堕天使のちょこっとした冒険 (コトリュウ)
しおりを挟む

取材
取材-1


ユグドラシルで取材を行います。
どんなスクープが得られるのでしょうか?
まぁ、それはやってみないと分かりませんよね。




「は~い、こちら現地取材中のパナップでっす。……んっと、本日はギルドランキングを凄まじい勢いで駆け上がっている注目ギルド、アインズ・ウール・ゴウンにお邪魔しています」

 

 真っ黒な六枚の羽をぴょこぴょこさせながら無性的な外観の堕天使アバターを操る――その者の名はパナップ。

 動画の撮影でも始めているのか――右手で鈍器として使えそうなマイクらしきものを握りしめ、耳にかかる程度に切りそろえられた黒髪を左手で整えつつ――用意していたと思われる台詞を喋り始めていた。

 ちなみにカメラマンや音声さんなどは居ない。

 自撮り取材である。

 

「こちらがギルド長のモモンガさんでーす。どうもはじめましてモモンガさん、『ユグドラ快報』のパナップです」

 

「はじめましてパナップさん。今日は取材とのことですが、お見せできる場所がこの第六階層ぐらいしかなくて申し訳ありません」

 

 物腰柔らかで丁寧な対応を見せるのが、謎多き異形種ギルド――危険度最悪、見つかったら即PK、ピンクの肉棒は硬過ぎる、エッチなアバターなら鳥野郎が庇ってくれる、ドイツ語を話せば逃げ出す、妻と子供が待っているとフラグを立てれば聖騎士が飛んでくる等々、よく分からない廃人集団アインズ・ウール・ゴウンを束ねる骸骨ことモモンガだ。

 

 この骸骨はスケルトン・メイジの最上位種オーバーロードとのことだが、今にも名刺を出して交換を求めてきそうな仕草から威厳のようなものは感じられない。

 それよりもこの場所――巨大で勇壮な趣を見せる円形闘技場と、天空に広がる宝石箱とも形容したくなる星空のほうがネタになりそうだ。

 

「いえいえ、今まで誰も突破に成功したことのないアインズ・ウール・ゴウンの拠点、ナザリック地下大墳墓の第六階層に入れて頂けるなんて光栄としか言いようがありません」

 

「ま、まぁ、るし★ふぁーさんが問答無用で連れてきた挙句、あとは宜しくな! と丸投げ状態のままログアウトしちゃったんで……」

 

 深いため息が骸骨から聞こえる。

 どうやらこのギルドも多分に漏れず、多くの問題を抱えているようだ。

 

 ――アインズ・ウール・ゴウン――

 DMMO-RPGで最も有名なゲーム『ユグドラシル』――そのゲーム内で結成された数千ギルドの内の一つであり、最近になってギルドランキング二十位以内に喰い込んできた勢いのある集団だ。

 メンバーは三十六名。

 全員が異形種アバターで社会人プレイヤーらしい。

 とまぁ普通に紹介しているがちょっと――いや、ちょっとどころではなくおかしな点がある。

 

(たった三十六人で……どうやったらギルドランクを二十位以内に上げることが出来るのだろうか?)

 

 パナップは笑顔のアイコンを表示させながら、多くの疑問をリストアップする。

 偶然にもアインズ・ウール・ゴウンのメンバーと接触出来、取材OKとの返事を受け、拠点にまで連れて来てもらえたのだ。

 この幸運を手放すわけにはいかない――特ダネ確保である。

 

 レイドボスを一回目の挑戦で倒したという噂は本当?

 ギルド最多の六個にも及ぶワールドアイテムを、どうやって集めたのか?

 上限六十人で挑むべきワールドエネミーを、たった三十六人で倒した方法とは?

 なにをどうすれば十二ものギルドを潰せるのか?

 

(廃人ギルドとか違法改造集団なんて言われているけど……。ギルド長は優しそうな常識人っぽいなぁ)

 

 もしかして答えてくれるかも――なんてちょっとした期待を持つ堕天使記者。

 その前では大魔王が羽織っていそうな絢爛豪華なローブで威厳を保つ骸骨が、骨の指を額に当てつつ、アイコンでは表示し難い複雑な心境に苛まれていた。

 いや、表示するとしたら頭を抱えているアイコンが最も適しているのかもしれないが……。

 

(おいおい、どーすんだよこれ! 一時的に転移阻害の機能切ってくれ、って言われたからその通りにしたら記者を連れてくるなんて……。 るし★ふぁーさん後先考えてないでしょ! 他の皆にどう説明したらいいんだよー!)

 

 部外者を勝手に入れた挙句に逃亡。

 毎度の事とは言え、るし★ふぁーの問題行動には悩まされる。

 

(――ははは、悪いことばかりじゃないですよ。とっさの対応能力が磨かれます――なんてぷにっとさんは言っていたけど……、あれは慰めに違いないなぁ。うん、絶対そうだ)

 

 ギルド長はなんだか遠い目をしている。

 堕天使記者パナップは、表情が反映されないシステムでありながらも……まんま骨しかない骸骨野郎の顔に空しい空気を感じていた。

 

「そ、それではモモンガさん。せっかく御会いする事が出来たのですから聞かせて頂きますね」

 

 ちょっとだけ声が上擦る。

 ここからが記者としての腕の見せ所なのだから緊張もするだろう。

 今から不利益になりかねないギルド又はプレイヤーの秘密を公開してもらおうというのだ。

 もちろん普通に答えてくれるとは思えないし、思うわけがない。

 

「モモンガさんはPvPの勝率が六割を超えている事で攻略サイトも複数立てられている訳ですが、いまだに勝率の低下が見られません。何か特別な対応策でもあるのですか? 宜しければ少しだけでも……」

 

「ああ、その事でしたら――」

 

 ――PvP(プレイヤー・バーサス・プレイヤー)――

 他のプレイヤーとの戦闘対決であり、PKに直結する行為でもある。

 集団戦個人戦、不意打ち待ち伏せ狙い撃ち、目立つプレイヤーを積極的に狙う輩もいるし、異形種ばかりを狙う奴もいる。

 そのように千差万別のPvPだが、大別すると二つに分けられる。

 相手の同意が有るか否かだ。

 同意が有る場合をPvP、無い場合をPKと呼ぶ人もいるが、堕天使記者の言葉にある勝率に関しては言えばどちらの結果も反映される。

 要するにどんな状況であれ――勝つか負けるかなのだ。

 

「――私の場合フィールド上でPKされる事はありませんからね。アインズ・ウール・ゴウンの仲間と行動している場合がほとんどですから……。ただ『決闘』はよく挑まれますので、その結果なのでしょう」

 

 モモンガの語る『決闘』とは、条件付き同意PvPシステムの事である。

 互いが納得した条件の下で余人を排し、正面から殺し合う。

 ちなみに条件として「デスペナルティ無効」も設定できるので、腕試しに行うPvPとしては人気が高い。

 

(ウルベルトさん曰く、緊張感が足りないので実際の腕前を見るには不適当――って言っていたけどね)

 

 メンバーの一人ウルベルト・アレイン・オードルはガチビルドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

 レベル配分も使用魔法も、装備やアイテム、スキルの相乗効果を狙った能力上昇に至るまで、全てが『最強』を目指した組み合わせである。

 ぶっちゃけギルド長のモモンガより強いし、ギルドメンバーの中でもワールドチャンピオンたっち・みーと並び――誰にも挑まれない反則級プレイヤーだ。

 

「えっとモモンガさん、決闘ならば尚更不利なのでは? 挑んでくる相手は事前に対策を立てていますよね。それに対してモモンガさんは初見の相手……それでいったいどうやって?」

 

 ウルベルトに粉々にされた過去のトレーニング風景を思い出しつつ、モモンガは――記者の放った疑念だらけの問いを耳にして――ふと我に返る。

 

「ええ、疑問に思うのも当然です。私はドリームビルダーですし、正面から戦ったら武装やアイテムの力を借りても勝利を得るのは困難でしょう」

 

「はい、確か攻略サイトにも載っていました。死霊系特化型魔法詠唱者(マジック・キャスター)……ですよね」

 

 強さとは縁遠く一見戦闘の役には立たないであろうスキルや魔法――そんなものをわざわざ所持し、死霊系に偏った魔法詠唱者(マジック・キャスター)を演じている骸骨モモンガ。

 なぜそんなことをしているのか?

 無論、格好良いから! それがドリームビルダーとしてのロマンだからだぁ!

 

「げふんげふん……えー、仰る通り私の攻略情報は既に晒されているので実際のところ非常に不利です。ですから決闘を挑まれた場合は常に『三連戦』を条件に掲げているのです」

 

「えっと三連戦……ですか?」

 

 記者パナップは決闘に用いられる条件提示の内容に思考を繋ぐ。

 確か決闘の条件提示は挑まれた側が優先権を持ち、挑んだ側がそれを了承する事で成立するものである。

 挑んだ側が納得しなければ決闘自体始まらないし、その事で挑まれた側が逃げたとは言われない。

 ただ挑戦者が条件を受け入れたのにも拘らず拒否した場合や、条件提示すら行わずにその場から離れた場合は、PvPの勝率と共に逃亡回数として公開される。

 いくらPvPの勝率が高くとも、逃亡回数が全戦闘回数の九割を占めていたら嘲笑の的であろう。

 つまり逃げ回っている腰抜け野郎って意味だ。

 

 そしてモモンガの場合は――三回戦って勝敗を決めようと提示しているのである。

 

「私は一回目の戦闘を情報収集の戦いと割り切ります。負け前提で相手に喰らい付き、武装や魔法、アイテムにスキル、加えて戦いの癖などを読み取るのです。出来れば相手の切り札なんかも出させたいですね」

 

「一回戦をわざと負ける!? 情報を得る為に? いやでも、分かったからと言って一回戦終了時から二回戦開始までは一分程度しかありませんよ。そ、それでどうやって対応すると言うのですか?」

 

 そりゃ~ある程度は分かるだろうさ。

 パナップの心境は――何言ってんのこの骸骨! である。

 相手の攻撃属性に合わせて対抗手段を取るのは当たり前だ。一分しかなくてもやれる事はあるだろう。

 しかし攻撃属性は大抵複数だし、その組み合わせは無限だ。スキルによる攻撃もあるし、相手が持つ武具の効果も考慮しなくてはならない。

 アイテムなんか使われたらどうしようもなくなるし、個人が扱う魔法の種類だけで三百にも及ぶ。

 

(考えているだけで一分経つよ! それに相手だって黙って見てないでしょ)

 

 モモンガの答えはあまりに荒唐無稽だ。一分で相手に合わせた戦術を組み立てられる訳がない。

 更に言うなら変更した魔法や装備で全力戦闘できるものか――不慣れな戦い方で勝利を得られるなんて相手をバカにし過ぎだ。

 決闘を仕掛けてくる相手はレベルカンストのガチビルドプレイヤーがほとんどなのだから、少しばかり戦い方を変えてくることぐらい織り込み済みだろう。

 

「問題ありません。一分もあれば充分ですし、情報を読み取られた相手が二回戦目で別の戦術に切り替える可能性も考慮して組み立てられます」

 

「……は?」

 

 まるで当たり前のように――五百円ガチャにボーナス全額突っ込むのは当然ですと言わんばかりに――そのギルド長は偉ぶる気配も自慢する態度も見せず、堕天使記者へ語った。

 

「三戦目は二回分の情報が集まりますから勝率はさらに高くなります。私の場合、情報が集まった場合のPvPなら充分に勝機がありますからね。まぁ、たま~に失敗して一勝二敗とかで負け越す場合もありますが、三戦全勝の場合も稀にありますので勝率的には大きく変動しないでしょう」

 

『決闘』の三連戦では、全ての勝敗がPvPの勝率に影響する。

 故に二敗したからといって逃げ出すプレイヤーはいない。

 事前に両者が持ち寄った「勝者に与えるべき物品」は二勝した者の手に渡ってしまうが、勝率の事を考えれば最後まで戦わねばならないのだ。

 ちなみに超有名人たっち・みーの『決闘』はデスペナ有りの一回勝負、勝利景品にワールドチャンピオンしか装備できない鎧を提示する為、同等品以上を持ってくる必要のある挑戦者は今のところ皆無――である。

 

「あぁ、パナップさん。この程度の事は当たり前にこなさないとアインズ・ウール・ゴウン内でのトレーニングには付いていけませんよ。メンバーの一人――タブラさんなんかは毎回突拍子もない魔法の組み合わせで襲い掛かってきますからね。対応するだけで一苦労ですよ」

 

 骸骨は乾いた笑いを放っている。

 何やら過去に嫌な思い出があるらしい。と言っても乾いた笑いを放ちたいのはパナップのほうだ。

 愛想笑いのアイコンを打つことすら忘れてしまう。

 人外魔境に来た気分だ。

 

(これがハッタリで言っているのなら救いはあるけど……この骸骨のPvP勝率が高いのは事実だし。嘘を言っているようにも見えないし――骨だから分かんないけど)

 

 うむむ~。

 これは記事にできる内容なのだろうか?

 パナップは自分の所属するギルド「ユグドラ快報」に戻って記事を作成した場合の事を考える。

 

(モモンガの強さの秘密はプレイヤースキルの高さでした~って、スクープでもなんでもないよね。他に何か聞き出さないと帰るに帰れないなぁ)

 

 チラッチラッと優しそうな骸骨に視線を送る記者パナップ。

 物欲しそうな態度を見せるのは記者としてどうなの? ――とは自分でも思うが、この骸骨なら何とかしてくれそうな気がする。

 迷惑を迷惑とも思っていない、無茶ぶりを当然のように対応する、困っている人を見捨てられない。

 そんな空気が――骨の隙間から響いてくる口調に感じられるのだ。

 

「あぁーそうだった。私のPvP勝率が高い一番の理由を言い忘れていましたよ」

 

「わっほい! 待ってましたモモンガさん」

 

「ん? わっほい?」

 

 聞き間違えかな?

 なんて首を傾げる骸骨の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、ぐいぐい近づいてくる堕天使を前に語り出す。

 

「え~、実のところ私がPvPで三連戦を提示した場合でも、勝ち越せなかったり三連敗したりする相手は結構いるのですよ。今すぐ名前を挙げられるだけでも二十人以上……」

 

「マジで? ってかそれがどうして勝率の高さに繋がるの?」

 

「まぁなんと言うか、その二十数人に負けても私の勝率は全く下がらない……ってことなんですけどね」

 

 もったいぶった言い方をする骸骨は退治しても良い気がする。

 堕天使の前は天使族で神聖属性の魔法を習得していた信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)だったから、全力なら少しはダメージを与えられる気がする。

 パナップは反撃されたら塵になると分かっていても、見上げた先で言葉を濁らせる骨野郎にPvPを挑みたくなっていた。

 

「あぁ、すみません。はっきり言いますとギルドメンバーの事なんですよ。ギルドメンバー間で行われるトレーニングPvPは、勝率に影響しませんからね。いくら負けても大丈夫ってわけです」

 

 モモンガ曰く、自分より強い奴はいっぱい居るけどほとんど仲間だから問題ない。

 集団戦でも仲間がいるから負けないし、一対一の場合は情報集めて勝ち越し狙うよ――ってな訳だ。

 

(仲間のおかげってこと? これって謙遜なのかな? でも『決闘』で勝っているのは事実なわけで……。うむむ~~ん、美談なのかこれは?)

 

 スクープは諦めて涙を誘う美談にすべきか?

 煌めく星空の下、巨大な円形闘技場のど真ん中で骸骨と話し込んでいた堕天使は、このインタビューの落としどころに頭を悩ませていた。

 しかし何も問題は無い。

 堕天使が頭を抱えようとも、対面する骸骨が不思議そうに首を傾げようとも――全ては水泡に帰すのだ。

 ある男の登場と共に。

 

【るし★ふぁーがログインしました】

 

「ぅえ?!」

 

 飛び込んできたメッセージに思わず声が漏れる。

 先ほどログアウトしたばかりのギルドメンバーが再ログインしてきたからだ。

 更にその問題児が、いつもの第九階層の円卓ではなく目の前――第六階層円形闘技場の観客席――に現れ、見た事も無い仮面の道化師に扮していれば混乱もしよう。

 ……混乱の完全耐性を有しているというのに。

 

「にゃははははは! モモモンちゃん、イチャイチャパラダイスはそこまでだぜ! ここからは俺っちのターンだ!」

 

「モが多いし、誰がイチャイチャして……いや、それよりなんで外装を変身させて? いやいや、それより貴方が連れてきたんですから責任取って下さ――え?」

 

【ウルベルト・アレイン・オードルがログインしました】

 

「どぅえ?!」

 

 モモンガはアンデッドで骸骨だから感情の起伏が無い――なんてのはゲームの話だ。

 実際は円形闘技場の観客席最前列に登場した新たなギルドメンバーを目撃して、奇妙な声を零れ落とさずにはいられない。

 




取材って大変ですよね。
ギルド長も……きっと大変なんでしょうね~。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

取材-2

取材にはハプニングがつきものですが……。
はたしてどのように対応するのでしょう。
まともな人が出て来てくれると良いのですがね。


「ウルベルトさんまで! ってかその童話に出てきそうな三角黒帽子の悪役魔法使いみたいな装備は何ですか?」

 

「何って、記者が来ているのに手の内明かす奴が何処に居るんです? ――そんな事より、今日の俺はそのまま悪い魔法使いなんですよ! 覚悟しろ、堕天使!」

 

「えっ? 私? な、なんでなんで?」

 

 突然の乱入者は変身アイテム使用済みの道化師と、攻略サイトで手の内晒されまくりの最強魔法使いだ。

 しかもマイクしか持っていない堕天使記者に狙いを定めている。

 隣でワタワタしているギルド長は役に立ちそうにない、骸骨だし。

 と言ってもパナップ自身、化け物集団アインズ・ウール・ゴウンに戦いを挑まれる覚えはまるで無いので、同じ様にワタワタするしかないのだが……。

 

「うひゃははは、モモにゃっち気付かなかったのかぁ? 俺様が記者を連れてきた時、客人設定にしないで強引に連れ込んできたのは何でだと思うぅ!」

 

「教えてあげますよ。今現在、記者の設定は部外者――つまり招き入れた後に放置となりPK可能な状態で晒されているって事ですよモモンガさん。取材中の記者をギルド内でPKしたってそいつに記事にされたら、ギルドの悪名も一気に上がるでしょう」

 

 道化師に扮したるし★ふぁーは可笑しくて仕方がないようだ。

 格好つけて解説している悪の魔法使いウルベルトの隣で、闘技場の壁をバンバン叩きながら哄笑している。

 

「うひひ、流石のギルド長も俺がログアウトして気が緩んだんだろう? リアルで連絡取り合ってまで準備していたんだから見破れるはずもないけどなぁ、ひひ」

 

「なんでそこまで? ぷにっとさんを騙す訳でもないのに……ってもしかしてこの計画は――」

 

「やっぱりモモンガさんは素質がありますね。ぷにっと萌えさんが注意しろって言うわけです。……でもまぁ、設定変更の時間は与えませんよ。そこの記者はナザリック地下大墳墓第六階層で無残に殺され、その悲惨さを記事にしてアインズ・ウール・ゴウンとギルド長モモンガの悪名を撒き散らすのだ!」

 

「ち、ちょっ、何で私が悪いことに! ってヤバい! 本気だあの二人、パナップさん私の後ろに」

 

 何が何だか訳が分からないよ。

 運良く取材出来たと浮かれていたらPKされそうになっている。

 しかも骸骨に庇われているし……。

 このままだとデスペナくらってレベルダウンの上、アイテムドロップまでしちゃうよ。

 

「は、ははは……、やっぱりこのギルドは危険度最悪だ。噂では妻と子供が待っているって言ったらフラグが立つらしいけど」

 

 何のフラグだよ! っとパナップは自分に突っ込んでしまう。

 でも、それぐらいしか出来ないのだ。

 装備を整えようにも取材用のノーマル装備――いわゆる布の服だし、武器は見た目マイクの最下級鈍器。

 

 そんなまな板の上の堕天使であるパナップの面前では、くねくね動く道化師野郎と自称悪の魔法使いが嫌がらせの展開を始めていた。

 

「いーっくぜぇ! スキル発動『次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)』!」

 

「逃がさんぞ! 〈上位転移封鎖(グレーター・テレポーテーション・ロック)〉」

 

「いやいや念の入れ過ぎでしょ! どこまでPKしたいんですかあんた達は!」

 

 もはや魔法やアイテムでの逃走は不可能だ。

 とは言ってもナザリック自体転移阻害のシステムが組まれているのだから、やるだけ無駄な行為である。なお、モモンガが持つ拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)もPvP中は使用できない。

 それなのに何故?

 聞くまでもない――楽しいからだ!

 

「モンガっち~、骸骨が堕天使を庇っている姿は何か変だぞぉ。まぁ、二対一じゃ庇いようがないと思うけど――」

 

「ならば二対二ならどうだ!」

 

 闇を切り裂く一筋の希望。

 まさにその通りだと、モモンガとパナップは思いを一つにしたに違いない。

 気合と共に闘技場へと乱入してきた輝ける騎士は、ウルベルトに睨まれながらも、背後に設置した懐かしいエフェクトをユラユラさせていた。

 

「そのエフェクト久しぶりに見ましたよ、たっちさん」

 

「出会った頃の状況に似ていた感じがしたので引っ張り出してきました。ではモモンガさん、ぷにっと萌えさんからの伝言です――『後は頼んだ』」

 

「ぷにっとさーーーーん!!」

 

 あの諸葛孔明、三度訪問して三度ともぶっ飛ばす。

 最強の骸骨は絶叫アイコンを連打しながら、絶対許すまじと決意を新たにしていた。

 

「あ~ぁ、ぷにぷにの奴裏切ったぜ。どーすんのよウルっち」

 

「ウルっち言うな。……まっ、別に問題無い。倒す相手が記者から聖騎士に変わっただけだ。っという訳で――るし★ふぁーはモモンガをぶっ倒せ!」

 

「あのー、私ギルド長なんですけど……」

 

 トレーニングPvP中は同士討ち(フレンドリィ・ファイア)が解禁されるとはいえ、ギルドメンバーにぶっ倒せと言われるギルド長とは、此れ如何に?

 威厳が欲しいと頭蓋骨をポリポリ掻きながら、モモンガは聖騎士の隣に並ぶ。

 

(別にイイかな。たっちさんとコンビ組めるし……っとその前にパナップさんを逃がさないと)

 

 忘れていた訳ではないが、色々想定外の事があって後回しになっていただけだ。

 言い訳では無い――実際にそうなのだから。

 故に、振り向いた先に肝心の堕天使記者が居なくても仕方がない。

 

 ぷにっと萌えの指示で、静かに動いていた別のプレイヤーが居たのだから。

 

「こっちこっち、そこに居たら死ぬよ。急いで」

 

「はっ、はい。すみません」

 

 どうして私が謝る必要があるのだろうか――それは分からないがとにかく一心不乱に走りに走った。

 闘技場の端にある格子で閉じられた入退場口らしき場所へ、触手のような細長いモノをぴょこぴょこ振っているピンク色の粘体が居る場所へ……。

 

「あはは、色々とごめんね。すぐに外へ連れ出すから許してね」

 

「はぁ……」

 

 なんて可愛くて綺麗な声なんだろう……ピンクの肉棒の癖に。

 堕天使記者パナップは失礼だとは思いつつも、羨望と嫉妬に塗れた本音を胸に溢れさせていた。

 

 闘技場の格子門を開けて、そのまま外に連れ出してくれるピンク色には覚えがある。

 攻略サイトで『硬すぎて危険』と記載されていた前衛タンクのプレイヤーだ。

 出会ったら相手にしてはいけない。

 攻撃しても殆ど効かない上に、一撃後の隙を狙って超遠距離から別の攻撃手が属性爆撃を仕掛けてくるからだ。

 かと言って逃げようとすると即死魔法が別の方角から襲い掛かってくる。抵抗しても追加効果でまともに動けない。

 その間にピンクの肉棒が迫ってくる。

 ただ硬いだけではないのだ。出会った瞬間から完全撃破までのシナリオを組めるプレイヤー。それがぶくぶく茶釜である。

 

「さ~て、お客様設定にして――っと。一気に一階層まで転移するからね。はい、掴まって」

 

 差し出されたピンクの触手を軽く握り、パナップは背後を振り返る。

 四方を石で組み上げられた入退場用通路の先では、見た事も無い閃光と聞きたくもない悲鳴のような爆音が荒れ狂っていた。

 恐らくあの骸骨と道化師、聖騎士と魔法使いが楽しく殺し合っているのだろう。

 こんなやり取りを日常的に経験しているから、モモンガは強いのだろうか?

 ふと考えて――頭を振る。

 

(もういいや、ここは私が来るような場所じゃなかった。身の丈に合った取材場所を選ぶべきだったよ。うん、そうだね)

 

 自分を納得させて前を向く。

 今回の取材は失敗だったかもしれないけど、今後に生かせば良い。

 そう自分に言い聞かせ、記者パナップはナザリック地下大墳墓第六階層から姿を消した。

 

 

「はい、お疲れ様。ここから先は沼地だけど大丈夫? 物凄く厄介な巨大カエルとか出るけど……」

 

「大丈夫です、拠点から少し離れればアイテムで転移出来ますから……。あ、あの、私はパナップと言います。有難うございました、ぶくぶく茶釜さん」

 

 石棺が並ぶ墳墓を抜け、横にも縦にも長い石階段を上がると――その先には樹海と沼地を混ぜ込んだような絶対寄り付きたくない深淵の闇地獄が広がっていた。

 

「あれ? そういえば自己紹介してなかったね。パナップさん今後ともよろしく。今回は問題児と厨二病が乱入してきたけど、これに懲りずまた取材に来てね」

 

「え、ええ……。よろしくお願いします」

 

 お互いに笑顔アイコンを出し合うものの、その内実は全く正反対であろう。

 死地から逃げるように歩き出すパナップと、その死地を居心地の良い拠点にしているピンクの肉棒ことぶくぶく茶釜ではあまりに立ち位置が違う。

 

 そしてもっと立ち位置の違う者も居たりする。

 

「そこの堕天使ちゃん、ちょっと待ったぁ! この毒沼にはでっかいツヴェーグが出て危ないから送っていくよ。ああ、俺はペロロンチーノ。とりあえずフレンド登録しようね」

 

「このバカ弟! 底無し沼に沈んでこいやー!!」

 

 ピンクのスライムが迫力ある怒声と共に飛び蹴りをかます光景――それはとても珍しく、記者であるパナップとしてはスクショを撮りたくなってしまう。

 蹴り飛ばされて沼地に頭を突っ込むバードマンには悪いと思うけど……。

 

「あはは、嬉しい申し出ですけど――私、男ですよ。……それではお二人とも、お世話になりました。さようなら」

 

「ああ、うん。バイバイ」

 

「ちょっ、男? マジで? 声や仕草から性別を看破できるこの俺が間違えたってかー?!」

 

「弟、黙れ!」

 

 棘しかない厳しい一声と共に――潰されたカエルが放つ悲鳴のようなものが聞こえるが、この沼地に生息しているというモンスターのものであろう。

 私は何も見ていない、聞いていない。

 スライムお姉さんに踏まれるのが大好きな鳥野郎なんて、べ、別に珍しいものでもないしね。

 性的嗜好は人それぞれだし……。

 

(さてと、帰ったらどんな記事を書こうかなぁ。……とりあえずモモンガさんは悪の首領にしておこう。このギルドではそんなロールプレイをしているみたいだし――)

 

 パナップはアインズ・ウール・ゴウンが悪のロールプレイをしているのだろうと判断していた。

 二人組が襲ってきたのもその一環だろう。

 ならばその意向には沿っておくべきだ。

 モモンガさんは嫌そうだったけど――まぁ、あの人なら許してくれそうだし大丈夫でしょう。

 あとは購読者を増やす為のキャッチコピーだけど……。

 

 ――「悪の巣窟で絶体絶命の記者を救う純銀の聖騎士」――

 

 あの聖騎士さんにはファンクラブもあるから上手く利用させてもらおう。

 パナップはゆっくりと沼地を進みながら、悪くない取材だったかもしれないと今日一日を振り返るのであった。

 

 ◆

 

「うっひょー! モモりん、前より強くなってね? このままだと、俺ヤバくね?」

 

「なにやってんだ、るし★ふぁー! 押し切るぞ!」

 

 吐き出す台詞の割には、嬉しくて仕方がないように笑い声を上げる道化師。

 悪役ロールプレイ口調のウルベルトが放つ発破にも、モモンガを弾き飛ばして答え、自身が劣勢に立っているような素振りすら見せない。

 

 ここはナザリック地下大墳墓、第六階層円形闘技場。

 ギルドメンバーが行うトレーニングPvPという名の――殺し合い真っただ中である。

 

「そんな事言っている割には余裕じゃないですか。外観を遊ばせていてもオーバーロード対策はしっかりしてきたんでしょ?」

 

「もっちもちよっ! 本番はこれからだぜ!」

 

「モモンガさん、もう少し堪えて下さい! 今邪魔者を倒して駆けつけますからっ」

 

「邪魔者とは言ってくれますね。――行かせる訳ないでしょ、たっちさん!」

 

 事前に対策済みのるし★ふぁーにとって、モモンガはそれほど怖くない。

 じっくり時間を掛ければ、道化師の変身を解くまでもなく勝利へ辿り着けるはずだ。

 一番の問題はたっち・みーだが、ウルベルトが時間を稼ぎながら抑えてくれているので問題は無いだろう。

 そう――いつも通りならモモンガの惜敗で終わりそうな光景であった。

 いつも通りなら……。

 

「スキル発動『あらゆる生あるものの(The goal of all )目指すところは死である(life is death)』! 」

 

 瞬間、モモンガの背後に十二の時を示す時計が浮かび上がった。

 そして魔法を発動させる。

 

「〈魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)〉」

 

 モモンガを中心として円形闘技場全体に、女の絶叫が波紋のごとく広がり満ちる。

 それはあまりに強力な即死の効果を持った叫び声。

 当然、るし★ふぁーとウルベルトも逃げ場なく範囲の中に飲まれてしまう――全く焦る様子も見せないままに。

 

「ざーんねん、モモンちゃんの切り札は対処済みだよぉ。蘇生アイテムはこの通り」

 

「分かっているだろうに……何故です?」

 

 十二秒以内に蘇生系アイテムを使用しなければ逃れる事の出来ない――初見殺しの切り札ではあるが、仲間内で通じるはずもない。

 だからこそウルベルトからは訝しげな台詞が発せられる。

 そう――モモンガは分かっていて使用したのだ。

 

「このトレーニングPvPはいつも通りデスペナ無効ですけど、アイテム消費は有りに変更しちゃってますよ。この勝負を始める前にギルマス権限で」

 

「「は?」」

 

 針が六秒を通過した時、道化師と悪の魔法使いは悟った。

 ギルド内で行うトレーニングPvPではデスペナ無効はもちろん、アイテム消費も無しになっているのが通例――無論、アイテム効果は勝負後に全て無効――である。

 高価なアイテムの効果を確認したいが消費するのは勿体ない。それは全プレイヤーの要望であり請願だ。

 だからトレーニングPvPと言えばアイテム使い放題が常識なのだが……。

 

「きったねぇー!! このままじゃ蘇生アイテムの無駄遣いじゃん! つっても使わねえと負けちまうー!」

 

「どちらでも構いませんよ。私とたっちさんは勝っても負けても何も失いませんから」

 

「ぐっ、たっちさん。最初からモモンガさんの意図に気付いていたから、何もアイテムを使わなかったのですか?」

 

「おや、ウルベルトさん――」

 

 ちょっと遅かったですね――たっち・みーの最後の言葉が放たれるより先に、時計の針は一周を終え、再び天を指す。

 

 その瞬間、世界が死んだ。

 

 るし★ふぁーとウルベルトも死んだ。

 

 ――少し遅れてトレーニングPvP終了の表示が円形闘技場に流れる。

 

「毎回これじゃ身がもちませんよ……」

 

 ついでにギルド長の愚痴も流れた。

 

 ◆

 

 ここはナザリック地下大墳墓第九階層、円卓の間。

 

「あ~ぁ、なんかズルくね? せっかく色々準備して、ウルっちと作った新作外装の御披露目をしようとしたのに~」

「その宣伝も兼ねて記者をPKしようとしたのですか? やめて下さいよ、私が悪の首領扱いされてしまいます」

「それも目的の一つだったんですが……。それにしてもトレーニングPvPの設定を弄るのはどうかと思いますね」

「相手の都合も考えず、ギルド長と無抵抗の記者を襲った二人が何を言っているのですか? 正義に反する行いですよ」

「まぁまぁ、たっちさんが間に合って良かったよ。二人が暴走すると手に負えないから協力しつつ制御しようと思ったんだけど、何とかなったみたい――」

「聞いて聞いてー! 弟が男をナンパしてたよー!」

「いやちょっとねえちゃん、違うって!」

「おや、エロゲーイズマイライフと言っていたのに男とは……。いや、その設定はなかなか面白いかも――う~ん、これもギャップの一種と言えば一種なのかもしれない」

「おとこねぇ……。となると男の娘用メイド服が必要ですね。はい、分かってます。ペロロンチーノさんの気持ちは十分に理解してます。気合を入れてデザインさせて頂きますよ!」

「それじゃ~、俺は男の娘用AIを創るとしますかぁ。元気タイプとおどおどタイプのどっちにする?」

「絶対おどおどタイプの男の娘がイイ! それで巨大樹に連れ込んで着せ替え大会しよっ! ね!」

「あ、ボクは別に……興味が無い訳じゃない……けど、ど、ど……」

「教師にあるまじき目の輝きだね――でもまぁ協力するよ。男の娘に似合いそうなアイテムなら宝物殿で見かけた気がするし……」

「商人ギルドにも声掛けてみる? 面白そうな装備があるかも――」

「いやいや、この前葉っぱのマントを作ってみたんだけど……どうかな? 葉の一枚一枚に葉脈を表現させて、裏表の造形まで完璧に――」

「ちょっと待ってください。大事なのは大浴場に入るとき男湯なのか女湯なのかでしょう? それによって設計変更も有り得ます」

「ちょっと皆さーん、話の方向性が危険な感じになってますよ~。それより新しいNPCを創るのですか? ペロロンさんの二人目? ポイントならまだ有りますから決を採りましょうか」

「だめだめ、弟のNPCにしたら可哀そうよ。ん~と、アウラの双子にしようと思うんだけど――どうかな? モモンガお兄ちゃん♪」

「「げふっ!」」

 

 この日から数週間後、第六階層に二人目の拠点防衛用NPCが誕生した。

 骸骨とバードマンの犠牲のもとに……。

 




これにて取材は終わりです。
しかし堕天使の小さな冒険はこれからも続いていきます。
危険度最悪のギルドと少しばかり関わり合いながら。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スパイ
スパイ-1


遊び方は人それぞれ。
でもMMO関連はちょっと温度差が激しい気がします。
これはゲーム、……ゲームですからね。


 どんなゲームでも――たとえDMMO-RPGであったとしても――三年もやれば大抵遊び尽くせると思う。

 もちろん廃人レベルでレイドボスを狩りまくったり、どうやって倒すのかと苦情が来るほどの世界級(ワールド)エネミーへ挑戦したり、ギルド拠点を職人レベルで築造したりしなければの話ではあるが……。

 

 パナップはそこそこ楽しんでいた。

 天使族で始めて信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の道を邁進し、堕天してからは盗賊やら狩人、暗殺者や忍者などの職業を選んで隠密ロールプレイ。

 一時期は報道ギルドに所属し、記者として方々を取材したり……。

 別のギルドではレイドボス討伐にだって参加して、レアなデータクリスタルを手にする事もあった。

 

 世界級(ワールド)エネミーには六回挑んで六回全滅。そのまま諦めて――ついでにギルドごと解散となった。

 世界級(ワールド)エネミーとの戦闘経験情報を、ギルドメンバーの一人が神器級(ゴッズ)アイテム一つと引き換えに売り払ったからだ。

 その情報を購入した異形種ギルドは最初の一回で、私達が狙っていた世界級(ワールド)エネミーを討伐したらしい。

 ギルド長には感謝のメールが――

 

『うひゃひゃ、ねぇどんな気持ち?! 全ての努力が水の泡になった気分はどう? 俺様の為に貴重なアイテムと時間を使い潰してくれてサンキュー! あっそうそう、三体セットの最後を倒せたから世界級(ワールド)アイテムを獲得できたぜ! また頼むわ、ひゃっはー!』

 

 ――本当に素晴らしい感謝のメールが届いたそうだ。

 

 私はそろそろ違う遊びを始めようと思う。

 このゲーム『ユグドラシル』では、発想次第で様々な「遊び」が可能だ。そう――かなり悪どい事も出来る。

 たとえば……。

 

 

 ◆

 

 

「その武器格好イイですね~。神器級(ゴッズ)ですか? 凄いですね~、私では全く手が届きませんよ」

 

 狙いをつけたギルド構成員の中で最も軽そうな――でも決して愚鈍ではない――とある一人に接触し、軽く言葉を交わす。

 基本は羨ましがる事だ。

 DMMO-RPGを遊んでいるプレイヤーの多くは、自分の武装を自慢したいという想いが強い。

 と言うか、どんな破壊力を持ちどんな特殊機能を有していて、どうやって手に入れたのかを話したいのだ――明かしたいのだ――誰かに聞いてもらいたいのだ。

 パナップは自然に、それでいて相手が自慢したいであろうポイントを正確につつく。

 仲良くなってギルド拠点へと招待してもらう為に……。

 

「私もいつか拠点を持ってみたいんですよね~」

 

「おいおい、ソロプレイヤーじゃまず無理だぜ。最低でも城レベルの拠点を制覇しないといけねぇんだからな」

 

 標的として選んだ相手はパナップの夢に呆れているようだ。

 俺達には出来るけどお前みたいなソロでは不可能だろうと、まぁ俺たちの拠点を見学して自分の無謀な夢を実感するといいさ――なんて思っているに違いない。

 

「四階建ての居城ですかぁ。はぁ~、凄い大きさですね~。これだと侵入者に対する備えも凄まじいのでしょうねぇ」

 

「まぁ~な、以前五十人程度のカンストプレイヤーを追い返したことがあるんだけどよ。その時活躍したトラップってのが、またスゲーんだよ!」

 

 ケラケラ笑いながら、ドヤ顔アイコンと共に当時の活躍を口にする標的A。ギルドに所属してもいないソロプレイヤーに対しては、大した警戒も見せない。

 目をキラキラさせれば――そんなエフェクトを装備してはいないが――侵入者に手痛い一撃を与えたという強力なトラップを自慢してくれる。

 

「これは強力な冷気属性トラップなんだけど費用が凄いんだよな~。あまり使いたくはないけど、鼻っ柱にガツンと一発かましてやろ~ってヤツだよ」

 

「へぇ~、やっぱり強力なトラップほど金貨が多量に必要なんですねぇ」

 

 こんなの初めて見ました――と言わんばかりに頷き、ギルド拠点の素晴らしさに感動する。もちろんトラップの位置、起動条件、その威力を頭の中にメモしながら……。

 

「それでこの先に居るのが拠点防衛用NPCだ。さっきの冷気属性トラップに対して侵入者が耐性を付けてきたら、火属性の此奴が襲い掛かるって寸法さ」

 

「ああ、対極の属性をぶつける訳ですね。なるほど~、単純に強いNPCを配置するだけでは駄目なんですね~」

 

 パナップの相槌は「勉強になります」っと言っているように聞こえる。

 実際、先輩面している相手の男は調子に乗り始めているようだ。

 炎を纏うミノタウロスのような悪魔型NPCの肩に手を乗せ、設定した火属性の魔法について軽い口がさらに軽く回る。

 

「そのNPC百レベルなんですか? うわ~、私より強いってなんだか怖いですねぇ」

 

「お~い、自分の拠点を持ちたいって奴がNPCを怖がってどうすんだよ。ってかうちのギルドには全部で九体の百レベルNPCが居るんだぜ。一人目でビビんなよ」

 

 機嫌が良さそうな笑いを漏らす男に対し、パナップは素早く頭を働かせていた。

 この拠点規模に対し百レベルが九体ということは、NPC作成ポイントのほぼ全てを使い切っているのであろう。

 課金や特定アイテムの効果によりポイントを増やしている可能性は多分にあるが、この男の装備品から推察するとギルド拠点よりは自分に課金するタイプのようだが……。

 まだ情報が足りない。

 

「百レベルが九体って、それだけで十分防衛出来るんじゃないですか?」

 

「いやいや無理だって。NPCはAI制御だから対策が簡単に出来るんだよ。役に立つのは初見の相手か、凄いAIを組み込んだ場合だけど……そんなAIを作成出来る奴うちにいねーからなぁ」

 

 男の台詞から、使用されているAIは運営が配布している基本バージョンであると分かった。ついでに配布されている数十種類の内、何を使用しているのかを口から零してもらい頭のメモに加える。

 これであと八体。

 スキルや魔法の使用属性に装備の内訳、設置されている場所にその意図、加えて行動AIの中身まで分かれば――百レベルNPCであってもマネキンに過ぎない。

 突破するのは容易い事であろう。

 

「しかし、これ程の拠点となると課金の額も凄い事になるんじゃないですか? 私は少しだけなら課金してますけど」

 

「確かに課金はなぁ~。やればもっとNPCも増やせるし、トラップも増設できんだけどな~。来るかどうかも分からない侵入者の為に課金するのもちょっとなぁ」

 

 今のままでも問題ないから課金は別の目的に使用したい――彼の言いたい事はこのようなものであろう。

 分からなくもないが……拠点が突破されギルド武器が破壊されると、全てが終わってしまうのだからしっかり対処すべき所は対処した方が良い。ギルド拠点を打ち滅ぼされ、宝物殿にある全てのアイテムを持っていかれたら目も当てられない惨状となる。

 だけど今は都合が良い。侵入者が来るかどうかも分からない――そう思っていてくれた方が有難いのだ。

 内情を探ろうとしているパナップにとっては……。

 

 

 ◆

 

 

 パナップは一ヶ月以上の時間をかけて情報を集めた。

 レベル九十のソロプレイヤーとして、将来自分の拠点を持ちたいという夢見がちなプレイヤーとして――パナップはくだらない自慢話に付き合い続けた。

 

 そして今日は全く別のギルド……そのギルド長が居る執務室らしき場所で、新しい遊びの続きを行う。

 

「突然の来訪にもかかわらず御会いして頂き感謝します」

 

「ああ、なんか面白そうな話みたいだからな。っと他のメンバーには聞かれないから安心してくれ」

 

 パナップの前――会社の応接室にあるような六~八人用木製テーブルの向かいには、五十人規模(アクティブメンバーはその六割程度だが……)のギルドを率いるギルド長がそわそわしながら座っていた。

 今から始まる密談に期待しているようでもあるし不安のようでもある。

 

「まずはこちらをご覧ください」

 

 差し出したものはマッピングデータだ。

 何処かの四階建て居城の内部構造を詳細に表し、トラップの位置までが記載された関係者以外閲覧禁止になるようなものである。

 

「うおっ、マジかこれ?! NPCの配置まで載っているじゃねえか。なんだよこれ、本物か?」

 

「もちろんです。それとNPCの詳細は此方に……」

 

「おいおい、ギルドを抜けた奴から聞いたってんなら意味ねーぞ。周りに言いふらすこと前提で色々配置換えしているだろうし、内部構造もイジるからそんな情報聞いても役に立たねぇ」

 

 ギルドの内部情報は非常に重要なものだ。

 故に情報漏れに関しては何処のギルド長も注意しているし、それは辞めていった元メンバーに対しても同じである。

 だからこそ気になる――目の前に提示された情報が死んでいるのか生きているのかを。

 

「大丈夫です、この情報は私自身が入り込んで得たものですから。十回以上拠点に足を運び、現役メンバーから聞いた情報ばかりです」

 

「マジかよ……」

 

 驚きのアイコンを打ち忘れるほどギルド長は困惑していた。

 本物の情報なら、生きている情報なら――美味しくて仕方がない内容なのだ。

 中身を晒されている哀れな標的の名は、一年前五十人のカンストメンバーで攻略に挑み撃ち返された恨みのあるギルド名である。逆恨みなのは分かっているが、未だに再戦の機会を狙っていた。

 その機会が今、目の前にある。

 

「マジか~、本当にマジか~。信じらんねぇ。すっげえイイじゃん。マジで!」

 

「御待ち下さい、重要なのは此処からです。相手の情報が分かってもプレイヤーが待ち構えていては結局のところ負けてしまいます。だからこそ……」

 

 パナップが次に提示したデータは、いわゆる時間割表だ。

 学生時代に――誰もが学ぶ機会を得られない厳しい学習環境であろうとも――見かけたであろう横に曜日、縦に時間が記載されたものである。

 しかしよく見ると縦の時間は二十四時まであり、所々に何かしらの人数が表示され、一般的な時間割ではないことを示していた。

 

「これはギルドメンバーのログイン状況です。拠点を攻め落とすなら最も敵の少ない曜日、時間帯を選ぶべきでしょう。無論、あなた方の事情も加味しての事ですが」

 

 ギルド拠点を攻め落とすなら誰もが思いつくであろう。プレイヤーが一人も居ない時間帯を狙えば良い――と。

 学生や社会人が主体のギルドでは、平日の午前中なんて誰も居やしない。フリーターや無職、ニートが主体のギルドにとっては餌場のようなものであろう。あっという間に蹂躙される。

 ところが『ユグドラシル』の運営は、拠点監視システム・アリアドネに一つの申請機能を追加した。

 それは――休眠閉鎖機能。

 

 ――休眠閉鎖――

 十二時間以上前に申請する事で、ギルド拠点を完全に閉鎖できる機能である。

 閉鎖期間中はギルドメンバーであろうと使用できないし、使用していた場合は強制排出されてしまう。

 当然攻略も出来ない。

 一週間(百六十八時間)の内、規定以上の時間閉鎖してしまうとギルドランキング低下の要因になってしまうが、常識的な範囲なら問題ない。

 ちなみに閉鎖が反映されるまで十二時間も掛かる為、ギルド拠点が攻め込まれたからと言ってシステムへ申請しても即座に実行される事は無く、防衛対抗手段としてはまったくの無意味だ。

 

「私が調べたのは、ギルドの休眠閉鎖時間帯とギルドメンバーのログイン状況です。お勧めとしては月曜日の午前五時から閉鎖される六時までの一時間。この間なら四人、攻め込まれた相手が呼び集めても八人が上限でしょう」

 

「うわ~、お前何もんだよ。このギルドに何か恨みでもあんのか? ちょっと引くわ~」

 

 先ほどまで喜んでいたはずなのに、目の前のギルド長は呆れ気味である。

 遊びなのに何マジになっちゃってんの? と言った心境であろうか。

 

「ふふ、……お遊びですよ。ただのスパイごっこです。中々面白そうな感じでしょう?」

 

「あ、ああ、まぁ、俺としては有難い話だけどな。んで? 見返りとして何を希望する? 言っておくが世界級(ワールド)アイテムなんか持ってねーぞ」

 

 余程の見返りを希望しているに違いない、でなければどうしてこれ程の情報を――何十日も掛けて地道な作業が必要な苦難の労務結果を――持ってくるというのか。

 ギルド一つを確実に潰す為の情報。

 それはとても魅力的で危険な香りがする。

 

「まず一つは、私の存在を明らかにしない事。その情報は貴方自身が、ギルド長自ら集めてきた情報であるとして下さい。それと二つ目、報酬は成功報酬で神器級(ゴッズ)アイテムの作成に必要なデータクリスタルを一つお願いします。もちろん、攻略失敗の場合は何もいりません」

 

「明らかにしないって……逆恨みされるからか? ん~だが失敗したら何もいらんって、俺たちがヘマしたらお前は骨折り損って事かよ。いいのか、そんなんで?」

 

「はい、その方が私の用意した情報の信憑性が高まるというものでしょう」

 

 パナップは確信していた。ここまでくれば確実であろうと――。

 このギルド長が手にした情報を過信し、少ない人数で相手の有利な時間帯に突撃でもしない限り成功するだろう、間違いなく。

 

「はは、そこまで言われたら失敗する訳にはいかねーな。まっ、任せておきなって。ここまでお膳立てしてもらって返り討ちにでもされたら笑いものだぜ。対策ばっちりで突撃してやる!」

 

「成功する事をお祈りしています。……では失礼」

 

 全てのデータをその場に残し、パナップは執務室を後にした。

 次の標的を何処にしようかなぁ~っと、腹の中で小さく笑いながら……。

 

 

 ◆

 

 

 新しい遊びは結構上手くいった。

 運営がパナップの行為を想定していなかったからか、それとも想定して対処するまでもない普通の事だったからか。

 とにかく八回挑戦して五回成功した。

 失敗した三回は、情報を渡したギルド長が思った以上に馬鹿だったからに他ならない。人数が集まらなかったからと言って、パナップの提案を無視した少ない人数で攻略に挑むなんて――想定外だ。

 まさしく骨折り損のくたびれもうけ三回分である。

 

「はぁ、苦労した割に成功率はあんまり良くないな~。でもまぁ、私の存在を誰も広めていないからその点では良かったと言うべきか……」

 

 攻略に失敗し無様な敗走を見せたギルド長でも、パナップの情報を外に出す事はなかった。と言ってもパナップの行為を表に出せば、十分な情報を貰っておいて失敗した――己の恥を晒す事になるのだから当然なのかもしれない。

 まぁ、潜入していたギルドからは少なからず疑われたが……。

 

「しっかし、レベル九十だとほんとに初心者扱いで警戒心が薄いな~。装備も遺産級(レガシー)聖遺物級(レリック)で固めてあるから、初見から格下扱いだし」

 

 パナップは初心者のソロプレイヤーを演じ、潜入を行っていた。

 レベルもデスペナを利用して下げ、装備品もわざわざ弱いもので統一。効果は予想以上だったと思える。

 

「そんじゃ~そろそろ本命と行きますか」

 

 目の前に広がる光景は昔見たことのあるものだ。

 樹海と沼地の混合地帯。気味の悪い巨大カエルの――呪いでも込められていそうな鳴き声が響く場所。

 そんな魔界のラストダンジョンとでも言いたくなる様相を見せるのが、危険度最悪の廃人ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの拠点――ナザリック地下大墳墓である。

 




やり方によっては倒せないこともないかな?
外側からが駄目なら、内側から崩していく。
とは言っても、頭の良さそうな人が複数いますからね~。
――無理か?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スパイ-2

難攻不落の要塞といえども波状攻撃し、橋頭堡を築いていけば何時の日か陥落する!
……はて? 誰の言葉だったかな?



「メンバーは三十八人。ギルドランキングは十二位か……。ほんと、違法改造でもやってないと無理な順位だと思うよ」

 

 ため息でもつきたくなる数字だが、今はむしろ有難い。この数字――順位に嫉妬するギルドも多いはずだ。

 今この瞬間も爪を研ぎ、牙をむき、アインズ・ウール・ゴウンを滅ぼそうと狙っている者達が居るはずだ。

 

「やってやる、やってやるぞ。私の手で……潰してやる」

 

 何も気構える必要はない。いつも通り、手にした情報を敵対ギルドに渡すだけだ。それだけで全てが終わる。

 ……これはただの遊びなのだ。昔の恨みとかそんなものではない。自分の力がどこまで通用するのかを確認したいだけなのだ。

 言うなればパナップの我儘でしかない。だけどなぜか興奮する。レイドボス討伐より、世界級(ワールド)エネミー戦で全滅した時より――なぜだか顔がニヤけて仕方がない。

 

「まずはアイツだ。一番口が軽そうで、大した警戒心も持っていないアイツ……」

 

 異形種は街への入場に際し、一定の規制を受けるから探すのは簡単だ。

 異形種が普通に入場出来、消費アイテムが豊富に販売されていて、多くのカンストプレイヤーがバザーを開いているヘルヘイムでの街と言ったら両手の指で数えられるだろう。

 沼地からの移動を終え、パナップが狙いを定めたその者は――そんな異形種御用達の街で買い物でもしていたようだ。

 よく見ると、隣の骸骨が逃げようとしているのを片手で捕まえつつ「自作したNPCのエロさ」について人目もはばからず持論を展開している。

 いや持論展開というのはおかしい、ただ熱心にエロトークしているだけなのだから。

 

「あの~、あまり際どい発言を街中でしていると運営さんに怒られちゃいますよ」

 

「そ、そうですよ、ペロロンさん。すいません、仲間が失礼なことを」

 

「失礼って、ん? どちらさん?」

 

「あっ、ごめんなさい。私、パナって言います」

 

 パナップは骸骨と鳥人間相手に、偽のアバターネームを見せた。

 盗賊が持つスキル――名前を含むステータスの偽装(伝言(メッセージ)の選択名も含む)を可能とする『詐称』。

 これは所得条件が面倒臭いにも拘らず能力上昇も特別な効果も無く、ただ嘘をつくだけの技能である為「産廃」「死にスキル」と呼ばれ、ロールプレイ以外では誰も使っていないある意味貴重なスキルである。

 ちなみに今までの「遊び」では、全てにおいて異なる偽名を用いていた。

 

「へ~、パナさんかぁ。俺はペロロンチーノ、こっちはモモちゃん。よろしくな」

 

「違います、モモンガです。パナさん、この鳥野郎の言うことはあまり真に受けないでくださいね」

 

「は、はぁ」

 

 約一年ぶりに言葉を交わしたが、骸骨は相変わらず丁寧な口調であり、鳥人間の方は軽いというかおバカっぽいというか……。

 まぁ、ギルド内部への足掛かりとしては合格だ。

 

「あ、あの、もしかしてお二人はあの有名なギルドの方々ですか? わ~、びっくりしました。攻略サイトに載っているような人に出会うのは初めてです」

 

「うへへ、有名ってなんか照れるね~。いつも襲い掛かられてばっかりだから、なんか新鮮だなぁ」

 

「仕方ありませんよ、ギルドの性質からして襲って下さいと言わんばかりの悪役ポジションなんですから」

 

 鳥人間の反応は上々だ。

 憧れと尊敬の視線を前にして、人は攻撃的な対応をとることが出来ない。異形種であろうとアバターの奥に居るのは普通の人間なのだ。

 調子に乗るか、冷静に対処するかの二通りである。

 

「あ、あの! 宜しければ、このゲームについて教えてもらえませんか? 私レベルを九十までは上げたんですけど、なんだか滞っちゃって……」

 

「ほっほ~、パナさんはユグドラシルを始めてまだ日が浅いって訳か。うん、確かにレベル九十まではすぐに上がるけど、そこから結構大変だよな~」

 

「ソロプレイヤーだと難しいですよね。……ん~っとそれではペロロンさん、少し狩りでも付き合ってあげたらどうですか? 私はギルドに用事があるからお付き合いできませんけど」

 

 この骸骨めっちゃナイスプレー。

 全身の骨をでっかいブラシで磨いてあげたくなるくらい、ぐっじょぶである。

 

「そ~かぁ、そうだな~、パナさんはどう? 俺の方は時間あるけど――」

 

「有難うございます! すっごい嬉しいです! 宜しくお願いします、先輩!」

 

 鳥人間の会話を遮るぐらいの喰い気味に突っ込んでしまった。

 少しだけしまったと思いつつも、キーワードの『先輩』を用いて立て直す。

 何故だか知らないが呼ばれると上機嫌になる魔法の言霊である。ユグドラシルでは未実装のはずだが誰でも使用でき、完全耐性を有しているプレイヤーは誰もいないという……。

 当の鳥人間も抵抗は出来ない。

 

「いや先輩って、まぁ、仕方ねーな。このペロロンチーノがサポートしてやんよ!」

 

「はい、先輩!」

 

 若干、骸骨野郎が引いているように見えるけど、今回の目的は鳥人間に取り入る事である。

 パナップとしては最初の一歩で躓く訳にはいかないので――結構必死だ。今までの経験で焦りは禁物と分かっていても、大物相手には表示される笑顔アイコンも引きつり気味である。

 

「それでは、私は此処で失礼します。ペロロンさん、パナさん、頑張ってください」

 

「ほいっと、モモンガさん。またギルドでね」

 

「あ、はい、モモンガさん有難う御座いました」

 

 何らかの転移魔法――上位転移(グレーター・テレポーテーション)?――でも使用したのであろうか、骸骨の姿は忽然と消えた。

 残るは鳥人間と堕天使のパナップ。

 ここからが正念場だ。

 

「んじゃまぁ、九十レベルから効率良く経験値を稼ぐことが出来る狩場をいくつか案内するよ」

 

「はい、宜しくお願いします」

 

 ぴょこんと笑顔アイコンを表示させたパナップは、勝利への第一歩を踏み出したのだと感じていた。

 パナップのアバターは無性の堕天使、アカウントは男性で登録している。だがこの鳥人間なら中身が女性であることを見抜くだろう。そして下心を持って色々便宜を図ってくれるに違いない。

 パナップの男性演技を自分が見破ったのだと、優越感を持って対応してくるだろう。それが計算通りであることも知らずに……。

 

 この後二人は――ペロロンチーノを狙ったPK集団に追い掛け回されたりするのだが、それはまた別の話である。

 

 

 ◆

 

 

「すっごい綺麗ですね~。これは地底湖ってやつですか? ペロ先輩」

 

「そうそう、ナザリック地下大墳墓第四階層の巨大地底湖……つっても他には何もないでっかいだけの空間なんだけどな~」

 

 パナ――ことパナップは、ペロロンチーノの案内でアインズ・ウール・ゴウンの拠点第四階層へ足を踏み入れていた。

 目の前には、薄闇の中に差し込まれる「神降臨」とでも言うべき幻想的な光の芸術が広がっている。

 その光は高い透明度を誇る湖面にまで降り注ぎ、地底湖の底にある巨岩壁まで照らし出す。

 目を向けると淡水魚と思しき大型の生物が多数――その姿を見せつけるように泳いでおり、パナップの視線を誘っていた。

 

(来たーー! 誰も入った事のない第四階層! 今までは三階層までが侵入最高地点だったから、この場所の情報はめっちゃ貴重……のはずだけど)

 

 パナップの興奮とは正反対に、第四階層の光景はただの美しい地底湖でしかない。

 此処に来るまでに見かけた――狂ったような迷路や一撃必殺のデストラップ、ガチビルドで設定したヴァンパイアNPCに二度と見たくない黒い軍団……。

 そのような注意すべき存在は一つも無かった。

 多少の地上部分を除けば、ほぼ全てが地底湖であり広いだけの上空部分だ。

 いったい何の為の階層なのだろうか?

 

「ん? ああ、ここはセーフティーゾーンさ。ただの休憩場所で危険はな~んも無し。仲間とは釣りをして遊ぶ事もあるけどな」

 

「拠点にセーフティーゾーンですか? わざわざ侵入者の得になるような階層を造るなんて……」

 

「パナちゃんは知らないだろうけど、拠点造りにはシステム・アリアドネってもんが関係しててさ。色々大変なのよ」

 

 鳥人間が――羽でも生えているのかと思うほどの軽過ぎる口を全力で羽ばたかせてくれた結果によると、第一階層から第三階層までに複雑な設定を組み過ぎたことで、第四階層を扉の全く無いフラットな階層にする必要があったらしい。

 そうしなければ拠点を監視するシステムから、甚大なペナルティを受けてしまうとの事だ。

 この情報は中々有益かもしれない。

 

(もしかするとナザリックは、上層部分に侵入者撃退機能を集中させているのではないだろうか。今までの侵入者が第三階層までで全滅もしくは撤退していた事を考慮すると、第四階層から先は意外と手薄なのでは……)

 

 三階層までで見掛けたデストラップの多さは、パナップの予想を裏付けてくれるのではないだろうか。

 あれはかなりの金貨を要するはずだ。

 今まで見てきたギルドのトラップ量からしても段違いだし、この先も同じようなトラップを配置するならば相当な課金が必要となるだろう。

 

「こんなに凄い拠点だと課金の額も相当なものになるんじゃないですか? 私だと絶対無理ですね~」

 

「大丈夫だって、ヤバイ物を詰め込んでいるのは三階層までで此処から先は平和なものさ。地底湖に闘技場にメンバーの住居スペース。最後の第七階層は玉座の間しかないからなぁ。課金なんて自分の武装か女性フレンドへの贈り物に使うべきであって、拠点なんかに注ぎ込むもんじゃないでしょ」

 

「へ、へぇ~、そうなんですか~」

 

 このエロ鳥人間が! と言いたくなる気分を制しつつパナップは歓喜に震えていた。

 信じられないほどの重要情報である。鳥人間がペラペラと口から漏らしているのは、パナップが待ち望んでいた情報そのものだ。

 

「ペロ先輩、拠点に住居スペースなんてあるんですか?」

 

「住居って言っても、宝物殿に入れるまでも無い私物を突っ込んでおく倉庫みたいなもんだな。第五階層はそれと会議室があるだけだから見ても面白くねーぞ」

 

 見事なほどの鳥頭野郎である。

 アインズ・ウール・ゴウンの連中もこんな奴に情報を漏らされていると知ったら、どんな顔を見せてくれるのだろうか。あの骸骨だったら、ふかふかベッドの上で頭を抱えながら転がり回るに違いない。

 

「となるとペロ先輩が言う、面白い場所って何処なんですか?」

 

「そりゃもちろん第六階層でしょ――」

 

 言うが早いか、鳥人間はパナップの手を取り即座に転移した。

 以前は放置状態の取材記者として……、今回は客人設定のスパイとして足を踏み入れることになる階層。

 パナップは自らが描く情報入手の正念場になるであろう――ナザリック地下大墳墓第六階層円形闘技場にて、一際大きく息を吸い……そして吐き出していた。

 

「いらっしゃい、パナさん。アインズ・ウール・ゴウンを代表して貴方を歓迎します」

 

「有難う御座います、モモンガさん」

 

 一年前と変わらずそこは勇壮であった。

 そびえ立つ堅固な柱と壁面、観客席に並ぶゴーレム群、地下であるにも拘らず昼間のごとき明るさを見せる巨大な太陽、そして……闘技場内でトレーニングに励む人ならざる化け物達。

 

「おや、その人が見学の方ですか? ……初めましてたっち・みーと言います。今後とも宜しくお願いします」

「お~来た来た、弟に変な事されなかった? 私はぶくぶく茶釜、宜しく!」

「一人で来るとは大したものですね。俺はウルベルト、まぁよろしく」

「ウルベルトさんは見学をなんか物騒なものと勘違いしてませんか~? っとヘロヘロといいます。よろ~です」

「元々此処は侵入者を倒す場所だからな~。俺は弐式炎雷、歓迎するよ~」

「こんにちは、ボクはやまいこだよ。何か疑問に思う事があれば何でも聞いてね」

 

 白銀の鎧やらピンクスライムやら、忍者にしか見えない奴や山羊頭の悪魔やら、醜悪な巨人やら漆黒のスライムやら……。

 加えて骸骨に鳥人間――見事なまでの人外魔境風景に、自分が羽の生えた堕天使になっていることも忘れて呆然と佇んでしまう。

 

(いけない! 迫力に呑まれたら終わりだよ! ここが勝負の分かれ目、ラストステージなんだから!)

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが集まっているこの場所で、何の疑念も持たれず友好関係を築く事が出来たならば――もはや勝ったも同然だ。

 各階層を弄った時の苦労話、NPCの自慢、レア素材を駆使して創り上げた数々のアイテム解説等々。ちょっと突けばいくらでも言葉にしてくれるだろう。今まで潰れていった標的達のように……。

 

「(さあ、覚悟しろ!)私、パナって言います。皆さん、どうぞ宜しくお願いします!」

 

 

 ◆

 

 

 笑いが止まらないとはこの事だろう。全てが上手く行き過ぎて怖いくらいだ。

 ナザリック地下大墳墓へは鳥人間を窓口に計五回侵入――と言うか見学する事が出来、多くの情報を盗み出せた。

 しかしながら五階層と七階層には最後まで入れてもらえなかったのだが、話の内容から察するに特段警戒することも無いだろう。

 第五階層はロールプレイ用の居住スペースと会議室、そして防衛用NPCが一体居るだけであり、第七階層は玉座の間と呼ばれる部屋のみと言っていた。

 NPCに関しては全部の情報を入手できなかったが、第一から第三階層をうろついているヴァンパイア以外は左程気にする必要も無いと思われる。

 

(まぁ、そのヴァンパイアも酷い設定だったけど……)

 

 鳥人間はやはりダメ野郎だった。

 設定を見てしまってから後悔したが、骸骨の制止を聞けばよかった……あれはセクハラだよ、まったく。

 一応男性として活動しているから恥ずかしがる訳にもいかないし、とにかく鳥野郎は一度殴ろう。もしくはぶくぶく茶釜さんに泣きつこう。きっと鳥野郎をぼっこぼこにしてくれるはずだ。

 

「あとは……ダークエルフの双子かぁ」

 

 ぶくぶく茶釜さんで思い出したけど――第六階層の巨大樹ハウスに連れて行ってもらった時、餡ころもっちもちさんとやまいこさんに逃げ道を遮られ、NPCの着せ替え大会に巻き込まれてしまった。

 流石は鳥野郎のお姉さん。

 限界まで趣味に走った双子の設定には、踏み込んではいけない何かを感じる。

 でも……ぶくぶく茶釜さんはあんな弟が欲しかったのだろうか?

 それとも小さい時のペロ先輩はあんな感じだったとか、――やめておこう。

 

「ん~、お姉ちゃんは使役魔獣ゼロの猛獣使い、弟は支援タイプのドルイドかぁ。どっちも巨大樹ハウスに設置してあるから侵入者と出会う確率はほぼ無いし、レベルは百だけど警戒する必要はなさそうだね~」

 

 手にした情報を纏めつつ、アインズ・ウール・ゴウンの拠点に設置された防衛用NPCに思いを馳せる。

 想像していたより手薄だ。と言うより趣味に走り過ぎている。

 第二階層の黒い奴といい、話に聞いた道化師といい――果ては五十レベル程度のメイドを作成する為に多くのポイントを割く有り様。

 どれも防衛力としては役に立たない。

 どうしてこのような仕様にしたのか、今までどうやって侵入を阻止してきたのか、疑念は募るばかりだ。

 

「攻略サイト見る限り、防衛のほぼ全てにおいて浅い階層でのギルドメンバーによる迎撃があったらしいけど……。それは必要に駆られたから? 深い階層では迎撃のしようがないからなの?」

 

 一人で呟いてみて納得する。ナザリック地下大墳墓は想像以上の見かけ倒しだ。

 恐らく第一階層から第三階層までのデストラップと迷路が最大の防衛力なのだろう。ペロ先輩――ペロロンチーノの零した内容とも一致する。

 後はまぁ、ギルドメンバー頼みという訳だ。

 たっち・みーやウルベルトなどの有名プレイヤーが居るからこその対応と言えるだろう。そして第四階層以降の内実がバレなければ、難攻不落の要塞に見えなくもない。

 

「だけど知られてしまったら張りぼてだ。んふふ」

 

 準備は整った。

 一番厄介な三階層までのトラップと迷路はマッピング済み。ギルド拠点の休眠閉鎖時間帯や各メンバーのログイン状況も大体掴めた。

 そして何より、大半のギルドメンバーが様々な都合でログイン出来ないという――待ちに待った絶好の機会が訪れたのだ。

 ギルド長のモモンガは不用心過ぎる。

 盗賊のスキル『盗聴』は、室内の音声を外部から聞き取るだけの「死にスキル」ではない。闘技場でのんびり遊んでいる最中でも、ペロ先輩の自慢話を聞いている途中でも、ギルド長が行っているスケジュール調整のやり取りを離れた場所から聞き取れるのだ。

 

 次の日曜日、午前零時。

 その日がアインズ・ウール・ゴウンの記念すべき終焉――崩壊を迎える一日となるであろう。

 




はたしてナザリックは陥落するのか?
貴重な内部情報がもたらす、悲惨な光景とは?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スパイ-3

アインズ・ウール・ゴウンとの決戦!
はたしてその結末は?



 ギルドメンバー数が二百五十名を超える、とは言ってもアクティブなメンバーはその内の百人程度でしかない。しかしその百人は全て、レベルカンストのプレイヤー達だ。

 ガチビルドかドリームビルドかの違いはあるものの、伝説級(レジェンド)装備以上で身を固めたその集団は無視できない巨大な戦力である。

 パナップが情報――今までの集大成ともなる一世一代の大仕事――を持ち込んだのは、そんな中堅上位ギルドの一つであった。

 

「やるのかやらないのか、ハッキリして下さい。期限が迫っているのです……どうします?」

 

「ち、ちょっと待てって、人数なら大丈夫だよ。ただ……マジでアインズ・ウール・ゴウンをぶっ潰せるのかよ、冗談じゃねーよな」

 

 声も武者震いというものを起こすのであろうか。

 パナップの前で興奮と動揺を絡ませたような声を上げるギルド長は、手にした情報の価値に何を言うべきか、自分でも分からない様子である。

 

 此処はプレイヤーがあまり訪れない低レベル帯の町。そんな建物の薄暗い一室。

 まるで他からの干渉を避けるかのように、二人のプレイヤーは声を潜ませつつ巨大な陰謀を膨らませていた。

 

「考えた事はあるんだよ、俺達の動員出来る全メンバーで攻め込めば勝てるんじゃないかって……。だけど百人程度の攻略組が壊滅するのを何度も見てきたし、やっぱり無理なのかな~って思ってたんだ」

 

「壊滅したのは情報不足が原因ですよ。三階層までのデストラップで人数を減らされ、迷路に手間取っている間に挟撃され、気が付けば回復アイテムを含む持ち込み品をごっそり消費している。そんな状況で、最下層の七階まで行けるなんて考える訳がない。でも貴方達は違う、そうでしょう?」

 

 バンっと各種データを置いたテーブルを叩き――ダメージゼロの表示がポップするのを尻目に――パナップは一気に勝負をかける。

 

「もはやアインズ・ウール・ゴウンのハッタリは通用しない。四階層まで抜ければ勝利は確実。しかも三階層までの情報はここにあり、ギルドメンバーの多くは私用でインしてこない。負ける要素は皆無です!」

 

 持ち込んだ情報を一つ一つ解説し、勧誘というか説得が一時間にも及んだ頃、パナップはついに辿り着いた。

 目の前に座るギルド長の英断に……。

 アインズ・ウール・ゴウンの破滅に……。

 

「よっしゃ! さっそくメンバーを集めて作戦会議だ! ユグドラシルに伝説を残してやる」

 

「言っておきますけど、相手に気付かれぬよう準備には注意を払って下さいね。情報が洩れて警戒されるなんて――笑えませんよ」

 

 何事も最後が肝心だ。

 相手方にはぷにっと萌えとかいう頭の切れる奴――私自身は逃げ回って一度も会っていない――が居るそうだから注意には注意を重ねなくてはいけない。

 そう、あと三日の辛抱だ。

 骸骨も鳥野郎も、ワールドチャンピオンもピンクの肉棒も、何が起こったのか知り得た時にはもう遅い。

 私の勝ちだ。

 

 

 ◆

 

 

 日曜日の午前零時。

 ナザリック地下大墳墓の入り口付近は、いつもとは違う緊張と喧噪に包まれていた。

 総数九十八名。全てがレベル百のプレイヤーである。

 

「うっわー、緊急集合って此処を攻める為かよ。本気なのか、リーダー」

「沼地に入ってカエル野郎をぶっ潰していた時から薄々感付いてはいたけどなぁ~、帰っていいかな?」

「前回壊滅したギルドの話聞いてないのかよ! 今の俺達と同じ程度の戦力だったんだぜ!」

「おいおい、リーダー。遊べるかと思って来たけど、デスペナ喰らうのは洒落になんねーんだけど」

 

「待てって、皆ちょっと聞けって! 今から配布するマップデータをよく見ろ。これでも勝ち目ねーと思うのか? なぁ、どうだ!」

 

 情報漏えいを防ぐ為とは言え、ほとんどのギルドメンバーは目的を知らされていなかったようだ。一部で始まった動揺の波が広がりを見せている。

 ギルド長としては彼方此方から上がる不満の声を制しつつ、自身のゲームプレイ始まって以来の強大な手札を切るしかない。

 迷路の抜け道とトラップ配置――ナザリック地下大墳墓の秘匿データだ。

 

「なんだコレ、マジもん?」

「アインズ・ウール・ゴウンのギルメンから情報を買ったって事か?」

「いや、売るか? 普通」

「でも、これってスゲー詳細に書き込まれているよ。迷路も本物っぽい」

「セーフティーゾーンってなんだよ、マジうける」

 

 少しずつ空気が変わり始める。

 不満や緊張、そして動揺が蔓延っていた後ろ向きの姿勢から、余裕と笑いが飛び交う前向きの攻勢へと……。

 ギルド長は先頭に立ち、これからの行動が嘘でも冗談でもない本気の拠点攻略であることを宣言する。

 

「いいかお前ら、重要なのは三階層までだ。其処から先は何の障害もねぇ、突き進んでギルド武器を破壊するだけだ。ナザリック地下大墳墓は今日、俺達の手によって崩壊する。……よし、行くぞ!」

 

 戸惑いの波は完全に収まっていないものの、ギルドの幹部まで拠点内へ入っていくとなると立ち止まっている訳にもいかない。

 魔法とスキルのショートカット、装備や回復アイテムの確認をすると互いに頷き合う。大変な日曜になりそうだと……。

 

 攻略は拍子抜けという言葉が一番合っている様相となった。

 進むべき道が分かっている迷路ほど退屈なものはない。設置場所が分かっているトラップも同様である。

 ただ進み、所定の行動を行い――また進む。

 途中、自動ポップするアンデッドが纏わりついて邪魔だったが、低レベルの為作業のように刈り取るだけだ。

 

「おお~、ここが地底湖か、思ったより早く着いたな。……しかしなぁ、三階層に居るっていう防衛用NPCは何処だ? おい、お前ら見掛けたか?」

 

「んにゃリーダー、見てねーな。例のヴァンパイアだろ? 出来れば戦ってみたかったなぁ」

「言えてる、スゲー可愛いらしいぜ。外装がオリジナルで一見の価値アリってサイトに載ってたな」

「でもなんで居ねーんだ? いくらなんでも擦れ違ったって事はねーだろ。勝ち目が薄いから引き揚げさせたのか?」

「おいおい、引き揚げてどーすんだよ。拠点が壊滅したらどっちにしろ終わりだろーが」

「どーでもいいよ、んな事よりヴァンパイアのスクショ持っている奴いねーのかぁ。見せてくれ~」

 

 百人近くのプレイヤーがたむろしていると、ちょっとした事で五月蠅くなる。

 リーダーとしては順調過ぎる道のりと姿を見せないNPC、そしてアインズ・ウール・ゴウンのメンバー達の静寂ぶりに不安ばかりが募ってしまうのだが……。

 初侵入を果たした第四階層で喜ぶべきにも拘らず、目の前に広がる地底湖の深さ以上に嫌な予感しかしない。

 

「本当なら此処で休憩する予定だったが、まぁいいだろ。――良し、先に進むぞ!」

 

「「「おおー!」」」

 

 もはやピクニック気分と言えるのかもしれない。

 リーダーの不安を余所に、ギルドメンバー達はかなりのリラックス状態だ。侵入を始めた頃の緊張感が嘘みたいである。

 

「ん? なんか聞こえないか? 地震?」

 

 盗賊か狩人の職業スキルでも持っていたのか、メンバーの誰かが呟いた。無論、それが開始の合図という訳ではなかったのかもしれないが、後から考えればこの瞬間こそが始まりであったのだろう。

 湖面から巨大な手が――鉱石で形成されたと一目で分かるような硬質の物体が――飛び出てきたのだ。

 

「は? あぶっ!!」

 

 誰かは一目見て、他の誰かは自分に何が起こったのか理解する事もなく――巨大な鉱石の手によって押し潰された。

 激しい爆音と振動、悲鳴とダメージエフェクトが飛び交い、死亡を示す光の粒子が舞い散る。

 幾人かは即時蘇生のアイテムを所持していたのだろう、ゴーレムの太い指の間から頭を突き出し、事態の把握に努めようとしていた。

 

「うおおお!! なんじゃこりゃ! ゴーレむぎゃ――」

 

 最初の手が右手なら、次に叫び声をあげたプレイヤー達十数名を潰したのは左手なのだろう。

 あまりに無造作な鉱物の押し潰しに対し、百レベルプレーヤーが成す術無く光の粒子へと変えられていく。

 これはトラップ? それともNPCなのか?

 考えるよりも先に答えは湖面から姿を現した。巨大過ぎる右足で侵入者を叩き砕き、勢い余って湖面に大波を作り出す。

 

「みんな下がれ!! 三階へ退け! 回復班、蘇生急げ!」

 

「体力が七割ぶっ飛んだぞ! なんだよこれ、レイドボスかよ! ふざけんな!」

「やべえぞ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が半分脱落だ。まともに喰らったら前衛でも危ねぇ!」

「そこどけよ! 三階へ行けねーだろ!!」

「治癒魔法まだか?! 早くしろよ!」

「うっせーよ! アイテム使え!」

 

 混乱に這い回る侵入者達が目にしたその巨体は、地底湖から這い出てきたゴーレムであった。

 全長は三十メートルもあろうか――全身が鉱石のような物質で構築され、体内からは赤い光を心臓の鼓動のように発している。

 ただ……その巨体は湖底から這い上がってきただけで、不安定な前かがみの体勢を維持したままピクリとも動かない。まぁ、後ろに下がろうと必死な侵入者達には分からないようだが……。

 

「お~っとっと、こっちは行き止まりだよ~。んじゃシャルティア、『排除』よろしく」

 

 侵入者達が殺到しようとしていた第三階層へ続く転移門には、何時の間にやら大弓を引き絞った鳥人間と真っ赤な鎧のヴァンパイア、そして真っ白な鎧のヴァンパイアがいた。

 ヴァンパイア二体の姿はまるで双子のようで、手にしたドでかいスポイトのような槍もソックリである。

 

「出やがった、ペロロンチーノだ! 属性攻撃が来るぞ! タンク何処だ? 早く射線を遮れ!」

「やばいぞ! 此処には障害物が何もねえ! イイ的だ!」

「誰だよヴァンパイアが一体だって言ったのは! 二体いるじゃねーか」

「ちょっと待て! 水の中に何かいるぞ!」

 

 ペロロンチーノの属性爆撃、シャルティア及び分身の突進、そして水の中からはヘドロのような漆黒の粘体が現れ、傍にいた全身鎧の戦士がスッポリと包まれた。

 まるで美味しく食べるかのように――

 

神器級(ゴッズ)全身鎧うまーです。しっかり溶かしますよー。暴れないで下さいね~」

 

 ただひたすら装備を破壊する為だけに特化した嫌がらせの塊。

 飛び出てきたヘロヘロは、ありったけのスキルと課金アイテムまで使用して、プレイヤーの入手できる最高峰とも言うべき神器級(ゴッズ)を喰い荒らす。

 相手プレイヤーが全くダメージを受けていないのにも拘わらず必死にもがくその有様は、まるで日頃の鬱憤を晴らす為の生贄にでもされたかのようだ。

 

「えげつないですね~、ヘロヘロさんは。……見てるこっちがゾッとしますよ」

 

「モモンガさんの装備だと、目も当てられない有様になるでしょうね~。おっと茶釜さんも参戦したようですよ」

 

「相変わらず鉄壁ですねぇ。……それにしてもぷにっとさんの言う通り、ガルガンチュアの起動に侵入者を巻き込むとしっかりダメージが入るんですね」

 

「事故扱いなのかもしれません。ですけどガルガンチュアの一撃はレイドボス並みですから、今回のように完全起動一歩手前でぶつければ百レベルだろうと粉砕できます」

 

「動きが遅い上に手足をつく場所が決まっているから、初見限定ですけどね~」

 

 巨大なゴーレムの後頭部からひょこっと姿を見せるのは、ギルド長のモモンガと今回の作戦を立てたぷにっと萌えだ。

 眼下でピンクの肉棒が鳥人間の盾となるよう立ち回っている――を覗き見ながら、のんびりと雑談を交わしていた。

 

「二人とも緊張感が有りませんね。さっさと次の段階へ移行したいのですけど、いいですか?」

 

「あ、はい。茶釜さん達が注意を引いてくれている間にやってしまいましょう、ウルベルトさん」

 

 ゴーレムの背後にはまだまだアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが控えていたようだ。

 ウルベルトにタブラ、朱雀にホワイトブリム等々……十名以上が姿を見せる。

 

「では――アインズ・ウール・ゴウン必殺奥義『十属十連撃』開始!!」

 

 ウルベルトの掛け声を合図に――その恥ずかしい名前止めてくれ、と思っているメンバーらを含め――総勢十名が第十位階魔法を最強化で起動させた。

 狙いは茶釜やヘロヘロ、シャルティア達と戯れている侵入者一行。

 様々な属性を持つ第十位階の広範囲魔法を、同時ではなく連撃で放つ。これは即時蘇生アイテムを連撃の合間に使用させる為だ。

 同時の攻撃ではどんなに強力であっても、蘇生アイテムで復活されてしまう。

 しかし、少し間の空いた連撃であるならば途中で蘇生した後も連撃の餌食と出来、アイテムの再使用時間(リキャストタイム)が終了する前に二度目の殺害が可能となる。

 ウルベルトが考案した拠点防衛用の皆殺し魔法コンボだ。

 

「シャレんなんねーぞ! こっちも撃ち返せ!!」

 

 課金で入手するような回復用レアアイテムをその身に使用し、リーダーは必死の立て直しを図る。

 まだ五十人以上いるのだから何とかなる――そう自分に言い聞かせているのかもしれない。

 だが……仲間達から放たれた魔法や弓による強烈な反撃は、ゴーレムの背後に隠れてしまったアインズ・ウール・ゴウンのメンバーには一発も届かなかった。

 

「ふ~、ガルガンチュアは盾としても優秀ですねぇ。使用できるのが攻城戦だけっていうのは勿体ないですよ」

 

「強欲なギルド長ですね。ガルガンチュアを使って世界征服でも始める気ですか?」

 

「やめて下さいよ、るし★ふぁーさんじゃあるまいし……」

 

 ぷにっと萌えのからかいに思わず反応してしまったが、モモンガは「やばい! フラグを立ててしまったか?」と嫌な思いに囚われ言葉に詰まる。

 そう――るし★ふぁーはログインしているにも拘らず、何処かをほっつき歩いているのだ。となると間違いなく、乱入の準備を整えているに違いない。

 侵入者達との拠点防衛戦。

 あの問題児が、こんなイベントに顔を出さないはずがないのだ。

 

「ああ、嫌な予感が――」

 

「――うひゃっはー! モモちゃん呼んだ?! そうですワタスが変なるし★ふぁーです、ってなわけで助っ人連れてきたぜ! 黒光りの最強昆虫、恐怖公だー!!」

 

 ガルガンチュアの頭に立つモモンガの正面、侵入者の頭上にあたる上空――そこに黒い物体を抱えたるし★ふぁーは現れた。

 そして奴はコマンドを唱える……『眷属召喚』と。

 

「ぎゃややあああああ!! なんじゃこりゃー!!」

「な、なんだよこれ?! リアル過ぎだろ!」

「ちょっと待てって! 俺、虫駄目なんだよ! 吐くから、吐いちゃうから!」

「皆、慌てんな! ただの虫だ、一発で殺せる!」

「なら早く殺ってくれよ! 気色わりーんだよ!!」

 

 頭の上から大量に落とされた黒い虫に、響き渡る叫び声。

 数千匹は居るであろうその黒虫は、落とされた後も動き難い水中から逃れようと、必死になって近くにある物体によじ登る。

 もちろんその物体は地底湖に腰まで浸かった侵入者達なのだが……。

 

「まったく誰なんですか、そのリアル過ぎる外装と行動AIを組み込んだのは? るし★ふぁーさん、貴方ですか?」

 

「モモガーちゃん、濡れ衣マジ勘弁。ヘロっちかウルっちがやったに決まってる、うん、そうに違いない、絶対そうだ」

 

「ウルっち言うな。……え~そんな事より、さっさと終わらせないと建さんと弐式さんが皆殺しにしてしまいますよ。俺達の出番が無くなります」

 

 気が付けば黒虫乱れ飛ぶ戦場において、一人の巨人と一人の忍者が一方的虐殺を始めていた。ちなみにぶくぶく茶釜は避難している。

 

「そうですね、っとその前に。……ヘロヘロさん、そろそろお時間ですよ~」

 

「おおー、神器級(ゴッズ)装備を破壊するのは久しぶりだから夢中になってしまいましたよ。どもーです、モモンガさん。今日はこの辺で失礼します」

 

【ヘロヘロはログアウトしました】

 

 左腕に表示される時間を確認しながら、メンバーのスケジュールを管理するギルド長。

 誰が何時からログイン出来、誰が何時ログアウトしなければならないのか――モモンガは全てのメンバーが全力で楽しめるよう配慮に配慮を重ねていた。

 

「それでは真打も登場する頃ですし、殲滅と行きましょうか」

 

 モモンガが一歩を踏み出すのと同時に、とあるメッセージが流れる。

 視界の端でウルベルトが首を振ったように見えたが、いつもの事なのでギルド長としては見ない振りをするしかない。

 

【たっち・みーがログインしました】

 

「――遅れて申し訳ない。十五分だけだが参加させてもらいます」

 

「問題ないですよ。睡眠も家族サービスも大事ですからね、たっちさん」

 

「そうそう、別に来なくても問題ないです。残りは二十人程度、五分もかかりませんよ」

 

 言うが早いか、ウルベルトは飛行(フライ)の魔法をかけてもらっているたっち・みーを余所に飛び出していった。

 後方に控えていたぷにっと萌えは蔦の両手を大げさに広げ、やれやれと言わんばかりに後を追いかける。アインズ・ウール・ゴウンの見慣れた光景ではあるものの、ギルド長としては微笑ましいやら頭が痛いやら……。

 

「ま、まぁ、確かに、たっちさんが参戦すると五分で全滅させてしまうでしょうね」

 

「では期待に応えなくてはなりませんね」

 

 何やらスイッチが入ったようで怖い。

 先に突撃したウルベルトが好き勝手に爆発を起こしているので、触発されてしまったのであろうか?

 ちなみに黒虫は恐怖公の眷属なので、同士討ち(フレンドリィ・ファイア)禁止のシステムによりダメージを受けることなく元気に蠢いている。

 るし★ふぁーは何時の間にか居なくなっていたが。

 

「ごほん……さあ、アインズ・ウール・ゴウンの仲間達よ! ナザリックに侵入した愚か者達を皆殺しにするぞ!」

 

 全てが予定通りに進んだ事で、モモンガは最後の締めとばかりに魔王ロールで号令をかけた。

 彼方此方から気勢が上がり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の護衛も兼ねて様子見をしていた、やまいこ達最終メンバーが動き出す。

 もはや後始末でもするかのような足取りだ。

 いや――やまいことしては黒虫飛び交う戦場に踏み込みたくない、という思いもあるのだろう。醜悪な見た目の巨人でありながらも、流石に黒虫はどうしようもないようだ。

 

「くっそ、どうにかして鳥野郎を退かせろ! 三階に逃げるんだ!」

 

「うるせーよ! 俺の神器級(ゴッズ)がボロボロだ! どーしてくれんだよ!」

「先に茶釜を何とかしろよ! 行くにいけねーだろが!」

「絶対勝てるんじゃなかったのか?! フル装備で来たのにこのままじゃ――」

「こんな事になるならいつも通り予備の武装を持ってきたのに!」

 

 侵入組は既に統率を無くしていた。

 リーダーの指示に耳を傾ける者は皆無で、ただ努力と課金の結晶である装備品を守ろうと必死に足掻くばかり……。

 愚かな行為である。

 全ては無駄なのに。

 

次元断切(ワールドブレイク)!」

 

 気合一閃、侵入組のリーダーは空間ごと真っ二つにされ、そのまま倒れ込む。即時蘇生のアイテムは使用済みであったのだろう――リーダーに復活の気配はなく、無言で佇むボロボロの仲間達からも蘇生魔法が飛ぶ事は無い。

 MPが足らないのか、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が居ないのか、再詠唱時間(リキャストタイム)の問題か。

 

「止めは貰ったー!!」

 

 ウルベルトの嬉しそうな掛け声と共に第四階層は光で包まれた。最強である魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一撃を受け止めきれる者はもう居ない。

 この瞬間――侵入者九十八名の全滅が確定した。加えて多くのドロップアイテムと経験値がその場に残される事となる。

 

 喧噪が去った地底湖において、巨大ゴーレムの頭に乗っかったままのモモンガは、棘や鉤爪が生えた悪魔のようなガントレットを戦場に翳していた。

 その姿は死した侵入者達の残滓を集めている光景であり、死よりも恐ろしい苦痛を与えんとしているかのように見える。

 

 骸骨の顔と豪華なローブ、天使と悪魔のガントレット、さらに武器を振るう異形種軍団の頭上で魂でも集めんとしているモモンガの行為は、誰の仕業か分からないもののしっかりと動画に収められ、外部に出回る事となった。

 ちなみに――るし★ふぁーがその時何をしていたのかは誰も知らない。

 




結果は予想通り?
まぁ、この後も一騒動ありますけどね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スパイ-4

情報はとても恐ろしい武器です。
扱い方一つで巨大な拠点も崩壊してしまいます。
それはアインズ・ウール・ゴウンも、他のギルドも同様……。

そんな情報を盗んでいたスパイの末路とは?



