汝、意志を受け継ぐ者よ (みなみZ)
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1話

世界の中心はどこであろうか?

こんな質問をした場合、よほどの世間知らずや田舎者でないかぎり、皆が皆こう答えるだろう。

世界の中心、それは迷宮都市オラリオだと。

 

そこには全てがある。

誰が言い出したかはわからない。

だが確かにこの都市には全てがある。

 

一生をかけても使い切れない富も。

王すらも慄かせる権力も。

英雄譚にのろうかという名誉も。

 

 

そしてーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の中心である迷宮都市オラリオ。

そのオラリオにおいて最大二大派閥の片割と名高いロキ・ファミリアの副団長であるリヴェリア・リヨス・アールヴは森の中にいた。

リヴェリアは今の自分の状況に少し困惑していた。自分は己が所属するファミリアの本拠である黄昏の館にいたはずだ。森に移動した記憶はない。

そして何よりも。

 

この森は…故郷の里の森?

 

リヴェリアは今自分が居る場所が親友と共に抜け出した故郷の里の森だという事に気付いた。ふと、自分の姿を見下ろすと、あきらかに今の自分の姿は小さい。小さな体、小さな腕、小さな脚。

幼女といっていい姿だ。

自分が目にかけている後輩、アイズ・ヴァレンシュタインと同じような年代の姿だった。

 

これは…

 

『リヴェリア』

 

自分の置かれている状況について考えていると、自らの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

ああ、これは夢だ。私は今夢を見ている。

自らの名前を呼ぶ心地よい鈴のような凛とした声で、リヴェリア・リヨス・アールヴは今、自分が夢の中にいることを確信した。

 

声がしたほうに視線を向ける。そこにいたのは、リヴェリアが想像した通りの人物がいた。

きらきらと輝く翡翠の髪。澄み切った緑宝石を閉じ込めたような瞳。つんと上向きに尖った耳。

神々しさまで感じるほどの美しい少年がそこにはいた。

 

『兄上』

 

リヴェリアは視線の先にいた少年に向かって言葉を発する。

そう、目の前の少年はリヴェリアの兄だ。自分より先に里を抜け出した兄だ。リヴェリアは少年の下へと脚を進める。

 

『リヴェリア』

 

自分の近くへと来たリヴェリアに少年は微笑む。リヴェリアは兄の微笑みに釣られ、知らず知らずの内に微笑んでいる自分に気付いた。

リヴェリアは兄の笑った顔が好きだった。見るもの全てを幸せにするかのような微笑み。

それはまるで全てのものに恩恵を与える太陽のような微笑だ。

 

『リヴェリア。俺達ハイエルフはこの里から出ることはない』

 

そう、自分達はエルフの王族たるハイエルフである。ハイエルフは里を出ることなく、その生涯を里と共に生きる。それがエルフの王族、ハイエルフとして生まれた者の運命。

 

『でも、そんなのつまらないじゃないか』

 

だが、目の前の少年は自らの運命を否定する。

 

『俺はこの里を抜け、外の世界へ行くんだ!』

 

絶対な!と満面の笑みを浮かべながら兄は自らの願いを口に出した。

 

『兄上はなぜそんなにも外の世界に行きたいのですか?』

『世界は広い。そして世界には色んな奴らがいる。俺はそいつらと会いたいんだ』

 

自分達がいる里に住む人間種は、エルフしかいない。

事実、リヴェリアはエルフ以外の種族を見たことは一度もなかった。

それは目の前で熱く語る兄もそうなのだろう。

 

『世界にはヒューマンがいる。小人族がいる。ドワーフがいる。獣人族がいる。アマゾネスがいる。そして、神がいる』

 

キラキラとその宝石のような瞳を輝かせながら兄は語る。

己が夢を。

そんな中、リヴェリアは己が意識が覚醒していく感覚を覚えた。

もうすぐ夢が終わる。

リヴェリアの目覚めの時が近づいている。

もう少し待ってほしい。

まだ懐かしい兄との会話を続けたい。

 

『俺は彼らと出会い、そして―――』

 

だが、兄の言葉が途切れていく。

残念ながら、もう夢は終わり、目覚めの時だ。

 

『………を作る事だ!!』

 

リヴェリアの意識は覚醒間近の最中にふと思った。

ああ、この時兄はなんと言ったのだろう?

意識が覚醒する中、ぼんやりと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

眠りから目覚めたリヴェリアは身支度をして、食堂へと移動していた。

ロキ・ファミリアの本拠『黄昏の館』の食堂は広い。

それは主神であるロキの『食事はできるかぎり皆でする』という方針により、食堂のスペースは広くとってあるのだ。

50人以上の団員達が一同に揃う大食堂は活気に満ちていた。

 

「リヴェリア様、お早うございます!」

「お早うございます!リヴェリア様!」

「お早うございます!」

 

「ああ、お早う」

 

リヴェリアが食堂へと移動すると、食堂にいた団員たちがリヴェリアに朝の挨拶を交わす。

そんなリヴェリアの視界に一人の小さな少女が入った。

美しい少女だった。

金色の美しい髪。金色の美しい瞳。そしてなによりも神とも見間違うほどの美しい美貌をもつ少女だ。

 

 

「リヴェリア…お早う」

 

「ああ、お早うアイズ」

 

 

小さな少女。

アイズ・ヴァレンシュタインに微笑みながらリヴェリアは挨拶を交わす。

そのまま二人並んで朝食を眺める。

 

「今日の朝食は野菜関連が多いな」

 

本日の朝食はサラダに野菜スープ、レタスやトマトを挟んだサンドイッチと多くの野菜を使っている。

ふと、先日デミテル・ファミリアから野菜を多く仕入れたのを思い出す。

デミテル・ファミリアは野菜や果物の栽培を行い、それを売り出す商業系のファミリアである。

都市郊外に広い農作地を有する彼らの野菜はとても甘く、大変美味であった。

 

