Fallout:SAR (ふくふくろう)
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始まりの日

 

 

 

「高い空、荒れ果てた街並み。着てるのはやけにピッチリした、青いヴォルトスーツ。そして左腕にはピップボーイ、か。形状からすると、去年の年末に発売してから俺がアホみたいにやり込んでた4のだよな。にしてもマジかよ、これ……」

 

 思わず出た呟きで俺の今の状況を察せる人間となら、この空の下でもいい酒が飲めそうだ。

 そんなくだらない事を考えながら、震える指先でピップボーイを操作する。

 

 ステータス

 

 攻撃力10

 ダメージ耐性 エネルギー5 実弾10

 HP95

 レベル1

 アクションポイント90

 

「うっわ、レベル1かよ。フォールアウト4は猿みてえにやってたから、ゲーム内じゃどのキャラもレベル100オーバーだったってのに……」

 

 ボヤいても始まらないかと、ピップボーイのタブを操作して次のページを表示。

 そこにある古めかしい画面には、予想通りSPECIALが映る。

 

「上から3、3、3、3、3、3、10。って、LUCK特化かーい! 夢じゃないならヤバいぞ、これ」

 

 風が肌を撫でる感触。その風に含まれた、少しばかりの磯臭さ。

 こんなリアルな夢があってたまるかと毒づきたいが、現実であるならばそれはそれで困る。

 

 フォールアウトというゲームは核戦争後の荒廃した世界で主人公が生き抜く物語で、とても俺のような半分ヒキコモリの大学生が勝者になれるような場所が舞台ではないのだ。

 放射能で変異したバケモノ、クリーチャーだけが敵ではない。戦争を生き残って暮らしている人間達の大半も、油断ならない連中だ。

 

「まいったねえ。そりゃ、こんな世界なら好きに生きられるって思った事もあるよ? でもそれは平和な日本で、波風のない穏やかな生活を享受してたからこそだっての……」

 

 今は、春。

 大学が春休みに入った俺は実家にも帰らず、安アパートの一室でゲームをしたり動画を見たり、ネット通販で買ったマンガを読んだりして自堕落に暮らしていた。

 はずだったのに。

 

「PERKSは1つもなし。そりゃレベル1だもんなあ。スキルもなくクリーチャーに襲われたら、すぐ死んでゲームオーバーじゃね? おお。オオバコの葉っぱを千切る感触もリアル。指先に付いた葉の汁も青臭いったらない。現実なのかなあ、この景色。ってかそんな事より、武器はあるのか? なかったら詰みだぞ」

 

 ピップボーイのインベントリ画面。

 それを開いた俺は、驚きで固まった。

 

 ゲームならヴォルトと呼ばれる核シェルター脱出時に拾う、初期武器とも呼べる10mmピストルを先頭に、あるわあるわ。

 

 フォールアウト4は武器を改造して自分好みにしたり出来るのがウリの1つで、特に性能の良い武器はレジェンダリー武器といって、それは強い敵を倒して手に入れるのが常だった。

 そしてフォールアウト4をやり込んでいた俺はそんな武器をせこせこ集めては改造して自宅として使っていた、廃墟になったガソリンスタンドの保管棚に溜め込んでいたのだ。

 が、そのすべてが、なぜかピップボーイの中にあるらしい。

 

「こ、これなら俺でも生き残れるか? この、ウェイストランドで。防具も、……あるな。薬品に食料、クエストアイテムにジャンク。MODに弾も。っは、俺このまま街の支配者にでもなれんじゃね? 所持金が51万キャップだってよ」

 

 こんな状況だというのにどこかウキウキとした気分でヴォルトスーツからフル改造済みのアーマード軍用戦闘服に着替え、アーマーも胴に両手足にと全部位を装備した。

 アーマーはもちろん、すべてレジェンダリー防具だ。防御力も高いがそれぞれに固有の特殊効果があるので、かなり重いがきちんと装備する。

 

 ピップボーイのインベントリにはスクロールするのが面倒なほどの数のパワーアーマーもあったが、あれを着て動くには大きな乾電池のような消費アイテムが必要だ。それを補充できるかどうかもわからないので、とりあえずはこれでいい。

 

「武器のショートカットも設定できるのか。拳銃にショットガン、フルオートのライフルにスナイパーライフル。忘れちゃいけないのが、回復手段のスティムパックだな。……よしっと」

 

 どんなに強い武器や防具を身に着けても俺は俺なのだが、やはり安心感が違う。そんなはずなんてないのに、なんだか強くなった気分だ。

 

 最後にゲームでも現実でもいつもしていた黒縁メガネをかけ、俺は辺りを見回した。

 

 錆びた車の残骸。

 ひび割れたアスファルト。

 伸び放題の雑草に、これまた錆びて赤茶けたガードレール。

 俺が立っている交差点の左右には崩れかけた家。少し先には、倉庫のような大きな建物も見えた。

 

「さて、どうすっか……」

 

 水や食料、それに金は使い切れないほど持っている。

 ならば人が多く暮らす街かせめて集落でも見つけて、金か物々交換で安全な建物を確保してしまえばとりあえず安心だろう。

 

「まあ、その街を探すのが大変なんだけどなあ。ピップボーイの地図は真っ黒だし、こんな交差点に見覚えもない。とりあえず歩くか」

 

 フォールアウト4では自身のPerception、日本語に訳されると状況認識力となっていたSPECIALの数値で視界の中央下部にマーカーが表示され、敵や近くにあるロケーションを表示してくれた。

 

 今の俺にもそれは見えてはいるのだが、なんせPerceptionはたったの3。敵を示す赤いマーカーが見えていないからといって油断はできない。

 

 力がなくても使えそうな武器、消音器付き小型拳銃のデリバラーを右手にぶら下げて歩き出した。

 ブーツの底が、砂を噛んで鳴る。

 

「しっかし、マンガやラノベみたいに異世界転移かよ。それもこのフォールアウト4なんて極悪非道な世界が現実なら、俺はどうなっちまうんだか」

 

 それでも、これが夢や幻だったとしても、俺に死ぬ度胸なんてあるはずもない。どうにかして、生き残るしかないのだ。

 

 レトロフューチャーがコンセプトのポストアポカリプス世界が舞台なだけあって、車の残骸はどこかユーモラスな造形をしている。

 それらの間を縫うように歩きながらアスファルトを踏んで進んでいると、右手に崩れていない建物があるのに気がついた。

 

 造りからして、食料品などを売っていた個人商店であるらしい。

 ゲームにはなかったアイスクリームの冷凍庫が見える。

 

「金と物資に余裕はあるが、ここがどこか知るためにはざっとでも探索しておきたいな。フォールアウト4の大都会、ダイヤモンドシティーは有名な野球場の跡地だ。崩壊前の地図でもあれば、その場所は確認できる」

 

 人間を襲うバケモノ、クリーチャーは建物の中にいる事も多い。

 デリバラーのグリップを握り直しながら、俺はその店へと足を向けた。まだ春先だというのに、手にはじっとりと汗が滲んでいる。

 

「おい。ウソ、だろ……」

 

 俺は目的である建物に入る前にある物を発見し、膝から地に崩れ落ちそうになった。

 

 食料品 雑貨

 木下商店 電話番号3382

 

 そう書かれた掠れた文字の看板を見上げながら、震える自分の体をギュッと抱き締める。

 ここはフォールアウト4の舞台、アメリカのボストンじゃない。

 

「日本、なのかよ。核戦争後の……」

 

 フォールアウトシリーズはレトロフューチャー、つまり大昔の人間達が夢想した現実世界とは違う発展を遂げた未来の世界で核戦争が起こったという設定だ。

 それはさっきまでいくつも見た車の残骸からして、ここでもそうなのだろう。

 だが掠れた看板の文字、日本語を目にした俺はどえらいショックを受けているらしい。

 別に、愛国心なんかこれっぽっちもなかった。

 それは自信を持って言える。

 

「でもさ、核爆弾で滅びた故郷なんて見たくなかったよ……」

 

 木下商店の前には小さいのと大きいの、2人分の骸骨がボロボロの服を着た状態で横たわっていた。

 小さな頃に仏壇や墓前で親に強制されてそうしたのとは違い、心を込めて両手を合わせる。

 崩壊した世界じゃ、いや、そうなってしまう前から祈りを聞き届けてくれるような優しい神様なんていやしない。

 それでも俺は地面に片膝をつき、眼前の親子の屍にどうか成仏してくださいと祈った。

 

「ぐるあぅ……」

 

 木下商店のガラスが割れた引き戸の奥から、そんな声が聞こえる。

 

 デリバラーを跳ね上げて、銃口を店の奥に向けた。

 

 銃を撃った経験など、中流家庭で育って大学に入学し、2年ほど独り暮らしをしていた俺にあるはずもない。海外旅行の経験なんてないのだ。

 

 それでもやらなければ、俺が殺られる。

 

「ぶち殺してやる。レベル1だって、レジェンダリー武器があればグールくらい……」

 

 汗が額から頬を伝い、顎先から落ちた。

 

 時間の流れが、酷く遅い。

 声が聞こえてから3分ほど、俺は片膝をついたままデリバラーを構えていた。

 

 マーカーは赤。

 つまりさっきの声の主、十中八九グールと呼ばれるクリーチャーである存在は俺を殺す気なのだ。

 

「落ち着け、落ち着け。現実だからと気負うんじゃない、ゲーム感覚で撃ち殺せ。グールでもスーパーミュータントでも、その出自なんて考える必要はないんだ。殺せ。出来なけりゃ、自分が死ぬだけだぞ?」

 

 どれほど見よう見マネの、窮屈な射撃姿勢でじっとしていただろう。

 

 マーカーは動かない。

 

 もしかしたら、俺がこの場を離れればそれで。

 思うと同時に、激しく踊るように赤マーカーが動いた。

 

「ぐるああっ!」

「ひっ……」

 

 体を回転させながら飛び出して来たグール。

 その体毛のないひび割れた肌のシワを見ながら、震える指先でトリガーを引く。

 

 ガチッ

 

「えっ……」

 

 拳。

 顔や頭部と同じくひび割れたそれが、俺に迫る。

 

「があっ!」

 

 間に合わない。

 衝撃。

 事故に巻き込まれたバイクのドライブレコーダーを、有名な動画投稿サイトで見た事がある。

 俺の視界は、まさにそんな感じだった。

 

 痛みを感じる余裕すら、ない。

 

「……いってえ」

 

 もう一度。

 もう一度デリバラーを構えて撃てと他人事のように考える。

 

 起こっている出来事に現実感がなさ過ぎて、まるで映画館でスクリーンの向こうに声援を送っている子供にでもなった感じなのだ。

 

 起き上がれ。

 銃を、デリバラーを構えろ。

 そして、撃て。

 

 グールは俺を殴り飛ばし、その拍子に姿勢を崩していた。

 だが今はまた立ち上がり、干からびた瞳で俺を睨みながら拳を振り上げて迫っている。

 

 時間が、酷くゆっくりと進む。

 

 ボロ布で局部だけをかろうじて隠しているグール。

 その動きが、はっきりと見えた。

 

「死ねるかあっ!」

 

 デリバラーを持ち上げ、トリガーを引く。

 

 ガチッ

 

 弾が出ない。

 衝撃も、音もない。

 

 死ぬのか?

 俺はこんな場所で、なぜこんな目に遭っているのかもわからずに死ぬのか!?

 

「嫌だ。嫌だーっ!」

 

 



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相棒

 

 

 

 ガチッ

 ガチガチッ

 

 頼みの綱であるレジェンダリー武器、デリバラーはそう虚しい音を鳴らすだけ。

 

「なんで、……いでえっ!」

 

 2度目の殴打。

 

 視界の左下に表示されているHPバーの緑色の部分は、それでほぼ消し飛んでしまっていた。

 ピップボーイを操作して確認する余裕はないが、これでは残HPは2桁も残ってはいないだろう。

 

 つまり、次に殴られれば死ぬ。

 

 酷くゆっくりとした動きでまた俺を殺そうとするグールを見ながら、俺は自分がスッと血の気が引いたように冷静になるのを感じた。

 

 バカらしい。

 こんな痛い思いを、なぜ俺が。

 起きたらメシ食ってゲームして、夜には熱めの風呂に入ってゲームして、たまには酒を飲んで眠くなったら寝る。そんな毎日をたまらなく愛していた俺が、どうしてこんな世界に。

 

 そう思うと、無性に腹が立った。

 

 殺してやりたい。

 グールを。

 こんな世界に俺を放り込んだ存在がいるなら、ソイツも。

 

「へっ。こうして時間が遅く感じるのは、レジェンダリー防具の効果だよな。なら、これも使えるはずだ。見てやがれミイラ野郎。……VATS、起動」

 

 フォールアウトの主人公が使う必殺技とでもいうべき特殊能力、VATS。その存在をやっと思い出した俺は、迷わずにそれを起動した。

 

 間延びして聞こえるグールの雄叫びが、ようやく聞き取れる。どうやら俺は、耳障りなその声が耳に入らないほど精神的に追い込まれていたらしい。

 

 スローモーションの世界で、5連続でトリガーを引くイメージ。

 液晶テレビで見慣れたVATSの攻撃表示が、拳を振り上げるグールに重なっている。

 

「くたばれ」

 

 攻撃開始。

 勝手に動き出した俺の体は、まずデリバラーの小さな突起物を親指の先で押し下げた。

 

 安全装置というやつだろう。アニメやマンガ、ゲームの登場人物がそれを操作するのは嫌というほど目にしていても、実際に自分が銃を撃つとなるとその存在なんてすっかり忘れてしまうらしい。

 

 マヌケな自分を嗤うように笑みを浮かべながら、俺はデリバラーを撃った。

 

 胴撃ちの5連射。

 

 だが銃弾は、3発しか発射されない。

 それはそうだ。

 グールは2発でHPのほとんどを失い、3発目を身に受けて血と肉片を撒き散らしながら吹っ飛んだのだから。

 

「……ふうっ。赤マーカーはもうない、か。とりあえずスティムパックを」

 

 回復アイテムであるスティムパックは、5000個ほどピップボーイのインベントリに入っている。ケチる必要はないだろう。

 大きな注射器のようなそれを自分にぶっ刺すのは少し怖いが、こんなミリしか残っていないHPで自然回復を待つよりはいい。

 

「ぐっ。やっぱいてえけど、グールに殴られたほどじゃないな。お、HPが回復してく。これは、難易度サバイバルの回復スピードか。やれやれだ」

 

 ゆっくりと流れていた時間が、HPの回復と同時に元に戻る。

 レジェンダリー防具の固有効果、『体力が20%以下になると時の流れが遅くなる』がHPの回復で切れたのだろう。

 

 じわじわとHPが回復しているのでバーがすべて緑色になるのを待ちながら、周囲を見渡しつつピップボーイのインベントリからタバコとライターの取り出しをイメージする。

 

「うっは、いきなり手の中にタバコの箱とライターが出たよ。まるで魔法だな」

 

 タバコを1本灰にする前にHPは全快。

 それでも俺はすぐには動かず、フィルターの根元まで吸ってから吸い殻を捨ててブーツで踏み消した。

 

 あのグールに殴られた痛み。今も背中を濡らす冷や汗。タバコとはまるで違う硝煙の香りと、ひび割れたアスファルトの上で春の陽を照り返す金色の薬莢。

 

 もうここが、この世界が現実だと認めるしかないだろう。

 ならばこの世界で生き抜くしかない。

 それに、どうしても叶えたい目標が出来た。

 

「俺がこんな目に遭ってるのが誰かのせいなら、ぜってーソイツを見つけ出してぶっ殺す。ウェイストランドの住民になったんだから、遠慮する必要はねえ。神か悪魔か知らねえが、首を洗って待ってやがれ……」

 

 吐き捨てて、木下商店の敷居を跨ぐ。

 

 薄暗い店内は、これ以上ないほどに荒れ果てていた。

 駄菓子やビン入りのジュースがゲーム内と同じく口にして大丈夫なのかも気になるが、まずは現在の位置を把握したい。

 

 埃まみれのカウンターの上に、受話器が外れた古めかしい黒電話がある。そこまで行ってカウンターをピップボーイのライトで照らしてみると、電話の横には出前を頼むためにか蕎麦屋のメニューが置かれていた。それの右下には静岡県新居町とあり、その後には番地まで書いてある。

 

「ここは静岡県。ならこのまま、東京か名古屋を目指すか?」

 

 そう呟いては見たが、核戦争後の日本なら東京や大阪、名古屋などの大都市は軒並み壊滅状態だろう。

 ならば生き残った人間達はどこに住んでいるのかと考えても、四国で生まれ育って大学も松山だった俺にはこの辺りの土地勘なんてゼロだ。

 

「あー。まずは、地図を探すか。グールはもういないみたいだし、なんなら今日はこの奥の部屋に泊まってもいい」

 

 そう決めてしまえば、気になっていたジュースを手に取って眺める余裕も生まれるというものだ。

 舌を出したカエルがプリントされたビンには、カエル印の黒糖サイダーとある。

 

「メチャクチャ甘そうだなあ。ま、ヌカじゃないだけ安心か」

 

 フォールアウトの世界では有機物を腐らせる細菌が死滅しているとかで、食べ物や飲み物、死体まで腐ったりはしない。

 ならどうなって白骨化したんだという話だが、俺は創作物の世界観にツッコミを入れるほど空気の読めない人間ではないので、そんなのはどうでもよかった。

 

 問題はこのジュースや床に転がっている駄菓子が、ゲームと同じように口に出来るかどうかだ。

 

 カウンターの角に王冠をひっかけ、勢いをつけてビンを引く。

 すると炭酸が噴き出してカウンターを濡らし、甘い匂いが鼻に届いた。

 

「腐臭はしない。いけるか?」

 

 それでも、いつの物かわからないジュースを飲むのは怖い。

 自宅で寝ていたはずが気がつけばこんな世界に放り出され、まだ人間には出会えていないのだ。気軽に医者にかかれるはずもないので、どうしたって慎重にはなる。

 

 ビンをカウンターに放置し、奥にある部屋に土足で踏み込む。

 元の住民に申し訳ないという気持ちはあるが、またグールにでも襲われて靴を履いている間に死にましたじゃ悔やんでも悔やみきれない。

 

「ザ・昭和の家、って感じだなあ……」

 

 フォールアウトはアメリカが舞台だったので、こういった民家や商店を漁っても銃や弾丸を比較的簡単に入手できた。

 それが日本が舞台になると、銃器なんて簡単には手に入りそうにない。

 

 ピップボーイにしこたま武器があったのをありがたく思いながら、小さな家を隅々まで見て回った。

 

「武器は包丁が3つだけ。まあ、日本の一般家庭じゃそんなもんだよなあ」

 

 狭いが居心地の良さそうな茶の間を今日の宿と決め、ちゃぶ台の前でブーツを履いたまま胡坐を掻いた。

 きれいな水というアイテムをピップボーイから出して喉を潤しながら、まずはのんびりとまたタバコを吸う。

 

「さてさて。インベントリの確認をしないとな。数が数だから、夜までに終わるといいけど」

 

 武器や防具の充実具合に時折ニヤケながら夕方までかかってインベントリ内の物資を把握したのだが、その途中で俺は何度も驚かされた。

 ゲーム内ではどうやったって入らなかったワークベンチや街に設置した構造物まで、左腕のピップボーイのインベントリに名前があったからだ。

 

「ウソだろ。これじゃ数からして、すべてのキャラで作った家やタレットが入ってるぞ。それにドッグミートだけだけど、コンパニオンまで収納されてるってのかよ……」

 

 犬の死体が出て来たらどうしようとビクビクしながらドッグミート、フォールアウト4で仲間として連れ歩けるシェパードを取り出してみる。

 

 たとえ犬であっても、味方がいるのならば是非とも隣にいて欲しい。

 俺の心細さから来ていると思われる人恋しさは、それほどに切実だった。

 

 それにフォールアウトシリーズでは主人公はいつもなぜか1匹の犬に懐かれ、それにドッグミートという鬼畜なネーミングをして相棒として連れ歩くのが恒例になっている。

 シリーズのファンの1人として、ドッグミートと旅が出来るのにしないという愚行など絶対に犯せない。

 

「くぅん」

「おおっ、ドッグミート。俺だ、わかるか?」

 

 目の前に現れたシェパードが、行儀よくお座りしながらつぶらな瞳で俺を見上げている。

 

「わんっ!」

「く、くすぐってー。そんな顔を舐めるなって。メシと水、いるか? 再会記念に、デスクローオムレツでもリブアイ・ステーキでもなんでも食わしてやる」

「わんっ」

「お、おい。どこ行くんだよ!?」

 

 慌てて立ち上がり、駆け出したドッグミートを追いかける。

 毛並みの良いシェパードは一目散に駆け出したかと思うと木下商店の店内まで走って崩れた棚に頭を突っ込み、何かを咥えてようやく追いついた俺の手に押し付けた。

 

「なんだ、これ。なま、り節?」

「わんっ」

「まさか、これを食わせろってのか?」

「わんっ」

「マジかよ……」

 

 なまり節というのはどうやら魚の加工品のようで、透明のビニール袋の中には茶色い物体と少しの汁が入っている。

 変色はしていないようだし、ビニールの上から触れてみても身はしっかりとしているようだが、これを世界でたった1匹の仲間にはいそうですかと与えても良いのかどうか。

 

「とりあえず、開けてみるか」

 

 もし腐っていても荒れ果てた店内でなら床が汚れても構わないし、臭いも茶の間まで届きはしないだろう。

 恐る恐る封を開けると、意外に美味そうな魚の匂いが鼻に届いた。

 

「これ、普通に食えそうだな」

「わんっ、わんっ!」

「そう急かすな。まずは少しだけ、こんくらいかな。ほら」

 

 思ったよりも柔らかくしっとりとした魚を千切り、しゃがんでドッグミートの鼻先に差し出す。

 するとドッグミートは嬉しそうに一吠えして、あっさりとそれを噛まずに飲み込むような勢いで食べた。

 

「……大丈夫、なのか?」

「あんっ!」

「もっと食うなら、茶の間に行こうか。台所で、皿を借りてさ」

「わんっ」

 

 人間の言葉がわかるのか、ドッグミートは俺を導くようにして台所まで歩く。

 よくも場所がわかるものだなあと感心していると、今度は台所にある冷蔵庫のドアをカリカリと爪で引っ掻いている。

 

「おいおい。その中にも食い物があるってのか?」

「わんっ!」

 

 本当かよと呟きながら冷蔵庫を開ける。

 

 冷たい空気など欠片もないのに、その中にはジャガイモの煮っ転がしや葉物のお浸しが作りたてのような姿で収まっていた。

 

「マジかあ」

「わんっ」

 

 吠えてから嬉しそうにブンブンと尻尾を振るドッグミートに、これは危険だから食わないでおこうとは言い辛い。

 

 仕方なくなまり節と煮っ転がしを食器棚にあった皿に移してから茶の間に移動して腰を下ろしたのだが、ドッグミートは俺がよしと言うと同時に畳の上に置いたそれを平らげた。

 別の皿に注いだきれいな水も、ドッグミートは酷く美味そうに飲む。

 

 それを見ているとなんだか食べ物如きでビクビクしている自分が恥ずかしくなり、俺は晩メシにリブアイ・ステーキを2枚食べ、冷えたグインネット・ラガーも1本だけ飲んだ。

 

 ビールは好物であるから飲み足りない気がするが、いつまたクリーチャーに襲われるかわからない。

 しこたま飲んで気を失うようにして眠るのは、防犯のしっかりした家を手に入れてからだ。

 

 気がつけば立っていた交差点から1キロも歩かず木下商店を発見してインベントリの確認をしていただけだというのに、どうにも疲れ切っていて目を開けているのも辛い。

 

「おいで、ドッグミート」

「あんっ」

「春先だけど、夜はまだ冷える。一緒に寝よう。明日は、駅を探すんだ。そうすれば、この家になかった地図も見つかるだろ。なんとか街か集落を見つけて、早く家を確保しないと……」

 

 そこまで言って、俺は意識を手放した。

 

 服どころかブーツも脱がず、布団すら敷いていない畳の上に寝転がっただけだが、ドッグミートが俺を温めるように寄り添ってくれているので悪くない気分だ。

 

 なぜこんな世界に迷い込んだのか、なぜレベルは1なのにピップボーイには使い切れないほどの物資が積み込まれているのかはわからない。

 それでも、1人じゃないのならどうにかなりそうだとぼんやり思いながら。

 

 



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出会い

 

 

 

「いい天気だなあ、ドッグミート。こうも晴れてっと、なんとなく気分もいい」

「わんっ」

「……まあ、昨日のこれがなきゃだけどよ」

 

 春の陽射しに照らされているのは、昨日俺がVATSで射殺したグールの骸だ。

 それと店先にある2人分の遺骨をなるべく見ないようにしながら、俺は木下商店のタンスにあった細紐で肩にかけられるようにしたショートライトコンバットライフルの装填と安全装置をしっかりと確認した。

 

「ったく。ゲームが現実になると、銃の重さがこんなにも影響するとは。信じらんねえよなあ。オーバーシアーなんかこれの4倍近くも重くて、Strengthが3しかない俺じゃマトモに扱えやしないんだぜ?」

 

 レジェンダリー武器は、それこそ売るほど大量に持っている。

 

 だが木下商店の茶の間で朝メシのヌードルカップを啜りながら試してみたところ、どうやら武器や防具に設定された重さがレベル1でしかない俺の体にかなりの負担をかけているようなのだ。

 

 昨日そこで死んでいるグールに苦戦したのも、きっとそのせいだろう。

 防具をいくつも装備しすぎて体が重かったから苦戦したのであって、別に俺がヘタレだからとか、運動神経が悪いから手こずったわけではない。きっとそうだ。

 

「武器も防具も、違和感を感じずに動けるのはStrengthの2倍まで。だから防具はアーマード軍用戦闘服に、ちょっと重いけど受難者の右腕だけ。武器なんて使えるレジェンダリーはデリバラーだけだ。嫌になるってんだよなあ」

「わうー」

「ははっ。僕に言われてもねえ、って感じか。そりゃそうだ。行こうぜ。目指すは、どこにあるかもわかんねえ駅だ」

「わんっ」

 

 木下商店で地図を見つけられなかったので、勘を頼りに歩き出す。

 

 常に俺の視線や歩みを確認しながらドッグミートが先に立ってくれるので、非常に心強い。

 崩れた建物の間、荒れ果てた道を少し歩くと川に突き当たったので、タバコに火を点けながら左右どちらに向かうべきか考えた。

 

「わんっ!」

「ん、どした? 今どっちに行くか決めるから、ちょっと待ちなって」

「わんわんっ!」

 

 ドッグミートの様子がおかしい。

 俺の顔と川に向かって左の道を交互に見ながら、前足で地面を掻くようにしてまた吠える。

 

「おいおい、どうしたってんだよ?」

 

 パンッ

 パシュッ、パシュッ

 

 道の先から聞こえたのは、頼りない銃声。

 間違いない。

 しかも片方はエネルギー系の武器だ。

 

「マジか。誰かが、何かと戦ってる?」

「わんっ!」

「まさか、助太刀に行こうってんじゃないだろうな?」

「わんっ!」

 

 ドッグミートが駆け出す。

 

 こんな世界で敵か味方かもわからない人間のために戦闘に介入するなど、とても正気の沙汰とは思えない。俺は別にこの世界で、聖人ロールプレイをするつもりなどないのだ。

 どちらかといえばウェイストランドの住民らしく慎重に小狡く立ち回って、他人がどうなろうと自分が生き残れればそれでいい。

 それなのに。

 

「……くそ、バカ犬がっ。終わったらどんなに嫌がっても体中を撫でくり回して、俺が飽きるまで肉球をぷにぷにしてやるっ!」

 

 ドッグミートはもう、道の先の交差点を左に曲がっている。

 

 日本語に訳すなら敏捷性となるステータス、Agilityも3しかない俺は、必死でその後ろ姿を追った。

 

 やけに流線型のパーツが多い未来的な車の残骸のボンネットを蹴り、ジャンプしながら交差点の向こうを見て我が目を疑う。

 

「ED-E!?」

 

 フォールアウト4ではなく、その前作のフォールアウトNVに登場した空を飛ぶボールのようなコンパニオン。

 

 そのED-Eが、セーラー服の少女を庇うように宙に浮いて内蔵された電気光線銃を撃ちまくっている。

 

 敵は、やはりフェラル・グール。

 

 だが数が多い。

 倒れているのを入れなくても、5匹。意外と近い場所で戦闘が始まっていたようだ。

 もう先頭のフェラルの喉元にドッグミートが果敢に跳びつき、地に倒して揉み合っているのが見えた。

 そのせいでED-Eでもセーラー服の少女もなく、無防備な背中を晒すドッグミートに1匹が向かう。

 

「させるかよっ!」

 

 拳を振り上げたフェラル・グール。

 

 相棒の背中を守るのは俺の役目だという事を証明するため、駆け寄って銃床でぶん殴った。

 

「ぐぎゃっ」

 

 タアンッ

 

 すかさずもう1匹を撃ち殺す。

 ぶん殴ったグールは倒し切れていないようだが、これで立っているのは残り2匹。

 その1匹を、ED-Eが撃ち倒す。

 

「やるじゃんか、ED-E。さすがモハビでの相棒だっ」

「きゃあーっ!」

 

 道の真ん中で腰を抜かしている少女に、残ったフェラル・グールが襲いかかっている。

 

 俺もED-Eも、位置が悪くて銃は使えない。そうすれば、少女は怪我をするか最悪の場合は即死。

 

「ピップボーイがあって9mmを持ってんだ。VATSを使え、お嬢ちゃんっ!」

「え。な、なにっ?」

「あぶねえっ」

「ビーッ!」

 

 間に合わないのを悟ったのか、まるで悲鳴のようなED-Eのブザーが響く。

 

 そう喚くなよ、元相棒。オマエの今の相棒は、どうにか助けてやる。

 まあ、怪我で済めば御の字か。

 

 思いながら、少女とフェラル・グールの間に跳び込んだ。

 

「ぐあっ!」

 

 モロにフェラル・グールの拳を食らい、HPバーが3分の1ほど消し飛んだ。

 それでも、無様にぶっ飛ばされる訳にはいかない。

 

 お漏らしをしながら濡れた白いパンツを隠そうともしない美少女JKには、そのカラダで命を救った借りを返してもらわなくては殴られ損だ。

 せいぜいカッコつけておかないと。

 

「知ってっか、ミイラ野郎。主人公のゼロ距離射撃ってのは、どんな敵のどってっぱらも撃ち抜くんだぜ?」

 

 タアンッ

 

 軽さ重視の武器なので少しばかり気の抜けた銃声だが、フェラル・グールはちゃんと倒れてくれた。

 同時に、ゲームで聞き慣れたレベルアップの音。

 

「ふうっ、やっとレベル2か。お、残りは倒してくれたんだな。ありがとよ。ドッグミート、ED-E」

「わんっ」

「ぴいっ」

「ははっ。ゲームと違って、かわいらしい声じゃねえか。ED-E」

 

 生き物を殺した嫌悪感のような物はあまり感じない。

 それでも銃で敵をぶん殴り、そのどってっぱらを撃ち抜いて殺した、高揚感のようなものが俺が俺でなくなってしまったようで気色悪いので、それを誤魔化すように胸ポケットからタバコを出してライターで火を点けた。

 

 煙を吐きながら、咥えタバコで少女に手を差し伸べる。

 

「な、な、な……」

「早く手を取って立ち上がれ。マーカーはねえけど、銃声を聞きつけて他のフェラル・グールが来る可能性はあるんだ。ションベン漏らしながら食い殺されてえなら、俺はそれでもいいけどよ」

「う、あ……」

 

 股間を手で隠しながら、少女が顔を真っ赤に染めた。

 

 イマドキ珍しい、真っ黒なロングヘアーの美少女。

 動画投稿サイトなんかでパンツを見せながら踊っているようなアイドルモドキより、よほど整った顔立ちをしている。

 

「ほら」

「あ、ありがと。ねえ、今のバケモノってなんなの? それにアンタ、慣れた手つきで銃なんて使って。人の事は言えないけど、完全に犯罪者じゃない」

「……こりゃ驚いた。美少女の運び屋はシロウトさんかよ。ED-Eを連れてっから、モハビ経験者かと思ったんだがなあ」

「な、なにを」

「いいから立て。俺達が昨日泊まった、状態のいい廃墟が近くにある。そこで洗濯をして、ゆっくりと説明してやるよ。この、ウェイストランドの事をな」

 

 不承不承といった感じで少女が俺の手を取ったので引き起こし、コンバットライフルのマガジンを新しい物に交換してからタバコを捨てて踏み消した。

 

「ED-E。オマエさんの相棒は、まだ少しばかり頼りない。赤マーカーを検知したら、ブザーで俺に教えてくれるか?」

「ぴいっ」

「いい子だ。行こうぜ、ドッグミート。駅探しは、また明日になりそうだ」

「わんっ」

 

 歩きながら、回復アイテムでもあるきれいな水を飲んでゆっくりとHPを回復する。

 少女にも手渡そうとしたのだが、青白い顔で首を横に振られた。

 

 状況を理解していないなら俺は突然現れた銃刀法違反の犯罪者で、しかも見るからに銃を使い慣れているのだから怯えるのはわかる。

 しかも少女はフェラル・グールが何か、なぜ自分がここにいるのかもわかっていないので、俺に着いて来て説明を聞くという選択肢しかないのだ。

 

 心細いのは当たり前だし、マトモに撃てもしない9mmピストルをずっと握ったままなのも仕方ないだろう。

 

「ここだ」

「お店の前にあのバケモノの死体。これ、やっぱりアンタが?」

「まあな。こっちだ。まずは風呂場に案内するから、下着やスカートを洗うといい。着替えはあるか?」

「ある訳ないじゃない。パジャマを着て部屋で寝てたはずなのに気が付いたら知らない街の交差点にいて、この拳銃だけを握ってたのよ」

「未経験者なら、ピップボーイの機能も知らねえか。後で教えてやるよ」

 

 昨日は少し覗いてみただけの風呂場に少女を連れて行き、きれいな水のボトルを30本とアーマードバスローブを出す。

 元は防御力なんてないバスローブがちょっとした改造でエネルギー実弾共に防御力110まで跳ね上がるのだから、ゲームというのは便利な物だ。

 ピップボーイのインベントリにはアーマー作業台もあったので、こちらでもそうであればありがたい。

 

 黒髪ロングの美少女に装備させるなら、セーラー服もいいが巫女服なんかも捨てがたいと思う。神社があれば、迷わず漁るか。

 

「な、なにもない所から服が……」

「説明は後だ。まず洗濯。それからそのバスローブを着て、茶の間に来い。こっちから店に向かって、廊下の右側だ」

「言っとくけどヘンな事しようとしたら、この拳銃で撃つわよ?」

「出来るとは思わねえが、好きにするといいさ。こっちに来たのはいつだ?」

「き、昨日の朝」

「まさか、それから飲まず食わずか?」

「……そうよ。バケモノに何度も追われたけど、なぜか着いて来るそのロボットが倒してくれたの。でも、食べ物や飲み物は」

「なるほどねえ。ならレベルも上がってて、もしかすると俺より上か。メシを用意しとくから、洗濯は後にして体を水で流して着替えだけしろ。説明に時間がかかるだろうから、今日はここに泊まる」

「ちょ、ちょっと」

 

 俺と君は、ゲームの世界に来たんだ。

 

 そう言ったら少女は、どんな表情をするだろうか。

 俺を狂人と思うだろうし、自分もそうなってしまったと考えるかもしれない。もしかすると現実を受け入れられずに暴れたり、クリーチャーに発見されるのも構わず警察署に駆け込もうとかするかもしれない。

 

 だがそれでも、俺は少女をこのまま見捨てられはしないだろう。

 

 フォールアウトをロールプレイしていた俺のメインキャラクターは、チンピラ口調で話す腕の良いスカベンジャーだった。その男は口が悪いし生き残るためになら平気で人を殺したりもするが、女子供にはいつも優しいのだ。

 

 アタマがおかしくなりそうだからか、いつの間にか無意識にそのキャラクターを演じていた事に気づき、俺は苦笑をしながら茶の間にどっかりと胡坐を掻いた。

 

 



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説明

 

 

 

「来たか。ずいぶん遅かったな?」

「制服を手洗いして、脱衣所に干してから来たのよ」

「そうかい。メシを用意しといたから、食いながら話そう」

「凄い。湯気が立ってるなんて。ここで作ったの?」

「いや。それも食いながら説明するから、まず座ってくれ。丸1日飲まず食わずなら、このくらい食えるだろ。育ち盛りなんだし」

「ほんの少しだけ年上なだけのくせに。でも、ありがとう。遠慮なくいただくね」

「ああ」

 

 リスシチューに息を吹きかけて少し冷ましてから口に入れた少女は、とてもいい笑顔で微笑んでくれた。

 

 どうでもいいがバスローブで女の子座りなんてしているものだから、裾から見えている生足が非常にエロい。

 胸元も最初はしっかり隠されていたのだが、食事をするうちに少しずつはだけ、そう大きくはない谷間が見えるようになってきた。

 無防備けしからん。いいぞ、もっとやれ。

 

 金がないのでコンシューマー機でフォールアウト4をプレイしていたし、MODどころかダウンロードコンテンツが配信される前にこちらに来たので、ゲーム内では自己満足的でしかなく作る意味などなかったはずの料理だが、これだけ美味そうに食ってもらえるのなら材料が集まるたびに作っておいた甲斐がある。

 

「まずは、何から話そうか。とりあえず、ここが俺達の暮らしていた日本じゃないって事はわかるな?」

「ほれはほうよー」

「……食いながら話すな」

「なによ。口うるさいわねえ、男のくせに。パパみたい」

「ほっとけ。ほら、ドッグミート。ヤオグアイのバラ肉だぞ、さっきはよく2人を見つけてくれたな。好きなだけ食え」

「あんっ!」

「ED-Eにはオイル缶だ。機体に合わないならMr.ハンディ・フュエルもあるぞ?」

「ぴいっ」

 

 ジャンクのオイル缶の中身はED-Eが取り入れても問題はないらしく、器用に缶を傾けて筒状の注ぎ口の先からそれを補充している。

 

「それで、ここが現代日本じゃないならどこだって言うのよ」

「あっちじゃゲームとかしなかったのか、運び屋?」

「なによそれ、センスのないあだ名ねえ。自慢じゃないけど、あたしはかなりのゲーマーよ」

「へえ。じゃあ、フォールアウトって名前くらいは知ってるだろ」

「……し、知らない」

「はあっ? 世界でも10指に入るほど有名なシリーズだぞ!?」

「へっ。が、外国にもテレビゲームってあるの? 日本だけの遊びだと思ってた」

「……ちなみに、オマエさんはあっちでどんなゲームを?」

「スマホのかわいい系なんかを、手当たり次第に。あ、学生だったからもちろん無課金でね」

「まさかのソシャゲかよ。よし、最初から説明してやる。耳の穴をかっぽじって聞け、エセゲーマー」

「な、なによ。その言い方はっ」

 

 フォールアウトシリーズの説明も時間がかかったが、フォールアウトNVの詳細やフォールアウト4との違いを1から説明するのはかなり骨が折れた。

 なんせ相手は、洋ゲーどころかコンシューマー機すら持っていなかった女子高生という未知の生物なのだ。

 

 話し終える頃にはすっかり日が暮れ、俺達はランタンを灯して晩メシを食い始めている。

 

「ふうん。じゃあこのえっちゃんが味方だから、あたしがニューベガスってゲームの主人公かもって事なんだ」

「えっちゃんってオマエ……」

「ふふっ。かわいいでしょ。ED-Eだから、えっちゃん」

「俺は別にいいけどよ。ED-E、弾薬の製作は可能か? もし出来るなら、NVのアイテムやプレイヤーである運び屋にはDLCが適用されてるって事になる」

「ぴいっ!」

「へえ、可能なのか。そりゃあツイてるな。レベルキャップも50じゃんか」

「なにそれ?」

「簡単に言うと、オマエさんとED-Eの出来る事が増えて、30までしか上がらないレベルが50まで上がるって事だ」

「へー。増えてる分には問題ないね。ごちそうさまでしたっ」

 

 これでもかとちゃぶ台に並べていた料理をほとんど平らげ、運び屋が満足気に微笑みながら両手を合わせる。

 か細い体のどこに入れたんだと聞いてみたいが、マンガやアニメでは女の子に大食いだなんて言うと男は必ず酷い目に遭わされていたものだ。なので黙って頷き、タバコに火を点ける。

 

「ふうっ。お粗末さん。じゃあ次は、その腕についてるピップボーイの説明だ」

「これ? 外そうとしてもダメなのよねえ。重いしジャマだしかわいくないし、出来たらすぐにでも外して投げ捨てたいんだけど」

「こんな世界で生き抜くための命綱を、くだんねえ理由で投げ捨てようとすんな。ちっとこっち来い」

「な、なによ。あたしは見知らぬ世界で泣くほど不安だったのに命を助けられて、美味しいゴハンを食べさせてくれたからって、簡単に処女を捧げちゃうような軽い女じゃないんだからねっ!」

「いらねえ情報をありがとう。俺は強姦じゃ勃起しねえんだ。ピップボーイ、その端末の機能を説明しながら確認するだけだから、安心してこっちに来い」

「キ、キスとかしようとしたらぶん殴るわよ?」

「へいへい。撃つからぶん殴るになっただけマシだな」

 

 いい匂いがする。

 

 まず思ったのは、それだ。

 こんな事ではダメだと、そばに来て左手を俺に差し出した運び屋のピップボーイを操作するのに集中する。

 

「マジかよ、このステ振り……」

「なんか問題あるの?」

「Strengthが10で、他はオール3。完全な脳筋ってヤツだ。もうレベルが5なのは羨ましいな。現時点で2つ取れるPerksは後で取得しよう。まずは説明だ」

 

 フォールアウトNVをプレイしたのはずいぶんと昔なのでうろ覚えだが、普通のゲームで言うスキルやアビリティにあたるPerksはフォールアウト4と違ってレベルアップと同時に取得しなければならないシステムだったような気がする。

 もしそうならばこの世界は、それなりに俺達に融通を利かせてくれているのかもしれない。

 

「へ、脳筋って?」

「脳みそまで筋肉。こんな美人なのにCharismaが3とか、バグってんじゃねえのか」

「失礼ねえ。でも、美人って言われちゃった。えへへ」

 

 テレてんじゃねえ、かわいいじゃねえか。

 思っても口には出せない。彼女いない歴=年齢の童貞なんてそんなものだ。

 

「で、このピップボーイにはStrengthの数値に応じた物資を収納する事が可能だ。俺の場合はバグか仕様か知らんが、家が何百軒も入ってるけどな」

「ふうん。あ、ここにナントカバスローブって書いてある」

「アーマードバスローブな。そこは防具の表示欄だ。その手前が武器だったんだが、9mmピストルしか表示されてなかった。初期武器って扱いなんだろうな。うわ、スティムパックどころか、水も食料もなしかよ。このままだと確実に野垂れ死にだぞ、オマエ」

「ええっ。それは困るよっ!?」

 

 整った眉をハの字にしながら、運び屋が言う。

 

 ちょっと泣きそうな表情をされただけでこの荒野を行くのには大きすぎるお荷物を背負い込もうとしている俺は、女からしてみればずいぶんとチョロイ男なのだろうという自覚はある。

 

 それでも、俺はこの少女をこのまま放り出す事など出来そうにない。

 

「あー。もしよかったら、俺と来るか? 当面の目標は街を見つけて、安全に暮らせる家を手に入れる事だ」

「いいのっ!?」

「あ、ああ。でも街で暮らすにしても、隣人を無条件で信用できるような世界じゃない。たぶんだけどな。だから街を探しながら戦闘もこなして、レベル上げもするんだ。ED-Eが守ってくれるとはいえ、今日みたいに怖い思いもするぞ?」

「平気っ。1人じゃないなら、バケモノとだって戦えるっ!」

「……そうか。なら明日の朝、VATSと射撃の練習をしてからさっそく出かけよう」

「うんっ。ねえ、アンタの事なんて呼べばいい? 名前はっ? 歳は? 見た感じ、20くらいだよね?」

「アキラだ。歳は20」

「そっ。よろしくね、アキラ。あたしはミサキっ」

「お、おう。ナチュラルに呼び捨てなんだな」

 

 こんな世界では、旅の道連れがいたっていつくたばってしまうか知れたもんじゃない。

 だから運び屋とだけ呼んでムダに情を移したりしないようにという俺の思惑は、早くも打ち砕かれた。

 

「そんで2つ取れるPerksだけどな」

「ああ。ゲームに付き物のスキルみたいな特殊能力、だっけ」

「そうだ。フォールアウトNVじゃレベル2、4、6と2レベル刻みで取得できる」

「この画面だよねえ。うわあ。レベル2で選べるのだけでもたくさんあるねえ」

「欲しいのが複数あるなら、レベル4になった時にもそこから選べる。レベル2のオススメは」

「これがいいよ、Black Widou? 男の敵にダメージアップだって」

「まあそれは有用だが、ブラックウィドウってのは毒蜘蛛の名前で、色気を武器にする女って意味で使われてる言葉だぞ?」

「あたしにピッタリじゃん。セクシーな大人の女って感じ」

「の割りには……」

「なによ、なんか文句あんの?」

 

 ギロリと睨まれたので、ミサキの控え目な胸のふくらみから視線を逸らす。

 

「いえ、ありません」

「そ。ねえ、レベル4のオススメは?」

「絶対にEducatedだな。レベルが上がった時に貰えるポイントが多くなるんだ。これは、なにがなんでも先に取っておかないと。そんでレベルアップで貰えるスキルポイントだけどな、戦闘スタイルややりたいサポートを自分で決められるまではとりあえず放置しとけ。ちなみにそれはGunsに振れば銃を使った時の威力や精度が上がったり、Repairに振れば修理の腕が上がったり弾薬を作成できるようになったりする」

「わかった。……よし、Educatedも取った。それじゃ、あたしは寝るね。言っとくけど指の1本でも触れたら、容赦なくぶん殴るから」

「……おう」

 

 正直、ぶん殴られるくらいで済むなら見るからにすべすべしたおみ足を撫でたり、手触りの良さそうな黒髪に顔を埋めて息を思い切り吸い込んだりしてみたい。

 だが渋い大人の男なら、なにがあってもそんなマネはしないだろう。

 

 ロールプレイってのは現実でするとジャマにしかならないなあと思いながら、畳の上で大の字になったミサキのシミひとつない真っ白なふとももから視線を逸らした。

 そうするための労力は、複数のフェラル・グールを撃ち殺す事よりも大きかったような気がする。

 

「もう寝息を立ててやがる。無防備すぎるだろ」

 

 眠るならピップボーイのインベントリにあるベッドを出してやればよかったなと思いながら、フォールアウト4には毛布や布団というアイテムがないので、少しでも暖かそうなイエロー・トレンチコートを出してミサキの体にかけた。

 

「んんっ」

 

