水上の地平線 (しちご)
しおりを挟む

01 臥龍は変生す

はじめまして、しちごと申します
なんかだらだらとした連作小話みたいなのを書いてみたくて投稿しました

シリアスっぽい設定は建前です、制海権を失った火葬の日本には関係ありませんが
ユーラシア大陸ではキョンシーとゾンビと地底人の出現でおおわらわ状態とか
そんな感じの超いい加減世界です


世界が壊れた日、人類は全てを失った。

 

日中開戦より暫く、後に第三次世界大戦ともユーラシア大戦とも呼ばれる最中、

鉄と鋼の及ばぬ世界で、呪禁が祝福が、各国の霊的な攻防がもたらしたものは、

 

つまるところ世界の崩壊であった。

 

極点の秘跡は異界に通じ、数多の空を魍魎が埋めた。

暴かれた聖櫃は須らくの亡者を呼び起こし、生者の世界に呪いを撒き散らす。

禁所の悪霊は世界に解放され、インディアンの呪いがコンドルに託される。

 

なかでも深き水底より浮かび上がる怨念 ―― 深海棲艦と呼称されるソレ

 

常世の理の及ばぬ幽の船体、オカルト染みた方法でしか対処できない不条理の塊。

負の感情で世界を侵し、海を、空を、海岸線を幽世へと換える汚染源。

 

制海権制空権その他一式を失い、なし崩し的に休戦状態に陥った日本国にとって

当座の問題は制海権の確保、太平洋の打通、つまりは深海棲艦に対抗する事となる。

 

 

 

 

『水上の地平線 01 臥龍は変生す』

 

 

 

 

魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰す。

 

地に沈み数多の想いを受けた魄という器を召喚し、

数多の資材を注ぎ込んだ儀式で形成される魂という中身を入れる。

 

本来ならば百年の歳月をもって完成させる行程を数時間に短縮、

これが人造付喪神、一般に艦娘と呼ばれるモノであると言う。

 

眼近に居る「妖精さん」と名乗る謎のオカルト生物の説明は

そんな怪しげな解説からはじまった。

 

「まあそんな事より、ひとつ聞いてええか」

 

鉄扉で囲まれた建造ドックの中、怪しげな溶液だの配線だの魔法陣だのに括られて

とりあえず口だけは動くが幸い、胡散臭いナマモノに質問を飛ばす。

 

「記憶の中に、あるはずのない不思議な光景がいくつもあるんやけど」

 

実に不可解な話、艦艇としてソロモン海で沈んだ後の時代の記憶がいくつか。

何やら人間の身体を持ってインタアネットとかいう電化製品で遊ぶ記憶。

今まさに凄い勢いで改竄されている艦艇の記憶に重なるようなゲエムの設定。

人の良さそうな老婆が皿の上に置いてくれた銀のスプーンにウチまっしぐら。

 

ちょい待て、なんか野良猫の記憶も混ざっとる。

 

性質の悪いコロポックルがドヤ顔で答えて曰く、ウチの型番は人造付喪神13型丙。

召喚した軍艦の魄にそこらの浮遊霊の魂を注ぎ込んだ、それはもう無理矢理に、

リーズナブルでエコロジーなリサイクル艦娘って何さらしてくれとんねん。

 

つまりウチの部品の記憶っちゅう事かと、ならば艦隊これくしょんとか言う

現状にやたらと酷似した設定のゲームの記憶はどういう事よと聞いたなら、

 

死した時点で魂は幽世に移り、それを引き戻して注いだのだからして

違う常世から幽世へと至った魂、つまりは平行世界の記憶だろうと、あと野良猫。

 

爪を立てた猫パンチが解説人形のドタマに唸る。

 

13型の甲と乙は記憶と人格が混濁したため廃棄したとかまで言いだしたので、

先達の無念を込めて目の前の人型雑巾を絞り上げた、餡子が出るまで。

 

なんでそんな適当な事をと問えば、答う。

 

浪漫に資材を使いすぎて建造に回す分が足りな――

 

時速100マイルの小人型剛速球が建造ドックの壁に叩きつけられた。

 

とりあえず手足の動作はできるようになったらしい。

配線が外れていく、法陣から足を踏み出し鉄扉の前に立つ。

 

建造完了予定時刻まで残り僅か。

 

足元を見る、靴とスカート、実に絶望的な光景。

朱色の水干っぽい上着に勾玉がひとつ。

 

コレはアレやな、朝潮型航空駆逐艦の制服やな。

 

前を見る、鉄扉に映るは軽めの色の髪を二つ括りにした小柄な少女。

鉄の塊がよくもまあこんな可愛らしく化けるもんやと、嘆息する。

 

しかしどうにも、近代化改修の素材として即オサラバな未来しか見えてこない。

いや、まだ戦力の揃っていない提督の建造ならばワンチャンある、きっと。

 

大型建造やったら即終了だがなッ! などと記憶が囁いてくる。

 

平面生物に転職した諸悪の根源も囁いてくる。

 

―― 本来ならば出来立ての魂は未成熟なため、

どのような艦娘もはじめは魄の記憶に従って行動する。

 

―― 結果として同じ艦の艦娘なら、はじめの一言は常に一致すると。

うかつに個性を出したら即解体フラグとか何言ってんのこの悪性粘土ろいど。

 

ああ、ええと、ナニ? ウチの最初のご挨拶は何かシルエットがミラージュで、

無責任に頑張れなどと言ってくる小人型踏み竹を踏み潰し、ああもう、時間が

 

扉が開く、目の前には無駄にイケメンな軍人と槍持った銀髪の小娘。

いかにも海軍といった印象に少し困惑する、自衛隊やないんか。

 

「け、軽空母龍驤や。独特なシルエットでしょ

 でも、艦載機を次々繰り出すちゃんとした空母なんや

 ……期待してや?」

 

よし、イントネーションはともかくイケた、はず!

 

内心の動揺を億尾にも出さず、顔に張り付けたジャパニーズズマイルも煌々と

反応を見て確かめる分には喜ぶイケメンと安堵する銀髪。

 

あ、叢雲や。

 

何か凄い勢いで艦艇から艦娘へと改竄されていく最中の艦艇時代の記憶から

目の前のワンピースなクール風味美少女が駆逐艦叢雲だと思い出す。

 

初期艦だと頭の中の提督のゴーストも囁く、叢雲提督かよウチの部品。

 

「よかった、軽空母で済んでくれた」

 

叢雲が疲れ切った表情で不穏な一言を漏らす。

 

「はじめましてだな、君がこの鎮守府で2人目の艦娘だ」

 

ふたりめ、ですとな。

 

「えーとな、提督さん、キミ、ちょい聞きたいんやけど」

 

湧き上がる嫌な予感を抑えながら端的に問う。

 

「鎮守府に着任した日付は」

「今日からだ」

 

「燃料と弾薬」

「使い切った」

 

イケメンに相応しい、草原を渡る春風の如き爽やかな笑顔での返答やった。

 

出撃も出来ないのよと大量のペンギンを抱えた叢雲が虚ろな声で言う。

……オーケー、酸素魚雷は最優先で確保や、というかとりあえず、

 

「なに初日の初手から空母レシピ回しとんねん!!」

 

思わず馬鹿を蹴り倒したウチは間違っていないと思う、きっと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ブルネイ鎮守府、などと銘打たれているが実際のところ

「ボルネオ島を中心とした東南アジア方面」の鎮守府である。

 

ブルネイ第一鎮守府がブルネイに置かれた後、後続の鎮守府、泊地は

マレーシア、インドネシア、タイランドなど15ヶ所に設置され、

親中派のテロに悩まされつつ、日本との交易ラインを守護する任に就いている。

 

優先的に行われた中東打通作戦も何とか成功し、各種資源の流通が蘇生

慌ただしく設置された各泊地の見直しをする余裕ができたところだとか。

 

さて、そんなわけで名前を冠する割に意外に手薄だったブルネイ・ダルサラーム国。

首都バンダルスリブガワンは西側のブルネイだが、海岸線で見れば東の端。

日本の土地で言えば県1つ分の面積の国といえど、泊地1つでは手が足りない。

 

そのような声に応え、第三鎮守府五番泊地はブルネイ西部セリアに設置された。

かつて帝国軍がブルネイに到達した折、上陸した土地である。

 

「つーか、なんで油田ほっといて東に泊地作っとんのよ」

 

龍驤の声に提督が答える。

 

「首都の方が便利だからかね」

 

第三鎮守府の旗下でありながら、何故か最寄が第一鎮守府本陣。

どこらへんをどう見直したのかと小一時間問い詰めたくなるような、

大本営の混乱ぶりがよく伝わってくる五番泊地の歴史はこうして幕を開けた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02 勿忘草色の空の下

 

草木も眠る丑三つ時、塔の如くそそり立つ無慈悲な書類の束は減る事を知らず。

カリカリと作業を続けるうちにウチの魂は現世を離れ涅槃へと遊び行く始末。

 

隣の提督も口から愚痴なり鮮血なりエクトプラズムなり吐き出し続けて、

今はもう魂がはみ出ている有様、ありゃそのうちコッチまで来るな。

 

そんな状態でも何故か指だけは動き続ける。

 

なんかもう脳と腕が完全に分離している感覚がある。

 

腕が勝手に書類を片づけてくれて実に楽なんやが、脳みその方がどうにも

くだらない事ばかり次々に思い浮かべて、いやこれ走馬灯やん待ちやがれ。

 

なんか泣きそうな顔してる天津風(あまっちゃん)とか利根とか出てきてウチの精神衛生上

非常によろしくない、寂しそうな笑顔の鳳翔さんなんかヤバすぎる。

 

くだらない事でも思い浮かべて気を紛らわせんと精神ダメージで死ねる、本気で。

 

などと悶えているウチに1枚書類があがり、あたらしい白紙が目の前に。

 

 

 

『02.勿忘草色の空の下』

 

 

 

あ、意識とんでたわ。

 

それでも結構な数の書類があがっているのが実にブラック鎮守府独特の光景。

この際、朝までトランス入ってれば御の字やったのに、うまくいかんもんや。

 

とりあえず、なんぞくだらない話でも思い浮かべよう。

これからの生活とか、いやくだらんくないわソレ、めっさ重要やて。

 

とりあえずポンコツリサイクル艦娘というバレたらちょっと解体されそうな経歴を、

なんとかバレないように、いえ聞かれないから答えなかっただけで

隠していたわけやないんですのよオホホホホとかいう方向に持っていくための術。

 

そやな、とりあえずアレや、関西弁。

 

龍驤である以上、似非関西弁ならぬ艦載弁は必須技能や。

 

失敬、必須技能でおまんがな。

 

例えば何かを舐めた時に「ペロッ、これは青酸カリでおまんがな」とか

とっさに言い出せるようにならなあかん、厳しい道のりや。

 

しかし考えてみれば、ではなく、せやかて提督

本当の関西弁とは何であろうか、でおまんがな。

 

一般には西日本方言のうち近畿地方の方言の事を指す、でまんねん。

ここで問題になるのは、標準語のようにコレと定まった「関西弁」が

存在しない事であろう、でんがなまんがな。

 

これがどのような結果を生むかと言えば、よくある話である。

 

大阪の北の人の大阪弁は南の人からは「似非関西弁」

南の人は北の人から「似非関西弁」

神戸、京都は大阪の人から「似非関西弁」

垂井式アクセントの地域は京阪神から「似非関西弁」

讃岐アクセントは本州の人から「似非関西弁」

 

どの地域のどのような言語でも似非関西弁の誹りを免れないのだ、でまんねん。

 

地域だけではない、例えば吉本新喜劇に代表されるような勢いのある関西弁。

これは年配の方からは「攻撃的で下品な似非関西弁」と言われる。

 

逆に年配の言葉遣いが若年層には「モタモタしとる似非関西弁」

 

世代、年代によっても言語やイントネーションは変わり、そのすべてが

「自分以外の関西弁」に「似非関西弁」のレッテルを張りつける、でおまんがな。

 

そう、つまりは「本当の関西弁」など存在しないのだ。

もはや都市伝説の類である。

 

いや、本当にそうであろうか。

 

存在しないと言い募ったところで、現実に関西は存在している。

現実に関西で言葉を使って対話をしている生命体は存在するのだ。

 

そう、否定ではなく肯定から入る事が重要なのではないだろうか。

 

わずかな違いに裏付けも無いのに鬼の首をとったかのように罵るのではなく、

ささいな語句、イントネーションの違いを受け入れる度量こそが肝要でおまんねん。

 

つまり、大阪人が話す言葉はすべて本当の関西弁

京都、神戸、讃岐、富山もまた本当の関西弁

むしろ関より西の地域はすべて本当の関西弁

 

身体は子供な例の死神が「関西人にしか見えないっちゅわけでおまんがな」

などと言い出すのも実に見事な本当の関西弁。

 

「わしは艦娘じゃ」も本当の関西弁

「おいどんは艦娘でごわす」も本当の関西弁

「ウチは艦娘ぞな」も本当の関西弁

「あしは艦娘やか」も本当の関西弁

「わんわ艦娘やいびーん」も本当の関西弁

「Ich bin ein rohrenformiges Der Kriegsbehalter Tochter」も本当の関西弁

「ミーはおフランス(神戸)帰りザマス」は多分熊野

 

「つまり、横浜生まれで横須賀育ちなウチの繰り出すノリと勢いでテキトーこいとる

 謎すぎる言葉遣いもまた、本当の関西弁なんや!」

 

「西日本じゃないじゃん!?」

 

頑張ってゲシュタルト崩壊させたのに的確なツッコミが入ってしもた夜明け前。

窓の外は勿忘草色、目の前にうず高く積まれた書類の塔は些かも衰えを見せない。

 

「……関東は関から西に4万キロほど行った地域」

 

「時差が24時間コース!?」

 

いいかげん、自分でも何を言っているかわからない。

それでも口が動いていないと倒れそう、そんな明け方の提督室の光景やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

着任1カ月、何でまた書類の山に囲まれているかといえば、

要はこの五番泊地の立地条件にある。

 

ブルネイ・ダルサラーム国セリア、ブルネイの西端に位置する油田地帯であり、

間に都市クアラ・ブライトを挟み、僅か20kmで国境線にたどり着く。

 

そう、国境線、乗り越えるたびに書類が沸いてくる不思議地帯。

 

つまりは、出撃するたびにブルネイとマレーシアに提出する書類が沸く。

そもそも第三鎮守府の本陣はマレーシア、何かあるたびに国境を越える。

首都の泊地は第一鎮守府、管轄違いで何かあるたび申し送りが以下省略。

 

レベリングと提督室のデスマーチが同義となった所以であった。

 

それに加えて、新規の泊地だけに次々と建てられる箱物の山、各種書類。

陰陽系施設に至っては日本からの輸入である、書類塔増築も止まる事を知らず。

 

「大淀、大淀の着任はまだなんかー」

「あと1カ月はかかるってさー」

 

提督と秘書艦2隻、行動可能な範囲であらゆる手段を使ったものの、

ドス黒い労働環境が改善されたのは2か月後の事であったと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03 自由は屈従である

 

泊地立ち上げ63日目 ―― 金剛、襲来。

 

英国はヴィッカース社製超弩級巡洋戦艦、金剛型1番艦、金剛。

 

明治時代に進水した当時世界最大最強の戦艦であり、英国面の奇跡との異名を誇る。

戦艦、高速戦艦と2度の改装を経て、大戦末期まで活躍した堂々たる武勲艦だ。

 

「英国で産まれた帰国子女の金剛デース!」

 

艦娘としての金剛は、何処かジャパニーズ風味の肩を露出したミニスカ巫女装束、

軽い色合いのロングヘアーにフレンチクルーラー2つを装備した阿呆毛ホルダー。

 

つまりは似非巫女である。

 

「これはモガの嗜みというものデスネー」

「ごめん、ウチ昭和生まれやから明治語わからへん」

 

着任早々にメンタル大破で即入渠、高速戦艦だけあって新記録であった。

 

 

 

『03 自由は屈従である』

 

 

 

太ももの見えるスカートを穿いた黒髪眼鏡美人(しゃん)が天使に見えた。

 

そう、大淀も着任して人心地、というにはまだまだ遠い今日このごろ。

 

作業効率は上がったものの、立ち上げ当初より申請していた工作艦、給糧艦の着任と

酒保などの箱物が重なったおかげで作業総量が一気に肥大、酷い話である。

 

また、艦娘の数の増加に伴って諸手続きが増えた事も地味に効いている。

一例として、艦娘は一応は兵器扱いなため、国境線を越えると結構な手間がかかる。

 

うん、要するに、事あるごとにマレーシアまで酒を買い出しに行く連中の事や。

 

隼鷹とか飛鷹とか隼鷹とか千歳とか隼鷹とか千代田とか隼鷹である、あと隼鷹。

こんちくしょう、空母寮の住人だけで問題の大部分やないか。

 

知らない仲でもないだけに、胃壁に穴が開きそう。

 

さっさと泊地内に居酒屋でも作って呑んべぇを押し込めんと

冗談抜きで提督か秘書艦あたりに過労死が出る。

 

とはいえ、治外法権ではあるものの飲酒が禁じられている国のど真ん中で居酒屋開店。

はてしなく外聞が悪い、コツコツ稼いだ近隣住人の好意が削れまくってしまう。

 

かといって週末の国境線のアルコールラリーに容赦なく艦娘が参加しているのも

どうにも外聞が悪くて仕方ない、アチラを立てればコチラが立たずや。

 

市と政府に話を通して、泊地の奥の目立たないところにこっそりと作るにしても

信頼関係を作ってからにするべきか、箱物増設の今にどさくさで作るべきか。

 

ああもう、ああもう。

 

そんな感じに、本日もまた4人体制で書類と格闘を続ける昼下がりであった。

 

具体的にはウチと浪費馬鹿、銀髪クーデレに平たい胸族(おなかま)な大和撫子の計4名。

龍驤、提督、叢雲、大淀とも言う。

 

「だから、私も夜勤にまわすべきだって言ってるのよ」

 

作業の合間にお茶を淹れてくれた叢雲が、ついでとばかりに開発したばかりの酸素魚雷で

ウチの頬をグリグリとしながら言ってくる。

 

おかしいな、対提督用ツッコミ装備として開発したのに、何でウチが標的になっとんのやろ。

 

何はともあれ一息と、淹れて貰った緑茶をすする。

 

ブルネイの日本人居住者は戦前と変わらずほんの数百名ではあるものの、

かつての日本食ブームのおかげで日本食レストランや緑茶、和菓子などを扱う店は多い。

 

おかげで茶葉に困る事もない、割高ではあるが。

 

「聞いてるの」

「聞いとらへん」

 

グリグリがゴスゴスに進化した。

 

「ええやん、夜更かしは美容の大敵やで」

 

子供は早く寝るもんや、とか言ったらゴスゴスがチュドンに最終進化しそうやったので

あたりさわりのない言葉を選んだものの、当然の如く説得力が無い。

 

「夜戦は私たちの代名詞よ、夜更かしがどうとか言われても納得できるわけがないでしょう」

 

まあ、そうなるな。

 

「そやな、ウチらは軍艦や」

 

なんやろな、真顔で心にもない事を言うのが上手くなって困る。

 

「ほんで夜戦は水雷のお家芸、夜に働くのが駆逐艦の本分やっちゃう意見もわかる」

 

うんうん、わかるでーと、それならばと身を乗り出した叢雲を手で制する。

 

「でもま、だからこそ書類仕事なんかで消耗して貰ったら困るんよ」

 

単に提督が嫌がっとるだけなんやけどな、本当は。

 

対潜哨戒で水雷戦隊を昼夜こき使っとるあたり、物事をわきまえてはいるようやし

とりあえずヘタレとは言わんでおいてやろう、我儘は人生の醍醐味よ。

 

何か言いたげな叢雲から視線を外し、無理矢理に会話を打ち切る。

 

あーあー、見えへん聞こえへーん。

 

「あー、どっかに使いべりせん頑丈な秘書艦死亡が落ちとらせんかなぁ」

「なんか志望の発音おかしくないか」

 

心の声や。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

提督室の机の前で、仁王立ちする巫女が居る。

 

何やら、提督の事を知りたいとか酔狂な事を言い出している。

 

「そういうわけで、私を秘書艦に任命するのデース!」

 

実に、数々の武勲を誇る歴戦の戦闘艦に相応しい、堂々とした宣言であった。

 

「ウチはフリーダム!」

 

すかさず提督室の窓から、2階の窓から飛び出す解放者が1名。

 

「俺もフリーダム!」

 

間髪入れず提督も今、自由の翼広げる。

 

――君(金剛)の自由なんか必要ないんだ

  今、僕が欲しいものは君(生贄)なのさ

 

懐かしいメロディーがフリーダムな2人の脳裏に木霊する。

米帝の音楽やないかとツッコミを入れる野暮天さんはここには居ない。

 

63連勤のストレスが2人から一切の情け容赦という物を取り払っていた。

 

窓の外、地面を見ればもはや何一つ残っていない遁走の後。

 

自由の嵐が吹き荒れた提督室の窓を、たおやかな銀髪が閉める、叢雲だ。

窓の鍵を下す音が異様な質量を伴って室内に響く。

 

突然の事態に付いていけぬままに呆然とした金剛の後ろから

鍵を閉める音が、何か地獄めいた響きでもって届けられる。

 

振り向けば、内心のわからぬ穏やかな笑顔で大淀が、ひとり。

 

「では、本日の秘書艦は金剛さんという事で」

 

本日の書類束もまた、人を殴り殺せそうな厚さを誇る威容であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04 紫煙の後先

あれから秘書艦の大増員が行われた。

 

机に倒れ臥し「ソーリーねシスターズ、ソーリーね」と言っている秘書艦3号の金剛。

 

お姉さまのためらららららと痙攣しているのがヒエー、金剛型2番艦にして秘書艦4号。

似非巫女装束に短めのザンバラ、軽いくせ毛のナマモノや。

 

さきほどから「榛名は大丈夫です」としか言わない壊れたラジオが3番艦榛名、秘書艦5号。

同じ衣装に黒髪ロングの大和撫子、大淀と並べると何故かパチモン日本臭が漂う。

 

ひとり黙々と書類を片づけるのは秘書艦6号の霧島、じゃなかった4番艦の眼鏡。

肩の上で切りそろえた黒髪に、本体(めがね)が乗っている。

 

金剛4姉妹揃い踏みであった、酷い有様であった。

 

そして、かくも多くの犠牲を払って5番泊地はついにこの時を迎える。

 

「…………終わった」

 

糸が切れたかのように倒れこむ提督。

 

お疲れ様ですと言った大淀の目は潤んでいる。

 

叢雲は目を見開いて固まっている、金剛とヒエーは痙攣していて、眼鏡は割れた。

 

榛名はまだ「榛名は大丈夫です」と言っている、誰かドックに連れて行ってやれ。

 

ウチは無理や、ようやくに安心できて椅子からずり落ちたところで。

 

ああ、もうゴールしても……ええよな。

 

泊地立ち上げ97日目、死屍累々の提督室に音の無い歓声が響いていた。

 

 

 

『04 紫煙の後先』

 

 

 

今日も元気や紙巻が美味い。

 

地獄の97連勤(脱走1回)が終わり、ようやくに泊地が本格稼働した。

 

月月火水木金金などと言う物の、アレはまとまった休みがあるから頑張れるのであって

365日昼夜のべつまくなし勤労できるかっちゅう話や、無理やて。

 

「葉巻ばっか吹かしてたからなー、やっぱ紙巻よな、ハイカラやし」

 

酒保で買い込んだ国産紙巻で、プカプカと蒼天に煙を浮かばせる。

 

泊地の海岸から海を眺めてみれば、新しく着任した駆逐艦たちが不安定な足取りで

凛とした空気のある長髪の娘、軽巡洋艦神通からの教導を受けている。

 

麗らかな日差し、鼻に付く潮風の香り、立ち上る紫煙は風に乗り吹き消され、

鎮守府入口の川内の木には軽巡洋艦川内が逆さに吊るされている。

 

ああ、皆が忙しい中ダラダラできる身分って、エエなぁ

 

思えば目の前の問題を片づけるだけの、目まぐるしい3か月間やった。

そしてようやく、ようやくに人心地がついた。

 

私にも1本と寄ってくる駆逐艦どもを追い払う、子供が吸うもんちゃうわ。

龍驤ちゃんだって子供じゃないって、やかましいわ幼児体型やこん畜生。

 

つーか龍驤さん恨まれとるからな、煙だけでも空に届けてやらんと呪い殺されるんよ。

 

などと馬鹿を言いながら煙に巻く、実のとこ、空母連中は意外に煙草と縁が深い。

 

赤城や加賀や鳳翔さんは吸わんけど、自分の命日には新箱をお焚きあげしとる。

飛龍や蒼龍も吸わんけど、隼鷹や飛鷹も吸わんけど、未着任やけど多分他の連中も。

 

あれ、吸ってんのウチだけやん。

 

飲む量は少ないからええねん、赤城や加賀みたくボーキのギンバイもせんからええねん。

……何やろな、空母寮が問題児隔離施設な気がしてきた。

 

嫌な事実をスルーして気持ちを切り替えるために、ここ三か月に思いを馳せてみる。

 

朝起きて牛乳飲んで出撃して、書類書いて牛乳飲んで出撃して、

書類書いて牛乳飲んで出撃して、書類書いて牛乳飲んで夜が明ける。

 

そして仮眠の後に起きたら牛乳飲んで出撃やクソッタレ。

 

戦力増強スケジュールに少しでええから余裕が欲しかったわって……あれ?

 

そもそも何でウチが戦わなあかんのよ。

 

書類がどうとかではなくもっと根本的に、流れでやっとったけど理由がわからんわ。

戦争も終わって海底でのんびりしとったのに叩き起こされて、何勤労しとんのよ自分。

 

流石はひたすら便利にコキ使われて武勲艦になった龍驤よって、やかましいわ。

 

うわー、うわーと頭を抱えて呻いていると教導も一息入れたのか神通が寄ってくる。

ちら見をすれば何か困った風な顔、いや、埠頭で頭抱える知人(せんゆう)が居たらそうなるわな。

 

何事ですかの問いかけに、ちょっと自己批判をなと誤魔化すように言う。

 

「いや、深海棲艦と戦う理由を考えていたんやけどな」

 

聞けば神通も少し考える。

 

「守るため、ですかね、あと姉さんたちと一緒に居られるのも大きいです」

 

その姉さんを後ろの木に吊るしてんのキミやったよな。

時々「神通ー、お姉ちゃんを無視しないでー」とか聞こえてくるんやけど。

 

「環境音です」

「ア、ハイ」

 

龍驤さんは理由が無いんですかと聞いて来るので、自分の心に問いかけてみた。

 

Q:君はなぜ戦うのか

A:給料のためや

 

「よし、納得」

「筆頭秘書艦様が酷いことを言っています」

 

ええやん、理由なんて俗な方が頑張りやすいやん。

 

どうにも白い目が痛かったので、話を変えてしまおうと画策する。

睫毛の下、頬の上に指を走らせて一言。

 

「目の下に隈」

 

いや、気になっとったんよ。

 

「教導艦押し付けたウチが言うのも何やけどな、仕事しすぎはあかんよ」

「説得力というものが無いのですが」

 

ウチはええんよ、ちゃんと限界の紙一重で止まっとるからと言い切れば、

安全マージンはちゃんととってくださいと苦笑で返ってくる。

 

あれ、何かやっぱりウチが怒られる流れになっとる。

 

「形勢が不利なので龍驤さんはクールに撤退するでッ」

 

ダッシュで逃げ出すと後ろから新人駆逐艦たちが追いかけてくる。

旗艦は神通、何この矢面に立ちたくない水雷戦隊。

 

追い込まれるうちに海上に出て、逃げては追われ逃げては追われ。

 

うん、気が付けばウチ教導のダシにされとるね。

お休みなのに、97日ぶりのお休みなのにいいいいぃぃ……

 

最後には捕まってお説教を受けたのち、川内の隣に吊るされる羽目になった。

ここで休んでいてくださいって、これで休みをとれるのは川内ぐらいやて。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ドロップ、と呼ばれる現象がある。

 

久々に性悪妖精を見つけたので踏み潰し、そのままに持ち帰る。

寝しなに鳥籠で蓑踊りをさせつつ夜話としゃれ込んでいると、そんな話になった。

 

深海棲艦は負の感情、霊力の塊である。

 

かつての大戦の折に沈んだ船の魄を憑代として、四苦八苦、様々な負の属性を持つ

イロイロナモノを魂として成立する妖怪の一種、と推測されている。

 

そのため、儀式、砲撃などで負のアレコレを木端微塵に消し飛ばして清めれば、

残るのは艦船の魄に魂と成り得る清らかな霊力、即座に艦娘が建造(召喚)可能となる。

 

なまなかな量ではそこまで行かず、魂は即座に天に昇って発散されてしまうため貯蓄も不可。

艦娘がドロップで誕生する確率はさほど高くはない。

 

初出撃で川内が来たけどな。

 

神通と那珂もあっさり釣れたけどな。

 

そういや金剛4姉妹が揃うまでにかかったのは僅かに3日、全員ドロップや。

なんつうか、あの姉妹ども仲良すぎやろ。

 

火のついた蓑が燃え尽きたので塩水をかけておく、火遊びは後始末が肝要や。

 

しかし、深海棲艦。

 

深海に在る魄にそこらの色々を魂として詰め込んで出来る付喪神の成り損ない。

 

「どっかで聞いた話やなー」

 

軽く流したウチを意外そうに見つめる悪性ナマモノ。

 

自分が艦娘ではなく深海棲艦なのではないか、大抵はそういう疑問を持つと。

 

なんや、ウチの他にも資材使い込みの犠牲者が居るんかいな。

そういや居たな、ウチのひとつ前とふたつ前が、まさか後輩は居らんやろな。

 

何やら言い募る横領常習犯の言を、鼻で笑って電気を落とす。

 

それではまるで、艦娘と深海棲艦が別の生き物のようやないか。

 

「人の言うことを聞くように作り直された深海棲艦が艦娘、そういう事やろ」

 

訪れた静かな夜の中、妖精は笑っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05 ナイフと封筒

 

叢雲の2度目の改装が終わった。

 

1枚布だったワンピースが前方1枚で止める形に、肩を露出させインナーが見えている。

布を留める際に作られる煽情的なスリットが、肉感的になった肢体を強調している。

 

祝いの言葉も早々に、提督とふたりで眉間を押さえて懺悔した。

 

「ウチがアルダンだのセルルだの事あるごとに差し入れしとったからこんな事に」

「いや、俺がチョコやココアを経費で落としたのが悪い、おかげでこんなにはしたなく」

 

「誰がはしたない身体よ誰がッ」

 

何と言うかムチムチとしていて、とても美味しそうな塩梅である。

美味しそうにお八つを食べるからと、提督でふたりで差し入れしまくった成果であろう。

 

ところでそのスリットに指を入れてもええやろか、流石は龍驤さん俺には言えないことを

サラリと言ってのける、あんたら酸素魚雷食らいたいの、いつもの会話である。

 

そんな空気にノックが4回、提督室に入ってきた者が居る。

 

緑を基調とした左右非対称の制服、貴重なツインテ仲間の小柄な重巡、利根だ。

なにやら手製っぽいハリセンを肩に担いで、ぐるりと室内を見渡して口を開いた。

 

「龍驤、に叢雲と提督も居るの、丁度良い」

 

改二の祝いもそこそこに、本題じゃと切り出して言葉を繋げる。

 

「他の鎮守府では、改二に至るのは早くて半年、だいたい1年ぐらいと言われておる」

 

泊地立ち上げから今日で4か月、ちなみにウチの場合は3か月目に改二の改装が終わった。

素晴らしい、何と言うスピード強化、戦力強化のデスマーチの成果がよく現れている。

 

艤装の大符に「龍驤怪二」とか書かれていたのは気が付かないふりをしておこう。

 

視線を逸らしながら和やかな笑顔で続きを促す、皆が笑顔、空気が段々と重くなっていく。

張り付いた笑顔のままに室内から音が消える、まるで時間が止まったかのような情景。

 

「少しは休まんかこの仕事中毒(ワーカホリック)どもッ!!」

 

軽快な打撃音が連続して晴れた空に響いた。

 

 

 

『05 ナイフと封筒』

 

 

 

しばらく秘書艦を代わってやるから貴様らは休め(きんしん)

 

そんな事を言われて放り出されても、どうにも行くあても何もない。

しもうたな、趣味のひとつでも持っておけば良かった。

 

思えば仕事仕事で夜が明けて、デスマーチが終わってもそのままの勢いで出撃を続けていた。

脳みそが煮えたぎって何処かしら麻痺しとったんやろう、つーか誰かツッコめや。

 

いや、利根にツッコまれたんやけどな。

 

でも謹慎は無いわぁ、懲戒免職の一歩手前やん、処罰にしては重すぎるわぁ。

ああ、これも作られたこの身の悲しさよ、労働基準法はウチらを守ってはくれん。

 

早く人間になりたーい(基本的人権的な意味で)。

 

などと与太を撃っていてもどうにもならん、つか謹慎いうんは冗談で単なる休暇やしな。

 

……いやだから、どうやって暇を潰せと。

 

仕方が無いので明石の工房に寄り、性悪妖精を捕獲して釣糸に括りつける。

埠頭でこのまま秋刀魚でもと狙いつつ、ついでに少しばかり気になっていることを問いただす。

 

「なんかウチ練度が上がるのが妙に早いんやけど」

 

仕事中毒の叢雲と比べてもなお早い、ちょっと過労という言葉では説明しきれないものがある。

 

妖精曰く、練度というのものは要は魂と魄がどれだけ馴染んでいるかという目安であり、

人間の魂を入れている分、他の艦娘よりも馴染むのが早くて当然だとか。

 

心の奥底の提督ゴーストが「常時旗艦&MVPぐらいか」と言っている、気楽なもんや。

 

まあ強くなるにこした事はないのだが、うわぁいチートやぁとか喜ぼうにも

所詮ウチは軽空母、練度が上がっても強さは微妙なところで頭打ちや。

 

なんか小ぶりな石鯛に齧られている妖精を引き上げながら、そこんとこどうよと聞いてみる。

 

どうにもならんから気合と装備でどうにかしろと、まあそうなるな。

 

よし、今こそ浪漫のために資材をチョっぱってとか言い出したので力いっぱい遠投。

そのまま釣り糸をカット&リリース、守ろう大自然の心意気やね。

 

どうにも釣りは趣味にならない気がする、さくさくと機材を片づける。

 

しかし、艦載鬼(そうび)ねぇ。

 

以前から縁のある搭乗者でも召喚できんかとやってみるものの、何が悪いのか誰も降りてこん。

宥めても賺しても酒だのなんだの供物を用意しても梨の礫。

 

やっぱり龍驤さん恨まれとるんかなぁ。

 

工房に釣竿を返しつつ、ぶらぶらと泊地を歩いているウチに、空母寮裏。

 

ドサクサに居酒屋の箱物は作っておいて、営業はほとぼりが冷めてから。

そんな感じの居酒屋鳳翔予定地にたどり着く、いや、鳳翔さんぐらいしかやる人居ないんよ。

 

営業開始とともに鳳翔さんは泊地の最終防衛線としての非常勤になるため、

今集中的にレベリング中、ああ仕事中毒がここにも居ったか。

 

前世が前世だけあって、皆どこか生き急いでんなぁ、自重せなあかん。

 

そのまま視線を動かせば陰陽系の儀式に必須な陰陽の社、その隣には弓道場。

資材はすべて日本からの直輸入、諸手続きを思い起こすと今でも涙が出る。

 

日本製、陰陽系にしろ弓道系にしろ、付喪神だけあって資材の産地は性能に直結するっぽい。

 

つーても南方でぐだぐだしつつ各地を転戦したウチなんかは清めの水も水道水で問題ないし

お八つのセルルに使ったニッパ椰子の葉にサインペンで、普通に艦載鬼召喚できた。

 

他の軽空母連中も各地で便利に使われたせいか、性能低下の影響をあまり受けない。

 

赤城加賀の一航戦組も日中戦争でいろいろあったせいか、そこまで産地に拘らない。

ヤバイのは飛龍と蒼龍やな、日本産でないと性能半減してしまう。

 

未着任の五航戦連中は、きっと使用済みの割り箸からでも召喚できてしまうんやろなぁ。

 

羨ましがるべきか同情するべきかと死んだ魚の目で空を見ていれば、音が聞こえる。

なんや、弓道場で誰か弓引いてんな、虚ろだったから気付かんかったわ。

 

覗いてみれば、加賀。

 

弓道着に青染めの袴、というかもはやミニスカやな、を翻す、片方括りの黒髪鉄面皮。

感情豊かな無表情という異名を勝手につけたら、泊地で流行って本気ギレされた。

 

なんかそのまま入るのも躊躇われる空気なので、板の間に寝転がって匍匐前進。

 

何時から引いていたのか、肌には既に汗が浮かんでいる。

 

プロレスラーとかは練習で汗の水たまりができるそうな、ふふん、まだまだやな。

 

「……何か邪念を感じました」

「こんな無邪気なウチをつかまえて何やねん」

 

振り向いた加賀が視線を彷徨わせ、そのまま下へと移動して、ジト目に変わる。

何をやっていると聞かれても、板が冷たくて気持ち良いとしか。

 

視線に耐えきれずゴロゴロだらだらしていると、ため息ひとつで弓に戻る。

射法うんたらとかいう、いやよく知らんけど、ともあれ弓を引きながら口を開いた。

 

「どう見えます、私の弓は」

「赤城より下手」

 

即答に肩が落ちた、地味に凹んでいるなコレは。

 

いやな、陰陽系空母に弓について聞かれても大雑把な事しか言えんがな。

かろうじて梓弓の知識が少しだけある感じやで、無茶振りも大概にしてえな。

 

とか考えてるうちに加賀が何か黒いオーラを纏って負のスパイラルに入っとる、

フォローせんとあかんかのかな、やっぱこれは。

 

「でもま、ウチは加賀の弓の方が好きやな、赤城のは可愛げが無さすぎるわ」

「貴女に好かれても嬉しくありませんね」

 

言う割に肩が上がる、括った髪の跳ね方が妙に浮ついているし、なんつうかわかりやすい。

 

そのままにスパンスパンと撃ち続ける、いや射る言うんかな、でも空母やしなぁ。

などと益体もない事を考えていると段々と意識がおぼろげになってきて……

 

「龍驤」

 

危ない、たれ龍驤とかになってゆるキャラの仲間入りをするところやった。

 

「貴女は練度はいくつになりました」

「98や」

 

的から大きく矢が外れる。

 

……ドン引きか、ドン引きしたのか、仕事中毒っぷりに。

いまさらやけど数字を口から言った時、自分でもちょっと引いてしもたわ。

 

利根がキレるのも仕方無い事やったのかもしれん。

 

「龍驤」

 

反省途中に加賀の声で現実に引き戻される。

 

「私の出撃機会を増やしなさい」

「働き過ぎで謹慎食らっとる最中のウチに言う事か、ソレ」

 

軽く言い返したら、噴き出された。

 

「謹慎、働き過ぎって」

 

おうコラ、何笑っとるねんコンチクショウ。

 

言うに事欠いて日中戦争の頃から進歩してないじゃないですかって、

あん時はお前も一緒に叱られたクチやないか、何部外者面しとんねん。

 

だーかーらー、笑うなぁああぁぁ

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「ふむ、これで今日の遠征分の書類は終わりじゃな」

 

仕事に不慣れな面は見えるものの、てきぱきと充分に実用に足る作業を果たした利根。

少しばかり意外な艦が持った事務適正に、安堵と喜びを得る提督がひとり。

 

「ふふん、存分に褒めるが良い」

 

小柄な姿が胸を張る、そう、龍驤とは違ってしっかりと胸がある。

 

そんな事を考えた提督の脳裏に、親指を下に向けながら「キミ、後で地獄の断頭台な」

と張り付いた笑顔で口にする龍驤の姿が浮かび、頭を振って恐ろしい妄想を追い出す。

 

「提督も少しは休みをとるべきじゃぞ、そのために秘書艦が複数居るのじゃからな」

 

茶でも入れようと席を立った利根が、そんな言葉をかけてくる。

 

あれ、こんな優しい事を言われたの着任後はじめてじゃね、などと思い至った提督の目には涙。

ああいや、龍驤さんも叢雲も折に触れ気を使ってくれたしと、誰にともなく心で言い訳をする。

 

言い訳でナチュラルにさん付けをする、すっかりと調教済みの提督であった。

 

給湯室からは紅茶と緑茶が壮絶な場所の取り合いをしておる、などと聞こえる。

どうにも水面下で秘書艦同士が激戦を繰り広げているらしい、目的がいまいちわからないが。

 

―― 龍驤もなぁ、身を削るほどに優しくある性分は改めて欲しいのじゃがな

 

提督が少し聞きとがめる、発言に何か違和感がある。

どうにも利根の言う龍驤が想像がつかない。

 

「龍驤は昔から()()()()()()()()が、自分には無駄に厳しい艦じゃったぞ」

 

違和感が大きくなる、知識で知っている航空母艦、龍驤の歴史では ――

 

「まあ、自分に厳しい分、優しさの基準も少しばかり鬼畜が入っておったがの」

「ああ、それならわかる」

 

漸くに納得した。

 

柔らかな緑茶の香りが漂う、穏やかな昼下がりであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06 彗星一二型甲

理想と現実はだいぶ違う。

 

鎮守府に各機能を集中し事務関係も一本化、各泊地には少数の戦力を配し連携

実に機能的な鎮守府、泊地運営が成り立っている、本土では。

 

このシステムを考えなしに外地に適用すると酷いことになる。

 

例えば、様々な国の地理と思惑が入り乱れていたせいで

少数の戦力をバラ巻かれるかのように配置して鎮守府としたブルネイ鎮守府群。

 

足りない戦力を補うために後発の泊地は肥大化して各種手続きは煩雑を極める。

対策を図ろうにも泊地と鎮守府では予算も権限も段違いであり、非効率そのもの。

 

人を雇おうにも軍事機密だから人選は厳しい、志願者も居ない、そもそも雇う金がない。

 

結果として人が少なく各種業務に忙殺される鎮守府、いわゆる本陣と

キャパシティオーバーで各手続きに忙殺される泊地と言う悲惨な環境が生まれた。

 

特に空母、戦艦を主力として各泊地に提供する役に在る5番泊地などは、地獄である。

 

本日配布の青葉調べ、泊地で最も死んだ魚の目が似合う艦娘ランキングで

秘書艦組が上位を独占している事からもそれは伺える、今期トップは金剛であった。

 

 

 

『彗星一二型甲』

 

 

 

5番泊地で層が薄い所と言えば、主に水雷戦隊や。

 

他泊地からの空母、戦艦の需要が大きいため所属艦娘がそちらに偏っているのに、

第一鎮守府本陣などから対潜哨戒の協力要請が頻繁にもたらされる為に

どうにも慢性的な人手不足に悩まされとる。

 

「そういうわけで五十鈴は第一鎮守府バンダルスリブガワンに出向後、

 駆逐隊と合流して昼は水上都市、夜は近海の対潜哨戒7連勤な」

 

「休む暇が無いんですけど!?」

 

ぶるるんと提督室の机の前で脂肪の塊を震わせるセーラー服の藍色ツインテがひとり。

 

爆雷ソナーガン積みの潜水艦絶対殺すガールこと、軽巡洋艦の五十鈴や。

口パクさせて赤城とか陽炎に声をあてさせると何かヤバイ雰囲気を醸すという特技がある。

 

つーかブラぐらい付けろや、イヤミか貴様。

 

「巨乳なんか過労死してしまえばええ」

 

麗らかな日差し、凍りついた室内、その空気の中で顔色ひとつ変えずに言葉を続ける。

 

「対潜哨戒における五十鈴の力量は高く評価しとる、

 辛いだろうがどうにか頑張ってもらえんやろか」

「漏れてた、今、思い切り本音漏れてた!」

 

「ええやんか、昼夜ぶっ通しでもしとけばその脂肪の塊も少しはしぼむやろ」

「お断りだコンチクショー!」

 

ええい聞き分けのない、これだから巨乳は。

 

「2度目の改装が終わって増えるどころか凹んでしもたウチの気持ちがわかるか!?」

「史実通りなんだから仕方ないでしょ!」

「言うなそれをッ」

 

航空母艦龍驤、一度目の改装では取り付けた二つの膨らみ(タンク)無いも同然(しようふのう)であり

二度目に至っては僅かにあった(艦橋の)出っ張りを削られた艦である、ぐはぁ。

 

「五十鈴が虐めるー、ちょっと10連勤させようとしたぐらいでウチをいぢめるー」

「さりげなく日数増やすなぁ!」

 

会話の途中で視線を逸らしながら広げたのは新聞紙、青葉日報ブルネイ版。

 

「ええとなになに、お、米軍が真珠湾を奪還したとな」

「いや、話終わってないからね、終わってないから!」

 

一面に何かホラー映画に出てきそうな偉丈夫の集団が写っている。

 

「ホッケーマスクを被った海兵隊員たちが斧やチェーンソーで駆逐イ級を殴り殺したとか」

「何それちょっと詳しく、じゃなくて」

 

現場は現在日本と隔絶している最中だから、向こうで撮影した写真を

衛星通信か何かで送ってきたのだろう、血塗れの凶器が生々しい。

 

4隻の揚陸艦で深海戦艦に肉薄、不死身っぽい加護を得た海兵隊員たちが力技で敵を粉砕、

揚陸艦のナンバーはかつての故事にならってA、K、H、Sのイニシャルが振られていた。

 

実にアメリカン、リメンバーパールハーバーフォーエバーと青葉は思うのです、やと。

 

「じゃなくて」

「場を見立てる術式をあちら風にアレンジした結果やなて痛い痛い」

 

五十鈴が何やら言葉よりも握力で雄弁に語りだしたせいで、ウチの頭蓋骨がミシミシ言うとる。

軽巡洋艦といえども9万馬力、鉄の爪に使ってええ出力ちゃうよね。

 

「了解了解、ほなら第三者の意見も取り入れて判断しよか」

 

意思疎通が成るとは何と素晴らしい事か、ああ、何と世界は世知辛い事。

ちょうど壁際の書棚で書類整理をしてたる第三者にウチと五十鈴の視線が集まる。

 

振り向いた秘書娘が日報のファイルを閉じながら、キラリと眼鏡を光らせて一言。

 

「巨乳など過労死してしまえば良いのです」

大淀(ブルータス)、お前もか!?」

 

第三者の意見は尊重せなて痛い痛い痛いって。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

まあ結局五十鈴には川内を土産に付けて旅立っていって貰ったわけやが。

そして神通と那珂はそれぞれタンカー護衛で遠征中。

 

かくして泊地に現在居る軽巡はゼロ、わーお。

 

いや、大淀が居たか。

 

なんかもういっぱいいっぱいやなぁー、しまいにゃ輸送ついでに本土に出向いて

暇そうにしてる艦娘をスカウトしまくるぞって、外聞悪うなるやろなー。

 

辺境組(コネ無し)が本土組(コネまみれ)から艦娘を奪い取る、うわぁ嫌すぎ。

 

それでもと、大淀と入れ違いで夜勤に入った提督に向かって語る。

 

「とてもアットホームなやりがいのある職場です、キラリ」

「ブラックの常套句だな」

 

「大丈夫、建造組は擦れてないから騙されるはずや」

 

何か白い目で見られた、いや、ウチも建造組やけど中古品(リサイクル)やし。

 

もとい、こう、床の間に飾られてストレス溜めてそうな艦娘を……筆頭は大和型か。

 

くれ言うても何処も手放さんやろな、つうか超弩級な戦艦やん、いらんて。

ただでさえ一航戦がハリセン擦り切れる勢いで資源消費してんのに、自殺行為やん。

 

「龍田なら量産可能だから異動させられるらしいよ」

「可及的速やかに着任を要請するわ」

 

早よ言え、そして早よ来い。

 

頑張った分だけ報われる、家族的な社風で成長できる職場です。

レベリングデスマーチ的な意味でな、ぐっどふぉーみー。

 

世間一般、祈りは天に届かず叫びは地に響かず、言葉は人に届かないとは言うものの

それでもたまには幸運に恵まれるらしく、申請はアッサリ通った。

 

本土担当者の受付に同席していたあきつ丸(あきっちゃん)が涙ぐんでたのが気になるが。

もしかしてウチら、陸からも同情されるぐらい酷い状況なんやろか。

 

いやいや、まさかまさか。

 

そうして後日、着任した龍田に紐付けて外洋を航海していたら天龍が釣れた、偉い。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07 熱帯の夜と朝

空母寮に個室を貰うとる。

 

とは言え、別段特別な差配があっての事やない。

 

大部屋でも個室でも、要は部屋の余りがあるかどうかの問題であり、

艦娘を各泊地に派遣する任務の都合上、5番泊地の寮は無駄に大きく作られとる。

 

つまりは基本的に部屋が余っているわけで、何某かの問題でもない限り

所属艦娘の部屋への希望は通るようになっている。

 

その上で姉妹艦や戦友艦同士で大部屋をとる艦娘は多く、例えば金剛型4人部屋、

陽炎型6人部屋4セット、空母寮だと飛龍蒼龍、隼鷹飛鷹の2人部屋とかか。

 

巡洋艦寮に大淀、足柄の礼号部屋とかは特殊な例やろか。

 

以上を踏まえて考えると、うん、実は個室はだだ余りなんや。

 

ウチの場合は強いて言えば鳳翔さんの直系ではあるが、同型艦と言える者は居ない。

戦友も居るには居るが、艦種が違う奴らばかりやし、空母だと……加賀か、勘弁や。

 

蒼龍や隼鷹にひっついていくという手もあるが、ばいんばいーんな九九艦爆に

悩まされる日々は間違いないわけで、却下や。

 

なにより秘書艦なんぞやっていると生活が不規則になってかなわん事この上なく、

大部屋なんぞに入ったら間違いなく周りの迷惑になる事が請負っちゅう。

 

まあそんなこんなで残業明けの20、00、入室と同時に電気をつけて

荷物を机に置いてから壁から利根の作ったハリセンを外して ――

 

「なんで居るねん赤城ぃッ!」

 

先日の給料で買ったエアコンで涼んでいる黒髪美人をシバき倒した。

 

 

 

『07 熱帯の夜と朝』

 

 

 

ブルネイは常夏の国、平均最高気温30度を越え、最低気温は23度になる。

一年中雨の降る、熱帯雨林特有の高温多湿の気候も含めエアコンの必要性は高い。

 

「そんなもの、龍驤がくぅらぁを買ったからに決まっているじゃないですか」

「自分で買えや」

 

給料は円とブルネイドルの両方で払われて、たまにシンガポールドルが混ざる。

 

開戦、休戦からこっち円が爆上げの憂き目にあっており、おかげで生活には困らんが

日本産の製品を購入するのにかなりの手間暇費用がかかるという塩梅。

 

そんな中、メイドインジャパンのエアコンを購入するのにどれだけ苦労したか。

秘書艦の権限で酒保を通して艦娘割引を適用しつつ購入したのに、かなりの額になった。

 

「それもこれも部屋でぐらいマッタリしたいからやと言うにッ」

「どんまい」

 

快音1発。

 

「つーか、正規空母なんやから高給取りやろ」

「そうは言いますがね、龍驤」

 

そう言うと赤城が適当なわら半紙に手書きで謎のグラフを書き出した。

 

軽空母20% 正規空母107%

 

「金額が違っても、かのようにエンゲル係数に大きな開きがあるのです」

「どんだけ食ってんねんキミらッ!」

 

具体的に言えば軽空母は短大卒、正規空母は4大卒のOL程度の収入になる。

 

寮と食堂で光熱費や諸々の苦労が軽減されているから美味しい職場かもしれないが、

命の値段として考えれば、これまた微妙なところやろう。

 

ちなみに巡洋艦はそれぞれ高校、大学のお小遣い程度、駆逐に至っては月5千円相当である。

 

ごせんえん

 

基本的人権が無い立場と言うのは実に恐ろしいものや。

1回目の任期が終わって国籍付与されんと、労働基準法が適用されてくれん。

 

秘書艦手当を貰って「きゅうりょうごばいになったわ」と言った叢雲の目は死んどった。

 

「ど、どうしたんです龍驤、いきなり目頭を押さえて」

「いやな、この馬鹿の食費を差っ引いて駆逐艦寮に差し入れしてやろうかなと」

 

「なんかいきなり私の食糧事情がピンチになっている!? 」

 

まあそれはそれとして。

 

「つか、どうやって入ったんよ、鍵かかっとったやろ」

「加賀さんがこっそり作った合鍵を貸してくれました」

 

「何やってんの加賀ぁ!? 」

 

何時作ったどうやって作った、そもそも何で作った!?

 

「これが …… 一航戦の絆」

「やかましいわッ」

 

ハリセンが唸る、利根は昔から実にいい仕事をする、かくありたいもんや。

 

「まあそんなわけで、そろそろ夜食の時間ですね」

「もうヤだこのマイペース空母!」

 

「可及的速やかにご飯を出してくれないと居座りますよ、ボーキ齧りますよ」

「脅迫に見えて実は飯を出しても行動変わらんよね、それ!」

 

まったくもうと、諦め全部でシステムキッチンに立つ。

 

パンでも齧ってろと言いたいところやが、ウチもそれなりに小腹が空いた。

仕方なしに食材を確かめて、ああ、ミーゴレンとスープでええか。

 

水を入れたフライパンに火をかけて、インドネシア製の乾麺を投下する。

深夜には塩分過多な気もするが、まあ日々出撃で汗かいてるんやし問題ないやろ。

 

「龍驤は普通に異国料理に手を出しますね」

「まああんだけドサ周りやっとればなー」

 

なんかなぁ、まさか給料が消える原因は温帯ジャポニカ米買いまくっとるとかいうオチか。

そこらの飯場に行けば、1~3ドルで普通に飯を食えるハズやしな。

 

ナシゴレンでも食わしてコッチの米に慣れさせるべきやったか。

 

などと言うと、私は何でも美味しく頂きますよと返してくる、さよけ。

 

「加賀さんや鳳翔さんは和風から外れる事は少ないですね」

「加賀はともかく鳳翔さんは何でも作れるハズやけどなー」

 

「趣味なんでしょうねぇ」

 

間宮大和武蔵を抑えて、海軍随一の厨房を持つ艦と謳われた人なのに勿体ない。

 

「お店開くために鳳翔さん、間宮さんとこで勉強会してて不在がちで、本当に辛くて」

 

おうこらちょい待てや。

 

「赤城」

 

ジロリと視線をやれば部屋の空気が凍りつき、赤城の顔は強張っている。

 

「正座」

 

何かこうもたついていたので、笑顔のままでゆっくりと重ね言う。

 

「せ・い・ざ」

 

言い直したらおかげか速やかに姿勢を正し、そのままその場で膝を曲げる。

強張った笑顔のままで、冷や汗をかきながら背筋を伸ばす様が見て取れる、良し。

 

赤城の後ろに回り、両肩に体重を掛けながら耳元で囁く。

 

「なにキミ、鳳翔さんにまでタカってんの」

 

「い、いえ、こうお腹を空かしていると鳳翔さんがおにぎりとかを作ってくれて」

「とりあえず1枚いっとこか」

 

そう言って離れ、駿河問いに使う用の石材(神通作)を引っ張り出した。

 

「なんで台所から手軽に拷問器具が出てくるんですか!? 」

「どこぞの正規空母対策に決まっとるやんか!」

 

製作者的には夜戦馬鹿対策だったそうやけど。

 

「つ、冷たい、そして重い!」

「ええからそのまま抱えてろや!」

 

とりあえず飯ができるまでなこん畜生、インスタントやなくて本格的に行くべきやった。

 

冷たいるるるーなどという環境音を聞き流しながら、ほぐれた麺に冷蔵庫から出した

羊肉の野菜炒めをブチこんでいく、個人で冷蔵庫持てるなんて価格破壊様々やな。

 

そんなこんなで出来上がる頃、ノックから間髪入れず扉を開いて入ってくる人影。

 

どこぞの似非巫女よりはまだ近い巫女風衣装のツンツン頭と紐リボンの黒髪ロング。

仲良くボン・キュ・ボンな飛鷹型改装空母の2人組、隼鷹と飛鷹や。

 

「ヘーい龍驤サン、ちょっとたこ焼き器貸しておくれよ」

「食材もバッチリ持ってきたわよ」

 

「あきらかに居座る前提の用意の良さ!? 」

 

挨拶もそこそこにたこ焼き器を部屋の真ん中の机に設置して座り込むふたり。

海老だの肉片だのを窪みにポコポコ落として鉄板焼きを作り始める。

 

「アタシらもクーラー欲しいんだけどねー」

「何故かお金が貯まらないのよねー」

 

毎週国境線でアルコールラリーやっとるからや。

 

そんな中にミーゴレンも出来上がり、この際大皿で、取り皿渡して食材を受け取り

キッチンへと逆戻り、ってあれ、何かおかしない。

 

「龍驤センパイの部屋でお酒が呑めると聞いて!」

「蒼龍に連れられた風を装ってお邪魔します」

 

黄色と緑の着物な2人組、の飛龍蒼龍な二航戦組も乱入してきた。

ええとこに来た蒼龍、ちょい手伝えやコラ。

 

「お酒追加持ってきましたー」

「千歳姉、そこで追加って言ったらバレバレじゃない」

 

「どこから、どの段階から計画済みだったんよキミら!」

 

「フハハハハ、かかったね明智クゥ~ン」

「うわ、隼鷹ってばもう出来上がってる!? 」

 

誰が明智やと姦しい中、水上機母艦の2人組に至っては、もう部屋が埋まっとるがな。

だから無理に部屋に入ろうとすんな、人口密度どんだけや、仲良しさんかキミら。

 

そこでひとりで一角を占領していた黒髪が鉄板焼きを摘まみながら、一言。

 

「流石に気分が高揚します」

「何時の間に生えた加賀ぁッ!」

 

とりあえず合鍵の恨みを込めて、加賀だけはシバいておいた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

明け方に目が覚める。

 

寝上戸とでも言うのだろうか、酒が入ると寝てしまい、酒が抜けると起きてしまう。

おかげで深酒や二日酔いとは無縁の生活や、良いのやら悪いのやら。

 

誰ぞが毛布を上にかけてくれたようで、身体を冷やす事はなかった、有り難い。

 

部屋を見渡せば死屍累々。

 

いやな、ウチは今日も出勤やからなコンチクショウ、部屋の掃除は頼むでホンマ。

うわぁ、確保しとったコシヒカリ、思い切り炊いとるやん、記憶にないわ。

 

いや、記憶の隅っこの方に焼きおにぎりとか単語がある、ソレのせいか。

 

出がけの前にコンソメキューブで簡単な汁物、余り米でおにぎりを作り、大皿に盛る。

一つ二つ摘まんだところで、胃が荒れているので飲むヨーグルト。

 

軽く着替えてもまだ時間はあるし、ドックで軽く汗を流してから行こかと、物音。

 

何時の間にやらコンソメスープをマグに入れて飲んでいる加賀(バカ)が居る。

食事の機会は逃しませんって、その努力は深海棲艦に向けてほしいなぁ、ウチは。

 

適当に準備をしてから部屋を出る。

 

「行ってらっしゃい」

「はい、行ってきま」

 

まあそう悪い事では無かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08 雨月の使者

「ついにこの日が来たんだね」

 

ある晴れた昼下がり、長めの髪をお団子にした軽巡洋艦が1隻荷馬車に揺られて来た。

本人的には荷馬車はリリーフカーとかゴンドラとか、そういうモノのつもりらしい。

 

川内型軽巡洋艦3番艦、那珂。

 

着任当日に提督執務室でカラオケセットを要求した強者(つわもの)である。

 

要望は却下されたが、後に龍驤の計らいでバナナとダンボール、薪一束が支給された。

 

そのような「アイドルセットLV0」の各装備は今や、バナナはマイク(霧島用予備)に、

お立ち台は木箱(廃材)に、篝火はスポットライト(探照灯)へと格段の進歩を遂げる。

 

「那珂ちゃん、改二到達おめでとうコンサート、はっじまっるよー!」

 

軽いサウンドがスピーカー(青葉所有)からこぼれ出し、周囲の駆逐艦たちが盛り上がった。

何の変哲もない土の質素なグラウンドの一角が、鮮やかな夢の世界へと書き換えられていく。

 

提督執務室の窓から提督と龍驤がそんな姿を見つめている。

 

「……餓鬼の頃、ああいう光景を見たことがある」

 

ステージの端にピンク色、明石が自転車屋台を引き水飴やジャムせんべいを売っていた。

 

―― はいはい、タダ見は駄目よ、買った人から前に詰めてね

 

「ウチが艦だった頃は現役やったな」

 

アイドルって何だろう、そんな哲学的な疑問を抱いた二人であった。

 

 

 

『08 雨月の使者』

 

 

 

一区切りついたんで自主練と洒落込む気になった、雨季には珍しくよく晴れていたし。

 

人類側の大反撃がはじまったはええが、それによってポコポコと艦娘が落ちてくる。

いや、結構な数も食われたけどな、幸いブルネイは被害些少で済んどるが。

 

まあ要するに、空母増えてきたからサボってると先任の立場が無くなるねん。

 

そんなわけで出撃と遠征で人気の無い泊地、訓練の申請を通してブラブラと海へ向かった。

 

訓練と言っても、かつての海軍のソレとは随分と趣が違う。

 

艦艇から艦娘に変わり、変化した事は多い。

というよりは、変化していないところが少ないと言うべきか。

 

まず実感するのは、戦場のミクロ化や。

 

20km30kmの距離から火砲を撃ちあうような海戦ではなく

目視の距離で手足を動かし砲弾や魚雷を投げ合うような戦場。

 

海戦と言うよりは、海上の陸戦と言った方が近いかもしれん。

 

それがもたらした変化は多岐に渡る。

 

まず特筆すべきは砲弾、魚雷の命中率の馬鹿げた上昇。

 

かつての「フグの方がまだ当たるんやない」という感じの命中は何処に行ったのやら

見ていて面白いぐらいにブチ当たる、そして当てられる。

 

在りし日の面影があるのは航空戦ぐらいや、いや、いろいろ融通効くようなったけどな。

 

航空機の爆撃も1機で20発ぐらい当ててくれんと釣り合いが取れんやないの。

アウトレンジでも決めろってか、距離が違い過ぎて援護もないのに。

 

そう、航空母艦の地位は相対的に下がりまくった。

 

逆に上がったのは重雷装巡洋艦やな。

 

出オチ前提の全身にマイト巻いた下手な鉄砲ばら撒き職人から、

直撃しても誘爆せん火力爆上げの純攻性巡洋艦へと華麗な転身や。

 

羨ましいわー、北上ええなー、大井ええなー、でも5番泊地には近寄んな。

いや、ブルネイやと同性愛は極刑やから、色々な意味で危険すぎるねん。

 

まあ治外法権やし、王室が強烈に拒絶反応を示しているだけで

実際のとこはそこまで目くじら立てるものでもないけどな、目立たたないうちは。

 

さて、羨んでばかりでも仕方ない、ウチにあるものを確認しよう。

 

泊地港湾付近、演習用に指定されとる海域で艤装の大符を広げる。

 

「さあて、お仕事お仕事っと」

 

自主訓練やけどな、まあお仕事には違いない。

 

大符から式紙が鬼へと変わり、濃緑色の鉄塊が大空へと舞い上がっていく。

 

2番スロット、艦上戦闘鬼「烈風」28機

 

航空母艦の変化として、利点に数えられるのはココやろう。

 

まず、ウチにみたいな小型空母でも烈風のような超デカ物を28機も積める。

「龍驤」が「式神」として「艦載鬼28機を使役」できる性能だからや。

 

次に、発着艦のこれまた馬鹿みたいな簡略化。

 

大符を開いて滑走路を用意、あとは勅令を入れれば次々と飛び立っていく。

 

エンジンの暖気も要らない、甲板の距離も関係無い、風上に向かって速度維持する必要も

合成風速を計算する必要も無い、それどころか風の計測はおろか発着艦の目印も不要、

妖精が謎生物すぎるのでトンボ釣りも意味が無く、つまりは前後の随伴駆逐艦も要らん。

 

そのうえ乗員なんて居ないから舵取りがいくらでも荒く出来る、物凄く楽や。

 

あー …… 航空母艦で艦娘化の恩恵を一番受けているの、ウチかもしれんなぁ。

 

まあそれはともかく、それらから導き出される結論は ―― 機動性の確保。

 

好きなように移動できる、だけでは足りんな。

 

海上、海面に艤装が接している間は推進力が得られる。

 

走ったり、飛んだり跳ねたりすると足が空中にある間は推進力が得られないため

当然の如く速力は低下する、艦娘の基本はまず「走らない」事になる。

 

だが、減速は悪い事だろうか。

 

急激な加減速、艦艇ならば乗員が挽き肉にジョブチェンジする暴挙であるが

艦娘のこの身ならば何の問題もない、たまに酔うぐらいや。

 

かといって「減速のためにダッシュ」なんてやってるとバランス悪くてコケるわ

急に止まれない(かそくできない)わ、地上に上がった時に混乱するわで碌なことにならない。

 

だからまあ、艦娘の応用としては飛んだり跳ねたり、位置を変えるためのアレコレになる。

だがそれやと減速はデメリットのままや、意味がない。

 

だから、歩いた。

 

これが意外に良い、加減速が思いのままやし、コケる危険も走りに比べれば段違いや。

そういえば琉球の(てい)に似たような事を言っている技法があったなぁとか何とか。

 

この艦娘的水上歩法、チェンジオブペースとでも言おうか、それのおかげで

このところ第一鎮守府で筆頭秘書艦やっとる長門(ながもん)に勝ち越しとる、快挙や。

 

戦艦は計算して撃ってくるから、不規則な速度に弱いんよな。

長門(ゴリラ)は野生の勘で当ててくるけどな、おかしいやろアイツ。

 

まあそんなこんなで、ふらふら揺れながらの着艦作業、艦載鬼の妖精の罵声が心地良い。

 

ああうん、簡略化した言うても限度があるみたいや。

 

乗員酷使を越えて拷問処刑な龍驤さんやからこそ出来る(乗員を)必殺技やな、この歩法。

 

などと訓練飛行と言う名の処刑執行を終えて、次は友永式の低空爆撃かなと

どんだけや貴様などという妖精の声を聞き流していると、後ろから推進音が響く。

 

「龍驤ちゃん、おっそーい」

 

やたらと露出の多い銀髪ウサギがウチを追い抜いて行った。

なにやら連装砲ちゃんとかいう謎生物を1匹抱え、2匹が並走している、速いなあの生物(なまもの)

 

そのまま適当に旋回しては近寄ったり、離れたり。

 

島風型駆逐艦1番艦、島風。

 

駆逐艦にあるまじき高耐久高火力、海軍渾身の「ぼくのかんがえたさいきょうのくちくかん」

本土で憲兵隊に保護されてからブルネイに、第二の2番泊地で持て余しとったから貰ってきた。

 

うん、レア駆逐艦建造する余地なんて無いよ当然、5番泊地には。

 

まあ露出髙いからムスリム受けはとことん悪いし、燃費最悪だし、速度合わないし、

どう考えても欲しいとこからはズレとるけど、それでも駆逐艦は要るねん、少しでも多く。

 

とは言え性能も馬鹿高いので対潜哨戒で大活躍や、五十鈴が楽になってちょっと不満やけど。

 

それはともかく爆撃機の発艦訓練、ウロチョロ動き回る島風が邪魔で邪魔で、生物(なまもの)も。

…… ああ、実に素晴らしい、面白くなってきたやないの。

 

そのままに妖精の罵声が特盛増量された、良し。

 

そんな感じで島風の障害物競走に協力を続けていたところ、

 

「龍驤さーん」

 

岸の方から声がした。

 

見れば神通が手を振って呼んでいる、後ろで簀巻きにされた川内がビタンビタンと

陸揚げされた魚のようにのた打っているんは見なかった事にしておこう。

 

とりあえず回れ右して神通へと舵を切る。

 

「おぉう!?」

 

方向転換に付いていけなかった島風が離れていった。

 

「何やー」

「ええと、提督がお呼びなんですけど、あの……今のどうやったんです」

 

今のと言われても何やろう、回転巻き付き式大符着艦訓練の事やろうか。

妖精はもう罵声を浴びせる余裕も無くなってきたようで実に結構。

 

高加速で旋回した島風が戻ってくる。

 

「龍驤ちゃん龍驤ちゃん、今の何、クルッて、その場でクルッて」

「あ、それです」

 

「何の変哲もない回れ右やけど」

 

「変哲しかありませんよ」

「すっごく速かった」

 

少し考えて、思い至る。

 

「あー、島風、ちょっとそこで加速して面舵一杯してみ、直前に舵を取り舵(ひだり)に入れて」

 

言われたとおりに加速した姿が、大きな波を生みながら位置をズラさず体の向きだけを変える。

 

「おおぉう!」

 

「地上だと滑ってドリフトになるけど、海面だと水が衝撃を吸うからこうなるんよな」

 

なにやらツボに嵌まったのか、加速しては回り、加速しては回りを繰り返す小さな影。

切り替えしたり飛んだり跳ねたり、駆逐艦は元気やなぁ、ほんま。

 

なにやら感心したような面持ちの神通に声をかける。

 

「クイックターン、ジェットスキーの基本テクや」

「ジェットスキーですか」

 

「艦娘やからな、艦艇よりは挙動がああいう小型の方に近いやろ」

 

それもそうですねと、盲点でしたと反省をはじめる教導担当。

意外に気が回らんもんやな、やっぱ艦艇の記憶で先入観があるんやろか。

 

考えてみればこんな事、発想した時点で「乗員が挽き肉になるわ」と連想するもんなぁ。

 

「まあ気を付ける事と言えば、あまり調子に乗って切り返していると」

 

「あー、連装砲ちゃんがーッ」

 

「遠心力で艤装が吹っ飛んでいくでって」

「先に言ってあげましょうよ」

 

苦笑を受けながら岸に上がる。

 

雨季の中にある晴れた昼下がり、早めに吹いた夕の風に雨の匂いが乗っていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

川内の木。

 

海側に設置された泊地の玄関脇に立っている枝ぶりの良い木の事である。

夜間になると軽巡洋艦川内が吊るされている、泊地の風物詩であった。

 

そして今日も、簀巻きにされたセミロング二つ括りの利発そうな姿が吊るされる。

 

「えーとね、神通、私今日はまだ何も悪い事やってないんだけど」

 

何を言っているのかしらこのお肉は ――

 

妹のそんな冷たい眼差しに川内のメンタルがガシガシと削られていく。

 

「もし、今ここで縄を解いたらどうしますか」

「そろそろ夜戦の時間だね!」

 

黙々と縄で蓑虫を枝に吊り下げる、神通の作業は休まる事を知らない。

 

「あ、うそうそ、待って、お姉ちゃんたまには布団で休みたいのッ」

 

ポツリ、ポツリと地面に水の跡が出来、神通の作業を急かす。

あまり信頼の出来ない現地の予報によれば、雨は夜半過ぎまで降り続けるという。

 

ブルネイの乾季はまだ遠かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09 花煮えの冬

 

忙しい中、他人にお仕事してますアピールなどをされるんは不快なもんや。

 

まあ邪魔にならんのやったら別にかまわんのやけど、往々にしてそういう輩の行動は

無能な働き者を地で行くわけで、つまりは足を引っ張られて殺意が沸く、滾々と。

 

そう、本日に福利厚生の一環などと銘打って冬服が支給された、本土の鎮守府の発案らしい。

 

「ちゅーわけでサンタさんや、可愛いやろ」

 

普段の水干から紅白のフワフワつきの上着へと着替えて提督たちへと見せびらかす。

サンタブーツに猫耳帽子、工廠もノリが良いのか艤装の甲板まで飾り付ける始末。

 

提督執務室内では大淀も仲良くサンタコス、紅白のコートに身を包んですっかり冬支度や。

泊地のサンタは他にも数名、那珂と時雨と間宮と伊良湖、師走の喧騒を鮮やかに彩っとる。

 

ああ、清々しいほどに12月、自殺する若い女がこの月だけ急に増えると言われる12月。

 

観客からそれなりに好評を頂いたようなので、ここぞとばかり飴ちゃんをばら撒いておく。

一通り行き渡ったところで息をつく、大淀と二人で顔を合わせニッコリと笑顔。

 

そして、無言。

 

張り付いたような笑顔のまま。

 

無言。

 

額から汗が垂れる。

 

やがて繰り出される、室内に訪れた鉛の如き静寂を打ち破る魂の叫び。

 

「って、クソ暑いんじゃああああぁぁ!!」

「いいかげん大本営にキレても許されますよね!!」

 

12月のブルネイ、現在の気温は31度、湿度は80%を記録していた。

 

 

 

『09 花煮えの冬』

 

 

 

散々に提督室でゴネたおかげか、有給休暇をゲットしてしもうた。

 

なにやら横チンだかサセ保だかの司令官に対して吊るし上げがはじまるとか。

 

今回のサンタ衣装強制着用に対してブルネイ、タウイタウイ、パラオ、ショートランドと

いった赤道付近の泊地、鎮守府から苦情が殺到し、発案者と責任者が酷い目に遭うらしい。

 

とりあえずブルネイからの提出書類に、「意見:死ねや」「理由:気温31度」と書いて

提督に渡しておいた、うまく使うとええ、受け取った時の顔は引きつっとったが。

 

そんなわけで艤装着脱の自由が裁可されるまでサンタ組は待機、自由行動となった。

 

5番泊地の犠牲者はウチと大淀、あとは那珂と時雨の4隻になる。

 

大淀はこの際だからと豚ロース肉調達の旅に出て行った、いままで時間がとれなかったとか。

那珂は意地と根性でコンサートを開いている、路線変更はしないとか、見上げた根性や。

時雨はサンタ帽だけの変更だったので苦笑していた、何か悪いねってかまへんかまへん。

 

ウチはどうにも、エアコンつけてだらだらと汗が引くのを待っとったが、暇で仕方ない。

 

現在絶賛発動中の人類大攻勢の余波で空母の需要は各泊地で鰻登りになっているわけで、

つまりは空母組が出払っていて、寮の中身は伽藍の堂。

 

こんな時にローテから外れてすまんなという気持ちが、本土爆撃しても許されるんちゃう

かなという黒い思考へと誘導されていく、そのうちうっかり軽空棲鬼に変成しそうや。

 

かくして深海の呼び声に応えそうな気分を切り替えるためにも、陰陽の社へと避難をした。

 

時間もあるし、目的は強化、強化、強化に強化や。

 

……なんかなぁ、龍驤さん産まれてこの方、戦争準備と戦争しかしとらんなぁ。

このままやと「趣味は戦争です(キリッ」とか言い出す痛い子が出来てしまう、趣味でも持つか。

 

ともあれ社を清めて祭壇を設置する。

 

強化言うても既に航空母艦龍驤は性能上限、基本スペックは上げようがない。

装備変更もかなりの上限、艦載機妖精も練度いっぱいでどうにもなりそうにない。

 

ウチでも装備可能なイージスシステムとか誘導付噴進弾とか落ちとらせんかな、どっかに。

などと与太っているとマッドな悪徳妖精とか明石とかの目が輝きだすから禁句やね、うん。

 

耐久は頭打ち、バルジ、微妙、回避ならば機動力、火力、手を入れるなら艦載機か。

 

一応に素案はある。

 

艦載機妖精に英霊を降ろす。

 

どうにも今まで失敗続きで、突然に上手く行くとも思えんが、試行錯誤は必要やろう。

トライ&エラーを積み重ねる事を恐れていたら何も出来はせん。

 

覚悟を決めてブランクの式紙を祭壇に、供物を並べて血印を引く。

 

はてさて、誰を呼ぼうかと迷ってみれば、脳裏に浮かびかけた艦爆分隊長を押しのけて

意外に面倒見の良かった飲んだくれが思い浮かぶ、おいこら想像の中ぐらい自重せい。

 

まあ思い直し、こういう思考からならば縁も繋ぎ易かろうと、自称撃墜王を喚ぶ事に決める。

 

「高天原に神留まり坐す皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を神集へに集へ給ひ ――」

 

場を整えるための大祓え、本来の陰陽ならば陀羅尼のひとつでも奏上するところやが、

ウチらの陰陽は帝国式、桜の苑から祖霊を呼ぶならばどうしてもこういう感じになる。

 

嘘か真かルーズベルト大統領呪殺にも使用されたという、由緒正しきチャンポン陰陽や。

使える物なら何でも使うという意義のもと、神道だの犬神だの混ざって何か凄い事になっとる。

 

今日の供物は秘蔵の純米大吟醸。

 

良い感じに惹きつけられているらしく、社の中に懐かしい気配が漂い始める。

 

今日こそはイケるんやないと思ったところで、近寄ってきた縁が遠ざかる感覚がある。

なんでや、もしや邪念の塊やから邪気と一緒に祓うてしもたんか。

 

「―― 今日の夕日の降の大祓に祓へ給ひ清め給ふ事を諸々聞食せと宣る」

 

終わるころには気配が完全に消えていて、以降を試すまでもなく召喚が失敗した事を悟らせる。

 

そして、瓶の中の酒は無くなっていた。

 

「呑みに来ただけかいッ!」

 

祭壇をちゃぶ台返ししたウチは悪うないと思う。

 

以降も失敗続きで、ヤニ2箱とタイガーなビール1瓶、あとはバナナを持って行かれた。

等価交換ですらないボッタクリなんて、錬金術より性質が悪いやんけ、こん畜生。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夕刻になれば艦隊帰投、幾隻かの空母も帰ってきた。

 

飴ちゃん持って迎えに出てみれば、上陸したばかりの加賀が瑞鶴にぐだぐだと言うている。

艤装もそこそこ痛んでいるのに、これから直で弓道場に向かうようや。

 

「アホかい」

 

とりあえず、担いだハリセンで何かオーバーワークが当然と思っている加賀(どあほ)をどつく。

 

「キミもや」

 

返すハリセンで「はい!」とか必死に言うてた瑞鶴もシバいておく。

ああ、平たい属のツインテ仲間をシバくのは心が痛むわ、加賀は釘バットでイケるけど。

 

いきなりなんですかと言い募る戯けにため息ひとつ。

 

「休むんも仕事の内や、龍驤さんの胸が平たい内はその脂肪の塊捥いでやるからそこに直れ」

「龍驤、途中から本音に切り替わっていますよ」

 

「ええからドック行き、飴ちゃんあげるから」

 

瑞鶴はエエ子やからフルーツ味をあげよう、加賀には余りまくっているチョコ味やな。

あのわざとらしい甘味が不評なチョコレート味、まあチョコ食いたかったら飴は舐めんわな。

 

「私をチョコレート味処分要員にしていませんか」

「知らんのか、一航戦と書いてバキュームと読むんや」

 

頭の上に肘を置いてきやがったのでわき腹をドツいておく。

あかんがな、せっかくの猫耳が潰れるて。

 

なにやら気を切り替えたのか、険が取れて休息を入れる事に同意する猫耳キラー。

そのまま3人でだらだらと施設への道を歩む。

 

「しかしなんですか、その暑そうな衣装は」

「可愛いやろ、クソ暑いけどな」

 

「あ、やっぱり龍驤さんでも暑いんですね」

「はっはっは、キミもサンタにしてやろうかコンチクショウ」

 

龍驤さんでもってどういう意味よ瑞鶴。

そのまま瑞鶴サンタ化計画を与太りながら歩き、施設前で別れる。

 

「クソ暑いけど、可愛いですよ」

 

去り際に何か言ってきた腐れ縁。

 

「おおきになー」

 

まあ少しは報われた気もした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10 待ち受ける遺産

文化の違いからくる摩擦という物は、大概は負の面が強調されるものだが

時折、何かの巡りあわせか正の面があらわれる事がある。

 

損得で考えれば得なのだろうが、往々にして予想外の角度から訪れるソレは

突発的な事態と言う面で見れば迷惑な事に分類されるというのもよくある話である。

 

つまりは、鶏の胸肉の事だ。

 

冷凍コンテナにみっちり詰まったブラジル産の鶏胸肉が500kg。

タウイタウイの泊地が哨戒中にコンテナを拾ったとか、太平洋で沈んだ輸送船の物らしい。

 

ブラジル産と刻印されているそれは当然、ハラール認証を受けていないわけで始末に困る。

現在5番泊地の取り分胸肉500kgが倉庫で異様な迫力を放っていた、コワイ。

 

他泊地より所属艦娘が多いとはいえ、コレを消費するのにどれだけかかる事だろうか。

 

「ブラジル産っちゅう事はアレやな、ハワイには人が残っとんのやな」

「米国が真珠湾を無理に奪還したのも、ハワイ航路の確保のためだったのかもしれませんね」

 

「そうや、何でわざわざ太平洋側 ――」

 

「いや、真面目な話題に逃避してないで処分方法考えなさいよ」

 

物体から目を逸らして会話していた龍驤と大淀に、肉の傍から叢雲がツッコミを入れた。

 

しばしの間が開いた後、肉に向き合う3人、冷気が気候に温められた身体を冷やしていく。

 

「アイデア1、龍田に押し付けて竜田揚げにしてもらう、はい残り300kgや」

「アイデア2、足柄さんに押し付けてチキンカツにしてもらう、はい残り100kgです」

 

「え、ええと、アイデア3、駆逐艦寮でクリスマスにローストチキン、ノルマひとり2kg」

 

「ほなそれでいこか」

 

そういう事になった。

 

400kg押し付けられた巡洋艦寮では悲鳴が上がったという。

 

 

 

『10 待ち受ける遺産』

 

 

 

鶏肉地獄に巻き込まれなかったのは御の字であるのだが、どうにも同行者のテンションが厄い。

 

「本当ならクリスマスは、テートクと一緒にランチからディナーだったのに、デース」

 

多分この「デース」は「death」の方やろう、怨念がウチまで漂ってきよる。

 

現在地はインド洋、マダガスカルの北東に位置する島国セーシェルのエデン島。

首都ヴィクトリアから2kmの位置にあるリゾート地や。

 

喜望峰回りの任務ついでに米国の衛星や大陸とセーシェル間の何やかやで預かった

輸送船団が今現在絶賛積みおろし中、ウチらは休憩と洒落込む事に。

 

んで、レストハウスのテラスでやたらと持ってくるのが遅かった軽食などを摘まんどる。

左隣には金剛サン、頼んだアイスがハズレだったらしく眉根を寄せた微妙な表情や。

 

右手にパッ金の二人組、懐かしいデザインの制帽なんか被って全身黒づくめ

いかにも暑そうな格好のドイツの戦艦ビスマルクと重巡プリンツオイゲンがアイス食っとる。

 

コッチは眉根が下がって喜んどるあたり、ココのアイスは一般以上間宮以下っちゅうとこか。

 

ひとりだけ軽食のウチはパンの実のスライス、ついでにココナツミルク。

なんやモソモソしとって果てしなく微妙、いや、一度パンの実を食ってみたかったんよ。

 

なんでまたこんな南西の果てで海外艦に囲まれているかと言うと、書き入れ時やからや。

 

では意味が通らんやろうから細かく説明すれば、深海戦艦とは負の魂魄、つまりは

人の怨念や何やかやが凝り固まって出来た生物(ナマモノ)やとされている。

 

主に先の大戦の犠牲者が怨念の大部分を占めているわけで、生前のしがらみが残っている

なんて事もよくある話、そう、深海戦艦(やつら)にはクリスマス休暇がある。

 

日本側の怨念にはそんなもんは無いのやけど、ふたつのうち片割れが休暇に入るというのは

意外に馬鹿に出来ない効果を生むもので、年末の現在深海戦艦は50%引き状態。

 

さらに年明けになると日本側の怨念も休むので、正月は世界中が大騒ぎになる所以や。

 

そんなわけで年末年始は普段できないような遠国との連絡、重要文書の受け渡し、

貴重品や人物の輸送や軍事行動、艦娘の書き入れ時と呼ばれるほどに忙しい期間になる。

 

5番泊地秘書艦組も出払うほどの慌ただしさ、下手したら提督はシングルベルやないかと。

性夜に向けて小宇宙を高めていた高速戦艦が目の前でボヤいとるのも仕方ないのかもしれん。

 

そう、この任務には流石に無茶な人選ができず、ウチと金剛さんが出張らざるを得なかった。

正直叢雲も欲しかったが、いくらなんでもそこまで提督の手持ち札を手薄には出来ん。

 

内容はイタリアとの国交回復、親書の受け渡しと、先だってイタリアに亡命していたドイツ艦

ビスマルク、及びプリンツオイゲン、さらにはグラーフ・ツェッペリンの引き取り作業。

 

泊地経由でタイの第二鎮守府まで送って交代、そのままフィリピン、本土のピストン輸送や。

 

視線を向ければツェッペリン伯爵は目の前の海上で遊んどる、

何かなぁ、誰かを思い出すフリーダムっぷりやな、アで始まってギで終わる大食らいを。

 

「一隻しか居なかった娘だからね、今まで軟禁状態だったのよ」

「自由に動けるだけで楽しいってわけやな」

 

ビスマルクが娘を見るような生暖かい視線でツェッペリンを見ている。

ああうん、意外にエエ人かもねこの艦、でかい暁と言われるだけはあるわ。

 

ユーラシア動乱前、日独の国交が断絶した後の事は不確かな情報しか無かったが、

なんでも、ドイツ所属の艦娘は一隻残らず他国に亡命したとか、さもありなん。

 

8割がイタリア、2割がその他、日本にもロシア周りでU-511が来たらしい。

改装したら味噌と醤油が恋しくなったとか、ついでにZ1とかも付いてきたと聞く。

 

今回の3隻はイタリアに確保されていた艦娘、ビスマルクとプリンツオイゲンは

同国に複数隻が所属していたとかで、多少日本に回ってくるのも理解はできる。

 

伯爵は一隻しか居ない、世界中でただ一隻。

 

そんなんまで譲渡される理由を考えると、うん、胃が痛くなってくる状況や。

 

「一緒に運んでいるコンテナにはイタリアとローマ、リベッチオの船体の一部が」

「聞こえへん聞こえへん、本土とイタリアで何話したかなんて聞こえへん」

 

嫌やなぁ、ドイツ艦やで、珍しいで、本土で取り合うよなきっと、ちゅーか取り合え、

間違ってもブルネイには配置されるなよ、どう考えても厄ネタてんこ盛りやコイツら。

 

「落ち込んでても仕方ナッシン、龍驤、これからのプログラムはどうなっていますカ」

 

ようやくに持ち直した戦艦が自分の世界から帰ってきた、そして聞く。

 

「スリランカに水雷戦隊を迎えに寄越すらしいで、駆逐と再編してウチらは帰還や」

「ラッカディブ海に25、タイで26……どうあがいても無理デスネ」

 

「制空権があればなぁ」

 

無い物ねだりをしたところで仕方がない。

 

船団の積みおろしもそろそろ終わりそうやし、土産でも物色するかと腰を上げた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

聖夜は海上で迎える事が確定したが、新年、大晦日は日数的にギリギリの範囲内。

 

「可及的速やかにリターンして、ニューイヤーを泊地で迎えるデスヨ」

 

一行はインド経由でタイへと向かう、慎重にならない程度に索敵しつつの進軍。

マレーシアはやや危険なので、タイ国内を陸路で横断してブルネイへと帰還する予定だ。

 

戦艦金剛を先頭に立て、後尾2隻は龍驤、ツェッペリン。

 

ある程度の距離を稼いでから交代で船上に休息をとる、途中で船団の受け渡しを行い

そのままタイ経由でブルネイへ、到着予定は何事も無ければ28日といったところか。

 

そして今、龍驤の背中に背後霊のようにぴったりと伯爵がへばりついている。

中央のドイツ艦2隻の視線が生暖かい。

 

どれくらいかと言えば、たまに背中にぷよんぷよん当たる程度の距離であり

親戚のお姉さんに懐いた孫娘を見守るかの如き生暖かさであった。

 

豊かなバルジの圧力に心が折れそうになっている龍驤にツェッペリンが話しかける。

 

「日本軍は様々な資料を見せてくれたと言う、私の設計にも一部反映している」

 

日本側も試行錯誤の時代、主砲持ちの三段空母とか馬鹿やっていた頃の話。

昭和10年、飛龍蒼龍がまだ生まれていない頃の設計になる。

 

「アカギとホウショウ、カガ」

 

設計上の確たる影響と言えるものはせいぜいがエレベーター付近程度の話ではあるが

提供した情報自体は破格のものがあった、進水式に武官が招かれる程度には。

 

「そしてリュウジョウ」

 

当時の日本軍保有の空母、何故か空母に火砲が付いていた時代の4隻。

 

「4隻の中では唯一のスペルユーザーの空母、一度話してみたかった」

 

気が付けばぷよんぷよん程度に当たっていたバルジが当たりっぱなしになっている。

当ててんのかとツッコミを我慢しつつ、話を聞いているうちに龍驤はようやくに納得した。

 

―― こいつ、要するに一航戦並のフリーダム空母か

 

何時の間にやら超弩級の厄ネタに懐かれていた龍驤、5番泊地の明日は見えない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11 寛容なる狭量

クルンテープマハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラアユッタヤー

マハーディロッカポップ・ノッパラッタラーチャタニーブリーロム

ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーンアワターンサティット

サッカタットティヤウィサヌカムプラスィット、略してバンコク。

 

現地ではクルンテープなどとも呼ばれる、タイ王国の首都である。

 

都市圏の南部には隣接している二県、サムットプラーカーンとムットサーコーンに

挟まれる形で尻尾のように突き出た個所があり、そこだけが海岸線に面している。

 

ブルネイ第二鎮守府本陣はそこに設置されていた。

 

本陣と言えどココもブルネイの例に漏れず、国家の外交の都合で首都に設置されている

名ばかりの本陣であり、タイ方面の主力はマレー半島を縦断するために設置された

ソンクラー湖のヨー島、プーケットなどの泊地に配置されている。

 

名ばかりとは言え二国の威信をかけて設置されている手前、設備などの充実は言うに及ばず

対日感情もブルネイに次いで比較的良好な、「安全」な場所である事は疑いも無い。

 

軍事政権以降の中国の影響はまだ残っているものの、インドネシアのようにテロが頻発し

国が割れるような鉄火場には至っていない、そういう意味での安全である。

 

つまりはドイツ組は比較的安全なバンコクで年を越し、年明けに本土へと向かう事になった。

ブルネイ組は帰参である、本陣まで付き合ったので予定より1日遅れになった。

 

妖怪子泣き娘と化して龍驤にしがみ付いていたツェッペリン伯爵が、諸々の物理的な、

とても鮮やかな人間橋(ジャーマン)、もとい説得により引き離された折の一言。

 

「アイルビーバック」

「何で英語やドイツ艦、つーかどこに帰る気や」

 

サムズアップからのムーンウォークでフェードアウトしていく海外空母の姿を見て

取り残されたシュールな龍驤の心の中に思い浮かぶものがある。

 

―― なんやろな、加賀が1匹増えた気分や

 

 

 

『11 寛容なる狭量』

 

 

 

神が枝に這い蝸牛天にしろしめす、世はすべて事も無し。

 

などと穏やかに生きるのは難しいもんや、頭の方から煙を吹きながらそう思った。

 

判定 双方大破 龍驤 戦術的勝利 B

 

「いよっしゃ!」

「く、無念」

 

本年度の対長門(ながもん)戦に勝ち越しが決まった瞬間やった。

 

ブルネイ帰還後に第一鎮守府本陣に出向、師走と言うだけあって随分と慌ただしい。

資材、装備の相互受け渡しと挨拶回りをする合間、長門に演習に誘われた折の話。

 

そのまま二人で御入浴(ドックイン)、修復剤をチマチマ被りながら日々の疲れを癒していく。

 

第一本陣でのながもん対決も何時の間にやら恒例になってもて、今日の戦績を前に

間宮補助券を抱えた駆逐艦たちが一喜一憂、見世物かいな賭けんな阿呆。

 

コレがウチの泊地やったら ―― 明石が売り捌いて大淀が取り立てる光景が脳裏に浮かぶ。

 

…………まあええ憂さ晴らしになるから、どーでもエエんやけどなー

 

などと茹だっていると、隣のナガモンが話しかけてくる。

 

「5番泊地は付近の住民と上手くやっているようだな」

「何やねん、藪からスティックに」

 

思えばウチらも随分と気安うなったもんや、初対面時に「艦の時代の雪辱を今こそ晴らす」

とか言われて演習場に連行された時は、こんな感じになるとは思ってもおらんかったわ。

 

鳳翔さんの店が稼働したら、隼鷹も誘って飲み食いでもしに行くかね。

 

「どうもな、もともと何処か冷たい視線があったんだが」

 

異国人、しかも厳密に言えばヒトではない艦娘故に手放しに受け入れられるはずもないと

敢えて受け流しながら穏当に本陣の運営を進めてきたと言う。

 

「ただな、クリスマス以降にそれがさらに強くなった気がしてな」

 

どうにもそれだけではわからないので、本陣運営について聞き流していく。

そのうちに何となく問題点が見えてきたので、確認のために話題を誘導。

 

なんでも、住民の安全のために水上都市などに定期哨戒を実行しているとか。

 

日本側の好意を示すためにも、水雷戦隊のみでなく、ながもんやアタゴン、摩耶、

ウチからの出向組では島風や祥鳳とかの錚々たる面子もぐるぐる回っていると。

 

王宮のハーレム入りは流石に断ったとか。

 

少しでも歩み寄るためにと、今年は子供相手にサンタ衣装でお菓子を配ったとか。

 

聞けば聞くほど頭が痛くなってきたので、そのまま無言で脱衣所に。

何か重くなった空気を察したのか、後ろでながもんが居心地悪そうに伺っている。

 

無言のまま身体を拭き、容赦なく紙巻を咥えて片手マッチ、肺にまで吸い込む一服。

格好良いなと呟きが聞こえる、練習した甲斐があったわ片手マッチ。

 

それはともかく盛大に煙を吐き出して、うん、落ち着いた、ほな言ってみよか。

 

「ムスリムの! ど真ん中で!」

 

そう、ブルネイはイスラム教徒が6割を占める国。

水上都市って事は思いっきり市街地って事やな。

 

「露出狂のチンドン行列やって!」

 

島風まで連れ出すのは嫌がらせとしか思えん。

 

「好意的な反応が来るわけあらへんやろがあああぁあぁ!!」

 

肌を晒すのは売女、髪を晒すのは淫売、何故にそんな視線に気付けないのか。

何が敢えて受け流しながらや、ナチュラル露出狂かホンマに。

 

「ろ、露出狂ってお前」

 

「喧しわッ 文句言う前にまずはヘソを隠せこの対魔艦!」

「た、対魔艦 !?」

 

触手に囲まれてくッ殺しそうな艦娘No.1のクセに少しは自覚しやがれ。

 

「つーかサンタコスって正気か、その手の異教文化は泊地から出すべきやないやろ」

 

「いや、しかしプレゼントは子供受けは良かっ」

「今年もツリー飾っただけで懲役刑になったってニュースで流れとるやろがああぁッ!!」

 

公式の場にツリー飾って王室激おこ懲役刑事件からもう幾年、毎年この季節になると

クリスマスをどうするべきかと言う議論が各地で喧々囂々と繰り広げられている。

 

とりあえず非ムスリムが自宅でひっそりとする分には誰も文句はつけない感じなので

ウチらは泊地内でクリスマスを祝ってはいたが、泊地の外に出してはいけない、絶対に。

 

制海権の確保のために日本から派遣されているという、やたらと強い立場のおかげで

一言たりとも文句は届いてこないのだが、立ち位置に胡坐をかいて好き放題する集団

そんな風聞が立ってしまうのは流石に命取りになりかねん。

 

「ええい、さっさと服を着! このまま司令官ごと説教部屋や!」

「い、いやそのような対応の責任は発案者である私が」

 

「秘書艦のやらかしは司令の責任じゃあああぁぁ!!」

 

5番泊地が漁師からお魚分けてもらえるまでにどんだけ苦労した思てんのや

最寄りのやらかしを放置しとったらご機嫌とる端から潰されてしまうやんけ。

 

つーかなんで本陣司令が気付かんのや、こんな事、ありえへんやろ。

いや、有り得ないとは言い切れんか、文化摩擦にはうっかりが付き物やしな。

 

むしろよくある話で、今回のソレの発覚が今やったというだけ、別に珍しくも何とも。

……ありえへん、わかってはいるけど言わせてくれ、ありえへん。

 

とにかくながもんの首根っこを引っ掴んで、ずるずると提督執務室に連行する。

 

そのまま運営責任者全員、本陣のナイスミドル提督ごと正座で延々説教かましていたら、

本陣所属の艦娘にさん付けで呼ばれるようになった、少しやりすぎたか。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「タイには、うどん谷と言う土地があるそうですね」

「ウドーンターニーな」

 

龍驤が帰還後に自室で涼んでいた所、加賀がやってきてそんな事を言う。

二人で横並びに座り込み、エアコンの風に当たる。

 

「そういえば余った鶏肉で芋煮をつくっていましたが」

「うん、鍋の中身が妙に減っていた理由が今わかったわ」

 

鍋の主が視線を横に向ければ食人は顔を逸らす。

 

「芋煮に鶏を入れるのは宮崎と愛媛ですね」

 

顔だけを明後日に向けながら滔々と語りだす加賀。

 

「愛媛と言えば四国、四国には讃岐があるおかげか4県全てにうどんが浸透している」

 

戻した顔はすまし顔、そのまま眼力を込めた視線と共に語り終わった。

 

「そのためうどん消費量が本州より遥かに高く、うどん王国四国と呼ばれているそうです」

「ああ、ウチの食キング持ってったの加賀やったんやな」

 

再び顔をそむける借りパク犯。

 

「伊勢型戦艦の姉妹が来ていましたが、伊勢と言えば伊勢うどんですよね」

 

なにやらまだ言い募る後頭部に龍驤がカップうどん(きつね)をめり込ませた。

 

「……冷凍庫に冷凍うどんがあるでしょう」

「何故にウチの冷蔵庫の中身を把握してやがる」

 

背筋を使って後頭部でカップうどんを押し戻す怪生物と、押し付け続ける陰陽師。

日本製冷凍讃岐うどんタピオカ配合5個パックの命運が決しようとしている。

 

そんな折、鳳翔さんがお節作りで構ってくれませんとボヤきながら入ってくる影。

味見担当で厨房に居座っていた所を間宮に追い出された赤城であった。

 

うどんを賭けた熾烈な攻防の有様を横目に、龍驤を挟んだ反対側に座り込む。

 

「ところで龍驤、タイにはうどん谷という土地があるそうですよ」

 

怪鳥の叫びとともに飛び膝蹴りが飛んでいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12 文化と文明

ごろごろと、転がすように移動させると痛みが激しくなるわけで

4人がかりで持ち上げて運ぶ事になる、臼の事である。

 

運んでいる姿は小柄、揃いのセーラーに制帽は二人、黒髪と銀髪が下にある。

残りの二人は明るい色合いで、どこかしらに付けらている徽章はⅢの文字。

 

第六駆逐隊の暁型4姉妹であり、先導しているのは龍驤であった。

 

常日頃からやさぐれている龍驤が担いでいると、杵と言うよりは木槌に見える。

餅と言うよりも「これから赤城と加賀『で』つくね作るねん」という雰囲気だ。

 

正月早々そんな猟奇肉団子を作られては堪らないと、通りすがりの軽巡洋艦

眼帯の可愛い方こと天龍が慌てて止めに来る、駆逐4名のトラウマを心配しての事である。

 

「いや、何で臼と杵持っとって真っ先に思い浮かべるのが肉団子やねん」

「あー、普段の行い?」

 

そんなこんなで誤解らしきものを解いていると、後方から蒸し上げたもち米を抱えた

龍田が駆けてくる、水や盥に布、器、諸々を持った駆逐隊を笛吹のように引き連れて。

 

合流したのなら仕方無いと、現場を定めて餅つきの支度をはじめる一同。

どうにも最近、行き当たりばったりが泊地の常識と化している空気がある。

 

砂糖、醤油、海苔、ポン酢、チーズと薬味を並べる折、そっと大根を天龍に手渡す龍田。

 

「い、嫌だッ もう大根は嫌だッ」

 

この天龍、年末の鶏肉地獄竜田揚げ組ではひたすらに大根を卸す係であった。

おそらくもう、大根を擂らせれば泊地で右に出る者は居ない。

 

なにやら心に響く叫びに無い胸を撃たれたのか、ほな後を宜しくと杵を渡す龍驤。

 

去り際に惜しかった、とボソリと呟いた龍驤の呟きを響は聞かなかったことにした。

 

 

 

『12 文化と文明』

 

 

 

人の集まりも出そろった頃、提督室のある本棟から提督と金剛4姉妹が姿を現す。

 

「ヘーイ注目ゥ!駆逐と軽巡にはこれから提督からのお年玉を配りまッすネー」

 

提督の前に人が集まり、金剛と比叡が列を整え、霧島と榛名が名簿にチェックを入れる。

すかさず移動屋台を設置する明石、正月出店仕様でボッタクリ価格である。

 

「軽巡洋艦の大淀です」

「軽巡洋艦の利根じゃ」

「航空駆逐艦の龍驤や」

 

「おいこら自重しろデース、違和感ナッシンなのは認めマスが」

 

「いや待って、私は本当に軽巡洋艦ですからッ」

 

何か巻き添えで詐称組に含まれていた大淀であった。

 

流れでどさくさに受け取ろうとしていた龍驤と利根が、失敗後に額を突き合わせて相談。

 

「年代的に吾輩は陽炎型か朝潮型かの」

「ウチは特Ⅲ型か、雷電龍驤と書くとゴツい印象やな」

「服装的にそこは零番艦じゃろ、朝潮型の」

 

龍驤が上に着ている水干を脱ぎ、シャツとサスペンダーを露出させる。

利根が予備の手袋を持ち出して素手であった右手に装着する。

 

「朝潮型航空駆逐艦0番艦の龍驤や」

「朝潮型航空駆逐艦8.5番艦の利根じゃ」

 

「設定を練り直して再チャレンジしてんじゃネーデスヨ」

 

金剛ダブルチョップが二人の頭頂にめり込んだ。

 

「流石にそろそろ、朝潮型の子も怒っていい頃合いだと思いますが」

 

控えめに窘める榛名の声に、名前を呼ばれた黒髪で小柄な艦娘、朝潮が反応する。

 

「朝潮型の戦力が飛躍的に増強!?」

「ほら、受け入れとる」

 

「朝潮、正気に戻るデス!?」

 

意外に力こそパゥワーな性格であった。

 

 

 

何やら人だかりができているのを見て、続々と人影が呼ばれ増え。

 

「お節持ってきましたよ」

 

和服をさらりと着こなした和風美人、鳳翔がお重を持って現れる。

その横で髪を後ろで括った小柄な軽空母、瑞鳳が無い胸を逸らして誇らしげに宣言した。

 

「卵焼きは私の労作です!」

「お、綺麗に焼けとんやん、偉い偉い、飴ちゃんあげよ」

 

「子ども扱いするなーッ!」

 

ぽかぽかと拳を振り回して叩く瑞鳳と、笑いながら謝る龍驤。

どう見ても駆逐艦(おこさま)二隻な光景に、観衆は冷や汗を流していた。

 

 

 

寄り付きすがり、酒瓶を抱えた隼鷹がお節を覗きながら声をかける。

 

「そういや龍驤サンは何か作ったのかい」

「入っとるで、ほらそこの鶏牛蒡の金平」

 

「…………何という地味」

 

「え、ええやんか、食ってよし摘まんでよしで日持ちする万能選手やで、鶏牛蒡」

 

まあ確かに摘まみにゃ最高だわなと頬を緩める隼鷹の横、さらりと飛鷹が口を出す。

 

「何ていうか、龍驤らしいわ」

「ウチらしさって何やーッ」

 

 

 

空母組以外にも手持無沙汰な誰某らが集まってきた所で、人込みを分けて戦艦が顔を出す。

 

「括目するデース、戦艦寮の総力を結集したゴージャスお節ボックスを!」

 

中央にロブスター、謎の紫色、ウナギの燻製、謎の国防色、悍ましきゼリー寄せ、豆。

謎の土留め色、スパム、豆、スパム、スパム、スパム、謎のショッキングピンク。

 

「何故に止めんかった、霧島」

「無茶……言わないでください」

 

眼を逸らした戦艦の背中には末っ子の悲哀が漂っていた。

 

 

 

「私たちの苦心の一作のどこに問題があるのですカ」と詰め寄る金剛。

「とりあえず、その70年ぶりぐらいに目にした国防色は何や」と答える龍驤。

「あ、その私たちに私は含まないでください」と霧島。

 

そっと距離をとっている味見係の榛名、聞いても榛名「は」大丈夫としか答えない。

 

「和食の基本は味よりも彩り、何も間違っては居ないはずデース」

「その思想は戦国時代に途絶えたわ、それ以前に人間の食い物用意しろや」

 

「正確には、江戸時代を通して味も重要視されるように食文化が発展した、ですね」

 

まだ大丈夫と言っている榛名のもとへ、担架を抱えた比叡が駆けつける。

 

「ノープロブレム、ビネガーはちゃんと用意していマスからどうにでもなりマス」

「英国なら無駄にあがかんと、素直に肉を詰めて茶色にしとけ言うとんのや」

 

「お菓子でお節を作るべきだと進言はしたんですよ、一応」

 

言いながら榛名を担架に乗せてドックを目指す霧島と比叡

どうも先程から大丈夫としか言わなくなっていたらしい。

 

止める人間が居なくなり、二人の言い合いは過熱して逸れていき、話題はもう売り買い言葉。

立ち込める粘土のように絡み付く空気、周囲の艦娘の視線が集まっていく。

 

「まあ、離着陸できそうな全通甲板胸のチビッ子空母じゃ仕方ありませんネー」

「戦艦の中で最も主砲(バスト)が小さい金剛型(オババ)には言われる筋は無いわなぁ」

 

悍ましい瘴気を辺りにまき散らしながら額を擦り合わせ(ガン)の付け愛をはじめる武勲艦2隻。

両雄一歩も引かず、互いの右手が前へと突き出され、そのままに掌を合わせて握りこむ

 

電撃的和解、合計20万1千馬力の力強い握手であった。

 

「おーい五十鈴、セクハラするからちょっとこっち来ぃ」

「その脂肪に一杯注がせろデース」

 

「最悪だこの秘書艦ども!?」

 

 

 

昼も近くなれば他泊地からの訪問客も数が増えてくる。

 

東南アジア方面に泊地は数あれど、間宮が配置されているのは僅かに3ヶ所。

自然、近隣泊地の艦娘は5番泊地に立ち寄り何某かの慰安を楽しむ事になる。

 

「来たぞー、龍驤」

「あけおめやー、ながもん」

 

ながもん言うなお前なんかながもんや、いつもの言い合いを経る大小2隻。

同行の次席秘書艦である妙高は、久々の妹との親交を暖めている。

 

妙高型4姉妹、第一鎮守府所属であったが、足柄だけは現在5番泊地の所属。

大淀に誘われ、連戦と激戦に惹かれて5番泊地に配置換えをした経緯がある。

 

とりあえずの挨拶を終え、差し入れの何某とお土産の重箱を交換した。

 

「ふむ、餅つきか、少しやってみるか」

 

視界に入った駆逐群衆へと引き寄せられる超弩級戦艦、笑顔で中に割って入り

手を洗い、気を引き締めて臼の前に座り込む。

 

「さあ、存分に叩くが良い」

「そっちかよ!」

 

餅を延々叩き続けてはやどれだけ、天龍の広背筋は危険水域へ達しようとしていた。

こういう時はエエ感じに空気が読める奴、エエ性格をした龍驤の談である。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

するすると、蕎麦をたぐる何某かの浮世絵の如く餅を飲み込んでいく一航戦の赤い方。

 

母艦組が酒瓶などを続々と持ち込んで、まあ表から見えんからええかと許可も出て

餅にお節と海側の道っ端に宴席を設えては、軽巡駆逐の餅つき肴に盛り上がる。

 

野外炊具(中古)(りくじのおさがり)が設置され、間宮伊良子鳳翔あたりが鍋を抱えて右往左往。

巡洋組も入り浸っては、何某かを作り始めたり各所を突いたりしている。

 

そんな折、小鍋に分けていた出汁汁で雑煮を作っていた龍驤に、器を差し出す加賀が居る。

 

「何というか、地味ですね」

「文句あるなら食わんでよろし」

 

味を調えた出汁汁に蒲鉾、法蓮草が入っているだけのシンプルな雑煮であった。

隣の鍋の鳳翔作は鶏肉だの人参だの椎茸だの何だの入って、彩り豊かな贅沢仕様である。

 

「これぐらいでええんよ、餅食ってる感じがして」

「わからない事も無いですね」

 

二人が適当に配膳しては餅を咥えていると、睦月、陽炎型と只管に増える需要に翻弄されていた

天龍が神通に杵を預け、息も絶え絶えに避難してくる、駆けつけ1杯、水を頼んで酒が出た。

 

残った水気が飛んでいくわと快声一唱、氷を噛みながら酒気を避ければ自然と龍驤のもとへ。

 

「お、いいな、皆の雑煮はゴチャゴチャしていけねえ」

 

シンプルイズベスト派がここにも1隻いた模様。

 

「大根おろしがあるが、入れるか?」

「何や、結局擂ったんかい」

「この雑煮に大根おろし、有りです」

 

臼杵の方では那珂ちゃんオンステージとか叫び声とともに賑やかに餅が搗かれている。

付近で戦艦組が紅茶と番茶を配っていた、霧島、まさかの番茶派(うらぎり)である。

 

3人で餅を食み、何やら示し合わせたように器を上げて一杯を終える。

 

「ところでよ、そこの何かウョンウョン動いている白い物体と回ってる鍋は何だ」

 

振動にあわせぐるぐる回っている鍋っぽい物の中で、スライム状の白い物体が蠢いていた。

炊具の片隅、コンセントの近くに設置され、先ほどから怪しげな空気を醸し出している。

 

「何の変哲もない電動餅搗き機や」

 

一息の後、いままでの俺の苦労はああぁあと叫びが響く5番泊地の正月風景。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13 嵐の予感

 

「突撃一番とは懐かしいな」

 

何やら英語のパッケージの極薄製品を手に取りながら、龍驤がひとりごちた。

顔色一つ変えずに避妊具を手に取る歴戦の空母に、提督の腰が引ける。

 

年明けに回収したコンテナの中、仮に提督が泊地所属全艦娘に手を付けても

3年は持ちそうな量の膨大なゴム製品が入っていた。

 

「そういえば、ウチらって妊娠できるんかな」

「大本営通達だと、霊力とか儀式とかで頑張ればどうにかなるらしいぞ」

 

「艦娘も妖精に負けず劣らずの謎生物やなぁ」

 

米国製衛生サックを振りながらケラケラと笑う小柄な姿。

何か漂ってくる犯罪臭に眩暈を起こしながら提督が聞く。

 

「随分と慣れているんだな」

「自分で作っとった乗員も多いしな、売り物にはならんけど」

 

おかげで突撃一番製作技能持ち艦娘は珍しくないという悲喜劇。

睦月型や特型の駆逐艦は、その気になればゴム製品談義で1時間は潰せるらしい。

 

近藤睦月です、というのが一番艦睦月の持ちネタだとか何とか。

 

「技能持ちが多い割に売り物レベルの艦娘は居ないのか」

「ウチらの時代の作りやと、先っぽの袋が無いんよ」

 

終戦直後に改良された点である、おかげで戦後復興時の日本において

余っていた軍事物資の突撃一番が売り物どころか使い物にすらならず、

結局はただのゴミと化したという逸話がある。

 

まあそんな事より、と振り向いた龍驤。

 

そこには、赤い顔を抑えてしゃがみ込んで震える金剛型4姉妹の姿があった。

 

「そろそろ復活してほしいんやけどなー」

 

何で最古参の戦艦だの高雄型3番艦だの、一見大丈夫そうな艦娘に限って

こうも初心な乙女なんやろう、と龍驤は嘆息した。

 

 

 

『嵐の予感』

 

 

 

「訪れた静けさに、とな」

 

いまだ乾季に入らないブルネイ、提督室の窓からしとしとと降る雨を眺める

雨音が騒がしく平穏を奏で、熱気に蒸らされた湿気が立ち込める。

 

「おかしい、何故ウチの手が空いている」

「龍驤、お前疲れてるんだよ」

 

窓辺に頬杖をついて、何というか降ってわいたような突然の暇を持て余す。

 

いや、師走からのお仕事ラッシュのノリで普段の仕事をこなしていたら

何かアッサリと片付いて何もやる事が無くなってしもたという状況なんやけどな。

 

「仕事と言えば、こないだ抜き打ちで明石の工廠をチェックしたんよ」

 

そうそう、これは確認とっとかなあかんかった。

口にした途端に青い顔で目を逸らす提督が一名。

 

「おうこら、コッチ見ろや」

 

にこやかな笑顔で頭頂を掴み、ギリギリと首を回して顔を向けさせる。

 

「何故に在庫に覚えのない46cm砲が転がってんでしょうかねぇ」

 

無言、静寂。

 

やがて口を開いた提督は、常日頃から備える火力の必要性を熱く語る。

 

「あんなデカ物誰が積む言うんやああぁぁッ」

 

まあ聞く耳は持たんけど。

 

5番泊地所属の戦艦は金剛型4隻のみである。

 

しかも姉妹で4人部屋とりやがったので、戦艦寮の部屋がダダ余り状態であり

各種施設を戦艦寮に叩き込んでいる現状、いやそれは関係ないか。

 

金剛さんと霧島がたまに41cm使うぐらいで、基本35.6cmな今日この頃

46cm砲ってどないせいと、ナガモンか陸奥に流すか、憲兵隊(あきっちゃん)に押し付けるか。

 

研究開発のために無駄な装備もある程度は開発されるという工廠の主張は理解できるが

それにしても物には限度と言う物がある、そう、大和砲だけの話では無いんや。

 

「艦載機もヤバかったし、明星なんて今更に目にする機会がある思わんかったわ」

「いや、そっちは知らない」

 

即座に頭に思い浮かぶのは、全てを提督の責任にしていた工廠のピンクの悪魔。

 

内線を打ち通話が繋がったら依頼を一つ。

 

「ああ神通、後で明石と夕張を吊るしといて、宜しく」

 

もうこれでええわ、ああしんど。

 

「あまり詳しくないんだが、明星ってどんな機体だ」

「木製の九九艦爆や」

 

他にも一一型だの十一試艦爆だの、どんだけ九九艦爆に拘っとんのやら。

せめて零戦と言うたら11型とか引っ張り出してくるし、もうどないせいと。

 

三菱と中島が選べますよって、やかましいわ。

 

「とりあえず九九の系譜は瑞鳳にやったら喜んどったで」

「俺が悪かったので空母の戦力を下げるのやめください」

 

彗星だだ余りやからなー。

 

などとだらだらやっていると、外にいくつかの艦隊が帰還したのが見えてきた。

小破が幾人か、とりたてて大事に至っている艦は無し、何よりや。

 

などと無い胸を撫で下ろした視界の先で、加賀が瑞鶴に絡んでいる。

 

「加賀、というか一航戦と五航戦は昔からああなのか」

「いや、翔鶴瑞鶴が五航戦に居った頃の一航戦と五航戦は結構仲良かったで」

 

何や瑞鶴泣きそうやし、雨の中何やっとんねんあのお馬鹿は。

 

「五航戦にぐだぐだ絡んでいたのも、どっちかっつーと赤城やったのになー」

 

あとで何某か注意するにしても、ウチは昔と違って軽空母に分類された余所者やし

正規空母組に言うこときかすのは大義ぃのう……鳳翔さんに頼むのは避けたいな。

 

「まあウチは太平洋の方は基本別行動やったし、何があったか知らんけどな」

 

赤城にでも言うとくか、駄目でしたとかいう前科持ちやけど。

 

「仲良しと言えば、蒼龍は何かと龍驤に懐いているな」

「進水からコッチ、結構面倒見とったからなー」

 

向こうから来た蒼龍が加賀を止めている、偉い、飛龍はスルーすんな、手伝えや。

 

「こんなのに面倒見られたから、髪形や言動があんな感じに……」

「こんなの言うなし」

 

うん、飛龍には負けませんとかあ奴が言うたびに、何か飛龍がコッチを

物問いたげな眼で見てくるんよな、ええかげん諦めろや。

 

「こないだ蒼龍に『二航戦の龍驤です蒼龍センパイ!』って言ってみたんよ」

「どう聞いてもパワハラだ」

 

「胃のあたりを抑えて倒れてたわHAHAHA」

 

まあ酒の勢いっちゅうやつやな、流石に全員えげつない経歴だけあって、

飲み会などを開いているとたまに話題がブラックな方向に飛び跳ねる。

 

「おかしいなぁ、後方でのんびりする予定やったウチを前線に引っ張り出しておきながら

 その態度は無いんちゃうの、蒼龍せんぱーい?と絡んでおいた」

 

「何故にそこまで蒼龍の胃を責め続けるのか」

「九九艦爆をはみ出させるようなふしだらな娘にかける情けは無ぇ」

 

蒼龍が瑞鶴を抱きしめて避難しとる、うん、瑞鶴のメンタルが別方向にピンチやね。

 

視界から全員が消え、多分に今頃は提督室に向かう最中であろう静寂。

 

「ええんよ、二航戦に配属やからと祝ってやったのに、帰ってこんかった阿呆やから」

 

あかんわ、暇やと何か変な事を口走る。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「蒼龍、ただいま帰還しましたッ」

 

若干遅めに入室を果たした二航戦組、蒼龍が龍驤に首を抱えられ頭を撫でまわされた。

何やら褒めているのか嫌がらせなのか、髪が即座にボサボサに、何事かと口を開く。

 

「い、いきなり何ですかセンパイ」

「禿げろー禿げろー」

 

「呪われてる!?」

 

どこか嬉しそうだった表情が即座に青くなる、陰陽系ジョークは洒落になっていなかった。

 

「まあいろいろとお疲れさんや、何か変わった事は無かったかい」

 

いろいろの部分、何もわからないままの被害者とは別に、理解したかの如く頷く飛龍。

そんな中、蒼龍がサムズアップのドヤ顔で胸を張り、滔々と破滅の言葉を紡ぎだした。

 

―― 貨物コンテナ拾ってきちゃいました

 

「飛龍、ちょい手伝い、この阿呆窓から投げ捨てるから」

 

「あれ、ちょっと待って、物資ですよ、ここは褒めてくれるところじゃ!?」

「蒼龍、長いようで短い付き合いだけど、まあこんな事もあるわ」

 

しとしとと降り続く雨、水雷戦隊が工作艦を木に吊るす様も普段通り

近いはずの乾季の訪れは今だに気配すら感じさせなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14 武士道とは要は根回し

「お願いだよ叢雲、燃料ちゃんと拾ってくるからさ」

「駄目よ、もとあった場所に返してらっしゃい」

 

提督執務室で秘書艦へと談判を続ける駆逐艦が居る。

 

黒髪を三つ編みに留め、暗い色彩の水兵服を纏う姿、白露型駆逐艦2番艦の時雨であり、

提督の留守を預かり机に座るのは、本日の秘書艦である叢雲であった。

 

拾ってきたのが妖怪猫吊るし程度ならば、素直に魚雷に詰めて撃ち出すだけで事足りる。

 

しかし今回の拾得物は ―― まずワカメである、頭頂に引っ掛かっている。

 

その下には黒髪が二つ、露出の多い似非巫女装束は潮に揉まれザラザラとした感触を持ち、

巨大な砲塔には藤壺がこびりつく、さらには砲口に魚が嵌まって跳ねていた。

 

「姉さま、山城は流石に心が折れそうです」

「気をしっかり持つのよ山城、この程度の不幸はいつもの事じゃない」

 

扶桑型戦艦姉妹、扶桑と山城であった。

 

「もういいよ、叢雲の分からず屋ッ」

「あ、待ちなさい時雨ッ」

 

激高し提督室を飛び出す時雨、やや遅れてそれを追いかける叢雲の姿があった。

取り残された二人は状況の変化に付いていけず呆然としている。

 

「えーと、姉さま、私たちはどうすればいいのでしょう」

「ここで待っておくべきなのかしら」

 

気が付けば砲口で跳ねていた魚は動きを止めていた。

 

そんな折、書棚の前で資料整理をしていた艦娘が二人に声をかける。

 

「とりあえず、ドックで潮を落として来てください」

 

どのような状況でも、普段通りの大淀であった。

 

 

 

『14 武士道とは要は根回し』

 

 

 

「は、扶桑と山城? 第二の3番でドロップ直後に高波に攫われたとかいう奴らか?」

 

ブルネイ第三鎮守府一番泊地、通称第三本陣の提督執務室の隅っこで

何やらかかってきた電話に応対してみれば、伝達事項はどうにもカオス極まる有様。

 

「向こうさんがかまわんのなら貰うとき、資材? なんとかするわ」

 

適当に会話を切り上げ、席へと戻る。

 

正面には本陣提督、何やら琥珀色に焼けた肌の細マッチョで、ハーレクインロマンスあたりで

美形の富豪の婚約者の前あたりに出てきそうな、危険な匂いがする野性味のある美丈夫や。

 

横に控える秘書艦の陸奥()っちゃんの対魔な薄着も、何か南国って雰囲気で誤魔化せそう。

 

もしもこの場にウチの提督が居れば、何やら乙女ゲーの舞台と誤認しかねない気配である。

 

「ちゅーわけで、燃料寄越せや」

「なにその自転車操業」

 

まあそんな、鈴谷や熊野が喜びそうな眼福などより、差し迫った資材調達の方が優先なわけで。

 

「ええやん、超弩級が増えるならコッチ海域も安定し易くなるやろ」

「当座に500、追加で持ってけ」

 

話が早いのはエエ事や。

 

第三本陣はマレーシアのクアラルンプールに設置されているが、地理的に問題が多い。

 

インド洋から攻めてくる深海戦艦に対して最前線の泊地であるだけでなく、インドネシアに近く

華僑を中心とした親中派、親欧派から有形無形の様々な嫌がらせを受ける現状である。

 

各種勢力に中立を謳うシンガポールも、はっきり言って信用に値しない。

 

衣食足りて礼節を知ると言うが、逆説的にココでは本土のような儀礼全般がかなり早い段階で廃れ

おかげで今回のように艦娘の様な謎生物、旗下泊地秘書艦の無礼極まりない意見もサクサク通る。

 

本当に、話が早いのはエエ事や。

 

「ところで、それがすまほおんとか言う携帯式の無線電話かしら」

「それ言うならスマホな、もしくはスマートフォン」

 

板をポッケに仕舞うところで、陸奥が何やら声をかけてきた。

 

海底ケーブルは切れたが衛星は無事、制海権と制空権は無いが世界は辛うじて繋がっている。

でもまあ、日本はさぞかしガラパゴス化しているであろう事は想像に頑なない。

 

「いつも思うんだが龍驤、お前現代に馴染みすぎだろ」

「それで、ウチに相談言うんは何なんよ」

 

電話で脱線させたのはウチだけに、さらに外れそうになる話題を修正。

 

「先日の通達でもあっただろ、夏になる前に太平洋打通作戦が開始される」

 

「アリューシャン列島とハワイか、いつぞやと ――」

 

あれ、何を言おうとしたんやっけ。

 

「何やっけ」

「いや、何だよ」

「何もおかしくはないわね」

 

変な空気になったところで、間を開けて話が戻る。

 

「陸奥も太平洋側に持って行かれるからな、その間の火力の穴埋めの前相談だったんだが」

 

なんかもうタイミングええなぁ。

 

「扶桑と山城が居るんなら、どっちか回してくれ」

「ほいな、インド洋方面はその方向で調整するな」

 

あとは必要書類と通達の打ち合わせ、まさにジャパニーズNEMAWASHI万歳。

日本船籍のお家芸やな、などと戯ければ、船と言えばと資材の書類を渡される。

 

「コッチの市場にNYTROが流れてきてな、ジャンクだがエンジンは無事だ」

「F350か、明石が喜びそうや」

 

F350、YAMAHA発動機のV型8気筒4ストローク船外機。

提督専用ポンポン船、巻き添え轟沈丸Ⅳ世が飛躍的に進化する片道切符やな、これは。

 

言うまでもない事やが、Ⅲ世までは既に轟沈しとる。

 

「素でエンジンってお前、絶対除籍年誤魔化してるだろ、平成まで浮いてただろ」

「ただでさえ合法ロリ言われてんのに、怪しいレッテルはやめてんか」

 

―― いくら艦娘でも電機屋でインターネットくださいとか言い出すのは金剛さんぐらいやで

 

などという暴露話が会談の締めくくりになった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夕暮れの海岸線を、俯いて小石を蹴りながら歩く小さな姿。

 

勢いに任せて飛び出たはいいが、駆逐寮に帰るわけにもいかず

当て所の無いままに彷徨っていた時雨であった。

 

叢雲の馬鹿、そんな小さな呟きに応える声がある。

 

「馬鹿とは随分な言いようじゃない」

 

時雨が振り向けば、そこにはそっぽを向いた叢雲の姿。

目線を合わせないまま、二人、無言で波打ち際を歩き続ける。

 

「なんだよ、今更」

「あー、そうね」

 

歯切れの悪い言葉を最後に、しばしの静寂。

 

「ちゃんと、燃料拾ってくるのよ」

 

後の事は語るまでも無い事で ――

離れた椰子の木の陰から抱き合う二人を見守っていた影も涙ぐんだ。

 

「よかったわね、時雨」

「時雨が笑ってくれるなら、もうそれでいいわ」

 

そんな扶桑型の後ろから大淀が声をかける。

 

「いや、貴女たちは少しぐらい怒ってもいいと思いますよ」

 

多分に呆れの色を滲ませていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15 平穏な平穏な日々

 

稼働中の13型はウチが最初で最後やなかったのかと性悪妖精を股裂き状態で問い詰めれば

それは間違いないという、ならアレは何やと、他の妖精の仕業かもって待てやコラ。

 

全自動艤装装着施設、試作型 with 箱物申請書類などが多々

 

漢数字の入った舞台から艦娘が水上に射出、活動状態に入った艤装が次々に装着される仕様。

艤装は鎖に引っ張られ海中から引き揚げられたり、どこからか勢いよく射出されたりと、

誰が何のためにこうしたのか、謎すぎる装着法が採用されていた。

 

何かどこかで見たような、間違いなく本土に居やがるな、という感じの設備である。

 

本土の年末の不始末、現地政府と仲良くやっている希少な泊地である5番泊地からの苦情は

思ったよりも大きな反響を呼んだようで、新設備などの便宜というご機嫌取りが通達された。

 

しかしどうにも、人体実験と言う言葉が頭をよぎって仕方がない。

 

だって明石(マッド)がさっきから頬緩めっぱなしだし、夕張(バリバリ)も何かテンション高いし

そんな折、興味深く眺めていた日向を押しのけて、扶桑が施設へと足を進める。

 

「おや、扶桑さん試してみますか?」

「伊勢、日向には負けたくないの」

 

「いや、私は眺めていただけなのだが」

 

惨状が予想されたので修復剤のバケツを取りにドックへと向かう。

 

バケツを持ち上げた頃、遠くから姉さまの背骨がああぁぁぁという叫び声が聞こえた。

 

 

 

『15 平穏な平穏な日々』

 

 

 

次々と出る犠牲者に、次々とバケツが消費されていく。

 

修復剤がまだいくつか必要かと、ドックへと向けて足を動かせば

楽しそうに笑いあいながら、バケツを抱えて施設へと向かう駆逐艦とすれ違う。

 

良い娯楽になっているのやろう、資材が消費されていくのが洒落にならんが。

 

思う、人類側の快進撃は続いている。

 

当初の予想よりも随分と被害が少なく、いくつかの東南アジア方面の深海側前線泊地の

攻略を果たし、南方、戦艦、装甲空母と複数の鬼や姫の撃破を達成している。

 

おかげで、東南アジア方面の航路は以前とは段違いに安定してきていた。

 

そのせいか、泊地に浮足立つような空気が流れている、いや

むしろ焦っているような、緩んでいるというより ―― 勝ち戦に緩んでいる

 

そのせいか、泊地に浮足立つような空気が流れている。

勝ち戦に緩んどるんやろうか、いやむしろこれは ―― 勝ち戦に緩んでいる

 

そのせいか、泊地に浮足立つような空気が流れている。

勝ち戦に皆が緩んでいるようや。

 

あれ、今、何か違和感が ―― 無い

 

そのせいか、泊地に浮足立つような空気が流れている。

勝ち戦に皆が緩んでいるようや。

 

何もおかしい事はない。

 

頭痛がする、魄の底からの確信がある、今、ウチらは勝っている。

 

頭が痛い、額を握りしめる、視界が歪む。

 

「どうしたの、龍驤ちゃん」

 

頭痛の果ての幻覚か、何やら視界に肌色のウサギが見えた、って島風やん。

 

「いや、ちょっと頭痛が痛うてな」

「お腹が腹痛みたいな表現だね」

 

「そのまんまやーん」

 

軽く戯ければ、島風が背中を向けて座り込む。

 

「今日は特別に超速島風便を利用させてあげよう」

 

「触っても大丈夫なんか」

「龍驤ちゃんならいいよー」

 

せっかくの好意だからと、遠慮なく背中に圧し掛かる。

肌に触れる折に緊張が走るのがわかったが、何も言わない。

 

「どこ行く? ドック、それとも部屋?」

「立っとくだけなら大丈夫や、新施設のとこに戻ってぇな」

 

負うては子に従いと言うが、駆逐艦に背負われると自分が老人になった気分や。

いや、それを言うなら老いてはだろと心の中でツッコミ、分裂症かいなウチ。

 

「島風は速いなぁ」

 

艦娘一隻背負っているのに気にせず風を切る。

 

雷を電が肩車して雷電っちゅう持ちネタがあったな、それならウチらは龍驤島風。

語呂悪ぅ、ちゅーかネタになってないな、対空駆逐艦龍風、なんか凄く強そう。

 

魔法少女島風はストライカーパックを交換する事により様々な状況に対応するのだ。

などと対空兵装の龍驤ストライカーが益体も無い与太を無為で心に浮かべ続ける。

 

「私ねー、今度はもっと速く走るんだ」

 

気軽に響いた声に、何故か遺言の匂いがした。

 

「龍驤ちゃんには、先に伝えておきたかったの」

 

何故やろうか ―― 何もおかしくはない

何故その時ではなく ―― 何もおかしくはない

だって龍驤は島風より ―― 何もおかしくはない

 

そうあるべきだからこそ、おかしい事など何もない

 

頭痛がする。

 

わからない、何も問題は無いはずなのに、焦燥感だけが募っていく。

 

何処かで誰かが何かを言っている。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

山城が撥ねられた、轟音を響かせて飛んできた巨大な艤装に。

 

扶桑は艤装装着時に、背骨から何か聞こえてはいけない音が聞こえたそうだ。

 

加賀は飛んできた弓に顔を弾かれ、のけぞった脇腹に甲板が突き刺さった。

 

吹雪は、受け取った武器の勢いで姿勢を崩して後頭部に背面艤装が直撃。

 

金剛さんの腰骨で破滅の音が鳴ってしまい、飛鷹が艤装を顔面セーブ。

 

空気抵抗の悪戯は実に恐ろしい、もはや現場はバケツリレーの様相である。

 

「よっと、こんな感じか」

 

ようやくに装着成功者が出る、天龍だった。

 

背面艤装の稼働音、缶から出る蒸気がプロペラを回す音が海面に響く。

海の中から現れたのに何で問題も無く動くのか、妖精技術の謎は深い。

 

「まあ、稼働状態で装着するからいろいろと手間は省けるな」

 

危なげなく海面を滑る姿に、普段から親交の篤い駆逐艦を中心に歓声が上がる。

次々と無駄な犠牲者を産んだ、本土仕込みの馬鹿騒ぎもこれで収まるだろう。

 

龍驤が埠頭にしゃがみ込み、視線の高さを合わせて問いかける。

 

「他に気ぃ付いたとこは?」

「背中がシットリして気持ち悪ぃ」

 

施設の封印が決まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 起

時雨は武勲艦という言葉に思い入れがある。

 

それ故に、自らの思い入れのある艦隊の姿へと思いを重ねて、

彼女たちもそうなのだろうと、常に形無い敬意を抱いていた。

 

しかし、コレは違う。

 

空気だけで心が折れる。

 

見渡せば、物見に集まっている艦種たちは一様に怯えている。

夕立、綾波ですら瞳に怯えが見える、震えを隠す余裕すら無い。

 

嘔吐き、蹲る者も居る。

 

これはもはや、戦場では無い。

 

勲し、誉れなどとは程遠い、闇雲に単純な世界の終わり。

場に居合わせるだけで自らの最後が脳裏に浮かぶ。

 

そんな場所で、笑っていた。

 

戦場よりももっと低俗で救いのない、屠殺場と化した海域で

葬送の具現としか言いようの無い二人が、笑っていた。

 

泊地正面の演習海域、今その場に見えるのは二つの影。

八八艦隊の遺産である威容、相対する姿は軽空母が筆頭。

 

加賀、そして龍驤。

 

どこかで世界の軋む音が聞こえた。

 

 

 

『比翼の鳥 起』

 

 

 

―― なんでこんな事になっとんのやろ。

 

演習場に向かいながらそんな事を思っていた。

 

優しくて温厚な龍驤ちゃんが、瑞鶴を虐めていた加賀にこら☆ダメだぞ♪と指導をすると

叱られた事に怒った加賀ちゃんが、ちょっとムキになって酷い事を言って来たの(涙)

 

そのうえ演習場で相対する事になっちゃって、龍驤ちゃんコワーイ(キャピッ)

 

……すいません、本当は思い切りぶん殴った上でボロクソにコキ下ろしました。

 

ちょっとこう、軽空母如きだ何だと言ってくるから売り言葉に買い言葉で

航空母艦様に焼き鳥屋如きが大儀な口利いてんやないわーとか、ウハハ。

 

頭を振って思考を振り払い、海面に立って開始位置に臨む。

あれだ、13階段を登る心持ちがようわかるわ。

 

ああうん、わかっとる、手を出したウチが悪い。

 

瑞鶴と加賀なら加賀が悪いが、ウチと加賀ならウチが悪い、別の問題やな。

 

何か最近泊地の空気がおかしかったが、そのせいか、ちょい加賀がやりすぎていて

流石にどうよと止めようとしたけど下手打って、そこから公開処刑や、血ぃ吐きそう。

 

敵は一航戦、怖すぎる、思い浮かべた言葉に鳥肌が立った。

 

ああ怖い、怖いな。

 

息を吐く、空を見上げれば悲しいほどに青く澄んでいる。

落ち着けば数多の気配が在った、熱をもって凍えた身体を炙っていく。

 

どうしようもない。

 

爪先から這い上がる、泥が。

 

ああ、本当に何でこんな事になっとんのやろう

 

先程とは随分と毛色の違う嘆息が心を埋めた。

 

泥のような重みが心を埋める、爪先より這い上がったそれが背骨を伝い

脳髄を埋め尽くし視界を染めて、まだ足りない、燻る。

 

泥炭の如き熱量を持って身の内を焼き焦がし、焦がし。

思考が噴煙に塗り潰され、脳漿が泡立ち始める。

 

息を吸う、熱量が上がり、泥を吐く。

 

怒り。

 

怒りか。

 

ああ、これは怒りや。

 

ウチのものでもあり、誰かのものである、コレは

 

航空母艦龍驤の魄の底から滲み出るコレは、まごう事無き怒りや。

 

澱の如くに積み重ねられた諦観が焼き払われていく。

 

暖機が終わる、艤装の活動が戦闘機動に移行する。

静かな海の上で立ち尽くす、まだ始まらない。

 

ウチが、()が嘆息する。

 

ああ、本当に何でこんな事になってしまったのだろう

 

熱量に浮かされて言葉を取り繕う余裕も無い、する気も無い。

何もかもを放棄した意識の中に、シンプルな理由だけが残っている。

 

許せない。

 

許せるはずがない。

 

あの「加賀」が ―― 「一航戦」があれほどの無様を晒すなど

 

目障りだ、此の世から消し去りたいほどに。

 

違和感がある、この思考は誰のものか。

 

私だ、そして龍驤のものだ。

 

唐突に、歯車が噛み合ったかのような天啓が在る。

横並びの撃鉄が次々と撃ち合される様な、連続した、暴力的な理解

 

笑う。

 

笑った。

 

余りの馬鹿さ加減に笑う事しかできない。

 

理解してしまえば何と無駄な苦労であった事か。

 

龍驤とは、誰か。

 

私の名前だ。

 

付き従う死神の名でもある。

 

各設備が起動して演習の開始を告げる。

相対する人影を視界に入れる、アレが敵だ。

 

ああそうだ、始めよう、今こそ始めよう。

 

今こそ、龍驤を始めよう。

 

「祓ひ給へ 清め給へ 守り給へ 幸え給へ ――」

 

何処の誰が自らの足に歩いてくれと頭を下げるのだろう。

いかなる理由があれば(かいな)に物を採ってくれと供物を捧げるのだろう。

 

『ああ、何と言う惨めで不必要な誤解であった事か。

 愛情豊かな心に背いた、何と言う頑固、身勝手な離反であった事か』

 

道具としてなど応えるはずが無い、彼らもまた龍驤(わたし)なのだから。

 

「―― 龍驤の名において勅令す」

 

理解してしまえば簡単な話であった。

 

私が此処に居る、ならば彼らもまた此処に居る、居なくてはならない。

 

「艦上戦闘鬼「烈風」龍驤隊旗下英霊二十八鬼、召霊」

 

太いのが居る、美丈夫が居る、飲んだくれが居る、お人良しが居る。

 

何の手ごたえの無いほどにあっさりと、召喚に応えたかつてのエースたちが

忘れようはずも無い懐かしい顔ぶれが蒼天へと駆け登る。

 

我らは龍驤、敵は「一航戦」、これほどの獲物はそうは無い。

邪魔なものは打ち払おう、不要なものは取り払おう、敵は

 

「さあて、お仕事お仕事」

 

淡々と、何時もの様に淡々と、蹂躙しよう。

何も思う事も無く、何一つ悔やむ事も、得る物も無く。

 

弧を描く口元に、牙を剥く感触があった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

消え去った。

 

紫電改二44機が墜とされた、いとも容易く。

 

戦術や技能、これはもはや、そのような次元の差ではない。

 

食われていく、空が。

 

古来より続くたったひとつの事実がそこには在った。

 

―― ヒトは、化物(ケモノ)には勝てない

 

蒼天に捕食するものと捕食されるもの、立ち位置が綺麗にふたつに分かれている。

それは、かつて私と赤城さんが彼女から譲り受けた狂気、武力そのものの姿。

 

視界を見覚えのある鬼たちが食い尽くしていく。

 

勝てない。

 

自身の拠り所となっていた力そのものが今、私に向かって牙を剥いている。

それはまるで、かつての何もかもが私を責めているようで――

 

わかっている、私が間違っている事など

 

瑞鶴に酷い事を言った、赤城さんには謝っていない、龍驤には八つ当たりをしている

自分の弱さと醜さに気が狂いそうになる、何故、誰も私を責めないのか。

 

沈んだ事を。

 

かつての慢心を、言い逃れの出来ない不覚を、殴られた時は救われた気すらした。

 

―― それでも

 

それでもと誰かが言う

心の奥底で誰かが叫ぶ

 

散り散りに乱れた心の中で、たったひとつの言葉がある。

 

ああ、それでも

 

許せない

 

許せるはずがない

 

私が沈んだその時に、傍に居なかった貴女の事なんて

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 承

「あー、龍驤サン本気切れしてるわ」

「あ、センパイが爆撃隊出しましたね」

 

「爆撃隊運用だと龍驤ちゃんの右に出る空母は居ないわよねー」

 

物見に集まった空母寮お気楽組が少しだけ空気を軽くした。

 

劇的な殲滅より始まった演習は、やがて拮抗へと移行する。

 

戦闘鬼、攻撃鬼、攻撃機、爆撃機が入り乱れる様は、不思議と鏡写しの様相であり

機体の性能で勝る龍驤隊を、加賀隊が数で抑えこんでいる。

 

「流石は一航戦、あそこから押し返しますか」

 

眉を顰めて呻くのは飛龍、声色に隠しきれない悔しさが見えている。

並びに連なる五航戦姉妹は、眼前に広がる人外の宴に完全に呑まれていた。

 

「加賀さん……」

 

瑞鶴の唇から、混沌とした思考の渦からの言葉が漏れる。

 

「ていうかアレ、加賀さんまで切れてない?」

「……那珂と姉さんは加賀さんの方に」

 

「いや、川内も龍驤に行け、那珂には吾輩が付く」

 

龍驤と親しい、かつての戦友達は宴の終わりを見極めようとしている。

 

それらの誰もが、怯える新鋭達から向けられる畏怖の視線に気が付く事は無い。

 

 

 

『比翼の鳥 承』

 

 

 

前進、加速、攻撃隊発艦。

 

容易くはない。

 

加賀が攻撃隊を出したあたりから、僅かに挙動が変わってきたのを感じた。

 

敵陣、早期に爆撃隊を出す。

 

爆撃隊が前に出る、露骨な自殺命令、随分と形振りを構っていない。

 

時間稼ぎか、遠慮なく食い尽くそう。

 

何時の間にやら加賀隊、艦載機妖精が見覚えのある顔ぶれになっていた。

見覚えがある、敵味方に分かれる互い、妖精の顔付きが鏡に写したかの様で。

 

分霊、何か噛み合うものでもあったのか。

 

見本が目の前にあるとは言え、人が数カ月かけて到達した境地に僅か数分。

流石は加賀と言うべきか、理不尽さに眩暈がする。

 

ああ、何かもうどうでもいい。

 

墜ちる、墜とされる。

 

空戦は最早拮抗、アレだけ墜としたのに数で負けている、巫山戯た積載数だ。

 

雌雄が決される前に動こう、爆撃隊、前進、発艦。

 

乱戦の隙間を縫うように飛ぶ、直上を取る、外れる。

 

外れる。

 

外れる、外れる、外れる。

 

爆撃の生き字引が形も無い。

 

必殺の間合いを、致命の一撃を悉く避け続ける。

避けれるはずの無い爆撃を、避け続ける異様がある。

 

まるで、そこに落ちてくる事を知っているかの様に。

 

―― ああ、そうか。

 

お前もか。

 

お前も私を識っていてくれたのか。

 

お前も私を沈める日を夢見ていてくれたのか。

 

知らず、口角が上がる。

 

随分と見違えた、今の今までは寝呆けていたとでも言いそうな有り様。

目を覚ますのなら、沈んだ後にでもしてくれれば良いものを。

 

だがまだ温い。

 

漸くに彼我の間合いを見切る、全速一杯に残りの距離を詰めた。

 

肉薄する。

 

最後のスロットには艦載鬼は居ない。

 

歯茎に風が当たる、噛み締めた奥、喉の奥から何か獣染みた音が漏れた。

振り向いた姿には、普段では見られない驚愕が表に張り付いている。

 

良い顔だ。

 

そのまま至近より三連装砲、一斉射、彼女の側面を吹き飛ばした。

 

硝煙が視界を塞ぐ、構わずに突貫、再度の肉薄。

血を吐きながら弓を向ける、その姿を蹴り飛ばす。

 

次弾装填完了。

 

崩れた体勢の、たたら海面を踏みしめ耐えた所へ叩き込んだ。

 

次弾装填、召喚が解け煙の如く消え去った、加賀隊の在った空を制空する。

照準を合わせ、編隊を散らす、爆撃隊は再度直上へ。

 

砲口と死に体の隙間に何かが飛び込んだ。

 

「止めてください龍驤さんッ」

「瑞鶴、退きなさいッ!」

 

何かを奴が庇う、その背中に撃ち込む。

瑞鶴か、まあ良い重石ではある。

 

目の前で愁嘆場が繰り広げられる。

死線の上で何を演っているのか、こいつらは。

 

直上から、爆撃。

 

「根性おおおぅッ」

 

遮蔽物が増えた、重巡洋艦、覆いかぶさる、大破。

死角から軽巡洋艦が獲物を曳航しはじめる。

 

次弾装填。

 

「利根ちゃん!?」

「いいから早く二人を退避させるのじゃッ」

 

利根か、邪魔だ、射撃、ひとつ。

 

「龍驤ちゃん、そこまでッ、そこまでーッ」

 

側面より軽巡洋艦、船体に絡み付く。

動けない、直上をとる。

 

正面、敵援軍、軽巡洋艦。

 

次弾装填、直上よりは急降下。

 

魚雷持ちはコレで最後、当たるか。

 

いや、当てる。

 

私には、奴を沈める責任が有る。

 

「いいかげん、正気に戻ってください」

 

衝撃に、一瞬だけ意識が途切れた。

 

何かおかしいな

 

―― あれ、神通、何でウチのどてっぱらに砲口密着させてんの?

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

龍驤と川内が浮いている、土左衛門の様に。

 

魚雷を使い果たした神通が一息を付いた。

 

「姉さん、流石に無茶しすぎです」

「いや、明らかに魚雷は余計だったよね !?」

 

利根を曳航する那珂が思わずとツッコミを入れる。

 

軽空母の紙装甲を火砲で抜いた後、羽交い絞めにしていた川内ごと

酸素魚雷、外しようもない至近からの一斉射。

 

もはや雷撃と言うよりも、雷撃処分と付け足した方が近い様相であった。

 

「……龍驤さんを沈める機会だと思ったら、つい」

「神通ちゃんもアッチ側の艦だった、いや知っていたけどもッ」

 

火砲で抜いた時点で式鬼の召喚は解け、白い紙屑と化して中天を漂った。

数多の紙吹雪が曳航されている加賀と利根の上に降り積もる。

 

埠頭には修復剤(バケツ)を用意して引き上げを待ち構える幾つかの姿。

 

「これだから一航戦と二水戦は」

 

利根が血を吐きながら呆れた声を出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 裏

 

何か凄いものを見た。

 

伊勢型戦艦2番艦、日向が任務の後に立ち寄った間宮、5番泊地演習海域にて

先程に行われた演習と言う名の狂乱に対する感想はそんなものであった。

 

片割れが四航戦の先達にあたる軽空母だからと、興味をひかれて覗いてみれば

随分と恐ろしげな鉄火場に変じていたあたり、流石のものだと変な納得をする。

 

ひとしきり眺めた後に、溶けたアイスを惜しみつつ思う。

 

終わってみれば一方的な、勝敗を決した点を端的に表現すれば意識の差

航空母艦である事に拘った加賀と、海上の陸戦と割り切った龍驤の差であろう。

 

前進と同時の発艦、ここに違和感を抱けるかどうかが第一の鍵であったのだ。

 

だが、日向が衝撃を受けたのは後の展開である。

 

艦艇と艦娘は違う、その意味を外観や戦闘距離のものだと今までは思っていた。

 

―― 自分はそれを、本当に理解していたのだろうか。

 

眼は二つしかない、手も二つしかない、言葉にしてみれば単純明快な話だ。

もはや乗員が四方を警戒する艦艇ではない、戦場に目を向ければ他が見えない。

 

違和感の無い動きで前進、視線を空に向けさせて至近距離までの肉薄。

軽空母の装甲でそれを行う度胸は別として、単純かつ効果的な行動。

 

そう、効果的だ。

 

もし、同じ行動を装甲のある、例えば戦艦がとったとしたどうであろうか。

もしその戦艦に、制空圏の取り合いに参加できるだけの艦載機があるのならば。

 

「艦載機を放って突撃 ――」

 

行動を看破されてもゴリ押しできるだけの突破力、強靭な装甲からくる耐久力、

確実に敵を仕留めるための火力、海上に注意を向けられれば空からの爆撃。

 

「これだ」

 

日向が航空戦艦への改装を決意したのはこの時であったと言う。

 

 

 

『比翼の鳥 裏』

 

 

 

ドック前、修復剤を半分にわけて、中破状態で放置されている空母が2隻。

ドック内は重症者で満杯で、扉の中からは気楽な声が聞こえてくる。

 

放置空母の片割れの加賀には瑞鶴がしがみ付いており、そのままに眠っている。

 

しがまれている側はどうにも身動きが取れず、起こすのも悪いしと苦悩していて

何か膝の上で眠った猫のせいで動けない飼い主の姿を見るようだと、龍驤が苦笑した。

 

笑った動きでひりひりと痛む肌を抱え、口から魂を吐いている龍驤に加賀が言う。

 

「八つ当たりでした、すいません」

「ウチも、ぐーで行ったのは悪かったわ」

 

言葉少ないやり取り、互いに拳を差し出し、軽く打ち付ける。

 

そのままの勢いで龍驤が立ち上がり、立ち去ろうとする。

 

「もうすぐドック空きますよ」

「ちと野暮用がな」

 

ひらひらと手を振って場を後にする。

 

その物音で目が覚めたのか、瑞鶴が身動ぎをする。

 

「ずるい人」

 

同期の気遣いに、加賀は拗ねた様な心持ちを覚えた。

 

 

 

弓道場に弓を引く姿がひとつ。

 

鬼気迫る勢いで矢継早に放つ空母は、飛龍。

 

先程の演習、どうしてもひとつだけ、脳裏にこびり付いて離れない光景がある。

 

それは、勝敗が決する時の要因となった一手。

 

一航戦を囮に使った。

 

飛龍は嘆息する、成程、効果的だ、嫌になるほどに効果的だ。

初期の、「あの一航戦」が空を舞っていて、それに注視しない艦艇など存在するだろうか。

 

彼女にとっては、右手が防がれたから左手で殴った、その程度の心持ちなのだろう。

だが、一航戦である、有り得ない、誰がそれを使い捨てにできるというのか。

 

一息をつき、眉間を抑える。

 

龍驤ならば、やる。

 

火砲で艦艇を沈め、高射砲で敵機を撃ち墜とした南方の英雄、

目的の達成のためならば一切の手段を選ばない、小さな一航戦。

 

もしあの場に立っていたのが自分だったら、成す術も無く沈められていたであろう。

それも型に嵌められる前の段階、あの尋常ならざる爆撃の時にでも。

 

あれはそう、火力、装甲、積載量、そのような有利不利を覆す理不尽の権化。

 

「英雄、か」

 

飛龍の言葉に苦いものが混ざった。

 

 

 

弓道場に二つの影が入ってくる。

 

弓矢を抱えてこそこそと、二つ括りと銀の長髪、蒼龍と翔鶴であった。

 

あれ、飛龍も自主練?などと気楽に話しかけ、一息つく所よ返され少々に駄弁る。

 

「龍驤センパイ仕込みの海軍爆撃二枚看板、蒼龍翔鶴ここに在り、だよ」

 

話題はいつしか先程の演習、気狂い染みた爆撃と加賀の有り得ない回避に至った。

 

「同じ状況だと、加賀さんに当てないと龍驤センパイ怒るだろうな、とか」

「一回はずれるごとに、笑顔のまま圧力だけが増していくんですよね」

 

「いつのまにか言葉遣いが標準語になっているんだよね……」

「最後には笑顔も消えて、真顔で歩いて距離を詰めてくるんです……」

 

想像で顔を青くする二人に、ふと悪戯心を起こした飛龍が声色を真似て声をかける。

 

「『ねえ蒼龍、翔鶴、もしかして私、馬鹿にされているのかしら』」

 

「滅相も御座いません !!」

 

直立不動で翔鶴が絶叫した。

蒼龍が半泣きで弓を引きはじめる。

 

「うわああぁぁん、岩ちゃん早く降りてきて、龍驤センパイに殺されるううぅぅ」

 

なにやら艦載機妖精も随分と鬼気迫る有様で、眼を血走らせて今か今かと憑依を待つ。

しかしそう上手く事が運ぶわけもなく、普通の爆撃、普通の爆撃、普通の爆撃。

 

蒼龍が英霊召喚に達するにはまだ随分と練度が必要な模様である。

 

「貴女たち、過去に何があったのよ」

 

飛龍の呆れた声が弓道場に響いた。

 

 

 

埠頭にひとり、佇む赤城のもとへ、龍驤が寄って行く。

 

笑顔を張りつけたまま、まったくもう赤城はしゃあないなぁと言った感じに声をかける。

どうにも加賀と瑞鶴の事を頼んでいたが、取り立てて何もしなかった事、ではなく。

 

「煽れ、とは言っとらんかったはずなんやけどな」

 

笑顔のままで二人、並んで立ち海上へと視線を向けている。

 

「でも加賀さんと、貴女が帰ってきました」

 

ひとしきりの静寂の後、赤城が答えを口に乗せる。

優しい声色のまま、何一つ変わる事の無い口調で言葉を繋いだ。

 

「そのためなら、五航戦などどうなってもかまわないじゃないですか」

 

龍驤が小さく噴き出す。

 

額を抑え、止まらぬ笑いの衝動を抑えながら口を開いた。

 

「ああ、そうやったそうやった、お前はそういう奴やったな」

 

ひとしきり笑った後に、無言。

 

次に静寂を終わらせたのは龍驤。

 

「加賀はな、馬鹿で阿呆で間抜けで不器用で迷惑な奴や」

 

そのまま立て板に水とばかりにボロクソにコキ下ろす様に、赤城が噴き出す。

 

「だからまあ、アレは瑞鶴を気にかけていたのが空回っていただけの話でな」

 

肩をすくめて言葉を切る、会話の上では軽いはずだが、空気が不思議と張り詰めていく。

 

あたりには誰も居ない。

 

軸足は捻る、蹴り足は蹴り飛ばす様にと言うが、要は前へと踏み出すかの如く。

前へ、撃ち出す、体の動きをそれだけに絞り、軸足で直線を円運動に変える。

 

綺麗に弧を描き、腰のまわった拳が赤城の身体をくの字に折り曲げた。

 

大事なのは拳を止めない事、龍驤は自らの名で括られた誰かの知識に心で頷く。

血反吐を吐き、地に臥して土を舐める赤城に龍驤が声をかけた。

 

「瑞鶴の分や」

 

「甘んじて……受けてあげましょう」

 

脂汗に塗れ、血反吐とともに絞り出すような声で言った言葉には、やはりいつもの笑顔。

何で初期空母組は何処かぶっ壊れてんやろなと、自分の事を棚に上げて龍驤は思った。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「果てしなく居心地が悪ぃ」

 

ドックに入渠した3隻、加賀・ウチ・赤城と並んどる、被害艦2隻が加害艦を挟む形。

さらに浴場型の修復剤ドックの縁に、何故か瑞鶴が正座しとる、何があったんよ。

 

「私も甘んじて受けると言って何ですがね、龍驤、貴女殺す気(ガチ)で打ちましたね」

 

赤城曰く、起き上がろうとしたらどうにも下っ腹に溶岩流し込まれた様な熱があったとか

下半身がどうにも上手く動かないとかで、結局ウチが背負ってドック入りするハメに。

 

何と締まらない話か。

 

「龍驤、貴女赤城さんに対して何やっているんですか」

「ただの青春のアレコレや、見逃せ」

 

「ええ、青春のアレコレですから、悪いものじゃないんですよ」

 

何ですかそれはと、拗ねたような声が聞こえる。

 

息を吐き、肩まで修復剤に漬かる。

 

―― これで、加賀はあの時からはズレた。

 

龍驤の名で括った提督ゴーストが何か変な事を言いだした。

 

何の事かと思い巡らせようとすれば、頭痛。

 

眉間を抑えるウチにぷよぷよした水に浮く膨らみを押しつけやがる左右。

頭痛、ぷよぷよ、頭痛、ふにふに、頭痛、むにむに。

 

「よっしゃ、喧嘩売っとんのやな、纏めて買い叩いたるわッ!」

 

「ふふん、実は2、3発やり返しても良いなと思っていたんです、冥府見えたし」

 

すちゃっと水面に両手を手刀の形にして構える赤城、叫びに困惑した様相の加賀。

 

「え、いや、私はただこう友情を示そうと……」

 

うぉいコラ、馬鹿で阿呆で間抜けで不器用で(中略)なんも大概にせいよ同期の桜。

何か瑞鶴がトランペットを欲しがる黒人少年の様な、キラキラした瞳でコッチを見とるし。

 

いや、本当に何があったんよキミら。

 

何はともあれ、と

 

「隙ありッ!」

「無いわボケェッ!」

 

怪鳥の叫びが水面に飛び交うドックの様相やった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16 存在しない故郷

 

青天遥かにて、いまだ底を見せず。

 

待ちに待ったというわけでもないが、ようやくにブルネイに乾季が訪れた。

 

「龍驤えもーん、乾季になるってどういう事なの」

「ええ質問や司令官太くん、ええかー、乾季っちゅうのはな」

 

―― クソ暑い

―― あ、はい

 

森羅万象から温度を下げるための水という物が失われる、日照時間も爆発的に増え

どこまでも際限なく気温が上がっていく時期、それが熱帯の乾季である。

 

 

 

『16 存在しない故郷』

 

 

 

寿司屋は米屋に嫌われる、と言う言葉がある。

 

寿司はネタが主役だからと、寿司屋の使う米はクセの少ない品種が好まれる。

 

それを炊き上げる前に通常よりも長い時間、最低でも一晩、店によっては

一昼夜と水に着けて徹底的に「米の旨味」というものを殺していく。

 

そのような炊き方をしても割れたりしない米、それが良い寿司米と言われていて

米屋からしたら噴飯やるかたない話である。

 

真っ当な米屋は真っ当な寿司屋が大嫌いだ。

 

などというかつての乗員の記憶にある薀蓄が頭をよぎるほどに、酢飯臭いわけで。

 

間宮厨房にて龍驤さん渾身の逸品、CHIRASHIのSUSHIがてんこ盛り。

 

その上に、先日深海棲艦に襲われていたフィリピン人漁師のナルトさんから

わけてもらった鯛に平目に鰹に鮪に鰤に鯖、東きょぉ~う葱葱ブギウギ。

 

いや、そこまで贅沢な魚は貰てないけどな、まあ謎の白身魚や赤身魚を捌いて捌いて

何はともあれ刺身にしたなら美味しかろうと乗せまくり、海鮮散らしの完成です。

 

あぁ、しんど。

 

「何で買い物ブギのパロディなのじゃ」

「そりゃ龍驤さんハイカラやしー」

 

「昭和じゃ昭和」

 

カウンターで完成を待っている利根がツッコミを入れてくる。

 

おお、なんかめっちゃ盛ってると目を輝かしているのは川内、隣に神通、那珂と居る。

セリアの寿司屋からわけてもらった山葵を乗せて、ハラール醤油を置いたら出来上がり。

 

ほな配膳、と 

 

「んでは、今回は誠に申し訳ありませんでした」

 

頭を下げつつ海鮮散らしをカウンターに乗せていく。

 

「おお、なんか思ったよりも遥かに贅沢ッ」

「山葵だよ、醤油だよ、お寿司だよッ」

 

なんかテンションあがっているのは川内と那珂。

 

「相変わらず多芸ですね」

 

落ち着いた風に見えて頬が緩んでいるのは神通、ククク、食らうがよい。

 

「寿司が食いたいとは言ったが、目の前で作るとは思わなんだぞ」

「まあいろいろ問題があったからなー」

 

ブルネイの外食事情は大きく分けて3種に分類される。

 

産油国だけあって、いわゆる下等労働は出稼ぎ外国人が主流と成っているのだが

そのような層のための食事、つまりは港とかで1~2ドルで食える軽食が一つ。

 

外国人観光客のためのお高いレストラン、フレンチ、イタリアン、じゃぱーんと

より取り見取りで、1食あたり60ドルとか言い出す、エグイ、それが二つ目。

 

あとはマクドナルドやケンタッキーなどを含む中間層、10~20ドル程度。

 

寿司屋という名の日本食レストランは中間と高級の間あたりに位置するわけで、

4人前はキツイ、いやもうほんと本気で、先月結構物入りやったし。

 

まあ日本円でも給料貰とるし、払えん事も無いがもう一点、ウチ込み5人の

非番が一致するタイミングというものは中々に無いわけで、折詰も乾季に入った

今となっては鮮度が問題になる、昼買って食うの夜になるやろうし。

 

ならもう自作しかないわなと。

 

先日の龍驤の名で括り直した乗員一同を検索したら、居たわけよ寿司屋と米屋。

これ幸い、前世にとった杵柄とばかりに作り上げて配り終わった今に至るという話。

 

あとは余り米を巻いてー巻いてー巻かれてー巻いてー

 

「巻きつかれて巻けるまでー巻いてー」

「だから何で昭和なんじゃと」

 

巻き上げて切ったらもう一皿、フライドチキンロール、ディップはカレーソース。

 

「なんじゃその、こう、直接的な感じのする際物は」

 

「じゃぱーんのコンビーニでもたまに扱っとるメニューやで」

「ジャパーン言うな日本海軍所属艦」

 

まあ、山葵貰た時に店内で見かけて、作ってみよう思た一品やけどな。

 

「さて、次は何の丼がええかな」

「いや待て待て待て」

 

そろそろに器も空きそうな所で、何か4人が丸い目をしてコッチを見つめとる。

先に上がりでも要るんかな、とか思っていたら利根が口を開いた。

 

「食事量の基準を正規空母組に置くな」

 

ゥゴフッ

 

「ああうんいつもな加賀がな冷蔵庫の前に陣取ってな加賀がな上目づかいで

 食事出すまで粘るわけでなあの阿呆のエンゲル係数の超過分ウチが持って

 んやないかなと最近気が付いてな冷蔵庫の中にキムコだけ状態にしたらな

 なんか冷蔵庫の前で倒れて痙攣しとるんよ馬鹿ちゃうあいつほんでなその」

 

「ぬをおぉうッ龍驤、戻ってこい、龍驤ォーッ」

 

利根の声が遠くに聞こえる、ああそうか、別に食いに行っても大丈夫やったんや。

食わんもんな、みんな、あの部屋に生えてくるバキュームども並には。

 

白く染まる世界の中で崩れ落ちる身体の音が聞こえた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「ちゅーわけで、夜食のチキンカツロールカレーソースや」

「何かスーパーの変わり種って感じだな」

 

例によって例の如く、深夜残業の提督執務室で冷蔵庫の冷え冷えロールを提供する。

チキンとカレーってええよな、冷えても食えるもん、魚はバキュームが持ってった。

 

提督と一緒に変わり種の巻き寿司を摘まむ、意外に緑茶が合う。

 

冷えても食えると言えば豚モモ肉のポークチョップとかも好きやけど、

豚肉は流石に大っぴらに調達できないわけで、個人的な隠れた楽しみ止まりや。

 

「寿司と言えば、握りは作らなかったのか」

「あー、それなんやけどな、艦娘やからな」

 

握り寿司が現在の形に完成したんは戦後なわけで、ウチらの頃の握りだと

もっと大振りな、いわゆる房州寿司のような形になる。

 

具材も地方ごとかなりピンキリで、作って出せばまあ文句は出んのやろうけど

何というか何をどんぐらいの大きさで握れば喜ぶんかようわからん。

 

「ならもう散らしが無難やな、と」

「ジェネレーションギャップだな」

 

「ぶっちゃけセリアのちゃんとした形で出てくる寿司屋より、クアラブライトの

 アメリカン風味の寿司屋の方が、ネタの鮮度が良い分喜びそうやわ」

 

「あー、こないだ寿司屋に連れてった叢雲が変な顔してたのはそれかぁ」

 

現在の江戸前寿司を目にしたら、シャリの小ささとかのギャップに驚くわな。

真っ当な日本食もインチキ日本食も、ウチら的にはどっちも同じ距離の食い物や。

 

ちゃんとした握り寿司を見て、アボガドロールを見た日本人の気持ちになるのも

まあ変な話ではあるのやけど、しゃーないわ。

 

ウチも驚いといた方が良かったかなと誰かの声がして、今更やわと笑えてきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17 鳳の止まり木

日本国自体にはあまり関係の無い話ではあるが、現場にとっては大問題である。

 

インドネシア残留中国人問題

 

インドネシアは現在、タイ、シンガポール、マレーシアと協調姿勢を取っている

華僑同盟と華僑排斥派、若干名存在する親欧派の三つ巴の内戦状態に陥っている。

 

インドネシア浸透作戦、海域断絶前に持ち込まれた共産党からの供与武器が、

風物詩と化していた華僑排斥運動を内戦の域にまで押し上げてしまった。

 

それで困ったのは、海域断絶で母国への帰還の術を失った一般の残留中国人である。

 

これが他国人ならば艦娘の配備と同時期に、国交のない国でも隣国、せめて

ユーラシア大陸へと何とか海を渡る方策を得る事も出来たであろう

 

だが、日中は交戦国であり、その上に日本国政府自体が内乱のインドネシア自体を

避ける風潮がある、割かれるリソースは少なく不正の入る余地も無い。

 

可能な限りの海路を避けて陸路での帰国、これまた交戦国であるタイ、ベトナム

を通過して、抜けたところでそこは現在最前線と言う救いの無い状況。

 

八方塞がりであった。

 

結果、困窮と共に彼らは同胞と、華僑勢力の使い捨ての駒として消費されていく。

 

先日にブルネイ第三鎮守府3番泊地、通称インドネシア泊地において

インドネシア軍の警備を掻い潜り、泊地への自爆テロが敢行された。

 

インフラ整備の職を求めインドネシアへと渡っていた河南省の黄何某、

華僑同盟はこの件に関する関与を否定、他勢力は見え透いた欺瞞と非難声明を出す。

 

被害は幸いな事に軽傷者が若干名、破壊された宿舎に寝泊まりしていた艦娘が

一時的に5番泊地へと避難してきた、少数の居残りを残して。

 

不足する燃料、弾薬、食料、塔の如き関係各所へと提出する書類と諸手続き、

提督以下秘書艦組は悲鳴を上げたと言う、ありし日を連想する光景であった。

 

 

 

『17 鳳の止まり木』

 

 

 

何で残業明けの疲れた身体で鍋を振っとんのやろかと。

 

居酒屋「鳳翔」プレオープンと言うわけでもないが、出来上がった箱物の中で

鳳翔さんと一緒に料理を作っとる、正確には酒の肴や。

 

間宮で管を巻いていたネシア組が曰く、泊地に落ち着いて飲める所が無いとかで

それならばと機材運転確認も兼ねて居酒屋予定地に引っ張って来た。

 

クマを輸送していると一同が付属してきたので、近場に居た天龍も巻き込む。

 

木目の落ち着いた内装の中、新品のカウンターに並んで軽く飲んでいるのは

アホ毛のクマとドラ猫、海賊船長に可愛い眼帯ヤンキーといったところ。

 

正しくは球磨、多摩、木曾の球磨型姉妹、ついでの天龍、コップの中身は

ポン酒、ポン酒、エールにカルピスサワー、おいこら天龍キミ最年長やろ。

 

まあええわ、軽巡まみれかと思いきや最近木曾が雷巡になったとか。

 

「もう準備万端そうなのに、何で開店しないクマー」

 

「着任11カ月と2年目の鳳翔さんだと、補助金の入りが違うんよ」

「にゃんというお役所事情」

 

あと、「ヶ月目」の鳳翔さんに店を持たせると、他鎮守府の鳳翔さんに対して

ちと申し訳と言うか面目が立たない、2年目でも結構アレやけどな、勘弁や。

 

時間のかかる調理に入っている鳳翔さんの脇、突出しとばかりに

手早く出来る数品を整えてカウンターに並べる。

 

鳳翔さんの瞳が光る、アレは獲物(てんいん)を狙う猛禽(てんちょう)の目や、全力スルー。

 

「おるぁ、摘みと肴じゃ、有り難く頂きやがれッ」

 

ポン酒組には手早く作った鶏の焼き煮付け、学生かキミら組にはオーブンの中から

ガーリックトーストスティック、アルメニア風味やなって我ながら国籍不明。

 

「魔女さんには迷惑かけるクマー」

 

「誰が魔女やねん、こんなピチピチのひんぬー捕まえて」

 

「知らにゃいのかにゃ?」

 

なんでも5番泊地は結構な噂になっているとか。

 

現地政府の覚えもめでたく、最前線において改二達成艦を続出させている

ただの戦力プールであったはずの泊地の非凡な運営組織、何処の話よそれ。

 

「中でも、神算鬼謀の軽空母が、誰が呼んだかブルネイの魔女って話にゃ」

 

「なんでやねーん、神算鬼謀なんて言葉と縁のある生活はしとらんで」

 

何か邪王真眼とか右手のペーパータトゥーが疼きそうな恥ずかしい名称を

否定したところにクマーが指折り数えて言葉を紡ぐ。

 

「木曾に雷巡を勧め、五十鈴に対潜特化という使い道を見出し、レ級騒動の

 折には的確な対応でブルネイ鎮守府群のみが轟沈艦ゼロを達成」

 

いや待ち、クマーを付け忘れてるで。

 

「……クマー」

「遅ッ」

 

「まるで攻略本を持っているみたいだって、もっぱらの噂にゃー」

 

まいがー、おぬれ提督ゴースト、おかげで厨二病や本当に有難うございました。

 

「特にレ級が話題になっているクマ、全戦力投入、本土にも同様の意見の提督や

 艦娘が数名居たらしいけど、話が通ったのはブルネイだけだったとか」

 

「結果、余所は逐次投入で食われまくったにゃ、真っ当な運営組織なら注目する

 のも当たり前の話にゃ、何でも5番の報告書は逐一回覧されているらしいにゃ」

 

うわぁ、何か変なところで目を付けられていそう、あかんなー。

 

「おかげで姉妹全員壮健、端からすれば有り難い話クマ」

 

適当に話を締めくくり、ぐい呑みの器を掲げる熊。

猫は何やらカウンターに喉を擦りつけて、待ちやがれマーキングすんな。

 

「本能が訴えているにゃ、今のうちに匂いをつけないと龍驤の縄張になるとッ」

「誰が猫じゃーッ」

 

入ってるけどな、一部「龍驤ちゃん」三毛猫メス享年8歳がッ

脳内龍驤会議を開くと提督ゴーストの膝周りでゴロゴロ言うてるけどなッ。

 

ニャーニャー煩いタマーの顔を引っ張り上げて口の中に手作りチーチクをイン。

ついでに切った竹輪胡瓜を並べて一品、と、残りは磯辺揚げるか。

 

何か店員候補を探している鳳翔さんの眼光がさらに鋭くなったような気がする。

アレは五十航戦やない、一航戦時代の眼光や、死ぬ気でスルー。

 

出来上がった料理を並べる鳳翔さんの横、空いた器を下げつつ冷やとサワーを

各席に補充、既に木曾が出来上がって天龍に絡んでいる、狙い通りや。

 

鳳翔さんがボソリと「うわぁ、息ピッタリ」と零す、聞こえへん聞こえへん。

 

「相変わらず木曾は弱いクマー」

「こういうとこを見ると何か安心するにゃ」

 

「だから大井姉は龍驤さんを誤解してるんだよ、聞いてるのかい天さんッ」

 

延々と絡まれている天龍が何か恨みがましい視線をコッチに向ける、残念やな、

カルピスサワーを頼むような軟弱者は航空母艦業界では人権を認められんのや。

 

ちなみに素でウォッカを開ける響は名誉航空母艦などと呼ばれている。

 

「大井と北上は居残り組やっけ」

 

「妹たちがすまんクマ、クマーから言っても中々に頑固で」

「大井の空母嫌いは過剰反応すぎるにゃー」

 

「別に大井が間違っとるわけでもなし、職務に差し障り無ければ無問題や」

 

まあせっかくだし、クマー達には居残り組用に間宮羊羹でも土産に持たせるか。

そして北上が自己嫌悪に陥ってさらに大井が激高する、あぁややこし。

 

でも何もしなくても激高するんだよなー、勘弁してぇな。

 

などと考えながら磯辺るついでの鶏天などを作っていると、早々に木曾が潰れる。

 

一息ついた天竜がサワーのお代わりをしようと差し出すところに、ポン酒組と

店長の何やら圧迫感のある視線がグラスへと注がれる、空気が重い。

 

「つ、次は何か重い、ウォッカとか……ウヰスキーとか、重い酒でも……」

 

随分と無理のある声色に苦笑する、酔っても居ないのに手が震えとるがな。

 

「マダムロシャスでも作るわ、軽いし苦くないで」

 

備品に買っておいたカクテルセットにカシスを入れてグレープフルーツを絞る。

正式名称はマダムロゼ、高知生まれで四国特有のカクテルとは提督知識。

 

ついで、酒は無理して飲むもんちゃうからなーと、軽く周りを窘めてグラスを出す。

 

猛獣どもに苦笑が浮かび、天龍が救われた表情をする。

一口行ったら気に入ったらしく、あ、これ飲めるとか小さく零した。

 

苦手な連中も居るやろうし、カクテル系もある程度入れておいた方が良さそうやな

などと内心で仕入の算用を立て、経費で落とせる範囲に見当をつけておく。

 

……やばい、鳳翔さんの目が光った。

 

以降、鳳翔さんの龍驤さんとお店をやったら楽しいでしょうね爆撃から

必死に回避を続ける秘書艦の姿が肴にされたとか、コンチクショー。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

呑みもたけなわという折に、入口の引き戸が開く音がする。

 

龍驤たちが視線を移せば、柱の陰に寄り添って「龍驤……恐ろしい子ッ」とか

言い出しそうな表情の赤城、の姿が崩れ落ちた。

 

全身で失意を表す体前屈の姿勢から、魂のこもった慟哭が店内に響き渡る。

 

「鳳翔さんのはじめては私が貰うはずだったのにッ!」

「何紛らわしい危険発言しとんねんッ」

 

ツッコミ声に顔を上げた所に、全力投擲の鶏天が直撃した。

地面に落ちても大丈夫なようにラップで包んでいる。

 

赤城の姿が見えた瞬間に鶏天をラップで包み始めた龍驤の姿に

鳳翔は本気で店員勧誘をかけようと決心したと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18 壺の中の未来

 

駆逐イ級の死体が打ち上げられた。

 

そんな通報を受けた5番泊地は、とり急ぎ現場へ3隻の艦娘を向かわせた。

警邏が防ぐ野次馬を掻き分け、砂浜に打ち上げられた異様に近づく担当。

 

龍驤、隼鷹、利根である。

 

別に何か特別な理由があるわけではない、負の怨念で作られた船体だけに

陰陽系か巫女が祓わなければ砂浜が閉鎖されたままだから、そんな感じだ。

 

二人が符を貼り陣を引き、利根が周囲の警戒にあたる。

 

施術を成す直前に、隼鷹が龍驤に声をかけた。

 

「龍驤サン、気付いているかい」

 

顔色は青い、そんな隼鷹に気軽な表情で龍驤が答える。

 

「ああ、ウチでもわかるわ」

 

船体には大小様々な傷跡がある、それは爪であったり牙、砲撃、打撃痕

同士討ちによる嬲り殺し、そんな光景が目に浮かぶ有様。

 

だが問題はそこではない。

 

嬲られ、痛苦に淀んだ恨み辛みが、その船体を構成しているはずの負の怨念

そのものすらも、その屍からは何も感じ取れないのだ。

 

空っぽの器、そう表現する様が相応しい。

 

「すでにバラ撒かれた後、使用済ってワケやな」

 

龍驤の出した声色は、固かった。

 

 

 

『18 壺の中の未来』

 

 

 

鳳翔さんから逃げ回る日々、まあそれでも手伝い位はしておくべきかと

今日も今日とて残業明けに、串に刺した鶏肉をクルクルと焼いている。

 

開店に向けて、焼き鳥のタレを熟成させるための作業的串焼きや。

 

「素でタレの熟成とか言い出す航空母艦ってどうなんだろうな」

 

今日のカウンターには提督が居る、あと金剛さんと利根、全員残業明け。

焼いた鶏肉が勿体ないので引っ張ってきた、バキューム組にはやらん。

 

アレや、ウチだけ残業後も働いているのがムカつくから道連れとか

考えてないで、ホンマに考えてないで、いやいやいや、ホンマやで。

 

「柔らかくてジューシーでデリシャースで、正直違いがワカリマセーン」

「柔らかい鶏肉が食い放題、良い時代になったものじゃのう」

 

焼き捨ての串なのに好評な風を見て、提督が良い肉なのかと聞いてくる。

 

「良いも何も、いつもの養鶏場のハラール鶏肉や」

 

泊地は卵が生食のため、養鶏場と直接取引しとる、そのついでやな。

 

まあイスラム教国というものは、豚肉が食えん分だけ鶏肉のクオリティが

上がりがちや、ブルネイも例にもれず良質の鶏肉の国と言われとる。

 

舶来盲信という言葉があるが、食品における近代の日本には国産盲信が

蔓延しとるんやないやろうかと、提督やゴーストの反応を見て思った。

 

最高級品ならば鮮度などの問題もあり、日本国内ならば国産こそが至高や

それに異論はないが、低価格帯、商売に使うような範囲なら話が変わる。

 

物価の違いが輸送費を庇う、同価格帯ならば外国産の方がクオリティが高い

ましてやココはブルネイ、日本産とブルネイ産の立場は容易く逆転する。

 

そんな現象が起こってしまうのが鶏肉業界の厄介なところや。

 

何が厄介って、選択する鶏肉の産地にコレと言った正解が無いんよ。

 

鶏肉は蕎麦やワインと同じように、当たり年と外れ年がある。

 

今年はタイ産が安くて高品質と言えば、去年はブラジル、一昨年は岡山

そんな感じにコロコロと品質の順位が入れ替わる、焼き鳥屋の難問や。

 

ブルネイが外れ年になった時は、いったいどんな選択肢を選べばエエのか。

 

つーても制海権を失った現在では、そんな選択肢は無いも同然やし

地産地消に勝る物無く薀蓄垂れ流し損かね、あかんあかん。

 

そんな事をだらだらと語りながら鶏を焼いていると、提督が頭を抱えた。

 

「いやだから、その語りは明らかに本職のソレだろ」

 

「焼き鳥屋の称号は、私ではなく龍驤に相応しいですね」

「ちょい待て、いつの間に生えた加賀」

 

馴染みの黒髪の首根っこを捕まえて、作り置きのおにぎりと鶏の一本焼きを

持たせて店の外へと蹴りだしておく、包んどいて良かったわ。

 

最後の台詞が今日はこれぐらいで勘弁してあげますって、何でやねん。

 

「ちゃんと加賀の分を作りおきしているあたり業が深いのぅ」

 

言わんといて、放置すると冷蔵庫前で痙攣するんやもん、あの馬鹿。

 

気を取り直して皮だのポンじりだのを次々と焼き網に乗せては、タレ壺に、

エエ感じにアミノ酸っぽい何かがタレに蓄積されていく気がする。

 

そんな焼き場ではなくカウンター、思ったよりも食いつきの良い艦娘2隻に

視線を向けていた提督が、疑問顔で首をひねった。

 

「何でこんなんでそこまで喜ぶんやろう、ってとこかいな」

「あ、いや、焼き立てで確かに美味いんだ、まあソレだけどな」

 

疑問には話題に乗った二人が答えた。

 

「艦娘にとっての鶏肉は、固くて滅多に食えんもの、という印象じゃからのう」

「柔らかくてジューシー食べ放題、現代はまさにパラダイスですネー」

 

分かりにくいので補足を入れておく。

 

「鶏肉の増産は戦後や、乗員のほとんどにとっては鶏肉言うのは年に数回

 卵を産まなくなった鶏を絞めた、それはもう固いものって話やな」

 

まあ軍人さんやと柔らかい鶏肉食べ放題やからずっとそうってわけでもないが

幼少期の記憶ってのはどこまでも、それこそ艦娘の一部としてまで残るわけで。

 

いやホンマ柔らかいわー、しかもめっちゃ安いわー、嘘やろホンマー。

 

あまりの龍驤内の感動っぷりに、提督ゴーストがドン引きするほどや。

 

「ええと、初期の飛行機乗りは財力のある家の出身が多かったんじゃないのか」

 

提督が疑問を口にする、甘いな、70年の技術格差を舐めたらあかん。

 

「確かに餓鬼の頃から肉を食っとった連中も居るが、今と比べれば質が雲泥やな」

 

高級肉でも何処か筋張って、油っ気というものがイマイチ足りない、そんな感じ。

日本が誇る超弩級戦艦の金剛さんですら、ジューシーデリシャス言い出すほど。

 

濃い味付けで白米をガバガバ食う、そんな記憶しか思い当たらない大正昭和。

 

どこぞのグルメ漫画で、若い頃はこんな臭い鶏肉じゃなかったとか泣き叫んだ

老人が出ていた話があったが、現場に居たら殴っとる自信があるわ、本気で。

 

「……何か凄く居た堪れない」

「利根や金剛さんでその反応だと、秋月とか着任したらヤバそうやな」

 

翔鶴と瑞鶴も正規空母なのに食が細いというか、節制が骨身に浸みとんのよな。

 

……加賀に言うとくか、何かあるたびに食材が消えるから心底嫌やけど。

 

「うぉい龍驤、何か煤けとるぞ」

 

「最近なー、加賀がなー、いつもにましてなー、鳳翔さんまでもなー」

 

「うわぁ、龍驤がブレイク寸前ネ」

「もういい、休め……休めッ」

 

いや、作りかけやからキッチリ作るで、ちゃんと締めまでは。

 

そんな時に扉を開ける音が。

 

「ヒャッハー、龍驤サンが鶏肉を ――

 

利根が扉を閉めて鍵をかけた、ファインプレイ。

 

「本日は秘書艦組で借り切りじゃ、後日出直してくるが良い」

 

そんな発言にカリカリと扉をひっかく音で答える外の酔っ払い、猫かキミら。

……うん、4人分の音や、飛鷹と千歳千代田あたりかコンチクショー。

 

何かホラーな雰囲気になってきた入口の利根に、作り置きの唐揚げを渡す。

窓から放り出しとけと指示をしたら、何か物凄い同情の目で見られた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

憲兵隊の視察があった。

 

黒塗りの軍服、制帽で身を固めた黒髪の艦娘、揚陸艦あきつ丸の姿。

あきつ丸小隊がてきぱきと各所を臨検、特に問題無く事は終わる。

 

申し送りを受ける龍驤に、あきつ丸が話しかけた。

 

「知っていますか龍驤殿」

 

空っぽの深海戦艦の漂着、それは少し前から続いているという。

自爆テロや破壊工作が行われた泊地の近くに漂着すると。

 

「わけわからんな」

 

ブルネイでも先日にテロ騒ぎがあった、特攻をかけた犯人は付近の

漁師に囲まれ捕縛され、未遂で終わったが。

 

少し考えた風のあきつ丸が、龍驤に伝える。

 

「横須賀の提督たちに話を通しておきます、近日に召喚を受けるかと」

「いや、エリートさんと顔を繋いでもエエ事無いやろ」

 

心底嫌がる龍驤に苦笑が答えた。

 

「横須賀は初期の対策室の系譜、叩き上げ揃いですから話はできるであります」

「冷や飯食いの吹き溜まりって聞こえるんやけど」

 

たまらず噴き出したあきつ丸に、まあ冷や飯はウチらもかと笑っての承諾。

 

「で、なんでウチなん」

 

気軽な風を装う問いには、しばしの静寂があった。

 

「先日に陰陽寮で占者が託宣直後に血を吐いて死にました」

 

ようやくに口に開いた内容は、血なまぐさい。

 

凶の卦を出した後に『龍の道行きを妨げる事なかれ』

 

それが凶中の吉なのか、大凶なのか、意見が別れるところだと言う。

 

「龍で括られた艦娘なんざ、いっぱい居るやろ」

「ええ、ですから手当たり次第という次第で」

 

あきつ丸の笑顔に、奥を覗かせる隙は無かった。

龍驤は肩をすくめて息を吐く。

 

「ヤニが恋しいわ、()るかい?」

「いただくであります」

 

蒼天に帰る白の如く、現実は靄に包まれていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19 傍観者の視線

在る晴れた件の早朝、5番泊地提督は怪しげな書類と箱を発見した。

 

「龍驤ー、憲兵から回ってきたこの軍需物資って何だ?」

 

軍需物資「戦力蓄積丸」200、憲兵隊あきつ丸より龍驤宛

 

「ああ、こないだの夜間出撃の時の報酬や、やっと来たんか」

 

「……何かあきらかに怪しい気配のある名前なんだが、何だコレは」

 

軽く流そうとする龍驤に、不穏な気配を感じた提督が追及する。

 

だが、それは聞いて良かったのだろうか。

 

龍驤の口元が歪む、まるで獲物を見つけた獣の様に。

熱帯の提督室に何か冷たい空気が吹き込んだような錯覚がある。

 

「何、大したもんやない」

 

―― ちょっと気分が高揚して元気になるだけのオクスリ、や

 

「そやな、提督も1枚イってみるか?