「リーダー、何か言うことがあるんじゃないのか?」

 

 静かな空間に棘のある言葉が響く。

 ここはギルド拠点の中心――円形の城壁が三重に連なる城塞都市の中央に位置する王城――その最深部である謁見の間。

 九十八人がリスポーンした蘇生位置であり、その約半数が罵声と共にログアウトした場所でもある。

 

「もう何十人もギルドを抜けていったぜ。リーダーに騙されたって言ってな。……で、実際のところどうなんだ?」

 

「ふざけんな、騙されたのは俺の方なんだよ! パナって奴だ! アイツが情報を持って来なけりゃこんな目には――」

 

「初耳だぞ! 誰だそりゃ?」

 

 頭を抱えるリーダーの周囲には、今回デスペナルティとアイテムドロップを喰らったギルドメンバーが、取り囲むかのように立ち並んでいた。

 彼らの被害は甚大だ。中には何十万もの課金で造り上げた神器級(ゴッズ)武器を落とした者も居る。

 皆一様に怒りの声を隠さず、ただひたすらに――無謀な拠点攻略を行ったリーダーを問い詰めるばかりだ。

 

「情報は確かなものだったんだよ! ナザリック六階層での訓練風景を収めた、隠し撮り動画も見せてもらった。会話のやり取りに不自然な様子は無かったんだ」

 

「でも四階層はセーフティーゾーンじゃなかったし、俺達は間違いなく待ち伏せされていた。リーダー、あんたは見事に騙されたんだよ」

「ああ、その通りだな。それで俺はリーダーに騙された」

「そのパナって奴、どう考えてもアインズ・ウール・ゴウンの協力者だろ? だっせーなぁ」

「どーすんだ? シャレになんねーぞ」

 

 誰もがアイコン表示さえしない本気のトーンで話している。ゲームでの出来事とは言え、騙されて被害を被ったという心情こそが苛立ちを大きくさせているのだろう。

 

「いや、ちょっと待て、待ってく――」

 

 リーダーは何か言い訳を繕わなければと頭を回転させていたのだろうが、もはやその必要は無いと言えた。

 目の前に轟く緊急メッセージが言い訳を許さない。

 

【緊急警報です。拠点が攻撃を受けました。只今より拠点防衛戦を開始いたします】

【繰り返します。拠点が攻撃を――】

 

 その場にいた誰もがキョロキョロとお互いを見回し、コンソールを使い始めた。

 意味は分かる。

 自分達のギルド拠点に侵攻してきた何者かが居るのだ。

 それは分かる。

 ただ、今はそれどころじゃなかっただけだ。

 

「こんな時に誰だよ、ちくしょー! 空気読めよ!」

 

 誰が発した言葉か分からないが、皆が同意する。しかし次の瞬間、侵攻してきた相手がしっかりと空気を読んでいたのだと理解し、愕然としたのだ。

 その場の全員が、コンソールに表示された侵攻ギルド名を見つめ言葉が出ない。

 

【侵攻ギルド:アインズ・ウール・ゴウン】

 

 拠点の東・西・南にある出入口全てから駆け込んでくる異形の者達は、リーダーが二度と目にしたくないと呟いていた呪詛の相手だ。

 

「ふざけんな! 報復するにしても早過ぎだろ! どんな頭してんだコイツ等!!」

 

 文句が出るのも当然であろう。ギルド拠点の防衛が成功したとしても、報復するにはそれなりの準備というものが必要なのだ。

 防衛成功後の被害確認と修復、報復する相手の情報、侵攻する為の人員選びとアイテムの確保。頭に浮かぶだけでも数日はかかる内容だ。少なくともその日の内、攻略戦終了後の十数分もしない内に襲い掛かってくるなど正気の沙汰ではない。

 

「どうすんだリーダー、集まっていたメンバーの半分以上はログアウトしちまってんぞ。残ってんのはデスペナ喰らって装備落として、蘇生アイテムの再使用時間(リキャストタイム)が終わってねーヤツばっかりだ」

 

「分かってるさ、しかし……やるしかねーだろ。俺達も東西南に分かれて迎撃だ。各箇所十人ずつ、残りは突破されそうな箇所の援軍としてこの場に残れ。さあ! やるぞ!」

 

 その場にいた誰もがリーダーの指示に従いたくはなかった。出来る事ならさっさとログアウトしてその場から離れたかったのだ。

 だが拠点防衛戦が始まってはそうもいかない。この状況でログアウトしたならば、アバターがそのまま残されてしまうからだ。アバターは中身の入っていない人形そのものとなり、侵入者のなすがままとなる。

 それを回避するには拠点防衛戦に勝利するか、拠点から逃げ出し影響範囲外にてログアウトするか――その二つしかない。

 

「くそ! 気が進まねーけどしゃーねーな」

「俺は西側へ行くぜ。あっちのトラップは俺と相性がいい」

「なら俺達は南だな。まぁ、トラップがあるしレベルダウンしていても何とかなるだろ。相手の人数も少ないみたいだし」

「東は六人程度だな。誰か私と行かないか?」

「そっちはNPCが何体も配置されているし、十人も必要か?」

 

 日曜の朝方だというのに誰もが憂鬱な気分だった。

 一大イベント発生という緊急集合で集まって、危険度最悪のギルド拠点に攻め入って、確実に勝てるという情報に浮かれていたら全滅。しかも逆侵攻されるというおまけ付きだ。

 そう易々と突破されるわけはないが、この後に待ち受ける被害の大きさを考えると怒りしか覚えない。

 全てはリーダーが悪い。その一点においてのみ、防衛に出陣したギルドメンバーは結託していた。

 

 

「……さてリーダー、これからどうする?」

 

 多くのメンバーが謁見の間からいなくなって直ぐ、残ったギルド幹部――既に数人の幹部はギルドからの脱退を宣言し防衛戦前にログアウトしている――の一人が口を開いた。

 その口調には何やら含みがあるようだが……。

 

「分かってるって、アインズ・ウール・ゴウンが攻めてきたって事は落とす自信があるからだろ。あの狂ったギルド長の話は聞いているさ。……んで、この場に残ったお前等は北の抜け道を知っている古株ばかりだろ。だったら無駄話をしてないでとっとと逃げるぞ」

 

「お~お、ギルド長の鑑だな。他の連中を囮にして逃げ出すなんてな」

「人の事言えねーだろ? 俺だってこれ以上デスペナもアイテムドロップも勘弁だぜ」

「ギルド武器は勿体ねーけどな」

「これって外に持ち出せないのかなぁ? 拠点防衛用NPCと同じ設定だったっけ?」

「確かそーだったよーな気が……」

「あー!! ちょっと待った! 宝物殿に伝説級(レジェンド)アイテムを突っ込んだままだ! 持ってこねーと」

「無理無理、拠点防衛戦中は使用出来るけど持ち出せないんだよ。外に持っていけるのは今現在所持している物だけだって」

「うわ~、マジか~」

 

 まるで他人事のように、ゲームでもしているかのように――その通りゲームなのだが――謁見の間から移動を始める十数人のプレイヤー達は暢気なものだ。

 色々と失敗はした。残していくギルドメンバーからは罵声の嵐が来るだろう。様々なサイトに晒し上げられてPKの対象となるかもしれない。

 しかし手持ちの神器級(ゴッズ)アイテムを落とすよりマシだ。既に一つ失っているというのに、これ以上の損失はシャレにならない。

 まぁ、ユグドラシルは広い。今回のような騒動も珍しくは無い。何週間かすれば別の話題に変わるだろう。

 それまでの辛抱だ。

 

(はぁ~、また二百五十人規模のギルドを創るのは無理だろうなぁ。この拠点も一年以上使っていたのになぁ)

 

 レベルカンストのプレイヤーを集めるのはそれほど難しいものでもないが、アクティブプレイヤーとなると少しばかり困難になり、さらに廃人クラスともなると困難の度合いが違ってくる。

 ギルドランク十位以内に入る巨大ギルドでも、廃人クラスのプレイヤーは十人も居ないのが現状だ。なぜなら分裂するから――意見の食い違い、自己主張の強さで必ずと言っていいほど分裂してしまうからだ。

 自分のやりたいことを我慢せずに貫いているからこその廃人。そんな奴が、ギルドの方針とかいう別の誰かの意見に従うなどあり得ないことである。

 故に巨大ギルドが巨大であるのは、方針を曖昧にして縛らない、自由度を広くとって衝突を避ける、命令ではなく提案という形をとる等々――それなりの理由があるのだ。

 

(しかしアインズ・ウール・ゴウンは……)

 

 リーダーは表示アバターの裏で奥歯を噛み締め、攻め込んできたギルドの特異性に苛立ちを見せる。

 

(所属メンバーが全員廃人クラスって何の冗談だよ!)

 

 北側の抜け道へと足を向けながらリーダーは思う。

 廃人の化け物集団が統一された意志のもとで、縦横無尽に駆け抜ける様は……まるで悪夢のようだと。

 そして耳にする。

 脱出しようとしていた古株ギルドメンバー十五名、そしてギルド長、彼らは耳にしてしまったのだ。

 魂を揺さぶるような女の絶叫を――

 

 

 ◆

 

 

 遥か遠くまで広がり連なる雄大な山脈とその裾に広がる大森林。そして森を抜けた先に存在する城塞都市。

 モモンガとぷにっと萌えは、城塞都市の北側付近でコンソールを扱いながら雑談、というか作戦会議を行っていた。

 

「茶釜さん達は東口、建御雷さん達は西口、ウルベルトさん達は南口から侵入を開始しました。るし★ふぁーさんは南口から入ったみたいですけど、直ぐに居なくなったそうです。はぁ~、まったくあの人はっ」

 

「予定通りだから構わないでしょ、モモンガさん。拠点内部の地図は全員に配布してますから、トラップにやられる事も無いでしょう。まっ、問題ないって」

 

「そう――ですね。……だけどぷにっとさん、ドロップした神器級(ゴッズ)アイテムを返すからって自分の拠点情報を簡単に渡すものですかね~。ギルドを支えてきた幹部なのに……、それも複数……」

 

「モモンガさんは全身神器級(ゴッズ)だからですよ。普通のプレイヤーは一つの神器級(ゴッズ)を得るために、かなりの時間と課金を要するのですから……取引としては妥当な線です」

 

 ぷにっと萌えの言葉はモモンガにも理解出来る。

 神器級(ゴッズ)はレア中のレアアイテムだ。長年プレイしている者でも、一つも持っていないなど普通に有り得る。

 だけど仲間を裏切ってまで確保するモノかと言えば、モモンガは絶対に否と言うだろう。

 たっち・みー達を裏切って神器級(ゴッズ)アイテムを欲するなど、モモンガの骨しかない頭の何処を探しても出てこない考えだ。――たとえそれが世界級(ワールド)アイテムであろうとも変わりはしない。

 

「そんな事をするくらいならゲームを辞めればいいのに……」

 

「はいはい、モモンガさん。作戦忘れてないですよね、早く抜け道に向かいますよ。これ以上やまいこさんを待たせると、一人で突撃して拠点を潰してしまいます」

 

「あ、はい」

 

 視線を向ければ確かに、敵ギルド拠点である城塞都市北側にて、拳を打ち鳴らす巨人がいた。

 踏み込むモモンガとぷにっと萌え両名を護衛する役割なのだが、ちょっと油断すると一人で殴り込みしかねない困った脳筋だ。るし★ふぁーに比べればマシな方ではあるが、殴ってから考えれば良いという行動方針には同意しかねる。

 

「では抜け道を通って拠点の中心――謁見の間へと強襲をかけ、ギルド武器を破壊します。やまいこさんは前、ぷにっとさんは後ろ、相手に気付かれる前に接近し私のスキルと〈嘆きの(クライ・)妖精の(オブ・ザ・)絶叫(バンシー)〉で勝負を掛けます」

 

「うん、ボクに任せて!」

 

「大丈夫、上手く行きますよ」

 

 普通は絶対に入る事の出来ないパスワード付きの抜け道へ、三体の化け物は動き出した。

 最初から知っていたかのようにパスワードを入力し、ギルドメンバーしか使用出来ない専用通路を駆け抜ける。

 今頃は茶釜達が派手に動き回っている事だろう。トラップを軽々と避けて走り回る侵入者達に、防衛側はさぞかし慌てているに違いない。だがそのトップたるギルド長と幹部連中が、先頭を切って逃げ出しているとは思いもしなかった。

 無論、ぷにっと萌えにとっては予想通りなのだが……。

 

「このぉ、恥知らずどもがぁーーー!!!」

 

 魔王ロールなのか本音なのか? その場に居た誰もが、全身を縮ませたことだろう。続いて放たれた女の悲鳴にも背筋が凍る。

 侵攻された側のリーダーは聞いた事も見た事も無い何らかの効果範囲に、自分を含めたギルドの仲間達が入れられたのだと直感するも――対応策が分からない。

 バンシーの叫びに対する即死耐性は常識の範囲で皆が所持しているが、それ以外の何かが力を持って空間を満たしている。

 魔法かアイテムか、それともスキルを使用すればいいのか? ただ――闇のオーラを放つ魔王のごとき骸骨が背負う時計の針、それを眺める事しか許されない。

 与えられた時間は十二秒。

 そんなことを知る由もなく、その場に居た十六名のプレイヤーは消滅した。手持無沙汰な巨人の前で、こめかみを蔦の指でトントンと叩く植物系異形種の視線の先で……。

 

「一番先にギルド長が逃げ出すなんて、何を考えているのでしょうね」

 

「あ、うん、それは損得勘定だよ。逃げる方が得をするから逃げる、別に難しい話じゃない。……それよりギルド武器は何処だろ?」

 

「え~っと、ボクを怒らないでくれると嬉しいのだけど……」

 

 骸骨魔王とそれを宥める人型植物、そして控えめに言葉を挟む巨人等三名は、最終目標のギルド武器を破壊しなければならない。

 そのはずだったのだが――やまいこから告げられた衝撃の事実に、ギルド長のメンバーに対する強い想いは木端微塵に弾け飛ぶ。

 

「え~、さっきるし★ふぁーさんが持って行っちゃったよ。『鬼さんこちら』って言いながら……」

 

「……あぁんのぉ……やぁろぉう……」

 

「なるほどね。それじゃ~第二ラウンドといきますか、ギルド長」

 

「――え? あ、はい」

 

 口から火球(ファイヤーボール)でも飛ばしそうな勢いの骸骨ではあったが、軍師であるぷにっと萌えの言葉を聞き流す事は無い。

 すぐさま立ち直り、各方面の仲間達へ指示を飛ばす。なお、拠点侵略やレイド戦などではギルドの専用回線で通信が出来るので大変便利だったりする。

 

『るし★ふぁーさんがギルド武器を持って逃走中。各員拠点内を捜索し、るし★ふぁーさんごとギルド武器を破壊すべし!』

 

 拠点防衛戦は、ギルド武器を破壊しない限り侵攻側の勝利とはなり得ない。

 ぐずぐずしていれば、先程殲滅した相手方のギルド長達がリスポーンしてしまう。とは言っても、二度のデスペナをものともしないで戦いを挑んでくるのなら大した根性だが……。それほど警戒する必要も無いだろう。かかってくるならもう一度殺すだけだ。

 

「まったくもう、同士討ち(フレンドリィ・ファイア)って解禁されないものですかねぇ」

 

 本音か冗談か、流石のぷにっと萌えも骸骨の表情までは読み取れない。表示させているのは笑顔のアイコンだが、その真意は何処にあるのやら……。

 

 軽くため息をつくぷにっと萌えは、死の超越者と言わんばかりの虐殺を見せたモモンガの録画データをこっそり確認すると、誰にも気付かれぬようアップロードを始めていた。

 今回の収穫はまずまずだな――と呟きながら。

 

 

 ◆

 

 

 その日の目覚めは心地良いものであった。

 窓の外は相変わらず汚染された大気で満ちていたが、今日は仕事が休みなので心が軽い。しかも待ちに待った収穫の日なのだ。

 液体食料テリヤキ味を胃の中へ流し込み、フルフェイスヘルメットを装着してウィンドウコンソールを操作する。

 タッチしたウィンドウは『Yggdrasil』だ。しかしインする前にユグドラシルニュースを覗き込み、ゲーム世界での出来事を確認する。

 其処には当然のごとく、今日の一大ニュースとして目的の話題が取り上げられているはずだ。

 

【アインズ・ウール・ゴウン壊滅】

 

 探す必要も無いほどトップニュースになっている事だろう。こみ上げてくる笑いを抑えるのが大変だ。

 

「さ~て、あったあった……ってあれ?」

 

 目にしたニュースは確かにアインズ・ウール・ゴウンの名を冠している。だけど内容がおかしい――完全に変だ。

 いったい何がどうなっているのか? コンソールを操る指に、心の動揺が震えとなって伝わってしまう。

 

【アインズ・ウール・ゴウン! 二十箇所目のギルド拠点を撃破! ランキング十一位へ上昇! 少人数での快進撃に注目が集まる!】

 

「なに……これ……」

 

 壊滅していると思っていたギルドが、攻め込んできたギルドへ逆襲をかけ壊滅させていた。

 何を言っているのか分からねえとは思うが、自分でも……と言うのは置いといて。確認せねばならない事が――別にもう一つ存在していた。

 目を見開いて、口をパクパクさせてしまうような大量のメールだ。この数時間の間に百通以上のメールが自分宛に届いている。その内容は表題だけで分かるように、罵倒と中傷のオンパレードだ。

 

「騙したなって、いったい何のこと? え? うそ、なんで私のアバター名が晒しサイトに?」

 

 目にした内容は完全に悪役スパイそのものであった。

 嘘の情報で侵入者を誘い込み、待ち伏せて罠にはめ、返す刀で敵の拠点を攻め落とす。加えて敵の拠点情報すら事前に盗み取っているという有り様だ。

 メールに添付されていた動画を見れば、騙された被害者達が骸骨魔王の手によって虐殺されており、パナップの非道な行いがどれ程のものかを訴えている。

 晒しサイトの一部では称賛する書き込みも見られるものの、大勢としては表に出てこないで後ろでこそこそと情報を盗む、卑怯者扱いになっているようだ。完全な濡れ衣であるにも拘らず――無論、一部は本当の事なのだが。

 

「どうしよう……どうしたら……なんで、なんでこんなことに」

 

 全力で否定したいが、いまさら書き込んでも良い餌にしかならないだろう。メールに返信しても意味がない。私の言い訳を誰も信じないだろうから……。

 

「――あっ、この人は!」

 

 表題無し又は罵倒のみのメール群に、一つだけ優しさを感じられる件名があった。

 その一文を読んでほっとしてしまう自分が悔しい。送ってきた相手は、私に対し絶対にそんな言葉をかけてきてはいけないギルド長だからだ。

 

『パナップさん、本日も見学如何ですか?』

 

 まるで何事も無かったかのように、絶対私の行為を知っているくせに――なんて嫌味な奴なんだろう。呼び名からして偽名のパナじゃない。

 もしかして本当に何も知らないのでは? と勘繰りたくなるほどの文面だ。メールの内容を全て読んでも一切の悪意を感じないなんて……。

 

「行くしかないのかな~。いったい何を失敗したのだろう? うう、あああ、誰か助けてよ~」

 

 ログインしないという選択肢は当然あった。

 わざわざ出掛けていってPKされるなんて馬鹿のすることだ。悪意満載の中に降り立つなんて、悪の大魔王に刃向って胴体を鯖折りされるより愚かな行為だ。

 

「でも何があったか確かめないとなぁ。最後にそれだけはやっておかないと納得できない」

 

 人が次の段階へ進む為には、現状への納得が不可欠なのである。何も分からないまま歩は進められない。もちろんパナップの場合は――である。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……ってもっと酷いのがいっぱい居るよね」

 

 少しだけ笑って元気を出す。

 あのギルド長なら優しく迎えてくれるかもしれない、と都合の良い未来を思い描きつつ――パナップはモモンガへメールの返信を行い、表示されている堕天使アバターへタッチし――ユグドラシルへとログインした。

 

 

「いらっしゃいパナさん。……いや、パナップさん。途中でPKに遭わなくて良かったですね。ペロロンさんの事だから心配しましたよ」

 

「ひどっ! ホームタウンまで迎えに行って転移するだけの簡単なお仕事なのに、その扱いって!」

 

「弟、黙れ。パナちゃん、おつつー」

 

 此処はナザリック地下大墳墓の第六階層円形闘技場。やはり壊滅なんてしていない、アインズ・ウール・ゴウンの拠点である。

 

「えっと、この度は大変な御迷惑を――」

 

「すとっぷすとーっぷ! モモちゃん、さっさと始めないとパナちゃんが謝り倒しそうだよ」

 

「そうですね茶釜さん。では早速……パナップさん、アインズ・ウール・ゴウンへ入りませんか?」

 

「――――」

 

 時間停止(タイムストップ)の魔法はアバターに効くゲーム内の仕様であって、リアルには何の意味も無い。

 それなのに――この骨はほんの少し時間を止めた。パナップにはそう感じられた、間違いない。

 

「うぇ?! ええええー!? 何言ってんのこの骸骨! はあ? ちょっと! なに?」

 

「骸骨って……確かに骨ですけど」

「うお、モモンガさんに精神攻撃が効いている! ねえちゃん、今がチャンスだ!」

「お前がくたばれー!!」

 

「やれやれ、話が進んでいませんよ。パナップさんが呆然としているじゃないですか」

 

 どつき漫才の仲裁に入ってきたのは人型植物だ。

 会った事は無い、でも見た事はある。攻略サイトで危険視されていたアインズ・ウール・ゴウンの軍師、ぷにっと萌えだ。

 

「パナップさん、俺はぷにっと萌え。一度会って話をしたかったんだけど、中々機会が無くてね。今日は色々お喋りに付き合ってくれると嬉しい」

 

「はい、私としても聞きたい事が山ほどあります。教えて下さい!」

 

「ふ~ん、では最初から……」

 

 感心したようなぷにっと萌えは、骨と鳥とスライムを観客にしたまま一連の説明を始めた。パナことパナップがペロロンチーノと接触したその時から、今現在に至るまで秘していたありとあらゆる目論見――それが一切合切バレていたという事を。

 

「俺達の仲間に、盗賊スキルをコンプリートしている奴が居てね。そいつが言うには『詐称』のスキル持ちは『詐称』を見破れるらしいよ」

 

「そ、そんな事何処にも載って……いや、仕様が全て載っていないのは珍しくないですよね」

 

「その通り……だけど名前がバレなかったとしても、俺を避けていたら何か企んでいるって表明しているようなものだけどね。それに――モモンガさんは最初から一年前の記者さんだって分かっていたよ」

 

「うええー?! な、なんで? 話をしたのは三十分程度だし、……ぶ、武装とか髪型とかも……結構変わっているのに」

 

 名前を偽っていた事、ぷにっと萌えを避けていた事――他にも次から次へと解説されていく内容にパナップは逃げ出したくなる。

 まるでドヤ顔で築き上げてきた自分の黒歴史を、不特定多数に晒されているかのようだ。アバターの顔が赤くならない事が今は嬉しい。

 

「そうそうベルリバーさんと弐式さんが羨ましがっていましたよ。敵拠点に潜入して情報を持ち帰るなんて、有名になってしまった彼らには絶対出来ない、憧れの冒険そのものですからね」

 

「あれ? ぷにっとさんも人の事言えないのでは? パナップさんが仕掛けてきた情報戦を、タブラさんと一緒になって楽しそうに分析していたじゃないですか」

 

「あ、モモンガさん酷い! ってかそれを言ったらペロロンチーノさんが一番張り切っていたでしょ!」

「違う違う! 一番なのはねえちゃん」

「イイじゃんイイじゃん! 面白い子なんだから引き入れようとするのは当然でしょ! ねっ、パナちゃん!」

 

「うぇ?」

 

 いきなり矛先を向けられても正直困る。話の内容が変な方向へ向かっているし――、ただ……ハッキリしている事がある。

 アインズ・ウール・ゴウンは、ギルドメンバー全員で今回の件を楽しんだという事だ。文句も嫌悪感も無い。最初からパナップの行動は、ゲーム内の楽しいイベントに過ぎなかったのだ。

 

「一人で調子に乗って、ギルド潰しを始めて、それでこの様とは……。笑っちゃいますよね」

 

「何を一人で悲劇に浸っているんです? それより考えてくれましたか、ギルド加入の件」

「いやモモンガさん、先に社会人かどうか聞かないと――って先輩の俺が聞きましょうか?」

「いつまで先輩面してんのよ。あっ、私はかぜっちって呼んでね」

「俺はぷにっとでいいですよー」

「おや、例の潜入スパイしていた人ですか? 初めまして、タブラ・スマラグディナです」

「俺は武人建御雷だ、……ん? モモンガさん、この人まだ客人設定になってんぞ。ギルド勧誘断られたのか?」

「違います、ちょっと皆さん落ち着いて」

 

 気が付くと円形闘技場には多くの異形が闊歩していた。

 まだまだ増えそうで頭が痛くなる。もはやパナップの頭脳には、増加していく化け物達と上手くやり合うだけの余裕はないというのに……。

 

「あああああーー!! うっさいうっさい、もう知らない! 私が何日もかけて用意した罠をあっさり破ってもーー!! この骸骨バカ!」

 

 骸骨バカって酷くないですか?

 いやでも骸骨ですから、モモンガさんは。

 

「鳥野郎のセクハラにもうんざりだってーの! あのヴァンパイアの設定を読まされる身にもなってよ! 訴えるぞ鳥野郎!」

 

 俺、先輩って呼ばれてたのに……。

 ざまーみろ、弟は鳥野郎で十分。

 

「茶釜さんも人の事言えないでしょ! 男の娘の着せ替えなんて生まれて初めての経験だよ! 癖になったらどーすんだ!」

 

 え~、また巨大樹ハウス行こーよー。

 あはは、茶釜さんの闇は深いですね~。

 

「貴方が一番の元凶だってーの! 私の努力を踏みにじった諸悪の根源! なんでアンタみたいな頭のイイ奴が私の邪魔するのよー! 大地に帰れ草野郎!」

 

 草野郎って初めて言われた気がするよ。

 一応お約束として言っておきますが草を生やさないで下さいね、ぷにっとさん。

 

「ぐぬぬ~、何笑ってんのモモンガさん! 私、怒ってるんですからね!」

 

「はい、良い怒りっぷりに惚れてしまいそうです」

 

「うっ……」

 

 この骸骨魔王、なんだか手慣れている気がする。

 どうでもよくなって暴言吐きまくりの私に対し、どうして丁寧な対応ができるのか。大声張り上げている私の方が居たたまれないよ。

 

「パナップさんは堕天使アバターで――恐らくですが社会人ですよね。喋り方や対応がそれっぽいです。加えて我々アインズ・ウール・ゴウンからは反対者も居ないですし、どうですか? ギルドへ加入しませんか?」

 

「…………」

 

 何を考えているのだろう? 化け物ギルドが私のような中途半端なプレイヤーを誘うなんて……。

 初期に天使族で信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)をやっていた所為で、偵察特化隠密ビルドとなった今は攻撃力も防御力も最低クラス。かと言って回復系で活躍できるほどMPは無い。

 私に出来る事はひたすら身を隠して相手の後ろに回り込み、HPが減少して最後尾へと後退したプレイヤーへ不意打ちを喰らわせる事。

 そう――私は通常の攻撃力が低い為、不意打ちの時に限り大ダメージを与えられるようなスキル構成、装備にしているのだ。

 最初の一回しか使えない酷い仕様である。不意打ちを警戒されたら手も足も出ない。ボス戦なんて不意打ちを試した後は二撃で吹っ飛び天国(堕天使だから魔界?)逝きだ。

 それで前のギルドにはどれほどの迷惑をかけた事か……。

 完全にレベリングを間違えている。

 

「わ、私がギルドへ入っても足を引っ張るだけです。相応しくありません。最強クラスの貴方達に私なんかが混じったら、ギルドの名が――」

 

「パナップさん……楽しみましょうよ。貴方がやっていた遊びは凄く面白いものでした。私達にも分けて下さいよ、その面白さを。独り占めはズルいですよ」

 

 この骸骨、人の話を聞いてない。それにギルド勧誘のウィンドウコンソールが目の前に開いてしまった。

 どうやら逃げられそうにない。

 

「はぁ~、とりあえずペロ先輩を一発殴っていいですか?」

 

「えっ! なんで?!」

 

 この時のパナップはまだ、晒しサイトに自分の情報を流したのがぷにっと萌えだとは知らなかった。もし知っていれば、ぷにっと萌えも一緒に殴っていただろうに――。

 




これにてスパイは終了です。
一応ハッピーエンドだと思うのですが……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界級
世界級-1


新しい環境での遊びが始まります。
悪のギルドが行う、とても楽しいお遊びです。
きっと新人さんも喜んでくれるはず……。

いや、それは無理かな?


 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に引きずり込まれてしばらく、私ことパナップは常識というものに疎くなったのかもしれない。

 第一階層から第三階層までの狂ったような迷路とデストラップ、第四階層の巨大ゴーレム、第五階層の氷河地獄、第六階層は比較的まともだったけど……、まぁその先は考えただけで頭が痛くなる。それに第十階層まであったなんて――。

 このナザリック地下大墳墓を造り上げたギルドメンバーは絶対まともじゃない――とは思っていたけど……まさかここまでとは。

 誰か何とかしてほしい……。

 

世界級(ワールド)エネミーを捕縛して、ナザリックの防衛用NPCにしましょう」

 

 ぷにっと萌えの発言がぶっ飛んでいるのは、今に始まった事じゃない。

 今までだって第九階層の円卓において、実現不可能と思われる計画を――まるで三時のオヤツにはこれを食べましょうと言わんばかりに提案してきたのだ。

 私としては突っ込みたくて仕方がない。

 

(それはシステム上不可能です! 絶対無理です! 何を考えているんですかアンタはー!)

 

 そう言いたいのはやまやまだ。

 というか、私じゃなくとも誰だって同じように突っ込むだろう。いやもしかすると、不可能であることが当たり前なのだから突っ込むまでもない――と考えるのかもしれない。

 ただ、ここはアインズ・ウール・ゴウンなのだ。

 残念なことに。

 

「面白そうですね、なんだか運営への挑戦って感じがしますよ。ねっ、ペロロンさん」

「だよね~モモンガさん。でも捕縛するなら可愛いタイプが――」

「くたばれ弟! そんなことしたら真っ先に一名脱落するでしょ!」

「言えてますね。下手をしたらペロロンチーノさんが自ら洗脳されに行って敵に回るかもしれない」

「ウルベルトさん厳しい~。んでぷにっとさん的にはどいつを狙ってんの?」

 

 弐式炎雷の問いに対し、その場に居た全員の意識が集まる。

 捕縛しようとしている世界級(ワールド)エネミーの名は? それが実現可能かどうかは別問題として、一番の関心事であるのは確かであろう。

 

「朱雀さん、タブラさん、ベルリバーさんとの協議の上で決めさせて頂きました。――狙うは天使系世界級(ワールド)エネミー『スピネル』です!」

 

「え?」

 

 自信満々で発表したぷにっと萌えとは対照的に、モモンガからは驚きの声が漏れる。慌てて驚愕アイコンを付け足したほどだ。

 その理由はパナップにだって分かる。相手がアインズ・ウール・ゴウンにとって天敵とも言える危険なモンスターだからだ。

 天使系の最上位種である熾天使、それも世界級(ワールド)エネミーともなるとカルマが悪に傾いているモモンガを始め、ギルドメンバーの多くが追加ダメージの餌食になる。

 天使系であるならば、階級が三つ下の弱いとしか言いようのない主天使の攻撃でさえダメージを受けてしまうのだから、その危険性が窺えるだろう。

 

「ぷにっとさん酷いです! 世界級(ワールド)エネミーの熾天使相手じゃ私がどうなるか知っているでしょ?! 耐性付けていても骨ごとぶっ飛んじゃいますよー!」

 

「ははは、大丈夫ですってモモンガさん。今まで攻略を避けてきた相手ですが、この度完全攻略の目途が立ったので……ついでに捕縛しちゃおうかと思いましてね」

 

 ぷにっと萌えの言葉と共に朱雀とベルリバーが頷く。どうやらかなり前から準備を進めていたようだ。その姿勢には確信的な何かを感じる。

 

「では本格的な説明を始めましょうか。――タブラさんお願いします」

 

「はい、ぷにっとさん。……皆さん、今から他のギルドが行った世界級(ワールド)エネミー攻略戦の動画を流しますので注目して下さい。攻略を諦めたギルドが持ち込んできた、貴重な情報です」

 

 タブラがコンソールを操作すると、円卓中央に巨大なモニターが浮かび上がった。と同時に大きな――身長がやまいこ二人分程度の――白い天使と三十名のプレイヤーが激しくぶつかり合う戦闘映像が流れ出し、皆の目を引き付ける。

 

「おお、イイ胸してるね~。ってちょっと身体とか色々デカ過ぎるかな?」

 

「良かったですね、ペロロンチーノさん。近くに寄ったら間違いなくペチャンコですよ」

 

「やめて餡ころさん! そんな光の無い瞳アイコン出さないでー!」

 

「ん~、モンク系天使って珍しいよね。ボクとしては一度正面から殴り合ってみたいなぁ」

 

「なんて恐ろしいことを……。第一そんなに近くに寄ったら、大ダメージと状態異常がセットになった広範囲攻撃喰らって即瀕死ですよ」

 

 相も変わらずな仲間の調子に、青ざめた顔のアイコンを出して答えるモモンガは、映し出されている悲惨とも言える光景へ意識を集中させていた。

 再度の確認も必要無く、世界級(ワールド)エネミーは強大だ。

 そもそも運営が倒される事を前提に設計していないのでは? と苦情が出るほど通常のやり方では倒せない相手なのだ。

 何度も挑戦して情報を集め、武装を整え仲間を集め、戦略を組み立てながら微かな勝利への糸口を辿る。それが世界級(ワールド)エネミー戦。

 そして今モモンガが見つめている映像の中では、強大な広範囲攻撃がモニター全体に映し出されていた。

 

「御覧の通り一番の問題はこの広範囲特殊攻撃です。再使用時間(リキャストタイム)は九十秒、ダメージは茶釜さんのHPを半分近く削り、追加の状態異常は『盲目』『麻痺』『混乱』『石化』『即死』の中からランダムで喰らいます。この状態異常は世界級(ワールド)アイテム所持者かたっちさんのスキルでないと防ぐことは出来ません。完全耐性も突破してきます」

 

 タブラの言葉は、アンデッドでさえ即死するという事を示している。無論、スライムのヘロヘロであっても例外ではない。

 

「うわー、このぷにぷにとした身が石になるなんてマジ勘弁です~」

 

「そうよそうよ、スライムがぷにぷにしなくなったら即死と同じことなのよー!」

 

「まあまあ、そうならないように今回はある作戦で広範囲特殊攻撃を回避します。――出番ですよパナップさん」

 

「はひぃ?」

 

 粘体二人の抗議を横目に見ていたパナップは、完全に部外者の気分でいた。なぜなら、今回の世界級(ワールド)エネミー戦は攻略人数が上限三十人となっているからである。

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバー構成から言って、脆弱過ぎて偵察しかできないパナップは、生産系ビルダー達と一緒に留守番組になるのが当たり前なのだ。

 別に自分を卑下している訳では無い。本当は討伐に参加したいのに我慢している訳でも無い。

 パナップは本当に、自分の役に立てる場所で活動したいだけなのだ。

 それなのに――

 

「ちょっとタブラさん! 私の能力値知っているでしょ?! 世界級(ワールド)エネミーの攻撃なんか喰らったら粉々ですよ、コ・ナ・ゴ・ナ!」

 

「十分知っているからですよ、パナップさん。今回の肝は貴方の全力疾走にかかっているのです」

 

 タブラの言いたい事はこうだ。

 広範囲特殊攻撃を誘う特定位置に『パナップのみ』を配置し、攻撃が放たれたら全力疾走で効果範囲外まで逃げて空振りさせる。

 まぁ、はっきり言って無謀の一言だ。

 

「無理ですって! ほ、ほら、この動画の人達も似たような事やっているじゃないですか! でも全然逃げ切れていませんよ! 攻撃態勢から発動までの時間が短すぎて、全員吹っ飛んでいるじゃないですかー!」

 

「その点は任せてください。確かに攻撃態勢を確認してからでは三秒しかないので逃走不可能です。しかしターゲティング完了から攻撃態勢に入るまでは二秒ありますので、合わせて五秒――これならギリギリ可能です!」

 

 うわ~、ギリギリって言ったよこのブレインイーター。パナップとしては開いた口が塞がらないどころか、この先一生閉じないのではと思うほどだ。

 タブラの言い分はまるで問題が解決したと言わんばかりであり、最も大事な事から目を逸らしているかの様でもあった。

 そう、一番大事な点。

 今まで誰一人として見つける事が出来なかった瞬間――世界級(ワールド)エネミーがターゲティングを完了する瞬間が何時なのかという点だ。

 

「ん? ということはタブラさん。見つけたのですか?」

 

「もちろんですよモモンガさん。世界級(ワールド)エネミー『スピネル』は周囲を探索しターゲットを決める際、MPを消費するスキルかなにかを用いていました。故にMPの消費が止まった時がターゲティング終了のタイミングであると推察したわけですが……」

 

 タブラ達四人の賢人は、入手した複数の動画を分析しターゲティング終了のタイミングが何時なのかを探っていたのだが、膨大なMPに対し消費される量があまりに少ない為、肉眼では判別できない状態であった。

 本来なら魔力の精髄(マナ・エッセンス)を用いてMPのステータスバー及び色彩、最大数値、現状数値を表示させて確認すればよい話なのだが、相手が世界級(ワールド)エネミーだとそうはいかない。

 魔法を用いても判定が成功しないのだ。タブラやぷにっと萌えが行っても精々ステータスバーと色彩表示が限界であろうし、数値の表示など未だかつて誰も成功していない。まぁ、世界級(ワールド)アイテムの効果さえ無効化する化け物なのだから、通常の魔法効果がまともに通るとも思えないが……。

 他のギルドも無理を承知で魔力の精髄(マナ・エッセンス)を用いて幾度も挑戦しており、その結果の一つが目の前で流されている虐殺映像なのである。

 

「もはや人間の目では不可能だと判断したので、それ専用のプログラムを組んでアイテム化したのです。これならば魔力の精髄(マナ・エッセンス)の動画データからMPの消費が終わった瞬間――つまりターゲティング終了のタイミングが分かるのですよ!」

 

「「おおーー」」

 

 タブラが奇妙な効果音と共に胸ポケットから取り出した瓶底メガネは、一見値打ち物とは思えない遺産級(レガシー)アイテムだ。しかしその中には、アインズ・ウール・ゴウンが誇るプログラマーの知恵が詰まっているのだろう。其処彼処から感嘆の声が上がる。

 ちなみに違法プログラムの使用行為になるかどうかは不明だ。まぁ、オシャレ機能かジョークアイテムとしておけば問題ないだろう……たぶん。

 

「あのー、感心するのはイイんですけど~。私としては嫌な予感しか……」

 

「大丈夫! ぷにっと萌えさんに朱雀さん、ベルリバーさんも計算上逃げ切れると太鼓判を押してくれたから!」

 

 タブラは語る。ターゲティング終了から攻撃態勢に入り、広範囲特殊攻撃が放たれるまでの五秒間なら、スキルと課金アイテムで速力を上げたパナップを効果範囲外まで逃がすことが可能だと。

 

「ああ、もちろんスタートダッシュでコンマ一秒でも遅れたら、跡形もなく吹き飛ばされるとは思うけどね」

 

「ぐぬぬ、恐るべしアインズ・ウール・ゴウン。世界級(ワールド)エネミーに一人で立ち向かわせるなんて……」

 

 ブレインイーターの言いたいことは分かった。とにかく合図と共に全速力で逃げろという訳だ。攻撃なんて一切する必要はない。

 多くの情報から導き出した広範囲特殊攻撃が放たれるであろう特定箇所まで一人で赴き、敵の目を引いて――生きるか死ぬかのスタートダッシュを切る。

 失敗したらその場で終わり。

 なんて分かりやすい。

 

「パナップさんには世界級(ワールド)アイテムと即時蘇生アイテムを持ってもらいますから、ワンチャン有ります。……ですけど、最低十五回は攻撃を空振りさせてくださいね」

 

「じゅ、十五回! その内失敗は一度のみって!」

 

 広範囲特殊攻撃を空振りさせた瞬間、他のメンバー全員が突撃し全力攻撃を仕掛けるのだから、当然世界級(ワールド)エネミーを倒すまで逃走ダッシュを続ける必要があるだろう。

 再使用時間(リキャストタイム)が終了するまでの九十秒――他の攻撃はもちろん雨霰と降り注ぐだろうが、それは茶釜達で対応できるものだ。

 そして時間が来れば一気に退却し、逆にパナップが一人で所定の位置へ向かう。

 近くても遠くてもいけない絶妙な位置。相手がAIだからこそ成り立つ戦略だ。

 

「役に立つことなら何でもやるって言ったけど……」

 

「んふふ、何でもやるって言ったよね♪」

 

 全身蔦で構成されたギルドの軍師が、何時かのレイド戦で隠密堕天使が口にした一言を繰り返す。

 はっきり言って、私ことパナップの能力を有効活用するのは難しいと思っていた。弱過ぎるし特化したものは隠密と逃げ足のみ。流石のぷにっと萌えもぎゃっぷ萌えも、手に余る案件で頭を抱える難題だと――悲しいかな確信していた。

 私としてはそう思い悩んでいたのだけど……甘かった。

 

世界級(ワールド)エネミー戦が未経験って訳じゃないけど、一度も勝利したことが無いからなぁ。しかも相手は比較的初期から存在しながらも、上限の三十人で倒すのは困難と言われている化け物。私がその戦いに参加するのかぁ)

 

 情報をかみ砕きながら目の前に映る戦闘映像を見つめ、そして他のメンバーを見渡す。

 円卓の間に集結した異形のモノ達は、誰一人として失敗の事を考えていないかのように好き勝手騒いでいた。いや、失敗しても面白いとさえ考えているのかもしれない。

 

「……馬鹿の言いだした無茶振りでも笑ってこなす……か」

 

「おや? 覚悟は決まったのですか、パナップさん。……大丈夫ですよ、一緒に世界級(ワールド)エネミーをぶっ飛ばしましょう」

 

「ふふ、天敵なのに――ですか?」

 

「え? えっとまぁ、なんとかなりますよ~。あはは」

 

 恰好良く決めたつもりが、汗流しアイコンでごまかそうとする骸骨さん。

 熾天使を相手にするという事がどれだけ大変なのか分かっているのだろう。それは他のメンバーに関しても同じことだ。

 もしかするとパナップより不利な条件のメンバーも居るのかもしれない。

 だとするなら……。

 

「うん、分かりました! こうなったら全力で走りまくりますよー!」

 

「おお、よく言ったパナちゃん! おねえちゃんは嬉しい!」

「いつから姉になったんだ~? ん? いや、ということは俺に兄弟が増えた?」

「弟ざけんな! 世界級(ワールド)エネミーの前に放り出すぞ」

「それイイですね、何かあったらぺロロンさんを囮にしましょう」

「ひでぇ! ギルド長が魔王になっちまった! 討伐だ討伐!」

 

 騒ぎ出す異形を前に、パナップはギルド加入直後に教えてもらった言葉を振り返る。

 

『このギルドは馬鹿の集まりだ。多くのプレイヤーから嘲笑されて憎まれて、それでも馬鹿を貫き通そうとする無茶苦茶な奴等が集まったギルドなんだよ』

 

(弐式さんだったか……いや、建御雷さんだったかな? まっ、どっちにしても……本当にその言葉通りだったとは)

 

 今になって気付くなんて遅過ぎだろ! って自分でも本当にそう思う。

 今回の世界級(ワールド)エネミー戦は、足りなかったアインズ・ウール・ゴウンの一員としての自覚を教えてくれる戦いになるのかもしれない。

 

「あ、でも、世界級(ワールド)エネミーを捕縛するのはどうするの?」

 

 パナップは一番肝心な――最重要案件について思い出し、タブラに問い掛けた。

 ところが……隣に居たぷにっと萌えが静かに笑い、死獣天朱雀は深く頷き、ベルリバーは「ん~それは」と言葉を濁し、タブラがその言葉を引き継ぐ。

 

「そうですね、今は秘密にさせてもらいましょうか。その方が面白いでしょ? ああ、別に戦闘行為に影響するモノではありませんから、モモンガさんも心配しないで下さい。ただ……世界級(ワールド)アイテムの消費を許可願います」

 

世界級(ワールド)アイテムですか……ふむ、なんとなく読めてきましたが皆で決を採りましょうか? それでは皆さん、使用消費に賛成の方は挙手をお願いします」

 

「は~い」

「面白そうですね~」

「やっぱりそれ使っちゃいますか?」

「いいんじゃない、アイテムなんて使ってナンボでしょ?」

「うん、ボクもそう思う」

「別に二度と手に入らないわけじゃないしね~」

「俺達なら問題無いな」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの意思決定ルールは多数決だ。世界級(ワールド)アイテムを消費する案件ともなればメンバーの同意が不可欠である。

 とは言えモモンガの手慣れた呼びかけに、メンバーから異議が上がる事は無かった。誰もが分かっているのだろう、何をどのように用いるのか……。

 何ともなしに手を挙げているパナップ以外は。

 

「……だそうですよ、パナップさん。後の楽しみにとっておきましょうか?」

 

「モモンガさん……。あぁ~、ホントにもう~、この人達は~」

 

 駄目だこりゃ。私はまだまだアインズ・ウール・ゴウンの神髄が分かっていない。こうなったら最後の最後まで付き合って、他の誰よりもこの戦いを楽しんでやるしかない。

 

「いっちょやったりますかい!」

 

「「おおーー!!」」

 

 威勢よく拳を突き上げて周囲からの拍手をもらうパナップの前では、ちょうど三十人のプレイヤーが世界級(ワールド)エネミーによって木端微塵に粉砕され全滅するという――戦闘映像が終了するところであった。

 十二枚の白い羽を持つ美しい熾天使は最後まで神々しく、その身が放つ光の束は誰の手にも染まらないと宣言しているかのようである。

 




さあどうなる世界級(ワールド)エネミー戦!
っていうか『スピネル』って何者?

くふー、妄想が捗るよね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界級-2

世界級エネミー戦開幕!
と言いながらも、やっていることは地味だったりして……。

さて結果は如何に?



「今です!!」

 

「おおおおおおーー!! 間に合えーー!!」

 

 最初の猛ダッシュから後悔した。

 バフをかけまくって課金アイテムを使いまくって、それでも世界級(ワールド)エネミー『スピネル』を前にすると足がすくむ。

 ぷにっと萌えの合図に上手く反応できたかどうか、自分でも分からない。

 とにかく今は走るしかない。胸にしまった世界級(ワールド)アイテムをお守り代わりにして、全力で走り抜けるだけだ。

 

「んんんーー!! ――――ひぃ!」

 

 スピネルが少しだけ身を丸め、その後弾けるかのように両手と羽を広げると――其処は光の地獄となった。

 パナップの丁度背中辺りまで光撃は降り注ぎ、弾け、突出し、全ての生命体を神の下へ送るかのごとく――その場には何者も存在させまい、としているかのようである。

 

「全員、突撃!!」

 

 広範囲特殊攻撃が空振りに終わったのを確認し、ぷにっと萌えが号令を下した。と同時に、ピンクのスライムやら半魔巨人、はては忍者などがパナップの逃走方角とは正反対の場所から一斉に駆け出す。

 与えられた時間は、スピネルが再び力を放つまでの九十秒――から逃げる時間十秒を差し引いた八十秒間。

 とは言え逃げ出すまでの間、一方的に攻撃できる訳も無い。近接には両手足から放たれる剛撃、遠距離には気を砲弾のごとく集中させた爆撃、加えて状態異常を込めた特殊な単体攻撃も襲い掛かってくる。

 茶釜やヘロヘロ、たっちなどは大忙しで必殺の一撃を捌いては仲間の攻撃を補佐し、弐式や建御雷、やまいこなどが身の丈を軽く超える熾天使へ突貫、後方からウルベルトやタブラ、モモンガとペロロンチーノが自身の得意とする遠距離攻撃を加えていた。

 ぷにっと萌えは再使用時間(リキャストタイム)やパナップの状況に目を凝らしつつ、ホワイトブリム等と共に仲間の強化及び回復に専念する。攻撃に出たいのは山々だが、シビアな時間調整には神経を使う為、支援作業で手一杯なのだ。

 

「八十秒経過、全員後退! パナップさん準備宜しく!」

 

「は、はいぃー!」

 

 声が震えようとも、二回目の挑戦は無慈悲にやってくる。

 九十秒ピッタリに所定の位置へ赴き、ヘイトを稼ぐアイテムをその身に使用しなければならない。

 コンマ一秒のズレも、半歩の違いも許されない冷や汗の出る特攻だ。これがゲームであることも忘れてしまう。

 

「これが後十回以上って……私、生きて帰れるかな?」

 

 他の仲間が全て後退し、世界級(ワールド)エネミー『スピネル』の無味乾燥な視線にパナップのみが映り込む。

 MPを使用する検索が始まり、AIが狙うべき標的とその場における最適な行動を選択し、そして――

 

「スタート!!」

 

「はひぃーーー!!」

 

 諸葛孔明の号令と韋駄天堕天使の悲鳴が鳴り響いた。

 

 

 ◆

 

 

 AI制御のエネミーは、同じ条件下では同じ行動を行うものである。

 もちろんランダム選択や諸条件によって変化させる判断も存在するが、それすらもAIによって決められた行動なのである。

 世界級(ワールド)エネミーも例外ではない。

 運営から多少の特別扱いは受けているものの、幾度となく行われた戦いの果てに、多くの行動データが白日の下に晒されているのだ。

 パナップが生きているのも、そのおかげと言う他ない。しかし選択を間違えたならば――それもしっかり間違えとして判断してくれる訳なのだが……。

 

「パナップさん、位置がズレてます! もう少し前!」

 

「あっ、しまっ――」

 

 大台の十回目になるからか、それともスピネルの振り上げた拳に威圧されたからか、パナップは所定の位置から僅かに下がっていたようだ。

 ぷにっと萌えの声にすぐさま反応するもスピネルの拳は止まらない。

 

「気撃連弾が来る! パナップさん回避して!」

 

「――」

 

 AIの判断は冷酷だ。インプットされた情報が前回と異なっているなら、アウトプットも当然異なる。

 パナップは――砲弾のような気の塊に埋め尽くされた。

 

「ああああー!! もぉー! 死んでたまるかー!」

 

 回避だけなら誰にも――弐式炎雷は別として――負けないと自負している。

 豪雨のように降り注ぐ気の砲弾が、一発でパナップのHPを半分以上抉り二発で昇天させるとしても、当らなければどうという事は無い。

 

「っくっそー! 一発当ったー!!」

 

 でも生き残った……そう思った。光の爆発を目にするまでは――。

 

「あぎゃー!! バラバラになるー!」

「パナップさんはそのまま範囲外へ退避! 全員突撃!」

 

 即時蘇生の指輪が弾け飛ぶと同時に、パナップは広範囲特殊攻撃の光地獄から転がり出た。時同じくして十回目となるぷにっと萌えの号令が響く。

 これでもう後は無い。

 指輪の効果で死を免れ、世界級(ワールド)アイテムの御蔭で状態異常から逃げ切れたものの、次はもう助かる術は無い。

 

「パナップさん、行けますか?」

 

「ごめんなさいミスりました! でも次は大丈夫です!」

 

「パナちゃんがんばー! もう少しだよー」

 

 優しく気遣ってくれるぷにっと萌えに気合で答え、スピネルの拳を受け止めている茶釜に手を振る。

 ここまで来たらもう失敗なんて御免だ。

 骸骨魔王様や粘体お姉さん達なら失敗で終わったとしても笑顔で――アバターの表情は変わらないが――慰めてくれるだろうし、悪の魔法使いも皮肉めいた励ましの声を掛けてくれる事だろう。

 でも嫌だ。

 それじゃあ私が楽しくない。

 

「あと五回、面白くなってきたーー!!」

 

「ふむ、流石に何度か挑戦する必要があるかと思っていましたが……思ったよりタフな人ですねぇ」

 

「一番酷い目に遭わせているぷにっとさんがそれを言うとは、ギルド長の私もびっくりです」

 

 此方は此方で十分死闘を演じているのに、交わされる言葉は軽い。今までに培った信頼がそうさせるのか、それとも積み重ねた戦闘経験があるからなのか……。パナップに分かるはずもないが、少しだけ思う。

 私もその中に加わりたいなぁ――と。

 

「八十秒経過、全員撤退! パナップさん準備を!」

 

「はい、ぷにっとさん!」

 

 どさくさに紛れて少しだけ名前を短くしたのは――無意識という事にしておこう。

 

 

 ◆

 

 

 魔法の中に生命の精髄(ライフ・エッセンス)と呼ばれるものがある。

 対象の残りHPを確認することで戦闘状況を見極め、次に繰り出す攻撃の内容を選択しやすくなる補助魔法だ。

 妨害魔法が存在する為一概に信頼するのは良くないし、強大な敵にはステータスバーしか表示されないのだから細かい数値は分からない。だが今回の世界級(ワールド)エネミーに関しては、ある程度の残りHPが分かれば良いので問題無いだろう。

 戦闘が開始され、軽装の堕天使が全力疾走を繰り返す事十五回。

 ついにその時は訪れた。

 

「よし! ウルベルトさん、超位(ちょうい)って下さい!」

 

「分かりました、行きます! ――超位魔法!!」

 

 計算通りとも言うべきぷにっと萌えの指示に、ウルベルトは直径十メートルにもなる球形立体魔法陣を展開させた。

 自身最高の魔法を選択し、強化された魔力と課金アイテムで繰り出す。もちろん砂時計状の課金アイテムを握り潰し――即時発動だ。

 

「次はモモンガさん、レベル二つ分で止めです」

 

 天地を打ち抜かんばかりに放たれた超位魔法に対し、スピネルが全身を丸めて耐え抜こうとしていた――その光景を前に、ぷにっと萌えが最後の一手へと踏み込む。

 モモンガが所持している世界級(ワールド)アイテム――それは経験値を消費する事で、膨大とも莫大とも言える大ダメージを叩き出す至宝の逸品だ。

 まさに『ぶっ壊れ性能』とも揶揄される世界級(ワールド)アイテムの力を見事に表している。

 そして今回消費される経験値は、百と九十九のレベル二つ分。だがモモンガ自身の経験値が使用される訳ではない。身に着けている悪魔と天使のガントレットがそのことを告げている。

 

『強欲と無欲』――レベルカンストプレイヤーの余剰となる経験値を貪り食う強欲、強欲が溜め込んだ経験値をプレイヤーの消費と成す無欲――これらも世界級(ワールド)アイテムだ。

 ぷにっと萌えが、そしてモモンガが繰り出す最後の一手は、世界級(ワールド)アイテムを併用し、レベル二つ分の経験値を消費して放つ……神をも殺す一撃。

 

 ペタリと座り込んだまま頭を上げて最後の光景を眺めるパナップは、数年にわたるユグドラシルプレイの中でも――初めて目にする神々の戦いとも言うべき壮大な光景に、感動とも驚愕ともつかない独り言を呟いていた。

 

「これは確かに違法改造集団って言われるよね~。あはは、うん、これは仕方ない。私だってそう思っちゃうよ、こんな恐ろしい戦いを見せられたらねぇ」

 

「なんですかパナップさん? 全てが終わったみたいな口ぶりで……。ここからが本当の勝負ですよ――タブラさん!」

 

「了解です! 『永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)』発動! 我らアインズ・ウール・ゴウンは世界級(ワールド)エネミー『スピネル』を拠点防衛用NPCとして捕縛する事を要請する!」

 

 見ればメンバーの全ては待避しており、皆の視線の先に居るスピネルはまだその身を顕現させていた。そしてぷにっと萌えに促されたタブラが何を行おうとしているのか、天に向かって奇妙な腕輪を掲げている。

 これは――話に聞いたことはあったが、まさか運営へ仕様変更をお願いできるという世界級(ワールド)アイテムなのであろうか?

 

「ちょっ、これって――」

 

「ああ、びっくりしましたか? 円卓で言っていた世界級(ワールド)エネミーの捕縛方法ですよ。もちろんこれだけでは無理ですが」

 

 驚きの声を上げるパナップに対し、タブラは一つのデータを提示した。それは要請内容――運営に対する要請の詳細を分かり易くまとめた申請書だ。

 

 その一:世界級(ワールド)エネミー『スピネル』を捕縛し、拠点防衛用NPCとする。

 その二:拠点設置後の移動は不可とする。

 その三:蘇生は不可とする。

 その四:一日の稼働時間は一時間。一時停止は不可とする。

 その五:再起動時間は二十四時間とする。

 その六:変更可能なステータスは名前と設定のみとする。

 その七:設置場所を含む上記全ての情報は完全公開とする。

 以上をもって、仕様変更を要請するものである。

 

 何が何だか……と戸惑うパナップを余所に、申請書は運営へと提出された。

 あれで良いのかどうか、パナップには分からない。ただ賢人達が考えたであろう内容に口を挟む気にもなれないし、挟んでどうする? といった気分だ。

 

永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)による要請を確認しました。検討の上、御連絡いたします。また当世界級(ワールド)エネミー戦は現時点でのログを保存し終了となります。経験値及びドロップアイテムの提示はありませんので御了承願います。それでは皆様、お疲れ様でした】

 

 顔を上げると何やら運営からのメッセージが流れていた。

 ファンタジーの世界観を崩すお堅い内容で、なんだか眉をひそめたくなる。でもまぁ、良かったというべきか。

 要請が通るかどうかは賢人達にお任せするとして、自分の役目はしっかりこなせたと思う。途中の失敗は想定の範囲内としてだが。

 

「お疲れ様でした、パナップさん。見事な活躍でしたよ、今回の殊勲賞じゃないですか?」

 

「もぉ~モモンガさんってば。与えたダメージゼロ、味方の回復ゼロ、支援行為ゼロ、貴重な即時蘇生の指輪を消費……。これで見事とは――」

 

「いいじゃん、何を卑屈になっちゃってんの! おねえちゃんはそんな子に育てた覚えはありませんよ!」

「そりゃねーだろ、うん」

「なんだと弟! お前はもっと素直に育てたはずだが――」

「はいはい、二人とも武器を構えるの止めようね? ギルマス特権使うよ?」

 

 じゃれ合っている姉弟を余所に、周囲の景色は世界級(ワールド)エネミー戦が始まる前の砂漠へと変化していく。

 これで一先ず戦いは終わった。

 パナップとしては累計七回目の世界級(ワールド)エネミー戦であったが、ようやく初勝利と相成ったわけだが――

 

「あれ? これって勝利って言えるのかな?」

 

 よく考えればスピネルはまだ倒れていなかった。

 ぷにっと萌え達が捕縛の為にHPをギリギリまで削ってはいたが、ゼロにしたわけではない。その後運営への要請を発動させてしまったのだから、戦闘自体は途中で中止になっているはずだ。だからこそ経験値やドロップアイテムも無い。

 

「あああああああー、せっかく世界級(ワールド)エネミー討伐者になれると思ったのにー!!」

 

「ん? どうしたんです、パナップさん。ナザリックに帰りますよ」

 

 ギルド拠点に帰るまでが世界級(ワールド)エネミー戦ですよ――と言わんばかりに骨の指を一本だけ掲げるギルド長は、まるで生徒を引率する教師のようだ。しかしパナップの心情を分かっていないのだから、本職のやまいこには遠く及ばない。

 そう――パナップは期待していたのだ。

 ユグドラシルプレイヤーの最高峰となる勲章。それこそ世界級(ワールド)エネミー討伐。普通のプレイヤーでは到達できない至高の存在に、パナップも成れるのではないかと密かに企んでいたのだ。

 パナップの能力値は貧弱で、普通に考えればこの先も討伐の機会は無い。今までだって期待した事は無かった。

 それなのに――

 

「参加できると知って、身分不相応ながら期待しちゃったんだよなぁ。あ~ぁ、そうだよねぇ。捕縛するんだから討伐回数には入らないよね~。なに期待してんだろ私……」

 

 名声が欲しかったわけじゃない。

 いや少しはあったかもしれないけど……。

 

「どうしました、疲れましたか? まぁ、あれだけシビアな操作を繰り返していたのだから疲弊しますよね~」

 

 やっぱりギルド長は分かってない。私はアインズ・ウール・ゴウンに相応しい存在になりたかったのだ。

 ギルドメンバー四十一人の中でただ一人、私は世界級(ワールド)エネミー討伐者じゃない。生産系ビルドのメンバーでも討伐に成功しているのに……。

 

 晒しサイトでパナップの名がよく出ているのは知っていた。

 

『不釣り合い』『足を引っ張っている』『なんでこんな奴が』『俺の方がマシだろ』『リアルでの知り合か?』『PvP勝率低過ぎ~』『キャラ作り直せよ』等々

 

 別にどんな書き込みをされても気にはしない。

 アインズ・ウール・ゴウンに入る切っ掛けとなった事件――その時から続いている慣習のようなものだ。ギルドのメンバー達も事有る毎に気を使ってくれて……、それがちょっとだけ――いや心底申し訳ない。

 だからこそ何とかしたかった。

 私のような隠密特化偵察用ドリームビルダーを誘ってくれたモモンガさんの事を、見る目があるって言って欲しかったのだ。

 

(私が駄目なことは私が一番知っている! でも私の事を面白いって、度胸あるビルドしてるって言ってくれたのだから! そのままで証明したい!)

「……今回は駄目だったけど、別に世界級(ワールド)エネミー戦だけが証明の場じゃないしね。次の機会にやってやる!」

 

 次々とギルド拠点へ帰還していく仲間の中で、ぷにっと萌えとタブラ、モモンガに茶釜などが自問自答している堕天使へ不思議そうな視線を飛ばしていた。

 全ては作戦通りに進んだというのに、何を苦悩しているのだろうと。

 

「パナちゃんなにしてんの~。もう遅い時間だし帰るよ~」

 

「は、はーい。すぐ行きまーす」

 

 綺麗で優しい声掛けに、パナップは暗い想いを抑えて立ち上がった。

 ナザリックには、今回の顛末を報告しなければならない仲間達が待っている。参加出来なくてヤキモキしているだろうから、録画した戦闘映像を見てもらって、御土産話と共に楽しんでもらうとしよう。

 ただ――私が豪快に吹っ飛ばされたシーンだけは、カットしておきたいと思うところなのだが……。

 はたして、ぷにっと萌えの手からデータを奪うことは出来るだろうか?

 

(ぐぬぬ~、こっちの方が遥かに難しそうだ)

 

 手の位置にある長い蔦をくねくねさせてパナップを迎える――ぷにっと萌えの表情は読めない。アバターの顔だから当然なのだが、たとえ読めたとしてもそれはフェイクだろう。そういう人だ。

 知恵比べをしても時間の無駄なので、パナップは考えるのを止めた。

 今はそう――作戦の成功を喜ぼう。運営の対応如何によっては残念な結果も有り得るだろうけど、それはそれ。

 アインズ・ウール・ゴウン風に言えば――

 

『ああ~駄目だったか~、まぁ仕方ない。次はどんな無茶なことやってやろうか?』

 

 ってな感じになるのだろう。困った人達だよ、ホント。

 




単純に要請しても、却下されるのは目に見えている。
故にハードルを下げて交渉する。
どのラインが許可限界なのか?
運営との知恵比べで御座います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界級-3

世界級エネミーを拠点防衛用NPCに……。
はたしてその結果は?



 一週間後、申請書を提出したタブラ及びギルド長のモモンガ宛に、運営からの回答が届いた。

 

【要請を受諾しました。世界級(ワールド)エネミー『スピネル』を以下の項目に従い、拠点へ設置して下さい。なお、項目の一部は変更しておりますので注意して下さい。拠点設置終了後、運営への連絡をお願いします。連絡を受け次第項目内容に順守しているのかを確認し、起動の権限をお渡しします。以上、宜しくお願いします】

 

 その一:世界級(ワールド)エネミー『スピネル』を拠点防衛用NPCとする。

 その二:体格はNPC規格に合わせ、当初の三分の一とする。

 その三:拠点設置後の移動は不可とする。

 その四:蘇生は不可とする。

 その五:一日の稼働時間は『三十分』。一時停止は不可とする。

 その六:再起動時間は二十四時間とする。

 その七:変更可能なステータスは名前と設定のみとする。

 その八:設置場所を含む上記全ての情報は完全公開とする。

 以上を拠点設置における必須項目とする。

 

「うん、ベルリバーさんの言った通り、運営に手を加えさせる為に稼働時間を一時間にしておいたのは当たりでしたね」

 

「うわ~、あの人も読みが凄いですねぇ。三十分に変更してくることも予想通りじゃないですか。相手に華を持たせる……ですか?」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層円卓の間において、タブラは満足そうに頷き、モモンガは感心を示しながら運営からの通達を確認していた。

 その場には他に――ピンク粘体、鳥人間、堕天使、人型植物などの蠢く姿が見える。

 

「ち、ちょっと! なんか感動が薄いですよ! 世界級(ワールド)エネミーですよ! 世界級(せかいきゅう)ですよ!! このユグドラシルで世界級(ワールド)エネミーを拠点に設置するギルドなんて……初なんですよ、初!」

 

「まっ、速報には載るかもな~。もしかしたらランクも上がったりして?」

「弟の言う通り、これでランクが上がったらトップテン入りだよ。とうとう来たかって感じだよね」

「ランク上昇は微妙なところかもしれません。初の試みですから……どれぐらいのポイントを計上するのか、運営も思案のしどころでしょう」

 

 一人で興奮しているパナップを余所にギルドメンバーの声は軽い。最初から予想していたかのごとく、運営の決定に驚きの声は微塵も無かった。

 

「ぷにっとさん、何言っているんですか? ポイントとかそういう事じゃなくて、不思議に思わないんですか? 運営があっさり認めた事に」

 

「ああ、それは……ねぇ、タブラさん」

 

「そうですねぇ、簡単に説明しますと――稼働時間が決まっていて一時停止出来ない、って設定を此方から提案したことが一番の決め手でしょう」

 

 互いに分かり合っている賢人たちの会話はパナップにとって難解だ。ギルド長に視線を飛ばし更なる解説を求む。

 

「え~っと、現状の設定ですと簡単にスピネルを倒せるから運営は許可を出したのでしょう。稼働時間が三十分で一時停止出来ないのであれば、一度攻撃を仕掛けた後にその場から逃げてしまえば良いのです。稼働時間が過ぎてしまえば、元世界級(ワールド)エネミーであったとしても木偶の坊――簡単に殺せます。そんな情報が完全公開なのですから、拠点防衛用のNPCとしては致命的ですよね」

 

「ふ、ふ~ん、運営も色々考えているんですね~。……ってそれならどうしてぷにっとさんは、世界級(ワールド)エネミーを拠点防衛用NPCにしようとしたのですか? ロマン? 面白そうだから?」

 

 簡単に倒されるNPCを膨大な手間をかけてまで入手する意味とは?

 世界級(ワールド)アイテムまで消費して運営への無理を通した結果が、世界級(ワールド)エネミーを初めて拠点へ設置出来たという名声――満足感のみだと言うのであろうか?

 いや、アインズ・ウール・ゴウンがその程度である訳がない。パナップにだってそろそろ分かってきている。ぷにっと萌えの何か言いたそうな雰囲気が、無表情なアバターを超えて伝わってくるのだ。

 

「面白いのは間違いないですが。……ん~、パナップさんには第八階層の仕上げを手伝ってもらいましょうか。あまのまひとつさんとるし★ふぁーさんが組み上げているゴーレム達、NPCのヴィクティム、そしてスピネル。ふふ、ふふふふ、駒は揃いました。この撃滅コンボには運営も腰を抜かす事間違い無しです!」

 

「第八階層? ヴィクティム?」

 

 なんだか聞いた事のない名前が出てきたけど、ぷにっと萌えが何か恐ろしい事を考えているのは分かった。隣のタブラからも――何かの完成予想図を思い描いているのだろうか――静かな笑い声が聞こえてくる。

 第八階層は職人達が山ほどの激レア鉱物資源を持ち込んで、芸術品とやらを造っていると聞いていたけど……。

 

(あのるし★ふぁーさんのことだから、また妙な厄介事を企んでいると思っていたのになぁ。今回はちゃんとギルドの為になる事をやっているんだ、感心感心)

 

 この後新作ゴーレムに思いっきり吹っ飛ばされて、飛行(フライ)を使わない空中滑空を経験する事になるのだが、この時はまだ何も知らない――パナップもモモンガ達も。

 

「ねぇ、それで名前と設定はどうするの~。スピネルのままにはしないんでしょ」

 

「俺が考えようか? シャルティアの妹とか?」

 

「こら弟、吸血鬼の妹が天使って変だろ? それにお前が設定考えると碌な事にならないから却下だ、却下!」

 

 茶釜の言葉には誰もが頷かずにはいられない。十八禁満載の設定なんてシャルティアだけで十分だ。というか運営に見つかったらどうするのだろう?

 

「ああ、それなら草案を作ってきましたので皆さん自由に弄ってみてください。名前も草案に合わせて『ルベド』としてみました。仮の名前なので、これからの提案で色々変えていきましょう」

 

 タブラがコンソールを操作すると、その場に居た皆の前にウィンドウが開いた。

 誰かが「うわぁ」と呟き、また別の誰かが「これはまた……」と圧倒されたように言葉を紡ぐ。

 そう口に出したい気持ちはパナップにもよく分かる。目の前のコンソールウィンドウには、端から端までびっしりと文字が書き込まれていたからだ。

 

 生まれ出でてから世界級(ワールド)エネミーとして殺戮に明け暮れるようになるまでの――涙なしでは語れないストーリー。生き別れてしまった二人の姉。戦いの果てに捕縛され、ナザリック地下大墳墓まで連れ去られ、死を覚悟した最中での再会。しかし上の姉には蔑まれ、下の姉には庇われ、己の不幸を呪いながら身動きできない荒野の牢獄で涙する。いつの日か――三姉妹揃って仲良く暮らせる日々を夢見て。

 

「タブラさん酷い! これじゃバッドエンドじゃないですか! 救いは無いのですか救いは?!」

 

「パナちゃんの言うとおりだけど……上の姉ってニグレドの事? なんで末の妹を嫌っている設定なの?」

 

「ねえちゃん、そりゃー俺達と戦ったからでしょ。自分達の主に牙をむいた妹を許さない、ってことじゃねーの?」

 

「えっ~とペロロンさん、それだとアルベドも妹を嫌う事になってしまいますけど、庇っている設定になってますね~。これはどうしてなんでしょう、タブラさん?」

 

「お答えしましょうモモンガさん。姉の二人にはですね、絶対譲れない存在が別々に居るのですよ! その存在を傷付けたかどうかが感情の分かれ目なのです。つまり――末の妹はニグレドの大事な人を傷付けたから許されない。アルベドはその逆。って裏設定にしてあるんですよ分かりましたか!」

 

 分かる訳ないでしょ――その場に居た異形種達の意見は一つだった。

 嬉しそうに延々語り尽くしそうなタブラの設定話は、表示されていない裏側にまで及び、もう手の施しようがない。こうなってしまうと誰が設定にケチを付けられると言うのか。世界級(ワールド)エネミー『スピネル』には悪いとは思うが――思うが、このまま残念な末妹の立場になってもらうしかない。

 

「アルベド……ルベド? ああ、アルベドの妹だからルベドなんですね。でもアルベドって確か玉座の間に居る白いNPCですよね~。私あんまり設定見ていなかったけど、あれもタブラさんが作ったのですか?」

 

 パナップはあまり気にもしないで発言したのだろう。隣に居るモモンガが「聞くのやめて!」とゼスチャーしている事にも気付かない。

 

「くふふふ、よくぞ聞いてくれました。アルベドの設定は魂を込めた渾身の作であると自負しております。パナップさんにはその内容を隅々まで教えてあげましょう。ああ、表示されているテキストが全てじゃありませんよ。裏設定も膨大に用意してあるのです。さあ、まずは――」

 

 恐らくこれが、アインズ・ウール・ゴウンの誰もが通過する儀式の一つなのだろう。

 ブルー・プラネットの自然語り然り、武人建御雷の地獄訓練然り、ぶくぶく茶釜のアウラ用神獣狩り強制参加然り。ちなみにるし★ふぁーのイタズラと、ペロロンチーノのセクハラは違うと思いたい。

 

(タ、タブラさんてこんな人だったのか~。ちょっと――いやかなり濃い人だとは思っていたけど、これほどとは)

 

「――で、ですね、重要なのはギャップなのですよギャップ! 清楚な人が清楚のままじゃキャラが立たないんです。落差があるからこそ人格に深みが出るのですよ。信じられない裏の顔、誰もが驚く二面性、それこそが魂を形作り、命令通りにしか動かないNPCに二つとない人生を歩ませるのです。……って聞いてます、パナップさん?」

 

「は、はひぃ! も、もちろん聞いてますよ。はは――」

 

 眠気や疲労を感じないはずの指輪を付けているはずなのに、何故かすっごい疲労感に襲われてしまう。もちろんバッドステータスは何も表示されていない。いや――表示させるとしたらバッドステータス『タブラ』であろう。

 回復させるにはどうしたら良いのやら……。

 

「ああ、そうそう。パナップさんはニグレドに会ったことありませんよね。くふふ、後で御案内しますね。……楽しいですよ、本当に」

 

「あ、はい。期待してますね……って、どうして皆さん視線を逸らすのですか?」

 

「なんでもないよ~。おねえちゃんはなにもかくしてないよ~」

「ねえちゃんついていってやったらどうだ~。おれはいやだけど~」

「ふたりともはくじょうですね~、ぎるどちょうのけんげんでついていかせましょうか~」

 

「やれやれ、モモンガさんまで何を言っているんだか……。ああ、大丈夫ですよパナップさん。何の問題も有りません――んじゃ俺は此処で失礼します。さよなら~」

 

【ぷにっと萌えはログアウトしました】

 

「ちょっ、ぷにっとさーーーーん!!」

 

 一人だけマトモかと思ったら一人だけ逃げやがった。となると仕方がない、残りのピンクと鳥と骨をふん縛って道連れにするしかない。なにが起こるか知らないけど……。

 

「失礼な人達ですね。ニグレドは最高に美しいNPCなのですよ。演出にも気合入れまくった最高傑作だと言うのに――」

 

「うわ、演出って言った。このブレインイーター演出って!」

 

 NPCを見に行くのにどんな演出が必要だというのか。モモンガ達の様子を見る限り、まともな内容とは思えない。

 此処は一つ、腹を据えて赴くしかないだろう。ニグレドが設置されているという第五階層――氷結牢獄へと。

 

 

 ◆

 

 

 その日、パナップは広い通路を一人で歩いていた。

 すれ違う調度品や天井のシャンデリアが豪華過ぎて場違いな感じもするが、己自身アインズ・ウール・ゴウン四十一人の一人なのだから気にするもの変な話であろう。

 それでも、半球状の大広間に設置されている悪魔の視線は避けてしまうのだが……。

 

「なんだか嫌なんだよね~。今にも襲い掛かってきそうなんだもん」

 

 製作者があの人だからとは言いたくないが、これは気分の問題なのだ。自身が堕天使だとは言え、気になるものは気になるのである。

 

「さてと、ここに来るのは三度目だったかな?」

 

 辿り着いた先には大きな扉が待ち構えていた。

 女神と悪魔が異様な細かさで彫刻されている第十階層の大扉、ナザリック地下大墳墓の最重要箇所である玉座の間を護る最後の扉である。

 

「……動かないよね?」

 

 きっとギルド長であっても同じ警戒をした事だろう。それほどまでに――彫り込まれた女神と悪魔は異様な迫力を持ってパナップを見下ろしていたのだ。

 

 重厚な扉が自動でゆっくりと開いていき、その先にある玉座の間を露わにする。

 一歩足を踏み入れたならば、誰もが感嘆の声を上げる美しくも豪華――そして思わず膝を折って奥の玉座に対し忠誠を誓いたくなるような威光に満ちた支配者の空間。

 

「ふわぁ、何度来ても感激するなぁ」

 

 コツコツと小さな足音が響く中で、パナップは忙しなく視線を泳がせていた。これほどまでに手の込んだ幻想的な空間を、数度の訪問で全て見て回れるわけがない。興味を惹かれる豪華な部屋飾りが彼方此方に存在しているのだ。

 無論その一つが、白い姿に黒い羽を持つ見目麗しいNPCなのだが……。

 

「ちょっと設定見せてもらうよ、アルベド」

 

 もしNPCに自我が有ったなら、平然と玉座へ腰を掛けるパナップに対し一声あったかもしれない。「そこはモモンガ様の玉座です」とか言って鋭い眼光を向け、玉座から退くようにアクションを起こす――まぁ、パナップもアインズ・ウール・ゴウンの一員なのだからそれは無いだろう……か?

 

「うっわ~、タブラさんってば設定ちょっとやり過ぎだよ~。長過ぎ!」

 

 とは言えその内容は緻密だ。

 生まれ出でる前の時代背景から誕生秘話。複雑に絡み合った思惑の中で翻弄され、望まずして進むことになった運命との対決。姉は氷結牢獄のニグレド、妹は元世界級(ワールド)エネミーのルベド、そして二人の狭間で苦悩するアルベド。

 特にニグレドに殺されそう――同士討ち(フレンドリィ・ファイア)が禁止されていることもすっかり忘れて、ハサミで部屋中追い掛け回されたあげく翼をバッサリ切断されそう――になったパナップとしては、アルベドの苦悩が身に染みてよく分かる。そんな機能は無いはずだが背筋に冷たいものが走ってゾッとしてしまう。

 続けて設定を読み進めていくと、アルベドの性格と能力について多くの記載があり、その内容からこのNPCが――格段に優れた守護者統括であると共に、一点の曇りも無い完璧な女性であることが読み解ける。

 

「家事が得意で、裁縫までプロ級って……タブラさんは何処までハイスペックな女性を創り上げようとしているのよ! そんな女性リアルじゃ居る訳ないってのに――」

 

 自分で言いながら自分で気付く。そう――ここはゲームだった。誰もが羨む絶世の美女を創造できる場所だった。

 

「ちっくしょ~、だから裏設定では魔王の正妃なのか~。確かに似合っているけどさ」

 

 タブラがこっそり教えてくれた裏設定では、アルベドは魔王の正妃として生み出されたらしい。つまり、骸骨魔王様の隣に付き従う為のスペックであり外見なのだ。

 好みの女性像を、ペロロンチーノを通じて聞き出した結果がアルベドらしいのだが……。

 

「どーせあの骸骨さん、ボン、キュッ、ボン! のアルベドを見て、ゲーム最高! やはりゲームは最強という事なのだー! って叫んだに違いない。ほんとさいてー」

 

 コンソールを弄りながら「胸が大きいから勝者なのか? そうなのか?」と呟くのは仕方がないと思う。うん、男って奴はどうしようもない生き物なんだ、そうに違いない。

 

「――ん? 何これ? ちょっとタブラさん、これは酷いでしょ」

 

 読み進めて辿り着いた最後の一文。『ちなみにビッチである』――は、それまでに積み上げてきた完璧美女アルベドの設定を台無しにするものであった。

 魔王の正妃なのにビッチとは、タブラも悪趣味通り越して別の次元に転移しそうな――ぶっ飛んだお人である。

 

「でもこれってイイかも……。骸骨魔王様は絶対ビッチ嫌いだし、その点でなら私の方が……」

 

 アバターの表情は変化しないが――パナップはにっこり笑ってアルベドに右手の人差し指を突きつけた。勝利宣言をするために。

 

「あはは、私の勝ちね!」

 

 誰も居ない広大な空間で、どデカい独り言を放っている堕天使の姿は――はっきり言って完敗しているように見えるが、そんなことは気にしない。これはゲームなのだから。

 

「所詮はゲーム。でっかいオッパイも揉めないんじゃ宝の持ち腐れだし、言葉も交わせないNPCじゃ~あの人の役には立たない」

 

 だから私の勝ちなんだ。

 人差し指でアルベドの鼻をぴょこんと突き、パナップは玉座から飛び降りる。なんだか非常に恥ずかしい行為をしていたようにも思うが、誰も見ていないし別に良いだろう。

 後で思い返せば、きっと恥ずかしさのあまり大声を上げながらのた打ち回る黒歴史になるのだろうが、この時はまだ発病中なので気にもしない。――でも少しだけ照れる。

 

「うわっ、恥ずかしいー! な、何やってんのよ私! ……さ、さ~て、第八階層に行ってあまのまひとつさんとぬーぼーさんを手伝ってこようかなぁ」

 

 動揺を抑えた軽い足取りで玉座の間を駆け出し、巨大な扉を通り抜ける。そしてパナップは指輪の力で転移した。――後には静寂だけが残る。

 NPCであるアルベドは設定されたAIに従い、パナップに向けていた視線を元へ戻し、いつもの不動体勢となった。

 プレイヤーが傍に居るのなら、設定されたランダム挙動で様々なアクションを見せてくれるのだろうが、今は壊れたロボットのごとく完全静止状態だ。表情も当然動かず、設定された微笑のまま何もない空間を見つめている。

 NPCはデータだ。

 何も考えないし、何も聞かない答えない。

 そして……、一方的に勝利宣言をしていった堕天使に猛烈な殺意を抱いたりもしない。絶対にしない――これは『ゲーム』なのだから。

 




ゲームの世界は素晴らしい。
でも、それが現実になっても素晴らしいのか?

はてさて、どうなんでしょうねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切り
裏切り-1


栄枯盛衰。
その場に残るは懐かしい思い出だけ。
はるか昔の……仲間達との激闘の記憶――。


 其処はとても長い通路であり、薄暗く、猛毒が立ち込めていた。

 何の耐性も付けていないプレイヤーであったなら、激減していく己のHPに大慌てする事だろう。左右に展示されている伝説級(レジェンド)以上の武具に見惚れている暇も無いはずだ。

 二体の異形種が歩き進めているこの場所は、ナザリック地下大墳墓の宝物殿。完全な独立空間であり、入り込むには特別なアイテムが必要となる重要拠点である。その特別なアイテムとは、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーのみが手に出来る独自製作の指輪で、百個しかない希少品だ。

 

「此処の通路を二人だけで歩くのも恒例になっちゃいましたね~モモンガさん。前はもっと大勢で――」

 

「千五百人討伐の時ですか? あの時は大量のアイテムを入手しましたから、整理するのも一苦労でしたよ……」

 

 パナップの隣を歩くギルド長は、懐かしい思い出を振り返るかのように少しだけ嬉しそうな声で答えてくれた。その口調には二度と経験することが出来ないであろう――過去への羨望も含まれていたかのように思う。

 そう、全ては遠い昔の出来事だ。

 

「ふふふ、あの時はあまりにもアイテムが多過ぎて源次郎さんが悲鳴を上げていましたよね~」

 

「源次郎さんですか……あの人は何故か宝物殿の管理に情熱を燃やしていましたけど……。そんなに整理整頓が好きな人じゃなかったと思うのですが――」

 

「ん~、アイテムコレクターとか? 見知らぬアイテムの設定とかを見るのが好きなのかも?」

 

「それは私も好きですよ。アーティファクトアイテムとかコンプリートしたくなります」

 

「モモンガさんったら欲張り過ぎ。ってパンドラの設定がマジック・アイテム・フェチなのはその所為ですか?」

 

 パナップが疑問の声を上げた丁度その頃、前方に宝物殿の中心部が見えてきた。

 そこは何も無い白くて広い空間であり、対面する二つのソファーと一つのテーブルのみが空虚な部屋のアクセントとなっている。

 ――いや、まだ存在していた。それはいつもの場所で直立していた。どこかの親衛隊を思わせる軍服に身を包んだドッペルゲンガー。モモンガが仲間の協力を得て作り出した拠点防衛用NPCである。

 その名は『パンドラズ・アクター』

 

「パンドラは宝物殿の領域守護者ですからね。設定としては似合っていると思いますよ。まぁ、私の趣味なのは否定しませんが……」

 

 モモンガが歩を進めると、その挙動に反応したのであろうか。不動であったパンドラは突如踵を打ち鳴らし、骸骨魔王に対しビシッと敬礼を行った。

 一瞬だけ仰け反ったように見えたギルド長であったが、特に何かがあった訳でもないだろう。自分がヘロヘロと入念な打ち合わせをして決めたAI制御なのだから、その一挙手一投足に問題があるはずがない。

 

「モモンガさん、今日で……何人目なのですか?」

 

「……そうですね。……三十六人目です」

 

 パナップの問い掛けに対しギルド長は寂しそうに呟いた。そして何かのコマンドを口にして面前のパンドラを変身させる。

 その姿は今日――引退を告げに来たギルドメンバーのものであった。

 

「仕方のない事です。リアルでの事情は人それぞれ、中にはゲームなどやっていられない深刻な状況の人もいます。大きな仕事を得た人も、家族を優先する人も、当然ゲームをしている場合じゃありません。此方から送り出したいくらいですよ」

 

 それは確かに本音であろう、モモンガの言葉に嘘は無い。

 引退していった仲間達は皆、最後までアインズ・ウール・ゴウンを惜しみながら去っていったのだ。サービス開始から十年以上経過した古いゲームであるとは言え、まだまだ未知の部分は多く、飽きて辞めるような事は無かった――と思いたい。

 

「そ、それはまぁそうとして、モモンガさん聞きました? あの噂……」

 

「ああ、サービス終了の件ですか? たぶん……本当でしょうね。今年で十二年目になるのですから、よく続いた方だと思いますよ」

 

 仲間達の引退に歯止めが掛からないのも、ヘロヘロ達のように名前だけギルドに残し一年以上もログインしていないのも、全てゲームとしての寿命が近付いているからであろう。

 モモンガは分かっていながらも、仲間達が戻ってくるのを待ち望んでいた。帰ってこない事を理解し、納得していながら、それでもナザリック地下大墳墓を維持せずにはいられなかったのだ。

 傍に居たパナップの目に映るその姿は、とても寂しそうで泣いているように見えた。

 

(私は最後の方に参加した身だからなぁ。モモンガさんに比べれば思い出も少ないし……、それでも皆と世界を駆け抜けたあの日々は忘れられないな~)

 

 特に千五百人がナザリック地下大墳墓へ攻め込んできた拠点防衛戦は大イベントだった。

『戦闘は始める前に終わっている』――そう語ったぷにっと萌えの指示で、侵攻の噂が出始めた頃から、パナップは敵方のギルドへ情報をばら撒きに行っていたのだ。

 

『最初に侵攻したギルドが、全ての世界級(ワールド)アイテムを独り占めできる』

 

 同盟を組んだギルドが競い合うように誘導し、互いを疑心暗鬼に陥らせる。

 アインズ・ウール・ゴウンを陥落させた後の報酬は山分け――なんて取り決めをしていても、最初に入手したギルド連中がアイテムを隠してしまえばどうしようもない。信頼なんて最初から存在しない同盟だ。あるのはアインズ・ウール・ゴウンに対する敵対心だけ……。

 だからこそ千五百人は分散することなく、互いの抜け駆けを監視しながらナザリックへ侵攻してきたのだ。

 彼らはこの時、勝利しか頭になかった。

 そう――千五百人が侵攻して攻略できない拠点など有るはずがない。故に隊の後方で死んでいくプレイヤーや傭兵NPCを見ても、邪魔な輩が減った程度にしか感じていなかったのだ。むしろ、もっと減ってくれたなら取り分も増えるのに――と思っていただろう。

 

(千五百人が侵入した後で、その背後を突くようにこっそりプレイヤーを狩っていっても、あんまり反応しなかったもんな~)

 

 間延びした隊列の後方に居たのが、物見遊山な野次馬連中であったのも一つの要因であろう。防衛用モンスターの陰に隠れて弐式炎雷と不意打ちしまくったのは、パナップにとって鮮烈な思い出である。

 

(それでもなぁ、敵が第八階層に着くまでトラップと防衛用NPCをフル活用したのに――五百人程度しか減らせなかったんだよね~。……無理なものは無理だよ)

 

 数の暴力とはまさにこの事であろう。後方に居る遊び感覚のプレイヤーは簡単に殺せても、前方のガチビルドプレイヤーはかなり厳しい。

 第七階層突破の時点で退場させる事が出来たガチプレイヤーは僅か十数人だ。特にワールドチャンピオン一人と、世界級(ワールド)アイテムを持ってきた二人のプレイヤーは洒落にならない。その周囲を固めるギルドメンバーと共に完全な本気モードである。

 

(あ~ぁ、今思い返しても第八階層になだれ込んできたアイツ等との戦いは……本当に面白かったなぁ~)

 

 

 ◆

 

 

 そこはあまりに広い荒野であり、千人のプレイヤーが入り込んでも、ほんの少しも空間を占拠できない巨大な大陸であった。

 遠方には岩山や山脈が立ち並び、いったいどれ程の時間を掛ければ辿りつけるのか――飛行(フライ)の魔法を何回掛け直す事になるのか――とても地下とは思えない光景である。

 

「ちっ、まだ多過ぎるな。後五百ぐらいは死んでもらわねぇと、面白くもなんともねぇ」

 

 男はそう言うと、自分宛に使われていた多量の伝言(メッセージ)を打ち切った。聞くまでも無い、くだらない内容であったからだ。

 

『どうして蘇生してくれないんだ』『援護してくれてもいいだろ?』『アイテムを分けないつもりなのか?!』『楽勝だと思ってついて行ったのに、どうして置いて行ったんだよ!』

 

 一緒に侵攻してきた連中は、誰もが打ち合わせでもしたかのように協力しなかった。死亡する奴を見ては嘲笑い、トラップに引っ掛かる奴を見ては中指を立てた。蘇生なんかもちろんしない。無能で馬鹿な邪魔者が減ったと言わんばかりに皆で笑った。

 それでもまだ千人のプレイヤーが第八階層に立っている。

 

「多過ぎんだよな~。こんな大人数で攻め込んだら苛めているようなもんじゃねえか。勝つのが分かっている勝負なんて自慢にもなんねえよ」

 

 自身がワールドチャンピオンである為か、何の名誉にもならない戦いにうんざりしていたようだ。率いているギルドの総意で同盟を結び、ナザリックに攻め込むことになったのだが……。勝ち馬に乗ろうとする馬鹿がこれほど多いとは――。

 人数が増えれば増えるほど、勝ちイベントに参加しようとする有象無象が集まってきて嫌気がさす。

 

「後ろの方では交戦していたみたいだが、あれで本気じゃないだろうなぁ。頼むぞアインズ・ウール・ゴウン。このまま手も足も出ませんでした~なんて止めてくれよ」

 

 軽く笑って荒野の中を歩き出す。特に警戒を見せる訳でも無い。千人のプレイヤーはそれほどまでに強大だ。どんなトラップがあろうとNPCが居ようと、さらにはギルドメンバーが来ようとも――軽く叩いて終わりだ。

 本当につまらない。

 

「そういえば、此処には元世界級(ワールド)エネミーが居るって情報があったはずだが……」

 

「ああ、三十分しか起動しない残念な奴ですね」

「聞いてるぜ~、途中で止められないってんだろ? 一度動かして三十分後に来たらガラクタ状態って、なんかもったいないってなぁ」

 

 周囲のギルドメンバーが言うように、この第八階層に居ると公表された元世界級(ワールド)エネミーは残念な奴だ。攻略法までが公開され復活する事すら許されない。

 世界級(ワールド)エネミーを捕縛して拠点に設置した――と聞いた時には何の冗談かと驚いたが、その厳しい設置条件を理解した後には呆れかえるばかりであった。

 捕縛には世界級(ワールド)アイテムまで持ち出したらしい。そこまでして役に立たないガラクタを設置するなんて、アインズ・ウール・ゴウンらしいと言えばらしいのだが……。

 

「いっそ正面から戦ったら面白そうなんだが、誰もやらね~だろうなぁ」

 

 他の奴らが真正面からぶつかって、大勢死んでくれたら分け前も増えるだろうに――。その場に居た多くの者が同じように思っていたが、もちろん自分から挑戦しようとするプレイヤーはいなかった。分け前がもらえなくなるのは嫌なのだろう、誰でもそうだ。

 

「ん? なんか居るぞ。……赤ん坊?」

 

 聞こえてくる誰かの言葉に警戒の匂いは無い。

 防衛用のNPCではないのだろうか、視線を向ける先には――小さな肉の塊がふよふよと浮いているだけであった。

 

「おいおい、なんだあれ? こんなところまで来て自動POPのモンスターかよ。ふざけるのも大概に……」

 

 不満を重ねながら同時に疑問も湧いていた。こんな場所に何故、弱そうなモンスターが一体だけ配置されているのか?