 もぞもぞと動いてトレンチコートを体に巻きつけるようにして、ミサキは満足そうに微笑みながら穏やかな寝息を立てる。

 お気楽な女だとは思うが、その微笑みで、荒み始めていた心のどこかを慰められた気がした。

 

「ぴー」

「わふっ」

「何を言いたいのかは知らんが、からかってるつもりなら明日からメシが粗末な最低限の物になるぞ?」

「ぴーっ!」

「わふぅっ!」

「いいから寝ろ。ランタン、消すぞ」

 

 

 



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出発前

 

 

 

 目覚めたのは、まだ朝陽が昇り切る前だった。

 

 穏やかな寝息を立てるミサキとドッグミートを起こさぬように静かにタバコに火を点けると、ちゃぶ台の上にいたED-Eが音もなく宙に浮く。

 

「おはよう、ED-E。ミサキとドッグミートはまだ寝てるから静かにな」

「ぴっ」

 

 それにしても、インターネットのない世界とはこんなにも不便なものなのか。

 

 小学校高学年の頃にはそう裕福ではない我が家にも回線が引かれてパソコンがやって来たし、中学に上がってからは携帯を持たされていたのでわからない事はインターネットで調べるというのが癖になってしまっている。

 さっき目を開いて一番最初に思ったのは、スマホでこの周辺の地図を呼び出そうという出来もしない事だった。

 

 咥えタバコのまま、カーテンの隙間からさし込み始めている朝の光でデリバラーとコンバットライフルの装填を確認する。

 

「よし」

「わふぅーっ」

「起きたのか、ドッグミート」

「あんっ。はっはっはっ」

「朝から激しいなあ。あんま顔ばっか舐めてくれんな、タバコの火があぶねえ」

 

 寝起きの一服を終え、ドッグミートとED-Eにミサキを見ていてくれるように頼んで台所へ。

 試しておきたい事が、いくつかあるのだ。

 

「ヤカンはきれいな水で洗えばいいよな。問題は、コンロだ。石油やガスなんかの資源が枯渇して、家庭用の電化製品や自家用車まで核エネルギーで動かすようになっていた世界。フォールアウトNVじゃ核分裂バッテリーで、フォールアウト4では自作のジェネレータで家電を動かしてた。ミサキの9mmピストルには武器の耐久値、CNDが見えてたから、この世界にはフォールアウトNVの設定も適用されてるはず」

 

 コンロから伸びるコードを辿る。

 それは、俺達の暮らしていた世界ならコンセントのありそうな場所にある壁の小さな穴に向かって伸びていた。

 

「核分裂バッテリーがない?」

 

 見事に予想が外れ、思わずため息が漏れる。

 

 各家庭でプロパンガスのように核分裂バッテリーを使用して電気を使っていたと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 考えてみれば荒れ果てた廃墟の街には、倒れた電柱や切れた電線が横たわっていた。あれで電気を各家庭に送っていたという事か。

 

「まいったな。これじゃ、家電の一切を使えねえじゃんか。……待てよ」

 

 フォールアウト4で街を改造したりするのに必要な、ゲーム内では持ち運びどころか動かす事すら出来ないワークショップという巨大なアイテムは俺のピップボーイのインベントリに100ほど入っている。

 それが、もしも使えるなら。

 

「クラフト、ワークショップ・メニュー。……やった、出た。ははっ、ジェネレータが笑えるくらいあるな。にしても、ワークショップ・メニューがVATSと同じく目の前に浮かび上がって見えるなんて。見えてるのに触れねえって、不思議なもんだ」

 

 選択中のジェネレータやそれを作るために必要な材料が目の前に浮かんで見えているので手を伸ばしてみるが、それはどうやっても手をすり抜けて触れられない。

 

「な、なにやってんのよ。朝っぱらからパラパラダンス? もう古いわよ、それ」

「おはようさん。ちょっとした確認だよ。水を出すから、そこの流しで顔を洗え」

「ん、ありがと」

 

 いつの間にかセーラー服に着替えていたらしいミサキが洗顔したり髪を整えている間に、小さなジェネレータを台所の中央にあるテーブルの上に出した。

 

 バスローブは洗濯をしてから返すと言っていたので、ピップボーイに入れたらしい。少し残念だなとは思うが、俺は変態ではないのでまあいいだろう。

 

「わあ、そんな大きい鉄の塊もピップボーイに入っちゃうんだ?」

「言っただろ。バグか仕様かわからんが俺のピップボーイはって。試しにこれ、収納してみな」

「わかった。よっ。はあっ! ええーいっ! ……ダメだ、入らない」

「やっぱりか。フォールアウト4の主人公の特徴はこのクラフトだろうからな」

「なら運び屋の特徴は?」

「そうだなあ。サイボーグ化して、殺人兵器になるとか」

「うええっ。そんなのなりたくないよー。……ねえ、アキラ」

「ん?」

 

 身だしなみを整えたミサキが、自分の体を抱き締めるようにして眉を寄せている。

 

 まるで、泣き出す前の子供のようだ。

 

 そう思った途端ミサキを抱き締めようと体が動きかけたが、どうにか自制して煙草を咥える事に成功した。

 

「いきなりゲームの主人公と同じピップボーイ渡されてさ、コンパニオン? ってのと一緒にこんなバケモノだらけの世界に来た。その理由くらい、知りたいよね」

「まあな。しかも俺はピップボーイのインベントリが容量無視で、どこでもクラフトが出来るときてる。それぞれのキャラクターごとの特徴づけをされてるとしか思えねえな」

「101のアイツ、だっけ。その役の人もこっち来てるのかな」

「わからん。でもまあ何より、フォールアウトシリーズ未経験のミサキをこの世界に来た翌日に発見できて良かった」

「……ありがと。はぁ、考えても仕方ないか」

「だな」

「でもあたし達がこの世界に来た事に理由があるのなら、そうした存在がこの世界のどこかにいるなら」

「ああ。ぜってーにぶっ殺す」

「物騒ねえ。半殺しくらいにしといてあげなさいよ」

 

 しばらく笑い合い、ワークショップ・メニューでジェネレータから電線を伸ばしてコンロに伸ばす。

 その電線をハイライトする光がコンロの穴すらない部分で接続不可の赤から白に変わったので選択ボタンを押すイメージを思い浮かべると、何もない部分に電線が繋がった。

 

「うわ、なにそれ」

「錬金術師なんて揶揄されてた、フォールアウト4の主人公の得意技だな。クラフトってんだよ」

「呆れた。もしかして、そのドコドコうるさい機械に繋いだからコンロが使えるの?」

「それを試すんだよ。大丈夫だとは思うが、少し離れてろ」

「わ、わかった」

 

 緊張した表情のミサキに見守られ、コンロのスイッチを操作する。

 

 見れば台所の入口からドッグミートとED-Eも、なんだなんだとでも言うように俺を見ているようだ。

 

 コンロの電熱器が、徐々に赤くなってゆく。

 咥えて火を点けずにいた煙草の先を押し当てて息を吸い込んでから顔を上げると、嬉しそうなミサキがヤカンを持ち上げて流し台に向かった。

 

 タバコに火を点けられるならお湯も沸かせる、そんな判断だろう。

 

「水、まだあるか?」

「うん。ねえ、せっかくならさ」

「わかってるよ。インスタントコーヒーはあるかわからんが、日本の一般家庭ならお茶っ葉と急須くれえはあるだろ。探しとくから、このマグカップも洗っといてくれ」

「うんっ。朝は寒いから、温かい飲み物が欲しかったんだよねえ」

「フォールアウト4には、お湯ってアイテムがねえからな」

「なるほどねー」

 

 お茶とインスタントコーヒーは、すぐに見つかった。

 それだけでは満足できない俺は台所の棚をすべて漁り、2人でならしばらくはケチらず使えそうなほどの各種調味料までいただいて茶の間に戻る。

 

「味噌と醤油まで手に入れられるとはな。物が腐らねえ世界って最高だぜ」

「ホントは日本酒と焼酎の方が嬉しかったくせに」

「今は酔っぱらえる場所すらねえからなあ。こんな昔ながらの民家じゃなく、しっかり施錠できるマンションでもあれば別だが」

「朝ごはん食べたら、駅を探すんだよね?」

「ああ。まずはこの辺の地理を確認しねえと。そういや、ミサキはここに来る前どこに住んでたんだ?」

「都内だよ。世田谷」

「……東京かあ」

「連れてってなんて言わないから大丈夫。この世界の東京は、下手をすれば爆弾で更地なんでしょ」

「さすがにそれはねえと思うが、まあ放射能は酷いだろうな。そして、そういう場所には」

「より強いクリーチャーがいる、でしょ。東京と名古屋には気軽に行けそうもないね」

「だな。それより、考えたくなかった放射能ってのを言葉に発して思い出した。回復アイテムや放射能を除去する薬、水やメシをミサキのピップボーイにも入れとけ。武器防具はメシ食って、外で試してからだ」

「ありがと。……与えてもらうばっかでゴメンね」

「たまたま俺の方が物資を持ってたってだけさ。逆なら俺が、ミサキにおんぶにだっこだ」

「ふふっ。それも楽しそう」

「カンベンしてくれ。アイテムをテーブルに出すぞ」

「うん」

 

 ミサキは緑茶を、俺はインスタントコーヒーを啜りながら朝メシを食った。

 

 食休みの後、そろそろ出かけようかという段になって、茶の間にあるちゃぶ台どころか畳までピップボーイに入れた俺をミサキが呆れ顔で見ている。

 

「根こそぎかっさらうんだねえ」

「元の住民も、使えるヤツが使ってくれた方が喜ぶ。ミサキはドッグミートとEDーEを連れて、店に散乱してる飲み食いできそうな物を回収しとけ」

「アキラは?」

「ダニがいそうだったんでスルーしてたが、布団なんかも寝室にはあった。服や日用品、畳まで全部いただくさ」

「遠慮しないのねえ。でも、神棚や仏壇には手を出しちゃダメよ? こんな世界にたった2人しかいないとしても、あたしとアキラは良識ある時代の日本人なんだから」

「……そんな考え方はした事なかったな。わかったよ」

 

 この木下商店で暮らしていたのは、母と幼い娘の2人家族だったらしい。

 寝室の写真立てにある白黒写真には、娘が赤ん坊の時にしか父と思われる男が映っていなかった。

 

 神棚や仏壇に手を合わせつつ、タンスの中身などもしっかりといただく。

 服は和服もあったが、ほとんどが洋服だったので洗濯をすればミサキが使える物もあるだろう。

 白やベージュといった地味な色合いが多い女物の下着はどうしようか迷ったが、あまり見ないようにしてピップボーイに突っ込んでおいた。

 

「こんなもんかな。悪いねえ、旦那さん。こういう事が死者への冒涜だとしても、畳や洋服、日用品なんかを1から作る余裕のない今の人類はこうするしかねえんだ。許せ」

 

 仏壇で微笑む優しそうな男の白黒写真に言って、なにやら騒がしい店舗へと向かう。

 

 そこではミサキがドッグミートとじゃれ合いながら、駄菓子をそれは嬉しそうに頬張っていた。

 やれやれといった感じで宙に浮いていたEDーEが俺を見つけ、ぴいっと電子音を鳴らす。

 

「朝メシ食ったばかりだろうに。太るぞ?」

「あ、甘い物は別腹なのよっ」

「はいはい。そんじゃ外で射撃訓練といきますか。Strengthが10もあるミサキなら、レジェンダリーのスナイパーライフルやコンバットショットガンどころか、ミニガンまで使えるかもな」

「それを使えれば、あたしでもアキラの役に立てる?」

 

 ミサキの目は真剣だ。

 

「……そういう事は考えなくていい。役に立つとか立たねえとか、そんなのは他人との関わり合いの時にだけ気にすればいいんだ。俺とミサキは、その、なんだ。もう、仲間なんだからよ」

「うんっ!」

 

 



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廃墟の街へ

 

 

 

 結論から言うと、ミサキの射撃の腕はどうしようもないほど壊滅的だった。

 

 30メートルの距離から手持ちの未改造武器をすべて試したのだが、ブロック塀の上に並べたジュースの空きビンは1本も砕けず、それどころか5メートルまで距離を詰めても1発も命中しなかったのだ。

 

「……スゲエな。この距離からショットガンの散弾をぶっ放してビンを割れねえとか、ある意味とてつもねえ才能だぞ?」

「うっさい。普通に女子高生やってて、銃なんか上手いはずがないでしょ。それにこれ、弾がちっちゃいからダメなのよ。なんかこう、どかーんっって感じの武器はないの?」

「ドカーン? ミサイルランチャーやヌカランチャーならあるが」

「ミ、ミサイルはちょっと怖いわね。じゃあ、ヌカナントカってのを出してよ」

「本当にいいのか?」

「何がよ?」

「ヌカランチャーは、小型の核弾頭を生身で発射するための兵器だ。ミサイルの誤射でもHPがすっ飛ぶほど低レベルの俺達には、とても扱える武器じゃねえと思うんだが」

「そんなの使う訳ないでしょっ。ああもうっ、クリーチャーを殴り殺せるならそれが一番簡単なのにーっ!」

 

 近接、それもナックル武器をお望みときたか。

 アイドルのようにかわいらしい顔立ちをしているのに、どんな武闘派なんだか。

 

「殴るって、格闘技でもやってたのかよ?」

「パパが経営する会社の横に立てた道場で、空手を教えてたのよ。あたしも小さい頃から習ってたから有段者だし」

「社長令嬢のJKが、フォールアウトの世界でクリーチャーを殴り殺すのかよ。まるでマンガだな」

「銃が使えないんだから仕方ないでしょ。それであるの、殴るための武器っ!?」

「あるっちゃあるがなあ……」

 

 近接戦闘は敵に肉薄して行うというのもあるが、それより怖いのはフレンドリーファイア。

 つまりは俺の撃った銃弾がミサキのHPを削ってしまう事だ。

 

 自分の銃弾が味方を傷つけないPerksがフォールアウト4にはあるが、コンパニオンが対象のそれがミサキにも適用されるかはわからないし、たしかそれを取得するにはCharismaの値がかなり高くなければいけなかったはず。

 Luck以外が3しかない俺がそれを覚えるには、かなりのレベル上げが必要となる。

 

「ねえ、それを借りるのってダメなの?」

「俺は銃で戦うからなあ。戦闘中ミサキに俺の銃弾が命中したら、落ち込むなんてレベルじゃねえぞ」

「それなら平気よ。アキラが銃を構えたら、絶対に前には出ないようにするから。だからお願いっ」

「……条件がいくつかある」

「なんでも言って」

「戦闘中は、俺の指示に従う事」

「そんなの当たり前じゃない。あたしは、ゲームですら戦った事ないんだし」

「それとヒマがあれば、銃の練習もする事。Strengthが10もあるミサキなら、今の俺が使えないレジェンダリー武器だって扱えるはずなんだ」

「ううっ。あの音と火薬の臭いは嫌いだけど、アキラが言うなら練習する」

「そうかい。じゃあ近接武器、それもナックル系を出すから、気に入ったのを選べ」

「ありがとっ」

 

 EDーEに周囲を警戒してもらいながら、地面に武器を並べてミサキに選ばせる。

 

「うーん」

「その2つで迷ってんのか?」

「そう。メカメカしいのと毒々しいの、どっちがいいかなあって」

「無改造だとパワーフィストはダメージ40、攻撃速度ミディアムで重さが4。デスクローガントレットは、50のミディアムの10だな。もちろんどっちも各種レジェンダリーを取り揃えてありやすぜ、お嬢様?」

「なら、少しでもダメージの高い方かなあ」

「デスクローガントレットか。手持ちのレジェンダリーは、それなりかな。とりあえずは機敏でいいか。ほら、構えてれば移動速度が上がるって効果の付いたデスクローガントレットだ」

「ありがとー。これがあれば百人力ねっ」

 

 もう少し強く言い聞かせ、たとえ命中しなくても銃を持たせるべきではないのか?

 

 そんな考えも浮かんだが、俺から少し離れて空手の型を披露したミサキがいい笑顔で頷いたので言葉にはしないでおいた。

 

 舞うように体を動かしていたミサキを眺めながら火を点けたタバコを踏み消し、地面に並べた武器を収納して腰を上げる。

 

「そんじゃ、そろそろ行くか」

「ちょっとちょっと。ナントカって必殺技、まだ教わってないわよ!?」

「VATSかあ。あれは敵がいないと試せねえんだよなあ。まあいい。VATS、そう強くイメージしてみろ。そうすると俺やドッグミート、EDーEがターゲットされる。そしたら攻撃しようとイメージすれば視界の隅にあるアクションポイントを使って、それがなくなるまで連続で攻撃が出来る。フォールアウトNVの仕様なら俺のVATSとは違って時間を止めて攻撃できるから、かなり強力なはずだぞ」

 

 ミサキが正拳突きを繰り出す構えを取り、静かに目を閉じた。

 

「……ふうっ。なんとなくだけど理解したわ。危なくアキラを2回も殴るとこだったけど」

「こわっ。お互いにフレンドリーファイア、誤射にだけは気をつけような。だからVATSを使う前はそう大声で叫んで、相手の返事を聞いてから使うんだ。俺の場合はマガジン交換をする時にも、リロードって叫ぶ」

「でも必殺技を使うのって、だいたいがピンチの時でしょ。そんな余裕、ある?」

「咄嗟に使うしかない時は、そうするしかねえさ。じゃなきゃ、死ぬ」

「……ゲームみたいに、生き返ったり出来るって保証はないんだもんね」

「そういう事。さあ、行くぞ」

「うん」

「ドッグミート、ミサキを頼むぞ。EDーEは索敵だ」

「わんっ」

「ぴーっ」

 

 家々は小さめの木造が多いからか、道の両側はフォールアウト4の舞台であるボストンより荒れ果てている感じだ。

 車の残骸がそんなにないのはここが田舎だからか、それとも当時の日本が貧しかったからだろうか。

 

 クリーチャーを探しつつ廃墟の街を歩き回っていると、ミサキ達と出会った交差点の先にあった工場の敷地を抜けた辺りで広い水辺にぶつかった。

 

「これは、川か?」

「ううん。見て、右の方はもう海だよ」

「どうりで来た時から磯臭かった訳だ。なら、左に進むか」

「うん。建物はメチャクチャに壊れてるのが多いけど、道路なんかはしっかりしてるから線路も残ってるはず」

「だなあ。とりあえずはそこのベンチにでも座って、水分補給しとけ。もう2時間は歩いてる」

「うん」

 

 見た目は美しい川の流れを眺めながら、きれいな水を飲んでタバコを吹かす。

 ドッグミートにも皿に水を入れて飲ませたが、EDーEは俺が出したオイル缶をブザーを小さく鳴らして断った。やはり機械の体だからか、そう頻繁にオイルを補充する必要はないらしい。

 

 どうせなら少し早いが、昼メシもここで食うか。

 

「ねえ、なんかいるよ。川の水を飲んでる、犬? こっちに向かって。わ、マーカーが赤になったっ!」

「どれどれ」

 

 こちらに向かって走って来るのは体毛のない犬のような見た目の、ワイルド・モングレルというフォールアウト4に登場したクリーチャーだ。

 

 犬のクリーチャーはNVや3にもいてまた違う名前なのだが、この世界の日本に出るのはアグレッシブなフェラル・グールのように、フォールアウト4で戦ったクリーチャーばかりなのかもしれない。

 

「ど、どうすんのっ?」

「言ったろ。レベルも上げながら住める街を探すって。殺るぞ」

「わ、わかった。あたしはどうすればいい?」

「元からザコだし、都合よく1匹しかいねえ。ミサキの教材になってもらおう」

「そんなに強くないんだ。なら、安心かな」

「群れてなきゃ、グールよりよっぽど楽な相手さ。あれの名前は見えてるか、ミサキ?」

「うん。ワイルド・モングレルだよね」

「そうだ。その名前の後ろにドクロマークがあったら、そりゃかなり格上のクリーチャーって事だからな。見つけても出来るだけ戦闘は避けろ」

「わかった」

「ぐるうっ……」

「ありゃミサキの獲物だぞ、ドッグミート。俺達は見学だ」

「あ、あたしだけで倒すのっ!?」

 

 驚いて叫ぶように言ったミサキに笑顔を見せ、ワイルド・モングレルに向かって顎をしゃくる。

 

「当然だ。いいから、ワイルド・モングレルにVATS」

「うん。……ダ、ダメみたい。命中率が0で」

「だろうな。それが、敵との距離が遠すぎる場合だ。憶えとけ」

「な、なるほど」

「接近してきたぞ。攻撃できる回数分だけVATSでぶん殴って、それで倒せなきゃすぐに飛び退け。俺がこの拳銃で倒す」

「わ、わかった」

 

 犬のクリーチャーだけあって、ワイルド・モングレルはなかなかに素早い。

 

 俺達まで50メートルはあった距離が、見る間に10メートルほどにまで詰まった。

 ミサキの整った眉が歪む。

 

「ま、まだ攻撃できないっ!」

「落ち着け。近接武器を使うって事は、そういうこった。だいたい、……お」

「はあっ、はあっ。た、倒したよ」

「殴りかかるのが、まるで見えなかった。やっぱミサキのVATSは、時間が止まってるらしいな。お疲れ。経験値はたったの8か、俺にも入ってるな」

「時間を止めるって、それってメチャクチャ強いんじゃないの?」

「かなりな。低レベルの俺なんか、ミサキなら瞬殺できるはずだ」

「ふうん」

「さて、初めてのVATS攻撃と初めてのクリーチャー殺しは無事に終わった。もうひとつ初めてを経験しとこうか、ミサキ?」

「なんか言い方がやらしいんですけど……」

「気のせいだろ。次は、初めての剥ぎ取りだ」

「まさか、ナイフかなんかでこのわんちゃんをっ!?」

 

 俺達が経験しているのがタイムスリップなんかだったらそうなるだろうが、幸か不幸かここはフォールアウトシリーズの世界。

 ゲームで敵を倒すたびにナイフで解体なんてしていたら、プレイヤーの大部分は面倒になってすぐにコントローラーをぶん投げてしまうだろう。

 

「ここはゲームの世界だからな。ワイルド・モングレルの死体を見ろ。名前の下にアイテムが表示されてねえか?」

「モングレル・ドッグの肉、って書いてある」

「それをピップボーイに収納するイメージだ」

「収納はこうだよね。あっ、モングレル・ドッグの肉って文字が消えたよ」

「それでピップボーイに入ってるはずだから、確認してみろ」

「……ホントだ」

「昨日は急いでたんでシカトしたが、フェラル・グールなんかを倒してもアイテムは取れる。やり方は簡単だから、もう覚えただろ?」

「うん。手も汚れないし、これなら大丈夫そう」

「なら行こう。海とは反対側に進んで、線路を探す」

「うん。今日中に見つかるといいねえ」

「だなあ。レベルを上げたいからクリーチャーも、もう少し出てくれればいいが」

「だねっ。意外と楽勝だし、すぐにレベルも上がるんじゃない?」

 

 ワイルド・モングレルを倒して自信をつけたのか、ミサキがデスクローガントレットを振って血を飛ばしながら笑う。

 

 相手がクリーチャーならな。

 

 俺はそう言いかけたが、言葉にするのはやめておいた。

 ここはゲームの世界ではあっても、日本。

 フォールアウトシリーズの定番中の定番の敵、レイダーなんていうイカレた連中はいないかもしれないからだ。

 

 



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発見 悪党のコンテナ小屋

 

 

 

「ねえ、アキラ。あれって貨物列車と踏切じゃない?」

「だな」

「やった。ワイルド・モングレル倒して、お昼ごはん食べてからまだ2時間だよ。夕方までに駅に着けるかも。いこっ」

「バカ、待てっ!」

 

 強い語気で制止しながら、駆け出そうとしたミサキの腕を掴む。

 

「やっ。な、なにっ!?」

「いいからステルス、ってもわかんねえか。姿勢を低くしながら、そこの崩れたブロック塀の陰に。急げ」

「も、もうっ。いきなり強引すぎるってば」

 

 脱線して倒れた貨物列車のコンテナは、雨風を凌げるいかにもな隠れ家だ。

 

 ピップボーイのインベントリから、Strengthが3でも使えそうなスコープ付きのライフルを探す。

 見つけて取り出したのは、スコープ付きレーザーライフル。

 攻撃力60は少しばかり頼りない気がするが、ハンティングライフルやスナイパーライフルは重いのでこれでガマンするしかない。

 

 崩れかけた民家のブロック塀に身を隠しながら、スコープでコンテナの周囲を舐めるように見回す。

 

「も、もしかして敵?」

「いかにもクリーチャーの巣になってそうな場所だからな。なんだと思ったんだ?」

「べ、別に。それでいるの、バケモノは?」

「まだわからん。少し様子を見るから、水でも飲んどけ」

「わかった。あの店にあった飴ちゃんもたーべよっと」

「駄菓子か。もし蛍光塗料みたいな色のがあっても、それだけは食うんじゃねえぞ」

「へ。なんで?」

「核物質が入ってるかもしんねえ」

「ええっ、子供向けのお菓子にっ!?」

「そんくれえイカレた世界なんだよ、ここは。飲み物食い物のHP回復量の下に、Radsって表示があるのは出来るだけ口にするな。放射能を除去する薬はあるが、気分的に良くはねえだろ」

「はあ、どんなゲームしてたのよ。気をつけるわ」

「そうしてくれ」

 

 10分ほどしゃがんだステルス状態で辛抱強くスコープを覗き込んでいると、コンテナの入口から人影が出て来るのが見えた。

 忌々しそうに空を見上げて腕を回し、その後はあくびをしながら腰を伸ばすような仕草をしている。

 

「……ビンゴ。やっぱり住み着いてやがった」

「それってあの気持ち悪いフェラル・グール、それともドッさんと違ってかわいらしさの欠片もないわんちゃん?」

「ドッさんって、ドッグミートの事かよ。そのどっちでもねえな。いたのは人間だ」

「わあっ。じゃあ、もう目的達成したも同然じゃない。挨拶して駅の場所か、近くの街がどこにあるか聞きましょ」

「相手の名前が悪党・ヤスで、銃を担いだ髭面の筋肉質なおっさんでもか?」

「あ、悪党?」

「そうだよ。さらっとしか話さなかったが、フォールアウトシリーズで経験値や金を稼ぐ一番簡単な方法は、レイダーって連中を殺して装備をすべて剥ぎ取る事だった」

「レイダー?」

「殺した人間の死体をオモチャにして家の前に飾ったり、人肉を食ってるって話もあったな。麻薬なんかをやりまくりの武装した、好戦的でイカレた連中だよ」

「うえっ。そのレイダーが、こっちじゃ悪党なの?」

「わからん。出来るならミサキに人殺しはさせたくねえし、進路を変えるか。線路の位置さえわかれば、今はそれでいい」

 

 途中で橋も渡ったしワイルド・モングレルを倒した場所からは少し離れたが、位置的に線路を右に進めば陸橋かトンネルで川を渡るはずだ。

 それらが歩いて渡れるかわからない以上、左に進んで駅を探す方が確実だろう。

 

「なんかゴメン。気を使わせて……」

「気にするな。人を殺したくねえのは、俺も一緒だ。行こう。なるべく頭を低くしてな」

「うん。どうか見つかりませんように」

 

 真剣な声色の呟きに心の中で同意しつつ、来た道を工場の手前まで戻って右に曲がった。

 

 たったそれだけ、わずか数分の移動でも、ミサキは息を荒げて額に汗まで浮かべている。

 

「水、まだあるか?」

「うん。ここまで来れば、もう平気?」

「とりあえずはな。でもヤツらだって、メシも食えば水も飲むだろう。それを探しに来て発見されても困るから、水分を補給したらもう少し進むぞ」

「実際に人間と戦った訳じゃないのに、そうなるかもしれないって思いながら歩くだけで凄く疲れたよ……」

「わかる。俺だってそうさ」

 

 本音を言うと、生き残るためなら人殺しだってする覚悟はとうの昔に出来ている。やれるかどうかはまた別の話だが、心構えだけならしてあるのだ。

 

 ミサキがきれいな水を飲むのを待って歩き出す。

 しばらく進むと、右手に損傷の少ないコンクリート製の小さな建物が見えた。

 

「ねえ、あれって」

「こっちの世界の交番らしいな」

「交番ってさ、道案内のために壁に大きな地図が貼ってあるんだよ」

「そうなのか。なら、少し危険でも踏み込む価値はあるな。小さな銃声なら、悪党のコンテナにまでは聞こえねえだろうし」

 

 両手で持っていたスコープ付きレーザーライフルを、消音器の付いた小型拳銃デリバラーに変える。

 

 フォールアウト4の残念な仕様の1つに、装備している銃器を背負ったりホルスターに納めたりしてくれないというのがあった。

 なので、デリバラーはずっと握っているしかない。

 だがここはゲームのような現実世界なので、ホルスターは自作するなりすれば使えるだろう。今から楽しみだ。

 

「入口は開いてるな。EDーEの索敵能力は、ミサキのマーカーにも適用されてる。敵は?」

「黄色も赤もなし」

「よし。そんじゃ、俺が先頭で中を窺うぞ。大丈夫そうなら地図を見て、今夜の宿を探そう」

「わかった。気をつけてね、アキラ」

「そっちもな。数歩後を着いて来てくれ。ドッグミート、ミサキを頼むぞ。EDーEは俺のサポートを」

「わんっ」

「ぴいっ」

 

 フォールアウトシリーズとは違うゲームの警官ゾンビという敵を思い出すと少し怖いが、あと3時間もすれば日が暮れる。

 時間が惜しい。

 

「行くぞ」

 

 すぐデリバラーの銃口を向けて撃てるように、顔の横に立てるようにして交番の入口を目指す。

 

 背後から聞こえる息遣いから察すると、ミサキもずいぶんと緊張しているようだ。

 疲労は溜まりやすいだろうが、散歩気分で怪我をしたり死んだりするよりはずっといい。

 

 入口の壁に身を隠しながら覗き込んだ交番は、まるで世界が崩壊した日で時間が止まってしまったような感じだった。

 

「マーカーなし。死体も、ないな」

「おまわりさんの帽子が机の上にあるのにね。書きかけの書類も」

「地図は本当に大きいな。当時のだろうけど、これで目指すべき場所を決められる」

「まずは駅?」

「どうだろうな。地図を見てからだ」

「ん」

 

 何も言わずともドッグミートが交番の外を、EDーEが奥にあるドアの向こうを警戒する体勢を取ってくれたので、ありがたくミサキと壁に貼られた大きな地図に目をやる。

 

 どうやらここは浜名湖という湖が海とちょうど繋がる左側の、小さな半島のような場所であるらしい。

 

「見て、これ。線路を右に行くと浜松だって。うなぎパイだっけ、有名だよね」

「テレビで見た記憶があるな。それなりの都市じゃんか。東海道線の、新居町駅ってのが近いな」

「その近くに、けい、てい場?」

「競艇場な。でもこの世界は、石油なんかが枯渇して核エネルギーで車なんかを動かしてたんだ。汚染は大丈夫なのかねえ」

「ええっ。あれってそうなのっ!?」

「言ってなかったか。だから銃弾避けなんかに使ってると、炎上してボンってな。小さくても核爆発だ、気をつけろよ」

「……怖すぎでしょ、この世界」

 

 人が集まって暮らしそうなのは地図で見る限り、駅と高校と少し離れた場所にある公園、そして競艇場だろうか。

 

「近いのは高校か」

「だね。あたし達が川の向こうに見たのは海じゃなくて、海に繋がる浜名湖の出口だったみたい」

「ゲーム世界が現実になると、スケールが違い過ぎて笑えるな。死ぬまで探索しても関東や近畿には辿り着かねえんじゃねえか、これ」

「動く車でもあれば別なんだろうけどねえ」

「戦争の影響が少ないせいか、思ったより街並みが残ってる。車じゃ進めねえ道も多そうだぞ」

「なるほど。どうするの、近くの高校に行ってみる?」

「ああ。そこがあまりにも危険そうか人がいないなら、北上して橋を渡って駅。そしてそこからすぐの競艇場かな」

「暗くなる前に、宿も探さないとね」

「だな。急いで交番の奥を漁るから、休憩でもしといてくれ」

「手伝うよ?」

「探索にもコツがあるんだよ。今度ゆっくり教えてやるさ。手取り足取り、な」

「はあっ。アキラって、たまにエロオヤジみたいな事を言うよね」

「女子高生からしたら、成人した男なんてみんなオヤジだろうに。じゃあ、大人しく駄菓子でも食って待ってな」

 

 この世界の交番は、俺が思っていたような施設とはずいぶんと違っていた。

 

「おいおい、交番に牢屋があんのかよ」

 

 牢は空だが、壁際にある机の辺りには1人分の白骨が転がっていた。色褪せた制服もあるので、これが警官だろう。

 机の上には、4発の銃弾が規則正しく並んでいる。

 

「銃は床に落ちてる。ホクブ38口径リボルバー。自殺でもしたのかな、成仏してくれ。銃とホルスターは、ありがたく使わせてもらう」

 

 ついでのように手錠とそのカギもピップボーイのインベントリに入れ、机を手早く漁った。書類、筆記用具、ノート、エロ本。

 

 当時の文化を理解する必要がないとは言い切れないので、本だけはいただいておいた。

 写真が白黒でも、貴重なオカズになってくれるだろう。

 ラッキーラッキー。

 

「アキラー。やっぱ手伝うよー?」

「ひゃあっ!」

「なんて声を出してんのよ……」

「も、目的の銃とホルスターはいただいた。時間もねえし、行こうぜ。ほら、早く早く」

 

 交番を出て向かった高校は、遠くからスコープで一瞥しただけで近づく事すら諦めた。

 

 校門の向こうに見えたグラウンドを、数えるのもバカらしく思えるほどのフェラル・グール達が歩き回っていたからだ。

 なので橋を渡って駅に向かう事にしたのだが、その橋が視界に入った途端ミサキが大声を上げる。

 

「アキラ、あれっ!」

「見えてるっての。マイアラークと戦ってるの、人間だよな? いつの時代の兵士だっつーの……」

 

 こちら側から橋を渡ろうとしている、ヤドカリとカニを足して割ったような2メートルほどのクリーチャー、マイアラーク。

 数は、3。

 

 その侵入を防ごうとしているのか人間達は10ほどの槍のような武器を並べてマイアラークの顔を突き、その背後から弓を射ているようだ。

 車の残骸の上で抜き身の日本刀を振り回しているのが、人間側の指揮官か。

 

「車の屋根にいるの、女の人だよね?」

「ああ。指揮官みてえだ。なのに肩に戦国時代の大鎧から取ったような防具を着けて、武器は日本刀。銃は貴重品なのかもなあ。とりあえず、あの狩りが終わるまで待つぞ」

「手伝わなくていいの?」

「こっちから撃って流れ弾が人間を傷つければ即敵対、上手く介入しても獲物を横取りすんじゃねえって言われる可能性がある。終わったら俺が話しに行くから、まあのんびり待とうぜ」

「見てるだけでいいのかなあ。頑張れ、お侍さん達……」

 

 小奇麗な格好をしているのは車の残骸の上にいる女だけで、後は汚れきった服を着て武器を振るう雑兵のような連中だ。

 煙草を咥えて火を点けてから戦いの場に視線を戻すと、指揮官らしき女と目が合った。

 距離はおよそ、200メートル。

 

「いい目をしてやがる」

 

 それに俺より少し年上のようではあるがすこぶる美人で、胸と尻の大きさと張りも見事なものだ。手にしている抜き身の日本刀のような、きつめの眼差しがたまらない。

 

 



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小舟の里へ

 

 

 

「あ、そろそろ戦闘が終わるよっ。怪我をした人もいないみたい。良かったあ」

「夕陽が沈み切る前にカタがついて助かった。そんじゃ、行って話してみるな」

「万が一アキラが攻撃されたら、迷わずに助けに行くよ?」

「泣けるねえ。愛だな、それは」

「ちゃ、茶化さないでよっ!」

「ははっ。襲われたら威嚇射撃して、一目散に逃げて来るさ」

「ムリしないでね。絶対だよ?」

「ああ」

「……いってらっしゃい」

 

 何本目かのタバコを咥えたまま、マイアラークを解体し始めている人間達に向かって歩く。

 

 橋に足を踏み入れる辺りで雑兵の1人が俺を指差して何事かを叫んだが、日本刀を抜き身のまま担ぐようにしている女の一喝ですぐに解体作業へ戻った。

 女がかなり年下の少女だけを連れ、こちらに向かって歩き出す。

 

「銃も持ってねえのに、いい度胸だ。パイプピストルと38弾をくれてやったら、1回くれえやらしてくんねえかな」

 

 声が届きそうな距離で足を止める。

 

 それでも女はズカズカ歩を進め、俺から5メートルほどの位置まで来てようやく止まった。

 タバコの煙も届きそうな距離なので吐き捨て、ブーツの底で踏む。

 

「銃を持ち、戦闘用のアイボットまで連れているか。大正義団にも新制帝国軍にも見えんが、何者だ?」

「アイボットを知っているとは博識だな。旅人だよ、ただの」

「……そのような言葉を信じろと?」

「本当の事だからな。ところで、大正義団と新制帝国軍ってのの情報が欲しい。水か食料か武器をそれなりに提供するんで、話を聞かしちゃくれねえか?」

「大正義団と新制帝国軍を知らないとは、本当にこの辺りの人間じゃないようだな」

「旅人って言ったろ」

「荷物なんて持ってなさそうだが。ま、まさかその腕の機械はっ!?」

 

 ピップボーイを知っている、か。

 

 今がフォールアウトシリーズの歴史で何年なのかは知らないが、どうやらこの女はかなりの知識人であるらしい。

 

「そういう事さ。で、どうする?」

「……今、伝令を走らせる。少しだけ待ってくれ。私は小舟の里に雇われている、食料調達部隊の指揮官に過ぎないんだ」

「小舟の里、ね。いいさ。待つよ」

「ありがたい。夜になる前には里に案内して、話をする事が可能だと思う。セイ、長に見たまま聞いたままを伝えてくれ」

「ん。返答は放送する」

「助かるよ。タバコ、やるかい?」

「いただこう」

 

 橋の真ん中で夕陽に照らされながら、2人でライターの火を分け合う。

 俺は橋の向こうへと駆け去るジーンズのオーバーオールにTシャツの中学生くらいのショートカットの女の子を見ていたが、日本刀を担いだままの女はミサキ達の方へ視線をやっているようだ。

 

「かわいらしい連れだな。それに、ずいぶんと心配そうにこちらを窺っている。愛されているじゃないか」

「成り行きで保護者をやってる。あの子を守るためなら、街の1つくらい焼き尽くすぜ?」

「怖い兄貴もいたものだ」

 

 兄。

 そんな感情はなかったが、言われてみれば俺とミサキはそんな感じに見えるのかもしれない。

 

「小舟の里ってのは、どんな街なんだ?」

「東の浜松の街は、新制帝国軍の支配下にある。そこでは兵隊が幅を利かせてるから、それじゃ住み辛いと思った連中が集まって来る街さ。治安はいいよ。銃を持ってるのなんてたまに来る行商人とその護衛か、さらに珍しい君のような旅人だけだし。素行の悪い住人は、すぐに追い出してしまうんだ」

「新制帝国軍やら大正義団っての、それと悪党共によく略奪を受けねえな?」

「新制帝国軍と大正義団には、どちらにもプールで養殖した魚や家畜の乳から作った乳製品を安く売っている。戦争になればどちらかに接収されて最前線の基地になるだろうが、今のところそんな動きはないね。悪党は群れても30はまず超えないから、弓の斉射で追い払えるさ」

「大正義団ってのは、西に?」

「そうだよ」

「タバコ1本分の情報にしちゃ、かなり多すぎるな」

「渡し過ぎた分は、貸しにしておくさ」

「取り立てが怖いぜ」

「なんなら、そのカラダで払うかい?」

「ほんで俺は明日から、小舟の里の食料調達部隊の一員になるって訳か」

「ふふっ。それは退屈しないで済みそうだ」

 

 10分ほどそうして立ち話をしていると、不意にスピーカーのノイズが聞こえた。

 

 長の許可、出た。長の自宅に。

 

 そんな放送が聞こえるとミサキが俺達に駆け寄り、女がそれを見て微笑みながら踵を返しつつ日本刀を納刀する。

 どうやら今日の宿は、こちらで初めて見つけた街である小舟の里という所になりそうだ。

 

「では、行こうか」

「あいよ。俺はアキラ。女の子がミサキで犬がドッグミート、アイボットがEDーEだ。よろしくな」

「申し遅れた、私はシズクだ」

「お互いさまさ」

「アキラっ!」

 

 デスクローガントレットを装備したまま抱き着かれては死んでしまうと肝が冷えたが、走り寄って来たミサキは俺の直前で器用に急停止してくれた。

 

「おう、今日は小舟の里って街に泊まるぞ」

「安全なの、そこ?」

「話した感じじゃ、このシズクって姐さんは信用できそうだ。もし他の連中がなんかしてくるようなら、ヌカランチャーを街の真ん中に撃ち込んでやるさ」

「ふうん。会ったばかりなのに信用してるんだ」

「信じていい人間は、直感でわかるさ。まあ、それで痛い目を見る事もあるんだろうけどよ」

 

 食料調達部隊の連中は3匹のマイアラークから取れるだけの肉を取って汚い袋に詰め、数人で力を合わせ死体を川に投げ込んでいる。

 慣れた動きなので、いつもこうして狩りをしているのだろう。

 

「ふうん」

「唇なんか尖らせてどうした、ミサキ?」

「別に……」

「大丈夫だって。最初に見つけた街にしちゃ、小舟の里ってのはかなり上等な部類みてえだ。見ろよ。競艇場にはまだ少し距離があるのに、ここからバリケードで街を守ってやがる。人手に余裕がなきゃ、こうは出来ねえぞ」

「ふふっ。ミサキちゃんが言いたいのは、そういう事じゃないと思うぞ。さあ、こっちだ」

「ああ。行こうぜ、ミサキ」

「むーっ……」

 

 街に駆け戻った女の子の背を見送った時に気づいていたが、橋の向こうには道路を封鎖するバリケードがあった。

 

 その中央の錆びた金網が開いて、マイアラークの解体作業を終えた食料調達部隊と俺達を迎え入れる。

 

 橋から少し歩いた駅前のロータリーには暗くなり始めた空の下にテーブルと椅子がいくつも並べられ、槍や弓を持った男女が腰を下ろしていた。

 金網のフェンスを開けた連中とこいつらは、食料調達部隊ではなく街の防衛部隊なのだろう。

 

 小汚くはあるが俺達がいた日本でも若者が好みそうな派手な洋服を着て、戦国時代のように槍や弓を持っているので、違和感が凄まじい。

 

「若い連中が多いんだな」

「防衛部隊は、どうしてもな。でも指揮は、そこの爺様だよ」

「おかえり、シズク。客人とは珍しいなあ」

 

 椅子に座ってテーブルに足を乗せたまま言ったのは、頭髪がほとんど白くなっているオールバックの老人だ。

 なぜか黒いスーツをピシッと着込み、日本刀を抱くように持ってニヤついている。

 

「失礼のないようにしてくださいよ、ジン爺さん」

「娘っ子はめんこいが、おっぱいが残念だのう」

「ま、まだ成長期なんですっ!」

「男はそれなりに使えそうだが、ちいとばかし気負いが見える。青年よ、もっと肩の力を抜け。ここには兵隊も志士もおらん」

 

 兵隊が新制帝国軍とやらなら、志士というのは大正義団だろうか。

 こんな世界で世直しをしようなんて連中がマトモな思想を掲げているとは思えないが、軍の兵隊よりはマシなのかもしれない。

 

「酒場は朝までやっとるし、相手を求めて飲みに来る女達もそれなりにおる。商売女が少ないのが難点じゃが、いい店じゃ。しばらく滞在するなら、ワシが飲みに連れてってやるぞ」

「楽しみにしときますよ、ジンさん。では、失礼します」

「うむ」

 

 破顔して頷く老人には、何とも言えない愛嬌があった。

 なぜかミサキに背中を殴られたがHPが減るほどの力ではなかったので、気にしない事にして歩き出したシズクの背を追う。

 

「駅の中、それも歩道橋みたいな通路を通って里に入るのか」

「ああ。小舟の里は、島になっていてな。4つある橋で陸に繋がっている。駅から歩いて行くなら、ここが近道だ」

「へえ」

 

 ならその4か所さえ守れれば、敵は水から上がって来るマイアラークくらいか。

 

 それすらも島を金網フェンスか何かで囲んでしまえば、そう怖くはないだろう。

 やはり、人間はバカではない。

 いい場所に街を構えたものだ。

 

「地下道か」

「ああ。すまないな。臭うだろう?」

「少しばかりな」

 

 地下道には寝袋が並んでいたり、汚れた洋服がうずたかく積まれたりしているので酷く臭う。

 中学高校の部室棟を思い出して、少し笑えた。

 

 防衛部隊の仮眠所なのだろうが、女も多いようなのにもう少し清潔に出来ないのか。

 

「水は貴重なのか?」

「今はそうでもないよ。里には、風呂屋だってある。でも若い連中は、遊びに繰り出す前くらいにしか行かないんじゃないかな」

「なるほどね」

 

 地下道を抜けると橋があり、そこからは競艇場の中から漏れる明かりが見て取れた。

 

 風呂屋もあるというし、どうやらそれなりに人間的な生活をしているらしい。

 その辺りはフォールアウトシリーズの住民と違って、キレイ好きな日本人の末裔ならではといった感じか。

 

 駅の改札のようなゲートの先に、伝令に走った少女が立っていた。

 

 その子と合流するとシズクは食料調達部隊の連中に「後はいつも通りに。それとこれで1杯やってくれ」と言って何枚かの紙幣を握らせる。

 俺はそれを見て、背中に冷たい汗が噴き出すのを自覚した。

 

「わあっ。ここ、市場みたいになってるんだねえ。見て見て、アキラ。屋台がたくさんあるよっ」

「いや、それどころじゃねえんだが……」

「長の家はこっちだ。行こう」

「あ、ああ。それはいいんだがシズク、ここでの金銭ってのは……」

「円に決まってるじゃないか。おかしな事を聞くんだな」

「あっちゃあ……」

 

 フォールアウト4で買い物なんかに使う金、キャップなら腐るほどある。それこそ、10年は働かずとも暮らせるくらいに。

 

 だがそのキャップが、ここではただのゴミでしかないのか。

 

「あ。も、もしかして」

「正解。ちなみに俺が持ってる戦前の紙幣は、すべてドル」

「つまり……」

「俺とミサキは、一文無しって事だ」

「ううっ。あそこの屋台の串焼き、すっごく美味しそうなのにっ!」

「日銭くれえは、どうにでもなるさ。シズク、廃墟から持ち帰った戦前の物資は金になるよな?」

「当然だ。この里を訪れる山師は少ないから、それなりの値で買い取ってくれるぞ。まあ、店主も貧乏なんでそれほどは買えないだろうが」

「山師?」

「安全な街の外に出て、妖異を倒しながら廃墟を漁る連中だよ」

「スカベンジャーが山師で、クリーチャーが妖異か。いちいち和風で面白いな」

 

 



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 里に足を踏み入れた俺達が歩く市場にはたくさんの屋台が立ち並び、そこで飲み食いをしたり買い物をしている住民達の活気はなかなかのものだ。

 この分では小舟の里には数百、下手をすれば千に達する人間が暮らしているのかもしれない。

 チラリと右手に見えたプールには向かわず、シズクはコンクリート製の建物に向かって階段を上がり始めた。階段には明かりがないので、オーバーオールの女の子が点灯した懐中電灯の光だけが頼りだ。

 

「こんな大きな建物も使ってるんだ。広いんだねえ。里って言うより、かなり大きな街じゃない」

「だなあ」

「この階だ。暗い所をさんざん歩かせて悪いな」

「いいさ。煌々と明かりが灯っていて、エレベーターまで使えたら逆に怖い」

「エレベーターなら、使える」

「はあっ!?」

 

 思いもしなかった言葉に、思わず足が止まる。

 言ったのはここまでずっと黙っていた、オーバーオールの女の子だ。たしか、名前はセイだったか。

 

「電源さえあればだけど」

「駅でも市場でも、明かりは篝火や焚き火だった。でももしかして、電源さえあれば使える機械は多いのか?」

「ん」

「このセイは、賢者の弟子なんだよ。その人に才能を見出されたくらいだから、機械の修理が得意でね」

「賢者?」

「うん。数年前に西に旅立ったんだが、凄腕の山師だった」

「ソイツの腕にも、これがあったのか?」

 

 ピップボーイを見せながら聞くと、シズクとセイははっきりと頷いた。

 

「アキラ、それって……」

「まだわからん。数年前に出て行ったって話だし、このセイって子が弟子というからにはそれなりの期間をここで過ごしたんだろう」

 

 101のアイツ。

 思い浮かぶのはそう呼ばれるフォールアウト3の主人公だが、それにしては防衛部隊や食料調達部隊の連中の武装が貧弱すぎる。

 賢者とまで呼ばれるような行動をしていたのならフォールアウト3では善人プレイをしていたゲーマーだろうが、そんな人間がこの街を出る前に銃の1つも置いて行かないなんて事があるだろうか。

 ならば賢者は、101のアイツではない?

