 

「ルールを守って楽しく殺しあおう」

 

 ルール違反によって決戦場に最高潮まで満ちた殺意を一気に消費する。刃となった殺意が違反者の力を削り削ぐ―――ダークライからこの戦闘中、世界に対する絶対的な干渉能力が消失し、レギュレーションの範囲内まで弱体化する。

 

「舐メルナ―――!」

 

 ダークライから幻のオーラが放たれる。そのオーラによって決戦場の拘束力がゆるみ、ダークライの力が増す。だがそれでも完全なものとは言えず、最初の無敵状態よりは遥かに弱体化しているとも言える―――ちゃんと戦えれば倒せる、という領域には。だがそれは六体を手持ちにした場合、或いはそれだけ強力なポケモンを手持ちに保有する場合の話だ。故に、

 

「―――お前も、俺に相応しい姿を見せろ」

 

 黒尾が前に踏み出すのと同時にその姿が光に包まれる。獣の、ロコンの姿は二足歩行で立つ人間の姿へと変わる。細く、しなやかな肢体を得て、身長は百五十ほどまで伸びる。昔よりも長い艶やかな黒髪を伸ばし、その体は黒に白い文様が刻まれた、誘う様にやや肌蹴た着物に包まれている。その下には存在を象徴する九本の黒い尾が存在し、頭には黒い狐のお面が斜め掛けにされている。前見たキュウコンの姿よりも更に一回り、此方に合わせる様に歳を取った、艶やかな姿をしていた。

 

 黒尾が横を抜けて、尻尾に埋もれる様に大地に座り込むのを見て、笑みを浮かべ、右手に彼女の入るモンスターボールを転がす。

 

「―――これで文句ありませんよね、私のポケモンマスター様」

 

 その声には魅了する様な色がある。心の弱い人間なら間違いなくその吐息だけで心を惹かれてしまう、そういう危険さがあった。黒尾の進化、それはもはやただの進化ではなく、俺というトレーナーに対して全てを合わせた、専用とも言える種族、存在となった。ポケモンマルチナビやポケモン図鑑を使用してもおそらくは新種とのみ出るだろう。種族に名をつけるとしたら―――そう、黒爪(オニキス)九尾(キュウビ)、とでもなるだろうか。

 

「最高のパートナーだよ、お前は―――そんじゃ、幻を虐殺するとしようか」

 

 黒尾を迷う事無くボールの中へと戻し、そう宣言した。言葉にダークライは迷う事無く戦う事を選んだ―――その判断の速さは育成されたポケモン特有のものだ。だが決戦場のルールに縛られたダークライはポケモンのいない状態では攻撃を繰り出すことが出来ない。故に繰り出す。

 

「初陣だ、殺すぞ」

 

「はい、仰せのままに―――」

 

 脳髄を溶かす様な声と共に黒尾がボールの中から放たれた。繰り出されるのと同時に闇の衣をまとい、疑似ダークタイプ化され、そして黒尾とダークライの視線が合う。魅了する様な微笑みが()()を魅了する。決戦場内外のテンションが、熱狂が上昇し、そしてそれが戦う者たちへと向けられる殺意に変換され、決戦場に肌に突き刺さるような殺意が充満し始める。

 

「私に惚れてはいけませんわよ? 私はあの人一筋なのですから」

 

 嗤いながら黒尾が優先度を奪取し、両手を叩き合わせてきつねだましを放った。ねこだましのタイプを変えたマイナーチェンジ技、しかしそれだけでダークライには十分すぎる。その動きが一瞬だけ止まり、

 

「えぇ、それでは死ぬまでご堪能くださいまし」

 

 すてぜりふを吐き、その言葉に込められた呪詛に決戦場に更に殺意を集めてボールの中へと帰還する。ダークライがきつねだましの反動から動かない。だから戻したボールを左手へと転がす様に動かしながら、紡いだ絆でポケモンを呼び寄せ、そして殺意が混じる異能で統率し、手にする。世界の法則に亀裂が入った今―――ポケモンの入ったボールは呼び出せる。

 

 手の中に、モンスターボールがある。確認せずとも何が中にいるのは理解できている。

 

「―――デビューライブだ、派手にやれ()()()()()

 

 言葉に導かれる様にボールからはなたれ、そして出現したのはロトムウマではなく、一人の亜人種の姿だった。魔女の様な大きな紫色の尖がり帽子に紫色の衣装、しかし瞳は爛々と青色に輝き、そして髪は紫色から毛先でロトムを思い浮かべる赤色に変色している。マントを登場の爆風になびかせながら登場する少女の姿は赤いV型ギターを握っており、ギタリストの魔女っ子、という妙に面白い格好をしている。しかし彼女もトレーナーと相性の良い存在、

 

 それによって覚醒の余波を受けて変質している。

 

R O C K Y O U !

 

「Yeaaaaahhh―――!」

 

 モンスターボールから飛び出すのと同時にトキワの森に潜む観客たちの熱狂を音で一気に引き上げ、そしてそれを殺意として決戦場に充満させながら、ギターを鳴らした。そうやって響く音は一つ―――ほろびのうた。それを登場と共に強制的に押し付ける。

 

滅びのカウントが4刻まれた

 

「アーンド―――! シー・ユー!」

 

「待テ!」

 

 放たれるシャドーボールをロトマージがギターで受け止め、タイプ相性故にダメージを軽微で済ませながらボールの中へと楽しそうな笑顔と共に戻ってくる。それに合わせ、最後のボールを絆で呼び寄せた。滅びの運命がダークライへと刻まれるのと同時に待ち望んでいたかのように震えたボールを、遠慮なく放つ。

 

「その命―――」

 

 氷花がボールから繰り出された。滅びの運命を死神が直死した事によって死のカウントが1刻まれた。

 

「ダガ―――」

 

殺 意 が 死 を 刻 む(カウント2)

 

 カウントがまた一つ削れた。その事実にダークライが何かを言おうとしてしかし止め、そして完全に動きを停止させた。それを見届けて、氷花が優しく笑み浮かべる。

 

「―――美味しくいただきます」

 

殺 意 が 死 を 刻 む(カウント1)

 

殺 意 が 死 を 刻 む(カウント0)

 

滅 び か ら は 逃 れ ら れ な い

 

 決戦場に充満されていた殺意が完全に霧散する。だがそれと引き換えにダークライに押し付けられた滅びの運命は完全に刻まれ、そして切り抜かれた。カウントが0になった瞬間、自動的に敗者が決定し、ダークライの体力が全て消失し、その姿がトキワの森に倒れる。役割を果たした氷花を素早くボールの中へと戻し、森の大地に倒れたダークライを見下ろす様に視線を向ける。その中で、削られた体力をダークライは急速に回復させ、再び立ち上がった。

 

「教えてやるダークライ―――俺は同情も憐れみも求めていない。俺が求めるのは戦いとその舞台だけだ。決戦……そう、それだけが俺の求める場所だ、行き場所だ。おまえが何を知っているのかは知らない。おまえが一体何を背負っているのかは興味もない。おまえの目的もどうでもいい。だが俺を憐れんだな―――俺を憐れんだな、お前は!」

 

 それだけは許さない。

 

「俺の人生、俺の選択肢! 後悔する事も恨むことも俺の、()()()()()()だ! 勝手に登場して殺す気もなく勝負をして勝手に哀れとはテメェ、何様のつもりだ。絶対殺す、お前の領域であるこの夢の中で絶対に、確実にぶち殺す。トレーナーがいない今、交代出来ないお前は()()()()()()()()状態だからな……!」

 

 伝説の様にルールを無効化できる化け物ならともかく、幻は伝説程ぶっ壊れてはいない―――つまり何度も滅びのカウントを0にして追い込めば、殺すことだって可能だ。そして今、この状況、この状態、

 

 決戦場が展開されている間であれば確実にダークライを逃がさずに殺せる。

 

 故に、

 

「今から一切手段を選ばずにお前をルールの範囲内で可能な方法でぶち殺す、覚悟はできたかよ幻如きが……!」

 

「―――」

 

 ダークライが立ち上がり、そして変わる事のない、憐れむような視線を向けて来る。ダークライは変わっていなかった。何かを理解しており、そして諦めてしまっている。それが実に癪に障る。イライラする。それ故に命を異能の燃料へと注ぎ込もうとしたところで、

 

 世界がぐにゃり、と歪む。

 

「今回ハ……私ノ……負ケダ」

 

 そう言って世界が消失し、戦える場所が喪失した故に異能が解除、決戦場がなくなって体が闇の中へと落下して行く。それでダークライは夢を終わらせる事で逃げたという事を理解し、更にイラつく。何よりもダークライが憐れむことを止めていないという事が最大の原因だった。

 

 次は、次こそは絶対に殺す。

 

 それを誓いながら闇の中、落下し続ける。




 という訳でおそらくは最後になる主人公の覚醒イベント。最後と言うかこれが最初で最後かなぁ、と。とりあえず幻なんでこんなんじゃ死なないという感じで、またほら、次回を待って結末をきこうではないか。

あれこれしょうかい
決戦場
 互いに最新のバトルレギュを強制して、それを順守させる。観客の熱狂や一部行動で殺意を充満して、ポケモン別に殺意を消費して効果を引き出せる感じのそれ。チート感知や力技で突破しようとするとペナルティ発動する。つまり”正々堂々と戦おう、俺はイカサマするけど”というクソの様なアレである。

黒爪九尾
 サトシゲッコウガの様な感じ。だーりんといつでも一緒になって有頂天。一部の連中にこいつを食えば……とかあとで思われる。ギリシャ語でオニキスは爪を意味するとかなんとか。やったね、黒尾ちゃん! モテモテだよ!

ロトマージ
 ロトムウマが進化した感じのアレ。案の定酷い事になった。好きなバンドはクイーン。80年代のロックなどがお気に入り。ロトムの人格は統合された、ヤドランタイプの生物。

氷花様
 滅び加速とかいう頭のおかしい効果を引っ提げて戦場に復帰、ロッカーとのコンビ運用でサイクル戦しない奴は地獄を見るハメになる。シバが勝機と正気を失った瞬間であった。

 それではまたみてポケマス


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ハジツゲタウンを旅立つ

 ―――結論から話せばハジツゲタウンはかなりあっさりと救われた。

 

 住人達の眠りは俺が眠った直後に終わったらしく、どうやらダークライは最初から俺のみを目的としていたらしい。それで俺が眠った後はすべての住人を解放し、そして俺を夢に閉じ込める為に全リソースを割いた。それでも俺が忘れずに記憶を保ち、そして夢の中を動けたのはダークライ側としては予想外だったのだろうか、メガフーディンによるセキエイ式プロテクト法、今度セキエイに戻った時に予算を上げないといけないかもしれない。

 

 ともあれ、現実でも二日間眠っていたらしく、その間にハジツゲタウンでは少し事件があった。一つはマグマ団とアクア団の小競り合い、衝突があってソライシ研究所で研究用に保管されていた隕石が強奪された事。そして俺が目を覚まさないと連絡を入れた結果、ホウエンリーグが少々大慌てをしてしまったことだった。独断専行に関する酷い注意と説教を何時間かホウエン、セキエイリーグ両方から受け、報告書を書き上げ、軽くソライシ研究所の被害を調査して、

 

 ハジツゲタウンでの事件は終わった。

 

 それで漸く、一息をつける様になった。

 

 

 

 

「あぁ、クッソ、ダークライめ」

 

「まだ言ってる」

 

 健康診断を終えてポケモンセンターの外に出る。二日間も眠っていたために体がアチコチ硬いような気もするが、眠っている間に適度に体を解してくれていたらしく、硬直はない。おかげで即座に行動に移せる。ダークライの夢から目覚めて一日が経過、これでハジツゲタウンには合計三日程留まってしまっている。元々数時間程度しか止まらない筈の場所だったのに、無駄に時間を消費してしまったことに頭が痛い。

 

「嫁にしこたま怒られたしなー。おのれダークライ」

 

「それ、関係なくない?」

 

「というか結婚してたんだ。かなりハジケてるからポケモンしか相手がいないと思ってた」

 

「失礼な女だなお前! 俺だってちっとはモテるよ―――ごめん、嘘ついた。結婚先にして愛情はあとからってタイプなのよ。ほんとすまんな、でも結婚してるんだ俺。へへ……ナチュラル君は何時かなぁ! ピカネキがタンバリン鳴らしながら熱視線送っているぜ!!」

 

「ピカネキの目、潰れないかなぁ……」

 

 トモダチ至上主義者だったナチュラルからこんな言葉が出てくるのだからピカネキってすごいよな、なんてくだらない事を呟きつつも、ハジツゲタウンを出る準備は完了した。寝ている間にマグマ団、アクア団をスルーしてしまったのは完全に痛い話だったが、どうやら俺が寝ているところでナチュラルとヒガナがルビーとサファイアと交流を持ったようだし、

 

 つくづく、本筋には強引に入ろうとしない限り混ざれないよな、と思ってしまう。

 

 ともあれ、

 

「予定より時間食っちまったし、さっさとフエンに行くか」

 

「空路だっけ?」

 

 後ろで温泉コールをしているヒガナを無視しながらナチュラルが確認してくる。その言葉に頷く。別にツクヨミをポケモンの姿にして飛んで行くってのも悪くはないが、つい先ほどリーグの方から気を付けろと釘を刺されたばかりなので、数日は普通に、或いは常識的に行動しておきたい。その為、VIP専用の飛行手段をポケモンセンターで手配しておいたのだ。時間的にはそうかからない筈だ。そう思いながら空へと視線を向ければ、黒い影が見えた。

 

「お、来た来た」

 

「え?」

 

「おぉ、これは凄い……」

 

 頭上に見える黒い影は段々と大きくなって、それこそあっさりと此方の身長を抜き、民家よりも大きく見える。ポケモンセンター前の開いたスペースにゆっくりと翼を震わせながら着地してくる。足が大地に付く瞬間は振動を伴い、ズシン、とその重量が大地を通して伝わってくる。その背には人を乗せる為のカゴが存在するが、そのサイズもおかしいと呼べる大きさを持っている。

 

 登場したのはピジョット―――それも全長40メートル程もある、異常と呼べるサイズのピジョットだった。首にスカーフを巻き、目にはゴーグルを装着し、そして足の周りに所属する会社のエンブレムが彫ってある腕章を装着していた。ピジョットに近づき、用意しておいたポフィンを労う代わりに投げて、食べさせる。おいしそうにそれを食べるピジョットから背を向け、ナチュラルとヒガナへと視線を向ける。

 

「現在世界で確認されている最大サイズのピジョットだ。ピジョットがマッハで飛行できるのは知っているだろう? その速度を利用して人や物に拘らない運送会社に所属しているんだこいつは。背中のカゴにサムズアップしてるケーシィが見えるだろう? あいつがこのピジョットの相方でマッハで飛行する間、サイコキネシスで俺達を守ってくれるんだ、ッと!」

 

 もう一個、ポフィンをカゴの中のケーシィへと投げ渡す。ケーシィがそれをサイコキネシスで掴み、ダブルサムズアップを向けて来る。

 

「まぁ、人を高速で運ぶのはちょいと要人向けのサービスなんだけどな。縁があって割引してもらえるし今回は頼っちゃおうかなぁ、って」

 

「縁、って?」

 

「この二匹の育成、総額1200万を700万まで割引きした」

 

「鬼か」

 

「寧ろクッソ安い方なんだよなぁ……」

 

 別に気に入ったポケモン、相手だったら無料で育成してもいい、というのが個人的な意見なのだが、それは許されない。俺の育成能力が異常であり、それを無料で育成する様な事になれば、簡単に環境を崩壊させてしまう事が可能だし、他の育成屋の看板を一瞬で破壊する所業でもある。その為、セキエイの方からは家族関係以外のポケモンの育成を頼まれた場合は()()()()()()()()()()()と言われている。

 

 ちなみにこれ、当初は一匹に付き600万、と言わなかったのでピジョットとケーシィ合わせて700万で育成した結果、セキエイがキレて一匹につきに決まってんだろ、と怒鳴り込んで来られたことがある。セキエイもセキエイで環境を破壊しすぎない、破壊を急がせすぎない、一般企業の利益を守る、ルールとレギュレーションの監視をする、等々と非常に苦労しているのは解っている手前、あまり強く申し出る事は出来ない。

 

「……ちなみにこいつら、ギャラは普通のサラリーマンより多かったりする。あとついでに言っておくけど俺も割と手持ちのポケモンには不自由しないレベルでギャラ払ってる。企業や団体を代表するトレーナーとなるとポケモン側にも給料発生するからそこらへん注意な。おろそかにするとグッドモーニング・りゅうせいぐん組合がやってくるから」

 

「逞しいなぁ……」

 

「そりゃあポケモンだぞ? 人類と並ぶこの世界の住人だぜ? 逞しくない理由があるか」

 

「おーい! まだ乗らないのー?」

 

 もう既にヒガナがカゴの中に乗り込んでいた。あの少女、めっちゃくちゃバイタリティ高いなぁ、とほんわかしていると、ナチュラルが溜息を吐きながらヒガナに続くようにピジョットの背のカゴに乗り込んで行く。ナチュラルが足をひっかけてカゴの中に転んで落ちる姿を見てヒガナが笑い、ナチュラルが半分キレる様に睨み返す姿を見て、小さく笑う。

 

『おいおい、まだまだ若いんだから老けたようなリアクションはやめてくれよ』

 

『まだ三十路にもなってないなら赤ん坊も一緒よ!』

 

『そうそう、千年経過してから漸く成人したって言えるのよ!』

 

『筆頭グランマズがベリーロックなのデス……』

 

『あぁ、うん。筆頭ババア共はいい加減落ち着けよ。お前らこの星を探しても最年長の部類に入るぞ』

 

『ヴ……ヴヴ……』

 

 スティングが呆れたような羽音を鳴らしている。まぁ、言いたいことは良く解る。だから手招きしている二人の子供の姿を見て、解った、と答えながら軽い助走をつけて一気に大地を蹴り、籠の中へと飛び込んで着地する。40メートルという凄まじい巨体の背に乗せてある籠なだけに、それなりに広さがある。ドライバーか、或いは機長気取りのケーシィが帽子を脱いで一礼すると、被りなおし、正面へと視線を向けた。

 

 ケーシィのテレパシーによる声が響く。

 

『―――飛行中に吐くとゲロが綺麗なラインを描くぜ……!』

 

 ロトマージがボールの中からガンガンと叩いてくる。

 

『チャンピオン! マイチャンピオン! そのケーシィからはすごいロックなソウルを感じるデスよ! 私をレットミーアウトよ!』

 

「最近まともなトモダチに会えていない気がするよ」

 

「ホウエンの中でも田舎だからね、ここ」

 

 田舎には変人が集まるという風評被害をどうにかしてやろうかと一瞬だけ考えたが、直後、大地を蹴って大空へと体を投げ飛ばしたピジョットが一瞬でブレイブバードを放つ姿勢へと体を移し、ケーシィがサイコキネシスによるコントロールを始めていた。

 

「ちょ―――」

 

『舌を噛むぜ……ベイベエェ―――!』

 

『チャンピオン! マイチャンピオン! 出してください! レットミーアウト!! セッション! セッションを望むよ!!』

 

 言葉を放つ余裕を与える事無く、一瞬でピジョットが風の壁を叩き割りながら加速した。ハジツゲタウン、ポケモンセンター前の大地が砕けてえぐれているのを見ればピジョットが一体どれだけの速度を出して、どれだけの力を叩き込んだのかを見れる。おぉ、すげぇ、やっぱ早いなぁ、なんて感想を自分が抱いている間、予想を遥かに超える速度に、一瞬でナチュラルとヒガナがカゴの後ろ側へと投げ出されていた。ぎゃああという悲鳴と、きゃああという楽しそうな悲鳴が響く中、

 

 モンスターボールの中からついにギターの音が響きだす。

 

『出れないならここからセッションデス……! ヘイ、グランマズも参加するよ!』

 

『YEAH!』

 

『あたまがいたい』

 

「ボールがうるせぇぇぇぇぇ―――!! クソ! 決めたぞ! ロトマージ、貴様のニックネームはシドだ! シド・ヴィシャスってキチガイから取った名前だからな! 誇りに思えよお前!! 俺が手放しでキチガイ認定するのはほんと珍しいからな!」

 

『ファック&ロック!』

 

「ニックネームつけた瞬間それっぽくなるから本当に才能あるよな、お前」

 

 本格的にモンスターボールの中がロックな感じにうるさくなってくる。それに合わせる様にケーシィもテンションが上がってきたのか、ピジョットにバレルロール等を頼み始めるのが聞こえる。これ、大人しくツクヨミに移動を頼んだ方が遥かに静かで楽に済んだのではないだろうかと思ったが、ヒガナとナチュラルが先ほどからずっと地獄を経験して辛そうなので、それはそれでもういいか、と諦める。

 

 ただスティングとナタクの入ったボールから濃密な殺意がバンド組へと向かって放たれているので、降りた直後にストレス解消目的で解放するか。そんな事を考え、夢の中ではない、

 

 現実の馬鹿騒ぎの日常へと戻ってきた。昔は昔で良かったかもしれない―――だがやはり、一番楽しいのは現在だ。

 

「さあ、フエン温泉が俺達を待っている! もっとスピードを上げろ機長!」

 

『チビるなよ……!』

 

「助けて……」

 

 ナチュラルの助けを求める声を掻き消す様にピジョットがさらに加速する。笑い声を響かせながらまっすぐ―――フエンタウンへと向かって、最速で突き進んで行く。




 一部、育成力に特化したトレーナーは協会、或いはリーグ所属である場合はリーグ側から制限を受けて、育成を行う場合に関するいくつかの条件を付けられる。カントー・ジョウトでその筆頭はグリーン、カリン、及び僕らの黒爪ニキである。両者共に育成出来る数、他人のを育成した場合は金額の請求と育成の報告を提出、環境への配慮を義務付けられている。

 オニキスニキ実は超リッチ説。まぁ、こんな役職で金を持ってないわけねぇよな、と。


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フエンタウン

 フエンタウンに到着するころにはナチュラルの顔は土色をしており、逆に普段からドラゴンに乗り慣れているせいか、ヒガナの方は楽しそうな表情を浮かべていた。やはりどこかでまだインドア派なんだろうな、とナチュラルの事は考えるしかなくて―――そのまま放置する事にした。ともあれ、ピジョットとケーシィの高速飛行を終えて帰せばそこはフエンタウン―――ホウエンでも有名な温泉町になる。

 

 視線をフエンへと向ければタウン、つまりは村という規模で表現されてはいるが、それでもハジツゲタウンの様な限界集落とは比べ物にならないレベルでにぎわっているのが見える。到着したのが飛行ポケモン用の着地場だから仕方ないのかもしれない、目に映る光景は温泉宿が多く、それをビジネスに盛り上がっている姿が良く見える。浴衣姿で歩き、次はどの温泉を試そうか、そんな浮かれた声が風に乗って聞こえて来る。その楽しげな雰囲気を感じ取ったのか、ダウンしていたナチュラルも復活の兆しを見せた。

 

「さて、ようこそフエンタウンへ……つっても俺もフエンは初めてだからな、ちょい迷いそうだ」

 

 予想よりも広い都市だった、というのが一つ。そして予想よりも人が多い、というのももう一つだ。都会を名乗るには開いているが、村と名乗れる程小さくもない。フエンタウンの印象はそういうものだった。ボール内の馬鹿騒ぎも大分収まっており、漸く静けさを取り戻した所で、瞳を輝かせながらヒガナが口を開く。

 

「で、ここではどうするの?」

 

「とりあえず宿を取ってあるからそこへ行って、しばらくはそこで療養だよ。めちゃくちゃいいところを選んであるから、期待してもいいぞ」

 

「ヒャッホ―――!!」

 

 それで一気にテンションが上がったヒガナがナチュラルの背中を強く叩き、背筋を無理やり伸ばさせると元気よく腕を引っ張り、歩かせ始める。げんなりとしたナチュラルの後を追う様に歩き出しながら、自分が知っている情報としてのヒガナ、そして今見ているヒガナとの大きな違いを認識し、息を吐く。そろそろ本格的に情報がアテになりそうもないな、と。

 

「おいおい、こっちだぞ」

 

 違う方向へと向かいそうになっている子供二人を呼び戻しながら改めて敵、と呼べる存在に関する事を考え始める。いや、マグマ団とアクア団はスケジュール通りに動いているのだから、自分はその時登場した行動に合わせて対処すればいい、それだけの話だ。問題は知識外の幻のポケモンなどの襲撃、敵対だ。間違いなく自分の知らない存在が裏で糸を引いているのは解る―――だがそこからが判断できない。

 

 現状、相手の統率力が異常と呼べる領域にあるのは解る。幻のポケモンを複数完全に使役するのは余程の事ではないと不可能だ。少なくとも自分は条件を付けないと無理だ。そしてまるで未来を知るかのような発言、行動、それは同じ知識を持っている相手の様に思わせる。

 

 ―――転移者(トリッパー)

 

 もしかして、そういう存在が相手なのかもしれない。そもそも自分が転移者なのはいいが、自分以外に同じような存在がいるかどうか、それに関しては全く把握していないのだ。自分だって一度も誰かに―――ボスを除いて―――そういう背景がある事は喋ってはいない。そしてそれは吹聴するものでもないと思っている。まぁ、自分の様に魔境のど真ん中に投げ出された場合、余程運が良くなければ即死できるのだが、

 

 自分の様にどこかに、転移者がいてもおかしくはない。

 

 一人いるなら二人いたっておかしくはないのだから。

 

 まぁ、だが、敵を転移者と決めつけて話を終わらせてしまうのは思考停止だとも思える。とはいえ、判断材料が少ないというのも事実だ。相手が明確に何かを主張しているわけでもない所が辛い話だ。何かを主張さえしてくれればそこから可能性を絞り込めるのだが―――そこまで愚かな相手ではないらしい。ともあれ、襲撃してくるのは解っているのだから、後手に回って迎撃すればいい。件の相手に関してはそれしかないだろう。

 

 そうやって考えを巡らせている間に予約した温泉宿へと到着した。流石温泉地の元祖というべき場所なのか、昔、短い間拠点にしていたエンジュシティよりも遥かに立派でしっかりとした、高級宿が今回選んだ宿だった。初めて見る和風の高級宿にヒガナのみではなくナチュラルまで目を開いて興味津々に見ている。二人の姿から視線を外し、さっさと受付へと向かい、身分証を提示しながらチェックインを済ませる。チェックインを済ませると原生種のキュウコンが出現し、口に鍵を咥えて案内を始める。慣れているのか九本の尾でヒガナとナチュラルからするりと荷物を奪い、此方も荷物を渡して歩き出す。

 

 古く、しかし頑強なつくりをした煌びやかな高級宿を見て、案内をされながらヒガナが声を漏らす。

 

「……ここ、いくらぐらいするんだろ」

 

「止めてよ。考えないようにしているんだからそういうの」

 

「はっはっはっは! 奢られている内はそういう細かいのを気にしなくていいんだよ! フラっとジョウトに戻った時に荒稼ぎしてるからな、俺は。そんなことなしでも牧場として土地を貸し出してるからそれだけで大分収入入っているし? セキエイでグッズも出してるからな、俺は!」

 

「うーん、信じたくないけど一応超の付く有名人なんだよなぁ……」

 

 そう言うのなら、と、ポケモンマルチナビを取り出してそこに数字を打ち込んで行く―――それはこの宿の一人、一泊の宿泊料になる。打ち込んだその値段を振り返りながらヒガナとナチュラルへと向けて表示する。それを見たヒガナとナチュラルの足が完全に停止し、動かなくなる。それを盗み見ていたのか、案内のキュウコンが小さく笑い声を零すのが聞こえる。

 

「ちなみにカロス地方ミアレシティのグランドホテルシュールリッシュは手持ちのポケモン+トレーナー一人、一泊10万で高級ホテルとしては()()()()()()()()()だからな。世の中、相当なVIPじゃないと泊めてくれないホテルやレストランがあって、同地方のチャンピオン経験者以外お断りのレストランだと確か1コースで40万か50万はしたんじゃないか? まぁ、金なんて頑張りさえすればそれなりに何とかなるしな、それで満足できる程度に贅沢が出来ると思えばそれで贅沢すりゃあいいんだよ。才能とか運命だとか一番欲しいもんは金では手に入らないしな」

 

「ごめん、値段の次元が違いすぎてちょっとついていけない」

 

「右に同じく」

 

「いや、ナチュラルはお前、俺について回っている間にこれぐらい既に何度も奢られているからな。カナズミのホテルとかアレ―――」

 

「やめて……やめてください」

 

 震える様な声を絞り出すナチュラルの姿を見て笑い声を零す。若い連中で遊ぶのは楽しいなぁ、と思いつつ、目的地に到着したのかキュウコンは足を止める。それは旅館の一番奥、離れを利用した一件丸ごと使った宿泊施設だった。それに入る為の扉を器用に鍵を尻尾で握り、そして開けると部屋の中に入り込み、入口近くの荷物置き場に鞄等を下ろす。

 

「こぉーん……こぉん、こぉん」

 

「あいあい、了解了解。何か困ったことがあったら呼ぶさ」

 

「こんこん」

 

 キュウコンの言葉は長い間相棒と接しているだけに、良く理解できる。職務に対して真面目だな、などと思いつつ本来のキュウコンは気高い生き物で、安易に人を寄せ付けない性格だと思い出す。一般的なキュウコンと、そしてうちの黒尾を比べ、甘やかしすぎたかなぁ、何て事を考えてしまう。しかしそれも束の間、広い部屋を見ると足取りを重くしていたヒガナがナチュラルを蹴り飛ばして部屋の中に突撃する。

 

「君、僕になんか恨みでもあるの!?」

 

「緑髪が気に入らない―――髪切れよ」

 

「言っておくけど、僕は女だろうと容赦はしないって決めたからね―――たった今」

 

 即座に逃げ出したヒガナを追いかける様にナチュラルが駆け出す。崩れる様な音はしないが、それでも借りた部屋―――というよりは家を駆けまわる二人の足音が響く。それを無視しながら腰のボールベルトから中央の広間へと向けてポケモン達を放って行く。サイズが比較的普通の連中をまずは解放し、それから広間の奥、そこにある窓から外へと視線を向ければ大きい湖がある為、そこにモビー・ディックとメルトを放つ。流石最高級宿、いろんなポケモンに合わせて場所が作られている。エンジュシティの旅館ではモビー・ディックを出せなかったのが記憶に残る。

 

「ん―――ん、ふぅ……なんだかんだでボールから出るのは久しぶりだなぁ。まぁ、久しぶりの温泉だし俺ものんびりさせてもらうか」

 

 そう言って首から下を三日月の柄が入った黒いローブを装着する、頭に二つの長い、獣の耳を生やす()()姿()()()()()()ポケモン―――亜人種のブラッキーと化したナイトがぼやいた。基本的にボールの中、常に傍で分析と解析、アドバイスを行っているだけにボールからめったに出てこないだけ、その姿を見るのはレアい―――が、温泉は楽しみにしているのかそのローブの下から見える尻尾は大きく揺れている。

 

「感情が隠せてないのは若いわねぇ!」

 

「もっと私らの様に落ち着きを覚えるといいわよ!」

 

「ババア共はそれギャグで言っているの? 新しい芸風開拓したの?」

 

 カノンの羽は大きくパタパタ振るわれており、そしてツクヨミも背中から骨の様な翼を生やして大きく揺らしている。次に何かを言いそうだったミクマリの姿を探せば、いつの間にかわからないがナタクと並んで浴衣姿に着替え終わっており、横に桶と酒瓶を抱えていた。

 

「それでは」

 

「行ってきます」

 

 楽しみにしていたのが解るほどの雰囲気を撒き散らしながら二人は温泉へと向かって家を出て行った。その姿を慌てて追いかける様にシドがギター片手に走り出し、そして転びそうな姿を氷花が慌ててキャッチし、そのままポルターガイスト現象の応用で浮かべて運んでゆく。外を見ればメルトとモビー・ディックが日向ぼっこを始めており。それに合流する様にスティングとダビデが外へと出て行った。

 

 みんなが思い思いにそれぞれの休暇、療養を楽しみ始めた。まだ解散の声すら出していないのにほんと自由な連中だなぁ、何て事を考えつつ、息を吐く。まぁ、なんだかんだでみんな、フエンタウンの名物であるフエン温泉を楽しみにしていたのだ―――温泉に入って、酒を飲んで、フエンせんべいでも食べて、卓球でもやって、どれぐらいになるかは解らない、バトルとは全く関係のない休暇を楽しむのは決して悪い事ではないだろう。

 

 隕石が強奪されてしまっている以上、えんとつやまでの事件までそう遠くはない筈だ―――監視の目を設置しつつ、マグマ団とアクア団の数が増えたら警戒、そういう方針で進めればよい。ともあれ、まずは休暇だ、休暇。

 

「んじゃ俺も浴衣に着替えて、と」

 

「あ、浴衣持ってきますね」

 

「あぁ、サンキュ」

 

 黒爪九尾ではなく通常の黒いキュウコンの姿をしている黒尾はそう言うと浴衣を取りに探し始める。それじゃあ羽を伸ばすか。そう思っているとポケモンマルチナビが着信で揺れる。その着信先がセキエイリーグという表示になっているので、一瞬で夢を破壊されたかのような気持ちになり、嫌そうな表情を作るしかなかった。

 

 渋々と、通話ボタンを押す。

 

「はい、此方セキエイ最強の男」

 

『やったね、チャンピオン! お仕事だよ!』

 

「お前ほんと死ねよ。俺一応オフなんだぞ、オフ」

 

『今年度からポケモンリーグはブラック勤務が決まったんだ……ほら、君の名前みたいにな!』

 

「氷花ぁー! おーい、もう行っちゃったかー! 戻ってこーい! 呪殺! 呪殺できないかぁー! おーい!」

 

『死ねない、仕事が残っている内はな……!』

 

 見事な社畜根性、欠片も見習いたくはないな、とため息を吐く。ダークライの件があっただけに休暇を楽しみたかったのだが、セキエイからの要請は立場上、断る事は出来ない―――こういう時、妖怪喪女アイス狂いが知ったことか、と言わんばかりにフリーダムに活動しているのが羨ましくなる。

 

 ―――ますます結婚できなくなるように適当な噂を流してやろう。

 

 ともあれ、せっかくそこまで気を張らなくても良い感じの休暇に盛大に水を差されたような、そんな気分になってしまったが、それでも休暇は休暇であることに違いはない。ゲームでの出来事は同日内に発生したものだが、現実ではそうはいかない。

 

 金銀を巡る出来事が半年、リーグシーズン全体を通して発生したように、

 

 この戦いもまた、時間をかけて発生するものになるだろうと理解している。

 

 多少の邪魔は入っても―――それでも休暇の幕開けだった。




 やってきました温泉。一期ではエンジュが拠点だったので今回はこっちを拠点にしようかなぁ、と。キンセツも悪くはないんだけど全体的に景観とかを考慮するとフエンって結構良くね? って感じが。まぁ、温泉っていいよな、という話なのだが。

 という訳で次回からお仕事混ぜつつコミュラッシュになるのかな。

フエンタウン
 限界集落とは違うんだよ、限界集落とは。どっかのクソザコ限界集落とは違って温泉という最強兵器を保有している上に温泉をベースとした和風文化を持つ最強の療養地。俺もまた温泉旅したい(リアル話)

セキエイ高原
 セキエイ高原の支配者はポケモン協会であり、チャンピオンとはポケモン協会から与えられる地方における公式的な最強の存在の称号である。つまりポケモンリーグとはポケモン協会の下部組織であり、四天王とはチャンピオンの直属の部下とも言える立場にある。だけど四天王の所属がリーグとなっているので動かすんは協会の許可が必要、と軽々に動ける立場ではないらしい。なおそれがクソ面倒で勝手に動き回るのはどこの四天王もチャンピオンも一緒である。律儀に守っているのはジョウト、イッシュチャンプぐらいである。


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コミュニケーション ????

「これで適当に遊んでおきなさい。明後日はフエンジムでバトル予定だからな……っとこれ、アシスタント代だから、自由に使っていいぞ―――あ、それ俺のアシとしての適正金額だからな」

 

 そう言ってオニキスはポンとお小遣いに百万入った通帳とカードを自分とヒガナに渡してきた。ちゃんと給料が発生する様にセキエイ、ポケモン協会の方で登録されているらしく、其方方面からも振り込みが今後発生するらしい。明らかに頭のおかしい金額だが、危険手当も込みらしいのでこれぐらいが妥当なのだろうか。基本的に金銭に関するアレコレはゲーチスに俗すぎるという理由で遠ざけられてきたので、良く解らない。ただ高いと安いという判別はつくし、トレーナーの生活はなるべく安く済ませる物だというのも解る。その概念に真向から叛逆しているという状態であるのも解った。

 

「足りなくなったら適当に言えよ? 出してやるから。あとポケモンはボールばかりに押し込めてないで、偶には出してあげな。基本的に幻だとか伝説だとか、力さえ押さえてりゃあ解る人間とか一切いねぇから。そんじゃ、専用の風呂があるしちょっくら入ってくるわ……黒尾ー行こうぜー」

 

「はいはい、今参ります」

 

 そう言って黒尾とオニキスは借りている家の奥にある温泉へと向かった。トモダチと人間という間柄の中で、仲の良い組み合わせは何人も見てきた。だがその中でもあのオニキスという男はポケモンに近い場所にいる様な気がする。そもそも種族差、という事自体を考えていないような、そんな部分さえある。そんな事を考えながら背中を見送っていると、虚空から出現した小さい姿―――ツクヨミが背中に抱き付き、そのまま三人で温泉へと向かった。その姿が消えるのを見送ってから、横に並ぶヒガナへと視線を向けた。

 

「……どうしよう、これ」

 

「うーん……ラティ達をボールから出してやれ、って事だよね」

 

「うん、まぁ、そうなんだろうけど」

 

 本当にいいのだろうか、というのが個人的な感想だった。伝説とはつまり()()なのだ。伝説としてその名を残すには相応の理由がある。だからこそ自分はボールから出す事を今まで、ずっと、ためらってきた。だけどバンバン、というかほぼ自由にしているギラティナの姿を見ていると、自分が本当にこれでいいのか、解らなくなってくる。ただ、ホウエンに到着してから一度もボールの中から出したことがないのは事実だった。だとしたらちょっと、酷いんじゃないのか、とも思わなくもない。

 

「じゃ、私もラティとどっか適当に回ってくるよ。宅配頼めるなら里の皆にお土産をここから送る事もできるだろうし」

 

 そう言うとさっさと外へとヒガナは飛び出し、ボールを投げると青い幻のポケモン―――ラティオスを繰り出し、その背に乗ってフエンタウンの歓楽街へと一直線に飛行して行く。中々目立つ行動だが、どうせその後で人の姿へと変わるのだろうから、あまり問題はないだろう。フエンタウンの様に人の集まる街では空を飛んで移動している人もそれなりに見る。

 

 ……というのは、オニキスに連れられた自分が世界を見て回った結果覚えた事なのだが。

 

「……どうする? 君も外に出るかい―――ゼクロム」

 

 黒く、そして青白い稲妻を放つ伝説のポケモン、ゼクロム。この服装と名前を除けばそれが唯一、自分がイッシュ地方から持ち出したものだった。それ以外は全て、赤帽子の悪魔と黒帽子の悪魔の二人が一切躊躇する事もなく焼き払って、プラズマ団が存在したという痕跡ごと破壊しつくしてしまった。洗脳、誘拐、そういう類の事はどうやらあの二人の逆鱗に触れる行為だったらしい。

 

 ―――ゲーチスは最期、言葉にも出来ない地獄をあの反物質の女帝の世界で味わい続けたらしい。

 

『……自分で決めろ、ナチュラル』

 

「参ったな……あんまり、得意じゃないんだよなぁ」

 

 自分で色々と決めるのは、と言葉を付け加えない。そこまで言ってしまうとゼクロムに軽蔑されてしまう、そんな気がした。だがきっと、そんな言葉を口にしなくてもゼクロムは解っているのだろう。もはや無二の相棒と言っても過言ではない彼女なのだ。だが仕方がないのだ―――ずっと、ずっとゲーチスに言われるがまま、生きてきた。必要なものを選んで与えられ、そうやって生きてきたのだから。ただ、

 

 それを言い訳にするのもかっこ悪い、と思うのは黒い方の悪魔と行動して思ったことだ。いや、かっこいいかっこ悪いという考え方も昔の自分にはなかった―――そう考えると意外と感化されているのだなぁ、と思える。だからそうだね、と小さく呟く。

 

「せっかく給料とか言い訳までしてお小遣いをくれたんだし、少しぐらいハメを外そうか」

 

 ゼクロムからその言葉に対する返答はない。だけど文句を言う気配もない。だが元々からゼクロムはそこまで喋る性格でもなかった。気配は別に怒っているわけでもないし―――大丈夫だろう、と捉える。それじゃ、と小さく声を零してから自分もヒガナの様に、フエンタウンの歓楽街を目指して歩き始める。

 

 

 

 

「ふむ……賑わっているな」

 

 伝説種―――ゼクロム。彼女はそんな事を呟きながら歓楽街を見まわしていた。モンスターボールの中から繰り出した彼女は見たことのある巨大な黒い竜の姿はしておらず、十歳前後の大きさの子供の姿をしている。臍を見せるミニスカートにチューブトップ、その上から黒いジャケットという格好、そしてテラボルテージの色を、ゼクロムが放つ青白い稲妻を思わせるネクタイを装着しており、それを除けばツインテールで纏めてある髪を含め、すべてが真っ黒に染まった姿だった。

 

「まぁ、歓楽街だしね。寧ろ人が居なかったら困るぐらいだよ」

 

「それもそうだな」

 

 ふむ、と息を吐いた子供姿のゼクロムは興味深そうに人の流れを見ていた。そんなゼクロムを、自分は眺めていた。その視線に気づいたのか、ゼクロムは振り返りながらどうしたの、と問いかけて来る。

 

「あぁ、いや、何て言うのかな……なんだかんだで君の姿を見るのも新鮮なものだな、って」

 

「みだりに姿を現すものではないからな、伝説とは―――寧ろあの女帝が異常だ」

 

 女帝―――つまりはギラティナ、NNツクヨミの事だろう。そうなのかい、と言葉をゼクロムに向けて放つ。ゼクロムから返答が返ってくる。

 

「女帝は無駄が多すぎる……というよりもアレは無駄を極限まで楽しんでいる。そもそも人間の姿を取るのは我々にとっては制限・擬態に近いものだ。態々一番力を振るう事の出来る姿から無理やり形を落としはめているのだからな。だからフォルムチェンジ毎に本来の姿ならまだしも、擬態に必要はない。無論、性格の変調もありえない……つまりアレはあの女帝が遊んでいるだけだよ」

 

 まぁ、とゼクロムは言葉を付け加える。

 

「……子供の姿は力を抑え込むのには丁度良い。しかし力の大半を封印しているのにそれでもあの姿を維持しているのはただの趣味か性癖だろう」

 

「そんな話聞きたくなかったよ……」

 

 溜息を吐きながらゼクロムと並んで歩く。すぐ隣にいるのはイッシュ地方に名を残す伝説のポケモン・ゼクロム。しかし、フエンタウンにいる人間はまるでそれに気づくことなく楽しげに歩んでいるのが解る。今までは伝説のポケモンを自由にするのは狙われたり、変な注目を浴びたりするから止めておいた方がいいかもしれないかと思っていたが、黒い悪魔、そして今の光景を見ている限り、本当にイッシュ出身で伝説に詳しい人間か、或いは相当伝説に詳しい人間ではなければ気にしなくてもいいのかもしれない。

 

「ふむ……いつの時代も人はそう変わりはしないな」

 

 出店を見ながらゼクロムがそんな言葉を口にする。それはどこか、遠い時代の事を思い出す様な発言であり、どこか、過去を悔いているような、そんな色さえも感じる様な言葉だった。そんなゼクロムにどんな言葉をかけようか、一瞬だけ困った。カリスマ、会話、予知、様々な異能を持っていて、最強の統率者だなんて言われてはいるが―――結局はそれだけの話なのだ。自分は、そこまで凄くはない。こういう時、あの人はどうするだろうか、最近よく見る背中姿を思い出して、

 

 適当に話題を変えようと、適当な店を指差す。

 

「ねぇ、ゼクロム、見てみなよあのお店」

 

「ん?」

 

 ゼクロムがこちらの指差した店へと視線を向け、それに合わせる様に此方も視線を向けた。そのお店は本当に普通の射的の店だった。なぜそれがそこにあったのかは不明であり、祭ではなく温泉町なのに射的ってどうなのか、という言葉を思い浮かべてもいい―――だが問題はそこではなかった。

 

 スーツ姿のどこかで見たことのあるチャンピオンがいた。

 

 というか具体的に言うとホウエンチャンピオン、ツワブキ・ダイゴだった。

 

 ダイゴは射的を二丁も銃で構えると、必死に命中させようと頑張っているのが見える。射的の屋台の店主が二丁流じゃ絶対に当たらないと言い続けているが、本人はそんな事よりもかっこよさを追求しているらしく、落とせるまで挑戦するつもりらしく、札束で店主の頬を三回程叩いてから再び射的を続行する。いつものパターン的にここでピカネキの登場かと思ったが、

 

「そっかぁ……ここでダイゴさんかぁ……」

 

「奇妙な運命の中で生きているな、ナチュラル」

 

 それはすごい実感している。傀儡からフリーダムすぎるこの人生、どうしようかと凄い悩んでいる。そこで少し、足を止めてしまったのが悪いのだろうか、ポーズを決めながら構えていたダイゴの視線が此方へと向けられ、完全に動きがフリーズした。ダイゴがおもちゃの銃を握ったまま停止し、そして此方もチャンピオンの見てはいけない暗黒面を見てしまったような気分で、完全に動くことができなかった。

 

 数秒間、互いに無言で佇み、ダイゴが先に口を開いた。

 

「君は何も見ていない。君は何も見ていない―――いいね? 何もなかったんだ。そう、何も……何も見てないんだ……」

 

「あ、はい。何も見てません。ダイゴさん、こんなところで奇遇ですね」

 

「うん! 散歩の途中だったんだ! 散歩の―――散歩のね!!」

 

「どう考えても無理がある」

 

 ダイゴが感情を無くした視線をゼクロムへと向け、それを受けてゼクロムが思わず構える。それからゼクロムが構えてしまった事に気づき、驚きながらも少し、恥ずかしがるように腕を降ろした。それで少し気分を良くしたのか、ダイゴが頷く。そんなダイゴの様子を見て首を傾げる。

 

「あれ……ダイゴさんは此方へ何を」

 

「ん? 僕かい? 当たり前だけど仕事だよ。僕は普段から協会の方へデボンを通して()()しているからね。そこらへんお仕事とかめんどくさいから免除させてもらっているんだけど―――ほら、最近友人が無様にも悪夢に囚われるとかクッソ恥ずかしい事をしているじゃない? 友人としては仕事にかこつけて煽るチャンスを逃せないよね」

 

「それ、本当に友情って呼べるのか」

 

 ゼクロムの言葉にダイゴが笑顔でもちろん、と答える。ダイゴとオニキスの友情、いろんな意味でカオスだなぁ、何て事を想っていると、ダイゴがひらひらと手を振る。

 

「それじゃあ僕は散歩を……散歩を! 散歩! ……を、続けるからね。うん、散歩だから。明後日のフエンジムでの戦い、期待しているって。いやぁ、アイツ負けてくれないかなー」

 

 最後に最低な事を呟きながら去って行くダイゴの背を見送って、ゼクロムが口を開く。

 

「今の時代、畜生じゃなきゃチャンピオンになれないなどという法則でもあるのか?」

 

「い、イッシュのチャンピオン・アイリスはすっごいまともでいい子だったから……」

 

 なお、その前のチャンピオンであるアデクという人物はどちらかというと畜生だったらしいと黒い悪魔が主張している。やはりチャンピオンは畜生の素質がないと辛いのかもしれない―――そう考えるときっと、イッシュチャンピオンも畜生化するのではないかと思ってしまう。

 

「ま、まぁ、深く考える事じゃないよ! うん、僕の未来にかかわらなかったらいいなあ……」

 

「ただの願望だな」

 

 ゼクロムの言葉が非常に辛い。だけどこうやって相手をしてもらえるという事は見捨てられていない、見限られていないという事だ―――その事に安堵を覚えてしまうのは悪い事なのだろうか。そうじゃない事を祈りたい。

 

「とりあえず……観光めぐり、再開しよっか」

 

「そうだな。それはそれとして、いい匂いがするな」

 

「お小遣いも貰っている事だし、はっちゃけても大丈夫だと思うよ」

 

