覇王伝説炎莉 ナザリック第九階層にて (ヘトヘト)
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覇王伝説炎莉 ナザリック第九階層にて

ンフィーレア一行がナザリック地下大墳墓に招待され、家族水入らずで豪華な食事を楽しんでいた最中のことである。

 

「……あ、あのすみません。私お手洗いを貸して頂きたいのですが……」

 

砂糖の甘みに感動し、紅茶をお代わりした結果だろう。

申し訳なさそうにエンリ・エモットが申し出た。

 

この時点で、ささやかな幸運が2つある。

1つは彼女の発言が転移した者たちの耳に「お花を摘みに……」と翻訳されなかったこと。

2つ目が大墳墓の主人アインズ――鈴木悟は女性と交際経験など皆無だ――が同席していなかったことである。

 

あやうく自然豊かな第六階層に招待されるようなボケは発生しなかった。

しかし―――

 

幸運は大き過ぎると意外な結果をもたらす。

 

 

「畏まりましたエモット様。では、ご案内を……」

「いえ! 教えて頂けたら大丈夫です! 一人で行けますから!」

 

自分は16歳。妹とは違うのだ。

この綺麗なメイドさんにトイレまで付いてきて貰うなんて、そんな恥ずかしい真似など出来ない。

メイドさんに簡単な道筋を教わってエモットは部屋を出る。

 

ここで彼女の認識違いを指摘しよう。

彼女が出た部屋は『 客室 』だ。

臭いや水音を考えて不浄の場所である『 トイレ 』が真近にある訳がなく、ナザリック大墳墓の間取りは村の建築レベルを遥かに凌駕する。

 

「部屋を出て右手に真っ直ぐ進んで、左手側にございます」

 

エンリが真っ直ぐに進む間に、他のメイドと遭遇する可能性は充分にあったのだ。

人の姿をしたメイドでない可能性も。

 

エンリが異形の彼女に遭遇して悲鳴を上げなかったのは、ゴブリンやオーガとの生活に慣れていた為かもしれない。

ペストーニャ・S・ワンコ。

ナザリック地下大墳墓のメイド長にして、守護者に次ぐ高位の神官だ。

 

(犬の被りもの? アインズ様も仮面をしてるし、この人も魔法使いさんかな?)

 

犬の頭部にある瞳は優しいものの、考えてみれば自分は不審者に思われても仕方ない状態だ。

ここはお手洗いの場所をきちんと聞いて、自身が怪しい者でないことを証明しなければ。

慌ててエンリが口を開く。

 

「あの、お手―――」

「わん!」

 

たまたま通りがかり、その瞬間を目撃した第三者のメイドがある証言をしている。

アインズ様が招待した人間がメイド長に命令して服従を強いていたと。

 

実際はメイド長はかつての創造主とのやり取りが条件反射で出て、来客へ対する失礼に頭を下げていたのだが。

さらに後日エンリは指揮官系のスキルを持ち、号令で配下のゴブリンを動かせることが知れ渡る。

 

かくしてエモット様は高位神官の抵抗すら打ち破るスキル保有者だと、ナザリックの一般メイド達に噂になり。

それを耳を挟んだルプスレギナは笑い転げながら『肯定』し、エンリ伝説の後押しをしたという。

 



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【覇王伝説炎莉2 カルネ村の祭りにて 前編】

 ※ 注意 ※

時間軸はオーバーロード第9巻「破軍の魔法詠唱者」の後です
未読の方には作品のネタバレになる恐れがあります



カルネ村を取り巻く情勢は大きく変化し、住人は種族の比率を塗り替えて一気に増えた。

これもひとえに大魔法使いアインズ・ウール・ゴウンと一人の少女がもたらした結果だ。

もしもこの地域にネット検索があったら、キーワード・ランキングのトップはこうなっていたに違いない。

 

『エンリ将軍』

 

最近カルネ村で新しく浸透し始めた言葉だ。

リ・エスティーゼ王国第一王子との戦闘において、二つ目の『小鬼将軍の角笛』から召喚されたゴブリン軍から発せられた敬称である。

もちろん、村では何の違和感もなく村人みんなから受け入れられた。

エンリ・エモット本人を除いて。

 

「村長や族長の肩書きだけでも重いのに、将軍だなんて押しつぶされそうだよぉ……」

「ははっ、お疲れ様エンリ」

「お姉ちゃん将軍、がんばって!」

 