「デミテル・ファミリアの野菜は好き」

 

アイズの顔を見ると、彼女の嬉しそうな表情。そして口からはよだれが出ていた。彼女の可愛らしい表情と合わさり、とても愛らしい仕草であった。

 

「アイズ、よだれが出そうだぞ」

 

リヴェリアは微笑みながらポケットからハンカチを出し、アイズの口元を拭う。

アイズは少し恥ずかしそうだったが、リヴェリアのされるがままにしていた。

口元を拭い終わると、リヴェリアはアイズの頭を撫でる。

それを気持ちよさそうに受けるアイズ。そんなアイズを見ていると微笑が深くなる。

リヴェリアとアイズの並外れた美貌と合わさり、二人は傍から見ると、まるで親子のようだ。

 

そう云えば…よく兄上に頭を撫でられていたな…。

 

アイズの頭を頭を撫でながらリヴェリアは考えていた。

懐かしい夢をみたからだろうか?

目の前のアイズが夢の中の自分と重なる。

自分と兄は歳は殆ど離れていなかったが、兄はよく自分の頭を撫でてくれた。

年長者として背伸びをしたかった年頃だったのかもしれない。

それでもリヴェリアは兄から頭を撫でられるのは嫌いではなかったのを覚えている。

 

「さあ、朝食を食べようか」

「うん」

 

二人は朝食を載せたお盆を持ち、そのまま二人並んで席に着き、食事を始めたのであった。

 

 

 

 

朝食を終えた二人は食後の一杯を飲んでいた。

リヴェリアは紅茶をアイズは牛乳を飲んでいた。

 

「アイズ、今日の予定は?」

「ダンジョンに行く」

 

リヴェリアの質問に即答するアイズ。

リヴェリアはその返答に思わず眉を寄せた。

 

「駄目だ。お前はここ最近ダンジョンにこもりすぎだ」

 

アイズ・ヴァレンシュタインはまだロキ・ファミリアの眷属に所属し、冒険者になってから1年と経っていない、レベル1の駆け出し冒険者である。

レベル1からレベル2に上がるには気が遠くなるような、鍛錬を数年がかりで行い、レベル2となるのが通常である。

しかしアイズはまだ冒険者となって1年足らずでレベル2へと手が届く状況なのだ。

モンスターを屠り続け、レベル2に上がる一歩手前の状況となっているのだ。

この少女は間違いなく、レベル2の最速記録者となるであろうとリヴェリアは確信している。

しかしそれだけ早い成長には理由がある。この少女は正気を疑いたくなる勢いでダンジョンに行き、モンスターを屠り続けたのだ。

 

リヴェリア・ヨルス・アールヴは思う。

アイズ・ヴァレンシュタインは危うい。

この少女はがむしゃらに強さを追い続け、そして何時の日か折れてしまうのではないのだろうか。

死と紙一重の冒険者にとって折れてしまうというのは、死を意味するのが殆どである。

 

「暫く、お前は私と中層のモンスターの生態の勉強だ。テストも出すからな」

 

リヴェリアの言葉にアイズは顔を青褪めた。

リヴェリアの勉強はとても厳しい。以前も勉強を受けた時、上層のモンスターの生態をみっちりと叩き込まれた。

そしてその上、リヴェリアの作るテストはとても難しい。

更に更にその上に、そのテストで合格点を出さなければ、とても恐ろしいものが待っているのだ。

その情景を想像するだけで、ぶるりとアイズは身震いを起こした。

 

「知識とはお前が強くなる為には必要不可欠なものだ。この一杯を飲み終えたら私の執務室に行くぞ」

「…………………………………はい」

 

心底嫌そうに頷いたアイズは手元のカップに視線を移す。

ああ、さっきまで普通に飲んでいたから、もう牛乳の残りが少ない。

この牛乳を飲み干したら試練の時間が待っている。

残りの牛乳は少しずつ、本当に少しずつ飲もう。

そう決心したアイズはカップの牛乳を、本当に少しだけ啜り

 

 

「ア・イ・ズ・たーーーーーーーーん!!!!」

 

 

主神(バカ)に襲われた。

 

「!?!?!?!?」

「あー!今日もアイズたんは可愛いなぁぁ!!こう、ぎゅーとするともう、辛抱堪らん!!もう、うちの天使=マイエンジェルやわぁ!決めた!うこのぷにぷにした頬に頬ずりしながら朝の一杯をするのをうちの朝の日課にするわぁ!すりすりすりすり!くんかくんか…ええ匂い…ぶらぁ!?」

 

そして主神(バカ)はぶっ飛ばされた。

 

突如現れた主神はアイズに抱きつき、頬ずりをしながらアイズにくんかくんかする蛮勇に出ていたのだが、襲われたショックからされるがままだったアイズだったが、回復したアイズは即座に華麗なボディブローをロキに炸裂したのだ。

それは世界を狙える右。

なぜかそんな言葉が一連を見ていた者達の脳裏を駆け巡った。

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉ………」

 

レベル1とはいえ、極めてレベル2に近い冒険者の一撃を食らった主神は床に転がりながら痛みに耐えていた。

そしてそんな主神を冷たく見下ろすリヴェリアとアイズ。

 

「朝から何をしている?ロキ」

「仕方がないんやー!アイズたんの愛らしい姿を見たら滾ってきたんやー!」

 

朝っぱらから清々しいまでに全力全快の主神(バカ)

彼女こそ、オラリオ二大派閥の片割れであるロキ・ファミリアの主神である。

そしてオラリオには溢れんばかりいる、とてもとても残念な神の一人である。

 

「痛たたたた…酷い目にあったわ」

「自業自得という言葉がこれほど似合うのも珍しいぞ」

 