 そういうとゼクロムが軽く睨んでくるが、食欲に負けたらしく、素直に食べに適当なところへと向かい始める。その背中を姿を追いかけて、

 

 何でもない、休日を過ごす。




 Nとゼクロムとダイゴなコミュ回。中身は特にない、けどどっかでやっておきたい感じのコミュ。ともあれ、次回は準備パート、アスナにサポダイゴでのバトルよー。

 確定枠は黒尾シドとして、皆も誰が選出、持ち物は何かを考えてみると楽しいかもしれないわね。

 あ、あとインターネットに3DSがつながる様になったので、ORをネットに繋げました。その内フレコを活動報告に投げ捨てるかも


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コミュニケーション ナイト

「あー……体の疲れが抜けてくぅー……」

 

 マッサージチェアに座りながらそんな言葉を吐き出す。横のマッサージチェアを見れば同じように座っている浴衣姿のナイトが目を細めながら息を吐いている。あぁ、なんかこの光景、横に座っている奴を変えたら見たことあるぞ。ほら、エンジュあたり―――なんてことを考えもするが、割とどうでもよかった。ただ重要なのはやはり、風呂上がりにマッサージチェアという組み合わせはなかなか凶悪なコンボなのではないかと思う。今度ポケモンバトルでねっとうからばくれつパンチを叩き込んでみよう。色んな意味でポケモンが昇天しそうだ。

 

「しっかしオニキスよー……」

 

「なんだよー……」

 

「お前まだ強くなるんだなぁー……」

 

「そうだなぁぁぁぁー……」

 

「あぁぁー……」

 

 だらけた声を零しながらナイトに返答する。そうだなぁ、と少しだけ気を引き締めて答える。そうだ、ダークライの時に少しだけ強くなった。自分の力だけではどうにもならない異能という領域に、黒尾にこの魂を食わせて共有する。そうする事で無理やり才能の幅を広げたのだ。だがこれで限界だ。黒尾も元はただのロコン、ポケルス、デルタ因子、隕石、メガストーン、様々な道具やトレーニング、そして相性や裏技を駆使し続けた結果、彼女の種族値と呼べるものは戦闘時限定で600族を抜くレベルになった。そう、メガシンカと呼ばれる現象を引き起こし、圧倒的な種族値の暴力を見せるその領域に。その恩寵で自分も異能の才能を拡張させ、異能を獲得した。

 

「だけどな、おそらくこれが最後の異能だ。自分の中で感じるぜ、才能が枯渇するのを。あとは経験と技術と知識の積み重ねだ。覚醒みたいなイベントはもう()()()()()()()だろうな。あとはこの芽生えた異能を研究して、そしてメンバーに合わせて慣らして行く……それだけだろうな、俺の才能に関しては」

 

 指示の勉強に関しては最新の情報をチェックし、情報は全部頭に叩き込んだ―――ここからは実際に体を動かし、そしてそれを理解するだけの経験が必要になってくる。むろん、技術も必要になってくる。だが大半は経験だ。オニキスというトレーナーは才能に頼れる部分で成長できる限界に到達してきている。だからあとは時間をかけて経験で相手の考えを読み、体を鍛える事しかできない。

 

 統率力に関してはもう完全に頭打ちだ。おそらくこれ以上延ばす事は難しいだろう。そもそも相性の良いポケモンを探して、それにこだわってパーティーを作成しているという時点で限界を迎えている、という事の証明になっている。まぁ、それでもパーティーに完成形は見えてきているのだ。だから統率力に関してはもはやこれでいい、としか言うことしか出来ない。まあ、しょうがない。そもそもこの世界へとやってきてから十年間、大人しくしていたわけではなく、

 

 常にポケモンバトルの最前線ですべてを絞り出す様に走り続けてきたのだ―――才能は枯渇するリソース、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「んで、決めたのか?」

 

「何をだよ」

 

 その返答にナイトが言葉を止め、視線を此方へと向ける事無く、天井を見たまま答える。

 

「―――()()()()()だよ。結局のところ、俺達は全員それを狙っているんだからな」

 

 公式大会におけるレギュレーションはやや変動するが基本はスタメン6人+サブ2人という編成になる。そしてチャンピオンが一番目立つチャンピオンズリーグ、つまりはタイトル防衛戦ではこのスタメン6人が不動の枠となって挑戦者を迎撃する事となる。つまり、この六つの枠こそが、真の手持ちとしてその名を連ねる事の出来る場所なのだ。むろん、チャンピオンの手持ちとなった以上、すべてのポケモンがその場を狙っていると断言しても良い。本気でそこを狙おうともしないポケモンはそもそも手持ちから外し、二度と加える事もない。

 

 そういう領域の話なのだから。

 

「俺も黒尾程じゃないが、お前とは割と長い付き合いだ。お前の考え方は解るし、やりたいことも大体解る。まぁ、正妻様に勝てる程じゃないがな―――それでもずっと戦ってきた。そして一緒に戦い続けてきた。そして俺はこれからもずっと戦い続けるつもりだ。こんな体になる覚悟をしたのも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。だからお前の中で今、レギュラーやスタメンに関してどうなっているかはすごく気になっているのが事実だ」

 

「……」

 

 ふぅー、と息を吐く。通りすがりの旅館のスタッフを呼んでフルーツ牛乳を頼み、無言でそれを運んできてもらうのを待つ。これから話す内容を考えると、少しは喉を潤しておかないと話し続けるのは難しいだろう。ナイトもそれを察してくれたのか、しばらく黙っていてくれる。それから数分間、従業員がフルーツ牛乳を運んできた。それを受け取り、蓋を指で弾くように取りながら、一気にその中身を喉の中へと流し込む。様々なフルーツの混ざった牛乳の味が喉の奥に引っかかる。甘いと感じながらも息を飲み、口を開く。

 

「―――レギュラー確定枠は現在二人いる」

 

「聞かせてくれ」

 

「一人目は―――黒尾だ。たぶんアイツなしでパーティーを組むというのは俺には無理だろうな、ってレベルの話だ。最近開眼した新しいメガシンカ……そうだな、シンクロメガシンカとも呼べる現象、アレで完全に地位を不動の物にした。これ以降俺が別のポケモンに先発を譲る事はないだろうなぁ」

 

 これに関してはそれ以上話す必要はない。ナイトもおそらくは黒尾がレギュラー入りするのは解っていた事だろう。俺が一番最初に手にしたポケモンであり、そしてこの世界における()()()()()とも言える存在だ。俺がロケット団にいた頃の時代から今まで、こうやってチャンピオンになった時まで一切離れる事無くついて来てくれている無二の存在、彼女の支えがあってこそ自分は今、この舞台にいるのだと本気で思っている。

 

「じゃ……二つ目は誰だ」

 

 ナイトの声に、どういうべきか一瞬だけ困る。だが答えないのはナイトに対して失礼だろうと判断し、答える。

 

「―――メルト」

 

「そうか……そうかぁー……アイツかぁー……」

 

 ヌメルゴンのメルト。異常の領域には踏み入らないが、それでも確認されている中では最大級のサイズを誇るヌメルゴンである。簡単に言ってしまうと()()()()()()()()()()()()なのだ。ポケモンの役割で受けを意識する上で、一番重要なのはタイプ相性ではなく、ポケモンの持つ体力になってくるのだ。タイプ、防御力、相性、そんな事は異能でも育成でもどうにかすることが出来るのだ。だけど体力だけは生まれた肉体によってその上限が決まっている。コイキングにボーマンダ級の体力を要求する事は出来ない。

 

 なぜか?

 

 それだけのポテンシャルを詰め込む肉体がないからだ。

 

 ボーマンダのサイズのコイキングであればそれは出来るかもしれない。

 

 だがヌメルゴンという種族で、そして恵まれている肉体を持っているメルトは自分の育成を絡めれば世界最高クラスのサイクル戦用の受けポケモンとしての役割を持つことが出来る。最硬となるとそこはどうしてもダイゴに譲らなくてはならない事になるが、それでもサイクル戦用のポケモンでメルト以上の受け向けのポケモンは見る事がないだろうと確信している。その為、パーティーが大前提としてサイクル戦構築をしている以上、確定レギュラーメンバーはメルトの()()()()()()事になるのだ。

 

「アタッカーは割と悩ましい所なんだよな……天賦アタッカーのサザラもナタクもかなりぶっ飛んだ方向性を持っているけど、スティングもアレでまだ伸びしろを残しているって点があるからな、その点を完全に見切るまではそこらへんは選べない。アシスト枠はぶっちゃけ供給過多でここら辺、割とどうしようもない程に激戦区になってるんだよなぁ―――」

 

 まぁ、と付け加える。

 

「……不動枠でお前がほぼ内定しそうってのも事実なんだけどさ。スタメンか、それともサブかって所で今すごい悩んでる」

 

「おいおい、付き合いが長いからって理由で選ばれて欲しくはないぞ」

 

「贔屓はしないさ」

 

 ―――ただ付き合いが長い=息が合う、という事でもある。そう考えると付き合いが長いナイトはパーティー内の、戦闘中の息継ぎや細かい調整役として入れておくとズレそうな歯車の修正等で非常に活躍できるのだ。そう考えるとスタメン起用でいいのかもしれない。だがナイトの役割はフィールドに出る事ではない。フィールドに出るのはいやしのねがい、或いはみかづきのまいで次に繰り出すアタッカーを万全で終盤へと繰り出すための一手の為だ。つまりナイトを起用すると回転率が残りの五体に圧縮されてしまうのだ。そう考えると状況によって切り替えられるサブ起用の方が安定して仕事を果たせる気もする。

 

「……となると今後の俺の活躍は新戦術との馴染み具合が直結する、という訳か……」

 

 そこまで呟いたところでナイトは顔を上げ、此方へと視線を向けてきた。

 

「―――良し、明日のフエンジム戦、俺を起用してくれ。ジョウトに残っている連中には悪いが、ここで手を抜くのは性に合わない。お前を一番理解し、戦闘でサポートできるのが俺だっていう事を明日、証明しよう」

 

「やる気であふれてるなぁ、お前は」

 

 だが、それなら丁度良い。誰をどう登用するかは困っていたのだ。

 

 ―――明日のアスナ戦は若手のジムリーダーに格上との戦闘経験をつける為のものだ。そして新たに芽生えた俺の異能が競技という領域の中で、どこまで使用できるかを試すためのチェックでもある。その為、アスナには()()()()()()()()()()()()()()()()()を使用する事が許されている。そしてそれは自分も、ツクヨミを異能に当てはめる様に使用する事を言われている。

 

 形式は6vs6のフルマッチ、道具被りは禁止、メガシンカは許可、勝ち抜き戦仕様の6vs6のシングルマッチ制だ。

 

 現状は新しくなった能力を試したい気持ちとリーグからの要請もあって確定枠は黒尾、シド、ツクヨミだった。ここにアシスト枠でナイトを入れるとする。そして必然的にここにはメルトを入れる必要もあるので、これで5枠の選出は確定された。

 

「……残り1枠は……んー……火力を優先するか」

 

 となると水タイプである為に相性で有利を取れるミクマリ、シガナ戦で新しい戦い方を見つけたナタク、それとも相性の良さ故に覚醒を通して発展性を見込めるスティング、この三人のどれか、という風になってくる。その中でも今、誰を動かしたいか、という話になってくると―――迷う事無くスティングだと答える。まだ成長、発展性が見えるのだから、ここで戦わせない理由はない。炎で抜群を取られた場合、一撃で落ちる可能性があるが、そこはナイトによるアシスト、そして自分が読んでメルトを回せばある程度はカバーできる。

 

 そういう事もあり、選出は確定する。

 

 黒尾:ゴツゴツメット

 シド:ヨプのみ

 メルト:オボンのみ

 ツクヨミ:ラムのみ

 スティング:メガストーン(スピアーナイト)

 ナイト:きあいのタスキ

 

 先発:黒尾

 

「纏めれば明日の面子はこんな感じか。個人的にカノンの異界と異能の相性を実戦で確かめてみたかったけど、今回は見送りかなぁ……まぁ、バトルをする機会は何時だってあるし、次回に回すとするか……」

 

 黒尾はダークタイプを特性で疑似的に再現しているので、いえき等の特性上書きの能力が来ない限りは受けにも回せる。そう考えたらサブの受けとしても繰り出すことが出来る―――フレアドライブ等の接触技に対して有利に動くことが出来るだろう。シドのヨプのみに関してはデルタ因子悪+追加タイプはがねという事もあり、格闘が4倍で通ってしまう。ここは炎ジムらしいアスナの炎技に警戒して2倍弱点のオッカのみでも持たせるか悩むところだが、どうせゴウカザルか加速バシャーモを手持ちに入れているだろう。それに対する事故対策で持たせておく。いや、本当はここ、炎と格闘を確実に一度は耐える事の出来るきあいのタスキが一番なのだが、事故死で一番怖いのはナイトの存在だ。きあいのタスキがナイトで確定している以上、シドの持ち物はヨプのみかオッカのみで確定している。

 

 ……と、まぁ、こんなものだろう。火傷対策でメインアタッカーにラムのみを持たせるのは安直だが基本だし、スピアーという種族自体、ほとんど突き抜けていない限りはスピアーナイト以外を持たせる選択肢を知らない。

 

「ふぅー……お前も実は相当悩んでいるんだな」

 

「馬鹿野郎、候補は全部で20人近くいるんだぞ。その内選出できるのは8人……すっげぇ悩むわ。本格的に考え出した夜は俺一睡もできずに朝を迎えたからな」

 

 それでもまだ、選出が終わっていない。スタメンの選定、本当に悩ましい話だ。トレーナーとして、チャンピオンとして君臨している以上、それは仕方のない事なのだが―――まぁ、それはそれとして、明日はアスナとのバトルだ。

 

「サポートにダイゴが入るらしいけど、とりあえず勝つぞ」

 

「勿論。俺達には勝利以外存在しないからな」

 

 ナイトの言葉にけらけらと笑いながら、マッサージチェアに深く体を沈み込ませた―――とりあえず、スタメンの考えから逃げる様に。




 という訳でオニキスさんも実は裏ではすっごい悩みながら最終的なスタメンを選出していますよ、という話。ピカネキ? アレは事故が事故って更に事故を起こした生物だからスタメンへ狙いながら自由に生きたいだけだから……。

せんしゅしょーかい

ナイトくんちゃん
 性別に関しては世界の永遠の謎なのでシステムに触れてはならない(戒め)。きっとアルセウスにはTS趣味があったとかそういう感じのサムシングだがメタモンと卵の関係を見るだけでもうあっ(察し)という。大型新人にポジションを尾焼かされながらも、それでも最後の最後まで一緒にバトルし続けたい、という想いからそこらへん一切躊躇とかなかった実は心のイケメン。

 次回はvsアスナwithダイゴよー


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vsアスナ A

 フエンタウンのフエンジムはジムリーダーが代替わりをし、若い世代へ、つまりは現在のジムリーダーであるアスナへと代替わりを果たしたばかりのジムである。幼いころからフエンタウンとえんとつやまで修行し、鍛えられている為にフエン流のポケモンバトルを学んでおり、カナズミよりは経験があると言われている。とはいえ、それでもまだ()()のは事実だ。基本的にジムリーダーとなると、ポケモンリーグ参戦級の実力者であるのが基本だが、それでもジムリーダーとして信頼がおけるようになるのは最低でも二十代のラインを超えてからだ。その為、未成年のジムリーダーに関しては定期的に強者、四天王やチャンピオンからの指導の依頼が入る事がある。

 

 ―――ここら辺、昔の犯罪記録を丸ごと協会の方にもみ消してもらっている以上、断る権利がない。

 

 その為、自分は多くのチャンピオンの中でも特に生真面目な部類に入る。あくまでも職務に対する態度で、個人としてはそうでもないのだが。

 

 ともあれ―――こうやってフィールドを挟み、アスナと相対するのはその依頼、或いは業務の一環だと言っても良い。

 

 フィールドは既に新世代型、つまりはフリーフィールド型へと改装済みであり、フエンジム全体が少し広くなったかのように拡張されている。観客席には攻撃が当たらないように少し距離が置かれており、高所となっている。そしてそれとは別にフィールドの外側にサポーターが入れる場所が設けられており、反対側、アスナの側のそこにはインカムを装着したダイゴが立っている。むろん、此方側のサポート席にも同じようにインカムを装着した人の姿が見える。

 

 ―――ヒガナだ。

 

 もう既に開幕からダイゴに中指立ててファックユーと発言しているので見ていないフリをしたいのだが、どうしても視界の端でチラチラしている。ダイゴもそれをしっかりと受け止めたうえで、流星の滝を潰して世界最大規模の駐車場をデボンコーポレーションの力で生み出すとか宣言して喧嘩を売り返しているので、あの二人は原作云々イベント云々立場云々以前に本能的に、生物として相容れる事の出来ない存在なのだと理解してしまった。ともあれ、そんなクソな二人組から視線を外し、視線を反対側のアスナへと向けた。臍を見せるスタイルの黒いシャツにジーンズ、そして燃える様に赤い髪の持ち主だ―――残念ながら面識のある相手では無い為、これが初のバトルだ。

 

「さて、改めて名乗り上げるがセキエイチャンピオンのオニキスだ。今回は調子に乗ったセキエイからの要請で君の指導を目的として対戦相手を務めさせてもらう。よろしく頼むよ」

 

「あ、アスナちゃん見てる? 聞いてる? アイツああやって澄ました顔をしているけど頭の中ではどれだけ効率的にぶち殺すかという事しか考えていない生粋のウォーモンガーだから気を付けた方がいいよ」

 

「ヒッ」

 

「ガキを怯えさせるなよチャンピオン(キチガイ)……!」

 

 これだから社会的地位と財産と顔を持った強いキチガイはいやなんだ、と吐き捨てながら、小さく笑い声を零す。ともあれ、よろしく、と声をアスナへと向ければ、少しだけおびえた様子を見せる。

 

「え、えっと……まだまだ先代には届きませんが、それでもフエンの火山と、そして温泉に囲まれて鍛えあげたこのホットな技、チャンピオンにもお見せしたいと思います!」

 

「いいぞアスナちゃ―――ん!」

 

「アスナさん頑張れ―――!」

 

「フエン商店街一同応援に来てるぞアスナちゃん―――!」

 

「あ、ども、どうもです!」

 

 観客席から飛んでくるエールにアスナが恐縮しながら返答し、その姿を見て更に観客席が盛り上がる。今回のバトルは公開練習試合の様なものだ。その為、入場料を払えば一般人でも自由に見ることが出来る。そしてこれがフエンタウンというアスナの地元で行われている以上、見ている人間は9割フエンタウンの人間―――つまりはアウェーの状態だ。こちら側の人間なんてナチュラル、そして試合に参加しないから観客席で観戦に回っている残りの手持ちぐらいになる。

 

 審判もフエンジムのジムトレーナーが行っているが、そこまで心配する必要はないだろう。

 

 ともあれ、

 

「準備はいいか?」

 

「あ、はい、此方は何時でも行けます!」

 

 アスナからの返答があったので良し、と答える。では、と言葉を口にしながら片手で帽子を押さえる。意識した途端、会場全体に緊迫した空気が流れ始め、血液が興奮で沸騰し始める。それは予兆、そして実感。戦場に立ち、そしてこれが最後だ、これこそが雌雄を決する、そういう戦いに赴くときの舞台の空気、

 

 即ち、

 

「―――決戦場への扉を開ける」

 

 異能が発動し、決戦場が開かれた。帽子を押さえていない片手、左半身を前へと突き出す。

 

「頂点に挑む者には常にその重圧と法を求められる! 互いに全てのポケモンは公開され、ルールは100フラットへと調整される」

 

「えっ、ちょっ」

 

 ルールを順守する為の、正々堂々と食い合う為の決戦を繰り広げる為の異能。それが発動するのと同時にボールベルトのポケモン達のレベルが全て強制的に100フラットで固定され、そして直ぐ近く、バトルを映す為に存在する大型スクリーンが異能によってジャックされ、そこに自分とアスナの保有する手持ちのポケモンが表示される。それは本来のリーグルールであればチャンピオンの手持ちは常に開示され、そして挑戦者の8体、9体も常に開示されるという事から発生する現象だ。

 

 故に、スクリーンに今回のバトルに参戦する全てのポケモンが表示される。

 

アスナ   オニキス

 ギャラドス  キュウコン

 バシャーモ  ヌメルゴン

 ウインディ  ブラッキー

 キュウコン  ムウマージ

 コータス   スピアー

 ビクティニ  ギラティナ

 

「え、えっ、え―――!?」

 

 何らかの奇襲を狙っていたのか、一瞬でアスナが表情を崩して慌て始め、

 

「慌てるなアスナちゃん。()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ? 小細工、小技なんてものは通じない。公開されたのは能力じゃなくて名前だけだ。育成次第でコンセプトなんてものは直ぐに変わってくる。手持ちの情報を飲み込んで理解するのもバトルだ」

 

「は、はい! 落ち着きましたすいません!」

 

「良し、それでこそホウエンのジムリーダーだ」

 

 が、ダイゴの声が一瞬でアスナに落ち着きを取り戻させた。普段はちゃらんぽらん、というか遊んでばっかりいるのが印象だが、腐ってもダイゴはホウエン地方を代表する()()()()()()()()()()()()なのだ。最強として君臨して漸くチャンピオンを名乗ることが出来る。猪武者にチャンピオンを務める事は出来ない―――アスナの未熟な精神面をダイゴが即座に持ち直させたことから、其方方面に関しては期待しない方が良い。故にやる事はいつも通り、

 

頂点(チャンピオン)として常に先を歩む―――黒尾!」

 

 先手を取る。アスナに短い時間だが先発を入れ替えるチャンスを与える。真っ直ぐ此方のボールから放たれた黒尾はフィールドへと黒いキュウコンの亜人種姿で登場し、光に包まれる。自分の胸が熱く燃え上がるのを感じ、メガストーンを必要としない、魂の、意識のシンクロを使用したメガシンカを果たす。その姿は髪を長く伸ばした、艶やかな九尾の毒婦へと姿を変えた。登場するだけで視線を観客から奪い、アスナ応援ムードだった会場全体を一瞬で飲み込む。また同時に、闇を衣の様に纏う。

 

「さて、先手を取ってあげたんですから、どうぞご挑戦を―――」

 

「アスナちゃん!」

 

「解っています―――未熟だけど舐められたくはありません! 行け、ラーヴァ!」

 

 アスナのボールから朱い閃光が放たれ―――そしてフィールドが大きく揺れながら20mを超える赤い巨体が降臨する。輝きを放つ姿は色違いとしての証であり、赤いうろこに包まれたギャラドスは一回大地に当たって跳ねてから浮かび上がり、その視線を鋭く、自分の十分の一程度しか大きさのない黒尾へと向けた。

 

「―――正規の先発登用じゃないね! たぶんこちらに対応して切り替えてきた。私の見立てだとデルタ炎の炎・飛行! どうでもいいけどギャラドスって見た目が妙にドラゴンっぽいよね。私も初見でドラポケだと思った」

 

 インカムを通してヒガナの鋭い解析が飛んでくる。自分もヒガナの言葉に頷きながら、即座にフィールドで視界を確保できるように走り出す。おそらくアスナの本来の先発はキュウコン―――ひでりで始動して炎タイプのポケモンの火力と弱点を同時にカバーするもっとも基本的だが強力な戦術で始めるつもりだったはずだ。それをデルタギャラドスに変則登用するというのは()()()()()()()()()()と判断したからだろう。

 

 ―――ダイゴから闇の衣に関して入れ知恵されたな。

 

 そう判断しながらデルタギャラドスと黒尾の姿がクリアに見える場所を確保し、いつもと変わらない速度で切り込むように指示を繰り出す。決戦の空気が流れており、観客を一瞬で黒尾は魅了した。きつねだまし―――その普通の動作だけでも観客は彼女に視線を釘付けにし、そして会場全体のテンションが、熱狂が上がって行く。それに呼応する様に決戦場に敵を倒せ、バトルを進めろ、早く敵を滅ぼせという観客たちの剥き出しで無造作な殺意が募って行く。

 

「ともあれ、やって行く事は変わらない―――有利を作って刺し殺していく、それだけだ」

 

 ぽん、と優しいようで鋭いきつねだましが赤い鱗のデルタギャラドスに突き刺さり、その動きが一瞬だけ怯む。その事に激怒して攻撃力が上がって行くのが解るが、それに気にする事無くすてぜりふを吐きながら尻尾を巻き、闇の衣に紛れて黒尾がボールの中へと戻ってくる。ボールを滑らせれば、飛び込んでくるように次のボールが手の中へと入ってくる。それをそのまま、外へと向かって叩きだす。

 

「シド!」

 

 ボールが開かれ、その中から閃光と共に、

 

 ―――V型ギターが投げ飛ばされ、デルタギャラドスの額にザクリ、と音を立てて突き刺さる。

 

「Fu―――ck!」

 

 ギャラドスの額に突き刺さったギターからほろびのメロディが鳴り響き、死のカウント4が付与される。両手の中指をギャラドスへと向けて突き刺し、そのままギャラドスに対して挑発をシドが続行する。ブチり、とギャラドスの中でなにかがキレるような音が聞こえる。しかし手を伸ばし、ポルターガイストで突き刺さったギターを回収しながら充満したばかりの殺意を利用し、ギターの弦をトリップワイヤーの様に張った。

 

「ア―――ンド、サヨナラ! 早く地獄に落ちろヨ! グッドバイ!」

 

 最後まで中指をデルタギャラドスへと向けたまま、シドがボールの中へと戻った。ボールが転がり、手の中に次のボールが飛び込んでくる。自分の手を伸ばす必要はない。繰り出そうと手を動かせば、それに自然についてくるようにボールが手の中に納まる。そうやって手にする三つめのボール―――その中のポケモンを繰り出す。

 

「でーんでーんでーん!」

 

 異界を展開せずにツクヨミ、アナザーフォルムの状態で出現する。直後、放たれたフレアドライブをその小さな身体でツクヨミが受け、後ろに一気に吹き飛ばされる。あーれー、なんて声を放っているが、纏っている雰囲気は真剣そのものだ。600族の領域を超えている能力を保有しているが、それでも競技可能レベルまで能力が落ちているのには変わりはない。油断して遊べば落とされる。それをツクヨミが今の一撃で実感しているのを感じる。

 

 そしてまた、それを楽しそうに受け入れているのも感じる。

 

「こうかはいまひとつだ、なんちゃって―――」

 

 ダボダボの袖の中で、おそらくは隠されている爪が赤く、そして白く輝く。吹きとばされた状態から切り返す様にデルタギャラドスへと向かって飛び込んで行く。その体は直前に設置されたトリップワイヤーによって鱗が刻まれ、防御力が下げられている。

 

「はいどーん!」

 

 ドラゴンクローがデルタギャラドスの顔面に叩き付けられ、今度はデルタギャラドスが吹き飛ばされる番だった。その小さな体に一体どれだけの腕力が隠されているかは一切想像する事が出来ない。が、アナザーフォルムでは火力不足がたたり、デルタギャラドスは落とせていない。吹き飛ばされ、フィールドに叩き付けられ、しかし再び浮かび上がったギャラドスを前にしながら楽しそうな声と笑顔をツクヨミが零す。

 

「まだまだ私はやれるぞー!」

 

 未だに公式戦での参戦は不可能だが、競技としてのポケモンバトルに思いっきり参加できるという事実―――それはどこまでも彼女を楽しませている様に思えた。その姿に小さく笑みを零しつつ、足を止めて視線をアスナとダイゴへと向けた。そこから相手の動きを読み取ろうとして―――バトルを続行する。




 という訳でお待たせ、vsアスナ&ダイゴダヨ。互いに最初から手持ちを開示という条件で開始するので情報的アドバンテージが存在しなくなるというのは公式の大会に出場するのと同じルールに沿ったものである。つまりズルい事は何もない。

 今回は前哨戦にすらなってないので、本格的に勝負するのは次回で。基本的に体力計算は等倍で2~3回、抜群で1~2回、いまひとつで4~5回は耐える風に大雑把にカウントしてまふ。耐久特化、受け役割、ドラポケでここら辺+1~2な感じで。

せんしゅしょうかい
シド
 合言葉はファック&サヨナラ。はた迷惑度が加速度的に上がっている最悪のギタリスト。一体どこで情報を得たのか不明だが、パンクロックやデスメタルを参考にパフォーマンスを考えているらしい。とりあえず歌を聞かせて喧嘩を売ればいいのではないか? というロック魂が全て。ロトムと合体した結果頭がぶっ飛んだ子。座右の銘はギターは壊すもの。


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vsアスナ B

『―――ダメージレースはこっちが有利だ! このまま押し込め! 後押しは俺がやる!』

 

「ツクヨミ!」

 

 ナイトの後押しがボールの内側から響き、ツクヨミの背中を押す。ギャラドスに追撃を叩き込む為に前へと踏み出す指示を受けたツクヨミの動きはその一瞬で加速し、威力が一時的に倍加する。攻撃に一度成功している為、フォルムチェンジの条件を満たしたツクヨミの姿が子供の姿から大人の姿へ―――オリジンフォルム、もっと攻撃力に勝った姿へと変わる。一気に接近し、そのドラゴンクローが突き刺さる手前、

 

「もどれ!」

 

 アスナの素早いボール捌きによって一瞬でデルタギャラドスがボールの中へと戻され、それと入れ替わる様に亀の甲羅が―――完全に体を甲羅の中へと隠したコータスの姿が出現した。デルタギャラドスと入れ替わる様に出現したコータスは甲羅の状態で回転しながらツクヨミのドラゴンクローに衝突し、その回転を加速させながら設置されたトリップワイヤーを破壊、そのままボールの中へと戻って行く。

 

「―――硬いッ! が、それもまた良かろう! 蹂躙する楽しみが増えるというものだ……!」

 

「うーん、この魔王チックな感じ。なんで普段から保てないんだこいつ」

 

 コータスがボールの中へと戻り、ツクヨミが次の手に備えて大きくバックステップを取る。それに合わせる様に此方も追走し、一拍遅れてツクヨミの背後へと回る。戦闘が行えるという状況に血を滾らせ、熱狂させ、そして伝説の畏怖によって会場そのものを盛り上げている。伝説ここにありという事が更に熱狂を刺激し、再び会場に殺気を充満させて行く。

 

「等倍で4……いや、5発か。ダイゴの奴、澄ました顔をして統率してやがるな」

 

『この様子だと()()()()を使ってそうだな』

 

 ダイゴの十八番、或いは異能、統率によって相性を掌握する―――ダイゴは自身のポケモンに対して発生する抜群効果を半減させる事が出来る―――つまり、抜群状態を実質等倍に持ち込むことが出来る。その上で鋼タイプという凄まじく堅牢な防御力を誇る統一パーティーを組んでいる。その為、ダイゴの通り名は最硬のチャンピオンとも呼ばれている……それはアスナのサポートに回っても部分的に発揮しているらしい。

 

 あのクソ野郎、何時か絶対に泣かす。

 

 そんな事を考えている間もバトルを続行される―――思考を加速でもしない限りは長考が出来ない。

 

「行け!」

 

 アスナが繰り出したのはキュウコンだった。此方は亜人種―――見慣れた姿だが細部は違うし、顔立ちも違う。何よりも色違いではない、白いキュウコンだ。登場するのと同時にフィールド全体を熱い日差しが襲い掛かり、一気に温度を上昇させる。ツクヨミが攻撃を叩き込むためにフィールドに影を生み出してそれに潜り込み、一直線にキュウコンへと向かう。

 

「回します!」

 

「まぁ、そう来るよな―――」

 

 キュウコンが素早くボールの中に戻され、そして再びコータスが繰り出される。シャドーダイブがコータスを下からかち上げる様に放たれるが、空中でも回転を維持したコータスがそのまま、アスナの方へと吹き飛んで行く。走る手間が省けたと言わんばかりにアスナはコータスを待ち構え、ボールの中へと戻して行く。

 

 動きと受けを入れてカットするのが上手い。

 

『が、二度も見れば十分だ。次は合わせられる』

 

「ツクヨミ」

 

「はいはーい! あなたのツクヨミちゃんでーす!」

 

 コータスが戻るのに合わせてボールへとツクヨミを戻し、乱れている帽子の位置を再調整しながらアスナがボールを繰り出す動作に合わせ、此方も素早くポケモンを繰り出す。先行と共に再びフィールドにポケモンの姿が降臨する。フィールドを揺らす様に出現するのはデルタギャラドスの巨体だ。それに合わせる様にフィールドにシドが出現した。青い瞳を燃やす様に爛々と輝かせながらシドのシャウトとギター音が鳴り響く。滅びのメロディによって死のカウントダウンがデルタギャラドスに強制され、

 

 目に見える死の形に無作為な殺意が会場に溢れる。

 

「なんというか、君は本当に性質が悪いね」

 

「伊達や酔狂でリーグから()()のチャンプなんて言われてないのさ」

 

 死のカウントダウンの付与と同時に殺意に紛れる様に再びトリップワイヤーが設置され、攻撃を仕掛けようとするデルタギャラドスの体にギチリ、と食い込む。だがそれを無視して中指を突き立てながらシドがステージから退場する。それに合わせてメルトを繰り出す。

 

 ひでりによって強化されたフレアドライブがメルトに叩き付けられ、デルタギャラドスの体にトリップワイヤーが食い込みながら、メルトのぬめぬめの粘液によって持ち物が破壊される。攻撃を受けた反動でメルトが滑りながら跳ね返ってくる。その流れを受け入れる様に横からメルトを回収し、

 

 ボールの中で繰り出せ、と主張するポケモンを解放する。

 

 ―――ボールから解放されるのと同時にメガストーンが輝き、スティングの変貌が一瞬で完了する。

 

 死針蜂(スピアー)の本能が死の運命にある極上の獲物を嗅ぎ取った。

 

 充満する殺意を針に纏わせ急所への可能性を捻じ曲げて引き寄せようとする。

 

 死の運命を前に足掻く獲物に対して殺す為の一撃を与える為に全力を込める。

 

消 え ろ(きゅうしょにあてる)

 

 デルタギャラドスの顔面からどくづきが突き刺さる。毒々しい輝きの必殺の一撃がデルタギャラドスを穿ち、死のカウントダウンをダメージへと変貌させて体内で爆発させる。圧倒的な体格差を見せられても一切ひるむことなく放たれたそれはデルタギャラドスを大きく吹き飛ばし―――しかし倒すには至らなかった。火力は足りていた。

 

 ()()()()()()。それだけだ。

 

「悪いけどリードは―――」

 

「―――此方が貰います! 行け―――!」

 

 デルタギャラドスが炎を纏い―――フレアドライブで全身をスティングへと叩き付けて来る。元から攻撃力に全てのリソースを割いているポケモン、タイプ一致の上で弱点への攻撃となると耐えきれるレベルを余裕で越えている。勢いよく弾き飛ばされたスティングが大地に叩き付けられ、転がり、瀕死となり、殺意と気力だけで立ち上がり始める。

 

 完全に立つ前にその姿をボールの中へと戻す。目の前、デルタギャラドスがフレアドライブの反動とトリップワイヤーによって刻まれて倒れる姿を見ると、これで状況は5:5、イーブンに落ち着いたようにも見える。が、実際は違う。此方のパーティーはアタッカー二人の構成に対して、アスナの構成は名前と種族値で判断するのであればアタッカー候補が3体になる。

 

 ―――つまり此方は攻撃の札を相手の攻撃の札と相打ちになる形で落としたのだ。

 

 無論、此方の攻撃札―――つまりツクヨミが落とされれば、一気に火力は下がる。

 

「ダイゴ貴様ァ!! やり口が狡いぞ!!」

 

「うるさい! ホウエンは僕の庭なんだよ! お前が勝っていいジムがあると思ってるのか!?」

 

「お前ら、絶対に、ぶち殺すわ。……ぶち殺すわ」

 

「気のせいかあの人マジギレした表情浮かべてるんですけど」

 

「大丈夫だよ、マジギレしてるだけだから」

 

 ダイゴが裏でラスボスを気取っているとはいえ、ここで未熟者のジムリーダーに敗北するなんてプライドが絶対に許しはしない―――となると本格的に頭を切り替えて本気を出すしかないだろう。とりあえず少しだけ深呼吸をして反省―――そして即座にメンタルを入れ替える。

 

「黒尾」

 

「一気に攻めるよケンオー!」

 

 黒爪九尾(黒尾)がフィールドに降り立ち、そしてそれに合わせる様に亜人種のバシャーモ―――長い白髪に赤いチューブトップと赤のホットパンツ姿のポケモンが登場し、メガストーンに反応した光に包まれる。それが砕けて登場する頃にはその姿はもっと大人びた姿へと―――メガバシャーモへと変化していた。黒尾とメガバシャーモの登場に、会場が湧き上がる。

 

 そして魅了されたような視線が黒尾へと向けられる。

 

 メガバシャーモが加速と共に動き出そうとする前に、きつねだましが優先度を奪って先行する。叩き付けられた両手にメガバシャーモが一瞬だけ怯んで動きを止める。その隙間に割り込むように黒尾が笑みを浮かべ、微笑み、そしてメロメロをメガバシャーモへと放った。

 

 性別の壁はギラティナの加護―――二律背反で突破する。

 

 心の強さは黒尾の色香が魅了し、一瞬で砕いて陥落させる。

 

 動こうとしていたメガバシャーモが完全に魅了(めろめろ)状態に陥り、何もする事無くぼうっとする様に視線を黒尾へと向けたまま動きを止める。その瞬間に一歩、踏み込むようにメガバシャーモの前へと降り立ち、その黒い尾の一つでメガバシャーモの頬を軽く撫でてからボールの中へと、メガバシャーモを魅了された状態のままにして戻ってくる。黒尾がボールの中へと帰還しても、そのメロメロとなった状態は変更しそうにない。

 

「チャンスだ―――確実に取りに行くぞ、ツクヨミ!」

 

 ツクヨミの入ったボールに生命力を混ぜ込む―――それは即ちメガシンカの法。だが発生する現象はメガシンカではない。限界を超えた進化であるメガシンカとは違う方向性、()()()()()()()()()()()()、それは、

 

B R E A K !

 

 黄金に輝いたモンスターボールから黄金の閃光と共に金色に染まったオリジンフォルムのツクヨミが放たれる。その姿に対する反応は早く、一瞬でメガバシャーモを戻したアスナがコータスを繰り出してくる。だがそれに勢いを止める事もなく、金色の残光を残しながら反物質をまとめ上げ、それを剣の形に束ねる。

 

『―――出てくる瞬間を待っていたぞ!』

 

 ナイトのエールがツクヨミの一歩を加速させる。瞬間、一瞬でコータスの懐へと踏み込んだツクヨミがはんぶっしつのつるぎを放つ。黄金の閃光がフィールドを満たし、そしてコータスをフィールドに陥没させる様に叩き込み、キラキラと燐光を残しながら反物質の剣が消滅する。また同時に、攻撃を終えた所で限界を迎え、BREAK状態が解除される。確実にコータスが倒れているのを確認してからツクヨミが後ろへと下がる。

 

「これだ、これこそ蹂躙の喜び! 湧き上がれ愚衆共よ! そして讃えよ! 伝説の輝きを!」

 

 観客が派手なパフォーマンスに湧き上がり、更に決戦場に重圧が募る。目では見えないプレッシャーがポケモン、そしてトレーナー双方に降りかかる。そうやって感じるプレッシャーは()()()()()()()()だと感じる。そう、バトルとはこうでなくてはならない。食うか食われるか。その感覚の中で勝利を模索する。強敵を前に切り札を切り終わってもまだ爪と牙で噛みついて勝利をもぎ取って行く。

 

 それがチャンピオンとの戦いというものだ。挑戦者との戦いとは常にそういうものだった。こうでなくては面白くない、興奮できない。これでこそ生きているという事を実感できるのだ。恐怖を感じる程の重圧の中で戦ってこそ、それでこそ生きていると実感できるのではないだろうか。いや、これを経験してしまったからこそそう言ってしまうのだ。つまる話、

 

 戦いたい。もっと強いやつと、もっと激しく、もっと戦いたい。その充実感が欲しい。

 

 それだけの異能なのだ。

 

「慢心するなよ。まだ5:4……バトルは中盤に入ったばかりの処だ。ここから終盤を有利に進めるためにも相手のアシストを確実に削いで行くぞ」

 

 ツクヨミをボールの中へと戻しながら左半身をやや前に倒す様に、睨むように笑みを浮かべながら視線を向ける。視線の先でアスナが少しだけ怯え、そして喝を入れ直しているのが解る―――それに対してダイゴの反応は解りやすい。

 

 ()()()()()()()()

 

 結局のところ、チャンピオンなんて生き物はやっている事は違っても根っこでは同じ―――死ぬほどポケモンとバトルが好きな腐れジャンキーなのだ。魔法の白い粉ではなくポケモンとその勝負の中毒になってしまった末期患者。

 

 追い詰められれば追い詰められるほど興奮するのだから変態ここに極まる。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()という話だ。

 

「―――中盤戦、取るぞ」

 

 ツクヨミの背中姿を見ながらそう言葉をし、コータスがボールの中へと戻るのを確認し―――勝利の星がフィールドに浮かび上がるのを見た。




 このシリーズ進めば進むほど戦闘が長くなっているような気がする(半ギレ

 という訳で序盤戦の流れ。序盤戦の目的は互いの起点作りと可能であればアタッカーの排除、中盤戦がイニシアチブの獲得で、終盤戦がガチンコという感じに進む。今回の序盤は完全に石ヲタクの描いたシナリオ通りに進んだという感じで。有名になる=情報と戦術が筒抜けになる、つまりメタ対策や動きの読みがある程度用意されているという訳でもある。ダイゴさんはそこらへん、過去のビデオを貰ってきて研究するタイプ。

 次回で終わったらいいなぁ、と思いつつOR、バトルリゾートの沼にはまりました。


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vsアスナ C

「―――5:4でリード! このまま押しつぶす! 戻れツクヨミ!」

 

「勝利の星が上がった今がチャンスだ―――!」

 

 ツクヨミがボールの中へと戻って行くのと同時にアスナがボールを繰り出してくる。勝利の星―――勝利のポケモン、元祖Vジェネレートのポケモン、ビクティニ。それがアスナの手持ちの中にいる。幻のポケモンである以上、その戦闘能力は通常のポケモンを凌駕している筈だ。

 

 もし、ポケモンの才能をVだけではなく振れる努力値で表現できるとすれば、

 

 伝説や幻のポケモンは1ステータスに対して500、1000と振る事が出来る―――。

 

 思考を素早く流しながら黒尾を繰り出した。それに対して相手が繰り出してきたのはメガバシャーモだった。その登場と共に決戦場に浮かぶ勝利の星が輝きだした。ビクティニの登場ではない、メガバシャーモの登場でだ。それはつまり、

 

「もどれ……!」

 

 迷う事無く黒尾をボールの中へと戻しながらメルトを繰り出した。直後、極限まで輝いた星がメガバシャーモの力へと還元され、最速で勝利を刻むための力を後押しした。一瞬で踏み込み、優先度を握りつぶす様に上から拳を叩き込み、メルトの体力を奪いながら一気に殴り飛ばした。メルトへと繰り出した拳の余波で爆熱が発生し、それがフィールドから漏れ出す様に広がる。そこでメルトがオボンのみを取り出して一気に飲み込むのを見た。体力のラインが一時的に危険域に突っ込んだという証だ。

 

『火力の向上―――いや、運命力の補強か? 勝利に必要な可能性を()()()()()()()()()な』

 

「ケツに火が点いたって奴でしょ?」

 

 ナイトとヒガナから補足の声がやってくる。なるほど、と納得する。勝利の星が消えない辺り、逆境か、或いは何らかの条件を満たした場合に強化が入る―――自分の決戦場のペナルティ化と同じような処理が入ると判断する。となると、真っ当に勝負していてもしょうがない。幸い、コータスは今ので潰す事に成功したのだ―――だとしたらやる事は決まっている。

 

「ここからはチャンピオンらしい蹂躙劇を見せてやる―――ヒガナ!」

 

「待ってました!」

 

 メルトがボールへと戻ってくる。そして次のポケモン―――ツクヨミを繰り出すのに合わせて謎の乱気流が発生する。風がヒガナを通してモンスターボールへと伝わり、ポケモンを前へと放つ動きを、ほとんど技の射出準備状態へと持って行く―――つまりはポケモンそのものを弾丸として放つ風の物理技、

 

ガ リ ョ ウ テ ン セ イ !