机に突っ伏したエンリの背に、ンフィーレアとネムの声がかけられる。

現在、彼女が処理しているのは村の行政についてだった。

一気にゴブリン軍を抱えた為、住み家や食糧事情など問題は現在進行形中だ。

 

「それと今年の収穫祭はどうする?」

「あー、これだけの人数だと規模からして違うよね……」

「うんうん、お酒やごちそう足りないよ!」

 

例年は広場に村人が集まり、ささやかで慎ましい酒宴が行われた。

日頃よりも少しだけ肉が多く振る舞われ、子供達は貴重な菓子を楽しみ、妻や娘たちが慎ましく着飾って華を添える。

夜にはたき火の周囲で素朴な歌や踊りを楽しみ、笑い声の絶えない時間を村全体が楽しんだ。

 

今年はそうはいかない。

まず人数からして広場に収容するのは無理。

そもそもゴブリンやオーガたち亜人を交えた酒宴が想像つかない。

普段から肉をたくさん食べるオーガが羽目を外したら、どれだけの肉が必要なのだろう。

人間よりも強い亜人たちが酒に酔って暴れたら止められるのか?

 

「いっそのこと中止にする? 戦闘があったばかりだから、喪に服すという建前はつけられるよ。

……というかエンリが言えば、誰も反対しないと思うけどね」

「ええ~! お菓子食べられないの嫌だよ!」

 

二人の声にエンリの気持ちは固まりつつあった。

誰も反対しないからでは独裁と変わらない。

新しく村長になった自分を支えてくれるみんなの為に何かしたい。

村を守る為に矢面に立ち、傷ついてきた亜人たち。

同じように村の為に動いてこそ村長ではないか。

 

「あのね、今年は本当に大変だったから、楽しい収穫祭にしたいの」

 

エンリの発言にンフィーとネムが微笑んだ。

『……というかエンリが言えば、誰も反対しないと思うけどね』

先程の『誰も』には、二人も含まれているのだから。

 

「じゃあ、決まりだ」

「ねぇ、お姉ちゃん。楽しくするなら何かしようよ。街から楽師さんを呼んで来るとか、ゴウン様のお力を―――」

「それは駄目」 「止めとこう」

 

エンリとンフィーの声が重なった。

ゴウン様が関わったら絶対に豪華過ぎて、ネムを除くみんなの胃が驚嘆・恐縮するような収穫祭になる。

10年分の収穫高よりも高額な、1日だけの収穫祭なんてありえない。

 

「いい、ネム? 村のみんなで出来る範囲でやるの。そうね、新しく仲間になったゴブリンさん達の歓迎も兼ねて……」

 

この時、エンリに電流が走る!

新しく仲間になったゴブリン軍には、古株になったジュゲム達よりも強そうな者たちがいた。

誤解の始まりとなった、アーグ達と腕相撲をして全戦全勝して、村人たちにも信じられ始めた族長伝説。

それを払拭する良い機会ではないか。

 

「これだわ!」

「ど、どうしたのお姉ちゃん?」

「場所をとらず、お金もかからず、新旧の人達が交流できて、肌を触れ合わせる催しものを思いついたの!」

 

肌の触れ合い発言でちょっと誤解したンフィーが赤くなっているが、エンリは気にしない。

村長……いや、将軍による鶴の一声。

かくして収穫祭における、大腕相撲大会が実施されることになった。

 

 

―――姐さんがやる気だぜ! 野郎ども、露払いは果たせよ!

―――族長が以前、俺たちにしたみたいに新入り達を締める気だ。

―――エンリ将軍による軍事教練の発令です。全員絶対に参加。当日までに鍛錬に励み、決して無様な姿をさらさぬよう。

 

 

優れた軍隊は指揮系統が統一され、末端に至るまで命令が行き届くものである。

それこそ角笛を吹くように。

結果から言えば、エンリの目論み通り族長伝説は払拭される。

代わりに新たな覇王伝説の1ページが誕生するのだから。

 

 

            ※   ※   ※

 

 

カルネ村収穫祭の当日、エンリ将軍杯・腕相撲大会トーナメント。

村の郊外に設置された野外会場で一回戦が全て終わり、参戦者は半数になった。

 

敗れた者たちは周辺の警備と運営、そして観客へと交代。

勝負が進むにつれ、交代要員が増える度にローテーションが巡る。

ゴブリン軍の割合が多い関係もあり、進行はスムーズに進んだ。

やがて昼過ぎにベスト16が決定。

ここからは特別シード枠のエンリも参加する。

 

 

――エンリ将軍 VS 古株ゴブリン・カイジャリ――

 

「カイジャリさん、分かってますよね?」 (私が怪我しないように本気を出さないで下さいね?)