腹を押さえながら呻くロキにジト目の冷たい目線を送るリヴェリアとアイズ。

その仕草は太鼓判を押せるほどに親子だ。

 

「でも…でへへへへ。ぷにぷにでいい感触+ええ匂いやったわぁぁ!うちの生涯に一片の悔い無しや!!ぐっほう!?」

 

右腕を高々と上げてラオウになっていたロキを、アイズは華麗なアッパーカットをロキの顎に食らわせる。

それは世界を狙える左。

なぜかそんな言葉が一連を見ていた者達の脳裏を駆け巡った。

 

 

そのままアイズは上半身を高速に8の字にシフトしながら拳を放ち続ける。

 

「こ、これはまさか!?ぐほ!?伝説のデンプシーぐへ!?ロール!?おぼぼぼぼ!?ぐっほうぅぅぅぅ!!!!」

 

高速のシフト移動に体重がしっかりとこもった連続ブローを叩き込まれたロキは、最後に特大のフックを顔面に喰らい、そのまま吹っ飛んだ。そしてそのまま倒れ伏せる。

 

「1!2!3!」

 

その場に居た猫人の少女が何故かロキの傍に駆け寄り、カウントを数える。主神を助ける気皆無な眷属である。

その間アイズは、細かくステップを刻みながらジャブ・ストレート・フック・アッパーなどを繰り出し、コンビネーション動作を確認しながら、シャドーを行っていた。

こいつ、ロキが立ち上がったら、またぶちのめす気満々である。

というかアイズは剣士なのに、いつのまにあんな拳闘士のような技術を学んでいたのだろうか。しかもかなりの高レベルの技術を。

アイズの教育担当者であるリヴェリアは激しく疑問に思った。

 

「8!9!10!勝者アイズゥゥゥゥ!!」

 

猫人の少女の勝者を称える宣言が食堂を駆け巡る。

カン!カン!カン!とゴング…もとい、フライパンとお玉を鳴らした音が食堂に鳴り響く。

その瞬間、少女を称える歓声が辺りを包んだ。

 

「よくやったわ!アイズ!」

「もっとボコボコにしてやってもよかったわ!」

「セクハラ親父に天誅だわ!」

「あの高速シフト移動からの連続攻撃…世界を狙えるな」

「ロッキフルボッコ無双www」

「マックノウチwwwマックノウチwww」

「俺、アイズタンのファンになる!!レベルアップしたら、二つ名は俺たちの嫁で決定だwww」

 

ロキ・ファミリアの団員の他に、何故か違う神々の歓声が混じってる気がするが、多分気のせいだろう。

 

ロキ・ファミリアの団員は女性が多い。しかも美少女や美女率は非常に高いものがあった。

それは主神であるロキの女性好きが高じた結果であり、ロキは日頃から己の性別である女性の立場を活かし、常に己の眷属にセクハラ紛いの事をしていたのだ。

主神によるセクハラに日頃鬱憤が溜まっていた彼女達は、その鬱憤をはらさんとばかりにロキをフルボッコにしたアイズに拍手喝采を送ったのだ。

猫人の少女に片腕を高々と上げられたアイズは、小さな胸を張り、ドヤ顔をしていた。

 

眼前のお祭り騒ぎに頭を押さえた、リヴェリアだったが、まぁいいかと思い始めた。

アイズはただ只管に力を追い求める傾向が強い。そして他の団員とのコミュニケーションはお世辞にもいいとは云えない状況であった。

このような騒ぎはあまり好きではないが、アイズを他の団員と接触させる機会と思えば、上々である。

案外、ロキもアイズを他の団員達と融け合わさせる為に、このような行動を行ったのかもしれない。

 

ちらっと己が眷属に誰にも助けてもらえず、いまだ床に伏せるロキに視線を移す。

 

「……ちち…しり…ふともも…でへへへへ…」

 

ロキは痙攣しながらそんなことを呟いていた。

 

やはり気のせいだったか。ただのロキの愚考だったようだ。

 

リヴェリアはロキを介抱することを辞め、この騒ぎを収める気も無くなっていた。

もう部屋に戻ろうか。そう思っていたリヴェリアに一人の団員が声をかけてきた。

目の前の団員は今日はローテーションで黄昏の館の門番をしている筈だ。

来客でもあったのだろうか。

 

「リヴェリア様。今よろしいでしょうか?」

「どうした?私に何か用事か?」

「はい。今、黄昏の館の門にリヴェリア様宛の手紙を持った子供が来ているのですが…」

 

こちらがその手紙です。と、団員は便箋をリヴェリアに差し出してきた。

 

ロキ・ファミリアの副団長であるリヴェリア来客が来るのは珍しくない。

だが、子供からというのが、不可解だ。それに手紙を持ってと言うことは、リヴェリアとその子供は面識がないということだろう。

さて、誰からのどのような厄介事かな…と受け取った便箋を開き、中の手紙に目を通したときリヴェリアは驚愕する。

手紙の差出人。

それは懐かしい夢の中で再会した人物であり、自身と同じくエルフの王族を証明するアールヴの名を冠する者。

差出人は兄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかります。リヴェリア様」

 

 

食堂から自らの執務室へと移動たリヴェリアは、件の少年を呼び寄せた。

美しい少年だった。少し尖った耳。神がかった美貌をもつ少年だった。そしてその容貌は非常にリヴェリアと似ていた。歳はアイズとそう変わらないのだろう。まだ幼い少年だ。

手紙を見たリヴェリアは少年の素性を知っている。

だが、もし仮に手紙を見ていなかったとしてもリヴェリアは目の前の同胞が自分と同じ血脈だとわかっただろう。

 

「お前が兄上の息子か」

「はい」

 