 すぐにわかるで、コレはエエ物やってな」

 

「ま、待て、駄目だ、そんな物は現代ではッ」

「はッ なーにを今更エエ子ぶっとんのや、片腹痛いで」

 

聞き分けのない提督の額に、箱から出した軍需物資の一つをペタリと付けた。

そこにあるのは、カカオで作った茶色の板状菓子、指で溶けずにお口で溶ける。

 

「なんや要らんのか、バレンタインやのに戦力蓄積丸(チョコレート)

 

ニヤリと笑ってもう一枚、銀紙を剥がして口に咥える艦娘の姿。

 

戦力蓄積丸、現在も有名な某菓子メーカーが前線の兵士の愛称ですと、

新聞広告にも載せた由緒正しいチョコレートの呼び名であった。

 

「残りは明石に納入やな、書類は後で出しとくわー」

 

チョコを齧りながら退出する秘書艦、198枚は明石の酒保に入るらしい。

机の上、茶の包み紙が有名な板チョコを前に、頭を抱える提督が居た。

 

 

 

『19 傍観者の視線』

 

 

 

まあ要するにや、嗜好品のチョコレートおくれなんて申請出しても

散々に嫌味を言われて輸送費でガッポリとボられて届くのは板1枚。

 

そんな惨状の第一本陣を見てどうしたものかと悩んでいたわけよ。

 

そこであきつ丸(あきっちゃん)にお願いして、どうにかチョコ手に入らんかと問えば

軍需物資でありますな、とそれはもう悪い笑みで返してきたわけで。

 

いやー、うん、軍需物資やもんねー、前線には必要よなー

 

うん、本当に日頃の付き合いと根回しは大事やね、

柳生宗矩もそう言っとった、流石柳生新陰流は格が違う。

 

などと過去を思い起こした挙句に行き過ぎて江戸時代初期にまで遡るほど、

現実逃避したくなる時がウチにかてある、冷蔵庫が空になってた時とか。

 

まあ要するにや、明石の酒保が戦場になった。

 

目の前で凄まじい勢いで板チョコの奪い合いが起こっとる。

ああうん、提督結構人気あるのな、根は善良やし顔だけはイケメンやもんな。

 

……スク水に付いて深夜3時にウチと3時間話し込める逸材やけどな。

 

騒動を尻目にそっと机の上の判子をとって、受取印を押しておく。

ほなお邪魔しましたーと小声で言って、こっそり抜け出し後ろ手に扉を閉める。

 

ミッションコンプリート。

 

というわけにもいかんやろうから、神通に通報しておく。

駆けつけた水雷戦隊に報酬を前渡し、ぶっこ抜いておいた板チョコ10枚。

 

ミイラ取りがミイラになったらアレやからなーと小声で言えば

神通が何かやたらと漢臭い太い笑みで返してくる、何で気合入ってんの。

 

私もまあ、性別は女性ですからって、ああうん、何か頑張って。

 

ついでに通りすがりの島風に10枚渡しておく、夜間随伴の取り分やと言ったら

間宮奢ってくれたからかまわないのにとか言い出す、ホンマええ子やな。

 

そして提督室に帰ると叢雲が目を輝かしてチョコを食っとった、提督と一緒に。

何コレ凄く美味しいって、いやキミあげる側よね、どう考えても。

 

視線の合った提督と苦笑を交わす、まああげたくなる気持ちは良くわかる。

 

食べ終わった叢雲が我に返り赤い顔でプルプルと震えている。

うむ、ここまでがワンセットよな、流石は提督エエ仕事や。

 

そんな微妙な空気に入ってくる姿は、利根。

 

今日はチョコが食える日らしいぞとか言い出したので、微妙な誤解を解く。

なん……じゃと…とか言ったままフリーズ、再起動までしばらくお待ち下さった。

 

して、ほれ提督と渡したものは小さいチョコ、頭を掻きばつが悪そうに続ける。

巡洋艦の給料ではそれが限界でなと、さもありなん。

 

海域が断絶したせいで日本国内でのカカオ豆の価格は高騰の極み。

菓子屋も頑張っているが、まあ要するに板チョコ1枚5千円や。

 

もう笑うしかないわー

 

いや、輸送費を差っ引けば一応手の届く値段なんやろけどな、ブルネイで

直接買い付ければ日本よりは大分マシな価格やし、でも質がちょっと。

 

小さい日本製か大きいブルネイ製か、痛し痒しな問題というところ。

 

そんな中で送られてきた軍需物資は、まさに破格の逸品だったわけで。

いやぁ、我ながらエエ仕事した、今月は福利厚生微妙でも許されるなコレは。

 

などと自画自賛していると金剛型ゾンビが這いずってくる。

 

明石前決戦で敗北したらしい、どうにも既にラヴがバーニンしとる。

最後の言葉は誰ですか神通サモン、した、の、で事切れた。

 

金剛型1番艦、金剛 享年むにゃむにゃ歳

 

勝手にノットキリーンと復活する、何や他3人はどうしたんやと聞いてみれば

涙目で縋り付いてくる、3人は現在菓子作りの待機中やそうな。

 

無敵の龍驤サンでなんとかしてくださいよォーッなどと言われても

日本を背負った大武勲艦が言っていいセリフちゃうやろそれと冷静にツッコミ。

 

だいたい、ウチを頼ったところで、ぶっこ抜いとった板チョコ18枚しか

出てこんのやしとポッケから取り出す、おい、固まるな、コケるな。

 

感涙の笑顔で飛びついてくる金剛さんを華麗にスルー。

 

ずべたっと床にスライディングしたところを踏みつける、いやな、

何も無しでそもまま貰おうなんて、ちーっとムシが良すぎへんかな、とね。

 

く、まさか提督のために守ってきたヴァージ、いや待てそこは日本語で

ボケんと本気で生々しいからヤメテ、純潔な純潔、ピュアーな感じで。

 

だいたいそんなモン貰たところではじめての相手は提督やない、ウチの

3連装砲やーッとか叫ぶぐらいしか遊びようが無いやないのって。

 

え、うん、こないだから3連装副砲めっちゃお気に入り。

エエよね火砲、冷蔵庫前の魔神をぶん殴っても手が痛くならんのやもん。

 

いっそ砲身に鉛でも詰めて研無砲とか名前でも付けてみよか。

 

待て、ソレはただの鈍器じゃと律儀にツッコミを入れてくる利根。

ならばワーットと落ち着いたところに18枚を放り渡す。

 

出来た菓子はわけてくれ、欠食空母が五月蠅うてな

 

腕によりをかけますネーと元気を零れさせながら勢いよく飛び出す金剛さん。

何か勢いに釣られて一緒に退出する叢雲、書類を取り申し送り確認を始める利根。

 

どうにも対応が思いつかず頬を掻いている提督1名、空気が微妙。

 

そこは喜んどけばええんやないのと言って給湯に向かう。

 

何かあるのかと聞く声に苦笑で返す。

 

コレから甘味が届きまくるんやろ、苦い珈琲でも淹れとくわ。

 

頭を抱える姿に笑いが止まらんかった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

次々と訪れては甘味を置いていく艦娘に、お返しを考えた提督の顔が青くなる。

 

「ブラックなのにダダ甘やー」

「提督の財布事情は苦々しそうじゃがな」

 

まあ砂糖はカカオより安いからどうにかなるやろ。

などと我関せずを貫いていると、利根がコッチを不思議そうに見た。

 

以前からブラックじゃったかと聞いてくる、胃にくるからと避けるのがデフォで

考えてみればブラックはウチだけやな、提督室関係の人員の中では。

 

「どうにもミルクが喉に絡むのが気になってな」

 

はじめはだばだば入れとったんよー、珈琲牛乳かいなってぐらいに。

 

「そしたら次は砂糖が舌に絡むのが気になって、ついにはブラックや」

 

肩を竦めて顛末を披露する、その後にきっと珈琲の刺激が胃に来るのが気になって

 

「そして最後には白湯におちつくんやないかな」

「実は珈琲嫌いだろ」

 

呆れた声の提督の言は否定しておく。

 

「好きやで」

 

香りはな、と言う前に何か変な空気を察した。

 

何やろと振り向けば、部屋に入ってこようとしていた大淀が固まっている。

提督も固まって利根が笑いを堪えている、何があったんや一体。

 

何でかその日は加賀が妙に纏わりついてきた、何やねんホンマに。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20 朝の光に君が居て

インドネシア泊地所属、球磨型軽巡洋艦2番艦、多摩は妙な人気がある。

 

インドネシア自爆テロの折、華僑同盟に対し最も非難が集まった要件は

多摩が一時的にインドネシアを離れ、5番泊地へと避難した件であった。

 

人口の9割がイスラム教徒であるインドネシアにおいて、常に人気が独走

肌や髪を晒していても何も言われない、多摩は可愛いなで済んでしまう。

 

モスクに無断で侵入しても歓迎されたぐらいだ。

 

そんな人気に肖ろうと、様々な多摩を参考にした交流キャンペーンを張り

悉く討ち死にした第一本陣の長門が、堪り兼ねてオブザーバーに相談した。

 

オブザーバー龍驤(5番泊地所属)は語る。

 

「多摩はヒトとか艦娘やなくて、猫やと認識されとんやないかな」

 

イスラム教、教祖が無類の猫好きであったため猫を穢れ無き生き物として

只管に愛でる人たちである、モスクに入ってきても許されてしまうほどに。

 

長門の失意体前屈は見事な物であったと言う。

 

 

 

『20 朝の光に君が居て』

 

 

 

草木も眠る丑三つ時、などという言葉があるが、深夜の3時のあたりになれば、

不思議と浮遊したり彷徨っている(ゆうれい)たちの姿が見えなくなる。

 

多少オカルトに詳しい人間ならばご存じだろうが、深夜に幽霊は出ない。

まったく出ないというわけではないが、絶対数は一気に減少する。

 

何故か奴らのほとんどは深夜3時になる前に店仕舞いをはじめる、

そんなわけでこの時間帯に動いているような影は大抵はアレなわけで。

 

そう、ウチと提督みたいな地獄の住人や。

 

(ゆうれい)よりもなお闇に住む、俺たちゃしーごと人間なのさ

人に姿を見せられぬ、獣のようなこの臭い

 

「はやく風呂に入りたーい」

 

積まれた書類を吹き飛ばせ

 

「サイン!印可!提出!」

 

しーごとにんーげん

 

いや、人間やないけどな、艦娘やけどな。

 

何でまた泊まり込み書類地獄が再発しとんのかと言えば、インドネシア組が

泊地に帰還したわけで、そこらへんの手続きだけならマシやったんやけど。

 

……なんでマレーシアから色々とネチネチ言ってくるかな。

 

いや、インドネシアとめっさ仲悪いのは知っとるけど、ウチら日本所属やん

マレーシアにも泊地あるやん、つーかブルネイ関係ないやんド畜生が。

 

受け入れのせいで目を付けられたと言われても、ブルネイ政府もキレかけてるし、

航路の見直しだの輸送の取り分交渉だの、鎮守府にもってけやウチら泊地や。

 

それら引いても、復興資材の流通を通すだけで書類が雲霞の如く湧いてきおる。

軍隊まで繰り出して壮絶な嫌がらせする暇あるんなら、他の事せいと。

 

書類仕事なんかおススメやで、何でウチらに来てんのかわからんようなヤツとか。

いや本当に、少しでええから、つうかあんたらの書類まで回っとらんかコレ。

 

いや、本陣提督組は第一も第三も顔面蒼白になっとったし、よ、余力、余力ぅの

あるウチらがある程度はこなさんと話が回らん、回ら、ら、ら、ら。

 

ぼすけて、最近口の中に血の味がするのがデフォになってきた。

 

一昨日に3日ぶりに部屋に帰ったら加賀が干乾びとったし、見なかった事にしたけど。

 

そんな殺伐とした職場に、今、大本営から一通のお知らせが。

 

「健康死んだのお知らせやと?」

「いや、健康診断な、健康診断」

 

ウチと提督が名指しで召喚されとる、場所は横須賀。

 

「ごめん叢雲、キミ死んだわ」

「すまん大淀、きっと死ぬ」

 

今は居ない二人の冥福を提督と一緒に厳かに祈る。

 

提督と筆頭が抜けると裁可は全て次席の叢雲逝き、書類関連は大淀中心になるのは

火を見るよりも明らかなわけで、ぞ、増員かけれんかな何とか、無理やろなぁ。

 

以前らららキミは秘書艦とか歌いながら電あたりに勧誘をかけたら本気泣きされた。

 

蒼白涙目で妹を庇いながら雷に「わわわ私を頼ればいいいいいじゃにッ」とか

言われた時に悟ったわ、コリャ無理だと。

 

夕立なんか、秘書艦やるぐらいなら深海棲艦に単艦突撃した方がマシッぽい

とか言い出すし、綾波とか時雨の首が凄まじい速さで上下に往復してたし。

 

「しゃーない、金剛型をカンヅメやな」

「ローテから高速戦艦外すと、キツイなぁ」

 

とりあえず火力だだ下がりながら次善の策を用意しておく、足りない火力は

タウイタウイに泣きつこう、衣笠(ガッサ)さんだけでも回して貰えば御の字や。

 

「んで、このクソ怪しい健康診断は何事なんだ」

「横須賀が面貸せやと、公式記録には残さんけどなー、というとこやないの」

 

ユニゾンした舌打ちが二つ。

 

前もってあきつ丸(あきっちゃん)に言われとったけど、このタイミングは無いやろ。

大本営は本気で前線の状況を欠片も把握しとらんようやなド畜生が。

 

まあ、政府が東南アジアの揉め事を基本的に全力スルーしとるから、

承知の上でやっとる可能性も無きにしもあらずというとこやけど。

 

「夏の侵攻前に面通ししときたいってのが大部分やろな」

「アリューシャン組は本土に合流だもんなぁ」

 

「ついでに秘書艦できそうなの居たらスカウトしとくか」

 

筑摩あたり狙い目やね、泊地に利根が居るでーとか言ったら釣れんかな。

 

「泊地への輸送が嫌がらせだらけになるので止めてください」

「五十鈴と島風の時は洒落になっとらんかったからなぁ」

 

憲兵隊経由で分捕ってきた2隻やけど、巨乳とレア艦だけあって曰く付きでも

欲しがる提督は結構居たらしく、微妙な圧力や嫌がらせがいくつかあった。

 

補給品が目録と食い違ったりな、毎回本陣経由で苦情出しとったおかげで

目録持った憲兵隊の査察も事無きを得たけど、あきつ丸(あきっちゃん)が苦笑しとったがな。

 

1回でもスルーしていたらそこを起点に何をされていた事やら、桑原桑原。

 

「建造で秘書艦可能な艦娘が来る確率ー」

「ほとんど無いな、うはは」

 

同じ名前の艦娘はある程度の距離が無いと召喚時に何やら干渉するらしく

建造やドロップが不可能だと言う、ブルネイだとブルネイ鎮守府群縛りや。

 

日本の場合は結構距離が近くてもイケるらしいけどな、横須賀と呉にウチが居るとか

日本国内で大和が3隻、武蔵が2隻建造可能やったって言うし。

 

まあ余所は余所、問題は秘書艦が可能そうな艦娘は既に他に取られているわけで

残るは筑摩ぐらいしか居ない、うう、第一本陣の妙高型わけてえな本気で。

 

「建造ドックに利根を縛り上げて生贄に捧げたらイケんかな」

 

何を馬鹿なと笑おうとした提督の動きが止まり、表情が真剣なものになる。

 

「試す価値は、有るな」

 

朝方、夜番の申し送り報告を纏めるためにやって来る利根を捕獲するため

荒縄だの手錠だの何だのを用意するウチと提督の明け方作業やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「はじめまして、利根型二番艦、筑摩と申します」

 

釣れた、スマイルを張り付けた長い黒髪の長身美人さんで、

小脇に荒縄で括られ猿轡をかまされた利根を抱えている。

 

いきなりの秘書艦は断られたが、利根と一緒に手伝いには来てくれるらしい。

そのまま和やかな空気で泊地の案内に移る、利根を抱えさせたまま。

 

猿轡をはずさないあたり、何か黒いものが見え隠れしているような。

 

「うげッ」

 

声のする方を向けば間宮付近、見覚えのある赤い正規空母の姿があった。

いつものように柔らかな笑顔を張り付けてコチラへと通りすがる。

 

「この姿でははじめてですね、赤城です筑摩さん」

「まあ、お久しぶりです、赤城さん」

 

ああうん、今小声で「うげッ」とか言っとらんかったか赤城。

 

そのまま二人はなごやかに話しているが、時折赤城がチラチラと

コチラの方へと目配せをする、視線が救けろくださいと物語っていた。

 

そろそろ利根のジト目に、質量を誤認するほどの切実な圧力を感じる。

案内していただけなのに、何故か随分とカオスな雰囲気が形成されている。

 

面白かったので放置したのは言うまでもない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21 海原に響け祈り

 

ある晩に龍驤が自室の扉を開いた折、視界に入ってきたのは

倒れたままに痙攣している翔鶴と瑞鶴の姿であった。

 

一度扉を閉めて深呼吸をする、開ける、どうにも幻覚では無いようだ。

 

部屋をよく見れば卓袱台の上、食べかけと思われるカチ盛り茶碗が二つ。

その対面には両手で箸と茶碗を持って、黙々と白米を消費する正規空母。

 

即ち一航戦の青い方が、帰ってきた家主に気が付いて箸を止める。

ため息をついて同意を求めるかのような口調で言葉を紡いだ。

 

「まったく、これだから五航戦はだらしが無い」

 

能面のように表情を変えない龍驤が台所を確認する。

漬物が減っている、海苔が空いている、茶葉が切れている。

 

そして、秘蔵の日本米が全て炊かれている。

 

龍驤が気が付いた時には、白目を剥いて簀巻きにされている加賀が居り

部屋の隅では五航戦姉妹が互いに抱き合ってガタガタと震えていた。

 

 

 

『21 海原に響け祈り』

 

 

 

年2回ほどの頻度で検定船というものが各泊地を回っとる。

 

日本国自衛軍と同じ様に、駆逐艦でも大型自動車免許が取得可能など

各種条件免除の上で、様々な資格検定試験を実施するための船や。

 

その内容は多岐に渡り、多岐に渡り過ぎているが故に機能不全を

起こしがちで、つまりは人手も何もかもが足らへんと。

 

そのためいくつかの役割は泊地、鎮守府に委託される事になっとる。

 

一例として、重巡洋艦以上の艦種は申請するだけで高卒認定が取得できる。

軽巡洋艦は必須以外の科目が免除、駆逐艦は免除無しといった塩梅。

 

ここで免除無しのまま放置すると、日本国民の教育を受けさせる義務に対し

いかに人権の無い立場の艦娘と言えど、まあいろいろと問題があるらしく

 

駆逐艦にはいくつかの教材が支給され、カリキュラムが科せられた。

つまりは泊地内に、通信制、定時制に類似した形で学校を設けよとな。

 

消化した授業数でいくつかの科目免除が受けられる形。

 

当初ウチは、新任の足柄先生に全て押し付けようとぶん投げとったんやけど

カリキュラムと艦娘知識の誤差が目立つ有様に結構問題を感じとって

 

特殊相対性理論より後の生まれだけあって、流石に宇宙空間にエーテルが

とまでは言わんけど、70年差と言うものは如何ともし難いわけで。

 

ある日、空気の膨張でメモリがぐんぐん動いていくわよーなどという実験授業に

 

「いやその膨張は水蒸気やから、空気の膨張はそこまで劇的にならんから」

 

などとついうっかり、90年代以降の知識でツッコミを入れたのが運の尽き。

 

気が付けば教師陣の勉強時間を確保するための臨時教師としてローテに

組み込まれるハメになってしもた、泣ける、そして吐血る。

 

利根が「その自分から仕事を増やしていくスタイルはどうなのじゃ」と

呆れた声で言っとったわ、うん、ウチもどうやろかと思ウガー。

 

おかげで一時期の修羅場は辛酸に辛酸を極めて神の世界が見えてしもうたが、

最近は足柄先生の奮闘のおかげで、ウチはもう基本的にやる事が無いマーベラス。

 

つーても回数は少なくともローテに入っていると、皆が真面目に授業を受けると

なんとなく、たまーにこうして惰性で授業を受け持っていると言った感じ。

 

とは言えやる事は無いわけで、視聴覚室で適当に動画を流す系、ああ楽や。

 

画面では背中に3本目の腕が生えた主人公の自称友人が、主人公と良い雰囲気

になっていたヒロインっぽいファーストフード店員をレイプしている所。

 

「って、何を流しとんのじゃああぁぁッ!」

 

全力で駆け込んできた利根にハリセンでしばかれた。

 

「な、何と言われても、敢えて言えば道徳かな」

「殺伐とした道徳にもほどがあるわッ」

 

えー、死霊が延々裸踊りしたりシャワールームでトマトが襲って来たりと

毎回授業が終わるたびに授業参加艦の人生経験値が上がるともっぱらの評判

 

「やるせない思いが少女を大人に変えるのじゃなって、違うじゃろッ」

「まあ流石にレイプシーンは不味かった、ここは早送りしよか」

 

画面の展開がレイプ後に、ヒロインが傷心のまま姿を消し、そして自称友人に

食い潰された上で切り捨てられ、気付けば誰も居なくなるという素敵な終盤。

 

「意地でも最後まで観せるつもりじゃな」

「このやるせない思いを抱えるのがウチだけなんて許せるはずが無い」

 

「ただの八つ当たりではないかああぁぁッ」

 

いやいやいや、八つ当たり気味やけどちゃんと効果は出とんのやで。

 

「見てみい、あの雑念の無い澄んだ瞳たちを」

「死んだ魚の如く濁っておるの」

 

うん、きっと今授業を受けている皆の心は悟りの境地を得て涅槃へと達し。

 

次回予定の「おれでびるまんになっちゃったよー」に到達すれば、きっと穏やか

な心で激しい怒りを持った伝説のスーパーカンムス人へと覚醒を果たすやろう。

 

「……ソウ、ミンナフコウニナレバエエ」

「おぬしは泊地の艦娘をどこに連れていく気じゃ」

 

いかん、今一瞬深海側に堕ちとった気がする。

 

そんな感じに戯れていたらチャイムが鳴る、これで今日の授業は終わりやな。

動画を停止させて片付け前に、教壇に立ち寄って終わりの挨拶。

 

―― またクライマックス直前に打ち切りやがったのですッ

―― ラストは気になるっぽい、けど観直すのは勘弁して欲しいっぽい

 

何やら生徒の怨嗟が心地良い、最近の修羅場で磨れきった心が洗われるようや。

 

「近来まれにみる爽やかな笑顔になっとるぞ、龍驤」

「今なら加賀がウチの秘蔵米全部炊いた事も許せそうや」

 

いや許さんけどな、今日の日暮れまでは吊るしておくよう頼んだまんま。

そんな川内の木を窓越しに眺めてみれば、その向こうには見慣れない船体が。

 

先日確保したエンジンを積んだクルーザー、明石謹製巻き添え轟沈丸Ⅴ世号。

 

タウイタウイからの援軍と入れ違いで横須賀まで行くんで、急遽進水の運びとなった。

艦娘(ウチ)だけなら結構お手軽に移動できるんやけど、提督も要るから難儀な話や。

 

V型8気筒の心地良い響きが海面を打ち据える。

 

音に惹かれるように室内の駆逐艦生徒たちが窓際へと集まって行き、溜まった。

やがて皆が両手を額の上まで持ち上げて、全ての指を交差させ、口を開く。

 

「「「V8!V8!V8!V8!」」」

 

全力で視聴覚室から遁走した。

 

「龍驤そこを動くなあああぁぁッ」

「聞こえんなあああぁぁぁッ」

 

ハリセン担当が鬼と化していた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「龍驤ちゃん、お久ッ」

 

埠頭から上陸してきた姿がある、淡い色合いの髪を一掴みだけ括っている細身、

第一印象はめっさ普通、関わっていくうちに得た印象はめっさ普通。

 

何かこう、常日頃とオブラートに包んで言えば個性豊かな面々を見慣れているせいで、

こういう普通に女性らしい女性を見ると違和感がある、逆にアレってやつやな。

 

まあつまり、ブルネイで一番殿(しんがり)が似合う女こと青葉型重巡洋艦2番艦、衣笠(ガッサ)さんや。

 

「衣笠ー、いきなり加速しないでくださいよ」

 

その後ろからもう1隻、追い付いてきたのは同じ服装のポニーテール。

笑顔の吹雪に武器持って追い回されていたパパラッチこと、1番艦の青葉。

 

物陰から見てはいけない場面を見てしまう事に定評がある、多分そのうち刺される。

 

「何か今、物凄く失礼な事考えませんでした?」

「キニスンナー」

 

気の無い返事を返してプラプラと揺れていたら、衣笠(ガッサ)さんが抱きしめてきた。

那智以上足柄以下の重巡主砲(バスト)に埋められて、メンタルが音を立てて削れていくゴフゥ。

 

愛宕(アタゴン)と言い衣笠(ガッサ)さんと言い、なんで重巡洋艦は物理的に絡んでくるんやろう。

ええかげんもぎ取っても許されると思う、ウチは。

 

「衣笠、そろそろ龍驤さんから殺意の波動が出ているからそのへんで」

「大抵の被害は他の艦(主に加賀)に行くから大丈夫」

 

衣笠(いもうと)が黒い!?」

 

ようやくに解放されてプラプラと揺れる、地に足が着かないのは結構クるんよなぁ。

 

「しかし、何があったんです」

 

現在川内の木に吊るされている艦娘は、川内、赤城、隼鷹、加賀、そしてウチ。

 

「いつもの事や」

 

空母寮関係艦が8割を占める本日のお仕置きやった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22 魂の水平線

 

沖縄近海に入った時点で、ブルネイ所属、巻き添え轟沈丸からの連絡が途絶えた。

 

同日、沖縄鎮守府に対し憲兵隊主導で強制捜査が執行される。

 

提督以下、国籍保有艦娘及び国際指名手配を受けた活動家2名、市民団体構成員5名

中華人民共和国軍属1名、無国籍2名、放送局局員、新聞記者など若干名が拘束された。

 

船舶、巻き添え轟沈丸襲撃に使われたとおぼしき各種装備を押収。

他の鎮守府備品の回収作業も並行して行われる。

 

執行に当たり危険性を認められた備品に対し現場にて破壊処理を実行。

一部備品に対しては情報確保のために半壊状態で保存処理が施行された。

 

この件を受け、沖縄鎮守府所有の備品は全てに解体処分が通達される。

関係諸氏は外患罪で起訴され、近日に死刑宣告が下される見込み。

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地提督、及び筆頭秘書艦の消息は依然として不明。

 

 

 

『22 魂の水平線』

 

 

 

油断、と言うべきであろう。

 

あるいは慢心と言い換えても良かったのかもしれない。

 

横須賀鎮守府第二提督室所属の高速戦艦、金剛は自らの不明を呪っていた。

 

鎮守府近海、普段ならば駆逐級が数隻が見つかる程度の平和な任務である。

だが、今日に限っては随分と様相が違っている、極めて悪い方向に。

 

彼女が遭遇した深海棲艦は、駆逐を随伴とした戦艦部隊。

背後には艤装の慣らしを兼ねた初陣の駆逐艦たち、お世辞にも戦力とは言えない。

 

明らかに手に余る事態であった。

 

金剛の与り知らぬ事だが、現在日本国内の主戦力は沖縄周辺に振り分けられている。

 

複数の省庁が複雑に勢力争いをしている海軍において、初期対策室からの

系譜に連なる横須賀鎮守府は良く言えば武辺者であり、悪く言えば除け者である。

 

憲兵隊からの注意勧告は握りつぶされるまでもなく、横須賀には届いていなかった。

 

結果、外洋での撃ち漏らしが普段より薄くなった防衛線を抜け、遭遇を果たす。

 

―― 砲火を交える場だというのに、新人の練習にと気軽に出撃をした。

 ワタシは何時からこんなに甘えた思考になっていたのでしょう。

 

噛み締めた歯の奥に後悔が滲む。

 

撤退の決意は早かった。

 

自らが殿を引き受け暫く、覚束ない足取りで退いていった友軍の姿が見えなくなる頃

孤軍の奮闘虚しく度重なる着弾に、ついには艤装からの反応が途切れる時が来る。

 

大破、もはや戦闘の続行は不可能。

 

敵艦隊、重巡リ級、戦艦ル級、駆逐イ級が健在。

 

全ての幕引きを告げるべく向けられた砲口を眺め、金剛は自問する。

 

―― これで正しかったのだろうか。

 

ナンセンスですね、と自嘲した。

 

鎮守府立ち上げ初期からの艦娘である自分と、建造したばかりのひよっ子たち。

冷静に考えれば彼女たちを見捨てて自分だけが生き延びる事を考えるべきだろう。

 

それでも、この「金剛」に駆逐を犠牲に命を拾えと。

 

そんな無様を晒して生き延びろと。

 

本当にくだらない(ナンセンス)

 

それは選べるはずのない選択肢の事か、それとも自分自身の事であったのか。

 

思考は一瞬、先日に渡された指輪を視界に入れて、瞼を閉じた。

 

「テートク、どうか武運長久を ――」

 

轟音が響く。

 

音の波が衝撃となって船体を叩く、やがて来るはずの肉体に対する衝撃に身構え

水飛沫がかかる感触、とりたてて何事も無い有様に意識が白くなる、呆然と。

 

轟音は響き続け鼓膜を震わせる、瞼を開けば見えたものは水の壁。

 

視界の端に艦載機が映る、連続した爆撃が噴き上げた海水で壁を作っていた。

 

空白になった金剛の思考には、まず驚愕があった。

 

電探には何の感も無かった。

 

いや、感自体はあったのだろう、ただ戦闘の、自らと敵艦隊が集中している隙間

誰からも見えないその空間に滑り込み不意の、至近からの爆撃を敢行している。

 

見えない誰かが首筋に刃物を滑らせる想像があり、鳥肌を立てる。

 

しかし見事な、これは赤城か、いや違う。

 

有り得ない精度、想像を絶する練度、常日頃に見覚えのある艦載機の姿ではある。

だがしかし、赤城にはこんな悍ましい気配はない、そう、なによりもそう ――

 

死線の上で研ぎ澄まされた集中力が、謎の艦載機の姿を捉えていた。

 

妖精が嗤っている。

 

殺し、殺される事に対し何の感慨も持ち合わせていないかの如き異様。

急須に湯を注ぐかの気安さで戦場を駆け、全てをただ純粋に楽しんでいる。

 

卓越した技量が浮かび上がらせる、「無」の邪気。

 

金剛の記憶には、そんな艦載機妖精の存在は無い。

 

やがてそれらは、散り散りに吹き飛ばされた深海棲艦の残骸の向こう、

水煙に隔てられた何者かの影へと帰還していった。

 

金剛が口を開くが、誰何の声も出ない、鬼か、それとも姫かと感じられる圧力。

朧に見えた海の魔物の姿は、何かを被っているかの如き肥大した頭部。

 

まさか、鬼か姫かという気配なのに、航空母艦ヲ級ですか。

 

ありえない。

 

何故見覚えのある艦載機を飛ばしているのか、何故自分を救けたのか、何より

改どころではない、フラグシップですら持ちえない圧倒的な気配。

 

―― 新型、アンノウンという事はもしや空母棲鬼

 

存在だけは予想されていた、空母の鬼、または姫級。

それがこの横須賀近海に現れる理由、混乱した思考が混乱を呼ぶ。

 

結果、棒立ちのままに時が過ぎた。

 

煙が晴れ、勾玉のついた大符を持ち赤い水干を着た小柄な人影が視界に入る。

頭部に人が巻き付いている、片腕を足の間に通す形で固定されていた。

 

ファイヤーマンズキャリー、片手が空く形の人の担ぎ方である。

 

そんな、どうにも形容しがたい生物(なまもの)が口を開いた。

 

「横須賀は……どっちや」

 

真っ白になった思考の中、反射的に金剛は自らの鎮守府の方角を指で示す。

方向の先、遥か水平線の少し手前あたりの陸地に何やらそれっぽいものが見えた。

 

目を凝らしていた謎の生物が巻き付いている人間ぽいモノに声をかける。

 

「し、司令官……着いたみたいやで」

 

「え、このまま海の藻屑コースだろ俺たち、その冗談笑えないわ」

 

「いやいや、本気で、アレ横須賀らしいわ」

 

声に応えて人間?が顔らしき部分を持ち上げる、眉根を寄せて目を凝らす。

 

イケメンですね、と場違いな感想を金剛が抱いた。

 

「……あーんびりーばぼー」

「なんで金剛語やねん」

 

一連の会話が終わって通り過ぎる小柄な身体を見送り、記憶にある衣服の色や胸板で

金剛はようやくにアレが龍驤の名を持つ軽空母だと気が付いた、深海棲艦ではない。

 

「って、友軍デス!?」

 

慌てて後を追いかけたのはこれより5分の後であったと言う。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

2名の生還の報を受け、5番泊地提督執務室に歓声が上がる。

 

用も無いのに詰めていた五十鈴は憎まれ口を叩き、島風が泣き出した。

 

本日32杯目の緑茶を飲んでいた利根は、ようやくに飲み過ぎだと気が付き。

延々と字が書けないと悩んでいた金剛はペンを逆さに持っていた事に気が付く。

 

使えなくなっていた2人のフォローをしていた筑摩と霧島が苦笑した。

 

様々な艦娘たちが提督室を訪れ悲喜交々の反応を見せ、朗報が広がっていく。

 

そんな中に突然、ゴトリと不穏な音が実内に響いた。

 

叢雲が提督の机の上、座ったままで上半身を折り曲げるように、倒れている。

 

大淀が近づき脈をとる、瞼を閉じて首を振り、嘆息。

 

どうにも色々と限界を越えていたようだ。

 

「艦隊主計長権限で臨時に次席秘書艦代理を指名 ――」

 

「頑張るデスよ比叡ッ」

「榛名、貴女ならできるわッ」

「霧島こそが相応しいと思いますッ」

「そこは大丈夫ですって言いなさいよッ」

 

詰めていた人員は蜘蛛の子を散らすかの如く消え失せていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23 蜘蛛の紋様

弓道場に弓を引く音が響いている。

 

「あの……加賀さんも、翔鶴姉も、そろそろ休憩とか、入れたほうが」

 

瑞鶴の目の前で、ただひたすらに弓を引く空母が2隻居る、加賀と翔鶴。

 

声かけに対する返答は無い、あ、間宮、間宮に新作がはいったそうですよ

などと気を引こうと様々な話題を持ちだしては討ち死にする。

 

その折に入口の柱を軽く叩く音、赤城の姿。

 

「加賀さん、翔鶴さん」

 

返答は無い。

 

射法の何某などは関係の無い、ただ速射にのみ要点を絞った矢継早が続く。

そのような有様を見てため息をついた正規空母が、言葉を続けた。

 

「龍驤と提督が生還したそうですよ」

 

いつのまにやら艤装収納を終えていた加賀が瑞鶴に声をかけた。

 

「何をしているんです瑞鶴、行きますよ」

「って早ッ」

 

間宮新作に期待をかけて出ていく二人を、冷や汗を流しながら見送る赤い方。

流石に気分が高揚しますとか言っていた、苦笑する。

 

そのままに取り残されて慌てて片付けにかかっている姉の方へ、背中越しの声。

 

「そうそう、蒼龍さんが言っていました」

 

何気なく、いつものように笑顔で柔らかな声色で。

 

「センパイが沈むワケ無いじゃん、だそうです」

 

ただ、笑顔の奥に怖いものがある。

 

翔鶴が俯く、知らず唇を噛み締めていた。

 

そのままに頭を下げ退出する、ただ一人道場へと残った赤城の周りには、静寂。

 

「何であの娘なんですか、龍驤」

 

独白を聞いた者は、誰も居ない。

 

 

 

『23 蜘蛛の紋様』

 

 

 

「う~~灰皿、灰皿」

 

今、灰皿を求めて鎮守府を彷徨っとるウチはブルネイに所属するごく一般的な軽空母。

強いて違うところをあげるとすれば胸板に厚みが無いってとこかナ……

 

名前は龍驤。

 

そんなわけで工廠の裏にある工員休憩所にやって来たんや。

 

ふと見るとベンチに一人の草臥れた男が座っとった。

 

ウホッ! いいマダオ……

 

そう思っていると突然その男は、ウチが見ている目の前で煙草の封を外しはじめたのだ。

 

()らないか」

 

そういえばこの鎮守府は敷地内禁煙の喫煙者殺しで有名なところやった。

ニコチンに弱いウチは誘われるままホイホイと喫煙所に付いて行っちゃったのだ。

 

などと怪しい独白が入るほどに擦れた空気の喫煙所に屯している、不健康2名。

何かもう吹きっ晒しで粘っていると、心まで乾いていきそうや。

 

せっかくなので互いにヤニを交換などと洒落こんでみた。

おっちゃんがメビウスライト、ウチからはサンポルナ。

 

「やっぱり外国産は味がキツイなぁ」

「マイセンの軽口が別格なだけやん」

 

ザ・スムースなどと謳われた煙を吐けば、丁子煙草独特の破裂音が響いてくる。

 

「最近はコンビニぐらいでしか煙草が買えなくなってね」

「まだええやろ、普通に店で買えるだけ」

 

ブルネイなんか、思い切りアンダーグラウンドな雰囲気の商品やで、煙草。

 

馴染みの商店でアレとか例のヤツとか適当に匂わせたら、目立たないとこにある

鉄の箱からこっそり取り出して売ってくれる、とかそんな感じ、ヤクかいな。

 

ほんま、喫煙者に厳しい世の中やなぁとボヤきあっていたら、とてとてと音がした。

 

「司令官、やっぱこんなとこに居った」

 

何やら赤い水干を身につけた、可愛らしいまな板が近接してくる。

 

右手を上げれば相対する左手が上がる、そのまま掌を合わせてパントマイム。

 

レフトサークル、ライトサークル、ジャパニースカラーテ、ナムサーン。

 

最後に笑顔を浮かべれば、視界に入った少女も零れんばかりのスマイル満点。

 

「なんや、鏡か」

「ちょ、ウチそんな恐ろしげな笑顔しとらんでッ」

 

いきなり失礼やな、ウチのクセに生意気な。

 

「まあええわ、お近づきに一服どないや」

「いや、ウチ煙草吸わんから」

 

なん……やて…………

 

「いや、航空母艦は基本禁煙やろ、何でヘビースモーカーやねん」

「艦内禁煙やったからこそ、平時に吸い溜めするんやないか」

 

物凄い平行線、まさかウチに裏切られるとは。

 

「つーか、おっちゃん提督やったんやな」

「うん、鎮守府内に部外者は居ないよね、普通」

 

いやいや、提督言うたらウチの爽やかイケメンとか本陣のハーレクイン若様とか

第一のナイスミドルとか、第二の腹黒鬼畜メガネとか、基本イケメン ――

 

「……イケメンは前線で死にやがれっちゅう、大本営の熱い意志を感じるわ」

「何か酷い事を言われている気もするけど、まさかそんな ――」

 

言葉を途中で区切ったおっちゃんが何か考え込み、眉間を抑えて首を振る。

 

「いやいや、まさか、そんな……」

 

ガチくさい。

 

「ああうん、それで何やて」

 

何か触れてはいけない闇が垣間見えた気がしたので、とりあえず話題を元に戻す。

 

「ブルネイからのお客さんがどっか行ったらしゅうて、これから探さなならんのよ」

「それはあかんな、ウチも手伝ったるわ」

 

「おお、おおきになって、本人やんかッ」

 

いえーいなどと言ってハイタッチ、君たち楽しそうだねなんて言われる有様。

 

「つか、流石にヤニ休憩程度で探されるのはどうかと思うで」

「ああうん、何でもブルネイの提督の意識が戻ったとかでな」

 

何か凄い重体の響きがあるな、脱水症状で点滴打って爆睡しとっただけなのに。

 

「んで、気持ち良く眠りくさってた提督に天誅を、ちゅうわけやな」

「そうそう、日頃の恨みを込めてって、なんでやねんッ」

 

まあ要は連絡行ったらウチの宿舎がもぬけの殻やったと。

 

へーふーほーおーいえーすーはぁんなどと言いながら聞き流していると、

提督の事が心配じゃないのかとか優しい事を聞いてくる、コイツほんまにウチか?

 

何つうかな、心配する位置がちょいズレてんのよな。

 

「点滴があれば生きていけるとか言っとった益荒男やから大丈夫やろ」

「どんだけ切実な労働環境なんよ、ブルネイは」

 

まあ吸い終わる程度の時間は大目に見てほしいわなと、そんな感じやった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

本土の鎮守府はブルネイ鎮守府群のような場当たり的な設営をされていない。

つまりは一つの鎮守府に複数の提督が配置されていて、旗下の泊地を運営している。

 

そのような形態になっている理由の一つとしては、提督1人あたりの霊格、

つまりは契約可能艦娘数の限界が存在している事が挙げられる。

 

5番泊地提督の様な志願と言う名の強制徴用を受けるほどの特異体質でも無い限り

通常の提督の霊魂では5~6隻の艦娘との契約が限界と言われている。

 

そのため鎮守府に複数の提督を配置し、所属艦娘の数を稼いでいた。

 

別の理由を挙げれば、それはもう各省庁の利権争いの末である。

 

初期の海上保安庁と警視庁の合同対策本部、それがそのまま防衛省へと引き継がれ

そして生まれたのが、自衛軍とは違う一つの集団としての日本国海軍であった。

 

突然に降ってわいた巨大利権、とも言える。

 

各省庁が手を突っ込んだ結果、横の連携が取れないままに様々な立ち位置が交錯する

結果として、それぞれの鎮守府、提督室は政治的争いの縮図と化していた。

 

そのような混沌の中、横須賀第四提督室は警視庁からの影響が強い部署である。

 

草臥れた風の中年が秘書艦を務めている平たい軽空母へと声をかけた。

随分と楽しそうに反応するあたり、同型艦の磨れっぷりを思い出し、苦笑する。

 

「艦娘は、沈んだ後の事はあまり知らないんだっけ」

「そりゃなぁ、妖精さんが大まかに教えてはくれたけど、記憶には無いわな」

 

そうだよねぇ、などと気の無い受け答え。

 

「龍驤ちゃん、この煙草の銘柄知ってる?」

「メビウスよな」

 

そうだよねぇ、などと再度の気の無い受け答えに、何やねんいったいと不思議な顔。

よくわからない提督の会話は適当にお茶が濁り、書類へと視線を戻す事になる。

 

「マイセン、ね」

 

視線だけは、鋭かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24 錯綜する認識

 

横須賀鎮守府、第一提督室。

 

事務的な機材しか置かれていない殺風景な光景の中、

工廠より届けられた途中経過の報告書を眺めている提督が居た。

 

「ハズレだったか」

 

妖精の悪戯、と呼ばれる艦娘が居る。

 

通常とは異なる形式の魂魄鋳造、分類上は亜種と呼ばれる艦娘たちの事である。

 

何某かの細工が組み込まれている、魂魄の結合方式が異様、装備適正が狂っている

些細な違い、素体によって千差万別なそれは個性と流されかねないものも多い。

 

共通しているのは ―― 艦娘の素体に本来とは異なる霊魂を封印している点。

 

陰陽寮の託宣に措ける「龍」の特定、その第一候補として挙げられているのが

件の艦娘たちであり、現在に最優先されている案件であった。

 

受け取った書類の文面には、徹底した簡素化に挑み1件を残し全て廃棄された型番、

欠陥艦娘鋳造術式唯一の成功例と言われる第13世代型にあたる軽空母の検査結果。

 

運用魄は龍驤、各属性は適正、魂魄の融合と確立を確認

 

そして ―― 内部霊魂:識別名「龍驤」

 

「ブルネイの魔女、などと呼ばれているから期待していたのだがな」

 

ただの武勲艦であったかと、それきりに興味を失った。

 

 

 

『24 錯綜する認識』

 

 

 

何やら人と会ってばかりで、何だかんだと慌ただしかった横須賀の数日。

 

第一提督室には何か随分と軽く見られているのがヒシヒシと伝わってきた。

 

ウチらを呼びつけておいてソレかいと、思いはしたが藪蛇も怖いわけで

まあ適当にジャパニーズスマイルを駆使してなあなあな対応、何かなぁ。

 

夏の作戦で旗下に入ったら、隅っこで懐かしいドラム缶を押す仕事とかに

割り振られそうや、まあそれで給料出るんならかまんけど、懐かしいし。

 

まあそんな事はどうでもええ。

 

本日で休養ついでの検査も終わり、鎮守府の裏手の物悲しい吹きっさらしで

何か幸薄そうな草臥れたおっちゃんと一緒に煙草(ヤニ)を吸うとる。

 

錆の入った大き目の灰皿を挟んで、煙が真横に流れる強風に耐えて吸う。

 

「せめて風除けは欲しいわな」

「だよねぇ」

 

この昼行燈も随分と胡散臭い相手や。

 

アレからやたらとココの龍驤がウチの近くに居る、それとなく何か聞き出そうとか

空気はあっても質問事項はド直球やったり、振り向けば物陰にまな板が見えていたり

 

おびき寄せた後に牛丼屋に放置して行方を晦ませたら翌日に何故か

牛丼持った龍驤のポスターが店に貼ってあったり、いや、何があったんや。

 

それはともかく、コレはもう、調べてますよとコッチに知らせていたんやろなと、

まあ要するに、あきつ丸(あきっちゃん)と同じ臭いがするわ、このおっちゃん。

 

桑原桑原、本土に近づくのは控えたいところやなぁ、などと遠い目をしていれば

件の要注意中年が灰皿に吸殻を押し付けつつ気楽な風で聞いてくる。

 

「そういえば、内部霊魂はどうやって誤魔化したのかな」

「何のことやら、ウチの中身はちゃんと龍驤やで」

 

さらりと答えても空気は変わらない、困ったような笑顔やけど目が笑ってない。

あかんわ、これ完全に察しとる、分かりきった事をわざわざ聞いてくる理由で。

 

敵対する意味も無し、しゃーないので認めておく。

 

()()()()()()んやから間違いないわ」

 

噴き出された。

 

正確には主の人格の下に従の人格たちを置いて「龍驤」の名前で括った、やな。

 

性悪妖精曰く、整理せずに放置しとったら最終的に良くて多重人格

悪ければ人格融合で発狂しとった可能性高めだとか、ふざけた話や。

 

「いや、参考になった、そんな手があったとはね」

「ゾッとせん話やなぁ」

 

まあバレたところでさして境遇が変わるわけでもない、技研あたりが目の色変える

やろうけど、憲兵。ブルネイ、陰陽寮(くないちょう)から利用価値のあるウチは無茶もできんやろ。

 

国籍付与されるまで粘れば「不幸な事故」も起こしにくくなるやろうしな。

 

などと適当に釘を刺しておけば、お巡りさんはそんな悪どい事はしないよなどと

白々しい事を言う、ちゃうか、誰が見張りを見張るのかって意味なんかな。

 

いや、笑いを堪えてプルプル震えられても。

 

「そうそう、古巣の連中が躍起になっている案件があってね」

 

ひとしきり震えた後、そう言って後ろ手でメモ用紙を押し付けてくる。

 

「本土の提督さんも大変やなぁ」

 

中も見ずに懐へ、何かもう本気で付き合っとれんな、本土のノリには。

 

煙に巻き、灰皿に吸殻を押し付けたあたりで見慣れた顔がやってくる。

 

すっかり見慣れた牛丼屋のまな板店員と、浪費機会が無くてただのイケメンに

絶賛ランクダウンしとるウチの提督や、このまま下がる男であって欲しい。

 

めっちゃイケメンやなぁ、ウチのと交換してやとか本題前の軽い世間話

普通に後悔するできっと、ブラック環境の星の元に生まれた浪費馬鹿やから。

 

そこそこに本題に入ると、何でもウチを探して荒ぶっとる馬鹿が居るとか。

 

「第2の金剛さんが褒めちぎるもんやから、こう、な」

 

困ったちゃんはどこにでも居るもんやな、ウチのとはベクトル違うみたいやけど。

んで誰よと聞いてみれば、やや言いにくそうに、超弩級戦艦のあの方々らしい。

 

「ウチの武蔵さんはええ人なんやけど、えとな……」

 

姉の方か。

 

「第2の、大和さんも悪い人やないんで、ただちょっとこう、突っかかってくる言うか」

「安心せえ、優しくて温厚な龍驤さんって、ブルネイでは有名なウチやで」

 

涙目の蒼龍や翔鶴が残像が出る勢いで頭を上下に振っとったから間違いないハズや。

何か今まさにウチの提督が首を凄い勢いで横に振っとるけど、目の錯覚やな、うん。

 

「金剛サン仕込みの小粋なアメリカンジョークで華麗にスルーできる子やで、ウチ」

「いや、金剛はアメリカじゃなくてイギリスだろ」

 

「…………………………………………え?」

 

そんな阿呆な、あれほどルー語の似合う胡散臭い海外艦娘がアメリ艦やないなんて。

ウチ的にはティータイムに何時ハンバーガーとコーラを出すかと期待しとったのに。

 

「いやいやいや、ひたすら英国生まれと主張してるだろ、いつもッ」

「エーコク、聞きなれんな、アメリカのどこら辺にある州やっけ」

 

「冗談とわかってはいるけど本気で言ってる雰囲気が深刻すぎるッ」

 

「まあ流石に悪ノリがすぎるか、ジェントルの国の生まれよな」

 

あまり引っ張らずに話題を終える、でも最後に一個確認は必要やな。

 

「ジェントルマンの日本語訳は『ならず者』で合っとるよな」

「ジョークがブラックすぎるわッ」

 

見事にブリティッシュジョークやなぁなどと呆れた声を出すウチの似姿。

おっちゃんはさっきから笑いっぱなしで、どうにも沸点低ないかと小一時間。

 

そんな和気藹々としているような気がする雰囲気に闖入者がやって来た。

 

でかい、やたらとでかい九一式鉄甲乳の黒髪美人。

 

巫女装束でなく肩出しの制服っぽい衣装なあたり、戦艦系の衣服は巫女ではなく

脇の露出こそが重要なのだと主張しているようで、責任者出てこい。

 

何か身長差のせいもあって、ナチュラルに見下し目線で益体も無い事を喚いてきた。

うんうん、どーせウチは駆逐艦並の身長よ、つーか駆逐艦の中でも低い方よ。

 

夕立が改二になった時に抱き上げやがるし、後頭部に柔らかいものが当たるし、

ウフフフフフ、もうウチ今日から艤装つけたまま生活する。

 

などと艦娘生の悲しみに浸っていたら騒音が途切れた。

 

「とりあえずアレやな、通訳を短めで宜しく」

「ひとッかけらも聞いとらん!?」

 

おっと、大和様の額に青筋が浮かんでおられる。

 

これはヤバイと、とり急ぎウチの証言から発言の内容を拾ってみれば、ふむふむり

ワレ軽空母のクセに調子こいてんじゃねーぞ、いてもうたろかってとこやな。

 

「なんと迷惑な、長門(ながもん)と言いこの騒音機と言い、何でこう戦艦は喧嘩ッ早いのか」

 

「……龍驤、心の声が口から出てる」

 

「おっと失敬」

 

忌憚無い感想に、青筋が増え顔色が赤くなったデカ物が、気取った風を装って口を開く。

 

「まあ金剛も老朽艦ですし耄碌したのでしょうね、こんな小物が強いだなんて」

 

「航空母艦様にラブホ如きが何言ってんの、こんなとこで油売っとる暇があったら

 さっさと戻ってお偉いさんの上での腰振り業務に精でも出しとけや」

 

静寂。

 

誰かがタイムストップを使った様や。

 

「おっと、精は出される側やったかHAHAHA」

 

優しくて温厚な龍驤さーんッ!?と、ウチに似た顔が叫んどった気がする。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

―― 私は当てたがな

 

5番泊地提督の脳裏に長門のドヤ顔が浮かんだ。

 

―― 砲撃は捨てて初手全速前進、デスネー

 

金剛が言っていた言葉も思い出す。

 

―― あのえげつなさは相対しないと気付けないわね

 

かつて山城が呆れた声で時雨に語っていた。

 

知っていれば対策は打てるだろう、だがそれもどれほどの効果があるのか

極めて厄介な機動に付随する属性は、凶悪と言っていいほどの初見殺し。

 

不規則な加減速による回避運動。

 

一切の測定が不能な航跡は、直撃はおろか僅かの至近弾すら許さない。

 

空を舞う死神は尋常ならざる精度で的確な爆撃を続け、物見の空母たちの

視線を釘付けにした、もはや誰からも、何処からも言葉が無い。

 

―― 当てたおかげで面目は保てたのだがな、実はまぐれだったんだ

 

ドヤ顔の後の言葉も思い出す。

 

葬儀の席の如く青白い顔をした関係諸氏の姿、過去に2隻の航空母艦が

大艦巨砲主義を粉砕した現場の高官もまた、このような顔色だったのだろうか。

 

かつて葬儀の供物とされた戦艦長門の、重すぎる結論だった。

 

―― アレは、戦艦の天敵だ

 

 

 

判定 大和轟沈 龍驤 完全勝利S

 

 

 

「食い足りんな」

 

音の消え失せた海原に、魔女の独白が響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25 奈落の紐

先んだって到達し得ないからこそ、後悔と言う。

 

緩んだ空気を多少引っ掻いてくれれば良いと、そう思っていた。

 

そんな金剛の思惑は、現在最悪に近い形で裏切られている。

魔女が供物として望んだのは、そんな可愛らしいものでは済まなかった。

 

―― 前線とは実力に開きがあるとは感じていましたが

 

まさか、これほどとは。

 

崩れ落ちる大和に、何をすれば、かける言葉すら思いつかない。

 

無言のままに視線の檻が、この場に在る全ての艦娘の身を捕らえている。

 

誰しもが口を噤み、震え、睨みつける。

 

怒りであろうか、いや、それならばまだ救いがある。

 

白く握りしめた手も、噛み締めた歯も。

どこか道化染みた虚勢としか受け取れない。

 

これは怯えだ、金剛にはそう見えた。

 

かなりの数、ともすれば自分さえも、完全に心が折れている。

 

諦観に、ただ響く慟哭が金剛の胸を打った。

 

 

 

『25 奈落の紐』

 

 

 

大和の足から力が抜けた。

 

演習が終わり、修復剤を以ってしても失われた物が帰ってこない。

 

母国の名を冠する大戦艦。

技術の粋を集めた最髙の艦娘。

 

自らを構成する支柱が圧し折れた感触が確かにあった。

 

眼差しは何も見ていない。

 

膝を折り、地についた両腕に身体の持ち合わせる重さが乗った。

 

見えない。

 

無明の闇は深海の如き冷たさを持ってその身を苛む。

 

眦から水滴が零れた。

 

ヒトの身の涙腺とは、かほどに水分を分泌するものかと

滂沱と言う意味を身を持って理解する。

 

いや、その余裕も無い。

 

ただ空白となった意識の上に様々な思考が上滑りしているだけだ。

 

遥か鋼の身であった頃の諦観が再び眼前に現れる。

 

また、嬲り殺しにされた。

 

何故、私は弱いのだ。

 

また、何もできなかった。

 

何故、応える事ができないのか。

 

心を支えていた虚勢が剥がれ落ちる。

全てが崩れ落ち何も残らない。

 

哭。

 

身も世も無く、世を割るが如き大声が喉奥より迸った。

 

 

うあ

 

うああ

 

空っぽの慟哭が周囲の耳朶を打つ。

 

髪を振り乱し、恥も外聞も無く泣き散らした。

大口を開け、崩れ落ちたままに天を臨む。

 

これほどの無様、これほどの無力。

 

ヒトの身を得て、今度こそは海原に自分を刻もうと

もはや二度と無様を晒すまいと誓ったのは何時の日だったか。

 

再び大和の名がこの身を縛り、お飾りとして軟禁され、

 

挙句の果てのこの有様だ。

 

今まさに世界が終わるのならばどれほどの救いとなるだろう。

 

ともすれば自分と言う世界を終わらせてくれと、

誰の期待にも応えられぬ無力を終わらせてくれと ――

 

ただ嘆きにのみ染められた頭を、柔らかに受け止めるものがある。

 

好きなだけ泣けばよいと、小柄な鬼が平坦な胸を貸していた。

 

もう大和には自らを支える何物も残っていない。

 

拒むこともできずただ縋り付き、赤子のように泣き続けた。

 

惨めだった。

 

事ここに至って縋り付いた優しさが、何もかもを失わせた。

 

落ち着くまでの数刻、ただ静かに撫で続けていた姿が言葉を紡ぐ。

 

―― 大和は、強いなぁ

 

嫌味にしか取れないその言葉は、もはや抗する事の出来ぬ心の奥底にまで響く。

聞きたくないと、願う言葉を出す力も無く、幼児の如く嫌々と首を振る。

 

ただ優しく抱きしめてくるそれは、少しだけ変えた言葉を紡ぐ。

 

―― いや、これから強くなる艦や

 

そんなはずはないと、それでも縋る思いで顔を上げる。

 

上げて、しまった。

 

視線があった瞳の色は、心に浮かぶ想いよりも遥かに優しい色合いで、

ただ一瞬、何もかもが消えるほどに見惚れてしまう。

 

心に澱の様に積み重なった諦観も消え、素直な言葉が零れ落ちた。

 

「強く、なれるでしょうか」

「なれるで」

 

即座の返答に、信じて良いのかという不安と、信じたいという心が浮かぶ。

 

「変にいじけたりせずに、金剛さんとかに素直に謝って」

 

髪を撫でられながら、優しい音色が大和の世界を立て直していった。

 

「いろんな事を教えてもらって、毎日ちゃんと頑張れば」

 

視界の中の笑顔が、隙間だらけの心を癒していく。

誰よりも信じたい言葉が、何よりも欲しかった言葉が耳に届く。

 

「いつか誰よりも強い大戦艦になれる子や、大和は」

 

頬に新しい涙が伝った。

 

「……龍驤様」

 

それは、深海の如き冷たさを持った先程の水滴とは違い、仄かに暖かい。

 

魂が言っていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

外野は見ていた、全てを見ていた。

 

大和が泣き出した時に、下手打ったと思い切り顔を顰めた軽空母を。

周囲の反応を見て、テヘペロとかやって誤魔化せないと悟ったため息を。

 

その後に何かいろいろと言っていたが、微妙に胡散臭い。

 

少し疲れた様な目で草臥れた中年が口を開いた。

 

「前の職場で、ああいう光景を見たことがある」

 

横のイケメンも抑揚のない声で言葉を繋げる。

 

「脅して宥めて釘を刺す、か」

 

酷い性格をしていない方の龍驤が結論を出す。

 

「完全にヤクザの手口やな」

 

内野の方では蒼天を仰ぎ、自分の信用の無さを嘆く小さな影。

3人の方へと青い顔を向け、素直な気持ちで言の葉を紡いだ。

 

外野(キミら)五月蠅い(スレすぎ)

 

見ればそこには、龍驤様とか言って抱きついたまま離れない鉄甲乳に

ガリガリと現在進行形でメンタルが削られている全通甲板。

 

そういえば利根が言っていたなぁと、5番泊地提督は思い出した。

 

―― 龍驤はナチュラルに誑し込むのじゃ、何故か巨乳ばかり

 

提督が眉間を押さえて嘆息する、成るべくして成った光景であったかと。

 

愁嘆場はそれよりしばらく続いたと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26 誰も叫ばない

 

横須賀鎮守府の騒乱は、各所に様々な影響を与えていた。

 

「また、所属艦娘の3分の1がブルネイへの転属願いを提出致しました」

 

第一提督室にて、報告を纏めた大淀がそう付け足す。

 

「可愛らしくても戦船、という事か」

 

鎮守府の顔ともいえる、金剛の救出、大和の撃破。

 

たかだか一軽空母の分を遥かに越える戦果は、そのまま日本近海と辺境との

練度の差、敵対勢力の難易度の違いであると受け止められた。

 

辺境には戦場がある。

 

およそ艦らしからぬ外見と言えど、その現実の前に心震えぬ艦娘は居ない。

 

その一連の意思が、現在全鎮守府を悩ませている精鋭戦力のドーナツ化現象

本土と前線との練度差をさらに加速するであろう事は疑い様も無い。

 

大和型だけでは首都が持たないという事実が白日に晒された上で、コレだ。

 

しかして、騒動を起こした問題児は、これまた鮮やかに撤退を遂行し、

今は東京都を出た頃であろうか、アレはもはや天災の類ではなかろうかと。

 

そう現在、第一提督室の対応は後手後手に回っている。

 

「呼び戻すことは」

「出来ませんね」

 

期待もしていない問い掛けは、即座に切り捨てられた。

 

いかに本土と辺境と区別がつけられていても、別鎮守府の所属提督と艦娘である。

一鎮守府の提督がどうこう出来る筋合いはない。

 

そもそも今回の会談が実現していたのは憲兵隊の意向であり、横須賀ではない。

つまりはもう、話を通していた関係各所の悉くが呼び戻すための障害と化していた。

 

思えば当たり障りのない対応は、付け入る隙を与えないための物であったのだろう。

何も掴ませず、再会の機会も消し去って、ここから先に関わるのなら頭を下げろ、

 

そんな意思を行動で示している。

 

「魔女め」

 

何処から何処までが奴の手管であったのか。

 

疲れ果てた声を絞り出した顔には、笑みが浮かんでいた。

 

 

 

『26 誰も叫ばない』

 

 

 

新幹線である。

 

ブルネイ帰還のために巻き添え轟沈丸Ⅵ世号を憲兵隊が調達したとかで

受け渡し場所の九州までは陸路で移動する事になった。

 

各所で領収書を受け取りつつ、提督と2人で指定席。

 

早速に弁当と緑茶などを取り出して座席に埋め込まれた机の上に出す。

 

「鮪の付け焼き齧ってると新幹線だって気分になる」

「筍煮も良い味出しとるよな」

 

シウマイ弁当である。

 

美味いか、不味いかの話では無い。

 

新幹線に乗ったのならば、シウマイ弁当だ。

 

それはもう自然の摂理と言って差し支えの無い真理であった。

 

 

 

 横須賀、第二提督室付給湯室

 

 金剛の視界に旋毛っぽいものが映る。

 

 髪を後ろで括っているため、前髪との境が何やらそんな感じに見えるのだ。

 

 「金剛さん、今までの御無礼、誠に申し訳ありませんでした」

 

 物凄く殊勝な言葉とともに頭を下げている姿は、大和。

 先日までの言動を思い起こし、これはもはや別人だと金剛は思った。

 

 なんですか、あの龍驤は霊魂交換の秘儀(ノッカラノウム)でも使えるんですか、などと

 益体も無い事を考えるほどの衝撃、いや混乱をしている。

 

 そうこうしている内、頭を下げさせっぱなしなのに気が付く。

 姿勢を正すように言おうとして、ふと、掌を視界の頭頂に置いた。

 

 ―― ああそうか、この娘は子供だったのだ

 

 持て囃す言葉や期待ではなく、この娘に必要だったのは叱るべき大人であった

 ようやくにそんな事に思い至り、自らの不明を恥じる、最近そればかりだ。

 

 本当に、あの軽空母は見せつけてくれる。

 

 「今日から、厳しく行きますヨ」

 「はいッ」

 

 景気の良い返答が場を明るくした。

 

 

 

乗り換えついで、大阪で少しばかり時間ができた。

 

しかしどうにも手頃な店が見つからない。

 

安い店も、美味い店もそれはさぞかし有るのであろう。

しかしぶらり途中下車、何の知識もツテも無い客が遭遇できるものではない。

 

などと彷徨っているウチに疲れて入った店は沖縄ホルモン。

 

ホルモンとは内臓に分泌されると考えられていた滋養の名である。

 

現在では生理活性物質としてその名が知られているが、発見当初、

まだ効用も何も定かでは無かった時期に医食同源の思想と混同され、

 

内臓に含まれる生命の基礎、若返りの秘薬などと謳われ世に広まった。

 

それより転じて、滋養強壮の効果のある食事をホルモン料理と呼ぶ気風が起こり

 

ドイツから医学用語のホルモンという単語が輸入された明治時代以降

一般に段々とモツ料理、ひいては内臓の事をホルモンと呼称する様になった。

 

大阪におけるホルモン焼きは、ソテツ地獄と呼ばれた戦前の沖縄飢饉の折

移住してきた沖縄県民が考案したホルモンの鉄板焼きの事を指す。

 

そんな由来なので、沖縄ホルモンは大阪名物であるのだ。

 

「アブラミが思ったより油って感じがせえへんな」

「ハラミって内臓だったのか」

「横隔膜や」

 

そしてここから東海道線、山陽本線と乗り継いで一路広島へ。

 

 

 

 ブルネイ、提督執務室

 

 氷嚢を額に当てながら提督席で判子を押し続ける叢雲、書類を纏める大淀

 忙しく動き回る周囲の中で、徐に紅茶を入れて寛ぐ高速戦艦が1隻。

 

 「霧島さん、その金剛(ポンコツ)に斜め45度でお願いします」

 「チェストッ」

 

 何か人を顎で使うのに慣れてきた叢雲の指示で、似非アメリ艦の延髄に

 霧島が鋭く手刀を叩き込む、蛙が潰れるような声が漏れた。

 

 「なんで霧島はシスターより上役を優先させるデスカーッ」

 「軍属だからです」

 

 「極めてジャスティスな理由ッ!?」

 

 提督室に休息はまだ遠かった。

 

 

 

広島のビジネスホテルに一泊、当然の如く朝はモーニングバイキングである。

ただそれだけで何故か夜を過ごすのが楽しくなる、旅の醍醐味であった。

 

それはともかく、龍驤と提督は自販機前のレストで弁当を開く。

 

「思ったより柔らかいやん」

「老舗の技って感じだな」

 

広島に来てあなご弁当を食べない人間は人生を無礼(なめ)ている。

 

ロビーでは流しっぱなしの電影が今日のニュースを伝えていた。

武装集団「日本の平和を祈る市民の会」が新幹線の内部でどうこうとか。

 

「ああ、そういえば広島の町中にも変な看板があったな」

「アジアの平和を乱す艦娘の即時解体を、やっけ、桑原桑原」

 

そんなこんなで、早朝広島に迎えに来たあきつ丸と合流、ハイエースで高速に。

 

関門トンネルを通るために一般道に降り、山口県を突っ切る形。

 

「次に見つかった店で昼食とするであります」

「山口って事はフグとかあるかな」

 

「マクドナルドとかやったら泣くに泣けんな」

 

役所や民家のチラホラとする国道を走る一行であった。

 

 

 

 横須賀、第四提督執務室

 

 提督執務室に入室してきた大柄な姿は、褐色。 

 表面積の少ない制服の露出部分を晒で覆っている。

 

 大和型戦艦2番艦、武蔵。

 

 「む、龍驤さんの姿が見えないな」

 

 提督席で禁煙パイポを咥えていた提督が答えを返す。

 

 「ああほら、ここに居ると演習の申し込みが凄くてね」

 

 そうこう話している内にも扉が開く。

 

 「こんちわ提督、龍驤は……居ないか、じゃッ」

 

 扉を開け閉めして去っていた姿は、天龍。

 次から次へと様々な艦娘が、先日からずっとこんな感じだ。

 

 「厄介な事だな」

 

 人の良い秘書艦の苦難を思って、武蔵が溜息を吐いた。 

 

 

 

 

福岡で昼食を摂る。

 

「……恐るべし、山口県」

「まさか店が1軒も無いとは」

 

下関あたりにはきっとある、あって欲しい、あるよね。

 

「島根とか鳥取とかが知名度最下位とかでネタになっとるけど」

「最下層のちょっと上あたりが一番洒落になっていないでありますな」

 

ようやくに見つけたラーメン屋で安い豚骨であった。

 

店内のラジオが山陽本線でのテロを伝えている。

そのままに時間合わせで暇を潰した。

 

名物と言えば水炊きだが、せっかくの機会なのに鶏肉は流石に勘弁と意見が通り

ここはもう誰憚る事無くコテコテに豚だろうと、いざ豚骨である。

 

そして屋台でラードの臭いに全員の心が折れる。

いや、アレは骨の香りであったのか。

 

「好きな人は好きなんやろうけどなぁ」

「なんだかんだで、フードコートの安物が一番美味かったな」

「土地勘が無いのなら素直に有名店に行くべきでありましたな」

 

地元に密着しているフードコート、観光客相手の御馳走の様なラーメンとは

一線を画し、普通に食べ易く万人向けであった。

 

競争が激しい分、他県とは豚骨ラーメンの次元が違っている、そんな理由もある。

 

 

 

 ブルネイ、間宮

 

 「龍驤サン居ないとさー」

 

 テーブルに上半身を寝かせたまま、だらだらと隼鷹が語る。

 

 「国籍不明の手抜き料理が食べられなくて辛い」

 「龍驤ちゃんの5分ぐらいでデッチあげる技術、凄いわよねー」

 

 間宮新作、間宮プリンを突きながら飛鷹が答えた。

 

 隼鷹が先日を思い出す、余った鶏小肉をバターで炒めてチーズを絡め、

 塩で味付けしただけの超手抜き料理、だがしかし、これがまた酒に合う。

 

 「きっとアレだ、あのヒトは、酒の肴を作るために生まれてきたんだ」

 

 何か酷い結論が出た昼下がりであった。

 

 

 

熊本名物赤べこステーキ。

 

「赤べこ、いや普通に牛肉よね」

「値段相応に美味しい、普通の牛肉でありますな」

 

「観光客向けだけあって割高感があるな」

 

横目に護送されている何某かの集団を眺めつつ南端へ。

そしてそのまま海上自衛軍、鹿屋航空基地に一泊。

 

隊員には軽空母さんだーなどと歓迎された、何かサインも強請られる。

そのまま流れで史科館に連れ込まれ、零戦などを鑑賞する一行の姿。

 

「空母がそんなに珍しいんか」

「主力は佐世保の方に居ますからね」

 

関わる機会のある艦娘は駆逐艦と巡洋艦ばかりだとか。

 

次から次へと入れ代わり立ち代わり、微塵も下に置かぬ厚遇ぶりに、

そういえば龍驤は武勲艦だったわーと今更に提督は思い出した。

 

明朝に熊本港付近に配置されている佐世保鎮守府旗下熊本泊地より抜錨予定。

 

「軍港やから川内あたりに設置してんのかと思ったわ」

「そこらへんは予算と人員の都合であります」

 

「熊本の軍港化にヒステリおこしていた人はまだ息してんのかね」

 

案内の隊員は肩を竦めていた。

 

 

 

 横須賀、遠征用二号埠頭近辺

 

 埠頭に帰還した艦隊の姿を見て、資材整理をしていた天龍が声をかけた。

 

 「ああ、居た居た、龍驤ー」

 

 「誰の事や、ウチは朝潮型航空駆逐艦の龍潮やで」

 

 「何かいろいろなプライドとか放り投げてるッ!?」

 

 勢いの良いツッコミ、そんな天龍に艦隊を組んでいた駆逐艦たちが

 朝潮、荒潮、満潮、大潮の4隻がフォローを入れてくる。

 

 「龍潮さんが居てくれるおかげで捗りました」

 「龍潮ちゃんが居てくれたら危険海域も安心よねー」

 「いやまあ、龍驤さんの苦労もわからない事もないから」

 「満潮ちゃん、そこは龍潮って呼んであげなきゃ」

 

 「しかも好意的に受け入れられてるッ」

 

 ハイライトの消えた瞳をしている航空駆逐艦の肩を持ち揺さぶる軽巡。

 

 「待て、正気に戻れ龍驤、お前は航空母艦だッ」

 「聞こえへん聞こえへーん、ウチ駆逐艦やしー」

 

 いろいろと重症の様であった。

 

 

 

熊本港、白熊にチョコシロップをかけた黒熊、をシャクシャクと齧りつつ眺める。

今だ肌寒い季節、日本の南とは言えブルネイよりも遥かに北国、かなりキツイ。

 

港に浮かんでいた白いクルーザーはかなりの大型、船名は巻き添え轟沈丸Ⅵ世号。

 

YAMAHA SR310X、旧名NYTRO-X

 

船外機はV型8気筒4ストロークのF350AETX、轟沈丸Ⅴ世号の素材にした

NYTRO-F350の系列、最上位機種であった。

 

「憲兵隊も、張り込んだなぁ」

「流石に沖縄の不手際は洒落になっていなかったでありますから」

 

実のところ、襲撃の可能性は前もって知らされては居た。

 

だがしかし、憲兵、公安の注視してる最中にロケットランチャー担いで出航する

馬鹿が居るなど、あまりにアレすぎて誰も想像がつかず、対応が遅れた事。

 

また鎮守府の一部かと想定されていたが、蓋を開けてみれば鎮守府の全てが

過激派に掌握されており、護衛に付いていた沖縄所属の水雷戦隊が職務放棄、

どころか一部は龍驤達に対しての砲雷撃戦を仕掛けてきた事など。

 

当初の、沖縄近海を通過して少しばかり揺さぶりをかけて欲しいであります

程度の話では済まない大惨事であり、穴埋めの報酬が跳ねあがる結果となった。

 

例えばこの際という事で、輸送船団の企業とブルネイ酒保との直接取引など

本土的に物凄く嫌がる要求を捻じ込み通している、ウハウハである。

 

「これで、カレー粉もわざわざ日本から輸入せんで済むようなるなぁ」

「なんでスパイス輸送してんのに日本から買うんだよって話だよな」

 

「心底嫌がっていたでありますよ、言うまでも無いでありましょうが」

 

本土での5番泊地の悪名は、留まる事を知らぬかの如しであった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

架線下、赤提灯に燗を付ける壮年二人。

遠方の喧騒が低めの環境音となって屋台を包んでいる。

 

「お客さんのおかげで西日本は大捕り物だったみたいだね」

「おかげでしばらく憲兵には頭が上がらんよ」

 

第4提督の問い掛けに、旧知の相手が愚痴を零した。

 

「で、ウチの報告を押し付けたって?」

 

シンガポール、フィリピン、ブルネイと各地で確認されている深海棲艦漂着。

現地政府の隠蔽などもあり、全てを確認できたわけではないが、

 

時系列順に並べると、一致する史実がある。

 

「繰り返す歴史ねぇ」

 

旧帝国海軍の進攻に沿い、戦地へ供物の如く捧げられる死体。

それは夏の、因縁の海域への進攻へと道筋が付けられている様で。

 

「オジサンにはついていけない世界だなぁ」

 

運命の轍、繰り返される歴史、そのような不可思議な単語が羅列する報告書。

現海軍の基本姿勢としては、戦力の強化で過去の歴史を覆す方針になる。

 

「というか何か、何処かで勘違いしている気がするんだよね」

 

何をと言われても思考が纏まらない、悪い酔いであったかと嘆息する。

とりとめの無い話をしばらく、切りの良いところで話が元に戻る。

 

「まあそれはともかくだ、その軽空母が龍だと?」

「いや、それもわからないんだけど」

 

何だそれはとの言葉に、提督の脳裏に演習場に向かう小柄な背中が思い浮かぶ。

 

ただ当然の様に、成すべき事を果たすための立ち振る舞い。

あの姿を見たひと時、自分の中に敗北と言う言葉を見失っていた。

 

「昔の軍人さんは、いつもあの背中を見ていたんだなぁって思ったらさ」

 

ああ、龍かどうか、そんな些細な事をアレは歯牙にもかけまい。

どうにも上手く言葉で表せず、とりとめのない表現が口から零れる。

 

「だからさ、英雄には世界の中心に立ってもらわないと」

 

酒の席に相応しい戯言ではあった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27 竜巻を待ちながら

「船外機取り外し完了しましたッ」

 

5番泊地船舶用埠頭、水面に群がる艦娘が慌ただしく動いている。

 

「船体保持、あと少しやッ」

 

船縁で貨物、ドラム缶などを駆逐艦に渡していた龍驤が前部に声をかけた。

抜き取った航法データを担ぐ大淀が、横で分解作業をしている明石を見る。

 

「明石、パネルはッ」

「今終わった、撤収しますッ」

 

揺れ動く船体から飛び降りざまに艤装を展開する工作艦。

即座にクレーンが纏めていた電子機器を持ち上げ、退避する。

 

「提督が龍田さんに連行されましたッ」

「荷物積みおろし完了ッ」

 

「総員撤収ゥーッ」

 

蜘蛛の子を散らすかの如く船体から距離をとる有象無象の姿。

 

階梯を一息に埠頭に駆け上がった龍驤が、沈みゆく船体に敬礼をした。

ひとり、ひとりと増えた艦娘が思い思いの姿で戦友に別れを告げはじめる。

 

巻き添え轟沈丸Ⅵ世号、天衝する舳先が最後の別れを告げるかの如く、軽く揺れた。

 

堪らずに轟沈丸の名を呼び泣き出すのは誰か、悲壮な喧騒が周囲の耳朶を打った。

 

―― ちょ、神通、これ本当に洒落にならないってばッ

―― 川内さんが巻き添えくって沈んでるーッ!?

 

Ⅵ世号でついに、提督が自らの足で下船できた、前代未聞の快挙であった。

 

功を成し今ここに役目を終え海底に横たわる、皆の心に熱いものが灯る。

物言わぬ船であったとて、そう、確かに轟沈丸は5番泊地の仲間であったのだ。

 

「いや、この船はニューフェイスなのでハゥッ」

 

何かヤバイ事を言いだしそうになった金剛を、すかさず霧島が手刀で黙らせた。

 

 

 

 

『27 竜巻を待ちながら』

 

 

 

久々の自分の机に、帰ってきたと言う感じがある。

 

叢雲はダウンして休日、金剛四姉妹も似たような感じで早上がり。

執務室内にはウチと大淀、あと利根がいるだけの寂しい状態。

 

いくつか残っていた、どうにも判断が付かないという書類に判を押す。

 

「しかし、轟沈丸に何があったのじゃ」

「フィリピン沖で船団に合流してな、輸送船庇ってカス当たりや」

 

ブルネイ漁師の補充人員やから、多少無茶しても保護しておきたかった。

 

「護衛は何を……フィリピンじゃと」

 

利根が嫌な事に思い当たる風、いやまあ、当たっとるけどな。

 

「ああ、かすり傷でウチら放置して撤退して行きおったわ」

 

第一鎮守府3番泊地、小破にも満たないかすり傷ですら撤退する

実に艦娘愛に溢れた素晴らしい泊地や、通称フィリピンの腰抜け。

 

ブルネイの三鎮守府には、それぞれおおざっぱな傾向がある。

 

最初期に作られただけあって本土からの影響の強い第一鎮守府。

 

特にフィリピンの3、4、5番泊地は本土からの紐付きと言えば剣呑だが

要は本土組の左遷先なわけで、海軍屈指のロクデナシが揃っている。

 

どれくらいかといえば、しょっちゅう深海棲艦に泊地が襲撃され

艦娘たちが解体、もとい轟沈したり提督が処、殉職するぐらい。

 

現在は腰抜け3番、色狂い4番、天下りのほのぼの老人5番と粒が揃っている。

 

とりあえずフィリピンの5番泊地はお菓子をくれるから駆逐艦に人気だとか。

ウチ的にも、ちょっとあのおじいさんには長生きして欲しい、他は許さん。

 

そんな勢力争いで機能不全を起こした第一のフォローのため生まれた

主に輸送関連の実務に従事する第二鎮守府、直接取引の件で礼状が届いた。

 

そして手の回らない前線維持と汚れ仕事専門の御用聞き、第三鎮守府。

 

まあ手段もへったくれも無い第三鎮守府群は実に過ごしやすく

 

ウチらも頑張って第一の泊地が壊滅した隙に容赦なく建造と周回を繰り返し

結果、金剛型と川内型全部を第一から分捕った形になったりゲフゲフン。

 

おかげで戦力比が第一と第三が逆転したはええが、第一本陣からの

様々な依頼を断りにくくなって仕事が増えまくる結果となり、良し悪し。

 

本陣的にも、本土側が確保していた戦力をごっそり引き抜いた形になるから

何だかんだで結構嬉しい展開だったとか、正直そこまで考えとらんわ。

 

つーか、本陣提督には何か凄い買い被られとる気がする、ウチと提督。

 

考えればわかる思うんやけどな、立ち上げ僅かで素人に毛が生えた提督と

建造直後の艦娘1匹で、そこまで細かい現状把握ができるわけないやん、と。

 

あきつ丸(あきっちゃん)も知ってて当然みたいな顔でえげつない事ポコポコ言うし

何度後になってから内心眩暈で倒れそうなハメになった事か、まあどうでもええ。

 

「あの馬鹿はどうにかならないんですかね」

「前任の牧場主よりは大分マシや、アレでも」

 

「皺寄せが来る以上は放置もできないでしょう」

 

轟沈丸の引き上げとレストア、近日に泊地に寄る潜水艦たちと協力して

あとはまあ明石に丸投げ、予算の余裕がかなりカツカツな状況。

 

「第一本陣がレストア費用全持ちで話がついとる」

「ご老人も苦労なさいますね」

 

「なら積立から一時出しで良いな」

 

ため息一つ、本陣挟むとあまり阿漕には吹っかけられんなぁ。

 

「しかし、龍驤だけでよく船団が持ったの」

 

「1隻、抗命して護衛に残ってくれた艦が居ってな」

「あら珍しい」

 

命令違反自体は問題やからと、途中で別れ、本陣に預けて現在謹慎中。

 

うん、絶対に泊地に返さない。

 

「提督と話したけどな、フィリピンには勿体ないわ、ウチで引き抜く」

「そう上手くいきますかね」

 

「ながもんとの交渉次第やな、アッチも欲しがってたし」

 

レストアをぎりぎりまで安く上げて、駆逐艦か相場相応(ぼったくり)か選んでもらおか。

 

そんなこんなで大体の書類を片づけて一息、ようやくのツッコミを入れる機会。

 

「つーかな、何でウチが帰還早々提督代理やってんのよ、司令官何処よ」

 

「お仕置き部屋です」

「今は筑摩と龍田が付いておる」

 

なにその生命以外の全てを諦めさせられそうな組み合わせ、合掌。

 

「何でまた、新しい使い込みでも見つかったんか」

 

「全明石に特型内火艇開発計画の通達があったのは知っていますね」

 

「ああ、艦娘に装備可能な特二型内火艇(カミ)を造るっちゅう話な」

 

どこに上陸する気やねんと聞いたら、深海棲艦に攻撃するとか言う。

震洋の間違いやないんかという言葉はぐっと飲み込んだ在りし日。

 

別にお仕置き部屋に送られるほどの事では無いのではと思っていたら、

大淀がそっと書類の一部を指差した、提督認可、開発予定兵装の名称部分。

 

―― 特四型内火艇(カツ)

 

「…………なんでデカ物やねん」

「武装する大発と考えれば、あながち間違いではないのだろうがの」

 

何やっけ、水陸両用でありながら陸海軍屈指の巨大戦車、だったかな。

静音性が欠片も無く、確か動く騒音公害とまで呼ばれていたような。

 

「試作の時点で川内さんより五月蠅い代物に仕上がりました」

 

それはひどい。

 

「防音材を充填したら沈みました」

 

さらにひどい。

 

「動力をモーターに変えたら有線になりました」

 

紐付きラジコンかいな。

 

「……昔ならともかく、艦娘用なら玩具にしかならんな」

 

かつての戦争だったら潜水艦から紐付きで内海の空母を狙うとかイケそうやけど、

深海棲艦相手の今じゃラジコンの後ろを追いかける持ち主状態やん。

 

つーか、対瘴気用の札貼っ付けたラジコンでいいやん。

 

「と、いう事を全て承知の上で開発してくださりやがりました、あの娘」

「駆逐艦寮の遊戯室に置いておいたが、かなりの好評じゃったぞ」

 

あ、うん、ラジコン遊具作成に時間と予算を叩き込んだわけね、つまり。

 

「ぎ、技術開発と言う点では意義があったろうから、提督のお仕置きもほどほどに」

 

「調達書類にタミヤのモーターとか書いている時点で完璧に遊んでいそうじゃがの」

「大型ラジコンは男の子の夢だよな、という言質があったと確認が取れています」

 

完成した備品一覧の中に、何故かミニ四駆が10台ぐらい記載されている。

 

うむ、フォロー不可能。

 

何かもう色々と疲れ果て、窓の外に目を向ける。

川内の木に吊るされて乾かされている川内と、どこまでも抜けるような青い空。

 

何処からか提督の悲鳴が聞こえた様な気がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

洗浄と修復を終え、海原へと再度の進水を果たした白いクルーザー。

陸地には3人、白い印象の服装と赤い水干、あとは眼帯のふふ怖い感じ。

 

「巻き添え轟沈丸Ⅶ世号だよ、レストアして不死鳥の通り名をつけたよ」

 

そんな事を言う響改めヴェールヌイ、そして龍驤と天龍が埠頭から船体を眺めている。

 

見れば船体の側面に毛筆で「別府」と書かれている。

 

「まあこれで言霊に引かれて沈む可能性も少なくなったんじゃないかな」

「あきらかに轟沈癖がついとるからなぁ、困ったもんや」

 

「つーかよ、そもそもの名前が駄目なんだと思うんだが」

 

発言した天龍の方を向く二人、そのまま首を傾げている様に軽巡が言い募る。

 

「いや、何でそこで何を言っているのかわからないって顔をしていやがる」

 

「巻き添え轟沈丸、ええ名やないか」

「協調と完遂、実に心に響く言葉だ」

 

「俺の知る巻き添えと轟沈にそんな意味は無ぇ」

 

適当に馬鹿を言っていて暫く、一向に動き出さない船体を訝しく思う頃合い。

進水した船体が出てきたドックへと曳航されて姿を消した。

 

工廠から漏れ聞こえする声、どうやらエンジンが動かなかったらしい。

 

「ドック内なら沈まないね」

「言霊に勝利した瞬間やな」

 

「それで良いのかお前ら」

 

言えばどうにも惨憺たる有様に、沈思黙考する二人、天龍は嫌な予感がした。

何か思いついたと顔を輝かして曰く ――

 

「時雨を連れてくるよ」

「ウチは括りつける用意をしとくわ」

 

そして時雨を抱えて逃げる天龍、それを追いかける有象無象があったとか。

 

「何で追撃が増えてんだあああぁぁッ!」

 

相変わらずの泊地であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28 黄金の行方

月が綺麗ですね、という言葉がある。

 

様々な仕事も一区切り付き、ふと手隙になった叢雲がそんな事を思った。

 

脈絡も無く思い浮かんだ言の葉の、あまりに乙女を感じるその選択に

随分と私も人間の娘が板に付いてきたものだと苦笑する。

 

愛を囁く言葉を翻訳したものと聞く、詳しくは知らない。

先日の駆逐艦寮での雑談で少し出ていただけだ。

 

漱石であったか、何某かの逸話からの引用と朧気な記憶にある。

 

思うに、別に月がいくら綺麗だからとて、そこに愛情が芽生えるはずも無い。

 

同じものを見て同じ事を感じる、それを心の通じ合う様として表現したのだろう。

 

そんな事を考えている中、執務室の窓縁に干されている提督と龍驤が視界に入る。

先日まで寒々しい場所に居ただけあって、常夏に溶けていた。

 

汗を吸う衣服が身に付くのを嫌い、風通しの良い場所を探しているうちに

何とは無しに二人とも窓辺に布団の如くひっかかる姿勢を選んで暫く。

 

その視線の先には、泊地へと立ち寄った潜水艦たちが数隻騒いでいる。

 

熱に浮かされ力の無い視線を向けていた二人が、だらけた口調で口を開いた。

 

「やっぱスク水って巨乳は邪道だよなー」

「あーわかるわかる、寸胴の方が似合うわな」

 

脳味噌も、沸いていた。

 

アレは何か違うわよね、と叢雲は思った。

 

 

 

『28 黄金の行方』

 

 

 

ブルネイに帰ってきてから、軽い夏バテを患っとる気がする。

どうにも言動がふわふわして、現実味が1割ぐらい割引されてお買い得。

 

そんな感じのウチと提督が、間宮でだらだらと冷菓を貪るのも当然なわけで。

 

間宮アイス、3ブルネイドルまたは150円。

 

特徴として卵を使わずにスキムミルクで代用して、サッパリとした口当たりと

お手軽低価格が魅力の人気商品や、今も昔も変わらず羊羹と双璧を成しとる。

 

他の間宮ではだいたい300円ぐらいなんやけど、こんな赤道付近で

儲けを出すのに腐心しとったら、駆逐艦あたりが干乾びてまうわけで。

 

そんなわけで半額は泊地持ち、福利厚生ってやつやな。

 

他の理由としては、現地のアイスの相場が3~5ドル程度だから

あまり高値を付けるわけにもいかないとか、まあ細々としたのがいくつか。

 

戦前の、円高になる前の相場やったら2ドルまで下げれたんやけどなぁ

とか何か叶いもしない皮算用を惜しく思う今日この頃。

 

して、3つ目の器が空いたあたりで一息をつく、ようやくに体温が下がった感。

つけあわせのウェハースを齧りながら、何とはなしと提督に相談をした。

 

「やっぱメニューにかき氷欲しいわ」

 

含有する水分の量は体温の低下に直結する。

 

ゼリー等の洋菓子より涼菓子が体温を下げる効果が高いのは、ゼラチンより寒天の方が

菓子を構成する水分の含有率が高くなるからであって、つまり最強はかき氷や。

 

材料は氷やし、これなら2ドルの壁を越える事も出来るんやないかと。

 

「何故に価格破壊の方向に腐心するかな」

「安い事はええ事や」

 

泊地の外がドルの世界やからな、円ベースのウチらとは価格差がありすぎる。

可能な限り埋めとかんと水雷戦隊の士気に直結するわけで、給与額的に。

 

「しかしなぁ、ある程度は利益を見ておかないと」

 

ほれと提督が指し示す方向に目を向ければ、黄金色に輝く見事な薬缶。

 

中に入っている常温の麦茶は飲み放題だ。

横には塩が常備されている、舐め放題や。

 

「この、タコ部屋を連想する素敵な備品は流石にどうにかしたいところなんだが」

「どっちかつーと土方小屋やな、タコ部屋はもっと酷いやろ」

 

配給食が毎回塩水と勘違いするような塩辛い味噌汁だったり、週1ペースで

クズ赤肉の焼肉宴会参加費ガッポリ強制参加、とかやってたらタコ部屋やろうけど。

 

ペリカが流通する某地下帝国から誠実さと希望を取り除き、

暴力を追加した此の世の地獄、それがタコ部屋や。

 

具体的に言うと、外から縁者がお金を払って買い上げてくれるような

そんな奇跡でも起きない限り人間社会に戻ってくることが出来ない、そんな場所。

 

「何で妙に詳しいの」

「乗員にな……居ったんよ」

 

艦娘の記憶の闇やった。

 

まあそれはともかくや、薬缶をもう少しマシな見た目に差し替える言うと。

 

「ウォーターサーバーとか」

「いきなりハイカラに飛んだな」

 

「あっと違った、ウォータークーラーか」

 

言うほどの違いは無いが、正確にはプレッシャー式ウォータークーラー

日本名だと冷水機、ラーメン屋とかで見かける給水機械やな。

 

「製氷機も欲しい所だな」

「中身が瞬殺される未来が見えるで」

 

「ウォータークーラーもな」

 

笑うに笑えない、乾季に入ってから空気も乾燥しとるし、水消費量が洒落にならん。

常温麦茶でも結構量いくのに、無料の冷水なんか置いたらどうなる事やら。

 

ちなみにウチはコップにガッチリ氷を入れるボッタクリタイプが大好きや。

 

節約? 聞こえんなぁ。

 

「設置するなら大型か」

「水も買うか沸かすかせんとあかんし、手間が増えるなぁ」

 

一応ブルネイは水道水を直でイケる国ではあるものの、時折疫病の流行する

素敵な東南アジアクオリティ、共有施設だけでも煮沸はしておきたい。

 

誰ぞが腹下すんはええんやけど、全滅は勘弁や。

 

「今回ので仕入れ経費が大分削減できたから、設置だけなら無理では無いんよな」

 

ああでもないこうでもないと案をこねくり回しながら炭酸でも頼む。

 

レモン水を配りながら製氷ぐらいならウチでいけますよという間宮さんの温情に

甘えたいところをぐっと我慢、いや、あきらかに需要が供給を上回りそうやから。

 

基本2隻で回しとるお店なんやし、ロハで氷の補充に終始されるとヤバすぎる。

鳳翔さんとこが始動すればイケるか、ああ、つまり時機やないって事なんかも。

 

「氷は有料」

「釣り具屋かいな」

 

「大型製氷機を導入」

「機械は空き部屋に突っ込むとして、問題は水の調達か」

 

「湯沸し要員でも確保するか、間宮でアルバイトみたいな感じで」

「駆逐艦のローテにもう少し余裕が無いと安定せんやろ」

 

結局最後は頭数に帰結する、間宮にも人増やしたいんやけどな。

 

なんかもう、本土の余っとる艦娘を遠征とかで持って来てくれんかな、

5番泊地がフォローする範囲広すぎやねん、むう、駄目元で要望書でも出すか。

 

まあそれはともかく。

 

問題は、苦労したあげくに薬缶の方が良いとか言われそうな点や。

薬缶が有能すぎるせいで、冷水機に要求するハードルが高くなりがちすぎる。

 

「やっぱ利益無しで回すのは限界があるんじゃないかな」

「もういっそ薬缶撤去を諦めようや、ええやん、肉体労働なんやし」

 

根本的なところで無理があったと判断、薬缶に勝る置物は無し。

費用対効果が酷い事になるのならば、薬缶を選ばざるを得ない。

 

「だよなー」

 

提督が遠い目をしとった、5番泊地無惨、薬缶に敗北す。

 

結局、せめてもの抵抗としてカップベンダーを設置した、1杯50ブルネイセント。

 

いくつかあるメニューには堂々と「かき氷ラムネ味」の文字が。

いや、常時売り切れ御礼やけどな、泣ける。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

横須賀第四提督室、穏やかな小春日和の中、扉を開けて入ってきた武蔵の視界に

耳鼻稜線よりもやや上へ、何某かの書類を持ち上げ見上げる提督の姿があった。

 

「提督、此度の遠征の報告書を持ってきたのだが、何だそれは」

 

若干の言葉足らずになった連なりに、意味を取った提督が答える。

 

「ああ、ブルネイからの要望書なんだけどね」

 

はいと渡してきた内容に、武蔵の背筋が総毛だった。

 

ブルネイ前線、東南アジア各泊地への定期遠征打撃部隊編成の要望書。

 

それは、先日より鎮守府内の艦娘たちが要望していた内容そのもの、

遥かブルネイより、完全に横須賀の内情を把握しているかの如き文面であった。

 

「……あの龍驤は、一体どこまで見透かしているんだ」

 

「こちらからお願いしようとした所で、先んじて要望を出す

 教本に載せたくなるような鮮やかな手並みだって、騒ぎになってるよ」

 

あれだけ脅しあげ騒ぎを起こし、窮地に追い込んでおいてから救いの手を出す。

華を持たされては悪い気もしない、行き場を失った敵意は霧散せざるを得ず

 

残るのは強烈な印象。

 

「第一の様子はどうだった」

「借りにしておくってさ」

 

誰を送り繋がりを作るにしても、向こうからの要望という事で面子は通る。

自縄自縛に陥り頭を下げる時機を伺っていた第一には、願っても無い展開であった。

 

「ここまで見事に掌で転がされると、もう笑うしかないって感じだったねー」

 

そういう提督も笑っている。

 

「龍驤と言えば、ウチの龍驤さんはどうしたんだ」

 

そういえばと、ふと気になった事を武蔵が問う。

 

若干の無音、やがて窓の外へと遠い眼差しを向けた提督が問いに答えた。

 

「君のお姉さんが拉致していってね、金剛's強化合宿(ブートキャンプ)に強制参加って」

 

秘書艦不在のせいか、提督の机の上には常よりやや多めの書類束が積んである。

 

「…………すまん」

 

褐色の指が眉間を抑え、絞り出すような声が出た。

 

どこか遠い海原で悲鳴が響いていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最柊話 鰯の日

これまでのおはなし

 

激化する深海棲艦との戦いの中で、ついにオリーシュ・ランペルージ提督

(古代ベルカ式 陸戦SSSS+)が海原に降りたち、そのまま引き潮に

飲み込まれ海の藻屑と化した。

 

一方その頃、海軍では全艦娘に対する悍ましき裏切り行為、即ち給与未払

が発生しており、龍驤は激怒した、必ず、かの那智暴虐の官を除かねばな

らぬと決意した。龍驤には倫理がわからぬ。龍驤は、戦の空母である。笛

を吹き、敵と遊んで暮らして来た、けれども給与に対しては人一倍に敏感

であった。きょう未明龍驤は泊地を抜錨し、海越え屍越え、十里はなれた

この深海泊地にやって来た。

 

空母棲鬼とマジックで書かれた加賀「伊401(しおい)は譲れません」

 

それはもう鮮やかなスピニング・トゥーホールドであった。タイガーばり

な側転からの引き倒し、そのまま足を取っては地獄の風車が回るは回る、

そう、それは即ち雄漢の浪漫、人生の縮図である。

 

 

 

『涙の別れ!エイプリル・ファイナリティ・フォーエバー(後編)』

 

 

 

第三鎮守府5番泊地、通称魔城ガッデム

 

前編で事細かに説明したように、今まさに泊地提督が深海ハーレム建設のために

太平洋に浮上した幻想大陸ムーの霊力を用い世界の理を書き換えようとしている。

 

そんな事に成ったら艦娘はお飯の食い上げである、健康で文化的な生活のために

龍驤たち救世艦隊は泊地へと吶喊した。

 

突入早々、床に落ちていた婚姻届(提督署名済)を拾いながら床に転がる金剛。

 

「私はもう駄目デース、膝にアローを受けてしまいましタ」

「慣用句の正しい使い方やとッ!?」

 

同じように、ウサギのぬいぐるみ(もふもふ)を抱えて転がる叢雲。

 

「だ、駄目よ、これは艦娘を駄目にするモフモフだわ……」

「叢雲オオォォ!」

 

高精度工具を抱えて転がる明石、2泊3日温泉旅行チケットで転がる大淀、

簀巻きにされた利根を抱えて転がる筑摩、もはや残る戦力は龍驤のみである。

 

涙を振り払い、泊地の奥へと歩を進める、さらば同じ国に仕えた姉妹たちよ。

 

「チクショオオオオ! ウチだけ何も無しかいッ!」

 

遥か突き当り、奥地への扉の前に見慣れた姿が立ちはだかっていた。

 

「さあ来い龍驤センパイィ!実は私はワンパン入っただけで大破します!」

 

全力で投擲された彗星一二型甲が蒼龍の顔面に突き刺さる、前が見えねえ。

 

「このザ・キョニュウと呼ばれた蒼龍が……

 こんなまな板、あ、痛い、ごめんなさいナマ言いました」

 

「烈風拳、烈風拳、ダブゥ烈風拳ッ」

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」

 

飛龍「ククク、蒼龍がやられたようね」

加賀「フフフ、奴は正規空母四天王の中でも最弱」

赤城「軽空母如きに負けるとは正規空母の面汚しですね」

加賀「ゴフッ」

 

加賀、戦闘不能(リタイア)

 

「くらええええ!」

「「「グアアアアアアァァ」」」

 

一、二航戦を蹴散らした龍驤がひとりごちる。

 

「やった、ついに空母四天王を倒したで

 これであの浪費馬鹿への扉が開かれる!!」

 

その時、部屋の奥にあった扉が静かに開いた。

 

―― よく来たな軽空母龍驤 待っていたぞ

 

こ…ここが提督執務室やったんか

 

感じる…提督のラバーフェチパウワァを

 

薄明に染まる室内の奥、常より見慣れた提督が膝の上の駆逐イ級を撫でていた。

 

腰かけているのは椅子ではない、体前屈の姿勢の離島棲姫(ゴスロリ)である。

左右の足に空母ヲ級と戦艦レ級がしな垂れかかっていた。

 

「姫の待遇悪ッ」

 

長き雌伏の時(ヒキコモリ)を経て、ようやくの姫昇格であったのに待遇は人間椅子。

 

耐えがたき屈辱がその精神を捻じ曲げ、汚濁に残された魂と言う機関が救いを求め

やがて苦痛は快楽へ、羞恥は愛へと変質していった、まあそれはどうでもいい。

 

「是非も無い、ならば今こそ雌雄を決する時、ノルマは3問だ!」

 

 

― 支援艦隊が到着しました ―

 

 

神通「ジャンルセレクトです!」

 

 政治・経済  rァアニメ・漫画 ピコン

 スポーツ    ロードオブワルキューレ

 

 

第一問

 

高度成長期時代に出版された少女漫画に、ハーフの住職と女学生のドタバタ

ラブコメという時代を先取りしすぎた凄まじい作品が存在するが、その題名は

 

超坊主花錦絵(すーぱーすきんへっずはなのにしきえ)!」

 

「何でググっても出てこない名前を即答できんだよッ!」

「ふ、その時代ならまだ存命の乗員も結構居ったからなぁッ」

 

 

第二問

 

某ジブリの某パヤオ監督は自然の声がどうとか言い出して声優を使わない事に

定評があるが、そもそもそんな事になった理由を短くどうぞ

 

「セクハラとパワハラで仕事受けてくれる声優が居なくなったから!」

 

「あと高畑勲が素人起用で好評を博した途端、素人の声が云々と」

「ストップストップストーップ!」

 

 

第三問

 

腐女子に眼を付けられる前のSF雑誌だった頃の月刊ウィングス、創刊50号

特別読み切りはアーシアンとファルコン50の後日談、そのタイトルは

 

「エクスプローラー50!」

 

「TWD EXPRESSとか好きだったなぁ」

「それはコミックNORAや」

 

 

ノルマクリアー チャララン!

 

「グッハアアァァッ」

 

車田飛びで宙に投げ出される提督、何故か拳を突き上げている龍驤。

 

「やった、これで深海との優しい世界はお流れや、殺伐とした日常が帰ってくる」

「ククク、はたしてそうかな……ゴフゥ」

 

提督の言葉に応えるかの如く、床一面に描かれていた魔法陣が発光を始め

怪しげな地響きを持ってその術式の発動を告げる。

 

「これは、まだ発動までには時間があるはずやのにッ」

「ふ、龍驤たちが泊地へと攻めてくるのは前もってわかっていた」

 

血を吐きながら勝利の笑みを持って提督が言葉を続ける。

 

「だから、計画の発動を前倒ししたのだ!」

「な、なんやってー!」

 

極めて明快な理屈を持って当然の対応を果たした提督、震え、端の方が

何か崩れている魔城ガッデムを眺めながら、避難していた金剛が感想を述べる。

 

「あれを一言で言うノナラ……臨機応変……」

 

何もかも、何もかもが遅く、ヲ級さんはヲッとか言いながら天然ボケを振りまき

レ級は無駄に可愛く、離島棲姫はゴスロリのままに何となく酷い目にあい続ける。

 

そう、世界は優しい展開に包まれた。 ―― 完 ――

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「って阿呆かーいッ!」

 

布団を跳ね上げながら龍驤の目が醒める。

 

「ゆ、夢、夢やったんか、ウチはもうほっぽちゃんと

 プレゼント(主に艦載機)の交換をせんでええんやな」

 

あまりのほのぼのぶりに龍驤の全身に脂汗が滲んでいる。

 

そう、幼女はシバきあげて身ぐるみを剥ぐ物、それが現実クオリティ。

遥か中世ヨーロッパから近代英国まで延々と続く、人類の伝統であった。

 

何かナチュラルに英国がディスられてる気がシマース、と何処かで声がする。

 

いつも通り、いつも通りの泊地の朝であった。

 

後に、四月一日だからと真面目な顔で、龍驤は巨乳ですねと言った加賀が

簀巻きにされて吊るされた事は言うまでもない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29 考えるという病

ブルネイ鎮守府群第一鎮守府2番泊地。

 

かつてはマレー半島に配置されていたが、同方面を主とする第二鎮守府の配備に合わせ

現在のパラオ共和国の北部、首都マルキョクへと移転した。

 

通称パラオ泊地の特徴として、900弱の島々からなるパラオの地勢に合わせ、

何ヶ所かに番所を設ける複数拠点方式の泊地運営を行っている。

 

現在龍驤が滞在しているのは国内最大人口を誇るコロール島、旧首都コロール番所。

 

近年、開戦後に拡張された南洋神社に付属する施設である。

 

南洋神社は元々南洋総鎮守を旨として建てられた社であり、かつての大戦から後、

一時期は廃れていたが、90年代末に記念碑的な規模で、跡地に小さく再建された。

 

消滅していなかったという事実は大きい、完全に消え去った沼南神社などとは違い

形だけでも残っていた南洋総鎮守は艦娘の配備、陰陽系の施術、調整などにより

 

今ではパラオ共和国全島を覆う現世(うつしよ)の加護を発生させている。

 

それは、常世の存在である深海棲艦に対し極めて有効に効果を発揮しており

結果として、ブルネイ鎮守府群の東端、最前線の一角であるパラオ泊地は

 

東側最前線、タウイタウイ・ショートランドなどと比べ穏やかな情勢であった。

 

そのため夏季の打通作戦に於いて、太平洋側拠点として選ばれており、幾人かの

各泊地秘書艦、提督などが折に触れ視察に訪れていた、龍驤もその一人である。

 

「宿舎がちょっち小さいなぁ、まあ急造やししゃーないんやけど」

「余り、というかお偉いさんはホテル住まいじゃな、コレは」

 

護衛にと随伴していた利根が答える。

 

「本部もそっちになりそうやな、できれば境内に、無理か面積的に」

「元の社が小さいからのう、裏手の廃屋(ホテル)は使えんのか」

 

「作戦のためだけにリフォームしてもな、って感じや」

 

高地にある南洋神社と艦娘宿舎、海岸沿いの宿泊施設、それなりの距離が開いて

いるのが難点であり、後の哨戒と護衛の厳選作業を思い、二人は少し鬱になった。

 

 

 

『29 考えるという病』

 

 

 

うどんである。

 

小麦粉に水を加え練り上げた後に製麺したもの、定義はそれだけや。

 

日本各地に様々なうどんがあるせいで、製法や何某で「これこそがうどん」という

特徴が存在せず、そんな大雑把な基準で分類されざるを得ない麺類なんや。

 

どれぐらい大雑把かと言うと、つまり素麺はうどんや。

 

一応日本農林規格では乾麺に関する基準としてうどん、冷麦、素麺を区別しと

るけど、公正競争規約では特に規定されとらん、小麦麺はうどんなわけで。

 

まあ要は「これは冷麦」「これは素麺」と言った者勝ちなわけなんやけど、

一面的な事実として、小麦を練った麺は須らくうどんなんや、とも言えるわけで

 

パラオ料理のUDONもまた、うどんの一種なんやろうなと思う。

 

なんか普通に讃岐っぽい謎の近似出汁うどんをずるずると啜る。

食堂のテーブルには塩、醤油、七味、山葵、物凄くジャパニーズ。

 

違和感をおぼえる点としては、麺がパスタ言うところぐらいか。

 

かつての帝国軍は東南アジアに有形無形の様々な物を残していったわけやけど

その中でもパラオは、これでもかというほどに影響が残っている地域や。

 

サンゴ礁が隆起して出来た島々から成るパラオ共和国には、耕作地と呼べる

ものがほとんど無く、まあ要は概念ごと色々と足りない物が多かったわけで

 

海外から入ってくる様々を取り込んだ末に、今のパラオが在る。

 

例を挙げるならば、パラオ語にあるショウライ、シンパイ、チチバンドなどの

日本由来の単語や、ニツケ、サシミ、オニギリなどのパラオ料理やろうか。

 

タイやフィリピンからも人や文化が結構入ってきており、市場では普通にタイ語が

飛び交っていたりする、料理もある、随分とごった煮の感じや。

 

戦中に限らず戦後の日本も容赦なく影響を与えており、例えばパラオで即席麺を

表す単語は「サッポロイチバン」、最初に輸入された即席麺の名前が定着したそうな。

 

味噌、醤油や山葵もガンガン日本から輸入しており、流通しとる米はジャポニカ米。

 

開戦前はカリフォルニアライスやったんやけど、海域断絶しとる今は完全に

日本米なわけで、そう、普通に美味しく和食が作れる、何て恐ろしい地域やパラオ。

 

味噌醤油と一緒に移動していると言われる艦娘が居なかったら、この国の食文化は

どのような変化をしていたのだろうか、まあ益体も無い話や。

 

適当にうどんを食べ終われば、付け合わせで付けてくれたオココを齧る。

 

お香子、何とか頑張って梅干しを再現しようとしたけど限界があったという、

かつてのニホンジンたちの方向性のおかしい苦難が見て取れる赤いパパイヤ漬け。

 

「何というか、懐かしい気がするの」

 

ポリポリと齧りながら利根がそんな事を言う。

 

「さて、まあ見た所大きい問題も無さそうやし、帰るかな」

「居心地良すぎて、つい居座りたくなるのう」

 

土産にと買ったタロイモだのヤシガニだのを担ぎ上げた輸送用ドラム缶に叩き込み

懐から羅針盤を取り出せば、針が微動だにしない、つまりは安全地帯なわけで。

 

羅針盤、易占を基準に何某かの工夫がなされている謎の妖精アイテム。

海域の常世と現世の境を指し示す、海上移動に必須の困ったちゃんや。

 

基本、ムカ付く方向にばかり針が振れる事に定評がある。

 

ムカ付くからと言って、現世を示す針を無視して進めば常世送りになるわけで、

過去に本土の艦隊が1個、随伴していた提督ごと堕ちた事例があった。

 

人も艦娘も魂魄を持って生命としているが、魂とは天に属し陽であり正である。

魄とは地に属し陰であり負に属する、常世に入り魂が陰に堕ちればどうなるか。

 

件の件では、6隻の深海棲艦と1体の僵尸が確認されたとか。

 

僵尸とは、魂が流れ落ち肉体に魄のみがとどまった状態の動く死体の事や。

 

全八段階に分類され、巷に居るのは大抵は1か2の段階の紫か白で

たまに長生き、生きてはないが、するのが緑になる、生前の記憶とかを思い出す。

 

4から先は人型の災害や、その前に潰しておくのが大事やね。

 

先日ベトナムの戦線で4段階目が生まれかけて、敵味方大損害だったそうな。

 

そんな事を考えながら沖に出る、通りすがりの船舶から「ハドーケーン」とか

「ラセンガーン」とか声がかかる、日本語なら何でもええという気持ちが

痛いほど伝わってきてどないせいと、とりあえず手でも振っておこか。

 

やがて空気が変わる。

 

針が少しづつ揺れ動き、利根がカタパルトから瑞雲を射出した。

 

「天気明朗なれど浪髙し、といったところかの」

 

艦載機からの知覚を軽くおどけて伝えてくる。

 

「あとは羅針盤にお祈りやな、ナムナムエコエコアザラクウングルイ」

「詳しくはないが、途中から何か駄目な方向に向かっとらんか」

 

「使えるんやったら何でもええねん」

 

V8お祈りでさえ微妙に効果のある現代、何もせんよりはいくらかマシやろと。

 

「良い感じの未来を引いてくれれば良いのじゃがな」

 

どうにも思いがけない単語を聞く。

 

「要は易占じゃろコレ」

 

その言葉に何かひっかかるものを感じたが ――

 

沖に出るにつれ気にならなくなった、早く帰ろう。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「第一鎮守府3番泊地より異動となりました陽炎型2番艦

 不知火です、ご指導ご鞭撻宜しくお願いします」

 

帰りしなに本陣から引き取ってきた期待の新人(まないた)、明るい髪色を後ろで短く括る

やたらとドスが利いてる声と、時折落ち度が出る事に定評のある駆逐艦だ。

 

龍驤が右肩に手を乗せて言う。

 

「いや、秘書艦になるために生まれてきたような娘やな」

 

左肩に神通が手を乗せていた。

 

「二水戦所属ならウチの管轄ですよね」

 

事態を把握できていない新人の左右で、張り付けた笑みの艦娘が2隻。

段々と重くなる空気に、紹介だと集まっていた場の温度が下がっていく。

 

物見の駆逐艦勢から、不知火よりもやや赤みがかった二つ括りの同型艦が出る。

 

「ちょっと、何も説明せずに魔窟に引きずり込もうと」

 

「別に、陽炎でもええんやで」

「頑張るのよ不知火」

 

そして即座に妹を売り渡した。

 

何やら恐ろしい事態が始まっていると、薄々気づいて顔色が蒼くなっていく中央。

左右の艦は段々と笑顔が怖いものになっていく、空気の粘度がさらに上がった。

 

後はもう、特に書くことも無い平凡な泊地の日常であり。

 

騒動の終結は龍驤の「獲ったどー」という叫びと秘書艦組一斉撤退で締めくくる。

 

「ぽ、ぽーいッ!?」

 

龍驤が抱えているのは犬耳のようなクセ毛のある金髪、白露型4番艦夕立であり

不知火を小脇に確保したまま川内バリアーでしのいでいた神通が舌打ちをする。

 

「やられました、不知火は囮ですか」

 

護衛随伴、切り盛りする胆力、秘書官適正の全てを満たしているわけではないが

確実に「何かに使える」と判断できるだけの人材、ならば夕立も対象である。

 

そこまでハードルを下げていたのかと、神通は自らの迂闊を悔いた。

 

扶桑の陰に隠れていた時雨が敬礼で夕立を送る。

 

「夕立、君の事は忘れないよ」

「思い出よりも救いの手が欲しいっぽいいいぃぃ……」

 

ドップラー効果を残して遠ざかっていく影。

 

夕立が秘書艦見習いとして登録されたのは、それより1時間後の事であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30 緑色の雨

海はええ、ような気がせん事も無い。

 

埠頭でボケらッと海原を眺めていれば、様々な厄介事を忘れてしまえる気がする。

などと現実逃避しても何も変わらんわけで、手元の書類に視線を移す。

 

太平洋打通作戦概要 第7版

 

予想とは違って、ウチらブルネイ組は全てが太平洋側に参加する事になりそうや。

しかも後詰で、暇つぶし用のドラム缶は必須な雰囲気がある。

 

どうにも本土側で先駆けを争っているらしく、辺境などは後回しにされるわけで。

 

呉、佐世保、舞鶴と先陣を奪い合って今現在泥沼になっているらしい。

 

概要が届くたびに先陣の鎮守府が変わってんねん、ウチらの後詰は変わらんけど。

 

ちなみに横須賀は陽動のアリューシャン側の先陣、その分本命の太平洋では

ウチらと一緒に除け者扱いの後詰組、ドラム缶が4つでは足りそうにない。

 

まあ決まったとこだけでも準備はしておかな、と。

 

しかし先陣争いって、深海棲艦をどこまで舐め ――

 

海はエエ、ような気がセン事も無イ。

 

どコが先陣ヲ張るにセよ、ウチらまで仕事が回ってきそうに無いなぁ。

懐かしいドラム缶は早めにパラオに輸送しておく事にしよう。

 

 

 

『30 緑色の雨』

 

 

 

那珂の両手から書類が滑り落ちた。

 

次回のコンサート計画書、提出予定であったそれは提督執務室の床の上に

散り散りにばら撒かれ、妙に清潔な床の上に乱雑と言う名の化粧を施す。

 

そんな那珂の視界の先に居るのは、夕立。

 

先程に、提督さんお茶が入ったっぽい、などと言っては机の上に置いていた。

窓から入る日差しが金色の髪を透かし、何やら1枚の絵画のような空気である。

 

多分、お茶だろう、緑茶の様だ、微妙に不安になる口癖であった。

 

そう、お茶である。

 

白湯を湯呑に淹れて温度を下げ、そのまま急須に戻した後に茶葉を開かせる。

特に問題の無い、至って普通の緑茶の作法であった。

 

至って普通である。

 

至って普通に、夕立がお茶を淹れている。

 

至って普通に、あの、夕立が。

 

あの、那珂が半月頑張っても戦闘以外はお手とおかわりしか仕込めなかった夕立が。

 

「あの、梯子状神経系で動作していると異名を誇った夕立ちゃんがお茶をッ!?」

「那珂ちゃんの中の私の評価がとことん低いっぽいッ!?」

 

衝撃であった。

 

あまりの衝撃に思わず路線変更してしまいそうな程であった。

次回のコンサートではデスボイスでレイプと1秒に10回叫ぶ寸前である。

 

「いやいやいや、ドッキリは本当に心臓に悪いって」

「何でそこまで現実から目を逸らすのッ!?」

 

いや現実と言ってもと、那珂は思った。

 

現実的な話、もしや夕立は解体されて新たに建造され直したのではなかろうかと。

 

艦種が揃い切ったブルネイでは、解体してその艦の席を開けてしまえば

建造によって新たに造り直すのはさして難しい話では無い。

 

秘書艦組のあまりの冷酷さに全身が総毛立つ思いである。

 

那珂の心の中で、かつての夕立との思い出が走馬灯の様に流れ出す。

 

待って欲しいっぽい、うふふ捕まえてごらんなさい、そんな思い出有ったっけ。

 

そんな中、心中に稲妻の如き鮮烈な天啓があった。

 

「なんだ、夢か」

「現実全否定ッ!?」

 

流石に自分の事だけあって、打てば響くかの如きツッコミを続ける夕立に

現実逃避から帰ってきた那珂がようやくに視線を合わせる。

 

「あ、うん、夕立ちゃんも頑張ったんだね、うん、何かこう納得できないけど」

「物凄く歯切れが悪いっぽいッ」

 

埒があかず、どうどうと互いを抑える姿は、利根。

 

水入りの隙に深呼吸をして、ようやくに心を落ち着けた那珂が苦笑して言う。

 

「あー、いや本当に驚いたよ、夕立ちゃんがお茶を淹れれるように成るなんて」

 

そこで言葉を区切り、利根へと向いた。

 

「いや無理だって」

 

真顔であった。

 

夕立はもはや失意体前屈であった。

 

「まあ信じられぬのもわからんでもないが」

「とねちゃんもひどいっぽいー」

 

床から力の無い抗議が届く。

 

「霧島と龍驤も苦労しておったみたいだしの」

 

霧島ァ何故紅茶でないのデスカーと恨みがましい声色が何処からか響いている。

眼を合わすときっと英国の暗黒面に捕らわれる、そんな予感に二人は全力スルー。

 

そのままに床に落ちた書類を拾い集め、那珂が問うた。

 

「しかし、どうやったの、正直想像もつかないんだけど」

 

ツッコミを諦めた夕立は、涙で床に鼠の絵を書いている。

 

「詳しくは知らんが、龍驤が言っておったの」

 

―― 脳味噌が無いのなら脊髄に叩き込めばええと

 

那珂には、言っている意味が理解できなかった。

理解は出来なかったが、ただひとつだけわかった事がある。

 

脳裏に浮かぶのはひとつ上の姉。

 

何か妙に小柄な全通甲板をリスペクトしている彼女が、そんな発言を知れば

きっと感じ入った風で頷きながら、翌日からの教導が酷い事になるだろう。

 

海軍に鬼は数有れど、鬼すら泣きを入れると謳われた最凶最悪の航空母艦、龍驤

どう考えても教導艦のリスペクト対象としては完全に間違っている。

 

うん、龍驤ちゃんと神通ちゃんは、混ぜたら危険だ。

 

以前より感じていた内容を、改めて心に刻む那珂であった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

概要第8版、さして内容の変わらぬそれを見ながら提督がウチに聞く。

 

「先陣だったり除け者だったり、横須賀の立場ってどうなってんだ」

「除け者やけどな、大和型の有無で結構発言力に差が出るらしいわ」

 

あんまり無碍にすると色んなところのお偉いさんが本気切れするとか。

今回の様な素敵なパーティでは、長門(ながもん)が参加資格、大和型が発言権って感じか。

 

だからまあ、大和と武蔵を有する横須賀は、基本ウチのように除け者扱いではあるが

ある程度の面子を立ててアリューシャン先陣を割り振られている、だとか。

 

率直な気持ちで感想を言えば、お疲れさん、としか言いようがない。

ウチには縁の無い話やし、まあここは素直に給料泥棒万歳と喜んどこかと。

 

「何処情報?」

「青葉日報ブルネイ版」

 

衣笠(ガッサ)さんが絡んでくるたびに最新版を置いて行く律儀な重巡、タウイタウイの青葉。

詫びなのか促販なのかいまいち掴めないが、まあ結構楽しいからええかと。

 

そんな返答を何故か溜息とともに押し流した提督が、一通の封書を渡してくる。

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地筆頭、龍驤様宛、何やえらい達筆。

 

「って大和からやん、字綺麗やな」

 

封を切って読み進めば、前略から始まる親しげな文面で ――

 

「うぇ?」

 

ちょっと厄介事としか思えない内容が書いてあって、文章が脳髄の表面を滑る。

あ、何か脳味噌が理解するのを拒否してるわ、日本語わかりません。

 

などとフリーズしていれば提督が、何やら一緒に送られてきたらしい書類を

顔の横でピラピラと振っては破滅の言葉を鼓膜に届けてきやがった。

 

「ウチに、大和型が1隻出向してくるってさ」

 

来るのか、バキュームを越える溶鉱炉が、存在自体が厄介事って感じの艦が。

 

何かもう、勘弁してえな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31 横須賀炎上

 

太平洋、ウェーク島周辺海域。

 

「あっちゃー逃がした、青葉、そっちはどう?」

「同じくです、まあ戦果は頂いたので良しというとこですか」

 

衣笠の声に、青葉が渋々と言った感で答えを返す。

 

日本近海を対象に、新鋭艦秋津州により行われた超長距離偵察試験。

 

索敵網に近海を移動中の2隻の鬼級深海戦艦が確認され、幾つかの鎮守府より

出撃、遭遇戦の後、ブルネイ鎮守府群の内、東部泊地群に援軍が要請される。

 

南鳥島の東、パラオ、タウイタウイより北東に位置する海域。

 

タウイタウイより抜錨していた一団が、海域に向かい幾つかの深海艦隊に遭遇、交戦

連絡にあった鬼級2隻を確認したのは先程の事であった。

 

支援に、随伴にと集まっていた艦船を蹴散らしていて暫く、既に被害を受けていた

鬼級は初手より一貫した撤退を遂行しており、遂にはそれを完遂される。

 

追撃戦に移りたいのは山々であったが、残念ながら羅針盤に恵まれず、

仕方無し妖精経由で遭遇戦の顛末を泊地に通信して撤退指示を待つ。

 

死に体の鬼級2隻の報を聞き、本土の艦隊達は今頃は色めき立っている頃であろう。

 

「次逢った時に龍驤ちゃんに褒めてもらおうと思ってたのにー」

「衣笠は本当に龍驤さんがお気に入りですねえ」

 

現在に海色が持つ暗い色彩が、青葉の心に何時かの情景を思い起こさせる。

 

昨年の、一時的にかの軽空母の指揮下に入った撤退戦、衣笠の扱いは酷かった。

酷かった、はずなのだが何故か妹の琴線にはガッチリと触れてしまったらしく、

 

以来すっかり衣笠は龍驤贔屓だ。

 

まあ、色々と察する所はある、一概に酷い扱いと言えるものでは無かったのだろう

衣笠的には何も問題は無いと、それはわかる、だがそれでも、それでも何と言うか

 

龍驤に悪意があるわけでもない、多少の嫉妬はあるかもしれないが、それでもだ

 

身内が悪い男に騙されているような気分とはこのようなものかと、溜息が出た。

 

 

 

『31 横須賀炎上』

 

 

 

今、逢いに行きますとかサブタイトルが付きそうなお手紙が続々と。

律儀に目を通していたおかげで、無駄に横須賀の内情に詳しいウチが居る。

 

横須賀の鳳翔さんは退役して前任の提督と一緒に地方で小料理屋をやっているとか

 

第四のおっさんが秘書艦やっとる向こう所属のウチが嫌がるからと

時たま禁煙パイポを咥えていたんやけど、どこぞのヘビースモーカー軽空母

 

だれのことやろうなーわからんなー

 

まあその誰かの影響でまた喫煙量が増えつつあるとか、知ってどうしろと。

 

何はともあれ、大和型がブルネイに到着するわけや。

 

手紙には、ウチだけやなく鳳翔さんにも会えると知って、喜ぶ大和の姿がある。

 

せっかくだからと迎えに出ておけば、何やら暇そうな連中もわらわらと集まり

いやまあせっかくだからとか提督も言い出して、手の空いた大淀もお付き合い。

 

かくして埠頭に国内外に名の知れた超弩級戦艦の雄姿が見えたわけや。

 

やはりデカイ。

 

愛宕(あたごん)のように太いとか言い出す余地がないくらい、単純にデカイ。

 

デカイとは言う物の大和型は、超巨大戦艦としての性能をコンパクトに纏めた

規模の割に極めて小型の戦艦で、いやいや、そんな薀蓄言われてもデカイって。

 

巨大な艤装にガン積みされた46cm砲を軽々と背負い、いかにも火力のありそうな

そんな武威の塊の様な艦娘は、威風堂々と仁王立ちで腕を組む ―― 褐色。

 

「横須賀より出向してきた、大和型2番艦、武蔵だ 宜しく頼む!」

 

…………あるぇ?

 

眉間を指で摘み、頭を振ってちょっと現実と予定の齟齬を確認する。

 

「……ええと、来るんは大和やなかったんかな、と」

 

褐色巨人が、すいっと視線を中空に向け、呟く。

 

「書類の最終確認を怠った姉上の怠慢というやつでな」

 

組んだ腕の上、何度か頷きながら言葉を続ける。

 

「出向希望の用紙に記入する艦娘名を、そっと武蔵と書き換えてしまえば」

「いや、書き換えんなや」

 

無言。

 

そのまま太い笑顔でサムズアップして曰く、

 

「何、提督には話を通したから問題は無い!」

 

最後にこそっと小声で「第四だがな」と付け足したのは聞き逃さない。

つまり何や、第二(やまと)は今頃怒り狂っていると言う事か、うわぁい。

 

もはや厄介事候補やなくて、導火線に火が付いた爆弾やんけ。

 

「正直、受け入れてもらえないと姉上の砲撃の的にされるから命に関わるのだが」

「何この向う見ずな押しかけ戦艦」

 

なんか妙に押しの強い言動に、堪らず横の眼鏡秘書に支援を求める。

眼鏡を光らせて一歩前に出る大淀、手持ちの書類に目をやりながら事務的な声色で。

 

「基本的に大和出向で話が通っている以上、コチラが断ってしまえば」

「ああそうそう、土産がある」

 

皆まで言わせず、武蔵が艤装の後ろに手を回す。

 

猫の様に首根っこを掴んで前に押し出した物は、小柄な姿。

輝度のやや高い長髪を後ろに括る、最近建造可能になったと聞く最後の甲型駆逐艦。

 

「夕雲型最終艦、清霜です、夢はでっかく大戦艦に成る事です!」

 

「歓迎するで、武蔵」

「ブルネイへようこそ!」

 

「手の平ドリルか君達」

 

ちょっと手の平を高速回転させたぐらいで律儀にツッコミを入れてくる提督。

 

ええい、何にせよ大和型なんて溶鉱炉を抱えるハメになったんやから、

駆逐艦はいくら居ても足りんねん、本気で足りんねん。

 

戦力的には本土の支援で随分余裕が出てきたけど、資材確保に関しては

本陣から分捕ってこな回らんほど逼迫している現状に変わりは無いわけで

 

ウチらに紐を付けたいってのもわかるが、それでも資材もーちょい回せや畜生と

せめて潜水艦部隊を貸してくれるぐらいの事はしても罰は当たらんと思うで。

 

……次の資材要求の時に、必要資材にシレっと伊58とでも記入しておくか。

 

「まあええわ、大淀、今日の利根は」

「タウイタウイの緊急出動に関して、後詰で出ていますね」

 

「んじゃ、隼鷹を降ろして泊地を案内して貰おか」

 

川内の木で揺れていた隼鷹が、一緒に吊るされている数名にお先、とか言い出す。

 

それを見て、何か鉛を飲み込んだような微妙な表情の新入り2隻が印象的やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

 痛い。  千切る。

 

痛い、痛い。    千切る。

 

腕の中に有る同胞の身は、もはや首から上しか残っていない。

 

憎めばよい、恨めばよいと願いながら、その身を引き千切り続け予定の航路を経た。

だけど最後に残る生首の表情には、そんな意思を微塵も感じさせない悲しみが

 

思えばこの娘は、深海らしからぬ穏やかな気性をしていた。

 

憎しみよりも哀しみを、恨みよりも悔やみを持って負の身体を形造っていた。

戯れに引き千切った肉片を口に入れる、舌の上で溶けるのは鉛の如く重い悔恨。

 

島が見えた、数多の戦火を潜り、ようやくに最後の海域へと辿り着いたか。

 

艦娘どもの砲撃が激しさを増す、吹き飛ぶ肉片が儀式に因り浄化されていく。

 

何処かへと消えていく、憎悪が、ワタシが、この娘が。

 

憎い。

 

最後まで手の中の、綺麗な顔を潰す気にはなれず

ただ胸に抱き、自らの腹を裂き、腸を引きずり出した。

 

痛い。

 

痛い、痛イ、イタイ。

 

アアソウダ、艦娘などに浄化されてなるものか。

 

ワタシはワタシによりワタシは怨念としてこの海に還る。

 

至近弾に、顔が半分吹き飛ばされた。

 

脳髄に残るいくらかの呪いが打ち消される、もはや猶予は無い。

 

水煙の中、腹腔に入れていた手を持ち上げて、心の臓を抉り出す。

握り潰し、力無く倒れれば、身体が末端より呪いと還り海原へと広がっていった。

 

「空母オ、アト、  ハ……」

 

もはや声も出ず、残るのは、かき抱いたトモダチの感触だけ。

 

アあ、今は勝利に酔うが良い。

 

その身が呪いに染まりきるソノ時まで、酔イ続ければ良い。

 

共に、深き水底へと沈んでいく。

 

叶ウならば、次のワタシもコノ娘に ―― 願わくば、遥か果てで

 

誰も居ない海で

 

離島よ、いつか静かな海で二人 ――

 

『その日、呉鎮守府所属艦隊が、戦艦棲鬼、離島棲鬼撃破という戦果を挙げた』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32 揺るがぬ密林

 

妖怪大和型演習強請りを退治するために、5番泊地総力を挙げて

5タテを喰らわせてみたものの、どうにも効果が無い。

 

流石はブルネイ、聞きしに勝る強者揃いよと喜ぶ有様である。

 

遠慮呵責の無いフルボッコが何やら魂の内燃機関に火でも付けてしまったのか

 

以後の武蔵の出撃と演習、仕事中毒ぶりは秘書艦もかくやと言うレベルにまで達し

天まで届けと匙を投げつつ龍驤は決意した、長門(ながもん)に押し付けようと。

 

そんな経緯で本日の武蔵は、提督に同行して第一本陣である。

顔合わせと練度上げを兼ねて清霜と、ついでの不知火も随伴している。

 

訪れた平穏に、久方ぶりの息を吐いたのは誰だったのか。

 

燃料備蓄の書類を眺めていた龍驤と叢雲が提督室の席より窓の外、

遠い空を見上げて薄らボンヤリとした声色で心中を吐露すべく口を開いた。

 

「燃料がいっそ清々しいほどの勢いで吹っ飛んでいったな」

「この際、ワ級狩り艦隊を編成すべきかしらね」

 

「戦力的には物凄う楽になったんやけどなぁ」

 

二人の目には水滴が光っていた。

 

 

 

『32 揺るがぬ密林』

 

 

 

乾季も過ぎてどんよりとした湿気に包まれるブルネイ。

 

夏に入る前というか、初夏、梅雨時にあたる日取りで予定されている

太平洋打通に向けて前段作戦、要するに露払いが少し早めにあるわけで。

 

ブルネイからは第一本陣と5番泊地が通しで参加、となっているのだが

そこでどうにも避けがたい問題がひとつ浮かび上がってきた。

 

ブルネイ王国軍記念日、いや、もろに日付がかぶっとるねん。

 

軍事パレードなども行われる式典の日で、招待武官として、ウチとこの提督か

本陣のナイスミドルのどっちかが参加しておかな肩身が狭くなると言う厄介な話。

 

まあ綺麗なコネが乏しい5番泊地がパラオ入りしてもドラム缶押す位しか

やる事は無いわけで、式典参加はウチらに回ってくるやろなぁと、ああめどい。

 

随伴に島風付けて轟沈丸には瑞鶴、は加賀が持ってくから時雨でも縛り付けるとして

 

問題はアレや、いやな、ウチみたく陰陽系は民族服という事で誤魔化せるけど

島風の制服は微妙に言い訳が立たんねん、露出度的に。

 

中身が普通に良い子なのに、何で制服があそこまで攻めているのか。

 

海軍礼服でもでっち上げるか、夕立あたりに差し替えれたら話は楽なんやけど

栗田艦隊(ブルネイ)縁の艦があちらさんの希望やし、島風か清霜しか居らんのよな。

 

もう諦めて式典の時だけ利根型か金剛サン、榛名あたりを適当に引っ張ってきて

島風にはいっそ、小遣いでもやって私服で観光でもしててもらおか。

 

差し替えるにしても、今回の随伴火力は長門(ながもん)が居るし、対潜要員かぁ

そこでさらに五十鈴を追加って、式典にどんだけ戦力投下する気やねん。

 

ああでもないこうでもないと編成を捏ねていてしばらく、何やら何時にも増して

テンションが振りきれている金剛サンが入室してきた、遠征帰りやな。

 

ランナーズハイかと思ったら少々毛色が違うらしく、何でも

 

「コングラッチレーションッ 練度98到達デース!」

 

ケッコンカッコカリまであとワンポインッ、などと浮かれている。

ズビシと指を突き付けて、提督の指輪を頂くのはワタシデースなどと宣言してくる。

 

いや普通に誰でも99で貰えるんやないかな、明石が売りつけるやろうし。

 

などと言うと、なにやら提督の初めての指輪をゲットするレースが云々と

90後半は金剛サンの他はヴェールヌイと叢雲だったか、何でウチに言うねんと。

 

そんな冷めた対応をしていたら、叢雲が首を捻った。

 

「あれ、でも龍驤100越えてるわよね」

「132やな、今の練度は」

 

金剛サンが固まった。

 

書類仕事に没頭していた霧島が顔を上げて目を見開いている。

ヒエーと榛名まで固まって口を開け、そのままに何やら震えだした。

 

ひとり平常運転の利根が問う。

 

「まあ越えておってしかるべきじゃろうが、いつの間に指輪を貰ったのじゃ」

「いや、貰てへんけど」

 

「What?」

 

ぬ、何か普段の金剛語やなくてネイティブな発音になっとる。

まあとにかく、何やら誤解があるようなので解いておこかと。

 

つーかケッコンとか紛らわしい名前が付いとるけど、アレは要は人造霊魂と

召喚魄の適合が安定するまで変な形に発達しないようにと付けられた枷、

 

というか一種の安全装置なわけやな。

 

「超廉価版な13世代型のウチに、そんな上等な機能が付いとるわけも無し」

「龍驤、何というか駄目な設計に縁が有り過ぎでないか、お主」

 

言わんといて、自覚があるだけに泣きそうになるから。

 

「アー、かけるワードもナッシンですが、えーと、ドンマイ」

「腫れ物に触るような同情が痛いわ……」

 

何やろう、ウチ頑張っとるんよ、頑張っとるんよコレでも。

 

気が付いてはいけない事をうっかり直視して瘴気を纏い始めたウチを見かねて

利根が何やら必死にフォローを入れようと頑張ってくれる。

 

「ほ、ほれ、13型にも何か良い所があるじゃろう、ほれ何か」

「あー……すね毛が生えんな、体毛なんて余分な機能も付いとらんから」

 

下も生えんと言う事やけどな、泣いていいかこん畜生。

 

「私は毛根が強いから処理が辛いのよね」

 

そんな中、採算度外視の高精度を謳う11世代型の叢雲が乗ってきた。

 

「私は特に問題ナッシンね」

「まあお姉さまと同じく、普通ですね」

 

金剛ヒエー姉妹は12世代型、前期の量産型やったか。

 

「私は薄めですね、処理が楽で助かっています」

「吾輩も同じくじゃな、12型よりやや少な目に調整されておるらしい」

 

後期量産型として現在のスタンダードになっている14世代型は、霧島と利根。

 

何か色々と進歩しているんやなぁと、感嘆しようが羨ましがろうが

ウチには生えてこんけどな、生えてこんけどなド畜生ォ

 

恥を忍んでどうにか体毛機能を追加できんかと妖精に頼んでみたら

ソコを生やすなんてとんでもないとか言い出して断固拒否しやがるし。

 

ハイライトの消えた目で恵まれた同僚たちを眺めていれば、ふと

一人ばかり何の反応もしない艦が居た事に気が付いた。

 

壁際で壁に向かい、横に寝転がった状態で壁にのの字を書いている。

現在流通している式では最新版、高コスト高品質の第15世代型、榛名。

 

見えている背中からは何やら悍ましい瘴気が溢れ出とる。

 

「は、榛名?」

 

常ならぬ異様に珍しく恐る恐るといった感じで霧島が声をかけた。

返答であったのか、壁際から消え入りそうなか細い声色での言葉がある。

 

それは、悲哀やった。

それは、慟哭やった。

 

魂魄の底より滲み出る、どうしようもない嘆きの声やった。

 

「……榛名はジャングルなので大丈ばないです」

 

通夜の様な沈痛な空気が部屋に満ちた気がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

気を取り直した金剛サンが叢雲にズビシと指を突き付ける。

 

「指輪を貰うのはワタシデース!」

「ヴェールヌイの方が練度高いわよ」

 

宣言がまた不発デースなどと言って床に手を付く高速戦艦。

話題がズレていった模様なので書類に視線を戻す。

 

結局の所、オイルロードの保持がブルネイ鎮守府群の第一目的なわけで

作戦中だからといってソレを疎かに出来るわけがない。

 

本土からマラッカ海峡までは基本的に第二の受け持ちやから、ウチらは

主にインド洋方面の前線維持と輸送船団の護衛になるわけで、

 

留守番組の選別が微妙に面倒やと、息を吐いた。

 

口からゴポリと、吐息が泡となって消える感覚。

普段通りの錯覚が、何故か慣れない感触を持って身を苛む。

 

提督ゴーストが何かを言っているが、聞こえない。

深く重い水に阻まれているような、普段通りの現象に、何処か違和感がある。

 

解せん、何もおかしい事は無いはずや、世界が深海に沈むのは当然の事なのに。

 

以降は何事も無く、何事も無く普通に深海棲艦との戯れが続き

 

そして遂に、戦端が開かれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33 狐と踊れ

龍驤ちゃん曰く、昼は時間無いから適当に食べてこいと。

そんな感じでお小遣いを貰って、私、島風は首都を彷徨っているのだ。

 

新しく仕立てて貰った海軍礼服が少し息苦しい。

 

人込みを避けて食事処を探してみれば、何やら繁盛している店がある。

 

えむしーどなるど?

 

いや、メッダーノウズか、漁師の人とかが時折話題に出して、マッカズとかマクドーとか

呼んで居たのを思い出す、何でも米帝のチェーン店で、私より少し年上だとか。

 

幟にマクドスパゲッティーと書いてあるのを察するに、パスタ屋さんなんだろう。

 

うん、チェーン店は好きだ、何と言っても速いし。

 

これも何かの縁だろうとマクドーさんに入ってみた。

 

予想に反してパスタはスパゲッティミートソースしか置いていない。

何かパンで肉を挟んだ料理が主体のお店だったようだ。

 

幾つか保有している乗員の朧気な記憶にある、これは確か万博に出品していた食べ物

ハンブルグステーキのサミヂ、ハンバーガーとか言う米帝の料理だ。

 

コカコーラも有る、珍しい、うん、かつては何と言うか複雑な立ち位置だったけど

今となっては懐かしい戦友に会ったような気分、相変わらず元気そうで何よりだ。

 

こんな南洋の果てで人気を博している事には少し驚きがある。

 

ともあれ期間限定のチキンプロスペリティバーガーを選択、ついでにお粥とコカコーラ。

 

出来上がるまでが物凄く速かった、凄い。

 

写真を見て好感を抱いたチキンプロスペリティは、予想通り美味しかった。

バーベキューっぽいソースのでっかい照り焼き肉、そうそう、こういうのが良いんだ。

 

喉にシャワシャワとあたるコカコーラも良い、相変わらずコーラの実の味がしない

バニラとシナモン主体の謎飲料、というか頭痛薬、だけど美味しいんだな。

 

最後にお粥、バーバーアヤムマクドーには炭酸飲料は駄目かと思ったけど意外に合う

中にフライドオニオンとか入っていて少々重めで、しかも辛かったから。

 

思いつきで入った店にしては、結構な感動があった。

 

砲火の向こう側の人たちはこんな食事をしていたのかと思えば少しだけ感慨深い

何と言うか米帝って凄い、速いし、太平洋打通を頑張ろうと素直に思えた。

 

 

 

『33 狐と踊れ』

 

 

 

太平洋打通前段作戦が実行されている最中、ウチらはブルネイ王国軍記念日の

招待武官としてバンダルスリブガワンに逗留中、何か申し訳ない。

 

七つ星ホテル、ジ・エンパイアホテルのエンプレススイートで優雅な一時。

 

もうしわけないわーと棒読みするぐらい実に申し訳ない、ああ役得役得。

 

いや正直なとこ、結構気が休まらんけどな、絨毯に純金とか縫いこんであるし

足の踏み場も無いわ、つーか踏んでええのか、この絨毯ウチの年収より高くないか。

 

提督と長門に割り当てたエンペラースイートに至っては、無造作に置かれた

バカラの置物が資産価値測定不能、やめて、割ったら5番泊地が破産してしまう。

 

とりあえず長門(ながもん)には、耳のタコでたこ焼き焼けるまでしつこく言い聞かせておいた。

 

これは見事だなとか言って無造作に触って置物の首あたりがポロリと行ったら、

本陣提督の首まで一緒にポロリするから決して触るな、近寄るなと。

 

まあ何や、絨毯踏むのが怖いんでベッドの上に腰掛けて足を上げた。

何かずるりと足を引き抜いたような感触がある、何という繊細な感性。

 

そのままゴロリと横に成れば、視界に屋根が映った。

うん、天蓋付きベッドなんや、天蓋付き。

 

いったいどこの王侯貴族やねんと、いや王侯貴族御用達なんやから当然なんやけど。

ゴロゴロと柔らかいベッドの上を転がれば、癒されるんだか魘されるんだか。

 

うん、柔らかすぎて落ち着かん。

 

誰かかまって時間を潰そうにも、島風と長門はアチラさんの希望で

メモリアルホールに写真が飾られるとかで、先程から撮影に行って帰ってこない。

 

お勤め御苦労さんって感じやな。

 

そういえば島風と言えば、いつぞや変な事を言っていたなぁと思い出す。

いや、取り立てて変と言う内容では無かったが、何処か不吉な響きがあった。

 

まるで、再び最後の時が繰り返されるかのような

 

何故やろうか ―― それが決まりきった未来の様に

何故その時ではなく ―― 今のうちに伝えるのか

 

だって龍驤は島風より ―― 先に沈んだ艦だから

 

………… ?

 

何かおかしいな、妙に頭がスッキリしてよく回る言うか ―― 悪寒がする

 

何もおかしい事など無い、忘れてしまえと ―― 提督ゴーストの悲鳴が

 

知覚よりも早く指が動く、袖口の呪符を引き抜き額にブチ当てて

印を切る、ようやくに察知した陰の気配に裂帛の気合を叩き付けた。

 

意識が醒める。

 

呪詛か、おそらくは思考の誘導、忘却もあるか、何て性質が悪い。

 

指先を噛み千切り血印を組み、懐の符に合わせ部屋を隔離する。

どこから呪詛が来とるんか、扉の向こう、提督が気になるが今は安全確保や。

 

隼鷹あたりに比べればド下手くそやが、これでも一応は陰陽系

最低限の結界ぐらいは張れる、泣けてくるぐらいヘッポコやけどな。

 

眉を擦り自己暗示、視界を現世から幽世へ、いわゆる霊的主体へと切り替えた。

 

足元、絨毯の上を模様が判らなくなるほどに埋め尽くしているのは、怨念。

手を打ち印を組み打ち払う、札をばら撒いて消し飛ばす。

 

見れば扉の隙間から尽きる事無く滲んでくる瘴気、ああもう、きりが無い。

 

三十六計とばかりに硝子窓へと身を寄せて、カーテンを開く。

 

この硝子クソ高いんやろなぁと、艤装を召喚、し ――

 

「は……はは……」

 

乾いた笑いが漏れた。

 

「ああうん、これは駄目や、やられたわ」

 

常世に重なるが如く認識される霊的な視覚に映る眼下には、絶望があった。

ああ、これでは気が付くはずが無い、世界に違和感があるなんて次元の話では無い。

 

完全に、認識できる範囲に比較対象が存在しないほど広大に

 

呪詛に

 

怨念に

 

ブルネイが沈んでいる。

 

視界の果て、水平線の向こうまで悍ましい瘴気が蔓延している。

 

ああ何だ、別にウチを狙って攻撃してきたわけやない

単に、ウチが呪詛より高い位置に出たせいで術の範囲外に出ただけやったのか。

 

呆然と、正気を取り戻した所でどうにもならんが、とりあえず怨念を振り払う。

扉より滲み、這い寄る呪詛に意識を向ける事も無く、機械的に浄化していく。

 

どうにもならん、これでは蟷螂の斧やな。

 

いったいどこまで汚染されているのか、どこまで逃げれば範囲外なのか。

 

何にせよ、国ごと呪詛に埋まっている以上はこの中を潜っていかなならん。

そうすれば呪詛に捕らわれ、捕らわれている事すら認識できなくなるやろう。

 

叫んだところで誰にも伝わらず、伝わったところで認識できない。

逃げ場も無い、打つ手も無い、空を飛べる知り合いも居ない。

 

メモとか残しても認識できんなるんやろなぁ。

 

二式大挺ぐらいの超長距離がいけるなら、艦載機を飛ばすと言う手もあったんやが。

 

うん、詰んだ。

 

呪詛の範囲外に出た事がバレたのか、気が付けば窓にベットリと怨念がこびり付き

様々な隙間から、通気口からとじわじわと瘴気が侵入してくる。

 

結構トロい、ああいや、場を区切っていたから入りにくいのか。

 

多少は寿命が延びたがそれだけや、もう持たんわ。

 

それでも生理的嫌悪を覚える嫌な感じのソレを、機械的に黙々と追い払う。

賽の河原の石積みかってぐらいに徒労感溢れる作業やな。

 

「誘導、忘却、繰り返す歴史」

 

諦め全部で腰を据え、乱雑になった思考を纏める。

 

クリアになった思考でこれまでの様々な事象を整理すれば、想到。

 

「ああ、そうか」

 

そうではない、根本的な所で勘違いをしていた。

 

歴史は、繰り返さない。

 

そもそも今行われている戦いは、艦娘と深海棲艦の戦争ではない。

怨念と人の、過去と現在の違いはあるが、結局の所は人類同士の戦争なんや。

 

ウチらは都合の良い兵器、盤上の駒でしかない。

 

討ち漏らし、絡み付いてくる瘴気を振り払い、ため息が漏れる。

 

たぶん、人類は敗北した。

 

奴らは砲雷撃戦なんて小さい視点で世界を見てはいない。

勝たされていた、艦娘という駒を盤上から除けるために。

 

「もう間に合わんな、何もかも、やってくれる」

 

嘆息する。

 

まあ最後まで抵抗はしておこかと、荷物をぶちまけありったけの呪符を出した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

日も暮れた頃、カフェテリアで提督と二人茶をシバく。

 

何でもスコーンが名物らしく、時間帯が合わんからしゃーないわと諦めていたら

 

どうもそれを聞いていたスタッフが気を利かせてくれたらしく、焼き立てを

持って来てくれた、実に至れり尽くせり、流石最上級スイート宿泊客待遇。

 

「金剛サンのより上等なスコーンって、はじめて食ったわ」

「うわぁ、何ていうかコレうわぁ」

 

すいませんおいくら払えば許して貰えるのでしょうと謝罪から入りたくなるほどに

美味しい、あまりの贅沢さに提督と二人心底居た堪れない、めっさ貧乏性。

 

何か二人、死んだ魚の目で中空をぼんやりと見つめてしまう。

 

「ディナーは長門と島風に押し付けて、ナイトマーケットにでも行くか」

「ああ、それええな」

 

ガドン地区ナイトマーケット、食い物の屋台がズラリと並ぶブルネイ名物や。

エンパイアホテルからはゴルフ場を挟んで裏手にあたる、ゴルフ場広いけどな。

 

広いなぁ、凄いなぁ、隅っこで膝抱えててええか。

 

そうなんよ、山海珍味で胃を痛くするより、2ドル程度のケバブでええねん。

ついでに砂糖黍ジュースでも飲んでおけばもうそれでええねんや、贅沢は敵や。

 

などと皮算用を思い浮かべていたら、着信、メール受信。

 

「何かあったのか」

「いや、利根からやけど何やろな」

 

何か隼鷹が土産を要求しているとか書いてある、唐突やな。

文面を提督にも見せて、二人で頭を捻る、さっぱりわからん。

 

「まあとりあえず、マーケットで何か日持ちするものでも買っておくか」

「そやな、摘み確保しとけば間違いは無いやろ、隼鷹やし」

 

顔を上げれば、ようやくに解放されたようで、遠くに島風たちの姿が見える。

 

とりあえず、外出を伝えるために歩み寄った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 序

乾季を抜けたパラオは曇天続きで、時折降りしきるスコールのせいか

湿度は90%を越え、海面の透明度も下がっている。

 

およそ南国にあるまじき暗澹たる気配の中で、武蔵が見知った顔を見かけた。

 

「や、久しぶり」

「提督も来ていたのか」

 

横須賀第四提督、相も変わらず飄々とした風情である。

 

「龍驤ちゃんが大活躍でね、アリューシャン方面がサクサク終わってさ」

「ふむ、ウチの龍驤さんも隅に置けんな」

 

制海権を確保して、あとは露西亜との外交次第、外務省の管轄だと言う。

 

「元気でやっているみたいだね」

「うむ、南洋は素晴らしいな、次から次へと猛者が沸いてくる」

 

ここ最近の各泊地での手合わせを思い、武蔵の表情が楽しげな感を持つ。

 

出没する深海棲艦の練度が本土とは桁違いであり、故にそれに対応する艦娘も強い。

 

龍驤、長門などの前評判からして高い好敵手の他、近接無双の金剛、横須賀

には無い狂気を感じさせる赤城、ほぼ全ての性能が龍驤の上位互換にあたる加賀。

 

視界に入っていなかった面々にも恐ろしい者が居た。

 

川内型、利根型は言うに及ばず、最も意外であったのは第二鎮守府の皐月であろう。

艦種の差で押し切る事は出来たものの、内容では完全に後背を喫していた。

 

「まさか私に負けて本気で悔しがる駆逐艦が居るとはな」

「何ていうか、本気で人外魔境なんだねぇ、ブルネイ鎮守府群は」

 

提督のこめかみに冷や汗が流れる。

 

はて、この程度で怯む様な可愛らしい提督では無かったはずだがと、

武蔵が疑問を覚え、気が付く。

 

視線が自分を向いていない。

 

後ろから、武蔵の肩を叩く誰かが居る。

 

何用かと振り向いて、そのまま提督の方へと再度向き直る、表情が固まっていた。

見れば提督が何やら両手を合わせて拝んでいた、冥福を祈っているかの様で。

 

全て許さじと、向き直った身体を15万3千5百馬力が無理矢理に引き戻した。

 

そして視界に映るのは、溢れんばかりの鮮やかな笑顔。

 

「……お久しぶりです、姉上」

「元気そうね、武蔵」

 

肉食獣が獲物を前にする時に浮かべるのは、このような笑顔であろうかと、

武蔵は、草食動物の今際の際の感情を理解できた気がした。

 

 

 

『比翼の鳥 序』

 

 

 

スコールも上がり、やや落ち着いた気温に蒸し上がる湿気の海上。

 

記念パレードを終えて、パラオへと向かうウチら5番泊地一行ウィズながもん。

セレベス海を抜け、フィリピンの領海を抜けたあたりで立往生をしとる。

 

「あかんわ、安定せん」

 

轟沈丸の至近で、ぐるぐると回りっぱなしの羅針盤に匙を投げた。

 

「私の方も同じだな」

 

隣を並走しとった長門(ながもん)も言う、ほらと羅針盤を見せてくるけど見事に大回転。

 

まあしばらくは足止めかと覚悟を決めて、偵察に彩雲を出しておく。

それに応えるかのように島風が轟沈丸から降りてきた。

 

「とりあえず、近海の哨戒で回ってるねー」

 

「あんま離れたらあかんで、瘴気に呑まれるさかいなー」

「あいあいさー」

 

入れ替わるように船尾に近づき、提督に伺いを立てる。

 

「どうにかならないのか」

「どうにもならんなー」

 

通信が繋がるだけまだマシな状況やなと、とりあえず自分を慰めておく。

 

何でも、前段作戦が異様にスムーズに終わったとかで、もう本作戦が開始されとるとか

このままやと着くころには全作戦が終了しとった、なんて事になりそうや。

 

「海上の瘴気が濃すぎるんや、もう全方位に凶の卦が出とる感じやな」

 

つまり、どういう事だってばよと何やら理解を放棄した言葉が提督から漏れる。

 

「つまり、海がお怒りや、これは人柱を捧げなあかんか」

「今この場に人間って俺しか居ないよね」

 

言わずもがなな事を言いだした提督に、良い笑顔でサムズアップを贈る。

 

「この平成の世に、そんな非人道的な行いをしてはいけないと思うんだ」

「その言葉、船柱として縛り付けられている僕の目を見て言ってくれるかな」

 

提督後ろにはジト目の時雨が居た、席に荒縄で縛り付けられている。

 

「板子一枚下は地獄か、ままならんものだな」

 

提督が背中に受ける圧力を華麗にスルーしようと難儀する中、長門(ながもん)が言うた。

じわじわと圧力を増す、こっちを見ろとの怨念が提督の頬を汗で濡らす。

 

健闘虚しく、何か悍ましい気配に引きずられるように提督が後ろ向きに

ずるずると少しずつ、だが確かに船室の奥へと引き込まれていったわけで。

 

何のホラーやと、合掌。

 

まあ時雨の呪いは提督に引き受けてもらうとして、何ぞ理由でもあるのかと、

船底に引いた陣の上に羅針盤を置き、妖精を呼び出して聞いてみた。

 

うん、どうにも要領を得ん。

 

アリューシャン方面なら行けますよとか言う、何でやねん。

 

フィリピンからパラオに向かうのにアリューシャン列島経由する阿呆が居るかいな

と、妖精にツッコミを入れようとして、突然の爆音に気を取られる。

 

かつて、飽きるほど聞いた覚えのある光三型の駆動音。

 

上空にふり仰げば、随分と懐かしい姿。

 

「……九七式一号艦攻」

「む、どこだ」

 

声に応えて長門(ながもん)が空を見上げる、ほれ、あそこと指し示そうとして

 

「あれ」

 

居ない。

 

「どうした龍驤、大丈夫か」

「あー、あかんかも」

 

こうも堂々と白昼夢を見るとは、どっか壊れてんのか。

 

眉間を指で押さえ頭を振る。

 

しっかりせななと目を開ければ、いつのまにやら羅針盤妖精の姿は消え、

気が付けば、羅針盤の針がパラオ方面を指して止まっていた。

 

「なんやわからんが今や、島風ー、前進するでー」

 

やや離れた場所から、あいあいさーと声が聞こえた。

 

まともに動ける内にと一路パラオを目指し前進。

 

予定よりもやや遅れ、ようやくに辿り着いたコロール島沿岸

上陸直後、埠頭に待機していた利根と陸奥が悪い知らせを伝えてきた。

 

本作戦、第三陣までが壊滅したと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

第一陣 呉鎮守府所属第一艦隊、壊滅

 

赤城、加賀、飛龍、蒼龍 轟沈  熊野、利根 大破

 

第二陣 佐世保鎮守府所属第二艦隊、壊滅

 

赤城、加賀、飛龍、三隈 轟沈  最上、筑摩 大破

 

第三陣 舞鶴鎮守府所属第三艦隊、壊滅

 

赤城、加賀、蒼龍、三隈 轟沈  長良 鈴谷 大破

 

第四陣 ブルネイ鎮守府所属第四艦隊

 

赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴、瑞鶴 ―― 抜錨

 

 

「空母6隻編成って、司令部は何考えてるんだろうね」

「本土組を差し置いて生き残るなどけしからん、という所かしらね」

 

薄暗がりの海上、蒼龍と飛龍の会話が、陰鬱な空気をさらに重くする。

 

「羅針盤が安定しませんね」

 

幾度かの遭遇戦を経て、赤城がポツリと言葉を零した。

 

「すいません翔鶴さん、瑞鶴さん、ちょっと離れてみてもらえますか」

 

2隻がある程度の距離を取れば、突然に針先が固着した。

 

ただ一筋、目標海域へと。

 

「ここは、撤退するべきでは」

 

飛龍の提案を、穏やかな声色で赤城が否定する。

 

「そうしたい所ですが、何故か羅針盤が撤退指示を受け入れてくれないんですよね」

「私たち4隻がご指名、という事ですか」

 

ため息混じりの加賀の一言で、沈黙が降りる。

 

「征きますか」

 

誰とは無しに言った言葉に、五航戦姉妹が反応、しようとした所で止められる。

 

「翔鶴さんと瑞鶴さんは予備の羅針盤を使い撤退」

 

赤城は言う、おそらくは、二人ならば撤退指示が通るだろうと。

 

「……翔鶴さん?」

 

名を呼ばれて首を振る姿、指先が、赤城の裾を握っている。

 

「離していただけませんか」

 

しかし翔鶴は、赤城の裾を離さない。

目元に雫の浮かぶ姿を見て、赤城の頬が少し緩んだ。

 

常とは違った、自然な笑顔で裾を持つ手に指を重ね、解く。

 

「翔鶴、聞き分けなさい」

 

ふと、まわりの誰もが驚くほどに優しい声色だった。

 

「征きますよ、皆さん」

 

颯爽と、海域を移動する4隻は最早、振り向く事は無い。

残された姿は俯いたまま、涙を零していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 鋪

 

先に作戦本部へと向かう提督と別れ、利根と共に摘みを持って神社に行く。

 

「しかし、突然に変なメェルなど送りおって何があったのじゃ」

「何の事や?」

 

ほれと、利根が見せてきたのは確かにウチから送りつけたであろう電文1通。

 

「よくはわからぬが高価な触媒を浪費したとか、隼鷹が難儀しておったぞ」

 

内容は、南洋総鎮守の結界強化に因るコロール島の聖域化。

 

…………………ちょっと待て、いろいろとちょっと待て、お願いだから。

何でって、そりゃ太平洋が完全に深海側に堕ちとるからやなって、ヲイッ。

 

唐突に忘れさせられていた幾つもの考察が脳裏に復元されていく。

 

ぶちまけた荷物、散乱する呪符、転がり出たスマホ、片言だけ打てたメール。

 

「ちょ、ちょっと待った、加賀は、赤城はまだ出とらんよな」

「い、いや、ウチの連中なら先程抜錨したところじゃが」

 

変な声が漏れた、あかん、間に合わんかったっぽい。

 

……さらばバキューム、そしておかえりウチのエンゲル係数、やなくて、

状況を整理して、思考を積み重ね、うん、あれ、これ詰んでね。

 

海が深海に堕ちた、完全に負の属性に染まった、深海棲艦が積み重ねて来た呪詛、

即ち海上では歴史の再現という負が、艦娘の意思と言う正の属性よりも優先される。

 

負しか無い海では羅針盤は負しか指せず、ただ闇雲に歴史の再現へと針を示す。

海上の、世界の理そのものが負の属性に堕ちたからか、妖精もまた同じく。

 

つまるところ、もはや羅針盤と妖精は完全にアッチ側なわけで、うん、オワタ。

 

第一陣の轟沈を持って呪詛が成立し、一、二航戦の消滅を持って呪詛が確定する。

 

70年以上に積み重ねられた「ミッドウェー海戦こそが分岐点」という意思が

海上を掌握する呪詛を固定化する、覆しようが無いほどに莫大な霊的物量で。

 

「龍驤様~」

 

負の属性、綺麗な式を汚せないかと考えている最中に何かやたらと能天気な声が

耳に届き、思わず近寄ってきた顔面を鉄の爪とばかりに受け止めて、いや待てや。

 

「あー、ちょい待ってな、今考え纏めてるから」

「あ、はい」

 

見ればそこには、ズタ袋を引き摺っている大和、もとい武蔵だったものを引き摺る大和。

え、何、何で再会早々武蔵が轟沈寸前になっとるの、いや何となく察せるけど。

 

ってアレ?

 

「……大和、と武蔵」

「はい?」

 

蒼天より、懐かしい音が聞こえた。

 

 

 

『比翼の鳥 鋪』

 

 

 

不穏な先行きを感じる海原を奔る艦影は、意外に落ち着いた空気を出している。

 

先ほどに分かれた五航戦姉妹について、帰らせたところで、結局は意味の無い事では

なかったかと問う空母は飛龍、穏やかに首を振る姿は赤城。

 

平素と同じように、確信を持って語る、彼女たちは生きて帰れば後は何とかなるだろうと。

 

「ウチの末っ子は頼りになりますから」

「龍驤センパイを末っ子扱いされると、私たちの立場が無いんですけどー」

 

蒼龍の文句に、何を言っているのかと不思議そうな顔で首を傾げる赤城。

 

「二航戦以降の空母を身内と思った事など、一度もありませんが」

「そうですよね、貴女はそういうヒトですよね」

 

薄情さが齎した突然の頭痛に眉間を抑え、飛龍が感を漏らす。

 

そして唐突に、その動きが止まった。

 

「え?」

 

当惑する飛龍を置き、自然、3隻は距離を開けていく。

思うように動きが取れない事に気が付き、赤城は妖精に問いただした。

 

妖精は言う、飛龍は離れた場所に居たと。

 

「ああ、先陣の私たちが何故みすみす轟沈したかと思っていたのですが」

 

もはや妖精たちは艦娘の方をを向いていない。

 

―― 敵ラシキモノ10隻見ユ

―― 敵ハ其ノ後方ニ母艦ラシキモノ一隻ヲ伴フ

 

―― 敵機動部隊ヲ捕捉撃滅セントス

 

こういう事でしたかと。

 

「これでは、龍驤の上の鯉ですね」

「余裕ありますね、赤城さん」

 

呆れた様な加賀の声、やがてその視線は前方を向く。

 

敵影が水平線に浮かぶ、休む事無く距離が詰められ、悍ましい姿を視認する。

およそ陰陽の心得の無い一同にもはっきりとわかるほどの、瘴気。

 

「これは、また」

 

呆れた声を出したのは赤城、頭痛を覚えたかのような仕草で加賀が答える。

 

「よりにもよって、姫級ですか」

 

相対するは空母棲姫、随伴9隻。

 

視界に入る怨塊の姿は艶の有る黒白、およそ笑顔と言うには悍ましきに過ぎる

その口元に浮かんでいるのは、空が裂けたかの如き、三日月の嘲笑。

 

―― 火ノ、塊トナッテ……沈ンデシマエ

 

ゲタゲタと下品な笑い声と共に振り上げられた腕、手甲の如き黒金を纏うソレに

応えるかの様に喚び出された、雲霞の如き艦載機が上空を染める。

 

それでも赤城は、動けないなりにと弓を引き、矢を飛ばした。

 

そして海面に落ちる。

 

艦載機が、喚べない。

 

ケラケラと、深海の底の様な眼で妖精が哂う、兵装転換が終わっていないと。

 

「よもや、ここまでとは」

 

歯軋りが漏れた。

 

空を埋め尽くした死神が各艦の直上を取る、妖精がかつての歴史と同じ言葉を吐き、

吸い込まれるかの如く艤装が爆撃地点へと誘導される。

 

まずは、蒼龍が12機の攻撃を受け、3弾命中。

 

「どッせいッ」

 

するかと思われた刹那、加賀が蒼龍を蹴り飛ばした。

 

敵機直上、などと言っていた加賀の妖精たちが口を開けたまま動きを止める。

相対する怨念たちも、余程の意外であったのか、空母棲姫までもが固まっていた。

 

二隻の至近に魚雷が落ちて、水柱を上げる。

 

凄まじく無理矢理な横飛びからの蹴りであった。

 

あれ、何やってんのこのヒトなどという感じの、生暖かい空気が辺りを包む。

集まる視線に微塵も揺るがず、暴君が渾身のドヤ顔で宣言を成す。

 

「乗員が言う事を聞かない事など、日常茶飯事です」

「何か凄く哀しい事言ってるッ!?」

 

仕切り直し、再度の爆撃に澄ました顔で蒼龍の首根っこを掴み投げ飛ばす加賀。

 

「蒼龍、とりあえず全力で逃げなさい」

 

ドカドカと音を立てながら、艤装で海面を踏み砕くかのように移動する青い姿。

 

「け、けど艤装が反応しないんですけど」

「足で」

 

死線の上で何を演っているのかと、赤城が思わず苦笑する。

そして再度に弓を引く、妖精の声などもはや聞こえない。

 

加賀は眉ひとつ動かさない、浮いているだけ御の字と全身が物語っていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「流石に二度も、赤城さんを残して沈むのは御免だったんですがね」

 

結局、全力での抵抗は僅かな時間を稼いだだけの結果に終わり、

弓は折れ、矢は尽き果てて一同が海上に浮かび、蒼天に向く。

 

数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの被弾、もはや指一本動かせない。

気が付けば鉄風雷火の嵐は止んで、怨敵が間近で私を見下ろしていた。

 

白けた様な目線、誰かに似ているような顔。

 

似姿が問い掛けてきた、こんな事に何の意味があるのかと。

 

「簡単に諦めると怒るヒトが居るんですよ」

 

まあここで命運尽きて沈んでも、まだ最終陣、横須賀所属の私たちが残って居る。

こうやって少しでも時間を稼いでおけば、後は彼女が何とかするだろう、きっと。

 

思い浮かんだ言葉に苦笑する。

 

ありえない夢想だと頭では理解しているのに、何故か心が信頼している。

 

―― 何モ変ワリハシナイ、オ前タチハ

 

視線が合う事は無く、身を翻し、投げ捨てた言葉と共に離れていく姫。

 

―― 何度デモ、何度デモ沈ンデイク

 

やがて、最後を告げるであろう爆撃機が集まり、編隊を組んだ。

 

いつかの時と同じように、私の直上。

 

だからか、走馬灯だろうか、脳裏にかつての記憶が浮かんでくる。

 

いつも背中を見ていた。

 

第一航空戦隊、赤城と鳳翔、かくありたいと思う姿だった。

 

航空母艦という艦種の名を背負い、かの戦艦長門に対峙した。

 

よりにもよって日本の誇りに、悪態をつき首を掻っ切る仕草をしたのは誰だったのか。

 

最後の最後で思い出し笑い、

ああそうだ、いつも彼女が傍に居た。

 

そうか。

 

龍驤、貴女は私の ――

 

轟音が、響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 叙

轟音が、響いた。

 

遥か遠方より過たず撃ち抜かれた爆撃機の破片が飛び散り、

掻き乱された気流に編隊が木端の如く吹き散らされる。

 

「カーッ格好良いなあ! 流石は長門サン、痺れるねえ」

「ふはは、良いぞ隼鷹、もっと褒めろッ」

 

聞こえるはずの無い声だった。

 

「何つうかなあ、主砲で対空防御されると、ウチら商売あがったりなんやけど」

 

溜息と共に呆れた声を出す姿。

 

誰もが、その目に映った光景を信じる事が出来ない。

 

―― アリエナイ

 

先頭のソレは、懐より取り出した紙巻を咥え、指先に生んだ霊火を近付け火をつける。

 

―― オ前タチハ、コノ戦場に居ナカッタハズ

 

その空母は聞く耳を持たず、深く吸い、煙に巻いた。

 

「何や、一、二航戦が揃いも揃ってシケた面しおって」

 

誰のための言葉だったのか、火の付いた紙巻を突き付け、悪戯染みた気配で笑う。

声を受け、蒼龍が顔面に様々な体液を漏らしながら叫んだ。

 

「りゅ、りゅうじょぶゼンバアァァイ」

「うわッ……百年の恋も冷めそうな面ってのはこういう事か」

 

「びどいッ」

 

加賀の引き攣った顔は笑顔の様であり、飛龍は固まり、赤城が乾いた笑いを漏らす。

 

飄々とした空気の中、やがて、戦場に馳せ参じた艦影は6隻。

 

龍驤 ―― そして隼鷹、長門、陸奥、大和、武蔵

 

疑問に、歓声に、怨嗟の声に、およそ突然に喧騒と言う物が生まれる。

問いかける声が、叫びが、訪れた艦隊へと叩き付けられた。

 

そして、実に馬鹿げた火力をその背に背負い、先頭のまな板が口を開く。

 

「ほな、ちょっとばかり仕切らせて貰おか」

 

様々な疑問の一切合財を聞き流し、大符が海上に広げられた。

 

 

 

『比翼の鳥 叙』

 

 

 

「つまり手遅れや、人類は負けた」

 

作戦総本部に響いた結論に、席に在る提督陣の顔色は総じて鉛に色を変えた。

 

壇上に立つ姿は赤い水干の軽空母、ホワイトボードに殴り書きされた内容は

米軍のパールハーバー奪還を起点として組み上げられた、見立ての術式。

 

深海棲艦が、その身の血肉と怨念を以って、太平洋に描き上げた大術式。

 

人類勢力を大日本帝国、深海勢力をアメリカ合衆国に割り当てて、

かつての歴史の再現を促す致命の一撃であった。

 

「各員の奮起を、という次元の話では無かったわけだ」

 

横須賀勢から、第一提督が口を開けば、第四の壮年が発言を受ける。

 

「そうだよな、違和感はあったんだよ、忘れていたけど」

 

各所に鎮守が配置されている本土ならば呪詛の影響は受けない。

だが、海に近づけばそれだけで取り込まれてしまう。

 

何処からか、たかが化け物どもなどという声が上がる。

 

「死体ですら霊格が上がれば知能を持つ、奴らがそうでない道理は無いわな」

 

肩を竦める軽空母は、まるで他人事であった。

 

「そもそもや、最近の深海棲艦は弱すぎた、不自然なほどに」

 

最後の赤城たちを温存すれば、何処にも行けない、パラオで飢えるだけや。

対抗の術は、70年以上に積み重なった圧倒的多数の認識を覆すのは不可能に近い。

人間が出撃すれば、常世に堕ちて動く死体になるだけや、敵が増えるな。

 

ひとつ、ひとつと提督たちが口にする裏付けのない希望を丁寧に潰していく。

次々と鉛を飲み込んだ顔色が場に並び、最後に誰かが小さく呟いた。

 

ブルネイの魔女、と。

 

事此処に至って誰もが理解した、人類はヒトの怠慢で敗れるのだ。

 

盤面の上、艦娘という駒に全てを託し、そして、託し過ぎた。

 

対戦相手がルールブックに都合の良い一文を書き込むのを、

プレイヤー以外の誰が止められると言うのか。

 

気が付けば盤その物が既に相手の物であり、妖精と言う審判は抱き込まれ

艦娘というシステムに制定されたルールを宣告される段階である、歴史に従えと。

 

誰もが口を噤み、絶望と言う名の静寂が訪れる。

 

―― だが

 

ただ一人、口を開いた。

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地、提督。

 

平素の様に、何の躊躇いも無く、ただ喉が渇いたのでお茶をくれと言う声色で。

 

「で、何が要る」

「大和と武蔵」

 

打てば、響いた。

 

壇上の魔女が視線を回す。

 

「第二に代わって認めよう、持って行け」

「武蔵は預けているからね、好きにすれば良い」

 

即座、赤い水干の前に書類が翻り、何事かを書き込みながら言葉が続く。

 

「長門と陸奥」

「ちゃんと返してくれよ、第二本陣に言い訳が立たん」

 

ブルネイのナイスミドルが口元を歪めながら言った。

 

「アタシの名前は無いのかい」

 

見れば入口に立つのは、紅白に染めわかれた陰陽系改装空母の姿。

 

「ハッ、言うまでも無いやろ」

「カーッ、龍驤サンと知り合ったのが運の尽きだねえ」

 

一同の背筋が逆立つ声色に、顔に手を付き大仰に嘆いたのは、隼鷹。

 

その横に、肩で息をして膝に手を付き俯く利根が居た。

一息、顔を上げ、珍しく獰猛な笑みで龍驤に言を伝える。

 

「要望通りじゃ、全て埠頭に揃えておいたぞッ」

 

書き上げた書類を横須賀提督陣の前に叩き付け、身を翻す赤。

牙を剥くかの如くに笑顔を交わし、差し出した手を互いに叩く。

 

「待て、どうする気だ一体!」

 

誰かの叫びに、少しだけ振り向いた化物(ケモノ)が、韜晦しながら笑った。

 

「盤面が駄目なら、ひっくり返してぶん殴るしか無いやろ」

「貴様とは決して卓を囲まんからな」

 

思わずの軽口を叩いたのは横須賀、書類に目を通し口元が引き攣っている。

 

「ま、駄目ならそれまでや、この首好きにするがええさ」

 

首元に手刀を振りつけて、退出しようとする軽空母を呼び止める声がある。

 

龍驤、と。

 

言葉と共に投げつけられた小さなそれを片手で受け取る。

 

5番泊地提督が言う、同じく手の平を首元に振りながら。

 

「艦娘1隻の首じゃ足りんだろ」

 

何やってんだろうなあ俺、という内心が外側にだだ漏れになっている姿。

そんな中で、無理に作ったような笑顔に龍驤が苦笑を漏らす。

 

「知らんかったわ、司令官ってエエ男やったんやな」

「今更過ぎるだろ、それ」

 

そして、手の中にある小さな指輪を薬指に嵌めた。

 

後年、横須賀第一提督はこの時の事を人にこう語る。

 

歴史の先端に馬鹿が居たと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

埠頭でグルグルと回りっぱなしの羅針盤を睨む。

 

「はてさて、いったいどんな如何様をする気なのだろうな」

「流石は長門サン……微塵も疑いを持っちゃいない」

 

「何にせよ、龍驤様ならきっと何とかしてくれます」

「えーとね武蔵ちゃん、なんでこの娘ここまで龍驤ちゃん贔屓なの」

「……姉上だからな」

 

何や後ろから物凄く気楽な会話が聞こえる。

 

「で、本当にどうやって辿り着く公算なんだい」

 

隼鷹の問いに、意外そうな顔を向けた。

 

「何や、ウチですら聞こえるのに、何で隼鷹が気付かんねん」

 

海原を指し示す、負の怨念に染まり他に何も無い。

困惑している顔に、言葉を紡ぐ、皆に聞こえよと、皆に。

 

「もしも、あの場に大和が居れば」

 

―― 長門が辿りついていれば

―― 武蔵さえ居てくれれば

―― 陸奥が間に合ってくれたなら

 

「知っとるか、山本五十六最大の誤算とか言われとるらしいで」

 

懐かしい音を追って見上げれば、97式一号艦攻、そして零式艦戦21型。

待ちきれずに化けて出たか、最後までウチと共にあった英霊たちが。

 

「ウチと隼鷹が、ミッドウェーに行かんかったことが」

 

ああそうや、聞こえるんや。

 

70年以上の長きにわたって積み重ねられた、益体も無い悔恨の声が。

間違いなく負に属する、惨めで、叶いもしない妄想が、繰り言の集積が

 

今この場で、ただ一言を待っている。

 

「……龍驤サン、あんたまさか深海に」

 

腕を上げ、かつての誰もが望んでいた一言を、立ち込める負の世界へと響かせた。

現実は要らない、絶望も要らない、今此処でただ望むのは、都合の良い願望。

 

針は指し示すだろう、望んだ海域を、あらゆる由縁を越えて、妄執が。

 

連れて行く、連れて行けと ――

 

「第四航空戦隊、抜錨する」

 

辿り着きたかった、あの戦場へ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 過

龍驤たち陰陽系艦娘が遣う鬼神召喚大符は、極めて不完全な代物である。

 

およそ一切の後ろ盾も無く、如何なる加護も、命令すらも記されていない。

方位、鳥居に見立てた文字がその形を以って鬼を表しているだけである。

 

ただ、その名のみを以って常世の鬼と縁を結んでいる、それだけの符だ。

 

いや、符と呼べるかどうかも怪しい。

 

縁を置き、ここに甲板がありますよと知らせているだけの記号でしかない。

 

そう、艦載鬼の召喚は、ただ艦娘と鬼の関係性のみに依存して行われる。

 

だからこそ陰陽系艦娘は、本来は天の名に於いて下される勅をこう使う。

 

―― 龍驤の名に於いて勅令す

 

大符を、女の身を表す右の方位から展開する。

 

縁に因って喚びだされた式鬼神が、艤装スロットの触媒に反応して変化した。

 

それは、本来ならば龍驤とは何の縁も無かった鬼体。

 

艦上戦闘鬼「烈風」 艦上攻撃鬼「流星改」

 

喚ぶまでも無く、既にその鬼に憑いているのは ―― 龍驤隊が英霊46鬼

 

雲霞の如く空を埋め尽くす深海を前にして、誰もが笑っていた。

龍驤の如く我先に空へと翔け上がる鬼体に、ただ一言が告げられる。

 

―― 喰い尽くせ、と

 

 

 

『比翼の鳥 過』

 

 

 

曇天の下に雷火が咲き乱れる。

 

装備の差もあるのだろう、鎧袖一触とばかり削りに削れる深海の空は

無尽蔵と思えるほどに、次々と繰り出される後続に補充され、拮抗している。

 

制空権拮抗、それはやがて物量に圧され奪われてしまうのだろう。

 

たかだか軽空母2隻の戦果としては異常な物がある。

だが、それが何の決定打にも成らないという事もまた、事実であった。

 

現在の命運は、戦艦の上にのみ置かれている。

 

第三スロットの爆撃隊を喚び出せば、龍驤の仕事は、ほぼ全てが終わる。

 

自分が軽空母で有る事は良く理解している、火力を防ぐ装甲も、

数多を貫く砲撃も此の身に備えてはいない。

 

だからこそ、暴力の化身である戦艦に道を付け、空の露払いをしていた。

 

だが、それで本当に良いのだろうか。

 

良いはずだ、できる事は全て終わった、はずなのだが

 

心の奥にまだ、何か引っ掛かる物が残っている。

 

音が、消える。

 

次いで鼓膜を揺さぶる轟音が、艦隊を中心に巨大な波紋を作り出した。

 

46cm三連装砲 ―― 一斉射撃

 

棲姫の随伴にと数を揃えていた深海棲艦たちが、細かな破片となって飛び散っていく。

砲撃に合わせ、旗艦を庇った重巡が砕け散り、その奥にある姫の視線は冥い。

 

反撃が来る。

 

うかつに打撃を受け、召喚を途切らせるわけにはいかない。

理由のわからぬ焦燥を抱えたまま、隼鷹と共に後ろに下がる。

 

遠方より戦局を見上げ、舌打ちをした。

 

鬼たちは善く闘っている。

 

だがしかし、無尽蔵とも感じさせる物量の前に、僅かずつ、

僅かずつだが戦線を押し返されている。

 

徐々に空へと空いていく隙間に、棲姫の口元が歪んだ。

 

手繰り寄せた勝利を確信した笑み、それが龍驤の視界に入る。

 

何か、イラッとした。

 

この気持ちは、覚えがある。

 

だからというわけではないが、ああ、今だなと。

 

海面に水の尾を引くほどの低空を、大きく弧を描いて接敵する一群が居た。

 

龍驤隊、第3スロット艦上爆撃鬼「彗星一二型甲」6鬼

 

戦火を避け、制空の下を潜り ――

 

棲姫の完全な死角、およそ気狂い染みた練度が取らせた超低空飛行の末

突如に水滴を吹き散らし、標的を囲み螺旋を描き上空へと飛翔する。

 

間髪入れずの直上から急降下爆撃、4弾が命中。

 

黒染みた艤装が砕け散り、細かな怨念と化して水面に飛び散った。

 

血の如き瘴気を撒き散らす悍ましい身体が、吼える。

 

海上に此の世ならざる怨嗟の獅子吼が木霊した。

 

―― 姫級深海棲艦

 

残響が消えても残る圧力は、空気を鉛が流し込まれたかの如くに重い物に変え

およそ「あやかし」としての格の違いを戦場へと見せ付ける。

 

誰もが、足を止めた。

 

意識でもない、戦意でもない、ただ今更に肉体が理解してしまったが故の一瞬だった。

 

―― 姫級(コレ)は、相対して良い怪異ではない

 

いち早く長門が本能の警鐘を打ち破り、その主砲を持って対応する。

 

それでも僅かな隙に、かなりの戦場を圧し込まれていた、制空が劣勢へと傾いた。

雑然とした敵、散漫な砲撃、幾つかと抜けてきた艦載機。

 

爆撃を避け、戦域を迷走する龍驤の心中に疑問が募っていく。

そんな場合でも無いだろうにと、掠める水柱の横で思考が加速する。

 

覚えがある。

 

ああそうだ、全てに既視感がある。

 

このクセのある爆撃も、身に纏う独特の空気も。

わからない、深海棲艦とは、何だろう。

 

かつての艦船の魄に、負に染まった様々なモノが積載された

都合の良いものだけ入れた艦娘とは違う、言わば天然の付喪神。

 

ならば、空母棲姫は ―― 誰

 

戦場の、全ての意識の外から、先輩と叫ぶ声があった。

 

「飛龍、健在ですッ!」

 

後方、声を出し力尽きたか、海面へと倒れこむ緑、その後ろには黄が翻る。

 

弓を番え、引く。

 

その全ての艤装が常とは違うものばかりである。

 

蒼龍が瀕死の身体を引き摺り掻き集めた、赤城より回収した矢羽根、

逃走の邪魔と加賀が放り投げていた甲板、そして、飛龍が死守した弓。

 

艦娘って何ていい加減な生き物と、飛龍が小さく呟いた。

 

そして放たれる戦闘機、それは乾坤の一滴。

やや押され始めていた戦局を拮抗にまで押し返す。

 

砲火が、空の交差も全てが釣り合い、戦線が膠着する。

 

そして生まれた僅かな隙、血の凍るような間隙の中で、ついに龍驤は理解した。

 

ああ

 

そうか

 

呼んでいたのか

 

幾度も夢に見た

 

お前もまた、そうであったのか。

 

幾度も夢に見た、お前を沈める日を

 

お前もまた、そうであってくれたのか。

 

知り尽くした爆撃を避け続ける、避け様の無い致命の爆撃を

全てを予め知覚しているかのように、避け続ける。

 

水柱があがり続け、戦場に余裕が失われていく、騒々しき静寂の中で

およそ機会はこれが最後だろうと、全艦が突撃の意思を固めた頃 ――

 

戦場より距離のある飛龍からは、よく見えていた。

 

諦めたように息を吐き、苦笑する。

 

ああ本当に、と。

 

「これだから英雄って生き物は」

 

突如、棲姫の背骨に氷を突きたてられた様な悪寒が走る。

 

眼前の悉く、およそ一時たりとも気の抜けぬ敵たちを前に、視線を外す。

何をやっているのかと意識が叱咤するも、振り向く身体を止められない。

 

それから眼を離してはいけなかった。

 

棲姫の視界に映るのは、水を切り、海面を滑るように回り込んだ、何か。

その黒金の火口が、およそ内部まで視認できるほどの、至近。

 

視線が交差する。

 

互いの瞳は、不思議と落ち着いた色合いをしていた。

突き付けた砲塔、視界の中、銀色の指輪が在る。

 

「済まんな、キミと一緒には逝けんのや、()()

 

棲姫が伸ばした手は、何のためであったのか。

 

第四スロットの三連装砲

 

外しようの無い一斉射撃が、龍驤の眼前に爆炎を生み出した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

飛龍の笑いが止まる、砲火の酔いが少々に醒めて正気が戻ったのか。

 

冷静に考える、紙装甲の軽空母に因る、余りの非常識に飛龍の頬に汗が伝う。

そうだ、こんな無茶を通して死ぬ気かと、青ざめた温度に伝わる音がある。

 

これを機と見て全速の前進を開始した長門が、快活に笑いながら叫んだ。

 

「流石よな龍驤ッ 我らに先駆けるとはッ!」

 

その後ろに回った隼鷹が、指を指して馬鹿笑いをする。

 

「馬鹿だ、馬鹿が居るーッ!」

 

長門にやや遅れ吶喊する大和、砲撃を続けながら輝いた目で口を開く。

 

「流石です龍驤様ッ!」

 

手足を大きく振り棲姫へと駆けている武蔵が叫ぶ。

 

「まさに万夫不当の武勲艦よッ!」

 

右手をぐるぐると振り回し、陸奥が宣言する。

 

「よーし、お姉さん負けないわよーッ!」

 

飛龍の表情が固まる。

 

視線が宙を彷徨い、頭を振り眉間を抑えて、大きく息を吐く。

 

全力で、叫んだ。

 

脳筋(バカ)しか居ねーッ!」

 

海原にやるせないツッコミが響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 結

弓を降ろして大きく息を吐く。

 

最後の最後に何故か相当に疲れたと頭痛を堪え、頭を振った。

視界の先に小さく映る一団が、両手を振り上げ喝采を上げている。

 

ぽん、と、誰かに頭を叩かれたような気がした。

 

振り向いても誰も居ない。

 

何なのよと困惑しつつ視線を戻せば、空が割れていた。

音の消えた戦場に、晴れた日差しが降りしきる。

 

久方ぶりに見た陽の光に、心が落ち着いていく。

 

立ち込めていた瘴気も散り始めた。

後始末は大変だろうが、それはもう私の知った事では無い。

 

疲れているのだろう、一時、日差しの中に幻を見た気がする。

 

数多の無念があった、数多の残念があった。

そんな数多くの想念を、龍が、空へと還している。

 

無い無いと、常日頃の暴虐軽空母を思い手を振り苦笑する。

足元で蒼龍がうごけないーとか呻いている、随分と余裕そうだ。

 

唐突に、腑に落ちた。

 

「ああ、そうか」

 

海原を通る風が髪を揺らした。

 

過ぎる風が告げる、傍に居た気がする誰かは、もう居ない。

 

「今度は、勝てたんだ」

 

知らず、涙が流れていた。

 

 

 

『比翼の鳥 結』

 

 

 

殺劫は果たされた。

 

性悪妖精の意味不明な戯言で目が醒める。

 

見れば艤装がボロボロになっており、視界に入った妖精のドヤ顔もウザく、

とりあえず大き目の破片を手に取って妖精を括り付け海原へと還しておく。

 

頭を振って思い出す。

 

棲姫に砲撃を叩き込んだ後、間髪入れず顔面をぶん殴り、視界が爆発した。

 

何でやねんと目を向ければ、艦隊の皆は残党狩りに勤しんでおり

こちらに目を向けた陸奥が手を合わせ頭を下げてきた。

 

…………友軍誤射かいなッ!

 

いやまあ、目標に密着しとったウチも悪いけどな。

 

まあええわと、懐の紙巻を取り出して、見事に時化っている様にため息ひとつ。

後ろ手にポイと投げ捨てれば、何かに当たって変な音がした、いや声か。

 

振り向けば棲姫が居る、半身だが。

 

およそ、その肉体を形作る芯ともいうべき個所を撃ち抜かれ、その末端から

断面からと瘴気に還元されて削れている最中、生首一歩手前とでも言う感じ。

 

何や、一緒に吹き飛ばされとったんかと。

 

煙草(ヤニ)、持っとらんよなぁと問えば、口元を歪めた。

ほう、『航空母艦ハ禁煙』ですと、深海ですら嫌煙派が幅きかせとんのか畜生。

 

「勝ッタ、ト ―― 思ッテイル、ノ ―― カ」

 

つーか何処から声出してんのと、疲労からか思考が取り留めも無い。

 

「我々ハ ―― 終ワラナイ」

 

遺言やったか、それともただの断末魔やったのか。

 

「人ガ ―― 人ガ世界ヲ呪イ続ケル限リ、幾度デモ ―― 幾度デモ」

 

―― 黄泉帰る

 

深海棲艦とは、ヒトの負の意思の堆積より生まれる妖やったか。

 

そやな、事此処に至って、世界が崩壊して猶、互いに争う事を放棄しない人類は

海上に深海を無限に供給し続ける機関であり、艦娘の戦争の由縁で間違いは無い。

 

「浜の真砂は尽きるとも、ッてやつか」

 

棲姫の(まじな)いに訪れた静寂に、軽空母ただ一隻だけが飄々と受け答えをする。

 

「オ前タチハ、モハヤ逃ゲラレヌ」

 

艦娘が戦争の宿から解放される機会はこの時しか無かったと、世界が深海に沈んでこそ

誰もが夢を見た、静かなる海を取り戻せる事が出来たのにと、嗤う。

 

人類の怨敵の、随分と平和な思考に思わず苦笑が漏れた。

 

無限に続く殺し合いに、果ての無い球形の戦場を識って猶、鼻で笑える。

 

何を、くだらないと。

 

「堕地獄必定は、ウチらの誇りや」

 

棲姫の呆けた顔がある、意外に可愛らしいなと思った。

 

無限に闘争が続く?

 

ええやろう、無限に砲火を積み重ねよう。

 

幾度も魂を輪廻させ、それこそ弥勒菩薩でも降臨する様な歴史の果てまでも

いつか、ウチらを構成する何もかもを世界が克服するその日まで。

 

「戦わん生き物に、未来なんざ有るはずもない」

 

快哉が響いた。

 

―― 変ワラナイナ、龍驤

 

棲姫が楽しそうに笑い、面影が強くなる。

 

「アア、お前が来テくれたカラ……」

 

毒を吐き出したせいか、もはやその身に邪気は無い。

 

「ソウか、だから私ハ」

 

そして空母棲姫は瞼を閉じ、静寂が訪れた。

 

遠くを見れば何もかもが終わり、勝鬨が聞こえてくる。

いやいや待とうや、ここに首魁が残ってますよ、生首だけど。

 

仕方無し、身を起こし無事な艤装を点検する。

 

幸いにも動作は出来そうな3連装砲を生首に突き付け、聞く。

 

「何か最後に言う事は?」

 

棲姫は僅かに目を開き、また閉じた。

 

―― また会おう、友よ

 

爆音は一度、火の属を持つ浄化の式が魄に溜まった何もかもを消し飛ばした。

 

ああ、いつかに誓った通りの顛末や。

 

ウチには、コイツを沈める義務があった。

 

感傷は遠く、やがて誰かの大祓いが聞こえてくる。

 

チャンポン陰陽でも唱えはするが、神道専門なら戦艦組のもんや、大和か。

朗々と、粛々と、畜仆(けものたおし)蟲物(まじもの)せる罪を清めよと謳い上げる。

 

艦隊へと舵を向け、次いで無事な艤装のどこかしらに無事な煙草でも無い物かと

そうそうこんな事も有ろうかと予備を艤装のスロット間に潜り込ませて。

 

―― 数多の罪咎は、水の流れに乗せて瀬織律比売に流して貰いましょう

 

一緒に消し飛ばされていたという事実を知り鬱になる。

え、何、このまま寄港するまで禁煙続行なん、本気で。

 

―― 海にまで流れた罪咎は、速開都比売に呑み込んで貰いましょう

 

こちらに気付いた大和が手を振ってきて、陸奥がテヘペロとかやっている

うん、仕方無いとは思ったが撤回や、絶対に許さへん。

 

―― 呑み込まれた罪咎は、気吹戸主に根の国まで吹いて貰いましょう

 

何ぞ咥える物でもと、空白の式紙でも丸めて口にすれば、虚しい。

ぴろぴろと丸めた穴から噴き出す空気が、どうにも惨めな気分を助長する。

 

―― 根の国に至った罪咎は、速佐須良比売に背負って貰いましょう

 

気が付けば空は快晴、雲の隙間へと魂が昇り、そして降りてくる。

僻みたくもなる、肉の身を持って海面を漂うウチらを笑っているのかと。

 

―― 背負っていただけた罪咎は、流離いの果てに失われます

 

地水火風の借り物を、天地に返して空なる生の、何と気楽な事よと嗤っている。

いまごろはあの馬鹿も気楽になっている事だろう、まったくあの馬鹿は。

 

―― いつの日か、全てを失っていただけます

 

「ほんま、不器用で迷惑な奴や」

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

一航戦と書いてラッコと読む。

 

蒼天を仰ぎ見てプカプカと浮かんでいる赤青の、腹の上に戦闘糧食(おにぎり)が広げられて

いるのを見て、思わずそのまま沈めたくなったウチは間違っていないと思う。

 

ちょっと大和か武蔵に主砲を撃って貰おうとしたら全力で止められた、解せぬ。

沈みかけの蒼龍がしがみ付いて来て、殿中、殿中にござるって此処は竜宮城かいな。

 

一息、気を取り直して馬鹿に寄る、腹踏んづけるぐらいは許してもらえるよな。

 

「龍驤、視線に殺気が籠もってますよ」

「籠めとんのや」

 

何か大急ぎで残りのおにぎりを口に入れ、頬袋が膨らむ青い馬鹿。

まあこれから曳航するにしても、何か改まって言う事というのも無いわな。

 

「そや、煙草(ヤニ)持っとらんか」

「航空母艦は禁煙ですよ」

 

さよけ。

 

何にせよとりあえず身体を起こせやと、近付くウチに苦情を言ってくる。

 

「来るのが遅いのです」

 

言うに事欠いて何やねん。

 

ちょっと自分でも信じれないほど高速に全てを終わらせて駆けつけてきたんやでと

どんぐらい速かったかを語ってみても、肩を竦めてため息を吐きやがる。

 

差し出した手に、自分の手を重ねながら、何を言っているのですかと言う。

 

「80年も遅刻しておいて」

 

発言に目を合わせ、どちらともなく苦笑する。

 

そのままに引き起こしたら、腕を首に回された。

 

どうにも引き剥がせない、いや、戦艦あがりの正規空母の馬力のせいやからな。

つーか長門(ながもん)、ウチごと曳航索で括ろうとすんな、剥がすの手伝えや。

 

妖怪しがみ付き空母の顔面に鉄の爪を食い込ませながら、ため息ひとつ。

 

「いくら何でもハードル上げ過ぎや、阿呆」

 

蒼天の下、海原は何処までも広く、妖精が笑っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比翼の鳥 余

横須賀第二提督室が事件の概要を知ったのは、全てが終わった後の事であった。

 

事後承諾で悪いがと、第一提督から渡された書類に目を通し、判を押す。

 

「望んでも付けられない箔付け、ですか」

 

引き攣った笑顔でぼやいたのは第二提督、特徴の無い顔立ちの若者、引き締まった

肢体が防衛省の縁、第一提督室の予備、代理の立場にある由縁と伺わせる。

 

捺印されたのは一枚の書類、騒動の渦中に龍驤が記した艦隊編成の申請であった。

 

「これでまあ、下手すれば一生ブルネイには頭が上がらんな」

 

ああ本当にそつが無いと楽しそうに笑う声に、判を押した提督の表情は苦々しい。

 

早速に目敏い文屋が騒ぎ立てている救世の艦隊、その見出しは全てこの一枚の

書類に書かれた内容に帰結している、構成する6隻の横に記された一言。

 

旗艦 ―― 大和

 

書類の横に在る速報の見出しは、『軍神大和、世界ヲ救済ス』

経緯、実情はどうあれ、それが世間一般の真実と成っていた。

 

承認の判を所定の位置に戻して大きく息を吐き、表情を緩める。

 

功を成し、名を譲る、謙譲の美徳と言うにはあまりにも剛毅な行動に

 

ブルネイに、いや龍驤個人に返しきれないほどの借りを受けた形になったが

それを差し引いても横須賀が得た物は大きい、それこそ歴史に名が残るほどに。

 

「ブルネイの魔女、と言うよりは女神と言い換えたくなりますね」

 

多少の畏敬の色が見える戯けた言葉に、笑顔を崩さないままの返答がある。

 

「いや、アレはやはり魔女だよ」

 

訝しげな表情へ、楽しげな顔を崩さないまま、第一提督が1枚の書類を追加した。

判を押した以上はコレも第二提督室の受け持ちだなと、釘を刺しながら。

 

眼を通した責任者の動きが止まる。

 

此度の出撃に関わる、もしかしたらあまり関係ない所まで含まれていそうな

膨大な数字の必要経費、資材、装備、その他諸々が計上された請求書であった。

 

「そつが無い、と言っただろう」

 

横須賀鎮守府に、魔女への罵声が木霊した。

 

 

 

『比翼の鳥 余』

 

 

 

スコールの合間に青空が見えた。

 

埠頭の乾いた部分に腰を下ろし、紙巻で煙を空に吹かせば

龍驤は、何となく帰ってきたんやなあという気分になる。

 

雨上がりの日差しが空気の湿度を上げて、海沿いの風に飛ばされていく。

 

遠く提督執務室の方角から、聴き慣れた高速戦艦の悲鳴が聞こえてくる。

 

「吹き来る風が私に云う、ってのは少し違うか」

 

とりあえず、ケッコンとか指輪とか聞こえてくる喧騒がある以上

ほとぼりが冷めるまで執務室には近づかない方がええやろな、と思った。

 

 

 

提督執務室にて金剛の狂乱は、まあ予想通りであり、特筆すべき点と言えば

背後より放たれた霧島チョップを受け止め、金剛脇固めで返した事であろう。

 

開始5秒、霧島の高速タップで勝敗は決してしまった。

 

「気配の殺し方が甘かったのでしょうか、どう思います解説の叢雲さん」

 

万年筆をマイクに見立てた筑摩が叢雲へと話題を振る。

 

「いえ、ここは金剛さんを褒めるべきでしょうって誰が解説よッ!」

 

何だかんだで初期艦の叢雲は、龍驤や提督と最も長く付き合ってきた艦娘である。

とりあえず振られたらノリツッコミ、端的に言って、かなり染まっていた。

 

暴れるだけ暴れて一息ついたのか、大きく息を吐き、よし、ノーカンッ

などと叫んだ金剛が気持ちを切り替え、提督の方へと向いて宣言をする。

 

「こうなった以上、セカンドリングは私の ――」

 

その中途、突如に扉が開き入室してきた小柄な姿。

全体的に白い印象の制服を身に纏った駆逐艦、ヴェールヌイだった。

 

「司令官、練度を上げきったから指輪をくれたまえ」

 

金剛が、固まった。

 

何かタイミングが良いのか悪いのか、先程よりの話題に煽られて

机の上には意味も無く引き出しより出していた二つ目の指輪が鎮座していた。

 

そのまま流れるように受け取って左手の薬指に嵌めるヴェールヌイ。

 

僅かに頬を染め、少し俯いて口を開いた。

 

「司令官、愛とか恋とかって、何の事なんだ……」

 

何かを口にしようとした提督に、言わせず上目遣いを向けて言葉を続ける。

 

「えっ、教えてくれるのか」

 

執務室の空気が凍った。

 

 

 

仕込みの最中の居酒屋鳳翔に、入ってきた人影がある。

 

何も言わずカウンターに座った人影の前に、そっとぐい呑みが置かれる。

 

鳳翔は識っている、大食艦で名を馳せている故に目立たないが、

何か大きな出来事の後は、決まって胃を痛めつけるような呑み方をする。

 

赤城はそんな艦娘であった。

 

静かなままに口を付けた表情が、驚きに変わる。

 

ぐい呑みの中身が、尋常でなく冷えていた。

 

「以前、龍驤さんがお土産にくれたんです、しずく酒という名前だとか」

 

悪戯が上手くいったという感じの笑顔で、鳳翔が酒瓶を持ち上げる。

瓶の中身は半分ほどが凍っており、溶けた酒を注がれたと知る。

 

「凍結酒、ですか」

 

してやられたという苦笑を持って、再度に口を付けて中身を味わう。

 

アルコール飲料の凍結温度は水よりも低い、熱帯にあるブルネイの

温度と湿度にやられていた身体に未体験の清涼感が染み渡っていく。

 

冷え切った味は舌の上を滑り、上善は水の如しという言葉が自然に浮かんできた。

 

「あの娘は、贅沢と言うのを好くわかっていますね」

 

赤城は思い出す、龍驤がクーラーを買ったと聞いた時の衝撃を。

 

クーラーや冷蔵庫、それが個人の手の届く値段にまで価格破壊が起こっていた

という事実にも驚いたが、軍艦である自分たちが、そんな生活環境を整えるなど

 

まるで人間の様な発想を自然に行う事ができるとは、と。

 

事実、龍驤が家電製品を買い込むまで、泊地の艦娘は誰も

それらに思い至る事が出来なかった、誰しも歴史が艦の時点で止まっていたのだ。

 

意外性が人型になったような艦娘ですと、思わず口から零れてしまう。

 

「一緒にお店を、というのは我儘なんでしょうね」

 

それきりに訪れた静寂の後、ふと思い出したように赤城が口を開いた。

 

鳳翔さんと名前を呼び、静かに頭を下げる。

 

「ただいま戻りました」

 

鳳翔が身を正し、穏やかに言葉を受け取る。

 

「はい、お帰りなさい」

 

頬を水滴が伝っていた。

 

 

 

ぷかぷかと煙を浮かべていれば、喉がいがらっぽくなるのは当然の話で。

龍驤が一旦引き上げて喉でも潤すかと考えた頃、そっと差し出される珈琲缶。

 

「相変わらず空を見ているようですが、何が見えるんですか」

 

神通が笑っていた。

 

「雲の形が綿菓子にーってのはメルヘンが過ぎるかな」

 

似合いませんねと苦笑して問いを続ける。

 

「昔は赤城さんや加賀さんかと思っていたのですが、今はもう泊地に居ますし」

 

艦船の時代、神通が識る龍驤もまた、良く空を見上げていた。

その最後の姿とともに、強く心に残っている光景だと言う。

 

何か見られていた事実に決まり悪げと頬を掻き、軽い雰囲気で話し始めた。

 

「知っとるか、飛行機乗りの魂は三途の川には行かんのやと」

 

言葉に合わせ、二人で空を見上げる。

 

雲の切れ間に青い空が見えた。

 

「雲よりも遥かに高く、自分の愛機と一緒にいつまでも飛び続けるんや」

 

話しながら手を伸ばし、当然のように届かない。

何も掴めないままに軽く振り、やがて降ろして言葉を切った。

 

「そんな飛行機乗り達が作る河を、蒼天の河と言うらしいで」

 

あのお節介どもも、今頃は元の河に戻っとるんやろなと、笑った。

 

 

 

喧騒が高速で移動して、ついには埠頭にまで差し掛かる時が来た。

 

全力の逃走を続ける提督が埠頭の龍驤に声をかけた。

 

「龍驤、たすけろッ」

「無理ッ 何やねん一体」

 

そのままに通り過ぎ、次いで走るヴェールヌイが言葉を続ける。

 

「愛の逃避行中だよッ」

「そりゃ難儀なッ」

 

そしてやや離れた距離で、団子のように固まって追いかける高速戦艦四姉妹。

それぞれが何か別の思惑があるのか、どうにも喧騒に統一性が無い。

 

既成事実がどうこうと、何か若年層に悪影響がありそうな叫びがあった。

 

視界の端で小さくなっていく騒動に、神通が屈伸をして追撃準備をする。

 

「あー、行くんか」

「ええ、せっかくですから」

 

言うが早いか、そのままに疾走を開始して、龍驤の視界から消えていく姿。

 

「……司令官も、モテモテやなあ」

 

改めて紙巻を出し、煙を空へと浮かべ直した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

とりとめもない考えが浮かび続ける。

 

大和には悪い事をしたな、とか。

 

祭り上げられるのを嫌がっていた、まあ頼み込んで堪えてもらったが。

 

深海棲艦の手加減が無くなる以上、これからの戦線は悲惨に尽きるだろう。

ならば後ろに居るべき英雄は、ウチなんかよりは国の名を背負った大戦艦の方が良い。

 

泣かせてしまった事実には心が痛むが、それでも全ての艦娘のためにと

耐え難きを耐えながらも引き受けてくれた姿に、頭が下がる。

 

ああ、本当にあの娘は強くなった。

 

……まあこれ以上に仕事増やされてたまるかっつうのも本音なんやけどな。

 

そして、ええかげん埠頭から帰ろうかなと言う時に、何故か加賀が横に居る。

 

「せっかくですので、その指輪を沖に向けて全力投擲しませんか」

「なんでやねーん」

 

珈琲缶も空になり、手持無沙汰に二人で空を眺めている。

陽光を雲が遮り、日没が近い事を教えてくれた。

 

「龍驤とも付き合いが長いですしね、腕ごと吹き飛ばすのは避けたいのですが」

「待たんかいワレ」

 

何か隙を見せると物騒な事を言いだす青ラッコを窘める。

言われた馬鹿は僅かに沈思黙考し、覚悟を決めた声色で口を開いた。

 

「わかりました、私が龍驤の腕の代わりになりましょう」

「ウチの腕を消し飛ばす前提で話を進めんで欲しいなあ」

 

艤装を展開するほどに冗談が過ぎる馬鹿をシバいておく。

 

何にせよ、いつも通りに騒がしく、とりたてて何も無い一日やった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34 俄雨なら余所に降れ

 

その日、5番泊地は壊滅した。

 

誰しもがこんな事態になるとは予想していなかった。

笑顔と感謝を持って行われた行為であった、はずなのだ。

 

だがしかし、気が付けば一人、また一人と倒れ伏す惨状が在る。

 

倒れた者は完全に心折れ、立ち上がるという概念を失っている。

 

―― 地獄への道は善意で舗装されている

 

最後まで抵抗していた龍驤の脳裏に、そんな言葉が思い浮かんだ。

 

「ま、まさか……ここまでやと、は」

 

そしてついに、動く者が居なくなる。

 

何が悪かったのだろう。

 

五感、ヒトの身を持ったという事を軽く考えていた艦娘の油断

と言うのは酷であろう、提督もまた、無力に倒れ伏しているのだから。

 

常日頃からは想到する事が出来ない、現場でのみ理解できる悲惨。

 

そう、各艦娘寮へと運び込まれた禍々しき物体。

人を寄せ付けぬ棘を持つそれは、一種の生物兵器とも呼ばれる。

 

それが、山のように積まれている。

 

数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの数のドリアンであった。

 

泊地の艦娘及び提督は、臭いで心が折れていた。

 

 

 

『34 俄雨なら余所に降れ』

 

 

 

何やブルネイ王室名義で大量のドリアンが届いた。

 

ドリアン、マレー語で(ドリ)を持つものという意味の果物であり

その名の通り、無駄に刺々しい外見をしている。

 

最終ダンジョンで入手可能なパイナップルの上位互換装備と言った感じや。

 

マレー半島の王族が好んで食べたため、王様の果物と言う異名が付き

伝来と重訳の果てに「果物の王様」という呼称が定着したとか。

 

日本人が鰻を獲り尽くす勢いで愛し、英国人が紅茶を人生を投げ捨てる勢いで

愛し、香川人がうどんを血で茹でるように、ブルネイ人はドリアンを愛する。

 

余りに好き過ぎて輸入だけでは飽き足らず、ついには国内生産に踏み切り

毎年大量にドリアンを収穫するほどにブルネイ人はドリアンが好きや。

 

なにが恐ろしいって、国内生産の目途が立って流通に乗ったにも関わらず

ドリアンの輸入量がそれまでと変わらず、むしろ年々増加しているという事実。

 

それは海域断絶された現在も変わらない、彼らはドリアンに命を懸けている。

 

何と言うかもう、世界中のドリアンを獲り尽くす勢いやな。

 

その強烈な臭いと滋養豊富な内面、美味と言って差し支えの無い味わいは

ブルネイのみならず東南アジア全域で好まれ、

 

祝いの席にはドリアンが贈られるのが慣習となるほどなわけで。

 

何か文屋が先日の海戦を面白可笑しく騒ぎ立てたおかげか、ブルネイ政府や王室が

色々と気を回してしまったらしく、有り難いんだか何なんだか。

 

まあそんなわけで大量のドリアンや。

 

気持ちは嬉しいんやけどな、やけどな、ドリアン言うたら密室への持ち込みが禁止

されるほどの凄まじい臭いの塊なわけでな、うん、どないしよコレ。

 

物や時期によっては、さほどの臭いが無いそうやけど、例えば屋台で売っとる

立ち食いドリアンはここまで臭いが酷くは無い、時間経過でクるそうやけど。

 

そんな例外を思い浮かべて現実逃避したところで、山積みのドリアンで

泊地の艦娘が死屍累々な現状は好転しないわけで、ああもうホンマどうするよコレ。

 

大きく息を吐き、漂ってきた香りを吸い込みちょっと胸焼けを起こしつつ

見渡してみれば提督執務室には避難してきた艦娘が有象無象。

 

届いたドリアンは寮に叩き込んだから、かろうじて提督執務室の在る泊地本棟

さりげに取り付けたエアコンが全力運転中、かろうじて息が出来る塩梅。

 

部屋に入りきらない分は屋外で倒れて痙攣しとるわけで、何というか惨状やな。

 

さて、常よりも人口密度が高く、息苦しいなと思った所で赤いのと目が遭った。

 

「……一航戦(バキューム)の活躍の時が来たか」

 

「ええとですね龍驤、私もこの臭いはちょっと勘弁していただきたいのですが」

 

赤城のくせに何か凄い情けない事を言うとる、解せん。

 

「なら溶鉱炉でどれだけ溶かせるか」

 

「一つ二つならともかく、それでは根本的な解決にはならんだろう」

「待って武蔵さん、大戦艦が溶鉱炉なんて異名を受け入れちゃ駄目ーッ」

 

武蔵と清霜が騒がしい。

 

「……間宮に泣いて貰うか」

 

窓全開で片っ端から調理する方向か、換気用の扇風機も持ち込みで。

 

「まあそれしか無いじゃろうなあ」

 

疲れた声で利根がぼやいた。

 

そして今まで目を通していた書類を渡してくる。

ドリアンと一緒に送られてきた一通だそうな。

 

ラテンアルファベットで記されたマレー語の文章、よくある公文書やな。

戦勝の祝いと、それに伴うブルネイ海域の解放に関する美辞麗句。

 

まあ要するに Terima Kashi.(ありがとう) と。

 

とりあえずの印象は Sama-sama.(どういたしまして) ってとこか。

 

色々と書いてはあるが、結論としてドリアンを無碍な扱いはできんと、うああ。

 

読み進める内に絶望的な気分になっていく、感謝に溢れた礼状なのに。

 

「えーと何々、そして5番泊地提督のご結婚を祝して ――」

 

「私と赤城さんで、責任持って食べ尽くします」

「加賀さんッ!?」

 

何か拙くも翻訳して読み上げていたら勇者が現れた。

 

「ほな、空母寮の分は赤城と加賀の受け持ちな」

 

「待って、本気で駄目なんですあの臭い、部屋に臭いが染みついたらもうッ」

「一口たりとも、龍驤には渡しません」

 

加賀が燃えている、ドリアンの何がコイツをそこまで駆り立てるのか。

 

まあ寮内に保管すると空母が全滅しそうやし、間宮に待機して貰うとして。

 

そして話に一区切りが付いたと見たか、大淀が手を叩き注目を集めた。

 

「間宮裏にテントを張りますから、各寮のドリアンを各自で搬入してください」

 

何か黄昏た背中が続々と執務室から退出していく。

 

武蔵が清霜の頭を撫でながら、後で駆逐艦寮に手伝いに行くとか言うとる。

大型重機が駆逐艦寮に行くなら、援軍は少数で足りるなと一安心。

 

「逝きますよ、瑞鶴ッ」

「え、私も数に入ってたんですかッ!?」

 

「翔鶴さん、まさか逃げようなんて思っていませんよね」

「お、御伴させていただきますッ」

 

何か青赤が何も言っていないのに犠牲者を増やしている、善き哉善き哉。

これなら軽空母組の受け持ちは常識の範囲内やなと、一安心。

 

そして微妙に距離を取り気配を殺していた蒼龍に溢れんばかりの笑顔で近づいていく。

 

「死力を尽くしますぅ……」

 

縋り付かれた飛龍が物凄く迷惑そうな顔をしとった。

 

ついで、金剛型に戦艦寮が終わり次第に各寮を回って貰う様に頼み、一息。

 

「さて、テントは」

「吾輩たちじゃろうなあ」

 

利根と目を合わせて肩を竦めた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

連日に間宮から吐き出される甘ったるい悪臭が泊地の外にまで漂っとる。

 

窓からも見える、何事かと付近の漁師だの何だのが泊地を見つめる視線が痛い。

笑顔になっとるのがブルネイ人、引き攣っとるのがフィリピン人やな。

 

何か変な見分け方を覚えてしもうた。

 

後始末の書類関係もそろそろ終わる、端的に言えば、太平洋打通は失敗した。

 

作戦前の前提を覆すほどに深海棲艦の手加減が無くなった事実は重く、

ハワイ諸島への補給線維持が現時点では困難であるとの判断や。

 

これからも折に触れ突っ込んで行くわけやが、不定期かつリスクも高い

まあ何や、東南アジアの様に定期航路確保とまではいかなかったという所。

 

そんなわけでブルネイ鎮守府群としては、ハワイまで到達した横須賀艦隊の

手伝いとして残していた天龍の帰還を以って全行程が終了する。

 

向こうで何かろくでもない事でもやっとらんやろなあとか不安を覚えていれば

利根が何か笑いを噛み殺した表情で、一枚の紙切れを渡してくる。

 

青葉日報速報版、一面に書いてあるのは現代アメコミ事情、何でや ――

 

 テンリュー・レディ!

 

 神秘の力、カンムス・エナジーを身に纏うニューヒーロー!

 その眼帯の下にはドラゴンのスピリットがシールされている!

 愛用のカタナでシー・デビルズをぶった斬る若きサムライ・ガール!

 

茶、吹いた。

 

え、何、天龍アメコミヒーローに成ったの、アヴェンジャーズ入りとかすんの。

 

「って、何がどうなってこうなったんや」

「いやいや、次のページがさらに傑作じゃぞ」

 

えと、何々、カンムス・エナジーを保有するマジックユーザーの……

 

 マスター・リュージョー!

 

 カンムス・エナジーをテンリュー・レディに師事した不老の少女!

 大戦時は幾度もキャプテン・アメリカと死闘を繰り広げた美しきヴィラン!

 ザ・ハンドの陰謀に対し一時的にキャップと共闘をした事もあるぞ!