「もちろんでさぁ、エンリの姐さん!」 (恥をかかせるような真似はしませんぜ!)

 

早々に負けるつもりで腕から力を抜いていたエンリは、カイジャリに()()()()()()()()()|相手の腕を押し倒した。

(え? えっ? ええええーーっ!?)

「姐さん、ナイスマッシブ!」

親指を立て、カイジャリが勝者を讃える。

 

「ねえ、ルプーさん。今のお姉ちゃんの腕が引っ張られてなかった?」

「あれはモンクのスキル、アイキドーでしょうね。押してダメなら引いてみろってヤツっすよ」

「えっ? そんなことできるの?」

「知らないっす」

 

 

――エンリ将軍 VS ゴブリン・ギーグ部族の族長アーの子・アーグ――

 

アーグが勝ち抜いているのは幸運に過ぎない。

族長の子ゆえにシードだった彼は、初戦は先の戦闘による負傷が癒えないゴブリン。

二回戦は人間の若者。

互角の勝負だったが、相手は収穫祭の準備による疲れがあって僅差で勝てた。

最後は子供を相手に本気出すのは大人げないと、相手のゴブリン聖騎士が辞退したのである。

 

しかし、幸運は完全に尽きた。

眼前にはオーガの巨腕すら捻り潰す、エンリ族長が降臨しているのである。

彼女が自分を見て微笑んだ。

アーグの瞳には、獲物を前に旨そうだと舌舐めずりするオーガのように映った。

 

 

            ※   ※   ※

 

 

ここで勝つのは絶対にマズイ。

観衆の中、アーグがガタガタと震えて「腕が折れたらどうしよう」と呟いている。

エンリは相手を落ち着かせようと微笑んだが、なぜか泣きが入って蒼ざめた。

 

アーグの対戦者だったゴブリン聖騎士が辞退しただけに、子供相手に本気出すのはイメージが悪すぎる。

絶対に負けなくては!

心の中で力強く決意し、エンリが腕を差し出した瞬間――

 

「おっ、俺! 棄権しますっ!」

「アーグくんっ!?」

 

呆然とするエンリに、アーグが頭を下げる。

というか腕を組み合わせていないのに、負傷したみたいに押さえているのは何故?

 

「自分の叶わない相手と出会って退くのは恥じゃない。むしろ相手の力量に気づかず、返り討ちに遭う方がダメだ」

 

返り討ちって何?

たかが腕相撲だよ?

ここで大声で否定したいが、最近のエンリはバーゲスト戦で見せたようにゴブリンを強制的に動かす時がたまにある。

あの現象が発動したら、それこそアーグの撤退が正しかったと証明するようなものだ。

エンリが笑顔を崩さないで耐えていると――

 

「見なさい。優れた将は他者へ自発的な成長を促すものです。さすがエンリ閣下」

「おおっ!」

 

観客のゴブリン軍師さん、ちょっと黙って欲しい。

感嘆の声が沸き上がる中、エンリの笑顔には汗が浮かんでいた。

 

「アインズ様いわく『戦闘は始まる前に終わっている』。

男胸さんを無礼討ちした際のお言葉ですが、エンちゃんもその域に達するとは流石っすね!」

 

ルプスレギナが大恩ある魔法詠唱者の名前を出したことで、村人達のエンリを見る目が尊敬に変わった。

先代の村長が「わしの判断は間違ってなかった。エンリで正解だった」と言葉を添える。

 

「え!? ちょっと、あの……!?」

「エンリ! エンリ! エンリ! エンリ! ウォォォォオオオオーーー!!」

 

ゴブリン軍によるコールが唱和される。

腕相撲大会の高揚は最高潮に達した。

企画考案者の思惑は最高調に没した。

もはや収穫祭は英雄の誕生祭の態になっていた。

 




次回は準決勝と決勝戦。
半分まで書き終えています。
今月中に投下する予定です。(※ 仕事の疲労度と休み次第)