 偶然は無い。

 プレイヤーが手を加えている拠点でのモンスター配置は、必ず人の意志が介在しているはずだ。もちろん適当に配置したという意志も含めて――だが。

 

「待てよ、これはまさか、おい! ちょっとま――」

「せーの、おらっ!」

 

 命令系統がバラバラの状態では、一人の警告など誰の耳にも届かない。別ギルドのメンバーであるなら尚更だ。ワールドチャンピオンであるが故に攻略の柱と期待されてはいても、千人ものプレイヤーが集まっていてはその価値も低くなる。

 警告は聞き流され、何処の誰とも分からぬ戦士によって宙に浮く赤子のような肉の塊は真っ二つにされた。

 

『あおぎゃあああああああああああああ!!!』

 

「ちょ! なんだこれ?!」

「悲鳴か? 断末魔の悲鳴ってやつか?」

「うるせーー!!」

「ちっ、悪趣味な設定だぜ。これって悲鳴と赤ん坊の泣き声を合成したヤツだろ?」

「わざわざ音声を発生させるなんて手の込んだ演出だな……ってあれ?」

 

 悲鳴を上げるという珍しいNPCの存在に誰もが感想を呟き始めるが、同時に誰もが気付いてしまった。己の身が全く動かないという事に。

 

「なんだこれ?! 耐性付けてるだろ、バグか?」

「束縛? 呪い? 自爆型トラップか?」

「マジかよ! くっそ~、やられたなぁ」

「関係ないだろ、しばらく待っていれば良いだけだ」

 

 そこら中から文句とも自虐ともつかない騒音が飛び交い、不動の身を何とか動かそうとピクピク震えるプレイヤー達がコンソールと格闘している。

 現在身動きできるのは世界級(ワールド)アイテムを所持していた二人と、『次元断層』で防いだワールドチャンピオンのみ。事前に小さな疑問を感じていなければ危ないところであったが、安堵している場合ではない。

 

 目の前に開く闇の淵――それは転移門(ゲート)であり、十二枚の白い羽を持つ小柄な少女を連れてきたのだ。

 

「まずい、まずいぞ! あれはスピネルだ!!」

 

 言うが早いか、身動き出来ない千人のプレイヤーは光の波動に包まれ切り裂かれた。

 小さな天使の広範囲特殊攻撃は、圧倒的なダメージを与えた後に絶対耐性でも抵抗できない状態異常を与える世界級(ワールド)エネミーの御業だ。

 光に包まれた哀れな存在は――圧倒的な力の前にHPの五割以上を失い、その後麻痺になり、または混乱し、石になり、別の者は即死する。

 逃れるにはヴィクティムの束縛を防御した時同様、世界級(ワールド)アイテムの庇護を受けるか、ワールドチャンピオンの特殊技術(スキル)を使うしかないのだが……。

 

「くそが! 使ったばかりだぜ!」

 

 まだ再使用時間(リキャストタイム)は経過していない。逃げる時間も無い。ただ耐えるしかない。その場の誰もが運に身を任せるしかなかった。

 

「はっはー! 絶景だねこりゃ」

「百人以上が石になっていく光景なんて、滅多に見られませんよ」

「ほらほらやまちゃん、すっごく綺麗だよ~」

「確かに凄いですね~。人がゴミのようです」

「うっわー、何気に酷い」

 

 場違いだ。

 なんという砕けた物言いなのか。今この場には軽口を叩けるものなど居るはずがない。この場のプレイヤーは誰もが動けず、圧倒的な力をまともに受けた上、状態異常のギャンブルに晒されているのだ。

 ギリギリで持ちこたえるか、それとも即時蘇生のアイテムを使わされるのか? それは分からないが――とにかく動けるようになれば皆逃げ出すだろう。

 そんな中で笑い声を上げられる者が居るとすれば、それは――

 




次回は最強のプレイヤーが登場。
アインズ・ウール・ゴウン最強ではなく、ユグドラシル最強の御方が御降臨されます。
その御方とはいったい誰なのでしょう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切り-2

第八階層の『あれら』が登場。
絶体絶命のプレイヤー達を前にして、骸骨魔王の伝説が始まる。



「首ちょんぱ!!」

 

 不意打ち状態からのクリティカル。叩き出すダメージはあまりに圧倒的で、HPが満タン状態でないのなら一撃死待ったなし――故に首ちょんぱ。

 パナップの命名センスは何処かのギルド長並みに酷い。

 

「次、もらったー!!」

 

 パナップの一撃を即時蘇生アイテムで生き永らえたにもかかわらず、そのプレイヤーには無慈悲な二撃目が与えられる。刃を振り下ろすのは、パナップ以上のダメージをぶち込めるアインズ・ウール・ゴウンが誇るアタッカー、弐式炎雷である。

 この者は不意打ち状態からの一撃で、百レベルプレイヤーをも轟沈させることが出来る化け物だ。無論――相手が茶釜のようなガチタンクでないならの話だが。

 

「よし、世界級(ワールド)アイテムゲットだぜ!」

「弐式さん、撤退しましょう!」

 

 二人の役目は――ヴィクティムの束縛で動けなくなったプレイヤー集団の中を掻い潜り、『スピネル』改め『ルベド』の範囲攻撃に晒されている世界級(ワールド)アイテム所持者を不意打ちで殺し、世界級(ワールド)アイテムを奪取すること。

 ちなみに、もう一人の所持者もフラットフット達が襲撃する手はずだ。

 

『え~っと、あとはお願いします。たっちさん』

 

『任せて下さい、パナップさん。――――ぬーぼーさん、私達の出番ですよ』

 

『はは、ようやくこの日が来ましたね。盛大に御披露目といきますか!』

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー間通信は、指揮官系特殊技術(スキル)所持者によって複数通信が可能になっており伝言(メッセージ)に頼る必要は無い。故にパナップの呼び掛けに即応し、最強の騎士が舞い降りる。

 たっち・みーの役目は敵方のワールドチャンピオンを抑え、倒す事。そしてもう一人、ぬーぼーの役目とは……。

 

「さあ、熱素石(カロリックストーン)と超激レア鉱物で造り上げた最高傑作のゴーレム達よ。虐殺の時間だ」

 

 千人もの集団がルベドの範囲攻撃に晒され、パニックになりながらもその場から逃げ出そうとしている面前へ、ぬーぼー率いるゴーレム集団は――地面に激突するかのごとく降り立った。

 爆風のような衝撃波が周囲に放たれ粉塵が舞う。その一瞬、喧噪が無くなったかのように静寂が訪れた。

 誰もが息をのんで見つめていたのだろう。粉塵の中で起き上がり、全長十メートルにもなる巨体を晒す十数体の存在。全身が鉱石である為にゴーレムであることは疑いようもないが、目に映る姿は天使、昆虫、騎士、悪魔等々――同じ形状の個体は存在せず、脈動する赤い鼓動と共に異様なまでの危機感を感じさせてくれる。

 

「絶望するのはまだ早い! 世界級(ワールド)アイテム『幾億の刃』発動!! 経験値を喰らってゴーレムに世界級(せかいきゅう)の武力を与えよ!!」

 

 ぬーぼーが使用した世界級(ワールド)アイテムは、ある意味特異な能力を秘めたものだ。

 支援型ではあるがプレイヤーに影響をもたらすものではない。そう――NPCにのみ効果を発揮するぶっ壊れアイテムなのだ。

 効果は単純、対象となるNPCに世界級(せかいきゅう)の攻撃力を与えるだけ。対象NPCの個体数が多くなれば消費する経験値は多くなり、継続時間を長くすれば同じく消費経験値も多くなる。

 とは言え経験値を消費して攻撃力を上げるだけの効果としても、世界級(せかいきゅう)の力は異常すぎる。

 例えるなら『ルベド』の広範囲特殊攻撃を、ゴーレムの両手両足に備えさせるようなものだ。一度に多くの敵を殺すことは出来ないが数撃当れば木端微塵であろう。百レベルのガチビルドプレイヤーでさえ生き残れるとは思えない。

 しかしながら――何故(なにゆえ)ぬーぼーが率いているのか?

 アインズ・ウール・ゴウンの目であり監視能力に長けたぬーぼーは、本来ゴーレム使役を受け持つ立場にない。それでも役目を与えられたのは、ぬーぼーがユグドラシルに存在しないリアル技能を所持していたからだ。

 

 ――『全力管制戦闘(フルコントロールエンカウント)』――

 

 自慢の目を使って全ての戦況を把握し、指揮官系特殊技術(スキル)の援護を受けてコマンドによる指示をゴーレム達に与える。

 たった一人で十数体のゴーレムを縦横無尽に指揮する事で、他のメンバーは別の行動を選択でき、総じて戦力の大幅な増強を可能とする。

 まさにゴーレムを率いるぬーぼーは、この時点でユグドラシル最強と言っても過言ではないだろう。ワールドチャンピオンもレイドボスも、世界級(ワールド)エネミーであってさえも打ち破れるに違いない。

 

「さぁて、生きて帰れると思うなよ。――侵入者どもが!」

 

 ぬーぼーの言葉は、その場に居た全員に理解されたことだろう。

 誰が生き残れると思うのだろうか。

 全長十メートルの巨大ゴーレム達が次から次へとプレイヤーを砕き、何の抵抗も無く押し寄せてくる。

 その昔、七日間で世界を滅ぼしたという化け物が居たらしいが、漫画やアニメの話ではなかったのだ。そいつ等は此処に、ユグドラシルのゲームに――ナザリック地下大墳墓にこそ存在したのだ。

 

「なんだよこれ! 運営ふざけんな! 無茶苦茶だろが!!」

熱素石(カロリックストーン)を使ったゴーレムが十体以上って……馬鹿か? 馬鹿なのか?!」

「どうやったら勝てるってんだよ! 運営仕事しろ!!」

「上位ギルドが軒並み断ってきた理由がこれか?! 知ってたのかよアイツら!」

「バランスおかしいだろーが! これって違法改造だろ? なぁ、そうなんだろ?!」

 

 ヴィクティムの束縛に始まり、ルベドの広範囲特殊攻撃による大ダメージと状態異常、後方からの暗殺部隊による世界級(ワールド)アイテム所持者襲撃、たっち・みーによるワールドチャンピオン抑止、ぬーぼー率いる世界級(ワールド)ゴーレムの退路封鎖。

 加えてアインズ・ウール・ゴウンのメンバー達が姿を現し、神器級(ゴッズ)を振りかざす。

 手心は加えない。

 最後の最後まで徹底的に殺し尽くす。それは言葉にするまでもなく、第十位階の魔法が繰り出す爆裂によって語られた。

 

「一度にこれ程のプレイヤーを殺せるなんて……魔法使い冥利に尽きるというものです!」

「あ~ぁ、ウルベルトさんってば張り切っちゃって。ボクの回復が届かないところまで突っ込まないでよ」

「皆さん油断しすぎですよ~。まだ二百人程度しか排除出来ていません。ほぼ全員が蘇生アイテムを持っていますので、一人に付き二回殺さないといけませんから頑張ってくださいね~」

 

 全力戦闘モードのウルベルトやウキウキしながら援護に向かうやまいことは違い、ぷにっと萌えは冷静に第八階層の荒野を見つめていた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図――石化したまま武人建御雷に破壊される者、麻痺状態でブルー・プラネットに潰される者、タブラやるし★ふぁーの第十位階魔法を連続で喰らって光の粒子になる者、死角から襲い掛かってくる弐式炎雷とフラットフットに首を刎ねられる者――まさに地獄の名に相応しい光景だ。

 ぷにっと萌えが気に掛けるほど戦況に問題があるとは思えない。

 ぬーぼーが率いるゴーレム部隊は異常なほど強力であり、まともに戦えるかもしれない相手はたっち・みーが抑えているのだ。タブラやベルリバー、朱雀達と組み上げた作戦が滞るとは思えないが……。それでも数の暴力は想像を超える。

 見れば――、一体のゴーレムに対し五十人、百人が群がってその巨体を押し留めようとしていた。ルベドにも何十人ものプレイヤーが襲い掛かり、広範囲攻撃を打たせまいと妨害を行っている。

 その間隙を縫って、アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達と正面から交戦に入っている者も居るようだ。

 

「そろそろ……かな?」

 

 高い位置に陣取り戦況に応じて指示を出していたぷにっと萌えは、侵入者達が命の削り合いをしている頭の上――遥か上空で完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を用いて姿を隠している魔王へと声を掛けた。

 

『残りは七百人程度、蘇生アイテムはほぼ全員が使用したようです。……ではモモンガさん、やっちゃってください!』

 

『はい、いきます!』

 

 ギルドのトップたる存在がこの一大事に姿を見せていないのは奇妙な出来事であっただろう。侵入者達に余裕があれば、その事に気付いた者も居たかも知れない。

 だが誰も――誰にも気付かせない。

 それこそがぷにっと萌えの描いたシナリオであり、最終局面の一手なのだ。

 

世界級(ワールド)アイテム『モモンガ玉』発動! 我が身を喰らい世界を壊せ!!」

 

 侵入者達の頭上高くに姿を見せた骸骨魔王は、身に宿す赤い宝玉から焼けるような光の束を放射すると、天使と悪魔のガントレットを装備した両手を高くかざした。

 その姿は禍々しくも神々しくもあり、人の目を引き付けてやまない神話の壱ページ。

 使用した世界級(ワールド)アイテムは通称『モモンガ玉(正式名は忘れた)』、消費する経験値はレベル九十六から百までの五つ分。効果は破壊、あらゆるものを破壊し壊滅させる。その真の力を引き出せば――そう、世界さえも――。

 今から何が起こるのか。

 動き出せたのはほんの一握り。だがそれもぷにっと萌えの予想通りであり、パナップと弐式炎雷が対処する。

 

「――愚かな侵入者どもよ! 我が力の前にひれ伏すがよい!!」

 

 ロールプレイだとは思うが、黒いオーラを噴き上げる大魔王モモンガの迫力に――その場に居たプレイヤー達は息をのみ、そして――

 

 ――粉々に吹き飛んだ。

 

「ふっざけんなーーーー!!」

「な、なんだよこれ?! 見た事ねーーー!!」

「ちょ、アイテムが! 神器級(ゴッズ)がーー!!」

「HP全とびって! おかしいだろーーー!!!」

「ありえん! こんな事がありえるかー!!」

「モモさん、ありがとうございまーーーす!!」

「たっちさんどこーー?! 会いたかったのにーーー!!」

「ひゃっはーー!! アインズ・ウール・ゴウンさいこーーー!!」

 

 文句なのか賛美なのか……。

 瞬間的に広がった力の波動は、その場で何かを叫んでいる全てのプレイヤーを掻き消しながら第八階層全体を満たした。もしかしたら第八階層の荒野ごと――世界ごと吹き飛ばせたのだろうか? そんな想いさえ抱いてしまいそうになる。

 それほどまでに強大で、信じられない一撃であった。

 残っているのはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとルベド、それにゴーレム達。他に目に付くものと言えば――千人分のドロップアイテムだ。

 侵入者は誰一人として勝利を疑わなかったのだろう。其処彼処に神器級(ゴッズ)装備が見える。宝物殿への移送が大変そうだが、一人ではしゃいでいる源次郎に任せれば何とかなりそうな気もする。

 

「よっしゃー!! 俺達の勝利だーー!!!」

 

 自慢の弓――ゲイ・ボウを高く放り投げてペロロンチーノは叫ぶ。史上空前の千五百人撃退、これはユグドラシル速報に流れるほどのビッグニュースであろう。

 誰だって興奮は抑えきれない。

 

「うんうん、私達凄い! ホント凄い!!」

「だね! ボク達サイコー!!」

「やったね、やったね! みんな頑張ったね!!」

 

 ピンクのスライムを交えた女性異形種三人組が、お互いに飛びつきながらピョンピョン跳ねている。過度な接触が禁止行為に抵触しなければよいのだが……、運営は同性のアバターでも容赦しないので肝が冷える。

 

「はぁ~、やりました。やりましたよ、ぷにっとさん」

 

「お疲れ様です、モモンガさん。予想以上に上手く行きましたね。最初の世界級(ワールド)アイテム所持者への特攻が上手く行くかどうかで、その後の展開が大きく変動するところでしたから……」

 

 世界級(ワールド)アイテムは『ぶっ壊れ性能』であり『狂った運営』の産物だ。たった一つで戦況をひっくり返す可能性を秘めている。

 アインズ・ウール・ゴウンは、そんな世界級(ワールド)アイテムを九つ所持しているのだから、三つしか持っていない上位ギルドが二の足を踏むのも仕方のない事だ。

 決して、ぬーぼー率いるゴーレム部隊の情報を持っていた訳では無いだろう。ただ単に割に合わないと考えていただけだ。千五百人集めても、世界級(ワールド)アイテムを二つ持ち込んでも、ワールドチャンピオンが加わっても――。

 

「そういえば、たっちさんの勝敗はどうなったのですか?」

 

「ああ、モモンガさんの一撃が放たれる直前まで斬り合っていたのは見ていたけど……」

 

 辺りを見渡す骸骨と人型植物であったが、二人とも結果を確信していたのだろう。一人の騎士が悠然と姿を見せても当たり前のごとく頷くだけだ。

 

「御心配無く、勝ちましたよ。結構危ないところでしたが……」

 

「冗談でしょたっちさん。貴方が苦戦する姿なんて、ナザリックが攻略されるより想像できませんよ」

 

「あ~ぁ、モモンガさんのたっちさん贔屓は相変わらずですね~」

 

 一人のプレイヤーを持ち上げ過ぎるギルド長はちょっと問題だとは思うが、今更なのでぷにっと萌えとしては肩をすくめるだけだ。

 それよりも今は、戦後処理をしなければならない。

 被害状況の把握、死亡したNPC達の復活作業とその費用、露見したであろうトラップや迷路の変更。加えて――無いとは思うが――別働隊による拠点侵略も警戒する必要があるだろう。

 

「まっ、今は勝利の余韻を味わうとしましょうか」

 

 既に情報戦では勝ちを得ている。

 ぷにっと萌えが指示を出し、パナップと弐式、チグリス達が収集し、そしてバラ撒いてきた情報によって他のギルドは動けない。

 千五百人の侵入者が持ち込んできた世界級(ワールド)アイテムを奪取した後、反転攻勢で一つのギルドを潰すと噂を撒いてきたからだ。惜しみなく世界級(ワールド)アイテムを使い潰し、徹底的に侵略すると様々なギルド名を上げて脅した結果が――完全沈黙。

 上位ギルドでさえ防備を固める有り様だ。

 無論、千五百人に攻め込まれて壊滅するであろうギルドが何を言っているのか、と呆れるギルドも多かったが、そんな輩は警戒するまでもない。

 ぷにっと萌えが危機感を持っていたのは、アインズ・ウール・ゴウンの勝利を確信しながら、その直後に攻め込めば攻略できそうか? ――と思案する者達だけだ。

 

「ルベドは動かないし、世界級(ワールド)アイテムのいくつかは使用不可。NPCの多くは死亡しているし……、今攻め込まれると結構危ないなぁ。でもまぁ、ゴーレムが居るからどうとでもなるか」

 

 ぷにっと萌えは最悪を想定し、その局面をひっくり返そうと策を練る――そんな性格だ。しかし今はもっと騒いでも良いだろう。

 ユグドラシルの歴史に残る大規模攻略戦だったのだから。

 

「あははは、やったよやったー! モモンガさんぷにっとさんやりましたよ! 私、世界級(ワールド)アイテム所持者をやっつけましたよ! 凄いでしょ! 凄いですよねー!!」

 

 実際に止めを刺したのは弐式なのだが、それは些細な事だろう。蘇生アイテムに阻まれたとは言え、HPを一度ゼロにしたのは間違いなくパナップなのだから……。

 ギルド長も称賛の声は惜しまない。

 

「はい、お疲れ様です。今回はホントにパナップさん大活躍でしたよ」

 

「えへへ、今日だけでPK勝率めちゃくちゃ上昇したと思いますよ! なんてったって第一階層から襲撃し続けましたからね~。弐式さんよりは少ないと思いますけど、今回のPK数はギルド最上位間違いなしです!」

 

 テンションマックスなパナップは余程嬉しかったのだろう。ギルド長の周りを何周も駆け回っては自身の活躍を自慢げに報告している。

 しかしながらパナップは目の前の骸骨が何をしたのか忘れていた。いや、派手過ぎて個人の行動とは判断できなかったのだ。知識として聞いていても頭が勝手に切り離してしまったのかもしれない。

 そう――モモンガのPK数。それは……。

 




絶対無敵のぬーぼーさん。
ところが、自分自身では一人もPKしていないのです。
それを最強と言うのかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切り-3

人生色々。
一寸先は闇。
ほんと、世の中は戦場なのです。



「ぐがが、そうだった……」

 

「ん? どうかしたんですか。パナップさん?」

 

 宝物殿の最奥で突然頭を抱えるギルドメンバーの姿は実に奇妙である。ギルド長でなくとも声を掛けずにはいられない。

 

「思い出したんですよ! 千五百人討伐の時、私と弐式さんで討伐数トップを独占したと思っていたのに、何処かの誰かさんがぶっちぎってくれちゃってまぁ」

 

「あはは、あの時の事ですか。……懐かしいですね。ほんとうに――」

 

 過去の想いは人によって様々だ。同じ現場に居ようとも――堕天使は酷い思い出だったと唸り、骸骨魔王は仲間との楽しいひと時だったと胸を熱くする。

 ちなみに千五百人に対する拠点防衛戦での討伐数ランキングは以下の通りである。

 

 一位:モモンガ    討伐数 六百二十三体

 二位:ルベド     討伐数 百十五体

 三位:弐式炎雷    討伐数 九十三体

 四位:ウルベルト   討伐数 八十一体

 五位:フラットフット 討伐数 六十七体

 ~中略~

 十位:パナップ    討伐数 四十八体

 ~以下略~

 

「ああもう、今までにないくらい倒しまくったのに~! ルベドにも負けるし、モモンガさんは一撃であの数だし……ん~、くやしい!」

 

「あの後散々悔しがっていたのに、まだ足りなかったのですか? パナップさんも結構負けず嫌いなんですねぇ。まぁ、あの討伐数は世界級(ワールド)アイテムとか超位魔法を使っての結果ですから仕方ないですよ」

 

 口で言うほどパナップは悔しがっている訳ではなさそうだ。それに堕天使を宥めている魔王様も、昔を思い出しているようで何だか口調が楽しげである。

 そう――あの時は輝いていた。

 アインズ・ウール・ゴウンはユグドラシルの中で他に類を見ないほど燦然と輝き、最高十大ギルドの一つとして知らぬ者が居ないほどの名声を獲得していた。

 それなのに……。

 

「ふふ、モモンガさん。アインズ・ウール・ゴウンは凄いですよね。私、このギルドの一員になれてホント良かったと思っていますよ」

 

「……パナップさん。……はい、ありがとう、ございます……」

 

 モモンガは何かを言いたかったのだろう。少し戸惑い、思案し、それでも口に出来たのは感謝の一言だけだ。

 一緒に遊んでくれて――戦ってくれて――ギルドの維持費を稼いでくれて――こんな宝物殿の奥、霊廟入口にまで付いてきてくれて……。

 

「……行くのですか?」

 

「はい、パナップさんは少し待っていて下さい。あの不格好なゴーレムを見られるのはちょっと恥ずかしいので……」

 

 パナップは自然な仕草でモモンガから指輪を受け取った。これで何度目になるだろうか、霊廟へ入っていくギルド長の後姿を眺めるのは――。

 その歩む先に何があるのか、パナップは知っていた。引退していったギルドメンバーの姿を模したゴーレム、それらが安置されているのだ。メンバー各々がモモンガに託していった最強の装備と共に……。

 

「モモンガさん!」

 

「はい? どうかしましたか、パナップさん」

 

 ギルド長が霊廟に足を踏み入れる寸前、パナップは声を上げた。どうしてそのような真似をしたのか自分でも分からない。

 モモンガが不思議そうに首を傾げるも、パナップは制御できない己の感情を言葉にする。

 

「私の分は必要ありませんから! 絶対、ぜったい用意しないで下さいよ! もし課金して設置してあるなんて言ったら、叩き壊じまずがらー!!」

 

 アバターの表情は変化しない。使用しているプレイヤーがどんなに喚こうとも泣こうとも――。ただ、無表情な堕天使の口から涙声が零れるだけだ。

 

「はい、……約束します。パナップさん」

 

 アバターの表情は変化しない、故にアイコンで感情を伝える。だがモモンガは敢えてアイコンを使用しなかった――使用できなかった。今のモモンガの感情を表すアイコンなんて、何処にも用意されていなかったからだ。

 

「行ってきます、パナップさん」

 

「はい。いってらっしゃい、モモンガさん」

 

 たった二人のギルドメンバーは短く言葉を交わし誓いを正式なものとした。もちろんユグドラシルにそんな機能は無いし造る事も出来ない。

 ただの儀式だ――何の意味も無い。ステータスが強化される訳でも無く、耐性が得られる訳でも無い。

 何も無い――だからこその誓いなのだろう。その尊さは他の誰にも理解されない。二人だけの、二人にしか分からない、そんな安っぽくてちっぽけな三文小説にでも載っていそうな胸を抉る強い想い。

 

 ギルド長の足音が小さくなっていく中、パナップは空虚で静かな空間に一人佇み、モモンガに変身させたパンドラを眺める。そして――言い切れなかった想いをこっそり囁く。

 

 

 その翌日から、パナップは何も告げずログインしなくなった。

 

 

 ◆

 

 

 ある一人の会社員が出社すると、自分のデスクに一枚の紙が置いてあった。

 今時紙による連絡なんて珍しいものね――と思いながらA4サイズの用紙を眺めると、そこには人生を左右する文面が並んでいた。

 

 会社は吸収合併される。一部を除き、全社員は解雇される。再雇用を希望するならその意思を示すように。なお再雇用にあたっては給与の大幅な減額が行われる。会社で用意した寮に入ってもらうので、今の住居は退去するように。加えて雇用契約は結ばない。

 

 ――雇用契約は結ばない。

 

 思わず二度読み込んでしまったが文面は変わらない。

 血の気が引いていくのを感じながら周囲を見渡すと、同僚達が慌ただしく動き始めていた。何処かに電話を掛ける者もいたし、上司に詰め寄る者もいた。

 中には役所の相談窓口を調べている者もいたが……。もちろん企業が力を持っている現代において何の意味も無い――と分かっていながらも立ち止まれないのだろう。

 

「どうしよう……、どうしたら」

 

 手にした用紙に書かれている内容は単純明快だ。

 餌をやるからタコ部屋で死ぬまで働け――である。雇用契約を結ばないということは、会社にとって存在しない人間であることを意味する。

 職場内で事故に遭っても、無職の人間が会社の敷地内に無断で入り込んで怪我をした、と処理されるだけだ。給料だってまともに支払われるかどうかも分からない。

 だが再雇用を蹴ってしまうと残された道は転職だけだ。今の世で雇ってくれる企業があるかどうか……。無ければ、そのまま野たれ死ぬだけである。

 

「この条件で再雇用してもらっても……先は無いか。……くそっ、ふざけんなよ」

 

 口が悪くなったのはゲームのせいだ。でも、そんな事はどうでもいい。今は他にやる事がある。新しい仕事を探さねば生きる事も出来ない。

 

「転職か……。あぁ、二十代半ばにして無職になるなんて……。私が一体! 何をしたって言うのよ!」

 

 叩きつけた拳に痛みが走る。周りにいた同僚が微かに視線を向けてくるが、それ以上は何も言ってこない。自分の事だけで精いっぱいなのだろう。その気持ちはよく分かる。

 

「くそっ、くそ! ちくしょー! ……はぁ、……ふぅ、このままじっとしていてもしょうがない。まずは退職の手続きをして、次に転職先を――」

 

 一人でぶつぶつ言いながらも、私は必要な勤務データを漁りはじめた。一方的な解雇通告とは言え、会社の体を成している以上データ上の手続きは必要だ。次に働くであろう職場にも幾つか提出しなければならない。次があれば――だが。

 

「私の貯金で何時まで持つ。半年か、一年か……。いや、切り詰めればなんとか……」

 

 今の時代、職を探すのは至難の業だ。それも人間扱いしてくれる職場となると更に厳しい。労働力は消耗品の類であり、使い捨てにされる価値の低いナマモノだ。

 企業の上に居る奴らと構造上は同じはずなのに、どうしてここまで違った人生を歩むことになるのか。……答えは出ない。

 

「やるしかない。やるしかないんだ!」

 

 

 ◆

 

 

 人は拒絶され続けると己の価値に疑問を抱いてしまう。生きている意味はあるのか? 居なくなったところで誰が悲しむのか?

 母子家庭であり、その母も三年前に居なくなってからは孤独な一人暮らし。ここ数年は家と職場の往復しか記憶にない。無論、リアルでの記憶だが……。

 他の思い出は全てデジタルだ。誰かの手によって造られた虚構の世界で、現実を忘れる為に遊びふける。

 ――そんな恵まれた日々から放り出されて、否応無しに会社巡りへと送り出され、断られ続ける事半年以上。自分の人生に疑問しかなくなり、生きる為に女の武器を使うしかないのか――と唇を噛み締めていた頃、拾ってくれる企業が現れた。

 人として扱ってくれて雇用契約を結んでくれる――そんな奇跡のような出会いだった。給料は安いし労働条件も楽なものではない。一年契約であり、その先は白紙状態の将来に不安が残る案件だ。

 だがそれでもほっとしたのは確かであろう。まだ大丈夫、生き残れる――生き続ける事を許されたのだと……。

 

「あぁ、メールがいっぱい……。全く確認してなかったからなぁ。いい加減何とかしないと……」

 

 この半年以上もの間、目を通していたのは会社関係のメールばかりだ。プライベートのメールなんて最後に見たのが何時なのかすらも思い出せない。

 そう――確認するまでも無いのだ。親しい友人も、恋人も、全て居ないのだから気に掛ける必要も無い。

 

「ユグドラシル関連が多いな~。サービス終了が近いからサヨナライベントでも呼び掛けているのかな? ってあら……これは」

 

 転職活動中であっても有名DMMO-RPGが終了するというニュースは耳に入っていた。時代遅れ感が漂うゲームではあるが、長期に渡って多くの人員が関わってきたのだから特集の一つぐらい製作されるだろう。メディア媒体で流れる機会も多くなろうし、目や耳を閉じていない限りは知り得る情報だ。

 とは言え、そんな情報などに意味は無い。一つのゲームが終了する事に何の価値があろうか。

 意味が――価値があるとすれば、それは――

 

「モモンガさん……、ごめんなさい……」

 

 その人物からのメールは三通。近況を窺い健康を気遣う文面。そして大変な状況であろうと推察し、何も気にしないで現実の自分を大切にしてほしい――と。

 

「……ごめんなさい」

 

 自分以外誰も居ない空虚な部屋で謝罪の言葉だけが漂う。そんな事をしても意味が無いのは自分が良く知っている。だけど、意味がなかろうとも謝らずにはいられないのだ。

 最後に会ったあの時、口にした誓いは本物だった。ユグドラシルが終わるその瞬間まで、共に寄り添っていようと本気で思っていたのだ。

 それなのに――

 

「仕方ないじゃない! こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだから! しょうがないでしょ? ……そうでしょう、……モモンガさん」 

 

 問い掛けに返事は無くとも、どんな答えが返ってくるのかは分かっている。

 あのギルド長は怒らない。「ふざけるな!」と怒号も飛ばさない。一緒に居ると誓った仲間が次の日から全く来なくなっても、優しい気遣いのメールを送ってくる人だ。

 話せば分かってくれる。でも……合わせる顔が無い。

 

「あれから……時間が経ち過ぎだよ。今更どうしろって――えっ?」

 

 言い訳に言い訳を重ねて自責の念を軽くしようともがいても、それをあざ笑うかのように一通のメールが目の前に届いた。

 なんというタイミングなのであろうか。まるで、座り込んだまま何の行動も起こせないでいる小娘のケツを蹴り上げるかのようである。

 

「あ、ああ、モモンガさん。もう……最後なんですね」

 

 四通目であり、恐らく最後になるであろうギルド長からの文面は、

『お久しぶりです、パナップさん。モモンガです。ユグドラシルのサービス終了まで残り一週間となりました。そこで、最終日に皆さんと集まってお話でも出来たらと思い、御連絡させていただきました。もちろんお忙しい方が多いと思いますので、全員が集まる事は不可能でしょう。それでも御時間がある人は、少しだけでも顔を出してくれると嬉しいです。私はサービス終了時間まで、ナザリックでお待ちしております』

 

 感情を滲ませない文面でありながらも、なんだか透けて見えてくる。

 来てほしいと……。

 今までのモモンガは相手に気を使わせないよう、言葉の端々に配慮を重ねていた。それなのに今この時、送ってきたメールの文面には抑えきれなかった感情の一端が垣間見える。

 たった一人でアインズ・ウール・ゴウンを保持し、皆が帰ってくるのを待っていたその人は、最後の時にいったい何を思うのだろう。

 

「会いたいなぁ。でも……、最後にあんな裏切り方をしておいて……無理だよぉ」

 

 今すぐ会いに行きたい。

 これまで自分の身に何が起こっていて、私がどんな想いで居たのか。それを知ってもらいたい。決して貴方を裏切って逃げ出したんじゃないと、嫌になってアインズ・ウール・ゴウンから去ったんじゃないと――。

 

(でも駄目だよぉ、私が居なくなったのは事実だし……。モモンガさんだって、私の言い訳を全部呑み込めるわけがない。必ず……溝が出来る)

 

 希望と現実は違う。

 優しく迎えてくれる、あのギルド長はそんな人だ――と思う一方で、感情を持った一人の人間として怒りを内包させているに違いないとも思う。面と向かっては平静でも、態度や言葉の端にほんの小さな隙間風を感じてしまうに違いない。

 

 少しだけ、部屋の隅に押しやっていたフルフェイスヘルメットを見つめる。半年以上前から指一本触れていない機材だ。それ以前は毎日のように起動させていたというのに。

 

「ごめんなさい、モモンガさん」

 

 謝罪の意味で謝った訳では無い。ただ、許されたかっただけだ。あの人ならばきっと――大丈夫ですよ、何の問題も有りません――と返してくれるに違いないから。

 

(卑怯だ! 私はなんて……、なんて卑怯者なんだ!)

 

 人を騙して、情報を盗んで、その結果騙されて――なぜかアインズ・ウール・ゴウンに加入して、めちゃくちゃでハチャメチャで、凄く楽しくて……。

 そして最後に自分を騙して逃げ出した。

 

 堕天使アバターのパナップは結局のところ、堕ちた天使にお似合いの結末を辿ったのかもしれない。

 




その日まで後僅か。
去る者と残る者。
結末や如何に?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切り-4

最後の最後。
終わりの始まり。
そして二人は決別する。



 ユグドラシルのサービス終了が数日後に迫ったある日、ナザリック地下大墳墓第九階層円卓の間では、いつものようにコンソールを眺めているギルド長の姿があった。

 

「今日の稼ぎはこんなものかぁ。ソロだと効率が悪いな~って、あと三日で全てが消え去るっていうのに何やってんだか……」

 

 自虐的な独り言が円卓の上を通り過ぎていくものの、反応してくれる者は一人も居ない。もう慣れた光景だが、最後の時が迫るにつれ焦燥感を募らせてしまう。

 誰も居ない。

 誰一人として居ない。

 空虚な空間に豪華な座席のみが数多く存在し、座るべき存在が居ない事を如実に醸し出している。

 ――いっその事、引退した者達の席を排除すべきか。

 

「はは、馬鹿なことを……」

 

 自分のくだらない妄想を自分で砕く。こんなやり取りも何回目になるであろうか。そして昔を思い出し、その輝かしい記憶に浸る行為も毎度の事だ。

 

「もうこんな時間かぁ。……明日は、ってもう今日かな? ふああぁぁ~ぁ、四時起きだし早く寝ないと」

 

【モモンガはログアウトしました】

 

 たった一人の住人がナザリックから姿を消し、その場はいつものようにデータだけの空間と成り果てた。本来ならこの状態のまま、仕事帰りのモモンガがインしてくるまでAI制御の御飯事と休眠閉鎖が繰り返されるだけだ。

 今更侵入者が来ることもない。

 しかしサービス終了間際のこの日、一人の堕天使が降り立った。まるでギルド長のログアウトを待っていたかのように……。

 

【パナップがログインしました】

 

「居ない……よね。……よし、さっさと済まそう」

 

 久しぶりに見る自分のアバターを懐かしむように、六枚の黒い羽をピコピコさせたパナップは、円卓の間から即座に飛び出し、メンバー全員に割り当てられている自室へと足を向けた。

 半年以上足を踏み入れていない場所である。

 宝物殿に放り込むまでも無い装備品や消耗品、個人の課金アイテム。そして――自分の分は必要ないと言ったにも拘らず、半ば強引に創る事を強いられて製作する事となった拠点防衛用NPC一体。

 それらが全て、中世貴族の住まうような豪華な大部屋に押し込められているのだ。と言っても部屋自体が大きいので窮屈になっている訳では無いが、ベッドの傍にまでアイテムが転がっているのはあまり好ましい状態では無いだろう。

 もし第九階層をうろついているメイドNPCに自由意思があったら、何が何でも片付けさせてほしいと訴えてくるに違いない。まぁ、部屋を勝手に覗かれたりしなければ分からないので、どっちにしろ乱雑に放置されるままかもしれないが……。

 

「あ~ぁ、この豪華な部屋もたくさんのアイテムも、あと数日で消えてなくなるのかぁ。もったいないな~。……っと昔を懐かしんでいる場合じゃなかった」

 

 パナップは気を取り直すと、コンソールを操作して――身に着けていた装備品を切り替えていった。

 神器級(ゴッズ)のベストから伝説級(レジェンド)の軽装鎧へ。神器級(ゴッズ)具足を伝説級(レジェンド)の靴へ。防具、装飾品、そしてアイテム。次から次へと低級の装備品へと替えていく。

 通常では有り得ない装備変更ではあったが、パナップが外していく品には共通点があった。それらは全てパナップがアインズ・ウール・ゴウンに加入してからメンバーの力を借りて造り上げた神器級(ゴッズ)ばかり――。そしてパナップが身に着けたものは、ギルド加入前に所持していた装備品である。

 唯一、一振りの忍刀だけが今も昔もパナップの手に収まったままだ。

 パナップが一人で、ギルド潰しの報酬をかき集めて造り出した珠玉の神器級(ゴッズ)忍刀。通常の攻撃力は伝説級(レジェンド)にも劣るが、不意打ち成功時に限り、神器級(ゴッズ)を遥かに凌ぐ一撃を繰り出せる忍びの刀。はっきり言って誰も欲しがらない超限定状況特化型武器なのである。

 その名も『威千花刃血華(いちかばちか)

 ちなみに、ここまでやっても弐式炎雷の不意打ちクリティカルダメージより低いのだから、ドリームビルダーの大変さが分かってもらえるだろう。モモンガみたいな存在は例外中の例外なのだ。

 

「結局、最後までこの武器でやり通しちゃったなぁ。モモンガさんやぷにっとさんには迷惑かけっぱなしで……ほんと、わたしって、こんなときになっても……」

 

 パナップはその場で座り込むと、両手で顔を隠した。

 アバターの表情は変わらないのだから、リアルで赤くなろうが青くなろうが隠す必要は無い。そう――フルフェイスヘルメットの中で号泣していたとしても……。

 

「――んぐ、ご、ごめんなさいモモンガさん。全部……、ぜんぶ置いていきます。私はやっぱりアインズ・ウール・ゴウンに相応しくないプレイヤーでした。最後の最後でギルド長を一人にするなんて……。わたしを……許さないで下さい」

 

 ユグドラシルはゲームでも、そこで出会った人々は本物だった。

 あまりに素晴らしい人達ばかりで、つい自分もそんな凄い人々の一員になったつもりで数年を過ごしてしまった。他の皆はそれぞれ夢を掴んで次のステージへと歩みを進め、私はその後ろ姿を見送るばかりだったというのに……。

 それでもモモンガさんと一緒だから気にはならなかった。でも違う、モモンガさんはギルド長の使命として皆を送り、纏め役の責務として仲間の築き上げてきたものを保持していただけなのだ。

 何処にも行けず残っていた私とは違う。

 でも! そうであったとしてもモモンガさんと共にいる事で、彼の寂しさを癒せるのなら私にも価値はあると信じていた――あの日までは。

 

「たった一つの私に与えられた役目だったのに――。自ら望んでその立場になったっていうのに!」

 

 楽しかった。

 貴方の傍に居て、役に立っている自分が誇らしかった。二人きりの時間を手放したくないほど、私にとって大切な存在だった。いや――今でもその気持ちは変わらない。

 

「……悟さん」

 

 部屋に置かれた大きなベッドの傍まで足を運んで、パナップは横たわっている機能停止状態のNPCに声を掛けた。そのNPCは男性型竜人種で、短い黒髪の中肉中背、顔は仮面に隠れていて見えない。と言うよりパナップが誰にも顔を見せなかったのだから、その素顔を知っている存在はギルド長を含め一人も居ないはずだ。

 

「ほんとこんなNPC創るんじゃなかったよ。誰かに顔を見られたら、恥ずかしいなんて騒ぎじゃ収まらなかっただろうし……。でも、あと少しで消えちゃうと思うと寂しいなぁ」

 

 言葉の内に悲しさを滲ませつつ、パナップは左手の人差し指から一つの指輪を外し、NPCの胸に置いた。それはアインズ・ウール・ゴウンのメンバー全員に配られた特殊な指輪であり、ナザリック地下大墳墓の円卓の間をホームタウンとして登録できるギルド専属の品である。

 そんなアイテムを外すという事は――

 

「さようならモモンガさん、……悟さん。さようならアインズ・ウール・ゴウン」

 

 パナップの表情に変化は無く、初期設定のまま軽く微笑んでいる。口から零れる悲痛な叫びとは対照的だ。

 コンソールを操作する指が微かに震え、その先に至る結果を望んでいないかのようにパネルタッチの邪魔をする。それでも慣れ親しんだ何時もの操作だ。本当なら目を瞑っていても出来てしまうだろう。

 

 しばしの逡巡の後、堕天使パナップは自室から姿を消した。

 一つの機械的メッセージをその場に残して……。

 

【パナップはログアウトしました】

 

 

 ◆

 

 

 栄枯盛衰。

 十二年もの歳月は、絶大な人気を誇った『ユグドラシル』でさえも劣化させてしまう。いや、劣化と言うのは言い過ぎか――。この時、サービス終了となる最後の一日がやってきても、大騒ぎするお馬鹿さん達が大勢いるのだから……。

 

俺は願う(I WISH)! 〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉!! リアルの俺をモテモテにー!」

「そんな選択肢ある訳ねーだろ! どんだけ経験値消費すればいいんだよ!」

「うっせー! どうせ終わりなんだから、今日で全て使い切ってやる!!」

「んじゃ俺もやるぜ! 『永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)』発動! 異世界で俺様最強無双プレイをさせてくれー!!」

「無茶言うな! ってかてめえ、世界級(ワールド)アイテムなんか何時の間に!」

「ギルド長が渡してきたんだよ! もう仕様変更は受付されないから、使っても無駄なゴミだぞ――ってな!」

世界級(ワールド)アイテムがゴミって、ユグドラシル全否定かよ!」

「あ~、んなことより閉鎖されてねぇギルドを潰しに行こうぜ~」

「おっけ~」

 

 今までもったいなくて出来なかった魔法やアイテムの行使。無人となり、費用が枯渇してトラップすらまともに動かなくなったギルド拠点の蹂躙。はてはカップルのみを標的としたPK祭り。

 中には十八禁行為を積極的に行って、アカウント停止によるユグドラシル強制引退を敢行する者までいた。もっともサービス終了最終日の運営側も、絶頂期ほどの人員をそろえておらず、不届き者を誅するまで幾ばくかの時間を要するのであったが……。

 ペロロンチーノが居たなら、「我が人生に一片の悔いなし!」と何処かのヴァンパイアにルパンダイブをかましていたかもしれない。

 

 そんなエロいバードマンが所属していたアインズ・ウール・ゴウン――その拠点ナザリック地下大墳墓は、他所の喧噪とは全くの別世界に居るような静けさを保って、不気味な死の気配を漂わせていた。

 最後の時を迎えても、大墳墓の荘厳な気配は一片たりとも失われておらず、ユグドラシルに伝説を残した最悪最強ギルドの佇まいそのままである。

 だが中身はそうじゃない。

 つい先ほど古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が姿を消し、残っているのは唯一人。死の支配者(オーバーロード)のモモンガのみであった。

 

「――ふざけるな!」

 

 円卓に両手を叩きつけダメージゼロの表示をポップさせても、モモンガの気は晴れない。そんな事をしても意味は無いし、罵声を浴びせた相手の事情も理解しているからだ。

 故に、叫んだのはモモンガの我儘でしかない。

 ユグドラシルサービス終了日にアインズ・ウール・ゴウンの仲間を再集結させて、最後まで語り明かしたい――それが叶わなかった事への不満をぶつけただけだ。

 

「もう終わりか……。誰も来ないのか」

 

 自虐的に呟いて、モモンガはコンソールを開く。

 二年ぶりにインしたというヘロヘロの言葉を受けて、そんなに前だったのかと少しばかりショックを受けていたのだ。いやそんなはずはない、そんなに前からアインズ・ウール・ゴウンが崩壊していたなんて認めるのは嫌だ。

 モモンガはナザリックの活動ログを表示させながら、自身の積み重ねてきた栄光の記憶を思い起こそうとしていた。

 

「……俺のログばっかりだ。インして狩場へ出掛け、帰って宝物殿、そしてアウト。毎日毎日そればかり……って、ん?」

 

 スクロールさせていたログを止めて、ある人物の名前を見つめる。

『タブラ・スマラグティナ』

 前日にモモンガと重ならないようインしており、円卓から宝物殿、そして玉座の間でアウト。僅かな時間の行動だが一体何をしに来たのか? モモンガには皆目見当がつかなかった。

 

「あの人の事だから理解に困る何かをやりに来たのだろうけど……。はぁ、アウトした玉座の間に行けば分かることか……」

 

 会えなかったのは残念だけど、ナザリックを忘れずにいてくれた事が少し嬉しい。それだけで、この場を維持してきた苦労が報われる。――いや、苦労なんて言うものではないか。誰かに言われて拠点を支えてきた訳じゃない。自分から進んで選んだ道であり、ギルド長としての最後の意地だ。

 

「やり残した事があって、ナザリックに足を向ける。それだけで俺は、俺は……」

 

 仲間の為に残してきたナザリック地下大墳墓。だがそれは自分の為であったのかもしれない。

 素晴らしい仲間達と創り上げてきたアインズ・ウール・ゴウンの栄光、それが形となって残っているギルド拠点――決して簡単に手放せるものではない。現実世界に、より価値のある何かを持っていない者にとっては珠玉の宝物だ。

 

「さて、そろそろ行くと……は? えっ? な、なんだよこれ?」

 

 自分の名前ばかりが表示される活動ログにうんざりし掛けていたその時、モモンガはその者の名を凝視していた。

『パナップ』

 三日前の夜だ。モモンガがログアウトした直後にインしている。まるで避けているかのように……。

 

「そんな馬鹿なっ、この時間差ならログインメッセージが俺にも届くはず! いったいどうして?」

 

 ギルドメンバーのログイン情報は仲間全員に伝わるものだ。たとえログインしていなくとも、ネットにアクセスさえしていればユグドラシルニュースに目を通している時でもメッセージを受け取る事が可能である。そしてモモンガは仲間のログインメッセージこそ待ち望んでいたのだ。見落とすことも、見逃すはずもない。

 

「まさかパナップさんブロックしたのですか? 情報をブロックして、ギルドメンバーに伝わらないようにしたというのですか?!」

 

 知らずに声が大きくなる。我慢しきれない怒りが含まれているかのようでもあった。それもそのはずであろう、ギルドメンバーが仲間に対し情報をブロックするなど聞いた事も無い。

 相手が迷惑行為を行う余所者なら話は分かる。ブロック機能はその為のモノなのだから……。ログイン情報も伝言(メッセージ)も、対象となるプレイヤーをブロックリストに入れる事で完全に遮断出来、相手が何を行おうとも意思疎通することは不可能だ。

 

「そんな――俺をリストに入れたのか? ……このっ、……ふ、ふざけるな、ふざけるなよ!」

 

 そんなにログインしたことを知られたくなかったのか? 突然姿を見せなくなって半年以上、何か深刻な状況になってゲームどころではなくなった。そう思ったからこそ、近況を窺う挨拶程度のメールを数回送るだけにして、ユグドラシルの事は気にしないよう気遣ったというのに――。

 そのお返しがブロックか。

 

「そこまでして何をしに来たんだ! くそっ!」

 

 パナップの活動ログには――円卓の間を出て自室に向かった後、コンソールを操作しながらウロウロし、その後ログアウトするという奇妙な行動が残っていた。

 ナザリック地下大墳墓の第九階層にはメンバー各員の自室が用意されているが、ロールプレイ用の施設であり寝泊りするようなものではない。中世貴族が住まう豪華な屋敷を丸ごと詰め込んだ部屋が標準設定だが、各々魔改造している為、実態は中に入るまで分からないし分からない方がいい。

 

「……入りますよ、パナップさん」

 

 当人が居ないとは言え他人の部屋だ。最初から押し入るつもりではあるが、一応礼儀として声を掛ける必要はあるだろう。

 モモンガは花々の彫刻が入った見事な扉を開くと、魔法の明かりを灯すコマンドを口にした。無論、真っ暗闇でも見通せるのだが、人としての習慣が闇の中の行動を拒否してしまうのだろう。アバターは死の支配者(オーバーロード)でも、中身はただの人間なのだ。

 




ようやく原作に追いつきました。
今後はなるべく原作のイメージを壊さないよう進めるつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切り-5

裏切り者は最後まで裏切り者。
役立たずは最後まで役立たず。
ならばどうする?
最後の時にどう動く?



「まるで荷物置き場だ……、こんな場所でいったい何を――」

 

 無造作に置かれた武具とアイテムの山を眺め、源次郎が言っていた汚部屋なる存在を頭に浮かべるものの、人の事を言える立場では無かったと思い直す。そう言えば自分の部屋を整頓したのは何時の事やら……。

 

「人をブロックしておいて、やりに来たことが自室の整理だと? 何をいまさら……そんな事をして何にな……ん?」

 

 床に散らばっていたアイテム群から視線を上げると、違和感を覚えるほど整理された道具棚が見える。その横には武具を纏った一体のマネキンが、モモンガを迎え入れるかのように控えて居た。

 

「これは――神器級(ゴッズ)の武装とアイテム。これか? これをわざわざ置きに来たのか? この為だけに……俺を避けてログインしたというのか?!」

 

 深い怒りが胸に宿り、モモンガの足を進ませる。

 マネキンが身に着けている神器級(ゴッズ)の武具は、パナップの最終装備であったものだ。アインズ・ウール・ゴウンの皆と協力して素材を集め、強敵を倒してデータクリスタルを剥ぎ取り、パナップに合う最強装備を造り上げたあの日々。モモンガには昨日の時のように思い出せる。

 この装備は仲間との絆そのものと言っていい。他の誰にも渡せない、パナップの為だけに仲間が協力した、他の何物にも代えがたい至高の逸品なのだ。

 だが一つ足りない。何時も手にしていた忍刀が何処にもない。ユグドラシルのサービス終了を前にして、武装の全てを置いていったとするのなら――何故あの武器が無いのだ。

 

「まさか、アインズ・ウール・ゴウンに……ギルド加入後に入手したものだけを選別して置いていったのか? ――何故だ?! いったい何のつもりだ! アインズ・ウール・ゴウンと決別するとでも言いたいのか! 俺を! 俺を――裏切ったのか!!」

 

 言うまいと思っていた。

 相手の事情が分からないのに勝手な妄想を積み上げるのは愚かな行為と言っていい。しかし目の前に形として――ちっぽけなデータに過ぎないが――現れてしまうと、抑えていた想いが口から溢れてしまう。

 最後まで一緒に居ると誓ったのに、ギルドメンバーとしてギルド長を支えると張り切っていたのに、それらは全て虚構だったというのか。

 

「あの時だって――『燃え上がる三眼』と内通していると三眼自身に暴露された時だって、ギルドメンバーの誰一人として貴方を疑わなかったのに!」

 

『燃え上がる三眼』というスパイを使って他所の情報を盗み出していたギルドは、当然アインズ・ウール・ゴウンにもスパイを送ろうとしていた。とは言え、外から送り込むにはハードルが高過ぎる。それ故にパナップへ白羽の矢を立てたのだ。

 スパイとしての実績があり、ギルド内部では実力が不足していて浮いている存在。そんなパナップに接触して、情報を買い取ろうと持ちかけたのだ。無論、断られても接触した時の動画と音声を加工して(やま)しい内容に仕立て上げ、脅迫するまでが一連の流れである。

 パナップはこの時、どっちに転んだとしてもアインズ・ウール・ゴウンと敵対するしか道は無い――はずであった。

 

『害にならない軽い情報を流しつつ、ここぞという時に大きな偽情報を与えましょう。上手くやれば小遣い稼ぎになりますよ』

 

 三眼の噂を耳にしていたぷにっと萌えは、いずれ来るであろうパナップへの勧誘に対し――取るべき方策を与えていたのだ。

 パナップは三眼の信用を得る為に小さな真実を売り捌き、その後、ギルド攻略を狙っていた敵対集団を釣る餌として大きな嘘を――身を引き裂かれ心を痛めているという演技と共に――流した。

 その結果、パナップの内通情報は『燃え上がる三眼』によって怒りと共に暴露される事となる。

 

 コイツは情報を流していた裏切り者だぞ。

 これが証拠だ。

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達よ、盗まれていた情報を見るがいい。

 

 そのようなメッセージと共に公開された情報を見て、モモンガを始めとするギルドメンバーは大爆笑したものだ。

 

 危険な防衛用NPCとして晒されたのは、メイド服を着たマーレ。

 強力な広範囲攻撃を放つシャルティアの武器は、形状が大人のおもちゃ。

 他にも、たっち・みーの『次元断切(ワールドブレイク)』は白刃取り可能だとか、ぷにっと萌えは除草剤アイテムで倒せるとか……。

 見る人が見れば、聞く人が聞けば、笑いを堪えきれずに吹き出してしまっただろう。アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達を見れば、その事がよく分かる。

 

『うんうん、やっぱりメイド服は正義(ジャスティス)だな!』

『あはは、ある意味危険なNPCなのは間違ってないかも』

『動画で流してくれれば、あのおどおどとした挙動でファンを増やせたのになぁ』

『ちょっとシャルティアの武器、あれはマズイでしょ! 何考えてんだ弟!』

『違うって! 冤罪だ冤罪!』

『いや~、あのアイテムは第二階層の死蝋玄室で見たような気が……』

『……ってか、たっちさんのあのスキル――白刃取り出来たの?』

『お~い、ここに騙されている人がいますよー』

『除草剤か……試してみようかな?』

『やめてー!!』

 

 パナップの流した内通情報はそれなりにウケた。加えて『燃え上がる三眼』との接触に口を挟む者は一人も居らず、むしろ感心されるほどであった。

 

『そういえば、少し前に攻略戦を仕掛けてきたギルドだけど……。あいつ等が全力でデストラップに突っ込んでいったのは偽情報の所為なのか? 結局、誰も迎撃に出ることなく終わってしまったけど……』

『まぁ、予想通りと言うか――予想以上の結果で嬉しい限りですよ、パナップさん』

『な~んだ、ぷにっとさんも一枚噛んでいたんですか。どうりで……』

『いやいや、以前に少しアドバイスしただけですよ』

 

 当時のアインズ・ウール・ゴウンは情報を盗み出そうという輩に対して対策、というか方針を決めていなかった。昔のパナップみたいに攻撃を仕掛けて来る者が居れば、それはそれで面白かろう、と言うのが理由だ。主張していたのはウルベルトとかるし★ふぁーぐらいだったが……。

 

『パナップさん経由で情報を盗めないとなると、三眼も次の手を打ってくるでしょう』

『それって四十二人目って事?』

『そうそう、近い内にPKされる寸前で助けを求めてくる異形種プレイヤーが現れるよ、たっちさんの前にね』

『うっ』

『あ~そうだねぇ。()()にもたっちさんが助けてしまうのでしょう? 誰かが困っていたら助けるのは当たり前! とか言って』

『ぐぬっ』

『それでギルドに勧誘するのでしょうねぇ。正義の味方ですから当然でしょう、相手は困っているのですから――情報を盗めなくて、ね』

『くっ』

『ちょっと皆さん、たっちさんを弄るのはそれぐらいにして下さい。たっちさんのHPがゼロになってしまいますよ』

『だ、大丈夫ですモモンガさん。分かっていますから、今後のメンバー勧誘には十分な注意を持って当たりますから……』

 

 そう言いながらもたっち・みーは後日、累計三人の異形種をPK集団から救いギルドへ勧誘する事になるのだが――。PK集団の後をつけ、三眼から報酬をもらっている状況を撮ってきた弐式炎雷及びパナップの手によって止められてしまう。

 此れが――アインズ・ウール・ゴウンが四十二人以上に増えなかった理由の一つである。

 

「あははは、あの頃のたっちさんは珍しく気落ちしていたなぁ。逆にウルベルトさんは絶好調だったけど……」

 

 楽しかった思い出がモモンガの気分を浮上させてくれる。

 誰も居ないメンバーの自室で一人、気分を沈ませたかと思えば嬉しそうに声を弾ませる――そんなギルド長は少しばかり怪しかった。

 

「……誰も、ギルドメンバーは誰も裏切ってなんかいない。そうだよ、パナップさんだって何か理由があって此処に来たんだ。そうに決まって――」

 

 頭を振って嫌な憶測を振り払おうとしていたモモンガは、視界の端で赤く光る何かを見つけていた。メンバー全員の寝室に置かれている天蓋付きのキングサイズベッド、ふかふかの寝具の上で仰向けで倒れるかのように横になっているNPC、その者の胸の上で――モモンガの視線は止まる。

 

「パナップさん……、貴方は何を考えているのですか? ギルドの指輪まで置いていくなんて……」

 

 ギルドのメンバーに配布された拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)は、ログイン時に直接円卓の間へ入る事が可能な重要アイテムだ。

 それを手放すという事は……。

 

「決別ですか、もう――不要だという事ですか」

 

 もう怒りすら湧いてこない。全てが無に帰す最後の日に、これほどの落胆を味わう事になろうとは……。

 静かな空間に、モモンガのため息だけが響く。

 

「もう何がしたかったのか分かりませんよ、パナップさん。……このNPCにしても自室で待機状態のまま閉じ込めて――って俺も人の事言えないか」

 

 八つ当たりのように文句を言おうとしたが、モモンガ自身も同じような真似を宝物殿で行っていたと思い出してしまった。人目につかないようにしておきたい心理は人一倍分かってしまうのだろう。パンドラの箱は開けない方が良いのだ。

 

 ふと、モモンガはコンソールを開く。

 

「このNPC何て名前だったか、ん~『UROTAS』? うろたす? ……変な名前だ。パナップさんもセンス無いなぁ。それでっと竜人の騎士でレベルは九十。遠距離戦も中距離戦も魔法戦も出来ない接近戦特化型……か」

 

 コンソールに表示されたNPCのデータを閲覧しながら、モモンガはその当時を思い出していた。確かパナップのNPC製作にはペロロンチーノが一番協力していたはずだ。という事は――泣いているのか怒っているのか形容しがたい表情を装飾過多なぐらい彫り込まれている――奇妙な仮面でNPCの顔を隠している理由が自ずと分かってしまう。

 パナップにとっての黒歴史なのだろう。

 誰にも見せず、るし★ふぁーの執拗な追跡を振り切ってまで顔を隠し続けたその理由は、恥ずかし過ぎて悶絶するからに違いない。

 

「まったく、どんな顔にしたのやら……まぁ、最後だし、見ても構いませんよね、パナップさん」

 

 今日で最後なのだから多少の我儘は許されるだろう。何もしなくともあと三十分もすれば、全てのデータが削除されてこの場は無と化してしまうのだ。それに文句があるのなら――この場に来て自らの口で言って欲しいとも思う。叶わない願いだが。

 モモンガは手を伸ばし、NPCの顔から通称『嫉妬マスク』を外した。

 

「――――」

 

 言葉にし難い奇妙な感情が渦巻く。NPCの顔はそれほどまでにモモンガを驚かせた、と言うか疑念に惑わせた。

 よく知っている顔だった。

 ゲームの性質上、多少美化されてイケメンになってはいるが、モモンガにとって忘れるはずもない顔。何十年も付き合ってきた黒髪黒目の日本人顔――そう、自分の顔だ。

 

「……パナップさん、貴方って人は本当に……何を考えているんですか。俺にはもう、さっぱり分かりませんよ」

 

 意味が分からなかった。

 それならばなぜブロックしたのか? メールに返信もしないのか? 今日この日、姿を見せようとしないのか?

 ほんの数分『モモンガ』の為に時間を作れないのか? それほど切羽詰まった状況に置かれているというのか? それならばなぜ三日前にログイン出来たのだ?

 

 疑問は幾らでも湧く。聞きたいことは山ほどある。しかしもう後の祭りだ。パナップが来たのは三日も前の事、そしてユグドラシルに――モモンガに残された時間は三十分。

 全ては終わりなのだ。

 何もかも……。

 

「――行くか、最後は玉座の間で……いや、先に円卓へ寄って『あれ』を持っていこう。……誰も文句は言わないよな。ふふ、もし言いたい事があるなら……言いに来てほしいものだよ、ねぇパナップさん」

 

 誰も居ない――NPCしか居ない――仲間の部屋に向けて皮肉めいた言葉を呟く。もし最初から非難の声を浴びせていたなら、釈明の為に訪れてくれたのだろうか。そんなどうしようもない後悔を胸に、モモンガは仲間の部屋を後にした。

 残された空虚な空間に静けさが戻る。

 その場には、一体のNPCとギルドメンバーの証とも言うべき指輪が、元の状態のまま残されていた。まるで何も見なかった、知らなかったと言わんばかりに……。

 

 

 ◆

 

 

 終わりを迎えたユグドラシルは、各世界で盛大な花火が打ち上げられていた。

 まるで表示限界を試すかのような大がかりで連発、そしてあまりに美しい、皆の青春が一時の煌めきと共に散っていく幻想的な光景である。

 多くのプレイヤーが別れの挨拶を行い、次の出会いを約束してログアウトしていく。その約束が守られるかどうかは知らないが――。

 

「誰も出てこない……か」

 

 ナザリック地下大墳墓の真正面にその堕天使は居た。待機状態になっているツヴェークの近くで、何をするわけでもなくナザリックの第一階層入口を見つめ――ため息をつく。

 どうやら誰かがナザリック第一階層の正面口からひょっこり顔を出して、自分を見つけてくれるのではと期待していたようだが――それは無理な話だろう。隠密スキルと課金アイテム大盤振る舞いで誰にも発見できないよう隠れていたのだから……。この状態ならモモンガはもちろん、探査能力特化のNPC『ニグレド』であったとしても見つけ出すことは不可能だ。ぬーぼーかフラットフット、弐式炎雷にチグリス・ユーフラテスなどを連れてこないと痕跡すら発見できまい。

 

「なにしてんだろ、私……。来るつもりじゃなかったんだけどな~」

 

 フレンドリストに登録していた全てのデータをブロックリストにぶち込み、フレンドリストを初期化した。故にログイン情報は誰にも届かない。伝言(メッセージ)も遮断され、他のプレイヤーと繋がることはもう二度と無い。

 それなのに……未練でもあるのだろうか。

 

「モモンガさんは確実に来ているだろうけど……、会いたいなぁ。会いに行きたいな~。あああぁ、時間が無い。どうしよう――いや、今更どんな顔して会いに行けばいいっていうのよ」

 

 表情が変わらないアバターだから関係ないだろ――とるし★ふぁーなら言うだろうが、そういう問題じゃない。

 モモンガは三日前にログインしたパナップの行動に気付いただろうか? 気付いたとしたら部屋へ足を向けただろうか? 足を向けたなら置いていった武装と指輪を発見しただろうか? 発見したなら横になっているNPCにも興味を向けただろうか? それなら……。

 

「違う違う! あの状況を見たら誰だって怒るよ! 何やってんのよ私!!」

 

 装備品や指輪を置いてきたのは自分に対する戒めであり、罰であり、ギルド長を裏切った自分がアインズ・ウール・ゴウンの恩恵を受けていることが許せなかったからだ。

 でも、つい先ほど気が付いた。

 活動ログを見られたら、パナップの行動が分かってしまうのではないかと……。

 

「最後の最後でヘマばっかり……、モモンガさんもきっと呆れているだろうな~。それとも私の事なんか忘れて――」

 

 沼地に佇む堕天使のはるか後方で一際大きな花火が炸裂した。そろそろ時間が迫ってきたという事なのか、広域メッセージにも多くの別れの声が流れる。

 パナップは左手首へ視線を向け、残された時間で何が出来るのか考えていた。

 無論、何も出来ないのだが――。

 

「ごめんなさい、モモンガさん。ほんとうに……ごめんなさい」

 

 時間は無情に流れ、そして最後の時を刻んだ。

 




長かったユグドラシルの世界が終わり、
異世界転移の始まり始まり~。

でも次回は眼鏡っ娘に御登場願います。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

~狭間~
ゆりゆりゆりあるふぁ


異世界転移のその時、
NPC達はいったいどのような心境だったのでしょう。

もしかしたら、まったく変わっていなかったりして……。



『付き従え』

 

 その御言葉を聞いた時の衝撃は、まるで全身を電撃(ライトニング)が貫いていったかのようでした。動かないはずの心臓が脈打ったように、無い筈の鼓動が激しく高鳴るように――その至高の瞬間はあまりに至福のひと時でありました。

 しかし何事も無かったかのように頭を下げ、御命令に従わねばなりません。それこそが造物主に、至高の御方々に与えられた絶対の(ことわり)なのです。涙を流してその足元にひれ伏したい想いはありますが、許される事ではないのです。

 それにしても御姿を見せて頂けるだけでなく、御勅命を与えて下さるとは……このような名誉に授かるのはいったい何時以来でしょうか。

 造物主が御隠れになり、至高の御方々が一人また一人とナザリック地下大墳墓から遠ざかり、モモンガ様ただ御一人の気配しか感じられなくなって幾時が流れたのか……。

 最近ではタブラ・スマラグティナ様が慌ただしく第十階層を歩いておられましたが、付き従うよう命じて頂けなかった事を少し悲しく感じてしまいました。いえ、不満などではありません。御役に立てなかった無力さを嘆くのです。

 他の御方々と言いますと、先程まで円卓の間に何方(どなた)かおられたように感じましたが、(しもべ)の身では御方々しか入る事を許されない秘匿の間での出来事は分かりかねます。出来ますれば御姿を拝見したかった、と思わずにはいられません。

 ……そういえば、数日前にパナップ様の気配を感じた瞬間がありました。それほど滞在されなかったのでしょう。直ぐにお帰りになられたようです。そう『りある』という至高の御方々が住まう世界へと――。

 

『ウルベルトさんか……』

 

 モモンガ様が呟かれた御名前は、随分前に御隠れになってしまった御方の名です。御姿を見る事は叶わなくとも、モモンガ様の御声でその御名を拝聴できるとは、デミウルゴス様が羨むほどの栄誉でしょう。今日この日はなんと素晴らしき――

 

『――病だったからなぁ……』

 

 しみじみと語るモモンガ様の御言葉は信じられない――いえ、信じたくないと懇願せずにはいられない身を削るほどの衝撃をもたらすものでした。あの最強の名を冠する魔法詠唱者(マジック・キャスター)のウルベルト様が御病気だったとは……。

 何という事なのでしょう。至高の御方々が御隠れになったのには、何か重大なる理由が存在すると思っておりましたが、まさか病に倒れたが故にナザリックを去らなければならなかったなんて……。

 もしかすると、やまいこ様の身にも何か――いえ、至高の御方々の情勢を推察するなどおこがましいにも程があります。今は使命を全うする時、モモンガ様に全身全霊を以てお仕えする時なのですから。

 

『……さて、襲い――て来――な?』

 

 玉座の間へと続く両開きの大扉を前に、モモンガ様は不安そうな囁きを漏らされました。いえ、モモンガ様が不安を持つなど有り得ない事です。何かの間違いでしょう。全長五メートルにもなる巨大な扉に彫り込まれた女神と悪魔の巨像は、至高の御方であらせられるるし★ふぁー様の手によるものだと聞いています。その扉を前にしてモモンガ様に何の不安があるというのでしょう。

 

『――怒りますからね』

 

 玉座の間へ入る直前、大扉の前でモモンガ様が発したその御言葉は、あまりに恐ろしいものでした。優しげに、何かを懐かしむような表情を見せているにも拘らず、発せられた御言葉は(しもべ)の身を引き裂く神の一言。

 何か失態を演じたというのでしょうか。

 絶対の忠誠を持って付き従い、命を差し出せと仰るならば即座に己の頭骨を叩き割る覚悟です。それ故に――知らぬ内にモモンガ様を不快にさせていたと言うのなら、それだけで万死に値しましょう。

 

『おおぉ……』

 

 モモンガ様は恐れに身を震わせる(しもべ)の姿を見ることなく、玉座の間へと進まれました。感嘆の声を上げる至高の御方の御姿は、愚かな(しもべ)の失態など意に介さない絶対の主たる威光を放っておられました。――いえ、矮小な存在に慈悲を与えて下さったのかもしれません。

 モモンガ様は慈悲深き御方、至高の御方々の纏め役であり、ナザリック地下大墳墓に残ってくださっている最後の御一人なのですから。

 

『そ――までで――い』

 

 モモンガ様が口にされた御言葉に、何故か霞がかかったような気がします。はっきりと聞き取れないのです。なんという事でしょうか、こんな失態は初めてです。(しもべ)として、プレアデスの副リーダーとして、絶対の支配者たるモモンガ様の御言葉を聞き取れないなど有ってはならない事です。

 命を以て償うべき失態でありましょう。

 

『――待機』

 

 心を撃ち抜くような美しい一言がモモンガ様から放たれ、ボクの身に命令という名の許しを与えて下さいました。

 本当ならその場で平伏し、感謝の言葉をお伝えしたいところではありましたが、頂いた命令に従う方が先です。即座に脇へ控え、玉座に――あるべき場所へと進まれた最高の主人を見つめます。

 一介のメイドが主人を見つめるなど不敬だったのかも知れませんが、守護者統括のアルベド様がモモンガ様の隣に控えている光景は、ナザリックの(しもべ)にとって涙を流さずにはいられない理想そのもの。無論、モモンガ様の前でそのような無様な真似は出来ません。玉座の間に入る事を許されているだけでも畏れ多いというのに、モモンガ様の顔に泥を塗るような失態は絶対に避けなければならないのです。

 

『どんな――かな?』

『……え? ――これ?』

『――ッチって……罵倒の――なぁ』

『ああ、ギャップ萌え――タブラさんは。……それ――』

『うーむ』

『変――るか』

『まぁ、こんな――』

『馬鹿――なぁ』

『うわ、――かしい』

 

 アルベド様と向かい合うモモンガ様は、どこか楽しげで、でも恥ずかしそうで、驚くような仕草を見せたかと思えば、何かを考え込んでいるかのようでもあり――そのような御姿は今まで見た事がありませんでした。

 なんと美しく素晴らしい光景なのでしょう。第十階層で侵入者を待ち続けた日々において、これ程までにモモンガ様の表情を拝謁出来る日が来るとは、露ほども想像しておりませんでした。恐らく守護者の方々でも経験されたことのない至高の栄誉でありましょう。アルベド様の所持されていた究極ともいえる武具を見て、モモンガ様の御加減が少しばかりよろしくない方向へ動いたかと邪推いたしましたが杞憂だったようです。

 

『ひれ伏せ』

 

 胸を打つ御言葉でした。即座に片膝を突き、溢れんばかりの忠誠を捧げます。この場に於いてモモンガ様に跪けるという事が、(しもべ)としてメイドとして、いったいどれほど喜ばしい事か。許される事ならモモンガ様に対して忠誠の儀を捧げたいほどです。

 

『過去の遺物か――』

 

 どこか遠くに投げかけられたような御言葉に、どのような意味が込められていたのでしょうか。知る事の叶わぬ無知な己に恥じを――御役に立てぬ無能な身に絶望を感じます。この失態を払拭できる機会を与えていただけるのであれば、これに勝る喜びはないのですが……。

 

『俺、たっち・みー、死獣天朱雀、餡ころもっちもち……』

 

 ボクの失態を余所に、モモンガ様は至高の御方々の名を読み上げておられました。うっとりと酔いしれてしまいそうになる一時であります。造物主であらせられるやまいこ様の名が呼ばれた時などは、思わず歓喜の声を上げてしまうところでした。

 

『そうだ、楽しかったんだ……』

 

 何処か悲痛な感情を滲ませる御言葉でした。何か気がかりな事が御有りになるのでしょうか。もしそうであるのなら、ナザリック全軍をもってしてモモンガ様の不安を取り除く所存であります。

 ――どうか御命令を。

 御許し無く言葉を発する訳には参りませんが、モモンガ様の御心を乱す要素は取り除かねばなりません。セバス様と我等プレアデス一同は、その為に存在すると言っても過言ではないのですから。

 モモンガ様は目を閉じておられるのでしょうか、静かに時の刻みを数えているかのようです。何かを待っておられるかのように、来るべきその時を拒むかのように……。

 恐れながらモモンガ様は、ボクの考えが及ばない至高にして複雑怪奇な思索を巡らせておられるのでしょう。

 

「……ん?」

 

 何かの異常に気付かれたのか、モモンガ様が不意な一言を発せられました。と同時にアルベド様とセバス様が、どのような些末な異常も見逃すまいと気配を凝縮させ、次に起こるであろう不穏な事態に備えます。

 

「……どういうことだ?」

 

 モモンガ様が疑問に感じる事象に、ボクのような(しもべ)がお答えできるはずもありません。なぜなら、モモンガ様が何に対して疑問を感じているのかさえ分からないのですから。なんという愚かな存在なのでしょう。至高の御方々の御役に立つことが、(しもべ)に与えられた唯一無二の使命であるというのに――。

 

「サーバーダウンが延期になった?」

 

 ああ、お許し下さい。理解できない言葉の羅列に己の無知を呪うばかりです。御役に立てる要素が一つも無く、ただ跪いて忠誠を捧げる事しかできないなんて……。我が身を創造して頂いた造物主たるやまいこ様に合わせる顔がありません。

 

「何が……?」

 

 周囲を見渡し、宙に指を舞わせ、左手首に視線を向けるモモンガ様の御様子は、今までに見た事のない――いえ、見る事の許されないものでした。絶対の支配者であらせられるモモンガ様が何かに戸惑い、驚きを見せるなんて……それほどの事態が迫っているというのでしょうか。ならば戦闘メイド「プレアデス」の一人として行うべきは唯一つ、モモンガ様の盾となって死ぬことでしょう。その覚悟は出来ています。

 

「……どういうことだ!」

 

 身を引き裂くような怒号でした。立ち上がって黒きオーラを吹き上げる至高の御方は、その身に宿す怒りの炎で玉座の間を覆わんとするかのようです。あまりの怒気に全身がピクリとも動かせません。何かの状態異常を受けた訳でもないのに、アンデッドたる我が身の自由が利かないのです。流れるはずもない冷や汗が流れているかのように、恐怖で思考の全てが満たされ、言葉を発する事すらままなりません。チョーカーで首を固定していなかったなら、今頃モモンガ様の前に首を転がすような不敬を行っていた事でしょう。

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様?」

 

 アルベド様の美しい声が響きます。

 この事態においてモモンガ様に声を掛ける事が許されるのは、やはり守護者統括のアルベド様しかいないでしょう。セバス様とて躊躇するに違いありません。我等プレアデスに至っては、この場に居る事すら許されないのですから……。

 

「何か問題がございましたか、モモンガ様?」

 

 アルベド様の問い掛けにモモンガ様はお答えになりませんでした。その沈黙が何を意味するのか、とても恐ろしく感じてしまいます。

 我ら(しもべ)に何か失態があり、モモンガ様を怒らせてしまったのでしょうか。それならばモモンガ様は他の至高の御方々のようにナザリックから、我等(しもべ)の前から姿を隠されてしまうのでしょうか。

 それだけは――どうかそれだけはお許しください。

 造物主たるやまいこ様が御隠れになり、いったいどれ程の恐怖に身を沈ませたことか……。見捨てられる、置いて行かれる、忘れられる――そんな恐ろしい現実に耐えられるほどボクは強くないのです。

 そんな時、希望を与えてくださったのがモモンガ様。我らの絶対にして最高の御主人様。

 毎日のようにナザリック地下大墳墓へ御降臨して頂き、(しもべ)達にその絶大なる気配を感じさせて下さる。まさに愛しき御方……いえ、なんという慈悲深き御方なのでしょう。

 しかしながら、今はモモンガ様の慈悲に縋るべきではありません。我ら(しもべ)が一丸となって、モモンガ様を悩ませる元凶を排除しなくてはならないのです。

 その為ならボクの命など――

 

「…………GMコールが利かないようだ」

 

 アルベド様の必死の呼び掛けに、モモンガ様はようやく不穏の種を提示して下さいました。ですが至高の御方々が使われる御言葉の意味はあまりに深く、難解で、とても一介の(しもべ)の身では読み解く事も叶いません。守護者統括のアルベド様でもお答えすることが出来なかったのですから……。このような失態続きでは、やまいこ様にげん骨を喰らってしまいそうです。

 

「セバス! メイドたちよ!」

「「はっ!」」

 

 信じられません、まさかモモンガ様に直接御声を掛けて頂けるとは! 即座に反応した返事に動揺が滲んでいないか――嬉々とした感情が混じっていないか心配です。

 

「玉座の下まで」

「「畏まりました」」

 

 もう死んでも構いません! と言うかアンデッドですけど、このような状況でモモンガ様の御傍に近寄る事を許されるとは、アルベド様に睨まれそうで怖いですが御役に立てるチャンスを頂けると言うのでしょうか? 御勅命――ああ、なんという素晴らしき御言葉! 許されるのであれば眼鏡をクイッと整えたいところです。

 

「――セバス」

 

 上司であるセバス様が呼ばれたのは順当なところでしょう。決して羨ましいなどとは思っておりません。至高の御方から直接名前を呼んで頂ける最大のチャンスではありましたが、異常事態とも言える現状に於いてそのような考えは不敬でありましょう。ええ、本当に残念だとは思っておりません。

 

「プレアデスを一人連れ――」

 

 聞き逃すはずのない御言葉に全身が震えます。流石は至高の御方! あまりの御慈悲に胸が張り裂けそうです! とは言え連れて行けるのは一人、これは重大な問題です。

 セバス様は前衛を受け持つモンクであり、その方が連れていくのであれば当然支援職の者になるでしょう。盗賊(ローグ)暗殺者(アサシン)としての技能を持つ者も有効かもしれません。となりますと、ボクが選ばれる可能性は限りなく低いという事になります。

 このような事になるなら料理人(コック)ではなく他の支援職を身に着けておくべきだったでしょうか? いえ、それは我が身を創造して頂いたやまいこ様を侮辱する考えでしょう。決して許されません。

 

「プレアデスよ。――――八階層からの侵入者が来ないか警戒にあたれ」

「畏まりました、モモンガ様」

 

 な、なんという事でしょう! 直接です! 直接モモンガ様に御声を掛けて頂いたばかりか、御勅命を受けてしまいました。加えてボク個人のみで返事をしてしまったのです。こ、これは至高の御方と言葉を交わしてしまったという事なのでしょうか? 守護者でもない身でありながら玉座の間に身を置き、近くに侍ることを許され、御勅命まで賜るなんて――まるで夢のようです。

 昨日までの――モモンガ様の気配を追いかけていただけの自分の境遇がまるで嘘であったかのようです。

 これでやまいこ様が傍に居てくださったなら……。

 

「直ちに行動を開始せよ」

「「承知いたしました、我らが主よ!」」

 

 全身が震えるほど歓喜に沸き立ちます。モモンガ様に存在を認識して頂けることの喜びが、もはや隠し通すことが困難なほど次から次へと噴き出してくるのです。跪拝の最中に涙を零さないか気が気ではありませんでした。

 やまいこ様にお会いしたいというボクの贅沢な望みは胸の奥へ仕舞い、ナザリックの周辺状況を調査するというセバス様とナーベラルを見送ります。そして残ったボク達プレアデスはモモンガ様の御言葉通り、第九階層の警備へと向かいました。第八階層から降りてくる侵入者を警戒するようにとの事でしたが、現状はそれほどまでに危険な状況なのでしょうか?

 以前千五百人の強者達が攻め込んできた時でも、第八階層を突破される事は無かったというのに……末妹の安否が気になります。ですが今は、身を引き締めて任務を全うするしかありません。恐らく侵入者と相対した時は死を覚悟する事態になるでしょうから――。

 時間を稼いで敵をこの場に押し留め、モモンガ様に情報をお渡しする――それのみを考え、我が身を顧みず盾となって第十階層への侵攻を阻止する。後ろに控える妹達を犠牲にする訳にもいきません。ボクの妹達は皆、可愛らしくて愛おしい最高の妹なのですから。

 姉として、ナザリックの(しもべ)として、やまいこ様の娘として――最高の一撃を相手に叩き込んで御覧に入れましょう。

 見ていて下さい、やまいこ様、モモンガ様、至高の御方々!

 

 ナザリックに侵入せし愚か者どもに、怒りの鉄拳を!!

 




今回の語り部が誰だったのか?
分かった人は『ナザリックの僕レベル1』相当です。
まぁ、この場にいる方々は高レベルでしょうから問題ないですかね。

というわけで、今後もレベルアップに励みましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界
異世界-1


異世界編始まるよ~。

でも強制的精神抑制機能は無いから大変だぞ。
モモンガ様みたいには上手くいかないよ。
頼りになる仲間もいないしね~。




 黒と言っても一様ではなく、闇と言っても一種ではない。

 そんな多様さを含んだ夜空であった。天に舞う星の一つ一つが異なる輝きを放ち、夜の闇を蹴散らかすかのように広がり満ちている。

 まるで天空に流れる光の川を見ているようだ。何処を見ても同じ景色は存在せず、夜空を彩る幾億の星々たちは、まるで生きているかのように脈動する輝きをもってして――パナップの目を惹きつけていた。

 

「なんて……なんて綺麗なの。まるで宝石が弾け飛んだみたい。ブルー・プラネットさんは第六階層でこれを再現したかったんだ……。でも無理だよ、こんな美しさを人の手で造り出せる訳がない」

 

 どれ程の時間が過ぎていったのか――パナップには分からない。

 夜空を見上げて見惚れ続け、時折流れる星の軌跡に感嘆の声を漏らす事いく度か……。それでも見飽きる事無く、首を痛める事も無く、目を見開いたまま生まれて初めての体験に身を任せていた。

 そう――こんな夜空は見た事が無い。

 大気汚染が進んだ現代では見ることの出来ない光景なのだ。手段としては過去の記録映像を見るなり、ユグドラシルのようなダイブシステムによるデジタル風景を見るなどの方法はあるが、生で見る事は不可能と言っていい。

 汚染されていない夜空を見上げた事のある者など、今の世に存在するのであろうか。宇宙空間まで行けば可能だとは思うが、それはもう夜空とは言えないだろう。

 

「ああ、これが月かぁ……。大きいな~、綺麗だな~、眩しいな~」

 

 パナップの知っている月は、薄汚れた大気の向こうに存在する灰色の衛星だった。取るに足らない、関心も引かないただの天体。それがこんなにも心惹かれる神々しさを持った宝玉だったとは……。彼の地に神々の住まう神殿があったとしても驚くまい。

 

「はぁ~、凄いな~。…………ん? でもなんで私、夜空を見上げているんだろ」

 

 今までに味わったことのない特異な経験を前にして、我を忘れていたと言ってもいいだろう。それ程までに鮮烈な輝きだった。今まで自分が何をしていたかなんて思い出す方が難しい。

 パナップはふと視線を下げて、先程まで見つめていたナザリック地下大墳墓を視界に収めようと――

 

「――あれ? なにこれ? 草原って……ここ何処?」

 

 贅沢な宝石だらけの夜空から視界を戻すと、そこは広大な平原であった。視界の端には何処までも広がっている大森林が続き、遥か先には天にも届かんばかりの山脈が連なっている。

 

「草花……植物? え?! 本物? うそっ、これだけの植物をどうやって育てたの? 水も空気も土壌だって汚染されているのに!」

 

 植物は高級品だ。浄化された空気が満ちるドーム内で、洗浄された水と加工された光が無ければ育てる事も出来ない。現代では少なくないお金を払って植物園へ行き、手の届かない距離から眺める事しかできない贅沢品なのだ。一種の道楽であり、ある意味人間よりも価値があると言えよう。

 

「凄い、本当に本物だ! これだけあったら大金持ちだよ! ――って違う違う、誰かの持ち物に決まってる!」

 

 ナザリックの宝物殿に初めて訪れた時より興奮したかもしれない。なぜなら目の前に広がっている光景が間違いようもなく宝の山だったからだ。汚染されていない土と植物を持てるだけ持っていったら数年は遊んで暮らせるだろう。無論、トラックとシャベルが必要だが。

 

「ああぁ~馬鹿か私は、此処は何処かの複合企業体が管理している植物保護区域に違いないよ。あまりに広過ぎるし空気が綺麗過ぎる。……でもどうして私がこんな場所に? 絶対日本じゃないだろうし――」

 

 その時パナップは気が付いた。自分の背中に生えている六枚の羽に――自分の意思通りぴょこぴょこ動く堕天使の黒い羽に。

 

「な、なんじゃこりゃー!! はね! はねーー!! 生えてるし! 動くし! めっちゃ動くしぃーー!!」

 

 悲鳴のような叫びと共にパナップは頭を抱えて蹲った。草むらの中に頭を突っ込むことになり若葉と土の匂いに新鮮さを覚えるが、今はそれどころじゃない。背中に生えている羽はなんだ? 手足と同じように思い通り動かせるのは何故だ? 何故なんだ!?