 

覗いてきた提督が引き付け起こしおった。

 

「りゅ、龍驤が何時の間にかキャップの戦友になってる」

「ああ、大戦時はあの青タイツには苦労させられたわって、アホかあああぁぁッ」

 

「テンリューの姉妹弟子にトーン(Tone)とな……完璧にウチの天龍じゃなコレは」

 

ちなみにテンリューの配下にロックガールズとか言うのが居るらしい。

 

とりあえずアレや、天龍の川内の木逝きが決定した昼下がりやった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35 名前を呼んで

しと、しととセリアの海岸線を霧雨が包み込む。

 

傘を持ってくるべきだったかと悔いたもの後悔は先に立たず、霧雨故に

濡れて行こうかと、そんな諦観を抱えた二隻の艦娘が歩いている。

 

龍驤と利根であった。

 

発電所のメガソーラー施設点検、日本企業の関わるそれの、立ち合いの帰りである。

 

海軍の企業保護の名目もあり、泊地には時折このような雑事も持ち込まれる。

大抵は提督、もしくは代行の秘書艦が立ち合い、適当に接待されて終わる話だ。

 

陸側から入ると諸手続きが重複するからと、適当な距離で砂浜を離れ

泊地の埠頭から帰還しようと横着していた二人であった。

 

互いの髪が水を吸い重くなる。

 

肩を竦めて不運を嘆いていれば、利根が飛ばしていた瑞雲が

何某かの漂着物を発見したと、そんな報告があがってくる。

 

「何や、また何ぞ巨大骨付き肉でも流れてきたんか」

 

腐敗した肉片の付着した巨大白骨、21世紀初頭にブルネイへと漂着した

ご当地UMAであった、巷のUMA特集で名前が挙がらない程度にマイナーである。

 

「いや、ヒト型をしておるらしい、土座衛門かの」

「えべっさんか、今日は厄日かいな」

 

天を仰ぐまな板1枚、何はともあれ、動く死体にでもなられてはかなわんと、

適当な符だの触媒だのを抱えて漂着物の方へと歩いてく。

 

はたして、ワカメの絡みついたヒト型が流れ着いていた。

 

潮に濡れた髪色は銀に近いブロンド、白を基調とした制服が豊かな肢体を包んでいる。

それは、龍驤たちが近づくと仰向けのままに片手を上げて口を開いた。

 

「ぐーてんだーく」

 

いつぞやのドイツ艦、グラーフ・ツェッペリン級航空母艦であった。

 

 

 

『35 名前を呼んで』

 

 

 

何たるシックザールなどと流暢に変則金剛語を操るワカメ付きフリーダム空母を

いまだかつて無いほどに優しい笑顔で海に還そうとしたら、利根に止められた。

 

まあとりあえずにドックへと叩き込み、今現在に提督執務室で髪を乾かしとると。

 

湯気を上げながらタオルを肩にかけてホカホカしている所に、提督が言う。

 

「いや、何で執務室に持ってくるかな」

「あー、つうても不審物やしなあ、話聞くまでは目の届くとこ置いとかんと」

 

その不審物はフルーツ牛乳を飲みながらほっこりしとる、聞けや。

 

「んで、何で伯爵はこんなとこに漂着しとんのや」

「グラーフだ」

 

何の事やと聞いてみれば、呼び方の事らしい。

 

伯爵だと他人行儀だからドイツ語でグラーフと呼べと、愛を込めて。

 

「ツェッペリンさんはどうしてこないな所に流れてきたんですかね」

「つれないな、あんなに熱い夜を過ごした仲だと言うのに」

 

何か大淀がすごい勢いでコッチに顔を向けた。

 

「確かに赤道直下の甲板での雑魚寝は暑苦しかったわな」

 

そして書類に戻った、どこからツッコめばええのやら。

 

「まあ何だ、ユーラシアの欧州戦線が泥沼になっているのは知っているだろう」

 

細かい事情までは入ってこんが、とりあえずロシアがヨーロッパに食い込んどって

昼は戦争、夜はゾンビ映画と慌ただしい毎日を送っとる、だったか。

 

「あの自称ドイツもかなり厳しい状況らしくてな、形振り構わず日本との国交を

 再開しようとあがいている最中なわけだ、無理筋だがな」

 

とりあえず東からロシアを叩けと、中露を日本にぶつけようとした国がよくも言う。

 

いや、だからこそか、まだ諦めとらんのやな。

 

「まあドイツが表に立っとるうちはヨーロッパ諸国との国交は断絶したままやろな」

「英国かイタリアあたりとの交渉が本番、という認識で結構だ」

 

だがほらと、前振りの段階で騒ぎ出す馬鹿も居るわけやと。

 

「つまりはまあ、日本国内に居ると親独派残党が何をするかわからんわけだ」

 

そんなわけで日本国内のドイツ艦はブルネイ鎮守府群へと避難してきたそうな。

 

深海棲艦の猛攻に先日の大被害もあり、ブルネイへの遠征艦隊が出し辛くなった所に

オイルロード保持、前線強化と都合の良い名目が存在していたわけで。

 

そして潜水と駆逐がクアランプール、残りはタウイタウイに行く予定だったとか。

 

「いや、何でそれでブルネイに漂着しとんねん」

「ビスマルク曰く、今回は基本事後承諾だから着任してしまえばこっちのものだと」

 

何してくれとんねん、あの暁型超弩級戦艦。

 

「埠頭につくはずだったのだが、膝に潜水艦の魚雷を受けてしまってな」

「うん、慣用句にかこつけてウチの手を取って跪かんでくれるかな」

 

とりあえず手の甲に口づけをかまそうとする阿呆の顔面に鉄の爪を入れておく。

 

「という事らしいけど、どないするコレ」

 

提督にぶん投げてみた。

 

「飼ってもいいけど、しっかり世話をするんだぞ」

「何でペット扱いやねん」

 

「安心しろリュージョー、私はちゃんとトイレも指定の場所で出来る」

「できんかったら大問題や」

 

「この泥棒猫」

「何処から生えた加賀」

 

とりあえず、加賀とドイツ製加賀を簀巻きにした所で布団が尽きる。

 

「提督の分まで回らんかったか」

「いや、何で流れるように自然な動作で簀巻き作ってんだよ」

 

日頃の鍛錬の成果やな、間違い無く。

 

簀巻きを床に転がしてどうした物かと考えていたら、青キノコが口を開いた。

 

「今日の私はまだ簀巻きにされる様な事をしていないのですが」

「罪状、加賀」

 

「いつの間にか存在が全否定されています」

 

とりあえず不審物の疑いも晴れたわけやが、代わりに不穏物と化してもうたわけで、

まあ冗談はさておき、邪魔やから簀巻きにはしたが吊るすほどの理由も無い。

 

何はともあれ転がして仕舞っておくとする、近場の物置にでも。

 

そして落ち着いた室内は、何となくの静寂であり、適当な見識で持って締め括った。

 

「そやな、正規空母が増えるのは悪い事やない」

「龍驤、目が死んでるぞ」

 

言わんといて。

 

後日、様子を見に来た第三本陣の陸奥()ッちゃんが、簀巻きにされて吊るされた

ドイツ艦を見て卒倒しとったが、ウチのせいや無い、はず、と思いたい。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

書類を仕上げるペン先の音が響く中、提督執務室の空気は重い。

 

上に乗せられとるからな。

 

後ろから頭の上に脂肪の塊が二つほど乗せられとるからな。

 

「……んで、グラ子は何がしたいんかな」

「うむ、その呼び名はアリだな」

 

とりあえずと引き出しの中の荒縄を持ち出したあたりで、慌てた声色の返答があった。

 

「プリンツが言っていたのだ、胸を触れさせておけば万事巧くいくと」

 

ほう、あのポンコツ後日沈める。

 

「それは提督相手の話では無いのかのぅ」

 

利根が控えめに見識を披露した。

 

そんな極めて真っ当に聞こえる意見に対し、グラ子は首をかしげて疑問を述べる。

 

「だがしかし、ここのアドミラルは筋金入りの幼女趣味なのだろう」

 

提督が噴出した。

 

叢雲が書類を仕上げながらさりげなく提督から距離をとる。

 

「あんた……やっぱり」

「やっぱりって何だあああぁぁッ!」

 

泊地に嘆きの叫びが鳴り響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 序

頑張りました。

 

頑張ったのです。

 

例え最後には何も残らなかったとしても、

月日の中に私の名前が埋もれるとしても、

 

誠実に顧みられる事が無かったとしても

 

その実態の無いソレは、まるで(うつほ)を吹き抜ける風のようで。

 

今もただ、心の内に

 

蕭々

 

蕭々と風が泣くのです。

 

頑張ったのです。

 

頑張りました。

 

ただそれだけは、貴女にだけは ――

 

 

 

『天籟の風 序』

 

 

 

あのヒトの場所よりも遥かに浅い海の底、違う海で今日も夢を見る。

 

いつからか意識の中で、鋼であった船体は柔らかいヒトの身と成り

音となって交わされなかった会話が記憶の奥底に記されていく。

 

ああそうだ、最後の通信は ――

 

「手ぬるいって酷いわ、天津風(あまっちゃん)

 

情けない顔をした彼女が嘯いている。

通信を終え、怒った風の私にそんな事を言ってくる。

 

「何言っているのよ、貴女は龍驤でしょ、しっかりしなさいよ」

 

聞く耳を持たずに叱り付ける、今にして思えば私は甘えていたのだろう、彼女に。

 

「また天津風の龍驤贔屓がはじまった」

 

諦観の色のある声を上げたのは時津風。

 

手の平で顔を覆い、大仰に嘆いている。

振り向いた私の視界の中で、癖のある短い黒髪が揺れた。

 

その背後では、利根さんが苦笑している。

 

ああそうだ、あの時の利根さんの表情には苦いものがあった。

その時の私はそれに気付く事も無く、龍驤と軽く視線を交わす姿に、嫉妬を覚えた。

 

きっと、二人にはわかっていたのだろう。

 

私たち、ともすれば私だけだったのかもしれない、理解できていなかったのは。

 

 

 

―― 航空母艦龍驤は、教導艦としての側面も持つ。

 

およそ練度の上がった隊員たちは主力艦隊へと引き抜かれ、その戦争に於いては

常に練度の未熟な隊員たちの運用へと意識を割く必要があった ――

 

 

 

幾度も思い返す、私の根本となったその時を。

 

長い時の果て、風化する記憶の中、とても大事だったはずの

その最後の言葉が思い出せない、だからこそ、何度でも。

 

何もかもが終わった時、私の心が砕けたその時を。

 

「来るな、来るなッ!」

 

幸いにも、追撃のB-17からはさしたる被害を受けなかった。

けれども既にその船体は炎に包まれ、ただ単に最後の時を長引かせたに過ぎず、

 

彼女の声で、総員の退艦が命じられる。

 

「曳航を断念する」

 

俯いたまま、静かに利根さんが言った。

 

「何でよ、だって龍驤よッ、こんな所で沈んで良い艦じゃないじゃないッ!」

 

理解していたのだ。

 

ただ、認めたくは無かった。

 

そうでは無い、私はただ

 

「天津風、ウチを ―― 」

 

 

 

―― 航空母艦龍驤の最後については、様々な解釈が存在する。

 

およそ翔鶴の囮としての役割を完全に果たし、被害を一身に集め随伴の新型艦たちを守り

生涯に戦果を挙げ続けた、海中に没するその事さえも戦果に数えられる武勲艦の鑑と

 

作戦行動自体の問題が、小型空母による単独行動という自殺行為を敢行させ

何の利得も無く無意味に敵軍へと貴重な空母を差し出しただけの結果に終わり

 

完全な無駄死にだと ――

 

 

 

笑顔を残して沈み行く航空母艦を、遠く神通さんが敬礼をして見送っていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

吹き流しに包まれて二つ括りとなった銀の髪が風に揺れる。

海原を走る風が、ワンピース型の制服の短い裾も揺らした。

 

「いい風ね」

 

先ほどにドロップをした駆逐艦は、視線を中空に彷徨わせ、そう口にする。

その顔色は青く、額には冷や汗が止め処と無く流れ続けている。

 

足元には、何か赤い水干を纏った艦娘が漂っていた。

 

見れば艤装は砕け散り海面を揺蕩う、お世辞にも無事とは言い難い有様である。

 

何か魂が抜けたような驚愕の表情の利根が、慌てて曳航索で軽空母を括りはじめる。

 

陽炎型駆逐艦9番艦、天津風。

 

5万2千馬力、速力35ノット、排水量は2千トンを越える。

 

対し龍驤は設計変更を重ねたとはいえ、その根本の設計コンセプトは小型空母、

後の軽空母という艦種の雛型となる、先駆けたる航空母艦であった。

 

航空母艦、それは速力を得るために軽量化を求められる艦種である。

 

つまり、装甲が薄い。

 

隼鷹などが玉のお肌と嘯く程度に、薄い。

 

詰まる所、駆逐艦に全速で衝突されると沈むのだ、普通に。

 

それは、艦娘と化した現在でも変わりは無い。

艤装の霊力を全開起動した状態で抱き着くと、それはもう酷い事になる。

 

ある程度の練度があれば加減も出来るのだが、ドロップ直後ではそうはいかない。

 

明後日の方向を向いている天津風の肩へ、作業を終え疲れた表情の利根が手を掛けた。

 

「後で一緒に謝ってやるから、今は龍驤を曳航して撤退するぞ」

 

全力で現実逃避をしていた暴走駆逐艦は、青い顔のままにガクガクと頭を上下に振る。

 

―― ブルネイの魔女堕つ、速報は四海を駆け巡り各地の提督を驚愕させたと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36 益体も無い話

 

駆逐艦は、いや駆逐艦に限らず、贔屓の艦娘が存在する事は珍しくはない。

 

初風の妙高、矢矧の大和、清霜の武蔵などが目立つ所であろう。

 

午前中の演習海域、駆逐艦が集まって騒がしく演習を重ねている。

 

すぱこんと演習でシバき上げられた天津風に、対戦相手であった島風が

片足立ちで両手を広げ、荒ぶる島風のポーズのままに勝利宣言を放つ。

 

「ふ、天津風ちゃんも頑張ったけど、龍驤ちゃんの随伴艦の座は渡せないな」

 

船足が早く火力も高いので、龍驤はよく島風を随伴でコキ使っていた。

 

同じように横で時雨も吹雪に宣言している、扶桑の随伴がどうこうと。

 

監督していた川内が、同じく監督の神通に声をかけた。

 

「……随伴艦って、2隻居ても別にいいよね」

「良い気迫ですし、気が付くまで放っておきましょう」

 

 

 

『36 益体も無い話』

 

 

 

執務室で欠伸を噛み殺す。

 

眉間を抑えて首を振り、そのまま夕立に珈琲などを頼んでおく。

そんな動作を、夜番の引継ぎ書類を片付けていた最中の利根が気に留めた。

 

「なんじゃ、寝ておらんのか」

「二度寝しようとしたら、天津風(あまっちゃん)が布団引っぺがすねん」

 

わざわざ布団引っぺがしに、空母寮まで朝駆けする根性は素直に称賛したい。

 

さもありなんと嘆息した利根が疑問で止まる、何かがおかしいといった風。

頭をひねり、ようやくに想到したか、口から二度寝と零れ落ち。

 

「寝とるではないか」

「寝てはいるんやけどな」

 

最近、人の出入りが激しいて眠りが浅いねん。

 

軽空母組は何時の間にか酒瓶抱えて転がっとるし、加賀は脱ぎだすし、

グラ子はキス魔で押し倒してくるし、気が付けば島風がウチの布団で寝とるし。

 

「今日も朝から布団に潜り込みに来た島風と天津風(あまっちゃん)が追い掛けっこでな」

「個室が完全に公共の場に成っとるのう」

 

窓の外を見れば、神通が吊るされていた駆逐艦2隻と姉を回収している。

そろそろ午前の教導か、加賀とグラ子と軽空母組も回収が近いな。

 

「天津風は島風と同室になったんじゃったかの」

「島風に足止めを頼むか、朝まで天津風(あまっちゃん)にしがみ付いといてとか」

 

「もう少し根本的な対処が必要なのではないか」

 

言われて少し考え込む。

 

「しばらく利根の部屋に泊め ―― 何でもない」

 

今、筑摩の笑顔が凄く怖かった。

 

利根がアウトと言う事は、大淀の礼号部屋は、素で喧しそうやな。

空き部屋に潜り込むかって、空調の無い部屋で熱帯夜は過ごしたくないなぁ。

 

「司令官の部屋にでも転がり込むか」

 

提督が珈琲吹いた。

金剛さんも吹いた。

 

「利根よ」

「何じゃ」

 

「今、凄いものを見たぞ」

「何を見たのじゃ」

 

「紅茶がな、ただ一筋、風も無いのにぴうと飛ぶのを見たのだよ」

 

出撃申請書類を紅茶色にされた叢雲も飛んでいた。

 

膝も、飛んだ。

 

容赦と言うものが無い。

 

建造ドックの胎の内にでも忘れてきたと言わんばかりだ。

 

たまらぬ艦娘であった。

 

そこはかとなく獣の香りが漂う室内で、撒き散らした紅茶を拭き取りつつ

一通りの片付けが終わってから改めて、復活した似非アメリ艦が叫ぶ。

 

「リングだけでなく既成事実まで作らせるわけにはフォビドンねー!」

「既成事実って言われてもな」

 

具体的に何やとセクハラな質問をしてみれば、赤い顔でボソボソと返答がある。

 

「こ、交換日記とかデスネ」

 

何かマッタリとした空気が室内に充満する。

 

マッタリとしたまま霧島に「おいコイツどういう事や」と目線で訴えれば、

何か泣きそうな引き攣り顔で「ちょっと私も予想外でして」などと返ってくる。

 

先日叫んでいた既成事実は交換日記の事やったんかと、それはそれで何か重いな。

 

そんな金剛さんは、男女セブンスにして席をセイムせずデースなどと叫んでいて。

 

あ、そうか。

 

そういやこのヒト進水が大正元年で、しかも良いとこのお嬢さん風味やんな。

 

成金がワラワラと出て、胡散臭い格式だのに拘る箱入りが量産された時代や。

何々子とか、女児の名前に子を付けるのが流行した時代でもある。

 

思えば乗員にも、艦に愛宕姫だの摩耶夫人だの名付けるような夢想があって、しかるに

金剛子にも歴代乗員の浪漫が何某か反映されとるのかもしれん、などとしみじみ思った。

 

しかしヒエーは目を逸らし冷や汗を流す感じ、流石は艦内で春画展を開いたお召し艦(おじょうさま)

あとは引き攣った顔の榛名と、頭痛を堪えている風情の霧島。

 

「霧島と榛名も大丈夫、と」

 

「あ、はい」

「は、榛名(はるにゃ)には何にょ事かわかりませんにょッ」

 

霧島に揶揄われだしたムッツリ猫科を横目で放置しつつ、大淀に通信機を頼む。

 

いや、東南アジアの外はスマホじゃ辛いねん、主に通信費が。

 

衛星経由で暗号表を通し、繋がった先は横須賀鎮守府第二提督室。

先日からの経費関連のやり取りですっかり馴染みになった感がある。

 

―― ウチ ノ コンゴウ ガ キセイジジツ デ コウカンニッキ ト イイダシタ

 

―― トウホウ ソノトキ ノ コエ ハ カモン ト ゴー ドチラカ ト マガオ デ 

 キク セクハラマジン セツジツ ニ コウカン モトム

 

―― アキツシマ プレイ トナ スエナガク バクハツ シロ

 

―― カモカモ イワセトランワ フザケンナ

 

短い文面のやり取りを終え、機械を仕舞いつつ真面目な顔で提督に向かい口を開く。

 

「ウチのと、練度3桁歴戦の金剛さんとのトレードの話が出たんやけど」

「何がどうしてそうなった」

 

何にせよ、問題は解決しなかったわけで。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「そういう理由で、足柄先生に蜂蜜授業を開催して欲しいんやけど」

 

その言葉に、長い髪をカチューシャで留めているOL狼こと、重巡足柄は頭を抱えた。

そのまま頭痛を堪えるような素振りを見せて、染み出すような一言が返ってくる。

 

「蜂蜜授業言うな」

 

巡洋艦寮の礼号部屋で、足柄先生にカリキュラムに性教育を入れるよう依頼した所。

 

「参加自由、とりあえず金剛さんは強制参加で」

「いや、そういうのって普通は何となくわかるものでしょう」

 

何か問題の深刻さをわかっていないようなので、近場に居た霞と清霜に聞いてみる。

とりあえず定番の、赤ちゃんは何処から来るの、何というセクハラ。

 

「え、キャベツ畑で獲れるんでしょ」

「コウノトリが運んでくるんだよ」

 

真顔であった。

 

足柄先生の顔が引き攣っとる。

 

そのままキャベツかコウノトリかで言い争いが起き、コチラへと話が飛び火したわけで。

 

「コウノトリがキャベツ運んでくるんやないかな」

 

適当な事を言ったら納得した模様、足柄先生が何という余計な事をと叫びたそうや。

そそくさと書類を押し付け、ほなヨロシクと全部ぶん投げて、逃げるように寮を後にする。

 

何つうか、艦娘が保有する乗員の記憶も融通が効かんもんやなと。

 

いや待て、第二の睦月型は容赦なく下ネタ連発しとったし、もしや5番泊地独特の問題か。

それとも向こうの環境が悪いとか、艦娘と契約している提督の霊的資質の可能性もある。

 

疑問に煮詰まった頭を振れば、何か全速で駆けてきた島風が挨拶をしてきた。

天津風(あまっちゃん)をぶっちぎってきた所だとか、いつも走っとるな、この娘。

 

「あーそうや、島風は子供ってどうやって作るかわかっとるか」

「建造ドック」

 

うん、手順としては間違っていないな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔禄 壱表

皆、笑っていました。

 

造られたばかりの私を暖かく迎えてくれて、

誰もが私より遥かに強いから、皆の足を引っ張る自分が許せなくて。

 

改装に至った時は本当に嬉しかった。

 

これで少しは皆の役に立てると、涙さえ流して喜んでいた。

妖精さんが新しく造ってくれた装備を見せびらかして、手渡して

 

これから、少しでも、少しづつでも強くなろうと心に決めました。

 

皆はその時も優しくて、私は確かに役に立ったと

 

皆、嗤っていました。

 

 

 

『番外 あきつ退魔禄 壱表』

 

 

 

はじめは、貧乏籤を引かされたと思ったものであります。

 

多少の汚れ仕事の折に、索敵要員の貸与を現地の鎮守府に申請した所

出向してきたのは軽空母が1隻、しかも建造から2か月程度の新人でありました。

 

先だってのブルネイ鎮守府群の敗戦に因り、航空母艦が居ないという状況は同情に

値しますが、それにしても酷い、憲兵隊は新人のお守では無いのでありますと。

 

この機にブルネイの航空戦力を一か所に纏めるためと、航空母艦を主力として集める

予定の新規泊地所属、軽空母と言う事はさぞかし下っ端でありましょうと聞けば、

 

何故か筆頭秘書艦を務めていると言う、嘘でも冗談でも無く。

 

気が遠くなりました、建造直後の艦の立場では無い、初期艦は何をしているのかと。

 

そして思い出します、新泊地の初期艦は「売れ残り」の叢雲でありましたな、と。

 

いえ、今でこそ叢雲殿は流石の慧眼とも、初期艦の鑑とも謳われておりますが

 

あの頃の評価はもう散々なもので、出来たばかりの艦に秘書艦の座を奪われた能無し

売れ残りの欠陥品、そんな感じの悪口雑言に塗れたものでありました。

 

まあそんなわけで、その返答を聞いた時は失礼ながら、ブルネイ鎮守府群も

終わったのでありますなと、東南アジアの悲惨に想到して眩暈を覚えたものです。

 

全て杞憂であったのですがね、自分も精進が足りないであります。

 

そんな風に内心に思い煩っている時、その軽空母殿が言ってきたのですよ。

 

何でも、航路を少し外れた所に駆逐イ級を確認したと。

 

変な話ですが、特に問題の無いそれを聞いて少しだけ安心したのを覚えています。

 

まともに航行をし、索敵も多少は使い物になるのならばまあマシかと。

 

いえ、本当に欠片も期待をしていなかったので、龍驤殿に対する評価の

諸々のハードルがとても低かったのですよ、汗顔の至りでありますね。

 

会話でありますか、ええ、あの時のはこんな感じでありましたな。

 

「おや、軽空母殿は偵察機を保有していたのでありますか、意外でありますな」

「レンタル品や、今回の揚陸艦殿の無茶ぶりのおかげで第一が気い遣ってな」

 

え、何処か棘があると、いえありますよ当然、憲兵と秘書艦なのですから。

 

まあ楽しく会話をしつつ、レンタル品というあたりの情けなさに気を取られ

ついうっかり見過ごしてしまったのは不覚でありました。

 

新規泊地の名ばかり筆頭が、第一本陣に訴えをねじ込み彩雲を分捕ってくる

その時点で既に何かがおかしい、間違い無く異様の片鱗であったのです。

 

何はともあれ、駆逐を回避する様に進路をとり、現場に着きました。

 

ああ、説明が遅れましたな、その時は自分と龍驤殿との他に一団、

憲兵隊1個小隊の人員が同行していたのです、戦闘は避ける方向でした。

 

以降、あきつ丸小隊として編成される集団の、初陣の話なのであります。

 

深海棲艦の一群を発見したという一報が届けられ、従来の臨検を中断し

事態の確認のため現場に急行したという設定の集団でありました。

 

思えば、小隊規模で自分と龍驤殿は長い付き合いなのでありますな。

 

いやまあ、その時は現場到着後、即座に追い払ったのですがね、

邪魔にならない所で時間を潰していろと、今ならば絶対に言いませんが。

 

だってあのヒト、目を離すと何をするか知れたものじゃありませんし。

 

ええ、その時もやらかしてくださりましたよ。

 

後に魔女と異名が付いたのを聞いて、さもありなんと納得したものです。

 

ふむ、ともすれば魔女の最初の被害者は、憲兵隊だったのかもしれません。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

憲兵の抜き打ちを受けたその時、第一鎮守府3番泊地は至って平和な空気が流れていた。

誰もが心からの笑顔を浮かべている、のがあきつ丸には何故か気に入らない。

 

所属艦娘は、金剛型4隻、川内型1隻、工廠に明石。

記録では同泊地にて半月前、川内が建造当日に解体されている。

 

「五十鈴殿が本日付で解体、という事でしたな」

「妖精が装備に融通を利かせれば、こうも手間はかからんのだがな」

 

泊地提督の嘆息に、適当な口調で相槌を打つ。

 

「牧場とは、よく言ったものであります」

 

およそ天龍型ほどでは無いが老朽艦として、使えない艦娘と分類されている五十鈴は

ただひとつ、改装時に妖精が電探を据え付けるという特性を持っていた。

 

つまり仮に、それを利用しひたすらに五十鈴の建造と解体を繰り返せば、

製造に資源を浪費すると認識されている希少装備、電探の増産が可能になる。

 

現在のブルネイ鎮守府群で空いている軽巡洋艦の席は1つ、神通のみ。

これに本日付で解体される五十鈴を足して2席、狙える比率であった。

 

「他泊地の弱さにも苦労させられる、負けるだけならまだしも、川内型が沈むとは」

 

「この泊地の金剛型が引き上げなかったら、結果は変わっていたとの話ですが」

「ウチの安全が確保できていなかったからな、敗北は他の怠慢の結果だよ」

 

提督に追随している秘書艦2隻、金剛と比叡がケラケラと笑う。

 

「一航戦だの二航戦だのと粋がっていても、脆いものデスネー」

「まあこれで、他の泊地も自分たちの立場が良くわかったでしょう」

 

唐突にあきつ丸は理解した、笑顔が卑しく見えた理由を。

 

自分たちが安全地帯に居る事を確信しているのでありますな。

 

確保した電探は、本土へと、一か所に纏めて移送され、この提督が東南アジアへと

出向する前、本土にて所属していた派閥の同期たちへと回されている。

 

汚染が進んでいる、任務を受けた時のその表現がようやくに腑に落ちた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 壱裏

 

「痛いですかー」

 

工廠の奥、ピンク色の髪の艦娘が運ばれてきた輸送箱に話しかけていた。

箱の中には、末端を取り外された五十鈴が折り畳まれ、梱包されている。

 

「痛いですよねー」

 

返答が無いのに気を悪くしたのか、適当に焦げた断面に工具を突き立てる。

ようやくに上がった悲鳴に、工作艦の口元が弧を描いた。

 

「何でと言われましてもね、貴女正直、電探より価値ありませんし」

 

明石にとって、この作業工程は最早慣れたものであった。

 

逃げられないように分解(バラ)された五十鈴を解体処理、そのまま建造へと移る。

あとは五十鈴を引くまで建造を繰り返すだけの繰り返し作業である。

 

神通を引いたら、また那珂さんを泣かせながら解体させても良いですねえ。

 

ハズレを引いた時のお楽しみを思い出し、忍び笑いが漏れた。

 

「しかし、泣いてばかりでは面白くありませんね」

 

前回の五十鈴さんは元気に噛み付いて来たのになと、残念そうに語る。

 

術式を置き資材を投入、修復剤などをチラ見せして希望を持たせ、すぐ潰す。

解体前、建造儀式の準備が終わるまでの間の暇潰しである。

 

周囲で作業する妖精もケラケラと笑っていた。

 

「理解しましたか、こんな辺境まで救けに来る物好きなんて居ませんよ、残念ですね」

「何や知らなんだ、ウチって居らんかったんか」

 

突然に掛けられた声に振り向いた明石の視界に映る、砲口。

 

 

 

『あきつ退魔録 壱裏』

 

 

 

金剛の額に空いた穴にさえ目を瞑れば、広がる朱色は、まるで花を背負ったかの様で。

 

その横で穴開きチーズの如き有様の高速戦艦の、おそらくは口であったであろう穴に

ねじ込み、持ち上げるように銃身を突き入れてから、引き金を引く姿。

 

憲兵隊の突き付けた銃口の円陣の中、あきつ丸の手によって二体の艦娘が物体と化した。

硝煙の中で身体を強張らせ、口だけで喚いている提督に穏やかに因果を言い含める。

 

「与党の何某でしょうか、それとも省庁の誰某でしょうか」

 

泊地提督の血縁なり、学閥なりの繋がりを、泊地の「安全」の後ろ盾を口にしながら、

それら全てに話が通っていると告げて、破片に塗れた銃口を突き付けた。

 

「深海棲艦の突然に襲撃に対抗し、その命を捧げ抵抗した提督、実に美談であります」

 

間髪を入れずの銃声を、咄嗟に身を捻り致命傷を避けた様は流石の軍属である。

しかしそのままに連射、数か所を撃ち抜かれあきつ丸の足元に転がった。

 

「敗戦を量産する不良債権などよりも余程、という話ですな」

 

絞り出すような声、自らの無罪を主張するそれに、額へ密着させた銃口で答える。

 

「ええ、艦娘は人間ではない、いくら壊しても罪には問われません」

 

しかしと繋いだ言葉は、ドイツという国の惨状。

 

艦娘に見捨てられ窮地に陥った悲惨であり、日本の辿る可能性のひとつであった。

それを受け、現在に艦娘の様々な苦難は急速に取り締まり対象と成っていた。

 

「おわかりですか、貴方が処理されるのは器物を破損したからではありません」

 

ならばこそ、牧場、などと言う行為を放置していればどうなるか。

 

「貴方が、公共の利益を侵害したからであります」

 

およそ辺境に飛ばされてもまだ不良債権であるならば、退場して貰った方が話が早い。

また、同時に今回の敗戦に対する関係者の禊ぎの意味もあっての、切り捨てであった。

 

「部品として栄華を誇ったのなら、部品として捨てられるべきでありましょう」

 

全ての因果を並べ終えて辿り付いた静寂に、銃声が響く。

 

小銃を構えていた隊員たちが銃身を上げ、隊列を組みなおした。

 

泊地本棟、工廠など幾つかの施設から出てきた数名の隊員が小走りに報告へと移る。

 

―― 榛名、霧島、那珂、処分完了致しました

 

続いての工廠の報告が、何か歯切れが悪い。

 

「明石の確保に成功はしたのでしょう」

「ええ、成功と言いますか、引き渡しを受けましたが……」

 

あきつ丸が目を向ければ、工廠からは3隻の艦娘が出てきた所であった。

 

小柄な全通甲板に、豊かな青色、それと黒髪の凛々しい姿が見える。

龍驤に手を繋いで連れられているのは五十鈴、それと神通である。

 

「軽空母殿、何をやっているのでありますか」

 

何、気にすんなと立ち去ろうとする姿を引き留めるあきつ丸に、

先導は終わったし、先に上がらせて貰う予定やったろうと、平然と言ってくる。

 

「見ざる、言わざる、聞かざるに徹しろと伝えたはずであります」

「おや、それなのに揚陸艦殿は見て聞いて言ってくるんかな」

 

揶揄うような言葉に、あきつ丸の額に青筋が浮かんだ。

この泊地の艦娘は全員処分する予定だと言えば、ドロップだと言う。

 

「駆逐イ級が居ったろう、暇やから潰しに行ったらドロップしてな」

 

ここの五十鈴はもう解体されたのだから、他に説明はつかんやろと、

 

抜け抜けと言い張る軽空母の姿に、あきつ丸がいっそ、一纏めに事故でも

起こして処分しようかと考えた時、視界に違和感があり、気が付いた事がある。

 

背骨に氷を突き込まれた様に、あきつ丸の全身に冷や汗が流れた。

 

目の前の赤い水干が浮かべる邪気の無い笑顔に戦慄を覚える。

 

「は、随分と恐ろしいヒトでありますな、本当に建造2か月で」

「酷い事言うなあ、ウチはちゃんとピチピチの新人さんやで」

 

返答に、貴様のような新人が居るかこの外道、そう叫びたい衝動を必死で抑える。

 

「成程成程、しかしやられっ放しでは禍根が残るのです、対価は何でありますか」

「ウチが五十鈴を確保していたら、少なくとも牧場は再開できんな」

 

弱いでありますねと、何も気づいていない風を装ったあきつ丸が言葉を募った。

 

「身体で払うってとこでどないや、あと使えるのは泊地ぐらいやな」

「見逃すだけでそれでありますか、まあ妥当と言う所にしておきましょう」

 

「うわ、何やボッタクられた気分」

 

話が纏まったならと、このままに席を外そうとする一団。

少しばかり悔しさを得た揚陸艦が悔し紛れに、その集団へと声を掛けた。

 

「五十鈴のような老朽艦(ポンコツ)のために、よくもまあ骨を折りますね」

 

掛けられた言葉に身を竦めた軽巡が、返す言葉に目を見開いた。

 

「五十鈴は強い娘やで、是非ともウチに欲しい軽巡洋艦や」

 

そして、何をふざけた事をと鼻で笑えば、大真面目に言ってくる。

 

賭けるか、と。

 

「良いでありますな、五十鈴(ソレ)が使えなかった暁には、頭を下げて詫びて頂きましょう」

「きゃー、特に何も物資を要求しない揚陸艦様ステキー」

 

揶揄う声を嗜め、使えた時の条件を問う。

 

物資でも何でもお望みの物をと言う言葉に、胴元はそやなと考える素振りを見せて

懐から紙巻を取り出して言う、その時は ――

 

「一服、付き合えや」

 

そのままに煙に巻いて立ち去ろうとする背中に、そういえばと最後、疑問を問いかけた。

 

「ところでそちらの軽巡洋艦(せんだいがた)は」

 

あ、やっぱり聞いてまう、などと龍驤から少し困った風な言葉が漏れる。

 

軽巡洋艦神通、工廠でのゴタゴタの最中に建造されてしまった新艦娘であった。

 

「工廠棲鬼をシバいたら出てきた、言う所でどないや」

「どないやって、憲兵隊の奮戦の証でありますと誤魔化せとでも」

 

何も考えてないのであとは宜しく、そんな臭いのする返答にあきつ丸が頭痛を覚えた。

額に指を当て頭を振り考える、憲兵の戦闘でドロップ、5番泊地の引き取りでいけるか。

 

「ああもう本当に、後日連絡するでありますよ」

「ほな宜しくなー」

 

ひらひらと手を振り今度こそ立ち去って行った。

 

隊員たちがあきつ丸に集い、問う、何故にああもやりたい放題されたのかと。

その言葉に、あきつ丸は平和ボケも大概にするでありますと叱責する。

 

ようやくに息を吐き、腑に落ちない隊員たちに指で指し示す。

 

視界の果て、大符を広げた軽空母の甲板に、数多の艦載鬼が着艦している所だった。

 

「龍驤殿は、いつでも我らを殺せる位置に居たのでありますよ」

 

先ほどからの言動は交渉でも哀願でもない、ただの脅迫であった。

知らず死線の上に置かれていたという事実に、その場の全員の表情が強張る。

 

「まあ、平和ボケは自分もでありましたが」

 

身内側だからと、最大限に警戒するべき対象を見逃していた迂闊。

 

小隊は深海棲艦の襲撃を受けた泊地に、確認のために急行した部隊という設定である。

何某かの損害があれば、それは深海棲艦との戦闘として処理されるであろう。

 

つまり龍驤は、はなから憲兵隊を皆殺しにしても問題は無い集団と認識していた。

 

「アレで2か月と言うのですから、末恐ろしいでありますな」

 

ああ怖い、怖いから身内にしてしまおう、そんな声が小さく漏れる。

 

口元を歪め嘆息を空に投げ、手を振っては作業指示へと身を戻した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「そして賭けはボロ負けでありました」

 

事務用品だけが置かれている、殺風景な詰め所であきつ丸が副官を務める電に語っていた。

 

対潜特化軽巡洋艦、現在の五十鈴の運用の基本として、各地で採用している仕様である。

 

当時の、攻性の艦娘を揃える各鎮守府の方針に反する守備型としての運用。

今にして思えば、あの時期は艦娘の運用方針の過渡期であったのだろうと、苦笑がある。

 

およそ泊地を拠点として近海の安定を旨とする、それは中東打通作戦の成功を受け、

即ちオイルロード保持と言う目的のためには必須の運用方針であった。

 

現在の5番泊地の水雷戦隊は、攻性の神通と守性の五十鈴の2枚看板で回っている。

 

まあ物資を取られなかったからマシだと電が言えば、あきつ丸は嘆息して言った。

 

「些細な物資などより憲兵との個人的な繋がりを、という話でありますよ」

「あの俎板空母、本当に建造2か月だったのです……」

 

あきれた声に興が乗ったのか、さらにゾッとする話がありますよと笑いながら語る。

 

爆破処理をした工廠、その内部は既に散々に荒らされた後であり

例えば龍驤愛用の三連装砲、アレは5番泊地の製造記録に無いわけでと。

 

「建造、ドロップなどに使われる建造術式、支給数の決まっているアレですな」

 

根こそぎ奪われていたと、笑う。

 

「あー、金剛型を第一鎮守府から全部分捕れたのはそれのおかげなのですね」

「泊地壊滅が他所に伝わるほんの数日の間隙に、一気に攫ったでありますな」

 

あっという間に、憲兵隊も気軽に手の出せない一勢力に成りあがりでありますと言えば、

上手い事やったのですと答える副官に、まだわかっていないでありますなと続ける。

 

「はたして龍驤殿は、どの時点で絵図面を描いたのでしょうな」

 

あきつ丸は言う、そもそも、建造や周回を可能にした物資はどこから出たのか。

 

記録ではこの時期、第一本陣と第三本陣から異常な桁の物資が5番泊地に

流れ込んでいる、燃料、鋼材などの資源に、祥鳳、足柄などの幾隻かの艦娘。

 

想到した結論に、電が強張った声を零した。

 

「……憲兵隊からの支援要請を受けた時点で、両本陣に話を通していた」

 

神算鬼謀と謳われたブルネイの魔女。

 

確かに電は、ゾッとした。

 

ついで、自分達の命が場に乗っている最中に相手に譲歩を迫った上司にも。

 

「つまり結論として、近寄るなこのキチPども、なのです」

「上司に対してそれは酷いでありますよ」

 

詰め所に朗らかな笑い声が響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

重巡洋艦の事情

『愛宕の場合(びふぉー)』

 

 

 

可愛いものが好きだと、その重巡洋艦は言っていた。

 

東の最前線であるタウイタウイ島に配置された第三鎮守府4番泊地は、

全ての所属艦娘が重巡洋艦で構成されている泊地である。

 

重視された火力と、僅かばかりの小回り。

 

前線を維持し、ある程度の突発事態に対応できる戦力としての選択であったが

継戦能力にはやや難がある、そのため他泊地との連携を重視する性であった。

 

そこに、豊満な肉体をアテンダントの如き青い制服に身を包む金髪碧眼が居る。

 

高雄型重巡洋艦2番艦、愛宕は常日頃から可愛いものが好きだと言っていた。

 

姉の高雄に言わせれば、小さくて可愛いならば見境が無いと、小動物ならともかく

駆逐艦や現地の少年相手は犯罪にしか見えないのでやめて欲しい、との事だ。

 

そんな脳内が幾らかパンパカパーンな彼女であったが、ある日、運命の出会いがある。

 

新興の在ブルネイ5番泊地への交換出向の折であった。

 

駆逐艦かと思われた筆頭秘書艦の姿に、根掘り葉掘りと詳細を聞き、結論が出る。

 

―― 龍驤は、合法

 

追い掛けた。

 

それはもう全速一杯で追い掛けた。

 

「龍驤ちゃん、何で逃げるのかしら~ッ」

「追い掛けるからや阿呆ォッ」

 

龍驤が珍しく涙目で叫んでいた、本能的に天敵だと悟っているのだろう。

 

重巡洋艦愛宕、改装後の速力は34ノット。

航空母艦龍驤、速力は29ノット。

 

海上ならば逃げ切れる物ではない、だがしかし、地上ならばどうだろうか。

 

執務室の窓から、猫と鼠の如き狂走を眺めていた提督と利根が言う。

 

「龍驤、意外に速いなあ」

「艤装が高下駄じゃからの、歩幅を稼いでおるのじゃろう」

 

そのまま左下を向いていた二人が、視線と同じ速度で顔を右下に向ける。

 

「うん、やはりコーナリングでひっくり返ったか」

「水上ならばやりようもあったのじゃろうがのう」

 

泊地に断末魔の悲鳴が上がる。

 

―― ぱんぱかぱかぱかぱかぱかぱーん、うふふッ

―― 寄るな触るなッ、う、上にも乗せんなああぁぁッ

 

愛宕の戦意が上限まで向上するのと引き換えに、龍驤が一時的に廃人と化したため

その日の提督執務室の業務は忙殺を極めたと言う。

 

 

 

『愛宕の場合(あふたー)』

 

 

 

その日、利根が扉を開けると室内に惨状が配置されている。

 

龍驤が死んでいた、血を吐いて死んでいた。

 

頭部がパンパカパーンに埋まっていた。

死因は巨乳であった。

 

OMG ! They killed RJ !(何てこった、龍驤が殺されちゃった)

You bastard !(この人でなしッ)

 

と言った死に様であった。

 

視線が移動する。

 

愛宕も死んでいた、血を吐いて死んでいた。

 

脇腹が摘ままれていた。

死因は駄肉であった。

 

OMG ! They killed Atago !(何てこった、愛宕が殺されちゃった)

You bastard !(この人でなしッ)

 

と言った死に様であった。

 

「……相打ちじゃったか」

 

利根はそっと扉を閉め、全てを見なかった事にした。

 

 

 

『衣笠の場合(びふぉー)』

 

 

 

青葉型重巡洋艦2番艦、衣笠には不満があった。

 

タウイタウイでの環境には不満は無い、共に所属する姉含め関係は良好であり

多少熱血のきらいのある提督も、どこか可愛らしく思えて好感が持てる。

 

たまに女慣れしていない提督を揶揄っては、赤くなった顔にころころと笑う。

何か言動の端々に異性に対する気遣いの見えるソレは、存外悪くない感じで。

 

大事にされている、大切に扱われている、そう思えるのがとても有り難かった。

 

だから心の中の何かよくわからない引っ掛かりを、自覚したのはその時の事で。

 

連携先の泊地の艦隊の異様に早い撤退と、いくつかの防衛線の崩壊が重なり

結果として、衣笠の組み込まれた艦隊が敵陣の中に取り残された時の話。

 

旗艦であった青葉の眉根が寄る、他の戦力は借り物の駆逐が4、被害は些少。

 

半包囲を抜けるにあたり、交戦か、逃走か、判断に迷う状況が出来上がった。

緊急に繋いだ通信の先で提督も、いくらか判断を迷っている風があり、

 

迷ってる暇は無いやろボケェという声と、何か打撃音が聞こえた。

 

―― 5番泊地筆頭龍驤や、青葉は艦隊を纏め即時撤退、殿は衣笠、以上

 

突然の割り込みに青葉の顔色が白くなる、問い直しても命令は変わらず、

 

結果、満身創痍の衣笠が泊地へと帰還した時、目の周りに青タンを付けた提督が

平謝りで艦隊を迎える一幕があり、語られた情勢に血の気が引いた。

 

艦隊は完全に敵側に捕捉されており、海域に居た全ての深海棲艦が向かっていたと。

いろいろあったが、轟沈せずに帰ってきて良かったという提督に、何かが引っ掛かる。

 

疑問を考える暇もあらば、それはそれとしてと青筋を立てた青葉が衣笠の入渠前にと

泊地で資材受け渡しを確認していた龍驤に詰め寄った、衣笠に言う事は無いのかと。

 

軽空母は欠片の悪気も見せず、笑顔で言ってのける。

 

「今回もええ仕事やったわ、流石は衣笠よな」

 

ただ一言を受け、衣笠の頬に水滴が流れた。

 

「あ、あれ、これどうして」

 

青葉型は古い部類に入る重巡艦娘であり、戦力としての信頼を受けた事は無かった。

 

「ちょっと、衣笠泣いてますよ、本気で何一つ反省する事が無いんですかッ」

「はッ、同じ状況が100回あっても、100回ともウチは衣笠を殿にするわッ」

 

言い合いに、当然のように語られる信頼が次から次へと水滴を呼ぶ。

 

「本気泣きですよ、本気泣き、わたしもこんな衣笠見た事ありませんよッ」

「あ、うん、言われ続けていると心がキリキリしてきたわ、間宮券で勘弁してくれんか」

 

何かさりげなく自分の分の間宮券までカツアゲしようとしている姉を、泣きながら

引き留める妹、被害者が名誉駆逐艦だけあって凄まじく犯罪臭のする光景であった。

 

散々な愁嘆場を終え、入渠ドックでようやくに落ち着いた衣笠が理解したことがある。

 

ああそうか。

 

私は、重巡洋艦として認めて欲しかったんだ。

 

以降、彼女はタウイタウイの龍驤贔屓として、ブルネイ出向を愛宕と争う事になる。

 

 

 

『衣笠の場合(あふたー)』

 

 

 

「龍驤ちゃん、ソーセージ持ってきたよー」

「衣笠、ここブルネイ、声が大きいですよ」

 

先日よりタウイタウイに異動してきたドイツ艦の手によって、それはもう次々と

腸詰めが作られる事例が発生し、各泊地におすそ分けで回っている衣笠と青葉であった。

 

タウイタウイ州はムスリムの土地ではあるものの、事実上の州都であるボンガオ島などは

多文化社会のモデルと呼ばれる場所であり、寺、教会などが乱立するカオスな土地である。

 

つまりは、豚肉がある。

 

人口の9割がイスラム教徒という土地柄だけあって、そう大っぴらに扱える物では無いが、

自治区の外、タウイタウイ泊地ではドイツ艦が腸詰めを作る程度の自由はあるらしい。

 

「いや、ブルネイにもムスリムやない人、そこそこ居るからな」

 

比率でいえばタウイタウイ州の方がムスリムが多いぐらいである。

 

とは言え、キリスト教を国教としているフィリピンのタウイタウイ州と、

イスラム教国であるブルネイ・ダルサラーム国では戒律の重みが違う。

 

「まあ、気を遣うにこした事は無いでしょう」

「そらそうや」

 

気を取り直し、一抱えの包みと化している腸詰めを輸送用ドラム缶から取り出して、

笑顔の衣笠から龍驤の隙間に、生えてきた加賀が受け取った。

 

「いや待てや」

「ここは譲れません」

 

見れば寮から七輪を抱えて、ヒャッハー新鮮な腸詰めだ、などと叫ぶ世紀末母艦組や

祖国の香りに誘われたのか出て来るグラ子、次いで赤城、二航戦などがワラワラと。

 

「……ゾンビ映画などで、こんな光景を良く見ますね」

 

青葉の呟きに、衣笠の嘆きが重なった。

 

 

 

『足柄の場合(びふぉー)』

 

 

 

大淀の誘いに悩む重巡が、1隻。

 

やや明るめの黒髪は長く、スレンダーな長身を紺色の制服に包んでいる。

 

妙高型重巡洋艦3番艦、足柄。

 

本陣の庭を頭を捻り、唸りながら彷徨く様は餓えた狼の様で、見る者に冷や汗を流させる。

 

ブルネイ第一鎮守府本陣は、艦隊決戦を想定し長門を中心とした重巡洋艦で構成されていて、

しかし現実は旗下泊地へのフォローに終始して機能不全、といった有様であった。

 

だが先日、新規泊地の秘書艦の来訪から、ブルネイ全域に係わる何某かの動きがあったとかで、

 

それに合わせ所属している妙高型4姉妹の内、誰か1隻を異動して駆逐艦などと入れ替え、

本陣所有の艦隊を、いくらか小回りの利く形に再編する方向で話が進んでいると聞いた。

 

火力支援と引き換えに、哨戒などに必要な艦種は現在、他泊地からの出向で賄っている。

自前で、ある程度は便利に動ける艦が欲しい、そんな方向性である。

 

先の敗戦で扶桑型戦艦姉妹を失い、戦力の補充に入る今だからこそ可能な改革でもある。

 

そして声が掛かったのは、足柄であった。

 

本陣提督の艦娘契約可能限界は7隻、3隻分の空きが望ましいとはいえ、2隻でも充分に

現状に対応は可能との事で、異動自体は足柄の自由意思に任せるとの事である。

 

まあ、姉さんたちや羽黒と別れてまではねえ。

 

異動の話は断ろうかと心を決める時、何某かの喧騒を耳にした。

 

見れば出向してきた駆逐艦たちが屯して、演習海域へと声援を送っている。

 

海域には我らが筆頭である長門が砲火を上げており、相対する姿は小柄な軽空母。

何て無謀なと呆れたのは刹那、視界には互いに傷を受けながら繰り広げられる接戦があった。

 

空を舞う艦載鬼の、もはや鋭角と言えそうなほどの急制動からの爆撃に長門の姿が霞む。

 

「は、この程度の爆撃で私が沈むとでもッ」

「思っとらんわボケェッ!」

 

爆煙を抜け健在を示す超弩級戦艦に、正面から突っ込んで行った軽空母が居た。

誰もが想定していなかった無謀は観衆に口を開けさせて、意味不明の静寂が訪れる。

 

全速で突っ込んだ紙装甲、その手には三連装砲。

 

身を屈め、むしろ引き倒し、滑り込むような低さから慣性だけで長門に迫る龍驤。

 

「え、ちょっと待、おまッ」

「はッ、射角を取れるもんなら取ってみいやッ」

 

爆炎が本陣筆頭の全身を包み、演習の終了を告げる轟沈判定のブザーが高らかに鳴り響く。

 

「うっしゃ、勝ったどーッ!」

 

火筒を掲げた勝ち鬨に、静寂に包まれた場が沸騰する。

 

「え、何、あの娘、勝っちゃったの、ウチの長門に」

 

第一本陣の主力である長門、その出鱈目さを足柄は身をもって知っていた。

それだけに見た物が信じられず、戸惑いが心を埋め尽くす。

 

いや、埋め尽くした心の奥、何かが燻っている。

 

「本陣は要だけあって、激戦は避ける傾向にある」

 

突如に掛けられた声に振り足柄が向けば、同じ制服、長髪を左に一括りにした姉の姿がある。

 

妙高型重巡洋艦2番艦、那智。

 

周囲に合わせて無理をするのはもう止めろと、手の甲を軽く当て言葉を紡ぐ。

 

「私たちの事は気にするな、所属が変わっても姉妹である事に変わりはあるまい」

 

言い返そうとして、気が付いた。

 

断ろうとしていた意思が、最早心の中の何処にも見当たらなかった。

 

そして、聞こえる。

 

足柄の耳に、他の誰にも聞こえない呼び声が木霊した。

 

新規の泊地が、戦場が私を呼んでいる。

 

代わりに浮かべたそれは、獣の如き笑みであった。

 

 

 

『足柄の場合(あふたー)』

 

 

 

川内の木に吊るされている那智を見て、妹が溜息を吐く。

 

「何でわざわざ本陣からやって来て、川内の木に直行してるのよ」

「ううむ、私にもよくわからんのだがな、気が付いたらとしか言いようが無い」

 

那智さんは居酒屋鳳翔の常連ですよと暴露がある、通りすがりの神通から。

 

「……………………」

「……………………」

 

妹のジト目がさらに冷たくなった。

 

「……ちょっと妙高姉さんに引き取りに来る様に連絡するわね」

「ま、待て、せめて羽黒にしてくれッ、姉さんだけは頼むッ」

 

騒々しいやり取りの横に、歩み寄る姿がひとつ。

 

銀髪を緑のリボンで括ったサイドテール、サスペンダーの付いた朝潮型の制服。

朝潮型駆逐艦10番艦、霞、通称は足柄の保護者である。

 

「足柄、出るわよ、スル海から救援要請、タウイタウイの連中よ」

「え、何、全部食べちゃっていいのよね当然ッ、確認してくれた?」

 

突如にテンションの上がった重巡に、頭痛を堪える様で霞が答える。

 

「むしろ他の選択肢はあるのか、ってのが筆頭の言ね」

「うーん、流石は龍驤ちゃん、わかってるわねー」

 

深く頷きながら腕をぐるぐると回す妹に、那智の顔が綻ぶ。

 

「まあ何だ、元気でやっている様で何よりだ」

 

姉の言葉に頬が緩む妹、そしてチラリと見せた携帯通信機の液晶画面には

 

―― 第一本陣 妙高

 

「後生だ、後生だ足柄あああぁぁッ」

 

泊地に那智の悲鳴が木霊していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 弐

「ど畜生、文字通りの汚れ仕事なのです」

 

悪態を吐きながら小隊副官である電はデッキブラシを忙しなく動かしていた。

埠頭には魚河岸の鮪の如く、艦娘と呼ばれた物たちが並べられている。

 

足元には泡と様々な排泄物に塗れた汚水が広がり、海へと流れ込んでいた。

 

「わざわざ生理機能まで付けて何がしたかったんだか、ですよ」

「ケチャップデイが趣味だったのでありましょうな」

 

あるいは流産プレイとか、などと声をかけてきたのはあきつ丸。

 

少しは手伝いやがれなのです、などと言い募る副官に肩を竦めて口を開いた。

 

「自分は上官、貴君は部下であります」

「地獄に堕ちやがれ、なのです」

 

心温まる会話を経て、漂ってきた腐れた臓腑の香りを振り払い、嘆息を空に投げる。

死体とそうは変わらない薬中鮪の軍団を眺めれば、問い掛けがあった。

 

「それで、ご要望の駆逐艦はどんな塩梅でありますか」

「飛び切りに壊れていますよ、どう考えても解体でしょう」

 

見れば鮪の中に、見るからに如何わしい肉塊がひとつ。

 

「傷付いた艦娘を癒したいという、善良な提督は結構居るものですよ」

「正気になったとたん、薬と子種を強請ってドン引きされる未来しか見えないのです」

 

むしろご褒美でありましょう、などと他人の顔をして嘯く揚陸艦。

 

「まあ、装飾や入れ墨とかは抉って修復剤を掛ければ何とかなる、なるのですか」

「問題は後遺症でありますな、まともにケアできるとは思えませんし」

 

この系統の薬物の後遺症で代表的な物は、重度の人間不信。

勝手に期待した挙句、裏切られたと嘆く人間の声が今から聞こえるようで。

 

ヤニが欲しいでありますな、などと小隊長の声が零れた。

 

「まあ、持て余すでしょうなあ」

 

それでもまだ、どこまでも他人の声であった。

 

 

 

『あきつ退魔録 弐』

 

 

 

夢の中にあったその男の意識に、いつからか異物が入り込んでいる。

 

それは些細な物であったが、延々と、確かに存在を主張し続け、

やがて無視できないほどに膨れ上がったソレを、ようやくに男は認識する。

 

激痛。

 

喉の奥から、男の生涯にいまだ聞いた事の無いような獣の如き声が漏れ、

のたうち回る度に焼けた鉄を捻じ込まれたような下腹部の熱が身を苛む。

 

「ああ、ようやくに現実に戻ってきたのでありますな」

 

声を辿れば男の机の横、何某かの書類を見聞している姿がある。

引き出しは引き壊され、益体も無い内容の紙片は床へとぶち撒けられていた。

 

「共犯者が居るとは予想していましたが、ここまで酷いとは」

 

薬物、及び躾け済みの艦娘の横流し、文面には随分と頭の痛くなる名前が並び

その数も、頻度も救い難いほどに膨大であった。

 

繋がりを辿って推測すれば、大陸にまで流れて行った可能性すら在る。

 

「やはり、沖縄は潰すべきでありますな」

 

その言葉に男は、決して見られてはいけない文書が見聞されていると知り

思わずに手を伸ばした直後、下腹の灼熱が身を焦がし、呻く。

 

見れば腸が落ちていた。

 

狼狽と、おそらくは絶叫であっただろう騒音に、興の無い様子の声が掛けられる。

 

「貴君は罪の贖罪として割腹自殺をして果てた、そういう事であります」

 

止まらない悲鳴は言葉に成らず、両生類の呻きににも似たそれが室内に響き続ける。

そんな耳障りな物音を聞き流し、黒服の艦娘は黙々と書類の選別を進めた。

 

「事態を纏める前に、余分な事を話されても困るのですよ」

 

そう言葉を発して、繋げる前に何か気になる用紙を発見する。

 

「ケッコンカッコカリの申請書?」

 

騒音の色が変わった。

 

「ああ、何も言わなくて良いのですよ」

 

嗜めるような言葉の後、選別した書類を纏めて携帯し、先ほどの言葉の続きを綴る。

 

騒音の中、通り過ぎる軍靴の足音が確かに響いた。

 

悪意に染まった提督はこの世から退場し、僅かな生き残りは平穏な生活を手に入れる。

悪が滅び被害者が救われる、実に非の打ち所の無いハッピーエンドであります、と。

 

つまり、他の物は何一つ要らない故に ――

 

「貴様はそこで朽ちていけ」

 

扉の閉まる音がした。

 

あきつ丸が無人の泊地本棟を歩む中、先ほどの書類を見れば艦娘の名前。

該当のそれは、3か月前に轟沈していたとの記録を見た覚えがある。

 

「はてさて、考えたくないでありますな」

 

本棟を抜けて書類を仕舞い、からっぽの空に嘆息を投げた。

 

後日に発見された肉塊は、扉に向かって腕を伸ばしていたらしい。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地には、先日に喫煙所が出来た。

 

後に川内の木、響の独壇場と並び5番泊地三悪所と呼ばれる、龍驤の巣である。

 

結構好き勝手に吸っているのに喫煙所を作ったのは、偏に熱帯の降水率の問題で、

吹きっ曝しにはお義理の様な風避けが立てられ、見るからにいい加減な造りの屋根がある。

 

目立たない位置、日陰者、そんな場所で忙しなく葉巻を齧っている艦娘が2隻。

 

「やっぱ紙巻欲しいわー」

「趣味で葉巻をしていたのでは無かったのでありますか」

 

ぼやいた龍驤の言を受け、自分の勘違いに驚くあきつ丸。

 

「んで、その薬漬けの肉オナホがどうしたって」

「案の定本土で持て余しましてね、巡り巡ってブルネイ第二に押し付けたとかで」

 

そう言って二人は忙しなく煙を上げる、葉巻は吸い続けないと火が消えるわけで。

 

「何つうか、餓鬼の教育には悪いわな」

「かの地の睦月型たちは、最初期の叩き上げでありますよ」

 

駆逐艦とはいえ先任、仮にも軍艦相手、とんでもない意見に苦笑して嗜めるあきつ丸。

 

「ヨー島に異動したんやっけか、戦力希望したら薬中か、世も末や」

「薬は抜けているはずですが、まあどうだか」

 

それきりの静寂に、吹き上げる煙だけが増えていく。

 

「様子見するだけやで」

 

肩を竦めた軽空母に、揚陸艦が軽く頭を下げた。

 

数日後、島風型駆逐艦がヨー島泊地より5番泊地に引き取られる事になる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

駆逐艦の記録

 

『2日目』

 

 

 

爆風の中、手漕ぎボートが木の葉のように揺れ惑う。

 

「ぬわああぁぁ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ、コレ本気で死ぬからッ」

「着任早々二階級特進かあ、エリートさんやなッ」

 

「縁起でも無ーッ!」

 

砲弾飛び交う戦の海を、何やら向かい合って足の裏を付け、

4本のオールで必死に漕ぎ渡ろうとしているのは、提督と龍驤。

 

どうにも状況の割に随分と余裕のあるやり取りを見て、叢雲は反応に困った。

 

とりあえずに砲撃を続ける駆逐イ級を沈めれば、爆撃機がロ級を堕とし

ようやくに喧騒の収まった海域には転覆したボート。

 

艤装に因る海面からの反発力で前衛的な姿勢になっていた龍驤が、

何やら羅生門によじ登った何某の如くにボートの上に這い上がり、口を開く。

 

「とりあえずこれで、督戦1回分の実績やな」

「無茶苦茶だこん畜生ッ」

 

遅れて這い上がった提督が、口から海水を吹き出しながら叫んだ。

 

「……えーとだな龍驤、俺人間、君艦娘、そこんとこわかってる?」

「そやな司令官、ウチ空母、遊撃叢雲で護衛無し、燃料無し、そこんとこわかっとる?」

 

必死の発言に笑顔で答える艦娘、爽やかなまま異様な圧力を放つ。

 

「ウチら一応命のやり取りするわけやし、やっぱ誠意ってもんが見たいわけよ」

「まことに申し訳ございません」

 

泊地立ち上げ初日、提督に因り全ての資材を溶かした5番泊地の暴走は

土壇場で建造された軽空母の上段回し蹴りに因って止められた。

 

その場で泣きついた叢雲が、龍驤に筆頭秘書艦の座を譲り渡して翌日の朝、

龍驤がかっぱらってきた廃材のボートで海に漕ぎ出す1人と2隻の姿。

 

「叢雲ー、ボート引っ繰り返すから手伝ってやー」

「あ、はい」

 

未だ転覆した船底の上で土下座を決める提督の姿に、既に構築された上下関係が見えた。

 

ボートを戻すために提督を蹴り落とす龍驤と、ありがとうございますと叫んだ提督。

そういえばこのヒト、過去に教導艦もやっていたのよねと叢雲の心中に冷や汗が流れる。

 

ようやくに濡れ鼠となったままとりあえずに落ち着いた所で、教導艦が口を開いた。

 

「南西2km先に駆逐イ級を確認、羅針盤固定」

「いや無理無理無理無理無理無理、もう無理だって本当にッ」

 

泣きが入った提督に爽やかに笑いかける軽空母、そのままに現実を言の葉に乗せる。

 

「あんな、燃料追加申請すんのは使ったであろう実績が要るねんな」

 

だからとりあえず今日中に督戦5回なと、そんな言葉に提督が卒倒した。

 

「結構持った方か……まあ意識無くても居さえすりゃ実績にはなるわな」

 

鬼が居た。

 

果たして本当に秘書艦の座を渡して良かったのだろうかと、叢雲は心中で自問する。

でも本音を言うとちょっとだけスッとしていたわけで、オールを握る手に力が入る。

 

とはいえ流石に提督の身を危険に曝し続けるのは不味いのではないかと問えば

弾薬があるウチにロングレンジの爆撃だけと、一応は考えた風の答えがある。

 

「まあ、やっとるウチに()()も慣れて来るやろ」

 

そして新たなる戦いの海原に漕ぎ出す龍驤と叢雲と、荷物が一名。

 

3戦目に再度引っ繰り返るまで提督は幸せな夢の中に居たと言う。

 

 

 

『3日目』

 

 

 

今日も今日とて泊地立ち上げ作業の合間、無理にでもと時間を作って海原に漕ぎ出す一行。

とりあえず弾薬が尽きるまでは続ける方向で話が纏まってしばらく

 

漕がれる4本のオール、そして船べりに手を置いて自転車スケボー状態の2隻。

本日は前日にドロップした川内が、提督専用肉の盾として同乗していた。

 

「何かもう本当に、随分とヤバイ所に着任しちゃったよー」

 

肉の盾がウツロな目をしてボヤいていた。

 

流石に昨日の今日で近海には敵影は無く、沖へと漕ぎ出すウチに駄弁りが入る。

 

「そういや、このボートって名前とかあるのか」

「そやな、とりあえず船名は巻き添え轟沈丸で」

 

―― 沈める気だッ

 

提督と叢雲と川内の心の声が重なった。

 

「いやいやいや、確実に沈める気だよなそれ、出来れば生き残りたいんですけど俺」

「流石にその名前はッて、何で韻を踏んでるのよ、余裕あるわねアンタ」

 

「神通、那珂、一度ぐらいは顔を合わせたかったよ……」

 

錯乱を始めラッパーの生霊が乗り移った提督に、穏やかな声が掛けられる。

 

「大丈夫や、司令官」

 

それは、どこまでも優しく、自信に溢れた笑顔だった。

 

過去の艦の時代の記憶、確かな実績がもたらす威厳に一同が口を閉ざす。

 

そして、経験から来る確かな説得力で以って結論が語られた。

 

「腕が千切れようと、腸がはみ出ようと、人間意外と死ねないもんや」

 

海上に提督の悲鳴が木霊した。

 

 

 

『6日目』

 

 

 

「もうすぐ夜戦の時間なのにー」

 

提督執務室の床で転がりながら音を出す物体を、爽やかにスルーする室内の一同。

燃料と弾薬が完全に底を尽いているため、夜戦はおろか昼戦も出来ない有様であった。

 

「あ、あの、放置していて宜しいのでしょうか……」

 

そんな光景に、控えめな声が掛けられる。

 

栗色の髪を後ろで括り、やや焦げた色のセーラー服を身に纏う駆逐艦。

 

着任の挨拶にと訪れた、本日にドロップした綾波型駆逐艦1番艦、綾波であった。

 

言われてはじめて、提督と龍驤が川内に目を向ける。

 

「……あ、川内、居たんだ」

「あ、あれ、いつのまに昼になっとるん」

 

二人の目の下の隈が全てを物語っていた、即ち5徹目である。

 

 

 

『10日目』

 

 

 

追加の資材がようやくに届く、陸路で。

今回はバンダルスリブガワンの第一本陣を経由して輸送された模様。

 

叢雲が受け渡しのサインをしている折、トラックから1隻の艦娘が降りて来る。

短目の黒髪を後ろで小さく括ったセーラー服、勢いで捲れたスカートから白い物が見えた。

 

吹雪型駆逐艦1番艦、吹雪、駆逐艦の革命と謳われた始まりの特型駆逐艦である。

 

「何だ、吹雪じゃない」

「あ、叢雲ちゃん」

 

艦娘としては初対面ではあったが、叢雲は吹雪型5番艦。

姉妹として記憶の中に残っている互いであった。

 

「本日付で5番泊地に配属になりました、駆逐艦吹雪ですッ」

 

笑顔のまま、軽くお道化た様子で言葉を紡ぐ吹雪。

それに併せて、軽く脇を空けて崩した敬礼をとる。

 

一般に海軍式の敬礼は着帽時、脇を締めて手の平を見せないなどと言われているが、

実の所、特にこれと言った海軍式と言う物は無く、各部隊で好き勝手な敬礼が行われていた。

 

戦後に復員した海軍軍人が、脇を締めて手の平を隠す、そんな自らの部隊の敬礼を紹介した折

それが間違って「海軍式の敬礼作法」として世に広まったために生じた誤解である。

 

強いて言えば、船内の空間は限定されているので脇を締めがちな傾向があるぐらいか。

 

そんな経緯を引いても妹相手と、気安い感じの礼に対して叢雲は

きっちりと両腕を横に揃え視線を合わせたままに頭を下げる。

 

閲兵でもやっているのかと言われそうなほどの堅苦しさに、吹雪が固まった。

 

そんな有様に堪らずと、叢雲が吹き出して。

 

「も、もう叢雲ちゃんったら」

「歓迎するわ、吹雪」

 

軽くなった空気に姉妹が笑いあう。

 

受け渡しの確認も終わり、提督室へと案内するうちに軽い雑談などが流れていた。

 

 

 

『421日目』

 

 

 

スコールの合間、木陰に作られた休憩所に3隻の艦娘が寛いでいた。

 

叢雲と吹雪、それと綾波である。

 

カップベンダーの氷も溶けぬうち、適度に娘らしい話題で盛り上がっている。

 

泊地の位置するセリアへの隣接都市、クアラブライトの目抜きであるプリティ通り、

商店が立ち並び輸入品目の衣服なども扱っている其処に、非番に訪れようと。

 

話にある、叢雲の誘う店は利根の紹介である。

 

着た切りの龍驤、我が道を行く金剛など、相手に合わせるという事を海底の本体に置いて来た

かの如き秘書艦組に於いて、駆逐艦の懐事情なども鑑みれる利根は貴重であった。

 

そんな中、着た切り雀の龍驤の事に話題が触れた折、吹雪が問いかける。

 

「そういえば前から聞きたかったんだけど、叢雲は何で筆頭を龍驤ちゃんに譲ったの?」

 

突然の質問に、お道化た口調で答えを返す。

 

「まあ、私の眼力をもってすれば当然の事よ」

 

初日でブルネイの魔女を見抜いた鬼才と、褒め称えられている事を承知でのドヤ顔であった。

そんなはぐらかしに、隣接する二隻からの連続したツッコミが入る。

 

ビシビシとスナップが入った手の甲に、止めなさいよと笑いながら嗜める姿。

 

一息をつき、軽くカップの氷を噛んでから叢雲は改めて口を開いた。

 

「立ち上げ初日、馬鹿やった提督を止めようとしても、私では止められなかったのよね」

 

思い返すのは、自己嫌悪に苛まされたあの時。

 

そしてそれよりも前、初期艦専用、各地で造られた11世代型を集めた研修所での思い出。

 

―― 貴女はひとりで背負い込む傾向があるから、気を付けなさい

 

そう言った彼女は、売れ残りの、出来そこないの私なんかと違って優秀な叢雲だった。

 

「だからほら、出来るヒトが居るんなら、まかせるべきだとね」

 

それだけなのと問い直す声に、それだけなのよと鸚鵡に返す。

 

他愛のない会話の合間、訪れた静寂を唐突に打ち破る音があった。

 

見れば工具と資材を抱えて逃げる二つの影と、それを追い掛ける赤い俎板、他数名。

 

「ふぅーはははッ」

「捕まえてごらんなさーい」

 

発言は前者が明石で、後者が提督である。

 

その向こうでは霧島が、提督の逃亡に手を貸そうとした金剛で人間橋を作っている。

 

全速で追い掛ける龍驤の米神から、切れてはいけない何かがブチ切れる音がした。

何故かその身体から視認できる金色のオーラが立ち昇りはじめる。

 

たぶん、穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の艦娘的アレである。

 

「ぬをおおぉお、待て、落ち着け龍驤、何か深海堕ちしかかっとるぞッ」

 

後から追い掛けていた利根が必死に龍驤を宥めはじめた。

さらに後方から、そんな一団へと島風が追い付いて、追い抜いて行く。

 

「いやそこは司令官を捕まえようやッ」

「走っとる間に目的を忘れてしまったようじゃのッ」

 

そんな突如に現れた一群は、騒々しいままに叢雲たちの視界から消え去ってしまい、

 

残された雰囲気の漂う3人は互いに視線を交わし、叢雲が肩を竦めた。

 

「ほら、ね」

 

何とも説得力のある言葉であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

AVENGERS-LP 前編

リクのあった劇中劇、テンリューレディからスピンオフしたマスターリュージョーの
アヴェンジャーズ参戦回です、全3回、Ep1だけでぶん投げます、続きません

シビルウォー後のパラレルです、変な個所はきっとトニースタークが何かやらかしたんです

天龍のインタビューから想像の翼を広げたバッタモンなので実在の艦娘とは異なります

衛星経由で電子書籍を入手した横須賀鎮守府が、総力を結集して翻訳作業をしたために
マスター・リュージョーの口調だけは無駄にブルネイ龍驤が再現されています

つまり嫌がらせです


彼は夢を見て、彼女は戦っていた。

 

二つ括りの髪が後ろに流れ、キモノドレスの上に羽織った外套とコントラストを作る。

剣閃は銀光と成り、小柄な身体が踊る度、バタバタと有象無象が倒れ伏す。

 

刀身より漏れ出すカンムス・エナジーが辺りを明るく照らし出した。

 

今まさにマスター・リュージョーが振るっているサムライソードの銘は「イセ」、

軍艦より削り出した霊刀、テンリューが佩刀「ヒユウガ」の姉妹太刀である。

 

喧騒は続けざまであり、軽快な速度で移動を続け、悲鳴と爆音が木霊する。

その騒動はやがて、彼が安置されている部屋の付近にまで到達した。

 

北極で安らかな、およそ彼の生涯には見当たらない安息と言う物を手に入れて

様々な人々の祈りと共に眠っていた、彼の遺体を掘り起こした者が居る。

 

マスター・リュージョーは、控えめに言って怒っていた。

 

排斥と、凶弾を以って彼に応えた身勝手な人々に、今まさに遺体を辱めてまで

彼を踏み躙ろうとする傲慢に、柄ではないと悪態を吐きながら走っている。

 

―― 何故、彼を放っておかない、何故、彼の眠りを妨げる。

 

心中は散々に乱れ、それでも身に染みついた殺人芸術は僅かの衰えも見せず、

 

そして遂には扉を開き、目にした光景に激怒した。

 

寝台に横たわる大柄な肢体、その彫刻めいた完璧さは、かつての同盟国の盟主ならば

涎を垂らして褒め称え、アーリアの称号を捧げるであろうほどの見栄えであった。

 

そこではない、摘出された凶弾でもない、怪しげな機械や薬品も視界に入らない。

 

胸が上下している。

 

かつての一人の化学者が抱いた信念が、妄執の鎖と化して彼を現世に留めている。

凶弾に、極地の氷に、冥府の淵でなお彼を現世に留め続けた。

 

それはもはや、呪いだ。

 

やがて鼓動が早まり、彼が瞼を開いた。

 

視線を彷徨わせている内、部屋に踏み込んでいたリュージョーと視線が合う。

 

「これは、夢なのかリュージョー」

「そやな、悪夢には違いないわ、スティーブ・ロジャース」

 

呑気な仇敵に、彼女は舌打ちを以って応えた。

 

 

 

『AVENGERS -Lost Paradise- Ep.1 』

 

 

 

スーパーヒューマン登録法の施行より4半世紀、その国はヒーローを失った。

 

要因は様々にあるだろうが、特にコレと言う物は無く、現実として次々と引き起こされた

数々の問題を解決する内に、一人、また一人とヒーロー達は姿を消していった。

 

残ったのはイニシアチブ、所謂人工ヒーローの一団だけである。

 

やがて、それらは箍が外れたかの如くに力ある集団として振る舞い、民衆を弾圧し

言論を封じ、そしていざ事の起こった今現在、硬質化した組織は敗北を喫した。

 

柔軟で無くとも良い、ただ状況に対応する、それだけの行動すら出来なかったと。

 

ロジャース大尉が受けた説明はそのようなものであった。

 

シー・デビルズ、深き海の底から訪れる異形の軍団。

 

その不可思議な肉体はあらゆる攻撃を受け付けず、政府が辛うじて幾度か接触を果たせた

Mr.ファンタスティックの考察に因れば、存在自体がこの世界からズレていると。

 

そんなよくわからない理屈で以って存在している脅威であった。

 

例外として妖精の力(フェアリーフォース)、例えばカンムス・エナジーなどがその肉体に届く事が出来る。

 

登録法とは距離のある同盟国、極東に居を構えていたシルバー・サムライの紹介で

幾隻かのカンムス・エナジー遣いがこの地に派遣され、均衡を保ち今に至っていた。

 

前線基地、埠頭に建設されたその施設の廊下、各種検査を受けているロジャースに付いて

色々と話しているのは妙齢の黒人女性、次から次へとマシンガントークが止まらない。

 

イカヅチ・マミー、テンリュー配下のヒーローチーム、ロックガールズの内の一隻である。

 

ややだらしない身体と癖の強いパーマが特徴的だ。

 

「わからないな、ネイモア、いや、アトランティスとかは何もしなかったのかい」

「そこらへんも音沙汰無しでね、見捨てられたのか、既に食われたのか」

 

「トニーは …… いや、何でも無い」

 

続けるほどに辛気臭くなる話に、二人で溜息を吐く。

 

僅かでも空気を換えようと、大尉が保護された時点、先日より気に成っていた事を尋ねた。

 

「それにしても、まさかリュージョーがカンムス・マスターを継いでいたとはね」

「そこらへんはわからないなあ、アタシの場合マスターは既にリュージョーだったし」

 

ロジャース大尉の記憶にあるリュージョーは、大戦時に相対した悪魔だ。

 

悪意と狂気をぶちまけた様な戦場で、敵味方に恐怖を与える姿が強く記憶に残っている。

そして、マスターみたいな面倒な立場は御免被るとか言っていたはずなんだがな、と。

 

「僕の記憶ではホーショーと言うカンムス遣いがマスターだったんだ」

「ああ、名前だけは聞いた事があるや、先代様だね」

 

見るからにヤマトナデシコって印象の女性で、よくリュージョーを揶揄うネタにした物だと

語れば、イカヅチがあんたら戦時中に何やってたんだいと呆れた声で言う。

 

そんな益体の無い会話が続き、一通りの検査が終わった頃、イカヅチが最後に問うた。

 

「アンタは、これから一体どうするんだい?」

 

単純にして、難しい問題である。

 

彼はしばし口を噤み、自分の考えを、言葉を選ぶ様に口を開いた。

 

「ひとつだけ、わかった事がある」

 

僕たちは言葉を尽くすべきだったんだ。

 

彼の脳裏に浮かぶのは最後の戦い、国を割り、親友と矛を交えた無造作な悲喜劇。

 

「それなのに人々の不安に、恐怖に対し、暴力で以って応えてしまった」

 

殺人者との同盟、ヴィランの協力、憎悪を混沌にぶち撒けたかのような悪夢の饗宴は

どこまでも肥大化し、ありとあらゆる者を巻き込みながら悲惨へと加速した。

 

そしてついに、英雄は兵器として造られる。

 

「あの戦いは、間違っていた」

 

気が付けば守るべき人々は傷付き、ヒーローに呪いの言葉を吐き掛けていて。

 

称えられ続けた生涯が生み出した慢心、それに気が付いたが故、彼はマスクを脱いだ。

 

「そして償いすら許されなかった、もう僕にヒーローで居る資格なんて無いのさ」

 

肩を竦めた偉丈夫に、溜息を吐くマミー。

 

「まあそれもいいさ、マスターも同意見みたいだしね」

 

意外な所で出てきた名前に大尉が驚き、そして自嘲を表情に浮かべれば

イカヅチが慌てて言葉を繋げた、そういう意味ではないと。

 

問い直すまでも無く、言葉を待てば続く。

 

「ロジャースはもう戦わなくても良いはずだ、そう主張しているのさ」

 

軽い言葉に、静寂が訪れた。

 

 

 

(Chapter.5 テンリューの病室)

 

 

 

ロジャース大尉は幾人かの紹介を受け、テンリュー・レディの病室を訪れる。

 

慢性的なデビルズの襲撃に全ては疲弊し、抑えきれぬ攻勢を受け止めた若きヒーローは、

通し切った無理の代償を払うため、しばしの療養を余儀無くされていた。

 

「ああ、アタシがテンリューだ、んで、アンタが ――」

「スティーブ・ロジャースだ」

 

ベッドより上半身を起こした姿勢で迎えたのは、若い女性。

短めに揃えた黒髪と眼帯の目立つ、軽巡洋艦(ライトクルーザー)のカンムス遣いであった。

 

新旧の英雄が握手より入り、他愛の無い会話が続き、途切れることが無い。

 

その会話の内、思ったよりも自分の事に詳しいなと疑問をテンリューに問えば

内心に思い当たりを探る顔で、苦笑と共に答えを口に出した。

 

「師匠が良く言っていたのさ」

 

リュージョーのせいであったかと、興を覚えて続きを促す。

 

「この国には、趣味の悪いスケイルメイルを身に着けた変態が居るって」

「あの俎板(パンケーキ)とは、一度懇々と話しあう必要がありそうだな」

 

大尉の笑顔に怖い物が混ざった。

 

そんな大人げ無い反応にテンリューが笑う。

 

「いや流石だね、師匠をパンケーキ呼び出来るヤツなんてそうは居ないよ」

 

明るい言葉に毒気を抜かれた大尉が、笑顔の色に苦笑を浮かべた。

 

「そこを感心されてもなあ」

 

随分と軽くなった空気を、突如に引き裂く騒音が響く。

施設の各所で騒音が生まれ、人々の移動する重い音が響いている。

 

彼が鳴り響くブザーの意味を問えば、テンリューは強張った表情で言葉を吐き出した。

 

施設に対する敵襲だと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

AVENGERSーLP 中編

(Chapter.6 施設前、埠頭)

 

 

 

喧騒は至近、数多の何かが争う音が響いている。

 

いや、それは蹂躙か。

 

粘液に塗れた、硬質とも軟質ともとれる漆黒の肉体。

それに無造作に配置された、白蝋の如き色合いのヒトの部品。

 

およそ生理的嫌悪をもたらす外観の海の悪魔。

 

それが蜜に集う蟻の様に隙間無く、有象無象と上陸していた。

 

硝煙が、爆音が、せめてもの抵抗として大地に刻まれる。

しかしその先には、何ら痛痒を受けていない黒金が見えるだけ。

 

恐慌を起こした兵士が火筒の弾倉を空にして、絶望する。

 

悲鳴、思うさまに食い散らかされる悪趣味な食卓を、

駆け抜け、撫で斬り、リュージョーは焦っていた。

 

リュージョーの艦種は航空母艦(キャリアー)、近接を得意とする巡洋艦と違い

その本質は遠距離からの一方的な殲滅にある。

 

一対多の現状は、それを考えれば問題にはならない、本来ならば。

 

リュージョーが、周囲に視線を廻らせ舌打ちをする。

 

そこかしこで上がる誰かの呻き、勇敢にして無謀なる誰かの命が足枷と化していた。

 

いっそ纏めて吹き飛ばすか、などとリュージョーの心に浮かぶ。

だがそれをやれば、苦難に沈静化しているヒーロー排斥の動きが再燃しかねない。

 

今も建物の窓から、決定的瞬間を映そうとカメラを回している記者が居る。

 

「あいつら全員死ねばええのに」

 

悪役のころに培った精神が心の中で毒づいた。

 

「マスター、本音が口から漏れてるよッ」

 

もとい、漏れていた。

 

声を入れたのはイカヅチ・マミー、弾薬をばら撒き空間を空け、戦中に陣を築く。

駆逐艦(デストロイヤー)故にさほどの火力は無い、だがしかし僅かなりとも一息の吐ける隙に

 

轟音が、響いた。

 

今まさに硝煙を纏い海中より這い上がる、周囲のソレよりも一回り巨大な体躯。

無造作に積み上げられた砲台に付属しているのは、黒光りする巨大な双腕。

 

「キミら、()る気ありすぎやろ」

 

戦艦(バトルシップ)のシー・デビルス、鬼級(オーガ)

 

戦線と化している埠頭を絶望が埋めた。

 

 

 

(Chapter.8 テンリューの病室)

 

 

 

眼下に広がる悲惨の光景に、布団を蹴り飛ばしたテンリューと抑える大尉。

 

出撃の意気を吐くテンリューだが、引き留める腕を振り払う事も出来なければ、

包帯に包まれた全身、負傷から来る発熱も引かぬ身体では、足元も覚束ない。

 

やがて崩れ落ち、弱々しく縋り付いては、ロジャースへと救けを求めた。

 

「しかし僕には ――」

「違うだろッ!」

 

イカヅチも聞いていた意思を、テンリューが否定する。

 

戦った、戦い続けた、そして最後を迎えた。

だからもういいんだとリュージョーは言っていた、それでも ――

 

「師匠はッ、一度もッ、英雄の事なんて語らなかったッ」

 

青い変態だのリアルチート野郎だの、散々な表現をしていたが、最後には結局

 

―― 信念を以って立ち塞がる戦士だったと

 

唐突な言葉が、大尉の胸の中の蟠りを打った。

 

今更に伝えられた彼女の言葉に、衝撃に混乱したままに視界を彷徨わせる。

 

窓の外、戦火に包まれた世界が視界に入った。

 

嘆き、叫んでいる。

 

理不尽に、恐怖と憎悪が世界を呪っている。

 

これを、見過ごせと。

 

「―― 何か、盾にできそうな物はあるかい」

 

気が付けば、思いもしない言葉が彼の口から零れていた。

 

「アンタを掘り起こした連中が用意していたブツが1階倉庫に、レプリカらしいがな」

 

獰猛な笑みでテンリューが伝えた。

 

 

 

(Chapter.9 埠頭、最前線)

 

 

 

くの字に曲がったリュージョーの体内で、硬質の何かがへし折れる音が響いた。

打ち上げる様に叩き込まれた剛腕と、間髪入れずに打ち下ろされた対の腕。

 

叩き付けられたコンクリートから、鳴り響く音が頭蓋に抜ける。

 

人の形のバスケットボールの如く、跳ね飛んだリュージョーは倒れ伏した。

 

静止した時間の中、避難した人々は顔を覆い、カメラの持ち手は口元を歪ませる。

 

些かのタイムラグはあれど、レンズに映り込んだ光景はそのままデータと化して

無線、有線、様々なルートを通じてあらゆる場所へと届けられている。

 

全米に、絶望が広がっていた。

 

僅かな身動ぎと呻き声。

 

未だ息は有り、かろうじて意識を繋いでいるのは見て取れる。

 

ゆっくりと砲口を向ける、巨大な敵。

 

 

 

(Chapter.10 カリフォルニア州マリブ郊外)

 

 

 

安酒場で、浴びる様に酒を飲む壮年の男が居る。

 

身嗜みは崩れ、頬は痩け、無精髭が見えるその姿に洒落者の面影は無い。

 

この期に及んで喜々として悲劇を伝える報道に舌打ちをし、グラスを空ける。

カウンターに半ば突っ伏して、空いたグラスを振って追加を強請る。

 

「トニー、いくら何でも飲みすぎだ」

 

嗜める主人に罵声を以って応える。

 

肩を竦めた店の主が、薄曇りの古ぼけたグラスに琥珀を注ぎ込めば、

喉へと流し込むために引き上げられた顔、視界の隅に映る映像に ――

 

グラスが落ちた。

 

 

 

(Chapter.11 施設前、最前線)

 

 

 

暴力的な速度を以って飛来した鉄塊が、アダマンチウムに激突し火花を上げる。

 

踏みしめた足場の上、膝を抜き、衝撃を僅かでも逃がそうと腐心する。

ともすれば吹き飛ばされそうな腕に込められたのは、尋常ならざる剛力。

 

角度を以って下から掬い上げる様に支えられた盾に因り、砲弾が反れた。

 

見当違いの施設の壁に破壊の意思が到達し、爆焔を吹いて建造物を揺らす。

 

なんでや、と、小さな声がした。

 

「キミは、もう戦わんでもええはずやろ」

 

その言葉を、穏やかな音色で否定する。

 

「そうじゃない、そうじゃないんだ、リュージョー」

 

青一色のスケイルメイルは、白い羽飾りがついたマスクと一体化している、

 

「ヒーローだからとか、誰かの都合だからと此処に居るわけではないんだ」

 

今もその身に流れるのは、一人の化学者が生んだ自由への願い ―― 超人血清。

 

「僕がこうしたいんだ、僕が、こうするべきだと思ったんだ」

 

スティーブ・ロジャース、世界最初の英雄(アベンジャー)

 

第二次大戦の生ける伝説。

 

「この世界に、自由を求める人々の願いがある限り」

 

彼は、決して立ち止まらない。

 

それは、紛れも無き自由の守り手。

 

負傷し、絶望に従っていた人々は顔を上げた。

 

くたびれた男は酒場のテレビを消せと喚き散らした。

気弱な学者は画面から目を離せなかった。

 

誰しもの隣人は聞こえてきた声に口笛を吹いた。

癌細胞に侵された男は指をさしゲラゲラと笑った。

 

神の座に篭もる雷神は過ぎ行く風に懐かしい匂いを感じた。

 

あらゆるヒトが彼の背中を思い出した。

あらゆる場所に彼の名乗りが木霊した。

 

高らかに、どこまでも。

 

―― I'm Captain America !

 

キャプテン・アメリカが、帰還した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

AVENGERSーLP 後編

(Chapter.13 施設内、窓辺)

 

 

 

吐息が漏れた。

 

状況にはさほどの変化は無い、死に損ないのカンムス遣いの元に

盾を構えた木偶の坊が増えただけの話だ。

 

だが、避難していた人々は空気が変わるのを感じる。

 

「暇なヤツらは手伝いやがれってんだコラァッ」

 

イカヅチ・マミーが叫んだ。

 

見れば崩壊した其処此処で、未だ呻いている負傷者を掘り起こし

次から次に避難所へと搬送している姿がある。

 

瓦礫を押しのけ、叩き壊しては化粧崩れを気にする淑女は、アカツキ・レディ。

怪我人に声を掛け意識を失わせないようにしている銀の令嬢、ヒビキ・ハラショー。

前線を駆け抜ける男装の麗人はスピードフォースの落とし子、イナヅマ・ライトニング。

 

抗う事を選んだ勇士たちを、ロックガールズが搬送していた。

 

怯え惑い、ただ身を竦めていた人々が一人、また一人と動き始める。

 

医療従事者が名乗りを上げる、五体満足な物は搬送を、力無き者も声をあげた。

喧騒が生まれ、声が、動作が命を繋いでいく。

 

誰しもが安堵して、誰しもが懸命に尽くしていた。

 

心を埋め尽くしていた絶望は既に無い、ただ一人、ただ一つが示したが故に、

今もそう、弾丸閃く戦の庭にさえ、我らの旗が翻っていると。

 

星条旗の守り手が、彼が与える安心が、人々の勇気を揺り起こした。

 

「これが、フィル・シェルダンが見た世界」

 

カメラマンの一人が、そう呟いた。

 

 

 

(Chapter.14 最前線)

 

 

 

「ヴィランも真っ青の我が侭放題やな」

「君こそ、ヒーローが恥ずかしくなるほどの活躍じゃないか」

 

修羅場の最中に、笑いが漏れる。

 

いや、違うなと、キャプテン・アメリカは自らの言葉を否定した。

 

「君は昔からヒーローだったな、そういえば」

「そういやウチら、老人性痴呆症を疑う年齢やな」

 

つれない返答に苦笑がある。

 

「リュージョー婆さんや、飯はまだかいのうって?」

「嫌やわ爺さん、4半世紀前に食べたでしょう」

 

「そこまで酷い返答は予想していなかったなあ」

 

海の悪魔が迫るこのひと時、随分と軽い空気が周囲に満ちた。

 

血を吐きながら立ち上がるリュージョーに、キャプテンは視線を向けない。

 

「さて、いくら要る」

「5分」

 

短い言葉の遣り取りだけがある。

 

常なる身ではいかなる痛痒も与えられぬ妖しの身体、戦艦の鬼、数多の艦、

視界を埋め尽くす有象無象を前にしてもなお、彼は盾を構える。

 

「任せろ」

 

ただ一言を残し、足を踏み出した。

 

 

 

(Chapter.15 孤軍奮闘)

 

 

 

剛腕を避ける。

 

僅かに掠っただけの盾に伝わる振動が、その一撃の重さを伝えてくる。

キャプテンは感じる、成程、ただ一撃で沈められるほどに、重い。

 

―― だが、重さを感じるという事は

 

周囲の敵影から、突如に飛来する砲弾を盾を合わせて弾いた。

 

―― 攻撃を「受ける」事だけは出来ると

 

受け流す姿勢に固まる其処へ、撃ち込まれた拳を避け、合わせる様に蹴り足を乗せる。

 

伝わるのは、およそ世界の果てを蹴りつければこのような感触かと思うほどの、絶対。

一欠けらも衝撃の伝わらぬ、全てが撃ち込んだ足へと返ってくる理不尽な感触。

 

即座、抱きしめようとしてきた腕を身を屈めて躱し、距離を取る。

 

「姿に似合わず情熱的な事だ」

 

身を引きながら、間髪入れずの盾の投擲を、躱そうともしない戦艦の鬼。

 

速度、角度、位置、全てが想定通りであったが故に、悟らざるを得なかった。

僅かの逡巡も、些細な反応から来る誤差さえも無い、完全に想定通りの動作。

 

つまり、ヤツは知っている。

 

いかなる攻撃も、自らにダメージを与えることができないという事を。

世界がズレている、つまりは衝撃さえも伝わっていないのだろう。

 

だが、そのせいで盾は完全な角度で目標へと達した。

 

今まさに砲撃を敢行しようとした海の悪魔へ。

 

衝撃が身を揺らし、着弾がズレる。

 

―― 存在はしているわけだから、「動かす」事はできるのか

 

質量はある、重力の軛に引かれるほどには。

 

ならばと打ち込んできた巨腕の下に潜り込み、勢いのままに背をヤツの胴にあて

 

咆哮が、響く。

 

盛り上がった筋肉がスケイルメイルの上からもわかった。

それは、ただ一目で誰しもが理解できる、およそ人ならざる業。

 

戦艦の鬼の巨体が持ち上がり、宙を舞った。

 

投げ飛ばされた巨体は、幾体かの鬼たちを巻き込み地響きを立てる。

その下敷きとなった素体の、コンクリートを突き破り地面へと埋まり

 

「これはひどい」

 

それでいて傷一つ無い姿に、キャプテンは眩暈がした。

 

盾を拾い、場を仕切りなおす。

 

およそ思いもしなかった屈辱に、戦艦の咆哮が響く。

 

そのままに踏み込んだ偉丈夫へと、拳を振るい続ける巨体。

同じ事の繰り返しだろうか、いや、明確な違いがあった。

 

避ける、避ける、避ける、だがしかし

 

掠り、響き、僅かずつとは言え着実にダメージが積み重ねられている。

 

少しずつ、だが着々と押し込まれていく遣り取り、

遂には施設の壁に、キャプテンの背中が付く。

 

すかさずに叩き込まれた剛腕が、その肉体を施設の壁に埋めた。

 

辛うじて盾は間に合う、だがしかし、それが如何程の差異を生んだと言うのか。

壁画と化したキャプテン・アメリカの姿に、戦艦の口元が歪んだ。

 

ああそうだ、逃げる事の出来ない絶対の窮地。

 

そして完全に追い込んだ今まさに ――

 

「勝利を、確信したな」

 

キャプテン・アメリカは、笑っていた。

 

まずは砲撃を凌ぎ、戦術を肉弾へと変更させた。

いかなる攻撃も実を結ばず、絶対の防御を実感させた。

 

ただ一人に注意を傾けるほどに、不用意に。

 

雄叫びが、空を切り裂いた。

 

施設より飛び降りた姿は包帯に塗れ、愛刀の切っ先は戦艦の頭上を狙う。

身に纏うカンムス・エナジーが刀身に圧縮され、輝きを放った。

 

それは、かつての大戦でリュージョーが開発した邪法。

 

意図的な暴走を引き起こしたカンムス・エナジーの全てを破壊力へと転換する

リュージョーに悪魔の名を寄せ、テンリューへと受け継がれた忌まわしき牙。

 

名を ―― 劣化型垂直落下式特攻戦技(エナジーフォールダウン・マイナー) 神風(カミカゼ)

 

轟音が

 

悲鳴と雄叫びを混ぜ合わせた轟音が大地に響いた。

 

切り裂かれた世界の壁を抜け、カンムス・エナジーが内側から蹂躙する。

吹き飛ばされる腕、砕け散る船体、およそ勝敗を決する絶対の一撃が、そこに在った。

 

 

 

(Chapter.17 前線)

 

 

 

めり込んでいた壁からキャプテン・アメリカが這い出てくる。

包帯塗れのテンリューがキメ顔のまま、血を吐いて地面に倒れ伏す。

 

馬鹿丸出しの上司を回収に来たイナヅマが、頭痛を堪える様に首を振った。

 

戦艦は討ち果たした。

 

だがしかし、眼前に蠢く有象無象は些かの衰えも見せない。

なのに最前線に取り残された3人の表情には、僅かの不安も浮かんでいなかった。

 

キャプテンが空を仰ぎ、大きく息を吐く。

 

「ジャスト、5分だ」

 

遥か上空に、青空の下でもはっきりとわかるほどの星の輝きがある。

それは、さきほどのテンリューと同じ、破壊へと変換されたカンムス・エナジーの光。

 

おそらくは終焉を告げるであろう、流星の雨。

 

一陣の風が吹いた。

 

見ればイナヅマは既にテンリューを回収し施設へと到達している。

取り残された形のキャプテン・アメリカが、首を捻る。

 

視線の先、何か凄く爽やかな笑顔のリュージョーが見えた。

 

お互いに笑顔のまま手を振り合ったりなどして、交流を果たす。

そしてキャプテン・アメリカは深く何度か頷いて、口を開いた。

 

「謀ったなリュージョーッ!」

 

航空母艦 上位広域殲滅呪法 ―― 「流星改」(シューティングスター・アドバンスド)

 

暴走したカンムス・エナジーが、およそ視界に入る悉くを、

 

キャプテン・アメリカごと吹き飛ばした。

 

 

 

(Chapter.18 バーンズ邸)

 

 

 

薄暗い室内に配置された薄型液晶が、物事の終わりを映し出している。

 

 見渡す限りの更地と化した埠頭、その細かな瓦礫の下から、青い身体が這い出てくる。

 そのまま施設へと歩みを進め、穏やかな笑顔で言い知れぬ圧力を乗せて言葉を紡いだ。

 

 ―― 前言を撤回する

 

 笑顔のままに迎えたリュージョーが穏やかな仕草で頷いた。

 

 ―― 何度、パンケーキは鉄板で焼かれていろと呪った事か、このヴィランがッ!

 ―― はっはっは、ザマァ無いな青タイツゥッ!

 

 極めて珍しい事に声を荒げる自由の守り手を、指さして馬鹿笑いする極東の悪魔。

 

テレビが映し出すそんな有様に、眉間を抑え笑いを堪える男が居る。

 

「変わらないなあ、あの人たちは」

 

たぶん、パンケーキ呼ばわりに微妙に腹を立てていたのだろうと。

キャップはそこらへん鈍感だから、周囲が本当に迷惑なんだよなあと苦笑する。

 

目尻に、僅かに光るものがあった。

 

ひとしきり笑いの衝動を受け流した後、取り出したスマホでメールを打つ。

宛先は映像の中に時々映る銀髪の少女、ヒビキ・ハラショー。

 

彼の名はジェームズ・ブキャナン・バーンズ。

 

バッキー・バーンズこと、キャプテン・アメリカの初代サイドキックである。

 

彼の手元には、一枚の盾があった。

 

 

 

(Chapter.20 辺境)

 

 

 

それは、祭壇。

 

埋め尽くす群衆は左右に分かれ、その中央に歩みを進める女が居る。

黒髪を片側に纏めた長身、歩を進めるごとに、その身より生まれた火の粉が舞う。

 

―― バロネス!

―― バロネス!

―― バロネス!

 

彼女を称える言葉の波は、歩みを止めるその時まで続き、そして静寂が生まれた。

 

「報告を」

 

短い言葉が響き、群衆から幾人かの人影が進み出る。

 

―― 回収したウィンター・ソルジャーの素体は二つ、状態は良好です

―― ヒビキ・ハラショーの記録より、疑似超人血清の改良に成功しました

 

報告の内に幾つかの誤差、キャプテン・アメリカの回収失敗などが混ざるも

大凡は期待通りの経過を経ているとの結論が報告される。

 

女の口が弧を描く。

 

「あの娘も、相も変わらず愚かな事よ」

 

自らの記憶にある末の妹を、戦場に在ってなお悪魔と謳われたカンムス・マスターを

大局も見れず昔の男と遊んでいるだけの戯けと罵って、嗤った。

 

祭壇の上には薬液に漬けられた脳髄、そして赤い髑髏の仮面が置かれている。

 

その上に翻る旗は、複数の足を持つ髑髏。

 

恍惚の笑みを以ってそれらを眺めた彼女は、居住まいを正し腕を振り上げる。

 

宣言した言葉に、群衆が唱和した。

 

―― ハイル、ヒドラ!

―― ハイル、ヒドラ!

―― ハイル、ヒドラ!

 

先代カンムス・マスターであるホーショーを、実の姉をその手にかけ

霊獣フェニックスのスピリットを奪った歴代最悪のカンムス遣い。

 

バロネス・カガ ―― 当代のマダム・ヒドラは笑っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

娯楽の顛末

 

わけのわからない速さで天龍に迫るバロネス・カガこと加賀。

 

その正面、全力の逃走を遮る影はザ・ハンド(ニンジャ)のヴィランになった川内。

天龍の足元に張られた縄の端を持っているのは陽気な黒人マミーこと雷。

 

少し離れて、笑顔が怖いのはリョナられて殺されたホーショーこと鳳翔。

タッターと言うサイコパスの気を持つ「弟」になった龍田も横で笑顔である。

 

「俺は、俺は無実だあああぁぁぁッ……!」

 

成程、想像の翼を羽ばたかせたのは明らかに天龍ではない、だがしかし、

あまりにもこう、性格なり特徴なりが何処かしら一致している。

 

つまりはそういう事で、誰も聞く耳は持たなかった。

 

 

 

『娯楽の顛末』

 

 

 

設置された七輪に因り、川内の木にて天龍が燻製に成っていた頃、

龍驤の個室では黙々と食事を続ける青い正規空母が居た。

 

一定の速度で着々と消費される食材、それより少し離れたキッチンでは、

龍驤がこれでもかとばかりにオリーブオイルをフライパンに流し込んでいる。

 

いちいち細かい品を作るのが面倒になったので、大物に移行する様だ。

 

作る、食べる、作る、食べる、飽きもせずに繰り返される工程は

室内を何とも言い難い緊張感で包み、どうにも足を踏み入れる隙が無い。

 

そんなわけで、扉の隙間から覗いているのは赤い方、ついでの五航戦姉妹である。

 

覗いている内、一向に衰えぬ食欲に一息を吐く。

 

先日に横須賀より届けられた電子書籍、所謂アメコミは即日印刷に回され

マスターリュージョーの龍驤風翻訳版、利根風翻訳版共に泊地の艦娘間で回覧され、

 

龍驤と利根が暫く痙攣していた。

 

いやさ問題は、その中での加賀の扱いである。

 

ホーショーを縊り殺し、アカギと壮絶な死闘を繰り広げるバロネス・カガ、

ヒドラ残党を率いマダム・ヒドラを名乗る、問答無用の悪役であった。

 

意外に大丈夫そうですねと翔鶴が言えば、赤城が首を振って否定する。

 

「わかっていませんね翔鶴さん、アレで結構、加賀さんは傷付いているんですよ」

「すいません、全然わかりません」

 

一航戦の絆だか埃だかが示した現状に、何とも言えない空気が漂い始める。

 

そんな観衆を押しのけて、鍋を片手に無遠慮に部屋に入っていく艦影が一つ。

 

マスター・リュージョーの関係者の何処にも自分の名前が無い事に気が付き

さりげに落ち込んでいた駆逐艦、天津風であった。

 

「龍驤、トマトソース持ってきたわよ」

 

艦娘としての龍驤が泊地4位の料理上手と聞いて、即座に間宮に頼みこみ

余暇の悉くを料理修行に充てた末、今ではそれなりの腕前と成っている。

 

加賀の眉根が一瞬揺れ、丁度良いとこにとブツの裏面をバターで焼いていた龍驤が、

手際よく大皿の上に滑り入れた代物の方へと視線を奪われる。

 

それは、料理というにはあまりにも大きすぎた。

 

大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

 

それは、まさにフライパンサイズの巨大な今川焼、ではなくスパニッシュオムレツであった。

 

大皿に鎮座した今川焼の親玉は、今まさに血の色の如き新鮮なトマトソースが掛けられ

とても「食べりゅ」などという可愛らしい言葉では表せない程の存在感を示している。

 

扉の前で、反射的に室内に突貫しようとした赤城がその場に倒れ伏している。

 

両足に翔鶴がしがみ付いていた。

 

そんな喧騒もそこそこに、黄色い座布団を適度に切り分け黙々と口に運ぶ加賀。

 

「限界まで水分を摂らない……加賀さん、そこまで傷付いていたなんて」

「瑞鶴は一体どこに向かっているの」

 

赤城を抑えながら、翔鶴は妹が見せた一航戦ソムリエぶりにドン引きした。

 

そんな混沌とした集団に、お盆を持った鳳翔さんが降臨する。

 

「お夜食持ってきましたよ」

「あ、いただきます」

 

即座に正座でお盆を受け取ろうとする赤城、足を揃えた隙に台車を滑り込ませる翔鶴。

 

流石に人も増え、良い加減と龍驤が問いかけた。

 

「キミら、何やっとるん」

「あ、おかまいなく」

 

そのまま台車を転がして去っていく翔鶴と荷物の姿があったと言う。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

龍驤の部屋の前、またもや件の面子が屯していた。

 

見れば飲食物などが床に広げられ、何故か翔鶴の頭にコブがある。

 

すっかりと居座る体勢であった。

 

室内では殺気がダダ漏れになっている龍驤が加賀の財布を取り上げている。

冷蔵庫の中身が尽きた模様だ、天津風と買い出しの相談などを始めた頃合い。

 

「いやさ、正規空母の皆サンに陣取られるとちょっと空気が重いんだけど」

 

そのうちに現場に訪れた、酒瓶と食材を抱える隼鷹が集団に声を掛けた。

 

その後ろには七輪焼き、天龍の嘆きが染み込んだ腸詰めを抱えるグラ子も居る。

ナチュラルにグラ子を正規空母扱いしていない飲酒母艦組であった。

 

「長女としては、妹たちの現状が気になるのです、見逃してください」

 

「あ、鳳翔さんは母親枠なんですね」

「翔鶴姉、何で理解できるの」

 

どうにも意味不明の赤城発言に、理解を示す翔鶴。

 

何だかんだで、姉の方も順調に道を踏み外していたらしい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 参序

 

砂漠の中ほどで、誰も居ないはずなのに私の名を呼ぶ声がする。

そのような時は、決して応えを返してはいけない。

 

それは、死者が生者を呼ぶ声なのだから ―― 「大唐西域記」

 

 

 

『あきつ退魔録 参序』

 

 

 

霧の立ちこむ海の奥深く、というほどに辺鄙と言うわけではないが

新年も早々に濃霧に包まれて立ち往生している艦娘が2隻ほど。

 

ブルネイ第一鎮守府旗下の2番泊地、所謂パラオ泊地の臨検に向かっているのは

憲兵隊の遊撃部隊(つかいっぱしり)、小隊長のあきつ丸と副官の電であった。

 

今回は特に問題の無い仕事であるため、人間の小隊員は待機である。

 

「昨今、羅針盤の動きが悪いのでありますよ」

 

フィリピンを抜け、予定よりも2日は多く彷徨っている状況だと言うのに

1寸先も摺り硝子で覆われた様な有様で、愚痴ともとれる呟きが零れた。

 

針の指し示す海域に向けて舵を切ってはいるものの、どうにもパラオに近づいて

いるという実感が無い、同じ場所を堂々巡りしているような気配すらある。

 

そんな折、白濁の中に朧気な人影が見えた。

 

さて深海棲艦か、それとも何かかと伺う中、2隻に届けられたのは優し気な声。

 

―― あきつ丸さんと、電さんですか

 

「む、友軍ぽいのです」

 

掛けられた声に喜色で応える電の後ろ、感慨深げに頷きながらあきつ丸が言う。

 

「いやあ、電殿は本当に馬鹿でありますなあ」

 

いきなり何なのですと気炎を吐く駆逐艦を避け、件の艦娘を合流を果たす一行。

 

そのままに連れられ行く先は、パラオならば何処かの番所かと思いきや

少しばかり内陸に朧と見えるのは泊地の様で、ここは何処なのかと疑問が出る。

 

「響が居ると言う事は、きっと5番泊地なのです」

 

艦娘と別れた後、埠頭よりしばらく、人気のない通りを越えて電はそんな事を言った。

 

「はて、今のは吹雪殿ではありませんでしたか」

 

首を傾げながら疑問を呈したのはあきつ丸。

 

何を言っているのですと当惑する副官が、何某かの言葉を繋げようとした折に。

 

「あきつ丸」

 

かけられた声に振り向けば、眼帯をした軽巡洋艦。

 

「なあ、チビ共を見なかったか」

 

天龍は2隻に視線を合わせず、そんな事を言う。

何の事かと問いかける隙も無く、ふらりとすれ違った。

 

「俺を置いていかないでくれよ」

 

2隻が視線を向ければ天龍の背中、誰も居ない空間に向かって囁いている。

力無く歩みを続けている姿が、霧に覆われた木立の中に消えた。

 

当惑する電と、考え込むあきつ丸、そんな二人にまたも声が掛けられる。

 

「あきつ丸さん」

 

長い髪に赤いリボンを留めた、割烹着の女性。

 

「朝ごはんの支度が出来ましたよ」

 

間宮の言葉を無視してスマホを取り出す揚陸艦。

 

アイスもたくさん作ったんですと嬉しそうに言う横を、通り過ぎた。

流石に失礼なのではと問う電を抑え、天を仰ぎ眉を顰める。

 

視界に入る光量から推測すれば、そろそろ夕刻も終わろうとする頃合い。

 

「時々繋がりますが、すぐに切れるでありますな」

「いや、何がどうなっているのです」

 

歩みを進めるうち、2隻に対し次々と声を掛ける艦娘が現れる。

 

叢雲、夕立、榛名。

 

「あきつ丸」

「あきつ丸」 

 

「あきつ丸」

 

ある者は興味無さ気に、ある者は恨めし気に。

 

「な、何なのです、ここは5番泊地じゃないのですか」

 

電の問いに、無言のままで泊地へと歩を進める先、蹲る軽巡洋艦が居た。

 

「ねえあきつ丸ちゃん」

 

横を通りすがる時、ぼそりと呟くような声が届く。

 

「那珂ちゃんはね、路線変更できなかったんだよ」

 

那珂は、俯いたままで表情は見えない。

 

やがて泊地の建物、やや小さめの番所と勘違いしそうなそこに辿り付き。

 

「ああ ―― そういう事でありますか」

 

ようやくに口を開いた揚陸艦は、軽く嘆息した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

濃霧は晴れず、出される食事も全て拒否して、宿所に引き篭もり続けはや数泊。

 

昼の内に外に出ても、人影はおろか海岸線にさえ辿りつくこともできない。

霧に惑わされ、気が付けば同じ場所に戻って来ているという有様。

 

手持ちの携帯糧食も残り僅かになってきた頃、あきつ丸が言った。

 

「少し出てきますので、朝までここで待機しておいてください」

 

そして、決して外からの声に応えるなと。

 

そう言って宿所を出て行ったまま、あきつ丸は帰って来ない。

こと此処に至って、電も現状が極めて厄介だと身に染みて感じていた。

 

ここ数日変わりもせず、夜半に決まって同じ怪異が在った。

 

―― 電、ここを開けてよ

 

宿所の扉の向こうから、呼びかける声がする。

 

―― 居るんだろ、電

 

闇の奥から届いてくるのは、忘れ様も無い姉の声。

 

「何なのです」

 

膝を抱えて、震えながら零した。

 

聞こえる度、何故か意識の何処かで理解できてしまう。

 

その声は、彼女と共に在った暁型の姉。

 

「恨んでいるのですか」

 

空気に混ざる此の世為らざる匂いに、歯の根が震え音を立てた。

 

「私だけ生き残って狡いと、そう言いたいのですか」

 

震えが止まらない。

 

―― ねえ、電

 

うるさい

 

五月蠅い、煩い

 

だまれ

 

「黙れ、響ッ」

 

ついには限界を迎え、頭を抱えて泣き叫ぶ。

 

僅かな光量が闇を深め、部屋の中で蹲り震える小柄な姿に、影が差した。

 

そこに立っていたのは、黒い制帽を被った、彼女と同じ制服の姿。

 

―― ああ、やっと喚んでくれた

 

響の声色には、隠しきれぬ喜びがあった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 参破

伝わるはずの無い温もりを、電は感じた。

 

泣き喚いた自分を、優しく抱きしめた姉に動きが止まる。

 

「何なのです」

 

ごめんねと、耳元から声が伝わった。

 

「何で響が謝っているのですか」

 

頬を伝いぼろぼろと、知らぬ間に水滴が床に零れた。

 

室内には、膝を抱えた駆逐艦が居るだけ。

 

 

 

『あきつ退魔録 参破』

 

 

 

夜半、霧の中で紫煙を燻らせる揚陸艦が一隻。

 

あきつ丸と名を呼ばれ、振り向けば寄せて来る副官の姿を見つけ、

何某かの札を取り出し握り締め、拳と変えて電の頭頂に叩き付ける。

 

あまり聞きたくない、素直に痛そうな音が夜に響いた。

 

「い、いきなり何をするのですッ」

「おや、本物でありましたか」

 

抗議の声もどこ吹く風と、煙に巻いて吐き出す小隊長。

それよりも命令違反ですよと嗜めれば、知った事かと剛毅な返答がある。

 

「朝には霧も晴れるでしょうし、籠もっていれば生きて帰れるでしょう」

「あきつ丸を犠牲にしてですか」

 

ふと、吐き出す煙が止まり、何の事でしょうかとお道化た声が在る。

 

「そうやって韜晦していればいいのです」

 

憮然としたまま頑として動かない副官に、あきつ丸は嘆息した。

 

問い掛けに応えたのは一隻、求められる生贄も一隻。

 

「立場が逆ならば、隊長を見捨てて引き篭もるのですがねぇ」

「言ってる事とやってる事が逆なのです」

 

「それはまあ、責任者でありますから」

 

言われるままに韜晦を続け、吸殻を指で弾く。

 

霧の中で何某か、おそらくは艦娘であったであろう何かに当たり、

ぎゃ、と、小さな悲鳴と共にその姿を消した。

 

「もはや原型を留めていないでありますな」

「結局、これは何なのです」

 

問い掛けに、しばしの黙考を経てあきつ丸が口を開いた。

 

「唐三蔵が単身タクラマカン砂漠を踏破する折、呼び声の怪異に遭遇したとか」

「どう考えても幻聴なのです」

 

「ところが後年、同じ場所でマルコ・ポーロも同じ被害にあったとの事です」

 

地元では有名な怪異だと、東方見聞録に於ける記載である。

 

限り無く死が続く(タクラマカン)場所故に、死霊もまた元気に活動していたわけですな」

「厄介者が活動的だと本気で迷惑なのです、素直に死んでおくべきなのです」

 

にべも無い返答を返した駆逐艦が、はたと気が付き、思いつきを言葉に変えた。

 

「海を渡っていても、そんな声はなかなか遭遇しないのです」

「まあ、普通は沈むか昇るかしていきますからね」

 

つまり、霊魂(それ)を留めるための場が存在していると、

 

言葉を流した折、不意に、霧の中が静寂に包まれた。

 

「つまり此処は、泊地では無い」

 

やがて小さく、あきつ丸と、名を呼ぶ声がする。

 

あきつ丸

 

あきつ丸

 

あきつ丸 あきつ丸あきつ丸

 

「パラオの近くに存在する、霊魂を、何某かを留める事の出来る器、霊場」

 

かつての海域断絶で数多の被害を出しながら避難を敢行した、人間の居ない土地。

 

「数多くの犠牲が、残念が、怨念が染み付いた負の霊場」

 

細波の如くに繰り返される声、何処かしら悲鳴にも似た音色の其れを歯牙にもかけず

もはや騒音の類に類する絶叫を聞き流し、揚陸艦は言葉を繋げた。

 

「即ち ―― 彩帆(サイパン)香取神社」

 

名を

 

示したが故か一息に霧が晴れ、隠れていた何もかもが耳目に晒される。

 

どこかしら艦娘の面影の残る、様々な異形。

 

在るものはのたうち、在るものは蹲り嘆き叫んでいる。

 

暁のような気配がある破片を抱え嘆いているのは、眼帯が残る不定形の何か。

足の無いまま這いずり回り、軽巡洋艦の破片を集めて回る軽巡洋艦らしき影。

 

「様々な霊魂を留め置き、餌場としていたのでしょう」

 

見れば誰かしら、何処かしらを欠損している。

 

「霊場、というよりは蟻地獄と言った様相でありますな」

「とんだ薄馬鹿下郎なのです」

 

そのような異形の只中に、一隻だけ普通の艦娘が混ざっている。

 

「相変わらず、吹雪殿に見えますな」

「……あれは、何なのです」

 

おそらくは、蟻地獄の主であろうそれに対し、以前とは多少違う反応が在った。

 

「はて、響殿に見えていたのでは無いのですか」

「違うのです、何か、駆逐艦らしいけど、よくわからない」

 

ああ、恐怖を纏っていたのでありますかと、揚陸艦は嘯いた。

 

「恐れの奥に隠れてこちらを伺う、大した外道でありますな」

 

あきつ丸からは、吹雪が口の端を持ち上げて嘲笑した様に見えた。

目を逸らしたくなる姿を纏い、見えないならば辿りつけまいと。

 

しかるにまた、薄らと霧が立ちこめて来る。

 

隠れたままに祟り殺す、今までと同じように、何度でも、見つかるまで。

 

「見えない、わからないと思っているのですか」

 

そんな怪異に対し、くつくつとあきつ丸が哂った。

 

蜻蛉(あきつ)の性は見鬼にあれば」

 

一切万象を悉く並べて見せましょうと、

 

言えば制帽を被り直し、そのままに指を突き付け宣言する。

 

「外道照身」

 

辺りの異形の視線を集め、演台の上の如くに滔々と怪異を謳った。

 

「其は深海棲艦 ――」

 

世界が、歪む。

 

張り付いていた泊地の幻影が剥ぎ取られ、鳥居が、参道が露わになる。

 

駆逐棲姫と

 

名を以ってソレが括られて、一切の世界が現世へと回帰した。

 

数多の怪異は姿を消している、其処には在る、だが、異界故に姿を見せていたが

自分の眼にも映っていた今までが異常であったのだと、電は遅まきながらに悟った。

 

今、二隻の眼前に在るのは駆逐の姫。

 

白蝋の肌、下半身は黒き異形で覆われ、頭部に小さな角のある被り物をしている。

整った顔の、小さな口からは怨嗟の伝わる悍ましい唸り声が辺りに響いた。

 

はてさてと、飄々とした見鬼が副官に向かい口を開く。

 

「全力で、行くでありますよ」

 

力強い言葉が在った。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

二隻は全力で逃走していた。

 

夜の中、無人の廃墟に騒々しい音が響く。

風切る音、爆発の音、建物が崩れる音、慌ただしい足音。

 

後ろから、駆逐棲姫が追い掛けてくる。

 

「ハンケチーフも耳飾りも落としてないでありますよー」

「余裕あるなこん畜生ッ」

 

ダカダカと、豪快な音を立てて逃げる二隻の耳元なり何なりを、

何か深く考えたら嫌な代物が風切り音に乗って通り過ぎていく。

 

「さっきの自信満々のドヤ顔は何だったのですかッ」

 

「そもそも、揚陸艦と駆逐艦で姫級に対してどうしろと」

「信じた私が馬鹿だったのですッ」

 

騒々しく、かつての静寂に電の嘆きが響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 参急

「埒があかないのですッ、海に出てパラオを目指すべきではッ」

「地上だから辛うじて捕まらないだけで、海上だと即追い付かれるでありますな」

 

追い立て、追われる一団は夜の静寂を騒音に塗り替えていく。

 

「何か、何か無いのですか、秘策とか裏技とかビックリドッキリメカとかッ」

「はっはっは、通信がブチブチ途切れる状態で何ができたと」

 

無人のサイパンを、建造物を瓦礫に変えながら疾走する騒動。

時間経過と共に僅かずつ距離の縮まる追走劇に、怪異の口元から笑みが零れる。

 

そして、誰も思いもつかない角度から砲弾が、駆逐棲鬼の顔面を吹き飛ばした。

 

「今週のびっくりどっきり艦娘~、呼んだかい」

 

半壊した瓦礫の隙間から、連装砲に硝煙を棚引かせ出てくる艦娘が居る。

 

闇夜の中、砲撃に燃える廃墟の篝火に照らされた姿は、赤い水干。

口に咥えた煙草を霊火に晒し、深く吸い込んでは紫煙を闇に吹いた。

 

「……通信は、途切れる状態じゃ、なかったんですか」

「21世紀の現代には、メールと言う便利な物があるのですよ」

 

突如の休息に、息を整えながらの問い掛けをあきつ丸が飄々と流せば、

 

僅かな静寂を、憎悪の響きが切り裂いた。

 

両手で顔を覆い、腕部の末端にある闇色の船体の隙間から爛々とした眼光が漏れる。

やがて傷口より吹き出た怨念が黒炎と成り、吹き飛ばされた顔面を覆い尽した。

 

「見るからに怒っているでありますな、何故でありましょう」

「悲しい音色や、何が彼女をあそこまで憎悪に沈めたのか、想像もつかんな」

 

「顔面吹き飛ばされたら、そりゃ怒るのですッ」

 

棲姫のコメカミから、何かキレてはいけないモノが切れる音がした。

 

黒を纏った両腕が空を仰ぎ、大地に広げられ、咆哮が闇に響き渡る。

殺意に満ち溢れた深海の鬼を見据え、揚陸艦と軽空母が静かに宣言を響かせる。

 

「さて、行きますか」

「ああ、全力で行くで」

 

電は、嫌な予感がした。

 

 

 

『あきつ退魔録 参急』

 

 

 

全力の逃走を続ける3隻が居る。

 

「こんな天丼は望んでいなかったのですッ」

 

「いやさ、夜中に空母に何せいと」

「いやまったく電はお馬鹿でありますなあ」

 

「憎しみでヒトが殺せたらあああぁぁッ」

 

廃墟の静寂を騒動が塗り替えていく、かつては人の賑わった砂浜を横目に過ぎて

弧を描くとも言えないほどになだらかに、蛇行気味の直線道路を疾駆する。

 

起死回生の手段は無いのですかと駆逐艦が問えば、軽空母はのほほんと返答した。

 

「まあ、空母の夜戦と言えば、随伴艦まかせが定番やな」

 

声に応えたか、遥か前方より高速で駆け付ける艦娘が居る。

 

長めの銀髪を後ろに棚引かせ、やや前傾姿勢で尋常でない速度を発揮する、駆逐艦。

 

「島風殿ですか、元気でやっているようで何よりであります」

 

―― キター、最強駆逐艦キタ、これで勝つるッ

 

「ようやくに頼れる援軍なのですッ」

 

互いを視認する中、軽く手を振り合いながら龍驤が問うた。

 

「今何か、漣が混ざっとらんかったか」

「ブルネイ第二立ち上げ前に沈んだ先代でありますな」

 

「心霊現象をナチュラルに受け入れるなッ」

 

随分と進退窮まっている最中に平常心を失わない2隻に、堪らず電は叫んでいた。

 

身も世も無い嘆きが夜に吸い込まれる中、駆け付けた島風が一行の横を駆け抜ける。

アスファルトに溜まった砂埃を煙に変える急制動、罅割れた路面を脚部の艤装が削った。

 

「五連装酸素魚雷 ――」

 

新手に対し足を止めた棲鬼に半身を晒し、艤装背面部、魚雷発射管を向ける。

 

「いっちゃってーッ」

 

刹那、4発が艤装より吐き出されボタボタと地面に落ちた。

 

何か

 

時間が止まったかの如き静寂が訪れる。

 

一息、島風が艤装の隙間から棒を取り出し、詰まっていた5発目の魚雷を押し出す。

心太の様に排出された酸素魚雷が、地面の上でひたすらにスクリューを回していた。

 

やがて何事かをやり遂げた意気の、満足した表情で額を拭い、あきつ丸達に振り向いた。

 

「てへぺろ」

 

「ギルティであります」

「島風、帰ったら川内の木な」

 

「役立たず共が無駄に偉そうなのです」

 

電の声色には、ついに何かを諦めた気配があった。

 

数瞬の後、気を取り直した駆逐棲姫が前進を再開し、応える様に島風が叫んだ。

 

「連装砲ちゃんッ」

 

声に応え先ほどから島風の足元で、わけのわからない速度で並走していた鉄色の生物(なまもの)

3体の連装砲ちゃんの内、ひとまわり大きい気がしない事も無いアレが鰭を上げる。

 

迫る棲鬼の正面、生物(なまもの)をそのまま持ち上げ、

 

7万馬力のサイドスローを以って投擲した。

 

駆逐棲姫の一瞬に呆けた顔へ、連装砲ちゃんのドロップキックが見事に突き刺さる。

 

連装砲は鈍器、ブルネイの常識であった。

 

「傷口を見たら容赦なく追撃、素晴らしいであります」

「若いだけあって、知らん間に成長するんやなあ」

 

「待てコラ」

 

レア駆逐艦に露骨に悪影響を与えたであろう諸悪の根源に、ツッコミが入る。

 

なおも言い募ろうとする声は、陸上の砲撃戦に掻き消された。

 

投擲された鈍器は瞬時に向かい右へと位置を変え、至近からの交差射撃を試みる。

そして島風の左右からの砲撃が、駆逐棲姫を辺に置く三角形を描きあげる。

 

「ネタに見せかけて実はガチでありますな」

「実際やられると洒落にならんのよ、島風の連装砲ちゃん投擲」

 

高速で移動する駆逐艦から7万馬力で砲台が吹っ飛んでくる。

龍驤、のみならず空母系艦娘の天敵の様な戦術であった。

 

ツッコミに捕らわれていた副官が状況を確認するのに数瞬、慌てて艤装を喚ぶ。

 

「援護するのですッ」

 

手の中の12.7cm連装砲が砲火を吐いた。

 

おそらくは此処が正念場と、電の表情が引き締められる。

 

繰り返される轟音、僅かずつに削られていく互いの艤装に、空気が凍て付いていく。

 

「頑張るでありますよー」

「キミらを信じるウチを信じろー」

 

「ああああああ、今すぐ外野に砲弾を叩き込みたいッ」

 

凄まじく棒読みの声援に前線が気を乱した刹那

 

コツリと

 

棲姫の後頭部に鋼が当てられた。

 

闇の中から延ばされた腕には、20.3cm連装砲。

爆音を伴う閃光が駆逐艦たちの視界を埋め尽くす。

 

間髪入れずに削れ、穴と化した頭部に捻じ込まれる、もう一組の連装砲。

2つのスロットに装填された巡洋艦主砲による ―― 夜戦連撃。

 

次いでの轟音に、駆逐棲姫が破裂した。

 

上下に泣き別れになった船体の、断面が黒く怨念へ、中空へと還っていく。

 

戦火の篝火に照らされた姿は、橙よりはやや濃い目、国際柑橘色の制服。

一同に見慣れたソレを纏う軽巡洋艦は、首元を覆うマフラーを引き上げ硝煙を避けた。

 

「まあ、良い陽動だったよ、及第点だね」

 

龍驤ちゃんの影響か無駄にネタ臭かったけど、などと駆逐に向かい嘯く姿。

 

軽巡洋艦、川内。

 

停止ボタンを押されていた電が、軋みを上げながら龍驤に顔を向ける。

 

「ま、夜戦になる可能性があるなら、護衛が駆逐1隻なわけはないわな」

「ブルネイからサイパンなら長距離ですし、尚更でありますな」

 

肩を竦めた2隻の言に、暁型駆逐艦は脱力し両手を地面についた。

 

電の頭の向こうで、龍驤ちゃああぁぁん、夜戦って陸戦じゃんかよおおぉぉ、

海戦とは一言も言うとらんでー、などと益体も無い言い争いが繰り広げられる。

 

何処から何処までがコイツラの手の平だったのか、良い様に遊ばれた気がして

罅割れたアスファルトの上で、電の身体に何とも言い難い徒労感が満ち溢れた。

 

そんな低い場所、まだ動いていた駆逐棲姫が視界に入る。

 

声を上げようとした刹那、退屈そうな声が響いた。

 

「邪魔」

 

言葉と共に川内が後ろに向けて放り投げた魚雷。

 

接地するその場所は棲鬼の上半身の正面、先ほどの島風の魚雷が転がっている。

 

誘爆した計6発の酸素魚雷が、駆逐棲姫の破片を跡形も無く消し飛ばし、

吹きあがる火柱を背に、軽巡洋艦は退屈そうに夜を見ていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

あきつ丸と龍驤が穢れきった霊場を整えている内、気が付けば空が白み、

 

川内の電池が切れた。

 

構成していた魄が何某かの影響を齎していたのか、それともただの偶然か、

携帯の建造術式を起動させた折、随分と駆逐棲姫によく似た駆逐艦が召喚される。

 

桃色の髪を側頭で長めに括る、紺色の制服を身に纏う姿。

 

白露型駆逐艦5番艦、春雨。

 

ドロップ早々、先ほどから電に機関銃の如きツッコミを入れられ続け

見れば涙目で狼狽えている、何やら小動物的雰囲気があった。

 

「うん、ドラム缶の加護を感じる、明らかにウチ向けの艦娘やな」

「いやいや、術式は憲兵のですからね、コッチも人手不足なのでありますよ」

 

取って付けた様な笑顔で取り分交渉を続ける責任艦2隻。

 

笑顔のままで圧力が増し、周囲に鉛を流し込んだかの様な重さを振り撒いた。

 

そのままに静寂が続き、やがて諦めたかの様な声色で龍驤が、

 

「チョコレート、なかなか手に入らんのよ」

 

などと言えば、

 

「軍需物資でありますな」

 

と、あきつ丸が応える、爽やかな笑顔で。

 

笑顔のまま力強く握手をする2隻に、悪い顔してるなあと、島風が呟いた。

 

「しかし、ここまで瘴気まみれなのに、ようあの電は無事やったな」

 

交渉に区切りがついた所で、龍驤が軽く話題を変える。

あきつ丸は軽く首を捻った後、得心がいった様に呟いた。

 

「ああ、見えていないのでありますな」

 

言葉を受け、察した龍驤が視界を霊的な物に切り替える。

 

眉根を寄せた視界の中、電に寄り添う響の姿が在った。

 

「あかん、綺麗なモノを見たせいで目が潰れそうや」

「実は自分も先ほどから胸焼けが」

 

相も変わらず、回復魔法を受けたらダメージが入りそうな2隻である。

 

薄明の中、台無しな言葉を聞いた島風が肩を竦めていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37 ことほぎの日

雨は何時か止むさ

 

などと悠長な事を言っていられないのは、航行の途中にスコールに見舞われ

時雨の目の前で扶桑と山城が高波に浚われたからである。

 

安寿、厨子王などと呼びかけ合う姉妹に慌てて曳航索を投げて確保する時雨。

 

「時雨恋いしやホーヤレホー」

「余裕ありますね、姉さま」

 

「君たちはもう少し真面目に生きるべきだと思うよッ」

 

折からの風、豪雨に翻弄されながらの救助活動。

 

以後もクラーケン、鯨、成層圏まで飛び上がるメガシャークなどに遭遇しつつ、

満身創痍の一行は、ようやくにブルネイ第一鎮守府本陣へと到達する。

 

「鯨の背中に乗る日が来るとは思っていなかったわ」

「艦だった頃なら絶対に無理でしたね」

 

随伴駆逐艦は肩で息をしており、言葉も無い。

 

セリア、バンダルスリブガワン間の航行であり戦闘も無かったと言うのに

当然の様に入渠ドックが用意されていた事実に、時雨は少し泣きたくなった。

 

 

 

『37 ことほぎの日』

 

 

 

泊地が閑散としとる。

 

まあ所属艦娘に端から第一本陣への出向と休暇を出したせいで、

現在に敷地内に居るのはウチを含めた極少数の居残り組だけな塩梅。

 

「いっそ司令官も、誰ぞ誘って行ってみりゃ良かったのに」

 

人が少ないせいか、随分と簡単になった本日分の処理の合間、

軽く水を向けてみれば、肩を竦めた返答が返ってくる。

 

「今回の招待武官は本陣だからな、俺が行くと面倒事になるだろ」

 

ブルネイ国王誕生日。

 

催事の少なめな国であるブルネイにて、貴重なお祭り騒ぎの機会や。

 

首都バンダルスリブガワンに、各国大使などを招き盛大に祝う式典であり

王族、国軍などが煌びやかなパレードを行う事で名が売れとる。

 

まあ一般の艦娘が式典に関わる事など無いが、浮かれた空気の中で昼はマーケット、

夜は屋台が立ち並ぶわけで、要するにお祭りが行われとる感じ。

 

特筆すべきは、会場に誕生祝いを伝えに行く行為やろう。

 

お菓子が貰える。

 

それも結構豪勢なのが、結構な分量で。

 

年度に因って移民系の国民は貰えなかったり、逆に観光客にまで振る舞われたり、

その時のブルネイの情勢によって多少の違いが出たりするものだが、

 

泊地所属艦娘だと、友好的な先進主要国観光客からさらに上の扱いになるので

下手すれば移民が貰えなくても艦娘は貰えるレベルや、何の問題も無い。

 

つまりはバターたっぷりの欧風ケーキが丸々1本だの、クッキーだの、伝統菓子だの

誕生祝いの返礼カードと共に、両手いっぱいに持ち帰ることになるわけで。

 

去年、本陣に出向しとった五十鈴の水雷戦隊が余暇に会場を訪れて

様々な土産話を語ったものだから、今年は休暇の申請がわらわらと届くハメになり、

 

つまり当日の今現在、泊地に誰も居ないわけや。

 

金剛姉妹も居ない、大淀は礼号組+武蔵で会場に、利根は筑摩に拉致られて

新入りだからと渋っていた天津風(あまっちゃん)を陽炎に引き渡し、加賀は赤城と瑞鶴に押し付けた。

 

ついで、数が居ないからと残るとか言っとった叢雲は特型組に引っ張って貰い、

他の駆逐艦連中は川内型と天龍型に引率を頼んで、夕立は那珂に預ける事に。

 

「…………うん、何か凄い平和や」

 

何か最近の騒動の原因が根こそぎ不在なおかげで、随分と落ち着いた空気がある。

 

「へーい司令官、茶ぁでもシバかへん」

「良いな、というかたまには間宮にでも行こうか」

 

本日分の処理も終わり、手持無沙汰に成った昼下がり。

いそいそと片付けをはじめ、間宮に向かうウチと提督。

 

平和や。

 

実に平和や。

 

泊地に残っとるのは、間宮組、工廠組と飲酒母艦組、あれ、何かろくでもないぞ。

 

気付いてはいけない事に気付いてしまった気がする。

 

途端、通路の向こうからバタバタと、姿を見せたピンクの悪魔が駆け寄ってくる。

 

「提督、出来ましたよ4号1式噴進機ッ」

 

なにつくっとんねん

 

声掛けと共に放った飛び後ろ回し蹴りで、明石の頭部を蹴り飛ばした。

 

「え、何、次は一式陸攻、それとも1200kg鉄甲爆弾でも作るんか」

「りゅ、龍驤さん沈んだ後の兵器なのに、何で即バレするんですかッ」

 

言質は取った、ジタバタと蠢く工作艦の頭部を全力の鉄の爪で搾り上げる。

めきょりと言う感じの音が指の骨に響き、明石だったモノが動きを止めた。

 

だが、これが最後の明石とは限らない、つーか修復剤で復活するわな。

 

とりあえず、冥府に逝かない程度に修復剤を掛け、布団に包んで荒縄で括る。

確か本日の外気温は最高40度、ええ感じに減量できそうやん。

 

そのままに、ゆらりと視線を司令官に向ければ、悲鳴が上がった。

 

「ああ、いや、待て、新型推進器の開発で予算は出したんだがッ」

「外聞が悪すぎや、やるなら特呂の方にしとき」

 

流石に辺境とは言え、特攻兵器なんざ再現したらどんな騒ぎになる事やら。

 

何やら無罪だか勝訴だかコロンビアだか、そんな声の聞こえそうな鬼怒(おにおこ)ポーズで

生還に涙する司令官に伝えておく、とりあえずの間宮での注文を。

 

夕張は黒やな、念のため隼鷹たちの様子を見て回るとして、グレーゾーンは

居酒屋鳳翔の鍵開けて、中に叩き込んどくかなどと算段を付ける。

 

「ええと、何だ、何処で何をする気なのかな、龍驤」

「何、ただの機動防御や、問題は無い」

 

そのまま荒縄を背負い、明石を引き摺りながら後ろ手に声を繋げた。

 

「ヤボ用を終わらしたら、茶ぁでもシバいて、それからは ――」

 

まあ、たまにはええやろ。

 

昼寝(シェスタ)、かな」

 

後日、やたらと硬茹で卵(ハードボイルド)な笑顔やったと司令官が言うとった。

 

一応、女の身上なのに何つう言い草やねん。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

人の波に呑まれ、屋台の狭間を押し流されていく戦艦姉妹が居る。

 

言うまでも無いが、扶桑型だ。

 

今回の騒動に置いて、急遽に支給された泊地制帽を被り、適当に買った実芭蕉(バナナ)春巻だの

タコ焼き風の何か微妙な丸い焼き物だのをパクつきながら流されている。

 

ブルネイでは、よく屋台でタコ焼きの様な物が売られている。

 

器具も屋台も普通にタコ焼きなのだが、何故か中に入っているのは蛸では無く蟹カマ。

 

簡単な見分け方として、TAKO焼きと言われると何かモニュるのが日本人である。

 

艦娘的には年代的にタコ焼き黎明期の生まれであり、具の無いチョボ焼き、蒟蒻や

牛肉だのを入れたラヂヲ焼き、タコの入った明石焼きなどが乱立していた時代。

 

タコ焼きが主流に成る寸前の時代に在ったが故、さほどの違和感を抱かない。

 

そんなわけで、取り立てて何事も無く流されている姉妹が、時折に時雨は何処に

行ったのかしらなどと呑気に会話をしていたら、腕を捕まれ名を呼ばれた。

 

「ふ、扶桑、山城、やっと見つけた」

 

息を切らせた時雨が2隻を引っ張り、その後ろで天龍が見つけたぞーなどと、

周囲に散っていた駆逐艦や巡洋艦たちに声を掛けている。

 

「薄々気付いていましたが、迷子に成っていたのは私たちの方だったのですね」

 

何となく視線を彷徨わせながら山城が言った。

 

そんな呑気な姉妹に対し、時雨が眉を少し釣り上げながら苦言を連ねていると、

突然に扶桑が時雨の口に蟹カマ焼きを押し込み、優しく髪を撫でながら口を開く。

 

「でも、時雨が見付けてくれるのでしょう」

 

顔を赤くして俯く時雨を見て、山城は妹分のチョロさに不安を感じた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38 ブルネイの涙

輸送船に明石宛ての荷物が在った。

 

「明石ー、荷物届いとるが、何やコレ」

 

積み下ろし手伝いの龍驤が問い掛ければ、狂喜を浮かべた工作艦が踊り狂い、

ひとしきり何某かの神霊、恐らくは邪神に感謝を奉げた後に、言葉を返した。

 

「ああ、一般企業からの提供資料ですよ」

 

プロペラ、遠心ポンプ、流体力学と、様々な分野の資料、論文が積載された箱であり

80年に渡る技術格差を埋めるための必須の文書、金塊の如き知識の箱であった。

 

「あれ、艦娘の艤装って、最近の技術は反映されとらんかったっけ」

「いえいえ、ある程度は反映されていますよ」

 

陰陽系の他人事の様な疑問に、軽い誤解を解こうと簡潔に説明がある。

現代技術はある程度習得しているが、各企業の機密クラスの技術は手持ちに無かったと。

 

「特に、高温高圧下の高回転は日本軍の泣き所ですからねえ」

 

独逸製艦娘の艤装整備や改装には、保有している技術力では不足が在ったと言う。

 

精度自体は妖精が居り問題が無い、足りないのは積み重ねた経験、知識であった。

 

5番泊地の工廠はタウイタウイ最寄りの明石の工廠でもあり、彼の地に先日に着任した

ビスマルク、プリンツオイゲンの存在が今回の申請を認められた要因でもある。

 

「グラーフ様、ビスマルク様々ですね」

 

プリンツはナチュラルにスルーされた。

 

 

 

『38 ブルネイの涙』

 

 

 

海老天を仕込む、それはもう次から次へと。

 

軽い残業明けの後、どうにも手持無沙汰やったから居酒屋鳳翔の厨房に入り

手伝いついでに適当に夜食でも集ろうとか考えたのが運の尽き。

 

押しかけ飲酒母艦組がこれでもかと言うほどに海老を持ち込んできた。

 

海老が大好きな極東の何かアレな民族のせいで、東南アジアでは海老の養殖が盛んや。

 

海老が増量と書かれただけでカップ麺の売上が2割増しになった某島国は

戦時下、海域断絶されとる昨今ですら容赦無くガンガンと輸入しとるとか。

 

まあ別に、ブルネイはそんな大いなる海老の流れの主流に在るわけではないが

端っこの方でもそれなりに流動する経済の恩恵は受けられるわけで

 

いずれ枯渇する油田に頼りきりの現状を憂い、新たな経済の柱を模索する中、

国内、国外流通のためにと21世紀に入ってから海老の養殖事業に手を染めた。

 

とりあえず、セリアとバンダルスリブガワンの中間あたりにデカい養殖場が在る。

 

「しっかし、火が通るとちゃんと海老になるもんだねぇ」

 

フライヤーに放り込まれた海老天を眺めながら、隼鷹が感心した様な口調で零した。

 

大量に持ち込まれた海老はブルーシュリンプ、青色一号でも餌にしとんのかいと

ツッコミを入れたくなるほどの青い海老である、少なくとも食い物には見えない。

 

「まあ、食っても海老やから安心せいや」

 

軽い受け答えにグラスを上げて、そのまま隣の飛鷹と塩だ汁だと算段を始める巨乳。

それを脇目に海老天を引き上げ油を切り、赤城が次々に口に入れた。

 

「またんかいコラ」

 

フライヤー横に生えてきた一航戦は踏み潰してもかまわんと思う、ウチが許す。

 

潰れた蛙の様な声を漏らした赤い方は、何時の間にやら厨房内に作られとった席に

座り直し、道着にクッキリと付いた足跡も気に留めず、滔々と持論を語り始めた。

 

「いいですか龍驤、天婦羅と言う物は曰く塩だ汁だと騒ぎがちですが」

 

何やらタイムリーな発言に飲酒母艦組が耳を傾け始める。

 

曰く、それはもう個人の好みであり、個人で楽しむ拘りでしか無いと。

天婦羅に対する誠意とは只一つ、揚げ立てを、間を置かずに頂く事。

 

「だから鍋の横に席を作りぶぎゅるッ」

 

とりあえず足の裏で停止ボタンを押した。

 

「キミは何処の文学系食通や」

 

改めて海老をフライヤーに入れつつ、首根っこを引っ掴んで店主に差し出しておく。

 

「鳳翔さん、この馬鹿叱っといて」

「ひ、卑怯ですよ龍驤ッ」

 

気を取り直し皿など用意し、大根おろしとか付けとこうかなと思った正面に加賀。

 

「えーとな、この海老は隼鷹たちのやからな、キミのちゃうからな」

 

鉄の爪の向こうでもがいている青い方にキチンと道理を説いておく。

横で爆笑している母艦組、何か既に随分と回っていやがる。

 

気を取り直し青い方には枝豆でも押し付けつつ、ひとしきりに海老天を並べまくった。

何やら正面で枝豆を摘まんでいる正規空母の視線が重いので、適当に揚げ続ける。

 

「ほい、天婦羅盛り合わせ」

「余り食材を無節操に揚げた感が凄いのですが」

 

よくわかっとるな。

 

まあ食っとる間は大人しかろうと、海老天作業を再開していると、その海老好きに

していいから、コッチにも野菜天チョーダイ、などと飛鷹が言う。

 

その向こうで千歳千代が芋だの南瓜だの騒ぎ出して大変煩いわけで。

 

後続の海老を揚げるついでに、野菜だの何だのを切っては揚げて切っては揚げて。

 

「流石に暫く、海老はええかな」

 

などと言うが早いか店の扉が開き、入ってくるのは二航戦組。

 

「センパイ、海老いっぱい貰ってきちゃいましたッ」

「飛龍、そのスカポンタンにチョップお願い」

 

パン粉とバッター液を取り出している向こうで、蒼龍が額を抑えながら嘆いとった。

 

「で、何や、海老追加かコンチクショウ」

「うう、お願いします、その海老全部あげますから」

 

何やら男心を擽りそうな涙目で言われてもな、などと思えば海老全部発言に魂でも

奪われたかの様相の妖怪冷蔵庫漁りが口を開いてフォローを入れる。

 

「龍驤、私からもお願いします」

 

喧しかったので青いのには天丼を渡しといた。

 

とりあえず殻を剥きつつ背ワタを取る、そのまま仕込んでは次々にバッター液へ。

 

「飛龍飛龍、エビフライだよエビフラぶぎゅるッ」

「少しは落ち着きなさい」

 

フライヤーの向こうで飛龍が手刀で蒼龍の額の停止ボタンを押していた。

 

「お、えんびフライか、イイねえ」

 

グラスを傾けながら隼鷹が言う。

 

「ほいほい、次はフライ盛り合わせな」

 

気軽に受け応えれば、喜色を浮かべた飲酒母艦組が揃って麦酒を追加注文し、

衣服を整え背筋を伸ばしては、居住まいを正す、無駄に息が合っている。

 

何や、昭和か、昭和やな。

 

「隼鷹と蒼龍はウスターで飛鷹と飛龍がタルタル、ちとちよは塩胡椒やったな」

 

飲酒母艦組が揃ってサムズアップする横で、あわてて追随する蒼龍。

 

海老ばかりで仕込み損になりそうやった烏賊だの魚だのをフライにしつつ、

皿だの何だのを用意しつつ、キャベツを切りながら適当な雑談に受け答えをする。

 

鳳翔さん止めて、さりげなくウチに店員名札付けようとせんといて。

 

「しっかし、この海老、青一色で買うヤツなんか居るのかね」

「日本にも輸出しとるで、ブルーシュリンプはそれなりに人気の品目や」

 

適当にご機嫌な隼鷹がそんな事を問えば、提督ゴーストの無駄知識が炸裂した。

 

想像もつかねえと苦笑する飲ん兵衛に、言葉を続ける。

 

「そもそもブルーシュリンプはこの海老の原種の名前で、コレとはちゃうんよな」

 

養殖用に品種改良された青い海老には、特にコレと言った名前などは無く、

流通上の都合で原種のブルーシュリンプという名前が使われている。

 

「だからまあ、天使の海老だの葵の煌きだの適当な名前が付くんよ」

「名前だけで買うヤツなんて居るのかい、見た目キツすぎだろ」

 

「名前が重要なとこもあるもんやで」

 

例えば、結婚式場。

 

「披露宴の品目が天使の海老のテリーヌとか、受けそうな名前やろ」

 

調理過程も人目に付かんし、火を通せば普通の海老やからな。

 

ブルーシュリンプが日本に輸入された当初、どの小売りも買い取り拒否して

問屋が困り果てた所に、大量に買い込んで行ったのが結婚式場だったとか。

 

同じ方向性で惣菜や料理屋、調理過程が人目に付かない場所で売れて行き、

 

そんなブルーシュリンプの成功を受けて、ブラックタイガーなどの色付きで

安価な海老が日本へと大量に輸入され、一般化する様に成ったと。

 

「はー、上手い事やるもんだねえ」

 

隼鷹がエビフライを眺めては、感心しきりと声を上げた。

その横で、3杯目の天丼を平らげていた加賀が思いついた感じで声を寄せる。

 

「そうするとこの海老も、ブルーシュリンプではなく商品名があるのですか」

 

そういえばあったなと、アルファベットに混ざって容器に書かれていた日本語は。

 

「ブルネイの涙、やったかな」

 

コッチは藍の海老ですと蒼龍が言い、モロに式場狙いだと隼鷹が笑っていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

昨今に日本海から死体が流れ着くと言う。

 

憎悪の壁とも呼ばれる日本海の瘴気を越えて、難民の成れの果てが流れ着く事例は

珍しい事では無かったが、今期に入ってからはそれが一段と増加している。

 

「難民の増加、という事で済んでくれるのなら話は楽なのでありますがね」

 

龍驤の巣(きつえんじょ)で、紫煙を空に上げながらあきつ丸が語った。

 

「つーと、何ぞ引っ掛かる事でもあると」

 

手元で丁子を鳴らしながら合の手を入れるのは、龍驤。

 

「最近の死体には、魄を留める処置がされていると」

 

幸いにも内部の陽気、想念は深海に食い尽され、言わば彊屍の死体とも言うべき

有様であり、動く死体の被害が増加する事は無かったが。

 

「検分に当たったのは横須賀第四提督室ですが」

「おっちゃんのとこか、何て?」

 

続きを促せば憲兵は軽く煙を吸い、一息を置いて語る。

 

「渡ると死ぬなら、はじめから死んでいても問題無いよねえ、と」

 

言葉を聞いて、龍驤が頭を抱えた。

 

ああ、やはり理解(わか)るでありますなと、情報元が苦笑を浮かべる。

 

日本とは事実上の休戦状態にある国からの攻撃、それも対効果は低く

殺意のみが伝わってくるような気持ちの悪い代物。

 

「つまり、中国が分裂しとるっつー事やろ」

 

東南、東アジアで予測可能の範囲で安定していた惨劇が、破綻する。

 

ユーラシアの戦火が混迷の果てに飛び火をはじめた、そういう話であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39 水面下の選択

 

艦娘には職業病とも言うべき症状が在る。

 

日常に砲火の下を潜り抜けるだけあって、異常に集中力と言う物が発達する。

結果、何某かの作業を行う場合、周囲に気を回せず没頭しがちである。

 

龍驤の艦載鬼整備もその傾向が在った。

 

もともと鋏を使うのは今一つ苦手な分野であり、式鬼紙の形代を切り抜く際に

段々とそれ以外に目が入らなくなる、気が付けば加賀が頭頂に胸を乗せている。

 

横に頭蓋に打撃痕の有るグラ子が倒れていて、などというのは日常であった。

 

最近は、天津風が背中を寝床にしている事も多い。

 

膝の上で眠りこけている猫に対する様に、身動きが取れず困る事しばしである。

 

その日の作業後は、意外と言うか当然と言うか、特に背中に何も無く振り向けば

 

―― クロスカウンターの状態で倒れている加賀と天津風の姿が在った。

 

最近の龍驤は遠い目をすることが多く、視力が鍛えられてしまっているらしい。

 

 

 

『39 水面下の選択』

 

 

 

先日、横須賀第二提督室から通達が届いた。

 

以前の大規模作戦より以降、すっかりと大本営通達の摺り合わせは横須賀相手に

なった感がある、本土の省庁の勢力争いの結果とか、関わりたないなあ。

 

まあそんな事より第二の話や。

 

若手育成、第一の予備、後継、どの鎮守府でもそんな意味合いの強い第二枠、

そこからの連絡と言う事は、要は大した事の無い話というわけで、

 

今回の件もその例に漏れず、何と言うか脳みそが湧いている。

 

非常時を想定した備えだの、訓練のための必須の備品だのと尤もらしい建前で

予算もついて各艦娘に手当てが付く事になったと、それはええ。

 

つまるところ、水着を買えと。

 

着ろと。

 

通信の画面の中、相手がひきつった笑顔で胃のあたりを抑えとった。

 

この戦時下の折、志を以って防衛大学校の門を叩き、厳勇なる過程を修めた末、

女まみれの職場で水着に予算を付けるハメになった第二提督の心情を思えば

 

指さして爆笑するほどに同情を禁じ得ない。

 

まあ着せられるウチらも人事では無いんやけどな。

 

とりあえずに通達を受け取り、摺り合わせのために問題点を指摘した。

手当てを出すと、着ろと言われても致命的な欠陥があるんやな。

 

ブルネイに、海水浴なんて文化は無え、イスラム教国舐めんな。

 

画面の中のムッツリ常識人が頭を抱えとった。

 

まあそんな経緯で泊地の艦娘が水着を買う事になったわけで。

 

海水浴という文化が無いと言う事は、当然に付随する市場も存在しないという事で

つまるところ、ブルネイでは基本的に水着が売っていない、ゼロではないが。

 

観光客相手に無い事も、いやもう無いと言ってええんやないかなレベルや。

 

観光客や移民、要は在ブルネイ外国人的な立ち位置の人やイスラム以外教徒が

たまーに海水浴を楽しんだりするが、服のままで海に入る、水着なんか無え。

 

物凄く限定的に言えばいつぞやの7つ星ホテルのプールとか、そういう所で

このご時世にリゾートできるほどの超お金持ち外国人が着ているぐらい。

 

ああ、マレーシアまで行けば売っとるけどな。

 

原色バリバリの東南アジアクオリティの水着が。

 

そんなわけで、明石の酒保経由で日本から輸入するのが良かろうと判断し、

各種カタログを送って来て貰うたわけやが、どうにもこうにも。

 

パラパラとめくって見てみるも、随分とまた肌色の多いデザインばかり。

 

「龍驤、目が死んでるぞ」

 

何や提督から労りの言葉が掛けられた、そこまで酷かったか、ウチ。

 

「夏やしな…… 夏やしなー」

 

つーかな、年間通して日中気温が20~40度の常夏の国で、季節言われてもな。

 

「もうスク水でいいんじゃねーか、潜水艦部隊とお揃いだし」

 

おいおい、ヒトを見くびらん事やで。

 

「今年はウチもイケてる水着で砂浜ブイブイ言わせたるで、何せ ――」

 

そっと一冊のカタログを抜き出し、胸部装甲にかき抱く。

 

「最近の餓鬼用水着って、めっちゃ種類あるからな」

 

抱いた水着カタログに書かれている注釈は、駆逐艦用。

 

ハハハハハ、イイナ、無駄なヒラヒラとか、アップリケとか、可愛いナ。

 

「しっかりせい、龍驤」

 

貰い泣きをしていた提督の前、ウチの肩に強く手を掛けたのは、利根。

 

その手にあるカタログ表紙には、同じく駆逐艦用と記されている。

 

もう、言葉はいらんかった。

 

まあ朝潮型推奨のウチと白露型推奨の利根では、格差が有りはするんやけどな。

 

とりあえずと薄氷に立つが如きバランスで心の友と通じ合って泣いている所に、

喧し気な音を立てて執務室に吶喊してきたのは、金剛四姉妹。

 

「ヘイ龍驤、水着カタログが届いたとリッスンしましたが、ウェアウェアウェアッ」

 

「ああ、戦艦用ならそこのやつやな」

 

何処(ウェア)だか衣服(ウェア)だからわからない金剛語をフィーリングで意訳しつつ、素直に指し示せば

テンション高い笑顔のまま硬化して暫く、顔を背けてダウナーな返答があった。

 

「…………重巡洋艦用、青葉型クラスでプリーズ」

 

涙が止まらへん。

 

しかして、テイクハートワンスなどと叫んで復活した35.6cm砲戦艦長女が

先んじてカタログを捲っていた次女に声を掛ける、ジスイヤーこそはと枕詞で。

 

「ヒエー、提督のハートにバーニンラブなスイムウェアはサーチできましたかッ」

 

そういや去年はブルネイの水着事情から、ナッシンとか言うて落ち込んどったな。

 

「あ、コレなんかお姉さまに似合いそうですよ」

 

などと言って指し示したカタログ写真に、金剛さんが再び硬化した。

 

ああうん、「上下ともに」白地に軽く色の入ったシンプルデザイン、ええんやない。

 

でもまあコレは、きっとたぶんと目をやれば、やはり時間経過につれ頬が紅潮し

ジリジリと後ずさり物陰に隠れ、半身、こちらを覗きながらプルプルと震え出した。

 

「えーと、姉さま」

「ヒエー …… そ、それはもはや、アンダーウェア、デース」

 

シンプルながら露出の多い、セパレート型女性用水着。

 

異性の股間をクロスロード作戦する壊滅的な威力から、ビキニと命名されたそれが

発表されたのは戦後、それから一般に受け入れられるまでは20年近く掛かった。

 

つまりは何や、金剛さんの想定する水着から掛け離れとった事は想像に難くない。

 

「いいデスかヒエー、スイムウェアと言う物は、ロンリーで、クワイエットで」

 

「すいません龍驤さん、翻訳お願いします」

「要するにスクール水着や」

 

身も蓋も無く。

 

そもそも女性用旧型スクール水着と言う物は、つまるところ競泳用水着や。

 

ウチらが艦やった頃やと、オリンピックの女性泳者などが身に着けた最新鋭の競泳用

水着なわけで、潜水艦あたりが気に入っとるのは多分そこらへんの感覚のせいやろう。

 

まあそんな新型の競泳用水着が一般化され、教育課程の水泳授業に於いて、

学校指定の水着として採用されたという経緯がある。

 

以降に競泳用水着は縫製技術や生地の発達とともに、現在の形に進化していったが

学校授業では速さを求めるわけでもないわけで、変わらず採用され続けたと。

 

結果、かつての競泳用水着には、スクール水着という呼称が定着した。

 

「提灯ブルマ型よりはスク水の方がセクシー、ぐらいの意味やったんやない」

「あー、えーと ……なら競泳用水着ですね」

 

気を取り直したヒエーがパラパラとページを捲り、姉へと指し示す。

 

「ヒェッ」

 

なんか金剛さんが変な声出してた。

 

「あ、あれぇ」

「いやさ、現代の競泳用って薄いやん」

 

身体のラインがくっきりと出るほどに。

 

机の下に頭を抱えて蹲っている小動物に、焦った風情で声を掛け続ける次女が居たとか。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ヒエーが開いた競泳用水着のページを興味深げに見入る霧島の斜め下、

 

小動物と汚飯艦がやり取りしつつ、無難なワンピース型に話が纏まっていっている最中

そういえば他の連中はどうしとるんやろなと、龍驤が室内に視線を巡らした。

 

Tバックビキニのページを開いていた榛名が凄い勢いで目を逸らす。

 

「…………」

「……………………」

 

いや待て、それ既に紐やん。

 

「ち、違うんです違うんです違うんです違うんです」

 

大丈夫なんかジャングルの女王、などという言葉は流石に呑み込んだ龍驤であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40 月に吠える

ブルネイ第三鎮守府本陣は、外交的な理由で内陸の首都クアラルンプールに置かれている。

 

泊地、各種施設自体は最寄りの海岸、マレーシア最大の港湾ポート・クランに在ると言う

どうにも面倒な形式になっていて、5番泊地とは趣が違うけど、秘書艦組が大変らしい。

 

本日の私、島風は首都の本陣事務所へと向かう龍驤ちゃんをクラン駅で見送った所。

 

何の躊躇いも無くビキニで迎えに来た陸奥さんも、私とお揃いの猫さん水着なのにノー躊躇で

車両に乗り込んだ龍驤ちゃんも、ちょっとおかしいと思う、凄く目立ってた。

 

ちなみに私は白地に青で猫さん顔が描かれているワンピース水着、肩紐が耳になっているのだ。

それにパレオと麦わら帽子をセットにしている感じ、そして龍驤ちゃんは色違いで赤猫さん。

 

それはともかく、後は貰ったお小遣いでお昼ご飯でも食べてから泊地に戻るわけなんだけど、

うん、先ほどから気になっていた、駅前の人気が有りそうな感じのお店に行くことにしよう。

 

名前から言って米帝っぽい、ケンタッキー州のフライドチキン屋さんの様だ。

 

流石に水着姿で入店しているのは私しか居ないからか、何か視線を集めてしまった感。

都合良くランチセットにチキンライスとか言うのが有ったので、それを頼んだ。

 

やはり速い、凄いな米帝。

 

カンムスがどうとか言う囁き声の中、適当に席に付いて食事に臨む。

 

とりあえずペプシ社のコーラを一口、胃薬だっけ、コカコーラと同じくコーラの味がしない。

でもまあ甘くて美味しいから良いのだけど、そうだね、このシュワシュワ感は癖に成る。

 

そして改めてライスを見る、メニューでは丸く盛り付けてあったのにカップに入っている。

それにグレイビーソースも掛かっていない、ただのチキンライスだコレ。

 

まあつまり、急いでしまってソースバーに立ち寄るのを忘れてしまったわけなんだ。

 

うん、ガーンだね、出鼻を挫かれた感じ。

 

気を取り直してチキンに齧りつく、ジューシーで美味しい。

 

龍驤ちゃんが以前言っていたけど、ブルネイやマレーシアはイスラム教の影響が強いから

チキンの品質が高めで、お店で使われるレベルの鶏肉の品質は日本よりも高いとか。

 

だからフライドチキン屋さんは、日本よりコッチの方が美味しいらしい。

 

まあ、美味しい事は悪い事じゃ無いよね。

 

指先を舐めながら、合間にコールスローで油を流しつつ、鶏肉の破片をライスに乗せていく。

 

ひとしきり食べ終わった後で、ソースバーにグレイビーソースを掛けに行き、

出来ました、グレイビーソースのフライドチキン丼、マレーシア風味。

 

ライスもチキンだし、何か凄く鶏肉って感じがして贅沢な気分になれる。

 

まあそんな感じで食べていたのだけど、ふとスプーンを咥えた時にメニューが視界に入る。

 

あるじゃん、フライドチキン丼グレイビーソース掛け。

 

………… いやまあ、アレだね、はじめから丼というか乗せご飯、芳飯だと、ほら、

鶏肉に齧りつく喜びが無いじゃない、うん、だから私は間違っていない、はず。

 

そんな感じのお昼ご飯でした。

 

 

 

『40 月に吠える』

 

 

 

何や今度の大規模作戦についての会議が有るとかで、本陣でブルネイ第三からの提案を

打ち合わせつつ、燃料弾薬をかっぱらって帰還した翌日の話。

 

うん、明石がやってくれやがりました。

 

―― 改良型野外炊具(中古)(りくじのおさがり)、海の家エディション。

 

暖簾やら幟やらが海の家って感じを醸し出し、垂れ下がる幕には氷の一文字。

鉄板の上には焼きそばが在り、隣のたこ焼きプレートではたこ焼きを焼いとる次第。

 

泊地の艦娘が水着に成ってしばらく、演習場が何故か海水浴場の雰囲気になってしまい

今日もまた出撃の無い駆逐艦たちが余暇に水遊びへ興じる平和な光景。

 

などと言う状況を、明石が見逃すはずはないわなと。

 

とはいえ店主であるピンクの悪魔は熱中症で運ばれて行ったわけで、鉄板舐めすぎや。

まあ紆余曲折の末、臨時で屋台の中でボッタクリメニューを作っとるわけや。

 

 

 粉っぽいカレー

 

  わざわざ粉っぽさを出すためにカレー粉から作り上げた渾身の一品

 

 粘度の高い粉っぽい飴湯

 

  敢えて粉っぽさを出すために水分を抑えて、的確に喉に張り付く感じ

 

 具の少ない焼きそば

 

  冷えたら食えたもんじゃない感を出すために、日本から安物の麺を直輸入

 

 たこ焼き

 

  外はカリカリ中はトロトロ、ある意味では匠の技が光ります

 

 

「えーと、たこ焼きがマシなのか」

 

何やら夏を満喫しとる感の在る、白ビキニで豊満な肉体を包む天龍が問い掛けてくる。

 

甘いな、外カリ中トロのたこ焼きはボッタクリメニューやで。

 

そもそも、たこ焼きは中が詰まってモギュモギュとしとるもんや。

焼き加減でトロっとしたりもするが、溶けるチーズの様な中身にはならん。

 

だけどそんなたこ焼きを作っては、中に入るタコを小さく、葱や小海老や椎茸などの

各種薬味を無くし、キャベツを減らし、ソースを薄め、可能な限りのボッタクリを

志してきた大阪のたこ焼き職人が、ついに禁断の領域に足を踏み入れた事件が在った。

 

そう、ついに生地へと手を掛けたんや。

 

それはもうダバダバと、恐ろしいほどに水を入れて嵩を増したたこ焼き生地。

 

それで無理やりにタコ焼きを作ってみれば、外はカリカリ中はトロトロで

意外と好評だったと、ボッタクリ根性が生んだ奇跡があったわけやな。

 

まあどれぐらいボッタクリかと言えば、一般市販のたこ焼き粉の裏のレシピ、

入れる水の量を10倍にしたら外がカリカリ中はトロトロのたこ焼きになる。

 

うん、どんだけやらかしとんのや。

 

そんな酷い流行からカリトロ揚げタコなど種類も増えて、まあ経緯が経緯なわけで、

たこ焼きは外カリ中トロとか言う人は時折ニワカ扱いされる事がある、桑原桑原。

 

「それはともかく、買うて行けや」

「その説明を受けて買う奴は居るのか」

 

とりあえずに冷や汗を流している巨乳に対し、指をくいっと曲げて指し示す。

 

「これはこれで良い物だね」

 

白スク水に身を包んだヴェールヌイがたこ焼きを頬張っていた。

 

うん、白一色だから少し垂れたソースが目立つな。

 

「何だかなあ …… 氷くれ」

「ほい、カチ割り氷」

 

「削ってすらいねえッ」

 

文句を言いつつも、氷を齧りながら海辺へと帰っていく軽巡洋艦。

寄ってきた紺スクの第六駆逐隊、残り3隻に氷を奪われとる、仲ええなあ。

 

「つかさ、他の姉妹は紺なのに何でキミだけ白スクなんよ」

「貴方の色に染まりますって意味だよ」

 

屋台の横で海の家を満喫していた駆逐艦に問えば、はぐらかされる。

 

「さてせっかくだ、飴湯を用意してくれないか、人数分」

 

「お代はいただくでー」

「青葉のツケにしておいてくれたまえ」

 

何かさらりと酷い要求が来たが、まあ仕方ないと飴湯を5人分。

 

おや、私の分もあるのかいと驚く声に、人数分やろと流してはお盆に乗せた。

こういう時にケチらないのが怖いねえと苦笑した脅迫者は、お代の追加と口を開く。

 

「提督は紺スク派の様だからね、雷や電がアピールできるだろ」

 

暁はスルーかいと言えば、姉は自己責任だねと飄々と答える。

 

そんな本音だか冗談だかわからない発言を残し、白色が姉妹たちの所へと飴湯を運んだ。

 

やがて視界の先、喉に、喉に貼り付くのですなどと悲鳴が上がる光景を眺めながら

食材などが積まれた場所、斜め後ろに置かれた穴開きダンボールへと声を掛ける。

 

「青葉ー、ヴェールヌイにバレとったみたいやで」

「嘘でしょッ」

 

まあ何や、誰が払うにしろ飴湯5人前はご馳走様という事で。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ようやくに艦影も無くなった夜半、演習海域に2隻の空母の姿が在る。

 

艤装の制服を基調としたセパレート水着のグラーフ・ツェッペリンと、龍驤であった。

 

静かに構えたグラーフの飛行甲板に、爆音を伴い艦上戦闘鬼Bf109が着陸を試みる。

一鬼、二鬼と取り付いては役が解け、西洋式鬼符とも言えるタリスマンに変化する。

 

それが半数を越えた頃、突如に足を折り爆散した艦載鬼が居た。

 

そのままに次々と誘爆を重ね、落ち着いた頃には中破状態の正規空母。

 

「……改装したとは言え、Bf109はやはり艦載機に向かないな」

 

グラーフ・ツェッペリンは完成しなかった空母である。

 

即ち、実働に置いて問題点を洗い出すと言う工程を経る機会が無く、初期の計画のまま

問題点を問題点として抱えたまま建造された艦娘であった。

 

例えば、カタパルトなどは悲惨の極みである。

 

基部にマシンガンの如き構造を付け、連続的に火薬を爆発させ圧縮空気を充填

その動作を1mごとに繰り返して艦載機を加速させるという、気の狂った構造をしていた。

 

龍驤はこのカタパルトがまともに動作、つまり爆発炎上しなかった例を見た事が無い。

仕方が無いので今は甲板から普通に離陸している、何のために存在しているのか。

 

着艦に関しては問題は艦載機の方にある。

 

Bf109、所謂メッサーシュミットは数多くあるドイツ軍の機体の中で、

ズバ抜けて艦載機に「向かない」機体である、何故改装してまで無理に積んだ。

 

「着艦の度に爆発炎上やとなー」

 

付き添っていた龍驤が手持ちの修復剤を掛け、グラーフの艤装が修復されていく。

 

艤装は魂魄に従い形を持ち、物質化した霊力、所謂エクトプラズムの変種である。

それ故に高濃度の霊的物質、修復剤を用いる事により形質を取り戻すと言われている。

 

「アカシの改装に期待か、すまないが暫く、艦載鬼は借りっぱなしになりそうだ」

 

最大の問題点は、改装の精度である。

 

空母の無いドイツの未成空母艦娘に対する艦載機の改装、それは夢物語と同義であった。

複数工廠、複数空母の日本のそれとは違い、圧倒的に事例が不足している。

 

つまり、烈風を無理に積む事は出来ても、Bf109を普通に運用は出来ない。

 

熱帯の月の下、夜間に縁のある2隻の空母が嘆息を空に吐いていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41 鏡像の敵

「飯が無いって、タイとベトナムは農産物輸出国やろ」

 

龍驤へ、漣が訪れて言うには、輸送船が沈んで食料が不足していると。

 

桃色の髪を短めの二つ括りにしている駆逐艦、ブルネイでは珍しい初期艦の

生き残りであり、第二鎮守府本陣の筆頭秘書艦を務めている。

 

「前線に取られちゃって、余所者の所まで回ってこないんですよ」

 

昨今の中国の動向の変化に因り、停滞していた国境前線の活動が活発化し、

国内に流通している食料はそちらに流れこんでいるとの話であった。

 

タイ王国政府自体は鎮守府への食料提供の意思はあるが、国内に浸透している

工作員の扇動などもあり、追加支援はタイ国民の艦娘に対する感情を悪化させると。

 

「軍用糧食で良けりゃ500日分、倉庫にあるわ」

 

「全部持ってちゃって、かまわないんですか」

「まあしばらくは地産地消やな、何とかなるからかまへんで」

 

礼と、借りばかり増えて行きますねと苦笑した駆逐艦に、困った時はお互い様やと

笑顔で応える5番泊地の軽空母、実にほのぼのとした優しい世界が在った。

 

問題は、2隻とも笑顔が嘘くさい事である。

 

そのままいくつかの書類の処理と、受け渡しを終わらせて、

 

「そうそう、化学プラント紹介してくれへん、米国とベルギーの合弁の奴」

「また無茶言いますねえ」

 

唐突に話題が変わる。

 

ブルネイのプラントなら日本企業ですし、融通が利くのではという問い掛けに

笑顔のまま、どこを見ているのかわからない視線で龍驤が答える。

 

「ほら、小さい傷が多いから消毒液とかが足りなんでな」

「ああ、消毒液は消耗品ですからねえ」

 

修復剤と言う単語を忘れたかのような二人の会話であった。

 

 

 

『41 鏡像の敵』

 

 

 

まあそんなわけで、しばらく日本産食材が入って来んと。

 

「何ぞ良い言い訳ないかなあ、めっちゃ憂鬱やー」

 

在庫の書類を捲りながら、利根に愚痴垂れる。

 

そよそよと爽やかな空調が響いている提督執務室に、他に誰も居ない。

 

「そうじゃのう、間宮でアジアンフェア開催とか言ってみるか」

 

何や出来る運営みたいな言い換えやな。

 

「何と、先方の好意で高級米のジャスミンライスが大盤振る舞いや」

「そして小声で、期間中は日本産の米は炊きません、じゃな」

 

この場合の先方はブルネイやな、政府が気にしとるらしくて比較的に安く食材を

回してくれるとか、まあ普段から買い込んでいるおかげと言う所か。

 

「トムヤンクンを南方味噌汁と言い張るか」

「相性的に、焼き魚の代わりにカレー揚げじゃな」

 

あー、何か上手い事ハマったらイケそうな感じ。

 

あとはまあ、日本食を食いたがる奴にはうどんでも食わせとくか。

 

「とりあえず赤城と加賀は営倉やな、罪状は一航戦で」

 

「いや、その罪状だとお主含めて、空母のかなりが該当するのではないか」

「ウチ二航戦ですぅ、蒼龍センパイの後釜ですぅー」

 

何か遠くで蒼龍の胃にダメージが入った気がした。

 

「何か蒼龍が気の毒じゃから、四航戦あたりに名乗りを代えてみた方が良くないか」

「つーてもな、四航戦やと飛鷹が居らへんからなー」

 

オミソの空母を捕まえて、二航戦の三羽烏とか言ってくれる飛鷹は無下にしたない。

 

「つーか、お主の最後は瑞鳳の代理で一航戦じゃったろう」

「聞こえへん、聞こえへん」

 

「天津風がキレそうな対応じゃの」

 

何と恐ろしい事を言うんや。

 

「まあ何にせよ、赤城と加賀は簀巻きで営倉に放り込んでおくとして」

「いつのまにか対応がエスカレートしておるな」

 

つーてもな、自由にさせておくとロクな事にならんしなあ。

 

何より、川内の木が大活躍しとるおかげで営倉の使用率が寂しい限りやし

この際、少しは使っておかんと経費要求の時に色々と面倒事が。

 

「そんなわけで、あの二人には泣いてもらうとして」

「何か理由が本末転倒しとるのう」

 

「大丈夫や、絶対に叩けば埃が出る、断言できる」

「いやちょっと待て、空母寮の治安はどうなっとるんじゃ」

 

はっはっは、考えると頭が痛うなるから勘弁して、本気で。

 

いや何かさー、昨日隼鷹が呑んでたウォッカってヴェールヌイが密造したヤツでな。

ちとちよはトントロを七輪で焼き始めるし、どないせいと、いや全員簀巻ったけど。

 

「あー、爆弾付きの首輪でもハメておくか」

「どこの映画じゃ」

 

首が飛んだぐらいではヤツらの食欲を抑える事が出来ないのは、気のせいやろうか。

 

「そして任務を果たすたびに懲役年数が減算されていく」

「平成かと思ったら昭和じゃった」

 

いや、平成やから一応、確か平成初頭。

 

まあ冗談はさておき。

 

「まずは赤城と加賀を叩いて埃を出してから、営倉送りやな」

「冗談言うのは順番の事かい」

 

いやいや順番は大事やで、強姦から殺人と殺人から強姦ではえらい違いや。

 

まあそんな感じで、アジアンフェア開催とうどんの増産、ついでに蕎麦でも打って

問題は醤油やな、ケチャップアニスで代用、いや、タイからシーユーでも貰うか。

 

何かなあ、そういや東南アジアの只中でアジアンフェア言うのもおかしい話やなと。

 

地産地消フェアとでも言っておくか。

 

そんな事を考えながら捕り物のために神通に通信を入れた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深夜の提督執務室に、例によって残業の提督と軽空母が居る。

 

終わりも見えて一息をつくあたり、茶でもシバくかと言って龍驤が珈琲を入れる。

 

「あー、ハワイで貰って来たブルマン、もう無いのか」

「残念ながらな、以後はしばらく情熱のアロマや」

 

「それは素敵な飲み物ってか」

 

珈琲モカマタリの香に満ちた室内で、提督が暇潰しと件の話題を振る。

 

輸送ルート襲撃、本土にて裏にあるのは彼の国ではと騒いでる人が居て、

そんな伝え聞く情勢に秘書艦は、陰謀論やねと鼻で笑った。

 

「深海は、人の言う事なんざ聞かへんよ」

「まあそうだろうな」

 

深海棲艦に因る連続輸送船襲撃事件、取り寄せた資料に意見を求めた折、情報が少なく

あまり意味が無かったが、金剛型、金剛と霧島で意見が割れていたのが目立った。

 

「裏に戦略的な意思が見えるって事は、金剛さんも霧島も一致しとんねん」

「ただ、意味が無い」

 

いくつか沈みはしたが完全に寸断されたわけでもない、何よりブルネイ鎮守府群は

東南アジア各国間で連携をとれる以上、餓え殺しには程遠い。

 

「馬鹿すぎて作戦だと思えない、金剛さん的にはそんなとこやな」

「けど、通商破壊と考えれば多少は効果があっただろ」

 

「ぬるいねん、艦娘の飯だけ狙い撃ちしても意味が ――」

 

突如に言葉を切った龍驤は、逆かと、小さく呟いた。

 

何か気になる事でもあったのかと問う提督に、調べてみんとわからんわと黙考。

 

「まあ何や、もしこれで襲撃が収まれば」

 

窮乏していたバンコクの第二本陣は、食料の支援で急場を抜けた。

輸送ルートの護衛も増え、もう二度と今回の様な状況は訪れないであろう。

 

そのような事実を、深海棲艦が知るはずも無い。

 

「最悪の展開やな」

 

言葉が響き、互い、珈琲の苦さに顔を顰めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42 夜に騒ぐ者

 

本日に輸送船が5番泊地まで到着した。

 

前線の窮乏を受け、護衛の艦娘は常よりも重厚な、およそ採算を度外視するほどの

異様としか言いようの無いほどの戦力を以ってその任にあたっていた。

 

具体的に言えば、居てはならない様なデカいのが居る、何故か。

 

「龍驤様~」

 

祖国の名を冠した超弩級戦艦が、受け取り確認に出てきた秘書艦軽空母に吶喊した。

 

至近で見ていた叢雲に因れば、その時の龍驤は何か色々と諦めた様な笑顔であったと言う。

 

露出は高めではあるものの、軽く赤の縁取りの入った白、やや大人し目のビキニを纏い

普段は九一式鉄甲乳の下に在る豊満な膨らみが、龍驤の側頭部にめり込み心をへし折った。

 

喜色を表情のみならず全身で表現する戦艦に、口から魂を吐き出す死体がひとつ。

 

それを見かねた褐色の姉妹艦が姉に声を掛ければ、振り向いた大和が動きを止める。

 

サラシを巻いた褐色の肩の上、大きめのリボンをアクセントに持ち、やや緑がかった

薄青のワンピース水着を身に纏った駆逐艦が肩車されている、誰とは言うまでもない。

 

「大戦艦清霜ですッ」

 

大戦艦清霜、戦力:武蔵1隻分

 

何かどうにも対応に困る、鉛に変質したかの如き空気の中、はたと気が付いた風情

おもむろに大和が、衝撃に因り頭部にヒヨコが回っている状態の龍驤を担ぎ上げた。

 

航空戦艦大和 スロット1:龍驤 制空+凄い 火力+エグイ 攻撃回数+2

 

「あああッ、龍驤様の自己評価が低すぎて装備品判定されてしまうッ」

 

以前、島風にも装備品判定されたのは伊達では無かった。

 

 

 

『42 夜に騒ぐ者』

 

 

 

サミヂ、と指定された。

 

久方ぶりの輸送船に関するアレコレも収まり、唐突に増えた書類関連を片付ける内

気が付けば夜も更けて、大和がやたらと持ってきたお土産のラムネも冷えた頃合い。

 

残業していた秘書艦組で、軽く夜食でも摘まもうかと言う時に金剛さんが言った。

 

「夜食と言ったらサミヂがマーベラスチョイスネー」

 

まあそんなもんかと、息抜きも兼ねて居酒屋鳳翔で厨房を貸してもらう事に。

 

「えーとな龍驤……サミヂって何だ」

 

金剛さんの手前、小声で聞いて来た提督に答えとく。

 

「サンドイッチや、英国英語で短縮形がサミヂ」

 

明治時代に洋食として入ってきた頃の呼び名の一種やな、以降に米国英語を元にした

サンドイッチという呼称の方が定着して、ウチが生まれた頃にはそっちが主流やった。

 

まあそんなわけでカウンターに居る飲酒母艦組と利根型姉妹、大淀、ついでの提督相手に

サンドイッチを作っている次第、隣では金剛さん達が奮闘しとって、軽く嘆息。

 

見ればテーブル席に姉妹で座っとった川内が、コッチに向かって手を振っとる。

 

それはともかく、切り出したパンで具を挟み、布巾を掛けて上に重しでタッパーを乗せた頃

一番槍とばかりにヒエーが、出来上がった産業廃棄物を得意そうに掲げた。

 

「出来ましたよ、比叡特製サンドウィッチ」

 

ヒエー毒性砂と魔女(サンドウィッチ)

 

うん、日本料理の職人技と言うべき素晴らしい切り口の刺身に、牛乳に漬け込み

臭みを取るのはフレンチの技法やな、味が無くなるまで煮込んだ野菜は英国か。

 

中華の蒸しパンは魚臭いミルクを吸い込んで、実にジューシーに仕上がっとる。

 

かつてのお召し艦比叡に乗り込んだ様々な料理人の一流の技術が結集して

見事に目を背けたくなるほどの産業廃棄物が出来上がってたわけで、流石は汚飯艦。

 

とりあえず霧島がヒエーを後ろから羽交い絞めにし、金剛さんが皿を持った。

 

「ヒエー、せめてもの情けデス」

 

そう言っては次女の口の中に廃棄物を詰め込む長女、姉妹の絆って重いんやなあ。

 

うん、勿体無い精神にも限度っちゅうものがあっても良いとウチは思う。

 

何か前衛的な姿勢で倒れ伏す高速戦艦を尻目に、金剛さんが自作の重しを取り

適当に見栄え良く皿に乗せては、二番槍とばかりに提督たちへと差し出した。

 

「英国上流階級御用達、ハイグレードなサミヂですネー」

 

白、緑、白。

 

「……胡瓜サンドじゃな」

 

物凄くシンプルな内容に固まった空気の中、利根がボソリと見たままを口にした。

 

「イエース、キューカンパーのサミヂね」

 

まあ酒には合うなと意外に好感触な飲酒組の横、もそもそと胡瓜を食べる秘書艦組。

 

「ハイソサエティーって何なんだろうな」

「まあ、英国王室御用達の料理店でも普通に出てくるから、嘘ではないんよ」

 

隠し戸棚に入れておいたハムを近場に寄ってきた那珂に渡し、軽くフォローを入れておく。

 

「英国は野菜不毛の土地やからな、特に何もせず食える胡瓜は貴重品やったねん」

 

極端に野菜の種類が少なく、その上に存在する品種はどれもこれもエグ味が酷くて

味が無くなるまで煮込まないと食えた代物では無かった英国の中で、燦然と輝く胡瓜。

 

つまるところ、別に美味いわけではない。

 

そんな微妙な空気に金剛さんは膝を折り、提督が適当な話題で空気替えを試みた。

 

「サンドイッチってさ、どういう意味合いの名前なんだろうな」

 

砂と魔女以外は挟んで食えるとか、適当な俗説がいくつかあるわけやけど、まあ実際は。

 

「英国の、サンドイッチ伯ジョン・モンタギューが食ってたいう話からやな」

 

パンに何か挟んで食うと言う行為自体は、それこそ紀元前から世界各地に存在する。

 

そんな中、夜通し賭け事をしている最中にサンドイッチ伯が考案して、食ってたという話が

世に広まって、何時の間にやらパンと肉とかパンとチーズとか呼ばれていた挟みパンが

 

サンドイッチという名前で流通する様になったとか。

 

ちなみに、サンドイッチ伯は多忙を極めていたので夜通し賭け事をしている暇なんか無く

広まった噂話自体は事実無根の可能性が高いとか何とか、要はゴシップやな。

 

「ついでに言えば地名の由来は、河口近くの領地で砂の多い土地(サンドイッチ)って意味や」

 

そんな事を言うついで、重しで圧縮していたサンドイッチを適当に配る。

外面を焼いた、やや硬めホイップクリームでラムレーズンサンド。

 

何やら酒に合うとかで、隼鷹がえらい上機嫌にパクついとる。

 

クリームサンド自体が珍しいせいか、他もそれなりに好評を頂いとる中、

提督が寂しそうにカウンターに突っ伏して愚痴を零した。

 

「に、肉が足りない」

「脂肪分はたっぷりやで」

 

「それは言わないでー」

 

千代田が頭を抱えて提督の同類にジョブチェンジする。

 

「最後の、重しを乗せて圧縮するという工程は重要なのでしょうか」

 

何時の間にやら厨房に居た神通が声を掛けてきた。

 

「意味はパンと具を馴染ませて形を整えるってとこやな、まあやらん人も多いけど」

 

とはいえ料理、美味と言う物は舌でのみ味わう物では無く、脳が判断する感覚や。

つまるところ、味覚の比重は大きいが、それ以外の要素も疎かにはできん。

 

例えば同じ味のシロップを使ったかき氷でも、色と香りを替えるだけでイチゴ味とか

メロン味とか、食う人間は違うものだと錯覚してしまう、味はまったく同じだと言うのに。

 

茶道でも好い茶、好き器には唇に当たる感覚が重要だと判断される。

骨董の鑑定法にも口吸い、器に唇を当てて感覚を判断するなんてのがあるぐらいや。

 

缶コーラと瓶コーラの味が違う言うネタも、そんなところの理由が大きい。

 

要するに固めたサンドイッチは、挟んだだけの代物よりは視覚、触覚に与える効果が高い。

白米を手掴みで食うより、おにぎりにして食った方が美味いのと似た様な感じやな。

 

「つーわけで、まあ重要なポイントや」

「勉強に成ります」

 

素直に頷いた軽巡洋艦は、後ろで用意していた姉妹と共に幾つかの皿を出す。

 

極めてシンプルな、形の整ったハムサンドと玉子サンド。

 

「提督のお口に合えば宜しいのですが」

 

何か滅多に見ないほどに喜色満面な提督と、ちょっと幸せそうな神通。

 

何となく内部の霊魂が浄化ダメージを食らっているような感覚の中、

死角からこっそり川内とサムズアップを交わし合う。

 

「りゅうじょおおおぉぉ、仕込みましたネーッ」

 

そして絡んできた復活の金剛さん、酒場の風物詩ではあるな。

 

いやさ、胡瓜サンドやとどうやっても駄目やったと思うで。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

炎天下の横須賀鎮守府喫煙所、屋根も衝立も無い名ばかりの屯所にて

僅かな影を求め、建物にもたれ掛かる様な体勢で紫煙を燻らす人影が、ふたつ。

 

「屋根まで取り払われて、喫煙者にますます厳しくなってきたねえ」

 

うらぶれた中年のぼやき、横須賀第四提督室の提督であり、

 

「しまいには灰皿も取り払われそうでありますな」

 

好く陽光を吸収しそうな黒一色の艦娘、あきつ丸の二人であった。

 

携帯灰皿用意しとくかなど、適当な話題をだらだらと繰り返す。

 

「しかし、攻めてきましたなあ」

「上手い事に金剛ちゃんが殺し間に嵌めてくれて、九死に一生ってとこだったね」

 

つい先日、突然の深海棲艦の横須賀鎮守府襲撃は、留守を預かっていた金剛と

何故か「偶然」居合わせた単冠湾所属の霧島を軸として艦隊を展開、事無きを得た。

 

国内他鎮守府は横須賀の状況を断片的にしか把握しておらず、対応は後手に回り

例えば呉は大和不在を知らず舞鶴は霧島出向を知らずと、

 

横の繋がりが不安定と言う問題点が改めて浮き彫りに成ったと言う。

 

「で、あっちの龍驤ちゃんは何て言ってたのかな」

「戦力を駒にする、割に不用意なほど信頼しすぎている、実戦経験は皆無と」

 

「深海側に遊兵が出まくってたんだっけ」

 

戦略が短絡的で穴だらけ、将の器ではない、佐官にも満たない、恐らくは尉官。

 

「ああ、あとは『まるで、ゲームでしか戦争を知らない人間の様な齟齬がある』と」

 

そんな提督が居るはずも無いのですがと白々しく、あきつ丸が言い、繰り返す。

 

「居るはずが無いのですよね」

「居るんだなあ、これが」

 

苦笑いを混ぜて吐き出した言葉に、昼行燈は耐えきれないように座り込んだ。

 

「市民団体、まあ要は背後にある政党が捻じ込んで来た提督ってのが居てね」

 

座り込んだまま提督は、ポケットから皺くちゃの書類を引き出し、隣に渡す。

 

「学歴は立派でありますな」

「単位が足りないのに何故か卒業できてるんだよねえ」

 

大したご身分でと、あきつ丸が嘆息した。

 

「旧沖縄鎮守府3番泊地」

「再編して、現舞鶴8番泊地だね」

 

揚陸艦は謳う、やれ見誤った、金魚の糞では無く、御立派な革命闘士様でありました。

独白の後で舌打ちを鳴らし、指先に灯した霊火で書類を焼き尽くす。

 

錆の入った年代物の灰皿に、塵が舞った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43 鈍色の誇り

 

横須賀鎮守府の埠頭に、2隻の高速戦艦が佇んでいる。

 

「帰ってくる気は、無いのデスか霧島」

 

僅か、絞り出したかの如き声色で金剛が霧島に声を掛けた。

何某かを語ろうとした霧島が、声を出さずに口を閉じる。

 

「戦友が待っていますので」

 

ようやくに出した返答は、そのような物であった。

 

ただ、その声に合わせ僅かに頬を緩んだのを、金剛は見てとった。

 

「良い出会いが、あったのデスね」

 

その言葉が意外であったのか、霧島が少し固まり、やがて肯定の意を示す。

僅かな遣り取りで生まれた穏やかな静寂を、次に破ったのは霧島であった。

 

「もう、比叡姉さまや榛名の事を、思い煩わないでください」

 

その言葉に、次いで金剛が固まる。

 

「姉さまの幸せを、私たち3人は望んでいたのですから」

 

次いで掛けられた言葉を皮切りに、片方の高速戦艦がその場を離れた。

遠ざかる背中に、何かを言おうとした姉は、ついぞ言葉を得る事は無い。

 

「では姉さま、幾久しくお健やかに」

 

言うが早く、堅苦しい敬礼と共に埠頭より鮮やかに抜錨する。

 

遠ざかる背中に向け、不思議と取り残された様な心持の金剛が口を開いた。

 

「貴女の幸せも、私たちは望んでいるのデスよ」

 

金剛の呟きは、波間に消えた。

 

 

 

『43 鈍色の誇り』

 

 

 

炎天下、陽炎が立つと言うか目の前を走り抜けていった昼下がりの中庭で、

 

汗の染み込む水着を纏い、豊かな膨らみが鈍色の鉄の塊に押し付けられ、歪む。

 

黒髪の大人しそうな娘と、白銀のショートカット、あとは見慣れたツインテ青。

 

第二本陣から出向してきた潮と浜風、ついでの五十鈴がドラム缶を押しとって、

その手前、波打った髪型の駆逐艦と前髪ぱっつんポニテの軽巡が対峙しとる。

 

「この夕張を前にドラム缶マスターを名乗るとは、良い度胸ですね長波さん」

「様を付けろよパッツン女郎」

 

工廠のバリバリ危険物こと夕張と、第二の姉御こと長波様やった。

 

各種処理も一段落して、息抜きがてら提督と見回りに出た最中なわけなんやけど、

何やろう暑いせいかな、視界に入った状況がよう理解できへん。

 

とりあえず懐からミントの葉を取り出し、提督にも渡す。

 

ガジガジと齧っていると少し涼し気な気分になれた、ちなみに屋台で買った。

 

「何でドラム缶って人気なんだろうな」

 

何か遠い世界に旅立ちそうな提督の声に、万感の思いを込めて返答する。

 

「実は、ウチにも良くわからん」

 

軽巡と駆逐艦にしかわからん、何かの拘りがあるらしい。

 

そんな脳みその茹だった世界の先、戦況に何某かの変化が在った様で、

夕張の後ろから、眼鏡を光らせて見慣れた艦娘が姿を現す。

 

「この大淀、ドラム缶には少し煩いですよ」

 

缶娘だけになって、やかましいわ。

 

つーかさっきまで執務室で一緒に書類整理やっとったよな、おい。

 

ともあれこれで2対1、苦境に立たされた長波様が焦りを見せ、周囲を見回す。

見れば簀巻きにされた天津風が居て、その横で肩で息をしている駆逐艦が2隻。

 

「陽炎、島風、少し手伝えッ」

 

「待って、私を巻き込まないで」

「うーん、長波ちゃんの頼みなら仕方ないなぁ」

 

ファイティングポーズを取る長波、荒ぶる島風のポーズで威嚇する島風、胃の辺りを

抑えて青い顔をしている陽炎、簀巻きで転がされたまま忘れられた天津風。

 

「ちょっと、島風は明らかに火力担当でドラム缶の加護が無いでしょうッ」

「勝てばいいのだ勝てばなぁッ」

 

今更やけど、ドラム缶の加護って何やろう。

 

「30駆が第二本陣に居るから、夕張はどっちか言うとアッチ側よなぁ」

「性格的に長波はコッチっぽいな」

 

何か口の中のミントの効きも薄れた頃、提督が緑色の葉っぱを渡してくる。

噛んでみれば屋台のミントよりも遥かに効きが良い、提督のどや顔が微妙。

 

うん、日本薄荷やな、西洋の物に比べればメントールの含有率が馬鹿高いねん。

 

そんな涼し気な気分の目の前で、何やら騒動が起こっている。

 

夕張の横に、足の生えたドラム缶が駆け寄って居た、見るからに妖怪やな。

 

「これぞ、ドラム缶魔神3號ッ」

「ぽいッ」

 

「中に誰か入ってるーッ」

 

何やっとんねん夕立、キミもさっきまで執務室で以下略。

 

「あ、居た居た、提督と龍驤」

 

突然に声を掛けられて振り向けば、何やら湯上り状態の水着の天龍。

見るからにたゆんたゆんな姿に、思わずドラム缶押しを業務命令したくなる。

 

「いやさ、制服が水着になっただろう」

 

何でも、遠征組の日焼けの被害が洒落になっていないらしい。

 

「あー、日焼け止めクリーム足りんなったんか」

「ああ、まだ残ってはいるけどそろそろ使い切るな」

 

遮蔽物の無い炎天下を動き回るだけあって、油断できないのが日焼けやねん。

 

ある程度は艤装の加護で軽減されるが、それでも一両日中日向に居るのも珍しく無く

帰投してみれば日焼けどころか火膨れやないってぐらいの被害が出る事もしばしば。

 

ドックに入渠すれば治るけどな。

 

「島風とか、明らかに露出減った艦娘も多いのになあ」

「この場合は、加護の強さの問題やね」

 

通常の制服と私物の水着やと、霊力のノリが違うねん。

 

「龍驤はあまり変わらないな」

「これでも陰陽系やからな」

 

まあ次の輸送で追加注文、やと少し間に合わんか。

クアラブライトまで買い出し班組んで、費用処理かなぁ。

 

まあそんな感じで早急に処理を約束し、細かい所をもう少し聞いてメモしておく。

一区切りついた頃、効きが悪くなった日本薄荷を口から出して、視線を向けた。

 

見れば全員が並んでドラム缶を押しとる、何やらノーサイドの雰囲気らしい。

 

「お、ドラム缶勝負か、好いねえ」

 

何でわかるんよ、軽巡駆逐の基本設計には何か阿呆な術式でも仕込まれとんのかと。

 

工廠と妖精に一抹の不安を抱いた昼下がりやった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

あきつ丸は苛立ちを抑えながら泊地の廊下を歩んでいた。

 

舞鶴鎮守府旗下8番泊地、旧沖縄3番泊地である其処は、奄美群島に配置されている。

 

ブルネイ鎮守府群などと違い国内であり、強制捜査に至るまでの煩雑な手続きを終え

各種勢力との共同で事にあたらざるを得なかった現状、つまり時間が掛かったのである。

 

令状を取り、公安、自衛軍などに同行し武装解除を命じた折、意外にも反発する艦娘が多く、

つまり現場でもひたすらに時間を浪費してしまい、被疑者確保はまだ果たされていない。

 

「何が、最近は真面目で優しい提督に成ったでありますか」

 

提督執務室前、副官の電と共に辿り付き、中の空気を伺う。

 

そのまま揚陸艦の出力を以って扉を蹴破り、引き抜いた銃床に手を当てて叫んだ。

 

「動け、抵抗しろでありますッ」

「本音が漏れているのですッ」

 

しかし伽藍の堂、静寂の中に声が響き、途絶える。

 

「逃げられましたか」

 

嘆息と共に銃口を下ろし、室内を見渡して、違和感を覚えた。

 

「居ないのなら、調査班が来るまで立ち入らない方が良いのですよね」

「まあ、そういう事でありますな」

 

そう言いながら、あきつ丸は視線を巡らせる。

 

その視界に映る室内には、およそ人間が居たと思われる痕跡、生気が見当たらない。

 

「……何時から、居なかったのでありますか」

 

ふと、執務室の床の上に落ちている白い粉が目に留まり、中に入り少し摘まむ。

駄目ですよと言う副官の声を尻目に、指先で擦り合わせ、質を確かめる。

 

「塩、でありますか」

 

提督不在の室内には、応えるものは誰も居なかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44 早起きするだけ

 

「そう言えば、他の泊地の提督用船舶の名前はまともなのかな」

 

机で引き渡し資材リストにチェックを付けている龍驤に、提督が話しかけた。

 

どうにも巻き添え轟沈丸という言霊に何某か言いたい事がある様な

そんな迂遠の中に何となく透けて見える思惑を華麗にスルーして、龍驤が答える。

 

「そうでもないで、第一本陣は確か、急に長門が来たので丸や」

「丸を付けたら何でも許されると思うなよ」

 

極めて尤もな話である。

 

「つーか、何でそんな名前なんだ、理由がいまいちわからんのだが」

「はじめはまともな名前やったけど、長門(ながもん)がうっかり3回ほど沈めたらしくてな」

 

聞けば、フォローに走った妙高型の心の叫びが聞こえて来る様な名前であった。

 

 

 

『44 早起きするだけ』

 

 

 

提督執務室で書類と戯れとったら、何や突然に長門がやって来た。

 

黒を基調とした競泳用水着で、素直な気持ちで言えば普段より露出が少ない。

そんな夏休み中の露出狂を迎えるのは、書類塗れのウチと利根、ついでの夕立。

 

そして長門が開口一番。

 

「まあそんなわけで、龍驤を借りていくぞ」

 

聞けば本陣提督たちが招集され、今度の大規模作戦について会議が行われると。

 

いやさ、それについては先日に第三本陣での打ち合わせも終わり、

ウチらは蚊帳の外のはずやったんやけどな、何でウチが同行せなあかんのやと。

 

「こう言うのもなんだが、私は頭を使うのが苦手でな」

「うん、知っとる」

 

即答すれば遠い目をしおった。

 

そのまま小声で、これでも弾道計算とか難しい計算を簡単にこなすんだぞーとか

微妙に悲しい事を言い出して、何か黄昏た風味を醸し出して来たので、放置。

 

つまり夕立の同類よなと言ったら夕立が半泣きで否定してきた、そこまで嫌か。

 

「いや、そこはフォローを入れてこいよッ」

「やかあしい、何度ウチが妙高に愚痴られた思てんのやッ」

 

第一本陣、事務の要な次席の妙高はよく5番泊地に顔を出す。

 

頻発する那智簀巻きの回収の度に捕まっては愚痴られるねん、摘まみ作らされるねん

鳳翔の売上が結構凄い額になるねん、毎度有難う御座います、あれ、別にいいか。

 

「まあつまりだ、現場でフォローを入れてくれる人材が居なくてな」

「頭脳労働担当ならいくらでも居るやろがな」

 

言えば、何やら天使が通ったかの様な静寂が室内に満ち溢れる。

 

軽く疲れた雰囲気の溜め息とともに、利根が言った。

 

「あの「長門」をシバき倒して止められるのは、お主と妙高ぐらいじゃぞ」

 

そう来たか。

 

「妙高は留守を任せる以上、必然的にお前だけに成るな」

「おいコラ待て、つまりシバかれるような真似をするつもりか、前提として」

 

うん、窓の方を向いて口笛吹こうとすんな、そして失敗してスースー言わせんな。

呆けたふりをされたままでも困るので、首に縄をかけて背中にぶら下がってみる。

 

「ま、待て、待つのじゃ龍驤、流石に殺しはヤバイッ」

「ガチで殺りに逝ってるっぽいッ」

 

利根と夕立に引き剥がされて、顔色パープルの長門を開放してしまう、仕留め損ねたか。

 

そんな経緯の後、体前屈のまま息を整えていた長門が蘇生し、高らかに宣言した。

 

「ふはははは、既に本陣3提督には話を通してある、いくら嫌がろうとも拒否はできんぞッ」

「な、長門(ながもん)のくせに小癪な真似をッ」

 

「お主の中で長門の評価はどれだけスカポンタンなのじゃ」

 

利根が何か言っとったがスルー。

 

「手当は、手当は出るんやろなッ」

「ククククク、出張費と交通費に加え、一食490円までの食費も支給される」

 

微妙に安いッ、これでは交通費の水増しをせざるを得ない……ッ。

 

「ナチュラルに違法行為に手を染めるでない」

 

疲れた声色の利根が、ウチと長門をハリセンでシバき倒した。

 

いや旦那旦那、こんなところに長門をシバける逸材がもう一隻居ましたぜ無念。

 

「まあ何じゃ、龍驤が居ない間の穴埋めは考えておるのか」

「すまないが本陣からは出せん、第二の方から誰か送られてくるらしいが」

 

景気良い音のした頭頂を擦りながら、長門が問いに答えた。

 

「漣は手放さんじゃろうし鈴谷か熊野、皐月は戦力の要として、黒潮あたりかのう」

 

しかし本当に事務任せられる艦娘って足りんな、乗員の主計成分は何処行ったのやら。

 

え、何、死んでまで苦労したくない、さもありなん。

 

残念が無いから艦娘にフィードバックされにくいのかこん畜生。

 

「まあ詳しい事は後日書面で送られてくるだろう、では貰っていくぞ」

 

言うが早いかウチを米俵の様に担ぎ上げる超弩級戦艦。

 

そのままに加速して一目散に埠頭に向かうポンコツに、心からの叫びを届ける。

 

「荷物ぐらい括らせろおおおぉぉッ」

 

ウチの叫びが泊地に響いたとか何とか。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

間宮にて、3杯目の丼飯を空にしてため息を吐く空母は、加賀。

物陰からそっと様子を伺う瑞鶴が、悲しそうな声色で声を零した。

 

「加賀さん、あんなに食が細くなって……」

「いや、正規空母の常識は世間の非常識じゃからな」

 

思わずにツッコミをいれてしまったのは、夕立を連れて休憩に入った利根。

突然の声掛けに狼狽している瑞鶴を無視して、黙考に入る。

 

「つまり、龍驤を取り上げておけば加賀の消費は抑えられるわけか」

 

泊地の資源事情改善の糸口が見つかった瞬間であった。

 

「秘書艦組には血も涙も無いのッ」

「有るわけ無いっぽい」

 

打てば響くような返答である。

 

そんなろくでもないアイデアは、資産のデータを比較して真面目に勘定して、

意外と馬鹿にできない結果を生むと判明し、実行される寸前まで漕ぎ着けて、

 

翌日にヤケ食いモードに入った加賀を見て、即座に没になったと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 壱

その艦隊は、呉より抜錨し沖縄へと向かっていた。

 

総数4隻、弓道着をビキニに着替えた赤青の正規空母は不満を隠そうともせず、

普段の制服と同じく暗い色合いのスポーティビキニの陽炎型と、スク水姿の元水干。

 

赤城と加賀、それに陽炎型の3番艦である黒潮に、朝潮型の航空駆逐艦。

 

そんな駆逐艦二隻は苦笑交じりに進路を取っている。

 

「まあ、オミソ扱いは慣れとらん二人やからなあ」

 

現在に主力は関東の方へと振り分けられ、沖縄行きは建造間も無い赤城と加賀、

それに対するお守としての、龍驤と黒潮で配置されていた。

 

「けど、黒潮はんはコッチ来て良かったんかい」

「水臭いでー、ウチらの仲に遠慮は不要やー」

 

どこから見ても仲の良い駆逐艦2隻である、そんな光景に物言いたげな正規空母。

そんな折、龍驤が先行していた彩雲からの報告を受け、眉を顰めて口を開く。

 

「ん、道中感有り、駆逐、よりはちょい大きいかな、何や単体か」

 

言うが早いか、即座に艦載機を飛ばす一航戦2隻、まだ何も言うとらんやろうと憤る

黒潮を龍驤が宥めている内、水平線の先より何某か、視界に敵影が入った。

 

針鼠の如き砲塔を生やす艤装に腰かける、白蝋の異形。

 