 

 乱気流を、暴風を纏ったツクヨミが放たれる。ガリョウテンセイが正面からメガバシャーモへと叩き付けられ、メガバシャーモが大きく吹き飛ぶのが見える―――抜群である筈の飛行・格闘相性はダイゴによって等倍に抑えられている。その為、メガバシャーモは吹き飛ばされてから体勢を一瞬で立て直し、立ち上がりながら勝利の星を輝かせる。その動きに合わせツクヨミをボールの中へと戻し、メルトを前へと向かって叩きだす。

 

 メガバシャーモのフレアドライブがメルトに突き刺さる―――気合いで食いしばったメルトが弾け飛ぶように戻ってくる。それに合わせてメルトをボールの中へと戻しながら、再びツクヨミの入ったボールを手に取る―――ヒガナを中心に発生した謎の乱気流が再び暴風と共にツクヨミの入ったボールに纏われる。正面、メガバシャーモへと向かってヒガナの後押しを受けて、ガリョウテンセイを放つ。風を纏って突き進むツクヨミの蹴りがバシャーモへと向かって一直線に進み、

 

「ぐ、ごめん!」

 

 アスナがメガバシャーモを素早く戻し、入れ替える様にキュウコンを繰り出した。ガリョウテンセイがキュウコンへと叩き付けられ、フィールドの反対側、壁へと叩き付けられてキュウコンが一撃で瀕死になる。赤い閃光がモンスターボールから伸び、キュウコンを戻す。それを見ていたダイゴが軽く唇を噛む。

 

「―――リソースをビクティニじゃなくてコータスに詰め込んだ理由がこれか!」

 

「鈍亀がいなきゃバシバシサイクル回せるんだ―――つまりガリョウし放題だな!」

 

「鋼っぽいチャンピオンは苦しんで死ね!」

 

「ま、まるで親の仇を見る様な目をしている……!」

 

 ちなみに()()ヒガナにそんな設定は欠片もない―――ただ単純に生物として相容れない二人組らしい。寧ろそちらの方がアウトなのでは、なんて事を頭の片隅で考えながらも、キュウコンが倒れた所でツクヨミをボールの中へと戻す。もっと居座らせろ、という抗議の声を全力で騒がせているが、そんな風に遊ばせるだけの余裕がない―――変に火傷を喰らえば火力が落ちるのだ、ガンガン廻して相手にプレッシャーを与える場面だ、ここは。

 

 アスナがボールを放ってくる。光と共にフィールドに出現するのはでんせつポケモン―――ウインディだった。此方は原生種、ポケモンの姿をしている。その出現と同時に黒尾をフィールドに繰り出し、

 

『せいしんりょく持ちっぽいな、やると一発受けるぞ』

 

「っと、欲張らない方がいいな」

 

 きつねだましを入れずそのまますてぜりふを吐かせ、決戦場に満ちる重圧を更に増しながら手元へと戻ってくる。激しく走り回っているせいか、少しずつ息が荒くなり始めるも、それもまた心地良い。そう思いながらメルトの入ったボールを繰り出す。既に一度、気合いで食いしばっている。その奇跡をもう一度期待するのはおそらく間違っている。だからメルトを繰り出し、フィールドに立った所で、黒尾を狙い、穿つ筈だったしんそくがメルトに突き刺さり、体力を完全に奪い去りながら吹き飛ばす。その吹き飛ぶ勢いのままボールの中へと戻しつつ、

 

 ―――暴風を、乱気流を纏ってツクヨミのボールを手に取った。

 

「止まらない―――!」

 

「流石としか言いようがないね―――けど耐えればサイクルは崩せる!」

 

 ツクヨミが再びガリョウテンセイを放つ。何度か放っている内に完全に慣れ切ったのか、射出の動きに合わせて完全に跳び蹴りのポーズをとり、乱気流と共に錐揉みキックを真正面、ウィンディの顔面に叩き付けて行く。等倍で、そしてヒガナが未熟である事を考慮しても威力は数値上でおそらくは140、150は出るだろう―――それにオリジンフォルムの攻撃力が合わされば、大抵そのまま超威力で押し切れる。シガナの使ったガリョウテンセイ、

 

 その本領は乱打出来るだけのスペックを持つレックウザか、或いはデチューンしてサイクル戦で上から押しつぶす様に繰り出す事にある。

 

「耐えて!」

 

 アスナの言葉にウィンディの瞳に闘志が宿り、押し切られそうな一瞬を爪をフィールドに抉りこみ、後ろへと滑る体を押さえ、そのまま一瞬で加速し、姿をブレさせる。次の瞬間、着地する前のツクヨミの真正面に、炎と共に出現し、そのまま炎と体を叩きつけて来る。片手でガードしながら後ろへと押し出される。ガードした腕、袖は破けて露出したツクヨミの肌が黒く焦げて火傷を負うが、次の瞬間にはラムのみを取り出し、それを食べて治療する。

 

「戻れ―――黒尾!」

 

 メルトが居なくなった今、受けに回れるのは疑似ダークタイプの黒尾だけとなった。だがそうやって受ける事も役割の一つだ、繰り出し、そしてウインディの巨体が踏み潰す様に迫ってくる。その動きに闇で生み出された薄暗い、半透明の衣をまとい、正面から受け止め、すてぜりふを吐きながらウインディに攻撃力の低下を強要し、ゴツゴツメットでのダメージを押し付けながらボールの中へと戻る。

 

「相当厭らしい性能に進化したな、そのキュウコンは!」

 

「羨ましいだろ?」

 

 黒尾の方向性は物凄く解りやすい。場の支配という一点にのみ特化している。初めはそれが天候という形で表現されていた。だが経験を重ね、チャンピオンの相棒として活躍し、やがてそれはフィールドという形から溢れ、そして決闘者としての在り方を追い求める為に会場―――つまりはスタジアム、戦う場を支配するというステージに上がった。敵にデバフを押し付け、観客を盛り上げて此方の力へと変える。やっている事はとてもシンプルだが、

 

 闇の衣(ダークヴェール)のおかげで高いレベルで安定する様になっている。少なくとも事故死はありえないレベルになっている。

 

「―――蹂躙しろ、ツクヨミ」

 

 再びガリョウテンセイを放つ―――サイクルが止まらない以上、ガリョウテンセイを止める方法がない。序盤でコータスを落としてしまったため、サイクルカットする方法がなくなっている上、アスナの手持ちにはステルスロックやまきびし等の交代を妨害する設置技が存在しない様に見える―――いや、手持ちのエントリーを考えれば設置は解除のみを意識しているのだろう。問題はカット役が6:6の状況で一人だけ、という事なのかもしれない。

 

 が、その考えは後だ。

 

 ツクヨミのガリョウテンセイがウインディへと叩き付けられ、その姿を今度こそ完全に吹き飛ばし、キュウコンがそうだったように反対側へと吹き飛ばし、壁に叩き付けて戦闘不能に落とす。優雅にスカートを広げず、ゆっくりと着地したツクヨミの足はしかし、軽く火傷を負っているかのように焦げていた。ウインディが蹴り飛ばされる瞬間に合わせた物だろう―――ツクヨミの火力が半減する。ゆっくりと着地するツクヨミをタイミング的に戻すことが出来ない。故に相手の一手を見る。

 

「ぐ、ここまで追い詰められちゃった、ごめん!」

 

 そう言ってアスナがボールを繰り出した。

 

 その中から登場したのは小柄な金髪の少女、Vの字のヘアアクセサリを装着しているのが特徴的な少女だった。ふわり、とドレスの裾を揺らしながら小さく溜息を吐き、視線をギラティナへと向けた。

 

「―――伝説の癖に人に使役されて恥ずかしくないの?」

 

「―――よもやここまで追い込まれてその態度とは厚顔無恥も甚だしいな」

 

「相性悪そうだなお前ら」

 

 腕を組んでビクティニがフィールドに到着するのと同時に、フィールドの頭上で輝く勝利の星が砕け散り、フィールド全体を包んだのを感じ取る。それをおそらくは成し遂げたビクティニが、笑みを浮かべながらいやしのねがいを託した。

 

「じゃあ、たっぷりと地獄を見てね」

 

 ビクティニが瀕死となり、倒れた。それに合わせてフィールドに散った勝利の星の気配が更に強くなる。

 

「それじゃ―――これで最後、行くよ……!」

 

 ビクティニがボールの中へと戻り、そして入れ替わる様にメガバシャーモが出現した。その出現と共に、あらゆる要素がメガバシャーモを勝利へと後押ししていた。あぁ、なるほど、こういうタイプか、とビクティニがどういうタイプのポケモンかを理解する。同時に凄まじいめんどくささを感じ始める。極端に説明すればナイトと同系統、しかし逆境に入れば入る程アクセルのかかるタイプだ―――つまり、ここから逆転できるタイプのポケモンと能力だ。

 

 加速し続けるメガバシャーモとその能力を考えれば―――少々ヤバイのかもしれない。

 

「あまり―――」

 

 ツクヨミを戻し―――そしてナイトを繰り出す。自身の役割をしっかりと理解しているナイトがフィールドへと降り立ち、避ける事さえもせずにスカイアッパーを喰らい、それをきあいのタスキで耐える。

 

「―――俺達を舐めない方がいい」

 

 いやしのねがいをナイトが使い、ナイトも倒れる。倒れたナイトをボールの中へと戻しながら、再び乱気流を発生させ、暴風と共にそれを前へと投げ飛ばす―――火傷とダメージから解放されたツクヨミがガリョウテンセイを発動させ、相手のいるフィールドへと乱気流と共にその体を叩き込む。

 

 勝利の星が輝き、メガバシャーモを勝利へと向かって導く。

 

 ガリョウテンセイによる暴風の爆裂と鋭い蹴りの一撃―――回避出来る出来ないの次元を超えたそれをメガバシャーモは飛び上がりながら加速し、風に()()()()()()()。そのまま、ガリョウテンセイを放った直後のツクヨミの姿へと勝利の星に導かれる様に必殺を叩き込む。

 

勝 利 か ら は(きゅうしょに) 逃 げ ら れ な い(あたった)

 

「ほうほう、これはこれは―――」

 

 ツクヨミの体が大きく吹き飛ばされ、体力が削れるのが見えた。伝説と言えども、競技用のレベルまでその能力を制限している。()()()()()()()()()()状態なのだ。当然ながら今のレベルの攻撃を喰らえば落ちる事もあり得るだろう。だけど残念ながら、

 

 この状態へと持ち込むまでに手札を残させすぎた。

 

 ツクヨミを戻す―――入れ替える様にシドを繰り出す。

 

「あぁ、グッドタイム―――死ぬまで聞いて行こうネ!」

 

 ほろびのメロディがフィールドに鳴り響く。死のカウントダウンがメガバシャーモに刻まれる。それでこの先の運命を察したアスナが小さくあっ、と声を零し、そして急いでメガバシャーモへと指示を繰り出した。しかし状況は既に決まっている。

 

 スカイアッパーがシドに突き刺さり、シドが倒れる。

 

 カウントが刻まれる。

 

 黒尾が出現する。きつねだましで怯ませる。

 

 カウントが刻まれる。

 

 勝利の星が輝いて後押しをする一撃を叩き込み―――タイプ差で耐える。

 

 カウントが削れる。

 

 メガバシャーモの拳が闇の衣を貫通して黒尾を殴り飛ばし、体力を完全に奪う。しかしその表情から笑みは消えず、その姿と入れ替わる様にツクヨミが歩いて登場する。

 

「それでは良い敗北を―――」

 

 守った。そして同時にメガバシャーモのカウントが0になる。滅びの運命に直面したメガバシャーモはその体力を全て奪われ、そして滅びる。敗北者が決まったことによって会場の熱狂が最高潮へと盛り上がる。決戦場の扉は閉まり、

 

 そして、

 

アスナとダイゴ は めのまえが まっくらに なった!




 今では中々聞かないめのまえがまっくらになった! まぁ、ポケセンへとダッシュする主人公も少なくなったよね……。学習装置が序盤から手に入るのが全ての元凶なんや……。

てきとーにしょーかい
ビクティニ
 元祖Vジェネ「ワイの出番は」。そんなものはなかった。ナイトと同じボールからサポするタイプ。種族値全部100とか使いやすいように見えて実は器用貧乏という悲しい現実。これに限ったことじゃないけど書いている人が種族値的に個性がヤバイとか発言していてシンオウの三匹も同じタイプになる可能性を秘めている。

シド
 反則ではアリマセーン。なおチャンピオンらしく戦えよと言われがちではあるが普段から手段を択ばない事で有名すぎるのでそもそも罵倒の言葉が切れていた。なおもっと死ぬまで聞かせたいらしく、登場回数に不満だったらしい。

ヒガナさん
 見たかよあのイケメンのボンボン、敗北してやがるぜ。ざまぁ。

メガバシャ
 勝利モード入ると必中しながら加速しただけ回避し始めるので命中100を普通に回避し始めるとかいうけしからん存在。クリ率も逆境であればあるほど上がるらしく、あとがない状態だとほぼ確実だとか。だけど死のゲリラライブからは逃げられなかった。

ヒガナさん
 名前は出さないけどイケメンのボンボンクッソざまぁ。


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フエンジム

 ジム内の一室の中央―――テーブル、そこに今回のバトルの関係者が集まっている。先ほどまでいたホウエンリーグの監視者もバトルの様子を見て、報告を終えてリーグの方へとデータを送る為に去って行った。そうなると部屋の中に残るのは数人だった。大きなテーブルを囲むように自分、アスナ、ナチュラル、ダイゴが座っており、部屋の端の方ではツクヨミがビクティニを反復横飛びで煽っている。

 

 そしてダイゴの座っている椅子の背後ではピカネキに肩車されてトーテムポール状態なヒガナがタンバリンを叩き、ピカネキが反復横飛びでダイゴを煽っていた。お前ら煽る時は反復横飛びがデフォルトなの? タンバリンはどこから持ち出してきたの? 試合が終わってからずっとやってるけど疲れないの? ……等と質問は多くある。だがかっこいい男とはそれを一切表情に出さず、疑問を飲み込んでそれっぽいふるまいをしておくものだ―――黙って見えない事にする。

 

 ともあれ、アスナとダイゴはバトルが終わってから疲れたようにテーブルに突っ伏しており、必要な時以外はほとんど動くような素振りを見せてはいない。それもそうだ―――決戦場を展開した上での敗北は()()()()()()()()に近い。その為、敗北者であるアスナとダイゴは敗北した結果、敗北者として世界のシステム的に烙印を押され、すさまじい敗北感を叩きつけられている―――その結果が今のアスナとダイゴだ。自身の内にある敗北感で()()()()()()()()()()()()()のだから、立ち直るのには時間がかかる。

 

 ―――たぶんダイゴはもう復帰して、ただポーズだけ続けているのだろうが。

 

 バトルが終わった後、走り回って体を動かした分の体力を取り戻すためにバースナックを噛み千切りながらとりあえず、と言葉を置いた。

 

「反省会、はじめっかぁー」

 

「んじゃあ始めようか」

 

「ダイゴさん復帰早いです……」

 

「チャンピオンだからね」

 

「もはやチャンピオンって人類よりチャンピオンって生物だよね」

 

 それだけはナチュラルに言われたくはなかった。一番人間を止めているような少年にそんな事は言われたくはなかった……そんな感想を抱きながらもさて、と言葉を置く。やる事は簡単だ―――反省会だ。つまり先ほどの戦いを振り返って、何が悪かったのかを互いに確認していくのだ。今回の戦い、お互いに反省するべきところがあった。とりあえずは言いだしっぺだ―――自分から反省点を口にする。

 

「ちょっとスティング出す状況早すぎたな。ポケモンを信頼してるって聞こえはいいが、慢心や過信は禁物だわ。タイプ的に不利なのを解って選出しているんだから、変にもったいぶらず前半から馬鹿(ツクヨミ)を前に押して、奇襲要素を排してから出すべきだったわ。そこらへん、ちと勝負を焦ったかもしれねぇな、俺」

 

「というか僕を相手するペースで勝負しようとしたからでしょ」

 

 ダイゴが顔を持ち上げて言葉を挟んでくる。そしてそれは実際正しい。アスナの相手、というよりはアスナの背後のダイゴを相手にしている感じだった。そこは反省しなくてはならない―――スティングを早期に落とされたのは間違いなく自分のミスなのだから。それ以外に自分のミスを指摘するなら、

 

「全体的に手が定石すぎた事か? せっかくの練習試合なんだからもうちょい冒険して違う事に挑戦しても良かったかもしれないな。いかんせん、勝利する事を意識しすぎて勝つための手しか打たなくなっているわ。慢心や過信とは別に、もう少し心のゆとりを持っておきたいかもなぁ……」

 

「アレだけ暴れまくってそれでいてそれだけ言えるんですから凄いですよねー……」

 

 アスナが顔を持ち上げる。その口の中にはフエンせんべいが咥えられており、ちみちみかじっているのか上下に揺れている。完全に疲れているのか、まるでだれているかのようにテーブルの上に手を伸ばして倒れている。顔を持ち上げている感じ、話をするだけ精神力が回復したのだろうとは思う。それを見てダイゴも座り直し、背筋をまっすぐ伸ばしていた。

 

「それじゃあ地獄の酷評タイムだ」

 

「いえーい、ドンドンパフパフー」

 

「声が凄く軽いけど悪鬼の様な表情を浮かべてるよこの二人……」

 

 ダイゴと二人で並んでげらげらと笑い始めると、ヒガナとピカネキが煽りに飽きたのかタンバリンをしまいにどこかへと去って行く。それを見届けながらさて、と軽く声を零す。直ぐ近くにはスクリーンが設置されており、そのすぐ横に立っているシドが片手に映像の入ったデータを持っており、もう片手でスクリーンのアダプターを持っている。ロトムとしての性質の面が残っているのか、通常の機械ではありえない速度でデータをスクリーンへと接続させ、そのまま表示や編集を行う。

 

 地味に便利な奴だった。スクリーンの中でデフォルメのシドがギターを鳴らしている。

 

「じゃあまずは構成から話に入ろうか」

 

 アスナの今回の手持ちはデルタギャラドス、バシャーモ、ウインディ、キュウコン、コータス、ビクティニという構成になっている。とりあえずこの面子を列挙したところで、まず第一に言うべきことがある。ダイゴと同時に口を開き、同じ言葉を吐き出す。

 

「―――バランスが悪い」

 

 まずはその一言に尽きる。続きを喋るのはダイゴだった。

 

「基本的にバランスが悪い。致命的なのは6:6という状況で受けに回ることが出来るポケモンが一体しか存在しないという状況だね。コータスの性能は悪くはないけど、コータス一体に回転と受けの役割を集中させすぎだね。というか全体的に攻撃力過剰編成って感じなんだよね。手持ちのそれぞれの役割を確認して纏めるとアタッカーがデルタギャラドス、バシャーモ、ウインディ、サポートがキュウコンとビクティニ、そして受けがコータス一体―――この状況でコータスを落とされると一気に防御面において問題が露出する」

 

「まぁ、さっき俺と戦った時のアレだな。受けのポケモンってのは出現しなくてはいけないってタイミングが存在するからな。それに合わせてリソースをぶち込めば狙って落とすのは難しくはない。だからそれを見極めながらまもるかみきりで透かし、そして受けれる攻撃は受けて流すってのも必要な技術なんだよな」

 

 その為受けを意識するサイクル戦を6:6で行う場合、

 

「―――二体だ。現在の環境においてメインで受けを保つポケモンが一体、そしてタスキや食いしばりで攻撃を受け止める事が出来るサブでの受けに回れるポケモンがもう一体。これがサイクル戦における編成の理想となっているね。つまりアスナちゃんの場合、このキュウコンかビクティニに最低一撃、或いは二撃耐えるだけの耐久力かタスキを持たせたい所だけど……まぁ、役回りが違うよね」

 

「……はい」

 

 叱られていると思っているのか、少しだけアスナが落ち込み、俯く。実際は怒られているのではなく、指導が入っているだけなのだが、予想以上に素直な子なのかもしれない。ダイゴも困らせるつもりは―――いや、笑顔だ、俯いているアスナを見て笑顔を浮かべている。やはりただのボンボンの畜生(チャンピオン)だった。そんな事を考えながらダイゴとアスナを眺めていると、二人の横から金色の髪が姿を見せた。

 

「そんな畜生の話を聞く必要はないわアスナ。それは畜生の理論であって私達に必要な話ではないわ」

 

「そんな事言ってるから駄目なのよこの子」

 

「貴女……!」

 

 話に割り込んできたのはビクティニだった。その姿に後ろからツクヨミがダメ出しをする様に言葉を挟めば、ビクティニが怒りを見せながら視線をツクヨミへと向けた。ツクヨミへと向けられる視線は怒りに近いものを込めた睨みだった。やーん怖い、なんて事をおどけながらツクヨミは零すと逃げる様に此方の後ろ側へと回り込んでくる。その姿を追いかける様に、ビクティニの視線が此方へと向けられる。睨むような、此方を退かす様な視線、

 

 それを真正面から受け止め、

 

「あ゛ぁ゛、誰のモノにんな視線向けてやがる?」

 

「そ、そ、そそ、そんな視線を向けたってむ無駄よ! ……無駄よ! 無駄だからね!」

 

「ガチで怯えてるヨー。凄く怯えてるヨー」

 

 ナチュラルがそんな事を伝えてくれるが、ビクティニが名前の如くビクビクし始めてアスナの後ろへと逃げ込んでいるので、そんな事は言われなくても解っている。しかしこうやって対面して見ると幻のポケモン、ビクティニという者が一体どういう存在で、どういう育成を施されてきたのか、それが非常に良く解ってくる。勝利のポケモン、幻種ビクティニ、

 

 このポケモンはジムリーダーの手持ちにあるというのに、

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「勿体ない……育成……幻……育成……もっと強く……最初から勝利の星を……これだけのポテンシャルを残しておいて育成されていないなんて育成家として許せない―――許せない……許せないなぁ……!」

 

「ひっ」

 

「うわぁ、ウチの子がガチで怯えるのは初めて見ました」

 

 ビクティニが震えながらアスナの後ろに完全に隠れた。その姿を見てツクヨミが後ろから指をさしてげらげら笑っているが、そんな事よりも自分の頭の中はビクティニの育成に関して既にいっぱいだった。

 

 ―――良し、落ち着け。

 

 自分の心を落ち着ける様に深呼吸をし、そして笑みを浮かべて視線をアスナへと向ける。

 

「いいか、アスナ―――戦術とか構築とか今はそんな事どうでもいいんだ。そんな事よりもまずは貴様のポケモンを見せろ。あぁ、俺に育成させろ、受けとか何とか言っているけど結局のところ育成すれば問題が解決するんだ―――さあ、勝利ポケモンとげらげら笑えてしまう状態から本当の勝利ポケモンを目指すために育成だ! ダイゴ帰っていいぞ!」

 

「お前がセキエイに帰れ! ビクティニ育成したいだけだろうが!!」

 

「珍しいポケモンを見かけたらとりあえず育成するだろ!!」

 

「しないよ!!」

 

「珍しい石を見つけたら拾って磨くだろ!!」

 

「……あー……」

 

「あ、ダイゴさんが納得した」

 

 ダイゴが両腕を組み、落ち着いた様子で頷きながらやるやる、と納得している。実際、石や鋼という分野に関してはダイゴは最高クラスの育成能力を発揮できる―――つまり彼の手持ちは全て彼自身が育成したものだ。高レベルのトレーナーとしては割と当たり前の話だが、

 

「―――割と真面目な話になるけど……アスナちゃん、トレーナーとしての能力はジムリーダーとして追いついてきているのは解ってるけど、ポケモンとそれがマッチするのとはまた別の話だぜ。今使っているポケモンの内、先代から受け継いでいるのはどれぐらいになる?」

 

 その言葉にアスナは言葉を止め、

 

「ウインディ、キュウコンとビクティニちゃんは……」

 

「あ、こら、人前でそんな風に呼ぶな! 呼ぶなぁー!」

 

 ぽかぽかとアスナを叩くビクティニを見て、ツクヨミが腹を抱えながらげらげらと笑っている。それを無視してダイゴがスクリーンへと視線を向けていた。その先ではスクリーン内でコンサートを開催しているちびシドの姿があった。本当に器用だな、こいつ、なんて事を思いながら、ともあれ、

 

「……そろそろネタ抜きで真面目な反省会を続行しようか」

 

「あーい」

 

 統率されたやる気のない返事が戻り、前よりも遥かに緩い空気の中、

 

 反省会は夜遅くまで続いた―――。




 伝説とか幻って威厳あるよな?(ベキバキィ

 ビクビクのビクティニちゃんとかいう謎の言霊を誰かが脳内で囁いた結果、幻のポケモンの方向性が壊れた。という訳でバトルが終わったので軽い反省会を挟んで再びイベントまでコミュですよー。

 なおピカネキとヒガナな子は外でダイゴ敗北! と書かれたポスターをフエン中に張り付けてましたとさ。


 ついき.ちびしどにんぎょーほしい。ぼたんをおすとほろびのうたがながれる。ふぁーぶるすこ。


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コミュニケーション スティング

 ―――目が覚める。

 

 周囲を見れば死屍累々とした状況になっている。何があったのか、それを思い出そうとして、自分の体が優しい柔らかさの中に沈んでいる事に気づく。定まってきた視線の中で自分の居場所を確認すれば、そこは黒尾自身よりも遥かに大きい、彼女の尻尾の中だった。尻尾がベッドや枕の代わりになっており、非常に快適な温度で保たれており、目が覚めた筈なのに、また眠気を誘ってくる。その眠気を何とか振り払いながら視線をもっと確かにすれば、部屋の状況と惨状が良く見えて来る。

 

 そこはフエンタウンで宿泊している旅館の居間だった。テーブルの上ではナイトが酒瓶を抱いて眠っており、その隣の椅子ではミクマリが逆立ちして眠っている。また、視線を少し外せば見事なポーズを決めたカノンがポーズを決めたまま、立って眠っている。器用さは生来のものだな、なんて事を想いながら視線を外せば、ダビデが窓の外から部屋の中に入ってくるのが見える。眠そうに眼を擦りながら小さく前足で朝の挨拶をしてくるので、此方も片手で返す。

 

 それを見送ってから、問題児の方へと視線を向けた。

 

 問題児その一、ツクヨミ。頭から天井に突き刺さったまま眠っている。以上。

 

 問題児その二、シド。頭が冷蔵庫に挟まったままギターを寝ながら弾いている。以上。

 

 問題児その三と四、ヒガナ&ピカネキ。ピカネキが両腕で掴むようにダイゴに腕枕しながら、ヒガナがアンクルホールドを決めている。寝ているときぐらい解放してやれよ。その執拗なイケメンへの攻撃力はなんなんだ。

 

 問題児その五、ナチュラル―――野生のポケモンに拉致されて旅館から喪失。いい奴だった。

 

 段々周りの惨状を確認していくにつれ、昨夜のどんちゃん騒ぎを思い出す。そうだ、交流の為に一緒にパーティーした結果、盛大に酒が入ったのだった。そしてなんだったか―――そうだ、シドが近所で買ってきた体に良い白い薬とやらを持ってきて、酔った勢いで皆に盛大にばら撒いたのだったか。

 

「……漢方薬……だよな……?」

 

 危ない方の白い薬じゃないよな、と少し不安に思いながら唾を飲む。だが、待て、名前の元となったシド・ヴィシャスは割と真面目に極度の白いお薬なジャンキーだった筈だ。NNを付けてから割とカットビ始めているし、これはもしかしてありえなくもない―――そこまで考えた所で、昨夜の出来事をなかった事にすれば問題は解決だな、と息を吐く。やはりこういう時、最大の武器は権力と金だな、と確信する。

 

 さて、起きて家に連絡でも入れるか、そう思ったところで毛布代わりに体を包んでいた尻尾の一角が自然と退いてくれた。小さく、他の連中を起こさないようにありがとう、と黒尾に呟いてから立ち上がり、そーっと、静かに、部屋の中を邪魔しないようにゆっくりと部屋の外へと出て、そこから借りている家の外まで出る。そこで温泉の方へと向かって桶を片手に歩いて行く氷花とビクティニの姿が見えた。元気だなぁ、なんて事を思いながらポケモンマルチナビを取り出す。

 

「さて、ジョウトナンバーは、っと―――」

 

 マイワイフの声でも聴くかなぁ、なんて事を呟いた矢先、

 

 ―――パスン、と鋭い、空気を貫く音が聞こえた。

 

「ん……お……?」

 

 ひたすら同じ間隔、乱れる事も力加減を変える事もなく、小さい音だがパスン、パスン、と空気を貫く音が聞こえる。集中しなければ聞き取れぬ程度の音だが、誰が何をしているのかは大体想像がついた。小さく苦笑しながらポケモンマルチナビを一旦しまい、そして音源の方へと向かった。

 

 

 

 

 旅館の中庭の一角、大型のポケモンでも自由に走り回れるための巨大なスペースの中、その端へと視線を向ければ予想通りのスティングの姿があった。地面スレスレの所でホバーし、完全に高度をそれ以上は下げないように維持しつつ、右手に該当するスピアーの鋭い針をまっすぐ、繰り出していた。その動きも非常に慣れており、しかし技巧のあるものだと解る。右手の針を繰り出すとき、左半身をやや後ろに引きながら右半身を前に押し出し、突き刺す右針をまっすぐ、伸ばしきる様に突き出す。もっとも基本的な突きの動作だ。スピアーである以上、その武器はその両腕の針だ。それはメガスピアーへとメガシンカしても変わる事はない。その為、練習のし過ぎという事はない。

 

 ……が、それも適度な運動であり、配分の守られた、或いは監修されている事なら。

 

「本当に努力家だなぁ、お前は」

 

 此方を認識し、軽く頭は下げるが、それでも基本動作を止める事無く続ける愚直なスピアーの姿を見ながらそう言った。止めはしない。それがスティングの選んだ道であるなら、プロフェッショナルのポケモントレーナーとしてその道を阻む事はできない。そもそもスティングには契約ポケモンとしての()()()()()()()()イレギュラーなポケモンだ。このスピアーは相性の良さという要素でどこまで行けるかを確かめるために試験的に捕獲したビードルを育成し、そして鍛えあげたものだ。その為、選手として活躍する必要も何もない。

 

 だがコイツはそれで終わらなかった。闘争心―――果ての無い闘争心がスティングを満たしていた。戦いたい、戦い続けたい。或いは恵まれない種族という絶望そのものと戦いたいのかもしれない。スピアー―――メガ化が発覚するまではそもそも競技としても一般トレーナー向けでもない、人間に襲い掛かる為に害虫扱いまでされるポケモンだった。

 

 それが今、チャンピオンの手持ちの中でアタッカーとして計算されるほどに努力を重ねているのだから、天賦の才がある訳でもないのに、凄まじいと表現できる。

 

「落とされた事が悔しい……じゃないな、純粋に(デルタギャラドス)をぶちのめせなかったのが悔しいか」

 

「ヴ―――ヴ―――ヴ―――」

 

 スティングの繰り出す突きが一瞬だけ加速し、そして空を穿った。響く音は今までのよりも遥かに強く、早朝の冷たい空気が顔に叩き付けられる。それを通してスティングの体に宿る闘志と心を感じ取ってそうか、と小さく呟く。

 

 スティングの針が突き出される―――良く見ればそこには多くの細かい傷が刻まれている。何十、何百回と繰り出された攻撃、その経験がその傷一つ一つに凝縮されていた。スティングは戦いを求めるだろう。多くを語らずに―――またナタクとは違う方向性で。ナタクは修羅だ。アレは戦う事が日常の一部であり、鍛錬やバトルはルーティーンワークの一部でしかない。サラリーマンが会社へ仕事をしに行くように、ナタクは朝起きて、鍛錬をして、戦う。それが修羅という生き物だ。だからスティングは違う。

 

 戦いは日常の延長線上にある―――しかしその胸にあるのは強い憤怒と闘争心だ。ひたすら、強さを求めているのではない。()()()()()()()()()()()()様に見える。復讐蜂、死蜂という言葉はコイツにこそ合ったものだ―――こいつは酷く俺に似ている、それがこいつに関する感想の全てだった。或いは……そう、もっとシンプルに考えればいいのかもしれない。

 

 ()()だ。

 

「スティング……お前、もっと強くなりたいよな」

 

「ヴ―――」

 

 羽音で肯定してくる。針を突き出すその動きは一切変わりはしない。そう、最初からその胸にある闘争心と情熱は変わりはしていないのだ。おそらくはビードルの頃から一切、選手としてではなく手持ちのポケモンとして捕獲してから一切ブレていないのだ。

 

「―――お前の中にゃあまだ可能性が残っている。()()()()()()()()()()だ」

 

 スティングの動きを止める事無く教える。まだスティングには可能性が残されている、と。そもそもポケモンの進化のメカニズム、そして能力の上昇のメカニズムに関しては未知の領域が多すぎるというのが事実だ。その為、解っている事の方が遥かに少ないというのが事実だ。ただ、色々と個人的に憶測出来る事はある。それは自分がニンテンドー、ゲームフリーク、そしてポケットモンスターという存在を理解しているからこそ理解できる事だ。

 

「スティングよ、この世界は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ。俺自身が異能を獲得した事によって解ったよ。異能ってのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っても言えるな」

 

 他人からすればお前は一体何を言っているんだ、と言われかねない話だ。

 

「まぁそもそも(アルセウス)の存在自体、明確に解っているのが調べまわっている妖怪アイス狂いとボスだけだからな。この世界の構造を考えている奴自体いないだろうなぁ―――まぁ、それはどうでもいい話なんだがな。それよりも重要なのは見えざる神の手によってお前の種族というのはクソの中のクソと呼べる底辺の領域にあるって事だ」

 

 スティングの動きは変わらない。だが話の続きを求めているのは解る。

 

「……だけど、まぁ、神の慈悲があって、スピアーって種族にはメガスピアーって進化先が用意された。ここまでは仕様の範囲だが、レベル100の突破とかは仕様範囲外の事だ。神の作った(システム)から逸脱している事だ。つーか今でも割と逸脱しまくっている事があるのは解るんだが―――」

 

 まぁ、そこは重要な話ではない。重要なのは、

 

「お前はまだ可能性が残っている。メガストーンは力を与えるものではない―――()()()()()()()()()()()()だ。つまりスピアーって種族の中にはあと一段階進化するだけの可能性が、ポテンシャルが残されているって訳だ」

 

 そこまで判明しているならあとは色々と出来る事がある。その手始めに、

 

「―――()()()()()()、スティング」

 

 スティングの動きが止まり、その視線が此方へと向けられた。その視線を受け止めながら話を続ける。

 

「今まではこういう物だった、と見ていた物事も異能を手にして、明確に世界の法則と言えるモノに喧嘩を売ってからは見えるものが増えてきた。お前が天賦を倒し、超える事が出来るなら―――俺が世界そのものを騙して、成り上がらせる事だって出来る」

 

 ―――天賦とはなんぞ。

 

 天賦とは種族最強の称号。その種族における頂点に立つ王者の証。その種族を代表する存在。その種族にとっての希望とも言える存在。故に、天賦とはその種族における最強である。故に、天賦は同じ種族の存在に普通は絶対に敗北しない。それがよほど歪ではみ出ている存在ではない限り、天賦に同じ種族の存在が勝利するのは()()()()()なのだ。スピアーの天賦個体なんて聞いた事はないが―――おそらく探せば出て来るだろう。セキエイか嫁に頼めばそう時間はかかりはしないだろう。

 

「強さを求めるなら、手段を()()()()()()。お前がいる場所とはそういう所だ。天賦を簒奪するもよし、簒奪しないも良し。その判断はお前に任せる。だがお前がまだまだ可能性を追求したいというのなら―――俺はそれを一切止めない。全力で助けよう。お前のポケモントレーナーとして、全力で支援しよう」

 

「ヴ」

 

 羽音を鳴らして頷き、スピアーが返答する。ひたすら闘争心を燃やし、バトルでは殺意を纏いながら敵を貫くスピアー―――本来は弱小である故に手数を好む筈の種族、しかしこのスピアーは変種であり、ひたすら一撃による殺傷を目的としている。まるでナタクの真逆を進みながら同じ着地点を目指している様にさえ思える。

 

 天賦のコジョンド、ナタク。

 

 天賦のサザンドラ、サザラ。

 

 天賦のリザードン、アッシュ。

 

 クイーンが競技には興味がなく、天賦を殺す事だけに興味を向けている今、スティングがメインのアタッカーとしてスタメンを狙うには三体の天賦からその座を簒奪しなくてはいけない―――種族値弱小のスピアーとして生まれた以上、その戦いは絶望的だと言わざるを得ない。環境最上位に潜り込む以上、メインとしてのアタッカーには天賦、或いは天賦級の実力とセンスが欲しくなってくる。

 

 だから、最低限同じ種族の天賦に勝てないのであれば、()()()()()()()()()のだ。

 

「同じトキワの森出身の兄弟なんだから、お前には期待してるぞ」

 

「―――ヴ」

 

 やる気に漲っているスティングに視線を向け、激励する―――そこで朝の空を切り裂くようなナチュラルの悲鳴が聞こえた。それをしっかりと聞き届け、あぁ、そっちか、と大体どっちの方へと拉致られたのかを察する。

 

「さて、ポケモンばかりじゃなくて俺も朝の運動を始めるか」

 

 そうやって、本日もまた一日が始まる。




 真面目なようで真面目じゃないお話。スティングさんが最低限スタメンを張るには天賦を倒すか、或いは天賦を1:1で越える必要があるようです。はたして1v、2vのスピアーで6vには勝てるのだろうかというお話。これぐらい出来なきゃスタメンにはなれないよ!

 お前ら酒乱ひどすぎね? という事で次回もまたコミュで。


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コミュニケーション トレーナーズ

 正面、対峙するビクティニの姿が見える。右手にボールを握り、それを後ろへと引きながら左半身を軽く前へと押し出し、左手を真っ直ぐ伸ばし、指をビクティニへと突きつける。

 

決 戦 場 の 扉 が 開 か れ た

 

「宣告―――1:1による最終戦を公式ルールに則り宣言する」

 

 異能の発動と宣言されたルールにより、1:1の決戦が始まる。最終決戦という後のない状況にビクティニの体が燃える様に輝き始める。美しい焔の色を見せながら頭上、光が集い、そして広がって行く。それがビクティニの能力だった。勝利ポケモン―――勝利すべき、勝利するべく生まれたポケモン。勝利という存在がポケモンの形をしている存在。それ故に勝利の星は生まれ、そして、

 

絶 対 勝 利 の 運 命 が 廻 り 始 め る

 

「……こうなるか」

 

 絶対勝利の運命―――勝利という要素を突き詰めればそこにたどり着く。運命というものは酷く曖昧で、そして解り辛いものだ。だがそれが戦闘に適応されれば、知らないうちに行動が制限されていたり、考えがズレていたり、或いは避けれるはずの攻撃を咄嗟の事で避けられなかった―――そんな事さえ発生する、ある種の理不尽が起こりうる。故にポケモントレーナーの中でも特に運命干渉型と言われる能力の使い手は発覚次第、かたっぱしから監視か制限、もしくは公式大会の出場停止が言い渡されている。

 

 運命、それを左右する能力はほぼ人間にとっては未知の領域なのだ。だがこの感覚は良く知っている感覚でもある―――対峙し、そして蹂躙されたことのある感覚だ。そして今、成長し、異能という才能だけでしかどうにもならない領域を裏技とバグ技の塊で突破した結果、そのカラクリの一端が見えてきた。大丈夫、

 

 ―――世の中、絶対勝利の運命なんてものは存在しない。

 

 ―――世の中、絶対のハッピーエンドなんて存在しない。

 

 ―――世の中、都合のよい主人公なんて存在させやしない。

 

「Go―――」

 

 左半身から右半身へと力を流し、前へと押し出す様に右手からモンスターボールを投げ、その中にいるポケモンを、黒尾を一気に繰り出す。不動の先発にして魂の伴侶、その姿を正面に叩き出すのと同時にシンクロメガシンカが発動し、姿が俺との関係と絆によって新たに生み出されたポケモン、黒爪九尾へと変化する。登場し、両手足を四足獣の様につけて着地すると、その姿勢のまま九本の尾を広げた。

 

P E N A L T Y !

 

絶 対 勝 利 に 死 を

 

「ま、こんな所だろ」

 

 輝いていた勝利の星が決戦場に一瞬で満ちた殺意の刃によって穿たれ、その機能を果たす事無く一瞬の内に砕かれ、消え去った。いや、それ自体はいいのだ。問題はビクティニの能力ではない―――ビクティニの能力が()()()()という事に対してだ。改めて何故ビクティニが育成を施されていないのかが解ってしまった。

 

「少し育てただけで絶対勝利か―――そりゃあ育成されない訳だ」

 

 ビクティニを育成するという事はその役割を引き出すという事だ。レベリング、わざ取得、フィールディングの指導、そして潜在能力の覚醒。育成とは圧縮するとこういう要素が詰め込まれているのが解る。つまり、ビクティニは育成すればするほど彼女の持っている力が引き出されるという事でもあるのだ。勝利という要素を突き詰めれば絶対勝利という結果へと到達するのは自明の理だ。つまりつまりビクティニは育成の行えないポケモンだ。育成してしまうとその結果、絶対勝利へと勝負を導こうとするからだ。

 

「これで私の凄さがわかったでしょ?」

 

 ふふん、と言わんばかりにビクティニが小さな胸を張り上げている―――そのすぐ後ろにいてボールを握っているアスナのモノと、そして立ち上がった黒尾のモノと比べる少々……いや、かなり哀れに思えて来る。それを口に出したらおそらくは遠慮のない、というよりは考えないで全力のVジェネレートを放ってくるだろうから、素直に黙っておく。ただ、まぁ、ビクティニの能力の問題に関しては良く解った。

 

「こいつなら俺で何とか出来るな」

 

「嘘ォ!?」

 

「なんで本人が驚いているんですかね……あ、本当ですかオニキスさん」

 

 マジマジ、と答える。

 

「言っておくけどな、準伝説と幻と伝説の育成経験がある上に育成に関しては5段階評価で評価規格外って認定されているんだぞ、この俺様は。運命の一つ二つ程度捻じ曲げずに何がチャンピオンだ。かつての俺はあまりの運命力の無さに嘆いていた。それこそそれを補給し、管理できる女を傍におかなくてはいけないほどにな―――しかし、歳を取って経験を重ねた俺は理解した! 運命とはぶち殺して従わせるものだと! チャンピオンという絶対頂点の君臨者の前には屈辱と共に頭を垂れるのだ!!」

 

 フフフ、ハハハ―――と三段階の笑い声を響かせながら自分には不可能はない、とアピールする。それを良く解っていないような様子ではぁ、とアスナは呟く。

 

「だけどほんと不思議よね―――それ(ペナルティ)、どういう仕組みなの? ただの人間に無効化されるのって地味に経験がない事なんだけど」

 

「あん? あぁ……そうだな、幻や準伝ぐらいになれば話も通じるか。いや、俺、会ったことはないけどアルセウスの存在を知ってるし。それが大体の答えになるだろ?」

 

「……あぁ……あぁ、なるほどね。そうね、確かにそうね。そういう事なら納得もできるわ」

 

 ビクティニが成程、と納得を見せる様な表情を浮かべ―――そして此方へと向ける視線の種類が変わったような気がした。今までは興味のない、しかし一目を置けるような相手に対する、好奇の視線だった。だが今、ビクティニがこちらに対して向ける視線は明らかに観察する、興味のある対象としての視線だった。

 

 あまり悪目立ちは―――と思ったところで、既に目立つ云々は無理だったな、と自分の所業を冷静に振り返りながら思った。そもそも盛大にスポットライトを浴びる様な人生をこの数年間は歩んできたのだ―――反省とか物凄い今更じゃないか? まぁ、目立てるなら目立った方がいいだろう、

 

 楽しいし。人生、楽しんでる奴が一番偉い。

 

「―――まぁ、アスナちゃん向けにこのセキエイチャンピオン様がちょっと異能に関して講義を行ってやろう。他の場所では聞くことが出来ない貴重なきちょーな経験になるから、レコーダーやメモの準備はしっかりしておけよー。ビクティニの能力の話にもなるからなー」

 

「あ、は、はい!」

 

 焦りながらアスナがメモ帳を用意しようと四苦八苦し、それをビクティニがからかっている中、ダイゴがメタグロスの背に乗って空から降りて来るのが見えた。その姿に片手を上げて挨拶すれば、向こうも手を振り返し、此方へと降りて来る。色違いの白い原種メタグロス、その白く輝く体はいつ見ても美しいものだと思える。磨かれ、そして美しくカットされた混ざりのない鉱石―――それがダイゴのメタグロスに対して抱く感想になる。

 

「ビクティニの能力実験かな?」

 

「それは今終わったところ。これから異能に関する講義をしようかな、って」

 

「へぇ、異能初心者に関しては大きく出たね。まぁ、こういう能力に関しては数年の長がある僕が間違いがないかどうかしっかりと確認しておいてあげるね? ん? なんだいその眼は」

 

「潰したくなるなぁ、って思って見てただけだよ」

 

「なんでそんなにお互いに喧嘩腰なんですか……?」

 

 これがチャンピオン式あいさつなのだとアスナには説明しておく。まぁ、実際にダイゴとの仲は別に悪くもない。ただお互い、生まれた場所や育った環境は違っていても、今の場所と、そして立場は一緒―――そして同格なのだ。同じチャンピオン同士、友人であるが、それ以上に自分たちはライバルなのだ。完全に仲良し、とは闘争心が許さない。ともあれ、と言葉を呟く。

 

「じゃあまず最初に話を始めるなら―――異能とはなんぞや? って訳だ。はい、そこデボンコーポレーションの御曹司ツワブキ・クソゴ君」

 

「君の実家も駐車場にしてやろうか……さて、異能とは簡単に言ってしまえば通常の法則には縛られない、理解を超えた法則で動く()()()()()()()()()()()()()能力の総称、それが異能だ。基本的にトップに立つ人間はこういう異能の類を習得しているよ。まぁ、習得せずにトップに立つ人間は……ほんと珍しいね。そういう場合、異能を保有しない代わりに技能の別の部分が異常に突き抜けていたりするんだけど……まぁ、最近その一例が法則をぶち抜いたからね」

 

 中指を空へと向けておっ立てる。一体何に対して喧嘩を売っているのか、自分でさえ解らないが注目を浴びた以上、ネタに走る必要はある。……ともあれ、ダイゴがほぼ満点に近い答えを出したので、そこから話を引き継ぐ事にする。

 

「まぁ、一般的な、大体の意識としてダイゴの話で合ってるぜ―――ただ異能ってのは理解の外の法則じゃねぇ。最近、いろいろ試しながら調べてみる事で解ってきたわ。()()()()()()()()()使()()()()()()()()()なんだろうな、って」

 

 アスナ、そしてダイゴが首を傾げる―――だが俺はそれを確信していた。詳細を話すにはそもそも俺が異世界出身―――つまりは地球出身である事を口にしなくてはいけない。だからそこは適度にボカして話を進めるとして、重要なのはナツメの俺に対して異能の才能が欠片もなく、そして目覚める可能性も存在しないという発言に関してだ。ナツメの言葉はおそらく正しい、俺という人間にその可能性が発芽する事はなかった。

 

「いいか―――数千年前、ポケモンと人間はより身近だった。そして3000年前の連中はAZにゃんを筆頭として凄まじいケモナーだった。やつらはハジケていて、当時原種しかいねぇくせに子供まで作っていた始末だ。ほんと古代人の性癖には驚きだよなぁ! まぁ……性癖はどうでもいいか。問題はな、3000年前の大戦争でたくさん死んだわけだが、生き残ったのも多いって訳よ」

 

「―――つまり僕達、異能を使える人間はそのポケモンと人間のハーフ、その子孫だって言いたいのか? でも現在ポケモンと人間の間で子供が生まれないという事は確認されているよ」

 

「出来ないようにしたんだろ、神が」

 

「また適当な……」

 

 いや、これは割と真面目な話だ。3000年前、最終兵器とかいう割と頭のおかしい兵器が生み出されたのだ、それも一人の男とポケモンの愛が原因で。そしてその兵器が原因で旧文明が一掃されかかったとしたらそれはもう怒るか驚くか嘆くかキレる。俺がゲームの管理者だったら、そのバグが発生しないようにしっかりとパッチを適応して原因をつぶすだろう―――つまりは人間とポケモンの間に本当の愛が成立しないようにする。少なくとも俺が管理者であればそうするだろう。

 

 そして、たぶんそうなった。だから今、ポケモンと人間の間では子供が生まれない。

 

 ―――それにしては、なぜかポケモンが人を姿をしていたり、どこか妙なものを感じる。

 

 まぁ、そこは一旦おいておく。

 

「まぁ、つまりは簡単にこの裏付けを証明するとなると―――」

 

 ちょいちょい、と片手で黒尾を招き寄せる。此方へと近づいてきた黒尾を軽く廻し背中を此方へと向けさせ、その細い腰に右腕を回す様に抱き寄せる。後ろから黒尾を抱きしめたまま、話を続ける。

 

「俺はおそらくこの世界で絶対に覚醒だとかそういうイベントから縁遠い奴だけどな、最近、ちょっとした裏技を使う事で異能を使えるようになった。才能を広げる……って表現は使ってるけど、でもよく考えてみろよ。結局その才能ってのはどこから来てる? その元は? 俺はリソースを黒尾に寄生して分けてもらっているだけだぞ?」

 

 あぁ、とダイゴが納得した様子で頷く。

 

「つまりポケモンと繋がってリソースを得ている状況で異能が解禁されたという事実イコール異能の元がポケモンの持っているリソースにイコールしている、という事だね。明確に誰かが調べたことじゃないし、専門分野でもないから僕からは特に言える事がないなぁ……でも先祖?にポケモンが混じっていると考えたらちょっと発狂しそうな人は思い至るかなぁ」

 

「それが俺が論文に纏めようとしない理由な。あと神」

 

「だからなんですか、その神というのは」

 

「というか私の能力の話はどうしたのよ」

 

 そういえば大きく脱線していた。本来はビクティニの能力に関して話そうと思っていたのだが―――そこで腹が減るのを自覚する。それを察したのか、黒尾が腕の中から抜け出し、

 

「それではお腹が空いたようですし、昼食にどこか行きましょうか」

 

「待って、私の能力に関しては!?」

 

「ダイゴー、どっかオススメないー?」

 

「私の……」

 

「地元の人間に聞けばいいじゃないか。という訳でアスナちゃん、何か知らない?」

 

「あ、アスナ……」

 

「……実は美味しい丼屋さん知ってます」

 

「アスナァ―――!」

 

 本日のフエンタウン、晴天にて平和―――。




 ケ モ ナ ー 王 A Z に ゃ ん 。

 性癖をこじらせた結果3000年前があると思うとアルセウスも軽く自殺したくなったんじゃないかなぁ。

 ※実際はもっといい話です、ご注意ください

 昨日は読者との対戦沼にはまった結果更新が遅れましたごめんしません。しかし一期エヴァの再現パを用意して対戦してくれた読者、一期いかくパ再現で挑もうとしてくる読者、ゴンさん再現してドラゴンだけ殺しに来てる読者、読者に凄い恵まれている気がする。

 あ、日本時間6時~8時ぐらい、夜の1時前後は対戦相手纏めてツイッター彷徨ってるので、ポケマス読者はオニキスパを持ち出すてんぞーと戦って、トレーナー気分を味わおう。


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コミュニケーション ナタク

 ―――えんとつやまの頂上は本来()()()()()()()()()()()()()()()()。当たり前の話だがえんとつやまは活火山であり、いまだに活動を続けているホウエン最大の危険地域の一つでもある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、先代フエンジムリーダーによって何とか追い払われ、それ以来えんとつやまの平和は保たれているらしく、ポケモンも大分大人しくなったらしい。とはいえ、それでも火口へと簡単に近づくことが出来る地形は非常に危ない。テーブル型の頂上からは火口を覗き込むことが出来る上、なまじ割と安全に火口に近づける分。

 

 例年、馬鹿なカップルや観光客がいい写真を取ろうとしたり、酔っぱらったりで覗き込んで死ぬという事件が幾度か発生している。その為、えんとつやまの頂上、特に火口付近は立ち入り禁止となっている。許可のない存在が中に入れば逮捕される、そういう場所になっている。

 

 そのほかにも伝統としてフエンジムのジムリーダーや、一人前と認められたジムトレーナーはここで強い炎タイプを持つポケモンを捕まえて来るのが通例となっているらしい。

 

 ともあれ、

 

 ―――そんなえんとつやまの頂上に自分はいる。

 

 上半身には何も装着しておらず、裸の状態、下は動きやすさを重視して少し余裕のあるスラックスを、足はごつごつとした荒れた火口付近―――その熱を感じられる足場に立ち、口を開けて煙を吐き出す火口がガンガン体力を奪って行く。しかしそんな中でも、横にいる姿が動きを止めない。白と紫のグラデーションの服装、ヒラヒラとした服なのに不思議とそれは彼女の動きを阻害せず、流れる様にその体の動きを見せつけて来る。それをそっくり、そのままトレースする様に自分の動きを重ねて行く。