少年は自らの兄の子供だ。つまりは自分の甥にあたる存在である。

自らと同じく、エルフの王族たるハイエルフの同胞。

だが、目の前の少年は純粋なハイエルフではない。

 

「お前は…ハーフエルフだな?」

 

確信を込めたリヴェリアの言葉に目の前の少年は頷き、肯定した。

 

 

エルフ。

人間種の中でも容姿端麗な者が多い一族である。

精霊に次、魔法の使い手とも呼ばれ、高レベルの魔法使いにはエルフが多い。

しかしその美しさゆえか、殆どのエルフは自分達を上の種族と思い込み、他種族の人間種を見下す傾向が強い。

良い意味では誇り高い種族・悪い意味では傲慢な種族というのが一般的なエルフの見解かもしれない。

英雄譚等ではエルフの一族と人間の若者が結ばれるというのは、定番の一つであるが、これはあくまで人間側の定番である。

ゆえに、殆どのエルフは他種族との婚姻を良しとせず、同種との婚姻が多い現状である。

そしてリヴェリアと兄はハイエルフ。エルフの王族たるハイエルフは更にその傾向が強い。

エルフの長い歴史においてもハイエルフが里を抜け出したという者だけでも、異端な存在だ。古の王女セルディアと自分達位しか、里を抜けたハイエルフはいないはずだ。

里を抜け出しただけでも、殆どなかった凶事なのに、他種族との間に子供を作るなどは正しく前代未聞である。

 

だが、あの破天荒な兄ならば、ありえることだな。

兄はエルフの王族たるハイエルフとう役職にはあまりにも似合わない人だった。

自由奔放・天真爛漫・天衣無縫こんな言葉が兄には似合った。

自分も里を抜け出し、オラリオに着てから思ったのだが、兄の性格は神々に非常に似ている気すらした。

 

「兄上は息災か?」

「はい。父は元気すぎるほど元気です。先日生まれた弟や妹達の世話で手を焼かれていますが」

「なんと、他にも子供がいるのか?」

「ええ。双子の弟と妹です。生まれて一年経っていませんが。二人の世話をしながら母に尻をしかれています」

「ふふ。そうか…」

 

その光景を思い浮かべて思わず、笑みが浮かぶ。久しく離れていた兄の近況を聞けるのは嬉しいものだ。

暫しその後歓談をしていた二人であったが、リヴェリアは初対面の甥が自分を訪ねてきた用件について切り出してきた。

 

「兄上の手紙を見させてもらった。お前が私のものを訪れたのは」

「はい。僕は冒険者となりたいのです。どうか、僕をロキ・ファミリアへと入団できるよう推薦していただけませんか?」

 

息子がオラリオに行く。どうか世話をしてやってくれないか?

兄の手紙の内容はつまりそういう意味であった。

 

「神ロキへと推薦するのはかまわん。だが、お前がロキ・ファミリアへと入団できるかどうかは、神ロキが決めることだ。入団試験があるかもしれん。それでかまわんな?」

 

そう、いかにリヴェリアがロキ・ファミリアの幹部であり副団長であったとしても、あくまで入団の許可を出すのは主神であるロキである。リヴェリアができるのは入団を推薦するまでである。主神でるロキが入団の許可を出さないこともあると、リヴェリアは伝える。

 

「勿論それで十分です。神ロキの裁決に全てを委ねます」

 

しかし、と前置きを置いて甥は言葉を続けた。

 

「必ず、入団してみせます」

 

その覇気に満ち溢れた言葉にリヴェリアの表情は深い笑みを浮かべていた。

本当に…兄上にそっくりだ。

 

「一つ、教えてくれ。お前は何故冒険者を志すのだ?」

「それは父の意志を受け継ぐためです」

「兄上の意志を?」

 

甥の言葉にリヴェリアは首を傾げる。兄の意思とは何だろうか。

 

「はい。父は母と出会い、恋に落ち、愛を交わし、結ばれました。僕は父と母の愛の証です。その事を誇りに思います。しかし父は母と結ばれたとき、一つの夢を諦めざるえなかったのです」

 

夢。諦めざるをえなかった兄の夢。

 

ふと、昨夜見た夢を思い出した。

兄はあの時なんと言っていただろうか?

甥の言葉に昨夜の夢を思い出す。

 

 

『世界にはヒューマンがいる。小人族がいる。ドワーフがいる。獣人族がいる。アマゾネスがいる。そして、神がいる』

「世界にはヒューマンがいます。小人族がいる。ドワーフがいる。獣人族がいる。アマゾネスがいる。そして、神がいる」

 

 

甥の言葉と兄の言葉が重なる。

まるであの時の兄の宣言を甥が再び宣言してるかのように思えた。

 

そう、兄は狭いエルフの森から抜け出し、外の世界で様々な人達と。。。

 

 

『俺は彼らと出会い、そして―――』

「僕は彼らと出会い、そして―――」

 

 

 

 

 

 

その時、リヴェリア・リヨス・アールヴは夢の中でも思い出せなかった兄の続く言葉を思い出した。

思い出したのだ。

思い出してしまったのだ。

兄のこの後に続く言葉はあんまりな言葉に顔が引きつっていく。

 

顔を引きつらせながら、甥に向けた視線を強める。

 

頼む、これから言う言葉があれではないでくれ!!

 

リヴェリアの懇願すら混じった強い視線。

少年はリヴェリアのその視線に物怖じする事無く、自らの受け継いだ意思を。使命を宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハーレムを作る事だ!!』

「ハーレムを作る事です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その宣言を聞いた瞬間、リヴェリア・リヨス・アールヴは傍らに置いていた己の愛杖をフルスイングして、自らの甥である、 『オリシュ・ノムスコ・アールヴ』を張っ倒したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の中心はどこであろうか?