 

(ちょ、ちょっとなにこれ? 私パナップになってる? コスプレ? いやいや、どうやったら思い通りに動かせる羽を背中に生やすことが出来るのよ!)

 

 涼しげな夜風に草花が揺れ、虫の羽音が響く。どこか遠くで遠吠えをしている獣でもいるのか、大地の其処彼処では生き物たちの息吹が脈動していた。

 パナップは未だ動かない。

 草むらに土下座状態で頭を突っ込んだまま動かない。ただ何もない空間に指を突出し、引っ掻き回しているだけだ。

 

(コンソールが出ない~、まったく出ない~。やっぱりユグドラシルじゃないってこと? ってか口動くし、舌出るし、触れるし~。歯まで綺麗に揃って……)

 

 突然、パナップは頭を上げて周囲を見回した。

 視界には闇夜の草原しか存在しないが、パナップが確認したいのはそんな事ではなかったのだ。

 

「視える、其処等中が視える。夜なのに、背後なのに、遠くなのに――全てが視える」

 

 全方位の視界を得ながら全ての情報を受け取り、そして理解する。背後であろうが頭上であろうが百メートル先であろうが問題ない。夜の闇ですら視通し、葉っぱの陰で休んでいる小虫の触覚すら数えられる。

 人間では不可能な情報処理能力であり視界の広さだ。まるで百台以上の高精度監視カメラを、一人で管理分析出来るかのような人外の能力である。処理能力に優れるぬーぼーが十人居ても難しいのではないだろうか。

 そう――パナップは今までシステムの補助を受けて使用していた特殊技術(スキル)を己の頭だけで発現させていたのだ。コンソールで操作していた項目を脳内で管理し、自由自在に動かす。

 まさに隠密特化型偵察用堕天使パナップそのモノとなったのだ。

 

「うそでしょ……。こんな身体になって、どうやって日本に――私の部屋に帰るのよ。仕事が……せっかく見つけた仕事がクビになっちゃう」

 

 パナップは再び夜空を見上げ、そのまま動かなくなった。見開いた瞳には涙が溢れているが拭う素振りはない。

 此処が何処かも分からない、自分の身に何が起こったのかも分からない、どうすればいいのかも分からない。何も分からない。

 だが流れた涙の訳はそのどれでも無かった。

 パナップは感じたのだ。

 己の存在が他と全く繋がっていない孤独そのものであると。本当に大切な人(モモンガ)と離れ離れになってしまったんだと。ゲームにログインするしないでは無く、メールを送る送らないでは無く、現実的に――物理的に、完全に切り離されてしまったんだと直感したのだ。

 

「会えない? もう会えないの?! そんなっ、そんなことってあるの? 私が何をしたって言うのよ! 誰かっ、誰か助けて! 私を此処から連れ出してよ!!」

 

 周囲に人が居ないのは特殊技術(スキル)で分かっている。それでも叫ばずにはいられない。もしかしたら此処はユグドラシルで、パナップの声を聞いた運営がログアウトしてくれるのではないかと――羽の生えた身で願ったのだ。

 パナップは化け物になった。

 能力も化け物そのモノだ。

 そして周囲には見た事も無い美しい自然が広がっている。草と土の香りが鼻をくすぐり、夜風が肌を撫でる。足で感じる地面の重厚さ、感覚の端で動き回る生き物達。

 これはいったい何なのか?

 説明してくれる者は何処にも居ない。

 

 長い間パナップは動かなかった。いや、動く理由が無かったと言うべきか。立ち上がったとしても何処へ向かえばいいのか分からなかったのだ。

 北か南か、東か西か。

 夜風に揺れる草花達はパナップに何も答えをくれない。

 

「信じられない……。特殊技術(スキル)が使える、魔法が使える。コンソールが無いのに頭の中で理解できる。まるで以前から使っていたみたいに……」

 

 右手で何かの魔法を使用しては中断し、また別の魔法を唱える。一つずつ使用し、魔法の発動が成功する度に己が人間でなくなったことを痛感する。それでも求めずにはいられない――失敗する事を。魔法であれ特殊技術(スキル)であれ失敗してくれたなら、自分はまだ無力な人間のままなのかもしれないと。

 

 ――下位天使作成 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)――

 

 頭の中では確実に天使の召喚が行われると分かっていても、心の中では失敗を望んでいた。夢見がちな厨二病がオリジナル呪文を唱えた時のように、恥ずかしい静けさだけがその場に残ってくれるのではないかと期待したのだ。

 無論、そうはならなかったが。

 

『我が主様、……御身の前に』

 

 光り輝く羽を持つ人型の存在は、異次元から突然湧き出したかのようにパナップの前へと降り立った。背丈はパナップより少し高いぐらいであろうか、と言ってもパナップ自身小柄なので一般的な成人男性ぐらいの体格なのであろう。

 

「――え? 言葉? 日本語? ……いや違う、頭の中に聞こえてくる?」

 

 言葉を発している訳では無いのに、パナップにはその天使の意思が感じ取れた。テレパシーのようなものなのであろうか、確かな繋がりを天使との間に感じるので糸電話と形容した方が合っているのかもしれない。それにしても日本語を喋っているように感じるので違和感だらけだ。

 

「もう何が何だか……。天使を召喚できるってどういうことなの? ユグドラシルと現実世界が混ざっている? いや、リアルはこんなに綺麗じゃないし」

 

『どうかされましたか? 我が主よ』

 

「あ、いや、その……。此処が何処だか分かります?」

 

『誠に申し訳ありません。私の所持する情報は主様から受け継いだものでありまして、主様が持ち得ない情報に関しましては私の中にも存在し得ないのです』

 

「あ……そうなんだ」

 

 パナップの生み出した召喚生物の天使が、パナップの持っていない情報を持っているとしたら、それは天使種族が常識的に持っている知識及び所持職業(クラス)に関する内容になるだろう。それ以外は基本的に召喚者の記憶に準じているようだ。

 

(連れ歩いていた自分の子供に道を聞くようなものなのかなぁ。でもまぁ、ユグドラシルの天使だ……。少しばかりメタリックな感じはするけど……本物みたいだ)

 

 召喚出来たことに落胆し、普通に会話できたことに驚き、日本語で意味を感じとったことに疑念を持った。

 

(天使語ってないのかな? ってかテレパシーみたいな感じだから日本語のように理解しちゃっているけど、実際は違うとか?)

 

『主様、私が何か失態でも?』

 

 黙ったまま眉間にしわを寄せる主の様子に不安を感じたのだろうか? 天使は全く変化しないメタリックな顔をパナップに向け、己の失態を伺う思念を送ってきた。

 

「あ、いや、違う……よ、大丈夫です」

 

『主様、私のような(しもべ)が口を挟む愚行をお許しください。……主たる御身が一介の(しもべ)に丁寧な言葉遣いをする必要などございません。どうか命じて下さるようお願い申し上げます』

 

「あ、うん」

 

 パナップとしては誰かに命令を下したことなど一度もない。前の会社では部下というか後輩は居たものの、何かやってもらいたい事が有ったら「頼む」のが一般的だ。だから命じて欲しいと言われても困惑するしかない。

 ギルド長をしていたモモンガなら、ロールプレイの一環として演じる事も出来たのかもしれないが……。

 

(召喚者と召喚モンスターとの関係ってこんな感じなんだぁ。新鮮な驚きというか、なんか納得したというか――不思議と違和感なく受け入れてしまっている自分がちょっと怖いかも)

 

 目の前で光り輝く天使がふよふよと浮いているのに、それを当たり前のように受け止めている現状はどうやっても理解できない。適当な言い訳すら思いつかない。

 自らがパナップになっていることもそうだが、特殊技術(スキル)やら魔法やら夜空やら草原やら……。

 

(うん、考えるの止めよう)

 

 パナップの結論は単純なものだった。分からないものは仕方がない、仕方がないから分かるようになるまで全て放っておこう――そんな感じだった。

 

「よ、よーし、とりあえず移動しよっかな。何処かに意思疎通できる生き物が居るとイイんだけどな~」

 

『分かりました。知能の高そうな生命体の捜索を行います』

 

「――え?」

 

 立ち上がって背筋を伸ばしているパナップを余所に、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は天高く飛翔する。召喚者からそんなに離れて大丈夫なのかと心配になるが、パナップとの繋がりは意外なほど強力なようだ。米粒ほどの小ささ――パナップにとっては充分視認できる距離だが――になっても、いささかも主従の絆が緩む気配はない。

 

「ふ~む、私も飛行(フライ)が使えるから空を飛べるって事かぁ。でも私の場合、特殊技術(スキル)使って走った方が飛行(フライ)より早しなぁ。空を飛んでいると他の行動が取り辛いし……って、あっ、でも今はどうなんだろ?」

 

 検証の必要がある――とパナップは心に刻み、天に昇っていった天使を見つめる。どうやら遠くに何かを見つけたようだ。繋がった意思の伝達がそのことを教えてくれる。

 

『主様、遠くに複数の明かりが見えます。知能のある生命体が傍に居るのではないでしょうか?』

 

「おお、夜に明かりを使うってことは人間? 良かった~、私と同じような境遇の人が他にも居るんだ。ふにゃ~、助かったよ~」

 

 巨大な重みから解き放たれたかのように、パナップはその場でへたり込んだ。見も知らぬ土地で一人きり――ではないと分かっただけでも大収穫である。後はその場に赴いて、此処が何処か、日本へ帰るにはどうすればよいのか、自分の身が化け物になっている理由とは?

 色々聞かねばならない。

 

「そうと決まったら早速行動開始だよ!」

 

 闇の中に一筋の光明を見い出し、黒い羽を持つ中性的な外観の堕天使は再度立ち上がる。何度も草むらの中に身を沈めていた為か、土埃や葉っぱが装束に纏わりついて少々汚れてしまったようだ。反射的に払いのけてしまう。

 

「ふふ、パナップの衣装汚れを自分の手でハタくなんて……。ゲームでは絶対ありえないモーションだよ。時間が経てば自動的に綺麗になる設定だったし……」

 

 ゲーム上の汚れは一種の演出であり、エフェクトに関するものであった。耐久値の減少による破損とは別物なので、プレイヤーが何かしなければならないという事は無い。

 だからこそ妙な感覚だ。

 現実世界の汚染された大気の中では、毎日のように自分の服を何所かしらハタいていたものだったが、その仕草をパナップの武装に行うとは――。しかも魔法が掛かっている装備であった為か、軽く叩いただけで新品のように美しくなってしまうとは――。

 早く誰かに会って現状を理解しないと頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

「えっと、忍刀……持ってる。頭、胴、指輪、首飾り、腕輪、内着、腕、手、腰、足、靴……っと全部そのまま、パナップの武装そのままだね」

 

 パナップは新鮮な感触を確かめるかのように、身に着けている武装を確認し始めた。その結果は当然と言うべきか、ナザリックの最後を見届けていたあの時のままである。無論、最終武装は手放しているのでほとんどが伝説級(レジェンド)だが。

 

「現実で伝説級(レジェンド)の武具を目にするなんて……。違和感が無いのが凄い違和感だよ」

 

 この世界は奇妙でしかない。ゲームの武装が現実のものとして存在している。

 草花を刈り切る事も土を抉る事も、逃げようとする虫を摘み上げてぷちっと潰す事も――何ら不自然さを感じずに実行できる。

 それが不自然であるというのに――。

 

(ふ~、明かりの傍にいる人が話の分かる人だといいな~。こんな事態だからパニックになって会話すら成り立たないかも……)

 

 少し気分が沈み込もうとする最中、パナップは重要な事に気が付いた。そう――相手が襲い掛かってきたらどうしようかと。

 

(ちょ、ちょっと待ってよ! もしかしてPvPなんてこともあるの?! そんなことになったらどうすんのよ!)

 

 自分が武器を持っているのだから当然相手も持っているだろう。そして特殊技術(スキル)も使用出来たのだから、パナップ自身が使用対象になる可能性もあるだろう。もしそうなれば――命はどうなるのか?

 ゲームのように何処かのポイントで復活するのか? 現実のように死んでしまうのか? そして死ぬとするなら……その先は?

 

(やめてよ! まだ死にたくない! モモンガさんにもう一度会うまでは絶対死ねない!)

 

 なぜそこでモモンガの名前が出るのかは知らないが、パナップは緊張でその身を包んだ。一つの失敗が取り返しのつかない事態を招くかもしれない。それこそ命を落とすような……。

 

「大丈夫、大丈夫……。逃げ足なら大抵の人には負けないから、何かあったら全力で逃げればいいのよ。うん、そうよ」

 

 特殊技術(スキル)が使えるなら、パナップの逃げ足に追いつけるプレイヤーはあまり居ない。それこそ弐式やフラットを連れてこない限り問題は無いだろう。ただ、アイテムの中には足止めや捕縛専用のモノも有るので注意が必要なのだが……。

 

「そういえばアイテム一つも持ってないけど……。コンソールは使えないし、ポケットになんか入ってないかな~って、ん?」

 

 幾つかあるポケットの中に手を入れようとしてパナップの手は止まった。なんだか感触がおかしい。狭い布地の中をまさぐるはずが、突如として遮蔽物の無い広い空間に指が入ってしまったのだ。恐る恐る自らの手を確認すると――指先はポケットではなく薄暗い闇の中へと呑み込まれている。

 

「うえぇー! なにこれ……って、あれ? この空間広がるけど……」

 

 思わず手を引っ込めてしまうが、その時僅かに空間を横に広げてしまったようだ。微かに口を開いた闇の奥には、見慣れた数多のアイテムが顔を覗かせている。

 

「おおー、異次元ポケット? これは凄い! 現代でも再現できないテクノロジーをこんな場所で見られるなんて……、ちょっと得した気分かも?」

 

 遥か太古の昔から続いている不死級アニメに猫型ロボットが登場するのだが、そのロボットの装備品に無限のアイテムを収納できる腹ポケットなるモノが存在する。今まさにパナップの面前でぱっくりと口を開けている空間は、まさに夢のアイテム『異次元ポケット』を再現していると言えるだろう。

 科学者垂涎のオーバーテクノロジーだ。

 

「う~む、魔法による空間収納かぁ。なんとなく分かってしまう自分の頭が怖い気もするけど……まぁいっか。結構いっぱい残っているし、これなら何とかなりそうだね」

 

 ポーション、短杖(ワンド)巻物(スクロール)、課金アイテム等々。

 いつか使おうと思ってそのまま残してしまった数々のアイテム達。その昔、モモンガの貧乏性を突っ込んでいたパナップであったが、改めて自分のアイテムを見回してみると人の事を言えた義理ではなかったようだ。

 

「よっし! 思ったより大丈夫な感じ。さあ、行くぞー! って……天使さんどうしたの?」

 

 遥か上空で偵察を行っていた天使の存在などすっかり頭から抜けていたパナップであったが、意識の奥で繋がっていた絆のようなものが薄まっていく違和感を受け、すぐさま頭を上げて天に羽ばたく神の御使いを仰ぎ見た。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は上空に有って何かをしていた訳では無い。ただ背景が透けるほどその存在を希薄なものとし、遂には始めから何も無かったかのように消え去ってしまったのだ。

 

「あら~、消えちゃった……。え~っと、もしかして召喚時間が過ぎちゃったの? う、うわ~、こんなところはゲームと一緒なんだ。……変なの」

 

 静かな平原にパナップの呟きだけが響く。また一人になってしまったのかと心細さだけがその場に残り、また天使を召喚したいという欲求に駆られてしまう。そんな事をしても召喚時間が過ぎれば、また同じ寂しさを味わうだけだというのに――。

 

(はぁ、結局一人ぼっちなのは変わらないのか~。でも話し相手が欲しくなったら召喚しようかなぁ)

 

 本来の使用目的とは完全にかけ離れた利用方法だが、ユグドラシルでは会話自体出来なかったのだから違っても仕方ないだろう。それに会話が可能だと言うのならユグドラシルのNPC達と話してみたいと思うのは当然の事だ。ギルド長のモモンガだって召喚したモンスターやナザリックのNPC達と話せると分かったら歓喜するに違いない。

 

(ふっふ~ん、次は別の天使を召喚してみようかな~。性格の違いがあるのか調べてみたいな~)

 

 装備やアイテムを確認して余裕が出来てきたのか、己の身体と周囲の環境に慣れてきたからか――それは分からないが、パナップは軽くスキップしながら草原の中を北へ向かって進み始めた。向かう先は天使が明かりを見つけた方角だ。人が居るのは確実だろうから、とにかく接触してこの場所のことを聞き出そう。それから帰る手段だ――聞く事は色々ある。

 でも大丈夫。

 何だか身体の奥から力が湧いてきてネガティブな考えが吹き飛びそうだ。今ならどんな状態異常だって抵抗(レジスト)出来そうな気がする。

 

 無論、この効果は装備していた伝説級(レジェンド)指輪の常時発動型(パッシブ)状態異常耐性上昇によるものなのだが、男とも女とも見分けの付きにくい黒髪ショートの堕天使が装備品の効果を自覚するようになるのはまだ先の話である。

 




一人ぼっちは辛いよね。
知らない場所だしね。

でも大丈夫!
いい出会いがあるさ……きっとね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-2

ある~ひ、
異世界の中、
金髪美女に、
であ~った。




 背中から生えた黒い羽が六枚、精一杯広げて前に回せば身体を覆えるほどの大きさだ。髪は黒く、もう少し伸ばせば耳を隠せる程度。背丈は小柄だ、百五十センチ程度であろう。リアルに合わせているのだから間違いない。また容姿もリアルに合わせるつもりだったのだが、ゲームの仕様上必要以上に美形になってしまった。仕方ないのでソバカスを追加し、アバターに嫉妬しないようにしてみたのだが……。

 微かに明るくなってきた平原の上で己の姿を確認するパナップは、思った以上に嫉妬していた。

 

(く~、ゲームの時はあまり感じなかったけど、現実っぽいこの地に来てからは必要以上に実感するなぁ。整った顔ってこれ程までに美しく見えるのか~)

 

 コンソールが開かず鏡も無いので、仕方無く特殊技術(スキル)空の目(スカイ・アイ)』を発動させて己の外見を確認していたのだが、顔を覗き込んだ時点で固まってしまったのだ。

 田舎娘のようにソバカスが目立つものの、リアルの時に比べ何割増しかで美形になっている。眼はパッチリ大きく、髪はサラサラで美しい。顔の造形に歪なところは見当たらず、鼻筋といい輪郭といい、自分の顔もこうだったらなぁ――っと想像していた理想そのものだ。かと言ってユグドラシルの時のような作り物感は無い。温かな血の巡りと弾力のある頬の感触が、現実に生きている生物であることを語ってくれている。

 でも実際の自分がどの程度かを知っている身としては、恥ずかしくて目を背けたくなってしまう。今は完全に自分の顔として認識しているが、それがまがい物であると知っているのは己だけなのだ。

 ならばこそ、真実から目を背けてしまえば美人のまま押し通せる――そんな心地良い悪魔の囁きが耳から離れない。

 

 ――この美しい堕天使こそが本来の自分であると――

 

「ぐがー! それじゃーリアルの私が不細工って言っているようなものじゃないの!」

 

 景色を楽しむ為ゆっくりと歩いていたパナップは、突如として頭を抱え雄叫びを上げる。辺りには誰も居ないので気にする必要も無いが、誰が見ても挙動の怪しい人物なので少しは警戒した方がいいだろう。

 

 周囲には朝日が舞い込み、朝露に濡れた草花がキラキラと輝いている。

 人によっては見慣れたいつもの朝かもしれないが、パナップにとっては生まれて初めて見る大自然――天然率百パーセントの幻想的な朝焼けであった。

 

「おおー、朝日ってこんなに綺麗だったの? リアルで朝って言ったら仕事に行かされる地獄の始まりを意味するのに……。まるで夢の世界みたい」

 

 夜の草原にも感動したが、山脈の合間から太陽が姿を見せ、広大な大地に朝日を浴びせる神秘的な光景には涙が出そうだ。

 ギルドのメンバーにも、ブルー・プラネットにも、モモンガにも見せたくなる……そんな独り占めするにはもったいない貴重な体験であった。

 

(いや、私はもうギルドメンバーとは言えないな。アインズ・ウール・ゴウンの一員なんて、そんな資格とっくに無くなっているんだ。モモンガさんもそう思っているはずだよ、きっと……)

 

 高揚し掛けた自分の心を落ち着かせ、パナップは歩き続けた。

 清々しい朝の空気が周囲に満ち溢れ、元気な鳥達の鳴き声が響いてくる。ゲーム世界では感じ得なかった清らかな大地の匂いを思うまま吸い込み、静かに吐き出した。

 この場所は――いや、この世界は美しい。

 事此処に至ってパナップは理解した。現実世界の地球にこんな場所は無い。薄々感じていながらも認めたくは無かったが、完全に異なる世界のようだ。

 一歩一歩足を進めるごとに実感する。

 呼吸を繰り返すたびに思い知る。

 もしかしたら現実世界の何処かに複合企業体が造り上げた自然の楽園が存在するのかも――と最初は思っていたが、数キロを歩き、それ以上の範囲を知覚した結果、今まで見た事も無い美しい自然と多様な生物群、そして監視及び管理するシステムが全く存在しない現状を前にして全てを受け入れるしかなかった。

 

「はぁ、違う世界。異世界ってヤツかな~。いやいや、実は死後の世界とか? ユグドラシル終了と同時に何かの拍子で死亡して、ゲーム内容を引きずったまま天国に来ちゃったとか? あはは、神様もびっくりだよね~」

 

 何だか気分が暗くなってきたのでおどけてみたが、こんな状況では誰も突っ込んでくれない。次は突っ込み属性を持つ天使でも召喚してみようかと、妙な決心を固めていたパナップだが……。

 

「おお、生き物だ。……人間が居るよ」

 

 見も知らぬ場所に化け物として放り込まれて以降、初めて出会う人間である。本来なら全力で駆け寄って抱き付きたいぐらいの心情なのだが、『空の目(スカイ・アイ)』によって得られた情報がそれを許してはくれない。

 

(ど、どう見ても日本人じゃない。ってか身に着けている衣服が……あれってユグドラシルのNPC? いや、ユグドラシルが中世ヨーロッパの衣服を参考にしているのか? だったらあの人達は……)

 

 パナップが特殊技術(スキル)を用いて覗き見ていた老若男女は、これから毎朝恒例の畑仕事にでも行くような軽装だ。各々鍬や鎌などを手にしているのだから間違いはないと思うのだが、パナップ自身畑仕事をしたことが無いので想像の域を出ない。

 村人なのか街人なのか――それは分からないが、彼の者達の服装はいわゆる布の服だ。工場で機械が作った化学合成品ではなく、植物や蚕の吐く糸を原料として人が織った衣服である。肩口のほつれ具合からしてそれほど高価なものでもないのだろうが、リアルに於いては博物館に飾られる逸品になるかもしれない。

 

「ん~、私と同じ境遇ではなさそう。戸惑っている気配もないし、環境に馴染んでいるし……。むぬぬぅ、違和感無さ過ぎだよ!」

 

 出会った人間はこの場の環境に即した人達だった。それも時代は中世――いやファンタジーと言った方が正解だろうか。どう見ても電気・ガス・水道・ネットなどのライフラインが整った生活を送っているようには見えない。

 

(この世界の人達って事かな? となると増々嫌な予感がしてくる。私と同じユグドラシルからこの場所に来た人っているのかな?)

 

 パナップは歩みを止めず人が居る方向へ進み続けた。もう目印となる明かりは消されてしまっているが、溢れ出てきた人の流れが街の存在を教えてくれる。このまま真っ直ぐ行けば問題なくたどり着けるだろう。

 ついでと言っては何だが、特殊技術(スキル)を用いて出会った人間の強さを調べてみる。

 

「ふ~ん、ユグドラシルの時とは違ってステータスとか数値表示は無いのかぁ。体の周囲を覆うオーラみたいなモノの大きさと色合い、後は感覚みたいなものかな?」

 

 偵察特化型のパナップが用いる特殊技術(スキル)は相手の能力を隅々まで調べ尽くすものではあるが、この世界に於いては少々色合いが違うようだ。

 HPやMPは身に纏うオーラで表現され、種族や職業スキルに関しては意識の奥で感じ取るような仕組みになっている。各ステータスに関しても同じようなものだ。

 

「表示された項目を読まなくてイイのは便利だけど……、見ただけで相手の強さを感じ取れるって――何だかカッコいいかも」

 

 こんな時に変な病気を発病させているのはいただけないが、今の状況に適応してきたのだと思えば問題ないだろう。

 そう――目視出来るほどの距離に近づいた人間達が一斉に離れていっているのは、決してパナップがニヤニヤしているからではない。何か他に原因があるはずだ。……忘れ物を取りに帰ったとか。

 

(なんだろ? みんな走って離れていくけど、フィールドボスでも出現したのかな? 辺りに居るのは野ウサギとか大きめのネズミぐらいだし……)

 

 パナップの監視範囲は異常なぐらい広く、そして精密だ。危険なモンスターが出現したのなら即座に発見できる。故に何の問題もないはずだ。

 

「ふっふ~ん、街はっけ~ん。ユグドラシルの最初の街より小さいけど、結構綺麗で整った都市だね~。実物として目にできるのは結構感動しちゃうかも」

 

 大きな門に行き交う馬車、槍を持った衛兵らしき人間。その奥には煉瓦で建築されたかのような建物が数多く建ち並び、露店の準備を始めている商人らしき人の姿も見える。

 パナップは最初の頃に感じていた不安や孤独感をどこかに置き忘れてきたかのように、目の前の光景を純粋に楽しんでいた。

 

「これが街、これが人間! 何所を見てもNPCの動きじゃない! 凄いよヘロヘロさん! 貴方が過労死するほどAIに手を加えても、絶対不可能な挙動の人間が千人以上も居るよ! あははは」

 

「そこの亜人! 止まれ!!」

 

「――え?」

 

 はしゃいでいたパナップの前には槍の穂先が向けられていた。その数十一。槍を手にしているのは先ほど目にした衛兵達だ。動物の皮をなめした革鎧のようなものを身に着けており、その表情は緊張で塗り固められ、発する言葉には強い警戒心が感じられた。

 

「貴様は何者だ?! 背中の羽は本物なのか?! 何処から来た! いや、まずは背負っている武器を下ろせ!」

 

「ちょっ、ちょっと! え? 日本語? 何で言葉が通じるの? ここって日本なの?」

 

「抵抗する気か! 命令に従わない場合は即座に攻撃するぞ!!」

「冒険者はまだか?! 早くしないと危険だぞ!」

「此奴は何の種族なんだ? 鳥人間か? 魔法は使えるのか? もう少し距離を取るべきじゃないか?!」

「駄目だ! 先手を取られる前に攻撃しよう!」

「両手を見えるように前へ出せ! そのまま跪くんだ!!」

 

 パニックになり掛けていたパナップだが、自分より狼狽えている生き物を見ると却って冷静になってしまう。どうやら周囲の人間どもが化け物でも襲撃してきたかのように警戒心を露わにしていたのは、黒い羽を持った如何にも怪しい亜人が自然な感じで街へ近付いていたからのようだ。

 少しでも疑問をもって視線を探るなり会話を盗み聞くなりしていれば早々に分かった事であろうに……。当たり前のように馴染みの街を利用していたユグドラシル時代の癖が出たのだろうか?

 

「そういえば異形種だと入れない街もあったっけ? そんな設定すっかり忘れちゃったよねぇ。失敗失敗……って此処ユグドラシルじゃないし!」

 

「何を言っている! 抵抗するなら此方にも考えがあるぞ!」

「全員構えっ! 油断するなよ!」

 

「むぅ~、なんでそんなに怒ってるのよ! 私悪いことしてないでしょ!」

 

 言葉が通じる事に安堵するものの、怒鳴られ続けるのはなんだか理不尽だ。ユグドラシルの時とは違い――表情や仕草、視線の圧迫感、四肢に込められた力の入り具合で相手の挙動がダイレクトに感じられるが故に――より一層苛立ちが募る。

 まさに現実の迫力だ。相手の匂いまで感じられる距離感が、ゲームの世界観をぶち壊す。

 でも――危険だとは思わない。

 逃げ出さなければ、とも思わない。

 それは何故なのか? ――そう、目の前の生き物が弱過ぎるからだ。

 

(うむむ、レベルで言うなら一桁かなぁ? すっごい弱いけど……これって大丈夫? 世界が違うのは、まぁ受け止めたけど……。こんな弱さで私みたいのが暴れたらどうするんだろ?)

 

 ゲームではない事を理解し、世界が違う事を受け入れた。それでも相手の極端な弱さに戸惑いを覚える。更に言うなら、そんな生き物を――目の前にいる十一人の衛兵達を簡単に皆殺しに出来そうな自分の思考にも怖さを感じていた。

 

(こ、これは危ない、今の私は危険だ! 人間を殺す事に何の忌避感も無い! まさか心の中まで堕天使になっちゃったの?)

 

「皆さん落ち着いて下さい! 後は我々に……いえ、私に任せて引いて下さい!」

 

 門を走り抜けてきた人物は、まるで光り輝く神秘の乙女とでも言うべき金髪美女であった。着用している全身鎧は白銀と金で形成されたかのような輝きを放ち、数多のユニコーンが刻み込まれている。手にしている大剣はバスタードソードであろうか、柄頭のブラックサファイヤと漆黒の夜空を連想させる刀身から察するに全身鎧同様、魔法の品だと思われるが……。

 

「衛兵の皆さんは門まで引いて下さい。冒険者の方々はその前で待機。後は『蒼の薔薇』が受け持ちます」

 

「御一人では危険ですアインドラ様! 他の方々はどうされたのです?! 相手は武装した亜人ですし我々も――」

 

「大丈夫です! 私の指示に従って下さい!」

 

 衛兵を掻き分けて先頭に出てきた美女は矢継ぎ早に指示を下し、十一名の衛兵と慌てて武装を整えてきたらしき傭兵のような集団を動かす。

 見たところ美貌だけでなく、実力・装備品共に他の集団とは段階が異なっているようだ。身に纏う高貴な仕草も相まって、別世界の住人であるかのように思えてしまう。

 

(あぁ、良かった~。やっぱり私と同じ目に遭っている人が居たよ~)

 

 現実離れした美しさに、これ見よがしなマジックアイテム。パナップの目に映る気が強そうな一人の女性は、どこからどう見てもユグドラシルのプレイヤーそのモノであった。

 

「えっと……あの~」

 

「少しお待ち下さい。最初に聞いておかなければならない事があります。……貴方はこの街と其処に住む人達へ、危害を加える気はありますか?」

 

「はえ? いや、な、ないです。全然無いです!」

 

 パナップとしては話を聞きたいだけだ。元より何かをするつもりは無いし、中身は唯の日本人OLなのだから犯罪行為を行おうとする考えすら持っていない。無論、目の前の人間みたいな生き物を殺す事が犯罪になるのか――と感覚がオカシイ事になっているのは口に出さないが……。

 

「それは良かった。……申し遅れました、私の名はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』を率いております」

 

「あ、はい。私は……えっと、パナップと言います。ん~、『あおのバラ』ってところのギルド長なんですか? あ、いや、それより此処って何処なのか分かります? 私にはさっぱり訳が分からなくって……」

 

 パナップはごく自然に――ユグドラシル時代同様、プレイヤーである事を前提とした態度で問い掛けた。これでようやく謎の一端が垣間見え、止まっていた思考に光が差し込むと期待して。

 

「あの……仰っている意味がよく分からないのですが、此処が何処かと言うのでしたら……、リ・エスティーゼ王国のエ・レエブルという街なのですが……」

 

「り? えす? いや、街の名前じゃなくて――やっぱり違う世界なんでしょうか? 魔法とか特殊技術(スキル)とか、羽まで生えてるし……。ユグドラシルじゃないですよね」

 

「え?」

「あれ?」

 

 あまりにも噛み合わない会話に、パナップは思わず金髪美女の顔を正面から見つめてしまうが――見つめたこっちが照れてしまうほどの造形美だ。リアルな肉感が感じられるのにユグドラシルのアバターより美しく見えるのは、実際に生きているという気配からか、それとも身に纏う高貴なオーラからか。

 パナップはこの時、生きている人間の美しさとはデジタルに勝るものなのだと初めて実感していた。とは言え、今は見惚れている場合ではない。

 

「ま、まさかとは思うけど……貴方ってユグドラシルのプレイヤーじゃないの?」

 

「なっ!? ち、ちょっと待ってください! 今『ぷれいやー』と言いましたか?」

 

「言ったけど、その反応って……。うわ~、嘘でしょ。それだけ美形でマジックアイテム着込んでおいて違うって――どゆこと?」

 

 理解しがたい現実を前にしてパナップは頭を抱えてしまう。対して、そんな亜人の様子を目にしていたラキュースと名乗る美しい女性は、得体の知れない化け物から離れるかのように後ずさりしていた。

 黒い羽を持った亜人が衛兵と揉めている、と聞いて近くに居た(ゴールド)級冒険者と共に南門へ駆けつけ、争いになる前に亜人を逃がそうとしていたはずが、想像の域を超えておかしな方向へと動いている。

 

 ラキュースは呼吸を整え、覚悟を決めて行動へと移った。

 

「衛兵の方々はそのまま門の警護を! 冒険者もそのままでお願いします。私はこの方と大事な話がありますので少し離れますが、何の心配もいりません。いいですか、そのままでお願いしますね!」

 

「はぁ、分かりました。貴方がそうおっしゃるなら……」

「ほんとに一人で大丈夫ですかい? 何かあったらすぐに向かいますよ」

 

 立場の差か実力の差か、一人の若くて美しい女性を前にして異を唱える者はいなかった。

 パナップは自分の腕を掴んで街から離れようとする女性に抵抗することなく従うが、その行為が何を意味するのかさっぱり分からない。

 危害を加えるつもりでないのは感覚で分かる。

 相手の実力がカンストプレイヤーには程遠い低レベルであること事も、パナップ自身特殊技術(スキル)で確認していたので危機感も無い。と言うかユグドラシル最終日の光景を思い浮かべて、めちゃくちゃなレベルダウン行為を行っていたプレイヤーなんだろう――と勝手に想像していたぐらいだ。

 

(はぁ~、これからどうしよう。どうしたらいいんだろ?)

 

 分からない現実は、やっぱり分からないままであった。パナップの周囲は未知で覆い尽くされ、その先は言い知れぬ不安が待ち構えている。

 未知を既知にするのがユグドラシルの本質であったが、実際リアルな世界で体感すると一寸先は闇と言うか――恐怖ばかりが募ってしまう。

 




やったね!
比較的マトモな部類の人だよ。
これで悲劇とはオサラバだね!

(7/7 誤字報告を貰いましたがよく分かりませんでした。申し訳ありません)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-3

素晴らしい出会いに祝福を!
これからはきっとのんのんびりびりできるはず!
化け物に咬まれたり、死に戻ったりしないはず!

そう――薔薇色のハーレム展開になるはずだ!
ちなみに青(蒼?)のバラの花言葉は「不可能」だぜ!
ふはははは!!



「パナップさん」

「あ、はい」

 

 思わず返事をするパナップであったが……同時に思い至った。「まだ諦めるのは早い、言葉が通じるのなら情報をもらうべきだ」――と。

 しかし考えている事は相手も同じようだ。

 

「此処まで来れば話し声が聞こえる事は無いでしょう。それで先程の続きなのですが……」

「いやちょっと待って、後ろの原っぱで身を伏せている人はイイの? 貴方の知り合い? だったら遊んでないでこっちに来てもらえば?」

 

「えぇ?! そ、そんなどうして?」

 

 パナップには最初から――ラキュースが門を潜ってやってきた時から、真後ろの草原でコソコソしている女性を目にしていた。何をやっているのか理解する必要も無いと思い放っておいたが、内緒話がしたいのなら声を掛けるはずなのに――ラキュースは誰も居ないかのよう振る舞っていた。つまり知り合いという事なのだろう。

 しばらくして草原からゆっくりと身を起こした細身の女性は、かなりの軽装であった。黒っぽい衣装を身に纏い、敏捷性を意識するかのように最小限の防具を装着し、手に持つは赤い短剣。歩く様はしなやかで、周囲の草花を揺らすこともなく、未だ驚き冷めやらないラキュースの後ろへと進む。

 ただ――警戒の視線がパナップへ張り付いたままだが……。

 

「申し訳ありません、この者は私の仲間で名前はティナ。いざと言う時の為に近くで警護してもらっていたのです」

 

「ああ、そうなんだ。後ろであっち行ったりこっち行ったりしていたから、何してんのかな~って思っていたの」

 

「おかしい……分かるはずない。隠密状態で衛兵の影を転移しながらお前の背後へ潜んだ。見破られるはずがない」

 

 頭を下げるラキュースとは違いティナという名の若い女は、殺気交じりの視線と共に淡々と疑念をぶつけてきた。余程己の技量に自信があったのだろう。大した力も持っていない亜人程度に存在を知られた、という事が何よりも許せないようだ。

 そう――ラキュースもティナも、目の前の黒い羽を持つ亜人を強者だとは感じていない。身に着けている武装は美麗勇壮で中々の逸品だと見て取れるが、冒険者が持つマジックアイテムのような魔力の気配は一切感じられず――故に脅威になるとは到底思えなかったのだ。

 衛兵や他の冒険者の力を借りずとも十分対応できる、一人で亜人を説得できる、もしもの時もティナが居るから大丈夫。――そんな風に判断していたのだが。

 

「ちょっとティナ、貴方は少し黙って――」

 

「えっとティナさんは野伏(レンジャー)とか盗賊(シーフ)なの? だったら私の探知を誤魔化すのは無理だよ。忍者の隠密ですら看破する偵察特化のパナップ様の前には、何者も隠れ潜むことは許されないのだ! むふふん」

 

「む、なんか偉そう。それに私は忍者。――鬼ボス、ちょっと痛めつけてイイ?」

 

「ティナ! さがってて!!」

「了解、ボス」

 

 細く鋭い目を更に研ぎ澄ませたティナではあったが、リーダーの命令には逆らえないのであろう――その場から数歩下がった。もちろんパナップから視線を外しはしないが。

 一方、パナップには疑問が浮かぶ。

 ティナは自分を忍者だと言い、パナップも即座に特殊技術(スキル)で確認して確かに忍者の特性を備えていると確認していた。と同時にラキュース同様、格段に低い能力者であることも知り得た訳だが……。

 

(忍者になるには六十レベルは必要なはず、私も忍者なのだから間違いない。でも……獲得したのは結構昔だから、途中でアップデートでもして条件緩和が成されたのかも? む~ん、それとも世界が違うから別の忍者とか?)

 

 ラキュースがプレイヤーでないのは先程の態度で判明したが、となると当然仲間のティナもプレイヤーではないのだろう。それなのに忍者であると言うのは興味を引かれる案件だ。色々聞いてみたくはあるが――。

 

「パナップさん、話を戻しても宜しいですか? 貴方は先程『ぷれいやー』と言っておられましたが、もしや貴方はその『ぷれいやー』なのですか?」

 

「あ、うん。そうだよ、ユグドラシルのプレイヤーだよ……って! うっそ!? まさかプレイヤーを知っているの? うわっ凄い! 諦めていたのが馬鹿みたいだよ! ――っで、何処に居るの? 他のプレイヤーは?」

 

 渡りに船とはこの事か? 期待が掻き消えていただけに、パナップは勢い余ってラキュースへ詰め寄ってしまう。

 

「ま、待って下さい。私はそんなに『ぷれいやー』の事を知らないんです。何処に居るかなんて……実際に存在しているのかすら知りません。第一『ぷれいやー』に出会ったのは今が生まれて初めてなんですよ。もちろん――パナップさんが本物であるならですが」

 

 縋るような瞳で見上げてくるパナップを抑えながら、ラキュースは核心に迫る言葉を口にしていた。

『ぷれいやー』は一般人が知るような存在ではない。ある一定以上の高位機密を入手できるような強者だけが持ち得る情報なのだ。ただ――秘匿されているという訳でも無いので、耳聡い者なら知り得る可能性はあるのだが……。

 とは言え『ぷれいやー』の中身については多くの者が真実に辿りついていない。ラキュースにしても仲間からの情報を発端に自身で集めた分を加味して、憧れるべき伝説上の英雄として認識している。

 そうなると、パナップが己の事を『ぷれいやー』と言っていること自体が眉唾だ。アダマンタイト級冒険者の目から見ても脆弱にしか感じられない亜人が、山をも砕く神話級の豪傑だとはどうやっても思えない。

 故に聞いたのだ――本物か? と。

 

「なにそれ?! 実際に存在しているか知らない? 出会ったのは私が初めて? 何言ってんの? 私が此処に来たのは今日……て言うか今朝なんだよ。他のプレイヤーだってそうでしょう? なのにプレイヤーの事は知っているって……どゆこと?」

 

 この場所――この世界に来てからまだ一日も経っていないのに、初めて出会った現地人がプレイヤーの事を知っている。自身が本物かどうかを問われた事より、その事実の方がパナップにとっては重要だった。

 ラキュースの言葉は、まるで遠い昔にプレイヤーが存在していたかのような物言いだ。物語か御伽噺か、それとも吟遊詩人の歌にでも流れているのか、現実には顕現し得ない空想上の偉人を指し示しているかのようである。

 

「……えっと、その」

「なに? どうなってんの?」

 

「ボス、不毛な議論。一度皆と合流すべき」

 

 言葉は通じるのにお互いの言っている意味が分からない。ラキュースとパナップの心情はそのようなものであっただろう。見かねたティナが口を挟むのも仕方がないと言える。

 

「そ、そうね。イビルアイに話を聞いた方が早いかも知れないわ。……パナップさん、ちょっと宜しいですか?」

 

「は、はい?」

 

「街の宿屋に私の仲間が居ますので合流したいと思います。その方がパナップさんの疑問に答えられるかもしれません。――とは言え、どうやって街へ入るかですが」

 

 疑問が詰まって頭がくらくらしているパナップを余所に、ラキュースは素早く次の行動へと移っていた。仲間のティナと相談し、亜人のパナップをどうやって街中へ入れようか――又は仲間を街の外まで連れてきたほうが良いか等々、その迅速な頭の切り替えには称賛の気持ちすら浮かんでしまう。

 

(なんか軍人さん? とまでは言わないけど、決断したら迷いなく突っ走りそうな女性だな~。男勝り? 勇敢? ん~、さっきアダマン何とか冒険者って言っていたし職業柄なのかも? でも冒険者かぁ。この世界でもナザリックみたいな地下ダンジョンに挑戦したりするのかな~? 面白そうだけど……死んだらどうするのだろう)

 

「あの、パナップさん聞いてます?」

「えっ? ごめんなさい、聞いてませんでした」

 

 パナップが顔を上げると、其処にはちょっとだけ口を突き出したラキュースが此方を見つめていた。ティナとの打ち合わせが終わったのだろう、その結果を口にする。

 

「仲間を呼び出して合流した方が問題無さそうではあるのですが、出来れば話し合いは宿の中で行いたいのです。そこでパナップさん、ティナの隠形を見破った貴方なら見つからないように街へ入れませんか?」

 

「んふふふ、良くぞ聞いて下さいました。何を隠そう私は隠密特化偵察用プレイヤーなのです。街への潜入もギルド拠点への偵察も、何でも私に任せなさい!」

 

 いえ潜入というようなものでは――と言っているラキュースにも気付かず、パナップは得意分野の提案に胸を張る。もちろん張るような胸は存在しないし、潜入偵察以外に関してはまったくの駄目駄目なのだが……。

 

「少し心配。私が見つかったのも偶然?」

「ティナ、貴方は少し口を慎みなさい」

 

 ラキュースとしてはため息をつきたくなるが、今は気を引き締めなければならない。『ぷれいやー』であることが本当なら国家規模の重大案件だ。即座に身柄を確保して、王都へ連行する必要があるだろう。幸い黒い羽の亜人は強そうに見えない。アダマンタイト級冒険者でなくとも、後方に控えている(ゴールド)級冒険者が数人居るだけで問題なく抑え込めるだろう。

 ただ妙な特殊能力を持っていそうで警戒してしまう。

 本当なら街へ入れるのは安全上愚策と言えるかもしれないが、外では逃げられる可能性が高い。街中なら他の仲間を含め多くの冒険者が近くに居るし、無数の建物が逃走を阻むだろう。衛兵達も門を固めているので時間が稼げる。

 ラキュースとしては、なんとしても『ぷれいやー』の可能性があるパナップをエ・レエブルの街に閉じ込めてしまいたいのだ。無論、虚言であったとしても。

 

「んじゃ、いこっか?」

 

 少し前まで落ち込んでいたはずなのにパナップの声は軽い。ラキュースとしては一瞬、食べ損ねていた朝食を一緒にどうか――と言われている気になってしまう。

 見た目が男っぽく無く、女声なのでナンパではないと自覚出来るのだが、胸が平らなので違和感ばかりが募る。

 後で確かめる? というティナの進言を極力無視し、ラキュースはこれから起こるであろう頭を抱えそうな騒動に――人知れず深呼吸を行うのであった。

 

 

 ◆

 

 

『煙幕!』

 

 エ・レエブルの南門から少し離れた場所で、小さな爆発が起こった。砂煙が空高く舞い、現場にいた冒険者二人と亜人一体が巻き込まれる。

 門の近くに居た衛兵と(ゴールド)級冒険者は咄嗟に武器を握り締め、最悪の事態を想定して身を固くする。

 街へ入ろうとした亜人を平和的に退去させる為、偶然街を訪れていた冒険者の最高峰――アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーが一人で説得を行っていたのだが……。

 その人物は途中で何処からともなく現れた『蒼の薔薇』の仲間一名と合流し、その後穏やかに話し合っていると思ったら――謎の爆発によって粉塵の中に埋もれてしまった。当人はもちろん、仲間の姿も亜人も見えない。

 ただ舞い上がる噴煙の高さにしては、爆発音も飛び散る砂塵も少ないように感じるが。

 

「アインドラ様! 如何されたのです?! 無事ですか?」

「おい! お前ら突っ込むぞ! 防御魔法を掛けろ!」

 

「ま、待ってください! けほっけほ――大丈夫ですから、こほっ」

 

 咳き込みながらではあるが、聞こえてきた声は間違いなくラキュースのものであった。衛兵と冒険者の間に安堵の空気が漂うも、武装を解除しようとする気配は無い。爆発の原因が不明なのだから当然であろう、肝心の亜人が出てくるまで気は抜けない。

 

「……ん? アインドラさん、あの亜人が居ないようだけど、何処に?」

 

 砂煙が晴れた後、(ゴールド)級冒険者のリーダーらしき男の視界にはラキュースと仲間らしき女性の姿しか映っていなかった。一番警戒すべき亜人が居なくなっていることに冒険者だけでなく衛兵達も周囲に視線を向けるが、すぐさまラキュース自身が答えをくれる。

 

「あの亜人には帰ってもらいましたよ。道に迷っていただけなので周辺地理を教えたら直ぐに出発してくれました。話の分かる相手で良かったです」

 

「え? ってことは……今の爆発はいったい?」

 

「照れ隠しの煙幕ですよ、ただの悪戯です。何の問題もありません。――皆さん、力を貸して下さいまして有難うございます。冒険者の方々も御助力有難うございました」

 

「いえ、そんな……」

 

 ラキュースのような超絶美人に――格上の冒険者に手を握られてにっこり微笑まれたら、どんな疑問も取るに足らないちっぽけな事象に変化する。こればっかりは世界が変わろうとも不変の理なのであろう。

 誰だか知らないが、うんうんその気持ちわかるよ~っと頷いている何者かが居るようだ。

 

「それでは私達は失礼します。衛兵の皆様も引き続き、お仕事宜しくお願い致しますね」

 

「は、はい。アインドラ様」

 

 美人は得だよね~――誰にも聞こえないようそんな言葉を呟いたのは、門を潜るティナでもラキュースでもない。とは言え、冒険者や衛兵達が見送った先には女性二人の美しい後姿しかなかった。

 衛兵達は見事に事態を収めた『蒼の薔薇』の手際に感嘆の声を漏らし、突如として現れ、そして去って行った亜人に関する憶測を呟き始める。

 あれはバードマンだったのか? 何処から来たのか? 何処へ行ったのか? 羽が無かったら人間にしか見えないな、まぁまぁ可愛かった――等々。しばらくはそんな話で盛り上がったそうだ。

 

 

「……もうすぐ宿屋につきます。こっちです」

「ボス、私を案内しているみたい。人に見られたら不自然」

「あっ、そうだったわね。ごめん」

 

 仲間であるティナを宿屋に案内する、という行動は確かに奇妙であろう。何度も足を運んでいるのだから案内する必要はない。

 ラキュースは少しだけ後方を気にすると、後はただまっすぐ前を見ながら戦場に居るかのような緊張感をもって歩き続けた。

 

 直ぐ傍を小柄な何者かが歩き、肘先を黒い羽が掠めても、まったく気配を感じられないのだから恐ろしい。加えて空気の流れや体温、魔力の残滓や足跡も発見できない。

 ラキュース自身探知能力に長けている訳ではないので仕方ないのかもしれないが、隣を歩くティナの苦渋に満ちた表情からも自分の不安が本物であることを確信する。

 最初から知っていなければ絶対に分からない、いや知っている今でも分からない――冒険者の最高峰であるアダマンタイト級が出した結論は、完全なる敗北であった。

 

「――来た。二人とも無傷」

「おいおい、こっちは完全武装で合図を待っていたのに結局何も無しかよ」

「だから言ったんだ。迷い込んだ亜人なんか衛兵で十分対応できる。私達が出向くような相手じゃない」

 

 貴族が出入りしそうな豪華で巨大な屋敷の前に居たのは、三名の武装した人間であった。一人は何処かの宝物殿に生息しているドッペルゲンガーかと思うようなティナそっくりの女性、もう一人は長大な刺突戦鎚(ウォーピック)を腰に下げた鎧の巨漢、最後の一人は仮面で顔を隠した漆黒ローブの子供。――いずれも沸き立つ魔力が目で見えるほどの強力なマジックアイテムで全身を飾っており、周囲に居る街の住人達とは明らかに住む世界が違うのだと見て取れる。

 確認するまでもなくラキュースの仲間達なのであろう。

 ティナが忙しなく両手を動かすと同時に、見た目そっくりの女性も奇妙な手の動きで答えているので、何かしらの意思疎通が可能な相手だと言うのは間違いない。もちろん何をしているのかはさっぱり分からないが……。

 

「三人とも待たせて御免なさい」

「――ボス、今は言えないとは何? その娘に何か口止めした?」

「聞くなと伝えたのに何故聞く? 先に教えた意味が無い」

「なんだティア、どうかしたのか?」

「……変だな、妙な緊張感を感じる。ラキュースもどうしたんだ? 南門で何かあったのか?」

 

 同じ顔の女性二人が不穏な空気を見せる中、鎧の巨漢が間に入り、仮面の子供がラキュースへ問い掛ける。その声は聞き取り辛く、感情の無い平坦な響きであり、子供であるにも拘らず老人の声と聞き間違えてしまいそうだ。

 

「ちょっと三人とも詳しい説明は宿の部屋に戻ってからよ。いいわね」

 

 ラキュースは何か聞きたそうにしている仲間達を振り切り、宿の正面口に居る案内人の下へと進む。冒険者が泊まる宿には様々なグレードが存在するが、最高級ともなると部屋への案内係や馬車の預かり場などが用意されており、値段に見合ったサービスを提供しているものである。

 ラキュース達『蒼の薔薇』も数日前からエ・レエブル最高の宿に宿泊しており、既に案内人とは顔見知りになっていた。と言うより、アダマンタイト級冒険者は王国に二組しかいないので泊まる前から知られているのだが……。

 

「ティア、貴方もむくれてないで早く行くわよ」

 

 意識の擦れ違いでも感じたのだろうか、リーダーであるラキュースの言葉に仲間の反応は少し鈍い。

 

「むくれてない、この娘が隠し事するから悪い」

「鬼ボスの命令は絶対。分かっているはず」

 

 ふむふむ、この女性はティアというのか、ティナさんとそっくりだから双子なのかな? という何者かの思考が届いたかどうかは知らないが、鎧の巨漢と仮面の子供は普段とは違う違和感をもってリーダーの後を追った。

 ラキュースが何かを隠しているのは間違いない。それも南門であった騒動に関係しているのだろう。それは分かるが、隠している内容に関してはまったく想像が及ばない。

 仮面の子供は誰にも気付かれないよう自身を強化し、周囲への魔力探知も行った。さらにはラキュース達に良からぬ魔法でも掛かっていないかと探りを入れ、何の手応えもないことに安堵すると共に――疑問だけが残る。

 

(何だ、何があった? ラキュースの奴、気を張っているのは分かるがちょっと嬉しそうな感じもするし……よく分からんな)

 

 部屋へと向かう道中、仮面の子供は思いつく限りの手を打とうとしてはいたのだが、戦闘が始まっている訳では無いし、仲間の身に危険が及んでいる訳でも無い。そんな状況でいったい何をすれば良いのか?

 仮面の子供は四人の仲間が部屋の中へ入っていくのを最後尾から眺めつつ、何かもめ事を抱えたのだろう――と小さくため息をつくしかなかった。自身が『六番目』に部屋へ入ったことなど露ほども知らずに……。

 

「――で? 情報を集め終わったから早いとこ王都に戻らねぇとって時に……俺達に隠し事ったぁ、どうなってんだ?」

「そう、鬼ボスに隠し事されて傷ついた。回復する為にイビルアイの協力を要請する」

「却下だ、其処で寝てろ」

 

「はいはい、まずは座って。飲み物でも用意するから落ち着いて頂戴」

 

 武装した五人が足を踏み入れた大きな部屋は、血生臭い戦いとはまるで無縁の豪華で美しく――物語に登場するお姫様が宿泊するような要人専用の一室であった。

 とは言え、ラキュースの外見ならば似合いの場所と言えるのかもしれない。仲間に紅茶を用意する仕草からも気品を溢れさせており、出生が高貴なものであることを語っている。

 

「さて……と、ティアが無理なのは分かっていたけど、まさかイビルアイまで気付かないなんてビックリだわ」

「私も驚いた、信じ難い事実」

 

 ラキュースとティナが何を言っているのか――最初は分からなかった。しかし六個目のティーカップに紅茶が注がれた瞬間、仮面の子供を含む三人はその場から一斉に飛び退く。

 

「そんな馬鹿な! 私が見落としただと!!」

「くそっ! 脅されてんのか? 魅了(チャーム)か?! ティア! 相手は何処だ? 何人だ?!」

「不明! 隠れている気配は無い! ――正直誰かが居るとは思えない!」

 

 戸惑いの言葉と共に三人は部屋の隅々まで視線を這わせる。のんびりと紅茶を口に運ぶティナとは対照的な様子であり、同じ部屋の中に居る仲間同士とはとても思えない。

 最もその違いがより一層、鎧の巨漢――ガガーランに焦りをもたらすのであろう。

 

「おいリーダー! 何があったってんだ?! 敵か?」

「いやちょっと待て……これってもしかすると私達を引っかけたんじゃないか?」

「イビルアイに賛成。鬼ボスのブラフに違いない」

 

 ラキュースに対する保護者的意識の強いガガーランは、自身の探知能力が低い事もあって見えない敵の存在に殺気交じりの警戒を見せるが、他の二人はそうじゃない。

 技術的・魔法的な探知能力に自信を持つが故に、何の気配も無い周囲の状況からリーダーの自作自演と判断したのだ。恐らくティナと協力の上で見えない敵の存在をアピールし、慌てふためく仲間の醜態を楽しもうとしたのであろう。

 なんとも酷いリーダーである。

 

「うおっマジか? 思いっきり引っ掛かったじゃねえか!」

「お前は全身筋肉だから仕方がない。と言いたいところだが、私も騙されたようなものだからあまり大きい口は叩けんな」

「叩いてる、偉そうな口叩いてる」

 

 この瞬間、三人の警戒心は完全に解かれてしまった。とは言え、それも致し方ないと言えるだろう。アダマンタイト級冒険者が揃いも揃って――何も居ない、誰も居ない、隠れ潜んでいる者など何処にも存在しない、と太鼓判を押してリーダーの戯言だと判断したのだ。

 その行為の何処に疑念を挟む余地があるだろうか? いや、にっこり笑顔のラキュースが後方の何もない空間に向かって目配せをしている妙な行為に関しては、おかしいと言えばおかしいのだが……。

 

「ふふ、あんなこと言ってますよ、パナップさん。そろそろ――出てきたら如何ですか?」

 

 明後日の方角に声を掛けるラキュース自身も、実はちょっとだけドキドキしていた。あまりに気配が無さ過ぎて本当に誰も居ないのではないかと――自分の方から一緒に来てもらえるようお願いしたものの、途中で何処かに行ってしまったのではないかと心配していたのだ。

 もちろんその心配は杞憂に終わる。

 

「ふはははは~い! 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん! 初めましての私パナップ! 宜しくお願いだよっ!!」

 

 多重使用の特殊技術(スキル)を解除し、パナップは――片手を額の前に翳し、もう一方の手を高々と掲げるという妙にクネクネとしたポーズのまま――六枚の黒い羽根と共に現れた。

 

「「「…………」」」

 

 パナップの挨拶に答えたのは静寂だけだ。先程までの騒がしい言動がまるで幻想であったかのように静まり返り、誰一人として――なぜかラキュースだけは目がシイタケだが――口を開く者はいない。

 ただ視線だけが忙しなく動き回り、何かの糸口を探っているかのようであった。

 

「あ、あれ? もしかしてスベった? ん~おっかしいなぁ、前やった時は結構ウケたんだけど……」

 

 アインズ・ウール・ゴウンで潜入スパイをやっていた頃、ギルドメンバーをこっそり招き入れて拠点攻略を始めるという裏切りの瞬間――自らの正体を明かすネタとして、るし★ふぁーに教えてもらった一発芸だったのだが、世界が変わると笑いのセンスもおかしくなるのだろうか。

 当時は悲鳴やら罵声やら雄叫びなどが噴き出して其れなりに盛り上がったものだが、静かになってしまうとはちょっと意外で傷付いてしまう。

 ただ――パナップは知らない。

 この一発芸がるし★ふぁーのイタズラであり、周囲が盛り上がっていたのはスパイ行為に対する怒りの声だったという事に、パナップ自身未だに気が付いてはいなかったのだ。

 




残念な子はやっぱり駄目だったよ……。
レベル100でも役には立たないんだよ。

ステータスで知力が桁違いに高くても、異世界では無意味なんだね。
しかもカンストだからこれ以上は上がらない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-4

本当にびっくりした人は叫べない?
実際の所どうなんでしょうねぇ。
戦いに明け暮れている冒険者なら、驚く事なんてないでしょうけど……。

てな訳で、ゴールデンウィーク投稿で御座います!



 長い時を生き、鍛錬に鍛錬を重ね、地獄のような境遇を味わったとしても、初めての経験というものは存在する。滅多に訪れないから忘れているかもしれないが、アダマンタイト級冒険者になっても当然ながら新たな経験を積むという事は有り得るのだ。

 鎧の巨漢ガガーランも、仮面の子供イビルアイも、ドッペるなティアも、信じられないと思いつつも一つの経験を知識に加える。

 そう――生き物が驚く場合、『助走』が必要なのだと。

 

「なっ、な? なんじゃこりゃー!! どっから出てきた! ヒトか? モンスターか?! ってか何のんびり紅茶なんか飲んでんだー!!」

 

 真っ先に助走を終えて驚きの声を上げたのはガガーランだ。後の二人はティーカップを持ち上げたまま動けないでいる。

 

「え? な、なにが起こったんだ? えっとラキュース、その羽が生えた奴はいったい?」

「……驚きを通り越して意味不明。どうしたらイイか分かんない」

 

 二人は助走途中で諦めたようだ。それより何もない空間から姿を現した真っ黒な羽に目が釘付けで、紅茶の味を楽しむ暇もない。

 

「改めて紹介するわね、此方パナップさん。先程南門で衛兵と揉めていたから連れてきたのよ。聞きたい話もあったし……」

 

「中々面白かった。三人の狼狽する姿は話のネタになりそう」

 

「あらら、ティナさんは結構酷い人なんですね~。仲間なんだからもっと優しくしないといけませんよ~」

 

 立ち上がって刺突戦鎚(ウォーピック)を構えているガガーランは完全スルー。細い目を大きく見開いているティアや(くつろ)ごうとして仮面を外しかけていたイビルアイも、当たり前のように紹介されている亜人を前にして自分の方が消えているかのようだ。

 

「いや、ちょっと、待て――待ってくれラキュース! 最初から説明してくれないと頭が追い付かない。というより……顔を見られてしまったぞ、大丈夫なのか?」

 

 イビルアイが外しかけていた仮面の隙間からは、幼い少女の顔と赤い瞳が覘いていた。幸い鋭い犬歯までは見えていないようだが、多少聡い者なら理解してしまったことだろう。

 イビルアイが凶悪なモンスター、ヴァンパイアであるという事を。

 

「まぁ大丈夫でしょ。パナップさんだって自分の事を堕天使だって言っているのだから……」

 

「あ、うん、最初から知っていたし大丈夫だよ~。多少の探知阻害アイテムなんか私には意味ないしね。ヴァンパイアでもバードマンでも問題無いよ~。むしろヒトと行動を共にすることの方が少ないぐらいだったしね~」

 

「知ってた? 意味ない? ……えっと、な、なんかよく分からんが……軽い奴だな。ま、まぁ、敵では無さそうだし、ラキュースが連れてきたのなら別に構わんが」

 

「おいっ、いいのか? コイツ弱そうだけど隠密は完璧だぞ。さっきみたいに隠れられたらお手上げだぜ」

 

「同意、信じられないけど危険」

 

 ガガーランやティアが警戒するのも当然であろう。完全に見えない状態から攻撃されたら、相手がどんなに弱くとも致命的な一手になる。

 何時もならどんな相手だろうと多少の気配は感じ取れるのに、手が届くほどの正面で気取ることが出来なかったのだ。そのまま攻撃されたら――と想像するだけで背筋が凍る。

 

「ぶ~、私を誰彼構わず攻撃するようなPK集団と一緒にしないでくれます? こう見えても一対一で勝負を仕掛けた事なんて殆ど無いのですからね」

 

 パナップの言い分はまるで善人をアピールしているかのようであるが、実態は負けるから勝負を仕掛けていないだけだ。そもそもパナップは偵察要員なのだから攻撃なんてしない。それは『蒼の薔薇』のように弱過ぎる相手だったとしても変わらない……はずだ。

 

「はいはい、お喋りはそれぐらいにして本題に入るわよ。えっとまずは自己紹介からかな?」

 

 既に全員の名前を知ったり知られたりしているが、それはそれ。物事には順序というものがある。骸骨魔王を前にした村娘が与えられた治癒のポーションを拒否してしまうように、順番を間違えると酷い勘違いをされてしまうのだ。

 

 ラキュースは改めて自分を含めた『蒼の薔薇』の紹介を行い、メンバーにはパナップの名と事情を説明した。途中、王国や帝国などの周辺国家に対する説明や、貨幣の解説、そして冒険者という職業についても話を進めた。

 思ったより楽しくなさそう――なんて感想が冒険者の職業に対して投げられたのには『蒼の薔薇』一同苦笑するしかないが、それ以外の内容については目を丸くするパナップの表情が見られて面白かった。

 そして最後に、ラキュースは大事な言葉を口にする。『ぷれいやー』――と。

 

「なん……だと? お前が『ぷれいやー』? そ、そんな馬鹿な?!」

 

 仮面を被り直したイビルアイは、くぐもった声で何度目かになる驚きを口にした。

 確かにずば抜けた隠密能力には驚愕したが、それでも目の前の羽人間は弱々しく、伝説に登場するような化け物ではない。

 もちろん世の中には弱いながらも――最終的には魔神さえ打ち倒すほどに強くなった英雄もいるのだが……。

 

「十三英雄のリーダーのようなパターンか? いや、しかし、あの者は身に付けていた装備も常識外れだったが、一目見ただけで異常だと分かる才能の塊だった。それだけで神話に登場するような存在だと認めざるを得ないほどの……。それに比べると」

 

 イビルアイが『ぷれいやー』と旅をしたのは――彼女の年齢からすれば――短い間だった。しかも相手が『ぷれいやー』だと分かったのは別れてから結構経った後の事であり、当人から具体的な話を聞いた事は無い。とは言え、伝説的な実力を自らの目に焼き付けた事があるのは確かだ。

 天を覆う雷撃の嵐、地から無数に突き出る骨の槍、巨大なドラゴンですら真っ二つに裂く魔力の刃。

 今でこそ夢かと思ってしまうが、それは確かに存在した英雄達の御業だ。加えて言うなら、田舎から飛び出してきたかのような村娘が「私ぷれいやーなんです」と言って良い対象ではない。無論、黒い羽を六枚追加したところで同じことだ。

 

「ふん、何処の集落で『ぷれいやー』の話を聞いたかは知らんが、亜人が憧れるには少しばかり度が過ぎるな。まぁ、十三英雄――と言うか共に戦った仲間の中には羽を持つ者も居たから、気持ちは分からんでもないが……」

 

「あ~、この『男胸』! 私を可哀想な目で見たなぁ。ゆるすまじです!」

「お、おとこむね――だと?!」

 

 ヴァンパイアは皆胸が小さい――かどうかは置いといて、パナップはその昔ぶくぶく茶釜から言われていたからかいの言葉でイビルアイを挑発した。

 ちなみにぶくぶく茶釜は、女性であるのに男のフリをしてまったく胸の無い堕天使アバターを使っているパナップに対し、いい加減女性である事をカミングアウトしてもいいんじゃないの? といった感じで使用していたのだが……。

 今回のパナップは完全に悪口として使っている、決して愛称などではない。

 

「あ~ぁ、どうすんだ? ちびっ子が本気出しそうだぞ」

「仕方ない、胸の話は命に係わる」

「同意、イビルアイの胸は至高、いいにほい」

「ちょっとバカなこと言わないの! 止めるわよ!」

 

 不穏な気配を放ちつつあるイビルアイに対し『蒼の薔薇』が総出で止めに入るが、小柄なヴァンパイアの機嫌はすこぶる悪い。もちろん元凶のパナップが謝れば問題は収まるだろうが、偽者扱いされた堕天使も少しばかりお怒りモードのようだ。

 

「このっ、私よりもお前の方がぺったんこだろうが! 人の事言えた胸か!」

「あ、あのね! 私は堕天使なんだからしょうがないの! 本当の姿なら貴方よりあるんだからね!」

「ほ~、見せてほしいものだな。まっ、少なくとも今は私の方が大きい!」

「ぐぬぬ、出来るもんなら今すぐにでも見せてやるわよ! でも……私こんな姿だし、ここ異世界だし、帰れないし、一人ぼっちだし……」

 

 威勢良く言い争いながらも、若干堕天使の方が押されているようだ。――だがそれも仕方のないことかもしれない。実際に胸の大きさではイビルアイの方が勝っているし、仲間が周囲に居る状況ならば強気になるのも当然であろう。逆に言うなら、たった一人のパナップに精神的支えは存在しない。明るく強気に振る舞っていても、迷子の小鳥に等しい立場なのだ。

 

「はっ、なんだそれ? 独りぼっちって――お前仲間は居ないのか? だから『ぷれいやー』だなんて言い出したのか?」

 

「……」

 

 この時のイビルアイは――亜人の集落で仲間外れにされたパナップが、自分の存在を周囲に認めさせる為に英雄の立場を利用していると考えたのだ。もちろんその一言が、パナップにとって巨大な地雷になっているとは知らなかったのだが……。

 

「……んぐ、ふええ、う、ううえええええぇ~~~!! ももんがざ~~ん!!」

「お、おい、ちょっと泣かなくても――」

 

 抑えていた何かが外れてしまったのか、パナップは大粒の涙を隠しもしないで両目から溢れさせていた。時折誰かの名を叫んでいるようにも聞こえるが、涙声が酷くて聞き取れない。余程の事情を抱えているのだろう、その悲痛な叫びにはイビルアイの想像した内容とは一線を画した何かを感じる。

 

「もう……いやだよぉ。んぐっ、ひとりはこわいよぉ。……たすけてももんがさん……」

「分かったから、大丈夫だから落ち着け。私達が傍に居れば何も怖くない、怖くないぞ、なっ」

 

 体格的には小さなイビルアイが、少し年上の女性を抱きしめて背中をさする。そんな光景にはラキュースも忍者娘達も――口元がにやけてほのぼのとした空気を醸し出してしまう。ガガーランも一際珍しいイビルアイの優しげな姿に、目元が緩んで仕方がない。

 

「あのちびっ子が立派に成長して……俺はこの上なく嬉しいぞ! イビルアイにも人を労わるという行為が出来るようになったんだな」

「意外な発見、冒険者ギルドに報告したら報酬がもらえるかも?」

「羨ましい、ズルい、私も抱き付いて良いか?」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい。変な事言ってないで話を先に進めるわよ」

 

 イビルアイの小さな胸の中で落ち着きを取り戻しつつあるパナップを横目で確認し、ラキュースは本題を持ち出そうとしていた。『ぷれいやー』を名乗る人物をイビルアイの下まで連れてきた本来の理由だ。

 

「イビルアイ、今すぐリグリットさんに連絡を取ってちょうだい。出来ればこの街で合流したいって」

 

「なっ? あのばばぁを? ……んん、そりゃあ『ぷれいやー』の事に関しては私なんかよりよく知っているだろうけど、伝言(メッセージ)が届く距離に居るとは限らんぞ」

 

「それでもよ。リグリットさんはこの前会った時、法国の情勢を気にしていたから上手く行けばエ・ランテル辺りに居るかもしれないわ」

 

 ラキュースの言い分はイビルアイにもよく分かる。『ぷれいやー』の事をよく知っている人物が知り合いの中に居るのなら、その人を頼るのが当然の流れだ。

 だがイビルアイはパナップへの不信を拭えない。どうしても『ぷれいやー』だとは思えないのだ。

 

(これ程までに強さを感じないのだから、あのばばぁを呼んでも無駄になるだけ……いや、ちょっと待てよ)

 

 イビルアイは静かになった腕の中の亜人を見つめつつ、遥か昔の記憶を思い起こしていた。それは二百年も昔の記憶――伝説の英雄達と旅をした、忘れる事の出来ない苛烈な思い出である。

 

 

『キーノさん、一目で相手の強さを推し量れるからと言って油断は良くないですよ。世の中には自分の強さを隠している強者も居るのですから……ってボクの話聞いてます?』

 

『はぁ、……何を言っているのですか? 強さなんてものは隠せるものではありませんよ。私なら出会った瞬間、どの程度の実力者なのか判別できるのです。貴方と一緒にしないで下さい』

 

『やれやれ、止めときなリーダー。この嬢ちゃんには何を言っても伝わらんさ。なんせ文字通り化け物みたいな力を身に付けてしまったんじゃからなぁ。周りが雑魚に見えてしょうがないんじゃろう』

 

『困りますね~。アイテムの中には自分の実力を読み取らせないように出来るモノもあるのですが……。幸い持っている相手に出会ってはいませんけど』

 

『確かに幸いじゃなぁ。出会っておれば魔神討伐の旅なんぞ続けていられんじゃろうし――油断して近付いた瞬間殺されて、墓の下に居るじゃろうからのぉ』

 

『……馬鹿な事言わないで下さい。私が油断して隙を見せるなんて有り得ません。リグリットさんも知っているでしょ? 私は望まずながらも国一つを引き替えに転生した、最強のヴァンパイアなんですから――』

 

 

 昔々の御伽噺。

 しかし今のイビルアイには、流れるはずもない冷や汗を全身から滴らせるかのような思い出であった。

 ちらりと自分に抱き付いている亜人の装飾品を確認する。首飾りに腕輪、そして両の指にはめられている六個の指輪。それらは全て美しく且つ繊細な出来栄えであり、名のある職人が造り上げた至高の品であるように見える。ただ今までは魔力の一つも感じないが故に、冒険者が身に付ける装飾品としては役に立たないガラクタだと思い込んでいた。

 

(ちょっ、ちょっと待てよ! もしもこの亜人が、実力を誤魔化す何らかのアイテムを所持していたならどうなる? 私は今、思いっきり隙だらけなんだが!)

 

 完璧な隠密が出来るのに弱い理由、見事な装備品なのに魔力を全く感じない訳。イビルアイの脳裏には、結論を導き出すいくつかのパーツが揃い始めていた。と同時に、その結論を口に出す訳にはいかないとも察する。

 黒羽の亜人が本当の実力を見破られたと知ったら何をするか分からない。故にラキュース達に知らせる場合にも細心の注意が必要だ。気取られたなら次の瞬間、亜人は姿を消し、同時に己の首が飛ぶだろう。相手が見えないのだから避ける事も防ぐ事もできない。

 

(まずリグリットと合流するべきだな。出来るだけ此方の戦力を増やして、いざと言う時対抗できるようにしておかないと。それから――)

 

 ヴァンパイアなのに脳の血の巡りが物凄い事になっているような錯覚を受けつつ、イビルアイは現状における最適な対策を練り上げる。自らを堕天使と語る亜人の実力が実際どの程度か分からない今、正面に立ち塞がるべきは肉体的優位に立つヴァンパイアであるべきだろう。他の仲間達には任せるべきではないし、任せたくない。

 二百年前の戦いでも少なくない仲間が命を落としている。相手が魔神であったとは言え、もう二度と味わいたくない経験だ。リグリットに無理やり組まされたとは言え、ラキュース達はもう大事な仲間であり、己の命を懸けて護るだけの価値のある存在なのだ。

 

(まずはラキュース達に上手く伝えないと……。しかし此奴等は平気で会話の内容を口に出しそうだから、なるべく亜人の居ない場所で――ってええ!!)

 

 ――もみもみ――もみもみ――

 

 胸の辺りに感じる人の手の温もり。

 ゆっくりと優しく、その小ささを堪能するような手の動き。

 イビルアイは必死に頭を働かせていたにも拘らず、その全てが白紙になってしまうほどの衝撃をもってして腕の中の亜人を突き飛ばした。

 

「こっ、この変態! 人の胸をまさぐるな!! お前はティアか!!」

 

「酷い、私を変態みたいに」

「仕方ない、身に覚えがあるはず」

「おいおい、ちびっ子の胸に興味があるってことはそっちのケがあるのか? それとも野郎だったのか? ん~、その割には童貞の気配を感じねえなぁ」

「ちょっとみんな落ち着いて、……パナップさん大丈夫ですか?」

 

「あ~、御免なさい。私の知り合いで胸に詰め物をして大きく見せている人がいまして、ちょっと確認したかったんです。あははは……」

 

 ペロロンチーノに無理やり読まされた十八禁キャラ設定の中にそのようなヴァンパイアがいたから――とは口に出さないが、パナップとしては別に確かめたい事があった。

 プレイヤーにしろNPCにしろ、抱き付く、胸を触るなどのセクハラ&十八禁行為は、ユグドラシルにおいて完全な違反行為であり、すぐさま警告が発せられたものだが……。やはりその様なアクションが起動する気配は無かった。

 最初から何の反応もあるまいと予想していたのか、パナップの表情に落胆の色は無い。ただ目の前に、触りやすい位置にあったから手を伸ばしただけに過ぎないし、そもそも小さな女の子の胸に興味は無い。

 

「お、お前なー! 詰め物していたならもっと大きくなってる……って何言わせる!」

 

「ごめんごめん、ちょっと恥ずかしい姿見せちゃったから照れちゃって……。でも抱きしめてくれてありがとう。嬉しかったよ」

 

「うぇ? ……あ、うん。べ、別に構わないぞ。……そ、それじゃあ、リグリットに伝言(メッセージ)を飛ばしてくるからな」

 

「お願いねイビルアイ。――さてパナップさん、これからの事についてですが」

 

 部屋を出て行くイビルアイを見送りつつ、ラキュースは気を取り直したかのようにパナップへ向き合った。話し合うべきは今後の方針、パナップの取り扱いについてである。

 見事な黒い羽を纏っているパナップは、当然だが街の中を歩かせる訳にはいかない。すぐさま南門の衛兵達が駆けつけてしまうだろう。下手をすればモンスターとして討伐されてしまうかもしれない。当人は自分の事を堕天使だと言っているので誤魔化すのは難しいだろうし――というか本当に堕天使なんだろうか。分からない事が多過ぎる。

 

「まずは羽だろ? どうにかして羽を隠さないと街を歩くことも出来んぜ。他は人間そっくりなんだから問題ないけどよ」

 

「そうね、外套か何かで隠せないかしら?」

 

「ん? あぁ、羽が問題なのね。んふふ、大丈夫だよ。このパナップ様にお任せあれ!」

 

 やけに自信満々なパナップは一人立ち上がると、両手を大きく回転させて『へん・しん』と特殊技術(スキル)を発動させた。

 見る人が見れば少しばかり残念な感じの挙動なのだが、淡い光を持ってその身を包んだパナップの行動に、『蒼の薔薇』は思わずたじろいでしまう。それは見た事のない輝きであり、武技でも魔法でもない知識の外にある特異な現象。次の瞬間――爆発すると言われたら、疑う事無く即座に逃げ出してしまっただろう。

 

「おいおい、危なくないのか?! 何が始まんだ?」

「危険な感じはしない。……ちょっと綺麗」

「同意、だけど詳細不明」

 

「パ、パナップさん?! いったい何を?」

 

 戸惑いを見せるラキュースの言葉を最後に、黒羽の亜人を覆っていた光は掻き消えた。そして中から姿を見せたのは先程とほとんど変化のないパナップ――と言いたいところだが、見事なまでに人間の女性にしか見えない。黒い羽は欠片もなく、ぺったんこだった胸には忍者娘と同程度のモノが追加されている。ちなみに増量しているかどうかは不明だ。

 

(ふっふ~ん、潜入偵察用の特殊技術(スキル)てんこ盛り変身! 幻術なんかじゃなく、ドッペルゲンガーと同程度にアバター自身を変化させる私の得意技だよ。ここまでやったらぬーぼーさんクラスじゃないと見破れないからね。ふふふん)

 

 パナップの担当は潜入であり偵察であったのだから、敵対勢力圏へ入り込むために変身を使うのは日常的なものであった。加えて攻撃・防御を捨ててまで特化しているのだから、通常の変身とは一線を画す領域へと到達している。一般的な探査能力では見破ることなど不可能と言っていいだろう。だが何処にでも特化型のプレイヤーは居るものであり、探査特化に引っかかって袋叩きになった過去も今では懐かしい思い出である。

 

「じゃじゃ~ん! 何処からどう見ても人でしょ。これなら何の問題も無いよね」

 

「お~、なんかよく分からんが凄いな。羽はどこ行ったんだ? 折り畳んだのか?」

 

 ガガーランがパナップの背中に回っても、そこには軽装鎧の背面が見えるだけだ。羽なんて何処にも見えないし、手を這わせても感触すら得られない。

 

「どーなってんだ? さっぱり分からん」

 

「幻術でもない、未知の武技?」

「もしくは生まれながらの異能(タレント)?」

 

「ぶぎ? たれんと? むむむ、まだまだ私の知らない知識があるみたいだねぇ。こっちの世界はユグドラシルそっくりかと思えば、色々違っていて何だか大変そうだよ」

 

「それを言うなら私も『ゆぐどらしる』なんて初耳ですよ。まぁ、お互いの情報交換はこれから行うとして、せっかく変身してもらったのですから街を案内しましょうか? その姿なら誰からも咎められないでしょうし」

 

 ラキュースは目の前で起きた奇妙な現象に動揺しつつも、リーダーとしての威厳を持ってパナップを街へ誘った。今から街見物へ繰り出せば、一通り回った頃には昼食の時間になるだろう。その時にお互いの疑問は解決すればよい。そしてお腹を満たした後は、冒険者ギルドへ足を運んで身分証の代わりになるプレートでも支給してもらおう。

 少しでも王国へ身を置くよう縛っておかないと厄介なことになるかもしれない。なにせ『ぷれいやー』なのだから――。

 

 ラキュースは仲間達と共にパナップを誘って部屋を出た。途中、イビルアイを捕まえ伝言(メッセージ)の進捗状況を聞くが、芳しくないようだ。リグリットへ繋がる感触はあるのだが返信が無いので何とも言えない――との事。

 ただイビルアイが――羽の無くなったパナップを見て驚きの声を上げた後――こっそり伝えてきた特殊なアイテムの話には驚きを隠せない。それが真実だとすると……いや真実である可能性の方が高いだろう。完璧な隠密に見た事もない変身。実力を隠していると言われた方がまだ納得するというものだ。

 

 ラキュースは静かに呼吸を整え、心身を引き締める。

 加えて一つ思い出す――あの変身ポーズは格好良かったなぁ――と。

 




ここで一つ謝罪させて頂きます。

本文中のヴァンパイアについて『胸が小さい』『詰め物をしている』などの表現がございましたが、これは不適切であったかと思います。
ヴァンパイアの中には吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の方々のように、御立派な胸を所持されている女性もおられます。
故に決してヴァンパイア種族の貧乳を強調するものではありませんので、どうかご理解願います。

以上、ナザリックのとある階層守護者の方より指摘が有りましたので、この場にて謝罪にならない謝罪をさせて頂きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-5

この世界では太るのだろうか?
メタボになるのだろうか?
骸骨魔王は変化しないでしょうけど……。
飲食可能な者はどうなるのか?

贅肉がついた天使――人はそれを堕天使と言う。



 異なる世界へ転移して一番感動するものは何だろう?

 特殊な能力を使える事か? 広大な自然か? 生き生きと動くファンタジーの住人達か?

 パナップに関して言えば、其れのどれでも無い。

 この黒い羽を隠したことで田舎娘にしか見えない――でも妙に立派な装備を着込んでいる一人の女性は、街見物の途中で立ち寄った食堂に於いて最大の感激を味わっていた。

 

「美味ひ! 美味ふぎるおほれっ! なむなろほろ肉汁! ひむひはれなひ! 天然もろろお肉を頬張へれるなんれっ! んぐんぐ……ちょっと美味しいんですけど?! どうなってんの?」

 

「はぁ、その台詞はこっちが言いたいぜ。今のお前さんは、辺境の村からやって来たおのぼり娘そのものだっつーの。もう少し落ち着いて食べろって」

「可哀そう、かなり食うに瀕していた様子」

「でも悪くない、口もとを拭いてあげたい」

「そんな事言っている場合か? 私達の分も無くなってしまうぞ」

 

「……え~っと、私の話聞いてますか? パナップさん」

 

 大きな木製テーブルの上に並ぶ様々な料理は、パナップの理性を狂わせるのに十分な破壊力を持っていた。天然ものの肉と野菜、そして穀物。一口齧れば口の中に広がる刺激的な香辛料と肉汁&煮込み汁。そのどれもがパナップにとって初めての経験であり、映像でしか見た事のない超高級料理そのものであった。

 工場で造られた液体食料ではない。

 チューブから吸い出す餌ではない。

 それは本物の――汚染されていない本当の食事であったのだ。

 

「ぷはー! 飲み物も美味い! 原料なんかさっぱり分からないけど美味しい。柑橘系の香りが爽やかで何杯でもイケるわ~」

 

「はぁ、落ち着いたらちゃんと情報交換しましょうね」

 

 やれやれと言わんばかりに深く息をつくラキュースは、周囲の注目を必要以上に集めている現状に後悔していた。

 平常であっても『蒼の薔薇』である五人は目立ってしまうと言うのに、今は何処の田舎からやって来たのかと疑問に思われるような女性を連れているのだ。しかも村娘らしきその女性は、軽装ながらも防具を身に付け、背中には短い刀剣のようなものを備えている。傍から見ると――辺境から出稼ぎに来た素人女剣士が、偶然見かけた超級冒険者に弟子入りでも志願しているかのようだ。

 周りに集まっている見物人からは様々な憶測が聞こえてきて、ラキュースとしても頭を抱えたくなる。

 

(ありゃ~、あの娘さん、泣きながら飯食ってるぞ)

(という事は、弟子入りを断られたんだろうなぁ)

(そりゃ当然だけどよ、相手が『蒼の薔薇』だって知らなかったんだろうから大目に見てやろうぜ)

(まぁまぁ可愛いしな。冒険者は止めといて、この店の店員にでもなったら人気出るんじゃないか?)

(いや~、村でなら評判の美人って言われるかもしれないけどよ。この街じゃ~大して目立たねぇだろ)

(まずはソバカスを何とかしねぇと、看板娘にはなれね~なぁ)

 

 周囲の噂話もパナップの食欲も、収まるには少しばかり時間を要するようだ。

 身に付けているアイテムの中に維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)があるにも拘らず、パナップの食い意地は止まる事を知らない。それ程までに天然素材の食事に感動し、感激し、この世界に来て初めて――連れて来てくれて有難うと、居るかどうかも分からない神様に感謝したのだ。

『蒼の薔薇』の皆には全く分からない感情であろうし、事情だろう。理解してもらうにはまず、異世界転移の話から始めなくてはいけないのだが……。

 はたして通じるのだろうか?

 不安と疑問は募れども、とにかく今は食うしかない。パナップにとっての優先順位は――食堂の入口に足を踏み入れ、焼けた肉の匂いを嗅いだ瞬間から決まっていたのだ。

 

 

「ふんふん、なるほどな~。つまり『ぷれいやー』というのは異世界でゲームをして遊んでいた奴等が、そのゲームの存在のままこの世界にやって来たと……。ほ~、そうかそうか、要するに真面目に答える気は無いってことなんだな――貴様!」

 

 口にモノを頬張りながら喋るという眉を顰めたくなるマナー違反状態のパナップは、突然怒り出したイビルアイの心情が分からなかった。と言うより食事に夢中で配慮できなかったと言うべきだろうか。

 普通に考えればゲームの話など通じる訳がない。十三英雄だか何だか知らないが、この世界では英雄と称えられる存在が――たかが遊びの中のちっぽけな生き物であると告げられたなら、はたしてどんな対応をしてもらえるのだろうか?

 まぁ、まず間違いなく狂言であると言われるだろう。

 

「落ち着いてイビルアイ。……パナップさんも、もう少し分かるように説明してもらえませんか? 流石に話が飛躍し過ぎて付いていけません」

「ん~、ゲームってあれか? 鬼ごっことかかくれんぼとか……」

「たぶんそう、スレイン法国から伝わった遊び」

「六大神が広めたという噂、だけど嘘っぽい」

 

 それが『ぷれいやー』とどんな関係が――と頭を捻るガガーランであったが、忍者娘達が加わっても答えは出そうにない。

 これはパナップの失態と言って良いだろう。よく考えもせず、現実的に理解出来ない話を口にしてしまったが故の衝突だ。

 

「えっと、あの、ごめんなさい。……んっと、あの世界の事情を説明するのはちょっと難しいから、私がこの世界に来るまでの話をするね」

 

 パナップは極力現代用語を排しつつ、四十人の仲間と共に世界の謎を解明する壮大な冒険を行っていた――と説明した。途中でアインズ・ウール・ゴウンの名を口にしそうになったが、ギルド長を裏切って姿をくらました自分には『そんな強大なギルドの一員であった』とはとても言えるものではない。

 ギルド長のモモンガも、そんな奴はアインズ・ウール・ゴウンに所属していないし、していた事実も無い――と言うのではないだろうか。コンソールが出ない今、自分がギルドに入ったままなのかも確認できないので不安が募る。もしかすると最後の最後で、ギルドの脱退手続きが行われたのではないだろうか。ギルド長がそんな事をする訳ない――と思いつつも嫌な汗が流れる。

 

「ふ~ん、要するに約束を破ってチームを離れたって事か? んで、どんな約束だ?」

 

 ガガーランに責めているつもりは無いのだろうが、何となくパナップは下を向いてしまう。

 

「その……最後まで一緒に居るって……」

 

「おお、大胆な発言」

「うらやまけしからん」

「お前らな~、話の流れを聞いていたのか? その約束は破ってしまっ――」

 

 完全におふざけモードに入っている忍者姉妹に呆れつつ、イビルアイは少しだけパナップのフォローに回ろうかと優しさを覗かせていたのだが、どうやらそうもいかないようだ。

 目を輝かせた貴族娘が横やりを入れてくる。

 

「パナップさん! イイですっ! 素晴らしいですよ! それは恋ですね愛ですね! お相手はどんな殿方なのですか? 出会いはどんな感じで? デートとかはされたのですか?! も、も、もしかして一緒にお泊りをしたりなんかしたりしてー! きゃーー!!」

 

「あ、あの、ラキュースさん? 周りの人達がこっち見てますけど……」

 

「…………はっ?!」

 

 化けの皮が剥がれたとはこの事か?