 

 呼吸も無論、彼女に合わせてある―――呼吸を完全に合わせ、揃える。難しい技術ではあるが、トレーナーなのだから、自分のポケモンと呼吸を完全に合わせる事等当たり前の話なのだ。だから彼女の呼吸をそっくりそのまま自分に合わせ、足元に水たまりを作るほど汗を流しながらも、ゆっくりと体を動かして行く。

 

「―――」

 

 酒や肉を食ってつけた無駄な脂肪を一気に燃焼させる様に、えんとつやまのマグマの熱を肌で直接感じながら、流れる汗を振り払う様にゆっくり、しかし鋭く拳を、流れるような動きで叩き込んで行く。仮想敵は存在しない。しかし、そこでただ無言、横にいる彼女と完全に動きをシンクロさせ、トレースする様に何度も何度も繰り返してきた動きを繰り返す。

 

 極み、一日にして成らず。

 

 極めるつもりではないが、何事も極めるつもりで取り組まないと成せることもなくなってくる。その為、一つ一つの動きに魂を込める様に体を動かして行く。体力を消耗し、水分が体から流れ出して行く。疲労が段々と体にのしかかってくる感覚が解る。だがそれさえも心地よい。体を動かすのはずっと昔から嫌いじゃなかった。だからこうやって、体を動かすのは―――楽しい。

 

 右足を前に、右半身を前に出して右腕を前へと、それを流す様に左側へと引っ張り込む長柄回り―――と、一つ一つの動きを連動させる様に体を動かし、それを一つの演舞として流しながら体を動かし、鍛える。が、これは、人間用の動きではない。

 

 ―――彼女―――天賦のコジョンド、ナタク用の動きだ。

 

 光を映す事のない目は閉じられている。その代わりにほかの感覚が発達しており、彼女には光がなくても生きていけるだけの力がある―――それを望んで得た、天賦の中でも特に変わり者の天賦だった。彼女のこうやって動きをまねて、鍛錬し始めたのは今から一年ほど前―――ナタクをスカウトした時になる。

 

 こうやって体を動かしていると、今でも鮮明に思い出す、彼女との出会いを。

 

 

 

 

 チャンピオンは強くなくてはならない。

 

 心持云々ではなく、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。故に、そのポケモンも最強と呼べる領域にならなくてはならない。それ故、チャンピオンがほかの地方へと遠征やスカウトで向かいたいと言えば、リーグはそれに賛同し、現地の調査員から報告を貰って、スカウトをスムーズに行えるようにする。今、ここではこんなポケモンが、こんなところでこんなことが、ネットワークを広げて天賦や変種の動向をある程度監視しているのだ。

 

 ナタクはそのネットワークに引っかかったポケモンだった。

 

 正確に言えば監視員を見つけ、そして自ら外の世界の競技場で最高の修羅と戦い続けたいと申し出たのだ。

 

 その図々しさと欲望に惚れ込み、直接スカウトしに行ったのが彼女(ナタク)との出会いの始まりだった。

 

 彼女は出会った当初から既に盲目だった。

 

 彼女―――ナタクはコジョフーの頃はまだ原種の姿をしていたらしい。そのころの彼女は天賦として生まれた宿命として誰よりも優れた肉体、誰よりも優れた感覚、そして卓越した才能を保有し、同年代、同じレベルのコジョフーを凌駕するだけの力を得ていた。普通、そこで増長するのが生物というものになる。だがコジョフーだったナタクには優秀な師がいた―――つまり進化系であるコジョンドだった。

 

 そのコジョンドは元はトレーナーの手持ちであり、トレーナーと共にジムを巡った、エリートトレーナーの手持ちの亜人種だった。天賦ではないコジョンドでは限界が来る。そして卓越した育成能力を持たないトレーナーではそのコジョンドを使い続けるのは無理だったらしく、それを察したコジョンドは故郷―――つまりはナタクのいる群れへと戻ってきた。

 

 天賦、即ち種族の希望―――そのコジョンドもまた、ナタクに希望を見出したのだ。

 

 彼女なら……彼女ならきっと、自分が届けなかった星にその手を伸ばしてくれる。

 

 僕が、私が、俺が、無理だった……どんなに努力しても無理だった……超えられない肉体の壁……それを、彼女だけが乗り越える事が出来る。彼女こそが希望を託すのに相応しい種族の救世主なのだ。

 

 勝手ではある、だがある程度人間との付き合いのある、名誉などを気にする種族に関してはある話だった。特に武術に傾向する格闘タイプの種族に関してはそのきらいが本当に強い。その為、ナタクはコジョフーの頃から期待を向けられ、そして師と呼べる人物からコジョンド用の武術をその体に叩き込まれながら育ってきた、天賦の中の天賦だった。その為、その心は慢心する事はなかった。

 

 戦い、勝ち、更に鍛える。

 

 そうやってナタクが鍛錬の日常を繰り返し続ける中で、彼女から欠落していたものがあった―――名誉への欲望だった。

 

 天賦として生まれ、種族の渇望する才能を得た彼女に同族たちの嘆きと苦しみは理解できなかった。ナタクには勝利による名誉というものを理解する事が出来なかった。天賦である彼女にとっては勝利とは当然のことだった。それは驕りでも慢心でもなく、純然たる事実として彼女は勝利の化身だったのだ。故に彼女の中から、

 

 勝利の為に、種族の為に、という目的は消える。

 

 そして鍛えられ、

 

 鍛えられる為に鍛え、戦う為に戦う。それだけがナタクに残された。

 

 鍛え、戦い、鍛え、戦い、そのループがナタクの日常となり、そしてそれが彼女の呼吸となった。闘争とは彼女にとって日常でしかなかった。そこに名誉や意義を求める事自体が無意味だった。戦いとは生活の一部である以上、人間が食事する様に彼女も戦いを求めた。そうやってナタクがやがて、同族の中の誰よりも強くなり、そもそも育成という領域では絶対に人間に勝利できない師のコジョンドから学ぶ事も直ぐになくなった。

 

 そうなってくると、もはや天賦の独壇場となってくる。一人で鍛え、磨き、そして戦いを求める。環境次第ではあるが、基本的に野生のポケモンが到達できるレベルの限界は100となっている。そして天賦の才を持つポケモンが持たないポケモンとの戦いを行えば、明確に能力として大幅な違いが出て来る。その為、

 

 ナタクは勝利するために戦うのではなく、()()()()()()()()()()。その結果、野生で彼女に勝てる者はいなくなった。だがそれでも魚は水を求めずにはいられない。ナタクは戦いの為に鍛錬を求めた。そして戦いは力に集う。力という明確な引力を天賦のコジョンドは信じた、その結果として、

 

 ナタクは自らの目から光を奪った。

 

 奪われた者はそこを埋めようとする分、どこか壊れて突き抜ける。

 

 そこを力で埋めればいい。

 

 まさにキチガイの理論、発想―――しかし彼女は天賦。天賦のサザンドラが思い付きでギルガルドを装備し、こうすれば無敵だと言って実行し、そしてそれを実証したように、天賦には事実を捻じ曲げるだけの意味不明な力を持っている。普通はありえないだろう。目を失ったからと言って急激に強くなる事はない。

 

 だが天賦であるナタクにはそれが可能であり―――彼女はそれを成し遂げた。

 

 武術は目を使わず、心で見る事によって更に洗練され、舞の様な美しさを持つように至った。だがそれをナタクの周囲のポケモン達が理解する事はなくなった。彼、そして彼女らは盲目というハンディキャップを武器としてみることが出来なかった―――当たり前だ、天賦でない者に天賦の視界は取れない。故に普通に目を失った事して落胆し、天賦を失ったという絶望に落とされた。やがて、最初は歓迎されていたナタクの存在が無視される様になるのは早い話だった。

 

 だが、そうなってもナタクは鍛錬を止めなかった。それだけが彼女の中にある全てであり、彼女は鍛えること以外を理解しなかったのだから。

 

 そして、彼女は接触した―――監視員へと。

 

 ナタクは自身が人間に対して魅力的に映っているのと、そして奇妙に映っているという二つの事実をしっかりと理解し、そして群れの外の世界はもっと広く、さらなる強敵がいる事を理解していた。その為、興味もない名誉や種族の為、なんという事は忘れて自由に、外の競技の世界で本気で打ち合える相手を心の底から求めた。それ故に彼女はあまりにもあっさりと勘だけで見つけ出した、監視員を。

 

 そして、そうやって(オニキス)彼女(ナタク)は出会った。

 

 彼女は初めて出会ったその時から体を動かしていた。まるでそれ以外を知らない純粋な赤ん坊の様に、目を閉ざし、しかし美しい武術の流れを見せていた。その動き全てに欲求が見れた。そう、ナタクは純粋だった。おそらくはどんなポケモンよりも、戦いを求めている等一点においては純粋すぎた。それが全てだと幼少のころから教えられた結果だったのかもしれない。ナタクはその時点で既に戦う者としての頭と心が出来上がっていた。

 

 その在り方が美しく、実に触れ難いものだった―――果たして、本当に触れてもいいのだろうか。

 

 だが同時に無垢なその姿を自分の色に染めたいという下衆な欲求も胸の中に込み上げていた。

 

 だから、

 

 気づけば彼女と並び、体を動かしていた。それが全ての始まりだった。誰かを理解するには並び、ともに時間を過ごし、そして同じことをすればいい。今までそうやってポケモン達とずっと接してきた。だからナタクに対してもそうやって接する事にした。そうやって何時間も横に並んで動きをトレースし、呼吸を合わせる様にひたすらポケモン用の武術というものを人間の体で動かす。

 

 それが数日も続けば、ナタクの呼吸を覚え、完全に合わせることが出来る様になってくる。そうすれば言葉は必要ない。自然と彼女の欲求が、抱えていないものが、見たいものが、それが呼吸を通して伝わってくる。だからそうやって肩を並べ、一日の終わりに鍛錬を終わらせた所で、

 

 ナタクを誘った。

 

 ひたすら絶望的な相手を相手に頂点を極め続けないか、と。

 

 ありとあらゆる理不尽とも呼べる連中が揃った世界の中で世界最強を極めないか、と。

 

 彼女の様にたった一つ、最強の座を埋めるために集った他の猛者と争わないか、と。

 

 ナタクの返答は実にシンプルだった。返答の代わりに彼女はボールに触れ、その中に入って行った。

 

 それがナタクとの出会い、そしてスカウトの全てだった。

 

 

 

 

「―――今日はここまでにしましょう。環境が厳しい上にほかの皆との手合せもありますし」

 

「ふぅー……そうだな。やっぱ環境が厳しいと体に響くもんがあるな」

 

 足元の汗を見て、水分補給はしっかりしておかなきゃ死ぬかもな、なんて事を考え、出会ったころのナタクと今のナタクを軽く見比べる。その姿、所作に変化はない。果たして彼女はその動きだけではなく、生きる者としての成長を行えたのだろうか。育成家ではあるが教師ではないのだ、それだけが気がかりだ。

 

 そう思いながら帰る為に上着に手を伸ばそうとしたところで、

 

「私は―――」

 

 ナタクの声に振り返る。

 

「負けませんよ。スタメンの座を誰にも渡しません。皆と一緒に、貴方に指示されて戦うのが一番楽しいですから」

 

 そう言ってふわりと笑みを浮かべると、ナタクは横を抜けて出口の方へと向かって行った。その背中姿に軽い笑みをこぼし、頭を掻く。

 

 ……これだから、ポケモントレーナーはやめられない。




 殺意の塊スティングさん。戦意と闘争心の塊ナタクさん。理不尽の塊のサザラさん。蹂躙と圧殺の塊のアッシュさん。果たしてスタメンのアタッカー枠を奪うのは誰だろうか、という。ここら辺、キャラの好き嫌いじゃなくて全体の構成を考える必要があるので地味に辛いという。

 と、いう訳でナタクさんコミュ回。次回はそろそろ物語が動くかもしれない? と思いつつ次回。


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えんとつやま

 ―――その日の目覚めは割とすんなりしたものだった。一切の眠気を残す事無くスッキリとした目覚めを受け、意識は起きた時から完全に覚醒していた。妙に昂っている自分の感覚に一瞬だけ迷いを感じるが、即座にその違和感を理解した。異能だ。異能が来るべき決戦の予感に、体の内で震えているのだ。まだ完全に把握しきったわけではないこの異能、それが何らかの兆候を見せていた。だがそのおかげで理解できたことがあった。

 

 今日は、厳しい戦いになるだろう。

 

 そう思うと―――自然と口の端が吊り上がっていた。

 

 

 

 朝食をしっかりと食べ、朝の諸々を終わらせれば、意識はこれ以上なくしっかりとしていた。間違いなく何かの予感を本能的に、或いは直感的に捉えていた。そして長年の経験から、そういう類の物は極力信じる様にしていた―――だからそれを信じる事にした。その予感をポケモン達も感じ取ってくれたのか、朝から軽い緊張感を持っており、モンスターボールの中へと入る事に対する一切の文句はなく、短い準備はそれだけで終わらせた。

 

 まだ、朝は早い。それは完全に明るくなっておらず、そして人の賑わいも全く感じない、朝焼けの時間―――逆に言えば夜が終わった直後、夜に寝ていなければ眠くなってくる時間でもある。派手に動くのであれば、真夜中よりももっと警戒しづらい、と思うのは個人的な経験から来るものだと思う。そんな時間に旅館の外へと出れば、

 

「……僕の力は必要じゃないのかな?」

 

「帰って寝てろ。昼飯までには戻るから」

 

「ん、君がそう言うならそうするよ。適当にお店の発掘でもしながら待ってるよ」

 

 振り返る事無く、ナチュラルに別れを告げる。子供のクセして大人を気遣う必要なんてないのに―――なんてことを考えながら前へと向かって進む。誰もいない、活気づく前のフエンタウン温泉町を。もう一、二時間ほど後に来れば人で賑わうであろうこの今は無人の通りを歩き進んで行くと、その終わりに一つの人影を見ることが出来る。

 

 黒いスーツ姿の男の姿は自分の良く知っている顔だ。

 

「呼ぶ必要はないか」

 

「ま、こう見えてここ(ホウエン)は僕の庭だからね―――なんとなくだけど何かがあるなら解るよ」

 

 担当するものとしての矜持というか、誇りというか、動物的本能ともいえるべきものはどうやらダイゴにも備わっていたらしい。流石同族、御同輩。そう思いながら軽く拳をぶつけ合わせ、

 

 俺は白いロングコートの裾を揺らし、帽子を被り直す。

 

 ダイゴは首元のネクタイを少しだけキツく締め、そして指を鳴らした。

 

 

 ―――フエンタウンの終わり、その先へと視線を向ければデコボコ山道が、そしてえんとつやまが見える。ここからでは何が起きているのかは全く分からないし、見える訳でもない。だが戦い続けた経験を通して、今、あそこに向かうべきだと告げる何かが自分とダイゴの間にはあった。だとしたらこれ以上言葉は必要ない。やるべきことを成すだけだ。ダイゴがボールを取り出し、それを空へと向かって放った。

 

 それに合わせる様に二人同時に前へと向かって軽く走り、そして大きく跳躍する。ボールから繰り出されたポケモンが一瞬でCの字を描くように跳躍した足元へとやってきて、浚う様に両手の上に乗せてくれる。それに合わせ、メガストーンとキーストーンが共鳴する様に輝き、ポケモンが―――色違いのメタグロスがメガシンカを始める。進化の繭を破って四本腕のメガメタグロスへとメガシンカしたメタグロスがサイコキネシスで風をはね避けながら高速でえんとつやまへと向かって飛翔を始める。

 

「さすがにガキどもをつきあわせるわけにはいかないか―――そっち、経験はどうよ」

 

「うん? あぁ、そこら辺は問題ないよ。僕も暇つぶし代わりに悪の組織潰して回ったりしているし。まぁ、マグアク団連中程目立ってないから地味な仕事だけどね」

 

「ほーん、まぁ、心配なんかしてないけどな」

 

「そうかい。まぁ、僕も心配なんかする訳ないんだけどね」

 

 ―――えんとつやまが見える。メガメタグロスの速度で移動すれば、普通は数時間かかる距離も直ぐに抜けて行く事が出来る。一瞬でデコボコ山道を抜け終わり、その先のえんとつやまの麓へと到着し、そこを更に加速して抜けて行く。その先、ロープウェイの姿が見えて来るが、

 

 ロープウェイの付近で赤い服装の集団と、そして青い服装の集団の姿が見えて来る。険悪な気配を見せており、空から軽く見下ろすだけでも戦闘に今すぐにでも入りそうな状況となっていた。いや、既にポケモンを取り出している以上、戦闘は開始している、ただ最初の動きにお互い、牽制しあって入れないだけだ。それを見下ろしてから視線をえんとつやまの頂上の方へと向ける。火口へと向かうルートに赤い服の集団、そして青い服の集団が見える。

 

 まだ、火口に機械の類は設置されているようには見えない。となるとこれからだろうか。

 

「ボスっぽいのが奥の方にいるな」

 

「じゃ、僕がそっちを注意して、従わない場合は強制排除で。それじゃ」

 

「あいよ、さっさと終わらそうぜ」

 

 そう、心配する必要は互いにない。

 

 メガメタグロスの背中から飛び降りる。空中を落下しながら、腰にあるベルトに手を伸ばし、ボールが自分から吸い込まれる様に飛び込んでくる。それに合わせて素早くボールを開けば、弾ける様にスティングがボールの中から飛び出し、メガシンカの光と共に一瞬でその姿をメガスピアーへと変化させる。良く鍛えられたメガスピアーともなれば、そのサイズは2m近くなる。

 

 背中に乗るには十分なサイズだ。

 

 スティングの背の上に着地、そのまま地上まで、赤と青の服装の集団の横へ、三つ巴の様に組み合う様、着地する。突然の闖入者に全員が揃って此方へと視線を向けて来る。横にスティングを浮かべたままの状態で、片手で帽子を押さえ、その下から視線を集団へと向ける。

 

「―――ここは立ち入り禁止区域だ。知らなかったのなら今すぐ引き返せ。知っててここに入り込んだのならまだ引き返すチャンスをくれてやる。今すぐ帰れ。そうすれば家族と仲間の顔をまた拝めるぞ。俺はダイゴ程優しくはない―――」

 

 

 

 

「―――僕はオニキス程優しくはない。君達が今から何をするつもりからは解らないけど、それを強行するというのなら一切の容赦も、慢心も、手加減もせずに君たちを排除する。その過程において君たちの命は保証されない。だからこれは警告だ。今すぐ帰ってくれないかな」

 

 言葉を放ち終わった。ネクタイに軽く触れ、少しだけその位置を調整しながら数人の男女の姿を見た。赤と青でグループが分かれている。赤いグループは細身、メガネの男を中心としたグループが形成されているのが見え、精鋭達が守る様にその前に立ちはだかっている。青い方は屈強な褐色の男を中心に存在しており、その男を守る様に青い服装の団員たちが壁の様に立ちはだかっている。数はどちらも多い。

 

「……ホウエンチャンピオン、ツワブキ・ダイゴか」

 

「またとんでもない化け物が嗅ぎ付けたな……チ、テメェと争っている余裕はなさそうだな、マツブサ」

 

「そのようだな、アオギリ……まずは互いにあの化け物を何とかして、それから装置をどうするか決めようではないか」

 

「いいだろう。つかそれしかねぇな」

 

 アオギリとマツブサ―――それが二人の、マグマ団とアクア団の首領の名前。それをしっかりと記憶する。そしてその顔も覚えた。そして二人の言葉に反応する様に、団員たちがモンスターボールを手に取って、臨戦態勢に入るのが目に見えた。その姿を見てほう、と軽く言葉を吐くことにした。

 

「もう一度だけ言うけど、僕はオニキス程優しくはないよ? この地方の帝王(チャンピオン)として果たすべき責任は全力で果たさせてもらうし、そしてそこに一切の手加減とかは入れない。もう一度言うけど、ここで諦めて帰るのが君達の一番の幸せだ。僕だって好きで地獄を見せたいって訳じゃないんだからね。あの変態殺意マンと一緒にしないでほしい……ここ、笑う所だよ?」

 

 そんな声と共に軽く肩を揺らすが、笑い声は返ってこない―――その代わりに風に乗って、かすかだが絶叫と悲鳴の声が大量に響き始める。あぁ、可哀想な連中だ、と思ってしまう。同情ではない。悪人や自業自得の所業に対して同情するほど愚かではない。だがただ、純然たる事実として可哀想、という評価を与えるしかないのだ。

 

「で、その様子を見るからにダメっぽい? 本当に? 止めないかい? テロとか泥棒とか。犯罪だよ?」

 

「……お前ら、しっかりコイツの足止めをしろよ」

 

「なるべく時間を稼げ、増援を要請した」

 

「あらら」

 

 アオギリとマツブサが何かをする為にもっと奥へと、少し焦る様に移動を開始してしまった。直観的に絶対に勝てないと察してしまったのだろうか―――となるとそこそこ強いトレーナーではあるな、と評価できる。相手に対する評価を少しだけ上方修正しておこう。しかし目の前の連中は駄目だ。完全に戦って消耗させれば、或いは隙を突けば勝てるとか、そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――仕方がないなぁ」

 

 モンスターボールを求めて懐に手を伸ばした瞬間、モンスターボールではなく、銃が此方へと向けられた。咄嗟にそれを察して横へと体をズラし、回避すれば即座に銃声と共にポケモンを繰り出す為の閃光が前方に見えた。

 

 だけどモンスターボールを抜き、ポケモンを繰り出すその動きは手首が捻挫するほど何度も繰り返し練習した此方の方が遥かに速い。居合の様に叩き出す様にボールを抜き放ち、閃光がポケモンの姿を取る前に、ボールを空へと向かって弾き上げた。

 

「勝機があるとか―――」

 

 放たれたモンスターボールはデボンコーポレーション特性のモンスターボール。その能力は捕獲に影響するものではない。これは競技用のモンスターボールで。手にフィットする様にカスタマイズされ、ボールハンドリングがしやすいように小さなグリップが設置されており、何よりも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そういうモンスターボールだ。

 

 だから十数を超える閃光がポケモンの形を取り終わるのと同時に、

 

 空に放たれたボールから空へと向けて光が放たれ、

 

 その光が重量を伴いながら大地を揺らし、君臨するポケモンの姿を見せる時間は同じだった。

 

「―――どうすれば勝てるとか。数が、とか。戦術が割れてるとか。増援だとか―――」

 

 相手と自分を分断する様に鋼の巨体が見える。鋼の巨人はロボットの様な体をしており、本来の種族よりも遥かに巨大な体を持っている。そのカラーリングも本来の青色ではなく、ロボットらしい白をベースに、ヒーローっぽさを追求した、赤と青のカラーリングに仕上げられており、その巨大なポケモン―――40m級のゴルーグの姿は、まるで鋼鉄のスーパーヒーローロボットの様な姿をしていた。

 

「―――実に馬鹿だなぁ、君達は。ねぇ、ゴルカイザー」

 

「―――■■■■ォォォ―――!!」

 

 マグマすらも震わせるような鋼鉄の咆哮がえんとつやまの頂上に響く。威勢良く立ち向かおうとしていた敵の姿が全て、その足を止めて視線を超巨大なデルタ種ゴルーグ……皇帝ゴルーグ、通称ゴルカイザーへと視線を向けていた。

 

「僕がチャンピオンで、ここはホウエン。ほら、それだけで僕が敗北する理由ってなくなるだろ? なのに喧嘩を売るって相当馬鹿でどうしようもないよね、君達って―――」

 

 

 

 

 逃げようとする姿を逃亡ペナルティで強制的に足を止めさせる。決戦を挑んでスティングの毒針はグラエナの頭を消し飛ばす。その敗北感が脳髄を一瞬で犯し、意識をそのプライドと心ごと砕ききる。その光景に耐えきれなくなり、また一人逃げ出そうとする。だが決戦場が展開されている限り―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いいか、その脳髄に刻め。貴様らが悪で、俺がチャンピオンである限り―――」

 

 また一人、絶望に心が折れて倒れる。その姿を踏み越えながら先へと進み、また一人、ペナルティと共に蹂躙する。

 

 

 

 

「どんな数を集めようとも、絶対勝利とかを持ち出しても、そんなもの通じはしないよ」

 

 なぜなら、

 

「―――それがチャンピオンという生物だ。理解した? じゃあ仕事(蹂躙)の時間だ」

 

 どんな状況、どんな環境、どんな相手であろうとも、チャンピオンが要求された場合、

 

 勝利する。だからこそチャンピオンはチャンピオンを名乗れるのだ。

 

「こっちが終わる前にアイツ(オニキス)に合流されたら恥ずかしいしね。サクサク逝こうか」




 チャンピオン の オニキスが あらわれた! にげられない!

 チャンピオン の ダイゴが あらわれた! にげられない!

 意訳:さよなら。という訳で次回からチャンピオンどもが盛大にチャンピオン祭しているだけのお話。実機ではパっとしないダイゴさんも、ポケスペでは死ぬまで力を使い果たしたイケメンだし、それ級のしゅらどーとなっている事でしょう。

せんしゅしょーかい
ゴルカイザー(皇帝ゴルーグ)
 分類上は一応デルタゴルーグ。デルタ因子鋼が原因だと言われているけど、ゴルカイザー本人は”ゴルーグ同士で変形合体して合体ヒーローロボを目指した”とか発言している。全長40mのどっかの宇宙戦士なロボカラー。だが実は日曜日朝7時のヒーロー番組でレギュラーを張っている程度には人気モノである。特技は悪人を一撃でミンチすら残さず消し飛ばすコメットパンチ。使ったその日に放送禁止になったという伝説の一撃であった。


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チャンピオンという生き物

「―――コメットパンチ」

 

 たった一つ、シンプルな命令を繰り出した。コメットパンチ。それ以上の言葉は必要としなかった。その言葉と共にその巨体に似合わない素早い動きでゴルカイザーが拳を後ろへと引き、地面をえぐる様にアンダーブロウをアッパーを放つような、横に倒れそうな姿勢で放ってくる。その速度は凄まじく、マッハパンチ、或いはバレットパンチを思わせる様な、そんな凄まじい速度が出ていた。一瞬で加速を得た必殺の拳は一瞬で標的へ―――一番前にいたグラエナへと衝突する。これが亜人種ではなくてよかった、とダイゴは軽く嘆息した。

 

 なぜなら次の瞬間、ぐちゃり、という音と共に拳に衝突したグラエナは殴り飛ばされる前に平べったく潰され、勢いのままミンチになり、そして衝撃が発生してミンチになった肉が液状化し、そして血さえも風だけにして殴りぬかれた。大地を大きく抉りながら放たれたコメットパンチ、ゴルカイザーの放ったその後には一切、グラエナの姿は残されていなかった。グロテスクな死体も、悲鳴も、抵抗も、そんなものは残りはしなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。ひたすら心を折る様に圧倒的力で蹂躙し、完全には皆殺しにしないオニキス。そのやり口は陰湿で、絶望的で、そして残酷だ。その根元にあるのはロケット団での活動経験と、残虐非道な教えだ。街へと飛び出せ、蹂躙しろ、絶望させろ、そしてその心を徹底的に折れ。オニキスの中にあるのは魔王と破壊神の在り方だ。その為、オニキスは最後の一人まで虐殺するという事をしない。絶対に誰かを生かし、大切なものを破壊し、蹂躙し、それを見せつけて絶対に立ち上がれないように、逃がさないように徹底して壊してゆく。それがセキエイの魔王(チャンピオン)のやり方である。

 

 だからこそ()()()()()()()()()()()()()()とも表現できる。ダイゴのやり口は簡単だ。オニキスとはまた違ったベクトルでの徹底だ。やるとしたらオール・オア・ナッシング。それしかダイゴの中には存在しない。故に始める前は警告するし、冗談も言うし、そして少しは説得しようと試みる―――それはこの先、一切容赦せず、誰一人として生きて帰さないどころか形さえ残さないというダイゴ流のサインだからだ。デボンの御曹司として育て上げられ、そしてその帝王学を身に着けたダイゴが学んだことは一つ。

 

 企業と企業の戦いは戦争だ。

 

 可能性を残してはいけない。

 

 最後の一人まで狩りつくさないと復讐される―――その可能性すら殺す。

 

 故に最後の一人まで絶対に殺しつくす。始めたら最後、そこに一切の手抜きを許さない―――絶滅させるまでは一切止めない。圧倒的力で蹂躙し、蹂躙し続け、そしていなくなるまで続ける。即ちそれがホウエンの帝王(チャンピオン)という存在になる。帝王に逃走はない。帝王に敗北はない。帝王に慈悲はない。

 

 故に殺しつくす。

 

 宣言してしまった以上、ダイゴの言葉は覆らない。

 

 ゴルカイザーの拳が超高速で振るわれる。説明する必要もなく、それはコメットパンチだ―――流星と表現される拳が一切の容赦を見せる事無く全力で集団の中へと叩き込まれる。大地をえぐる様に放たれるアンダーブローは硬いえんとつやまの大地を抉っているはずなのに、その拳は一切衰える様子を見せず、そのまま抉り上げる様に三人、形を残さずに消し飛ばした。形さえも残さず、そこにいたという存在さえ残さない圧倒的な暴力―――そこに対して抱くのは自然な恐怖だった。命令を口にして繰り出せる前に、それを先読みしたダイゴが動き出しそうなポケモンを即座に察知し、その動きに割り込むように熟達された指示でゴルカイザーを導き、

 

 大地をえぐりながら再び、ポケモンをトレーナーごと消し飛ばした。

 

「なんだ、こいつはがっ―――」

 

「おっと、しゃべる余裕なんてあるのかな?」

 

 ゴルカイザーが巻き上げた土砂の中から小石を一個掴み取り、投げ飛ばしたそれを即座に補充しながらそんな言葉を口にする。銃でなら人を一撃で殺せるが、相手が混乱し、怯えた方がポケモンの動きは鈍りやすい―――つまり死なず、生きていてくれた方が一掃しやすいのだ。それを理解し、ダイゴは殺さず、淡々と始末する為に手順を取って行く。小石を投げてトレーナーの目を潰し、怒りをあおりながら的確にゴルーグに削り殺させる。

 

「ひっ―――」

 

 それに気づいた冷静な敵は既に配置し、噴煙の中に隠れる様に身を潜ませているメタグロスがテレキネシスで逃げられないように浮かべ、そしてゴルカイザーがコメットパンチで消し飛ばす。冷静に考えることが出来る人間がいなければ、ただのハンティングゲームだ。邪魔して、煽って、そして的確に穿って殺す。逃げようとしている者はなぜ逃げられないのかが理解できず、そのまま狩り殺され、そこで乱れた足並みを集めて更にもう一度穿つ。

 

 ただそれだけの繰り返しの()()

 

 そうやって五分も経過すれば、四十を超える数がいた精鋭の団員達も、もはや数を残すのは片手で数えられる程度に減る。そこまで来ると戦意を残すものはおらず、目を瞑って祈る姿もあれば、泣きわめいて発狂しそうな姿も見える。だがすべてに共通するのは一つ―――これから、生きるという可能性を一切見出す事が出来ないという点だ。そしてそれは正しい。まだ生きているのであれば最後の一人まで終わらす―――その意思に変化はない。

 

「―――おっやぁ、ツワブキんちのダイゴくぅーん、まだ終わってないのはちょっとかっこ悪いんじゃなぁーい?」

 

 作業を続行しようとしたところで、ダイゴの耳にオニキスの声が届く。その登場にダイゴは一切振り返る事はなく、その必要性すらもなかった。心配なんて感情を抱くことはありえないし、安心する事もない。ただ淡々とした思考で、ダイゴはオニキスが作業を完了させている、という事だけを理解していた。

 

 そしてそれは正しい。オニキスが相手した団員の数はダイゴのそれよりも多いが、心が完全にへし折れたり発狂した人間は見逃している為、処理が早く終わった、それだけだった。ダイゴの様に数を0にすることを目指さない分、それだけ早く終わる―――とはいえ、それでも隣に浮かんでいるメガスピアーを含め、返り血の一つも浴びていないのはあまりにも不気味すぎる事実だろう。

 

 そうやって歩いてえんとつやまの頂上へと上がってきたオニキスがダイゴの横へと並び、

 

 ―――その並ぶ姿はもはや地獄の使者が二人並んだようにしかマグマ団やアクア団の平団員には見えなかった。

 

「今終わる所だよ」

 

「手を貸すか?」

 

「必要に見えるかい?」

 

「じゃあ俺は先に行かせて貰うぜ。好きなだけゆっくりして行けよ、その間に終わらせておくから」

 

「言ったなこいつ」

 

 そう言うとオニキスがメガスピアーを連れて団員の間を抜けて行くように歩いて更に奥へ、えんとつやまの更なる火口付近へと向かって移動する。ダイゴとオニキスの方針という意味では決定的に食い違う部分がある―――だが悲しき事か、どちらも分別のある大人であり、その基本的な思考は一緒だ。

 

 ―――自分でやったこと、選んだ事は自分の責任だ。始めたら最後まで自分でやれ。

 

 故にダイゴは生き残りを残す事を甘いとは言わないし、何かあったらそれはオニキスの不始末だというし、オニキスはダイゴのやり方を甘いとは言わない。殲滅した結果恐怖が広がらなくてまた活動が再開してもそれはダイゴの不始末だと言う。決定的な部分で相容れない所があるが、それを含めてチャンピオンという生き様に関しては、

 

 お互い、尊敬しあっている。故に交わらなくてもそれはそれで別にいい。方針が違っていても冗談を言う事は出来るし、同じ釜の飯を食うことだってできるし、ポケモンで盛り上がる事は出来るし―――勝つことだって出来る。誰よりも互いは敗北する事がない。そう信じているからこそ、互いに干渉を行わず、

 

 オニキスは誰に邪魔される事もなく、堂々と動くこともない残った団員達の間を抜けて、ボスの処へと向かって。そしてダイゴは宣言した通り、自分の責任を果たすために残りを全て始末しようとして、

 

 自身へとめがけて放たれただいもんじを、ゴルカイザーに防御させた。片手でダイゴを守る様に伸ばされた手がだいもんじを掴み、それを大地へと叩き潰す様に消し去った。僅かな炎の残滓がダイゴの髪と頬を撫でる。

 

「―――ヒョッヒョッヒョ……さすが最硬のチャンピオン、まるで効いてませんね。これちょっと勝ち目あるんだろうか……? あの、カガリさん? なぜ目を輝かせているんですか」

 

「……エクスペリメント……チャンピオン……どこまで……耐えれるか。これは……イけそう……!」

 

「こまけえこたアいいんだよ! 硬くてもぶっとばしゃあいいんだろ」

 

「相方がコレで不安になってきたわ……」

 

 褐色のアクア団の女、そして太ったマグマ団の男が状況に対してよりも一緒に行動している仲間に対してそんな感想を送っているらしい。こんな状況なのに場違いな、軽いとも取れる雰囲気に対して、安全に絶望しているわけでも楽観しているわけでもないのはダイゴに見て取れた。それ故にダイゴは一回、ふむ、と言葉を吐いてからネクタイに軽く触れて、そしてゴルカイザーをボールの中へと戻した。

 

()()()()()()()()()()()かな?」

 

「えぇ、ここで死ぬのはごめんですし、ボス達を守る方法はただ一つ―――ポケモンバトルで延々と時間を稼ぐことでしょうからね。徹底してはいますが、それでもチャンピオンだ。ポケモンバトルという枠の内ではその神聖さを穢すような事は絶対避けるでしょう」

 

「加えて僕の基本的な戦術は持久戦術だからね。ステロ、まきびし、すなあらし、多重展開しながら耐えて耐えて耐えて自滅させるのが僕の十八番だからね。良く調べているよ。無法者ならともかくトレーナーとの勝負なら僕は無駄に命を奪わない……その代わりに敗北したら捕まってもらうけどね。あ、逃げたら殺す」

 

「これだからチャンピオン(キチガイ)とかいう生き物は……」

 

 巨漢の褐色の男が首を傾げる。そしておぉ、と声を漏らす。

 

「つまり勝てばいいんだな!?」

 

「エクスペリメント……!」

 

「駄目だ、勝てる図が見えない。こいつら連れてきたの誰だ」

 

「私達だよ……」

 

 褐色の女と太った男―――アクア団幹部イズミ、そしてマグマ団幹部ホムラが揃って溜息を吐く。それに合わせる様にダイゴが先発用のポケモンが入ったモンスターボールをその手の中に握り直す。それを見て、若干ふざけていた残りの幹部の表情から笑顔が消える。それをダイゴは確認しつつ口を開いた。

 

「さて―――ルールはどうする? シングル? ダブル? トリプル? ローテーション? どれでもいい、かかってくると良い。もう二度と立ち上がる気概を奪うからね。ポケモントレーナーとして、ね」

 

「ハッハッハッハ! コイツは楽しそうな奴だ! もっと早く喧嘩を売りに行けばよかったぜ!」

 

「ウシオォ……」

 

「と、いう訳で一番乗りは俺だ!」

 

 アクア団幹部、ウシオが前へと出る。それに合わせてダイゴの目つきが鋭くなり、そして今までとは違う、バトルを戦う者としての気配に自身を変質させる。先ほどまでは戦争、ここからはバトルだ―――神聖なポケモンバトル、決闘に殺しはご法度だ。故に細心の注意を払いながら、

 

 全力で蹂躙する。

 

「さて、それじゃあポケモンバトルを始めようか。悪いけど……昼食を早めに取りたい気分なんだ今日は」

 

「じゃあさっさと終わらせて昼食にしようぜ―――お前の敗北でなア!」

 

 ダイゴ対アクア団・マグマ団合同幹部四連戦―――開始。




 鬼畜ダイゴマン。チャンピオンは大なり小なり唯我独尊な部分あるというかやっぱまともじゃねーわこいつら。

 という訳で次回、我らの主人公視点に戻ってvsマツギリ戦。


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vs マツブサ&アオギリ

「さて―――追い詰めたぜ、御両人。サクっと諦めて捕まる事をわずかに残った親切心からオススメする」

 

 えんとつやま、火口付近最奥―――そこには火口直上へと突き出た岩が存在し、機械が設置されてあった。記憶が正しければそれに隕石をセットする事によって火山をどうにかすることが出来る、という内容だったはずだ。或いは自然エネルギーを刺激してグラードンとカイオーガを呼び起こさせるだったか? どちらにしろ、まともではないのは事実だった。それだけは絶対に止めなくてはならない事だった。

 

「アオギリ……ここは共同戦線を張りませんか?おそらく一対一では絶対に勝てない相手でしょう」

 

「あぁ、見えるぜ。殺された部下共の怨念を背中に引きずりながらも一切屈服しねぇ化け物の姿が……こいつはヤクいぞ」

 

「おいおい、通りすがりのチャンピオンに対して酷い言葉だなぁ、お前ら―――まぁ、ギンガ団もフレア団もプラズマ団も全て皆殺しにしてきたからな。間違ってないぜ。()()()()()()()()()()()()()()つもりだからな。アカギもフラダリもゲーチスもぶっ殺してきた。そうするのが一番早いからな」

 

「各地方の大組織の首領ですか……完全に死神のそれですね、貴方の行動は」

 

「恐ろしいか? あぁ? 恐ろしく見えるか? んン? そりゃあつまりお前の中に()()()()()()()()()って罪悪感が残留しているって証拠だよ。俺は悪い事は言わねぇ。俺自身が昔、ロケット団で派手に犯罪やりまくってた分、ある意味寛容だ。今すぐカイオーガとグラードンを蘇えらせる事を諦めて、普通の環境団体に移れ―――無駄に絶望しなくて済む」

 

 グラードンとカイオーガ。この二体の伝説のポケモンは調べれば調べる程絶望できるポケモンだ。自然エネルギーを求め、力を求めて()()()()()()()()()ポケモンだったのだから。つまりグラードンとカイオーガが争うだけでそれだけの被害が生み出される可能性がある、という事だ。やはり伝説のポケモンだ。ジョウトのホウオウは無限の命を持つから伝説と呼ばれた。ジョウトのルギアは海においては最強の守護神だからこそ伝説と呼ばれた。強さや方向性はまるで違えど、グラードンとカイオーガも伝説だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、そういう事に特化した伝説のポケモンだと解釈している。

 

 あえて分類するなら()()()()とも呼べるジャンルかもしれない。

 

 それをマツブサもアオギリも知らない―――そしてそれを説明しても理解できないだろう。故に最初から説得できるとは考えていない。殺す事が一番の慈悲だ。追い求めた希望が最悪の絶望だった時の落差、それは簡単に人の心を殺すだろう。そこに到達する前に殺す―――理想を追いかけた人間を救ってやるのもまた、仕事の一つかもしれない。

 

「仕方がねぇ……3:3で組んでポケモンを出し合うか」

 

「ダブルバトルが出来るほど器用でも息を合わせられる訳でもありませんし、妥当な所でしょうか」

 

「ポケモンバトルを挑むか、(チャンピオン)にそれを断る事は出来ないな―――戻れ、スティング」

 

 ボールの中へとスティングを戻しながら、ポケモンが戦えるように後ろへと下がり、スペースを作る。これによってマツブサとアオギリが機械へと触れるチャンスが生み出されたのだが、二人はそれに走り寄るような事はしなかった。勝負をすると決めた以上、絶対に勝負して勝つ。正々堂々としてポケモントレーナーらしい振る舞いを当たり前の様に行っていた。

 

 ―――それが出来るから誰かを殺すのは辛いのだ。

 

「幕を開き蘇れ決戦場! ここに決戦の理を宣言する! ルールは変則6:6のミックスドシングル、手持ちは初期公開せずに持ち物・選手の重複を禁止し、いかなる状況でもトレーナーへの攻撃は卑怯者の行いとして処罰に値する! 以降、この戦いはポケモン協会により裁定された最新レギュレーションに従うものとする!」

 

 決戦場の異能が軽い風と威圧感によって駆け抜けて行き、火口に広がる。確かに体を蝕む見えない重圧と緊張感がこの戦いが決戦であると宣言していた。逃亡は出来ず、ルールはほぼ、公式戦のそれとは変わりはない。つまり、いつも通り全力で戦えばいい。この勝負が終わるまではマツブサもアオギリも、変な事は一切出来ない様にルールによって縛られた。今から機械へと向かおうとしてもペナルティが作動し、妨害されるだろう。

 

 だからと言うべきか、マツブサがメガネを軽く調整しながら前へと出た。

 

「アオギリ、解析は私の方が上手です。序盤は任せてもらいましょう」

 

「終盤の爆発力と防御力なら俺のが上だ。要所で俺が守りに入る」

 

 こちらもボールを片手に待機し、マツブサとアオギリが話し合うのを静かに待つ。その間、ボールベルトの新しくジョウトから取り寄せた二つのボールへと視線を向け、そしてまた別のボールへと視線を向けてからマツブサとアオギリへと視線を戻した。

 

「……ナタク、スティング。お前らは今回休みだ―――お前らが一体誰とスタメンの座を争おうとしているのか、それを見て、学べ」

 

 返答はない。しかしマツブサとアオギリも相談を終えたようで、マツブサがアオギリの一歩前へと出る。それ以上言葉は必要なく、マツブサと目が合った瞬間、それがポケモントレーナーとしてのバトルの合図になる。後ろへとバックステップしながらボールを前へと放つ。

 

「黒尾、君に決めた!」

 

「行けぃ、グラエナ!」

 

 シンクロメガ進化が発動し、黒爪九尾に進化しながら黒尾がフィールドに降り立った。その存在で観客(野生のポケモン)を魅了し、決戦場に蓄積されるボルテージを上昇させる。それに合わせる様にグラエナが唇を噛み千切り、精神的な干渉を気合いで乗り切るのが見えた。根性入っているじゃねぇか、と軽く見直し、すかさずきつねだましによる先制攻撃が入る。

 

「戻れグラエナ!」

 

「このタイミングで差し込めばいいんだろ……!」

 

 きつねだましを外す様にグラエナがボールの中へと戻され、それと入れ替わる様にベトベトンの原生種が出現した。きつねだましを受けるとその流体のボディで衝撃を拡散させながら、流れる様にボールの中へと戻って行く。それに合わせ、マツブサが前へと踏み出し、

 

「グラエナっ!」

 

 再びグラエナが出現する。二回目の威嚇の発動に黒尾の攻撃力が大きく削がれる。此方の戦術に似たサイクル戦を挑まれているのが今ので良く見えた―――即席だが良いコンビネーションをしている。そこがトレーナーとして、ちょっと嬉しかった。

 

 どんな相手だろうと、悪い奴だろうと、相手が強くて、そして良い動きをすると―――嬉しくなってしまうのはやはりポケモントレーナーとしての抗えないサガなのだろう。

 

「ですが残念、私は先発なので居座らないのが仕事なので」

 

 すてぜりふを吐いて黒尾がボールの中へと戻って行く。合わせる様に次のボールが手の中に飛び込んでくる―――握るのはシドのボールだ。

 

「シド!」

 

「Yea! Yes! Ye―――s!」

 

 ギュイィィン、と音を響かせながらシドが登場する。登場と共にほろびのメロディを響かせ、グラエナに死のカウントダウン4を刻む。殺意に紛れる様にトリップワイヤーを設置し、攻撃を行う存在の体力を削る罠を設置完了させる。だがそのまま交代せず、ばくおんぱを放った。空気を震わせる一撃が大気を伝わり、一気にグラエナへと叩き付けられる。

 

「マツブサァ!」

 

「いいえ、このポケモンは攻撃力に乏しい!」

 

「Oh……バレちゃいましたか―――デスが」

 

 ばくおんぱが決戦場に鳴り響いた―――観客が盛り上がる。

 

 ギタープレイの音が決戦場に響く―――エコーする様に響く音がライブを更に盛り上げさせる。

 

 音が絶える事無く鳴り響く、テンションが一気に最高潮まで引き上げられる。

 

 シドの役割は死のカウントダウン付与による居座り型に対するメタと流し性能だけではない―――決戦場に対するリソース供給と観客へのアピールもある。忘れてはならないのはポケモンバトルが競技というジャンルである事だ。上の戦い程全国区で目撃されるものであり、観客を退屈されるバトルには意味はあっても価値はないのだ。故に音楽、芸能という方向性で一気に決戦場に多重にリソースを供給でき、なおかつ観客に対してアピールできるシドの存在は非常に希少だ。

 

「リソース供給の時間デス!」

 

 グラエナが放ってくるほのおのキバをすてゼリフによる下降分で耐えながら、シドをボールの中へと戻す。入れ替わる様に次のボールを手の中に握る。そうやって握るボールがほんのりと熱くなってくる。それによって確認するまでもなく、誰のボールを握っているのかが解る。故にボールを後ろへと引く。決戦場に蓄積された殺意が伝説の鳥ポケモン・ホウオウの加護に反応し、加熱する様に燃え上がる。ボールが炎の様に熱く、加熱し、燃え上がる。

 

 だが不思議と異能を制しているからか、全く痛みはない。

 

「―――久々の戦闘だ、気合いを入れろよ、アッシュ―――!」

 

 加熱と共にアッシュの姿を一気に前へと叩きだした―――姿は変わりない。新種である常時メガ個体のメガリザードンZ、特殊攻撃の方面に特化したそのポケモンは灰色のポケモンだった。その眼にはギラギラと戦意を宿しており、天賦としての圧倒的プレッシャーと覇気をその身に纏っていた。

 

「さあ、教えてやるぞ、マツブサ、アオギリ。貴様らが蘇らせようとしたポケモン、そいつらが持つ特性の片鱗をな」

 

「貴様、まさか―――!」

 

 決戦場に降り立ったアッシュの存在と共に空間が震える。空気が一気に湧き立つ。幻聴ではなく実際にドドド、と地響きのような音が鳴り響くのが聞こえて来る。そしてそれと共に、光が天に生まれた。暖かく、そして穏やかな陽射し―――それが殺意と入り混じる。それによって暖かな陽射しは変質する。明るく、黄色に天を染め上げる。優しかった陽射しは一気に強く、燃え上がる様に、温度そのものを一気に引き上げる様になり、そしてその熱だけでジリジリと露出した肌を焼き始め、その場にいるだけでも息苦しくなってくる。

 

「グルゥァ―――ァ―――ァ―――ォ―――ォォオオ―――!」

 

 アッシュが吠えるのと同時にそれは完成された。それは絶望の象徴だった。それは本当の解放では死を意味する劇毒だった。それはあらゆる草木を枯らしながら人類から()を奪う許してはならない力だった。競技という領域に落とす事によってはじめて、地上で運用する事が許された絶対的な絶滅の力だった。

 