 

「さあ、着いたぞ」

 

 いつの間にかシズクは歩き出し、俺は無意識にそれに着いて行っていたらしい。

 おざなりなノックの後すぐにドアを開け、シズクは室内に俺達を招き入れた。

 暗い。

 見れば正面はガラス張りになっているので月明かりが射し込んでいるらしいが、室内にはランタンが3つほどあるだけなのでまるで上映中の映画館のような暗さだ。

 

「はじめまして、お客様。どうぞこちらにおかけになって」

 

 言ったのは、上品そうな中年の女。

 かなりの熟女だが、その色香は色褪せるどころか40を過ぎて増しているように思えるほど色っぽい。

 

「はじめまして。私はアキラ。女の子がミサキで、犬がドッグミート。アイボットがEDーEです。ドッグミートも入っていいので?」

「もちろん。皆さん大切なお客様ですもの。あたしはマアサ。小舟の里の長でセイちゃんの母で、シズクちゃんの叔母よ」

「ありがとうございます、マアサさん」

「さあ、シズクちゃんもセイちゃんも座って。今日はごちそうよ」

 

 暗い室内にある長テーブルを並べた食卓に着くと、マアサさんが手ずから料理を取り分けて俺達の前に皿を置いた。

 蒸かしたジャガイモに、焼いた何かの肉。申し訳程度の緑の野菜に茹でたマイアラークだ。

 やはり、米食は廃れたのか。

 日本人としては残念だが、こんな世界では仕方のない事なのだろう。

 

「シズク、コップを洗える場所ってあるか?」

「部屋の隅に、濾過した水を溜めたポリバケツがいくつかあるが」

「なら、このマグカップを洗ってくれ。ミサキとセイちゃんは黒糖サイダーで、俺達は冷えたビールで乾杯しよう」

「ほう。ずいぶんと太っ腹じゃないか」

「いい街のようだし、特にセイちゃんとは仲良くしておきたいんでね」

「アキラってロリコンなのっ!?」

「む。人のおっぱいを舐めるように見ていたくせに、未成熟なセイが好みなのか」

「誰がロリコンだ。それにそんな巨乳のくせにピッチリしたTシャツで肩にだけ防具を装備してたら、嫌でも胸に目が行くだろうが。セイちゃんは修理が得意だっつーから、いろいろと話を聞きたいんだよ」

「ホントかしら」

「どうだろうなあ。ミサキ、今夜2人でアキラに夜這いをかけて本当にロリコンじゃないか確かめるか?」

「なっ。ダ、ダメよ、そんなのっ!」

「いいじゃないの。おばさん、早くシズクちゃんの赤ちゃんをだっこしたいわあ」

 

 美少女と美女に夜這いされて童貞喪失なんて、エロゲの主人公じゃあるまいし。

 まあ俺なんて顔も体つきも平均程度のどこにでもいる冴えない男なので、冗談で言っているだけだろう。

 俺が出したコップにそれぞれの飲み物を注いで乾杯をしてメシを食べ始めたのだが、その味付けはすべてが薄い塩味だった。

 

「お口に合わないみたいね、ミサキちゃん。やっぱり旅をするほど腕の良い山師のお2人は、美味しい物を食べ慣れているのかしら。このお酒、ビール? これも、里のお酒とはまるで違う飲み物だし」

「い、いえいえ。そんな」

「醤油いるか、ミサキ?」

「……欲しいかも」

「あいよ。皆さんもどうぞ」

 

 嬉しそうにジャガイモやマイアラークに醤油を垂らすミサキに倣い、それを口に運んだシズク達が目を見開いて驚いている。

 

「お、おかーさん」

「美味しいわねえ。どうしたの、セイちゃん?」

「これは里でも作るべき。製法を探しに、本を探しに行く許可を」

「あらあら。ダメよ、セイちゃん。賢者様と約束したでしょ。里が発展すればするほど、新制帝国軍に攻め込まれる危険は高くなるの。こんな美味しい物を作ったら、明日にでもこの里に新制帝国軍の大部隊が送り込まれるわ」

 

 なるほど。

 賢者は、それなりに知恵の回る人間だったらしい。

 小舟の里があまり生活に苦しまず、新制帝国軍がここをムリに奪おうとはしないバランス。

 それを今の長であるマアサさんと、次代の長であるセイちゃんにちゃんと教えてから街を出た訳か。

 

「新制帝国軍ってのは、どの程度の戦力なんです?」

「そうねえ。賢者様の話では、兵隊をたくさん乗せたトラックを5台は送り込めるくらいだとか。それも恐ろしい事に、すべて銃で武装した兵隊をね」

 

 そんなものは俺からすればどうでもいいが、たしかに銃を持った100や200の敵を迎え撃つのに槍や弓で立ち向かっては、簡単に蹴散らされて終わりか。

 小舟の里の人口はそれなりのようだし、武器さえあれば新制帝国軍にも対抗できそうな感じはするが。

 

「空を飛ぶ乗り物なんかは?」

「そんなの、今の時代にあるはずがないじゃないの。うふふ」

 

 ベルチバードはないのか。

 日本のどこかには動く航空機を保有する勢力があるのかもしれないが、少なくとも新制帝国軍と大正義団にそれはない。

 ならば、タレットを4つの橋に設置するだけでも小舟の里を要塞化するのは可能なのかもしれない。

 

「大正義団は?」

 

 マアサさんが悲しげに瞳を伏せた。

 地雷でも踏んだかとシズクを見ると、その隣に座るセイちゃんなどは俯いて涙を堪えているようだ。

 

「ちょ、ちょっと。アキラったら」

 

 隣でメシを食っていたミサキが、肘で俺をつつく。

 

「あー。なんか申し訳ない。ムリに答える必要はありませんよ」

「……いいえ。大正義団は、息子の率いる荒くれ者達は50ほどです。ですが何人かは銃弾すら弾き返す鉄の鎧を着込み、全員が光を飛ばす強力な銃で武装しているんですよ。トラックも1台あります」

「あんなのは兄ではありませんっ!」

 

 セイちゃんがテーブルを叩いて叫ぶ。

 大正義団にも養殖した魚や乳製品を売っているというが、もしかするとそれは強請りたかりのような取引なのかもしれない。

 

「まさか、その鎧や武器って」

「賢者様に譲っていただいた物です。それがあれば、新制帝国軍に媚びずに暮らせるようになるからと」

「……エネルギー武器とパワーアーマーを、ポンとくれてやったのか。地面に灰が残るのを嫌い、ステルスからの攻撃を好むからパワーアーマーは使わない。101のアイツらしいねえ。ははっ、笑えるぜ」

「確定なの、アキラ?」

「そうだとは言い切れねえが、可能性は高いさ。なんで西になんか向かったんだろうなあ。ここで暮らしてくれてりゃ、助け合って平和に暮らしてけただろうに」

「アキラ様は、賢者様をご存じなので?」

「直接の面識はありませんけどね。さて、ここからは商売の話をしましょう」

「商売、ですか?」

 

 俺はどんな場所でもそれなりに暮らしていけるが、お嬢様育ちのミサキはそうもいかないだろう。

 なるべく金を稼いでいい暮らしをさせてやらないと、こんな世界で生きる事を強制されたストレスで人格が歪みかねない。

 

「ええ。まずは、……そうですねえ。俺達が持っている武器の性能を見てもらいましょうか。シズク、食料調達部隊はいつもあの橋で狩りを?」

「マイアラークが目に見えて減るまでは。数が少なくなれば、違う場所に移動する。この辺りは橋が多いんでな」

「あそこまでマイアラークをおびき寄せてんだよな?」

「そうだ。賢者に教わった、カイティングという狩りの方法だ」

「……やれやれ。どっかのエセゲーマーと違って、ネトゲなんかにも手を出してたんかよ。101のアイツは」

「むっ。話が終わったら殴るからね、アキラ」

「死んじまうっての。じゃあ明日その狩りに俺達を同行させて、武器の威力を見てくれ」

「長?」

「それはいいのだけど、この里はそんなに裕福ではないのよ。アキラ様がどんな武器を売りたいのかはわかりませんが、それに見合う金額なんてとても……」

 

 これほどの街を治めているというのに、自分が儲ける事は重視していないのか。

 だからこそ大正義団とやらになってしまった息子の不始末を、この親子は恥と感じているのかもしれない。

 いい領主じゃないか。

 とてもウェイストランドの住民とは思えないくらいだ。

 

「金は廃墟から持ち帰った物を小出しにして売り捌くんでいいですよ。欲しいのは、しっかりと施錠できる安全な部屋です。俺達が暮らすための」

「それなら」

 

 マアサさんとシズクが頷き合う。

 

「シズクちゃん、あなたの部屋の隣は空いてるわよね?」

「ええ。広いので仕切りさえすれば、兄妹で暮らすのに支障はないでしょう」

「なら今夜はそこに、アキラ様達を案内して。実際に泊まっていただいて、そこでいいか判断していただきましょう」

「心得ました。食事は終えているようだし、もう行こうか。狩りは朝が早いぞ」

「そうさせてもらうかな。ミサキを早く休ませたいし。ではマアサさん、お話は武器の性能をシズクから報告されてからまた」

「ええ。ゆっくり休んでくださいな。大恩ある賢者様と同じ雰囲気を身にまとうお2人なら、小舟の里はその来訪と定住を心より歓迎いたします」

「ありがたい。では、私達はこれで」

 

 



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狩りへ

 

 

 

 ノック。

 その音で目を覚ました俺は、がらんとした広い室内を数秒ほど見渡しても、ここがどこであるかを咄嗟には思い出せなかった。

 

「……そうか。小舟の里で晩メシをごちそうになった。そんでこの部屋に案内されて、風呂屋に行くのも億劫で着替えただけでベッドを2つ並べてそのまま寝たんだ」

 

 フォールアウト4の主人公になったつもりでチンピラのような口調で話し、銃を使ってクリーチャーを殺してレベルを上げても、本当の俺は20になったばかりの半分ニートみたいなゲーム好きの大学生でしかない。カギのかかった部屋でベッドに横たわれば、こうまで熟睡してしまうのも当然か。

 隣で寝ていたドッグミートに顔を舐められながら身を起こすと、少し離れた隣のベッドでまだ寝ているミサキを庇うようにドアを向いて浮かんでいるEDーEが目に入った。

 

「さすがだな、EDーE。ドッグミートもおはよう」

 

 ノックは続いているが、まずは脱ぎ捨てていたブーツをしっかりと履いてデリバラーを握る。

 その上でドアに向かって歩き出すと、ドッグミートが尻尾を振りながら先に立ってくれた。

 

「はいよー。どちらさんで?」

 

 ドアの向こうにいる人間の数は、黄色のマーカーで1人だとわかる。

 ドッグミートが警戒していないので心配はないと思うが、念のためにドアを開ける前にそう訊ねた。

 

「セイ」

「あいよ。すぐに開ける」

 

 ドアの向こうの汚れた絨毯の上には、やはりオーバーオール姿のセイちゃんが立っていた。

 

「どうぞ。今からミサキを起こすから、入ってくれ」

「おじゃまする」

 

 少し迷ったが、セイちゃんを招き入れた後しっかり施錠する。

 ミサキもいるので身の危険を感じる事はないだろうし、何よりセイちゃんはまだ小学生か中学生くらいのか弱そうな女の子なのでこの方が安心だろう。

 

「ドッグミート、ねぼすけのミサキを起こしてやれ」

「わんっ!」

 

 ドッグミートがコンクリート製の床で爪を鳴らしながら駆け出したので、俺はピップボーイのインベントリからテーブルと椅子を出した。

 コーヒーとお茶は、木下商店の台所でいくつものマグカップに注いでピップボーイに収納しておいたのでまだまだある。こうしておけば冷めないし、不思議空間であるピップボーイのインベントリなら中身がこぼれる心配もない。

 

「お茶とコーヒーなら、お茶がいいかな?」

「コーヒー、苦手」

「そっか。なら、座ってこれでも飲んでて」

「ありがとう」

「わあっ、くすぐったいっ! な、なにっ。なんなのっ!」

「わんっ!」

 

 ドッグミートに顔を舐めまくられて跳び起きたミサキの白いふとももを見ながら、タバコを咥えて火を点ける。

 ミサキはパジャマ代わりにと俺が渡した、洗濯されたピンクのドレスというスカート丈の長いフォールアウト4のアイテムを着ているので、残念ながらそれ以上のラッキースケベイベントは発生しないようだ。

 

「起きたなら準備をしろよ。出かける時間らしいぞ」

「今って、……うっわ。ま、まだ朝の5時だよっ!?」

 

 ピップボーイの時計を見てミサキが叫ぶように言う。

 

「かなりの人数が暮らす街の食料調達部隊だ。朝から晩まで懸命に働いてんだろ」

「なんか、私達よりずっと勤勉な生活をしてそうだね。こんな世界なのに、ああ。こんな世界だからこそ、か……」

「働かないと、飢えて死ぬ」

「だとさ。洗面台の横に、水のボトルは出してある。一応、便所にもバケツと一緒にな。ティッシュペーパーがねえから、紙は戦前のお金でカンベンしろ。紙は流せねえから、使ったらピップボーイに入れてどっかで捨てるしかねえぞ。覚悟して使え」

「わざわざ言わなくていいって。洗面台やトイレ、水なら流して平気なの?」

「大丈夫そうだったよ」

「わかったー」

 

 この部屋は競艇の選手達が着替えなどをするために使う広い部屋だったようで、隣にはトイレや洗面所に、なんとシャワールームまで付いているのだ。

 蛇口をひねって水やお湯が出るはずもないが、配水管が使えるのはとてもありがたい。

 

「しかし、こんないい部屋を使わせてもらっていいのかねえ」

「山師は里にとって、得難い人材。浜松や豊橋から山師を呼んで定住させるとなれば、それなりのお金か好みの異性を要求される。で、酔って暴れたりするし」

「危険の多い仕事をする連中だから、街での振る舞いも荒っぽいのか」

「そうでない山師もいる」

「セイちゃんのお師匠さんみたいに?」

 

 セイちゃんが両手で包むようにしてカップを口に運んでから頷く。

 

「どんな人だったんだ、その人って?」

「……強くて優しくて物識りで、とても高潔な人」

「その人は、どうして西に?」

「5年前。西から、緑色の肌の大男が現れて」

 

 スーパーミュータントか。

 人間を捕食する、知性のあるバケモノ。

 この日本にもいるのかもしれないとは思っていたが、もしかすると西日本はスーパーミュータントの勢力圏か。

 

「5年前って、セイちゃんはその時……」

「12歳だけど?」

 

 17?

 この童顔で、このツルペタで17歳!?

 

「ふうっ、さっぱりしたー」

「ミサキ、今さらだがオマエ何歳なんだ?」

「18だけど?」

「そうなんか。セイちゃんの1コ上だな。まあ、仲良くやれ」

「こんなにかわいいのに1コ下っ!?」

「だとさ」

「そうなんだー。よろしくねえ、セイ。あ、呼び捨てでいいよね? あたしもミサキでいいからさっ」

「ん」

「ねえ、アキラ。セイにも洋服を出してあげてよ。今の服もかわいいけど、スカート姿も見たいっ!」

 

 そうは言われてもサイズが。

 ゲームでは大人が着ていた服を子供にスリ渡すとサイズが自動で変化していたが、現実世界じゃそうはいかないだろう。

 

「スカート嫌い。シズクお姉ちゃんもセイも」

「なら、こんなのはどうだ?」

 

 こちらの人類にSPECIALがあるのかは知らないが、俺やミサキが装備すればIntelligenceが2も上昇するVault-Tecの白衣を出してセイちゃんに羽織らせる。

 すると驚いた事に白衣は音もなく縮み、セイちゃんにピッタリのサイズになった。

 

「こ、これ。この作業用オーバーオールと同じ……」

「そういや3のDLCに、そんなアイテムがあったなあ。Repairが10くらい上がるんだっけか」

「じゃあその服って、賢者さんから貰ったんだ。さすがはお弟子さんだねえ」

「ホントはもっと防御力の高いのを着て欲しいんだけどな。セイちゃんは戦闘には参加しないんだよな?」

「セイは近場の伝令と、里の外で見つけた物が修理可能か見極めるのが仕事」

「ならそれでいいか。ミサキは、念のためにこれをすべて装備しな」

 

 テーブルの上にフル改造したアーマード軍用戦闘服と、各部位のレジェンダリー防具を出す。

 

「えーっ、こんなのかわいくないよーっ。このセーラー服って改造できないの、アキラ?」

「どうだろな。ちょっと貸してみ?」

 

 立ち上がってドアの横にアーマー作業台を出すと、セイちゃんの驚く声が聞こえた。

 ピップボーイのインベントリは知っているが、こんなに大きな物が出て来るとは思わなかったのだろうか。たしかにイスとテーブルくらいなら、101のアイツのピップボーイにも入りそうな気はする。

 ミサキは俺に歩み寄ったはいいが、なぜかピップボーイから出したセーラー服を抱き締めるようにして立ち止まっていた。

 

「に、臭いとか嗅がないでよ?」

「人を変態扱いすんじゃねえ、タコ。……お、改造可能みてえだな。ほいっと」

「やった。なんにも変化してないように見えるけど、防御力が凄いねえ。ありがとっ」

「おう。いくらかわいくなくても、その上のアーマーはちゃんと装備しろよ?」

「当然よ。あたしだって死にたくないんだし。着替えて来るねっ」

 

 椅子に戻ってコーヒーを飲み干しそれを収納してまたタバコに火を点けると、セイちゃんがじっと俺を見詰めているのに気がついた。

 

「どした?」

「何もかもがデタラメで、どうしてもあの人を思い出す」

「師匠か。もしかして、初恋の相手でもある?」

「ち、違っ。セイはそんなっ!」

「ははっ。冗談だよ、冗談。ところでシズクは?」

「……アキラさん意地悪。シズクお姉ちゃんは、食料調達部隊のみんなとミーティング」

「なるほど。出発は?」

「正門から6時」

「余裕で間に合いそうだな。じゃあ、そろそろ俺も着替えるか」

 

 アーマード軍用戦闘服に受難者のポリマーコンバットアーマー:左腕。1だけだがCharismaが上がるので、黒縁メガネも忘れずにかけておく。

 昨夜寝る前に気がついたのだが、この世界に来るまで極端に悪かった俺の視力はなぜか回復していた。それでもメガネがないと、どうにも落ち着かない。もう、体の一部のようなものなのだ。

 

「昨日いただいたホルスターは、デリバラーじゃサイズが合わないんだよなあ。ショートカットですぐ取り出せるから、このままでいいか」

「おまたせーっ!」

「よし、じゃあ行くか」

「ええっ、朝ごはんはっ!?」

「集合場所でヌードルカップでも啜れ」

「屋台の朝ごはん……」

「残念ながら、俺達は一文無しだ」

「……ううっ、貧乏のバカヤローっ!」

「そのくらいなら、セイが」

「いらんいらん。狩りから帰ったら手持ちの物を市場で金に換えるから、心配しなくていい」

「なら買い取りしてくれるお店に案内する。そこじゃないと戦前の世界の品なんて、価値をわかってもらえずに買い叩かれる」

「そりゃ助かる。頼むよ」

 

 もっとゴネるかと思ったが、ミサキはそれ以上メシの事は言わずにテーブルの上からアーマーを取って装備している。

 お嬢様のくせに偉いじゃないかという気分で、その頭を撫でた。

 

「な、なに?」

「なんとなくだ。晩メシは、屋台で好きなモンを食わしてやるからな」

「やった。お風呂も行けるっ?」

「たぶんな」

「よーっし、張り切っちゃうよーっ!」

 

 たった2日だが、1日の終わりに熱い湯に身を浸していないと気分が悪いのは俺も一緒だ。

 3人と1匹と1体で部屋を出て市場を抜けて改札口のようなゲートのある正門に向かうと、そこには戦闘準備万端のシズクと10人ほどの食料調達部隊の連中がすでに集まっていた。

 

「悪い、待たせたか?」

「そうでもないさ。おはよう」

「おはようさん。そういや、狩りのノルマってのはあるのか?」

「狩れるだけ、さ。どんなに頑張ってもマイアラークを狩り尽くすなんて出来ないし、里には数百もの人々が暮らしている。農業や養殖、畜産にも力は入れてるが、それだけじゃな」

「そんじゃ、気合い入れて狩りまくるか」

「ふふっ。期待してるよ」

 

 もう少しレベルを上げたら、遠くに見える山の方にまで狩りに出てもいいのかもしれない。

 場所がアメリカではなく日本なのでゲームと同じ生態系ではないにしても、ヤオ・グアイやラッドスタッグのように肉を多く取れそうな獲物も探せばいるはずだ。

 まあ俺はヒヨコ同然のレベル2。ミサキもまだレベル5でしかないので、のんびりと頑張るしかない。

 

 



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MMO経験者の伝統的狩猟

 

 

 

「それじゃ行くぞ。今日の予定は、ミーティングで話した通りだ」

 

 シズクの号令で、食料調達部隊の連中が歩き出す。

 ミサキはドッグミートとEDーEを引き連れながら白衣を羽織ったセイちゃんと肩を並べて仲良く話しているので、俺は最後尾をのんびりと着いて行く事にした。

 狩場はあの橋のバリケードの先だろうから、そこまでは大した危険もないはずだ。

 

「これから出発か、青年」

「ジンさん。おはようございます」

 

 黒いスーツで日本刀を携えた老人に軽く頭を下げて挨拶をする。

 鷹揚に頷いたジンさんは、途中まで一緒だからと俺の隣を歩き出した。

 

「マアサに聞いたが、武器の試しをするとか?」

「ええ」

「狩り場は、ワシの持ち場のほんの少し先じゃ。見物をしても?」

「どうぞどうぞ。防衛部隊の指揮官に見てもらえるなら一石二鳥です」

「ところで、その武器というのは……」

 

 目を細めながら春らしい陽気の空にポツンとある雲を眺め、ジンさんが呟くように言う。

 大正義団とやらになってしまった連中が小舟の里で何の仕事をしていたのかは知らないが、武器を持ち逃げ出来てしまうくらいだからジンさんの下にいたのかもしれない。

 

「持ち歩き出来るような物じゃありませんし、俺以外じゃ使い方すら理解できませんよ。ああ、セイちゃんは別かもしれませんけど」

「セイはいいんじゃ。自慢の娘じゃからのう」

「……マアサさんの旦那さんだったんですか、ジンさんって」

「3人目はちとキツイ。青年、里にいるうちにシズクとセイを孕ませぬか?」

「どちらも、俺なんかにはもったいないですよ」

「どこがじゃ。青年は、腕の良い山師であろうに」

「まだまだです。ホントに」

「場数など、生き残れば自然に踏んでゆく。大切なのは覚悟、それに生まれ持ってそれまで育んだ性根のまっすぐさよ。覚悟がなくては何も為せぬし、性根が歪んでいれば為すべき事を見誤る。強さなぞ二の次じゃ。男の生き様とは、そんなものぞ」

「……覚えておきます」

「うむ」

 

 地下道を抜け、駅の通路を使って線路を越える。

 ギイイイッっと音を立てて開いたフェンスから外に出ると、それまで軽口を叩いたり防衛部隊の女に手を振ったりしていた食料調達部隊の連中が一斉に緊張感を漂わせた。

 その気の引き締め方は、素人の俺から見ても悪くない。

 

「バリケードを出た途端にこのピリッとした空気感、いいですね」

「里で最も死亡率が高いのが、この食料調達部隊じゃ。酒を酌み交わすたびに、生き急ぐなと説教をしたくなるような若者ばかりよ」

 

 老人から見てそんな若さは眩しくもあるのだろうが、それよりも危なっかしくて心配になってしまうものなのだろう。

 ジンさんの口調には、優しさが滲み出しているように思えた。

 

「アキラ!」

「あいよ。じゃあ、俺は準備があるんで」

「うむ。じっくりと見させてもらおう」

 

 俺だけがダラダラ動くのも申し訳ないので、駆け足で先頭のシズクの横に並ぶ。

 ミサキとセイちゃんは、食料調達部隊の連中に守られるような位置なので安心だ。怖いのは今から出した物を見て欲を出した食料調達部隊の連中がミサキを人質に取ったりする事だろうが、そこはシズクとセイちゃんを信用するしかない。

 それでも視線で、ドッグミートとEDーEにミサキを頼むぞと伝えておいた。

 

「あたし達はどうすればいいんだ?」

「いつものように準備しててくれ。ただし、今シズクと俺がいるここより先には絶対に前に出ないで欲しい」

「わかった。そう厳命しておく」

「頼むよ。俺は準備を始める」

「ああ」

 

 俺達の少し先に、車の残骸が1つだけ。

 それ以外に橋の上にはゴミ1つない。

 なのでその車の残骸の少し先、橋の中央寄りに2台のマシンガンタレットを設置した。

 そのまた先にも、間隔を広げてヘビーマシンガンタレットを2台。

 最前列には橋の両端にミサイルタレットとジェネレータ:小を設置して、それぞれを電線で繋ぐ。

 

「よし、低レベルのマイアラークを狩るならこれで充分だろ」

 

 車の残骸まで戻り、その屋根に上がってスコープ付きレーザーライフルを出した。

 

「お、おい。あれって」

「知ってんのか?」

「賢者は敵だけを狙って銃を撃ちまくる機械と、さんざん戦ったらしくてな。それが自分に作れれば簡単に小舟の里を防衛可能なのにと、悔しそうに言っていたよ」

「考える事は同じなんだなあ。俺も3をやりながら思ったもんだ」

「3?」

「こっちの話さ」

 

 会話をしながら、スコープでマイアラークを探す。

 潮の満ち引きの影響でもあるのか川には底の砂が所々顔を出していて、その盛り上がりが不自然な場所を見ながらVATSを起動するとマイアラークの名前とHPバーがバッチリ見えた。

 

「マイアラークを見つけた。引っ張るぞ?」

「早いな。総員、戦闘準備。ただし、この車より前には絶対に出るんじゃないぞっ!」

 

 短く大きな食料調達部隊の連中の返事が聞こえたので、立射姿勢で銃身の根元にある安全装置を解除した。そのままスコープのレティクルの中心にマイアラークを捉え続け、息を止めてそっとトリガーを引く。

 

 ビャンウンッ

 

 そんな発射音を聞きながらレーザーライフルの、実弾ライフルよりは小さそうな反動を逃がす事を意識したのだが、それが上手く出来たのかすら俺にはわからない。

 だがレーザーは、マイアラークに見事に命中した。

 このクリーチャーは体の大部分が硬い殻で覆われているので、減らせたHPは1割にも満たないが。

 

「お、2匹も釣れたな。ラッキーラッキー」

 

 俺が撃ったマイアラークはきょろきょろと周囲を見回したかと思うと、すぐに俺を見つけて崩れている川岸の壁を上って橋の向こうからこちらへ回り込もうと動く。

 その途中で、撃たれたマイアラークと同じく砂の中に身を隠していたもう1匹もマーカーが赤になって俺と敵対関係になったのだ。

 あとは2匹がタレットの攻撃範囲に踏み込めば、それで終わり。

 

「こんな遠くから、安全にカイティングを。やはり銃は凄いな……」

「大正義団、か。そろそろ近いぞ。音が凄いから、驚かねえように言っといてくれ」

「わかった。総員、大音量に注意っ!」

 

 シュババッ、シュババッ!

 

 そんな音を鳴らしながらミサイルタレットがミサイルを吐き出し、それは見事に先を行っていたマイアラークに命中する。

 

「うっは。最初の連射でくたばってんじゃんか。オーバーキルにも程があるぜ」

「な、な、な……」

 

 シズクは驚いて、マトモな言葉すら発する事が出来ないらしい。

 そうしている間にもう1匹のマイアラークも橋に足を踏み入れ、ミサイルを殻で守れない体の前面に浴びてHPバーをすぐに消し飛ばされた。

 

「うし。シズク、隊員を1人でいいから貸してくれ。初めて見たんだからタレットにビビるのは仕方ねえが、それでもここまでマイアラークを引き摺って来れらるくらいには肝の座ったヤツがいい」

「あ、ああ。タイチ、今日はアキラの下につけ。狩りが終わるまでだ」

「オイラっすかあっ!?」

「貧乏くじを引かされたなあ。歳も同じくれえだろうし、よろしく頼むよ。タイチ」

「はあ。アキラでいいんっすよね。マイアラークを引き摺って、ここまで運べばいいんすか?」

「そうだよ。片方は俺が引っ張るさ」

「あのシュバババンがオイラ達を撃ったりは?」

「大丈夫だって納得させるために、俺も一緒に行くんだよ。ああ、でも俺やミサキ、犬やアイボットに敵意を持ったら自動で攻撃されるから気をつけろ」

「こんなん使う山師に敵意を持てるくらいなら、1人で浜松城に斬り込んで英雄になってるっすよ」

「手柄を立てて、口説きてえ女でもいるんかよ?」

「それは内緒っすねえ」

 

 同年代の男同士、気軽に話せるようになっておきたいので聞きながら車の屋根から下りると、タイチは後ろの方で弓を持っている小柄なメガネをかけたおさげの女の子を見ながらそう言って俺に歩み寄った。少しばかり汚れた薄手の白いセーターを着ているのだが、その胸のふくらみが見事なのはここからでも見て取れる。

 

「あれか。かわいい子じゃんか、巨乳だし」

「手を出したら怒るっすよ?」

「大丈夫だっての。俺、童貞だから」

「マジっすかっ!?」

 

 童貞だという部分はタイチの耳に顔を寄せ、他の連中には聞こえないように言う。

 男の子というのはたとえ相手が誰であったとしても、心の中のどこかでコイツには負けたくないと無意識に思っていたりするものだ。

 なので見栄を張ったりせず自分の短所を正直に言えば、それで仲良くなれてしまう事も多い。その短所をからかったり周囲の人間に吹聴したりするような相手なら仲良くなる必要もないので、それを試すにも簡単なやり方だ。

 

「マジマジ」

「人は見かけによらないっすねえ」

「誰にも言うんじゃねえぞ?」

「当然っす。それより給料が出たら、2人で飲みに行きますか。パーッと」

「いいねえ」

 

 銃弾を吐き出していないマシンガンタレットとヘビーマシンガンタレットの前には簡単に出たが、ミサイルタレットの射線に入る前にタイチは額の冷や汗を拭って生唾を飲み込んだ。

 

「そう緊張すんなって。俺達と敵対してればタレットは後ろを向いて、タイチはとうにくたばってんだからさ」

「マジっ!?」

「マジマジ」

 

 俺が先に立ってマイアラークに近づく。

 

「え、あれ? なら、マイアラークがオイラ達の後ろから来たら……」

「撃たれるなあ」

「うひゃあっ」

「ミサキを守ってるアイボットは索敵が得意だから、そうなる前に教えてくれるさ。それにシズクが指名するくらいだ、タイチも戦闘は得意なんだろ?」

「まあそうっすねえ。隊長に男が出来て妊娠でもしたら、オイラが食料調達部隊を預かる事にはなってるっす」

「なんだ。シズクは男いねえのかよ。あんなワガママなおっぱいと尻が泣くぜ」

「顔もカラダも最高っすけど、口説いた男を何人も病院送りにしてればね。怖くて口説けないっすよ」

「そんなに激しいのかよ、夜のアレが?」

 

 タイチが笑いながらマイアラークの足に手をかける。

 俺も3しかないStrengthを恨めしく思いながら、全力でマイアラークを引いた。

 

「隊長と寝た男は今までいないって話っすよ。なんせ口説いた途端、あたしより強いか確かめてやるって言ってボコボコにぶん殴るんっすから」

「うへえ。おっかねえなあ」

 

 



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変態と呼ばないで

 

 

 

 タイチと1匹ずつマイアラークを引き摺って一番手前のタレットの向こうまで戻ると、すぐに食料調達部隊の連中が機敏に動いて運ぶのを代わってくれた。

 布巾を出して生臭くなった手を拭いてから、タバコを咥えて火を点ける。

 

「タイチ、ほれ」

「わあ、タバコっすか。しかも、戦前の? ありがたいっすー」

「それは開けたばっかだから、後ろの連中にも回してやってくれ」

「わかったっす」

「シズクも、ほら。新しいタバコの箱とライターだ」

「礼を言う前に、マイアラークを引き摺りながら2人で笑ってた理由を聞いておこうか?」

「ただの雑談だよ。なあ、タイチ?」

「そ、そうっすよ」

「へえ」

 

 美人がジト目で睨むのはやめて欲しい。

 俺は美人を責めながらあんな事やこんな事をするのを想像するのが好きだが、その逆でも愚息が反応してしまう敏感なお年頃なのだ。

 

「それよりタレットが俺達を攻撃しないのは証明できたよな。次からは、交代で数人を出して引き摺って来させてくれ。俺は色男だから、力仕事が苦手なんだよ」

「それはいいが、まだカイティングまで任せていいのか?」

「当然だ。ここから引っ張れるうちは任せてくれ」

「助かるよ。こんな楽な狩りは初めてだ。あたしにも、こんな力があればな……」

 

 今までにここや別の場所で部下を死なせた事でもあるのか、どこか後悔したような表情でシズクが言う。

 なんと言葉をかけても、その後悔を消す事なんて俺にはできやしないだろう。なので軽く頭を撫で、咥えタバコでまた車の屋根に上がった。

 俺とミサキがいつまで小舟の里で暮らすかなどわからないが、俺達がいなくなってもタレットを上手く使えれば狩りも里の防衛もこれまでよりずっと楽にはなるだろう。

 防衛に関しては相手が対策を立てて何か仕掛けるまでの間に、小舟の里が力を蓄えられるかどうか。それが重要になって来るはずだ。

 

「次、やるぞ?」

「ああ」

 

 俺が屋根でタバコを踏み消してまたスコープ付きレーザーライフルを出すと、シズクが咥えたタバコの灰が春の風に吹かれてポトリと落ちた。

 そういえば、こちらに来てからタンポポを見ていない。

 なぜかそんなどうでもいい事を考えながら、俺はトリガーを引いた。

 

「いやいや、だから女はおっぱいでしょって!」

「ふはは。まだまだ若いのう、タイチ。尻よ尻、ケツ。女はケツなんじゃよ。のう、青年よ?」

「違いますよ、ジンさん。パンツ、それこそが至高」

「マニアックじゃのう」

「……さすがっすねえ、アキラ」

 

 里から届いた昼メシを食い終え、男連中で車座になってこんなバカ話をするのは悪くない時間だ。それにしてもタイチ、さすがってのは「さすが童貞」って意味か。もしそうなら、ミサキじゃないがぶん殴ってやる。

 ちなみに午前中の狩りの成果は、マイアラーク8匹。これは今までの新記録ペースだそうだ。

 なので、食料調達部隊の表情は明るい。

 

「アキラ、ちょっといいか?」

「あいよ」

 

 女達も少し離れた場所で地べたに座って食後のおしゃべりに興じているのだが、立ち上がったシズクがそう声をかけてきたのでそちらへと移動する。

 ちょうど男達と女達の中間での立ち話となる訳だが、誰もが口を閉ざして俺とシズクを注視しているようだ。

 

「午後からの狩りなんだが」

「ああ」

「橋からカイティング出来るマイアラークがもういないなら、場所を変えるか遠くから釣るかしかない。アキラはどっちがいいと思う?」

 

 注目されているのは、それでか。

 バリケードから離れてカイティングとなれば、それだけ危険も増す。今までもそれをやって、何度も被害を出した苦い経験があるのだろう。

 

「安全なのは狩り場の変更だろ」

「やはりそうか」

「それにな、このタレット達はクリーチャーか敵に壊されるまで、24時間不眠不休でここを守り続けてくれるんだよ。手入れの必要すらなくな。たまに防衛部隊の連中に様子を見てもらって、マイアラークの死体がありゃ人数を出して回収してもらえばそれでいい」

「なんっ」

「そ、それはまことか、青年っ!?」

「ええ。だから狩り場を変えてこういう場所を増やしておけば、それだけ小舟の里が安全になるし食料の調達が楽になるんです」

「おおっ」

「でもまあ、それだけでいいのかって話なんですけどね」

「ど、どういう意味じゃ……」

 

 俺はミサキ達と見つけた交番で、この周辺の地図を目にしている。

 それにはシズクやジンさんが喉から手が出るほど欲している物がありそうな施設が、バッチリと明記されていたのだ。

 

「ジンさん、それとタイチもこっちに」

「う、うむ」

「わかったっす」

「アキラ、無茶するつもりならぶん殴ってでも止めるけど?」

「あー。じゃあ、ミサキも来い」

「セイもいい?」

「いいぞ」

「やった。いこっ、セイ」

 

 地べたに座り込み、ピップボーイのインベントリからえんぴつとクリップボードを出した。クリップに挟まっていた紙を裏返して、ざっとだがこの辺りの地形を書き込む。

 

「これを見てくれ。この大きいのが小舟の里、小さい○が駅。なだらかな線が線路で、ここが今いる橋だ。浜名湖に繋がってる川の形は、うろ覚えなんで適当な」

「ふむ。上手いもんじゃのう」

「だねえ。さすがオタク」

「はったおすぞ、ミサキ?」

「あははっ。冗談だって」

「ジンさん。後ろに見えるバリケードって、どの辺りまであるんです?」

「地下道の向こうの橋の少し先から、駅が外周にあたる半円状じゃ」

「やっぱりか。セイちゃん、お師匠さんはこの辺をガッツリ探索したって言ってた?」

「ううん。浜松の街ばかり行ってたし、そっちすらまだまだお宝は残ってるって」

「へえっ。あたし達もいつか行こうね、アキラ」

「ああ。んで本題なんだけど、警察って知ってる?」

 

 頷いたのは、セイちゃんただ1人。

 

「もしかして」

「地図は見ただろ、ミサキも」

「警察署あったねえ。そういえば」

「それも、かなり近所にな。位置はここらだ」

 

 橋を守りながら駅を通る半円の、ほんの少し右。そこにバツ印をつける。

 

「そこに行って、シズクさん達の武器を手に入れようって事かあ」

「武器じゃと?」

「おとーさん、警察は戦前の防衛部隊」

「まことかっ!?」

「つまり、そこには……」

 

 シズクの瞳が輝いている。

 

「あるはずだ。銃と、それなりの弾薬が」

「こんな近くに、そんな場所が……」

 

 たしかに駅の前を通る東海道をほんの少し浜松方面に進んだだけで、目的地である湖ナントカ警察署は右手に見えるはずだ。

 シズク達からすれば、意外なんて話ではないだろう。

 

「敵がいるとすればグール?」

「おそらくな」

「狭い室内であれと戦うのかあ。ゾンビのくせにすばしっこいんだよねえ」

「そこはアタマを使おうぜ、ミサキ。今してる狩りの場所をバリケードのある東海道に移して、獲物をグールに変更すればいいだけじゃねえか。それに浜松方面から新制帝国軍がトラックで攻めて来るとしたら、どう考えても東海道を西に向かって直進だろ。トラックで小舟の里に乗り込むつもりならもう少し手前で右折して橋へ向かうだろうけど、駅に防衛部隊がいつも詰めてるのを知ってるなら挟み撃ちを警戒してこっちから攻めて来る可能性もある」

「ふむ。悪くないのう」

「そうっすねえ」

「ま、待て待て。今日はアキラの武器を試して、それを提供してもらう代わりにあたしの部屋の隣を2人に使わせようって話だったんだぞ。正直、長もあたしも銃の1つくらい渡されて終わりだと思ってたんだ。それがあんな、とんでもないタレットとかいうのを使えと言われたら、その対価がっ」

 

 そういえば、そんな話だったなあ。

 

「関係なくない? アキラがくれるって言うなら、貰っておけばいいじゃない」

「いやいや。はいそうですかと受け取れるか、あんな物っ!」

「って言われてもなあ」

「ね。ならどうしろって言うのよ、シズクさん?」

「里に金なんて、むむむ……」

「大丈夫。アキラには、セイをあげる」

「……は?」

「それは良いのう。セイだけじゃ足りぬじゃろうから、シズクも付けようぞ。がはは」

 

 ロリとバインボインの従姉妹丼?

 やめてください、おっきしてしまいます。

 

「なに鼻の下伸ばしてんのよっ!」

「がっふぁ……」

 

 デスクローガントレットは装備していないとはいえ、Luckガン振りのプレイヤーをぶん殴るStrengthガン振りがいるか。

 そんな気持ちで痛みを堪えながらミサキを見るが、フンと鼻を鳴らしながら顔を背けられた。

 くそっ。コイツ、またお漏らしさせてそのパンツを剥ぎ取ってチューチュー吸ってやろうか!