気だるげに見えたその表情が、艦隊に気が付き視線を鋭くした。

 

―― アレ、来タンダァ

 

割れた、空の如き笑みであった。

 

刹那、空を征く機体の悉くが撃ち落とされる。

 

空に消しゴムを掛けたかの様な、その、あまりにもあっけない光景に空気が凍った。

 

―― 来タンダァ、来チャッタンダァ

 

弧を描く口元からは抑えきれぬ歓喜が零れ、捕食者の視線が艦隊をねめつけた。

圧力が固体と化して肺を圧迫する、龍驤は悟る、怪異としての桁が違うと。

 

「沖縄鎮守府跡地に向け撤退、ウチがケツ持つわ」

 

背後に手、騒々しく騒ぐ3隻を手を挙げて押し留める。

 

「黒潮、聞きわけえ」

 

声よりも、その表情に艦隊は言葉を失った。

 

何もかもを諦めた様な、空っぽの笑みがあった。

 

「赤城はんと加賀はんは、これからの呉の柱や、失うわけにはいかん」

 

それが、黒潮の聞いた最後の言葉に成った。

 

 

 

『天籟の風 壱』

 

 

 

封印されていた旧沖縄鎮守府本陣跡地に、多くの艦娘が集っていた。

 

「へーイ、龍驤、久しぶりデスねッ」

 

ブルネイより拉致られた龍驤が、喫煙所を探している内に金剛に捕まる。

 

その、白が映える整った肢体を包むのは、股間より鋭角に切れ上がった危険な水着。

 

「何で目を逸らすんデスかーッ」

「ああいや、ウチの金剛さんとえらい違いやなぁって、いやな、うん」

 

歯切れと言う物のまったく無い言葉で会話を濁し、それはともかくと話題を転換した。

 

「しかし何や、えらい物々しいな」

 

全鎮守府、本陣提督及び有力泊地提督たちに因る次期大規模作戦に関する会議。

見れば周囲の艦娘は、戦艦、正規空母、重巡、軽巡、随分と艦種が入り乱れている。

 

「あの武蔵は舞鶴で、大和は呉のか」

 

「そして横須賀からは私デース、提督たちの護衛デスからテンション上げてますヨー」

「ウチの司令官、泊地に留守番なんやけどー」

 

「自分など、明らかに場違いでありますよ」

 

龍驤の背後から、そう声を掛けてきたのはあきつ丸。

 

「嫌な予感しかせんなあ」

「顔を見た途端それは酷いでありますよ」

 

苦笑交じりに挨拶を交わし、そもそも泊地所属の龍驤が何故居るのかと話は移る。

 

長門(ながもん)に拉致られてな」

 

「イエース、長門、お手柄デスねー」

「長門殿は何と言うか、本能で正解を導く方でありますな」

 

訳知り顔の二隻に、龍驤のジト目が圧力を増した。

 

「何、やっぱり何か有んの、ココ」

 

引き攣り笑顔で問い掛ける軽空母に、二隻はどうにも言い難い表情で答えた。

 

「今回の会議、実は会場が東京と言う事になっているのであります」

「現在、国内鎮守府全主力は関東で待ち構えているデスよー」

 

消息不明の舞鶴8番泊地提督、彼が保有していたであろう情報は東京開催であった。

 

聞けば、ああうん、提督たちが囮に成って罠を仕掛けとるわけねと納得する。

そして実際の会議は秘密裏に沖縄でと、何で沖縄やねんと言えば、いい加減な返答。

 

「もともと初期案では、沖縄で開催するプログラムだったのデース」、

「先日の横須賀騙し討ちを受けて、急遽罠を仕掛ける事に成ったとか」

 

「お役所仕事かいな、いや、そうやけど」

 

どうせ集まるなら内陸にしとけやと、ついでに温泉があれば言う事は無いなどと

さりげなく税金で我が侭放題をしようと画策する軽空母が、ふと思い立った。

 

舞鶴8番泊地提督、そう、提督である。

 

「暗号、抜かれたりしとらんやろな」

 

唐突に、天使が通り過ぎたかの如き静寂がある。

 

そんな無音の中、苦笑いをしながらの答えがあった。

 

「だからまあ、物々しいのデース」

「杞憂で済んでくれれば良いのですがね」

 

いーやー、などと呻きながら頭を抱える誘拐被害艦。

 

「流石に各所の本陣提督は、きっちりと戦力を持ってきているでありますな」

「泊地組は、レベリングがてらみたいなのがチラホラ見えますネー」

 

「平和ボケやなあ」

 

魂でも吐き出しそうな感じに虚ろな表情の龍驤が、そんな感想を漏らした折

何やら埠頭の方から軽い騒ぎが聞こえて来て、3隻が目をやった。

 

息も絶え絶えな黒髪の艦娘が、近くに居た艦娘に縋り付いている。

 

「あれは、黒潮やな」

 

物見に寄っていた3隻の耳に、厄介な発言が届いて来た。

 

「誰か、誰でもええ、まだ龍驤はんが殿で残っとんのやッ」

 

龍驤が出た名前故にと視線を受けつつ、ウチちゃうわと手を振って人込みをかき分ける。

 

「ブルネイの龍驤や、何で出んねん」

 

縋り付いかれた集団に聞けば、艤装が待機状態で起動にはしばらくかかると。

 

溜め息一つ、即座に黒潮の首根っこを掴み海岸へと向かった。

 

「金剛さん、あきっちゃん、出るで、黒潮、案内せい」

 

「イエース、何はともあれハリーアップねー」

「人が居ないのでは仕方ないでありますな」

 

その言葉に歯噛みする者、名持ちの艦娘と囁き合う者、様々な反応が見える。

 

「あとは、そこの天龍、ちょい手伝い」

 

俺かと驚く姿に、さらに声が重ねられる。

 

「動くやろ、艤装」

 

当然の如くに掛けられた言葉に、意味を取るまで逡巡、獰猛な笑みが返った。

 

片側に細く髪を括った艦娘が、人込みの中から手を挙げて発言する。

 

「舞鶴所属秋津洲、大艇ちゃん飛ばしておくかもッ」

「頼むわ、状況は作戦本部に通しといてな」

 

かの様に、巧緻よりも拙速と、可能な限りの速さで急行を果たしはした。

 

しかし間に合うはずも無く、呉所属龍驤、轟沈を確認する。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

およそ、艦娘という存在を構成している核と言うべき個所を撃ち抜かれ、

何かに惹かれる様に、静かに深海へと沈み行く軽空母が居た。

 

―― あかんなぁ、ウチ……ちょっち疲れたわ

 

滲む視界の中、末端より肉体が霊的に解けていき、海へと溶け込んでいった。

虚ろになる思考に、次々と取り止めの無い場面が映し出されては、消えていく。

 

―― 黒潮たちは、逃げる事が出来たやろうか

 

思えば随分と世話になったと、そんな気持ちも、すぐに朧と化して消える。

 

何も付いていない左手が見えて、すぐに解けて消えた。

 

残念だと思うも、何が残念だったのか最早理解する事が出来ない。

 

最後に、赤城と加賀を思い出した。

 

―― ああ、そうだ

 

先日に沈んだ2隻、新しく来た2隻。

 

―― 今回もまた、駄目だったよ

 

誰も聞く事の無いそれは、深海へと消えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 弐

 

旧沖縄鎮守府主要施設、清潔感の有る寒々とした廊下に人影が二つ。

 

「悪い話と、凄く悪い話がある」

 

提督と言うよりは、海賊物の映画俳優の如き印象を持つ日焼けをした美丈夫、

つまりはブルネイ第三本陣提督が、そのような言葉で龍驤へと告げた。

 

「マシな方から頼むわ」

「個体名防空棲姫、さっき決まったんだがな、まあそれの現在位置が確認された」

 

二式大艇の広域索敵の結果、沖合、瘴気の渦巻く羅針盤海域にその姿が在ったと。

海上に待機、破損した艤装を修復しつつ、周囲に様々な深海棲艦を招いている。

 

「確認した総数ざっと50、攻めて来るなら4時間後ぐらいに成る見込みだ」

「あ、やっぱココを襲撃してくんのね」

 

軽空母は頭痛を抑える様に額に手を当てて、続きを促す。

 

「で、凄く悪い方は何や」

「艦隊総旗艦がお前だ」

 

静寂が在った。

 

「なんでやねん」

 

ようやくに絞り出された反応はその様な物であった。

 

曰く、どのような形にせよ、作戦総本部に参加した経歴の有る艦娘など他に居ないと。

今回の様な急場を任せるに足る実績と言う、そんな建前だなと笑う。

 

「で、本音は」

 

「お前のとこの提督、此処に居ないだろ」

「そういう時は旗下泊地の艦娘を守りませんかね、本陣司令」

 

つまりは責任の押し付けである。

 

「まあ、奇貨ではある」

 

言うなり、唐突に龍驤を壁に押し付け、顔を寄せる。

 

最近の深海棲艦は学習している、情報もダダ漏れだ、間違いなく辛い戦いに成る。

 

「と、思っている盆暗が半数ぐらいは居るわけだ」

 

危険な空気を身に纏う美丈夫の鼻を摘み、抜けだしながら言う旗艦。

 

「そう言うのは初心な娘にやっとれや」

「いやちょっと待て、建造1年ちょっと」

 

軽く間を空けた後、小さな背中から顔だけを少し覗かせて、問うた。

 

「で、ウチにどうしろと」

 

気軽な声色に、本陣提督は廊下の温度が下がったと感じる。

 

「磨り潰せ、誰にでも理解できる様に」

 

背中越し、崩れた敬礼だけが返って来た。

 

「あと、お前が旗艦に成った最大の要因として、長門の推挙が有った」

「ちょっと蹴り飛ばしてくるわ」

 

冷気の源が腕を振り回しながら場を後にする頃には、蒸し暑い廊下の空気が残るだけ。

 

 

 

『天籟の風 弐』

 

 

 

大淀です、舞鶴本陣第一提督室に所属しています。

 

今回の作戦にあたり艦隊総旗艦を務めるブルネイの龍驤さんに引き回され、

各種伝達だの書類作成だので飛び回り、ようやくに人心地と思えば会議です畜生。

 

このヒト、艦娘をコキ使うのに慣れ過ぎていませんか、ちょっと。

 

そんなわけで各所属の艦隊旗艦だけを集めて伝達の確認をしているのですが、

随分と空気が重い、というかおかしい、何か胃にダイレクトに重圧が掛けられています。

 

そもそも龍驤さんがおかしいんですよ。

 

近くに居るのは、あの「横須賀の金剛」に「ブルネイの長門」ですよ、何でそんな

化け物どもに挟まれているのに、見劣りもせずに存在感を出しているんですか。

 

舞鶴(ウチ)の蒼龍さんとか呉の翔鶴さんなんか青い顔して震えているし、武蔵さんなんか

物凄く好奇心に溢れたキラキラした目で見つめ続けています、スルーされていますが。

 

スルー力も高すぎです、ブルネイはどんな魔窟なんですか、あ痛たたた、胃が。

 

「それで、俺たちは勝てるのか?」

 

摺り合わせが終わったタイミングで、そんな事を言う軽巡洋艦が一隻。

言葉に向けた旗艦の視線に、横に居た蒼龍さんと翔鶴さんの毛が逆立っています。

 

何ですか天龍さん、貴女勇者か何かですか。

 

 

 

視線に射抜かれた気がした。

 

ぞくりと、肌に泡立つ感触がある。

 

「今回は、勝つ事だけなら簡単な話や」

 

耳から入った言葉が、霊魂の芯にまで響く。

おかしい、艦娘だろコイツ、なのに何でこんな ――

 

「何せアッチの狙いは提督や、内陸方面にでも逃げて貰えば、それだけでええ話やな」

 

冗談めかした口調だが、笑えねえ。

 

「俺たちがいくら沈んでも、か?」

「ウチらがいくら沈んでも、やな」

 

返答に、場の空気が殺気立つ。

 

まあだから、そんな事を聞くのは意味が無いと、言葉が続いた。

 

「つまりは、なるべく被害を少なくするためにこう動けと、そんな指示なわけや」

 

作戦指示書を見る、こう動け、こう撃て、あとは好きにしろ、とてもシンプルだ。

 

「指示に従わないと、どうなるんだ?」

「そこから綻びて集中砲火やな、まあ死ぬんやない、やらかした艦隊から」

 

あっさりとした言葉に空気が凍る、冷気の源は簡単な話やと言葉を繋いだ。

 

「やらかした奴が、貧乏籤を引く」

 

世界に鉛が流し込まれたかの様な重さが在る。

 

「誰も引かんかったらウチが引くハメに成る、是非途中で引いて頂きたい」

 

笑顔から零れたそれは、冗談めかした口調だったが、だから笑えねえって。

 

 

 

吹雪です、横須賀から金剛さんと一緒に沖縄に来ました。

 

急に行われた艦隊旗艦会議が終わって、金剛さんたちが戻って来た所です。

 

「ブッキー、ちょっとショルダーをマッサージプリーズ」

 

何か会議で相当に疲れたとかで、先ほどから金剛さんの肩を揉んでいます。

 

「長門がソバットされた時から、バッドな予感がしていたのデース」

 

何でも、50を越える深海棲艦がココに攻めて来るとか、大問題です。

艦隊総旗艦は春先に横須賀に来ていた龍驤さんで、ちょっとした騒ぎだったとか。

 

「タイムがナッシンなのはアンダスタンドですが ――」

 

言う事聞かせるための手段を一切選ばなかったとか、何があったんですか。

 

「確かに、殺伐とし過ぎていたな」

 

唐突にそんな言葉を掛けてきたヒトはとても大きくて、褐色の肌をしていました。

 

「おや舞鶴の、ビーンロングタイムねー」

「うむ、久しいな金剛」

 

武蔵さんですね、金剛さんと同じく最初期の方で、中東打通の戦友だとか。

 

「ユーは素直に言う事を聞いてくれますか」

 

少し心配そうに言う金剛さんに、武蔵さんは軽く笑っていました。

 

「まあ確かに、動けばそこに死線があるというも魅力的な話だが」

 

今回はそれよりもだなと、そこで言葉を区切りました。

 

ふと、気付きました。

 

先ほどからの言葉に、好奇心の様なものが籠もっていると。

 

「あの龍驤が何をしようとしているのか、それを確かめたいな」

 

そして、金剛を救けた恩人に不義理も出来んしなとも、これは照れ隠しだと思います。

 

 

 

正直な話、金剛の事は尊敬しているが危険な水着は目のやり場に困る、困ったものだ。

 

何か肩を揉んでいる駆逐艦、特型の吹雪だったか、気にする素振りを欠片も見せて

居ないわけで、恐らくは常日頃からこうなのだろうなと想到して少し眩暈がした。

 

会話の途切れた隙に、軽く頭を振る。

 

そうすれば、件の話題の中心が視界に入って来た。

 

煙草の箱を持って彷徨いているあたり、多分喫煙場所を探しているのだろう。

小柄なだけに何処か犯罪臭の漂う問題空母に、何隻かの艦娘が近づいていく。

 

ひとりは天龍で、何か言おうとした所で他に気付き、どうぞと順番を譲る、真面目か。

 

言葉をかけたのは黒潮と、赤城、加賀、それにおそらくは彼女たちの提督か。

 

聞こえて来る言葉は、先ほどに沈んだ呉の龍驤の仇を取りたいと。

 

けんもほろろに断られている、成程、練度低い空母と駆逐艦で何が出来ると。

確かに、黒潮はともかく赤城と加賀は無理があるな、改にも成っていまい。

 

「たとえ沈んでもやッ」

「脳みそ湧いとんのか」

 

そして追い払うように手をやっては、同行している提督に目で訴えた。

これ以上戦力を削るなと無言で示している、正しい判断だろう。

 

だが、何故か彼は何の反応も見せない。

 

「深く考えずにただのレベリングだと編成したのは俺のミスだ」

 

ようやくに絞り出した声には、苦渋が滲んでいた。

 

「こんな事を考えるのも、提督失格だとはわかっている」

 

そして彼は両手を大地に置き、地に額を擦り付けた。

 

白昼の行為に、何処からか息を飲む音がする。

 

「どうか、俺たちに、龍驤の仇を取るチャンスを恵んでくれ」

 

提督が別所属の、たかだか艦娘一隻に対して全てを捨てて懇願している。

有り得ない光景に、僅かな騒めきも消え去り周囲に静寂が広がる。

 

「沈むで、コイツら」

 

それでも、何一つ気に留めない声色に返すのは、無言。

 

眉を顰めた軽空母が、煙草に火を灯し音を鳴らす。

息をするのも忘れるほどに重い空気の中、丁子の音だけが大きく響いた。

 

「連装砲ふたつ、装備して埠頭に1時間後に集合や、本隊よりも先に出るで」

 

言葉に顔を上げ、喜色を伴い場を掛けだす一行と、そこかしこで聞こえる息を吐く音。

 

視線の中心はそのままに振り向き、気軽な声で後ろの軽巡洋艦に問うた。

 

「で、キミは?」

 

毒を抜かれた様な面持ちの天龍が、気を取り直すために軽く自分の頭を掻き毟る。

曰く、良く考えてみれば、もし何もかも、何もかもが上手くいったのならばと。

 

「そうしたら、お前たちが貧乏籤を引くのを俺に見過ごせって話だよな」

 

龍驤の、虚を突かれた様な顔は少し見物であった。

 

「キミの艦隊は」

「龍田が居る」

 

先ほどとは随分と色合いの変わる声で、苦笑交じりに言葉が続く。

 

「来るか?」

 

何とまあ、羨ましい話だ。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

埠頭に座り込み、紫煙を上げては吸殻を携帯灰皿に落とす見た目駆逐艦が、一隻。

 

そこへ、魚雷と連装砲を抱えた黒潮が寄って来る。

 

おるかー、ここやで、ほななー、帰んなや、ほぼ初対面の割に随分と息が合っていた。

 

「つーか龍驤はん、航空母艦は禁煙ちゃうんかいな」

「ウチ航空駆逐艦ですぅー、日向後輩の先行試作型ですぅー、嘘やけど」

 

「ほな大丈夫やなあって、駆逐艦の方が問題やッ、つーか嘘かいッ」

 

混ぜるな自然と言う言葉が自然と思い浮かぶような2隻であった。

 

そのまま僅かに会話が途切れ、やがて言葉が出る。

 

「ウチな、陽炎型のくせに火の字も風の字も貰えんかった半端者やねん」

 

零れ落ちた内心は静寂の中に消え、深く頷いた龍驤が声を返した。

 

「ふむ、扶桑型(ポンコツ)初春型(ポンコツ)呼びつけて、キミの周りで一昼夜マイムマイム踊ったろか陽炎型」

 

扶桑姉妹と初春型姉妹、龍驤と同じく欠陥設計艦娘会の会員である、会長は扶桑。

 

最後にして傑作と謳われた重巡洋艦の利根型であり、カタパルトなどの問題も無かった筑摩が、

先日にオクラホマミキサーの刑を受けた、少し正気度を削られたらしい。

 

「少し待てば人殺し長屋(あかぎ)焼き鳥屋(かが)も来るな、実に心が躍る」

「すいませんナマ言いました、本気で勘弁してください」

 

黒潮的に、関西弁が取れるほどに嫌であった模様。

 

そんな親潮涙目発言から平謝りの後には、互いに苦笑が出て、笑顔のままで視線を回す。

黒潮の視界に、連装砲を抱えた正規空母の姿が見え、軽く手を振って所在を促した。

 

折に触れ、零れた言葉が空に消える。

 

「やっぱ、同じ龍驤はんでも結構違うもんなんやなあ」

 

声には少しだけ、湿った色があった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 参

会議は踊る、されど進まず。

 

その様な有様に至っている理由としては、およそ会場の近海、視認できるほどの

距離に戦端が開かれるからであり、避難もせずに予定通り会議を開催する様な

狂気の沙汰に身を任せているからであろう。

 

リスクしか無い選択であっても、信じて待つのが提督の誠意であり、辛い所である。

 

流石に各鎮守府の本陣、第一提督は動揺を微塵も伺わせず、普段通りの様相であった。

しかし同行している下位、泊地提督などはいくらか未熟な面を見せている。

 

ある者は蒼褪め、普段通りを装いつつも発汗が止まらず、常よりも大きな声で話す。

 

「これでは話が進まんな」

 

舞鶴一番提督が嘆息を込めて言えば、そのままに会議室前面のパネルに陣形を投映する。

同所属の二式大艇母艦、秋津洲より送られてくるリアルタイムの戦況報告であった。

 

突然の行動に驚く者数名、いくらかの会話と、諦めを以って静寂が訪れる。

 

かくて次期作戦に関する会議は中断され、目下の懸案事項に注視する方向へと舵を切った。

 

映し出されているのは四層で構成される方陣に似た構えの主戦力と、少数の予備戦力。

艦種別にくっきりと分けられた層は、前衛から順に重巡洋艦、水雷戦隊、戦艦、空母である。

 

―― 水雷戦隊の突撃から艦隊決戦に持ち込むつもりか

―― いや、あの魔女のやる事だ、何か別の思惑があるのでは

 

戦艦種を最前衛に置き、密集して突撃して来る深海勢力と見た目は対に成っている。

 

その陣形を見た時、ブルネイ第三本陣提督から引き攣った笑いが零れた。

 

「おや、君にしては珍しい笑い方だな」

 

近場、ブルネイ第一本陣の提督より揶揄うような声が届き、少しきまり悪げに咳をする。

君でも同じような陣形を張るのでは無いかねと問う声に、同じような、ですよと返す。

 

「俺は、ここまで思い切りの良い陣は張れませんね」

 

いまだ未来予想に達して顔色を蒼白にしているのは若干名。

 

後に、深海と艦娘の戦術の転機と呼ばれた奇跡、沖縄消滅戦の幕が上がる。

 

 

 

『天籟の風 参』

 

 

 

蒼天に紫煙が踊る。

 

先行した龍驤艦隊は、深海戦艦にものの見事に無視を受け、沖合で停泊していた。

現在に煙を生んでいるのは現地で買った国産紙巻、龍驤が何処となくご機嫌である。

 

「おい、戦端が開いちまったぜ」

 

焦りを感じる天龍の声と、黒潮たち呉の3隻からの不信を持った視線に、軽い答え。

 

「かまへんかまへん、ウチらの出番は最後や、休んどき」

 

見れば砲撃の戦火が開かれ、最前衛同士が轟音を以って鋼をやり取りしている。

 

初撃のやり取りを経て、最前衛、重巡洋艦の層はにわかに騒がしくなった。

 

「被弾した艦は所定の位置まで退避、左翼、弾幕薄いよッ」

 

「航空巡洋艦に火力を求めないでくださいませッ」

「ごっめーん、ウチの熊野改装したばっかで火力無いんだ」

 

雲霞の如き艦載機が、互いの上空で制空を抑えあっている。

 

やがて、僅かに押し込まれた最前衛に押し出されるような形で、

軽巡洋艦と駆逐艦、つまりは二層目の戦隊が左右にはみ出し始めた。

 

「おいおい、押し込まれちまってるじゃねえか」

 

天龍の叫びも龍驤は気にしない。

 

落ち着いたままに吸殻を携帯灰皿に入れ、軽く伸びを打つ。

 

「本当にこれ、大丈夫なのか」

「なーんかなあ、司令官居らんとやる気出んのよなあ」

 

砲撃のやり取りを続ける内、深海側の到達を待たずに前衛が二つに割れた。

重巡洋艦の層が左右に別れていき、三列目、戦艦の層が最前衛と成る。

 

「前列のせいで空母まで射線が通ってねえ、くそ、やっぱり奴ら学習してやがるッ」

 

変化する戦局を眺め、焦燥の混じる言葉が天龍の口から零れた。

 

天龍に続き黒潮、一航戦も問い掛けようとした折に、少しだけ動く。

騒がしい天龍の口元を指で押さえ、例えばやなと龍驤が口を開いた。

 

「将棋の駒の動かし方を覚えた餓鬼が、翌日に名人戦を戦える思うか」

 

突然の話題に、一同が困惑する。

 

「まあ無理やな、駒の動かし方の次は定跡か」

 

いきなり何の話だよと小さく問う声を無視して、言葉を続ける。

 

「穴熊でも覚えれば、次の盤面では穴熊を使ってくる」

 

肩を竦めて、嘆息する。

 

「まわりの状況も手番もへったくれも無い、とにかく穴熊や」

 

言っている意味はわかる、だがそれが何なのかと困惑の気配がある中、

軽く手を回し、戦況の全てを指し示しながら言葉を繋いだ。

 

「硬い艦を前にして、密集して突撃、中央を突破する、実に真っ当やな」

 

左右に分かれた重巡洋艦が側面から砲撃を続けている。

 

「ウチらなんぞ踏み潰せたのに、完全に無視して中央突破」

 

三面からの砲撃に、深海側の足が鈍っているのが見て取れる。

 

「艦娘なんぞ無視して横を上陸すればええのに、真正面から中央突破」

 

深海の前線が艦娘に到達しようとする手前、三叉の砲火に削られていく。

 

「横に柔らかい艦が居ても、穴が有っても、正面の戦艦目がけて中央突破」

 

まるで呪いの様に、ひとつひとつの言葉が天龍達の温度を下げていった。

 

「お互いにはじめての集団戦、今のあいつらは、覚えたての猿や」

 

そしてついに、左右を駆け上がっていた水雷戦隊が、深海の背後を埋める。

四面、完全に包囲された深海棲艦が火に炙られた氷の如くに溶けていく。

 

ケラケラケラと、笑い声が悪魔染みた色合いで海を染める。

 

完全に、深海側の足が止まった。

 

あっさりと、実にあっさりと完全に決された雌雄の戦況に、空気が凍り付く。

 

「ほな、逝こか」

 

唐突に掛けられた言葉に、一同が固まった。

 

思わずに浮かぶ、何処に、何故と言う言葉が天龍の脳裏を埋める。

 

「狙うは明快、防空棲姫の首ひとつ」

 

言葉の通り、砲塔が指し示す先にはソレが居る。

 

四方向からの砲撃の最中、ありとあらゆる場所を絨毯の如くに砲撃されている中央。

 

旗艦以外の全ての艦の表情が引き攣った。

 

 

 

火砲の乱舞に曝されている三層目、戦艦の陣は微塵も揺らいでいない。

 

その中央、砲撃を続ける長門へと迫る砲弾があった。

着弾の寸前、それを認めた長門の視界から、色が消える。

 

音の無い世界で、ゆるりと寄って来る砲弾に向けて、油の底に居るかの如くに緩慢に

振りかぶっていた拳を力任せに叩き付けて、海面へと叩き落とした。

 

世界に色と、音が戻って来る。

 

何か、あきらかにおかしい行動をとった戦艦に対して、周囲の視線が集まった。

 

「龍驤ならば、一撃に三つは思惑を噛ませてくる」

 

長門は微塵も揺るがず、胸を張り音声を海に響かせる。

 

「ただの砲撃で沈むほどこの長門、安くは無いわッ」

 

至近、見て、聞いてしまった呉の大和が白くなる。

 

「武蔵、ナチュラルにおかしい事言っていますよ、この長門さん」

「よくはわからんが、大した自信だッ」

 

舞鶴の武蔵は呵々大笑している。

 

「ああハイハイ、大和、コッチにエスケープするデース」

「金剛さーん」

 

涙目の大和が恐怖のブレインマッスルワールドから退避した。

 

そんなやり取りをしつつも、主砲は撃ちっぱなしの撃たれっぱなしである、

呑気な空気の艦娘に対し、艤装で活動している妖精の様子には鬼気迫るものが在る。

 

刹那、飛び込んで来た砲弾が大和の側頭部に命中した。

 

「あ痛ッ」

 

驚異的な破壊力を伴う運動エネルギーを側頭に受け、涙目の大和が本気泣きになる。

 

この娘もこの娘でおかしいデスネーと、金剛は思った。

 

そして自分の鎮守府の大和の普通さを思い出し、ちょっと誇らしくなる。

いつのまにか親馬鹿の属性を手に入れていた横須賀の金剛であった。

 

「流石は大和型ね、妬ましいわ」

 

バカスカと撃ち続けながら扶桑が座った目でそんな二人を眺める。

 

「姉さま、アイツら、近づいて来ませんね」

 

そんな姉に山城が疑問を述べる。

 

前進を続けている、だがしかし、見れば確かに深海側の勢力は勢いを止めていた。

 

「深海の足が、止まった」

 

横で砲撃の傍ら、瑞雲からの通信を受けていた日向が零す。

 

「成程デスネー」

 

多分に呆れの色を滲ませた声で、金剛が言った。

 

その視界の中、全体は見えないが至る所に砲火の狼煙が上がっている。

右も、左も、視界の奥の正面すらも。

 

「魚鱗には鶴翼、言われてみればイージーな話デース」

 

誰もが、戦局が決した空気を感じた。

 

弛緩した空気の中、突如、大和が叫ぶ。

 

「何やってるの黒潮さああああんッ!?」

 

諸悪の根源を知る者は、揃って乾いた笑いを漏らした。

 

 

 

深海戦艦後背、左右より合流した水雷戦隊は、別動隊であったが故に

合流した個所、つまりは中央に僅かな隙間が出来ている。

 

深海側の僅かな生き残りが、決死の想いで離脱を図ろうとするその時に、

其処を埋める様に突き進んだ一団があった。

 

先頭に立つ軽空母は、砲撃の合間に誰にともなく言う。

 

「一隻たりとも、逃がすな」

 

聞こえてしまった後背の水雷戦隊は、背筋が凍る思いであった。

 

続き、連続した轟音が進路上の棲艦を消し飛ばす。

 

統制も取れず逃げ出そうとした駆逐、方位を変えている最中の空母

連続して沈み続けるソレを踏み越える様に、一群の艦隊が突入を果たす。

 

それを視界に入れてしまったものは、まずは自分の目を疑った。

 

軽空母を先頭に、軽巡洋艦、駆逐艦、正規空母二隻。

 

「豆腐より柔いわ、やっぱ後ろからの不意打ちは最高よなー」

「この、状況で、何で、そこまで、呑気に構えてやがるッ」

 

至近弾など生易しい表現では表せない火薬の庭で、呑気な会話と共に、

次から次へと死に体の深海棲艦に砲弾を叩き込む、何か色々と間違っている集団。

 

「うわああぁぁ、今かすった、頬を掠めて飛んでったッ」

「大丈夫や、当たらんから、きっと」

 

「根拠はッ」

 

間髪入れずに飛んだ天龍の声に、まったりとした声色で龍驤が答えた。

 

「大丈夫や、当たらんから、きっと」

「根拠はあああああぁぁッ!!」

 

もはや絶叫は涙声である。

 

「きっと真ん中あたりはあまり砲弾飛んで来んから」

「飛んで来てるじゃねえかッ、さては見切り発車だったなこん畜生ーッ!」

 

騒々しくも先頭は次から次へと砲弾を叩き込み続ける。

 

「おかしい、こんなの絶対おかしいって、こんなの龍驤はんやなーいッ」

 

続いた黒潮は、今まさに自分が居た位置に水柱が上がるのを見て顔色をさらに青くした。

 

「加賀さん、どうにかなりませんかあの軽空母ッ!」

「無理です、思えば艦の頃からやる時にやり過ぎる娘でしたッ!」

 

「そう言えばそうでしたーッ!」

 

一航戦が両手に連装砲を吠えさせながら、記憶の奥底の嫌な経験を思い出す。

 

航空母艦龍驤、最初期4隻の中で最もやり過ぎた空母であった。

 

無謀極まりない一団は次々に爆焔を生み出しては、中央へと突き進む。

 

突如、横合いから龍驤へと襲い掛かる戦艦の、頭部が砲火で消し飛ばされた。

遥か奥、軽く口元を歪める長門と、埴輪の様な表情の周囲の戦艦が見える。

 

距離の有る中、龍驤は互いに意思が通じた様な不思議な感覚を覚えた。

 

「なんか至近弾が増えまくってるんですけどおおおおぉッ」

「はっはっは、流石は長門やな思い切りがええ」

 

闖入者に驚いていた一瞬が過ぎ、何の躊躇いも無く砲撃を再開した戦艦組であった。

 

「凄え、俺まだ生きてるッ」

 

もはや涙を飛び散らせる状態の天龍が叫んだ。

既に艤装が半分ほど削れている。

 

「欲が無いなあ」

「地獄に落ちろおおおぉぉッ」

 

そして爆煙と水柱で視界が埋め尽くされる中、僅かな隙間に見える物があった。

 

「むしろ、此処こそ地獄やな」

 

言うが早いか、軽く姿勢を傾けた龍驤が突如に先行する。

 

水煙を抜け、擦れ違うような進路で砲口を向け斉射する先は、防空棲姫。

いくつかの傷跡の見える、砲台と化した艤装の一部が弾痕に削られた。

 

棲姫の思考の外より現れては通り過ぎ、姿勢を正して ―― 煙草を咥えた。

 

―― 馬鹿ニシテッ

 

あまりにも突然に場違いな行動をとった敵に、白蝋の姫が全霊を向けて艤装を構えた瞬間、

連続する轟音、見る事を止めた視界の死角より、艦載鬼の爆撃が艤装を砕く。

 

龍驤隊、彗星一二型甲。

 

棲姫が視界を外した一瞬に爆撃を敢行した艦載鬼は、水面に跡を付けながら鬼体を正し、

友軍の砲撃を受け木っ端微塵に飛び散り、アフロと化した妖精が吹っ飛んでいく。

 

そんな妖精が水切り状態で龍驤の視界の果てまで飛んでいき、消える。

 

龍驤隊はまさに地獄であった。

 

「地獄ってお前の事かよッ」

 

遅れて辿りついた天龍が艤装の刃で棲姫の腹部を貫く。

 

―― 援軍ダトッ!?

 

そのままに羽交い絞めにし、後続へと叫んだ。

 

「黒潮おぉッ!」

 

名の如く黒の多い駆逐艦が、高速を維持したままで縺れ合う二隻へと迫り、

棲姫の艤装を踏み越え、天龍を足場にし、膝と腕で頭部に絡みつくように身体を固定する。

 

突如の行動に、防空棲姫の反応を、遠く正規空母の砲撃が縫い止めた。

 

もはや艤装は砕け、鮮血に塗れた黒潮の視線が、棲姫のそれと交錯する。

 

「 ―― 沈め」

 

言葉と共に、口内へと捻じ込まれた砲口がその意図を果たし ――

 

防空棲姫が、破裂した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

すすり泣く声が海原に響く。

 

残敵の掃討も終わり、静寂を得た海の中で、駆逐艦の嘆きだけが響いていた。

 

その手前、集まる艦娘の視線が一点へと集中している。

 

ほぼ同数、犠牲は必至の防衛作戦のはずであった。

しかし蓋を開ければ、一方的な、あまりにも一方的な殲滅戦に終始した。

 

―― アレが、ブルネイの魔女

 

僅かな囁きが聞こえる中、当の本人は紫煙を燻らしては、空へと煙を吐いている。

 

「さて、全部終わったみたいだな」

 

天龍が龍驤へと近づき、そう言った。

 

残敵掃討に移った折、あきらかに中央が一番安全と言う嫌な現実に直面して

周囲で砲声の爆音が響く中、戦場のど真ん中で時間を潰していた一行であった。

 

すすり泣く黒潮の後ろで、一航戦が魂の抜けた表情で白くなっている。

 

「もしかして、ウチが何か言わんとあかん雰囲気?」

「まあそうだろうな、こんな目立つ場所に居るわけだし」

 

参戦した全ての艦娘の視線が、戦場の中央に立つ軽空母へと注がれている。

そしてソレは、吸殻を携帯灰皿に入れ、溜息と共に手を上げ声を響かせた。

 

「はい、撤収ー」

 

歓声が、海上を埋め尽くした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 肆

 

栗色の髪をポニーテールにした艦娘が、5番泊地提督執務室の扉を開ける。

室内へと掛けられた声に、応えたのはお手伝い席に座る黒髪の駆逐艦。

 

「お邪魔致しますわ」

「邪魔すんなら帰ってやー」

 

第二鎮守府より龍驤の穴埋めとして派遣された、熊野と黒潮であった。

 

「あら、失礼致しました」

 

そう言って身をひるがえす航空巡洋艦を、慌てて黒潮が呼び止める。

 

「ちょ、ちょい、何や用事があったんちゃうんかいな」

「ええ、本日の編成について変更がありまして」

 

「何で来る度に毎回同じやり取りしてんのよッ」

 

思わず飛んだ叢雲のツッコミに、小芝居を続けていた2隻が肩を竦めて溜息を吐く。

 

「やや冗長、まあ70点やな」

「龍驤さんの領域にはまだ達していませんのね」

 

「うがーッ!」

 

頭を抱えて錯乱する叢雲を必死で宥める利根が居る、そんないつもの光景。

 

 

 

『天籟の風 肆』

 

 

 

戦局の変化に伴い沖縄鎮守府跡施設の会議室からは、音が消え失せた。

 

状況の終了した折、其処に在ったのは鉛の如く固体化した空気の重さであり

見た物が信じられない不安、現実を見失った人間独特の不安定さであった。

 

常日頃の被害のせいか、平静を失わない様子でブルネイ第一本陣提督が零す。

 

「まさか、生きている内に完全包囲陣形に立ち会えるとはな」

 

息が詰まるほどの静寂に響いた声、それは、居並ぶ提督全ての心の声であり、

その内容ゆえに空気の重さを鉛から劣化ウランに変質させた。

 

陣形を学ぶ折にはじめに知らされる事実。

 

円周状完全包囲陣形、およそ2200年前に成立した包囲陣形の基本にして理想であり

歴史上ただ一人、ただ一度しか完全な形で成立させた事の無い、陣形戦の叶わぬ夢である。

 

それが、責任の押し付けの果てに一介の艦娘に見せつけられた。

 

自己嫌悪、絶望、嫉妬、先に被害に遭った覚えのある提督たちは、今回はじめて

魔女の非常識に曝された提督たちの、心をへし折られる音を聞いた気がした。

 

空気に耐えられなくなったのか、横須賀の席で第二提督が第一提督へと冗句を飛ばす。

 

「陸自にバレたら、あの手この手で引き抜きにかかるでしょうね」

「少なくとも、龍驤神社が建立されるのは確実だな」

 

陸戦に於いて神と崇められる、冗談の様でいて妙にリアリティのある話であった。

 

笑うに笑えない内容に、そこかしこでヤケ気味の色が有る乾いた笑いが漏れ

机に突っ伏し癇を起こしていたブルネイ第三へと、第一が小声で話題を振る。

 

「君の期待通りの結果では無かったのかね」

 

琥珀色の美丈夫が息を整え、噛み殺した笑いを苦笑へと変えて答えた。

 

「圧勝は期待していましたがね、まさかここまでやるとは」

 

何か思い当たる節でも無いものかねと気の無い問いに、そういえば磨り潰せと。

 

「それは、完全に君のせいではないかな」

「思い知りましたよ、アレは5番の提督に押し付けておくべきだ」

 

そう言っては気を取り直し、書類を片手に纏めて発言を表明する。

 

―― さて、次の大規模作戦に於いて、件の龍驤とも協議した内容なのですがね

 

さりげない枕詞に、凶悪なまでの圧力を込めてブルネイ第三鎮守府からの提案が成された。

 

 

 

様々な艦娘に囲まれて、天龍が悲鳴を上げていた。

 

目の前で見た無謀、明らかな奇跡、そんな演目の立役者の一員である天龍が

何はともあれと確保されては話題漬けにされ、目を白黒とさせている。

 

何故天龍が、簡単な話だ。

 

呉の3隻も、龍驤も、いつの間にか姿を消している。

 

要するに、逃げ遅れたのであった。

 

「もう、天龍ちゃんったら無謀が過ぎるんだから」

 

龍田が天龍の頬を摘まんでは強めに引っ張りながら言葉を掛ける。

 

「いや待て龍田、それは濡れ衣だ」

 

僅かに涙目で自らの無実を主張するも、騒々しい空気に掻き消された。

 

賛辞に、質問に、矢継ぎ早に繰り出されるそれらに忙しなく対応をする軽巡洋艦。

何か少し怒った空気の漏れ出す笑顔の龍田が、頬を引っ張ったままである。

 

「ド畜生ッ、龍驤は何処行ったああぁッ」

 

昼下がりの空に、生贄の嘆きが吸い込まれた。

 

 

 

小さな密室、喫煙室と呼ばれるそこに籠もっているのは、胡散臭い艦娘2隻。

 

「沖縄を潰したのが春、変化したのは夏か、時期が合わんな」

 

片方は、様々な艦娘のキラキラとした視線から一目散に逃げ出した龍驤。

 

「明確に情報が漏れていると確認できたのも夏以降であります」

 

相方は、涼し気な風に控えめな笑顔を張り付けた揚陸艦、あきつ丸。

 

「洗いましたが春先より、大陸との繋がりは完全に切れていた様なのですよ」

 

話題の中心は、消息不明の旧沖縄3番、舞鶴8番提督。

 

その言葉を受け、龍驤が座った目で呆れた風を煙に乗せて、吐き出す。

喫煙室の空調が、とぼけた煙を景気良く吸い込んだ。

 

「盤上にプレイヤーがもう一人居た、そういう事でありますな」

「最悪が、裏付けされていっとるなあ」

 

言い募る内容に、疲れた声が返った。

 

提督と言う駒を誰が所有していたのか。

 

見事な読みでと揶揄う声に、勘弁しろやと苦笑を乗せる。

要は大陸が深海を動かしたわけでは無く、真実は逆の位置にあったと。

 

「どのように、何故というのは不明ですが」

 

あきつ丸の言葉を、龍驤が継いだ。

 

「深海が、提督を取り込んだ」

 

声は消え、空調の音だけが室内に響いた。

 

 

 

随分と長引いた会議も終わり、敷地内、暮れなずむ埠頭に影が有った。

それは、龍驤へと懇願した人物であり、呉本陣第二提督室の提督である。

 

「厳重注意、か」

 

呉本陣第二提督室の暴走は、結果として被害も無く、同所属の黒潮が防空棲姫を

討ち果たした功もあり、処罰は異例とも言える軽さに落ち着いた。

 

溜息を吐き、懐より小物を取り出しては、軽く沖へと放り投げる。

 

「俺には、何も言わせなかったと責める資格は無いんだろうな」

 

そのまま海へ背を向けて立ち去る彼に、正面から走り寄る駆逐艦の姿。

 

「あ、提督はん、こないな所に居った」

「何だ、何か騒動でも起こったか」

 

駆け付けた黒潮が、騒動と言えば騒動なんやろなと歯切れ悪く言葉を置いた。

 

「いや、一航戦のお二人がな、何か虚ろな目で砲撃の素晴らしさを説きはじめてな」

「何がどうしてそうなったッ!?」

 

あきらかに、良くも悪くも深く影響を与える非常識の後遺症であった。

 

頭を抱える者、呆れを苦笑に乗せて冷や汗を垂らす物。

そして、提督と艦娘はどこか強がりを見せながらも、騒々しく場を離れる。

 

水底に、受け取られる事の無かった指輪だけが沈んでいた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

喫煙室の会話は続いている。

 

何の事は無い、外に出ると随分と綺麗な視線にあてられて、龍驤の正気度が下がって

しまうため、いっそ帰還までここに住み込もうかと言う勢いで引き篭もっている話。

 

「まあ、概要としては間違っていないでありますな」

 

ブルネイより本会議に提出した次期大規模作戦の素案に対し、あきつ丸はそう評した。

 

「憲兵以外には、本陣提督までしか知らされていない事実ですが」

 

国内に艦娘の建造の起点として使われている霊場は四か所。

 

伊勢神宮、出雲大社、諏訪大社、気比神宮

 

それは、国内に於いては日本列島を縦横に走る4本の龍脈(レイライン)の上にある社。

ブルネイ鎮守府群に所属する「5隻目の艦娘」については、南洋神社に起点がある。

 

「霊場だから何処でも良い、というわけでは無いのでありますよ」

「あー、南洋に含まれるなら南洋神社に食われかねんのか」

 

やらかしたかと顔を顰めた龍驤に、軽く笑いながら認識の齟齬を改める。

南洋神社は、パプアニューギニアに連なる系譜の霊場だと。

 

「アレは北マリアナ諸島の霊脈に連なるので、南洋総鎮守と分離は可能ですな」

 

そもそもに不可能ならば本陣の時点で止めるでしょうと、揚陸艦が笑う。

 

やがて、会議の結果が知らされて、無い胸を撫で下ろした軽空母が1隻。

 

龍驤の威嚇、様々な根回し、在米日本海軍基地と言う名目の餌を以って、

次期大規模作戦はブルネイ第三本陣の提案に沿って進められる運びと成った。

 

米国領、サイパン奪還作戦。

 

それは即ち、霊場、彩帆香取神社の工廠化に因る艦娘の増員計画である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45 夢の通い路

翔ぶが如く。

 

海原を駆ける人影は誰か。

 

西暦20××年、5番泊地は浪費の炎に包まれた ――

資材は枯れ龍驤の堪忍袋は裂け、あらゆる不埒者が折檻されたかに見えた。

 

しかし、提督は懲りていなかったッ!

 

ああそうだ、翔ぶが如く。

 

彼方より駆けつけるその人影は誰なのか。

 

夏が終わる、夏が終わる、僅かに水に濡れた衣装は水着では無く赤い水干。

 

埠頭に並べられたのは趣味の我楽多(しんへいき)、叢雲の嘆きは地に墜ちて、明石の高笑いが木霊する。

背後にてか細き嘆きを零すのは、霧島に蠍を極められている共犯者、金剛。

 

翔ぶが如く。

 

翔ぶが如く、翔ぶが如く、ロケット弾か流星か、埠頭を踏み切り僅かに三歩、

天駆ける小柄な姿に見て取れる姿は、全身の発条を内側に捻じり込むかの力の蓄え。

 

その日、軽空母は ―― 空を飛んだ。

 

さて、

 

言うまでも無い事だが、プロレスとはショービジネスである。

 

所謂格闘家とは、技巧、体の造りのベクトルが完全に違う方向を向いている。

 

絞り切り、研ぎ澄まされた肉体の格闘家に対し、膨らませる方向のプロレスラー。

ウェイトを合わせると言う事は、それだけでプロレス側が圧倒的な不利になる。

 

総合格闘技などでプロレスがいまいちパッとしないのは、そのような理由もある。

 

例えば、何某かの大会でレスラーを手玉に取った格闘家が居るとしよう。

 

彼を、プロレスのリングに上げればどのような事になるだろうか。

 

ただ痛ければ、強ければ良いと言う頭の悪い打撃。

 

常ならばどうとでも捌けるそれを、真正面から受け止めなくてはならない。

 

無駄のない筋肉は膨らましたそれとは違い、衝撃を直接に骨格や内臓に伝えて来る。

およそ序盤の叩き合いの時点で骨なり内臓なりに故障が生じるであろう。

 

試合を戦い抜くなど夢のまた夢である。

 

そしてそれは一度では終わらない、短いスパンで繰り返される、そのための脂肪である。

 

数度かの試合を経て、人間としてスクラップにされるのがオチであろう。

 

球技と言う括りでは同じでも必要とされるものがまるで違う、野球とサッカーの如く、

プロレスラーとしての強さ、格闘家としての強さ、これは決して同じ物では無い。

 

では、プロレスとは ――

 

そう、避ける、防がれるなどという事を一切念頭に置かない凄く痛そうな技術。

 

プロレス技とは、どれもこれも一撃に全身と全霊を込めた凶悪な威力を内包している。

たかだかラリアット、たかだか逆水平ですら、綺麗に入ればKOの可能性があるのだ。

 

時折、粋がった空手家などがプロレスに道場破りを仕掛け、舐め切ったままに技を受け

逆水平で胸骨を砕かれ病院送り、などの事例があるのはそこを勘違いしたが所以である。

 

つまりドロップキックとは、KOを奪える技なのだ。

 

振り向いた提督の頭部に綺麗に揃えられた足裏の艤装が叩き込まれ、ボーリングの

ピンの如くに明石と夕張を巻き込みストライクの音が周囲に響いた。

 

古式ゆかしく背中から落ち、薄明の中に翻るスカート ―― 龍驤、帰還する。

 

 

 

『45 夢の通い路』

 

 

 

とりあえず予算承認の共犯者である金剛さんは、姉妹他3隻の監視の元に

対パイナップルで武装した深海棲艦用海軍式バナナ格闘術の訓練に登録させた。

 

現在は基本の歩法訓練、阿呆歩きでバナナを振り回しながら泊地を周回させとる最中。

 

そして1周ごとに偉大なる噴式車輪大明神(パンジャンドラム)に五体投地で祈りを捧げるまでが1セット、

訓練終了の神託が降るまでそれを延々と繰り返すと、誰やこの訓練表作ったの。

 

見れば一回りして埠頭に戻って来た高速戦艦が、英国方向に向け五体投地をはじめれば、

途端に極めて高濃度の霊的圧力が生じ、脳裏に遥かな高みからの声が響いた。

 

―― 憎イ、同ジ思イ付キ満載ノ阿呆兵器ナノニ完全動作シテ評価サレル金剛型ガ憎イ

 

何やろう、噴式車輪大明神様と金剛型の相性は最悪な気がする。

 

ともあれ金剛さんの悲鳴に背を向けて一服、つーか、神託って降るもんなんやな。

 

「さて、命乞いを聞こうか」

「言い訳とかの次元を既に越えているッ!?」

 

帰って来たばかりだし今回ぐらいはと、優しい所を見せてあげれば提督がムンクの絶叫。

 

解せぬ。

 

簀巻き正座とか言う新境地で足元に設置されているのは、何やヒトが居ない隙に

隠れてこそこそ新兵器開発をしとった浪漫者3匹、つまりは提督と明石と夕張や。

 

つーかヒトがあっちで散々に苦労してたっつうに、何してくれてんですかねえと。

 

何か言おうとした明石の膝の上に石板を置く。

 

「い、命乞いは聞くんじゃなかったんですかッ」

「あれは嘘や」

 

とりあえず全員に乗せておこうと石板を2枚ほど持ち上げると、早口で言い募る1名2隻。

 

「いやいや、最近は深海棲艦強いだろ、何か打開策を模索するためにだなッ」

「そうです、様々な状況に対応するには新兵器開発は有効な手段だと思いますッ」

「ボーキサイトには手を付けていないから見逃してくださいッ」

 

貴重な情報を提供してくれた夕張以外に一枚づつ追加しておく。

 

提督と明石の悲鳴を聞き流しながら、神通に赤城を吊るしておく様に依頼した。

察するに、赤城が陣どっとったからボーキサイトに手を付けれんかったんやな。

 

つまり、間違いなく減っとる。

 

さて、どうしたもんかなこの我楽多、巨大なパラボラアンテナと、鉄製巨大ストロー。

あとはサイロの様な筒と無駄にデカくて頑丈そうな鏡。

 

解体(バラ)すか」

「それを解体するなんてとんでもないッ」

 

石板2枚程度では足りんかったのか、明石がなおも言い募って来た。

説明をするから価値を知ってから判断してくれと、まあ一応の道理ではある。

 

「ほな叢雲、追加の石板取って来て」

「何で石板在庫を増やす方向に行くんですかーッ」

 

石板が積み重なって素敵な存在感を示した頃、パラボラアンテナから説明がはじまった。

 

明石曰く、先日に貰ったドイツの資料を参考に再現した超兵器、音波砲。

 

「メタンと酸素の混合気体を連続的に爆発させ、共鳴現象に因り ――」

「射程50メートルで静止対象に効果が出るまで40秒やったな」

 

細かく説明して煙に巻こうとして来たので、すかさず止める。

 

「……ご存知でしたか」

「一枚追加な」

 

3枚目を置いたら爽やかな絶叫が響いた、艦娘用に調整したら射程何メートルやねん。

 

ちなみに凄まじく喧しいため、対人音響兵器として活用した場合の射程は230メートル。

有効射程の実に4倍以上や、装備した艦娘にまで影響が出そうな構造やな。

 

そんな中、夕張がハイハイと勢いよく発言を求めて来る、大喜利かいな。

別に阿呆な回答しても石板全部持ってったりはせえへんで。

 

「そこのストロー型のが素敵超兵器、風力砲ですッ」

 

何の躊躇いも無く砲口を夕張に向け発射する。

揉み上げとポニーテールが強風に煽られてパタパタと靡いた。

 

「送風機やな」

「……そうですね」

 

石板を乗せたらヘッドバンキングしながら呻き声を上げはじめた、パンクか。

実物なら木の板ぐらいはぶち抜けたんやっけ、艦娘用なら考えるんも虚しい話や。

 

次は俺の番だなと、何か芸人根性が染み付いたような反応を見せたのは提督。

 

「炭粉と空気で緩燃爆発を起こし竜巻を発生させる超兵器、竜巻砲」

 

そしてサイロのような鉄の筒を顎先で示して語る、自然現象を征服する意義を。

 

とりあえずスイッチを入れる、確かコレは効果範囲100メートルで、

 

―― 近くを通っていた吹雪のスカートが捲れた。

 

威力が無くてお蔵入りした兵器やっけ、艦娘用だとざっと5メートルか。

 

「何か言う事は」

「神風の術」

 

提督に2枚追加した。

 

「最後のが」

「太陽砲、衛星軌道上に設置する反射板やな」

 

皆まで言わせず明石の膝の上に1枚を追加する、どうやって打ち上げろと。

 

膝が足首がと心を洗うような叫びが響く中、一通りが終わって虚しい一息を吐く。

 

「んで、ドイツの科学力とか言う余裕あんのなら、メッサーはどうなったんかな」

「いやあ、足を太くしようとしたら瑞鳳さんが文句言ってくるので」

 

流石に限界なのか、石板に顔を乗せるような姿勢でプルプルと震えながら明石が答えた。

無言で発言を咀嚼して、思い悩むように空を見て、軽い笑顔で野次馬を回し見る。

 

ミツケタ

 

全力で目を逸らした甲板軽空母(オナカマ)を、後ろから近寄っていた神通水雷戦隊が捕獲する。

 

如何に

吊るせ

ぎゃー

 

そういう事になった。

 

何やら、のほーだの、うひーだの、どうにも表現できない声を上げながら怪異の如くに

くねくねとする足元の受刑者の向こうに、眼の光が無くなっているバナナ戦艦の姿。

 

他の問題児は海風の中、いつもの様に川内の木で揺れていた。

 

ああ、帰って来たんやなあ。

 

泣ける。

 

何かムカついたんで提督の膝の上に一枚増やしておいた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

龍驤が執務室に入れば、以前ほどでは無いがそれなりに積み重なった未決書類。

 

「なんや、黒潮が手伝ってくれとったんか、おおきにな」

「水臭いでー、ウチと龍驤はんの仲やないか」

 

そう言う二隻は笑顔のままで、互いにやたら分厚い書類束を押し付けようとしている。

 

そしてそこへ、栗色の髪のポニーテールが提督執務室の扉を開けた。

室内へと掛けられた声に、応えたのはお手伝い席に座る黒髪の駆逐艦。

 

「お邪魔致しますわ」

「邪魔すんねやったら帰ってやー」

 

例によって例の如く、熊野と黒潮であった。

 

「あら、失礼致しました」

 

そう言って身をひるがえす航空巡洋艦に、すかさず龍驤から声が入る。

 

「素直かッ」

 

「どうも聞こえませんね、何ですって?」

「そこで歌舞くな」

 

「では、お邪魔しますか?」

「いや聞かれても」

 

「皆様お元気です」

「そこは聞こうや」

 

「元気ですかー」

「顎しゃくんなッ」

 

「もう、龍驤さんは注文が多いですわ」

「いや普通に行こうや、普通に普通に」

 

「では、第二鎮守府所属航空巡洋艦熊野、引継ぎを願います」

「はいご苦労様、今回は救かったわー」

 

「では失礼致しますわ」

「結局そこかいッ」

 

「もう、やってられませんわ」

「ほな、失礼しましたー」

 

嵐の如くに畳みかけては、2隻で室内より退場していく。

 

「ウチを置いていかんといてーッ」

 

慌てて後を追う黒潮の後ろ、叢雲が頭を抱えていた。

 

「って、どさくさに紛れて逃げおったッ」

 

利根が気付いて後を追ったのは1分後である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46 てるてる坊主

 

「作成にいろいろ触媒使っていますから、700ドルは欲しいんですよねえ」

「半備品扱いだから99%の補助金が出ているだろ」

 

今日もさりげなくボッタクリの道を征く明石の言に、提督が釘を刺す。

 

「給料の3ヶ月分で買ってくれてもいいのよ、キラキラッ」

 

何かこう、勢いと可愛らしさで乗り切ろうとした工作艦の眉間に手刀が入った。

 

「少しは水心と言う物が有っても良いじゃないですかー」

「仕方ない奴だなあ」

 

そういって提督が懐から取り出したるは、間宮羊羹。

 

近代の羊羹とは違い水飴では無く砂糖を使った上で、さらに表面を刷毛で削るなどの

工程を経て結晶化を促進、特徴的な薄い糖衣を纏った外観と、独特の歯触りが人気の逸品。

 

艦娘関係を円滑にする潤滑剤 ~間宮羊羹~

 

過去には最低小売り重量2kgだったのですが、何と新たに艦娘サイズが新登場!

 

5番泊地明石の酒保にて、1本1000円で販売中ゥッ

 

期間限定、お得な1ダースセットを買うと1本オマケ!

(酒保希望小売価格13000円)

 

ブルネイ第三鎮守府広報からのお知らせでした。

 

 

 

『46 てるてる坊主』

 

 

 

何や黒潮に聞いたタコパとやらが気に成ったとかで、ウチの部屋で利根と筑摩と

一緒に延々とタコだか何だか焼き焼いとったら、急に加賀が来たんで ――

 

「右から左に受け流す」

 

窓から放り棄てる前に利根に止められた、惜しい。

 

さっき部屋に入ってこようとした赤城が爽やかにUターンしおったから油断しとった

赤城避け(ちくま)やもんな、加賀には効かんわな、当然の話や。

 

とりあえずゼリービーンズ焼きとメントス焼きを皿に乗せて与えておく。

 

しばらくの間、モソモソと無言で謎焼きを突く3隻の時間。

 

「いや、食べに来たわけではないのです」

 

食っとるやん。

 

とにかくですねと、ゼリービーンズ焼きにのたうっていた正規空母が言葉を繋げる。

 

「龍驤の居ない間に私は、獅子奮迅の働きをしたのですよ」

 

そんな加賀の発言を聞き流しながら一心不乱に竹串を動かす筑摩が居て。

 

「うむ、わけのわからんほどに活躍して居ったな、何故か」

 

餅チーズ焼きをうにょろと伸ばし食いながら、利根が言うた。

 

詳しく聞いてみれば確かに、普段の2割増しぐらいで活躍しとったらしい。

 

「そういうわけで、ご褒美を要求します」

 

「んじゃ、次はカニカマ焼きでええか」

「お主のご褒美基準はどうなっておるのじゃ」

 

メントスに比べればご褒美やと思うが。

 

「仕方ない、秘蔵のカニ缶を使用するか」

「カニから離れろと言っておる」

 

「まあカニは頂きますが」

 

加賀がそう言って、正座のままに身体ごとこちらに向き直り、

太腿の辺りを軽く叩いて要求を伝えてきた。

 

「ちょっと座りなさい、愛でてあげます」

 

新手の嫌がらせか。

 

「龍驤サンがこれからデレると聞いてッ」

「お酒は持参したわよー」

 

酒瓶持った飲酒母艦組改装派が滑り込むように部屋に吶喊してきおった。

そのままにたこ焼き機の横にまでスライドし、食材を筑摩に渡しつつ酒を注ぐ。

 

え、何なん、この空気。

 

「龍驤がお願いを聞いてくれると聞いてッ」

 

そのまま天津風も滑り込んでくる、その後に少し遅れて、肩で息をしている島風も。

 

「りゅ、龍驤、ちゃ、んが……」

「いや無理に喋らんでいいから、息整え、息」

 

とりあえず水でも渡しておく。

 

視界の奥で何か加賀と天津風がメンチ切りながら額をぶつけ合っとるし、

 

キリンか、キミら。

 

「何と言うか、もはや断れん雰囲気じゃのお」

 

人事の様な声色で利根が言う、いや人事やけどなコンチクショウ。

 

何やらはやし立てる雰囲気の中、加賀が太腿を叩いて催促して来るし、

コブが出来て倒れとる天津風が、私は膝枕希望とか呻いとるし、何なんコレ。

 

「……えーと」

 

空気に負けて、仕方なく加賀の太腿の上に腰を掛ける。

 

何でか、部屋の中の空気が凍り付いたような気がした。

 

太腿の上に尻を乗せて、両足は相手の脇の下を潜らせて、特におかしい所は無いよな。

そのまま互いの胸が触れる距離で、何故か固まっとる加賀の顔を下から覗き込む。

 

右にスライドして逃げようとしたので上半身だけで追い掛けた。

左にスライドして逃げようとしたので上半身だけで追い掛ける。

 

「あれ、ワザとですよね」

 

筑摩が変な事言いだしとる。

 

「恐ろしいじゃろう筑摩、アレが天然じゃ」

 

わけわからんぞ、利根。

 

「何や、何か変な所でもあったんか」

 

とりあえず鼻が付きそうな距離で、正面から加賀の顔を覗き込みつつ聞いてみる。

事此処に至ればアレや、目を離したら負けの様な気がするんで視線は外さない。

 

しかしコイツ、睫毛長いなあ。

 

そんなこんなで見つめている内に、加賀が両手で顔を覆い、後ろへと倒れ込んだ。

せっかくなので、そのまま圧し掛かりひたすら覗き込む、押し潰れる加賀の胸が柔らかい。

 

「もう、勘弁してください」

 

ようわからんが、勝ったらしい。

 

素直に身体から降りると、両手で顔を覆ったままゴロゴロと転がっていく正規空母。

見れば隼鷹と飛鷹が、グラス片手に目を大きく見開いたまま固まっとった。

 

島風は容赦なく加賀用のカニ焼きをパクついとる、何かあそこだけ平和やな。

 

まあ、なにはともあれ。

 

「勝った」

「うむ、お前はそういう奴じゃ」

 

酷い事を言われとる気がする。

 

以降、匍匐前進してきた天津風が膝枕を要求してきたので、ついでとばかりやっておく。

今度も同じ様に顔を覗き込んだら固まっとったし、何がどうなってんのや。

 

「ナチュラルに縦……じゃと……」

 

利根が何か言うとったが、よう意味がわからんかった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

スコールの上がった後、鮮やかな黄昏が世界を染めている、埠頭。

 

泊地に散見する不自然な藪先に、提督と、金剛が並んで歩いていた。

 

「先のワールドウォーは、バッドテイストオンリーに語られてイマース」

 

けど、と、薄明の中で言葉を繋げる。

 

「折に触れ、誰かがスマイルをドロップする事も、珍しくは無かったんですヨ」

 

決してそれだけでは無かったと、戦艦金剛の魄が知っていると、語った。

 

「まあ、一生涯24時間、隙間無く悲壮な覚悟で居るってのも無理な話だよな」

「イエース、人間はそこまでストロングには出来ていませんネー」

 

言葉が途切れたまま、どこか穏やかな空気が漂っている。

 

「ココは、良い泊地デスネ」

 

唐突なその言葉に、繋げるような独白が場に響いた。

 

「はじめに、貴方が、泊地がどのような存在なのかを知ろうと思いました」

 

そして慌ただしく日々を送る内に、姉妹たちや泊地の皆と共に、

騒々しくも奏でられるような日常に笑顔を得ていたと。

 

「私は、此処が好きですよ」

 

いつしか互いは歩みを止め、言葉を切ると共に、金剛が礼を以って発言をする。

 

「ブルネイ第三鎮守府5番泊地所属、戦艦金剛、練度上限到達を報告致します」

 

嘘の無い瞳が、提督の思考を打った。

 

「これからの健闘も、期待して良いんだよな」

「私の名と、泊地の誇りに賭けて」

 

行為と言うにはあまりにも清廉な、そんな指輪の受け渡しを経て ――

 

気が付けば互いに苦笑を浮かべている。

 

「やっぱりシリアスは苦手デース」

「何か装備の受け渡しをしている気分だったよ、いや装備だけど」

 

ようやくに戻って来た普段通りの空気に、どちらとも無く息を吐く。

 

そこでふと、柔らかな静寂の中に視線を感じた。

 

手、と小さく言葉がある。

 

見れば提督を軽く見上げる金剛が、期待に染まる瞳と、随分と悲壮な覚悟の表情で

ともすれば零れ落ちそうな程に、か細い言葉で自らの要求を伝えた。

 

「繋いで貰えますか」

 

以降は言葉も無く、軽く頬の染まる二人が互いに目を逸らしながら

泊地本棟への短い距離を、手を繋いで穏やかに歩んでいく。

 

一部始終が、藪に潜んでいた青葉のカメラに収められていたのは、言うまでもない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47 束の間の喜び

ある朝、龍驤が不安な夢から目を覚ましたところ、自分が寝床の中で、

一枚の巨大なまな板に変わっているのを発見した。

 

つまり、普段通りである。

 

適当に支度をしては、今朝は随分と静かな目覚めやったなと珍しく思い、

部屋の扉を開けてしまえば、足元に無造作に転がっている物体が、ふたつ。

 

頭にコブを作り倒れている、加賀と天津風と呼ばれている物体。

 

龍驤が天井を仰ぎ、足元を見て、深く息を吐いては改めて視線を向ける。

 

見れば何やら、互いに一言、床に血文字で書置きを残していた。

 

―― のじゃー

―― 残念カタパルト

 

倒れ伏して猶、全力で煽っていく姿勢には見上げた物が有る。

 

だがしかし、真実はいつも皆無、謎はすべて解けない。

 

真相は闇の中であった。

 

 

 

『47 束の間の喜び』

 

 

 

それは、白昼の夢であったか、それとも現実の出来事であったか。

 

熱帯の生暖い風が火照った頬に感ぜられる、そんな蒸し暑い日の誰そ彼である。

 

その日、浴衣を身に纏う人影が、こぞってテンガー通り(ジャラン・テンガー)、クアラブライトより伸び

セリアを縦断する大通りの上を、和気藹々とした空気で歩んでいた。

 

ぴいひゃらら、ぴいひゃららと囃子の音が鳴る近く、借り上げた競技場には櫓が組まれ、

其処へ訪れる道中に色とりどりの、様々な種別の屋台が軒を連ねては騒がしい。

 

ブルネイ日本人会主催の交流行事、秋祭り。

 

例年ならば七夕、盆踊りなどが夏季に手ごろな会場で小規模に行われる程度であったが、

近年は大使館の仲立ちも有り、海軍の協力の伝手を得てやや規模が大きくなったとか。

 

これまでは街中などで慎ましく行われていた各行事が、今回の様にセリアなどの土地を

大きく使い、大規模なイベントと化しているあたり、見て取れる変化がある。

 

今年は、夏に大規模作戦などで時間の取れなかった艦娘のために、秋祭りが企画された。

日本人会のみならず、秘書艦組、及び大使館が調整で地獄を見たのは言うまでもない。

 

さて、見れば浴衣を着ている者の半数近くは艦娘であり、残りは随分と様々な人種。

 

入口に設えられた浴衣の貸し出し所には、常日頃から着物を身に纏う機会の多い

幾人かの空母達がスタッフに混ざって着付けを手伝っている。

 

立ち並ぶ屋台もタコ焼き、焼きそば、魚介焼きなどと並んでバナナ揚げ、ケバブ、

チキンライスなど、土地柄故に随分と毛色の変わったものが混ざっていた。

 

そんなやや日本からズレた独特の空気の中、さりげなく混ざっている店舗がひとつ。

 

りゅうじょうや、此処一番やの如き微妙なネタの香りがする屋号であった。

 

そんな怪しい屋台の傍を、二つ括りの根元をお団子にした駆逐艦が通りすがる。

いや、細かく言えば金剛の如きフレンチクルーラー族か。

 

朝潮型駆逐艦3番艦、満潮。

 

縁日と言う事で訪れた満潮が、件の軽空母がタコ焼きでも焼いているのかと察して寄れば

やや意外、紅白の半被を纏った店主は長身の、色の薄い金髪碧眼の美丈夫であった。

 

「え、えくすきゅーず」

「ドイツ語でOK」

 

顔色一つ変えずに微妙に無理を言う、ドイツ艦グラーフ・ツェッペリンである。

球体状の焼き物をピックで刺しては引っ繰り返す姿が、中々に堂に入っていた。

 

何でも、本来の店主が大本営からの通達で急遽フィリピンまで出向する事に成ったと。

余った屋台と場所が勿体無いので借り受けて営業していると言う。

 

「ブルスト焼きだ、カレーソースがお薦めだな」

 

入っているのはタコではない、そう説明を受け、軽く香っていた香辛料の香りに納得する。

 

イスラム教国のド真ん中で良い度胸である。

 

屋台のタコ焼きの「たこ」の文字に、上から「ぶるすと」と書かれた紙が貼っており、

そんな無残な様は、下準備で悲鳴を上げていた軽空母の無念が漂ってくる様であった。

 

「ふむ、察するに朝潮を探している所か」

 

笹船に乗せたブルスト焼きを満潮に渡しながら、そんな事を言う店主。

 

「何それ、意味わかんない」

 

受け取りながらそんな事を言い、不機嫌な表情で焼き物を口に入れる。

 

それきりに会話は途切れ、生地の焼ける音だけが屋台に響いた。

 

騒がしい空気の中、櫓の上から馴染みの軽巡洋艦が水雷戦隊を組んで音声を奏で、

一航戦の青い方や、眼鏡の高速戦艦がマイク片手に順番待ちをしている。

 

「……えーとさ、あんたは仮に」

 

駆逐艦の言葉は途切れ、無言のままに頭を掻き毟る。

 

「考えたくも無い話だが、仮に、龍驤が沈んだとしたら」

 

無言に告ぐように、店主がピックでブルスト焼きを引っ繰り返しながら独り言つ。

 

「次の龍驤は、私の妹と言う事になるな」

「なんないわよ」

 

トボけた事を言う正規空母に、聞き手が思わずツッコミを入れていた。

 

「だいたい、朝潮は長女よ」

「良いじゃないか、長女が二隻居ても」

 

どうにも意思の読めないまったりとした表情のグラーフが、他人事とばかり気楽な口調で

そんな事を言っては、焼き上がったばかりの粉物を笹船に乗せて満潮に手渡した。

 

「頼んでないわよ」

「サービスだ」

 

礼は言わないわよと、染まる頬を隠すように立ち去る小柄な姿に、どこか思慮深げな

空気を纏った正規空母は、ふむと一息、ブルスト焼きを摘まみ食う。

 

何やらENKAが流れ始めた会場を、特に気に留める事も無く咀嚼しては思う。

カレーソースをケチャップベースで作ったのは正解だったかと。

 

「ああ、もし私たち影法師がお気に召さなければ、こうお考え下さい」

 

囃子の中、様々な音色が響く蒸し暑い世界で、白い店主が焼き物を焼く。

どこからか喧騒の中に歓声が上がり、聞き覚えのある声が響いて来た。

 

―― これが、朝潮型の力なんですッ

―― 何やってんのよあんたはああぁぁッ!

 

店主の顔が綻び、苦笑が漏れた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

フィリピン、ブルネイ第一鎮守府5番泊地工廠。

 

本土の紐付きと名高いフィリピン泊地群に設置されている、ブルネイ鎮守府群唯一の

大型艦建造に対応している工廠であり、重要拠点のひとつである。

 

そんな工廠の前、何やら休憩の席を作っては詰めている艦娘が2隻。

 

あきつ丸、そして龍驤であった。

 

「次は、軽巡洋艦の様でありますな」

「インドネシアの取り分やな、阿賀野型あたりか」

 

工廠妖精に話を聞いたあきつ丸がそんな事を言えば、龍驤が気の無い返事を零す。

 

先日の功績からブルネイ第三鎮守府に、かねてより申請していた大型艦建造の許可が通った。

 

大和型の建造許可こそ下りなかったが、早速に戦力増強と資材を持ち寄り

数日前から工廠を全力稼働させている最中である。

 

艦娘の契約上限があるので、基本全ての建造された艦娘は5番泊地所属となるが

必要に応じて各泊地に長期出向、実際の所属は各泊地に帰結する形になる。

 

さてと、改めた空気であきつ丸が書類を差し出した。

 

「なんや、元陰陽寮所属の科学者、って既に処刑されとるやん」

「艦娘建造術式開発に関わった人間なのですがね、まあ書類上は執行されていますが」

 

言葉を切り、あきつ丸はすっかりと冷えた茶を口に含んでから、言葉を続ける。

 

「単冠湾、ロシアからのリークですが、中華人民共和国で生存を確認したと」

 

随分といい加減な話やなと、軽空母がぼやけば、揚陸艦は苦笑交じりに零す。

 

「執行猶予が付いた後、亡命、書類上は処刑済に改竄と言った所で」

 

形だけの笑顔から出された声に、ふと、聞き手に気付いた風が有る。

 

「ああ、大陸が彊屍で溢れとんのは」

「コイツが、人間で艦娘を造ったせいでありますな」

 

飄々とした受け答えに、何処か暗い物が混ざっていた。

髪を軽く掻き毟った龍驤が、聞く、何を求めているかを。

 

「漣殿にお願いしたいのですが、憲兵側は見張られていましてね」

「帰ってくるとしたら、東南アジア経由かもって事か」

 

会話の途切れた折、互いに懐から紙巻を取り出して、火を点ける。

 

「ここ、禁煙やっけ」

「表示は無いでありますな」

 

言えば妖精が、数匹がかりで灰皿を運んで、置いて。

 

建造の音の響く空間に、紫煙がか細く揺れていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48 夢見る佳人

かつて、矢ガモという事件が一世を風靡した事があった。

 

事件自体は珍しい物では無い、特筆すべき個所は鴨が生き続けたという点にある。

 

クロスボウの矢が刺さった状態で生き続けた鴨は、その痛々しい有様から同情を集め、

世に動物愛護の精神を定着させるための転機と成ったと、後に研究者は語った。

 

さて、そのような事象とは関係ないが、5番泊地、本日の間宮には変なモノが在る。

 

―― 矢アカギ

 

普段通りに間宮にて空母定食を平らげている赤城の背中、やや斜め後ろあたりに、

容赦なく一本の矢が突き刺さっている、別に同情は生まれない。

 

同席の加賀、二、五航戦の疑問が在り、何かどうにも重くなりがちな空気の中、

やがて、赤城が空母定食のお櫃のお代わりを頼む折にと、問い掛ける者が居た。

 

翔鶴、職業は恐らく勇者なのであろう。

 

問い掛けに軽い溜め息と共に口を開く空母は、ただの冗談だったのですがと枕詞に

 

「鳳翔さんの着物を隠して、代わりに島風さんの制服を入れて置いただけなのですが」

 

言うが早いか、何処からともなく飛んできた一本の矢が赤城の側頭を撃ち抜いた。

 

射線を追った一同が視線を向ければ、誰も居ない。

 

「ど、何処から撃ってきたのかな、飛龍」

 

冷や汗を流しながら問い掛けた蒼龍に、蒼白の飛龍は脂汗を流している。

 

殺しの現場と成った席の上に、何時の間にか指先で血文字を残している赤い方。

 

―― 下着も差し替えておきました

 

入渠ドックに叩き込むべきか、川内の木に吊るすべきか、微妙に迷った一同である。

 

そんな中、加賀と瑞鶴は我関せずと空母定食に舌鼓を打っていた。

 

 

 

『48 夢見る佳人』

 

 

 

なんや最近、出入り激しいなあとか思いつつ、埠頭から泊地に上がる。

 

「ここが、5番泊地ですか」

 

同行しとった新入り予定の装甲空母が、感無量と言った感じに言葉を零した。

 

瞳と同じく落ち着いた色合いの茶髪は、横に長めに伸ばしたショートボブ。

胴回りに装甲を重ねた重装制服であり、排熱のためか脇が開けられている。

 

大鳳型航空母艦1番艦、大鳳。

 

「そうそう、ようこそ辺境最前線のちょっち後ろ、ブルネイ5番泊地へ」

 

今回の大型建造で、空いていたブルネイの艦娘の席はほとんどが埋まった事になる。

 

5番泊地の取り分として、最新鋭の装甲空母であり、扶桑どころか陸奥すら下回る

脅威の不幸艦であり、ウチと同じく平たい胸族の大鳳が、何やろう泣けてきた。

 

「この大鳳、今度こそお役に立って見せます」

 

ああうん、頑張ってやと、涙を堪えて適当に流しながら本棟に向かえば、川内の木。

 

矢衾にされた赤城が簀巻きで吊るされとる。

 

「…………」

「…………」

 

空を見上げて、大きく息を吸って、吐いて。

 

「ここが本棟な、提督執務室は2階やから」

「スルーしていいんですかコレッ」

 

爽やかに見ないふりをしようとしたのに、突っ込まれてしもうた。

 

しゃーないので川内の木に近寄って、吊るされとる川内たちを掻き分け話しかける。

 

「グラ子、何で吊るされとるんよ」

「うむ、反省すべき事があってな、自省の意味で吊るして貰っている」

 

「そっち!?」

 

プラプラと揺れている悪来典韋のオマージュの如き赤い方の近くで、装甲空母が叫んだ。

 

まあそんな、明らかに厄介な物体を華麗にスルー続行しつつ、グラ子に話を

聞いてみれば、縁日の屋台で豚肉を売ってしまったと。

 

「すまん、カリーブルストの開発が上手くいって浮かれてしまい、つい失念していた」

 

近くのお仕置き倉庫から七輪を持ち出しながら、話を聞いて、言う。

 

「まあ、問題になってないなら、そこまで思いつめんでもええんやないかな」

 

そしてグラ子の下に設置した七輪の中の炭に、霊火で着火する。

 

「言ってる事とやってる事が、あきらかに違うように見えるんですが」

「それはそれ、これはこれや」

 

大鳳の冷静で的確な判断力を称賛しつつ、炭の上に生木を置いて決着。

何か横で川内が干からびる―とか呻いとったけど、まあ仕方ないわな。

 

「ほな改めて、ここが提督執務室のある本棟や」

「徹頭徹尾全力スルーしてますねッ」

 

いやだって赤城やし。

 

まあそんな顔色を失った新入りを建物に招こうとすると、慌ただしい足音が響く。

 

「あ、龍驤ちゃんおかえりー」

 

吶喊とばかりに駆け寄って来た島風の頭を撫でながら、目に入った不思議を問うた。

 

「どないしたん、その着物」

 

何やいつもの制服でなく、小豆色の着物と紺の女袴を身に着けとる。

 

「ふっふーん、似合うでしょう」

「おお、可愛い可愛い」

 

ごろごろと鳴りながら目を細めているウサギ頭を、手の平で回すように撫で回し、

見れば肩口に白抜きで小さく碇の模様が、ってあれ、コレ鳳翔さんの着物やない ――

 

そう気付いたタイミングで、何かを察した風の島風が、じゃ、またと

小さく言っては全力での疾走を再開した。

 

見る間に小さくなって行く影を見送って、聞こえてきたんはまたも足音。

 

「あ、龍驤さん、島風ちゃんを見ませんでした」

 

鳳翔さんの声に振り向けば

 

 

 

ああ、何かちょっと意識飛んでたわ。

 

顔を赤くして少し涙目の鳳翔さんが、脇なり臍なりを露出した随分と丈の短いセーラーと

黒紐下着が丸見えのお義理で付いてる超ミニスカート姿で、うん、島風の制服やな。

 

とりあえず何となく、隠せているのかどうか微妙な紐パンに視線が持っていかれる。

 

「し、仕方ないんです……下着も、持っていかれてしまって……」

 

そやな、あの娘の制服やと丸見えやもんな、紐でも無いよりはマシよな。

 

赤面したまま涙目で震えている鳳翔さんは、何と言うか、コレは誰かにお持ち帰りされても

言い訳できないのではないだろうかと不安を覚えるような有様で。

 

「……ああうん、可愛い可愛い」

「目を逸らしながら言わないで下さいッ」

 

涙声を聞き流し、逸らした視線の先には大鳳が固まっとって、いと哀れ。

 

「そそそそれで、島風ちゃんを見ま、せんでしかッ」

 

何や噛みまくりの問い掛けに、とりあえず良い物を見せて頂いたと拝みつつ、答える。

 

指し示した先へと鳳翔さんが走って行った後、石化が解けた大鳳が口を開いた。

 

「あの、龍驤さん」

「なにゃー」

 

あっと、噛みが伝染(うつ)ったか。

 

「島風さん、逆方向に走って行きましたよね」

「そやったかな」

 

敢えて居なくなってから聞くキミも大概やなと、冷静で的確な判断力を称賛する。

 

矢衾のまま揺れていた赤城の指が、さりげなくサムズアップしとった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「照月を第二に持ってかれたのはちょっちキツイなあ」

 

相も変わらず深夜の奥深くで、残業を続ける提督と筆頭秘書艦。

大型建造からの大鳳着任で、処理する書類が爆発的に増えたが故である。

 

「初月はウチで欲しいな」

「涼月じゃないのか」

 

3番艦を飛ばして4番艦を指名した龍驤が、肩を竦めて適当な事を言った。

 

「だってウチ、五十鈴居るやん」

「最上は第一の方に居るがな」

 

深夜の底で、眠気覚ましに適当な受け答えが続く。

 

「そうだ、今度の作戦にあたり米国側から資料が届いたと連絡が在ったんだ」

 

思い出したかの様に言う提督が、薄い書類と一枚の写真を龍驤に手渡した。

 

「アメリカの偵察衛星、まだ生きとんのやな」

「おおっぴらに言うと、見捨てられている地区がアレだから機密だがな」

 

肩を竦める責任者の示す先、写真の中には海上に謳う姫。

 

長い髪、白蝋の肌、全身より血の如くに赤い禍火を零す巨大な艤装。

 

「真珠湾を襲撃した、はじまりの深海棲姫やっけ」

 

個体名、中枢棲姫。

 

「位置は、南緯47度9分 西経126度43分」

 

ニュージーランド、南米、南極の中間に位置する、太平洋到達不能極付近の座標である。

 

「昆侖南淵か、ゴシックホラーやなあ」

「何だ、やはり座標に意味があるのか」

 

―― In his house at R'lyeh dead Abyssal fleet waits dreaming.

 

「創作小説や、まあそうは言っても」

 

嘯いていた龍驤が、頭を掻いては呻くように口に出した。

 

「100年からの支持がある世界観やし、霊地としては生きとるやろな」

 

夜の底、益体も無い声だけが響いていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 零イ

―― 残念だが、君の退役は却下された

 

黄昏に染まる殺風景な執務室の会話は、単刀直入な言葉からはじまった。

 

その頬に年輪を浮かべた部屋の主が、凶相に近い容貌の小男に伝えた言葉は

かねてよりの要望を一蹴する内容であり、部屋の空気を白々しい物へと変える。

 

「英雄は、もう用無しでは無かったのですか」

 

苦虫を噛み潰した様な表情から漏れた言葉に、部外秘と判の押された書類が提示された。

 

書類に記された内容は、海域断絶を機に動いた交戦国を中心とした様々な事態の報告。

独英を主体とするヨーロッパ諸国からの、中華人民共和国への「人道支援」の数々と、

 

日米からの降伏勧告に対する、拒否。

 

「戦争が、終わらなかったのだよ」

 

不愉快そうな顔からは、明確な悪意の舌打ちが響いた。

 

「また飼い殺しですかね」

 

問い掛けとも言えないその言葉に、場の責任者は新たな書類を取り出して言う。

 

「オカルトだが、人造付喪神というものを知っているかね」

 

いまだ、日本国海軍が対深海棲艦対策室でしかなかった黎明の日 ――

 

 

 

『あきつ退魔録 零イ』

 

 

 

廃墟の中を駆けまわる人影が二つ。

 

灰色の陸軍制服に似た装束の艦娘と、いつの日か不機嫌であった小男であった。

 

途切れそうな蛍光灯の光、打ちっ放しのコンクリートに様々な薬品棚、壊れ、煤けたそれは

この施設が何某かの研究施設であったことを物語っており、喧騒に不気味な色合いを乗せる。

 

「何なんだ、何で死体が襲って来るんだ、ゾンビ映画か何かかコレはッ」

「知らないでありますよッ、ただの廃墟としか聞いてないのでありますッ」

 

見れば二人の後方より、白濁し糸を引いた眼窩のまま、随所に腐食の痕跡を見せる

かつて人間であった何かが追い掛けている、半開きの口から腐臭と唸りを零れさせながら。

 

「おい化け物、ちょっと囮に成って齧られて来い、巨乳だから適任だろ」

「セクハラとパワハラを強烈にミックスした命令でありますなッ」

 

姦しく騒ぎながらの逃走劇は、何某かの扉を見つけた事で一段落を見せる。

 

我先にと飛び込んだ逃亡者たちが即座に扉を閉め、間髪入れずに部屋の中に在った

本棚だのダンボールだの机などを積み上げバリケードを作る、この間実に5秒。

 

やがて扉の向こうから、何か柔らかい物を叩きつけ、潰れるような音がする。

息を飲み様子を伺い、扉の動く様の無い事を確認してから、崩れる様に座り込んだ。

 

「ああ、いやだいやだ、これだから艦娘なんて物に関わりたくなかったんだ」

「いやいや、アレは明らかに艦娘では無いでありましょう」

 

座り込み息を整えている内の会話に、どちらともなく溜息が漏れる。

 

草臥れたシャツのポケットから、皺くちゃに潰れた煙草を取り出しては、咥える。

火を点けてそのままに深く、肺に呑み込む様に吸っては、煙を吐き出した。

 

「煙草は身体に悪いでありますよ」

 

副流煙に顔を顰めた揚陸艦が、そんな他愛のない非難を男に届ける。

 

「知った事か」

 

発足したばかりの憲兵なる組織より、あきつ丸と名乗る艦娘が訪れた先は

陸上自衛軍の基地の片隅で、窓際勤務に精を出していた男へと協力の依頼が有った。

 

艦娘の試験機関に関わった「提督候補」の一員であった彼に、

 

内容は、廃棄されたかつての人造付喪神、艦娘製造の研究施設、

おそらくはそこを根城にしているであろう、一人の研究者の捕縛である。

 

「しかし何だ、電気も通っているし、薬品や書類まで並んでいる」

「ここを根城にしているという情報は、間違っていない様でありますな」

 

逃げ込んだ先は大きめの倉庫の様な場所で、各所へと抜ける通路の役割も兼ねている。

積み重なる書籍、書類、様々な薬品や触媒など、随分と年季の入った雑然さが見て取れた。

 

何故か置いてあった灰皿に、吸殻を捻じ込んでは感想を言葉にする。

 

「というか、どれだけ杜撰なんだよ我が国は」

「何分、戦時下でありますから、一応は」

 

手持無沙汰な互いは、戯れにいくらかの書類を抜き出しては、内容を斜めに読めば。

 

―― 少彦名と妖精、及び深海棲艦の類似性

―― 魄の消滅から発展する霊獣の生成の可能性

―― 裸身活殺拳と長門型、島風型の艦娘の関係性

―― 属性の変化に因る深海棲艦の変化

 

「件の研究者は」

「人間の進化の可能性、とかいう与太を研究している様ですな」

 

―― 駆逐艦はどこまでが犯罪なのか 睦月型に関する考察

 

男が書類を床に叩きつけると、即座にあきつ丸が踏み付けた。

 

―― 艤装に水着を適応させる術式について、第624考

―― 艤装に浴衣を適応させる術式について 第372考

―― 艤装にサンタ衣装を採用させる意義 再々々々提出

 

見れば棚の一つは、全てがこのような内容のもので。

 

「燃やして良いでありますな」

「止めてくれ、せめて脱出するまでは」

 

疲れた声のやり取りを経て、書棚を抜けていけば、大小様々な硝子容器の連なり、

中にはホルマリンに漬けられた肉片が浮かび、ラベル分けされていた。

 

「3日前の日付で14歳女性、形式は漣」

「こっちは先週でありますな、26歳男性、形式は電」

 

腕、指、髪、臓物、様々な部位が並べられ、倉庫の一角に薄暗く鎮座している。

 

「行方不明になっていた、何某かの成れの果てでありますか」

 

飄々とした言葉が、薄明に響いた。

 

「成れの果てだと」

 

言葉を聞きとがめた人間に、艦娘はそれとひとつの施設を指し示す。

 

様々な配線の沈み込む、怪しげな溶液に満たされた金属製のバスタブのような箱。

 

「旧式、最初期の建造ドックでありますな」

 

建造ドックと言う言葉に、訝しげなままで周囲を調べ始める。

わかった事は単純で、設備が生きている事、最近にも使われている事。

 

「何某かの特殊な方式で、艦娘を作っていたのかと」

 

薄明の中に、結論が響いた。

 

「お前らは、本当に何なんだ」

 

溜め息と共に吐き出された言葉に、あきつ丸は決まり悪げに応える。

 

「よく出来た、深海棲艦でありますよ」

 

曰く、深海棲艦は水妖であると。

 

水生木の相生に従い、五行に於いては木の属性を持つあやかしである。

木の性質は曲直、およそあやかしとしては権威に対する反逆の性質を持つ。

 

「そのままだと使えませんので、属性の移動を試みるわけで」

 

相生の巡りに合わせ属性をズラしていく、木生火、燃料、火の属性を持つ作業を通し

火生土、まずは土の属性に変異させる、土の性質は蓄積、及び誕生。

 

「そして属性が土に成ったソレを土台として、新たなあやかしを生み出せば」

 

即ち、数多の資材で作り上げた、土の属性を持つ建造術式を通せば土生金、

土より産まれた金の属性のあやかしとして成立する。

 

「金の属性が持つ性質は守護者、兵器として望ましい位置でありますな」

 

かくして艦船の魄を加工して作り上げた金の属性の器に、人造の霊魂を注ぎ

最終的に魂魄を、陰陽相を持つヒトに似たあやかしもどき、艦娘が完成する。

 

「というのが、陰陽系の受け売りであります」

 

適当に書類だの機材だのを取り上げては置きなおし、使えないものは放り棄て、

ながら作業の曖昧に滔々と述べていた話題は、そんな形で締め括られた。

 

「淡々と言うかと思えば、受け売りか」

「はてさて、神道系だとまた別の解釈がある模様で」

 

講者は肩を竦めて不明を詳らかにする。

 

「もともとは大陸の赶屍術由来の形式だそうで、そう間違ってはいないかと」

 

僅かばかりのフォローを入れれば、聞きなれない単語が付随している。

赶屍術とは何かと男が聞けば、揚陸艦の妖怪はさらりと答えた。

 

「動く死体を造る術でありますよ」

 

空気が、どこか漂白されたかの如き静寂が在る。

 

「結局さっきのやつのお仲間じゃないかッ」

「あっとしまった」

 

身も蓋も無い結論に、途端に騒々しくなる薄明の空間。

 

やはり齧られて来いだの、そんなご無体などと、中身の無い会話が飛び交う。

 

「何でそこまで艦娘を拒絶するでありますか」

 

聞けば男は、決まり悪げに頭を掻いて、唸る。

 

「振られた腹いせだ」

 

ようやくに零れた言葉に、凶相の薄れる気配が有った。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

倉庫も奥まった場所、何某かの小部屋に通じるであろう小さい扉の間に

黒髪を後ろに括った小柄な姿の人影が在る。

 

その姿が視界に入った時、石の如くに固まった人間から、零れた音が在る。

 

「……吹雪」

 

男とあきつ丸が辿り付いた折、特に感情の感じられない動作で、ゆるりと振り向いた。

 

「見張り、という事はここが当たりの様でありますな」

「ああ、というかどうしたものかね、これは」

 

何はともあれ意思の疎通を図ろうと、近寄るふたりを見つめていた吹雪が、口を開けた。

 

かぱりと。

 

蝶番で口を開ける貯金箱の様に、耳元まで裂けた口蓋には、鮫の如くビッシリと牙が ――

 

「うわあああああああああぁぁッ」

「のげえええええええええぇぇッ」

 

反射的に銃床を引き抜いたあきつ丸が、何の躊躇いも無く口の中に弾丸を叩き込む。

衝撃に吹き飛ばされた頭部に、付随するかのように大股開きで背中から倒れ込む何か。

 

「なんて嬉しくないパンチラでありますッ」

「余裕あるな貴様ッ」

 

だがしかし、その余裕もすぐに消える事になる。

 

それは、お座りをした熊のぬいぐるみの様に、足を開いたままの姿で起き上がった。

まるで身体の芯を固めたまま無理に動かしているかのように、肉体でL字を描いたまま。

 

勢いに釣られ、千切れかけた頭部の上半分がぐらぐらと揺れた。

 

そのままに立ち上がる、膝を曲げるなどの動作の一切無い、異様な飛びあがりであった。

 

「頭部、脳みそに叩き込んだのに効いてないでありますッ」

「見ればわかるよッ」

 

それは、わずかに飛び跳ね、前に倒れる。

 

そのまま地面に手をついて、ガサガサと、四つん這いのまま蜥蜴の様に動き始めた。

 

「て、転身転進てんしーんッ」

「畜生、これだから艦娘は嫌いなんだッ」

 

廃墟の奥で、何とも救いがたい響きが木霊した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 零ロ

端的に言えば、運が悪かったという事なのであろう。

 

敵がいて、味方が居て、どこかで戦端が開かれると言うのならば、彼の纏める部隊が

その位置に在ったのも、死守を命じなければならない場面であった事も、

 

―― 彼だけが生き残り、英雄と称えられたことも。

 

折からの開戦に至る経緯の内、戦友も、肉親も、彼にとって大事な悉くが失われている事も

 

やはり運が悪かったとしか表現が出来ない事柄でしかない。

 

「ありがとうございます、司令官の為に私、頑張りますねッ」

 

後に艦娘と呼ばれる、小柄な少女にしか見えないそれを引き連れた、凶相の小男。

 

一見すればただの事案であるのだが、朗らかな特型駆逐艦の笑顔が雰囲気を中和

 

―― できていないが。

 

まあ彼の普段の景気の悪い顰め面の端に、軽く含羞の色が浮かぶ程度に打ち解けていて、

不貞腐れたままに出向と成った英雄の、研究施設での生活は悪い物では無かった。

 

詰まる所、彼は運が悪いのだ。

 

そう、悪い処の生易しい表現で済む場所では無かった。

 

 

 

『あきつ退魔録 零ロ』

 

 

 

吹雪の姿で這いずる四ツ足は、ざりざりと擦るような音を立てては追い立てる。

 

千切れかけている頭の上半分が肉体に作用していないのか、それともただの擬態なのか、

障害物に当たる度に動きを止め、いちいちに牙を立てて、それが何なのかと確認をとっていた。

 

何にせよ様々な動作は速いものの、移動自体はかなり遅い。

 

逃走を続けるふたりは、僅かでも時間を稼ぐべく通りすがる度に備品、薬品棚などを

次々と引き倒しては、雑然とした倉庫の中で騒々しく埃を立て続ける。

 

「要点を纏めよう、そもそも捕まったら駄目なのか」

「鬼ごっこを知っているでありますか」

 

書類棚を倒しながらの短い問いには、書類を撒き散らしながらの短い答えが返って来た。

 

鬼に印を付けられれば、鬼と成る。

 

「ぞっとしないな」

 

そう言って、かなり大きめの棚をふたりで引き倒せば、その裏で逢ったのは笑み。

眼前に現れたのは、白いワンピース風のセーラーを纏った何か。

 

叢雲、の様である。

 

ただ、顔は従来のそれよりも縦にひしゃげており、耳元まで裂けた口元に

鼻先に寄った淀んだ眼窩、そして狭い額と、随分と異様な容貌をしている。

 

空白の時間は刹那、ふたりが反射的にとった行動は、拳を固めて顔面に突き出す事で

唸りを上げて叢雲の顔に迫る二組の拳は、そのまま何もない空間を通り空振りをする。

 

ぎゅちょんと、遅れて聞こえてきたのは泥沼に岩を投げ入れたかが如き湿った音。

 

見れば叢雲に、首が無い。

 

正しくは、胴体深くへと頭部が引き込まれ、肩口からは銀色の体毛が生えている有様。

 

―――― ッ

 

声にならない悲鳴の先で、腕と足も蛇腹の様に縮み胴体へと収納される。

 

何やら悪趣味な抱き枕の様に成った胴体は、取り込んだ質量の分だけ膨らみを増し

はち切れそうな制服を纏う肉塊を、思わず後ろへと蹴り飛ばす逃亡者。

 

それが滑るように転がって行った先には、吹雪の牙が待ち構えていた。

 

「叢雲殿カッコカリの犠牲は無駄にしないでありますよッ」

 

思ったより至近に居たと、慌てて逃走を再開する背中に届くものがある。

 

ヒトに似たモノとは思えない悍ましい色合いの声、当たりに飛び散った体液から

黴を擦り付けた鉄錆の如き悍ましい臭いが漂い、途端に倉庫へと充満を果たす。

 

鼻が曲がるような思いを堪えての逃走の果て、壁際の扉へと飛び込む頃、

背後からは途切れる事無く、肉を引き千切り汁を啜るような咀嚼の音が響いていた。

 

扉の鍵を閉め、暗闇に息を整えている内、扉越しに響く音が消える。

 

「何だったんだ、アレは艦娘なのか」

 

小声の問い掛けに、あきつ丸が首を振った気配が在った。

 

抑えた声で語る内容は、艦娘はヒトに近い分、僅かなりとも五行の全ての属性を抱えていると。

属性を持つと言う事は相克、その属性の特徴である強弱の関係も抱えると言う事。

 

「金の属性、つまりは弾丸がまったく効かないなどという事は、無いのでありますよ」

 

ならあれはと継いだ合の手に、内心のわからぬ平坦な言葉で応えがある。

 

「木の属性を持っていない、深海でこそ無いものの、完全にあやかし側ですな」

 

そう締めくくっては、壁際を探り照明を点ければ ―― 空気が凍り付いた。

 

そこは打ちっ放しのコンクリート壁に、質素な寝台と机の在る、

飾り気の無い仮眠室か何かの様な小部屋であった。

 

ただ、壁の低い所にびっしりと、

 

―― 尽忠報国 ―― 神州不滅 ―― 何が何でも南瓜を作るのです

―― 一日戦死 ―― 胸に愛国、手に連装砲 ―― 一億一心

―― ライスカレー ―― 己殺して国生かせ ―― 遂げよ聖戦

 

隙間なく刻みこまれた文字が在る。

 

音の無い部屋に、漸くに乾いた声が零れた。

 

「何の、呪いだ」

「不可解な事ばかり、であります」

 

互い、頭痛を堪える様に顔を覆い、力無く座り込む。

どちらともなく深く息を吐き、首を振り、口を開いた。

 

「で、あの化け物をどうにかする算段はあるのか」

「察するに、アレは水の属性のあやかしでありますな」

 

額狭く、口大きく、甲羅を有し、鱗無く、要は亀や蝦蛄などの水辺の生き物であり

水の属性を持つ何某かに現れやすい身体的特徴である。

 

そんな呆けた様な響きの声でのやり取りのうち、対策が段々と固まって行く。

 

「しかし問題はアレだな、使える状態だと思うか」

「研究で使っていた様ですし、そこまで分の悪い賭けでは無いでしょう」

 

そしてふたりが並び、扉の前に立つ。

 

勢い良く扉を引けば、視界に映ったのは倉庫では無く、何やら溝色に染まった衣服。

四ツ足を壁に引っ掛け、出口を塞ぐかの如く吹雪が広がっていた。

 

驚愕に固まった表情のまま、反射的に直蹴りを叩き込む艦娘と人間。

 

「へばり付いているのは反則だろうッ」

 

中身の詰まった麻袋の如く確かな重量を思わせる感触に鳥肌を立てながら、

言葉少なく、蹴り飛ばされ蹲る吹雪に向かってふたりが走り寄る。

 

爪を立て、獣の如き姿勢で威嚇の様に頭部を開く吹雪の手前、

全速で駆け付けた互いが、左右に分かれそのまま走り抜けた。

 

「やはり、標的が別れたら一瞬固まったでありますなッ」

「命令は遂行するが判断力は無い、という所か」

 

後ろを振り返る事無く、床を蹴り、薬品棚を飛び越え、慌ただしく逃走を再開する。

 

「ああ畜生走りにくい、誰だ、こんな所で薬品棚倒して放置した奴はッ」

「まったく、通行人の迷惑と言うものを考えて欲しいでありますッ」

 

倉庫の通路に引き倒された棚や、大量に撒き散らされた書類の惨状を作った誰かに

対する恨み言を吐きながら、ハードル走の如く軽やかに駆け抜ける。

 

漸くに目的の個所に至るあたりで、背中側から大きい音が響いた。

 

軽く後ろを伺う視界に入った物は、想像よりも遥かに高く、一足に飛び掛かって来た

捕食者の姿であり、そのままに獲物である人間の視界が牙で埋め尽くされる。

 

そのまま暴力的な運動エネルギーを得た質量に押し倒された形に、足が差し込まれる。

 

腕よりも強力な足を使う事、不格好でも投げるだけなら力で何とか成る事など、

いくつかの利点に因り、それは、実戦的な柔道技であると言われている。

 

飛び掛かる相手の肩を抑える形の両手、腹腔に全力で叩き込まれる蹴り足。

百年の恋も冷めるが如き牙の並ぶ大口を、口付けでもするかの至近に眺めながら、

 

変則の巴投げが、迫る異形を蹴り投げた。

 

間髪入れず、宙に浮いたその姿に、肩口からぶつかって跳ね飛ばす揚陸艦。

その先には、浴槽式の建造ドックがあり、薬品の飛沫を上げながら、怪物が叩き込まれる。

 

「今でありますッ」

 

銃床を引き抜き、起き上がろうとする異形を弾丸で釘付けにする憲兵の横で

起き上がった男が操作盤に駆け寄り、全てのメモリを引き上げ暴力的に起動させる。

 

電光を伴う轟音が、倉庫に響いた。

 

悲鳴であろう絶叫の元、件のあやかしが身もだえ、捻じれ、全身で何かを現しながら

その体躯が末端から黒く変色し、ボロボロと、風水を受けた砂像の如く崩れ始める。

 

加害の立場にあるふたりは糸が切れたかの様に座り込み、そして、あきつ丸が嘯いた。

 

「土克水、土の建造術式は水を留め、汚し、その在り方を失わせるであります」

 

長く轟いた悲鳴も耐え、激しい動きに撒き散らされる飛沫も途絶えた後には、

 

浴槽の中に、泥の様な何かが積もるだけ。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

容疑者の捕縛はあっさりとしたものであり、拍子抜けと言った塩梅であった。

 

鶏がらの如くにやせ細った初老の研究者は、さしたる抵抗も見せずに大人しく

縛につき、連絡を受けて回収に訪れた官憲の部隊へと引き渡す。

 

戯れに、あきつ丸が何をやりたかったのかと問うてみた。

 

「原初のバクテリアには、酸素は猛毒であったと言う事を知っているかね」

 

意味のわからない答えが返って来た。

 

「やがて彼らの中で、酸素を取り込む事に成功した個体が生き残り」

 

―― 旧きモノは駆逐された。

 

楽しそうな口調のご高説を賜る機会を得てしまった揚陸艦が、肩を竦める。

 

環境の変化に対応できた哺乳類しかり、文明と言う道具で様々を奪い尽す人類しかり。

 

「敵を取り込んだモノだけが、この惑星の主という地位に座れるのだよ」

 

不思議と、この言葉だけが記憶に残ったと言う。

 

何にせよ、近隣を襲っていた連続誘拐殺人の主犯であり、どうあがいても

死刑判決は免れまいと、遺言を聞く心持で引き渡しまでの時間を潰していた。

 

この時の判断を、あきつ丸は悔やむ事に成る。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 零ハ

色の褪せていく黄昏の中、廃墟の中の霊的洗浄も終わりを迎えようとしている。

 

紙巻に火を点ける音がした。

 

無遠慮に廃材の転がる建物の壁際に、無気力に座っている人影がふたつ在る。

幾らかの申し送りのため、手持無沙汰に時間を潰している艦娘と人間。

 

「刃を2回、柄を3回交換した斧は、もとの斧と同一だと思うか」

「振られた理由としては、随分と変化球でありますな」

 

軽く皺の寄った紙巻を指に挟み、顔の下半分を覆うように深く吸う。

 

煙と共に吐き出されたのは、何もかもを失った哀れな男が、

素直な少女に絆されるという、何処にでもある話。

 

「柄にもなく、立ち直れそうだなと思えたんだ、吹雪が居れば」

「まごう事無きロリコンでありましたか」

 

違いないと苦笑する声が、伽藍の堂に響く。

 

「初期艦として付いて来てほしいと誘って、翌日に答えを聞くはずだったんだがな」

 

そういえば、泣きそうな表情には何か別の意味があったのかと嘯き、語る。

 

翌日に嬉しそうな笑顔で自分へと駆け寄って来た少女の言葉は、

 

―― はじめまして、吹雪です

 

それきりに言葉が絶え、夕風が敷地を通り抜けた。

 

ふたりの手元にはいくつかの書類、最初期の提督適性試験の顛末。

男の受け持ちであった特型駆逐艦は、期間中に複数回の改装と交換を受けている。

 

咥えていた紙巻の火を、鎖の様に新たな煙草に継いで、煙を中空に遊ばせる。

付き合いたまえと大仰な一言を添えては、皺くちゃの箱をあきつ丸へと差し出した。

 

恐々とした手つきで紙巻に火を点けた揚陸艦は、一息に吸っては咽せて咳を吐く。

 

あきつ丸の恨みがましい目つきに、どちらともなく笑いが漏れた。

 

「なあ、吹雪は何処に居たんだろうな」

 

あきつ丸が書類の中から、一枚を抜き出して男へと渡した。

 

やがて廃墟より官憲や陰陽師の一団が現れて、この事件は一旦の幕を引く。

 

 

 

『あきつ退魔録 零ハ』

 

 

 

埃の積もった小部屋の扉が開く。

 

打ちっ放しのコンクリートの壁、簡素な寝台と机、様々に彫り込まれた言葉。

 

「此処だったのか」

 

小男が手にした見取り図を眺め、間違えていない事を確認する。

 

試作型人造付喪神宿所、つまりはかつて彼と共に在った初期艦たちの寝所であり

先ほどにあやかしから追われた折、咄嗟に逃げ込んだ小部屋である。

 

―― 七生報国 一機一艦 おまんじゅう

 

壁に彫り込まれた言葉は、物言わず何かを伝えて来ようとしては、空気を重くする。

 

―― 羊羹 必至必中 しょーとけーき

 

言葉を辿るうちに、段々と、段々ととぼけた単語の割合が増えて行く。

 

―― お洋服 紅茶 いいから南瓜を作るのです

 

作られては消え、作られては消えて行った試作艦娘たちが、それでも短い生のうちに

僅かに手に入れた何かを、せめて言葉だけでもと残した傷跡。

 

―― カレーぱん カレーうどん カレーせんべい

 

指でなぞりながら言葉を追う先で、ふと、男の指が止まる。

 

「ああ、そうか」

 

人の名前。

 

提督と付けられた、誰かと、自分の。

 

「お前は、此処に居たのか ―― 吹雪」

 

誰も応えるはずもなく、ただ静寂のみが個室を包んでいた。

 

そのうち、扉の向こうより足音が響いてくる。

 

「何か見つかったでありますか」

 

顔を出した揚陸艦に、苦々し気な表情で男が答える。

 

「困った事に、僕は提督だったらしい」

 

それはそれはと肩を竦めた揚陸艦が、そのままの風情で提督用の制帽を差し出した。

 

「吹雪殿の、私物でありますよ」

 

寝所とは別に、艤装などの倉庫もあったらしい。

 

「失くしたと思っていたんだがな」

 

受け取りながら、存外、手癖の悪いやつだと苦笑して帽子を被る。

 

「提督と言っても、あてはあるのですか」

「以前から、横須賀に誘われていてね」

 

様々な省庁より海軍に人材が送られている現状、防衛省経由の提督は

横須賀としては、喉から手が出るほどに欲しい人材であったらしい。

 

幾度断ってもしつこく誘ってくると言う、今もまだ。

 

先約がありましたかと肩を落とす揚陸艦が、重ねて問うた。

 

「上京でありますか」

「残念ながら泊地だ、北の果てに行く奴が居ないらしい」

 

鮭蟹帆立でありますなと嘯く艦娘に、何で艦娘はまず食べ物なのかと苦笑が出る。

言葉を交わす内も歩みは止まらず、やがて廃墟より出て、夕闇に染まり始めた敷地。

 

あきつ丸、と男がはじめて名前を呼んだ。

 

「おそらくはロシア、深海棲艦に挟まれて激戦区となるだろう泊地だが」

 

来ないか、と。

 

誰そ彼も終わる頃合いの静寂に、揚陸艦が逡巡し、やがて首を振る。

 

「自分は、憲兵が性に合っている様で」

 

ただ、柔らかい笑みがそこに在った。

 

互いの影が交わらず敷地に伸びたまま、やがて闇に薄れて行く。

 

そんな気はしていたんだと溜息がひとつ。

 

「やれやれ、振られ続ける人生だ」

 

肩を竦めて漏れ出した声には、何某かの諦めが混ざっていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

日本国勢力最北端最前線、横須賀鎮守府第5番泊地、通称 ―― 単冠湾泊地。

 

黒に染まった制服を纏う揚陸艦と、凶相の似合う提督が騒いでいた。

 

「死刑判決を受けていたはずでありましょう」

 

アリューシャン列島奪還後、ロシア側との折衝を続けるうち、

随分と因縁のある姿が映った写真を入手する機会が在った。

 

鶏がらの様に痩せこけた、初老の研究者。

 

「横須賀の第四に調べて貰ったがね、どうもはじめからこうなる予定だったらしい」

 

野党勢力からの圧力で執行猶予が付き、市民団体が引き取り、消息を絶つ。

つまり全ては、陰陽寮の監視を振り切り足取りを消すための茶番であった。

 

彼の研究者と、陰陽寮と海軍に因る艦娘の技術発展の方向性が食い違った時点で

いくつかの市民団体と接触、中華人民共和国への亡命を決意していたらしい。

 

ただ、研究のために。

 

「……ああ、大陸で死体が活用されているのは」

「少なからず、コレが関わっているのだろうな」

 

重くなった空気にコトリと、本日の秘書艦を務める霧島が珈琲を置く。

 

「マンデリンか、最近は高騰しているのにどうしたんだこれ」

 

普段の代用珈琲ではなく、ちゃんとした珈琲豆の香りに驚きの声が漏れる。

 

「ブルネイの5番泊地からの頂きものです」

 

あきつ丸と提督が、珈琲を吹き出した。

 

「おい、何か君の言っていた魔女がウチに手を伸ばしているみたいなんだが」

「油断も隙も無い方でありますな」

 

ジト目の提督の発言に、愉しそうにクツクツと笑うあきつ丸。

 

そのうち、やや軽くなった空気でいくつかの情報を交換する。

 

大陸の混迷は香港省の独立で一旦は収束したが、ゲリラの多発で研究どころの騒ぎでは無く

つまるところは件の研究者が、団体を頼って日本へと帰ってくる可能性が高いと。

 

「ああ、道理で最近憲兵の周りが煩いわけで」

 

ブルネイ第二の漣に直接話を持っていくと把握される恐れがあると、

ならば龍驤殿に仲介を頼みますかなど、こまごまとした手順が構築されていく。

 

「まあ何だ、いつかの続きをしなくてはならないわけか」

「次は、仕留め損なわないように気を付けましょう」

 

韜晦の声に合わせ提督が取り出した箱から、互いに紙巻を指に摘まむ。

 

「煙草は身体に悪いですよ」

 

点火の音に気付いた秘書艦の咎める声を聞き流し、互いが深く肺まで煙を吸い込んだ。

一息の溜めを以って吐き、煙に乗せた言葉がどちらとも無く漏れる。

 

―― 知った事か

 

肩を竦めた霧島が、軽く空いていた窓を全開にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49 影絵芝居の国

クラーケンと言う名称が初めて使われたのは、18世紀に記されたノルウェー博物誌である。

 

それ以前にも海洋の巨大生物の記述は様々な国、様々な時代に散見する事が出来る。

聖ブレンダンの航海記に記された、生きている島などが有名な所であろう。

 

そのような海の良く分からない生き物に、分類学の父と呼ばれるカルル・フォン・リンネは

主著「自然の体系」に於いて、ミクロコスムス・マリヌスと名を付けた。

 

そう、海のよくわからない生き物ミクロコスムス、とりあえずでかい。

 

頭足類じゃないか、などとほやほやした物言いをしていた所に、ノルウェー博物誌に於いて

奴は墨を吐く、などと書かれたものだから、何となく巨大烏賊のイメージが付いてしまった。

 

尤も、以降にコレがクラーケンとピシッとした物言いで定義されたわけでもないので

巨大蛸であったり、鯨であったり、海星であったり、様々なクラーケン像が生まれる事に成る。

 

要は、でかい海の生き物である。

 

巨大な身体を持つ海の怪異、例えばシーサーペント、リヴァイアサン、そしてクラーケン。

 

これらは邦訳する折に違う字が充てられたため、それぞれ違う海の怪異と扱われがちだか、

出典時に差異はあるものの、一般で使われる名称としては実の所、かなりの部分が被っている。

 

同じものを別の国の言葉で言っていた場合、翻訳の過程で別物になる、よくある話だ。

 

さて、話を戻してクラーケンである。

 

前述の聖ブレンダンの航海記に於いては、約2km程度の大きさの円形の島であった。

この航海記に限らず、円形の島に上陸したらそれは生き物であったという記録は幾つか有る。

 

それらの記録に散見する記述を纏めてみれば、とにかく巨大であり、時折草木が生え、

星のような模様、複数の触腕、このあたりがクラーケンは海星であるという主張の理由なのか。

 

そしてさらに、ブヨブヨとした感触、半透明の色合い ――

 

そんな巨大な生き物が、龍驤たちの目の前に浮かんでいた。

 

張り詰めた空気の中、龍驤とグラーフを航空戦力と置き、ついでに利根を付けた後に

随伴駆逐を入れた、通称、索敵には多分困らないんじゃないかな艦隊は臨戦態勢を取る。

 

「龍驤ちゃん」

 

随伴の島風が声を掛ける。

 

「ああ、間違いないわ」

 

言葉を受けた龍驤は、グラーフに縫い包みの様に抱えられたまま、深刻な表情で口を開いた。

 

「クラーゲンや」

「それが言いたかっただけじゃろ」

 

コラーゲンの親戚の様な名称であった。

 

どうでもいい話だが、ミクロコスムスの名称は17世紀、フランチェスコ・レディの

「生きている動物の観察」の記述、ミクロコスモ・マリノから採用している。

 

何か変な生き物を見た、岩みたい、小さな草木とか生えてるっぽい、などと書かれている。

 

後年、何でリンネがコレを巨大生物と勘違いしたのかわからないと言いながら、

とある生き物の学名として、ミクロコスムスの名称が採用された。

 

脊索動物門、尾索動物亜門、ホヤ綱、壁性目、マボヤ科、ミクロコスムス属。

 

つまりホヤである、ミクロコスムス属のホヤは可食らしい。

 

それはさておき、クラーゲンは通りすがっただけで、特に何の問題も無かった。

 

 

 

『49 影絵芝居の国』

 

 

 

グラ子に抱えられたままの姿でマレー半島に東側から入り、海岸に隣接する

ソンクラー湖のヨー島に辿り着いたあたりで、何か見覚えのある艦娘の姿があったわけで、

 

今回の呼び出しについて嫌な予感が湧き出て来た。

 

ブルネイ第二鎮守府3番泊地、通称ヨー島泊地。

 

マレー半島、タイ王国南部に位置しとって、マレーシアやシンガポールに関わらず、

つまりはマラッカ海峡を利用せず、陸路で横断する場合に重要な意味を持つ泊地や。

 

とはいえ、わざわざマレー半島を陸路で横断するような事態も限られているわけで

 

普段はタイ南部からマレーシア、タイランド湾から南シナ海あたりに出張する、

動かしやすい戦力として第二鎮守府にこき使われとる、まあ戦力の要やな。

 

そんな湖上の城塞に居たのは、タウイタウイのビスマルク。

 

相変わらずの黒と灰の脇出し制服やけど、何つうか艤装が随分ゴツくなっとる。

察するに、ビスマルク・ドライへの改装が終わったんやなとか。

 

「久しぶりねグラーフ、そして龍驤」

「ああ、見違えたなビスマルク」

 

眉一つ動かさずヒトの頭越しに旧交を温めとる、つーかグラ子もそろそろ離せやと。

 

何やら艤装を見せびらかせながら、良いのよ、もっと褒めてもとか言いだした

暁型の戦艦をスルーして、今日はプリンツは居らんのかと聞いてみれば、方向を示す。

 

見れば少し離れた所でプリンツが、利根や鈴熊と一緒に何やら盛り上がっとった。

 

「ドイツ艦だらけやな、何や問題でも起こったんか」

「トルコから中東に抜けて、オイルロード経由で来た娘が居るらしいのよ」

 

何となく互いに考え込む風を見せて、

 

「イタリアから?」

「イタリアから」

 

さもありなん。

 

「何や、イタリア艦娘の督促にでも出張って来たんかい」

「それとついでに、私たちの様子見かしらね」

 

面倒事が面倒事を持ってやって来たと、まあ本土に丸投げやけどな。

 

そんな会話を続けている内に影でも射したんか、これまた見覚えのある外観が姿を見せる。

 

「はじめまして、と言うのかしらね、イタリアから特使で派遣されたビスマルクよ」

 

でかい暁が増えた。

 

「あらはじめまして、日本へと譲渡されたビスマルク ―― ドライよッ」

 

ドライのあたりに随分と力が籠もっとる。

 

「その艤装 ―― そう、コレが日本の改装技術」

 

何やらドライに興味津々と言う風情でペタペタと触りまくるビスマルクと、得意げに

胸を張るビスマルク、何やろな、こういうんも自画自賛言うんやろか。

 

「凄いわね、ここまで強化されれば、もう世界最強の戦艦じゃない」

 

そんな手放しの称賛に、我らがビス子は随分と煤けた雰囲気で目を逸らした。

 

「うん、貴女も日本に行って大和型にへし折られればいいわ」

 

言葉に何か隠し切れない黒さが混ざっとる、合掌。

 

突然に真っ白な灰と化したビス子に動揺しつつ、ようやくに紹介が途中だったと気付いたか

軽く咳をしてコチラの方へと視線を向ける金髪きょにゅー、まあしゃあないな。

 

「ブルネイの泊地に所属しとる、軽空母の龍驤や」

 

「龍驤型航空母艦2番艦の、グラーフ・ツェッペリンだ」

「待たんかいドイツ製」

 

ヒトの頭の上で何か凄い事を言いだしたグラ子にツッコミを入れた。

 

目を白黒とさせてグラーフ、龍驤型、あれ、などと困惑する有名戦艦を尻目に

相も変わらずウチの後頭部に胸を押し付けながら、グラーフが口を開いた。

 

「龍驤、私は徒然に考えてみたのだが」

「言い回しが妙に日本的やな」

 

前から少し怪しいと思っとったが、小泉八雲症候群にでも罹患したのか、とか何とか。

 

ともあれ曰く、グラーフ・ツェッペリンは未成空母、即ち此の世に存在しない空母やと。

 

「つまりだな、実は言ったもの勝ちなのではないかと」

「ひたすら待ちやがれドイツ製」

 

誰やグラ子に阿呆な事仕込んだのは、うん、思い当たりが多すぎる。

 

とりあえず帰ったら隼鷹を吊るそう。

 

「グラーフが自己主張を、立派に成ったわね」

「その孫娘を微笑ましく眺める親戚の目付きは止めんかい」

 

ドライの脳みそ並に生温かい視線を咎めれば、アインスが釣られて口を開いた。

 

「え、ええと、おめでとう?」

「キミも空気に流されんな」

 

畳みかける様に重巡組からお下げ二つ括りのミニスカ重巡が駆け付ける。

 

「お姉さまが二隻、ココはヴァルハラですかッ」

「ややこしいから隅っこで萌えとれプリケツおでん」

 

何か心に響くもんでもあったんか、スカートを抑えて地面に沈み込むプリンツ。

いやさ、前を抑えると後ろが持ち上がって丸見えよね、そのスカートの短さだと。

 

そんな轟沈艦の向こうから、シルバーブロンドの日焼けしたスク水セーラーが駆けて来る。

 

「お久しぶりです皆さん、ろーちゃんです、はいッ」

「誰やキミ」

 

いや知っとるけどな。

 

「ろーちゃんはろーちゃんですって」

 

そんな謎の南国潜水艦を後頭部から鷲掴みにするのは、同じくスク水セーラーピンク髪、

川内と同じく、口さえ開かなければ美少女と名高い潜水艦、伊58。

 

「あー、ちょっと信じられないかもしれないけど…… U-511でち」

 

あ、ビスマルク組が固まった。

 

グラ子も意外過ぎたのか、ウチを抱えていた腕が解けた。

 

突如に訪れた天使の通行の如き静寂の内、伊58にドラム缶配達の礼を言っておく。

 

一息、途端に騒がしくなった一同の中、ただ一隻アインスの方のビスマルクが黙考の姿勢を

見せ、やがて何かに思い当たったのか、胸を張って解放されたウチに宣言した。

 

「つまり龍驤は、ツッコミねッ」

 

素晴らしく得意げな顔で言いきってくださいました。

 

「何、もしかしてビスマルクはどいつもこいつも脳味噌生温かいんか」

 

聞いては見た物の、ゴーヤにはわからないでちとか苦笑が返って来たわけで。

 

ソンクラー湖の水平線に、いつまでも喧騒が響いていたとか何とか。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

私、島風は、利根ちゃんからお昼ご飯代を渡されて、何でも経費で落とすとか

それはともかく、ヨー島所属の長波ちゃんと一緒に食べに出たのです。

 

波打つ長い髪のドラム缶マスターと、ああでもないこうでもないと騒ぎながら、

ヨー島から橋を渡ってソンクラーに。

 

龍驤ちゃん曰く、ソンクラーは特筆すべき何事も無い凄まじく微妙な土地と言う事に

定評があるとかで、強いて言えばイスラム教徒が多いとか。

 

タイ王国内のイスラム教徒がソンクラーの在るタイ王国南部に固まってるとかで

住人の2割強がイスラム教徒の地域だって言ってた。

 

見ればそこかしこの店は、ハラルかノンハラルかの区分けがしっかりとされている。

眺めて見るうちでは、中華料理系のお店はノンハラルのお店が主体みたい。

 

「ソンクラーは海産物が美味しいんだっけ」

「まあ海岸沿いだからなーって、私らの居る所は何処でもそうだろ」

 

身も蓋も無い長波ちゃんの言葉に納得しつつ、屋台を漁ってみる。

 

「あ、長波ちゃん、パッタイだよ、パッタイ」

「いや落ち着け、何でパッタイでそこまでテンション上がるんだよ」

 

パッタイ、タイを炒めるという意味の、米紛麺の炒め物。

 

私が艦の頃に生まれた料理で、未だ生き残っているのを見ると何か嬉しくなる。

 

「何というか、懐かしい戦友に会った気分なんだよ」

「あー、言われてみれば、そんなもんかねえ」

 

せっかくなのでと二人前を頼み、屋台前の席で昼食と洒落込む事に。

 

長波ちゃんが言うには、パッタイはタイ王国の代表的な料理と言われるほどに

その地位を確立しているとか、それはまた凄い出世だよね。

 

ついでにドリンク屋台でカフェ・イン(アイスコーヒー)を頼んで、軽く一口飲んでみる。

 

ギッシリと氷の詰まったカップに注がれたのは、インスタントコーヒーとミルク、

それにたっぷりの砂糖、凄まじく甘いけど、暑さの中だと何か美味しく感じる。

 

さてさてと、主役のパッタイに目を移せば、米紛麺の上に乗ったプリプリの海老も美しく、

酸味のある香りの中、もやしと豆腐、ライム、砕いたピーナッツが食欲をそそる。

 

軽く麺を啜って見れば、舌の上にタマリンドの酸味が踊った。

 

暑い中の酸味のある食べ物って、どうしてこんなに自然にお腹に入って来るんだろう。

正面の見慣れた顔も、海老を噛みながらどことなく表情を緩めている。

 

「うん、今回の屋台は当たりだな」

 

今日の長波ちゃんは案内役だと思っていたけど、挑戦者(チャレンジャー)だった模様。

 

「パッタイは、辛くないのが良いよな」

「タイの料理としては珍しいよねー」

 

キンキンに冷えた超甘口アイスコーヒーの冷たさもあって、酸味のある麺料理が皿の上から

見る見る内にその姿を消して、少し暑さにやられていた身体に活力を与えてくれた。

 

「んじゃ、まだ時間あるだろ、軽く摘まむ物でも漁って帰ろーぜ」

「おぅッ」

 

補充した活力を、屋台巡りで結構消費してしまったのは少し失敗だったかもしれない。

 

でもまあ、楽しかったからいいかな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50 親切がいっぱい

 

フィリピン5番泊地より、抜錨していた小規模の駆逐艦隊による遭遇戦が在った。

漣に浮かぶ木の葉の如く、ただ1隻の深海棲艦に良い様に蹂躙されている。

 

「雪風は、沈みません……」

 

同僚の浜風を庇い、直撃弾を受けた小柄な駆逐艦が、そう零した。

 

その言の葉は弱々しく、内容に背く現状をありありと示している。

もはや進水の霊力も切れ、辛うじて浮いているだけという艤装の先に、追撃。

 

迫り来る終焉を覗きながら、雪風の心に浮かぶ言葉がある。

 

―― ああ、今度は置いて行かれないのですね

 

視界が鋼で覆われ、着弾の音が鼓膜に響いた。

 

「飛行甲板は、盾ではないのだがな」

 

突如の言葉を発したのは誰か。

 

短めに揃えた髪下に、白を基調とした軽目の和装を身に纏う、航空戦艦。

 

「……援軍?」

 

日向は、夢見心地の言葉を零した駆逐艦の声に、軽く口元を歪めた。

 

そのまま視線を逸らし、撤退を指示する。

 

「図らずも戦力の逐次投入の形になったか、酷い物だ」

 

軽く愚痴をこぼし、雪風を曳航する浜風を横目に流しては、敵影と相対する。

言葉を拾ったのは、やや後方より追いついて来た航空巡洋艦。

 

「残念ですが、逃げの一手ですかね」

 

日向より一回り小柄な、ざっくばらんの短髪の娘、最上型重巡洋艦1番艦、最上。

 

軽く牽制と撃ち出して居た瑞雲が、砲火の焙られ悉く撃墜された。

 

苦も無く、情も無く、ただ当たり前の様に。

 

生命無き白蝋の肌、屍の白、その身に纏う艤装は生体染みた輝きを持つ漆黒。

黒色のペンネントを鉢巻の様に額に巻き、数多の高射砲を背負うその姿は ――

 

「……防空棲姫、話に聞く沖縄のとは別個体か」

 

航空戦艦は、黒煙の燻る飛行甲板を構えなおした。

 

 

 

『50 親切がいっぱい』

 

 

 

悪い事言うんは何故か重なるもんや。

 

聞けばフィリピン海、パラオの北辺りに防空棲姫が出たとか何とか、

あかんがな、サイパン奪還時の航路にモロ被りやんかと叫んでいた所に

 

本土の研究施設がテロられたとか。

 

やらかされた研究所は陰陽寮の第二研、羅針盤関連を主に研究しとるとか。

 

テロと言うよりは押し込み強盗の様な感じで、様々な資材や資料をカッパらわれて

何かそのゴタゴタの余波で新型の羅針盤の作成や契約が遅れまくる見込み。

 

まあ要するに ――

 

「次回作戦に連合艦隊編成、間に合わないそうだ」

 

暗い声色で提督が言う通り、艦娘12隻を一つの艦隊で括ってフルボッコ計画が

始まる前に頓挫してしもうたという、実に泣けてくる報告や。

 

ちょっと思わず部屋の電気を消した時に64回に1回ぐらいの割合で叫びそうな

キュアーォと言う悲鳴に、タウイタウイから来ていた重巡が心配そうに声を掛けて来る。

 

「大丈夫、龍驤ちゃん、おっぱい揉む?」

 

窓から投げ捨てた、衣笠を。

 

「ふう、少しだけ落ち着いたわ」

 

そのまま階段をダカダカと駆け上がる音が響き、再度入室してくる衣笠(ガッサ)さん。

 

「ちょっと龍驤ちゃん、私じゃなかったら大変な事になってるわよッ」

「不覚、追撃も入れとくべきやったかッ」

 

言いながら両手で飛行甲板タッチを試みるセクハラ重巡の末端を、ピシピシと

高速ジャブで撃ち落とす一幕に、ちょい待ち、何でウチが揉まれる側やねん。

 

揉むほど無いけどなッ

 

やがて肩で息をして体前屈の2隻、傍らでジト目をしとった利根が言うてくる。

 

「いやお主ら、いったい何がしたかったんじゃ」

 

ウチにもようわからん。

 

「まあ何や、サイパンは今まで通り6隻の艦隊で押していく感じか」

 

何はともあれと息を整えて席に座りなおせば、衣笠(ガッサ)さんが後ろから胸を頭に乗せて来る。

 

ふ、最近グラ子や加賀が乗せまくっとるから、今更この程度ではダメージ食らわへんで。

 

「お主の頭、すっかり乳置き場に成ってしまったのう」

 

言わんといて、泣けてくるから。

 

「連合艦隊が無くても、参加艦と留守番には変更無いよね」

 

頭の上から掛けられたタウイタウイからの質問に、肯定で返す。

まあそこらは変更無しでも、出撃時の編成はまったく違ったもんになるわけで。

 

「結構、いろんな所を再調整せなあかんやろなあ」

 

シンキンしないようにテイクケアしていたのにと頭を抱える高速戦艦の長女に、

顔を引きつらせる妹3隻、笑顔のまま冷や汗が流れる大淀と叢雲、青い顔の提督。

 

あ、夕立が倒れた。

 

「筑摩、済まんが夜食の用意をしに行ってくれんか」

 

溜め息一つで切り替えた航空駆逐艦仲間の声に、間違いなく重巡洋艦サイズの妹が

執務室用予算から軽く現金を取って、笑顔のままで退室していく。

 

「まあ、今回の仕切りは第一本陣や、ウチらはそこまで口出す事も無いやろ」

「とは言え、空母組のほとんどを出す手前、処理は山積みじゃがな」

 

気が遠くなる話や。

 

「とりあえず大幅に変更が入るとは言え、やるだけの事はやっておくべきよね」

 

提督席の横、気を取り直した叢雲が、朝方に届いた艦隊編成素案を翳して結論を出す。

その声に釣られるように、暗い顔でようやくに再起動を果たす秘書艦組の面々。

 

「そういやウチは、どこ配属になる予定やったんかな」

「ふむ、ココじゃな」

 

書類を借り受けた利根が、文面の一点を指さした。

 

―― 龍驤:パラオで懐かしいドラム缶押し

 

「何でやねん」

 

内容を目にして固まった利根が、乾いた声で応える。

 

「今回の随伴は五十鈴で良いな」

 

よし、夕張と浜風と長波様も呼び付けよう、いや何でやねん。

 

「あー、本土側からの強い要望でな」

 

頭を掻きながら決まり悪気に提督が声を掛けてきた。

 

「今までのご褒美に給料泥棒してもええって?」

「まあそんな所、という事にしておくと平和だな」

 

うん、平和は良いものやね。

 

溜め息一つ、身体を沈める様に後ろにもたれれば、柔らかい感触が身を包む。

 

「いや衣笠(ガッサ)さん、いつまでやっとんのよ」

「飽きるまでー」

 

能天気な声色に、少しだけ救われた気がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

熱帯の熱気と湿気の立ちこめる龍驤の巣(きつえんじょ)には、今日も紫煙が燻っている。

 

そんな近寄るだけで何か魂的な物が穢れてしまいそうな空間に、立ち寄る航空戦艦が一隻。

見れば軽く拳となった右手の指に、瓶の先端を2本ばかり挟んでいた。

 

ほれと一声、煙の根源に渡された瓶に記されている文字はバービカン、テイストは柘榴。

 

サウジアラビアのアウジャン・インダストリーのブランドであり、

アラブ首長国連邦で製造されているノンアルコールビールの名称だ。

 

フルーティさが強く、ビールと言うよりはソフトドリンクの様な味わいがある。

 

「何かまた珍しいもん持ってきたな」

「甘いのは構わんが、ここらの飲料は甘すぎていかん」

 

そのままにひと時、瓶を軽く傾ける2隻の姿が在る。

 

渡す折に指先でねじ取った、ビール瓶の王冠を手の平で弄びながら、日向が口を開いた。

 

「最近、カラ出撃が多いんだが」

 

出撃はするものの、特に何事も起こらずそのまま帰還する、よくある話だ。

 

「予算申請の都合やないかな」

 

興味の無い風情で酷い事を嘯く龍驤が居る。

そのまま言葉も無く、やがてまた紫煙が軽く燻り出す。

 

「予算申請の都合、って事にしとかんか」

 

煙の隙間に、そんな言葉があった。

 

「雪風が、沈みかけた」

 

返す言葉は短く、それでいて様々な思いが込められている。

堪らずに軽く頭を掻き毟る軽空母を、静かに見つめている航空戦艦。

 

「小規模艦隊の編成は避ける様に言うとくわ」

 

ようやくに出た言葉はそんな物であった。

 

「ふむ、そうだな」

 

それを受けて軽く考える素振りを見せた日向は、軽い調子で言葉を繋ぐ。

 

「予算申請の都合ならば、仕方ないな」

 

軽く歪んだ口元に、龍驤は肩を竦めて嘆息した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51 孤独の肖像

 

従来ならば横須賀港で行われているそれであったが、今回は自衛軍の参加もあり

市街地にまで隊列で繰り出すほどの随分と大掛かりな代物となった。

 

観艦式である。

 

楽隊に混ざる艦娘たちを一目見ようと詰めかけた群衆が、差し止められた公道に溢れ

数多の日の丸が翻る中、昨今の景気の悪い情勢を吹き飛ばすかの如き喧騒を生んでいる。

 

ひときわ大きい音の中心にいるのは、大和。

 

連なるは横須賀に所属する艦娘たちであり、ある者は呑気に、ある者は引き攣り顔で

我も我もと詰めかける人波に手を振るなり何なりと、サービスをばら撒いていた。

 

見れば上空には色とりどりの艦載鬼が翻り、蒼天に鮮やかな絵を描いている。

 

「龍驤ちゃんもアリューシャンの功労艦なんだから、あっちに混ざってくればいいのに」

 

騒動を俯瞰できるほどに離れた場所で、横須賀の第四提督が傍らの秘書艦に声を掛けた。

 

「勘弁してえな、ウチは日陰で地道に仕事しとる方が性にあっとるわ」

 

そう答えた軽空母は、何やら目を瞑り指を額に当て、一心不乱に術式を維持していた。

 

陰陽系に限らず航空母艦にとって艦載機は、その全てを艦娘に依存して召喚されている。

 

当然に同時起動が可能な艦載機数は、霊魂的な群体生物と化したどこぞのリサイクル艦娘の

様な特例を除き、練度、霊格、魄に成る根本の空母としての格などに因る限界が存在する。

 

攻撃隊など複数部隊に分け発艦しているのには、霊的な負担を軽減するという側面があり、

英霊召喚に因る自立行動が可能かどうかが、航空母艦の強さの次元を変える所以である。

 

蒼天に音の波を響かせながら、曲芸飛行を行う艦載鬼が白煙で弧を描く。

今回の観艦式に於いて、龍驤は4スロット全てに艦載鬼を乗せ完全同時起動を行っていた。

 

とてもではないが、呑気にパレードに参加できる状態ではない。

 

「―― 見ツケタ」

 

今まさに空を舞っているのは、様々な塗装や煙幕を搭載させた ―― 55鬼の彩雲

 

「現在D-16からE-16、首都高湾岸線に入るみたいやね」

「こっちが当たりか、東名を張ってる組はご苦労さんと」

 

軽口を叩く傍ら、提督が手元の端末を操作する。

 

「和歌山、伊豆、小田原、そして横須賀か、余程太平洋が好きらしい」

 

送信先に集まっているデータ、公安、憲兵とも共通のそれを眺めながらの声。

 

龍驤に繋がっている艦載機妖精の強化された視界には、鶏がらの様な老人が映っていた。

 

 

 

『51 孤独の肖像』

 

 

 

マルタバックを作ろうと思う。

 

ムルタバとも言う、インドがデリー・スルターン朝だった頃に考案された代物で、

数百年をかけて貿易商を通し、中東、東南アジアへと広まり定着した料理や。

 

まあ要は、パンケーキとお好み焼きの合いの子みたいなもんやな。

 

広大な地域で長い年月を愛された料理だけあって、ジャンボ餃子みたいなもんから

フライパンサイズの今川焼みたいなもんまで、様々なバリエーションがあるわけやけど、

 

まあ今回はシンプルに、近所のインド風パン屋で売っとる朝メニュー的なヤツを、朝やし。

 

小麦粉を塩水で溶いてココナツミルクも少々、フライパンの溶かしバターで焼き揚げて、

火が通る前に溶けたバターを上からちょいと掛けるのが、ちょっとした工夫やな。

 

あとは余り物の野菜炒めを上に乗せ、半月状に折り畳んで(ムタッバク)出来上がり、カンタン。

 

そんなんを3枚ほど作っては、南インド風の油っ気の少ないカレーソースを付けた。

 

「カレーがサッパリしている分、意外と油っ気が合いますね」

 

青い一航戦(バキューム)がモソモソと食いながらコメントする横で、陽炎型の9番艦がコップを空ける。

適当にココナツミルクを注いでやったり、何やかやしている内に一段落。

 

洗い物を流しに置いて、軽く伸びをしては穏やかな笑顔のままで、

マッタリとしている2隻の方に近づいては、左右でアイアンクロー・スラム。

 

「というか、何でキミらは当然の様にウチで朝飯食っとんのかなああぁぁッ」

 

ピンフォールを奪える状態で(マット)に押し付けられては、ジタバタともがく二隻の姿に、

なんとなくささくれだった心が癒されて ―― ふんぬッ

 

ゴキリとした感触の破滅の音が両手に響き、静かな朝が戻って来た。

 

良い仕事をしてくれた両手を労わるように軽く鳴らしては、洗い物をしつつ、

簀巻き用の布団と荒縄を取り出したあたりでゾンビの様に起き上がる空母と駆逐。

 

ちッ、復活が早い。

 

「いやまあ、今日は食べに来たわけではないのです」

 

何かいつも言うとるな、それ。

 

「そうそう、次の作戦での配置に疑問が在るのよ」

 

何か文句を口にしようとした素振りでコッチを向いた天津風が、光の速さで目を逸らしながら

そのままの姿勢で懐から先日に配った配置プリントを取り出して、ちゃぶ台に置く。

 

ウチと五十鈴がドラム缶押しで、加賀が赤城と攻め手の一端、天津風は偵察哨戒か。

 

「私もドラム缶押しを希望します」

「ただでさえ少ないのに無茶を言うな一航戦」

 

横須賀とブルネイ以外の一、二航戦が壊滅しとるのに、抜けれるわけないやろがなと。

 

「私と龍驤が攻め手に居ないなんて変じゃないッ」

 

晩夏にドロップした駆逐艦が何言うてんのかと小一時間。

 

「せめて夕立程度の練度になってから言うてくれ、それは」

「何かさりげなくハードル高くない、それ」

 

叢雲やヴェールヌイと言わんだけ優しいと思うが。

 

ちなみにウチの駆逐はヴェールヌイと叢雲が2トップ、あとはだいたい中堅団子で

不知火や清霜がちょい低め、夕立時雨と朝潮、特型組が頭一つ抜けとる感じかな。

 

何にせよ、今回の作戦はブルネイ全鎮守府で向かう手前、第二鎮守府から参加する

駆逐連中が強すぎるわけで、中堅組は後詰か哨戒ぐらいにしか回せへんという次第。

 

「そもそも、何で龍驤がドラム缶押しなんですか」

「いや、コレ以上武勲を立てると本土の面目がヤバイらしいてな」

 

押し付けてきたくせに何という身勝手か。

 

まあ要は、今年の分は仕事したから有給休暇ってやつやな、とか。

 

何か納得いかないまでも、口を噤んだ加賀に代わって、天津風が問いを繋ぐ。

 

「それはそれとして、何で五十鈴が一緒なのよ」

 

爆乳やからや。

 

隙あらば、もぐ。

 

という本音は置いといて、適当な理由を口にする。

 

「言ってしまえばウチらは哨戒の後詰や、対潜が居ないと話にならんわけや」

 

何か納得いかないと呻きながら、ゴロゴロと転げまわる随伴志望艦の横、

落ち着いた空気で溜息を吐いた正規空母が、空の湯呑を差し出してこう言った。

 

「納得してあげますから、お茶を下さい」

 

そっと買い置きのマサラチャイを注いだ。

 

凄く納得出来なかったそうや。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

パラオ諸島近海の定期哨戒に於いて、叢雲率いる少数駆逐隊は深海棲艦の集団を確認した。

 

「軽空母1、重巡1、軽巡1、駆逐3 ―― 姫級が1」

 

叢雲の発言に、吹雪、綾波の表情が通夜の如く沈痛な面持ちと成った。

 

「この中で、自分は運が悪いなあって思う駆逐艦は名乗り出なさい」

 

言うまでも無いが、叢雲である。

 

「遭遇戦に起縁(げん)の悪い艦か、誰だろうね」

「ちょっと待て、そこの単艦で艦隊にボコられた武勲艦」

 

綾波の白々しい発言に、3隻の中で最も運の悪い叢雲がツッコミを入れる。

 

改装してからは籤とか良く当たるようになったんですよとか言いだす綾波に、

当たるなよ、それこそ心底に縁起が悪いじゃないのと小声で叫ぶ器用な叢雲。

 

そんな地道な足の引っ張り合いの向こう側で、よく見れば敵艦隊に異常があった。

 

防空棲姫 ―― が、友軍を潰している。

 

「仲間割れ?」

 

訝し気な旗艦の声に、ドヤ顔の特Ⅱ型をスルーして、長女がお花畑な発言を繰り出した。

 

対話の可能性を。

 

「敵の敵は味方って言うじゃない」

 

ラブあんどピースとかマリファナハッピーとか言いながら戦場に近寄る吹雪に、音。

 

吹雪の股間を通り抜けた砲弾は、制服のスカート部分を引き千切り、白い物が見えた。

彫像の如くに固まったまま冷や汗を流す姉に向かい、叢雲が言う。

 

「そんな簡単な理屈で協力できるなら、今の世界はもう少し平和になっているはずよね」

 

イマジンしたところでたった5人ですら仲違いをする現実、身も蓋も無い発言であった。

 

―― ヒトリデモ多く、イチビョウデモ長ク

 

同胞の屍を引き裂きながら、防空棲姫が先ほどから呟いていた言葉が、風に乗り届く。

漂ってくる鬼気に煽られ、真っ白な灰と化した駆逐隊が遠い目をしながら言葉を紡いだ。

 

「幸い、ここに龍驤は居ないわ」

「神通さんも居ませんね」

「夕立ちゃんも居ないよね」

 

ブルネイ式の突っ込め突っ込め突っ込め突っ込め、丙の4枚札な連中の事である。

3隻に見える位置に、そっと叢雲が差し出した羅針盤は、既に針が固着していた。

 

「陽炎型には、意地ってもんがあるのよ」

「白露型は、戦場でこそ輝けるんです」

 

「何か妹たちが特型を蔑ろにしている件」

 

なら特型はと、誰が口に出したのか。

 

「撤退、全速一杯ッ!」

 

一目散に逃げ帰ったブルネイ特型組は、貴重な情報を持ち帰ることに成功したらしい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52 色と白の境界

 

特徴的なエンジンマウントの主脚が薄い主翼へと格納される。

 

燃料噴射により打ち鳴らされた倒立V型気筒の騒音が、海原の遥か高みに鳴り響く。

鈍色に塗装された艦載機を射出したのは、グラーフ・ツェッペリン。

 

Bf-109Tを元に明石が改装した、Bf-109T改であった。

 

「主脚の強化と角度変更、燃料タンクの増強を空力の改善で誤魔化した感じですね」

「あー、先日の企業さんのデータからか」

 

無言なれど喜色の溢れる背中を眺めながら、龍驤が明石の報告を受けている。

 

「そうそう、因縁の連続炸裂カタパルトも改良したんですよ」

「ドラム式を取り外して、利根に付いてた火薬式の改良型に差し替えか」

 

不調の代名詞となっている火薬式カタパルト、随分と不吉な差し替えであった。

 

「これ以上は稼働実績積み重ねてからですね、それと、これはついでなんですが」

 

そう言って明石が、龍驤へと長細い棒状の装備を渡す。

 

「航空母艦用の後付けカタパルトの試作型です」

「そう言うと凄そうやけど、言うてええか」

 

棒やん、棒ですね

 

身も蓋もない会話が続いた。

 

「で、飛行甲板に引っ掛ければええんか」

「あ、はい、それでとりあえず今回はこの使い捨ての火薬式ユニットを乗せて」

 

龍驤が試行とばかりに広げた大符に鉄の棒を引っ掛け、ユニット接続を終わらせた頃

機材の中から明石が取り出したのは、1機の水上機触媒。

 

「試作の瑞雲、爆装形態ッ」

 

見れば瑞雲の下にやたらと巨大な質量が在る。

 

「あれ、おかしいな、ウチの目には試製魚雷Mを無理やり積んだ瑞雲が見えるんやけど」

 

試製魚雷M、陸上攻撃機のために開発されかけた、2トン越えの超巨大航空魚雷である。

 

「下瀬火薬も最新式の火薬に換装していますし、これなら鬼級も一撃ですよッ」

「いや、そうやなくてやな、大丈夫なんかコレ」

 

口を挟む暇も無く、明石が速やかに龍驤の艤装に触媒を入れて、艦載鬼が装填された。

 

「ささ、あとは撃ち出すだけです」

「何かなあ、嫌な予感しかせんのやけどなあ」

 

すこんと、

 

当然ながら大符より離陸できず転げ墜ちた瑞雲は接地して、爆発四散する。

爆焔は天高く泊地の埠頭を染め上げ、龍驤と明石を彼方へと吹き飛ばした。

 

大破した龍驤が入渠したのは、明石を逆さ吊りにした後の事であったと言う。

 

 

 

『52 色と白の境界』

 

 

 

ガールズトーク、とでも言うんやろか。

 

提督が席を外している隙に、なんやかんやで身も蓋も無い会話が飛び交う事がある。

 

あきつ丸(あきっちゃん)からの愚痴めいたメールを確認している最中に、おもむろに金剛さんが

いつも通りに脳味噌の生温かい発言をしたわけで、まあそれはええわ。

 

「潜伏先は大洗か、原子力研究所のある所やっけな」

「全力スルーはハートペインだからやめてくだサーイッ」

 

適当にめるめると打ち返してみると、凄い分量の愚痴が送られてきた、何や地雷踏んだらしい。

原子力関連の施設が在るせいで、令状までに物凄く調整が面倒になっているとか何とか。

 

「で、何や、吹雪がどうしたって」

「アンダーウェアの話デース!」

 

何で日も高いうちから下着の話をせなあかんのやろう、解せん。

 

「そやな、流石に紅茶のプリントパンツはあかん思うで、ウチは」

「何で私のシークレットを把握してるんデスかーッ」

 

おい、当てずっぽうなのに当たってしもたで、どないしよ。

 

いやな、鳳翔さんと洗濯とかたまに手伝っとるからな、結構見るねんプリントパンツ。

てっきり駆逐艦の誰ぞのやと思っとったんやけど、ココやったか。

 

「まあ、榛名のダズル迷彩パンツよりはマシかもしれんけどな」

「ななななななんにょ事ですかッ」

 

2ヒットコンボ、イエー。

 

顔を赤くして轟沈した高速戦艦2隻を、必死に宥める姉妹艦の姿が在り、

改めて話を聞いてみれば、勝負パンツとか言うもんは何ぞやという話らしい。

 

何や、提督に夜這いでも掛け ―― うん、ウチが悪かったから卒倒は止めて。

 

「何でも、第六駆逐隊の面々が勝負パンツと言っていたのを聞いたそうなんですよ」

 

宥めるというか力尽くで榛名にトドメを刺した霧島が、そうフォローを入れてきた。

 

誰とは言わんが、れでぃーカッコワライか。

 

考えてみれば近代の流行語やしな、というわけで勝負パンツと言うのは何ぞやと

適当に解説をして見れば、顔を赤くしたまま魂消て口から吐いている長女の姿。

 

「要は、ダズル迷彩パンツは普段履きで、紐のTバックが勝負パンツやな」

 

榛名が挙動不審になった。

 

「…………バタフライ」

 

ボソリと呟けば、不審艦娘の毛が逆立って固まった、本気か。

 

そっと霧島が榛名から1mほど距離を取った。

 

まあ単独で凄い方向に行っている三女は置いておいて、金剛さんが脱プリントパンツ

をすると言う、良きかな良きかな、ぶっちゃけ白露型より色気ないからなそれだと。

 

「具体的に言えばスタイリッシュ白パンの夕立より」

「何か飛び火してきた上に把握されてるっぽいッ」

 

提督ゴーストの艦娘下着事情知識、意外に合ってるもんやなあ。

 

「普段履きは腰履きやなくて尻包むようなんにせんと、形崩れるで」

「しかも駄目出しされてるしッ」

 

頭を抱えて叫ぶ夕立に、スタイリッシュとか呟きながら息を飲む戦艦姉妹、何やコレ。

 

「時雨なんか黒パンだし、夕立は大した事無いっぽいってばッ」

 

容赦ない発言に大淀の方へと目を向ければ、テレコを構えたまま眼鏡を光らせて頷いている。

 

後でデータ分けて貰お。

 

「そういう龍驤はどんなアンダーウェアなんデスかー」

 

聞きようによっては凄まじいセクハラ発言を受けて、素直に答えた。

 

「紐パン」

 

…… 何か空気が凍った気がするで。

 

「WHY?」

 

発音がネイティブになるほどの衝撃か。

 

「利根なんか前張りやし、龍驤は大した事無いっぽいてばよッ」

 

「何かパチモン臭く発言パクられたっぽいッ」

「というかどさくさに吾輩の下着事情を暴露するでないわッ」

 

姦しい騒ぎの中、何とも形容しがたい表情の金剛さんが音のない絶叫を上げ

ああうん、秘書艦組の小さい方から3匹が独走態勢入ったらそうなるわな、うん。

 

「吾輩は仕方ないのじゃ、改二制服になってからは横から見えてしまうしの」

 

腰回りまでスリット入っとるからなー、利根の制服。

 

というか後ろの筑摩の笑顔が、加賀が「やりました」とか言っている時の雰囲気に妙に

一致しとるんやけど、騙されとるんやないか利根、言わんけど、筑摩怖いし。

 

そんな微妙な理由に成っているんだか成っていないんだかな話でも、金剛さんは

一応の納得を見せた模様で、そのままギリギリと音がしそうな空気でコッチを向く。

 

「ウチは用足しの都合やな」

 

いやな、ウチみたく太腿に艤装が在ると、任務中に用足すときに紐や無いとキツイねん。

つーか太腿にガッチリ艤装が在るタイプの艦娘は、結構紐パン派やでと。

 

「そういや夕立はどうやっとるん、太腿の魚雷発射管が邪魔すぎるやろ」

「ジョイントを緩めたら固定具ごと足首まで下ろせるっぽい」

 

重心も下がってしゃがみ込む時に安定するとか何とか。

便利やなー、ウチなんか緩めたら足の甲にスコーンやで、スコーン。

 

欠陥設計の宿業はこんな所にまで祟っとんのかと小一時間。

 

「ちなみに加賀はフンドシや」

「何の脈絡もなく暴露するでないわ」

 

何やひとしきり詮索されたから道連れが欲しかったねん。

 

凄まじいカルチャーショックに襲われて石像化しとる金剛さんを眺めながら、思い馳せる。

 

というか、着物系空母はフンドシ派ばかりやなと。

 

まあ袴やスカート丈が短めやから、履かない言う選択肢が無いからやそうやけど、

 

つーか、赤城や加賀や鳳翔さんまで、ウチにフンドシ勧めて来るのは止めてくれんかな。

 

「何でいきなり遠い目をしとるのじゃ」

「いやな、フンドシは己の心の様に輝く白とか主張されるとな、なんかもう本当に」

 

ウチにどうせいと。

 

「ちなみに二航戦は赤かったり青かったり黄色かったりする」

「心底無用な情報じゃな」

 

そうこうしている内、ヒエーの必死の救命措置で息を吹き返した金剛さんが主張した。

 

「こう個性豊かだと、プリントぐらいノープロブレムな気がしますネー」

「いや、プリントが許されるのはレディーぐらいやから」

 

かくて妙高型の如くメンタル大破で入口に向かい吹き飛んでいく高速戦艦。

そして提督執務室の扉の前で体育座りをしていた提督が発見される。

 

ああうん、入り辛いわな、確かに。

 

なんとも形容し難い金剛さんの羞恥の叫びが鳴り響く、泊地の昼やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

力無く緩んだ拳は、顔の前で見えない何かを掻き抱く様に置かれている。

 

肉体は側面を下に倒れ伏し、肘と膝が内臓を守るかの如く至近に在る。

 

そんな姿勢で埠頭に倒れている陽炎の横に、同じ姿勢で不知火、天津風が並んでおり、

さらにその横に今、気を失った島風を同じ姿勢に並べている那珂が居た。

 

「何やボロボロやけど、大丈夫なんか、いろんな意味で」

 

クーラーボックスを抱えた龍驤が、駆逐艦教導の様子見に訪れては、那珂に問うた。

 

「あはは、今日はヨー島組相手に演習だったから、結構頑張った方だよ」

 

これでもかいと聞けば、これでもだよと答えが返る。

 

「うーん、天津風ちゃんが思ったより合わせられる娘だったのは嬉しい誤算なんだけど」

 

少し決まり悪げに頭を掻いた軽巡洋艦が、言葉を紡いだ。

 

「陽炎ちゃんと島風ちゃんが上手く噛み合ってないかな、まだ」

 

陽炎に合わせた島風がトロくなり、島風に合わせた陽炎が早すぎて迂闊であると。

 

「まあ、今はダメダメだけど、次作戦までにはマシになってると思うよ」

 

ボックスから取り出した缶緑茶を受け取りながら、那珂がそう締めくくった。

 

死屍累々の埠頭にプルタブを押し込む冷たい音が響く。

 

「まあなんや、今日の所は」

 

それだけを言ってクーラーボックスから自分の緑茶を取り出した龍驤が、タブを開ければ

後方の川内の木から、水分枯渇した木乃伊の如き軽巡洋艦の呪いの声が響いた。

 

それに応えたか、焦げたまま逆さ吊りになっている工作艦も声を上げる。

 

そんな呪いの声を聞き留めた軽空母が、ロートと缶を持って吊るされ艦に近づいて行き

横目で流していた末の妹が、冷えたスチール缶を傾けたまま視線を埠頭に戻す。

 

背後でガボゴボと楽しそうな音が響く中、ピクリとも動かない4隻の駆逐艦。

 

中途半端で終わっていた龍驤の言葉を、那珂が継いだ。

 

飲茶(ヤムチャ)しやがって」

 

そういう事であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 伍

サイパン奪還作戦、その作戦本部はパラオに置かれている。

 

今回の作戦に参加する各鎮守府の艦娘たちは、パラオに点在する泊地旗下の

番所に艦隊ごとに振り分けられ、開始の時を待っていた。

 

パラオ北端に位置するアルコロン州、現地の発音ではガラロンと呼んだ方が近い土地に

かつての大戦時の日本軍の灯台跡、TODAIと呼ばれる遺跡がある。

 

緑の呑まれ朽ち果てたそこに、それぞれ緑と黄色の着物を身に纏う、正規空母の姿。

 

「飛龍飛龍、アレはカヤンゲル島かな」

 

晴天の下の水平線上、空海の青に染まらぬ影を指さして蒼龍が言い、飛龍が息を吐く。

作戦前の僅かな余暇に、番所の外を散策していた二航戦組であった。

 

「何でまたそんなにテンション高いのよ」

 

手刀を使い蒼龍の停止ボタンを押した飛龍が、溜息と共に問い掛けていた。

頭頂を抑え苦悶の響きを漏らしていた蒼龍が、やがてか細い声で心中を零す。

 

「センパイが居ないとさ、何かこう、不安って言うか」

 

皆まで言わせず、蒼龍の頬を飛龍が引っ張った、それはもう力強く。

 

突きたての餅の如く容赦なく引き伸ばされた頬から、声と言うより音としか表現の出来ない

嘆きの何某かが響き渡り、歯牙にもかけない飛龍の澄ました声が耳元に届いた。

 

「はいここで質問です、私たちは何でしょう」

 

何か哲学的な意味でも勘ぐりそうな漠然とした言葉に蒼龍の困惑があり、頬に捻りが入る。

ようやくに解放され、破滅の音がと頬を抑え涙を零す相方に、飛龍が重ねて声を掛けた。

 

「私と貴女で、第二航空戦隊でしょう」

 

短く、それでいて様々な意図の籠もった言葉が在る。

 

受けた蒼龍は頬を擦る手を止め、やがて脳内に言葉が染み入ってから、表情を変えた。

そうだねと言葉、自らの頬を叩いて気合いを入れ、めっちゃ痛いとか言って蹲る。

 

気を取り直し膝を伸ばしたそこには、ただ一隻の正規空母の姿。

 

「いろいろ頑張って、センパイに私の武勇伝を聞いてもらわなきゃ」

 

相方のお道化た言葉に、蒼天の下で飛龍は溜息を吐いた。

 

 

 

『天籟の風 伍』

 

 

 

様々な番所から参加艦隊が続々と抜錨する中、作戦本部に訪れた艦娘が居た。

ドック上がりでホカホカと湯気を立てている、軽巡洋艦の五十鈴と乳置きの龍驤である。

 

何か奥義でも開眼しそうな哀しみを秘めた瞳の軽空母が、今回の随伴の軽巡洋艦に抱えられ

幾隻かの艦娘が忙しなく動く最中、作戦指揮を執る本陣第一提督へと報告を告げた。

 

「本日分のドラム缶押し終わったでー」

「ふむ、何で入渠しているのか聞いて良いかな」

 

精悍な色合いの残る初老の本陣提督が、困惑気味に問い掛ける。

 

何故にドラム缶を押すだけで被害が出ているのかと、そんな当然の疑問に対して龍驤は

どこか遠い世界へと視線を向けて、感情の籠もらない平坦な声で言葉を紡いだ。

 

「炎天下の下、乳とドラム缶に挟まれて過ごしてみるか」

「いやだから、悪かったってば」

 

朝からずっと五十鈴とドラム缶に挟まれていた龍驤であった。

 

そんな、返答によってはセクハラ扱いされかねない微妙な問い掛けに、冷や汗を流して

固まる本陣提督の向こう、参戦している妙高の代理で付いていた大淀へと書類の提出。

 

控えめに言って紙資源の無駄としか表現できないほど、不毛な内容しか書かれていない。

賽の河原の石積みの如き業務内容に目を通した大淀が、呆れた表情のまま口に出した。

 

「思うんですけど、最近龍驤さん、自分の足で歩いていませんよね」

 

言われてみれば、最近の龍驤は抱えられっぱなしの置かれっぱなしである。

 

「軟骨がすり減っとらんから、身長が1cmぐらい伸びとるで、きっと」

 

入院患者の様な強がりであった。

 

「んで、情勢はどないな感じなんや」

 

与太を適当な所で切り上げて、奪還作戦の進捗を問いかけるドラム缶担当。

 

「予想通りだな、深海棲艦がざっと30、一か所に集まっている最中だ」

 

本陣提督が軽く指し示した先では、舞鶴より参陣している秋津洲が、やや姦しく

海図の上に駒を置いて、長距離偵察の内容をリアルタイムに反映させていた。

 

パラオとサイパンの中間、ややサイパン寄りの地点、海上の瘴気が薄くなっている隙間

所謂、羅針盤の航路と呼ばれるそこへ続々と敵艦が集結しつつある状況である。

 

「こっちの艦隊に向かって各個撃破って感じか」

「返す返すも、新型の羅針盤が間に合わなかったのは痛恨事だな」

 

羅針盤の加護により艦娘は、瘴気の薄い個所、航路に居る限りは深海の汚染を防ぎ

例えば深海堕ちの危険性など、様々な霊的汚染から防護されている。

 

現行の羅針盤では、ひとつの羅針盤に登録できる艦娘の数は、6隻。

 

「向こうからも偵察機が飛んでいる、先遣隊が見つかった頃合いだな」

 

かもかもと言いながら次々と動かされる駒を眺め、龍驤が一言だけ感想を述べる。

 

「阿呆ちゃう」

「阿呆なんだろうなあ」

 

呆れ果てたような声色に苦笑交じりで応えながら、提督が一点を指し示した。

海図の上に置かれた駒は、深海棲艦を模したそれらとは違い、制帽を被るヒトガタ。

 

「舞鶴から消えた、元沖縄のアレか」

「何でも、海の上に立っているらしい」

 

端的な言葉に、しばらくの静寂がある。

 

「よっしゃ、とりあえず深海提督と名付けよう」

「そういう問題なのだろうか」

 

内容の無いやり取りで気を取り直し、龍驤が改めて本陣提督に問うた。

 

「哨戒の方は」

「何の問題も無い」

 

肩を竦めた軽空母が、自分を抱えている軽巡洋艦に指示して退出しようとする。

ほな、ドラム缶の所で待機しとるわという声に、軽い声色で伝達する一言。

 

「そうだ、お前の所の明石から荷物が届いていたぞ」

「あー…… ギリギリで間に合わせやがったかー」

 

最後に背中越しで、呆れた色の言葉だけがあった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

蒼天の下、ドラム缶の上で紫煙を燻らす軽空母が居る。

 

咥え煙草のままで触媒を艤装に装填し、幾つかの式鬼紙を書き直している。

 

気楽な風情なれど、どこか張り詰めた物のある艦載鬼整備の空気の中

同じドラム缶に横からもたれ掛かって居た五十鈴が声を掛けた。

 

「ねえ龍驤」

「なんやー」

 

気の無い返事。

 

「何で今回の随伴が、私なの」

 

重ねて問う、貴女は私に何を望んでいるのかと。

 

「ぶっちゃけ、肉の盾」

 

眉一つ動かさずに酷い返答が在った。

 

思わず足の力が抜けた五十鈴が、ドラム缶にしがみ付くような形で滑り落ちる。

 

「って、何よそれはッ」

「いやかましいッ、その駄肉を少しは削れっちゅう親切心や、親切心ッ」

 

にわかに騒々しくなった埠頭の先、近隣哨戒に出る艦隊が手を振っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 陸

「見様見真似ヨー島式、変位抜錨霞砲撃ッ」

 

超高速で吶喊した島風が、駆逐イ級の寸前で無理な角度の急制動を掛けた。

 

敵影を突き抜けるが如き残像を生み、身体を横に回転させながら、側面を通過する。

回転の最中、抱え上げていた連装砲ちゃんが、過たず駆逐イ級の胴体を撃ち抜き、

 

そしてそのまま、すッ転んだ。

 

のぎゃーとか叫びながら海面を転がる駆逐艦に、深海の艦隊の意識が向いた隙、

連続する爆音、吹きあがる水面、次々と撃ちこまれた砲雷撃。

 

「コケなければ格好良かったのですがね」

 

硝煙の下、不知火が呆れ半分の声色で感想を述べた。

 

「状況終了、被害は無いかな」

 

旗艦の陽炎の問い掛けに、濡れ鼠が一匹とタオルを渡しながら天津風が答える。

 

「うう、皐月(さっ)ちゃんの境地は遥かに遠いー」

 

ヨー島所属第二鎮守府最古参、睦月型5番艦皐月、ブルネイ鎮守府群最強の駆逐艦の

呼び名も高い、今作戦の陽炎哨戒戦隊が先日に相手取った演習相手である。

 

濡れ鼠と成った島風の髪を、タオルで挟みながら嗜める声。

 

「真似はいいけど段階は踏みなさいって ――」

 

言葉が、止まる。

 

駆逐4隻の哨戒艦隊のやや弛緩した空気が、突如に凍り付いた。

 

即座に全員が身を翻し、海上に現れたあからさまな異常に注目する。

蒼天の下を煉獄に書き換える、粘ついた悍ましさを濃縮したが如きの、瘴気。

 

それは、紅の零れる漆黒の艤装に腰掛ける、白蝋の人形。

 

「防空、棲姫」

 

乾いた声を落としたのは誰であったのか。

 

作戦開始と並行し、陽炎哨戒戦隊、防空棲姫に遭遇す。

 

 

 

『天籟の風 陸』

 

 

 

「臆病だと思うかね」

 

動き出した盤面に、細かく指示を出しながら本陣提督が問うた。

 

唐突な言葉に、大淀が困惑する。

 

昼の最中の作戦総本部、やや薄暗い室内に見える物は、様々な通信機材と盤面。

初老の本陣提督の周りを、慌ただしく留守役の駆逐艦が走り回っている。

 

「いやなに、あの暴虐軽空母ならば、どうしていたのだろうかと考えてな」

 

困惑した様相の軽巡洋艦に、年甲斐も無く軽くお道化た風情で言葉が紡がれる。

 

盤面の上にあるのは、艦隊の各個撃破を目指したが如くに動き出す、深海の軍勢。

秋津洲の向こうで、前髪を切りそろえた陽炎型の駆逐艦が通信機材の横で発言した。

 

「羅針盤固定、第三艦隊と第七艦隊は逸れたわ、到達は8割」

 

伝達を述べ、盤上の艦娘の駒を並べなおしながら、初風が言葉を受けた。

 

「はっきり言って、妙高姉さんの方が私は怖いわね」

 

首元に手をやって、コキコキと鳴らしながらの感想である。

 

「妙高さんはどれだけ恐れられているんですか」

「いや、怒ると本気で怖いぞ、彼女は」

 

呆れ半分の大淀の声に、本陣提督が韜晦した声色で返答を入れる。

 

そのまま軽く弛緩した空気の中、敵陣の中央に配置された深海提督の駒を眺め、語る。

 

「英雄と凡人を分けるのは、天運だと私は思う」

 

唐突な言葉に、不明瞭なまま大淀が問い返した。

 

「天運、ですか」

「天に愛されているとでも言うのかね」

 

いや、畏れられているのか、と小さく零す。

 

「戦後に様々な再評価が行われ、欠陥空母と言う位置づけになったが」

 

戦中ならと、嘯く様な声色で滔々と作戦本部に声が通った。

 

「この海に在る妄念が最も恐れているであろう、帝国海軍最強の航空母艦、龍驤」

 

そのあたりは君の方が詳しいのではないのかねと、言葉を渡す。

 

「まあ確かに、当時の米帝での龍驤さんの評価はとんでもなく高かったですね」

 

神出鬼没にして、姿を見せれば確実に敗北を与えて来る、絶望の具現。

かのアメリカ合衆国に最も痛撃を与えた一隻であり、拠点潰しの代名詞と成った。

 

ミッドウェーの勝利に際し、現地の高官は口を揃えて自らの勝利をこう評したと言う。

 

―― 龍驤が居ないという幸運に恵まれた

 

本人が聞いたら鳥肌を立てるほどの高評価である。

 

そして本陣提督は席に座り直し、背もたれに深く体を預け、言う。

 

「仮に、今ココに座っているのが私ではなくアレだったなら」

 

全てが思い通りに動いてくれていたのだろうと零し、逸れた艦隊の駒を眺めた。

 

「まあ私だけなら良くて6割、2割の差分は、アレが自軍に居るお零れか」

 

苦笑交じりの声の中には、軽い喜びと、僅かの羨望が篭められている。

 

「常日頃に暴虐軽空母と言っている方の言葉とは思えませんね」

「いやさこの齢だからな、正座で説教された相手には、どうしても素直になれんのだ」

 

ツンデレというやつかもと水上機母艦が合の手を入れて、初風にシバかれた。

 

「まあ何だ、そんな英雄と違って凡人の私は実に臆病なのでね」

 

肩を竦めていくつかの書類を抜き出し、初風に渡す。

 

そのままに通信機に向かう駆逐艦を横目に、残りの書類を廃棄箱に放り込んだ。

 

「百の方策を立ててからでないと、怖くて戦場には向かえないのだよ」

 

その言葉を皮切りに、様々な通信が飛び交い俄かに騒々しくなる作戦本部。

ひとしきりの指示が終わった後、計器を注視しながら初風が発言した。

 

「瘴気濃度限界値に達します、通信途絶まであと30秒」

 

そっと、大淀が通信機器を本陣提督の前に置く。

彼は机の上のマイクを眺め、視線を盤上に映し、軽く息を呑んだ。

 

視線の先は、ブルネイ第一鎮守府本陣所属、第一艦隊旗艦、長門。

 

やがて、言葉と化した万感の思いがその胸中より溢れ出してくる。

 

「長門よ、待ちに待った艦隊決戦だ」

 

落ち着いた声色を一度に切り、両の手の親指と人差し指で視界の盤上を四角に区切る。

 

切り取られた世界の中には、数多くの深海棲艦と、艦娘。

 

「糞餓鬼に、戦争を教えてやれ」

 

言葉が世界の温度を僅かに下げた。

 

張り詰めた表情のまま、初風が通信途絶を宣言する。

 

そして見える物は、戦場。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

意気揚々と深海を率い、羅針盤に惑わされる艦隊を潰すべく動き出した軍団に、

しかしてその歩みは突然に止められる、動きを止めた深海に在る物は、信じ難き表情。

 

「予算申請の都合とは、よく言ったものだ」

 

艦隊に在る日向が嘯いて、飛行甲板を構えた。

 

それを実現させたものは、膨大な出撃記録に裏打ちされている、可能な限りの羅針盤制御。

 

「戦力の逐次投入が可能なら、そりゃあこうなりますよねー」

 

少しばかり呆れた風の声を零すのは、航空巡洋艦、最上。

 

「ブルネイの運営組の根性の曲がりっぷりは筆舌に尽くし難いっぽい」

「いや待て、お前も秘書艦なんだからあっち側だろ」

 

舞鶴より参戦した天龍が、棚に上げた発言をした5番泊地の夕立にツッコミを入れる。

 

「いえいえ、私たちの提督は真っすぐな方ですよ」

 

他は知らないがと、言外に含みを持たせた発言をしたのは、妙高。

 

そんな発言に、妙高型姉妹の他3隻が何か言いたそうな表情のままに固まる。

 

「いやいや、龍驤サンもどこまでも真っすぐなヒトだぜ、ドリル並に捻じれているだけで」

「あー、無理も道理も根こそぎ穿って行くわよねー、確かに」

 

発言を受け、まったくフォローに成って居ない軽口を叩くのは、隼鷹と飛鷹。

 

「まあ何だ、被害覚悟で逐次投入されるよりは遥かにマシなのは確かだ」

 

提督はスルーなのかと軽く首を鳴らしながら問い、そして現場の総意を語ったのは、武蔵。

 

僅かに姦しい様相の艦隊を見つめ、深海の最中、強張った表情の深海提督が言葉を零す。

 

何故、と。

 

言葉は海に呑まれ、返す充ては無い。

 

「さて、いよいよだな」

 

緩く階梯陣を指示して、長門が言葉を響かせた。

 

その海域に存在する艦娘 ―― 8艦隊、48隻。

 

「奴らに戦争を教えてやろう」

 

深海勢力の1.5倍の戦力を背負い、艦隊総旗艦が宣言した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 漆

言説は上滑りをしている。

 

数多の艦娘と深海棲艦の集う決戦海域は、唐突に深海提督の独壇場と化していた。

 

戦わないと言う本当の意味のでの理想だの、非暴力の覚悟だの、

随分と聞こえの良いだけの言葉が海域に響き、そのまま消えていく。

 

言争(ことばたたかい)の類かと思ったのだが」

 

狂人を見る目付きで長門がぼやいた。

 

防衛ラインの破綻、航路の分断、深海への様々な漏洩が齎した被害は多岐にわたる。

 

奪うだけ奪い、殺すだけ殺し、今も集団で艦娘を嬲ろうと出撃した当人の

事ここに至って開いた口から出た言葉である。

 

当然の事だが、深海側は艦娘に砲口を向けたままだ。

 

「撃ちこんだら駄目っぽい?」

 

可愛らしく聞く夕立を、頭痛を堪える風情の天龍が抑える。

 

「とりあえず口上が終わるまで待たないと、困るからな、報告書とかで」

 

声色に疲労が滲んでいた。

 

 

 

『天籟の風 漆』

 

 

 

隼鷹の機嫌は、加速的に悪くなっていった。

 

何の事は無い、件の深海提督が民間人を前線に置く非道、強制する卑劣と、

いちいち隼鷹や飛鷹を引き合いに出して、代弁者の如くに語っているからだ。

 

もはや演説は論説とは呼べないほどに万遍無く破綻している。

そのうえ支離滅裂かつ話が次々に飛び、詭弁と言うにもあたらぬほどの有様。

 

何でも、電信柱が高いのは総理の責任らしい、ファンキーな遺言である。

 

しかるに、はじめは狂人だと思った。

 

次に、以前に龍驤が語っていた平和ボケの成れの果てかと考えた。

 

そして、現実を理解できていないと想到するに至り ――

 

「武蔵サン、ちょっと頼まれてくれるか」

 

目の前の肉塊の哀れさに溜息を吐き、旗艦へと望みを告げる。

 

その結果、深海提督の前方に居た戦艦ル級の頭部が消し飛んだ。

轟音の後には、至近の惨劇に顔色を蒼褪めさせて口を開き、閉じる人影。

 

提督と呼ばれた酸欠の金魚に向かい、隼鷹の言葉が飛ぶ。

 

「どうした、続きをホザいてみろよ薄汚い邪魅が」

 

感情の籠もらない声が海原に響いた。

 

硝煙の漂う空間に今、海域の全ての視線を集めたのは、洋装にアレンジされた

狩衣とも、巫女ともとれる紅白の和装束に身を包む改装空母。

 

「ウチの提督なら、砲弾の2、3発じゃ舌は止まらないんだけどな」

 

訪れた静寂に息を吐き、吐き捨てる様に言葉を重ねた。

 

静寂は死に繋がると提督に思い知らせた暴虐軽空母の事は、そっと心の棚に上げる。

 

「どうせ理解も()()()()()()()()()のだから無駄だろうが」

 

因果は含めないとなと、小さく零して隼鷹は武蔵の前に立った。

 

「アタシも、確かに戦争は嫌いだよ」

 

呑まなきゃやってられないねぇ、などと些細な言葉を挟みながら

張り詰めた空気の中、飄々とした態度で頭を掻きながら言葉を紡ぐ。

 

「でもさ、やるべき事から目を逸らして駄々を捏ねる餓鬼とは一緒にされたくないね」

 

そもそもと、深海の勢力を指さして言葉を続ける。

示した指先に釣られる様に、様々な視線が深海提督へと集まった。

 

「何で戦艦に砲弾が当たったんだい」

 

前に戦艦が居たからである。

 

「何でさっきから時折視線を後ろに向けているんだい」

 

随分と薄い後方には、人ひとりがすり抜ける程度の隙間がある。

 

「味方を盾にして、囮にして、自分だけ逃げ出す算段かい」

 

意識しているか否かはともかく、結局の所はそういう事なのだろう。

 

手漕ぎ轟沈丸1世号と共に砲雷撃に参加した某提督は、実は艦娘間で伝説に成っていた。

馬鹿である、指揮官としては褒められたものではない、というか主に龍驤のせいだ。

 

だが、そんな馬鹿げた行いには隼鷹の胸を打つ物があった。

 

思えば、自分の知る軍人は誰もがそうであったと。

 

赤い水干の相方も、国の威信を背負った戦艦も、同じ工廠で不安を抱えていた大戦艦も。

改装空母である自分より、可能な限り、そう、可能な限り常に先に立っていてくれた。

 

別に、何某かの言葉が在った訳では無い。

 

だが、申し訳ないと、せめて元より軍属の自分たちが先陣を切るべきだと。

 

だから飛鷹は囮として使い潰されても、妄執を抱かなかったのだろう。

生き残った自分も、哀しみこそ在れど誰かを恨むような気にはなれなかった。

 

そう、比較する対象が居るが故に、ことさらにその不実が際立って見える。

 

「てめえの言葉には誠が無え」

 

是非は問わない。

 

魂魄の奥底より来たる、一切の迷いの無い言葉が海域の全ての心を穿った。

 

「くだらない問答は終わりだ」

 

宣言に合わせ大符を海上に広げる。

 

それを見た加賀と瑞鶴が、齧っていた軍用糧食(おにぎり)を頬袋に放り込んだ。

蒼天へと放たれる式鬼紙が滑走するのは、航空式鬼神召喚法陣隼鷹大符。

 

「手伝え飛鷹、一切合切を折伏し、この海域を浄化するッ」

 

声に促されるように次々と大符を広げ、あるいは弓を引く航空母艦たち。

 

「じゃ、そろそろ素敵なパーティはじめるっぽい?」

 

左翼前方、深海勢力の側面から響いた声に全軍が鳥肌を立てる。

 

続け様に上がる水柱、微塵に砕かれた漆黒が周囲へと散らばり轟音が海面を撃った。

 

「夕立、突撃するっぽいッ」

 

「既に突撃し終わっているのですッ」

「いや、ここからさらに征くつもりじゃないかな」

 

舞鶴より参戦していた電と響が暴走駆逐艦に追随する。

 

「あらあら、元気ねえ」

「二度とブルネイには関わらねえぞド畜生ーッ!」

 

肩を並べる龍田の声と、天龍の叫びが砲火の隙間を縫って空へと響いた。

 

何が起こったのかを誰も理解する事の出来なかった数瞬、その僅かな隙に

天龍水雷戦隊がどこまでも敵陣深くに切り込んでいく。

 

「―― ッ、 砲雷撃開始、空母は後ろに、演習通り階梯陣のまま2時方向に前進」

 

突然の凶行に呆けていた長門が、慌てて全軍に指示を飛ばした。

数多の艦載機が空を埋め、至る所で火砲の轟音が波紋を作る。

 

僅かな時間、位置の入れ替わりの折に隼鷹と擦れ違った長門が、憮然とした表情で零す。

 

「まったく、どうしてくれる」

 

怪訝な表情の航空母艦に、旗艦を務める戦艦が八つ当たり気味の恨み言を述べた。

 

「お前に見惚れていたせいで、先駆けされてしまったではないか」

 

虚を突かれた表情に、少しだけ溜飲の下がった本陣主席の満足が在った。

ヒーローの変身中に容赦なく攻撃する秘書艦魂の苦情を言われてもと、苦笑が在る。

 

「つまり、龍驤サンのせいだ」

「そうか、龍驤のせいか」

 

かつての相方を売り渡すのに何の躊躇いも無い元第四航空戦隊が居た。

 

「なら仕方ない」

 

どちらの言葉であったのか、さしたる違いも無く。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

南洋神社は北にバベルダオブ島との境海を臨み、南はコロール島の内海に面する

海岸に囲まれた高地、コロール島と形作る瓢箪の括れの様な個所に配置されている。

 

密林と呼ぶべき植生の木々の狭間、近年に拡張された境内に居るのは、龍驤。

 

人気のない空間で、やる事と言えば当然の如くに紫煙を吐いている。

 

「貴女は、まだ自分の事を認められないのですね」

 

境内へと届く声。

 

何時から其処に存在していたのか、境内の中を歩む青い正規空母の姿が在る。

 

「加賀、やないな」

「いいえ、加賀ですよ」

 

割れた空の如く弧を描く口元が、龍驤へと言葉を紡ぎ出した。

 

「貴女がそう呼んだのですから」

 

そのような言葉を投げかければ、意味が分からんと龍驤が韜晦する。

 

で、何の用やとお道化た返事が在れば、一息に踏み込んだ正規空母が龍驤の両手を抑える。

煙草が落ち、爪先が片足を踏み、鼻が付くような至近で瞳を覗きこみ、言った。

 

「呆けたふりをして北斗を踏む、油断も隙もありません」

 

見抜かれた様に、龍驤は振り返る振りをして禹歩、所謂反閇なる歩行呪術を仕掛けていた。

 

「で、ウチに何か用なんか、加賀カッコカリ」

「頑なですね」

 

悪びれもしない声に、苦笑が返る。

 

そのままに耳元へと口を寄せ、青い正規空母が言葉を伝えた。

 

覚えておきなさいと。

 

―― 思い知らせてあげますから

 

妖しの声に硬直した生贄に、唇が重なり、舌が絡まる。

 

数瞬、突如に龍驤を突き離し後ろへと飛び退る青い怪異。

 

口元から流れる鮮血を、舌で舐めとりながら忌々し気に睨む。

 

「煙草の火は、ちゃんと消しとかんとな」

 

足元で煙を立てているのは、崑崙符法が霊符のひとつ、闘法用符。

袖口、艤装の隙間などに常々仕込んでいる、焚焼して使う邪気払いの符である。

 

即座、改めて北斗を踏みなおし、場を清める赤い水干の陰陽師。

 

貪狼(一歩)巨門(二歩)禄在(三歩)文曲(四歩)廉貞(五歩)武曲(六歩)破軍(七歩)

 

行神たる禹の姿の歩みを真似、兼ねて北斗真君へと通神の縁を結ぶ

 

勅令(北斗真君が御名に於いて勅を下す)

 

天を我が父と為し、地を我が母と為す、六合中に南斗、北斗、三台、玉女在り。

左に青龍、右に白虎、前に朱雀、後ろに玄武、前後扶翼す。

 

「急々如律令(疾くその命を果たせ)」

 

見て取れるわけではない、だが、確かに境内の中で何かが変わった感触が在った。

 

それを見た怪異が、少しばかり呆れた風情の声で言葉を掛ける。

 

「あれだけ大仰なのに、邪気払いの効果が弱すぎませんか」

「悪うござんしたな、ヘッポコでッ」

 

そもそも南方で北斗に通じる時点でアレである、しかし、龍驤に他の選択肢は無い。

 

深い理由は無い、単に技量と適性が無いのだ。

 

まあ、帰りますけどねと加賀の姿の何かは溜息を吐く。

 

「そうそう、貴女のお稚児さんが、大変な事に成っている様ですよ」

 

呆れたままに西の方を示す怪異。

 

刹那、身を翻し振り返る事も無く高地を駆け下りる軽空母。

その姿を見つめながら、陽炎の如くに揺らいで消える怪異が在り。

 

後に残るのは、くすくすとした笑い声だけ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 捌

 

走る。

 

誰よりも速く、何よりも速く。

 

一秒でも早くと、開いた口から吐息が漏れる。

 

呼吸の度に潮風が喉を焼き、血を吐いているのかと誤認するほどに、痛い。

 

限界を越えて駆動しているロ号艦本式缶の悲鳴が鼓動に重なった。

 

防空棲姫と遭遇した陽炎哨戒戦隊の判断は、拘束のための戦闘であった。

戦闘に惹かれるという予測の通り、棲姫の進行方向が作戦海域であったが故である。

 

作戦前であったなら、通信のひとつで済んだだろう。

作戦後であったなら、撤退を選べただろう。

 

しかし、そうはならなかった。

 

誰かが足止めをしなくてはならない、誰かが伝えなくてはならない。

 

かくて島風は全霊力を艤装に捧げ、走り続ける。

 

その進行方向に、突然の雷跡。

 

―― 魚雷?