お わ り の だ い ち

 

「―――伝説のポケモングラードンのメガ……いいえ、ゲンシの力、終わりの大地よ、総統さん。本来の世界規模のを縛って縛ってバトルフィールド規模にだけど完全に再現したものよ。どうかしら? この邪悪な光、とても美しく素敵だと思わない? おかげで私の弱点が一つ減ったのよね。さて、見てるかしら後輩共?」

 

 にやり、とアッシュが笑みを浮かべた。

 

「今回は特別にジョウトから呼ばれてきたのだから、先達で天賦らしい圧倒的暴力というものを私()が見せてアゲル……!」

 

 完全に動きの止まったマツブサを前に、アオギリがその体を退ける様に前に出る。

 

「クソ、やはり最恐のチャンピオン……!」

 

 アオギリの言葉にげらげらと笑い声を零しながらアッシュを前に構えた。

 

「言っただろ? ダイゴ程優しくはないって。悪いがこのままその心をへし折って蹂躙させてもらうぜ」

 

 げらげらと笑い声を決戦場へと響かせる―――ポケモンバトルはまだ始まったばかりだ。バトルを挑めば命だけは助かる。そんな甘ったれた考えを、

 

 その心を折る為に徹底的に蹂躙する―――これはケジメなのだ、オニキスという唯一結末を知っている男の。だから成さなきゃならない。その為には、

 

 一切の良心を捨てる事なんて容易い。




 という訳でvsマグアク団のトップ&ジョウト組が二体、このバトル限定加入ですわよ。そりゃあスタメン候補としてほかの地方にいる間も名前を残しているんだから、

 それ相応の実力と育成施されていますよ、という話

せんしゅしょーかい
アッシュ
 一期の読者には懐かしい存在。メガリザZとかいう新機軸。XYの後のZの発売はどうしたんでしょうねぇ……ひでり上位ということでおわりのだいちを引っ提げて遠征しに来た人。歳を少しだけとって、大人しくなるどころかパパ(オニキス)に増々似てきた子。好きな事は相手の心を折る事。


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エースの貫録

「透けて見えるぞ―――手に取る様に解るぞ、お前の絶望がなぁ!」

 

 グラエナがマツブサのボールの中へと戻り、それと入れ替わる様に前に出ていたアオギリがモンスターボールを放つ―――その中から登場するのはサメハダーの姿だった。苦虫を潰したような表情からアオギリがそのポケモンを繰り出さざるを得ない状況だったのは目に見える事だった。亜人種のサメハダーは登場し、大地に両足で立ち、シンカの光に包まれる。その姿はアオギリの持つメガイカリと共鳴し、姿をメガサメハダーへと変化させる。

 

 が、

 

終 わ り の 大 地 が 水 分 を 蒸 発 さ せ る

 

「かっ―――」

 

 場に出た瞬間、メガサメハダーがまるで酸素を求める様に首を、そして体を押さえ、苦しむ。競技レベルに落とされている為それで即死する事も即座に瀕死になる事もない。だがこの特性、終わりの大地は本来ゲンシグラードンという古代の怪物が保有する特性となっている。そう、世界を亡ぼすことが出来るレベルの能力だ。その能力はシンプルに水分の完全蒸発だ。ゲームという環境内では水技の発動完全阻止だったが、

 

 果たして水分の蒸発というレベルに達する為に必要な温度はいくつだろうか? 理屈で言えば100℃以下でも水分は蒸発する、蒸発し続ける。ひでりによるひざしの強い状態になれば水技を半減させるほどの高熱が発生する―――だが終わりの大地はそれを更に極悪化させたものだ。水分の瞬間蒸発。それが水技の完全封印という現象に対する答えだった。ひでりでさえ真夏の猛暑日の様な超熱帯になるのだ。

 

 終わりの大地クラスとなるともはや拷問を超える。水は蒸発し、草木は枯れる。まさに大地に終わりを与える為の特性としか表現のしようがない。水ポケモンにも、そして草ポケモンにも、この終わりの大地に立つのは拷問を超える苦しみとしか表現のしようがないだろう。

 

 ―――それを天賦とメガ個体の才覚を経て、アッシュは再現した。

 

「エースならこの程度こなさないとね」

 

「ッ、戻れ!」

 

 陽射しが凄まじい状況、ソーラービームに必要なエネルギーは一瞬でチャージを完了させ、更に過剰な日光の供給により強化すら果たされる。一瞬で戻された苦痛に喘ぐメガサメハダーの代わりに、ベトベトンが受けとして繰り出される。その姿にソーラービームが叩き付けられ、一瞬でベトベトンが瀕死に追い込まれ、倒れる。アオギリがそのダメージに歯を強く食いしばり、

 

 マツブサが前に出た。

 

 そうやって前に出たマツブサの雰囲気が一変していた―――端的に言えば()()()()()()()、とでも表現するべきなのだろう。だがそれに気づくことなくタッグ相手が復帰した事のみを理解したアオギリが後ろへと下がり、マツブサと場所を入れ替えた。それに続くようにマタドガスがボールから繰り出された。

 

「……マタドガス―――爆裂なさい」

 

 マタドガスがだいばくはつの光を見せる。それに素早く反応し、アッシュをボールの中へと戻しながら、殺意を込めて、

 

 ―――結ばれた主従の絆でボールを手元へと手繰り寄せた。

 

 バチバチと竜のオーラが弾ける。戦意が込められた殺意と反応を起こしてボールを震わせる。もはやそれが手を傷つける様な未熟な事はない―――そのまま、止める事もなく、ボールを前へと向かって繰り出し、その中で出番を待ち望んでいた姿を繰り出す。叩き出された姿は王の盾を前に突き出す様に登場し、放たれただいばくはつを一瞬で完全に無効化しながら着地し、それによって生み出された埃を右手で握る剣で切り払い、

 

 咆哮した。

 

蹂 躙 開 始

 

「―――」

 

 彼女の―――サザラの口から言葉は出ない。こだわりスカーフを首に巻いて出現した彼女はその凶暴な種族値と天賦の才覚を合わせ、ありえないほどの速度で常に先手を奪い、そして叩き潰す事を宣言した。そこにもはや言葉はいらず、アッシュの置き土産である終わりの大地の中、一人でその中心に立ちながら残りを全抜きする事をその気迫だけで宣言していた。

 

「舐、めるなぁ―――!」

 

 アオギリがその挑戦状にキレた。それに対して放ったのは―――メガサメハダー。アオギリのその気迫を受けてかメガサメハダーに海王の気質が侵食する―――終わりの大地による干渉を軽減し、最低限の苦しみで大地に立った。だがそれを一切気にする事もなく、サザラが空へと向かって王の盾を投げ捨てた。左足で踏み込み、左半身を前に倒す様に剣を後ろへと構えた。刀身に光が宿った。

 

 エース対決に決戦場が震えあがる。頂点にして最強のエースの自覚が君臨者として絶望を心に刻む。タイプワイルドが黄金の剣に刻まれ、殺意に染まって七色の極光が反転する。

 

ダ ー ク エ ッ ジ

 

 ダーク属性の一撃が希望を欠片も残さず根こそぎ奪い去ってメガサメハダーを瀕死へと叩き込んだ。悪竜の女王の矜持がさめはだを握り殺した。決戦場に悪竜の女王を称える竜達の声が木霊し、その体力を回復させる。

 

「―――さあ、次だ」

 

「がっ、ぐ、ぐぅ―――」

 

 アオギリがクロバットを繰り出した。良く育成された、リーグでも通用するレベルのポケモンだ。そしてクロバットであるという事はそのポケモンにそれだけの愛情が注がれたという意味でもある。だがそれを一切気にすることもなく、王の盾が落下してくる前に、二発目のダークエッジが放たれる。悪竜の女王がその才覚で優先度の概念を握り潰し、純粋な速度勝負に持ち込む。

 

 こだわりスカーフの後押しを受けて最速で闇の技を叩き込む。

 

 ―――クロバットは倒れた。

 

「なんだこいつは、次元が……違いすぎる……」

 

 アオギリが震える手でクロバットをボールの中へと戻しながら、撃破するたびに回復し、そして強化されてゆくサザラの姿に恐怖の表情を見せ始める。そんなアオギリの様子が伝播したのか、次に出現するグラエナは気丈にもアオギリを守ろうとその前に立つが、サザラの一撃で一瞬で倒され、ボールの中へと戻された。

 

 アオギリには戦えるポケモンがもういない。それはつまり、

 

アオギリ は めのまえが まっくらになった!

 

「クソ……がっ……」

 

 強制的な敗北感がアオギリの心を蝕み、決戦場から解放されながら目の前を真っ暗にし、それがアオギリを大地に倒した。モンスターボールを片手で握った状態、体に気力を込めて立ち上がろうとしているのが見える。それでもそのアオギリの意志に反する様にその体は一切動かず、アオギリは動けなかった。

 

 落ちてきた王の盾、キングシールドを左手で装着する様に掴みながら、サザラが右手の剣を真っ直ぐ正面へと向けた。挑発する様な視線をマツブサへと向けるが―――何も口にしない。それはただただ簡単な事だった。()()()()()()()、というサザラの勝手な判断、それだけだったのだ。だけど状況を見れば、誰もが解る―――アオギリもマツブサも、チャンピオンと決闘を行うだけの実力がある訳ではなく、その資格を持たぬものだったと。

 

 見るものが見れば、もはやサザラの姿は悪鬼としか映らないだろう。

 

 ここまでくれば詰みだ。ここから巻き返す方法はほぼ存在しない。その為、マツブサをもう恐れなくてもいい筈なのだが―――そうも行きそうになかった。不気味に動きを止めるマツブサは対応する様にモンスターボールに手を伸ばし、手に取り、そして動きを完全に停止させた。

 

 ―――その顔に、紋様が浮かんだ。

 

「く、ふ―――」

 

 マツブサの口から不気味な笑い声が漏れる。それは先ほどまでのマツブサからは決してありえない、まるで異次元の生命体を見るもののような感覚だった。だがその正体も、マツブサの顔に浮かび上がった顔の紋様を見れば一瞬で氷解した。明るく浮かび上がる光の紋様はとあるポケモンの体に刻まれたシンボルだった。

 

 その名は、グラードン。

 

「サザラ―――!」

 

 終わりの大地が原因―――という訳ではなさそうだ。或いは敗北しそうな事がトリガーだったのかもしれない。マツブサとアオギリが消えれば蘇れない―――その事実に対して歯車が動き始めたのかもしれない。そう判断し、一番信頼を置くエースに敗北させる様に指示を繰り出す。その指示を誰よりも現実へと変える力を持ったポケモンが左足を踏み出し、剣を振るう為に構えた。反応する様に正面にグラエナが出現する。マツブサの姿にグラエナが困惑し、その一瞬を突いてサザラの一閃が入る。出現したばかりのグラエナがいかくを入れる事すら出来ずに倒れる。

 

 これで残り一体―――追い込んでいるはずが、そう思えなくなってきた。嫌な感覚だ。

 

「これで最後―――」

 

「トレーナー……? 大丈夫ですかー……?」

 

 マツブサのボールから放たれたのは亜人種のバクーダだった。だが彼女も何か感じるものがあり、バトルを放棄する様に此方へと背を向けて、マツブサへと視線を向けた。それを受けてもマツブサは無言でメガメガネを輝かせ、バクーダナイトと共鳴させる。バクーダの姿がメガバクーダへと変化し、

 

「あっ、あっ―――」

 

 マツブサの紋様がメガバクーダにも浸食した。それに素早く反応し、キングシールドを蹴り飛ばし、メガバクーダの動きをその打撃で止めながら前へと踏み込み、ダークエッジをメガバクーダへと素早く叩き込み、それ以上の変化が発生する前にメガバクーダを倒し、ボールの中へと蹴り戻した。

 

「さ、これで私達の勝ちよ」

 

 後ろへとステップを取りながらサザラが距離を開けた。その動きは警戒の動きだ。勝負に負けたマツブサは敗北感をその心へと流し込まれ、

 

マツブサ は めのまえが まっくらになった!

 

 強制的に敗北して倒れる―――そのはずだったが、マツブサはメガバクーダをボールの中へと回収し、そこからまるで幽鬼の様に動かず、此方へと視線を向けていた。

 

「おいおい、大丈夫か? 目的がポシャッた事にショックを受けて頭をおかしくしたか?」

 

「……」

 

 マツブサに返答はない。嫌な予感しかしない―――ポケモンバトルという手段を取った手前、なるべく殺人に手を出したくないのは事実だ。マツブサとアオギリは危険人物だが、更生の余地がある事は既に理解している。だからなんでも殺してそれで解決……という訳には出来ない。しかし今、こうやって見るマツブサは自分の全く知らない展開、そしておぼろげに理解できる状態へと突入している。故に意を決し、口を開く。

 

「―――グラードン……か……?」

 

 その名を口にした直後、マツブサから鋭い視線と、殺意の入り混じった眼光が此方へと向けられる。直後、即座に殺す事を判断する。そしてその命令を下そうとして、マツブサへと向けさせようとしたサザラを素早くボールの中へと戻し、

 

「メルト!」

 

 後ろへと向かってメルトを放った―――直後しんそくの黒い巨体がメルトと衝突し、両者が弾かれた。メルトをボールの中へと戻しながら、入れ替える様にスティングを繰り出す。視線の先に存在するのは黒いウインディ、

 

 ―――そしてその向こう側にはぼろぼろのローブ姿のトレーナーと、フーパの姿が見えた。

 

「てめぇ……俺の邪魔をしたな……!」

 

「……」

 

 トレーナーは答えない。だがウインディを横に戻し、そしてその隣にフーパを浮かべている事が答えの全てだ。逃げられない様に決戦場を即座に展開しようとしたところで、

 

 フーパの輪っかが出現し、輝く。

 

「お・で・ま・し!」

 

 光る輪っかの向こう側から暴威が放たれる。それと同時に一瞬で体力を根こそぎ奪われるような感覚を覚える。ふら、っと体が揺れるのを気合いで留めれば、輪っかの向こう側から出現しようとするポケモンの姿が見えた。

 

 それはまるでYの字の様な形をした、巨大な命の悪意の塊だった。

 

「―――悪意と能力だけを育成された野生の伝説だ。存分に味わって死ね」

 

 変声機を通しているのか、トレーナーの声は機械的なものだった。だがそれだけ言葉を放つとフーパの別の輪っかの中へと潜り込んで逃亡する。だがそんな事よりも状況は今、出現しつつある伝説のポケモンに対する対応だった。軽く後ろへと視線を向ければ、マツブサの姿は完全に消えていた―――逃がされてしまったのだろうか。

 

「チ……クソ……デスウィング……!」

 

 Yの字の伝説―――イベルタル、そのポケモンが持つ最悪の奥義を思い出し、唾を吐き捨てる。

 

 デスウィング、

 

 それは無差別なドレイン能力―――そして石化能力。

 

 どうしてこんな状況になってしまったのか、それを叫びたかった。




 これが完成されたエースというものであった。ナタっちゃんもスティングちゃんもその領域にはまだまだという事である。ともあれ、謎のトレーナーのせいでまっつん逃亡、

 次回、vsイベルタルくんで、えんとつやま死す。


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vs イベルタル

 ―――ポケモンバトルに欠かせない概念のひとつで”メタ”というものがある。

 

 メタ構築、メタ戦術、メタパ―――つまりは特定の対象に対して必勝の方法を用意するというやり方である。これを卑怯だという人間もいるが、そんな事はない。メタとはポケモンバトルを行う上では絶対に欠かす事の出来ない要素であり、ポケモンバトルの基本とはまずメタに始まるのだ。それを教える為のジムであり、それに頼りすぎない事を教える為のジムでもある。メタとはポケモンバトルでのパーティーの構築を考える上では絶対はずせない要素となっている。

 

 水ポケモンと戦うから電気タイプ、電気技を使う―――言ってしまえばこの時点でメタ構築は始まるのだ。故にまず最初は好きなポケモンを据えて、それを基本にメタを考え、そうやってジム戦を勝ち抜くことでポケモントレーナーはどうやって戦うのかを覚える。今もそうだ。たとえばエースにして中心が炎タイプなら、それが苦手な水タイプ対策に電気タイプのポケモンを手持ちに加える。事前に相手がどういうタイプを使うのかが解れば、これぐらいは当然の様にやるし、バトルではそれをやるのが普通だ。

 

 そもそも、ポケモンバトルの環境変化とはメタによって変わるものだった。メガシンカの解禁によって有名になった構築で”ガルゲンガブ”という軸がある。メガガルーラ、ゲンガー、そしてガブリアスを使った構築で、バトルの初心者でも簡単に勝てる様になる、という触れ込みだった。実際、それぞれのポケモンが強く、育成に特化したトレーナーじゃなくても高い能力を発揮する事ができた。だがこうやって一つのパーティーが完成してくると、それに対抗するメタ構築が完成する。それによって違う種族のポケモンがトップメタに躍り出て、

 

 その対策に新たなポケモンが台頭する―――こうやってバトルの環境は流動し続ける。

 

 そして停滞し始めると基本的にマイナーなポケモンを使役する一点突破型のトレーナーが出現し、環境に風穴を開けて行く。そうやってメタばかりの環境は壊されるものだが―――結局のところ、そこもメタによって王位は崩される。

 

 メタ、どこを見てもメタ―――だが間違ってはいない。結局のところポケモンバトルは勝利を目指す為の競技であり、勝者こそが正義の世界なのだ。強い者程その変化には敏感であり、ポケモンを入れ替えなくても能力や技、特性という形で環境への対策は仕込んでおく、という手持ちが不動のパーティーに対しては良く見られる形だ。そしてどんなポケモンに対してもメタが存在する様に、

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 オニキスというポケモントレーナーの技術、伝説殺しとは即ち()()()()()()なのだ。6vという実数値を理解する。ポケモンに備わった種族値を理解する。そしてポケモンに溜めこまれた努力値を理解する。その上で覚える技、レベル、タイプ、特性、そしてどういう設定を保有しているのかを把握する。事実、実機プレイヤーと呼べるポケットモンスターのプレイヤーの大半は気になればWIKIか図鑑でも見て、伝説のポケモンの生態や設定を調べたりするだろう。

 

 或いはこんな裏話もあったのだ、と楽しむ事もあっただろう。

 

 伝説殺しとは即ちその知識をベースに、存在そのものに対してメタを張るという技術になっている。プレイヤーが厳選する為に行う作業を等身大に反映する、そうやって作業として伝説を解体する。二十八という脂の乗った年齢になり、オニキスの技術は増々磨かれていると表現しても良い。その手腕も昔と比べれば力押し、物量押しの物から的確に急所を抉り抜くような手管へと進化していると表現できる。

 

 だからこそ、

 

 

 

 

 ―――()()()()()……!

 

 それが某所でヤベルタル神と呼ばれる存在―――イベルタルに対する感想だった。フーパの召喚によってまだ完全な顕現を果たしてはいなかったが、それでも既にそこから出現しようと、大量の生命力をドレイン能力を通して吸い上げ、急速にその力を吸い上げてきていた。スティングを出したまま、ボールの中からナイトを繰り出す。

 

「ゆびをふる、回復封じだ」

 

「チ……それしかないか」

 

 ナイトが指を振るい、その先にあるランダムの運命をチャンピオンの矜持で握り潰し、捻じ曲げて欲しい結果を引きずり出す。指示通りに回復封じが発動し、イベルタルの広域ドレイン能力が封じ込められ―――ない。その勢いは一気に弱まったが、完全な停止とはならない。体から少しずつ力が抜けて行く感覚と共に、まだ翼のみを出現させるイベルタルを見上げていた。そのサイズは目測ではあるが、40m近くはある様に見える。

 

『―――オニキス! そっちはどうした!?』

 

 ポケモンマルチナビからダイゴの声が聞こえて来る。腰にぶら下がっているマルチナビに声を返す。

 

「伝説・イベルタルだ―――死んでもこいつはここで止める。俺が死んだら後は頼んだ」

 

『……解った、任せろ』

 

「っつーわけだ。頼んだぜ」

 

 腰からボールベルトを抜いて、ボールが付いたままの状態でそれをナイトへと放り投げる。それを受け取ったナイトが頷き、倒れているアオギリを片腕で拾い上げる様に回収し、即座に人間には出せないポケモンの速度で急速に離脱する。そうやって残されたのは自分と、スティングだけだ。オボンのみを取り出してそれを齧りつつ、片手でかいふくのくすりを使ってスティングも回復しておき、ありったけのプラスパワー、スピーダーなどのドーピングアイテムを投入して行く。普段は使わないのだが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「ふぅ―――捨て駒になってもらうぞスティング」

 

「―――ヴ、ヴ、ヴ―――」

 

 スティングの羽音が返答になってくる、それはまるで気にするな、と言うかのようだった。

 

 伝説のポケモンイベルタル―――はかいポケモン。それは純粋な破壊を司るポケモンであり、ドレイン、石化、破壊、飛行、巨体、とまるでその為だけに生み出されたかのようなクソの様なポケモンだ。寿命を迎えた時、あらゆる命を奪って繭になり、新生するというまた凄まじいクソっぷりを誇る事がイベルタルの害悪さを加速させる。伝説のポケモンの一匹であるが故に、その戦闘力はざっと見積もってホウオウ、ルギア、ギラティナ―――自分が戦い、そして倒してきた伝説たちと同格なのだろうとは思う。

 

 ただ彼女達とイベルタルで全く違うのは()()()()()()()()()()()()()()()という点にある。

 

 ホウオウは無限の命を持っている。

 

 ルギアは海の守護神として君臨出来る。

 

 ギラティナは反物質と裏の世界を支配する。

 

 ギラティナを除けば直接戦闘力に直結する能力ではない。だがイベルタルはそうもいかない。イベルタルは純粋に命を壊す力を持っているのだ。まずドレインという能力。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。回復封じでドレインを弱体化させても、数がそのままドレイン数に直結するのだから、ボールに入れて持ち歩いているだけでも相手を回復させる手段となってしまう。だがそんな事よりも最悪なのが、

 

 デスウィングの存在だ。

 

 デスウィング、それはイベルタルにのみ許された破壊の奥義―――相手の命を喰らい尽しながら石化させるという徹底的に殺意しか感じさせない技だ。つまり触れるという前提で考えれば受けのポケモンはまずアウトになる。その上でキングシールドやまもるも使えない。そしてイベルタルの数十メートルの巨体を見ればデスウィングの範囲もすさまじいものを持つというのは容易に想像できる―――つまり陸で戦うポケモンは大体アウトだ。飛行しているポケモンでも大体イベルタルの巨体レベルとなってくるとアウトだろう。

 

 そうなると戦いは()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 その場合―――誰を捨てていいか、という判断をしなくてはならない。まず天賦、特異個体、変種は駄目だ彼女たちは替えが利かない。一番身近に、一緒にいるポケモン達は何よりも俺の考えと動きと知識が染み込んである―――俺が死んだ場合を想定すると俺の代わりの情報元として生存していてもらわないと困る。こうやって一つ一つ条件を出して手持ちを排除すれば、

 

 最終的に残されるのがスティングになる。原種ではない。天賦でもない。色違いじゃない。特異個体ではない。固有種でもないのだ。なんでもない、そこらへんにいるスピアー……メガスピアーに進化出来る、それだけのポケモンだ。少し相性がいいだけで、探せばもっと強いポケモンはたくさん存在する。

 

 つまり、ここで捨て駒として使い潰す事が出来る便利な存在だ。

 

「ま、欠片も死ぬつもりも負けるつもりもないんだがな、俺達は。しっかし惜しいなぁ、ダークオーラも悪タイプもなきゃあツクヨミを引っ張り出して全力で暴れさせてやったのに」

 

「えー。今から私を暴れさせてもいいんだよー?」

 

 直ぐ横、空間が割れて幼い姿のツクヨミが出現してくる。嗤ってはいるが、その眼には不安が映っているのが見える―――ギラティナという伝説のポケモンのタイプはドラゴンとゴースト。つまりダークオーラによって強化されたあくのはどうでも叩き込まれれば、伝説レベル同士の戦いであればそれが致命傷になりかねないし、それを耐えられたとしてもその後にデスウィングを喰らったりした―――なんて考えたくもない。保有している伝説のポケモンが絶望的にイベルタルと相性が悪い、というのもまた酷かった。

 

「お前を守りたいのさ」

 

「お、今の発言でちょっと濡れた」

 

「こういう時に下ネタやめろよお前……」

 

 笑い声を残しながら馬鹿(ツクヨミ)がやぶれたせかいへと戻った―――だがその馬鹿な振る舞いのおかげでいい感じに緊張は抜けた。息を吐いて心を落ち着かせて、そして上着のコートを火口の中へと脱ぎ捨てた。帽子が落ちない様にそれを片手で押さえつつ、軽く大地を蹴って、靴の調子を確かめてから空へと視線を向けた。

 

 イベルタルのその赤と黒の両翼が輪っかの端を掴み、それをへし折る様に空間を破壊し、出現する領域を広げていた。どうやらきっかけさえあれば後は道を破壊して勝手に飛び出してくるらしい。何ともはた迷惑な奴だ、ここでどうにかしないと本格的にヤバイだろう。少なくとも犠牲を出さずに勝てる様なタイプには見えない。

 

「が―――そりゃあいつもの事ですよ、っと」

 

 睨む。殺意が籠る。決戦場が展開される。未だ、完全に出現していないイベルタルの存在を決戦場の中へと飲み込み、自分が貴様の敵だ、という宣戦布告を言葉ではなくその気配と気迫と魂の全てで伝える。それに歓喜の声を零す様にイベルタルの咆哮が次元の向こう側から響いてくる。奴もまた、戦いを―――いや、破壊を求めているのかもしれない。

 

「悪と竜だったらシザクロがな……飛行混じりだと虫が等倍で若干辛いな……適応力で基本的な打点を上げれるだけいいか……クソ、もっと後に取っておきたかったんだけどな……」

 

 そう呟き、グラードンとカイオーガ用に用意した二つのマスターボールの内、一つを取り出し、それを左手で握る。口の中はぶつぶつと言葉を止める事なく呟き、常に対抗手段と攻略方法を呟きながらイベルタルから視線を外さない。流石にポケモン一体のみでの伝説のチャレンジは初めてだ。緊張しない、怖くない……そう言えば完全な嘘となってしまう。だがそれでもやる―――殺る。その為にここにいるのだ。

 

 そうだな、と呟き、

 

 スイッチを切り替える。

 

「殺るか、スティング。命、預けろ」

 

「―――」

 

 音による返答はなく、決戦場に殺意が満ちるのを返答とした。その合図と共にスティングは受けた最大限の強化と共に、弾丸の如き速度で音を砕き、イベルタルへと一直線に向かって行った。反応する様に闘争心を刺激する破壊の咆哮が空間を完全に破壊し、次元の裂け目からイベルタルが姿を見せた。一瞬で向ってくるメガスピアーを、スティングを敵だと判断し、その身にダークオーラを纏い始める。

 

「お前は」

 

伝 説 死 す べ し

 

「ここで―――死ね」

 

 殺意が矛に乗った。絶対殺害の意志がスティングの限界を超えてその体を突き動かす。あらゆる命を破壊する存在にスティングの怒りが限界を超えてキレた。今まで奪ってきた命に対する復讐と抹殺を誓った。

 

ぶ っ 殺 す

 

 あらゆる理不尽を伝説殺しが踏み潰しながらスティングに最善の可能性を示す。必殺のシザークロスが的確に悪タイプのみを打ち貫いた。効果が抜群の一撃に強制的な怯みをイベルタルの体に刻み込んだ。

 

ぶ っ 殺 す

 

 怯んだ軟弱者に死を乗せた蜂の針が的確に急所と死点を穿って貫いた。一撃必殺の一撃がイベルタルの生命を蹂躙する―――伝説のオーラが一撃必殺を無効化し、その命を最大の状態へと吸い上げながら一瞬で回復させた。

 

P E N A L T Y !

 

「観客に手を出すとはいい度胸だな、テメェ」

 

 禁忌に触れた愚か者を粛正する為の力がスティングに与えられる。復讐を誓った必殺の一撃がデタラメな軌道から放たれ、イベルタルから回避の概念を奪い必中する。その脳髄に恐怖と怯みを叩き込んで一撃を二連撃へと昇華させる。

 

早 く 死 ね

 

「ほんと、どうにもならねぇなぁ……!」

 

 ペナルティ効果による一撃必殺が付与されたシザークロスが連撃され、イベルタルが次元の裂け目を押し退ける様に落下するのが見える。しかし、その体はまだまだダメージを十分に負っているようには見えない。となると必殺系統そのものが意味がない、と捉えた方がいいのかもしれない。ふぅ、と息を吐きながら一切警戒も思考も緩めず、落下しながらも歪んだ笑みを浮かべるイベルタルを睨んだ。

 

 ―――動かれたら死ぬ。

 

 それだけは直感的に理解できた。故に―――イベルタルを行動させずにこのまま、死ぬまで封殺し続ける。

 

「さあ、始めようか。ポケモンバトルを……!」

 

 それでも笑ってしまう、楽しく思ってしまうポケモントレーナーのサガを、どうか許して欲しいとエヴァに祈りながら、

 

 バトルを始めた。




 殺意の波動のオニキスさんと殺意の波動のスティングさん。二人は殺意キュア。お前はぶっ殺す。お前もぶっ殺す。そしてぶっ殺してからぶっ殺して、更にぶっ殺す。とりあえずぶっ殺す。

 そんな感じの脳内。という訳でイベルタルの殺意を君達も感じてほしい。攻撃を一撃でも喰らったら全滅即死なオワタ式、始まります。


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破壊神・イベルタル

「追撃してそのまま殺し潰せェ!」

 

「―――」

 

「息をする間を与えるな……!」

 

 忠実にスティングがその言葉を実行する。絶え間のないシザークロスの連撃、悪タイプのみを抽出して狙った一撃は全て効果抜群となってイベルタルの巨体に響く。その威力はその巨体を一気に空から大地へと叩き落とすほどにある。先手を取った上での不意打ちと異能のコンビネーションによって放たれた通常のポケモンであれば完全に殺害しているであろう攻撃の連続はしかし、イベルタルを空から落とすという結果しか生み出していなかった。息苦しさを覚えながらそれを精神力で克服し、スティングに追撃の指示を与えた。

 

 空から大地へと叩き落とされたイベルタルの体がえんとつやまへと衝突し、粉塵を巻き上げながらえんとつやまにその巨体のクレーターを刻み込む。しかしそこで一切動きを緩める事も止める事もなく、必殺の毒針を掲げ、それでシザークロスを流れる様に、何十、何百、何千回も繰り返してきたように大地に落ちたイベルタルの体へと貫き通した。衝撃が空気を抜け、パイルバンカーを放ったような轟音が周囲に響き渡る。イベルタルの体に僅かな傷が生まれるが、それは攻撃の動作へと入っている間に徐々に塞がれつつあった。

 

 そしてスティングは徐々に衰弱していた。

 

 イベルタルは何もしていない。戦ってすらいない―――それなのに追い詰められているのは間違いなく此方だった。

 

 ライフドレイン。それが即ちイベルタルに備わった能力だった。そこに存在しているだけで生態系を破壊してしまい、そして一度戦い出せばあらゆる理不尽で敵を蹂躙する。その能力の全ては何かを破壊するという行為に対して特化している―――まさに破壊神の名に相応しい伝説のポケモンだった。今のイベルタルは遊んでいる。自分よりも弱い虫けらが必死に抗う様を楽しんでいるのが良く解る。

 

 既に状況に対してブチギレてはいる―――だからこそ逆に冷静になって考え、最善手を即座に導き出して対応する。だから出来る事はひたすら、スティングを信じ、そして、

 

「―――シザークロス!!」

 

 その命令を繰り出す事だけだった。ペナルティの発動により、決戦場には溢れんばかりの殺意と、そして粛清の権限が備わっていた。ただ伝説という存在相手にはそれも効果が薄い。意味があるのは伝説殺しの業のみ―――だがそれもライフドレインという無限回復状態、そして反撃でデスウィングを喰らう事のリスクを比べればあまり活躍させる事は出来ない。こんな時、ワダツミとカグツチ―――ジョウト地方の伝説の二体が居れば、間違いなく確実に勝てた勝負なのだ。

 

 命を新生し続けるカグツチは石化しても即座に死んで蘇り、自爆特攻を仕掛け続ければいい。

 

 ワダツミはフエンタウンを水に沈めて、そこにイベルタルを引きずり落とせば勝てる。

 

 だがワダツミもカグツチも現在の居場所はジョウト地方だ―――そして伝説種と言うのは基本、ホイホイその土地から動かせるものではない、権限的に考えて。ツクヨミのホウエン遠征も今のところ、チャンピオンであるから、と言うのを理由に許可されている部分が大きい。真面目な話、これ以上ないピンチであるのは間違いがなかった。今、ここで、

 

「限界程度超えられないなら俺と歩む価値などない! バトルの間でもポケモンはレベルが上がる―――なら戦闘中にも育成は可能だ! さあ、強くなれ! それでしか俺もお前も生き残れない!」

 

 シザークロスの威力が上がる。更に重く、そして響く一撃がイベルタルを捉え、更に大地を陥没させた。それにイベルタルは次へと続く何かを見出したのか、ぼうふうを発生させる。イベルタルの周囲を守る様に発生したぼうふう、それを無視し、ダメージを食いしばって無効化しながら更に威力を上昇させたシザークロスがイベルタルに突き立てられた。

 

「―――」

 

「―――」

 

 スティングもイベルタルもどちらも言葉を口から放たない―――だがイベルタルの纏う悪意は上がった。イベルタルに突き立てられた先ほどの一撃、それは治りが遅かった―――それをもって、漸く敵としての認識が始まった。

 

破 壊 の オ ー ラ が 弾 け る

 

回 復 封 じ が 砕 け 散 る !

 

「チ―――」

 

 体に圧し掛かるプレッシャーが一気に跳ね上がる。が、唇を噛んで、その痛みで全身に活力を叩き込みながら前へと向かって走り、視界を確保する為に動き出す。その間に片手を使ってスティングに指示を繰り出し、即座に見切ったぼうふうの安全ルートを通して、イベルタルへとスティングを最速で導く。対応するイベルタルが大地を破壊して飛翔するスペースを無理やり生み出した。火口内部へと直通で空いた穴を通して溶岩が津波の様に吹き出し、それを瞬間的に回避するスティングを狙い打つようにあくのはどうが襲い掛かる。

 

「だらっしゃぁぁぁ―――!! 育成力5段階中6段階評価を舐めるんじゃねぇ……!」

 

 戦闘軌道中のスティングに相性任せで無理やりシンクロして介入、育成力をもって特性を即座に変更させる―――てきおうりょくという火力を確保する手段から、対イベルタル用の特性、()()()()()()()()()()()()()()()()。放たれたあくのはどうはダークオーラによりありえないほどの破壊力を持っていた。

 

 しかし、本来秩序を司るポケモンが持つその特性がその影響を遮断できる。

 

 ―――その特性がオーラブレイクだ。

 

 故に、あくのはどうは目に見えて弱体化する。完全ではない。波動として広がる一撃に回避する場所はない。故にスティングはそれを受けるしかない。スティングの目を通してそれを見ることが出来る。ポケモン達は何度も何度もこんなものをバトルで受けているのか―――そう思った直後、あくのはどうが体に衝突し、凄まじい激痛が抜けて行く。痛みにブラックアウトしそうなものを覚えるが―――駄目だ、まだまだだ、

 

 ここからが本番なのだから。

 

「死中に活あり―――」

 

 瀕死の状態となったスティングが全ての保身を捨て去った。命以上に、魂そのものを燃やして、限界を超えて戦闘を続行する。それは後遺症を抱えるレベルの領域に足を突っ込むという事―――ポケモンセンターの治療ではどうにもならない故障を抱えるという可能性を抱く事でもある。だがそれを一切気にせず、特性を再びてきおうりょくへと上書きし、

 

 保身も命も魂さえも捨て去った、殺意と復讐のみを込めた鍛錬された針の一撃をイベルタルへと叩き込んだ。

 

 イベルタルがそれを受けて怯み―――はしない。伝説なのだ、その身に纏う破壊のオーラはもはやオーラブレイクを真似たものでは押し込めるものではない。ドレインを含め、攻撃の度に逆にスティングの針に亀裂を生んで行く。シンクロを行っているせいか、それが幻痛として体に伝わってくる。その痛みをスティングが一切表現する事はない。故に、そのマスターである自分も、痛みに吠える事は一切ありえない。

 

 そのまま、自身を顧みない一撃をイベルタルに叩き込む。破壊神を破壊する為に。

 

「―――」

 

 イベルタルの目に戦意が宿り、楽しそうにスティングの一撃を受けながら相対する。破壊するという事も、そして()()()()()()()()()()()()()()()()生粋の破壊魔の笑みだった。スティングの渾身、必殺の一撃を受けながらイベルタルは浮かび上がった体を後ろへと流し、そうやって生み出された距離の中で、体を広げながらあくのはどうを再び、ダークオーラを纏って放った。その衝撃を根本で喰らってえんとつやまの大地が抉れ、衝撃にデコボコ山道が崩れる。広がる波動に逃げ道はない。それは此方も同じだ。

 

 歯を食いしばり、来るべき衝撃に岩を壁にして耐える。

 

 ―――その間もスティングが突き進む。魂を燃焼させて描く軌跡であくのはどうを喰らいながらも突破し、羽を千切りながらイベルタルに肉薄する。あくのはどうを掻き分けて進むのに使った左の針が砕け散る。あくのはどうがスティングだけではなく、此方にも届く。岩を砕きながら到達する黒い波動が肉を抉り、削いでくるが、それを踏み込みながら抜ける―――最も痛いのはそれをほぼ根元で喰らったスティングの方なのだから。

 

 だから耐えて、踏み込んで、見上げて、右針を掲げたスティングに最善、必殺の指示を与える。

 

 それに応える様にスティングの持つメガストーンが共鳴限界へと達し、砕け散る―――宇宙より来訪したメガストーンのエネルギーが解放され、一瞬だけ、繰り出せるはずのエネルギーを容易に上回る。

 

「これが、トキワの奥義だ―――!」

 

 全身全霊、メガストーンが砕け、スピアーとなった状態で一撃が放たれた。それは的確にイベルタルの心臓を見抜いて穿ち、その胸に穴を空けながら背後、岩盤を貫通して破壊の痕跡を通した。限界を超えて戦い続けたスティングがついにその終わりを迎え、色素を抜かしながら落下して行く。その姿を掴むために走り、落ちて来る姿が大地にぶつかる前に回りこもうとする。

 

 が―――その前に大地が枯れる。

 

 命という命が吸い上げられ、破壊されて行く。イベルタルの心臓の穴が吸い上げられた命によって塞がって行く。それこそ活火山であったえんとつやまが一瞬でその命を奪われて行く程にそのドレインは凄まじく、そしてその視線は、戦意は、殺意は此方と、そしてスティングにのみ向けられていた。

 

 翼が大きく広げられ、そしてそれは禍々しい黒の色に染まっていた。ダークオーラを最大限に輝かせながらも、破壊の力が一気にイベルタルに湧き上がっていた。それは解りやすく言えば本気の一撃だった。どんな命であろうが、受ければ間違いなく絶命する、破壊という概念にだけ特化した伝説のポケモンの奥義。そう、奥義級。先ほどのトキワの奥義の伝説規模のもの。

 

 ―――即ちはデスウィング。

 

 落ちてきた、真っ白と燃え尽きたような色になってしまったスティングを受け止めつつ、此方へとまっすぐ向けられたイベルタルの悪意と視線ににらみを返す。その瞳の奥に見えたのは―――或いは敬意だったのかもしれない。どこからどう見ても虫けらとしか評価できないスピアーという種が一回、ほぼ殺害に近い状態までイベルタルという伝説のポケモンを追い込んだ事に対して。だからこそ、言葉を零すしかなかった。

 

「ほんと、良くやったよ―――」

 

 イベルタルの腕が限界まで広げられ、そしてデスウィングが始まる。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 デスウィングが放たれる直前―――世界が歪んだ。あらゆる現象と摂理がひっくり返った。空間そのものが正しくある事を拒否してねじ曲がった。概念が真っ直ぐある事を否定して逆様に進行を進める。あらゆる事象は反転し、そして裏側の世界への扉が砕けた。絶対に勝利すべき運命が極限まで開かれ、そしてあらゆる状況、環境、摂理、その全てを砕く至高の雷霆が空に轟く。

 

 そして、

 

反 物 質 が 世 界 を 蝕 む

 

勝 利 の 星 が 輝 く

 

テ ラ ボ ル テ ー ジ

 

「お疲れスティング……お前が奴に敵として認識されたおかげで隙が作れたぜ」

 

 それは一瞬の決着だった。スティングは明確な敵としてイベルタルに認められた。だからこそ全力のデスウィングを放とうとした―――その瞬間、スティングと俺を破壊する事のみしか見えていなかったイベルタルには異界の侵略が見えなかっただろう。

 

 最初から数を揃えていれば間違いなくデスウィングで駆逐しに来た。その場合、どうあがいても被害は増えていたし、最悪泥沼の戦いになっていた。

 

 最初からツクヨミを出していれば間違いなく最大に警戒されていた。伝説という相手に対して本気の本気、生存のための闘争が始まる―――その結果を考えたくはない。

 

 油断させ、そして警戒させ、敵として認定させるための捨て駒が必要だった。

 

 その結果、テラボルテージによって全ての摂理を無視した反物質の奥義がイベルタルのいる空間を消し去る様に放たれた。

 

『―――これで無力化完了、っと』

 

 反物質の奥義によって両腕を消し飛ばされたイベルタルの姿が大地に落ちる。それを固定する様に出現したゴルカイザーが10m級の杭をイベルタルの体に上から二本打ち込み、その体を大地に打ち付ける。ゴルカイザーの肩の上にはダイゴが、そしてビクティニとナイトの姿があった。それを眺め、燃え尽きたスティングを肩に背負い、

 

「……ふぅ、終わったか」

 

 ため息を吐くしか……それしか出来る事がなかった。




 というわけで決着ー。被害とかはおそらく次回で。


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フエン病院

「左目失明―――」

 

 ボードを片手に、亜人種のタブンネがカルテを確認する。

 

「左腕複雑骨折、右腕の骨に罅が複数、左足は重度の火傷、全体的に筋肉が断裂を起こしている上に皮膚がところどころ剥がれています―――良く生きていますね」

 

「これが貧弱一般人と勝ち取った王者の違いだよ」

 

「いや、ナニ食ってんだよあんた。今すぐステーキ食うのやめろ。胃が弱ってんだよテメェェェ―――!!」

 

 フエンタウン―――病院、両足を伸ばし、両手をギプスに包まれ、その状態では体が完全に動かない。だからその代わりに一口サイズまで切られたステーキを、黒尾が口まで運んで食べさせてくれていた。体に血が足りていなかった。圧倒的に血液が足りていなかった。何せ、戦闘が終わって冷静になれば血だるまになっていたのだ。それもそうだ、人間という存在がポケモン、それも伝説規模の一撃を喰らえば当然死ぬ。ある程度防御して軽減したとはいえ、それでもヒットはヒットだ、そりゃあ死にかけるし体もぼろぼろになる。改めてポケモンという生き物は凄いと思える。

 

 それはそれとして肉が美味い。

 

「だから冷静に肉を食うんじゃねぇ、普通の人間なら失神してる所だぞてめぇですよぉ……!」

 

「凄い、ここまでブチギレてるタブンネ初めて見た」

 

「タブンネェェェェェェェ!!」

 

「くっそ煩い。肉うまうま」

 

 タブンネに帰れ、と視線を送るがどうにも消えそうになかった。溜息を吐きながら病室内へと視線を向ければ、そこには黒尾以外にも数人の姿が見える。部屋の端、椅子に座ってリンゴの皮を剥いているのがダイゴで、サインペンでギプスに悪戯をしているのがヒガナ、添い寝をしているのがツクヨミで、ナチュラルはここにはいない。だがタブンネを含め、この部屋の住人密度は割と高い状況だった。

 

「食うなつってもなぁー。血が足りないしなぁ、血が。やっぱ肉だよ、肉、こういう時は。吐くまで肉を食って血を一気に作るんだよ」

 

「バランス良く野菜も食えよー。肉だけを食ってると健康に悪いからな」

 

「止めろよチャンピオン……!」

 

 ですます口調を投げ捨ててタブンネが大荒れしてた。そこまでの事か、と思いつつ伝説と一戦繰り広げてきたのだから、そりゃあそうもなるか、と軽く納得する。しかし大丈夫だ、と右手を持ち上げる。

 

「ジョウトに電話を入れて回復力ちょいブーストして、って頼んできたし数日中には回復してるだろ」

 

「カグツチによる72時間耐久回復デスレースの開幕ですわね……」

 

 窓の外へと視線を向ければカグツチがサムズアップを向けている姿を幻視する。なぜだろう、そのすぐ横で倒れている唯一神の姿を思い浮かべるのは。やはりこれはホームシックなのだろうか、それともただ単純にあの二人を虐めたいだけなのだろうか。ともあれ、死んでいなければ安い―――失明の方はどうなるか解らないが、けがの方は完全に回復できると経験上良く理解している。だから問題はこれでないはずだ。

 

 ぱくり、とステーキを食べ終えると、黒尾が空になった皿を運んで去って行く。結局最後まで食べ終わってしまった事にタブンネが諦めの表情を浮かべ、その場で体育座りを始めてしまう。哀れな奴め、と軽く見下しながら、今度はダイゴが剥き終って切り並べたリンゴを運んできて、つまようじをさして目の前に置いた。

 

「―――どうだ、両手ギプスだと食えないだろ? ……悔しいだろうなぁ……」

 

「今ほどお前を殺したいと思った事はないぜマイフレンド……」

 

「儚い友情だったねー……まぁ、それはそれとして、オニニキ大丈夫なの? 色々と」

 

 ヒガナの言葉に大丈夫だ、と答える。根拠は先ほどの通りなのだが―――この程度でまいっちゃうほどヤワな男ではないのだ。だが正直、今回の件に関しては自分以上に重傷な存在がいる。口に出さなくても解るだろうが―――スティングの事だ。

 

「まぁ、俺はいいとしてスティングがな。()()()()()()()()()()()()()()()()()し、というかあの時は当然の判断だから後悔とかは一切ない! ……と言ってしまえばそうなんだけどな、犠牲なしで切り抜けられる場面でもなかったわぁ、でちょいとそっちがキツイな」

 

「僕のメタグロスに対して有効打を叩き込める超高火力アタッカーが一人消えてくれてありがたい、と素直に思える畜生だったら僕ももうちょい楽だったんだけどなぁ……それで、選手としては復帰、どんな感じだい?」

 

「無理。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

 ふぅ、と軽く息を吐いて、肺の中の空気を追い出して、頭を落ち着かせる。スティング―――自分の手持ち、或いは天賦さえも屠ってくれるようになるのではないか、と期待していた手持ちのポケモンだ。契約選手ではなく自分の極個人的な手持ちのポケモンである存在だ。このイベルタル戦のみならず、相性の良さから様々な所で活躍してもらっていたエース候補だった。だが今回の怪我が酷すぎる。

 

 まず背中の羽が二枚ちぎれている為、飛行能力が大きく低下し、速度と高度を確保することが出来なくなってしまった。左の針は完全に砕け散り、再生が不可能な領域まで()()されてしまい、左目も傷を受けて失ってしまった。その上でスピアーという種が戦う為に必要な最大の武器、メガストーン。それがトキワの奥義を放つ代償として完全に砕け散り、ロストされてしまった。数百……数千万出せばおそらくはスピアーナイトを見つける事も可能かもしれないが、それにどれだけの時間がかかるかはわからない。

 

 だがそれとは別に、スティングの傷は破壊だ―――イベルタルの概念的な攻撃効果が乗っている。それはつまり死んでいるのと同義の状態だ。自分はまだいい、シンクロ越しのダメージだし、ホウオウという伝説のポケモンが保有する死と生の転生の概念で傷を再生治療できるからだ。だがスティングにそんな事は出来ない、ただのポケモンだ。傷は癒えるだろう、だが破壊された部分はどうにもならない。それは永遠に失われたものなのだ。

 

 何とか出来ないか、ナチュラルに頭を下げて見て貰っているが、結果がどういう物かは大体解っている。スティングのトレーナーなのだから、なんとなくだが察してしまっている。何よりあの白くなってしまった体、アレは完全に体内の力を、生命力を使い振り絞った反動で陥った抜け殻の様なものだ。

 

 選手としての復帰はもはや不可能だろうと思っている。

 

「或いはゼルネアスなら何とかなるかもしれないけど―――探している暇も時間もねぇわな。アオギリを捕まえたのはいいけど、一番ヤクいのが残っちまった。グラードン側からアプローチをかけてマツブサを動かしている様に見えたし―――出来たら今すぐ追いかけたいところだが」

 

「ま、そこは僕に任せておきなよ―――イベルタルの対処を任せてしまったしね。数日、ここで休んでからまた行動を開始すればいいよ。なんだかんだでアクア団の解体とか尋問とかやらなきゃいけない事は多いしね」

 

 それじゃ、とダイゴは告げると窓の外から飛び出し―――クリスタルのエアームドをボールの中から繰り出し、その背に乗って一気に飛び去った。相も変わらず忙しい奴だが―――その忙しい中、時間を此方へと割いているのだから忙しいだけではなくマメな奴でもある。良い友人……ジョウトのマツバやカントーのグリーンに会いたくなってくる。どうしてだろうか、弱っているとちょっと昔が懐かしくなってくる。

 

 忘れろ、と口に出す事無く呟いて、顔を持ち上げる。そういう弱気は全部終わった後で考えるべきなのだから。それにまだまだ問題は残っている―――ともあれ、ダイゴは先に帰ってしまったが、

 

「ここいらでちょっと情報の整理を行おうか。昨日、ちょっと状況が動きすぎた」

 

「ヘイ! 書くのは任せなよ―――ギプスにやるけどな!!」

 

 一瞬、本気で泣かしてやろうかどうか迷ったが、溜息を吐いてそれを諦め、情報の整理を始める事にする。余り難しい話ではない筈だ。とりあえず現状、自分たちに関してはまずスティングが戦線復帰不可能判定、そして俺も数日は確実に動けなくなってしまった。それに対して成果はアクア団首領と幹部、マグマ団幹部の確保―――つまりはマグマ団とアクア団をほぼ壊滅状況へと追い込めたことだ。

 

 ただ問題はマツブサがグラードンらしき存在による後押しを受けている事だった。場合によっては潜水艦なしでグラードンを目覚めさせかねないというのが自分の考えだ。そしてそれと同時に、謎のフーパ使いはあのトウカの森のダークウインディも使役しており、少なくともダークポケモンを従えさせられるだけの高い統率能力、そしてイベルタルを捕獲せずに育成するだけのデタラメな育成力を保有しているのが解った。

 

 そして最後、えんとつやまとデコボコ山道が完全崩壊して地形が大幅に変化してしまったため、ロープウェイは閉鎖し、しばらくの間はデコボコ山道でさえ立ち入り禁止となってしまった。フエン温泉などに対する変化は何も見えない様なのが唯一の救いだったともいえる。ついでに言えば、

 

 イベルタルはマスターボールによる捕獲に成功した―――所有しているマスターボールはそのありえないコストが原因で二個しか用意出来なかった為、グラードンとカイオーガ用に一個ずつだったのだが、その内一つをイベルタルに使用してしまった以上、弱らせてもグラードンかカイオーガ、どちらかを絶対に捕まえられるという保証がなくなってしまった。

 

 ハイパーボール等の通常のモンスターボールは伝説のポケモンであれば当てても()()()()()のだ。となるとどこからかマスターボールを調達したいのは事実だ。それにイベルタルを捕まえてしまった以上、完全に屈服させて暴れない様にまた心を折る必要がある。

 

「―――つまり状況を纏めてみると、グラードンとカイオーガへの対抗手段の一つがロストした結果に戦力向上、だけど状況はさらに切迫し始めた、って感じ?」

 

「加えて言えばファッキンフーパ使いの動きがまるで見えないのでまた伝説おーでーまーしーとかされたら俺のマスボが加速する」

 

 そう言った瞬間、病室の扉が蹴り抜かれた。それと共にギターを窓の外へと投げ飛ばしながら、病室の中へとシドが飛び込んできた。

 

「ヘイ! 今ファックって言わなかった!?」

 

「んんんんん―――!!」

 

 タブンネが発狂し始めて頭を病室の壁へと打ち付け始めた。その姿を見て、あぁ、そう言えば一般人に対してはトップシークレットだったり発狂しかねない内容ばかりをここで話しているよなぁ、と一瞬で冷静になってしまった。そしてそこで冷静になったところで、添い寝していたツクヨミがもぞもぞと腹の上へと移動してきた。

 

「え、セックスだって?」

 

「ノー! ファック! ファック&ファック!」

 

「ファック・イコール・セックス! イエスファック! イエスセックス!」

 

「イエスイエスイエス!」

 

「んおおおおほおおおあああひゃああああ」

 

「なんだこの病室……」

 

「流石に私もどん引きだよ」

 

 冷静に病室内を見る。発狂しながら頭をガンガン壁に叩き付けるタブンネ亜人種が一人、俺にマウントポジションを取って瀕死の病人相手に野獣の視線を向けている伝説の亜人種が一人、そしてほぼ新種に足を突っ込んでいるムウマージの亜人種が一人、なお最後の二人は何が楽しいのかひたすらリズミカルにセックス! と叫んでいる。極まったカオスを見ると一周廻って冷静になると言われているが、それを魂で理解してしまった。

 

 ヒガナが成程、と頷く。

 

「ピカネキが来たら収拾つかなそう」

 

「マジでやめろ―――あーあ……」

 

 名前を呼ばれた事に反応したのか、窓の外側、上から逆様にピカネキが病室内を覗き込み始めていた。その手には小型のホワイトボードで”30分前からスタンバッていました”と書かれていた。それを知らせてどうしろと言うんだこいつは。そのホワイトボードで殴ってもらいたいのか。そんな事を考えているとタブンネが窓の外を見てまたアイデアロールに失敗したらしく、生まれたての小鹿の様に体をぷるぷるし始めた。

 

「オニキス、終わったけど―――お疲れ様ー」

 

 ナチュラルが病室の前に登場し、中を覗いた瞬間そのまま足を止める事なく病室の前を通り過ぎて行った。それを見かけた瞬間ピカネキが見事なエントリーを窓から決め、そのまま走ってナチュラルを追いかけ始める。

 

「た、助けてゼクロム―――!」

 

「ゴリィ……!」

 

 なんだこの状況、とは思ってしまうが、小さく笑い声が漏れてしまう。そのまま脱力し、枕の中へと頭を沈め込む。

 

 こんな事を見ているとなんか気を張っているのが馬鹿に思えてしまう。脱力しながら息を吐き、そしてゆっくりと目を閉じる。昔、どこかで誰かが言った。

 

 明日は明日の風が吹く、と。

 

 無駄に悲観的にならず、もうちょい笑みを増やして、頑張るとしよう。きっと、それが今一番必要な事であるに違いない。だからゆっくりと目を閉じて、ヒガナの悲鳴と文句とタブンネの発狂声を聞き流しながら夢の中へと落ちて行く。




 シリアスの後には笑いが来るよ、という事で被害の諸々。流石に生身で伝説の攻撃を軽減したとはいえ喰らって、ダメージのない生物とかいないじゃろう……あ、シバパイセンおっす。伝説相手に打ち込みっすか。パネェっすね。シジマパイセンも一緒っすか。そうですか。

 という訳でスティングさん、バトル復帰は絶望的という事でまあ見てポケマス。


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コミュニケーション ????