こんな質問をした場合、よほどの世間知らずや田舎者でないかぎり、皆が皆こう答えるだろう。

世界の中心、それは迷宮都市オラリオだと。

 

そこには全てがある。

誰が言い出したかはわからない。

だが確かにこの都市には全てがある。

 

一生をかけても使い切れない富も。

王すらも慄かせる権力も。

英雄譚にのろうかという名誉も。

 

 

そしてーーーハーレムだってきっとあるさ。多分。



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第2話

ストックがー切れたーーー。


彼女を一言で表すなら…美しかった。

神々と並んだとしても決して見劣れしない美貌。

男好きする絶妙なプロポーションを誇る豊満な体。

この神々が多く在籍する迷宮都市オラリオにおいても、神々の中でも美しい愛の女神等には太刀打ちできないが、他の女神達にはいい勝負をできる!

そのような確信すらも彼女は持っていた。

 

今日も彼女は街に繰り出す。

彼女が街を出れば、男達からは劣情の視線。女達からは嫉妬と羨望の視線が彼女を包む。

女はこの視線が快感だった。

 

冒険者が多いこの迷宮都市では、男は女と出会いを求める傾向が強い。

冒険者はいつ、死んでもおかしくない状況。だから彼らは自らの生きた証を求めて女を求める。

 

当然、美しい彼女も声を掛けられた数は数え切れないほどある。

だが、彼女は決して安売りしない。

 

私を相手にしたいのなら、冒険者なら最低でもレベル5はなくちゃね。もしくは相当な大金持ちよ。勿論、顔もイケメンじゃなくちゃだめね。

 

ふふふ、とスイーツな彼女は甘ったるいスイーツな事を思いながら歩いていると。

 

「そこゆく、美しい方よ。よければ僕の車に乗り、街を一緒に散歩でもしませんか?」

後ろから声をかけられた。

耳に良い美声だった。顔はまだ見ていないが声のよさは合格レベルだ。

そして車、つまりは馬車だ。馬車を個人で所有できる資産者つまりは金持ち。

これはいい獲物かもしれない。

 

ギラリと彼女は目を輝かせる。

後残っているチェックポイントは容貌のみだ。

声を掛けてきた男の容貌を確認しようと振り返る。

 

「お誘いありがとうござい…ま……す」

 

振り返った彼女は呆気にとられた。

 

「ぶも」

 

猪だった。

でけえ猪だった。

通常の成体の猪の倍の大きさはあろうかという、でっけえ猪だった。

しかも黄金色だった。

きらきら輝きまくって、眩しいくらいだった。

思わずサングラスが欲しいと思ってしまうくらいに輝いていた。

 

目の前の圧倒的な光景に呆気にとられる。

なに?私猪に声をかけられたの?猪人(ボアズ)じゃなくて猪に声をかけさせるなんて…私の美しさは獣にまで通じるのかしら?

 

「僕の声に耳を傾けてくれた貴女に感謝を」

 

声は猪の上から聞こえてきた。

猪の上へと視線を向けると、そこには一人の青年が居た。美しい青年だった。美しさを誇る自分に相応しい美貌をもつ青年。

暫し、青年の美しさに見惚れている自分がいた。

まるで、物語のように青年の背後に美しい大輪の薔薇が見えるかのようだ。

 

「美しい方よ、さぁどうぞ私の後ろへ」

 

その声に導かれるように彼の後ろに行こうと足を踏み出したとき。

 

「ぶも」

 

猪の声で正気に戻った。

 

え?この馬鹿でかいきんきらに輝く猪に乗るの?それはどんな公開処刑なの?

しかもこの猪に跨る男の後ろにみた薔薇。

錯覚だと思ったら、違う!本物の薔薇だ。この男実際に薔薇を背負っている。

 

薔薇背負った男と黄金に輝くでかい猪に跨り、デート。

 

それを認識した時、美しい彼女は己が持てる全力を込めて走り去った。スカートがめくれあがり、美脚をさらすことになってもいい。清々しい逃げっぷりだった。

 

「美しい方!?お待ちをーーーーー!!!」

 

後方から聞こえてくる無駄に美声な悲痛な叫び声がどこまでも聞こえてくるが、それを振り払い彼女は明日へと脱兎の如く駆け抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日から僕達は前人未踏の地に至る59階層へと挑戦する事になる。そしてそれを成し遂げるには此処にいる皆の力が必要だ。遠征に赴く団員達は当然として、留守を預かる為に残る団員達ロキ・ファミリアの顔という事を決して忘れないでくれ。僕達はロキ・ファミリア。このオラリオにおいての最大派閥。ロキ・ファミリアは個にして郡。郡にして個。僕らの力を迷宮にいる怪物達にみせつけてやろう。…明日は皆の力を頼りにしているよ」

 

 

ロキ・ファミリアの本拠地である黄昏の館の食堂。

そこにはロキ・ファミアの団員全てが勢ぞろいし、団長たるフィン・ディムナの演説を聴いている。

彼らの目の前のテーブルには色とりどりな豪華な食事に酒等も置いてある。

しかし彼らは目の前の食事にではなく、皆一様に真面目に自らの派閥の団長の言葉に耳を傾けていた。

まあ『団長…素敵』や『うっえぐえぐ』なんて声が聞こえてくるのもあるが。

 

「では、僕からの言葉はここまでにする。皆、グラスを持ったかな?それでは、明日からの遠征の成功を祈り、乾杯!!」

 

『乾杯!!』

 

その声と共に、団員一同は自らの手に持つグラスを一息で飲み、明日からの遠征を乗り切るための宴会へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラウル・ノールドは自らの境遇を嘆いていた。

自身は何の特徴もない凡庸な人間だと思う。

しかし、何故かフィンを始めとしたロキ・ファミリアの首脳陣から信頼を寄せられており、第二級冒険者の纏め役を任せられている。中間管理職のような立場だと自分では思っている。