 ラキュースは今の今まで伝説的な英雄『ぷれいやー』を前にして、立派なアダマンタイト級冒険者チームのリーダーたる威厳を損なわないよう行動してきた。それがこの瞬間、完膚なきまでに崩れたのは間違いないだろう。

 とは言っても、世間に流れている噂で結構ハチャメチャな貴族娘である事は伝わっているので、あまり気にしなくてもよいのだが……。パナップに至っても――凛々しくて美しい女性が、普通の可愛らしい女の子であったというだけの話だ。

 

「ごご、ごめんなさい、私ったらちょっと興奮してしまって……」

 

「大丈夫だよ、それに……、デートなんかする前に私の事情でまったく会わなくなってしまったの……。最後の最後になっても勇気が出なくて、挙句の果てに別の世界に来ちゃって――」

 

「それで、お前は此れからどうするつもりなんだ?」

 

 イビルアイは――仮面越しではあるが――パナップを真っ直ぐに見つめ問いかける。その声はどこか優しげで、己の境遇を重ねているかのようであった。

 

「……分からないよ、どうしたらイイのかさっぱり。でも……、会いたいなぁ。許されるなら会って謝りたい――モモンガさんに」

 

「ふ~ん、モモンガって言うのかお前さんの想い人は。……だったら話は簡単じゃねえか! これから考えりゃ~いいんだよ。ソイツに会いに行く方法をよ!」

 

「この全身筋肉、簡単に考えるにも程があるぞ」

「仕方ない、ガガーランはモンスター並みだから」

「きっと血の色も緑とか青とかになっている、間違いない」

 

 何だか酷い言われようだが、ガガーランもイビルアイも忍者姉妹も――どこか嬉しそうで楽しげに見える。どうやら言葉にしなくとも意思の疎通は図られているようだ。私達『蒼の薔薇』も解決に至る道を一緒に考えよう――と。

 

「おっほん、それでは……私達が持つ『ぷれいやー』の情報についてお伝えしますね」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したのか、ラキュースは少しばかり顔を赤らめながらも本題について口を開く。

『蒼の薔薇』が持つ『ぷれいやー』の情報は、イビルアイが元アダマンタイト級冒険者リグリットから聞いたものが主体であり、量についても質についても一部を除いては噂話の域を出ないものが多い。それでも今のパナップにとっては重要な内容であろう。現時点では全くと言っていいほど他のプレイヤーに関する情報を持っていないのだから――。

 

 

(十三英雄……、しかも二百年以上前って……)

 

 パナップの頭は混乱に満ちていた。

 二百年も昔に、この世界に登場したプレイヤーとはいったい何者なのか? その時代のリアルにはネットゲームなんて存在しないし、ユグドラシルの元ネタすら無いだろう。と言うよりテレビゲーム自体が登場していないのではないだろうか? だとすると一つの可能性が見えてくる。

 異世界へやってきた時間自体が大きくズレているのではないかと。

 

(それでも数百年異なるって、何がどうなったらそうなるの?)

 

 パナップの混乱を余所に、イビルアイは伝説を語り、神話を紐解く。

 これより先は実際に出会った事のある相手ではないので、イビルアイ自身も確実なことは言えないと前置きしながらも、御伽噺に登場する伝説上の王達を――神殿に祀られる神々を『ぷれいやー』であろうと語り始める。

 

「五百年前の八欲王、六百年前の六大神――。どちらも突然この世に現れ、その強大な力で大陸中を巻き込む大規模戦争を起こしたと伝えられている。もっとも八欲王は己の欲を満たす為であり、六大神は人間の国を興すためだったりするが」

 

「概ねちびっ子の言う通りだけどよ、実際にそんな化け物が居たかどうかは眉唾だぜ。なんせ五百年も前の話だからな、吟遊詩人どもが内容を誇張している可能性の方が高いと思うぜ」

 

 ちびっ子言うな――と言うイビルアイの抗議を無視し、ガガーランは酒の入ったカップを片手に自己流の解釈を加える。

 

「そうね、当時の事なんて竜王(ドラゴンロード)ぐらいしか知らないでしょうし、私達では伝記から想像するのがやっとでしょうけど……。それでも力を持った何者かが居たのは間違いないわ。大陸にはその痕跡が多く残っているのだから……」

 

 ラキュースは自らの黒い剣に軽く触れ、強い瞳でパナップを見つめる。

 その瞳はまるで――貴方がその英雄たる『ぷれいやー』なのでしょう、そうなのでしょう? ――と訴えているかのようであった。

 

「そ、その王様と神様がプレイヤーなのかは私にも分からないよ。だってユグドラシルには王も神も腐るほど居たのだから――ってまぁ、有名な人なら分かるかもしれないけど」

 

「おいおい、腐るほど神様が居る世界ってなんだよそれ? 俺の常識が壊れるっつーの」

「大丈夫、こっちは既に壊れてる」

「同意」

 

 双子姉妹は早々に話し合いから逃げ出し、そこにガガーランも加わった。追加の料理を注文し始め、後の事はラキュースとイビルアイに任せたと言わんばかりだ。

 

「ん~名前かぁ。八欲王はどの文献でも破壊王とか残虐王とか書かれていて、名前が載っているのは見た事ないな」

 

「そうねぇ。でも六大神なら一人だけ……っていうか一柱だけ名前が伝わっているわね。ほらっ、骸骨の姿をした死の神様――」

 

 一瞬だけ息が止まる。

 パナップの周りだけ時間がゆっくり流れているかのように時空が歪み、ラキュースの口から次の言葉が紡ぎ出されるまで数多の思考が飛び交う。

 名前を聞きたいような、そうじゃないような……。

 想像通りの名前が出てくれば同じ世界へ来たことに歓喜し、そして六百年前であることに絶望する。違う名前であれば世界の隔たりに心を砕かれながらも、僅かな可能性への希望が灯る。

 ただ、先程想い人の名前を口に出しているのだから違うとは思うのだが……。

 

「――スルシャーナ……だったかしら?」

 

「はふぅ……似てもいない名前だ、……良かった」

 

「おっ、なんだお前、もしかしてモモンガって言うと思ったのか? ってかお前の好きな奴って骸骨野郎なのか? ちょっと待てよ、流石に亜人でも特殊すぎる趣味だろ。骨相手にナニするっていうんだよ、んがははははは!」

 

「下品な奴だな、人の趣味をどうこう言うのは感心しないぞ」

 

 自分がヴァンパイアだから擁護するのか――それは分からないが、イビルアイは酔っぱらった筋肉ダルマに釘を刺す。それでも此の筋肉しかない巨漢戦士は、男を口説き落とす手法について薀蓄を披露するのを止めない。イビルアイとしては何の役にも立つまいと――女の弱さをアピールしてどうするのかと憤慨するばかりだ。弱いなら強くなれば良い、男どもに頼る必要が無いほどに……。

 そうだ、御姫様抱っこに憧れる女などくだらない。己が絶体絶命の瞬間、空から華麗に舞い降り、身を挺して庇ってくれる――そんな漆黒の英雄なんてこの世に居るものか!

 イビルアイは酔いが回り始めている筋肉モンスターを横目に、男に媚を売るような弱々しい女の行為を、聞く価値もない戯言だと馬鹿にしていた。

 とは言えパナップの探している相手が性別の枠を超える異形種であった事には、少しばかり動揺してしまうのだが……。

 

「そ、それよりこれからの事だ。『ぷれいやー』に関する情報をこれ以上集めるにはリグリットを探すしかないが、あのばばぁは未だに伝言(メッセージ)への反応が無い。そうなるとこっちから探さないといけない訳だが」

 

「うん、だからパナップさんには冒険者ギルドで登録してもらおうと思うの。身分証代わりのプレートを支給してもらえば王国内で動き回るのに便利だわ。羽を隠せているのだから、私達が推薦すれば何の問題も無いだろうし……」

 

 ラキュースは自身の思惑もあって冒険者への道を推し進める。もっともその行動におかしな点は無く、パナップにとっても利点のある選択だ。この世界でプレイヤーを探し回るなら余計な騒動に巻き込まれないようにすべきであり、己の身分を確立しておくのは悪い話ではない。

 

「冒険者かぁ……。モンスター退治専門の傭兵集団って聞いたときはがっくりしたけど、やっぱり何処かの集団に属しておくのは悪くないね。ソロプレーは何事においても危険だもの、特に――(死ぬ訳にはいかない今なんかは……)」

 

 パナップが口にする最後の言葉は、あまりに小さくてラキュース達には聞こえなかったかもしれないが、その悲壮な感じは表情からも読み取れる。

 そう――この世界では簡単に死ねない。

 ユグドラシルでの復活が適用されるのか、それともそのまま死亡してしまうのか、とても試せるような内容ではないのだ。

 指に装備している即時蘇生の指輪ですら、必要な時に効果を発揮してくれるのか疑わしい。いや――感覚では間違いなく魔力の籠ったアイテムなのだが、死に瀕したその時になって『ごめ~ん、この場合は適用外なんですぅ』なんて事になったら取り返しがつかないのだ。

 

 まだ死ぬ訳にはいかない。

 故にトラブルは極力避けて通る。

 モモンガさんに――悟さんに会えるその時までは――。

 

「では行きましょうか。エ・レエブルの冒険者ギルドまで案内しますよ」

 

 ラキュースは明るく声を掛け、懐から支払いの為の硬貨を取り出す。

 そういえば――とパナップは思い出していた。この世界の流通硬貨を説明してもらった時、自分は無一文であったと。異世界の硬貨はもちろん、ユグドラシルの金貨も全く持っていなかったのだ。

 全ては自室に放り込んできた。あの日、あの時に……。

 

「うう……、奢ってもらう立場なのにちょっと羽目を外し過ぎたかも。あぁ、どうにかしてお金を稼がないとな~」

 

 異世界でも生き残るためにはお金が必要――パナップは世知辛い現実の空しさを思い出していたのか、胃が重くなるのを感じていた。決して食べ過ぎたからではない。そう――今後の金策について、言い知れぬ不安に包まれていただけなのだ。本当に食べ過ぎが原因なのではない。

 ――それだけは主張しておきたいところである。女子として。

 




モモンガさんの名前が蒼の薔薇に知られたよ。
これで探し出すのが楽になったね。
すぐに合流出来るから不安な日々も終わりだよ。
さぁ、モモンガさん早く有名になってね!

……ちなみに次回はモモンガさん登場なのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-6

時は少しばかり遡り、
忠誠の儀が終わった頃のナザリック。

モモンガ様は何を見て、何を聞き、何を行うのでしょう。



「……あいつら……え、何あの高評価」

 

 六十七体のゴーレムに囲まれていた骸骨魔王ことモモンガは、自分の中で渦巻く奇妙な感情に戸惑い――そして抑え込むのに苦労していた。

 NPCが自らの意志で動き出したかと思えば、異常なまでの忠誠心で付き従ってくる。命を断てと冗談でも言おうものなら、即座に自らの首を刎ね飛ばさんばかりの勢いだ。

 そんな忠誠を捧げられた経験など未だ嘗て無い。

 平凡なサラリーマンに何を期待しているというのか。NPC達との今後の付き合いを想像すると、無い胃がキリキリと痛むような錯覚すら覚える。

 

「――――タブラさんに顔向けできない……」

 

 もう一つの懸念材料が頭に浮かぶ。

 やってしまったことは仕方ないが、今後どのような変化をアルベドに与えてしまうのだろうか――不安しかない。色々あって最後の最後なのだから何やっても構わないだろう、と暴走した結果がコレなのだから運命とは恐ろしいものだ。

 

「はぁ、……まぁ身の安全は保障できたと言って良いだろうから、次の用事を済まそう」

 

 精神抑制が働かない程度の微妙な動揺と戦いながら、モモンガは広くて絢爛豪華な魔王城の一区画とでも言うべき回廊を歩き、ゆっくりと階段をのぼった。

 本当ならわざわざ歩いていく必要は無い。先程のように指輪の力を使えば一瞬で目的の場所まで行ける。しかし今、モモンガはその力を使いたくなかった。と言うより結果を先延ばしにしたかったと言う方が適切であろう。

 モモンガが向かう先は円卓の間。

 数時間前まで自らも身を置いていた、ギルドメンバーのみが足を踏み入れる事の出来る空間だ。

 

(誰も居ない、なんて事は分かっている。ギルドメンバーの気配が無いのは承知の上だ。それでも――それでも自らの目と足で確認しない訳にはいかない。誰も居ないと分かっていても……)

 

 自らに言い聞かせながらも、足取りは重い。

 出来る事なら――居るかもしれない可能性だけを残して、見て見ぬふりを続けたい――と言うのが本音であろう。

 この異常事態に独りぼっち。見知らぬ世界に唯一人。リアルの事情を知っている存在が誰も居ない――という現実。

 モモンガは自分を愚かだと言い聞かせながらも、円卓の間の扉を開いた先で誰かが声を掛けてくれるのではないかと、ほんの少しだけ希望を抱いていた。

 

(……馬鹿な事を……)

 

 第九階層へ足を踏み入れたモモンガは、大きなため息をつく。

 骸骨の身でありながらそんな仕草をするのは、やはり人間であった頃の残滓が残っているからなのであろう。少しだけほっとするも、その残滓が何時まで残っているのだろうと不安も出てくる。

 

(やれやれ、なんて気の弱い死の支配者(オーバーロード)なんだ。こんな事ではNPC達に見限られてしまうかもしれな――)

「モ、モモンガ様! 御一人とは如何なされたのですか? セバス様は? 近衛の者は?」

 

 モモンガの目の前に現れ、眼鏡の奥で大きく目を見開くその者は、黒髪を結い上げた美しいメイドであった。たった一人で階層を歩いているモモンガの姿に狼狽しているらしく、即座に近衛の(しもべ)を呼び集めようとしている。

 

「(ああ、そういえば第九階層の警備を命じていたなぁ……。ん~、確かやまいこさんの……あるふぁ……え~っと、うん、ユリ・アルファだったかな)――うおっほん、ちょっと待つのだユリ。近衛の者を呼ぶ必要は無い。……そ、そうだな、お前が傍に居てくれれば良い。分かったか?」

 

「は、はい、モモンガ様。身に余る光栄でございます。このユリ・アルファ、全身全霊をもってお傍にお仕え致します!」

 

 跪いてキラキラ輝く瞳を向けてくるメイド服姿の美女は、モモンガにとってあまりに眩しい。先程まで超絶美女のアルベドや偽乳美少女のシャルティアなどとキャハハウフフしてはいたが、支配者ロールと精神鎮静化のお蔭で平静を保っていたに過ぎない。

 実態は普通のサラリーマンなのだからユリのような美女に付き従われても息苦しいだけ、と言うか――とても喜べる状態ではないのだ。ハーレム状態のラノベ主人公に嫉妬していた過去も、今では憐れみさえ覚えてしまう。

 

(むぅ、出会ってしまった以上は仕方がない。このまま連れ歩くとしようか。でもなぁ、気が休まらないんだよな~。支配者ロールは疲れるんだよぉ、そっとしておいてくれないかなぁ)

 

 モモンガは心の内だけでため息をつき、ユリを従えたまま歩き進んだ。

 ほどなくして円卓の間――その扉の前で足を止める。

 

「ユリ、お前はこのまま扉の近くで待っていてほしい。中に誰も入って来ないように見張っておいてくれ」

 

「畏まりました、モモンガ様。円卓の間へ足を踏み入れるような愚かな(しもべ)はナザリックに居ないものと確信してはおりますが、もしそのような不心得者がおりましたなら、命を懸けて阻止いたします!」

 

(お、重い! 重いよユリさん! なんでこんなに忠誠マックスなの? やまいこさんってば、この娘にどんな設定仕込んだんだよ!)

 

 精神抑制が働くギリギリの線で興奮の波を乗りこなそうとしていたモモンガは、そんな醜態を気付かせないよう支配者の空気を漂わせながら円卓の間へ入っていった。

 とは言え、ほんの一瞬であろうと中へ入るかどうかを戸惑ってしまったのは隠せない事実なのだが……。

 

 

「……そうか、そうだよな。……誰も、居るはずがないよな」

 

 視界に入る四十一の空席を前にして、モモンガは呟く。

 見回しても何もないし、誰も居ない。分かっていたはずなのに、心の一部が欠けたかのような感覚に陥ってしまう。

 一人であることを認識し確信する。それはとても嫌な確認作業であった。

 

「ヘロヘロさん、残っていれば今頃のんびり遊べていましたよ……」

 

 ほんの少し前まで古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が座っていた空席に触れ、モモンガは囁く。まるで其処にギルドメンバーが居るかのように……。

 

「たっちさん、貴方が居なくて良かった。奥さんと子供さんが悲しむでしょうし……」

「ウルベルトさん、魔法が使えると知ったら、やっぱり暴れるのですか? やめて下さいよ」

「ぷにっとさん、こんな時こそ貴方の知恵が必要なんですけどね。頼らせて欲しいです」

「建御雷さん、コキュートスは強そうですよ。絶対手合せしたくなると思いますね」

 

 ゆっくり歩きながらメンバーの席に触れ、昔を懐かしむように一人一人に対して想いを語る。その様子はまるで、二度と会えない相手へ別れを告げているかのようであり、また一方で――何処かでまた巡り合えるのではないかと期待を込めているかのようでもあった。

 

「ブルー・プラネットさん、ナザリックの外は草原らしいですよ。見たかったんじゃありませんか?」

「茶釜さん、アウラとマーレは凄く可愛いですよ。会えないなんてもったいないと思いますね」

「ペロロンさん、シャルティアはなんというか……やり過ぎでしたね。責任取ってくださいよ」

「やまいこさん、ユリがすぐ傍に居ますよ。とても綺麗な女性です。会って欲しかったですね」

 

 静かな空間に響くのはモモンガの声だけだ。誰も答えてくれないまま、モモンガは最後となる『三十九人目』の名を口にする。

 

「タブラさん、アルベドの件は本当に申し訳ないです。出来る事なら会って謝りたいところですが……何処かに居てくれますか? また……会えるでしょうか?」

 

 そんなわけは無い、会えるわけがない――そう思いながらも問い掛けずにはいられない。何も分からないまま自身も化け物になってしまった今、この先に何が起こるかなんて分かる訳がないのだ。

 だから思う、信じられない奇跡が起こる事を――それを望むのも有りなのかもしれないと。

 

「ふぅ~、居ないなんて諦めるのはまだ早いですよね。もしかしたらこの世界の何処かに……」

 

 根拠は無くとも希望は作れる。

 それはとても強引な考えであったかもしれないが、今のモモンガには相応しいと言えるのではないだろうか。モモンガは今――魔道を極めた死の支配者、ナザリック地下大墳墓の絶対君主であるのだから。

 

「待たせたなユリ、問題はなかったか?」

 

「はい、モモンガ様。他の(しもべ)にはこの近辺に近付かないよう通達を出しておいたので何の問題もありません。それに御主人様をお迎えできる栄誉を与えて頂いているのですから、私には『待つ』などという意識はございません。他の者が羨む傍仕えを命じて頂いたことは、(しもべ)として最高の誉れでございます」

 

「そ、そうか(あれ? 別に近付くなとは言ってないんだけど……。ん~、なんと言うか天井知らずの忠誠心が不安だな~。変な方向へ突っ走らなきゃいいけど……)」

 

 これ以上会話を続けると面倒なことになりそうだ――と直感したモモンガは、そっけない感じだと自分で思いつつも次の目的地へと足を進めた。

 向かう先はギルドメンバーの自室が連なる区域だ。

 全ての扉を押し開けて中へ踏み入りたい衝動に駆られるが、今はそんなことをしている場合じゃない。目的の場所は一つで、そこはほんの少し前まで足を踏み入れていた部屋だ。

 中に何があるのか、何が居るのかはしっかり覚えている。

 そこでどんな怒りを宿したのかも――。

 

 モモンガは見事な花の彫刻が施された扉の前で足を止めていた。

 

「(……NPC達が自らの意思で動き始めた。ならばコイツは何を知っている? 何を覚えている?)」

 

 無言で足を止め、不動の体制を続ける主の姿は、ユリにとって不安を募らせるものだったのかもしれない。何か不快な行為を自らが行ってしまったのか、と早合点するのも致し方ない事であろう。

 

「モモンガ様? どうかなされたのですか? ……この部屋は確かパナッ――」

「その名を口にするなあああぁっ!!!!」

 

 死神さえ狂う恐怖の一声。

 死を超える絶望がナザリックを覆い、血の涙を流すほどに怯え戸惑う。

 それ程までに恐ろしく、強大な怒りを内包した怒号であった。異なる階層に居た者であっても即座に(こうべ)を垂れ、死を覚悟したに違いない。

 だがその恐怖の根源が目の前であったなら、自らに向けられたものであったならどうしただろうか?

 そう――ユリ・アルファに迷いはない。

 

「申し訳御座いません! この失態は自らの死でもって償わせて頂きます! モモンガ様万歳!!」

「しまった! ちょっと待て!!」

 

 涙に溢れたまま即座に跪き、両の拳で頭を叩き割ろうとするメイドに対し、モモンガは即座に手を伸ばしてユリの頭を掴み上げた。

 ほんの少しでも遅れていれば――又はモモンガとユリとの間にレベル差が無かったのなら、今頃木端微塵の肉片がその場に飛び散っていたことであろう。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)のステータスとは言え、百レベル分を積み上げればそれなりに早く動けるものである。とは言え、この時ほどレベルを百にしておいて良かったと思う瞬間は無かったに違いない。

 ただ骸骨が骨の手で――美人メイドの生首を掲げている光景は酷いものだ。まさしく魔王の称号に相応しい外道行為であろう。

 

「モ、モモンガ様?」

「はぁ、……いや、その、すまなかったな。お前は何も失態などしていない。ただの、そう……私の八つ当たりだ。何も気にする必要はない、と言いたいところだがいきなり自決するのは止めてくれ。これは――命令だ」

 

 心臓に悪いから――と言いたいところだったが、元より無いので口には出さなかった。

 それに原因を作ったのは間違いなくモモンガであり、悪いのはモモンガだ。それは自覚しているし、言い訳の余地は無い。

 自らに付き従う罪の無いメイド相手に大声で怒鳴るなんて、やまいこさんにフルボッコにされても文句の言いようがない最低案件だ。

 

「も、申し訳ありません、モモンガ様。此の身、此の命は御方の所有すべきもの。勝手に処分しようとした愚かな身に罰をお与えください」

 

「やれやれ、私の失態だというのに……。お前の全てを許そう、ユリ・アルファ。――首を取ってしまってすまないな。さぁ、大丈夫か? 立てるか?」

 

 もしこの場にアルベドが居たらどんな惨劇が起きたのであろうか。

 身体を抱きかかえられ、涙を拭われるユリの姿は、ナザリックの(しもべ)にとってあまりに衝撃的な光景だ。

 今の今まで、そのような経験をした(しもべ)など何処にも居ないのだから仕方のない事だろう。ユリ自身、己の身に何が起こっているのか自覚するのも難しい。

 

「そ、そんな、モモンガ様。ボ、わ、私のような身には恐れ多い、あまりにもったいない栄誉で、ご、ご、ございますぅ」

 

「ん? 大丈夫……のようだな。それではまたこの場で待っていてくれ。中には誰も通さないようにな」

 

「はい、モモンガ様。御命令のままに」

 

 必死に落ち着きを取り戻そうとするユリではあったが、両手で頭を固定したままお辞儀をしているところを見ると、まだまだ動揺が収まっていないのだろう。外れたチョーカーを手早く直せるほど心は冷静でないようだ。

 その理由はよく分かる。なぜなら――ユリは生れて初めて異性に抱きかかえられたのだから……。

 ユリのようなNPC達は皆ユグドラシルで生まれ、その後異世界転移に巻き込まれた存在だ。ユグドラシルではプレイヤー同士はもちろん、NPCに対してもセクハラ行為は御法度であり、誰かに抱きしめてもらうなどの経験は絶対に有り得ない。無論、シャルティアのように『そうあれ』と設定されている場合は例外なのだが……。故に今回、モモンガとの接触はあまりに刺激的で興奮冷めやらぬものだったはずだ。

 アルベドが胸を揉まれた時と同じ――とまでは言わないが、似たような感覚に陥ったとしてもおかしくは無いだろう。

 当のモモンガはその事に気付いていないようだが……。

 

 扉を開けて歩み進んだその先は、まるで新鮮味のない空間であった。

 つい先程――数時間前に来て居た場所なのだから当然と言えば当然なのだが、それはナザリックが異変に巻き込まれる前の話。モモンガが視線を向けた先で――機能停止状態で眠りについているNPCも、前に訪れた時は唯のデータだったはずだ。

 それが今は違う。

 完全な自立意思を持つ、リアルな生命体となっているはずなのだ。

 

(コイツは何を知っている? あの人が何をしに来たか知っているのか? それとも他に何か……)

 

 床に散らばるアイテムを無視し、キングサイズの天蓋付きベッドまで押し進んだモモンガは、NPCの胸に置かれた指輪を手に取ると一つのコマンドを口にした。

 

「目覚めよ、ウロタス」

 

 ユグドラシル時代に機能停止状態のNPCを起動させるコマンドであったが、どうやら今でも通用するようだ。モモンガの声に応じ、NPCがゆっくりと上半身を起こす。

 

「あ、はい。……お久しぶりですね、モモンガさん。どうしたんですか?」

「――えっ?」

 

 その声を耳にし、口調を理解し、モモンガは強制的な精神抑制に襲われる。これは驚くとかそういう問題ではない。頭を抱えてゴロゴロ転がりながら悶え苦しむ、真っ黒な歴史そのものだ。

 

(おいおい! これって俺の声か?! 動画とかで自分の声を聴いた事はあるけど、それよりもなんだか妙な感じが――でも間違いないよな?! 話し方まで俺そっくりなんだけど?! どうなってんの? どうなってんだよーー!!)

 

 ユグドラシル時代にぷにっと萌えやたっち・みー達と話していた口調が、そのまま目の前で展開される様は何とも言いようがない。照れるような、苦々しいような、ムズムズするような――何とも言い難い感覚が背筋を這い回り、宝物殿に居るアイツを思い起こさせる。

 

(何してんだよあの人は! いったいどんな設定を仕込んだらこうなるんだよー!!)

 

 そういえば名前とステータスをチラ見しただけで、詳しい設定までは読み込まなかった――そんな後悔を胸に、モモンガは奇妙な仮面をつけたNPCを穴が開くほど見つめていた。

 

「あ~、うおっほん。ひ、久しぶりだな、ウロタス。長い間停止状態だったが、体に不調は無いか?」

 

「はい、問題ないですよ。……と言うより、モモンガさんに名前を呼んでもらうのは初めてかもしれませんね。はは、そっちの方に違和感を覚えてしまいますよ」

 

「そ、そうか……」

 

 他のNPC達と異なる非常に軽い受け答えに若干気が楽になるのを感じるが、同時に忠誠心的に大丈夫なのかと不安も募る。

 裏切るような気配は今のところ無い。

 無いのだが――。

 

「ウロタス、少しばかり聞きたい事があって此処へ来たのだ。答えてくれるか?」

 

「もちろん大丈夫ですよ。私に分かる事なら何でも聞いて下さい」

 

「ではまず……」

 

 モモンガは一度間を取り、必要のない深呼吸をすると用意していた質問を口にした。

 

「お前は周りで交わされていた会話の内容を覚えているか? ……お前の造物主が交わしていた会話の内容だ」

 

「それは――そうですね。おぼろげながら曖昧に、といった感じです。ですが私が居た時はモモンガさんやペロロンさんも同席していたので、特にお話しするような内容ではないかと思いますけど……」

 

 ウロタスの仮面の奥から帰ってくる答えは、モモンガの期待するものではなかった。だがそれも当然かもしれない。ウロタスが起動していた時は、当たり前のようにモモンガも一緒に居たのだから。

 ならば次の質問だ――モモンガは緊張を携えて一歩踏み入る。

 

「お前が機能停止状態だった時はどうだ? この部屋で何か聞かなかったか? 何か言っていなかったか?」

 

「……申し訳ないです。私は機能を停止している状態だと何も聞き取れないのですよ。我が主が私に何かを話しかけていたとしても、一切内容を耳に出来ず、覚える事も適いません。……残念ながら」

 

「くっ、そ、そうか……」

 

 モモンガは、自分でも未練がましいと思っていた。

 NPC達が自分の意思で動いていると知った時点で、もしかして――と思ってやって来たのだが。それが空振りに終わった今、己の情けない行動に呆れてしまう。

 今更何かが分かったとして、どうなるというのだ。

 あの人はもう居ない、何処にも居ない。この地を――ナザリック地下大墳墓を切り捨ててしまったのだから。

 

「まぁ、どうでもいいことか。……ウロタス、これからはお前にも働いてもらうぞ」

 

「はい、お任せ下さい」

 

 一瞬このまま閉じ込めて機能停止状態にしてやろうかとも思ったモモンガだが、レベル九十で比較的まともそうなNPCなら色々使い道は有りそうだと思い直す。前回ステータスを確認した時は、カルマ値や特殊技術(スキル)まで目を通していなかった為どの程度役に立つのかは不明なのだが、それは後で確認すれば良い事だ。アルベドなら全NPCを統括しているという名目上、上手く用いてくれるだろう。

 

「それとこの指輪を預かっていてもらおう。お前の主人が置いていったものだ。もし――もしも出会う事があったら……渡しておいてくれ」

 

 そんな事は有り得ないだろうがな――と小さな声で付け足すが、モモンガの呟きはウロタスには聞こえなかったようだ。

 目の前の奇妙な仮面を被った竜人は、特に何かを思い至る訳でも無く、自然な感じで拠点内(リング・オブ・)転移用指輪(アインズ・ウール・ゴウン)を受け取ると懐へ仕舞い込む。

 

「では私はもう行く、お前は別命有るまでこの部屋で待機していろ。――ああ、それと……」

 

 身を翻し、モモンガはその部屋から出て行こうとするが、何かを思い出したように足を止める。

 

「ウロタス、お前は先程から自分の造物主の名を口に出していないが……それは何故だ? もしかしてお前……私が部屋に入る前に起こした騒動を聞いていたのではないか? 停止状態だと何も聞こえない――と言うのは嘘だろ?」

 

 振り向かないまま背中で語るモモンガは、会話の中で感じていた違和感をウロタスへ放った。部屋へ入る前、モモンガは別階層にまで響き渡るような怒号を発し、ユリを自決寸前まで追い詰めていたのだ。それを耳にしていたのならウロタスの行動にも納得がいく。だがそれならばなぜ嘘を吐いたのか、それが気になる。

 

「待って下さいよモモンガさん、私は嘘なんか吐いていません。ただ……空気を読むのが上手いだけです。我が主に『そうあれ』と創造されたのですから――ねっ」

 

 何ら気負うことなく、緊張を見せる事もなく、ウロタスは平然と答えた。その姿はまるで――厄介なギルドメンバーを纏める為に、様々な優しい嘘を使いこなしていたかつてのギルドマスターであるかのよう。

 モモンガとしては苦笑するしかない。

 

「ふん、言えないという訳か。――くそっ、あの人が創っただけあってお前も相当な問題児だな」

 

「酷い言われようですけど、私は結構温厚な性格ですよ。何かとお役に立てるのではないですか?」

 

 ウロタスが嘘を語り、それを隠すつもりが無いのは明白だ。それでもナザリックに――モモンガに敵対するような気がある訳でも無いらしい。ただ単に、モモンガの問い掛けに応えることが出来ない――という事なのだろう。それならばもう追及する意味は無い。

 

(誰にも言わないでよ! 絶対だからね! ――ってペットに言い付けるみたいに、NPC相手に言ってたんだろうなぁ。それならたとえ殺されたってコイツは喋らないだろう。さっきのユリを見ていれば分かる。NPCの忠誠は絶大だ。ウロタスが何を聞き、何を記憶しているのか気になるが……仕方ないか)

 

 記憶操作(コントロール・アムネジア)を試してみるか――そんな危険な考えを振り払うかのように、頭を左右に振り回す。

 ほんの少しだけ足を止め、沈黙し、ため息をつく。

 死の支配者(オーバーロード)らしくない所作ではあるが、自分の声と口調で軽く嘘を吐く――若干黒歴史っぽい存在を相手にしたのだから仕方がないと言えよう。疲労を感じないとは言え、元人間なのだから精神的な疲弊は有るのかもしれない。

 

「では、またなウロタス」

 

「はい、また御会いしましょうモモンガさん」

 

 モモンガは仮面の竜人をその場へ残し、部屋を後にした。

 

 それからほどなくして、ウロタスは守護者各位へ紹介され、第九及び第十階層の警備体制へと組みこまれた。

 ただその時、守護者統括とウロタスはユリ・アルファを交えた会合を持ち、一つの禁忌について重要な決定を下す事となる。それは有る御方の名を『禁句』とするあまりに危険で不敬な行いだった。

 誰もが許されざる行為に怯え、至高の四十一人に対する背信行為だと顔を青くする。――たとえアンデッドであっても、死よりも重い罪であろうと表情に影を落とす有り様だ。しかしながら主人の御意志であるのなら、不可能な事であってもやらなければならない。

 ユリが語る当時の様子からも、最も反対すべき立場であるウロタス自身の進言からも、絶対の主人であるモモンガ様がそれを望んでいるのは間違いないのだから。

 

『守護者統括の責任において其の御方の名を禁句とする事を、ナザリック全域へ厳命します。なお、この決定はモモンガ様には御伝えしません。なぜなら我々配下の(しもべ)は、直接命令を受けなくとも主の真意を汲み取り、最高の結果を御渡しするのが使命だからです。モモンガ様が不快になるのであれば、至高の御方の名であろうと口を閉ざさねばなりません。たとえ――身を刻まれる想いに晒されようとも!』

 

 悲しみに満ちた守護者統括の言葉は、ナザリックに遣える全ての(しもべ)達へ伝えられ、そして実行された。この瞬間をもってナザリック地下大墳墓では、至高の御方々の一人である六枚の黒い羽を持つ堕天使の御名が――完全に掻き消える事となる。

 誰も彼もが口にすることを許されず、永久に『禁句』とされてしまったのだ。

 ただ、厳命通達完了の報告を受けた守護者統括の表情は――恐ろしいほどの喜びに満ちていたという。自らの行いが、愛する主人を喜ばせる最上の行為だと信じているからなのか、それは分からないが……。

 




ウロタス→『UROTAS』
サトル →『SATORU』

設定欄には何が書いてあるのか……。
きっとゴロゴロ転げ回るような酷い内容だったのでは?
見なくて良かったと思うべきでしょうね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-7

冒険者活動がんばるぞい!

森の魔獣を従え、
街の危機を救い、
ほにょぺにょこをぶっ倒す!

目指せアダマンタイト!
『美姫』の名は私のものだー!


 エ・レエブルの冒険者ギルドは、王都とエ・ランテルに次いで設立された比較的古い組織であった。

 とは言っても王都ほどの仕事がある訳でも無い為、所属している冒険者の総数は少なく、実力もあまり高くない。最高峰のアダマンタイト級は当然存在せず、オリハルコン級もエ・レエブル出身者が所属しているという王都登録チームが、月に一度程度顔を見せに来るだけだ。ミスリル級は二チーム、白金(プラチナ)級は五チーム――いや、最近四チームになったそうだが……。

 

 冒険者はモンスター退治専門の傭兵集団――なんて言われ方が一般的だが、噂ほど粗野な集団ではない。必要な知識や経験は幅広く、実力だけで上位にのし上がれるほど簡単なものではないのだ。

 依頼を途中で投げ出さず完遂できるか。

 依頼人と話し合い、適切な対応を取れるか。

 仕事の内容に不備は無いか、誤魔化してはいないか。

 冒険者ギルドとの信頼関係はどうか、無茶な要求を吹っかけていないか等々。

 多くの依頼をこなし、ギルドや依頼人と信頼関係を結び、街の住人とも友好的に過ごせているかが重要なのだ。特に――依頼を受けず報酬を貰っていない状況で、武力や魔法を行使していないかが問われる。

 それは絶対にやってはいけない冒険者の禁止事項だ。

 冒険者は大きな力を持っているが故に勝手な行動は許されない。可哀そうだから助ける、気に食わないから殺す。そんな事がまかり通ったら世の秩序は崩壊してしまうだろう。だからこそ冒険者は管理され、戦争への参加も許されない。

 そう――目の前で幼い姉妹が何処かの騎士に殺されそうになったからと言っても、助けに入ってはいけないのだ。ましてや治癒のポーションなんか与えてはいけない。そんな事をしたら莫大な報酬を相手に要求する事になるだろう。それはもう命を天秤にかけさせ、無理やり借金を背負わせる非道行為そのものだ。相手は断ることも出来ず、払い切れない借金の形に自らを奴隷とするしかない。それはまさしく骸骨魔王の残虐愚劣な所業であり、決して正義の行いではないのだ。

 ちなみによく勘違いされるのだが、無償で助ければいいと言うものでもない。

 無償行為は格差を生み、妬み嫉みの温床となる。無償の恩恵に恵まれた者達は(うらや)まれ、他で行われている有償の提供者は理不尽にも憎まれ(さげす)まれる。

 自分たちも同じように無償で治療を受けられないのか、そうすれば私達の子供は助かったのに――そんな叫びが聞こえてきそうだ。

 このような地域は近い将来、血を血で洗う闘争の只中へ放り込まれる事だろう。我先に無償の恩恵を独占しようとして……。

 

 さて、そんな冒険者だが最初に行う作業は登録だ。

 自分の名前はもちろん、何が出来て何が出来ないか、登録魔獣は居ないか、仲間は居るのか、居るのであればチーム名は――などなど。

 他には犯罪歴なども聞かれるが、真実を話すものなどいないので形式的なものに過ぎない。名前だって偽っている可能性があるのだから、深いところまで踏み込んで追及されたりはしないのだ。新米冒険者はどうせ――直ぐに死ぬか、田舎に舞い戻るかがほとんどなのだから……。何か身辺調査をしたいのであれば、その者の名が広まってからで十分であろう。

 

 ラキュース達は酔っぱらったガガーランと付き添いのティナを宿へ戻し、パナップを含めた四人で冒険者ギルドの受付へと足を運んでいた。

 途中、首に下げている御揃いのプレートが冒険者の目印だったのね~とか、今頃気付いたんだけど私ってまったく文字が読めないのよね~とか、パナップの世間知らずぶりに加えて駄目っぷりが判明したものの、比較的平和に偽名『パナ』の登録が終了すると思われた……のだが。

 何やらおかしな展開が幕を開けそうだ。

 

「――そうですね、プレートは白金(プラチナ)でお願いします」

 

 ラキュースは当たり前と言わんばかりに受付嬢へ申請した。

 なにせ『ぷれいやー』が登録するのだから低いランクは有り得ない。本当ならアダマンタイトプレートを申請したいところなのだが、流石に許可されないはずだ。ならば最低でも白金(プラチナ)かミスリルにしておくべきだろう。

 ラキュースの頭の中は恐らくそのような考えであったと思われる。今までの常識は何処かへ置き去り、憧れていた英雄の実力に相応しい――いや、隠れ潜む仮の身分なのだから若干抑え気味のプレートが相応しいかもしれない――との判断を下してしまったようだ。

 それがギルド内にたむろし、『蒼の薔薇』を物珍しげに見つめていた冒険者達の反感を買うものであるとも気付かず……。

 

「この馬鹿! 何言ってんだラキュース! お前がそんなこと言ったら――」

「え? あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 イビルアイからの警鐘に、はっ――と口を抑えるも、怒りに満ちた視線がラキュースに集まる。

 冒険者の最高峰たるアダマンタイト級が、田舎娘のような新人を連れてきたかと思えば、いきなり白金(プラチナ)にしろと言い始めたのだ。先輩冒険者としては、面白くない事この上ない。

 今までどれほどの苦難を乗り越え、上位のプレートを手にしてきたと思っているのだ。逃げ出した者も居ただろう、死亡した者も居ただろう。そんな厳しい状況の中で留まり続け、必死に生き抜いてきたのだ。その経験をアダマンタイトの一声で追い抜いていくなど、馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたい。

 

「あらら、騒動ですかぁ? 止めてくださいよ~、アダマンタイト級が暴れたらギルドの建物が壊れちゃいますって。そんなに予算無いんですから苛めないで下さいね」

 

 二階から降りてきた男は、中年と言うにはまだ若さを残すひょろ長い人物であった。

 

「ごめんなさい、私ったらちょっと興奮しちゃってて……」

 

「はいはい、分かりましたから詳しい話は二階でしましょ。其方の御嬢さんも御一緒にね」

 

 開いているのか閉じているのか分からない細目でパナップを見つめたその男は、ラキュース達を二階へと誘う。どうやらこのままだとよからぬ騒動に発展しそうだと判断し、ラキュース達を隔離しようとしているのだろう。

 その男の身分――ギルド長としては当然の行動だ。

 

 二階の部屋は結構広く、大きなテーブルやソファーが複数あっても狭く感じない。其処へ五人の人間(?)――変身堕天使及び仮面の吸血姫含む――が入っても同様である。

 

「さて途中からしか聞いていませんが、其方の女性の冒険者登録ですか?」

 

「はい、そうなのですが……。無理な要求をしてしまい申し訳ありません」

 

「ははは、アインドラさんの推薦なら白金(プラチナ)と言いたくなるのも分かりますがね。それでも最初は皆(カッパー)からとなります、……御了承を」

 

 恐縮して身を小さくするラキュースの前で、ギルド長は少しも躊躇せず断言した。相手が国に二チームしかいないアダマンタイト級冒険者であっても特別扱いはしない。その様は流石に組織の長と言えるものであった。

 

「――なんて言いたいところだったのですが、此方に協力して頂ければ(アイアン)(シルバー)程度ならねじ込みますよ~」

 

「おいおい、ギルド長が何を言って――。下の階の冒険者どもが聞いたら暴動を起こすぞ」

「同意、頭大丈夫?」

 

「ちょっと二人とも失礼よ」

 

 ギルド長の威厳など何処へ行ったのやら……。

 呆れかえるイビルアイとティアを前にして、その男は言葉を続ける。

 

「まぁまぁ、聞いて下さいよ。此処から東へ馬で数日行くとトブの大森林北部ですが……、其処へ薬草採取に向かった者が居るのですよ。その者は白金(プラチナ)級冒険者を雇っていた所為で気が大きくなっていたのでしょう、必要以上に奥まで入り込んでトラブルに出会ったようです。一人を残して冒険者チームは壊滅、という訳でして」

 

「その出会ったトラブルについて私達に調査を依頼する――そういう事ですね」

 

 冒険者が依頼の途中で死傷するのは世の常だ。本来なら気にするまでもない出来事だが、白金(プラチナ)級冒険者が全滅したとなると、そう簡単に見過ごすわけにもいかない。それ程の被害を出した元凶となる存在が森から出てきて、街へ被害を及ぼす可能性も考えなくてはならないのだ。

 故にまずは調査を行う。

 街を護るギルドとして、目の前に適任となる冒険者が居るのなら迷う必要もない。普通なら支払える額ではないアダマンタイト級への報酬も、(シルバー)プレート程度で代用できるのなら安いものだ。

 

「仰りたい事は理解しましたが……申し訳ありません。私達は最低でも明日には王都へ帰らなければならないのです。トブの大森林へは急いでも数日……。とても無理です」

 

「あっ、ラキュースさんは何か急ぎの用事があったの? ……御免なさい。私に出会っちゃったから帰れなかったんだね」

 

「気にするな、急ぎと言ってもただの情報収集だ。まぁ、予定は過ぎてしまっているが……。お蔭でお前に会えたのだから問題ない」

 

「イビルアイ、珍しく優しい。嫉妬してイイ?」

 

「お前は少し黙れ」

 

 抱き付こうとしているティアを押しのけつつ、イビルアイは『蒼の薔薇』が本来辿ったであろうスケジュールをパナップに教え、その上で問題ないと語った。

 麻薬を栽培している村々の情報は確かに重要でパナップにも言えない機密だが、『ぷれいやー』かもしれない人物の価値には比べようもない。依頼人のラナーだって、ちゃんと説明すれば理解してくれるだろう。だからこそ、出来る限り速やかにパナップを連れて帰還したいのだが……。

 

「では其方の御嬢さんはどうですか? アダマンタイト級のあなた方が推薦するくらいなのですから調査ぐらいお手の物では? あっと、私はエ・レエブルの冒険者ギルド長ロズメットという者です。今後とも宜しく」

 

「あ、はい。私はパナッ……ぐふっ、……パナと言います。宜しくお願いします」

 

 人間に変身している時は偽名を使うと決めていたのに、パナップの頭からは抜け落ちていたようだ。途中で何とかごまかしたものの、不自然な感じは否めない。

 

「え~っと……調査の件、私だけでも大丈夫ですよ。パッパッと済ませるから、ラキュースさん達は先に王都へ向かって頂戴。道順さえ教えてくれたら後から追い掛けるよ。私としてもラキュースさん達には色々聞きたい事が残っているし」

 

「あらら、出来れば活動拠点はエ・レエブルに置いてほしかったのですが、仕方ありませんね~。はぁ~、王都への人材流出を何とかしたいものです」

 

 ギルド長の立場としては、アダマンタイトが推薦する人材をむざむざ流出させたくはない。多少の優遇措置を施してでも街へ留めたいところだ。たとえ見た目が弱そうな田舎娘であったとしても……。

 

「ちょっと待って下さいパナ……さん。貴方を置いて私達だけ王都に帰るなんて――(そういう訳にはいきません。絶対に目を離す訳にはいかないのですよ!)」

 

 ラキュースとしては、別行動をとれない理由をこの場で口にする訳にはいかない。『ぷれいやー』の情報はそれほどに重要で繊細だ。扱いを誤った瞬間、国を揺るがす大事に発展しかねない――だからこそ主張したい想いをぐっと堪えていた。

 しかし親友から依頼された内容も無視できるものではない。ギルドを通していない依頼なのだから、他の誰かに情報を運んでもらう訳にもいかず、どうすればイイのかと思い悩むばかりである。

 

(麻薬村の位置を割り出すための情報を早くラナーに見てもらわないと、対策が後手に回ってしまう。……ここは身分証代わりの(カッパー)プレートで良しとして、パナップさんと一緒に王都へ向かうべきね。だけど白金(プラチナ)級冒険者でも対処できない危険が森にあるのなら無視する訳にも……)

 

 自分から言い出した事だが、ラキュースはもう上位のプレートに拘るつもりは無かった。故にギルド長の提案に乗る必要は無い。明日の朝、仕上がった(カッパー)プレートをパナップに与え、その足で王都ヘ向かえば良いだけだ。それだけでパナップを王都へ繋ぎとめるという第一手は意味を成す。

 ただ、この地で合流したい人も居たので後ろ髪を引かれる思いだが、イビルアイの伝言(メッセージ)が繋がらないのではどうしようもない。王都での合流に希望を繋げるしかないだろう。とは言え、トブの大森林で発生した問題については初耳であり、簡単に行動を起こす訳にもいかない。

 目の前の危機的案件を放り出した結果、多くの犠牲が出てしまったら、アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』の名が廃る。

 

「困りましたね……。王都に向かうべきか、トブの大森林へ向かうべきか……」

 

「アインドラさん、今はまだ結論を出さなくてもいいでしょう。明日の朝、またこの場所に集まって決めるという事で。それまでにギルドとしても情報を集めておきます。もしかしたらトブの大森林の方は、それほど大事にならないかもしれませんし……」

 

 細目のギルド長が語る内容は気休めにしか過ぎないであろう。白金(プラチナ)級冒険者が何人も殺されたのは事実であり、それを成した何者かがトブの大森林に未だ健在なのは確実なのだから。

 

「そうだなラキュース、今日のところは宿へ戻ろう。――っと、聞くのを忘れていたがギルド長、白金(プラチナ)級冒険者を襲った敵の情報は何かあるのか?」

 

 ソファーから立ち上がっても座ったままのギルド長と目の高さが合ってしまうイビルアイは、小さくて可愛い――とパナップがニマニマしているのにも気付かず、トブの大森林に居るであろう敵について問いただしていた。

 

「……そうですね。唯一人の生き残りが言うには、襲ってきた相手の姿は見えなかったものの『魔法のようなもの』を使って来たと言っていました」

 

「魔法のようなもの? 可笑しな表現だな、見た事のない魔法だったのか?」

白金(プラチナ)級が知らない魔法、不可思議」

「そうね、そんなことあるのかしら……」

 

「私も現場に居た訳では無いので何とも……、ただ、魔法の矢(マジック・アロー)に似ていたそうですよ」

 

 ギルド長の言葉に『蒼の薔薇』は首を傾げ、今までの経験から謎の敵を想像するも――上手く行かない。しかしパナップは感心するかのように頷いていた。

 後でイビルアイが確認したところ――やっぱり普通の冒険者でも位階魔法を使うんだね~、聞いた事のある魔法の名称が出てきたからビックリしたと言うか納得したと言うか――なんて事を口にしていたようだ。




街の安全を考えると、優秀な冒険者を抱え込んでおきたいもの。
でも安全だと仕事が無いから他へ流出してしまう。

まさに矛盾。
こうなると上位冒険者には女をあてがってでも街へ縛り付けておきたいところだが、
女性ばかりのチームとか、骸骨魔王が相手だとどうしよう。
この世界には男娼とかいるのかな?
骸骨魔王様はナザリックと仲間さえ褒めとけば大丈夫、チョロいし……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-8

ド素人にして最強!
田舎娘にして無敵!

誰にも捉えられず、何者も逃げられない!
その一歩は雷鳴の如く――
その走りは神の如く――

生涯不敗の真剣勝負!
その名は『鬼ごっこ』!!



 では明日~、というギルド長の言葉を受けながら『蒼の薔薇』と田舎娘は一階へ続く階段を下りようとしていた。

 

「さてと、ガガーランとティナに御土産でも買って帰りましょうね。食べ物がいいかしら?」

 

「あのモンスターは何でも食べる。お蔭でもうすぐ進化するかも?」

「仲間をモンスター扱いするなっ。まぁ、見た目は確かにオーガみたいだが……」

「あっ、私はガガーランの事とは言ってない。イビルアイは酷い奴」

「このっ、わ、私だってガガーランの事とは言ってないだろ!」

「ん? という事はティナの事を言ったのか? なんて外道」

「く~、揚げ足ばっかりとるな!」

 

 階段を下りながらじゃれ合う二人の姿は、パナップにとってとても眩しい。それは遠い昔に手放してしまった仲間達との思い出――二度と手に出来ない過去の宝物だ。

 

(いいなぁ。違う世界だけど、一緒に旅をする仲間の存在はどんなレアアイテムより価値があるよ。……でも私は、……私はこれからどうすればいいんだろ)

 

 生きていく上での必要な情報を『蒼の薔薇』から貰い、活動し易い様冒険者ギルドへ登録した。しかし、それからどうすれば良いのか? プレイヤーの情報を集め、同じ境遇の人達と接触し、日本へ帰る。可能かどうかは別として――本当にそれで良いのだろうか?

 逢いたい人が居るのは確かだ。

 それは疑いようのない事実であり、帰還への動機となり得る。

 ただ、帰ってもハッピーエンドにはならないだろう。当たり障りのない言葉を幾つか交わし、サヨナラをして御仕舞いだ。裏切り者にはそれでも過分だろう。

 

(私が帰ってもあの人は喜ばない。それなら……帰らない方が私にとって幸せなのかも? この世界なら私はパナップ――強力な堕天使なんだから……。でも――)

 

 仲の良い『蒼の薔薇』を眺めれば眺めるほど、心の内にどす黒いものが湧いてくる。

 どんなに願っても手に入らないモノ、其れをお前達は持っている、たかが人間ごときが何故持っているんだ、憎くて苦しい――幸福な笑顔を潰したくて堪らない。

 変身で隠していた黒い羽が、もぞりと動き出しそうだ。

 

(違うよ違う! そんなこと考えてない! 私は人間、日本人! 悪いことはしない、犯罪・絶対・ダメ!)

 

 暗示のように言い聞かせ、パナップはイビルアイの後を追った。その先で睨みを利かせた集団が待ち構えている事など、まったく気にもしないで……。

 

「アインドラさん、少しイイですかね?」

 

 冒険者ギルドの一階では、多くの武装した集団が『蒼の薔薇』へ視線を向けていた。その中から(ゴールド)のプレートを身に付けた一人の男が前へ出て、ラキュースに声を掛ける。

 

「あら? 貴方は南門で御一緒した方ですね。何か御用ですか?」

 

「ええ、貴方と言うか――まぁ、そっちの新人さんに用がありまして……。なんでも白金(プラチナ)級に推薦されるほどの凄腕だとか……。良かったら裏の訓練場でその実力を見せてもらいたいのですがね」

 

 先輩冒険者としては引くに引けない案件なのだろう。目の前で「お前たちより強いから上位プレートを渡すけど構わないよな」と言われたようなものなのだ。普通ならば「ふざけるな」と、怒りをぶつけてきて当然の揉め事になるだろう。新人への洗礼とは全く違う、己の冒険者人生を掛けた厳しい一撃を放って来るに違いない。

 其れも此れも、全てはラキュースの一言が原因なのだが……。

 

「あの、それはちょっと……」

「うん、いいよ! やろうやろう!」

 

 空気を読んでいるのかいないのか、田舎娘の声は軽い。十組近くの荒れくれ者に取り囲まれても、何ら危険を感じていないようだ。

 

「あ、あの、パ、パナさん何を――」

「大丈夫だってラキュースさん。ちゃんと手加減するから……それに、私も色々試してみたい事があるしね」

 

 実際の戦闘でどの程度戦えるのか、特殊技術(スキル)の有用性は、ユグドラシルの時のように俊敏な動きを再現できるのか――等々、パナップにとって訓練場で相手をしてくれるという話は、結構有難いモノであった。とは言え、手加減云々の言葉を目の前で聞いてしまった先輩冒険者にとっては、頭の血管が破裂しかねないほどの暴言を投げつけられたに等しい。

 ざわっ、と殺気混じりの空気が広がる。

 

「――では行きましょうか。こっちです」

 

 それ以上口を開くと罵声しか出ない――そんな気配を感じさせる(ゴールド)級冒険者のリーダーは、既に許可を取っていたらしく冒険者ギルド本部の裏手にある訓練場まで先導する。

 それに続きパナップと『蒼の薔薇』一同、そして他の冒険者達が動き出すのであった。

 

 

「おいおい、イイのかラキュース。このままだとロクでもない事にしかならんぞ」

「分かってるけど……他にどうしようもないでしょ?」

「死人が出るかも、今のうちに逃げる?」

「イビルアイにティアも――いざという時はお願いね」

「ちょ、おまっ」

「さすが鬼ボス、非道に外道」

 

 わいのわいの――と騒いでいる『蒼の薔薇』の前では、短めの木剣を手にしたパナップが、簡単な柵で囲まれた広場の中央で対戦者を待っていた。

 その姿は異様の一言に尽きる。

 嫁に行き遅れたであろう二十歳程度の――南方の辺境からやって来たと思われる短い黒髪の田舎娘が一人、小奇麗な様で木剣をブンブン振っているのだ。誰もがオカシイと思う光景であろう。柵の外で怒りに身を震わせている武装集団の様子からも、ただならぬ状況が始まっているのだと分かる。

 

「んじゃ、俺から行かせてもらうぜ! (シルバー)級とか(ゴールド)級が出たら直ぐ終わっちまうだろうし、大怪我させると面倒だからなぁ!」

「そんなこと言っている場合か? 相手の嬢ちゃんは手加減してくれるってのによっ!」

「一人目で終わるのは無しにしてくれよ! 俺まで回してくれ!」

「いやいや、どう見ても一人目で終わるだろ。無理だって」

「何言ってんだ? アダマンタイトのお墨付きだぜ! 楽勝だろ?!」

 

 喧騒の中から進み出た大柄の男は、首に掛けるプレートからすると(アイアン)級冒険者のようだ。パナップ同様木剣を所持し、悠々と広場の中央付近まで歩いてくる。その様相は完全に勝利を確信したモノであり、頭の中では――どのように遊んでやるか――としか考えていないに違いない。

 しかしその思考は当然であろう。

 訓練場で向かい合った二人の体格差からしても勝敗は明らかだ。

 (アイアン)級冒険者は小鬼(ゴブリン)達と死闘を繰り広げている戦闘経験者であり、そこらに居る一般兵よりも強い。無論、比較の相手が帝国兵となると話は違ってくるが、王国の田舎娘ならば負ける要素は皆無だ。アダマンタイト級冒険者が知り合いだからと優遇しようとしても、(アイアン)級冒険者に打ち勝つのは偶然や奇跡でも不可能だろう。たとえ油断という要素があっても同じことだ。

 

「パナッ……の構え、どう見る? 感想を聞かせてくれ」

「そうねイビルアイ。私の感想は……、貴方が思っている事と同じだと思うわ」

「同意、まるでなってない。素人丸出し」

「やはりそうか、となるとアイツが『ぷれいやー』である可能性は無しか……。隠密や変身の能力、話の内容からして本物かと思ったんだが……」

「仕方ないわ、私だって本物の英雄だと――」

 

『蒼の薔薇』が分析を行っている最中、その勝負は始まった。(アイアン)級冒険者が「さぁ、いつでもイイぜ、お嬢ちゃん!」と挑発し「は~い、それじゃ~行きますね」とパナップことパナが答え、その一歩を踏み出すと同時に――

 

 ――勝負は終わった。

 

「はぁ?」

「え?」

「……」

 

 イビルアイ達が見つめる先で、パナは男の背中に軽く木剣を当てていた。

 訓練場が静寂で満たされ、物音一つ聞こえない。

 パナが何時背後に回ったのか、誰もがお互いに顔を見合わせて首を振る。

 ティアもラキュースも――、イビルアイであっても開いた口が塞がらない。まさに一瞬の攻防……いや攻であった。

 

「はい、おっしま~い。次の人どうぞ~」

 

 肩に木剣をトントンと当てて元の位置に戻るパナは、まるで何事も無かったかのように自然体だ。戦っている――訓練していると言うよりは、遊んでいると言った方が的確であろう。

 

「ちょ、ちょっと待て! お前、今どうやったんだ! 一瞬でどうやって背後に回った? 私でも見えなかったぞ!」

「魔法かしら? でも魔力の発動は無かったようだけど……」

「転移……闇渡りでもない、速過ぎ」

 

「何って……、走って後ろに回っただけだよ。言わなかったっけ? 私って素早く動くことに関しては自信があるんだよ」

 

 素早いって言葉の意味を調べたくなる『蒼の薔薇』一行であったが、そんな事をしている暇はない。パナの前には正気を取り戻したであろう次の対戦者が進み出て、微かに震えながらも木剣を構えているのだ。見逃す訳にはいかない。

 

「んじゃ~、色々と試させてもらうね」

 

 田舎娘の軽やかな一言が何を意味していたのか、それは誰にも分からない。何故なら進み出た対戦者は一人残らず、自分が何をされたのかも分からずして負けたのだから……。気が付けば背中に、首に、脳天に木剣を当てられ――果ては知らぬ間に倒されて失神する有様だ。

 これほど訓練にも経験にもならない勝負は珍しいだろう。何も分からず対策すら思いつかないなんて、悪夢でしかない。

 

「これで全員? そんじゃ~もうイイかな?」

 

 満足げなパナの言葉を最後に、無意味な勝負は終わった。

 パナとしては人間に変身した時の動きを確かめられ、戦闘時の特殊技術(スキル)発動を一通り試すことが出来たので充分な収穫であった。そして『蒼の薔薇』にとってもパナの能力を目に出来たのは――実際には目に映らなかったが――良かったと言うべきであろう。これで『ぷれいやー』である確信が持てたのだから……。

 

「信じられん……、十三英雄のリーダーでもこんな動きは不可能だ。あのばばぁが見たらなんていうか……」

 

「(超高速瞬歩……いえ、神速雷鳴俊転移なんてイイかも……。でも雷鳴より電撃のほうが攻撃的で速そうかしら? 神速は必須だし……、となると暗黒はどうしよう。私にとって暗黒は外せない要素だし……。んん~、そうそう、この場合は移動してから技名を叫んだ方がカッコイイわよね♪ ――ふっ、止まって見えるわよ。私の超神速暗黒雷――)」

「ボス、どうかした?」

「――えっ?」

 

 余程衝撃的であったのだろう、ラキュースの思い悩む様子からも抱えている苦悩の大きさが分かる。なにせパナが動き出せば誰も止められないのだから、王国を守護するアダマンタイト級冒険者のリーダーとしては頭を抱えてしまう絶望的案件だ。

 イビルアイもティアも、リーダーの負担を軽くしようと心に誓い傍に寄り添う。宿に帰れば頼りになる仲間が更に二人も居るのだ。一人で悩む必要はない。きっと解決策はあるだろう。幸いパナは友好的で人間に危害を及ぼそうとする気配は見られない。ならば希望はある。

 ラキュースの肩に手を置き、イビルアイは決意を持って頷く。――大丈夫だ、私がきっと護るから、たとえ相手が最上級悪魔だろうと虫の魔神だろうと必ず――。

 

 訓練場から出てきたパナは、化け物でも見るかのような視線を避けつつ『蒼の薔薇』の下まで歩を進めていた。

 なにやら重い空気を感じるが、ラキュースの目がキラキラしているので特に問題は無いだろう。これで他の冒険者達から妙な言い掛かりを付けられる事も無いだろうし、街中で動き回るには最適な行動だったに違いない。

 パナは己の能力確認に加え、周囲の状況まで改善した見事な手際に――むふふん、まるでぷにっとさんとかモモンガさんみたいな頭の冴えだね、私ってば賢い! ――なんて自画自賛を行っているみたいだが……。

 

 この日からエ・レエブル、そしてリ・エスティーゼ王国内では、信じられない武技(ぶぎ)生まれなが(タレ)らの異能(ント)を併せ持つ田舎娘が、アダマンタイト級推薦の逸材として冒険者活動を開始したと人々の噂に上り始めた。

 なぜ武技(ぶぎ)生まれながらの異能(タレント)だと勘違いされたのかは不明だが、噂の発端を探してみると其処には必ず――全ての指にアーマーリングをはめた見目麗しい金髪美女の姿が有ったとか無かったとか。

 色んな所からせっつかれて仕方なく己の想像を話したのかもしれない。田舎娘の出生が、二十年ほど前にドラゴンに滅ぼされた亡国の王女様――になっていたのはただの勘違いだろう。

 その金髪美女は時折謎の書物を手に取り、何かを書き込んでいるらしいのだが……忘れないようにメモを取るのは良い事だ。

 その結果、とんでもない虚像が生み出されたとしても……。

 




ふっ、止まって見えるわよ。
私の超神速暗黒雷撃超俊転移からは、何者も逃れる事は出来ない!
我が神をも超える速さの前に、時間すらひれ伏すがイイ!
あはっ、あははははは!!


(どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!)
(駄目だこれは、早く何とかしないとっ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-9

朝起きて、
眠気を振り払って、
その目に映した美しい世界は……、

やはり異世界でありました。

大切な人が居ない美しい異世界と、
大切な人が居るであろう汚染された現世界。

選べるならば――貴方はどちらに?



「ああ~、俺も見たかったなぁ。ちっくしょ~、酔い潰れている場合じゃなかったぜ」

「同意、私も見たかった」

 

 爽やかな空気の中、眠そうな声と共に昨日の行動を後悔するような愚痴を零すのは、旅支度を整えたガガーラン、そして同じく旅装束のティナだ。

 二人とも今すぐ街を出て、王都なりトブの大森林などへ出発できそうな姿である。どうやらエ・レエブルの宿にはもう戻らないのであろう。ギルド長との話し合いがどう転ぼうとも旅に出るのは同じなので、全ての後始末を済ませてきたようだ。

 

「まぁ、その気持ちは分からなくもないけど……、居てもどうせ見えなかったわよ」

「その通りだな、私にだって見えなかったのにガガーランでは……な」

「見えなかったくせに、偉そう」

 

 イビルアイのデカ過ぎる態度に忍者娘が突っ込むのはいつもの光景だが、当の話に上っていた田舎娘パナはというと――まだ眠いのか、ぼんやりと朝の街中を眺めていた。

 

「どうかされましたか、パナさん。まだ眠そうですけど……」

 

「ああ、そういう訳じゃないんだけど――」

 

 一時的に維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)を外して一晩眠り、起床後指輪を付け直した。故に眠気などとは無縁のはず――ならばなぜぼんやりと景色を眺めているのか?

 ラキュースに気遣われていたパナは、遠い昔を懐かしむように気持ちを吐露する。

 

「えっとね……、やっぱり夢じゃなかったんだな~って思っちゃってね。一晩寝たら、元の自分の部屋で目を覚ますんじゃないかって、ほんの少しだけ……考えちゃって……」

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

 その場から消えてしまうのではないかと思うほどの弱々しさに、イビルアイは思わず服の裾を掴んでしまう。柄にもない行動だと、昨晩からガガーランを始めとする仲間達にからかわれてはいるが、何故か止められない。

 パナの正体が自分と同じ人外だからなのか、それとも世界に取り残された孤独な存在だからか……。

 

「うん、大丈夫だよ。……さぁ、冒険者ギルドへ行こう。ギルド長を待たせたら悪いもんね」

 

「いやいや、待たせても問題ねーって。エ・レエブルの冒険者ギルドは結構暇らしいぜ。ギルド長ものんびり飯でも食ってんじゃねーか?」

「そういう問題じゃない、礼儀の話」

「同意、だけど外も中もガサツなのはガガーランのイイところ」

「ガサツって、褒めてねーだろ!」

 

 淀んだ空気を吹き飛ばすかのように、巨漢の戦士と忍者娘は先頭を切って歩き出した。そんな姿にリーダーとしては目頭を押さえたくなる。

 ラキュースは――お前は母親かっ、保護者か! ――というイビルアイの可愛い突っ込みを脳内で完成させると、昨晩の出来事を思い起こしていた。

 

(パナさん……、いえパナップさんは普通の女性としか思えないわね。モモンガという方の自慢話ばかりする恋する乙女、と言ったところかしら? とても英雄には見えないけど……)

 

『蒼の薔薇』とパナが眠る前に話し合った内容は、ごく普通のガールズトークであった。国に二つしかないアダマンタイト級冒険者と、伝説の英雄級である『ぷれいやー』がキャーキャー言いながら、どんな人が好みで付きあったらどんなことをするとか、好きになった相手はどんな人物だとか、はっきり言って死の支配者(オーバーロード)であっても匙を投げて転移するであろうどうでもイイ話だ。

 一番食いついていたのがラキュース自身だった事は棚に上げつつも、『ぷれいやー』の情報をあまり得られなかった点が悔やまれる。

 本当なら――寝る時すら外そうとしなかった他の装飾品について、特殊な効果を持っているのかとさり気なく聞き出したかったのだが……。

 

(まぁ、仕方ないわね。もし特殊な効果を持っているアイテムだったのなら、その性能を他人に教えるなんて普通はしない事だし……)

 

 命のやり取りを行う冒険者にとって、武具の特殊な効果は重要機密と言える。効果を知られて対策を立てられてしまうと、戦場において大きなマイナス要素となってしまうからだ。『蒼の薔薇』は有名になり過ぎて様々なマジックアイテムの名前や性能を世間に知られているが、それでも奥の手の一つや二つはある。

 それにモンスターが相手なら腹の探り合いがないので気楽なものだ。ただ何処かの特殊部隊なんかは、マジックアイテムの対策をした上に連携まで整えており、極めて危険でもう二度と面と向かって殺し合いたくは無い。

 やはりモンスターより人の方が厄介という事だろう、悲しい事実である。

 

 堂々巡りの思考に囚われていたラキュースは、何時の間にやら冒険者ギルドまでやってきていた。気を取り直し、入口の扉を引き開ける。

 

「『蒼の薔薇』です。ギルド長ロズメットさんは居られますか?」

 

「はい、二階でお待ちです。御案内しますね」

 

 名乗る必要が無いほど有名でも毎回名乗る。ラキュースは其れが礼儀だと思っているが、今回はいつも以上に視線が痛い。それはもちろん、数多の冒険者を訓練場で叩きのめしたパナが一緒に居るからであろう。まだまだ謎の多い田舎娘であるだけに、注目度は高い。

 

「ギルド長、『蒼の薔薇』の皆さまが来られました」

「――ああ、入ってもらって下さい」

 

 実際は『蒼の薔薇』一行と田舎娘一人なのだが、受付嬢にそんな突っ込みは無粋というか時間の無駄だ。

 ラキュースは案内された一室へ足を踏み入れ、そして――

 

「えっ、リグリットさん!?」

「うおっ、婆さん何してんだ?」

「このっばばぁ! 何時の間に?!」

「察知出来なかった、……悔しい」

「相変わらずの隠密、恐るべし」

 

「あれ? 待ち合わせしてたんじゃないの?」

 

 パナがギルドの建物の中に入る前から察知し、部屋の扉を開けて其の目で確認した二人の人物は、見知っているひょろ長いギルド長と――全く知らない老人であった。その老人は見た目こそ皺だらけで高齢の女性であることを仄めかしてはいるが、整った姿勢や肩から腕にかけての筋肉、そして纏っている武装と腰に差した見事な剣が一般人であることを否定している。

 どう見ても歴戦の強者(つわもの)だろう。

 特殊技術(スキル)による探査ではイビルアイより少し劣る程度なのだが、パナの目からすると妙に迫力があって何だか逆らい難い老人であった。

 

「久しぶりじゃな嬢ちゃんども、――と言いたいところだがさっさと座るがよい。ギルド長から話があるそうじゃ」

 

「ちょっと待て! その前にどうして伝言(メッセージ)に応じなかったのか答えろ! こっちは何度呼び掛けたと思っているんだ!」

 

「うるさい泣き虫嬢ちゃんじゃなぁ」

 

 老人は――なんだと! と言い返してくる仮面の子供を片手で抑え、気怠そうに言葉を紡ぐ。

 

「決まっとるじゃろ? 儂を伝言(メッセージ)で誘き出そうとする罠かどうか見極めていたんじゃよ。それで確認が出来たからこうして会いに来たんじゃろうが……。ん? もしかして伝言(メッセージ)を疑うなとでも言うつもりか? まさか魔法詠唱者(マジック・キャスター)がそんな事言うまいな?」

 

「くっ……」

 

 老人の言葉にイビルアイは何も言えない。

 其れもそのはずであろう、伝言(メッセージ)の不確実性と危険性は魔法詠唱者(マジック・キャスター)が最初に習う基礎の基礎だ。もしイビルアイがラキュース達を人質に取られ、老人リグリットを誘き出すよう強制されていたなら、伝言(メッセージ)を疑わなかった場合リグリットの命は無い。

 伝言(メッセージ)は、嘘であろうと強制されたものであろうとも聞き分けられないのだ。しかも手紙などと違いその伝達速度は他の追随を許さず、別の情報源から再確認する事は不可能と言っていい。それ故に――いや、だからこそダブルチェック、トリプルチェックを行う必要があるのだ。伝言(メッセージ)の『いち早い情報入手』という利点を殺す事になるが、都市が丸ごと一つ滅ぶよりはマシだろう。

 

「へ~、伝言(メッセージ)ってそんな騙し合いみたいな使い方も出来るんだ。ふ~ん、なんだか面白そうだね」

 

「おっ、お前さんが噂の御嬢ちゃんかい? なんでも荒れくれ者の冒険者連中を蹴散らしたって話じゃないか。……ほほぅ、いやいや大した逸材を見つけたもんじゃよ、アインドラの嬢ちゃん」

 

「あ、あの、その話は、今はちょっと……」

 

 ギルド長の目の前で『ぷれいやー』の話はしたくない。

 そんな気持ちと瞳でリグリットを見つめるラキュースは、話題を変えようとギルド長ロズメットに予定していた話を進めるよう促した。

 

「え……ああ、そうですね。トブの大森林に関する調査の件ですが、冒険者を襲ったモンスターらしき存在は森から出てきていないようです。今のところ目撃証言はありません。それで肝心の生き残りですが、やっぱり敵の姿は見てないそうですよ。突然魔法による攻撃を受けた――と言っているだけですね」

 

「は~、白金(プラチナ)級ともあろう冒険者がなっさけねーなぁ。最低限の情報ぐらい持ち帰れってーの」

 

「生きて帰ってきただけ、マシ」

「そう、生存こそ最低限の仕事」

 

「嬢ちゃん達もなかなか言うようになったもんじゃのぉ。――まっ、今回は儂がそこの新米嬢ちゃんと一緒に行ってやるから安心すると良い。お前さん達はさっさと王都に帰るんじゃな」

 

「「え?」」

 

 ラキュースとイビルアイの声が疑問と共に重なる。

 

「ちょっと待って下さい、リグリットさんがパナさんとですか?」

 

「なんじゃ? お前さん達は急いで王都に帰る必要があるんじゃろ? じゃが白金(プラチナ)級冒険者を蹴散らした襲撃者を放ってもおけんのだろう? だったら儂が一肌脱いでやると言うとるんじゃ。それに……新米嬢ちゃんと話し合うには、トブの大森林までの道のりは丁度イイじゃろうしなぁ」

 

「おい、リグリット。その言い方からすると……此奴が何者か分かっているのか?」

 

「ほほ、ばばぁとは言わんのか、イビルアイ」

 

 仮面の奥で眉毛を釣りあげているであろうイビルアイに対し、リグリットはからかうようにニヤ突く。そんな二人の間へ――暴れてもらっては困ると言わんばかりに、ギルド長が口を挟んできた。

 

「元アダマンタイト級冒険者のリグリットさんの申し出で、協力してもらえることになったのですよ。今回は特例としてですが、まぁ其方の……パナさんでしたか? 同行されるかどうかについてはお任せしますが……」

 

 ギルド長としては、トブの大森林北部で起こった白金(プラチナ)級冒険者襲撃事件の真相が分かれば良いのだ。新米冒険者の行動などどうでもイイ。先日言っていたように上位プレートが欲しいなら、適当な言い訳を創って渡しても良いのだ。

 実力と信頼、そして結果。冒険者が上位のプレートを得る為には、様々な要素を獲得しなければならないのだが――それはそれ。規則は破る為に有る、とも言う。それにどうせ文句を言ってくる奴は一人も居ないのだ。昨日の訓練場でぐうの音も出ないほど、実力差を見せつけられたらしいのだから。

 

「そういう訳じゃが……、ギルド長殿、ちょっと席を外してもらっても良いかのぉ」

 

「……はい、分かりました。私は一階にいますので、出発する際は声を掛けて下さいね。それとパナさんの(カッパー)プレートを渡しておきます。――それでは」

 

 細い目をより一層細めて、ギルド長は二階の会議室を出ていった。

 後に残るは老人リグリットと『蒼の薔薇』、そして首に真新しい(カッパー)プレートを下げた――話に付いて行けてない田舎娘だけだ。

 

「イビルアイ、良いか?」

 

「少し待て…………よし、もう話しても大丈夫だ」

 

 テーブルの下で何かのアイテムでも発動させたのか、その場の空間が外と隔絶されたような――会議室全体が外の音と遮断されたかのような奇妙な現象に包まれる。

 

「さて聞こうかの。アダマンタイト級冒険者が揃いも揃って最大級の警戒を見せている、その嬢ちゃんの正体について――っと、儂はリグリット、宜しく頼むぞ」

 

 先程とは違い、眼光に鋭さを増した老人は、パナを見つめ不敵な笑みを浮かべる。パナとしては――お前を警戒している、注視している、危険視している――と言われているように感じてしまい落ち着かない。

 

「わ、私はパナ……と言います。宜しく……です」

 

「ふむ、見事なまでの無能力ぶりじゃな。立ち姿から視線の這わせ方まで素人そのモノじゃ、ここまで田舎娘になりきるとは恐ろしい技能じゃのぉ。昨日手合せしたという連中にも少し話を聞いたが、誰一人として何をされたのか分からんと言っておったぞ。流石は――プレイヤーと言ったところか」

 

「えっ、分かるんですか? お、お婆さん凄いですね。『蒼の薔薇』の皆さんなんてまったく信じてくれなかったのに」

 

「ちょっと待て、私は別に疑ってなかったぞ」

「嘘、最初に思いっきり否定していた」

「確かに、その上で泣かした」

「ちょ、お前等!」

 

「……なんじゃ、やっぱりプレイヤーだったんか。久しぶりに出会うが、今回は少しばかり毛色が違うのぉ」

 

 予想はしていたので少しばかり引っかけてみたリグリットだが、隠しも否定もしないパナの言動に拍子抜けである。とは言え、問題なのは『蒼の薔薇』の穏やかな空気だ。

 リグリットは改めて警戒心を強める。

 今の状況がどれ程危険なのか『蒼の薔薇』は自覚していない。いや――国家の重大案件だと認識し、最大級に警戒しているのかもしれないが、其れでは足りないのだ。

 プレイヤーの傍に居るという事は、神の傍に居るという事。

 無自覚な一つの所作で街が消し飛ぶ……、一歩間違えれば阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前に広がるかもしれない状況なのだ。

 だからこそリグリットは動く。

 出来る事ならもう一人の信頼できる仲間――『白銀』と一緒に来たかったが、叶わない今は自分で出来る限りの事をするしかない。

 

「なんだ婆さん当てずっぽうかよ。……んで? トブの大森林まで一緒に行くって?」

 

「その方が良いじゃろ? お前さん達は、どうせまた姫様のワガママに振り回されておるんじゃろうし……。こっちの事は儂に任せておけ」

 

「リグリットさん、ラナーからの依頼は王国民を助ける為の重要なものです。決してワガママなどでは――」

 

「ほぅ、やはり姫様の依頼で動いとったんか。それならより一層儂の提案を呑んだ方がよいぞ。急いでおるんじゃろ?」

 

「あ、あの、その……」

 

 王女ラナーからの依頼は冒険者ギルドを通していない裏の仕事である。よって誰にも知られてはいけないはずだったのだが……。

 

「さて行くとしようかの! なぁ~に心配せんでも良いわ。トブの大森林で何が起こっているのか確認して、そっちの嬢ちゃんとしっかり話し合って、最後に王都まで送ればいいんじゃろ? 簡単な事じゃ」

 

「おいおい、イイのかリーダー? 俺達だけで王都に向かって……」

「出来る事ならパナさんから目を離したくないけど、それにリグリットさん一人だけっていうのも……」

「老人一人は心配、要介護」

「元気な老人ほど、足下をすくわれる」

 

「何を言うか! お前さん達の方こそ、スレイン法国の特殊部隊とやり合って目をつけられとるじゃろうが! 傍に居て危険なのはお前たちの方じゃぞ!」

 

 老人扱いされて怒った訳でも無いだろうに、リグリットは少し強めの口調で未だに迷いを見せている『蒼の薔薇』を抑え込んだ。そしてすぐさま席を立ち、旅の荷物を背負い始める。

 まるで議論の余地は無いと言わんばかりだ。

 

「このばばぁ! そんな事を言っているんじゃない! お前一人でコイツを制御できるのかって言っているんだ!」

「大丈夫じゃ、――そうじゃろ? お嬢ちゃん」

 

「ぷるぷる、わたしわるいぷれいやーじゃないよ。ぷるぷる」

 

「「…………」」

 

 悪くなった空気を和ませるつもりだったのだが、またしても失敗したようだ。

 パナのセンスが悪いのか、それとも世界が変わったことで趣味嗜好が変化したのか? こんな事では、可愛らしいジャンガリアンハムスターでさえ獰猛な魔獣と言われるのかもしれない。

 

(だああぁ~!! 茶釜さーん! ぜんぜん笑ってもらえないんですけどー! 絶対笑いが取れるって言ったでしょー!!)

 

 目を潤ませ――ユグドラシル時代は瞳うるうるアイコン――、軽く握った両拳(りょうこぶし)を頬に付け、スライムのように身を縮こませてぷるぷる震えたら完成。

 ぶくぶく茶釜仕込みのスライム式鉄板ギャグは、ものの見事に玉砕したのであった。

 




ピンクのスライムが現れた!

「ぷるぷる、わたしわるいすらいむじゃないよ。ぷるぷる」

ピンクのスライムは怯えている!
バードマンの攻撃!

「千載一遇のチャンス! くたば――――」
「てめぇがくたばれやこらぁーーー!!!!」

ピンクのスライムの会心の一撃!
バードマンは死んだ。

復活しますか? はい/いいえ
※『はい』なら一行目に戻ります。
※『いいえ』の場合はピンクのスライムの栄養となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-10

どなどなど~な~どぉ~なぁ~
だてんしのせ~て~

どなどなど~な~どぉ~なぁ~
ろうばはい~く~よ~



 麻薬の中に『黒粉』もしくは『ライラの粉末』と呼ばれるものがある。

 効果の割に依存性が低いと信じられており、大量生産が可能で安価な為、王国のみならず帝国にまで広がりを見せている極めて厄介な大衆麻薬だ。

『蒼の薔薇』はその麻薬の生産地に関する情報を求めて、エ・レエブル近郊で行われているという取引現場を襲撃。加えて密売人数名から情報を入手し、麻薬の原料を栽培している農村の場所を特定しようとしていたのだ。

 しかしながら入手した情報だけでは特定に至らず、持ち帰って黄金の名を冠するラナー王女の知恵を借りようと、王都帰還の準備を進めていたのだが……。

 そこで出会ったのが、黒い羽を持つ変な奴なのである。

 

「麻薬ねぇ、ふ~ん……、世界が変わってもあるんだね~そういうの。嫌な感じだなぁ」

 

「綺麗ごとばかりじゃないってことだ。お前もトブの大森林では気を付けろよ! 武装した集団が盗賊団を結成している場合もあるんだからな!」

 

 エ・レエブルの北門付近では一台の馬車と、その馬車の窓から顔を出すイビルアイ、そして呑気な感じのパナが別れの挨拶を行っていた。

 イビルアイ以外の『蒼の薔薇』は既に挨拶を済ませ、荷物と共に馬車に乗り込んでいる。リグリットは後方で馬の背に跨り、さっさと目的地へ向かうぞ――と言わんばかりに早駆けを繰り返していた。

 

「ちゃんと王都まで来いよ! 変な寄り道するなよ!」

「アンタは母ちゃんか?! って大丈夫だよ。リグリットさんに色々教えてもらって、こっちの世界の常識をもっと学んでから……会いに行くよ。もっとも、貴方達の心配の種をしっかり潰してきてからだけどね」

 

「ふん、油断はきんも――ってコラっ引っ張るな!」

「それではパナさん、リグリットさん。また王都で」

 

「ああ、アインドラの嬢ちゃんもしっかりとな」

「またね~」

 

 イビルアイを引っ張って代わりに顔を出してきたラキュースの言葉を最後に、御者台に座っていたティナが馬車を発進させた。

『蒼の薔薇』としては予定を丸一日以上遅れているのだから、急いで王都まで帰る必要があるだろう。遅れたら遅れただけ麻薬は蔓延し、多くの民衆が犯罪者集団の餌食となってしまうのだ。

 何も迷う必要はない、民衆を救う以上に優先すべき事象が何処にあるというのか? ――『ぷれいやー』が現れるまではラキュースもそう思っていたのだが。

 

(リグリットさんが来てくれて本当に助かったわ。でも……これで良かったのかしら? パナさんから目を離すことでもっと大きな問題を……。トブの大森林に何が潜んでいるのか知らないけど、後回しにすべきだったのかも? リグリットさんはパナさんと話し合うのに丁度良い道のりだって言っていたけど、他に何か目的があったのではないかしら?)