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【覇王伝説炎莉2 カルネ村の祭りにて 後編】

3行で前回のあらすじ

・カルネ村の収穫祭
・エンリ将軍が腕相撲大会を企画
・将軍が子供ゴブリンをシメた



――エンリ将軍 VS 戦闘メイド ルプスレギナ・ベータ――

 

準決勝。

初戦から三回戦まで尽くオーガ達と対戦し、勝ち進んでいる女神官ルプスレギナ。

彼女は勝負をしたわけではなかった。

オーガ達が酒に酔って前後不覚になったり、何故か体調を崩したりと、不戦敗が続いたのだ。

「いやー、神のご加護っすね! 臭い者にはフタっすよ!」

そんな女神官を優勝候補に推す声も多い。

彼女がンフィーレアに放たれた妖巨人(トロール)の拳を受け止めた話は村では有名だ。

 

「ルプーさん、あの……」

「んっ~~、八百長のお誘い? エンちゃんも腹黒いっすねぇ」

 

顔を近づけ、声を潜めるエンリをニタニタした笑いで女神官が制した。

口ごもる相手の耳元に囁く。

 

「エンちゃんも冷たいっすよね。あれだけの声援を受けて、本気を出さずに負けようとするなんて」

「っ!」

「だから―――」

 

天真爛漫な陽気さが消え、冷たい邪悪さが美貌に浮かび上がった。

女神官の口調が妖艶に変化する。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

薄い笑みの宣告にエンリは背筋を震わせた。

冷たい汗が浮かんだ手のひらを無意識に服で拭う。

彼女だけではない。

ルプスレギナの小声は拾えなくとも、得体の知れない気配を感じ、一部ゴブリンで手練れの者たちが身構えていた。

「ん~~、そうっすね」

周囲の反応を余所に、一瞬で女神官は明るい表情と口調に戻っている。

観客席へ投げかけられる爆弾発言(アピール)

 

「この勝負、私が勝ったら、ンフィーちゃんを頂くっすね。寝取られっすよ、いやー、エンちゃん寂しく独り寝の人生っすよー」

「ちょ! 何言っているんですかっ!?」

 

これは女の戦いね、と観客席で元・女冒険者のブリタが訳知り顔で、うんうんと頷く。

それを聞いて場に火が着いた。

観客たちは思わぬイベント勃発に大喜びだ。

 

(ンフィー、今の聞いてどう思ったかしら……)

 

エンリは周囲を見回したが幸か不幸かンフィーレアは観客席に居なかった。

いったん工房に戻っているか、運営で動いているのだろう。

居たら観客みんなから大いに冷やかされていたに違いない。

 

 

―――そして、勝負が始まった。

 

 

肘を立て重なる白い手と、畑仕事で日焼けし鍛えられた手。

ルプスレギナは笑顔の仮面の下で嗤う。

人間が59レベルの戦闘メイドである自分の手を握るのは初めてだ。

しかも握手でなく勝負で。

それがどれだけ得難い行為であるか、どれだけ危険かを誰も分かっていない。

赤ん坊が魔獣の牙に触れているようなもの。

一瞬でズタズタに引き裂かれる相手に、無自覚に自ら手を差し出し、預けている危うさにゾクゾクする。

絶対の主であるアインズ様の命がなければ、自制せずに蹂躙しているところだ。

 

だから、ルプスレギナは味わった。

身を許すかのように片腕を預け、無駄な抵抗を伝える愛しい住人の感触を。

怯えすら忘れ、無我夢中になって挑んでいる少女の姿を。

肌を朱に染めて奮闘する汗の臭いを。

片腕の檻に閉じ込められた獲物。

それはかじり付きたくなる程、焼き菓子(ビスケット)のように脆く、粉々に蹂躙したい甘美な嗜好品だった。

 

 

            ※   ※   ※

 

 

組み合った腕は微動だにしない。

「ご、互角だと!?」

観客から洩れた声に、ざわめきが静寂に変わる。

 

エンリは水面下で必死にもがく水鳥の脚の気持ちだった。

傍から見れば互角でも、実際は全力を振るってもビクともしない。

押しても駄目。

逃げを打とうと引っ張っても無理。

ルプスレギナが完全に支配した膠着状態だった。

懸命に力を込めて震える腕は、酷使を訴えて肩から拳まで感覚が鈍い。

 