「完! 全! 復! 活!」

 

 拳を握り、力を籠め、リンゴを握り潰しながら自分の完全復活をアピールする。それを見ていたヒガナがえー、と声を零す。

 

「本当に三日であの大怪我を治しちゃったよ……」

 

「流石伝説だ、不死特化の加護は伊達じゃねぇな」

 

 右腕を持ち上げて自分の健在っぷりをヒガナに見せつけると、ヒガナが此方の脇腹を指先でつんつん、と突き刺してくる。あふぅん、と声を漏らしながらもそれを耐える。実際、体に軽い倦怠感はあってもダメージの方は再生し終わった。目、両腕、両足共に完全に治療は完了しており、それを見たタブンネがフーディンを呼んでスプーンを月へと向かって投げさせていた。あのタブンネ、芸が細かくて面白いからスカウトするか真剣に悩む。ともあれ、ホウオウの加護―――つまりカグツチに三日間、休むことなく加護の強化を頼んだ結果、急速に再生する事で治療は完了させた。無論、数年単位で治療するレベルの怪我だったりするので、それ相応の激痛はあるのだろうが、

 

 スティングが受けた分と比べれば軽い。

 

 スティングの事に関してはいったん放置せざるを得ないが―――ともあれ、体は回復し、他のポケモンに関してはノータッチだ。しかしセキエイの方からは大事を取って更に数日間休め、と言われている為、本当はミナモシティへと移動したいのだが、それが出来ない所にある。とはいえ、やりたいこともあるといえばあるのだ。だから好都合と言ってしまえば好都合なのだが、さて、どうしようか、と片手で頭を抱える。

 

「だいじょうぶ?」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

「そう」

 

 場所は再び旅館のポケモン用の広大なスペースへと戻る。そこで色々と確かめる事もある為、更に金を出して貸し切りの状態にさせて貰っている―――これは某所のタブンネの様な発狂の犠牲者を生まないための措置である。秘密事ならデコボコ山道やえんとつやまでやれとも言えるが、あそこは完全に地形が変わってしまって割と危ない。その為、ここでやらなくてはならないのだが―――。

 

「だいじょうぶ?」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

「そう」

 

 同じ会話がループしている。その声の主は背後から来ている―――とはいえ、背後に立っているわけではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。個人的に予想外というか、どうしてこうなってしまったのか、若干そこらへんが非常に頭の痛い所なのだが、ともあれ、いつもの調子で伝説を屈服させようかと思ったところ、

 

 ―――イベルタルはチョロインだった。

 

 いや、そうとしか表現が出来ないのだ。なぜなら、

 

 今、背中にぶら下がっているのが人の姿を取っているイベルタルなのだから。これ、どうなってるの? とナチュラルに聞きたい所だが、目を離している隙にナチュラルは野生のブーピッグの群れに捕獲されて拉致されている最中だった。ブーピッグがオークで、ナチュラルが姫騎士枠なのかなぁ、アレ、そんな事を考えながら去りゆくナチュラルの姿に手を振る。

 

「夕飯までに帰って来いよー」

 

 ナチュラルの悲鳴が返答の代わりとなった。今日も今日で割と平和だなぁ、と後ろにぶら下がっているイベルタルを見ぬふりして脳内で完結する。だがヒガナが露骨にイベルタルをガン見しているので、無視する事も出来ない。溜息を吐きながらちゃんと向き合うか、そう思ったところで目の前の空間が割れ、ツクヨミが着地する。

 

「お、処す? 処す? 処しちゃう? なんか瞬殺されたクソザコ伝説が変に媚び売ってるし処しちゃう?」

 

「ゴーストまじりのクソザコだ。どうする? はかいする? はかいする?」

 

「お前ら変な方向性で気が合うなぁ!」

 

 どっこいしょ、と声を漏らしながら後ろからしがみついていたイベルタルを引き剥がし、それを目の前へと運んだ。姿はカグツチやワダツミとは違い、ツクヨミの様な幼体だ―――つまりは幼い少女の姿になっている。服装はフリルの多い朱いゴシックロリータであり、腰の裏にはイベルタルの尻尾をモチーフとした地面に引きずる様に伸びる黒いリボンが存在し、髪も黒と赤が混じった先端で白く変色するグラデーションの様になっている。頭からはイベルタルの二本の黒い角が出現し―――その手には首のないゼルネアスの人形が握られている。

 

 ―――何時の間にこやつそんなものを……!

 

「ゼルネアスははかいする。クソしかをゆるすな。ジオコンもはかいする。フェアリーとかいうくそタイプもがいあく。はかいする」

 

「何言ってんだこいつ怖い……こんなキチガイが同じ伝説とか……」

 

「お前も同レベルだからな?」

 

 ショックを受けた様子でツクヨミが首の、はっきんだまで作成された鎖で遊び始める。そしてそれを唐突にイベルタルに自慢し始める。悔しそうなイベルタルが首なしゼルネアス人形を眺め、それを大地に叩き付けた―――同時に破壊の力がゼルネアス人形をこの世から完全に破壊して消し去った。

 

「ますたーにはわれをトレーナーとしてあまやかすぎむがある」

 

「おう、そこヒガナ、げらげら笑ってるんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」

 

 ツクヨミとイベルタルが此方の周りをぐるぐる走り回りながら処す? 処す? と露骨な処刑アピールをし始めるのを見て、ヒガナが無言でラティオスを取り出し―――メガラティオスへと進化、そのまま空へと向けて全力で逃亡を始めた。そこまでやって逃げ出すなら初めから煽らなければいいのに、なんて事を思わなくもない。ただ煽りというのはライフワーク染みた部分があるのも事実だ。となるとやはり、ヒガナをあっぱれというべきなのかもしれない……?

 

「かまってー」

 

「構って構ってー」

 

「えぇい、このツインロリうぜぇぞ!!!」

 

「うるさい!! 今私はロリという明確なアイデンティティを失いそうな事に対して必死にアピールする事で保っているんだ!!」

 

 ツクヨミの必死な訴えに泣きたくなってきた。寧ろツクヨミって大人と子供がフォルムチェンジで自由に変更可能だからそこが一番おいしいポイントなのではないか、と思っていなくもないのだが―――というかそんな場合ではなかった。気づけばいつものぐだぐだとした空気に突入していた。違う、そうじゃない、これからイベルタルに対して尋問を行おうとしていたのに、なぜこんな空気になってしまったのだ。

 

 ―――ともあれ、ここまでの間、イベルタルという伝説の”はかいポケモン”は人間、生物に対してその破壊の力を振るう事をゲットされた後から見せる事はなかった。それどころか全面的に此方に従うような、そういう素振りすら見せているところがある。ホウオウ、ルギア、ジョウトの伝説のポケモンの時は完全にその心をへし折って主に相応しい事を証明する必要があった。ギラティナの時も初めは全く言う事を聞かず、そしてポケモンマスターとしてその証明を見せる必要があった。

 

 だがイベルタルはそんな事を要求せずに従っていた。それが自分にとっては何よりも不気味だった。交渉も、尋問も、拷問も、そういう事を一切必要としない恭順―――それがイベルタルが自分に対して向けていた事だった。故に、率直に質問する。すぐ傍にはツクヨミがいるし、周囲にはボールから出して自由にさせている手持ちの他のポケモンもいる。何より、この伝説は暴れないだろう、という自信があった。

 

「なんでお前はこんなにも俺に従うんだ?」

 

「……?」

 

 その質問にイベルタルは幼い表情でぽかん、とし、首を傾げた。

 

「マスターはあかしをみせた」

 

「証……?」

 

 イベルタルは頷いた。

 

「あくをすべるのはあくのみ。さついによるとうそつを。はかいによるじゅうりんを。ひつようなときはきりすてられるひじょうさを。マスターからはわれをひきいるにたるあるじのそしつをみた。それがさいのうとかポケモンマスターとかそんなものよりももっとだいじなもの。はかいすべきときにちゅうちょせずにふみころせるか。それがわれをしえきするのにひつようなそしつ。……かんたんにいえば、あくのそしつ」

 

「直訳するとクソ外道の素質があるって事だよだーりん!」

 

「お前ら二人揃って今からえんとつやまの修復作業に送り出してもいいんだぞっ!」

 

「わぁー!」

 

「きちくだー!」

 

 ツクヨミがイベルタルの顔面にハイキックを叩き込んでからやぶれた世界へと逃亡を開始する。一瞬だけフラっとしたイベルタルは直後、尻尾リボンでビターン、と虚空を破壊してやぶれた世界への入口を強引に開けて、ツクヨミと殴り合う為にそのまま突撃していった。今、異世界が物理的にアツい。ただ異世界で最終戦争をする分にはこっち側の世界に一切被害が出ないので、好きなだけ暴れていろ、としかいう事がない。しかしもう、こうなってくるとどうしようもない。

 

 スティングを捨て駒にして、それでイベルタルを容赦なく蹂躙した。その非道さがイベルタルを使役するのに必要な素質、資質らしい―――つまり遠まわしに人でなしと言われているようなものだ。しかも伝説による認定。

 

 少しだけ辛い。まぁ、本当に少しだけだ。誰の背中を見て育ったのか、それを思い出せば自分が根本的にどういう存在なのか、それを良く理解できる。だからそこまで深く落ち込むことはない。イベルタルもツクヨミもどこかへと消えてしまったし、

 

「このジョウト地方第二級姓名判断師資格を持っている俺が新たなNNをつけてやろうと思ったのになぁ……」

 

 まぁ、ヤベルタル以外にニックネームがある訳がないのだが。寧ろヤベルタル以外に相応しいニックネームが存在するのなら此方が知りたい。ヤーティーの神として降臨したイベルタルに相応しいのはその名だけだと思っている。まぁ、神聖なるヤーティーの神なのだ、しょうがない。うん。

 

「ふぅー……まぁ、若干制御不能な気もしてくるけどいっか……とりあえずリーグへと報告書を書いて、手持ちへの申請を行って、それで狙ってくる研究機関への牽制もして……あー……仕事が増えるなぁ……」

 

「大変そうだなぁ、おい」

 

 聞き覚えのある声に振り返れば、ナイトの姿が見えた。いつ見ても真っ黒だよなぁ、とブラッキーなんだから当たり前だ、と自己完結していると、ナイトが切り出してくる。

 

「おう、オニキス。ちょっと頼みがある」

 

「うん? どうした、またエーフィーちゃんでもひっかけたか。お前、そういやぁ赤帽子のエーフィーに粉をかけてなかった?」

 

「可愛かったらとりあえず子孫繁栄するのが動物的本能だろ!! ―――いや、合ってるけど違う、そうじゃない。お前の周りの連中が最近は濃いから忘れがちだけどお前も十分にキャラが濃いんだよ!」

 

 こっちも最近はキャラが押され気味だから少しはっちゃけたい気分なのだから許してほしい。トレーナー的に考えて。ともあれ、

 

「どうしたんだ?」

 

 その言葉にナイトが答えた。

 

「ウチのパーティーを全体的に見直してみてな、思った事があるんだよ―――絶望的にフェアリータイプが抜けてるな、って」

 

「まぁ、そりゃあな」

 

 フェアリータイプのポケモンとはそこまで気質の相性が良くないのだ。フェアリーとは子供や夢を見る者の味方なのだ。現実を生き、悪逆の道を選ぶ人間には寄り付きにくい生き物になっている。だから自分とフェアリータイプの相性はそこまで良くない。だがドラゴン対策、そして数の多い格闘技への対策としては素晴らしいタイプではある。

 

「あぁ、だからな、思ったんだ。今回の対イベルタル戦、フェアリータイプのポケモンが居ればきっとダークオーラにある程度対抗出来たかもしれない―――少なくとも後方からの支援に特化したフェアリーが居れば、ある程度は負荷を軽減出来たんじゃないか、ってな」

 

 それはつまり、

 

「オニキス―――俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「マジか」

 

 その言葉にナイトは頷く。

 

仲間(スティング)を見てて思った―――やりたい事があるのなら、届きたい場所があるのなら、時に好き嫌いを超越してでも届かせるべきなんだ、ってな。という訳で近い内にニンフィアへの進化を頼む―――出来れば服のフリフリは少ない方で」

 

「いや、そこは増量させる」

 

「なんでだよ……!」

 

 半ギレで食って掛かるナイトをいなしながら、このイベルタル―――いや、ヤベルタルとの戦いはどうやら、ただ彼女を手に入れてスティングを再起不能にしただけ、という結果を残した訳じゃなさそうだった。ナイトの様子を見て解る様に、

 

 きっと、他の皆も―――本気を見せてくれるだろう。




 ヤーティが解らない知らない? んん……ごほんごほん……異教徒……異教徒……ぐ、ググろう! ともあれ、ヤベルタルちゃん……通称ヤベ子加入、そしてナイトのブラッキーからニンフィアへの転向ですな。ツイッターを見ている読者にはちょっとだけ早い公開でしたとさ。


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確認とPWC

「―――これから練習試合の回数を増やしていこうと思う」

 

 フエンタウン、旅館の庭に手持ちのポケモン、そしてヒガナとナチュラルを集め、全員の前でその説明をする事にした。今、片手に握っているのは少し前にポケモンリーグより送られた資料だった。今季の注意事項、捕虜としたアクア団とマグマ団の事、そして何よりもポケモンバトルに関する事が細かく書かれてあった。幸い、これ以上黒尾がレギュレーションに引っかかるような事はなかったが、それとはまた別方向で問題が露出していた。

 

「さて、練習試合の回数を増やす理由だが、これは再来年、とある地方で開催する事が決定したとある大会に関する事だ―――俺自身を鍛える事とは別に、今いるお前らとの相性、そして誰を選出するか、そういうのを決める意味でも練習試合の回数を増やしていこうと思っている。だからお前ら、バトルがこれから増えるから張り切っておけ。事件があるとかないとか関係なく割とマジでやるからな、これからは」

 

 そんな此方の言葉にヒガナが首を傾げて割り込んでくる。

 

「で、その大会って何なの?」

 

 あぁ、そう言えば肝心の内容を言い忘れてたな、と呟き、返答する。

 

「―――ポケモン・ワールド・チャンピオンシップ、通称PWCだ」

 

 その名前を知っている手持ちは、選手たちは全員無言のまま動きを停止させ、そして闘志を漲らせ始めた。その様子を見て心の中で軽くモチベーションに関するチェックを入れる―――全員十分にスタメンを狙っているな、と判断する。ただヒガナの方は聞き覚えがないらしく、首を傾げたままだった。その姿に苦笑していると、ナチュラルから話を切り出してくる。

 

「君はなんというか……本当に世間知らずというか箱入りというか」

 

 なによ、とナチュラルにヒガナが睨んで視線を向けるが、ナチュラルも大分鍛えられているせいかそれを受け流しながら答える。

 

「宴だよ」

 

「宴?」

 

 うん、とナチュラルは答えながら頷き、

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ。参加資格は最低で地方リーグ優勝から、四天王クラスのトレーナーや、殿堂入り、現行チャンピオンとかが世界中から集まってこの星で本当に誰が最強なのか、それを競い合う場だよ。簡単にわかりやすく説明すると」

 

 そこでナチュラルは一旦言葉を区切り、

 

「……オニキスやダイゴレベル()()が参加できるというかする」

 

「うわぁ……え、マジ?」

 

「マジマジ」

 

 ヒガナの言葉に答えながら、そのまま説明を続ける事にする。

 

「再来年―――つまりは2年後にアローラ地方にスタジアムを新設する事が決定した。俺も残念ながらアローラ地方の事は全く知らない。だけど調べた情報だとあの島は島巡りの伝統があって、それがあったおかげでポケモンジム、そしてポケモンリーグの概念が全くかみ合ってないもんで、今までポケモンバトル用のスタジアムさえなかったらしい。だがアローラ地方もリゾート地としての開拓も進んで、外の文化をある程度学び、発展する必要が出て来た」

 

 そんな訳で、

 

「バトルだ、ポケモンバトルだ。アローラ地方にもリーグ式じゃないがポケモンバトルの文化がある。だから援助の代わりにリーグを組み込むためにポケモンスタジアムの新設が決定された。アローラ地方の特異な伝統と文化を組み込んで全く新しいステージ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になると予想されている。アローラ地方の宣伝、その活性化、そしてここもまたポケモンリーグの管轄である事を証明する為にも2年後のWPCはアローラ地方で行われる事になった」

 

 そういう理由から練習試合を増やす事が決定した。というか増やさざるを得ない。割と真面目にこの2年間、どれだけ自分が成長できるかが勝利の鍵だ。いや、成長限界であればとっくの昔に迎えている。だから後は指示能力を経験を通して磨く事だけが勝負なのだ。それをポケモンたちが身に着ける事もまた一つの必要な事でもある。だからバトルだ。確かにトレーニングも重要だが、もはやこういう領域に来ると100回の鍛錬よりも1回の試合を行って動きの確認や、戦闘経験を重ねる必要がある。

 

 特にカノン、シド、そして黒尾。この三人に関しては未知数な部分が多い。

 

 俺もやや異能を持て余している部分がある―――そんな部分を残していては絶対に勝てないだろう、まだ見ぬ極悪とも表現すべきライバル達に。

 

「本来ならホウエンのジムを全て回る程度で済ます予定だったが―――俺から連絡を入れて予定を変えさせてもらった。指導とかで回るのは若いジムリーダーが居る場所が中心としていたが、予定を変えて次はキンセツシティ、その後はルネシティで元ジムリーダーアダンと戦う」

 

 そしてそれが終われば、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()するぞ」

 

「え、可能なの?」

 

「公式の試合じゃない練習試合だからな。申し込んで向こうの都合が空いていれば十分いける」

 

 何より四天王とチャンピオンはPWC参戦確定枠だ。つまり2年後のPWCにおいて絶対戦う相手でもある。俺がこの半年で新しい異能を習得し、それでポケモンバトルにおける動きを大きく変化してきた事は目敏いトレーナーであれば既に把握しているだろう。ポケモンバトルで最強の武器とはやはり、情報だ。相手がやる事を理解していればそれに対応するメタを用意する事も出来るからだ。

 

 だから練習試合は向こうにとって渡りに船とも言えるものだろう。何せ、情報が全く存在しない新しい戦術に対して自分で感触を得られるチャンスなのだから。映像や口頭で得られる情報も確かに存在するだろうが、脅威という事に関しては自分でぶつかって感じ取るのが一番安心できるし、信頼できる。そういう意味でも俺が相手側だったらまず間違いなくこの申し出を受け入れるだろう。向こう側もPWCでの優勝を狙っているのはまず間違いないのだから。いいや、ポケモントレーナーとして、出場する以上は優勝以外ありえない。

 

 それはトレーナーとしての闘争本能なのだから。

 

「そういう訳でこれからはガンガン練習試合を申し込むし、試合回数は増やして行く。ただ練習試合だから負けてもいい、とか相手が強かったから負けてもしょうがない、とか言っているような奴や考えているような奴はガンガン置いて行く―――その事に関しては貴様ら、既に覚悟しているな?」

 

 その言葉に応える様に空へと向かって咆哮が響き渡った。空そのものが揺れるような感触の中、シレっとツクヨミとヤベルタルが集団に混じって本当に空間を揺らしているのを見た。お前らそれ以上やるとフエンが時空の狭間へと消し飛ぶから破壊のオーラと反物質のコラボレーションはマジで止めろ、と声を吐き出して二人を止めさせ、両脇にダメなロリを抱えて拘束する。これで良し、

 

「威厳はお亡くなりになったけどね」

 

「うるせぇぞそこの野生児。このレジェンド・ウェポンを解き放っても良いんだぞ」

 

「とくぎはそんざいがなくなっていたということにすること」

 

「特技は行方不明という事実を残す事だけ」

 

「よくそのキチガイポケモンを掴んでいて平気でいられるね」

 

 ツクヨミとの付き合いが長いからそれで伝説のポケモンに対する扱い方を覚えてしまったというか―――うん、なんというかロケット流だ。ポケモンに対して自分からぶつかって行くというか、なんで俺がポケモンを恐れなきゃいけないんだ? というか、まぁ、大体そういう感じのノリである。無論、最初はポケモンが怖かったのは事実だ。それを克服さえしちゃえば後はそのまま突き抜けるだけだ。

 

 とりあえず、これで一番最初の業務連絡を終わらせた。次の話に移るぞ、と言葉を送るとポケモンと助手たちから返答が返ってくる。いや、ポケモンたちはそれでいいのだが、ナチュラルとヒガナもすっかりと慣れてしまったもんだよなぁ、と思う。ヒガナに関してもこの旅が終わったら正式にアシスタントとして雇ってしまおうか? 妖怪アイス狂い相手に若い子を見せつけるのも結構楽しいのかもしれない。まぁ、それはそれとして、

 

「んじゃあ次の連絡だ―――新しいパーティーの形、軸が見えて来た」

 

 一番最初にポケモンに触れた時、自分は夜という天候を黒尾と共に生み出した。それを通して自分が支配する、適性は、環境はこの空だと思ったのだ。天候を軸にする事でパーティーを活躍させてきた。ツクヨミ(ギラティナ)の力によって引き出された天候を重ね、融合させるという行動で更に戦術は広がり、そして新たな発想を生み出した。そしてその更に先へと今は進んだ。

 

 カノンの異界展開―――そして俺の決戦場。

 

 それを通して理解した。俺が支配するのはちっぽけなフィールドではなく、世界そのものだった。

 

 異邦人だから―――異世界人だから―――純粋にこの世界で産まれた人間ではないから。創造主アルセウスによって生み出されていない唯一例外の存在だから。全てが0と1で構成された中で唯一アルファベットで構成されている存在。即ち自分は異物である。そんな気持ちはないし、そうであるつもりはない。だが間違いなく世界から見れば俺は異物である。だからこそ伝説種の中ではツクヨミと最も相性が良かったのだろう。何よりも世界という存在に干渉、そして生み出せる彼女に対して。

 

「俺の適性は()()だ。天候からこれからは戦術を異界ベースに変えて行く」

 

「失礼、それは可能かしら? カノンの経歴を考えれば彼女が可能なのは解るわ―――だけど天賦でもなんでもない努力でここまでついて来た私達は?」

 

 ミクマリのその言葉にまぁ、心配するよな、と頷きを返す。

 

「問題ない。断言する()()()()()()()()、と」

 

「ボスが断言できるなら問題ないわ。それを信じる事にするわ」

 

「まぁ、基本的に約束は絶対破らないタイプだものね」

 

 男が言葉を曲げちゃあいかんのよ、と苦笑しつつ答える。そして同時に考える。これだ、この異界の展開、支配、それがこのオニキスというトレーナーに与えられた唯一の才能なのだと思う。育成に関しては実機で出来る事の真似事をしているのに近い。だがこれはもはやどこにも存在しない、自分だけの技術、能力だ。これが俺のオリジナルであり、

 

 そして終着点だ。

 

 ―――最終パーティーの構想はおぼろげにだが、既に見えてきている。

 

 後は自分の構想をどれだけ現実に出来るか、ポケモンがそれについてこれるか、そして自分がそれを再現するだけの実力を持っているか否か、それだけの問題だ。失敗すれば全てを失うだけだ。とても簡単な話だ。それだけは今までと何も変わらないのだから。

 

 ともあれ、

 

「という事で少々天候関連に関しては勝手が変わる部分はある。その調整を軽く終えたらキンセツシティ、キンセツジムでジムリーダーのテッセンとバトルだ、いいな?」

 

 返答に再び大気が震えた。誰もがやる気十分であり、PWCという明確に見える目標に対して進む力を持っていた。故にホウエン地方で起きている事件―――グラードン、そしてカイオーガは邪魔でしかなかった。

 

 その先の戦いに興味があるのだ。

 

 早々に潰して終わらすことを決めた瞬間でもあった。




 という訳でアローラの情報待ちですのよ。久しぶりの更新とまだ続けるつもりはありますのよ? って感じで更新で。オニニキの相性は空間、フィールド支配系が一番高くて、後は悪や残虐性、闇とも言える面を心に抱えたポケモンと相性がいい。間違いなく犯罪サイドの人間である。

 そして今でもなんだかんだで片足犯罪者である。


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キンセツロイヤルカジノ

「―――ふむ、俺も悪くはないな」

 

 姿見に映る自分の姿を確認する。そこに映るのは一人の男の姿だった―――ただしきわめてフォーマルな、パーティー用のタキシード姿をしていた。こういう時の為に用意した一張羅である為、しっかりとフィットしているし、値段もそれなりにかかっているが、社会人としてはこれぐらいの用意は当然の事だし、必要でもある。故に少し髪を弄ったりし、鏡に映る自分の姿を見て、満足する。これなら他人に見せても大丈夫だな、と。

 

「お似合いです」

 

「当然、俺だからな。それよりもガキどもの方はどうだ?」

 

「たぶんそろそろ終わる頃です」

 

 黒尾にそう言われ、姿見から視線を外し、振り返る。足音からすると向こうも準備が終わったのだろう、廊下、それぞれの部屋から出てくるナチュラルとヒガナの姿が見えた。氷花、カノンに着付けを手伝われた二人はパーティー用のドレスコードを守る、立派な姿をしていた。ナチュラルの方は自分と同じようにタキシードを、しかし髪の毛はちゃんと梳いており、普段見せている髪のややもじゃっぽさがなくなっている。そしてヒガナの方は薄青色のドレス姿であり、慣れない様子でヒールの方を何度も何度も確認している。その落ち着きのなさがなければ似合って見えたものの、その態度が完全に台無しにしている。

 

「そんな落ち着きのなさじゃ着ているんじゃなくて着られているぞ。もっと胸を張れ。そして自信満々に振る舞え」

 

「無理」

 

「というかなんでそんなに似合ってるの? 貫録があり過ぎるんだけど」

 

「そりゃあ決まってるだろう? 仕事でパーティーには何度も出席しているんだ、慣れなきゃ恥を晒すだけだ。そして名目上、お前らは俺のアシスタントとして雇ってるって事になってるんだ。俺に恥をかかせるような真似はするなよ」

 

 その言葉にヒガナとナチュラルが文句を言いたそうな表情を浮かべるが、色々と懸念事項がある現在、こいつらを視界から外す事は出来ないし、何より便利だから手元において教育したいという思惑も存在する。その為、これからは仕事にも積極的に絡めて行く所存だ。と、そこで考えを一旦切り離す。ドアにノック音が聞こえた。氷花が扉を開けた向こう側に立っていたのは雇われのサイキッカーだった。此方で手配した者だ。

 

「戻れ」

 

 ポケモンたちを全員ボールの中へと戻してから、自分と、ナチュラルと、そしてヒガナを指さす。

 

「三人だ、いいか?」

 

「料金は既に貰っている。何時でも」

 

「えっ、待って待って。どこに行くのかまだ聞いてないんだけど」

 

 ナチュラルのその言葉に、被っている帽子を押さえながら答える。

 

「―――Casino」

 

 

 

 

「お疲れ様フーちゃん。それじゃあ帰りの時は適当に連絡を入れてくれ」

 

「あぁ、お疲れ」

 

 そう言うとメガフーディンのトレーナーであるサイキッカーが再びメガフーディンと共にテレポートでその場から消えた―――キンセツシティに到着した自分と、ナチュラルとヒガナを残して。十年前から大規模な開発が始まり、キンセツシティは大きく発展、富裕層の住まうキンセツヒルズという高所得者向けのエリアが存在する。今、己たちがテレポートで到着したのはそのキンセツヒルズの入口に当たる場所だった。いきなりテレポートで出現した此方の姿を見てキンセツヒルズ入口のガードが警戒を見せるが、トレーナーカードを取り出して見せる。

 

「っ! これはセキエイチャンピオン殿!」

 

「話は聞いています、到着をお待ちしておりました!」

 

「ようこそキンセツヒルズへ、キンセツロイヤルカジノへの案内は必要でしょうか?」

 

「不要だ、職務ご苦労。後ろの二人は俺のアシスタントだ」

 

「は! 了解しました! お通りください」

 

 見事な敬礼によってガードマンが道を開け、その先にあるセキュリティロックが解除され、キンセツヒルズエリアに入る。巨大な建築物に様々な店舗や住居を収容したキンセツヒルズは街サイズのホテルと表現して良いような場所であり、普通の街や村とはまるで格が違う。金さえあれば何でもできるのがここ、キンセツヒルズであるとさえ言われている。

 

「態度にドン引きだよ」

 

「忘れがちだけどこのおっさん、頂点の一人なんだよね」

 

「まだオッサンじゃない。まだ」

 

 これだから若造は、と呟きながらポケモンマルチナビを取り出す。ロトムとしての性質を失っていないシドがその中から地図のアプリを引っ張り出し、こっちだ、と道を示してくれる。改めて思うがこのポケモンマルチナビ、本当に便利だ。もっとこういう機械が増えれば更にトレーナーの育成や旅路の安全性の向上が図れるんだろうなぁ、と後進の事を考えつつキンセツヒルズ内を歩けば、ひときわ巨大で、輝き、賑わっている建造物を見つける。

 

「これがキンセツロイヤルカジノか。流石に俺も来るのは初めてだな」

 

 マルチナビをしまいながらそんな事を呟く。何せ、ギャンブルとかはそこまで手を出さない―――というか、そこに手を出すほど余裕のある人生だった訳でもないのだ。とはいえ、別段嫌いという訳でもない。一般的なカジノ程度だったら何度か遊んだ事はある。だがここまで本格的なのは初めてだ。ちょっと、心が躍る。ガキどもの方はどうだろうか? そんな事を考え乍ら振り返れば、ナチュラルもヒガナも完全に白い顔をしていた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「吐き気がしてきた」

 

「何時もの服に着替えたい」

 

「……本当に大丈夫かお前ら? 何時もの威勢はどうした」

 

「ぶっちゃけヤベルタルを相手している時の方がまだマシな気分」

 

 ヤベルタルの入っているマスターボールが揺れている。破壊チャンスだと見たのだろうか。お前はそこで引っ込んでいろ。意外とナチュラルとヒガナがこういう雰囲気に弱いとは思ってもいなかった。まぁ、社交界デビューだ。良い経験になるだろう―――それにお小遣いを渡して遊ばせていれば、その内勝手に元気になるだろう。おら、行くぞ、と声をかけながらカジノの入口へと続く幅広い階段を駆け上がって行く。こういう所は初々しくて面白いんだけどなぁ、と思いつつカジノの前に来ると、出迎える様に老紳士が頭を下げた。

 

「これはこれは、セキエイチャンピオン・オニキス殿、どうぞいらっしゃいました」

 

「いえ、此方こそお呼びいただき光栄ですイグニス氏」

 

 モノクルを装着した老紳士―――キンセツロイヤルカジノのオーナーであるイグニス氏と握手を交わす。しかし、握手を交わしながらも苦笑を零す。

 

「なにもオーナーが迎えに来る必要は……」

 

「あぁ、いえ、すみません。遠い地方のチャンピオンと会えるとなるとどうしても心が逸ってしまいまして。ささ、中へどうぞ。後ろのはアシスタントさんでしょうか? 纏めて歓迎しますよ」

 

 ガードが申し訳なさそうな視線を向けてくる中で苦笑しながらオーナーと肩を並べ、ロイヤルカジノの中へと進んで行く。その名で解る通り、ロイヤルカジノはこのキンセツヒルズに住まう者だけではなく、この世界に存在するあらゆる富豪、高所得者層が遊ぶ為の世界最高のカジノだ。それに合わせ最少レートもあり得ないと言えるレベルであり、そもそもからしてキンセツヒルズに入る事が出来る人間しか遊びに来れないという超高級カジノだ。中に入った所で感じる賑わい、そして大量に消費される金の気配に、経済の動きを感じる。

 

「と、ちょっと宜しいでしょうか」

 

「えぇ、何でしょうか」

 

「少々アシスタントの方を」

 

「あぁ、はい」

 

 笑みを浮かべ乍らイグニスから視線を外し、視線をナチュラルとヒガナへと向けた。こっちへ来い、と手招きしながら懐からカードを取り出す。

 

「良いかクソガキ共。ここに本日のお小遣いを入れてあるから、好きなだけチップに変えて遊んで来い。失敗するのも成功するのもいい社会勉強だ。使うのは俺の金だからそこまで気にするな。俺も本当ならちょっと遊びたかったけど、オーナーに捕まってそれどころじゃないから、俺抜きで遊べ。あまりマナーとかそういうのは暴れない限りは気にしなくていい。精々田舎者とみられるだけだ」

 

「あ、私田舎者だからダメージないや」

 

「早速身内に裏切られたんだけど」

 

「うるせぇ、俺が知るか。そんなガチガチに緊張してないで遊んで来い。渡した分はやらんが、儲けた分に関しては自分の取り分として取っておいていいから。それで好きに遊んで来い。ここにはスロットも、ブラックジャックも、バカラもルーレットも何でもあるからな。これでちょっと社会と経済と金持ちのボンボンに関して学んで来い」

 

「わぁーい! 金だー!」

 

「聞いちゃいねぇ」

 

 ヒガナがヒャッハー、と言いながらカードを強奪するとそのままそれをチップに変えてくる為に去って行く。本当は走ろうとしたのだろうが、ヒールが原因で完全に失敗しており、ヒャッハーと言いながらも歩いている。それを見てナチュラルが仕方がないなぁ、と諦めの溜息を吐きながら、軽く此方に頭を下げてヒガナを追いかける。まぁ、あの二人に関しては大丈夫だろう。なんだかんだでナチュラルにはゼクロムがいるし、ヒガナもヒガナでリアルファイトが異常に強い。何よりも、こういう施設の警備は厳重だ。何かが起きる心配はない。それよりも、

 

「お待たせしましたイグニス氏」

 

「いえいえ、お二人の事を良く想ってらっしゃる事が伝わりますとも。アシスタントと言いましたが……」

 

「あぁ、少年の方は本人に気があればその内後継者として育てようかと考えています。私の世代はポケモンバトルにおいて実験的な部分が多かったので、その分無駄も多かった。彼の時代になれば、その無駄も省かれた、もっと洗練した優秀なトレーナーとして燃えるようなバトルを見せてくれるでしょう」

 

「なんと、それほどの期待を向けられ、彼は幸運でしょうなぁ……さ、では此方へと」

 

 途中からガードと合流しつつ、イグニスに案内されてそのままカジノの奥、オーナーの部屋へと案内される。シック調で統一された室内はカジノ全体の雰囲気とマッチしており、落ち着いた大人の気配を感じさせる室内となっていた。悪くない―――いや、寧ろ共感できるセンスだった。来客用のソファに案内されて座ると、その反対側にイグニスが座った。

 

「改めまして、貴方をこうやって拝見出来て光栄です、チャンピオン殿」

 

「どうぞオニキスとお呼びください、貴方にそこまで敬われるとむず痒いものがあります」

 

「はっはっは、いえいえ、チャンピオンはトレーナーが目指す名誉の頂点。貴方やダイゴ殿はその頂点に立つ全トレーナーの憧れですぞ? トレーナーではなくとも、私はポケモンバトルにこの魂を魅了されている! 貴方達の戦いのファンなのです。ですので、これは払うべき敬意なのです。貴方達チャンピオンという存在はそれだけの輝きがあるのです」

 

「流石にそこまで言われてしまうと照れてしまいますね、ははは……」

 

 ロックのウィスキーを用意されながら、改めてイグニスと相対する。キンセツロイヤルカジノのオーナー―――つまりは、この世界有数の大富豪となる。ありえない程に金を持っており、そして同時にポケモンバトルマニア。

 

 イグニス本人はトレーナーではない。トレーナーではなかった。だからこそ、ポケモントレーナーに憧れた。そしてこうやって金を多く得た今、彼は個人でいくつもの大会を開催したり、多額の寄付をポケモン協会へと行う事で、環境の維持やトレーナーの支援を行っている人物でもある。

 

 つまり、バトルオタクなのだ。

 

 ちょっとした社会の有名人でもある。ビジネスではなく、完全な趣味でポケモンバトル界を支えようとする老人として。

 

 ―――ちなみに、自分の給料の一部もこの老人の寄付を通してポケモンリーグから支払われている。

 

 その為、ポケモンリーグ側からはくれぐれも、粗相を働くなと厳重に注意されていたりする。そこまで俺が何かをやらかす様に見えるのだろうか? 少し前にえんとつやまを削りながらヤベルタルの捕獲に成功しただけではないか。

 

 そんな事を考えながらイグニスと他愛のない話をする。

 

 話題にするのは現在のバトル環境、レギュレーション、四天王やチャンピオンだからこそ発生する制限や、経験したバトルの話。そういう話をこのご老体は求めているのは事前に知っていたため、幾つかネタを用意して話している。酒に酔わされない様に話しつつ進めた所で、

 

「―――ご老体、それでそろそろ本題に入りませんか?」

 

「おぉ、そうでした。楽しすぎてどうも忘れてしまいまして……」

 

 申し訳ない、と謝ってくるイグニスにいえいえ、と答えつつも、聞き出す。このご老体がただの道楽で人を呼び出すようには思えない。その為、何らかの理由がある筈なのだ。故に其れを聞き出す。何故、俺を今日、ここに呼び出したのか。

 

「えぇ、実は最近、マグマ団とアクア団の活躍による治安の悪化を考えまして、やや暗いニュースが多い中、大規模な大会を開催して、明るい方へと話題を持っていこうと思っているのです」

 

「ほう、それは」

 

「総当たりでマスターズランクの大会を開催しようと思いまして、そこにゲストとして是非とも、今はホウエンに遠征している貴方をお呼びしたかったのです」

 

「それは―――実に光栄です。丁度練習試合の回数を増やそうと思いまして、こうやってお声を頂けるのは願ってもない事です」

 

「おぉ、本当ですか! ならばチャンピオン殿、貴方に是非とも紹介した人物がおるのです」

 

 パンパン、とイグニスが両手を叩いた。それに従う様にガードが頭を下げ、何かを呼び出すような動きを作った。紹介したい人物、と言われて軽く首を傾げる。それを見てイグニスが悪戯をする子供の様な表情を浮かべる。

 

「ほっほっほ、いえ、実は私もPWCの話は聞いていたのです。ですので興味を持ったのですよ、アローラ側のポケモンバトル、その文化に。調べてみればなんとも異なる環境が構築されており、これは此方の環境と、彼方の環境で一回勝負させなくてはと思いましてな」

 

「それはつまり―――」

 

 と、言葉を紡いだ所で扉にノックが鳴った。それを聞いてイグニスがえぇ、と頷きながら扉を開ける様に指示を出した。それに従い、扉が開いた。

 

「―――失礼します」

 

 そう言って中に入ってきたのは半裸の上から白衣を着た男の姿だった。それはこのロイヤルカジノという場所を考えればまずありえない格好だが、日に焼けた褐色肌はこことは違う地域の人間である事を如実に語っていた。そうやって出現した男は、両手を広げた。

 

「アローラ! アローラ地方から遠征してきたポケモン博士にしてトレーナー、ククイです」

 

 ニヤリ、とククイは笑みを浮かべた。

 

「アローラ代表として今回は出場させて貰います」




 久々の更新。こっちもちょくちょく再開の予定で。

 という訳で戦闘予約:マスターズランク・キンセツロイヤルカジノ杯

 確定出場枠にククイ、テッセン、ギーマ(カジノで遊んでた)。君も、この大会で出す選出8体を考えてみよう!


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スロット&ルーレット

「―――これ、どうしよ」

 

「どうしようかね……」

 

 目の前のテーブルには換金されたチップが置かれてあった。ギャンブルで使うのに必要なチップで、最少単位で10万だった。この時点で何を言ってるんだお前、って感じだったりする。だけど問題はポンとあの魔王系チャンピオンが投げてよこした金額は、そんな最少単位チップであっても重なって山に見える量だった。世界最高峰のカジノと言われるだけはあった。そして最低限これだけ無きゃ遊べないというのも良く理解したくなかった。

 

「普通、お小遣いでポンと1000万投げないよね……」

 

「というかこれだけないとまともに遊べないの……?」

 

「―――お客様、宜しいでしょうか」

 

 バニーガールが近づいてきた。その姿にビクリ、としながらやや声を震わせ、は、はい、と答える。後ろに逃げたヒガナがやーい、童貞やーい、と挑発してくるが、お前と交代してもいいんだぞ、と心の中で呟いておく。金髪のバニーガールは此方が困っているのを見て、色々とシステムに関して説明を始めてくれる。

 

「お客様、当キンセツロイヤルカジノは世界最高峰のカジノを謳っており、チップとはべつに、テーブルやゲーム毎に最少ベットレートが設定されています。たとえば彼方はポーカーテーブルですが、あのテーブルはワンゲーム、200万で、彼方のテーブルはワンゲーム50万から、という風なっています」

 

「ひえっ」

 

 カジノには色々とルールがあると聞いていたが、まさかこんなお金がかかるとは欠片も思いもしなかった。一度でいいからカジノに行ってみたいなぁ、とか寝言を抜かしていた自分を殴りつけたかった。もはや、自分の心には大量の金銭を消費してしまう事に対する恐怖しかなかった。オニキスはこれだけのお金をポンと投げて、本当に頭おかしいんじゃないだろうか?