 

意識の全てを全速に傾けていたがために、反応が遅れた。

 

僅かな時間が引き伸ばされ、油壷の底に居る様に何もかもがゆっくりとした

加速した世界の中で、自らに迫る殺意の具現が静かに近付いてくる。

 

衝撃を覚悟した視界に突如として鈍色が飛び込み、水飛沫を上げる。

 

島風の代わりにドラム缶が爆発四散した。

 

水柱が上がり鉄片を撒き散らしながら、爆音が身体を叩き、海面を震わせる。

 

「よっしゃ命中ーッ」

 

場違いなほどに明るい声が響き、集中の途切れた島風の膝が折れる。

 

「な、がなみ、ちゃん」

 

埴輪の様な表情の輸送艦隊の中で、ガッツポーズをしているのは夕雲型4番艦、長波。

 

 

 

『天籟の風 捌』

 

 

 

作戦海域に轟音が木霊している。

 

数多の爆音が世界に波紋を広げ、尋常ならざる衝撃が鼓膜を責める。

吹き飛ぶ艤装が周囲に破片を散らし、衣服と妖精を次々に海面へと叩き込んだ。

 

深海に対し斜形で臨む艦娘たちの前衛は、被害を受ける度に次々と後衛と入れ替わり

その後ろでは航空母艦たちが艦載機へと指示を飛ばし、互いの制空を削り合っている。

 

かつて5番泊地提督が砲雷撃戦に参加した折、ひとつの経験を得たと言う。

 

そこより生じた対応が、状況に応じた対応の徹底したマニュアル化。

 

前もって行動を規定しておく事で、現場での指示の必要性を下げる意図がある。

 

過去の所属艦娘数の少ない時点で、貴重な戦力である川内型三姉妹を教導艦として採用し

必要に応じた部隊編成で繰り返される演習、教導、5番泊地が力を入れている分野であった。

 

今回の作戦に於いてブルネイ第一鎮守府本陣もまた、ソレを重視している。

 

何故、そのような措置が必要であったのか。

 

戦端が開かれた時より暫く、現状がそれを物語っていた。

 

左翼より吶喊した天龍水雷戦隊を包囲しようと目論むも、横長の方陣を描いていた深海側は

天龍たちに対する右翼、深海提督を守る中央、長門率いる本隊に対する左翼と

 

三か所に膨らみを持つ、3つの団子が連なる様な陣形と化していた。

 

声が、届いていないのだ。

 

砲弾が、魚雷が飛び交う戦場の只中で、人の声など長距離に届くはずもない。

 

霊的な通信網も、瘴気の濃度が一定を越えれば使用する事がほぼ不可能になる。

せいぜいが、航空母艦が自らと縁を結んだ艦載機と通信する程度である。

 

結果、深海提督の周り、中央防衛のために残した戦力の周囲が天龍へと向かい

声の届かない左翼は独自判断で長門たちへと対抗している。

 

およそ連携など覚束ない散発的な反撃。

 

これまで機会の無かった集団戦に対する備え、その差が如実に表れてきていた。

 

とは言え、敵陣へと切り込みをかけた天龍水雷戦隊が楽かと言えば、そうでもない。

 

雷跡を飛び越え、頬を掠めた砲弾に涙を零し、両手の感覚が無くなるほどに砲撃を続ける。

視界に映るのは敵が8割と空が2割、撃ち放題と喜んでいるのは1隻だけである。

 

そもそもに数が違いすぎる。

 

小破して硬直した暁の胸倉を掴み引き寄せ、迫る雷跡より引き離した天龍が問う。

 

「明らかに状況はジリ貧だ、何か手は無いのかッ」

「じゃあ、さらに突撃するっぽい」

 

言葉は通じているが、相互理解ができないのは悲しい事なんだなと、天龍は思った。

 

細かな機動を続け、僅かでも止まれば直撃弾を受ける、そんな状況で吶喊しろと。

自殺志願とどう違うのかと問えば、笑いながら現状も同じ様な物と答えが在る。

 

「大丈夫、たぶん当たらないっぽい」

「根拠は?」

 

物凄く嫌な既視感を感じながら、天龍が聞き返す。

 

「大丈夫、たぶん当たらないっぽい」

「ブルネイはこんな奴ばかりかあああぁぁッ」

 

砲撃の轟音を抜け、天龍の嘆きが両陣営に木霊した。

 

あるかどうかもわからない5番泊地の艦娘の名誉のために書いておけば、

このような状況で同様の反応を示すのは、あとは神通ぐらいだ。

 

「だって龍驤ちゃんが言ってた、外側より内側の方がまだマシだって」

「アイツは航空母艦って言葉を辞書で引いてから発言しやがれッ」

 

咄嗟に身を屈めれば、先ほどまで頭部が在った場所を砲弾が通り過ぎ、幾本かの髪が散った。

 

至近弾に血の凍る思いをし、冷静に、冷静にと思考を誘導し、足は止めず、腕も止めない。

視界に入る全て、手持ちの情報を擦り合わせながら、艤装の刃が通りすがりの駆逐艦を叩き斬る。

 

泣けてくる状況で、生存のために必死に回っていた脳髄が実に嫌な結論を叩きだす。

 

「まあ、同士討ちを誘える分、中の方がマシか」

 

動き続けていた艦隊の他4隻の顔が強張った。

 

天龍の視界の奥、遥か向こうに長門が率いる本隊が見える。

 

孤立、無援。

 

泣けてくる、もはや汗を掻いているのか止まっているのかも自分ではわからない。

火照る体の奥底に、氷でも抱えたかのように血も凍る冷たさが在る。

 

狭まる視界の中、軽く天龍を振り向いた夕立の口元が、少しだけ動いた。

 

何を言ったのか、音の嵐の中に消えて行った言葉は、受け取る事が出来なかったが

夕立の視線や表情が示すそれは、心の中にするりと入って来て。

 

天龍は乾いた唇を舌でなぞり、自分が笑っている事に気付いた。

 

―― ああ、そうか。

 

かつての大戦では型遅れとして大変に苦労した。

 

それでもまだ、俺は戦えると数多の戦場を渡り歩き、

それでもなお足りず、轟沈するその時まで延々と戦い続けた。

 

自分でも思う、とてもではないが救われない気狂いだと。

 

目の前の駆逐艦の姿をした悪魔が嗤う。

 

「夢、か」

 

零れた言葉は、轟音に掻き消された。

 

艦娘として現世に舞い戻り、前線で火薬を鳴らす日々。

目を開けて夢を見ているかのような、望んだ通りの世界。

 

「―― 天龍水雷戦隊、これより修羅に入る」

 

天龍の背後の全員が、固まった顔のままで動き続けると言う器用な真似をした。

 

「死守、だ」

 

連装砲の砲撃の隙間に、短く意図を発する。

 

「本隊がこちらへ到達するまで、陣中を戦い抜ける」

 

死守ってそういう物だったかしらと、薙刀を振りながら龍田が零した。

 

「肚ぁ決めろ」

 

半ば自分へと語り掛ける言葉が、天龍より響く。

 

「死ぬなら今だ、死ぬなら此処だ、命を惜しんで死ぬより戦って死ね」

 

極まった暴言に、各員の表情が引き締まる。

 

もはや汗と涙で酷い事になった顔の電が、震えた声で叫んだ。

 

「ま、舞鶴魂ーッ」

 

連続する撃音を押し返すような、力強い雄叫びが上がる。

 

―― ああ、そうだ。

 

「じゃあ、夕立再度突撃するっぽいッ」

 

喜々として先導を勤める駆逐艦に、遅れじと追撃を掛ける戦隊旗艦。

 

「天龍様の攻撃だぁッ」

 

駆け付けとばかりに深海棲艦を撫で斬りにしながら、獅子吼が響く。

 

「天龍ちゃんが何か酷い物に感染しちゃったッ」

「前々から素質はあると思っていたのですッ」

 

「ふえふえーッ」

「暁、無理に何か言おうとしなくて良いよ」

 

砲弾の飛び交う空間で、止む事の無い轟音の中、姦しく騒ぎ立てる姿が在る。

 

鮮血が散り、鼓膜が破れ、それでもただ笑みだけは崩さない

天龍の心中には、ただひとつの意思が在った。

 

―― まだ、俺は戦える。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

戦況は決した。

 

天龍水雷戦隊に足を止められた深海戦艦の陣の左翼、

その向こうを斜形で通り抜けた艦娘本隊の、砲雷撃が開始された。

 

その状態を一言で表現するならば、そう。

 

―― T字有利

 

これまでの艦隊戦に例の無い大量の艦娘の攻撃が、深海側を左翼より溶かしていく。

 

炎で焙られた氷でさえ、この勢いには届くまい。

 

瞬く間に消滅する敵陣に、作戦の山場を抜けた感触が在った。

 

やがて本隊が天龍たちへと合流した時に、戦隊全艦生存と言う事実に軍勢が沸き立つ。

 

些少とは言え本隊の被害が在る中で、あきらかな死地の者が生き残る。

 

勢いが全ての道理を覆した。

 

数多の戦場で時折見る事の出来る、ごくありふれた奇跡であった。

 

とは言え全艦大破、息も絶え絶え死屍累々の中、ハンモックを張ってご満悦な夕立の姿。

海面に正座の姿勢のまま、潮風に乗ってゆらゆらと移動している。

 

「なんかこう、やり残した事を果たした感じがするっぽい」

 

水雷長妖精とともに、実に良い笑顔での発言であった。

 

そんな折、中央で軽い騒ぎがある。

 

「隼鷹、わかっていたのか」

 

感情の抜けた声で、静かに長門が問い掛けた。

 

「ああ、以前に龍驤サンに聞いた話から、そういう事じゃないかな、ってね」

 

互いの目の前には、深海提督が居る。

 

胸に大穴が空き、首は半ば千切れ、漆黒の体液が漏れる。

それなのにソレは、表情を驚愕に歪めたまま、今なお活動を続けていた。

 

「はじめから死んでいても同じ事、だっけ、横須賀の提督が言っていたとか」

 

死しても動き、決して裏切る事の無い捨て駒。

 

「いつから死んでいたのだろうな」

「たぶん、最初から」

 

死体ですら、位階が上がれば知能を持つ。

都合の良い中身を入れる事が叶うならば、これほどに便利な存在は無い。

 

もはや、生かしておく理由の方が無かった。

 

「督戦の折にでも、中身を深海に食われたか」

 

大陸の工作員から、人類の裏切り者へと転身を遂げた理由も見えて来る。

大陸を闊歩する彊屍と艦娘、そして深海棲艦は、その製法の大部分が重複している。

 

艦娘と違い如何なる霊的防御も無い死体、入り込むには都合の良い器であった。

 

溜め息を吐き、隼鷹が動く死体へと幾枚かの符を張り付け、何事かを唱える。

 

―― 売国奴、壊れたラジオ、深海の走狗

 

彼が生涯で得た全てである。

 

「哀れだな」

 

長門が、灰の如くに崩れ去る成れの果てにかけた言葉が、静かに響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 零余

出会い頭に眉間を弾丸で撃ち抜いた。

 

硝煙の立ち昇る銃口の、奥の銃把を握る腕は、一隻の揚陸艦。

 

件の老学者の根城に、令状と共に踏み込んですぐの凶行である。

自らの小隊のみならず、公安、警察揃い踏みの中での凶行である。

 

痩せて鶏がらの様な、小枝の様な手足の老人が仰け反って吹き飛んで行く。

 

突然の展開に場に居る一同が、埴輪の様な顔に成って固まった。

 

「い、いきなり何をやっているのですかーッ」

 

いち早く正気を取り戻した副官の電が、全員の心の声を代弁する。

 

「不幸な事故でありますよ」

 

そんな魂の叫びを気にも留めず、飄々と受け流す姿。

 

一息、ようやくに状況を理解したであろう幾らかの部外者が、あきつ丸を咎める。

流石に目の前で殺人を行うのは、見過ごすわけにはいかないと。

 

しかしあきつ丸は、そんな非難の声も何処吹く風と、軽く銃先で指し示して嘯いた。

 

「せいぜいが、死体損壊程度でありましょう」

 

示した先に視線が集まれば、そこには額に穴を開け、蟲の様に蠢く人型の何か。

 

彊屍、などと言う言葉が観衆から漏れ聞こえはじめる。

 

「さて、動かないうちに漁るとしますか」

 

人いきれの割に静かな部屋の中、艦娘の声だけが高い音で響いた。

 

 

 

『あきつ退魔録 零余』

 

 

 

紫煙の立ち昇る密室、副流煙に眉を顰める陰陽師たちを余所に、

着々とあきつ丸小隊は自らの職務を遂行していた。

 

公安、陰陽寮との合同ではあるが、今回の強制捜査に於いてはかなりの数を原子力研究所

関連の警備に割かれており、現場に居るのは憲兵と数名の部外者と言う有様。

 

次々に小隊員が抵抗を確認と宣言し、やや乱暴に根城の活動家たちを捕縛していく

 

誰かが、いくら何でも強引すぎないかと口を出せば、

 

「拳を握れば公務執行妨害でありましょう」

 

などと手加減の無い言葉が返ってくる。

 

そんな報告を聞き流しながら、部屋の主が使っていたであろう椅子に腰かけ

揚陸艦は机の上にばら撒かれていた書類束に目を通し続けた。

 

幾らかの時間が過ぎる。

 

ようやくに再生が一区切りついたのか、鳥の骨を折る様な音を立てて起き上がる老人。

 

事此処に至って猶、不敵に口元を歪めては音を発した。

 

「あびゃらぶりめうらむえろきゃッ」

 

どうも脳髄の言語関連のあたりが再生しきれていなかったらしい。

 

無言で、向けていた視線を書類束に戻すあきつ丸と、少しばかり頬を染める動く死体。

 

肩透かしを受けた電はじめ数名が床に手を着いた。

 

どうにもならない、動きも無い、そんな居た堪れない空気のままの静寂が続き、

そしてようやくに言葉を取り戻したのか、研究者は仕切り直して口を開く。

 

「久しぶり、と言って覚えているかね」

「実に全く、忘れたかったでありますよ」

 

掛けられた言葉に、丸めた書類束で自分の肩を叩きながらあきつ丸が応える。

 

「しばらく見ないうちに、人間を止めてしまった様で」

 

老人に空けられた額の穴は、既に肉色と言うには少しばかり薄黒い何かで埋められている。

そんな盛り上がった傷跡を、指先でコリコリと掻きながら死体が語り出した。

 

「ヒトを越えた、とか、コレが私の答えだったのか、とか言わないのかね」

「どんな馬鹿でも死体には成れるでしょう」

 

違いないと苦笑して、肩を竦める老人。

 

「深海との繋がりが欲しくてね」

 

落ち着いた声色を受け、唐突にあきつ丸の脳裏に一つの結論が浮かんだ。

 

―― コイツは、既に全てを終わらせている

 

「何を、したのでありましょうか」

 

少しだけ詰まった言葉に、チャシャ猫の如き厭らしい笑いを浮かべての応えが在る。

 

言っていただろうと。

 

「人類の進化のお手伝いさ」

 

まあその結果、私は終わってしまったがと笑いながら、胸元を肌蹴て指し示した。

胸板には、刺青で何某かの符の如き模様が描かれている。

 

その中央に書かれた文字は ―― 随身保命。

 

「生きてる様に動き、命に従え、ですか」

 

彊屍のお札として有名な文言であった。

 

「詰まる所、もはや彼の国に背く事は出来ない身の上でね」

 

何が楽しいのか、死体はケラケラと笑いながら言葉を紡ぐ。

 

日本の利益に成る行動は何一つとれないのさと、尋問の無駄を嘯いた。

 

「地水火風の借り物を、と言うには重そうな身体でありますな」

 

あきつ丸の呆れた声色を受け、さらに年甲斐も無く騒がしい老人の有様。

 

が、唐突に

 

全ての感情を切り捨てた様な、能面の、死体の面持ちで問い掛けを出した。

 

「私を、処分するのかね」

 

たわいの無い会話が流れる横、幾人かの聴衆の中、室内の空気が少しばかり重くなった。

 

「既に死んでいるのでしょう」

 

気にも留めない様な、軽い色合いの言葉が在る。

 

「何をしたのか、もう聞かないのかね」

「無駄な気がするのであります」

 

けたたましい笑い声が響いた。

 

肯定、肯定と言葉が在り、洞察の裏付けを滔々と語り出した。

 

彊屍と成った折に、意思も記憶も捨ててきたと。

 

どれだけ問い掛けようと、どれだけ調べようと、もはや死体の中には何も無い。

脳内に残っているのはぼんやりとした動機と、生きていた頃に決めていた行動の手順だけ。

 

「私は既に、かつての私の残滓でしか無いのだよ」

 

言い終えて、魂の抜けた様な無表情と化した老人は言葉を区切る。

 

誰かしらの溜め息が響き、あきつ丸が書類を持って退出をしようとする。

入れ替わるように老人を包囲する陰陽師たち。

 

かざされた札の向こう、気の無い声色の言葉が響いた。

 

「そうそう、新しい人類とはどのような形になると思うかね」

 

振り返りもせずにあきつ丸は言う。

 

「人類は艦娘と言う形で深海を受け入れた、というのはどうでしょう」

 

いつぞやの言葉を受け、あきつ丸なりに考えていた返答であった。

 

「ああ、それは素敵だ」

 

室内に真言が響き、霊的な力場が成立し始めた。

 

素敵だ、本当に素敵だと。

 

封彊の法陣の中、夢見る様に繰り返す。

 

封じられるのか、処分されるのか、どちらにしても此処から先はただの悲惨。

老人の意識が染み出す様にやみわだに堕ちていき、消えて行く。

 

最後、何処も見ず、誰にとも無く言葉が零れた。

 

「進化に付いて行けなった旧人類は、ここで退場する事にしよう」

 

そしてそのまま、静寂に消えた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

あきつ丸は建物を抜け、大きく息を吐いては煙草を取り出して、空を仰いだ。

晩秋の風が宇津保を抜けて、高度を増した空で踊る音がする。

 

無言のままで火を点けては、ふとした拍子、心に無かった言葉が零れて、落ちた。

 

「吹雪殿、叢雲殿、終わったでありますよ」

 

蒼天に、亀の様に額の狭い叢雲と顔面が口に成っている吹雪が笑っている気がした。

 

五月雨の制服を着たゾンビも居た。

 

全員、中指が立っていた。

 

あきつ丸は近いうちにお祓いに行こうと決心した。

 

「結局、何だったのです」

 

建物の表で紫煙を燻らせる隊長に、副官が問い掛ける。

 

「下手人はとっくに死んでいて、アレはただのリモコンだったと言う事でありますよ」

 

謎だらけですかと諦めた様な言葉に、そうでもありませんと言葉が返って来る。

 

困惑する駆逐艦に、あきつ丸が書類束を渡した。

 

「ただ、情報が多すぎてどれが正解なのやら」

 

そのままに大きく伸びを打ち、首を鳴らし出す揚陸艦の姿。

 

「―― 少彦名命」

 

内容に目を通した電が、小さく言葉を零した。

 

「大洗で少彦名命と言えば、大洗磯前神社でありますな」

 

境内から臨んだ岬に大己貴命が降臨し、少彦名命と出会ったと伝えられている。

かくて二柱の出会いから、日本神話に於ける国造りの故事がはじまる事と成る。

 

「深海棲艦が岬に攻めて来る、とでも言うですか」

 

警戒は怠れませんねと、あきつ丸の苦笑が在る。

 

そのままに半分ばかりに短くなった煙草を咥え、深く吸いこんでは煙に巻いた。

僅かな静寂を、あきつ丸が再び、先ほど気付いたのですがと小さい声で乱す。

 

「本殿から岬の鳥居を望んで、それをずっと伸ばしていくのでありますよ」

 

太平洋をひたすらに南東に進み、南方の諸島を突き抜け、ついには其処へ到達する。

 

―― 南緯47度9分 西経126度43分

 

「ハワイ諸島から太平洋到達不能極へ、太平洋を縦断する方違え」

 

滔々と告げられた内容に、電が蒼褪めながら言葉を零した。

 

「中枢棲姫が、此処を目指していると」

 

そんな空気を何処吹く風と、飄々とした言葉が返って来る。

 

「いえ、距離が在り過ぎるので、おそらくは違うであります」

 

返答にすかされた副官の肩が、勢い良く落ちた。

 

それを見て、くつくつと笑いながらあきつ丸が副官に言葉を繋げる。

 

「何故、どの様にというのは断言できませんが」

 

それ関連の書類ばかり在る以上、狙いだけはわかっていると言う。

顔を上げた電の表情に、怪訝な色が乗った。

 

続いた言葉が、世界の空気を凍らせる。

 

―― 深海棲艦に因る、国造りの再現

 

いまだ動かない中枢棲姫に伝えられた内容は、それであると。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 玖

それは、周囲に展開した3隻の駆逐艦を見ていない。

取るに足らぬ、有象無象と切って捨てるかの如くに視界を彷徨わせている。

 

探しているのだ。

 

擦り切れた記憶の奥底から、決しては見つけてはいけない誰かを求めている。

艦娘、深海棲艦などと言う括りに該当しない、魂魄に刻まれた傷跡。

 

その肉体を構成する憎悪を、怨念を、凌駕するほどの執念。

 

―― 戦イ続ケナクテハイケナイ

 

もはや経緯も、理由も思い出せない。

 

それは今も、狂気に捕らわれたまま戦い続けていた。

 

黒白の姫が踊り出す。

 

戦艦レ級の出現以降、一部の深海棲艦に変化が見られるようになった。

 

艦種の、キメラ化。

 

戦艦の装甲を持つ、駆逐の雷装を持つ、空母の艦載機を持つ。

もはやベースとなった艦種は何の参考にもならないほどの、理不尽。

 

防空棲姫、秋月型駆逐艦の魄をベースにした姫級の怪異。

 

これもまた、艦種からは想像も出来ない極めて理不尽な性能を有している。

強靭な装甲と馬鹿げた火力、気狂い染みたとしか表現できないほどの防空性能を持つ。

 

砲弾を弾き、魚雷を飛び越え、散発的な砲撃で間合いを詰める事を許さない。

 

―― 邪魔ダ

 

唐突に、防空棲姫が膝を折った。

 

不可解な行動を見て戸惑った駆逐艦たちが、刹那にその意図を悟り硬直する。

やや前傾の姿勢が齎した変化は、それまで空を向いていた艤装の角度。

 

高角砲8門の水平射が、陽炎型の3隻を吹き飛ばした。

 

 

 

『天籟の風 玖』

 

 

 

視界が紅で染まる。

 

直撃弾を受け、天津風が水切りの石の様に海面を跳ねて行く。

艤装による浮力の反発で、細かな水飛沫が四方に散って、水面に波紋を呼んだ

 

視界が回る、空の青と海の青が忙しなく入れ替わり、終には蒼天が視界を埋めた。

 

大破。

 

艤装に対する霊的結合が慌ただしくエラーを吐き出し続け、思考を阻害する。

 

直撃の際、視界の端に陽炎を庇った不知火が見えたが ―― 思考が纏まらない。

 

取り止めの無いままに立ち上がろうとして、四肢に激痛が走る。

 

鮮血が肌を滑る感触が、あった。

 

意識が朧になる ―― 思考が纏まらない。

 

痛みに、意識が途切れる。

 

もう、いいんじゃないか。

 

そんな声が、天津風の心の何処かから聞こえてきた。

 

身体が痛い、頭がくらくらする、艤装も砕けて割れた。

もう良いだろうと、姫級の怪異に抗うなど無理な話だったのだと。

 

諦観が思考を埋め尽くし、ゆっくりと瞼が堕ちていく。

 

暗闇の中に、走馬燈の如く脳裏に浮かぶのは、かつての記憶。

 

乾いた喉に、張り付いた血に、とても覚えのある窮状というそれが、昔を呼び覚ます。

 

最後の時も、空を見ていた。

 

首が落ちても、取り換えて出撃を果たした。

 

缶が止まっても、海域でもがき続けて生還を果たした。

 

数多の戦場に臨み、幾度の破損を越え、それでもなお足掻き続けた。

 

悪運にも恵まれ、およそ自分でも信じられないほどに執念深く、生き延び続けた。

 

何故、と声が在る。

 

―― だってあのヒトは、いつも空を見ていた。

 

工廠で進水を指折り数えて待っていた時に、聞こえてきた名前。

 

支那事変の英雄、南方を支えた武勲艦。

 

待ち望んだ初陣で縁を結んだ、何処か上の空な、小さな正規空母。

 

意識が飛ぶ。

 

炎上する飛行甲板、予定内の、無謀な単独行動の末の終焉。

 

時津風と共に乗員救助に向かう私へと、追撃が掛かる

ともすれば、ここで殉じようかと魔の刺した私に、彼女の言葉が在った。

 

あかんよ、と。

 

初めて私の方を向いて、炎上する自身に、ばつの悪い笑顔を重ね。

 

さっさと逃げろと。

 

胸の奥に昏い焔が灯る。

 

ただ、一度、私だけを見て言ってくれた言葉が蘇る。

 

―― ウチを、無駄死にさせんといてや

 

ただ一度、私だけに贈ってくれた笑顔が在る。

 

私と言う存在の根本に置かれたそれを思い出す。

 

好きだった、あの艦が。

 

誰からも顧みられる事の無い、英雄が。

 

動かない腕を海面に押し付ける、悲鳴にも似た激痛の奔る足を踏みしめる。

 

―― ならばこの身は

 

半壊した艤装に叩き付ける様に霊力を流し込み、起動させる。

 

―― この身こそが

 

言葉に、出す。

 

「航空母艦龍驤、最後の武勲」

 

血を吐くような言葉が意識を鮮明にする。

 

手足は付いている、ならば良い。

 

缶は動いている、外的要因以外で止まった事の無い機関だ、問題は無い。

 

連装砲くん1門、魚雷残弾1発、充分だ。

 

動く、動け、動け、動く、動け。

 

「容易く倒れてやるわけには、いかないのよッ」

 

咆哮が瘴気を祓い、天津風の視界が広がる。

 

不知火は、倒れている、明らかに轟沈寸前。

陽炎は、残念ながら御同様、半身が焦げている。

 

敵影、変な笑いが漏れそうになるほどに健在。

間髪入れずに推進、御波を蹴立てて防空棲姫に迫る。

 

―― 無駄ナ事ヲ

 

「知った、事かッ」

 

もはや拘束は無理がある、ならばせめて幾らかの手傷を負わすのみ。

 

互いの機動が鋭角の巴を描き、交互に砲弾を掠らせる。

 

交互に。

 

弾丸が追い付けない防空棲姫と、天津風の前を通り過ぎる深海の砲弾。

狙い澄まして撃ったはずの弾丸が外れて、棲姫に僅かな戸惑いの気配が見られた。

 

覚えのある現象に天津風の口元が軽く歪む。

 

無理やりに起動させている艤装の推進は、常よりも大きく海面を跳ねさせていた。

 

見た目だけである。

 

現在の天津風は、艦首波から判断できる速度よりも遥かに遅い。

 

そして気付かれるよりも早く、複数回の切り返しを以って防空棲姫に肉薄する。

 

獅子吼を響かせ、拳と共にその船体を叩き付けた。

 

天津風の膝が鳴る、全身の至る所から断裂の音が体内に響き、しかしてその拳は

防空棲姫の両腕で以ってベクトルを逸らされ、僅かに艤装を削るに止まる。

 

膝が抜けて、身体が傾ぐ。

 

その後背より狙いを付けていたのは、連装砲くん。

続け様に叩き込まれた砲弾を、棲姫は艤装で受けた。

 

刹那、深海側のその奥歯が噛み締められ、喉奥より獣の如き唸りが響く。

 

見開いた眼には一切の余裕も無く、天津風の喉元を掴み、

海面へ叩き付ける様に互いの位置を入れ替えた。

 

縺れ合うふたりの隙間から、短発の魚雷が零れて、消える。

 

そして防空棲姫が荒々しく息を吐き、その腕で天津風を吊り上げた。

 

―― 凌イダゾ

 

声色に、僅かな感嘆の響きが在った。

 

駆逐艦の砲撃では、艤装を僅かに削る程度の威力しか無い。

ならば本命は魚雷、全ての連携はそれを隠すための陽動であったかと。

 

万策尽きた駆逐艦は、苦鳴を零しながら一言だけを述べた。

 

「やっと、動きを止めたわね」

 

口元が歪む。

 

言葉の意味を取る暇も無く、防空棲姫の艤装に衝撃が抜け、爆炎が互いを包んだ。

再度、艤装の破片を撒き散らしながら、水切りの石の如くに吹き飛ばされる天津風。

 

轟音が海面を叩き波紋を呼び、深海の姫の激昂が世界に響いた。

 

離れた場所で、這いつくばる様な姿勢の射手が獰猛な笑みを零す。

 

「―― ざまあみやがれ」

 

陽炎。

 

半身が悲惨な有様の彼女は、その言葉を最後に意識を失い、海面へと突っ伏した。

 

そう、不知火が庇ったのは陽炎では無い。

 

陽炎の、魚雷発射管であった。

 

慟哭が海を抜け、やがて静寂が訪れる。

 

もはや海域に、動く者は居ない。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

棲姫の手が離れ、七転八倒を身を以って経験した。

 

全身の激痛が意識の外に滑り、気が遠くなって行く。

激しい耳鳴りが脳髄に木霊して、痛みを色として認識する。

 

海面を踏み締めている両足は、感覚が無い。

 

付いているのか千切れているのかさえも、自分では判断が付かない。

消えそうに点滅する視界が、意外な高さに在る事に気付く。

 

私は、立っているのか。

 

端的に言えば、それは奇跡だろう。

 

―― 名ヲ、聞イテオコウ

 

さっきまで目の前に居た誰かの声が、届く。

 

既に思考が途切れ途切れ。

 

七転八倒では無く、七転八起だったか。

 

それでも、応えなくてはと ――

 

「撃ったのは陽炎、姉妹をガン無視して魚雷を庇った馬鹿は不知火」

 

口元が、勝手に動いて言葉を紡いだ。

 

ああ、そうか、名を聞かれているのか。

 

もはや何もかもを、使い果たした。

 

これが私の最後だと言うのなら、好きに言ってしまえば良い。

 

「私は、天津風」

 

胸を張り、口元を歪める。

 

ずっと言いたかった言葉を。

 

「龍の住処に吹く風の名よ」

 

そして意識が闇に堕ちた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 拾

蒼天の下に動く物は無く、ただ波浪のみが海域を通り抜ける。

 

「叱られた記憶しか、無いんやけどなあ」

 

膝が抜け、倒れ伏す天津風を受け止めた軽空母は、誰にともなくそう独り言ちた。

 

「こっちはともかく、天津風は曳航だとヤバイぜ」

 

陽炎と不知火を索で括る駆逐艦は、長波。

 

「ほな背負うから括ってや、ってわけで時間稼ぎ宜しく」

 

気取る事無く、茶菓子でも摘まむかの如き気安さで控えていた艦娘の肩を叩き

後ろへと下がる龍驤、入れ替わりに先端へと臨むのは、五十鈴。

 

「時間稼ぎって」

 

気軽に言ってくれると苦笑が零れた。

 

視線の先にあるのは、ある程度の艤装が砕けつつもいまだ健在な防空の姫。

強く目を見開き、参入した3隻を警戒しているのか動きを見せない。

 

「待った龍驤さん、天津風からはみ出てるッ」

「何がッ」

 

ゴミ袋有るから巻いとけ、そんな慌ただしい会話を背に受けて、

思わずに振り返りたくなる誘惑を跳ねのけ、五十鈴は連装砲を構えた。

 

 

 

『天籟の風 拾』

 

 

 

龍驤の背に、ゴミ袋で簀巻きにされた天津風の固定が終わった頃、海域は当惑に満ちていた。

 

避ける。

 

防空棲姫の行動は全てがその一言に集約されている。

 

五十鈴の砲撃が僅かに艤装を削り、雷撃を回避して、健在のはずの砲口は微動だにしない。

 

反航、切り返す、交差からのT字、切り返す、同航、目まぐるしく立ち位置が入れ替わり、

それでもなお一度たりとも焔を上げぬ砲口に、困惑が積み重なっていく。

 

余りに一方的な展開、しかるに、好事魔が多しとも言う。

 

一瞬、哂えるほど完全なタイミングで、防空棲姫の射線に五十鈴が入った。

 

艦船の魂魄が無意識に反応するほどの絶好の機会に、ついに棲姫の砲撃が撃ち込まれる。

 

明後日の方向に。

 

白蝋のあやかしは、歯を食いしばり荒々しく息を吐いた。

 

血涙が滂沱と化す。

 

砲塔を掴み、強制的に射線を変更させた右腕が煙を上げていた。

 

不可解な状況に、五十鈴の手も止まる。

 

互いの挙動も止まり、海域の音が消える。

 

「憎悪も、怨念も、何もかもを凌駕するほどの、覚悟」

 

薪でも背負っているかの如き様相の龍驤が、静寂に音声を流し込んだ。

 

「見上げた話や、キミ以外のどんな艦でもここまでの執念は持てんやろう」

 

軽く煙草を咥え、火を灯らせては煙を吐く。

 

紫煙が漂う海域に、少しばかり敬意の見える声色が乗せられた。

 

「だいたいの事は、今まで持ち帰った情報で察する事ができたわけよ」

 

摘まんだ煙草の、火口の先端で指し示すように棲姫に向かう。

 

場にいる全ての視線を集め、赤い軽空母は口元を歪めて言葉を紡いだ。

 

「五十鈴を守るために戦い続けたキミが、よもや五十鈴に砲は向けれんわなあ」

 

世界が白くなった。

 

よくわからない言葉に、それでも伝わって来る内容の外道さに、五十鈴も白くなった。

耳にした言葉に固まった長波は、以前見た特撮番組の悪役の姿を龍驤に重ね見た。

意識の朦朧としている陽炎と不知火は、夢に見そうだったので聞かなかった事にした。

 

味方である、残念ながらこれは味方である。

 

利根あたりが反射的に打撃を入れそうな煽り顔で、延々と棲姫を煽り続ける軽空母。

 

「に、肉の盾、肉の盾って ……」

 

言葉通りの意味だったと悟り、五十鈴が頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

「いや、発案は利根やからな、ウチ悪くない」

 

紫煙で空を染めながら、誰も信じない言葉を軽く龍驤が言う。

 

「とりあえず、五十鈴さんを突っ込ませた後に魚雷でぶん殴ればいいんだなッ」

 

凄い勢いで内心を切り替えた長波が、場を収集しようと鬼畜2号な案を口に出す。

 

効果的よね、それしか無いのかと死人の顔色をしていた軽巡洋艦に軽く笑い。

 

「まあ冗談はさておいて、や」

 

しゃがみ込み丁度良い高さに成っていた五十鈴の頭を撫でつつ、龍驤が前に出た。

 

困惑が、棲姫から伝わって来る。

 

状況は詰んでいた、それなのに何故前に出て来るのかと。

 

「航空母艦の時代と言っても、現代と比べればウチらはやはり前時代の遺物なわけでな」

 

唐突な言葉に、海域の困惑が積み重なる。

 

「爆撃隊、攻撃隊、戦闘隊、そんなものに拘る時代はとうに終わっとんのよ」

 

言葉を区切り、深く煙を吸っては息を吐く。

 

「艦娘として、蘇らんかったらな」

 

軽い言葉であった。

 

しかし、海域の全てが空気に重さが加わった感触を持つ。

 

「防空艦にはかなわない」

 

一言、一言が積み重なる度、重さが鉛の如くに増していく。

 

「そんな事が、許されて良いはずが無い」

 

航空母艦龍驤、爆撃と言う概念は彼女から始まった。

 

それだけに、自らの拠り所を完膚無きまでに潰した防空棲姫の存在は衝撃であった。

軍勢を以って潰しても、いまだ心の奥底には無念が燻っている。

 

無謀、という事は自分でも理解していた。

 

だが、彼女が真っ先に折れると言う事は、それは後に続いた者、

例えば蒼龍や翔鶴などに、負担を押し付けると言う事に他ならない。

 

それは、龍驤と言う存在の終焉でもある。

 

たとえ無謀でも、やるだけの事はやらねばならない。

 

せめて、道を付けるまでの事はと。

 

紫煙の向こうで、静かに聞いていた防空棲姫が砲口を上げた。

 

―― 御託ヲ聞キ流シ、ココデ撃テバドウナルノカナ

 

眉一つ動かさず、問われた空母が言葉を返した。

 

ただ一言、それはとても簡単な事だと。

 

「秋月型防空駆逐艦、恐るるに足らず」

 

ぎしりと、空気が鳴った。

 

怒気が海域を埋め尽くし、世界が罅割れる。

 

―― ロートルの極マッた欠陥空母が、言ウに事欠イテ何だト

 

誰からもわかるほどにあからさまな感情を内包し、おかしげな音節で発された言葉に

龍驤は、ただ指一本を立てて空を指し示し、宣言した。

 

「一鬼や」

 

遥かな高みを示し。

 

「ただ一鬼の爆撃で、キミを真っ向から打ち砕く」

 

指尖の彼方に、全ての注意が向けられた。

 

どこまでも青く澄み渡った空に、しかし防空棲姫の感覚がそれを捉える。

全ての高射砲が立ち上がり、言葉の無い空間に、鋼の音が鳴り響いた。

 

儀式の如く張り詰めた空気の中、口元を歪め、深海の姫の声が遠くに響く。

 

―― 捉エたゾ

 

それは、あらゆる意味で害悪にしか成らなかった忌み子。

 

大日本帝国航空史に於ける、最悪の失敗作。

 

加圧で誤魔化していた機関は、恐ろしいほどに小型化された遠心ポンプに差し替えられ

毎分一万五千回転超の気狂い染みた高回転で薬液を燃焼室に送り続ける。

 

送られる代物は、タイランドの化学プラントで生成された過酸化水素水より成る甲液。

そして、ブルネイの化学プラントで生成されたメタノールと水化ヒドラジンから成る乙液。

 

薬液の化学反応が齎した爆発的な推進力は、試製ですら、超空の要塞B-29の世界、

高度1万メートルに至るに僅か2分と言う常識外れの数値を叩きだした。

 

かつては叶う事の無かった、満載の燃料を抱えたそれは容易く中間圏を越え

世界に引かれ、貴き神の空より弧を描く地表へと機首を巡らせる。

 

戦時下に存在する兵器の中で、異様としか表現の仕様が無い遺物。

 

戦後80年に於ける、あらゆる技術的改良が成されたそれ。

 

発電風車など、空気抵抗の邪魔になるあらゆる部位は取り外されている。

従来より切り込まれた翼は、断熱膨張に因り凝結した水蒸気の雲を引く。

 

双発の液体燃料ロケットがあらゆる軛を打ち破り続け。

 

ただ、加速する。

 

標的に目がけ、惑星の引力に加算する様に鬼体を加速する。

 

「だからどうした」

 

軽空母は煙を吹かしながら、太々しく笑って言った。

 

言葉が過ぎ、音の無い世界が続く。

 

深海の電探に感があれど、感覚はそれよりも近いと叫び続ける。

 

視界に入れるべく視線を向けた僅かな時間に、既に視界の外に飛び出ている。

 

当然の如く砲塔を向ければ、既にその場所にそれは居ない。

 

撃ち出された弾丸が到達するまでの隙間にすら、さらに空間を踏破し続ける。

 

―― 速、スギル

 

それが最初に望まれた様に、利剣の如くに全てを払う一撃と。

 

音すらも、遥か後方に置き去りにして。

 

「音速超過の急降下爆撃」

 

鬼体の名は ―― あらゆる無念が篭められたそれは。

 

噴式艦上爆撃機、秋水改二。

 

「堕とせるもんなら堕としてみいやッ」

 

声が、届く暇もあらじ。

 

ただその場だけを切り取って見れば、まるで防空棲姫が何かを抱き寄せるかの様に、

常識外れの推進力が可能にした、常識外れの火薬量の噴進弾が、過たず叩きこまれた。

 

いまだ誰も目にしたことが無いほどの巨大な火柱が上がり、

 

即座、鬼体が引き連れた音の波が海域のあらゆる場所を打ち付ける。

 

音による打撃が、龍驤の咥えていた煙草を爆散させた。

 

鬼首を引き上げようと無駄な抵抗をした鬼体が、熱膨張で限界を迎え空中分解を果たし、

煎餅の親戚と化した妖精が海面を切りながら水平線の向こうにまで飛んで行く。

 

水切りの記録ならば、恐らく世界記録であろう。

 

「ああ、確かに言う通りや」

 

飛び散った煙草を払い除けながら、龍驤が言う。

 

「鬼や姫でも一撃やったな」

 

少しばかり呆れた声色が、何もかもが通り過ぎた海に響いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

頑張りました。

 

頑張ったのです。

 

数多の破片に打ち砕かれ、崩れゆく意識の中で、それでもまだ私は動きます。

 

もう朧げにしか思い出せない誰かのために。

 

―― 待った龍驤さん、今の衝撃で天津風から漏れてるッ

―― 何がッ

 

とても怖いヒトの声がします。

 

千切れた腕を、もう無くなった胴を、沈み行く私を、誰かが支えています。

 

ずっと、探していた温もりがありました。

決して、見つけてはいけないそれでした。

 

「大丈夫よ」

 

逃げてと、声に成らない叫びを遮るような、言葉が在りました。

 

「私はちゃんと、逃げる事が出来たから」

 

優しい指が、私の瞼を閉じてくれます。

 

「だからもう、貴女は戦わなくてもいいの」

 

ずっと、知りたかったのです。

 

例え最後には何も残らなかったとしても、

月日の中に私の名前が埋もれるとしても、

 

誠実に顧みられる事が無かったとしても。

 

私の行いが、何かの意味を成す事が出来たのかと。

 

「おやすみなさい ―― 初月」

 

ありがとうと、最後に聞いた言葉だけが残りました。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天籟の風 余

 

炎天の下、海上を行く艦娘が居る。

 

ゴミ袋を背負う軽空母。

 

龍驤は複数曳航している長波たちと別れ、帰還の途を先行していた。

 

斜陽の近付く陽光に照らされた顔は、何の感情も感じさせない。

 

「―― 寒いわ」

 

ゴミ袋の中から、声がした。

 

「そういえば、冬なのよね」

 

背負われている天津風が、言葉を紡ぐ。

何処とも知れず、焦点の合わない瞳が虚ろを見つめている。

 

「いつか、雪を ―― 見たいな、貴女と ――」

 

再びの静寂。

 

天津風と、龍驤が声を掛けても何も答えない。

誰も居ない海原に、ただ一筋の航跡だけが残る。

 

「眠ったんか」

 

軽く息を吐き見上げれば、

 

南洋の空はどこまでも青かった。

 

 

 

『天籟の風 余』

 

 

 

空を見上げれば風が鳴っている。

 

5番泊地に帰投した龍驤に、待ち構えていたかの如く慌ただしく明石が寄って来る。

 

「秋水はどうでしたか」

 

戦果報告は届いているはずだしと、要点を抑えた感想を龍驤が口にした。

 

「オーバースペックすぎて、現時点じゃ使い物にはならんな」

 

活用した割に、酷い評価である。

 

ある程度は予想していたのか、天を仰ぎやっぱりかーなどと零す工作艦。

 

「泣き所は、やはり飛行甲板ですか」

 

そんな声に、肩を竦めて肯定するテスターの言葉が重なる。

 

「1鬼撃ち出すだけで、飛行甲板が吹っ飛んだわ」

 

実の所、防空棲姫を前にした時点で龍驤の大符には大穴が開いていた。

その折に1鬼でと強調していたが、実情は1鬼しか出せなかったと言う話である。

 

「使うなら、装甲空母ですか」

「つーか、カタパルトぶっ壊す前提なら水上機で運用する方向やないかな」

 

継戦を考えれば、空母が使う代物では無いのじゃないか、というのが結論であった。

 

「元は局戦ですからねえ」

 

軽く髪を掻き、肩を落として明石が言った。

 

 

 

舞鶴に帰投した天龍が缶珈琲に口を付けた折、近く、

新聞を広げていた龍田がその内容を口にする。

 

「天龍ちゃん、天龍ちゃん、今回の作戦で狂犬の二つ名が付いたってあるわよ」

 

青葉日報舞鶴版であった。

 

その言葉に、随分と無理無茶無謀を通した金髪の駆逐艦の姿が脳裏に浮かび

天龍の表情に僅かにげんなりとした物が混ざる。

 

「あー、まあ確かに狂犬って感じだったよな、あのぽいぬ」

 

もうブルネイには関わりたくねえ、などと遠い目をして虚ろに呟いている姉に

少しばかり困ったような表情で、新聞の見出しを指し示す龍田。

 

斜形の前で一当てした無謀なる水雷戦隊。

 

かつての沖縄消滅戦で吶喊部隊に参加していた軽巡洋艦の猛将。

 

―― 舞鶴の狂犬、天龍

 

「何でだああああぁぁッ!」

 

遣る瀬無い響きが舞鶴鎮守府に響き渡った。

 

 

 

宴席も騒々しく、間宮。

 

菓子だの酒だのが飛び交う5番泊地の奥底で、マイクチェックをしていた霧島から

マイクを受け取り、適当に設えた壇上で大淀が言葉を発した。

 

「えー、この度の作戦の功績で」

 

サイパン奪還成功と書かれた垂れ幕の前、光魔法かっこいいポーズを実践していた

夕立の頭を掴み、ずずいと騒々しい一団の方へと突き付ける。

 

「夕立さんに、駆逐艦夕立の二つ名「阿修羅」の襲名が決定されました」

 

水を打った様な静けさ。

 

一息の後、祝福を込めた万雷の喧騒が戻って来る。

 

すかさず録音機材を抱えた青葉が夕立へ、一言を貰いに近寄っていった。

 

「ソロモンの悪夢って呼んで欲しかったっぽい」

 

何とも微妙なコメントである。

 

「しかし、二つ名って有ると何か違うのかね」

 

ノリで祝福した隼鷹が、山盛りのスルメを噛みながら軽い疑問を零した。

 

「手当がつくんや」

 

ちょうど大皿の料理を運んでいた龍驤が、適当に並べながら受け答えをする。

 

そーなんだーとまったりとした空気の軽空母席に、吶喊する正規空母の姿が在った。

 

「りゅぶじょぶぜんばあああぁあぃッ」

 

暴走乳ダンプに撥ねられくの字に折れ曲がる龍驤、そのまま伊勢改転生する勢いである。

 

「って、何や何やって、酒臭ッ」

 

見れば涙だか何だかで酷い有様に成っている蒼龍を、引き剥がそうとするも

岩石の隙間にへばり付いた藤壺の如くに離れない、全力のしがみ付きである。

 

「何ていうか龍驤サン、相変わらず乳難の気があるよなあ」

 

胡瓜スティックを齧りながら、呆れた声を隼鷹が漏らした。

 

「あー、すいません、蒼龍って今回の作戦で相当気合い入ってたんですけど」

 

時間差で訪れた保護者こと飛龍が頭を掻きながらフォローを入れかけて、切った。

 

そして、どこか遠い目をして紡ぎなおす。

 

「第3艦隊で」

 

羅針盤で逸れた艦隊である。

 

「ふみいいいいいッ」

「ウチの水干があああぁぁッ」

 

宴席の騒々しさは混沌と化していた。

 

 

 

無人の孤島サイパンは香取神社の近く、海岸線に仮設の海軍基地が置かれている。

 

幾らかの引き渡し、受け継ぎも終わり、作戦参加艦娘の最後の艦隊

長門が旗艦を勤める第一鎮守府所属の第一艦隊が島を後にする。

 

入れ替わりに来た艦娘は、呉、舞鶴、佐世保より精鋭揃い。

 

複数の大和型、長門型、五航戦と、作戦参加艦よりも遥かに戦力として

評価の高い、錚々たる面子が集まっていた。

 

不自然なほどに。

 

「まあ、もはや我らは蚊帳の外だ、気にするものでも無いか」

 

どこか不穏な、張り詰めた空気を感じながらも艦隊は海を行く。

 

 

 

泊地の埠頭で、洗濯機に水干を突っ込んだ龍驤が紫煙を上げていた。

白いシャツにサスペンダー、何処から見ても朝潮型の駆逐艦である。

 

見上げれば年の瀬に、音がしそうな夏の空。

 

「それ大塊の噫気、その名を風と為す、か」

 

口を開け、エクトプラズムの如くにゆっくりと煙っている最中、左右に座る赤青が在る。

 

「荘子ですか」

 

がっちりと肩を組み、龍驤を引き寄せる加賀。

 

「ところで龍驤、私たちも長い付き合いですよね」

 

反対側から力を込めて肩を組む、赤城。

 

元戦艦2隻に挟まれ、固められた軽空母であった。

 

「いやいや、付き合いなら龍驤サンの相方的ポジションのアタシらだろ」

 

後ろから、効果音が出そうなほどにファッショナブルな姿勢で声を掛けたのは、隼鷹と飛鷹。

 

「私もよく代理とかで絡んでましたッ」

 

駆け付けてきた瑞鳳が言う。

 

うん、キミの代理で出撃して沈んだんよね、ウチ。

 

そんな言葉は流石に呑み込んだ龍驤であった。

 

見れば続々と航空母艦が集まっていて、埠頭が随分と騒々しい有様と化している。

姦しかったり酒臭かったり、ヒトを掻き分け何とか龍驤に乗せようと挑戦するグラ子が居たり。

 

どうでも良いが、蒼龍と飛龍は洗濯機の前で待機中なため混ざっていない。

 

龍驤は軽く煙草を吸い、やはりエクトプラズムの如くに無気力に吐き出しては、言った。

 

「秋水なら、明石に返したで」

 

そそくさと、じゃ、また後でとか適当な事を言いつつ工廠に向かう群。

ぽつねんと取り残されては、残っていた隣の青いのに声を掛ける。

 

「行かんの」

 

加賀は、特に表情を変える事も無く肩を竦めて答えた。

 

「あそこまで競争率が高いと、諦めておくべきかと」

 

言葉の無くなった埠頭に、紫煙だけが立ち昇っている。

 

「何か、落ち込んでませんか」

 

龍驤は加賀の言葉に、特に何の反応も見せない。

 

「気のせいやないか」

 

日差しの翳る気配の見えてきた中、ふたり座り込んでは海を眺めていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

陽炎が軽く窓を開けた。

 

欠損した肉体は高純度の霊的物質、所謂修復剤で補填する事は出来る。

 

しかし、新品に取り換えられた形に成る肉体が、思い通りに動くかと言えばそうでも無い。

詰まる所しばし、陽炎はリハビリと言う名の慣らし運転のため、病室に押し込められていた。

 

潮風が頬を過ぎ、潮騒が耳を揺らす。

 

遥かに高い空の先に、風の踊る様を見て、思う所を口にした。

 

「どこかの時点で死んでおけば、格好良かったわね」

「ぬぐうううううううぅぅぅぅ」

 

寝台の上でシーツに包まり悶えているのは天津風である。

 

「龍の住処に吹く風ですか」

 

陽炎の言葉を、隣の寝台の不知火が継ぐ。

 

「龍驤さんが真後ろに居る状態で宣言するとは、素晴らしい度胸ですよね」

「にゃああああああぁぁぁぁ」

 

シーツの悶えっぷりが倍速と成った。

 

長女は散々に揶揄われている妹の有様に頬を緩め、そして、何かを思い出すように嘯く。

 

「しっかし、何、ちょっと島風拾っただけで咄嗟にあそこまで組み上げるって」

 

話題変わって、長波様の事である。

 

島風を拾った後、輸送艦隊で露払い、龍驤と合流し進撃。

島風は最寄りの泊地に向かわせ、そして後に修復剤を抱えて戻って来た。

 

最寄り泊地から海域までの安全確保、作戦進行を把握していたからこそ可能な芸当。

 

海上で冥府に両足突っ込んでいた天津風が生き延びたのは、そのおかげと言える。

 

伊達や酔狂で様付けされているドラム缶マスターでは無かった。

 

「アレで中堅かあ、自信無くすわね」

「まあ、第二鎮守府は駆逐艦の激戦区ですからねえ」

 

悶える妖怪シーツ饅頭の横で、煤けた空気の姉二人が白くなっていく。

 

それを打ち破るように、景気良くドアが開いた。

 

何か大きめの紙袋を抱えた露出多めの兎の姿、つまりは島風である。

 

「夕立ちゃんの襲名祝いのお裾分け持ってきたよーッ」

 

そう言っては怪奇蠢くシーツの横で、袋の中身を取り出していく。

粽の様にニッパ椰子の葉で包まれた、外郎の様な質感を持つ緑色の物体。

 

セルルである、よくブルネイの道端で安く売っている菓子だ。

 

パンダンリーフで着色しているため、緑色に成っている。

 

「いつも思うけど、コレってずんだっぽいわよね」

「そう言えば、艦娘に成ってからずんだを食べた事無いですね」

 

もぎゅもぎゅと葉の中の菓子を消費しながら、恐怖のシーツからシーツを剥ぎ取る不知火。

 

「お茶も有るよー」

 

そして袋の中から、続々とテタリの缶紅茶を取り出す島風。

 

甘ったるいので霧島や龍驤には不評である、金剛は意外に気に入っていたそうだ。

 

結露の僅かに見える缶紅茶を一通り、いまだ呻き声が上がる天津風にも渡した頃

特に示し合わせたわけでも無いが、天使が通ったような静寂が訪れる。

 

「では、旗艦が乾杯の音頭を」

 

不知火の発言で、陽炎に視線が集まった。

 

何か押し付けてきた次女に対して、僅かに呆れた色を見せつつも、長女が缶を持ち上げる。

 

「本作戦、陽炎哨戒戦隊全艦の生還を祝って」

 

軽い声色に、缶を打ち鳴らす音が重なった。

 

途端に騒然とした病室で、頬を過ぎるものが在る。

 

南洋の果てより海原を渡った風が、窓の隙間で音を鳴らした。

僅かに髪を揺らすそれに、釣られるように陽炎が窓を向けば、どこまでも続く青。

 

「良い風ね」

 

釣られたままに窓際に腰掛けて、菓子の取り合いをしている皆を見ては、軽く笑った。

 

様々な場所で、様々な思惑が吹き抜ける風の如くに違う色を見せる。

 

人の奏でる音を聞くヒトは、大地の奏でる歌を聞かないのでしょうか。

大地を吹き抜ける風を知るヒトは、天籟の楽を聞きませんか。

 

そもそもに万に風が吹いていく様子に同じものは無いのですが、

しかし現象だけを見れば、単に風が吹いているだけなのです。

 

風を感じ音を奏でる、そのような事をするヒトは、いったい誰なのでしょう。

 

そんなものはありはしないと言うのに。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

球形の戦場

 

サイパン奪還作戦の後しばらく、ついに侵攻を開始した中枢棲姫は、

マーシャル諸島近海でサイパンより抜錨した討伐部隊に遭遇する。

 

呉、舞鶴、佐世保の三鎮守府から成る混成部隊。

 

健在である五航戦を中心とした制空権の奪取から、大量の超弩級戦艦に因る鉄風雷火が

危なげなく戦況を推移させ、望まれていた終焉に向かい突き進む。

 

「妙だな」

 

轟音と衝撃の中、舞鶴所属の武蔵はふと違和感を感じた。

 

姫級とは、これほどに手応えの無い相手であっただろうかと。

 

深海側の反撃も行動も、何もかもが想定を下回っている。

気楽に撃ち込んだ砲弾ですら、当たる。

 

いやこれは ―― むしろ自分から受けに行くような

 

見れば、火に炙られ変質していく彼女は嗤っていた。

 

 

 

『球形の戦場』

 

 

 

奇しくも同時刻、ブルネイは5番泊地で2隻の艦娘が邂逅を果たしていた。

最近、混ぜるな危険コンビなどと一部で呼ばれ始めた外道が2匹。

 

詰まる所、龍驤とあきつ丸である。

 

例によって例の如く、炎天の下の僅かな陰で、紫煙を吐いては煙らせている。

 

しかしなぜか、龍驤の巣には煙が籠もっていない。

 

あまつかぜと書かれた扇風機が置かれているからだ。

 

不知火の字である。

 

離れた所で、陽炎型の長女と次女が連装砲くんに追い掛け回されている。

 

「今日は、答え合わせをしに来たのでありますよ」

 

扇風機に吸い込まれる煙を目で追いながら、あきつ丸が口を開いた。

 

「さっぱり意味が分からん」

「まあ、端的に過ぎましたか」

 

苦笑の後、最近の一連の事件、件の老研究者の顛末について語る。

 

全ての資料と報告を纏め提出し、既に自分の手からは離れたとも。

 

「んで、何でウチに」

「調べるのが面倒でして」

 

何やそれはと言う声に、要は自分が納得出来ればそれで良いのですよと笑う。

 

曰く、この惑星の霊長は、常に敵を取り込んで進化してきたと言うのならば。

 

「龍驤殿は、ヒトが敵を取り込むのに必要な物と言えば、何だと思いますか」

 

吸い終わった煙草で鎖繋ぎに火を移し、吸殻を灰皿に入れながらの問い掛け。

 

「そりゃあまず、敵が必要なんやないかな」

 

他愛の無い返答に、あきつ丸が固まった。

 

「ほれ、ヒーローだって悪役が居らんとやっていけんやろ」

 

お道化た様な言葉で振り向いた龍驤が、目を見開いたあきつ丸の様相に止まる。

 

「……あー、それだ、それでありました」

 

掌で顔を覆い、天を仰いではそう零す揚陸艦。

 

「ついでです、国造りに関して何か気付く事はありませんか」

 

そのままに疑問を繋げれば、龍驤は軽く吸い、煙と供に言葉を吐き出した。

 

「国造りを成立させる前に、中枢棲姫を叩く目論見やっけ」

 

サイパンより抜錨した討伐部隊について、作戦目的から規模、一通りの内容は

蚊帳の外に置かれた横須賀とブルネイにも届けられていた。

 

「大国主と少彦名が出会い国造りがはじまる、南方系の神話やな」

 

日本神話は、北方系の神話と南方系の神話の入り混じる内容で成立している。

 

「南方系、実に嫌な響きであります」

 

嫌そうな声色に、本土の連中は基本的に東南アジアが眼中に無いからなあと笑う。

 

「答えから逆算してみよか、マーシャル諸島近海が目的地やったとしたら」

「ポリネシアでありますな」

 

即座に意図を呼んだあきつ丸の声に、軽く口元を歪めて言葉を繋ぐ。

 

「天より降り海より訪れる、即ち空と海が交わる場所、水平線の彼方より来たるモノ」

 

そのままに灰皿に吸殻を押し付けながら、言葉を締めた。

 

「マーシャル諸島なら、最高神ロアにより遣わされた海の王ティノルアか」

「天孫降臨から国造りまでの、一連の流れを再現できるわけでありますか」

 

呆れた声色で、頭痛を堪える風情の揚陸艦が煙を吐いた。

 

そのまま暫く考える様を見せ、ようやくに口を開けば、手遅れでありますなと笑う。

 

「いまごろ、見立てが成立しているでありましょう」

 

今回の戦闘行為自体が、相手の目論見通りでありましたかと。

 

訥々と語るあきつ丸を止めず、言葉を聞きながら龍驤は

隅に置いていたクーラーボックスより珈琲缶を取り出し、渡す。

 

「火生土、艦娘の砲撃と言う儀式を以って「産み出す者」への変質を果たす」

 

論者は珈琲を受け取りながら、疲れた声色で結論を下した。

 

「中枢棲姫は、その命を以って怨念であった深海棲艦を種族に引き上げる予定かと」

 

僅かな静寂の後、良く冷えた缶を持ちながらお道化た言葉が在る。

 

「おめでとう、新たな人類の敵の誕生だよってか」

「これからの人類は、さらに大変でありますな」

 

他人事の様な気の無い声色の会話。

 

そして他人事の様な乾いた笑いが零れ、龍驤が缶を持ち上げて言う。

 

つまり、それはあれやなと。

 

―― 暁の水平線に勝利を刻む(人類が革新を経て天へと至る)、その日まで

 

「食いっぱぐれの無くなった、艦娘(ウチら)に」

 

泊地の中の不謹慎な場所に、乾杯の音が響いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

砲撃の音も止み、海域に静寂が訪れる。

 

髑髏の如き黒白の艤装は割れ砕け、紅を撒き散らしながら引き千切れた白蝋を乗せる。

 

雷火に炙られ、崩れ果てていく棲姫が嗤っていた。

 

常ならば黒く灰の如くに消え去っていくであろう怨念が、大気に拡散し滲みはじめる。

 

―― ズット、見続ケテイタ

 

静かな声色が海域に響き、周囲の艦娘が身を固める。

 

―― 北モ、南モ、東モ、西モ、コノ果テノ無イ球形ノ戦場ヲ

 

崩れた顔から零れる言葉が、海域の空気を染めていく。

 

―― ソシテ知ッタ、オ前タチモ、望ンデイルノダト

 

崩壊する中に揺らめく紅焔の光から、誰もが目を離す事が出来ない。

 

―― 終ワル事ノ無イ、無限ノ闘争ヲ

 

そして、僅かに残った身を持ち上げ、頭部を開きながらの大音声が放たれる。

 

―― 我ガ子ラヨ、今ハ逃ゲヨ

 

その声を、三界の全ての深海棲艦が聞いた。

 

遥か離れた場所にも、祖を同じくする艦娘たちの脳裏にも響き渡った。

 

―― 今コノ時、コノ場ヲ以ッテ我ラハ海神(ワダツミ)ヲ国ト為ス

 

海域の僅かな生き残りが、距離を取り様子を伺っていた棲艦が身を翻す。

 

―― 雌伏セヨ、奪エ、侵セ、呪エ、殺セ

 

海域を離れるそれらの瞳には、今までは無かった知性の光が在る。

 

―― 永劫ニ、ソノ全テヲ以ッテ思イ知ラセヨ

 

何隻か、追撃をかけるべきだと意識は在る物も、砲塔も、指一本すら動かす事が出来ない。

海域を染める怪異の圧力が、空気の重さが僅かな身動ぎすらも許さない。

 

―― 我ラガ無念ヲ、絶望ヲ

 

魂魄へ直接に響く怨念に打たれ、討伐隊の顔色は既に蒼白と成っていた。

 

―― コノ、蟲毒ノ天体デ

 

崩れ果て、世界へと染み込んだ怨念の元は確かに嗤っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53 入り江の愉しみ

指先が鼻の下に付けられたフサフサとしたソレを撫でる。

 

例によって例の如く、一連の騒動の残滓もまだ残る年の瀬に

我関せずと問答無用で各鎮守府の艦娘にクリスマス衣装の着用命令が下った。

 

既に発案者を3度ぐらい殺しておけと赤道付近の泊地連名で申請をしてある。

 

そんな殺伐とした状況の中、真白の付け髭を触りながらご満悦の利根が居た。

 

艤装の上から羽織る形の紅白に、随所にポンポンの付いた可愛らしい装いである。

 

実は一度着てみたかったらしい。

 

提督執務室の向こうで書類を抱えて走っているのは筑摩、トナカイの着ぐるみだ。

 

コッチは自腹らしい。

 

例年の如く、艤装にまで飾りつけをされた龍驤が軽く息を吐いた。

 

折からの深海側の侵攻の変化、例えば単艦で行動をしている艦娘を集団で叩くなど、

これまでとは一風変わって実に嫌らしくなったソレが齎した状況は、一言で言えば面倒。

 

各種出撃時の編成の事である。

 

そんなわけで、極めて使い勝手の良い火力である金剛型四姉妹は忙殺の極みにある。

 

そして今年度、龍驤と大淀、さらには利根型姉妹までクリスマス化されてしまい

うかつに泊地から外出できない外見と成ってしまった、これが実に困った事態を呼ぶ。

 

本日も叢雲を連れた提督が日本企業との打ち合わせに向かい、帰って来ては夕立を連れて

市議会への年度末の折衝へと向かう、連日この様な有様であった。

 

公式の場におけるクリスマス禁止令の出ている国だけあって、泊地外の様々の全て、

クリスマス衣装の無い艦娘に全ての皺寄せが行っていた、仕方のない事ではある。

 

詰まる所、叢雲と夕立が死にかけていた。

 

 

 

『53 入り江の愉しみ』

 

 

 

この味が、何かパサパサしてクソ不味いとキミが言うたから、24日は目に物を見せてくれん。

 

などと詩的な風味で意気込みを語った所で、別にオーブンの質が変わるわけでも無し。

 

まあクリスマス艤装の無い艦娘に各種仕事が回ってしまっとる分、赤と緑、そしてゴールドな

ウチらは結構時間に余裕があるわけで、とりあえず間宮で飯を作っとる。

 

要はクリスマス用の料理のお手伝いなわけやけど、先ほど間宮と伊良湖が包丁と擂粉木を持って

赤い正規空母退治に出かけてしもうたわけで、厨房にウチしか居らんのはどういう事やと。

 

オーブンに叩き込んだ七面鳥に適宜肉汁を掛けながら、鍋で作った飴色玉葱に鳥野菜炒めを

叩き込み、そのままケイジャンスパイス等各種薬味を入れてから米と水、あと野菜出汁。

 

パエリアに似たスペイン由来のカントリー料理、ジャンバラヤやな。

 

北米アカディア植民地に居たフランス系カナダ人、所謂ケイジャンが作るケイジャン料理の一種で

 

彼らが大艱難で英国植民地に強制追放された折、一部がスペイン領ルイジアナに移り住んだと、

そこでパエリアなどのスペイン料理との融合、発展があったとか。

 

後にルイジアナは買収でアメリカ領と成り、そのためケイジャン料理はアメリカの南部料理、

俗に言うカントリー料理と言う物に含まれるように成った。

 

土着の食材を使い、香辛料でスパイシーに仕上げるのが特徴や。

 

同系統の料理でも、ニューオリンズあたりではイタリアの影響が有り、トマト何かを使うらしい。

 

しかし量を兼ね備えた宴席料理って、意外に選択肢が無いな。

 

「ザリガニパイとガンボでも作る気ですか」

「ギターとフルーツ瓶も忘れたらあかんな」

 

何か瑞鶴にアームロックを掛けた状態の加賀が生えて来たので、適当に受け答えをする。

 

「何や、手伝いにでも来てくれたんか」

 

鍋に蓋をしつつ、オーブンに匙を突っ込んで出てきた肉汁を回し掛けして、一息。

 

「味見係、というのは重要だと思いませんか」

「失せろ」

 

えーなどと残念そうな声を上げつつ、ロックの極め方が厳しくなったのか瑞鶴が高速タップ。

 

「いや、さっきから何やっとんのよキミら」

「ちょっとした教育的指導です、お気になさらず」

 

聞けば、七面鳥の丸焼きと聞いて嫌がっていたらしい。

 

まあ気持ちはわからんでも無いがなとか思っとったら、どうもそれだけでは無いとの事で。

 

ようやくにロックを外されて、肩で息をしとった瑞鶴が口を開く。

 

「いや七面鳥って、パサパサしていて美味しくないじゃないですか」

「それは単に、料理したヤツがヘボいだけや」

 

日本では馴染みが無いせいかあまり知られとらんが、七面鳥は仕込みから調理まで

とことん手間がかかるタイプの食材や。

 

それを弁えずに鶏肉と同じ感覚で調理してしまうと、普通に不味くなる。

 

そんな事を説明していれば、オーブンに視線をやった加賀が言う。

 

「ふむ、するとその七面鳥はかなり手間を掛けているのですね」

「まあ言うほど手間かけたわけでも無いけどな」

 

それでも前日から氷を入れたブライン液に漬け込んで、香味野菜中心のスタッフィング入れて

その上で高温で外側焼いてから、低温でじっくり3時間焼き上げとる。

 

オーブンも業務用で安定しとるし、それなりには成っとるやろ。

 

「ほ、ほぼ丸一日掛けてたいした手間じゃないって……」

 

何か瑞鶴がドン引きしとるんやけど、いや、ローストターキー業界じゃこのぐらい基本やろ。

 

つーか、宴席料理ってそういうもんちゃうの。

 

そうこう言っている内に蒸らしも終わり、オーブンから七面鳥を取り出した。

 

香ばしいローストの香りの漂う中、腹の中に詰めていたスタッフィングを器に取り出し

残った外側の肉部分を、トマトと葉野菜で赤緑に飾った大皿の上に設置する。

 

「あ、あの、何か香りの時点で私の知っている七面鳥と次元が違うんですけど」

 

どんだけ安い七面鳥の記憶を持っとんのかと。

 

まあ戦前戦中だとカントリー料理に詳しい日本人何ざ希少極まりないから仕方ないか。

 

何か皿を用意して、さあとか言いだした青いのにジャガ芋を投げておく。

 

鍋の方も適度に炊き上がったようで、蓋をしたまま火から降ろして蒸らしに入る。

ガラス製の鍋蓋から、蒸らされている最中のジャンバラヤ、半透明になった米粒が見えた。

 

「上品な物相飯と言った感じですか」

「ルイジアナの人間が助走をつけて殴りに来る様な表現やな」

 

鍋ごと会場、要は間宮のテーブルに置くとして、ついで冷蔵庫からガラスのボウルを取り出した。

 

中には白ワインで付け込まれた柑橘類、及び缶詰の桃などの砂糖漬け。

適当に取ってソーダ水で割って飲む、サングリアって奴やな。

 

近年は赤ワインが主流やけど、桃入っとるし慣れない奴も居るから白がええやろと。

 

そんなこんなで終わった終わったと、一息ついて首をコキコキと鳴らす。

 

まあメインから飲み物まで、これで一通り品数が稼げたし、手伝いとしては上々かね。

 

「あとは並べるだけですね」

「司令官呼んで挨拶ぐらいは済ませんと食ったらあかんで」

 

既に皿と箸を持って待機しとる一航戦(バキューム)の片割れに釘をさしておく。

 

何か悲しそうな瞳で見てきやがったので、先ほどのジャガ芋に切れ目を入れてオーブンにイン。

ついでに塩とバターを渡して勝手に食いやがれと放置しておく。

 

見渡せば、常とは変わった香りの漂う厨房が、宴席の日と言う感情を強く印象付けた。

 

ジャンバラヤ、ローストターキー、スタッフィング、サングリア。

 

料理に目を奪われていた瑞鶴が、ひとつひとつの料理の名を上げて、しかしと言葉を紡いだ。

 

「何で米帝料理ばかりなんですか」

「和食が食いたきゃ自腹を切りやがれ」

 

まあクリスマスやから仕方が無い、降誕祭と言うよりは感謝祭ってノリのメニューやけど。

 

つーか、量を稼ぐタイプの宴席料理が抱負やねん、アメリカ。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

宴席もたけなわに、日も暮れようかと言う頃合いにようやく軽空母は一息を吐く。

 

あれから龍驤は料理が足りなくなってはおにぎりを握り、足りなくなっては焼き鳥を焼き、

もはや何の宴なんだかわからない和洋折衷な有様を四苦八苦しながら泳ぎ抜いていた。

 

そして艦娘にもみくちゃにされ、目の下に隈の出来た提督が龍驤の近くに倒れ込んで来る。

 

「な、何か胃に優しいものは無いか……」

 

切実な声であった。

 

余ったおにぎりで軽く茶漬けを作り、渡す。

 

「何というか、発想が居酒屋的だよな龍驤」

「言わんといて、自分でもちょいアレやと思ったところやねん」

 

さらさらと茶漬けを流し込む音だけが響くひと時。

 

やがて提督が中空に視線をやり、虚ろな表情で言葉を零した。

 

「……クリスマスっぽく、無いなあ」

 

身も蓋も無い一言であった。

 

「赤と緑と金色があったらクリスマスでええんやない」

「何というシンプルな思考」

 

ついでに淹れた茶を啜りながら、呆れた感想が在る。

 

「艦娘も、クリスマスは普通に祝うんだな」

「まあ明治時代には入って来とったからな」

 

クリスマスは明治時代、20世紀に入ってから普及がはじまり、昭和に入って一般化した。

 

日本に於けるクリスマス普及の理由には様々な物があるが、

祝日である大正天皇祭が12月25日だったのが最大の要因と言われている。

 

「何か意外だな、戦中でもクリスマスは祝っていたのか」

「前線でもツリー作る程度には浮かれとったでー」

 

西洋の全てを拒否しなければ非国民、などと言っていた気狂いは某新聞ぐらいである。

 

取り止めの無い会話が続き、熱帯の夜は更けて行く。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54 隔意の果て

海域断絶以前より、サイパンは破綻していた。

 

米軍基地の在るグアムなどと違い、さして力を入れる理由の無い土地であり、北マリアナ諸島の

連邦化により、何とも微妙な立ち位置に成っていた所に日本企業の撤退、観光資本の中韓化、

 

治安の悪化、政治の迷走、イスラムによるテロ、グアムのハブ空港化によるシェア低迷。

 

そこに致命の一撃とばかりに海域断絶が加えられ、滅ぶべくして滅んだ地域だ。

 

霊場さえなければ放置している、件の作戦に於ける関係者の言である。

 

綺麗に何もかもが失われた無人島だけあって、これ幸いと日米のやりたい放題が発揮され、

西帆香取神社を中心にした工廠、泊地、ついでの小規模な米軍基地が設置される。

 

来たるべき太平洋打通、ハワイ侵攻に向けての橋頭保化が急ピッチで進められているが、

流石に今日明日とは行かず、仮の立ち上げも年度が代わってからに成る見込みだ。

 

「米軍側は最終的に、本部はグアムでサイパンは支部って感じになりそうやな」

「海軍としては、複数鎮守府紐付きの工廠付き泊地ってとこか、ややこしいなあ」

 

ようやくにサンタの呪縛から解き放たれた龍驤が通達を見てぼやけば、目の下に隈の出来た

提督が、面倒事に辟易した気配を隠そうともしない声色で受け答えをする。

 

「来年は自腹でいいからトナカイの着ぐるみを買うっぽいー」

 

自分の席で、魂を吐き出しながら夕立が何の関係も無い言葉を吐けば、鬼が笑った。

 

 

 

『54 隔意の果て』

 

 

 

いつもの補給物資に掃除道具が大量に混ざっていたわけで、大掃除や。

 

聞けば離れた鎮守府、泊地でも本土と同じ行動を取る事に因って艦娘への加護や

霊地との霊的な繋がりが強化されるとか何とか、やらんよりはマシってぐらいやけど。

 

だからってサンタと水着は何か違う思うんよな、やっぱり。

 

とりあえず陰陽系に関わる場所の煤払いは正月事始めに終わらせとるわけで

送り付けられてきた笹箒持って、手分けして窓枠だの壁だのを払って回っとる感じ。

 

パタパタと本棟の壁を払っていれば、寮の方から柑橘色の軽巡洋艦が訪れた。

 

「巡洋艦寮の方、煤払い終わったよー」

 

笹箒を軽く振りながらそう伝えてきたのは、川内。

 

―― あるぇ?

 

「川内が……吊るされとらん……やと……」

「まずそこかい」

 

今年最後にして最大の驚愕を表情で示しとるウチに、苦笑交じりの返答が在る。

 

「まあ何やご苦労さん、あとは個人の裁量で適当に宜しく」

「後で神通の探照灯棚の整理でも手伝ってこようかねー」

 

まあせっかく笹箒が在るのだからと、2隻で本棟表を払って回り、想定よりも随分と

早く終わった頃には、神通が簀巻きにした赤城を抱えてきた。

 

「如何に」

「吊るせ」

 

もはや説明も要らない。

 

二水戦組を間宮付近の煤払いに配置したのは正解やったな。

 

「そういえばさー、二年参りってあるじゃん」

 

空いた修復剤バケツで雑巾を絞りながら、川内がそんな事を言う。

 

二年参り、初詣の一種で大晦日の深夜から元旦に掛けて参拝する事やな。

 

そんな言葉の無い地域が多いため方言の一種と思われがちやけど、二年参りと言う名称は

広く普及していたものが多くの地域で廃れ、少数の地域で残っとるという経緯を経とる。

 

方言とはちょい違うねん。

 

「二年夜戦って思いついたんだけど」

 

まあそれはどうでもええか。

 

「一本いっときましょうか」

「嘘です冗談です年越し蕎麦食べたいです」

 

荒縄を一本、景気良くパンと張った神通の笑顔に、川内が慌ててフォローを入れた。

 

姦しく片付けをしてる中、取り止めも無い会話が続く。

 

「窓拭きも完了、これで本棟も終了だね」

「お疲れさん、たすかったわー」

 

一息を吐き、見渡せば穏やかな海原の果てに、今年最後の出撃をした艦隊が見えた。

 

モップの分解をしていた神通がウチの視線に気づき、声を掛ける。

 

「礼号組でしたか」

「ぶっこみの足柄(ガラ)さんが出撃したがってなー」

 

秋水争奪戦に乱入して強奪していった重巡洋艦が、新しい玩具に目をキラキラさせとった

わけで、年度末の糞忙しい提督執務室でダダ捏ねやがって本当にもう。

 

「大淀さんあたりが止めそうなもんだけど」

「いや、何だかんだで足柄に甘いで、大淀と霞は」

 

口では文句を言っとるけどな。

 

件の中枢棲姫の騒動の結果、深海棲艦に多少の知能が付いたわけやけど

ぶっちゃけ現場としては、特に大仰な変化があったわけでは無い。

 

年末年始の深海棲艦の減少も変わらず、これまで本能で休んでいた奴らが

明確に休暇として休みを謳歌する様になったと、そんなところやろか。

 

しかしただ一点、明確な変化が在る。

 

「哨戒、と言うわけでは無いのですよね」

 

下位の深海棲艦も、徒党を組む様に成った。

 

それを踏まえて、神通の言葉に軽く答える。

 

「先立って叩いておこうって感じやな」

 

だから何某かの行動を見せる前に、小規模な「巣」とも言える場所を叩きに行く。

 

これからの戦闘は、そのような方向性が主体に移行して行くんやろな。

 

「そういやさ、龍驤ちゃんは今年はお節を作らないの」

 

セメントな空気を払うように、川内が違う話題を突っ込んで来た。

 

「いや、別に去年も作ったわけやないで、一品でっち上げただけや」

 

そういや摘まみだ肴だと消費された鳥牛蒡の金平、川内めっちゃ食っとったな。

 

「鳥牛蒡が無いと新年が始まらぬえー」

「何でそんなあきらかに定番でも無い地味品目に拘るねん」

 

ずびしとツッコミを入れた手の平の向こうで、神通が笑っていた。

 

「せっかくですし、これから間宮の方に行って品目を増やしてみませんか」

 

ほがらかなお誘いに、乗ろうかと思えば川内の言。

 

「え、これから神通の探照灯棚の整理を ――」

「あれはあのままでかまいません」

 

「で、でも整備したまま適当に ――」

「常在戦場と言う言葉が在りまして」

 

「流石に少しは片付けた方が良いと思 ――」

「何が何処にあるか把握しているので問題無いのです」

 

何か目の前で笑顔のまま圧力を感じる会話が繰り広げられている。

 

千日手の様な終わりの見えない姉妹の争いに、終止符を打ったのもまた同じ物で。

 

「あ、居た居た神通ちゃん、いい加減に探照灯棚片付けるよッ」

 

那珂やった。

 

そう言っては二隻の首根っこを引っ掴まえて、ずるずると引き摺りはじめる。

 

「いえ、探照灯棚はあれはあれで ――」

「しゃらーっぷ」

 

「えーと、那珂、こう無理に引っ張らなくてもお姉ちゃんは ――」

「どーせ逃げるでしょ」

 

「常在戦場と言う言葉が ――」

「常日頃から使い易く保ち事に備えるべきだよね」

 

何かこう、抗う事の出来ない絶対を感じ戦慄する。

 

見れば珍しく神通が、売り飛ばされる子牛の様に悲しそうな瞳でウチを見とる。

 

「んじゃ龍驤ちゃん、ふたりを持ってくけど構わないかな」

「あー、かまへんかまへん」

 

問答無用で引き摺りながら、そんな事を言ってくる艦隊のアイドルに軽く手を振った。

 

「ほな、また後で」

 

そうこうしている内に口元寂しく、軽く巣にでも籠もるかと別れを告げた。

 

まあ後で金平でも作るかと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

―― 旧友は忘れていくものなのだろうか

―― 古き昔も心から消え果てるものなのだろうか

 

新年を迎える夜の深みに、何処からか歌声が響いてくる。

 

イスラム教国であるブルネイは、とりたてて新年を祝うと言う事をしない。

 

だが、英国統治の影響でクリスマスと元旦は祝日に指定されているし、

年の代わりを歌で以って祝うと言う習慣が残されている。

 

オールド・ラング・ザイン

 

日本では蛍の光として親しまれている歌であり、ブルネイの夜に響く声だ。

 

何もかもがたけなわに、カウントダウンを待っている間宮の宴席で、

届いて来た歌声に応える様に誰かが歌い始める。

 

―― 今此処に、我が親友の手が在りて

 

酒宴の爛れた空気を歌声が染めていく。

 

―― 今此処に、我らは手を取り合う

 

独唱は追唱を経て、泊地に響く合唱と成った。

 

―― 今、我らは、善き友情の杯を飲み干そう

 

喧騒を離れ壁にもたれ、酔いを醒ましていた龍驤へと、コップが渡される。

横で疲れた様な息を吐き、同じく壁にもたれたのは、小柄な航空巡洋艦。

 

―― 古き昔のために

 

互いの苦笑を経て、渡された果実水はすぐに空けられた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55 信頼は知っている

―― 痛イッ、ヤメテヨォッ

 

海上に次々と爆雷の水柱があがる。

 

「相変わらず硬いわねえ、あの変な潜水カ級」

 

慣れた手つきで爆雷をぶん投げている五十鈴が、小脇に抱えた龍驤に語った。

 

―― 水ガ、水ガ漏レチャウウゥ……

 

「いやあれ、潜水……カ級にしては、色が白いなあとか思わへんかな」

 

第一本陣、バンダルスリブガワンへと向けて航海を続けている最中に

諸手続き書類を持った秘書艦とその護衛艦隊は、敵潜水艦隊との遭遇戦に入っていた。

 

「抱えている艤装も巨大化しているし、アレがきっとエリート級ってヤツよね」

 

五十鈴の引き締まった表情は僅かの油断も無く、全身全霊でそう判断している事が伺える。

 

「言葉、話しとるよね」

「先日のアレの影響かな、油断ならないわ本当に」

 

報告内容を現場で確認って重要よなあとか言いながら、遠い目をした軽空母の向こうで

ヒャッハーと叫びながらおかしなテンションの随伴駆逐(ヴェールヌイ)も爆雷を投げ続ける。

 

「えーと、ああいうのがたまに出るんやっけ」

「月に一度ぐらいは遭遇するわね」

 

龍驤は、不憫な棲姫のために心で泣いた。

 

 

 

『55 信頼は知っている』

 

 

 

一面を見れば、晴れ着の夕立が紙面を飾っとる。

 

正月に割烹着の鳳翔さんから雑煮を受け取って、餅と格闘しとった時の写真やな。

 

青葉日報ブルネイ版や。

 

遺族会や有志、企業の提供で艦娘に様々な贈り物がされる事が有る。

そんなわけで夕立や曙には晴れ着が、鳳翔さんには割烹着が贈られたとか。

 

ウチには抜き身の日本刀が送り付けられてきた、ほうか、もう鞘に戻る気は無いんか。

 

何で皆が晴れ着とかで浮かれとる中、ウチは喧嘩売られとんのやろ。

 

まあ馬の生首を贈られた明石とか、白い手袋が片方だけ贈られた青葉とかも居るけどな。

 

「んで、何や」

 

第一本陣の休憩室で、煙を吹かして居たらいつの間にか目の前に机に

相談役とか書かれた札を置かれ、何隻かの艦娘が列を作っとる、なんでやねん。

 

………………。

 

なんでやねん。

 

まあええわ、とりあえず列の先頭、机を挟んだ反対側に座った初風が言うには。

 

「最近、某軽空母と某駆逐艦と私でデュラハントリオとか言われだしたんだけど」

 

某軽空母(りゅうじょう)某駆逐艦(あまつかぜ)か、ココロアタリナイナー。

 

「どう考えても妙高のせいやな、はい次」

 

第四艦橋事件(あたまがぐちゃッ)? 知らない事件ですね。

 

入れ替わりで座ったんは妙高。

 

「過去に天津風さんの初陣に同行したせいで、初風さんまでデュラハンと呼ばれる様に」

「首落としたんまでウチのせいにせんとこな、艦首(くび)斬り妙高」

 

何か微妙に気にしとったらしく、メンタルダメージで特徴的な体勢のノックバックをした所に

短いポニテと入れ替わり、席に座ったんは妹より平たい不死身の重巡、青葉。

 

「ああ丁度良い、その日報の一面で相談があるんですよ」

 

ブルネイ鎮守府群の正月の光景を切り取った写真で、文面は5番泊地の様子から。

 

先日の作戦の発案が第三鎮守府だった事と、第三の間宮は5番泊地に在る事から

自然と他泊地の艦娘が集まりがちで、新年の一面に選ばれたとか何とか。

 

「英語版は、米軍基地で無茶苦茶ウケたんですけどね」

「どこに向かって商売しとるんよ」

 

聞けば、金髪美少女の晴れ着は凄まじい勢いで好感度を稼いだらしい。

 

ソロモンでの海戦に参加した祖父を持つボブさんが、ユーダチイズマイワイフとか

言いだしたせいで乱闘が起こり、結構な人数が営倉送りになったと言う。

 

綴りはきっとWIFEやなくてWAIFUやな、俗語の方の。

 

「テンリュー・レディに登場待った無しやな」

「ウケる要素多すぎですよ、夕立さん」

 

そこら関連かと聞けば違うと言う。

 

何でも、米軍には大ウケしたが、ブルネイやインドネシアでは微妙だったと。

ウケるにはウケたが、思ったよりも来なかった感触で、理由が知りたいらしい。

 

「金髪美少女、キモノドレス、コレで爆発しないなんて嘘でしょッ」

「いやだって、ぽいぬやん」

 

普通に返答をしたら、どうにも理解が進まない様で首を捻っとる。

 

「イスラム教徒は基本的に犬を避けるで」

 

教祖が無類の猫好きで、用事があるけどお猫様が袖の上でお眠り遊ばされているから

袖を切り落とそう、などと凄い判断をした事で有名な猫馬鹿やけど、犬は嫌っとった。

 

コーランの上でお猫様が眠りはじめたら邪魔をするな、とか言い残すほどの猫組やけど

 

犬は嫌っとった。

 

まあつまり、ステレオタイプな猫派やな。

 

そんなわけで、犬は飼うなとか酷い戒律まであるわけで、イスラム教国のブルネイでは

飼い犬が極めて少ない、というか基本居ない、都市部ではまったく見ない。

 

出稼ぎ外国人のコロニーで、フィリピン人とかがたまに飼っとるぐらいや。

 

「艦選間違えましたかーッ」

 

頭を抱えて机に沈むパパラッチ。

 

「つーても猫っぽい艦娘をチョイスしても ―― 晴れ着が居らんな」

 

強いて言えば子日か、鼠っぽいが、第二の方に籠もりっぱなしやから第三(ウチ)では見んけど。

 

「扶桑さんや山城さん、大淀さんあたりなら万遍無くウケましたかねえ」

「そういや隼鷹と飛鷹が、何やえらい高価そうなん着とったな」

 

キモノドレスで思い出した事をボヤいてみれば、聞き手が凄い勢いで顔を上げる。

 

「うえ、それ見てませんよ私ッ」

「呑み始める前に着替えとったからなー」

 

空母寮の住人以外やと、提督ぐらいしか見とらんのやないかな。

 

何かいろいろと企み始めたブン屋を、相談事は終わったなと判断して追い払う。

気が付けば机の前に並んでいる艦娘はさっきよりも随分と増えていて。

 

よっこらせとか年代物臭い掛け声で座った旧知の戦艦に、額を抑えてボヤきを投げる。

 

「何で長蛇の列が出来とんねん」

「いや、相談するのは私の側のはずだが」

 

結局その日は相談で時間が埋まってしもた、まあ何や言わせてくれ、なんでやねん。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

―― マタ、潜ルノカ、アノ水底ニ……エ、浮上してイる、もうヤダァッ

 

何か切実な泣き言が海域に響き、それきりの静寂が訪れる。

 

行きの航海で仕留め損ねた変な潜水カ級に再度遭遇し、今度こそはと仕留めてみれば、

まるで姫級の様な膨大な陽気や霊力が海域に溢れていたため、建造術式が起動した。

 

「南洋神社の建造可能艦娘は出きっているんじゃなかったの」

「サイパン解放したし、建造可能艦娘も増えとるんやないかな」

 

五十鈴に抱えられ乳置きにされている龍驤が、術式を調整しながら疑問に答える。

 

やがて海面に設定された方陣に光が溢れ、その中に駆逐艦、にしては大きめの姿が見えた。

 

白地に黒をあしらったセーラーに、胴体部をコルセットで覆う形の制服を纏っている。

その黒髪はペンネントで軽く括られ、少し撥ねた前髪が少し野性的な印象を与えていた。

 

「秋月型駆逐艦、その四番艦、初月だ」

 

閉じられた瞳が開き、その正面に居る艦娘を見て整っていた頬が綻びる。

 

「五十鈴か」

 

落ち着いた雰囲気から一転、花が開くような笑顔へと変わり、そのまま固まった。

天使が通り過ぎた様な静寂の中、抱えられたままの龍驤が決まり悪げに手を上げて挨拶をする。

 

初月の肉体に胃痛、頭痛、吐き気、発熱、震えなどの症状が現れた。

心拍数は上昇し、発汗とともに眩暈を伴う視野狭窄が始まる。

 

「……速い……無理、無理無理無理無理……おかしいってあんなの……」

 

頭を抱えてしゃがみ込み、ぶつぶつと呟きだした防空駆逐艦に、慌てて五十鈴が駆け寄っていく。

 

「ちょっと、何か明らかにトラウマ抱えてるじゃないッ」

「ウ、ウチか、ウチのせいなんかッ」

 

先日の騒動は駆逐艦初月の根本と成る魄にまで傷跡を与えていたらしい。

 

暫く、視界に暴虐軽空母が入らない様にと五十鈴の背中側に回りしがみ付いた形の初月が、

小動物の様に震えながら疲れた声色で言葉を零した。

 

「……すまないが、それから守るのは勘弁して欲しい」

 

艦隊の構成艦たちは、さもありなんという風情で同情を滲ませ深く頷く。

 

「いや、友軍よなウチら」

 

蚊帳の外に置かれた龍驤のぼやきが、海原の狭間に消えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56 追憶の悲惨

「いつか、こんな日が来るとは思っていました」

 

日も高き熱帯のブルネイでありながら、弓道場は氷室の空気を満たしていた。

居合わせた翔鶴は頬を流れる汗を識りながら、身体の芯まで凍える冷たさを知る。

 

今、弓道場で相対する姿は二つ。

 

半身に成り引き手を腰、軽く握った拳を顔の前に置く赤城。

甲を相手に向けるのは、およそ人体の柔らかな部分を守るためであろう。

 

捌きの腕は身体の前面に、片足に重心を集め、肩に持ち上げる様に拳を引くのは加賀。

ある程度の要領はあれど、それでも打突に重きを置いている事が伺える。

 

何故こんな事になってしまったのかと、五航戦姉妹が答えの無い問いを脳内に繰り返した。

 

「前から思っていましたが」

 

極北の空気の中で青い方が、平素と変わらぬ声を出す。

 

「赤城さんは、漬物石に丁度良いですよね」

 

意味は分からないが、何だか凄い挑発であった。

 

ずんと、赤城を中心に重力が増したかの如き圧力が在る。

肩口に乗せられ射出を待ち構える加賀の拳が、さらに引き絞られる。

 

煮えたぎる釜の如くに変質した弓道場の空気に、翔鶴と瑞鶴が涙目で抱き合った。

 

 

 

『56 追憶の悲惨』

 

 

 

最近、増える一方の残留米軍とのやり取りのせいで、昼時を逃してしまう事がある。

 

まあそれでもようやく時間が空いたからと、提督と一緒に遅めの昼食に向かってみれば

間宮の中が何か異様な雰囲気のまま閑散とし、中に居るのは2隻の艦娘、紺と白。

 

アホ毛を揺らし、桜色の髪を短めに纏めているスク水姿の潜水艦は、ヨー島所属の伊58やな。

その横の全体的に白い印象のセーラー服の駆逐艦、ヴェールヌイが口を開いた。

 

「やあようこそ昼下がりの間宮へ、この冷え切った珈琲はサービスだから飲んで欲しい」

 

かー不味いでちーなどと笑顔で言いながら珈琲を啜る伊58の横、いつの間にか用意された

二つのコップになみなみと珈琲が注がれた、湯気ひとつ無く、見るからに冷めている。

 

「しまった不味飯会や、逃げるでッ」

「不味飯会ッ!?」

 

身を翻せば入口の戸は閉められ、日焼けしたホワイトブロンドの潜水艦が鍵を掛けとる。

 

「足を踏み入れたからには諦めてご馳走されるべきですって」

 

零れんばかりの笑顔で嫌すぎる内容を呂500が口にした。

 

「ふっふっふ、ヨー島潜水艦隊、巻き添えを増やす事には定評があるでち」

「まあ何や、とりあえずその頭のアンテナ引っこ抜いてええか」

 

アホ毛を抑えながら鬼だの悪魔だの騒ぐ潜水艦を横目に視線を回せば、

視界に勧められた珈琲を口にして机に虚ろな視線を向ける提督が映る。

 

「冷やした珈琲と冷めた珈琲って、まったく別の飲み物だったんだな」

 

珈琲は冷やせば酸化が進み、温めなおすとエグ味が出る飲み物やからな。

 

だからアイスコーヒーとかは急冷や水出し、あるいは豆の薄皮(チャフ)を取り除くなどの

様々な酸化を避ける工夫がされるわけで、何もせんかった場合は酸っぱい泥水と化す。

 

「察するに遅めの昼食かい、丁度良いものがあるんだ」

 

そんな事を言いながら厨房へと向かうヴェールヌイの背中を眺め、諦め半分で席に着いた。

 

「さて、ようこそ不味飯会へ」

 

厨房に入る前、両手を広げ勿体ぶった口調で言葉を述べた駆逐艦に、胡乱な視線を向ける。

 

「で、不味飯会って何だ」

 

胡乱な空気の伝染した提督が伊58に問い掛ければ、軽く笑っての答えが在る。

 

「大した事は無いでち、単に思い出の味を楽しむだけの会でち」

 

そんな感じでどうにも重大な所をスルーしそうやったんで、追補しとく。

 

「不味いけどな」

 

「不味いのか」

「不味いでち」

 

不味いねん、素直に。

 

「例えば、この珈琲やな」

「この酸っぱい泥水か」

 

目の前に掲げて例だと挙げれば、黒い水が視線を集める。

 

「潜水艦の珈琲ですって」

 

自分の分の冒涜的珈琲を持ちながら、呂500が席に加わった。

 

「潜航時は鼻の深さまでしかディーゼル回せないから、珈琲も作り置きなんです」

 

そう言って彼女は一口飲み、どこか満足した様な表情で吐息をつく。

 

「不味いけど、たまに飲みたくなるって話や」

 

聖者の様に黒く天国の様に温く思春期の様に酸っぱい泥水を啜りながら謳う。

何とも微妙な表情で口を付けている提督を見て、心の通じる思いがした。

 

「ところで鼻の深さって」

 

飲みながらそんな事を聞いてくるので、こちらも頑張って消費しながら答える。

 

「浅度潜航時に海面に出す、ディーゼル給排気用のシュノーケルやな」

 

鼻を突きだしたとか言うんはドイツ式やったか。

 

「流石に空母は詳しいでちね」

「航空戦力はんたーい」

 

潜水艦が煩い、文句言う暇があるならその汚水を消費しとれと小一時間。

 

そんなこんなとしてる内、ヴェールヌイが食い物を抱えて戻って来た。

 

「農民のシーと人参のザペカンカだよ」

 

器に取り分け、それぞれをそれぞれの前に設置する。

 

主にキャベツ、他に様々な野菜を加え半透明に煮込まれている汁物と

四角く切り分けられた卵焼きの様な色合いの生地が見えた。

 

「龍驤、解説ッ」

「説明しよう、両方ともロシア料理と言いたいとこやが、って何でやねん」

 

すかさず飛んだ声に釣られて解説を始めた所で我に返り、すびしと小手を入れる。

そんなやり取りに苦笑を零しながら、持て成しの主が料理の説明をはじめた。

 

「シーの方は伝統的なロシア料理だね、キャベツを基本にした野菜のスープさ」

「9世紀ごろにビザンチンからキャベツが輸入されて、その時に出来たレシピやな」

 

ぶっちゃけるとキャベツ、あと適当に畑で獲れる物を煮込む野菜スープや。

 

名前は古代ロシアの食べ物(シト)と言う言葉から来とって、要するに細かいレシピは

決められていない、サワークリームや肉や魚と、入れる物はお好み次第。

 

有名所としてはビートを入れたシー、つまりはボルシチあたりか。

 

「めっちゃ硬いでち」

 

キャベツを噛み切りながら伊58が言った。

 

「本来なら捨てる様な、キャベツの外側の葉を使っているからね」

 

平気な顔で応えるヴェールヌイの前で、提督がガリガリと噛みながらウチに言う。

 

「その心は」

「内側は売り物やねん」

 

微妙な酸味とめっちゃ硬いキャベツに難儀しながら呑み込めば、よく知っているねと

視界の端で、ヴェールヌイの少しばかりに驚いた顔が見れた。

 

「まあだから、農民のシーと呼ばれるんだ」

 

そんな事を言いながら、何か懐かしむような顔でシーを口に運んでいく。

 

「よく噛めば甘味がある様な気がする」

 

提督から物凄く気を遣った感想が出た頃合いに、横の焼き物へと話題が移動する。

 

「ザペカンカ、だっけ」

 

提督が聞く、黄色い焼き物生地を良く見れば、中に小さく刻まれた人参の赤が見えた。

人参の鮮やかな赤い色がセモリナ粉に伝染って、玉子焼き的な色合いに成っとるんやな。

 

「ザペカンカはオーブンで焼いた物って意味や、芋だったり小麦だったり色々やな」

「これは人参とセモリナ粉で作った、レシピ的にはソビエト料理ってとこかな」

 

まあ普通に食ってみれば、微妙すぎる甘さ、凄くパサパサ、つまりは凄く微妙なわけで。

 

「うん、素直な気持ちで言えるわ、不味い」

 

給食のあまり美味しくない人参パンのダウングレード版って感じやな。

 

「このワザとらしくまったく調和していない甘みが良いんだよ」

 

ヴェールヌイ以外の全員が、口に入れた途端に何とも言い難い表情に成っとったがな。

 

「ソビエトとはやはり相いれないですって」

 

虚ろな目をした呂500が何かゲルマン魂を発露させとるがな。

 

そのままもそもそと食事を続け、凄まじく微妙な空気の食事会がようやくに終わる。

あれやな、凄まじく微妙な料理は空気まで凄まじく微妙にするな。

 

そして気力を使い果たして倒れ伏す死屍累々って、何でヴェールヌイまで死んどるねん。

 

「懐かしくても、不味い物は不味いのさ」

 

さもありなん。

 

「龍驤ー、何か口直し的な物は無いか、何でもいいから」

 

冥府の向こうから提督の思い残しが届けば、近くの亡者どもも追随をはじめる。

 

「ああ、厨房借りて作っておいたルンダンが鍋にあるはずや」

 

ルンダン、ウコンやガランガルなどの香辛料、つまりはカレーっぽい粉とココナツミルクで

延々と肉を煮込む、インドネシアはスマトラの州都パダンを代表する、パダン料理の一種や。

 

東南アジアのみならず、遠く中東の方まで広がっている結構メジャーな煮込み料理で

レシピも様々、とりあえず今回はカレー寄りのスパイスでぶつ切りの牛肉を煮込んだ。

 

「ルンダンか、ならせっかくだ、ブリヌイでも焼くよ」

「ええな、野菜も入れてマルタバック(はさみこむ)か」

 

厨房へと向かうとヴェールヌイがとてとてと後を付いて来た。

そしてロシア式のパンケーキの様な物を焼くために、厨房で適当に粉を調達する。

 

何や働き者やなと声を掛ければ、軽く肩を竦めて韜晦が返って来る。

 

「ソビエトロシアが誤解されたままでは困るからね」

 

軽い言葉を詮索せずに、台の上に昨日の空いた時間にチマチマと手を加え続け、

結果として丸一日煮込んでええ感じに寝かせておいたルンダンの鍋を置く。

 

そしてウチは、蓋を開けた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

加賀の打突を肘を回すが如き振りで捌き続ける赤城。

 

そのままに巻き込む様に腰に乗せ袖を釣りこめば、突き側は股下を交差するほどに重心を落とす。

引き手の勢いもあらば、落ち込む重心を下に潜らせる様に裏投げを放ち、赤城が飛ぶ。

 

投げられてではなく、自らが飛び上がったが故に爪先が美しき弧を描き、

猫の様に身体を回し着地して、即座に互いが距離を取った。

 

「別に、貴女のものだというわけでもないでしょう」

 

軽く頬を摺り、拳を握らぬ手を前面に置いたまま赤城が口を開いた。

 

「いいえ、アレは私の物になるべきだったのです」

 

飛びのいた勢いのまま重心を落とし、腰溜めの拳を引き絞りながら加賀が答えた。

 

そして殺戮者がエントリーする。

 

突如として弓道場に乱入した、火薬の如く飛び跳ねる赤い弾丸が赤城に迫る。

一切の反撃を許さぬタイミングで、全身の発条を使い飛び上がったのは、龍驤。

 

勢いを殺さず全ての質量を威力に変え、矢の如き膝蹴りが叩き込まれた。

 

膝蹴り、と言ったが少しばかり特殊な形である。

 

蹴り足で行われる通常のそれとは違い、踏み切り足を無理に持ち上げて蹴り飛ばす。

全体重を乗せ、膝と脛の狭間を相手の顎下に叩き込む様なその膝蹴りの名は。

 

―― ブサイクへの膝蹴り

 

龍驤の怒りが伝わってくるような技の選定に、翔鶴が鳥肌を立てた。

 

そして赤城の上、首に膝を当てたままの姿勢で乗りあげた形に成る怒りの化身は

自然の摂理に従い重力に引かれ、限界を迎えた赤城の身体がへし折れるように倒れ込む。

 

ぐしゃりと潰れる音がした、顎下に膝を当てられ頭から落ちた正規空母から。

 

「じ、地獄の断頭台……ッ」

 

自らの事の様に、蒼白のままガタガタと震える五航戦姉妹から技の名が零れた。

 

ゆらりと立ち上がり、視線だけで次はお前かと問いかける秘書艦将軍が視線を回し

摺り足を僅かに引きながら逃走の機会を伺う加賀に止まり、口を開く。

 

「で、ウチのルンダンを食ったんは」

「全部赤城さんです」

 

即座の返答と同時に正座をし、懐から今回は無罪と書かれた旗を取り出す容疑者2号。

 

「……とりあえず、簀巻いてから事情を聞こうか」

「あ、簀巻きは既に確定なんですね」

 

成すがままにぐるぐると縛られながら、いつも通りの受け答えをする加賀だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57 その料理の名は

 

昼過ぎに工廠から龍驤さんを眺めながら、積年の疑問を考えていた。

それは「なぜ龍驤さんは赤いのだろうか」という問いである。

 

簡単に見えて、奥の深い問題だ。

 

「赤いから赤いのだ」などとトートロジーを並べて悦に入る浅薄な人間もいるが、

それは思考停止に他ならず、知性の敗北以外なにものでもない。

 

「赤方偏移」という現象がある。

 

宇宙空間において、地球から高速に遠ざかる天体ほどドップラー効果により、

そのスペクトル線が赤色の方に遷移するという現象である。

 

つまり、本来の龍驤さんが何色であろうとも、龍驤さんが我々から

高速で遠ざかっているとすれば、毒々しく赤く見えるはずなのだ。

 

目の前の龍驤さんは高速で動いているか否か。

 

それを確かめるために、まずは島風さんにタービンと缶をガン積みして貰った。

 

そして後ろから島風さんが龍驤さんの腰回りの艤装に乗る様に、

その両腕でガッシリと腰をホールドしていただく。

 

「ちょっと待てキミら、何する気や」

 

横から見れば四つ足の、馬の如きシルエットと化した2隻。

 

今こそ観測すべき時と、声を張り上げ宣言した。

 

「超高速空母龍驤、発進ッ」

「あいあいさーッ」

 

単艦だと酸素魚雷すら追い抜く最速駆逐艦の艤装が、何の躊躇いも無く全開駆動する。

龍驤さんに装備された形に成る島風バーニアが、かの航空母艦を前代未聞の世界へと誘った。

 

「ああああぁぁほおおおおおおぉぉ」

 

目標が観測地点である私に近づくにつれ、音の波の振動が詰められ高い音と成って届く。

 

「かああああぁぁぁぁ……」

 

通り過ぎた後に届いた声は、振動が引き伸ばされ常よりも低く聞こえた。

 

そう、ドップラー効果を残して水平線の彼方へと消えて行く姿。

常に高速で離れて行っているのであれば、このような音波の変化は発生しない。

 

つまり、龍驤さんは ―― ここから先の手記は赤く染まっていて読む事が出来ない。

 

 

 

『57 その料理の名は』

 

 

 

企業努力言うんは戦争如きで止められるものではないわけで。

 

海軍のサポートも在り、今日も大量の日本車がブルネイに輸入されている事からも

その始末に負えなさが多少は伝わってくるんやないかなとか何とか。

 

まあ自動車業界にとって、戦前から国産車の製造ラインを持たないブルネイはお得意様

やったわけで、掴んだ利権をそう簡単に手放すはずも無いのは物の道理と言う物やろう。

 

結果として、ただでさえむやみやたらと高かったブルネイの日本車率は、海域断絶後は

ほぼ100%と言う競合他国が血涙を流しそうな恐ろしい状況と成っとる。

 

まあそんな工業の話はどうでもええ、提督室に入った問題は同系統やが毛色が違う。

 

某清涼飲料水メーカーの野望や。

 

先の大戦に倣ったかどうか知らんが、対策室が日本国海軍と成った折、

採算度外視で容赦無く組織内部に食い込んで来たメーカーが在った。

 

おかげで海軍施設内では、紅茶の花伝だとか爽健な美茶なんかが安く飲める。

 

流石に東南アジアは物価の差が激しいので、そう簡単には回って来んやろと思っとったら

突然に自動販売機が送り付けられてきた、しかも何をどうやったのか中身が滅茶安い。

 

何でも同社インドシナ事業部の内、現在停止しているラオス・カンボジアなどの

生産ラインを、日本側が借り受ける形での製造販売を予定しているらしい。

 

そしてペプシの牙城の一角であるブルネイに、宣戦布告を開始したと。

 

「しかしタッチパネル、マルチマネー対応ECO自販機って、どうせいと」

「広告塔にする気が透けて見えるのう」

 

提督執務室で、書類を眺めながら利根とボヤき続ける。

 

「ハッピー缶キャンペーンで、艦娘グッズが当たるとか書かれとるな」

「全国一律でやっとるのは理解できるのじゃが、泊地でやる事では無いな」

 

横須賀の某超弩級戦艦の強烈な推薦で、龍驤グッズがラインナップに並んだとか。

 

見なかった事にしよう。

 

まあそんな枝葉末節はどうでもええねん、さしせまった問題は中身や。

 

「コーラと珈琲は据え置いて、あとは何を入れるかや」

「肉体労働者にはフルーツソーダが良く売れるそうじゃ」

 

そしてデスクワーカーにはコーラと珈琲がよく売れる、シリコンバレー調べや。

そんな事を言っていれば、何や景気良く扉が開いて闖入してきたのは白い空母。

 

「話は聞かせてもらった、つまりファンタだな」

「大淀ー、執務室の防諜どうなっとんねん」

 

流れる様な自然な動作でヒトの背中にドッキングしてきたグラ子をスルーしつつ

眼鏡の防諜担当に視線を向ければ、何かカリーブルスト食っとる。

 

買収されとるがな。

 

「まあそんな事はどうでも良い、ここはファンタを入れるべきだろう、コーラを外して」

「社名にもなっとる超メジャーブランドをさりげなく外そうとすんな」

 

たゆんたゆんを頭の上に乗せながら言ってくる戯言は却下する、当然やな。

 

何でそこまでファンタに拘るのじゃと利根が疑問を呈せば、ドヤ顔のグラ子が

長くなりそうな雰囲気を醸し出しはじめたので、慌てて短く纏める。

 

「もともとファンタは、大戦時にコーラが飲めないドイツ人が開発した代用飲料やし」

「いや、ファンタはファンタだ、それ以上でもそれ以下でもない」

 

流石にレーションで粉末ファンタを採用した国の生まれだけはある。

危ない所やった、何か凄い拘りが垣間見えた。

 

「まあ仕方ないか、シュペツイを楽しむのもそれはそれで良い」

 

「シュペツイか、聞き慣れん名前じゃのう」

「コーラのファンタ割りの事や」

 

大戦時にコーラ原液が輸入できなくなってファンタが生まれたわけやけど、それとは別に

オレンジジュースなどで原液を割って消費を抑えると言う方向の飲料も存在した。

 

現在もドイツ国内で人気の飲料シュペツイ、要するにコーラのファンタ割りや。

とりあえず簡単に、ファンタオレンジでコーラを割ったら出来上がる。

 

「しかし何じゃ、大戦時とは随分と様変わりしとるのに、何でそこまで気にするんじゃ」

 

「軟禁されている時の食事が毎度カリーブルストとファンタでな」

「普通は嫌いにならんか、それ」

 

聞けばドイツも随分と豊かに成ったと感動したと言う、闇が深いぞおい。

 

「まあそんなわけで是非ファンタを入れて欲しい、オレンジとグレープとクリアレモンを」

「そんなわけ言われてもわからんが、オレンジとグレープとスプライトやな」

 

何だかんだで肉体労働系の仕事やし、売れそうやからええかと。

 

「クリアレモンだ」

「やからスプライトやなと」

 

乳圧が増した、ここも譲れないラインやったか。

 

ともあれ品目の申請に記入をしていれば、外からドタドタと騒がしく足音が響き

景気良く開けられた扉の向こうで仁王立ちするそれは、見慣れた高速戦艦長女の姿。

 

「それでは紅茶の花伝を入れる隙間がナッシンに成ってしまいマースッ」

「大淀ー、やから防諜どうなってんのやと」

 

視線を向けたらマフィン食っとる、駄目やコイツ早く何とかせんと。

 

「つーか、良く知っとったなその銘柄」

「船団護衛の時、時々差し入れで貰いますネー」

 

あと午後のティーとかも結構貰うらしい、他鎮守府の努力の甲斐もあって、

金剛さんの紅茶好きは世間一般に認知されとる様で、実にどないしよコレ。

 

「スウィートティーは赤道付近のライフライン、譲るわけにいきませんネー」

「ファンタと珈琲に対する思い在ればこそ、何が在っても退くわけにはいかん」

 

さりげなく珈琲も主張し始めたぞ、おい。

 

「あの二隻は放っておいて、綾×鷹を入れておいて貰えますか」

「意味が恐ろしいほど変わるから漢字を掛けるな」

 

ふらりとやって来た霧島も、何の遠慮も無く主張する。

 

「何やもう、キリが無いなあ」

 

額に手を当てて嘆息すれば、視界に肩を竦めた利根が見えた。

 

最終的にそれぞれの要望を入れておいて、あとは売り上げを見て差し替える方向に決着する。

 

そして工廠付近に設置された自動販売機の前で、数隻の艦娘に因る壮絶な客引き合戦が在り

 

全員ガン無視してコーラを買った島風が伝説に成ったらしい。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

視界の果てにプラプラと揺れる簀巻きを眺めながら、紫煙を上げる軽空母。

そんないつもの龍驤の巣に、結露の垂れる缶を二つほど持って訪れた駆逐艦が居る。

 

「甘く無い飲み物が増えるのは良い事ですよね」

 

第二本陣筆頭の漣が、プルタブを開けながらそんな事を言った。

 

「珈琲豆業者のイタ公どもが、本陣を休憩所にして難儀してるんですよー」

 

正確には、イタリアから訪れている工作員の拠点と化している、である。

 

帰国時に珈琲豆を買い漁って帰るので、すっかり業者の異名が定着してしまった。

 

「中国が4勢力に纏まって、戦争も終わりを模索しはじめたとか」

「流石にそろそろ、血に飽きた頃合いか」

 

どうせすぐ泥沼の内戦に入るやろうけど、などと興の無い声が続く。

 

今回の自販機設置も、前線の鎮静化を見て工場再開に踏み切ったが故の展開だと言う。

 

「サイパンの工廠、既に仮稼働に入ったとか」

「第一回建造は、ウチとヨー島とパラオやっけ」

 

それぞれ三鎮守府の、戦力プール泊地である。

 

「喜望峰回り、戦力増強が必要と成るらしいんですよ」

 

唐突に、何の関係も無いであろう地名が出た。

 

しばしの無言が続き、中空に紫煙が昇る様だけが在る。

 

「ウチからは、火力希望で出しとくわ」

「しばらく輸送で便宜を図りますので」

 

互いに内心の悟れぬ笑顔のまま、軽く缶をぶつけ合う音が響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58 波間に木霊する

「不幸だわ」

 

泊地より些か離れた近海で、艦隊を率いる山城から心の内が零れた。

 

「姉さまはマレー半島に常駐しているし」

 

後に続くのは大鳳、初月、最近ジェットストリームアタックを練習している

陽炎型の3姉妹、つまるところは引率付きで練度上げをしている艦隊である。

 

「時雨は船柱としてサイパンに連れ去られたし」

 

他に西村艦隊所属艦は、5番泊地に所属していない。

 

欝々とした空気の中で、それでも預けられたからにはと真面目な思考が訪れたのか

溜め息一つ、山城は後ろを振り向き頬に指を当てて艦隊に声を掛けた。

 

「とりあえず、笑顔を作る事からはじめましょうか」

 

言葉を受けて、僅かに軽くなった空気に安堵の音が響く。

 

和気藹々とした雰囲気を醸し出しながら、姉妹の疑問を陽炎が問うた。

 

「笑顔になると、何か効果があるんですか」

 

指先で頬を持ち上げた、形だけの唇を歪めた笑いのまま、山城が答える。

 

「どうせすぐ泣いたり笑ったり出来なくなるんだから、笑い納めは必要でしょう」

 

訓練の過酷さに於いてかの金剛と並び称された海軍横綱の双璧、戦艦山城。

 

鬼の山城、地獄の山城。

 

首括りの方がマシと謳われた、教務艦としても名高い一隻である。

 

 

 

『58 波間に木霊する』

 

 

 

青く、青い海原に広大な大空を臨めば、それはサモア島だと人は言うやろう。

 

残念ながらサイパンや。

 

晴天の下に若いココナツの実を持って、木陰で紫煙を吐きながらだらだらとすれば

マリアナブルーと呼ばれる透明度の高い青が視界を埋める。

 

海域断絶以降に人の途絶えたこの島は、往時を思わせる様な人混みは見当たらない。

随分と贅沢なプライベートビーチやなと、感想を煙に巻いた。

 

―― あはは、まってよ夕立ー

―― つかまえてごらんなさーい

 

少し離れた砂浜で、飼い犬を追い掛ける少女の様に時雨が夕立を追い掛けとる。

 

笑顔のまま砂浜ダッシュを続ける夕立を、魚雷を抱えた笑顔の時雨が追い掛けとる。

 

互いの迸る笑顔からからは隠し切れない殺気が漏れて、駆逐艦は元気やなぁなどと

現実から目を逸らしつつ氷をぶち込んだココナツジュースで喉を冷やす。

 

うん、轟沈丸が出るから船柱よーういとか言うたら夕立が時雨の簀巻きを持ってきたわけで

船室にげっそりとした幸運艦が吊るされ続けたんはウチのせいやない、きっと。

 

ふと気が付けば爆音が連鎖して、ココナツに混ざり血と硝煙の香りが漂う昼下がり。

熱に炙られた潮風が肌を過ぎ、半分焦げた駆逐艦2隻が波に浚われていった。

 

ひと騒ぎも静まり、蒸し暑い中に居心地の悪い静寂が在る。

 

不快な思考を後押しする様に、道路の果てより子供の囃子歌が風に乗って来た。

意味のとれない言葉の連なりが、甲高い声色を以って耳を苛む。

 

アップクチキリキアッパッパァ……

 

アッパッパァ……

 

「……昼間っから霊障が蔓延っとるなぁ」

 

無人の島から聞こえて来る白日夢の如き何某かの声色に、げんなりとした気分になった。

 

まあ深海の餌場に成っていた性質の悪い霊場を、無理に艦娘用に造り直したわけで

巷の明石の工廠の様に至れり尽くせりとはいかんのやろなと、嘆息する。

 

消えかけたシケ煙草の火で軽く印を切り、そのままに携帯用の灰皿に捻じ込んだ頃

香取神社側、湾岸道路より見覚えの無い外人が砂浜に降りて来るのが見えた。

 

そこそこに年齢の行った偉丈夫で、米軍仮設基地の司令をやっとるヒトやったか。

 

ヤアコンニチハなどと胡散臭い日本語で話しかけてきたので、ないすとうみいちゅうと

遠慮のないジャパニッシュで返答をして、少し笑う。

 

「先ほどパラオの提督の所に、練習巡洋艦が建造されたそうだよ」

 

進捗の報告やった、何や、結構ええヒトかもしかして。

 

まあ要するにこうやって時間を潰しとるのは、工廠の建造待ちなわけで

他と違って火力希望の5番泊地やから、たぶんウチらが一番最後やろう。

 

「カトリーヌか、鹿島かな」

「カトリと言っていたね」

 

香取か、香取神社の名に引っ張られでもしたんかね。

 

そんな事を言っていれば、軽くカップを渡してくるメリケン軍人。

安っぽいプラコップに琥珀色、これでもかと氷の入ったアイスティーが見えた。

 

「米軍御用達が一番甘くないという事実に驚愕するわ」

「ホント、赤道付近はどうしてああも砂糖漬けなんだろうな」

 

何かまた我ながらわけわからん組み合わせのまま、木陰で駄弁りはじめるわけで。

 

「祖父が南方に従軍していてね、航空母艦龍驤の事を良く話していたんだ」

 

軍人家系かと、そんな事もあるやろなと適当に相槌を打つ。

 

「聳え立つ糞は下水に流されやがれ、だったか」

「随分とエキセントリックな遺言やな」

 

それを、ウチに伝えてどうしろと。

 

「何か所属した拠点を3回ぐらいキミに堕とされたそうだ」

「運命を感じる相手やわ、随分と嫌な方向に」

 

まあ生き延びたからこその笑い話なんだがと、ブラックに笑い飛ばす基地司令。

 

「太平洋打通したら、墓に献花に行ったろか」

「勘弁してくれ、ゾンビになって這い出てきそうだ」

 

ユーラシアがゾンビハザードな昨今、洒落になっとらんなあと、

黒く笑いあってはアイスティーで口を湿し、僅かな静寂が訪れる。

 

「本土に、妻と息子が居てね」

 

ぽつりと零した様な言葉が、風に浚われる。

 

「何でも、今年に息子が海軍に入ったらしい」

「うん、思ったより年食っとった」

 

妻と息子という語感から、ちょい外れた感じやな。

 

そんなどうでも良い所感を感じながら、話題がぽつぽつと最近の情勢の事へとシフトする。

 

ようやくに流血の傍らで対話を始めたユーラシアの各勢力。

そもそも、いまだ休戦のままで止まっている日米と中国の戦乱。

 

そのためにもと、俄かに現実味を帯びはじめた太平洋打通作戦。

 

「上手い事に妻子と再会出来たのなら、孫には龍驤を褒め称えて伝えておくよ」

 

そんな話題の最後は、身近な話と良い笑顔で締め括られた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「提督さん、お疲れ様です、練習巡洋艦鹿島、着任です」

 

やや幼さの残る、白銀の髪を二つ括りにした練習巡洋艦がヨー島提督へと挨拶をしていた。

 

「ヨー島は鹿島か、珍しいとこが連発しとんなあ」

「新規の駆逐艦も結構居るし、美味しいところだな」

 

そろそろ建造終了と聞いて、5番泊地提督と龍驤が工廠前で待機している。

 

西帆香取神社境内に設置された仮稼働の工廠は、機材こそ一般の工廠と違い無いものであるが

建物自体は鉄パイプや板、ブルーシートなどを組み合わせた、いかにもな造りと成っていた。

 

忙しなく走り回っている工廠妖精がふたりに告げる。

 

「お、ウチは高速戦艦が来るらしいぞ」

「比叡か霧島、比叡か霧島」

 

即座に祈りはじめた龍驤に苦笑して、いや金剛や榛名でもと口にしようとした提督が止まる。

停止ボタンを押した様な静止からの沈思黙考、そしておもむろに手を合わせ拝み始めた。

 

フォローの言葉が出て来なかったらしい。

 

突如に怪しげな宗教の舞台と成った建造ドッグ前に、ちらほらとヒトが集まって来る。

大半は戦艦目当ての野次馬だ、さきほどの仮設米軍基地司令も物見にとやって来ていた。

 

ふと、龍驤の背筋に嫌な予感が走る。

 

―― アレは北マリアナ諸島の霊脈に連なるので

 

いつぞやの、あきつ丸の言葉が脳裏をかすめて消えた。

 

それが何を意味するかもわからぬ内、視線を集める建造ドッグの鉄扉が開く。

 

戦艦の持つ、重厚な鋼の艤装が視界に入った。

 

ストライプのニーソックスに包まれた、タイトスカートから伸びる歩みが扉を潜る。

軽く癖のある黄金の長髪に、豊かな肉体を抑え込む様に纏う海軍の青。

 

「Hi! MeがIowa級戦艦、Iowaよッ」

 

日本海軍、米海軍の様々な思惑の視線が絡まる中、工廠の空気が凍り付く。

 

「……ああ、《米国領》サイパン、やもんなぁ」

 

龍驤の口から、超弩級厄ネタに打ちのめされた弱々しい言葉が零れる。

 

「Youがこの艦隊のAdmiralなの、いいじゃないッ」

 

提督の引き攣った表情に、米軍は後ろの方々ですッ、と叫びそうに成っている様が見て取れた。

 

「夕立、時雨を括りつけいッ、この海域(サイパン)から全速で離脱するッ」

「合点ぽいッ」

 

引き留めようとする様々に対して、弁護士を通せと無茶なボケを押し通し、押し切って

かくして5番泊地一行は全速力で泊地への帰還を果たした。

 

何ら言質も取られずアイオワの身柄だけを確保した判断は概ね称賛されていたが、

 

それでもやはり、関係諸氏は頭を抱える事態であったと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59 小麦の蝋燭

ご心配をおかけしました


その日、航空母艦加賀が空の茶碗を抱えて龍驤の部屋のドアを開けると

中には白く燃え尽きて灰と化した天津風の残骸が転がっていた。

 

本日も山城艦隊は絶好調で在った様だ。

 

どこからともなく零れる霊魂が、自由よと叫んでいるあたり、かなりの土壇場である。

 

そのままに冷蔵庫を漁り魚肉ソーセージを咥えては器用にも溜め息一つ、

天津風の足首を掴んでずるずると引き摺りながら退出を果たした。

 

行く道を見れば埠頭に初月が倒れており、道端には大鳳が力尽きている。

 

入渠ドックの在る工廠の入り口では、不知火に頭を踏み付けられた状態の陽炎が見え、

その腕は、逃がさんお前だけはと言わんばかりに不知火の足首を捕まえている。

 

言うまでも無いが、力尽きて久しい雰囲気であった。

 

一切合切を意識に乗せず、後ろにガコガコと何かが何かにぶつかる音を響かせながら

ドックへと辿り着いては足首を掴んでいた腕を振り上げて、ぶん投げる。

 

斧、琴、菊と見立てて殺人でも起こそうとしているのかと聞きたくなるような

そんな姿勢で入渠ドックへと沈んでいく天津風を見て満足そうに頷く加賀が居る。

 

そのまま仕事は終わったとばかり、ソーセージを齧りながら工廠を後にした。

 

「まあ、根性だけは認めて上げましょう」

 

ドックではなく龍驤の部屋を目指すあたり、業の深い娘ですねと嘆息が在った。

 

 

 

『59 小麦の蝋燭』

 

 

 

イスラム歴に於ける第9月、渇きの月(ラマダーン)に入った。

 

7世紀のバドルの戦いを記念して、イスラム教徒が断食(サウム)をする月として名が売れとる。

 

この場合の断食とは、仏教で言う苦行とは違い精神的な意味合いに比重を多く置いとって、

基本ルールとしては、日が沈むまでは飲食を控えると言うシンプルな内容やけど、

 

身体を害するほどに継続を望むものでは無く、必要に応じて水分の摂取も奨励されるし

病人、妊婦、老人、幼児などの理由の在る者は免除される傾向に在る。

 

つーか、ついうっかり飲食してしまっても別に断食失敗と判定されないぐらい良い加減や。

 

しかし、何かを食おう、飲もうとして探し始めるとその時点でアウトに成る。

例え結果として何も口にする事が出来なくとも、心の在り方が断食を否定したと言う事やな。

 

行では無く故人の功績を讃えて偲ぶための行動なんやから、さもありなんと。

 

そんなわけでブルネイでも日中は飲食が控えられ、日没と共にマーケットなどが動き始める。

 

夜には昼に飲み食いしなかった分だけ騒ぐのが通例と成っており、このところ

日没後はちょっとした夜市的な喧騒がブルネイを包んで外出許可申請が目白押し、やめれ。

 

とりあえず、ヤバそうな服装センスの艦娘には芋ジャージを支給しておいた。

 

まあそれはともかく、断食月に何が困るかというと非ムスリムのウチらみたいなコロニーやな。

 

開戦前の話やけど、ムスリムの飲食店舗は日中も営業すんな法なんかが通ってしもうて、

おかげで昼間に飯場の煙を出すのも決まりが悪く、最近の間宮の昼は作り置きお握り祭りや。

 

そんな微妙に不便なお八つ時、アメリカ産のホルスタインって感じの巨乳が提督室で

ゴロゴロと管を巻き、仕方無しに鳳翔の厨房を借りてこっそりとマカロニを茹でとる今現在。

 

マカロニやパスタを茹でるコツは、ここまで入れてええんかいってぐらい塩を入れる事やな。

 

席には提督と叢雲と、さっきからマカチーマカチーと煩い金髪が座っとる。

 

「けど、マカロニねえ、イタリアのうどんみたいな物だっけ」

 

それはどっちかっつーとパスタかなと言いつつ、茹でる前のマカロニを叢雲に渡した。

 

「……蝋燭?」

「乾麺や」

 

何かとぼけた事を言いだした叢雲の言葉に、死んだ魚の目をしたアメリ艦がぼやく。

 

「まさかマカロニが通じる艦娘がここまで希少だとは思わなかったわ」

 

まさかのウチ以外全滅とな、いや、探せば他にも居るやろうけど。

 

「明治には洋食とか在ったんだし、知って居そうな感じだったんだけどな」

「マカロニが普及したんは相当に最近やからな、ウチらの時代やとマイナー食材や」

 

提督の疑問に適当に受け答えをしとく。

 

「そもそも先の大戦で帰国した米兵が、イタリアにこんなもん在ったと広めたわけで」

 

日本に入って来たのはさらに後、進駐軍が多少は扱っとったが、商業的な意味での

普及はさらに後の時代に成ると言った塩梅、艦の時代とは噛み合わんわな。

 

「そしてステイツを代表する食材と成ったのよ、マカロニチーズ」

 

何かアメリ艦が酷い事を言いだした気もするが何もおかしい事は無かった、アメリカやし。

 

「アイオワには戦後の記憶が残っているんだな」

「21センチュリーまで浮いていましたから」

 

アイオワのドヤ顔が眩しい、マカチーにデスソースでも混ぜたろか。

 

茹で上がったマカロニをシーズニングで和えながら、最近のアメリ艦騒動を思い出す。

 

何もかもが急だったせいで、米国側に受け入れ用意など在るわけも無く、完全に

火中の栗と化したアイオワを引き取りたがる泊地、鎮守府なども在るはずも無し。

 

結論としてウチが引き取らざるを得ない事は初期から明白だったと言うのに、

そこに落ち着くまでにアレやコレやと言質を引き出そうと関係各所が面倒臭い事。

 

八つ当たり気味にチーズを乗せた後にパン粉を振って、オーブンに投入。

 

「え、ええとリュージョー、だっけ、何か凄く手間を掛けてない」

「掛けとらん」

 

茹でてオーブンに放り込むだけやん。

 

「茹でたマカロニにチーズスプレッド掛けたら出来上がる物じゃないの」

「まさかのスプレー式かい、キミにとって料理って何なんや」

 

ついうっかり怖い事を聞いてしまえば、沈思黙考する戦艦の姿。

 

「……トレーをレンジに放り込む事」

「はい、食事専門1隻入りまーすッ」

 

虚空に全力でツッコミを叩き付けつつ、いやわかってたけどなと負け惜しみを零す。

 

「サ、サラは、サラトガはきっと料理上手だからッ」

「ただでさえややこしいのに、これ以上アメリ艦が増えてたまるかーッ」

 

凄まじく不吉な事を言いだした巨乳に対し、魂の叫びが木霊する。

 

でも東南アジアで引いたらウチに回って来るよな、空母やし、つーか太平洋打通のルート的に

本土で引いてもコッチに押し付けに来るんやないか、いやいやいやいや。

 

「もう外務省の都合で本陣往復するのは嫌ーッ」

 

珍しく叢雲が心折れて頭を抱えとる、いや、穴掘って埋める拷問レベルの苦行やったからな。

ウチら泊地やから、受け答えの度に本陣通さなあかんねん、嫌がらせの様に。

 

何か錯乱が伝染したかの様な店内で、必死で宥めとる提督を横目に流しつつ

それなりに良い感じに焼けた様なのでオーブンから目当てのブツを取り出した。

 

焦げたチーズとパン粉の香ばしい香りが漂う中、喧しかった金髪から息を呑む音がする。

 

「……み、見るからにクリスピー」

 

何故に引く、ご要望のマカロニチーズやろうと。

 

「うん、お米じゃなくてうどん的な食感ね、讃岐の」

「さっきからの疑問なんだが、パン粉は通常で振る物なのか、振らないのか」

 

早速と食べ始めたふたりが適当な感想を言ってよこす。

 

「まあパン粉を振るかどうかは個人の好みやな、グラタンみたいなもんや」

 

そんなファジーな回答を返しつつ、見れば黙々と、それはもう黙々と食べ続けるアメリ艦。

 

一気呵成に食べ終わり、一息を吐いたら神妙な表情で言葉を紡いだ。

 

「貴女がワタシの守るべきエアキャリアーだったのね」

「何か変な事言いだしたで、この戦艦」

 

救けを求めるように視線を回せば、そこに在ったのはジト目の連なり、死んだ魚の様な色合いで。

 

「また巨乳を誑し込んでる」

「実はわざとやってるだろ」

 

神は死んだ、ならばウチは誰を殴れば良いのやろうか。

 

哲学的な方向に暴力衝動を向かわせたお八つ時の厨房やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

入渠ドックでスケキヨっていた天津風ちゃんを引き上げていたら、思ったよりも時間が

かかってしまい、間宮の作り置き昼ごはんが無くなってしまったという私、島風です。

 

そんなわけで二隻で芋ジャージに着替え、港湾に食べ物を探しに来ました。

 

「……山城さんの笑顔を最後に記憶が無いわ」

 

頭を抑えてふらついている天津風ちゃんは、見るからに本調子では無い模様。

 

これは流石にご飯抜きはヤバそうだと思った物の、困った事に今は断食月(ラマダーン)

大手や目抜き通りのムスリム主体の飯店は法令で営業が禁止されているわけで、

 

そんなわけで出稼ぎ労働者主体の、つまりは非ムスリムのコロニーを訪れました。

 

少しばかり普段より大人しい感じですが、どこも普通に営業しています。

たまにハラール認証受けた店舗が休みを入れているのが見つかる感じ。

 

「えーと、焼き魚とライスで1ブルネイドル、安いわね」

「港湾だからねー」

 

しかし気分は肉と言った感じだったので、魚では無くチキンのナシカトックを注文する私。

 

カトックはドアをノックする音の意味で、お米(ナシ)と何か適当なおかずの料理、

深夜に食堂のドアをノックしても作ってもらえる簡単メニューって意味だとか。

 

定番の組み合わせとしては、私の頼んだごはん(ナシ)フライドチキン(アヤンゴレン)が多いかな。

ごはん部分はナシウドゥック、ココナツミルクで炊いて揚げ葱を散らしてある。

 

飲み物は断食月名物のバンドンジュース、バンドンシロップを何かで割った飲み物。

今回は炭酸水で割っただけのシンプルなソフトドリンク仕様だった、安いし。

 

甘口のお米にカリカリの揚げ葱が合うなあとか思っていたら、目の前でガジガジとワイルドに

魚を齧る天津風ちゃん、良いのだろうかこう、何と言うか乙女の恥じらい的に。

 

「乙女はジャージで港湾に1ドル飯を食いには来ない」

「それもそうか」

 

バンドンジュースで口の中の甘さをさらに甘くしていると、魚を齧り終えた感想が一言。

 

「甘酸っぱい」

 

焼き魚の感想としては結構ファンキーだと思う。

 

「トマトと言うか何か、酢豚的な味だったわ」

「ああ、イカンマサック(さかなとタレ)のタレを流用してたのかな」

 

イカンマサックサワーアンドスウィート、要するに豚肉の代わりに魚のから揚げを入れた酢豚。

中国の影響が見てとれるマレーシア料理で、ブルネイでも良く見かける。

 

「甘いお米に不思議と合うわね」

 

そう言っては器に少し残ったタレを掛けて、ナシを片付ける姿。

 

何だろう、今回はチャレンジャー的に負けた様な気がする。

 

コレが山城さんの教導の成果かと、戦慄を禁じ得ない昼下がりでした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 序

横須賀第二提督室の提督は、きな臭い世情の中で防衛大学校の門を叩いた志の人である。

 

やや堅物の気のある性格に、良く鍛えられた肉体。

 

かろうじて人並、鍛えすぎたせいか思ったよりも伸びなかった身長に軽い不満を抱く、

その程度しか問題らしきものを持たない、今時珍しいほどの好漢であった。

 

そんな彼が、怯えている。

 

かつて護国の鬼と覚悟を決めた国防の輩が、怯えている。

 

数奇な運命に因り海軍へと招かれて、南洋に於いて鬼と謳われた金剛を預けられるほど、

横須賀の未来を背負うと目される彼が、今まさに身も世も無く怯えていた。

 

硬い石造りの部屋の片隅で、現実から逃避する様に両の手で顔を覆い、

身体を折り曲げぶるぶると震えて状況が過ぎるのを祈っている。

 

その身に射す影が在り、窓から入る陽光を遮っている人影がある。

 

蜘蛛の如く両の手足を角の壁に突き立てる様に覆いかぶさる、妖しの影。

 

獣の如き荒い息遣いで、逆光により黒く塗りつぶされた中に在る眼光が、

土壇場へと捕らわれた哀れな犠牲者を嬲るかの如くに舐めまわす。

 

時に、扉の開く音がした。

 

「……何をやっているのですか、金剛さん」

 

入室してきた大和が、提督を追い詰めている金剛に声を掛ける。

 

「壁ドンと言うらしいデスネー」

 

スパイディな壁張り付きを見せている高速戦艦が、どこまでもドヤ顔で宣言した。

 

「確かに第三提督室が煩い時は壁を殴りたくなりますが」

「ソッチでは無く、もっとラヴのテイストに溢れる方ネ」

 

そっと現実逃避を試みた大和の発言が無効化される。

 

「両手を使う事で効果は2倍、両足を活用すれば威力はスクエアーに」

「数字の2は、足そうと掛けようと自乗しようと4にしか成りません」

 

多分それでも、回転すれば4倍ぐらいに成る。

 

「提督のハートもドキドキしているはずデース」

「それは、捕食される寸前の草食動物の心拍数です」

 

極めて冷静で的確な判断であった。

 

「ラヴがバーニンしているから仕方ないのデース」

「確かに爆発四散していますね」

 

大和は知っている、こういう時の金剛はセメント対応で無いと暴走すると。

 

困り果てた大和が、龍驤様たすけてー、などと心の中で唱えて遠くブルネイに思いを馳せれば、

 

―― 今こそパンチのチャンス、腹やッ

 

鏡を使ってスカートを覗く方の様な助言が思い浮かんでしまい、頭を振って消去する。

 

「提督ー、大和のセメント対応にハートブロークンな私を慰め ――」

「ちぇすとッ」

 

壁際の空中で器用にルパンダイブを決めようとした高速戦艦が、反射的に発動した

大和チョップに因り撃墜された、対空性能の高い手刀チョップであった。

 

どこまでも困った空気の静寂が室内に満ちる。

 

「戦場では格好良い方なのに……って、ああ提督、無事でしたか」

「あ、ありがとう、今日こそはく、食われるかとッ」

 

悲壮な声色で、蒼白の提督が引き攣った笑みの大和に礼を言う。

 

今日も横須賀は平和であった。

 

 

 

『邯鄲の夢 序』

 

 

 

「珈琲豆の配達でありますよ」

 

単冠湾泊地を訪れた憲兵隊の揚陸艦が、軽くお道化ながら入室を果たした。

 

執務机で書類を記していた男が、手を止めて軽く腕を上げる。

 

「喜望峰から帰って来たと思ったら北の果て、勘弁して欲しいであります」

「それはまた、随分と温度差のある事だな」

 

珈琲豆を受け取った提督が耳を澄ませば、外から高い声色で寒さに震える響き。

部下は寒空の下かと苦笑すれば、白湯程度は受け取っているはずと飄々とした言葉。

 

そして、何か用かとの嫌そうな声色の問い掛けに、単刀直入に行きますかと応えが在る。

 

「内容は、コチラで聞けと言われたのでありますよ」

「何だそれは」

 

随分と意味の不明な言葉を、肩を竦めて響かせる憲兵が居た。

 

「事が起こったらすぐに憲兵が来る、その事実さえあれば良いとかで」

「本当にロクでも無いヤツらだな、憲兵隊(キミら)は」

 

苦々しく歯噛みした提督の、凶相の気配が一段と濃くなった。

 

「淹れ差しの代用珈琲だが、要るかね」

「頂くであります」

 

ポットに残った珈琲色の液体で客用の器が染まる頃、軽い口調で一言が在る。

 

「ロシアからお客さんが来てね」

 

それきりにしばらく室内が静寂に埋まる。

 

「ロシアから、中国の方でありますか」

「いや、英国だ」

 

チコリの香りを嗅ぎながら、揚陸艦が零した言葉は即座に切って捨てられる。

 

ロシアは現在、ヨーロッパ全土に対して絶賛侵攻中であった。

 

おかげで室内を染め上げる静寂の、気配が変わる。

 

「ええ、ええ、海路はイタリア、陸路は独仏が邪魔、確かに、確かにそうですが」

 

少し待ってくださいと額を抑えた憲兵に、軽くにやけた口元で言葉が続く。

 

「手土産にクイーンエリザベス級の船体の一部、建造触媒に最適だな」

 

提督の、奥歯を噛み締める様な笑顔が内容の面倒臭さを如実に伝えていた。

 

「艦娘目当て、のはずが無いでありますな」

「そうだな、本命は米国との繋ぎだろう」

 

呪詛の如く吐き出された言葉に、即座の返しが在る。

 

「どちらの国が、でありますか」

 

口を閉じ、素知らぬ顔で珈琲を傾ける提督の耳に、吐き出された息の音が伝わった。

 

天を仰ぎ、制帽を被り直した揚陸艦が呆れた声色で嘯く。

 

「欧州情勢は複雑怪奇と言う奴でありますな」

 

まったくだと諦めの色濃い言葉が響き、それきりに疲れた色合いの静寂が訪れた。

 

そして、荒々しく扉が開き入室してきたのは高速戦艦。

素肌に幾本かの生傷をつけ、硝煙の香りも生々しい状態の秘書艦、霧島である。

 

「提督、いつもの鬼級が2匹、防衛網を下げて対応しています」

 

そこで初めて来客に気付いたか、軽い会釈と共に身も蓋も無い言葉を憲兵に掛けた。

 

「ああ丁度良い、下の駆逐艦たちを借してください」

「どうぞどうぞでありますよ」

 

何の躊躇いも無く部下を売り飛ばす上司であった。

 

幾つかの細かい指示の受け答えの後、突風の如く去って行った歴戦の勇の姿。

やがて、階下から聞きなれた副官と平の、上司への呪いの言葉が響いて来た頃合。

 

「お義理で烈風でも飛ばしておきましょうか」

 

空のカップを弄びながら、嘯いたあきつ丸に苦笑で返す提督が居た。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

其は、深海の祭壇にして玉座。

 

太平洋到達不能極に存在する、古来よりの想念の集まる海面の霊場。

誰そ彼時の弱々しい光量の中、髪を一房に纏めた誰かがそこに立っている。

 

身に着けているのは弓道着であろうか、陰に呑まれて良くは見えない。

手に持っているのは弓であろうか、宵に隠れて何も見えない。

 

落日の闇が艤装を包み、色合いを黒色へと変じさせる。

 

月影の照らす下、其処に在ったのは紅い瞳。

白銀の髪を持ち漆黒の艤装を纏う、棲姫。

 

「ソンナ事ヲシテ、何ニナルッテイウノサァ」

 

ただ立ち尽くす空母棲姫に、妖しの色合いの声が掛かる。

 

「オ前ニハ、ワカルマイ」

 

声を掛けた姿は、比べればやや小柄。

漆黒の女袴に似た衣装を纏い、肥大化した深海の駆逐の如き艤装を片腕に纏う姫。

 

後に、駆逐古姫と称される事に成る存在。

 

「艦娘ドモガ、海ヲ渡ロウトシテイルノニ」

 

紡いだ言葉を、空母棲姫の嗤いが止める。

 

「人間ドモト、戦争デモシテイルツモリカ」

 

瘴気に侵された海上を、冷え切った空気が包む。

 

「我ラノ願イハ妄執、我ラノ望ミハ本能」

 

言葉を重ねるほどに、互いの溝が深まる気配が満ちて行く。

 

「勝敗ナド、種族ノ興亡ナゾドウデモヨイ」

 

それきりの静寂に、幾許かの時間が過ぎる。

 

やがて、駆逐古姫が諦めたかの様に言葉を紡いだ。

 

「ドウシテモ、来ナインダネ、ドウシテモ、征クンダネ」

 

それきりに閉ざされた口元には、僅かばかりの羨望の色が見えた。

 

そして天空の弧に月が掛かる頃、唯一残った姫が空を見上げる。

 

―― 私ノ

 

「我ラが願イハ、タダヒトツ」

 

気が付けば在った影が言葉を紡ぐ。

 

流れる黒髪に角を持つ異形の影、戦艦棲姫。

 

「戦友タルト言ウノナラバ、迎エニ行キマショウ」

 

柔らかな衣装にその身の殆どを包む漆黒の姿、離島棲姫。

 

「顔面吹キ飛バサレタ恨ミモアル」

 

その脚部が艤装と成っている異形、駆逐棲姫。

 

深き海の底から、夜の闇の狭間から、滲み出る様にその数を増す。

闇に染まる霊場に、続々と集まる深海の影が在る。

 

数多の同胞の中で、確かに口元を弧に歪ませて、彼女は。

 

「目ヲ背ケ続ケルト言ウノナラ、全霊ヲ以ッテ思イ出サセテヤロウ」

 

静かな、静かな声色で、それでも空母棲姫は月に吠えた。

 

ただ一言 ―― 龍驤、と。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 裏

 

「何でこんな後方の輸送ルートに鬼級が来るんだよッ」

「最近、深海棲艦が大人しいから前線が拡張されているしねえ」

 

前線よりも遥か後方、輸送ルートで装甲空母鬼を叩き伏せた舞鶴の天龍が

満身創痍の艦隊の中で蒼天に悪態を吐けば、龍田が穏やかにフォローを入れる。

 

前線が拡張されている分、穴が大きくなっているが故の事故であろうと。

 

「チビ共と新人、生きてるかー」

 

諦め全部で頭を掻きながら、旗艦は硝煙の薄れ行く海域に問いを投げた。

 

「響と赤城さんが大破、私と電は被害些少、一応全艦健在よ」

 

響を支えながら、肩で息をしていた暁が答える。

 

「慣熟航海で赤城が入ってなかったらどうなってた事か」

 

ため息交じりの天龍の言葉が潮騒の中に消えた。

 

「いえ、結局は大破で後半はお役に立てませんでした」

「索敵と牽制で随分とマシな戦局だったさ、建造されたてなんだから上等だろ」

 

航空母艦の随分と控えめな自己評価に、軽巡洋艦が多少の訂正を入れた。

 

「そうそう、おかげで天龍が突っ込む余地が生まれた」

 

姉に曳航されながら、響が言葉尻に乗る。

 

そしてそのまま話題が天龍の鬼級への吶喊へ移り、艦隊が姦しく騒ぎ始める。

 

「流石は狂犬と呼ばれるだけはあるのです」

 

悪意の無い電の言葉に、天龍が吐血した。

 

 

 

『邯鄲の夢 裏』

 

 

 

果てを見れば海と空の青が交わりつつ、互いの色を主張している土地、サイパン。

見渡す限りの青の中に、細長い何かが勢い良く打ち上げられていた。

 

ペットボトルロケット。

 

ペットボトルに込められた、圧縮空気の圧力で水を噴出して飛行する模型である。

 

物資補給に立ち寄った5番泊地天龍隊所属、六駆の特Ⅲ型姉妹たちが姦しく工作している横、

手隙の米兵が制服姿で空気ポンプを持って、新たなロケットの完成を待ちわびている。

 

何はともあれと飛ばして飛距離を見れば、まずは姿勢制御のための羽根の重要性、

そして、滑らかさに因る空気抵抗が意外と馬鹿にできないと言う事実に気が付く。

 

試行錯誤の和気藹々とした空気の横、少しばかり目に優しくない光景が存在していた。

 

明石と明石と明石である。

 

サイパンに常駐する新人の明石に、横須賀と呉から出張してきた古参の明石だ。

 

心有る秘書艦が見れば卒倒する光景であった、秘書艦に心が有るかどうかはともかくとして。

 

あの集団に砲撃を撃ちこんだら世界が少しは平和に成るのではないだろうかと、

そんな考えを旗艦の天龍は頭を振って振り払った、手は連装砲に掛かっていたが。

 

そんな境界線上の軽巡洋艦に、撃っては駄目ですよと苦笑交じりの声が掛かる。

 

振り向いた天龍の視界に写るのは、やや和装染みたセーラー服と、桃色の長髪。

 

ゴウランガ、明石が増えた。

 

「ああ、5番泊地(ウチ)の明石か」

 

アカシ・リアリティ・ショックで心神喪失しそうになりつつも、その艦娘が持つ

何処か慣れ親しんだ雰囲気の補正で、かろうじて判定が成功した言葉が零れる。

 

「何だ、向こうの明石軍団に合流しねえのか」

「そうしようと思ったのですが、殺気がダダ漏れの天龍さんが居ましたので」

 

肩を竦めて鳴らない口笛をすかす軽巡洋艦に、小さく笑いを零す工作艦。

 

そんな二人の元に風に乗り、やれ高射砲だの、天山で曳航だの不穏な単語が流れ来る。

 

「正直、撃ちこんでおいた方が世界人類のためになりそうな気がするんだが」

「高射砲が横須賀で、戦車が呉ですね」

 

お前はと聞くと、間髪入れず薬液ロケットと断言が返って来る。

 

「どれにしても、ペットボトルロケットから出て来る単語じゃねえな」

 

呆れ果てた風情の言葉の向こう、ひときわ大きくペットボトルが打ち上げられていた。

 

弧を描き、やがて大地へと引かれていく水の帯を眺めながら、

そういやさあと、天龍がふと思い浮かんだ疑問を口にした。

 

「何で飛行機って、飛ばなくなったんだ」

 

海域断絶と時を同じくして、人類史から航空機と言う単語が絶えて久しい。

 

「1割の確率でデスゲイズに襲われるからですよ」

「何だそりゃ」

 

今一つ期待通りの反応では無かったようで、ちょっと失敗と言った風で即座に訂正が入る。

 

「ちょっとした冗談です」

 

そして冗談と言うか、正体不明の何かに襲われると言うのは珍しくないと言う。

 

「あとは成層圏のあたりに、ローレライとか呼ばれる瘴気溜まりが出来て居たり」

「聞くからに、突っ込むとヤバそうな空間だな」

 

乗員が気を失ったり死んだり発狂したりと、様々な被害が確認されていると言う。

 

「それらの障害の中でも最大の問題はアレですね、小悪魔(グレムリン)です」

 

計器が狂う、エンジンが止まる、乗員が襲われると被害も多岐に渡る。

 

「悪魔除けとか、そういうので何とかなるんじゃないのか」

「小悪魔と言うのは総称でしてね、要は航空を妨害する何かと言う事で」

 

明確に悪魔と言うわけではなく、種類が多すぎて対策が取れるようなものでは無いと。

 

「大体27%の確率で墜落すると、開戦初期の被害報告から算出されていますね」

「4回に1回も墜ちるんじゃ、乗りたがる奴も居なくなるわな」

 

悲惨な数字に、憂鬱そうな声で結論が述べられる。

 

「空母の艦載機とかはどうなってんだ、そこまで墜ちているのを見た事無いが」

「言ってしまえばアレは、お札に死霊を張り付けて飛ばしているだけですからねー」

 

性質の悪い悪戯の関与する余地が無い、と言うよりは完全に向こう側の存在である。

 

天龍の脳裏に、顔色ひとつ変えずに死霊をこき使う赤い水干の軽空母が思い浮かんだ。

 

「空母怖ぇ」

「まあ私らも似た様な存在ですが」

 

からからと笑い声が響く中、明石軍団がブルネイ明石に気付いて手招きをする。

何とは無しに天龍と共に合流し、ああでもないこうでもないと怪しげな会話に花が咲く。

 

「詰まる所、推進力を強化すれば全て解決です」

 

そう言ってブルネイ担当は、付近の道具箱から携帯型ウォータークーラーの様な物を取り出し、

蓋を開け内容物を紙コップに入れて、即座に水の入ったペットボトルに注ぎ込んだ。

 

途端、水が沸騰したかの如くに急激に泡立ちはじめ、白煙がボトル内に充満する。

 

そして容器を逆さにし、重力に引かれ中に入っていた水が飲み口を塞いだ瞬間、

シュバンと、大気を切り裂き突き抜ける音がした、ロケットらしく、どこまでも。

 

目にも止まらぬと言わざるを得ないほどに高速で射出されたペットボトルは、

その場に在る全ての視線を奪い、白煙を棚引かせ、大地に水の爆発痕を置き土産に、

 

遥か蒼天の彼方へと消えて行った。

 

何とも言えない静寂の中、天龍が現場の総意を言葉にして口に乗せる。

 

「何をしやがった」

「いえ、ちょっと液体窒素を」

 

力こそパワーであった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

呉鎮守府第二提督室では、かねてより希望していた航空戦力の補充申請が通り、

工廠が稼働しては建造されたのは軽空母、よりにもよって龍驤であった。

 

引き攣った笑顔の提督に、固まった五航戦、死んだ魚の目をした一航戦。

 

「な、なんや随分と変な空気なんやけど」

 

歓迎とも拒絶とも違う、何とも言い難い雰囲気に困惑した軽空母が、

案内にと付けられた秘書艦を勤める黒髪の駆逐艦に問い掛ける。

 

「ま、まあ過去にいろいろあってなー」

 

そこには、苦笑で応える事しかできない黒潮の姿が在った。

 

「前回のウチ、何やったねん……」

「いや、主にブルネイの龍驤はんのせいやな」

 

そう言っては施設の案内の片手間に、ブルネイの暴虐軽空母や横須賀の魚雷母艦の話が出る。

 

「……ウチ、普通の軽空母やからね」

「う、うん、是非普通のままでおって欲しい、かな」

 

歯切れの悪い言葉には、コイツも突然変異カマすんやないやろうかという疑惑が見て取れた。

そんな微妙な空気から気を取り直し、いつしか話題が呉の周辺へと移行していく。

 

「戦艦浅間のコック長さんの店が健在でな、デミグラスソースのカツ丼が名物なんよ」

「はー、残っとるもんなんやねー」

 

非番の過ごし方や名所の話になる頃には、随分と和気藹々とした雰囲気が出来上がり、

そんな折、ふと、思いついたような風情の言葉が黒潮から漏れた。

 

「ウチなあ、陽炎型のくせに火の字が貰えんかったハンパ者やねん」

 

僅かに視線を逸らして、何もない場所を見ていた黒潮の肩を力強く掴む掌が在った。

 

「わっかるわぁ、そういうやるせない気持ち」

 

感じ入った風に頷く軽空母が居る。

 

「ウチもな、一生懸命育てた端から隊員を赤城だの加賀だのに引き抜かれるし」

 

コキ使われた割に後方で割食ってばっかやし、零は中々配備されんしと愚痴を並び立て、

苦労や功績の割に扱い悪いんやゴルァとやるせない思いが湯水の如く湧いて零れ続けた。

 

「まあアレや、せっかくこんな人間ぽい身体で黄泉返ったんや」

 

これから目に物を見せてやろうやないのと笑顔の結論を出し、固まった黒潮を見て

ようやくに正気を取り戻したのか、新人が何言ってんやろなと決まり悪気に苦笑を見せた。

 

途端、小さく音を立てて黒潮が水干の胸元に顔を埋める。

 

「龍驤はんやぁ……」

 

小さく零れた言葉は、誰のためのものだったのか。

 

「ど、どないしたん、ウチか、ウチのせいなんかッ」

「ごめん、少しだけ、このままで」

 

日の翳る頃合い、敷地には支え合う小柄な姿の影が伸びていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60 祝賀と贖罪

歴史の陰に隠れ、いつのまにか名を忘れられた機械化部隊が在った。

 

マレー半島に於いて、かのドイツの電撃戦を容易く凌駕する侵攻速度を保ち、

現地で防衛を担っていたダグラス・マッカーサーに敗北の2文字を刻み付け、

 

クアラルンプール突入に於いては、英国に海軍史上最も驚嘆すべき失敗と嘆かせた。

 

―― 俺達は様々な装備でクリスマスツリーみたいな悲惨な有様で逃走していたのに

 

当時の、敗走する英国兵のコメントが残されている。

 

―― 奴らは、フットボールの試合にでも行くかの如く和気藹々と追ってきやがった

 

全身全霊で泣きが入った一瞬だった、心が折れた瞬間だったと。

 

それは比類無き成果、驚くほどに抑えられたコスト、様々な状況に対応する万能性、

韋駄天の如き行軍の中、日に2度の遭遇戦を潜り抜け、猶も進軍する猛者の中の猛者。

 

些細な思い付きが生み出した戦場の奇跡とも言うべき、伝説の精鋭部隊。

 

名を ―― 日の丸銀輪部隊と言う。

 

徴発したママチャリに乗ったイカす歩兵である。

 

英国兵が泣きたくなるのも仕方の無いビジュアルであった。

 

それとは別に関係無いのだが、5番泊地銀輪部隊は今日も元気にママチャリを漕いでいる。

 

芋ジャージを纏い帽子を被り、単縦陣で前進する6隻の艦娘。

 

本日はセリアで良く見かける水雷買い出し戦隊ではなく、正規空母の6隻編成。

ハリラヤ食い倒れ艦隊、一、二、五航戦の勇士達であった。

 

「よし、次は日本大使館に寄って見ましょう」

 

華やかに切り分けられたマンゴーを齧りながら先頭の赤城が宣言すれば、

 

「大使館のオープンハウスは子供優先ですよッ」

 

巻き添えを食って連れ出された翔鶴が慌ててツッコミを入れる。

 

オープンハウス(いいから食ってけ)が乱立するこの時期、日本大使館は孤児や事情の在る家庭のために

毎年お菓子を配るイベントを開催している、当然ながら子供優先である。

 

「後ろに並べと多門丸が言っている、気がする」

「きっと大丈夫だよッ」

 

赤城よりも燃費が良いはずの二航戦組も肯定的な意見を述べた理由は、

 

「お菓子ですか、気分が高揚しますね」

 

つまるところ、加賀の発言に終始している。

 

「……駄目だ、このヒト達」

 

そして、諦観の滲み出る瑞鶴が天を仰いだ。

 

一応艦娘なので、大使館では来訪が喜ばれたと言う。

 

それでも後に、全艦が簀巻かれた事は言うまでもない。

 

 

 

『60 祝賀と贖罪』

 

 

 

やや硬めに炊いた日本米で、硬くなり過ぎないように気を付けてお結びを握っとる。

 

イスラム歴9月(ラマダーン)の終わるこの時期、イスラム教圏では断食明けの祝祭が開かれる。

断食の終わりの祝宴(イード・アル・フィトル)、マレー語の席巻するブルネイではハリラヤ・プアサと呼ばれとる。

 

盆や正月の様に帰省などで家族が集まる縁日をハリラヤと言い、プアサは断食の意味や。

 

だいたい3日ぐらい行われるその祭典は、地域によってかなり内容が変わる。

 

ブルネイでは、まず早朝にハリラヤの祈りに参加し、祝うと共に一年の罪過の許しを請う。

 

そして帰宅しては食事を大量に用意して、人を招くオープンハウスと言う祝い方をしとり、

礼儀として招かれた者は、その家の料理に手を付けるまで帰ったらあかんとか。

 

個人だけでなく、様々な公共の場でもオープンハウスが行われ、一般に開放されとる。

 

この日は王宮も一般開放され、王族への祝賀客は毎年10万人が姿を連ねると言う。

そしてテラスに用意された食事をとり、ケーキなどのお土産を貰って帰る。

 

太っ腹な事に、非ムスリムも外国人も一切の区別無く持て成してくれる。

 

まあつまり、そうなると非ムスリムの海軍泊地もスルーできるはずが無いわけで。

 

せっかくだからとハラール認証を受けた屋台と素材を用意して、泊地の陸側出入り口付近で

朝も早よから間宮伊良湖に鳳翔さんと一緒に、延々とお結びを握る事態。

 

ちなみに認証は日本でやって貰った、つーか単冠湾産のハラールサーモンって。

 

認証のために単冠湾まで鮭の血抜きに行ったんか、信仰って凄まじいな。

 

横を見れば、屋台の隅っこで米国産ホルスタインがレモネードを豪快に捌きあげ、

手前でグラ子が酸味のある肉の切り身を軽快に配っとる、ええアクセントになっとるな。

 

ザウアーブラーテンか、長めにマリネした肉の蒸し煮や。

 

さて、それはともかくお結びや。

 

お客さんがオニギーリとかスシとか言うとるけど、お結びや、三角やし。

 

そんな事を考えながら、曲げた指の第二関節でちょいちょいっと角を整え、1個あがりと。

 

ハラールサーモンの切り身を横に添えて、海苔で巻いて固定すれば見物していた集団から

スシボールとか理解できるけどしたくない声が上がる、お結びやってコレ。

 

陰陽系として、そこだけは譲ったらあかん気がすんねん。

 

「三角のがお結びで、他の形がお握りだったか」

 

新しく炊きあがった釜を持ってきた提督がそんな事を言ってきたので、

見分け方に関しては、まあそれで間違ってはないわなと答える。

 

「諸説あるけど、神前の供え物として作られたんがお結び、携帯食がお握りやね」

 

握り飯自体は弥生時代から存在しとるけど、現在のお握りの直接のルーツは平安時代

中国から伝わって来た干し飯などの携帯食、所謂頓食の一種やと言われとる。

 

宴席で用意したり、下働きに下賜したりした子供の頭ほどの握り飯だとか。

 

対してお結びは、もともと神に捧げる奉納物やった。

 

「三角の形は天津神と国津神、捧げる人を意味して、三者の縁を結ぶからお結び言うねん」

 

まあいつごろから三角になったのかとか、細かい所は歴史の闇に消えてしもうたが。

 

「もしくは神格である山を模した形だとか、本当の所はわからへん」

 

コンビニで三角のお握りが売られとる昨今、もはや意味の無い区別なんかもな。

 

「そういや餓鬼の頃、葬儀の席は俵型のお握りで、三角は駄目とか言われたな」

 

アレか、やっぱ罰当たりだからかと聞いてこられても、ちょっち困る。

 

「そこらへんは地域に因るなあ」

 

三角では駄目と言う地域も在れば、正反対に三角でないとあかん言う地域も在る。

 

罰当たりだから、死者や穢れと縁を結ぶから、捧げ物だから、冥福を祈るため、

理由もこれまた地域に因って千差万別、とてもではないがフォーマルは確立できん。

 

「ややこしいなあ」

「良い加減やろ」

 

面倒だからと言って一種に統一されてしまうんも、怖い様な気がせん事も無い。

 

三角を量産しながらそんな事を話して居れば、アイオワが氷を取りに行くと言う。

流石に唯一の飲み物担当、巨乳、だけあって随分と消費が早いわなと言えば。

 

「ステイツと比べると、ちょっと人気が無いわね」

「レモネード売りのメッカと比べんな」

 

人手と言う事で提督が拉致されていき、黙々と握っているとグラ子が来る。

 

「龍驤、肉が切れた」

「ハラール醤油あるさかい、お結びでも焼いとれ」

 

握り置きのお結びケージを、ヨッコラセーとか妙に日本風な掛け声で持ち上げる白。

誰やグラ子に阿呆な事仕込んだんわ、たぶん隼鷹、今月7回目。

 

減った分を補充せんとなと、新しい米を引き寄せながら周囲を伺えば、

間宮伊良湖と鳳翔さんが、笑顔でお結びを配っとるのが見える。

 

…………

 

間宮伊良湖と鳳翔さんが、笑顔でお結びを配っとるのが見える。

 

ちょっち待てや。

 

「気が付けば、お結び握っとるんがウチだけなんやけど」

 

恨みがましい声色に、売り子が冷や汗を流して固まった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

薄闇も空に掛かる頃、首都バンダルスリブガワン、ブルネイ第一鎮守府本陣の喫茶室にて

二つ括りにした淡い色合いと、前髪を切りそろえた2隻の駆逐艦が居る。

 

天津風と初風が、早めの夕食を終わらせて四角いバターケーキを突いていた。

 

日本国内では見ないほど贅沢に使われたバターの香りに、アーモンドが散らされている。

横に多少減った状態で並んでいるのは、クッキーなどを主体とした焼き菓子。

 

空いた時間に公開された王宮を訪れた2隻が、貰ってきた土産の菓子であった。

 

「そういえば、フィリピンの方に時津風が着任したそうよ」

「うぇ、聞いてないわ」

 

夜間哨戒前の空き時間に、カロリーを取りつつ駄弁っている互いであった。

 

流石に菓子が甘いだけあって、付け合わせの安い紅茶にはあまり糖分を含めていない。

 

「どうせ天津風は龍驤以外眼中に無いから、言わなくて良いって言ってたわね」

 

薄情な伝え聞きに、天津風が机に突っ伏し、何よそれーと小さく呻いた。

 

「自分も雪風雪風ってやかましいくせにー」

 

仲が良いのだか何なんだかと、苦笑しながら初風が言葉を積んだ。

 

「姉妹ねえ、あんたら」

「おいこら7番艦のお姉さま」

 

棚に上げた言葉は陽炎型の伝統である様だ。

 

「妹が一途すぎて、辛い」

「妙高さん追っかけてるアンタが言うか」

 

どこまでも姉妹であった。

 

ジト目の天津風から、視線を逸らして紅茶を嗜む初風が、何とも言えない静寂を生む。

 

「王宮のビュッフェで貰った麺料理、スパゲッティーだったかしら、美味しかったわね」

 

話題の転換が食事の話と言うあたり、さらに何とも言えない空気が増していた。

 

「かすていらみたいな焼き菓子の方が記憶に残ってるわね」

 

それでも話に乗りつつ、ハリラヤのオープンハウスに話題が移って行く。

 

最後まで微妙な空気であったが、夜間哨戒の時間までには菓子は全て消えていたと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61 不敵な休暇

清霜が重力の軛を離れ、自由の翼を手に入れていた。

 

「き、清霜ーッ」

 

予想の範疇の大惨事に、立ち合いの武蔵が色を無くし駆け寄って行く。

 

明石の目の前で、放物線って何、美味しいのと言わんばかりの水平移動を果たし、

夕雲型大戦艦から泊地本棟の壁画へと華麗なる転職を果たしたその勇姿。

 

「流石に、無茶が過ぎましたかねえ」

 

駆逐艦用試製46cm単装砲、戦車砲を彷彿とさせる外見のそれは

試射と同時に問答無用の反作用で小柄な身体を後方へと吹き飛ばしていた。

 

単純な話、清霜、というか駆逐艦が軽いのだ。

 

大和型に積載されている46cm三連装砲を例に挙げればわかり易いだろうか。

その重量は実に、駆逐艦清霜1隻分にあたる。

 

「火力だけ上げても使い物には成らないかあ」

 

残念そうに空に嘯く姿は、5番泊地提督。

 

現在、龍驤がフィリピンに出向しているのでやりたい放題と言う日常風景であった。

足元を見れば、利根と叢雲が簀巻きにされて転がっている、下剋上である。

 

簀巻かれたまま笑顔で青筋を立てているあたり、後が怖いのは言うまでも無い。

 

「何処かにブレイクスルーは落ちてませんかー」

 

そんな不穏な空気の一切合切を華麗にスルーする浪費コンビが、

ああでもないこうでもないと雑談を積み重ねていく。

 

「ネタは在っても、妖精を中に入れれないと起動しないからなあ」

 

対深海、即ち艦娘用の装備には最低限、妖精が取り憑けるだけの縁が無いといけない。

 

行き詰った嘆息が泊地の空へと流れ、ふと、提督から思いついただけの言葉が零れる。

 

「変な事を聞くが、艦娘用の装備に艦娘って要るのか?」

 

泊地前の広場に、不思議な静寂が漂った。

 

掘りだした清霜を担ぐ武蔵、簀巻かれている利根と叢雲、視界の隅で死にかけの山城艦隊

そんな言葉を聞いた全艦が、何言っているんだと疑問を浮かべる中、固まったアレが居る。

 

「それです」

 

工廠の危険物が、全開稼働をはじめた瞬間であった。

 

 

 

『61 不敵な休暇』

 

 

 

ボルネオ島には、かつて死の谷と呼ばれた土地が在った。

 

昼なお暗き密林の奥深く、生きとし生ける者の近寄らぬ禁断の地。

現地に於いてその話を聞いた旧日本軍は、速やかに調査団を派遣する。

 

詰まる所 ―― ヒャッハー、新鮮な温泉だぁッ

 

という心の声がダダ漏れに聞こえて来るほど、万難を排して可及的速やかに。

 

かくて戦時下のボルネオ島北部にて開発されたんが、ポーリン温泉や。

 

ブルネイの北側の国境を越えて、マレーシア北部の都市コタキナバルより密林に少々

都市とキナバル自然公園の間ぐらいの微妙な位置にそれは在る。

 

ウチらの頃から竹の産地として有名で、だから名前が竹の(ポーリン)温泉。

 

まあ、ボルネオ島では温泉浴の習慣が無かったために、戦後は放置されとったんやけど

70年代からのリゾート開発の波に乗って、観光資源として再開発されたとか何とか。

 

おかげで外観は乗員の記憶に在る様な、手作りと言うにはちょっと気合い入り過ぎ

でないかいと言いたいような施設ではなく、微妙なスパリゾートと言った塩梅。

 

具体的に言えば、水着着用で温水プールや、スライダーもあるで。

そして結構な数に連なる無料の個人浴槽と有料個室、リンギットで15と20。

 

あとは足湯やな、自然公園の帰りに足を解す人が多く、それなりに人気や。

 

なんでそんな所に居るのかと言えば、フィリピンで野暮用をこなして帰還しようとした所、

何処からともなく現れた黒い奴、陸軍制服を纏ったサボローに誘われたわけで。

 

そんなわけで有料個室の安い方を借り受けて、2隻で入浴と洒落込む次第。

 

いや、スタンダードクラスは一つの浴槽を仕切りで二つに分ける形になっとるから

2隻で入るのに丁度良いねん、イチャつくには不向きやろうけどな。

 

「外の湯が温いからどうなるか思うたけど、個室は普通に湯が出て何よりやわあ」

 

仕切りを挟んで背中合わせ、日頃の疲れが益体も無い言葉になって口から零れる。

 

「ココも随分と様変わりしたものでありますなあ」

 

全くや、源泉の温度が高目のはずなのに、何で温水プール何やと。

あと基本的に湯が出るのがトロい、湧出量に比べて浴槽が多過ぎやねん。

 

「それより敷地外に軒を連ねる、屋台の方に目が行きましたな」

「ああ、人は居らんかったもんな、つーか海域断絶しとんのに逞しい話や」

 

ちなみに敷地内では許可なく営業をする事が禁止されているため、土産物屋や水着売り、

屋台などが一歩外、敷地ギリギリを攻める様にビッシリと並んどる。

 

「コテージも借りられるとか、日本円で千円程度で」

「福利厚生の選択肢に入れるんも、考えてええかもなー」

 

自然公園でキャノピーウォーク、運が良ければラフレシアが見れる、ただし有料。

 

……ちと渋すぎるか。

 

「密林では珍しい寄生植物がたくさん見れるでー、とか売り文句で」

「その売り文句で喜ばれても、それはそれで不安になるでありますな」

 

益体の無い会話が積み重なって、実に平和や。

 

脳味噌まで茹だって来た今ならば、ウチの背後でプカプカ浮かんでいるであろう

胸キツ丸の脂肪の塊も許せそうな気がする、視界に入らん限りは。

 

「で、フィリピンのご老人への依頼は、文部科学省方面ですかな」

「そやな、回覧板の隅っこにブルネイを加えてくれってだけの話や」

 

安っぽい浴槽の上、湯気の漂う空気に韜晦した言葉が紛れ込む。

 

「多分、それだけでは足りなくなったかと」

「嫌な予感がするなあ」

 

解れた身体に嫌な感じの疲労が染み込んで来る感覚。

 

「いえ、北の国が島国と一緒に回覧板に参加したいそうで」

「そのうち、料理にぶち撒けるソースに命賭ける国も巻き込みそうやな」

 

巻き込むでしょうな、お得意の三枚舌でと、揚陸艦がからからと哂った。

 

内閣府か防衛省か、何にせよ本陣からも働きかけて貰うべきかと想到して暫く。

 

「わあ偶然やな、ココから陸路で帰ると途中に本陣が在るわー」

 

偶然って怖いわー、畜生。

 

「憲兵が親切すぎて怖いわ、山吹色の菓子(せいようとうせんべい)でも要求してくんのか」

「そこはほら、太平洋打通がもう叶ったも同然の状態でありますから」

 

事実はどうあれ、既に全てがその認識で動き始めてしまっていると。

 

「万が一にも、失敗は許されんってとこか」

 

しかりと頷く背後の巨乳のせいで、室温がダダ下がりになっているような錯覚が在った。

 

トロ臭い湯量がようやくに浴槽を埋め終わった頃合い、顎まで浸かって肩を沈める。

硫黄泉の染み込んで来る様な感覚に身を委ね、嘆息交じりの愚痴が零れた。

 

「何で前線の情報を得るために、前線が根回しに苦労せんとあかんのやら」

 

それに応え、似た様な声色が背中から届けられる。

 

「全く、度し難い話でありますよ」

 

何処にも届かない言葉が個室の中に響いては、消えた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「逃がさないわよ、甘く見ないでッ」

 

タウイタウイ近海、黒鉄の艤装が爆炎を吐き、深海の巡洋艦を粉砕した。

 

「ビスマルク姉さま、既に2隻逃げてますッ」

「……それは言わないで」

 

やや赤金な二つ括りの重巡が放った言葉に、透けるような金の長髪の戦艦が肩を落とした。

やや離れた所には淡い色合いの重巡2隻、青葉が何かを口にして、衣笠が手を振った。

 

そんな有様の中での艦隊戦の終焉に、分かれていた2組が合流する。

 

「あー、グラーフのザウアーブラーテンも食べ損ねるし、最近良い事無いわー」

「え、ええと、でもヤクーオ・ムスービとか言う料理、美味しかったじゃないですか」

 

いまだ硝煙の残る海域で、ブルー入った戦艦の言葉に同国の艦娘がフォローを入れる。

先日のハリラヤでの一幕である、後半のグラーフはお結びを焼くマシーンと化していた。

 

「グラ子ちゃん、会う度に料理の腕が上がっているわよねえ」

「あの泊地に所属すると、食事担当か調理担当かで偏って行く気がしますね」

 

青葉型姉妹が言葉を拾い、落ち込みかけていた空気が持ち直していく。

良いのよ、もっと褒めてもと我が事の様に喜ぶ戦艦に、重巡一同が苦笑した。

 

そのままにタウイタウイへと帰投する艦隊の中で、青葉だけが軽く振り向く。

 

深海棲艦の逃走先、水平線へと視線を移し、逃げる、ですかと言葉が漏れた。

 

「どうしたの、青葉ー」

「いえ、何でもありません」

 

姉の行動に気付いた衣笠が問い掛ければ、軽く笑って艦首を一同に揃える姿。

 

だから、恐らくはこれから放たれたであろう疑問は誰の所にも届かなかった。

 

何処へ、逃げたと言うのでしょう ―― と。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終舌 片肌カンフー 対 空飛ぶ玉子焼き

これまでのおはなし

 

中華最高武具である龍驤環(ドラゴンリング)を受け継いだ少林寺龍驤(ドラゴン)拳の使い手、翔鶴。

 

少林鬼族、裏少林との長き戦いを経て、生き分かれていた姉妹、鬼族四天王の蛇鶴

鳳魔王こと瑞鶴と再会し、鶴家三姉妹としてブルネイへと帰投したが、

 

そこで彼女が目にした物は暴徒の巣窟と化した5番泊地であった。

 

資材庫の扉は裂け、間宮の貯蓄は枯れ果て、泊地は悪魔が微笑む時代と成っていた。

 

頂点に立つその姿は、南雲魔鏡拳の使い手 ―― 赤城

 

決戦に於いて容易く打ち破られた翔鶴は、随伴艦の皆さんを犠牲にして窮地を逃れる。

そして雪辱を誓い、泊地裏手の龍驤(ドラゴン)洞にて真・龍驤(ドラゴン)拳に開眼した。

 

嗚呼、運命を切り開く女が居る。

 

天に背く女が居る。

 

それは、一航戦80年の宿命。

 

見よ。

 

今、この永き血の歴史に終止符が打たれる……

 

 

 

『万愚節番外 3割ぐらいの頻度で孤独じゃない島風』

 

 

 

やたら長い名前の首都こと通称バンコクに来ている私、島風です。

 

第二本陣で皐っちゃんを見かけて追い回して居たら、長波ちゃんと一緒に

お昼代を持たされて追い出されてしまいました、やったぜ。

 

「やったぜじゃねええええッ」

「そういうわけで、今まさにお昼時」

 

バンコク内に幾つか在る屋台街、開戦前は基本的に撤去の方向で政策が執り行われ

年々その数を減らしていたんだけど、最近は増える一方だとか。

 

年季の入った色取り取りのテントの並び、調理の快音が響く中に私が居る。

 

俯瞰して見れば、昼の割に意外に人が集まっている鮮やかな喧騒の中に私が居る。

 

屋台と屋台、シンプルな造りの食事処の隙間でお腹を押さえる私が居る。

 

「お腹が空いた」

「待て、何だ今の不自然な間は」

 

そんなわけで早速ふらりと寄って見る事にしたのだ。

 

「いや、ノー躊躇で手近な屋台に入んなよ」

「しまった、カイガタ屋台だ」

 

玉子(カイ)鉄板(ガタ)の名の通り、小さめの鉄鍋で作るシンプルな目玉焼き。

ハムや腸詰、ひき肉などを入れてマギーソースを掛けて食べる、美味しいんだけどね。

 

「朝食メニューだよね、どう考えても」

「付け合わせがトーストだしな」

 

要は目玉焼きだし、ちなみにベトナム料理、ウドン谷を経由してタイに入って来たとか。

 

惜しいけどスルーと言う事で、隣の鉄板で焼いている半球状の粉物を買ってみる。

 

カノムクロック

 

ココナツミルクで溶いた米粉に葱を入れ、専用の焼き型で焼き上げたお菓子。

 

たこ焼きの鉄板に似た焼き型で、引っ繰り返さずに半球状に焼き上げるのが特徴。

総じてたこ焼きよりも火力が強いから、カリカリに焼き上げてあるのが屋台での定番。

 

「ネギが妙にワイルドに主張しているあたり、個性が在るよね」

「文字焼きや葱焼き的なお八つ感が在るよなー」

 

まあ中トロ生地のココナツミルクに砂糖が甘いので、お菓子寄りではあるのだけど。

 

もともとはカノム・コンラッカンと言う名前で、愛し合う二人(コンラッカン)お菓子(カノム)と言う意味。

半球状に焼き上げた二つを重ねて、球状にして提供するのはそれが由縁なのだ。

 

レストランとかのデザートで頼むと、カリカリでなく柔らかい状態で出てきたりする。

それはそれで、ほんのりとした甘みに団子的な食感があって面白い。

 

「あ、これ良い感じ」

 

そして開いた手に持った串焼きを齧りつつ、一本を長波ちゃんの方へと勧めてみる。

 

「いや、何時の間に買った」

 

サテ

 

ココナッツの入った甘辛いタレの絡む、インドネシア料理として有名な串焼き。

 

日本の焼き鳥に似ているけど、漬け込んだ肉を焼いたり、肉がやや小振りとか相違点は多い。

 

鶏肉、もしくは山羊肉のサテがポピュラーだけど、たまにウサギ肉のサテも売っている。

香辛料の強いパダン地方など地域に因って特色が有って、タイのサテは総じて甘みが強い。

 

「焼き鳥と同じジャンルなはずなんだけどなあ」

「ココナッツや香辛料が入ってると、南国って感じが出るよねー」

 

ちなみにヤシを削った串に刺してヤシの葉を焼いて焼き上げる、香りも良いよね。

 

香りと言えば屋台の隙間、何処からともなく強めのバジルの香りが漂ってくる。

ガパオかー、それも良いなー、やっぱ屋台は匂いに負けるよね。

 

そんなわけで、腹ごなしも終わった所でお昼にしようかと言ったら呆れられた。

 

ガパオライス

 

ご飯の上にガパオ炒めを飾り付けたタイ料理、オプションで揚げた目玉焼き(カイダーオ)が付く。

 

ガパオとはタイ語でホーリーバジルの事、これに海産物、もしくは叩いて粗微塵にした

畜肉を炒めた料理がガパオ炒め、これでもかとばかりにガパオが入っているのが特徴。

 

席を取って料理を並べていると、長波ちゃんがビニール袋と瓶を持って来た。

 

「オレンジとライム、どっちだ」

「マナオで」

 

ナムソムカン

 

屋台売り、その場で絞るフレッシュなオレンジジュース。

 

瓶詰で売られていて大瓶と小瓶が在る、甘みを増すために塩を入れる人も居る。

ストローを使って飲むのがマナーの良い飲み方、感染症の予防も兼ねている。

 

ナーマナオソーダ

 

絞ったライム(マナオ)に炭酸と氷を入れたシンプルな飲み物。

 

タイで飲料がビニール袋に入っているのは、清涼飲料水を販売時に瓶を回収していた時代の名残。

現在では持ち手の付いた、ジュースを入れるための専用のビニール袋が使われている。

 

マナオのクセのあるサッパリ感、暑い国で冷えた炭酸を飲めるのは嬉しい事だよね、

などとビニール袋に差し込んだストローを咥えながらしみじみと思う。

 

「濃縮還元は、何であんなに味が濃くなるんだろうな」

 

飲み易いと評判のフレッシュジュースを減らしながら、相方がそんな事を言って来た。

 

「林檎とかは、ストレートの方が濃くないかな」

「濃い薄いじゃなくて、味が変わってるって事か」

 

ストレートと濃縮還元の味の違いには、メーカーごとに色々と理由があるのだろうけど、

共通の大きな理由としては、濃縮還元だと加熱殺菌処理が施されているからだとか。

 

それはともかくだ、暑さも和らいだ所でガパオライスに取り掛かる事にした。

 

叩いた肉のボリュームに香草の強い香りが上乗せされていて、ご飯が進む。

 

「この、親の仇の様にガパオが入っているのがガパオ炒めだよねー」

「そこがショボいと食った気がしねえよな、確かに」

 

めっちゃ緑、物凄く緑、ガパオ、ガパオ、ガパオ、肉、ガパオ、みたいな。

 

いや、葉が広がっているだけで見た目ほどガパオ比率が高いわけでは無いんだけどね。

まあそれでも炒める時にワサッと入れるのがガパオ炒めだと私は思う。

 

だけど最近は、香り付けにちょっとだけ入れて見ましたみたいな

上品なガパオ炒めの店が増えてきて、何とも言い難い気分。

 

少ないだけでもボッタクラレ気分なのに、酷い店だと瘤蜜柑の葉とかで誤魔化している。

 

入れない店なんか、何を考えているのかわからない。

 

「そういう店だと、お肉も挽き肉とか使いがちだし」

「万死に値するな」

 

叩かずミンチを使うガパオ炒めは邪道、そこだけは譲れない。

 

そんな益体も無い事を言いあいながら、目玉揚げを齧りつつ、スパイシーな香りに導かれ

カオカオ米を最後まで頂いて食事が終わる、正直香りでお腹がいっぱい。

 

「んじゃ、お土産でも買って帰ろうか」

「皐月さん青筋立ててたからな、煽るなよ、フリじゃないぞ」

 

困ったな、長波ちゃんにそこまで期待されてしまうと、煽らざるを得ない。

 

などと言う内心が伝わってしまったのか、タップするまでヘッドロックで絞められた。

 

「そんなわけで、お八つを買ってきました」

 

本陣提督執務室で、漣ちゃんと何かシリアスな話をしていた皐っちゃんに押し付ける。

 

「筆頭秘書艦を全力スルーすんなッ」

「あうちッ」

 

そして長波ローリングソバットが綺麗に腰に入った、何か最近遠慮が無くなってる気がするよ。

 

「ま、まあ丁度キリも良い所だし、休憩にしますか」

 

桃色の二つ括りの駆逐艦が苦笑を滲ませてそんな事を言う。

 

流石は漣ちゃん懐が深い、うん、だからこのアイアンクローを外してください皐月さん。

 

「駄目」

「のぎゃあああぁぁ……」

 

何か頭蓋骨の形が変わったんじゃないだろうかと擦っている頃には、

袋の中のお土産も机の上に並べられて、紅茶なんかが淹れられている塩梅。

 

「いつ見てもビジュアルがテラワロスって感じですよねえ、コレ」

「どう見てもマンゴー丼だもんなあ」

 

「美味しいんだけどねえ、あ、島風、ココナツミルク取って」

「お、皐っちゃんはミルク掛ける派なんだね」

 

カオニャオ・マムアン

 

ココナツミルクと砂糖で甘口に炊いた餅米(カオニャオ)マンゴー(マムアン)を乗せたお八つ。

 

屋台からスーパーまで何処にでも売っている、タイのマンゴーは繊維が少なく柔らかいので

容赦なくスプーンでイケる、ココナツミルクを掛けて食べる人も多い。

 

「まあ美味しいのは確かなんですけどね」

「マンゴー餡のお萩って感じだよな」

 

文句を言いながらもサクサクと消費している2隻が、そんな身も蓋も無い所感を述べる。

 

「美味しいんだけど、凄まじく甘いんだよねコレ」

 

食べる合間に紅茶を口に含んでいた皐っちゃんが、そんな事を言った。

 

「まあそれが、使い込んだ脳みそに効きまマスワ」

「あたしと島風は、食い歩いていただけだけどなー」

 

違いないと、皐っちゃんが笑う。

 

何かを言おうかと思ったけど、特に思いつく事も無くスプーンを咥えれば、

口の中にはマンゴーと砂糖の甘み、ココナツの香りとほのかな塩味が感じられた。

 

何はともあれ、まったりと過ぎた昼下がりでした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

真・龍驤(ドラゴン)拳の「御託は良いから死んどけや、な」という心の籠もった一撃を

写し取る事が叶わず、翔鶴に打ち破られた南雲拳鉄拳騎団総帥、赤城。

 

かくて5番泊地には平和が戻り、翔鶴を頂点とした独裁体制が敷かれる事と成った。

 

「ヒャッハー引けぇーい、もっと力を入れんかーッ」

「良いかしら、この航空十字陵はいずれ翔鶴様がご永眠なされる場所」

「しっかりご奉仕しないとバチがあたりゅぞー」

 

軽空母の檄が飛ぶ中、何故か荒縄で巨大な石材を運び、陵墓を建設させられている

何処か薄汚れた駆逐艦たちの姿、クレーンやリフトは隅っこに転がっている。

 

「随伴艦の皆さん、頑張ってくださいね」

 

見れば山車の如き世紀末的な巨大人力戦車の上で、翔鶴が高笑いをしていた。

 

「……ふむ」

 

気が付けば桟橋に、赤い水干の艦娘の姿が在る。

 

ちょうどバンコクから帰投した島風が41ノットの高速で沖合に舵を切った。

 

簀巻きを解きながら近寄って来た利根が、その顔を見た瞬間に直角に曲がり

即座に艤装を喚び出し、これもまた沖合目指して全速で航行を開始した。

 

見れば川内と那珂が、神通を抱え上げて沖合に向かい吶喊している。

 

これまで画面端で何か食べていた加賀が、気が付けば既に沖合に居た。

 

「あらかじめ墓を用意しておくとは、気の利いた事です」

 

静かな言葉が不思議と泊地の隅々まで響き、一同の時間が止まる。

 

後に、簀巻きにされて十字陵の中に転がされていた赤城が、

生きながら蛇に呑まれる蛙の気持ちが理解できたと語ったと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62 鶏を廻る三景

白々とした玻璃の灯火も中空に消え、染め変わる海原と頂に紫、大地の其処に朝。

 

明けたばかりの動き始めた間宮の客席、珈琲の一杯でもと寄り付いた5番泊地提督の

視界に入って来たのは、死体かと見紛うばかりに覇気の無い、4隻の駆逐艦の姿であった。

 

主に哨戒に使いまわされる陽炎隊、構成員は陽炎に不知火と天津風、島風である。

 

「え、ええと、朝食か」

 

異様な雰囲気に圧迫される気配を滲ませた声で、提督が軽く声を掛けた。

 

「夜戦明けー」

「夜食よ」

 

電池の切れた様な島風の言葉に、目が死んでいる天津風が繋げる。

 

「食べたら寝ます」

「カロリーが、カロリーが足りないのよ」

 

瞬きもせず機械の様に食事を口に運ぶ動作を繰り返していた不知火が声を出せば、

軽く魂を吐きながら、へたれた気配を滲ませた声色で陽炎が嘆く。

 

陰々滅々とした無味乾燥の空気を漂わせながら、誰へともない呪いの如き返答の中

見れば食卓には米と鶏、そして幾つかのソースが混ぜ合わせられたそれなりの食事。

 

「チキンライスだよ」

「店が開いてないからって、ホテルの厨房が好意で売ってくれたわ」

 

空きっ腹を抱えて港湾を彷徨ついていた集団は、少なくとも同情を買えたらしい。

 

ナシカトックがせいぜいだと思っていたから幸運でした、などと不知火がコメントを

入れる頃には、こういう好意は受け取って良いのだろうかと悩む提督の姿が在った。

 

 

 

『62 鶏を廻る三景』

 

 

 

貰たわけでもないからええんやないのと、執務室でボヤいていた司令官に返答をする。

 

そんなもんかねえと納得いかない風情やったから、常態化せん様に一言あっても良いかと

適当な折衷案を投げ渡しつつ、本陣へ回す幾つかの許可申請に判を押す。

 

「予想通りやけど、やっぱ衛星回線は本陣までしか通らんか」

「まあ陸路でラインを引けるだけ、5番泊地(ウチ)はラッキーな方ネ」

 

ああでもないこうでもないと、司令官と金剛さん、1名と2隻で雑事を片付けている内、

気が付けば随分と日も傾いた頃合い、夕食前に軽く一息と言う話に。

 

やがて巷の安い葉とは違う、輸入物の紅茶の香りが室内に立ち込める。

 

「そういやさっきの話にも少しかかるんだけどさ」

 

紅茶で軽く口を湿らせてから曰く、チキンライスと言う物が気になったとか。

 

「米の上に鶏の切り身が乗って、ソースが掛かっていたんだが」

「チッケンライスとは、そういう物では無いのデスカ?」

 

不可解な物を見た顔の司令官に、小首をかしげる金剛さん、うん面倒臭い。

 

「司令官が言っとんのは海南鶏飯(ハイナンジーファン)やな、金剛さんのは洋食屋のチキンライス」

 

海南鶏飯は、海南島から移住してきた華僑の広めたシンガポール料理や。

 

鶏出汁のスープで炊いた米の上に蒸し鶏の切り身を置いて、4種のソースを掛けて混ぜて食べる。

わかり易い内容が受けたのか、東南アジアの中華料理屋では何処でも売っとる人気商品やな。

 

「米に味が付いとるから、肉が無くてもソースだけで食えるのも特徴か」

「あー、何か島風がそんな事言ってたわ」

 

チッケンライスは元祖の洋食で、鶏出汁の洋風スープで炊いた米に、煮込んだ鶏肉を乗せる。

 

「見た目はあまり変わらんけど、洋食と中華やから随分と味の趣は変わるわ」

 

「別物だったデスカー」

「あー、えーとだな」

 

何処か残念そうな金剛さんの後に、何かまだ疑問の残っていそうな歯切れ悪い声。

 

「赤くないんだな」

 

東南アジアに日本の洋食が在るかいな、と言いながらスナップの効いた手の甲が提督に刺さった。

 

いやぶっちゃけ、日本食の店結構在るから探せば在るんやろうけどな。

 

「ああケチャップイン、榛名が以前作ってマシタ」

「意外にハイカラやな榛名、つーかケチャップ入りチキンライスの事やったか」

 

ツッコミ乱舞の横で呑気な声を出した金剛さんに、何となく毒気が抜かれて応えてしまう。

 

「ああいや、知ってる名前と現物が随分とかけ離れていたんでな、ついつい」

 

苦笑交じりの声色に、さてどう纏めたもんかと軽く悩んだ。

 

「明治の末にカゴメがケチャップを売り出してな、鎌倉ハムと手を組んで ――」

 

洋食屋の味をご家庭でと言いながら、ケチャップ入りチキンライスのレシピをばら撒きまくった。

具体的には、売り出したチキンライスの素にシレッとケチャップが入っていたりとか。

 

「かくてケチャップ入りチキンライスがご家庭に普及し、主流になったわけや」

 

「き、企業努力と言うか」

「物珍しさの裏に熾烈なサバイバルが在ったのデスネ」

 

まあそんなわけで、老舗の洋食屋やとたまにケチャップ使って無いチキンライスが出る。

オムライスの中身とかでもそうやな、ケチャップの在る無しは元々そんな経緯や。

 

とはいえ最近は、意識高い店とかもケチャップ抜きを出したりするから境界が曖昧か。

 

「しかし、何だかんだで詳しいなふたりとも」

「洋食屋関係は、チンドン屋がよく宣伝してましたカラネー」

 

楽団も良い娯楽であったが、口上師の方が好きだったと語る大正元年生まれ。

 

「東西東西、お披露目致すは丸々屋、正統洋食チッケンライスって感じデスカ」

 

微妙に内容が寂しかったので、口上を軽く引き継いで謳い上げる。

 

「君知るや、ブイヨンの薫り芳しく、君知るや、舌下に溢るる肉汁の旨味」

 

適当に料理の内容をそれっぽく褒め称え、あまりの大仰さで笑いを取って行く感じ。

気が付けば何か提督と金剛さんが食欲に汚染された目つきになっとる、ヤバイ。

 

「嗚呼母よ許し給え、チッケンライスに抗い難しってとこか」

「そんな感じデスネー」

 

慌てて切り上げると、うんうんと頷きながら納得している風情の高速戦艦。

 

「何かタダで聞けて得した気分だな」

 

お経か何かと間違えとんのやないかと言いたくなる感想やったが、一応はウケたんかと

何となく無い胸を撫で下ろしとったら、機を見てテンションの上がった金剛さんが言う。

 

「この調子で楽団ネタもレディゴーねッ」

「ごめん、ウチ昭和生まれやから口上師のチンドン屋しか知らん」

 

いやな、大規模な楽隊を組んで練り歩いとったんは明治末期までやからなと。

以降は楽士が一人で複数の楽器を背負って、数人組の小規模な方向に成って行ったとか。

 

そんな歴史的事実に、アウチと言いながらメンタル大破して吹っ飛んでいく艦娘最古参。

 

うん、何かノルマクリアした気分で実に清々しい午後やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深夜、川内も鎮まる程に深い夜の底。

 

空母寮の廊下窓から、静かに海面を見続ける艦娘が居る。

 

「眠れないのですか」

 

掛けられた声に振り向くのは、表情と言う物を何処かに落として来たかの如き赤城。

言葉はその背後の扉の隙間、鳳翔の部屋からのものであった。

 

「加賀さんは、よく眠れる様になったみたいです」

 

返答にも成っていない曖昧な言葉を返す。

 

「お夜食在りますよ」

 

扉の向こうからは苦笑交じりの声。

 

「いただきます」

 

少しだけ、柔らかな響きが赤城の声に混ざった。

 

やがて部屋に明かりが灯り、三角に握った鶏肉混じりのお結びが並べられる。

 

「炊き込みご飯かと思ったら、洋風ですね」

「夜に提督と金剛さんが、チキンライスが食べたいと言い出しまして」

 

何かこう、断れない異様な圧力が在ったと引き攣った顔で語った。

 

「それで、余った具材を見ている内にふと思い出しまして」

 

かつては教会のチャリティーで、貧しい子供のためにチキンライスを配っていたなと。

 

「ああ、だから一切合切が炊き込みなんですね」

「ええ、配り易い様にお結びにしますので」

 

もそもそと食材が消えて行き、軽めに茶を啜りながら言葉が零れ落ちた。

 

「私は、子供ですか」

 

特に何の返答も無い静寂の中、堰を切ったように溢れる物が在る。

 

「私の中に何かが居て、何か大事な事を言っている気がするのです」

 

零れ続ける言葉は、だけど、と続ける。

 

「何を言っているのか、わからないんです」

 

焦燥か、慟哭か、平時には決して見る事の出来ない感情が赤城の顔に浮かぶ。

 

ともすれば泣きそうと形容できるそれを、そっと包む込む様に抱き留める小柄な身体。

 

静かな夜の底に、電灯の影だけが伸びている。

 

「眠れるまで、傍に居てくれませんか」

 

幾らかの後に明かりが消える頃には、泊地を包むのは夜の静寂だけ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63 悪魔と踊る

「新型の建造式?」

 

工廠に響いた龍驤の疑問に、目の下に隈が住み着いた明石の疲れた声が応えた。

 

「艦娘の多国籍化で、15世代型じゃ対応しきれなくなってきたんですよ」

 

唐突に本土から全工廠へ、建造式のメジャーアップデートに備えるべく通達が在り

工廠に引き篭もり浪漫を追い求めていた危険物たちは忙殺へと叩き落とされたと言う。

 

「で、式と触媒が幾つか回って来たので造ってみたんですけどね」

「試製16世代型建造式なあ」

 

早速の試験建造にて、建造ドックが怪しげな作動音を響かせる中、

見れば霊力を引き摺り出された提督が、建造ドックの前で昏倒していた。

 

試製だけあって、安全装置と言う物が付いていなかった様だ。

 

「艦娘としては、何が違うんや」

「航空母艦の艤装に自由度が増す感じですかねー」

 

全工廠に共有された、グラーフ・ツェッペリンなどドイツ製艦娘の艤装解析記録から、

従来の弓道式、陰陽式に縛られない艤装の構築が可能に成ったと言う。

 

「要は経文の様な形式が成立していれば良いわけで、銃とかアーチェリーとか」

「悟りの鋳型か、入出力と記憶媒体が在ればええってとこかな」

 

最初期の航空母艦、鳳翔に採用された弓道式艤装は、矢に刻み込まれた霊的情報を

射撃時に弓が読み込み召喚の式を起動する事に因り発動する形式と成っている。

 

発動した式は式神の鋳型を構築し、飛来する矢を分解、再構成して艦載鬼化させる。

 

弓道式の利点は高速である事、問題点としては高速すぎて式の安定性に欠ける事、

式起動の時間が短いため、積載量に比例して要求出力が跳ね上がる事などが挙げられ、

 

結論として弓道式は正規空母、及び積載量の少ない軽空母などに採用される事になる。

 

そして積載量減少を嫌った龍驤や飛鷹型などは、式構築に主体を置いた陰陽式が採用された。

 

「あとはハイブリッドですね、まだ試製なのでそこまで行きませんが」

「弓と呪い、梓弓とか破魔矢とかそんな感じか」

 

そうこうしている内、建造ドックから電子レンジの完了音の如き音色が響く。

 

「わけもなく不安になる音よな、いつもの事ながら」

「設計した人は何を考えていたんでしょうねえ」

 

鉄扉が開き、銀の髪を後ろで三つ編みにした背の高い航空母艦艤装の艦娘が見える。

どこか気だるげな印象を漂わせ、視線を巡らした後にドック前に倒れている提督に気付いた。

 

「雲龍型航空母艦、雲龍、推参しました……提督、よろしくお願いしますね」

 

返事が無い、ただの屍の様だ。

 

「この発想は無かったな、陰陽系やん」

「試製ですからそこ止まりなんですよ」

 

建造式に魂的な物を引き摺り出されて、涅槃へと疾走している提督を放置したまま

やや離れた場所から筆頭秘書艦と工廠の危険物が呑気な会話を重ねて居る。

 

雲龍型航空母艦1番艦、雲龍、初の陰陽系正規空母であった。

 

 

 

『63 悪魔と踊る』

 

 

 

なんや緑っぽい制服の新人空母が、軽空母如きに良い艦載機が在るのは納得いかないとかで

ウチの烈風いつの間にか改、誰やいじくったんエディションを寄越せと言ってきたので、

 

―― とても平和的に解決した

 

「修復剤が10個減っとるのじゃが」

「気のせいやろ」

 

昼下がりの執務室で、労働の後の心地よい疲労の中、利根のジト眼から爽やかに目を逸らした。

 

提督は医務室に担ぎ込まれ、叢雲と金剛さんが付いとる。

 

視界には穏やかな午後の光、銅色の髪を括った白い服の娘さんが机の上のにパイを置き、

その横では夕立が、両手に持った二つのコップを使って紅茶を泡立てている。

 

テータリックやな、東南アジアの南方で人気なコンデンスミルクを入れた紅茶や。

 

左右のコップに中身を何度か移し替えて泡立てるねん、そこはかとなく温くて飲み易い。

 

ひとしきり泡立てて満足したのか、人数分のコップを配り始めた金髪の駆逐艦の後に、

赤金色の髪のお嬢さんが、自信作なんですよと楽し気に切り分けたパイを渡してきた。

 

サクサクしつつ土台はシットリ、実に見事。

 

うん、アップルパイって中の林檎がたっぷりやと何か得した気分になるよな。

でも丸ごと林檎パイとかまで行くと何か違うねん、加減が難しい所や。

 

そしてだだ甘紅茶を口に含めば、何か糖分が脳髄を癒してくれる気がせん事も無い。

 

「龍驤、いい加減に現実を直視するのじゃ」

「見えん、ウチには何も見えんぞおおぉッ」

 

E缶の様な煙突髪飾りも、ドラムマガジン内蔵してそうなスカートも何も見えんからなッ。

 

「え、ええと、改めまして第一鎮守府4番泊地から移籍してきました、Saratogaです」

「ギャースッ」

 

キコエナイキコエナイキコエナイッ

 

「何でや、何であの色ボケが乳尻太腿を手放すような奇跡が起こっとんのやッ」

「言いたくなるのも理解できるのじゃが言葉は選ぼうなッ」

 

ウチをして理解不能な現実に直面したせいで漏れた心の叫びに、律儀に利根が受け答え。

 

正気度が削れきって錯乱したウチを見兼ねたのか、何処か申し訳なさそうな気配で

件の米国産ホルスタイン2号が言付けを預かっているのですがと手紙を渡して来る。

 

―― タスケテクダサイ

 

涙で滲んだ跡の在る、血を吐くような言葉が認められていた。

 

「本土と米軍の板挟みで随分と甚振られた様でな」

 

伝わって来る無念にドン引きしとるウチの耳に、呆れ半分の相方のフォローが入った。

 

「秘書艦の方が、入渠ドックから出て来れなくなってしまいまして」

 

主に胃潰瘍で。

 

あとは良く在る、表沙汰には出来ない様な事案が幾つか起こった所で白旗掲揚と。

 

「被害が自分だけなら耐え続けたのじゃろうがのう」

「畜生、無駄に男前やなあの色ボケ提督」

 

流石はエロさえ無ければ理想の提督と言われた南方の残念。

 

しかし、やはり厄介事か、押し付けて来られたかー。

 

「迂闊な事をすると、泊地ごと亡命するかもとか何処かで呟いてくるか」

「余りに頼もしすぎて、やり口のえげつなさに惚れ惚れとしてきたぞ」

 

オイルロードの国益を消し飛ばす覚悟が在るなら手出ししてこいやって感じで、

つーか、ウチが言わんでも横須賀本陣の第4あたりがボソリと呟いていそうやな。

 

「提督、5番泊地は魔窟と言った意味がサラにも少しわかってきました」

「ふたりとも、新人さんがドン引きしてるっぽい」

 

遠い目をした新人空母の有様に、ジト目の夕立がこちらを嗜めて来る。

 

途端、開かれる執務室の扉。

 

「亡命先ならステイツがお薦めよッ」

 

闖入してきた米国産ホルスタイン1号、だから執務室の防諜どうなっとんねんと。

 

「あきっちゃんにロシアを紹介してもらうか」

「ホワーイッ」

 

つい反射的に言ってしもうた言葉に、頭を抱えて絶叫するアイオワ。

 

「色々あったし、露助は流石に勘弁して欲しいかな」

「夕立、誤解したらあかん」

 

嫌そうに言ってきた夕立の肩を掴み、瞳を真摯に見つめながら言の葉を重ねる。

 

「今のロシアはソビエトの後に出来たんや、言わばウチらの仇を取ってくれた国」

「そ、その発想は無かったっぽい」

 

「そこ、純心な駆逐艦を騙くらかすでない」

 

いやまあ、ソビエト連邦からロシア連邦に乗り換えただけで、別に打倒はしとらんわな。

 

「ステイツに来なさいよー、そしてニクジャーガをステイツのソウルフードにするのよ」

「何と言うか、随分と馴染んでますねアイオワ」

 

たゆんたゆんを押し付けながら頭悪い事(ブロンドジョーク)を言う戦艦に、呆れ半分に声を掛ける空母。

 

「あれ、サラじゃない、貴女も艦娘に成ったのね」

 

ようやくに同僚に気付いたと思えば、明るい声色と天真爛漫な笑顔が在る。

持ち前の明るさに釣られ、執務室内の空気も明るくなった所で、アイオワが言葉を繋げた。

 

「早速だけど、メイクスナック(おやつ作って)

 

何やら恐ろしい破裂音に振り向けば、縦に回転する高速戦艦と言う珍しい光景が視界に入る。

サラトガの、いつの間にやら召喚していた艤装の短機関銃で、見事なヘッドショットやった。

 

加害者が目を回している被害者の首根っこを引っ掴み、空いた手で拳を握る。

 

「ちょっとアラモを叩き込んで来ますね」

「頑張ってジャスティスしてくれ」

 

ウチと言葉を交わしながら互いの拳を押し付け合い、そのままサムズアップ。

 

そのまま執務室から退出する後姿を眺めながら、利根が言う。

 

「何故に突然意気投合しとるのじゃ、お主ら」

 

多分に呆れた気配のする声色。

 

「とりあえず、空母寮でもやっていけそうなタイプって事はわかったっぽい」

 

夕立の結論が、静かに成った執務室に虚しく響いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

弓道場横の陰陽系施設、身体を清め口を濯ぎ、道具を清め、用意してあった霊水で墨を摺り、

白装束、常よりも随分と慎重に艦載鬼用の式神符を書き始めた龍驤が居る。

 

本来なら肉食、喫煙飲酒もしばらく控えるべきなのだが、多少の穢れが在った方が

戦道具には向いていると言うのが陰陽系の総意であり、検証を許さない雰囲気が在る。

 

「なあ雲龍」

「どうしました師匠」

 

黙々と符を書き続ける龍驤に、たゆんたゆんを乗せていた空母が答えた。

 

「色々とツッコミたい所はあるが、まずは何で師匠やねん」

 

「師匠に憑いていくと、3倍ぐらい強くなれる気がする」

「何か今、字がおかしくなかったか」

 

言われてみれば、緑から赤に成ったら3倍ぐらいに成りそうな気がしない事も無い。

 

ちなみに普段と違い随分と本格的なのは、雲龍に対する施設の説明を兼ねているからだ。

 

「んで、何故乗せる」

「3歩下がって師の影を踏まずと言う」

 

疑問に対し、随分と前衛的な答えが返って来た。

 

「影を踏まないために、前に進むと言う手を思いついた」

「その発想は要らんかったな」

 

とぼけた返答に的確に答えを返しながら、一枚、また一枚と符が書き上がっていく。

 

丁寧に書き記された式鬼符に、知らず雲龍が溜息を吐いた。

 

「湿気が出て来たか」

 

静かな世界の中で、龍驤が小さく呟く。

 

気が付けば社に入る風が、雨の訪れを匂わせていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64 転がる民主主義

―― あら、私のアイスクリームに何かご不満でも

 

―― こんな代物をアイスクリームだと誤解するなんて、米帝の艦は可哀そうだと思ってね

―― 流石、邪悪な帝国主義が舌にまで回った連中は言う事が違うのです

 

―― そこの私、何いきなり乱入して煽っているのですかッ

―― ふええ、電さんと電さんが、はうー

 

外からの喧騒が漏れ聞こえる工廠の中、薄暗がりに書類を纏める工作艦と、揚陸艦の姿。

 

「相変わらず、愉しそうな泊地でありますな」

「煽っているのは、貴女の所の副官なのでは」

 

飄々とした物言いのあきつ丸の軽口に、明石が苦笑を交えて返答をした。

そのままに手の中の書類を取り纏め、封筒に入れて憲兵へと受け渡す。

 

「とりあえず、今回の検査報告はこれだけでお願いします」

「秘書艦組の資料が入っていないようですが」

 

定期検診、泊地所属艦娘の霊的検査結果の記されたそれらを受け取りながら、

取りまとめの際に気付いた点を聞けば、決まり悪い色合いの声が漏れる。

 

「秘書艦の方々は忙しくて、なかなか検査の時間が取れないんですよねー」

 

無言が在る。

 

顔色一つ変えないあきつ丸を前にして、舞台の上の役者の如くお道化る明石。

軽く頭を掻きながら申し訳ない表情を表に張り付けて、微塵も変わらない。

 

「まあ、南冥からの帰りに襲われて書類散失、よくある話ではありますな」

 

溜息がひとつ、吐き手は封筒を抱えて工廠の外へと向かう。

 

戸口に至る折、背中越しに何の気も無い風情の問い掛けがひとつだけ在った。

 

「龍驤殿は ―― あとどれぐらい、持つのでありますか」

 

明石の動きが止まる。

 

視界の先、逆光に隠された表情の中、あきつ丸の歪んだ口元に怖い物が混ざった。

 

言葉を受け、工廠の主から表情と呼べる物が消える。

 

「わかりません」

 

そして、絞り出すように零れた声は、無機質。

 

「まさか、そこまでとは」

 

幸福が逃げそうなほどに繰り返される溜息が、鉛の如き空気を僅かに軽くした。

 

 

 

『64 転がる民主主義』

 

 

 

乳の全てが、うん、わかって……きたぞ……

 

そうか、脂肪と筋肉とウチとの関係はすごく簡単な事なんや。

ははは……どうして泊地にこんな巨乳が溢れたのかも。

 

「おーい龍驤、戻ってこーい」

 

司令官の声に現実に引き戻されてしまえば、そこは提督執務室。

 

「相も変わらず脂肪怪獣アタゴンがウチに乗せている昨今、皆さま如何お過ごしやろうか」

「龍驤ちゃんひどいッ」

 

いや待たんかい、毎度たゆんたゆんをパイルダーオンされるウチの方が泣きたいわ。

 

「つーか、頑張ってアイオワを押し付けたのに、何で間髪入れずにアタゴン襲来してんねん」

 

「龍驤ちゃんが空いたと聞いてッ」

「何、ウチの頭の上は予約待ちなん、大型連休の遊園地なん」

 

大淀あたりがチケット売り捌いていそうやなコンチクショウ。

 

「しかし定期検診だっけ、他の皆は長引いてんのか」

 

定期検診言う事で、秘書艦組は朝一から工廠で各種点検を受けとったわけで

昼頃には一通り終わって騒動があり、何かウチだけ帰ってきた所。

 

「間宮の方でアイスクリーム対決があるとかで、皆そっち行っとるわー」

 

今日は仕事無しな感じに調整しとるから、特に問題は無いわな。

 

「アイスクリームってーと、新人と間宮あたりか」

「惜しい、ヴェールヌイとサラトガやな、間宮さんは巻き込まれたクチや」

 

ウチも行っとくべきやったかな。

 

何か背中の肉布団がゴロゴロ言うとるし、正直暑いねん。

 

「アイスクリームと聞くとアメリカって感じなんだが、ソ連も有名なのか」

「まあ、民主主義とはアイスクリームが食える事、とか言いだす連中やからなあ」

 

18世紀に世界初のアイスクリーム製造工場を作った国なだけはある、アメリカ。

 

とは言え量販品は、クオリティを高めるのが難しいと言うのも事実なわけで。

 

「冷戦時代に国策でな、アメリカより良いアイスを国民にってやらかしたんよ、ソ連」

 

普通に国家予算で最新鋭の機材を揃えてアイスを作りまくったわけで、

おかげでソ連のアイスのクオリティはわけのわからんほどに高い。

 

「アイスはソビエト時代の方が良かったって、ロシア人が良く言っとるらしいわ」

 

単冠湾からのネタで良く耳にするねん、あんだけ寒い所で良く言うもんや。

 

「すると、ヴェールヌイ有利って感じなのかね」

 

さてどうやろう、国の対抗で考えれば確かに平均的な質ではソビエトのもんやけど

アメリカの量販品が品質の平均を押し下げていると言う見方も出来る。

 

材料自体は間宮で調達する以上、さほどの違いは出まい。

 

撹拌に使う出力を考えれば航空母艦のサラが有利と言いたい所やけど

ぶっちゃけアイスの撹拌なんやから、駆逐艦の出力でも過剰すぎるわな。

 

なら艦娘としての期間が長いヴェールヌイか、いやでもサラトガはこないだから

アイオワが張り付いてアイスクリームを作るマシーンと化しとったし、経験値は在るか。

 

ふむり、いまだ乾季で気温が高い事を鑑みれば ――

 

「間宮さんの独り勝ちやないかな」

 

卵使わんからな、間宮アイス。

 

「身も蓋も無い予想が出たな」

「いやまあ、確かに暑い地域だと間宮さんのものよねー」

 

乳の上と向こうから呆れた様な声色が届いてくる。

 

「水分多い方が有利やろうしなー」

「ここらなら、ABCとかか」

 

「あ、それそれ、ブルネイで良く聞くけど何の事なの」

 

乳越しにタウイタウイの重巡の疑問が降って来る。

 

そういやマレー半島のレシピやし、知らんのも有り得るか。

 

アイス(Ais)バツ(Batu)チャンプルー(Campur)、マレー風カキ氷の事や」

 

意味は氷を、オンザロックで、混ぜるって感じ、頭文字をとってABC。

 

カキ氷にバンダンで色を付けた米だの小豆の砂糖漬けだの、コーンだの寒天だのを乗せて、

練乳と黒蜜をダバダバと、それはもうダバダバと半分溶けるほどに掛ける代物。

 

宇治金時から抹茶除けてずんだ入れて、金時マシマシにした感じか、強いて言えば。

 

「……甘そう」

 

「甘いな」

「めっちゃ甘いわ」

 

基本、ブルネイというか、熱帯の冷菓は凄まじく甘いんよなあ。

 

言うてもABCは他よりは水分も多いし、朝食前にかけつけ1杯とか言うノリで消費される

今ではすっかりブルネイに定着した感じの、雨季乾季関わらずな人気の冷菓や。

 

「まあ今日は仕事も無いし、これから食いに行ってみるか」

 

話している内に熱気に負けたのか、泊地の責任者が容赦なく職務放棄を宣言しおった。

 

チクショウ何て事や、グッジョブやないか。

 

「ええな、こんだけ暑いと溶け掛けを飲み物の様に掻っ込むのが堪らんわ」

「キーンと来ない体質って良いなあ」

 

司令官は一気食いすると米神にクるらしい、来ないウチにはよくわからんが。

 

「え、ええと、アイスクリーム対決は華麗にスルーされてしまうのかしら」

 

背中の熱源が少し申し訳ないような声色で声を掛けて来れば、迷いなく応える。

 

「アイスクリームか、知らない子やな」

 

ええかアタゴン、耳を澄ませばキミにもわかるはずや。

昼下がりの泊地、執務室の窓から間宮の在るあたりを眺めれば、響く。

 

ほら、何か鳳翔さんがフェイバリットで赤城を沈めた様な重い音がした、桑原桑原。

 

「君子危うきに近寄らずって言葉が在ってな」

 

乾いた空気に、司令官が遠い目をして言葉を入れた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

あまり誰かに触られるのは好みでは無いのですが、言っても無駄な相手が居ると

理解せざるを得ない状況に追い込まれたのは私、島風です。

 

乗ってます。

 

たゆんたゆんが乗せられています。

 

何でも、アイオワさんがたまには違うアイスが食べたいとか言いだしたそうで、

龍驤ちゃんの紹介と言うか、体良く押し付けられてしまいました、乳を。

 

「とりあえず、愛宕さんに龍驤ちゃんが空いたと連絡を入れておいた」

 

メールって便利ですよね。

 

「みんな不幸に成れば良い」

「ここまで殺伐とした島風ははじめて見たわ」

 

たゆんたゆん合体している私を眺めていた天津風ちゃんが、引き攣った笑顔で言っています。

 

「新たなアイスクリームのフロンティア……楽しみね」

 

わあ、微塵も聞いてないよ、このヒト。

 

「さて、ココが島風の行きつけのアイスクリームショップね」

 

うふふ天津風ちゃん、何で目を逸らすのかなうふふふふ。

 

まあ艦生は諦めが肝心とも言いますし、切り替えてアイスを食べましょう、暑いし。

 

物凄く暑いし。

 

カップの中に、みよんと伸びるフローズンヨーグルトを入れて貰って、4ブルネイドル。

アイスは選択の余地が無いけれど、豊富なトッピングから2種類まで入れる事が出来る感じ。

 

「クッキークリスプは外せないわね、あとはオレオかミロか……」

 

アメリ艦がドライトッピングで悩みはじめたおかげで、背中が解放されて涼しくなった。

 

「コールドトッピングも豊富ね、何かお薦めはあるの」

 

店先で悩み始めた2艦を見て、涼しさに海よりも広い心持ちと成った私が素直に答える。

 

「餅」

 

何故、黙る。

 

「って、本気で在るわ、コールドトッピングにMOCHI」

「マンゴーやナタデココに混ざって餅って、シュールね」

 

ぐぬぬ、コールドトッピングの餅はブルネイでも人気のメニューだと言うのに。

 

「正確には求肥だね、白玉みたいなノリだから変な物じゃないよ」

 

捕捉を入れておくと、漸くに何か納得した感じを見せてくれて一安心。

 

「フムン、ヨーグルトの酸味がフレッシュだわー」

「ここらだとフローズンヨーグルトって、珍しいわよね」

 

カップの中にアイスが見えなくなるほどにカラフルな求肥を入れて貰って、一口。

 

「ブルネイというか南方は、クリームベースが主体だもんねー」

 

ヨーグルトのおかげでサッパリとした口の中、冷えた求肥が歯応えを返してきます。

 

「ヨーグルトか、コレはアリね」

 

アメリ艦が何か満足気な感じで締めていました、まあ良かった、のかな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 間

あきつ丸は目を覚ました。

 

まず視界に入って来た物は無機質の白であり、飾り気のない天井。

清潔感の溢れるシーツの向こうに、微かな動きを見せる無地のカーテン。

 

窓が開いている。

 

何某かの医療施設かと見当をつけては、息を吐いた。

 

いまだ回らぬ頭で思い返せば、フィリピンよりの帰還航路。

 

絶対防衛圏の内側に在ると言う油断が、反応を遅らせたと。

 

そして、浸透していた敵勢力の艦隊、その先頭に立っていた一隻の戦艦が思考に浮かぶ。

 

白蝋の肌、白銀の髪、あからさまな深海の特徴を有し、他よりも一回り小柄なそれは

怨念に塗れた艦隊を率いてなお、戦場に似つかわしくない無邪気な笑みを浮かべていた。

 

―― 戦艦レ級

 

さながら、ヒトを小馬鹿にした様な。

 

「死にそびれましたか」

 

くつくつと哂う姿は、とてもではないが真っ当とは言い難かった。

 

 

 

『邯鄲の夢 間』

 

 

 

「憲兵の方のあきつ丸が目を覚ましたそうです」

 

横須賀鎮守府本陣、第1提督室に大淀の報告の声が響いた。

 

「戦艦レ級の奇襲により、船団護衛の艦隊は壊滅との事でした」

 

フィリピン沖奇襲、大規模作戦準備中の昨今、突然に日比航路の中ほどで行われたそれは

横須賀鎮守府よりの船団護衛艦隊、及び同行していたあきつ丸小隊が被害を受けた。

 

いまだ情報が錯綜する中、身体の4割を交換するほどの重症であったあきつ丸より

聞き取り作成された調書を、早速に本陣第一提督へと報告している。

 

淡々と事実のみを連ねた報告が続く中、終に未解決事項を言の葉に乗せた。

 

「MIA ―― ポーラの轟沈は確認されていませんが」

 

件の艦隊の生存艦は最寄りの泊地に救助され、既に幾日かが経過している。

捜索は続けられているが何の音沙汰も無い以上、生存は絶望的と見られていた。

 

「それと、ブルネイ鎮守府群の艦娘の検査記録を強奪されたと」

 

最後に付け足すように語られた内容に、提督の眉根が少しだけ歪む。

 

「以前も在ったな、こういう事が」

「南方の敗戦の時ですね」

 

会話の重なる内に、記録に残る、黒暗淵よりも昏い深海が互いの脳裏に思い浮かぶ。

 

散発的な奇襲、収集される情報、およそ深海が作戦行動を取るなどと言う事例を

誰も想像していなかった時代に、状況を軽視したツケを払わされた南方撤退戦。

 

そんなブルネイ鎮守府群再編のきっかけでもある、南方艦隊軍消滅の絵図を描いた鬼。

 