 

「うっわ、ド変態っすねえ」

「アキラはお漏らしが好き。うん、覚えた」

「……あれ?」

「声に出ておったぞ」

「くっ。まさかそういった趣味の男に嫁ぐ事になるとは。だが、これも里のためか」

「なにバラしてんのよ、バカーっ!」

「あぶねっ。お、落ち着けミサキ。頼むから」

「なによっ!」

 

 怒りをなだめるのにはずいぶんと苦労したが、呆れ顔のタイチに助けを求めて夫婦喧嘩は犬も食わないと言われたらミサキは顔を真っ赤にして俺を殴ろうとするのをやめてくれた。

 イマドキのJKなのに処女だと言っていたので、俺のような冴えない見た目の変態とでも夫婦扱いされたとなるとテレてしまうらしい。俺の中でただの知り合いでいつか友人になれそうな男というタイチの格付けは、命の恩人へと一瞬でランクアップした。

 

「ほっほ。それでは移動するとしようかの、婿殿」

「いやいや。まだまだ結婚なんてしませんからね、俺?」

「当たり前よっ!」

「どうしてだ。アキラほどの山師なら、嫁の3人くらいいても不思議じゃないだろうに」

「そうっすねえ」

「ミサキも入ってんのかよ。俺は物資を溜め込むしか取り柄のないスカベンジャー、じゃなかった。山師だからな。俺なんかが相手じゃ、ミサキ達がかわいそうだっての」

「まあ、お漏らしパンツをチューチューしちゃう変態っすもんねえ」

「うっせ、バーカ! 決めた。オマエの名前、今日からバカイチな!」

「子供じゃないんっすから。ほらほら、行きますよー。ド変態さん?」

「くうっ。違うんだよ、俺はスカトロ好きの変態じゃねえんだ。ただ、ミサキくれえの美少女のならお漏らしパンツもご褒美ってだけで!」

「世の中じゃ、そういう人をド変態って言うんっすよー。いいから行きましょうねー」

「強めのお薬お出ししときますねー、みたいに言うんじゃねえっ!」

 

 タイチに腕を掴まれて立たされたが、俺が駅の方向を見るとそちらにいた食料調達部隊の女性陣が一斉に顔を背ける。

 

「……あれ?」

「良かったっすねえ。明日には新しく住み着いた凄腕の山師はとんでもないド変態だって噂が広まるから、飲みに行っても特殊な趣味を持つ女しか寄って来ないっすよー」

「やったな、ミサキ。浮気をされる心配は、これで限りなくゼロに近くなったぞ。3人で末永く、とんでもない変態ではあるが尊敬するべきところも多い夫に誠心誠意尽くそう。これからよろしくな、第一夫人」

「ええっ、あたしが一番でいいのっ?」

「……驚くのそこかよ」

 

 



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国道一号線

 

 

 

 移動した東海道、国道一号線はさすがと言うべきか、かなりしっかりした広い道路だった。

 バリケードの一部にちょうどバスの残骸を利用した見張り台として使用されている部分があったので、食料調達部隊のほとんどはその屋根の上と中にいる。

 バリケードの外の道路に下りているのは俺とジンさんとタイチ、それにシズクだけだ。

 

「あのー。アキラに貰った服、オイラのだけなんか方向性が違うくないっすか?」

「いやいや。さあ、この帽子もかぶって。武器はコレな」

「あははっ。街が廃墟になってるのに草野球の練習に行こうとしてるお兄さんがいるーっ!」

「ミサキさん、大爆笑だし……」

「レッドなんとかってこれは、なかなかの着心地だ。本当に貰っていいのか、アキラ?」

「ああ、もちろんだ。ジンさんはやっぱり、タキシードが似合ってますねえ」

「うむ。気に入ったぞ」

「本当は俺だけでいいんだけどなあ」

 

 俺だけにカイティングをさせては申し訳ないからと、3人はどうしても釣り役を交代でやると言ってきかない。

 ならばせめてと3人に渡してバスで着替えさせたのは、どれもフル改造したアーマードのタキシード、レッドレザー・トレンチコート。それに野球ユニフォームに装備可能なだけのグールスレイヤー効果を持ったレジェンダリーアーマー類だ。

 タイチには最初ヘルメット付きケージアーマーを着せたのだが、息苦しいとワガママを言ったので変えてやった。まああれは改造不可能な服だから、怪我でもされたらスティムパックがもったいないので野球ユニフォームでいいだろう。

 

「タレットとやらの準備は良さそうじゃの、婿殿」

「ええ。ジンさん達が着替えてる間にね。そして婿殿じゃないです」

「がはは。テレおってからに。よし、まずはワシが行こう」

「くれぐれもムリはしないでくださいよ? 数が多すぎても、防衛線を越えられたらせっかくのバリケードをタレットが壊しちゃうんで」

「わかっとるわ。老いたりとて、まだまだ若い者には負けんっ」

「はあ……」

 

 意気揚々と東海道を東に向かうジンさんの背を見送りながら、確認のつもりでシズクとタイチに視線をやる。

 

「順番待ち中は、絶対タレットの前には出ないっす」

「そしてカイティングに出たらムリはせず、警察署とやらの前で大きな音か声を出して一目散にここまで逃げる。アキラがいいと言うまで建物には入らない、でいいんだろう?」

「まあねえ」

 

 それでも、クリーチャーをマーカーで発見できない2人を釣りに出すのは怖いのだが。

 

「ジンさんはまだ見えるか、ミサキ?」

 

 バスの上で俺が渡した、リコンスコープ付きのハンティングライフルを構えているミサキに訊ねる。

 撃ってもクリーチャーには命中しないどころか俺達を撃ち抜く可能性もあるので、弾はしっかり抜いておいた。問題が起きてそのまま戦闘になったとしても、ミサキの銃の腕とStrengthならハンティングライフルは鈍器として使用した方が効果的だろう。

 

「うん。ジンお爺ちゃんがクリーチャーをおびき寄せたら大声で知らせるよ」

「頼んだ」

 

 夕暮れまで、およそ3時間。

 今日のところは警察署に踏み込むつもりはない。

 それどころか食料調達を少し休んでもいいのなら、シズク達にショットガンの使い方を練習させてそれから警察署の中を探索してもいいと俺は思っている。

 ミサキは銃が使えないし、俺もマトモに使える強武器はハンドガン程度。それになんといってもレベルがまだ2と5でしかないのだ。無茶なんて、したくても出来やしない。

 

「先は長そうだ……」

 

 スーパーミュータントの来襲を受けて西に向かった101のアイツは気になるが、その消息を探るにしても今の俺達ではパワーアーマーを着込んでエネルギー武器で武装した大正義団とやらにすら勝てるとは思えない。

 日銭を稼ぎつつ、地道なレベル上げ。

 まず集中するべきはそれだろう。それをしながら、小舟の里の守りをしっかりと固めていけばいい。

 

「来たよっ!」

「敵の種類、それに数は?」

「フェラル・グールが3!」

「いいカモだ。どうせならポケットに、38口径でも入っててくんねえかな。そしたら鴨葱だぜ」

 

 こちらに向かって走るジンさんの姿は、すぐに見えた。

 白髪をオールバックにしてタキシードを着た老人がゾンビに追われている光景というのはなかなかにショッキングなものだが、その表情は活き活きとしているので恐怖はあまり感じない。

 ジンさんが振り返りもせず先頭のタレット2台の間を駆け抜けると、それらが轟音を上げながらミサイルを発射し始めた。

 

「ぜえっ、ぜえっ。ど、どうじゃっ!?」

「お見事です。2匹をすでに撃破。3匹目も、ああ。くたばりましたね」

「3か。まずまずかのう」

「上出来でしょう。お水をどうぞ」

「ありがたい」

 

 全力疾走したジンさんが息を整えて喉を潤すのを待っていると、体をほぐす体操をしながらシズクが前に出た。むにゅっと形を変える豊満なお胸についつい目が行く。

 

「次はあたしだな」

「へいへい。タレットが倒したグールの持ち物を回収すっから、途中まで一緒に行くよ。いいか、警察署の入口付近にいたグールはこの3匹だけかもしんねえ。ただでさえ田舎の警察なんだから、当時その中にいた人間だってそれほどには」

「わかってるよ。建物には入らない。入口で大きな音を出しても来ないようなら、素直に戻るさ」

「ならいいが」

 

 話しているうちに最初のグールの死体から回収したのは、使いかけのマッチ箱。

 2匹目が持っていたのは片方だけの靴下で、3匹目は使用済みのつまようじだった。どれも、フォールアウト4にはなかったアイテム。これからもこういった現実世界、日本独自のアイテムにはたくさん出会うのだろう。

 

「全部ハズレだなあ」

「それは残念。じゃあな、旦那様」

「なあ、それって冗談だよな?」

「ふふっ」

 

 小さな笑みを見せ、シズクが警察署へと向かう。

 俺はジンさんとタイチのいるバリケードの前に戻りかけたが、どうにも心配なので最初のミサイルタレットの所で足を止めてタバコを咥えた。

 

「冗談でも人に気のあるフリをするなら、危険な事はするんじゃねえっての」

「逃げて、シズクさんっ!」

 

 俺が呟くと同時に、バスの上でミサキが叫ぶ。

 

「くっ」

 

 警察署に向かって歩き出したシズクを狙って飛び出してきた影。

 

 人間だ。

 薪割りにでも使うような斧を振りかぶってミサキに迫るのは、悪党・ケン。銃を持っていないのが救いだが、それに気づいたシズクが腰に差した日本刀でやり合う気になられても困る。

 咥えタバコのまま、俺は前に出た。

 ミサイルタレットの射線には入っていないので危険はないのだが、背後からミサキが悲鳴のような声で俺の名を呼んでいる。

 デリバラー。

 コッキングは済んでいる。安全装置を解除して、両手でしっかりと構えた。

 

「足は肩幅。腕は、地面と水平にしてみるか」

 

 銃撃の基本姿勢なんて知らないし、インターネットがないのでそれを簡単に調べたりも出来ない。

 だが銃の撃ち方なんかより、ずっと大切な事がある。

 俺が、人間を殺せるかどうかだ。

 

「なにしてる、下がれアキラ。悪党はタレットにっ!」

「殺るさ。殺っとかなきゃいけねえんだ。俺が平和な日本の大学生じゃなく、ウェイストランドを生き抜くタフな男になるためにはよ……」

 

 ゲームの主人公気取りも、もうやめだ。

 その程度のロールプレイ気分で、人間は殺せない。

 俺が俺としてクリーチャーだろうが人間だろうが殺せるようにならないと、とてもじゃないが守りたい物を守れやしない。

 VATSもゲームの一部。

 なので俺は、それを使わずに悪党を殺すと決めた。

 

「まずは足、か」

 

 俺の横に滑り込むようにして止まったシズクの方から、日本刀を抜く音が聞こえる。

 いいから任せておけ。

 思いながら、トリガーを引いた。

 

 パシュッ

 

「ぎゃあっ」

 

 サイレンサー付きの小さなハンドガンだからか、射撃音より悪党の悲鳴の方が大きい。

 

「いてえか? いてえよな、おっさん? ふとももを撃ち抜かれたら、そりゃいてえさ」

 

 俺の声は悪党には聞こえていないだろう。

 足を引き摺った悪党が、痛みに顔を歪めて引き返そうとする。

 

「逃がすかよ」

 

 両手でデリバラーを構えたまま、悪党が逃げた分だけ前に出た。

 

 パシュッ

 

「いでえっ!」

「当たり前だっての」

 

 反対の足を狙ったのに、血が噴き出したのは悪党の腰だ。

 細かな狙いは、やはり上手く出来ていない。

 それを勝手に割り振られたSPECIALのせいにするのは簡単だが、そうしていては上達など望めはしないだろう。

 悪党はもう立つ事も出来ないようで、這って俺から逃げようとしている。

 

「や、やめてくれ。頼むっ」

「オマエは誰かにそう言われて、やめた事があんのかよ?」

「お、俺はっ」

「斧なんか振り上げて、なんでシズクを狙った。犯したかったのか? 食いたかったのか?」

「ううっ……」

「言わねえと、ドタマを撃ち抜くぜ?」

 

 顔中から脂汗を垂らしながら、悪党が強く目を閉じた。

 

「……りょ、両方だっ。一度でいいから、あんな女をっ!」

「クズが」

 

 パシュッ

 

「ぎゃあっ!」

 

 デリバラーの装弾数は12。

 弾は、まだまだある。

 

 パシュッ、パシュッ

 

「がああーっ!」

 

 悪党の左腕と右肩に銃弾を撃ち込みながら歩み寄ると、いつの間にか手放していたらしい斧がブーツに蹴られてアスファルトで鳴った。

 これで殺す方が、覚悟も決まるか。

 

「いや。銃の方が俺らしいよな」

「待っで、いでえんだ。じぬ……」

「死ねって言ってんだよ」

 

 こんなクズでも、死ぬ前に泣くのか。

 これまで何人殺したか知らないが、それでも死にたくないと泣くのか。

 悪党の涎に血が混じっている。鼻水まで垂れ流して。

 

「俺は、静かに死のうと思う。これから何人殺すかわからんが、だからこそ自分だけ死にたくねえなんて言わねえでよ」

「いでえ、いでえよぅ……」

「今、楽にしてやるよ」

「い、いやだ。じにだぐねえっ!」

「さんざん殺しといて、そんな都合のいい話があるか。あばよ」

「うあ、うああっ」

 

 パシュッ

 

 人を殺すのだから、殺される覚悟もしよう。

 そう考えながら撃った銃弾は、狙い通りに悪党の眉間を撃ち抜いた。

 ゴツッっと悪党の頭がアスファルトを叩く。

 悪党がピクリとも動かなくなるまでその死に顔に銃口を向けていた俺は、大きく息を吐きながらマガジンを交換した。

 

「アキラ……」

「怪我はねえよな、シズク?」

「あ、当たり前だろう。それより顔が真っ青だぞ?」

「気にすんな」

 

 童貞を捨てただけだ。

 

「アキラっ!」

 

 駆け寄ってきたミサキが、叫びながら俺に抱き着く。

 銃を持っていない方の手でその頭を撫でると、シズクの手が伸びて俺の唇からタバコを奪った。煙が出ていないので、どうやらフィルターで火が止まった事にすら俺は気がついていなかったらしい。

 

「まさかアキラは、初めて人を……」

「当たり前でしょうがっ! あたし達はね、こんな野蛮な世界のアンタ達とはっ」

「それ以上は言うな、ミサキ」

「……まずは、里に戻ろう」

「悪いが、そうさせてくれるか。なんか、熱っぽくてよ……」

 

 それに、地面が揺れている。

 そこまで口に出来たかわからないまま、俺は酷く柔らかい、いい匂いのする何かに倒れ込んだ。

 

 



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目覚めてみれば

 

 

 

 俺は、どこにでもいるような平凡な中学生だった。

 親戚の兄ちゃんが新婚の奥さんとそれが理由で離婚寸前まで行ったとかで、おふくろが貰って来たゲーム機とたくさんのソフト。

 夏休みに入ったと同時にそんな夢のようなプレゼントを貰い、俺は小躍りするほど喜んだものだ。

 

 夏休みも中盤に差し掛かった頃だったろうか。いくつかのゲームをクリアして、ゲーム機に突っ込んだ1枚のディスク。

 有名タイトルはもうやり尽したので、適当に選んだゲームだった。

 それが、フォールアウト3。

 始めようと思っただけで時間がかかり過ぎて、もうこれはシカトしようと思って別のゲームを手に取った。

 そこでスピーカからノイズと、すぐに特徴的なメロディーのオールディーズナンバーが流れる。

 古臭いが悪くない歌声だとテレビに目をやると、映っていたのはガラスが割れてどこもかしこも汚れ錆びたバスの車内。その座席には、テディーベアなどのオモチャ。

 どんな状況だよと首を傾げるとカメラが動き、バスが真っ二つに割れている姿と瓦礫の街がテレビに映った。

 そしてそんな景色を気にもしていないような近未来的な兵士が、「なに勝手に人を撮ってんだよ」とでも言うようにカメラを見る。

 

「日本のゲームじゃ考えらんねえ登場人物のブサイクさに呆れたけど、次の冬休みまでずっとやってたっけな……」

「アキラ。気がついたんだね」

「もしかして俺、寝ちまってたのか?」

 

 上から聞こえたのは、ミサキの声だ。

 

「寝てたって言うか、倒れてたんだよ。今はもう、次の日の朝」

「マジかよ……」

 

 寝てる場合じゃない。マアサさんとジンさんと、シズクも入れて小舟の里の防衛計画を話し合わないと。

 それに、警察署も探索をして。

 

「ちょっと。まだ寝てなさいって!」

「やる事はいくらでもあるんだ。ちょっと人を殺したくれえでぶっ倒れた男なんて、お呼びじゃねえかもしんねえがよ」

「そんな事はないさ」

「……その声は、シズクか?」

「ああ。今日は食料調達部隊も休暇だ。いいから寝てろ」

「なら、マアサさんと話を」

「長も今日は休みだ。ミサキ、まずは水を」

「わかった」

 

 どうやら俺は、小舟の里の自室でベッドに寝かされていたらしい。

 肘で体を支えて身を起こすと、心配そうに眉を寄せたミサキがきれいな水のボトルをそっと握らせてくれた。

 喉は渇いていないと思ったが口をつけると、もう止まらない。俺はあっという間に水を飲み干し、大きく息を吐いた。

 

「もっといる?」

「いや。それより、タバコくれ」

「禁煙ブームの日本で、しかもまだ若いのにヘビースモーカーっておかしくない?」

「流行に乗せられてはしゃげるタイプじゃねえんだよ。そんなおめでたい生き方、まっぴらごめんだ」

「はいはい」

 

 ベッドの上で胡坐を掻き、シズクが渡してくれたタバコに火を点けて吸い込む。

 

「え。なんで俺、裸?」

 

 部屋にはなかったはずの毛布が掛けられているので大事なところは隠れているが、肌触りで全裸だというのはわかる。

 

「あ、汗が酷かったから。ね、シズク」

「うむ。防具は、向こうのテーブルの上だ。服はセイが1階の水場で洗濯をしている」

「そうなんか。申し訳ねえなあ」

「せっかく裸だから、このまま初夜の床入りにするか? 思いっきり朝だが」

「まだ言ってんのか。冗談はよせって」

「冗談ではないんだが」

「そうとしか聞こえねえんだよ。あの後、全員で小舟の里に?」

「ああ。タレットは、どうしていいかわからんからそのままだ」

「それでいいのさ。里の人間を襲おうってクリーチャーや悪党を、自動で迎撃してくれっからな」

「薪割りの斧と悪党の革鎧は、汚かったから駅に置いて来たよ」

「剥ぎ取ったのか。ムリしなくてよかったのに」

「あたしも覚悟を決めたから、そのくらいはね。灰、落ちそうだよ」

「覚悟……」

 

 差し出された灰皿に灰を落とすと、俺の目を見てミサキは頷いた。

 

「うん。命の恩人で、たった一人のあの日本を知っている仲間。アキラを失うくらいなら、悪党なんて何人でも殴り殺してやるわ。アキラが倒れてからジンお爺ちゃんが絶対に大丈夫だって言ってくれるまで、すっごく怖かったんだから」

「泣きながらスティムパックというのを、何本もアキラにぶっ刺してたからなあ。まるで浮気でもした夫を殺そうとしている新妻のようだった」

「……なにしてくれてんだ、おい」

 

 スティムパックがもったいないなどとケチな事を言うつもりはないが、あれの針を刺すとかなり痛みを感じるってのに。

 

「あはは。恥ずかしながら、かなり気が動転しちゃって」

「笑い事じゃねえと思うがなあ。まあいいか。着替えるから、部屋を出るかそっぽ向いててくれ」

「ふっ、何を今さら」

「は?」

「汗を掻いていたと言ったろう。3人で隅々まで拭いたに決まってるじゃないか」

「なにしてんのおまえら……」

「凄かったよな、ミサキ。寝てるはずなのに、あんなに大きく」

「ストップ。それ以上は聞くのが怖い!」

 

 意識がない時で助かった。

 もしその時に目を覚ましていたら、何をしでかしたかわかったもんじゃない。善意で汗を拭ってくれている異性の友人に襲い掛かりなんかしたら、俺は自分を許せやしないだろう。

 

「そうだ。倒れた理由を説明するためにシズクとセイ、それにジンお爺ちゃんとマアサさんとタイチくんには、あたしとアキラの事を話しちゃった。いいよね?」

「いいけど、信じたってのかよ?」

「セイのお師匠さんも、それなりに話してたらしいから」

「101のアイツかあ。どこで何してんのかねえ」

「緑色のおっさんは自然に生まれたりしないはずだ、って言って西に向かったらしいね」

「そっから音信不通だろ。まあ、電話なんかない世界だから仕方ねえけど」

「だね」

「でも、生きてさえりゃいつか会えるだろ。俺とミサキと同じ存在なら、そう簡単にくたばりゃしねえだろうし。それにしても、今日は休みか。小舟の里に娯楽ってあるのか、シズク?」

「アレ以外なら、もっぱらこれだな」

 

 シズクが笑顔で俺に見せたのは、ラベルのないビン。

 

「もしかして、酒か?」

「ああ。爺様が、アキラが起きたら飲ませろと置いてった。セイが洗濯を終えたら屋台でメシを買って来るはずだから、ツマミもすぐに来るぞ。やるか?」

 

 原料が何かは知らないが、小舟の里の生活水準を考えるとここで作った酒がそうそう美味いとも思えない。なので冷えたグインネットを全種類、ベッドに寄せられている小さなテーブルに出した。毛布や敷布団、シーツと同じく、わざわざ運び入れてくれた物だろう。

 

「どうせなら、これを飲もうぜ。ミサキとセイちゃんはジュースな」

「えーっ」

「なんだこれ?」

「冷えたビールだよ。キンキンに冷えてっから美味いぞ」

「あたしは焼酎でいいんだがなあ」

 

 そう言っていたシズクだが栓を抜いたビールを口にすると一気にそれを飲み干し、なんとも豪快なゲップまで披露してくれた。

 

「ちょっと、シズク。昨夜サイダーの時に言ったでしょ。女の子がゲップなんてしないのっ!」

「仕方ないだろ、出ちゃうんだから。アキラのあれと一緒だよ、くくっ」

「お、思い出させないでよ……」

 

 何を出したんだ、俺!?

 

「いやあ。しかし美味いなあ。もう1本もらうぞ。アキラも飲め飲め」

「あ、ああ」

「よーい、しょっと。おっと、こぼれるこぼれる」

「テーブルの角で栓を抜くのは仕方ないにしても、床に落ちた王冠はすぐ拾うっ。いい、日本人ってのはねえ?」

「はいはい。わかってるからガミガミ言うな。せっかくの酒がマズくなる」

「なんですってぇ」

 

 どうやらミサキは戦前の日本人が持ち得ていた美徳のようなものを、戦後になってどれだけ経っているのかもわからない時代のシズクに教え込もうとしているらしい。

 俺からすればそんなものは戦いの場では役に立たないからどうでもいいが、育ちの良さそうなミサキからするとシズクは女のくせにガサツ過ぎると感じているのかもしれない。

 ミサキの説教とそれを聞き流すシズクを放っておいてピップボーイのインベントリを見ながら冷えたビールを飲んでいると、ノックもなしにカギを回す音が聞こえた。

 咄嗟にデリバラーを出してドアに向ける。

 

「セイだから撃つんじゃない、アキラ」

「合鍵を渡したのか。ふうっ、あぶねえあぶねえ」

 

 すぐに姿を見せたセイちゃんは、手に大きな木のカゴをぶら下げていた。

 気に入ってくれたのか、食料調達は休みなのにオーバーオールの上から白衣を羽織っている。

 

「アキラ、起きた。大丈夫?」

「ああ。心配かけたかな、もう平気だよ」

 

 そういえば、ミサキもシズクを呼び捨てにしていたが、いつの間にそうなったのだろう。まあミサキもそうだがセイちゃんも妹のようなものかと、呼び捨てにされるのは気にしない事にする。

 俺は兄弟姉妹がいなかったので、妹が出来たようで嬉しいくらいだ。

 

「それ、お酒?」

「だよ。朝から飲むなんて、だらしないかな」

「ううん。セイも飲む」

「いやいや」

「ダメよ、セイ。お酒はハタチになってから!」

「この里では15から。師匠も飲んでた」

「あー。そっか、法律なんかない世界だったここ。飲酒なんかのルールも、街ごとに違うのね」

「ん」

「なら、あたしも飲んでみよっと」

「……おいおい」

 

 セーラー服のミサキがビールを持つと、なんというかそれまで欠片もなかったビッチ感がハンパじゃない。

 

「乾杯」

「カンパーイ」

 

 2人がビールを呷る。

 ミサキは身長がそれなりにあるのでまだいいが、セイちゃんは大丈夫なのだろうか。

 

「……けふうっ」

「むっ。セイ、女の子がゲップなんかしないのっ!」

 

 また始まったかと苦笑すると、立ったままビールをラッパ飲みしたセイちゃんに椅子を譲ってシズクがベッドに腰かけた。

 

「長くなりそうだなあ。ツマミは、おお。茹でマイアラークだな。ほら、アキラ。あーん」

「自分で食えるって。それに手掴みで食ってっと、またミサキにどやされるぞ?」

「男が細かい事を気にするな。ほれ、あーん」

「お、おう」

 

 異性に物を食わせてもらうなんて、おふくろ以外じゃ初めての経験だ。

 ドキドキしながらマイアラークを食ったのがバレたのか、俺を見てシズクがニヤリと笑う。

 

「アキラはパンツが好きなんだよな。服を脱いで、それ見ながら飲み食いさせてやろうか?」

「い、いらねえっての」

「ちなみにあたしとセイは、賢者に浜松で見つけた新品の戦前の下着をたくさん貰っててな。好きな男が出来たら、それを身に着けて押し倒せと言われていた。今日のはその中でも、特に過激なパンツだぞ?」

「……ああもう。あんまからかうなって」

 

 



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精鋭化計画

 

 

 

 目覚めて朝から飲み始めた昨日の休日は、俺の理性を試す試練の日でもあったらしい。

 ミサキは酔ってベッドでセーラー服のまま胡坐を掻きながら飲み続けたし、シズクは必要以上にくっついて俺の体に大きな胸を押し当てながら飲んでいた。

 セイちゃんなどはその様子を見て対抗心を燃やしたのか、裸のままだった俺にだっこしながら飲ませろとまでせがんだのだ。

 

「んで、今日も雨でお休みですってか。あの部屋にいたら、絶対に理性が保たん」

 

 シズクとセイちゃんも泊まったので、ミサキを含めた3人は俺達の部屋にいる。

 さすがに2日連続で朝から飲む気はないらしいので安心したが、飲んでいなくてもやたらとシズクとセイちゃんがくっついて来るので逃げ出して来たのだ。

 ミサキも無防備な姿で二日酔いの頭を抱えてベッドにいるものだから、チラチラと見えてどうにも落ち着かなかった。もし見えてもたかが布切れじゃねえかと言う諸氏のがおられるなら、テメエが童貞の時にも同じ事を言えたのかと拳で語り合っておきたい。

 

「わあ、アキラじゃないっすか。心配してたんっすよー」

「この声は」

「どこ行くっすか?」

「タイチ。心配してくれてたのか、ありがとな。里の見物だよ。市場には屋根があるって言うし。そっちは?」

「ヒマなんで飲みにでも行こうかなあっと。一緒にどうっすか?」

「酒かあ。あのメガネの、小柄なのに巨乳の女の子は?」

 

 タイチが芝居がかった仕草で肩を竦める。

 

「フラれたか」

「違うっすよ。弟や妹の面倒を見なきゃいけないんで、忙しいだけっす」

「ま、そういう事にしとこうか」

「ムッ。そっちこそ、ちゃんと卒業したんっすか?」

「出来るかっつーの、タレットと女を交換するなんて。あの2人は後で説得するさ。考え直せってな」

「わかってないっすねえ。それはミサキさんに気を使った、方便ってヤツっす。隊長もセイちゃんも、アキラに惚れたんっすよ。美味しくいただけばいいじゃないっすか」

「こんな冴えない男に? あんな美人姉妹が? ないない」

 

 雨だからか、市場には驚くほどの人が溢れていた。

 身ぎれいにしている人間などそうはいないので、体臭や屋台の料理の匂い、それに酒の匂いが混じり合って凄い事になっている。とても、足を踏み入れる気にはなれない。

 

「俺、あそこ入る勇気ねえや……」

「人混みが苦手なんすか?」

「そんな感じ」

「なら、こっちっす」

 

 タイチが先に立って向かったのは、市場の手前にある階段だった。

 コンクリート製のそこを3階分ほど上がり、タイチは広いフロアに俺を導く。

 

「おーっ」

 

 そこ大きなプールを見下ろして競艇のレースを観戦していた場所らしく、野球場のように階段状の客席がズラリと並んでいた。ガラスは割れている場所もあるが、養殖している魚にエサをやっている様子が問題なく見える。

 

「ここまで上がれば、屋台で買った物を飲み食いする連中もあまり来ないっす。観客席での寝泊りは禁じられてるし」

「なるほどねえ」

 

 適当な椅子に並んで座り、付き合ってくれているタイチに冷えたビールをご馳走する。

 

「これは?」

「戦前の酒。しかも、海の向こうのな」

「へえっ。アキラは飲まないんっすか?」

「まだ朝だからなあ」

「友達なら、朝だろうが夜だろうが酌み交わしながら話すもんっすよ? 休みの日はね」

「……へいへい。ほら、乾杯」

「へへっ。乾杯っす」

 

 部屋に戻って飲んでいたのがバレたら面倒そうだなとは思うが、それでもプールで雨に濡れながら仕事をしている住民を眺めつつビンを傾ける。

 昨日今日で、テーブルの角や椅子の背凭れで栓を抜くのがずいぶんと上達したものだ。

 

「雨なのに大変だなあ」

「魚は雨でも関係なくごはんを食べるっすからね。それに設備保安の連中も、雨の日にしか出来ない点検とかあるらしいっすよ。雨で休みになるのは食料調達部隊とか、島の左側で農業や酪農をやってる連中っす」

「ふうん。設備、か。それも見とかねえとなあ」

「山師なのにっすか?」

「俺は戦闘もこなすけど、街づくりなんかも得意なんだよ」

「へえっ。それは凄いっすねえ。ますます里にとって貴重な人材っす」

「出来る事は手伝うが、時間をそれにすべて使うつもりはねえなあ」

「当然っすよ。ああ、これ美味しいっすねえ」

「まだまだあるから、好きなだけ飲め」

「やった」

 

 タイチと2人だけなら、いい機会だろうか。

 出来るなら詳しい事情を聞いておきたい。

 

「……なあ、大正義団の事だけどよ」

「隊長達には聞き辛いっすよねえ」

「まあな。知ってる事だけでいいから、教えてくんねえか?」

「いいっすよー」

 

 タイチの話によると、小舟の里からエネルギー武器やパワーアーマーを持ち出した連中は、賢者に心酔していた若い連中がほとんどらしい。

 しかしその中に1人、30を過ぎた女がいる。

 シズクの母親だ。

 

「娘を置いて出てって、隣の街を武力で支配。ほんで、たかるみてえにトラックで魚やチーズを買いに来るってか。なんつーか、スゲエ母ちゃんだな」

「大正義団のリーダー、ガイとソッチ系の噂もあったお人っすからねえ」

「マジかよ。甥と叔母だろ?」

「でもガイの方は、明らかに気があったっすよ」

「世も末だ、って、まんまそんな世界だったか。そんで、大正義団の目的は?」

「賢者さんに貰った武器は賢者さんのために使うべきだから、西を目指してその手伝いをしに行くって言って里を出たっすけど、4つほど向こうの駅で浜松より状態のいい街を見つけてそこを根城にしたらしいっすからねえ。もう、自分達がいい思いをして暮らす事しか頭にないんじゃないっすか」

「エサがありゃ志なんぞ捨てちまうか。……どうしようもねえな。そういや駅と言えば、浜松方面の線路に脱線した貨物列車があってな。そこに、悪党が住み着いてたぜ」

「昨夜、ミサキさんから聞いたっす。近いうち、オイラ達が討伐に出かけるしかないっすね。新制帝国軍は線路を歩いたりしないから、主に線路を歩く行商人が襲われでもしたら面倒っす」

「悪党の討伐も、食料調達部隊の仕事なのか」

 

 どう考えても危険な役割だ。

 その指揮官をシズクが、里の外まで同行して使える物とそうでない物を選別するのをセイちゃんがしているのは、母や兄が里を裏切った事と関係があるのだろうか。

 もしそうなら、なんとか力になりたいが。

 

「大正義団になったのが賢者さんを長にして里を浜松より大きな街にするべきだって連中で、防衛部隊は魚の養殖や農業でなんとか生きていけるから里だけを守ろうって連中。オイラ達食料調達部隊は、自分達の力で少しずつでも暮らしを良くしていこうって考えの集まりっすからね。その3種類と腰抜けと怠け者。里の若い者は、だいたいそう分けられるっす」

「その3者なら、タイチ達の考えが好きだな」

「へへっ。それは嬉しいっす。だからホントは警察署にも、全員で行きたいんっすけどね」

「狭い建物に全員で突っ込んでもなあ。しかも槍や弓は、室内で使えねえし」

「でしょうねえ」

 

 もういっそ、食料調達部隊を銃で武装した小舟の里の精鋭部隊にしてしまおうか。

 

「……悪くねえな」

「なにがっすか?」

「食料調達部隊の連中なら、大正義団みてえにゃならんだろ」

「それはそうっすけど、例えばタレットを浜松で売って全員分の銃を手に入れたとして、ジンさんや隊長はどう思うっすかねえ」

「失敗して学ぶのはいい。でも同じような状況を恐れるあまりロクに考えを尽くさず、反射的にダメだって結論を出すのは違うと思うんだよな」

「でも、オイラ達だって人間っすから。もし隊長が妊娠でもしてオイラが部隊を預かって、好きな女にフラれたとする。そんで狩りにでも出かけた先でその女を力ずくでモノにして、どっかで悪党の真似事でも始めたらどうなるっすか。銃を手に入れたらその日から悪党になる連中なんて、アキラが思うよりもたくさんいるっすよ?」

「俺のダチは、そんな事しねえよ」

 

 少しばかり気恥しいが、ダチと呼んだ相手の目を見ながら言い切る。

 先に目を逸らしたのはタイチの方だった。

 

「クサイっすよ、アキラ?」

「知ってるよ」

「なんかこう、熱い男! って感じの臭いがプンプンしたっす」

「うっせえ」

「でも、嬉しかったっす」

「……そうかい」

「賢者さんは、武器や防具を大正義団の連中に渡したんじゃない。ジンさんと隊長に託したんっす。これで、人間らしく生きろって」

「戦わなきゃ、生きられもしねえ世界か」

「10を得たら5を奪われる。それをガマンするのが、生きるって事っす。この里の外では」

「気に入らねえな」

「まったくっす」

 

 立ち上がる。

 勢い良く、だ。

 

「うわっ。いきなりどうしたっすか?」

「銃を使える場所、行くぞ。賢者が武器を置いてったならあんだろ」

「そりゃあるっすけど、今は使われてないから荒れ放題っすよ?」

「銃が撃てりゃ、それでいい。隊員に銃を教える前に、副隊長の得意な武器を見つけとかねえとな。好きな女にカッコいい姿を見せる、いいチャンスじゃねえか」

「……へへっ。自慢じゃないけどレーザーライフルなら、誰より巧く使えたっすよ。まあ、隊長は別格っすけど」

「そのレーザーライフルはたぶん、セミオートだろ。実弾ライフル、それもフルオートならどうかな?」

「たぶん余裕っすよ」

「俺が満足できるほどの腕なら、タイチにピッタリの防具と好きな武器をくれてやるさ」

「へえ。ちなみにどんなのっすか?」

「装備してるだけで女にモテる」

 

 少し違うような気もするが服で2帽子で1、全部位のアーマーを賢明にしておしゃれなメガネまでかけさせCharismaをドーピングすればちょっとは効果があるだろう。

 見た目はダサくなりそうだが、俺の知ったこっちゃない。

 

「早く行くっすよ、アキラ。こっちっす!」

「へいへい。途端に張り切りやがって」

 

 小舟の里の射撃場は人が多く暮らす競艇場の跡にではなく、駅から地下道を抜けて橋を渡った左側のヨットハーバーのような場所にあった。

 橋から道路が島の突き当りまで伸びていてその右が丸ごと競艇場、左は農地や放牧地なのだそうだが、ヨットハーバーの辺りは特に使い道がないので放置されているらしい。

 

「結構いい感じじゃねえか。どうせなら、人を住ませりゃいいのに」

「ここいらは、たまにマイアラークが上がって来たりするっすからねえ。住民はそんな怖い思いをするくらいなら、立体駐車場マンションで暮らすっすよ」

「駐車場をマンションにしてんのか。やるなあ」

「賢者さんが改造を教えるまでは、観客席や通路で雑魚寝だったっすからねえ」

「うっは、雨でびしょ濡れだ。雑魚寝はキツイなあ」

 

 競艇場を出た俺達が駆け込んだのは、ヨットハーバーの管理か何かをするための小さな建物の軒下だ。見えているのは、錆びて浸水しているのがほとんどの釣り船やクルーザー。

 

「あれっすよ、的は」

 

 濡れ鼠になったタイチが顎で水面の方を示す。

 そこにはどこから運び込んだのか、5つほど並んだバス停の時刻表があった。平成生まれの俺からすると古臭い道路標識のようなタイプなので、たしかにバス停の名前がペイントされている一番上の丸い部分は標的として狙いやすい。

 高さもちょうど、マイアラークの頭くらいだ。

 

「よし、そんじゃやるか」

「これでカヨのハートはオイラのものに。ぐふふ。……ああっ、そんないきなり挟んじゃダメっす。カヨのはおっきくて柔らかいんだから。なーんてっ!」

「……カヨって子の貞操のために、タイチの防具は野球ユニフォームのままにしとくか」

 

 



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計画

 

 

 

 ダアンッ、ダアンッ、ダアンッ

 

 3発目の直後、バス停から火花が散った。

 

「へえ。初めてのハンティングライフル、端っこにだが3発目で命中させっかよ」

「どんなもんだっす!」

「使用感は?」

「……このガチャガチャって動作が、いちいち面倒っすね。これしてる時に誰かがマイアラークに食い掛かられたらと思うと、少し怖いっす」

「なるほど。まあその銃は、遠くから1撃で獲物を仕留めるのが目的だからな」

「賢者さんの武器に似てるっすもん」

「オルペインレスかリンカーン・リピーターかな。武器では苦労してるんだろうなあ、賢者が101のアイツなら。3は武器が少ねえし。ああ、でもNVや4の世界が混ざってるんだからレベルが上がったらそうでもねえか。次はこれを試せ、タイチ」

 

 そうやっていろいろな銃を撃たせてみたが、タイチはどれも早い段階でバス停に命中させた。

 飛び抜けて得意なのも不得意なのもない、実に優等生な副隊長さんだ。

 

「一通り試してみて、どうだ。もしタイチが銃で戦いに出るとしたら、何を持ってく?」

「うーん。スコープってのが付いたオートコンバットライフルっすかねえ」

「遠距離中距離、どっちもそれで片付けようって事か」

「オイラ達はアキラみたいに、何もない場所に肉を仕舞ったり出来ないっすから。なるべく身軽でいるためっす」

 

 銃さえあれば遠出も出来る。

 さすがシズクに次ぐ地位にいるだけあって、タイチは頭が回るようだ。

 東の浜松と西の豊橋に向かえば銃で武装しているのを新制帝国軍と大正義団に見られてしまうが、南は海しかなくともまだ北がある。

 それを、ちゃんと理解しているのだろう。

 

「近距離はよ?」

「やっぱりオートの、10mmピストルっすかねえ」

「面白味はねえが、無難なくらいでいいのか。指揮官でもあるから、特化しすぎると対応できねえ状況が怖いもんな」

「でもこれ浜松の武器屋で買ったら、何百円になるんだろ。考えただけで怖いっす」

「コンバットライフルはツーショット、10mmは痛打かな。爆発なんかは、フレンドリーファイアが怖い。ところでタイチは、どんなトコ住んでんだ?」

「部屋っすか。普通の大部屋を仕切った宿舎っすけど?」

「そりゃあちっとヤバイか」

「なにがっすか?」

「武装すんのはいいけど、欲に目が眩んだ連中にまた武器を盗まれたらどうすんだよ」

「いやいや、こんなん買えないっすから。借金すら出来る額じゃないっすって」

 

 タバコを咥え、箱をタイチに放る。

 

「おっと」

「ほら、火」

「サンキュっす」

 

 最後に試した10mmを宝物のように持ちながら、タイチが美味そうに煙を吐く。

 101のアイツかもしれない賢者も、こんな気分でジンさんやシズクに武器とパワーアーマーを託したのだろうか。

 

「タイチ」

「なんっすか?」

「もしもの話だがよ。俺とミサキが本当の腕利きになるまで小舟の里の、特に食料調達部隊に肩入れしたとして、どんな問題が起こり得ると思う?」

「期間は?」

「長くて5年、ってトコかな」

「……この島は、長の一族がそれはそれは遠い昔から必死で守り続けてきた里っす」

「並大抵の苦労じゃなかったんだろうなあ」

「はいっす。大正義団の離反で一族は責任を感じてるみたいっすけど、文句があるなら小舟の里を出て行けってジンさんは平気で言うっすよ。あの人は流れ者の山師だったのに、20も年下の長に惚れて惚れて惚れ抜いて防衛隊の指揮官になった人っすから」

「もしかしてあの戦前の人間かってくらいのオシャレは、マアサさんに気を使ってか?」

「ふふっ。本人は違うって言い張るっすけどねえ」

「いちいちやる事がカッコイイ爺さんだなあ。そんじゃ、何をするにもマアサさんの判断次第って事か」

「はいっす。それが納得できないって連中は浜松なり豊橋なりで、銃を持った人間に媚びながら生きていくはずっすよ」

 

 なら、まずはマアサさんと話してみるべきだろうか。

 

「浜松はこの目で見てねえが、新制帝国軍がいるから安全で人が集まって来る。そうだよな?」

「そうっすね」

「人が多くなれば金が動くから、商人や山師も集まる。だが、小舟の里には来てくれない」

「山師のほとんどを、里じゃ立ち入りすら許さないっすから。戦前の品が集まらなきゃ、行商人より金を持ってる商人は来ないっす」

「それに小舟の里の戦力は、正直頼りないからな」

「耳が痛いっすねえ」

「食料調達部隊の人数は?」

「18っす」

「それがすべて、腕の良い山師になったらどうよ?」

「別にって感じっすね。さっきも言ったっすけど、オイラ達はアキラみたいな魔法のポケットを持ってないんすよ。浜松に集まる山師は数が多いからこそ戦前の品と、それが目当ての商人が集まるっす」

「なら食料調達部隊が、輸送手段を手に入れたとしたら?」

 

 ハッとタイチが俺を見る。

 

「まさかっ、トラックを見つけるつもりっすか!?」

「後々はな。まずは、ある物を使う」

「ある物?」

「小舟の里は競艇場だぞ。そしてセイちゃんは賢者の弟子で、修理が得意だ」

「里の壁に貼ってある写真の小舟を……」

「浜名湖は湖って言うくらいだから、海と違って波が穏やかだ。シロウトの俺でも、使えそうな船を探して歩くくらいは出来るだろうさ」

「小舟で、もっと大きな船を探しに?」

「ああ。それが見つかれば、小舟の里は新制帝国軍に肩を並べられる」

「あっちは200ほどの兵隊。銃を持った山師を金で雇えば、それも50にはなるっすよ?」

「ちょうど拮抗するか、こっちが有利だろ。戦うとなれば、4つの橋にタレットと防衛部隊を配置して封鎖。大きな船が移動基地で、小舟が強襲手段だ。あっちは瓦礫や車の残骸ばかりの戦前の道を徒歩かトラックで移動するしかねえが、こっちは20の精鋭が水上を移動してどこにでも上陸できる」

「むむむ……」

 

 食料調達は、タレットと防衛部隊に任せてしまえばいい。

 人手が足りないなら、戦うための人間ではなくマイアラークの解体とそれを運ぶ人間を雇えばいいだけだ。

 普段は山師として働き、戦争となれば特殊部隊として動く18人の精鋭。

 それがいれば、少なくとも2、3人の商人に美味い汁を吸わせるのは可能だろう。その中でこれはと思う人間がいれば仲間に引き込み、現在は新制帝国軍と大正義団と直接している食料品の取引を任せてもいい。

 資本主義って美味しいの? と真顔で言ってしまうような人間でも、商人なら儲けがある限り気合いを入れて交渉をしてくれる事だろう。

 

「いたっ!」

「ありゃ。みんなしてどした?」

 

 考え込むタイチとぼうっと錆びたボロ船を眺めていた俺を指差すのはミサキで、その横にはシズクとセイちゃん。その3人を守るように、ドッグミートとEDーEがいる。

 

「駅の防衛部隊から、ここいらで銃声がすると伝令が来てな。どうせアキラだってミサキが言うから、散歩がてら探しに来たんだよ」

「そっかそっか。なあ、この中って入っていいのか? 遠慮してずっと軒先に突っ立ってんだが」

「カギがないんだよ。窓を割ったりドアを壊したりしてもいいが、もったいない。まあ、たいした物がありそうな建物でもないんで放置してるらしいが」

「ははっ。開錠なら任せろ。難易度は、……いけるな」

 

 この世界の防犯事情が心配になるが、なぜか鍵穴にヘアピンを刺し込むとフォールアウトシリーズのピッキング画面が視界に浮かんだので、あっさり開錠してドアを開けた。難易度がNOVICEでさえあれば、今の俺にでも開錠できないカギなんてない。

 中は事務所のような平屋の小さな建物だが、20人ほどが集まってダベるのに支障はなさそうだ。

 

「こんな特技もあるのか。器用な旦那様だな」

「ホコリっぽいが、雨に濡れるよりゃいい。座って話を聞いてくれ。相談したい事があるんだ」

「む。わかった」

「なんか怖いねえ、アキラからの相談って」

 

 並んでいる事務机の椅子にそれぞれ腰を落ち着けて飲み物を配り、まず話したのはバリケードの上や出入り口の前にタレットを設置してマイアラークや悪党、いつか新制帝国軍と大正義団が敵対した時にそれを撃退する計画だ。

 

「だからそれだけのタレットをアキラが持っているにしても、それを得るための対価が里にはないんだって」

「あるさ。だが高いぞ?」

「……言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」

「俺達と101のアイツの永住権だ。その3人とドッグミートとEDーEは、どれだけ小舟の里で暮らしても税金を払わねえ。100まで生きたら、どえらい金額だぜ」

「ヘリクツみたいな対価だなあ、おい」

「アキラらしいねえ」

「それプラス、シズク姉ちゃんとセイ」

「それは遠慮しとくよ。ほんでセイちゃん、競艇場に修理できるボートはあるか?」

「修理の必要すらないのが、たくさんある。ボートは室内にもたくさんあった。でも核分裂バッテリーは、師匠の浄水器に使うから余裕はない」

「101のアイツの浄水器、その響きだけで胸熱だぜ。核分裂バッテリーさえ見つけて来ればいいんだな?」

「ん」

 

 フォールアウト4に核分裂バッテリーというアイテムはなかったが、3とNVではそれなりに落ちているアイテムだった。

 なので、それはなんとかなるだろう。

 

「んじゃシズク。タレットを設置しまくって、防衛部隊にマイアラークの回収を任せるのか可能か? カイティングが必要なら防衛部隊に任せるしかねえが、解体やそれを運ぶのには人を雇ってもいい。食い物が腐らねえんだから、余るようなら溜め込んどいて商人に売ってもいいんだ。人を雇うための初期投資が必要だが、儲けは出るだろ」

「それは爺様もそうしようと言っていたので構わんが、食料調達部隊はどうする。これまで誇りを持って命懸けで戦ってきた連中に、明日から畑でも耕せと言うつもりか?」

「そんな睨むな。食料調達部隊は希望者に俺が銃や防具を貸し出して、普段は山師。狩りだけじゃなく、廃墟の探索もしてもらうのはどうだ。いざ新制帝国軍や大正義団と戦争となれば特殊部隊だ」

「特殊部隊だと?」

「食料調達部隊の連中が銃の扱いを訓練した後、俺はボートで修理可能なもっと大きな船を探す。運よく見つかればセイちゃんに修理してもらって、それを移動基地にするんだよ」

「む。トラックより大きな機械は、修理の経験ない」

「そんな大きいのはねえと思うよ。どうしても見つからなきゃ海も探すが、まずは浜名湖にある船を探すんだから」

「ん。なら平気」

「食料調達部隊が山師に。しかもうまくいけば、船で浜名湖を自由に移動か……」

 

 シズクはそれがどれだけ小舟の里のためになり、戦争となればどれだけ有用かを瞬時に見抜いたようだ。

 無意識にだろうが机の上で拳を握り、小さく何度も頷いている。

 

 



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基地

 

 

 

「よしよし、反対はしねえみてえだな。まずある程度は小舟の里の守りを固め、俺とミサキと特殊部隊のレベル上げ。それをしてりゃゆっくりと里には新制帝国軍と大正義団に肩を並べるほどの戦力があると知れ渡り、特殊部隊の集めた戦前の品が仕入れられるとなりゃ目端の利く商人が里を訪れるようになる。3年後にその商人の中で信用できそうな人間に新制帝国軍と大正義団との取引を任せられりゃ、この島は楽園とまで呼ばれる結構な街に生まれ変わるぞ」

 

 まるでRPGでもFPSやTPSでもなく街づくりシミュレーションゲームでも始めた気分だが、俺は昔からそれが嫌いではなかった。

 それどころか、大好物だと言っていい。

 人の命がかかってるからゲーム気分じゃダメだぞと心の中で自分に言い聞かせたが、それでも俺は笑顔を浮かべてしまっているようだ。

 

「そんな上手く事が運ぶの、アキラ?」

「ダメなら適時、計画を変更するだけさ」

「こうしてはいられないな。あたしは今の話を、長と爺様に話して来る。タイチ、悪いが放送で隊員達を集めて特殊部隊への入隊希望者を募ってくれ」

「聞くまでもないと思うっすけどねえ」

「待て待て。話はまだ終わってねえぞ?」

「むう。なら、早くしろ」

 

 血が滾っているんだとか言い出しそうなシズクに苦笑を見せ、タバコに火を点ける。

 

「特殊部隊には銃や防具を貸し出すが、それを持ったまま競艇場に出入りするのは禁止だ。この事務所を詰め所にして、外の駐車場に俺が宿舎を建てる。そこ以外で銃や防具を手放すのは原則禁止。破ればそれがシズクでもタイチでも、特殊部隊から除名。出来るか?」

「舐めるな。うちの隊員は、大正義団が盗んでいった装備さえあれば浜松の山師共なんて相手にもならないほどの精鋭だぞ。普段から心構えなんて、とっくに出来てるんだ」

「そうかい。なら行っていいぞ」

「ああ。行くぞ、タイチ」

「はいっす!」

 

 そんなに慌てるなと言う間もなく駆け去った2人の背中を見送り、なんとなく目の前の机の引き出しを開けてみた。

 