 

そしてラウルの視界の先には宴会の最中だというのに、涙を流しながら自棄酒を飲んでいる第一級冒険者の姿があった。ぐすぐすと涙を流しながら、酒を飲んでいる姿に周囲の団員はかなり引いていた。

周りの視線はラウルにどうにかしろと切実に訴えていた。

 

「あ、あのー。オリシュさん?どうかしたっすか?」

 

嫌々ながらも泣き続ける第一級冒険者へ声をかける。

自分の声に自棄酒を飲んでいた第一級冒険者は酒を飲む手を止めて、こちらに視線を向けてきた。

現実離れした美貌だ。

オラリオの女性冒険者達の中で『顔だけならいいんだけどねぇ…ちょっと…ていうか、かなり中身が…』と言われるに相応しい美貌だった。

その神の造形のような美貌が涙を流しながらこちらを見つめる。ラウルは男ながらドキリと心臓が高鳴ったのを感じた。でも大丈夫。自分はノンケっす。

 

「ラウル…とてもとても、辛く悲しい事があったのだよ…」

「何があったすか?自分でよければ、話を聞くっすよ?」

「ありがとう…でも、話したい気分じゃないのだよ…」

「そうっすか。じゃあ無理には聞かないっす。明日から遠征なんですから、早く元気だしてくださいね。自分は宴会に戻るっすから」

 

そう話して席を立とうとするラウルの服の袖を掴む人物がいた。

その手の持ち主はオリシュだった。

 

「あ、あのオリシュさん?手を離して欲しいんすけど…?」

「とてもとても、辛く悲しい出来事があったんだよ…」

 

先ほどと同じ発言をするオリシュ。

たらりとラウルは汗が流れるのを感じた。

 

「あ、あの、話したい気分じゃないんすよね?だったら自分は此処を離れてるんで」

「確かに今は話したくない…今は…ね」

 

ラウルは戦慄した。

この男は自分が話したくなる時まで傍にいてくれ。ということなのか。そういうことなのか。

 

こいつ、めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっす!!??

 

ラウルは心の中で絶叫した。このままでは、宴会の間自分は、うじうじとこの男に付き合わされることになる。そんなのはごめんだ。自分も明日からの遠征に参加する身なのだ。皆と宴会を楽しみ、明日の英気を養いたいのだ。

助けを求めようと、周りに視線を走らせる。ロキ・ファミリアが誇る郡にして個である仲間達は、皆一様に視線を逸らした。

 

ナイスコンビネーションっす!?

 

援軍を期待できず、絶望するラウル。

しかし、自分も逆の立場に立ったなら、同じ反応をするかもしれない。

 

この目の前でぐちぐち言っている、めんどくさい相手だが、腐ってもその能力(ステイタス)は迷宮都市オラリオにおいても数える程しかいない、第一級冒険者―――レベル5なのだ。

第一級冒険者はある意味において、自然に等しい存在なのだ。気まぐれに恩恵を。気まぐれに災厄を。それだけの力が誇るのが第一級冒険者なのである。

 

しかし、まだ救いはある。

第一級冒険者は迷宮都市オラリオにおいても数える程しかいない。しかし数える程しかいなくても他にもいるのだ。第一級冒険者達は。

そしてこのロキ・ファミリアは都市最大派閥の一つ。

ならば、望めるはずだ。

 

「何してるのー?」

「ぐちぐちぐちぐち…うざいわね」

 

他の第一級冒険者達の援軍が。

 

援軍として現れたのは双子のアマゾネス。

胸部装甲の厚い姉のティオネと胸部装甲の薄い妹のティオナだ。

 

ラウルには二人から後光が差しているかのように感じた。

 

 

「ティオナ…ティオネ…実は深い悲劇があったのだよ…」

 

この男、自分には話せなかったのに、女にだったら話すのかよ。

ラウルは地味にショックを受けていた。

オリシュの愚痴相手はどうやら、双子のアマゾネス達に移ったらしい。

アマゾネス達に自称、深い悲劇を話し慰めてもらおうと、オリシュは話そうとした。

 

「「どうせ、女にでも振られたんでしょ」」

 

「容赦ないね君達!?」

 

しかし双子のアマゾネスは一刀両断だった。

慰めの切欠すらもあたえる事無く一刀両断だった。

 

「いや、そう決め付けるのは早計じゃないかい!?そのとおりだけどさぁ」

「けっ。どうせ、お前が馬鹿な事して、女に振られたんだろ」

 

新たな援軍は狼人(ウェアウルフ)であるローガだ。チキンをむしりながらこちらに近づいてきた。

 

「僕は馬鹿な事をしていない。ただ時代が僕に追いついていなかっただけさ」

「時代って…どんなことしたの?」

 

「街に魅力的な女性がいてね。僕は直ぐに準備を行い、女性に声をかけただけだよ。馬鹿な事等何もしていないのだよ」

「準備って何をしたの?」

薔薇革命(ベルサイユ)を発動させて、グリンブルスティを召還して跨ったのだよ」

 

「ドン引きっすね」

「ドン引きだよ」

「ドン引きだわ」

「ドン引きだ」

「ドン引きだね」

「ドン引きです!!」

 

うわぁ…とこの話を聞いた全員がドン引きした。

 

「って、いつの間にかアイズとレフィーヤがいるじゃないか!?」

 

いつの間にか増えていたアイズやレフィーヤもドン引きしていた。

 

「オリシュさん!!貴方はハーフエルフですが、誇り高きエルフの王族ハイエルフの御嫡男なのですよ!?もっと節度を保ってください!!」

「しかし、レフィーヤ。僕はそのハイエルフの父上から使命を託されているのだよ。その使命はハーレムの設立。僕はその為に身命を賭してでも成し遂げなければいけない。これはハイエルフの血を受け継ぐ者の定めなのだよ」