 

しかし――――

 

 

(……痛ッ)

エンリが顔をしかめる。

無理をして筋肉か靭帯を痛めたのだろう。

それを飲み込んで必死に続行する、健気な姿がイジらしい。

(おっ、良い表情っす。まるで初めてを迎えてこらえる乙女っすね……でも、そろそろ潮時っすか)

さんざん煽りはしたが、ルプスレギナは心得ている。

この人間は至高の御方いわく、村の優先度二位の存在だ。

 

『お前には失望したぞ!!』

『この三人だけはなんとしても守れ』

『次は許さん。分かるな?』

 

己の務めと、あの凄まじい叱責は忘れていない。

守る対象を自分が傷つけては、再度お叱りを受けかねない。

組んでいない方の手を、両者が肘を預けている木製の台座に添える。

 

<力場(フォース)>

 

使用されたのは、信仰系魔法<力場爆発(フォース・エクスプロージョン)>の下位版。

指先から放たれた不可視の衝撃波により、台座は大きな亀裂を生んで砕けた。

肘の支えを失い、エンリが大きくバランスを崩して倒れ込んだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐわぁー! やられたっす!」

「えっ……あっ……あれ……?」

 

自然と身体ごと、エンリが相手をねじ伏せたような状態が出来上がっていた。

視点を変えれば、ルプスレギナが自らを下にして、転倒を受け止めたとも言える。

誰も気づかなかったが、女神官の背中は紙一重で地面に着かず、脚力と背筋で己と相手を支えていた。

ナザリックの者として当然の行動だ。

至高の御方から賜われたメイド服を地面で汚すなど有り得ない。

 

呆然とするエンリが冷静さを取り戻す前に、女神官がたたみ掛ける。

煙に巻く狡猾さは同僚ナーベラルも尊敬するところだ。

 

「エンちゃん、勝ったからって押し倒すのは無しっす! 前にも言ったけど、私は同性愛者でなく異性愛者なんで!

もしかして公衆の面前で犯されるっすか!? 公開処刑っすか!?」

「そんな訳ないでしょ!」

 

真っ赤になって立ち上がるエンリ。

 

――エンリ将軍は女も喰うのか……(ざわざわ)

――そういやンフィーの兄さん、男にしては女みてえに華奢だよな?

――そんなに不思議か? 悪霊犬(バーゲスト)を片手でひねって絞り出した血を飲む族長だぞ。

   オーガみたいに人間の女を食っても変じゃないだろ?

 

ちなみに最後の発言はアーグであり、大人ゴブリン達からは微笑ましい視線を向けられた。

あれは冗談だったと子供ゴブリンが知る日は来ないのかもしれない。

――まぁ、ある意味ンフィーの兄さんが姐さんに絞り取られるのは間違いじゃねぇけどな。

――姐さんが片手で絞り出したり、飲んだりするのか……(ドキドキ)

 

「いやー、エンちゃん流石っす。まさか私の利き手に合わせてくれて、本気を出さないで私を破るとは」

「!!?」

 

ルプスレギナの発言にざわついていた観衆がピタリと沈黙した。

そういえば、エンリが組んだのは利き手ではない。

ちなみにウォーロードのクラスも習得しているルプスレギナは、戦闘の嗜みとしてどちらの腕でも戦えるようにしている。

もちろん、そんなメイドの戦闘能力を把握している者など誰もこの場にはいなかった。

 

砕けた台座に観客の視線が集中した。

利き手でない腕の力で?

それも密着させた肘で?

 

「掌や拳の攻撃に気なる力を込めた武技があるが、密着した状態から放つのは上位の奥義とのこと。

さらに極めた達人ともなれば、手以外のあらゆる部位からも可能だとか。

全身これ武器……エンリ将軍とはこれ程までか」

 

沈黙を破ったのはゴブリン暗殺隊。

二度と表に現れることのなかった闇に潜む彼らが、驚愕の余り顔を出している。

覆面から覗く瞳には賞賛と畏怖があった。

 

「ち、違いますっ! これは何かの偶然で……痛ッ!?」

 

腕を振って否定した瞬間、エンリが片腕を押さえた。

奮闘したツケを請求するかのように、自覚した痛みはズキズキと大きい。

(あっ……でも、負傷なら次の勝負は棄権できるよね!)