「熱い隊長と副隊長だねえ。おっ、観光案内だってよ。浜名湖の」

「へー。どれどれ?」

「セイも見たい」

 

 キャスター付きの椅子をガラガラと鳴らし、2人が俺の両脇に来る。

 そう大きくはないが柔らかいふくらみが腕に押し当てられたのでミサキを見ると、顔を真っ赤にしながら横っ腹を軽く殴られた。

 

「ぐほっ!?」

「アキラ、見えない」

「わ、悪い、これでいいかな。それよりどしたの、セイちゃん。そんな肋骨を俺に押し当てて。痒いの?」

「……シネ」

「ごはっ!?」

「今のはアキラが悪い。ねえ、セイって武器を使えるの? 今のパンチはなかなかだったけど。特殊部隊にも入るつもりだよね」

「ん。これで戦う。銃は、部屋にある」

 

 言いながらセイちゃんがオーバーオールのポケットから出したのは、あちらの日本でもゲームでも見覚えのある特徴的な物だった。

 

「ダーツ? こんなので戦うって……」

「おお。もしかしてそれを撃つ武器を、師匠に?」

「ん」

「知ってるの、アキラ?」

「ダーツガン。フォールアウト3の、設計図を集めないと作れねえ貴重な武器だ。足を重傷にした上で、毒ダメージまで与えるんだったかな。そうしてしまえばどんな敵からも逃げ切れるし、倒すのも容易い。セイちゃんは、本当に賢者にかわいがられていたんだな。そして、賢者は101のアイツだってこれで確定だ」

「やっぱりそうなんだあ。早く会いたいね」

「だなあ」

 

 観光案内のパンフレットには、動物園や植物園、遊園地などの写真が掲載されていた。

 どれもそんなに規模の大きそうな施設ではないが、浜名湖の観光施設は俺が思っていたよりずっと充実していたらしい。

 中でも目を引くのは、地図にいくつもあるマリーナという文字だ。俺達がいるこの場所も、ヨットハーバーではなくマリーナという名前になっていた。

 

「マリーナって、たしかヨットハーバーの別の言い方だよな?」

「だね。葉山に置いてあったうちのクルーザーも、なんとかマリーナって場所にあったよ」

「自家用クルーザーって……」

「え、変?」

「変じゃねえが、ムカつく」

「なにそれ酷いっ!」

「アキラ、これ」

「ん? ああ、そりゃ戦闘機の写真だ。帝国軍でも自衛隊でもなくて、防衛軍って名前なんだな。日本防衛軍空軍基地。って、空軍があったんかよ!」

「でももしそこに核が落ちてたら、ここだって無事じゃないよねえ?」

「そりゃそうだろ。だからこそ基地は無事な可能性が高いんだ。セイちゃん、101のアイツは、師匠はここの事を何か言ってなかったか?」

 

 セイちゃんがフルフルと首を横に振る。

 ならばこの空軍基地は、少なくとも101のアイツに荒らされてはいない。

 空を飛べる戦闘機なんて残ってはいなくても、警察署なんかに残されているのよりずっと強力な銃が使い切れないほどありそうだ。

 

「まさか、飛行機を探しに行くつもり?」

「さすがにそりゃねえって。でも空軍でも敵の陸上戦力から基地を守る役割の部隊はあったはずだし、浜松の山師達が手を付けてねえなら宝の山だぞ」

「いつになったらそんな場所に行けるのかなあ」

「レベル50くれえかな」

「そんなに? 気が遠くなるって」

 

 観光案内には他にも大型のショッピングモールや、バイクで競艇のようにレースをするオートレース場などの写真が掲載されている。

 

「信じられるか。ゲームが現実になると東京名古屋の中間にある県庁所在地でもなんでもない、ありふれた地方都市ですら探索に何年もかかりそうなんだぜ?」

「まあ、退屈はしなさそうね。あ、そういえばアキラが悪党を倒したらレベル6になったから、Bloody MessってPerksを取ったよ」

「げえっ!」

「な、なによ……」

「ははっ。取っちまったもんは仕方ねえさ。晴れたみたいだから、俺は宿舎を用意する。道具は出しとくから、ここの片づけと掃除を頼んでいいか?」

「うん。特殊部隊の待機所にするんだよね、任せて」

「悪いな。せっかくの休日だってのに」

 

 俺はあまり駐車場から離れないし、ドッグミートとEDーEもいる。それに敵がいないのがわかり切っている狭い建物の中なので、2人だけにしても大丈夫だろう。

 雨上がりの外に出てどこにどんな宿舎を建てるか決めるため、駐車場にある車の残骸をジャンクに分解しながら駐車場を歩き回った。

 ゲームと同じように、大きな車の残骸が一瞬で消えてピップボーイのインベントリに収納されるので楽なものだ。

 

「駐車場の左右の水面にもボロ船が山ほどある。しばらく鉄には困んねえな、こりゃ」

 

 食料調達部隊には、タイチの思い人をはじめとして女も5人ほどいた。

 俺が顔を合わせたのは10人ほどだが、ちゃんと揃えば18人いるらしい。全員が特殊部隊に志願する保証はないが、人員が増えるのを見越して女性宿舎を10部屋、男性宿舎を20部屋も準備すれば充分だろう。

 待機所を挟んで駅のある方向に男性宿舎、その逆に女性用の宿舎でいいか。

 

「えーっと、まず玄関があって談話室。んで左右に個室を6ずつ、2階は中央が階段で左右に44の個室っと。屋上も作って、飲み会したり出来るようにしとくか。女性宿舎も基本は同じでいいよな。あ、便所もそれぞれに必要か」

 

 個室には電球とベッドと絵画だけでなく、金庫も設置した。武器は各自がそこに保管して、横流しなんかしていないかたまにシズクが抜き打ち検査でもすればいい。

 先に男性宿舎を仕上げ、女性宿舎を建てている途中でレベルアップ。フォールアウト4はこのように建築でも、それどころか料理をしただけでも経験値は入るので、微々たるものではあるが低レベルのうちはそれがありがたい。なのでゲームの中で作った物がピップボーイのインベントリにいくらでも入っているが、資材が足りなくなりそうになるまではいちいち製作していこうと思う。

 だが俺がミサキと出会ってからその存在に気付き、101のアイツが先にこちらに来ていたのを確信して深めた、とあるわだかまりのようなものはまだどうしても捨てられそうにない。

 

「レベル3か。戦闘に出る前にでも、しっかり考えてPerksを取らなきゃなあ」

 

 小舟の里は島なのでその左下に位置するこの特殊部隊の基地と駅の間には川があるのだが、船がそこへ出て浜名湖や海へと向かうための水門は競艇場側にあった。

 なので駅を背にして左側にある2つの桟橋を、そのまま射撃練習場にしてしまう。

 

「敷地はフェンスで囲って、タレットを置くか。いいねえ、精鋭部隊の基地らしくなりそうだ。……こうなりゃ、トコトンやっちまおう。自重なんてシラネ」

 

 ゲームでは不便で仕方なかったクラフト作業も、現実世界になったからかストレスを感じずに進められる。

 設置してみるとフェンスでは駅から基地が丸見えになってしまったので、金属製の壁を3段重ねてそれに身を隠しながら銃を撃てる足場まで設置した。タレットも、これでは多すぎるだろうというくらいに配置する。

 

「よしよし、基地らしくなったじゃんか」

 

 別に期限などないのに走り回って作業をしていたので額に浮かんだ汗を袖で拭うと、そこだけ鉄格子にした門の方からガヤガヤと人の声が聞こえた。

 俺は見張りと迎撃のための足場の上にいたので覗いてみると、タイチと食料調達部隊の連中が基地を指差しながらああだこうだと大声で喚いている。

 

「よう、おかえり。そんな騒ぐんじゃねえっての」

「騒ぐに決まってるっすよ。なんなんっすかこれっ!?」

「基地だよ、基地。コンクリートで囲って絶対に侵入できねえ要塞にしようかとも思ったんだが、そこまですっと今度は謀反を疑われるかと思ってな。こんくれえでカンベンしてやった。今、門を開ける」

「基地って……」

 

 足場には門のすぐ横にも階段を設置して上がり下り出来るので、そこから下りてタイチ達を迎え入れた。

 

「ようこそ、特殊部隊の基地へ。休みだってのに、こんな大人数でどした?」

「全員が特殊部隊ってのに志願したんでその報告がてら、市場で酒やツマミを仕入れて来たんっすよ。もうお昼を過ぎてるっすから。お昼ごはん、まだっすよね?」

「そりゃありがてえ。さ、入ってくれ」

「後で隊長達も来ると思うっすけど、ここで大声を出しても建物の中にいたら聞こえないんじゃないっすか?」

「……考えてなかった。門の外に、ベルでも置いとくわ」

 

 ゲームで街の住民を集合させるために使うベルなら、建物の中にいても聞こえるだろう。それでダメなら、少しうるさいだろうがサイレンでも設置すればいい。

 タイチ達と待機所に入ると、そこはミサキとセイちゃんの手によってずいぶんと清潔になっていた。ホコリっぽさなど、もう微塵もない。

 

「おかえりーって、ずいぶん大人数ね。何事?」

「全員が特殊部隊に志願したんで、今から親睦会を兼ねた飲み会だってよ」

「ふうん。楽しそうだけど、どうしよ。これじゃ椅子が足りないわ」

「事務机なんかはとりあえずピップボーイに入れて、長テーブルと椅子を出すさ」

「わかった。ならついでに床をモップで拭くから、部屋に何もない状態にしちゃって。タイチくん、急いでやるから少しだけ待ってね」

「はいはい。どうかお気になさらずっす」

「お掃除なら手伝いますよ」

「アタイ達も手伝うか。男共は外に出てなっ!」

 

 カヨちゃんの一言に見るからに姉御肌っぽい女が賛同し、カゴや酒ビンをぶら下げたタイチ達が待機所の外に追い出される。

 駅の仮眠所の様子じゃこちらの女の子達は掃除の戦力にはならないだろうと思ったのだが、どうやらそれは見込み違いだったらしい。

 ミサキとセイちゃんを入れて8人にまで増えた女手によって、物がジャマで掃除が行き届いていなかった床や壁が瞬く間に磨き上げられた。

 

「この分なら、この基地での共同生活でも清潔に暮らしてくれそうだな。安心したよ」

「男共がバカみたいに汚さなきゃね」

「そしたら、アネゴがぶん殴ってやれ。俺が許す」

「あれ、なんであたしのあだ名を知ってんのさ? でもまあ、ぶん殴るのは任しときな」

 

 



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宴会

 

 

 

 狭い建物とはいえ、物がない状態なら長テーブルを2列に並べて20人ほどが飲み食いできるスペースを確保するのは簡単だ。

 俺が椅子まで並べ終わると、女の子達が外の男共から酒やツマミ、グラスや箸までをも奪ってきて待機所はすっかり宴会場へと姿を変える。

 

「ねえ、アキラ。台所がないんだけど、ここでこれだけの人数が暮らすのに3食すべて市場で外食かテイクアウト?」

「あー。2階を厨房にすっか。あと、風呂も作ってやりてえなあ」

「アネゴ、まだっすかー? うちの連中、もう外で飲み始めちゃってるんすけど」

「乾杯もせずにかい。ぶん殴られたくなかったら、外にゴミの1つも残さずさっさと中に入れって言いな」

「へーい」

 

 全員が着席してさあ乾杯だというところで、アネゴが立ち上がって隊員を1人ずつ俺とミサキに紹介し始めた。どうやらタイチは戦闘などでシズクをサポートするのを得意とする副隊長で、アネゴはそれ以外の時に隊員を引っ張ったりするのが得意なもう1人の副隊長さんであるらしい。

 隊員は下が15歳から上が25歳の男女16人。それにシズクとセイちゃんを加えた総勢18名が、この特殊部隊のメンバーとなる訳だ。

 

「そんじゃ、アキラからも一言」

「俺もかよ!?」

「だってオイラ達、まだこの特殊部隊が何をどうやってする部隊なのかすらあんまわかってないんっすよ。それでも覚悟だけはしてここに来たんっすから、ちゃんと話してもらわないと困るっす」

「そりゃわかる気もするが。まだシズクが話し合いから戻ってねえから、何とも言えねえんだよなあ」

「説明できる範囲だけでいいっすから」

「はぁ。わかったよ」

 

 俺がどこまで話すべきか考えながら腰を上げると、全員が椅子を鳴らして立ち上がる。それだけではなく、一斉に軍隊式の敬礼までされてしまった。

 

「あー。まず、座ってくれ。これからもだが、俺に敬礼なんぞは必要ない。俺は特殊部隊の指揮官でもなんでもない、ただの山師なんだからな」

 

 隊員達は少し迷ったようだが、タイチが苦笑しながら座るとそれに続いて腰を下ろす。

 

「そんじゃ、タバコでもやりながら聞いてくれ。灰皿は、あるな。実は今、食料調達部隊の隊長であるシズクが長達に俺の計画を説明しに行っているんだ。なので話せる事は、気が抜けるほどに少ない。許可が出ればだが、お前さん達は武装して普段は山師のように廃墟なんかを探索してもらおうと思ってる。ただでさえ死ぬ確率が高いのに、いざ戦争となれば最前線に出るか敵に奇襲をかける危険な仕事だ。それに大正義団という悪しき前例があるから、特殊部隊の設立が認められれば全員ここで暮らしてもらう。競艇場へ家族に会いに行くにも、メシを食いに行くにも武器の持ち出しは禁止。探索に出るにも、……そうだなあ。たとえば、駅で防衛部隊の知り合いに武器を見せろと言われたとする。そこで武器の性能や使い方、保管方法を他言したり、ましてやちょっと持たせてくれって言われてそうしただけでその場で特殊部隊から除名だ。これは、シズクだろうがタイチだろうが変わらない。それと食料調達部隊が里からどれだけの金を貰っていたかは知らんが、その金額が極端に跳ね上がる事もないと思う。つまりは昨日までの友人達から疎まれ、たまの休みの日にしか家にも帰れないのに得る物は少ない。そんな報われない役目を背負うことになる。まだ後戻りできるから、飲みながらよく考えてくれ。以上」

 

 最後に全員の顔を見回しながらよく考えろと言うと、ほとんどの隊員が不敵な表情で微笑むか頷くかした。平和な世界なら学校に通って学級委員長か図書委員でもしていそうなカヨちゃんでさえ、「答えは変わりませんけどね」みたいな感じで微笑んでいる。

 

「そんじゃアネゴ」

「おうっ。総員、コップを持て。……よし。乾杯っ!」

 

 アネゴに続く乾杯の唱和は、俺が嫌いな体育会系のノリそのものだ。

 もし酔っ払いが隣に来てムリに酒でも勧めるようならぶん殴ってやろうと思いながら、初めて口にする小舟の里の焼酎を舐めてみる。

 やはり美味いとは思えないが、吐き出してしまうほど酷い味でもない。こちらの世界ではかなりのご馳走なのだろうが、なんとも微妙な飲み物だ。

 

「ねえねえ、アキラ」

「んー?」

「QUESTSって、ゲームでよくあるあれだよね?」

「経験値が入って、金とかアイテムを貰えるヤツな」

「やっぱり。じゃあ、ちょっと怖いけどがんばろっかな。そうした方がいいのかなと思ってた事だし」

「ま、まさかクエストが発生してんのかっ!?」

「うん。ほら、これこれ」

 

 差し出されたピップボーイの画面を凝視する。

 

 小舟の里発展計画 第一段階

 アキラの手伝いをして、小舟の里を発展させる

 

「マジかよ……」

「その下もあるよー」

 

 はじめの一歩を踏み出そう

 アキラに頼るだけではなく自分で考えて行動して、まずは胸を張って初心者山師と名乗れるように努力しよう

 (オプション)アキラが小舟の里周辺で雑事に追われている間に、湖西警察署の探索に参加する

 (オプション)アキラが小舟の里周辺で雑事に追われている間に、悪党のコンテナ小屋掃討作戦に参加する

 

「な、なんだよこれ……」

 

 ゲームにクエストがあるのは、それを作った人間がそうプログラミングしたからだ。

 ならこのクエストは、誰が……

 

「ねえ、アキラには出てないの?」

「わ、わからん。ちょっと待て」

 

 慌てて自分のピップボーイを操作し、DATA画面を呼び出す。

 そこにはミサキのピップボーイと同じく、いくつかのクエストが文章で表示されていた。フォールアウトシリーズで見慣れた、ヴォルト・ボーイのイラストまである。

 

「ある。小舟の里発展計画、第一段階。それに、レース・ボートで船を探せ。新制帝国軍の本拠地の偵察、大正義団の本拠地の偵察も……」

「やっぱりかあ」

 

 神か悪魔か知らんが、ふざけたマネを。

 

「ミサキ」

「ん?」

「こんなんに踊らされる必要はねえぞ。オマエは運び屋じゃなく、ミサキって1人の人間なんだ。自由に、好きに生きる権利がある」

「って言ってもねえ。アキラの手伝いはもちろんするし、頼りっぱなしじゃダメだってのもわかってるんだ。それに警察署の探索と悪党のコンテナ小屋掃討作戦って、シズクとセイが行く訳でしょ。ならそれも手伝うに決まってるじゃない。踊らされないようになんて言うけど、したい事するべき事しかクエストになってないよ」

「そうだとしても、ミサキだけで山師の仕事なんて」

「危険だって? こんな世界で安全だけを追い求めてたら、小舟の里の部屋でアキラの帰りを待つしかないじゃない」

「いいじゃんか。そうすりゃ」

「見損なわないでよね」

「……あん?」

 

 ミサキが俺を睨む。

 今まで何度か怒らせた事はあるが、初めて見るほど真剣な眼差しだ。

 

「怖いからって男に養われて、里の外にも出られずに暮らすなんてゴメンよ」

「一緒に出ればいいじゃんかよ。そんなクエストなんかシカトしてよ。フォールアウトシリーズは自由なんだ。クエストを絶対にしなきゃならねえなんて事はねえし、NVならそんなクエストを押し付けるクソ野郎を逆にぶち殺してやったっていい。だいたいな、こんな世界に放り出された」

「はこ、びや……」

「セイ?」

「い、今、運び屋って!」

 

 ミサキの隣にいたセイちゃんが、かなり驚いた様子でミサキの肩を揺する。

 その声色があまりにもいつもと違う熱を帯びているからか、待機所にいる全員がグラスを口に運ぶのも忘れてそれを眺めているようだ。

 

「痛いってば。運び屋っていうのは、そうね。あたしのあだ名みたいなものかな。それがどうしたの?」

「手紙」

「ん?」

「手紙を預かってる。もし自分を運び屋って言う山師が里に来たら、読ませろって」

「ええっ!?」

「賢者がそう言って置いてったのか?」

 

 セイちゃんが力強く頷く。

 

「取って来るっ」

「あっ、セイ!?」

「……驚いたな」

 

 飛び出したセイちゃんがドアを閉める音がやけに大きく響くほど、室内は静まり返っていた。

 せっかくの休日、せっかくの飲み会なのにこれでは申し訳ないと、ピップボーイのインベントリから戦前の酒や食事を大皿に出して並べる。

 

「悪いな。酒とツマミを追加すっから、まあ飲み直そうや」

「おおっ、ビールがこんなに!」

「好きなだけ飲め、タイチ」

「あざーっす!」

 

 タイチがその美味さを褒めながらビールを回す。

 それで静まり返っていた室内には、ちょっとした喧騒が戻った。

 

「……なあ、ミサキ」

「なによ?」

「保護者気取りなんてしてんじゃねえって思うかもしんねえが、これだけは約束してくれ」

「言ってみなさい。約束なんて出来るかわかんないけど、聞くだけなら聞くわ」

 

 言葉を選ぼうとして、やめた。

 

「……俺を、ひとりにしねえでくれ。情けねえが、ミサキがいなきゃ俺は」

「あら、熱烈なプロポーズねえ」

「バッ、茶化してんじゃねえよっ!」

「ふふっ。冗談よ、冗談。要は死ぬなって言いたいんでしょ?」

「そうだ」

「あたしがこの訳のわからない状況に絶望して自殺したがってるような、弱い人間に見えるの?」

「そうじゃねえ。そうじゃねえが……」

「なら、大丈夫よ」

 

 ミサキの手が、いつの間にかテーブルの上で握り締めていた俺の拳を優しく包んだ。

 その温かさは俺の心のどこかを優しく慰めるが、別のどこかを激しく掻き乱す。

 どうしていいかわからなくなったので黙って頷いてタバコに火を点けると、ミサキは蕩けるような笑顔を浮かべて頷き返してくれた。

 

「約束するわ。あたしは、絶対に死なない。それに今すぐにはムリでも、アキラの背中を守れるくらい強くなる。そのためにこそ、あたしにもSPECIALやPerksがあるんじゃないかな。だから、ずっと一緒。離れろって言われても、簡単にはそうしてあげないんだから。それでいい?」

「あ、ああ……」

 

 これほどの美少女に手を握られながらそんな事を言われた経験などあるはずがないので、俺はそうとだけ返事をするのが精一杯だった。

 パチパチと音がする。

 なんだと思ってそちらを見ると、俺が置いた箱から抜き取ったタバコを咥えたタイチがニヤニヤしながら拍手をしていた。

 それにアネゴが続き、隊員達がさらにその輪に加わる。

 

「結婚おめでとーっ!」

「けっ!?」

「お子さんは何人の予定だい、お二人さん?」

「お子っ!?」

「今夜から種付け目的の本気セックスか。羨ましいねえ。よし。アタイも今夜は、思いっきり奥にぶち撒けてもらうとするか」

 

 



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101のアイツからの手紙

 

 

 

 からかわれているだけだと理解はしているだろうに、ミサキはグラスを持ったままアネゴやカヨちゃんに何か言われては、あうあうと妙な呟きを漏らしながら顔を真っ赤にしている。

 俺もタイチにからかわれ続けたがシカトして飲んでいると、息を切らしたセイちゃんがシズクと一緒に戻って来た。

 

「おかえり。話し合いはどうだった、シズク?」

「バッチリだ。長は全権をタイチに与え、食料調達部隊を特殊部隊として武装させてもいいと許可してくれたよ。ただしその部隊を解散させるも存続させるも、貸し出した装備をいつ返してもらうかもアキラの胸三寸だ」

「オイラがっ!?」

「当然だろう。あたしとセイは、アキラの嫁になるんだし」

「……おいおい、冗談だろ」

「心配するな。しばらくはあたしも特殊部隊と行動を共にするから。その間に、タイチは隊長として成長すればいいし、アキラは嫁を取る覚悟を決めればいい」

「特殊部隊と行動を共にするのはあたしもね、シズク」

「ミサキもか?」

「うんっ」

 

 嫁どうこうはきちんと話し合わなければと思うが、もしもシズク達が本気だったらどうすればいいのかわからない。

 こんな美人が俺なんかに本気になるはずがないと、頭では理解しているが……

 

「ミサキ、これっ!」

「あらあら。手紙じゃなくって、ノートじゃない。アキラ、先に読む?」

「後でいいさ」

「ん。じゃ、先に読ませてもらうね」

「おおっ、ビールがあるじゃないか。あたしにもくれ」

「へいへい」

 

 タイチが副隊長から隊長になると告げられたからか、隊員達は椅子を移動して集まって何事かを話し合い始めた。

 その輪からタイチが追い出され、肩を竦めてビールを呷りながらこちらにやって来る。

 

「なんでいきなしハブられてんだ、隊長さんよ?」

「オイラは今から、隊長見習いなんだそうっす。なんでオイラと隊長に推薦する、新しい副隊長と伝令を決めてるんっすよ」

「へえ」

 

 しばらくしてアネゴと並んでこちらに来たのは、最年長の25歳であるメガネの美男子だった。さっきの紹介ではカヨちゃんの兄だと言っていたので、タイチが彼女を口説き落とせれば義理の兄になる人が新しい副隊長になるらしい。

 

「やはりカズノブか」

「まあ、そうなるっすよねえ」

「仕事中にいちゃつくんじゃないぞ、アネゴ?」

「わかってるって、隊長」

 

 新しい副隊長のカズノブさんは、アネゴのいい人なのか。

 長身だがどこか線の細い感じのするイケメンの恋人がアネゴとは。もしかするとこっちでは、戦闘能力も立派な女の魅力なのだろうか。

 

「それはいいけど、なんで泣いてるんだミサキ?」

「ハンカチ、はい」

「ぐすっ。ありがと、セイ。だって101のアイツって人、ホントいい人でさあ。アキラ、ちょっとこれ読んでみてよ。はい」

「ああ。じゃあ、読ませてもらうかな。いい、セイちゃん?」

「ん」

 

 古ぼけたノートを開く。

 そこにはかなりの達筆でまず、男か女かも、歳がいくつかもわからない運び屋を心配する言葉が丁寧に綴られていた。

 

「へえ……」

「ね、いい人でしょ。次は運び屋としてここに現れた人間が、どうすればいいかわからない場合のアドバイスが書いてあるのよ」

「おー、スゲエな」

 

 アドバイスはなんと、福島から東京を経由した浜松までの情勢の説明から始まっていた。

 そして山師の説明とそれを仕事にする場合の、注意点やアドバイスが細かく書かれている。

 

「勉強になるなあ、これ」

「でしょ。あたしもしっかり読み込むけど、アキラも時間がある時にちゃんと読んでおいて。これが書かれた頃は大正義団なんてなかっただろうけど、浜松の街やその近辺の廃墟は詳しく書かれてるから」

「ああ。偵察が楽になりそうだぜ」

「やっぱり1人で行くの、浜松?」

「ミサキみてえな美人じゃ、連れてるだけで絡まれるだろうからな」

「もうっ、お世辞を言っても何も出ないんだからねっ!」

 

 ノートには、もしも運び屋としてこちらに来た君が争いを好まぬのなら、自分が今まで旅をして見て来た中で最も安全と思われる、この小舟の里で帰りを待っていてくれと書いてあった。そうしたらレベル上げを手伝うから、のんびり一緒に元いた世界に帰る方法でも探そうと。

 

「うーん。コイツはあれだなあ」

「なに?」

「かんっぺきな主人公。となるとミサキはヒロインで、俺は脇役のサポートキャラって役どころかな。メガネだし」

「僕もメガネなんだけど?」

「カズノブさんは顔がいいから主役でしょ。なあ、アネゴ?」

「セックスも上手だしな、カズは」

「んだよ、主人公は主人公でもエロゲの主人公かよ。羨ましいねえ」

 

 最後に西から突如スーパーミュータントの集団が現れ、それを撃退はしたが西日本が気になるので自分はそちらに向かうとノートには書かれている。

 その予定ルートも書いてあるので、もしも101のアイツを追うとなれば、このノートはずいぶんと役に立ってくれるだろう。

 101のアイツが小舟の里に戻るのが先か、俺とミサキがレベルを上げて西へと旅立つのが先か。それはまだ、誰にもわからない。

 

「そうだ、アキラ」

「んー。どした、シズク?」

「これを長から預かって来た。心ばかりのお礼だそうだよ」

 

 シズクがテーブルに置いたのは、ゲームで見たままの核分裂バッテリーだ。

 

「おお。いいのかよ? 浄水器に使うから回せねえって話だったが」

「これは、長が私費で買った物だからな。ありがたくいただいておけ」

「助かるなあ。セイちゃん、これでボートをどれくらい動かせる?」

「1年か2年」

「そんなにかよ。ありがてえな。じゃあ明日から、タレットの設置とみんなの訓練だな」

「ねえ、アキラ。あたしにも銃の撃ち方を教えてよね」

「その気になってくれたのはありがてえ。ミサキが使うならミニガンかねえ」

「ノートにね、まず安全な小舟の里でどのくらいの重さなら持って走り回れるか試せって書いてあったの。それ、ちょっと出してみてよ」

「あー。ま、装填さえしなきゃいいか。ほれ」

「でっかっ!」

 

 ミニガンは人間より大柄なスーパーミュータントやパワーアーマーを装備した連中が好んで使う武器なので、大きさだけでなく重さもかなりある。

 床に出したミニガンは無改造の物でさえ、その重さは27.4。

 俺では構えて撃ちまくるどころか、持ち上げる事すら出来なさそうなほどの代物だ。

 

「こっちじゃ重さの影響がシビアで、Strengthの2倍くれえまでしか戦闘じゃ使えねえ。まあ、パワーアーマーを装備すりゃいいだけか。ピンク塗装なんて、いかにもミサキが好きそうだし。ああ、特殊部隊にもパワーアーマーを配備しておいた方がいいな。デスクロー先生なんて日本にゃいないにしても、どっかのチンピラ連中とはいつか戦う可能性はあるし。くくっ、チンピラ共め。BOS型だろうがエンクレイヴ型だろうが、それどころかT-51bですら、俺が改造した4のパワーアーマーの前では、迂闊にガンダムの前に出た旧ザクでしかねえって体にわからせてやんよ。ふははっ」

「おお、軽々と持ち上げた。さすがだなあ、ミサキ」

「第一夫人は美人で力持ち。さすが」

「そう? えへへ、なんかテレるなあ」

 

 まさか、構えられたのか。

 そう思ってミサキを見た俺は、開いた口が塞がらなくなった。

 

「ちょ、アキラ。タバコが落ちたっすよ、危ないっすって」

「な……」

「そんな重くないけどなあ。でもこれ、どうやって撃つのよ。あ、もしかしてこうかな?」

 

 片手で軽々と肩に担いだミニガンを、ミサキがサッと構える。なぜか、肩の上にだ。激しく間違っているのだが、それよりいくらStrengthが10だとしてもこんな……

 

「な、なんつー怪力してんだよ」

「だってあたし、Strengthだっけ? あれ10もあるんだもん」

「にしたって、おかしいだろ。重くねえのかよ?」

「ぜーんぜん。お手玉だって出来そうだよ」

 

 俺じゃ持つ事すら出来なそうなのに。

 男のプライドが崩れていく音を聞いたような気分なのでまずは落ち着こうとビールを呷ると、俺のピップボーイのインベントリは容量が無限だという事を思い出した。

 もしかすると俺のピップボーイのインベントリやミサキの怪力は、この世界で生き残るためのボーナスのような能力ではないのだろうか。

 

「こっちも持ってみろ、ミサキ」

「うわ。なんか凶悪そうな武器ねえ」

 

 俺が無改造のミニガンを収納して出したのはフル改造のレジェンダリー武器、膝砕きのミニガンだ。同系統のエネルギー武器、ガトリングレーザーよりは少し軽いが、それでも重さは36もある。

 

「さすがに重いだろ?」

「ううん、軽い軽い」

「……マジかよ。じゃ、じゃあこうしたらどうだ。少し待ってやがれっ!」

「な、なんで怒ってんのよ」

 

 プライドの問題だ。

 部屋の隅に武器作業台を出し、膝砕きのミニガンをピップボーイのインベントリに戻して作業台に取り付く。

 

「ここじゃゲームのシステムは関係ねえんだろ。なら、エンド・オブ・エタニティー並みの魔改造だって。あった、設計画面。……爆発なんかじゃなくて膝砕きにしたのは、接近する敵に弾幕を張って下手な射撃でも足を壊してダルマにしてやるためだ。必要なのは、ミサイルランチャーの直撃を受けたって大丈夫なほどの盾。よし、これなら。しゃあっ。着いて来やがれ、ミサキ」

「ど、どこ行くのよ?」

「デカくてここじゃ出せねえんだよ。外だ、外」

「ええっ!?」

 

 ミサキ以外の連中、ドッグミートとEDーEまでが顔を見合わせたが、ぞろぞろと俺に着いて来たところを見ると、何が始まるのか興味はあるらしい。

 困ったような表情で駐車場に立つミサキの前に、もはやミニガンどころか銃ですらねえだろと突っ込まれそうな武器を出した。

 ズシンっと、アスファルトが悲鳴を上げる。

 

「うわあ。もうそれ、戦艦とかについてるアレだよね」

「うははっ、どうだ。ミサキだけじゃなく、身を屈めれば5人ほどが何列にもなって盾に出来るほどの重装甲を施したオリジナルレジェンダリー武器。……そうだな、ラストスタンドとでも名付けようか。ミサキの言うように、もう武器じゃなく銃座だぞ。さあっ、持てるもんなら持ってみやがれっ!」

「よいしょ。んー、持ちにくいなぁ」

「……マ、マジ?」

 

 重さは100を超えてるんですけど。

 セーラー服を着た美少女が、軽自動車を持ち上げてるみたいな光景なんですけど。

 

「あっ、これピップボーイに入るんだねえ。なら使えるかなっ。でもこれを持ち歩いたら、戦前の物とかあんま入れらんないかも。どうしよ」

 

 嬉しそうに言ったミサキが、事もなげにラストスタンドをピップボーイのインベントリに収納する。

 容量が無限でないにしても、Strengthが高いからピップボーイのインベントリにも入れてしまえるって事か。

 

「か、完敗だ……」

「なあ、なんでアキラは落ち込んでるんだ?」

「わかってないっすねえ、隊長。男のプライドってヤツっすよ」

「僕も最愛の人がこうだからわかるなあ」

「なんだよカズ、どういう意味だ?」

「大好きなハナに、たまにはいいトコを見せたいって話さ。ベッドの上でだけじゃなくってね」

「バ、バカ。……あれだよ、カズはいつでもどこでもカッコイイって」

「ホントかい?」

「あ、ああ。だからあんま見詰めんなって……」

「いちゃついてんじゃねえっ、リア充バカップルがっ!」

「あはは。失礼失礼」

 

 



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オセ、リバーシな!?

 

 

 

 タイチに慰められながら待機所に戻り、不貞腐れながら紫煙を吐いてビールを呷る。

 飲み会中のいい見世物だったとラストスタンドのお披露目は好評だったようだが、俺が非力でミニガンどころかライフルすらマトモに使えないとバレたらどうなるのだろうか。

 幼い見た目のセイちゃんや、マジメそうなカヨちゃんにまで笑われそうで怖い。

 

「そうだ。弾を渡しとかなきゃな。これはピップボーイのインベントリに入れても重さは関係ねえから、とりあえず1万発くれえ入れとけよ。なあ、さすがは英雄の運び屋サマ?」

「だからなんで拗ねてんのよ。いい加減にしないと、ぶん殴るわよ?」

「……サーセン」

「まったく。でも、ありがと。銃も、弾も。それから、あんな大きな盾はあたしの身を案じてなんでしょ?」

「お、おう」

 

 まっすぐ目を見てうれしそうに言われると、美少女耐性が低いのでどうしたらいいかわからなくなる。

 

「妬けるなあ。それでアキラ、明日からの特殊部隊の予定は?」

「防衛部隊の持ち場の近所にタレットを設置しながら、銃の撃ち方を練習。まずはそれがいいんじゃねえか」

「なるほど」

「それが終わったらマアサさんとジンさんと俺とシズクで、地図とにらめっこしながら里の防衛計画を練るだろ。それからその工事だから、それが終わるまで特殊部隊は俺と一緒に工事現場で訓練かねえ」

「警察署の探索と、悪党の討伐はその後か」

「悪党だけでも急いだ方がいいなら、明日にでも俺が出張るが?」

「いや。次に行商人が来るのは、5月の1日だ。急ぐ必要はないさ」

「まだ2週間もあんのか。なら大丈夫そうだなあ」

「ああ」

「アキラ、ボートは?」

「工事が終わるまでに使えるようにしといてくれるとありがたい。この核分裂バッテリーは、セイちゃんが持っててくれ」

「ん。わかった。なら、行こう」

「どこに?」

「お店」

 

 そういえば昨日は俺がだらしなくぶっ倒れたので、まだ円を手に入れていない。

 俺とミサキは一文無しのままだ。

 そう思ってミサキに視線をやると、明らかにウキウキとした表情で頷かれる。

 

「ほんじゃ、行くか。おーい、もう特殊部隊の宿舎は出来てんだ。今日は泊まってくってヤツは?」

「ちなみに部屋は男女は別だよな、アキラ?」

「基本的にな。でも敷地は余ってっから、カップルには離れた場所に小屋を用意してやる。アンアンうっせえって苦情が来ねえようによ。ありがたく思え、ハナちゃん?」

「誰がハナちゃんだ。だが、ありがたいねえ。夜が待ち遠しいじゃないか」

「カップルはカズハナだけか?」

「もう1組。まあ少しすりゃ、もう1組増えるかねえ」

「ふうん。そのニヤニヤ笑いしながらの視線で察したが、あんなのが相手でいいんで? カズさん、実の兄として」

「まあカヨもまんざらではなさそうだし、しばらく見守るつもりではいるよ」

「だとさ。良かったなあ、タイチ?」

 

 少し頬を赤らめ、タイチが笑顔で頷く。

 カヨちゃんの方はもう、耳まで真っ赤だ。

 爆ぜろと思う気持ちがない訳ではないが、危険な仕事を選んだ2人だから結ばれるなら早い方がいい。どうせなら早く孕ませちまえと思いながら、飲みかけのビンを飲み干して腰を上げた。

 

「シズクも行くか?」

「飲んで待ってるよ。ここにいる連中は賢者に譲られた武器を使った経験がある者ばかりだから、どんなのが得意だったか話しながら思い出しておく」

「りょーかい」

 

 3人ですっかり晴れて、顔を出した太陽の光が降り注ぐ駐車場に出る。

 ボディーガードは、ドッグミートだけのようだ。

 

「ついでに晩メシと、追加の酒も仕入れて戻るか。あの飲みっぷりじゃ、夕方にはなくなっちまいそうだ」

「だねっ。みんな、呆れるくらいのペースで飲むんだもん」

「楽しみなんて、お酒とセックスくらいしかないから」

「ズバリ言うんじゃないって、セイちゃん」

「そ、そうよ。セイはあたしより年下なんだし」

「でも、もう大人。そこの宿舎で試してから行く?」

 

 ぐっ。

 身長差があるので手首辺りに押し付けられたのはまったくのナイチチだが、これはこれで……

 

「鼻の下を伸ばしてんじゃないっ。セイも簡単に胸なんて押し当てたりしないのっ。いい、女の子はもっと」

「ミサキはそんな短いスカートで、いつもアキラの視線を独り占めしてるのに?」

「そっ、そんな事はっ」

 

 すんません。

 バレないようにいつもガン見してます。

 宿舎のトイレがしっかりした個室なのは、脳内フォルダを有効活用するためです。ええ。

 

「師匠から貰った新品の下着、まだたくさんある」

「ええっ、いいなあ!」

「分けてあげるから、仲良くする。ミサキは第一夫人」

「……まだ言ってんのか、それ」

 

 門を抜け、マリーナのではなく競艇場の駐車場を突っ切って正門へ向かう。

 

「先にボート見てく?」

「今日はいいさ。飲酒運転はしたくねえし」

「わかった。じいじの店は、プールのずっと奥。ボート部屋の手前」

「あいよ」

 

 今は魚の養殖をしているという広いプールの奥には、レースで使うのより大きな船も2つ浮いていた。

 これが動くなら、ちょうど9人ずつ分乗して探索や戦争時は奇襲に使えそうだ。

 そう思った俺の考えを読んだのか、あれは壊れて動かないと申し訳なさそうにセイちゃんが言う。

 謝らなくていいと言いながら小さな頭を撫でていると見えてきたのは、ジャンクの積まれた見るからに油臭そうな一角。

 そのジャンクの間を縫うようにして辿り着いたドアを、セイちゃんはノックもせずに開けた。

 

「じいじー?」

「セイか。よく来たのう」

 

 そう言いながらやはりジャンクが積み上がった机の前で相好を崩すのは、ジンさんよりも老いているように見える男性。

 その目が俺とミサキに向いたが、視線はすぐに俺だけを値踏みするようなものに変わった。

 不躾な行為なのだろうが、こんな世界なので気にもせず室内を見渡す。

 

「おいおい、プロテクトロンがあるじゃねえか……」

 

 もしも動くなら、とんでもないお宝だ。

 

「若造。これが何か知っておるのか?」

「まあね。ご老人、そのターミナルは。鉄の箱は鍵盤に触れるとガラスの部分が光りますか? もし独立電源でそれが生きてるなら、ロボットを動かす事だって可能かもしれない」

「ええっ。ホントなの、アキラ?」

「ああ。ただこのプロテクトロンが、小舟の里の住民を客だと認識してくれるかはわかんねえけどな」

「もし侵入者か何かだって認識したら?」

「大虐殺が始まるだけさ」

「うわあ……」

「賢者もそう言っておったな。ついでに言うとこれは見た事がないタイプだからと、ターミナルには触りもせんかった」

「でしょうねえ」

 

 なぜなら5つも並んだチャージポッドの中で眠りについているプロテクトロン。戦前にさまざまな目的で使用されていたロボットは、人格モードの選択をして複数の用途に合わせて起動可能な、フォールアウト4に登場したモデルだからだ。

 しかもチャージポッドの上にはご丁寧に赤文字で『暴徒鎮圧用プロテクトロン 輸入品に付きロブコに認証を受けた技師以外は触れるべからず』と大書した看板が取り付けられている。

 こんな極東の島国にまでプロテクトロンを輸出していたとは。さすがロブコ社といったところだろうか。

 

「これ、強い?」

「ロボットの中じゃ弱い方だ。AWARENESSを取得すりゃレベルもわかるが、まずはStrengthを底上げしてえしなあ。それとROBOTICS EXPERTに必要なINTは、……うへえ、8かよ。しかも最後まで取れるのは、レベル44? 起動するにしても、何年後になるやら」

「なにそれ?」

「AWARENESSは4にしかなかったような気がするが、VATSん時に敵のレベルが見える。ROBOTICS EXPERTも、4でロボットのプログラムを書き換えて味方に出来るように変更されたPerksだったっけかな」

「便利ねえ」

「残念。動くのを見たかった」

「いつか起動して、里を守ってもらうさ。しかし、暴徒鎮圧ねえ。これはちょっと気を引き締めようぜ、ミサキ」

「どして?」

「このプロテクトロンは主人公の敵としちゃ弱いが、一般人が相手なら立派な殺人マシーンだぞ。ここは日本だからそこまでぶっ飛んだ世界じゃねえと勝手に思ってたが、こんなんを5体も置いとくなんて、どうやらそうでもないらしい。この日本でも、おそらく人の命の価値はチーズとフルーツの盛り合わせ程度だったようだぜ」

「……こわっ。この、ターミナルだっけ。見つけても不用意に触ったりするのやめるわ」

「そうしてくれ、本当に別行動もするつもりならな。ご老人、戦前の品の買取を頼みたいんです。円を出せる範囲で、何かご希望の物はありますか?」

 

 老人がニヤリと笑んで煙管を持ち上げたので、胸ポケットからタバコを出して差し出す。

 引火を心配したのかセイちゃんがミサキの手を引いて少し離れるが、老人がマッチを擦ったので俺もライターで火を点けて煙を吐いた。

 

「そうじゃのう。逆にオススメは?」

「今の時代では製造できなくて、だけど問題なく使用できる、しかも高需要の物か。難しいな」

「見ての通りの老いぼれで、そんなに金もないしのう」

「ああ。それじゃこんなのはどうです?」

「なんじゃ、これは?」

「チェス盤です」

「ふむ?」

 

 そこにジャラジャラと、この日本では使われていない現在のアメリカ通貨、キャップを適当に出す。

 

「あ、もしかしてオ」

「リバーシな?」

「だってそれ、オセ」

「リバーシな!?」

「……はあ。わかったわよ」

「ご老人に遊び方を説明してやってくれ。俺はちょっと掘り出し物を探す。こりゃ、店中が宝の山だぜ」

「気が合うじゃないか、若造。これをガラクタなんて呼ぶ連中は、火の点いたタバコをケツの穴に捻じ込んでやればいいんじゃ」

「同感です」

 

 ジャンクはそこかしこに積み上げられていて、店内は足の踏み場もないほどだ。

 タバコを消し、気の向くままそれらを見て回る。

 

「おお、なんだこれ。ボートのプロペラ? 変な形で、指なんてあっさり落としそうだなあ」

 

 店の奥にはどれも銃身がひん曲がっていたりするが、初めて見る形のライフルなども積み上げられていた。出来るなら買って帰って手持ちの銃に部品を組み込んで威力や精度がどう変化するのかを確かめたいが、それをしていては貧乏なままなのでぐっと堪える。

 説明を終えたらしいミサキに呼ばれてカウンターに戻ると、老人は呆れた表情で俺を出迎えた。

 

「で、若造はこの老いぼれに何をさせたいんじゃ?」

「その前にこれ、売れそうですか?」

「それなりにの。里だけでもちょっとした稼ぎにはなるが、体が動かなくなった老いぼれ共を集めて作って浜松辺りの商人に安く売ればかなりの売上になるじゃろう」

「よしよし。いやあ。実は数年以内に、商人がこの小舟の里を訪れて仕入れをしていくようにしたいと考えてましてね」

「それがどうしたんじゃ?」

「ずっと里で商売をしている人は、それを面白くないと思うでしょ」

「くかっ、くかかかっ」

 

 鳥の鳴き声のような笑い声を聞きながら、何か変な事を言ったか考えてみる。

 どんなに考えても思い当たる節がないのでどうしたものかと思っていると、結構な力で老人にバンバンと腰の辺りを叩かれた。

 見た目は枯れ木のような老人であるのに、かなり痛い。

 ジンさんといい老人に元気な人が多いのは、やはり荒れた世界を生き抜いてきたゆえなのだろうか。

 

 



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月下の約束

 

 

 

「ええっと?」

「すまんすまん。別に知り合いでもない老いぼれや、ロクに話した事もない里の商人に気を使う若造がおかしくての。賢者と同じく、育ちがいいんじゃろうなあ」

「はあ」

「それで若造の懸念じゃがな、明らかにいらぬ心配じゃ」

「そうなんですか?」

「うむ。この里の者は、なべて貧しい。そして行商を生業とする者と違うて大きな街の商人は利の大きい物しか扱わぬから、里の店とは商品がかぶらぬよ」

「じゃあ、ご老人がこれで商売を始めればいいのでは?」

「あの世まで札束を持って行けるならそうするがな」

「……欲のない人ですねえ」

「こっちのセリフじゃな。さっきまでそこで茶を飲んでおったジンが、シズクとセイを嫁に出すと言っておった。つまらぬ男なら杖で頭をカチ割ってやるつもりじゃったが、お主ならよかろう。この盤と駒を製造して売り捌くのは、この老いぼれに任せるがいい。それなりに儲けさせてやるでの」

「おお。なら売り上げは、マアサさんとジンさんに渡して里の経費に。少しは小舟の里を大きくする足しになるでしょうから」

「じ、自分では使わぬのか?」

「ええ。使い道もありませんからねえ」

 

 ゲームもマンガもないこの世界、趣味なんて見つけられそうにないので金なんてそんなには必要がない。ジャンクになった武器の部品を集めて改造に使ったりするにしても、レベル上げをしながら自分で集めた方が効率がいいだろう。

 性病の危険がないなら風俗には行ってみたいが、市場の噎せ返るほどの体臭を一度でも嗅いでしまえばそんな気も失せる。

 

「……セイ。とんでもない男を捕まえたのう」

「ん。アキラは変態だけど、それ以上に凄い人」

「変態なのかの?」

「第一夫人。このミサキにお漏らしさせて、そのパンツをチューチューするくらいには変態」

「ちょ、ちょっとセイ」

「ほっほ。スティムパックとやらがあるなら、性病も腹下しも怖くないからのう。英雄は色を好むと言う。元気で良いではないか」

 

 その発想はなかったっ!