 

うぐっとレフィーヤの勢いは止まってしまった。

エルフの王族たるハイエルフから、これはハイエルフの定めだと言われると、エルフとしては強く言い出せなかった。

 

「だ、だったら、何でその…ハ・ハ・ハ・、ハーレムを作る為に、グリンブルスティを召還したんですか?」

「父上からの教えなのだよ。女性に声を掛ける時は、豪華で高級な乗り物を乗りながらすると成功率が著しく上がるとね。そして僕が持つ最高の乗り物とはグリンブルスティ。黄金の毛並みを持つ、優雅で愛おしいやつさ」

 

召還獣をナンパに使うんじゃねえよ。

この話を聞いた全員が心の中で同じ事を思った。

 

ていうか、その父親からの教えが間違っているとか疑えよ。

この話を聞いた全員が心の中で同じ事を思った。

 

ていうかていうか、そんな事教えるハイエルフって何なんだよ。

この話を聞いた全員。特にレフィーヤは強く思った。

 

「だというのに、肝心の僕は何時まで経っても、ハーレムのハの字も作れていない。父上ーーー!!!!偉大なるハイエルフの血を受け継ぐ僕のこの低落振り、真に申し訳ございません!!このような僕で父上から受け継ぎしハイエルフの使命を達成する事などできるのでしょうかー!?ハイエルフの血を受け継ぐ者として!ハイエルフの血を受け継ぐもの―――ぐえ!?」

 

「ハイエルフ、ハイエルフとうるさい。それ以上ハイエルフの恥を晒すな」

 

ハイエルフの血を受け継ぐ者の蛮行を止めたのはこれまたハイエルフだった。

リヴェリアは己の愛杖であるマグナ・アルヴスをフルスイングして、甥のオリシュの側頭部に炸裂させた。

痛みのあまり、オリシュは側頭部を押さえながら床に転がった。

 

「この馬鹿が迷惑をかけたな。皆、また宴会を楽しんでくれ」

「は、はい。あの…リヴェリア様は…?」

「私はこの馬鹿を今すぐに拷問…いや、折檻…もとい、教育しなければならない」

「あの、叔母上。マジすんませんでした。いや、ほんと勘弁してください。自分、明日から真面目に生きますんで」

「うるさい。さっさと行くぞ」

 

リヴェリアは、ガタガタと震えるオリシュの服の襟首を掴むと、そのままずるずると引きずり食堂を後にした。

 

 

「………………えーっと。………宴会続けようか?」

 

 

どこか疲れたティアナの提案に皆はしみじみと頷き、宴会の場に戻り明日の遠征に向けて英気を養った。

何処からともなくオリシュの悲痛な叫び声が聞こえる気がするがきっと気のせいだろうと皆は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「盾ェ、構えぇぇ!!」

 

団長たるフィン・ディムナの号令が響き渡る。

同時に響き渡る衝突音。数多の盾と数多の怪物達が衝突した音だ。

 

ダンジョンの49階層。通称大荒野(モイトラ)

ロキ・ファミリアが今現在いる場所であり、彼らは怪物達と激戦を繰り広げていた。

 

大荒野(モイトラ)は荒れ果てた大地である。

一本の草木もない広大な荒れ果てた大地。その場所で戦線を維持する方法は一つしかなかった。

すわなち、己の体を盾にして戦線を維持する。

 

 

戦況は単純だ。

前衛は盾を用いて、戦線を維持。前衛に守られた後衛は後方から弓矢や魔法を用いて間髪無く打ち込み支援。

団長たるフィンは中央で、指揮を執る。フィンの優れた指揮が戦場という水場のように移ろいいく戦況を幾度も無く立て直す。

副団長たるリヴェリアは魔導士や弓使いの中心にて、ロキ・ファミリアの最大火力の力を発揮するために、精神の集中を行っている。

幹部たるガレスは持ち前の耐久力と力を存分に発揮し、戦線の維持に多大な公益をもたらしている。

 

そして機動力と火力を併せ持つ、若き第一級冒険者達は、戦線の維持を行うために、縦横無尽に駆け巡り、怪物たるフォモール達を駆逐していった。

 

いつ、何が起きて戦況がどのように変わるかまるでわからない緊迫の状況。

戦況が有利に傾いたのは怪物達の方だった。

 

フォモール達の中でも一際大きな巨体を誇る一体が戦線に穴をこじ開けたのだ。

モンスターが数匹後衛達へと侵入。そして同時に攻撃。

 

「レフィーヤ!?」

団員の悲鳴が聞こえる。

一人の少女が吹き飛ぶ。それはエルフの少女レフィーヤであった。

直撃こそ免れたが、超筋力によりくりだされた一撃の衝撃波をもろに喰らってしまった。

くらくらする頭を抱え上体を起こすと目の前には、戦線を破壊した超大型のフォモールの姿があった。

レフィーヤは息を呑む。動けない。その醜悪な容貌の中にある赤い瞳に睨まれ、レフィーヤの時が止まる。

フォモールは手に持つ鈍器を振り上げる。レフィーヤは自らに襲い掛かる死を予感した。

 

「剣郡よ」

 

しかし死は彼女に襲い掛からなかった。

死を覚悟した彼女の視界に入ったのは、数多の剣。

その数多の剣が鈍器を振り下ろそうとしていたフォーモールを貫いていた。

直後倒れ伏すフォーモール。レフィーヤは死を免れた。

 

「ナイス!オリシュ!」

 

ティオネの歓呼の声が聞こえる。

 