辞退の理由が出来て、エンリは改めて勝利を得たと明るい表情を浮かべた。

 

だが、サディストは表情からその思考を読んだ。

逃がさないとばかりにエンリの痛めた腕を掴み、勝者を示すように掲げさせる。

「神官らしく私から勝利の祝福っすよ」

 

<軽傷治癒(ライト・ヒーリング)>

 

(それにアインズ様に叱られるのは面倒ですから。後腐れなく証拠は隠滅っす)

唱えられたのは、ヒーリング・ポーション相当である最下位の治癒魔法。

まるでアンデッドが掛けられたかのようにエンリの顔色が曇っていく。

エンリの痛めた腕は瞬時に回復を果たし、ベスト・コンディションで決勝戦を迎えることとなった。

 

 

            ※   ※   ※

 

 

「ンフィー、ここに居たの。決勝戦の審判か何か?」

「みんなエンリの活躍に注目してたからね。僕もトーナメントの端っこで頑張っていたんだよ」

 

 

――エンリ将軍 VS 天才錬金術師ンフィーレア・バレアレ――

 

 

決勝戦。

意外も意外、勝ち残っていたのはエンリの恋人ンフィーレアである。

 

「冗談でしょ? ンフィー」

「まぁ、実力でないんだけどね」

 

そう言って、彼は腕を掲げて見せた。

エンリはおろか村人の全員が見覚えがある。

鉄の籠手(イルアン・グライベル)

魔法詠唱者アインズや漆黒の英雄モモンが白骨の手を隠す為に装備していた、筋力増加の効果を持つ魔法の防具。

半日だけの約束でンフィーレアに貸し与えられたものであり、ルプスレギナが運んできた品である。

ンフィーレアのタレントはエ・ランテル王国でも有名な『あらゆるマジックアイテムが使用できる』。

元より魔法詠唱者が装備していた籠手を、錬金術師の彼が使用できても不思議ではない。

 

「魔法の道具を使うのはずるくない?」

「魔法の道具から召喚された参加者(ゴブリン)たちは?」

 

そう、どちらも同じ魔法詠唱者による品である。

大恩あるアインズを引き合いに出されて村で反対する者はいない。

加えてンフィーレアは生まれ持ったタレントを使うのは、筋力に優れた亜人が力を振るうのと同じだと説いた。

 

強引な主張だが、所詮はお祭り企画。

面白ければそちらを優先。

本気で勝敗に拘る者はおらず、盛り上がるならと大らかに認められた結果である。

ゆえに村の住人でないルプスレギナの参加も受け入れられたし、ンフィーレアの人柄ゆえに認められた部分もある。

非力な青年が彼女に良いところを見せたいのだろうとして、むしろ好意的に例外として許可されていた。

 

ンフィーレアから説明を受け、釈然としないエンリだったが直ぐに考えを改める。

ルプスレギナには拒否された提案も、彼なら受け入れてくれるかもしれない。

族長伝説の払拭、最後のチャンスだ。

 

「ンフィーお願いがあるの」

「なんとなく分かるけど、言ってみてよ?」

 

 

            ※   ※   ※

 

 

最後の勝負に勝敗が決した。

優勝は――――ンフィーレア・バレアレ。

みんなの目にはエンリの表情は晴れ晴れとしており、とても嬉しそうに映る。

決して敗者の浮かべる表情ではない。

「おめでとう、ンフィー!」

満足そうに祝福を口にしている。

 

――負けた族長がキレて暴れるんじゃないか?

――小指で勝負を仕掛けていたとか?

――ああ、三本勝負だったか?

――東の巨人の大剣があったろ? あの毒は筋力低下だったから、一服盛られたんじゃ?

――あの将軍は影武者かもしれない。

 

観客に動揺と混乱が広がり始める中―――

 

「……見ましたか?」

 

感激に震える声が上がった。

ゴブリン軍師である。

 

「配下の武勲を奪い、己の手柄として独占する将も多い。

ですが、エンリ閣下は違う。

あのように非力を工夫した部下の頑張りをねぎらって、()()()()()度量の広さを持つ。

これぞ生まれながらの王者の器です」

 

「なんで勝利を譲るんだ? 王って家来から捧げられる方だろう?」

子供らしくアーグが率直に疑問を投げかけた。

 