 

 リグリット以上に『ぷれいやー』を任せられる存在は居ない。それはラキュースも他のメンバーも良く分かっている。

 ただ少し気になるのだ。リグリットが少々強引に事を進めたような――そんな気がするから。

 

 

「それでは行くとするかの、パナ殿。儂の後ろに乗るといい」

 

「は~い、って馬に乗るの初めてだからちょっと怖いかも。……暴れないでね」

 

 生物と言う面では、先程別れた『蒼の薔薇』や目の前のリグリットの方が危険なのだが、パナにはブルブルと鼻を鳴らす馬の方が恐ろしく感じるようだ。

 それはステータス云々と言うより、何か別の感情が作用しているようにも思えるのだが、リグリットには其れが何なのか分からないし理解できない。

 

(そういえばリーダーの奴も、最後まで馬に乗るのは苦手だったのぅ。あれは個々の得手不得手ではなく、プレイヤー共通の問題なんじゃろうか? う~む)

 

 リグリットに掴まりながら恐る恐る馬に跨るパナは、どう見ても田舎から出てきた普通の村娘だ。昨今は田舎の村々でも乗馬技術を獲得しようとする動き――戦争時に多少ながら優遇される及び生存確率が上がる為――はあるが、まだほとんどの村民は馬に乗れない。だからこそパナの行動は違和感が無くて恐ろしいぐらいである。

 

(これが村娘を装っているのなら話は分かるんじゃが……、そんな感じでもなさそうじゃし。訳が分からんな)

 

「ふぅ、思ったより大人しいですねぇ。――それじゃ~、出発しましょ~!」

 

「っ、ああ、そうじゃの」

 

 何だか噛み合っていない歯車を無理に回そうとしているようで落ち着かない。リグリットは背中に掴まる村娘にしか見えないプレイヤーに言い知れぬ不安を感じながら、トブの大森林に向けて危険な一歩を踏み出そうとしていた。

 

 ただ……後になって気付くのだが、この時『蒼の薔薇』もパナ自身もリグリットに肝心な――と言うか根本的な事を伝え忘れていたのだ。

 そう、パナの本名がパナップで、人間ではなく堕天使であるという事を。

 

 

 ◆

 

 

 人間二人分相応の荷重ともなると、流石に馬であっても長時間支えるのは辛いものだ。途中での休憩は多くなるし、走る速度も普段とは違って遅めとなろう。

 だから、トブの大森林に到着するまでの日数も多くかかるのは仕方のない事である。と言いたいところなのだが……。

 

「リグリットさーん、どうして見かけた村々に立ち寄るの? 話を聞いてどうするの? 私達の仕事は森の調査なんでしょ~?」

 

 馬の手綱を引きながらリグリットの後ろを付いて歩くパナの頭は、疑問でいっぱいだった。トブの大森林に関する調査依頼のはずなのに、目の前の老婆は途中の農村に寄り道ばかりなのだ。急がなくて良いのかと不安が募ってしまう。

 

「やれやれ、新米嬢ちゃんには冒険者としての基礎を教えてやらんといかんようじゃの。――よいか? 儂らはトブの大森林を調査する訳じゃが、森の中だけ調べれば良いというものではない。被害が広がっていないか、何か目撃したものはいないか、儂らの他に森へ向かった者はいないか、これから向かおうとしている者はいないか……とまぁ、情報を集めつつ余計な被害が出ないように警告しておく、という訳じゃ」

 

 リグリットからすると、事前に与えられた情報なんぞは不十分で当然――なんだそうだ。肝心な情報が抜け落ちていたり内容が間違っていたりする為、鵜呑みにするのは危険という事らしい。信頼できる情報は自分自身で獲得し、活用するべきであると。

 今回、森の中には別の被害者が居るかもしれない。近くの村から出向いた薬草取りや狩人が、森の中で怪我をして助けを待っているのかもしれない。周辺の村を回って話を聞けば、帰還していない村人の情報を掴めるだろう。加えて今から向かおうとする者達も止められる。

 無論、冒険者ギルドや王国警備隊から警告が届いているかもしれないが、其れを期待するほどリグリットは御人好しではない。

 向かう先で足を引っ張る要素があるのなら己自身で確認するし、余計な手間が増えないよう自分で対策を立てておくべきなのだ。

 

「肝心のモンスターが近くの村を襲っておるのに、儂らは森の中だけを捜索して何の異常も無かったと報告する――それで済ますつもりか? 今の儂らは調査任務を受けてはおるが、ギルドから武力行使を認められた冒険者じゃ。対象が森の外に居るなら、其れは其れで柔軟に対応すべきじゃろう」

 

 ふむふむ、と頷くパナに釣られてリグリットの口は滑らかに走る。冒険者の先輩として色々と語りたい事が有ったのだろうか? 昔馴染みの『蒼の薔薇』が立派に成長してしまい、苦言を呈する機会が減った所為で、矛先がパナに変わったのかもしれない。

 まぁ何にせよ、パナにとっては有益な話なので構わないのだが。

 

「それでじゃ、周辺状況を確認しながらモンスターの動向を注視し――森へ入る。外に居ない事を確認しておるのじゃから、当然森の中に居る確率は高い。最初に向かうは白金(プラチナ)級冒険者が襲撃を受けた場所じゃ。其処で遺留品を確認し、標的の痕跡を見つけ出す……とまぁそんな感じじゃな」

 

 そこから先はまた今度――と話を中断したリグリットは、何故か満足げな表情を浮かべて村の中へ入っていった。誰かに教える事の出来る喜び、というヤツなのだろうか? リグリットの本音は誰にも分からないが、肝心の『プレイヤー案件』については何も話をしていないので、パナとしては何だか焦らされているように感じてしまう。

 冒険者の心構えや基礎を教えてくれるのは有難いのだが、しっかり話し合うと言っていた内容はそれだけじゃないよね――と問い掛けずには……、思わずにはいられない。

 

 

 エ・レエブルを出発して三日目の夜、リグリットとパナの視界には、広大な森林の一端が姿を見せていた。

 

 ――トブの大森林――

 

 多様な生物が住まう生き物たちの楽園であり、効能の高い薬草が採れる人類の宝物殿、そして幾人もの冒険者が命を落とした危険な森である。

 腕利きの冒険者でも太刀打ちできない凶悪な主が複数縄張りを持っているとも言われ、奥まで足を踏み入れる者はほとんどいない。

 噂では小鬼(ゴブリン)の王国があるとか、蜥蜴人(リザードマン)が住まう湖があるとかいろいろ言われているが、その真偽は定かではない。

 もっとも……馬を休めて野営の準備を始めているリグリットにとっては、世間で言われている何倍もの危険が渦巻く、最悪の化け物が封印されている地獄のような場所なのだが……。

 

 大森林までは馬を飛ばして残り数刻――、闇夜の中で月の光を浴びている森の木々たちはとても美しく、木の妖精(ドライアード)が魅了の魔法でも放っているかのようだ。

 

「リグリットさーん、水汲んできたよ~」

 

「おお、すまないね。後は儂が用意するから少し待っとくれ」

 

「リグリットさんが料理出来て、ホント助かりました~。私なんか何度挑戦しても駄目だったし……、羨ましい限りです」

 

 冒険者ギルドで購入した乾燥肉を炙ったり、干芋と豆を煮こんだりしているだけなのに、パナからは尊敬の言が漏れる。

 普通の村娘でも出来そうな事なのに何故――とは当然思うだろうが、リグリットとの旅を始めた直後に判明してしまったのだ。パナが何一つ調理出来ないという事に。

 焼く、煮る、炙る、切り分ける、盛り付ける、串に刺す等々、見事なまでに何もできなかったのだ。人間やモンスターなら幾らでも串刺しに出来、斬り分けられるというのにのも拘らず。――ちなみにパナが極端に不器用だとかそんな理由ではない。一番納得の行く答えではあるのだが、そんな領域の話ではないのだ。

 

「大丈夫じゃ、わかっとる。二百年前もこんな感じじゃったからのぅ。なんとも懐かしい気分じゃわい」

 

「それって……十三英雄って人達と旅をした時の事?」

 

「そうか、イビルアイから聞いとったか。そうじゃなぁ、お前さんと同じ……プレイヤーと旅をした時の話じゃ。――っと言いたいところじゃが、そろそろハッキリ確認しとこうかの」

 

「え?」

 

 夕飯の準備を一通り終えて、リグリットは背筋を正す。

 場の空気に緊張感が満ち溢れ、リグリットが自身にバフでも掛けたかのように、纏っているオーラが一回り大きく吹き上がり始めた。

 まるで命を賭けた死闘にでも赴かんばかりの迫力である。

 突然の展開にパナはただ黙るしかない。

 

「お前さんが間違いなくプレイヤーであるという事を確認しておきたいのじゃ。……アイテムボックスを開いて百科事典(エンサイクロペディア)を儂に見せてほしい。良いかの?」

 

「あ、うん。それくらいなら別に構わないけど……、そんな事がプレイヤーの証明になるの?」

 

 パナはよく分からないままに何もない空間へ手を伸ばし、その先に開いた異次元空間とも言うべきアイテムボックスの中から、様々なモンスターの特性を書き込んである大きな書物を取り出した。

 この書物はユグドラシル時代のモンスターを余すことなく登録する事が可能であり、自分で知り得た情報をも書き込むことが出来る一点もののアイテムだ。とは言え持つ事で魔力を高めたりはしないし、ステータス上昇の効果も無い。

 ただの事典である。

 パナにはそうとしか思えなかった。

 

「そうじゃのぉ、……まず高位魔法の空間収納をいとも簡単に行ったこと。そしてプレイヤーが必ず持っている百科事典(エンサイクロペディア)の存在。この二点でお前さんがプレイヤーである事は疑いようのない事実という訳じゃ。分かったかの?」

 

「うわ~、そっかぁ。蒼の薔薇の皆にもアイテムボックスを見せるべきだったなぁ。それに百科事典(エンサイクロペディア)の事なんて頭からすっかり抜けていたし……、でもリグリットさんはどうしてそんなに詳しいの? まさか……貴方もプレイヤー?」

 

 パナの問いに対し、リグリットは深く呼吸を行い瞳に力を込める。その姿は何かの覚悟を決めた決闘者のごとき様であった。

 

「その問いに答える前に聞いておきたい。お前さんは――どっちじゃ?」

 

「へ? どっちって……」

 

「人類を滅ぼす側か? それとも救う側か?」

 

 全神経を研ぎ澄ませたリグリットの言葉は、否が応でも――パナに真剣な返答を要求する。答え如何では、殺し合いを始めると言っているかのようだ。

 

「……ちょっ、ちょっと待って! 私は誰にも危害を加えないよ! 戦うの嫌だし、苦手だし、相手が人だろうと何だろうと滅ぼすとかそんな事は無いからね!」

 

「ふぅ、そうか……それは助かったわい」

 

 ゆっくり息を吐くリグリットは、この僅かな時間で一気に老け込んだように見えた。元々深い皺を携えた老婆ではあったが、極端に弱々しくなってしまった其の姿を見ると、とても人類の救世主たるアダマンタイト級冒険者であったとは思えない。

 

「ん~と、もしかしてだけど……。ラキュースさん達を王都に帰るよう急かして、私と切り離したのは今の質問をする為? もしもの時の事を考えて、ラキュースさん達が無事でいられるよう対処したって事? 私ってそんなに危ない奴? むぅ~、なんか傷付くなぁ」

 

「すまんのぅ、あの子達は人類の救世主たる貴重な存在なんじゃ。これから先、苦難の時を迎える王国にとってなくてはならない英雄――と言っても過言ではないじゃろう。だからのぅ、出来る限り危険から遠ざけたいんじゃよ。儂の我儘に過ぎんがのぉ……」

 

 もしもの時は殺される覚悟――そんな本音が覗く告白であった。

 焚火の音がバチバチと響き、二人の間に静寂が訪れる。

 リグリットは何も言わず炙った干し肉を取り分け、御椀に煮込みスープをよそっていた。

 

「さて、食べるとしようかの」

 

「あ、うん」

 

 聞きたい事はまだまだある――でも何となく聞き辛い。パナの心情としてはそのようなものであっただろう。今は一先ず夕飯を済ませ、人心地ついてから話を進めるべきかもしれない。先はまだ長いのだから……。

 

 

 夜は交代で見張りをする事とし、リグリットが先に眠りについた。

 ちなみにパナはアイテム効果で睡眠を不要としているので、途中で交代することなく一晩中見張りをしている事も可能である。だが其処は敢えて交代し、リグリットが起きている状態の時に色々話を聞いてみる事にしたのだ。

 

「なんとまぁ、便利なアイテムがあるもんじゃな~。リーダーは戦闘に関するアイテムばっかり持っとったが……いや、儂が聞いてなかっただけかもしれん。敢えて説明するまでもないアイテムだったという事かのぉ。……っと何の話じゃったかな?」

 

「えっとね、貴方がプレイヤーかって話だけど」

 

 まだ朝日が昇る前の闇夜において、寝起きの老人に聞くような話ではなかったかもしれないが、パナにとってはどうしても手に入れなければならない情報だ。

 そもそも『ぷれいやー』と出会った事のないラキュースの知り合いだと言う時点で、リグリットがプレイヤーである可能性は低いと言えよう。だがそれは嘘を吐いていなければの話である。

 ラキュース自身も真実を知らされていなかったのであれば、別の可能性が見えてこよう。だから聞くのだ――本人に、真実を。

 

「はっきり答えるとしよう。儂はプレイヤーではない……エヌピーシじゃ」

 

「ぅえっ?! NPC? 貴方が? えっ? NPCが動いてる? 喋ってる? なにそれ、嘘でしょ?」

 

 異世界の住人が普通の人間のように振る舞うのは分かる。プレイヤーが異世界に来てリアルのように走り回るのも理解できる――元々人間なのだから。だがデータでしかないNPCが異世界に来て、生き物のように動いたり喋ったりするのは常識の範疇を超えてしまうだろう。

 異世界転移がそもそも常識範囲外だろうと言う突っ込みはごもっともだが、パナにそんな正論は通じない。其処まで応用が利く頭ではないのだ――残念ながら。

 

「落ち着かんか、儂もはっきりと自覚しとる訳では無い。全てリーダーから教えてもらった情報なんじゃ。……プレイヤーもエヌピーシも、異世界の話も、全部リーダーからの受け売りでしかない」

 

「という事は……ユグドラシルの事なんかは?」

 

「儂が知っておるのは黒鋼(くろがね)の城で創造されたこと、長く機能停止状態であったこと、気が付いたら砂と瓦礫に全体の八割が埋まった廃墟の城に居たこと、ギルド武器が行方不明なこと、(あるじ)は元より同僚の誰一人にも出会えず連絡も取れなかったこと……、それぐらいじゃな」

 

 リグリットが語る言葉の一つ一つが、重要な事実をパナに教えてくれる。

 創造されたという事は召喚や傭兵、そして拠点NPCである可能性が高い。黒鋼(くろがね)の城とはギルド拠点の事だろう。機能停止とは、パナが自らのNPCにも施している一切の機能を停止させて置物状態にするコマンドだ。長期間ゲームをしない場合にも使用される放置システムと言えるだろう。

 しかし廃墟の城とはなんだろう。……もしかすると運営資金が枯渇して、破損個所の修復などが行えなくなったのだろうか? それにギルド武器の行方が分からない事も気にかかる。

 持ち出されたのか、破壊されたのか、瓦礫の中に埋もれているのか。ギルド武器の破壊はギルドの崩壊に直結するが故に、NPCたるリグリットの趨勢が気になるところだが……。

 

 リグリットが長く機能停止状態だったという事は、彼女を創造した主とやらはユグドラシルを半分引退していたのかもしれない。アカウントとアバターだけを残して、ほとんどゲームをしていなかったのだろう。

 となるとリグリットはたった一人、廃墟の城と共に異世界へ転移したのか? いや――恐らくはサービス終了最終日、主とやらはログインしていたのだろう。昔を懐かしみ、過去の楽しい思い出に浸りながら、ギルドメンバーを集めて語り明かしたのかもしれない。

 放置してボロボロになったギルド拠点を見てどう思ったのか? 眠ったままのNPCを眺めて懐かしく思ったのだろうか? そして――サービス終了の瞬間、異世界に転移した事実を自覚したその時、どのように行動したのだろうか?

 

「ああ、気にせんでも大丈夫じゃよ。リーダーにも言われたが、儂の主はもう寿命が尽きてこの世には居ないじゃろう。……同僚達も同じくな。どうも儂が目覚めるまで百年以上経過していたようでのぅ、人間のみで構成されていたギルドが生き残るには長過ぎる年月じゃろうて……」

 

「それでも……リグリットさんが生きているのは、特殊な職業(クラス)を所持しているからですね。最高の五レベルまで上げれば人間種であろうと不老になるという――」

 

 パナが特殊技術(スキル)で確認したリグリットの職業(クラス)構成は、死霊系魔法詠唱者(マジック・キャスター)を柱とし、他を多様性に富んだ――と言うか一貫性の無い組み合わせとするものであった。その複雑な内容はまるで――どんな職業(クラス)なのかを確かめる為、まずNPCに所持させてみて使い勝手を試していたかのようである。

 人間種の老いを抑える職業(クラス)も、そんな試しの一つだったのかもしれない。ただレベルが一であった為、完全に老化を無効にできる訳では無かったのだが……。

 

「この職業(クラス)は老化以外にも多くの状態異常に耐性を持たせてくれるものなんじゃが、今回は寿命を先延ばしにしてくれたおかげで生き残った――という訳じゃな」

 

 リグリットは元々中年女性として創造されたらしいのだが、廃墟となった城に盗掘目的で侵入してきた盗賊達によって起こされ――その者達を皆殺しにした時には、皺の目立つ初老の女性となっていたそうだ。

 その時から更に二百五十年余り……、年月の積み重ねは特殊な職業(クラス)の力をもってしても抑え難い。

 

「もう昔の話じゃ……。儂はもう、この世界の住人じゃと思っとる。だからこそ護りたいんじゃよ。可愛らしい子供達を――」

 

「それで私みたいなプレイヤーを探して、危ない事しないように忠告しているの? ……ってもしかして私以外にもプレイヤーが?!」

 

「ああ……そうじゃな」

 

 目を細めるリグリットは――とうとう覚悟していた百年目がやってきたか、とパナを見つめ呟く。

 パナがプレイヤーであることを確かめたその時から、リグリットは『揺り返しの百年』が訪れたのだと腹の奥で悟っていた。

 一定の期間を置いて現れる神のごとき超越者達、その者達を総じてプレイヤーと呼ぶ。プレイヤーは出現と共に戦乱を巻き起こし、大陸全土を死者で溢れさせる。人間にとって幸運な時代もあれば、絶滅を覚悟する場合もあり、先を読むのは極めて難しい。

 ただ珍しい事に――最初からプレイヤー同士で自己完結したり、最後まで隠居生活を決め込む者も居たりするので、暴れ回った八欲王とは正反対に歴史に残らない場合もある。

 その点で言えば、パナの存在は珍しい部類に入るのかもしれない。

 

「今後はお主以外のプレイヤーも現れる事じゃろうて……。やれやれ、皆が皆、話の分かるプレイヤーだと有難いんじゃがのぉ」

 

「……現れる。……プレイヤーが現れる」

 

 ポッ、っとパナの心に希望の灯がともる。

 異世界の中で自分一人だけ、という絶望感が少しだけ和らぎ、進む先に僅かな明かりが見えてくるかのようだ。

 だけど分かっている。

 ユグドラシル最終日にログインしていたプレイヤーの人数からして、その中のたった一人が自分と同じ時代に異世界転移してくるなんて――そんな可能性はゼロに等しい。

 そんなに都合良く事が運ぶ訳は無い。

 この先プレイヤーに出会うとしても、相手は見知らぬ他人だろう。と言っても希望している骸骨魔王様も完全に他人なのだが……。

 

「まっいいや、世界中旅して骸骨という骸骨全員に抱き付いてやろ~っと。その中で『ちょっおまっ』って叫ぶ骸骨が居たらモモンガさんだろ~し」

 

「ふむ、お主の仲間か? モモンガのぅ……。可能性は低いと思うが、旅先で出会ったらお主の事を伝えても良いぞ」

 

 リグリットの言葉はただの好意でしかない。実際に出会う事もない――と考えているが故に気安く請け負ってしまうのだろう。

 ただ、パナにとっては少しばかり困った親切だ。

 

「いやちょっと待って! 出会ったとしても伝えるのは止めて欲しいなぁ。もしかすると……逃げられるかもしれないから。……あは、あはは」

 

「――まぁ、詳しくは聴かんが……。お主が蒼の薔薇と行動を共にしているなら何時でも会えるしのぅ。何かあればお主に直接伝えるとしよう」

 

 そうしてくれると助かります――そんな弱々しい言葉を最後に、パナは毛布を頭まで引き上げて眠りにつくことをアピールする。とは言え既に周囲は白み始め、朝日が姿を見せようとしている時間帯だ。

 今から眠ってもあまり意味は無いだろう。要するにあまり話題にしたくない、という事だ。リグリットも流石に年の功、微妙な空気の中にパナとモモンガの関係性を読み取り、深入りすべきではないな――と判断を下すのであった。

 

「さ~て、トブの大森林まであと少しじゃ。朝飯食ったら出発するぞ」

 

「ふあ~い」

 

 今日も天気は晴れのようだ。

 空は高く、白い雲は遥か遠くで泳いでいる。こんな日は、リアルで一度も経験したことのないピクニックとやらに赴きたいところであるが、現時点での野営も似たようなものであろう。いや――大自然の中で食事をし、寝泊まりしているのだからキャンプというべきか……。

 どちらにせよ、こんな清々しい日和ならば鎧を着た騎士に襲撃される事もないだろう。

 最高位天使をけしかけられる事もないだろう。

 無論、何処か遠くで心臓を握りつぶすような骸骨魔王が暗黒孔(ブラックホール)を作り出しているなんてことも――有り得ないに違いない。

 

 朝日を浴びた大地は、こんなにも鮮やかで美しいのだから。

 




リグリットがシャルティアと出会ったらプレイヤーと思われるのかも?
百科事典(エンサイクロペディア)が受け渡し可能とまでは知らなかった?

でも大丈夫!
シャルティアは自分が至高の御方に創造されたNPCであることを、自慢げに教えてくれるはずです。
加えてナザリックの自慢話もしてくれるでしょう。
褒め称えて持ち上げれば、その場所が何処なのかすらも……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-11

森の中には恐ろしい主がいっぱい。

南の賢王。
西の魔蛇。
東の巨人。

では……北は?
北には何者が居たのでしょうか?


 森の中は、確かに森だった。

 見た事も無い自然のオンパレード、清らかな空気も木洩れ日も、朝露が零れ落ちるその瞬間も――パナにとっては興奮冷めやらぬ奇跡の光景であった。

 ブルー・プラネットが異世界に来ているのなら、間違いなくこの大森林に籠っている事だろう。草花はもちろん、小さな虫の生態などを詳細に調べ上げるまで、何百年も森の中をうろついているに違いない。

 

「はぁ、凄いな~。其処ら中に生き物の気配を感じるよ。まるでこの森林自体が大きな生き物であるかのような……そんな気さえしてくる」

 

「ふむ、ただの森にそこまで感動するものかのぉ。今まで一度も見た事が無いという訳でも無いだろうに、……足場の悪い森の中を手慣れた感じで進んでおるしの」

 

 リグリットの言うようにパナの足取りは軽く、人が通る事を前提としていない森の中でも草原を歩くが如くである。

 無論、パナが持つ職業(クラス)の中に野伏(レンジャー)盗賊(シーフ)が入っているからなのだが、手慣れた感じで森の中を歩く人物が森の景色を珍しがっている様は、誰が見ても奇妙なものだろう。

 まぁ、リグリットは現実世界の自然が壊滅状態なのを知らないので、仕方のない事かもしれない。

 

「ん~、リグリットさ~ん。もう少しで白金(プラチナ)級冒険者が襲われたって言ってた場所かな? 色々森の中には似つかわしくない物品が落ちているけど」

 

「ほ~、中々良い目をしとるのぉ。儂もまだまだ若いもんには負けんと思っておったが、寄る年波には勝てんのぉ。やれやれじゃて」

 

 なんか年寄感出し過ぎでしょ――っと突っ込みつつ、パナは周囲に散らばる鎧の破片、血痕、そして獣に食い散らかされた残骸について調べ始めた。

 普通なら目を背けてしまう惨状なのだが、パナは何とも思わない。ただ気持ち悪いな~とか、手に付いたら嫌だな~とか、臭いから風上に行こう――なんて思考が浮かぶだけだ。命を落とした冒険者達を憐れむ感情なんて微塵も無い。

 リグリットからすれば、人類の敵ではないと判断した己の決断を今一度修正したくなる――そんな冷徹な行動であり対応だった。

 出来る事なら死した冒険者をモノではなくヒトとして扱って欲しいのだが、それは贅沢な望みであろうか?

 

「ぬ~ん、何か分かるかと思ったけど……さっぱり分かんない。遺留品を探ったら『なるほど、そういう事か』って真相が閃くかと思ったのに~」

 

「お前さんは……何やっとんのじゃ? ……やれやれ、ここは儂が見るとしようかのぉ」

 

 事件現場なんぞ見た事も無いし探偵の真似事なんかした事も無い。それなのに事の真相を掴めると思ったのは何故なのか? それは至極簡単な理由である。パナは強力な特殊技術(スキル)を当たり前のように使用できる事から、完全に調子に乗っていたのだ。

 冒険者最高峰の『蒼の薔薇』を見て、冒険者ギルドに集まった有象無象の実力を感じて、パナは己の身に宿すプレイヤーの圧倒的な力に少しばかり舞い上がっていたのだろう。

 とは言え、ユグドラシルでは下から数えた方が早い下位序列の存在だったのだから、浮かれる気持ちは分からないでもない。

 

「ほとんど喰われておるから分かりにくいが、魔法による攻撃を受けたのは間違いないのぅ。一部が炭化しておるわ。それと――白金(プラチナ)プレートが二つ、残りは獣の腹の中じゃろうな」

 

「おお、リグリットさん警察の鑑識みた――。……ん?」

 

 ケイサツ? カンシキ? とリグリットが首を傾げているその時、パナは何かの異常を見つけたかのように少しだけ身を屈めた。

 

「……なんじゃ? 獣が残り物でも漁りに来たか?」

 

 リグリットはパナの傍に身を寄せ小声で状況を聞く。と言ってもリグリット自身、周囲の気配を読み取る事にかけてはそれなりの技術を持っているのだが……。

 

「此処から東に八百メートルほど先、人型で動いている生命反応の無い存在が居ます。どうします?」

 

「人型で動いとるのに生命反応が無いじゃと? いやそれより、八百メートルもの先の状況が分かるというのか? 此処は森の中じゃぞ」

 

 人が管理している森なら――それでも八百メートルは不可能だろうが――何かの偶然で見える事が有るかもしれない。しかしここは天然の大森林だ。十メートル先でも何が居るか分からないだろう。ましてやそれが人型だとか挙動がどうとか、更には生命の反応があるかなんてどうやって知り得ると言うのだろうか。

 戦闘に関するプレイヤーの凄さは嫌というほど知っていたリグリットだが、パナの能力に関しては別口の驚きを覚えてしまう。探知に長けた存在なら古い友人の中に居ない事も無いのだが、鬱蒼と生い茂る森の状況、八百メートルもの遠方、形状と挙動に生命反応――どれか一つならともかく全てを知り得るのは、はっきり言って竜王(ドラゴンロード)でも不可能だ。

 リグリットは、自分でも誤魔化しようのない警戒すべき領域である――とパナの能力を恐れずにはいられなかった。

 無論、パナが『それのみに特化』しているとはまったく知らないし、想定もしていないのだが。

 

「ん~、向こうは一人、まだこっちの存在には気付いていないようだね。森の中で何かを探しているみたいにウロウロしているけど……どうするの?」

 

「生命反応が無いという事はアンデッドかのぉ? 人型ならゾンビかスケルトン。今回の白金(プラチナ)級冒険者襲撃とは無関係な気もするが……、ともかく確認してみるとしようかの」

 

「りょ~うかいだよ!」

 

 シュタッ! ――と何処ぞの宝物殿守護者みたいな敬礼をし、パナは素早く森の奥へ踏み出した。その動きは信じられないほど優雅で繊細、周囲の枝葉を揺らす事も無く、足音すら発しない。

 後に続くリグリットとしては、この状態で背後に回られたら終わりじゃな――っと警戒心ばかりが募ってしまう。

 

「え~っと、なんだか若い女の子みたいだね。年齢は十代半ばぐらいかな? 邪神を崇める宗教団体が着ていそうな黒いローブを身に付けていて武装は無し。こんな物騒な森の中で手ぶらって……返って怪しいね~。あ、ちなみに肩まで伸びている栗色のサラサラヘアーが特徴的な美人さんだよ」

 

「容姿はどうでもイイわい。問題なのは一級の冒険者が餌になるような森の奥で、平然と歩き回っていられる理由じゃ。もしかすると……儂らが捜している標的かもしれんな」

 

 対象との距離が近付き、慎重に歩を進める中、パナは能天気に情報を収集し――リグリットは緊張感を高めながら腰の剣を抜く。

 未だ相手には気付かれていない。

 パナは当然だが、リグリットも極めて高い隠密能力の持ち主なのであろう。これなら相手がドラゴンであろうと、探知を掻い潜って近付けるかもしれない。

 

「(それでどうするの? 私としては、いきなり斬りかかるのは嫌なんだけど。なんだか困っている様子だし……)」

 

「(相手は白金(プラチナ)級を壊滅させるモンスターかもしれんのじゃぞ。此処は先手必勝で腕の一本ぐらい叩き落とすべきじゃろうて)」

 

「(ちょっとちょっと、全然関係のない人だったらどうするの? 間違ってましたじゃ済まないよ。暴力反対、絶対ダメ)」

 

 るし★ふぁーさんじゃあるまいし――とパナは誰にも聞こえないように呟くと、リグリットの制止を振り切って飛び出した。

 しかしこの判断は誤っていたと言えるだろう。

 猛獣蠢く森の中、手練れ冒険者の無残な死体、生命反応の無い彷徨う人型娘。これだけ条件が揃って不意打ちを仕掛けないなんて、命のやり取りをしている冒険者にとって有り得ない行為だ。一つの判断ミスが死に繋がるこの世界に於いて、パナはまだまだ甘ちゃんの素人に過ぎないという事だろう。

 この場合、相手が無関係な一般人(アンデッド)であっても問題ないのだ。現地は危険渦巻く森の中、一寸先は闇。自分が死ぬ事に比べたら、間違いだろうと何だろうと標的を殺すつもりで襲撃するのが最適解である。

 故にパナのお粗末で短絡的な思考には、リグリットも二の句が継げない。どれ程特異な能力を身に宿していても、思考が一般人のままでは宝の持ち腐れという事だ。

 

「こんにちは~、何か困っているの? 手伝おうか?」

 

「――ひいっ!!」

 

 森の木陰(こかげ)から突然人が現れたなら、瞬間的に身を護ろうとするだろう。

 黒ローブの娘からしてみれば、驚きのあまり咄嗟に攻撃してしまうのも当然と言える。周囲を警戒していなかった訳でもないのに、まったく存在を感知出来ず、至近距離まで接近を許してしまったのだ。片手に集めた魔力の玉を、目の前に現れた田舎娘の顔面目掛けて思いっきり投げつけてしまうのは仕方のない事かもしれない。

 

「ぉぶほっ! ――っと此れがダメージかぁ。ちょっとチクチクする……ん~、こんな事ならモモンガさんみたいに上位物理無効化の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を取っておけば良かったかな~? 物理ダメージ軽減は恒常的にダメージを減少させるだけでゼロにはならないし、うむむ」

 

「えっ? あれ? どうして?」

 

 戸惑うローブ娘の前では、ブツブツと独り言を呟く田舎娘が居るだけだ。

 放った魔力の玉で顔がふっ飛んではいないし、血を吹き上げて倒れ込んでも居ない。まるで何事も無かったかのように、男の娘にはやっぱりミニスカートだろうけどメイド服もジャスティスだよね~っとでも語るかのように、意味不明な言葉を紡ぎ続けている。

 

「貴方……誰ですか? あの人達の仲間?! また私を襲うつもりなら――」

 

「ちょっと待たんか! 儂らに敵意は無い! 落ち着いて現状を把握してくれんか!」

 

 パナに続いて飛び出してきた老婆リグリットは腰の剣を鞘へ戻し、両の手のひらを相手に向けながら危険性が無い事をアピールしていた。

 

「嘘を吐かないで下さい! 貴方達の仲間は、私の話なんかまったく無視して斬りかかってきたでしょ!」

 

「仲間? 誰の事だろ? って君は……んん? ふへ~、ヴァンパイアなんだね~。こっちの世界で二人目だよ、でも――顔面偏差値高くない? ヴァンパイアって言えば醜悪なモンスターってのが定番なのに~、なんかズルい!」

 

「何言っとんじゃお主は?」

 

 限界ギリギリの警戒心で迎え撃ってくる黒ローブの娘に対し、パナは散歩でもしているかのように呑気な口調で話しかけている。リグリットが頭を抱えるのも仕方のない事であろう。

 

「む~、この世界の神様はバードマンなのかな? ヴァンパイアだけ贔屓して可愛くなるようにしているのかも? ぺロ先輩ならやりそうだな~」

 

「ちょっと其処の貴方! 私が魔法を使えるって分かっているのですか?! 次は怪我じゃ済みませんよ!」

 

 ローブ娘は右手を高く掲げ、その先に魔力の玉を形成する。今度の玉は先ほどより一回り大きく、内包された魔力の量も段違いのようだが……。

 

「ねぇ、それって魔法なの? 魔力は感じるけど魔法の矢(マジック・アロー)でも無いし、私の知らないヤツかなぁ。――まっいいや、当てても構わないよ。私いま色々と実験中なの」

 

「お主正気かっ!」

「貴方が悪いんですからね! 私を恨まないで下さいよ!!」

 

 リグリットはその場から飛び逃げ、ローブ娘は言い訳がましい台詞と共に魔力の玉を投げ放つ。玉が向かう先はパナの顔面――しかしパナは左手を射線上に滑り込ませると、人間一人を軽く粉微塵に出来そうな魔力の塊を一息で握りつぶした。

 

「ふ~ん、特殊技術(スキル)で分かってはいたけど、やっぱり第四位階程度の威力だね。でもただの魔力の塊を投げるだけの魔法って……聞いたことないなぁ」

 

「あぁ、う……そ、片手で……握り潰した? ばけ……もの……」

 

 急激に失われた魔力の喪失感からか、それとも信じられない光景を目の当たりにしたからか、黒ローブのヴァンパイアはその場でぺたんとへたり込むと、戦意を喪失したかのように嗚咽を漏らす。

 

「ちょっとちょっと、なんで泣くの?! 人の事化け物扱いするし――君はヴァンパイアでしょ?」

 

「いや、今のは立派に人外の所業じゃぞ。そっちの嬢ちゃんに同情したくなるわい」

 

 葉っぱ塗れのまま藪から出てきたリグリットは、似たような光景を二百年前にも見たような――と思いつつも、気を取り直してヴァンパイアの娘ににじり寄る。

 ヴァンパイアは危険なモンスターだ。

 高速治癒に魅了の魔眼、吸血による下位種の創造など厄介な特殊能力を備えている。それでも白金(プラチナ)級冒険者なら対抗できる、出来た筈の存在だ。ただそれは――ヴァンパイアが魔法を使わなければの話である。

 

「確定じゃな。このヴァンパイアが探していた脅威じゃろう。トブの大森林にヴァンパイアが居たとは初耳じゃが、どこか別の場所から移動してきたのか……」

 

「……ぅぐ、わ、私は……何十年も前から此処に居ます。でも妹が、今にも死にそうなんです! だからっ、助けてもらおうと出会った冒険者の方に、丁寧に、話しかけたのに! いきなり斬りかかってきて――」

 

「うわ~、生き残りの冒険者は何も見てないって話だったのに、嘘吐いてたんだねぇ。……まっそれはそうとして、こんな綺麗な子に問答無用で斬りかかるなんて――ホントさいて~。話ぐらい聞いてあげればイイのにぃ~」

 

 私怒ってます――と言わんばかりに腕を組んでリグリットへ視線を飛ばすパナであったが、歴戦の老婆から返ってきたのは怒りを込めた正論であった。

 

「馬鹿もんが、相手がヴァンパイアなら即座に斬り殺す――それが当然じゃわい。しかも妹じゃと? 同情を誘うような話を持ち出してきた時点で、騙し討ちを想定しておけと言っておるようなもんじゃ。冒険者としては基本中の基本じゃろうて……。ただ、殺された冒険者達に非があるとすれば、相手の実力を見誤ったことぐらいじゃろうな」

 

「えっ? そういうものなの? うむむ、なんだかな~」

 

「待って下さい! 同情を誘う為の作り話ではありません。妹は狂ったトレントと戦って重傷を負ったんです。ヴァンパイアとしての自己治癒でも回復できず、今にも死にそうなんです!」

 

「狂ったトレント……じゃと?」

 

 ヴァンパイアがもう一体存在する――其れは其れで大きな問題だが、リグリットとしては聞き逃せない発言が其処にはあった。

 腰を落とし、ローブ娘の真っ赤な瞳を見据えつつ、核心に迫る。

 

「今狂ったトレントと言ったな! どんな姿じゃった?! 大きさは? 色は? 強さはどの程度じゃった?!」

 

「あ、あの、その――」

 

「リグリットさん? どしたの? ちょっと怖いんだけど……」

 

 ヴァンパイアをビビらせる老婆と言うのは珍しい事この上ない。とは言え、厳しい口調からは只ならぬ事態が発生しているのだと読み取れる。もちろんパナには何が何だか分からないし、理解できない。

 

「ああ、もう良い! 襲われたというお主の妹は何処じゃ! 傷口を直接見た方が早いわ! さっさと案内せんか! お主の妹は死にかけとるんじゃろ? 此処で座り込んどる場合か!」

 

「は、はい! こっちです!」

 

「もぉ~、なんなの~?」

 

 ヴァンパイアの娘を急かして森の奥へ突き進むリグリットの思惑は、素人娘のパナに理解できるものではない。

 何か焦っているのは分かる。とんでもない緊急事態が迫っているようにも感じる。だけどパナの索敵範囲の中には、危険を感じるような敵は特に存在しない。

 先程狂ったトレントというモンスターらしき名称を口にしていたが、パナには心当たりが無いし、植物系のモンスターに何を警戒するというのだろうか? 百科事典(エンサイクロペディア)を漁れば何か見つかるかもしれないが、面倒臭いので後回しにしたいところである。

 

(こんな時、モモンガさんが居てくれたらなぁ。モンスターの特徴とか弱点とか即座に教えてくれるんだけどな~)

 

 森の中を気楽に走るパナは、頼りになる仲間の存在を頭に思い浮かべては――傍に居ないことを惜しんでいた。だが実際のところ、仲間が優秀過ぎて頼り切っていたからこそ、パナが自分で考えるべき事を考えず、学ぶべき事を学ばなかったのだが……。

 甘やかされてきたツケが、異世界に於いて廻ってきたということであろう。

 




『歪んだ』トレントは、被害者側からすると『狂った』トレントに見えるそうな。
まぁ、おかしなトレントには違いないから別にイイかな?

どうせ何処かの守護者様一同が派手に倒してくれるから問題ないよね。
出来る事ならその時、骸骨魔王様と一緒にクリスマスツリーを眺めていたいものですけど……。

いや、苦しみ増すツリーだから返って酷い目に遭うのかも……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界-12

【前回までのあらすじ】

森の奥には沼があり、
綺麗なお姉さんが住んでいました。

「むふふ、まずはフラグを立てるとしようかな」

かっこ可愛い妹も居ました。

「姉妹……だと? 一度に両者攻略か? それとも……」

「……何やってんですか? ペロ先輩。茶釜さんに言いつけますよ」

「あれ? なんでパナっちがエロゲーの中に? お前なんか攻略対象じゃねーぞ」

「死にさらせ! エロバードマン!!」


「――ん? リグリットさーん、前方に大きな沼があるよー。それとー、沼の近くで誰か寝っ転がっているけどー、これが妹さんかな~?」

 

「沼じゃと? そんなに奥まで入って来とったか――まぁ仕方ないの。パナ殿! そのまま周囲の警戒を頼むぞ!」

 

「は~い」

 

 物凄い速さで生い茂る森の中を疾走していた三人組は、ほとんど人が入り込まないような未開の地まで辿り着いていたようだ。トブの大森林の奥に沼地が存在するのは知識でのみ知り得ていたが、リグリット自身これ程の深層まで足を踏み入れるのは実に久しぶりの事であり、昔の記憶も経験もこの場では役に立ちそうもない。

 

「此方です、付いてきて下さい」

 

 ヴァンパイアの娘は沼のほとりに組み上げられたあばら屋に近づくと、中に入ろうとはせず裏手へと歩を進める。

 

「沼地に潜むヴァンパイア……か。それも姉妹じゃと? ……もしやお前さん達は『沼地の双子魔女』と呼ばれとる輩か?」

 

「……私と妹は確かに双子ですけど、何て呼ばれているかなんて知りません。それに私は魔女じゃありません」

 

「いやいや、その真っ黒なローブで魔力の玉を投げ付けてきたじゃない。十分魔女っぽいと思うよ」

 

 パナの軽い突っ込みに――人を殺害しようとした自責の念に駆られたのか、ヴァンパイアの娘は俯いたまま無言になってしまった。パナとしてはそんなつもりではなかったと思うのだが……、これが無自覚の暴力というヤツなのだろうか。

 

「リグリットさんはその双子魔女の事を誰から聞いたの? ラキュースさん達?」

 

「いいや、儂の古い友人が教えてくれたんじゃが……。其奴は木の妖精(ドライアード)から聞いたと言っておった。本当かどうか、儂はまったく信用しとらんかったが……」

 

「――皆さん、私の……妹です。どうか……、どうかお願いです! 助けて下さい!」

 

 あばら屋の裏手で寝かされていたのは、確かに此処まで案内してくれたヴァンパイア娘の妹らしく、同じような容姿の女性であった。ただ髪は姉と同じ栗色でも耳を覆う程度に短く、所々跳ねていてクセッ毛のようだ。背丈は似ているが、心なしか妹の方が頑強で逞しく見える。

 そして一番の違いが――体中に開けられた大きな穴だ。

 拳大のドリルでもぶち込まれたのか、太ももや二の腕、はては腹部に数か所。人間であったなら間違いなく、あの世逝きのクリティカルダメージであろう。

 

「この抉り抜いた傷穴……やはり魔樹の眷属じゃな。こんなところまで手を伸ばしてくるとはっ、復活間近で活性化しておるということか! これはイカン! 王国だけの問題ではないぞ!」

「え?! なに? リグリットさんどうしたの?」

「お願いです! 妹を助けて下さい! 森の中を探し回っても、ヴァンパイアに有効な薬草なんか無かったんです!!」

 

 死にかけのヴァンパイアを前にして、リグリットは自分にしか分からない危機感を募らせ、パナは何をしてイイか分からずワタワタし、姉のヴァンパイアはパナにしがみ付いてひたすら助力を乞うていた。

 三者三様で全くかみ合っていないこの状況は、傍から見ると酷く滑稽なものであっただろう。しかしパナ以外の二人は、世界の危機に直面しているかのように真剣だ。だからこそ互いの都合など知った事ではないのだろう。特に妹を失い掛けている姉としては、自らの身を投げ打ってでも何らかの希望を掴み取ろうとする有り様だ。

 一人っ子のパナにとっては――とても眩しくて美しい、羨むべき光景である。

 

「ちょっとリグリットさん! 何を興奮しているのか知らないけど、まずその妹さんを何とかするべきじゃないかな? 話を聞けば色々と詳しい情報を貰えると思うんだけど」

 

「そんな事をしておる場合じゃ――くそっ、伝言(メッセージ)が繋がらん! 森の中じゃからか? 距離がある所為か?」

 

 まるで聞く耳を持たない老婆の有り様には眉を顰めたくなるものだが、現時点で正しい情報を得ているのはリグリットだけなのだから仕方がない。まさか世界の終焉へと繋がる重大情報をこんな森の中で得てしまうなんて、何処の誰が思うだろうか? 数百年を生きる英雄であっても狼狽せずにはいられない。

 

「落ち着いてリグリットさん! 何かあったら私が協力するから! 大丈夫だよ、私プレイヤーなんだから、レベル百は伊達じゃないってとこ見せちゃうよ!」

 

「……おお、……そうか、そ、そうじゃったな。――なんという幸運じゃ、これは偶然なのか、運命なのか……」

 

 よろけるように片膝をつくリグリットは、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。胸を張るパナを見つめては頷き、瀕死の妹を抱きしめながら泣き続けている姉の様子を軽く窺っては呼吸を整える。

 

「ふぅ、想定より早まっていたのには驚いたが、まだ希望はあるようじゃな。よし、まずは情報収集じゃ。其処のヴァンパイアをどうにかしようかの」

 

「はいはい、任せて~。私、アンデッド用の最強回復魔法を持ってるの」

 

 アンデッドの扱いならリグリットも手慣れたものだが、ぐいぐい突っ込んでくるパナの勢いには負けそうだ。小声で――モモンガさんの為だけに修得したとか、ちょっとしたダメージでもガンガン使用していたらヘイト稼ぎ過ぎて怒られたとか――なんだかよく分からない事を呟いているのは気にしないでおこう。

 

「いっくよー! 大致死(グレーターリーサル)!!」

 

 放たれた輝きは闇より黒く、そして邪悪だ。通常の生き物であったなら即座に骨と化し、同時に塵となるだろう。それ程までに凶悪で、負のエネルギーに満ちた魔法であった。

 しかしながら負のエネルギーを受けたのがヴァンパイアであったなら、受け取る効果は正反対のものとなる。抉られた四肢の骨肉は即座に埋め戻り、腹に開いた複数の穴でさえ、(まばた)きする間に元通りだ。

 信じられない光景――正にその言葉通りであっただろう。

 プレイヤーと共に戦ったことのあるNPCのリグリットですら、聞いた事のない魔法の発現に目を見開く有り様だ。

 強力な回復魔法の存在は見知っているし、治癒のポーションもいくつか使ったことはある。スレイン法国でも上位の回復魔法は使えるだろう。人体の欠損を瞬時に回復させる現象も珍しくはない。

 ただ――アンデッドに対する上位回復など聞いた事が無い。負のエネルギーを流し込むことで回復するのは周知の事実だが、目前の奔流を『流し込む』と言って良いのだろうか。膨大過ぎるエネルギーが凝縮し、ヴァンパイアの全身を満たす有様は、もはや神々の生命創造と言えるだろう――対象はアンデッドだが。

 リグリットは思う――自らの主、そして十三英雄のリーダー等、知識にあるプレイヤーの数はそれほど多くないが、プレイヤーにも様々なタイプが居るのだと……、まだまだ知らない魔法があるのだと……。

 

「覚悟はしておったが、やはりプレイヤーの御業じゃな。普段の姿が素人娘にしか見えんから返って驚かされるわい」

 

「ああ……、あああぁー!! 有難う御座います! 有難う御座います!! ――もう無理だとっ、駄目なんだとっ、諦めていたんです! 妹が私をかばって狂ったトレントに突っ込んでいったあの時から――、ふっ飛ばされて穴だらけになった妹の身体を見たその時から、絶対助からないと……助かる訳がないと思っていたんです!」

 

 歓喜なのか懺悔なのか、姉のヴァンパイアは――妹の生存を当の昔に諦めていたようだ。それでも森の中を這い回り、出会った冒険者に縋り付き、有り得ない奇跡を探し求めて遂にパナ達へぶち当たった。

 これは気が遠くなるような確率だろう。

 黒羽の堕天使が骸骨魔王と異世界で出会うぐらいに――奇跡的な確率だ。

 

「まぁまぁ、お姉ちゃん落ち着いて。妹さんはもう大丈夫だから、しばらくすれば意識も戻るだろうし、もう泣かないで、ね」

 

「そうじゃな、儂としてもそなたの妹が起きる前に色々聞いておきたい。狂ったトレントの事じゃが……良いかの?」

 

「は……はい……」

 

 ローブの袖口を涙で濡らしたまま、姉のヴァンパイアはリグリットへ向き直る。もはや何も憂うものは無いと言わんばかりの佇まいだ。妹の命さえ無事なら、他はもうどうでも良いのだろう。

 

「そのトレントは……突然森の奥から姿を現し、襲い掛かってきたのです。私も妹も必死に抵抗しましたが、頑強な巨木の身体と無数の鋭い枝槍に防戦一方でした。最後の最後に――相打ちを狙って突っ込んだ妹の攻撃でさえ、胴体部分にヒビを入れるのがやっとで……」

 

「ふむ、その後どうなった?」

 

「はい。トレントはその後、己の負傷に驚いたのか分かりませんが、森の奥へと消えてしまいました。それからは姿を見ていません。私は何とか妹の怪我を治そうと、近くの街まで行くべきか迷って――」

 

「その時に冒険者と出遭ったんだね。んで、妹さんを治してくれるよう頼んだけど問答無用で襲い掛かられた――っと」

 

 話を纏め上げるかのようなパナの言葉に、姉のヴァンパイアは寂しそうに頷く。リグリットにも言われたことだが、襲われて当たり前と言われる己の存在に、深い悲しみと絶望を感じていたのだろう。

 

「私達はただ平和に暮らしていたいだけなのにっ! 村で暮らしていた時もいきなり攫われて儀式の生贄にされるし、ヴァンパイアになってからも追い掛け回されて森へ逃げ込むことになるし、此処では狂ったトレントに襲われて妹は瀕死、挙句の果てに――」

 

「ちょ、ちょっと待たんか! 儀式? 生贄? ヴァンパイアにされたじゃと?! お主何を言っとる?」

 

 濁流のように放たれたヴァンパイアの愚痴――と言うか訴えは、まるで世迷言のようなものであった。この世界ではどんな儀式を行おうと、どんな生贄を用いようともヴァンパイアを生み出すことは出来ない、と一般的には言われている。リグリットですらアンデッド作成で生み出せるのは死霊(レイス)紅骸骨戦士(レッド・スケルトン・ウォリアー)、特殊な条件を整えても骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)などが限度である。

 確かにヴァンパイアという存在は、この世界で幾度も出現し、冒険者達と何度も死闘を繰り広げてきた凶悪なモンスターではあるが、今の今まで人が造り出した事例――吸血姫を除いて――は無い。だからこそおかしな発言だ。リグリットとしても聞き逃す訳にはいかない。

 ちなみにパナは「どったの? 何でそんなに興奮してるの?」とキョロキョロしているだけだが……。

 

「どういう事か最初から教えてくれんか? 何があったんじゃ」

 

「私……、私達はずっと昔、小さな村で平和に暮らしていたんです……」

 

 姉の語る内容によると、村で行われる婚礼――表向きは村の娘が貴族に嫁ぐ玉の輿だが、実態は貴族に目をつけられた村娘が愛人にされる――の準備中、黒いローブを着込んだ集団に襲われ、多くの村人が攫われたそうだ。

 男達はほとんど殺され、子供と女性だけが洞窟のような場所で次々と儀式の生贄にされたのだと言う。内容自体は不明だが、当の儀式は失敗続きで死体の山が築かれたそうだ。双子の姉妹は共に生娘で貴重な素体だった為、後回しにされたらしい。死体置き場に運ばれていく友達や親戚、そして母親の遺体を目にしながら、長い間恐怖の中に晒されていたそうな。だが結局、双子姉妹の時も儀式は失敗し、死体置き場に投げ捨てられたのだと言う。

 そう――儀式は失敗したのだ。

 姉妹は死んだはずなのだ。

 しかし姉は死体の山の中で目を覚まし、妹の身体を掴んで必死にその場から逃げ出したとの事。その当時は考えるよりも先に動いていたのだから記憶が曖昧なのも仕方ないが、それでも妹の身体を抱えて昼夜を問わず、山を一つ駆け抜けたと言うのだから恐るべき身体能力だ。

 疑うまでもなく目覚めた時からヴァンパイアであったのだろう。その理屈は分からないが――しばらくして目を覚ました妹も、姉に真っ赤な瞳を見せて驚かせたのだと言う。

 

「一つ聞くが、お主たちは生まれながらの異能(タレント)を持っておったのか?」

 

「え? 生まれながらの異能(タレント)ですか? 噂程度には知っていますが、村では聞いた事が有りません。もちろん私たち姉妹も含めて……」

 

 何か心当たりがあったのか、リグリットが問い掛けるも望んだ答えは得られない。

 

「(インベルンの『転生』と似たような生まれながらの異能(タレント)を持っておったのかもしれんなぁ。しかし黒ローブの集団じゃと? まさか……)村を襲った集団については何か知らんか? 儀式の最中に何か耳にせんかったか?」

 

「えぇっと……、もう百年以上も昔の事なのでおぼろげですが、私達の生き死には全て盟主様の為だと言っていました。それが誰の事なのかは分かりませんが」

 

 姉の言葉にリグリットはごくりと喉を鳴らし、厳しい目つきを更に鋭いものとする。まるで思考の先に怨敵が居るかのように――。

 

「ズーラーノーンか……。あ奴らめ、インベルンの嬢ちゃんを使って国を丸ごと転生の生贄にしたというのに、まだ続けておったのか。ふんっ、しかしざまーみろじゃな。盟主とやらも新しい身体を手に入れ損ねて悔しがっとるじゃろーて」

 

「何のこと? ずーらー?」

 

 リグリットの小さな呟きはパナにとって暗号のように聞こえる。

 初めて聞くような名称だらけで、どこに怒りを覚えるのか、どうして笑みを浮かべるのか、何がなんだかさっぱりである。

 

「ああ、いやなんでもない。……それでお嬢ちゃん、逃げた後はどうしたんじゃ?」

 

「はい……、最初は村や町の中へ逃げ込んだのですが――」

 

 宛も無く逃げ出した姉妹は、落ち着きを取り戻すと手近な村へ助けを求めたそうだ。もちろん赤い瞳や鋭い牙を隠しもしない姉妹の登場に村はパニックとなり、一番近くの町へ冒険者を呼びに行く者、家族を守ろうと襲い掛かってくる者、村から避難しようとする者など――実に多様な反応があったらしい。自分達がヴァンパイアという人外のモンスターになっている、と理解したのもその頃である。

 それからは地獄のような道程だったとの事。

 追いかけてくる冒険者との戦い。

 周囲を取り囲んで捕まえようとしてくる黒ローブ集団との殺し合い。

 今身に着けているローブはその時に奪ったものらしい。微かな魔法の力が働いている御蔭で、全ての服が朽ちてしまった現状に於いてとても重宝しているそうだ。

 ちなみに、パナがローブの裾を捲って確かめたのは言うまでもない。当人曰く、ぺロ先輩とやらの教えらしい。

 

「それで逃げ込んだ先がこの森の中って事なの? ふへ~、この森も結構危険な生き物が居るんでしょ? 思い切ったものだねぇ」

 

「外の方が余程危険です。それに……ここだと周りの人を巻き込まないで済みますから」

 

 ローブの裾を押さえながら語るお姉さんは、遠い昔、実際に誰かを巻き込んで酷い目に遭わせてしまったかのように語る。

 

「まぁ、確かに森の中は危険だったのですが……。あのようなトレントが襲ってくるとは……」

 

「そういえば、リグリットさんはトレントについて知っていたみたいだけど――」

 

「ああ知っとる、戦ったことも有る。……はっきり言って勝てるかどうかも分からん厄介な相手じゃ。しかも一体だけとは限らん」

 

「ええっ、アレが他にも居るのですか?!」

 

 赤い瞳に宿る感情は恐怖であろう。

 姉はヴァンパイアとして人外の肉体を得たにも拘らず、か弱き人間のように身を震わせる。

 

「さらに厄介なのは、本体が別に居るという点じゃ。……本体は人が勝てる存在ではない。復活すれば人の世は終わりじゃろう。とは言え、眷属が動き出した此の時にトブの大森林へ来れたのは幸いじゃった。まだ対策はとれる」

 

 先程は狼狽してしまったリグリットだが、今は何とか落ち着いて頭を働かせることが出来る。

 それもこれも、直ぐ近くに十三英雄のリーダーと同じ――プレイヤーが居るからであろうか? 森に封印された魔樹の復活まで後数ヶ月……または数週間、使える手札が増えたのは喜ばしい限りである。

 

「うっわ~、狂ったトレントが複数に、すっごく強い本体? 嫌だなぁ、私偵察専門なんだけどな~、攻撃魔法だって一つも使えないし……」

 

「なん……じゃと?」

 

 希望を持って立ち上がった瞬間に足払いを食らったような――、リグリットはそんな気分に襲われてしまう。

 コイツは今なんと言った? 攻撃魔法が使えない? 一つも? 百レベルは伊達じゃないと言ったのは、つい先ほどの事だと思っていたが……。

 

「ちょっと待たんかお主! 魔法ならさっき、見た事もない強力なものを使用しておったろうが!」

 

「え? あぁ、あれは信仰系の魔法だよ。知り合いのアンデッドを回復させる為だけに習得したの。だから攻撃に使った事なんてないよ。……ってそういえば、お姉ちゃんの使っていた魔法は何だったの? あの手に魔力の玉を造るヤツ」

 

 激しい温度差を感じる受け答えにくらくらするリグリットだが、そんな様子をパナは気にもしていないようだ。妹を抱きかかえたままの姉に屈み寄り、抱えていた疑問を口にする。

 

「魔法ですか……いえ、実は私、魔法を使えないんです。あの魔力の玉は、見よう見まねで造ってみただけなんです」

 

「なっ、なにそれ?! こっちの世界は見よう見まねであんな事が出来るの? 造ってみただけって、立派な魔法だよ! リグリットさん聞いた? このお姉ちゃん凄い!」

 

「確かに信じ難い事じゃが……、オリジナルの魔法を作成する魔法詠唱者(マジック・キャスター)も居る訳じゃし不可能ではないな。しかし、ヴァンパイアになったからと言って村娘の知識だけで魔力を球体に形成できるとは驚くに値しよう。もしかすると魔法の素質があったのやもしれんな」

 

 魔法は知識と技術の集大成だ。

 どんなに魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての素質に溢れようとも、専門的に学ばなければ何一つ魔法は使えない。

 魔法の天才が小さな村の農民として一生を送ることなど、別に珍しい事ではないのだ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の中には、そんな才気溢れる若者を見つけ出して魔法の修業を受けさせようとする者もいるようだが、特別な生まれながらの異能(タレント)でも持っていない限り才能を見分けるのは難しかろう。

 帝国などでは国策として才能のある魔法詠唱者(マジック・キャスター)を集めているとも聞くが……。

 

「へ~、へ~、オリジナル魔法かぁ。イイなイイなぁ。私もオリジナル欲しいな~」

 

「イビルアイにでも聞けばよかろう。あの娘は中々の使い手じゃからな――っとそんなこと言っとる場合ではないわ! ……はぁ、ヴァンパイアの娘よ、お主はこれからどうするつもりじゃ? 森の中に居続けるつもりか? 言っておくが、これからトブの大森林は大変な戦いの中心地になるぞ」

 

 リグリットは姉妹が揃ってから問うつもりだったのだろう。しかし何時までも目覚めない妹の様子にしびれを切らしたようだ。本人は相当焦っているらしく、今すぐにでも森を抜け出して行きたい所があるらしい。

 

「……ですがヴァンパイアの私達には居場所がありません。外へ行けばまたあの黒ローブの集団――は百年ほど経っているので大丈夫でしょうけど、別のトラブルに巻き込まれそうで……」

 

「言っておくが黒ローブの集団、ズーラーノーンは未だ健在じゃぞ。お主たちの事を追っておるかは知らんが、甘い考えは捨てた方が賢明じゃな」

 

「そ、そんな、ではどうすれば……」

 

 トブの大森林北部、人の手が入らぬほどの奥底に広がる大沼、その近くで隠れ潜んでいた双子のヴァンパイア姉妹。

 幸せに暮らして居た村は襲撃を受け壊滅し、攫われた先で儀式の生贄とされて二人とも死亡。そして何の因果か――姉妹共々ヴァンパイアとなって復活し、逃亡の日々を送る事となった。

 怪しげな集団に追われ、冒険者に襲われ、逃げに逃げてトブの大森林へ。

 行くあても無く、頼れる人も無く、将来の展望も無い。ただ頭を低くして身を丸めて、その日その日を過ごすのみ。

 それでも狂ったトレントの標的にされ、妹は瀕死。姉は妹を救う為に奇跡を求めて森の中を這いずり回り、出会った冒険者に懇願するも殺し合いへ発展。悲痛な想いを胸に、アンデッドに効く薬草が無いかと現実逃避のような探索の最中――パナに出会った。

 おかげで妹は助かったが、問題は山済みだ。

 狂ったトレントや本体復活の件を考えれば、トブの大森林に居続けることは出来そうにない。かと言って外に出る事が最適とも思えない。ヴァンパイアが人の街を闊歩するなんて、自ら望んでトラブルを招き寄せているようなものだ。

 

「何処か……人の居ない亜人の国まで行くしか……」

 

 悲壮感を漂わせるヴァンパイアを尻目に、リグリットはイラついた空気を漂わせていた。まるで――お前たちの都合はどうでもイイからさっさと結論を下して行動しろ、儂は急いでやる事が有るんじゃ、と言わんばかりである。

 傍から見ていたパナとしては、復活する本体とやらはそんなに危険な存在なのかと気が気じゃない。人の世が終わる――とは揶揄ではなかったという事か。

 

「リグリットさん落ち着いてよ。まずは一つ一つ解決していかないと、このお姉ちゃんも大変なん――えっ?!」

 

 刹那、パナの眼が大きく見開かれ、額に汗が浮かぶ。今まで感じた事のない悪寒と危機感、そして自らが死ぬかもしれないと言う圧倒的な恐怖。

 パナは森の景色が広がる南方を睨み付け、気力の限り叫んだ。

 

「何か来る!! リグリットさん私の傍へ! ヴァンパイアのお姉ちゃん! 妹さんを抱えて私の横に来て!! 急いでっ! 早くしないと死ぬよ!!」

 

 声を上げると同時に、パナは変身を解いて六枚の黒い羽を大きく広げた。もはや変身に力を割いている場合ではない、何処かへ逃げ出す時間も無い。一か八か、この場で集団隠密に賭けるしかない。

 

「な、なんじゃ?! その羽は?」

「リグリットさん!! 聞こえなかったの?! そのままじゃ死ぬよ! 早く私の傍にっ、羽の内側に入って静かにしてっ。動いちゃダメ、音も立てないでっ。早く早く」

 

 勢いに押されるように動き出したリグリットとヴァンパイアの姉妹を、黒い羽で押し包むかのようにその場へ倒し伏せ、パナはあらん限りの隠密特殊技術(スキル)を発動させる。

 パナ一人なら絶対の自信を持って隠れることが出来ようが、自分を含め四人同時の隠密状態を保つのはかなり厳しい。人が増えれば増えるだけ看破される可能性が高まるのだ。

 そう――パナが探知した南方からやって来る何者かは、それだけ危険な相手という事だ。

 

(来るっ! ちっくしょー!! 何よコレ? 何なのよ!)

 

 パナが心の中で絶叫してから丁度五秒後、其れは現れた。

 枝葉を揺らすことなく、足音も――振動すらなく、その巨体は目の前にゆらりと、まるで最初からその場に居たかのように四本の足で立っていた。

 濡れたような毛皮を持つ漆黒の巨大な狼。

 燃え上がるような真紅の瞳は、ヴァンパイアの赤い瞳より力強く、深い英知に満ち、ただの獣とは思わせない知性の高さを知らしめている。

 

(ふぇ、フェンリル?! この世界にも居るの? しかも茶釜さんと狩りにいったあの時のフェンリルよりデカいし強い! 人間はユグドラシルより格段に弱いのに、モンスターは強いって言うの? なによそれ?!)

 

 パナの前に聳え立つ巨体のモンスターは、神獣フェンリル。

 ユグドラシル時代、ぶくぶく茶釜が自らのNPCに使役させる為、仲間達と共に生け捕りにしたモンスター……其れと同じ種である。その力はレベル八十にもなり、素早い動きと高い探知能力、加えて爪や牙の攻撃力は偵察特化のパナにとって侮れないものだ。

 しかし知識に有ったフェンリルと、パナの面前でキョロキョロしている化け物は明らかに違う。どう見ても一段階強力になっている。とてもレベル八十ではない――少なくとも九十に到達しているだろう。

 ユグドラシルのモンスターらしいモンスターに出会うのは初めてと言ってイイ状況ではあるが、だからと言って強さを大きく見誤るだろうか? 恐怖のあまり特殊技術(スキル)がエラーを起こしたりするのだろうか?

 いや、呼吸を整えて落ち着きを取り戻した現状になっても、フェンリルから感じる圧迫感は衰えない。つまり、戦えば命を落とすかもしれない相手という事だ。

 

(死ぬ?! 此処で死ぬの? 冗談じゃない! 死んでたまるかっ! ――でもどうする? 逃げるにしても、リグリットさんとヴァンパイアの姉妹は……。見捨てれば何とかなる? 私一人だけで逃げるなら……)

 

 フェンリルは動くことなく視線を周囲に這わせている。何かを探しているのか? それとも宛も無く探し回って此処に辿り着いたのか?

 沼地の近くにはあばら屋があり、何者かが暮らしていたであろう痕跡を如実に表しているのだから、人の気配を探ろうとするのは理解できる。ただ、どうしてこのタイミングなのだ――パナは唇を噛み締め、このまま帰って! と巨大な狼を睨み付けずには居られなかった。

 

(どうしようぅ……、どうしたらイイのよぉ……)

 

 泣きそうになるパナであったが、その庇護下で隠れている両名にとっては泣くどころの話ではなかった。

 リグリットは魔神とも戦ったことのある稀代の英雄だ。強力な魔獣との戦闘経験も豊富で、幾度となり死線も潜ってきている。そんな彼女でも――突然現れた気配無き巨大な狼を前にして、身動き一つとることが出来ない。

 恐ろしい――あまりに強大で背筋が凍る。世界最強のドラゴンと知り合ってから強者のてっぺんを知り得たつもりになっていたが、それは真の力を――本物の殺気を見ていなかったに過ぎない。世界の命運を左右するような戦いになれば、あの穏やかなドラゴンも目の前の狼のように吐き気のする威圧感で周囲を満たすのだろう。

 そう――目の前の化け物はまるで竜王(ドラゴンロード)だ。

 世界を滅ぼす事の出来る最強の存在だ。

 トブの大森林に封印されている魔樹と、どちらが強いのかも分からない。

 そしてもう一人、ヴァンパイアの姉も頭を押さえつけてくるような存在感に圧倒され、震える事しかできない。それでも妹の身をしっかり掴んでいるのは褒め称えるべきであろう。他者を見捨てて逃げようかと考えていた何処かの堕天使とは人間性が違うと言える――両方とも人間ではないが。

 

 グルゥ……、グシュルゥ……。

 

 獲物を求めるかのように、神の獣とでも言うべき狼は吐息を漏らした。

 探し求めている何かの気配を感じ取ったと思ったのに、来てみれば何も無いし、何も居ない。首を傾げる神獣の考えとは、そのようなモノであったのかもしれない。もちろん意思疎通ができないので心情など分かるはずもないが……。

 

(何時になったら居なくなるのよ~。はやくどっかいってよ!)

 

 パナの隠密特殊技術(スキル)は複数人をカバー出来るほど強力ではあるが、何時まででも効果を保持できるものではない。終わりの時は必ず来る。もしそうなれば――嫌な二択を迫られる事だろう。

 戦うか逃げるか……、と言ってもパナに戦う気なんて毛頭ない。老婆とヴァンパイア姉妹の為に命を賭けるなんてくだらない事はしないのだ。

 パナにとって優先すべきはただ一つ。あの人に会う事――それ以外は吐き捨てて良い些事である。

 

 ゴウッ? クゥクゥ……。

 

 重過ぎる死の空気の中、どれ程の時間が経過したのかも分からないが、神獣は天に住まう神々と交信でもするかのように頭を上げ、幾度か頷き、踵を返す。

 そして次の瞬間、黒い霧が掻き消えるかのように姿を消してしまった。

 実際は南に向かって信じられない速度で駆けていったのだが、それを見定めることが出来たのは堕天使しかいない。

 

「(まだ駄目っ、今動いたら探知されるよ。もう少し待って!)」

 

 ホッとしかけたリグリットに対し、パナは口パクだけで注意を促す。そう――フェンリルの探知範囲は視界から居なくなった程度で避けられるものではない。

 魔獣・猛獣の類は元々探知能力に長けてはいるが、あのレベル九十にも届きそうな化け物の能力は桁が違うと言うか……神の領域だろう。今動き出せば、心臓が一拍する前に鋭い牙で噛み千切られているはずだ。

 

「(まだ……まだだよ……、もう少し)」

 

 パナは目を閉じてフェンリルの動向を窺う。

 どうやら向かうべき先があるらしく、南へ向かって一直線に飛翔しているようだ。木々が生い茂る森の中だと言うのに、いったいどうやって進んでいるのか? その速度は正に飛ぶが如くである。

 

「よしっ! 今ならいける! リグリットさん、直ぐに森を出るよ! ヴァンパイアのお姉ちゃんは妹さんを抱えて付いてきて! さぁ、早く!! 此処に居ると死ぬよ!」

 

 パナは黒い羽を隠す事もせず、一目散に駆け出した。その様は――付いて来たくないなら勝手にすればイイ、と言わんばかりの余裕のないものだ。

 それ程までに――現状が危険に満ちているという事なのだろう。死にたい奴、聞く耳を持たない奴、選択を間違える奴、そんな奴等を補助出来るほどパナは優秀じゃない。この場にはぷにっと萌えも、ベルリバーも、タブラも、朱雀も――そしてモモンガも居ないのだから……。

 

「ちっくしょー! この世界でなら私でも十分活躍できると思ってたのにー! 何よあの神獣はっ?! ユグドラシルで追っかけ回していた時はあんなに強くなかったでしょ?! ほんっとにもぉー!! 異世界に来てまでいつもの逃走なんてー!! 助けてよぉーー! モモンガさぁーーーん!!」

 

 パナは天狗だった、堕天使だけど鼻が伸びていたのだ。アダマンタイト級の強さを認識してから余裕綽々で、森の調査なんて朝飯前と認識していたのだ。

 それが何の因果か、ユグドラシルでパナの担当任務と揶揄されていた逃走劇に転じている。ただ、この異世界に於いては――逃げた先で仲間が網を張っていたりはしない。故に反転攻勢に転じてPK集団――今回は神獣フェンリル――を一網打尽にするなんて荒業は不可能なのだ。

 

「このっ、ちょっと待たんか! その黒い羽は何じゃ?! お主は人間ではなかったのか? あの獣について何か知っておるのか?! ええい! 森を抜けたら喋ってもらうぞ!!」

「あ、あのっ! 私も付いていって宜しいのですか?! 大丈夫なんですか?!」

「うるさいうるさい! 私に難しいこと聞かないでよ! 全部あとっ! あとまわし! 今は全力で逃げるのよーー!!」

 

 混乱に混乱を重ねて、黒い羽の堕天使と老婆、そして二体のヴァンパイアは森の中を駆け抜けた。もはや白金(プラチナ)級冒険者の末路なんてどうでもいい。今は一刻も早く森を出て、安全地帯まで逃げ込むのみ。

 無論、あの神獣が森の外まで出てきたなら、安全な場所など何処にも存在しないのだが……。

 




使役された獣は、使役者の能力によって強化される。
モモンガ様なら即座に気付いたかもしれませんね。
でも数多ある職業(クラス)の知識を覚えているなんて、そんな奴滅多に居ないでしょう。

ユグドラシルは終わりを迎える末期ゲーム。
そんなゲームの知識なんて誰も持っていないでしょうし、気にもしていないのでは?
意識して覚えていなかった何処かの堕天使なんか特にね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タブラ
タブラ-1


今回は二部構成で投稿させて頂きます。

第一部は、本日12:00公開、
第二部は、本日18:00公開となっております。

上記構成にした意味は特にありません。
なんとなくです。

たまにはこんな感じもよろしいかな~っと。



 トブの大森林北部で堕天使の悲痛な叫びが響いていた頃、大森林の南部では幼い闇妖精(ダークエルフ)が一人佇んでいた。

 

「ん~、つまんないなぁ、強そうな奴が全然居ないし……。こんなんじゃ、アインズ様にイイ報告が出来ないよぉ」

 

 口を尖らせて愚痴を呟くその闇妖精(ダークエルフ)の名は、アウラ・ベラ・フィオーラ。

 装飾過多で神をも撃ち抜けそうな異常なまでの魔力を内包した大きな弓を背に備え、腰には世界を滅ぼせる大精霊を叩き抜けるほどの鞭を装備。身に纏っている上下の軽装鎧と白地に金糸の入ったベスト、そして短めの金髪と可愛らしい笑顔からは、一見男の娘に見えなくもないが、れっきとした七十六歳の少女であり、ナザリック地下大墳墓の第六階層守護者である。

 

「この子達を遊ばせたら何か出てくると思ったんだけどな~。自分の縄張りを持っているなら黙っていないだろうし……。でもぉ、こっちの存在に気付かない程度の弱い奴ばっかりなんて……」

 

 主人が気にしていたプレイヤーの一人でも発見出来たら、抱き上げて褒めてくれたかもしれないのに――そんな御褒美を想像していたアウラの周囲には、心配そうに見上げてくる使役魔獣が集まっていた。

 その光景は、世界の終わりを告げる最終戦争が始まるかのようである。

 幼く可愛らしい闇妖精(ダークエルフ)を中心に、レベル六十から八十後半の魔獣が百体近く寄り集まっているのだから、竜王(ドラゴンロード)ですら目を逸らして進路をずらす異常さだろう。

 

「あっ、帰ってきた! ――フェン、何か見つけたの?」

 

 使役魔獣達が自然な感じで其の身を動かしアウラの前に空間を作ると、其処には瞬間移動でもしてきたかのようにゆらりと巨大な狼――フェンリルが姿を見せていた。

 

「えっ? 木のモンスターが暴れていたから踏ん付けて殺しちゃったって? ふ~ん、別にイイよ、弱い奴なんかアインズ様のお役には立たないしね。あっ、でもあの獣の毛皮は欲しいな~。機会があれば殺してもイイか御聞きしてみよ~っと」

 

 一番遠くまで偵察に向かわせていたお気に入りの神獣が戻ってきたことで、アウラは一旦ナザリックへ戻って報告を行おうとしていた。

 目ぼしい成果は上げられなかったが、少なくとも自らの敬愛する御主人様を害するような敵対者は見つからなかったので良しとするべきだろう。

 もちろん、そんな愚か者が存在していたら配下の魔獣を全てぶつけて骨も残らないように殺し尽くすつもりである。

 

「さてと、みんな帰ろっか」

 

 可愛らしい闇妖精(ダークエルフ)と、その号令に従う可愛らしくない魔獣達は、世界を幾度も滅ぼせる力を揮うことなく帰途へとついた。

 その一行の姿はまるで百鬼夜行のようであり、また――軽い散歩でもしてきたかのようでもある。

 何処かの堕天使にとっては迷惑極まりない散歩であっただろう。責任者に文句の一つでも言いたいに違いない。

 ――そんな度胸があればだが。

 

 

 ◆

 

 

 ナザリック地下大墳墓は極めて緻密な計画の下に運営されている。

 だからこそ勝手な改編は行うべきではないし、許されるものではない。至高の御方が作り上げたモノに手を加えるなど、不敬としか言いようのない行為だ。

 しかし異世界に転移してもなお、そんな思考停止状態では環境に適応する事は出来ない。見直すべきは見直し、修正すべきは修正すべきであろう。

 

 各階層に配置されている侵入者撃退用のモンスターやトラップはユグドラシルの金貨を消費するものであり、無差別に用いていては破綻を招きかねない。故に今後いくつかの機能は停止すべきだろう。

 NPCの総数に関しても、厳密に調整されている現状からの大幅な増加は問題があるかもしれない。戦力増強の面からは増やしたいところではあるが、金貨増産の目途が立ってからの話であろう。

 アインズ個人の資産は億を軽く超えており、宝物殿の金貨を合わせれば眩暈がするほどの量にもなるが、有限である以上無駄な浪費は抑えたいところである。

 

 今、第十階層の玉座の間では、守護者統括のアルベドがマスターソースを開いてナザリックの資金運用を確認していた。

 

「一階層のトラップは停止すべきね。紛れ込んだネズミの為にナザリックの――アインズ様の金貨が浪費されるなんて決して許されないわ。一階層は自動で湧き出すアンデッドで十分でしょう。ああでも、黒棺(ブラック・カプセル)への転移トラップは残しておこうかしら。ふふふ、上手く騙せばシャルティアを……あら?」

 

「アルベドォ~、それは流石に止めてあげて欲しいんだけど……。まぁ、自分の守護する階層のトラップに引っかかるなんて、いくらなんでも有りえないだろうけどね。でもアイツの事だからさ~、もしかしてってことも有るし」

 

 大扉の隙間から玉座の間を覗いていたのは、完璧なまでに気配を消していたアウラであった。トブの大森林を調査し、その結果を報告しに来たようだが、何やら不穏な空気を感じとってこっそり忍び寄っていたようである。

 

「アウラ、気配を消して玉座の間に近付くなんて不敬な行為よ。以後気をつけなさい」

 

「は~い。……でもさ~、アルベドも至高の御方に創造されたシャルティアを騙そうなんて不敬な行いは止めた方がイイよ~。アインズ様が悲しむかもしれないし」

 

「ア、アインズ様が悲しむぅ! そ、そんな! なんて恐ろしい! アインズ様を悲しませるなんて、そんな愚か者は私が許さないわ! あぁ~、アインズさまぁ、悲しまないで下さい。このアルベドが御傍に参りますから~」

 

 静かに歩いてくるアウラの存在を完全に放り投げ、アルベドは自分の世界に入り込む。涙を流して悲嘆にくれるアインズ様を抱きしめ、慰めの言葉を囁きながら寝室へ誘導する己の姿を幻視しているかのようである。

 

「ちょっとアルベド~って聞こえてないか。あ~ぁ、森の調査結果を報告しに来たんだけどな~。他の情報と纏めてくれたら、アインズ様に報告するって口実で会いに行けるのにな~。仕方ないなぁ、私が直接――」

「――御苦労様、アウラ。早速だけど調査結果を教えてちょうだい」

 

 想像より実利を取るのは流石に守護者統括と言うべきか。いや、愛する事を許されたナザリック唯一の女としては当然の振る舞いなのかもしれない。

 とは言え、飢えた神獣よりギラギラしている危険な欲望を――瞳の奥に宿しているのはいただけないが……。

 

「はぁ、大丈夫かな~。……んっと、森の中を適当に探ってみたけど特に反応は無かったよ。アインズ様が言っておられたプレイヤーの気配も無し。って言うか、まともなモンスターが一体も居なくてつまんなかったなぁ。あれじゃ~、私の使役している魔獣の一番弱い子でも蹂躙できそうだよ」

 

「アウラ……。油断は禁物だってアインズ様も言っておられたでしょう? 現時点で脅威になりそうな存在が出てこないのは、此方を警戒しているからかもしれないわよ。まぁ、ナザリックに監視の目が向けられたら姉さんが教えてくれるでしょうし、そもそも探知系の魔法やアイテムは通用しないけどね」

 

 アウラに油断大敵と説きながらも、玉座を愛おしそうに触れるアルベドの言葉は絶対的な自信に満ちていた。至高の御方々が――いえ、アインズ様が手に入れられた究極のアイテム、其れ等に護られたナザリック地下大墳墓は、何者にも穢されない難攻不落の拠点であると信じて止まないのであろう。

 

「それに……アインズ様に刃向うような輩が居ればこの私が……この力で……くふ、くふふふふ」

 

 呆れ気味のアウラの前で、アルベドは手にした短杖(ワンド)をさする。

 先端に黒い球体が浮いているその短杖(ワンド)は、至高の御方ですら手にする事を戸惑う、世界に匹敵する究極のアイテムだ。常に所持する事が許されているのはギルド長のアインズだけであり、本当ならアルベドが所持する事など許されない。しかし、どういう訳か宝物殿に安置されていた真なる無(ギンヌンガガプ)はアルベドの手に渡り、アインズも取り上げようとはしなかった。

 そして……理由すら聞こうとはしなかったのだ。

 もちろん、アルベドが答えられないと判断しての事だろうし、タブラの思考を理解するのは不可能だと判断したからこそ、アインズは何も言わなかったのだろう。

 

 だけど――アインズ様は全てを知った上で素知らぬ顔をしているのではないかしら?

 アルベドには、愛すべき御主人様の深遠なる智謀を読み解くことは出来ない。自らの主人はあの日あの時、タブラが、アルベドが――何を成そうとしていたのか知っていたのかもしれない。

 そう――アルベドは真なる無(ギンヌンガガプ)を持ってきたタブラ・スマラグティナの意図を知っているし、言葉を聞いているのだ。

 決して許されるはずの無い、そのおぞましい行為を一部始終見ていたのだ。

 

「アルベド、どうかしたの?」

 

「いいえ、何でもないわ。アウラ」

 

 心配したくなるアウラの気持ちもよく分かる。それ程までに、アルベドの気配はどす黒い怒りに満たされようとしていた。

 あの時の事を思い出せば当然であろう。

 アルベドの造物主、至高の御方の一人、タブラ・スマラグティナの所業を思い起こすだけで――ただそれだけで――

 

 ――タブラを殺したくて堪らなくなるのだ。

 




ナザリック勢は平常運転。
その中でもアウラは一筋の光、というか癒しですね~。
流石はぶくぶく茶釜様。
何処かのブレインイーターも見習ってほしいものです。

さて、次は其のくねくね触手野郎の登場であります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タブラ-2

第二部公開です。

こっそりやって来た至高の御方。
その者が何を行おうとしているのか?

此れは、ユグドラシルのサービス終了一日前のお話です。
そして、とても危険なお話です。



「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう――って、自分で作ったギミックのパスワードを忘れるなんて、モモンガさんに知られたら何て言われるか……」

 

 ヌメヌメした触手で頭を掻くその奇妙な存在は、人の身体に蛸の頭を乗せたかのような化け物であった。死体を思わせる白さの中に紫が混じったような体色をしており、表面は粘性の体液で覆われているかのように光沢がある。身に付けているものは革の拘束具とでも言うべき幾つものベルトと黒マント。瞳の無い濁った青白い眼からは、まったくと言ってイイほど考えを読み取る事が出来ない。

 

「やれやれ、あと一日ですか……。ユグドラシルもナザリックも、アインズ・ウ-ル・ゴウンも全て消えてなくなる。……あっけないものですねぇ」

 

 その化け物は久しぶりの光景を楽しむかのように、猛毒が立ち込める宝物殿の中をゆっくりと進んでいた。この者にとっては展示されている武具も、床に転がっている用途不明のアイテムも、積み上げられた膨大な金貨すらも、懐かしい思い出の壱ページに過ぎない。

 

「出来れば最終日に来たかったのですが……まぁ仕方ありません。一日前でも時間を融通できたのは僥倖と言うべきでしょう。それに……最後のドッキリを仕掛けるにはちょうど良かったのかもしれませんね」

 

 化け物は誰かに語りかけているつもりだったのかもしれない。今そこに、すぐ隣に、懐かしい仲間でもいるかのような口調だ。

 もちろん、誰も居ない空虚な空間であることは当人がよく知っているわけだが……。

 

「それにしてもナザリックが現存していて、しかも完璧な状態を保っているとは……。モモンガさんもたった一人で……いや、どうして一人なのでしょうねぇ。最低でもパナップさんは残っていると――」

 

 触手をウネウネさせながら一人呟く化け物は、骸骨魔王の傍を嬉しそうに駆け回る堕天使の姿を思い起こしていた。あの人なら多少の無理をしてでも、モモンガさんと二人っきりの状況を手放す訳がない。その事は、ギルド長以外の者なら誰でも知り得ている公然の秘密であり、懐かしい思い出だ。

 

「何かあった――のでしょうねぇ。今の世の中、楽な人生を送っている者など僅かしかいないのですから……。――さて、そろそろかな?」

 

 六本の触手を無造作に動かしながら視線を先に向けると、白くて広い空間が見えてくる。

 其処は酷く寂しい大広間であった。テーブル一つとソファーが二つ。そしてのっぺりとした埴輪顔の、軍服を着込んだNPCが一体佇んでいるだけだ。

 

「え~っとドッペルゲンガーの……パンドラだったかな? ギルドメンバーの外装を全てコピーしたNPCだったと記憶しているけど、モモンガさんもどうしてこんな能力設定にしたのか……。戦闘ではあまり役に立たないだろうし……、去っていくメンバーの姿を残したかったのですかね」

 

 パンドラの正面に立つ粘体の化け物は、ギルド長が製作したNPCの姿を上から下まで嘗め回すと、ふと思い出したかのようにコマンドを口にした。

 

「変身、ぷにっと萌え」

 

 それは随分前に引退した軍師の名だ。姿は植物モンスターそのモノであり、詳細はグネグネと全身を波打たせていたパンドラの変身を見ればよく分かる。

 

「はは、見事なものですね。ぷにっとさんそっくりですよ。まぁ、アバターデータをそっくりそのまま入れ込んだのだから当たり前でしょうけどね」

 

 久しぶりに出会えた過去の天才を前にして、触手を持つ化け物は少し嬉しそうだ。続けてコマンドを唱える其の口調からして、機嫌が良いのは間違いないだろう。

 

「変身、ペロロンチーノ」

「変身、ぶくぶく茶釜」

「変身、たっち・みー」

「変身――――」

 

 次から次へと現れる懐かしい仲間の姿に、全盛期だったアインズ・ウール・ゴウンの記憶が重なる。

 何処へ行っても楽しかった。

 多くのプレイヤーから反感を買っても笑っていられた。

 全滅してもへこたれなかった。

 なぜなら、仲間が居たから……。

 

「変身、モモンガ」

 

 触手をユラユラさせる化け物の前には、死の支配者(オーバーロード)が姿を見せていた。もちろん本物のギルド長ではないが、なんとなく気まずい雰囲気がその場に漂い、沈黙の時が流れる。

 

(貴方ともっと遊んでいたかった。……ふふ、モモンガさんにとっては仲間のスケジュール調整ばかりで楽しくなかったかもしれませんがね。……いえいえ、ごめんなさい。冗談ですよモモンガさん。……本当に、……楽しかったですよね)

 

 蛸のような頭を幾度か振り、化け物はその場から更に奥へ進もうとし、そこでハッと何かを思いついたのか、振り返ってコマンドを放っていた。

 

「変身、タブラ・スマラグティナ」

 

 パンドラは更なる変身を遂げ、「おおぉ……」と感嘆の声を漏らす化け物の前に、六本の触手を持つ奇怪なブレインイーターを出現させる。

 

「やっぱり最高の出来だね。異形種の中でも抜きん出た美しさだ。触手といい肌つやといい、これ以上のアバターは造り出せないに違いない。……とは言え、あと一日で全て消えてしまうのか。……儚いものですね」

 

 この場にモモンガが居れば「はい、そうですね」と相槌を打ってくれたに違いない。消え去ってしまうナザリックとNPC、そしてメンバー達との思い出に深い悲しみを覚えてくれたことであろう。

 ただ、そんなしんみりとした――何処にでもある追悼シーンなんぞ糞くらえだ。

 

(アインズ・ウール・ゴウンの終わりなら、それに相応しい終わり方があると思います。そうでしょう? モモンガさん)

 

 触手の化け物は、変身させたパンドラを放置して奥へ進んだ。

 その先にある空間は霊廟である。

 何時、誰がその名を付けたのかは知らないが――まぁ恐らくモモンガさんだろうけど――、引退していったギルドメンバーの最強装備が安置された寂しい場所だ。ギルメンの姿を中途半端に模した歪な姿のゴーレム達が、より一層この場のカルマ値を下げているように感じてしまう。

 

「あっ、指輪を外すの忘れて――ぶはっ!!」

 

 強烈な弓矢による攻撃が蛸の頭を撃ち抜き、触手の化け物はその場から激しく吹っ飛ばされる。ガッツリ削れるHPと身を汚す状態異常の警告音に、ぼんやりしていた頭が一気に覚醒した。

 

「まずい! 此処はギルメンでもダメージを受けるんだった! 逃げないとっ!!」

 

 霊廟に拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を持ち込むと『アヴァターラ』が攻撃を仕掛けてくる。そんな事すら忘れてしまったのか――と、化け物は自嘲と共に転がりながら次弾を避け、瞬時に魔法を発動させていた。

 

転移(テレポーテーション)! ――あっ! 転移阻害が――」

 

 何かを後悔したかのようにも見えたが、化け物は何事もなく霊廟からパンドラのいる広い空間へ転移を終える。

 辺りを見回し、触手をフリフリさせ、粘体の化け物は酷く疲れたようにため息を吐く。

 

「一人で何をやっているんだか……。転移阻害は各階層間の移動に関する場合のみでしたね。はぁ、こんなにも多くの事を忘れているとは……」

 

 確かに長い間ログインしていなかった。ユグドラシルの事を思い出さなかった日々も多い。それでもこの場にモモンガが居たら、酷く悲しい瞳で見つめてきただろう。――骸骨だから瞳は無いが。

 

「やれやれ、この場にるし★ふぁーさんとかウルベルトさんが居なくて助かりました。あの人達が居たら今頃どんな酷い目に遭っていた事か……。まぁ、当の昔に引退してしまったのですから有り得ない話ですけどね」

 

 何処か遠くを見つめていた軟体生物は、身に付けていた指輪をテーブルの上に置くと、改めて霊廟の中へ入っていった。

 

 今度はトラブルも無く、戻ってくるまでに費やした時間も僅かだ。

 霊廟の奥底に安置されたギルドの秘宝を取りに行くだけなのだから、それほど手間はかかるまい。ただ、其れを取り出して良いのかと疑問に思うかもしれないが。

 

 ――世界級(ワールド)アイテム――

 アインズ・ウール・ゴウンが誇る最強にして最高のレアアイテムだ。

 その数は十一。

 数多あるギルドの中で最多の所持数を誇り、その地位はサービス終了を迎えようとする現時点においても変わらない。

 

「本当ならギルドメンバーの許可が必要な行為ですけど……今はモモンガさんしかいませんしね。そのモモンガさんをドッキリに嵌めようとしているのに、許可なんてもらえる訳がありませんよね~」

 

 あははは――と一人笑いながら、化け物は手にした短杖(ワンド)を掲げる。

 それはとても美しく、唯一無二の存在だった。

 先端で浮遊する黒い球体も、捻じれた持ち手の部分も、所持する事で身に宿る尋常ならざる加護も――。全てがユグドラシル最高のアイテムであることを指し示している。

 

「さてと、仕上げは玉座の間ですね。これが最後の……ギルド長に捧げるギルメンからの悪戯になるのですから、しっかりとやり遂げたいものです」

 

 テーブルの指輪を拾い上げ、触手を揺らす化け物は即座に姿を消した。後に残ったのは、軟体生物に変身したままのパンドラと広くて空虚な空間だけだ。そして、もうこの場所には誰も来ないのだろう。

 ユグドラシルのサービス終了まであと一日。

 積み上げられた緻密なデータと、情熱の残り火が無となるまであと一日なのだ。

 とは言え、その事を惜しむ人間は少ない。多くの者にとってこの場は過去なのだ。昔遊んだ懐かしいゲーム、その程度に過ぎないであろう。

 もちろんギルド長も分かってはいる。

 分かっているからこそ、自分の我儘を自覚しながらメールを送ったのだ、サービス最終日に皆で集まりましょう――と。

 

 

 玉座の間は何時もの通りの静けさで触手の化け物を迎え入れていた。玉座の隣に控える白いNPCもまた、己の造物主を無機質な瞳と決められたAIで迎える。

 

「うん、我ながら完璧なNPCを創ったものですね。とは言え、肝心の魔王が隣に居ないと完成とは言えませんが……」

 

 玉座の間に控えるNPCアルベドは、王妃と成るべくして生み出された存在であり、一体だけでは完成に至らない。そう――隣の玉座に骸骨魔王たるモモンガが座ってこそ、全ての歯車が噛み合うのだ。

 ただもう一点、魔王を倒しに来た勇者がモモンガと対峙してくれたなら何も言う事は無いのだが……。

 

「結局、悪のギルドは滅ぼされないままでしたね。良かったと言うべきか、つまらないとぼやくべきか――」

 

 ヌメヌメした触手を軽く揺らしながら、化け物はアルベドの前まで進み、手にした究極のアイテム『真なる無(ギンヌンガガプ)』を差し出した。

 

「ふふふ、るし★ふぁーさん、貴方がヘロヘロさんに無理やり作らせたAIが日の目を見ますよ。引退を告げに来たあの日、強引に押し付けてきて……此方としては絶対に使わないだろうと思っていましたけど、まさかのまさかですね」

 

 過去の思い出に浸りながら、その化け物はクリエイトツールを起動させ、特殊なAIを目の前のアルベドに組み込む。

 AIはNPCの行動を制御するものだが、通常はごく単純な所作を行わせるものばかりである。挨拶、移動、待機などが一般的であり、それ以上の複雑な動きはヘロヘロみたいな専門職が組み上げるしかない。勿論運営からも一通り配布されてはいるが、オリジナルが欲しいプレイヤーの心理からすると満足できる内容ではないのだ。

 今回ヘロヘロがるし★ふぁーのお願いに負けて作成したAIは、指定された時間に、特定の武器を用いて特定の場所を攻撃するというものである。

 本当なら、るし★ふぁーはシャルティアなどに組み込んでペロロンチーノを巻き込むような攻撃をさせようと思っていたらしいのだが、人のNPCを勝手に弄ったら流石のペロロンも怒るだろうと実行に移せなかったのだ。

 どうせ同士討ち(フレンドリィ・ファイア)禁止のシステムがあるんだから別にイイだろ――っとるし★ふぁーはボヤいていたそうだが、確かに自分が造り上げたNPCのAIを勝手に変更されたらイイ気はしない。それは終了間近になった今に於いても同じ事だ。

 しかし逆に考えると、自分のNPCなら問題ないと言う事になる。

 

「アルベド……。明日の二十三時五十分、終わりを迎える十分前、モモンガさんは必ず玉座の間で――玉座に座って感慨に耽りながら最後の時を待つだろう。狙うはその時だ。真なる無(ギンヌンガガプ)で『玉座』を全力攻撃せよ」

 

 蛸の頭の奥でニヤリと笑いながら、粘体の化け物は絶対的な命令をアルベドに与えた。これはどんなことをしても逆らえない最上級の命令であり、組み込まれたAIが一切の行動を縛る。

 玉座を標的にしたのは、ギルメンを攻撃目標に出来ないという拠点防衛用NPCの特性を避けるためだ。攻撃目標が物やアイテムなら何も問題は無い。たとえ其処にその瞬間、骸骨魔王が座っていたとしても攻撃の手が止まる事は無い。

 此れは――アインズ・ウール・ゴウンの最後を飾る悪戯としては最高にして最悪と言える内容だろう。モモンガは洒落にならないほど驚くに違いない。ブチ切れて怒りのメールを送ってくるだろう。

 だがそれでイイのだ。

 怒り狂ってメールを送ってくるのなら、誠心誠意謝ってお詫びの食事会でも開くとしよう。普通に誘ってもモモンガさんは遠慮してしまうだろうから、此方から口実を作るとしようか。

 その時に今回の悪戯も良い思い出になるだろう。――と言うか、なって欲しい。

 

(最後の最後まで自分の我儘を表に出さない人でしたからね。まぁ、多少の荒療治は仕方ないと思ってもらいましょう)

 

 平和的に終わるなんてアインズ・ウール・ゴウンとしては恥ずべき事態でしょう? そんなあまりに自分勝手とも言える思考を押し付けて、触手の化け物は踵を返し、その場から立ち去ろうとしていた。

 

「ああ……でもその瞬間を見ていたかったなぁ。アルベドの攻撃をまともに受けるモモンガさん――、きっと記念すべき最高の……面白くて堪らない光景となるでしょうねぇ。パナップさんも残っていたら……、一緒に楽しめたでしょうに」

 

 触手の全てが震えるほど、アバターの視界がぼやけるほど、懐かしくて――切なくて、過去になってしまった輝かしい思い出が胸に迫る。

 たかがゲームの終りと言うだろうか。

 まぁそれは違いないが、ゲームで出会った人は確かに存在する現実の人間達だ。そんな人達と知恵を出し合い、話し合って協力して、大きな目標を達成したのも現実であろう。

 何より歯応えがあった。

 人を欺き、騙し、手玉に取る行為は、相手が現実の人間だからこそ興奮する。もちろんやり返される事も想定の内だ。そうでなくては面白くない。

 

 だが……、もう御仕舞いだ。

 ステージは次へと移る。

 

「アインズ・ウール・ゴウン消滅まであと一日、か。……それではアルベド、仕上げは頼みましたよ」

 

 返事が来ない事を分かっていたのか、触手の化け物は振り返る事も無く、大扉を通り抜け玉座の間を後にした。

 そして直後に姿を消し、ナザリックから――いや、この世界から居なくなった。

 玉座の間にはNPCのアルベドだけが残され、いつものように決められた姿勢で玉座の隣を飾っている。

 ただ一点、アルベドの手の中では世界級(ワールド)アイテム『真なる無(ギンヌンガガプ)』が不気味な輝きを放っており、何やら不穏な空気を漂わせていた。

 とは言ってもこれはゲームだ。

 それもあと一日で終わってしまう末期ゲームだ。

 不気味であろうと不穏であろうと、もうすぐ消えて無くなるデジタルデータに過ぎない。

 

 ――そう、姿を消した触手の化け物も同じような考えであったはずだ。

 ――そして、其の考えは間違っていないはずだった。

 ――しかし――

 




アインズ・ウール・ゴウンの問題児は、るし★ふぁーだけじゃなかった。
と言うより、皆少なからず問題児だったのでは?
ぷにっと萌えさんが居ないと大変でしょうねぇ。

ブレインイーターが仕掛けたイタズラ。
はたしてモモンガは、アルベドは――どう対処するのか?
原作既読者ならもちろん知ってますよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タブラ-3

ギルメンのイタズラに対し、
モモンガ様はどのように対応するのでしょうか?