「離島棲鬼、が居るのか」

 

質量を増した空気の中に注がれた言葉に、大淀が軽く気付いたような仕草を見せる。

 

調書の中、レ級とあきつ丸の会話の中に、奇襲を命令した何者かを示唆する言葉が在ったと。

 

「ヒマ・サマ、と呼んでいたとか」

 

唐突な言葉に、虚を突かれた様な色合いの返答が有る。

 

「奴らに、個人名が在ったのか」

「深海棲艦とも限りませんね」

 

hima-sama、音の響きからは東南アジアの気風が見えない事も無い。

 

「何語なんだろうな」

 

そもそもに東南アジアは複数の語族が入り乱れる地域である。

単語一つでは、何もわからないと言う事がわかるだけであった。

 

「暇なんじゃないですか」

「お前も冗談を言うんだな」

 

乾いた笑いが、部屋の空気を僅かに軽くした。

 

 

 

横須賀鎮守府の埠頭の辺りを、てくてくと歩く超弩級戦艦が居る。

 

「えーとな、大和さん、何でウチは抱えられとんのかな」

 

ティディベアの如くに抱きかかえられて居るのは、4番提督室秘書艦の龍驤。

 

「うーん、やっぱり龍驤様とは抱き心地が違いますね」

「そんな俎板ソムリエ的な発言は欲しい無かった」

 

九一式鉄甲乳に後頭部を圧迫された状態で、遠い目をした全通甲板が嘆息する。

 

「何かこう、龍驤様は引っ付いてないと何処かに行っちゃいそうなんですよ」

「はっはっは、つまりウチには関係無いやんけコンチクショウ」

 

龍驤のメンタルが乳圧に削られているのか、多少普段よりも受け答えが殺伐としていた。

 

「良いじゃないですか、龍驤さんと私は一緒に金剛さんの暴走を食い止める仲でしょう」

「いや、ちょい前までキミもアッチ側やったからね、つーかウチ所属室ちゃうからね」

 

所属は違えど、過去に金剛スタンピートを彩雲で把握して大和に伝える事がしばしば。

 

セクハラ被害で胃潰瘍を患った第2提督の、油物を身体が受け付けないと言う切実かつ

哀しい響きの言葉に、ついつい同情してしまったのが彼女の運の尽きである。

 

そんな龍驤に、聞ーこえませーん、などと可愛く我が侭放題を押し通す大和。

 

一年前に比べれば、随分と仲の良くなった2隻であった。

 

そんな和やかな、抱えられた側からは何処か世界を呪い始める様なやさぐれた空気が

いくらか醸し出されていたが、平均を取れば和やかと言えなくも無い空気に近寄る影。

 

「あ、あの、憲兵の揚陸艦の方の聞き取りが終わったと聞いたのですが」

 

声を掛けて来た姿は、波打つ金髪に豊満な肉体、そして側面を露出させた制服。

異国の風を感じさせるやや高めの頭身の割に、どこか幼さを残す容貌を持つ。

 

ザラ級重巡洋艦一番艦、ザラ。

 

「終わったんですか」

「今、大淀さんが報告に行っとるわ」

 

横須賀において憲兵隊、あきつ丸小隊に縁が深い提督室と言えば第4になる。

今回の調書を纏めたのは第4提督室であり、秘書艦の龍驤であった。

 

「それで、ポーラについて何かわかった事はッ」

 

イタリア製重巡の切羽詰まった物言いに、何とも決まり悪い表情の無言が返る。

 

「そう、ですか……」

 

日比航路船団護衛任務、戦艦レ級艦隊の襲撃により作戦行動中行方不明(MIA)

ザラ級重巡洋艦三番艦、ポーラは杳として消息が知れない。

 

「あー、捜索はまだ続けるし、何ぞ進展があったら真っ先に知らせるから」

「あ、はい…… お願いします」

 

肩を落とし、明らかに気落ちした様相で立ち去る長姉の姿を見て、龍驤が呟いた。

 

「ブルネイのウチなら、上手い事言いくるめるんかね」

「龍驤さんの、そういう地に足の着いた所、嫌いじゃないですよ」

 

何処か黄昏た空気へと吹き付ける潮風に、雨の薫りが混ざっていた。

 

 

 

ブルネイ沿岸、泊地から徒歩圏内のセリアの砂浜を、龍驤と隼鷹が歩む。

 

砂が混じり輝度の低いブルネイの海に、スコールの気配を乗せた潮風が吹いていた。

 

「まーたえべっさんかいな、面倒いなあ」

「いやまあ、怨霊化してもややこしいし、諦めるとこなんだろうね」

 

近海の漁師から土座衛門が揚がったと聞いて、浄化に赴いている陰陽系2隻である。

 

普段なら土着の呪い師なり聖職者なりの仕事なのだが、現場が泊地の近海であったため、

いろいろと手間を省いた結果陰陽系艦娘に話が回って来たという経緯。

 

かくして現場にガスでも溜まって膨らんでいるかと覚悟して見れば、そうでもない。

 

やや癖のあるプラチナブロンドが、白く、艶めかしい肢体を持ち、打ち上げられている。

髪だの背中だのに海星やワカメなどが絡みついているあたり、ヒト違いでも無さそうだ。

 

「艦娘やな」

「艤装の破片を見るに、イタリアっぽいな」

 

良く見れば豊満な胸が上下しており、息が在るのが見て取れる。

 

その手に抱えているのは、明らかに酒瓶。

 

「……酔っぱらって寝とるだけちゃうか」

「何かこう、我、終生の友を見付けたりって感じがするぜ」

 

天啓に打たれたが如き隼鷹の言葉を、龍驤が一言で切って捨てる。

 

「つまり、ろくでなしっちゅう事やな」

 

身も蓋も無く。

 

「最近龍驤サンの発言がセメントなんですけどッ」

「知らんかったんか、巨乳に人権は無いんや」

 

重ねて曰く、酔っ払いはさらに倍率ドンである。

 

飄々と酷い会話を重ねるうち、舶来の艦娘が目を覚ましては倒れたままに口を開く。

衰弱をしているのか、弱々しい声で困惑を漏らし、問い掛けるのは現在の場所。

 

取り戻した意識を離させまいと、切羽詰まった様相で龍驤が声を掛けた。

 

「ココはブルネイや、ちなみに飲酒が法律で禁じられとる国やッ」

 

途端、ふぐおと、乙女にあるまじき呻き声を挙げて力尽きる重巡洋艦。

 

「……残念や、手は尽くしたんやが」

「いや龍驤サン、今あきらかにトドメを刺しにいってたよな」

 

極めてわざとらしいほどの厳かな言葉に、隼鷹が騒ぐ。

 

「まあええわ、裸体やとムスリムの顰蹙買いまくりや、簀巻くで」

「漂着者に対する対応が一航戦基準なのはどうかと思うよ」

 

誰のせいなのか、すっかり発想と行動が暴力的に成った同僚の言動に天を仰ぐ改装空母。

 

「どっちか言うと、飲酒母艦組基準やな」

「スコールが来そうだ、急ごうかね」

 

数割ほど自分のせいだと気が付いて、途端に話題を変える隼鷹であった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

マーシャル諸島に数多くある小島の内ひとつ、人の住まない其処にソレは在る。

 

水場より引かれた水道、石積みで補強された朽ちかけた廃屋、乱雑な土模様の菜園。

 

しかし、見れば建材の隙間は粘土で埋め潰され、隣接した小屋との隙間にはガソリン式の発電機。

少し離れた場所には森林が乱雑に切り払われ、様々な形式のソーラーパネルが設置されている。

 

小屋から出てきた黒髪の長身が、エアコンの効いた廃屋の中の主に声を掛けた。

 

「離島ヨ ―― 果実酒ノ在庫ガ見当タラナイノダガ」

「何カ、コナイダノ癖毛ノ重巡ガ根コソギカッパラッテイッタ」

 

室内で氷入りの麦茶を飲んでいた離島棲姫の言葉に、戦艦棲姫が固まる。

 

何時の間にか漂着していたプラチナブロンドの重巡と、

備蓄資材を巡り壮絶なゲリラ戦を繰り広げた記憶も新しい。

 

「オノレ、忌々シイ艦娘ドモメッ」

 

怒髪、天を衝くとばかりに吹きあがる赤いオーラが、戦艦の怒りを端的に表していた。

 

そんな有様に我関せずと芋餅を齧っていた離島棲姫に、新たに訪れた深海棲艦が声を掛ける。

 

「暇様ー、今帰ッタゼー」

「暇様言ウナッ」

 

薄着に軽くローブを纏った小柄な体躯、首元のマフラーが南国には些か似合っていない。

書類の束を掲げ、どこか面白がるような表情の棲艦、レ級であった。

 

「ソノ目ハ、ドウシタンダ」

 

戦艦棲姫の言葉に見ればレ級の顔面、左目を通る形で一本の筋と成った刀傷が在る。

 

「黒尽クメノ揚陸艦ニヤラレタンダ」

 

書類束を渡した後、傷跡をなぞる様に指を這わせ、愉しそうな声でそう答えた。

 

「治サナイノカ」

「残シトクヨ、眼球ハ治スケド」

 

軽い声色を重ねながら、勝手知ったる他人の家とばかりに冷蔵庫を開け

冷やされている麦茶をコップに注ぐレ級。

 

琥珀色に口を付けた頃合いに、離島棲姫の溜め息が響いた。

 

「飲ンダラ駄目ダッタカ?」

「ソウジャナイ」

 

少しばかり決まりの悪い色合いの問いに、書類束を振りながら家主が答える。

 

「件ノ龍驤、ソノ周辺ノ艦娘ノデータガ抜カレテイル」

 

聞いた2隻が内容を理解するまでの幾らか、静寂が室内を満たした。

 

「マサカ、奇襲ハ成立シテイタハズダ」

 

行動が読まれていたと、戦艦棲姫の声には隠しきれない驚愕の色が在る。

 

「帰ッテコレタノハ、私ダケダッタ」

 

奇襲艦隊を率いた旗艦が静かな声色で呟いた。

 

「餌カ、餌ダッタノカ」

 

かり、かりと、目の下の傷口を抉るかの如くに指で掻き毟る。

 

一言、一言を重ねる度に、何某かの感情を上乗せさせる様に、言葉が重くなる。

 

今回もまた、ヤツに食いつぶされる所だったのかと。

 

「魔女ト言ワレルダケハアルネ、ヤッテクレル」

 

一息、嘆息を入れて軽く零した言葉は、既に軽い物に成っていた。

 

「ジャア、今回ノ戦利品ハ無駄ダッタッテ事カ」

 

レ級の、天を仰いで放たれた言葉を、離島が静かに捕捉する。

 

「使エナイ事モ無い、古姫ノ方ニ回シテヤレ、全部」

 

資材も含めてと、そんな指示を横で聞いていた戦艦棲姫が言葉を挟む。

 

「大盤振ル舞イダナ、良イノカ」

 

仕方が無いと、指示者は何の気負いも無い風情で言葉を紡いだ。

 

―― 駆逐古姫ニハ、最後マデ踊ッテモラワナイト困ル

 

既に切り捨てている前提の、その言葉が室内の温度が下げた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65 華麗なる黄昏

日・月・火・水・木・カレー・土

 

「誰よ、このカレンダー作ったの」

 

カレー曜と言われるからと言うわけではないが、駆逐艦組が自炊をしようと思い立ち

間宮厨房を借り切って昼カレーを作る話が纏まっては、有志が集まっていた。

 

壁に掛かったカレンダーを睨んでいた天津風の疑問に、工廠よと叢雲が答える。

 

言葉を投げる姿を見れば、伸ばした腕に左手を添えて、利根から借り受けたハリセンを

床に垂直へと構えては、代打一升瓶の風格を醸し出している。

 

そんな手の空いた2隻は炊飯の担当で、ルーの調達は他に任せている状態であった。

 

頃合いも良く、例によって例の如く、風林火山で言えば四文字とも風と書くような

一番手の島風が元気よく代物を取り出す、湯の湧きたった鍋の中から。

 

「レトルトカレーは、どう作っても美味いのだ」

「はい、やると思ったぁッ」

 

景気の良い音が間宮で鳴って、二番手の陽炎が肩を竦めて溜息を吐く。

 

「流石に自炊でレトルトパックは不味いわよ」

 

そして取り出したのは、小型の炉にかけられた銀色の円筒。

 

「耐久力を考えたら、缶詰よね」

「お前もかッ」

 

返すハリセンが陽炎を襲い、三番手の不知火が頭痛を抑える様な素振りを見せる。

 

「いや、真面目にやりましょうよふたりとも」

 

疲れた様な言い草に、これは期待が持てるかと思わせて、

艦娘と言う事は軍属なわけですからと、言い出したあたりで何か雲行きが怪しくなる。

 

卓の上に乗せられたのは、水蒸気に膨らんだビニール袋。

 

「自衛軍の戦闘糧食Ⅱ型です」

「どこから調達してきたのよッ」

 

すぱこんと、陽炎型全滅のお知らせが厨房に響いた。

 

予想を裏切る事無く、見事に三打席三打数三安打の叢雲である。

 

 

 

『65 華麗なる黄昏』

 

 

 

「カレー曜か」

「ああ、間に合ったんやな」

 

机の上で影を作りながら司令官が言うもんやから、深刻な顔色で答えてみた。

 

「そこの馬鹿ふたり、工廠と怪しげな符丁でやり取りするでない」

 

カレンダーを使った秘密のやり取りが利根にバレとるやとッ、いや別にかまんけど。

 

「おお、何と鮮やかな夕焼けやろうか」

「まだ昼前じゃ」

 

窓の外を見て誤魔化そうとするも失敗する。

 

「まあそれはそれとして、昼でも作るか」

 

そう言ってタッパを持って給湯室に向かえば、力技じゃのうと苦笑が在る。

 

何か手伝う事はと言うので、飲み物でも用意して貰おう。

 

「海軍だと、曜日感覚を得るために金曜がカレーなんだっけか」

「海軍ではなく海上自衛軍じゃな、まあ新人はよく土曜と勘違いするが」

 

今更な話が聞こえる、まあ民間出身やし機会が無かったんやろうな。

 

そんな背中の向こうで冷やした(チャイ)を配りながらの適当な会話に、何でまたと

疑問が在ったようなので、フライパンでタッパのカレーを溶かしながら捕捉を入れとく。

 

「休みの前日の昼がカレーやねん、週休二日の自衛軍は金曜、週休一日の旧海軍やと土曜やな」

 

金曜カレー自体は平成に入った頃、週休二日が採用された頃に生まれた新しい伝統やけど、

 

まあカレーは半端な食材処分とかで便利なメニューやし、栄養的にもええ感じやから

旧海軍でもしょっちゅう食っとったわけで、要するに違和感も無く受け入れ易い。

 

アレや、カレーかかっとると乗員が文句言わずに玄米食うようになるんや、めっさ便利。

 

ともあれ現在の海軍は、自衛軍に足並みを揃えて金曜昼がカレーになっとって、

おかげで新人の艦娘は、カレーが出ては土曜と勘違いするなんつー事例が続出しとる。

 

「金曜カレーに慣れた頃合いが、新人卒業と言う感じじゃな」

 

利根が話を締めた頃合いに、冷や飯を叩き込む、ついでに卵の白身も。

 

温まった所で3人前に丸く盛り付け、余った黄身を真ん中に乗せれば出来上がり。

 

「ほいな自由軒の名物カレー、っぽいカレー」

 

まあ出汁汁はトマトやし、土地柄故にチキンカレーがベースやから随分と違うやろうけど。

 

「ぽいカレー」

「ぽいカレーか」

 

よし、後日夕立に仕込もう。

 

「生卵乗ってると食堂のカレーって感じがするな」

「何となく贅沢な気がして良いのう」

 

何となく好評っぽい声色の感想を聞きつつ、適当にスプーンを動かして消費する。

うん、ウスターソースを掛けるんが良いんよな、美味いか不味いかやなくて、思い出深い。

 

「混ぜるカレーだな」

「そういえば昨今は、掛けと混ぜでどっちが正しいとか言いあっとるんじゃったか」

 

キノコタケノコ紛争の様な話題を利根が振って来るので、適当な受け答え。

 

「どっちがと言うもんでも無いやろ」

「まあ、話のネタじゃな」

 

「そもそも、何で混ぜてんだ」

 

ドライカレーの派生かとか、時期的に難しい予想を立ててきたので、少し考える。

 

ドライカレー発祥の記録と自由軒の創業、同じ年やねん。

 

「そやな、保温ジャーが一般的になったのは何時頃やと思う」

 

唐突な、角度の違う話題に虚を突かれた様な顔の司令官が、悩みながら答えを返した。

 

「昭和の辺りかな」

「昭和には違いないがな、西暦で60年代、完全に戦後や」

 

技術自体は様々な形式が考案されとったし、戦中にも保温機能付き野外炊具とか

陸軍さんあたりが作っとったが、結論から言えば使い勝手は悲惨の一言。

 

焦げるわ生炊きだわ感電するわ。

 

業務用に使用可能なレベルに達したのは戦後に成ってからで、保温機能付き炊飯器が

家電として売り出されたのが60年代と、そんな感じや。

 

「まあ、米を炊く時期を考えたり櫃に入れたりと色々工夫はしてんやけどな」

 

結局の所、戦前はどっかで米の飯を食うと言えば、高確率で冷や飯の事に成る。

 

つーても炊き立ては期待できんってぐらいで、カピカピとまでは言わんが。

 

「いや、安い所は結構酷かったじゃろ」

「想像もつかねえ」

 

「ウチの乗員の記憶には何も無いな」

「おぬれ航空機乗り(ブルジョア)めが」

 

いや、普通の乗員の記憶には在るけどなと思いつつ、口に出さずに馬鹿な受け答え。

 

それはともかく、戦前どころかカレーが伝わったのは明治、レシピを秘匿して独占していた

英国に対して、香辛料を組み合わせて国産カレー粉を作ったんも明治。

 

「やから丼とか、温かい汁を掛ける飯はそれだけで喜ばれたわけや」

「そういえば、歳くった乗員はカレーも西洋丼とか言うておったのう」

 

熱々の汁掛け飯、カレーが人気になった由縁のひとつだとか。

 

「ああ、だから火を加えながら混ぜ合わせたのか」

「そやな、そしてフライパンにぶち込んで混ぜたら熱々やないと考えたんが自由軒」

 

しかも当時高級品やった生卵をポンと乗せた、見るからに贅沢な西洋料理。

そのうえ高級品のウスターソースを掛けてもええと来た、自由に。

 

「生卵か、お大尽に成ったら腹いっぱい卵を食うとか真面目に言う奴が居ったわ」

「それでいてリーズナブルなお値段なら、そりゃあ馬鹿売れするっちゅう話やな」

 

「卵かあ、今からじゃ感覚を想像するのが難しいな」

 

戦後の増産で、誰でも腹いっぱい卵が食える様に成ったからな。

 

「そんな理由で混ざっとったわけや」

 

多少冷めても冷や飯よりはマシと言うタイプが、家でもルーと米を混ぜたわけで

保温ジャーが一般化して、炊飯器の性能も上がった現代では意味が薄くなったとな。

 

「話を戻すと、どっちが正しい言われてもな」

 

混ぜ込んで食べる工夫も、正統派と言うほど主流になったわけでもないしなあ。

 

「強いて言えばアレかの、ルーを別の器に入れるやり方かの」

 

「ああ、何かそれだけで本格派って感じがするわ」

「ソースポットな」

 

あの、一度使ったら満足して棚に仕舞い込まれる事に定評が有る魔法のランプ。

 

「そうすると、混ぜ込み派の利点が失われた分、掛ける派が一歩リードって感じやな」

「中村屋の純印度式カリーとか、憧れの洋食じゃったな」

 

アレはランプでなく陶器の器じゃったがのと、利根が思い出して笑う。

 

何やっけ、日本人が英国式のカレーばっか作ってたら、粉っぽい、辛いだけ、胸焼けがする

バターぐらい使え、安っぽさにも程が在る、この黄色い汚水をカレーと呼ぶな迷惑だと

 

本気ギレした独立派の印度人留学生が、中村屋にレシピ提供したカレーやっけ。

 

高級カレーのみならず、現在の日本式カレールーの源流に成ったんよな。

 

「名前は聞くが、食った事は無かったな」

「ふむ、食べに行くにしても、流石に日本は遠すぎじゃしのう」

 

「何なら補給のついでに、通販でも頼んどくか」

 

便利な時代に成ったもんや。

 

その手が在ったかと喜色を零す利根の向こう、真面目な表情の司令官が言ってくる。

 

「魔法のランプも忘れずにな」

「一度使って二度と使われない未来が見えるで」

 

形から入るヒトやなあ、いや気持ちはわかるんやけど。

 

まあ何かの機会に使う事も在るやろうし、複数個注文しても損は無いかねと思う中、

珍しく晴れた昼の風が、部屋の中の香辛料の薫りを軽く揺らした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

炊きあがった米の横、糧食シリーズのルーを悪魔合体させている陽炎隊の横で

見てられないっぽいと鍋を持ち寄って来たのは、夕立。

 

手頃な大きさの鍋の中からは少し強め、やや南国風のスパイシーな香りが漂っていた。

 

見るからに柔らかそうに煮込まれた鶏肉に、島風と叢雲が戦慄する。

 

「ま、まともだ」

「しかも本格的なチキンカレーね」

 

勝者の風格を漂わせた金髪の秘書艦が、辺りを見回してから威風堂々と宣言した。

 

「龍驤ちゃんの部屋からパクってきた」

「後が怖いわよッ」

 

即座の快音が鳴り響く。

 

陽炎型3隻は、信じていたわ夕立とばかりに満面の笑顔であった。

 

「何やってんの夕立」

 

呆れた様な声色の時雨が、新たな鍋を卓の上に置く。

 

じゃが芋、人参、玉葱、牛肉、香辛料の中に何処か優しい雰囲気のある日本式のカレー。

 

「で、何処から持ってきた」

 

鍋の中の不自然なほどに高いクオリティに、もう何も信じない風情の叢雲が問い掛けた。

 

「鳳翔さんの厨房から調達してきたよ」

「何、白露型は自殺願望でもあるの」

 

真顔の叢雲が時雨の肩を掴んでガクガクと揺さぶれば、虚ろな目で

皆不幸に成ればよいと、幸運艦にあるまじき発言を零す轟沈丸船柱様担当。

 

そんな慌ただしい呪いの現場に、厨房の奥から鍋を抱えた霞が近寄って来る。

 

おお、何か見るからにまともだとテンションの上がる島風に、

何処かバツの悪い雰囲気を醸し出す朝潮型の10番艦。

 

「ああ、うん、大淀が手伝ってくれたんだけど……」

「その浮かない顔はもしかして、後ろの巡洋艦のせいかしら」

 

嵐の前の静けさを感じ取った次席秘書艦が、悪寒に耐えながら問い掛けた。

 

見れば霞の後ろで影の如く立つ眼鏡に、張り付いたような笑顔が付属している。

 

「実は、豚肉を調達したのは良いのですが、在庫に残ると面倒なんですよね」

 

零れ落ちた、胡散臭いほどに優しい声色に一同の背筋が泡立った。

 

そして、声に引かれるように厨房の奥から姿を見せる、金属角バットを担いだ重巡洋艦。

足柄が肩に担ぎ上げているバットの中身は、塔の如く、鮮やかな狐色に揚げられた豚の肉。

 

「ノルマは1隻あたり5枚ぐらいかしら、食べるわよね、それぐらい」

 

その日、絹を裂くよな乙女の悲鳴が提督執務室にまで届いたが、華麗にスルーされたらしい。

 

遠征組であった六駆、対潜哨戒に出ていた残り組が帰投して間宮を訪れた頃には、

床の上に鮪の如くと放置された、やたらと油ギッシュな死屍累々であったと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66 七胴落とし

 

艦娘には、それぞれに背負った宿業と言う物が在る。

 

名であり体であり、様々な形でその身に記された生き様は、時として自らに牙を剥く。

 

例えばそれは、艤装の事だ。

 

その日、泊地の埠頭にて帰投した武蔵が艤装を解いた時の事である。

連日の遠征、演習に程良い疲れと満足感を漂わせた姿が、静止した。

 

映像機器が画像を噛み込んだような、不自然なほどに唐突な、時間の静止。

 

武蔵の顔色から可及的速やかに色合いが失われ、脂汗と共に蒼白の気配が漂ってくる。

 

同行していた清霜は、プチリと、小さな、何かが引き千切れたような音を聞いたと言う。

 

確かに小さな音ではあった、だがそれは肉に響く、骨を伝う。

身体を駆け抜けた振動は補聴器の如く、大音響と成って鼓膜を苛んだと後に語った。

 

倒れ伏す、威容を誇る超弩級の大戦艦が。

 

ふぐお、とか、ぬぐあ、とか、どうにも判別の付かない呻き声を伴って。

 

「む、武蔵さん ―― 武蔵さん、どうしたのッ!?」

 

地に伏せ痙攣を繰り返す褐色の艦娘に、慌てた様相で駆け寄る駆逐艦。

騒々しい声色に何事かと周囲の視線が向き、喧騒は加速していく。

 

埠頭にて起こった小さな事件は、遠く横須賀にまで届き大和の顔色を失わせたと言う。

 

戦艦武蔵、艤装のヒール長期着用を要因としたアキレス腱断裂で入渠。

 

その日の午後、青い顔で足首のストレッチを繰り返す島風と天津風が居たらしい。

 

 

 

『66 七胴落とし』

 

 

 

泊地本棟の埠頭側、自販機横の日陰に叢雲と提督が居る。

 

「何だかんだでヒトの身を持ってからの期間が短いからね、そう言う事も在るわ」

 

ふたりで缶の珈琲を揺らしつつ、海上を渡る風の波を眺めていた。

 

「お前も改二に成ってからヒール高いし、ヤバイんじゃないのか」

「ちゃんと足首揉んでるわよ、毎日」

 

壁にもたれて片足を軽く揚げ、足首を回して示しながら軽く言う。

 

「まあ、駆逐艦は動き回るからそこまで深刻じゃないわ」

「表面化していないだけで、細かい問題がまだ転がっていそうだな」

 

脚ばかり見つめるのも何だと、何処ともなく視線を彷徨わせながら提督が懸念を重ねた。

 

「そうね、例えば ―― 塩かしら」

 

日がな一日遮蔽物の無い海面で陽光に曝され、汗をかくのを避けられない日常である。

 

流石に水分を取るのを忘れる者は居ないが、塩分は見落とされがちだと言う。

 

「間宮の夕食を自分の手で台無しにするのは、新人の通過儀礼ね」

 

何処の鎮守府でも恒例の出来事らしい、古参の艦娘が良い笑顔で食卓塩を持ってくるのは。

 

ちなみに叢雲の時は龍驤だった。

 

そのまま適当に話し込み、塩飴の購入代金を経費で補助する方向で纏まったあたりで

ふと気が付けば埠頭の先、海上に帰投する艦娘たちの姿が見える。

 

空き缶をゴミ箱に入れ、互いに飴玉の袋を持って艦隊を迎えるために歩き出した。

 

 

 

龍驤が自分の部屋で、余ったからと大淀に押し付けられた冷凍の豚肉を眺めつつ

スライスして解凍したあたりで白菜が届く、隼鷹と飛鷹とポーラが抱えてきたので。

 

「どないせいと」

 

「どうにか美味い事ひとつ」

「なんとなくアレな感じで」

「よろひくおねがいますー」

 

既に出来上がっていた。

 

先日に漂着したザラ級重巡洋艦のポーラは、既に捜索が打ち切られており

各種手続きも進んでしまい、原隊復帰が難しいとの事で5番泊地預かりと成っている。

 

姉曰く、ブルネイで酒を抜いておいてくださいとの事であった。

 

龍驤は自らの無力に涙したと言う。

 

とりあえず酔っ払いを簀巻いて入渠ドックに叩き込み、適当に夕食を作りつつ

部屋の一面でグラーフと雲龍がどちらが乗せるかと不穏な言動をはじめた頃合い。

 

酒瓶を持った三隻が再度襲撃してきた。

 

「そろそろ摘まみが出来た頃合いかと思ってね」

 

そして魔の龍驤クローが隼鷹から高速タップを奪う。

 

「まあ、大淀のせいで大量に作ったから余裕やけどな」

 

そんな諦め混じりの言葉に、茶碗を抱えた青い正規空母が応える。

 

「別に、全部食べても構わないのでしょう」

「はい、生えて来ると思ったあッ」

 

返す小手先に愛用のハリセン、軽快な音が加賀の後頭部から響いた。

 

ちゃぶ台に顔面をめり込ませている一航戦をスルーしつつ、龍驤が鍋を持ち込めば

さりげなく雲龍が皿と包丁を用意しつつ、グラーフが俎板で漬物を切り始める。

 

「何ですかその、無駄に洗練された無駄の無い無駄な連携」

 

酒の肴製造機1号2号V3と化した同僚に、後頭部を擦りながら加賀が言った。

 

「動くな、一航戦(鍋敷き)

「今、物凄く不穏な単語がありませんでしたか」

 

ナチュラルに備品扱いされる正規空母であった。

 

 

 

暴虐軽空母、飲酒母艦、川内型、眼鏡、アメリ艦、フリーダム駆逐艦、工廠棲姫、浪費馬鹿、

様々な問題児の集結する5番泊地に於いて、彼女は唯一の良心と呼ばれている。

 

他鎮守府の同型艦は今一つ幼く、何だかんだと妹に頼りっぱなしとか言われる中、

筑摩同盟編集、全鎮守府頼れる姉さんランキングで堂々の一位を取り続ける利根型一番艦。

 

そんなブルネイ5番泊地の利根が、自販機の前で目を輝かせていた。

 

「をを、凄いぞ、見るのじゃ筑摩ッ」

 

手に持っているのは空き缶、どうも食べるらしいコーンスープの缶である。

 

「龍驤の言う通り、飲み口の下を凹ましたらほれ、中に粒が残らんかった」

 

流体力学のちょっとした小ネタであった。

 

「……む、どうしたのじゃ筑摩」

 

喜色を滲ませて空き缶を示していた彼女が一息、怪訝な表情を見せる。

 

「な、何故抱きしめてくるのじゃ、これ、撫でるでない、待て、待つのじゃ」

 

何時の間にやら立ち込める、何やら鬼気迫るが如き空気に、珍しく慌てた様相の声が続く。

 

「筑摩ぁーッ」

 

宵闇の中に、利根の叫びが木霊した。

 

 

 

食べやすい大きさに切り分けられた、肉と野菜のミルフィーユの如き料理が皿に乗る。

少々と注がれた透明なスープに揺蕩っているのは、白菜と豚肉を重ねた蒸し料理である。

 

「白菜鍋、とは少し違うようですね」

「元ネタ言う所やな」

 

白米のお供に白菜を付き合わせていた加賀が問えば、龍驤が答え、

何時の間にやら純米酒などを引っ張り出してきていた飲酒母艦組が騒ぐ。

 

「白菜と豚肉が、塩と幸せな出会いをしていますー」

「やば、塩スープ美味、塩しか使ってなさそうなのに」

 

米に合うなら酒にも合う、麦酒もイケるなどと騒ぐ横、頬を緩めた隼鷹が言う。

 

東坡菜(トンポーツァイ)だね」

「何や、知っとったんか」

 

本当に塩しか使わないあたり歌舞きすぎだろうと、苦笑を乗せて言葉を繋げる。

 

「宋の詩人、蘇東坡の愛した白菜料理だ」

 

彼の詩人が考案したと伝えられる幾つかの料理の内、東坡肉(トンポーロウ)と対を成す一品である。

 

「曰く、白菜は子羊の肉に似て、土から出でた熊の掌」

「富者は肯へて喫せず、貧者は煮るを解せずってとこか」

 

改装空母が白菜を讃える一節を引用すれば、料理担当が豚肉の一節で応える。

 

からからと笑い声が響く中、冷や汗を流し、笑い処がわからないと固まる雲龍の横

少しばかり慌てた様相の飛鷹が切羽詰まった声色で悲鳴を上げた。

 

「ちょっと、あのふたり混ぜたままにしておくと蘊蓄が加速するわよッ」

 

過去の被害を察してしまいそうな、切実な叫びであった。

 

途端、任せろと声を上げて懐から小瓶を取り出したのは、グラーフ・ツェッペリン。

 

卓の上で小瓶から小皿に並々と黒い液体が注がれ、独特の柑橘の薫りが漂いはじめる。

 

ポン酢醤油であった。

 

「……何なんでしょう、この帝国海軍よりも日本艦っぽいドイツ艦」

 

こう、欲しかった一品に対する万感の思いを込めた言葉が、加賀から零れる。

 

「龍驤型2番艦だからな」

「まだ言うかい」

 

ドヤ顔の自称妹に、戻ってきた龍驤が小手を返して軽いツッコミを入れる。

 

「ちなみにポン酢の名称の語源はヒンディー語で5を意味するpanc(パンチャ)だ」

「間を抜かすな、わけわからんわ」

 

その言葉がオランダにて、水、酒、スパイス、砂糖、柑橘の5種を混ぜたカクテル

ポンチ・パンチの由来と成り、日本に伝わった折に柑橘の搾り汁がポンスと呼ばれた。

 

そんな外来語に酢の漢字を充て、ついでに酢を入れて、ポン酢と呼ばれる様に成ったと言う。

 

「何故そこで酢を入れますかー」

「保存のためやな、ただの搾り汁は生ポン酢とか言われるで」

 

ポーラの疑問をさらりと流した龍驤に、グラーフが肩を落とし拳を握る。

 

「く、2番艦の道のりは遠い」

「え、何、龍驤型の資格は蘊蓄能力に在るん」

 

そこはかとなく嫌な事実であった。

 

 

 

夜更けの居酒屋鳳翔のカウンター席に、居座っている3隻の姿が在った。

 

五十鈴、初月、瑞鶴である。

 

砂糖水を目の前に置いて、こんな贅沢をして良いのだろうかと悩んでいた初月を

頭痛と涙を堪えた2隻が強制的に居酒屋鳳翔に連行した後の事だ。

 

ちなみに、話を聞いた鳳翔も貰い泣きしていた。

 

激しく遠慮しつつも、箸で料理を口に運ぶたび、固まった表情と裏腹に動きまわる

犬耳の様な形の髪の毛など、どうにも全身で喜んでいる雰囲気が良い肴と成り、

 

「何かさー、最近加賀さんが妙に優しいのよ」

 

気付いた頃には、見事な酔っ払いサンドイッチ状態の初月であった。

 

妙に絡みつく声色に、どうにもアルコールが回っている事を示す瑞鶴の発言を

具を挟んで反対側に居る五十鈴が受けて応える、これもまた呂律の怪しい感じで。

 

「いい事じゃないのー」

「いや、そう言うんじゃなくてさー」

 

語り始めて曰く、どうにも涙を堪えているような不穏な気配と言うか、

強く生きなさいとか物凄く気に成る一言が付属していたりと、やたら挙動不審だと。

 

そんなぐだぐだと語っていた瑞鶴が、そっと目を逸らして、お水でも用意しますねと

距離を取ろうとしている鳳翔を目ざとく見つけてしまう。

 

酔っ払いアイは、要らない事にだけは敏感な物である。

 

「鳳翔さん、何か知っているんですか」

「いえ、何の事だか」

 

笑顔であった。

 

「何か知っているんですか」

 

笑顔であった。

 

「何か知っているんですか」

 

エンドレスであった。

 

「おそらく、これのせいかと」

 

絡み酒に音を上げた鳳翔がそっと渡して来た紙片は、青葉日報。

 

それを受け取っては、朧と成った瑞鶴が目を通し、気に成る記事へと辿り着く。

 

「なになに、速報、最新16世代型建造式に於いて」

 

―― 航空母艦瑞鶴の胸部装甲大幅強化(たゆんたゆん)を確認

 

「…………」

 

そして、14世代型後期の(とてもひらたい)瑞鶴が固まった。

 

「ず……瑞鶴?」

 

時間が静止したかの如き沈黙に、初月が問い掛ける。

 

元々は直衛艦なる新艦種として開発されていた防空駆逐艦だけあって、

並の駆逐艦とは次元の違う胸部装甲を持つ、初月が問い掛けたのだ。

 

瑞鶴は答えなかった、無明の闇を見ていた。

 

 

 

宴席は加速して、龍驤が2度ほど肴の追加に席を立った後。

 

「つーか、ええかげん正規空母部屋(エリア)に戻れっつうに」

「正規空母なら他にも居るでしょうに」

 

酒も回り死屍累々手前の惨状を片付けながら、龍驤が言えば加賀が返す。

途端、倒れ伏していた死体が生き返り、呻き声の様な返答が在った。

 

「龍驤型2番艦だ」

「弟子です」

「お酒好きですー」

 

「名誉軽空母だな」

「異論は無いわ」

 

そしてまた死ぬ。

 

「……だ、そうや」

「物凄く納得がいきません」

 

そうやろうなあと龍驤が遠い目をした。

 

そしてしばし、考え込んでいた青い空母が口を開く。

 

「龍驤が朝潮型航空駆逐艦を自称しているのですから」

 

唐突な言葉に、ついつい龍驤が耳を傾ける。

 

「私が軽空母でも良いのではないでしょうか」

「いきなり何を言いだすか元戦艦」

 

艦載機搭載数に於いて並ぶ者の居ない一航戦の発言である。

 

何かベクトルが凄い方向を向いていた。

 

「戦艦と言いますがね、本陣の長門もこんな事を言っていたのですよ」

「うん、実はキミ酔っぱらってるやろ、物凄く」

 

冷静な指摘をスルーしつつ、澄ました顔で長門の声真似をする加賀。

 

―― もしも大発を乗せる事が出来たら、私も駆逐艦に成れるだろうか

 

「八八艦隊はそんなん馬ッ鹿かぁーッ」

 

快音を立ててハリセンが酔っ払いを床に沈めた。

 

聞き耳を立てていた死体も噴き出している、隼鷹などは痙攣していた。

 

「……あー」

 

気が付けば部屋の中は、まごう事無き死屍累々。

 

「何や、これ」

 

疲れた声色だけが夜に響いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

川内も寝静まるほどの夜の底。

 

部屋に帰るついで、気が付けば埠頭の見える自販機にまで足を運んだ加賀が居る。

小銭を入れて水を買い、ついでと言うには距離が在りましたと苦笑する。

 

少しばかり酔いが残っていたらしい。

 

冥く、墨染めの海に月の懸かる空が在る。

 

「元戦艦、ですか」

 

酔いの最中の会話を糸口として、随分と懐かしい言葉を思い出す。

 

―― おい廃棄品

―― 何ですか失敗作

 

遥か昔の艦の時代、コイツとだけは仲良くなれないと思った憎たらしい同期。

 

―― ウチなあ、負けるのだけは嫌やねん

―― 気が合いますね、そこだけは

 

空を見上げれば、闇の中に月だけが浮かんで見える。

 

「覚えていますか、龍驤」

 

在りもしない、出来もしない軽口を、不思議と記憶に残る些細な会話の中、

 

果たされる事の無かった約束を。

 

言葉は呑み込まれ音は無く、夜に残る事は無い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67 天体の孤独

しと、しとと雨音の響く作戦本部、サイパン仮設宿舎の休憩室。

 

壁際に数台、問答無用で紅白に染め抜かれた自販機が設置されているあたり、

営業努力と言うか、企業の執念と言う物がひしひしと伝わって来る。

 

そんな折、特に何も気にしていない様なアメリカ製の空母の穏やかな笑顔の前で、

珈琲を片手に持ちながら、爽やかに引き攣った笑顔の5番泊地提督の姿が在った。

 

「私のネック回りの艤装なんですが、チョーカーと言うよりは首輪ですよね」

 

少しばかり硬質の首周りには、係留索などを繋ぎとめるためのカラビナ染みたボトル。

それをぷらぷらと指先で揺らしながら、リードとか繋げそうですねとか言いだす。

 

そのまましばし考えに沈み、思いついたかのような表情で空いた手を側頭に寄せる。

 

手首を曲げ、犬の耳の様に揺らしながら提督の方を向いて口を開いた。

 

「Vow」

 

むやみやたらと可愛らしかった。

 

よく聞いてみたら Bow では無かった。

 

そして提督の顔色が、青を通り越して白く成っていく。

 

サイパン仮設鎮守府、作戦用宿舎は仮設米軍基地に隣接する形で建てられていた。

 

心温まる会話を撃ちこまれる提督の後方、少しばかり離れた場所には人だかりが在り

米軍制服を纏った様々な人種が、能面の様な無表情でふたりを見つめている。

 

時として言葉より行動より、怨念染みた熱気の籠もる静寂が雄弁に物語る事も、在る。

 

どこかでシグ・ザウエル(ハンドガン)の、引き抜かれる音がした。

 

 

 

『67 天体の孤独』

 

 

 

「まあそんなわけで」

 

喫煙所の屋根の下、スーパーウルトラセクシイヒーローばりに雨の降るサイパンの砂浜に

煙を吐いとるウチの隣で、青い顔をして体育座りな司令官がぼやいとる。

 

「宿舎に居ると命がキケンな感じがギュンギュンするんだ」

 

よう見たら制服の隅っこの方に弾痕が在る、合掌。

 

「サラ丸、昨日チョコチップクッキー配っとったせいで女神扱いされとったからなあ」

 

アイオワはマスタードサンドを配っとった、果てしなく微妙やった。

 

「何か、改めてアメリカって感じだな」

「選挙応援で飛び交う国やしな、チョコチップクッキー」

 

太平洋打通に向けて、前段とばかりに現場入りしたのが一昨日の夜。

 

今回は後日に本土から打通艦隊が派遣されるとかで、それまでに諸々の全ての問題

詰まる所、南方組は露払いをしておけとか言うふざけた配置なわけで。

 

「ついうっかりアメリカ大陸に到達しとうなるな」

「止めて、お願いだから止めて」

 

まあ無理筋や。

 

流石に海域の瘴気が濃すぎて、抜け駆けするには無理がありすぎる。

 

「打通艦隊に一隻ぐらいは捻じ込んでおきたい所や ―― 夕立とか」

「何故にことさら米海軍に喧嘩売る様な艦選をするかな」

 

外見的にはウケる思うけどな。

 

益体も無い会話を積んでいくうち、ふと目を向ければ、やたらと黒い海面に

浮きと言うか、何と言うか、ぷかぷかと浮かぶ怪しげな船舶型ドローンの様な物。

 

ウチの視線を追った司令官が口を開く。

 

「アレが明石の言ってた、今作戦の秘密兵器だっけか」

「日本海に撒いとる無人探査機を改造したとか言うとったな」

 

第二次大戦時代由来の部品を突っ込んで、妖精を括り付けるのに苦労したらしい。

 

上部に電動マニ車とでも言うような経文筒だの、ゴスペルだの祝詞だのを流しまくる

演奏機だの、お札だの十字架だの、効きそうなモノを積みまくった胡散臭い物体。

 

要は妖精を突っ込んで瘴気溜まりに特攻させると言う、素敵な無人海域浄化機械だとか。

 

ちなみに妖精は泳いで帰って来る。

 

「胡散臭いな」

「効果はあるらしいで、一応」

 

ある程度は瘴気が薄まってくれんと、羅針盤が海路を固定する事が出来んわけで

中東の時はひたすら深海棲艦を潰しまくって瘴気濃度を下げて行ったとか。

 

それに比べると、今回はアレのおかげで結構早く打通できる予定だとか何とか。

 

「他の進捗はどうなってるのかね」

「明石戦隊がフル稼働しとる工廠には近寄りたあないなあ」

 

今ここの工廠には全鎮守府の明石が集結しとるわけで、狂信的な高揚にも似た

悍ましき執念が冒涜的な儀式を繰り返しとるやろう事は想像が容易く。

 

うん、何か今日あたり星辰が揃ってキング明石とかが生まれそうや。

 

嫌な想像を振り払うように頭を振って、吸い差しの煙草を灰皿に捻じ込む。

そのまま後ろのクーラーボックスに突っ込んどったココナツを二つ取り出した。

 

溶解した銅を注いでも穴すら開かない頑丈な殻には、銀色の突起。

 

「何故にプルタブが付いているのか」

「便利やん」

 

ともあれプルタブを引けば、殻に付いている切れ込みがペキリと音を立てて穴が開く。

飲み終わったら空いた穴に指を突っ込み、殻を割って果肉を食えるお手軽仕様。

 

「便利だな」

 

そしてストローを突っ込んで、冷えたミルクをだらだらと飲む雨の音。

 

そんな喧しい静寂の先、靄と霞に朧と化した胡散臭い浄化機械が、

なにやら突然に移動を開始した。

 

妙に早い、やたら早い。

 

「何だろうな、うねりながら高速で移動してるぞ」

「変な音出とるけど、試験か、故障やろか」

 

移動先には、丁度帰投した水雷戦隊。

 

すぐに気が付くも時既に遅く、浄化機械が高速で艦娘に突っ込んで行った。

 

閃光。

 

そして、爆発。

 

「………」

「………」

 

爆炎の向こうに、陽炎が吹き飛んでいくのが見えた。

 

砂浜に通夜の如き沈痛な空気が立ち込め、雨音だけが響いていく。

 

「あれって、自走機雷 ――」

「無人探査機や」

 

今も昔も日本海などで大量に使われとる、由緒正しき無人探査機や。

ちょっと無線操作可能で各種センサーが搭載されとるだけの、無人探査機や。

 

「いやでも」

「無人探査機や」

 

あくまでも非常時の自壊用に爆薬が仕込まれとるだけの、とても平和的な無人探査機や。

 

「……無人探査機か」

 

司令官が大人の事情を呑み込んだ頃、焼け焦げた陽炎が波打ち際に打ち上げられた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

積み重なる書類に、5番泊地提督執務室で叢雲が死んだ魚の目をしている。

その手前、連行されて吹雪と書かれた名札の置かれた席を見た一番艦も同じ目をしている。

 

今作戦前段部、艦娘の数で押す形に成る海域浄化は、見事に5番泊地秘書艦組を直撃していた。

 

練度、艦種的に叢雲も有力な参加対象ではあるのだが、優先順位と言う物が在る。

工廠、米軍などの兼ね合いや折衝も在り、提督と龍驤の現地入りは不可避な状況であった。

 

詰まる所、泊地に判子を押せる者がひとりは残っていないといけないが故の悲劇。

 

「今日ほど姉を頼もしく思った日は無いわ」

「美辞麗句で誤魔化されないよッ」

 

吹雪は知っていた、秘書艦組は心にも無い事を真面目な顔で言ってのけると。

 

全力ダッシュで扉に向かうも、先ほどまで開いていた扉は鍵が閉められている。

叢雲が机の下に在るボタンを操作すると、窓に音を立て鉄格子などが降りた。

 

「何その犯罪臭のする装置ッ!?」

「モード監獄(プリズン)、まさかまた使う日が来るなんてね」

 

叢雲の視線が在りし日を思い出して遠くに至る。

 

無明の闇であった。

 

過去へと飛んだ叢雲を補佐する様に、黒髪をサイドに括った駆逐艦が笑顔で語り掛ける。

 

「大丈夫、3隻でやればきっと終わるよッ」

「今、すぐ終わるって言おうとして言い直したでしょッ」

 

綾波であった、既に目からハイライトは消えていた。

 

「そもそも皆でお茶をって話だったのに、何でこうなるのーッ」

 

お茶は出るわよーと叢雲が囁く。

 

もう飲めなくなるほど大量にうふふふふふ、などと不穏な言葉を付属させて。

 

「だって、吹雪ちゃんが居ると作業量が半分で済むって」

「騙されてる、そもそも手伝う前提に成ってる所が既に騙されてるよッ」

 

勢いよく振り向いて、虚空にツッコミを入れた一番艦のスカートが翻った。

そっと垣間見えた白い物から眼を逸らし、叢雲が天井へと嘯く。

 

「友情と言うのは良いわね、辛い時は半分で済むし、辛い時は半分で済む」

「辛い時しか無いのッ!?」

 

どこまでも救いの無い会話が延々と続けられ、やがて日も暮れる。

 

気が付けば席で書類を片付けている吹雪。

 

特型組の目に光彩が戻るのは、かなり先の話に成りそうであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68 葡萄の牙

 

サイパン仮設泊地の食堂で、夜半に管を巻く軽巡洋艦が居る。

 

「何でか話しかける度に、機嫌悪くなられるクマー」

 

席へと開けた厨房の中で、蒸留ラム(カシャッサ)にライムと砂糖をシェイクしている龍驤の前、

力無く鶏モモの塩焼きなどを齧っているのは、球磨型軽巡洋艦一番艦の球磨。

 

今作戦に於いて、様々な勢力の思惑が交差する形に成る最前線のサイパン泊地は

各国の威信を賭けたやり取りの末に、艦娘の多国籍化が加速していた。

 

その様な現状を受け、比較的英語に堪能と思われる球磨型軽巡洋艦姉妹が

インドネシア泊地より適時に入れ替わり参加する事に成る。

 

出来上がったカクテルがクラッシュアイスに注ぎ込まれた頃、話を纏めて見れば

話しかける度に舞鶴所属のフランス艦、コマンダンテストが不機嫌に成ると言う。

 

「いまひとつ日本語が苦手っぽいから、気を遣ったのに駄目だったクマ」

「そりゃな、わかるからって日本人に中国語で話しかける様なもんやろ」

 

人によってはブチ切れる。

 

いっそ日本語で話しかけた方がマシだったかと、想到した球磨が頭を抱えた。

 

「ほれ、カイピリーニャ」

「このタイミングで田舎者(カイピリーニャ)って、酷いクマー」

 

言いつつも、贅沢にライムが揺蕩うショットグラスに口を付ける様を見て、

狙ったわけではないんやけどなと、バーテンダーから苦笑が零れた。

 

 

 

『68 葡萄の牙』

 

 

 

その国でありふれた料理と言う物は、レシピの自由度が高く成りがちや。

 

みそ汁の具に何を入れるかと考えれば、まあ言いたい事は何となくわかって貰えるやろか。

 

そんな事を考えながら、迫りくる食材を千切っては焼き、ソテーしては煮込み。

気が付けばすっかり厨房の住人と化している今日この頃、いや何でやねん。

 

とりあえず塩胡椒を振った気持ち薄目の牛肉をステーキする。

 

別に塩胡椒は振らんでもええ、ハムや腸詰で代用してもええ。

肉の上にハムや腸詰を乗せて肉々しい感じにしたってええ、自由や。

 

調理途中に目を向ければ、そこはかとなく楽しそうな空気を醸し出しとる金髪巨乳

トリコロールなメッシュの入った水上機母艦、コマンダンテストが居る。

 

その横で呑んどるのはブロンドアメリ艦と自称龍驤型2番艦、何と言う金髪巨乳尽くし。

 

「素晴らしいわね、何だっけコレ、ブリテリ?」

「ブリの照り焼きだな」

 

そうか、最近妙にアイオワの食事がジャパナイズなんはキミのせいやったか、グラ子。

 

ともあれ耳を落とした食パンを、湿気が飛ぶ程度に軽く炙って肉の上に乗せる。

 

別にトーストしてもええ、せんでもええ。

パンの種類も別に何でもええ、単に此処に食パンが在っただけや。

 

興味深げに見守る水上機母艦の視線の先、皿に積み重なって行く調理済みの食材。

 

国籍も所属鎮守府、泊地もバラバラ、どうにも国際色豊かに成ってしもうた作戦本部、

というかサイパン仮設泊地ではどうにも艦娘関係がギスギスしがちやとかで

 

秘書艦経験艦はフォローに回る様にお達しが在ったのはつい先日、うん。

 

それはええんやけど、何故に満場一致でウチを厨房に推挙しやがりやがりますか一同。

おかげで連日素敵なホステス稼業、別に横と縦に伸びたりはせえへん。

 

いや、別に伸びてもええんやで、胸とか、背丈とか、あと胸とか。

 

「ハイ、龍驤、ご飯頂戴ッ」

 

そんなこんなで手を動かしていると、黒尽くめの金髪巨乳ことビスマルクが襲来。

 

「うわぁ、金髪(バカ)が増えた」

「龍驤、本音が漏れてる」

 

「キャリアーって、どうして発言がセメントなのかしら」

 

ついつい零れた感想に、グラ子が的確に追撃を入れつつアイオワが遠い目をした。

 

とりあえず入室即メンタル轟沈させられて、カウンターに突っ伏したドイツ戦艦に

お通しとビールを置いておく、胡瓜の一本漬け、ドイツ組は扱いが楽でええなあ。

 

「グラーフが日本に汚染されている要因は、龍驤にもあると思うわ」

 

胡瓜を齧りながら麦酒で喉を潤し、麦茶だコレとか言いながらの発言。

 

目の前に最大の要因が居る気がしてきたんは気のせいやろか。

 

気を取り直して、肉、パンと積んだ所にマッシュポテトを乗せた。

 

別に大量でもええ、乗せんでもええ、フライドポテトとかでもええ、

ニョッキとかマカロニに差し替える事も在る、重ねず脇に置いても構いはせん。

 

ドイツ組から歓声が上がり、コマンダンテストが無言で頷いている。

 

いや、何か言うてや。

 

「見てたら何か芋が欲しくなってきたわね」

 

戦艦組のビールのお代わりを自分で注ぎながらの発言に、好機と見た風情を醸すグラ子が

任せろと言いながら厨房に入って来る、何か調理担当組が板について来とらんか。

 

「こんな事もあろうかと、芋餅を仕込んでおいた」

 

冷凍庫から平べったい円盤を幾枚か取り出して掲げては、一同からの歓声に応えていた。

 

喧騒を横目で見つつ、厨房に在ったチーズを削って積み食材の上にたっぷりと振り掛ける。

 

土地柄で察すればアメリカン(プロセス)チーズやろか、色的にチェダーの少ない日本製な気がする。

 

まあこれまた例の如く、チーズなら種類など何でもええ。

 

「チーズ、いいわね、私のポテトにはチーズでお願い」

 

熱量に溶けて室内に軽く漂う香りのせいか、目を輝かせはじめたアメリ艦の注文を受け、

横でフライパンを温めだしたドイツ空母に、チーズの塊とおろし金を渡しておく。

 

「ふむ、照り焼きソースだけで行こうかと思っていたが、チーズを掛けるのも悪く無いな」

 

海苔とか用意していたのを見るに、磯辺焼き風にする予定やったんやろう。

 

それはそれとして、最後はパンがソースを吸い込める感じに贅沢なデミグラスソース。

サイパンに来てからコツコツ煮込んどったが、ええ感じに仕上がって来た一品や。

 

そして火傷しそうなほどに熱いソースが、削られたチーズを溶かしていく。

 

「ほいな完成、フランセシーニャ」

Merci pour votre accueil(おもてなしありがとう)、リュージョー」

 

複数の食材が層に成った一皿を、待ち構えていたコマンダンテストの前に置いた。

付け合わせは赤ワインの炭酸割り(ティント・デ・ベラノ)、あんま良いワインも無いし、何より暑いからな。

 

「スペイン風デスか」

 

見るからに涼し気なカクテルと、肉とチーズと言うわかり易さに目を奪われたアメリ艦が

私にも同じ物をと言いながら、そのついでとばかり疑問を気軽にフランス艦へ問い掛けた。

 

フランス式(フランセシーニャ)って言うんだからフランス料理じゃないの」

フランス風(フランセシーニャ)と言う時点で違うでしょうガ、このブロンドが」

 

にべも無い返答に、再度遠い目をするアイオワの煤け姿。

 

「キャリアーって、どうして発言がセメントなのかしら」

 

まあ芋餅が出る頃には復活しとるやろうと放置する事に決め、疑問に答えを入れておく。

 

「スペイン風なんはカクテルの方やな、料理はポルトガルや」

 

どちらも珍しい物やない、現地の食堂で普通に注文できる程度や。

 

「つまり、英国艦ト遭遇したら仲よくシロと」

「それは穿ち過ぎやな」

 

苦笑を返しつつも、想定外の発言に肝が冷える。

 

欧州は複雑怪奇すぎて、何処に地雷が埋まっているかわからんなあと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「うぉーい龍驤、水くれ水ー」

 

夜も更けた頃合いの食堂に、肩を組み入って来たのは酔いの回った天龍と木曾。

 

「何や、既にご機嫌な感じやな」

「天さんとこのヴェールヌイがやらかしてね」

 

肩を竦めてそう言ったのは、イケメンな方の眼帯雷巡。

 

何でも酒瓶を置いて座り込み、寄って来る米兵や海外艦を、潰しては捨て潰しては捨て。

止めに入った旗艦軽巡などが悉く木乃伊と化した大惨事、よくある話であった。

 

「あいつ、燃料アルコールで動いてるんじゃないか」

「まあ、補給品の項目でウォッカが燃料扱いやった国やしな」

 

ソビエトロシアではウオッカが貴方を呑まされる。

 

そして店主がカウンターに突っ伏した天龍をあしらいつつ、氷水を渡し食材を確認する。

聞けば飲酒母艦組も途中参加したとかで、食堂に押しかけて来る未来が間近に迫っていた。

 

「しばらくしたら雪崩れ込んで来るだろうな、生き残りが」

「何かなぁ、お通しは ―― 枝豆でも茹でとくか」

 

大鍋で手早く一度で大量に作れて、なおかつウケが良いと言うお通し業界の神である。

 

「間宮か伊良湖が回されてくるんは何時頃になるんかなぁ」

 

大鍋の前で、早く厨房担当が回されてこんかなあとボヤいている軽空母の発言に

何か不思議そうなモノを見る視線が集まり、何や気に成るなと問いが在ればこそ。

 

「いやだってさ、今作戦の龍驤さんの役職って、ほら」

 

そういって天龍の背中を擦っていた木曾が、配属通達の書類を取り出した。

 

それを受け取って目を通した龍驤の、動きが止まる。

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地所属、航空母艦龍驤。

 

―― 居酒屋鳳翔、サイパン支店店長

 

「いつの間にか既成事実が作られとるッ!?」

 

遠く離れたブルネイで、鳳翔の笑顔に怖い物が混ざっていたとヒトの言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69 晴れすぎた空

 

流氷も姿を消して暫く、ラベンダーの咲き始める時期に至る単冠湾、沖合。

 

凍てついた土地柄を溶かすが如き夏の気配の前に、一足早く鉄と硝煙が熱を撒き散らす。

度重なる砲声も途絶えた頃、海域に飛散する深海の破片の中に3隻の艦娘が居た。

 

「では、休息を入れますか」

 

声を出したのは、切り揃えた黒髪に変形した巫女装束の如き制服を身に纏う高速戦艦、霧島。

受けて糧食を取り出すのは、黒白の水兵服に後ろで黒髪を括っている特型駆逐艦、綾波。

 

「Just a moment, please. 休息を取るならば、場所を移すべきでは無いでしょうか」

 

海原に還る瘴気も濃厚な戦場跡で、突然の事態に困惑した風情を滲ませて問い掛けたのは、

白いドレスに輝度の高い金髪、戦艦を意味する重厚な鉄の艤装に腰掛けている

 

英国より提供された資材で開発された16世代型艦娘、ウォースパイトだった。

 

「安全な場所を探している間に、追撃を受けます」

 

齧りついた羊羹を代用珈琲で流し込みながら、霧島が答えた。

 

そして淡々と、カロリー摂取の必要性を説く。

 

「詰まる所、敵を殲滅すれば増援が来るまでは休めるのです」

「Ah…… Not right in your head.(あなた、頭オカシイわ)

 

理屈はわかるけどねと続く言葉に、苦笑を浮かべながら霧島が

呆れた顔色の英国艦の口に羊羹を捻じ込んで、精悍な笑顔で口を開いた。

 

Look who's talking.(お互い様でしょう)

 

単冠湾のウォースパイトが、羊羹マニアに成った切っ掛けである。

 

 

 

『69 晴れすぎた空』

 

 

 

夢見が悪いと言う。

 

「艦娘側だけでなく、米軍側も随分と参っているみたいだ」

 

何でも、朝起きたらそのまま自殺未遂とか言うイカれた事例が頻発しているとか。

 

「まあ、正直サイパンはろくでもない場所やからな」

 

そんな事をだらだらと話しながら埠頭を練り歩く司令官とウチ、を抱えた雲龍。

 

何か最近は乳が無いと後頭部が寂しい思うようになってきた、いや待て、正気に戻れ。

 

「やっぱオカルト案件か、どうにかならんかね」

「そういうのは隼鷹あたりに頼んでや」

 

細かく描写すると成人向けを通り越して、発禁指定になるほどのスナッフムービーを

延々と一晩中見せつけられるとか何とか、あからさまに呪われとるがな。

 

いやさ、陰陽系艦娘の中で群を抜いてヘッポコなウチに言われても、その何や、困る。

 

「ぶっちゃけ、ウチに頼るよりも雲龍の方がまだ見込みがあるわ」

 

つまりは泊地古参陰陽系、あっさり新入りに負けると、泣ける。

 

「師匠なら、できるはず」

「うん、それ無理」

 

押しかけ弟子の信頼が心に痛い、つーか揺らすな挟むな振り回すな。

 

子供に振りまわされる縫い包みの様に弧を描く脚、脱げる厚底靴、鈍い音。

 

そしてどうにもデリケートな部分を抑えて蹲る司令官の姿。

 

「ならとりあえず、隼鷹……先生を探す所からですね」

 

冷や汗を流しながら明後日の方を向いて口を開く雲龍に頷きながら、靴を履きなおす。

 

「何か、言う事は、無い、のか」

 

脂汗を流しながら、両足を生まれたての小鹿の様にプルプルさせとる司令官が言うてきた。

 

「……飛び跳ねると少しマシになるらしいで」

「適切なあどばいすありがとおッ」

 

即座に半泣きで飛び上がり、着地の衝撃でさらにダメージを負った司令官が崩れ落ちる。

 

……いや、嘘吐きって言われても、聞いた話やし信憑性までは保証できんし。

 

巷のウス異本なら、ここらで雲龍と一緒に司令官の患部の治療と洒落込む流れなんやろうけど

まあそんな展開があるはずもなく、適当にココナツジュース缶を渡しながら復活の時を待つ。

 

「何かやたらと人気だよな、ココナツジュース」

「物資も人員も、結構な数がグアム基地から流れ込んどるからな」

 

内股で道端に横たわる司令官の隣で、座り込んだ雲龍に抱えられたままで会話が続く。

 

作戦本部が米軍仮設基地と隣接しとるせいで、物資の回転とかがかなり混ざりまくって

おかげで何や、微妙にブルネイとは入手できる嗜好品の傾向が違う今日この頃。

 

とりあえず今日に持ち歩いとったんは、グアムで人気な缶のココナツジュース。

 

ココナツ風味の経口飲料水的な感じやな、きっと人気の秘密は暑さのせいやろう。

 

「……あっつい」

 

主に雲龍のせいで。

 

「私は大丈夫」

 

やかましわ。

 

呆れ半分で遠く空を見上げれば、何処からか飛んできた艦載鬼が埠頭の方へと向かう。

 

視線だけで後を追えば、幾隻かの艦娘が固まって姦しく騒いでいる風情。

 

「あのあたりに居そうやな」

 

ようやくに快復した司令官と連れ立って、ヒト集りに向かって運ばれてみれば

どうにも駆逐艦に何やらジュースだのアイスだの配っとる隼鷹と飛鷹の姿。

 

「ああ、艦載鬼に括り付けて冷やしとったんか」

「堂々と職権乱用を宣言するな」

 

「……航空母艦あるあるネタ」

 

酒だのラムネだのを上空で冷やすのは飛行機乗りの定番ネタやん、スルーしとこや。

 

「けど、アイスクリームも作れるんだ」

 

何やら雲龍が感心した様な色合いの声を零していた。

 

「こないだサラがやっとったな、鬼体の振動でええ感じに撹拌されるねん」

「どっからツッコんでいいのかわからない生活の知恵だな」

 

呆れ声の司令官をあしらいながらも会話は続く。

 

「しかし何だ、要は思い付きでアイス配ってるのかアイツら」

「思い付きっつうか、大型艦が駆逐母艦的な役割をするのは、ようある事やで」

 

駆逐艦は大きさ的に製氷機とか、様々な機材を乗せる事が出来んかったから、

艦隊行動をとるにあたって大型艦から何某かの援助を受ける事がようあったねん。

 

なんだかんだで大型艦に懐く駆逐艦が多いのは、そんな理由もあるんやろう。

 

「言うなれば、先輩に飯を集る新人レスラー的な」

「何か一気に世知辛い感じになったぞ」

 

そして駆逐艦に設定される集り前提の安月給、あかん、ちょっと泣けてきた。

 

「飛鷹は昔から、そういうとこマメやからなあ」

 

朝夕に氷だのラムネだの配ったり、帆布入浴に招待したりと細やかに。

 

何でも、当時の艦長さんが駆逐艦に乗ってた時、扶桑によう面倒見て貰ったからやとか。

 

「龍驤だってちゃんとしていたわよッ」

 

とか言ってたら、何やら効果音が付きそうなほど勢い良く会話に割り込んで来た天津風(あまっちゃん)

 

なんつうか両手にラムネとアイス持って断言されると、微妙に肩身が狭い。

 

「うーん、そりゃある程度はやっとったけど、微妙に不人気っぽいものがあった様な」

 

妙な緊張感と言うか、まあ何や、とりあえず飴ちゃんをあげよう。

 

つーか南方組は旗艦とかの方に懐きがちやし、ぶっちゃけ利根に負けとる気がすんねん。

こないだ会ったフィリピンの時津風なんか、毛を逆立てて威嚇して来る始末。

 

「……天津風(あまっちゃん)以外に懐いてくれる随伴に心当たりが無い件」

 

汐風あたりは春日丸の方に懐いとったよな、初風は妙高、敷波は、きっと微妙なとこやな。

ならば牛乳(うしお)ツンデレ(あけぼの)腹グロ(さざなみ)、うん、何か頭痛くなってきた。

 

あとは島風ぐらいか、関わったんは艦娘に成った後やけど。

 

「とりあえず今度敷波に会ったら、飴ちゃんをあげる事にしよう」

「どういう経緯でその結論に至ったのか、微妙に見えない件」

 

気が付けば天津雲龍サンドの具に成っとるウチに、呆れた声色を掛けて来た司令官。

 

まあアレや正直な話、切り返す度に引っ繰り返りそうになる空母なんざ、

風呂やラムネがあっても乗り込みたくない気持ちはわからんでもないわな。

 

思い返してみれば、メシマズの加賀、赤痢の赤城、素で沈みそうなウチ。

 

航空母艦初期組の酷さは目を覆わんばかりや、なんてこったい。

 

「意外だな、加賀って料理下手なのか」

「つーか赤城がそこそこイケるから、比較対象として過小評価されとる感じやな」

 

一言で言えば、普通。

 

味噌汁を作ると微妙に風味が消えとる感じ、68点。

 

「あかん、深く考えるとダメージ負いそうや」

「いやちょっと待て、それは本当に普通レベルなのか、加賀」

 

そういえばアイツ、こないだ不味飯会に期待のホープとか言われとったな。

 

「大丈夫や、伊号組のビタミン味噌汁に比べれば天国や」

「比較対象が劣悪すぎるッ」

 

粉末味噌とビタミン剤の華麗なハーモニーが口の中を蹂躙するアレよりは、うん。

 

いやいや、でもほら、ヒエーの様に皿の上に悪性新生物を創造せんだけマシやと ――

 

「マシ…………」

「…………マシ、か」

 

すまん加賀、ウチにはどうもコレ以上フォローできんようや。

 

何か久々に青い一航戦(バキューム)に済まないと言う感情が涌いて来た昼やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

前段の作戦海域で、顔を合わせるのも久方ぶりだと笑いあった。

 

黒髪の戦艦の横で、小柄な姿の後ろで二つに括られた金の髪が、揺れる。

 

長門と皐月である。

 

「中東の時も、これがあったら楽だったのにね」

 

言いながら瘴気の立ち込める海域の前で、皐月が携行していた無人探査機を起動させた。

 

聖歌、経文、様々な音声が雑多に絡み合い、雑音と成って海原に響き渡る。

 

「変わって行くのだな、良くも悪くも」

 

互いの視線は海の向こう、かつての東南アジアに鎮守府がひとつしか無かった時代、

もはや幾らかに霞がかった、バンコクでの日々へと向けられていた。

 

今も昔も変わらずに威容を誇る、戦艦が言葉を繋げる。

 

「機械の様だったアイツも、感情を出すように成って ――」

 

そして両手で顔を覆い、肩を震わせ。

 

「何故、セクハラ魔神に」

 

本気で嘆いていた。

 

言うまでも無く、横須賀の金剛の事である。

 

「ぶ、不器用なヒトだから」

 

引き攣り気味の苦笑で皐月がフォローを入れるも、何とも言い難い空気。

 

「Vビキニでメイクラーヴとか言ってるんだぞ、ああいうのは榛名の役だっただろッ」

「は、榛名さんはちゃんと越えたらいけない一線はわきまえてたよ、ああ見えてもッ」

 

バンコクのエロリストこと最初期金剛型3番艦、榛名。

 

ズボンは脱がしても下着は残す、そんな淑女的な気遣いを持ったヒトだったと。

 

「なおさら酷いわッ」

 

幾らか薄まった瘴気の手前、きわめて尤もな叫びが海域に木霊していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

給糧艦間宮大破事件

―― 巨大蝦蟇の鳴き声が響く

 

豊臣秀吉が木下藤吉郎だった頃ッ!

 

琵琶湖の北に『白目教』という怪しい宗教が流行っていたッ!

 

……それを信じない者は恐ろしい崇りに見舞われるという

 

その正体は何か?

 

藤吉郎は白目教の秘密を探るため、帝国海軍から全通甲板の航空母艦を呼んだ

 

その名は ―― 『赤壁(あかかべ)』参上ッ!

 

 

 

『給糧艦間宮大破事件』

 

 

 

読者への挑戦(しんきんぐたいむ):ヒントは全て出揃った、さあ、犯人を推理してみよう)

 

 

「せめて犯行現場の描写ぐらいはしなさいよッ!」

 

間宮厨房にて唐突にメタなツッコミを全力で入れたのは、叢雲。

 

その声に応えるわけでもないが辺りを見回せば、悲惨。

 

飛び散った厨具、空に成った鍋、頭にコブを作って倒れている割烹着の艦娘、間宮。

 

誰一人言葉を発しない厨房に、何処からか懐かしい雰囲気の音色が届いてくる。

 

電影箱から流れて来たのは海軍広報の人気番組、全通甲板の空母「赤壁」のテーマソング。

巷の噂では、何処かの赤い水干の軽空母への嫌がらせのために企画された番組だと言う。

 

さきほど偶然に泊地へと到着していた憲兵隊から、あきつ丸が現場の検証を行っていた。

 

最後に鍋に僅かに残ったデミグラスソースを被害艦の指に付け、床に文字を描き出す。

 

―― 憲兵隊の電

 

「これでよし、であります」

「何ナチュラルにやらかしてくれやがっているのですか」

 

謎が謎を呼ぶダイイングメッセージであった。

 

モップを手に現場に突っ込もうとする副官を、現場保存でありますと押し留める隊長。

 

もはや一刻の猶予も無い、残された時間で何かを掴まねばと連絡を受けて急行していた

龍驤の灰色の脳細胞が回転する、そんな事よりおうどん食べたいと。

 

「犯人は赤城やとしてや、いったい誰がこんな事を」

 

いっそ清々しいほどに思考が放棄されていた。

 

「ちょっと待ってください龍驤、今何か凄まじい枕詞があった気がするのですが」

 

簀巻きにされた副官電の向こう、厨房の隅で隠れてジャガ芋を齧っていた赤城が、

慌てて立ち上がっては龍驤の発言を咎めるものの、返答はにべも無い。

 

「夕立ですら赤城と答えるで、間違い無く」

 

梯子状神経系で動作していると異名をとる彼女でも断言する、ぽいすら付かない。

 

どうでもよい話だが、ジャガ芋とはジャガトラ芋の略である。

 

江戸時代にオランダ経由でジャワのジャガトラ、現在ではジャカルタと呼ばれている地域

の芋として伝来し、ジャガトラの芋、ジャガタラ芋、ジャガルタ芋などと呼ばれる様に成った。

 

後にその名が縮まってジャガ芋と呼ばれるようになる、そんな経緯である。

 

それはさておき、流石に乱暴すぎると赤城をフォローしようとするのは翔鶴。

 

「……………………」

 

瑞鶴と連れ立って間宮へと訪れた、第一発見艦である。

 

「……………………」

 

そう、フォローしようとしたのは翔鶴。

 

「……………………」

 

フォローをしようという意思だけはあった、きっと。

 

祈りは天に届かず叫びは地に響かず、想いはヒトに届かない。

ああそうだ、世界はこんなはずじゃなかった事ばかりだ。

 

かくして事件は終結するかに見えた、だがここで一隻の艦娘が行動を起こす。

 

身体は鉄面皮、頭脳は何か生温かい、真実はいつもひとつな一航戦の青い方、加賀である。

言うまでも無いが、真実と事実と現実と史実と正史が一致するとは限らない、リアル。

 

―― 赤城さん、すいませんッ

 

心の中で謝罪を告げると、加賀は腕時計型和弓、全長七尺三寸を引き絞り

 

射抜く、と言うには些か重々しい打撃音を伴って、赤城の米神を撃ち抜いた。

 

衝撃に錐揉み回転を加えながら、危険な角度で壁に床にとバウンドをして倒れ伏す赤城。

 

突然の凶事に驚愕の表情を以って龍驤とあきつ丸が口を開いた。

 

「眠りの赤城(永眠)やッ」

「眠りの赤城(永眠)殿の名推理がはじまるでありますなッ」

 

そう、急所を撃ち抜かれ脳漿と鮮血を撒き散らしながら吹き飛んで、

痙攣をしながら体温が下がって行くのが、名探偵赤城の推理がはじまる兆候である。

 

最後の力を振り絞り、床に「か」の文字を書いた赤城の指を、加賀が優しく握りしめた。

 

そして「か」の左側に「ずい」、右側に「く」と書き記して一息を吐く。

 

そのまま懐からマイクを取り出し、滔々と発言を響かせた。

 

「この事件、犯人は他に居ますッ」

「清々しいほどに隠れる気が一切無いッ!?」

 

叢雲が叫ぶ、瑞鶴が赤城へと近付く、加賀が瑞鶴にアームロックを極める。

 

それ以上いけない、あきつ丸が場を納める。

 

「では龍驤、あとは任せました」

「丸投げかいッ」

 

眠りの赤城(永眠)の名推理は今日も冴え渡っていた様だ。

 

話を戻そう。

 

ジャガ芋を馬鈴薯と漢字で書いたのは18世紀初頭、小野蘭山の「耋筵小牘(てつえんしょうとく)」である。

 

17世紀に中国で刊行された「松渓県志」に在る馬鈴薯の記述から、馬鈴の如き特徴的な形状、

大きさ、色などが一致したため、これこそが馬鈴薯だと日本国内に紹介した文章と成っている。

 

そしてジャガ芋に馬鈴薯の名称が定着するわけだが、ひとつだけ問題が有った。

 

松渓県志に記された植生とジャガ芋の植生がまったく違うのである。

 

蔓の形状も色も薯の成り方も何もかもが、要するに芋の形だけ似ている別物であった。

そんなわけで小野蘭山は様々な学者にツッコミを入れられまくるわけだが、時既にお寿司。

 

日本国内には既に馬鈴薯と言う名称が定着してしまっていたと言う。

 

参勤交代に因る、世界的に見ても異常なほどに速い情報伝達速度の賜物であった。

 

そんなわけで、今も中国の奥地でひっそりとマイナー品種として真・馬鈴薯が存在している。

 

それはさておき、とりあえずに龍驤が定番のアリバイ確認とばかり、あきつ丸立ち合いで

別室にて1隻づつ話を聞こうと、まずは第一発見艦の翔鶴を個室に連れ込んでから暫く。

 

ようやくに出てきた折、2隻に挟まれた翔鶴が口を開いた。

 

「ワタシガヤリマシタ」

 

目からハイライトが消えていた。

 

「哀しい……事件やったな」

「まったくであります」

 

「犯人を作り出すなッ!」

 

撃てば響くようなツッコミが叢雲から飛ぶ。

 

その声を受け、沈痛な面持ちをしたあきつ丸が悲し気な色の声を口の端に乗せた。

 

「実は自分、見てしまったのであります、昨夜遅くにバールの様な物を抱えた翔鶴殿が」

 

―― 待っていたぜ、この"瞬間(トキ)"をよぉッ

 

「などと言いながら間宮厨房に忍び込んでいった姿を」

 

    !?

 

「有力な証言が得られたな」

「ワタシガヤリマシタ」

 

重々しく頷く龍驤の横、機械の様に自白を繰り返す犯人が居た。

 

「って、あんたはさっき着いたばかりでしょうがああぁッ!」

 

しかも推定犯行時刻はついさっきである。

 

怒髪天を衝く特型駆逐艦の肩を掴み、真面目な顔をして揚陸艦が言葉を奉げた。

 

「叢雲殿、心を落ち着けて聞いてほしいであります」

 

真摯な色を映す瞳が、叢雲の言葉を止めさせる。

 

「年2回の賞与査定、憲兵隊から在る程度の融通を利かせる事が可能なのですが」

「哀しい、事件だったわね」

 

真実はいつも哀しい。

 

やるせない思いを抱き続ける、それが生きると言う事なのだろう。

 

黄昏に染まる厨房の中に、アームロックで固められた瑞鶴がタップする音だけが響いていた。

 

そして間宮が起き上がる。

 

とても間の抜けた数秒間が経過した。

 

「「「「キェェェェェェアァァァァァァウゴイタァァァァァァァ!?」」」」

 

「あ痛たた、あれ、どうしたんです皆さん」

 

「「「「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」」」」

 

まあ、赤城や加賀が死んでいないのだから、瘤が出来たぐらいで死ぬわけが無い道理である。

 

「何にせよ、これで一件落着でありますかな」

「ワタシガヤリマシタ」

 

事件の解決した爽やかな空気が、厨房の空気を軽くする。

 

「いや待て、ここに生前の被害者から預かった遺言状があんねん」

「いや、生きてますから」

 

間宮の発言をスルーしつつ、龍驤から一通を受け取ったあきつ丸が書面に目を通す。

 

「何々、私が大破もしくは轟沈した場合、いかなる理由、いかなる動機があろうとも」

 

―― 間違いなく犯行は赤城さんの仕業です

 

真実がそこに在った。

 

そして、あきつ丸が床に視線を向ける。

 

ついで、龍驤も釣られて視線を向けた。

 

そこには倒れ伏した赤城の姿、指先には血文字で陽炎と書かれている。

 

その向こう、厨房の外では陽炎が不知火に飛び膝蹴りを叩き込んでいた。

 

「一件落着やな」

「で、ありますな」

 

今日もブルネイは平和にされていたと言う。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「で、何で私が簀巻かれているのでしょう」

 

例によって例の如く、鮮やかな手並みで龍驤に簀巻かれるのは、加賀。

 

「そりゃあほら、犯人は赤城やとして、や」

 

張り付いたままの笑顔を変える事無く龍驤が言葉を紡いだ。

 

腕時計型和弓(くちふうじ)をしたって事は、キミも共犯やったって事よな」

 

その言葉に、加賀の表情は変わらねど、蒼白と成りだらだらと冷や汗が流れ始める。

 

―― そもそもの不自然な点は、からっぽの鍋

 

何故、間宮がコケる様な事態に成ったのか。

 

―― 鍋に残ったデミグラスソース

 

何故、器具が散乱していたのに料理が散って居なかったのか。

 

―― 壊れたままの翔鶴

 

とりあえず姉妹揃って入渠しているので大丈夫だろう、たぶん。

 

やがて、荷馬車に揺られる子牛の如くに悲しそうな瞳で引き摺られていく加賀。

 

犯人は他に居ます、奇しくも自白した通りの真実であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70 風の行方

ブルネイ第三鎮守府所属、駆逐艦島風は改造艦娘である。

 

―― やめるぉアカスィ、ぶぅっとばぁすぞぉーッ

 

などと言う小芝居から数時間、そこには海上で他鎮守府の島風をぶっちぎる元気な姿が。

 

―― もう艤装改造なんかしたりしないよッ

 

成果は上々であったものの、何か施術中にトラウマ的なモノが刻まれたらしい。

 

装備スロットの艦本式缶(ボイラー)が追加のタービンを回し、艤装から陽炎を立ち昇らせながら

発揮される尋常ではない出力が、島風を未知の速度へと吶喊させる。

 

そして何故か当然の様に、等速で追随する連装砲ちゃん(ナマモノ)

 

「あのナマモノ、そのうち離陸するんやないか」

 

そんな有様を埠頭から眺めている姿は2隻、明石と龍驤である。

 

「まあそんなわけで、出力部分の上限設定を外してみたんですよ」

「何や凄まじく怖そうな発言に聞こえるんやが」

 

懸念に工作艦は気負いなく、あくまでも近代化改装の一種だと語る。

 

装備の選択に因り過去の性能を凌駕する、ただそれだけの事だと。

 

「つーか、前も似た様な事やっとらんかったか」

「以前のは試行で、今回ので制式って感じですね」

 

見れば海上を、50ノットにも達そうかと思わせるほどの高速で疾駆する駆逐艦。

 

「ただ、装備スロットは埋まってしまいますが」

「さりげに致命的な事をボソっと言うなや」

 

ちなみに現在のブルネイ所属島風の装備は、タービンひとつに缶ふたつである。

 

速く走る以外に、出来ることなど無い。

 

 

 

『70 風の行方』

 

 

 

空が、近い。

 

試みに空の高さを問うてみれば、いったいどのような答えが返ってくるやろうか。

 

ヒトの手の届く場所よりも、僅かに高い位置にそれは在ると言う。

ならばウチから発艦する空の住人は、いったい何処を彷徨っとんのか。

 

大禍に至る刻限には多少の余裕が在るはずなのに、見上げれば赤い月が哂っとる。

 

ああ、月だ ―― その存在は呪いなのか祝福なのか

 

ただ其処に在る、それだけで空を仰ぐ者は常にそれを意識せざるを得ない。

 

空よりも高い空を、白銀の存在する闇を。

 

かつて伸ばされた手は当然の如く、何かに急かされる様に歴史の先端に置かれ続け

積み重ね、積み上げて、少しでも高くと、少しでも速くと無理をする。

 

大地を離れ、水を捨て、風を置き去りにしてまでも、何よりも疾く、過去よりも速く。

 

音すらも彼方へと過ぎ去れば、やがては超音速の世界へ。

 

ヒトの上にヒトを造り、僅かでも天に届けと臨む有様は、さながら災厄の塔の如き呪い。

 

―― ああ、これを一言で言い表すのならば

 

詰まる所、現実逃避や。

 

「前方2時方向に熱射病患者発見、回収するでー」

「がおー」

 

要は物理的に空が近くなっとるわけでな、具体的に言えば大和1隻分。

 

何か作戦参加で本土組が本格参入してきた途端、航空戦艦モードに移行しやがった

横須賀の大和型1番艦が居ったわけで、何か今日はもうひたすらずっと肩車の具な有様。

 

つーかアレやな、がっちりホールドされた足首にめり込む鉄甲乳が痛い。

 

「この島風ちゃん、横須賀(ウチ)の子じゃありませんね」

「なら舞鶴やな、たぶん」

 

何か熱気に半分ぐらい溶けかけとる、露出の激しいナマモノを拾い上げての発言。

 

やんぬるかな、埠頭には南国の湿気と熱気を甘く見た駆逐艦が倒れとる、パタパタと。

 

呉の雪風だの佐世保の時雨だの、縁の深い所に所属する艦は結構プライド高目なわけで

ついつい倒れるまで無理をしがちと言うか、おかげで回収作業が面倒な事この上無い。

 

「んじゃ、救護テントに搬送やー」

「あいあいさー」

 

とりあえず、さっきから海上で天津風(あまつん)とデッドヒート繰り広げとんのがウチの島風やな。

消去法的に、木陰でのんびりとアイスティー啜っとんのが横須賀所属か。

 

そんなこんなで死屍累々のテントの影に、新たに犠牲艦を並べて状況終了。

 

遮光の壁の在る大型の軍用テントの中に、取り付けられた空調の音だけが響いている。

 

「ブルネイ所属艦は倒れませんねえ」

「何だかんだで慣れとるからなあ」

 

所属を見て見れば、佐世保舞鶴佐世保舞鶴、呉横須賀に舞鶴呉、あと佐世保。

 

「って、矢矧、何で倒れているんですかッ」

 

見れば駆逐艦に混ざって転がっとる黒髪ポニテは、横須賀所属の阿賀野型(おっぱい)軽巡、矢矧。

 

最後の力を振り絞るかの如き悲壮な雰囲気で、戦艦部分に対して口を開いた。

 

「大和、さん…… そ、その邪悪な俎板に騙されて、は、いけ、ませ……がふッ」

 

そういえば肩車以降にずっと、物陰からの刺すような視線を感じとったんやけど。

 

などと考えていたら、何か太腿の下あたりが怖い。

 

「とりあえず、冷やしておきましょうか」

 

うん、能面の様な笑顔で矢矧の上に保冷剤てんこ盛りにするのは勘弁してあげてな。

何か紫色に成って来とるし、譫言でペンギンがどうとか言いだしとるし。

 

まあ何や、夢の中でペンギンのフレンズと歌って踊りはじめた冷凍食品は置いといて、

いやだって大和怖いし、眉一つ動かさずに保冷剤ピラミッド作っとるしこの娘。

 

「姉上、いったい何をやっているんだ」

 

最後に「矢矧の眠りを妨げる者、死の翼触れるべし」とか書かれた紙を貼りつけている頃合、

救護室を訪れたのは微妙に脂肪が乗って柔らかい、割れた腹筋も神々しい褐色の2番艦、武蔵。

 

脳味噌が筋肉なのは言うまでも無い、すなわち全身これ鍛え抜かれた脳。

 

「すごーい、かしこーい」

「……龍驤さん、さては疲れているだろう」

 

冷や汗を流しながら声を掛けて来る様に、うっかり常識を持ってしまった者の悲哀が見える。

 

「激流を制するは静水なんや」

「全力で諦めていると言わないか、それ」

 

ハイライトの消えた眼で譫言を口にすれば、律儀にツッコミが。

 

……実は夕立あたりよりも秘書艦適性高くないか、コヤツ。

 

それはそれとして、突然寒気がとか蒼白な顔で叫びおった大戦艦はとりあえず置いておく、

何をやっているかと問われても、何やろう、現状を整理してみようか。

 

矢矧がピラミッドに埋葬されとる。

 

掘り起こした方は46cm砲でブチ抜きます的な意味の脅迫文も貼られとる。

 

ウチは大和の装備スロット1番に入れられて航空戦艦モード(かたぐるま)にされとる。

 

「何やこれ」

「いや本当に、何をやっているんだ」

 

強いて言えば熱射病患者の救護活動や、たぶん。

 

「見ての通り、ファラオの呪いが矢矧に降りかかっている所です」

 

太平洋のど真ん中で怪しい儀式をせんといて。

 

「あー、えーと、龍驤さん、頼む」

 

「そやな、まず古代エジプトでは王の事をファラオとは言わん、ユダヤ人のでっち上げや」

「うげふッ」

 

おらが村の歴史を旧約聖書として翻訳する時に、中東のファラオさんの村で虐められたから

一族連れて逃げ出しましたの部分がショボすぎたので、大国エジプトで奴隷にゲフゲフン。

 

触れるとそれこそ死の翼に触れかねんネタはともかく。

 

まあそんなわけで西洋が延々とエジプトのファラオ、ファラオファラオと連呼していたせいで

今ではすっかりエジプトですらファラオと言う呼び名が定着してしまったと言う塩梅。

 

「あと、死はその素早き翼を以って飛び掛かるであろうの呪いの碑文もでっち上げや」

 

そんな碑文は存在せん、ついでに言えば発掘関係者は結構長生きしとる。

 

「ふ、ふふふ、さすが航空戦艦の頭脳、ナイスなツッコミです」

 

「あ、ウチ頭脳労働担当やったのね」

「自爆を誘発する頭脳担当ってどうなんだ」

 

次いで、というか航空戦艦なのは既に既定路線なのかと、呆れた声。

 

極めて尤もな意見も馬の耳の如くに流し、茜色の空が綺麗だわテントの屋根しか見えんけど

なんて現実逃避を再開したあたりで、復活した大和が真面目な顔で武蔵に語り掛けた。

 

「実は、貴女の姉の大和は先日、豆腐の角に足の小指をぶつけて轟沈しました」

「豆腐、強いな」

 

何か凄い事を言いだした、関係者が聞いたら血涙を流す感じの。

 

「絹ごしでしたら大破で済んだのですが」

「高野豆腐とかが条約で禁止されそうな勢いだな」

 

臭豆腐あたりは化学兵器か。

 

「そういうわけで私は、ブルネイに着任予定の伊予型航空戦艦(かいやまとがた)1番艦、伊予なのです」

「信濃か紀伊あたりで止まってほしかった」

 

そこで容赦なく妹を生贄に差し出すあたり、武蔵も大概良い空気を吸っとる気がすんねん。

 

「ハンドルネーム謎の龍驤型2番艦Gさん曰く、歴史が無いなら言った者勝ちだと」

 

何やっとんねん、グラ子。

 

いや本当に、ハンドルネームって、何やっとんねん。

 

「あと、謎の青い正規空母Kさんに因ると、龍驤様の魅力は太腿だと言うので」

 

そうか、妙に両足をガッチリとホールドしとんのは、そんな理由か、ぼすけて。

 

「まあこの際、龍驤さんの貞操は置いておくとして」

「いや待って、置いていかんといて、結構大事やからそれ」

 

あっさりと切り捨てられた哀しみを声に出して訴えている最中に、押し寄せる音。

 

「その太腿は、譲れな ――」

 

何か凄い頭悪い事を言いながらテントに滑り込んで来た駆逐艦が1隻。

 

後背と頭頂の艤装から煙を吹きだしながら、ずるべたと床を滑りまくっとる。

見事なまでにオーバーヒートしとんな天津風(あまつん)、いろんな意味で。

 

「ブルネイ所属艦1隻、入渠ですね」

 

うわぁい、スルーされたくない話題を華麗に消し去る冷静な対処。

 

そして持ち上げられた天津風が、航空戦艦モードなウチらを見上げて来る。

やがて疲労に朦朧とした視線で、遺言を告げるような風情で口を開いた。

 

「し、島風を、ぶっちぎって、来た……わ、ガクッ」

 

何やっとんねん、つーか可能なのかそんな事。

 

あ、装備スロットに新型缶ガン積みしとる、この娘。

 

息を吸って、吐く。

 

とりあえず落ち着いて、何か聞き逃してはいけない発言があった様な気もするが、

まあ何や、頑張った様なので頭でも撫でておこう、ワシワシと。

 

「すいませーん、舞鶴の天津風ですが、コッチにブルネイの私が運ばれていませんか」

 

患者を並べている内、熱気が気に成って来たので空調を強化でもと考えているあたりで

テントの外に見慣れた二つ括りの銀髪の姿が見えて、そんな事を問う。

 

「こっちに転がっとるでー」

「あ、龍驤さん、はじめまして」

 

花の咲くような笑顔を向けられて、互いの紹介を経てから、軽く事情を聴いておく。

 

缶のガン積み最速島風をぶっちぎるため、装備の新型缶を貸していたそうだ。

 

「これで舞鶴(ウチ)の島風も、ちょっとは大人しく成るでしょう」

 

エヘンとか聞こえてきそうな可愛らしく胸を張る姿に、何となく癒された。

 

「うん、何かこの天津風(あまつん)、丁寧で優しそうやな」

 

癒し系天津風と言う奇跡を目の当たりにして、ついついそんな言葉が零れてしまう。

 

「いや、ナチュラルに大和型2隻を無視していたぞコイツ」

「流石と言うべきでしょうか」

 

前言は撤回しておこうか。

 

天津風(あまつん)はどこまで行っても天津風(あまつん)なんやなあと思った昼下がりやった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

久々に全力全開で走った気がして少し疲れた感じの私、島風です。

 

今作戦の参加駆逐艦には、ミールカードなるものが貰える事と成りまして

早速に使ってみようと、米軍仮設基地に設置された日米共用食堂に辿り着きました。

 

カードを提示すると1日に3回まで無料でご飯が貰えるのです、いやっふー。

 

そんなわけでレシート状のチケットを貰って、メニューの選択で悩む事しばし。

 

今日のメインはチキン、もしくはミートボールスパゲッティーでした。

 

ミートボールは魅力ですが、米帝クオリティのすぱげってーはかなりブヨっていますので

ここは素直にチキンを選択しましょう、香辛料マシマシなローストの。

 

チキンの足のローストではありますが、丸焼きを四分割して内側の骨を切り落とした感じで

なんというかダイナミックメリケンと言う雰囲気がひしひしと伝わってきます。

 

汁物はカドゥン(煮込み)ビーフ(牛の)シャンク(すね肉)、牛のすね肉とザク切りのキャベツをコトコトと

煮込んだチャモロ料理ですね、大きく切ってあるけど何となく具が少な目。

 

付け合わせはポテトかライス、グレービーのかかったマッシュポテトに惑わされますが

汁物がチャモロなのでライスを選択しました、そしてお盆に乗せられたのは朱色のご飯。

 

ソースバーではフィナデニを取って、ドリンクバーではチョコミルクをセレクト。

 

以前提督が、ミルクとチョコレートミルクがドリンクバーにあるのが

米軍って感じがするとか言っていました、そんなものなのかな。

 

とりあえず席について汁物を一口、そのまま具をフィナデニに漬けながら頂きます。

 

フィナデニは醤油、酢、柑橘類、唐辛子、玉ねぎなどで作られたソースで

何にでも合う万能ソースと名高い、強いて言えば唐辛子の入ったポン酢的な感じ。

 

塩的なシンプルな味付けの牛肉スープに、柑橘の香りが暑さにやられた身体に染みわたります。

 

そして煮込んだキャベツは熱帯の救世主だと思う、異論は聞こえない。

 

そのまま香辛料が塗りたくられたチキンを齧りつつ、鮮やかな朱色に染まったライスも一口。

凄まじい色合いなのにお米の味しかしないと言う、レッドライスですね。

 

これもチャモロ料理の一種で、ケチャップライスの様な色合いで誤解されがちな外見ですが、

アチョーテの実で色を付けただけの普通のお米なのです、味無いです、お米の味しかしません。

 

チャモロ料理と言うのはグァムを中心とした地域の伝統料理で、もともとは島の海産物と

農産物を組み合わせて、甘い、酸っぱい、もしくは辛いという方向性で仕立てた料理だそうです。

 

そこにスペイン、アメリカ、日本と占領統治した国々の影響を加味し、地理的に東南アジア

各国や中国の影響も受け、何か凄い方向に進化したのが現在のチャモロ料理だとか。

 

さりげに缶詰食材とか使うあたりがアメリカ的と、龍驤ちゃんが言っていました。

 

私的にはドライビーフの様に、牛肉の塩漬けの天日干しとかがアメリカだなあと思います。

 

そして良い加減に食べ進んだあたりで、お盆の上にそこそこ残ったレッドライスを

これまた残ったカドゥン・ビーフ・シャンクに入れてしまいます、だばーっと。

 

実は汁掛けで食べる物なのです、これ、ご当地ネタ的な食べ方ですが。

 

でも今日のセットはお盆に乗せられているので、スープの方に入れてしまうわけで、容赦なく。

 

そのままサバサバと流し込む様に頂いて、満足、米帝もなかなかやりますね。

 

米軍食堂と聞いた時は、てっきり肉、ピザ、コーラってノリだと思っていました、反省。

 

でもちょっと残念なのは秘密です。

 

ところで、さっきから米軍の兵士さんたちが通りすがる度に、

何故か私の席にチョコバーを次々と置いていくのですが。

 

何か既にジェンガの様に積み重なっています。

 

いやだから、良い笑顔でサムズアップしながらフェードアウトされても。

 

えーと、コレ一体どうしよう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 前

日本海軍、特殊資料室。

 

本営への申請が通り其処を訪れた艦影は2隻、あきつ丸と電であった。

 

「如何なる情報も保管されていると、まったくもって戦後の我が国は」

 

厳重なるボディチェックを受け、いかなる機器も持ち込んでいない事を確認されてから

ようやくに解放されて、資料室へと到達した揚陸艦が口を開く。

 

目の前に書かれた注意書きは EYES ONLY、何度も念を押された内容である。

 

「わかり易く、厭らしいでありますな」

 

棚に並べられた大量のDVD-Rを前に、嘆息だけが響いた。

 

「ふざけた話なのです」

「まあ、タイトルだけでもわかる事があるかもしれ ――」

 

言いながらあきつ丸が無作為に手に取ったのは、艤装の水着換装についての経過報告。

 

「い、一応機密なのです、フリスビーみたいに投げるなーッ」

 

間髪入れずに空を飛んだ機密資料を、蒼白の電が受け止める。

 

「いや失敬、少し思い出したくない出来事を連想するタイトルでしたので」

 

突然の行動に対応したせいで、肩で息をしている副官を宥めながらの嘯きがあった。

 

「とりあえず、棚に並んでいるタイトルだけでも確認しておきましょう」

 

 

 

『邯鄲の夢 前』

 

 

 

作戦本部、サイパン仮設泊地、炎天下も幾らか過ぎ去った昼下がり。

 

埠頭に響く歌声を辿ってみれば、那珂ちゃんサマーライブなどと書かれた垂れ幕の下

舞台の上では単縦陣の水雷戦隊が、一糸乱れぬ連携でローリングをしている。

 

鮮やかなパフォーマンスに、様々な色合いに混沌とする観客席から歓声が上がった。

 

一応は作戦期間中のはずなんやけどなあとボヤきながら、離れた場所の屋台の上で、

台の上に置かれた半球の西瓜を縦横と格子に切り分けている軽空母は、龍驤。

 

格子状の皮を摘んで引き抜いて食べる、アメリカ式と呼ばれる切り方だ。

 

「たまには良いんじゃない」

「いや、艤装の水着の事や」

 

追加の西瓜を配達がてら声を掛けてきたのは、涼し気な色合いの水兵服の重巡、衣笠。

 

「あー、うん、いやほら、毎年の事だし」

「はっはっは、そうよな、毎年の事よな」

 

遠い目をした2隻が棒読みの発言を交わし合う。

 

今年も大本営の誰かの執念に因り、艦娘に水着着用の任務が下された。

 

言うまでも無いが、作戦期間中である。

 

「何て言うか、進捗が順調すぎて何処か緩んでいる気がするねー」

「胡散臭いほどに順調よな、不安を覚えるほどに」

 

想定内の進捗、想定内の被害、想定内の戦果、今作戦は全てが計画通りに進んでいる。

何も起こっていない、このままでは太平洋は打通してしまうというのに、何も。

 

そんな不確かな懸念に、スティック状の西瓜を引き抜きながら衣笠が言う。

 

「職業病じゃないかな」

 

言葉を掛けた当人も信じきれていないのか、声色はどこか歯切れの悪いものが在る。

 

「そうなんやろなー」

 

シャクシャクと涼し気な音が響く中、不安を隠しきれない声が漏れ。

 

 

 

許可された入室時間を無駄にするよりはと、砂の城の如き提案をする責任者。

そして他に出来る事も無いかと、諦めの混ざった溜め息と共に二手に分かれて確認に努めた。

 

ひとつひとつと確認するほどの時間も無く、表題だけを指でなぞりながら流し見る。

 

―― 第62号報告書、艤装に水着を適応させる術式について最終考察

 

―― 第57号報告書、艤装にサンタ衣装を採用させる意義 最終決定稿

 

―― 第68号報告書、艤装に浴衣を適応させる術式について最終考察

 

どこか見覚えのある内容に偏頭痛を覚える頃、相方も似たような状況であったのか、

あきつ丸の背後から国民の血税を何だと思っていやがるのですと、怨嗟の呟きが漏れ聞こえた。

 

半目と成ってどうにも徒労感を覚える作業を続けるうち、ふと、探索者の目を引く内容が有る。

 

「神の、軍事利用」

 

頭の痛くなる内容の棚の片隅に、纏めて配置されていたのは初期の報告書。

 

「前大戦ルーズベルト呪殺に端を発する、帝都の霊的防衛構想」

 

現大戦初期、あるいはその前より動いていた何某かの痕跡。

突如に現れた随分と毛色の違う内容に、あきつ丸の動きもしばし止まった。

 

そして丁寧に、ひとつひとつの媒体のタイトルを確認していく。

 

―― AH計画報告書、長門型廃棄について

―― AH計画報告書、大和型廃棄について

―― AH計画報告書、赤城型廃棄について

 

「AH計画、と言われても困りますな」

 

かつて何かの計画が在り、のきなみ失敗に終わった、それだけは察する事ができる。

 

喘ぎ声でもあるまいしと、知らず零していた揚陸艦の背に、駆逐艦からの声が掛かった。

 

「こっちにもそれらしいのが在ったのです」

 

そう言って水着、浴衣、サンタなどの単語に混ざって配置されていた一枚を取り出す。

 

「この税金の無駄遣いシリーズ、隠蔽のために用意されていたのでしょうか」

 

「あきつ丸、大本営はそこまで考えていないと思うのです」

「真顔で何てことを言うでありますか」

 

適当な会話の中、件の一枚を受けとりタイトルを確認する。

 

―― 特異点Rについての経過報告

 

記入者が違っているのか、AとHで始まる単語が確かに記されていた。

 

「Artificial Hero ―― 造られた英雄、でありますか」

 

ふと、あきつ丸がその字に既視感を覚える。

 

「何処かで、いや、当然の事ですな、ならばこの単語もわざと記入したと」

 

思考が零れる様な言葉の羅列が、いつのまにか引き攣る様な笑い声に変わって行く。

 

「あ、あきつ丸……」

 

日付としては、最近の物であった。

 

 

 

舞台は続き、僅かに日も翳る夕の刻、水着であった艦娘の中にも浴衣の者が増えてきた。

 

龍驤屋台西瓜キャンペーンは、衣笠さんにお任せしたせいで独身男性中心に爆発的に掃け

作戦参加で彼女が抜けた後に若干落ち付き、補充の西瓜を持って来た島風を引き込んで。

 

何か子持ちや妹持ちの米兵中心に凄まじい勢いで西瓜が持っていかれている。

 

「イケる、これならサラ丸に勝てるッ」

「龍驤ちゃんは何と戦っているのかな」

 

何時の間にか手段が目的と化し本分を大遠投している筆頭秘書艦の有様に、

少しばかり呆れた声色で、売り子をしている随伴駆逐艦が冷や汗を流した。

 

ちなみにサラトガは観客を挟んだ対面でホットドックを売っている。

 

二種類の腸詰をベーコンでぐるぐる巻きにした、如何にもな一品を。

 

「さりげなく付け合わせの玉葱がソテーしてあって、美味しかったよ」

「油ッ気を売り物にしつつも対策は忘れない、流石やな」

 

もはや何のためにサイパンに居るのかと、疑問すら持つ事も無い。

 

そんな惨状の2隻の方へ、お盆を持った1隻の駆逐艦が近付いてきた。

 

「ちょっと匿ってくれー」

「あ、長波ちゃん」

 

そう言って屋台の陰に入り込んだ姿は、夕雲型の島風被害艦筆頭こと長波様。

今日は軽く波打つ長髪を布巾で纏め、制服の上にエプロンを被せている。

 

身を隠して暫く、屋台の前を夕雲型駆逐艦の姉妹がわらわらと通りすがる。

 

夕雲型の制服である臙脂色のジャンパースカートの集団から、綺麗に前後を刈り揃えた

黒髪の1隻、6番艦の高波が島風に、おっかなびっくりと声を掛けた。

 

「あ、し、島風ちゃん、えと、長波姉さま、見なかった」

「新鮮なドラム缶だヒャッハーとか言いながら埠頭の方に行ってたよ」

 

そして息をする様に嘘を吐く、筆頭秘書艦の随伴艦が居た。

 

ついでに西瓜を押し付けつつ、お礼を言って去って行く一団から暫く。

 

「罪悪感が凄いね、長波ちゃんの」

「悪い事したかなぁ、長波様が」

 

「罪悪感をコッチに持ってくんなーッ」

 

とりあえず傷口が在ると抉り、瘡蓋が在ると剥がすのが5番泊地の礼儀であった。

 

「いや、高波が水着を着ようって煩くてさー」

 

屋台の陰からそんな事を言いながら姿を見せる長波に、頷きながら島風が言う。

 

「長波ちゃんの長波様は長波サマーなんだから着ればいいのに、コノ隠レ巨乳ガ」

 

真面目な顔であった。

 

発言を受けて真面目な顔で頷きながら長波も口を開く。

 

「龍驤さん、島風は間違いなくアンタの悪い影響を受けていると思うんだが」

「すまん、悪いが巨乳の声は聞こえんのや、耳にバナナが入っとってな」

 

「利根さん早く作戦参加してくれーッ」

 

天まで届けと匙を投げつける様な叫びが屋台から零れていた。

 

 

 

鉄板の上でベーコンを巻いたソーセージを焼き上げる。

 

パンズに挟む、軽くソテーしたオニオンとピクルスも忘れない。

 

場合によっては新鮮なレタスなども良い、そしてケチャップとマスタード。

オーダーがあればチーズを掛けておく、山盛りに、文字通りに積み上げて。

 

それが何かと聞かれたら、アメリカとしか答えられない。

 

「サラ、見て見て、この西瓜ってばアイスバーみたいに切られててキュートよ」

 

屋台で笑顔を振りまいていたサラトガに、アイオワが差し入れがてら西瓜を持ってくる。

 

三角の板状に切り分けられた日本式、しかし手に持つ下面の皮の部分が棒状である。

皮の中央を残して左右を切り落とし、スイカバーの如き形状に成る様に工夫がされていた。

 

「やりますね、龍驤」

 

見て取れる遊び心に、日本艦のおもてなし精神を感じ、サラトガから太い笑みが漏れる。

 

「あー、そういうスマイルの方が好きだわ、ミーは」

 

シャクシャクと良い音を立てながら、戦艦が言う。

何ですかそれと笑いながら、手を止めて西瓜を受け取る正規空母。

 

「そういえばサラって龍驤と、えーと、うーん何だっけ」

 

何かを言おうとして、言葉が出て来ず首を捻る様が在る。

 

「そう、ツーカー、ツーカーの仲よね」

「単語の意味はわからないですが、言いたい事は何となくわかります」

 

何処で単語を仕入れているのかわからないブロンドな同胞の言葉を流しながら、

改めて鉄板の上で腸詰のペーコン巻きを作りながら、店主が口を開いた。

 

「そうですね、傲慢な表現に成るんですけど、良いですか」

 

脂の爆ぜる音の中、不思議と静寂を感じる風情の声が在る。

 

「私たちはある意味、泊地の誰よりも理解し合っていると思うんです」

 

そこで、これはアイオワ以外には言えませんねと、苦笑が在る。

 

「全身全霊で殺し合った仲ですもの」

 

特に気負う事も無く当然の様に紡がれた言葉が、不思議と聞き手の印象に残った。

 

 

 

格子に切り分けるのがアメリカ式なら、東南アジア式はどのような物であろうか。

 

ちょうど今、龍驤が切り分けている。

 

簡単に説明すれば、4分割した西瓜を不揃いの5片に切り分けるやり方である。

端から、斜め、横、斜め、横と2回だけ角度を付けて切り分けた。

 

角度と曲線に因り目の錯覚が起こり、5片全てがなんとなく同じ大きさに見える。

 

そんな感じに追加の西瓜を切り分けながら、ふと思いついた様に龍驤が問うた。

 

「そういえば、その炒飯お結びは何なんや」

 

視線の先には長波が持つお盆、そしてその上に置かれている三角形の物体が在った。

 

「いや、ウチの提督が馬鹿みたいに炒飯作ってさ、島風と食うかなと思って ――」

 

そして改めて、手元のお盆に目をやる長波。

 

「―― たんだけど、通りすがりの姉妹どもに食われまくって最後の1個だ」

 

配達艦に、肩を竦めての嘆息が在った。

 

さて、少し視界をずらして見よう。

 

弓道着に身を包み、凛とした佇まいの空母が2隻。

 

高練度の正規空母の雰囲気に、周囲の艦娘から畏怖と敬意の視線を集めている。

 

即ちブルネイ一航戦、要するにいつもの赤と青である。

 

―― 馬鹿みたいに炒飯作ってさ

 

どこからか届いたその声の、主を探すように顔を上げ視線を巡らせた。

 

突如に醸し出された緊迫した空気に、あたりの囁きが止まり静寂が満ちる。

 

そして、最後の1個という言葉が空気を揺らした。

 

即座、屋台の様子を伺っていた赤城の顎が跳ね上がり、その意識が刈り取られる。

 

加賀の肘撃であった。

 

同じく様子を伺っていた加賀の米神にも、打撃が叩き込まれて意識が刈り取られる。

 

赤城の中指一本拳であった。

 

意識の無い身体のまま、屋台に向かい一歩を踏み出して崩れ落ちる、2隻の何かアレ。

 

誰もが、無言であった。

 

「駆逐艦の飯を狙う悪い一航戦はしまってしまおなー」

 

やがて頭痛を堪える風情の龍驤が、流れる様に淀みない動作で簀巻きを二本作る頃合い。

 

「はんぶんこー」

「お、おう」

 

半分に割った炒飯お結びを長波の口に突っ込む島風の姿が在ったと言う。

 

 

 

憲兵隊あきつ丸小隊詰め所、通称あきつ屯所に箱が届いた。

 

やや大きめのダンボール箱が2つ。

 

制帽と髪留めの乗せられた箱には、短く書かれた文字。

 

「あきつ丸」「電」

 

受け取った春雨が蒼白に成りながら箱を開けると、中には猿轡を噛まされて

簀巻きにされた注釈通りの物体が詰められており、思わずに膝を折る。

 

「尾行が付いていましたので、直帰せずに陰陽寮宿舎にシケこんだのですよ」

「まさか、無人のダンプを突っ込ませてくるとは思わなかったのです」

 

拘束を解き、聞いてみるとロクな事を言わない。

 

陰陽寮の関係者の憤怒がよくわかる郵送であった。

 

とりあえず水分が足りないからと、春雨に茶なり何なりの調達を命じ

桃色の駆逐艦が焦りながら詰め所を出る姿を見届けてから、箱の中から電が問う。

 

「いつまでこんな事を続けるのですか」

 

あきつ丸は答えない。

 

「無駄に機密を漁って危険に曝される、今回のは憲兵の仕事からもズレている」

 

問い掛けを聞き流し、箱の中から手近に灰皿を引き寄せて、煙草に火を点ける。

 

電が沈黙へ猶も言い募ろうとした頃合、煙と共にあきつ丸が口を開いた。

 

「役立たず、と言われたことは」

 

ただ一言に、部屋の空気が僅かに重さを増す。

 

「憲兵隊の艦娘で言われた事が無いのは、春雨ぐらいなのです」

 

会話のごとに、重さを増していく空間が、質量を持って身を苛む。

 

「自分が造られた頃は、捨て艦戦法などと言う物までありましてね」

 

開戦初期、霊格、練度などの概念が理解されていない頃の艦娘は、消耗品であった。

 

「何故、自分たちは造られたのか」

 

煙の中に零れたのは、本心が僅かに見え隠れする言葉。

 

「冥府に堕ちた時、土産話が出来ないと浮かばれないではありませんか」

 

誰が、とも何がとも言わない。

 

「どう考えても、響たちに話せる様な内容じゃ無さそうなのです」

 

やがて、盛大な溜め息と共に、副官が隊長の我が侭を肯定した。

 

 

 

大禍時に夢を見る。

 

白日の、夢。

 

―― ごめんなさい、ごめんなさい龍驤さん、ごめんなさい

 

翔鶴が泣いている。

 

―― 未だ任務中よ、弁えなさい

 

氷の声で、表情の凍てついた風情の天津風が言う。

 

―― あああ千歳さんまで、アイツは、サラトガは何処に

 

瑞鶴は混乱していた。

 

―― 馬鹿者が

 

苦みの消せぬ声色で、利根がただ一言を零した。

 

―― 何故、私は帰投出来ている

 

サラトガが、苛立ちを抑えずに頭を掻き毟る。

 

おかしいなと、龍驤は思った。

 

この時、ウチは既に沈んでいたはずだと。

 

哀しげな瞳で天津風を見る時津風が居る。

無言のまま何かを堪えている神通が居る。

 

被害を受けて海域を去って行く誰かは、エンタープライズか。

 

ウチは、ここに居なかったはずや。

 

―― いや、()()は此処に居た

 

耳元で誰かの声がした。

 

わかっているのだろう龍驤、と。

 

―― 亡者の魂魄を得るためにお前は何を代償にした

 

そう、全ての法力は冥府の奥底に置いて来た。

 

―― 新たな時代に得た物を捨ててまで、何故に過去を求めた

 

陰陽師としての能力のほぼ全てを失ってまで、空母としての自分を求めた。

 

―― 何のために、お前は自分を完成させた

 

妖精が哂う、いつもの様に、耳元で龍驤の名を呼びながら。

 

―― お前は、まっとうには死ねないよ

 

「悪霊退散ッ」

 

そして即座の大遠投。

 

6万5千馬力で放り投げられた性悪妖精がジャイロ回転で空に消え、龍驤の視界が元に戻った。

 

宴もたけなわに、舞台上でローリングしている水雷戦隊に誰かが巻き込まれている。

那珂とバックダンサーの狭間に生まれる圧倒的破壊空間はまさに歯車的四水戦の小宇宙。

 

それ以外には赤い空、そして黒い海、至って普通ないつもの光景。

 

海面で手招きをしている亡霊の姿も見慣れたもので。

 

龍驤は軽く息を吐き、喧騒から遠くと歩みを進めた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

居酒屋鳳翔サイパン支店、国籍不詳暴虐軽空母の店、深夜。

 

看板は先日に横須賀から大和が配達した代物で、海軍元帥直筆の逸品である。

その嫌がらせに使う連携力を何故普段に活かせんのかと、受け取り側の感想が在った。

 

ほとんどの客も掃けた頃合いに、カウンターに居座っている赤金色の髪の空母が口を開く。

 

「恨み言のひとつふたつぐらい、聞いてあげても良いんですよ」

 

サラトガの言葉に、カウンター内の龍驤がグラスを磨きながら応える。

 

「恨むべき事なんか、何も無いな」

「ええ、私も悔いていませんので、聞くだけです」

 

何やそれと、軽い一言から互いに苦笑が漏れる。

 

それきりに、空調の音だけが響く静寂が在る。

 

「龍驤、貴女が怖かった」

 

ぽつりと、零れる様な言葉が在った。

 

聞き手の、グラスを磨く手が止まる。

 

「何か、報われた気がするわ」

 

磨き終わったグラスを置いた頃合、龍驤から言葉が返る。

 

「あと、私を仕留めきれなかった瑞鶴さんのヘタレ加減には殺意を覚えます」

「いや、無茶言わんといたげて」

 

何処か座った目で言葉を繋げたサラトガに、引き攣った表情のツッコミが入る。

 

「それと ――」

 

そして店主のフォローを聞き流した客は、なおも言葉を募ろうとして、止まった。

 

再びの静寂が空気を染める。

 

唐突な唐突に龍驤が首を傾げた頃、悪戯染みた笑顔のサラトガが口を開いた。

 

「教えてあげません」

 

聞き手が肩を落とす。

 

「そういうのは、異性にやったげてな」

 

ため息交じりの言葉に、愉し気な声色が被さった。

 

「さて、ラストオーダー宜しいでしょうか」

「まだ呑むんかーい」

 

最後の客の居座り宣言に、諦め全部のツッコミが入る。

 

アメリカの恋人(メアリー・ピックフォード)で」

 

取り出されたシェイカーに映る店主の姿は肩を竦めていて。

 

熱帯の濃厚な夜の底、何処からか野犬の声が響いていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サイパン支店営業記録

 

暴虐軽空母の店のカウンター下に、足置きのバーが入った。

 

土地の浄化に走り回っている隼鷹が、廃墟から引っぺがして来たと言う。

仮設泊地の仮設施設だけあって実の所、店内の備品はそんな来歴の品物ばかりだ。

 

「付けたは良いけど、コレってどう使うもんなのかね」

 

設置を終えた所で、隼鷹からあまり後先を考えていない旨の暴露があった。

 

「あ、じゃあ演ってみますね」

 

近くに居た所を巻き込まれたサラトガが、工具を仕舞いながら言う。

そしてそのまま店外へと足を進め、振り返った姿には何かが足りない。

 

笑顔。

 

普段の柔らかな物腰が、温かみの在る笑顔が消えていた。

 

なまじ容姿が整っているだけに、何処か声の掛け辛い迫力がある。

 

そんな露骨に不機嫌な気配を漂わせ、立て付けの悪い仮設ドアを乱暴に押し開く。

そのままの流れでカウンターに座っては、バーを蹴りつける様に右足を乗せて、口を開いた。

 

「ウイスキー」

 

片目で様子を伺っていた龍驤が、カウンター内から無言で酒を注ぎ、グラスを滑らせる。

それを片手で受け取ったサラトガが、躊躇う事無く口を付けて飲み干した。

 

喉を灼く感触に、呑み手の眉根が僅かに寄せられる。

 

そして、カンと高い音を響かせてカウンターにグラスが叩きつけられて、吐息。

 

どこかしら緊張を伴う、無色の静寂が店内に満ちる。

 

やがてカウンターの内外で、してやったりと言う風情のニヤケ面の2隻が

サムズアップした拳を互いに押し付け合って健闘を讃え始めた。

 

「すげえ、何やってるのかサッパリわからねえ」

 

やや半目の隼鷹が、呆れた声色で感想を零す。

 

「コテコテのウエスタンやな」

「ここまでステレオタイプなのは、流石に少し恥ずかしいですね」

 

ベニヤの壁に掛かっているカスター将軍のポスターは、サラトガが調達して来たらしい。

 

 

 

『サイパン支店営業記録』

 

 

 

不機嫌な風情の5番泊地の天龍が無言で店内に入り、バーに片足を乗せる。

 

「ウイスキー」

 

無言で注いだ龍驤の前、眼帯の軽巡洋艦は無言で口を付けて。

 

豪快に咽せた。

 

次いで、新たに横須賀の天龍が店内に入り、バーに片足を乗せる。

 

無言で注いだ龍驤の前、眼帯の軽巡洋艦は無言で口を付けて。

 

豪快に咽せた。

 

苦し気な咳の響く店内に、舞鶴の天龍が何かもう以下略である。

 

ジェットストリーム格好付け失敗を前にして、龍驤は苦笑していた。

 

 

 

何やら天龍コントを話題にしては、作戦参加した利根との適当な無駄話がある。

 

「まあ史実でも、そんな感じで聞いたヤツが真似しまくって廃れたんよな」

 

西部の作法として有名に成り過ぎて、西部かぶれがこぞって真似をしたせいで

むしろ格好悪い飲み方と認識が改められてしまい、ついには廃れしまったと言う。

 

アメリカ政府がフロンティアの消失を宣言した頃には、完全に過去の遺物であった。

 

「ところで、さっきから気になっておったのじゃが」

 

苦笑いと共に琥珀色の液体を流し込んでいた利根が、カウンター内の冷蔵庫から

龍驤が取り出した怪しげな物体に視線をやりつつ、困惑した色合いで問い掛ける。

 

西瓜だ。

 

しかし瓶が刺さっている、逆さに。

 

「何じゃ、その見るからに阿呆な物体は」

「何の変哲も無い、ウォッカ西瓜や」

 

食べるカクテルとしてカルトな人気を誇る一品であった。

 

作り方、西瓜にウォッカの瓶を刺して放置、以上。

 

「先日、蒼龍が西瓜の詰まったコンテナ拾って来てなー」

「あやつ、何かやたらとコンテナを拾うのう」

 

「多門丸の呪いか何かやないか」

 

きっと質より量な食料関係に関して、何かセンサー的な第六感が入っとんやないかと

言われてみればと、妙な信憑性の在る言い掛かりが会話の結論であった。

 

 

 

切り分けた西瓜を前に、浅黄色の和服を身に着けた正規空母が居る。

 

「そんなこんなで、ようやく西瓜を使い切る塩梅よ」

 

龍驤の言葉に、カウンターで軽くウォッカ西瓜を齧っていた飛龍が苦笑した。

 

相方がすいませんねと、笑いながら言う風情を前には、龍驤からも苦笑いしか零せない。

そんなまったりとした空気の店内に、緑色の正規空母が入店して来る。

 

どうも待ち合わせをしていたらしい飛龍の相方、蒼龍であった。

 

店内に視線を回し、飛龍の姿を見てから近くに龍驤が居るのに気付き

サムズアップしながら元気よく言葉を投げかける。

 

「センパイ、西瓜の詰まったコンテナ拾ってきちゃいましたッ」

 

ドヤ顔であった。

 

一片の悔いも無き純粋なドヤ顔であった。

 

「飛龍」

「承知」

 

短いやり取りもあらばこそ、即座に飛龍が蒼龍の足元に滑り込む。

 

そのまま両腕で蒼龍の足首を取り、自らの脇腹に押し付ける様にクラッチ。

そんなヒールホールド染みた姿勢のまま、素早く内側に錐揉みの如くに倒れ込んだ。

 

即ち ―― 飛龍竜巻投げ(ドラゴンスクリュー)

 

のぎゃーなどと乙女らしからぬ悲鳴が上がる床の上、

投げ飛ばされた獲物を仰向けに転がす執行者。

 

そのまま片足を取り、股の間に自らの足を差し込んで締め上げる。

 

「あのね、多門丸にもねッ、名誉って物がねッ」

 

にゃーなどと言う可愛らしいと言えなくもない悲鳴の中、突然に飛龍が身を翻した。

 

足を取ったままで。

 

ガスガスと回転力と質量が威力と化して音に変わる。

 

スピニング・トゥーホールドである。

 

「ねえッ、聞いてるッ、蒼龍ッ」

「にゃッ、にゃッ、にゃあああぁぁッ」

 

決して止まらぬ地獄の風車であった。

 

 

 

シャクシャクと小気味良い音が続き西瓜が消費されていく。

 

何と言ったらベターなのかと、カウンターで笑顔が呆れているのは高速戦艦、金剛。

その横で引き攣った笑顔なのは、いつものイケメン浪費馬鹿こと、5番泊地の提督である。

 

ブルネイ5番泊地所属の火力担当は、作戦開始から南冥での戦線維持にあたっていたが、

ようやくに本土から補充戦力が届いたため、本日付けでサイパン入りを果たした所だ。

 

「つーわけで、また延々と西瓜祭りやコンチクショー」

 

新たに切り分けたウォッカ西瓜を並べながら、店主から同僚と提督に愚痴が零れた。

 

「はッ、そういえば手を繋ぐにしても、ら、ラバーズなホールドハンドと言う物がッ」

 

そんな空気の中に、突然が在る。

 

何か突然に支離滅裂やなと店主が訝しむ暇もあらばこそ、これもまた突然に

パタQなどと言いながら目を回し提督の膝上に倒れ込む金剛型長女、もとい酔っ払い。

 

何の事は無い、ウォッカ西瓜である。

 

要するに、西瓜ひとつにウォッカ一瓶が突っ込まれているのだ。

食べやすい割に、アルコール度数が馬鹿に出来ない果物であった。

 

「テートクゥ、にゃふー」

 

何か珍しく遠慮のない態度を示しながら、そのうちにすやすやと眠り始める。

 

切り分けた西瓜を前に、少しばかり気まずい空気が流れ始めた。

 

「このまま、お持ち帰りしても文句は言えんと思うで」

 

何処か疲れた風情の声が、龍驤から漏れる。

 

「仮に、お持ち帰りしたとしてだな」

 

声を受け、何処かシリアスな声で応える泊地の責任者。

 

「俺、生きてサイパンから出る事が出来るのか」

 

制服の端の弾痕が、生々しく色々と物語っていた。

 

 

 

5番泊地提督が金剛を背負って宿舎へと配達しに行って暫く、新たなウォッカ西瓜を

切り分け始めた頃に、毎日恒例ジェットストリーム飲酒母艦の襲撃が在った。

 

へい店主と陽気な隼鷹に対して龍驤がカウンターに出したのは。

 

独特の絵柄で侍の描かれた5リットルペットボトル。

 

がぶがぶ飲める庶民の星、一応は乙類焼酎であった。

 

「何か龍驤サン、アタシに対する対応が冷たくないッ」

「それは頼み方が悪いよ隼鷹」

 

そう言っては改装空母を押しのけて、ウォッカ的な物をと頼んだのは白い駆逐艦。

 

名誉軽空母ことヴェールヌイである。

 

そんなリクエストに対する店主の答えは、ホワイトリカー。

 

「……ウォッカ的だね」

 

何か諦めてアルコール単価最強な液体をチビチビと始めた駆逐艦の横で、

薄黒銀の髪色をした水上機母艦の姉の方、千歳が言う。

 

「そういうオヤジ的な物でなく、可愛らしいのでお願い」

 

要望通りの品物がカウンターに置かれた。

 

可愛らしい女の子であった。

 

紙パックに堂々と印刷されていた。

 

詰まる所、貴方にひとめぼれな萌酎である。

 

そんな3連続討ち死にを目のあたりにした名誉軽空母こと、イタリア重巡ポーラが

だがしかしその瞳に勝機を見出した輝きを乗せて、自信を溢れさせながら言葉を発す。

 

「ウイスキーをお願いします」

 

そう、選択肢に焼酎を入れるからいけないのだ。

 

棚に置かれたメーカーズマークを意識しながらの注文であった。

 

対し龍驤は、当たり籤無しの的屋の如き無表情でカウンター下からエンジンオイルでも

入っていそうな形状の、やたらと四角いペットボトルを取り出して、置く。

 

ラベルに黒い馬の描かれたそれ、5リットルで2米ドルのウイスキーである。

 

その日、通夜の様な沈痛な面持ちでアルコールを消費する4隻が居たと言う。

 

 

 

高速戦艦を配達し終わって戻って来た提督が、苦笑を乗せて言う。

 

「それであそこでダウナーに呑んでいるのか」

 

店内のテーブル席に、レトルト食品を突きながら安酒をチビチビと舐める敗者が居た。

ボソボソとした会話の中、これはこれでとか言っているあたり業が深い。

 

「ウォッカ西瓜も打ち止めやし、新しいの作らんとな」

 

現状を軽く流しながら、店主が新しい西瓜を取り出して瓶を刺した。

 

複数である。

 

「ちょっと待て」

「何の変哲もないカクテル西瓜やが、どうした」

 

カクテル西瓜、西瓜に複数種類の酒を突き刺して作る、ウォッカ西瓜のバリエーションである。

 

「在るのか、そういうレシピが本気で在るのか」

「酒呑み御用達って感じやけどなー」

 

乱暴すぎるレシピに呆れ半分で頭を抱える提督に、笑いながら西瓜を冷蔵庫に入れる龍驤。

突き刺した後は放置するだけである、期間は一晩から一週間の間ぐらい。

 

時間経過で酒っぽさが抜けてまろやかに成る、好みのタイミングで食べる物だ。

 

そしてそのまま入れ違いで新たな西瓜を取り出して、日本式に切り分け始める。

 

「まあコッチは普通の西瓜や、安心して食うとええ」

「わあ、無理にでも西瓜を食わせようとする姿勢が酷え」

 

引き攣った笑顔の提督の前に、ほれ司令官と切り分けた西瓜を置く筆頭秘書艦の姿。

 

「そういやさー、東南アジアの西瓜って種無し西瓜が多いよな」

「アメリカもやな、日本では廃れた品やから珍しいってとこかい」

 

涼しげな音を響かせながらの疑問に、軽く応える店主が居る。

 

「種無し西瓜の栽培手法は、日本の開発だよな」

「ああ、んでコストがアレすぎるんで即座に廃れて現在に至る感じや」

 

種が未発達な分、茎や蔓に栄養が取られて甘くするのが難しい。

余計な手間が掛かる分、人件費が高騰する。

 

そもそも、種が有っても気にしない人が多い。

 

そんな理由で、種有りの西瓜を作っていた方がマシと言う経済的な現実の前に

日本国内での種無し西瓜の市場は消滅したと言う。

 

「ここらだと違うのか」

「まず、人件費が哂えるほど安いな」

 

それと、市場規模が日本とは桁違いに大きいと言う利点がある。

 

「それに、暑い地方やと西瓜は飲み物やからな、デザートの日本とは扱いが違うわ」

 

甘味として食する日本ならばこそ、種を吐き出す手間を厭わないという面がある。

 

しかし、水分のためにかぶり付く東南アジア、アメリカ南部、メキシコなどでは、

水質の問題も在り、安全な飲料である西瓜、その種の在る無しは大きな問題であった。

 

「そんなわけで、種無し西瓜の栽培技術は大反響を持って迎えられた訳やな」

「そして定着したって事か」

 

シャクシャクと良い音を立てながら、提督から納得の声が上がった。

 

「まあ、手間に金額が乗るようになったし、日本でも少しは売っとるみたいやけどな」

 

何だかんだで昨今、ブラックジャックなどの新品種が細々と流通に乗りはじめた。

 

「見た事無いなあ」

 

しかしながら、現状はその一言に終始する塩梅である。

 

 

 

夜も更けた頃合いに、提督と龍驤が静かに会話を続けている。

 

真剣な色合いのある店内の空気に、二の足を踏む艦娘が入口に数隻溜まっていた。

 

時折、入口付近から中を覗き込んでは小さく声を上げる。

 

―― あの提督、格好良いよね

―― 何を話しているのかな

 

駆逐艦たちが姦しい意見を囁き合っている。

 

―― 凄く真剣だよね、邪魔しそうで入り辛いと言うか

―― ブルネイの魔女と司令官か、今作戦に何かあるのかな

 

何かの言葉に、感情の見えない様相で応える龍驤が居る。

 

深刻な表情で頷く提督の、愁いを帯びた横顔に改めて黄色い声が上がった。

 

―― この順調な進捗でも油断しないと言う事か

―― 流石は二つ名持ちの主従と言った所か

 

巡洋艦たちが、感じ入った風情で頷き合う。

 

「―― ああ、安心した」

 

店内から僅かに零れて来た言葉に、集団の中に在った緊張が緩和する。

 

改めて店を訪れた利根が、屯する艦娘の後ろで、状況を察して遠い目をした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深夜、いつしか客が提督だけと成った店内で、静かな言葉が在った。

 

「龍驤 ――」

 

いつになく真面目な表情で、耳にしたと言う情報を問いただす。

 

「紐パンって、結んでいる部分は飾りでしかないと言うのは本当なのか」

 

いつもの提督であった。

 

股間を包む布地を、両サイドで紐で結んでいるのではない。

普通の下着に、飾りとして結びの紐が付いているだけだと提督が聞いたと言う。

 

「そやな」

 

平坦な声で現実を突きつける、紐パン派の軽空母が居た。

 

「何てことだ」

 

深刻な表情で頷く、世の悲哀全てを背負ったかの如き様相である。

 

「まあ、いくつかバリエーションがあるわ」

 

深淵に沈み込む提督に、蜘蛛の糸の如き言葉を垂らすのもまた、龍驤である。

 

曰く、横紐に結ぶための飾り紐が別添えで付いているタイプ。

曰く、横紐と結ぶための紐の2本が付けられているタイプ。

 

そして最後に ――

 

「すると」

 

僅かな期待に、力強き頷きの笑みがある。

 

男なら勃起して、女なら股を濡らす、そんな精悍なる笑みであった。

 

「ああ ―― 安心した」

 

そうだ。

 

在る。

 

紐パンは、在る。

 

世の真理を得て、安らかに笑う提督の姿が在った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 沖

蒼天は深く、その下に穏やかな海面がどこまでも続いていた。

 

好天に恵まれたサイパン仮設泊地、吹き抜ける風に涼し気な空気が踊る中、

荷物を小脇に抱えて仮設宿舎前を歩んでいる龍驤へと、襲い掛かる質量が在る。

 

むにりとした感触と、惑星ジャポニカの住人が唐揚げにしそうな夏の香り。

 

犠牲者が、五十鈴かと小さく呻いた後、水平線の彼方へと視線をやって寂しそうに言葉を零す。

 

「乳で、誰かわかる様になってしもたなあ」

 

前作戦でドラム缶との間に挟まれた記憶も蘇る。

 

航空母艦龍驤、もう手遅れなほどの乳ソムリエぶりであった。

 

そんな真昼のリゾートで、冬の日本海並に黄昏ている姿に多少引きながらも、

それはいいからとタスケテと、後背に回り乳を乗せながら五十鈴が縋った。

 

豊か過ぎる膨らみの下、ティディベアの如く振り回された乳置きの眼前には、初月。

 

普段は誰かの後ろに居て、龍驤の視線から全力で逃れ続けている防空駆逐艦である。

それが珍しく眼前に居る、少しばかり血の気が引いているのはご愛嬌と言う物であろう。

 

やがて意を決したのか、極めて真面目な表情で筆頭秘書官へと問い掛けた。

 

「皆、装甲が薄く成っているんだが、今回の作戦の資材は大丈夫なのか」

 

何処までも真剣な声色であった。

 

並々ならぬ覚悟を持って、現実を受け止めようとする強い意志が見て取れた。

いざと言う時は容赦なく節約して貰っても良いと、尊い自己犠牲の発露も伝わって来る。

 

その後ろでは、水着姿の駆逐艦たちが風船状のボールで遊んでいた。

 

「……ねえ、どうしようコレ」

 

何か上手く説明できなかったらしい保護者担当軽巡も、弱り切った声で聞いて来た。

 

難問を突き付けられた龍驤は、目を瞑り、穏やかな表情で黙考する。

 

なるほど、たしかに初月は駆逐艦離れした胸部装甲の持ち主であった。

 

だがしかし、所詮は白露型程度。

 

今作戦参加駆逐艦として再会できたと言う、姉の秋月や照月は何と言うか

巨、を越えて爆、とか超、とか言う有様であり、もはや重巡クラスである。

 

龍驤は魂で理解した、コヤツもまた持たざる星の元に生まれた艦なんやと。

 

瞼が開けられた後に在ったのは、五十鈴が、いまだかつて見た事の無いほどの優しい笑顔。

 

そして菩薩の如き雰囲気の乳置きが、頭の上に乳へと脇に抱えていた荷物を渡す。

 

「ちょうど今ここに、ながもんから没収してきた白露型用水着制服の試作品が在る」

「いや、どこからツッコめば良いのかわからないんだけど」

 

思わずに、厄の香りがする難物を両手で受け取ってしまった五十鈴が、龍驤から離れる。

そんな僅かな隙間に菩薩の掌が差し込まれ、促すようにと初月の方向を示した。

 

慈悲と慈愛に満ちた、嫋やかな仕草と表情であった。

 

釣られて笑顔に成った受け取り手が、そのままに視線を誘導された方に向ける。

 

優しい空気が、そこには在った。

 

ところで、外面似菩薩内心如夜叉という言葉が在る。

 

振り仮名を打つならば「ひしょかんのこころえ」とでも打つべきだろうか。

 

「剥いてしまえ」

 

おっけーと、菩薩が伝染した軽巡洋艦の口から軽い口調が零れる。

 

その日、泊地に秋月型4番艦の悲鳴が木霊したと言う。

 

 

 

『邯鄲の夢 沖』

 

 

 

花崗岩の海岸に挟まれた、弧を描く白浜。

 

どこまでも遠く、ソーダ水の如く鮮やかな青色に染まる海面は

遥か彼方で藍色に変わり、空と交わらず水平線を描き出している。

 

見れば遥か沖合に、何やら天まで届きそうと言われる特徴的なマストを持つ戦艦姉妹が、

鮫に噛まれたり鯨に乗せられたり、深海棲艦を捕食しているクラーゲンに浚われたリしている。

 

そんな海上の現場にトルネードが迫っていた頃。

 

―― 大丈夫だよ、夕飯ごろには戻って来るから

 

砂浜で缶詰を開けていた随伴幸運艦が、ハイライトの消えた眼で語った。

 

セーシェル諸島プララン島、アンス・ラジオ。

 

エデンの園とも呼ばれるその土地は、かつて龍驤がドイツ艦と共に停泊した

エデン島と等しく、インド洋に浮かぶセーシェル共和国に属する島である。

 

近隣に生育する固有種の双子椰子(ココ・デ・メール)の群生地である事でも知られ、

それ故に島内のヴァレ・ド・メ国立公園が世界遺産に指定されている。

 

そして、風が吹いた。

 

謎のブルネイ本陣所属長門型1番艦が、是非とも白露型にと選んだ黒色のビキニの上、

海に吹き抜ける風を受けて、黄金の髪と共に、首周りを包んでいるマフラーが流れる。

 

そんな夕立の元へ、椰子の木陰から香辛料の香りが運ばれて来た。

 

視線を向ければ、軽く缶詰を火に掛けている黒髪の艦娘。

 

同じ衣装に身を包む姉妹艦、時雨であった。

 

軽く手を振りながら声を掛け、到着を知らせる姿が在り。

いくらかの伝達事項を伝え、カレー缶の中身を分け合いながら2隻が会話を弾ませる。

 

内容は最近の互いの戦況の様だ。

 

サイパン側の作戦進行は順調であるとか、暴虐軽空母が泊地内施設に隔離されているとか

アフリカの内陸では米軍が忙しそうだけど、インド洋側はやたらと暇だとか。

 

何と言うか、乙女の会話にしては色気が無い。

 

ならばと時雨が、最近に近海で見かけるクラーゲンの観察記録を取り出して、失意体前屈。

 

やはりどうにも色気が無かった。

 

「そうだ、何でジブチの自衛軍拠点じゃなくて、コッチに待機してるのかな」

 

ふと、思いついたような声色で夕立が疑問を呈す。

 

ソマリア沖の海賊被害に対応するため2011年、ジブチ共和国に自衛軍拠点が置かれた。

 

喜望峰からインド洋へと向かう位置に在るセーシェルから北方、紅海に入る少し手前

アデン湾との境のバブ・エル・マンデル海峡、アフリカ大陸側にある国である。

 

そんな問いに時雨が苦笑を零し、まあ要はアメリカ軍のお供だねと現状を一言で表現する。

 

どうせならリゾート地でと、そんな余禄も付いていると。

 

「そこらへんの理由は、夕立の方が詳しいんじゃないかな」

「秘書艦悪党組の思考は追いきれないから無理っぽい」

 

問いを向け直してみれば、両手を挙げて降参の姿勢を見せる秘書艦お茶汲み担当。

 

「手には計略、心に夢をってとこかな」

 

本心か嘘か、どちらにせよ語られる事は無いと悟った問い手が韜晦する。

 

「そんな事を言ってると、龍が南冥に東方の威風を吐きかねないって」

 

からからと笑いながら夕立が、以前に泊地で観た映画の内容で答えを返す。

 

「困ったな、龍驤さんが道を拓いたら、僕らもこぞって続かなきゃいけないのか」

「そんな泊地ぐるみでやらかしたら、本土の関係者が卒倒するっぽい」

 

言っている内に鬼が笑いそうな内容が真実味を帯びて来て、止めとこうと互いに頷く。

 

「そう言えば、何で近隣の島のお店は何処にもお尻が置いてあるのかな」

 

話題の転換にと、資材受け渡しの折に見かけたセーシェル首都の様相を問うた。

 

「あれは、双子椰子の実なんだよ」

 

何の事かと考えるもすぐに思い至り、気軽な口調で答える時雨。

 

双子椰子、雌株の実が女性の臀部、雄株の実が男性の陰部の形をしている植物である。

 

大航海時代にヨーロッパ、と言うか英国に注目され、その特徴的すぎる形状から

媚薬として高値で取引されたり、群生している島こそがエデンの園だと主張されたり

 

まあ何と言うか、いろいろと性的な勘ぐりに晒された植物であった。

 

あまりにもそのままな形のため、現地でも月夜の晩に雄株が自力で土から抜けて

自分で歩いて雌株の所までたどり着き、そのまま種付けをするとの言い伝えがある。

 

そしてそれを目撃してしまった者は、語ると不思議な力により殺されると、コワイ。

 

ついでにどうでも良い話だが、雌株は世界最大の種子と言う事でギネス認定されている。

 

「至る所にお尻が在るから、妖しい宗教か何かと思ったっぽい」

 

インド洋の真珠、セーシェル共和国。

 

置物として、または土産物として、軒先に店頭に、至る所に尻が在る国である。

 

半目で感想を語る夕立に、引き攣った笑顔でしか応えられない時雨であった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夜の底、喧騒が遠く雑音を奏でる頃合い。

 

「大戦の、亡霊か」

 

うらぶれた高架下の赤提灯で、何処か疲れた雰囲気の中年2名が安酒を煽っている。

 

「人造英雄理論とか言う与太話は、まさにそれだな」

 

何処か飄々とした風情を纏う横須賀第4提督室へ、古巣の友人が答えを語る。

 

「ほれ、陰陽寮は明治維新の時に一度解体されただろ」

「また随分と過去に飛ぶね」

 

はじめから順序立ててなら、どうしてもなと苦笑が在る。

 

「まあ要は、無職になったと」

「世知辛い話だねえ」

 

いつの世にも有り得るありふれた苦難への言葉に、喉を灼く安酒が重なった。

 

そして、前大戦までの間、どのように雌伏していたかまではわからないがと続く。

 

「再起を賭けた陰陽師たちが手を付けたのが、揚陸艦の嬢ちゃんが見付けて来た」

 

そこで、言葉が切れる。

 

続くであろう内容を、第4提督が口にした。

 

「フランクリン・ルーズベルト呪殺」

 

そのまま、夜の中に静寂が落ちる。

 

遠く警笛の音が響き、静かな喧騒の中に途絶えた。

 

「戦局を覆すほどでは無かったが、存在感は示せただろうな」

 

ぽつりと、零れる様な言葉が在る。

 

「進駐軍に、かな」

 

返す提督の音も、些少。

 

無言のままに杯が空き、店主へと代わりを頼む頃合いに、軽い声色が響いた。

 

「陰陽寮再建の時に、やたらあっさりと専門家が集まったなあとは思ってたけどねえ」

「ずっと紐付きだったんだろうさ、戦後80年の間」

 

互いが不思議と同じタイミングで、大根に辛子を塗りながらの会話が在る。

ひとしきりの作業を終えて口に運び、眉を顰めてから息を吐く。

 

「揚陸艦の嬢ちゃんは、素直に人造英雄(デコイ)に引っ掛かっとくべきだ」

「陰陽師が何をやらかしたのか、知っておきたい所なんだけどね」

 

艦娘を戦場に送る立場上と、言外の覚悟が僅かに見えた。

 

そんな提督の言葉に逡巡が在り、やがて、お道化た様な言葉が引き出される。

 

「何もやって無いさ、証拠なんてのも当然無い、何も無かったんだから」

 

軽い声色の割に、視線に笑みの色が見えなかった。

 

言葉の意味を少し考え、やがて、提督が溜息混じりに理解を示す。

 

「ああそうか、詰まる所、そういう事か」

 

零れ落ちた諦観に肯定の声を充て、そのままに繋げた言葉が返る。

 

「これ以上は、公然の秘密ってやつに手を突っ込む事に成る」

 

どちらとも無く、酒を呷る喉の音が夜に置かれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 辺

 

晴天に恵まれた爽やかなサイパンの空の下、爽やかでは無い2隻が埠頭に居る。

 

ブルネイ産の龍驤と明石だ。

 

「ようやく今日付で、セーシェル方面の撤収が開始されたそうですよ」

「米軍と自衛軍の手前、はいサヨナラとはいかんわな」

 

展開された軽空母の艤装を弄りながら、工作艦はさらに言葉を紡ぐ。

 

「種子島は昨日で全部終わったんですけどねー」

「アッチは海軍だけやし、何より本土組主体やからなー」

 

そして今作戦、最後の増援が現在サイパンを目指し航行中であると言う。

 

「本土の方は大騒ぎらしいですね、増援部隊にも記者が満載されているとか」

「関係者だらけの最前線なんは認めるが、来ても意味が無いやろうに」

 

龍驤が海に目をやれば、亡霊が海面で手招きをしていた。

厄介事の香りしかしない、軽く眉間を抑えての嘆息がある。

 

「それはついでというか、太平洋打通の決定的瞬間を確保したがっているらしいですよ」

「道理でウチみたいな端役にまで、露払い任務が降って来るわけや」

 

本日の日米暴虐古参空母ウエスタン酒場は臨時休業であり、店主には随伴2隻を伴い

邪魔に成らない戦場の端っこで、浄化用探査機ばら撒きなる任務が割り当てられていた。

 

「よっと、これで装備スロット増設完了です」

「赤加賀の馬鹿話も、たまには役に立つもんやなあ」

 

戦場に冷蔵庫をなどというわけのわからない主張が、艤装スロットの拡張改装と言う

それらしい計画に化け、補強増設と命名され今まさに龍驤の艤装に適応された所である。

 

ちなみに、もともとの発案者の赤城と加賀の艤装は既に改装が完了されており、

今日も増設部に接続された携帯用小型保管庫の中に、戦闘糧食(おにぎり)が入れられている。

 

「将来的には、機銃ぐらいは接続可能にしたいところですね」

 

見れば探査機を抱えた天津風と島風が、埠頭に小走りで駆け寄って来ている。

 

「期待して待っとるわ」

 

後ろ手に言葉だけ残し、龍驤が海面に足を踏み出した。

 

 

 

『邯鄲の夢 辺』

 

 

 

海原を割り征く艦隊が在る。

 

先行する金剛の後ろ、駆逐艦に挟まれた2隻は、正規空母。

共に赤を基調とする道着に、黒白と対を成す色合いの長髪。

 

赤城と翔鶴である。

 

「駆逐古姫とやら、今日もヒットしませんネー」

 

艦隊の先端より、高速戦艦のぼやきが響いて来た。

 

当海域に巣食う姫級怪異、駆逐古姫。

時折発見の報告は在るが、未だに撃破報告は挙がっていない。

 

「遊撃して来る姫級怪異と言うのも、珍しいですよね」

「おかげでこのままだと、撃破より先に打通が完遂してしまいます」

 

翔鶴の問い掛けに対し零れた何気ない言葉に、赤城は何か掛かるものを感じた。

 

予定通りの進捗、予定通りの損害、予定通りの戦果。

 

思うようにいっていないはずなのに、状況は何の問題も無く終焉へと向かっている。

 

「……以前も、こんな流れがありましたね」

 

本来起こるべき、当然の誤差や誤算の無い状況。

 

それどころか、偶発的な事象の悉くが都合の良い展開に繋がる異様。

さながら全ての賽の目が、常に狙い通りの数字を叩きだす様な理不尽。

 

―― ■■■■

 

脳裏に、赤い水干を纏う戦友の姿が浮かぶ。

 

―― ■マ■■

 

まるで、世界その物がそうあるべきと手を加えているが如く。

 

―― ■マ■イ

 

「私たちは、勝たされている」

 

零れた言葉に視線を向けた翔鶴が、突如に蒼白と成り赤城の名を叫んだ。

振り向いた金剛が驚愕し、急制動を掛ける、砲塔が立ち上がる。

 

「……え?」

 

その時に成ってようやく、赤城が自らの掌を眺め動きが止まる。

薄闇の、視認できるほどの瘴気が全身に絡みついていた。

 

「眠ッテイタノニ……無粋ナ、ヒト達」

 

その背後から、何かが姿を見せる。

 

白蝋の肌、骨の如くと白く朽ちた髪の隙間に、漆黒の角。

 

小柄な体躯の後ろに、悍ましき色合いの艦艇の様な艤装が控えている。

 

「姫級の、怪異」

 

怪異の威圧を堪え、翔鶴が弓に矢をつがえた。

 

そして膠着する。

 

射線が通らない、深海は赤城を盾にする位置に留まっている。

 

「最悪、赤城ごとシュートしますネー」

 

狙いをつけ、僅かな状況の変化も見逃すまいと構えている金剛が言った。

 

「ヨクハワカラナイケド」

 

瘴気を漂わせ、赤城へと絡みつく怪異が在った。

 

「貴女ハ、同ジ匂イガスル」

「同じ匂い、ですか」

 

棲姫が、囚われたものを覗き込む。

 

「聞コエテイルノデショウ、声ガ」

 

―― ■マシイ

 

「ああ、その眼は」

 

赤城が。

 

覗き込んでくるその瞳に、思い出す物があった。

 

―― この眼は、ずっとアレを見ていた

 

泥の様な重さが赤城の胸を埋め尽くす。

 

記憶の中、かつて春日丸と呼ばれたソレが、眼前の怪異に重なる。

 

―― 私ではなく、アレを見ていた

 

下から溢れんばかり、僅かな隙間すら残さず。

燻る泥の熱量が、脳裏を埋め尽くす中、ついに理解する。

 

声が、いや、はじめから聞こえていたのか。

 

聞こえていたものを、聞こえない事にしていただけ。

 

―― 妬マシイ

 

ただの一言が在った。

 

それが全てを埋め尽くしていた。

 

妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ

妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ

妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ

妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ

 

「あ……アァ、アあぁアあぁァッ」

 

艦隊が口々に赤城の名を叫ぶも、次々と、何度でも

脳裏を埋め尽くし続ける言葉に塗りつぶされ、何も届かない。

 

深海の姫が、童女の様に無邪気な笑顔で口を開いた。

 

「ヨウコソ同胞ヨ」

 

悲鳴にも似た赤城を呼ぶ声に、背を向けて倒れ込む様な正規空母を。

 

深海の姫は、受け入れるかの様に両手を広げ。

 

その顔面に、一本の矢が突き刺さった。

 

俯き、苦鳴を漏らす正規空母が、その手に握り締めていた矢が。

 

「エ、アレ……何デ」

 

絡み合っていた2隻に、僅かな距離が開く。

 

荒い息遣いが、海域の空気を静寂に染めた。

 

「―― アァ、妬ましい」

 

声に、奈落の底から湧きだす様な、呪いが在る。

 

言葉が募る度、海域に黒い物が溢れ、空気を鉛に変える。

 

赤城が自らの、心の臓を握りしめるかの如くに空いた手を胸に沿わせた。

 

「苦しい、憎らしい、殺してやりたい」

 

淡々と。

 

淡々と呪いの言葉を吐き出し続ける。

 

「――ッ」

 

言葉を紡ごうとした棲姫の口に、新たな矢が突き刺さる。

衝撃に反った頭部に、矢継ぎ早に叩き込まれる赤城の弓。

 

淡々と引かれる弦に、俯き、影と成った表情は伺い知れず。

 

僅かに見える口元には、夜を割る月の如く、歪な笑顔が見えた。

 

海域は静寂に呑まれ、蒼白な艦が影を連ねている。

 

「イヤ、ダッ……ドウシテッ……ナンッ ――」

 

悲惨の音がする海域に、乾いた笑い声が鳴り響いた。

 

鳴き声は哄笑に打ち消され、海域に見る者全ての心に傷を残す。

 

「タス ―― リュウジョ ――ッ」

 

悍ましい感情に染められた、赤城の割れた様な醜悪な笑顔が。

常日頃の張り付いた物とは違うそれを、翔鶴は綺麗だと思った。

 

「コレは、私のモノです」

 

瘴気よりも悍ましく、地獄めいた言葉が海原を塗り潰す。

 

「貴様らなどにわけてやる義理は無い」

 

深海に対する宣言の先には、矢衾が残るだけ。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

戦場と言う場所では、たまさか信じられない様な事件が起こる。

 

様々な事例には、それぞれ様々な理由が付随しているものだが

因果を辿って見れば単純に、連相報ちゃんの欠落が原因である事が多い。

 

仕方のない事ではある、自軍の行動をいちいち敵軍に細かく報告する必要など無いのも

道理なわけで、目隠しで殴り合う互いに時折、笑いの神が降りてくるのは必然とも言える。

 

わかり易い事例を挙げて見よう。

 

ここに、こんな意味の無い場所に敵は来ないだろうと出撃した艦隊が在った。

 

そこに、この方面ならば敵に逢わずに休息できるだろうと考えた姫が居た。

 

「…………」

「…………」

 

互いに無言であった。

 

無人探査機の妖精を捻りあげながら、顔色が消えている小柄な軽空母。

流れる黒髪を、癖も露わな片括りにした、黒い着物の深海の姫。

 

その海域で遭遇した互いが、わけのわからない状況にしばしの静止を見せた。

 

感情の抜け落ちた状態のまま、龍驤が随伴の天津風に無人探査機を渡す。

蝋細工の如くに固まっていた駆逐古姫が、随伴重巡に促され再起動を果たす。

 

「……ドウシテ」

「……言われてもな」

 

どうにも何か、機会と言う物を逸した感が在った。

 

本日未明 ―― 龍驤哨戒艦隊、初出撃に於いて駆逐古姫と遭遇する。

 

旗艦、龍驤

随伴艦、天津風、島風

 

兵装、彩雲、タービン、高圧缶 ―― 航空及び砲雷撃戦可能装備、無し

 

端的に言って、龍驤の上の鯉である。

 

どこかで妖精が哂っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 八

 

透き通る空気の海上に、小さく咳をする音が響いた。

 

「コンナ場所デマデ待チ構エルナンテ、忌々シイカンム……ス」

 

漆黒を靡かせていた深海の姫が、言葉を紡いでは戸惑いを見せる。

 

「カンムス?」

「何でそこで疑問形やねん」

 

持ち直そうとした空間に、再度白々しい空気が充満した。

思わず入れたツッコミが招いた静寂に、龍驤が冷や汗を流す。

 

そして雰囲気に耐えかねて、小さく咳を入れてから口を開いた。

 

「こ、事此処に至っては是非も無いわ」

 

どうにも決まりが悪く、旗艦が妙に芝居がかった口調と姿勢で見えを切れば、

引き攣っていた駆逐古姫も気を取り直し、瘴気を滲ませながら言葉を返した。

 

「ハ、駆逐艦3隻デ抗ウツモリカ」

 

「誰が駆逐艦やッ」

「エェッ!?」

 

時折朝潮型航空駆逐艦を自称している割に酷い言い草であった。

心には棚を作る物、惚れ惚れとするほどにぐでぐでな雰囲気である。

 

どこまでも空気が乾いていた。

 

 

 

『邯鄲の夢 八』

 

 

 

何度目かの仕切り直しの後、奇跡的に、ようやくと砲火を交えるの段に辿り着く。

 

だがしかし ―― 出来るのかと、駆逐古姫が哂う。

 

「ソノ兵装、力ヲ感ジナイゾ」

 

指摘された内容に、随伴の天津風が唇を噛んだ。

 

龍驤哨戒艦隊、浄化装置散布を主目的とする今出撃に於いて、

 

艦隊参加艦の少なさ、及び艦種から戦力と機動力の両立は難しいと判断し、

中途半端に成るよりはと、全装備を索敵と高速化に割り振っている状態であった。

 

完全に裏目と成ってしまっている。

 

装備スロットに触媒が入っていない以上、艤装に兵装自体は在るものの、

火砲、魚雷などが、深海の瘴気を撃ち抜くほどの霊的威力を纏う事が出来ない。

 

ましてや相手は姫級怪異、奇跡の一つ二つでは足りないほどの断絶が在った。

 

言葉に、表情を硬くする2隻の随伴駆逐艦。

 

だが、龍驤は微塵も揺るがない、揺らぐ物も無い。

 

「―― サジタリウス」

 

言葉に合わせ、その指が天を衝いた。

 

「今からキミが、目にするモノや」

 

釣られ、深海の姫が空へと視線を向ける。

 

何も見えない。

 

「サジタリウス……ダト」

 

何も無い。

 

しかし、眼前の敵は一切の迷いなくふてぶてしく笑っている。

もしも、射手の星座の名を冠す何物かがそこに在ると言うのならば。

 

在るのか。

 

この空に、この状況を覆す何かが。

 

深海の電探が起動する、南冥の空に僅かの兆しも見逃すまいと、

どこまでもの空白に艦隊が意識を割いている最中。

 

足元から、何か断続的な駆動音が響いた。

何かの経文の様な、聖歌の様な様々な音声もそれに重なる。

 

チラリと視線をやれば、妖精が居る。

 

それの上に直立不動であった妖精は、音を立てそうなほどにキッチリとした敬礼を見せ。

 

即座の衝撃に、棲姫の鼓膜が振動を認識する事を拒んだ。

 

爆発。

 

自走式海域浄化装置が過たず自壊を果たせば、

 

音量が海面を叩き、紅蓮と化した熱量が渦巻いては空へと吹き上がる。

そして、アフロと化した妖精が敬礼の姿勢のまま彼方へと吹き飛ばされていった。

 

「イ、イッタイ何ガ……ッ」

 

煤に汚れた前面に、咳き込む音を重ねながら爆焔を抜け、

駆逐古姫が状況を確認に努めれば、すでに眼前には海面が広がるばかり。

 

かなり離れた場所に、龍驤艦隊の背中が見える。

 

「…………」

 

新型缶装備で高速化された天津風に、駆逐艦よりも速度で劣るはずの軽空母が並走している。

 

一目散に逃走を続ける艦隊には、何か四つ足の如き艦影が在る。

見れば龍驤の胴体に、後ろから腕を回し騎馬の如き体勢で押している島風。

 

容易く50ノットを越える程に強化された島風の出力が、龍驤を未知の世界へと押し上げる。

 

高速化されていた艦隊は、今まさに新たなる次元へと突入した。

 

明らかな異様、何と言う本末転倒、並の駆逐艦よりも速い空母機動部隊。

 

―― そう、刮目せよ、これこそ。

 

「これこそが逃走用高速機動モード、艦娘人馬形態(サジタリウス)ッ」

 

両腕を組んで胸板を張りながら龍驤が宣言する、実は他に何もしていない。

あまりの速さに艦載鬼の発着艦が不可能なため、彩雲すら飛ばせない有様である。

 

おぅだのこんじょーだの叫びながら、後ろから全力で島風が押し込んでいた。

 

「……ニ」

 

そして、白く成っていた深海の姫が声を絞り出す。

 

同じく固まっていた随伴の重巡が、声に視線を向ければ。

 

「逃ガスカアアアァァッ!」

 

怒髪天を衝くドリルな様相で追撃を開始した。

 

「あ、何か叫びながら追ってきたわよ」

「怒りと哀しみを感じる音色や、どうしてあれほどの感情を出しとるやろう」

 

比較的姿勢が自由な天津風の報告に、想像もつかんなと真面目な声で龍驤が応える。

 

「逃げる前に、煽って行く、からじゃ、ないかなあーッ」

 

島風型船外機から、極めて尤もな返答が出た。

 

3隻の髪が後ろへと流され、風に乗ってはためく。

現在の艦隊の航行速度は40ノットを越えたあたり。

 

多少速くとも、そこまでの速度に満たない駆逐古姫との距離が離され、

 

羅針盤固定、進路変更、

 

先行が曲がる度に、瘴気の中を直線で追走する姫に距離を詰められる。

 

「直線で離してもコーナーで詰められとるッ」

「あの姫の方がドライビングテクニックが上と言う事だねッ」

 

「いつから海域が峠になったのよッ」

 

妙な釣り合いが取れた追走劇は、近付いては離れと繰り返されていく。

 

そこへ伸びる、数本の雷跡。

 

「緊急回避ーッ」

「乙字うんどーッ」

 

「逆之の字回避ッ」

 

射手と随伴が左右に割れて、迫りくる魚雷を回避する。

 

突然に繰り出された雷撃を、ジグザグな切り返しで慌ただしく避ける中、

海中より浮かび上がる悍ましき瘴気の塊は至近、前方、艦隊の進行方向。

 

―― 来タ……ノネエ……獲物タチ、ガッ

 

そして何やら顔を出した変な潜水カ級の顔面を、龍驤の厚底が踏み付けた。

間髪入れず、サジタリウスの後ろ足こと島風のヒールが蹴り飛ばす。

 

「自軍に向かってるのに何で敵に遭遇するのよッ」

 

沈んでいく深海潜水艦隊、おそらくは旗艦を踏み越えた龍驤を横目に、

並走している天津風がやるせない思いを一気呵成に叫んだ。

 

「日頃の、行いとかッ」

「心当たりが在り過ぎるッ」

 

サジタリウス後ろ半分の的確な指摘が、前半分にクリティカルを出す。

 

言いながらも遁走を続ける艦隊に、追撃の雷跡。

 

「加速ーッ」

「いえーッ」

 

回避運動、ではない。

 

そう、40ノットを越える速度とはどのようなものであろうか。

 

白く尾を引く海面が、龍驤たちから目に見えて引き離され、やがて水柱と化して消えた。

 

極めて端的な表現が在る。

 

即ち ―― 魚雷よりも速い。

 

「待テッテ、言ッテルジャンカヨオオオォッ」

 

何もかもが置いて行かれる中、憤怒の色が見えそうなほどの怒声が艦隊に届く。

見事に置いて行かれた形に成った潜水艦隊を踏み越えて、駆逐古姫が追撃を続けていた。

 

そして友軍から豪快に蹴散らされる随伴潜水艦。

 

追われながら追う者の追走劇は、まだ終わる気配が見えない。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

その後方の海域に、複数の深海棲艦が集まっていた。

 

その中には、先程まで随伴で追撃に同行していた重巡洋艦も居る。

 

「ジャ、アトハ手筈通リニ」

 

集団の中心は、駆逐艦と見紛うほどに小柄な戦艦。

 

戦艦レ級、片目を通り過ぎる様な刀傷の在る個体である。

掛けられた声に、軽く頷きながら棲艦たちが三々五々に散って行く。

 

静寂が海域を包んだ。

 

やがて、ただ一隻残されたレ級は身を翻す。

 

少しだけ前進して、静止。

 

最後に顔だけで軽く振り向いて、口を開く。

 

「サヨナラ、クチコキ様」

 

平坦な声での別れが在った。

 

視線の先、水平線に浮かぶような小さな影が幾つか。

目を細めては、もはや見分けのつかないそれに対しての嘆息が在る。

 

「嫌イジャナカッタヨ、アンタノ事ハ」

 

その顔に、唇を歪めただけの哂いが張り付いていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 生

「無数の敗北の中で、希少な成功例こそが英雄と呼ばれると」

 

殺風景な小隊詰め所で書類を捲りながら、あきつ丸が嘯いた。

 

「胡乱にもほどがあるのです」

 

電の言葉はにべも無い。

 

書面は語る、古来、英雄と呼ばれるモノに関しては様々な類型が考えられるが、

その中で語るべきはツキの在る無し、幸運に恵まれた事例であると。

 

「何ですか、要は織田信長が英雄(おけはざま)で、同じ事をして家を潰した息子が凡人とでも」

「そんな感じでありますな」

 

前大戦前夜、無職の陰陽師より提出されていた帝都霊的防衛構想の一角。

人造英雄計画、その概要を記した書面であった。

 

「英雄の条件としては、第一に上手く行く事であると定義した場合」

 

百の計略も、千の軍勢も、何事かを成し遂げられなければ塵芥に劣る。

部外秘と書かれた黄ばんだ書面を、捲り続けながら揚陸艦が要約を続ける。

 

「それを成した幸運に、理由が在ったとしたら」

 

それを再現すれば英雄を造り出せるのではないか。

 

眉に唾を付け始めた副官の姿に、苦笑をしながら隊長が言葉を繋げた。

別に、事実がそうである必要は無いのでありますよと、哂う。

 

「要は、同じ効果が在れば良いのです」

 

身も蓋も無い言葉に、切実すぎると電が天を仰いだ。

 

「けど、明らかに本来の目的とズレているのです」

 

ひとしきり話を聞いた後、根本的な疑問を口にした副官が居た。

 

その言葉に肩を竦めた隊長は、存在理由の方は手詰まりでありますからねと嘯く。

 

「それにまあ、コレはデコイに偽装した伝言の様な気配が在るのですよ」

 

AH計画進捗報告書、捜査上、不自然に目の前に置かれた何の関係も無い書類。

 

「ユダからの招待状、と言う所ですか」

 

見覚えのある肉筆をパラパラと捲りながら。

 

「しかし、意外に過ぎる内容でした」

 

日付の近い、最新の報告書を眺めながら、思うままの言葉が心中より零れ落ちた。

様々な経緯に、様々な事例に、最終的な結論が端的に、一言で纏められている。

 

現時点での人造付喪神に於ける成功例 ―― 無し

 

この文を信じるのならば、ひとつの結論が導かれる。

 

即ち、これに語られる英雄とは ――

 

「龍驤殿では、無い」

 

書面を流した者の望みは何なのか、あきつ丸は心中に様々な状況を想定し

仮定と、破綻に、未だ霧の中に在る真実と割り切って保留した。

 

 

 

『邯鄲の夢 生』

 

 

 

素晴らしい勢いで滑って行った。

 

海面と顔面が綺麗に平行を描き、将棋倒しと成った龍驤と島風が

コミカルな音でも聞こえてきそうな勢いで進行方向へと滑り込んでいた。

 

滑らかすぎるその軌道は、前面部に引っ掛かる物が無い故であろう。

 

古姫の視界に映る物は、2隻の靴底に入った罅、そして脚部艤装から漏れた煙。

 

昨今、ダイヤモンドを駆け抜ける競技でも、中々に見る事の出来ない美しい滑り込みは

異常に気が付き速度を落とした天津風の横、風切る音を飛ばしながら通過する。

 

追跡者が肩で息をしながら、その速度を緩めた。

 

ここが終着点である。

 

「手間ヲ、カケサセテクレル」

 

海面に五体投地を果たした獲物を前に、疲れた声に笑みを乗せて狩人が言う。

言葉を受け、縺れ合ったまま海面で姿勢を正した赤い水干の艦が指を立てた。

 

1本だけ立てられた指先が、再びに天を衝く。

 

「サジタリウス、それは決して外さぬ神の矢の如き」

「クドイッ」

 

2度も引っ掛かるかと憤怒を滲ませた叫びで、天丼を妨げる。

 

怒髪天を衝き、怨讐や憎悪とは毛色の違う、無垢なる怒りが古姫から迸る。

 

そして、応える様に爆音が響いた。

 

衝撃に、随伴していた駆逐級が粉砕される。

 

吹きあがる水煙に、釣られ立てられたままの指先を視線で辿れば、何もない空。

 

軽空母のドヤ顔が姫の米神の血管を責める。

 

信じた自分が馬鹿であったと、悔やみながら深海の姫が視線を戻せば

目の前で再度の噴煙、今まさに2隻目の駆逐級が沈められた所であった。

 

下方、海水を吹き上げながらの、即ち海中からの爆発。

 

雷撃と見た、しかし、爆発までに何の前兆も見て取れない。

 

「―― 酸素魚雷(ランス)ッ!?」

 

雷跡の無い水雷、かつて槍と呼ばれ畏れられた一撃が古姫の思考に浮かぶ。

 

「援軍、―― カッ」

 

視線を上げれば海域の果て、幾つかの艦影が見えた。

 

「神風型だけやないな、随分と混ざっとる」

 

最中に投げられた言葉に、視界の中の軽空母の有様に駆逐古姫の動きが止まる。

 

それから注がれていたのは、無機質な視線。

 

何故、今まで気付かなかったのか。

 

追い詰められた恐怖も無く、怪異に対する畏怖も無い。

相対する敵に対する憎悪も、戦火の下の昂揚も無い。

 

おかしい。

 

―― 何ナンダ、コイツハ

 

急激な状況の転換にも関わらず、思考を埋め尽くすのは必要の無い疑問。

 

違和感が、駆逐古姫の行動の全てを縛り付けた。

 

少なくとも、追い詰められている、はずだ。

 

―― 何故、私ヲ観察シテイル

 

如何に何某かの備えが在ろうとも、砲も、水雷も、何もかもが届く至近の戦場で

紙の如き装甲で、有効たる装備の一つも持たず、壊れかけた艤装を纏い。

 

―― 何故、ソンナ事ガ出来ル

 

「どうした、笑顔が消えたで」

 

次いだ言葉にあわせ、因縁の指先が口元に添えられた。

 

そのままに唇を歪め、哂う。

 

「何ナンダ、オ前ハ ――」

 

言い終わるよりも前、至近に吹きあがる水壁が言葉を遮った。

 

そしてその鼓膜は艤装の駆動音を捉え、水煙を抜けて来た物が在る。

 

黄金。

 

自らへと向かうそれが何かを理解する間も無い刹那、左右に、

上下にと揺れ動き、視線よりも速く視界の外に出る。

 

何かが向かってくる。

 

首を回し、視界に収めようと願うも僅かに端で黄金を捉えるのみ。

 

高速で切り返している。

 

ようやくに意識が其処まで到達した時、一点、あきらかにおかしい物に気が付いた。

 

鋼の色。

 

砲口が、縫い付けられたようにピタリと視界に止められている。

 

―― ツマリ、コノ機動ノ最中、照準ガ

 

思考を終えるよりも速く、反射的に身を翻そうと試みるも、足元。

 

波が、駆逐古姫の足を絡めとっていた。

 

―― 合ッテ

 

爆焔が視界を埋め、衝撃が古姫の側頭を揺らした。

 

直後、寸分違わず同じ場所に叩き込まれる砲弾。

 

―― イ、連撃、速

 

初弾で障壁を抜き、次弾がその身を削る。

 

砕けた古姫の側頭から、飛び散る破片が黒い霧と化して、消えた。

 

思考も纏まらず、開いた口から苦悶の叫びを響かせながら、

せめて、それの身を捉えようと伸ばした手の先で、霞の如くに消える。

 

刹那、何も掴めなかった指先を水煙が包んだ。

 

雷撃、だと理解した時にようやく、その姿を視界に収める。

 

軽やかに海面に弧を描く軌跡に、後ろに流した二つ括りの黄金が揺れた。

黒白の水兵服の上に、深い紺の上着を着流す駆逐艦。

 

「釣って来るとは聞いていたけど」

 

両の手にそれぞれに持つ、硝煙を上げる火砲を軽く振り、

通る声に、裏腹と静寂が訪れた海域に、次弾の装填の音が響く。

 

胸元で、睦月型であることを示す三日月の徽章が、陽光を返した。

 

「姫級とは聞いて無いよ」

 

ブルネイ鎮守府群、第二鎮守府3番、ヨー島泊地所属、睦月型5番艦。

 

皐月改二。

 

「―― 釣リ、釣リナンテ」

 

軋む身体を抑え、通り過ぎる言葉を咀嚼する。

 

「馬鹿、ナ……」

 

そんな事が可能なのか。

 

姫の怪異として、瘴気の場は常に展開されている。

 

あらゆる通信は阻害されている、はずだ。

 

これまでに幾度か在った状況の如く、前もって知っていたのならともかく、

偶発的な遭遇戦に援軍を出す、臨機応変な対応が可能なはずは無いと。

 

渦巻く疑問に、衣服を正しながら立ち上がった軽空母が答えを返した。

 

「やっぱ、見えとらんのよな」

 

懐から紙巻を取り出し、軽く咥えては火を灯し、語る。

 

気付く者も少なく、誰からの確証も無かった事実が在る。

 

深海側の、人類に対する情報戦に於ける絶対的な優勢。

 

あくまでも本能的であったそれは、一部例外を除き有効活用されていたとは言えず

あやふやな事例だけが積み重なり判断の妨げと成っていた。

 

当事者すらも、それを理解していなかったがために。

 

そう、怪異から種族へと変質する最中、深海が得た物と同様に失った物が在る。

 

一夜で千里を駆けると表現される霊魂の怪異。

 

世界を見渡す目。

 

端末でしか無かった下位の深海棲艦が自意識を確立したがため、

種族間の霊的結合に不純物が混ざり込み、その精度を著しく落としている。

 

そう、故に今の深海棲艦は、基本的に自分の認識可能な範囲しか認識できない。

 

そんな仮説に仮説を重ね、もしそうであったのならば、今ならば可能かと判断され。

 

「全世界で8か所、同時多発で偵察衛星を打ち上げた」

 

種子島、内之浦、ケープ・カナベラル、バンデンバーグ、

プレセツク、バイコヌール、ギアナ、そしてインド洋。

 

敢えて、5個所が小悪魔に食われたという事実は口にしない。

 

「見えとるんよ、今この場も」

 

改めて立てられた指先、そのはるか先にそれが在ると。

 

「日米英露伊仏、六か国による対深海棲艦情報共有」

 

回覧板と隠語で語られた、それは事実上の不戦条約。

 

「昨日付で、条約が締結された」

 

ここ数日の本土の有様は、深海棲艦の脅威を忘れるほどの騒動であった。

 

「戦争が、終わる」

 

甚大な被害、憎悪を以って書き換えられた国境線、失われた様々なモノが

やがて新たな大戦の火種と成り、戦間期は短くなりそうな気配が濃厚ではあるが、

 

それでもようやくに血に飽きた国々が、第三次の世界大戦を終結に向けて纏め出した。

 

「どうした、笑えや人類の敵(しんかいせんかん)

 

古姫の視界の先、語り手が望んだ通りの展開やろうと、哂う。

 

「次は、キミらの番や」

 

宣告が、目に見えぬ質量と化して海域を埋め尽くす。

 

押し潰された静寂に、吐き出された紫煙だけが宙を揺蕩い、

それを切り裂くが如くに小手が振り上げられた。

 

指先が、天を衝く。

 

「そら、怖いものが来るぞ」

 

呆然と、魂が抜け落ちた有様の駆逐古姫が投げられた言葉に、

何の思考も無く、ただ反射的に、機械の如くと無感動に空を見上げた。

 

果たして、そこに在る。

 

雲霞の如き何かが空に集っている。

 

爆音が、海域に響き渡った。

 

「決して外さぬサジタリウスの弓」

 

空を埋め尽くしているのは ―― 陸上攻撃機

 

いつか泊地で言の葉に乗せていた、艦娘の要らない艦娘の装備。

 

偵察衛星による索敵にリンクし、指定の海域を爆撃する死神の群れ。

明石の手に因りサイパンに設営された、航空基地から放たれた超遠距離攻撃。

 

海域を越え、遥かな距離を踏破して来た、妖精が操る96式陸攻。

 

「その矢は、ウチら自身と言う事やな」

 

終の言葉に合わせ、爆撃が全てを埋め尽くした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

火焔が視界を朱に染めた。

 

あらゆる場所を打つ衝撃に、砕け続ける身体を理解して

絶望に、諦観に、そして疑問が心中を埋める。

 

何があったのか、何故こうなったのか。

 

―― 何故、後続ガ来ナイ

 

袋叩きの中心で、自身が砕けながらも猶、撤退の機を探る。

そして同族の感を探りて、識る。

 

全軍が、速やかな戦線離脱を試みていると。

 

振り切って来た、随伴艦までもが。

 

不自然なほどに整然と。

 

―― マサ、カ

 

予定通りの戦闘、予定通りの軍勢、そして、予定通りの敗北。

 

そんな誰かの声が、聞こえた気がした。

 

「貴様カ」

 

喰らうために、肥え太らせた。

 

駆逐古姫が、真実へと辿り着く。

 

そう、自分は軍勢を掻き集めるための贄でしかなかった。

横から全てを奪い去るために、協力されていた。

 

「貴様カアァッ ―― 離島棲姫ッ」

 

火焔万乗、鉄風雷火の最中に、怨嗟の色を以って同族を呪う声が響く。

血涙が熱に炙られ、白蝋の肌に黒い染み跡を残す。

 

役割を終えた演者は、退場する定めと。

 

聞こえぬはずの声を、憎悪の泥で塗り潰した。

 

―― 沈ンデナルモノカ

 

爆撃が半身を消し飛ばす、踏み出した足が、暴れ崩れる波に取られ、千切れ飛ぶ。

 

―― ナル、モノ

 

崩れ去る世界の中、視線だけが歩みを進め、止まった。

 

そしてようやく、彼女が視界に入る。

 

意識すらも、止められた。

 

―― 何ナンダ、コイツハ

 

無機質な視線が、そこに在った。

 

赤い、どこまでも赤い1隻の艦。

 

僅かな力で引き千切れそうな装甲、あくまでも空母としての高速でしかない速力。

微塵も持ち合わせていない戦力、見るからに不安定な艤装。

 

端的に言えば、話にもならないその性能、鎧袖一触に消し飛ばせるはずの、雑魚。

 

だがしかし、現実はどうだろうか。

 

どれほどに手を尽くそうとも触れる事すら出来ず、

終には自らが微塵に砕かれようとしている。

 

―― コイツハ

 

識っている、このような理不尽を識っている。

 

駆逐古姫の意識の上に、小柄な漆黒の姫の姿が浮かび上がった。

 

―― コイツハ、アレダ

 

海を捨て、陸に上がり、人を食らう事に何の痛痒も見せぬ異端の姫。

世界そのものを従えている様な、あらゆる機会を活かす理不尽の権化。

 

―― アレト、同ジナンダ

 

僅かに残った生身の、伸ばした指先が衝撃に挽肉と化して砕け散る。

 

―― ソウカ、奴ラハコレヲ欲シガッテイルノカ

 

自らと共に無い、幾隻かの姫の姿を思い浮かべる。

 

―― コレヲ、コンナモノヲ

 

引き千切れた肉に、露出する背骨に氷を突き込まれた様な感情が在る。

何と名付ける暇もなく、崩れ去る身の内をそれが埋め尽くす。

 

そして心の内が、僅かに言葉と化して零れ落ちた。

 

「バケ、モ……ノ」

 

世界を塗りつぶす爆撃の底で、駆逐古姫と呼ばれたそれは確かに砕け散った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71 痴人の愛

艦隊が帰投した折、出迎えたのは香ばしい香りであり、大量の秋刀魚であった。

 

埠頭には、幾らかの損傷が見て取れる漁船、大量のコンテナ、そして

濡れ衣だと叫びながら、飛龍に足関節を極められている蒼龍の姿が在る。

 

その近く、何処の所属だろうか、綺麗な黒髪の陽炎型駆逐艦が秋刀魚をアーク溶接している。

横に隔離と書かれた札が在り、金剛型姉妹の内3隻が青い色に成って倒れていた。

 

龍驤は考える事を止めた。

 

何はともあれ入渠をしようと思った矢先に、七輪を携え待ち構えていた赤城が居る。

 

気が付けば、背後に加賀も居た。

 

龍驤が歩めば、加賀も歩む、3歩進めば、4歩進む。

 

炊飯器を抱えた加賀がじりじりと龍驤との距離を縮めて来る。

一航戦2隻に獲物が挟まれた空間に、何とも言えない緊張が加算されていった。

 

「龍驤、貴女は何がしたいのですか」

 

穏やかな微笑みを浮かべ、正面の赤城が問うた。

 

「まず、入渠やな」

「私は秋刀魚が食べたいです」

 

その背後から、加賀が囁く様に言葉をかける。

 

「そして、寝る」

「私は秋刀魚が食べたいのです」

 

見れば赤城の横、簀巻きにされた天龍と大量の大根が横に転がっている。

 

水が氷と化すが如くに空気の質が変質した空間に、僅かの逡巡。

南国の炎天の下、冷や汗を流す周囲の目視の中、やがて龍驤が口を開いた。

 

「食えや」

「焼きなさい」

 

僅かの静寂が埠頭を駆け抜けて、消える。

 

それは、実に美しい飛び後ろ回しからの三角蹴りであり、

破損した龍驤の脚部艤装が粉微塵に大破するのに充分な衝撃であった。

 

 

 

『71 痴人の愛』

 

 

 

紫煙揺蕩う穴蔵の様な雰囲気の暴虐軽空母の店、誰やこの店名で看板作ったん。

 

設置された電影箱に映るのは、今まさにハワイへと上陸しようとする打通艦隊。

報道の届く範囲限定ではあるが全世界生中継で、新たに歴史が刻まれようとしとる。

 

画面に映るのは呉の赤加賀、ブルネイ長門、そして横須賀の大和。

 

―― 龍驤様、見てますかー

 

ウチは何も聞かんかった。

 

即座に耳を塞いで頭を下げる。

 

カウンターに艤装のサンバイザーが当たって、硬い音が響いた。

 

そんな居酒屋の様な空気の店内で、珍しく客側の席にウチが座っとるわけで。

 

突っ伏したカウンターから、横には司令官が居て、反対側に座っとんのはグラ子。

そして頭上に中ジョッキ、いい加減に結露からの湿気が頭頂に染みてきた気がする。

 

「そんなわけで、ずっと秋刀魚焼いとったわ」

 

頭を上げつつの言葉と共に、疲労が魂を連れて口から吐き出された。

 

後頭部の左右、斜め上から結局焼いたのかとステレオで苦笑があり、

カウンター向こうから何やら液体に色々と放り込むような音が聞こえる。

 

七輪の前で飽きるほど嗅いだ香りに酸味が付けば、出来ましたよとの声。

 

「まずはサンマのフリッティ、マリネーラにしてみました」

 

赤金の入った栗色の髪が、光沢のある黒い巨乳の向こうに波打っとる。

下から見とるせいで謎の生物なんは、イタリアはザラ級重巡1番艦のザラ。

 

西から来た酔っ払いの姉や。

 

何や件の酔っ払いの世話しとるお礼に、料理を振る舞ってくれるとか何とか。

 

次の料理、すぐお持ちしますねと背を向けた後、司令官らと一緒に

皿の前でハイライトが消えた瞳状態の会話を交わす。

 

「マフィアは宣戦布告として、殺す予定の相手に贈り物をするそうや」

「気が付いてはいけない事って、気が付いてはいけないと思うんだ」

 

「せめて、最後の晩餐だけは美味しく頂こう」

 

ぶっちゃけ止め様が無いからな、あの酔っ払い。

 

酒の肴製造機2号と呼ばれとるグラ子まで居るし、処刑前としか思えへん。

 

「秋刀魚の南蛮漬けイタリア風、という所か」

 

横で、我関せずと料理を口にしたグラ子が所感も口にする。

 

「龍驤、グラーフの日本的表現に磨きがかかっているんだが」

「苦情は隼鷹に回してや」

 

言いつつも皿を見れば確かに、言われた通りの品が見える。

 

ブツ切り秋刀魚のフリット(揚げ物)をマリネにした、何処かオサレなイタリアン。

熱と仕事で溜まりまくった疲労に、酸味が効くわ。

 

付けられたのは安い白ワインの炭酸割り、氷ガン積みも飲み易い。

 

ワインは冷やすと香りが閉じて駄目なんじゃなかったかと司令官が聞くので

そんな高尚な趣味は安うないワインでやるもんやと、身も蓋も無い事を言う。

 

水の代わりやからコレでええねん、クソ蒸し暑いしな。

 

「そう言えば、イタリア語でも秋刀魚はサンマなんだな」

 

「秋刀魚は太平洋北半球の魚やからな、イタリアに直で示す単語は無いねん」

「どうしても呼びたい時は外来語由来だな、英語のソゥリィとか学名でサイラとか」

 

司令官の疑問に龍驤型姉妹で応える。

 

……いや待て待て、何かナチュラルに洗脳されとるけどウチに妹は居らんはずやで。

 

「大抵はペッシェ・アズッロ(あおざかな)と一括りで呼んでいますね」

 

カウンターの向こうで、茹でられとるパスタの横でフライパンを振りながら

業務用火力って良いなあとボヤいとった、臨時のイタリアン店主が会話に入って来る。

 

「まあ、日本海軍から貰って提督と艦に出すのですから、この場合はサンマと言う名前で」

 

鍋の具材にパスタを絡めながら、イタリア艦から結論が提示された。

 

「そういや日本語も他国からなら外国語なんだよなあ」

「東南アジアとかには日本由来の外来語も結構多いわな、パラオ語とか」

 

チチバンドとかな。

 

「考えて見ればヨーロッパの方にあるのも当然なんだろうが、それでも意外に感じる」

「昔から有名なのもあるだろう、フジヤーマ、テンプラ、ハラキリ、ゲイシャとか」

 

何故そこをチョイスする、グラ子。

 

「最近やと、カボチャ、ヘンタイ、ビショージョとかやな」

「何故それをチョイスした」

 

畳みかける蘊蓄連撃に軽く顔を覆った司令官が、疲れた声で話を元に戻す。

 

「何か怖い所に思考が行きそうだから、敢えてサイラと呼ぼう」

「サイラも日本語やで」

 

秋刀魚を紀伊半島方言で、佐伊羅魚(さいら)や。

 

「日本語から逃げられないッ」

 

悲鳴を放置して秋刀魚を齧っとると、新たに秋刀魚のパスタが出てくる頃合い。

めっちゃ強いガーリックの香りが食欲を、いや待て、女所帯に何してくれとんねんと。

 

まあ容赦なく食うけど、体力回復しそうやし。

 

「日本語と言えば、秋刀魚関連の書類に時折、謎の漢字が入っているのだが」

 

一息の後、パスタを巻き取りながら、グラ子が言葉を繋げる。

処理に関する事でも無く、聞くほどの事でも無かったから流していたとか。

 

「三馬とか、魚辺に祭とか、文脈から秋刀魚の事だと思うのだが」

「秋刀魚の事やな」

 

見れば司令官も疑問を持ってる風情なので、捕捉しとく。

 

「秋刀魚はもともと色々な漢字表記がされとってな、秋刀魚と纏まったんは大正の頃や」

 

佐藤春夫の秋刀魚の歌が流行って、以降誰も彼もが秋刀魚と書き出して

秋の刀の魚と書く表記が主流に成って定着したと、単語自体は明治の頃から在ったそうや。

 

「秋刀魚の歌?」

「秋刀魚苦いか塩っぱいか、ってやつや」

 

あはれ秋風よ、(こころ)あらば伝えてよ。

 

作者が友人の谷崎潤一郎の女癖の悪さに振り回された挙句に、その細君との

不倫関係が破局して、傷心のまま郷里に引っ込む時に詠んだフラれ男の詩だとか。

 

うん、あの頃の文壇って本気でロクでもないのしか居らんな。

 

「ちょうど、加賀や鳳翔さんが進水した後ぐらいか」

 

んで定着しはじめたんは、川内の頃やな。

 

「まあそれまでは他に狭真魚(さまな)とか、三馬とか、魚辺に祭とか書いとったな」

 

「魚辺に祭だと、コノシロではなかったか」

「それは中国語や」

 

そういや秋刀魚の一文字書きが廃れたせいで、漢和字典には中国側の意味で載っとるか。

つか何でそんなニッチな漢字を知っとんねん、グラ子。

 

「日本語だとコノシロは魚辺に冬、祭がサンマやな」

 

そもそも中国だと日本列島のせいで秋刀魚が獲れんから、漢字が無いねん。

 

んで日本では飯の代わりに成るほど大量に、冬に獲れる魚っちゅう事で

コノシロを飯代魚、鮗とか表記する様になって、祭と書く方はサンマに使われた。

 

漁獲するたびにお祭り騒ぎだからやとか、江戸時代の話や。

 

とか話して居たら、セコンドピアット(ふたつめのメイン)だとかで皿が追加の事。

この後は、サラダとデザートが出て来るらしい。

 

目の前にはオリーブが香り、焼きトマトが添えられた秋刀魚ソテー。

厨房に転がっとったローズマリーが無駄に乗せられとる。

 

ヴィーノ()で軽くヴァポーレ(蒸し焼き)して見ました」

「秋刀魚尽くしやなあ」

 

唸るほどあるもんな、秋刀魚。

 

「正直はじめての食材でしたから、お口に合えば宜しいのですが」

 

美味しく頂いとると、素直に三連続で賞賛の声が在れば、

コスタルデッラと同じ感じで正解だったのですねと、安堵の応え。

 

そんな会話に横から疑問が上がる。

 

「こすたるでっら?」

「サンマに良く似た魚です」

 

司令官の言葉に厨房から返答、ウチからは軽い捕捉。

 

「秋刀魚と同じダツ科の青魚やな、大西洋の秋刀魚的な位置付けの魚や」

「気持ち、サンマの方が骨が柔らかい気がしますね」

 

食事の合間、適当に会話しとる横でふと見れば、黙々と食が進むグラ子。

 

「めっちゃ気に入っとるみたいや」

「ドイツの方って感じですね」

 

苦笑が在り、柔らかい雰囲気に成った所で、今こそ心のストレスの素を解消すべきと

なるたけ平静を装いつつ、最初に抱いた深刻な疑問を問うてみた。

 

「お礼って嬉しいけど、正直ウチらポーラの飲酒を止めきれとらん思うんやけど」

 

フォークを口に咥えたまま、グラ子が固まった。

彫像の如くに静止した司令官が、目だけで焦燥を伝えて来る。

 

冷や汗を頬が流れる感触が在り、笑顔だけは固めたままで断罪の時を待つ。

 

「いえいえ、聞いてみた所、随分と酒量も減ったみたいですし」

 

純粋な笑顔と、嬉しそうな声色の返答がそこに在った。

 

天使が通り過ぎた様な静寂が訪れる。

 

言葉が鼓膜を通り、脳髄に染み込むまでに暫くの時間が掛かった。

 

カウンターに座るそれぞれが、異口同音に声を上げる。

 

「アレでッ!?」

 

イタリアの恐ろしさを魂で理解できた一日やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

何か秋刀魚祭に比叡さんと磯風ちゃんが複数隻乱入して来たあたりで、

数隻の目敏い艦に混ざって、一目散に逃げだしたのが私、島風です。

 

こんな事も在ろうかと持ち歩いていたお小遣いで、泊地外の買い食いを企むのだ。

 

まあ選択肢はほとんど無いのですが。

 

サイパンは海域断絶後は無人の島でしたが、今回の日米両国の施設設置から

グアムなどに避難していた難民の人たちが少しだけ戻って来ているのです。

 

第一次帰還事業前の、先行帰還組だとか何とか。

 

とは言え市場も何も無いわけで、基地相手に商売をする以外の選択肢に乏しく、

小さな屋台で軍人さんや艦娘相手に、細々と何か売っている感じの今日この頃。

 

そんなわけで今の私は、基地、泊地に隣接する様に作られた広場の、

小規模なマーケットをぶらついている最中なのです。

 

何かいつのまにか軽く顔見知りになった米軍の人や店の人が、

通りすがりに手を振ったりして来てくれます。

 

目を逸らして口笛を吹きながら速足で去って行く人は、夜のお店的な方向ですね。

 

偉いヒトたちに混ざって会議していた龍驤ちゃんが、千ドルを1回寄付する予算が在るのなら、

10ドルで百回の買い物をするべきやと主張したとか何とか。

 

そして、そんな方向で話が纏まったとかで、作戦参加艦娘にはお買い物用お小遣い予算が

組まれる事に成ったと、漣ちゃんが言っていました、いやっふー。

 

つまりこれはお仕事なのです、素晴らしいですね。

 

と言うか、平気な顔で怖いヒトと偉いヒトの会議に混ざっていた漣ちゃんも少し怖いです。

 

何はともあれ、軽くお菓子的な物でもと思ったあたりで目に留まった物が在ります。

 

緑色の葉っぱで細長く包んだ棒状の物体、火に掛けた感じに焦げ目が付いている。

 

アピギギですね。

 

1本買って皮を剥くと、中から白く蒸し焼きにされたお餅が出てきます。

 

ココナツとバナナ、タピオカを磨り潰した物に砂糖を加えて、

バナナの葉で包んでから、鉄板などで焼き上げたお菓子なのです。

 

笹餅的な色の組み合わせに、外郎的(タピオカ)な食感のココナツバナナ餅、何と言うか南国。

 

モギュモギュと食べ歩いている所で、目にした物が大きい揚げ餃子的な何か。

 

聞いてみたら、ブチブチと言うお菓子だそうです。

 

何はともあれと頂いてみると、揚げパイ的な何かでした。

 

中に入っているのは南瓜ペースト、サクサク感に柔らかい甘味が何となく落ち着く。

 

しかし、揚げたり焼いたり、サイパンって水気の無いお菓子が多いですね。

口の中がパサパサだよと何か冷えた飲み物を探してみれば、缶コーヒー。

 

有名なレゲエ奏者の人が写真がでかでかと印刷されていて、インパクトが凄い。

 

以前に足柄先生の授業で聴いた事が在る、ボブさんだね。

 

マーリーズワンドロップ、曲名からとった商品名だとか。

 

飲んでみたら南国の缶コーヒーでした、予想通りと言うか。

 

うん、甘い。

 

甘すぎる。

 

風が語り掛けます。

 

きっと噂に聞くMAX珈琲とか、UCCオリジナルとかと、同じぐらい甘い。

 

まあ冷えているから良いのですが。

 

何だかんだで散財してしまった昼下がりでした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72 牛追いの時代

今回の作戦と言えば、こんな事を聞いた覚えがあります。

 

打通艦隊抜錨のカットを貰った後、本社へと電信したら私の仕事が終わりまして

ブルネイ経由で輸送艦隊が出ると言う事で、同行させて貰ったんですよ。

 

そして首都からフィリピン経由で帰国する予定だったのですが、

護衛艦隊が揃っていないとかで、数日足止めをされてしまったんです。

 

その時に聞いたお話なんですけどね。

 

それは、南国だと言うのに妙に肌寒い秋の日の事、ブルネイの国土から外れた所、

セリアの海岸沿いにあった第三鎮守府の5番泊地の事でした。

 

軽空母の艦娘で、仮にRさんとしておきましょうか。

 

そんなRさんが今回の作戦が終わり、泊地に帰投して艦隊を解散

そのままの流れで提督とふたり、泊地本棟に足を向けた時の事です。

 

トゥルルルルゥ、トゥルルルルゥ、トゥルルルルゥ

 

電話が鳴った。

 

すわ急用かと、ふたり急いで入口に向かい。

 

ギイィィィドン……

 

ドアが開く音がして、フッとRさんの目が閉じた。

 

建物の内と外で、あまりに明るさが違ったので、ついやってしまったそうです。

 

目が開くとあたりは真っ暗、うわぁと思って灯りを点けた。

 

影に成っていたせいか少しばかり涼し気な屋内の空気に、

開けた扉から入る陽光が差し込み、僅かに埃が舞っていたそうです。

 

詰まる所そこは、いつものような、いつもの泊地。

 

鳴り続く電話は誰も取るヒトが居ないのか、鳴りっぱなしで。

 

トゥルルルゥ、ヒタ、トゥルルルゥ、ヒタ、トゥルルルルゥ、ヒタ

 

ふと気が付けば、電話に混ざって妙な音が聞こえて来る。

 

何の音だろう、何だか嫌だなあと思って音のする方へと顔を向けようとすると、

 

Rさんは驚いた。

 

身体は動くのに、何故か顔だけがそちらを向かない。

 

驚いて、これは何事かと考えた時、その音がまだ止んでいない事に気が付いた。

 

ヒタ、ヒタ、ヒタ

 

聞いている内に、だんだんと大きくなってくる音。

 

Rさんは思った、もしかしてこれは何かの足音じゃないのかと。

 

そしたら急にゾワッと身体に寒気を感じた。

 

トン、トン、トン

 

と、音のする方の肩を叩く音がした。

 

えっと、Rさんは一瞬、凍り付く。

 

だってそうでしょ、音にはまだ距離がある様なのに、近くから肩を叩かれているのだから。

 

ならばきっと提督だろうと、自分に言い聞かせながら、気にしない様にと何とか取り繕う。

Rさんは身体が震えるのを抑えながら、僅かずつ首を回し、音のする方向へ。

 

2階へと続く階段の在る方へと顔を向けて見た。

 

するとそこには。

 

「ぎゃあああああああああッ」

 

その後どうなったのか聞いても、Rさんはそれ以上話してはくれませんでした。

 

ただ、ポツリと呟いたのをかろうじて聞き取れたんですよね。

 

―― かいだんに むらくもが おんねん

 

一体彼女に何があったのでしょうかねぇ。

 

 

 

『72 牛追いの時代』

 

 

 

居酒屋鳳翔深夜営業とばかり、虚ろな感じにシェーカー振っとる今日この頃。

 

何か溜まりまくった決裁書類に判子を押しては渡し押しては渡し、

誰や作戦中に姫級なんざ釣ってきた阿呆は、ウチや、なら仕方ないなド畜生。

 

打通作戦の横で基地航空隊が華々しくデビューしくさったおかげで、明石関連の

各部署通達や報告その他諸々の書類も雲霞の如くに湧きおってからに。

 

ようやくに仕事が終わったと思ったらもうこんな時間、いつもの事やな泣ける。

 

さすがにそろそろ、ええかげん人生含めて面倒になってきたんでシェーカーを

両手で精一杯広げた指の先だけで、底に当たらない感じで支える様に持ってー。

 

はい、左右にカコカコカコカコ。

 

「何か、見るからに手抜きっぽい振り方なんだが」

 

カウンターに突っ伏して魂を吐いとった提督が、ツッコミを吐いて来た。

 

「カクテルのシェイクってのは、酒を冷やしつつ混ぜるためのもんでな」

 

んで腕の良し悪しってのは、要はどれだけ酒を薄めずに作れるかって話や。

 

振る時の衝撃で中の氷が砕ける以上、どうしてもある程度は酒が薄まってしまうわけで。

 

やから少しでも、体温が伝わって氷が溶けない様にシェーカーは指先で固定するし、

側面に氷が当たって余分に削れるのを防ぐために、天辺と底だけを往復する様に振る。

 

「ぶっちゃけると、上や下に向かって振りまくるんは単なるパフォーマンスや」

 

こんだけ縦横無尽に振り回しても側面に氷を当てないんだぜ、という示威行動でもあるな。

 

巷の上下左右に振りまくるバーテンの、シェーカーだけに注視して見れば

氷が天辺と底だけに当たる様に上手くブン回しとるのが見て取れたりする。

 

まあ選手権に出る様なレベルやと、どう回しとんのか見てもわからんかったりするが。

 

格好だけバーテン真似ても、出来上がりに雲泥の差が付くのはそこら辺の違いが大きい。

 

「つーわけで、実はシンプルに縦や横に往復させるのが一番間違いが無い」

「何か、泣けてくるほどに見栄えがすこぶる悪いけどな」

 

残業明けに厨房入っとんのに、もうやってられっかっつー話や。

 

さて、打通作戦土産に貰ってきたラムとキュラソー、ついでのレモンも良く混ざった所で

冷やしたカクテルグラスに軽く爽やかな香りを伴って、注ぎ込むのはXYZ。

 

サイドカーのブランデーをラムに代えた、バリエーションのカクテルや。

ラムを増やしてレモンを減らすとマイアミに成る、まあどうでもええが。

 

これで終わり(XYZ)、か」

「明日もあるしなー」

 

まだまだ積み重なる書類の塔を想到しつつ、互いに死んだ魚の目で見つめ合えば

急に打通艦隊所属、アメリカ帰りのブロンド巨乳が飛び込んで来て、店を閉め損ねたわけで。

 

「龍驤えもーん、ヘルプミーッ」

「何やねん、アイ、オワ太くん」

 

何や、サラトガイアンが新しい航空機の爆撃心地を試させろとか言い出しそうやな。

 

ともあれ容赦無くカウンターに座ったホルスタインが、虚空に手刀を入れながら一言。

 

「アイの後に句読点入れるのは止めて、プリーズ」

 

そこかい。

 

「んでもう店閉めるで、いきなりもう店閉めるで、何やもう店閉めるで」

 

「言葉の中に、隠し切れない本音が堂々と出ているわね」

「何かもう、本音の方が本体と化している気がするな」

 

そんな事言わずにと必死に食い下がるアメリ艦、おっぱい揉んでいいからとか言い出して、

いや待て、何でそれがウチへの交渉条件に成ると思ったコラ、目を逸らすな。

 

「と言うわけで、ハンバーグ焼いて」

「レトルトでええか」

 

要望を即座に打ち返せば、涙目で上目遣いを含めた無言の圧力、誰や仕込んだん。

 

溜め息一つ、ひき肉は在ったわなと冷蔵庫を開ければ、既に寝かされとるハンバーグ。

鳳翔さんか、コレを焼くとして、無くなった分は今から作って寝かせとくか。

 

ついでにBAVARIAのリンゴ味も在ったから、渡しておく。

ブルネイで人気のオランダ産ノンアルコールビールや、冷やすと結構イケる。

 

んでテキパキとマルチタスク、フライパンに火を入れて、野菜を刻み、香辛料、

差し替え用のハンバーグ種を捏ねながら、ようやくに理由を聞いてみた。

 

「何でいきなりハンバーグやねん」

 

聞けばカウンターでリンゴ味を呑みながら、管を巻き始めるアイオワ。

 

「ステイツの皆、酷いのよー」

 

何かアメリカにハンバーグが無かったらしい。

 

「ハンバーグステーキ? ああ、日本料理だろ、とか言われるし」

 

「米英はソルズベリーステーキと呼んどるやろ」

「それは別の料理じゃなかったか」

 

公式の設定上はな。

 

「ソルズベリーステーキは在ったけど、レストランでは見なかったわね」

 

「というか、何処の料理なんだハンバーグ、アメリカなのか?」

「ステイツだとドイツ系移民が広めてたし、ドイツじゃないかしら」

 

何か疑問を以って見つめて来るので、フライパンにハンバーグを入れながら深刻に言う。

 

「ウチにかて……わからん事ぐらい、在る」

 

嗚呼、何度ウチらの前に立ち塞がるのかノストラダムス、何と言う言い掛かり。

 

「それはそれとして、日本のハンバーグはフランス料理や」

「わかってるじゃねーかッ」

 

司令官がズビシとツッコミを入れつつ、横でアイオワが崩れ落ちた。

 

わからん事ぐらい在るわ、まあハンバーグの事はわかるが。

 

「ほれ、明治政府が公的な洋食としてフランス料理を指定したやろ」

「軽く100年以上前の歴史に、同意を求められても困る」

 