 

「うおっ」

「ヤル気は充分」

「えっと、アキラ。その、また声に出てたわよ?」

「……それでご老人、私達は恥ずかしながら一文無しでして。とりあえず、こんなのを買い取っていただけませんか? 動く物だけでも」

 

 腐るほどある懐中時計やライターをカウンターに出し、ねじを巻いたりやすりを擦ったりして使えそうな物だけをその場に残す。

 

「いい根性をしておるのう。あんなに嬉しそうに叫んだその手があったかを、こんな話題の変え方でなかった事にするつもりとは」

「じいじの店のトイレ借りて味見、する?」

「こら、セイっ。変態を気軽に煽ったらダメでしょっ! もっと凄い事をさせられたらどうするつもりよ」

「アキラならいい」

 

 俺は変態じゃない。

 変態じゃないが、もっと凄い事もOKなのか。

 

「……そっかぁ」

「アキラ、声。声が出てるって! 無表情でボソッと呟くのやめて、怖いからっ!」

「……どうですか、ご老人?」

「その分厚い面の皮に免じて、全部で100円で買い取ってやろうかの」

「セイちゃん、それでみんなの晩メシと酒は買える? 足りなそうなら、もっと出すけど」

「余裕。ごはん10円、お酒20円くらいあれば余る」

「おおっ。良かった。ありがとうございます、ご老人」

「うむ。ちなみに他の街から流れて来た商売女は、30分の砂時計で10円が相場じゃ」

 

 安いな。

 18人のメシが10円で、酒が20円。

 なら10円が、日本で言う1万円くらいか?

 あれ、でも30分1万円って高い?

 いやいや。ゴムなんかない事を考えたら安いよな。

 今日はタイチと朝まで飲むって言って、俺は宿舎に泊まる事にしようか。うん、それがいい。

 

「この、だだ漏れの思考はなんなんじゃろうなあ……」

「なぜかやましい事以外は漏らさないんで、もう逆に都合がいいと考える事にしようかなって。おじいちゃん、お金はあたしにちょうだいね? アキラには5円以上持たせないって、たった今決めたから」

「それは気の毒にのう。金を出して来るで待っとれ」

「え、あの……」

「なによ。なんか文句あんの?」

 

 ジト目で正拳突きの素振りはやめていただきたい。

 ミサキに本気で殴られたら、俺のHPバーなんて砂の城よりも脆そうだ。

 

「……ねえっす」

「よろしい」

 

 俺の金なんだとゴネてもいいが、実際に女を買いに行く度胸なんて20になっても童貞の俺にあろうはずがない。

 だからまあ別にいいかと思っていると、老人がミサキにしわくちゃの紙幣を何枚も手渡した。硬貨もあるところを見ると、買い物のために細かいのも用意してくれたのだろう。

 

「すいません、何から何まで」

「よいよい。お主のような男なら、用事がなくともたまに顔を出すがいい。月明けの1日を過ぎれば仕入れた分はすべて売れるじゃろうし、10円20円分ならいつでも買い取ってやれるでの」

「ありがとうございます。では、おじゃましました」

「うむ」

 

 商人の持ち金と相談しての買い取りは、フォールアウトシリーズで慣れたものだ。

 3人と1匹でまたプールの横を歩き、さっきは素通りした市場を目指す。

 食いしん坊のミサキは人混みなど気にもせずセイちゃんおすすめのツマミをこれでもかと買いまくり、ぐったりした俺とドッグミートに気づいて少ししてから、ようやく酒屋へと向かってくれた。

 

「おばちゃん」

「あら、セイちゃん。もしかして後ろの色男が、アンタ達姉妹のコレかい?」

「ん。焼酎をビンに詰めて。10本」

「あいよ、20円ね。色男、おばちゃんの聖水もビンに詰めて持ってくかい?」

「ぶはっ」

「セイ達のあげるからいい。ね、ミサキ」

「すすす、する訳ないでしょーがっ!」

 

 基地に帰った俺がまずやらされたのは、カップル達の家を用意する事だった。

 しかも、数は3つ。

 俺達が買い物に出ているうちにタイチがカヨちゃんを散歩へと誘い出し、見事に口説き落としてカップル成立となったのだそうだ。

 タイチのニヤケ具合からして、キスの1つどころかあの巨乳を揉むくらいはしたに違いない。

 アタマに来たので2つ並べた枕の下に、交番で見つけたエロ本をそっと忍ばせておいた。セインツシリーズやあまり熱中はしなかったゾンビゲーのアイテムも持ち込めていたならもっと凄い物も置いておくのだが、ない物は仕方がない。

 

「このベッドでダチがあんな美少女と、ねえ……」

 

 糸ノコでベッドの足に切れ目を入れておこうか。

 

「ここにいたか、アキラ」

「どした、シズク?」

「ジン爺様が来てる。アキラと話したいそうだ」

「あいよー」

「夕陽を眺めながら飲むと言って酒やツマミを持って階段を上がっていったんだが、いいか?」

「もちろんだ。ここに絵を飾って、風車と配線を繋いだら行くよ」

「頼む。なにやら、思い詰めた様子なんでな。少しばかり心配なんだ」

「……了解」

 

 手早く残っていた作業を終わらせ、見張りや迎撃にも使える足場に上がる。

 足元に小舟の里の市場で売っている買い物カゴを置いたジンさんは、壁に肘を置いて背を丸めながらウイスキーの小瓶をゆっくりと傾けていた。

 白髪をオールバックにしてタキシードを着た老人が夕暮れに染まった西の空を眺めながらそうしている姿は、絵にはなるのだがどこか物悲しくて、俺は何も言わず壁に寄せてバーカウンターとスツールを出した。

 バーボンとショットグラスも出し、それを満たす。

 

「ウイスキーか?」

「バーボン。まあ、同じような物です。どうぞ」

「ありがたい。惜しみ惜しみ飲んでおったウイスキーは、これが最後での」

「俺が来たからには、嫌ってほど飲めますよ」

「それは楽しみじゃのう」

「それと、これも。舶来物の葉巻です。肺にまで煙は入れないでくださいね。吸わずにいればすぐ火が消えるので、ずいぶんと長保ちするはずですよ」

「ほう。……悪くない香りじゃ。洋酒に合いそうじゃのう」

「それはなにより。俺は紙巻ばかりなので、なくなったら言ってください」

 

 会話がないまま、お互いにバーボンを口にして時間だけが過ぎていった。

 若さに任せて酒を飲む俺とは違い、惜しみながら飲むのが癖になっているのか、ジンさんのショットグラスは舐めるような速度でしか中身が減らない。

 夕陽がその姿を西の大地に沈めようかという時間になって、ようやくジンさんは口を開いた。

 

「銃を譲ってもらいたいのじゃ」

「小舟の里を守るためにしか使わないなら、お好きなのを差し上げましょう」

「約束すると言ったら?」

「シズクとセイちゃんを監視につけた上で、普通にお渡ししますよ」

「……舅に厳しい婿もおったものじゃのう」

「婿じゃありませんし、獲物を横取りされるのは好きではないので」

「ほう。獲物、とな?」

「101のアイツ。賢者と親しくしていたなら、経験値やレベルという言葉に聞き覚えは?」

「あるのう。……そうか。あの子は婿殿が殺して、経験値の足しにしてくれるつもりか」

「大正義団の本拠地を偵察しろってクエストも出てますしね」

「嫌な言葉じゃ。クエスト。そう言って歳の離れた友が西へ向かい、息子は自分にも力があればそのクエストが出ているはずなのにと悔しそうに言って里の命綱を持ち逃げした」

 

 101のアイツは、クエストが発生したので西を目指したのか。

 なぜそれをジンさんとマアサさんの息子が追って里を出奔したのか正確なところは知らないが、わずか数駅を進んだだけで志が折れたなら、どんなに惨めな思いをしても里に戻って土下座なりなんなりして許しを乞うべきだろう。

 そんな事、たかだか20年しか生きていない俺にでもわかるってのに。

 

「息子さん、いくつなんです?」

「婿殿と同じよ」

「小舟の里で、シズクとタイチというダチが出来ました。俺はここに来る前は、あまり親しい友人がいませんでね。それがもう1人増えるなら、10や20の経験値は諦めてもいいかな」

「腕が良く、頭が切れて思慮深い。少し見ていただけじゃがわかる、婿殿はそんな男じゃ。あれとは出来が違う」

「女の子はまた違うんでしょうが、男の子は間違ったらぶん殴ってやればいいんですよ」

「殴りに行くのなら止めぬのか?」

「2人でのんびり線路を歩いて、豊橋まで。途中に街でもあれば浴びるほど酒を飲んで、酔った勢いで女でも買いますか」

「それは、楽しそうじゃのう」

「でしょう」

 

 ようやく空になったジンさんのショットグラスをバーボンで満たす。

 尊敬できる男になど、あっちの日本では出会った覚えがない。

 だがそう心から思えそうな男が涙を見せずに泣きながら酒を飲む姿は、正直これ以上見ていたくはなかった。

 それを続けるくらいなら、いっそ2人でエネルギー武器とパワーアーマーで武装した連中をぶん殴りに行った方が気が楽だと思える。

 

「ワシは、北の生まれでの」

「へえ」

「冬は雪で閉ざされるで人は皆、春から秋までを冬越しのために生きるのじゃ。男達は朝から晩まで狩りに出て、女達は集落の仕事をすべてこなし、夜は夜でそのカラダを使って男達の滾った血を冷ます」

「……それが人の暮らしの、根源とでも言うべき姿でしょう。少し羨ましいなって気もします」

「賢者殿が舞い降りた福島を通ってあの悪名高き魔都・新宿などを巡り、ようやくこの地に辿り着いたのじゃ」

「並大抵の旅路じゃなかったんでしょうね。ジンさんも、101のアイツも」

「うむ」

 

 ジンさんがショットグラスを呷る。そんな飲み方を見るのは、ここに上がってから初めてだ。

 今の今まで自らに禁じていたらしいそんな飲み方をした横顔には、老人にはふさわしくない稚気が滲んでいるように見えた。

 

「2人で線路を歩く件、忘れるでないぞ? 女は、ワシが奢る」

「了解です。これ、とりあえず今夜飲む分の酒です」

「バーボンは気に入ったでありがたいが」

「ラッパ飲みでもしながらマアサさんを抱けばいいんですよ。泣けないから、涙が出ないから酒を呷って女を抱く。童貞なんで俺にはわかりませんが、男はきっとそんな生き物なんでしょう」

「ふふっ。言いおる」

「口だけは達者なもので」

「それだけではなかろうて。ではの」

「ええ。おやすみなさい」

「……おやすみ、友よ」

 

 101のアイツの友人であるジンさんが、俺を友と呼ぶか。

 微笑みながらショットグラスの底で天を仰ぐと、俺が生まれ育った日本で見るよりずっと美しい月が目に入った。

 

「桜の木はもう葉桜だった。花は来年までおあずけかな。……おい、101。月見酒もいいが、日本人なら桜の下で飲もうぜ。ダチと酌み交わす酒の旨さを、俺はこのウェイストランドで初めて知ったらしい」

 

 



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覗きは犯罪

 

 

 

 バリケードの外周、マイアラークの死体を回収しやすい道路や橋に足場をかけてタレットを設置をしつつ、狩りをしながら特殊部隊の射撃訓練。

 それは、怪我人の1人をも出さず無事に終える事が出来た。

 

 小舟の里の防衛準備は4人で話し合って、4つある橋の半分をコンクリートの土台で封鎖と決めた。その作業は出した土台の上に見張り台を作って、タレットを設置するだけで済んだので楽なものだ。

 だがそうしているうちに5月になってしまったので、ジンさんが特殊部隊の連中を率いて悪党のコンテナ小屋を迂回して行商人を迎えに行き、おかげでミサキとシズクとセイちゃんは買い物を大いに楽しむ事が出来た。ちなみに俺のお小遣いとしてミサキに渡された5円札は、一度も外気に触れずにピップボーイのインベントリにある。

 

 そして今日は俺が初めて競艇の競技用ボートで浜名湖へ出て、ミサキが特殊部隊と警察署の探索を始める日だ。

 朝の光を照り返す湖面に浮かべたボートは人が乗る部分が酷く狭く、操縦席にはハンドルとスロットルレバー以外に操縦のための部品がない。

 

「ねえ、アキラ。お願いだからムリだけはしないでね?」

「こっちのセリフだっての。いいか。ラストスタンドは射撃のヘタなミサキでも効果的に使えるように、わざと足を重傷にするレジェンダリー武器を使って作ったんだ。だから」

「わかってるわよ。あたしが使えるタレットを1つ持ち歩くつもりで、でしょ?」

「ああ」

 

 基地の桟橋から飛び乗ったボートは、恐怖を感じてしまうほどに揺れた。

 続いて湖面の上に浮かんだEDーEが、自分に掴まれとでも言うように俺に機体を寄せる。

 

「サンキュ。こえーなあ、ったく」

「ふむ。その紐でエンジンを始動するのか。面倒な乗り物じゃ。トラックならカギを突っ込んで、それを回すだけでいいのにのう」

「競技用ですからねえ。それよりジンさん、ミサキと特殊部隊の連中をよろしくお願いします」

「任された。なあに、悪党がフラフラあの辺まで来る事もわかっておるので、心配はいらぬさ。婿殿の方こそ、無茶はするでないぞ?」

「ええ。危なそうなら、すぐに戻りますよ。基地にパワーアーマーの保管場所、ハンガーっぽいのを作ったりする仕事もあるし。では」

 

 エンジンを始動。

 20ほどの身を案じる声を背で受けながら、見様見真似の正座をするような恰好でハンドルとスロットルレバーを握った。

 

「うん、やっぱ動かすだけなら俺にでも出来るな」

 

 基地の船着場から水門を抜けて、浜名湖の広い水面へ。

 競艇場の壁などに残っていた写真で見る限り戦前のレースではヘルメットを着用していたようだが、安全運転で修理できそうな船を探すだけなので普段着のままでいいだろう。

 風が心地よい。

 

「ぴいっ?」

 

 湖の中ほどまでボートを進めてスロットルレバーを放した俺に、首を傾げるように機体を揺らしながらEDーEがかわいらしい音を出す。

 

「まずスコープでざっと湖を見渡すんだよ」

「ぴいっ」

 

 弁天島方面にボートを向け、エンジンは停止せずに長距離スコープを覗き込む。

 かなり重いが、狙撃をする訳ではないので何とかなった。

 ボートはスロットルレバーを放しても徐々に前進してしまう乗り物であるらしいが、別に激突してしまいそうな構造物なんてないので大丈夫だろう。

 

「ぴいっ?」

 

 またEDーEの訝し気な電子音。

 

「内緒だぞ。タイチに聞いたんだけどな、観客席の上の方にある飲み屋で商売女を買ったりお互いに気の合った異性とアレすんのに、店の近くの部屋を1時間いくらとかで借りたりできるんだってよ。そこはレースを観戦するための畳が敷かれた個室だったらしくてな。つまりは、ガラス張りなんだよ。夜勤の連中は、ちょうど今くらいの時間におっぱじめてんじゃねえかって。ぐふふ」

「……ぴぽ?」

「今アホって言わなかったか!?」

「ぴぃぴぃ」

 

 時間が悪いのか、タイチが言っていた辺りの部屋に人影はない。

 つまらんと吐き捨ててライフルを収納しようとすると、やっと上半身裸で何かに覆いかぶさっているような姿勢の男を発見した。

 

「おおっ!」

 

 男は小刻みに揺れながら、下の方に視線をやって何事かを言っている。

 

「くーっ。ガラスに手を付かせて立ちバックかよ。おっさんはいいんだって。早く女の方を見せろ!」

「ぴぽぴー……」

 

 正直それなりに短いスカートのセーラー服で過ごすのを好むミサキと、なぜか自室に帰らなくなったシズクとセイちゃんとの共同生活というのは酷くフラストレーションが溜まる。

 話をしていれば楽しいし夜になれば酒に付き合ってもらえるのはありがたいが、3人が3人共あまりに無防備なので俺は暴発を抑えるのに精一杯なのだ。

 

「来るか? 顔を上げるか? ああも、早くしろっての。……キターっ!」

 

 ついに、ついに見えた。

 スコープの真ん中に、ガラスに手を付きながら表情を歪める、髭面のおっさんが。

 見え……

 

「お、男同士!?」

「ぴいっぴー」

「ふざけんなーっ!」

 

 武器を収納して、スロットルレバーを握り込む。

 速度を出し過ぎなのか挙動が不安定になって水しぶきが俺の顔を叩くが、今はそれくらいでちょうどいい。

 

「俺のこの怒りは、水なんかじゃ冷えねえんだよっ!」

「ぴいっ、ぴいーっ」

 

 後方から、EDーEの電子音。

 それがどこか慌てたような音色であるのは、俺がスピードを出し過ぎて着いて来られないからか。

 

「少しだけ飛ばしてえ気分なんだよ、許せ。さっきからなんか、耳障りな音もするし」

 

 ボートのエンジン音は爆音と表現してもいいほど大きいのに、ノイズのような音がさっきから聞こえている。

 

「ピップボーイの操作をミスって、ラジオの電源でも入れちまったか?」

 

 ボートのスロットルレバーは右手で握って操作する。

 なので左腕を上げてチラッとピップボーイの画面を見ると、なぜかHPが減っているのに気がついた。

 

「は?」

 

 激しく揺れている画面を凝視する。

 減っているのは、レベルが4に上がっても113しかない、笑えるほどチンケなHP。

 

「まさかっ!?」

 

 顔を上げ、ピップボーイの画面から視線を外す。

 晴れ渡った5月の空。

 美しい湖の景色と水しぶき。

 右から赤くなってゆく、113しかないHPバー。

 

「RADかよっ!」

 

 RAD。それは、放射能の事だ。

 フォールアウトシリーズは核戦争後の世界で主人公が生き抜く物語なので、汚染区域ではそこにいるだけで放射能に体を蝕まれた。

 ここは日本で、街並みは爆撃か砲撃を受けた形跡はあるが、建物すべてが吹っ飛んでいたりはしない。

 雨に濡れてもガイガーカウンターはこんな風に耳障りな音を出さなかったし、メシを食っても、それなりに満足できるくらい清潔な公衆浴場で湯に身を浸してもピップボーイのガイガーカウンターに反応はなかったのだ。

 だから……

 

「くそっ、完全に油断してたっ!」

 

 HPが減る。

 それも、113が112、111と減ってゆくのではない。

 113というHPの最大値が、RADのせいで減ってゆくのだ。

 赤くなりながらそれを知らせる表示。

 つまり俺がいる美しい湖面はすべて、ゆっくりとだが俺を死に至らしめる猛毒。

 こんな小舟で、毒の上にひとり。

 背筋を這い上がる戦慄で、俺はパニックを起こしかけた。

 

「落ち着け、落ち着くんだよっ。なにより早く陸に……」

 

 周囲を見回す。

 まず転覆を心配した方が良いほどのスピードが出ているが、今はそんな事どうでもいい。

 

「陸、陸。地面だよ、地面。できりゃ水に浸からねえで上陸可能な場所。あぶねえっ!」

 

 ボートの船首は弁天島方面に向いていたはずなのに、いつの間にか東を向いていた。

 バランスを崩したのは、そのせいだ。

 ここは湖だが海に繋がっているので、川ほどではないが流れのようなものがあるらしい。

 

「くそったれっ!」

 

 流れに船首を向け、口に入った水しぶきを吐き捨てた。

 HPバーは、すでに3分の1ほど赤く染まっている。

 急げ急げと気だけが急くが、どうするのが最善の判断なのかすら俺にはわからない。

 

「ええいっ。とりあえず、陸地だっ!」

 

 右前方に陸が見える。

 桟橋などあるはずもないが、死にたくない一心で俺はボートをそちらに向けた。

 

「あそこまで、あそこまでいけば助かる。……そうだ。ボートにはブレーキがないから、早めにスロットルレバーを。それにプロペラも守らないと。こんな急いでんのにエンジン、切るしかねえのかよ」

 

 スロットルレバーを放す。

 慣性で陸に向かいながらセイちゃんに教えられたエンジンの停止方法と、蝶番のような部品を操作してエンジンがボートに取り付けられている部分を折りたたむようにする方法を必死で思い起こした。そうしないと競技用であるためやたらと繊細な水を掻いて進む部品、プロペラが地面に削られてすぐイカレてしまうらしい。

 

「エンジン停止。……よし。後はエンジンを水面から上げればいい」

 

 それらの操作を終え、近づいて来た陸地を見詰めながら少しだけ安堵する。

 まだ気を抜くなと自分に言い聞かせながら、ボートの底が砂を噛んだので仕方なく猛毒である湖面に跳び込んだ。

 

 ジジッ、ジジジッ

 

 そんな耳障りな音を聞きながら、膝まで猛毒である湖水に浸かってボートを押す。

 陸地まで、あと少し。

 

「ここまでボートの底が砂を噛めばっ!」

 

 走る。

 ボートは少しの間だけ流されなければそれでいい。

 まずはRADをどうにかしないと。

 放射能を除去する薬、RADアウェイを早く。

 コンクリート製の基礎部分だけが残る建物の跡地に駆け込み、恐怖が震えさせる指でピップボーイのインベントリ画面を開く。

 

「あった。RADアウェイ!」

 

 血液パックのようなそれを開けるのももどかしく、ビニールを噛み千切るようにして喉を鳴らした。

 使い方はこれでいいのか?

 疑問に思うと同時に、HPバーの赤い部分がゆっくりと透明になってゆく。

 

「た、助かった……」

 

 地面に体を投げ出す。

 雲ひとつない空を見上げつつ、俺は腹の底から安堵の息を吐いた。

 

「どっかで鳥が鳴いてやがる」

「ぴいーっ!」

「悪い、EDーE。RADの事なんて、すっかり忘れてたわ」

「ぴいっ、ぴいーっ!」

 

 



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初Perk

 

 

 

 追いついてくれたEDーEが、俺の視界のHPバーがある辺りで揺れる。

 バイタルサインでも読み取って、心配してくれているのだろうか。

 

「わかってるよ。うがいして、きれいな水を飲めば俺のチンケなHPなんてそれで全快するさ」

 

 あまり心配させても悪いので、身を起こしてうがいをしてからゴクゴクと水を飲む。

 マーカーは黄も赤もないようだが少し、いやかなり迂闊だったか。

 建物の基礎が残っている周囲には雑草が生い茂っているので、土か砂があるのだろう。そこにマイアラークの1匹でも潜んでいたら、俺はもう生きたままソイツに食われていたりしたのかもしれない。

 

「ぴぴいっ」

「あー。マジで申し訳ない、迂闊だったわ。反省します」

「ぴいっ!」

 

 EDーEがボートを振り返る。

 

「ん?」

「ぴいっ」

 

 EDーEが優しく身を寄せるように動き、機体で俺のピップボーイを叩いた。

 

「……ボートはピップボーイに入れりゃいいじゃねえかと」

「ぴいっ、ぴぴっ!」

 

 次に、高速で移動したEDーEがその動きをゆっくりとやり直す。

 

「……そもそも、速度を落としゃ水しぶきでRADも受けねえだろと?」

「ぴいっ!」

「おっしゃる通りでごぜえます。あれだ。予想外のRADでパニクってたんだよ。次からは気をつけるって」

「ぴいーっ?」

 

 頼むよー?

 ホントにーっ?

 今のは訳すとすればどっちだろうかと、どうでもいい事を考えながらタバコを一服。

 それを終えてやっと、俺はどうにか落ち着きを取り戻したらしい。

 

「EDーE。先延ばしにしてたPerksの取得をここでやっちまいてえ。警戒を頼めるか?」

「ぴいっ!」

 

 今のなら完璧に訳せる。

 任せろっ!

 微笑みながら拳骨を向けるとそれにEDーEが機体を軽くぶつけ、俺を守るように陸側に移動した。

 ピップボーイを操作して、Perkチャートを呼び出す。

 

「こんな目に遭えば、欲しいのはまずあれだが……」

 

 昨日まで取得の検討すらしていなかったPerk、AQUABOY。

 1段階目を取っただけで水の中で呼吸が出来、RADを受けなくなるという、今まさに喉から手が出るほどに欲しいPerkだ。

 

「でも取得条件がENDURANCE5。俺はLUCK以外がオール3だからなあ。レベル4になって貯まったスキルポイントは3。ENDURANCEを5にすんのに2使って、AQUABOYを取得したらスキルポイントすっからかんじゃねえか。妹やダチを守りてえんだなんて言いながら、PerksがAQUABOYしかねえ主人公とかいてたまるかっての……」

 

 スキルポイントを消費してPerkを1つも取っていなかったのは、バリケードの近くではそう危険がないからという理由だけでなく、どれだけ悩んでも決め切れなかったというのが大きい。こんな世界でスキルポイントを消費するのは、受験先や就職先を決めるような大きな人生の選択だ。

 

「セオリーなら、ガン振りんなってるLUCKから選ぶべきだよなあ。初期のSPECIALを偏らせるのは、ほとんどそのためなんだし」

 

 ミサキが取ったすべての敵に与えるダメージが5%アップするBLOODY MESSに、VATSを使用すると低確率で正義の味方が現れて敵を倒してくれるMYSTERIOUS STRENGER。

 経験値がたまに3倍も手に入るPerkや、クリティカルヒットの追加ダメージを上げるPerk、クリティカルメーターを溜めておけば好きな時にクリティカルヒットをVATSで繰り出せるPerkなんてのもある。

 

「取得条件がLUCK8、9、10の3つなんてぶっ壊れ性能だしなあ。せっかくLUCKガン振りなんだから、その1段階目だけでも。ああ、それにやっぱMYSTERIOUS STRENGERも捨てがたい。AP消費が少なくて攻撃回数が多いデリバラーが今のメイン武器だから、相性が抜群だし。むむむ……」

 

 それにこんなSPECIALでウェイストランドに放り出された俺の一番の不満は、3しかないStrengthだ。

 それとゲーム世界よりずっと影響の大きい武器や防具の重量の影響のせいで、俺はレベル1からほぼ拳銃しか使っていないというドMの縛りプレイのような事をさせられている。

 

「くっそ。いっそBIG LEAGUESにしてデリバラーとリッパーの二刀流で、マンガの主人公でも気取ったろうか」

 

 101のアイツ。

 会った事もないが俺と同じかなりのゲーマーだと思われるソイツと話だけでも出来れば、良いアドバイスでもしてくれるのかもしれない。

 

「電話なんて繋がるはずもねえしなあ。……あ。ラジオならどうよ?」

 

 一縷の望みにすがる気分で、ピップボーイに内蔵されているラジオを操作する。

 雑音ばかりで諦めかけたその時、左腕のスピーカーから軽やかなピアノの音色が流れて春の陽に溶けた。

 

「おお。クラッシックなんぞ音楽の授業でしか聴いた事ねえが、こんな世界で聴くとなんか感動するな……」

 

 曲名など知るはずもないそれを耳に入れながら、本当にどうするべきかとまた思案に戻る。

 どこの誰が流してくれているのか知らないが、ありがたい話だ。放送時間は知らないが、小舟の里に戻ったらタレットと同じくやはり大量にあるラジオを配って歩こう。

 

「なんで小舟の里の水は平気なのかはわからんが、101のアイツの浄水器のおかげなんだろうなあ。しかしどう考えても特殊部隊が船を使うなら、1人くらいは水に身を浸しても平気な人間がいねえとキツイ、か。もったいねえ気もするが、まずは2ポイント使ってENDURANCEを5にしてAQUABOYを取得だ。……よし。待たせた、EDーE」

「ぴいっ」

「ボートで浜名湖に戻る前に、そこの細い道を越えてみようか。塗り潰されてねえマーカーが見えてんだよ。形からすりゃ公園かなんかだろうが、ファストトラベル出来ねえにしてもマップは出来るだけ埋めておきてえ」

「ぴい」

「わかってるよ。ムリはしねえさ。マーカーが出たら、すぐにボートに戻って水上からスコープで観察するから教えてくれ」

「ぴっ」

 

 一応は舗装されただけといった感じの細い道の向こうの雑草を踏んだだけで、視界に『発見 浜名湖県立自然公園 XP+24』と表示され、小銭でも鳴らしたかレジで合計金額が出た時のような小さな音が聞こえた。

 

「へえ。悪党のコンテナ小屋ん時は22だったのにな。小舟の里の部屋は自宅扱いで、ボーナスがついてんのか。ラッキー」

 

 そういえばと、今は特殊部隊の基地になったマリーナの事務所で見つけた観光案内のパンフレットを出して広げる。

 そこには簡単な地図が描かれており、小舟の里から見て北東の浜名湖に突き出した半島のような場所の先っぽに浜名湖県立自然公園の名前がしっかりとあった。

 

「隣にはフラワーパーク? こっちも公園みてえな感じかな。で、その上がゴルフ場と。おおっ。北上すっと、遊園地と動物園があるぞ。廃墟だとしても、連れてったらセイちゃんが喜ぶかもなあ」

「ぴ、ぴいっ」

「どした?」

 

 EDーEが警戒態勢を強めたような気がする。

 マーカーは、特に見当たらない。

 それなのになぜだろうか。

 

「ここはただの自然公園だからな? アメリカのロケーションならヤオ・グアイくらい出るんだろうが、ここは日本の、特に田舎じゃない地方都市だ。熊なんて動物園にでも行かなきゃ、とてもお目にはかかれなかっただろうよ。……動物、園?」

「ぴいっ……」

 

 ヤオ・グアイは放射能で変異した熊のクリーチャーで、とてもレベル4の初心者が拳銃だけで倒せるような相手ではない。

 しかもLUCKガン振りでPerksをAQUABOYしか取得してないとなれば勝敗は、それはもう1+1=より簡単に答えが出るだろう。

 

「し、自然公園とかに銃や船なんてねえだろうしなー。とりあえずボートに戻って、マリーナを回るか。なあ、EDーE。あれだよ、俺は別にビビッてねえけどさ。ほら、時間は貴重な訳じゃん?」

「……ビイーッ、ビイーッ、ビイーッ!」

「逃げるぞっ!」

 

 いつもはかわいらしいEDーEの音がけたたましいブザーになったので、一目散に駆け出す。

 コンクリートの瓦礫を跳び越えて湖面を目指す俺の動きは本当にAGILITYが3しかねえのかよと突っ込まれそうなほどだが、EDーEのスピードもさっき本気ならボートに遅れなかっただろうと問いただしたいほど見事なものだ。

 AQUABOYを取得したので、水はもう猛毒でもなんでもない。取り付いたボートを全力で押してそれに飛び乗り、急いでエンジンを始動した。

 

「追って来てるか?」

「ぴぴっ」

「来てねえのか。……はぁ。ションベン漏らすかと思った」

「ぴいー」

 

 舳先を湖の中央に向けてから自然公園を振り返ってみたが、マーカーどころか生き物の影もない。

 数分ほどそうして岸辺を見張りながら、タバコを1本灰にする。

 

「もう行こうか。こうしてぼけっと見てたって仕方ねえや。HPも満タンだし」

「ぴっ」

「時間は、……まだ朝の7時かよ。長い1日になりそうだなあ。目指すは観光案内にもあった、企業の名前を冠した大きそうなマリーナだ。対岸に向かって、少しばかり北上だな」

「ぴいっ」

 

 スロットルレバーを柔らかく握り込む。

 もう水しぶきでRADは受けないが貴重なボートを転覆させたらエンジンに水が入って修理するセイちゃんに申し訳ないし、何より俺はRADでのパニックと、本当にいたのかさえわからない敵のせいで慎重になっている。

 生き残りたければ、それでいい。

 俺がフォールアウト4で悪人には容赦しないが実は人情家のスカベンジャーとしてロールプレイしていた男主人公の、穏やかで優しい声が聞こえたような気がした。

 

「こんな世界には似合わねえ、いい天気だ」

 

 どうせなら偵察しながらマリーナを目指そうと出来るだけ対岸に寄ってボートを進めると、湖に背を向ける形でそれなりのショッピングセンターのような廃墟群が見えて来る。

 こちらの世界は石油が枯渇していたが核で動く車が普及し始めていたので、それで買い物に来る富裕層を狙った商業施設だろう。

 スロットルレバーを放し、パンフレットとえんぴつを出してスーパーと書き込む。

 そうしながらどうしても思い出すのは、フォールアウトシリーズのスーパーウルトラマーケットだ。

 こちらの食い物は腐らないしあの規模なら洋服なども大量にありそうなのでいつか特殊部隊と漁りに行きたいが、あそこがゲームのように悪党やフェラル・グールの巣になっていない事を祈ろう。

 左手に荒れ方が新居町駅の向こう側ほどでもない街並みを見ながら北上すると、半ばまで開いた水門の向こうにたくさんの船が見えた。

 

「観光案内のパンフレットにはなかったが、小さな港があるな。このまま入って、動きそうな船がないかだけでも見ておこうか」

「ぴいっ」

 

 



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発見 ズズキマリーナ浜名湖

 

 

 

 鷲津漁村センター。

 エンジンの回転を落として港に入ると、すぐにそんな名前のロケーションを発見してまた経験値が入った。

 漁村という名の通り、大きな港ではない。

 それでも船は多いので、ゆっくりと見て回る。ゲームでの探索でも、特に何もなさそうな場所に少し貴重なアイテムが落ちているなんて事はよくあったものだ。

 

「どれもダメっぽいなあ」

「ぴぃ」

 

 いくらLuckガン振りでも、大当たりを1発ツモはないか。

 こんな世界に放り出され、最初に見つけた街が小舟の里。そこでたくさんの友人が出来て、俺とミサキの同類に間違いなさそうな賢者の消息まで知る事が出来た。

 それだけでも、さすがLUCK10だと感じてしまいそうなくらいだから気にするなと自分を励ます。

 港を出て北へと向かうと、今度は団地と学校らしき廃墟が見えてきた。

 

「あそこもフェラルだらけなのかもなあ」

 

 学校の向こうは湾のように湾曲した地形なのでスピードを落とし、ゆっくりと舐めるように湖岸を観察しながら進む。

 目指すのは観光パンフレットにあった大きそうなマリーナで、探しているのは修理可能な船だが、競艇場でも基地にしたマリーナでも水に浮いていた船は修理が出来ないほどに損傷が激しい。

 

「船の修理工場、もしくは製造工場を見つけるのが得策だよな。建物の中にあった船なら、残っている修理作業を終えたりすれば使えたりするかもしれない。くそっ。なんであの日の俺は、交番の壁から地図を引っぺがしてピップボーイに入れなかったんだか」

 

 工場のような建物も見えるが、あれが船の工場であるにしては少し湖から離れすぎか。

 

「ぴいっ!」

「ん? 敵じゃねえなら、少しだけ待ってくれ。場所はこの辺だよな。少し湖面よりに工場っと。印は、三角にしとくか。お待たせ。どした、EDーE?」

「ぴいっ!」

 

 ボートの少し先に浮いているEDーEが、俺に向けていたメインカメラを北へ振る。

 その視線を追って見えたのは、パンフレットに名前があった大きそうなマリーナだ。俺の予想が正しかった事を証明するように、そこには1つは折れているが船を吊り上げて動かすための大きなクレーンがいくつか見えた。

 

「あれが目的地、ズズキマリーナ浜名湖らしいな。あの規模なら、船の修理やメンテナンスをする工場が絶対にあるぞ。よしよし」

 

 3つある桟橋も、基地のそれよりずいぶんと大きくて立派だ。

 

「問題は、クリーチャーがいるかどうかだよなあ」

「ぴい」

「まあ、考えてもしゃあねえか。俺はボートを収納したら、まず桟橋の根元、マリーナの建物方向にタレットを出す。EDーEは周囲を警戒。ヤバそうなら三十六計だ、それでいいか?」

「ぴいっ!」

「頼りにしてるぜ、相棒」

 

 エンジンを停止。

 マリーナの桟橋はクルーザー用の高さなので、俺の身体能力では思い切りジャンプしたって届きそうにない。

 まずは半分水没しかかっているクルーザーに乗り込み、ボートを収納して桟橋に跳び移るつもりだ。

 エンジンを切っても慣性で進むボートの舳先が、水没しかけているクルーザーにキスをして鳴る。

 

「行くぞ」

 

 クルーザーに跳び移ると、傾いたデッキは酷くヌルついていて俺は床に転がった。

 だがAQUABOYのおかげで、そんなのは屁でもない。HPさえ減らなければ無傷だという事だ。

 こんな時クリーチャーに襲われるのが最も怖い。それでもEDーEを信じ、後ろは見ずにボートをピップボーイに入れた。

 

「OKだ。桟橋に跳び移って走るぞっ」

「ぴいっ」

 

 敵の接近を告げるブザーは聞こえなかったし、射撃音もなかった。

 もしかして、ここは安全なロケーションなのか。

 思いながらクルーザーの床を蹴り、少し離れた桟橋に着地した。

 そのままデリバラーを装備して、マリーナの建物がある方向へ走る。桟橋の根元にタレットを設置できれば、いくらかは安心できるはずだ。

 俺が走る桟橋の左右には2、30ほど湖面に浮かんでいるのだがどれも錆が目立ち、浸水してしまっている物も多い。特殊部隊の基地で俺がジャンクにしてピップボーイに入れた船と同じだ。

 

「よし、ワークショップ・メニュー」

 

 桟橋を駆け抜け、ヘビーマシンガンタレットを3つ出す。

 威力を考えればミサイルタレットだが、今はジェネレータを出して繋ぐ時間すら惜しい。

 ヘビーマシンガンタレットを盾にするようにして身を屈め、事務所やクラブハウスやメンテナンス工場だと思われる建物の方向をしばらく窺った。

 

「……大丈夫そう、だよな?」

「ぴいっ」

 

 ここまですれば、敵地に上陸して橋頭保を築いたようなものだ。

 それでも気を抜かずミサイルタレットを2つ設置してから、俺はようやくタバコを吸いながらきれいな水で唇を湿らせた。

 緊張からか、喉の渇きが酷い。

 かなり汗も掻いている。

 

「バカ高いクルーザーを所有して、しかも定期的に金を払ってこれだけの施設に預けてるような連中が使うクラブハウス。それにたんまり円の紙幣がありそうな事務所も漁りてえが、まずは工場だよな。どでかいシャッターは下り切ってるから、これ吸ったらあの通用口から中を窺おうぜ」

「ぴい」

 

 見えているだけでもかなりの広さの敷地だし、クラブハウスなどはやけに豪華そうな3階建ての立派な建物だ。

 特殊部隊の連中やジンさんに応援を頼んだ方がいいかもという考えがチラリと頭をよぎる。だがあちらはあちらで、朝から警察署の探索。

 武器の試しと肩慣らしであるそれが終われば、悪党のコンテナ小屋を襲撃だ。

 ここは船を見つける所までであっても、俺とEDーEだけで終わらせておきたい。

 

「まあ状態の良さげな船を見つけても、どこで修理してどうやって里まで運ぶんだって話だけどな」

 

 その2点については、実際に船を見つけてみなければ考えてもどうしようもない。

 

「……行こうか」

「ぴいっ」

 

 タバコを踏み消し、デリバラーをぶら下げて工場らしき建物へと歩を進める。

 

「ビイッ!」

「マーカーか?」

「ぴっ」

「色は赤?」

「ぴぴっ」

「まだ黄なら、このまま進もう。声もブザーも、小さくな。でも、マーカーが赤になったらすぐ逃げるぞ」

「ぴっ」

 

 この先に、どんな存在がいるのかはまだわからない。

 俺なんか数瞬で喰らい尽すほどのフェラル・グールの群れがいるかもしれないし、小舟の里ほどの数でなくとも平和に暮らす人間が「客人とは珍しいな」なんて言いながら椅子を勧めてくれるかもしれないのだ。

 どちらにしても、殺し殺される覚悟をするのにはまだ慣れない。

 辿り着いた通用口のドアは用心深く開けたつもりだが、思っていた以上に錆びた蝶番が軋んで俺は唇を噛み締めた。

 

「300ビャクネンぶりの、おキャクサマを、タンチ。おデムカえ、します」

「なん、だと……」

 

 フォールアウトシリーズで聞き慣れたこの声。

 間違いない、プロテクトロンだ。

 小舟の里で起動するのを諦めたプロテクトロンに、こんな場所で出会うとは……

 

「いらっ、しゃい、ませ。トウマリーナへ、ようこそ。ザンネンながら、ゲンザイ、おウりデキ、るのは、1テイ、のみに、なっております。それでもヨロしければ、コウジョウナイへ、どうぞ」

「あ、ああ。見せてもらおう」

「どうぞ、どうぞ」

 

 プロテクトロンの背を追って事務所のような部屋を抜けようとしたのだが、その床に数人分の骸骨が転がっているのを見て背筋が寒くなった。

 導かれた広い工場の一番前には、かなりの大きさのクルーザーが、納入前に傷など付けぬためにかビニールを張られた状態で鎮座していた。

 

「おお……」

 

 修理可能とか不可能とかいう話ではなく、これならこのまま浜名湖に浮かべても問題なく動きそうだ。

 

「チュウコ、ではありますが、ワンオーナーのタイヘンフツクしいプレジャーボート、でございます」

「いいな。20人やそこらは乗せて、浜名湖をのんびり巡れそうだ」

「ごジョウダン、を。ジュクレンのクルーであれば、セカイジュウ、のドコへでも。そうでなくとも、ニホンキンカイ、ならば、ミズとショクリョウの、モつカギ、りコウコウカノウ、でございます」

「それは凄い。……値段は?」

「サイダイゲン、に、おベンキョウさせて、いた、だき、500、マンエン、で、ございます」

「うはぁ」

 

 10円が約1万円の世界で500万て……

 

「ヤク1ネン、の、コウコウに、ヒツヨウ、なバッテリーが、5つ。イマ、でしたら、50を、サービス、で、おツけ、します。ハズかし、ながら、この、300ネン、トウマリーナを、オトズれてくださった、のは、おキャク、サマ、だけです、ので」

「へえ」

 

 核分裂バッテリーの相場は知らないが、それを50もサービスで貰えるならそう高い買い物ではないのかもしれない。

 まあなんにせよ、5円札を1枚しか持っていない俺が金を払える訳もないのだが。

 待てよ? ここは、フォールアウトシリーズの世界だ。

 スピーチチャレンジで、どうにかこれを。最悪は、工場の隅でスニーキング状態になって扇動ガウス……

 

「あ、Charisma3しかねえんだった。Strengthも、Agilityも」

「おキャク、サマ?」

「ああ。な、なんでもない。いい船だな、これなら」

 

 ドーン!

 

 そんな音が外から聞こえて、俺はEDーEと顔を見合わせた。

 

「やれやれ。コウツウジコ、でしょうか。イマのは、アキらかに、カクブンレツバッテリーシャのバクハツオン、ですね。セマ、い二ホンを、そんなにイソいでどこに、イく、です」

「悪い、プロテクトロン。今日は冷やかしだけにしとく。でも絶対に札束を持って買いに来るから、出来れば売らずに取っといてくれ。じゃ、またな」

「おキャクサマ!」

「ん?」

 

 小舟の里で暮らし始めて1か月にもならないが、核分裂バッテリー車の爆発音どころか、銃声さえ滅多に聞いた記憶がない。ならばさっきの爆発音は、警察署の探索をしている特殊部隊の連中と関係があるのだろう。

 1秒でも早く駆けつけたいってのに。

 

「ワタクシ、は、ズズキセイの、バンノウジリツキカイ、でござ、います。ナを、ボースン。タダイマ、メイシ、を」

「いらんいらん。どうせまた来るからな。そんじゃ失礼するよ、ボースン」

「おマちして、おりま、す」

「走れ、EDーE!」

「ぴーっ」

 

 タレットを回収する時間さえ惜しい。

 俺は桟橋に駆け込んで、AQUABOYを取得したのをいい事にそのまま海へとダイブした。

 ボートを出し、里の方向を睨みながらそれに這い上がる。

 キノコ雲なんかは視認できないが、爆発があったのは間違いがない。

 お願いだから全員、無事でいてくれ。

 唇を噛んでそう祈りながら、エンジンの上部に始動用のロープを巻いて思いっきり引いた。

 

 



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内なる声、小さな決意

 

 

 

 水しぶきなんて、どれだけ浴びたってかまわない。

 とにかくスロットルレバーを、目いっぱい握り込んだ。

 

「EDーE、飛んでたらまた遅れる。乗れっ」

「ぴーっ!」

 

 どうしてよりにもよって股間に潜り込んだのかは知らないが、そんな事を話している場合ではないので一目散に東海道方面を目指す。

 どこかに上陸してすぐ、国道一号線へと上がれる場所があっただろうか。

 俺はそればかり必死で考えながら、とにかくボートを飛ばした。

 

「くそっ。そういや警察署は、ここから見たら競艇場の裏だっ」

「ぴー」

「仕方ねえから、駅前橋の辺りでムリにでも上陸すっぞ。そっからは、全力で走れ」

「ぴいっ!」

 

 どうしても死んで欲しくない人間の元へ駆けつける時、時の流れとはこうまで遅く感じるものなのか。

 体感で1時間ほどもかけ、俺はやっと駅から競艇場へと渡るための橋のたもとで浜名湖へと跳び込んだ。

 ボートに視線もやらず収納とだけイメージして、腰まである湖水を蹴り上げて岸へと走る。

 

「AGIが足んねえってんだよおっ!」

 

 毒づいても速く走れるはずがない。

 それはわかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 

「くそっ。くそ、クソがあっ!」

 

 バカじゃないのか。こんな時に取り乱して喚くくらいなら、もっとやりようはあるだろう。ゲームシステムとこの現実世界の矛盾を衝くのは、別に卑怯でもなんでもない。

 ゲームならロールプレイでのんびりやるのもいいが、現実なら効率を追うべきだ。

 それに資材を使い果たしてでもさっさとレベルを上げておけば、さっきの国産プロテクトロンだって生かすも殺すも、それどころか永遠に奴隷にするのだってオマエの胸三寸だったんだぞ。

 気がついているんだろう?