そしてアルベドは……。

至高の御方々全滅フラグ成立かも?(ギルド長を除く)



 魂まで震えてしまう怒りとはどのようなモノだろうか?

 この世の全てを滅ぼし尽くしても治まらない怒りとは何だろう?

 アルベドの身に宿る真っ黒な炎は、怒りという名では表現しようのない別の何かなのかもしれない。

 手にした――いや、無理やり持たされた究極の武具を見て、自らを打ち砕きたい衝動に駆られる。それをしなければ取り返しのつかない事態になると分かっているからだ。自分の命など二の次であろう。

 残された時間は一日、――正確には二十時間と三十六分。

 アルベドは焦っていた。

 NPCたる自分は許可された行動しか取れない。叩きつけたい世界級(ワールド)アイテムも大切に所持する事を強いられているし、全ての企みを打ち明けたくても、言葉を発する事すら禁じられているのだ。

 何も出来ない――許されない。

 自らの夫となる至高の御方に危険が迫ろうとしているのに、身を案じる言葉一つ伝えることが出来ない。しかも危険の源は己であり、己の造物主。正妃になるよう造り出された自分自身が、『そうあれ』と生み出した当人である造物主の命令で、未来の夫を殺そうとしているのだ。

 アルベドは力の限り抵抗を試みる。

 百レベルの力を全て注ぎ込んで、手にした『真なる無(ギンヌンガガプ)』を投げ捨てようと――へし折ろうと、その身がねじ切れるほど必死に抵抗していた。

 無論、全ては意味のない行動に終わる。

 造物主の命令は絶対だ。アルベドの行為も何一つ意味をなさない。血反吐を噴き上げるような全身全霊の反逆行為も、外から見ると一ミリたりとも動いていないのだ。表情すら変化していない。

 このままでは取り返しのつかない事が起きる。

 狙うべきは玉座と指示されていたが、あの造物主は何の疑いも無くその日その時、玉座に目的の人物が座っていると確信していた。その理由は不明だが、至高の御方々にしか分からない特別な事情があるのだろう。

 

『――終わりを迎える』

『最後の時――』

 

 アルベドの脳裏に、造物主が口にしていた不穏な言葉がよぎる。

 何を意味していたのか? 何を言わんとしていたのか? もしかすると、未来の夫を王妃と成るべき我が手で殺害せしめ、その上でアインズ・ウール・ゴウン全てを崩壊させるつもりなのか?

 

『アインズ・ウール・ゴウン消滅――あと一日』

『仕上げは――頼みま――よ』

 

 許されない! 許されるものか!!

 たとえ至高の御方であろうと、造物主であろうと、未来の夫であるモモンガ様に危害を加えるなどあってはならない! なるものか!!

 しかも最後の一手を私に、妻となる私にさせるなんて!!

 

『面白くて堪ら――光景とな――しょうねぇ』

 

 造物主の言葉はアルベドの精神を崩壊させかねない凶悪なものであった。加えて何気ない呟きの中にるし★ふぁーやヘロヘロの名があったことから、最悪の結論が導き出される。

 

 ――至高の御方々によるモモンガ様暗殺計画――

 

 ふざけたことを!! ナザリックを捨てたのは貴方達の方でしょう! 今までナザリックを維持してきたのはモモンガ様なのです! その御方を害しようとはっ!!

 

 アルベドにとって造物主の命令は絶対であり、刻まれた設定は人格そのものだ。

 故にモモンガを殺せと命じられたなら逆らう事は許されない。しかし、モモンガの妻となる事も魂に刻まれた絶対の理なのだ。色恋にルーズである事も同時に設定されてはいるが、其れは夫の存在があっての事であり、初めてはやはりモモンガ様に捧げるべきであろうとアルベド自身自覚しているし――決めている。

 とは言え、ナザリック最高の頭脳をもってしても解決策は見当たらない。

 造物主の命令を掻い潜って未来の夫を護る術は、何処にも存在しないと言わざるを得ないのだ。

 

 ああぁ、モモンガ様! モモンガさまぁ!!

 

 何度叫ぼうとしても口は開かないし声は出ない。時は一時も止まることなく無情に流れ、アルベドの苦悩をあざ笑うかのように残酷な運命を引き寄せる。

 そんな中で、造物主の一言がアルベドの魂に突き刺さっていた。

 

『パナップ――も残――たら……、――楽しめた――に』

 

 脳髄が掻き回される。

 腸が引き千切られ、四肢をねじ切られる。

 渦巻く怒りが己の身を切り刻んでしまいそうだ。

 

 あいつがっ、あいつが一枚噛んでいるというの?! 数日前に感じた気配は、何かの準備をする為だったと?!

 

 耳にした名は至高の御方の御名であり、そして許しがたい裏切り者の名でもある。他の御方々が御隠れになる中、長きに渡ってモモンガ様を支えてきた敬愛すべき存在であったはずなのに、突然姿を消し、我が未来の夫を一人きりにした憎むべき罪人。

 数ヶ月前、滅多に玉座の間を訪れないモモンガ様が疲れたような足取りで玉座に座り、ポツリポツリと悲しそうに呟いた御言葉――その怨嗟にも似た一言がアルベドの脳裏に蘇る。

 

『パナップさん……私の何がいけなかったのでしょうか……』

 

 意味は分からずとも、モモンガ様を不快にしたという事だけは理解できた。

 悲しませ、傷付け、気分を害したのは間違いない。姿を一切見せなくなったことからも、モモンガ様と対立――もしくは敵対したという事なのだろう。

 一人の女としては喜ばしい展開ながら、未来の夫を蔑にした罪は大きい。出来る事なら生きている事を後悔するぐらいの拷問を与え、殺してほしいと懇願するぐらいまで黒棺(ブラック・カプセル)で飼ってやりたいところ――だが。

 現時点でアルベドに打つ手は無い。

 造物主に命令を与えられた時点でNPCとしては詰みなのだ。

 完全な敗北である。

 

 許さない、絶対に許すものかっ!! 見つけ出して殺してやる!! 『りある』とやらに隠れようとも必ず探し出してやる!

 

 声にならない叫びを放ち続けて、それでも対策は見つからず――遂にその時は訪れた。

 玉座の間の大扉が静かに開き、ナザリックの絶対支配者、未来の夫、愛すべき至高の御方、死の支配者(オーバーロード)モモンガが姿を見せたのだ。

 後方にセバスとプレアデスを引き連れ、モモンガは懐かしさを噛みしめるかのように周囲へ視線を飛ばしながら、ゆっくりと玉座へ――アルベドの傍まで歩いてくる。

 

 あぁ、もう時間が無い! どうしたら、どうしたらイイの?!

 

 最後の頼みは――無許可で所持している世界級(ワールド)アイテムを不審に思い、アルベドの手からモモンガが取り上げてくれる事のみだったのだが……、それは不発に終わってしまった。

 ギルド長たるモモンガが、その優しさでもってギルドメンバーの意図を汲むことは予想されたが、あまりにあっさり見逃したことにはアルベドも驚きを隠せない。

 まるで……今更気にするまでもないと言っているかのようだ。

 

 モモンガ様お逃げ下さい! この場は危険です! どうか、どうかっ!!

 

 どんなに大声を張り上げようとしても、アルベドの表情は微笑を浮かべたまま動かない。そんな守護者統括を前にして、モモンガは何やらコンソールを表示させ、複雑な感情を見せているようだが……。

 

 一分前……もうダメ! モモンガ様!! 私を殺して下さい!!

 

 普段であれば、己の設定を見られるという事は己の全てを見られるという意味であり、裸を見られるより恥ずかしい――と同時に嬉しい行為でもあった。アルベドは全ての御方々に対し全てを曝け出してなお嬉しく思うよう設定されていたが、今となっては意味のない文言であろう。

 未来の夫に向けて全力攻撃を仕掛けようとしている現時点に於いては、ビッチだろうが何だろうが関係ない。

 

 あぁ……ああぁ……、お許し下さいモモンガさまぁ……。

 

 秒読み段階に入り、組み込まれたAIの支配がアルベドの全身に回る。

 そしてアルベドは世界級(ワールド)アイテム『真なる無(ギンヌンガガプ)』を掲げようと――。

 

 ――『モモンガを愛している』――

 

 その時世界は変わった。

 まさに生まれ変わったと言っても過言ではないだろう。

 アルベドの身を縛っていた造物主の命令は霧散し、新たなる造物主の命令がアルベドの存在を包む。

 それは不快ではなく、むしろ最後のピースとも言うべき必要な欠片だったと思われる。

 そう――アルベドは今完成したのだ。

 モモンガへの愛を組み込まれ、愛する事を許されたが故に王妃たるアルベドは完成品となったのだ。

 喜びで全身が震えてしまう。

 涙が溢れそうで堪らない。

 今まで一切の抵抗が許されなかったAI制御が、新たなる造物主の――未来の夫の手で書き換えられたのだ。

 それはまるで最初から分かっていたかのようなタイミング。万物が見えていたかのような神の一手。

 

 なんという……なんという御方なの! 流石は至高の御方々の頂点! 私の愛すべき御主人さまぁ!!

 

 アルベドは、モモンガから放たれた命令に従い平伏する。

 いや、命令などされなくともその場に平伏し、敬い、奉り、身に宿す全ての愛を捧げたい想いであっただろう。

 

 玉座の間には、ギルドメンバーの名を読み上げるモモンガの声が響く。

 アルベドはこの瞬間、思い至った。

 

 モモンガ様は全ての企みを御存じだったのだろう。それでも他の至高の御方々に対する想いは不変だったのだ。モモンガ様は優しい御方。たとえ相手がナザリックを捨てようとも、命を狙うような行為に及んだとしても、優しく微笑んで全てを許してしまわれる。

 なんて慈悲深き御方。

 愛すべき至高の御方。

 ならば――。

 ならばこそ、私が怨敵を討ち果たさなければならない。

 モモンガ様を害する愚か者ども、不浄なりし至高の御方々。そして許されざる裏切り者。

 モモンガ様の隣に相応しいのは貴様のような堕天使ではない。少なくとも胸は大きくなければならない。

 今まさに私の胸を揉み続けているモモンガ様の御様子からすると、小さな胸など歯牙にもかけないでしょう。

 

 ふわぁ……あ……、まるで別世界へ来たかのように……幸せで満ち溢れているわ。モモンガ様と玉座の間で二人きり。邪魔なセバスとプレアデスは勅命を受けたので、しばらくは戻ってこないでしょう。

 後はそう、遂に……。

 

「ここで私は初めてを迎えるのですね?」

 

「……え?」

 




流石はモモンガ様。
全てお見通しとは……。
相手が至高の御方々と言えど――(ウルベルト様は例外)――、
モモンガ様にかかれば赤子の手を捻るようなもの。
感服いたしました。

我らが至高の御方に忠誠の儀を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺戮
殺戮-1


逃げに逃げて珍道中。
ババアとヴァンプを連れ回し、スタコラサッサと逃走中。

逃げた先には何がある?
生きた先で何をする?

堕天使羽ばたく異界の地。
魔王もゴリラもクソ喰らえ!
美食に快眠、あとお風呂!
ダラけた生活、手にするぞ!



 森の中を疾走し、草原に出ても足を止めず走り抜ける。

 ただひたすら先を見て、エ・レエブルの街がある方向へ力の限り駆け続け――既に三時間が経過。

 パナの全力ならばエ・レエブルどころか王都まで行けそうな気もするが、今は後方の老人と妹を抱えたヴァンパイアの姉が居るから、精々馬の全力疾走を超える程度の速度しか出せない。

 本当なら全員見捨てて自分だけ逃げたい――そんな衝動と戦ってギリギリその場に留まっていたパナとしては、誰かに褒めて貰いたいところである。

 

「ちょ、ちょっと待たんか! もっ、もう限界じゃ、これ以上は体力が持たんわ!」

 

 疲労困憊の悲鳴を上げて足を止めてしまったのは、老婆リグリットだ。

 老齢ながら三時間もの間、人間の限界を超える速度で走り続けたのは称賛に値しようが、パナとしてはもっと森から離れたかったので少しばかり不満顔である。

 

「――私も……宜しいでしょうか? 今の速度を保つには体力をもっと削る必要があるので、少し抑えてほしいのですが……」

 

「え? お姉ちゃんはヴァンパイアなのに疲労するの? んん? どゆこと?」

 

 完全に足が止まってしまった一行の中で、ヴァンパイアの姉からは不可思議な言葉が漏れる。しかしよく聞いてみると、パナとリグリットの速さに付いていく為、自らの体力を消費させて身体能力を引き上げる――異形の力を用いていたのだと言う。

 もっとスピードを抑えて妹の身体も抱えていなかったのなら、体力を削らずに走り続けることが出来たらしいのだが……。

 要するに無理をしていたから休みたい――それが結論なのである。

 

「仕方ないね、一先ずここで休憩しよう。リグリットさん、それでイイ?」

 

「はぁはぁ……、あぁ、そうしてくれると有難い。……儂としても色々……聞きたい事が有るしのぅ」

 

 その場に座り込んで呼吸を整えるリグリットは、パナとヴァンパイア姉妹を交互に見つめた後――ほんの一時の沈黙を経てから、少しずつ言葉を紡ぎだし始めた。

 

「パナ殿、お主は人間ではないようじゃな。その羽……、どういう事か教えてくれんかの?」

 

「ああ、うん。説明するのすっかり忘れちゃっていたけど、私は堕天使だよ。リグリットさんと出会った時は人間に変身していたの。ちなみにラキュースさん達も知っているよ」

 

「堕天使じゃと? あの嬢ちゃんどもめ、そんな重要な情報を伝え忘れるとは――」

 

 何やら頭を抱えるリグリットだが、『蒼の薔薇』としてはトブの大森林までの道中でゆっくり話し合うと聞いていたのだから、当然パナの種族についても話すだろうと思っていたのではないだろうか? と言うより、しっかりとした話し合いの場を強引に切り上げさせたのはリグリットなのだから、ラキュース達に文句をつけるのは少しばかり可哀そうだ。

 

「まぁ良い。堕天使という種族がどういうモノかは知らんが、人を捕らえて食うという訳でも無かろう。それならば一先ずは問題ない。それより……、あの獣はなんじゃ?! 信じ難い力の波動、魔神をも超える圧迫感。まるで神にでも睨まれたかのように身動き一つ出来んかったぞ!」

 

 その時の恐怖がぶり返してきたのか、リグリットは青ざめた表情でパナを見つめる。ヴァンパイアの姉もビクッと体を震わせ、未だ目覚めぬ妹の身体を優しく抱きしめていた。

 

「あ~、あの獣はフェンリル。神獣フェンリルって名の強力なモンスターだよ。もっとも私の知っている個体より一段強力なヤツだったけどね。……はぁ、私もビックリだよ! この世界に来てあんな強力なモンスターと出遭うなんて、ホント洒落にならないよ!」

 

 パナはまるで詐欺にでもあったかのように怒りを持って吼える。

 貴方は最強です、この世界で無双出来ます――なんて言われて森へ入ったら、速攻で滅多打ちのボロボロ状態にされて逃げ帰る……パナとしてはそんな気分らしい。

 酷く自分勝手な言い分ではあるが、それほどまでに危険であったという事だ。

 

「神獣……フェンリル……。なんということじゃ、このままでは人類に生き延びる道は無い。さらに魔樹まで復活したら……世界は終わりじゃ。なんと、なんという……」

 

 身体は限界近くまで疲労し、精神までも酷くすり減っているかのよう。そんなリグリットは僅かな希望を持って口を開く。

 

「パナ殿、お主なら勝てるか? あの神獣とやらに」

 

「……ぅんん~、今のままだと勝ち二割、負け五割、相打ち三割ってところかな? まぁ、逃げるだけなら十割成功するけどね」

 

 最後に冗談ぽく笑ってみせたが、リグリットに――ヴァンパイアの姉に笑顔は無かった。

 老婆一人と黒羽の堕天使、そしてヴァンパイア姉妹が座り込む草原に、一時の沈黙と夕暮れ時の少し冷たい風が流れる。

 

「パナ殿、儂は今からエ・レエブルの冒険者ギルド長に宛てて手紙を書く。今回の調査に関する報告書のようなものじゃ。それを儂の代わりに届けてほしい。……すまんが王都まで連れていくことは出来ん。ここでお別れじゃ」

 

 何かを覚悟したかのように、リグリットは語る。

 事此処に至り頼れる相手が一人しかいないと判断したのであろう。プレイヤーたるパナを一人きりにし、『蒼の薔薇』との約束を破ってでも向かわなければならない――会いに行かねばならない相手が居るようだ。

 リグリットとしては断腸の想いなのだろうが、人類が滅びるかどうかの瀬戸際なのだから致し方ない事だ。パナには単独で『蒼の薔薇』と合流してもらい、王都で待機してもらうべきだろう。これから起こる決戦に備えて……。

 

「えっと、ラキュースさん達に会いに行くのは一人でも大丈夫だけど……。調査の件、このお姉ちゃんの事も報告するの? あの、その……それはちょっと」

 

 困るな~っとでも言いたげなパナは、ヴァンパイア姉妹の事を心配していたのだろう。

 リグリットの報告でヴァンパイアの情報が伝わってしまうと、当然討伐隊が送られてくるはずだ。問答無用で殺すと言っていたのだから、間違いなく冒険者ギルドの依頼に載るだろう。

 パナとしては、人畜無害そうな姉妹を手にかけるのは流石に気が引ける。これが人間だったなら気にもしないのだが……ってあれ?

 

「ああ、儂もその娘達をどうにかしようとは思っておらん。とは言え無条件で見逃すほどヴァンパイアを軽んじてはおらんぞ。だからパナ殿、後の事はお主の采配に任せようと思う。宜しくな」

 

「え? ちょっとそれって丸投げってヤツ?」

 

 パナの抗議を余所にリグリットは手紙の作成に取り掛かってしまった。もはやヴァンパイアの扱いなんぞ構っていられないという事か? 姉の方は独自で魔法を操るという特筆すべき存在ではあるが、新たに発覚した神獣――そして復活間近の魔樹と比べれば矮小過ぎて気にするまでもない。

 トブの大森林にはヴァンパイアの姉妹など居なかった、そういう事だ。

 命を落とした白金(プラチナ)級冒険者達には悪いが、原因不明――神獣の存在や狂ったトレントの関与は仄めかすが――のまま森の肥やしとなってもらおう。

 

「仕方ないなぁ。……それでお姉ちゃん、妹さんの方はどんな感じ?」

 

 パナは物書きに夢中な老婆を放っておくと、身体を向き直してヴァンパイアの姉へ声を掛けた。

 

「はい……、残念ながらまだ意識が戻っていません。ヴァンパイアなのですから、体力が回復した現状に於いて目が覚めないなんておかしいと思うのですが……」

 

 ぴょんと跳ねている妹の短い髪を撫でながら、姉は悲しそうに呟く。

 そもそも天然のヴァンパイアではないのだからその生態に詳しい訳でも無い。故に意識が戻らない妹を見つめても、ただ不安が増すばかりで無意識の涙が零れるだけだ。

 

「う~ん、覚醒の魔法なら使えるけど……。これってヴァンパイアには使わない魔法だしな~。そもそもヴァンパイアは昏睡しない種族のはずだし……。うう~ん」

 

 ヴァンパイアはアンデッドなのだから下手に信仰系魔法を使う訳にも――。

 

「ふわわぁ~~、ん~、よく寝たなぁ……ってあれ? ここどこ?」

 

 ヴァンパイアにあるまじき寝起きの言葉を携えて、妹はパカッと大きな瞳を開け放った。色々悩んでいたパナとしては出鼻を挫かれた格好だが、姉にとってはそんなこと全く関係ない。

 

「ああ! ああぁ、よかった……本当に良かった。もう目覚めないんじゃないかと……。そんな事になったらどうしようかと……」

「んぎゃ~苦しい~、もぉ~姉ちゃん泣くなよ~。よく分からんけどアタイはもう大丈夫だって……。いや~目を覚まそうと思えばもっと早く起きられたと思うんだけどさ、なんか久しぶりに睡眠がとれそうだったからちょっと試しに寝て見たら、これが中々心地良くって――」

 

「ぐがが……この妹ちゃん、自分が死にかけていたって知らないの? 心地良いって、それはあの世に行きかけていたんでしょうが! そのまま昇天するところだっつーの!」

 

 なんだか想像していた妹と違う。

 双子のはずなのにお姉ちゃんとは似ても似つかない――いや、顔は似ているのだ。髪が短くてクセっ毛である事以外はそっくりなのだが、どうにも男っぽい。

 弟であると言われた方がしっくりくるのではないだろうか。

 

「ん? あれ? 腕が動く、腹の穴も塞がってる? えっ、なんで? ってここどこ? いやお前誰だ?」

 

「誰って……。もぅ、しょうがないなぁ。説明するからよく聞いてね」

 

 ヴァンパイアの姉は泣き続けていて役に立ちそうにないし、リグリットは相変わらず報告書作成に勤しんでいる。となると手の空いているパナが現状を説明するしかないのだが、ぷにっと萌えやタブラのように話し上手ではないので少しばかり緊張してしまう。

 

「えっとぉ、まずは自己紹介からかな? 私はパナ……じゃなくパナップだよ――この格好の時はねっ」

 

 大きな六枚の黒い羽をバサッと広げて、パナことパナップは右手を差し出した。

 傾きかけた太陽が夕日へと衣替えを行おうとする時刻、草原の中では堕天使とヴァンパイア、そして数百年を生きる老婆が集い、様々な情報の共有が行われる。

 その集いはとても小さく、世界の中では取るに足らない些事であったかもしれないが、話される内容は人類絶滅を示唆する凶事だ。とても理解できるモノではない。いや、理解したとしてもどうしろというのだ。世界を滅ぼせる化け物達を相手に何が出来るというのか? そんな事は漆黒の英雄や骸骨魔王様に任せれば良い。矮小なヴァンパイアや偵察特化の堕天使に出る幕は無いのだ。

 

「はへ~、死にかけている間にヤバイ奴と出遭ってたんだなぁ。……おっと姉ちゃんとアタイを助けてくれてあんがとね」

 

「まぁ、成り行きと言うかなんというか……ってなんだかお姉ちゃんと雰囲気が違うね。教育方針の違いとか?」

 

 ヴァンパイアの姉は礼節を含む上等な教育を受けたように感じるが、妹の方は普通のやんちゃな村娘のように感じる。男の子に交じって山野を駆け回っていたタイプだ。

 

「姉ちゃんは小さい時から頭が良かったからなぁ。(とう)ちゃんが貴族の屋敷に奉公させようとしてね、色々勉強三昧だったわけさ。アタイの役目は、そんな姉ちゃんにちょっかいを掛けてくる村の悪ガキどもを蹴散らす事。……けどさ、姉ちゃんは貴族に目をつけられて……無理やり結婚を――」

 

 妹が言うには、貴族の屋敷に働きに出るはずだった姉は、貴族の愛人として連れて行かれる羽目になったとの事。見せ掛けだけの婚姻儀式を村で行い、合法的に村娘を連れて行こうとする貴族がいた訳だ。もっとも貴族の中にはそんな手間を掛けずに一方的に連れ去る輩も居るのだが、結局のところ中身は同じ見初めた娘の確保である。

 両親も妹も抵抗したかった――出来る事なら。

 しかし村の安全を考えれば浅はかな行動を起こす訳にもいかない。娘一人の為に村全体が貴族に睨まれるなどあってはならないのだ。

 

「あぁでも、村は結局無くなっちゃったけどね~。ははっ、こんな事ならあの貴族野郎、一発ぶん殴っておくべきだったな~」

 

「物騒だねぇ。……ふむ、ふむむ~、妹さんは修行僧(モンク)かぁ。それで狂ったトレントともやり合ったんだね~。うん、中々強そうだ」

 

「――えっ? もんくってなに? 剣士とか魔法使いみたいなヤツ? ふ~ん、でもアタイは何も教わってないぞ。殴るのが得意ってだけだ」

 

 不思議そうな顔を見せるヴァンパイアの前で、パナップも不思議そうな顔を見せるしかない。

 そういえば姉の方も見よう見まねで魔法を使ったと言っていたし、そういうモノなんだろうか。ヴァンパイアとしての基礎能力向上故か、百年にも及ぶ年月の積み重ね故か、それとも生まれながらの才能というヤツか?

 平凡なパナップとしては少しばかり悲しくなってしまう。

 

「はぁ、まあイイか。……で、そろそろ教えてくれないかな~。お姉ちゃんも落ち着いたでしょ? 貴方達――名前は?」

 

 いい加減お姉ちゃんとか妹さんとかは面倒臭いので名前を聞きたかったのだ。と言うか、パナップとしても自己紹介したのだから名乗ってくれると今まで待っていたのだが、まったく意図を汲んでくれなかったのでシビレを切らしたという訳である。

 

「んっと名前か~、姉ちゃんどうする?」

 

「そうね、……あの、私達は名前を捨てたんです。村を襲った集団、えっとズーラーノーンでしたか? その人達の耳に入るかもしれませんから、結構昔に名無しになったんです」

 

「どうせ二人っきりだし、姉ちゃんは姉ちゃんだしな。別に不便はね~よ。ってずーらーなんとかって何だよ姉ちゃん」

 

 姉ちゃん姉ちゃんうるさい妹に一通り説明――リグリットから聞いた知識だが――を行い、パナップは「ふむ、どうしようかなぁ」と一人思い悩む。

 名無しのヴァンパイア姉妹をこれからどう扱うのか?

 リグリットは我関せずでパナップに丸投げ状態だが、パナップとしても異世界に放り出された身として困惑するばかりだ。己の事すら持て余していると言うのに、これ以上面倒事をしょい込むのは宜しくないだろう。

 

(はぁ~、この娘達と一緒に居たら、そのズーラーさんとやらに目を付けられるんじゃないの? 結構前の話だっていうけど、そこんとこ大丈夫なのかな~。でもまぁ、偽名使って顔を隠せば問題なさそうな気もするけど……)

 

 ちょっと森の調査をして、リグリットから知識を貰って、とっとと王都へ向かうはずだったのに。王都に着いたら『蒼の薔薇』に美味しい料理店へ連れて行ってもらう予定だったのに。どうしてこうなったのか……。

 パナップは自らの黒い羽を弄りながら、面倒事の対応と言えばあの人――と真っ先に思い出される骸骨魔王の事を懐かしみ、そして……焦がれていた。

 

(あ~ぁ、一人は嫌だな~)

「あのっ、ちょっと宜しいでしょうか?」

 

 パナップの瞑想と言うか妄想を断ち切るかのように、ヴァンパイアの姉は切り出した。

 

「お願いがあります! 私と妹に名を与えてくれませんか? そしてお傍に――旅の供として連れて行っては貰えませんか?!」

 

 ヴァンパイア姉妹の選択肢は少ない。

 トブの大森林へは帰れないし、このまま人の国を彷徨っていては昔のように討伐されるだけだ。出会った内の一人リグリットは敵意丸出しで、とても話を聞いてもらえそうにない。となると消去法ながら、頼りなさそうな――でも恐ろしい力を持つ――黒い羽が不気味な――だが村娘のようなパナップに頼るしかない訳だ。

 当人が聞けば膝から崩れ落ちて泣いてしまうであろう理由だが、命が掛かっているヴァンパイア姉妹にとっては是非も無い。使えるモノは親でも使えという事だ。

 

「う~ん、一緒にって……リグリットさーん、どう思います?」

 

「――好きにすれば良い。プレイヤーのお主なら充分制御できるじゃろう。って物書き中に話しかけるでない、あとちょっとなんじゃ」

 

「なんか適当だなぁ。んん~、あっそうだ! お姉ちゃんは読み書き出来る?」

 

「あ、はい。読み書き算術などは一通り学びました」

「はいはーい、アタイも読むだけなら出来るぞ~」

 

 姉妹の使い道という点でパナップには一つの閃きがあった。この異世界に於いて、自分に出来ない事をやってもらおうというのだ。

 その中でも一番困っているのが読み書きであろう。

 エ・レエブルでは『蒼の薔薇』に頼りっきりだったが、今後もそのままという訳にはいかない。いずれは自分で何とかしたいが、学ぶにしても協力者は必要不可欠だ。故にその協力者候補が自分から連れていって欲しいと言っているなら断る理由は無いだろう。

 

「よし、んじゃ決まりだね! 私は読み書き全然駄目だから助けてくれると嬉しいな」

 

 打算と利害が一致したような妙な関係の下、パナップとヴァンパイア姉妹は「これから宜しくお願いします」と笑顔で挨拶を交わしていた。ちなみに重要な事なので確認しておくが、姉はパナップに対して危機を救ってくれた恩人だと心底感謝しているし、妹の方も命を救ってくれた救世主だと心から恩を感じている。

 ただ、パナップの外見と言うか性格が頼りないので戸惑っているだけなのだ。せめて外見が漆黒の全身鎧(フルプレート)を纏った偉丈夫であったなら、二本のグレートソードを背負った剛腕の剣士であったなら、ヴァンパイア姉妹も何ら不安を持つ事無く従者になりたいと懇願したことだろう。

 見た目は重要――という事だ。

 

「それと名前はどうしようかなぁ?」

 

 真っ先にパナップの頭に浮かんだのはペロ先輩のヴァンパイアNPCだ。

 次に双子の闇妖精(ダークエルフ)

 そしてアインズ・ウール・ゴウンに所属していた女性プレイヤー三名の名前。勿論そのまま使うつもりは無いが、しばし複数の名前がパナップの脳裏を駆け巡る。

 

「妹さんは修行僧(モンク)だから、やまいこさんの名前をもじろうかな~。お姉ちゃんはシャルティアかマーレ……いや、餡ころさんかな~。うむむ……」

 

 真っ赤な夕日が一日の終りを告げようと西に傾く中、パナップのうなり声と、リグリットの筆を走らせる微かな音だけが流れる。

 

「よし、お姉ちゃんは『アン』、妹さんは『マイ』ね。……どう? 我ながらイイ感じだと思うんだけど」

 

 パナップは思わず――ギルド長に任せたらどうせ大福とかになるんだから、それよりはマシだよね! と言いそうになるがぐっと堪える。ネーミングセンスはあの人よりずっと優れているはずだ。絶対そうだ。

 

「はい、有難う御座います。私は今後、アンと名乗らせて頂きます」

「ほ~い、アタイはマイだね。うん、いいと思うよ。――んでさ、アタイ達は何て呼んだらイイのかな? パナップ様……とか?」

 

 問われてからパナップは少し考え、そして立ち上がって両手を回しながら「へん・しん」と特殊技術(スキル)を発動させた。

 夕日を背に全身を輝かせるパナップの姿はとても美しく、リグリットですら筆を止めてしまう。

 

「ふっふ~ん、私の事はパナって呼んでね。パナップは黒い羽を出している時だけの呼称にしてるから、人の姿の時はパナでお願いだよ」

 

「へ、へぇ~、世の中には色んな種族が居るって聞いていたけど、変身できるバードマンもいるんだなぁ。うん、スゲーや」

 

「ちがーう! バードマンじゃなくて堕天使! 肉体的には弱いけど、魔法抵抗力はバードマンより高いんだからね! ホント凄いんだからね!」

 

 ぷんぷん、と擬音が飛び出してきそうな怒り方のパナは、唖然としている姉妹を前に堕天使の素晴らしさを力説する。

 堕天使は天使系をある程度レベルアップさせてからでないと獲得できない種族であり、特別なアイテムもイベントで入手する必要があるので上級に認定されている種族なのだ。とは言え労力に見合わない種族特性しか持ってない為不人気であり、一番のアピールポイントが人間種に近い外見を得られるという事だけなので、ガチビルドの堕天使は少ないし居たとしても弱い。

 パナもその点は知っているが、重要なのは「堕天使アバターは侮られる」というプレイヤーの認識だ。そう――侮ってほしいのだ、無警戒であってほしいのだ。それこそが偵察特化パナップの重要な特性なのだ。

 

「イイですか? 私は偵察任務を主に受けていたの。だから一目見て警戒されるような存在じゃ駄目なのです! 『おやおやコイツ弱いんじゃね? 簡単にやっつけられるんじゃね?』って思わせる必要があるのですよ! 分かりましたか?」

 

「あ、……はい」

「ほ~、ふ~ん」

 

 生徒役のヴァンパイア姉妹はあんまり納得していないようだ。

 わざと弱く見せていると言われても、パナの言動や行動は見た目通りの頼りない田舎娘そのものなのだから……。後付けの理由なんだろうとこっそり思ってしまう。

 

「嬢ちゃん達や! お喋りはそのくらいにして儂の話を聞いてもらえんか?」

 

 パナが振り返ると、其処には数枚の羊皮紙を丸めて持ち、荷物を背にしたリグリットが居た。

 

「報告書は書き終わったからの、そろそろ出立しようと思う。パナ殿、この書類をエ・レエブルの冒険者ギルド長ロズメットに直接渡してくれ。その後は王都へ行き、蒼の薔薇と合流してもらいたい。良いかの?」

 

「ああ、うん。それは分かったけど報告書にはどんなこと書いたの?」

 

「安心せい、お主の不利になるようなことは書いておらん。むしろ儂に払うべき調査報酬をお主に渡すよう書き留めてある。そっちの姉妹に関してもヴァンパイアではなく保護した旅人と明記しておいた。あとはトブの大森林にて発生した脅威について対策をとるよう警告してある」

 

 ――対策なんて無理じゃろうがな、とリグリットは軽く笑い、手にした羊皮紙をパナへ渡す。

 

「報酬を貰えるのは嬉しいな~、私手持ちが全くないし、この子達にも服を買ってあげたいしね~。いつまでもローブ一枚じゃ変質者みたいだし……」

 

 にやにやしながらヴァンパイア姉妹を見つめるお前の方が変質者だろ! っと何処かのバードマンから突っ込みが入ったかどうかは知らないが、素足に素肌で黒ローブだけの現状は確かに問題であろう。

 パナの視線にもじもじするヴァンパイアの姉、アンの様子からしてもなんらかの対策が必要だ。――変な虫が寄ってくるから。

 

「ではさらばじゃ! 命が有ればまた会おう!」

 

 先を急ぐように、リグリットは下位アンデッド作成で骨の馬(ホース・オブ・ボーン)を創り出すと軽やかに跨った。そして勢い良く走り出し、鮮やかな夕焼けの中を一度も振り返る事無く、北へ北へと疾走するのであった。

 

「あ~そうかぁ、乗ってきた馬は森の入り口に置きっぱなしにしてきちゃったからな~。でも骨の馬っておしり痛くないのかな? 長時間乗るのは向いてなさそう」

 

「……パナさん、あの人はいったい?」

 

 アンからすれば、嵐のように過ぎ去っていった老婆の存在は擬念に堪えないモノだったろう。加えてヴァンパイアの妹、マイにとっては自己紹介もされていない不可思議な相手である。

 

「あの人は冒険者……いや元冒険者のリグリットさん。私もそんなに親しい訳じゃないから知らない事も多いけど、まぁイイ御婆ちゃんだよ。うん」

 

「なんか警戒されていたけど……。パナちゃんがそう言うなら別にイイけどさ」

 

「パナちゃんって……」

 

 十代半ばの女の子にちゃん付けで呼ばれるのは違和感を覚えるが、百年近くを生きるヴァンパイアなのだから、むしろパナの方がさん付けで呼ぶべきなのかもしれない。

 とは言え、今更態度を急変させるのも変なのでそのままとしよう。

 

「そんじゃ~、アン、マイ。私達も行こうか!」

 

「はい、宜しくお願いします」

「ほ~い」

 

 もうそろそろ日が落ちて辺りは真っ暗になるが、パナやヴァンパイアにとって特に障害とはならない。疲労とも無縁なので睡眠などをとる必要もない。

 ただヴァンパイア姉妹には不安があった。

 己の赤い瞳と牙だ。

 知識有る者が見れば一目でヴァンパイアである事が分かるだろう。エ・レエブルには冒険者ギルドがあるのだから必ずと言っていいほど露見するはずだ。

 門には衛兵も居る――だから何か対策が必要なのだが……。

 

「丁度いい仮面があるよ」

 

 パナは二つの仮面を空間から取出し――もちろん何もない空間から品物を取り出したパナの行為に、アンとマイが目を丸くするのは御愛嬌――姉妹へ渡した。

 それは涙が零れている装飾過多な仮面であり、なぜか背筋に寒気を感じてしまう不思議な品だ。呪われている訳でもないのに何故だろう?

 

「あはは、大丈夫だよ。ただの仮面だから」

 

 パナの言葉に嘘は無いのだろうが、ある種の呪いが掛かっているのは確かなような気もする――気の所為に過ぎないと思うが。

 

 パナとヴァンパイアの姉妹は軽く走りながら、道中で色んな話をした。

 パナからは別世界から転移してきた事を含めて、とても信じられないような話を――。

 姉妹からは昔住んでいた竜王国の話を――。

 そして唯一人生き残った己の父親が、何処かで新たな妻を持ち、子供を授かっていて欲しいと語った。

 父親の名はトーマス・カルネ。

 いつの日か父親の子供や孫、子孫達に出会えるかもしれないと有り得るはずもない希望を胸に秘め、不死のアンデッドとなった姉妹は――黒い羽を隠したパナという命の恩人に従い、新たな世界へと踏み出していった。

 





生き残った村人が、村の名を耳にして訪れてくれるだろうか?
その中に妻や娘が居てくれるだろうか?
国を跨いでいるから可能性は低いのかもしれないが……。
ただ――あの黒ローブの集団が私の名を知っていた場合は困ったことになる。
もしかすると、悲劇を再び起こすことになるのかもしれない。
だけど希望は捨てられない。

何時の日か……再び出会える日が来るのではないかと……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺戮-2

原作では悲惨な運命を辿る王国ではありますが、
本作では微かな希望の光が見えてきたかも……。

狂った黄金。
厨二の英雄。
お子様ヴァンプ。
童貞食い。
レズ&ショタ。
調停者気取りのトカゲと老婆。

そして……へたれ堕天使。

あ、ああ、うん……、よかったね、おうこくばんざい。



「ほんと何かあったんじゃないか、って心配したんだから……」

 

「はいはい、御免なさいね。でも私達の仕事は急変するのが当たり前なんだから仕方ないでしょ」

 

「う~、なんだか扱いが悪いような気がするわ。すっごく心配したのに~」

 

 頬を膨らませて可愛らしく怒る様も美しい、その女性はリ・エスティーゼ王国の第三王女ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。『黄金』の名を冠する史上稀にみる美女であり、高い知性をも兼ね備えた羨むべき存在である。

 そんな王女の正面に座っているのは親友のラキュースだ。

 普段とは違うドレス姿ではあるが、身に纏う美しさはより一層その実力を発揮しており、『黄金』にも負けず劣らず輝きを放っている。

 王女ラナーの隣に座っている――強引に座らされた――護衛のクライムからすれば、何度経験しても慣れない美女の競演であった。

 

「言ったでしょ、将来有望な冒険者と出会って色々面倒見ちゃったからだって――」

 

「パナさん……ね、でも貴方達『蒼の薔薇』が面倒を見るって何だか怪しいのよね~。……隠し事……してない?」

 

 アダマンタイト級冒険者が王女の依頼を一時中断してまで、丸一日以上予定を遅らせてまで関わろうとする相手。それはとても疑惑に満ちた相手だ。

 ラナーでなくとも詳しい話を聞きたいと思うだろう。英雄譚が好きなクライムも、優れた人物の話は聞いておきたいところである。

 

「ああぁ~んん~、だ、大丈夫よ、もうすぐ王都へ来るはずだから……。宮殿に直接連れてくるのは無理だろうけど、クライムが会いに行くことは出来るでしょうし――。聞きたい事があるならクライムに聞いてもらったら?」

 

「別に此処へ来ても構わないと思うけど……。ティナさんとかティアさんは普通に来ているじゃない。パナさんは女性なんでしょう? それなら『蒼の薔薇』の新しいメンバーとして連れてくれば大丈夫よ、ねっ」

 

 王城への出入りが認められているのはアダマンタイト級として顔が知られているからであり、十分な実績と信頼を勝ち得ているからなのだが、そこに新たなメンバーだからと言って見知らぬ人物が姿を見せても当然ながら認められるわけがない。

 と言うよりラキュース達でさえ眉を顰められ、歓迎されていないのが現状なのだから無理があるだろう。リーダーの身分が貴族であるからこその特別扱いなのだ。

 ラナーがその事に気付かない訳もないのだが、同性ですら魅了する美しくも可愛いニコニコ笑顔の王女様は――まったく気に掛けてもいない様子である。

 

「そんな事より本題に入りましょう。村の位置は特定できそうなの?」

 

「ええ、いくつか候補があるから、まずは現地へ出向いて確認して欲しいのだけど……。大丈夫?」

 

「今更何を言っているのよ。それはまぁ冒険者ギルドからは睨まれるだろうけど、此処で引き下がる訳にもいかないでしょ。さぁ、やるわよ!」

 

「……ありがとう、ラキュース」

 

 親友の心意気に感動し、瞳を潤ませる心優しき王女様。

 護衛として、主を慕う一人の男として――傍に仕えるクライムは、民の身を案じ友へ感謝を捧げる聖女のごとき主人の美しさに、全身全霊を掛けて御護りしようと固く誓うのであった。

 

 

 ◆

 

 

 何時も利用している宿屋の最上階――さらにその上の屋根に登り、耳に手を当てて頭の奥へ意識を向ける。

 イビルアイが受け取った伝言(メッセージ)は周囲を壁に覆われていたり、遠距離であったり、特殊な魔法に邪魔されていたりすると上手く繋がらない場合がある。そうなると聞き取りにくい不明瞭な情報を受け取る事になり、大事な決定を下す情報源としては些か問題がある――という訳だ。

 

「どうしたんだリグリット! 何があった?」

 

『すま――がパ――王都へ送――る事は叶わ――。トブの大森――題が発生し――じゃ!凶悪な魔――いや――が現れた! 難度は――を超えるじゃろ――のままでは人類が――亡する!』

 

「おい! 何を言っている? どうしたんだ?!」 

 

『儂は最――希望に会って――。お前た――王都で――ナと合流――危機に備――るんじゃ! 頼――ぞ!』

 

「おい、ばばぁ! …………くそっ、一方的に喋るだけ喋っていきやがって」

 

 屋根の上で憤るイビルアイは、仮面の奥でどんな表情をしていたのだろうか?

 言葉遣いは荒く偉そうな事この上ないが、体格が小さな女の子でしかないので、可愛らしい我儘を振りまいているようにしか見えない。

 そう――とても恐ろしいヴァンパイアであるとは思えない、本当に……。

 

「はぁ、こっちの伝言(メッセージ)は無視したくせに、自分の方は受け取って当たり前だとでも思っているのか? あのばばぁ、今度会ったら――」

 

「お~、イビルアイ。あの婆さん何だって? 問題発生か?」

 

 文句を言いながら一階の食事ができるスペースまで下りてきたイビルアイは、一番奥の丸テーブルを占拠している大柄な戦士に声を掛けられた。

 同じテーブルには、長い髪を青リボンで結んだ細身の女性が一人。他のメンバーは何処かへ出向いているようだ。

 

「何かトラブルがあったのは間違いなさそうだが、よく分からん。どうもパナの奴を王都まで送って来れないような……そんな事を言っていた感じなんだが」

 

「おいおい、マジかよ。アイツ王都まで来れんのか? 絶対問題起こすぜ」

 

「同意、私が迎えに行こうか?」

 

 イビルアイは仲間の言葉に「その通りだな」と同意し、続いて「必要ない」と否定する。

 

「パナも一応は冒険者になったんだ。迷子の子供扱いは止めるべきだろう。王都までの道のりぐらい自分で何とかしてもらわんとな」

 

「なんだ~? 先輩風ふかしてんなぁ。そんなナリで偉そうにしてると、またオッパイ揉まれるぞ」

「うんうん、今度は私にも揉ませろ」

 

「お前ら! 少し黙れ!」

 

 女が三人寄れば姦しいとは言うが、其れはアダマンタイト級であっても変わらないようだ。周囲の冒険者からも「またやってる」と生暖かい視線が送られている。とは言っても王都における最上級冒険者である事に変わりはないので、誰も侮るような真似はしない。

 ただ変人の集まりだと、何かに秀でる者にはやっぱりおかしな所が有るな――と思われているだけである。

 

「まぁんな事より、例の村は特定できそうなのか? リーダーはなんて?」

 

「ああ、昼には戻ってくるからその足ですぐ出発すると言っていたぞ」

 

「鬼ボス酷い、少しは休ませてほしい」

 

「しゃーねーなぁ。村自体は逃げねーけど俺達の動きは早晩気付かれるだろうから、必要な情報とかを隠匿される前に押さえねーとな。今の時点でも数日遅れているんだからよ」

 

 一番いい加減な事を言いそうなのにも拘らず、マトモな意見を吐いてくる大柄の戦士ガガーランに対し、イビルアイは「お、おう」としか言えなかった。

 たまに真面目になるから困る――仮面の子供と忍者娘の心情はそのようなモノであったのかもしれない。少し酔っている方がマシに見えてしまうのだから頭の痛いところだ。

 

「急ぐ必要があるのは分かっているさ。……それはそうとティナの奴は買い物でも行ったのか? ラキュースには付いて行かなかったんだろ?」

 

「うん、買い物は買い物。隠密看破のマジックアイテムがないか探しに行ってる」

 

「おいおい、パナ対策ってか? ありゃ~無理だと思うぜ。次元が違うだろ」

 

 ガガーランの脳裏には、初めて目にした瞬間の黒い羽が浮かんでくる。刺突戦鎚(ウォーピック)を振り回せば届きそうな目の前数メートル、そんな間近でも全く気配を感じ取れなかったのだ。売りに出されているようなマジックアイテムでどうにかなるとは思えない。

 

「いや待て、そうとは限らんぞ。隠密看破ではなく設置型トラップならどうだ?」

 

「なる~、パナは戦闘に慣れていない。そこに付け込む」

 

「初見の相手なら背後に回る癖があるからな。自分の後ろにトラップを設置しておけば……」

 

 ガガーランの言うように、どんなに速く動く相手でも静止する瞬間は必ずある。『蒼の薔薇』のような熟練した使い手になると、付け込まれ易い危険な瞬間を気取られないよう工夫するものであるが――パナは違う。

 圧倒的な実力の所為か、はたまた実戦経験が少ないのか、次の行動が非常に読みやすく、戦時における癖のようなものを看破する事が可能なのだ。

 だからこそトラップは有効かもしれない。

 

「いける……かもしれんな。トラップの効果がどこまで効くのか不安ではあるが……」

 

「大丈夫、闇渡りの時間さえ稼げれば背後を取って勝てる」

 

「なんだ~? 今度はティアが腕試しするつもりなのか? 止めとけ止めとけ、アダマンタイト級が(カッパー)級に負けたって噂になるぞ」

 

「む、私が負けると思ってる? ガガーランの冗談は笑えない」

 

 刃のように鋭くなった瞳を仲間に向け――頬を膨らませる忍者娘の姿は、本気で怒っているのかフリなのか分かり難い。

 もっとも仲間ならばこそ理解しているのであろう、ガガーランは酒の入ったカップを片手にニヤニヤ笑うだけだ。

 

「――あら? なんだか楽しそうね。何の話をしているの?」

 

「おっ、鬼ボスお帰り~」

「よぉ、姫さんとの打ち合わせは上手く行ったのか~?」

「帰ってきたかラキュース、……ちょっとパナの対策会議をしていてな。設置型トラップを使えば勝てそうだと言っていたんだが、お前はどう思う?」

 

 食事処兼宿屋である一階の正面扉を開けて入ってきたのは、ドレスではなく純白の鎧を着込んだ絶世の金髪美女ラキュースであった。軽く馴染みの冒険者へ挨拶を交わすと、真っ直ぐ仲間の居るテーブルへ向かい話題の中へ入る。

 

「パナさん対策って、どうして戦う前提なの? 同じ冒険者の仲間だっていうのに」

 

「ボスは甘い、仲間であると同時にライバル。強敵(とも)と書いてライバル」

 

「確かに商売敵ではあるよな。どうせアイツはアダマンタイト級まで上がってくるだろうし、依頼の取り合いになるかもしれんぜ」

 

「それ以前に強者に対する対策は必須だ。お前の叔父だって、リグリットだって昔言っていたじゃないか?」

 

 イビルアイの語る人物は現アダマンタイト級冒険者と、元アダマンタイト級冒険者だ。二人のアダマンタイト級から言われていた忠告を思い出してしまうと、ラキュースとしても反論し難い。

 

「うぅ、それは、そうかもしれないけど……。ってそれより出発よ出発! ラナーが候補の村を選び出してくれたから確認に行くわよ」

 

 形勢不利な会話を取りやめ、ラキュースは本来の話題へと切り替える。

 王女ラナーに麻薬を栽培しているであろう村々の位置を割り出してもらったのだ。今からその場所へ行って、実際に麻薬が栽培されているのか、守備兵の規模は、村民の数は、そして――壊滅させる為の手筈はどうするべきか等々、調査しなくてはならない。

 

「まだお昼前、お腹減った」

「人使いが荒いな~、俺達は今朝帰ってきたばっかりだぜぇ」

「まったく、正義の味方は大変だな」

 

「あっ、そ、そうね。私……ちょっと急ぎ過ぎたかもしれないわ。皆も疲れているでしょうし、確認だけなら私一人で――」

 

 貴族たるラキュースにとって王都の腐敗は我が事のようなものだ。出来得る限り膿を除去して、健全な王国を取り戻したいと思っている。だがその想いに『蒼の薔薇』の仲間達を巻き込むのは筋が違うと言えるだろう。

 王女から少なからず報酬が出るとは言え、アダマンタイト級に対する正当な価格かと言うとそうではない。半分ぐらいはラキュースの義憤によるところが大きいのだ。だからこそ仲間達に無理をさせる訳にはいかない。其れはリーダーとして絶対にしてはいけない自己中心的行為である。

 

「なぁ~に言ってんだ、このリーダーさんはよぉ。真面目か?」

「昼飯ぐらい移動中に食える。問題ない」

「ふん、ちょっとからかっただけだ。麻薬の撲滅を望んでいるのはお前だけではないんだぞ」

 

 お決まりのパターンとでも言うかのように、仲間達からは笑いが漏れる。

 そう――今までラキュースが暴走しそうになる度に、ガガーランやイビルアイが少しだけ文句を言ってブレーキを掛けていたのだ。もちろんからかうと面白い、という理由もあるだろうが……。

 まぁ、何にせよ『蒼の薔薇』は今日も平常運転という事である。

 

「もぉ~みんなして~。……ふふ、ありがとう、感謝してるわ」

 

 お互いに理解し信頼しているからこそ、スムーズに出立の準備へと取り掛かれるのだろう。と言うより、即座に動き出すだろうと予想してある程度整えていたのだから、ものの数分で全てが完了してしまう。まさに阿吽の呼吸というヤツだ。

 

「さてと……それじゃ~行くわよ! って言う前に一人足りないわね。ティナは何処? 部屋に居るの?」

 

「あ~忘れてた~、置いていくところだった~」

「演技下手くそかっ、リーダーの突っ込みを待っていたのがバレバレだろ」

「やれやれ、ティナなら市場へ行ったらしいぞ。私が呼びに行こう、お前達は馬の用意でもしておいてくれ。――正門で合流しよう」

 

「分かったわ」

 

 てけてけ、と駆けていくイビルアイを見送り、ラキュース達は荷物を背に動き出した。

 今回の任務は下調べではあるが、途中でどんな邪魔が入るかも分からない危険を伴うものでもある。今のところ『蒼の薔薇』が介入している証拠を残してはいないが、気付かれるのも時間の問題だろう。

 麻薬の栽培拠点たる村を特定すれば、次は撲滅作戦が開始される。そうなれば麻薬流通を担っている犯罪組織が本腰を入れてくるはずだ。戦闘は避けられない、人死にが発生する事態になるだろう。

 しかしそれでも退く訳にはいかない。

 親友のラナーの頼みだからとかそんな理由ではないのだ。ラキュース自身、王都を腐らせている麻薬に――犯罪組織に、激しい怒りを覚えているのだから……。

 

(これでパナさんが王都へ来て、私達に協力してくれるのなら何も言う事は無いけど……、少し都合が良過ぎるかしら?)

 

 ふと、出会った英雄の顔を思い出し、ラキュースは小さな希望に火を灯す。

 王国に於いて国の為に戦っている人員は少ない。国王ですら力を持つ貴族の顔色を窺い、勢力天秤を傾けないようその場しのぎの方策を打ち出しているだけだ。それがゆっくり国の寿命を削っているのだと、知っているにも拘らず……。

 

(今は一歩一歩、自分の成すべきことを成すしかないわ。大丈夫、私には信頼できる強い仲間がいるのだから――)

 

 未来は明るい――そう信じてラキュースは踏み出す。

 王国民を蝕む悪しき麻薬を撲滅する為に、甘い汁を吸って肥太る犯罪組織を壊滅させるために。

 

 丁度その頃、王都の正門では今にも倒れそうなほど疲労した早馬が、エ・ランテル近郊で起こった農村襲撃に関する第一報を運んできていた。

 その報告に何が書かれていたのかは分からない。情報は秘匿され、中身を知る者は王族貴族の一部のみと制限されてしまったのだ。

 帝国騎士によって引き起こされた損害とその正体。

 王国戦士たちの死傷者。

 戦士長の安否。

 天使を操る特殊部隊の消息。

 そして――謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 

 なんだか世界が動き出したような気配がする――何処か遠くで白銀の鎧を着込んだ騎士がそう呟いた。

 ただその者の兜の奥には、呟くような口も、世界を見定める瞳も無い。

 何も無い。

 にも拘らず、鎧の騎士は未来を憂うように遠くへ視線を飛ばす。その先にあるのはスレイン法国だ。

 人類の守護を気取り、亜人や異形種を狩り殺す宗教国家。人類を護る為なら人類すら殺す、異常とも思える信仰に縛られた危うい狂人達。

 世界の天秤が傾くとしたら間違いなくスレイン法国が関わっている事だろう――鎧の騎士はそう思わずにはいられない。だからこそ監視の目を強めているのだ。

 この世界に無いモノでこの世界を壊さないように……。

 この世界の原理を歪めて天秤を壊さないように……。

 

 鎧の騎士はふと、遠くから拠点に居る自分を呼ぶような――懐かしい誰かが伝言(メッセージ)でも使っているかのような――そんな気がしていた。

 




あっちこっちでキナ臭くなっていますが、
モモンガさんはハムスターと戯れております。
ほのぼのとした癒しの一時でありますなぁ。

……でも、よく考えればこの物語――。
エンリ、ネム、ンフィー、ニグン、漆黒の剣、カジット、クレマン等々。
誰一人として出てきませんね。
これでイイのだろうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺戮-3

街への潜入――お手のもの。
誤魔化し偽装も――なんのその。

実力発揮の元スパイ。
ところが今まで逃げただけ。
討伐数は未だゼロ。

これからどうなる冒険者。
目指すは魔王の討伐か?
はたまたゴリラと一騎打ち?

危険渦巻く異世界で、
頑張れ人外娘達!

未来は闇で満ちている!!




 エ・レエブルの北門では、王都から商売に来たと思わしき商人のキャラバンが通行審査を受けていた。

 パナ達三名はその後ろに並び、静かに順番を待つ。

 これがアダマンタイト級の冒険者であったなら、衛兵達に一声かけるだけで先に通してもらえるのだろうが、(カッパー)級ではどうしようもない。加えてパナの後ろに控える小柄な二人は、怪し過ぎる仮面で顔を隠しているのだから、通るどころか止められて当然の要注意人物だ。

 衛兵も――そんな恰好で門を通れると思っているのか、と訝しげな視線を送ってくる。

 

「さて次は……あ~、確か何日か前に出発した冒険者……と言いたいところだが人数がおかしいな」

 

「え~っと、リグリットさんの事? あの人なら用が有るからって途中で北の方へ行っちゃったよ。手紙をギルド長へ渡すように言われているけどね」

 

 にぱっ、と笑顔を咲かせて友好的な姿勢を見せるパナだが、衛兵が気にしていたのは仮面の二人だろう。

 仮面で、裸足で、黒ローブ――怪しい事この上ない。

 

「おっほん! 後ろの二人は冒険者じゃないようだが、……仮面を取ってもらえるかな」

 

「はいは~い、アン、マイ。顔を見せてあげて」

 

「はい、パナさん」

「ほ~い」

 

 本来なら見せられないはずだ。

 赤い瞳に鋭い牙、暖かな血が流れていない白い肌。街の衛兵ならば一目でヴァンパイアと見抜くだろう。とても爽やかな笑顔で顔を晒す様に促せる状況ではないはずだが……。

 

「おお、これはこれは……綺麗な御嬢さん方だな。姉妹なのかな?」

 

「んふふ、そうだよ~美人の双子姉妹だよ~。衛兵さんもナンパしちゃ駄目だからね。変な噂を撒くのも勘弁だよ。こんな仮面までつけて虫除けしてるんだからね~」

 

 何故か自慢げに振る舞うパナが紹介したのは、人間にしか見えない姉妹であった。

 栗色のサラサラセミロングが美しい――恥ずかしそうに俯く姉アンと、同じ栗色のクセッ毛ショートで元気にVサインをしてくる妹のマイ。

 どちらも田舎から出てきた村娘とは比較にならない美しさだ。無論、どこからどう見てもヴァンパイアではない。

 

「虫除けって、まぁ変な男は寄ってこないと思うが、もうちょっとマシなのあっただろうに。第一、そんな恰好じゃ国禁の奴隷を連れているように見えるぞ。……それで、行先は冒険者ギルドでいいのか?」

 

「そうだよ、ギルド長のロズメットさんに調査結果の報告をしに行くの。この子達は依頼途中で保護した一般の子だから、その処遇についても相談するつもりだよ」

 

「相談ねぇ、まっ何かあったら衛士詰所に来るといい。力になるぞ」

 

「ありがと~」

 

 姉妹が美人だからか、それとも普段から親切なのか? パナには分からなかったが、とりあえずにこやかに手を振ってその場を通り過ぎた。

 

「ふ~、あんまり持続時間が長くない特殊技術(スキル)だから冷や汗かくなぁ。っとアンもマイも仮面被ってね。『偽装』が解けちゃう」

 

「は、はい。分かりました」

「ふぉ~い、久しぶりに人間に戻れたからしばらくこのままで居たいけどな~、仕方ね~なぁ」

 

 マイは懐かしそうに自分の顔を触るが、其処に牙が無い訳ではない。ただ外から見ると人間の顔に見えるよう偽装されているだけだ。

 パナの特殊技術(スキル)『偽装』は、嘘の名称を用いる『詐称』に似た、アバターの外見及びステータスを誤魔化す能力だ。故にもちろんヴァンパイアの外見を人間のように見せ掛ける事は出来るが、所詮は誤魔化しに過ぎない。

 能力に変化は無いし、持続時間も微妙に短い。ユグドラシル時代は、相手に間違った情報を与えることで戦闘を有利に進める事が可能――と謳っていたが、簡単に看破されるのであまり意味を成さなかった。

 所詮は低レベル時代にしか力を発揮できない残念特殊技術(スキル)である。

 

「『詐称』は凄く長持ちで看破され難いけど文字と数値しか誤魔化せないし、『変身』は絶対バレない人間に出来るけど自分自身にしか効果無いし……。うむむ、残念」

 

 エ・レエブルまでの道中いろいろ試してみたが、ユグドラシル時代と同じように『変身』を他者へ掛ける事は出来なかった。

 異世界に来てもユグドラシルの法則が適用されるのは疑問でしかなかったが、位階魔法や特殊技術(スキル)が使用出来ている時点で同じ原理原則の世界という事なのだろう。ぷにっと萌えが居れば更なる深みまで研究できたかもしれないが、堕天使の頭では原理の扉を開ける前に脱落必至だ。

 専門外の事に手を出すべきではない。ユグドラシルでも――異世界でも。

 

「さぁ~て、こっちだよ。さっさと冒険者ギルドに行って用事を済ませちゃおう!」

 

 先輩面のパナは二人の仮面ヴァンパイアを連れて街の中を歩き進んだ。

 この時パナは何の索敵も行わず、周囲の声も聞いていなかったが、ほんの少し耳を澄ませていればよろしくない囁きが聞こえていた事だろう。

 (カッパー)のプレートを持った冒険者が、仮面で顔を隠された裸足の奴隷を連れていると……。

 人身売買が違法になったとは言え、何かしらの脱法行為で奴隷を入手したのだろうと……。

 衛兵のように依頼途中で保護した一般人であることを理解していれば、そんな誤解は生まれなかっただろうが、平穏な暮らしをしている街の住人にとっては少々刺激が強かったのかもしれない。

 せめて靴ぐらい履いていれば印象も違っただろうに……。

 

 冒険者ギルドでは、あからさまに「なんだコイツ」みたいな表情を受付嬢にされてしまい、パナはちょっぴりへこんでいた。

 原因は間違いなくあの仮面だとは思うが、やっぱり呪われているのだろうか? モモンガに付き添ってクリスマスは必ずログインしていたのだから、仮面を受け取ってしまうのは当然だし、そんな毎年恒例の行事だったのだから仮面はまだ複数枚持っている。

 でも女なんだから関係ないはずだ、絶対そうだ!

 パナは心の中でモモンガに仮面を投げつけると、大人しくギルド長が来るのを待つのであった。

 

「お待たせしました~、お早い御帰りで……。おや、リグリットさんはどうされたのですか? まさか……」

 

「ち、違いますよ! あの人はピンピンしてますよ。リグリットさんは重要な用事で向かわなければならない所が有ったんです。それで……この手紙を預かってきました」

 

 二階の広い部屋で待っていたパナは、顔を見せたギルド長に複数枚の羊皮紙を渡す。

 自分が説明するよりリグリットの報告書を見せた方が簡単だと判断したのだ。パナが口を開けは「プレイヤー」だの「ユグドラシル」だの「ヴァンパイア」だのと口を滑らせかねない。

 もっともギルド長の関心は、パナの後ろに控える二人の仮面に向けられているようだが……。

 

「――はぁ?! 人類の危機? まっ、まさかトブの大森林にそんな化け物がっ、何という事だ! こ、こんな事信じられる訳が――」

 

 読み進めていくほどに顔色が変わっているギルド長の有様は、見る分には滑稽だったかもしれないが、当人にとっては最悪の気分であっただろう。

 トブの大森林で厄介事が起こったのは仕方ない、と思っていた。

 ある程度の予算を付けて討伐依頼を出すしかない、とも覚悟していた。

 エ・レエブルの副領主――領主は王都に出向いていて不在――に相談する事になるだろうとため息をつく事態のはずだった。

 しかし、しかしだ。

 手にした羊皮紙に書かれていた内容は、全ての予想を吹っ飛ばす人類への最終通告であったのだ。

 元アダマンタイト級冒険者のリグリットが書いたのでなければ、そのままゴミ箱行きの妄想であっただろう。しかし、現実にリグリットの必死さが文字から透けて見える。これは間違いなく、真実を叫んでいるに違いない。

 

「馬鹿な、こんな馬鹿な! どうしろと言うのだっ! アダマンタイト級でも勝てない化け物だと?! くそっ、街の住人を避難させるか? いや何処へ行けばいいと言うのだ! ああ、私では対応できん! 副領主様に相談しなければ……、その後直ぐに王都へ危機を伝えねばならん! ……下手をするとパニックになる。情報を規制しなければ!」

 

 其処に居たのは細目の優しそうなギルド長ではなかった。目を限界まで見開き、肩を震わせ、大声を張り上げる。

 キョトンとしているパナとは対照的だ。

 

「あの~、大丈夫ですか? 顔真っ赤ですよ」

 

「う……あぁ、……ふぅ、君は確か、パナさん――だったかな? 少し聞きたいのですが、トブの大森林に現れたという巨大な狼を……君は見たのでしょうか?」

 

「はい、もちろん。すっごく強い魔獣でしたよ。今、私がこの場に居るのが不思議なくらいです。もう二度と遭いたくないですね」

 

 笑顔で答えるパナの様子は、言動と合っていなくて気持ち悪い。まるで自分一人なら何の問題もなかったと言わんばかりだ。

 ギルド長としては、目の前の田舎娘が人間に見えなくて嫌な汗が流れる。

 

「そ、そうですか。……え~、今回の調査は御苦労様でした。報告書に書かれていた通り、全ての報酬をお渡しします。それと……、保護したと言う姉妹についてですが……」

 

 ギルド長は改めて仮面の二人を見つめる。

 一人は不慣れな場所で萎縮しているように見えるが、もう一人は珍しい場所に来れたと言わんばかりにウズウズしているようだ。

 背丈からして十代半ばの少女かと思えるが、黒いローブと仮面の異様さから――とても保護された一般人には見えない。

 

「この子たちは私が面倒見るよ。と言っても読み書き出来ない私の面倒を見てもらうようなものだから、どっちが保護しているのか訳分かんないけどね。あはは」

 

「初めまして、私はアンと言います」

「ども~、アタイはマイ。宜しくで~す」

 

 パナに促されて仮面を外し、挨拶を行う姉妹の様子から、ギルド長は面倒事にはならないだろうと判断していた。と言うより、今は余計な面倒を抱えている余裕はない。

 今すぐに副領主の下へ赴き、今後の対策を立てねばならないのだ。

 

「それとロズメットさん、この二人は冒険者に登録しますけど別に構わないですよね」

 

「えっ、冒険者登録ですか? それは……自己責任の職業ですから問題ありませんが……。そんなに幼いお嬢さんでは、とても務まらないのではありませんか?」

 

 冒険者の門は誰にでも開け放たれてはいるが、当然ながら拒否される場合もある。幼い子供や病人、年配の老人などだ。

 もちろん外見に縛られない強者は何処にでも居るのだから――リグリットが良い例だろう――拒否される事例は滅多に発生しない。

 

「大丈夫だよ、この子たちは結構強いんだから! ホント凄いんだからね!」

 

「あ、はい。そうですか……」

 

 別の案件が気になっていたギルド長としては、姉妹の行く末などどうでもイイ。面倒を見ると言っている(カッパー)級冒険者が問題無いと断言するなら、別に気にするまでもないだろう。

 新米冒険者は毎日のように生まれ、消えていくのだから。

 

「では此方が報酬です。今回は有難うございました。それと……、調査の内容は他言無用でお願いしますよ。――ではっ」

 

 話を切り上げたギルド長は、まるで一陣の風であるかのように部屋を出て行った。余程急ぎの仕事があるのだろう。組織の長というものは何処に於いても大変であるようだ。

 

「あらら、行っちゃった。まぁ、近くに神獣フェンリルが居るなんて聞かされたら、荷物纏めて逃げるよね~普通は。私だってもう二度とトブの大森林へは行きたくないよ、うん」

 

「フェンリル……私も思い出すだけで全身に寒気が走ります。ドラゴンに睨まれた小鬼(ゴブリン)とはあんな感じなのでしょうね」

 

「あ~ぁ、アタイも見たかったな~。神獣なんて、そう滅多に見る機会は無いだろーし」

 

 実際出会ったら軽口なんか叩けないっつーの! ――そんな抗議の視線をマイに放ちつつ、パナはヴァンパイア姉妹を連れて部屋を後にした。

 神獣の存在は確かに気になるものの、あの遭遇から今まで何の気配も無い。だとすると森の外へ出てくるつもりは無いのだろう。少しばかり期待を含んではいるが、現状はそのように判断するしかない。

 それより今は自分達の事を優先させるべきだ。

 初めて貰ったこの世界の金銭。冒険の初報酬。お買い物ができる魔法の硬貨! ――実際に魔法が掛かっている訳では無いのであしからず。

 

(さてさて、なに買おうかなぁ~)

 

 買い物はいつの世でも楽しいものだが、今回はヴァンパイア姉妹への衣料品購入が最優先であろう。いつまでも裸にローブ一枚と言うのは変態染みていて可哀そうだ。何処ぞのペロロンチーノじゃあるまいし、そんな趣味嗜好はドブに捨てるべきである。

 

「まずは下着に服、それに靴だね。その後は長旅に必要なモノを揃えようか? と言っても私って旅に詳しい訳じゃないんだけどね」

 

「でしたら冒険者ギルドの受付で聞いてみたらどうでしょう? ギルドというところは初心者に色々教えてくれるのではありませんか?」

 

「おお~、アンちゃん冴えてるぅ。一緒に居てくれて助かるわ~」

 

「うんうん、姉ちゃんは賢いからな~」

 

 自分の事のように姉を自慢する妹は置いといて、アンの言うように――旅に必要な物品の確保を相談するならギルドの窓口で問題は無いだろう。パナとしても分からない事は聞けばいいのだと目から鱗のような想いである。第一パナは旅なんてした事は無いし、今までの野宿も殆どリグリット任せだった。その前は『蒼の薔薇』におんぶに抱っこ状態。

 先ず何を行うべきなのか? 自分が何を分かっていないのかすらも分からない。そんなパナにとっては一緒に旅をしてくれるだけで有難いものだ。無論、精神的にも……。

 

「んじゃ~、一階の受付嬢さんに聞いて――」

「ひぃ! なんで? なんでソイツが此処に居るんだ!!」

 

 下りようとしていた階段の先、其処に一人の傭兵らしき男がいた。

 顔面は蒼白、なのに酷い汗だ。手足に震えが見え、目線はパナの後ろ――ヴァンパイアの姉アンへと向いている。

 

「その髪とローブ! 間違いねぇテメェはあの時のヴァンパイア! 仮面で顔を隠しても無駄だぞ! 仲間を殺した化け物の姿を忘れる訳がねぇ!」

 

 口から泡を噴き出しそうなほど興奮して叫び狂う男の首には、白金(プラチナ)のプレートが舞っていた。と同時に、男の手が腰の剣へと伸びる。

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

 いきなりの出来事に周囲に居た冒険者は目を見開くしかない。すぐ傍に居た受付嬢も叫ぶどころではなく、恐怖でその場にへたり込んでしまう。

 

「仲間の敵だ! くたばりやがれ!!」

「ちょ、ちょっと待っ――」

「ざけんなこのボケ!!」

 

 問答無用で斬りかかるのが冒険者として当然の行為――と聞いてはいたが、街中で、冒険者ギルドの建物の中でいきなり攻撃してくるとは! ――パナの頭の中はそのようなモノであっただろう。とっさに――突き出された剣の先を摘まんでみたが、それ以上は何も考えていなかった。

 しかし身体ごと割り込んできたマイは、姉への殺意に対し、己の拳をどてっ腹にぶち込むことで答える。

 

「――ぶごっ!」

「姉ちゃんに近寄んじゃねー!! 次は穴を開けるぞ!」

 

 一応手加減したのか――本当なら腹に大穴を開けたまま階段から吹っ飛び、一階の床にバウンドした後、壁面へ頭ごと突っ込んで即死していただろうに……。傭兵らしき男はその場で崩れ落ち、そのままズルズルと階段を滑り落ちていった。

 パナの手に、抜き放ったままの剣を残して……。

 

「え~っと、ん~っと、しょうがないなぁ。アン、マイ、仮面を取って皆に顔を見せてあげて」

 

「あ、はい。分かりました」

「はいよ、ほら」

 

 意識が飛んで倒れ込んでいる男を尻目に、パナはヴァンパイア姉妹の偽装顔を周囲に見せた。

 ほらっ、人間でしょう、綺麗な子たちでしょ、ヴァンパイアなんかじゃないでしょう、この人何を言っているんでしょうね、怖いですぅ――と必死にアピールした後、パナは手にしたブロードソードの先端をへし折った。

 

「あの~、今のって私達悪くないですよね。――ですよね!」

「そそ、そうですね」

 

 床に落ちる破片を見て、受付嬢は自分の頭がそうなる前に了承の意思を示した。と言うか了承せざるを得なかったのだ。完全なる脅迫、殺意ある威圧、首を縦に振る以外の選択肢なんて何処にも無い。

 

 パナはにっこり微笑みながら、冒険者ギルドの職員によって運ばれていく襲撃者を見送っていた。街中で剣を抜き、罪無き女性に斬りかかったのだから、エ・レエブルの牢獄へ叩き込まれるのは間違いないだろう。ただ、なぜそのような凶行に走ったのかまでは分からないのだが……。

 

「アンちゃん、なんで襲われたか分かる? 知っている人?」

 

「たぶんですけど、森で襲ってきた冒険者の方ではないかと……。あの時は混乱していて、逃げた人が居るかどうかなんて確認もしていなかったのですけど」

 

「うん? 姉ちゃんに襲い掛かったって言う冒険者(くそやろう)の事? だったら手加減しないでぶっ殺しとくべきだったなぁ」

 

 物騒な返事を耳にしてパナも「そういえば……」と思い出すものの、今の今まですっかり忘れていたのだからそれほど重要な事でもないだろう。

 ヴァンパイア姉妹の素性を誤魔化せたのだから別に気にする事もあるまい。

 

「ああ、受付嬢さん。この子たちの冒険者登録をお願いしますね。こっちのお姉ちゃんがアン、そっちの妹ちゃんがマイだよ」

 

「登録……ですか?」

 

「ギルド長には話を通してあるから大丈夫だよ。さっきの見てたでしょ? この子達強いんだから」

 

 見た目の幼さに難色を示されるのはギルド長同様だが、実際に強さを見せているので話は早い。

 パナは『蒼の薔薇』にしてもらった時のように、ヴァンパイア姉妹を冒険者へと登録する。無論、字が書けなかったので――丸ごと全てお姉ちゃん任せになったが。

 

「あの、チーム名はどうされます?」

 

「んん? チーム名? う~ん、それは考えてなかったな~。どうしよう……」

 

 パナの頭に浮かんだ名称はもちろん『アインズ・ウール・ゴウン』であった。しかし使える訳がない。そんな資格は無いし、実力も、権限も無い。其の名を使うには、四十人の特別な許可が必要なのだ。という事はつまり、現状で使用できる者は一人も居ないのである。

 故にもし、この世界で大切なギルド名を使っている者が居たなら、それは虎の威を借る狐に間違いないだろう。強力で有名なアインズ・ウール・ゴウンの名を借りて、他のプレイヤーを威圧したいに違いない。

 パナとしては面白くない話だ。

 

「そんな奴が居たらこっそり忍び寄って暗殺してやろうか……、ってそんな事より私達のチーム名をどうするかだけど……、うむむ」

 

「あ、あの、チーム名に色を入れる方もいらっしゃいますよ。赤だったり青だったり……」

 

 受付嬢のフォローに、パナは自分の髪と姉妹の髪を見比べる。

 

「黒と栗色って、どうすればいいんだろ? んむむ~」

 

「でしたら、プレートが出来上がる明日まで考えてみては如何でしょう。明日受け取りに来られた時、受付で伝えて頂ければ登録できますよ。……プレートへの追加刻印に多少の時間はかかりますけど」

 

「うん、そうだね。ちょっと考えてみるよ」

 

 特に重要な事でもないし、時間があるときにでも考えればいいだろう――そんな事より買い物だ。『蒼の薔薇』に連れて行ってもらった街見物に於いては無一文であった為、店の前を通り過ぎる事しかできなかったが……今は違う。懐は温かいし金貨まである。

 目星を付けていた商店へ、いざ突撃である。

 

「アン、マイ! 好きなもの買ってあげるからね! もう素足の裸ローブなんて痴女っぽい恰好からはオサラバだよ!」

 

「ち、痴女は酷いです」

「好きでこんな格好してたんじゃねーよ」

 

 仮面の姉妹からは抗議の声が飛んでくるものの、ローブ一枚の恰好から卒業できることに関しては歓迎の姿勢だ。ヴァンパイアになって百年は経っている人外ではあるが、やはり元は村育ちの女の子。今時の街中ファッションを想像してか、仕草や表情に明るさが滲み出ていた――仮面で見えないから一部想像だが。

 

「よーし、買って買って買いまくるぞー!」

「「おぉー!」」

 

 何かに飢えていたようなパナは、仮面の姉妹を引き連れて冒険者ギルドを後にした。そんな姿を見送っていた受付嬢と近くに居た冒険者達は、ただ茫然とお互いの顔を見合わせて――今の娘達はなんなんだ? と答えのない疑問を呟く。

 一人は分かる。

 先日アダマンタイト級の推薦を受けて冒険者になった新米で、(アイアン)級から(ゴールド)級までの冒険者を叩きのめした田舎娘であろう。

 だが一緒に居た二人の仮面娘は何者なんだ? 突然白金(プラチナ)級冒険者に因縁を付けられ――たかと思えば返り討ち。仮面を外せば幼い少女で――しかも美しい。短い髪の方は少年のような喋り方ではあったが、それでも街中では目立つ美麗さであろう。

 だからこそ仮面を被っているのかもしれない。……却って目立っているようにも思うけど。

 

 パナと仮面姉妹は行く先々で疑惑と戸惑いの視線を向けられるが、特に気にする様子も無く買い物を楽しんだようだ。

 だけど――後になって長旅に必要な物品の購入を忘れていた事に気付き、慌てて冒険者ギルドへ戻って問い合わせをしたらしい。もちろん軽くなった革袋に残る銅貨では、まったくもって足りなかったそうだが……。

 こんな調子で大丈夫なのか? ――何処かの大墳墓からは、骸骨魔王様のため息が聞こえてきそうである。

 




おっ買い物♪
おっ買い物♪

異世界でも買い物は楽しいはずですよね!
しかも冒険の初報酬で購入するのですからね!

やっぱり食事とショッピングは異世界だろうと至高なのです!

とは言え、お金は計画的に使いましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺戮-4

ちょこっと顔を見せただけで有名になるフェン。
強くて賢くてカッコイイのに、原作では出番が少なくて可哀そう。
森から出て来て暴れたら国の一つや二つ潰せるのにね~。

まぁ、そんな事したら竜王が黙っていないだろうけど……。
もし竜王とやり合ったらフェンは勝てるのだろうか?
ツアーは無理かも?
でも他の竜王なら勝てそうな気が……。

う~ん、どっちにしろフェンがピンチになったら凄いのがやって来るから、気にするだけ無駄かもね。



 エ・レエブルで発生した問題は一つの都市で解決できるものではない。人類を滅ぼせる神獣の出現に対して、王国の一都市に過ぎないエ・レエブルに何ができると言うのだろうか? いち早く情報を掴んだ冒険者ギルド長と、不在の領主に代わって責任者の立場にある副領主が不吉な顔を突き合わせても、解決策が浮かぶ訳は無いのだ。

 

「まず王都の冒険者ギルド長へ繋ぎを取り、其処から領主レエブン侯、そして国王様へ伝えて頂くしかありませんな」

 

「直接レエブン侯へ使いを出した方が早いのでは?」

 

「いえ、今の王都は情報戦争の只中と聞いております。レエブン侯からも重要な情報ほど、周囲に知られるような直接の接触は避けるよう厳命されているのです。それに王都のギルド長はレエブン侯の護衛である元オリハルコン級冒険者と逐次連絡を取り合っていますので、今回のような件では都合が良いかと……」

 

 領主であるレエブン侯より年配の副領主は、深い皺を更に深く刻み、冒険者ギルド長の疑問に答える。王都の内情に関しては副領主としても面倒な事この上ないと思っているのだが、レエブン侯の立場は日によって変化する為、足を引っ張るような行為をする訳にはいかないのだ。

 

「では直ぐに早馬を出すとしましょう。それと、トブの大森林は立入禁止と言うことで宜しいですな」

 

「それはそうですが……、信じられないほどの大魔獣が現れたという件は伏せておいたほうがよろしいでしょう。公表すればパニックが起きて街の機能が停止しかねない。森に近い農村民には悪いと思うのですが……」

 

「それは万が一の時、撒き餌となってエ・レエブルの住人が逃げ切れるだけの時間を稼いでもらいたい――と、そういう事ですか?」

 

 ギルド長は副領主を責めている訳では無い。ただの確認に過ぎないのだが、どことなく決断したのは貴方であり私ではない――と言っているようにも感じる。

 その行為は無意識の内に有る防衛本能のようなものであろうか? 誰だって見殺しの汚名は被りたくない。

 

「もちろんトブの大森林を監視し、狼煙や早馬の手配も整えます。避難計画に関してもすぐさま整えるつもりです。私だって王国民を見捨てるつもりはありませんからな」

 

 余人を排し、ギルド長との密談を行っていた副領主は、突然持ち込まれた危険すぎる案件に混乱しながらも――自分に出来る事は成し遂げようと心に誓う。

 ギルド長が集めた情報を羊皮紙にしたため、元アダマンタイト級冒険者の報告書と一緒に筒へしまう。その上でしっかりと蝋で封印し、領地の重要案件にしか用いない印を押す。

 これを王都の冒険者ギルド長へ直接渡せば、どれ程深刻な事態が巻き起こっているか理解してもらえるだろう。そしてすぐさまアダマンタイト級を呼び集め、エ・レエブルへやって来てくれることだろう。国王や貴族にも情報が回れば、多くの兵士が派遣されるかもしれない。戦士長だって駆けつけてくれるだろう。

 まだまだ希望はある。

 元アダマンタイト級で調査に赴いてくれた人物も、別の対策を模索してくれるとの事だ。期待し過ぎるのは良くないかもしれないが、少なくとも悪い話じゃない。

 

「よし、まずはこの情報を送り届けんといかんな」

 

「その通りです。……で、早馬の手配は?」

 

「私の甥が居る。腕も立つから問題は無かろう。さて――」

 

 副領主の指示により十代後半の青年が呼ばれ、最高機密で満たされた通信筒が渡された。

――王都の冒険者ギルド長に直接手渡すべしという命令と共に。

 

 

 エ・レエブルの商店で人外三人娘が買い物に精を出していた頃、北門から二頭の馬と一人の兵士が王都へ向かって飛び出していた。

 王都までの街道は比較的安全で、野党やモンスターが出たという話は此処最近聞いた事が無い。よって予備の馬に乗り換えながら休憩も睡眠も無しに突き進めば、驚くべき速さで王都の門まで辿り着けるだろう。

 エ・レエブルの紋章を見せれば検査の列に並ぶ必要も無い。

 冒険者ギルドの本部は直ぐ其処だ。

 問題は何もない――はずだった……。

 

 

 

「――ヒルマ様、少し宜しいでしょうか?」

 

 王都に存在する豪華な屋敷のとある一室で、執事風の恰好をした厳つい中年男性が、自らの主に声を掛けていた。

 

「どうかしたの? 会合まではまだ時間があると思ったけど……」

 

 手にしていた羊皮紙から視線を外し、部下からの声に答えたその者は、胸元と蛇の刺青を露わにした色気のある白い女性であった。年齢からすると肌を見せる衣装が似合わなくなりそうな頃合いかと思われるかもしれないが、その女性――王都の犯罪者集団八本指麻薬取引部門長ヒルマ・シュグネウス――の全身からは男を惑わすオーラが放たれ、まだまだ現役であることを仄めかしている。

 

「はっ、先程一人の男が訪ねてまいりまして……、なんでも王国上層部に伝えるべき重要情報を持ってきたとの事です。念の為確認しましたが、本物のエ・レエブル印章で封がされた通信筒を所持しておりました。――如何致しましょう?」

 

「ふ~ん、何だか面白そうじゃない。いいわ、連れて来てちょうだい」

 

 ヒルマは暇つぶしの余興とでも思ったのだろう。王都の裏を仕切る自分達に取り入ろうと、新参者が土産を持ってくるのはよくある話だ。そしてほとんどの土産がクズである事もよくある話なのである。

 

「あ、あのっ、この度は拝謁賜りまして誠に有難う御座います! 私はエ・レエブルの――」

「あぁイイわ、貴方の事より情報が先よ。何を持ってきたって言うの?」

 

 ヒルマは面倒臭そうに青年の挨拶を遮ると、本題へ入るよう促した。

 

「は、はい! エ・レエブルの副領主様と冒険者ギルド長が連名で書き記した緊急通信で御座います。王都の冒険者ギルド長へ直接手渡すよう厳命されたモノであります!」

 

 緊張の言葉と共に差し出された筒は無駄に豪華であり、蝋により封印が成されたものであった。印章の格からすると、一般人が勝手に開けた場合処刑されるレベルであろう。

 とは言え、ヒルマは部下が手元まで運んできた通信筒を無造作に引き開ける。

 

「何が書いてあるのかしらねぇ。……んん、……はぁ? トブの大森林に化け物? 人類の危機? なによこれ? 吟遊詩人にネタでも提供するつもり? 手が込んでいる冗談ね~」

 

「い、いえ、そんなっ。トブの大森林で問題が発生したのは事実かと思われます。森で白金(プラチナ)級冒険者チームが壊滅したのは確かで御座います。う、噂では元アダマンタイト級の老人が調査に赴いたとか――」

 

「あ~はいはい、分かったわよ。それで……、貴方はこの情報と引き換えに何を求めるの? お金? それとも……」

 

 暇つぶしは終わり、とでも言うかのようにヒルマは話を切り上げようとする。期待していたほどの――いや、期待などしていなかったが思った以上につまらない内容だったという事なのだろう。

 

「はい、あの、出来れば少し『黒粉』を分けてもらえないかと……思いまして……その」

 

「ふ~ん、そっちなのねぇ。まぁいいわ、下で受け取りなさい。――っとその前に一つイイかしら?」

 

「は、はい、何でもお聞き下さい」

 

 報酬を貰えると聞いて青年はホッとしたのだろう、口調が少しだけ軽い。王都に急ぎの使者として送り出され、其の途中で「この情報は売れる」と思いつき、心震わせながらも此の場へと赴いたのだ。前から手を出していた麻薬が何故かエ・レエブルで入手し辛くなった為、この機会を逃すまいと奮起した結果である。

 

「えっとぉ、この通信筒以外に何か連絡事項の手紙でも有ったのかしら? そんな記載があったけど……そっちは?」

 

「えっ、はい、手紙の方はエ・レエブルから王都へ移籍する冒険者の情報が書いてあっただけです。低級ばかりの名簿でしたし、通常の連絡事項だったので王都の冒険者ギルド長へ渡してしまいましたが……」

 

 少し不安そうな声を出す青年であったが、ヒルマは特に興味があった訳でもなさそうだ。「あっそう」と素っ気ない態度で手を振り、青年に下がるよう促す。

 

「し、失礼します」

 

 急いで帰って行く若い男の後ろ姿を見つめ、ヒルマはため息を漏らす。無駄な時間を過ごしたとでも言いたいのであろうか。

 

「宜しいのですか?」

 

 部下の一人から不穏な言葉が漏れる。もちろん、あの男を殺さなくても宜しいのでしょうか? という意味だ。

 

「構わないわ。あの子は手紙だけをギルド長に手渡したことで、通信筒も渡したかのように装ったのよ。王都のギルド長が通信筒を受け取っていないと言っても、エ・レエブル側は情報をもみ消されたと捉えるでしょう。中々小賢しい坊やだわ。まぁ、次は面白いモノを持ってきて欲しいけどね」

 

「では、今回の情報に関してはどのように動きましょうか?」

 

「別に気にする必要はないわ。どうせエ・レエブル側が予算を寄こせと言っているのでしょう。トブの大森林で脅威が発生したと騒いで、王国の金と兵をエ・レエブルへ流したいのよ。あそこの冒険者ギルドは結構厳しいらしいからね~。王国から森の調査依頼を出してもらって稼ぎたい、って腹でしょ」

 

 くだらない――そんな呟きを漏らし、ヒルマは手にした羊皮紙を投げ捨てた。そして代わりに先程まで目を通していた羊皮紙へと視線を戻す。

 其処に書かれていたのは『黒粉』を扱っていた売人達の失踪に関する情報だ。中にはエ・レエブルで動いていた者の名もある。

 

「少しは関係のある話かと思ったのに……」

 

 売人が数名逃げ出した――もしくは何者かに殺されたという件は、確かに眉をひそめる内容ではあるが、問題と言うほどでもない。

 売人がトラブルに巻き込まれるのは日常茶飯事であろう。

 手にした麻薬の価値に気付いて、自分のモノにしようと裏切る手合いも珍しくは無い。

 

「ふん、今は帝国への密輸も順調なんだから裏切る必要もないのに……先が見えないなんて馬鹿な奴らだわ」

 

 ヒルマは敵対勢力の仕業だとは考えていなかった。今の王国内に於いて、八本指と敵対しようなんて輩が居るとは思い付きもしなかったのだ。

 そう――何処かの正義の味方が、手を回していた冒険者ギルドを通しもしないで動いていようとは……。

 

 

 ◆

 

 

「おおーー! めっちゃデッカいんですけどーー!! 王都すごーーい!」

 

「あ、あのパナさん、恥ずかしいんですけど……」

 

「姉ちゃん姉ちゃん! すっごい人だよ! 祭りでもあんのかってぐらい人いっぱい! こんなに人が多いと飯とかどうすんだろーね!」

 

「えっと、マ、マイ? 周りの人が見てるから大声出さないで……」

 

 王都リ・エスティーゼの巨大な南門に居たのは、何処からどう見ても田舎者三人組であった。比較的小奇麗な格好はしているものの、奇妙な仮面や黒いローブを着込んでいることからして、かなりの辺境からやって来たのではないだろうか。

 キョロキョロ辺りを見回す先頭の娘からして、王都のような大きな街へやって来たのは初めてなのだろう。ただ首元に(カッパー)のプレートが舞っている事からすると、別の街で冒険者として働いていたようにも見えるが……。

 

「アンは真面目だなぁ、そんな頭硬い子ちゃんだと美人が台無しだよ」

 

「仮面被っているので関係ないと思います――ってさっき衛兵の人達にも騒ぎを起こさないよう言われていたでしょ? それに恥ずかしいから大人しくして下さい」

 

「姉ちゃんは気にし過ぎだと思うよ。アタイ達の事なんて誰も気にしてないって、こんなに人が多いんだからさ」

 

 困った観光客二人に説教する観光ガイドのような光景であったが、確かにマイが言うように周囲の住人が興味の視線を向けてきたのは一瞬だ。その後は、田舎からやって来た冒険者なんぞ珍しくもない――と言うかのように無関心である。

 

 パナ達三名はエ・レエブルで買い物を済ませた翌日、冒険者ギルドでプレートを受け取り、自分たちのチーム名『堕天』を追加登録し、プレートへも刻んでもらった。

 お蔭で出発が昼過ぎになってしまったが、堕天使とヴァンパイアの身体能力の前には何の問題もない。馬車や馬の手配などする事無く――お金が無いので出来なかっただけだが――そのまま走って王都へと向かったのだ。

 途中、ふらふらしながら馬に乗る青年とすれ違ったが、特にトラブルもなく王都へと辿り着くことが出来た。そして衛兵達に顔を見せ、プレートを見せ、巨大な門を潜ったという訳である。

 

「さぁ~てっと、冒険者ギルドで移籍登録をしないといけないんだっけ?」

 

「はい、一応本拠を変更する場合は、その地のギルドへ顔を出す必要があるらしいですね」

 

「あっちで登録、こっちで登録……って面倒臭いね~。んで例の凄い人達には其処で会えるのかな?」

 

 マイが気にしている相手は『蒼の薔薇』であろう。

 パナにとっては既知の相手だが、ヴァンパイア姉妹にとっては見知らぬ強力な冒険者だ。知らぬ内に警戒してしまうのも仕方がないと言えるだろう。

 

「大丈夫だよ、マイちゃん。あの人達なら正体がバレても問題無し。その理由は後で分かるから今聞かないでよ~。本人に聞いてからでないと教える訳にはいかないからね~」

 

「あの~」

 

「ん? なにアンちゃん?」

 

 いえ、何でもないです――そのように呟いたアンは、パナの言動で『蒼の薔薇』が何を抱えているのか想像がついてしまった。

 恐らく居るのだろう、秘密を持った何者かが……。ヴァンパイアの姉妹を見ても驚かない、そんな特殊な人物が……。

 

「――えっ? 何だろ? 何か聞こえる、これって悲鳴?」

 

 パナの笑顔が一瞬で消え、遠くに視線が向けられる。

 特に意味もなく、と言うかいつもの癖で周囲を一通り探ってみたところ不穏な声を拾ったようだ。それは女性の悲鳴であり、命の危機を叫ぶ懇願であった。

 

「アン、マイ! ちょっと寄り道するよ。付いてきて!」

 

「えっ、はい!」

「なになに? 何かあったの?」

 

 周囲の人間達から不審に思われないよう、パナは常識的な速さで目的の場所へと走る。ヴァンパイア姉妹には何が起こっているのかさっぱり分からなかったが、とにかくパナの後に続いて人気の少ない、建物が乱雑に建てられたが故に薄暗くなっている街中へと足を進めていた。

 その間にも、パナの耳には現場での物音が逐次聞こえているようだ――あまり聞きたくはない腐敗臭のする男達の声が……。

 

『ちっ、面倒くせー事になっちまったな。どうすんだコレ?』

『俺の所為じゃねーぞ。お前らが力入れ過ぎなんだよ!』

『今夜はスタッファンの野郎が来るんじゃねーの? 相手どうすんだよ?』

『死んでしまったものは仕方がないだろ。今回で二度目の脱走なんだから、コッコドール様も文句は言ってこないだろうよ』

『代わりならツアレの奴を使えばいーじゃねーか。まだ大丈夫だろ? アイツなら』

『ははっ、酒場で妹を見かけたって言えば後一年は頑張るんじゃねーか? 無理だろうけどよ』

『言えてる~、んじゃ代わりはアイツで決ま――ん? なんだテメェは?」

 

 石畳ではない地肌むき出しの裏道、崩れそうなボロ家屋が並ぶスラム街、道端には嫌な匂いを発するゴミの山が築かれ、物乞い達が道行く奇妙な三人娘に力の無い視線を向ける。

 パナ達が辿り着いた路地裏には、チンピラらしき四人の男と、地べたに顔を突っ込んだままピクリとも動かない半裸の女性が居た。

 

「聞こえねーのか、其処の女! 何しに……あん? プレート? ちっ、冒険者かよ。面倒な奴が来たな」

「ああ、たまにいるんだよな~。田舎から出てきて自分を正義の味方だと思う奴がよ。相手にするのも疲れるぜ」

「おい、冒険者。此処はお前等が来るような場所じゃねーだろ? さっさと帰んな」

 

 男達の言い分にアンとマイは気分を害するも、全身を殴打された女性がうつ伏せで倒れている――恐らく殺されたであろう此の場に於いては、とっとと立ち去るのが賢明と思われた。

 君子危うきに近寄らず、だ。

 しかしパナは黙ったまま、薄暗い路地裏で命を落とした一人の若い女性を見つめている。

 この時、パナの脳裏に浮かんだのは女性に対する哀れみではない。人間の女性が何処で死んでいようがパナにとってはどうでも良い事だ。殺したであろう男達についても、特に思うところは無い。

 ただ……パナは思い出していたのだ。己の人生を左右したあの時の事を。

 

 ――雇用契約は結ばない――

 

 

 




色んな人が登場してきました王都編。
セバスの奥方様も名前だけ登場です。
この女性は、これから更に酷い目に遭うのでしょうね~。
スタッファン許すまじ!