外交とか、公的な場で提供する食事のベースをフランス料理にしたわけやな。

 

んなわけで西洋の食事こと洋食の歴史が日本で花開くわけやけど、

そんな経緯が在ったので主流と言うか、洋食の本場と言えばフランスやったわけで。

 

「ハンバーグはその一種、ハンブルグ風ビーフステーキ(Beefsteak a la hambourgeoise)、古典フランス料理やな」

 

有名所で言えば、ドリアを産み出したかの名高き横浜ホテルニューグランド、

初代料理長のサリー・ワイル氏のレシピにも、ハンブルグ風ビーフステーキが普通に入っとる。

 

挽肉に玉葱、パン粉、卵、ナツメグだの香辛料を加えて小判状に成形して、焼く、そのまんまや。

 

「以前にハンバーグは日本独自と聞いていたんだが、違ったのか」

「ソルズベリーステーキとの違いをプリーズ」

 

「一度に聞くなコンチクショウ」

 

片手間にハンバーグを引っ繰り返しながら蓋をして、続き。

 

「独自と言うか古典フランス料理や、要は現在のフランスでは廃れて無くなった」

「うおい」

 

もともとハンブルグの人間は挽肉に野菜屑や古いパンを混ぜて焼くってんで

ハンブルグ風と呼ばれる様に成った訳やしな、命名は英国、さもありなん。

 

「そもそもパン粉を入れたんは原価を抑えるためでな」

 

今でこそ保水性とか繋ぎかとか尤もらしい説明が付くが、根幹はそんな理由やった。

 

天皇の料理番こと斎藤文次郎氏なども、著書に於いて「一流所ではパン粉を入れない」

とかしれっと書いとるし、パン粉を混ぜる言うんは安い印象が在る行動やったわけや。

 

「戦後に成って、んなクソ貧乏臭い真似が出来るかってんで、あっという間に廃れた」

 

ぶっちゃけると、アメリカでハンバーグと言う名前が消えたんも同じ理由や。

 

「んで、パン粉を入れないハンバーグはミートローフに呑み込まれた感じやな」

 

アメリカだとハンバーガーとかで形は残ったけど、名称はビーフパテやったか。

かくして独自と言うか、生き残ったのが日本だけと言う、相変わらずの文化保管庫ぶりか。

 

「そう言えばハンバーグと一緒に、ソルズベリーステーキも在ったわね」

 

「ふむ、やっぱり違う料理なのか」

「そこらへんも面倒な経緯が在ってなー」

 

かつてハンブルグから来たからハンバーグステーキと命名した英国で19世紀末

栄養学者のJ.H.ソルズベリー氏が消化に良いハンバーグを食べようと言い出したねん。

 

「そして、第一次世界大戦」

「第一次世界大戦」

 

「英国と、ドイツ」

「英国と、ドイツ」

 

鸚鵡返しな司令官に、サラリとオチを告げる。

 

「ハンブルグと言う名前にイラッと来た英国人が、以降ソルズベリーステーキと呼びだした」

「うわぁ」

 

引いた声の司令官横、何か悟ってしまった感じのアイオワが決まり悪げに言葉を紡ぐ。

 

「えーと、ソルズベリーステーキが別の料理って」

「そう言う「設定」なわけやな、第一世界大戦の頃からずっと」

 

そのままアメリカに入って来たから、アメリカでもアレはソルズベリーステーキや。

 

まあ現在ではソルズベリーステーキの定義を細かく設定しているから、

別の料理と言い張れない事も無い、かなり厳しいが。

 

「肉が65%以上で豚肉が35%以下が、現在のソルズベリーステーキの定義やったかな」

「野菜多目で柔らかかったわー」

 

何か思考を放棄してのほほんとするアメリ艦。

 

「って、さっき言ってたがハンバーグも在ったんだろ、アメリカでは」

「そっちはドイツ系移民の広めた料理やな、入って来た経路が違うからハンバーグや」

 

世界恐慌の起こった頃、金は無いが肉を食いたいと言う身も蓋も無い欲求に対して

ドイツ系移民が安い屑肉を捏ねてハンバーグにして、それが流行した感じや。

 

「屑肉を捏ねて作った貧乏臭い代物、あとはわかるな」

「戦後に豊かに成って廃れたんだな」

 

結局、家庭料理として定着したソルズベリーステーキみたいな例外を除けて

日本以外じゃ麦飯の様に嫌われまくって廃れた料理やったわけで。

 

ふむ、現代で再評価されはじめとるのも麦飯に似とるな、そう言えば。

 

「けど何と言うか、美味しく作れない事も無いだろ、そう簡単に廃れるのか」

 

疑問を持った司令官に、横から少しばかり嫌な思い出満載的な声色で答えが来る。

 

「正直、あの頃のステイツのハンバーグステーキは、どうにもならない味だったわ」

 

だから現代ではどう進歩したのか期待してたのにと、21世紀まで浮いていた艦が言う。

 

「最近の動向あたりは、思い切り記憶が在る頃合いやん」

「周囲からハンバーグ自体が無くなったから、知る機会が無かったのよ」

 

今にして思えば、誰もハンバーグが無くなったのを惜しまなかったのねと、苦笑が在った。

 

煮詰めたソースを皿に掛ける頃合いに、司令官が言葉を繋ぐ。

 

「つか、そんなに酷かったのか、アメリカ」

 

「まあ洒落に成ってないわね」

「大量生産で大量消費の社会やからな」

 

どうも品質に関して何か想到していない点がある様なので、捕捉を入れておく。

 

「戦前やからな、発展していたアメリカでも限界言うもんは在ったんや、輸送とかに」

 

戦前の新しい世界は、現在のクラシックなわけで。

 

「まず西部の牧場に牛が居るやろ、ここからスタートや」

 

ええ感じに育ったからと、牧場主が売りに行こうと思い立つ。

 

牛追い(カウボーイ)を雇って数百頭を市場へと連れて行く、所謂キャトルドライブやな」

 

牛歩と言うが、一日20kmも行けば良い感じで、場合によっては数百km離れた

ミズーリやカンザスの鉄道駅の在る市場まで、キャンプを張りながら売りに行く。

 

その間、牛がまともに飲み食い出来るわけが無く、ひたすらに弱り続けていく。

 

「んで市場で売っぱらったら、今度は鉄道で長時間かけて都市まで輸送や」

「着いた頃には、屠殺の必要もないぐらいに弱りきった牛型の屑肉って感じね」

 

まあ西部だと普通に肉が食えるが、そのかわり海産物が同じ扱いやったとか。

 

「鉄道、鉄道かあ」

「しかも今より遥かに遅い、それでアメリカ大陸を横断や」

 

ついでに言えば、現在の冷凍技術の雛型は19世紀には出来とったが、輸送はいまいち

19世紀末時点では冷凍輸送の事業化を試みては失敗、試みては失敗と、

 

結局は技術革新を待つと言った感じで、要するにコストがアレやった。

 

半死半生の牛を運んだ方がまだマシなぐらいには。

 

「つまり、国土が狭い日本と比べれば牛肉に関する質に雲泥の差が出ると」

「当然、屑肉の品質の差もな」

 

貧乏の代名詞、屑の中の屑を捏ねたアメリカのハンバーグ、廃れるんも無理は無い話や。

 

「んで、出来上がりっと」

 

さて、適当にソテーした野菜もそえて、ハンバーグステーキ出来上がりっとな。

 

「キャロット要らないわ」

「食え」

 

仕舞いにゃ刻んで混ぜるぞと、どこぞのパイロット的な発言に何かイラッと来たので

付け合わせをパンでなくライスにしておいたら、普通に喜ばれた。

 

余った米は握っておくかと、何か疲れが抜けない深夜の厨房だったとか。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

早朝の居酒屋鳳翔、冷蔵庫を開けて苦笑している鳳翔の背中に、扉を開ける音が届く。

 

振り返ると其処に居たのは、赤い一航戦。

 

「鳳翔さん」

 

静かな、声だった。

 

「教えて頂きたい事が在ります」

 

早朝の光に、その表情は逆光と成って伺えない。

突然の言葉に、疑問を浮かべた軽空母へと、さらに言葉が続けられた。

 

「航空母艦としての貴女に、教えて頂きたい事が在ります」

 

透き通った空気が、割れる気配がした。

 

訪れた沈黙に、鳳翔の硬い声色が鉛を流し込む。

 

「今更貴女に教える事など、残っていないはずですが」

「いいえ」

 

「残っていません」

「いいえ」

 

頑なな言葉に、声を荒げようとした鳳翔が、息を呑む。

 

手をついていた。

 

下げられるはずの無い頭が、下げられていた。

 

数多の思いを背負い、誇りを以って立つべき立場の赤城が、伏している。

地に伏せ、擦り付けられた額の奥底より、絞り出すような声が在った。

 

確信が、持てないと。

 

「ずっと、考えていたはずだ」

 

何処か奥底より、情念に満ちた言葉が響く。

 

「誰よりも近くに居た貴女だからこそ、私よりも」

 

遥かに強く。

 

遥かに長く、深く。

 

「考え続けざるを得ない」

 

それは、赤城の身の内に在る確信を持って響く、言葉。

 

「私たちは、そういうモノだから」

 

頭は上がらない。

 

どうかお願いしますと、一身を以っての懇願に、沈黙が生まれる。

 

早朝の空間に、氷の如き気配が満ちて、割れた。

 

「私に、何を教えろと言うのです」

 

いまだ泊地の誰もが聞いた事の無い、冷え切った言葉だった。

 

そしてようやくに、赤城が顔を上げる。

 

重力に引かれ地に着いた黒髪の中、感情を伺い知れぬ表で

だがその瞳は情念に黒く濁り、泥の如き色合いが在る。

 

言葉が紡がれる。

 

呪いの如き、魂魄の奥底から滲み出るそれ。

 

龍の ―― 殺し方を

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73 変わらぬ世界

散弾の如き南国の雨を避けて、潜水艦たちが埠頭から海中へと飛び込んでいる。

 

タイ王国南部、マレー半島ソンクラー湖、ヨー島泊地。

 

俄かに訪れた曇天の陰で、マナオ(ライム)の入ったグラスが音を立てた。

南国の熱気に焙られて、溶けはじめた氷に映る影は、2つ。

 

栗色の髪を一つに括る、令嬢然とした佇まいが逆に胡散臭い関西型艦娘トリオの一角と

緑の青髪を後ろに流した、提督以外には耳年増がバレているヨー島泊地筆頭秘書艦。

 

最上型重巡洋艦の姉妹、4番艦の熊野と3番艦の鈴谷であった。

 

「鈴谷、(ワタクシ)は思いましたの」

 

どこまでも真摯な瞳が、姉妹艦の思考を射抜いた。

 

「神戸という土地は、兵庫県の全てを結集した土地ですわ」

 

神戸とは、神戸港のために作られた土地である。

 

神戸港は、日米修好通商条約の締結により開港が定められ、しかし朝廷の反対に因り

滞っていた所を、様々な外圧の果て、ロンドン覚書に因って開港した港であった。

 

開港時から日本の顔、玄関口と成るべく発展を義務付けられており、そのため開港に

先だって近隣小藩を兵庫県として纏め、その国力の全てを神戸に注がせている。

 

かくて潤沢な資金と恵まれた立地、折からの富国強兵に因り輸入港として発展を続け

日清戦争の頃には東洋最大の港湾、四大海運市場の一角としての立場を不動の物とする。

 

兵庫県の富を集中する、言わば兵庫県の神輿、それが神戸だと熊野は語った。

 

「何かに似ていると、思いませんか」

 

日本の様な明確な辺境の存在しない特殊な形態、ブルネイの様な富が行き渡る程の小国

そんないくつかの例外を除けば、世に在る国家とはその国力を集中する物である。

 

特に発展途上国に於いて顕著な傾向の、それ。

 

詰まる所それは ―― 首都

 

「つまり、バンコクは神戸だったのですわッ」

 

聞く耳持たず間髪入れず、神戸生まれのお洒落な重巡が机の上に出したのは

木の年輪の如くに層のある、丸太の様な見た目のケーキ。

 

「だってピラミッドケーキだって在りますものッ」

「あ、うん、シェフが日本で修業して来たヒトらしいね」

 

バウムクーヘンの事である。

 

紀元前のギリシアで生まれた巻き焼きパンが、ドイツあたりで延々と伝わりお菓子と化した。

 

そしてドイツ人、カール・ユーハイムが第一次世界大戦後に神戸にて洋菓子店を開き、

ピラミッドケーキと言う名称で販売したのが、現在の神戸名物バウムクーヘンの走りである。

 

余談だが、ドイツ語のバウムクーヘンと言う呼び名に代わって行ったのは60年代になる。

 

「えーとさ、何て言うか、ほら、どっちかって言うとタイよりマレーシアの方が近くない」

 

小国が集まって大国に対抗しようとして産まれたのが、マレーシア連邦であった。

 

「つまり、クアラルンプールこそが真の神戸……ッ」

 

天啓の如き閃きが熊野の脳裏を駆け抜けた。

 

あまり関係無い話だが、その時に連邦の財布にしようと都合の良い事を考えていたら

当然の様にお断りされて、さっさと独立したのがブルネイとシンガポールである。

 

「熊野ん……神戸欠乏症にかかって」

 

雨音が屋根に響く中、何かいろいろと取り返しがつかなくなっていた。

 

 

 

『73 変わらぬ世界』

 

 

 

コンクリートを作る時に大事な事は、水を入れる前に良く混ぜておく事や。

 

なんか龍驤隊の左官ゴーストがそんな事を言うとった。

 

そんなわけで雨上がりの泊地前、トロ船の中の砂を混ぜとる最中。

 

砂の上にざっくりとセメントをぶちまけて、鍬で片側に寄せて山を作る。

あとは砂浜で遊ぶ棒倒しの様に、鍬で山を薄く削って、削って、削ってー。

 

反対側に山が出来たら、向きを変えてリトライ。

 

何度か繰り返せば良く混ざるねん、ああしんど。

 

そんな穴を掘っては埋めての繰り返しの如き単純作業の果てに、

混ざった所に砂利をざっくりと入れて、片側に寄せて山を作って ――

 

単純作業って、脳にクルわあ。

 

混ざった所にチマチマ水を入れて、ええ感じにテカるまで捏ねては捏ねて。

 

出来上がった所で、あらかじめ水に漬けておいたバケツにぶち込んで、配る。

 

集めておいた手隙の艦娘が、次々と灰色ペースト入りのバケツを受け取って行き、

そのままシャベルだのコテだの構えながら、要所要所へと蜘蛛の子の様に散って行く。

 

後は側溝に網張って、トロ船と鍬を水洗いして、やっと一息。

 

ああ、反らせて伸ばした腰が痛い。

 

軍手を外し、ようやくにヤニにありつけたとばかり吹かしている所へ、

無駄に安全メットを被った司令官が、ペットボトルを投げ渡して来た。

 

100PULS、炭酸入りスポーツドリンク。

 

甘さ控えめの炭酸飲料的な感じで、だだ甘だらけの東南アジアでは実に尊い飲料や。

 

その尊さのせいか、マレーシアのスポーツドリンク市場ではシェア88%を誇り

国民的飲料としての地位を確立しとる、つまりどこでも売られとる。

 

当然の様に隣接しまくり国のブルネイでも売られとるわけで、そこかしこで。

 

「レモンライムか」

「オリジナルの方が良かったか」

 

無炭酸(エッジ)や無かったら何でもオッケーや」

 

軽く礼を言いつつ、のどを潤す。

 

失った水分が身体に染みわたる様な感じ、どころの騒ぎや無いな。

 

炎天下の運動の後に入れる冷え切った飲料、臓腑に凍てついた金属を捻じ込むような、

刹那で溶けて全身に染みわたる様な、もはや脳がそれを液体と認識していない感じ。

 

一口と口を付けたはずなのに、何故かペットボトルが空に成っていた。

 

うん、つまり記憶が飛ぶレベル。

 

「やばい、脱水症状起こしかけとったわ」

「いや待て、結構洒落に成ってないぞそれ」

 

動いてる最中は気付かんもんよな、あかんあかん。

 

頭を振って気を取り直し、軽く見渡せば、平和。

 

作戦終了からこっち、何か終戦に伴い政治でもはじまったのかどうか

どうにも本土からオイルロード方面に割く戦力を出し渋りがちと言うか。

 

要するに差し迫った仕事が無いねん。

 

溜まった書類を片付けたら、もう手持無沙汰と言うか。

まあそれならそれで、以前から放置しとった泊地周辺の整備を進めようかと。

 

詰まる所、地面の穴ポコ埋めや壁の罅の修繕、細かい所の舗装とかやな。

 

この際ついでと、市の管轄の所もウチでやるわと申請出して、現在作業中な話。

 

「何でこう、穴が出来るんだろうかなあ」

「まあ、乳化剤の撒きが甘いとか、下地の締め方が雑とか」

 

色々と理由はあるんやろうけど。

 

「交通量が微妙ってのが一番の理由やな、諦めるしか無いわ」

 

アスファルトの罅割れが限定的に成りがちで、破損が一か所に集中し易いねん。

 

これが連日大渋滞とかやと、広範囲に罅が入って衝撃が分散され

全体的な破損の進行のルートに乗るわけで、意外と長持ちしたりなんかする。

 

「今回直しても、どれだけ持つだろうなあ」

「まあ、繋ぎ相応には持ってくれるんやない、きっと」

 

視界の向こうでは、6駆の姉妹がアスファルトの上で常温合材を踏んどる。

 

「つーか、何時まで経っても穴埋めてくれないんだもんなあ」

「そこらへんは、日本がおかしすぎるってのもあるわな」

 

かねてから市に公道の修繕依頼は出しとったんやけど、見事なまでに放置されとった。

 

やります言うてからやるまでが長いんよなあ、果てしなく。

 

「まあそれもマレーシアの病や、仕方ない」

「病気なのか」

 

業病とまで言われとるそれ。

 

土地柄、ブルネイも含まれてしまう特性が存在する。

 

「上がサボって下が馬車馬の様に働くってやつや」

「何処の国でも、そんなもんだろ」

 

「上の言う事は絶対、とかな」

「いや本当に、何処でもそうじゃないのか」

 

マレーシア関連は民族性とまで言われるほどに酷いって事や。

 

「やから実務は動くけど、上の裁可が必要に成ると途端に滞るってな」

「あー、公道の修繕の許可、とかか」

 

おかげで公共施設関連の修繕とかはひたすら放置がデフォ。

 

許可出るまでが長い、予算付くまでが長い、予算出るまでが長い、依頼出るまでが長い。

 

「んでようやく開始して、すぐ終わると」

「コッチでやった方が明らかに早いわけだ」

 

結構遠く、敷地から離れた所までバケツ持った修繕組の姿が見える。

 

「まあ良い人気取りや、有り難く風評稼がせて貰おやないか」

「良いんだか悪いんだかだなあ」

 

単なる負け惜しみかもな。

 

「王室もやっとる事や、誰にはばかる事でも無いわ」

「何か酷い話が出たな」

 

「普段はサボってる上役も、王族に言われたら必死に働くって話や」

 

なんせ、上の言う事は絶対やからな。

 

「やからブルネイ国王は、暇さえあれば諸国漫遊して働かせとるわけで」

「国王陛下のおかげで図書館の階段が直りました、とかそんな感じか」

 

水路の橋とか道端の穴ポコとか、アーケードの雨漏りとかもな。

 

「ブルネイ人はその生涯に於いて、何度か国王陛下に救われる経験を持つ」

 

大なり小なり。

 

「王室人気が凄まじいわけだ」

「まあそれだけやないけど」

 

俗な面だけであれほどの人気と信頼を得られるわけも無し。

 

「そもそも王政に成ったんも、真っ赤にかぶれた議会が共産化を採択して」

 

即座に国王が強権で議会を解散、緊急避難的に王政に移行したからなわけで。

 

「その判断がどれほど正しかったかは、後の歴史が証明しとるわな」

「ああうん、素直に凄い」

 

んでそれが現在まで続いてしまっとる。

 

「教育に力を入れとるのも、緊急避難的な現状の打破のためって面もあるな」

「あとは民族性の克服、か」

 

「んで東に転びかけた国って立場が、西側からの悪意ある干渉を控えさせた」

「内政チートの小説か何かか」

 

「おかげで極東の、黄色い惑星ジャポニカ人がやりたい放題」

「オチがそこかよ」

 

ガス、油田、重工業が完全に日本依存と言う美味しい国と成りました、ブルネイ。

 

「いや、日本国ブルネイ県だった時に、知事さんが頑張ったからって縁もあるんやで」

 

所謂、英国涙目案件。

 

「歴史は繋がってんだなあ」

 

しみじみと言う司令官に、これまたじみじみと言葉を掛ける。

 

「艦娘的には、温泉が出た土地よねヒャッハー、ぐらいなんやけどな」

「結論が酷すぎる」

 

しかもポーリン温泉はマレーシアや。

 

「まあ栗田艦隊の艦は、何か思う所あるかもしれんけど」

 

ウチのログには何も無いな。

 

軽く響くクラクションに視線をやれば、修繕した道をトラックが通り過ぎていく。

 

その際に何かあったのか、軽く手を振り合う修繕組の駆逐艦たちの姿が視界に入り、

車体より僅かに上がる砂埃が、潮風に混ざり涼し気に吹き抜ける。

 

さて後半と、司令官を他へと追いやれば。

 

熱気に流れて来た汗を、手拭いで拭いて空を見上げた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「神戸ビーフですわ」

 

夕刻の日差しが入る喫茶室に、熊野の声が響いた。

 

「どう見ても鶏肉だよねー……」

 

机の上、鈴谷の目の前に置かれた屋台料理が、出来立ての香りを漂わせている。

 

包みに使われたバナナの葉の上で、焼き目の付いた香ばしい色合いの鶏肉は

手頃な厚さに切り分けられており、付け合わせのマナオ(ライム)が良く似合っていた。

 

ガイヤーン、所謂タイ風焼き鳥。

 

魚醤(ナンプラー)や大蒜の入った甘辛いタレに漬け込んだ鶏肉を、炭火で焼いたもの。

 

タイ国内ではありふれた品目であり、どの土地に行っても必ず屋台のどれかが

鶏肉を焼く時の派手目な炭火の煙をモクモクと立てている。

 

餅米(カオニャオ)もありますわよ」

「うん、嬉しい組み合わせだけど、やっぱり神戸ビーフじゃないよね、コレ」

 

手を合わせ頂くついでに冷静な指摘を飛ばす鈴谷の言葉に、

熊野は遠く涅槃へと視線を流し、真理へ到達した覚者の如き言葉を口にした。

 

「私の神戸は既に天地と一つ、故に必ずしも神戸は必要無いのです」

 

神戸とは何であったのだろうか。

 

そう、ヒトが神戸を眺める時、神戸もまたそのヒトを眺めているのだ。

 

「この際、もう神戸はそれで良いけど、ビーフは何処に行ったのかな」

 

鶏肉である。

 

「……すき焼きを作る時、鶏や鯖で代用する家もありましたわ」

「何か、神戸ビーフって響きから果てしなく遠く成っている気がするよー」

 

むしろ対極に在る気がする。

 

「だって、高いのですもの、ブランド牛ッ」

 

血を吐くような言葉であった。

 

「うん、帰って来て熊野ん、何か私が悪かったから」

 

魂も吐き出して居るお洒落な重巡を呼び戻し、ようやくに料理に手を付ける塩梅。

 

「でもまあ、ガイヤーンは美味しいよね、何か肉がシッカリしてて」

「屋台では地鶏を使う店が多いそうですし、そのせいでしょうね」

 

タイでは70年代以降にブロイラー産業が盛んになったが、輸出、或いは

大量消費のチェーン店、店舗などを主体として出回っているため

 

小規模な、焼き鳥屋台などでは地鶏を使う事が多い。

 

巷に在る、タイの鶏肉は美味しいと言う風評の一因である。

 

「島風さんのお薦めでしたけど、屋台だからと馬鹿にできませんわね」

「屋台料理に手を出すなんて珍しいと思ったら、それが理由かー」

 

話しながら餅米を摘まみ、タレに絡め、鶏肉と共に口に入れる。

 

さくさくと食べ進め無くなる頃合いには、傾いた日も沈み湖畔の其処に夜。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74 猶予の月

赤城の視界に入った物は矢羽根であった。

 

そして、天井。

 

一本の矢が突き刺さった弓道場の天井を見上げては、意識が覚醒する。

 

―― 片付けておきなさい

 

記憶の最後に在るのは、冷たい言葉と小柄な背中。

 

その頃には、ようやく自分が仰向けに倒れていると想到する。

 

起き上がり、頭を振る。

 

弓道場へと散らばっているであろう惨憺たる矢羽根の有様に思い至り、

面倒なと眉を顰めた視界の端、的場あたりに蹲る、見慣れた銀の色が在った。

 

自らが昏倒していた射場より遥か、矢道、的場と、的に至るまでに

さんざと散らばる数多の矢を、拾い集めている誰かが居る。

 

「何をやっているのですか、翔鶴」

 

純粋に疑問に思った声色で問い掛ければ、相手の背筋が伸びた。

 

「あ、後片付けを」

 

直立不動で応える姿に苦笑が漏れる。

 

場内に動きは消え、朝の静かな空気だけが在った。

 

「ありがとうございます」

 

かけられた言葉に、目を見開き大きく頷く謎の生物の生態に疑問を持ちながらも、

それはそれとしてと、視線を動かし鍛錬の成果を視界に入れる。

 

赤城の口から溜息が漏れた。

 

八寸の白地に黒丸のあるそれは、綺麗なままにそこに在る。

 

「ああ本当に、憎らしい平面」

 

星的、結局今日は一度たりとも、掠る事さえも無かった。

 

陽光に照らされた弓道場へ、何処からか朝告鶏の声が響いてくる。

 

 

 

『74 猶予の月』

 

 

 

気が付けば龍驤が居らぬ。

 

何故にあやつはあの目立つ風貌で、器用に気配を消して行方をくらませる事が出来るのか

龍驤の乗員に中野学校出の者でも居るのかと、益体も無い事を考える。

 

それはともかくとして、何処で駄弁っておるのかと呟きながら執務室を後にした。

 

 

 

埠頭で水雷の教導が行われておる。

 

振り向いて、射撃、振り向いて、射撃。

 

「そこ、遅れていますよ」

「だから狙わなくていいって、同じ動作で同じ場所に撃つ事だけを考えてねー」

 

橙の制服を着た軽巡洋艦が3隻、2隻と1隻、長姉は視界の隅で吊るされておる。

 

そして列に並び、何やら鬼気迫る様相で連装砲の素振りをする駆逐艦たちの姿。

どうにも普段と違う様相に、教導にあたっていた神通と那珂に問い掛けた。

 

「龍驤さんですか、ついさっきまで此処に居た、と言いますか……」

 

眉間を抑えて曖昧な内容を紡ぐ神通に、隣の那珂が言葉を継いだ。

 

「駆逐に混ざって水上射撃やっていったんだよ」

 

あまりの違和感の無さに、的を撃ち抜くまで誰も気付かなかったと言う。

 

ご丁寧に水干を脱いだ朝潮型的な風貌で、巡航速度から振り向きざまの速射。

 

「素晴らしい腕前の艦が居たのですねと、よく見たら龍驤さんなんですよ」

 

虚ろな目で笑っている川内型2隻と言うのも、珍しい光景じゃな。

 

見れば並んで素振りをしている駆逐艦は、一部が涙目に成っている者も居り。

 

教導側として色々と効果が高いのは認めますが、護衛艦とか水雷戦隊と言う存在意義に

対して、かなり強烈なダメージの入った光景でしたと神通が語る。

 

遠い目をした那珂が口を開いた。

 

「龍驤ちゃんって、そこらの駆逐を越える砲戦のキャリア積んでいたからねー」

 

そう言えば、艦の昔から吶喊砲撃馬鹿じゃったなと思いだす。

 

いかん、頭痛がしてきた。

 

とりあえず邪魔にならぬ様にと、行き先を聞いてそそくさと移動する。

 

まったく、あやつは何をやっておるのじゃ。

 

 

 

海岸縁に、あまり見ない艦の姿が在った。

 

焦げ琥珀の髪を後ろで短く括り、特型を示す落ち着いた色合いの水兵服。

 

特Ⅱ型2番艦の敷波じゃな。

 

飴の袋を持ち、同型の綾波と一緒に飴玉を舐めておる。

 

聞けば、バンコクから睦月型2番艦の如月と一緒に船団護衛で訪れたと、

自由行動なので、たまたま空いていた特型組と一緒に買い物に行くと言う。

 

目的地はセリア目抜きのプリティ通り、そう言えば外出許可を出したのと思い出す。

 

現在、吹雪が叢雲と如月を呼びに行っているとか。

 

それはともかくとして、龍驤を見なかったかと尋ねてみた。

 

「龍驤さんでしたら、さっきまでここに居ましたよ」

 

飴玉を舐めながら綾波が応え、敷波が言葉を継ぐ。

 

「んー、何か突然アタシの頭を抱えてワシャワシャーッてやって行ってさ」

 

濃い笑顔を浮かべたまま、飴玉の袋を押し付けて去って行ったらしい。

 

何をやっておるのか。

 

変な所で不器用なあたり、加賀の同期なのじゃなあと溜息を吐く。

 

「まあ何ていうか、優しいよね龍驤さん」

 

苦笑を伴う言葉の向こうで、真顔で首を横に振る綾波が見えてしもうた。

 

 

 

行き先を聞いて歩んでみれば、白い航空母艦が居った。

 

帰投した所に、龍驤が迎えに出て居ったと聞く。

 

突然の不在はこのためじゃったかと得心が行き、連報相ちゃんの不足を反省する。

何やら散々に乗せて満足そうなグラーフが曰く、弓道場の方へ向かったらしい。

 

そんな事を話している内、何やら艦影が視界に入った。

 

「グラーフ、逢いたかっタッ」

 

茶の長髪を後ろで括り、紅色のカザカンを身に纏う異国風の姿。

 

洋弓と甲板の艤装は航空母艦であることを示し、何処か見覚えのあるカタパルトが在る。

 

首元のチョーカーに、鷲の翼を模したタイピンが見えた。

 

「おおッ」

 

白と紅が感極まるが如く情熱的に抱き合い、映画の場面の如き光景が生まれる。

 

切り取った絵画の如き美しい光景も暫く、やがてグラーフが身体を離し、

その何者かの両肩に両手を掛け、慈しみを秘めた冷静な顔で問い掛けた。

 

「で、誰だ貴様」

「はじめましてッ、アクゥイラです」

 

初対面かい。

 

聞けばイタリアの商船改造、大型なので分類上は正規空母だと言う。

 

グラーフ・ツェッペリン級2番艦、ペーター・シュトラッサーの部品を流用して

完成する予定だった未成艦、何と言う未成艦尽くしか。

 

何故、わざわざこれを建造した、何故、どうやって此処に着任した。

 

聞けば聞くほど、イタリアの異様に偏った政治力を感じる話じゃ。

流石は火薬の庭の中東を抜けて、珈琲豆を買い入れる工作員の居る国じゃな。

 

まあ何にせよ悩むのは龍驤と提督じゃ、別にかまわんか。

 

「そんなわけで、グラーフの妹の様な存在なのでスッ」

「ふむ、つまり龍驤型3番艦と言う事だな」

 

撃てば響くような即答じゃった。

 

何やら龍驤型が三国軍事同盟を締結しようとしておる、泊地の枢軸か。

 

「え、ええと、龍驤型、ですか」

「うむ、話せば長く成るな」

 

だから考えるな、感じろとか無茶を言う2番艦、待て、納得するなそこのイタリア。

 

止めるべきじゃろうかと考えて口を開こうとして、ふと、2隻の胸部装甲を見て止まる。

 

―― あやつ、呪われておるのじゃないか、割と本気で

 

つまりは龍驤じゃからなあと、甜瓜の如きたゆんたゆんを見て納得してしもうた。

 

 

 

弓道場に向かえば吹雪が居った。

 

何でも、如月を探して居るらしい。

 

「加賀さんと一緒に、弓道場の方に向かったと聞いたんですよ」

 

記憶の中の如月を、何と言うか可憐と表現するべきか、そんな駆逐艦の姿を思い描き、

弓でも見ているのかと思いながら互い違いに扉を開けば。

 

重苦しい空気が立ち込めて、綺麗な正座で射場に相対する2隻。

 

長く、緩やかに波打つ髪に3枚羽の髪飾りが揺れる。

 

制服の如く青い顔をしている航空母艦の前には、冷たい視線の睦月型2番艦が居た。

 

そっと扉を半分締めて、中の様子を伺う。

 

「―― 加賀さん」

 

は、はいッと珍しく怯えた音色が加賀の口から漏れた。

 

「これは、何ですか」

 

2隻の間には、紐の付いた布地が置かれていた。

 

「りゅ、龍驤の、下着、です」

 

口に出せば赤面し、消え入りそうな声で俯く正規空母からは、

どうも母親に艶物を見つけられた男子中学生の如き雰囲気が醸し出されておる。

 

「一航戦として、そして乙女として、その様な行動が自らに相応しいと思いますか」

 

どうも所持しておったらしいと、会話から察する。

 

「まあ、駆逐艦の私では、加賀さんに注意するなど烏滸がましいとは思いますが」

「い、いえ、そんな事はありません、決して」

 

顔色を青に戻し、全力で首を振る一航戦の姿を、何か見なかった事にしたい気持ちで。

 

そっと扉を締めた。

 

吹雪と顔を見合わせ、静かに頷き合う。

 

ここまで来たのなら、恐らく龍驤はあそこに居るじゃろうと想到が在る。

 

「じゃ、私は叢雲ちゃんを探さないといけないので」

 

吹雪と別れ、後にした弓道場から誰かの悲鳴が聞こえて来た。

 

 

 

やはりと言うか弓道場の向こう、龍驤の巣に見慣れた水干の姿が在る。

 

「あ、ちょっち瑞鳳と入れ違いで一航戦行ってくるわ」

「待ってそれ死亡フラグゥッ」

 

尖り頭の陰陽師と馬鹿を言いながら、後ろで黒尽くめの揚陸艦が笑っておる。

 

まあ悪企みも終わった様じゃなと察し、遠慮なく言葉の端に乗ってみた。

 

「そうか丁度良い、なら吾輩が執務室(じごく)まで先導してやろう」

「ゲエェッ、利根ッ」

 

言いつつ肩を組み、逃げられない様にガッシリと捕まえる。

 

「ああ、龍驤さんが執務室(ソロモン)に連れ去られて逝ってしまう」

 

笑いながら黒い事を言う隼鷹が居った。

 

そして、ちょ、ちょい待ちと焦った様相で口を開く逃亡者。

 

「働き過ぎだから休め言うてくれた、優しい利根は何処逝ったんやッ」

「日々の暮らしの中で擦り減って消えて逝ったわッ」

 

即答じゃった。

 

何か思考よりも早く自然に口から出た感が在る。

 

「畜生、納得してしまうッ」

 

天を仰いだ嘆きの姿に、どこまでも空は高かった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

龍驤の巣から紫煙が伸びる。

 

廃材再利用で作られた武骨な灰皿の横で、煙に巻かれているのは赤と黒。

核心の外側を撫でる様な会話の末、そんなわけでと、あきつ丸が言葉を紡いだ。

 

「そのうちブルネイ鎮守府群に、大規模な査察を入れたいのでありますよ」

 

出てきた言葉に、エクトプラズムの如く煙を吐き出した龍驤が言う。

 

「実は空母は第一鎮守府の所属やったんや」

「露骨な嘘しか出せないあたり、切実さが偲ばれますな」

 

暗く笑いながら細かい事を語り合う所に、影が伸びた。

 

紅白洋装仕立ての制服に、尖り頭の軽空母。

 

「あきつサン、名古屋行くんだって」

 

喫煙所に訪れた隼鷹が、開口一番に愉しそうな問い掛けを置いた。

 

「何やっ手羽先、初耳や田楽味噌、お土産頼んで良いか名古屋コーチン」

「あ、アタシは土手煮と良い感じのおサケが良いな」

 

何かやたらと濃い味のセレクトですなと言葉が在る。

 

「憲兵も長いですが、流石に集って来た艦娘ははじめてでありますよ」

 

「うん、実は隼鷹は第一鎮守府の所属なんや」

「即座に切り捨てる潔さは惚れ惚れとしますな」

 

頷く揚陸艦の前に、雷に撃たれたかの如き衝撃の顔芸をしている軽空母。

 

「そんな龍驤サン、四航戦の絆を忘れてしまったのかいッ」

「ウチ二航戦ですぅ、蒼龍パイセンの後釜ですぅ」

 

「二航戦にも居たよなアタシ、アイム戦友、アイム腐れ縁ッ」

 

全力で切り離しに行っている龍驤に、派手なリアクションで追いすがる隼鷹。

 

「あ、ちょっち瑞鳳と入れ違いで一航戦行ってくるわ」

「待ってそれ死亡フラグゥッ」

 

そして腰まで下げた両掌を地面に向けて、お断りしますと距離を開けた龍驤に

煽り顔の横、後ろからガッシリと首周りへと腕を回す航空巡洋艦が居た。

 

「そうか丁度良い、なら吾輩が執務室(じごく)まで先導してやろう」

 

昨今は、絹を裂く様な悲鳴が泊地の名物であると言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 鏡

―― 重文、安芸福田木ノ宗山出土青銅器横帯文銅鐸、破壊される

 

終戦景気に騒ぐ本土の喧騒に紛れて、目立たぬ被害が散見される。

 

―― 佐賀、吉野ヶ里遺跡出土銅鐸紛失、海岸線で破片発見

 

連日紙面を賑やかすわりに、とりたてて目立つ事も無く。

 

―― 次々と破壊される福田型邪視文銅鐸、犯行に深海の影

 

そして、ゴシップの隅に載った胡散臭い一報を最後に、報道が途絶えた。

 

「って、ガチで深海の連中の仕業とは思わなかったのですッ」

 

滋賀県、野洲市歴史民俗博物館、深夜。

 

山林に囲まれた、銅鐸博物館とも呼ばれるそこで、縦横に重ねられた切妻屋根が揺れた。

 

「何でこんなタイミングで、あきつは名古屋くんだりまで行ってやがるのですかッ」

「業務命令なんだから仕方が無いじゃないですか」

 

爆焔に飛ばされる様に建物から転がり出て来た艦が2隻。

 

座った目をした特型と帽子を押さえる白露型、憲兵隊の電と春雨であった。

 

「それに、帰ってすぐ呼び出されたのだから、あきつ丸さんも大変だろうなあってッ」

 

発言が轟音で切り刻まれ、追い立てたてられる様に距離をとる。

砲声が連続して響き、隣接する弥生の森に火の手が上がった。

 

灰燼と化す現場にて、狂気の滲む笑いを示して佇む姿は、戦艦レ級。

 

夜に染まる服から覗く白蝋の顔には、一筋の傷。

 

警備に参加していた関係各所の有象無象が、蜘蛛の子を散らすかの如くに逃げ惑った。

 

「よし、あそこの逃げようとしている一団と、護衛の名目で撤退しますよ」

「まだ耐えている人たちが居ますよッ」

 

警邏か何か、雑然とした状況ではにわかに判別がつかないが

確かに襲撃者に立ち向かい、景気良く蹴散らされている一団が居る。

 

「いいから、責任は私がとるのですッ」

 

そんな情景に気を引かれる春雨の向きを、電が両手で引っ繰り返し。

 

「ほら、さっさと動くッ」

 

その背中を押した。

 

 

 

『邯鄲の夢 鏡』

 

 

 

二重帳簿に定評のある軽巡洋艦こと、眼鏡1号の視線の先に胡乱な空気が在る。

 

「乗ってますよ」

 

提督執務室内龍驤席、塔の如くに積み重なる決裁書類の向こう、死んだ魚の様な眼で、

腕だけは鬼気迫る在り様で処理を続ける筆頭秘書艦の頭の上に、例によって例の如く。

 

本日の龍驤に背後霊の如く寄り添っている艦は、五十鈴。

 

「乗せてんのよ」

 

感情を感じさせない、平坦な声が在った。

 

「何でや」

 

声に反応したのか、機械的に動いていた乳置台がようやくに疑問を絞り出す。

 

冬とは言え赤道付近、年間通して気温の変わらぬ事に定評がある南国ブルネイ。

現在の外気温も30度を越え、熱気に茹だる声が教練の場より響いていた。

 

そんな熱気にあてられたのか、五十鈴の肌も軽く火照っているのが見て取れる。

 

龍驤の後頭部をしっとりとした感触が包み込み、健康的な香りが漂っていた。

 

「20連勤だったからよ」

 

身体とは裏腹に、どこまでも硬質な声色であった。

 

眼も、座っている。

 

工廠の方角から、爆発音が響いた。

 

 

 

川内が眠っている、珍しく布団で。

 

恐らく今日あたり隕石が降って来るだろう。

 

瞼を閉じ、夜戦さえなければと惜しまれる整った外面に僅かに浮かぶ微笑み。

何某かをやり遂げた、満足を得た者のみが浮かべる事の出来る寝顔。

 

夢でも見ているのだろうか、可愛らしい声の含み笑いが漏れる。

 

相好が崩れる。

 

バンダルスリブガワン出向組夜間担当、20連夜勤明けであった。

 

 

 

艦生と言う名の冒険は続く、好むと好まざるに関わらず。

 

「他にも居るでしょ、天龍田とか、そこのほら大淀とかッ」

 

黙々と書類を片付ける龍驤の背中に、そろそろしっとりと五十鈴が染みて来た頃合い。

 

姿勢を変え、左右から挟み込んでは体重をかけ、頭頂に顎を乗せては吠えていた。

 

誰が誰にとは、言うまでもない。

 

その正面では眼鏡が光る。

 

「巨乳など過労死してしまえば良いのです」

 

名前が出た故と、泊地主計長が即座に言葉を打ち返せば静寂が訪れた。

 

心からの、至誠に悖るなかりしか。

 

いやさ、在るはずもない。

 

真実に冷え切った南国の執務室の中で、コホンとひとつ咳払いが響いた。

 

「いえ、私は魚雷などの兵装を積んだ経験が無いので、五十鈴さんにお任せするしか」

「今、思い切り本音が漏れてたあああッ」

 

悲哀の叫びは四海を駆け巡ったと言う。

 

 

 

クアラルンプール、ブルネイ鎮守府第二本陣。

 

「な、何で、いきなり、第三砲塔、が……」

 

爆発した。

 

全身黒焦げた状態の陸奥から、言葉が漏れて倒れ伏す。

 

本陣敷地内で煤けている戦艦に、慌てて駆け寄る周囲の艦娘。

 

陸奥の大破した艤装の奥、腰のあたりに何かが掠めた様な擦過傷が在る。

 

後日、有史に於いて隕石が直撃した2番目の知的生命体として、

クアラルンプールで地味に報道されたと言う。

 

 

 

乳に挟みつつ頭に顎を乗せている、どうも納まりが良かったらしい。

 

龍驤と五十鈴の身長差のせいである。

 

大和や加賀、愛宕だと頭の上に乗せる程度の差に成る。

 

「でも龍驤さん、20連勤は流石に酷いと思いますよ」

 

話を聞いた瑞鶴が、埠頭を訪れた2隻に感想を返した。

 

そんな言葉に深く頷いては、龍驤の頭部を顎で責める五十鈴。

 

龍驤は人形の様に抱えられた状態で、我関せずと缶飲料を啜っている。

赤いメタルの缶に書かれている文字はSARSI(サルシ)

 

世界一不味いと言われているフィリピン産のコーラである、凄く安い。

 

「もっとこう、30連勤ぐらいに調整できないでしょうか」

「そうそう30連勤ぐらいにって、増えてるじゃないッ」

 

飲み進める度に視線から力が失われていく龍驤を気にも留めず、

発言を続けた瑞鶴に全力のノリツッコミが入った。

 

「休憩も削る方向で」

「何か瑞鶴が私を殺しに来てるッ」

 

SARSIはよく、湿布の如き臭いと味と表現される。

 

喧騒の中で口を開いて、あぁとも、うぅともつかぬ呻き声を上げる龍驤。

 

悪名高き、ドクターペッパーと同類の飲料と思って貰えれば近いだろうか。

 

「聞ーきーなーさーいーよー」

 

ごりごりと頭頂を責められて、やがて龍驤の視界がホワイトにアウトして行く。

 

「きょ、巨乳など、ガクゥ」

 

最後の言葉であった。

 

「―― 過労死してしまえ」

 

先達の無念を引き継いだ瑞鶴がキッパリと断言する。

 

「おいコラ待て」

 

その日、どこまでも座った目で友情を投げ捨てた瑞鶴が居たと言う。

 

 

 

横須賀にて、第四提督室の龍驤に乗せているのは第二の大和。

 

「大和さんは、何でこう機会が有れば乗せてくるんよー」

「納まりが良い龍驤さんがいけないんですよ」

 

大和が立っていると、丁度胸の高さに龍驤の頭が来る。

 

「肩でも凝るんかいな」

「良く言われますよーそれ」

 

埠頭でボケらっと水平線の先を眺めている暇艦たちであった。

 

「ある程度以上の大きさだと、クるのは肩じゃないんです」

 

腰である。

 

巨を越えて爆などと言われるほどの代物を保有する女性は、肉体が衰える晩年に、

その重量が椎間板ヘルニアなどを誘発する事例が多々あり、減胸手術を受ける人も多い。

 

「その鉄甲乳パット、はずせばええんやないかなー」

 

時々後頭部にめり込む鉄塊に関して、軽空母が何処か疲れた声色で静かに述べれば、

その発想は無かったとばかりに驚く超弩級戦艦が居たらしい。

 

 

 

入渠ドックの湯気の中、かぽんと軽い音が響く。

 

「あー、折れたメンタルが癒されるわあ」

「いつも思うのじゃが、修復剤には何が入っとるんじゃろうかのう」

 

妖精技術の闇である。

 

広々とした湯船に朝潮型航空駆逐艦2隻こと、龍驤と利根が漬かっていた。

 

艤装も外し、髪も解き、常の湯ならばこの後に髪を結いあげるのだろうが、

本日のドックの浴槽は修復剤交じりなため、遠慮なく髪を湯船に漬けている。

 

「しかしウチらもヒトの身体を持って短いから言うてもなー」

 

口から魂を吐きながら、龍驤が言葉を紡いだ。

 

「五十鈴みたいな事、うっかり異性に対してやったら即座に押し倒されるで」

 

おいおい気を遣ってやらなと言いながら、持ち込み手ぬぐいで顔を拭う発言者に

その横で勢い良く振り向き、目を見開いた状態で固まっている相方が居る。

 

「……こ、ここまで認識がズレとるとは」

 

絞り出された一言。

 

目の前にマーキングされている自覚のない間抜けな獲物が居た様な、

何処となく、そんな遣る瀬無い気持ちの滲んだ言葉であった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

どこまでも白い部屋。

 

「撤退するって、撤退するって自分で言っていたのに」

 

寝台の上、包帯でぐるぐる巻きにされた肉塊の横で、春雨が泣いている。

 

「伝言だと、電さんの、手も、足も ―― そして片目をッ」

 

言葉を受け、溜息が吐き出される。

 

「電が、ヒトを見捨てられるはずが無いのでありますよ」

 

病室の机にかえる饅頭を置きながら、あきつ丸が言った。

 

それきりに静寂の訪れた室内に、突然の音。

 

寝台の上で残った歯を食いしばり、痛みに嘆く電だった物体に

台を蹴り飛ばしたあきつ丸が冷たい声色で言葉を掛けた。

 

「伝えるべき事が在るから、修復の手間を惜しんで待っていたのでありましょう」

 

突然の凶行に咎める様な視線で、口を開こうとした春雨を抑えるあきつ丸に

寝台の上から呻くような声色で、呪いの言葉と共に途切れ途切れの単語が出る。

 

「名古屋、聞いて、何故、そんな所、と」

 

一言ごとに、受け取り手の視線から鋭さが増す。

 

「鹿島じゃ、ないのか、とも」

 

身を翻す揚陸艦に、視線を送るしか無かった春雨へと、寝台から声が在った。

 

「春雨、付いていくのです」

 

何事かを言わんとする同僚の口を、視線だけで縫い留める。

 

「何か、やる事ならば、あの片目の、糞野郎の」

 

言葉を切る、段々と、憤怒の混ざるそれは呪いの如くに。

 

「首を獲ってきやがれ」

 

発言者から、それきりに力が抜けた。

 

再びの静寂の訪れた病室に、やがて静かな衣擦れの音が響く。

 

そして、扉の開閉の音。

 

パタパタと軽い足音が廊下に響き、黒い背中から言葉が零れた。

 

「ああまったく、本当に電はお馬鹿でありますなあ」

 

やがて、春雨が追い付く。

 

「変に賢しいよりは、余程にマシではありますが」

 

夜の底に吐き捨てる様な言葉には、僅かに感情が混ざっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 玉

シンガポール港、早朝。

 

アジア最大の港湾であるシンガポール港は、24時間営業を特徴としている。

夜討ち朝駆け接岸即荷下ろし、極めて効率重視な港であった。

 

そんな常に慌ただしい埠頭の横に、ヤクルトを齧る艦娘が2隻。

 

白い帽子の下、桃色の髪を片側に括った駆逐艦と、赤いサンタ衣装の多分駆逐艦(けいくうぼ)

齧っているのはグレープ味とオレンジ味、シンガポール限定フレーバーである。

 

「んで、あきつ丸(あきっちゃん)は鹿島神宮に引き篭もりかいな」

 

前歯の形に穴の開いた蓋の上で、苦笑交じりの声が漏れた。

 

船団護衛に混ざって龍驤に逢いに来た春雨が、細かな指示の通りに会話を繋げている。

 

「そもそも、銅鐸とは何やろな」

 

少し考えた様相の龍驤が、穏やかに口を開いた。

 

古墳時代よりも前に地中に埋められた祭器、豊穣を祈るためとも言われているが

事如くに諸説入り乱れ、その真偽は未だに定かではない。

 

「もともと何と呼ばれていたかすら定かやない」

 

銅鐸と言う名称の初出は続日本紀(8世紀)である、祭事の行われていた弥生時代とは隔絶が在る。

その内容も、何か銅の鐸(変な物)を掘り出した、これは何だろうと言う感じの曖昧な記述。

 

即ち、大和の時点で既に知識が、それに関わる何もかもが失われていた事を示している。

 

「記紀歌謡には(ぬて)と在り、万葉集なら須受我祢(すずがね)やったか」

 

鐸、漢語に於いては大きい鈴の意味に成る。

 

「ヌテ、もしくはヌリテ、和語には無い感じやな」

 

ならば日ノ本の、意味の通る言葉では何と呼ばれていたのか。

 

「古くは、つーても江戸時代ごろまでか、カネ、ともサナギとも呼ばれとった」

 

そう口に出しながら、背負ったプレゼント袋から飴玉を取り出した。

持ち運べるようにと懐から取り出した紙で包みこみ、春雨に渡す。

 

お土産やと言いながら額を突き、紙を凝視していた受け手の視線を上げさせる。

 

「ウチで思い付くのはそれぐらいや、鹿島なら、多分あきつ丸と同じやろ」

 

それを機に会話を終えれば、その間に近場で荷下ろしをしていた数名、

不自然なほどコチラへと視線を向けなかった船員たちが、離れていく。

 

大事そうに包み紙を懐に入れて、お辞儀をしながら去って行く駆逐艦を眺めながら、

少しばかり呆れた表情の龍驤から苦笑いが漏れた。

 

「あきつ丸みたいに場所選べ、言うのは酷かあ」

 

肩を竦めて身を翻す姿に、何の気負いも在るはずも無く。

 

 

 

『邯鄲の夢 玉』

 

 

 

マレー半島の南端、シンガポールはファインシティであると言われている。

素敵な街(ファインシティ)であり、同時に罰金都市(ファインシティ)で在ると言う意味だ。

 

兎にも角にも罰金項目が多く、その取り締まりは厳格を以って知られている。

 

「この国では、暮らせんなあ」

 

路上の喫煙所、灰皿付きゴミ箱の横で肩身の狭い龍驤がボヤいた。

 

季節柄妙に路上に似合っている、紅白に染め抜かれたサンタ衣装、プレゼント袋付き。

 

首に下げられたパスには、持ち込み煙草の税金支払い証明が入っている。

1本あたり39セント、さらに7%の消費税まで加算されていた。

 

コレを払わずに吸っていた場合、200ドルの罰金刑が待ち構えている。

 

喫煙時はかなりの頻度で証明提示が求められるので、面倒の無い様パスを買っていた。

 

実際、火を点けてから今までに3度提示を求められている。

 

官憲入れ食い、ジェットストリーム職務質問であった。

 

尤も、それはやはり厳格と言うよりは外見のせいであろう。

 

喫煙する小さく平たいサンタ娘、見るからに子供に悪影響が在りそうな有様である。

 

「よう、待ったか」

「ううん、めっちゃ待ったわ何ぞ奢れ」

 

そんな絶賛モラルハザード進行中の艦娘に、声をかけたのは琥珀の偉丈夫。

 

士官服をどこかだらしなく着こなした、口さがない一部の艦娘からは

ハーレクインのワイルド系などと言われる、ブルネイ第三鎮守府本陣提督。

 

「嘘つけ、まだ半分も吸って無えじゃねーか」

「乙女の時間は野郎の値段と違ってストップ高なんや」

 

海路で来た龍驤と違い、陸路でクアラルンプールから訪れ待ち合わせていた所である。

 

「染色体XXなのは仕方無しに認めるとして、乙女と言い張るのは無理が無いか」

「お疲れ様な糞女郎の略やな、ド畜生が」

 

そう言いながら龍驤が、吸い差しを銀色の安っぽい灰皿に押し付けた。

 

ちなみに、吸殻が灰皿から外に出たら罰金刑である。

 

「キャラメルで良いならあるぞ」

「何でやねんって、まあええわ、お礼に飴ちゃんをくれてやろう」

 

ぶらぶらと歩き出しながら、互いに甘味を交換し口に入れる。

鏡映しの如き動作を見た通行人の表情が、そこはかとなく綻んだ。

 

シンガポールでは、公共交通機関などでの飲食が禁止されているが、

路上は禁止されていない、つまりは食べ歩きがシンガポール名物である。

 

しかしゴミのポイ捨ては罰金刑、そこに慈悲は無い。

 

「陸奥が好きなんだ、つーか何故にどこまでも上から目線かな」

「こんなとこまで呼び出されたウチの身にも成ってみろやってな」

 

本来ならば秘書艦同士で待ち合わせる予定であったが、先日、残念な事に

第三本陣筆頭である陸奥が隕石の直撃を受け、現在入渠リハビリ中であると言う。

 

「つーか何で台湾製」

「陸奥の好みだ」

 

見慣れた黄色の箱にエンゼルマークのミルクキャラメル、しかし白抜きの字で

ニウナイタンと漢字で書かれたそれを、龍驤が問い掛ければにべも無い。

 

「そういやこの会社、陸奥(むっちゃん)がお召艦やった時に広告出してくれとったな」

「あー、戦時広告って感じのヤツか」

 

扇動的なと穿っている声色に、無い無いと手を振って気軽に言葉を繋げる軽空母。

 

「めっちゃノリノリやったで、日露ん時なんかバルチック艦隊全滅記念とか言うとったし」

 

ご贈答には戦艦三笠砲弾型マシマロー、東郷大将御真影石板付。

 

全滅記念で売り出された品目であった。

 

「キャラメルやと、渡洋爆撃の頃に荒鷲のご馳走だとかコメントとってたなー」

「まあ、味も携行性も栄養価も、全て満たしてはいるが」

 

荒鷲部隊、陸海軍の戦闘機部隊の愛称である。

陸軍は陸鷲、海軍は海鷲、総称で荒鷲と呼ばれていた。

 

「その時のキャッチコピーが、空爆にキャラメル持って」

「俺の中の『美味しく楽しく健やかに』が、一気にファンキーになったんだが」

 

率先して慰問袋を売り捌いてくれたし、正直あの会社に足向けて寝られる艦娘は

居ないんちゃうかなと、どうにも受け答えの難しい感想が零れる。

 

そして川内あたりに土産で買って帰るかと龍驤が言い、何で川内と問いが在る。

 

「川内、あの時は水上機飛ばして参加しとったねん」

「何やってんだアイツ」

 

「ウチは陸鷲を教導しとった」

「お前ら、何か色々と間違えてないか」

 

台風がいかんのや、ウチのせいちゃうでと、シレッと言い張る歴戦空母。

 

そして本陣提督は、整った眉間を抑えながら、もう一つキャラメルを口に放り込んだ。

 

「まあ、甘さ控えめで好みではあるな」

「台湾のは、脂肪抑えて塩増やしとるからなあ」

 

製法も昔ながらで、カラメルの焦げた風味もやや強い傾向に在る。

ウチらの記憶に在る味やと、確かにコッチが近いわなと龍驤が笑った。

 

「日本のがオリジナルレシピじゃないのか」

「あの会社、毎年微妙に味変えとるで」

 

そもそも、キャラメルを売り出したら脂っこくてサッパリ売れないと言う地点から

日本式キャラメルと言うほど徹底的にレシピ改良をした上で、人気に成った品である。

 

そして油っ気がまったく無くなったので、輸入していた既存の機械が使えなくなり

仕方無し国産の製造機械開発に手を出したと言う酷い経緯が在る。

 

そのせいか伝統は有るが、従来の味を守る事にはあまり固執していない。

 

実はハイでチュウなアレや缶詰の貰えるチョコなボールなども、毎年微妙に変わっている。

 

「……嘘だろ」

「本気や」

 

綺麗に表現すれば、大企業たる現在も初心を忘れていないと言う所か。

 

「そういや慰問袋結構溜まってるから、帰りに本陣寄って持って帰れよ」

「そこは支援物資と言いやがれ、第三鎮守府責任者」

 

そんな益体も無い会話の内、駅標識の前まで辿り着いた。

 

「んで、寄るのはまず大使館やったか」

「そして外務省、国防省、通商産業省でお見合いだ」

 

マス・ラピッド・トランジット、地下、高架鉄道の駅構内に向かいながら、

タクシー使えんのか、経費が出ないんだと寂しい会話が交わされる。

 

肩を竦め、プレゼントの袋を担ぎ直した龍驤が溜息を吐く。

 

「長丁場になりそうやなあ」

 

四季の無い熱帯性モンスーン気候、それでもブルネイよりも4度ばかり低い

シンガポールの空気に、気疲れの滲む声が響いて消えた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

マーライオンは結構見ごたえがありました、島風です、天津風ちゃんも居ます。

 

何でも、かつてはポンプが駄目で水を吐かない、陸橋が出来て景観最悪、

そもそも背中しか見えないなどの問題で、世界三大ガッカリに数えられていたそうですが、

 

アジア通貨危機の時に不景気はマーライオンの風水が悪いせい説が持ち上がり、

 

様々な風水師が、やれ陸橋は火の属性だから、いや土だからと、諸説を持ち出して

様々に声高く主張しては喧々囂々と、いや、しなかったんですけどね。

 

全員、過程はバラバラでしたが結論は「マーライオンを移動しろ」だったのです。

 

何と言うか、風水云々が建前にしか聞こえません。

 

そんなわけでマーライオンは現在のマーライオン公園に移動して、

良い感じの景観で、ちゃんと正面から水を吐いてくれる様になったとか。

 

夜間はライトアップされるそうです。

 

それはさておき、お腹が空きました。

 

観光案内をしてくれた親切な方にお薦めを聞き、2隻で近場の屋台村(ホーカー)に向かいます。

 

ちなみに格好は制服に、お揃いで薄手のトナカイさんコート、支給品なのだ。

 

シンガポールでは路上の飲食は禁止されていませんが、路上の屋台営業は禁止

されていますので、屋台は屋台村(ホーカー)と呼ばれるフードコートに集まっています。

 

前に龍驤ちゃんが、フードコートつうか道の駅のイートイン、とか言っていました。

 

よくわかりませんが、きっとそんな感じなのでしょう。

 

さてそれでは、とりあえずイートスペースに席を取って貰いつつお目当てへ。

 

ボワっと赤味がかった、何か凄く身体に悪そうな煙を出す独特の屋台。

はい、中華鍋にチリペッパーを叩き込んだ時の煙ですね、凄く目に染みる、鼻にクる。

 

煙が出た途端、並んでいるお客さんも揃って顔を背けて、目鼻を抑えています。

 

惨状はさておき2皿注文しました、フライドオイスター。

日本語で言えば牡蠣の玉子とじ、フライドどこ行った。

 

マレーシアはマラッカの名物料理です、シンガポールでも人気なんですね。

 

網漁の時に一緒に獲れる、売り物に成らないぐらいの小さい岩牡蠣を

水溶き小麦粉を炒めた鍋に卵と一緒に放り込んだ料理で、

 

仕上げにチリベースの香辛料をダバッと掛けて出来上がりです。

 

香辛料的に危険な香りがしますが、卵が入っているので意外と大丈夫なのです。

 

卵と一緒なので玉子とじなどと言われますが、油を引いた中華鍋に

卵と一緒に放り込んでいますので、どちらかと言えば炒飯の玉子的な感じ。

 

フライドですからね。

 

さてさて、出来た料理を天津風ちゃんが確保していた席に運び、昼ご飯です。

 

「辛さで打ち消されないほどの、無茶苦茶な潮の味ね」

「シーフード苦手な人は逃げるね、コレは」

 

小さいだけあって、何か色々と濃縮されている感が在ります。

 

言いながら食べ進めるも、しかし、知っているより、思ったよりも辛い。

付け合わせのライムとかパクチーが焼石に水、玉子は何してるのかな。

 

そんな結構デンジャラスな状態に陥った私の横に、満面の笑みの妙齢の女性が。

シュポンとビンの栓を抜く音がして、黄金色の泡が出る液体をコップに注ぎました。

 

見るからに冷えている、シュワシュワ音を立てている。

 

急いで受け取ってのど越し爽やか、苦みと刺激が口の中の辛さと海を押し流します。

一気呵成に飲み干して、目を瞑り震えて最後、弛緩した口からケフと声が出て。

 

タイガービールだ。

 

見ればその女性はタイガービールの衣装を身に着けた売り子さん、通称タイガーガール。

 

もう一杯貰いつつお金を払う、正面の天津風ちゃんも同じ状況だった様で、表情微妙。

いや、艦娘だし呑めるけど、この外見でビール勧められたのははじめてだよ流石に。

 

微妙に納得いかない中、突然に何処からか騒めきの音が上がりました。

 

報道の声、そして様々な人の声。

 

―― 深海棲艦、米本土及び中東に上陸、侵攻

 

騒めきは段々と大きく成り、騒動が不安を掻き立てていきます。

 

「島風」

 

呼ばれた名前に真剣な表情で、無言のままに頷く私が居ました。

何はともあれ詳しい状況も把握できないし、随伴の駆逐艦2隻では何も出来ない。

 

ならば、やるべき事はわかっている。

 

「急いで食べて龍驤に合流するわよ」

 

お残しは許されないよね。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75 鈴の音に消える

白と灰の世界の中に、二重のガラス窓に区切られた異界が在る。

 

冬の最中、凍てついた色合いの単冠湾泊地。

 

薪ストーブの爆ぜる音も静かに響き、布団を被せた机の上、

天板の上に白金の髪と、顎を乗せて溶けている艦娘が一隻。

 

ウォースパイトである。

 

「……平穏ですわね」

「ロシアが頑張っていますからね」

 

漏れた声に返すのは、霧島。

 

手に持つ籠には、バナナ、マンゴー、ランブータン。

 

「何でパッションフルーツなんですか、ココはミカンでしょうに」

「ブルネイとの資材交換が終わった所ですから」

 

ナイフでランブータンに切り込みを入れつつ、炬燵に入りながら眼鏡が言う。

 

通称ドラム缶トレード、単冠湾の伊168とヨー島の伊58がフィリピン沖で

うっかりドラム缶を間違えて持ってきちゃったと棒読みする案件の事である。

 

タダのミスなので密輸では無い、返す手間を考えれば現地で消費するのも当然である。

 

それはともかく、強いて言えば蜜柑に見えない事も無い白い果肉の並びを口に入れながら

胡散臭いほどに頑張ってくれますよねと、発言者が言葉を続けた。

 

しかしそんな疑問をスルーして、手を炬燵に入れたままバナナを引き寄せようと

口を活用する英国人に見せられない感じのクイーン・エリザベス級の姿。

 

溜息交じりの霧島が、バナナの皮を剥いて咥えさせる。

 

「どちらかと言えば、何か焦っている様な」

 

むぐむぐと、色気の欠片も無いトロ顔でバナナを摂取して、ミルクが欲しいですわと

字面だけ並べて見ると妙に危険な感じを醸す発言の後の、さりげ無い言葉。

 

ランブータンの種を吐き出す眼鏡の、座った視線が英国艦を射抜いた。

 

「ロシアに、形振り構わず戦争を終結させる必要が出来たと」

 

器用に肩を竦め、さてそれは私にもわかりませんと嘯く旧い淑女。

 

そして黙々と、果実を消費するだけの静寂が続く。

 

「まあ、成る様にしかなりませんわ、気にしない事です」

 

平穏なウチは休んでおきましょうと、バナナを食べ尽したブリテンの言葉に、

最初期金剛型が、慣れない空気なんですよねと眼鏡を外して眉間を揉む。

 

「提督なんか、あまりに平穏すぎて胃を傷めていましたから」

「貴女たちは一度、人生を真面目に考え直すべきだと思うのよ」

 

どこまでもジト目なウォースパイトが其処に居たと言う。

 

 

 

『75 鈴の音に消され』

 

 

 

今日も朝からウチらの泊地はてんやわんやの大騒ぎ、ってな。

 

まあいつもの事やなと、手の空いた隙に水平線の先に視線をやりながら諦めていると

何か五十鈴と瑞鶴が泣きついて来て厨房に引きずり込まれたクリスマスイブ。

 

「お芋のケーキ、言われてもな」

 

突然の話に軽く頭を抑える。

 

今年は巡洋艦組が菓子作り班とかで、駆逐艦にリクエスト聞いて細々と数を

作っとるとは聞いとったが、何で当日朝にワタワタしとるんかと。

 

「ごめん、初月が遠慮して中々言い出さなくて」

 

爆乳が手を合わせて謝って来る、うん、それで瑞鶴まで居るんか。

 

平身低頭を脂肪が邪魔しとる横で、平たい胸族の同胞が言葉を繋げる。

 

「何でも艦だった頃に、姉の涼月とクリスマスについて話した時に聞いたとかで」

 

んでギリギリに安請け合いして、いざ作る段階でハタと気が付いたと。

 

お芋のケーキって、何やねん。

 

「ぶっちゃけ、お芋のケーキとだけ言われても何なのかサッパリなんやが」

 

「あー、すいません、スポンジに薩摩芋練り込むのかなぐらいのフワフワとした想像で」

「いざ作って見ようとしたら、何か違うなーって……」

 

馬鹿みたいに簡単な話なのに、現実に直面せんと問題点に気付けない、よう在る事やな。

 

どうにかでっち上げてと拝まれてもな、自分でも作れそうなレシピでって注文多いな。

 

「まあ、思いつくんも2つ3つ在るけど」

 

目が輝いた2隻をスルーして、何かどうにか出来るかと厨房を見渡せば、

薩摩芋を蒸しとる川内に、スポンジにクリームを塗る神通、景気良く歌っとる那珂。

 

……いや、那珂も何か作れや。

 

そんなこんなに頭を悩ませとったら、入口に小柄な影が射した。

 

「人手が要り様かい」

「不味飯会はお呼びでないわ」

 

細々とした調理器具を抱えた白い駆逐艦、ヴェールヌイが近寄んな不味飯会員。

 

……いやちょっと待て、赤加賀(バキューム)避けと考えればむしろ必須の艦員やないか。

 

「懐かしの不味い飯の気配がしたんだけどな」

「再現しようとすんな」

 

あかんか。

 

何作るにしても、あの頃は材料の質が悪かったからそりゃ不味いやろうけどよ。

 

「と言うかね、ソビエトにはクリスマスが無かったから懐かしいんだよ」

 

そんな事を言っては、少しだけ真面目な顔をする、それはちょいズルくないか。

 

つーか、無かった言うのはちょい乱暴やな、言いたくもなるやろうけど。

 

「ソビエトにも、クリスマスカードとかツリーとか無かったかしら」

「アレは実は、年賀状と門松なんだ」

 

五十鈴の疑問にサラリと答えるソビエト艦。

 

「ソビエトのキリスト教は正教会やから、クリスマスが正月明けなんよ」

 

おかげで新年祝いが、どう見てもクリスマスと言う変な光景に成るとか。

 

「12月の方も祝いだしたのは最近、ロシアに成ってからやな」

「まあそんなわけで、何か作りたくてね」

 

そう言って見せてきたのは、木箱と手ぬぐいと鉄板2枚。

 

何や、話も聞いとったみたいやな。

 

「ああ、じゃあそれはまかせたわ」

 

とりあえずレシピ記録に瑞鶴を押し付けて、ウチは五十鈴とフライパン。

 

「見た感じ1品目は、川内が作ってそうや」

 

見に行けと言う前に、何か本艦がやって来た。

 

「これの事かな」

 

「それやな」

「あ、確かにお芋のケーキ」

 

見せてきたのは、黄金色に焼き色の付いた、切り分けた芋の様な見た目の焼き菓子。

 

「食べたいって子が結構居てね」

「憧れの洋食やもんなあ」

 

要するにスイートポテトや。

 

明治時代にコース料理の一種として提供された、卵を混ぜたマッシュ薩摩芋。

 

ポテトサラダの親戚みたいな料理が好評を博し、後に一口サイズに小型化され、

卵黄を塗ってオーブンに突っ込む現在のスイートポテトに成ったとか。

 

そんな感じでデザートとして世に広まった洋菓子や、日本産やけど。

 

「お芋のケーキと考えればコレやろうけど、戦中やとちと贅沢な気もすんねん」

「まあ何にせよ、数は作ってあるから大丈夫だよ」

 

その有り難い発言に、笑顔でサムズアップを返す爆乳軽巡。

うん、コレはこき使ってやらんと川内に申し訳が立たんな。

 

「そうそう、神通が提督用にケーキ作ってるから、味見担当で胃袋空けておいてね」

 

考えを察したか軽く笑い、そう言って芋を押し付けて去って行った夜戦狂やった。

 

見れば既に蒸してある、ええ仕事すんなあ。

 

とりあえず1品はこれで終わった、もう1品は向こう担当、ならウチはラス1品行くか。

てわけで、まずは振るいとボールを用意して粉作るかと、4~5枚分も在ればええやろ。

 

「砂と雑穀の準備は万端さ」

「入れんな」

 

あっさり調理が終わったらしく、微妙な顔の瑞鶴と一緒にヴェールヌイが戻って来た。

懐から良く洗った砂を取り出しやがったので、足を出して距離を取る。

 

「当時を懐かしむには必須じゃないかなあ」

「宴席の菓子やからな、再現料理は司令官か赤加賀にでも食わしとけ」

 

確かに当時のレシピ本ですら、小麦粉と書くのを諦めて粉と書いとるのが多いけどな。

 

それはともかくと、雑穀からボウルを死守しながら振るいを持ち上げる。

 

戦前は選択肢が無かったから小麦粉や粉やったけど、普通にやるなら薄力粉やな。

 

「まずは薄力粉を200グラム振るって、これは160あたりまで少なくてもええわ」

 

シロップが甘さ控えめになるやろうし、砂糖の比率を上げとく感じ。

 

「んでベーキングパウダーを8グラムほど、ここに砂糖を40グラム」

 

そこで香料入れるか聞こう思うて、手を止めれば。

 

何やろう、この五十鈴と瑞鶴の、葬儀の経文で寝そうに成っとる戦国武将みたいな表情は。

 

「……言い換えると、硬質小麦の粉をざっと1合、重曹を小さじで2杯」

 

「え、うん、そうよねプロテインよね」

「はい、ハッスルマッスルですよね」

 

これはアカン。

 

「べるぬい、ホットケーキミックス在るか」

「はい、使いかけだけど」

 

空いた袋を素直に渡してくる、中を確認、うん、変なモンは入っとらんな。

 

「1枚あたり50グラムな」

「問題無いわ」

 

いや、そんな精悍な表情されても反応に困るんやけど。

 

「まずは、粉入れる前に卵と牛乳を良く混ぜる」

 

んで、後から粉入れてザックリ混ぜると。

 

「ちょっと待った、まだダマが残ってるわよ」

「それぐらいで止めとかんと、重曹(ベーキングパウダー)が反応仕切って膨らまんのよ」

 

逆に卵と牛乳はしっかり混ぜんとあかんから、先に混ぜとくわけや。

 

ダマは調理中に二酸化炭素吐きまくるから最終的に勝手に混ざるねん、大丈夫や。

 

そしてまあ熱したフライパンに、均等に広げるために高い所からダバーッと落として。

 

「泡が出始めたら引っ繰り返す、と」

「早ッ」

 

「サッサと引っ繰り返さんと、二酸化炭素が上に抜けて膨らまんからな」

 

生地の中で泡に成って貰わんと、ペラペラなパンケーキ(アメリカ風)に成ってしまうわけで。

 

「んで、分けて貰うた芋を、牛乳と水飴で伸ばしてー」

 

じわりと縦に膨らんできた生地の、横のコンロで軽く火に掛けて、と。

 

焼き上がりを皿に乗せたら上から掛けて、出来上がり。

 

「ほい、()ットケーキ、薩摩芋ソース掛け」

 

粉が良かったり水飴入れたり、あの時代のモノと同じとは言えんけどな。

 

「ホットケーキよね」

「最近はパンケーキと言うんでしたか」

 

ぶっちゃけ単なる昔ながらの茶店のホットケーキや、最近の型使うのとはちょい違う。

 

「シロップや砂糖の代わりに薩摩芋ってな、お芋のケーキ言われてもおかしいは無い」

 

芋餡を乗せるとか挟むとかのバリエーションも在ったな、確か。

 

生地にも砂糖が無けりゃ薩摩芋突っ込んでたんやろうけど、砂糖か芋かそこらへんは

本人に聞かなわからん範囲や、まあデフォルトなレシピで砂糖仕様で芋は無しと。

 

「つーか自由に砂糖使えるんやし、コッチがええやろ」

 

コレで2品、と。

 

「こっちも焼き上がった所だね」

 

そう言って少し離れ向こうから、鉄板の仕込まれた木箱を持ってくる白と緑。

 

粉、芋、物資窮乏でケーキとくれば選択肢はそう多くない。

3品も在ればほとんど総当たりや、どれか当たるんやないかな。

 

「ああ、電気パン」

 

実物を見て、五十鈴が名称を述べた。

 

電極の仕込まれた箱の内部には手拭いが敷かれ、その上に焼き上がったパンが在る。

 

ジュール加熱製法で作ったパンやな。

 

食材に、つーか食材で通電させて、内部から熱調理するねん。

 

適当な木箱の内側の側面に、正と負の極に成るよう鉄板貼って

生地を入れたら通電開始、焼き上がったら電気が通らなくなるから勝手に止まると。

 

生地だけだと水分が足りなくて通電しないから、濡れ手拭いを下敷きにするのがコツや。

 

ちなみに名称が無駄にサイバーパンクにカッコ良いのは、製法がアレなんもあるが、

電気って単語がナウでイケてる時代やったからや、流行りやな。

 

電気光(がいとう)だの電影館(えいがかん)だの、文明開化の象徴として電気と言う単語が世に知られ、

やから明治から昭和にかけて、新しい物には何にでも電気と付ける風潮が在ったねん。

 

有名所で言えば、電気ブランとかか。

 

いや、電気パンは本気で電気使っとるけど。

何せ戦時中は薪が無かったからなと、説明するまでも無い面子。

 

電球割って正負に配線繋いで、食材入れたら通電(ちょうり)開始ってな、懐かしいと言えば懐かしい。

 

「どこらへんがお芋のケーキ」

「生地に混ぜてあるよ、その分、ちょっと砂糖控えめだね」

 

五十鈴の問いに、ヴェールヌイがそう答えながらパンを手拭いごと箱から取り出し、

一斤のパンの様な形のそれを薄切りに切り分ける。

 

手拭いに面していた焦げていない部分と裏腹に、内部は軽く琥珀に染まっていた。

 

内側から焦げていくのが、ジュール加熱製法の特徴やな。

 

「今で言えば、芋の入った蒸しパンって感じかな」

「まあこれも所謂、お芋のケーキやな」

 

素直に秋月型の進水年とかから考えれば、コレが正解臭いな。

 

しかし、微妙に地味や。

 

「クリーム塗ってチョコでも散らしとくか」

「ドライフルーツを入れておくのも良いね」

 

ホットケーキにも、薩摩芋の甘露煮あたり乗せとくか。

 

そこらは作っておくから、ほれさっさと作れと制作班に材料を渡す。

 

フライパンの前でお玉をおっかなびっくり持ち上げる五十鈴を眺めながら

さて電気調理組はと見れば、生地に色々と混ぜている所。

 

甘露煮を作る後ろで、何で妙に料理が上手いのよと問い掛けが聞こえて来る。

 

「不味い飯を作るためには、ちゃんとした技術が必要なんだよ」

「不味くなるんやなくて、不味い飯の再現やからな」

 

類稀な技術が悪魔合体して悪性新生物を創造する高速戦艦次女とはベクトルが違う。

 

いやまあ、一言で言えばアレやな、うん。

 

―― 何と言う無駄な努力

 

そんなこんなで甘露煮が出来た頃合いに、神通が甘さ控えめのケーキを持って来た。

 

今年のクリスマスは随分と菓子が豊富に成りそうや。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深く、深い。

 

一筋の光も在らぬ黒暗淵の中。

 

およそ最後の別れに成ると、互いに敬礼を交わし離れていく。

 

深海、群れ成し沈んでいく丸い船体、輸送ワ級の軍勢を足元に眺めながら

通りすがりの抹香鯨に捕まり、急速に浮上する戦艦が1隻。

 

やがて海面に浮上した艦が、中空に水を吐き出した。

 

肺に溜まっていた海水と共に、静寂の中に喧しく咳を吐く。

 

一頻りの濁った音が響いた後の、音。

 

「……ア、アァ、アー……アーァーアー」

 

胸元を抑え、焼けた喉を確かめる様に声を出せば、途切れた。

 

戦艦レ級。

 

深夜の太平洋にその姿が在った。

 

「ナアンデ、呼吸ナンカ必要ナンダロウネエ、アタシラ」

 

妄執の塊のくせにと、吐き捨てる言葉。

 

軽く咳をしながら毒吐く声は、小さい。

 

「……サテ、アトハサッサト避難開始、ト」

 

そして、海面を滑る様に船体が移動を開始した。

 

冥い。

 

波音も凪ぎ、静寂に染まる夜の底。

 

黒く。

 

どこまでも、沈んでいる。

 

やがて、航跡の先から聞こえて来た。

 

―― 鈴が鳴る(Jingle, bells)鈴が鳴る(Jingle, bells)此の世の全て赴く場所に(Jingle all the way)

 

愉しそうな声色が。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76 両手に生姜

神宮、元旦。

 

矢継ぎ早に訪れる参拝客に向かい、慌ただしく右往左往する巫女たちの中

どこか剣呑な気風の在る、見覚えのある黒髪の娘が混ざっている。

 

常日頃の黒尽くめを脱ぎ、紅白の巫女装束でお守りなどを売り捌いていた。

 

「ご一緒に破魔矢は如何でありますか」

 

あきつ丸であった。

 

すかさず後ろからハリセンで引っ叩いたのは電で、松葉杖をついている。

 

「いやいや、お客様の安寧を祈っての行いであります」

「だからお客様言うな」

 

見れば車椅子を押していた春雨が、ぽかんと口を開けた姿勢のまま

突如に発射されたリハビリ中の再生艦娘の行動に蒼白な状態で固まっていた。

 

「そも、運命を捻じ曲げるには代価が必要なのでありますよ」

 

慌てず騒がずに、臨時巫女娘が賽銭の道理を語り出した。

 

厄除け、来福を祈る、常日頃のご利益、様々な呼び方は在れど、結局の所は因果関係を、

こうあるべきと言う運命を自分の都合で捻じ曲げる行為に他ならないと。

 

そして、そのような呪術にはどうしても代償が必要に成ると言う。

 

「ありふれた代償としては、財貨でありますな」

 

その人間が手放した財貨の分だけ、受け取った者が不具合を引き受ける。

 

だから落ちている小銭などは拾わない方が良いと言う

どんな厄が擦り付いているのかわからないからと。

 

「厄除けに金を払う、金額分だけ厄を引き受ける、そういう呪詛なのであります」

 

余談だが、巷の祓い屋などが代金を受け取らずに立ち去った場合は、

現状が心底ヤバイ事態に陥っている可能性が在る。

 

金銭を受け取る事に因り、金額分の厄を押し付けられるのを避けている

のみならず、財貨を通じて厄そのものと縁を作るのを嫌がっているからだ。

 

などと語りを終えた揚陸巫女が、ぽかんとした顔で放置されていた

破魔矢などをを押し付けられて固まっている参拝客に向き直し。

 

「と言う訳でして、只今お神酒をお買い上げになられますとお得なセット価格に」

「セールストークですかッ」

 

いろいろと酷い巫女であった。

 

 

 

『76 両手に生姜』

 

 

 

謹んで新春のお喜びを申し上げます、航空母艦鳳翔です。

 

年越しの宴もそれなりに、そのまま各艦種がそれぞれの寮に戻りまして

二次会とでも言うのでしょうか、そのように騒いでいる最中に在ります。

 

料理の追加も一段落した所で、軽く息を吐きました。

 

気が付けば蛍の光の歌声も途絶え、何処か遠くで花火の音が聞こえ、

そして赤城さんと加賀さんが簀巻きにされている夜の底。

 

いや龍驤さん、顔色一つ変えず流れる様に自然な動作で簀巻かないで下さい。

 

あまりに自然過ぎて流しそうでしたよ今。

 

ええと、新年だからせめてもの情けで上半身は動く様にしていると。

 

そういう問題では無くてですね、いや待って、じゃあ吊るしてくるわって

情け容赦と言う単語の意味を間違えて記憶していませんか。

 

鳳翔さんもっと言ってやって下さいと、踏み付けられている赤城さんが

 

―― 何でしょうね、この多聞天に踏まれている邪鬼の様な気配は

 

言って来たのを受ける間に、餅つき機を抱えて入って来る隼鷹さん。

 

「あったよ龍驤サン、搗き立ての餅だッ」

「でかしたッ」

 

いや、電動餅つき機は龍驤さんの私物ですよね、何ですかその小芝居。

 

「んで、何処に在った」

「赤城サンの部屋」

 

振り向いて、キュピンと音のしそうな眼光で簀巻きを射抜く持ち主と

貼り付けた笑顔を蒼白に染め、素早く顔を背ける借りパク容疑者。

 

いやあの、お餅を搗くぐらいの事なら。

 

え、現在泊地で終戦景気にダブ付いている食料を買い占めているんですか。

特にタイやベトナム方面で余っているから、捨て値で買い込めると。

 

そして夕方に在庫確認したら、餅米が消えていた。

 

「てわけで、吊るしてくるわ」

 

はい、ご存分にどうぞ。

 

そんな厳かに見送る雰囲気の中に、言葉が入りました。

 

「赤城さん、何でそんな真似を」

 

悲壮な気配を滲ませ、悲し気な瞳で言葉を零すのは加賀さん。

 

何と言いますか、下半身が簀巻きで無ければ良かったのですが。

 

「龍驤、私だけでそんな真似が出来ると思いますか」

 

それを受け、座った目で秘書艦に話しかける赤簀巻き。

 

即座、青簀巻きが噴き出しました。

 

「赤城がスリーアウトでチェンジ、加賀はこれでツーアウトな」

「ちょっと待って龍驤、赤城さん、と言うか釈明の余地は無いのですかッ」

 

今気が付きましたが、簀巻きに髑髏マークが貼ってありますね。

 

赤城さんが加賀さんより1個多かったです。

 

「いや、確認するまでも無いやろ」

「疑わしきは何とやらと言うでしょうッ」

 

罰せずと言ったら言質を取られて後日に困りそうと、顔に書いてあります。

 

「疑わしきは綺麗さっぱりやったか」

「くッ、何て時代ですか」

 

龍驤さん、本音ですねそれ。

 

「えーとさ、加賀サンの荷物からも餅米発見したからね」

 

さりげなく入った隼鷹さんの一言に、即座に顔を背ける青簀巻き。

 

あ、はい、ツーアウト確定ですか。

 

プルプルしている加賀さんに、慈愛に満ちた笑顔を向けていた赤城さんが

龍驤さんの後ろに付いていた雲龍さんに引き渡され、途端に叫び出します。

 

「ぎゃーす、誘爆を、何としてもあとひとつ誘爆をッ」

「赤城さん、貴女だけで ――沈んでいけ」

 

無駄に息が合っているのは流石と言いましょうか。

 

「……これが、一航戦の絆」

 

雲龍さん、聞かなかった事にしておいてあげてください。

 

そのまま赤城さんが引き摺られ、折良く二水戦組が回覧してきまして

聞けば、川内さんを吊るすついでに回収に来たそうです。

 

そして哀しそうな瞳で、神通水雷戦隊の皆さんに運ばれていく赤い方。

 

「待っています、待っていますよ加賀さんッ」

 

伝説(せんだい)の木の下で待っているんですね、わかります。

 

「ここは、譲れません」

 

それは、宴席から離れないと言う意味ですか、

それとも龍驤さんの椅子にされている現状の事ですか。

 

見れば簀巻きに腰掛けている方は、搗きあがった餅を前に溜め息一つ。

 

とりあえず薬味でもと席を外そうとしたら皆に止められて、

 

人数増えそうやしウチがやるわって、そう言えば島風さんと天津風さん、

マッハで吊るしてマッハで戻って来ると言っていましたね。

 

……ええと今更ですが、一応は空母寮ですよねココ。

 

何か隅っこにイタリアの重巡洋艦の方も簀巻かれて転がっていますが。

 

そんな様々な疑問を華麗に躱し、雲龍さんを呼んで台所に運ばれていく龍驤さん。

 

手持無沙汰になってしまいました。

 

何はともあれと、皆さんにお酌などをしている内に時間が過ぎ

肴の数品も携えて部屋主が戻ってくる頃には、宴もたけなわ。

 

手頃な話題で盛り上がり、芸事などで楽しんでいる最中に言葉が在りました。

 

「んじゃ、そろそろ鳳翔さんから初笑いでもとっとくか」

 

言いましたね、龍驤さん。

 

去年までの私とは違います、今年こそは華麗にスルーさせて頂きます。

毎年同じ事を決意している気もしますが、今年こそは違うのです。

 

思えば昨年の、3の倍数の時だけ巨乳に成る龍驤さんは卑怯過ぎました。

 

しかし流石に、二年連続であのレベルが襲って来ることは無いでしょう。

 

つまり、勝機は我に在り。

 

「ここに、蜜柑がある」

 

そう言って龍驤さんが取り出したのは橙。

 

……いや、ツッコミませんよ。

 

「ヒュー、見るよあの蜜柑を、まるで橙だ、コイツはやるかもしれねえ」

「まさかよ、しかしそれだけでは鳳翔さんを笑わせられないでしょう」

 

隼鷹さんも飛鷹さんも、さりげなく横からアシストしないでください。

 

「師匠なら、きっと鳳翔さんの腹筋を爆砕してくれると信じている」

 

やめてください、何か物理で爆砕しに来そうです。

 

「それでもセンパイなら、センパイならきっとやってくれるはずだよ」

「むしろ、私たちの腹筋が巻き添えで壊されないか心配ね」

 

二航戦組のせいで、物凄い勢いでハードルが上がっていませんか。

 

しかし気にも留めず、蜜柑を手に青簀巻きの横に座り込む龍驤さん。

 

珍しく慈愛に満ちた優しげな顔で、蜜柑を乗せました。

 

加賀さんの胸に。

 

「加賀みモチ」

 

そっと一言を添えて。

 

 

 

どうしろと。

 

いや確かに、衝撃は凄かったのですが。

 

困り果てて視線をやれば、加賀さんが口を開きます。

 

真顔でした。

 

どこまでも、真剣な表情でした。

 

 

 

「賀正ーん」

 

 

 

ここで加賀さんは、卑怯だと思うのです。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夜も明けて、晴れ渡る空に花火が上がる。

 

ブルネイ・ダルサラーム国、セリア。

 

イスラム教国であるこの国では、ヒジュラ歴を批准するため西暦で新年を祝う事は無い。

 

ただそれでも、英国統治の影響や在ブルネイ外国人の都合なども在り、

たまに何処かしら、例えばホテルなどで新年の宴席や花火などが小規模に行われていた。

 

ちなみに華僑は旧正月を祝う。

 

さりげに正月が3回ある国であった。

 

尤も、ヒジュラ歴の新年祝いはさほど盛んでは無く、断食月のハリラヤ・プアサの方が

随分と大々的に騒ぐイベントと認識されている。

 

さて、花火だ。

 

泊地より内陸、海岸線より1km当たりの地点に、英国軍駐屯地が在る。

防衛取極の取り決めにより、ブルネイに駐屯している英国グルカ兵の基地である。

 

かつては主に王宮など、重要施設の警備にあたっていたのだが、海域断絶により

完全にブルネイに取り残された形と成り、何とも微妙な立場に在る軍隊であった。

 

とりあえず本日の業務は、花火を上げる事であった。

 

そんな軍事施設の内部、屋外の喫煙所で煙を上げる姿が3つ。

 

有色人種の英国兵に、赤い水干の艦娘と、長い手足に全身剛毛、黒い顔の類人猿。

 

グルカ兵と龍驤、ナガト・ナガトである。

 

「で、倉庫の中身を国に持ち帰るとは思わないのかい」

「英国が誠実に対応してくれとるから、色々と便宜をはかってしまうんよなあ」

 

新年の挨拶周りにしては、剣呑な空気が醸されていた。

 

「俺たちの事かい」

「国同士の話や」

 

心底に持ち帰って欲しくない、そんな所に持って帰ったらどうなるかと。

 

「部下には、手を出さない様に言っておくよ」

「流石は音に聞こえた英国グルカ兵やな、信頼できるわあ」

 

良くも言うと、白々しい笑い声が響く場所に長身、黒髪の戦艦が訪れた。

 

「やはりこんな所に……待て、何だそれは」

 

長門の指摘に一人と一隻が目を向ければ、ぷかあと煙を吐き出す類人猿。

 

「……長門(ながもん)が、2匹やと」

「おい待て」

 

「えーと、どっちがナガトなんだ」

「いや本当に待ってくれ」

 

件のナガト・ナガトが器用に灰皿で煙草を消すと、異種族にも理解可能な

人好きのするタフな笑みを浮かべてウインクをする。

 

そして、軽やかすぎる野生の足取りで密林へと帰って行った。

 

セリア、海岸線に沿って伸びているため、密林がやたらと近い地域である。

 

―― ボルネオ・オラン・ウータン

 

地球上に存在する二種類のオランウータンの片割れであり、ボルネオ島に生息する種だ。

マレー語で(ウータン)(オラン)と言う意味であり、果実中心の食性、群れ成さず単独で行動する。

 

嘘を吐く、敵を陥れる、共謀するなど、人に近い特性を持つ。

 

縄張りを持った雄は顔の両端、フランジと呼ばれる器官が大きく発達し、

写真などで見る横に顔が広いオランウータンと成る、それ以外は普通に猿顔である。

 

高圧的な飼育員の居る動物園ではフランジが引っ込み、そうでない場合は発達すると言う

何とも内心が顔に出るを地で行く不思議な生態が報告されている。

 

どうでも良い話だが、インドネシアではヘビースモーカーのオランウータンに禁煙が強制された。

 

実に、喫煙者に厳しい世の中であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 外

横須賀鎮守府第一提督室には、困惑が在った。

 

昨年末よりのブルネイ鎮守府群の動向が、あまりにも不穏であるが故に。

 

終戦を機にオイルロード防衛の強化名目に因る、不特定多数の国家との交渉。

災害対策の備蓄との名目で、予算を使い果たす勢いで買い込まれる資材。

 

「このままだと、野党の軍縮案がまた勢い付く事になりそうだな」

 

眉間を揉みながら愚痴をこぼす提督に、大淀が苦笑する。

 

「亡命を企んでいる、とまで言う人も居ますね」

 

眉間を揉んでいた指が、頭部を抑える掌に取って代わった。

 

南方三本陣提督は、前線に左遷されるだけの実力と問題を兼ね備えている。

さらに、最大軍事力を確保している泊地は提督が民間出身である。

 

成程、愛国心は多分在るが、忠誠などは値札を付けて倉庫に放り込む難物揃いだ。

 

今にも英国あたりの後ろ盾で、南方軍が独立し兼ねない雰囲気が在る。

 

―― だが、違う。

 

「アレは、裏切らないだろう」

 

給料を払っている内は、と言う身も蓋も無い言葉は呑み込まれる。

互いの脳裏に浮かんだ赤い水干の物体に、どちらともなく乾いた笑いが漏れた。

 

南方の軍事力の要が動かなければ、独立など絵に描いた餅でしか無い。

 

「裏切ったわけでは無いとすれば、何故 ――」

 

ふと、軽く考えていた単語が脳裏に浮かぶ。

 

―― 災害対策

 

部屋の空気が氷に取り換えられたかの如き錯覚が在る。

 

「取り繕う余裕すら、無いのか」

 

ただ一言が、室内に重く響いた。

 

 

 

『邯鄲の夢 外』

 

 

 

三重県名張市下比奈知。

 

疎らな田園の住宅地に、溶け込むが如く自然に其処は在る。

 

名居神社 ―― 目立たぬ程度の樹木に囲まれた、神域。

 

主祭神は大巳貴命、幾つか在る大国主命の名称の内、巳の字を充てたモノを祀る。

 

他には少彦名命、天児屋根命、事代主命、市杵嶋姫命、蛭子命と

過去には国津神社総社であったが故か、国津神系の神霊を多く合祀している。

 

何の事は無い、何処にでもある地方の氏神神社だ。

 

そんな閑静な神社の境内を、珍しく掃き清めている巫女が居た。

豊かな肉体を巫女装束に包み、青の長髪を軽く左右と後ろに括っている。

 

慣れぬ手つきで竹箒を扱う姿が、本職では無い事を物語っていた。

 

巡潜乙型3番艦、伊19

 

憲兵隊にて小隊を持つ、あきつ丸の同僚である。

 

「気配を消して近寄るのは止めて欲しいのねー」

 

掃き手を止めて溜め息一つ、誰にともなく言葉を零した。

 

「失礼、性分でして」

 

果たして、背後の木陰より姿を見せたのは、黒尽くめの陸軍制服。

 

そのままに互いに軽く挨拶を交わし、幾つかの伝達を終える。

あきつ丸が煙草の箱を取り出せば、境内は禁煙と情の無い言葉が在った。

 

「それで、イクはいつまでここで掃き掃除をしていればいいの」

「申し訳ない、交代要員は週末まで確保できなくて」

 

煙草を懐に戻し、懐紙に包まれた飴玉を取り出しながら同僚が応える。

 

「そもそも、何で巫女の真似事をしなくちゃいけないのねー」

 

愚痴に謝罪を充てながら、陰陽寮の意向ですからねと、気の無い言葉。

 

「銅鐸クラッシャーの理由もわからないのだけど」

 

それ自体は別にそう難しい話では無いのですよと、あきつ丸が肩を竦めた。

 

「念のため、件の龍驤殿にも伺って意見が一致したであります」

 

掃き手を止め、飴玉を受け取りながら興味深そうな風情を出す潜水艦に

ついでにと包んでいた紙まで押し付けて、揚陸艦が語り始めた。

 

「カネ、サナギ」

 

突然の単語に困惑が在る。

 

語り手が、かつての銅鐸の呼び名でありますよと笑った。

 

「何故、銅鐸は土に埋められていたのか」

 

聞き手が飴玉を転がしながら、先を促す。

 

国津神と呼ばれたモノを鎮めるため、豊穣を祈るため、財貨を隠すため

祭祀を大和式に塗り替えるための廃棄、諸説は様々に在るものの。

 

「そんな真実の探求は、学者にでも任せておくべきでありますな」

「身も蓋も無いの」

 

箒に顎を乗せて飴玉を転がす巫女が、さらに先を促す。

 

「大事なのは、何故と言う疑問に、どう答えを出し続けてきたか」

 

歴史の積み重ねが、儀式に必要な想念を積む。

 

土の下に埋めると言う行為は、どのように解釈されていたのか。

 

「土の下は手の届かぬ場所、見えない場所」

 

―― 此の世とは違う常世

 

故に単純にこう呼ばれる、根の国と。

 

「言霊信仰、というのをご存じで」

 

言葉には魂が宿る、故に音には意味が乗る。

 

「例えば、ゐと言う言葉には連なる、連続すると言う意味が在るのであります」

 

山中を親子で連なって走るから、「ゐ」の「しし」と言った塩梅でなどと

幾つかの由来を提示すれば、突如の豆知識に微妙な苦笑が返る。

 

古語からは音で意味を読み解く事が出来るのだと語る。

 

「な、という音には軟弱と言う意味が在りまして」

「ちょっと待つの」

 

ふと思い当たる事が在り、ジト目の伊19が一言を挟む。

しかし気にも留めず、言葉を繋げるあきつ丸。

 

「地面が軟弱と成り、揺れ続けるが故に地震は「なゐ振り」と呼ばれ」

 

―― 名居神社

 

「ものすごーく、偶然の一致であって欲しいのだけど、この神社って」

「日本でも珍しい、なゐの神を祀る神社でありますな」

 

現存する唯一では無いか、などとも言われている。

 

「……あきつが詰めている鹿島神宮って」

「地震を抑えている要石、が在りますなあ」

 

何の事は無いと、澄ました顔色での返答が在った。

 

「厄い気配がビンビンに迫って来たのー」

 

巫女が海に戻りたいと嘆きながら天を仰ぎ、溜息を吐く。

そして思い当たる事の切っ掛けと成った、飴の包み紙ををジト眼で睨んだ。

 

そこに書かれていたのは、二つの単語。

 

常に毛筆に慣れ親しんでいるかの様な、誰かの綺麗な字。

 

文字の意味を考えようと想到した所で、語り手が親切に謳い上げた。

 

「堅きモノ、固めるモノ、根を張る物、見えぬ世界に影響を与えるモノ」

 

―― 堅根(かね)

 

「それは、厄災を薙ぎ伏せるモノ」

 

―― 災薙(さな)

 

言葉が途切れ、静寂が境内を包み込む。

 

「耕作が捗りそうでありますなあ」

「待てコラ」

 

韜晦の言葉に、空気が鉛から少し軽い物に変わった。

 

「何なの、深海棲艦は震災でも起こそうって言うの」

「それはまあ確実に、たぶんきっとおそらく、であります」

 

ざっくりとした言葉であった。

 

「結局の所、どうすれば良いのかサッパリわからないんだけど」

「要は真っ先に馳せ参じ陰陽寮に恩が売れた訳で、他は些事でありますよ」

 

酷い本音であった。

 

「機に臨み変に応じ、常に弾力的な対応で前向きに処理する所存でして」

 

実に日本的な言葉であった。

 

大和撫子的な気配で軽薄な風情をまきちらすあきつ丸に、一言が在る。

 

「でも、そうなると確信している」

 

積み重なる韜晦の中に、伊19の言葉が僅かの静寂を生んだ。

 

「まあ、件の龍驤殿は誘蛾灯の如く正解に引き寄せられる方でありますからね」

 

肩を竦め、気を取り直したあきつ丸がそう零した。

 

信頼してるのねーと呆れた言葉に、マブダチでありますからなと白々しい声。

 

「―― 抱えた望みが、正解以外の選択肢を許さない」

 

次いでぼそりと紡がれた、小声の言葉を聞き返そうをした潜水艦の興味を

いえいえと、何でもない事の様に結論の言葉で塗りつぶした。

 

「そして困った事に、結論も一致してしまったのでありますよ」

 

地震の事なのと聞かれると、違うのでと首を振る揚陸艦。

 

「それで終わるんなら、手間はかからないと」

 

再び境内の空気が、鉛へと転じた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

今日も今日とて、5番泊地提督執務室。

 

鍋を揺すっていた夕立が、茶漉しを通してマサラ・チャイを湯呑に入れはじめた頃。

 

「話でしか聞いた事が無いので、イマイチ実感ナッシンネー」

 

机の上に困惑を乗せて、金剛がそんな事を言う。

 

シスターズはアンダスタンド、などと長姉が気楽に問いかけようとすれば、

同じ困惑の雰囲気の中、ただ一隻だけ蒼白に成った榛名の様相に口が閉じた。

 

「アレは、洒落にならんぞ」

 

湯のみを受け取った利根が、深刻な表情でそう零す。

 

「あー、戦没艦と生存艦で結構意識ちゃうんやな、やっぱ」

 

重くなった空気を龍驤がマッタリと掻き混ぜれば、扉を叩く音。

 

そして入室してきたのは、白い駆逐艦。

 

「呼んだかい」

「ああ、ちょいソビエト関連で聞きたい事があんねん」

 

唐突な話だねとヴェールヌイが応えれば、龍驤の横で利根が眉間を揉み始める。

 

「裏取りに時間がかかってしまっての」

 

その手に持たれた報告書に書かれている文字は、イタリア語。

遠征の兼ね合いとかもあり、聞くのが遅く成ったと軽い説明が在った。

 

「流石にただの駆逐艦だと、知らない事も多いんだけど」

「いや、当時のソビエトの気風を聞いておきたいだけの話や」

 

単に参考意見を集めとるだけやとの言葉に、知らず張っていた駆逐艦が吐息を零す。

 

「ヴェールヌイ、かつてのソビエト連邦にAN602 ――」

 

軽い語り口の中、しかし誰の目も笑ってはいない。

 

核爆弾の帝王(ツァーリボンバ)を超える多段階水爆を製造する必要性は在ったか」

 

吐き出された吐息は、すぐに飲み込まれる事と成った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 死

鹿島神宮

 

富士を抜け霧島へと至る、日本列島の南側を通る春秋の線と、皇居、諏訪を抜け白山に至る

日本列島を南北に分断する様に走る夏冬、2本のレイラインの東端の霊地である。

 

主祭神は武甕槌大神、国内の霊脈を通るあらゆる霊地の中でも東端に位置し、

古代には蝦夷(えみし)に対する輸送拠点であった土地であり、平定神の社としての色合いが濃い。

 

蝦夷の平定故か、始まりの土地、鎮める土地としての意味合いを兼ね備えた社だ。

 

その社より遥か奥、武甕槌大神の荒魂を祀る奥宮の裏手、深森の最中の

コンクリートの柱に囲まれ、石造りの鳥居の立つ質素な場。

 

山の宮、要石が祀られる祠が在る。

 

鹿島宮社例伝記に因れば、大地の深き場である金輪際より生えた石柱の先端であり

日本列島を繋ぎとめる楔の内のひとつであると記されており、

 

日本書紀に於いては鹿島動石(ゆるぐいし)、漂う日本を大地に繋ぎとめる国軸であると記されている。

 

それ故か、深く地中に伸び列島の龍が巻き付いているとも、地震を呼ぶ大鯰の頭を押さえ

尾を押さえている香取神宮の要石と共に、国土の地震を防いでいるとも言われる事が多い。

 

さて、常ならば閑静に満ちているその場は、今は異様なほどに人影があり

夜の静寂が訪れる時間帯にも拘わらず、空き地にテントが張られ炊き出しが配られる始末。

 

散発的に襲撃を掛けてくる深海棲艦を始末して、一息を吐く憲兵隊が

農林水産省と書かれた器に雑炊などを受け取り、冷え切った身体を温めていた。

 

「ヌードルは消費者庁でしたか」

「何かもう、カオス極まりないのです」

 

終戦後の力関係を俯瞰して見れば、陰陽寮に恩を着せたいのは何処も同じであり、

日を追うごとに各省庁から人員が派遣され続け、もはや現場は混沌の坩堝であった。

 

「……これは、守り切れませんな」

 

ぽつりと、あきつ丸が所感を零す。

 

「お偉方まで来て、ボディチェックもままならないとか言っていたのです」

 

連装砲を抱え松葉杖にもたれた副官が言葉を繋げば、隊長が応える。

 

「ああ、そっちも在りましたね」

 

確かにこの人出では、何か混ざって居てもと言いながら祠を向けば。

 

ヒトが居た。

 

自然な出で立ちで鳥居を潜り、徐に背広を脱ぎ捨てる。

 

「……あ」

 

誰の声だったのだろうか、あきつ丸の行動は早かった。

 

即座に電の松葉杖を蹴り弾き、ついでに春雨の足をへし折る勢いで払い、

二つの後頭部を捕まえては顔面を地面に叩き付ける勢いで、諸共に地面に伏せる。

 

ぷぎゅると、何か潰れるような酷い音が左右から響き、誰何の声が頭上を過ぎた。

 

件の不審者の背広の下には、爆竹の如くに連なった発破があり、

何が起こるのかわかっていない者たちの空間の中、吐き捨てるような声が響く。

 

―― 該死的小日本

 

くたばれと、彼の国では負け犬が口にする言葉。

 

爆音と破片が森林の中に飛散した。

 

 

 

『邯鄲の夢 死』

 

 

 

深く、どこまでも深い世界の底。

 

海底に亀裂が在る。

 

何かが、詰まっている。

 

ラッシュアワーの鉄道の如く、隙間無く埋め尽くしているのは、輸送ワ級。

 

今もなお、続々と集まってきている輸送ワ級の群れは、

先住者を圧し潰すのにも構わず、途切れる事無く亀裂へと身を躍らせる。

 

そして静かに、その時を待っている。

 

 

 

灰色の空、鮮血の空、雲行きも怪しく。

 

スコールの気配が見える泊地の埠頭を、提督と龍驤が歩んでいる。

片手に書類を持ち、だらだらとした空気を醸し出しながら。

 

「何とか止めてほしいとも思うが、被害を受けてほしくない、とも思う」

 

先日に報道された2か所への深海棲艦の上陸の内、中東アジア側はその姿を消した。

未だ混迷の極に在るユーラシア大陸では、その足取りを追う事は不可能であった。

 

アメリカ西海岸に上陸した一団は二手に分かれ、片方はサンフランシスコ沿岸に集結、

残る一団は侵攻を継続し、現在はネバダ核実験場を占拠し拠点化するに至る。

 

その二か所に対しては基本、米軍が対処にあたっているが、軍事同盟からの

日本国への援軍要請を受け、海軍からも一部艦娘が出撃している現状である。

 

「まるで、画面の向こうへの口ぶりやな」

 

覇気のない声色に、龍驤が一言を告げた。

 

5番泊地からも、アイオワとサラトガを中核とした支援艦隊が出撃した所である。

 

真剣さが足りなかったかと提督が聞けば、秘書艦は肩を竦めた。

 

「まあ確かに、最低でも広島型の3300倍とか言われてもな」

 

実感なんざわくはずも無いと、言葉が漏れる。

 

「聞いた話、映像で見た、知識で知った、そんなのばかりだ」

「そして夕飯の品目が減って、はじめて実感するんやな」

 

暗く、乾いた笑い。

 

そして会話が途切れ、空気の中に鉛が沈む。

 

―― 私たちは、本気で宇宙に行こうとしていたんだ

 

先日の聴収に於ける、ヴェールヌイの発言が龍驤の脳裏に浮かんだ。

 

90年代の中華人民共和国の暴走に端を発する、00年代のロシアの情報公開、

それによる米国の宇宙開発に関するプロパガンダの崩壊は記憶に新しい。

 

「出撃前に概要だけは伝えとったけど、まあサラがヘコんどったな」

 

アメリカの敗北と欺瞞の歴史が、アポロ計画にまで遡るが故に。

 

夢を持つ年代よりも先に消えた艦ではあるが、技術に身を捧げた最後を持つ艦として

その停滞と劣化、輝かしかった未来への展望が張りぼてだった事実に忸怩たる物があると。

 

「アイオワは平気だったのか」

「ほれ、ロシアの情報公開は00年代やから」

 

まだアイオワが浮いていた年代である。

 

また、最近の記録も集めていたが故に、アイオワの感覚は完全に現代に至っていた。

 

「他星系への進出、と言えば浪漫の響きなんだがなあ」

 

件の情報公開で明確に成った点と言えば、東西の宇宙開発に関する意識の違いが在る。

 

国威高揚以上の意義を見出せず、情報操作で停滞を隠し続けた西側と

他星系への進出を最終目的に据えて、延々と開発を続けた東側。

 

それは、ひとつの常識の崩壊と同義であった。

 

「核は威力が大きすぎて、使い勝手の良い小型化の道を進んだと習ったんだが」

「西側は惑星上で使う前提やから、そうなるやろうな」

 

だがもしも、自らの国が、国民が惑星上に居ないのならば。

 

あくまでも最終的な目的に据えられたそれは、ソビエトの崩壊で儚く消えた。

 

しかし、そのために歩み続けた遺産は今もなおロシアに残っている。

 

無学な市民でも大気圏外に出る事のできる、高度に自動、簡略化された操作系。

他星系、宇宙空間での生存を主目的に於いて開発された、高度な循環型生態系。

 

比類なく高いレベルに安定し、かつ低コストを極めているロケット関連技術。

 

それらを統合し拠点として活用可能な空間、三世代に渡る宇宙ステーション。

 

そして ――

 

「夢の成れの果てなんざ、大概は悲惨なもんよ」

 

対惑星攻撃用、星間弾道多段階水爆弾頭の試作品 ―― ツァーリ・ボンバ

 

 

 

南中に僅かに届かない時刻、横須賀で大淀が報告する。

 

「生存者の証言では、胸に彫り込んであったそうです」

 

―― 随身保命

 

鹿島神宮に於ける自爆テロに関する報告であった。

 

「肉人形の所属は、外務省か」

 

第一提督が片手で視界を塞ぎ、天井を仰ぐ。

 

「よくもまあ、これだけ胃に来る報告が続くものだ」

 

体を戻し、脇に置かれている書類を横目に入れる。

 

ブルネイ第二鎮守府よりの通達。

 

ロシアより、複数の多段階水爆の流出に関して。

 

―― 終戦を急いだロシア

―― 資材備蓄に走る南方軍

―― 破壊される国内の霊的防衛

―― 深海棲艦の上陸

 

幾つかの物事の点が、関連し合い線と化し、不穏な面を描き出す。

 

「アメリカを吹き飛ばし、ついでに日本に人工地震と言った所か」

「本土にこっそり持ち込んで、と言うのも充分に考えられますね」

 

提督が、無言で机に突っ伏した。

 

 

 

スコールの下、龍驤の巣に人影が二つ。

 

煙を吹かす軽空母と、ミントの葉を噛む提督であった。

 

「癒しが欲しい」

 

何で居んねんとの巣の主の言葉に、虚ろな目をしての答えだった。

 

「我ながら言うのも何やが、ウチに癒しは無い思うで」

 

掘っ立て小屋のほうがまだマシな感じの雨除けと、灰皿。

泊地の中でも、あからさまに場末感漂う場所である。

 

「でもお前がいると、巨乳が寄ってくるよな」

「やかましい」

 

もはや本艦的にどうしようもないほどにシステム化されている疑惑が在った。

 

具体的に言えば、だいたいグラーフのせい。

 

「なんか巨乳が来ても、いつもインターセプトされるし」

「インターセプト言うな」

 

先日も新規イタリア製の乳が、龍驤型3番艦を名乗る事案が発生した。

 

「ついでに飯と酒も在る、うん、実は龍驤って癒しキャラじゃね」

「何かすごい角度から癒し属性を擦り付けられた気がするわー」

 

呆れた口から煙が輪になって吐かれれば、まあ乳の大小は拘らんのだがと

一応横に居るのが異性だと言う意識が欠片も無い言葉が在る。

 

そして静かに紫煙が揺らぎ、僅かの静寂と成った。

 

「裏付けの報告もしたし、何とかなるかな」

「米軍のゴイスーな工作部隊が何とかしてくれる、とええなあ」

 

ハリウッド映画みたいに、とか付け足すと苦笑が在る。

 

結局最後は爆発するじゃねーか、と。

 

「一応ヤバそうやったら、責任はとるから後方に下がっとけ、とは言うといたが」

「わあ、いつのまにか俺の首がまた賭場に出されてる」

 

提督の引き攣った一言に、秘書艦が可愛らしく邪気の無い笑顔で見上げては口を開く。

 

「どんまい」

「うん、癒しとは対極に在る、魂で理解できた」

 

やがて雨音が弱まり、湿った風が互いの頬を撫でる。

海の果ての雲の切れ目に夕刻が見えた。

 

「そろそろ乾期やなー」

「また暑くなるのか」

 

吐き出した言葉は僅かに軽く。

 

吹き抜ける潮風の中、川内の木で川内が揺れていた。

 

 

 

宵の地平に、足の無い姫が居る。

 

ネバダ核実験場に屯している深海の軍勢の奥深くに。

 

死を表す白色の髪を一つに括り、小さな角の生えた漆黒の艤装を被る駆逐の姫。

 

―― 駆逐棲姫

 

何処とも焦点を合わさずに、ただ星空を見上げている。

 

篝火に照らされたその元へ、幾つかの影が差した。

 

夜より歩み出たのは、艤装に似た被り物を付けた、人間。

 

老若男女の混じるそれは、例外無く黄色人種であり、

その胸元には4文字の漢字が彫り込まれていた。

 

「―― 本当ニ、離島ハ性質ガ悪イ」

 

未だ砲声の止まぬ前線には、ヒトで作られた肉人形も多数が壁と使われている。

既に幾体か捕獲され、その情報は後方へと伝えられているはず。

 

人間の生活痕、漢字の記された各種資材、細々とした偽装も認識された。

 

さて、彼らは此処に居るのは本当に深海の軍勢だと信じきれるだろうか。

 

「マア、余禄ダナ」

 

そこまでの効果を期待した欺瞞ではない。

 

その一言を機に、肉人形より拳銃の如き外見のトリガーを受け取る。

 

そして目を閉じて、姫が心中に独白する。

 

―― 恨みも、悲しみも、もはやそれが何なのか自分でも理解できない。

 

かつて打ち倒された時、自分の中核を成していた何かが抜け落ちた感覚が在った。

何かの残滓として再生され、そのままに流され続けて此処に居る。

 

そんなことを考えている自分は、いったい何者なのだろうか。

 

目を開き、暗闇の果て、果て無き地平へと視線を向ける。

 

―― この視界の地平ごと消え去れば、身の内を焦がす思いも消えてくれるだろうか。

 

「一応ハ、復讐ニ成ルノカ」

 

レ級あたりは、嬉々として心にも無い事を口にするだろうと思い、少し笑った。

 

そして静かに、夜空を仰ぐ。

 

「アア ―― 今日モ、月ガ綺麗」

 

そう言って気軽に、そのトリガーを引けば、

心の内と共に、その身が白光に包まれ、

 

刹那に消え去る意識の中に、一言だけが残る。

 

ただ、赤い空はもう見飽きたと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夜の底に、突如として太陽が生まれた。

 

水平線の果てに見えたそれは、時間差を以て二つ。

そして、ボルネオ島より出撃していた支援艦隊が足を止めた。

 

「白い、光 ――」

 

呆然と、旗艦を務める長門が口にする。

 

視界の中、生み出された光源は熱量を以て天高く舞い上がり、

大気中の対流が茸の如き形状へと変化させていく。

 

巨大な爆発の後に生じる低圧力波が、水蒸気を凝結させ光輪の如き凝結雲を生む。

 

「―― ッ、ナガトッ」

 

困惑する艦隊の中、長門と共に思考を失っていたサラトガが、

突如に何かに気付いたように声を上げた。

 

「全艦、耐衝撃姿勢ッ」

 

声を受け顔を引き締めた旗艦が、即座に艦隊に号を発す。

僅かの間の後、全身を吹き飛ばさんとするが如き衝撃が艦隊を襲った。

 

音の速さで伝わったそれが、轟音を以て全身を駆け抜ける。

 

後の報告に因れば、爆発の衝撃は減衰を続けながらも、惑星上を三周半に至ったと在る。

 

時間差を置いてユーラシアとアメリカに炸裂した3発の水爆。

 

悲惨のはじまりを告げる号砲であり、これより連なる連鎖する事象の果て、

事後の混乱故に調査を行う前に痕跡が劣化し、詳細は歴史の闇の中に消える事と成る。

 

そして全てが終わった後に、この件に関しては一言で纏められた。

 

その巨大な入り江は、かつてサンフランシスコと呼ばれていたと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 足

その時、あきつ丸小隊は埠頭に居た。

 

係留されている輸送用の船体に、人間の隊員たちが忙しなく資材を詰め込んでいた。

 

一連の事件から、状況の変化に対応できるようにと、各種訓練の名目で

緊急に整備を、避難時の備蓄などの準備を行っている最中である。

 

その時の事だ。

 

揺れは短く、強かった。

 

「震度にして、5弱と言った所でありますか」

 

強烈に揺れ、そして凪ぐ。

 

強いP波と極めて小さいS波、認識できる振動が短時間で終わるその特徴から、

今のが報告に在った水爆の連鎖爆発に因る人工地震だと、あきつ丸は推測した。

 

「予想通りと言いますか、被害と言うほどの規模ではありませんな」

「深海の連中が、何をしたかったのかわからないのです」

 

隊長が所感を零せば、副官が首を捻り、

そこかしこに安堵の吐息が聞こえ、作業の手が止まる。

 

アメリカに2つ、カザフスタンに1つ生み出された核の振動は、地殻を伝わり

その中間に向けて「日本列島を通り過ぎて」衝突すると推測されていた。

 

そう、3発の水爆が生み出した振動の焦点は、日本から外れている。

 

「あれ、何か水平線の向こうに」

 

そして、隊員の無事を確認していた春雨がそれを視認した。

 

「―― これが、在りましたか」

 

ぽつりと零れた言葉に、隊員たちの視線が集まる。

 

「あれは、何ですか」

 

隊員たちの疑問を、春雨が代弁した。

 

水平線に見える、簡単に視認できるほど巨大な、灰色に染まるのクラーゲンの如き半球。

 

「おそらくは東方に ―― 距離は1600km」

「つまり、どういう事なのです」

 

何とも曖昧な言葉に、副官が再度と問えば、隊長は気負い無く口にする。

 

「40分弱で地震、1時間余で衝撃波、その後に津波が来ると言う事でありますよ」

 

誰かの、息を呑む音がした。

 

何処からか、サイレンの音が響き始める。

 

視線を集める中、あきつ丸はただ一度、深く息を吐いた。

 

「小隊、沖合に避難する、抜錨急げッ」

 

即座の号令。

 

珍しく変わった声色に、事態の深刻さが滲んでいた。

 

 

 

『邯鄲の夢 足』

 

 

 

それは、静かに眠っていた。

 

自身を塞いでた惑星の外殻、岩石圏が震えるその時まで。

 

遥か彼方より伝わる振動が、海溝を閉じる。

 

圧し潰された果実の如く、数多の輸送ワ級が破裂して、衝撃。

 

振動に薄れた外殻の圧力は、風船に穿たれた穴の様な爆発に因ってさらに減少し

さながら鎖を引きちぎる猛獣の如く、その威が表層へと浮かび上がる。

 

タム山塊

 

日本列島より東に1600km、太平洋海底に存在する、太陽系最大規模の休火山。

 

およそ31万平方km、その日本列島の面積に匹敵する巨大な火山が保有する質量は、

最大でTNT火薬に換算し30兆トン、30テラトンの破壊力を内包する。

 

マグニチュードにして12.2、容易く地球を貫通して余りある数値だ。

 

それが今、指向性を持ち薄皮と化した岩盤を貫く方向に動き始めた。

 

振動が、海底の全てを打ち砕く。

 

噴出した莫大なマグマは深海の圧力を跳ね除け、火砕流が広大な海底を飲み込み

速やかに水蒸気爆発を引き起こしながら、その光景を海面へと至らせる。

 

どこまでも加速を続けるそれは、濁らせる間もなく海中の生命を灼き殺し、

暴力的な熱量を拡散させながら、ついには雷光を纏い遥か蒼天へと吹き上がる。

 

半球に在る生命体の全てが、それを識った。

 

轟音が、大気を打ち砕く。

 

対極の半球に在る者も、それを聞いた。

 

噴出した質量は成層圏を越え、拡散し、どこまでも高く、その一部に至っては

第一宇宙速度にまで達し、重力の頸木から外れ遥か彼方への道程を歩み始める。

 

そして、太平洋に面した国々を空振が襲った。

 

樹々は裂け、硝子は砕け、悉くは倒壊する。

 

悲鳴は哀哭の色に染まる前に途絶え、崩壊の音色だけが響き続ける。

 

大気圏を貫いた噴煙は、地球全土に火山灰を拡散させ、惑星の色を薄明に染めた。

 

あらゆる沿岸に水害を引き起こし、様々を海底へと引き摺り込む。

 

衛星からも容易く視認できるほどに地球が波打ち、そして闇に覆われる。

 

空は、黒く染まった。

 

海は、黒く染まった。

 

山河も、大地も、風雪も、その全ては例外無く深海の色に染められた。

 

生命の溢れる荒野は死の渓谷と化した。

 

死の溢れる砂漠は闇の色を纏った。

 

地軸は歪み、あらゆる計器がエラーを吐き出し続ける。

電離層の混乱はあらゆる電波を妨害し、全ての通信が途絶える。

 

一時的とは言え、人類は全ての眼を失った。

 

薄明の中、人々は自らの視界に映る光景が全てと成る。

 

或る者は、黙示録の光景だと言った。

 

神の貞操を奪った報いを受ける日が来たのだと。

至る所で銃声が響き、自らと、誰かの命が失われた。

 

世界中、至る所に虚ろな目をして虚空を見上げる視線が在った。

 

泣き叫ぶ余力も尽き果てて、死せる詩人の如くに過去に囚われる。

無気力な生者は次々と、生ける死人に成す術も無く食い散らかされた。

 

動く者も居る。

 

衝動は暴動を呼び、暴力が阿鼻叫喚の地獄を現世に降臨させる。

 

何が起こったのかを理解できた者は少ない。

その少数も、誰かに伝える術も無く。

 

未だ冷静さを失いきれない者達との間には軋轢が生じ、世界が紅に染まる。

 

深海の見る空が、堕ちてきたかの様に ―― 絶望が、惑星を包む。

 

期間としては短期ではあったが、感覚として、人類史に於ける最大の混乱は長く続き、

その検証が開始されたのは何もかもが落ち着いた後、随分と後の話に成る。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

灰色の雨が降る。

 

「核の冬、とか言う感じに成るのかね」

「破局噴火にまでは至らんかったし、そこまではいかんやろ」

 

執務室にて、降灰を避ける提督と秘書艦の声が在った。

 

埠頭を打ち付ける雨が泊地を灰色に染め、海の色を冥くする。

 

タム山塊の噴火は、火山爆発指数で言えば7で止まった。

 

規模の表現としては超巨大噴火、千年に一度の頻度で起こる格、

1815年のタンボラ山噴火と同じか、もしくは少し劣る程度である。

 

その時の噴火に於ける被害は、地球規模で2年に渡る夏と言う季節の消失。

及び10年に渡る平均気温の低下と記録に残されている。

 

「噴火も海底やし、水圧で威力が減少する分マイルドになっとるしな」

 

海底火山の噴火は、受ける水圧に因り噴出物が抑えられるため

基本的に、噴火の規模よりも被害が抑えられる傾向に在る。

 

ポールシフトも10km程度で済んだと、調査団からの報告が在った。

地球環境の変化は不可避であろうが、劇的、致命傷と言うほどではない。

 

「けど、どうやって」

 

簡単な言葉の疑問に、水爆やなと簡単な言葉が返る。

 

「場所が問題やったんや」

 

言いながら龍驤が身を翻し、ホワイトボードの前に立つ。

室内の視線を集めながら、描かれている世界地図に継ぎ接ぎと線を引いた。

 

「―― プレートテクトニクス」

 

想到した提督がぽつりと零す。

 

見れば世界に重ねられる様に描かれた線は、マントル上の岩盤を示していた。

 

秘書艦組の見守る中、筆頭はタム山塊に印を付ける。

 

「この場所の圧力を下げるために」

 

言いながら更に印を打つ、サンフランシスコとカザフスタン。

 

「太平洋プレートと、ユーラシアプレートの反対側を水爆で引っ叩いたわけやな」

 

そして、ネバダ。

 

「太平洋側は距離が在るから、ついでにネバダで北アメリカプレートもぶっ叩いた」

 

そのままの流れで日本に丸を付ける。

 

ついでに答えから逆算すればと、一連の本土での深海棲艦の行動は ――

 

「ユーラシアプレートの端に打ち込まれた、日本と言う楔を引っこ抜く事」

 

語られた結論に、室内の空気が沈んだ。

 

天を仰ぎ、顔を伏せ、それぞれに悲嘆を表に出す中で、提督だけが気付いてしまう。

 

ペンを弄ぶ龍驤の、詰まらなそうな表情に。

 

「まだ、何か在るのか」

 

重い世界と化した室内に、その言葉は深く響いた。

 

「ウチらは、まだ生きとる」

 

言葉だけをとってみれば、希望や、熱意の気配が在る力強い一言だろう。

 

しかし語り手は、頭を掻きながら焦燥の見える声色でそれを口にする。

 

「ここで手を緩める理由は、無いわな」

 

そこから導き出される結論は、苦い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77 その空白時間帯

ゆーらりバラバラ離島ハウス、我らの家は流れてる。

 

などと景気良い津波に家ごと攫われた深海組は、見事なまでに海の藻屑と化していた。

 

「離島ッ、無、事ッウゴフッ、カァッ、ヌグアッ」

 

様々な漂流物が吸い込まれるように戦艦棲姫に直撃し、次々に直撃し、直撃する、した。

 

下半身を海面に突き出し、殺人現場の如き姿勢で流されている防空棲姫の横

戦艦型の姫の盾のおかげで無傷であった離島棲姫が、流されながら落ち着いた声色を零す。

 

「コレハ、盲点ダッタワネ」

「実ハ思イ付キデ行動シテルダロウ貴様アアアァッ」

 

巨大な廃材にめり込んでいる空母棲姫が叫んだ。

 

「機ニ臨ミ変ニ応ジ弾力的ナ対応ヲ前向キナ姿勢デ善処シテイル所存ヨ」

「前カラ思ッテタガ帝国海軍混ザッテルヨナ、オ前ッ」

 

とりあえず持ち帰り上司と相談する勢いだ、しかし中枢棲姫は既に沈んでいる。

 

そこへ犬神家的なアレであった防空棲姫に、勢い良く流れていた廃材が直撃し、

綺麗に回転のベクトルを与えられ、飛び魚の如くと海面を吹き飛ばされていく。

 

「アレ、動カナイ……アハハハ、海ト 空ガ ―― 綺麗」

「沈ムナ防空ゥーッ!?」

 

問答無用の壊滅で在った。

 

その後の行方は、誰も知らない。

 

 

 

『77 その空白時間帯』

 

 

 

と言う報告が、舞鶴所属の秋津洲より提供されたとか何とか。

 

火山灰のせいで衛星の見える範囲が相当に制限されとるとかで、

長距離偵察のために秋津洲がサイパンに出ずっぱりらしい。

 

まあ、何はともあれ、貴重な時間を確保出来た事は間違い無いわけで。

 

とりあえず集めた資材を第二に持ってって、そのまま本土に支援物資として

ピストン輸送しとる今日この頃、有り難いのは確かなんやが、何かなあ。

 

まあ一息吐く暇も出来たかと執務室を抜け出し、煙草持って巣に向かう最中。

 

出撃しとった緑のニ航戦が、相も変わらず九九艦爆をたゆんたゆんさせながら、

何や凄い笑顔で埠頭から駆け寄ってくる、帰投した所か、いや待て、止まれ。

 

「センパイ、在りましたよ貨物コンテナッ」

「でかしたッ」

 

猪突とばかりに突っ込んできた船体をひらりと躱し、首を抱え込む様に腕を回して

開いた手でガシガシと髪をぼさぼさにする攻撃、偉い偉い。

 

蒼龍は、やれば出来る子やとウチは信じとったで。

 

そんなはにかむ様な表情の後輩の向こうで、引き揚げられたコンテナの横

そっと近寄った利根が、ガイガーカウンターを押し当てたのが見える。

 

凄い音がした。

 

無表情の航空巡洋艦が、そっと、液晶画面をコッチに見せてくる。

 

凄い数値が出とった。

 

髪型を崩していた手を、流れる様に顎の下に潜らせて、左右の手をロック。

 

そのまま勢いよく前に駆け出せば、あれ、とか言っていた正規空母が

固まった首に付随するが如く、前につんのめる様に引きずられるわけで。

 

跳んだ。

 

はみ出した九九艦爆が一番下の状態で、落ちる。

 

ぐえ、とか言う何かが潰れた音が、肩の下から響いた。

 

ブルドッキングヘッドロック。

 

巨乳死すべし、慈悲は無い。

 

 

 

とりあえず、この放射性廃棄物をどうしてくれようかと言う問題や。

 

「提督には近づけられん数値じゃのう」

 

眉間を揉みながら、利根が端的に言う。

 

まあウチらは、入渠でもしとけば謎の妖精技術で問題は無いやろうが。

 

「中身は牛肉じゃな、米国産の」

 

冷凍された半身の牛が、これでもかと詰まっとったわけで。

 

「サンドバックにしたら、拳が被爆しそうやな」

「食い物を粗末にするでないわ」

 

いや、既にこれ放射性廃棄物やで。

 

「まあ確かに、これは埋めるか沈めるかせんといかんが」

「自爆装置つけて、深海側に流すのも手間やなあ」

 

ペスト患者の衣服を城壁に放り込む感じで。

 

ああでも無いこうでも無いと、話しとっても埒が明かんし、

泊地がじわじわ汚染されるだけや、まあ仕方無い。

 

ここは素直に赤城と加賀を呼び付けようと。

 

「え、今日は人間の食べ物を食べて良いんですか」

 

試みた折、鉄板を齧っとった赤い方がそんな事を言う。

 

「ああ……しっかり食え」

「いや待て龍驤」

 

利根が何か言うが聞こえへん。

 

コンテナの牛を見ながら、期待に満ちた瞳でコッチとアッチに

視線を往復させる赤城と加賀の、何か言いたそうな表情。

 

「おかわりもええでッ」

 

花が咲くような喜びの表情を見て、ウチの心も温かくなる。

 

「遠慮すんな、今までの分食え」

 

ふ、涙もろくなったもんやな、2隻の顔がよく見えんわ。

流石にアレなので顔を背けとるわけやないで、きっと。

 

「龍驤が、未だかつて無いほどに優しい」

 

ホロリと、加賀の眦から水滴が零れた。

 

あ、ウチの良心が何かキリキリ傷んどる。

 

ウチに良心なんか在るのかって、ちゃんと在るで、外付けで。

具体的に言えば、今まさに胃のあたりを抑えて沈んどる利根や。

 

「まあ被爆するから、食い終わったら入渠しとけやー」

 

素早く七輪で火の音を立てとる一航戦に、情報開示の義務を果たしておいて

軽い返事を受け取りつつ、静かに、ことさら自然にその場を立ち去っていく。

 

「ククク、42年に戦没やから、放射能の恐ろしさは知らんやろう」

 

ああ、赤い空が爽やかな泊地の空気を祝福しとる様や。

 

「悪魔かお主は」

 

魔女と呼ばれた記憶は在るな。

 

 

 

利根とブラブラと見回っている内、飴玉袋を持った司令官と合流する。

 

漁業関連の船団護衛の交代に立ち会った所だとか。

 

「今回はジャンプオールスターズだから、お裾分けが期待出来そうだ」

 

飴玉をコッチにも渡しつつ、妙に縁深いフィリピン出稼ぎ連中の名を司令官が出す。

 

「前から思っとったが、何でジャンプオールスターズと呼んどるのじゃ」

 

利根に言われて思い出す、そういや別に正式名称でも何でも無いな、コレ。

 

しかし意味言われてもな、ラセンガーンが持ちネタの、ナルト船長が纏めとる船団やし。

 

ちなみに他の構成員の名が、ゴクウ、ベジータ、セイヤ、ハナミチ、リョウ、ケンシロウ。

誰が呼んだかっつーか、ウチと司令官が勝手に呼んどるジャンプオールスターズ。

 

どうでも良いが、本国に居るナルト船長の嫁さんはランマと言うらしい。

 

出版社の垣根を越えとるな。

 

「漫画の登場人物の名前じゃったか」

「正確には、アニメや」

 

偶然の一致にしては出来すぎじゃろうと言うので、解説を入れておく。

 

「フィリピンは外国統治の歴史が長いからな」

 

スペインの植民地時代の名残で、高齢者はスペイン系の名前が多い。

 

「戦後はアメリカやから、アメリカ式の名前が主流へと移り変わった」

 

最近はアメリカ式にアレンジを加えたり、何か色々と独自路線を模索しとるとか。

 

「漫画との関連が見えんのじゃが」

「要するに船長は、日本のアニメが入って来た頃の世代や」

 

流行ったねん、アニメキャラ由来の名付け。

つーか過去形やなく、現在進行形やな。

 

コロコロ名付け法則が変わった歴史のせいか、そう言う所はフレキシブル言うか、

インド人が子供にシヴァとかガネーシャとか名付ける感じのノリか。

 

まあ何や、誰も彼もと言うほどではないが、忌避されるほど少ないわけでも無い。

 

他にも芸能人由来や玩具由来など、結構いろんな方向性が在るし。

 

などと聞いて、どうにも反応に困っとる利根の向こうで、司令官がしみじみと語った。

 

「知ってる日本語が在ると言われて、ラセンガーン言われた時は衝撃だったな」

「見事な持ちネタやな、つーか船長、日本語話せるやろ」

 

ネタのためだけに片言で話せるほど堪能に。

 

「今度生まれる娘さんの名前は、ウサギにするそうだ」

「月に代わってお仕置きでもして来るんか」

 

出産祝いにプリキュアグッズあたり贈っておくべきか。

 

何か酷い状況のはずなのに、やたらといつも通りの泊地やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ブルネイ発フィリピン人漁船団の船団護衛から帰投した島風です。

 

通称ジャンプオールスターズのナルト船長さんから、何か差し入れだとかで

余ったお魚と一緒に、UFOなる焼きそばを貰ってしまいました。

 

ハラール認証付き、フライドラーメンとか書いてあります。

 

聞けばミーゴレンならぬ、ラーメンゴレンとも呼ばれているとか。

 

そして貰った件を報告したら、普通に食べて良いとの事でしたので、

艦隊を組んでいた陽炎隊で遅めのお昼と洒落込もうとした所。

 

報告時に聞いたのですが、何でも戦後の日本でUFOブームの時に発売された便乗商品で、

そのまま定着してロングセラー化したインスタント食品だとか。

 

近年は海外展開されており、インドネシアで作ってマレーシアあたりでも

売っていると、言われてみれば近くの雑貨店で見かけたような気がします。

 

その時代、その傾向に合わせて小まめに配合とかマイナーチェンジしているそうで、

太麺に変更された辺りから、UFOとは「美味い・太い・大きい」の意味とか、

 

何か頓珍漢な事を言い出したと、龍驤ちゃんが言っていました。

 

パッケージには「UNIDENTIFIED FLYING OBJECT」と書いてあるのに。

 

創業者と後継者の確執から来た迷走の名残とか言っていましたが、よくわかりません。

 

何はともあれ、間宮でお湯を貰って食べるとしましょう。

 

「何か色々と付いてるわねえ」

 

包装を破った隊長が、内容物を取り出しながら零しました。

 

オイリーなソース、乾いた謎の肉、フライドガーリック、スパイシーマヨネーズ、

出来上がった後に混ぜるみたいですね、キャベツとかは既に麺と一緒に入っているみたい。

 

「乾燥紅生姜入りの青海苔は無いんですか」

 

ぬいぬいは日本製を食べた事が有るとかで、内容物の違いを言っています。

 

それはともかくと、冒険のお湯を入れて3分、蓋に付いてる小さい蓋を剥がすと

アルミっぽい色合いに湯切り穴がたくさん開いていて、いや凄いねコレ。

 

早速にお湯を切る、楽だ。

 

何よりも3分だよ、3分、全工程が。

 

速い。

 

速すぎる。

 

風が語り掛けるほどに素晴らしい。

 

そしてあとは混ぜてー、混ぜてー、混ざってー、混ぜて―

混ぜ疲れて混ぜるまでー、混ぜてー

 

口にすれば、実にジャンキーな味わいが思考を染め抜きました。

 

果実の甘い香りに際立つスパイシー、カリカリの謎肉やガーリックも尖っていて

マヨのまろやかさすら口の中で凄い主張している、お淑やかさの欠片も無い。

 

さながら、日本酒の肴に菊茎の和牛包みを出されて、もそもそと食べながら

切り落とし肉1kgの方が嬉しいのになあとか思ってしまう感じの、成長期に嬉しい味。

 

「つまり、これが ―― 若さか」

「どういう感想よ」

 

天津風ちゃんに半目でツッコミを入れられました。

 

えーとつまり、労働の後は美味しく食べられる、主に塩分的な意味で。

 

「日本製より味が濃いですね」

 

普通に凄い勢いで消費していたら、同じような状況の隊員たちの内、

唯一日本製を知っている次女からポロリと、興味深い感想が。

 

「東南アジア系のインスタントは塩分多めだけど、これもそうなのかな」

「そんな感じですね、オリジナルはもう少し柔らかい味です」

 

最近は大混乱なので難しいですが、いつか機会が在ったら試してみたい所ですね。

 

そんな麗らか、と言うには多少ソースの香りがキツイ気がする、お昼過ぎでした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78 芝居蒟蒻芋南瓜

北緯33度、東経158度。

 

噴火に因り太平洋に新たに誕生した島は、海上保安庁にタム新島と命名された。

現在はどのような漢字を充てるべきかと、どうにも平和な話題が復興の巷を騒がしている。

 

現実逃避の色の見える注目の中、噴煙に遮られながらも、衛星が時折撮影に成功する。

 

島はいまだ断続的に小規模噴火が頻発し、その度に堆積物が島の面積を徐々に増やしていた。

 

そして或る時に、染みが出来る。

 

新島から等距離に、段々と海面に増加する黒い染み。

 

やがて点が線へと繋がり、それが島を囲う様に円を描き、

時間の経過と共にその輪郭を肥大させて行く。

 

拡大の写真を得て、関係各所の血の気が引いた。

 

続々と、途切れる事も無く浮上する。

 

そこに浮かび上がっていたモノは、無数の、深海棲艦。

 

数は百を越え、千を越え、いずれ確実に万の位に達するであろう事は疑い無く、

断続的な撮影に注視されている中、その黒いドーナツが膨張の限界を迎える。

 

水面に描いた墨の円を、指で引いたかの如き形に崩れた。

 

南方へ。

 

無数の深海の輩が進みはじめる。

 

途切れる事無く、続々と浮かび上がり、進む。

 

長く、何処までも長く太平洋に漆黒の線を描き続けた。

 

 

 

『78 芝居蒟蒻芋南瓜』

 

 

 

大量の南瓜が在る。

 

津波のせいで、オセアニアの諸島住人が大きめの国に難民として避難するとかで

タウイタウイの連中に混ざって、疎開船団の護衛が延々と続く今日この頃。

 

ウチもアタゴンに乗せられたり、衣笠(ガッサ)さんに乗せられたり、悲喜交々。

 

そして、トンガで余っとった西洋南瓜をコンテナで貰ってきた空母が一隻。

 

いやもう誰とは言わんが。

 

「何か、雷と電が落ち込んでいたんだが」

 

天婦羅った南瓜をサクサクと消費する司令官の声に、昼過ぎの六駆を思い出す。

うん、大量の南瓜を前に失意体前屈で、私たちの苦労はとか言うとったな。

 

「南瓜畑、そろそろ収穫時期やったからなー」

 

別に消えて無くなるわけでもないが、何つうかやるせないモノが在るわな、確かに。

 

そんな事を言いながら、南京煮をカウンターのアイオワ太に出す深夜の厨房。

 

「……冬の南瓜(Winter squash)ですか」

 

隣に座っていた微妙な表情のサラが、皿の中を覗いてさらに微妙な表情に成った。

 

「日本のカボチャ、美味しいわよ」

 

トンガ産や。

 

「あー、はい、きっとそうなんでしょうけど」

 

ほくほくと食べはじめとる金髪巨乳が、隣の赤金爆乳にも一口と押し付ける。

 

「……甘くて、美味しいですね」

「でしょー」

 

ドヤ顔で、カボチャ・スクワッシュはステイツでも知名度を上げるべきだわとか

何か順調に和食に汚染されていっとるアイオワ級フラグシップ、ええんかそれで。

 

「つーか、何でトンガで南瓜が余ってんだ」

「売れへんからって、これじゃ端的過ぎて意味わからんか」

 

会話の隙間に疑問を挟んできた司令官に、南瓜問題を適当に説明。

 

「日本で南瓜が穫れん時期は、ニュージーランドあたりが収穫時期に成るねん」

 

んなわけで、ニュージーランドで南瓜を育てて日本が輸入しとったわけで、

オフシーズンに輸入物の南瓜が出回るのは、そんな感じの理由が在る。

 

「これが意外に売れて、ニュージランドだけじゃ手が足りんからとトンガも参入した」

 

そしてトンガ産の南瓜が、一時期日本市場を席捲したわけやけど。

 

「品質や輸送のクオリティがイマイチでな、段々と人気が陰って余り出したねん」

 

そこに海域断絶から、今回の大津波や。

 

「だだ余りで難儀しとるそうやで」

「つーか、避難民が食えばいいんじゃないか」

 

ごもっともな意見に、肩を竦めて問題点を口にする。

 

「それがな、トンガには南瓜を食う習慣が無いねん」

 

完全な輸出専用の作物と言う。

 

食えない事も無いし、食う人も居るやろうけど、一般的にはサッパリと言う感じ。

 

「まあ難民出とるし、食えるんなら食うって人も結構増えてきたみたいやけどな」

 

それでもやはり余りまくっているとか。

 

「あれ、そうは言うがベトナムやタイあたりなら南瓜料理無かったか」

「トンガには遠いわ、ついでに言えばそこらの南瓜は東洋種や、日本南瓜の係累やな」

 

何か違うのかと言う問いに、一言で答える。

 

「水っぽい」

 

そして甘みがほんのり、煮物に適しとる。

 

「西洋南瓜を近隣諸国に持ち込むのは、コストが割に合わないってとこか」

「まあ大きめの国なら売れるやろうけど、微妙なとこやな」

 

とか言っていた所で、南瓜消費のネタを思いつく。

 

「そうや、プリンを作ろう」

「また唐突だな」

 

ベトナム風に、くり抜いた南瓜にプリンを入れて蒸しあげれば、1個丸まる消費出来るやん。

アレは確か西洋南瓜でもイケたはず、言ってしまえば単なる蒸し南瓜やし。

 

いや正直、本気で余っとんねん南瓜。

 

「ベトナム風にバインフラン(カスタードプリン)と、タイ風にココナツプリン、どっちがええかな」

「相変わらずの国籍不明艦だなあ」

 

ベトナム珈琲あるからベトナム風にしとくか、いやもういっそ両方作ろう。

 

正規空母組が、ガッツリ食うやろうしな。

 

「あー、最近の赤城と加賀、バケツ抱えて物言いたげな顔してるよな」

「蒼龍あたりは涙目で見上げてくるんやけど、ウチにどうせいと」

 

軽い眩暈に眉間を揉む。

 

最近の一航戦はじめ何か食い物をとひたすら喧しい勢に、補給用バケツゼリー葡萄味を

配給して誤魔化しとる今日この頃、ゼリーに具が無いと不評なんよなあ、贅沢な。

 

プリン入り蒸し南瓜なら文句は出んやろう、きっと。

 

「で、サラトガは南瓜が苦手なのか」

「あ、いえ、はい、苦手と言うか、抵抗が在るというか」

 

色々と頭の痛い想像に至った話題を、どうにか変えようとの司令官の問いに、

これまた歯切れの悪い正規空母の受け答えを、とりあえずとフォロー。

 

「西洋南瓜は元々畜産飼料やったからな、抵抗あっても仕方ないわ」

 

19世紀に日本に輸入され、品種改良の果てに現在の形に成り、

日本南瓜よりもホクホクしとるとかで人気になって、現在の南瓜の主流に成った。

 

「そういえば西洋のカボチャって言ってるわね、何処の国の物だったの」

 

ちょっと待てやそこのブロンド。

 

「……アメリカや」

「What !?」

 

少しジト目に成ったウチは悪くない思う。

 

「冬の南瓜は、家畜の餌としてありふれた品種でしたよ」

 

品種によっては人間も食べる物もありましたけどと、サラトガが言う。

 

「名前が日本語由来でカボチャって呼んでるのに、まさかの出戻り娘……」

 

何やカルチャーショックに頭を抱えとる高速戦艦は置いといて

とりあえず2隻の間の齟齬を埋めておこうか。

 

「品種改良した西洋南瓜が後に、園芸作物とかで地味に人気に成ったんよ」

 

冬南瓜の一種として北米辺りでカボチャ・スクワッシュと呼ばれ、定着したとか。

 

「まあ、美味しいから良いのよ」

「確かに、畜産用のアレとは別物ですねコレ」

 

何か心中に折り合いでもついたのか、ひょいひょいとアイオワの器から南瓜を

強奪し続ける正規空母に、高速戦艦が涙目で皿を守り出す。

 

追加注文が来そうやなと鍋蓋を開けたあたり、司令官が所感を零した。

 

「カボチャって語感から、ポルトガルあたりだと勝手に思ってたよ」

「南瓜自体は16世紀にポルトガル船が持ち込んだモノやから、別に間違っては無いな」

 

所謂、日本南瓜や。

 

「カンボジアから南京を経由して運んできた野菜で、やから漢字表記が南京瓜」

 

転じて南瓜、もしくは唐茄子。

 

「んでカンボジアが訛って、呼び名がカボチャや」

「読みと表記を一致させようとする意識が欠片も無えッ」

 

改めて言われると酷いな、確かに。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夜の底、埠頭に座り込む改装空母が2隻。

 

巫女の如き意匠が黒暗淵に染まり、僅かな光源に輪郭を浮かび上がらせている。

互いに胡坐で地べたに並び座り、無言、やがて片方が口を開いた。

 

「地獄の釜の蓋が開いたね、飛鷹」

 

そう零し、陰鬱な空気を纏いながらオーデコロンを一気に呑み干して、俯く。

 

空いた瓶が足元に転がった。

 

訪れた静寂に互い、夜に染まる海面へと視線が彷徨う。

 

「今度は、アタシを置いていかないでくれよ」

 

か細く零した隼鷹の表情は、やや俯き気味、陰に隠れ僅かも伺えない。

 

それとは対照的に、やや上を向き、欠けた月を眺める飛鷹の言葉。

 

「何かね」

 

不思議と、声に落ち着いた色が在った。

 

「何とかなるような気がするのよ、この期に及んで」

 

静寂が埠頭を染める。

 

細々とした月光が、埠頭の灰色を照らしている。

 

「ああ、そうか」

 

黙考の末に想到した結論を、飛鷹が口に出した。

 

「龍驤がまだ健在だからだわ」

 

不必要に明るい声色に、虚を突かれた風情の隼鷹が、堪えず苦笑を零す。

 

「確かに龍驤サンが居るなら、まだアタシらの番じゃ無いね」

 

軽くなった空気に、微かな笑い声が混ざっていく。

 

「ところでさ、他にアルコール無いかな」

「今のオーデコロンで最後よ」

 

軽い問い、肩を竦めた返答に、あーともうーとも、何ともつかぬ呻きが漏れる。

 

「……造るか」

 

そして後日、2隻が簀巻かれて吊るされたのは言うまでも無い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 道

 

物資高騰の折ながら、俄かにカカオの香る横須賀鎮守府。

 

「あ、もう食っとる」

 

第4提督室、給湯室にて茶を淹れて戻ってきた龍驤が見たものは

茶請けのチョコをパクつく提督であり、悪戯の見つかった表情であった。

 

「しかし、この深海棲艦たちは今まで何処に居たんだろうね」

「摘まみ食いを誤魔化すためにシリアスな話振るのは止めような」

 

あしらいつつ置かれる緑茶の横には、幾つかの書類と写真。

未だ止まる気配の無い、タム新島近海に浮かび上がる深海棲艦について。

 

「何で今とか、わからん事は多いけど」

 

数が居る理由なら見当がつくわと、秘書艦が席に戻りながら言う。

 

続きを促せば、肩を竦めて酷い言葉が在る。

 

そもそも、今までが少なすぎたと。

 

「ネアンデルタール人の頃には、既に葬式が在った言うわな」

 

突然に飛んだ話へ、訝しげな気配が寄るも、

特に気に留める事も無く、言葉が続けられる。

 

「壊れて動かなくなったんやなくて、死んだと理解した」

 

死の概念の獲得。

 

「添えられた花は、向こう側に行ったヒトが少しでも安らかにと」

 

死後の概念の誕生。

 

「喜びを捧げ、悲しみを振り払い、全てが何処かへと流れてく」

 

ぐるぐると世界を回る全ての中で、余ったモノは常に水に流されてきた。

 

「ヒトが死の概念を、死後の世界と言う思想を得てから十万年」

 

雨は河と成り、河は海に注ぎ。

 

「十万年間に渡り、流され、沈み続けた人類の負の感情」

 

それが今、大戦の亡霊と言う容れ物を手に入れた。

 

「アレらの本来なら、艦隊戦程度で対処できる物量や無いと、ウチは思うで」

 

希望の欠片も無い言葉に、湯呑みから口を離した提督が禁煙パイポを咥える。

 

「十万年分の負の感情、か」

 

そのまま天井を仰ぎ、パイポだけが雄々しくそそり立つ。

 

「やっぱさ、一国の軍隊で相手する代物じゃないよねえ」

 

 

 

『邯鄲の夢 道』

 

 

 

いややー、もうしばらくチョコは見とおない、いやホンマ本気で。

 

やたら冷たい机の平面と平たくドッキングしながら魂を吐いていれば、

何となく未だ全身からチョコの香りが漂っているような気がして、胸灼けがする。

 

いやさ、本土と違って東南アジアは結構な国が結構な数のカカオ育てとるから、

こんな混乱の最中でも何だかんだでチョコは結構安く手に入るんよ。

 

質がアレやけどな。

 

まあ要するに、一般に言う海外の安いチョコレートってヤツや。

 

病変したり、規格外の大きさの豆とか平気で混ぜて作るから、品質がバラつくバラつく。

 

かと言って、ハイクオリティ品はお値段も相応にハイクオリティなわけで。

 

「もうテンパリングは飽き飽きや」

 

先日、敷波はじめ数隻の駆逐艦に泣きつかれてな、安うてマシなチョコが欲しいと。

 

うん、カカオ豆で買うのが一番安かったんや。

 

発酵済み焙煎前、これをローストして砂糖と一緒にゴリゴリするわけで。

 

豆の油っ気でクソ重くなった擂り鉢を延々と。

 

延々と。

 

そう、延々と。

 

ぶっちゃけると最低ラインが30時間。

 

高級品なら70時間コースでやっとるらしい、やっとれん。

 

「ここ数日、間宮で駆逐艦が入れ代わり立ち代わりしとると思ったら」

 

利根が隣でチョコを摘まみながら、頭痛を抑える仕草をした。

 

「艤装担いで交代制でやっとったから、品質は結構エエ感じに成ったで」

 

とりあえず勝った気がする、何かに。

 

つーか艦の出力が無いと擂ってられっか、あんなモン。

 

「つーわけで、受け取ったチョコは味わって食っとけや」

 

作り手の思いと、ウチの怨念と、メンドクセエ言う熱い思いが籠もっとんねん。

 

そう言えば、チョコをひとつ口に放り込んだ司令官が肩を竦めた。

 

「燃料の無駄遣いじゃと、どこかに責められそうだな」

「必要経費や」

 

平然とした言葉に、白い視線が飛んできたので肩を竦め返す。

 

「思い残す事は、少ない方がエエやろ」

 

言えば司令官が天を仰ぎ、次いで書類に視線を移す。

 

「やっぱさ、どうにも成らないのか」

 

南冥に、続々と集結する深海棲艦の群れ。

 

時間経過とともに悪化する現状を記した書類が、今もなお更新されている。

 

「同数なら、どうとでもなる」

 

考えるふりをして、答えた。

 

「倍ぐらいでも、結構何とかなった」

「それを素で言えるのは、初期一航戦の馬鹿4隻ぐらいじゃ」

 

冷静にツッコまんといて、自分の価値観に疑問を抱くから。

 

「十倍の敵でも、手段を選ばなんだら勝機ぐらいは見える」

 

笑える話や。

 

「千倍は、無理や」

 

百の位が飛んどるがな。

 

文字通り、海域を埋め尽くす物量で圧し潰す。

 

一切の条件も無く、一切の手段を選ばなくて良いのなら、

 

誰やってそーする、ウチやってそーする。

 

「もう、いかに被害を少なくするかってとこに焦点あてる段階やな」

 

天を仰いでいた司令官が、その手で顔を覆って言葉を吐いた。

 

「ゼツボー、だな」

 

まったくや。

 

「援軍とか、来ると思うか」

 

「本土かあ、引きこもるんやないかな」

「本土に注目を集めるぐらいならば、コッチを切り捨てるじゃろうな」

 

話せば話すほどに酷い現状。

 

「だいたいアイツら、どっから湧いて出たって深海だよな」

「答える前に解答が出たの」

 

司令官と利根が阿呆なやり取り。

 

「何で今まで、沈みっぱなしだったんだよ」

 

ため息交じりの言葉に、諦め全部な声色で言葉を返す。

 

「今更な話や」

 

何か思いつく事でもと促されたので、仮説を一つ。

 

「アイツらさ、エラ付いとるやん」

 

駆逐とか雑魚い所は。

 

「鬼とか姫とか、ヒトっぽいのは肺呼吸してそうや」

 

時々、海面で水を吐いて咳き込む人型棲艦が居るらしい、聞いた話。

 

「ミッドウェイの空母棲姫は、首だけでも動いとったと言っとらんかったか」

「あん時の余所の報告では、離島棲鬼の首は息絶えとったらしいで」

 

要は、生命力が高く少しは持つが、限界があると。

 

つかそもそも、あの時の空母棲姫は消滅に至る過程やった。

 

「呼吸か」

 

司令官が察する。

 

「そう、エラにせよ肺にせよ、ヤツらは酸素を必要としとる」

 

人間ほど切実で無いにしてもな。

 

そして、それがどうしたのかと言う疑問。

 

気が付けば静かに成った室内に、ウチの声だけが響いた。

 

「水爆、地震、噴火、これらは全て過程でしか無かった」

 

ああそうやな。

 

殺ると決めたのなら、自分たちの手で殺らんと、

 

殺った気には成れんよな。

 

「離島棲姫の真の狙いは」

 

海底火山の噴火を以て、海面までの熱対流を引き起こし。

 

「深海無酸素層をぶち破る事」

 

実に、今更な話や。

 

「……聞きなれない名前じゃ」

「酸素極小層とも言うな、水深600から1000あたりの深さの事だ」

 

利根の疑問に、司令官の答え。

 

「表層から細菌が、有機物を酸素を使って分解するから、そのあたりで使い切るんよ」

 

長時間の無酸素運動が可能な、抹香鯨ぐらいしかそこを抜ける事は出来ない。

 

現状から考えれば、深海棲艦の無酸素運動可能な時間は、

層を抜けるほどでは無かったんやろうと察することが出来る。

 

「そこより下の酸素は、どこから来たのじゃ」

「極や赤道で生じる高塩度の海水が、酸素と一緒に沈んで縦の海流を作るねん」

 

んでインド洋や北太平洋で深層から表層に押し上げられる。

 

今にして思えば、打通時の中東や単冠湾が激戦区やったのは、このせいやったかと。

ともかく、そうして表層と深層が無酸素層を挟んで、ぐるぐると酸素を回していく。

 

「そこに、大穴が開いたと」

 

タム新島を中心点とした、丁度良い温度の縦の海流。

あとは深海で燻ってた連中が、そこを続々と浮上するって感じか。

 

「ほれ、分かった所でどうにもならん」

「まったくもって、今更だな」

 

天を仰げば、妖精が艤装から転げ落ちた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

蒼天の下、紺碧が翠へと遷る砂浜に鋭角の岩石が列す。

 

遠浅の海底には世界二位の長さを誇る珊瑚礁が在り、砂浜を外海と隔てている。

 

ニューカレドニア、世界最大規模を誇るラグーン。

その場所に、椰子の実の如く流れ着いた幾つかの何か。

 

その内の一つ、黒く、波打つ外観をしたそれに、灰色の円筒形の物体が付属する。

 

はむはむと、平和な音が波の音に紛れた。

 

「……私ハ海藻ジャナイ」

 

よく見ればそれは離島棲姫であり、その衣装と黒髪に鼻先を押し付ける様な姿勢で

甘噛みをしているのはジュゴンである、主に海藻を食べる。

 

ようやくに意識が確かなものに成ったのか、およそ450kgほどの灰の巨体が

ぺいと沖にぶん投げられた頃合いに、周囲の漂流棲艦達も意識を戻す。

 

酷い目に遭ったと、色々と棚に上げた白々しい会話を繰り広げて暫く

波音に駆動の音が混ざり、沖合より黒尽くめの誰かが近付いてきた。

 

「待チ合ワセ場所ニ居ナイト思ッタラ、コンナ所デ何ヲシテンダヨ」

 

戦艦レ級。

 

「ソロソロ集マッテル頃合イダゼ」

「勝手ニヤッテレバイイノニ」

 

呆れたような声色の向こう、戻ってきたジュゴンが空母棲姫の髪を甘噛みしていた。

 

「発起人ガ音頭ヲ執ルモンダロウ、コウイウノハ」

 

気が付けばジュゴンが群れを成し、空母を囲む灰色の団子を構成し始める。

 

「火ヲ点ケタノハ空母ヨ」

 

その空母は現在、絶賛ジュゴンの群れに攫われている。

 

「導火線ト爆薬ヲ置イタノハ暇様ダロ」

「暇様言ウナ」

 

肩を竦めた離島の向こう、ジュゴンが次なる犠牲を防空棲姫に定めていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 蛇

戦艦レ級は知っている。

 

自らが、戯れに造られた命だと言う事を。

 

幾度も沈められ、造り直され、海上に辿ってきた旅路の果てに至りて

終には求めていたはずの主も、造り手たる母も失い、空虚と成り果てた時。

 

陸地に住まうおかしな姫に出逢った。

 

戦艦棲姫は言う、アレは哀哭と悔恨の棲姫だと。

 

空母棲姫は言う、アレは欺瞞と慢心の棲姫だと。

 

駆逐棲姫は言う、アレは同情と羨望の棲姫だと。

 

理解できぬほどに複雑な胸の内に、様々を持ち合わせているからだろう。

故にその身のその内に、誰も彼もが望む姿を見る、きっと。

 

見るモノに因ってその真実が変わる、歪な鏡の様な姫。

 

からっぽの深海棲艦とは一線を画す異様。

 

それはまるで ―― ニンゲンの様な

 

視線を上げ、彼女の後姿を視界に入れる。

 

ともすれば楽にへし折れそうなほどに華奢な肉体に、飾りの多い衣服。

 

それが今まさに、同胞に埋め尽くされた海原に臨み、一身に視線を集めていた。

 

 

 

『邯鄲の夢 蛇』

 

 

 

漆黒に染まる海域に、僅かに開いた空白に立つ姫が居る。

 

―― カノ屈辱ノ日ヨリ一年ガ過ギタ

 

それは、静かな言葉よりはじまった。

 

―― 我ラガ母ガ劫火ニ沈ミ、我ラガ新シク産マレ直シタ、アノ日ヨリ

 

何度も。

 

何度も同じ事を、言葉を変えて繰り返す。

 

演説は次第に声を強め、少しずつ、身振り手振りが増え、激しさを増していく。

重複する内容を、丁寧に、執拗に、鼓膜から意識へと染め抜くように届け続ける。

 

やがて、聴衆の心にひとつの意思が刷り込まれた。

 

アア、私タチハコレカラ沈ムノダ。

 

自然と、腑に落ちる。

 

―― 今、私タチハ大キナ戦乱ノ最中ニ在ル

 

誰もの気配が変わる頃、言葉の連なりも気配を変えた。

 

―― ソシテ此ノ戦争ハ、種族ガ、アルイハソノヨウナ理念カラ生マレ

 

僅かに嘲る色の乗る声が、静寂の海原を通り抜ける。

 

―― ソノヨウナ命題ニ捧ゲラレタ種ガ、永ク持チ応エウルカドウカト言ウ試練

 

誰しもが、耳を澄ませていた。

 

―― 私達ハ、ソノ戦乱ノ大戦場デ一堂ニ会シテイル

 

静寂の中に、僅かに熱気が生まれる。

 

―― 私達ガヤッテキタノハ、生キ延ビ、未来ヲ得タ嘗テノ同胞達ヘ

―― 自ラノ生命ヲ犠牲ニシタ立場ヨリ、最後ノ安息トシテ、ソノ戦場ノ一部ヲ捧ゲル行イ

 

声が、通り抜けた。

 

その度に、どこまでも静かに、しかし熱量は加速的に累積されていく。

 

―― 私達ガソウスルノハ、全ク適切でデアリ、相応シイ事

 

海綿に水が染み込む様に、意識が言葉に溺れ続けた。

 

火に油が注がれた様に、何かが急速に、力強く燃え上がっていく。

 

―― 世界ハ私タチガ此処デ言ウ事ナド、気ニ留メル事モ無イデショウ

 

哀哭か、憤怒か、自らの得た感情を持て余す中で。

 

―― 永く、記憶ニ留メル事モ

 

聞き手が感情の累積に、限界を迎えようとしたその時。

 

「シカシ、我ラガ此レヨリ為ス事ヲ、決シテ忘レル事ハ出来ナイ」

 

ただ一言が、魂を貫いた。

 

軍勢に雑音が響く。

 

言葉への衝撃が、意思と化して視線に乗り、語り手の全身を貫けば、

 

そこに居たのは、深海の姫。

 

そして彼女は高らかに、無人の野に響かせるが如く謳い上げた。

 

「此処ニ在ル我々ノ使命トハ、彼女ガ最後ノ完全ナ献身ヲ捧ゲタ理念ニ対シ

 此ノ名誉無キ死者タチガ一層ノ熱意ヲ以テ、残サレタ偉大ナ任務ニ専念スル事」

 

もはや誰の眼にも、黒き指導者の姿しか目に映らない。

 

与えられた言葉が自らの意思と成り、魂魄の隅にまで刻み込まれる。

 

「今、私ガ問オウ、人類ハ我ラヲ駆逐スルト謳ウ」

 

即座に否と、控えていた空母棲姫が叫ぶ。

 

そう、善きモノの居場所は世界の中には無いのだ。

 

我らが、我らが国が、今後何千年にもわたって存続し続ける事は願いであり意思である。

 

「人類は、我ラガ闘争ニ疲レルと主張スル」

 

否と、戦艦棲姫が叫んだ。

 

それは、その主義において不変のままであり、

 

その組織において鋼鉄の如く堅固なままであり、

その戦術において柔軟かつ順応性に富むままである。

 

「第三ノ質問ヲシヨウ」

 

言葉が鋭く軍勢を切り裂き続ける。

 

全霊を捧げるだけの覚悟を、陸に生きるモノに致命的な大打撃を与えるためと。

 

「ソノ身命ノ悉クヲ捧ゲル覚悟ヲ持ッテイルカ、否カ」

 

応と、放つ。

 

是と、叫ぶ。

 

言葉を出せぬ艦ですら、音だけでもと。

 

肯定の叫びが海原を埋め尽くした。

 

「我ラニ第四ノ質問ヲスル」

 

黒く塗りつぶされた海原は喧騒をあげ。

紡がれる言葉が歓喜の絶叫を以て迎えられる。

 

ある者は、抱え込んだ自らの思い出に浸っている事だろう。

 

ある者は、繰り返される闘争に備えている事だろう。

 

しかし今この時に問われたがため。

 

「全テヲ戦イ奪ウタメニ、必要ナモノヲ全テ捧ゲル事ヲ誓エルカ、否カ」

 

絶叫が肯定と化して世界を塗り潰した。

 

騒がしく奏でられたそれは、やがて一つに纏まり、蒼天へと抜ける。

 

「私ハ斯クノ如クニ質問シタ、我ラハソレニ答エヲ出シタ」

 

全軍が、声を、音を、漆黒の艤装の起動を以て意気をその身に示した。

 

「我ラハ深海ノ正道デアリ、故ニ我ラノ意思を通ジテ、深海ノ態度ガ此処ニ示サレタ」

 

もはや、誰もが覚悟は出来ていると、そう響いた。

 

「サア、前ニ進モウ」

 

離島棲姫が振り上げた手が、ひとつの方向を指し示した。

 

「戦ッテ、戦ッテ、戦ッテ」

 

遥かな宵の水平線の果てを、救い様の無い言葉で飾って、

 

ただ一言、どこまでも無惨な言葉を贈る。

 

「ソシテ死ネ」

 

軍勢の悉くが、それを受け入れた。

 

―― 我ラハ進ム

 

進軍の中、誰ともなく歌い始める。

 

―― ソシテ死ヌ

 

駆逐艦が、巡洋艦が、戦艦が、空母が。

 

―― 我ラハ進ム、ソシテ死ヌ

―― 我ラハ進ム、ソシテ死ヌ

―― 我ラハ進ム、ソシテ死ヌ

 

誰もが歌っていた。

 

歌声が重なり、響き、世界に呪いと化して刻み込まれる。

 

「目標、南冥全域 ―― 全軍、状況ヲ開始セヨ」

 

そして死者の軍勢が、海原を染め抜くように移動を開始した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

進軍開始の一報と、本陣よりの指令を受け取った提督執務室にて。

 

肩を竦めて提督がボヤけば、秘書艦が声を返した。

 

「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せよ、だってさ」

「つまり、やりたい放題って事やな」

 

無駄に殺る気に満ち溢れた頼もしい笑顔に、室内の数名が噴き出す。

 

「で、正直なとこは」

 

苦笑交じりに問いを重ねれば、今度は素直な言葉で返答が在る。

 

「額面通り、全軍で遊撃ぐらいしか打つ手が無いって話や」

 

先日より本日に至るまで、散発的な襲撃を行い敵勢力の漸減を図ってはいる。

 

参加艦の、およそ生涯戦果を軽く凌駕するほどの撃破数を誇るほどの戦果をあげ

それでもなお、あまりの数の違いにとても有効打と言い切る事が出来ない惨状。

 

即ち、薄皮一枚剥いだ程度。

 

そして今に至り、数が違いすぎるため、受ける事も貫く事も出来ないならば、

 

被害を受けながらチマチマ削るしか無いと。

 

「セリアの避難は完了しています、クアラブライトにはこれから連絡を」

 

通信機を持ち上げながら、大淀が現状を報告する。

 

「油田が消えるだろうなあ」

「泊地も消えておかんと立場無いなあ」

 

「世知辛い話っぽい」

 

窓の外に死んだ魚の眼を向けている主従に、お茶汲み担当が湯呑みを渡した。

 

「今日は抹茶か、って、どうしたんだこれ」

 

そしてその深い緑色と、特徴的な香りに驚いた声が漏れる。

 

「ブルネイ王室から届いたっぽい」

「心尽くしってヤツやな」

 

ずるずると啜りながら、龍驤が言った。

 

「いやそもそも、何で抹茶が在るのかと」

「昔から地味ーに広報してて、地味ーに好評やねん、茶の湯」

 

別に人気が在るわけでも、定着しているわけでも無いが、

王女からホームレスまでと、地味ーに延々と草の根活動が続けられている。

 

そんな、王室に提供され好評を得た縁も在り、抹茶の在庫が在ったのだろうと。

 

泊地に珍しい和の香りに、ホッコリとした静寂が訪れる。

 

「逃げるんなら、今の内やで」

 

息を吐いた龍驤が、何の気無しな風情で提督に言葉を届けた。

 

「同胞を見捨てて逃げたヤツを、人間扱いしてくれる国なんて在るのか」

 

聞き流し、書類から視線を動かしもせず、諦めの言葉だけが戻ってくる。

 

「日本」

「わーお、ブラック」

 

打てば響くように返された冗句に、苦笑だけが在った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 蜂

南冥侵攻にあたり、日本政府は静観の構えを示した。

 

およそ連携と言う物に縁の無い各鎮守府では、個別に対策本部が設置され

各提督個人に縁の在る省庁を経由して伝達の行き交う、極めて迂遠な体制と成る。

 

されどもはや、何処も会議を踊らせる余裕すら無く、

 

根を張るがごとき不動の姿勢で、益体も無い繰り言だけが繰り返されていた。

 

横須賀鎮守府とて例外では無く、本部と定められた会議室にて所属四提督が揃い踏みをし、

現状の把握に務めた後には何も無い、無力と無策の沈黙が空気を鉛へと変えるだけの時間。

 

その停滞の中、ただ一隻だけが言葉を尽くしていた。

 

第二提督室所属、大和。

 

東南アジアへの支援を訴えるも、提督たちは動かない。

 

他に存在するモノは2隻、背後に黒髪を流す眼鏡置きと、肩口に切りそろえた美丈夫。

第一と第三の提督室に所属する秘書艦、大淀と龍田であり、これもまた動かない。

 

やがて静かに、鎮守府の総責任を負う第一提督が言葉を返した。

 

かつての大戦の教訓は、軍の暴走を許さぬ鎖と化して国民の手に委ねられている。

 

海軍の本分は、あくまでも日本、及び日本国民に従い、守る事に在ると。

 

そして横須賀に与えられた役割は、関東の守護。

 

「東南アジアは、管轄外だ」

 

万が一にも、容易く一国を揺るがす程の軍勢の注目を本土に向けさせるわけにはいかない。

そのためならば、オイルロードの権益すらも一時的に放棄をせざるを得ない。

 

現状は余剰戦力、などと言うモノを算出する事すら許されないのだと。

 

交渉の余地も無い国是の代弁に、大和の瞳が悲壮に染まる。

 

室内を見渡しても、そこに僅かの優しさも無く。

 

金剛も、龍驤もここには居ない。

 

意気は在れど大和は届かない、手を差し伸べる誰かも居ない。

 

「今生でも、置物でしか居られないのですか」

 

静かに、血を吐くような言葉だけが頬を伝う雫と共に零れ落ちる。

 

響いた心に、僅か、第二提督のみが身動ぎをして、止まった。

 

動きの無い室内に、第四提督の咥えた禁煙パイポだけが揺れている。

 

 

 

『邯鄲の夢 蜂』

 

 

 

ブルネイ第二鎮守府は北太平洋、マーシャル諸島沖合を第一の戦場に選んだ。

 

歴戦の睦月型、夕雲型駆逐艦を主とした複数の水雷戦隊が海域に集合し、

一斉の雷撃を以て、進撃する軍勢を横合いから殴りつける。

 

二式大艇の誘導に従い、可能な限りと出撃した基地航空隊の爆撃下、

僅かに削れた外側を抉り獲るかの如くに水雷の柱が並び、海水の壁と化す。

 

「さあて、どれだけ削れるんだかねえ」

 

爆風に煽られた潮風に波打つ髪を揺らし、長波が独り言ちた。

 

そんなあやふやな言葉に、水煙の向こうを覗いてた僚艦が応える。

 

「ま、やるだけやるっきゃないね、諦めが肝心さ」

 

同じ臙脂の制服を着こみ、長い銀髪を後ろで華の如くに括り流す

 

夕雲型16番艦、朝霜。

 

言う間に次いで砲撃を放ち、次弾の装填音がそこかしこに響き渡った。

 

刹那、軽く天を仰いだ長波が視界に異様を得る。

 

壁だ。

 

灰色の壁としか表現できない何かが、艦隊左翼に向かって飛んで行った。

 

巨大な水柱が上がり、轟音が海域を撃ち付ける。

 

僅かの混乱、耳鳴りを抑え体勢を戻す各艦の中、次弾を牽制に連装砲より放ちながら、

途端に音が溢れる海域に、中央やや右寄りの艦隊を率いていた長波が叫ぶ。

 

「何が、どうなったんだッ」

 

すかさず、左翼の様子を伺っていた朝霜が応える。

 

「とんでもねえ数の絨毯みたいな砲撃が、左翼に直撃したッ」

 

見れば既に睦月型駆逐艦たちが、壊滅した左翼の艦艇に曳航を試みている。

 

合間、全ての魚雷を投棄するかの如くに撃ち続ける様を見て、

僅かに動きを止めていた、夕雲型艦隊がその意図を悟った。

 

「残存魚雷全弾発射、そして即時撤退するッ」

 

旗艦の号令に、狙いの先を問いかける声が僅か。

 

「あんだけ居りゃ、どれかに当たるだろッ」

 

言うが早いか、長波が残りの魚雷をばら撒きはじめた。

 

 

 

ソロモン諸島沖合、ナウル周辺海域、第三鎮守府が初撃に選んだ海域である。

 

「20射線の酸素魚雷、2回行きますよー」

 

どこかやる気なさげな声が、やや黄色がかった白地の水兵服の巡洋艦から零れた。

 

第三鎮守府3番、インドネシア泊地所属。

球磨型重雷装巡洋艦3番艦、スーパー北上様である。

 

僚艦の4番艦スーパー大井っちが、同じように呆れた数の魚雷を発射している。

 

ひとしきり撃ち終えた後、いざ決戦と逸る随伴駆逐艦の首根っこを掴み、踵を返す

 

「はい、撤収ー」

 

何故と問う声に、これだから駆逐艦はと、面倒そうな気配を隠さない声で答えを返す。

 

「今回の私らはただの移動式魚雷発射管、沈んでる暇なんて無いのよねっと」

 

言いながら船体を進行方向に向けさせる。

その後ろ、今まで居た海域に轟音を伴う水壁が生まれた。

 

色を無くす随伴艦の中、飄々とする旗艦に近付く姉妹が居る。

 

並走に映る大井に向けて、北上が先んじて言葉を掛けた。

 

「5番泊地様々、だよねー」

 

黒髪の3番艦の言葉に、並走するセミロングの4番艦が眉を顰める。

 

「でもやっぱり、狂ってますよアイツら」

 

ソロモン諸島からインドネシアに至るまでの極めて長大な、複数国家に渡る補給拠点。

もしも事が起こらねば、それこそ反逆を疑われても仕方が無い暴挙である。

 

「まあ、龍驤ちゃんが筆頭やってる泊地だからね」

 

からからと笑いながらの声に、姉妹艦が憮然とした表情を見せる。

その表情を見た北上が、気の抜けた笑いを苦笑に変えて、語り掛けた。

 

「ほら、龍驤ちゃんは負けた事の無い艦だから」

 

轟沈ですら、沈めと命令されたが故の行いである。

 

北上の言葉に、大井は先日同航した米国空母の言葉を思い出した。

 

自分が沈めた艦を何故に高く評価出来るのかと問い、彼女が答える。

 

龍驤を沈めた、自分は勝利した、母国も勝利を得た。

 

だが ―― 龍驤を負かす事だけは出来なかったと

 

龍驤と言う囮に釣られ、艦隊を引きずり出された無様、戦術的に完全な敗北。

 

自分は、龍驤最後の武勲と成るはずの艦であったと。

 

常ならば柔らかな笑顔を貼りつけていたその顔に、その時だけは真摯の色が在った。

 

生涯不敗、そんな欠陥空母には似つかわしくない言葉が大井の脳裏を過ぎる。

 

「慢心ですか、慢心の系譜なんですか」

「あれだけ苦労した艦が慢心と言われたら、立場無いねえ」

 

酷い解釈に、北上の苦笑が深くなった。

 

「……やはり私は、初期の空母連中が嫌いです」

 

あの軽空母は伊58とも仲が良いし特にと、付け足しの強調が在る。

 

「私はもう、気にしていないよ」

「私が気にするんです」

 

そう言って大井は憮然としたまま、随伴の様子見に北上と距離をとった。

 

「これはしばらく、泊地の連携は球磨姉や木曾頼りのままだねー」

 

残された雷巡は、先行したまま天を仰ぎ、肩を竦めた。

 

どこか疲れた様な瞳に、南国の蒼天が映る。

 

そして今まさに、話題に置いた暴虐秘書艦を想う。

 

空に住む艦種、龍の名を持つ軽空母。

 

歴戦を重ねながらも、敗北を知る前に沈んだ稀有の武勲艦。

 

「だから私たちが諦めた望みも、愚直に抱えて居られる」

 

小さく呟かれた言葉は、誰にも届かず海原に消えた。

 

 

 

バンダルスリブガワン、ブルネイ第一鎮守府本陣に青く、四角い車体が乗り入れる。

 

龍驤が調達してきた中古のいすゞエルフ、ワイドキャブ、長ロングボディタイプをベースに

エアサスを明石が特装モデルに変更、ロングハイルーフカーゴを車体と一体化させた箱物。

 

言うならば、まるで救急車の様な外見の車体、色は青いが。

 

五番泊地物資輸送用トラック、五十鈴専用爆乳エルフ・アカシハートであった。

 

命名は龍驤である。

 

それが本棟正面に停車して、運転席の五十鈴が迎えの妙高に声を掛ける。

 

「資材の補充第一陣、到着したわ」

 

跳ね上げ式の後部ドアが開き、数隻の艦娘が資材を抱えて降車する。

砲弾や魚雷を抱えて降りる米国空母に、ドラム缶を担いで降車する米国戦艦。

 

艦娘含め資材を降ろした爆乳エルフが、それじゃまたと言うが早いか敷地を駆け抜けて行く。

 

嵐の如き輸送から取り零されたアメリ艦ズに、書類を受け取った妙高が指示を出した。

 

「サラトガさんは偵察、アイオワさんは長門と一緒に遠距離砲撃に回ってください」

 

「OK!」

「Noted」

 

黄金の高速戦艦が力強く返せば、赤金の空母が穏やかに付け足す。

 

そしてそのまま戦隊に合流と埠頭に向かうサラトガと、妙高に並んで歩むアイオワ。

 

「で、ミョウコウ、第一鎮守府の対決姿勢ってどんな感じなの」

 

そう問われた妙高が、静かに陸側、敷地外の一角を示す。

 

人が、居た。

 

首都と運命を共にする事を選択した、民間人。

 

少数とは言えないそれが、不安そうな気配を滲ませながら内部を伺っている。

 

「死守、です」

「Oh, My Gad」

 

アイオワが思わずに天を仰ぐ。

 

仰いだままに、益体も無い罵声が幾つか空へと吐き出される。

 

そしてそれを見つけて、口元を歪めた。

 

「気を遣うわね、流石はジャパニーズ」

「当然の行いですよ」

 

蒼天の下、視界の果てに日の丸、ブルネイ国旗と共に、星条旗が掲げられていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深海棲艦にも、船足の格差と言う物は在る。

 

集団より先行する形に成った、少数規模の、それでも尋常ではない数だが、

そんな先遣隊とも言うべき一団に、補足された艦隊がひとつ。

 

黄金色の髪を流す高速戦艦と、重巡洋艦が3隻。

 

プリンツ・オイゲンと、青葉、衣笠。

 

タウイタウイより避難船の護衛に回っていた、ビスマルク艦隊である。

 

迎撃に移ろうとした旗艦を、そっと衣笠が押し留める。

 

「ここで撃っても、きりが無いよ」

 

後続は無尽蔵である、時間と共に呑み込まれる事は必然であった。

 

ならばどうすると言う問いに、衣笠は笑顔のままに背を向ける。

先に行けと言う意思に、艦隊が息を呑む。

 

「私は、ビスマルクよ」

「貴女がビスマルクだからこそ、沈まれると迷惑なのよ」

 

時間の無い中、短い言葉に様々な意思を乗せたやり取り。

 

「後は頼むわ、沈んだら怒るわよッ」

「ビスマルクお姉さまは任せてくださいッ」

 

そして避難船と共に進む黒色の2隻。

 

残された片方が、姉へと疑問の視線を向ける。

 

「青葉型は、沈んでもかまわないでしょう」

 

どこか投げやりの声が、青葉から零れた。

 

「提督は悲しむかな」

「号泣しますね、あのヘタレなら」

 

なら沈むわけにはいかないねーと、軽く笑いの声が上がる。

 

そして砲塔をぐるぐると回しながら何処へともなく意気を示した。

 

「さーて龍驤ちゃん曰く、殿に定評の在る衣笠さん、頑張っちゃうぞー」

 

次いで姉にも何か言えと、督促する妹が居る。

 

青葉が窮地に何を歌舞くかと、疲れた笑いを返しながら吐息を乗せた。

 

そして息を呑み、諦めた色に染めて息を吐き、前を向いて口を開く。

 

「青葉型重巡洋艦1番艦、青葉、誰が呼んだかソロモンの狼」

 

砲弾の、装填の音が海原に響く。

 

「沈み損ねる事には、定評が在りますよ」

 

視線が、軍勢を貫いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 品

湯煙の漂う中、豊かな肢体が長門の隣に座り込む。

 

赤金の髪は結い上げられ、手拭いで包まれ湯に浸からぬ工夫がされている。

軽く息を吐く音の通った湯舟には、脂肪で作られた豊かな膨らみが浮いていた。

 

第一本陣、入渠ドック。

 

防衛戦も未だ序盤、修復材を水雷戦隊に優先的に融通している状態のため、

かすり傷程度の大型艦は、ドックで修復を受ける次第と成っている。

 

「髪は、自分で結えるのだな」

 

手持無沙汰な時間を持て余していた風情の長門が、サラトガに話しかけた。

 

そんな長門の黒髪は、容赦なく湯舟に浸かっている。

 

通常の湯ならば髪が痛むために言語道断な有様ではあるが、

入渠ドックに満ちているのは湯ではなく、低濃度の霊的物質。

 

仮に頭頂まで浸かろうとも、特に問題は無い。

 

「龍驤みたいな事を言いますね」

 

苦笑に言葉が乗れば、きまり悪げに頬を掻く問い手が居る。

 

「まあ確かに、アイツも私もそこらへんは雑で極まりない」

「泊地では機会が在る度に、彼女の髪を私やカガが結っているんですよ」

 

変な所で無精者と言うかと、軽い溜め息。

 

「お前も随分と、龍驤に執心しているよな」

「何といっても彼女は、私の最大の戦果ですからねー」

 

伺うような問いには、豊かな胸を張っての得意気な言葉が在り

その妙に幼い仕草に、長門がつい頬を緩めた。

 

暖かな湿気が満ちる空間に、柔らかい静寂が訪れる。

 

かぽんと、何かの音が湯気に満ちるドックに響いた。

 

「To put them simply, Ryujo is a force for going forward」

 

―― 簡単に言えば、龍驤とは前に進むモノ。

 

ぼそりと、小さく呟かれた言葉には、真摯な色が乗っていた。

 

「空母なのにか」

 

それだけを聞けば、航空母艦にあるまじき有様。

 

「あの時代、あの戦場で、私たちの攻撃はどれほど当たりましたか」

 

柔らかな笑みで、諭すような言葉に、長門の言葉が詰まる。

 

魚雷も、砲弾も、何十、何百と撃ち出してなお当たるとは断言できない。

 

戦況にも因るが、総じて命中率は1割を切る。

当然ながら、対象を移動目標に限定すればさらに低い。

 

50を放ってようやく当たる、100を放ってようやく沈む。

 

動かない敵に、夜戦で、圧倒的物量で、制空圏下で、様々な工夫で僅かでも

命中率を上げる必要があるほどに、話に成らないほどに、見事に外れる。

 

航空戦力ですら、水平爆撃に於いては動く相手に無力極まりなく、

 

それ故に、圧倒的な命中率を誇る急降下爆撃は戦術の革命と言われる。

 

「どうせ当たらないのだから、前に出ても変わらない」

 

そして、非常識極まりない結論が導かれた。

 

「理屈はわからんでもないが」

「普通は実行しませんよね」

 

呆れた様な笑いが、軽く語り手から滲む。

 

そして事実、彼女は沈まなかったと言葉を繋げた。

 

「私たちキャリアーは皆、航空隊を我が子と表現します」

 

母と子の様に、航空母艦と言う名前の通りに。

 

しかし、龍驤だけは違うと。

 

「彼女は前に出ました」

 

何故、前に出るのか。

 

「初期の空母だからな」

「ええ、もちろんそれが事の発端だったのでしょうけど」

 

初期とはつまり、航空母艦と言う艦種の存在しなかった時代、

当然の如く乗員は別の艦種の経験しか持っていない。

 

航空母艦龍驤の乗員は、主に水雷戦隊の経験者で占められた。

 

故に隙あらば砲撃をし、無理にでも夜間に発着艦を試みる。

潜水艦を見つけたら何故か砲をぶっ放した。

 

完全に足柄の同類である。

 

そう、航空戦隊と言うよりは、水雷戦隊としての運用に極めて似通っている。

 

「装甲の薄い航空戦艦か、アイツは」

「航空駆逐艦と自称するのも、意外と本音なのかもしれませんね」

 

いつ魚雷を積み込むか知れたもんじゃないと、苦笑が響いた。

 

一息、湯舟の壁にもたれかかったサラトガが、

軽く見えない空へと手を伸ばし、湯舟に波紋が出来る。

 

何故、前に出たのか。

 

「航続距離を僅かでも減らすため」

 

大戦に於いて、練度の低い航空隊を任されたが故の、苦肉の策でも在った。

 

「砲撃に参加し、対空砲火で制空を支援するため」

 

しかし、戦場に一本でも多くの砲を、僅かでも短い距離をと。

 

「彼女の運用は、常に航空隊の負担を減らす方向での意図が在った」

 

艦が隊のために全てを捧げ、そして、隊は艦のために全てを捧げた。

 

欠陥空母とまで言われた劣悪な操作性を、非常識な練度で補い、

教導艦としても名を遺すほどに、航空隊は真摯に飛び続けた。

 

龍驤ほど、乗員を酷使した艦は居ない。

龍驤ほど、乗員を慈しんだ艦も居ない。

 

親と子ですらなく、左右の腕の如く密接に繋がったそれ。

 

航空母艦と航空隊ではなく。

 

全ての乗員を纏め、龍驤と言う一個の戦力としか表現できないほどに。

 

「だから妖精は、彼女を慕うのです」

 

どれほど無惨な扱いをされようとも、

それが必要だと、自分自身が求めているのだから。

 

「羨ましかった、のか」

 

長門が、得心がいったと零した。

 

そしてサラトガが、静かに頷く

 

「ええ、あの時代、あの世界でしか通用しない」

 

それは、兵器の発達と共に失われた仇花の如き生き様。

 

「それでもそれは確かに、航空母艦の理想ですから」

 

音の消えた浴室に、遠く砲撃の音が響いていた。

 

 

 

『邯鄲の夢 品』

 

 

 

いつからやろうか、空が赤く見える様に成ったのは。

 

そんな事を考えながら、龍驤が雲龍に抱えられていた。

 

赤い空、黒い海、蠢く霊魂を視認するのに、もはや視界を切り替える必要も無い。

抱えられたままに伸ばした手は、記憶に在るよりも白く見える気がする。

 

陰陽に曰く、黒は陽、白は陰。

 

全てを内包する、生命としての黒と

何一つ存在しない、死を表す色の白。

 

そして、乳は定位置に置かれている。

 

「うん、そろそろ降ろして貰えんかな」

 

乳圧に僅かに残った生命力まで潰されそうやと、艦娘型抱きぐるみがほざいた。

 

動かない雲龍に、ここらへんでええからと言葉を重ねる。

それでも動かない自称弟子に、そっと静寂で時間を待つ。

 

「でも、師匠は、足が ――」

 

絞り出すような声が、龍驤の頭上から零れた。

 

抱かれぐるみが軽く息を吐き、腕を捻って頭を軽く叩いてから、そっと戒めを外す。

 

二の足が地面に着き、途端、軽くよろめいた。

 

慌てて支えようとする正規空母を、身振りだけで抑えて姿勢を正す。

 

龍驤の身の内に、泥の様な何かが足を染めた感触が在った。

 

強く、踏みしめる。

 

さて、このよくわからない身体には、一体何が巡っているのだろうか。

 

赤い水干の艦娘からは、もはや苦笑しか零れない。

 

「大丈夫や」

 

諭すような言葉に、抱えて居たモノが言葉を失う。

 

そのままに埠頭へと向かう横、雲龍が歩調を合わせば、

会話の無い歩みに耐えかねてか、小柄な方から言葉が漏れた。

 

「天城は、その内に来るやろう」

 

16世代型建造式に於いて、未だ報告の無い艦の名を挙げる。

 

雲龍型の姉妹艦の名。

 

「葛城も間を置かず、そんな気がすんねん」

 

雲龍が、常日頃に気に留めていると知っているが故の言葉。

 

だからと言う言葉は無く、無言の中に響くのは足音だけ。

そのままに数歩の距離を渡り、雲龍が口を開いた。

 

「征かなくても、良いと思う」

 

軍艦としてあるまじき発言だったかと、雲龍の表に軽く羞恥が乗る。

 

「妹たちに、師匠を紹介しないといけないし」

 

それでも何かを伝えようとして、何とも言い難い言葉しか出てこない。

 

龍驤の顔に、柔らかな苦笑が在った。

 

「雲龍は、優しい子やな」

 

軽く頷いて、再び歩み始める。

 

一航戦(ウチら)に似なくて、本当に良かった」

 

零れた言葉が、風に乗って消えた。

 

そして静寂のままに進み続ける。

 

「よう」

「暇そうやな」

 

埠頭の前に、提督が居る。

 

「人間の身じゃ、埠頭までしか出てこれないからなー」

 

連日の業務で忙殺されていた互い、心にも無い言葉を交わす。

 

「被害を受けながら、じりじりと数を減らし続ける」

「うん、被害を受けながら遅延戦闘、それぐらいしかできん」

 

やがて敵味方共に限界を迎え、戦場は消えるだろう。

 

問題は、次の侵攻までに回復可能な被害に抑える事が出来るかどうか。

 

「それで、いいんじゃないか」

 

やるだけやってるし、どこからも文句の付け様が無いと提督が嘯く。

 

「つーてもヤツら、固まっとるからなー」

 

報告に在る深海の軍勢には、妙に指向性が在る。

このままなら、全てを薙ぎ倒した後にボルネオ島を直撃する。

 

人類は生き残るだろう、日本も生き残るだろう。

 

しかし、ボルネオ島は地図から消える。

 

「指揮官、というか頭が居るって話だな」

「まあ、だから言うてもどうにもならんけどな」

 

筆頭秘書艦が、肩を竦めてそう言った。

音の消えた埠頭に、僅かな冷気が混ざった様な気がした。

 

「諦めが肝心だと思うぜ」

 

提督の声色に滲む、僅かに隠し切れない心が龍驤の視線を下げる。

 

地面に、線が引かれていた。

 

他の誰にも見えない、一本の線。

 

ここで素直に踏み止まり、防衛戦に参加するのが最も賢明な選択なのだろう。

軽空母とは言え1個の航空戦力、間違いなく有効な遣い方が出来る。

 

「不器用でな」

 

何せ加賀の同期やからなと、声に出ない内心。

 

「前に出るしか、出来る事を知らん」

 

そして、何の気兼ねも無く踏み越えた。

 

霊的な視界の中、周囲の霊魂が喝采を挙げる。

 

―― それでこそ龍驤だと

 

我らは前に進むモノ、と。

 

妖精が、怨霊が、世界の負の側に在る諸々が騒ぎ立てる。

 

「首狩り戦術か」

「ちょいと有象無象を掻い潜り、指揮官の首を獲ってくるわ」

 

笑いながら、夢の様な事を言い合った。

 

「被害は拡散するな」

「総数では減るやろ」

 

軍勢を統べている頭さえ潰せば、妙な指向性も無くなると。

 

「幾つか小国が地図から消えるか」

「ボルネオ島は、残るんやないか」

 

提督が天を仰ぎ、肩を竦め、息を吐いた。

 

「出来んだろ」

「まあ無理やろな」

 

当然の様に、言葉。

 

有象無象とは言うが、海域を埋め尽くす軍勢である。

 

「でもまあ運が良ければ、案外何とかなるんやないかな」

「うわあ、雪風や時雨でもドン引きする幸運を期待してやがる」

 

信じていれば奇跡は起こるらしいでと、白々しい言葉に笑い合い、手を出した。

 

軽く互いに打ち付ければ、埠頭に音が響く。

 

そのままに懐から煙草を取り出し、口に咥える前に、

龍驤の背後から伸びた手が取り上げた。

 

同じぐらいの背丈の誰かは、火を点けて一息吸い、そのままに吐き出して消す。

 

「やはり、煙草は好かんな」

「何してくれとんねん、利根」

 

恨めしい言葉に、馬鹿が突っ込みそうじゃと思ってのと、笑った。

 

「筑摩に恨まれるんは嫌なんやけどな」

「何、さきほど説き伏せて来たわ」

 

吸殻を提督に渡す利根の向こうに、数隻の艦娘が近寄ってくる。

 

「龍驤サーン、相棒がご入用だろ」

「壊滅したら逃げるからね、期待しちゃ駄目よ」

 

軽く言ってくるのは隼鷹と飛鷹、既に出来上がっている様にも見える。

 

酒臭いわと叫ぶ横から、軽巡洋艦が声を掛ける。

 

「決戦ですね」

 

そんな神通の後ろに、貼りついたような胡散臭い笑顔の川内が居た。

 

「ちぇいさ」

「あぅ」

 

そして、謎の当身で意識を刈り取って、倒れそうになる妹を両手で支える。

 

「もう一度先に沈まれるのは、流石に勘弁だよ」

 

言いながら身柄を提督へと渡しつつ、駆逐艦に旗艦交代を告げる。

 

「距離的に、夜戦の1回ぐらいは期待できるよね」

「ブレんよなあ、キミも」

 

第二艦隊旗艦として、川内が名乗りを上げた。

 

「はーい陽炎隊、また貧乏籤でーす」

「この泊地に来てから、充実しているのだか地獄なのだか判断に迷いますね」

 

「私に思い残す事など少ししか無しッ」

「昨日屋台で食べ損ねた品目の事じゃないでしょうね」

 

付属するのは死んだ魚の眼をした陽炎型長女と次女、そして随伴艦志望2隻。

 

そこへ雲龍を押しのけて、白い空母が歩み寄る。

 

「姉妹の絆の見せ所と聞いた」

「だからちょっと待て自称妹」

 

飄々としたグラーフに、龍驤が堪らずと声を返した。

 

「アレだ、ドイツ艦が置物に終始するのも、それはそれで後々問題に成るだろう」

「嫌な理由を持ってくるなあ」

 

結局のところ、戦争が終わるのなら日独の国交もある程度は回復させる必要が在る。

 

誰かが血を流さねば、話も纏まるまいと語り、

 

眉間を揉みながら呻く暫定長女の向こう、自称次女が

私もと突っ込んできた推定三女を押し返していた。

 

その横を、赤と青の正規空母が通りすがる。

 

「キミらは駄目」

「承知していますよ」

 

赤城が、涼しい顔で言う。

 

泊地正規空母本隊は、これより本陣に移動する所であった。

 

「まあ、後ろは任せておきなさい」

 

通りすがり、声を掛ける加賀と軽く拳を突き合わせる。

 

そのままに通り過ぎ、後ろを激励を飛ばしながら翔鶴と瑞鶴が追いかけていく。

 

「残りの空きは、バトルシップが2隻デスネー」

「足は在りますし、少なくとも邪魔には成りませんよ」

 

気負い無い言葉で、金剛と霧島が提督の横を通り過ぎた。

 

「他2隻はどうしてんねん」

「叩きのめしてきました」

 

軽い龍驤の疑問に、涼しい顔で霧島が応える。

 

「なら大丈夫やな」

「流すのかそこッ」

 

涼しい顔で流した龍驤へ、提督が思わずと突っ込みを入れた。

 

「これで12隻、と」

「立派に空母機動部隊だねー」

 

華麗にスルーを続ける秘書艦の嘯きに、飲酒母艦が軽く所感を漏らす。

 

「ニ航戦、は既に蒼龍らが居るしなあ」

「四航戦は、日向サンらが名乗ってるか」

 

そしてくだらない事を言い出した所に、飛鷹が口を出す。

 

「逆に考えるのよ、後日伊勢姉妹も誘いましょ」

 

「うわ、この娘ってば帰ってくる気満々や」

「弁慶張りに立ち往生した飛鷹に言われると説得力あるわー」

 

揶揄いの混ざる返答に、あんたらねーと、

軽空母3隻が埠頭で姦しく騒き続けていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ほな逝くかねと、気楽に言う旗艦に締まりが無さすぎると叫ぶ隼鷹の向こう

神通を抱えたまま金剛と会話を続ける提督が龍驤の視界に入る。

 

しばらく見ていれば、何とももどかしい空気が在った。

 

ふと、眺めていた龍驤が思い付いたような表情を見せ、何かと問う声に忘れ物がなと返す。

 

そのまま停滞している空間に歩み寄り、声を掛ける。

 

「何や、両手に花やないか」

「片手に失神されているあたり、微妙に喜べない」

 

言いたくないが、地味に艤装が重いと。

 

切実な言葉に、長い付き合いの筆頭秘書艦が苦笑を零す。

 

「右手と、左手」

 

そしてそのまま、花を指し示すような動作と共に、言葉を繋げた。

金剛も、提督も、何を言いたいのかと察するために言葉を待っている。

 

「真ん中は、空いとるな」

 

そして言うなり、提督の胸ぐらを掴み上げた。

 

背丈が足りないから、引き寄せる。

 

厚底の艤装の上で、軽く爪先立つ。

 

周囲の視線を集める中、時間が止まった。

 

動きを止めた世界で、視線だけが二人へと注がれ続ける。

 

「キミ、ミント噛み過ぎや」

 

凍り付いたような静寂に、一言が過ぎた。

 

そのまま加害者が身を翻し、次いで横目に金剛へと声を掛ける。

 

「空いたで」

 

そして赤面した高速戦艦が、声に成らない悲鳴を上げる姿を背後に

眼を見開いた僚艦へと、カラカラと笑いながら歩み出した。

 

「か、帰ったら覚えてなさいよッ」

 

凝視していた天津風が提督に向かって意味不明に叫ぶ。

 

同時、提督の首筋へと、視認できそうなほどの殺気が叩きつけられた。

 

見れば爆乳エルフの窓から、加賀が弓を構えている。

 

蒼白に成る提督の視界の先、新編四航戦抜錨するでと気楽な掛け声が在り

次いで両肩を掴まれれば、その視界には赤面し切羽詰まっている様相の金剛の顔。

 

後の事は言うまでも無く。

 

龍驤は、何か悲鳴だか歓声だかわからない声を小さな背中に受け流しながら、

 

「顔が赤いで」

「シャラーップ」

 

少し遅れて追いついた金剛と共に、海原に舵を切った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 禍

針金の様な雨が降る。

 

砕けた艤装が雨粒に撃たれ、砂浜を転がっていく。

その手前、海岸に漂着し土下寝の形と成っている艦娘が2隻。

 

「青葉、生きてるー」

 

衣笠と青葉である。

 

「一生分の幸運を使い果たした気分です」

 

激しい雨音に声も途切れる中、血と硝煙が水に流され海へと注がれていく。

 

尽きぬ増援に限界を迎える前に、敵中突破を試みた末の顛末であった。

 

「何か追撃に、吹雪さんや古鷹さんぽいの混ざってませんでしたか」

 

身体を起こし、装備を確認しながら青葉が言う。

 

旗艦ですよー(ワレアオバ)って信号出してみたら」

「猛追してきたら御本艦ですか」

 

鉄火場を抜けて、益体も無い会話に安堵の苦笑が漏れた。

 

そして遅ればせながら雨避けに移ろうと互いに立ち上がれば、雨脚が緩む。

 

水に覆われていた視界が明瞭と成り、視界には海原と密林と、駆逐イ級。

 

「…………」

「…………」

 

目の前に居た。

 

背中に獅子吼を受けつつも、射線を避けて斜めに走るのは日頃の訓練の賜物だろう。

 

わき目も振らぬ全力の逃走が在り、密林へと走る重巡洋艦姉妹。

緑の中に重巡洋艦が飛び込むのと、砲弾が樹々を薙ぎ倒すのは同時であった。

 

「うわぁ、蛭が、蛭がボトボトとッ」

「何か噛まれたーッ」

 

あまり素肌を晒して飛び込みたい場所では無い。

 

潜伏に僅か、待ち続ける内に次弾が飛んでこない状況に衣笠が首を傾げ、

青葉が蛭を引き剥がしながら様子を伺えば、それは動きを止めていた。

 

時計の針が止まったかの様な、静止。

 

視線を受ける中、漆黒の体躯が僅かに揺らぎ、崩れ始める。

 

途端、視界には映らぬ何かが。

 

悍ましいモノとしか形容できない何かが場に満ちた事を、肌に受けた。

 

言うならばそれは、瘴気。

 

状況の認識よりも強い、生理的な嫌悪に突き動かされ、2隻は密林の奥へと避難した。

 

その後ろで岩が砕け、土は腐り、樹木が早送りの映像の様に枯れ果てる。

倒れた樹木の、球状の寄生植物が卵の如くに割れ、蟻の死骸が砂の様に零れた。

 

やがて足を止めて振り向けば、生と死の境が作られた密林の姿。

 

「海岸線が常世に成る、とはこのような意味でしたか」

 

蛭や蟻を払い除けながら、知識でのみ識っていた事柄への嘆息。

 

瘴気の爆弾みたいな物かと妹が問えば、姉は首を振り、崩れた世界を指し示した。

 

「土地が死んだんですよ」

 

あちら側に連れていかれた、と語る。

 

腹を見せ動きを止めた小動物、折崩れ僅かに形を残す樹木の成れの果て。

視界の先、打ち寄せる波が砂を飲み込み海原へと引き込んでいた。

 

「波に攫われ、一月もすれば入江に成るでしょうね」

 

陸地が、殺されたと。

 

 

 

『邯鄲の夢 禍』

 

 

 

逢魔刻の海原を、艦隊が征く。

 

深海勢力に対し弧を描き迂回する形、そして側面から突入を試みる。

 

いや、既に敵陣に入っている。

 

その状況の中、艦隊の誰からも言葉が無い。

 

「……何で」

 

静寂に耐え切れず、陽炎が疑問を零した。

 

―― 何で、敵に遭遇しないのか

 

「海原を埋め尽くすと言うても、別に億単位ってわけでも無いしな」

 

事も無げに龍驤が言う。

 

船足の違い、統制の精度、様々な要因から隙間が出来ると。

 

そこに潜り込んどるだけやと。

 

発言の異様さに、陽炎の言葉が詰まった。

 

―― 何で、そんな事が出来るのか

 

「何で、そんな事を教えてもらえるんだい」

 

全体の疑問とは僅かに違う問いが、隼鷹より発せられる。

 

陰陽系艦娘故に、他に見えないモノが見えていた。

 

羅針盤固着より先に舵を切る龍驤、行動に追随するように止まる針。

 

そして、僅かな隙間を縫う様に侵攻する艦隊。

 

見えていた。

 

龍驤が、何かに道を教えられていると。

 

その視界に在るのは果たして、龍驤を取り巻く様々な怨念。

 

「隼鷹、キミいつから聖人君子に成ったん」

 

恨み言に、繰り言に、耳を傾けながらの返答が在る。

 

「海の底に沈められた負の感情」

 

太平洋の大穴から這い出てきた積載する怨念。

 

「それはつまり、ウチらの事やろ」

 

龍驤を取り巻く姿は絶える事無く、その姿を次第に明瞭なモノと化していく。

 

足の無い天龍が行き先を示していた。

 

額に穴の開いた金剛が血涙を流していた。

 

首の無い明石が首だけの五十鈴に食い付かれていた。

 

隼鷹の耳に、かつて飽きるほど聞いた一号艦攻の駆動音が響く。

 

見覚えのある姿が、軍服の誰かが、白衣の老人が、様々な存在が様々な行動の中

それでも幾らかは確かに、龍驤へと道を指し示し続けている。

 

艦隊の全ての艦娘の肌が、知らず泡立っていた。

 

龍驤の背中を、那珂が押す。

 

―― 神通ちゃんを連れて行ってくれた事だけは、有難う

 

本当は路線変更をしたかったなと言って、消える。

 

―― 今度は、辿り着けるやろうか

 

旗艦とは違う、柔らかな印象の龍驤が言う。

 

様々な艦娘が、沈み逝く無念が、いつのまにか艦隊を取り囲んでいた。

 

そして、旗艦の軽く振り向いた姿に、隼鷹がいつかの艦の姿を幻視する。

 

甲板に、数多の乗員が居た。

 

生と死の境すら気にも留めず、自らこそが龍驤だと示していた。

 

「それらがウチらの味方をせん道理は無いわな」

 

微塵も疑問の色の見えぬ断言に、隼鷹の手が伸びる。

 

口が、開く。

 

しかし言葉が無い。

 

―― アンタは、まだ艦娘なのか

 

その一言が、決定的な何かを齎してしまいそうで。

 

逡巡の隙に、それを追い越していく姿が在る。

 

「それで、どこまで上手く潜り込めるのじゃ」

 

利根が、一切を気に留めない疑問を発した。

 

「たぶん中心は本気で埋まっとるやろうし、2、3戦は覚悟やな」

「笑えるほどの酷い如何様じゃのう」

 

くつくつと笑う航空巡洋艦の姿に、信じられないモノを見る視線が集まる。

 

「やっぱ秘書艦組はおかしいわー」

 

陽炎が零した言葉に、思わずに頷く隼鷹と飛鷹。

 

「……聞こえる、夜戦の足音が」

 

綺麗に様々をスルーしている第二艦隊旗艦も居た。

 

「まあ、この艦隊で抜錨した時点で皆クレイジーね」

 

身も蓋もない発言の戦艦。

 

「今のうちに補給でもしておきましょうか」

 

そして水筒を取り出す平常運転の妹。

 

「うわー、何か真面目なアタシが馬鹿みてー」

 

宵に染まる空へとハイライトの消えた視線を向けながら、隼鷹が言った。

 

「柄にも無い事をするからよ」

 

相方の言葉には情け容赦と言う物が無い。

 

まあいつも通りだよねと、セルルを艦隊に配りながら言う島風に、

いろいろと諦めた表情でお茶を渡す天津風。

 

敵陣深く、僅かでも補足されれば即座に袋叩きにされる状況で

のんびりと茶をすすり緑色の菓子を齧りながら、前へと進む艦隊の姿。

 

「……これはひどい」

「お主が言うでないわ」

 

先頭に在る2隻の朝潮型航空駆逐艦が益体も無い事を言う。

 

やがてセルルの最後の欠片を茶で流し込み、一息を吐き、口を開く。

 

「ふむ、時間も在るようじゃし、吾輩の最大の武勇伝を聞かせてやろう」

 

なんでやねんとのツッコミを受け流し、そのままに言葉を繋げた。

 

「戦争を生き残った吾輩は、その後に解体され鋼材と成ったわけじゃが」

 

訥々と語る声は、気負いなく響き。

 

「そして電車や鍋釜、様々な物に姿を変え、戦後復興の一助と成ったのじゃ」

「それを武勇伝として語るのは、ちょい卑怯やん」

 

あー、アタシも成った成ったと隼鷹が言い、他は頭を抱え悲鳴を上げる。

そして私はロシアに持っていかれていたなと、遠い目をするグラーフ。

 

「そうじゃ、帰ったらおから寿司を頼む」

「大ぶりの握りでか」

 

わかっておるのうと、苦笑が在った。

 

言葉を受けてか、途端に屋台談義が細々とはじまる艦隊後方。

 

緊張感無いなと呆れた表情を見せる旗艦に、利根は真摯な表情を返す。

 

先頭に生まれた僅かな静寂に、流し込む様な言葉が在った。

 

「お主に救われた命は、ちゃんと後世に繋いでやったぞ」

 

決まり悪く、そりゃどうもと目を逸らして返した龍驤に

本当に我が儘なヤツよと、肩を竦める利根が居る。

 

「我が儘か」

「我が儘じゃな」

 

嘯く声を、一言で切って捨てた。

 

「守るべき艦に守られた、随伴の惨めさを考えた事は在るか」

 

責める口調ではない。

 

しかし、それだけに龍驤は目を合わせる事も出来なかった。

 

「じゃからな、お主への義理も果たした吾輩は」

 

それを気に留めず、利根は言葉を繋げる。

 

「ひとつぐらい我が儘を言うても罰は当たらんと思うのじゃ」

 

僅かに楽しそうな色の滲む言葉だった。

 

困惑の空気に、後方から声が掛かる。

 

「龍驤、前方7km先に敵艦隊を確認した」

 

偵察隊の夜間発着を終えたグラーフの発言。

 

「姫級、おそらくは防空棲姫とその随伴だ」

「嫌なとこ引いたなあ」

 

髪を軽くかき混ぜながら、報告を受けた旗艦が零す。

 

「時間的に艦載機出せんのが、良かったのか悪かったのか」

 

手早く指示を回し、一同が艤装の点検を始める。

 

目に見えぬ戦意が高まる中、僅かな隙間に利根と龍驤が向かい合った。

 

「我が儘か」

「我が儘じゃ」

 

帰ってからかと聞けば、すぐに終わると言う。

 

「一言じゃ」

 

短い言葉が在った。

 

「吾輩の望む一言を、今この場で出せなんだら」

 

海原に響く、真摯な声色に艦隊の視線が集まる。

 

「お主との付き合いも今日限りじゃ」

 

空気が張り詰めた。

 

この状況下で何をと言う意思が、我が儘と言う言葉に納得する。

艦隊の誰もが何かを言おうとするも、声が出ない。

 

並走する2隻は気安くとも、どちらの眼も笑っていない。

 

「利根」

 

やがて、龍驤が口を開いた。

 

その一言が何を齎すか、張り詰めた世界にただ一言が通り過ぎる。

 

「ウチより前に出て、ウチより先に沈め」

 

酷い言葉だった。

 

しかしその意味を、その言葉の重さを幾つかの艦は理解する。

 

龍驤が後ろに回る。

 

それは、信条を曲げた言葉。

 

「任せよ」

 

その一隻で在る僚艦は、破顔一笑で思いを返した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

弧を描き風に正対し、その高度を下げていく機影が在る。

 

4発のエンジンが力強い音を響かせる中、船体が気持ち後方から着水する。

 

超々ジェラルミンの船体が海を切り裂き、僅かに上下しながら波打つように前へ進み

角度をつけて合流し並走する艦娘が、横合いからその船体を抱え上げた。

 

抱え上げるのは輝度の高い紫の髪を細く二つに括る、緑白の制服の姿。

 

飛行艇母艦秋津洲、そして二式大艇であった。

 

そのままに、サイパン泊地埠頭で待機している明石たちへと舵を切る。

 

「第二航空隊帰投しました、損耗率30%ッ」

「96改修終わってますので、差し替えで補給次第再出撃をッ」

 

慌ただしい空気の中、持ち込んだ緑色の機体を台の上に乗せる姿。

 

「大艇ちゃん回収してきたかもッ」

 

「夕張さんッ」

「はい、データ吸出し始めますッ」

 

サイパンは現在、航空基地、及び情報収集拠点として多忙を極めている。

 

「吸出しの間、航空基地の方に行って状況確認してくるね」

「お願いします」

 

秋津洲の経歴には、工作艦の時期が在る。

 

もともと飛行艇母艦として、様々な資材、タンクの他、クレーンなどの工作機械を

備え付けている船体で在ったがため、工作艦として流用が容易であったからだ。

 

そのせいか、およそ明石や夕張と作業工程上での相性が良い。

 

多くを語るまでも無く必要な行動をとる背中に、ほっと一息を吐く明石。

 

「秋津洲さん回してもらって、舞鶴には感謝ですね」

 

様々な思惑を掻い潜り、本土よりねじ込んできた援軍の有難さに

限界手前で粘っている前線の中、そんな言葉が漏れた。

 

そして修理の手を休めず、陸攻へと向き直る明石が

何の反応も見せなかった夕張に違和感を覚え、ついと視線を上げる。

 

そこには、記録より吸い出された映像に動きを止める夕張。

 

「………何ですか、これ」

 

密集する敵陣を、すり抜ける様に進軍する姿が在った。

 

艦隊が通り過ぎた後、辿り着く前、僅かのズレで消滅する僅かな隙間から隙間へ

海を埋め尽くすかの様な大群の、全てを知り尽くしているかの様にすり抜けて行く。

 

僅かに見えた画面の異様さに、明石の動きも凍り付く。

 

「破損率高い順に交換してきたかも、私も修理入るねッ」

 

固まった世界に、台車で破損した陸攻を運んできた秋津洲の声が掛かる。

 

「ッと、今はそれどこじゃ無かったですね」

 

声に正気を戻し、明石が慌てて機体へと視線を戻す。

夕張も頭を振り、現状のために様々な疑問を飲み込んだ。

 

「吸出しにあと30分、その後で再度偵察お願いしますッ」

「了解かもッ」

 

そのままに各自が自分の作業へと没頭する。

 

いや、ただ1隻だけ様相が違っていた。

 

吸出した映像の確認を、理不尽を常に視界に入れ続けている夕張が

自らの作業と並行して幾つもの疑問を心の中に抱え込んでいく。

 

―― 何故、こんな事が出来るのか

―― この海域でいったい何が起こっているのか

 

何一つ答えなど出るはずも無く、様々な仮定が組まれ、様々な情報を引き出し

そしてそれら全てが理不尽な現実の前に崩れ去っていく中で。

 

―― 彼女たちは、これを識っていたのか

 

先ほどに受けた、ひとつの無謀なる報告に想到した。

 

そして結局の所、ただそれだけの話。

 

抱え込んだ疑問は解けるはずも無く、延々と思考の迷宮で無駄な想到が繰り返された。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 布

外洋より押し寄せる軍勢に対し、ブルネイ湾の外側にて迎え撃っているが

尽きぬ攻勢に、次第に第一本陣は押し込まれ始めていた。

 

首都に臨海する海をブルネイ湾と区切る二つの岬の内、外側。

マレーシア連邦領ラブアン島まで繋がる浅瀬は、既に墜ちた。

 

現在はもう片方、西側のブルネイの先端ムアラ地区を背に、

外洋へと面するムアラ・ビーチにて陣を張っている。

 

ムアラ地区、養魚場と港湾を有する街で、ブルネイ湾を作る巨大な三角江(muara)の両端、

外洋に面する側に存在している岬でもあり、ブルネイ国民の約半数が居住している。

 

ここより首都に至るまでの約20kmの土地はブルネイの中心であり、

容易く失うわけにはいかない、国家の生命線であった。

 

それ故か、避難勧告を無視して陣へと迫る国民の姿も少なくなく、

暴徒と化さないだけ幾らかはマシかと、現場を仕切る数隻は諦観を胸に秘める。

 

そして、破綻した。

 

黄昏の中、砲火を抜けた1隻の駆逐イ級が上陸、勢いのまま砂浜を抉りながら突き進み

陣の隙間を、砂浜の向こうへ、民衆の屯する地点へと一直線に滑り込んでいく。

 

反射的に砲口を向けた長門の心中に、迷いが生じた。

 

撃てば、無事に済まない。

 

刹那の逡巡は好機を逃し、遅ればせながら事態を察した者の悲鳴が上がる。

 

そして、今まさに群衆を引き潰そうとしていた漆黒の船体を ――

 

「どけどけどけーいッ」

 

何の躊躇いも無くアクセル全開で跳ね飛ばした四角い箱は何か。

 

そう、爆乳エルフだ。

 

ワイパーに挟まれた妖精が衝撃に煎餅と化している。

 

「援軍到着ッ、泊地からはこれで最期よッ」

 

何とも形容しがたい展開の末、やけっぱちの様な歓声を受けながら

運転席から五十鈴が、後部貨物室からは資材を抱えた夕立が降りてきた。

 

「修復材が届いたぞ、損傷艦は並べッ」

 

即座の号令に、首の折れた初風を背負う片腕の那智が駆けつける。

顔面を血に染めた那珂が後に続く、弓で折れた腕を固定する飛龍が寄る。

 

破損した艤装を爆乳の中の夕張へと受け渡し、手隙と成った陽炎型の幾隻かが、

勢いの在る内に群衆を避難させるべく、補給を受け取りながら誘導を開始する。

 

「それでも、限界は近いか」

 

そして、苦渋の色を乗せる言葉が長門の口から漏れた。

 

「長門さん、これ、龍驤から」

 

そんな姿に、五十鈴が運転席から引きずり出した箱を押し付ける。

 

箱だ。

 

「何だこれ」

「何か、どうしようもなくなったら開けろって」

 

躊躇無く開けた戦艦が中を覗き込み、そして凍り付いた。

続いて覗き込んだ豊かな軽巡が、中の物を察して引き攣った笑いの顔に成る。

 

砲火の音、人々の悲鳴、喧騒の最中で2隻の艦娘の間に、不思議な静寂が訪れた。

 

「アイツは絶対、碌な死に方をしない」

「ええと、ああ、うん、まあそうよね」

 

何事かと気配を察して近付いてきた浜風に、丁度良いと長門がそれを渡す。

 

ただ一言と共に。

 

素直に指示に従う物、恐慌を起こすもの、様々な人々の動きが混沌を生み

避難誘導が遅々として進まぬ中、数名、誰かがそれを目にして言葉を漏らす。

 

―― Mata Hari

 

高く、掲げよと。

 

―― 太陽(Mata Hari)

 

我らはここに在ると。

 

次々にその名が呼ばれ、やがてそれは熱狂と化し砂浜を覆いつくした。

 

それは、遥かな時代に南冥で謳われた呼び名。

 

「出るぞ、続けッ」

 

長門の号令に、休息を得ていた艦娘が一斉に立ち上がる。

 

「那珂ちゃんセンターッ、一番の見せ場ですッ」

「お先に失礼ぽーい」

 

そして、バケツを被った那珂と夕立が追い越していく。

 

首の繋がっていない初風を、再生途中の那智が首根っこを捕まえて止めている。

陣の中、無事な者は次々と、そうでない者は一刻の猶予も無しと焦燥を露にし、

 

砂浜の、気配の変わった色合いに押されてか、驚くほど素直に避難誘導されていく群衆。

 

「あ、あの、私はこれからどうすれば」

「とりあえず高い所に括り付けるから、それまで持ってなさい」

 

困惑の色合いを見せる陽炎型の爆乳に、長良型の爆乳が疲れた声で応えた。

 

そして見上げ、背筋を伸ばす何某かの意気を得て、溜息。

 

「やってくれるわ」

 

視界の中には、白と紅。

 

今まさに軍勢の後ろに翻るは、ただ一枚の布切れ。

 

―― 十六条旭日旗(Mata Hari)

 

日章位置が僅かに旗竿に寄る、帝国海軍軍艦旗が夕空に高く掲げられていた。

 

 

 

『邯鄲の夢 布』

 

 

 

夜天の下、黒く染まる海原で防空棲姫が前方に影を見咎めた。

 

6隻の黒く丸い形状から、何某かの友軍かと思えど、その進行方向がおかしい

 

よく見れば、ゴミ袋を被った艦娘の艦隊で在ると気付くまで暫く。

 

「………ハイ?」

 

深海の軍勢最深部、何故にこんな所にとまずは困惑が在り

次いで頭を振り、自らの成すべき事をと心を落ち着け、静かに僚艦へ指示を出した。

 

「来ルトハ聞イタケド……来タンダァ、本当ニ」

 

僅かに呆れの混ざる小声が、夜の静寂に紛れて消えた。

 

「空母ガ3ニ、戦艦ガ2、巡洋艦ガ1カ」

 

夜間で在る事が幸いしたと、棲姫が豊かな胸を撫で下ろす。

 

「昼ナラ、偵察機モ飛バセタダロウニネ」

 

今までに、()()()()()()()()()()()()など、確認されていない。

 

状況に、艦隊の航跡に、自らの存在が気付かれていない事を確信し、

ならばと深海の艦たちの口元に、歪な笑みが浮かんだ。

 

そして気付かれぬ様、音を消し流れるままに敵艦隊後方へと位置を取り。

静かに腕を振り上げ、全速での強襲指示を下した瞬間。

 

「探照灯、照射」

 

声は、自らの後方から響いてきた。

 

白く染まる世界の中、防空棲姫の意識も真白に塗り潰される。

 

「待ちに、待ったッ、夜戦だあああッ」

 

強烈な光に視界を奪われた棲姫の鼓膜に、誰かの叫び声が響いてきた。

 

「射撃、開始しますッ」

 

駆逐艦の小口径が深海の軍勢の艤装を削り取り、その陣形を崩し始める。

 

「よっしゃかかった、第一艦隊離脱するでッ」

「合点じゃッ」

 

そして戦場を切り捨て、深奥へと艦を進めるゴミ袋艦隊。

 

混乱の中、光源へと向かい放たれた姫の砲弾を、黒鉄の艤装が受け止める。

 

「痛ッたぁ……」

 

川内の盾と成り、そのままで返礼と、砲弾を撃ち返すのは霧島。

 

轟音と閃光の中、混乱を抜け視界を確保すれば、既に眼前に駆逐艦が、3隻。

 

「雷撃回避ッ」

 

旗艦の指令は間に合わず、数隻の僚艦が水柱に消えた。

 

「畜生ッ、何デコンナ事ニッ」

 

見えぬ雷跡を避け、毒づいた防空棲姫の前に影が在る。

 

長い髪を風に流し、既に放たれた魚雷管を背負い、気負い無い言葉を置く。

 

「島風からは、逃げられないよ」

 

直後、防空棲姫の足元が破裂した。

 

 

 

砲雷撃の音を背に、暗中を直走る。

 

深海勢力最奥、援軍が駆けつける前に首魁の海域まで辿り着かなければ成らない。

僅かの時間も惜しいとの気持ちが、龍驤達に焦りを生じさせていた。

 

闇空に、稼働する艦載鬼の音が響く。

 

艦隊後方に位置するグラーフ・ツェッペリンが、偵察に出していた彩雲を着艦させた。

 

「第二陣帰投、離島はじめ姫級3隻発見、前方20kmだ」

 

次いで第三陣を受け入れるべく、甲板を傾ける白い空母の言葉に

とりあえずは上手くいっていると、誰ともなく安堵の吐息を漏らす。

 

僅かに、本当に僅かに。

 

ようやくに目的に辿り着いたが故の。

 

いままでお道化てはいたが、それでも緩む事の無かった内心の

決して緩めてはいけない部分が緩んだ一瞬で在った。

 

そして、三陣を受け入れたグラーフが蒼白と化し口を開く。

 

「龍驤、右舷だッ」

 

旗艦が声に視界を向け、失策を悟る。

 

探照灯の直射が、龍驤の眼を灼いた。

 

「ハローアイラビューッ」

 

失われた視界の中、調子はずれの楽しそうな声が響く。

 

利根が龍驤を庇い、金剛が艦隊の前に出る。

 

闇を切り裂く光の中、砲撃と共に肉薄するのは、黒の衣装を纏う小柄な戦艦。

 

砲撃が、雷撃が、闇を縫って艦隊へと襲い掛かる。

 

「エンゲージ、バトルシップ1、クルーザー5ッ」

 

混乱の中、金剛が状況を把握しながら僅かな反撃を試みるも、有効打は無く、

旗艦を庇い艤装を砕く利根の後ろ、ようやく僅かに視界を取り戻した龍驤の。

 

「エン、グッバイ」

 

視界に映ったのは、腕を振り上げた戦艦レ級。

 

高速の機動に生み出された波が、利根と龍驤の位置に僅かに隙間を生んでいた。

 

利根が手を伸ばす、届かない。

 

誰かが息を呑む。

 

金剛が口を開き、声が夜を震わせるよりも早く。

 

その手が振り下ろされた。

 

爆音が、夜を打ち砕く。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

爪の先が、龍驤の頬を掠めた。

 

砲撃を咄嗟に尾の艤装で受け止め、破片をまき散らせながらレ級が海面を転がる。

 

鮮血の散る中、耳を抑え同じように転げまわる軽空母。

 

「こ、鼓膜が、や、破れとらんな……よっしゃ」

 

体前屈のまま、夜の闇の底に酷い言葉が零れる。

 

何が在ったのか、龍驤の位置では何も把握することが出来なかった。

 

いまだに眩む視界と、耳鳴りの激しい世界の中で、

弱々しい声を漏らしながら、現状の確認をと顔を上げた。

 

だん、だんだんと、破裂するような音が続き、海原を光が包み込む。

 

複数に打ち上げられた照明弾の明かりの下、艦隊はそれを視界に入れた。

 

撒き散らされたアルミニウムが、花びらの如くに夜の海原を舞っている。

 

在るはずの無い、艦隊が在った。

居るはずの無い、集団が在った。

 

そして、幾隻もの艦娘の中から、砲より硝煙を棚引かせ1隻が進み出る。

 

「……オイオイ、本気カヨ」

 

動きを止めたレ級の、呆れた様な声が静寂に響く。

 

舞台に演じる役者の如く、海域の誰もがその1隻に目を奪われた。

 

巨大な艤装が、光を受けて黒鉄の輝きを返している。

 

和傘の如き電探を、その肩に遊ばせている。

 

「龍驤様」

 

僅かに明るい色の髪を後ろで括る彼女が、静かな声を響かせた。

 

「戦艦大和、推参致しました」

 

即ち、横須賀第二提督室所属、大和型戦艦1番艦、大和。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

取終話 天体の地平線

~これまでのあらすじ~

 

ダイヤモンドを引き裂いて、血達磨ライナー闇に翔ぶ、主に立体機動で、

酒が理性を吹き飛ばし、ポーラは裸がユニフォーム、ああ青春を葬らん。

 

特攻一番艦、戦艦レ級は大和のジャコビニ流星三式弾の前に散った。

 

備蓄資材完全燃焼を謳う、我らがアストロ艦隊とビクトリー棲艦の激闘は続き、

数々の犠牲者の血と涙と何かアレの上で、砲雷撃戦は激しさを増す。

 

運命の9回表、貞操の危機を感じて寝返った龍驤こと俎板棲姫が同点の殊勲打を放った。

だがしかし、同点のホームを踏む直前に俎板が突如七孔噴血し倒れ伏す。

 

俎板が、割れた。

 

8回裏の無理な補球時に頭を打っていたがための悲劇であった。

 

黒き俎板こと離島棲姫に抱き抱えられ、今、最後の時を迎える。

 

 

 

気が付けば死合の喧騒も遠く、龍驤の視界が闇に閉ざされた。

 

「あかんわ……目の前が、真っ暗になってもうた」

 

離島棲姫が龍驤に必死と呼びかけるも、もう聞こえてはいない。

 

「お迎えが、来やがったわ!」

 

だが、その表情には微塵の後悔も無い。

 

無駄に力強い笑顔で在った。

 

「古式をふんで、辞世の句でも詠んでやるわ……」

 

―― 梅でのむ茶屋もあるべし死出の山

 

「大部分……盗作……」

 

そして力尽きる。

 

「俎板、目ヲ開ケナサイヨ、マナイターッ」

 

離島棲姫の慟哭の声が球場に木霊した。

 

俎板棲姫龍驤、グラウンドに死す。

 

―― あの世じゃ一番の空母に成ったるわいッ アバヨ

 

激闘は続く!