 

「最少レートで遊ぶ事となりますと、ルーレットやスロットマシンの方がオススメとなります。どちらも10万チップから参加する事が出来ます。スロットは純粋に運との勝負になりますし、ルーレットの方は雰囲気を楽しむだけでしたら赤か黒、どちらか一方にベットすればお手軽にお楽しみいただけます。勿論、お手軽という事はリターンも少ないという事ですが……」

 

「……大人しくちびちびやります」

 

「えぇ、それが一番でしょう。カジノは人生を賭ける為の場所ではなく、日常の中で僅かなスリルを感じる為の場所です。適度に、身を滅ぼさない程度に手を出すのが一番でしょう。それではゆるりとお楽しみください」

 

 そう言うと笑みを残してバニーガールが去って行った。去って行くその姿を眺めていると、後ろからヒガナの声がした。

 

「―――いいケツと胸してたね……」

 

「緊張してた僕が馬鹿みたいだね……とりあえず1000万分あるから500万と500万で分けて二人で溶かそうか。うん、なんか成功するヴィジョンが見えてこない」

 

「そこで迷わず溶かすって言える辺り割と精神普通じゃないんだよなぁ……まぁいいや。折角だからブラックジャックでもやってこようかな。1ゲーム200万ぐらいで一気に溶かしてくるー」

 

「行ってらっしゃいー」

 

 2ゲームだけで大体終わるのだが彼女はそれでいいのだろうか? そんな事を考えながらカジノの二階部分を見れば、ガラス張りの壁の向こう側で酒を飲みながら老紳士と話しているオニキスが見えた。あっちはあっちで結構忙しそうに見える。普段は忘れがちだが、何だかんだで二地方のチャンピオン扱いなのだから、そりゃあ当然、重要な立場で、そういう話も出来る。普段はそういう姿を全く見せない癖に。

 

「……まぁ、スロットで適当に時間を潰そうか」

 

 お小遣い程度にお金が増えたら万歳、という事で。

 

 バニーガールに教わった事を忘れずに、レートが一番低いスロット台を選ぶ。基本的に1ラインで10万チップ1枚で、最大3ラインでラインを追加するごとにチップを1枚追加する。もっと掛け金の大きいスロット台はあるのだが、身を破滅する予感しかしないので、この一番安いスロットで遊ぶ事にする。とりあえず3ラインで遊んでると直ぐにスってしまいそうな気がするので、1ラインでスロットを開始する。

 

 10万チップを投入し、横のレバーを引く。回転し出すリールを眺め、変化する絵柄を見定める。

 

 ボタンを3回押し―――止めた。

 

 ―――7―――7―――B―――。

 

「……」

 

 惜しい、そう思いながら再びチップを投入してスロットを起動させる。だが先ほどのは偶然だったのか、今度は滅茶苦茶な絵柄だった。まぁ、こんなもんだよな、と思いながら一つ下のラインを確認する。

 

 ―――7―――7―――7―――。

 

「……」

 

 もう一度一つ下のラインを確認したら、スリーセブンが揃っていた。だが投入したチップは一枚。稼働しているのは中央のライン一つ。それを見て、無言で腕を組み、そして誘われるままにチップを三枚、投入した。そうやって3ライン全てを稼働させながら成程、と納得する。確かにこれはギャンブルにハマる訳だ。あと少し、という所で揃わないと、滅茶苦茶悔しい。

 

「……少しだけ本気出してやってみよう……!」

 

 

 

 

 イグニスとの話や交渉を終えてカジノに戻ってくる。さて、ガキどもはどんな調子かなぁ、と思っていると、まず最初に見つけたのはナチュラルだった。1ライン10万の一番安いのを延々と3ラインで回していた。やや作業的かなぁ、と思いつつもその表情は真面目で、真剣にスロットを相手にしているという事が解った。しばらくの間、後ろからその様子を黙って眺めていると、漸く気づいたのか動きを止めてナチュラルが振り返ってくる。

 

「わっ、驚いた。見てるなら言ってよ」

 

「いや、偉く集中してるもんだから邪魔するのも悪いかと思ってな。楽しいか?」

 

「うーん……楽しいというよりはいい暇つぶしになる? 計算して回せば損なく遊び続けられるかなぁ、って」

 

 そう言えば数理関係では天才的頭脳を持つ少年だったな、と思い出す。これだったらカードを全て覚えてさえいればある程度は安定するブラックジャックでもやらせれば結構儲けられそうだなぁ、なんて事を考えていると、ナチュラルの周りにヒガナがいねぇなぁ、という事実に気付いた。周りを見渡し、ヒガナの姿を探せば、ルーレット周りが物凄く賑わっているのが見えた。とりあえずはナチュラルを置き、ルーレットの方の様子を見に行く。

 

 大量の人が集まる中で、山の様に重ねられたチップが見える。その向こう側に見えるのは一人の少女だった。

 

「―――龍神様、龍神様、汝の加護を我に与えたまえ……!」

 

 ヒガナが勝手にレックウザの力を借りようとしていた。しかも感じからすると完全に否認されている気がする。それに気にする事なく、ヒガナがチップをオールベットし、ルーレットが回り出す。ヒガナが選んだのは赤の32。ボールが転がり、そして最終的に止まった場所は―――赤の32だった。

 

「レックウザ様の加護ぞある……!」

 

 これにはレックウザも困惑である。何やってんだこいつ、と思いながらもどうやら元手から大分増やしたらしく、積まれたチップを見るからに3000万ぐらいは持っていそうだった。次辺りスっちゃうかなぁ、なんて事を考えながらもう少し遊ばせておくかと思っていると、ヒガナがこっちに気づいた。今までの連勝の流れを完全に捨て、チップを全て回収するとピースサインを向けながらやってきた。

 

「私、将来ここに住むわ」

 

「まぁ、それだけツキがありゃあな。というか良くそれだけ当てられたな……」

 

「うん? まぁ、なんか、なんとなーく? どっちへ転がるか解るような感じがしたし」

 

 一応イカサマ対策にサイキッカーやエスパーポケモン、後警備用ゲンガーが店内に隠れていたりするのだが、それとはまた別の超直感、第六感とも言える野性的な部分で突き抜けているのかもしれない。羨ましい話だ、と思っているとヒガナが俺がギャンブルしないのか、と聞いてくる。いや、なんというか、

 

「基本的に俺は運が悪いからな。混乱で自傷ばっか引くとか。眠りの時間が長かったりとか。追加効果の上昇効果を引けないとか。まぁ、今じゃまだマシだけど、昔は割と酷かったし、ギャンブルは基本的に損をする前提でしか遊べないけど―――」

 

 まぁ、と呟きながらブラックジャックのテーブルを見る。アレだけなら収支プラスで遊べるかなぁ、という気持ちだった。少なくともポケモンバトルよりは脳を使わない。ナチュラルとヒガナが大損するようであれば、サクっとそっちで稼ぎ直そうかと思ったのだが、どうやら自分が思っていた以上にこの二人の子供は金運に恵まれていたらしい。

 

「まぁ、本当に金が欲しくなったらポケモンリーグから仕事を持ってくるか、出張で大会に出てくればいいからな。そうすりゃあ軽く数千万から億単位でお金稼げるしなぁ」

 

「改めて次元が違うよね」

 

「まぁ、2、3億あっても設備整えたり、投資や付き合い、研究とかでサクっと蒸発するからどれだけ稼いでも金は足りないもんよ。今だってホテルで数百万とかザラに使ってるからな。まぁ、俺達富裕層が金を大量に消費する事によって回る経済ってのもあるから、溜め込むんじゃなくて金はしっかりどっかで使えよ」

 

 まぁ、それはともあれ、と言葉を置く。ナチュラルの方も小金ではあるが、マイナスではなくプラスで終わらせる事が出来たらしい。基本的に優秀だよなぁ、お前ら、羨ましいと思いつつも換金所へと向かいつつ、話を進める。

 

「とりあえず今夜はイグニス氏の好意で最高級ホテルに部屋を貰った。そっちで一泊してからフエンの旅館に戻る。だから今夜はヒルズ内だったら好きに遊び回ってもいい。ただ、それとは別にキンセツで大規模大会をやる事になって、俺もゲストとして参戦する事になった。だからそっちの準備も進めていくぞ」

 

「え、大会あるの?」

 

「俺は免除されるが予選ありで最終的に10人規模の総当たり形式の大会がな。それをさっきイグニス氏に申し込まれ、相談してたんだよ。レギュレーションとかを含めて、な。まぁ、相変わらず拠点はフエンの旅館になるけどな。移動はテレポート屋を雇ってサクっと終わらせる」

 

 キンセツシティのジムリーダーテッセンは参戦ほぼ確定、現在のアローラ代表として、そしてこの世界に対してアローラ地方をアピールする為に来たククイ博士も確定枠だ。驚いたのはイッシュ地方の四天王、ギーマが普通にカジノの高額レートテーブルで遊んでいた事で、そして参戦するという話だ。遠征組である以上、彼は予選を通る必要があるだろう。とはいえ、ほぼ確実に突破してくるだろうとは思う。

 

 それに加え、規模はマスターズ級、つまりはポケモンリーグやそれに匹敵する最上位リーグクラスの規模と決定されている為、PWCへと向けた調整や情報収集の為には非常に良い場所となっている。何よりも自分も、新しく調整された面子の様子を見る機会だと思っている。全ての手持ちが異界の展開に適応出来た訳ではないし、全てがそうする必要はない。基点とする異界は2、3あれば良い。バウンスが異界を展開出来たってそこまで意味がある訳ではないのだから。

 

 ―――ともかく、

 

「練習試合を探していたつもりだが、思わぬ掘り出しものだった。俺は早速ポケモンリーグに申請したりしなきゃいけないし、忙しくなるな」

 

「凄く楽しそう」

 

 そりゃあ勿論そうだ。面倒な仕事は多いし、雑誌取材に応えなきゃいけない事はあるし、自由な時間だって大きく減るだろう。それに何時死ぬのだって解りもしないし、義務も多く存在する。それでも好きなんだ、

 

 ポケモンバトルが。

 

 全力で鍛え上げ、導くポケモン達と戦うあの舞台が何よりも。だから、

 

「ま、苦にはならないさ」

 

 苦笑しながら今夜の宿へと向かう事にした。




 という訳で大会はいりまーす。意外と金運のあるガキ共。そして次回から大会準備で。情報公開+作戦会議って感じっすな。


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コミュニケーション 黒尾

「―――やっぱりPWCへと向けて、ポケモン協会も相当苦労しているみたいだな」

 

 新しいリミットとレギュレーションが出されてきた。今回のは寧ろ、キンセツロイヤルカジノ杯へと向けた調整だろう―――なにせ、これが世界で初、アローラが他の地方と公式大会に出場するものとなるのだから。リミット、レギュレーション、そして()()()()が非常に慎重な調整を求められる様になってきた。とはいえ、今回の変化によるアレコレは寧ろ全体的にスッキリさせ、競技としてはより、読みを強くさせる要素が増えた様に思わせる。

 

 主な要素はシステム的な制約による戦闘時に使える技数の制限がある為に覚えている技を付け替えて戦いに挑む必要がある事。ポケモン一人が保有できる身体的や概念的なスキルとは別に、育成によって習得した固有スキルの保有数の制限と特性の保有制限。そして一部のポケモンが保有して良い技の制限だろう。まぁ、妥当な所だと個人的には思っている。今回のシステムアップデートによってポケモン・トレーナー共に色々とやりやすくなったなとは思う。

 

 後は専用能力の発達、発掘、開花の話だ。

 

 アローラという環境はシステマチックなバトルをしているこのカントーを中心とした地方とは違い、非常にカオスで自由な環境を持っているという。その風土柄、異能型トレーナーの数が非常に多く、そしてそれが影響して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも言える。その結果生み出されたのが、

 

 ―――Zワザ、専用スキルである。

 

 通常に習得している技とは別の領域に専用スキルを異能を通して格納し、トレーナーとポケモンの結びつきによって発現させる、そのポケモンのみが習得する専用のスキルと言えるものとなっている。この専用スキル領域を確保する事によってZワザ等の奥義級の技をポケモンに個人的に覚えさせているらしい。育成家としては非常に気になり、そして驚かされる話だった。

 

 アローラの環境は此方とではまるで違う為、非常に良い刺激になった。ククイもどうやら育成研究畑の人間らしく、カジノではついつい話し込んでしまった。その事もあり、この大会では間違いなく、新たなアローラ文化がバトルに取り入れられるだろう。というか既に取り入れた。新しいレギュレーションを守る様に既に黒尾だけは先行させて育成を終わらせておいた。シドもそこらへんは非常に楽だった。こういう時は育てやすいポケモンがいる事が喜ばしい。

 

 ともあれ、アローラ地方からククイが持ってきたデータを参考にしつつ、とりあえずは黒尾とシドだけ、専用込みでの育成が完了した。既にポケモン協会に提出済みで、此方も許可を得ている。ちなみに黒尾の専用はこうなっている。

 

『異界:奈落に咲く煉獄の花』

60秒間(6T)の間、異界のみで上書き可能なら領域を形成する

領域展開中の間に回復効果が発生した場合、その効果を反転させる

1試合1回

 

 効果はシンプルに回復の反転化となっている。たべのこし等を使った居座り、或いはじこさいせいやオボンのピンポイント読みで使えば一気に相手をそのまま自殺へと追い込む事も出来る。それだけではなく、黒尾が回復の反転が出来るという情報が相手に伝われば、それだけで相手は手持ちから回復効果を使えるポケモンを入れづらくなる。奇襲であっても美味しいし、バレても問題なく牽制になるという専用、異界効果になった。そして二つ目、シドのはこういう形になった。

 

『Nightmare Parade!』

悪タイプ、特殊、威力240、命中100、非接触の音技を繰り出す。奥義技

ダメージが超過した場合は並び順で次のポケモンに対して超過分のダメージを発生

1試合1回

 

 此方はどちらかというと奥義、アローラで言うZワザに近い形になっている。アローラでは異能の才能がない人間はZクリスタルをポケモンに持たせて補っているらしいが、それ以外の人間は異能を使った拡張領域にポケモンにこういうスキルや技を覚えさせている為、そのやり方を真似たものになる。

 

「―――ま、どうせ他の連中も今頃は似たような実験や育成を試してるか」

 

 アローラからもたらされた新たな環境の変化、それは今の固まった環境をまぜっかえす手段となる。場合によってはジャイアントキリングさえできるかもしれない。それだけのポテンシャルがアローラからもたらされる概念にはあった。故に、自分にも使えないかどうか、他の所も必死に試しているところだろう。

 

「とりあえずは次の大会に参加する面子を選出しなきゃなぁ……」

 

 メイン6のサブ2で合計8体までの選出がカジノ杯では決まっている。現在、自分の手持ちで参加できるのは黒尾、シド、カノン、ナタク、氷花、メルト、ピカネキ、ミクマリ、ダビデ、そしてナイトの合計10体だ。スティングは流石に無理があり過ぎるので出場不可能。つまりこの10体の中から参加する8体を選ばなくてはならない。

 

 まず黒尾、シド、メルトは確定だ。最近のバトル参加の事を考えればダビデとミクマリも出しておきたい。となるとアタッカー不足を解消する為に必然的にナタクが入る。後はカノンは正直現時点では隠しておきたい部分があるので出場を外し、ピカネキとナイトを実験する意味で投入。

 

 不参加は氷花、カノンでそれ以外で参戦という所だろうか。スティングがいないとメインアタッカーがナタク一人に集中してしまうのがやや痛い編成だな、とは思う。とはいえ、チャンピオンの意地でこれぐらいの事はこなしてみせる。

 

「さて、出場確定しているので問題は―――」

 

 ギーマ、テッセン、ククイの三人か、と息を吐く。

 

 ギーマに関してはイッシュ地方の四天王という経歴があるだけに、ビデオを取り寄せればそれで対策も出来る。悪系統を好むギーマは生粋のギャンブラーで、奴は一つ、物凄くめんどくさい固有の異能を持っている。

 

 ()()()()()()()()()

 

 12面サイコロを用意し、ダイスを振った結果を発動させる。ギーマが保有するこの異能で、既に確認されている効果は以下の通りだ。

 

1:必中を付与する

2:攻撃が急所に当たる

3:攻撃を回避する

4:攻撃を耐える

5:相手をくろいまなざし状態にする

6:てだすけ状態になる

7:マジックコート状態になる

8:優先度が+1になる

9:状態異常を回復する

10:体力を完全回復する

11:身を守る状態になる

12:一撃必殺を付与する

 

 これだけを見れば凄まじいレベルで優秀な能力だろう―――だがここはギャンブラーらしく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というデメリットを抱えている。これをギーマは狂ったように毎ターン振るい、戦っている。本当に博打中毒とも言える存在だ。しかも今回のロイヤルカジノ杯、出場するのはロイヤルカジノでイッシュ地方へと帰還する為の旅費を全てスってしまった為である。なにやってんだあいつ。

 

 まぁ、ギーマは悪統一しているだけまだマシだ。何せ、格闘技の一貫性が非常に高い。こうなってくるとナタクとピカネキでそれぞれ3タテすれば問題なく勝利できるだろう―――そこまで甘い相手ではないが。ともあれ、此方はまず間違いなくイカサマダイスを持ち出してくるだろうが、対策は比較的に楽だ。年代もそう遠くはないから、純粋にトレーナーの腕前としての勝負になる。問題はククイとテッセン―――テッセンからだ。

 

 キンセツシティジムリーダーテッセンは電気タイプの統一パーティー使いだ。それなりに年季が入っている他、電気統一としては非常に完成されたパーティーを持っている。テッセンの個人用パーティーは完全な電気統一ではなく、()()()()()()なのだ。つまり全てのポケモンが鋼と電気タイプをデルタ因子や変種化を通して保有している、という非常に面白いパーティーになっている。だが、それだけではない。テッセンは固有戦術として()()()()()()()()()()()()()()という能力を使ってくる。

 

 この上で磁力の性質を使って鋼タイプの素交代不可の付与、そして鋼破壊の技を使ってくる。

 

 流石に長い間ジムリーダーとして一線を張っているだけあって、かなり恐ろしく優秀だ。

 

 そして最後にアローラのククイ。彼は手持ちのほとんどがアローラ地方独自のポケモンで構成されており、当然ながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。此方のリーグ環境とでも言うべき環境とは、まるで違う育ち方をしたポケモンを連れている―――それだけでだいぶ厄介なのに、ククイ自身がアローラ地方において1,2を争うポケモントレーナーらしい。

 

 割と真面目な話、燃えてくる。

 

「ま、メタ読みによる対策は元々無駄な話だな、この領域に入ると……」

 

 後はどれだけ相手の構築に対して、サブを含めて編成で戦術的に崩せるか、という点になるな、と思う。

 

「問題はナタクが落ちたら火力が一気に落ちる事か……いや、これはまだ何とかなる。だけどパーティーコンセプトを変えた結果スキルでの交代が減ったからテッセンの磁力拘束から逃れられない可能性の方が上がってきたな。ミクマリが出来るけどタイプ的な問題で相性は良くない。となるとそれを考慮して上から叩く必要があるか……」

 

 呟きながら本土の方から送らせた資料を睨む。さて、頭の中に相手の指示や動きのクセを徹底して叩き込まなきゃな、

 

「お―――?」

 

 と、思った所で、思考を中断する様に腹に黒い尻尾が巻き付いた。あららら、と声を零しながら資料を手放すと、ポケモン特有の剛力によってあっという間に持ち上げられ、更に追加で尻尾を巻きつけられ、そしてそのまま、後ろへと―――床に敷かれた布団の上へと引っ張り出されてしまった。その犯人である黒尾は後ろから抱き着く様に両腕を回し、逃がさないように尻尾を巻き付け、包囲網を作ってしまった。

 

「黒尾や、俺は今忙しいんだが」

 

「ここ数時間、休ませようとするたびに同じ言葉を繰り返すので強制的に休みです。時間が足りず、熱中しているのは解りますが、私の主としてその健康も大事にしてくださいね?」

 

「む」

 

「全く、歳は重ねても中身はまるで子供のままですね」

 

「そう言ってくれるな」

 

 体から力を抜いて、黒尾のそのもふもふの尻尾に包まれながら息を吐く。何時もの事乍ら、こうやって全身を彼女の尻尾に沈めていると、その感触とは別に、安らぎや安心感とも言えるものが心に満たされて行く。あぁ、そう言えば黒尾に魂を食わせていたな、と思い出す。子供の頃は特に考えもしなかったけど、大きくなってポケモン図鑑を確認したり、情報を集めると意外と物騒な情報で多かったりするよなぁ、とも。とはいえ、黒尾との件は完全に合意なのだが。

 

「主?」

 

「いや、なんでもない。お前と一緒にいると落ち着くってだけの話だ」

 

「やるべき事が多いのは解っていますが、それでも倒れでもしたら困るのは貴方だけではなく周りもそうである事を自覚してくださいね? 年齢だけを見るなら十分に大人と呼べる年齢なのですから」

 

「あぁ、いや、解ってるさ。ただな、新しいものに触れるとどうしても興奮してしまってなぁ」

 

 アローラの持ち込んだバトルの新概念は本当に面白いのだ。それに新しい技まで存在していた。これはきっと、俺が知らない世界の続きなのだろう。俺が此方へとトリップしてから新たに販売されたシリーズか、或いは純粋に世界はその程度ではなかったという話だ。だから、心の底から安心した。

 

 世界は終わらない。まだ未来が残っている。

 

 オメガルビー、アルファサファイアと呼ばれる物語が終わりを迎えても、消える訳じゃないのだ、と。俺の今までの苦労とケジメにもちゃんとした意味があったのだと、漸く答えを得た気分だった。

 

「明日が開会式で、予選が三日、そこから本戦開始まで四日の猶予がある。つまりは一週間程、俺の出番まで時間がある」

 

「それまでにどれだけアローラの専用の概念を取り入れられ、新しいシステムに適応させられるか、が勝負ですね?」

 

 あぁ、と黒尾に答えながら目を閉じる。とはいえ、そろそろ脱落しそうなのもいるのも事実だし、スティングの治療もどうにかして見つけないといけない。アレはまだ心が折れていない。まだ戦えるつもりで()()()()()()()()()のだ。おそらくその精神力だけに関しては、手持ちのポケモンの中で最高を誇っているだろうと思う。

 

「ま、俺も育成力5段階評価の内、6段評価―――規格外評価を食らってるんだ、間に合わせて見せるさ」

 

 最高のバトルを求めて。戦うのが好きなんじゃない。勝つのが好きなんじゃない。全力と本気を出しつくした上で勝利するのが好きなのだ。ポケモンバトルでだから、全力を尽くしたい。それが今の、己の人生の全てだ。

 

 その為にも、サクっと優勝トロフィーは頂いて行こう。




 という訳で休載している間にポケマススレを参考に裏でデータを再構築してた。やっぱテンプレの出来上がってるところは参考にするとデータ作りやすいかなぁ、って。

 前々はもうちょっとフレーバー的にポケモンバトルをしていましたが、今回からはキチっとしたデータ作って、数値部分は曖昧にしているけど出来る事、出来ない事に関してはハッキリとした風にデータ固めました。サンプルの方がツイッターのログにあるので、興味のある人は其方へ。正直公開するかは迷ってる。まぁ、今までやってきてないしやらなくてもいいかなぁ、とは思ってるけど。

 敵側のデータもちょくちょく作成しているし。

 ちなみに今まで浸かっていた二律背反はデータ化するとこんなもんです。

『歪み捻じれ並ぶ二律背反』
フィールドや天候等、本来であれば発動する場合は上書きして発動する物を重ねて同時発動させる事が可能となる。
この異能は上書きが発生する時に宣告する事によってその効果を発揮する事が出来る。
1試合3回

 まぁ、データスッキリさせたので前とは勝手が違ってますが、競技としてのポケモンバトルとしてはもっと読みの深さとか出たんじゃないかなぁ、って思う。


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キンセツロイヤルカジノ杯

 ―――キンセツシティには一つの巨大なスタジアムがある。

 

 無論、それはキンセツシティのものでありながら、ヒルズに住まう者達が資金提供した影響で無駄に豪華に、そして大きくなったポケモンスタジアムだ。だがそれだけスタジアムの機能としては信頼できるという事でもある。バトルの殿堂。それぞれのリーグが保有する最大スタジアム規模のキンセツスタジアムは、大規模なバトルを行える、ホウエン地方屈指のスタジアムとなっている。そんなキンセツスタジアムは凄まじい規模の観客で溢れかえっており、座れる席は全て埋まっていた。それだけではなく立ち見に漕ぎつける者までおり、ホウエン地方だけではなく、他地方のメディアまで入り込んでいた。客席を見ればそこらに紛れ込んでいるレポーターとカメラマンの姿が見える。

 

「―――やれやれ、大騒ぎになっていますね、イグニス氏」

 

「えぇ、喜ばしい事ながら、誰もが注目していたのでしょう。アローラ地方とそれによって変わってくるポケモンバトルの環境を実際、私も全く興奮を隠せませんよ、この大会で繰り広げられるバトルを思うと。私もトレーナーとしての才能があれば良かったのですがなぁ」

 

「いえ、イグニス氏は此方の才能があったからこそ今のバトルを盛り上げられるので、悲観する事はないかと」

 

「ははは、嬉しい事をおっしゃってくれますなぁ。では開会の挨拶を行いましょうか」

 

 イグニスの後ろを付いてスタジアム全体を見下ろせた貴賓席からスタジアム内へと移動する。所々に感じるガード等の気配を察知しつつ、ナチュラルとヒガナの方は大丈夫かと少しだけ、心配する。あの二人はこういう大舞台に全く慣れていない。いや、バトルの場となれば話は変わってくるだろう。だが開会式の挨拶に参加出来る程神経は太くはない。

 

『まぁ、何だかんだで中身は子供だからな、二人とも。まだまださ』

 

 再育成の完了したナイトにそうだな、と息の下で答えつつ、関係者席で今頃ジュースでも飲んでいる二人の姿を想像し、軽く笑い声を零した。まぁ、子供は笑っていられる方が良いだろう。変な苦労は此方である程度、潰れない程度には請け負えばよい。そんな事を考えている内にスタジアムの上部から降りてグラウンドフロアへと下がり、そのまま関係者用通路を通る。スタジアム中央へと繋がる通路の入口で、足を止める。

 

「それでは私は此方の方で」

 

「えぇ、お呼びするまでは少々お待ちください。それでは開会式の挨拶を始めてきますな」

 

 スタジアム中央へと向かうイグニス氏を見送りながらも、小さく呟く。

 

「ツクヨミ」

 

「敵の気配も形跡もないから大丈夫よ? ヤー子がいるおかげで完全な警戒態勢は出来てるし」

 

 ガードが此方へと視線を向ける。しかしそこには誰も存在しない。既にツクヨミもヤベルタルも、次元の向こう側―――やぶれたせかいへと姿を隠している。人間や並のポケモンでその姿を探し出す事は不可能だ。一応、あのフーパ使いの事を警戒しているのだが、最近は全く気配を感じない……何か別の事に着手しているのだろうか? ともあれ、スタジアム中央に到達したイグニス老へと視線を向けた。マイクを手に、この大会の開催経緯を彼は口にしていた。

 

「―――私は、ポケモンが好きです。子供の頃はポケモンマスターになるのだと憧れた一人でもありました。ですが、そうするには私は決定的にトレーナーとしての才能に恵まれませんでした。ポケモンをまともに育てられず、バトルの読みも下手で、ポケモンを同時に指揮する事も出来ませんでした。私は、トレーナーになれませんでした」

 

 それは有名な話だった。彼はポケモントレーナーとしての才能に恵まれなかった。だからこそ、

 

「私は、バトルが好きです。ですが結局の所、自分が戦うのではなく、バトルという行い自体が好きだと解りました。皆さんも解る筈です。極限まで鍛え上げられたポケモン達をトレーナーが最善を得る為に相手の動きを読み、出し抜こうとし、指揮し、そして技を突き刺そうとするあの勇姿が、あの熱狂が私は忘れられませんでした。応援しているトレーナーが頑張る姿を見ているとまるで自分が戦っているような気分になりました。私は、トレーナーではありません。才能がありませんでした。ですが、そんなトレーナー達が安定して戦い続けられる環境を創る事が出来るかもしれないと私は思ったんです」

 

 それがこの老人の人生だった。

 

「ポケモンバトル、その環境維持、団体の管理、多くの面で金銭を必要とします。ですから私は毎年、多額の寄付をポケモン協会へと行っています。何故か? 答えは簡単です―――私がポケモンバトルを愛しているから。それだけです。ええ、そしてそんな道楽が興じて、ついにはこんな大会まで個人で開催する様に至りました。ですが今大会は私の道楽だけではありません」

 

 皆、知っている筈です、と言葉が置かれた。

 

「―――ポケモン・ワールド・チャンピオンシップ、通称PWC」

 

 その言葉に会場内の沈黙が破られ、ざわめきが起き始める。やはり知っている者は知っていたらしい。ある程度協会の方から情報がリークされているが、世間一般で確実に認知されている訳ではなかった。こうやって明確にマスメディアに公開されるのは初めての出来事ではないだろうか、漸く、本当のPWC開催の情報が、そのベールが解かれた。

 

「2年後、アローラ地方でこれが開催される事になります。既に参加資格のある地方チャンピオン、四天王、地方リーグ優勝経験者はこれを通知されており、2年後の大舞台に向けてポケモンの育成と経験の取得に走っています。えぇ、もうお分かりいただけたでしょう。このPWCは今までのものとはまるで違います」

 

 ざわめきの中で、彼の声はマイクに乗って強く響いていた。

 

「現在のポケモンマスターの称号はそれぞれのリーグがチャンピオンやチャンピオン討伐者に対して与えられる名誉の称号です。ですがこのPWCは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そうです。この意味が解りますかな? えぇ、そうです。本当に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という大会でもあります」

 

 ポケモンマスターの称号の返却、それは大きな波乱を呼ぶだろう。だが、それで文句を言うような奴は純粋なトレーナーではない。

 

 ―――ポケモントレーナーとなったからには、ポケモンマスターを目指す以外の選択肢はない。

 

 その為に今の名誉を返却する何て事、問題ですらない。

 

「―――故に、私は此度、PWCの先駆けとして、世間の皆さんに2年後に開催されるアローラという地、そしてその環境の違いを肌で感じて貰いたいと思い、ゲストをお呼びしました。……ククイ博士、どうぞ登場お願いします」

 

 イグニスの呼びかけに応じて、一瞬の吹雪が発生する。イグニスを囲む様に発生した竜巻の様な吹雪は空に大量の結晶をばら撒きながら、消えるのと同時にその中央に新たな姿を見せる事となった。そこに出現したのは褐色肌のラフな格好をするアローラ出身のトレーナーにして博士、ククイの姿だった。その横に立つのは白く、そして尾の形状が違うキュウコン―――アローラにしか生息しない、アローラという土地に適応したリージョンフォームのキュウコン、アローラキュウコンだった。その美しさはカントー等で目撃するキュウコンに匹敵し、幻想的な光景と合わせ、一瞬でスタジアムの人々から呼吸を奪った。

 

 その中で、ククイはマイクを受け取った。

 

「やあ皆さん、アローラ! あぁ、アローラというのは僕が来たアローラ地方における一般的な挨拶です。そういう訳で、僕がアローラ地方でポケモンの生態と、そして技に関する研究を行っているククイ博士です。今回は暫定的なアローラ代表という地位を得て、このホウエン地方までイグニスさんの招待もあって遠征してきました……ですが、皆さんが興味あるのはそういう所ではないでしょう」

 

 頷きと早く教えろ、という声が響いてくる。それを聞いてククイが苦笑する。

 

「えぇ、ご覧のとおり、彼女はキュウコンです。ですが普通のキュウコンではなく、アローラにしか生息しないアローラキュウコン、と呼ばれる地域によって異なる進化を得たキュウコンです。此方の地方では炎タイプのキュウコンが一般的らしいですが、此方ではフェアリーと氷タイプの複合タイプのキュウコンが見つかります」

 

 ククイの話を聞いて思う。絶対にドラゴンを殺すという殺意を感じさせるタイプ相性だな、と。アレで基本的な特性がゆきふらしらしいし、氷統一かあられパの利用者が凄まじく歓喜しそうなポケモンだよな、と思う。

 

「えぇ、ご覧のとおり、アローラでは独自の進化を得たポケモンが多いです。それだけではなく、環境に合わせてバトルの環境、そして人々の資質まで大きく違います! そう、全く違うんです! ここ、ホウエン地方と、そして僕がやってきたアローラではまるで環境が違う! 学者として、ポケモントレーナーとしてこれまでに興奮する事はあるでしょうか? 私はアローラが他の地方の環境、文化に触れる事によっておきる新たな環境がとても楽しみでしょうがない! きっと、ポケモン達もその変化を受け止め、新たな進化を見せてくれるに違いないと思っている!」

 

 ククイの言葉にスタジアムが熱狂し始める。いや、既に熱狂している。アローラ地方はリゾート地としては話題に上がるが、ポケモンバトルとは程遠い場所にあった為、環境の事に関してはほぼ未知の領域だ。その中で熟成されたアローラのバトル文化がこの最新の世界でどういう影響を与えるかを、誰もが想像している。

 

「そういう事で、僕は改めて今回、参戦できる事を誇りに思う。そして同時に、ゼンリョクの超熱いバトルが出来る事を信じている! なぜなら―――」

 

「えぇ、最後のゲストに出て来て貰いましょう」

 

 此方へとイグニスが目配せしてくる。それに従い、帽子を片手で抑え、黒いコートを揺らしながら歩いてスタジアムに出る。既にホウエン地方を歩き回って姿が露見しているとはいえ、堂々と大会に出場するとは思わなかったのだろう―――この姿がスタジアムに出現するのと同時に、様々な歓声が爆発する様に響いた。心地よい、観客たちの声だ。それを受け止めつつククイとイグニスの横まで歩いて進み、待っている間に受け取ったマイクを持ち上げる。

 

 開いている左手で帽子を押さえたまま、低く声をマイクに通す。

 

「―――静粛に」

 

 瞬間、全ての声がスタジアムから消失した。

 

 統率とは即ち()()()()に通じる。異能がフィールドや異界となったのも大きく影響したのは支配、統率、指揮、という資質に影響を受けてのものだと思っている。そして観客とは統率者にとっては味方でありながら敵であり、バトル中に支配す(魅せ)る存在である。故にこのぐらいは容易に出来る。

 

『スティング使い潰した辺りからここらへん、貫録が非常に出てきたな。大分ボスに近い感じだ。プライベートじゃまだまだだけどな』

 

 あの背中にはまだ遠い。そう思いながら、口を開く。

 

「俺の名は―――もはや言うまでもないだろう。見れば解るだろう、俺が誰であるか、なんて。そんな事は欠片も重要じゃない。それは今、俺を見ている貴様らだからこそ解る事だ。あぁ、正直に言おう。俺にもPWCの誘いは既に来ている。そして既にその準備や調整を進めている……無論、この大会も俺のパーティーの調整や実験で参加するつもりだ。この意味が解るか?」

 

 スタジアムからは声が起き上がらない。此方の声に従って沈黙を保っている。

 

「俺はPWCに出る。貴様らはどうだ? 出るのか? 或いは出たいのか? どちらにしろ、出るのであれば―――貴様らは()()()()()()()()()になる。或いは()()()()()()()()()、それを計るいい機会でもある。貴様らとて、滅多な機会では挑めぬ頂きと勝負するチャンスだ。逃したくないだろう? 逃す訳もないだろう。賞金だとか、偵察だとか、忘れてかかって来い、俺は常に全力で戦える挑戦者を求めている。貴様らが真に俺の好敵手たり得るか、それを確かめてやる」

 

 顔を持ち上げ、スタジアムを見渡す。大量の観客たちが此方へと視線を向ける中に、幾つか闘争心の入り混じる視線を感じる。

 

 基本的にチャンピオンは自由に大会に出場し、戦える訳じゃない。今回は本当に特別な舞台となっている。その為、経験を重ねるチャンスなのは俺だけにとってではない。

 

 この大会に参加したトレーナー達にとって、世界最高峰のクラスを感じ取り、どのラインを目指せばいいのかを理解する為のチャンスである。セキエイリーグも良くも、まぁ、これを許可した。やはり、出資者をないがしろには出来ないという事だろうか? どうでもいい話だ。

 

 俺も新しい戦術、構築、自分の資質と向き合い、競技場で試せる。

 

「残念ながら俺の予選は免除されている。故に俺と戦いたい者は勝ち抜き本戦で会おう―――以上だ、俺にホウエンの流儀とやらを見せてくれ」

 

 歓声が爆発した。この様子を見るに、相手の心配を考える必要はなさそうだった。果たして参加者たちの目からはどういう風に映るのだろうか? 頂点に立つ憧れか、打倒すべき魔王か、はたまた自身と競い合う好敵手か。

 

 どちらにしろ、

 

「楽しみにしている」

 

 それは本心の言葉だった。




 ポケマススレ式にデータあ大分近くなったんで、どこまで見せて良いものか困っている……が、まぁ、次回は予選の様子+戦闘準備です。

 皆も現在の選出8体でククイ、テッセン、ギーマ相手に誰と何の道具を選出するか、考えてみよう。カノン・スティング抜きの選出なので打撃力はナタクとピカネキしかないというのがポイント。


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予選結果と準備

 ―――開会式から数日が経過し、予選が終了した。

 

 場所はフエンの旅館で、出揃った映像や資料を前に対策と戦術を組んでいた。

 

 結果から言えばある程度予想通りの面子が予選を突破していた。まずは当初の予想通り、テッセン、ククイ、そしてギーマが予選を突破していた。予選を突破したのは全部で9人、それに自分を加えたトータル10人がキンセツロイヤルカジノ杯の最終出場者になる。出場者が決定した所で、そのリストを此方で手に入れる事も出来た。その中身はこうなっている。

 

 1:テッセン

 2:ヒムロ

 3:リッケン

 4:ギーマ

 5:トウコ

 6:エルマー

 7:アデル

 8:エリック

 9:ククイ

10:オニキス

 

 これがキンセツロイヤルカジノ杯、通称カジノ杯の参戦者だった。予選では二百を超えるトレーナーがいたのだから、これを見るなら予選でどれだけふるい落とされたのかが伝わってくるだろう。ともあれ、それぞれのトレーナーの評価を行う。全てのトレーナーに対して対策を行うのは不可能故になるべく自分らしいバトルを行う事が重要だ。故に相手の傾向、戦術を把握する事にする。この場合、テッセンとギーマは一旦横に置いて行き、個人的に注目している幾つかのトレーナーをピックアップする。

 

 まずはヒムロ―――前年度チャンピオンリーグでカントーベスト8入りをしたトレーナーだ。カントー出身であるが故、そのスタイルは育成タイプになっており、良く鍛えられたポケモンによって上から押し潰すというスタイルで戦ってくる。鈍重ではあるが火力の高いポケモンを使ってくるそのスタイルは()()()()()を思い出させる。流石にあの特徴的な口調はないが、サイクル戦術が主流な現在のカントー・ジョウトでは珍しい話ではない。

 

 それを流行らせたのは自分なのだが。

 

 サイクル構築、つまり交代する事でアドバンテージを稼ぐというスタイルだ。攻撃にとんぼ効果を付与する、或いは条件を満たす事によって任意の味方と交代する事によって有利な対面を作り、アドバンテージを稼ぐというスタイルだ。実はこのサイクル構築が今、一番主流のスタイルとなっている。その理由はシンプルに能力上昇や有利相性での対面を作れる他、()()()()()()からだ。

 

 見栄えが良いというのはポケモンバトル―――それもプロフェッショナルにとっては非常に重要な事だ。

 

 なぜならポケモントレーナーの活動には金がかかるものだ。その戦闘そのものが売りでもあるのだから。ポケモントレーナーが一定レベル以上の活躍を望むのであれば、必然的にスポンサーか、或いは資金提供を行ってくれる団体への所属が必要となってくる。それ抜きでトップ環境へと食い込める者はまさしく魔人の名に相応しいだろう。

 

 まぁ、そんなの自分が知るのでは一人しかいないのだが。赤い帽子を被っているアレ。

 

 ―――ともあれ、そんな事もあってサイクル構築は人気が高い。見栄えがいいし、戦術としても完成されたものはレベルが高い。基本的に環境はトッププレイヤーが構築し、カントー・ジョウトのトッププレイヤーである俺が其方に関しては生み出した。俺がサイクル構築をしていたので、自然と皆がそれを真似しているというのに近い。

 

 そう言う訳で同じカントー出身の彼に関しては注目している。何よりもエースがフシギバナというのが良く解ってる。いいよね、フシギバナ。厚い脂肪込みだと中々落とせなくて大変だよね、フシギバナ、と昔のトラウマを思い出しつつ、他のトレーナーの情報を見る。

 

 ―――トウコ・ホワイト。

 

 最終戦歴()()()()()()()()()。伝説種()()()()()()()()()()地下鉄(サブウェイ)に潜ってしばらく姿を消した後に浮上、真っ直ぐホウエンへとやってくる。若手の中でも最強の一角と呼ばれているルーキー。

 

 これ絶対レッドの刺客だろ。

 

 地下鉄から出てきたという時点で嫌な予感しかしない。地方リーグ優勝経験者という時点で腕前はかなりのレベルになるのが解っている。おそらく、この大会のダークホースはこいつになる。叩き伏せた上でレッドを見なかったどうか、ついでに聞き出してみる事にする。基本的な手持ちの情報は存在する。エースにサザンドラを持ち出してくる辺りに、親近感を抱ける。やっぱりサザンドラの安定っぷりは素晴らしいと思う。固有の戦術でどうやら特性やスキルを封印してくるらしい為、此方もかなりの強敵になりそうだ。

 

 その他にも注目すべきトレーナーはいる。その一人一人の事を考えながら、対策と戦術を練る。

 

 今回の構築はカノン・スティング・氷花が抜きの構築であり、意図的に()()()()()()()となっている。今までの構築が何度も何度も回転を行う完全なサイクル構築の中、これからは異界展開やそれに伴う効力を利用する為にサイクル速度を落とした、半サイクルとも呼べるような構築になる。その実験と、調整の意味合いが強い。それぞれの役割を記すと、こうなってくる。

 

 先発:黒尾

 アシスト:ナイト・ミクマリ・ダビデ・シド

 アタッカー:ナタク・ピカネキ

 バウンス:メルト

 

 ピカネキは育成した結果、より攻撃に特化した―――というより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()打撃力を手に入れたというのに近い。ピカネキ自身、モチベーションは高いが最優秀と呼べる領域に入れるかどうかで言えば、そこまで、という訳でもない。残念ながらスタメン争いとしては脱落が半分決定しているし、ピカネキもそれを十分理解している。その為、使ってやれるのはこのホウエンにいる間ぐらいだ。

 

 ホウエンでの旅が終わったらこの後どこで働きたいのか、或いはどこで活躍したいのか、それを相談する予定でもある。そして希望次第では居場所を用意するし、移籍交渉も行う予定である。基本的にスタメンから外れて使用機会のなくなるポケモンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これは一つ、こだわりでもあり、そして一緒に戦ってくれたポケモン達に対する感謝と報酬とも呼べるものである。とはいえ、あのピカネキの事だからナチュラルの手持ちになりたいとでも言いだしそうなのだが。

 

 ―――閑話休題。

 

 カノンとスティングがいない以上、打撃力に関してはナタクとピカネキ頼りになる為、ナタクは確定枠として、ピカネキの選出優先度は非常に高い。こうなってくると確定枠は三つになる。黒尾、メルト、そしてナタクだ。こうすると編成は二種類にまで絞れる。

 

 ピカネキを抜いてアシストを増やした搦め手の強い編成。

 

 或いはピカネキを入れた上から殴って必ず殺す編成。

 

 編成A

 黒尾

 メルト

 ナタク

 ピカネキ

 シド

 ダビデ

 

 この編成は解りやすいスタイルだ。固有である殺意のフィールド、名称は『殺意満ちる最終処刑場』を最大限活用するスタイルだ。殺意の充填条件にスキルを一部育成しなおした結果、黒尾、ピカネキ、シド、ダビデが大量供給できるようになっている。それをナタクとピカネキへと供給する事で連続で消費しつつ相手を上から殴り殺すという形になっている。なおスキルに関する制限だが育成で習得する固有枠は()()()()()と決まっている。トレーナーの育成次第でこれが減ったりする。自分の場合は高い育成力があって、全員4枠埋められている。サンプルとして黒尾を例にあげればこうなる。

 

 黒九尾の魅了 場に出た時、相手をメロメロ状態にする

 

 育成して身に備わった技術(スキル)をシステム的に表示させるとこうなる。なお、デルタ因子や育成を通してトレーナーが付与する個性に関してはそれぞれ1枠まで、等と細かいルールが存在している為、ポケモンは大会前までに完成されたデータを提出しなくてはならない。

 

 ともあれ、これが編成Aになる。次に考えている構築が編成Bになる。

 

 編成B

 黒尾

 メルト

 ナタク

 ダビデ

 ミクマリ

 ナイト

 

 此方はどちらかというと従来の戦い方に近い編成になる。バウンス1の回転役2、と非常に回転率の高い構成になる。その上で新しく力を付けたナイトがボール内から支援する様になっている。問題はメインアタッカーの不足だ。この場合、メインで殴れるのはナタク一人になってくる―――とはいえ、全員、育成を通して種族値を可能な限りまで極めている。本来であれば大会へと持ち込める技も四つまでだが、それも六つまで広げる事に成功した。ミクマリ、黒尾の種族値は悪くはない。サブアタッカーとして勤められる程度にはあるし、相手の特防を減らしてから威力100超えの技を放てば落とせるだろう。

 

 編成Aが速攻で戦いを終わらせる事を重視したスタイルなら、

 

 編成Bはじわじわと確実に殺す方向性のシフトだ。

 

 今大会はこの二つの編成を相手に合わせて使い分ける。

 

 テッセン戦は脱出手段が欲しいので編成B、ギーマは素早く戦いを終わらせる必要があるので編成A、トウコは判断が付かないがA、ククイは……個人的に、凄く、物凄くアローラパに興味がある為、戦闘を長引かせたいという事もあってB編成で戦わせて貰おう。

 

 他のトレーナーに関しても予め、どちらの編成で戦うかを決めておく。土壇場で考えるのは醜いだけだ。段々とだがフィールドを、世界を支配するという領域に関して解りつつある事がある。その感触が確かならば、自分はおそらく、自分に相応しい戦い方に覚醒しつつある。

 

 最終メンバーも誰を選ぶのか、誰を脱落させるのか、それが見えてきている。

 

 必要なのは試合回数と経験だ。俺が本当に何を求めているのか、俺というポケモントレーナーが目指す完成されたスタイル、それを目指してこのホウエン地方で勝ち続ける。

 

「さて、持ち物をどうするか、だな。アレにひかりのこなを持たせるとして、こっちはタスキで……やはりナタクはラムを持たせておくのが一番安定するか。しかしピカネキはでんきだまの効果を受けるのが非常に納得いかないな、アレ……」

 

 やっぱりポケモンのアレコレを考えている間が一番楽しいなぁ、と苦笑しながらテッセンらの登録されている手持ちを確認する。自分も久方ぶりの大舞台でのバトルだ。カントーとジョウトに、そして何よりボスに対して恥ずかしい姿を見せる事は出来ない。

 

「さて、後は主要面子の専用を何とか用意しておくことが重要、か。まず確定でナタクは何とか用意しなくちゃな。まぁ、アレは感覚派の天賦だし、小難しい事を考えずに合わせれば行ける―――ん?」

 

 何か騒がしさを感じる。作業用に起動していたPCを一旦消してから椅子から立ち上がり、窓から外へと視線を向けた。見れば旅館の外で大量に積み重ねられたテレビ局の人間の姿が見えた。その姿を目撃し、静かに煙草を口に咥えて火をつける。それに気づいたナタクが此方へと振り返る。

 

「鍛錬の邪魔でしたから叩き伏せましたが」

 

「アポなしに遠慮する必要はねぇ。俺は邪魔なカメラマンだったら普通に割るぞ」

 

 ひっ、と音が聞こえた瞬間、一瞬でカメラマンやレポーターたちが逃げ出し始めた。だがその中の一部はめげる事なくその場で撮影を始めるので、指をスナップする。

 

「―――少し、戯れてやれ」

 

「Yes Boss」

 

「!?」

 

 物凄い流暢で黒人を思わせるような深い声と共に、旅館の天井を超えて出現する姿があった。それは黒いスーツ姿で、サングラスを装着し、葉巻を口に咥え、ショットガンを片手に握り、そして体に耐え切れず、スーツはピチピチの状態となっている―――ゴリチュウであった。

 

 お着替えゴリチュウだった。

 

 それはまさに視覚の暴力だった。

 

「コ゛リ゛チ゛ュ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛」

 

 そう言うと持ち出してきたショットガンをピカネキが捻じ曲げて小さいボールにまで圧縮した。途中で暴発しているのだが、まるでそれを意に介す様子はなく、手の中で爆発しながらそれを丸めると、横へと投げ捨て、咆哮を上げながらスーツの上半身を破り捨てた。

 

 ブラジャーを露出して。

 

 そして、テレビ局を指さした。

 

 ―――次は貴様だ、と。

 

 結果として、それ以降のアポなし突撃やパパラッチが来ることは一切なくなった、とその後の惨劇を記録しておく。




 落ち着きが見えてきた所で完全に落ち着けるかどうかは別の話である。ゴリチュウ、ソレ弁償な。

 という訳で次回からvsテッセン、ギーマ、トウコ、ククイで。他のトレーナーとの戦闘はダイジェストでやす。なおNとヒガナにはちゃんと給料が振り込まれているそうで。


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vsテッセン

『―――さあ、ついに始まりました本戦! 今年最大規模となるキンセツロイヤルカジノ杯名前がながぁーい! 略してカジノ杯! ホウエンのみならず全国から強豪と呼べるトレーナー達だけではない! 最強と呼べる領域にいる四天王やチャンピオンまでいるぞ! どうなってんだこれは! これからの試合から目が離せない! 引き続き実況と解説は私、リ・リリ・リーランドと!』

 

『キラキラピカピカ! バトルというステージでポケモンもトレーナーも輝いて見えます! 完全燃焼ポケモンバトル、という感じで! ルチアでーす! 今回は解説のゲストとして来ています! よろしくねー!』

 

「ルチアチャァァァァァン!!」

 

「ルチアホァッホァッ!」

 

 ホウエン地方ナンバーワンアイドル・ルチアをゲストとして呼ぶとはかなり気合いが入っているな、とは思うが観客の動員数を見れば既に商業としては大成功しているのは見えている。やれやれ、商業である以上は仕方がないが、人が多くて煩わしい視線も多いな、と思いながら溜息を吐く。しかしボールの中からはその視線すら楽しんでいるだろう、とツッコミが入ってくる―――まぁ、確かに事実なのだが。そう思いながら通路の壁に背を預けながら実況と解説の声に耳を傾ける。

 

『さぁ、そしていよいよ始まります本戦! いやぁ、予選も予選で非常にアツいバトルの連続でしたが……これは本戦を見ると予選でさえまだまだと思わされてしまいそうですね』

 

『はい! 何と言ってもイッシュ地方四天王のギーマさん、そしてセキエイチャンピオンのオニキスさんが参戦していますからね。おそらく今大会の出場者で最も経歴が熱烈な二人と言えばまず間違いなくこの二人でしょう。ギーマさんは()()()()()()()()()()()()()()の伝説を持っていますし、オニキスさんもチャンピオン就任後は公式戦無敗という記録を持っています。どちらにしろ、二人とも怪物と言えるトレーナーです!』

 

『それに食らいつくは若いエースたち、そしてキンセツシティではお馴染み、ジムリーダーのテッセンさん! いやぁ、この時期にこれだけの規模、これだけのトレーナーが集まるとは夢にも思いませんでしたよ。それに何よりもアローラからの刺客、ククイ博士がこの大会をどう乗り切るのか実に楽しみでしょうがない!』

 

『ですねー。アローラという未知の環境は間違いなく存在自体が奇襲となる筈です。対応を間違えれば一瞬でパーティーが崩壊しちゃうかも!? まぁ、それもこの後解ってくるでしょう』

 

「アイドルだって話は聞いていたけど、頭の緩いタイプじゃないんだな」

 

 こう、アイドルというのはいかにも馬鹿っぽいイメージばかりだったのだが、話を聞いている辺り、ルチアはそこらへんのトレーナーとしての知識をちゃんと習得している様に聞こえる。リーランドの解説の話をちゃんと聞き、そしてそれに補足を入れている。こりゃあどっかでまともな教育を受けているな、というのが解る話し方だった。しかし話は基本的な解説へと移り始め、そして最初の試合の紹介へと移る。

 

 そろそろ出番か、と背中を廊下の壁から持ち上げる。ゆっくりと歩き始める。

 

『さぁ、もう説明もいい頃でしょう? 皆もそろそろ待っているだけでは退屈だろう!』

 

『それでは第一試合のトレーナーさん達に入場して貰いましょう! キンセツシティのキンセツジムのジムリーダー! テッセンさん、そしてセキエイリーグのチャンピオンとして君達を待っている、オニキスだー!』

 

 歓声の爆発を受けながらゆっくりとスタジアム中央、フィールドへと向かった移動する。既にスタジアムは新フィールドルールに従って改築を終えられており、新しいレギュレーションでその効果を発揮する様に設定されている―――問題はないな。そう思考を作り、フィールドに入る。正面、反対側にテッセンが入ってくるのが見えた。片手で帽子を押さえながら、軽く頭を下げる。

 

「お久しぶりです」

 

「なぁに、そこまで畏まる必要はない。公式の格付けでは其方の方がトレーナーランキングでも上だからな! そう、気にしなくていいぞ。トレーナーには年功序列なんて概念はない。あるのは敬意、そして闘志だ」

 

「……では、その言葉の通り、何時も通り勝たせて貰おうか」

 

「はっはっはっは! そう、お前がチャンピオンなのだから、見下す程度に傲岸不遜でなくてはな!」

 

 相変わらず中々のキワモノだった。とはいえ、ステージでは軽くキャラを作っているのも事実だ。さて、と、と息の下で呟きながらバトル用に思考の切り替えを完全に完了させる。相手は一つの完成された戦術の使い手だ。つまり完成度の高い動きを取ってくる相手だ。伸びしろはない。だがその代わりに高い適応力が存在する。そう言うタイプの相手だ。油断してれば殺されるのは―――どんな勝負であろうと、一緒だ。

 

『さあ、選手両名ともかなりヒートアップしています! もう待ち切れない様子です』

 

『それではポケモンバトル! 3! 2! 1―――』

 

 腰からボールを手に取る。それを掌の上に乗せる。ボールは静かにその瞬間を待ち、

 

『―――バトル! スタート!』

 

「魅せろ、黒尾」

 

 ボールが弾けた。閃光と共にフィールドに黒尾の姿が出現し、そしてフィールドに降り立つのと同時に新たなメガシンカの形―――キズナ進化が発動する。白く輝いた黒尾は次の瞬間、その姿を妖艶な婦人の姿へと変貌させた。それと同時に反対側のフィールドに出現するのは原種のライチュウだった。その姿が出現するのと同時にコートを大きくはばたかせ、戦場を支配する。

 

「―――チャンピオンの名において宣告する! これよりここは決戦場(しょけいじょう)であると!」

 

決戦場への扉が開いた!