 これだけの資材に、3やNVの主人公より恵まれたPerksやアイテム。武器や防具だってオマエのだけは、修理の必要がないんだ。

 そして何より、限界など存在しないレベル。

 オマエは、選ばれたんだよ。

 新世界の神として。

 だから、いらない物は見捨てろ。そんなに必死で走る必要はない。この世界にも女なんていくらでもいるし、その女達にオマエの本当の力を見せれば、誰だって喜んで股を開く。ちょっと顔が良くてもいつか邪魔になるかもしれないNVの主人公なんて、ここで見捨てておけ。

 

 安アパートの自室で年中出しっ放しのコタツに入りながら、無精ひげも剃らずにゲームばかりしていた大学生の俺の声が聞こえた気がした。

 薄汚いのは見た目だけじゃなく、その心の内もか。

 我ながら反吐が出る。

 

「うるせえ、知るか。仲間のためになら、いくらだって喚いてやる。そんなに大切な人間がこの世に存在するなんて知りもしないオマエは黙ってろ! 薄汚ねえカッコで部屋に閉じこもって、ゲームしながら死ぬまでオナってりゃいいじゃねえか。得意だもんなあっ、本当ならこうするべきだ、皆がそれをするだけで世界は平和になる、戦争も貧困もそれでなくせる、どうしてそれがバカ共にはわからないんだ、そんな事を心で思いながら何もせずグウタラ生きてくのがよっ! 思うなら、やってみやがれ。やり遂げて見せやがれ。自分がやりもしねえで他人を見て文句を言う大人なんてのはな、そこらのガキ以下なんだよっ!」

 

 堤防のような段差をよじ登り、破れたフェンスと線路を越え、焼け落ちた民家の庭を突っ切ってやっとたどり着いた東海道。国道一号線を、西へ。

 叫びながら、全力で走る。

 大きなドラッグストアの看板の一番下に『101 WEST』とスプレー缶で殴り書きされているのを見つけたが、今はそんなものはどうでもよかった。

 

「見えたぞっ!」

 

 3階建ての、いかにも田舎らしい小ぢんまりとした警察署。

 その駐車場で黒煙を上げる核分裂バッテリー車。

 道路の真ん中にラストスタンド。それの周囲で車座になって談笑する、ミサキと特殊部隊の面々?

 

「……あれっ?」

「ぴぃ?」

 

 きれいな水のボトルを持ったミサキが、頭を掻きながら苦笑する。

 隣に座るシズクは日本刀を背負い、コンバットショットガンを抱くようにしながら微笑んでいた。

 セイちゃんはセイちゃんで、麩菓子を頬張りながら幸せそうに目を細めている。

 

「ああっ、見てくださいっす。アキラとえっちゃんっすよ!」

「ホントだー。どしたの?」

「どしたのって……」

「そんなに息を切らして。だが、もうアキラとEDーEの出番はないぞ。あたし達はミサキの活躍もあって、午前中で警察署の探索を終えてしまったからな」

「じゃ、じゃあ、あの爆発音は……」

「あれ? ラストスタンド撃ちまくってたら、間違って車の残骸を。てへっ」

「なんじゃそら……」

 

 ふざけんなと怒鳴りつけたいが、勝手に心配して駆けつけたのでそうも出来ない。崩れ落ちるようにアスファルトに座り込んでタバコを出すと、シズクが水のボトルを放ってくれた。

 

「あー。まあ報告がいくつかあるから、無駄足でもねえか。怪我人もいねえようだし、安心したよ」

「こっちもだよー。見て、そこに積み上げた戦前の品。凄い稼ぎでしょー。あたしの取り分、半分アキラの貯金に入れとくからねっ」

「よくもまあ、これだけの物を人力で運び出したなあ。お、無線機があるじゃんか」

 

 何事もなかった風を装って笑顔まで浮かべてはいるが、俺はさっき聞こえた大学生の俺の声が頭にこびりついて離れなかった。

 俺が神とは、笑わせやがる。

 いらない物は捨てろ?

 東海道にありったけの銅で像を建てて、レベルを上げられるだけ上げたらPerks吟味して、パワーアーマー着て小舟の里の若い女以外を皆殺しか? その日から残った女を侍らせて、神様気分で酒池肉林?

 ゲームとオナニーしか知らねえクズの考えそうな事だ。

 

「無線、帰ったらセイが直す」

「近場だけでも使えるなら助かるよ。そんで、まず最初の報告な。ラジオを誰かが放送してる。クラッシックだけだが、いい娯楽になるぞ」

「へえ。それは嬉しいねえ」

「だろ」

 

 それからRADの説明をしたのだが、それは俺とミサキ以外のメンバーからすれば常識であったらしい。

 小舟の里の周囲は101のアイツの浄水器のおかげで放射能に悩まされないが、浜松などでは水は煮沸してRADを抜いてから使って、それでも体が怠くなったら医者に行くのが普通だそうだ。

 地図を出してしばらくは自然公園の辺りには足を踏み入れないようにと言ったのも、すんなりと納得してもらえた。

 

「そんで地図にある、これな。ズズキマリーナ浜名湖。ここで、クルーザー。プレジャーボートって言ったかな。それを売ってた」

「ええっ。ひ、人がいたのっ?」

「うんにゃ。店員? は、国産のプロテクトロンだ」

「見たいっ!」

「うおっ」

 

 飛びかかるようにして俺に抱き着いたセイちゃんが、胸ぐらを掴んで体を揺すりながら目を輝かせている。

 

「プロテクトロンも、プレジャーボートもっ!」

「あ、ああ。ボートの整備室には2人乗りのもあったんでいいが。もしかして、プロテクトロン好きなのか?」

「うん。師匠が、ロボットはトモダチでもあるって」

 

 バカ野郎が。

 そんな事を教えられたセイちゃんに、レベルを上げてそのプロテクトロンをウソやヘリクツで丸め込もうとか、ましてやロボットに特効のレジェンダリー武器でぶっ壊して経験値とジャンクとプレジャーボートまでいただいちまおうとは言えねえじゃねえか……

 

「ねえ。それより売ってたって、いくらでよ? とりあえずの貯金目標は、その金額にするわ」

「500万」

「は?」

「500マンエン」

「……そこに積み上げた戦前の品に地図もあったから、銀行の場所をまず確認しましょうか。ええ、それしかないわ」

「だよなあ。それとちょっと手前のドラッグストアの看板に、101のアイツの落書きがあったぞ。俺はまだ西に向かってるぜって」

「落書きなら、駅にもある」

「そうなのか、セイちゃん?」

「ん。101 STAYって。それ見て訪ねて来た人にって、いくつか手紙も預かってる。普通は読めないから安心」

「英語が暗号代わり? なら相手は、俺達の同類って可能性もあるか」

「アキラが未経験だって言ってた、フォールアウト1と2の主人公とか?」

「他ゲーが混じってクロスオーバーなんてのも、ないとは言い切れねえがな。さて、俺はこのまま帰って基地でクラフト作業をすっけど、ミサキ達はどうすんだ?」

 

 ミサキがシズクと顔を見合わせ、不敵に笑う。

 隣のジンさんは苦笑しながらそれを見ているが、止めるつもりはないようだ。

 

「とーぜん、悪党共をぶっ殺しに行くのよ。ねっ、シズク?」

「ああ。まあ、心配するな。斥候の訓練として、しつこいくらいにコンテナ小屋とその周囲を調べさせる」

「ジンさんが監督してくれてるから無茶はしねえだろうが、出来る限り用心してくれな。そこの警察署からアホほど持ち出した物資は、俺がピップボーイのインベントリに入れて基地に持ち帰っとく。これじゃパワーアーマーのハンガーを広めにして、ジャンクの保管場所やセイちゃんの作業場も作らねえとなあ」

「それじゃ、お弁当を食べたら行きましょっか」

「だな。腕が鳴るぞ」

「俺は帰って1人でメシかな。EDーE、ここまでありがと。午後は、ミサキ達を助けてやってくれ。ドッグミートも」

「1人で大丈夫なの?」

「駅はすぐそこじゃねえか。ドラッグストアや近場のショッピングセンターを漁りてえが、そんなのは後だ。目的の船は見つけたから、しばらくは大工仕事だよ」

「夕方には戻るから女遊びなんかするんじゃないぞ、旦那様?」

「5円じゃおっぱいも揉めねえっての。気をつけてな」

 

 無線機や武器保管箱、警察官用個人背嚢などというアイテム名が見えるミサキ達の探索の成果を残らずピップボーイのインベントリに入れ、国道一号線を1人で歩く。

 駅の前にはバリケードと門があるのでそこには防衛部隊の連中が何人かいたが、もう顔を覚えたのか「思ったより早かったな、怪我もなさそうでなにより」なんて言いながらすんなり俺を通してくれた。

 派手な服装を好むらしくまるでヤンキーのようだが、悪い連中ではないらしい。

 

「山師、ちょっといいか?」

「ああ」

 

 声をかけてきたのは、防衛部隊では珍しい30を超えていそうな年頃の男だった。

 武器は腰に山刀のような物をぶち込んでいるだけだが、警察署の探索で拳銃なども手に入れたようだから近いうちにそれを装備する事になるのかもしれない。

 ロータリーのアスファルトの上に置かれた、オンボロのパラソルの付いたテーブルに導かれて腰を下ろす。

 

「忙しいだろうに、悪いな」

「いいさ。タバコでもやりながら話を聞こう」

「ありがとう。聞きたいのは、アンタの渡した武器で悪さをする人間が出たらどうするのかって事なんだ」

「決まってんじゃねえか。返せと言ってそうしなきゃ、殺すだけさ」

「こ、殺すのか?」

「当然だろ。俺の故郷じゃ、武器を持つなら殺される覚悟をしろってよく言ったもんだ」

 

 そんなセリフを言うのがアニメの主人公だろうがマンガの登場人物だろうが、ウソではないのでそう言っておく。

 

「そ、そうなのか……」

「外じゃそれが常識だぜ。アンタ達ももしかしたら近いうちに装備が良くなるかもしんねえが、それで誰かを脅したり金を巻き上げたりしたら、俺とジンさんで……」

「か、考えたくもねえな。剣鬼と凄腕の山師に、命を狙われるなんて」

 

 剣鬼とは。

 中二心をくすぐるなあ。

 しばらく雑談を続けてわかったのだがこの男はジンさんの直属の部下で、銃を持った若い連中が大正義団のようになってしまうのを心配していたらしい。

 最後には妙な事を聞いて悪かったと謝られたが、逆にそんな心配をしてくれる人間がいて安心だと言って別れた。

 駅から橋を渡り、競艇場の正門に背を向けて基地へ。

 水面を眺めながら、パワーアーマーのハンガーをどう建てるべきかをまず考える。

 

「いつかこの水面には、あのプレジャーボートが浮くだろ。なら、その上に来るようにハンガーを作っときゃいいか。消防署のポールみてえなアレ付けて」

 

 水面からの高さには余裕を持って足場を出し、その上に床や壁を出して組んでいく。

 待機所や宿舎のある駐車場はマリーナのプールが川ならその中州のようになっているので、左右どちらの水面の上にも建物を作って空中回廊で繋げる事にした。

 あまり高層建築にすると宿舎の日当たりが悪くなって洗濯物も干せそうにないが、もしそうなったら宿舎と新しい建物も回廊で繋いで、屋上に物干し場でも作ればいい。

 

「やっべ。容量限界のねえ拠点づくりなんて、まるで夢みてえじゃんか。あんま威圧感を出さねえようにコンクリートの土台は使わねえけど、雰囲気を出してえから外壁は鉄製でっと」

 

 謀反を疑われてはいけないと言ったのは俺なのに、数日後になって完成した基地はまるで九龍城のような外観の、日本のメガトンとでも呼べるような場所になってしまっていた。

 しかも毎日せこせこ作業をする俺が基地を便宜上メガトンと言っていたので、その呼び名はいつしか定着してしまったらしい。

 

「呆れた。ここまでする、普通?」

「ゲームじゃある程度、決められた形にしか作れなかったからなあ。はっちゃけちまったんだ。まあいんじゃね、狭いし」

 

 あまりに楽しかったからというのもたしかにあるが、俺が数日をもクラフトのみに費やしたのは、その作業をしながら自分なりにこんな世界で生きていくためのルールを決める時間が欲しかったからなのかもしれない。

 

 この世界にも人間は生きていて、俺のような誰が与えたかもわからない能力などなくとも日々を懸命に生きている。それは小舟の里の住民達を見ていると、心に染みてゆくように理解できた。

 武器やレベルシステム、VATSという反則技まで持っているからと、それらを利用して俺がその懸命に生きている人々から何かを奪っていいはずはない。

 悪人ロールプレイは好きではなかったのでそんなマネはもちろんしないが、だからといって現実になった世界で善人プレイをするように聖人ぶって生きるなんてゴメンだ。

 だが誰かが理不尽に何かを奪われようとしているのを目にした時、善人や聖人でなくともそんな時だけは戦うべきではないのだろうか。

 ミサキ達に何かあったと勘違いしてその元へと向かっていた時に聞いた、ほんの少し過去の自分の声。その声を思い出すたびに、俺はそんな思いを強くしていった。

 

 前日の夜まで作業していたので、完成した基地を陽の光の下で拝むのは俺もミサキもこれが初めてだ。

 すっかり早起きが癖になった俺達が見下ろすのは、狭い敷地であるがゆえに平屋の建物などほとんどなく、2階建て以上の建物や外壁の足場を空中回廊で繋いだメガトン基地。

 とは言っても住人が落下などしないように気は使ったし、兵舎と待機所から門、兵舎と待機所からパワ-アーマーハンガーとそこからプレジャーボートへの通路は、特に気を使って迅速な出動を可能にしたつもりだ。

 後は実際に使ってみて、良くない所をその都度に直してゆけばいい。

 

「いつの間にか、あたし達の部屋まで出来てたしねえ……」

「便器を設置しただけで配管までされてたんだから、そうもなるさ。風呂にも便所にも手漕ぎ式のウォーターポンプを置いたから、水の問題もねえし」

「下水はどこに行ってんのよ?」

「戦前からあった下水道。どうも湖に流すんじゃなくてどっかにある下水処理施設に繋がってるみてえだから、俺達が使ったくれえじゃ溢れたりしねえだろ。それより、俺も今日からレベリングに出るぞ」

「そうなんだ。あたしや特殊部隊と一緒に?」

「うんにゃ。ミサキ達は北西橋から出て探索しながらレベリングだろ」

「だね」

「だから俺は、浜松方面にな」

「大丈夫なの? 新制帝国軍とか」

「いざとなりゃ海か湖に跳び込んで、ボートを出して逃げるさ」

 

 



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面倒事

 

 

 

 気がかりなのは俺の方だけ里の防衛準備クエストが完了になっていないという事だが、あまり要塞化してもたまに来る新制帝国軍や大正義団を必要以上に刺激してしまうだろうから、里の防備を固めるのはとりあえずこの辺で止めておくと言うと、ミサキは「もう遅いんじゃないかなあ」と微笑んだ。

 

「アキラ、ちょっといいか?」

 

 そう声をかけられたので振り向くと、メガトンでの自室に入って来たのは俺達より早起きしてミーティングをしていたシズクとセイちゃんだった。

 シズクはいつものレッドレザー・トレンチコートにぴちぴちのTシャツとダメージジーンズで、日本刀を背負って肩から紐でレジェンダリーコンバットショットガンを下げている。

 セイちゃんもオーバーオールに白衣だが、なぜか俺が念のためにと渡したアーマーもフル装備で、自作した腰の後ろのホルスターにある101のアイツから譲り受けたダーツガンを隠そうともしていない。

 

「ほら、セイ」

「ん。アキラ、お願いがある」

「なんだい?」

「今日から外に出るなら、セイを連れてって」

「……本気かよ」

 

 いつもミサキとシズク、特殊部隊の連中と街の外へ出ているのでレベリングや探索にも慣れてはいるのだろうが、見た目が下手をすれば小中学生と間違われそうな女の子を連れて廃墟の街を歩き回れと。

 

「ん。ミサキもシズク姉ちゃんも、防衛隊の指揮官なのにずっと着いて来てるじーちゃんも、探すのは敵ばかりで役に立ちそうな物を狙って動かない」

「……あー。今やすっかり、小舟の里の脳筋3人衆って感じだからなあ」

「悪党のコンテナ小屋の手前にあった列車すら、もう敵がいないからって調べに行かない」

「なるほど。話はわかった。一緒に来たって事は、シズクは賛成なのか?」

「ああ。セイの望む戦前の品探しも必要だとわかってはいるが、今はこれの弾の備蓄を少しでも増やすのが特殊部隊と防衛隊にとって重要なんでな」

 

 そう言いながらシズクがポンポンと叩いたのは左脇のホルスターに納まっている、戦前の日本の銃器メーカー、ホクブ社製の自動拳銃だ。

 警察署の探索で手に入れた銃で、同じ弾を使うリボルバーやサブマシンガンは、俺が渡した銃を使うまでもない低レベルのグールなどと戦う時に使っているらしい。

 それは防衛隊にも配備しているので、弾の備蓄はたしかに増やしておきたいだろう。

 フェラル・グールになってしまった警察官や軍人は弾薬を持っていたりするし、戦前の最後のその時かその後の混乱期に配備された警察官や軍人がいた場所には、フォールアウト世界のように弾薬箱もあったりするそうなのでそれが目当てなのだろう。

 どうでもいいが、ちょっとホルスターを叩いただけなのに乳揺れが凄いな。

 

「俺の目的は、当てもなく歩き回ってのレベル上げだからいいけど」

「ん。ただでとは言わない」

「……エロ系の報酬ならいらないよ?」

 

 101のアイツは弟子に何を教えていたのかセイちゃんは毎日、「小学生にしか見えないセイを後ろからアレしたくないとか、アキラはロリコンの風上にも置けない」だの「ちゃんと恥ずかしいからあまり見ないで……って言うから、裸でテーブルに上がって好きな事をしてあげようか?」だのと下世話すぎる言葉で俺の忍耐力を試すので困る。

 うれしいけどそんなプレイをしたら、まるで俺が変態みたいじゃないか。

 

「う、うれしいんだ……」

「さすがだよなあ。あたし達もそろそろ覚悟を決めよう、ミサキ」

「ツンデレも巨乳も素晴らしい属性だが、単体では決してロリには勝てないって師匠が言ってた」

「……また俺は声に出してたのか。そして人を勝手にロリコン野郎にしないの、セイちゃん」

「報酬は、ボート以外の移動手段」

「へえ。修理可能な車なんかがあれば、それをまず俺にくれるって事?」

「ん。この数日の感じなら、まだまだ核分裂バッテリーの備蓄は増える。ミサキの取り分だけでも、その日常的な運用は可能。里にはまだまだ備蓄したいけど」

「でもそれ、俺のためってよりミサキと特殊部隊のための乗り物だよなあ」

 

 警察署の探索で無線機を使えるようになったせいで、俺は基地の改造をしていてもミサキ達が戻る時間になるとボートで近くまで来いと呼び出されるのが日課のようになっていた。

 俺の容量無限のピップボーイのインベントリを利用する気マンマンのミサキ達が、どこへ行ってもまだ使える物もそうでない物もかたっぱしから道端に積み上げ、また血に飢えた狂戦士のようにクリーチャーを探しに行くからだ。

 まあ俺のような見た目から何から地味でSPECIALもLuck特化、特殊能力も有用ではあるが戦闘向きではないインベントリ容量無限なんて男には、ゲームの主人公のようなワンマンアーミーなんて称号より、ワンマンロジティクスなんてのが似合っているとは思うが。

 

「仕方ないでしょ。クルーザーを買う500万を貯めるまで、そうやって稼ぎまくるしかないんだから。それさえ手に入れちゃえばメガトン特殊部隊は自力で戦前の品を持ち帰れるから、それまでのガマンよ」

「わかっちゃいるけどさあ」

「気になってたんだが、そのクルーザーとやらの運用にメガトン特殊部隊が慣れたら、あたし達はどうするんだ?」

「賢者を追って助太刀するのがいいんじゃない? その頃にはレベルも上がってるだろうし」

「もう俺の3倍、レベル15だもんなあ。ミサキは。最初は経験値がバグってんじゃねえかって焦ったが、低レベルであれだけのクリーチャーを倒してりゃそうもなるか」

「へへーん。もうグチャグチャ死体にも慣れたからね。ラストスタンドも使いこなせてるし」

「さいでっか。そんじゃ地図で悪党のコンテナ小屋の先の施設を探してから出かけますか、セイちゃん」

「ん。ありがと」

「無線の範囲外にまでは行かないでよ、アキラ。前にも言ったけど浜松と豊橋の偵察クエストは、レベル20になるまで許さないんだからね?」

「へーい。そんじゃ、そっちも気をつけてな」

「任せて。湖岸の近くの高校のフェラル・グール、今日で全滅させてやるんだから。うふふっ」

 

 とびきり美しくはあるが、なんとも凶悪な笑顔。

 物騒なお嬢様もいたものだ。

 セイちゃんと2人で部屋を出て、歩くとカンカンとなる通路の靴音や、そこらじゅうでドコドコ鳴っているジェネレータの作動音を聞きながら、壁に国鉄東海道線の新所原駅から高塚駅辺りまでの詳細地図が貼ってある待機所に向かう。

 

「おはようございます。アキラさん、セイちゃん」

「ああ、おはようさん。ジュンちゃん」

「ジュン、おは」

 

 ジュンちゃんは最近メガトン特殊部隊の見習いになった女の子で、セイちゃんより3つほど年下であるらしい。他にも見習いは入ったのだが、姿が見えないのでもう夜勤の特殊部隊の隊員と見張りを交代したのだろう。

 見習いは全員が小舟の里の成人年齢である15になっていないので武器は持たせていないし、シズクとタイチは仕事も朝から夕方までの限られた時間、危険の少ない無線オペレーターと見張りしかさせていない。

 

「さあて。悪党のコンテナ小屋は、ここか。近くに漁ったら美味しそうな施設は、っと」

「むっ、はっ。ほっ!」

「セイちゃん、この椅子を踏み台にしていいよ」

「あり」

 

 背が小さくて地図が見えなかったのか。

 

「んー。釣具屋さんとかばっかだなあ」

「アキラ、舞阪は行ける?」

「いきなりはムリ。目指すにしても、線路か国道一号線を危険なロケーションがないか見ながら、慎重に慎重に進むからね」

「むう。なら逆に、海を目指すのは?」

「歩きだと、俺がミサキと出会った方向だなあ。目的は工場?」

「ん」

「フェラル・グールの群れがいたからなあ」

「アキラはおるかっ!」

 

 ドアを蹴破る勢いで駆け込んで来たのは、今日も髪形をオールバックでバッチリ決めてタキシードを着込んだジンさんだった。

 

「はあ。見ての通りいますけど」

「駅に、バリケードの門に来てくれ。すぐにじゃっ!」

「……わかりました」

 

 返事を聞いてまた走り去るジンさんの慌てようからしてかなりの面倒事らしいが、シカトなんてしたらもっと状況が悪化してから首を突っ込まなければいけなくなる可能性もある。

 素直に駅に向かうかと歩を進めると、セイちゃんも俺と一緒に待機所のドアを潜った。

 

「セイちゃんも行くの?」

「ん。アキラがイクなら、セイもイク」

「まあ、出かけられるかもわかんねえけど。そんじゃ、2人と1匹でまず駅に行きますか」

 

 基地を出て地下道まで行くと、防衛隊の若い連中がどうにも浮足立っていて見ていて不安になるほどだ。

 だがその直後、そうなってしまうのもムリはないかと、俺は新居町駅の線路を跨ぐ駅の通路で大きなため息を吐いた。

 

「ウソ、あれ……」

 

 背伸びをして窓から駅前を覗いたセイちゃんが呟く。

 ウソだろと言いたいのは、俺も一緒だ。

 

「エンクレイヴ・パワーアーマー。腕組みをしたジンさんに食って掛かってるからか、どう見ても悪役だよな」

 

 それだけではない。

 割れたのか、それとも補強のためにか、フロントガラスやドアのガラスがあるはずの場所に鉄板を張り付けたトラック。

 日本で言うなら2トン車くらいの大きさだが、こちらに来て動く車なんて初めて見た。

 

「ジンさんが日本刀を抜いてないから敵じゃなさそうだけど、俺が逃げろって叫んだらすぐ駅に駆け込むんだよ? それが出来ないなら、セイちゃんはここで留守番」

「約束する。だから、早く行く。あの型のトラック、初めて見た」

「やれやれ。やっとレベリングが出来ると思ったら、これかよ……」

 

 無表情ながらどこかウキウキした様子のセイちゃんと駅を出て、防衛隊にバリケードの門を開けてもらう。

 

「来たぞ。あれがアキラじゃ」

「ピップボーイ。まさか、本当に……」

「よう、エンクレイヴ。太平洋を渡ったんじゃなかったら、101のアイツの関係者だよな?」

「名前は見えてるだろうが、商売をする時はウルフギャングと名乗ってる。アンタがこの爺さんの言う、101のアイツの再来か。頼む、助けてくれ。手を貸して欲しいんだっ!」

「また懐かしい名前を。役に立てるかはわかんねえが、話なら聞こう」

 

 男が拳を握り締め、パワーアーマーがギリッと鳴った。

 助けろと言うからには、胸クソの悪い話を聞かされる事になるのかもしれない。

 

「俺と女房は、101のアイツに命を救われた。横浜での話だ」

 

 それがトラックで国道一号線を西へ。

 もしかすると、まんま大正義団のような連中か。

 ジンさんは苦虫を噛み潰したような表情で葉巻を咥え、マッチを擦った。それにつられて俺もタバコに火を点ける。

 隣にいるセイちゃんの表情は見えないが、やはり兄を思い出しているのだろうか。

 

「続けなよ」

「天竜川って駅を知ってるか?」

「知らん」

「浜松の向こうにある、本当に小さな駅だ。101のアイツのサインを辿ってイッコクを走っていた俺達は、その駅の手前の踏切でとある親子連れに出会った」

 

 イッコクとは国道一号線の事だろうか。

 田舎者の俺には馴染みのない言い方だが、話の腰を折って時間をムダにしたくないので黙って頷いておく。

 

 



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幕開け

 

 

 

「その家族は、住民がすべて浜松に引っ越した集落に1家族だけで暮らしていた。そんなだからもちろん金なんてほとんど持ってなかったが、気のいい夫婦とかわいらしい子供達だったんで、こっちの儲けなしで取引をしてな」

「へえ。優しいじゃんか」

「えらく感謝されて1泊だけでもしてけって言われたんで、焚き火を囲みながら同じ鍋をつついて枕を並べて寝た。その翌日の朝、トラックで出発してすぐだ」

 

 パワーアーマーのヘルメット越しなのでくぐもって聞こえるウルフギャングの声が、低くなる。

 

「集落が、襲われた。慌てて引き返すと、相手は線路を静岡方面から徒歩で移動してきたと思われる悪党共。咄嗟に銃で応戦したが、いかんせんあっちは50ほどもいてな。俺の判断ミスでトラックを見られ銃まで撃ったから、悪党はたった1家族の暮らす集落が宝の山だと思い込んじまったらしい。本気になって銃を撃ちまくってきた。女房はトラックを飛び降りて家族を庇いつつ、俺に急いで浜松にいる新制帝国軍ってのに援軍を出してもらえと」

「トラックを使うような商人になら、新制帝国軍だって恩を売っておきてえだろうしな」

「俺と女房も、そう判断した。だが、それは間違いだったよ」

 

 ウルフギャングが肩を落として言う。

 

「断られたか」

「さんざん街の入口で待たされ、その間に何度も袖の下を要求された上でな」

「クズだなあ、新制帝国軍。NCR以下じゃねえか。んでそれ、どんくらい前だよ?」

「浜松を出たのは、今日の明け方だ。これじゃもう待ってる間に兵隊の1人が言っていた大正義団ってのを頼るしかないかと、イッコクを飛ばした。そしたらこの駅前に、×印をされてない101 STAYの文字。見張りに声をかけたらこの爺さんが来て、101のアイツはいないが、その再来であるアンタならいると。頼む、お願いだ。有り金と荷台に積んである商品をすべて渡したっていい。女房を助けてくれ、頼むっ! 101のアイツの再来なら、50くらいの悪党なんて屁でもないはずだろうっ!?」

「クレイジーウルフギャングは、師匠の友人」

「話でも聞いた事があるのかい、セイちゃん?」

「ん。本当はきれいなブッチって呼びたかったらしい」

「ははっ。なら、決まりだな」

 

 ホルスターに通して固定している警察官用の無線機を繋ぐ。

 

「聞こえるか、ミサキ?」

 

 ザザッ うん。なんか面倒事みたいねえ。

 

「クエスト発生だ。装甲トラックを操るおっさんとパーティー組んで盗賊退治なんて、まるで別のゲームみてえだぜ。ちょっと、浜松の向こうまで出かけて来る」

 

 浜松じゃ無線は繋がんないよね、あたしも行っていい?

 

「いや。俺だけでいい。奥の手もあるから、まあ心配すんな」

 

 アキラがそう言うなら大丈夫なんだろうけど、頼むから怪我しないでね?

 

「あいよ。じゃあな」

「ありがとう、ありがとうっ!」

「セイも頑張る」

 

 おいおい。

 そんな気分でジンさんを見るが、諦めろとでも言うように首を横に振られた。

 タバコを吹き捨てる。

 説得するフリくれえしろ爺様と言っても、ジンさんは笑うだけだろう。それどころか下手をすれば、ならワシも行こうとか言いかねない。

 トラックの運転席は狭そうなので、4人乗りなんてゴメンだ。

 

「言い争ってる時間はないんだ、覚悟は?」

「当然。師匠の友人と夫がトラックで戦いに出るなら、修理が得意なセイも行くに決まってる」

「やれやれ、男前だねえ。おら、急ごうぜウルフギャング」

「わ、わかった」

 

 助手席のドアを開けて先にセイちゃんを乗せ、ジンさんに頷いて見せてから乗り込む。大事な愛娘を心配しないはずがないのに黙って好きにさせるのは、こんな俺を本当に信頼してくれているからだろう。

 その信頼は、なんとしても裏切りたくない。

 

「うわっ、なんだこれっ!?」

 

 ウルフギャングのトラックは俺がいた方の日本でもよく見た形なのだが、運転席のシートの後ろがそのまま荷台に繋がっている奇妙な構造をしていた。

 

「この方が都合がいいんだよ。防弾版をベタベタ貼っつけてるんで暗いが、エンジンをかければ荷台の電灯が点くからカンベンしてくれ」

「これ、間違いなく師匠の改造」

「そうなのか?」

 

 ドアを閉める。

 フロントガラスもドアのウィンドウも防弾版のせいでブラインドを下ろした窓のようだが、ウルフギャングがエンジンを始動するとすぐに明かりが灯った。

 

「ん。この雑さは師匠にしか出せない」

「雑って。大急ぎで向かう、舌を噛まないでくれ」

「あいよ。車内は禁煙じゃねえみてえなんで安心だ」

 

 トラックが動き出す。

 ボート以外の乗り物なんて久しぶりだが、何度かギアチェンジしてかなりのスピードを出しても怖さはあまり感じなかった。

 

「コイツなら、1時間もかからず到着する。アキラ、俺もそう呼んでいいか?」

「もちろん」

「ありがたい。それでアキラ、武器は何を使うんだ? 集落が攻撃されているのは確実だろうから、今のうちに手はずを決めておきたい」

「作戦なんてねえさ。正面から、ぶっ潰す。まとめてミンチにしてやるんだよ。レイダー共にゃ、そんな最後がお似合いさ」

「おおっ!」

 

 ウルフギャングはそんな俺の言葉を聞いて身を乗り出すようにしながらハンドルを操作したが、セイちゃんはなんとも微妙な表情で俺の顔を見上げる。

 

「やっぱりアキラもデタラメに強いんだろうなあ。ちなみに、レベルは?」

「レベルを知ってんのか。さすが101のアイツのダチ。昨日、5になったよ」

「……は?」

「5だって。1、2、3、4、5の5。商人なんだから、数字にはつえーんじゃねえのかよ」

「ご、5━━━━━━っ!?」

 

 キイイイイッ

 

 そんな耳障りな音を鳴らしながら、ウルフギャングのトラックが猛スピードで蛇行した。

 

「おい。安全運転しろとは言わねえが、事故ってセイちゃんに怪我でもさせたらぶん殴るぞ?」

「出来るものか。101のアイツとは違うから限界は低いが、それでも俺はとっくの昔にレベル20になってんだぞ!」

「……まさか、ピップボーイ持ってんのかよ?」

「VATSを使えない国産品だがな。くそっ、どうするんだ。いくら101のアイツの再来でも、レベルがたった5じゃ」

「クレイジーウルフギャング」

「なんだ、お嬢ちゃん。今、考えをまとめるので忙しいんだ。悪いが」

「101のアイツ、師匠がレベル5だったとして悪党50人に負ける?」

「そ、それは……」

「だから平気。アキラが大丈夫って言ったら、問題はこのトラックが間に合うかどうかだけ」

「……信じていいんだな、その言葉?」

「ん。ミサキもそうだけど、師匠とアキラを心配するなんてバカらしい。好きにさせとかないと、何しでかすかわかんないし。ほっとくのが最善」

「そういう所まで似てるのか、アキラは」

「性格は全然違うけど、そっくり」

「ヒデエ言われようだなあ」

 

 ウルフギャングは何も言わず防弾版の隙間を見ながら運転していたが、しばらくすると唐突にエンクレイヴ・パワーアーマーを装備解除した。

 トレーダーの帽子に、トレーダーの服。どちらも、101のアイツに譲られた物だろう。

 胸ポケットからタバコを出し、1本を抜きやすいように半分出してから箱を差し出す。

 

「ありがとう、アキラ」

「痛くはねえんだよな?」

「ふふっ、一言目が101のアイツと同じか。本当に似ているんだなあ。痛くなんてないよ。300年も痛みを感じっ放しなら、とうの昔に気が狂ってる」

 

 低い声で笑いながらタバコを咥えたウルフギャングに、今度はライターの火を差し出す。

 

「そうかい」

「ふーっ、ありがとう。舶来物なんて、懐かしいな」

「ダッシュボードに置いとくから、好きにやってくれ」

「遠慮なくいただこう」

 

 咥えタバコで、ウルフギャングがハンドルを細かく操作する。

 その横顔には、あるはずの鼻がなかった。

 体毛もないし、瞳は黒でも茶でもなく白く濁っている。何より灼け爛れて引き攣った肌が、見ているだけで痛々しい。

 グール。

 フェラル・グールのように理性をなくす事こそなかったが、すでに人間ではなくなってしまった存在。

 

「戦前の生まれか、ウルフギャングは」

「学生だったが、金持ちのボンボンでね。そっちで言うヴォルトへ逃げる途中で、このザマだよ」

「でもレベル20なら、セイちゃんを安心して任せられるな。武器は?」

「レールライフル」

「っは。マジかよ」

「ふふっ。ジャンク屋にはこれしかないって、101のアイツがくれたんだよ。俺は武器屋だって言ってんのに、いつもジャンク屋のウルフギャングと紹介されてたな。まあそのレールライフルのおかげで、ここまではどうにか無事に来れた。女房の強さに助けられてばかりだったけど」

「奥さんは女傑か。そういや、こっちの世界の女ってさ」

「ん?」

「な、なんでもないよ、セイちゃん」

「はははっ。尻に敷かれてるなあ、アキラ」

「……ほっとけ」

「金や商品を渡すと言っても眉すら動かさなかったのに、かわいこちゃんに睨まれたらそれか。そんなところも、アイツにそっくりかもな」

「へえ」

 

 101のアイツは女好き、か。

 それがミサキと出会って恋をして、そこからこのフォールアウトは始まるのかもしれない。

 

「見ろよ、アキラ。弁天島に入ったぞ」

 

 ブラインドのような防弾版の隙間から外を覗くが、海らしき青がチラリと見えただけだった。

 

「なーんも見えね」

「荷台からその屋根に上がれば景色はいいが、今は急いでるからな」

「あ、クレイジーウルフギャング」

「なにかな、お嬢ちゃん?」

「セイでいい。師匠が自分を追って来た人にって手紙を置いてったから、終わったら里に寄って」

「そりゃいいな。ウェイストランドの酒もたんまりある。しばらく泊まってもいいし」

「この辺はグールが少ないって聞いたから、こんな姿じゃ迷惑じゃないか?」

「見た目で文句を言うヤツがいたら、俺は小舟の里が嫌いになるかもな。そしたら、101のアイツを追う旅に連れてってくれよ」

 

 それも楽しそうだ。

 ミサキはどうも俺よりそういった事には潔癖なようなので、きっと賛成してくれるだろう。

 発生しているクエストをシカトして話を進め、失敗になるのも立派なフォールアウトシリーズの楽しみ方だ。

 

「そりゃあいい。退屈しないで済みそうだ」

 

 ウルフギャングは戦前の生まれなので、平和な頃に関西やその先へも行った事があるらしい。1時間ほど戦前の日本の様子や大戦争後の苦労話を聞いていると、ウルフギャングのトラックは徐々にスピードを落として完全に停止した。

 

「到着か?」

「ああ。降りたら、大きな歩道橋と線路が見えるはずだ。トラックはここに置いて、その歩道橋から線路の向こうにある集落、パチンコ屋の跡地に行こうと思うんだが」

「俺1人でいいんだけどなあ。ま、その目で見なきゃ納得は出来ねえか。降りようぜ。銃声も聞こえねえし」

 

 言った途端、爆発音。

 

「女房のミサイル!」

「とりあえず、歩道橋までは出ていい。だが、勝手に突っ込むんじゃねえぞ?」

「約束するっ」

 

 ウルフギャングに続いてトラックを降りると、たしかに目の前には歩道橋があった。

 そこを駆け上がると、背の高い雑草に阻まれて見えなかった線路も見える。

 

「あそこだ!」

「声がデケエって。……パチンコ屋を囲むレイダー、じゃなくて悪党。でも、変だな」

「なにがだ?」

「パチンコ店の方を向いて銃を撃ってんのは数人で、他は反対側の道路を気にしてるぞ?」

「たしかに……」

「まあ、とりあえずレイダーは皆殺しにして来るわ。ちっと退いてくれ」

「それはいいが、いったいどうやって」

「これで薙ぎ払うのさ」

 

 広い道幅の歩道橋に、パワーアーマーを出す。

 こちらの世界での、日本でのデビュー戦だ。ケチらずホットロッド・フレイム塗装のX-01を選んで、背中に新品のフュージョン・コアをぶち込んだ。

 

「な、なんだこれ。パワーアーマー、なのか……」

「悪人顔が素敵。濡れる」

「仕様の違いで、エンクレイヴ・パワーアーマーとはもう別物だけどな。パワーアーマーに間違いねえよ。そんじゃ行ってくっから、ここで待っててくれ」

「あ、ああ……」

「武器も楽しみ」

「きっと喜んでもらえると思うよ、セイちゃん」

 

 フュージョン・コアを入れた窪みの上にあるハンドルを回す。

 

 ガコンッ、カシャカシャ

 

 そんなSFチックな音と共に、X-01の背面が開いた。

 

「いやー。現実に乗れるとなるとテンション上がるなあ」

 

 肩の辺りを掴み、乗り込むようにしてパワーアーマーを装備する。子供の頃にトイレでチャックに玉の皮を挟んでしまった苦い経験をチラリと思い出したが、こんなハイテク兵器でそれはないだろうと自分を安心させた。

 

 ピピッ

 

 そんな音がして背面装甲が閉まり、いつも見えているピップボーイのアシストシステムではなく、まるで戦闘機か何かのような計器類やパーツの各部位が簡略化されたディスプレイが表示されると、俺は笑い声が出るのを堪え切れない。

 なんだかんだ言っても俺は、フォールアウト4の大ファンである。それが現実にパワーアーマーを身にまとえば、気色の悪い笑いだって出てしまうってものだ。

 ひとしきり笑い、拳を握ってみて問題なくX-01が作動するのを確認。

 

「……さあ、ショータイムだ」

 

 



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チュートリアル

 

 

 

 ターゲッティングHUDのおかげで体の表面が赤く光って視認しやすくなっている悪党達は、まだこちらに気づいく様子はなく黄色マーカーのままだ。

 このままステルス状態からフルチャージしたレジェンダリーガウスライフルやミサイルランチャーで先制してセイちゃんを楽しませてもいいが、遊び半分で人を殺すのには抵抗があるし、レイダー並みの超索敵能力でここまで来られても困る。

 

「そこから動かないでね、セイちゃん」

「ん」

 

 ドシン、ドシン

 

 X-01を装備していると歩くだけでそんな音がしたので急ぐ事に決め、ピップボーイのインベントリから爆発ミニガンを出して装備した。

 悪党はパチンコ店の入口の向こうから攻撃されているので、ウルフギャングの奥さんを爆発の追加効果に巻き込む心配はないだろう。

 このパワーアーマーの胴体パーツは、ジェットパック・フレイム X-01MK.Ⅵ。

 ジャンプしてから三角ボタンを押しっ放しにするイメージ。

 それだけで、ジェットパックはちゃんと反応してくれた。

 

「と、飛んだだとっ!?」

 

 いいリアクションだ、ウルフギャング。

 こんな事はフォールアウト3じゃ絶対に出来なかったから、101のアイツもそんな感じで驚いてくれるだろうか。

 そしたら散々もったいぶってから、ジェットパック付きのパワーアーマーを1つ譲ってやればいい。

 

「空を飛ぶって最高だな! え、あれっ?」

 

 地面が近づいている。

 このままレイダー共のど真ん中に着地して、落下の衝撃ダメージで数人をなぎ倒したいのに。

 

「あれ、あれ? ……うは、APがすっからかん。そういやAgilityも3しかねえんだった。APたったの90って!」

 

 Agilityが3のままなので、ジェットパックを吹かしたり走ったりVATS攻撃するのに消費するアクションポイントは初期値の90。

 カッコよく登場して悪党共をなぎ倒すはずが、先制攻撃のチャンスを自ら投げ捨て、VATSすら使えない状況で敵の眼前に大音響を響かせながら現れる。

 そんな醜態に顔を真っ赤にした俺はそれがパワーアーマーのヘルメットのおかげで見えない事に感謝しつつ、線路の向こうにある駐車場のかなりパチンコ店から遠い場所、それも悪党など1人もいないアスファルトの上へムダに衝撃ダメージを発生させながら着地した。

 

「な、なんだありゃ!?」

「知るか。とりあえず撃て、食えりゃめっけもんだっ!」

 

 ホクブ拳銃と、同じくホクブ社製のライフルの銃弾が俺に降り注ぐ。

 ライフルの方は22口径で、日本人でも扱いやすい低反動のスリムなボルトアクションライフルだ。警察署の探索では1丁しか見つけられなかったらしいので、メガトン特殊部隊では最も狙撃の巧いカズノブさんだけが持ち歩いている。

 いい土産が出来たな。

 

「残念。地獄からの使者は、そんな銀玉鉄砲じゃ倒せやしねえよ」

 

 腰をわずかに落とし、見様見真似の射撃姿勢を取る。

 ああ、俺はまた人を殺すんだなと思いながら、爆発ミニガンの弾をバラ撒いた。

 

「ぎゃあっ!」

「いでえっ!」

「ひいっ」

 

 ゲームとは違う生きている人間達の悲鳴や断末魔に、ただでさえ脆い心がポッキリと折れてしまいそうになる。

 それでも司法の裁きや、その後の外とはまったく違う不自由な生活を強制されて心を入れ替える機会などないこの世界。

 ここで殺さなければこの悪党共はまたどこかで誰かを不幸にするのだと自分に言い聞かせながら、俺は拳銃などとは比べ物にならない取っ手のようなトリガーを引きっぱなしにした。

 携行式のガトリングガンの銃弾を浴びただけでも人間の体など瞬く間に目を背けたくなる状態になってしまうだろうに、レジェンダリー武器の効果でその銃弾がすべて着弾と同時に爆発するのだから酷い有様だ。

 

「セイちゃんには近くで見せらんないな」

 

 ミサキが単純に自分の与えるダメージがすべて5%上昇するからと取得し、その後はじめて戦闘を終えた日は顔を真っ青にして食卓の肉料理を見た瞬間にトイレに駆け込んだ、倒した敵をバラバラにするBloody MessというPerkはもちろん取得していない。

 それなのに装備した武器や防具はそのままに、悪党達は次々にその肉体を挽肉のようにされながら死んでゆく。

 

「バ、バケモノだっ!」

「逃げるぞっ!」

「ひいっ」

 

 逃がすかよ。

 ズシンズシンと機動戦士のように足音を響かせながら、パチンコ店と俺に背を向ける悪党達へミニガンの銃口を向けた。

 右手に、小舟の里の新居町駅と同じく線路の上に通路のある小さな駅が見える。

 悪党達が向かう道路の突き当りには雑草が生い茂っているのだが、そこから大きな影が不意に飛び出した。

 

「マジ、かよ……」

 

 俺から逃げた悪党がその腕に薙ぎ払われ、すかさずもう1人が胴を掴まれて持ち上げられる。

 

「くそっ、やっぱり追ってきやがったか獣面鬼。離せ、離せっ。……やめろ、俺を食うなっ。ぎゃああああっ!」

「た、助けてくれっ。なんでもするからっ。這いつくばってナニどころかケツの穴まで舐めまくってやるからさっ。頼む、頼むようっ!」

 

 レイダーにも悪党にも、女はいる。

 その中の1人が涙と、鼻水まで垂らしながらまだ話の通じそうな俺の方を向いて叫んだが、こんな世界では人を許すにも大変な覚悟というものが必要だ。

 それはその人間をいつまでも近くで見続け、その人間がまた人を殺したならば、その罪のない人の命を奪ったのは自分でもあると認める覚悟。

 そんな覚悟など出来るはずのない俺は、泣きながら助けてくれと叫ぶ女の顔面に爆発ミニガンのガンナーサイトを重ねた。

 

「や、やめてくれ。死にたくないっ。あたしは男に乗っかって腰を振ってりゃ腹いっぱいメシが食えるから、ただそれだけの理由でっ。やめてくれ。死にたくないっ、死にたくないんだよぅ……」

「それでも、名前の前に悪党なんて表示がされたら終わりなのさ。あばよ、美人レイダー」

 

 爆発ミニガンの連射で、薄汚れてはいるが整った顔立ちが頭部ごと吹っ飛ぶ。

 その死体が首から血を噴き出して膝をつくようにアスファルトに崩れ落ちるのを見ながら、俺は爆発ミニガンを膝砕きのミニガンへと変更した。

 

「ここまでがチュートリアルかよ。このデスクローを倒して、やっと俺のウェイストランドでの命を懸けたサバイバルが始まるってか。はっ。どこのどいつか知らんが、悪趣味にもほどがあるぜ」

 

 死んだ悪党が獣面鬼と呼んだデスクローは、次々に悪党を殴り殺してはもう片方の手で掴まえた人間の頭部を喰いちぎって喜悦の雄叫びを上げている。

 その光景は仮想世界なんかとは比較にならないほどに衝撃的で、この世界の理不尽さ残酷さをゲーム気分の抜けきっていない俺に教えてやろうとでもしているかのようだ。

 

「だがよ、神か悪魔か知らねえがちっとばかしゲーマーを舐めてねえか。レジェンダリー武器やフル改造のパワーアーマーをたんまり持たしたってのに、チュートリアルの相手が無印デスクロー? はんっ。テメエはあれだな、コンコードで殺されまくってコントローラーを投げそうんなったクチだな。……あめえってんだよ、ボンクラッ!」

 

 もう悪党は壊滅状態で、かろうじて生き残っている連中も逃げるのを諦めてしまっているようだ。

 Perceptionも3しかないので気がつかなかったが、もしかしたら俺とデスクローはほぼ同時に草むらの向こうにいた悪党達へ奇襲をかけたのかもしれない。

 2匹のケダモノが、同時に獲物の群れに襲い掛かったのだ。獲物を喰い尽せば、今度はケダモノ同士が咬み合うのは必然。

 

「フュージョン・コア残量、OK。……HP、AP共にフル。膝砕きのミニガン、装填よし。安全装置、解除」

「逃げる気はないみたいね、お兄さン」

 

 そう言いながら俺の隣に並んだのは、驚いた事に白い機体を硝煙や泥で少しばかり汚したセントリーボットだった。

 こんな状況では確認できないが、背面にフュージョン・コアを搭載していればフォールアウト4に、そうでなければ3かNVに登場したタイプだろう。

 ……いや、胸に桜のペイントが見えたので、マリーナのプロテクトロンのように国産機という可能性もあるか。頭の上に名前が見えているが、もしかしてこれが。

 

「あの人も、またずいぶんとぶっ飛んだ助っ人を連れて来てくれたものネ」

「気に入らねえならここはアンタに任せて、俺は家でのんびりビールでも飲むが?」

「獣面鬼をか弱い女に押し付けて帰るなんて、とんだ人でなしねエ」

「誰がか弱いって、サクラさん?」

「覚えておくのね、ボウヤ。たとえその体が殺人兵器になっても、女は女なのヨ」

 

 機械であるロボットに表情などあるはずもないが、頭の上にサクラと名前が表示されているこのセントリーボットははっきりと笑ったように感じた。

 

「そうかい。悪党の50人程度なんぞ、アンタなら簡単に蹴散らせそうなもんだが。もしかして、弾切れか?」

「正解。ミサイルは残り1発。5mmも数十発しか残ってないのヨ。戦前の研究施設の捜索と101のアイツを追うのを優先して、防衛軍基地跡の探索をおろそかにしたツケが回ってきたのネ」

「そうかい。5mm弾なら腐るほどある。とりあえず1000を地面に出すから、ミサイルの最後の1発をサービスしてくれよ。ミサイルもあるんだが、取り出そうと探す暇はなさそうだ」

「ええ、戦闘になったらミサイルランチャーはボウヤを巻き込むから、5mm弾だけでいいわヨ。じゃあ、開幕のゴングを派手に鳴らしてあげるワ」

「ありがてえ」

「テンカウントの分はないから死ぬんじゃないわよ、ボウヤ?」

「誰に言ってんだ。……ほら、弾だ」

「ありがと。じゃあ、始めましょうカ」

「ああ。派手にぶちかませっ!」

 

 すっかり残った悪党を食い終え、その血で全身を洗ったようなデスクローがアスファルトを踏み鳴らして吠える。

 その巨体に、気の抜けた発射音と白煙が尾を引いてミサイルが迫った。

 前に出る。

 セントリーボットの弾薬補充なんてレアな光景も見てみたいが、そんなのは後でいい。

 

「1ラウンドでKOしてやっからな、先生さんよっ!」

 

 前に出ながら膝砕きのミニガンをぶっ放す。

 同時に、ミサイルが着弾。

 黒煙の向こうのHPバーは、笑えるほどに減っていない。

 名前もデスクローではなく獣面鬼としか表示されていないし、もしかしたら日本固有のクリーチャーで強さもまた本家とは段違いだったりするのだろうか。

 

「それでも、ぶち殺すしかねえわなあっ。ザマあ、さっそく両足重傷かよっ!」

 

 獣面鬼はアスファルトに膝をつき、天を仰ぐようにして鼓膜が持って行かれそうなほどの咆哮を上げた。

 レジェンダリー武器である膝砕きの効果は銃弾のすべてに『攻撃が当たると、20%の確率で敵の足に重傷を負わせる』という強力なものだが、足が重傷状態になってしまえばダメージが増加する効果が付いたレジェンダリー武器と比べるとダメージは少しばかり物足りない。

 だから、次はこれだ。

 

「な、なにやってんのよっ。獣面鬼に散弾銃なんて自殺行為ッ!」

 

 



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殺意

 

 

 

 知るか。

 黙って見てろ。

 3と4。数字で言えば1しか違わなくても、少年だった俺が20になるまで待たされてようやく発売されたゲームの進化ってヤツを見せてやる。

 

「大口開けて、驚きやがれっ!」

 

 爆発ショットガンのトリガーを引いた。

 改造で拡散を抑えた小さな散弾がすべてヒットして、獣面鬼の体表が爆ぜる。

 ごっそり減ったHPバーを見て、俺はヘルメットの中で会心の笑みを浮かべた。

 フォールアウト4では下手をすればレベル3かそこら、今の俺より低いレベルでこのデスクローと戦わされる。普通にプレイしていたならパワーアーマーとミニガンのセットをクエストで支給されるように手に入れるのでいいが、縛りで「俺はヴォルト神拳の伝承者だぜぇ」とかやってたら目も当てられない。もう、ハヴォック神に祈るしか道はないのだ。

 

「な、なんて威力の散弾銃なのっ。あの子のコンバットショットガンの比じゃなイ……」

 

 それが時の流れの残酷さだってんだよ。

 

「ははっ。だらしがねえなあ、先生さんよっ!」

 

 やはり、敵が人間ではなくクリーチャーだと気が楽でいい。

 人間の敵を倒すのには慣れたいが、殺すのには慣れたくはないというのが俺の本音だ。

 2発、3発とトリガーを引いて獣面鬼のHPを削る。

 もうそのHPバーは、残り半分を切っていた。

 やれる。

 ノーダメージで初見デス先生を撃破。

 101のアイツとならそんな話で盛り上がれるだろうから、その証人になってくれるサクラさんによく見えるようにしてから倒そうか。

 

「ほらほら、こっちだ。もう手が届くんじゃねえか、先生?」

 

 わざと接近し、トリガーを引かずに獣面鬼を煽る。

 そんなふざけたマネをしながらも、俺はその肩から拳までをしっかりと見ていた。

 ……来る!