レフィーヤの視界の前には、黄金の猪に跨った青年。オリシュの姿があった。その両手には双剣。背中には弓矢を背負っている。

オリシュは倒れ伏せるレフィーヤの無事を確認すると、再び前線へと戻る。

フォモールを貫いていた数多の剣。

五本の剣が持ち手も居ないのに、浮かび上がりオリシュに向かい飛んで行った。

オリシュの傍まで行くと、五本の剣はふわふわとオリシュの傍を浮かび上がっている。

 

「行け、剣郡よ」

 

オリシュの言葉に五本の剣は意志があるかの如く、猛然と前線を崩そうと暴れる怪物達の元へと飛んで行き、怪物達を駆逐していく。

剣達が怪物達を掃討している間、オリシュは黄金の猪―――グリンブルスティを駆り自身も怪物を掃討していく。

その双剣を用いて怪物を切り、時には背中の弓矢に装備を切り替え、矢を放ち、時にはグリンブルスティの突撃を怪物達へとお見舞いし、戦線の維持に務めた。

 

団員達はその姿に圧倒された。

 

 

召還魔法(サモン・バースト)という魔法がある。

それは読んで字の如く、何かを召還する魔法だ。魔法はどんなに才能溢れている魔導師でも例外を除き、原則三つ以上の魔法を覚える事ができない。それゆえに、半分以上―――、つまりは二つ召還魔法を覚えたものは特殊な魔導士。召還士(サモナー)と呼ばれる。

 

オリシュは召還士(サモナー)だった。

彼が使える召還魔法(サモン・バースト)は現在二つ。

何よりも速く大地を駆け巡る黄金の猪、グリンブルスティ。

意志を持つかの如く戦い続ける剣、ヴェルンド・スキールニル。

未だ第三の魔法は目覚めてはいないが、この二つの召還魔法(サモン・バースト)を駆使し、尚且つ術者本人も同時に戦闘を行う事ができるオリシュを冒険者達は畏怖を込めてこう呼んだ。

 

 

 

都市最強召還士

 

 

神々から与えられし、その二つ名は系譜者(ユングリング)と。

 

 

 

「【ことごとく一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

リヴェリアの詠唱が終わりを迎えようとしている。

途中アイズがフォーモールの群れの中核に切り込むアクシデントがあったが、オリシュはひたすら、戦線の維持に務める。そこには己のなすべき事を理解していたことと、アイズへの絶対の信頼があったからこそだ。

ティオネがアイズの帰還を促すべく名前を呼ぶ。

アイズは自らを呼ぶ声に応じて、空を飛ぶように、飛び跳ね、自陣の中核へともどってきた。

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣―――我が名はアールヴ】!!」

 

そして放たれる終末の業火。

スルトの剣。

 

「【レア・ラーヴァティン】!!」

 

 

放たれた業火は全ての魔物を焼き尽くす。

たった一人の魔導士が放ったたった一つの魔法は、五十を超えるであろう、フォーモール達を一掃することに成功した。

広範囲殲滅魔法。業火に飲み込まれた怪物達は断末魔を上げながら、次々へと消えていく。

たった一人の魔導士の火力にて戦いは終わった。

 

その光景を見ながら、オリシュ・ノムスコ・アールヴは思う。

 

これが都市最強魔導士の力。自分では到底出せないであろう超火力。超魔法。

この光景を見て、つくづく思う。自分は都市最強とは呼ばれているが、所詮魔導士の一部である召還士(サモナー)達の中での話である。

魔導師達の頂点である都市最強魔導士の称号を持つ叔母には、一生勝てる気がしないな。

 

 

 

燃え盛る荒野を見ながらぼんやりと、そんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死闘を繰り広げた49階層を抜け、50階層へと進攻したロキ・ファミリアは野営の準備を行っていた。

50階層はダンジョンの中でもモンスターが生まれないという貴重な安全階層(セーフティポイント)である。

野営地としては絶好の階層なのだ。

 

テントの設置や、食事の準備に団員達が忙しなく動き回る中、レフィーヤは探していた目当ての人物を見つけ、声を掛けた。

 

「オリシュさん!」

「ん?何だい?レフィーヤ」

 

自分の声に振り向くオリシュ。その容貌は相も変わらず、絶世の神秘的な美貌。でもなんだかいつもと違って見える気がした。

 

「あの、その…先ほどは助けていただきまして、本当にありがとうございました!」

「気にすることはないのだよ。僕達は同じファミリアなんだから、助け合って同然さ」

「でも…私助けてもらってばっかりで、オリシュさん達を助けていません。本当にごめんなさい…」

「そんなことないさ。何時もレフィーヤには助けられている。叔母上に次ぐその火力はロキ・ファミリアには欠かせないものさ。それは団員の誰もが思っていることだよ」

 

にこりと微笑みながら、告げられた言葉に思わず顔が赤くなる。

レフィーヤはその赤い顔を見られたくなく、顔を俯けた。

 

オリシュに助けられた瞬間、自分が英雄譚のヒロインになったかのような錯覚を覚えてしまった。

怪物に襲われて、絶対絶命の自分。そこに颯爽と現れる白馬…じゃないけど、猪に跨った王子様。

その光景を再度思い出し、レフィーヤは益々顔が赤くなるのを感じた。尚更顔を上げられず、俯いてしまう。

 

 

そんな自分を見て、オリシュは微笑みながら言った。

 

 

 

「ふふふ、僕に惚れたかい?レフィーヤ、どうだい?今ならハーレム一号だよ?」

 

一気に熱が冷めるのを自覚できる。

顔を上げたレフィーヤは満面な笑みを浮かべながらこう応えた。

 

 

 

 

「死んでもお断りです。この豚野郎」

 

 

 

 

 

オリシュは未だにハーレムのハの字も作れていない自分の現状を嘆いた。

 




立てたフラグは即座にへし折る!!

それがオリシュクオリティ!!


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