「このような遊戯の勝利に固執して何になりましょう。

戯れは楽しみ合ってこそ。

将軍は我らに貴重な時間を与えてくれたのです。

それに本当に勝利すべき生死を賭けた時に勝利を重ねる、それが王なのですよ」

 

ゴブリン軍師の解説を聞き、アーグがキラキラとした目をエンリに向けた。

将軍はそんなつもりは全く無いと否定……いや、奥ゆかしくも謙遜している。

 

胸を貸して、挑戦者の健闘を我がことのように喜ぶ。

我らはそんな得がたき偉大な将を頂いたのだ。

一人また一人とその場に膝を着き、ゴブリンたちが次々と頭を垂れた。

()()ぞくちょうのために、おれたちはたらく」

光景に怖れをなしたオーガたちも平伏する。

一斉に村長へ忠誠を示す亜人たちの姿に、村人たちの視線は釘づけとなった。

 

だから、エンリの笑顔が曇ったのは誰も見ていない。

マジックアイテムにより浮かんだ空から人知れず眺め、心から満足そうに頷くルプスレギナを除いて。

 

戦闘メイドにとっては、自分を相手に故意に負けようとした勝負とは違う。

優勝したのは姿を消した至高の御方の一柱がお遊びで造り、現在アインズが使用している鉄の籠手(イルアン・グライベル)を用いた者。

いわば至高の御方に敬意と忠義を尽くし、華を持たせた形だ。

ひれ伏す亜人と驚愕する人間の光景も――ンフィーレアの装備した籠手に対してでなく、その隣に立つエンリへ向けられたものだが、空から見ては分からない――ナザリックに属する村としてこの上なく正しい。

 

「エンリ・エモット、貴女の企てた催しは締めまで素晴らしい。完璧と言っていいわ」

 

ルプスレギナの嘘・偽り・皮肉の無い、心からの賞賛。

それが人間に与えられたと知れば、彼女の同僚たちは驚愕したに違いない。

「本当に何もかも最高だわ」

女神官の優れた視力の先では、プレアデスでも一、二を争うサディストである彼女が気に入るくらい、エンリの表情は複雑に彩られていた。

 

 

            ※   ※   ※

 

 

エンリは何も言えなかった。

ここで否定しても謙遜として、より持ち上げられる事ぐらいは既に経験済みだ。

黙っていた方が無難だが、それもまた肯定として受け取られるだけ。

この後は夜までご馳走を囲んだ酒宴だ。

初めてのやけ酒を経験するのも良いかもしれない。

 

「ンフィー、この後は私につき合って」

「んっ、いいよ」

「今夜は寝かさないから」

 

ずっと飲もうという意味だったが、先のルプスレギナの煽りもあり、場が一斉にどよめいた。

瞬時に真っ赤になったンフィーレアの様子が拍車を掛ける。

 

――お世継ぎ対策まで電光石火。さすがはエンリ将軍ですな。

――ネ厶も叔母さんになっちゃうのかぁ……。

――姐さんなら双子……いや、六つ子ぐらい余裕だろ!

――夜の<六光連斬>!?

――なら、カルネ村版『六姉妹(プレアデス)』結成も可能っすね。

――ルプーの姉さん、心臓に悪いから急に現れるのヤメてくれねぇですか。

 

カルネ村の喧騒は、しばらく止む様子がなかった。

「あなた達、黙りなさい!」

否、気迫ある命令が封殺したのは言うまでもない。

 

こうして新人と古株の交流を掲げたイベントは無事に、エンリ将軍のカリスマと統率を浸透させて終わった。

収穫祭の名の通り、秋の『収穫(みのり)』―――いや、『身の利』を治めて。

きっと来年には新たな種が蒔かれるだろう。

エンリ将軍にとっては悩みの種が。

 

しかし『災い転じて福と成す』とも言う。

これまでがそうであったように、大いなる障害は彼女に至高の栄転をもたらす兆し。

エンリ将軍は『覇王』の道を歩み始めたばかりである。

 




「アインズ様はこうなる事を見越して、あの魔法の籠手をンフィーレアにお貸しになられたのですね!?」
「はい?」
「マジぱねぇっす! さすがは二手も三手も先をお見通しになる知謀の王!」


筆が乗って、作っている最中も次から次へと小ネタが浮かんだのは間違いなくルプーのおかげ。
彼女の絡んだ描写は書いていて本当に楽しかったです。


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