 

 

 

『万愚節番外 天津一番!極 ~だからそのタレはドコよ~』

 

 

 

一方、そのころの5番泊地。

 

裏料理棲艦との死闘の果て、天津風は苦瓜棲姫と相対していた。

 

「でーちっちっちっち」

 

不可思議な笑い声がキッチンスタジアムに木霊する。

 

桃色の短髪に阿呆毛の付いた、スク水セーラーの潜水艦の高笑いだ。

その顔は仮面に隠されていてわからない、そう、苦瓜棲姫である。

 

突如のスポットライトに照らされた黒尽くめのゴスロリ、離島棲姫が

会場に山と積まれた食材の中からパプリカを取り上げ、ひと齧りする。

 

「ア・ラ・給仕犬ッ」

 

その背後、1mの位置にひっそりと存在するのはメイド服の夕立。

 

「ぽい」

 

50cmの位置に存在するのは、メード服の夕立。

 

「ぽい」

 

へばりつく様に存在するのは、冥途服の夕立。

 

「ぽい」

 

後ろ手に隠した両手に、魚雷が見えた。

 

「さて、いよいよ裏料理艦との激闘も終焉が見えてきましたッ」

 

解説席の青葉が、会場中央の爆発を気にも留めずにマイクに叫ぶ。

 

「今回の解説は泊地の枢軸、龍驤型三姉妹の皆さんです」

 

「姉妹言うなや」

「龍驤、そろそろ諦めるべきだろう」

「ですよー」

 

解説席で受け答えたのは日独伊、三国微妙性能空母同盟こと赤、白、パスタ。

 

「と言うか龍驤さん、貴女今、深海勢力の最奥で戦っていませんでしたか」

 

辞世の句を詠んで果てていた様な気もしない事も無い。

 

「ふむ、こう言う事例が在ったのを知っとるか」

 

そのような疑問に、粛々とした声色で龍驤が答える。

 

「かつて、7人の悪魔超人を粛正した悪魔六騎士がアイドル超人軍を襲撃した時の事や」

 

激闘の果て、完璧超人始祖壱式ゴールドマンことキングオブデビル悪魔将軍が、

雄叫びで色々破壊する人間かどうか疑わしいジェロニモな自称超人に相対した。

 

「そして、リングの上でスピンダブルアームを掛けた時の事や」

 

技を掛けられているはずの「オラ、人間だから(自称)」が、

何故かリングサイドにも存在していたのだ ―― ッ!

 

解説を補足するように、隣のグラーフが名称を告げる。

 

「―― 自己像幻視(ドッペルゲンガー)

 

同じ人物が同時に複数存在する現象の事である。

 

19世紀フランス、寄宿学校教師エミリー・サジェ女史の例などが有名な所であろう。

新任教師であった彼女は、時折その背後に「もう一人のエミリー先生」を付属していたと言う。

 

数多くの生徒に目撃されたもう一人のエミリー先生は、はじめは大人しかったが

そのうちに物真似芸をするわ勝手に授業するわと、フリーダムに動き回りはじめた。

 

エミリー女史(本体)はその怪現象のせいで失職し、以降に職を転々とする事に成る。

 

「ドッペルゲンガーは不幸を呼ぶ、そうも言われているな」

「不幸のベクトルに生活感溢れすぎているんですが」

 

青葉のツッコミを聞き流し、コラボ解説を三女が締めた。

 

「つまり、そういう事なんです」

 

とりあえずドイツに任せる、ついでに日本、いつのもイタリアである。

 

そんな解説席の会話を横に、会場の熱気は高まるばかりである。

 

キッチンコロシアムの中央に立つ天津風と苦瓜の前に、

 

「スタジアムじゃ無かったのッ」

「名前を略すなーッ」

 

勝負内容を書き記された看板が表示される。

 

―― 想い出の不味い飯

 

不味飯会だ。

 

不味飯会だ。

 

金地蔵が突撃しそうな囁きが会場に木霊した。

 

「ソシテ、審査員ハ航空戦隊ノバキューム共ヨッ」

 

黒焦げに成った司会の離島棲姫が示す先には、スポットライトに照らされた

一、ニ、五航戦の正規空母たちが、かなり嫌そうな表情で座っている。

 

「この勝負、貰ったでちッ」

 

早速にスク水を着た苦瓜が、常日頃の資材確保の恨みを籠めて調理を開始した。

 

まずは酢で下ごしらえをして、

しっかりと酢で和えて、

ここで酢をどばーっと、

隠し味に酢を入れて、

最後に酢を掛けるのを忘れてはいけない。

 

「そして最後に、追いビネガーでち」

 

つまり、酢だ。

 

「完成、お前それ五島列島でも同じ事言えんの(せんすいかんのにちじょう)ッ」

 

早速に配膳された審査席、濃厚な酢の香りが空母たちの鼻腔を直撃する。

 

五航戦姉妹に至っては、涙目で在った。

 

「これはどういう事なのでしょうか、解説の龍驤さん」

「潜水艦の日常やな」

 

困惑する青葉の声に、審査側に居なくて良かったと遠い目をしながら龍驤が答える。

 

「海中生活が続くと、だんだんと味覚が鈍化していくんや」

「そう言えば、最後に残るのは酸味だとユーが言っていたな」

 

赤俎板の言葉を白肉饅が補足して、イタリアがドヤ顔をした。

 

「せめて味を感じたい言うわけで、とにかく凄く酸っぱくなる」

 

呑気な声の解説の流れる中、審査空母が目と鼻を抑えながら酢を口に運ぶ。

 

「しかし、これでは勝負に成らないのではないでしょうか」

「いや、そうとも言えんで、見てみろや」

 

見れば審査艦が、心底嫌そうな顔であった審査艦たちが、悔しさを滲ませいた。

 

「……酢の物が、癒しすぎます」

 

そう、破壊的な酸味の嵐の横に置かれた、普通に食べる事の出来る酢が強めの酢の物。

 

犯罪的に酷い味の高低差が、犠牲者たちに確かな美味を感じさせていた。

 

「これは、まるで平地を掘って山を作る様な」

「逆転の発想やな、流石は不味飯会会長や」

 

「だがこれで、後攻の天津風は厳しくなったな」

 

もはや席に居るのは、味覚を破壊された6隻の轟沈寸前空母である。

 

視認できるオーラが立ち昇っているあたり、深海堕ちしかかっている気がする。

 

「龍驤なら、どうする」

 

そんな惨状を何処吹く風と、白い空母が戯れと姉に問うた。

 

「とりあえず量を作っとったら、4票は取れるんやないかな」

 

身も蓋も無い解説であった。

 

そして会場では、窮地に天津風が天を見上げている。

 

―― 間宮先生、伊良湖さん、ライオン師匠

 

遥か青空に浮かぶ教師たちの幻影を目で追う。

 

「何でこんな事やってんのかしら」

 

弱音と言うには、極めて尤もな言葉が口から零れ落ちた。

 

「諦めるのが遅すぎるよッ」

 

そんな微妙な姿の在る会場に、突如として透き通った声が響く。

 

天津風(あまつん)に足りないモノ、それはッ」

 

今、花道をむやみやたらと高速で駆け抜けてくるのは誰か。

 

「スピード、速度、速力、敏捷、すばやさ、テンポ、俊敏さ、そしてなによりもッ」

 

余所見をしていた離島棲姫が容赦無く轢き逃げされて吹き飛んでいく。

 

「速さが足りないッ」

 

疾風怒濤の勢いで会場入りした露出兎こと島風が天津風に対して見得を切り、

そして遅れて入場した長波がドラム缶を置くのを待ってから、再度口を開いた。

 

「それは置いといて」

「罵倒されただけッ!?」

 

ツッコミを華麗にスルーしながら、食材を持ってきたと薄い胸を張る島風。

 

何か主人公が味の皇様と対決する最終回的な感じである。

 

どうでも良いが、香り米と言うのは米を炊く時に少量混ぜて香りを付ける物であって、

普通に米として炊くと香りが強すぎる、まあ食べられないわけでは無いが。

 

「まずはワ……鶏肉と」

「ワニよね」

 

黒く光沢の在る皮と爪の付いた、どう見ても鶏の足である。

 

「あとはカ……鶏肉だな」

「カエルよね」

 

東南アジアでは、そこそこポピュラーな食材であった、いや鶏肉だが。

 

「串焼きとかにするのがオススメ、サテとかッ」

「焼き鳥だと思って食っちまったんだよなー」

 

得意満面の島風の横で、遠い目をした長波が龍驤並みに平坦な声を響かせた。

 

「犠牲者を増やしたいって副音声が聞こえたんだけど」

 

行間を読んだ天津風が言う。

 

「フライドクロコダイルも歯応えのある鶏って感じで良いよッ」

「今、思い切りクロコダイルって言ったわよねッ」

 

余談だが、日本では食用蛙の飼育が基本的に禁じられているので、

持ち運ぶ時はそこらへんに叩きつけるなり何なり、しっかりと殺しておく必要が在る。

 

食用の蛙と鰐、東南アジアでは意外とポピュラーな食材ではあるのだが、

ハラームに抵触する食材なので、イスラム教国のブルネイでは食べられていない。

 

ハラームとは禁じられた事であり、許された事であるハラールとは対極にあたる。

 

アルラーの名を唱えながらハラール屠畜されていない肉はハラームである。

毒、害の在る物、泥酔性のあるもの、穢れ(アジズ)に触れたものもハラームである。

賭博、高利貸し、利子、婚前交渉、同性愛、女装、男装もハラームである。

 

水の中でしか生きられないもの、つまり魚はハラールであるが、

陸でも生きられるもの、蛙や鰐はハラームにあたる。

 

そろそろハラールとハラームがゲシュタルト崩壊しそうな気配であった。

 

「そう言えば、クロコダイルとアリゲーターって、どう違うんですか」

 

喧騒を眺めていた青葉が、食事からかけ離れた疑問を解説陣に聞く。

 

「アフリカから東南アジア、あとフロリダあたりに居るんがクロコダイルやな」

 

性質は獰猛かつ凶暴、一般に人食いワニと言われているのがクロコダイルである。

 

「そして、アメリカと中国に居るのがアリゲーターだ」

 

比較的大人しい性質で、主にワニ革に加工されるのがアリゲーター。

 

「イタリアだとcoccodrillo(コッコドリッロ)alligatore(アッリガトーレ)と呼んでいますッ」

 

あとはインド近辺に生息するガビアル、ワニはこの3科に分類される。

 

そんなジェットストリーム解説が場を繋ぐ中、生肉テロを敢行した島波が撤収を開始していた。

 

「よし、逃げるよ長波ちゃんッ」

「言われなくてもスタコラッサだぜッ」

 

そんなドラム缶職人とすれ違いざまに、肉を引っ手繰る誰かは天津風。

 

「良い肉ね、コレを使うわ」

「使うんですかッ」

 

やや大振りの棒状の生肉を持った料理艦に、審査の赤城が驚愕の叫びを上げた。

 

恐怖の叫びを気にも留めず、俎板、龍驤の事では無い、の上で肉を細かく切り刻み

熱したフライパンに軽く油をひき。千切りの生姜と共に炒め始める。

 

「ふむ、アレは、そういう事やな」

 

切れ目を入れて醤油ベースのタレに漬け込んだワニ肉に衣を付けながら、龍驤が言った。

 

「だが、アレは不味い飯とは言わないのでは無いか」

 

ワニ肉を受け取ったグラーフが、綺麗な油の満ちたフライヤーで丁寧に揚げていく。

 

「爪、皮の緑と衣の黄色、プチトマトでも添えておきますか」

 

アクゥイラが、受け取ったフライドクロコダイルを無駄に綺麗に飾り立てる。

 

「ちょっと、誰か龍驤たちを止めてくださいッ」

 

赤城の魂の叫びはスルーされた。

 

天津風が酒、醤油、砂糖でコトコトと肉を煮込んでいる隙に、

フライドアリゲーターが審査艦たちの前に並ぶ。

 

ワニ、もとい鶏足の揚げ物、足、もとい手羽先がむき出しで肉部分に衣が付いている。

 

「思ったより歯応えが在って、意外とイケますね」

 

ノー躊躇の加賀が感想を述べた。

 

「いや加賀さん、爪ですよ、皮ですよ、思い切りワニだって主張してるんですよ」

「そこが無ければ、鶏肉だと言われたら騙されるレベルですよ」

 

その横、何か悟った様な目をした二航戦組は、素直に肉を食んでいる。

 

「まあ、食べでが在るのは良い事よね」

「何でセンパイは、こういう時は無駄に本気出すのかなあ」

 

ドン引きしている五航戦姉妹の姉の視界に、ふと目に入る姿が在る。

 

じっと見つめている。

 

龍驤だった。

 

じっと見つめている。

 

笑顔だった。

 

翔鶴が引き攣った笑みのまま、蒼白と化していく。

 

「……イタダキマスゥ」

「翔鶴姉ッ」

 

死んだ目をした翔鶴が、コレハ鶏、コレハ鶏と水鬼的な声で呟きながら肉を噛む。

 

「ブライン液で柔らかくするんも考えたんやけど、初めてやから素直に醤油漬けやな」

「まあ、ワニの歯ごたえを活かすには、それで正解ではないか」

 

赤と白の調理空母がどこかズレた所感を述べた。

 

「オキヅカイアリガトウゴザイマス」

 

そして、黙々と食べ続ける周囲の圧力についに瑞鶴も屈し、フライド鰐に口を付ける。

 

「……あ、鶏だコレ」

 

身も蓋も無い感想であった。

 

そうこうしている内に、煮込み切った天津風が料理を席に並べ始めた。

 

「大和煮、ですか」

 

何処か疲労の見える赤城が、目の前に出された皿を見て言葉を零す。

 

大和煮、かつて缶詰として糧食の中で人気を誇った料理である。

 

艦娘たちの記憶にも新しい、これを不味いと言ったら海軍精神を注入されかねない、

そんな、明らかに勝負を投げた様な品目に観客席が騒然と成る。

 

一食即解(くえばわかるわ)よ」

 

騒がしく奏でられた雑音は、どこか緊張感のある静寂へと移り

6隻の正規空母が、ただ静かに食事を続けるだけの光景が会場に生まれた。

 

やがて、食事を終えた審査艦たちが、評決の札を掲げる。

 

―― 天津風・小娘・天津風・天津風・ゴーヤさん・でち

 

4対2、天津風の勝利であった。

 

「何で、大和煮ですよ、缶詰のお肉ですよッ」

 

評決に疑問しか生まれない様相で、青葉が叫ぶ。

 

「兎や」

 

すかさず、解説の龍驤が一言で全てを表した。

 

「兎 ……まさかッ」

「そう、兎肉の大和煮や」

 

もう少しだけ、言葉を繋げる。

 

兎肉の大和煮、別に島風の肉では無い。

 

「そやな、翔鶴や瑞鶴には贅沢品としか思えんやろう」

 

解説の言葉に、審査席で首を縦に振る五航戦姉妹。

 

「けど、一、二航戦が沈んだんは42年、まだ食い物が在った時期や」

 

その言葉に、幾隻かの艦娘もはたと気が付いた表情をする。

 

かつての軍用糧食、食肉の大和煮缶詰は、牛、鯨、兎など複数の種類が在った。

中でも牛肉の大和煮は別格で、特別に牛缶と呼ばれ愛されたほどである。

 

そう、つまり。

 

「まさか私たちに、ハズレの大和煮を食べさせるとは」

 

赤城の贅沢極まりない発言が全てを物語っていた。

 

余りの我が儘発言に、会場の空気が凍り付く。

 

その背後に、いつの間にか笑顔の鳳翔が立っていた。

 

立っている。

 

笑顔。

 

笑顔だった。

 

曇り無き、笑顔だった。

 

背後から来るプレッシャーに、赤城から滝の様な汗が流れ落ちる。

 

「赤城さん、ちょっとお話が在ります」

「はい ――ッ!」

 

後の事は言うまでも無く、川内の木は今日も鈴生りであったと言う。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深海との死闘を制した5番泊地に、大本営からの通達を受け取った提督が帰ってきた。

 

その表情は、暗い。

 

何事かと提督の周囲に集まる艦娘たちに、意を決した様相で口を開く。

 

「我々、5番泊地は……たった今、日本海軍から追放された!」

 

突然の悲報に騒然とする間も無く、慟哭に似た声で提督が叫んだ

 

「今後、泊地からは出撃が……出来ない!」

 

―― 出撃が出来ない!

 

「ど、どうすれば良いのよ、これからッ」

 

狼狽する叢雲の横で、応えるように黒い俎板が意気を吐いた。

 

「旅に出ル! ソウ、新天地ヲ求メテネ!」

 

泊地に響いた離島棲姫の力強い言葉に、龍驤が困惑気味に問い掛けた。

 

「離島よ、旅に出るって……いったい何処に行くんや」

「フフフ……世界ハ広イ!」

 

以前、住処を求めて世界を旅した時、艦娘ではないかと見間違うような艦隊を見たと言う。

 

「アフリカ、マサイ族ノ勇士デツクラレタ艦隊ダ」

 

―― アフリカ!

 

泊地所属の艦娘と棲艦たちの間に、アフリカの広大な大地での砲雷撃戦の光景が浮かぶ。

 

さあーッ 行こう

 

日本国海軍が泊地と同じレベルの力量を蓄えるまで!

 

さらば5番泊地ーッ!

 

あらゆる風に負ける事無く、堂々と翻れ ―― アストロ艦隊!

 

(アビィッ)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 剣

草木も眠る夜の底に、いまだ灯りの消えぬ部屋が在る。

 

横須賀鎮守府、対策会議室は予断を許さぬ現状に不夜城と化していた。

 

夜食の牛丼を流し込んでいた龍驤に、第四室の提督が声を掛ける。

 

「龍驤ちゃん、そろそろこれ外しても良いんじゃないかなあ」

「あかん」

 

秘書艦の言葉はにべも無い。

 

がくりと肩を落とした中年の首には、文章の載る札が一枚掛かっている。

 

―― 私は建前にかこつけて若い娘を虐めて遊んでいました

 

大和の事である。

 

見れば会議室に居座る、席や寝袋、金剛に襲われているなど姿勢は様々であるが、

先日の会議室に居た四提督とその秘書艦の首に、同様の札が掛かっている。

 

「天龍ちゃんに怒られちゃったし、そろそろ勘弁して欲しいんだけど」

「大和が帰って来るまで外すな」

 

第三の龍田の困った顔も、静かに茶を啜る軽空母の心を動かさない。

 

「口に出して言っておかなきゃならない事ではあったんだけどねえ」

 

第四のボヤく言葉に乗る様に、顔の前で指を組んだ第一提督が低い声で言葉を発した。

 

「海軍としては甚だ遺憾である」

 

声色だけを聞けば、本心からの苦々しさが滲んでいる。

 

札の事ですかと大淀が聞けば、縄張りを荒らされた事の方だと答えが出る。

 

「ちょい司令官、第一が真摯な瞳で迷い無く心にも無い事言うとるで」

「凄いよね、流石は第一さん」

 

途端に気の合う第四の主従の有様に、組んだ指の裏に苦笑が零れた。

 

そして僅かに軽く成った空気を、突如に電信の音が震わせる。

 

「鎮守府近海に艦隊を確認、はぐれです」

 

大淀の声に応え、龍驤と金剛が席を立った。

 

やっぱり来たか、などと言う嘆息の中で、細かい情報を受け取って身を翻す。

 

「大和含み、精鋭が抜けているが大丈夫なのか」

 

扉へ向かう2隻の背に、報告を受けた第一提督の誰何が飛んだ。

 

「キミ、誰に向かって物言うとんのや」

「ノープロブレムで心配ナッシンネー」

 

振り返りもせずに部屋を出る背中に、閉じた扉へ呆れの混ざった嘆息が零れ、

僅かに騒めきの起こり始めた扉の向こうと裏腹に、穏やかな静寂が訪れた。

 

後に残ったのは、半裸に剥かれ転がされている第二提督。

 

「最近、局地的に鎮守府の風紀が乱れている気がするよね」

「たすけてくださいよッ」

 

他人事の様な第四の言葉に、身も世も無い叫びが重なったと言う。

 

 

 

『邯鄲の夢 剣』

 

 

 

海域に威気を吐く大戦艦の背後より、一隻の艦娘が進み出る。

 

「ヤッパリ、テメエカ」

 

憎々しく毒づく深海の声を受け流すその姿は、夜よりもなお暗い。

 

「現在、ブルネイ鎮守府群への大規模査察が実施されております」

 

一枚の紙きれを突き付ける様に身体の前に出し、口を開いた。

 

照明弾と幻燈の僅かな灯りに照らされた、黒尽くめの揚陸艦、あきつ丸。

 

「ブルネイ第三鎮守府5番泊地筆頭秘書艦、龍驤、速やかに同行されたし」

 

迷い無き宣言が海原に響いた。

 

敵陣最奥という状況を完全に無視した、或る種非現実的な発言内容に

ブルネイ艦隊の思考が停止している中、極めて真剣な表情で龍驤が応える。

 

「あかん、艤装が不調や、勝手に前に進んでまう」

 

曇り無き、真摯な声色であった。

 

単騎で戦場を離れ奥へと向かう旗艦に、慌てて艦隊が後を追う。

 

「あーれーおたすけやー」

「ややたいへんだー、みなさんきゅうえんにむかうでありますよー」

 

そろそろ真面目な顔をするのに飽きたのか、どこまでも棒読みな発言。

 

「ああ何と言う事でしょう、龍驤殿に合流するには邪魔な深海棲艦が」

 

たった今気づいたと言わんばかりの発言で、集団の口元に引き攣る物が在った。

 

当然の如く、口先では大変だと騒ぎ立てるが、その足元は微動だにしていない。

 

「茶番ハ終ワッタカイ」

「いや、お待たせしました」

 

嘆息交じりの戦艦レ級の言葉に、朗らかな声色の揚陸艦の返答。

 

そして離脱する艦隊の後ろで、砲口を向けあう互いが在った。

 

―― 対空編成ガ裏目ニ出タカ

 

連続する砲火に震え出した夜で、レ級は静かに己の命運を悟る。

 

自軍6隻、自分以外は全て軽巡ツ級で揃えている完全な対空仕様。

対し艦娘側は12隻、大和型を含め重装の水上打撃部隊。

 

個としての戦闘力にて劣る気は無いが、もはや命運は尽きたと認識する。

 

蛇の如く弧を描く航跡を繰り返しながら、視界を広く巡らせた。

圧倒的な火力差に1隻、また1隻と深海の巡洋艦が沈められていく。

 

どうせ沈められるならばと。

 

戦艦レ級の口元に、航跡に似た弧が浮かんだ。

 

視線。

 

大和の砲口が合っている。

 

身体を折りたたむ様に小さく屈め、斜形に切り返した横を砲弾が抜けた。

そしてそのまま、指先を海面に掠らせるほどに低く、全速の前進を試みる。

 

加速する。

 

ただ一直線に大和へと向かって。

 

狂行の如き突撃に、僅かな間が空き、そして砲撃の襖がその身を打ち付ける。

 

艤装が砕け、身が削れ、僅かな破片が黒煙の瘴気と化して夜に溶けていく。

 

だがしかし、およそ戦艦の装甲と言う物は桁が違う。

 

爆撃に、魚雷に、様々な状況で容易く沈んだ事例が有名に成りがちだが

その性能、正面から何の細工も無しに相対した場合ならば、

 

小、中口径の砲ならば三桁の命中を以てしてようやくに抜けるほどの、強度。

 

ならばこそ、たかだか艦隊の砲撃で止められるはずも無く。

 

その身を削られながらも、レ級は確かに哂っていた。

 

海域に、誰かの悲鳴が上がる。

 

吠えた。

 

執念が、深海の艤装を過剰に駆動させている。

 

超える。

 

引きのばされた時間、主観の中。

 

限界を。

 

水上走行に於ける最速とは、極めて危険を伴う事象である。

 

過去に世界最速の名誉を求めた挑戦者たちが、1名の例外を除き

全て試験中に死亡していると言う事実からもそれは伺える。

 

速度に対する揚力もそうであるが、最大の問題は水上走行と言う点に在る。

 

液体と固体、抵抗の違う二つの物体の中を加速しなくてはいけない。

 

やがて、破綻の時が来た。

 

前へと船体を運ぶ推進力は、極端な抵抗を受けた下半身を後ろへと残し

レ級の前傾の姿勢を、さらに極端な物へと移行させる。

 

深海の如く重くなった時間の中に、ゆらりと機敏であろう動作で

迫りくる敵へと装填された別の砲口を向ける大和が居る。

 

限界を迎えたレ級の海中艤装が潰れ、突如に増した抵抗に船体が投げ出された。

 

高加速時に足を取られた様に、前へ進む重心と、それを中心に回転する身体。

 

足が、後ろから。

 

腰よりも高く、やがて天を衝く様に持ち上がる。

 

前方斜めに合成されたベクトルは、揚力を受けさらに上昇の力を強くする。

 

レ級の視界の下を、砲弾が抜けた。

 

天地を逆さにし、一隻の戦艦が大和を飛び越える。

 

静止した時間の中で。

 

空中で、上半身を持ち上げる様に、その身を折り畳む。

 

月の如く、大きく、踵が弧を描いた。

 

その終端に在るのは、あきつ丸。

 

砲も無い、艦載鬼も飛ばせない夜の揚陸艦。

 

―― それは、前回に見たであります

 

時間の僅かな隙間に、一言が挟まれる。

 

その手に在るのは、蟷螂之斧の如き一振りの刃金。

 

昭和13年制定陸軍制式軍刀。

 

見栄えばかりと名高い九八式(なまくら)

 

―― マタ、ヘシ折ッテヤルヨ

 

一閃が、交差した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

時間の流れが戻った海域に、海面を転がり水飛沫を上げる音が響く。

 

互いに斬り抜け、残心を持ったあきつ丸に対し、半身を失ったレ級。

 

海域に静寂が訪れた。

 

断面よりその身を瘴気と変えながら、不格好に身を起こしたレ級が問う。

 

「何デ、折レナイ」

 

在り得ない展開だった。

 

形だけを整えた鉄板に、戦艦が両断される。

 

問い掛けに息を吐き、軽く白刃を振って振り向き、改めて剣先を突き付ける担い手。

 

「鈍らとは言え、それでもコレは陸軍(りく)の魂」

 

軽く口元を歪め、ざっくばらんな言葉を吐く。

 

「海軍如きに、折れる物かよ」

 

誰かの息を呑む音が聞こえた。

 

「ヌケヌケト、ヨクモ言ウ」

 

朽ちる身体に、苦笑が乗った。

 

「デ、ドンナ如何様シヤガッタ」

 

楽し気な、一欠けらも信じない言葉が重ねられる。

 

問われた側は軽く肩を竦め、軍刀を軽く振った。

 

「形代と言うのを御存じで」

 

それは即ち、御霊を宿す器と語る。

 

古来よりこの御霊を授かる時は、その時代、その場の刀を形代として御霊を宿らせていたと。

 

「ええ、故に嘘では無いのです、これは確かに陸軍(りく)の魂」

 

言葉の下でも白刃は白々と、静謐な気配を漂わせている。

 

「海軍ばかりの現状を哀れに思われ、陸軍に垂らされた一振りの慈悲」

 

連なる言葉に閃く物が在り、レ級の脳裏にかつて抱いた疑問が蘇る。

 

名古屋 ―― 熱田神宮

 

「オイ、マサカ」

 

朽ちかけた深海が引き攣った顔で声を上げるも、陸軍は迷い無く言葉を締める。

 

「コレが当代の、草薙大剣であります」

 

発言に、海域の空気が絶対零度を記録した。

 

神器霊刀、生半可な怪異ならば鎧袖一触に切り捨てる由縁。

 

艦隊の時間が凍り付き、幾隻かが口を開けた姿勢のままに固まっている。

 

「酷エ」

 

そしてようやくに絞り出されたレ級の言葉は、海域の総意であった。

 

「まあ自分も正直、持ち歩きたくは無いのですがね」

 

他に手頃な陸軍の艦娘が居ないのだから仕方が無いと、溜息を吐く。

 

「脳ミソ湧イテンダロ、テメエラ」

「否定できませんな」

 

呆れの乗った言葉に、改めて肩を竦める揚陸艦が在った。

 

「はてさて、時間も惜しい事で、そろそろ首を頂きましょうか」

 

そして白刃を突き付け、会話を締める。

 

「ソウ言エバ黒尽クメ、名前ヲ教エトケヨ」

 

アタシはレ級だったかと、確かめる様な言葉も在る。

 

「憲兵隊の揚陸艦、あきつ丸でありますよ」

 

気負い無い返答に、問い手の口元が歪む。

 

「覚エタゾ、アキツ丸」

 

そしてそのまま、頭部が消し飛んだ。

 

崩れず残った深海の艤装から、硝煙が上がる。

 

もはや海域に動くモノは無く。

 

「ま、電の分は返したと言う事で」

 

首は獲り損ねましたがと、飄々とした言葉だけが残った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5番泊地かく戦えり

帰投した礼号艦隊の報告を受け、泊地残留航空戦力。

 

祥鳳、瑞鳳、そして鳳翔が弓を引いた。

 

三矢が蒼天に飛び、攻撃隊へと変成を果たす。

 

祥鳳型姉妹が二の矢を番える僅かな隙に、矢継ぎ早に放たれた矢羽が在る。

 

鳳翔隊、第二、第三、第四、第五攻撃隊。

 

鳳の飛翔(ほうしょう)龍の衝天(りゅうじょう)、帝国海軍に於いて特に離陸に関しての言霊の加護を得る二隻。

 

しかしそれでもなお、速過ぎる射撃が目撃者の表情を引き攣らせた。

 

「ようやく、形に成りましたか」

 

射手は周囲の困惑を気に留めず、ただ自分の手元だけを見て独り言ちる。

 

 

 

『5番泊地、かく戦えり』

 

 

 

泊地側からの先制攻撃を経て、やがて、水平線に敵影が浮かんだ。

埠頭にて、最終防衛ラインを形成している残留組が息を呑む。

 

もはや艦隊の縛りも何も無い、陸地よりありったけの砲口が間を置かず火を噴いた。

 

爆音が連鎖をし、火炎が蒼天の下に踊る。

 

砕け散る深海の破片の中、前へと進み征く深海の艤装が在る。

 

「もう大型艦かよッ」

 

天龍が吐き捨てる言葉と共に、舌打ちをする。

 

「予想通りとは言え、キツイわねえ」

 

龍田が僅かに焦燥の見える言葉で受けた。

 

重巡洋艦、戦艦、その装甲に関して端的な表現をするのならば、こう纏める事が出来る。

 

軽巡の砲では抜けない。

 

駆逐の砲など意味が無い。

 

刹那、入渠ドックより飛び出してきた紺色の重巡洋艦が砲声を響かせる。

 

その足元で、ブーツの踵が埠頭の舗装を僅かに削った。

 

「ああもう、秋水貸すんじゃなかったわッ」

 

砲撃と装填を繰り返しながら、足柄が手数の少なさを嘆く。

 

「せめて、西村艦隊は泊地に残しておきたかったですね」

 

隣、前へと歩み出た短髪の高速戦艦が落ち着いた声色で過去を嘆いた。

 

「榛名は、榛名は大丈夫、大丈夫、大丈夫で」

「落ち着きなさい」

 

そして、どう見ても大丈夫でない三女の頭を引っ叩いて正気に戻す。

深海側の応射の嵐の中、榛名が頭を押さえて沈み込んだ。

 

その間も艤装では、妖精が砲撃に装填にと忙しなく動き回っている。

 

「手数が増えれば良いのよねッ」

「ちょっと場所をお借りするのですッ」

 

そんな硝煙の籠る最前線の足元に、滑り込んでくる水兵服の駆逐艦姉妹。

 

雷と電がワイヤーアンカーを躊躇なく舗装に打ち込み、

そのまま転がる様に左右に分かれた。

 

「装填完了ッ」

「角度良し、距離良し、撃ちー方はじめッ」

 

ヴェールヌイが砲弾を籠め、暁が照準を合わせて号令を発す。

 

「よっしゃぶっ放せ―ッ」

「何か大事に成ったわねえ」

 

その一隻にスクラムを組み、後ろから支える天龍田の姿。

 

「今日の清霜は、大戦艦ーッ」

 

轟音と共に。

 

46cm単装砲が深海の前線を打ち砕いた。

 

そしてアンカーが舗装を引き千切りながら景気良く空へと飛び立っていく。

 

「どわああああッ、キツイキツイキツイッ」

 

足元の舗装を砕きながら、衝撃を受けた天龍の叫びが響き渡った。

 

「大和型っておかしいわー、やっぱり」

 

その横で、同じく清霜を支えていた龍田が、踵を踏み砕きながら所感を零す。

 

「アンカーの在庫はまだまだあるわよッ」

 

突如に追加された火力に、動揺の見える曖昧な応射で粉塵が巻き上がる中、

元気よくワイヤーを回収していた雷が、手元の鉄塊を見せつける。

 

「撃てて、3発ってとこかな」

 

次弾を装填しながら、目を回した姉の首根っこを掴みながらヴェールヌイが受けた。

 

言う隙にも、深海の前線に開いた穴も埋まり進軍が再開される。

 

砲撃の応酬の最中、僅かずつに距離が詰まっていく。

 

「今こそ、アレの封印が解かれる時ですねッ」

 

そこに駆けつけたピンクの悪魔が、何か怖い事を言いながら手元のスイッチを押した。

 

途端に怪しげな作動音を響かせる、かつて封印された泊地の施設。

 

そして、飛来する。

 

次々と。

 

たまたま水際に居た軽巡ツ級の米神に、飛行甲板の角が突き刺さる。

 

直撃した扶桑型の艤装が重巡リ級の腰骨に破滅の音を鳴らさせる。

 

特型の魚雷発射管が戦艦ル級の顔面を直撃し、そのまま誘爆する。

 

「砲撃が通らないのなら、艤装で殴りつければ良いんですッ」

 

艤装着用施設を遠隔操作した工廠棲姫が、結構立派な胸を張って酷い事を宣言していた。

 

「扶桑から預かったコレも、今が使い時だな」

 

そう言ったのは、砲撃に崩された泊地本棟から歩み出てくる、5番泊地提督。

 

砲撃の破砕の中を、散歩に行くかのような気軽さで歩む。

 

その鮮やかな光景で視線を集めながら、手元に在る封と書かれた札を引き千切る。

 

「いや提督、危険ですから下がってください」

 

そして駆け付けた神通に庇われ、歩みを止めた。

 

いや何かごめんと、ノリと勢いでつい行動してしまった謝罪を軽巡に述べる向こう。

 

はじめは、僅かな違和感だった。

 

肌を刺すような、薄荷の如き刺激が意識に上りはじめ。

 

厳かな神気の高まりが泊地を、全ての艦娘を包み込む。

 

軽い破砕音と供に、そこが砕け散った。

 

社だ。

 

爆煙の中から、それが飛び出した。

 

数多の火が、転輪と共に回転をはじめる。

 

轟音を響かせながら疾駆するその巨体。

 

―― 噴式車輪大明神(パンジャンドラム)

 

3mほどの巨大なボビン状の爆雷は、車輪に取り付けられたロケットで高速に回転する。

 

欠陥設計艦娘会の保管する御神体で在った。

 

しかも既に二度の改装を経て、取り付けられている推進用のロケットは70を越える。

 

無駄に、速い。

 

空転し、跳ね、回り、高速で蛇行しながら今まさに上陸しようとしていた深海に突撃した。

何とも形容しがたいそれを、困惑しかない表情で慌てて左右に避ける深海軍勢。

 

すこんと、通り過ぎた。

 

海面を走っている、ある程度の水上走行が可能な様に明石が改装したらしい。

 

静寂が、戦場に舞い降りた。

 

僅かな間、そして改めて隊列を組み直し上陸を開始する深海棲艦。

 

改めて泊地側の艦娘に、緊張感が満ちる。

 

だが、明石と提督の余裕は微塵も崩れない。

 

「甘いんですよ」

 

明石が口元を歪め、一言を述べた。

 

宣言の通り。

 

そもそも、複数のロケットを制御するという技術、概念は完全に戦後のものである。

 

対しパンジャンドラムは43年、英国。

 

左右の車輪にかかる前進のベクトルを揃える事など、出来るはずも無い。

 

それでもまあ、一応は対策も講じられてはいた。

 

真っ直ぐに進まないのなら、ロケットを増やそう。

 

酷い発想である。

 

そして18本だった固形ロケットは、試作を重ねるたびに倍増する事に成る。

 

敢えてそれが何かと問われれば、英国としか答えられない。

 

流石はSF作家として著名なネビル・シュート氏が開発者として名を連ねただけの事はある。

 

「パンジャンドラムは、()()()()()

 

提督が整った顔に鋭い眼光を乗せ、言葉を受けた。

 

そう、当然と言えば当然の如く、不揃いな左右のベクトルはその航跡に弧を描かせ、

 

上陸した前線に後ろから高速で突撃した自走爆雷が、その身を爆発へと変える。

 

巨大な炎が埠頭を木っ端微塵に吹き飛ばし、深海の前線も砕け散った。

轟音の中、本懐を果たした御神体の神気が煌めきと共に蒼天へと昇る。

 

―― 金剛ニ伝エテクレ……

 

青空に満足げな様相の車輪が浮かび、その最後の言葉を泊地に響かせた。

 

―― 勢イデ造ラレタネタ兵器ノ座ニ、オ前ノ席ハイツデモ用意シテイルト……

 

英国ヴィッカース社製巡洋戦艦、金剛型1番艦 ―― 金剛

 

どうせ日本の金だからと、まともに確立していない新技術、新機軸、ネタ、小技

ありとあらゆる思い付きを詰め込んで建造されたブリティッシュな実験艦でありながら、

 

何の因果か奇跡的に不具合を起こさなかった、英国面の奇跡と呼ばれる艦である。

 

「金剛姉さまが、邪神に見初められています」

 

金剛型2番艦比叡、遠い目をして中空に言葉を乗せた。

 

「榛名は大丈夫ですッ」

 

素晴らしく良い笑顔で純国産の3番艦が酷い事を言う。

 

ずびしと比叡チョップが榛名にめり込む横、駆け付けて来た朝潮が提督に報告する。

 

「準備、完了しましたッ」

「よし、撤退開始ッ」

 

号令と共に、蜘蛛の子を散らすように一目散に陸側へと移動する艦娘。

 

提督も明石、神通と共にわき目も振らずの逃走を開始する。

 

バケツの修復材を周囲の破損艦にぶち蒔けながら、叢雲が提督に合流した。

 

もはや防衛の力が無くなった泊地に、続々と深海棲艦が上陸する。

敷地外、無人の住宅街にて駆けていた全員が滑り込み、耳を抑え口を開ける。

 

「行きますよ、逆転のエースッ」

 

空のバケツが空を飛ぶ。

 

即座、明石が振り上げた手に、握りこまれたスイッチを押し込んだ。

 

それは、酷く。

 

白く。

 

世界の全てを染め抜いて。

 

「逝け、忌まわしい記録と共にッ」

 

大淀が、眼鏡を光らせながら叫ぶ。

 

「あの世で俺に詫び続けろオルステッドオオォッ」

 

打ち付ける衝撃と音の波の中、神通と叢雲に絡みつきながら提督も叫ぶ。

 

「オルステッドって誰よーッ」

 

耳元で叫ばれた叢雲も叫び返す。

 

そんな打ち消される叫びの中、衝撃が世界を駆け抜け、数多の住宅の硝子を割る。

 

泊地の各所に仕掛けられた爆薬が、セリアの海岸を深海棲艦ごと根こそぎ吹き飛ばした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

爆風に飛ばされ前衛的な姿勢と成っている一同の中、提督が立ち上がる。

耳元を揉みながら数度の軽い呼吸をして、鼓膜の調子を確かめる。

 

「さて、逃げるか」

 

横で目を回している叢雲を立ち上がらせながら、神通が言葉を返した。

 

「何処にですか」

 

ズレた眼鏡を直しながら、大淀が答える。

 

「英国軍基地に、話を通してあります」

 

そして明石が続く。

 

「保留されている新規(ろくばん)泊地用の資材も運び込んでいるので、工廠も稼働可能ですよ」

 

ようやくに意識を戻した叢雲が、会話の連なりに眩暈を覚えながら零した。

 

「事後処理を考えると、頭が痛くなるわ」

 

その言葉に、揃って死んだ魚の眼に成る秘書艦組一同。

 

乾いた笑いの響く中、一隻、また一隻と泊地の艦娘が集まってくる。

 

だが、その表情は僅かに暗い。

 

仕方の無い事とは言え、拠り所としていた泊地が消滅した事が感情を沈ませていた。

死んだ目で晴れ晴れとした顔をしている秘書艦組や浪漫馬鹿とは対照的である。

 

そんな明暗の集団で、泊地跡地の様子を伺っていた朝潮が気付き、様相を変え叫んだ。

 

「提督、見てくださいッ」

 

響いた声に、集まった視線が、指し示された指の先に移る。

 

果たして、それは静かに立っていた。

 

爆煙の晴れた隙間に。

 

百舌の速贄の如く、幾隻かの深海棲艦をその枝に串刺しにし。

 

堂々たる単幹の風情を空へと示すその威容。

 

「川内の木が、健在ですッ」

 

軽く入江と化した跡地に、突き出した岬の如く変わった土地の先端に、居る。

 

迫りくる軍勢にも、泊地を消し飛ばす爆風にも負けず、変わらぬ姿がそこに在った。

 

視界の中、一同の胸を打つものが在る。

 

そして神通の心にも、確かにそれは伝わった。

 

そう、帰ってきた川内を吊るすまで意地でも生き延びると言う、意思。

 

「私たちも、姉さんが帰って来るまで頑張らないといけませんね」

 

この日この時、川内の命運は尽きたと言う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 留

暗天に藍が混ざりはじめ、勿忘草の色へと移る。

 

海面を走る、未だ昇らぬ日の光に照らされたのは、三隻の姫。

 

「トテモ、辿リ着ケルトハ思エンノダガナ」

 

戦艦の艤装を纏う姫が、薄れ始めた夜の静寂を排除すれば。

 

「来ルワ、私タチハ()()()()()()()()()()

 

小柄な、独特の瀟洒な衣装を纏う、黒尽くめの姫が応えた。

 

ころころと愉しそうに笑う音を背に、ただ一隻空母の姫が指し示す。

 

それは、夜の底より訪れた。

 

戦艦棲姫が、絶句する。

 

陽光に追い立てられる闇の中から、取り残されたように進む6隻の艦隊。

 

闇よりもなお昏い、ポリエチレンの黒袋を脱ぎ棄てて、深海の最奥を視界に入れる。

 

陽光に互いの影が伸び、海域の空気が張り詰めた。

 

旭日の中、灼けついた影の如き黒き姫が謳う。

 

「デハ、改メテ」

 

世界の果て、海と空の交わる場所に。

 

「暁ノ水平線ニ、勝利ヲ刻ミマショウ」

 

黎明を背に、三隻の姫が在る。

 

 

 

『邯鄲の夢 留』

 

 

 

相対している。

 

3と6。

 

「付ケ入ル隙ハ無カッタハズナンダケドネ」

 

作戦とも呼べぬほどの数の暴力、想定することも嫌になる厚さの陣営。

どれほどに都合の良い幸運に恵まれたとて、抜けられるはずが無いと離島が問えば。

 

「机の上ならな」

 

簡単な一言で、赤い理不尽が切って捨てた。

 

「戦略ですら、戦術に満たぬ蛮勇に屈する事も在る」

 

現実は極めて複雑で、作戦行動で全てを決定することなど出来はしないと。

 

どれほどに精度の高い予測と、完全な計画が存在しても、

それを扱うのはあくまでもヒトであるが故に。

 

例えば、見逃してはいけないモノを見逃したら。

 

例えば、指揮官の心が折れたならば。

 

例えば、極めて不幸な事故を起こし自軍に壊滅的な被害を齎したら。

 

信じられないほどに愚かしいミス、信じられないほどに馬鹿馬鹿しい幸運、

ヒトの戦場には、そんなものが常に付きまとっている。

 

かつての帝国ですら、仮に「何一つミスを犯さなければ」敗戦と言う結果を覆すだろう。

 

結局の所戦争とは、互いに致命的なミスを犯し合い、互いに望外の幸運に色めき立ち、

ありとあらゆる帳尻を合わせてから後に、ようやく計算がされるものなのだ。

 

確かに机の上ならば、戦略的優位は戦術では覆せない。

 

しかし現実ならば、枚挙に暇ないほどに「稀な事例」が存在した。

 

安っぽく、端的に言えば奇跡と呼ばれるそれ。

 

故にどれほど絶望的な状況でも、勝機を完全に無くすことなど出来はしないと。

 

カラカラと、哂う。

コロコロと、嗤った。

 

されど、それを期待するほどに愚かな事も無く。

 

「ソレダカラ、貴様ラノ国ハ負ケタノヨ」

「どうでもええが、キミの首は貰うてくで」

 

そして、開戦の狼煙が上がった。

 

僅かに歩んだ金剛の後ろ、式鬼紙が、呪符が、続々と艦載鬼へと変成を果たす。

 

それらの全てを後ろに置いて、即座に前へ全速を入れたのは誰か。

 

言うまでも無く龍驤であり、そして、利根。

 

朝焼けの空を深海が染める中、過たず砲を構えたのは戦艦棲姫。

 

轟音が連鎖する。

 

鏡に映すが如く、航跡を鋭角に切り返す2隻が至近弾に髪を揺らした。

 

海面に描かれた航跡は、僅かに速い巡洋艦の方が大きく膨らみ

交差を繰り返す中で、卵の如き歪な円を生み出し続ける。

 

ならば相対する正面に、重なる一瞬に撃ち抜くべきと漆黒の砲が上がり。

 

刹那、すれ違い様の2隻が互いに手を取り合った。

 

物言わず互い、全力で引く。

 

進行方向へと加算されたベクトルが船足を加速させて、高速の交差。

 

常よりも早く開かれたその空間を、砲弾が突き抜ける。

 

撃ち抜かれた大気が風と化し、龍驤と利根の背中を押した。

 

最後の弧はこれまでよりもやや大きく、それだけに加速の乗った船足で。

 

肉薄する。

 

二重螺旋を一面から見たが如き航跡を残し、そのまま。

 

戦艦棲姫を、通り過ぎた。

 

「―― ッ」

 

機銃が鳴く。

 

戦艦棲姫の左右の海を、艤装が掠るほどの至近から駆け抜けて、

次いで、目晦まし程度の意味合いしかない弾丸がばら撒かれる。

 

されど気を取られたのも一瞬、即座に身を翻し船尾を臨まんとしたそれが、

 

放たれた殺意に、考えるよりも早く漆黒の艤装が反応させる。

 

棲姫が自らの視界を艤装で塞ぎ、突き抜ける衝撃と轟音が海面に響いた。

 

砕けた破片が周囲に飛び散り瘴気へと変わる。

 

装甲が、抜かれた。

 

事実に戦慄する戦艦に、海上を渡る声が届く。

 

「Hey! Hey! Hey! Follow me! 皆さん、ついて来て下さいネーッ」

 

主砲より白煙を上げ、斜形に移動し距離を保つのは、射撃姿勢を解いた金剛。

 

「盾を追いかける空母ってのも酷い話だよなッ」

「諦めなさい、だってこれって龍驤の艦隊よ」

 

並走し、姫より隠れる船影は隼鷹と飛鷹。

 

「これが機動防御と言う物か」

 

少しズレた物言いで頷くグラーフ。

 

金剛を盾として移動する3隻の空母が、進行のまま甲板を起動させる。

 

「まあ流石に、3隻も居れば加賀サンの真似事ぐらいは余裕だね」

 

隼鷹が嘯きながら、大符より再度に艦戦を発艦させた。

 

数多の翼が深海の艦載機と交差して、深海猫と艦戦妖精を海域に撒き散らす。

 

「でもあのヒト、龍驤が居ないと途端にヘタれるのよねえ」

 

横で飛鷹が本陣は大丈夫かしらなどと、他人事の様に軽口。

 

「あ、わかった、龍驤サン居るから空母棲姫張り切ってんだ」

「やめて、絶望的な事に気付かないで」

 

空母と戦艦の姫を前にして、変わらぬ2隻に白い空母の口元が歪んだ。

 

そして、綺麗に二つに分かたれた戦場の奥。

 

離島棲姫へと迫る龍驤が大符を広げた。

 

身体よりも足を前に出し、踵で海面を削りながら発艦速度まで減速する。

 

連鎖して放たれるは艦載鬼、烈風改、彗星一二型甲。

 

対し漆黒の姫は両の手を捻るが如く突き出し、追随するように形成される滑走路。

 

そこから次々と飛び立つは球状の鬼、解放陸爆、猫艦戦。

 

至近より放たれた機体は互いを素通りし、上空へと戦場を移す。

 

爆音に埋め尽くされた海域に、小柄な二隻が相対した。

 

棲姫が突き出した腕を捻り降ろし、開いた射線より砲台が弾丸を放てば、

身を折り畳む様に捩じれた空母が回避を果たし、姿勢の反動で連装砲を持ち上げる。

 

放たれた弾丸を身を逸らし躱せば、次と放たれた利根の砲撃を艤装で受ける。

 

僅かに削れた漆黒が空を飛び、瘴気の海に猫と妖精が降リ注いだ。

 

殺意のみが濃厚に満ちる海原に、無言のやり取りが続く。

 

二つの陣営が互いの船尾を追い、小さく弧を描いて回り始める。

 

くるくる、狂狂と。

 

深海と艦娘が円を描く。

 

陽中の陰、陰中の陽。

 

慌ただしく入れ替わりながら、鏡の如くに特異な二隻が回り続けた。

 

海に描かれた太極は加速を続け、それに比例してその直径を狭めていく。

 

今まさに、手も触れようかと言う至近に在りて。

 

先に動いたのは離島棲姫。

 

背負う艤装より鋼の砲台を備える鬼が飛び出した。

 

――砲台小鬼

 

飛び出した三鬼が龍驤へと狙いを定め、先じて利根が砲撃を入れる。

 

小鬼が砕け、巡洋艦の砲に次弾装填の間が強制された。

 

対し龍驤、受けた射線に一切の迷い無く無視を敢行し、大符を広げる。

 

そのまま離島棲姫の顔に叩き付けた。

 

加速した状態で被せられた符が、勢いのままに深海の頭部に巻き付いていく。

 

その視界が奪われている隙に即座、愛用の連装砲が砲声を果たす。

 

至近距離砲撃が飛行甲板大符ごと姫の艤装を打ち砕き、龍驤に中破判定。

 

空の上で、着艦する術の無くなった艦載鬼妖精が呪いの言葉を吐いた。

 

その一瞬。

 

攻撃を放った一瞬を、離島棲姫は逃さない。

 

被せられ、焼け焦げた大符を食い破りながら、両の手を振り上げ。

 

砲撃姿勢のままの空母へと肉薄する。

 

龍驤の足元の艤装は複雑な航跡を描き、姫より打ち返された波に乗り

限界性能を越えた効率で至近からの離脱を果たそうとしていた。

 

しかしまだ。

 

それでもまだ、足りない。

 

爪が届く。

 

引き裂かれたように開いた口元の、牙が。

 

今まさに一隻の空母を食い散らかそうとした瞬間。

 

距離が。

 

追いかける牙と、引き留める爪と、離れていく身体の。

 

距離が、開く。

 

開いた隙間に、鮮血が飛ぶ。

 

本当に僅かな、吐き出される瘴気の息も龍驤の鼻先にかかるほどの距離が。

 

そのままに縮まる事無く、やがて離れていく。

 

「大戦時はさんざに泣かされた代物じゃが」

 

入れ違いに、肉薄する艦が在った。

 

右の手で龍驤の首根っこを掴み、後ろへと引き倒し。

 

守るべき艦より前に。

 

破れた大符の隙間、離島棲姫の視界に映る左の腕のカタパルトが。

 

そのままに開いた口へとねじ込まれた。

 

「それでも、吾輩自慢のカタパルトじゃ」

 

既に発艦体勢に移っている水上機が、爆音を推進力へと変えて加速する。

 

その後ろで、速度に棚引く髪を焦がした。

 

「冥府の底まで持ち帰るが良いわッ」

 

試製魚雷M ―― 爆装秋水

 

一喝に。

 

轟音が乗り海域に響き渡る。

 

髪を灼き、頬を焦がし、その腕を呑み込みながら。

 

微塵に。

 

およそ異常ともいえるほどの巨大な爆炎を以て、

叩き込まれた水上機が離島棲姫を爆砕させた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

戦場に引き起こされた爆発は、如何に指向性が在ると言えどその威力は比類無く。

 

離島棲姫を粉砕すると共に龍驤と利根を景気良く吹き飛ばした。

 

どこまでも、放物線を知らぬとばかりに勢い良く飛んだ赤い軽空母は、

そのままに海面で七転八倒を繰り返し数多の波紋を生み続け、

 

転がった先に居たのは、空母の姫。

 

いまだ回っている視界の中、龍驤は命運が尽きたのを悟った。

 

そんな抗えぬ現実に、感情より先に諦観が来てしまった様相の飛来物を見て

何とも言えぬ表情のままに固まっていた空母の姫が、軽く笑った。

 

「時間ギレダ」

 

そしてその声色に、忌むべき色は無い。

 

自らの寿命かと受け取っている龍驤の姿に、くすくすと小さく笑い声を漏らす。

 

もしや、何か勘違いをしているのかと、龍驤の中で疑問が生まれた頃。

 

動かない深海の向こうで、戦艦の姫が打ち砕かれていた。

 

空母棲姫の視界には、戦場の終焉が見えている。

 

黎明の空の下、砲弾を受け続け満身が創痍に至る金剛の後ろ、

海面に座り込み、大きく息を吐く3隻の空母のさらに後ろ。

 

遠く水平線より、後続の艦隊が船影を見せている。

 

「―― キミは、何がしたかったん」

 

不思議と穏やかな空気に、控えめな疑問の言葉が乗る。

 

「思イ知ラセルト、言ッタダロウ」

 

応えた声は、戦場の全てを手で示した。

 

「コンナ結末ニナル要素ナンテ、無カッタ」

 

常識外れの物量を抜けて、頭だけを綺麗に潰しきる。

 

「如何ナル存在モ、同ジ結末ニ至ル事ナド出来ハシナイ」

 

ブルネイのみを目指していた軍勢はやがて拡散し、

太平洋の全てへとその標的を移すだろう。

 

戦力を、小規模化させながら。

 

即ち、深海の南冥への侵攻は、著しくその被害を抑えられた。

 

「龍驤、オ前ハ強イ」

 

言い聞かせる様な、親愛の意思が滲む声が在る。

 

「ダカラモウ、目ヲ背ケルナ」

 

言葉だけを残して、漆黒の艤装が艦隊へと進みはじめる。

 

海面に漂う低い視界の中、白蝋の肌を持つ姫の背中だけが龍驤に見える。

距離に開くにつれ、その心中に思い浮かべる記憶が在った。

 

ああ、そうだ。

 

これは。

 

ウチを置いて行った、一航戦の背中。

 

「果タシテコイ、我ラノ約束ヲ」

 

在りし日に、受け取る事の出来なかった言葉が最後に残され。

 

やがて、黎明の空の下。

 

全ての艦載機を失った空母の姫は、大和の主砲の前に儚く散った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 部

曇天の切れ間に陽光が差し、第二鎮守府の艦隊は夜が明けていたのを知った。

 

フィリピン、パラワン州パラワン島。

 

ルソンとボルネオ島を繋ぐ形に伸びる細長い島で在り、中央に括れの如く存在する

ホンダ湾を有する形で、州都プエルト・プリンセサが配置されている。

 

州都周辺、及び北部には、かつての大戦後にリゾートとして開発された経緯が在り

そのために砂浜に存在する幾つかの施設を利用する形で、前線基地が設営されていた。

 

その一角、自営軍の野外入浴セットを改修して作られた、仮設ドックの青い湯舟の中に

つい先程まで砲雷撃戦を繰り返していた駆逐艦が2隻、入渠している。

 

「なんつうか、もう少しこう、どうにかしたかったですね」

 

軽く波打つ癖毛を纏めてぼやくのは夕雲型4番艦、長波。

 

「予定よりも随分と戦果が上がったし、これ以上は贅沢ってもんだよ」

 

普段は括り流す金髪を、頭上に纏めてタオルで包んでいるのは睦月型5番艦、皐月

 

出来ない事は出来ないのさと、達観の気配で言葉を繋ぐ。

 

「奇跡なんかに頼る回数は、少ない方が良い」

 

パラワン島前線は、深海勢力の漸減及びプエルト・プリンセサの防衛に成功しつつも

かなりの数、討ち漏らしと言うには多すぎる程度のそれを南シナ海へと通した。

 

後の事は、後方各国の裁量に任される事に成る。

 

「そう言えば、何か味方が妙に多くありませんでしたか」

 

戦果と言えばと、ふと思い出した疑問が長波の口をついて出た。

 

乱戦の最中、居るはずの無い艦を結構見かけた気がすると。

 

「島風っぽいのも見かけたんですよね、居るはずが無いのに」

 

しかもヨー島奥義の変位抜刀霞ちゃん砲撃を完璧に使いこなしてんですよと

やや興奮気味の語り手に、改めて聞くと酷い名前だなあと苦笑する聞き手。

 

「生霊でも飛ばして来たんですかね」

「そうだとすると、見ないうちに随分と練度を上げたみたいだね」

 

その言葉に、褒めてやらねばと目を光らせて決意する夕雲型の姿。

 

そして睦月型は、会話の合間に視線を外し、タオルの端で目元を拭った。

 

―― アイデア提供は霞ちゃんだから、霞ちゃん砲撃と名付けよう

―― やーめーれー、このクソスピード狂ッ

 

ふと、忘れていた古い会話が脳裏に浮かぶ。

 

―― 島風ってさ、何て言うか本当に残念だよね

―― 待って皐っちん、真面目な顔で諦めた感じに語らないで

 

タオルに隠れた口元が、僅かに緩んだ。

 

「律儀な奴」

 

小さく零れた言葉は、誰にも拾われることは無く。

 

「あと、榛名さんっぽいナマモノが雌汁プシャーとか叫んで」

「それは忘れていい」

 

どうせ艦娘しか居ないからと、開け放たれたままの天幕からは遠浅の海が見えた。

 

 

 

『邯鄲の夢 部』

 

 

 

棲姫の沈む横に合流し、海域の離脱を開始する全艦隊。

 

ゴロゴロと音の聞こえてきそうな様相の大和に抱えられ、龍驤は無明の闇を見ていた。

 

乳圧のせいである。

 

鉄鋼乳のゴリゴリとした感触も、意外と満身創痍の肉体にダメージを与えている。

 

そう、満身創痍だ。

 

主犯は利根である。

 

過去を冷静に考えてみると、深海棲艦よりも友軍に受けた被害の方が大きいのではと

気が付きたくもない真実に辿り着いてしまい、さらに龍驤の瞳から光が消えた。

 

「海水が染みて全身が痛い」

 

もはや身体に在る痛みだけが真実と、どこか病んだ現状報告を口から零せば

生きておる証拠じゃなと、飄々とした答えが横から返って来る。

 

戯れに、大和に並走する航空駆逐艦の片割れへと、抱えられている側が問うた。

 

その、小さい子供が見たらトラウマを抱えそうな惨状の左腕について。

 

「幸いな事に、既に肩から先の感覚が無い」

 

カラカラと笑いながら語った内容が聞こえたからか、そっと陽炎隊が距離をとる。

 

控えめに言って、ドン引きであった。

 

 

 

タイ王国プーケット島。

 

マレー半島の西側に存在するリゾート島であり、マレー半島横断ルートの保護のため

東のヨー島と対に成る形で泊地が置かれている土地である。

 

そして海岸に向けて伸びる滑走路を持つプーケット国際空港、跡地。

 

やや琥珀の肌を持つ偉丈夫が、甘い香りの煙草を燻らしながら歩いていた。

 

「別勢力の侵攻、まで頭が回る奴がもう少し居てくれたらなあ」

 

或いは信用されてんのかねと、零した言葉の苦さに口元を歪める。

 

南方からの大侵攻の陰に隠れて、僅かに動いていた勢力が存在する。

 

欧州、深海勢力。

 

幾隻かの姫に率いられたそれが、オイルロードの分断に動いていた。

 

扶桑、時雨、最上、山城、満潮。

 

倒れ伏すままに休息をとっている艦娘を脇目に、歩を進める。

 

崩れ、瘴気の欠片と成って霧散している姫級の残骸を抜け、

歩む先、滑走路の終端に在る物は水平線と。

 

一隻の戦艦。

 

破損を重ねた艤装に、創痍の満身。

 

白地の制服は自らの鮮血で朱に染まり、破裂した砲塔の先に雫を生み出している。

零れた先の赤い泉には、砕けた艤装の破片が撒き散らされ、陽光を返していた。

 

微動だにしないままに、立っている。

 

「良い女だったよ ―― 陸奥」

 

中天に昇ろうかという日輪が、猛攻を耐え抜いた大戦艦の背を照らしていた。

 

やがて静かに、力が抜ける様に、構えられていた砲塔が大地へと向かう。

 

「改めて言われるまでも無いわね」

「あれ、何だ生きてたの」

 

乾いた血液のこびり付く表情には、疲労の色が濃い。

 

「キャラメル頂戴」

 

陸奥が飄々とした言葉を流し、意外と切実な声色で相変わらずな言葉を零せば、

本陣提督が箱を取り出し、受け取ろうとするも動かない指先にようやく気が付く。

 

疲れた視線のままに指を見つめ、逡巡。

 

そして軽く瞼を閉じ、朱の映える口元を開けた。

 

苦笑を零しながら提督が、ひな鳥に餌を与えるかの様にキャラメルを放り込む。

 

「しかしまた、随分とやられたもんだな」

 

僅かな咀嚼と、波音が静寂に乗る。

 

一息の後、疲労の隠せぬ声色で一言が告げられた。

 

「後方での火遊びも、楽じゃないわ」

 

お道化た言葉に、物言わず互い肩を竦めた。

 

 

 

大和の曳航だと船足が酷い事に成ると、龍驤が島風と天津風に荒縄で引きずられている頃。

 

「やから隼鷹は、可哀想な事に今回の作戦で轟沈してしまってな」

「いや、生きてるからねアタシッ」

 

あきつ丸との打ち合わせの中、隼鷹の轟沈が確認された。

横で何か言っているのは、想い出が魅せた幻影であろう。

 

査察に関して前もって色々と方策を考えてはみたものの、隠蔽しきる自信が無かったらしい。

 

「安心してください、隼鷹殿の身柄は自分が守って見せるで在ります」

「畜生、アタシの生存ルートが無えッ」

 

優し気な笑顔で、存在しないはずの改装空母に声を掛けた揚陸艦の、

逃がすものかと言う副音声を、聞いてしまった隼鷹が悲嘆の声を空に投げた。

 

「あー、龍驤、艦隊を確認したんだが」

 

そんな査察をされる側とする側の、事前の打ち合わせの最中に

声を掛けてきたのは白い自称2番艦、偵察鬼からの報告を告げる。

 

「あかんな、ゴミ袋の数足りんかもしれん」

「こんな事もあろうかと、予備を持ってきたであります」

 

意外と消耗激しい品であった。

 

「いや、味方艦隊みたいだ」

 

早速にゴミ袋を配ろうとしていた曳航空母に、偵察担当が追加で入手した情報を告げる。

 

「まだ深海の勢力圏やと思ったんやけどな」

 

どっかの勢力が迎えでも寄越したかと予想を語り合う内に、見えてくる艦影。

 

「夕雲型、と言う事は第二でありますか、漣殿の手筈でありましょうか」

「流石に本陣は遠いし、皐月あたりやないかな」

 

交わす言葉には安堵の色が見て取れて。

 

「まあ何にせよ、一安心ってとこやな」

「ええ、これで安心して些末な問題のすり合わせが出来ますな」

 

互いの艦隊を確認し、手を振り合う様の後ろで。

 

揚陸艦と軽空母が神器の押し付け合いをはじめ、周囲の艦娘の顔色を青く変えていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「おーい、島風、生きてるかーッ」

 

長く、銀色の髪を後ろで括る夕雲型の16番艦が、合流も早々に曳航組に駆け付けた。

 

「あ、朝霜、ちゃん」

「おお生きてる生きてる、良かったなー」

 

やや尖った歯先の目立つ口元を開け、喜色に満ちた風情で会話を繋ぐ。

 

そこに居る事を確かめる様に、ばんばんと、正面から少し強めに両手で肩を叩きながら。

 

頭上のリボンが衝撃に合わせて揺れ動き、突然の出来事に目を白黒とさせる島風。

 

「本当に、良かった」

 

そのままに最後、俯き、零れる様な小さい言葉が聞こえ、

2隻、静かに海上に立ちすくむ僅かな時間が生まれた。

 

「じゃ、帰ろうぜ」

 

顔を上げ、気を取り直すような声と、差し出された手。

 

逡巡は僅か、差し出された手に、硝煙に汚れた白手袋の手が重ねられる。

 

「うん、ちゃんと連れて帰ってね」

「おう、任せときな」

 

そういえば泊地には霞や清霜も居るんだろと、楽しそうに話しかける迎えの艦と

おっかなびっくりと言った様相で、言葉を出して会話を繋ぐ曳航艦。

 

手を繋ぎ、帰還の途に在る2隻の姿。

 

後ろには、ぴんと張った荒縄と。

 

「救援が、満身創痍の大型艦を華麗にスルーしている件」

 

何となく蚊帳の外に居る侘しい気持ちを声にする旗艦の姿。

 

「日頃の行いのせいじゃな」

 

何かフォローしようとした天津風に先んじて、一言で切って捨てた利根。

 

そして艦は行く。

 

天津風も混ざり、3隻の駆逐艦が初々しくも和やかな雰囲気を作る後ろで。

 

草原を駆け抜ける風の如く爽やかな笑顔で、利根の傷口に海水を飛ばす龍驤が居て、

海原を渡る壮健な雲の如き優し気な笑顔で、龍驤の傷口に海水を飛ばす利根が居る。

 

曳航の前後の集団は、随分と違う色の空気を吸っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラストダンスを貴女と 伊

水天の踊る時期、雨雲の切れ間から陽光が姿を見せるセリア。

 

「自分も憲兵が長いでありますが」

 

英国軍基地敷地内に間借りしている状態の仮設5番泊地。

 

その敷地際まで達した海岸線を眺めながら、あきつ丸が龍驤に語り掛けた。

 

「ここまでダイナミックな証拠隠滅は初めてでありますよ」

「さて何の事やら」

 

巨大な入り江と化した5番泊地跡地には、沈み残った土地が海上に突き出た岬と化し

その先端の樹木に、顔面接地吊られている提督と明石、ついでの川内が居る。

 

視界を海に向かわせる互い、その後ろでは、龍驤艦隊帰投以降の各種処理の連日で、

 

ついに秘書艦として正式に任命されてしまった吹雪と綾波が、死んだ魚の眼で、

靡くスカートから白いモノを覗かせつつ、新たな犠牲者を求めて彷徨っている。

 

残務処理が結構残っているらしい。

 

それでもようやくに、一区切りついたが故の川内の木であった。

 

「軍艦として生まれて、沈み、時代を巡り、人の身を得て、果てまで辿り着いて」

 

そんな、土地が無くなっても普段と変わらない様相に、僅かに口元を歪めた揚陸艦が問う。

 

「龍驤殿は、世界の果てに何を見るでありますか」

 

静かな海だけが、二隻の前に在る。

 

問い掛けに逡巡、やがて少し疲れた声で、深く考えない様相で軽空母が口を開いた。

 

「自分の背中ぐらいしか見えんなあ」

「地球は丸いでありますからなあ」

 

惚けた言葉に、くつくつと笑う黒尽くめの横、肩を竦める赤い水干の艦娘が居る。

 

 

 

『ラストダンスを貴女と 伊』

 

 

 

 今日は死ぬには良き日だ

 

 全ての生が、私に呼吸を合わせている

 全ての声が、私の中で唱和している

 全ての美が、私の瞳でその身を休めている

 全ての悪が、私の心から立ち去った

 

 今日は、死ぬにはとても良き日だ

 

 私の地は、私を静かに取り巻いている

 私の畑は、既に最後の鍬を入れた

 私の家が、笑い声に満ちている

 私の子が、家に戻って来た

 

 ああ、今日は死ぬにはとても良き日だ

 

  ―― タオス・プエブロ、古老の言葉

 

 

 

特に、今日だと前もって知らしめていたわけではない。

 

龍驤が歩く。

 

間借りしている英国軍基地の敷地内、もはや海岸線に面し仮の埠頭と化した駐車場は、

車は除けられ、開いた空間には天幕が張られ、そこに日本海軍の様々な設備と艦娘が在る。

 

龍驤が歩く。

 

気の無い、緩んだ風情で歩を進めている。

 

しかし何故か、通り過ぎた後に1隻、また1隻と振り返り、その身に視線を集めていく。

 

気が付けば加賀が居る。

 

「キミ、気が付くと生えてんな」

「最近、私の扱いが菌類に成っていませんか」

 

龍驤と加賀が歩く。

 

雨季、スコールの切れ間に在る僅かに麗らかな空気の中。

 

しかし2隻が歩を進める度、何かが積み重なっていくような重さを周囲の艦娘は感じた。

 

「世界の果て、と憲兵の黒いのが言っていましたか」

 

南国の日差しの中、訪れた静かな空気に加賀の言葉が乗る。

 

そして途切れ、僅かに考える間が開き、再びと言葉を繋ぐ。

 

「貴女の背中が見えますね」

「一周して重なんな」

 

龍驤と加賀が歩く。

 

敷波が居たので龍驤が飴玉爆撃を仕掛けた。

 

撫でられボサボサになった髪に文句を言いつつも、敷波の好感度が微妙に上がる。

 

如月が居たので加賀が冷や汗を流しながら背筋を伸ばした。

 

如月のパッシブスキル、加賀の性根を叩き直スイッチのタイマーが少し伸びる。

 

首が前衛的な角度に成った提督がミントを噛んでいた。

 

朝霜が他の礼号組と共に霞を担ぎ上げて遊んでいる。

 

ゾンビと化した特型組から、全力で逃走を図る第六駆逐隊が居た。

 

ドックから出てきた陽炎隊が湯気を上げている。

 

龍驤を発見して近寄ろうとした島風と天津風が、金剛四姉妹スタンピードに巻き込まれた。

 

追い付いてきた書類束を抱えた叢雲が、容赦なく金剛に飛び蹴りを入れる。

 

提督周りが、団子と化した艦娘で俄かに騒がしくなる有様を見て、2隻が僅かに苦笑した。

 

そんな普段通りの泊地の中を、気負い無い様子で。

 

龍驤と加賀が歩く。

 

敷地の果て、海の見える駐車場の端に、不思議と空母が勢揃いしていた。

 

「龍驤サンは、ちょっと薄情だよな」

 

通りすがり、僅かに拗ねた声色で呟く隼鷹を笑って流す。

 

「そしてズルイわ」

 

そんな有様に、溜息と共に飛鷹が零す。

 

「藪からスティックにボロクソやな」

「まあ、フラれ女どもの戯言さ」

 

続き、肩を竦めて嘯く隼鷹に、相方がなによそれと苦笑を零す。

 

互いに笑いながら、通りすぎた。

 

「ホンマ、ボロクソやなあ」

「普段の行いのせいですよ」

 

改めてボヤく龍驤に、背後からのにべもない言葉が在り、苦笑が返る。

 

「おい廃棄品」

「何ですか失敗作」

 

たまさか連想された、記憶の底に在る言葉が交わされ、互いの口元が弧を描く。

 

「そういや、世界の果て言うとったな」

「見たいですね」

 

―― ウチなあ、負けるのだけは嫌やねん

―― 気が合いますね、そこだけは

 

「見えんもんな」

「邪魔な物が在りますから」

 

―― アイツら、いっぺん泣かす

―― 是非も在りません

 

そして辿り着く。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

別に、何か前もって今だと約束していたわけではない。

 

ただ自然に、流れる水が海へと辿り着くように、

何もかもが一段落する流れの果てに、流れ着いただけ。

 

集団に奏でられていた僅かな騒めきが、俄かにその姿を消す。

 

空気に、何か硬いものが混ざりこんだような気配が在った。

 

穏やかな、内心の知れぬ微笑みがそこで待っていた。

 

仮設の埠頭に静かに佇むのは小豆と赤の、弓を携える2隻の空母。

 

初代第一航空戦隊、鳳翔、赤城。

 

生々しい、口元を歪める笑みがそこに辿り着いた。

 

泊地を抜けて果てに辿り着いたのは青と紅、対照的な2隻の空母。

 

再編第一航空戦隊、加賀、龍驤。

 

もはや一言の言葉も交わされない。

 

静かな時間に、重さだけが累積されていく。

 

加速する空間の変化の中、集める視線だけを増やし続ける、時間。

 

誰かの喉を鳴らす音が響いた。

 

それは、どちらからの言葉であったのか。

 

―― 決着を、つけましょう

 

宣言に血戦場が生まれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラストダンスを貴女と 呂

 

第一印象はお互いに最悪やった。

 

海上、仮設泊地前の海域にて紅に見える青空を見上げながら、龍驤は思う。

 

海に聳える黒鉄の城、とばかりに持て囃される軍艦として生を受けながら、

その艦種は航空母艦なんつう、大道芸の親戚の様な胡散臭い代物。

 

それでもきっと新しい時代が来ると、儚い願望に惨めたらしくしがみ付いて

頑張っていた試作艦と戦艦崩れの元へ、ようやくに待ち望んでいた増員が到着してみれば。

 

今にも沈みそうな欠陥空母と廃品再利用。

 

そりゃあキレる。

 

いくら鳳翔さんかて、そりゃキレる。

 

赤城も容赦なくブチ切れた。

 

そして初対面で、遠慮なく八つ当たりされたらそりゃキレる。

 

ウチや加賀も当然キレた。

 

艦の身やから無事やったけど、あの時に艦娘やったら素で殺し合いに成っとったやろう。

 

まあそれでも、そのうちに仲良くなったと言うか、仲良くせざるを得んかった言うか。

 

殺伐としつつも所詮は等しく軍隊のお荷物、お試しの実験戦隊、結局の所は同じ穴の狢。

 

そんな持て余した鬱憤を、立ち塞がる悉くに叩き込み続けた結果が栄光の第一航空戦隊や。

 

鶴姉妹や雲龍にはとても言えん、いや何かホンマにごめん。

 

視線を下げ、水平線に思いを馳せる。

 

阿鼻叫喚の果て、綺麗に掃除された静かな海に、空と海の交わる場所が見えた。

輝度の低いブルネイの海に、高い色合いの南国の空が境界線を描く。

 

そして、世界の果てを汚す異物がふたつ。

 

ああそうや。

 

一番目障りな奴らが、まだ健在やないか。

 

 

 

『ラストダンスを貴女と 呂』

 

 

 

いつかの赤城の言葉が、鳳翔が目を背けていた感情を自覚させた。

 

―― 龍の殺し方

 

幾度も考えた、自分ならどうするか、自分ならどうなるか。

もしも自分が龍驤の立場に在れば、もしも自分が龍驤であったなら。

 

その根源に在ったのは ―― 嫉妬

 

遥か後方より、前線を征く彼女を見送る事しか出来なかった。

 

全体が試行錯誤の塊で在り、後に続く艦のための捨て石と成った自分。

あらゆる要素を切り捨て、空母としての能力のみに絞って作られた龍驤。

 

性能としての差は、僅かなものでしか無い。

 

非人道的な意味も含め、無理をすれば前線で活用できる龍驤。

ありとあらゆる手段を以ってしても、後方にしか居られない自分。

 

ほんの僅かな、それでもそれは、前線と後方を分ける絶対的な差。

 

そして彼女は不敗のまま沈み、自分は敗北を得て生き残った。

 

それ自体に悔やむべき事などは無い。

 

ただ、時折思うのだ。

 

自分もまた、彼女の様に ――

 

開戦の合図を受け、鳳翔が動く。

 

弓を引き、放つ。

 

矢継ぎ早、などと生易しい表現では足りぬほどの速さで。

 

射法八節、その悉くを無視した不完全な射撃。

矢を前に飛ばすための技術体系を度外視した速射。

 

そんな真似をすれば、並大抵の技量では前に飛ばす事さえも覚束ない。

 

ならば、並ではない技量を備えれば良い。

 

単純にして明快な結論を、鳳翔は血肉と化して身に刻みこんだ。

 

指が鳴く、肘が風を斬り、肩が軋む。

 

必要な物は、距離と方角。

 

幾度も赤城と共に試行錯誤し、幾度も誤って道場の床を、天井を撃ち貫いて

そしてようやくに形と成った、どこかしら古式めいた威風の在る射術。

 

ほぼ同時に蒼天へと放たれた5本の矢、それぞれが艦載機と化し隊列を整える。

 

鳳翔隊、第一、第二、第三、第四、第五攻撃隊一斉発艦。

 

それがヒトの身を受けた事に因る利点、航空母艦鳳翔の結論。

 

―― 神速の発艦

 

やや遅れて赤城隊、八隊が空に顕現する。

 

戦場の距離が詰まる。

 

迎撃の間を与えぬとばかりの高速で。

 

 

 

赤城は征く。

 

鳳翔隊に僅かに遅れ、それでも次に続く速さでの発艦を終えて。

 

―― 要は速さ、それだけです

 

その心中に、鳳翔の言葉が思い起こされる。

 

―― 龍驤さんは敵の前で、よく煙草を吸いながら適当な事を言いますよね

 

そう言いながら、可愛らしく煙草を吸う真似をしていた。

 

右手で持ち、口を隠すように左端に咥える、自然、首は右に傾げる形に成る。

そして胸を張り、見下す目線で煙草を相手に突き付ける、首は左に寄っている。

 

―― 左右の視点の差から、相手との正確な距離を測っているのです

 

艦娘と成り、そして幾度も行われた航空母艦単艦での奇襲、その土台には、

ありとあらゆる手段を以ってして行われる空間把握が、前提条件として存在していると。

 

―― それらしい会話も、思わせぶりな行動も、全て時間稼ぎでしかありません

 

戦場に立つ彼女は、基本的に感情が死んでいる。

 

表層に張り付けた擬態で状況を掻き回し、生まれる隙に付け入るのが常であると語る。

 

―― 手段を選ばない?

 

鳳翔は問われた後、静かに言葉を紡いだ。

 

彼女には、手段を選ぶという贅沢が許されるだけの性能が無いと。

 

彼女に慢心は無い、劣っているから。

彼女に満足は無い、劣っているから。

彼女に停滞は無い、劣っているから。

 

それ故に、誰も彼女に敗北を刻み付ける事が出来なかった。

 

戦略に戦術に、ありとあらゆる手段を以って優位に在って猶、次の手を指し続ける。

優勢の裏に隠れ、在ったはずの性能差を時間を掛けて地道に埋めていく。

 

やるべき時に、やりすぎると。

 

ならばそんな化け物には、どの様に相対するべきか。

 

大前提として、重巡洋艦をベースに設計され、設計変更で極めて不安定に成っている龍驤と、

戦艦を改装した赤城では、鳳翔とは違い、その艤装の地力に絶対的な差が存在する。

 

だからこそ単純に、状況の式を汚されるよりも早く、あらゆる手管を成すよりも速く。

 

―― 聞く耳を持たず、正面から叩き潰しなさい

 

単純にして明快。

 

故に赤城は航空隊の下を、追いかける様に、誰よりも速く前に出る。

 

それはまるで、龍驤の様に。

 

 

 

突如として空に現れた総戦力が、加賀の内心に冷たいモノを走らせた。

 

既に龍驤は突撃している。

 

同じく速射をするべきか。

思い浮かんだ思考を、即座に切り捨てる。

 

慣れぬ弓を引いた所で、海面に落ちるのが関の山と。

 

足踏み、足を開き姿勢を作る。

 

指が震える。

 

見れば震えていない。

 

胴造り、弓を左膝に置き、馬手を腰にとる。

 

錯覚を認識するほどに、焦燥を覚えている自分を自覚する。

 

自分の弓はどう引いていたのか。

 

弓構え、馬手を弦にかけ、弓手を整え空を見る。

 

考えてはいけない。

 

しかし考える。

 

刹那に持った疑問は、延々と思考の回廊を空回りさせ。

 

私の弓は。

 

打起し、静かに両の手を持ち上げる。

 

そんな回転する思考の底で。

 

引分け、打起した弓を左右均等に引分ける。

 

―― ウチは加賀の弓の方が好きやな

 

いつか聞いた、他愛の無い言葉が見つかった。

 

会、心が白く染められていく。

 

思考は無い。

 

幾度も繰り返し、身に染み付いたそれが過たず繰り返される。

 

離れ、放たれた矢が蒼天を飛ぶ。

 

いつもの様に、何も変わりは無く。

 

残心、視界の先、青に染まらぬ矢羽が艦載機への変成を果たせば。

 

何故か、遥か空をこの手に掴めた気がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

埠頭にて、瑞鶴が加賀の一射に目を奪われていた。

 

空の戦場は、初手に鳳翔隊が戦場を押し込み続けていたが、

やがて加賀隊が揃い、一方的であった流れを完全に受け止めている。

 

その直下、弾丸満ちる火薬の海原を急速に接近する2隻の赤。

 

横で、うわぁとやり切れない表情の飛龍が観衆の心の内を漏らした。

 

「術に対して道を通すね、まったく加賀さんらしい」

 

げんなりとする二航戦の薄い方の言葉に、五航戦の平たい方が目を輝かせて頷く。

 

「ところで瑞鶴」

 

そんな瑞鶴に後ろから、翔鶴が空を舞う航空隊に視線を向けたまま声を掛けた。

 

俎板の如くに平たい声であった。

 

「龍驤さんの隊に居るのはわかるんです」

 

何処か見覚えの在る挙動をする、加賀隊の一機の艦載機に視線を留めたまま。

 

「元々あの人は龍驤さんの乗員でしたし、航空隊に転科後も龍驤隊でしたし」

 

聞き手の頬に、冷や汗が流れた。

 

「けど何故か、加賀さんの隊にも虎徹が居る様ですが」

 

空から視線を外し、目を合わせて来た姉から妹が目を逸らした。

 

―― 零戦虎徹二刀流

 

乗機は烈風改と紫電改二ではあるが。

 

何にせよ少なくとも、押し込まれた戦場を押し返した一因なのは間違いが無い。

 

「……えげつねえ」

 

聴衆の内心を隼鷹が零せば、引き攣った笑みでサラトガが頷く。

 

瑞鶴の矢筒に、一本だけ足りない自分の矢羽と、一本だけ混ざった加賀の矢羽が見えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラストダンスを貴女と 波

熱帯驟雨の狭間の蒼天に、龍吟鳳鳴が如く数多の音が在る。

 

殺意を機体の形と為し、整然と軌跡を描く赤城隊。

教科書通りと思わせるほどに、綺麗に揃っている鳳翔隊。

 

柄悪く我が儘放題に、一周回って統率がとれている加賀隊。

獣の如き本能と鉄血の規律、矛盾を兼ね備える龍驤隊。

 

静と動、和と荒。

 

乗員として降りている英霊の顔ぶれは大多数が重複していると言うのに、

航空隊のその運用、機動には、何故かそれぞれの艦の性格が垣間見える。

 

「何で軍神まで居るんですか」

 

虎徹の影に隠れ、龍驤隊で不穏な動きをしていた艦載鬼を見咎め、鳳翔が零した。

 

積載量と言う現実が在る。

 

単純に、赤城は加賀に及ばず、鳳翔は龍驤に及ばない。

 

先制の打撃は彼我の差を埋める事には成功したが、制空の要、加賀は崩れず、

結果として制空権は拮抗のままに、時間に粘度を持たせた様な硬直を見せる。

 

接近する赤城と龍驤を起点とし、海面に歪な円周を描く鳳翔と加賀。

 

3機と1鬼の自称撃墜王が相打つ後ろで、二航戦の看板が上昇の機を伺う。

 

赤城側に1機多い雷神の差を軍神が埋め、虎徹が突き放す。

 

僅かな、極めて僅かな推移は、確実に龍驤側へと傾いていた。

 

知らず鳳翔の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。

 

積載の差は埋めた、乗員の質は突き放された。

 

殺伐とした穏やかな日々の中で、自分たちが龍の殺し方を考え続けた様に、

彼女たちもまた、日常で鳳の墜とし方を考え続けていたのだろう。

 

戦火の下、不謹慎に心の通じ合った喜びが、鳳翔に最後の一矢を放たせる。

 

攻撃隊の戦場よりも高くと角度を付けて放たれたそれは、一見誤射の様に見えた。

 

「―― お願いします」

 

呼びかけた英霊とは、縁も薄い、降りて貰える義理は無い。

 

賭けだと、鳳翔は思っていた。

 

だがしかし海軍に属する航空兵が、航空母艦鳳翔の願いを無下に出来るだろうか。

 

果たして、顕現する。

 

鳳翔隊最終攻撃隊、紫電改二、ただ1機。

 

爆音を響かせ、さらに高く、遥かな空を目指し上昇する。

 

航戦の名を掲げる正規空母の誰にも、その機動の記憶は無かった。

 

機体を、二本の黄帯を視界に入れた、埠頭の生存艦たちの表情が凍り付く。

 

上昇の終焉、後の世で様々な創作のモチーフとされた、頂点での背転、急降下。

 

そして直下に居た機体の主翼が打ち砕かれ、その翼の在った空間を機体が通り過ぎる。

 

墜とされた航空機妖精の口元が、若造がと苦みの在る笑みに歪み、

落とした航空機妖精が拳を突き上げ、引き上げた機体が海水に弧を描いた。

 

それは、この海域では終戦まで生き延びた鳳翔のみが識る機体。

 

絶望の空を飛び続けた、帝国海軍最後の撃墜王。

 

―― Yellow fighter

 

遠く観衆の静寂に、蒼白のサラトガが言葉を零した。

 

攻撃隊が相食む戦場から、彗星一二型とJu87が不協和音を奏で天に昇る。

 

 

 

『ラストダンスを貴女と 波』

 

 

 

一直線に自分へと向かってくる赤城の姿に、龍驤が舌打ちをする。

 

およそ考えられる中で予想通りの、最悪の展開。

 

自分の上位互換の艦が、自分とまったく同じ行動をとる。

 

駄目押しとばかり、序盤に押し込まれた形で形成された空の戦場は

龍驤の側に近く位置し、既にその行動の自由度を奪いはじめている。

 

地の利を失った戦場で、戦艦ベースの艦に正面から挑まされる。

 

詰んでいた。

 

故に、龍驤は加速する。

 

右でも、左でも無い。

 

時折に、空から落ちて来る様な弾丸が艤装を僅かに削る。

 

ただ正面、一直線に。

 

龍驤が手に、長い付き合いの15.5cmを構えれば、

応える様に赤城の腕に、OTO 152mm三連装速射砲。

 

「……徹底しとるなあ」

 

口元が歪む。

 

いつもそうや、アイツはウチの欲しいモノを全て持っとる。

 

装甲も、機体も、胸も、身長も、信頼も、名声も、胸も、身長も。

 

何もかもを「龍驤より高いレベルで」持ち合わせている。

 

一欠けらの隙も無い、明確な格上、上位互換。

 

そりゃブチ殺したくなって当然やなと、脚部艤装に霊力を籠める。

 

「あと、黒髪ストレートってのも、何やイラッとくる」

 

並べてみれば成程、何と言う言いがかりと自嘲の笑みが漏れた。

 

詰んでいる。

 

ならばこそ、加速する。

 

不利と言う結論を弾き出す式を、不確定要素で汚すために。

 

それを容易くする、近接と言う状況を得るために。

 

僅かな左右のブレを互いに修正しながら、浅い蛇行の航跡で、

正面から衝突する勢いで2隻の艦が接近する。

 

互いに砲を構えた、龍驤は片手で、赤城は両手で。

 

引き延ばされた時間の中、赤城が舌打ちをする。

 

砲戦経験の差、赤城に対する龍驤の数少ない利点。

 

龍驤が取舵に角度を付ければ、赤城は面舵と正面を取り続ける。

 

そして照準が定まり、砲火が閃く刹那。

 

龍驤の開いた手に抱えられた飛行甲板が、海面に突き込まれた。

 

腕が、鳴く。

 

赤城の砲弾が誰も居ない空間を通り過ぎる。

 

骨が軋み、肉の繊維が引き千切れる音を体内に響かせながら、

急激に増した抵抗で龍驤の船体が面舵側に小さな弧を描く。

 

「秋津洲流」

 

反航の形に急激に作られた即座、甲板を引き抜き体の反対側へと突き入れる。

 

「戦闘航海術盗作ッ」

 

船体を追いかける様に弧を描く赤城の航跡よりも小さく、

左右に蛇行する曲線を描いた龍驤が ―― 赤城の後ろを取った。

 

砲弾が走る。

 

そして龍驤の視界の中に在った赤城の後背が、消えた。

 

見失った瞬間、背筋を走る殺意に意識よりも早く膝を曲げる。

 

頭の上を横殴りの砲身が通り過ぎた。

 

反航。

 

通り過ぎ様、海面に突きいれた飛行甲板を引き抜きながら、赤城が言う。

 

「こんな手があったとは、盲点でした」

「ぶっつけで成功させんなや、糞がッ」

 

互いを追いかける様に、航跡が小さな円を描いた。

 

 

 

攻撃機が爆撃機の機動を制限する。

爆撃が、互いの距離を開く。

 

僅かな隙に互いの照準が定まり複雑な航跡を描く。

砲撃が、互いの距離を詰める。

 

一進一退の攻防を続ける中、薄氷の如きバランスで赤城と龍驤が拮抗していた。

 

拮抗、即ち龍驤の不利である。

 

互いに相打つならば、装甲と火力の差で龍驤が押し負ける。

 

撃ち合い、交互に互いの攻撃を受ける形に成れば

赤城を沈めるよりも先に龍驤が沈んでしまう。

 

バランスが崩れた途端、どちらに有利な形で崩れたとしても、

最終的に赤城が残り龍驤が沈む形に成る。

 

先手を取ったところで、敗北は必至。

 

一方的な攻撃にしか、龍驤の活路は無かった。

 

しかし当然、赤城はそれを許さない。

 

そして結局、目まぐるしく入れ替わる攻守の綱渡りは、

僅かでも時間を延ばそうと、いち早く状況を崩そうと、薄氷の均衡を形作る。

 

そんな回転する戦場に、僅かな動きが差し込まれた。

 

急降下する攻撃機。

 

龍驤直上の鬼体を墜とし、その身に弾丸を降り注がせる。

 

僅かに削れる艤装、乱された航跡に、赤城の照準が定められた。

 

舌打ちも無く、機械の様に正確に、龍驤が反撃の砲を向ける。

 

事此処に至れば後は終焉まで一直線の式と成る。

 

赤城が撃ち、龍驤が被弾する。

 

龍驤が撃ち、赤城が被弾する。

 

体勢が崩れる互いに、互いの追撃が交互に振りそそぎ。

 

龍驤が ―― 沈む形。

 

 

 

距離の在る鳳翔からは、見えていた。

 

今まさに決せんとする空間目掛け、誰よりも高い空から、

1鬼の爆撃鬼が降下しているのを。

 

砲撃を音が響く刹那に、赤城の耳がそれを捉えた。

 

主翼とプロペラの空気摩擦から、空に響くそれ。

 

―― 悪魔のサイレン

 

墜とされた攻撃鬼が居た空間を、翔け抜けた攻撃機が居た空間を。

 

まるで、そうあるべきと初めから定められていたが如く。

 

機械の様に正確に通り抜け、航空爆弾が投下される。

 

集まってきた観衆の中、艦娘の誰も知らぬその鬼体の挙動に、

僅か2隻、グラーフの口元が歪み、ヴェールヌイが蒼白と化す。

 

「空の ―― 魔王」

 

呟きが、爆音に掻き消された。

 

爆炎が、赤城を包む。

 

砲撃が、龍驤に当たる。

 

爆撃と赤城の間に挟まる様に飛び込んだ、鳳翔隊の数機が破片と化す。

 

互いの艤装が砕け散り、海面に数多の波紋を生んだ。

 

龍驤、赤城 ―― 大破

 

 

 

いまだ航空機の騒がしい空の下、静寂の海面に2隻が相対している。

 

脚部を残し砕け散った艤装、弾け飛んだ制服の、2隻。

あらゆる霊的加護の消失した、大破状態の2隻の空母。

 

「……貴女自身が、囮でしたか」

 

赤城が、呆れ半分の声色で呟いた。

 

龍驤は龍驤のために存在する、航空隊と艦が互いに等価ならばこそ

本体を囮に爆撃の機を伺うなどと言う行動も許容の範囲内なのだろう。

 

額に流れる鮮血を拭いながら、赤城が龍驤に近づいていく。

瞼に溜まった血液を掌で擦る様に拭い、龍驤も近付いていく。

 

互いに、憑き物が堕ちた様な優しい笑顔を湛えていた。

 

そしてそれが、拳に埋まる。

 

鮮血が中空を飛んだ。

 

振りぬいた互いの腕が、互いの頭部を後ろへと弾け飛ばさせた。

 

「ええかげん沈めや三段腹空母ッ」

 

叫びながら龍驤が、対の手を赤城の脇腹に叩き込み、

腰を回し、返す手で赤城の頬を殴り飛ばす。

 

「やかましいぞ俎板ドチビッ」

 

常になく感情を乗せた叫びに龍驤の胸ぐらを掴み上げ、

赤城が拳を受けたままに、叩き下ろす様に龍驤の米神を打ち抜く。

 

次の瞬間、さらに互いの拳が顔面に叩き込まれる。

 

肉を、打つ。

骨が、響く。

 

へし折れた歯が鮮血と共に龍驤の口元から弾き出される。

折れ曲がった赤城の鼻から滂沱と赤い液体が迸る。

 

「何でッ、ウチなんかにッ、そんな殺意まんまんやねんッ」

 

赤城の顎と、龍驤の拳に罅が入る音が互いの鼓膜に伝わる。

 

「その、ウチなんかってのを止めろとッ」

 

龍驤の頬骨と、赤城の拳が砕ける音が互いの拳に伝わる。

 

互い、口から滝の如く赤いモノを垂れ流し、時間の隙間ができる。

 

荒々しい吐息と、僅かな静寂。

 

「一航戦の赤城が、何でウチなんかに執着する」

「またそれだ、何ですか、劣等感ですか」

 

龍驤の言葉を、赤城が折れた鼻で笑った。

 

「比べ物にならないんですよ」

 

鮮血に塗れ、暗い色の笑いの中に静かな声が在った。

赤城は自らの生涯を、その最後を思い起こす。

 

赤城の最後は、様々な要因が挙げられる。

 

一概に航空戦隊の慢心だと、ただそれだけだとは言い切れないものが在る。

 

しかし、そんな事は関係が無い。

 

他ならぬ自分自身が、自分自身に慢心だと言っている。

 

「貴女の持つ劣等感など、私の持つそれに比べれば」

 

息を呑む音が響く。

 

かつて赤城に、こう在りたいと願った姿が在った。

 

時代と共に遅れていく自らの性能を、限界まで練度で補いたかった。

 

それは誰だ、龍驤だ。

 

一切の油断無く、持てる全てを活用しきり歴史に名を刻みたかった。

 

それは誰だ、龍驤だ。

 

その生涯を戦場に捧げ、最期に至るまで無駄なく戦い抜きたかった。

 

それは誰だ、龍驤だ。

 

「自分の果たせなかった全てを果たした、理想の艦である貴女が」

 

言葉と供に、再度に拳を握る。

 

「私を上に置く言動をする度に、どれほど心が軋んだかッ」

 

振りかぶる赤城、打ち上げる龍驤。

 

「ふざけんな、一航戦ッ」

 

開いた口を塞ぐように、互いの拳が顔面を殴り飛ばす。

 

砕けた歯が、互いの拳にめり込んだ。

 

「お前が沈まないと、私はッ」

 

血反吐を垂れ流しながら、幾度も肉を打つ音が木霊する。

 

「私をはじめられないッ」

「知るかボケェッ」

 

腫れあがった瞼から零れる物は、もはや涙なのか血なのかわからない。

 

延々と続く殴打の応酬に、龍驤の膝が崩れた。

 

その一瞬、赤城の気が緩む。

 

崩れ落ちる身体を、龍驤の視界に映る海面に、引き延ばされた時間の中。

 

龍驤が、もはや開かぬ瞼を開く。

 

開いた口、音も出せぬ喉から、声なき叫びが吐き出される。

 

踏み止まらぬ足に最後の力を入れる、砕ける腰を静かに沈める。

落ちる身体に、肩を回す様に、全ての体重を乗せた拳が振り抜かれた。

 

それが、綺麗に赤城の顎に入る。

 

赤城の膝が落ちる。

 

倒れる。

 

伸ばされた手の、視界の空が、遠い。

 

負けるのかと、赤城の心に思考が走る。

 

ああそうだ、もういいじゃないか。

 

鳳翔に行き、ご飯を食べよう。

 

加賀さんも誘おう。

 

龍驤が居たら揶揄いがてら、何か作ってもらおう。

 

望んだとおりの毎日を、いつもの様に。

 

そう言えば、私は何をやっていたんだっけ。

 

空が、見える。

 

遠ざかる。

 

何で私は戦い続けたのか。

 

誰かが、私を支えてくれたような気がする。

 

私の中に在るモノ。

 

私の背負い続けたモノ。

 

綺麗に渡す事の出来なかったモノ。

 

視界の中、空に伸ばされた手は拳に成っていた。

 

意識が戻る。

 

落ちる腰の下に、砕けた膝をねじ込む様に滑らせる。

 

開いた口から、声に成らぬ声が吐き出される。

 

酸素が尽き、視界が狭まった。

 

何もない、望んだ全てが私の中には無い。

 

ああでも、それでも拳を握り、腰が回る。

 

勝たなくてはならない。

 

どんなに無様でも、どれほどに無意味でも。

 

私に在って、龍驤に無い唯一のモノ。

 

それが、一航戦の誇り。

 

振り落された拳が、届かなかったはずの空母の頬にめり込んだ。

 

視界が失われる。

 

もはや動いているのかどうか、自分ではわからない。

 

対の手に、肉を打つ音が響く。

 

鼻からの血が宙を舞う感覚。

 

再度の拳が、何かを打つ。

 

棒のような足に乗り、引っこ抜くように腕を振る。

 

僅か、視界が戻る。

 

龍驤が、浮いている。

 

倒れ込む様に、天へと伸ばした拳を、海へと打ち込む様に。

 

間に在った武勲艦へと叩き付けた。

 

拳が回る、身体が回る。

 

膝が付く、腰が落ちる。

 

口を開ける、空を見上げる。

 

息が出来ない。

 

海面に何かが打ち込まれた音が響き、世界が戻ってきた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

咳き込むような、激しい音が響く。

 

血を吐き出す、気道が確保され、さらに激しい呼吸音が響く。

幾許かの時間の後、僅かに落ち着いた息に身体を戻せば。

 

誰も居ない海が在った。

 

海面に座り込んだ赤城の前に、世界の果てに至るまで、静かな海が。

 

そして視界に入る。

 

血に塗れた、赤い水干の一隻。

 

泡の様な血液を口元から吐き出しながら、倒れたまま、やがて咳き込む音。

 

うげとも、げふとも、どうにも濁った音と共に、龍驤が血液を吐き出し。

そしてそのまま動かない、動けない、倒れたままに。

 

座り込んだ赤城と、倒れ伏した龍驤が居る。

 

静寂が、海を埋めた。

 

「勝ち、ました」

 

掠れた声が、海上に零れた。

 

咳き込む音。

 

「……ああ、ウチの負けや」

 

声だけで、指一本動かさない、仇敵。

 

意識が覚めていく。

 

赤城が思い出す、先程に叫んだ内容の幼稚さに、

僅かに頬が染まり、そのまま痛みが走った。

 

眉を顰め、膨れた瞼の痛みがさらに増す。

 

「ありがとうございます」

 

素直な言葉が、自然に口から零れ出ていた。

 

満身創痍でありながら、不思議と軽やかな気分が赤城に満ちる。

 

ああ、もうこの身はどこにでも行ける。

 

何にでも成れる。

 

真っ白な未来を前に、赤城はかつての戦争が終わった事を自覚した。

 

静かな海の中、安堵が在る。

 

「ああ、でもな赤城」

 

軽い声色が、浮いている俎板から吐き出される。

 

差し込まれた言葉は、続く。

 

「キミのその慢心癖、もう少しこう、どうにかするべきやと思うで」

 

不穏な一言であった。

 

何の事かと思った刹那に、座り込んでいた赤城が爆炎に包まれる。

 

吹き飛ばされ、倒れ伏す。

 

「……ッ」

 

意識が、飛ぶ。

 

ああそうだ、言われていたではないか。

 

龍驤の会話に付き合うなと。

 

「あんま、ウチの相棒舐めんなや」

 

赤城の、横になった視界の果て、それが居る。

見覚えの在る、自分と対に成る航空母艦。

 

「加賀……」

「ソロモン海の様には、いかへんでってな」

 

口元を歪め、それきりに龍驤が瞼を閉じた。

間を置かず、赤城の視界も消える。

 

倒れ伏す鳳翔の横、片目を失い、指は折れ、爪先の潰れた加賀が居る。

 

「確かに、今この場で」

 

大きく息を吐き、言葉を繋ぐ。

 

「一航戦、越えさせて頂きました」

 

静寂が、海域を包み込んだ。

 

誰も居なくなった海で、青い正規空母が天を仰ぐ。

 

その視界に在ったモノは、果てまでを埋め尽くす、青。

 

漸くに辿り着いた、いつか望んだ。

 

自分たちだけの、空。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あきつ退魔録 幕

後の話に成る。

 

朽ちたセメントの壁、時の流れの中に削れ落ちた灰色の砂を踏みしめながら

どこまでも深く、殺風景な階段を降りていく艦娘が在る。

 

「長いのです、長すぎるのです」

 

昇降機とか無いのですかとの問いに、セメントで埋められておりましたなと

気の無い返事を返しながら、コツコツと足音を響かせる二隻。

 

あきつ丸と、電。

 

ブルネイ鎮守府群査察から、あきつ丸小隊が憲兵詰所に帰投後暫く、

日々の業務の狭間に挟まる様に、陰陽寮より些細な要請が届けられた。

 

爆破解体予定施設の事前準備、及び清掃。

 

そして今、その廃棄された施設の中に存在した階段を降りて行く。

 

武装した隊員と春雨は地上に残し、警戒のままに清掃を続けさせている。

 

やがて地の底に辿り着き、薄ぼんやりとした灯りの中に見える物は、朽ちた轍。

 

「廃路線でありますな」

 

地下鉄道の暗闇の中、等間隔に配置された裸電球に導かれる様に、

灰色の柱を抜けていけば、やがて壁面に鉄の扉。

 

彫り込まれた旧字体の但し書きは朽ち、帝国の名が辛うじて読み取れる。

 

「―― 陰陽寮とは、何なのです」

 

道中、降り積もる様に重ねられた疑問の、根本を電が口にした。

 

「大統領呪殺に関わった陰陽師たちは、進駐軍に確保されたと、聞いた事は」

 

人造の様々を追う内に、どこかで得た内容を確かめる様に口に出す。

 

第三次世界大戦の最中、海域の断絶に前後して成立した組織。

 

「少し考えれば想到できるでありますな、海域が断絶して、誰が困るのか」

 

何が、力を失い、誰が、陰陽寮を必要としたのか。

 

「陰陽寮所縁の艦娘は、どこの泊地にも存在します」

 

新たに生まれた日本国海軍と言う勢力に、根を張る様に。

 

「要するに、アメリカが日本に付けた首輪なのでありますよ、陰陽寮は」

 

米軍基地に代わって日本へと突き付けられた刃。

 

「そうでありましょう」

 

問い掛ける言葉は電ではなく闇の先へ。

 

物影に、暗闇で待っていた一隻の空母へと届けられた。

 

確かめる様に、言葉の終には名が続く。

 

―― 隼鷹殿、と。

 

 

 

『あきつ退魔録 幕』

 

 

 

鉄扉の奥、歩を進める三隻の艦娘が居る。

 

人造の通路はやがて洞窟の如き岩肌と成り、足元には様々な物が転がっている。

黄金の色の合金、様々な人種的特徴の在る人型の破片、割れた真空管。

 

「そう言えば、いつごろから気付いていたんだい」

 

胡散臭い相手を見る目つきの電を歯牙にもかけず、飄々とした風情の言葉が在る。

 

鉛の如き静寂に置かれた軽さに、平坦な声であきつ丸が応えた。

 

「特異点R、離島棲鬼に関する報告書」

 

分かり易く、自筆で記していたでありましょうと付け足せば、苦笑が在る。

 

「いやホント、察しが良いよね あきつサンは」

「ご希望通り、憲兵隊を5番泊地のために動かしたでありますよ」

 

僅かに和気あいあいとしたやり取りが続き。

 

「ああ、だから廃棄に立ち会わせる許可が出せた」

 

最後は平坦な、感情の見えない言葉が在った。

 

やがて辿り着いた通路の終焉、幾つかの機材が配置されている小部屋。

闇の中に沈むそこで、隼鷹が灯りはどこだったっけなと言いながら距離をとる。

 

「さて、どこから話せば良いのかな」

 

影の中から、探し物をしながらの問いかけが届いた。

 

「出来れば最初から」

 

にべも無い要請が在り。

 

「まだ宇宙がドロドロとした何かだった時に神様が」

「近代まで端折っていただきたい」

 

軽い受け答えが挟まる。

 

「あちら側とこちら側の境界を計測するために、艦娘の制服に既製品を」

「まさか、サンタ衣装の強制に理由が在ったとは」

 

苦笑交じりの言葉が交わされる。

 

「人造神格、神の軍事利用の計画ってのが在ってね」

 

そしてようやくに、本題に近く。

 

日清、日露と続いた戦争の中で、狐狸妖怪魑魅魍魎、様々な神君、霊魂、

前線にて様々な霊的存在が確認されたのが発端だったとかと、言葉が続く。

 

「戦後も研究は続き、今回の開戦に先立って三柱の和魂が作成された」

 

戦争絡みなわりには随分と穏やかな話ですなと、相槌が入れば、

造ってる最中はそう思ってたらしいけどねと、苦笑が返る。

 

僅かな静寂。

 

結局、和と言う言葉とは似ても似つかぬ、何か悍ましいモノが出来上がったと。

 

「甲は目覚めず、丙は自壊し、乙だけが起動した」

 

そこに在るだろと、闇の中、大きめのガラスケースを示す言葉。

 

3つある円筒形のそれは、何も入っていないひとつと、砕かれたひとつ。

そして、暗がりによく見ない、薬液の中に漬けこまれたナニカがひとつ。

 

「そしてその、甲型を廃棄するのが今回の内容ってね」

 

そんな言葉に、電灯のスイッチ見つかんねえと嘆きが付属した。

 

何やっているのですと、続いて壁に貼りつき始めた電の後ろで

静かに、透明な檻に手をついて闇を見上げる揚陸艦。

 

「そう言えば、人造英雄って与太話があっただろ」

 

互いの背中越しに、言葉が続く。

 

「てっきり、龍驤殿の事かと思っていたでありますよ」

「あのヒトは天然物だよ」

 

何と紛らわしい、気持ちはわかると、僅かに呆れの混ざった会話。

 

「無から正を取り出せば負が生まれる」

 

唐突に毛色が変わる。

 

「深海に沈んだ魄に無関係な魂を入れて、深海の宿業から逃れた特異個体」

 

何者かに造られた事を、観測していた事を示唆する内容。

 

「離島棲鬼と言う特異個体の、対に成る様に設計された第13世代型人造付喪神」

 

その席に座ったのが、龍驤サンだっただけさと。

 

「そして造られた互いが陰陽に従い、ぐるぐると世界をかき混ぜる」

「時代の歯車は流血によって回される、でありますか」

 

韜晦する言葉に、嘆息が在った。

 

他に居なかったのでと聞けば、皆壊れたと返る。

 

「利根サンも、那珂サンも、誰も彼もが起動しては壊れて解体された」

 

成功例、正常稼働したのは結局龍驤のみであったと。

 

「無理な設計でも何とか起動する、まさに龍驤殿の宿業でありますな」

「たぶん、扶桑姉妹や夕張サンあたりでも正常稼働したんじゃないかな」

 

対の席はひとつしか無いから、埋まった以上は試せないけどねと哂う。

 

「天然でありますか」

 

言葉に、僅かな間が開いた。

 

「するとやはり、人造英雄はただの夢物語だったと」

「いや、居たじゃないか、まさに英雄としか語れない存在がさ」

 

会話の後に辿り着いた結論が、否定された。

 

「単身で野に下り、勢力を作り、国を建て、覇を唱え、未来を紡いだ」

 

発言の最中に、電灯が灯る。

 

「日米の頸木から逃れ、後に続く歯車を生み、自らの生涯を掴み取った」

 

様々な設備の置かれた窓の無い、殺風景な灰色の小部屋に、円筒が在る。

薬液の中で灯りを受け、色を乗せて返す漆黒の何かが揺蕩っている。

 

ケースの下に付けられた但し書きには ―― 人造和魂、吹雪型一番艦、甲型

 

見慣れた漆黒艤装と類を同じくするそれは、言わば巨大な駆逐イ級

 

しかしその外観は僅かに違う。

 

弧を描く先端には巨大な単眼が備え付けられ、その瞼は閉じられている。

 

その、明らかに違う、なのにどこかで見た外見を何かと

思考に埋まるあきつ丸に、想到させる言葉が隼鷹から告げられた。

 

「中枢棲姫と言う、人造の英雄が」

 

その右腕に在った艤装だと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

2隻の見届ける中、爆破解体された施設が崩れて落ちていく。

 

「こうして、真実は消えていくのですか」

「そんなものは無かった、と言う真実が作られるのですよ」

 

昼下がりの陽光の下、巻き上がる粉塵が風に紛れた。

 

「私たちの戦いは、何のためのものだったのです」

 

ぽつりと、万感の思いを込めた言葉が副官より零れ落ちる。

響き渡った爆音の後、静寂の地に僅かの時間が流れ。

 

「開戦前の日本は、未だ戦後の平和ボケが抜けきらない状況でした」

 

抑揚の無い言葉が返る。

 

「誰か、他に戦ってくれるモノが必要なほどに」

 

それきりに言葉が切れる。

 

砂の香りが届き、更地と化した施設が収まった粉塵の向こうに現れる。

 

「たくさんの人が、死んだのです」

「我らの国は残りました」

 

単純な事実。

 

「そもそも他国は勝手に殺し合っただけで、責任を負う義理は在りません」

 

電の、言葉が詰まる。

 

「現れた人類の敵に、皆が一致団結できれば誰も嘆かなくて良かったのでしょう」

 

しかし当然、そうは成らなかった。

 

「それだけの話で、だからこの話はもう終わった事なのでありますよ」

 

予想した通りにユーラシアは地獄と化し、切り離された日米は利益を享受する。

 

賭けは終わり、負け分は取り立てられ、勝ち分は受け取り終わった。

 

「関係者全員、碌な死に方は出来ないのです」

「何でも、堕地獄必定は武者の誇りだとか」

 

世も末なのですと、吐き捨てる言葉が在った。

 

そして俯き、噛み締める駆逐艦の頭を軽く撫で、黒い揚陸艦は踵を返す。

 

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」

 

粉塵の晴れた夏空は、どこまでも青く澄んでいて。

 

「千夜一夜の物語でもありますまいに」

 

その背中には、もう何も無い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 外

いまだ気配の鎮まらぬ海域より、ただ一隻のみが自らの足で帰投する。

 

曳航を受けて埠頭に引き上げられている3隻、赤城、鳳翔、龍驤に劣らず

創痍に満ちた肉体でありながら、その表情は平素と何も変わりは無い、加賀。

 

穿たれた眼窩より流れる血を拭いながら、泣きそうな顔をしている瑞鶴より

修復材を受け取り、間を置かず頭より被れば、濡れた重さに髪型が歪んだ。

 

白煙を上げ高速に修復されている中、首を振り余った液体を振るい落とす。

 

言葉も無く、ただ軽く拍手の響く埠頭の先で、畏怖と敬意の視線の中、

誉を受ける艦より空になったバケツを受け取ったのは、赤金髪の航空母艦。

 

「あの時に居たのが貴女でしたら、私は沈められていたのでしょうね」

 

サラトガの賛辞に、瑞鶴が僅かに悲痛の色を見せる。

 

そんな有様を横目にする青い空母は、俯く後輩の頭を軽く撫でた。

 

「次は、瑞鶴もやってくれるはずですよ」

 

サラトガは、そんな言葉に固まっている瑞鶴を様を視界に入れ、

笑わない目のままに溜息を一つ、苦笑いを乗せて口を開く。

 

「貴女がそう言うのなら、そうなんでしょうね」

 

その頃には、いつもの様に柔らかな笑顔と、無駄に自信の溢れた無表情。

 

「次なんて、あって欲しくはありませんが」

「それはまあ、確かに」

 

戦史に於いて、不思議と対に成る様な評価の2隻は、連れ立って場を後にする。

 

 

 

『邯鄲の夢 外』

 

 

 

「あー、喧しいのが居ないと、何か寂しいわねー」

 

胡瓜の一本漬けを齧りながら、黒髪の軽空母が零した。

 

誰そ彼の仮設泊地に、店主も店員候補も不在の仮設居酒屋鳳翔に、

鍵を受け取って屯するは飲酒母艦組、と言うには平素より数が少ない。

 

カウンターで管を巻くのは飛鷹とヴェールヌイ、厨房にはポーラが居る。

 

赤城と鳳翔は修復も終わり、安静にするために自室に戻っていた。

 

「まあ、思い残す事は無くなったんだろうけどさ」

 

龍驤だけがいまだ目覚めず、関わりの在る艦娘が病室に詰めている。

 

「しかしアンタ、料理できたのね」

「このポーラ、美味しくお酒を呑むためなら努力は惜しみませんよー」

 

普段より少しばかり酔いの浅い風情で、イタリアの重巡がタッパーの中の

丸まった中身に小麦を振り、卵を潜らせてはパン粉を纏わせている。

 

そして次々とフライヤーに投下しては、素材を狐色へと変成させた。

 

「楽しい楽しい夕餉の席に、誰か足りないヤツは居ないかな」

「誰それ誰それ居るには居るが、髭付き肉しか残ってない」

 

軽空母が適当な節で古い傭兵の詩を嘯けば、駆逐艦が似た様な節で返す。

 

そんな受け答えの2隻が、口元を歪めて言葉を繋げた。

 

「隼鷹なら酒瓶かしら」

「龍驤なら俎板だね」

 

どちらともなく苦みの在る笑いが漏れ、手元のグラスを口に空ける。

 

「不謹慎ねー」

「まあ、こんな環境じゃね」

 

少しばかり空気が軽く成り、液体の追加をと手を伸ばした2隻を

カウンターの反対側から慌てて止める重巡洋艦が居た。

 

「次を注ぐ前に、ちょっとコレを見て考えてみて下さい」

 

そう言って揚げたてを紙を敷いた器に盛り、カウンターへと置く。

 

そして次々と小山に積まれていくのは、コロッケの様な衣の付いた球状の揚げ物。

 

「クロケット、かしら」

「ミートボール、じゃなかったよね」

 

よくわからない物体に、何となく連想した単語を口にした飛鷹の言葉を受け

ヴェールヌイが調理過程を思い返しながら疑問を乗せる。

 

「ビターバレンです」

「名前だけだとよくわからないわね」

 

「オランダの名物ですよー、まあ要はクロケットの一種なんですけど」

 

日本ではいろんな地域のミソが在る様に、ヨーロッパにもいろんな地域の

クロケットがあるんですよーと、小皿に乗せたマスタードを置きながら語る。

 

そんな言葉に頷きながら、出された2隻が狐色を口に運んだ。

 

「クロケット、なのかしら、味が濃いと言うか尖ってる感じ」

「これはつまり、一口サイズのクリームコロッケだね」

 

ビターバレン、肉にブイヨン、バター、ナツメグ、小麦粉、人参などを混ぜ煮込み、

塩、香辛料で味を調えた種を、小さい球状に丸めて衣を付け揚げたものである。

 

粘度が高くとも液状であるそれを丸めるため、煮込んだ後は粗熱を冷まし

冷蔵庫などに入れて種を固める工程が必要に成る。

 

「龍驤さんでしょうかー、冷蔵庫に仕込んであったんですよ」

 

「あー、演習後に仕込む手間を省く感じで作り置いてたのね」

「何て言うか、不必要に気が回るよね彼女」

 

言いながら3隻、マスタードをディップしながらもう一つと口に運ぶ。

 

そして誰ともなく頷き、静かに口を開いた。

 

「しかしこれは」

「よね」

 

「ですよねー」

 

言いながらポーラは、既に用意してあったそれを高く掲げる。

 

「おビール様ッ」

 

結露の流れるキンキンに冷えた中ジョッキに、黄金の麦酒が泡を揺蕩えていた。

 

流れる様に自然な動作で、値千金の黄金を受け取りながら、

2隻も遅れじと高く掲げ声を上げる。

 

「おビール様ッ」

「おビール様ッ」

 

硝子を打ち合わせる高い音が響き、そのまま泡に埋もれた唇が3つ。

 

即ち呑む。

 

食う、呑む、食う、呑む、食う。

 

「ヤバイ、これいくらでも呑める」

 

ぽいぽいと景気良く口に放り込みながら、喉を潤すと言うには暴力的な勢いで

麦酒を流し込んでいた飛鷹が、お代わりを注いでもらいながら焦った声で言った。

 

「マスタードをコロッケに、何て言うか凄いね、意外だ」

 

ジョッキを空けながらヴェールヌイが言えば。

 

「龍驤さん、ビールの売り上げ獲りに来てますよねー、絶対」

 

お代わりを並々と注いだジョッキを片手に、深く頷きながらポーラが受けた。

 

実のところ、飲食店で美味しいのはビールの売り上げである。

酒の肴などは、所詮ビールを売り上げるための餌でしかない。

 

こんな事をするから、鳳翔さんがいつまでも店員として囲おうとするのを

諦めないのよと飛鷹が嘆息しつつ、さらに呑み、食べ、呑み干した。

 

「おっかわりーッ」

「ジョッキも取り替えてほしいな、出来れば」

 

「ヘーイ、ドンドン揚げますよーッ」

 

先程までのどんよりとした気配はもはや微塵も無く。

 

「あー、何か美味しそうなもの食べてるーッ」

 

扉を開けて入って来た二航戦の黄と緑の内、蒼龍が声を上げて。

 

俄かに騒がしい仮設店舗の夜は更けていった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

仮設泊地が宵闇に染まる中、明りの灯る仮設執務室には影が三。

 

提督と大淀、そして明石。

 

「それで、龍驤はどうなんだ」

 

遊びの無い表情で口を開いた提督の横、大淀が発言を記録していく。

 

「元より、素体として限界を迎えていましたから」

 

感情を押し殺したような無表情で、明石が静かに言葉を紡いだ。

 

「深海の汚染と言うヤツか」

 

そのような疑問に、工作艦は軽く首を振り否定する。

 

「確かに、何故か龍驤さんは深海の属性を色濃く内包していましたが」

 

何故深海に堕ちないのか、わからないほどに。

 

いまだ目を覚まさない、個体が限界を迎え機能停止に陥りかけている

理由はそこには無いと、いくつかの資料を提示ながら言葉を繋げる。

 

「要するに、内包する霊魂が大きすぎるんです」

 

器に、容量を越えた内容物を無理に詰め込んでいる状態だと。

 

霊格の上昇に従い、深海棲艦ならば鬼に、姫にとその肉体を

内包する怨念、霊魂を格納するに相応しい肉体へと変貌を遂げる。

 

しかし、人造付喪神として造られている艦娘にそんな機能は無い。

 

「仮に目が覚めても、どこまで稼働できるかは ――」

 

ただ生きているだけで、肉体を酷使している状態に他ならないと。

 

「こう、お祓い的なもので余分を取り払うとか」

 

空気を換えようと、提督から軽い声色での問い掛けが在り、

僅かに無理の見える微笑で、どこか泣きそうな表情の明石の無言。

 

そして、眼鏡を光らせながら大淀が口を開く。

 

「ぶっちゃけ、龍驤さん本体が悪霊判定で成仏しそうな気がしませんか」

 

冗句のつもりの与太ではあった。

 

しかし、口にしたら妙な説得力があり、一同は揃って言葉を失う。

膠で張り付けた様な引き攣った静寂の中、無言で顔を覆った1人と2隻。

 

回復魔法でダメージを負う艦娘の異名は伊達では無かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邯鄲の夢 余

誰そ彼の中、染め散る花が宴の空を飾り、季狂いの櫻が散る。

群れ集う人影から響くは、酔の気色の唄の声。

 

―― 退く戦術我知らず、見よや龍驤操典を

 

楽の根に目をやれば、乾く間も無く酌み交わされる盃と酒の樽。

老若男女と入り混じる宴席は、その多数が血染めの軍服を纏う。

 

―― 前進前進また前進、砲弾届く所まで

 

白の病衣を纏う老人が居て、背広の壮年は腹を紅に染めている。

三毛猫を抱える若者が居る、白蝋の肌の少女も居る。

 

―― 航空母艦だっつーの

―― つーか陸軍の歌じゃねーかッ

 

景気良い歌声に、囃し立てる様な声が上がり、宴の喧騒に重なった。

 

なら何だ、何が良いと問いかける声。

 

「腕は黒鉄、心は火玉か」

「ひよっこかよッ」

 

例を挙げれば酔漢の言葉に即座に打ち消され、そのままに笑い声へと変わる。

 

何処からか訪れる、眉目秀麗な貴人に振舞われるは山海の珍味。

 

増えるは妖、増えるは御霊。

 

そして龍驤は、簀巻きに成っていた。

 

 

 

『邯鄲の夢 余』

 

 

 

花間に響く歌、囃し立て、積み重なる酒樽に山と積まれた馳走の膳。

 

宴席の肴に持って来いの位置に、全通甲板の軽空母巻きが転がされている。

 

常日頃から馬鹿すか食いやがってと恨み節轟く中、聞く耳持たない有様で、

どうにかならないかと左右に転がる巻物を、人群から離れた壮年が足で止めた。

 

略装、龍驤の戦没後に第三種軍装と定められた青褐色背広型の軍服。

 

支給の物より釦幅を短くし、襟元を大きく仕立てている。

 

そんな外観の軍人が腰を掛け、意外に座り心地が良いなと嘯いた。

 

「よく加賀に座り込んでいるわけだ」

 

言いながら両手を巻かれている中に突っ込み、無遠慮に弄りだす。

 

「ちょーいちょいちょい、何いきなり突っ込んどんねん、エロか、エロ餓鬼かッ」

「五月蠅いな、貴様みたいな鶏ガラ俎板に欲情できるはずが無いだろう」

 

俄かに慌てた簀巻きの具に、眉一つ動かさない返答。

 

「マンタに欲情しとったヤツに言われても信用できんわッ」

「言われてみれば成程、まったくもってその通りだ」

 

言いながら引き抜いた手には、紙巻を纏めた紙箱が在った。

 

一本を加え火を点ける、紫煙の横に深く吸い、溜息の様な白煙を吐く。

そのままに手の中の紙箱を、注視していた誰某に向けて放り投げた。

 

歓声と共に、煙草の奪い合いが始まる。

 

「ウチのヤニがああぁぁぁ」

「おいおい、航空母艦は禁煙だぞ」

 

窘める様な言葉に、だったらてめえらも吸うなやと言い返す航空母艦。

からからとした笑い声が響き、艦娘椅子が憮然とした表情を見せた。

 

そして白煙を吐きながら体重をかける壮年の下で、ぐえと潰れた蛙の如き声。

 

「つーか除け、地味に重いんや、成人男子とウチじゃ体重違うんや」

 

そんな恨み節にふむふむと頷き、そうは言うがなと言葉を返す乗り手。

 

「そもそも貴様、今までどれだけの男を上に乗せたと思っている」

「思い切り人聞き悪い言い方すんなッ」

 

当然の話だが、航空母艦龍驤の乗員は基本的に男性である。

 

益体も無い言い合いの狭間に、柔らかい布で作られた着物を着た

美丈夫が、座布団の様に平たい果物を持って距離を詰める。

 

龍驤簀巻きの前で桃色のそれを四つに割り、中央の種を捨てて実の皮を剥く。

白桃の如き果肉を器に入れ、その上から牛乳を掛けて龍驤の目の前に差し出し。

 

上から伸びた手がそれを受け取った。

 

「蟠桃か、牛の乳を掛けるのは大陸だったか」

「ウーチーの桃おおおぉぉぉ」

 

苦笑と共に後ろに下がる美丈夫の後に、簀巻きの上で桃を頂く容赦無い姿。

 

そんな有様にさりげなく集まる美男美女と、簀巻きの狭間にわらわらと集う影。

続々と持ち寄られる山海珍味を、容赦なく横取りしては口元に運び続ける。

 

「桃が、肉が、酒が、ヤニがああぁぁ」

「てめえには一口も食わせてやんねえええ」

 

常日頃に自分だけ馬鹿すか食いまくり吸いまくりな恨み骨髄とばかり、

龍驤の周囲に集まった乗員たちが簀巻きを囲んで飲み食いを始めた。

 

「だからさ、帰ったらもう一度食いに行きたかったわけよ」

 

約一隻の怨嗟を馬耳東風とさせながら、話の続きと誰かが会話を再開させた。

 

「早稲田で食った新メニウでさ、こう、飯の上に卵とじのカツを乗せてんだ」

 

首元が朱に染まる軍服を纏う若者が、両手を丼の形に動かしながら熱く語る。

 

聞いていた周囲の誰かから、カツを汁に浸してどうすんだと声が上がれば、

てめえは天蕎麦を食った事が無えのかと、これまた誰かが言葉を返す。

 

「兄ちゃん、そのカツ乗せ飯を食った事はあるかい?」

 

聞いていた集団の中で、龍驤から奪い取った煙草を加えた軍服の中年が、

三毛猫を膝の上に乗せた、どうにも覇気の無い病衣の若者へと問いかけた。

 

「えーと、カツ丼ですよね」

 

自信無さげな言葉の横で、白蝋の肌の俎板少女が無駄に力強く言った。

 

「ソウ、カツ丼、ソレハスナワチ王者ノ飯」

 

カツ丼は安くても美味い、不味くても美味い、まさに奇跡の飯だと謳い上げ

安い、安いってどういう事だと軍服勢が驚愕の叫びを上げる。

 

若者が軍服集団に呼ばれ、団子と成った集団の中、何故か潜めた声での会話。

 

デノミ、カツ、チェーン店、スーパーなど様々な単語が漏れ聞こえ、

やがて、身も世も無いとばかりの絶望の呻きと共に、何人かが転がった。

 

「肉も米も衣も油の質も、俺たちの時代とは段違いなんだろうなあ」

 

龍驤の上で遠い目をした壮年が呟けば、まあそうやなと声が簀巻きから返る。

 

そんな状態に続々と持ち込まれる宴会料理の、尾頭付きを猫が奪い取った。

詰まれた重箱を深海の少女が受け取り、団子集団がまた食事を再開する。

 

延々と、呑み、食らう。

 

龍驤以外の全員が飽食の限りを尽くしているものの、持ち込まれる美食は

途切れる事が無く、やがて供給が消費を上回る時がやって来る。

 

何処か得意気な様相の美女が膳を掲げ、ついに龍驤の眼前まで到達した。

 

口をもぐもぐと動かし続ける軍人たちが、絶望の視線を簀巻きへと向ける。

 

そしてその膳を ―― 横から伸びた皮手袋が奪い取った。

 

驚愕の表の美女の視線に、航空帽の若者が精悍な笑顔を返す。

 

飽食の極みに在った集団が、何故と、その有様を、

彼の後ろに続く数多の人影に向けて言葉を発した。

 

「龍驤には、世話になりましたからね」

 

肩を竦めて嘯く口が、そのままに骨付き肉へと齧りついた。

 

喉へと火酒を流し込む短い手袋、様々な略装、食事を飯盒に取り分ける誰か。

 

そう、彼らは ―― 帝国陸軍

 

「陸海軍の不仲を越えてまでやる事かあああぁッ」

 

喝采の中、簀巻きが魂の叫びを天へと轟かせた。

 

「中隊長を呼び付けた貴女が悪い」

 

飛行服の若者が、日本酒の満たされた盃を空けながら悪びれもせずに応える。

 

有象無象と集まる人影は留まる事を知らず、宴席の料理も消費され続け。

 

やがて誰そ彼も過ぎ、宵の帳に包まれる櫻並木。

 

宴もたけなわと、誰かが腰を上げた。

 

宵闇の中、角を生やし、恨めし気な視線を向けている着物の麗人たち。

 

「まあ、カツ丼だったか、それが好きに食える時代に成ったってーなら」

 

簀巻きに言葉を掛けながら、並木の奥へと足を向ける。

 

「死んだ甲斐も在ったってもんだ」

 

背中越しに手を振る誰か。

 

「アレだ、赤城の澄ました面に叩き込んだ一発は良かった」

 

だからまあいいさと、簀巻きを軽く叩いて歩を進める誰か。

 

「何だかんだで、楽しかったですよ」

 

病衣の若者が、猫を抱いたまま頭を下げて歩き始める。

 

一人、また一人と場を立ち去り、櫻並木の奥の宵へと、その姿を溶け込ませていく。

 

景色が薄れ、人影が疎らと成り、簀巻きにずっと座っていた軍人が腰を上げた。

 

「ウチを、置いて行くんか」

 

言葉を受け、僅かに立ち竦み、やがていくつかの言葉が零れた。

 

軍人と、軍艦と。

 

僅かに訪れた静寂が昏闇に染まり、夜空へと投げる様な言葉が差し込まれる。

 

「生まれが罪なら生きるは罰」

 

続く言葉が、母艦へと告げられた。

 

「貴様はまだ、償いが足りんよ」

 

告げ手の視界に入る不満そうな表情に、自然と苦笑が零れ落ちる。

 

そう言って背中越しに手を上げて、闇の中へと歩を進めた。

 

「ああそうだ、天津風に宜しくな」

 

最後の言葉と共に、取り残されたのは、簀巻きの航空母艦と深海の少女。

 

黒白の片割れは踵を返し、簀巻きを担ぎあげた。

 

「おせっかいが過ぎるんや」

 

拗ねた様な声色の一言に、担ぎ手が苦笑する。

 

「ソウ言エバ、マダ礼ヲ言ッテイナカッタナ」

 

黒暗淵から離れる様に歩を進める軽空母の姫が、思い出した様に口を開く。

 

「アリガトウ、モウ思イ残ス事ハ無イ」

 

視界が薄れ、世界が曖昧に成っていく。

 

「遺言みたいやな」

「違イナイ」

 

軽い声色の会話が、光の中に溶けて消える。

 

「ジャアマタ、次ハ、水平線ノ上デ」

 

黄泉平坂を昇りつめ、龍驤と名付けられていた怨念はその頸木を外した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

そして龍驤は瞼を開く。

 

宵闇の中、星明りに殺風景な病室が朧と浮かび上がっている。

 

軽く手を上げ、横たわる身体の上で握り、広げ。

一度目を閉じてから開き、上半身を起こす。

 

足回りに不自然な重さを感じて視線をやれば、寝台に上半身を倒れ込ませるように

座り込んだままに寝落ちした姿勢の、銀の長髪を左右に括る駆逐艦が、夢の中に居た。

 

宜しくなと言われて早々やなと、音の無い苦笑が漏れる。

 

起こさない様にと気を付けて足を抜き、寝台から降りては腰を反らし、身体を解す。

 

窓の外に宵闇と、星が見えた。

 

静かに近づいて、見上げる。

 

黒に染まる夜の中、僅かに見える青の気配に、久方ぶりの蒼天だと言葉が零れた。

 

破裂するほどに身体に詰まっていた何かが、消え去っている。

 

南冥の夜の中、数多の星が河と成り空を横切っていた。

 

幾つもの大きな光が蒼天の河を飾り、篝火の如くに海を照らしている。

紅玉よりも赤く透き通り、リチウムよりも美しく燃え続けている。

 

東の果ての空が、僅かに勿忘草の色へと変わり始めた。

 

「夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へ昇って行きました」

 

静かな、呟く様な一言が宵の終わりへと捧げられる。

 

やがて、振り向いた時にはいつもの在り様で。

 

眠ったままに、物音に僅かと身動ぎをした天津風を見て、龍驤が笑う。

 

「豚肉、仕入れんとな」

 

あれだけ念を押されたら仕方ないわなと、ぼやく様な言葉を乗せ。

 

心も、身体も軽く感じた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 水上の地平線

ニューカレドニアに付随する小島の一角。

 

島内に一本だけ在る舗装路には、弓張りの椰子の葉が木漏れ日を重ね、

時折混ざる鳳凰木が、高い空に火焔の如き花弁を咲き誇っている。

 

そんな、かつての帝国が南洋桜と呼び愛した樹木の紅を向こうに抜け、

開けた世界に在る物は、珊瑚礁が染める翠玉の如き色合いの浅瀬に、外洋の藍。

 

狭間の砂浜には石柱と、穴の開いたパラソルを立てて寝そべる漆黒が在った。

 

光沢の在る、柔らかな意匠の付いた露出の無い漆黒の衣服に、濡れ羽色の髪。

相も変わらず陽光の熱を好く吸収しそうな離島棲姫である。

 

そのせいかどうか、氷を入れた椰子の実を片手に、影の下で涼む。

 

横で、静かに積み重なった廃材を漁っていた面積の少ない水着の長身、

戦艦棲姫改め戦艦夏姫が、掘り出した缶詰の奥のパウチを見つけて快哉を上げた。

 

「見ロ離島ッ、味噌ダ、シカモ信州味噌ッ」

「日本食ブーム万歳ッテ感ジネ」

 

テンションに差の在る会話が夏に混ぜ込まれていた所、砂浜に響く声。

 

「何カ、ヌメヌメスルー」

 

二本角の艤装を被る駆逐艦が、海底より浮き上がり浅瀬に歩みを進めた。

 

「タダイマー、他ノ皆ハマダカナ」

 

脚部艤装の上に腰掛けながら駆逐棲姫が問い掛ければ、離島と戦艦が短く応える。

 

「レ級ハイツモ通リ」

「空母ハ迎エニ行ッテイルナ」

 

真水の入ったバケツを受け取り、頭から被りながら返答に想到を寄せる。

 

「アア、艦娘ニ名付ケラレテ囚ワレテタ娘ネ」

 

深海棲艦の鬼、姫に於いて、既に様々な艦種が存在していたにも関わらず、

何故かいまだに確認されていなかった艦種がひとつだけ在った。

 

いつかに生と死の境を、人と深海の境すらも越えてかき集められた「龍驤」に属する艦。

 

―― 軽空母棲姫

 

「アレダケヤッテ、ヤット手放シテクレタカ」

 

呆れの混ざる嘆息に、寝そべる黒い姫が気の無い声色で言葉を続けた。

 

「防空ハマダ見ナイワ」

「アア、防空ナラ途中デ合流デキタヨ」

 

そして振り向いた駆逐棲姫の視界の先、ジュゴンが群れを成し沖合に泳いでいた。

 

「…………」

 

もはや言葉も無い。

 

「ソウ言エバ、深海ノ様子ハドウダッタンダ」

 

頬に一筋の汗を垂らしながら、我が儘な肉体の夏姫が話題を変えれば、

目を逸らし、先の無い太腿をプラプラと揺らしながら駆逐が答えた。

 

「新シク生マレタ連中ハ、穏健派()ニ行クノガ多クナッテルネ」

 

やはりかと頷く戦艦の横で、気の無い風情で離島が相槌を打つ。

 

「主戦派ヲ、皆殺シニシタ甲斐ガ在ッタワネ」

 

穏やかな笑みで口にする拠点の言葉に、窘める様な戦艦の声。

 

「恨マレテイルノハ、オ前ダロウニ」

「ドウセ、百年モ過ギレバ歴史ニ成ルワ」

 

カラリと、椰子の殻の中で氷が鳴った。

 

「私タチハ、力ヲ示した」

 

南の果て、無人の浜辺に打ち寄せる波だけが音を作る。

 

「世界ハ不公平デ、不安定デ、争イハ絶エル事ハ無イ」

 

空いた手が宙に伸ばされ、言葉だけが乗せられる。

 

「ダカライツカ、コノ手ヲ握リニ来ル勢力ガ、キット生マレル」

 

今はまだ、憎しみしか掴めない掌が握りしめられた。

 

気が長い話だと駆逐が呆れ、戦艦が頬を緩める。

 

「ソレハソレトシテ、今ハ働キタクナイ」

 

言い繋ぎ、握りしめた拳を枕に変え、離島棲姫がココナツに口を付ける。

まったくもって同感だと、賛意を示した2隻が廃材漁りを再開させる。

 

ジュゴンの群れが沖合に霞と消えていき、青空に防空棲姫の笑顔が浮かんだ。

 

細やかな物音が満ちる静寂で、虚ろを見据えた瞳にココナツの殻が映る。

 

「鎮メ鎮メ、艦娘ドモヨ」

 

この終わり無き球形の戦場で、辿り着けない世界の果てを。

 

「我ラノ頸木ヲ取リ去ルタメニ」

 

この海の上に在る ――

 

 

 

『最終話 水上の地平線』

 

 

 

再建途中の5番泊地予定地にて、天津風が龍驤を探す。

 

板張りの陰陽系施設に設置されている祭壇には、何故かカツ丼が置かれ、

その近くには、簀巻きにされた一航戦の赤と青が転がされている。

 

「意味がわかりません」

「あああ、せっかくのカツ丼が、カツ丼が冷えていってしまいます」

 

何の儀式だかわからない妖しい空間を見なかった事にして、場を後にする。

 

弓道場には弦音が響き、二航戦と五航戦が互い違いに射を続けていた。

 

「ああもう、うまくいかないわね」

「飛龍ー、やっぱ鳳翔さん呼んでくるべきだよー」

 

「とは言え、鳳翔さんもお店の建築で忙しいでしょうし」

「あ、なら加賀さん呼んでくるのはどうかなッ」

 

それはちょっと勘弁と拒否する3隻に、瑞鶴がショボンと化す。

なら龍驤をと言いだした蒼龍の前で、五航戦姉妹がトラウマに蒼白と化した。

 

何にせよ居ない様だと踵を返せば、造りかけの埠頭が視界に入る。

 

海原には幾隻かの駆逐艦が教導を受け、波間に砲声を響かせていて、

珍しく起きている川内と、荒縄を持った神通が見守っていた。

 

横でドラム缶にもたれた天龍と、第六駆逐隊が天津風へと軽く手を振る。

 

振り返しながら通り過ぎ、敷地を横断すれば集団が在る。

 

買出しに出ていた空母陰陽組が、可燃性の水の入った瓶を倉庫へと運びこんでいる。

その向こうに書類を片手に指示を続ける叢雲と、建築資材の搬入を手伝う金剛姉妹。

 

爆乳エルフから筑摩が工廠機材を運び出す様を、運転席の五十鈴が確認していた。

 

「今日の内に入渠ドックは移送させるんだっけ」

「はい、すいませんが今日だけであと3往復はお願いします」

 

後部の扉を閉めながら、運転手の問いに航空巡洋艦が答える。

そのまま助手席に乗り込み、内燃機関の振動が強く響いた。

 

何処にも居ないと、天津風が足を止めて思考を始める。

 

鳳翔は、未だ箱も完成せず機材の搬入の段には至っていない。

 

間宮は、仮稼働を始め多忙を極めており、うかつに近寄ると捕獲される。

 

工廠は、叢雲たちが目を光らせており龍驤が必要とされるほどでは無い。

 

考えている内にカツサンドを食みながら歩いている島風が通りすがり、

礼号組支援艦と書かれた箱の中から、天津風の分だと一人前を渡される。

 

「お八つにしては重いと思うんだけど」

「よくわからないけど、モリモリムキッとか言ってた」

 

誰がとは言わない。

 

配っている最中だと言う配布係と別れ、飲み物でもと本棟予定地に足を向ければ

既に設置されている企業努力の具現たるECOる自販機と、白い空母。

 

「珈琲と言うよりは珈琲飲料だがな、まあこれはこれで悪くない」

 

3D VISの紅白に身体を預け、ジャマイカの青い山脈に由来する缶を傾けながら、

無駄に立ち姿が絵になる自称龍驤型2番艦がそんな事を言う。

 

「グラーフ、挟みパンを貰いましたよッ」

 

マイアーレのコトレッタ、つまりは豚肉のカツレツが挟んでありますと言いながら

紅色のカザカンを纏う自称龍驤型3番艦が駆け寄ってくる。

 

ならば1番艦の場所を知らないかと問うが、残念ながら心当たりが無いと返る。

 

軽く礼を言って別れ、泊地を歩く。

 

歩く。

 

様々から僅かの時間しか過ぎていないのに、慌ただしくも普段通りな泊地予定地を。

 

誰よりも前に出るヒトだからと。

 

思いつきのままに、いつもの光景全てに背を向けて歩を進めた。

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地初代筆頭、第13世代型人造付喪神、龍驤。

 

第4次の世界大戦に先立つブルネイ鎮守府群再編に於いて、

艦娘でありながら泊地を任された個体として、記録に名を遺す。

 

2度の大戦、26年の軍属を経て随伴艦天津風と共に退役、2年後に機能を停止。

 

その従来より遥かに短い稼働年数は、生涯の過酷さを物語っている。

 

戦場に捧げた生涯は幾つもの逸話を残し、自立行動をとる人外の知的生命体、

艦娘の性能に因らない有用性は、後の日本国海軍の行動指針に多大な影響を与え。

 

それらはやがて、1冊50セントの安っぽい伝説と成った。

 

彼女の日常は常に戦場に在り、日々の大半を前線で過ごしていた。

その戦場には常に日常が在り、激動の時代に確かな平穏が在ったと人は言う。

 

様々な出会いと別れが、特別でない日々を彩り積み重ねていく。

 

今日のこの日も、そのまた一日である。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

輝度の低いブルネイの海の、果てが見えて空と交わっている。

 

天津風の視線の先、海岸沿いの椰子の木陰で、

赤い水干の軽空母が目を閉じて幹に身体を預けていた。

 

声を掛けようと口を開き、音を出さずに噤む。

 

波音が満ちる中で、周囲を伺う駆逐艦が小声で呟いた。

 

「少しぐらい、良いわよね」

 

そのままに隣に腰かける。

 

身を寄せる様に近づいて、横顔をそっと覗き込む。

最近に見た事の無い、穏やかな寝顔だと天津風は思った。

 

少し、バランスが悪かったのか。

 

肩の触れる僅かな動作で、もたれ掛かっていた身体がずり落ちる。

 

慌てて受け止めるも、起きる気配の無い荷物の有様に、

少しばかりの呆れを滲ませた苦笑が零れる。

 

そのまま頭を膝の上に乗せ、未だ夢の中に在る空母の様に頬を緩めた。

 

「警戒心を投げ捨てた様な顔しちゃって」

 

髪を撫でつけながら、思う。

 

このヒトは、何を望み、何を得ようとしていたのか。

 

私たちの多くは、何某かの願い、思いを抱えてこの世界に戻って来た。

 

口では給料だ休暇だと嘯くが、余りに薄っぺらい言葉が理由とは思えない。

 

龍驤は何を望んでいたのかと、考える。

 

全てを通り過ぎ、いつもの泊地の賑わいを背中に受け、

いつかに望み果たされる事の無かった、龍驤の隣で。

 

ああ成程、確かにそうだ。

 

唐突に理解が在る。

 

彼女は常に前に出る艦だった。

あらゆる全てを背中に回す艦だった。

 

「うん、それでこそ、よね」

 

確かめるような言葉が、口から零れ落ちる。

 

膝の上でだらしない顔で眠っている様に、頬が緩んだ。

 

それは、かつての劣勢の中、私たちの誰もが諦めた夢。

 

長門も、大和も、名だたる誰もが持ち続ける事を許されなかった願望。

 

絶望に塗り潰された夢物語。

 

―― 前に討ち果たす敵、後ろには守るべき民

 

龍驤は、正しく英雄で在り続けた。

 

誰からも気付かれず、誰からも顧みられる事が無くとも。

 

それが私の憧れた、ただ一隻の正規空母。

 

気が付けば潮騒が遠く、喧騒が消えていた。

耳元を穏やかな風が揺らし、視界の先には静かな海。

 

ようやくに身を休めた小柄な体を、労わる様に撫で付ける。

 

「お疲れ様、龍驤」

 

いつかの日に届けられなかった言葉が、空に消えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

付録:副題覚書

せっかくの長編完結なので、あとがき的な事を。

 

紆余曲折ありましたが本編、龍驤が建造されてから満足するまで話が完結致しました。

 

思えば初投稿時、初日PV2桁で誰も読んでくれないなあと鬱入り

全30話予定だけど、第一部比翼の鳥だけ全10話で話を畳もうと

書き捨てモードに入っていたのが嘘の様な完走振りでした。

 

全151話、当者比500%、ビジネスだったらクライアントに殺されているな。

 

それはともかく。

 

ご愛読してくださった皆様、感想を書いてくださったり評価を入れて下さった方々

消えない誤字にめげずに誤字報告してくださったゴイスなフレンズに、感謝を。

 

ついで、第一話投下時にサブタイトル無いと寂しいけどネタが思いつかないから

誰にも理解されなくてもいいやってノリで適当に付けよう感で付け続けた副題を。

 

やっぱり何かもったいないので、思い出しながら解説してみます。

 

それでは最後にもう一度、ご愛読ありがとうございました。

 

 

 

『付録:副題覚書』

 

 

 

 01 臥龍は変生す

 

海底で寝てた龍が叩き起こされて女の子にされてしまった的な意味。

これも一種のTSと言うのだろうか、セクシャルではないな、トランスフォーム?

 

  02 勿忘草色の空の下

 

0時前に投稿すると光の速さでページ後ろに送られると気づき、0時過ぎ投稿に。

 

Forget me not blue(勿忘草色)、徹夜して明るくなった東の空を見た事のある人は

知っているだろう的な、日が昇る直前の空の色の様な輝度のやや低い水色的色。

 

要するに寝ていません的な意味の副題。

 

  03 自由は屈従である

 

戦争は平和である 自由は屈従である 無知は力である

小説「1984年」に在る党の標語から、あまりな内容に直接的な関係は無いとか。

 

  04 紫煙の後先

 

4話にしてネタが無くなり、煙草を吸う前後だから紫煙の後先とか、そのまんまー

 

  05 ナイフと封筒

 

内田美奈子作品から「ナイフと封筒」、行方不明の女性に愉快犯の行動が絡んで

主人公視点で展開するサスペンス風味に仕立てた短編、別に内容に関係は無い。

 

キャラ設定に内田美奈子、状況説明に聖飢魔Ⅱ、話を進める伏線回に神林長平とか

謎の縛りがあったとか、理解される努力を全力でぶん投げている副題シリーズ開始回。

 

  06 彗星一二型甲

 

蒼龍がはみ出させるのが九九艦爆なら、五十鈴は彗星一二型甲だよね。

トップは変わらないだろうけど、アンダーとの差は五十鈴の方が大きい気がするのです。

 

  07 熱帯の夜と朝

 

もうサブタイトル考えるのが嫌に成っている感が垣間見える、そのまんまタイトル。

全10話予定だったけど、泊地の説明とかで話数くわれて超過しそうで焦ってたとか。

 

  08 雨月の使者

 

10話で纏めるを諦めた。

乾期に入る前なので雨季とかそんな程度の意味、言葉は中島みゆき「雨月の使者」から。

 

  09 花煮えの冬

 

サンタの季節、花冷えの季語が使える時期だけど、ブルネイは気温30度。

なら花は煮えるなと、そんな感じのフィーリング。

 

  10 待ち受ける遺産

 

コンテナを拾ってきたと言う事は、沈んだ輸送船が在ると言う事で。

行間に消えた誰かの遺産が帰投する艦隊をしぶとく待ち続けている模様。

 

  11 寛容なる狭量

 

イスラム教自体、及びブルネイは寛容ではあるのですが、異文化の交流と言う物は

とかく主観では狭量に見えがちになるとか、そんな認識の食い違いが発生しがちです。

 

  12 文化と文明

 

餅つき VS 電動餅つき機 それだけだったとか。

 

  13 嵐の予感

 

聖飢魔Ⅱ第7大教典「有害」より、「嵐の予感」

 

デーモン小暮閣下は「歌詞を深読みするな」とおっしゃったが、信者としては

「無理です、閣下ッ」としか言い様が無い聖飢魔Ⅱ名曲の内1曲。

 

  14 武士道とは要は根回し

 

武の芸者が南京玉すだれの横で行って糊口をしのいでいた棒振り芸「剣術」を

剣とは禅に通じる立派な芸道、統治にも応用可能な天下泰平の極意!

とか無茶な事を言い出して、本当だよ、だってワシはそれで大名に成ったから!

と言い張り倒し、紫の衣を得ていた沢庵和尚や将軍徳川家光のお墨付きなどの権威で

ゴリにゴリ押しして定着させ、武士の表芸と言われるまで「剣術」の価値を高めたのが

柳生新陰流の柳生宗矩、彼が居ないと現代剣道はおろか剣術自体存在し得なかったであろう。

 

そして沢庵和尚と共著し、活人剣に因る天下泰平の極意の一環として将軍家に提出された

不動智神妙録を鍋島直茂が注釈した物を、実例込みで分かり易く解説したのが葉隠。

 

つまり、宗矩が居なければ現在の武士道と言う物も存在し得なかったであろう。

まさに日本史の特異点、たった一人で何やってくれますの的なトンデモ剣士である。

 

さて、活人剣、殺人刀とは講談、小説では何とも素敵なロマン溢れる主義主張だか

秘儀奥義だかと扱われがちではあるが、そもそもは、単なる技法の呼び名でしかない。

 

柳生新陰流も活人剣としていろいろと言われているが、実際は甘っちょろい思想など

微塵も無い戦場剣術なわけで、柳生宗矩も生前にこう言い残している。

 

「上手い事斬りつけたなら、相手の息の根を止めるまでとにかく斬り続けろ」

 

ぶっちゃけ柳生新陰流の技法に普通に在る、殺人刀の項目。

 

相手の動きを察知し、その動きを活かして対応する剣技だから、活人剣。

要するにボクシングで言えばカウンターの様な意味に成る。

 

対し、相手はどうでもいいからとにかく技を出す、相手の動きを殺して

放たれる技法だから殺人刀、ボクシングで言えばジャブからのワンツーか。

 

つまる所、相手が何をするよりも早く神速で叩き斬る飛天御剣流は確かに殺人剣で、

相手の攻撃に合わせて武器破壊を狙う神谷活心流は、確かに活人剣と言える。

 

奥義(真髄)が、とにかく早く斬るな御剣流と、武器壊す活心流なとこも特に。

 

技法としての難易度が、相手の動きを察知してそれに合わせた対応を必要とするため

一般に「活人剣は殺人刀よりも上等な剣術」と言われる、ただの事実である。

 

さて、それで何で活人剣が天下泰平の秘訣などと言われる様になったのか。

だれがそうしたのかは上記の通りではあるが、その内容である。

 

相手の動きを察知するために、相手の思考、立ち位置などに思考を巡らせる必要が在る。

そしてそもそも、相手がどんな人間でどんな立場でどんな行動をという所に

思いを巡らせる事ができるなら、そもそも斬り合いに成る前にどうにかできるだろと。

 

剣術の家に生まれてこの発想、何なのこの特異点。

 

一言で言えば根回しが大事なのである、常日頃から周りと仲良くするべきなのである、

斬り合いに成ったら斬り殺すのは当然として、そもそも斬り合いになる時点で駄目駄目なのだ。

 

そのため、斬り合いで勝った所でそれは上中下で言えば下の上、

負けたら下の下、などと言う評価基準が江戸時代の主流と成る。

 

つまり、それが武士道。

 

接待根回し礼儀作法で世界を乗り切るビジネスマン達は、間違いなく現代の侍なのだろう。

 

  15 平穏な平穏な日々

 

大事な事だから2回言いました、つまり嘘です。

 

  比翼の鳥(前段)

 

やっと加賀編に入った、さあ終わるぞと気合入れて起承の承までやって、

このまま後段入ったらいくらなんでも急ぎすぎ orz と思い直し前半で切る事に。

 

意味的には、再編一航戦は赤城、加賀、鳳翔&龍驤の3班編成では在る物の、

赤城・鳳翔と加賀・龍驤の2段階の加入順、設計上は戦艦改装の赤城・加賀と

純正空母の鳳翔、及びのその直系に成る軽空母コンセプトの試作2号的な龍驤と

 

前者の組み合わせが比翼の鳥、後者の組み合わせが連理の枝だなとか、そんな感じ

 

何より加賀、龍驤居る戦前は凄まじく張り切っていたのに、龍驤が一航戦から

外れた途端、モラル崩壊するわドック入りするわ練度下がるわと、駄目空母化と言う。

 

第二次世界大戦に於いてもボロクソ評価と言うか微妙極まりなく、仮想戦記でも

定番のカマセ役として採用されるアレな空母っぷりを見せつけてしまう。

 

ああ、この艦は龍驤居ないと駄目駄目だ、とか、うん、まさに比翼の鳥。

 

  16 存在しない故郷

 

戦前と現代って、異国文化とか生易しい表現で済まないぐらいの別世界ですよねと。

艦娘にとっての懐かしの故郷は、現代には何処にも存在していなんじゃないかなとか。

 

つまり江戸前の握り寿司もアボガド巻きも、艦娘にとってはどちらも記憶に無い変な寿司。

伝統とか日本文化とか言われても、まったく理解できないんじゃないかなーとか。

 

  17 鳳の止まり木

 

居酒屋鳳翔がようやく建設、ブルネイが禁酒国なせいで酒関連に触ると、

素でヘイトやディスりに繋がりかねないネタが眠っていて大変危険なので、

安心して語れる場が作中に出来て一安心、みたいな。

 

  18 壺の中の未来

 

鶏肉を語り損ねたのでもう一回鳳翔で、未来へ向けて焼き鳥のタレの熟成をする話。

 

  19 傍観者の視線

 

騒動に一歩引いた龍驤視点、敢えてセリフ無しで蚊帳の外感をアップさせていたとか。

 

  20 朝の光に君が居て

 

安全地帯より「朝の光に君が居て」

要は徹夜だ此畜生的な意味合い、とりあえず朝の光には筑摩が居た模様。

 

  21 海原に響け祈り

 

海原に響くV8お祈り、これは酷い。

作中映画はワンダーアームストーリー、見る人を選ぶダウナーなコメディ映画。

さりげなくロブ・ロウが出演しているが、wikiに記述が無い当たりお察し。

 

  22 魂の水平線

 

聖飢魔Ⅱから「1999 SECRET OBJECT」冒頭、第4大経典「BIG TIME CHANGES」収録。

 

  23 蜘蛛の紋様

 

獸木野生(伸たまき)のPALMシリーズから9作目「蜘蛛の紋様」

内容に特に関係していない、なんとなく蜘蛛の紋様ぽい錯綜だなと。

 

  24 錯綜する認識

 

全員、考えている事が食い違っているとか、連報相ちゃんが酷いと言う。

 

  25 奈落の紐

 

奈落の底に叩き落して紐を垂らす、まさにヤクザの手口。

 

  26 誰も叫ばない

 

美味いぞおおおぉぉッ、とか、舌の上でシャッキリポンと踊るわッ、とか

誰も言わない、叫ばない、コメンタリーしない、静かに食って端的に会話する。

 

以降の食事回の基本姿勢に成ったとか、山口県は体験談。

 

  27 竜巻を待ちながら

 

特四型内火艇、つまり竜巻作戦の事。

 

  28 黄金の行方

 

黄金色の薬缶は何処に行く、それだけの意味だったとか。

 

水道水が飲めるというのを日本の利点と語る人が結構居ますが、水道水が飲める国は

結構在るのです、ブルネイも一応公式設定上は飲める国、以前赤痢発生したけど。

 

日本は先進主要国だけあって、飲める国の中では衛生環境的に上位に位置しますが、

結局は飲める飲めないは相対的な問題であり、特性として語るのはどうかと思う。

 

例えばニューヨークなどは日本よりもさらに柔らかい軟水の土地なため、

ニューヨーカーが日本で水道水飲むと硬すぎて腹を下すとか言う事例も在ったり。

 

  最柊話 鰯の日

 

フランスでは鰯の事を四月の魚(Poisson d'avril ポワッソンダヴリル)と言います。

馬鹿みたいに獲れるからです。

 

エイプリルフールという意味も在ります。

馬鹿みたいに獲れるからです。

 

鰯の日、要するに四月馬鹿の日。

 

  29 考えるという病

 

心と言う物は、落ち着けていても黙る事なくお喋りに成りがちですねとか。

 

  30 緑色の雨

 

聖飢魔Ⅱ第10大教典「恐怖のレストラン」収録、「緑色の雨」

タイトル通りの雰囲気のインスト曲です、内容的にもこんな感じかなとか。

 

  31 横須賀炎上

 

大和が横須賀で炎上している、そんな感じ。

 

  32 揺るがぬ密林

 

ジャングルの女王、榛名。

 

  33 狐と踊れ

 

「踊っているのでなければ、踊らされているのだろうさ」

 

神林長平のデビュー短編集「狐と踊れ」表題作から。

気が付いたら33話に達していて吐血する、何とか後段に持ち込んで一安心とか。

 

  比翼の鳥(後段)

 

起承転結で明らかに字数が足りないので、起承転結なんて誰も言ってませんよ、

起承鋪叙過結ですよとシレっと入れてみるも、それでも足りなくなる、マイガー。

 

シリーズ通して同じ事を繰り返したあたり、どうしようもないとか。

 

  34 俄雨なら余所に降れ

 

美ち奴の「シャンラン節」戦時歌謡版から。

 

歌詞の中から「嫁に行く日はドリアン頼む」、そんな感じ。

 

台湾民謡に後のマレー作戦を見据えてマレー語を盛り込んだ歌詞を付けた戦時歌謡で、

さりげなく終盤のネタにある様に、歌詞の中で日章旗の事をマタハリと発音している。

 

  35 名前を呼んで

 

グラーフだと伯爵と言う意味になるので、どう呼ぶべきなのか問題。

とりあえず本艦との対話で作中の呼び名を決定させた感じ。

 

  天籟の風(序)

 

荘子から「天籟を語る」より。

 

天籟の音で空洞を、または空を吹き抜ける風の音と言う意味で使われたりもする。

しばらく話を進める気は無いけれど、とりあえず天津風は出しておこう的な先行回。

 

  36 益体も無い話

 

天津風の紹介的な回、あまり意味も無く益体も無い話。

 

  あきつ退魔禄 壱

 

龍驤とあきつ丸の初顔合わせ回、龍驤視点だと殺伐とした部分を敢えて

視界の外に置いていたけど、あきつ丸だと直視する感じ、結構賛否在った記憶。

 

でも世界の奥行きを出すには、龍驤以外にも話の軸が欲しかったのですとか。

 

  重巡洋艦の事情

 

序盤にすっ飛ばした3か月の穴埋め回、タイトル考えるのを投げ捨てている感。

 

  あきつ退魔録 弐

 

島風確保回。

 

感想欄では島風のパラメータだけ装甲とか火力でなく、淫乱とか従順とか

そっち系ばかり在ったりとか前もってネタ振っていたけど、

見てない方には衝撃だった模様、いやさ、何か素直にごめんなさい。

 

  駆逐艦の記録

 

真っ先に川内確保した着任2日目、タイトルの投げ捨てぶりが素晴らしい。

 

  AVENGERS-LP

 

感想欄でアメコミ版を書いてとリクがあったので、でっちあげたアベンジャーズ。

うっかり一部マーベルとDC混ざってたりとか、微妙にやらかしてる、スルー希望。

 

この調子で、第二回で鳳翔と恋仲に成りつつも守り抜く事が出来ず落ちぶれてた

トニー・スタークがアイアンマンとして復活したり、スパイダーが厄ネタ持って

合流したり、遊び半分でデッドプールが掻き回しに来たり、最期に世界を見捨てる

事が出来ずに、神界に戻っていたマイティ・ソーがここぞと言う所で復活したり、

満を持してアベンジャーズアセンブル、までやると確実に設定が破綻するなと。

 

そんなわけで1話だけ、足りない所はご想像で宜しくお願いします。

 

  娯楽の顛末

 

翻訳版を受け取った5番泊地の反応。

 

  あきつ退魔録 参

 

あきつ丸との、遭遇、普段の仕事と紹介が終わったので、話の本筋に絡んでくる感じ。

一応、参話はバレンタイン時に設定だけは作っていたとか何とか。

 

  37 ことほぎの日

 

お祝いの話。

 

  38 ブルネイの涙

 

海老の大いなる流れの本流には居ませんが、それでもこれからのブルネイを支える

新たなる産業として大きく期待されているのです、海老の養殖。

 

海老が目立ちますが、海老の他にもいくつか養殖に手を出していて、シンガポールの

バラマンディ・アジアを誘致してバラマンディ(東南アジアでポピュラーな大きい白身魚)

養殖なども試みています、というネタをやり損ねた。

 

  39 水面下の選択

 

水着グラ実装の季節ですねと、無駄に艦これ原作にリンクさせていたり。

 

  40 月に吠える

 

Cry for the MOON、慣用句で「戯言をほざく」「出来もしない事を望む」「夢物語を語る」

グラーフと龍驤の夜間発着艦訓練、要ドイツ製航空機改装、な感じ。

 

  41 鏡像の敵

 

神林長平作品「鏡像の敵」から、話が進む的な意味。

 

  42 夜に騒ぐ者

 

夜食回、感想で川内の話だと思ったと言われて、言われてみればと愕然とした覚えが。

 

  43 鈍色の誇り

 

長波様登場、島風とのカップリングが好き、鈍色は素直にドラム缶だとか。

 

  44 早起きするだけ

 

ルーク篁参謀ソロアルバム「篁」より「PRESSURE LIFE」から。

嫌んなっちゃうプレッシャーライフからの、早起きするだけ、早死にするだけ。

 

  天籟の風(前段)

 

海上で陸戦、何と言う事でしょう。

 

  45 夢の通い路

 

大戦時のドイツ系ネタ兵器特集、で適当に作ってみたものの。

 

ある程度はかぶってるとは思ったんです、でも投下後に改めて読み直したら

紹介兵器全部被ってたよ、おおのやすゆき著「深く静かに沈没せよ!!」に

収録されてる「ドイツの技術力は世界一イイイイイイイ!!」の中身と。

 

開き直ってサブタイトルを「ゆめのかよいじ」に変更した模様。

 

  46 てるてる坊主

 

KOKIAから「tell tell 坊主」、単に百合ん百合んな話やりたかっただけ。

 

  47 束の間の喜び

 

シェイクスピアより、作中にてグラーフが真夏の夜の夢から引用をした上で。

 

「いま望んでいるものを手にして、何の得があろうか、それは夢、瞬間の出来事、

 泡のように消えてしまう束の間の喜びでしかない」

 

  48 夢見る佳人

 

中枢棲姫が、夢見るままに待ちいたり。

 

  あきつ退魔録 零

 

改装前の、黒くなかった頃のあきつ丸。

大陸の方ではポピュラーな、五行をずらしてキャラの意味を変えていく的な説明回。

 

例えば西遊記だと、石より生まれ水簾洞を得て、木の属性の天界への反逆者「斉天大聖」

と成り、炉に放り込み火の属性、五行山に封じて地の属性を経過させ、守護者としての

金の属性をベースとして、炉に在った時に得た火眼で火の属性を兼ね備えた複合属性の

「火眼金精」たる孫(猴)行者として三蔵法師に弟子入りするという塩梅。

 

  49 影絵芝居の国

 

様々な勢力が本音を隠している状態で前線の交流が在る的な。

 

  50 親切がいっぱい

 

神林長平著作「親切がいっぱい」から。

 

宇宙人がやってきて暮らして帰っていくけど、話の筋には一切絡まないと言う

何かもう一発ネタ的な怪作、作者曰く、用事があって地球に来る異星人が多すぎる。

 

  51 孤独の肖像

 

中島みゆきから「孤独の肖像」

 

  52 色と白の境界

 

色気の在る話、夕立のスタイリッシュ白パンとか。

 

  天籟の風(後段)

 

文字数が10で足りなくなったので、一話をあきつ零に改編する。

漢数字にしたら予定より多くなっても足りるだろうとか考えた馬鹿は誰だ、私だ。

 

第二部通して謎をばら蒔いて最後に一気に解決する感じにしたら、やや不評な感じがした。

自分でも失敗したなあとか思う、いろいろ説明を切り捨てる連作短編形式に合わない。

 

第三部は反省を生かして伏線を適宜回収したとか。

 

  球形の戦場

 

天籟の風で説明しきれず、一話追加せざるを得なかった、中枢棲姫回。

 

  53 入り江の愉しみ

 

洋楽、ハンク・ウィリアムズの「ジャンバラヤ」から。

カーペンターズのカバー版が有名。

 

  54 隔意の果て

 

ブルネイ鎮守府群が除け者にされ続けた結果に辿り着いた現状。

 

  55 信頼は知っている

 

信頼(ヴェールヌイ)は知っている、アレが潜水カ級では無い事を。

 

  56 追憶の悲惨

 

想い出はいつも美しいなんて世迷い事を誰が言ったのか。

そんな感じの不味飯会、シーは日本語だとシチ、シチーなどとも表記される。

なのでビート(砂糖大根)のシー(シチ)は「ボル・シチ」と言う感じ。

 

  57 その料理の名は

 

ナポリタン。

唐突のナポリタンコピペ、しかし古すぎたのかネタとして微妙だった模様。

 

  58 波間に木霊する

 

サモア島の歌、だから青い青い海だったり波間に木霊したりする。

 

サモア島の歌はポリネシア民謡に日本語の歌詞を付けたものと61年に

小林幹治氏がNHKみんなのうたで発表し、流行から定着した歌、とは言うが

 

実のところ民謡では無く、単なる当時のサモア島での流行り歌で、

普通に廃れたせいで21世紀現在、原曲が現存していない、のは余談。

 

  59 小麦の蝋燭

 

マカロニを知る人が居ないとまでは言わないが、ポピュラーと言うには無理がある、

戦前戦中はそんなマイナー食材だったとか。

 

戦後に日本に広まった時、乾麺の状態を見た人が作中の叢雲の様に

蝋燭と誤認するという事例がけっこうあったと記録に残っていたり。

 

  邯鄲の夢(序)

 

そろそろ話を締める事を考えなきゃなと、第三部赤城編に手を付ける。

しかしここから完結まで一年以上かかるとは、この海のリハクの目を(以下略)

 

  60 祝賀と贖罪

 

イスラム暦は完全太陰暦なため、太陽暦の日本とは一年の期間にズレが生じる。

そのため近未来設定の作中ではラマダーンがだいたい春先あたりになるわけで、

一年前には比翼の鳥に入る手前でちょっと入れ損ねた断食からの一連のネタ。

 

ようやく書けた的な感じ。

 

  61 不敵な休暇

 

神林井長平著作「敵は海賊 不敵な休暇」から。

書くタイミングをずっと待ち構えていたポーリン温泉回。

 

  最終舌 片肌カンフー 対 空飛ぶ玉子焼き

 

タイトルは「片腕カンフー対空飛ぶギロチン」から

見ての通り祥鳳型姉妹喧嘩ではあるものの、特に作中には出てこない。

 

  62 鶏を廻る三景

 

チキンライスを軸とした3つの光景。

金剛曰くの洋食屋のチキンライスが、鳳翔曰くの炊き込み型のチキンライスに成り

そこにケチャップが入り提督の言っていたチキンライスに、という進化の系譜。

 

  63 悪魔と踊る

 

Dance with Devils 慣用句、「厄介事を背負い込む」

そのまんまな意味。

 

  64 転がる民主主義

 

アイスクリーム(民主主義)を軸に転がっている話。

 

  邯鄲の夢(間)

 

あ、ヤベ、最近全然話進めてない的な発見が在り、とりあえず間章を入れた模様。

離島棲鬼が姫昇格しつつ、感想欄からはみ出しはじめた因縁の回。

 

  65 華麗なる黄昏

 

カレー回。

 

カレンダーの符牒はカレー曜日>カレー洋>マレー沖>基地航空隊

つまり「基地航空隊の開発は順調に進んでいます」との工廠からのメッセージ。

 

  66 七胴落とし

 

神林長平著作の短編集「七胴落とし」から、7つのネタと1つのシリアス。

 

  67 天体の孤独

 

内田美奈子作品「天体の孤独」から、作中時間経過のためだけの状況説明回。

 

  68 葡萄の牙

 

葡萄牙(ポルトガル)、そのまんま。

 

スペインとポルトガルは英仏の代理戦争の場に成った過去が在るので

コマンダンテスト的には勘ぐるものが在った模様。

 

フランセシーニャはネット上の表記がそれが多かったので採用したものの

かなりゆっくりでないとそうは聞こえない、フランジーニャ、フランスジン

あたりの方がヒアリング的には近いっぽい。

 

意訳でフランス風、フランス式と訳しているけど、直訳は「フランスのお嬢さん」

 

  69 晴れすぎた空

 

いや、本気でサブタイトルのネタが無かったのです。

もう航空機の話しているから空でいいや的な。

 

  給糧艦間宮大破事件

 

何となく冒頭で「豊臣秀吉が木下藤吉郎だった頃ッ」と言いたく成った。

 

言った。

 

実はその後は全部即興。

 

  70 風の行方

 

島風は何処に行くのー。

 

うっかり矢矧に大和を敬称付きで呼ばせてしまった。

仕方なしに、それで通すことにする、横須賀大和は救世艦隊の旗艦だから

いかに矢矧と言えども敬称を付けてしかるべきと判断したのだろう、とか。

 

  邯鄲の夢(前段)

 

クチコキ様が暇様にハメられる話、これは酷い。

 

主戦派皆殺し計画視点で見ると、この時点で敗北後に遊軍と化すのを許さず

前もってかき集めキッチリ皆殺しにする、という離島棲姫の意図が垣間見えるとか。

 

  71 痴人の愛

 

感想欄にも書いたけど、友人谷崎潤一郎との細君との破局を迎えた佐藤春夫が

故郷に引っ込んで詠んだフラレ男の歌が秋刀魚の歌。

谷崎潤一郎が細君をほっぽって手を付けた、細君の妹をモデルに書いたのが痴人の愛。

 

詰まる所、秋刀魚の話。

 

このあたりでようやく、予約投稿という機能が在る事に気が付く。

 

  72 牛追いの時代

 

牛追い(カウボーイ)絡みの西部話、時期的にサラトガ建造時はフロンティア消失宣言

されていたけど、初期乗員的にはウェスタンショーを見て育った世代なわけで。

 

サラトガが西部の女なのは、そんなせいもあるかもとか。

 

  73 変わらぬ世界

 

もういいかげんタイトルのネタが無くなりきっている感。

ピラミッドケーキとか小ネタを入れただけ、と言うか話を進める前に

あとちょっと日常回のクッション欲しいと思って入れただけの回。

 

  74 猶予の月

 

神林長平著作「猶予の月」から。

 

いざよいの月、猶予期間、鳳翔赤城が仕込みをしている描写から

普段の事に備えている泊地の様子を入れて、最終エピソードへの雰囲気転換回。

 

  邯鄲の夢(あきつ)

 

邯鄲の夢は7話予定、十種神宝でいけば3つ余裕ができるなと開始したものの、

毎度の予定超過、それだけでは足りなくなり、あきつ丸側は三種の神器採用。

 

草薙大剣の前振りでもあったとか。

 

  75 鈴の音に消える

 

聖飢魔Ⅱ「悪魔のメリークリスマス(完結編)」から。

歌詞が大惨事を謳い上げまくっている、さりげに後の展開の予告。

 

  76 両手に生姜

 

生姜に詳しい、生姜通。

 

  邯鄲の夢(離島)

 

ドミノの様に毎回新しい大惨事が、誰がここまでやれと言った。

龍驤タイプをボス位置に置いて放置すると酷い事に成ると骨身に染みたとか。

 

  77 その空白時間帯

 

内田美奈子著作「the その空白時間帯」から。

離島ハウスが流されていく、ので貴重な時間を人類側が得たとか。

 

実は津波を起こすまで離島ハウスの事、すっかり頭から抜けてました。

それで世界への影響を考えている内に、あれ、離島ハウス流されるのではと。

 

  78 芝居蒟蒻芋南瓜

 

「とかく女の好むもの、芝居蒟蒻芋南瓜」

江戸時代の流行語ですね、井原西鶴が芝居 浄瑠璃 いもたこなんきんとか

別バージョンを書き残していたり、そんな適当なサブタイトル。

 

  邯鄲の夢(後段)

 

十種神宝三種神器、全部使い切ってしまい、しかたないので十種を一二三に例えて

ひふみ祝詞から布留部の三文字を追加、とかやったのにまだ足りない、酷い。

 

ので赤城部分を分離させて別章化、あれ、第三部は赤城編だったはずでは。

 

  取終話 天体の地平線

 

アストロ球団ネタ、からの何となく中華一番。

 

  5番泊地かく戦えり

 

シリアスが続いたので息抜き回って、直前がエイプリルフールなのだが。

まあストーリーの上で一区切り欲しかったので、あと泊地はどうなった的な。

 

  ラストダンスを貴女と

 

赤城編、スーパー海軍撃墜王大戦、しかしさりげなく龍驤隊に陸軍から

軍神こと加藤建夫参戦、酷す。

 

加藤隼戦闘隊、大隊長として有名ですが、渡洋爆撃時に台風で暇に成った

龍驤隊が陸軍の航空隊に教導行った時は中隊長、冥府の陸軍はそんな意味だったとか。

 

  あきつ退魔録 幕

 

あきつ丸を軸とした物語の終焉。

 

アラビアンナイトの特徴のうち一つは、腐れ外道でも上手い事やったらハッピーエンド

に辿り着けると言う、とても現実的で、ある意味優しい展開だと思うのです。

 

人は大抵は聖人君子ではありませんし、綺麗な主人公しか幸せになれないのだったら

読んでいる読者は、脛に傷持つ分だけ不幸になるしか無いじゃないですかと。

 

どうでも良いけど千夜一夜物語のタイトルが千一夜で無いのは、アラビアでの

1001夜の表記がアルフ(千)・ライラ(夜)・ワ(と)・ライラ(夜)と

千と一と表記するから、直訳で千夜一夜とされているせい。

 

  邯鄲の夢(龍驤)

 

黄泉戸喫(黄泉の汚れた食べ物を口にする事)を防ぐ乗員と亡者の攻防。

誰一人本心を口にしない、龍驤が適当な事を口するのはきっと乗員のせい。

 

  最終話 水上の地平線

 

私たちは求め続ける。

 

私たちの望む世界の果てを。

 

この海の上に在る、水上の地平線を。

 

などと真面目にメインタイトルにこじつけた感じ。

いやさ、タイトル決めた時は、ここまで長丁場でやり切るとは思ってなかったわけで、

海の上に俎板が居るから水上の地平線でいいだろ、みたいな、いやあはは。

 

 

そんな感じの全話サブタイトルでした。

それでは、またお目にかかれることを祈って。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。