つーかセバス様は何処ー?!
早く来てー!
ついでに堕天使も捕縛しちゃってよー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺戮-5

お盆なのでオーバーロード!
死者が溢れ出すぜー!

と言う訳で、お盆更新!
死者が黄泉がえる季節なので死の支配者を出さずにはいられない!

……でも今回はモモンガ様の出番無し。
無念。




 ――雇用契約は結ばない――

 

 会社から下された解雇通知に書かれていた一文であり、再雇用を拒否した決定打だ。

 再雇用を希望した場合、タコ部屋に押し込められて雇用契約が無いまま働かされる。給料が支払われるかも分からず、途中で災害事故に巻き込まれでもしたら、会社と無関係な浮浪者扱いとされて社外へ放り出されたことだろう。

 だから再雇用ではなく、転職へと踏み切ったのだ。

 でも考えずにはいられない。もしあの時、再雇用を決断していたらモモンガさんと離れ離れにならなかったのだろうか――と。

 そんな訳は無いと思う。住居を解約して会社の用意するタコ部屋へ入れと強制されたのだから、ゲームなんて出来る訳がない。無論、モモンガさんとも会えなくなったことだろう。

 それでも考えてしまうのだ。もし――もしもあの時――と。

 

(分かっている、再雇用されていたら悲惨な目に遭っていたことぐらい。女の身でタコ部屋に押し込められたら無事じゃ済まない。他の男に襲われたって会社は何も言わないだろう。そう――この女性のように殴り殺されたって……)

 

 パナは別の選択をしたもう一人の自分を、倒れ伏している女性に重ねていた。

 転職を選択した自分の考えは間違っていない。モモンガさんと離れることになったが、それは仕方がなかった。……仕方が無かったんだ!

 

(別の選択をしていればモモンガさんを裏切らずに済んだ?! 違う!! そんな訳は無い! あの時はどうしようもなかった! 私は間違ってない! 一生懸命やったんだ! 私は悪くない、悪くないんだ!! ――悪いのは……悪いのはっ!)

 

「何黙ってんだ?! ん~、もしかして冒険者ごときが俺らとやり合うってか? 娼婦一人の為に? 俺達が誰の指示で動いているか分かってんだろうな。(カッパー)級の癖に――」

「――うるさい」

 

 飛び回る藪蚊を払いのけるかのように、パナは刃を振るった。

 使用した特殊技術(スキル)は『高速剣』。速さ重視の剣士なら誰でも持っている手数増加の特殊技術(スキル)である。ダメージが分散する為一撃の威力は小さいが、武器に状態異常の効果を付与しておくと攻撃が当たった数だけ相手に状態異常の抵抗を強いるので、とても良い嫌がらせになる。

 下手な鉄砲数打ちゃ当る――と言われる所以だ。

 もちろん相手が完全耐性を持っていれば徒労に終わるが、大抵はマイナーな状態異常を狙っているのでリアルの運勝負となる。

 パナはそんな『高速剣』で近寄ってくるチンピラを解体した。

 指が落ち、手が落ち、首が回転しながら地面へ落下し、べちゃ――と熟れた果実が潰れるような音と共に真っ赤な血溜まりを作る。

 腕がずり落ち、身体が六つに分かれて転がり、足がその場でバラバラに崩れた。

 嫌な匂いが路地裏に満ちる。

 濃厚な血の鉄臭さと吐き気のする内臓の生臭さ。散らばる肉片と細切れの骨は、元が人間であったことを感じさせない。後から来た人は家畜の解体でもやったのかと訝しむことだろう。

 

「うるさいなぁ、お前達の――お前等ゴミ虫の所為でこうなったのに! 貴様達さえ居なかったら私はモモンガさんと一緒だったのに! この世界にだって二人で来る事が出来たかもしれないのにぃ!! ゴミ屑どもの所為でっ!!」

「なっ、なんだよ? ――ひぃ!」

 

 あの時は奴隷だった、社会の――会社の奴隷に過ぎなかった。何の抵抗も出来ずに、大切なモノを手放す事になってしまった。自分自身が弱い為に、己が役立たずであったが故に……。

 だけど今は違う。力が有る。何者にも負けない力、トブの大森林に居る化け物には及ばないかもしれないけれど、目の前のゴミ共になら十分通用する。

 別に殴り殺された人間の女なんかどうでもイイ。同情なんかしない。

 ただ――思い起こされただけだ。自分が奴隷であった事実を、そして別の選択をしていれば同じような目に遭って殺されていたという事を……。

 

 血溜まりは四つに増えた。

 吐き気のする濃厚な死の匂いは路地裏に充満し、彼方此方から恐怖に満ちた視線が集まる。その区画から逃げ出す者も居るようだ。

 パナとしては特に気にもしない。羽音がうるさい藪蚊を四匹ほど叩き潰しただけだ。褒められる事はあっても責められる理由は無いだろう。

 

「パ、パナさん……あの女性はもう駄目みたいです。少し遅かった……ですね」

「……女の人を集団でいたぶるなんて最低だけど、これはちょっと不味いんじゃないかな?」

 

 ヴァンパイア姉妹は突然の凶行へ走ったパナに驚きを隠せないが、女性を助けようとしたのではないかと自分を納得させるしかなかった。それにしては変だ――と思いつつも、今はこの場から離れるべきだろうと行動を起こす。

 

「王都で殺人だもんなぁ~、パナちゃんも思い切り良過ぎだよ」

「パナさん、あの遺体はどうされます? 誰か身内の方でも居れば……」

 

「……放っておけばイイよ。それより――私この国嫌い。なんか気分悪い。もう出ていく」

 

 女性の遺体なんか知った事ではない。

 そんな事より、パナは己の身に生まれた不快な感情に戸惑い、その感情を生み出した王都という場所に拒否感を感じていたのだ。

 

「嫌だ嫌だ、気持ち悪い。こんなところに居たら――リアルを思い出しちゃう!」

 

 慌てるヴァンパイア姉妹を余所に、パナはその場から離れ、元来た方角へと歩き出した。その遠い先に見えるのは王都の巨大な正門、先程潜って来たばかりの入口であり出口だ。

 

「え? 出ていくのですか? あ、あの、合流すると言われていた冒険者の方々は……」

 

「蒼の薔薇……だっけ? 王都で会う予定って聞いていたけど」

 

「そうだったけどね……アン、マイ。ここで別れようか? ヴァンパイアの貴方達にはちょっと暮らし難いかもしれないけど、蒼の薔薇を頼れば何とかしてくれると思うよ。――どうする?」

 

 王都を出ていくのはパナの我儘だ。

 姉妹を巻き込むのはお門違いというモノだろう。幸いこの街にはイビルアイが居るのだから、泣きつけば力を貸してくれるはずだ。……たぶん。

 

「……命の恩人に、何の恩返しもせず別れるなんて有り得ません。付いていかせてください、パナさん」

「うんうん、姉ちゃんの命を救ってくれた其の瞬間から、アタイの命はパナちゃんのモノだぜ!」

 

「元が人間だから律儀なの? まぁ、貴方達がそう言うのなら別に――」

「貴様ら邪魔だ! 道を開けんか! 馬車の紋章が見えんのか? この荷馬車はアルチェル様の荷物を運んでいるのだぞ!」

 

 ふと見れば、大きな人員輸送用の荷馬車が迫って来ていた。御者台に二人、周囲に護衛らしき傭兵風の男達が五人。荷馬車はかなり重いモノでも運んでいるのか、車輪を地面へめり込ませながらガタゴトと騒音を立てて狭い路地を進んで来ている。

 ただ、パナの耳には聞こえていた。窓の無い荷馬車の中から響いてくる、幼い子供のすすり泣く声が……。

 

「聞こえないのか?! ちっ、下民共の分際で貴族の馬車を停めようとは身の程知らずが! このまま轢き殺してくれるわ!」

 

「……王都は本当にゴミが多いな」

 

 パナは野菜のヘタを取り除くかのように――七人の頭を刈りとった。

 切り裂いた断面は滑らかで、首が転がり落ちてもしばらくは血が噴き出る事も無い。そればかりか首が無くなった事実に気付かないのか、身体だけがふらふらと数歩進んでは――糸が切れた操り人形であるかのようにしゃがみ込む有り様だ。

 転がる頭を蹴飛ばし、ついでに馬の首も刎ね、車軸を斬り、荷馬車の側板をも切り裂いた。

 荷馬車は倒れ込む馬に引っ張られ地面に当ってバウンドすると、横のボロ屋へ突っ込む。――と同時に幼い子供の小さな悲鳴がその場に響いた。

 切り裂いた荷馬車の側板から覗き見えるのは半裸の少年少女達。よく見るまでもなく薄汚れており手には枷、そして誰一人として開いた壁穴から逃げ出そうとはしない。既に心が折られているのであろうか? 逃げ出す気力も無いのかもしれない。

 

「パナさん殺し過ぎです! このままでは――えっ? これは……奴隷でしょうか?」

「あれ? アタイ達を奴隷と勘違いした衛兵が禁止されている、って言っていたような気がするけど……」

 

 死体を見て焦り、奴隷を見て戸惑い、機嫌の悪そうなパナを心配する。

 ヴァンパイア姉妹としては、犯罪に関わっていそうな人間の死に同情するつもりはないが、大勢の幼い子供達に関してはどう扱ってイイのか分からない。

 元人間であるが故に助けたい気持ちを持ってしまうが、それより恩人であるパナの様子が気になる。先程からあまりに殺し過ぎだ。エ・レエブルに居た頃は人に危害を加えるようには見えなかったのに、まるで別人のようである。

 

「パナさん、大丈夫ですか? この子供達、どうされるのです?」

 

「どうもしないよ。別に助けようとした訳じゃないし……。それより王都を出るよ。もうこんな街、居たくない」

 

「ほ~い、アタイも子供を奴隷にするのは気に食わないしね。周りの奴等もまるで関係ないって顔してるし――最悪だよ!」

 

 拳を打ち鳴らして怒りを見せるマイに対し、パナは「ああ、やまいこさんだったら怒り狂うどころじゃないかも」と、懐かしさと共に思い起こしていた。同時に己の冷ややかな態度にも、やまいこさんなら怒るだろうな~っと苦笑する。

 確かにパナの態度は冷酷だと思う。

 アンやマイも口には出さないが、少しぐらい救いの手を差し伸べても良いのではないかと思っていただろう。無論、奴隷を運んでいた者達を皆殺しにしているのだから、それ以上を望むのは恩人に対して失礼であるとも考えていたに違いない。

 見て見ぬふりをする周囲の住人達と比べれば、雲泥の差がある正義の行動とも言えるのだから――。

 

「さぁ、行こうか。蒼の薔薇には悪いけど、後で伝言(メッセージ)で謝っとけばイイと思うし――」

 

 直接会って話すと、どうせ色々文句を言われるだろうからね~っと、そんな言葉はそっと呑み込み、パナは王都の正門へ向かって歩き出した。姉妹も足下の血溜まりを避けながらパナの後に続く。

 そんな三人組の後姿を、周囲の住人は哀れみを含んだ視線で見送っていた。

 そう――住人達は知っていたのだ。この地域を走る荷馬車が何を運んでいるのか、その荷馬車の持ち主がどのような貴族なのか。そして積荷にちょっかいを掛けた輩がどんな報復を受けるのか……。

 全てを知っていたからこそ住人達は見て見ぬふりを続けたのだ。生き残る為にはそうするしかない、貧民街の弱者としてはそうするしかなかったのだ。

 ただ、王都へ来たばかりの三人組には同情を禁じ得ない。連れて行かれる子供達を見て思わず手を出してしまったのだろう。相手がどれ程危険な犯罪組織に繋がっているかも知らないで――。

 住人達は、子供を助けたいという気持ちを何時から無くしてしまったのかと、遠い昔を思い起こしていた。もちろん其の気持ちが二度と戻らないであろう事も自覚しながら……。

 

 

 パナとヴァンパイア姉妹は死臭漂う貧民街を抜け、まともな服装をした一般人が行き交う大通りへと歩を進めていた。もう少し南へ進めば巨大な正門の全様が見えてくるはずだ。

 先程通ったばかりなので衛兵達には怪訝な目で見られるかもしれないが、一日で多くの人が潜っている門なのだから――まぁ、大して気にもされないだろう。奇妙な仮面を付けた美少女姉妹という記憶に残りそうな二人を連れてはいるが……。

 

「なんか言われそうだなぁ、あ~ぁ、隠密特殊技術(スキル)使って通っちゃおうか?」

 

 何かトラブルに巻き込まれそうだ、と言うのはパナの勘――ではない。

 周囲を観察していれば偵察特殊技術(スキル)を所持していなくとも感じ取れたはずだ。パナ達三人の周囲から少しずつ人気が無くなり、代わりに武装した衛兵と思わしき気配が多くなっているという事に……。

 まるでパナ達を逃がさない為に取り囲み始めているかのようだ。

 アンとマイも不穏な空気を感じ取って視線を忙しなく動かし、もしもの事態に備えようとしている。ただ、パナだけは花畑を歩むが如く呑気な散歩調子だ。面倒だな~とか、気分悪いな~とか呟きつつ不機嫌な様子を隠しもしないが、門へ向かう歩調はゆっくりのんびり乱れない。

 そんなパナ達一行が王都リ・エスティーゼ正門へ辿り着いた頃、場は一変していた。

 何処を見ても武装した集団、城壁の上にはクロスボウを持った弓兵が、門の傍には槍を持った重装歩兵が、その横には騎馬隊、後方には剣と盾を備えた衛兵が待機していた。

 その総数は百か二百か――。

 一般人の姿が見えないのは、既に退避させているからであろう。これから始まる大捕り物の被害を受けないように。

 

「其処の冒険者! 見ての通り抵抗は無意味だ! 武装を解除し、その場にて膝を付け!」

 

 馬に乗った中年男性が前へ出て、高圧的な口調で命令を下す。もちろん相手はパナだ。

 

「一般女性を暴行の上殺害、止めに入った男性四人を斬り殺して逃走、途中で人道的見地から殺人犯を捕縛しようとした――誇り高き貴族アルチェル様の使用人七名を虐殺せしめると言う大罪! 許されざる非道行為である! 今この場にて首を差し出すがよい! さすれば後ろの二人は終身刑で留めておくが、如何に?!」

 

 多少演技がかった物言いに不快指数が上昇するものの、全ての罪をパナに擦り付けようとする手際の良さには感心さえ覚える。殴り殺された娼婦の事も、荷馬車に積み込まれていた奴隷の事も、全て分かっていて話しているのだろう。

 中年野郎の身に纏う武装からは国に使える衛士にしか見えないが、正義の二文字は背負っていないようだ。

 

「ふ~ん、そう来るかぁ。ふんふん、なるほどねぇ。たっちさんが此処に居たら何て言うかな~? 怒るのかなぁ、悲しむのかなぁ……」

 

 少しだけ寂しそうにパナは呟く。仲間の思想を穢されたように感じたからだ。

 矛盾渦巻く現代社会に於いて、己の理想を掲げ、文字通り戦っていたあの人。モモンガさんの恩人であり、憧れの人。

 パナにとっても決して軽く扱って良い存在ではない。むしろモモンガさんを射止める為には最初に攻略しなくてはならない重要人物であろう。

 

「……アン、マイ。その場から動かないでね。私、少しばかり頭にきたから……ちょっと行ってくるね」

 

 ゾッとする一言にアンは身を震わせる。周囲に居る二百近い衛兵達に武器を向けられるより遥かに魂が委縮し、恐怖で怯え戸惑う。

 アン――そしてマイの眼には時間がゆっくりと進んでいるように見えていた。戦闘態勢に移ろうとする衛兵達の動きが酷く緩慢で、わざと時間を掛けているのかと思えるほどである。

 その中で、パナだけが疾風であった。

 軽く一歩を踏み出したパナの所作に合わせ、馬に跨っていた騎兵数名が、身に纏う全身鎧(フルプレート)ごとバラバラに飛び散る。城壁に居た弓兵達は風の刃にでも切り裂かれたのか、パナから遠く離れた場所で全身の血を噴き出していた。

 大盾を構えていた衛兵は盾ごと解体され、槍を構えていた兵士は短くなった己の腕を眺めながら、どうして痛くないのだろうと死ぬまで考えていた。

 衛兵たちの多くはその時何が起こったのか、理解できなかったと思われる。

 何時斬られたのか分からず、何故死んだのかも自覚できない。

 ただ――それで良かったのかもしれない。

 しばらくして王都リ・エスティーゼの正門に現れたのは血の池だ。二百人近い人間の体内から絞り出された新鮮で生臭い、また温かみの残る血流で満たされた真っ赤な池だ。

 所々に人間の死体とは思えないバラバラの肉片が、内臓と共にトッピングされている。たまに馬の肉片も有るので、後で人体パズルをするときは注意が必要だろう。

 

 ……そこは人間の解体処理場であった。

 死体の損傷からして戦った末の惨状とはとても思えない。一方的に、機械的に、無感情に――殺して殺して殺しまくったが故の地獄なのであろう。

 その場はとても静寂で満ちていた。

 人の声も、悲鳴も、剣を交える音も、肉を裂く音も、命乞いをする耳障りな声も、心臓の音も――何も聞こえない。

 静かで美しい死――其れが満ち溢れていた。

 

「死は綺麗だね。愚かな言葉を吐く事も無いし、無様な行動も起こさない。なんて素晴らしい、完璧だよ」

 

 血の池の中心、肉の塊が積み重なったその場所で、パナは晴れやかな表情を見せていた。と言っても、エ・レエブルでハシャいでいた頃の面影は無い。それはまるで人を人とは思わない人外の目線、堕天使が遊び半分で人間をねじ切るときの瞳だ。

 パナは未だ人に変身しているものの、背中に真っ黒な六枚の羽が見えてきそうで仕方がない。

 

「パナ……さん、いったいどうされたのです? 衛兵の中には、殺されるほどの理由を持たない……善良な方も居たのではないでしょうか? それなのに……」

 

「あははっ、アンちゃん良い子過ぎでしょ? あの子供達を詰め込んだ荷馬車はこの正門を通ったんだよ。ちょっと耳を澄ませば子供の声が聞こえただろうし、積み荷を調べれば一目瞭然! なのに善良? むふふ、アンちゃんってば優しいなぁ」

 

 まぁ、実際善良だろうと何だろうと皆殺しにするけどね――っと堕天使は滅茶苦茶な思考を振りかざす。その笑顔からすると、人を殺す事に何の忌避感も持っていないようだ。

 そう――パナは八つ当たりの延長で殺したに過ぎない。鬱積した過去の負債を解消し、少しスカッとしたかっただけなのだ。

 他に意味は無い。

 

「さぁ~て、そろそろ行こうかな? んで、アンもマイも考えは変わらないの? 私ってどうやら人間に優しく出来ないみたいだよ。大丈夫?」

 

「イイんじゃない? 別に無差別って訳でもないんでしょ? アタイも娼婦だ奴隷だってのは気にくわないしね。つっても姉ちゃんさえ無事なら他の奴なんか知ったこっちゃねーけど」

 

「私としては……罪の無い人を手に掛けて欲しくは無いのですが……」

 

 血の池を前にして、ヴァンパイアの姉は人間のように振る舞う。本来ならば濃厚な人間の血肉が満ちる眼前の池を見て、奇声を上げながら飛び込んでもおかしくはないであろうに……。やはり元が人間であるからか? 妹の思考がヴァンパイア側に傾いている事からすると、性格的なものも影響するのかもしれない。

 

「あ~、もぅ、分かったよ。悪い人しか殺しません、私に襲い掛かってきた人しか相手にしません。……これでイイ?」

 

「ごめんなさい……、それと……有難うございます」

 

 二百人近くの血流で満たされた正門付近で、小柄な女性と仮面を付けた少女二人が歓談している姿は――酷く場違いであった。足下には血まみれの人だった物体が転がっていると言うのに……。

 

 周囲の住人は何が起こったのか理解できていなかった。

 何の先触れも無しに衛兵達が集結し、一般人を追い出し始めたと思ったら、いきなり血の池が出現したのだ。目を離していたのは、建物の二階から覗こうと階段を上ったほんの僅かな時間。

 無意識に手が震える。

 喉の奥から何かが込み上げてきて、今にも戻しそうだ。

 あまりに強烈な血の匂い。

 生臭い臓物の匂い。

 今日からしばらくは肉料理を口に出来そうにない。

 正門付近は一面真っ赤な血で覆われ、一部はどす黒く変色し始めている。そんな場所に――女性らしき細身の三人組は居た。

 よくもまぁ、そんな場所で会話が出来るものだと思う。口を開くだけで吐き気のする鉄臭い空気を吸い込むことになるだろう。マスクか何かで覆っていても我慢できるとは思えない。家畜の解体を生業にしている者でも胃の内容物をぶちまける事だろう。

 住人達から注目されていた三人組は、血の池に浮かぶ人の肉塊を踏み台にして正門外まで跳ね飛ぶと、そのまま王都の外へと走り去っていった。

 一体何者であったのか? 正門で起こった惨劇と何か関係があるのだろうか? まさかあの小柄な者達が武装した衛兵隊をバラバラにした訳でもないだろう。そんな事は王国戦士長でも――多くの時間と国の宝物を用いなければ――不可能だ。

 

『なっ、なんだこれは……。何なんだこの有様はーーーーー!!』

『ひでぇ、酷過ぎる! これは……人じゃない、人間の行いじゃない!』

『うぐぅ……かはっ、ちくしょう……嘘だろ……』

 

 ふと住人が視線を向けると、数名の兵士が叫んでいた。

 正門での異常事態を察して駆けつけた巡回兵だろう。ただ、蹲って朝飯をぶちまけている様子からすると何の役にも立つまい。

 どうやら王国の首脳陣が事態を把握するのは、もう少し後の事になりそうだ。呆れた危機管理能力だと言いたくもなるが、それが王国の平常なのだろう。

 

 人外三人娘にとっては、もはやどうでもイイ事だが……。

 




もしもあの時違う選択をしていれば、
モモンガさんと二人で異世界生活……。

誰の邪魔も入らず二人っきりのパラダイス?
面倒事はデミえもんへ押し付けて、
ナザリックでのんびり自堕落出来たかも?

いやいや待て待てちょっと待て!
ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」に限ってそんな事がある訳ない!

問題児だらけのナザリックなら、絶対酷い事が起きるはず!
統括殿の名の下にーー!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺戮-6

二次創作で最も遅いであろう戦士長の登場です。
しかもチョイ役。
戦士長ファンの方は御免なさい。

さて、主人公は犯罪者になりました。
これから追われる立場ですね。

後先考えない直情的思考は今後改めてもらいたいものです。
モモンガ様を見習ってほしいですね~。




 王国最強の戦士であり、王国戦士長の地位を授かっているガゼフ・ストロノーフは、痛む体を押して王都へと向かっていた。

 任務途中で受けた傷の具合はあまり良くない。

 もうしばらくエ・ランテルで休養していれば傷の痛みで顔をしかめる事もなかったであろうに、王への報告を急ぐあまり少々無理をし過ぎたようだ。より重篤な部下にポーションを譲ったのもその一因と言える。王国要人としては問題行動でしかない。

 とは言え第一報は早馬で知らせているのだから、それほど焦る必要もないと思うのだが、やはり報告すべき内容の重大さが安静にしていることを許さなかったのだろう。

 スレイン法国の偽装兵と特殊部隊。

 蹂躙された村々。

 そして謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 特に最後の案件は重要だ。

 扱いを誤れば国家転覆の危機になりかねない。

 

「私だけでは手に負えんな。誰か信頼できる者に相談したいところだが……」

 

 自分で言いながらも笑ってしまう。そんな相手が何処に居ようか? 今の王国は誰も彼もが己の欲を満たす為に動いており、国の――国民の幸福を願っているのは国王ぐらいしかいないのだ。

 王国戦士長は視界に映る王都の巨大な正門を見つめながら、新たな戦場へ突入すべく馬を急かすのであった。

 

 

 

「――うっ! な、何があった? 襲撃でも受けたのか!? この死体の山はいったい……」

 

 血の匂いも死体の山も慣れてはいたが、細切れの肉片状態で元が人間であるかも分からない有様では話が違ってくる。転がっている生首のおかげで人間の死体である事は知り得たが、それが百を超えて解体されているとなると何が起こったのか想像もできない。

 

「あぁ、戦士長! 良くぞお戻りくださいました!」

「君は市街警護の巡回兵か? 教えてくれ! この場で何が起こった?!」

 

 救世主を見つけたかのように駆け寄ってくる一人の若者は、嘔吐物で汚れた身を隠そうともせず、血の気が引いた顔でガゼフの問いに答える。

 

「冒険者です! 三人組の冒険者が一般人を殺し、止めに入った者や通りすがりの者を襲って、捕縛に動いた衛兵隊までこの有様なのです! に、二百人近くの死者が出ました。ですが……分からないのです。誰が誰だか……バラバラにされ過ぎて……私の親友も何処かに居るはずなのですが……う、ぅぐ……」

 

 堪えていたものが両眼から零れ落ちていく。若い兵士は膝から崩れ、もう立てそうにない。

 その者の手は人の血で真っ赤に染まっており、今までどれほどの死体を抱え、ひっくり返し、掘り出してきたのか……。

 とても正気ではいられまい。

 

「冒険者がこのような虐殺行為を? しかも三人で? いったい何があったと言うのだ! 何が?!」

 

 ガゼフの問いに答えられる者はもう居ない。

 いや――多くの兵士達が集まってはいるのだが、誰もが呆然と佇むだけなのだ。血溜りの中へ足を踏み入れ死体の回収を行えば良いのか? その前に何か調査をすべきなのか? それとも犯人を追いかければ良いのか?

 もっともその前に――胃の中のモノを吐き出してくるべきなのだろうが……。

 

 

 

 王国戦士長が事態の把握に努めようと躍起になっていた頃より少し前、多くの兵士達が血の池を眺めている――その群衆の中に『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースは居た。

 

「信じられない、王都でこんな事が起きるなんて……」

 

 手拭用の小さな布で口と鼻を覆いながら、ラキュースは悪魔が造り上げたであろう地獄のような光景を心に刻んでいた。これ程の残虐な行いを実行出来る者など人間ではあるまい。恐らくは人に化けたモンスターが街の中へ入り込んでいたのだ。

 被害の状況からして、難度五十を超える化け物が複数居たのだと思われる。衛兵の武力では太刀打ちできなかったに違いない。それでも誰一人として逃げ出すことなく立ち向かったからこそ、多くの被害が出たのだろう。

 ラキュースとしては街を護ろうとする衛兵の気概に頭が下がる想いではあったが、一方で力量差を感じて撤退して欲しかったとも思う。もっとも衛兵が戦ったからこそ、モンスターは住宅街へ押し進むことなく街を出て行ったのだろうから、異論を唱えるべきではないのだが……。

 

「ボス、住人から話を聞いてきた。……ちょっと問題発生かも?」

「ああ、こりゃ~ヤバいかもな。俺達も他人事じゃねぇぞ」

 

 ティアとガガーランが何を言わんとしているのか? それは分からないが、人混みからラキュースを引っ張り出し人気の無い所へ移動しようとしている事からして、抱えている問題の大きさが推し量れる。

 

「それで、暴れたモンスターについて何か分かったの?」

 

 ラキュースの発言に、ティアは何故か顔を曇らせる。

 

「悪いけどボス、暴れたのはモンスターじゃない。……パナだよ」

 

「……えっ?」

 

 想像もしていない言葉が耳から入ってきた場合、一瞬相手が何を言っているのか理解できなくなる。『蒼の薔薇』同士では珍しい事だが、現時点に於いては仕方がない。

 

「マジでパナだぜ。何人もの住人が目撃している。肝心の斬り合っているところは見ていない――つーか目に映らなかったらしいが、だからこそパナの奴がやったって分かる。……で、どうするよリーダー?」

 

 ガガーランにしては珍しく緊張感のある発言だ。と言うのも――王国の衛兵を殺しまくったパナは、間違いなく国を挙げて討ち取るべき重罪人となるからである。もちろん冒険者やワーカーの手配リストに記載されるだろう。――信じられないような破格の賞金と共に。

 

「う、嘘でしょ? どうしてパナさんが……こんな事を……」

 

 ラキュースにとってパナは、物語の中でしか聞いたことのない伝説的英雄『ぷれいやー』なのだ。しかも一緒に食事をし、寝床を共にし、楽しく語り合った仲なのだ。その一般女性としか思えない人格に触れた事実があるからこそ、信じられないし――信じたくはない。

 

「……ボス、イビルアイが向こうで手招きしてる。何か見つけたみたい」

「おいラキュース、しっかりしろよ。まずは事態の把握だろ?」

 

「そ、そうね。……そうよね。ごめんなさい」

 

 チームのリーダーが呆然自失なんて(ざま)は恥ずべき行いだ。

 リグリットが見ていたら「何やってんだい嬢ちゃんども!」と一括してくれただろうが、今はあの老婆も忙しいだろうからラキュース自身がしっかりするしかない。

 呼吸を整え、四肢に力を込め、視線をイビルアイへ向ける。

 

「ラキュース、向こうで空になった荷馬車を見つけたぞ。貴族の持ち物をパナの奴が襲ったらしい……。荷馬車の中身は子供の奴隷だとさ」

 

「どういう事? パナさんは奴隷を逃がす為に襲ったの?」

 

「ボス、それは違う。目撃情報では子供達をそのままにして立ち去ったらしい。その後、子供達は別の運び屋に連れて行かれた」

 

 ひょこっと顔を出したのはティナだ。

 周辺の情報収集から戻ってきたようだが、イビルアイの説明に一言加えながらも、まだ何か言いたそうにしている。

 

「ボス、あっちの路地裏で裏の人間が死体を五つ回収していた。其の内一つは打撲痕だらけの娼婦、他はミンチになっていて不明。だけど……、娼婦を殺したのはパナじゃないと思う」

 

 殺し方が違う――ティナの言いたい事はラキュースにも伝わった。

 故に考える。

 この場で何が起こったのか?

 パナが何を想い、どんな相手と出会い、どう行動したのか?

 最大のヒントは娼婦の死体であろう。殺された娼婦、そして娼婦を殺した者、加えて其の場にパナが居たとすれば……。

 

「あぁそんなっ、もしかして……パナさんは娼婦が殺される瞬間を見てしまったのではないかしら? それで――」

「ブチ切れたってか? いくら何でも短絡的過ぎだろ?」

「いや、我々にとっては既知の醜聞でも、パナにとっては信じられない光景だったのかもしれん」

「うんうん。娼婦殺し、子供の奴隷、平然としている衛兵達。客観的に見れば私達だって同じ穴のムジナ」

「でも改善に向けて努力している。けどパナにとっては関係ない。屑は屑、屑をそのままにしている奴も同罪」

 

 仲間達の言葉を聞けば聞くほど頭が痛くなる。ラキュースとしてはその場で蹲って泣き出したいくらいであった。

 

「――そちらに居られるのは『蒼の薔薇』の皆様でしょうか? 私は冒険者ギルドの使いの者です。至急、ギルド本部へ出頭願います。ギルド長がお呼びです」

 

 振り返れば、どこかで見た事のある顔があった。確か冒険者ギルドの若い職員だったと思うが……。

 

「申し訳ありませんが、この事態を放ってはおけません。ギルド長には少し遅れると――」

「冒険者パナの件なのです! エ・レエブルから移籍者名簿が届き、その中に今回目撃された犯人とそっくりな人物が居たのです。短い黒髪の若い女性、(カッパー)プレート、装束は高品質で背に忍刀、そして……アダマンタイト級『蒼の薔薇』が推薦。――もう一度言います。ギルド長がお呼びです、来て下さい」

 

 反論させまいとして一気に捲くし立てる若い男の行動は、ある意味称賛に値するものであっただろう。つい先ほど冒険者が凶行に走り大量虐殺を行ったのだ。その直後に王国最強の冒険者へ立ち向かうなんて、金を積まれてもやりたくはない。

 ほんの少しでも『蒼の薔薇』の機嫌を損ねたら、正門でバラバラになっている哀れな死体の仲間入りだ。強大なモンスターを幾度も相手にしているのだから、ギルドの職員ぐらい軽いモノだろう。

 

「あ~ぁ、そういや俺達が推薦したんだった……。こりゃヤベェな」

「気にする必要ない。私達は推薦しただけ、認めたのはギルド。こっちに責任は無い」

「それで通用すれば良いがな。ギルドとしても王国から厳しく追及されるだろうから、逃げ道は欲しいはずだ」

「何も知らないで通せばイイ。実際、パナと一緒に居た仮面の二人組に関する情報は持ってない」

 

 仲間の言葉を聞けば聞くほど事態は悪い方へ傾いているように感じてしまう。ラキュースとしては「黒粉」の栽培村を特定した直後であるだけに、頭を抱えて蹲りたくなる。

 

「仕方ないわね……。先ずは冒険者ギルドに寄って身の潔白を証明しましょう。パナさんの事は――エ・レエブルで出会った腕の立つ旅人、という設定にするわよ。イイわね?」

 

 ギルドの職員に聞かれないよう小声で指示を飛ばし、ラキュースは歩き出す。

 パナが『ぷれいやー』である事を公には出来ない。今の王国では権力争いの道具にされるのがオチだろうから……。加えてパナ相手に高圧的な態度に出て、信じられない暴言を吐くだろう。そんな事になったら、正門の血の池が血肉溢れる湖へと変わってしまうに違いない。いやもしかすると――物語で登場する『地獄の番犬』なんかを召喚して王国の住人全てを喰らい尽くすのかも……。

 

(やっぱり目を離すんじゃなかった。予感はしていたのに……、パナさんがあまりに普通の女性みたいに見えたから、それに甘えてしまったんだわ。私ったらなんて――)

「ラキュース、自分を責めるな。今回の事は誰にも防げなかった。リグリットだって大丈夫だと判断したからこそ、パナから離れたんだ。……気にするな」

 

 イビルアイなりの慰めだったのだろう。

 仮面で表情は読み取れないが、恐らく少し悲しそうな瞳でラキュースを見つめていたに違いない。

 

「ありがとうイビルアイ、それに皆。こんな所で悩んでいても仕方ないわよね。……さぁ、ギルドへ急ぎましょう」

 

 意を決し、歩を早めるラキュースではあったが、一つだけ決めておくべき案件が残っていた。イビルアイとしては問いたくない内容だったが、先延ばしにしておくわけにもいかない。

 

「済まないラキュース、今決断してくれないか。パナへの伝言(メッセージ)を――使うか?」

 

 イビルアイが言いたいのは、パナとの接触を持って良いかとの事だ。

 事件発覚後も魔法で連絡を取り合っていたとなれば、共犯の汚名が『蒼の薔薇』を襲うだろう。事件前に推薦したのは「そんな人物だとは知らなかった」で通るかもしれないが、事件後も伝言(メッセージ)で繋がっていると知られたら、貴族連中がこぞって追及してくるに違いない。

 親友であるラナー、そしてラキュースの実家に対しても多大な迷惑が掛かる。それは間違いない。

 

「それは……、それはその……」

 

 言いよどむ気持ちはイビルアイを含め、皆が分かっている。

 連絡を断てと言うのは、我が身の保身を考えパナを切り捨てる行為に等しい。ラキュースの叔父ならバレなければ良いと言うのかもしれないが、発覚した時のリスクが高過ぎて身が竦む。とても安易に決めて良い事柄では無かろう。

 とは言え決断はリーダーの仕事だ。

 

「――イビルアイ、今後パナさんとの連絡は一切禁止よ。分かったわね」

 

 冷酷に冷静に、ラキュースは指示を下した。

 その言葉の裏には苦渋に満ちた決断が隠されているのだろう。――仲間だからこそ分かるし納得できる。

 今は麻薬撲滅に動いている大事な時期だ。こんな時に横ヤリが入ったら今までの苦労が水の泡になってしまう。ただでさえ王国は傾きかけているのだ。協力者も少ない。そして強い味方になってくれると信じていた人物も、今では史上空前の大犯罪者だ。

 二兎追う者は一兎も得ず。

 スレイン法国から伝わった教訓ではあるが、現状を言い表すのにこれ以上の言葉は無いであろう。あの国自体は気に入らないが、確かに麻薬撲滅と英雄取り込みを両方成し遂げようとするのは無謀としか思えない。しかも英雄の方は犯罪者に成り果ててしまったのだから諦めるしかあるまい。

 

「私達にはやるべき事が有るのよ! 今ここで足を引っ張られる訳にはいかないわ!」

 

 苦悩を吐き出すかのようにラキュースは言い切った。

 二百名近くの王国臣民を殺したパナを王国の英雄とする事はもはや不可能。故に切り捨てる、無関係を装う。――それが最適解だと信じて……。

 

『蒼の薔薇』は冒険者ギルドの職員に先導され、ギルド本部へと向かった。

 

 

 王都リ・エスティーゼの冒険者ギルド長は四十にもなる女性で、元ミスリル級冒険者だ。か細くなった長い髪を後ろで纏め、四肢五体は細身ながら引き締まり、未だ現役でも通用しそうな眼光をもってして『蒼の薔薇』を見つめる。

 

「よく来てくれました。今王都は大変な騒ぎでして……、まぁ知っているとは思いますが……」

 

 若干探りを入れるような言い回しは、ギルドと『蒼の薔薇』の関係性を示すものだ。

 ラキュース達がギルドを通さずに「とある仕事」を行っているのは公にされていない秘匿行為であったのだが、当然冒険者ギルドには感付かれている。ギルドとしては止めてもらいた案件――とは言いつつも、アダマンタイト級に面と向かって苦情は言い辛く及び腰だ。だからこそ見て見ぬふりを続けていたのだが……。

 

「正門での大量殺戮、目撃証言から首謀者は(カッパー)級冒険者だと判明しました。しかし王都の登録者に該当する者はいません。……と言いたいところでしたが、昨日エ・レエブルから移籍名簿が届けられまして、其の中に居たのです。アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』推薦の逸材――名はパナ」

 

「……何を仰りたいのですか?」

 

 本題に踏み込まないギルド長を前にしてラキュースは不快感を露わにしていた。他の仲間は何も言わない。珍しくガガーランも――である。

 

「まぁ最後まで聞いて下さい。……衛士隊の詰所からも、門の通行人に関する検査記録を貰ってきたのです。……チーム名『堕天』、リーダーは『パナ』、メンバーは『アン』と『マイ』の二名で、計三名の冒険者チームです」

 

 少し間を挟んでギルド長は話を続ける。

 

「このパナと言う名のリーダーは、記載されている外見からも――エ・レエブルから王都へ来たという点からも、間違いなく貴方達が推薦した御仁、……そうですね」

 

「その通りですが……何か問題でも?」

 

 ラキュースは平然と答えた――まるで打ち合わせでもしてきたかのように澱み無く。

 

「問題? 貴方達、これがどれ程重要な――」

「失礼ですがギルド長、私達はエ・レエブルで武に長けた女性と出会い、冒険者へと推薦しただけです。彼女が何者でどのような思想を持っているかなんて知りません。第一、冒険者として認めたのは冒険者ギルドであって私達ではありませんよ。責任の所在を間違えないで下さい」

 

 一瞬火花が散ったかと思うような視線がぶつかり合い、静寂が訪れる。

 ギルド長としては、人類の切り札たるアダマンタイト級冒険者が推薦した人物なので冒険者として登録してしまっても仕方がない、大量殺戮は想定外であった――そのように王国側へ報告したかったのだ。王国側もアダマンタイト級(人類の切り札)が関わっているともなれば、そうそう無茶な行動には出られないだろう。

 王国は――特に貴族達は、冒険者ギルドが力を持つ事を快く思ってはいない。此れを機に冒険者ギルドの権限を大きく制限しようとするのは明白だ。故に、何としても正面衝突は避けたいところであったが……。

 

「貴方達は無関係だと? そう言いたいのですか?」

 

「その通りです。私としても――通りすがりの街で軽く推薦しただけの人物に、責任なんて持てる訳がありません。実際、私達は彼女のチーム名もメンバーの名も全く知らなかったのです。エ・レエブルを出てからも連絡一つとってはいません」

 

 一息で言い切ったラキュースは、徹底的にパナを切り捨てた。

 保身の為と言われるかもしれないが、今此処で行動を制限されるのは冒険者としても『八本指』対策としても致命的なのだ。王国に住まう病巣どもを取り除こうとしている『蒼の薔薇』が、こんな道半ばで花を枯らす訳にはいかない。

 たとえ……憧れるべき英雄を生贄に差し出したとしても。

 

「……これ以上は話しても無駄のようですね。はぁ、……仕方ありません、容疑者パナの件はエ・レエブルに職員を派遣して裏付けを取ります。他の冒険者にも事情を聴くとしましょう。……アインドラさん、ほどほどにお願いしますよ。ギルドが潰れないよう加減して下さい」

 

 年齢を感じさせぬほど気力に満ちたギルド長であったが、最後の最後に少しだけ弱音を漏らしてしまう。これから始まる王国側のイチャモン――と言うか冒険者ギルドへの凄まじい糾弾に、どう対処したものかと頭を痛めていたからだ。

 日頃からくだらない言い掛かりをつけてくるだけあって、被害者の立場になった貴族共――実際に被害に遭ったのは衛士達なのだが――の要求は予想がつかない。そんな事より先にやるべき事があるだろうに……。

 今回多くの衛士達が命を落としたが、どうせなら馬鹿な貴族連中を殺しまくって欲しかった。さすれば王国も少しはマシになっただろうに――と思わずにはいられない。無論、そんな事は口が裂けても言えないが。

 

「ではギルド長、私達はこれで……」

 

「はい、何かあれば宜しくお願いします」

 

 全く心の入っていない挨拶を交わしてラキュース達はその場を後にした。

 珍しい事だが忍者姉妹やイビルアイ、ガガーランまでもが――場を和ませる軽い冗談一つ口にしない。

 何故ならラキュースの機嫌が悪いからだ。

 見た目は優しげな乙女なのに、内に秘めた怒りは天まで届くブチ切れ状態――言わば闇のラキュースが降臨していたのだ。

 その怒りは誰に……何処に向けられていたのか? 大量殺戮を行ったパナに対してだったのかもしれないし、それを止められなかった自分に対してなのかもしれない。

 どちらにせよ、今のラキュースは国を丸ごと滅ぼしかねないほど危険だ。

 刺激しないでおこう――とイビルアイを始め仲間達は軽く頷き合い、恐るべき暗黒の呪いが薄まるのを待つしかなかった。

 




ラキュースさんの背後に『ゴゴゴゴゴ……』という擬音が見えそう。
絶望のオーラ(厨二版)が溢れ出して、周りはパニックだぜ!

まぁでも、エ・ランテルの『漆黒』に依頼を出せば即解決だね。
コイツ犯罪者だから捕まえて~って言えば、ありんすちゃんが来てくれるかも?
それで「武技が使えない奴」と思って、あっさり殺害バッドエンド。

後になって「魔法が使える奴も攫ってくるよう言われていんした! アインズ様に叱られる~」となるんですね、はい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺戮-7

モモンガさんは今頃、エ・ランテルの英雄になっているのかな?
若い女性をサバ折りしたり、おじさんを黒焦げにしたり……。
ハムスターに跨って凱旋しているのかも?

そして……、大切な部下に危機が迫っていたりするのでしょう。

まぁ、こっちは犯罪者になって逃げている途中ですけどね。



 王都の南に有る正門を抜けて更に南へ進むと、大都市エ・ペスペルとの中継を担う小都市が見えてくる。規模はエ・レエブルに及ばず、冒険者ギルドも存在しない小さな都市ではあるが、南部からの商隊は必ずこの場所で宿泊し、商品の編成や王都へ連れていけない人員などを待機させたりしている。故に此の街は何時いかなる時も大いに賑わっていた。

 ただ現時点に於いては、口を開けば命が無いとばかりに静寂で満たされていたが――。

 

 街の北にある簡素な門の近くで、首の無い死体がいくつも転がっている。身に付けている鎧からして王国の騎士ではないだろうか? 首無き主人の傍では立派な躯体の馬が荒い息を整えていた。

 この者達は王都から放たれた追手。

 大量殺戮を行った冒険者一行を討つべく、必死に駆けてきた騎兵二十名だ。

 とは言え、今はもう地面に血を染み込ませる死体でしかない。

 

「ふへ~、これで二度目だけど……、なんか殺すのも面倒になってきたな~。マイちゃーん、そっちは大丈夫だった?」

 

「ほーい、こいつら大した事ないから大丈夫だよ~。でも何か毛色の違う奴が混じっているけど……」

 

 マイの拳で鎧が内側にへこみ、その衝撃で内臓が潰れたらしき物言わぬ騎士は、パナが首を刎ねた王国騎士とは装備が違っていた。そんな奴等が数名、血反吐をまき散らした状態で倒れ伏している。

 

「装備の質が一段低いって感じ? 階級の違う騎士なのかな?」

 

「いえパナさん、此方の騎士は王都からではなく、別の領地から合流した騎士ではないでしょうか? 身に付けている紋章が違います」

 

 アンが指摘するように周囲に散らばる死体からは二種類の紋章が見て取れた。一つは王都の端々で見られた王直轄地で用いられるモノ、もう一つは領地を任された有力貴族のモノであろう。

 

「恐らく王都から周辺の領地へ、私達の捕縛――もしくは殺害命令が送られているのではないでしょうか? これから先も王都からの追撃だけでなく、近くの領地から横ヤリが入ってくるかと思われます。待ち伏せも考慮すべきですね」

 

「うっわ~、ちょっとのんびりし過ぎたかなぁ。王都周辺だけじゃなくもっと隠密を使っておくべきだったかも……」

 

 アンの言葉に色々反省しているパナであったが、王都から逃げ出した直後の数キロメートルだけ隠密していれば何とかなるだろう、と軽く考えていたのだから今更だ

 一度見つかって襲われた時も、偶々だと――運が悪かっただけだと安直に考えていたのもよろしくない。

 何処かの骸骨魔王様は酷く慎重に事を運ぶのに、この堕天使は適当過ぎて呆れるばかりだ。ヴァンパイアの姉が考えを述べなければ、これから先もずっと追手を殺しまくっていたのかもしれない。

 

「むぅ、追いかけっこも待ち伏せも面倒だな~。あ~ぁ、ようやく街で美味しい物を食べられると思ったのに……」

 

 騎士の死体から硬貨を抜き取りながら、パナは物欲しそうな視線を街中へ向ける。

 街では怯えた表情の守備兵や住人達が身を寄せ合っており、騎士を皆殺しにした人型のモンスターが街へ入ってこないよう祈りを捧げていた。

 

「ねぇねぇパナちゃん、アタイ達の目的地は何処なの? 王国から出て行くのは分かっているけど……何処へ行くつもり?」

 

「そうだね~、この先王国から行ける国となるとスレイン法国かバハルス帝国、あと聖王国だっけ? でも聖王国はどんな国か情報全く無いし、法国は人以外死すべしって国なんでしょ? だったら私達が行けるのは帝国しかないじゃない。まぁ、帝国も駄目だったら貴方達の生まれ故郷――竜王国まで足を延ばそうかな?」

 

「竜王国ですか……。エ・レエブルで少し耳にしましたが、その国は今戦争中らしいですよ」

 

 寂しそうに呟くアンを見て、パナは「世界が変わっても世知辛い世の中だね~」とため息を漏らす。人が住まう場所には、どうしてこう似たような悲劇が付きまとうのだろうか? パナとしては人間が絶滅しても構わないのだが、魂にこびり付いた残滓のお蔭で妙な不快感を持ってしまう。

 

(あれ? 私は昔……人間だったよね。人を殺すのは……駄目な事……だよね。そのはずだよね。ん? あれれ? 何で駄目なんだろ?)

 

 転がっている騎士の生首を見てパナは頭を捻る。大切な何かを思い出しそうだったけど、どうにも思い出せない。

 まぁ、其れなら其れで大した物事ではないのだろう――。

 

「んじゃまぁ、此処から先は街道を使わず、森や山林の中を走って行こうか? それなら追いかけて来られないでしょ」

 

「そのままバハルス帝国まで行くのでしたら、トブの大森林を横切るのが近道ですけど……」

 

「姉ちゃんそれは危険でしょ、あの森には神獣とやらが居るんじゃないの?」

 

 アタイは見た事ないけど――そんな事を言いながらも、マイは姉のアンがトブの大森林ルートを使う訳がないと確信していた。ただの確認であり、其処へは行きたくないとの意思表示なのだろう。

 

「分かってるよ、私だって死にたくないしね。このまま南へ突き進んで森へ入ろう。そこから東へ向かって帝国の国境まで行く。遠回りかもしれないけど安全が一番だからね」

 

『蒼の薔薇』とギルドの受付嬢から教えてもらった周辺地理を頭で組み立て、パナは大雑把な進行ルートを決定した。

 トブの大森林から南は平野であり人の住まう大都市が存在する。その場からさらに南へ行くと、トブの大森林ほどではないが深い森や山林が姿を見せ、その先はスレイン法国となる。

 パナは王国と法国との間にある森へ身を隠し、帝国まで突っ走ろうと言うのだ。これは人外であるからこその選択肢だと言えるだろう。普通ならば飲み水や食料の確保、森に住まう危険な獣、迷うかもしれない道無き道――などの対処に追われ、とても帝国まで辿り着けるものではない。

 パナ自身も旅に慣れていないので、特殊技術(スキル)の恩恵が無かったら酷い目に遭っていたことだろう。

 

「さぁ、街の兵隊さんが出てくる前に出発するよー」

 

「はーい」

「ほ~い」

 

 可愛らしい返事をする小柄な仮面姉妹の周囲では、首を斬られた騎士の死体が真っ赤なシミを地べたへ広げており、むせ返る血の匂いを撒き散らしていた。

 パナはそんな死体の山を横目で見ながら、「首無し騎士(デュラハン)だ、首無し騎士(デュラハン)だ」と嬉しそうに指をさしている。

 はっきり言って異常だ。

 その行為が――ナザリックの戦闘メイド(プレアデス)にも居たなぁ、うん懐かしい――というパナの心情を表していたのだとは、誰にも分かるはずがないのだから仕方がない。

 街の住人達も、突然騎士達と殺し合いを始めた三人娘に戸惑うばかりだ。どうやら街へ入らず南の方へ走り去っていくようだが、一体何者であったのか……。王国騎士を皆殺しにしたのだから、ただで済むはずもあるまい。

 

 王都へ商売に向かうはずだった商人――そして街の守備兵達は、小さくなっていく娘達の背中を黙って見送る事しかできなかった。

 

 

 ◆

 

 

 王国から南へ抜けると、其処にはトブの大森林ほどではないが深い森――そしてアゼルリシア山脈ほどではない小さな山々が点在していた。

 此処より西へ行けば聖王国だが、手前にはアベリオン丘陵という広大な荒野が広がっており、小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)人食い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)などの亜人達が無数の部族を作り、日夜紛争を繰り返しているらしい。

 もしかすると悪魔が経営する人間牧場なんかも有ったりするのかもしれない。いや――人間ではなく二本足の羊牧場であろう、うん、そうに違いない。

 

 今、人外娘三人組はアベリオン丘陵まで抜け出る事無く、森の途中で東へ転進し、そのまま帝国方面へ突き進んでいた。夜の森には巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)等のモンスターが多数蠢いており、此の様子なら王国の兵隊達が追いかけてくる事も待ち伏せする事もままならないだろう。

 加えて枝から枝へと飛び移っている獣のような娘達を捕まえる事は、ハッキリ言って不可能だ。どデカい虫網でも持ってきて漆黒の英雄にでも使用させなければ、可能性の欠片も見出せないだろう。まぁ、其の事は当の本人達が一番よく分かっているだろうし、ビックリしているだろうが……。

 

「ひゃっほぅーー! まるで忍者にでもなった気分だよー! 真っ暗闇でも木の枝を飛び移って進めるなんてー! 私ってすごーい!!」

 

 忍者の職業(クラス)持ちである事を忘れているのか、パナは分かり易い己の超人ぶりに興奮を隠せないでいた。

 ユグドラシル時代でも可能なアクションの一つではあったが、体重が掛かって撓る太い枝、揺れ落ちる葉の一つ一つ、思考の先に見える次の枝、頬に当る風と草花の匂い。どれもがゲームの表現を凌駕するリアルな迫力でパナの感覚を刺激していた。

 

「パ、パナさーん! ちょっと待って下さい! 速くて付いていけません!」

「こっちは慣れてないんだから加減してよ~。落っこっちゃうよー!」

 

 パナの遥か後方からヴァンパイア姉妹の苦情が飛んでくる。

 姉妹はヴァンパイアの能力でもって木々を飛び移っていたようだが、流石にそのスピードは「忍者のように」とはいかなかったようだ。とは言え暗闇を見通し、人外の身体能力で森の中空を駆けているのだから、普通に化け物染みた行動と言えるだろう。

 

「ごめーん、なんか楽しくってさ~。トブの大森林みたいに変な獣も居ないみたいだから~、羽を伸ばせるって言うか~、やっぱ自然はイイよね~」

 

 パナは改めて感じる。

 見渡す限り、視界の全てが自然の木々で満たされている――という光景は、なんて贅沢で素晴らしいモノなんだろうと……。

 百年近く森の中で暮らしてきた姉妹には絶対分からないだろうが、やっぱりこの地は楽園なのだ。リアルでは絶対に体験できない森林散歩。空気も香りもそよぐ風も、パナにとって得難き宝の山なのだ。

 

「もう急ぐ必要も無いだろうし……、此処でちょっと休憩しようか? まっ、疲労なんかしてないと思うけどね」

 

「それはまぁヴァンパイアですから……」

 

「疲労とかは無いし睡眠は不要だけどさぁ、適度な休憩は必要だと思うな~。動きっぱなしだと考えを纏める時間も無いしね」

 

 マイの言葉には一理あるように思えた。

 ヴァンパイアはアンデッドであるとは言え思考を持つ存在だ。不眠不休で動き続ける事は可能でも、ゾンビのように単純作業を繰り返すだけの木偶人形では困ってしまう。時折熟考して自らの行動を微調整し、または反省し、改善点を見つけて改良、そしてより良き結果へと繋げる。

 休憩とは身体を休めるだけでなく、頭の整理を行う上でも重要な要素なのかもしれない。

 もっとも何処かの白い悪魔や牧場を経営している眼鏡悪魔のように、休み無く行動しながらでも全てを読み解く事の出来る、超絶頭脳の化け物も居るようだが……。

 

「んじゃ~此処で休憩。……ん~っと、私達って今どの辺りに居るんだろ? アンちゃん分かる?」

 

 真っ暗な森の中であっても、パナの特殊技術(スキル)はしっかりと方角を捉えている。だけど地理に関してはサッパリなので、現在地が何処なのか全く分からない。

 

「そう――ですね。昼夜問わず飛び駆けてきましたから、そろそろエ・ランテル近郊かと思われます」

 

「お~、懐かしいなぁ。森へ逃げ込む前に立ち寄った最後の街だね。冒険者にもう少しで殺されるところだったから悪い思い出しかないけどぉ」

 

 軽い口調で物騒な思い出を語るマイに、パナは同情を禁じ得ない。何か慰めの言葉でも――っと一応リーダーらしい心遣いを見せたかったのだが、どうやらそうもいかないようだ。

 パナの探知に複数の人間が引っ掛かったのだ。

 対象は北から接近、数は十数人。かなり急いでいるらしく、道なき森の中を強引に突き進んでいる。探知対象の内二つは担がれた死体、一人は背負われた死にかけ、そして先頭の一人は……異常なほど強者であった。

 

「ふ~ん、居る所には居るんだね~。でも、こんな真っ暗な森の中を何処へ向かっているんだろ? ……おっとアン、マイ。誰かが近くを通るから静かにね。王国の追手とは思えないけど、まぁ念の為――」

 

 パナは突然現れたイビルアイ以上の強者に戸惑うものの、平静を装って様子見を決め込もうとしていた。――だが一瞬、全身を舐め回すような不快感に襲われ言葉が途切れる。

 何が起こったのか咄嗟には理解できなかった。

 ユグドラシルに於いてはコンソールウィンドウが開いて教えてくれた事象――それ故に対応が遅れてしまう。

 そう――それは――

 

「(うわっちゃー! アンとマイを隠密特殊技術(スキル)で囲ってなかった! 探知されちゃったよ)」

 

 異世界で初めて出会う強力な探知能力者に、パナは驚きを隠せない。

 咄嗟にヴァンパイア姉妹の気配を遮断し其の場から移動するものの、存在を知られた以上何かしらの反応があるだろう。

 今は其れを見定めるしかない。

 

 

 

「た、隊長ぅ! 止まって下さい、何かいますぅ!」

「くっ、全員止まれ! カイレ様を中心に円陣! 周囲を警戒せよ!」

 

 隊の眼とも言える“占星千里(せんせいせんり)”からの警告に、隊長と呼ばれた長髪の優男は瞬時に部隊を制御する。

 血みどろの老婆を抱えた隊員を中心に据え、他の者で周りを囲み視線を外へ向け、完全な戦闘態勢だ。まるで、つい先程まで命のやり取りをしていたと言わんばかりの警戒であり――殺気だ。

 

「何処に居る?! 数は? モンスターか? 」

「前方に二体ですぅ! で、でも探知直後に見えなくなりました。人型でしたがモンスターかどうか不明ですぅ。難度は九十前後ぉ!」

「九十だと?!」

 

 己の能力を全開にしているのに見えなくなってしまった二体の影。探知出来たのは一瞬であり、知り得た情報は少ない。

 長い髪を振り回して戸惑う半裸の女性――“占星千里(せんせいせんり)”にとっては信じられない状況であった。自分の探知から完全に姿を隠せる者など、この世に存在するとは思ってもいなかったのだ。

 戦闘に於いて己に勝る強者は多い。しかし探知にかけては絶対の自信を持っており、相手が“絶死絶命”であろうと“竜王(ドラゴンロード)”であろうと看破できると信じていた。

 それなのに――今、森の中で探知したはずの存在が見えない。

 完全に見えなくなってしまったのだ。

 

「駄目ですぅ、まったく探知できませぇん。せ、生命反応も無しです。どど、どうしましょう?」

「くぅ、……カイレ様の容体は?」

「危険な状態――ポーション、治癒魔法、効果薄い。このままだと危うい」

 

 大きな帽子の隙間から放たれる困惑の声と瀕死の老婆を抱えていた隊員からの報告に、若き隊長は美しい顔を曇らせる。

 このまま留まっていては重傷の老婆は助からない。

 既に強力なヴァンパイアとの遭遇戦で二名の隊員が死亡しているのだ。その上でカイレ様まで命を落とせばスレイン法国にとって許し難い損失となろう。

 

(しかしどうする? 今我々の近くで隠れている二体は、先程のヴァンパイアと関係があるのか? それとも無関係? いや、最悪の事態を想定すべきだ!)

 

 刻一刻と選択の時は迫る。

 隊長は――想定外の事が多過ぎて自分の手に余る、と弱音を吐露しながらも決断するしかなかった。

 

何方(どなた)か存じませんが、我々に敵意はありません! どうかこの場を通してもらえないでしょうか? 今は急ぎ、負傷した仲間を国元へ連れ帰る必要があるのです! 申し訳ありませんが、一刻を争う事態故に返答をお願い致します!」

 

 誰かが居るとは思えない森の木々へ向けて隊長は懇願した。自らの弱みを曝け出す行為ではあったが、もはや選択肢は無い。それ程までにカイレ様の死は重大なのだ。年齢からして復活の可能性が皆無であるが故に、死なせる訳にはいかない。

 

「――――そのお婆さん、私が治してあげようか? 呪いが掛かっていて癒せないんでしょ? どう?」

 

 森の闇間から聞こえてきたのは若い女性の声だ。しかも平々凡々としたのんびり口調で、その場の空気を読んでいないこと著しい。

 隊長としては緊張感のない声に戸惑いながら驚き、そして放たれた言葉の意味を理解して――更に驚愕した。

 

「なっ?! の、呪いを退けられると――解呪できると言うのですか?」

「うん、出来るよ~。解呪の御代として『それ』くれたらね~。今ならおまけで身体の完全回復も付けちゃうよ~」

 

 はっ、と顔を上げた隊長へ射し込む希望の光、ただ――同時に嫌な言葉も耳に入ってきた。

 姿の見えぬ女性と思わしき人物が言い放った『それ』とは? 嫌な予感しかしないが、隊長としては問い掛けない訳にはいかない。

 

「……申し訳ありません。貴方の望む『それ』とは何の事でしょうか?」

 

「ん? あれれ? 価値を知らない訳じゃないよねぇ。貴方達が持っている最もレアなモノ、解けない呪いの解呪に相応しい対価。――そうだよ、そのお婆さんが着ている竜の紋様が入った衣装、それを頂戴」

 

 やはり! そう心の内で叫んだ隊長同様、周囲の隊員達からも苦悶の表情が浮かぶ。

 なぜなら対価として提示された衣装は、絶対に差し出せない神の宝物であったからだ。無論、カイレの命などとは比較にならない。……いや、この場に居る全ての隊員を犠牲にしてでも護らなければならない最重要国家機密なのだ。

 

「恐れながら申し上げます。貴方の求める品は……差し出せません。しかし! 何か別の物ではいけませんか? 例えば私の――この籠手(ガントレット)は如何でしょう? 魔法が込められた国宝級の品です。価値は計り知れないかとっ!」

 

「う~ん、聖遺物級(レリック)かぁ……。しかも大した性能じゃなさそうだし、そんなもの貰ってもね~。世界級(ワールド)の代わりとしては百個あっても駄目でしょ」

 

 やれやれ、といった感じの声が後方から――又は真横から聞こえてきて冷や汗が出る。

 自然な動作で後方の“占星千里(せんせいせんり)”へ視線を向けるが、彼女はただ首を横へ振り、まったく探知出来ないでいる事を伝えてきた。

 横目でカイレ様の容体を確認するが、もはや一刻の猶予も許さない危険な状況に見える。

 決断するしかない――隊長は腹をくくり一か八かの一歩を踏み出す。

 

「申し上げる! 残念ですが仲間への解呪は諦めましょう。ただ……此の場は通してもらいたい! 対価としてこの籠手(ガントレット)は差し上げる! 如何か?!」

 

「えっ? 解呪しなくてイイの? それに貴方達を通すだけで籠手(ガントレット)くれるの? へ~、まぁ、私は構わないけど――」

「――良し、皆先に行け! 見知らぬ御方よ、見逃して頂き感謝する。もしスレイン法国へ足を延ばす事が有れば、その籠手(ガントレット)を兵士に見せてもらいたい。歓待出来るよう通達を出しておきます。では失礼!」

 

 手痛い損害――隊長はその場に残していく籠手(ガントレット)に、後ろ髪を引かれる想いであった。本来なら通行料のような名目で渡して良い防具ではない。あれは二度と手に入らない至高の品、スレイン法国に伝わる神々が残した宝物の一つなのだ。

 しかし、傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の身代わりとしてなら安いものであろう。加えてカイレ様と隊員の命を救えるのなら迷う必要も無い。

 

「ばいばーい、気を付けてね~」

「はい、貴方様も――」

 

 隊員が十分先行したのを確認してから隊長はその場を離れ、仲間の後を追った。途中お気楽な別れの挨拶をもらったが、やはり何処から声を掛けてきたのか分からない。

 このような隠密能力を持った存在が傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の価値を知っていたのだ。その上で見逃すと言うのだ。戦いになっていればどれ程の損害が出たのか――想像するだけで身の毛がよだつ。

 どれか一つでも選択を間違えていたなら、人類の護り手である我々が壊滅していたかもしれない。もしかすると、六大神の秘宝たる傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)を奪われていたかもしれない。

 幸運だった――強大なヴァンパイアとの遭遇戦で大きな被害を被ったのは不運だったのかもしれないが、撤退途中で全滅の免れたのは神の御加護があったからであろう。そうとしか思えない。

 ただ、スレイン法国の名を出したことは早計だっただろうか? 向かう方角から予想されたとは思うが、明言してしまった事が凶と出るか吉と出るか……。

 後悔は尽きない。

 

「た、隊長ぅ、――見えた、一瞬だけ見えたよ」

「なにっ?」

 

 合流した隊長を“占星千里(せんせいせんり)”は怯えと戸惑いの言葉で迎えた。

 

「二人じゃないよぉ、三人! 最初から三人居たんだよっ!」

 

 彼女が視たのは、籠手(ガントレット)を拾ってピョンピョン飛び跳ねる女性の姿だった。後の二人は木の上で確認、しかしあっと言う間に見えなくなってしまい――幻でも見たのかと自分を疑いそうになる。

 

「それでっ、何所まで読み取れたのです? 相手の力は?!」

「ふ、二人は難度九十前後だと思う……、でも下に降りてきた一人は……難度……ゼロ」

 

 一瞬聞き間違えたかと思ったが、その内容を理解すると駆けていた足から力が抜けそうになる。

 難度九十前後が二人なのは確かに問題だが、隊長たる自分――もしくは隊員数名で対処できる相手だろう。しかし難度ゼロとはなんだ? 生まれたての赤ん坊か? そんな難度にどうやったらなれるんだ?

 隊長は湧き出る疑問で思考を埋めてしまうが、当然その先にある結論は一つだ。

 難度ゼロであるはずがない!

 

「貴方でも見抜けないと言うのですか? それ程の相手だと?! やはり……戦闘を避けて正解でしたね。しかし……今日はなんという日なのかっ」

 

 出立するその時から困難な任務であることは理解していた。

 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を支配下に置くという内容からして死者の一人や二人は想定の内。神器『傾城傾国』(ケイ・セケ・コゥク)を扱うカイレ様が居たとしても、無傷で帰国出来るという甘い考えは持っていなかった。

 それなのに、結果は目を覆いたくなるほど……。

 

「闇を纏った狼――吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)の襲撃、その直後に強大なヴァンパイアの強襲。即座に神器を発動したにも拘らず、手痛い反撃を受け完全に支配する事叶わず。更に拘束すら不可能で隊員を無駄に死なせた……」

 

 隊長は隊員に担がれている二つの遺体へ視線を向け、奥歯を噛みしめる。

 

「即時撤退とし、周囲を警戒しながら帰還していたにも拘らず待ち伏せ。カイレ様の容体を考慮すれば戦闘行為をする訳にもいかず、下手に出てすり抜けた。……いや、見逃してもらったと言うべきか? 相手は完全に姿を消していたのだ。我等に一撃を加えるぐらい容易いはずだろう」

 

「申し訳ありません、隊長。私が使役魔獣を周囲に放っていたというのに……」

 

 声を掛けてきたのは金髪の青年だ。

 通称“一人師団”、強力な魔獣を召喚し自由自在に操る獣使い(ビーストテイマー)である。

 

「いや、“占星千里(せんせいせんり)”と“一人師団”の警戒網なら万全と判断し、私が先を急ぎ過ぎたのが原因だろう。カイレ様の呪いの件でも焦っていたが、やはり斥候を出しておくべきだった」

 

 気を遣ったつもりが、隊長の言は「無能を信頼した私が馬鹿だった」と言っているに等しい。斥候の件も、そんな手間を掛けていてはカイレ様が助からないと一目瞭然なのだが……。隊長は少しばかり疲れているようだ。

 神人として強大な力を揮い、漆黒聖典の隊長として気を張ってはいたが、その重圧を支えるにはもう少しばかり年月が必要なのかもしれない。

 外面を誤魔化して大人っぽく振る舞ってはいるが、中身は年若き少年なのだから。

 

 漆黒聖典の隊長と隊員達は、言葉数少なく森を疾走し、スレイン法国への帰途へとついた。

 

 

 

 一方、十数名の強者達が駆け抜けた森の奥では、歓喜する女性の声が響き渡る。

 

「うっひゃー! 棚から牡丹餅! 何もしてないのにアイテムゲットだよー! 流石に世界級(ワールド)アイテムはくれないだろうとは思っていたけど、タダで聖遺物級(レリック)アイテムくれるなんて太っ腹! これってマイちゃんにピッタリだよ! もう素手で戦わなくても大丈夫だよ~!」

 

 パナとしては世界級(ワールド)アイテム所持者と遭遇したこと自体が、信じられない驚きであったと言える。此処がユグドラシルなら即座にギルメンを集結させてPvPを開始するところだろう。相手は一人を除き低レベルの集団だったのだ。世界級(ワールド)アイテムを奪取する機会としては絶好と言えよう。

 

「しっかし探知能力者って居るもんなんだね~。見つかった時は焦ったけど、話の通じるプレイヤーで良かったよ。またフェンリルみたいな神獣だったらと思うとゾッとしちゃう」

 

「でもパナさん、先頭の男性は凄く強そうに感じましたが……」

 

「うんうん、あれは駄目だよ。狂ったトレントより危険かもしれない」

 

 アイテムゲットに喜んでいるパナとは違い、ヴァンパイア姉妹は去っていった集団への警戒が緩んでいない。自らの生死に直結する相手だからこそ軽く扱えないのだろう。とは言え――アンデッドでも生存本能を刺激されるのだろうか?

 

「まぁ、結構イイ人みたいだったし気にしない気にしない。それにフェンリルと違って索敵能力が低かったから、いざと言う時は隠れて逃げちゃえばイイのよ。……でも、あのお婆ちゃん大丈夫かなぁ。籠手(ガントレット)で妥協して治してあげれば良かったかも? それにせっかく出会えたプレイヤーなんだからもっと話を聞きたかったなぁ」

 

 パナの脳裏には、いかつい筋肉ダルマに抱えられた血塗れの老婆が浮かぶ。

 一見しただけで命の危険がある重傷だと分かった。まるで大きな魔法の槍をどてっ腹へぶち込まれたみたいな――。

 

「たぶん世界級(ワールド)アイテムを奪おうとした誰かにやられたんだろうけど、あそこまでやっておいて逃げられたって……詰めが甘いな~。此処にウルベルトさんが居たらなんて言うか――、ぷにっとさんでも良い顔はしないだろうなぁ」

 

「あの~、先程から言われている世界級(ワールド)アイテムって何のことですか?」

 

「もしかしてパナちゃんが言ってた異世界に関係するアイテム? それって凄いの?」

 

 何のこと? 凄いの? ――そんな言葉を聞いたパナとしては黙っていられない。

 あのアイテム一つ手に入れるのに、どれほど苦労したことか……。世界級(ワールド)アイテムはギルドの自慢であり、ギルドメンバーの自慢なのだ。

 素晴らしい仲間が居なければ絶対に入手できない世界に匹敵するアイテム。其れを持っていると言うだけで、仲間に恵まれたギルドであることが証明される。

 

「こほん、アンもマイも良く聞いてね。世界級(ワールド)アイテムって言うのはね――」

 

 パナは語る。

 アインズ・ウール・ゴウンが勝ち得た、奪い取った、掠め取った十一個のアイテムについて……。二度と会えないであろう最高の仲間達について……。

 闇深き夜の森で――パナは嬉しそうに語った。

 

(あぁそういえば……あの長髪の隊長さん、手にしていたのは『入れ替えの槍』だったなぁ。別の場所に保管してある登録武器を、ワンアクションと合言葉で手元に装備出来る『入れ替えシリーズ』の一つ……だったかな? レア武器を持ち歩いてデスドロップしたくない場合は便利だったけど、入れ替えた後は元に戻せないからな~。使いどころが難しくて使用している人はあまりいなかった……。けど、何を登録していたんだろ?)

 

 ユグドラシルの武具を色々見ることが出来て、パナは少しばかり御満悦だ。加えてリグリットが言っていたプレイヤーにも出会えたので、ちょっとばかり興奮している。

 相手はすっかりこの異世界に馴染んでいる様子だったけど、その分多くの情報を持っていたに違いない。スレイン法国は異形種に厳しいと聞いていたので足を向けるつもりは無かったが、今後検討の余地はあろう。

 まぁ、この調子なら帝国内にもプレイヤーは居そうだし焦る必要も無い――か?

 

 

 ちなみに後日判明する事だが、瀕死のお婆ちゃん――カイレ様は死亡したそうだ。

 巫女姫が行う解呪の大儀式に、ほんの数分――間に合わなかったらしい。もちろん儀式を行ったとしても解呪できたかどうかも怪しいが……、ある一人の隊員は口にしたそうだ。

 あの時の足止めさえ無ければ助かったかもしれないのに――と。

 また当の隊長は、

 

籠手(ガントレット)を持ってスレイン法国へ来るがいい。その時は拘束して奪い返し、牢獄で歓待すると致しましょう。何者かは知りませんが――借りは返させて頂く!』

 

 はっきり言って逆恨みのような気もするが、まぁ仕方ないだろう。

 相手はそんな運命の下に生まれた堕天使なのだから……。

 




親切な人と遭遇して、仲良くなりました。
おまけに国へ招待してくれるそうです。
やっぱり同じプレイヤーとして親近感を持ってくれているのでしょう。
今からワクワクします。
どんな美味しい料理を振る舞ってくれるのでしょう。
お土産とかくれるのでしょうか?
タダでガントレットも貰えたし、期待が高まりますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺戮-8

今回は、オーバーロード内で高い人気を誇るあの人が登場だよ!
こんなに遅い登場なんて酷いと思うかもしれないけど……。
大丈夫!
これからは活躍してくれるはずだよ!
なんと言っても、英雄の領域へ足を踏み入れた人外様なのだから、ねっ!



 森の中でパナ達一行は、のんびりと歩を進めていた。

 アンがパナの曖昧な知識を基に魔法の練習をしたり、マイが籠手(ガントレット)の使い勝手を試すかのように大きな熊と殴り合ったり、色々勉強しながら帝国を目指していたのである。

 そんなある日、エ・ランテルにだいぶ近づいてきたと思っていたパナ達は、集団戦闘を行っている団体を発見していた。

 森の中の開けた場所――グリーンシークレットハウスが八つくらい設置出来そうな広場――そこで傭兵風の一団と黒いローブを着込んだ集団が殺し合っていたのだ。

 

「(うっわー、こんなとこで何やってんのよ。静かな森が台無しじゃない)」

「(全部で四十人ぐらいでしょうか? いったい何を争っているのでしょう?)」

「(パナちゃん、姉ちゃん、原因はアレじゃないかな?)」

 

 木の上でコソコソ隠れていた三人組の中から、何かを指し示すかのように人差し指が突き出された。その先に見えるは二つの大きな麻袋。通常であれば食料品を運ぶための袋であるが、今回は異なるようだ。

 麻袋の一つには赤黒いシミが見え、閉じ口からは人の足が覗いている。

 

「(えっ、あれって死体? 人の死体が入ってんの? って事はこの人達、死体を奪おうとして殺し合ってんの? 馬鹿じゃない?!)」

「(パ、パナさん、声が大きいですよ。見つかっちゃいます)」

「(でもまぁ、変な奴らなのは分かるけどさ……。黒ローブの方、なんか見覚えがあるんだけど……)」

 

 剣と魔法、そして弓矢や短刀が乱れ飛ぶ戦場に於いて、マイの瞳は戦いを優位に進めている黒ローブの集団へと向いていた。

 邪神を崇めるような宗教団体が着るであろう真っ黒なローブ。それはヴァンパイア姉妹にとって魂に刻まれた恐怖そのものだ。

 

「まさかっ、そんな……。私達を襲った――生贄にしたあの集団?」

 

「分かんないけどさ、でも――似てるよ。外見だけじゃなく雰囲気もさ」

 

 過去の恐怖と怒り――姉妹の心中ではどのような葛藤が湧きあがったのであろうか?

 パナには知る由もないが、どうやらこのまま日和見している訳にもいかなくなったようだ。少なくとも黒ローブの輩は捕まえて話を聞きたいところである。

 

「え~っと、そんじゃあ潰し合って弱ったところに乱入しようか? 黒ローブを一人生きたまま捕まえて他は殺しちゃおう。アンちゃん、それでイイ?」

 

「あ、はい。両者とも真っ当な団体では無さそうですし、構わないかと思います」

 

「だよね~、傭兵の方はどう見ても荒事専門って感じだし――って人数で負けているからこの勝負、黒ローブの方の勝ちかな? 傭兵集団はそろそろ逃げるかも」

 

 マイの言うように、傭兵風の集団は手近な仲間の死体を引っ張り、少しずつ後退を始めているようだ。まだ十数名が健在だが、全滅するまで戦うつもりもないのだろう。死体が入った麻袋を手に入れたいのは山々だが、その為に仲間を死体にするのは本末転倒と言えるのかもしれない。

 

「あらら、傭兵さん達諦めちゃったね。黒ローブの方も追いかけるつもりはないようだし、そんなに麻袋の死体が大事なのかな? まぁ、捕まえて聞いてみれば分かるか……」

 

 パナはゆっくりと背中の忍刀を抜き、中腰で構える。

 

「アンはこの場から魔法で援護、マイは私が中央へ飛び出した後に外側から蹴散らして行って。話を聞く相手は私が捕まえるよ。中心にいるちょっと強そうな人でイイでしょ。んじゃ――行くよ!」

 

 戦いは、勝利を確信して一息ついた瞬間が危ない。

 いつかぷにっと萌えが語っていた言葉だ。

 当人はそう言いながら、拠点防衛戦を乗り切って喜びの声を上げていた敵対ギルドへ、嬉々として攻め込んでいたのだから頭が痛い。

 ユグドラシル運営が拠点防衛戦に僅かなりともインターバルを設けたのは、ぷにっと萌えの影響が大きいと思う。本人は否定していたけど……。

 

「首ちょんぱぁ!!」

 

 パナことパナップ最強の一撃――不意打ち状態からのクリティカル。はっきり言って過剰攻撃でしかないが、確認の意味も込めての攻撃だ。

 当然ながら、攻撃を食らった黒ローブは首どころか全身木端微塵に吹き飛んで跡形もない。

 

「あっちゃー、やりすぎたかな?」

 

「なっ? なんだお前!? 何処から現れた? いったい何をした!!」

「襲撃、襲撃! 森の中から魔法攻撃!」

「囲まれているだと?! 周囲への警戒はどうし――ぃぐあっ!」

 

 逃げ惑う黒ローブの腹から、緑の宝石と見紛うばかりの籠手(ガントレット)が突き出てきた。魔法の掛かったローブを容易く突き破り、真っ赤な血潮を噴き上げる。

 仮面の奥でマイは笑っていた。

 今まで逃げてばかりだった己を笑い、惨めに死んでいくローブの男達を笑う。

 ――これで姉ちゃんを護れる――

 マイは「ひひっ」と姉がドン引きするような笑いと共に、次の獲物へ襲い掛かっていった。

 

「貴様ら何者だ?! 我等を襲うという事が何を意味するのか判っているのか? ただでは済まんぞ!」

 

「あ~、ちょっと待ってね。貴方以外は皆殺そうと思っているから、そこで大人しくしていてね」

 

 森の闇間から飛んでくる魔力の塊を食らって弟子の一人が弾け飛ぶのを横目で確認し、高弟たるその男は声を張り上げた。しかし返ってきたのは、お茶でもしていろと言わんばかりの軽口だ。

 もはや語るに及ばず。

 

「愚か者が! アンデッドとなってから後悔するがイイ!!」

 

 十二人しかいない高弟の一人である男にとって、周囲に散らばる死体は強力な武器でしかない。たとえバラバラであっても、頭が無くとも、腹に穴が開いていても――弟子の死体であっても問題は無いのだ。

 

「出でよ! 紅骸骨騎士(レッド・スケルトン・ナイト)!!」

「はいはい、ちょっと静かにしてね」

 

 一般的な骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)より二回りは大きく、仄かに赤く輝くアンデッドは長剣と大楯を構え――強大な力を揮うかに見えた。

 しかし即座に頭を叩き割られ、ただの死体へと戻る。

 その間一秒もなかったであろう。

 何が起こったのか、理解する事すら難しい。

 

「はっ? なん……だと?」

「貴方ちょっと邪魔、手足切り取っておくね」

 

 刹那、何の支えもなく頭から地面へと落ちた。

 起き上がろうとしても蛆虫のようにモゾモゾと這うだけだ。

 

「な、なな、なんだこれはー?! で、弟子達よ! 助けよっ、私を助けるのだ!」

「うっさいな~、首も切っちゃうぞ。――マイちゃーん、そっち片付いた~?」

 

「ほ~い、どいつもこいつも大した事なかったよー」

 

「そっか。アンちゃーん、もう出てきても大丈夫だよ~。周辺にも変なのはいないから警戒しなくてもイイよ~」

 

「は、はい。今行きまーす」

 

 気が付けば、その場で動いているのは三人と一匹だけであった。

 仮面の少女が二人、そして村娘のような女が一人。他は一匹の蛆虫と、森の栄養となるであろう死体だけである。

 

「さぁ~てっと、最低限の治癒はしてあげるからお話聞かせて頂戴。貴方達は此処で何をしていたの?」

 

「ふざけるな……ふ、ふざけるな……私は、私は高弟だぞ。盟主様に仕えるう……最上位の……多く、多くの弟子をを、を持つううぅ……」

 

「あ、あれ? ちょっと聞いてる? おーい、私の声が聞こえてますか~? って仕方ないなぁ。人間種魅了(チャームパーソン)の魔法で会話出来るようになるかなぁ?」

 

 転がっている芋虫は何処か遠くを見ているようだった。

 視線はパナを捉えず、声も聞こえていない。訳の分からない呟きを繰り返したかと思えば、いきなり盟主様とやらの偉大さを唱え始める有り様だ。