 

「さぁ、始めましょうか」

 

 黒尾の言葉にライチュウの脳髄が犯される。性別を無視してメロメロが一瞬で発動し、ライチュウが呆けた顔を浮かべる。くすり、と笑う黒尾の仕草に観客たちが魅了される他、その登場と共に殺意のボルテージが充填される。決戦場に殺意が二段階まで充填されたところで、ライチュウが何かで正気を取り戻すのが見えた。

 

「メンタルハーブか―――」

 

 ライチュウが即座に復帰した事を認識した瞬間、迷う事無く思考加速による疑似タイムを捻出する。

 

 ―――ポケモンバトルにおける一手目は非常に重要だ。特に先発同士の対面は。

 

 ポケモンバトルにおける一匹目の役割はペースメーカー、つまり試合全体の流れとペース配分の作戦、或いはリードを作る事である。試合全体の流れを生みだす事によって、自分が倒れた後でも動きを作るという意味がある。その為、一手目で大きなミスを作ると、そこからズルズルと試合を引きずられて行く可能性がある。それを踏まえ、ここから取るべき一手目を考える。まず相手、テッセンのライチュウは即座にメロメロ状態から復帰した。つまりはメンタルハーブを持ち物として持たせていた事から、()()()()()()()()()()()()()()()という事実が解る。

 

『ほぼ確実にフエンジムでのバトル、映像が漏れてると考えた方がいいな』

 

 ボール内部からナイトの声が聞こえる。トレーナーのサポート特化に育成されたナイトはこの思考加速の中、思考クロックを合わせて、アドバイスが行えるようになっている。その為、冷静なナイトの声に心の中で頷きを返す。

 

 黒尾の特性はやみのころも、タイプの耐性部分をダークタイプ化させるという特性だが、これはあくまでも特性だ。かたやぶり、或いはテラボルテージを持ち出せば()()()()()であると忘れてはいけない。そして現在の環境ではポケモンの育成によってテラボルテージ等の一部のポケモン専用だった技や特性は今の所、付与可能でもある。

 

 堂々とメンタルハーブを使って居座っている辺り、おそらくは()()()()()()()()()()()()()()なのだろう。あくまでも耐性が優秀なだけで、黒尾自身、HBDの種族値に関してはそこまで優秀と言える訳ではない。テラボルテージからのボルテッカーが入るものなら、おそらくは一発で昇天できる。

 

『……対面で此方に対して鋼タイプによる上書きが発生しない辺りも怪しい。やっぱり奇襲か、或いは専用メタとしてライチュウを用意したかもしれないな』

 

 なら選択肢は一つだ。

 

『まずは一手目だ。序盤は此方の流れを作ろう』

 

 ―――高速思考を解除する。瞬間、世界が本来の時間で動き出し始め、無言で一心同体の相方へと指示を繰り出した。その動きを作り出す中で、ライチュウが動いた。

 

 素早く加速しながら霞むような動きを見せるライチュウは充電状態となっており、それがテラボルテージを誘発させていた。それが阻まれる事もなく一直線に黒尾へと向かい、その行動にテッセンが気が付いた。

 

「しまっ―――」

 

「遅い」

 

ライチュウのボルテッカー!

 

黒尾は倒れた!

 

ライチュウをみちづれにした!

 

黒爪の愛人の喪失と獲物の処刑に殺意が集う―――

 

 下した指示は実にシンプル―――みちづれ、それを使うだけだった。ライチュウとキュウコンのS比べになるとややきわどい領域になるが、キズナ進化が入っている分には此方で追い抜くだけの自信がある上、指示に関しては声を出さなくても自分と黒尾は通じ合う―――十分に間に合うだけの余裕はあった。とはいえ、もし高速思考を展開していなければ今の動き、完全にテッセンに潰されていただろう。

 

「良くやった黒尾。殺意+4、状況は5:5イーブン。さ、次のラウンドだテッセン」

 

「やってくれるな! いや、だからこそか!」

 

 次のボールを手に取る。ここで自分が出す事の出来るポケモンは一体だけだ。黒尾の入ったボールを戻しながら次のボールを取り出す。

 

「蹂躙しろナタク」

 

「行けぇい! ジバコイル!」

 

 空となったフィールドに二つの人型が立った。コジョンドの天賦ナタク、そして相手が亜人種のジバコイルだった。フィールドに立った瞬間、ジバコイル側から波動の様なものが広がり、それがナタクを包んだ。そのタイプが鋼に上書きされるのと同時に、

 

磁力が鋼を逃がさない!

 

 磁力による交代不可が発生する。ただ、それにも抜け道はある。

 

「スイッチ」

 

 ジバコイルよりもナタクの方が動きが早い。素早く接近した所でとんぼがえりを放ち、ボールの中へと戻ってくる。こういう逃亡、交代禁止の抜け道はとんぼがえり、ボルトチェンジ、或いはスキルによる交代効果の利用にある。とんぼがえりによる交代効果が通じ、ナタクが手元に戻ってくる。そのまま、次のポケモンを取り出す。

 

「メルト」

 

「ジバコイル! そこでそいつを倒せ!」

 

 ジバコイルが狙い穿つようにラスターカノンを放った。そこに鋼のジュエルが消費されるのが見える。向こうも此方が交代受けすると呼んできたのだろう、交代で出てきたメルトを狙い穿ったラスターカノンが炸裂し、メルトを包む粘液が飛び散り、ジバコイルに降り注いだ。本来であればそれは道具を破壊するが、既にジュエルが消費されている以上、破壊する道具はない。攻撃を食らった勢いでメルトが滑りながら跳ね返ってくる。その姿をボールの中へと戻しながら、

 

「ナタク」

 

「御意に」

 

 ボールから出して対面を作るのと同時に指をスナップさせる。

 

()()()()()()()()

 

決戦場に充填する殺意が刃を磨き上げる―――

 

 決戦場に充満する殺意を三段階消費し、場に出たナタクの急所率を三段階上昇させる。

 

「これでC+()だ。おまじないがあるなら今の内に祈っておく事を推奨するぞ」

 

「はっはっはっは、また一段と悪辣さが増したな、若造!」

 

 笑いながら相対するテッセンを見極め、ナタクへの指示を繰り出す。それに対して当然の様にテッセンがボールを取り出し、そしてポケモンを交代してくる。

 

「すまんマルマイン!」

 

 原種のマルマインが繰り出されて来る。その弾きやすい姿を見れば役割はメルトの様なバウンスだろう。交代からの対面が入った事によってナタクのタイプが鋼タイプで上書きされる。だがそれは関係ない。1ターンに1度だけ行えるとくせいの変化、特性をちからもちからスキルリンクへと変化させる。それを持って、

 

「ここで沈みなさい」

 

 れんぞくパンチを放った。タスキ、頑丈殺しをスキルリンクで確定で五回発動させる状況まで持って行き、確定急所による攻撃。それが一瞬でマルマインへと防御スキルを貫通しながら叩き込まれて行き、その姿を一瞬で瀕死にする。熱狂するスタジアムと決戦場に殺意が充填され、

 

 そして―――マルマインが大爆発を起こした。

 

『おぉっとぉ、マルマインだいばくはつをしたぁー! 瀕死になってからだいばくはつ、これはレギュレーション的にありなのか?!』

 

『たぶん制限かかっているタイプですね。指示を先行して与えて、瀕死になった場合発動するタイプの。もしそれで落ちなかった場合は試合中では使えないとかの類いの』

 

 ナタクの高火力を逆に信用した、というパターンか。瀕死になったマルマインの横、きあいのタスキの効果でギリギリ耐え抜いたナタクが後ろへと跳躍し、着地した。交代系統のスキルは再育成の結果、外してしまった為、ナタクには残っていない。つまりこのまま居座るしかない。つまりは、

 

「行け、ライボルト!」

 

 亜人種のライボルトが出現した瞬間、メガの光に飲まれてメガライボルトへとその姿を進化させつつ、雷光と共に発光した―――読み通り、登場と共にダメージを発生させる類いのスキルだ。テッセンはそうやってあっさりとタスキ潰しを行った。モンスターボールの中へとナタクを戻す。

 

「今のは俺のミスだな、良くやった。次だ、行くぞミクマリ」

 

 ナタクの入ったボールを戻しながら、入れ替える様にミクマリを繰り出す。ボールから飛び出す様にフィールドに出現したミクマリが水の飛沫を舞散らして、フィールドを水の芸術で美しく染め上げて行く。

 

「マルマインの瀕死、ナタクの瀕死、これで+2だな……さて状況は4:4―――使い時だ、ナイト」

 

『任せろ』

 

 ボール内のナイトへと合図を送るのと同時に、思考の加速が始まる―――そのギミックはワダツミの加護に似たようなものだが、育成と専用スキル枠を利用する事でナイトが獲得した特殊能力だった。それにより、ナイトの導きで思考加速に入る。ナイトがパーティーに参加している時限定で、疑似タイムの回数が2回になる。

 

 使い慣れた思考加速。本来であれば負担がかかると一度しか試合中には使えないが、今はその負担をナイトが軽減してくれている為、何とか考える。とりあえず、この状況をどうするかを考える。今残されているメンバーはメルト(オボン)、ダビデ(ひかりのこな)、ミクマリ(たべのこし)、ナイト(スカーフ)となっている。

 

『メインでアタッカー張れそうなのが相性の悪いミクマリ一人という事実』

 

 絵面を見ると最悪―――の様に見えて、実はまだやりようがある。そのカラクリはダビデにある。ダビデの専用として組んだスキルがこうなっている。

 

『小さき勇者の挑戦』

戦闘に参加する手持ちから一体を選択する

攻撃を行う時、攻・特攻の種族値をそのポケモンのものに合わせる

 

 つまり一時的にナタクか、或いは黒尾のACの種族値を借りる事が出来る。これに加えてダビデに付与したキリングオーダーは相手の能力を下げる事に向けられている。

 

キリングオーダー 場に充填する殺意を消費する事が出来る。相手の任意の能力を下げる

 

 ナタク等のアタッカーは能力の上昇、黒尾はスキルの破壊、アシストは能力の低下を決戦場のリソースを消費する事で行う事が出来る。つまりはダビデを使えばおそらく、ほぼ確実に一体を落とす事は出来るだろう。ただダビデのこの専用が1試合で使えるのは1回まで。つまり奇襲は一回までしか通じない。そうなってくると別の攻撃方法が必要になってくる。

 

『ピカネキかシドを仕込んでおけばこんな事にならなかったのになぁ……』

 

 ナタクに対する奇襲に関しては本当にしてやられた、としか言いようがない。テッセンはああやって笑っているが、手段を選ばずに勝ちに来ている部分が見える。あの男もどうやら、アローラでのPWCに関しては本気で狙っている部分があるのだろう、となると此方も手を休める事は出来ない。おそらくテッセンの次の行動は攻撃。それを誘発させる為にミクマリを出した。となると此方はシンプルにそれをいなしてカウンターを叩き込む準備をすればよい。

 

『やるべき事は見えてきたか? 俺もそろそろ流れを掴んだ。タイミングを合わせるさ』

 

 プツリ、と加速が途切れるのと同時に世界が再び速度を取り戻す。ここで取る選択肢は簡単だ。

 

()()()

 

「任されたわ」

 

 直後、メガライボルトの雷撃を纏った一撃―――ワイルドボルトがミクマリの姿に命中した。それを両腕を交差させるように歯を食いしばりながら抜群の攻撃を耐えきった―――そのまま、たべのこしで体力を回復しながら尾の様なその長い髪を振るい、メガライボルトを叩きだした。ドラゴンテールだ。その衝撃に叩かれてメガライボルトがボールの中へと戻って行くのと同時に、ミクマリがボールの中へと流れる様に戻って行く。順番的に出てくるのは相手の方が先だ。

 

「流れを変えて来たか―――デンリュウ!」

 

 メガライボルトと入れ替わる様にデンリュウ亜人種が出現してきた。可愛らしいその姿はピカネキを出す事が出来れば凄まじい殺意と共にボルテッカーを叩き込んでいただろうあぁ、と思いながらも、瞬間的に殺せるというのを理解した。

 

「挑戦しろ、ダビデ」

 

「む―――」

 

 ボールの中から入れ替わる様にダビデ(バチュル)が飛び出してきた。その登場と共に電気がスパークし、デンリュウの体を軽く貫通する―――だが電気相性である為に、8分の1ダメージは16分の1まで軽減される。だがこれでいい。タスキ潰し程度にしかこのスキルは認識していない。本命はこの直後。

 

「キリングオーダー」

 

殺意が抵抗する意志を突き刺す―――

 

 ダビデが出て電気相性ダメージが発生し、小さき者が挑戦するという意思に殺意が充填する。そうやって充填された合計三段階の殺意を全てつぎ込んで、ダビデのキリングオーダーを稼働する。それにより、デンリュウの特殊攻撃に対する防御力が一瞬で三段階削られ、ダビデの電気攻撃に付与された10割怯み効果にこの瞬間のデンリュウの動きが停止している。

 

 奇襲成立。

 

「小さき勇者の挑戦だ」

 

黒尾の力を一時的に借り受けた!

 

 キズナ進化を行った黒尾のAとCの数値がダビデの小さな体に宿る。そしてそれをそのまま、

 

 むしのさざめきで放った。

 

 降下した能力と、タイプ一致の高種族値による攻撃を受け、デンリュウがそのまま倒れ、殺意が充填される。テッセンが頭の後ろを掻きながらやれやれ、と呟く。

 

「対策をしてきたつもりだが、戦い方がガラっと変わっておる……そのおかげでまるで此方の戦術が通らんな! はっはっは! いや、これもまた一興! チャンピオンの実力、見せて貰いはするがこのまま返す訳にもいかん……!」

 

「まだ闘志は萎えてはいないか―――スイッチバック」

 

 ダビデがボールの中へと凱旋を果たす。先に繰り出すのは此方。迷う事無くミクマリを繰り出す。そしてそれに合わせ、テッセンがジバコイルを繰り出してきた。

 

鋼に染まってしまった!

 

磁力が鋼を逃がさない!

 

 相手の後出し対面、タイプが鋼に染まり、ミクマリの交代が封じられる。無言の指示を繰り出し、ミクマリがそれに応える。その場でじこさいせいを始めたミクマリに対してジバコイルが鋼鉄破壊の技を繰り出す。鋼を鋼で制するテッセンの奥義が一直線にカッターの様に放たれ、ミクマリを穿った。じこさいせいした体力では不足し、ミクマリが落ちる。

 

輝水竜の喪失に殺意が決戦場に集う―――

 

「これで+2、3:3だな―――ダビデ」

 

 ミクマリと入れ替わる様にダビデが再び登場した。登場と共に電気が迸り、それがジバコイルを穿ち、怯ませる。そして再び決戦場に殺意が充填され、+3まで用意が完了した。ここから先は終盤戦、リソースの切り所を間違えれば一瞬で崩壊すると認識しながら、フルアタッカーがいないこの状況、そのスリルを楽しむ。これだからポケモンバトルは止められない。

 

 とはいえ、

 

「テッセンさん―――詰みだ」

 

「むっ」

 

 言葉を放つのと同時にダビデがクモのすを張った。ジバコイルの交代が封じられ、行動後の凱旋により磁力を無視してボールの中へとダビデが返ってきた。それと入れ替わる様に素早くメルトをフィールドへと出した。その凄まじい巨体は決して飾りではない事を今から証明する。

 

「じしん」

 

『ここで流れを完全に掴む! 全力でぶち込め!』

 

 指示と同時にボール内部からメルトに対して激励が飛んでくる。それを受けたメルトが、機嫌よく吠え、

 

「きゅぅ―――!」

 

 凄まじい勢いでメルトが飛び上がった。それこそそらをとぶを使ったのではないかと言わんばかりまで跳んだ。

 

 そして次の瞬間、何をするのかを理解したジバコイルが迎撃のラスターカノンを放つが、それを受けてもビクともしないメルトが落下を完了させ、フィールドへとその凄まじい巨体を叩きつけた。フィールド全体を破壊するような激震と共に大地が砕け、ジバコイルが一気に大地に殴られたフィールドの外へと殴り飛ばされた。

 

 派手な動きと演出に観客たちが一気に湧き上がる。

 

敗者の処刑に熱狂と共に殺意が充填する―――

 

「ロトム!」

 

 洗濯機の形をしたロトム、ウォッシュロトムがテッセンの方から投げ込まれてきた。その登場と共にメルトのタイプが鋼で上書きされ、そして同時に鋼殺しの奥義が放たれた。メルトの姿が大きく弾かれながら、オボンのみが消費されるのが見え、そのまま反動で叩き戻されながらメルトから飛散したぬめぬめがロトムの持ち物、ゴツゴツメットを破壊するのが見えた。ゴツメミトム―――おそらくはスティングの対策辺りだったのかもしれないと思いながら、ボールに戻ってきたメルトを素早くダビデと入れ替える。飛び出してきたダビデから雷撃がほとぼしるのを、

 

「よけろ!」

 

 ロトムがテッセンの指示に従って回避した。

 

「クモのす」

 

「落すんじゃロトム!」

 

 タッチでクモのすが張られる方が早い。クモのすが張られるのと同時にロトムのハイドロポンプがダビデに命中し、その姿をフィールドの外まで弾き飛ばした。その姿を回収する様にボールの中へと戻しつつ、お疲れ様と告げる。

 

「高乱数を引かれたか。お前に対する命中は常に8割ぐらいの筈なんだがな……まぁ、仕方あるまい。詰みに入るぞ―――ナイト」

 

 ダビデから入れ替わる様にナイトを繰り出す。

 

 昔は黒一色のブラッキー―――だった。だがその姿はもうない。大量のリボンと紐を巻きつけた様なワンピースドレス姿の、ウェーブのかかった桃色の長髪に、頭から延びる長い二つの耳。人の形をした姿に青い瞳はニンフィアの特徴を良くとらえている姿だった。アリス・イン・ワンダーランド。ただしピンクとヒモリボンマシマシで、と心の中で自分はイメージを言葉にしていた。育成が完了してこの姿になった時は思わずえんとつ山から飛び降りそうだったのを思い出しつつ、

 

「いつもの」

 

 みかづきのまいを奉納した。ウォッシュロトムが動き出す前にみかづきのまいは完了し、その攻撃は空ぶった。その結果、最後の一匹が無償で降臨できる。

 

「さ、お前が受けて耐えるだけの子じゃないという事をここで全国に証明しようか、メルト」

 

 みかづきのまいを受けて完全回復した状態でメルトが降臨した―――状況は後出し、死に出し。テッセンからの交代でないと鋼化のロックは出来ない。つまり必然的にロトムからの奥義を放つ事は不可能である。

 

「メルト、ヘビーボンバー」

 

「おにびだ!」

 

 メルトが勢いよく飛び上がった。その姿を追いかける様におにびが放たれた。ウォッシュロトムの技幅では確かにそれが唯一の有効打だろうが、忘れてはならない。

 

 メルトは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実を。そしてそれは重量へそのまま繋がる。

 

「きゅいー!」

 

 ヘビーボンバーが炸裂した。メルトのヘビーボンバーがロトムをそのままステージの中へとクレーターを生みだす様に叩き込んで埋めた。もはや確認するまでもない。当然の如く瀕死である。メルトがいそいそとロトムから離れ、ずりずりぬれぬれと体を引きずる。そんな愛くるしい行動とは裏腹に、会場のテンションは上がり続けていた。一度始まった熱狂は中々消えず、残り続ける。

 

処刑場に殺意が充満する―――

 

 カウント、+6。

 

 息の下で吐きながらテッセンを見た。最後のボールに触れ、そしてポケモンを出してくる姿を。そうやって出現するのはメガライボルトであり、その登場と共に鋼タイプへの上書きと磁力拘束が発生する。とはいえ、この段階に来ると手遅れだ。

 

「キリングオーダー」

 

殺意が足と抗う力を抉り食らう―――

 

 素早さ、そして防御力をメガライボルトから奪いながら、メルトが再び大跳躍を行った。空へと飛びあがり、出てきたメガライボルトの姿めがけて一切の躊躇や遠慮を行う事もなく、キリングオーダーで足が停止したメガライボルトを素早さで逆転するという異常事態で、

 

 ―――クレーターを新たに生み出しながらヘビーボンバーで大地に沈めた。

 

「まだだ、まだこの程度の強さで満足はできない。次はもっと余裕を持って磨り潰す」

 

 試合終了のブザーが響くのと同時に歓声が爆発し、キンセツロイヤルカジノ杯の第一試合の終了が告げられた。




 久しぶりにバトル書いた! データを明確に使っているからどこかシステマチックになってきたけど書いてる側としては凄く動きやすくなってきた。そして事故死には気を付けよう。

 その内データ纏めて公開予定でやす。たぶんその方が読者も動きを追える。とはいえ、どーしたもんか。次回休憩と評価、んで準備。


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ブレイクタイム

『―――いやぁ、まさに白熱の第一回戦でした! まさかの試合終了時、状況は1:0! あのチャンピオン・オニキスも現役ジムリーダーテッセンの本気には苦労したように思えましたが……? そこらへん、どう思いますかルチアさん』

 

『うんと、ですね。テッセンさんとオニキスさんの勝負は薄氷の上の勝負の様に思えましたが、見ている限り、明らかにオニキスさんの方が余力を残している様に思えました』

 

『それは……?』

 

『それはオニキスさんが本当のエースをまだ出していないからです。今のオニキスさんが防衛戦に使っているメンバーではなく、新しいメンバーでホウエンを回っている事は耳聡い人達ならキャッチしている筈です。そしてオニキスさんの手持ちにはあの魔王龍の異名で知られる真のエースがいません! 彼女がいればおそらく後半、一人で3タテを果たしたんじゃないかと私は思っています!』

 

『成程……しかし、ルチアさん、詳しいですね?』

 

『実はミクリさんの対策ノートをこっそり覗いてまして……』

 

「ミクリには要注意、と……ま、手札を隠しながらだとこんなもんか。次回はもう少しスマートに勝負を進めたい所だな」

 

 そう言いながらスタジアムの様子が映るテレビを椅子に座りながら眺める。手元には栄養補給用に素早く摂取できるスポーツドリンクがあり、それを喉の奥へと叩き込んでいる。とりあえず第一試合は新しい事を試すという意味で色々とやった結果、それでややテッセンにやられたという形になってしまった。正直な話、出来る事なら2:0か3:0が目標だったので、個人的には非常に悔しい結果となってしまった。ジムリーダー相手に完全なスタメンではないとはいえ、1:0で勝利とは情けない。が、反省点は解った。次回に対する対処法も既に思いついた。

 

 次の機会があればより丁寧に、確実に磨り潰す事としよう。

 

「ふぅ、やはり公式戦でのタイミングを合わせるのは予想以上に難しいな。次回はもう少し介入の回数を増やして見るか」

 

 同じようにベンチに座る、ニンフィア化したナイトがスポーツドリンクを口にしながら呟く。キッチリと終盤で活躍する事が出来たダビデ辺りは気合いが入っているもので、コンセントから糸を伸ばして電気補給しつつ元気な姿を見せ、連戦が確定しているメルトはハピナスに軽くボディチェックをして貰っていた。バウンスであり受け流しの要であるメルトは特に連戦で酷使するので、マメなチェックとケアが重要になってくる。

 

「次回はもう少し華麗に活躍してみたいものね」

 

「お前の本番は対ククイの時だ。それまでは牙を研いで待っていろ。序盤から手札を明かすの勿体ないからな、驚かされている分、此方も多少はやり返したい、大体、今の試合で専用スキルの発動の流れも解った―――微調整を抜けば試合で十分使えるレベルだな、どいつも」

 

 ミクマリも異界展開組。つまり、この次の出番では異界の展開と共に戦術の中心を担う大きな役割を持ってくる。だが現在の所、テッセン戦では披露する機会がなかったおかげか、まだバレておらず、奇襲として作動するだろう。ともあれ、ククイ戦まで温存できるなら温存したい所である。それはそれとして、今注意すべきなのはギーマの事だろう。この大会に参戦している面子の中で、一足抜けているのはまず、間違いなくギーマの事だろう。次はエリートトレーナー達が相手だが、其方は戦力分析が完了している。今はなるべくギーマ、そしてそれに続くトウコ・ホワイト戦に関して思考を向けておきたい。

 

 ―――まずはギーマだ。

 

「ギーマ、か……今回のアイツのエントリーポケモンはキリキザン、レパルダス、ドラピオン、ドンカラス、ヘルガー、アブソル、サメハダー、そしてバンギラスの八体か」

 

「その内メガ枠はヘルガー、アブソル、サメハダーとバンギラスか」

 

「正直バンギラスの登用は難しいんじゃないかな? だってメガバンギにしたって特性がすなおこしでしょ? ギーマって異能型なら育成による特性の変更も難しそうだし、タイプは悪による統一パ―――ぼうじんゴーグルを装備したとしてもどう考えても自殺ばかりだと思うんだけど」

 

「やる」

 

「え」

 

「奴はやるんだよ……それが……」

 

 ギーマはそういう奴だ。奴は四天王で、メディアへの露出が多い。その為、戦術や戦い方と言えるものは何度も確認しているし、発覚しているとヒガナに告げる。ギーマは本当に生粋のギャンブラーで、戦闘にそれが不利であろうとも、スリルを生むのであればそれを許容するだけの頭の可笑しさがある―――それでもなお、四天王として活躍しているのだ。その卓越したバトルタクティクスは解ってくるだろう。何よりも、面倒なのはギーマのギャンブルの異能だ。おいうち+必中で12:一撃必殺を付与するが出た場合はエースであろうと一撃で落とす―――いや、奴のキリキザンであれば間違いなくそれぐらいはやる。

 

「明らかにあいつはバトルに遊びを入れる―――だがそれこそが奴の狂気を作ってる。そしてまた一つ、上の次元にプレイを押し上げている。非常に面倒な事この上ないが、ギーマの奴はトレーナーとしては超一流だ。何より奴はイカサマを得意とするからな……」

 

「……もしかして一番欲しいタイミングで欲しい数字を出す?」

 

 ナチュラルの言葉に頷く。だがそこはちょっと違う。ギーマの手品のネタは()()()()()()()()()()()()と自分は思っている。アレはダイスを振った時にランダムで数字を決定しているのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと思う。たぶんそれがイカサマの原理だ―――まぁ、それだけではないと思う。何かがイカサマを手伝っている。

 

「異能で能力を作る分にはいいが、それを使ってイカサマを同時にする事はできないからな……」

 

「えっ? ボスイカサマしてるじゃん」

 

「俺の処刑場はルール順守と殺意のフィールド充填、領域形成でリソースのほとんどを使い切ってるんだよ。キリングオーダーはそれに適応させたポケモン達側のリソースを割いて発生させているんだがな……ここら辺、というより異能関係はあまり経験というか接点が少なかったからな、四苦八苦しながら何とかキリングオーダーも完成させた」

 

「いえーい」

 

 ダブルピースをヒガナが浮かべている―――そう、こいつだ。キリングオーダーや異能関連に関しては、こいつの方が遥かに才能があるのだ。流石レックウザの奥義を伝承し、そしてそれを一時的にだが他のポケモンにも使える様に付与できるだけの異能の才能、容量、そして理解だった。ぶっちゃけた話、異能の領域に関しては異能の人間にしか解らない部分でもある。ヒガナを連れまわしていて正解だった。

 

「それで……ギーマの対策はどうするんだい?」

 

「イカサマを見破る。んでそれを突き付ける」

 

「そうすると?」

 

「知らんのか。処刑場が本気出す」

 

「察した」

 

 イカサマを許す訳ないんだよなぁ……。まぁ、それがギーマに対する勝負の分かれ目だろう。正直な話、悪統一という態勢を整えている以上、弱点が大きく露出しているのでギーマの相手はそこまで難しくない。何故なら俺自身が悪タイプというタイプに関して深い理解があるからだ。大体どういう動きを取れるか解る為、大体どういうスキルを育成させているかを理解できる―――まぁ、あのギャンブル狂いの事だから、十中八九全て確率関係なのだろうが。

 

 ともあれ、それとトウコだ。

 

「トウコ・ホワイト。イッシュ出身。イッシュ地方リーグ優勝経験者。伝説種・レシラムを捕獲した事で有名ではあるが、公式大会の露出が低い為にその戦法はあまり広まっていないが、相手に実力を出させない戦い方をする……か」

 

「何故か解らないけどその子を見ていると悪寒しか感じないんだよね、僕」

 

 そりゃあお前。本来ならお前らライバルという永遠のカマセ犬だったからな、と心の中で呟く。さて、どうするかなぁ、と考えていると、スピーカーから次の試合の呼び出しがやってくる。意外と早かったか? と思うが時間を見るとそれなりに経過していた。少し話すのに夢中になり過ぎたか。そう思いながらモンスターボールの中に参加面子をしまって行く。

 

「それじゃあ勝ってくる」

 

「行ってらっしゃーい」

 

「一回の勝利より一回の伝説を求める」

 

「自分でやれ」

 

 相変わらずブレないヒガナの発言に苦笑しながら帽子をかぶり直し、そのままスタジアムへと進む。

 

 

 

 

 ―――第二試合、対ヒムロ。

 

 トクサネ出身のエリートトレーナーヒムロは浅瀬の洞穴で修業を積んだトレーナーであり、ゆきふらしを起点としたあられパを使うポケモントレ-ナーだった。【天候適応:霰】を育成を通して手持ちに付与する事で、タイプに関係なく霰のダメージを防ぎ、逆にその恩恵を受けることが出来るというコンセプトであった。エースは適応進化をしたデルタドリュウズであり、ゆきかきとゆきがくれのコンビネーションによって対戦相手を苦しめる戦い方を行う。その他にもデルタバンギラスを保有し、凶悪になった必中の雪技で殺しに来る、優秀な構成をしていた。

 

 だが致命的に黒尾との相性が悪かった。ヒムロの選出の一部にはあられを受ける事で回復するというスキルがポケモンに組み込まれていた為、それで持久戦を行えるはずが、黒尾の【異界:奈落に咲く煉獄の花】によってその効果が一瞬で反転する。あられを通して回復する筈だったパーティーはその効果が反転する事によって逆に固定された割合ダメージを継続的に受ける事になり、それで耐久力の高いエース達が封殺される。

 

 結果、3:0の圧勝。勝利の鍵は黒尾の異界の展開であり、それと同時に初めてスタジアムで明確に異界の展開、利用が確認され、新しい戦術を中心にパーティーを構築し始めている、というのがメディアに露出した。それにより大会と個人としての注目度が更に上昇する。このホウエンへと来てから大きく変更しつつある戦術が漸く最終的な形へと到達しつつある事を誰もが予感する戦いだった。

 

 ―――第三試合、対リッケン。

 

 此方のエリートトレーナーもホウエン出身である。フリーであるヒムロとは違い、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。しかもただの契約トレーナーではなく、本人自身がデボンコーポレーションで働く社員であり、開発部に所属する開発部からのエリートな刺客であった。それだけを見ればジョークのような塊だが、本戦に勝ち残ったトレーナーで実力がジョークな者はいない。

 

 デボン開発部には化石復元の部署も存在し、リッケンはそこ出身である。それ故にリッケンが操るパーティーコンセプトは古代パ、とも呼べる古代から存在し続けるポケモンのみで構成されたパーティーである他、強制的に古の戦闘ルールへと引きずり込むという能力を保有している。その為、多くの育成等を通した強化が無力化され、原始的な戦闘を強いられ、育成、異能、統率型のトレーナーにとっては鬼門とも言える相手になる。

 

 ただ、相手が何をやってくるのかを理解していれば、そこまで難しい相手ではない。古代パーティー、化石パーティーは比較的にタイプが読みやすい相手でもある上、原始的な戦いとはつまりもっとシンプルな読みの戦いでもある。

 

 ここでミクマリとナタクがひたすら無双を開始する。キリングオーダーと絡めて相手の速度を上回って戦闘を行う事で、つねに抜群相性の攻撃を叩き込み続ける事が出来る、安定した戦いを見せる事が出来た。何よりも、グリーンやレッド相手にこの手のバトルは腐る程慣れていたという経験的優位も存在した。

 

 最終的には4:0で勝利。テッセン戦でのギリギリの勝利が嘘であったかのようにチャンピオンとしての威厳を衆目に見せつける事に成功し、また、新しい戦術に対する適応を更に進める事となった。

 

 これにて序盤戦が終了する。参加者は全員で10人、全員が3試合を終わらせた事で序盤戦が終了し、次の4試合をそれぞれが終わらせる事で大会の中盤戦が、そしてその後に終盤戦が始まる。

 

 大会序盤で入る新しい戦術等による奇襲は序盤戦が終わるころには情報収集用のスタッフがスタンドなどから撮影等を行って記録を取り、トレーナー側へと伝えたりする為、大会中に新しく出てきた情報への警戒等が始まる。

 

 ―――次試合、対ギーマ。

 

 黒尾 …… メンタルハーブ

 メルト …… オボンのみ

 ナタク …… ラムのみ

 ピカネキ …… でんきだま

 シド …… あくのジュエル

 ダビデ …… きあいのタスキ

 

 戦闘準備完了。




 次回、ピカネキフィールドに立つ。

 という訳で次回、ギーマ戦でやんす。


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ダイジェスト完結と雑感

 ホウエン編の元々の目的は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という試みが一つ、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのがもう一つ。

 

 リアルのカードゲームが一度出されてから数か月後にエラッタを出される様に、ポケモンバトルも完璧ではない。オニキスやグリーンが育成を通してポケモンバトル全体を活性化、変質させて環境を新しくして行く中で、ポケモンバトルそのものが一つの新しい時代を迎える為にルールやレギュレーションを大量に見直さなくてはならないという時期に入っていた。

 

 つまりは、まぁ、アローラ編でスマートに解りやすくバトルをする為、と言う準備段階でありつつ、人間としての相方枠を作成しておきたいなぁ、という考えでナチュラルやヒガナが同行者として連れまわされていた。

 

 それとはまた別に、個性的でありながらオンリーなパーティーを作る為にも、ここで最終メンバーを作成しよう、という試みだった。

 

 ポケモンは捕まえて育成すればそれだけメンツが不壊、運用幅も広がるゲームだけど、最終的にこいつらがレギュラー! というのを欲しかった。なので1期と2期の中から選ばれたメンツで最終パーティーを作成しよう。それもまたホウエン編の一つの目的だった。

 

 という訳で以下、小ダイジェスト。

 

 大会で優勝後、おくりびやまでべにいろのたま、あいいろのたまの強奪事件が発生し、それと同時に捕縛していたはずのアオギリが逃亡していた。マグマ団、アクア団ともに団員の多くが再起不能状態にチャンピオンたちによって追い込まれており、もはや活動するだけの力は残っていなかったはずだった。

 

 故にその後を追いかける為にもゲーム時代には存在していたミナモシティにあるマグマ団、或いはアクア団アジトへと向かう。

 

 だがそこにはマグマ団もアクア団の姿もなく、謎のローブ姿のトレーナーとフーパの姿があった。ここで謎のトレーナーとのポケモンバトルになるも、先にアジトがバトルの無法っぷりに耐え切れず、崩壊し始める。

 

 そこでトレーナーは目的を告白する。

 

 それはオニキスという存在殺害だった。オニキスさえ死ねばこの先未来は救われるという発言に、寝言は死んでから言えと答えて戦闘は続行。しかしフーパが呼び出したディアルガの暴れっぷりにミナモシティの一角が崩壊し、ノーゲームとなって逃げられる。

 

 この後、隕石の事を調べる為にもトクサネシティへと向かって、宇宙センターで小規模な隕石が既にホウエンへと向かってきている事が発覚する。その為の迎撃態勢を築きつつ、本格的にグラードンとカイオーガ、そしてレックウザの必要性を感じ始めていた。ここでルビーとサファイアという人物の話を聞き、グラードンとカイオーガはそちらへと任せようという事を決め、金とありったけのヒントを残して、グラードンとカイオーガの対策の為にレックウザを目覚めさせる為に空の柱へと向かう。

 

 空の柱では再び謎のトレーナーが待ち受けていた。ヒガナとナチュラルだけを通すのは男にもホウエンを救うという目的があったからだった。だがそれでも、オニキスの抹殺だけは変えられず、男とオニキスで再びポケモンバトルが始まる。

 

 その戦闘中、オニキスが男が使う動きが自分を更に一段階洗練させたような動きである事に違和感を覚え、謎の男が姿を晒す。

 

 フードの下から出てきたのは少し老けてはいるが、同じ顔をした男だった。謎の男の正体は未来のオニキスであり、彼は未来を変える為にもセレビィやフーパを使った時渡りで滅んだ未来からやってきたのだった。

 

 未来のオニキス達はホウエンを救う事に成功した。だが隕石騒ぎは全て創造神アルセウスの仕業だった。アルセウスは今のポケモンと人間の関係を見て、本当に対等なのか、このままでいいのかという疑問を抱き、人間とポケモンを試す事にした。

 

 そしてそれを見事、人類はグラードン、カイオーガ、レックウザの力を集結させることによって回避した。それにアルセウスはご満悦だった。だがそれに納得しなかったのはオニキスを初めとする一部のトップトレーナーたちだった。

 

 このまま世界の統治をアルセウスに任せれば、再び疑問を抱いたことを理由に世界を滅ぼされかねない。それを懸念したのだ。アルセウスはポケモンであり、そして感情を持つ存在である。そんな不確かな存在に世界を統治させることは出来ず、その玉座から引き下ろす事に決めたのだ。

 

 幸い、隕石の破壊直後、アルセウスにオニキスはその正体を見定められる為に一度だけ会えるチケットを貰っていた。隕石を破壊した報酬としてアルセウスは何でも願いを一つだけ答えると言った。そしてその場でオニキスはアルセウスに戦い、

 

 勝利してしまった。その結果、世界を循環させるシステムが滅び、世界そのものが滅びへと向かった。そうやって未来のオニキスの世界は終焉へと向かってしまった。自分がやってしまった事を未来のオニキスは狂う程に後悔しており、自分がこの素敵な世界へと来るべきではなかった、と確信していた。それを聞いた過去のオニキスはたまったもんじゃない、お前だけ死ね、と切り捨てて戦う。

 

 ここで負傷中だったスピアースティングがタイプの頂点、虫タイプとしての天賦を得る事で固有種へと進化し、擬人化しながら新たな姿を得て、完全にトレーナーに適応した戦闘スタイルを確立して勝利する。復活したスティングは攻撃最強格に入る実力を得ていた。そうやって未来のオニキスを退けるが、彼もはい、そうです、と簡単に諦められる程簡単ではなかった。

 

 フーパを解き放った未来のオニキスはディアルガとパルキアを召喚する。同時刻、グラードンとカイオーガが古代の力によって完全に乗っ取られ、取り込まれたマツブサとアオギリによって蘇った。シンオウの伝説種の力を借りてオニキスがグラードンとカイオーガを交えた最終決戦を行う事を宣言し、未来のオニキスが離脱する。

 

 そして真ホウエン~地球最後の日~が開始される。

 

 グラードン&カイオーガ&ゼルネアス&パルキア&ディアルガvsギラティナ&レジギガス&ホウオウ&ルギア&イベルタルというこの世の終わりか、という光景がホウエンで始まる。天変地異にも等しい戦いの中、伝説のポケモンでなければ近づこうとするだけ蒸発するという場所に、最後の乱入者、レックウザが出現する。

 

 ゲンシカイキでもはや手の付けられない天変地異のグラカイをレックウザがメガ化して抑え込み、天候効果を封じ込める事で形勢が一気に傾く。きっちり未来の自分の始末をつける。

 

 未来のオニキスの手持ちには今のオニキスの手持ちが一人もいない。黒尾を含めて。その結果、どこかで狂って戻れなくなってしまったという哀れみはあっても、そこは一切手加減とかせずに始末をし、隕石への備えが始まる。

 

 ここらへんで登場人物増えてスケールが大きくなったりしていたので、それを落ち着かせるためにもレギュレーション更新とアローラに向けたルール制定。こういう能力と異能の組み合わせは絶対アウトです、とか新種のポケモンのデータはちゃんと提出してください、とか。

 

 隕石に備えつつもレベルと経験を稼ぐ必要があるので、急遽オニキス主催ルネカップ開催。ルネシティで大会をする。ここ用にデータ10人分ぐらい用意してたの消えたの泣きたい。

 

 ルネカップが終われば隕石の破砕作戦が始まる。レックウザのデルタストリームを呼び出したグリーンと協力してそれに特化するように育成し、他の伝説か準伝説であれば同様に宇宙空間でも戦えるように範囲を広げさせ、希望の未来へレッツゴー! と宇宙で隕石の破壊作戦を決行する。

 

 これを終わらせると、アルセウスの呼び出しにより世界の最果てへと召喚され、アルセウスの最後の試練が始まる。

 

 無論、創造の神であったアルセウスは未来で自分が死んだことも知っており、それで最終試練として自分の殺害犯に勝負を挑んだ。その果てに勝利をもぎ取ったオニキスが求めたのはなんでもなく、明日が今日よりも少しだけ楽しくなってくれるのであれば良いという要望だった。

 

 アルセウスはそれを了承した。始まりは古代。時代や環境、思想が硬直した時代にアルセウスは異世界から異なる価値観の持ち主を呼び寄せ、それに大きな事件や出来事に関わる様に運命を繋げつつも、干渉させる事で世界を進めてきた。オニキスもまた、そんな一人だった。これからもオニキスの様な人間は増えるだろうという言葉を残しつつも、謁見は完了する。

 

 その後、ホウエンエキシビジョン開始。

 

 vsホウエン四天王、vsダイゴ。それで終わるとサブウェイの沼から漸く出てきたレッドがホウエンのポケ廃専用の施設の噂があると聞いてやってくる。

 

 事件を通して色々と知ったナチュラルは一人で旅に出る事を決意してオニキスを離れる。ヒガナもそんなナチュラルについて行く、と決めてオニキスの下を離れて行く。寂しくなる、なんてことを思いつつ、若者の門出を祝ってホウエン編終了。

 

 

 ……という予定でした。えぇ。オニキスとその手持ちのデータだけで超えて20体(1期含め)。ライバルのデータや大会出場者のデータが一人につき6匹。

 

 合計で数えたくなるレベルのデータが消えたよ。本当にこれからはデータをネットと手元の両方で同時管理しようね? って思った瞬間でしたよ、ワシは。

 

 ともあれ、失ったデータ量が余りにも多すぎて中の人が泣いている状態だけど、プロット部分だけどうにかなったのでこれでダイジェスト完結デス。非常に残念な結果となってしまいましたが、アローラ編はそのうち、コミケが終わった辺りに本格的に進めようかなぁ、と言う気持ちです。

 

 まぁ、まだ余裕あるしプロローグ部分位は更新するかもしれないけど。

 

 ともあれ、此方はおしまい。

 



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