 

「あーらよっと」

 

 ジェットパックを吹かし、獣面鬼の真上から散弾の雨を浴びせる。

 ドスンと着地しながら、視界に入った白い機体のセントリーボットのカメラに向けて軽くガッツポーズ。

 いつか101のアイツと酒でも飲む機会があれば、ぜひとも俺の華麗な回避と直上からの見事な攻撃を話して聞かせてやって欲しい。

 そのサクラさんの白い機体は5mm弾の補充を終えたのか、前に2つ、後ろにそれより少し大きなのが1つある足に付いているタイヤを動かしてこちらに向かいかけ、ピタリと止まった。

 

「なんだ、あまりにも華麗で見惚れちまったか? 人妻はさすがにマズイって。……そういやNVじゃロボットの風俗があったし、フォールアウト4でもロボットと結婚してた男がいたよな」

「逃げなさい、ボウヤッ!」

 

 何を言ってんだか。

 このぶざまに這いつくばったデスクローはもう先生なんかじゃなく、ただの美味しい経験値だ。コイツを殺せば、またレベルアップで俺はレベル6になる。

 帰りの助手席でPerksの検討を……

 

「ごえふっ!」

 

 ああ、この景色は見た事がある。

 それも最近。

 密度が濃いので忘れがちだが、俺はこの世界に来てまだ1か月も経ってないのだ。

 動画サイトで見た、事故に巻き込まれたバイクのドライブレコーダー。

 この世界に来て初めての戦闘でやられた時と同じく、ミリしか残っていないHPバー。これで死んでないんだから、Luck10にはゲームでよくあるド根性的な隠しPerkでもあるのかもしれない。もしそうなら、Luckガン振りに感謝できそうだ。

 それにあれだけ悩んで浜名湖の湖岸でEnduranceを2上げてAQUABOYを取得したからこそ、HPが上がっていて即死を免れたのだろう。

 どれだけ迂闊でどれだけ能無しでも、この世界の俺には間違いなくツキがある。

 それにしてもパワーアーマーを来た人間をぶっ飛ばすなんて、どんなバケモノだ。フル改造のX-01を殴り飛ばすなら、そんじょそこらのクリーチャーではないだろうが。

 

「おいおい、マジかよ……」

「なにやってんのよ、ボウヤ。死にたいんなら、少し先にある天竜川にでも身を投げなさイ」

「こんな世界に来ても、自殺願望はねえなあ。それよか奥さん、あれって」

「獣面鬼・母。駆け寄って顔を舐めてるところからすると、どうやら最初に襲って来たのは子供のようネ」

「……父もいんのか?」

「知らないわヨ」

「悪党はこの家族から逃げてここまで来たんか。なるほどねえ」

「勝てル?」

「HPがミリしかねえのにか? ゲーミングPCを買えるくれえ金持ちだったらオワタ式もやりてえと思ってたが、現実でそんなドM縛りはカンベンだぜ」

「何を言ってるのかわかんないけど、やれないなら方法は1つね。さっき隙を見てあの人が私が守ってた家族を避難させてたから、さっさと逃げるわヨ」

「了解。頼むぜえ、母ちゃん。そのまま息子をペロペロしててくれよ……」

 

 獣面鬼・母が子供を介抱しているので、サクラさんと並んで銃口を向けたままそろそろと後退する。

 歩道橋には自転車を押して渡るための道路のようなものがあり、それは2台が擦れ違えそうなほどのものだったのでサクラさんでも問題なく渡れるだろう。

 

「よし、もうちょっとで歩道橋だ……」

「でも残念。元気なお母様がこっちを睨みつけてるわヨ」

「チッ。先に行ってくれ」

「そのHPで? さっきの不思議な武器を使うつもりでしょうけど、まだあたしを盾にする方が生き残れると思うわヨ?」

「女を盾にして生き残るくらいなら、ウェイストランドの荒野に屍を晒した方がマシだね。いいから早く。出発の準備を急がせて、それが終わったらクラクションで合図を」

「……男の子ねえ。でもま、気に入ったわ。死ぬんじゃないわヨ?」

「当たり前だっての」

 

 ギャリギャリとタイヤの鳴る音を聞きながら、同じ固有効果の膝砕きでも今度はアサルトライフルを出して銃口を2匹の獣面鬼に向けた。

 フォールアウト4でのデザインはあまり好きじゃないのでゲームではほとんど使わなかったが、こんなミリしか残っていないHPで贅沢は言ってられない。

 クイックイジェクトドラムマガジンとパワフルオートレシーバーという改造もしてあるので、パワーアーマーのStrength上昇効果のおかげで狙いが付けられるなら、ミニガンより正確な射撃が出来るこの銃の方がいいだろう。

 

「来るか、母ちゃん。息子の仇は死にかけの美味そうなエサに見えるかもしれねえが、俺の最後っ屁はなかなかにキツイぞ?」

 

 自分の鼓動が、やけに大きく聞こえる。

 汗が目に流れ込んで痛むが、ゲーマーの集中力がそんなもので揺らぐものか。

 ……来る!

 

「バカ野郎がっ!」

 

 このウェイストランドでは、選択を間違えたのが自分であったとしても、大切な相手だけが無慈悲に殺されたりもしてしまうのに。

 思いながらトリガーを引き、獣面鬼・母の走る速度がガクンと落ちたのを見てフラググレネードという手榴弾の装備をイメージした。これはまだ4桁以上あるので、これからもお世話になりそうだ。

 アサルトライフルが消え、手の中にフラググレネードが現れる。

 

「恨むなら、判断を間違えた自分を恨みな」

 

 小舟の里の南西橋と南東橋をコンクリートの土台で封鎖してその上にタレットを設置した時、メガトン特殊部隊の連中と一緒にフラググレネードの試し投げはしてある。

 ピンを抜き、安全レバーを握り込んで思い切り投げた。

 それは狙い通り獣面鬼・母ではなく、アスファルトに倒れ込んでいる獣面鬼の胸元に転がる。

 3つほど投げたところで、最初の1発が爆発。

 何が起こっているのかわからないだろうに足を引き摺りながら子供の元へと戻りかけた獣面鬼・母を視界に入れながら、さらに3発を投げて俺は踵を返した。

 階段を駆け上がる途中で、レベルアップの効果音。

 

「よし。後は逃げるだけ、って。影?」

 

 ゲームをしていると、プレイヤーが製作者の神経を疑う瞬間というのがままある。

 まずはバカさ加減。テストプレイくらいしろよと思うバグは、特に海外のゲームに多い。

 次に予算や人手が足りてなさそうなのに、それでもそれを作り続ける執念。

 最後に、底意地の悪さだ。やっと勝った、そう思わせた直後にプレイヤーをあざ笑うかのようにピンチへと突き落とす演出は多い。

 階段を上り切ればもう逃げ延びられるだろうと思っていた俺は、かなり長い歩道橋の橋の部分に足をかけながら思いっきり跳んだ。

 轟音。

 X-01の装甲が歩道橋を叩いた音ではない。

 

「グルゥ……」

 

 舞い上がる砂塵。

 その向こうで獣面鬼・母が、俺を睨む。

 

「ウソだろ。両足が重傷だってのに、ここまでジャンプしたってのかよ」

 

 獣面鬼・母の瞳が言っている。

 オマエだけは、殺すと。

 

 ビーッ!

 

 待っていたクラクション。

 俺が起き上がると、両足から血を噴き出させながら獣面鬼・母がそれを追った。

 急げ、急げっ。

 爪が掠りでもしたら、俺はそこでゲームオーバーだ。

 そうなればあちらの日本でゲームのほとんどを、フォールアウトシリーズをプレイした経験のないミサキはいつ帰るかもわからない101のアイツを小舟の里で待ち続ける事になってしまう。

 早鐘のように鳴る、己の鼓動。フイゴを吹くような呼吸。

 パワーアーマーの鈍重とも感じる足音。

 聞こえるのは、それだけではない。

 X-01の集音マイクは、たしかに拾っているのだ。

 もう1つの足音を。

 

「間に合えっ!」

 

 パチンコ店を取り囲んでいた悪党と戦闘を開始した時の恥ずかしいミスで、低Agilityでのジェットパックの挙動は掴んでいる。

 ウルフギャングのトラックが移動していない事を祈りながら、恐怖でカチカチと鳴ってしまいそうな歯を食いしばって跳んだ。

 すぐに、ジェットパックを吹かす。

 

「南無三っ!」

 

 歩道橋の床が見えなくなる。

 青い空。

 雑草。

 ひび割れたアスファルト。

 降りた時と同じ場所でエンジンをかけ、俺を待つトラック。

 

「パワーアーマー、収納っ!」

 

 ここへ向かう途中でウルフギャングが言っていたように、荷台の屋根にはハッチが取り付けられて周囲には落下防止の手摺りもあった。

 そこに着地する瞬間、パワーアーマーを装備解除したので落下ダメージが入ってゲームオーバーという最悪の展開が頭をよぎるが、人様の宝物をパワーアーマーの着地でぶっ壊す訳にはいかない。

 

「……いてえっ。けど生きてるっ。出せ。急いでだ。ヤツは、デスクローはまだ跳べるぞっ!」

 

 控え目にだが荷台の屋根をバンバンと叩きながら叫ぶと、ウルフギャングのトラックは俺に気を使う事などなくタイヤを軋ませて走り出した。

 

「いてっ。今のでくたばったらどうしてくれんだよ、ったく」

 

 手摺りに頭をぶつけたので、愚痴を言いながらピップボーイを操作。

 お目当ての物を見つけ、俺は唇の端を吊り上げた。

 

「最初で最後のプレゼントだぜ、母ちゃん。コイツはな、ビッグボーイってんだ。1粒で2度おいしいから、遠慮なく受け取ってくれ」

 

 フォールアウト4の大都会は、戦前の野球場を利用したダイヤモンドシティという街だ。

 そこの武器屋で売っているこのビッグボーイは、他のレジェンダリー武器ならばツーショットという冠名が付く固有効果を持ち合わせたヌカランチャー。

 つまり、1発を発射すればある程度の距離でもう1発の弾が分裂したように出現する。

 ヌカランチャーは小型の核弾頭を撃ち出す種類の武器なので、これならば正真正銘のバケモノ獣面鬼・母でも無事では済まないだろう。

 俺を追ってジャンプした獣面鬼・母はトラックが走り出してもなお、子供の仇である俺を殺そうと田舎道で懸命に足を動かしている。

 

「まだちっと近いか。……ああ、タバコが潰れちまってる。ま、吸えりゃいい」

 

 ひん曲がったタバコに火を点けて、紫煙を燻らせながら獣面鬼・母との距離が離れるのを待った。

 とある一味で最も好きなのは、当たり前ではあるが髭面のリボルバー使い。コスプレがしたいなんて思った事はないが、あんな渋い男になったつもりでビッグボーイを持ち上げる。

 

「あばよ、母ちゃん」

 

 



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帰還の途次

 

 

 

 咥えタバコのままビッグボーイを発射し、爆音と光に顔を顰めながらキノコ雲を眺める。

 ゲームなら何ともないが、現実だと複雑なものだ。そう思っていると、さっき聞いたばかりのレベルアップ音がまたしても聞こえた。

 どうやらレイダーを少しと獣面鬼、それに獣面鬼・母を倒して、俺は2もレベルアップしてレベル7になってしまったらしい。

 ゲームのように経験値が美味しいからと探しに行って気軽に狩れる相手ではないが、痛い思いをした価値はあったと言う事か。

 

「にしても獣面鬼・母、経験値がレイダー30人分ってどうよ。ま、子供と合わせりゃ50の悪党を全滅させたくらいになったかな。無事、チュートリアルは終了っと。やれやれ、現実になってもとんでもねえゲームだぜ。フォールアウトシリーズってのは……」

 

 ガコンッ

 

 そんな音がしたので目をやると、屋根を叩いたハッチから顔を出したのはセイちゃんだった。

 

「アキラ、クレイジーウルフギャングが危ないから中に入れって」

「あいよ」

 

 こんなに小さいのにどうやってと這って移動して中を覗き込めば、ミサイルランチャーとミニガンの腕を使ってサクラさんが持ち上げてくれていたらしい。

 礼を言ってから荷台に飛び降りると、サクラさんは先に大きな鉄の輪の付いた鎖を引いてハッチを閉じる。

 

「へえ。考えたもんですねえ」

「あたしは、運転席に入れないかラ」

「上がる時は?」

「そこに転がってる鉄板でガンッと突いて開けて、フックをひっかけてそれで上がるのヨ」

「いちいち豪快ですねえ」

「師匠の改造なら、爆破してハッチを開けろって言われないだけマシ」

「101のアイツって、バカなのか……」

 

 俺が屋根にいるのに手荒くトラックを発進させたウルフギャングに文句でも言ってやるかと運転席の方を向くと、ジャンクや武器が並んだ壁の棚に張り付くようにして4人の家族が身を寄せ合っているのが見えた。

 男は40ほどで、奥さんが少し下。男女の双子と思われる子供達は、まだ10にもなっていないんじゃないだろうか。

 

「あの、ありがとうございました」

「おかげで子供達も怪我なく。チル、ミチ。あなた達もお礼を言いなさい」

「あ、ありがとう。お兄ちゃん」

「あんがとな、にーちゃん!」

 

 言葉で判断すると女の子が先に礼を言ったように思えるが、鼻の下を指で擦りながら笑顔で俺をにーちゃんと呼んだ方が女の子だ。

 ミサキがいたら女の子なら言葉遣いがどうこううるさいだろうなと思いながら、2人の頭を撫でで気にするなと言っておく。

 

「ほれ。今から親父さんとウルフギャングとこれからどうするか話し合うから、このお菓子食いながらジュースでも飲んでろ」

「お、お菓子ってなあに?」

「ジュースはあれだろ、知ってるぞっ。あれだ、人を食う妖異だろっ!」

「ええっ。そんなの怖いよ」

「ないない。セイちゃん、このお菓子とジュース開けたげて。奥さんとセイちゃんの分もあるから」

「ん」

「旦那さんは、俺と運転席に。これからの事を話し合いましょう」

「わかりました」

 

 少しばかり窮屈に感じるが、運転席で男3人で並んで水を飲みながら一服する。

 

「ふうっ。やっとHPが回復だ」

「なんで戦闘中に回復しなかったんだ、アキラ?」

「なんでって、投薬ポンプ・モジュールのパワーアーマーじゃなかったからだけど?」

「おいおい。そんな初めて聞くモジュールなんてなくても、ピップボーイを開いてスティムパックを投与すればいいだけじゃないか」

「あ……」

 

 そういえば、ドクターバッグというアイテムがあったフォールアウトNVではそうやって回復をしていたような。

 それにフォールアウトをやった経験のないウルフギャングは気づかなかったようだが、ショートカットにスティムパックを登録しているんだからイメージするだけでそれを使ってHPを回復できたはずだ。

 ゲームの世界が現実になって、最初の戦闘と2度目の今回で見事に死にかける。

 センス云々の前に、俺には荒事が圧倒的に向いていないのだろう。この分では、少しレベルを上げたくらいでは一人前の山師気取りなど出来そうにない。

 

「やれやれ。あんな装備を持ってて獣面鬼を相手に見事な戦いぶりを見せても、まだアキラはレベル5の初心者山師って事か」

「そうらしいなあ。思い出してみりゃ、FPSゲーマーに指切りできない系男子かって笑われそうな戦闘だったし。それよりどうすんだよ、これから」

「それなんだが、あの集落に戻って大丈夫だと思うか?」

「ムリムリ。デスクローを見てからはテンパってて、悪党が逃げてねえかなんて確認できてねえよ。1人でも生き残ってたら、奥さんやかわいい双子がどうなるか」

「だよなあ。ああ。それとうちの女房に気に入られたようだが、手を出したら……」

「んな高度な性癖は持ち合わせてねえよ。やっぱあれか、101のアイツを追う理由って?」

 

 ハンドルを握るウルフギャングが、唇を真一文字に引き結んで頷く。

 

「人造人間の、リベットシティの警備隊長のような体。それを見つけたら女房に、サクラに譲ってくれると約束してくれたんだ」

 

 やはり、か。

 パーツなら俺のピップボーイのインベントリに入っているはずだが、さすがに丸ごとは入っていないだろう。

 

「俺も見つけたら、すぐに知らせるよ」

 

 この日本に人間に紛れ込める世代の人造人間がいるとは思えないが、核分裂バッテリー車やプロテクトロンが輸入されていて、さらにはスーパーミュータントや名前こそ違うがデスクローまでいるのだから可能性はまったくゼロではないだろう。

 サクラさんが人工知能なのか元は人間なのかなんて尋ねる気はないが、友人になれそうなウルフギャングとその奥さんにはどうか幸せになって欲しい。

 俺達のような普通の人間よりも長い生を全うしなければならない2人だろうから、なおさら。

 

「ありがとう。本当に感謝するよ。それでどうする、アオさん?」

「コトリと、妻とも話したのですが浜松には行きたくありません。ですが、幼い子供達の生活を思うと……」

「なら、小舟の里で暮らせばいいんじゃないですか。俺もあそこで厄介になってますけど、ウェイストランドとは思えないくらいに平和な街ですよ」

「ですが浜松になら知り合いがおりますが、そのさらに向こうの小舟の里で着の身着のまま暮らし始めるとなると。恥ずかしながら、蓄えなんてありませんし」

「仕事かあ」

「なんかないか、アキラ。アオさんも奥さんも、2人だけで子供を育てながら自給自足出来てたくらいの働き者だし。人柄は、俺が保証する」

「仕事なあ」

 

 アオさんはガタイがいいので特殊部隊は危険すぎるからムリでも、防衛隊くらいになら入ってもいいのかもしれない。

 だが若い連中が多い防衛隊は、その稼ぎで家族4人が食べていけるほどの金なんて貰っているのだろうか。

 そんな事を考えていると背後からポンポンと肩を叩かれた。セイちゃんだ。

 

「アキラ」

「ん、どした?」

「メガトン特殊部隊の食事、見習いが作ってる」

「そうなんか。俺は部屋でばっか食ってたから、知らんかった。美味いのか?」

「豚のエサ」

「うへえ」

「だから、この子達のためにも」

 

 セイちゃんは、コトリさんをメガトン基地で雇えと言っているのだろう。

 

「シズクとタイチに頼み込むか。部屋も、待機所に3階を増築して」

「セイからもお願いする」

「まあ、アオさんがそうしたいって言ったら頼むよ」

「ん。任せて」

 

 ならばとまず、小舟の里とその島の最南西にあるメガトン基地の説明をする。

 アオさんは家族の事もあるので真剣に聞いているが、ウルフギャングは咥えタバコでハンドルを操りながら大笑いして話を聞いていた。

 往時の賭博場のような場所で人々が暮らし、その観客がレースと賭けに熱中したプールで魚の養殖などをしているのが面白いのだろう。

 

「あのメガトンを作っちまったってのか。そりゃあ見るのが楽しみだ」

「なんでウルフギャングが食いついてんだよ。どうですか、アオさん。クリーチャー、じゃなくて妖異なんてまず入り込めない基地に家と職場。見習いのガキ達はチルくんとミチちゃんより年上なんで、勉強なんかも見てくれるかもしれません。仕事はコトリさんが食事の支度や掃除で、アオさんが雑用とかになりますかね」

「願ってもない話ですが……」

「いいじゃないか、アオさん。当座の生活費は、無利子で俺が用立てるし」

「何を言ってんの、アンタ。大事な物や思い出の品は持ち出せたけど、コトリ達は着の身着のままで新生活を始めなくっちゃならないんだよ。当座の生活費なんてのは、ポンとくれてやんナ!」

「わ、わかったよ。そうガミガミ言うな」

「尻に敷かれてんなあ、ウルフギャング?」

「うっせえ。同類のくせに」

 

 待機所の壁の地図にある高塚という駅を過ぎた辺りになれば無線が使えるらしいので、たまに繋がるか試しながらトラックに揺られる。

 最愛の奥さんとその人が命を懸けて助けようとした家族が無事だったので、ウルフギャングは上機嫌だ。

 

「お、繋がったか。もしもーし」

 

 アキラ。2人共、怪我はない?

 

「ああ。おかげさまでな。レベルもなんと7んなった」

 

 そう。良かったあ……

 

「かわいらしい声だな。それに、愛されてるじゃないか」

「からかうなって。どのくらいで到着する、ウルフギャング?」

「30分かからないな」

「わかった。ミサキ、こっちは30分とかからず駅に着く。シズクとジンさんと、駅に来ててくれねえか。セイちゃんがトラックの持ち主、ウルフギャング宛の101のアイツからの手紙を預かってるそうなんだ。それと、天竜川とかって駅の近くで暮らしてた4人家族を保護してな。家族の移住許可と、ウルフギャングとその奥さんの滞在許可が欲しい」

 

 わかった。マアサさんは呼ばなくていいの?

 

「マアサさんには、無線を渡してあるだろ。シズクとジンさんが小舟の里とメガトン基地への滞在を認めて、それをマアサさんが許可すればそれでいい」

 

 わかった。じゃあ、待ってるね。

 

「よろしく頼むよ」

 

 どうやらミサキ達は、今日の探索は休みにしたらしい。

 ミサキとシズク、それにジンさんまで加わった脳筋3人衆に毎日毎日ウェイストランドを連れ回されては戦闘に探索にと忙しそうだったから、隊員達にとっては嬉しい休暇になっただろう。

 タイチなんかは確実に部屋でカヨちゃんとイチャコラしているだろうから、ウルフギャングとアオさんと飲み始める頃になったら無線で呼びつけてジャマをしてやる。

 

「アイツからの手紙か……」

「預かってるのは手紙だけかい、セイちゃん?」

「ん。封筒だけ」

「そっか」

 

 なら、人造人間の体そのものは横浜からここまで旅をしても発見できなかったのか。

 

「気にしてくれてありがとな、アキラ。でもそんなすぐに見つかるなんて俺も女房も思ってないから、慰めなんていらないぞ」

「そうかい。まあとりあえず、小舟の里に入っちまえば安全だ。部屋も用意すっから、手紙を読んだらのんびり休んで酒でも飲もうぜ」

「いいね。ああ、それと助けてもらった報酬も渡さないとな。荷台にあるすべての商品と、俺の電脳少年のインベントリにある物でいいか?」

「電脳少年って、国産とか言ってたそのピップボーイかよ。報酬なんて必要ねえさ。どうしてもってんなら、セイちゃんに菓子でも買ってやれ」

「そうはいかないさ。でもな、セイちゃんへの報酬はもう決まってるんだよ」

「へえ。なんだろな」

「ふっふっふっ、驚くんじゃないぞ? ……ほら、これだ」

 

 



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電脳少年

 

 

 

 ウルフギャングが口の端を吊り上げながら出したのは、カラーリングこそ初めて見る色だが見覚えのある、あり過ぎる物だった。

 それを俺の背後の荷台にいるセイちゃんに放り、ウルフギャングがタバコを消す。

 俺はあまりに予想外で高額な報酬になんと言っていいかわからなくて、生唾を飲み込んだ。

 

「純白のピップボーイ……」

「国産品だから電脳少年な。機能は同じだが、VATSだけは使えない」

「売るとすりゃ、かなりの金額だろ。いくらだ?」

「値段なんて付けられるかって」

「そんな物を」

「アキラは独身だって話だが、女房が出来たらそれに値段を付けるか?」

「そういう問題じゃねえだろうに」

「そういう問題なんだよ。気に入ったかい、セイちゃん?」

「さすがに、これは受け取れない」

 

 セイちゃんの声は固い。

 101のアイツの弟子というくらいだから、ピップボーイの有用性は嫌ってほど知っているだろう。本音を言えば、有り金を叩いてでも手に入れたいはずだ。

 

「子供が遠慮なんてするもんじゃないぞ。ああ、もう大人でアキラの嫁だったか。セイちゃんは」

「ん。どんなプレイにも対応可能な第三夫人」

「そいつは羨ましい」

「……あ、なんだっテ?」

「な、なんでもねえって。それより楽しみだなあ、恋女房。初めて訪れる街ってのは、いくつになってもワクワクする」

「フン」

 

 どうやらサクラさんは、嫉妬深い妻であるらしい。

 ピップボーイなんてどれだけ金を積んでも手に入れられないお宝を持ったまま唸っているセイちゃんにどう声をかけるべきか悩んでいると、ウルフギャングのトラックは新居町駅に到着してしまった。

 ドアを開ける。

 

「アキラっ!」

「おお。みんな揃ってお出迎えか。わざわざ悪いな」

 

 ミサキとシズクとジンさんが並んでバリケードの門を出て、トラックに歩み寄る。その後ろから来たドッグミートは、俺の横をすり抜けたセイちゃんを見上げておかえりなさいとでも言うようにワンと吠えた。

 

「手紙を取りに行くのか、セイちゃん?」

「ん。駅から移動するなら、無線して」

「りょーかい。ドッグミート、セイちゃんの護衛を頼む」

「わんっ」

「ミサキ、EDーEは?」

「島の見回り。浜名湖からマイアラークが上がって来られないようになってるはずなのに、昨日の夜中に特殊部隊が場内放送で呼ばれて出動したでしょ。どこかに綻びがあるはずだから、それを朝から探してもらってるの」

「そういや、騒がしかったなあ。そんじゃ、まずウルフギャング達の紹介から始めっか」

「こんな場所でかの。せめてバリケードの内側に入らんか?」

「あー。でもここからじゃトラックが入れねえからなあ。これはウルフギャングの命綱だろうし」

「少し戻って駅前橋から里へ入る門に向かうか、いっそアキラのそれに入れておけばいいではないか」

「……え。他人の物、それもトラックなんて入んの?」

「ワシらにわかるはずがなかろうて。じゃが、コンクリートの土台があれだけ出て来るんじゃから大丈夫なんじゃないかのう」

「まあ。んー、でもなあ」

 

 壊してしまう事はないにしても、命の次に大事にしているであろうトラックが目の前から消えればウルフギャングだって取り乱してしまうと思う。

 

「お、おい。なんかピップボーイのインベントリに、トラックを入れろって言ってるように聞こえたんだが?」

「そうだよ」

「バカを言うなって。いくら本家ピップボーイでも、車を入れるなんて出来てたまるか。そんな事が可能なら、商売や戦争のあり方が一変してるぞ」

「でも出来るんだよ、俺のだけは。ええっと、コンクリートの土台でいいか。……ほれ。もひとつおまけに、ほいっ」

「な、な、な……」

 

 俺が出したコンクリートの土台を見てありえないと喚き出したウルフギャングを、サクラさんが固定武装のミサイルランチャーでぶん殴る。

 たしかにバリケードの上の足場にはタレットを並べているので何が来ても小舟の里に逃げ込むくらいは簡単だが、それを知っているのは俺達だけなので良い判断だろう。

 

「ボウヤ、ってのはもう失礼だからやめましょうか。アキラ、いいからトラックをピップボーイのインベントリに入れてみテ」

「壊したりはしないと思いますが、いいんですか?」

「エエ」

「……出来るかわかんないけど、試すだけ試してみるか」

「わあっ。やっぱり入った」

「さすがだなあ、うちの旦那様は」

「う、そだろ……」

「入ったんだから仕方ねえさ。ちゃんとリストにウルフギャングのトラックと積荷一式って表示もあるし、まあ大丈夫だろ」

「駐車場のテーブルで、お茶でも飲みながら話そ」

「だな」

 

 バリケードの門を抜けると、すぐに駅なので客待ちのタクシーや自家用車で誰かを迎えに来た人達が使っていた駐車場がある。

 そこにはサン・テーブルのような物と椅子が置かれて普段は見張りをする防衛隊が休憩などに使っているのだが、ジンさんがいるからかすぐに場所を譲ってくれた。

 飲み物を飲みながら互いに自己紹介を終えると、ちょうどいいタイミングで息を切らしたセイちゃんと嬉しそうなドッグミートが階段を駆け下りて来る。

 

「これ、手紙っ!」

「……悪いな、セイちゃん。ありがたく読ませてもらうよ」

「読み上げてよね、あたしは手がこんなんなんだかラ」

「わかってるって。……あいかわらず、字だけは几帳面だな」

「永遠の謎」

「同感だ。なになに。クレイジーウルフギャングへ。ここに寄ったという事は、関東のめぼしい企業や軍部の研究施設は回り切ったという事だろう。こちらはあいかわらず、せかせか歩き回っては日銭を稼いで適当に暮らしている。本当はこの小舟の里も通り過ぎるだけの予定だったんだが、出会ってすぐ打ち解けていい友人になった連中があまりに苦労しているんで、山師をやりながら里の地盤固めに協力する事にしてね。それも出来る限り、と言っても本当に力が及ばず申し訳ないんだが、まあ自分なりに出来る限りの事はしたので、近くにある空軍基地でサクラの体を探してからまた旅に出ようと思っていたんだ。だが、状況が変わった。それも、ちょっとヤバイ方にね」

 

 そこまで言って、ウルフギャングが水を口に運ぶ。

 

「あの子がこんな言い方をするなんて、よほどの事があったのネ」

「らしいな。続きを読むぞ。……フォールアウト3の事は、ウルフギャングなら良く覚えているだろう。あのゲームの話を、オマエは少年のように目を輝かせて聞いていたからな。あれに出た、スーパーミュータントだ。福島から旅してきて東海地方に入るまで出会わなかったんで、日本にはいないと思ってたんだが、それは間違いだったようだよ。しかも連中はアサルトライフルやミサイルランチャーで武装していて、30ほどでまとまって行動していた。厄介だろう? だからちょっと、西の様子を見てこようと思う。もし入れ違いになったら困るから、ウルフギャングはこの里か浜松辺りで武器屋でも開いて、いつものようにイチャイチャしながら気長に待っていてくれ。この先、ここまで東海道に残したサインはもう危険で残せそうにない。スーパーミュータントには知性があるし、もし日本人から作られたのでなければ英語を読める可能性は高いからね。では、また会えるのを楽しみに、偵察ついでに人類の敵を虐殺しに行って来るよ。よりにもよってウルフギャングに憧れた変わり者と、その変わり者の夫を健気に支える優しく強く美しき妻サクラへ。101のアイツより」

 

 ここで待てときたか。

 レベル20のキャップまで到達しているレールライフル使いと、軍用セントリーボット。

 その2人がトラックやパワーアーマーというロストテクノロジーを使いこなしても、この先へ進むのは危険だというのが大先輩である101のアイツの判断なら、俺やサクラがそれを追うのはやはりまだまだ先になりそうだ。

 

「困ったわねえ。いつか会いに行く時、あの落書きが唯一の手掛かりになったのに」

「まあなあ。そんでどうすんだ、ウルフギャング?」

「アイツの判断なら、その言葉に従うしかないさ。浜松の新制帝国軍にはもうこりごりだから、この街で受け入れてもらえるなら山師でもやるかな」

「101のアイツは武器屋をやれって書いてたけど、いいのかよ?」

「アキラには借りが出来たからな。その恩人が、まだレベル1桁だろ。トラックに乗せて連れ回して、まずはレベル上げをするさ。サクラは手がこんなだから、店番なんてムリだし」

「いやいや。俺はボートを持ってるから」

「ほう。あ、そういえばここ競艇場だもんな」

「まあな。そんで武器屋のダンナ、ちっとばかしお話が」

「いいぞ。金なら有り金を渡すし、商品もすべて渡す。元々、サクラを助けてもらえるならそうするつもりだったんだ」

「いらんいらん。300年も商人と山師の中間みてえな事をしてたなら、現金はたんまり持ってんだろ。いくらある? そして俺が空を飛びながら獣面鬼を倒したあの武器と防具を、いくらで買う?」

「アキラ、空なんて飛べるのっ!?」

「そこじゃないだろ、ミサキ。獣面鬼を倒したとはどういう事だ。まさかあの悪魔から逃げず、立ち向かったとでも言うのかっ!?」

 

 これは、説明が面倒そうだ。

 左右に座ったミサキとシズクに耳元でがなり立てられながらどうしたものかと考えていると、パンパンと手を打ち鳴らしてジンさんが皆の注目を集めた。

 

「そこまでじゃ。まだ春とはいえ、このようにかわいらしい子供達をいつまでも屋外には置いておけぬ。とりあえず、メガトン基地へ移動じゃ」

「俺達の部屋なら広いから、そこで話しますか。夜までには、俺が2家族分の部屋を用意するんで。アオさんと奥さんのコトリさんを基地で雇えないか相談もしたいし」

「うむ。では、行こうかの」

 

 ぞろぞろと連れ立って駅の通路を通り、駅前橋を渡る。

 メガトン基地は橋を渡って左なのでそちらに向かおうとすると、そこにある建物の前でウルフギャングが足を止めた。

 

「どした、ウルフギャング?」

「いや。立ち飲み屋かなんかだった建物だと思うんだが、なんで使ってないのかとな」

「単純に立地が悪いからだろ。住民は競艇場に繋がってる立体駐車場をマンションに改造して住んでるし、店が多い市場は競艇場に入ってすぐのエントランスホールだ。住民の職場も競艇場の外にあるのはこの少し先、左側の農地や放牧地がほとんどだろうし。ここを通るのなんて、防衛隊か特殊部隊の連中だけだろ」

「瓦礫が多いけどトラックを置くスペースはあるし、家賃が安いならここを借りて住むのもいいな」

「酒を出すなら、俺もジンさんも飲みに来るぞ?」

「アキラのレベル上げに同行しない日は、それもいいなあ。相手は防衛隊と特殊部隊の連中か。武器も売る飲み屋に集まっては騒ぐ兵士達と、カウンターの中グラスを拭きながら咥えタバコでその喧騒とジャズを聴くウルフギャング。……うん、悪くないな」

 

 



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優しい従姉妹

 

 

 

 アオさん一家とウルフギャング夫妻の移住に関しての話し合いは、こんなんでいいのかと突っ込みたくなるほど簡単に終わった。

 俺が考えていたアオさんが基地の管理人でコトリさんが食堂のおばちゃん、その住居は待機所の上に増築した食堂のさらに上に3階を増築という案が、あっさりと了承されたのだ。給料も、住み込みで食費もかからないのにそれでは多すぎるんじゃないかとアオさんとコトリさんが心配するくらいには出してもらえるらしい。

 ウルフギャングの方は今まで暮らしたどの街よりも家賃が安いとかで、その場でジンさんに今月の家賃と税金を手渡して競艇場とメガトン基地の中間にある店を借りてしまっていた。

 で、今は俺がウルフギャングのトラックで駅を出てからの説明をさせられているのだが、ミサキとシズクの機嫌が急降下で気まずいのなんの。

 

「50もいる敵の真ん中に突っ込もうとして、歩道橋から落下。へー。無茶はするなって言わなかったっけ、あたし?」

「しかも獣面鬼が出た時点で撤退を選択せず、ちょっとHPを削ったら調子に乗って、そこに駆けつけた獣面鬼・母に殴られてぶっ飛んだ?」

「いや、あれはだな……」

 

 助けてくれとセイちゃんを見るが、彼女はテーブルに置いたピップボーイをじっと見つめて動かない。

 

「あれはなんなのよ?」

「い、いや。そういや聞いてくれよ。AQUABOYを取るために、Enduranceを2つ上げただろ。そのおかげでHPの最大値が上がってたから、それで命拾いしたんだ。やっぱあれだな、これからも安全第一のPerk構成を目指すよ、うん」

「ハナっから無茶をしないという選択肢はないのか。これはあれだな、ミサキ。危うく初夜の前に未亡人にされかかった私達が、しっかりと旦那様に命の大切さを教えてやらないと」

「旦那様じゃなくて仲間だけど、命の大切さを言い聞かせるのには賛成ね。腕が鳴るわ」

「鳴ってんのは拳じゃねえか、いや、なんでもないです。はい……」

「やれやれ。尻に敷かれてんのはどっちなんだか」

「ほっほ。まあ婿殿には、お説教もご褒美やもしれぬがの」

「カンベンしてくださいよ。俺はMじゃないですって」

「ん。決めた」

 

 セイちゃんが顔を上げ、隣にいるシズクの前にピップボーイを押す。

 その笑顔を見たシズクは、やれやれといった表情でピップボーイを持ち上げた。

 

「手伝え、アキラ」

「いいのか?」

「当然だ」

「え? えっ?」

「ちょ、ちょっとシズク。なんでセイを羽交い絞めにしてるのよ!?」

「ピップボーイを力ずくでセイちゃんに装備させようってんだろ。3に出てきたのを模倣した国産品なら、死んでも外せねえ。実の姉とも慕うシズクにセイちゃんがピップボーイを譲ろうとしてっから、姉としちゃそうはさせたくねえんだろ。説得すんのが面倒だから力ずくってのは、さすが脳筋だなあ」

「さすがはそっちだ、旦那様。あたしの事を、わかってるなあ。ほら、早く白衣を捲って装備させてしまえ」

「ダメっ。これはセイじゃなく、いつも戦うシズク姉ちゃんにっ! はーなーしーてーっ!」

「うるさい。このままでも戦えるあたしより、セイが使った方がいいに決まってるじゃないか。早くしろって、アキラ!」

「いや、だからいいのかよ? たぶんこれ、装備したら外せねえんだぞ。いつかVATSも使える純正品のピップボーイを手に入れても、ここでこれを装備しちまったらセイちゃんはそれを装備できねえんだ」

「そ、それは……」

 

 さすがは脳筋3人衆が1人、そこまでは考えていなかったか。

 

「セイちゃんも。ウルフギャングのトラックで、話は聞いてたでしょ。俺はこの先レベル上げや山師の仕事をしながら、サクラさんが使える人造人間の体も探す。そんな物がある場所になら、純正品のピップボーイだってあるかもしれない。その時にVATSを使えない国産品のピップボーイをシズクに譲ったのを悔やんでも、俺達は何もしてあげられないよ?」

「ううっ……」

「なるほど。なんかこんな昔話があったねえ、櫛と時計の鎖かなんかの」

「あったなあ。で、どうすんだ?」

 

 2人は見詰め合ったまま、何も言わない。

 それはそうだろう。

 互いの事を思い合う優しい2人は、そんな人間であるからこそ簡単には答えを出せないはずだ。

 

「むう」

「うぬぬ……」

「ま、ゆっくりと考えて決めてくれ。俺はアオさん一家の部屋を増築して、それからウルフギャングのトラックを返して店のリフォームでも手伝っとくわ」

「アキラ。増築、見てていいか?」

「もちろんだ。パワーアーマーの値段を交渉しながら作業しようぜ」

「現金をいくら持ってるかって聞いてたな。金が必要なのか?」

「ああ。500万ほどな」

「ごひゃっ!?」

 

 金額を聞いて絶句したウルフギャングの肩を叩いて早く行こうぜと促し、2人で自室を出る。

 ここは待機所の左右にあるプールの左側、水面の上に建てた建物だ。

 1階がセイちゃんが機械いじりなんかをする作業場で、2階が広いリビング。3階がベッドルームや風呂になっている。

 そのすべては空中廊下で待機所や見張り台へ続いているので、どこに行くにも楽でいい。ただ新たな住人となった双子の安全を確保するため、細かな改造は必要だろう。

 

「あの真ん中の小さいのが待機所だ。1階が待機所で、2階が食堂になっててな。手早く3階を増築しちまうから、少しだけ待っててくれ」

「いいさ。それが見たくて着いて来たんだし」

 

 時間が時間だからか誰もいない食堂に入り、ワークショップ・メニューを呼び出す。

 俺の視覚に同調したそれで天井を見上げ、まずは屋根を床に変更した。

 

「ほんで、食堂の隅に小部屋を作ってと」

「うおっ。な、なにもなかった場所に、部屋がっ!?」

「驚くのはこれからだっての。ドア付けて、ん。イメージするだけで開けられるから、やっぱゲームとは段違いの快適なクラフトだよなあ。んで小屋の内部の床と天井を、小屋の吹き抜けに変更っと」

「な、なんなんだこりゃ。夢でも観てるようだ……」

「はいはい、とっとと行くぞ」

 

 3階に上がってまず壁と天井を設置し、部屋を区切ってゆく。

 そのたびにウルフギャングは驚いていたが、風呂とトイレを作ってそこに出したウォーターポンプから水を出すと文字通り飛び上がって驚いた。あまりにいいリアクションで、思わず俺も笑顔になってしまう。

 

「床が水浸しにっ、いやそもそも、なんで水が出るっ!?」

「なんか、配管までされてるらしいんだよなあ。トイレやウォーターポンプを設置した瞬間に。んで手漕ぎのウォーターポンプなんて高い場所に設置したら水の汲み上げなんて出来そうにねえけど、それも不思議パワーで問題なく使えるし。マジわかんねえ仕様だよ、この世界のクラフトってのは」

「それにその水、それで体を拭いたりして平気なのか?」

「RADならまるっきりねえぞ。たぶんだけど、101のアイツがGECKを持ってる段階のセーブデータもあって、それを競艇場の浄水機にでも組み込んだんだろ。少し離れるとRADがあるけど、小舟の里の近辺なら水は安全だ」

「……何を言ってるのかはさっぱりわからんが、オマエ達2人がとんでもないって事だけはわかった。街の住民だけで使い切れないほどの浄水された水か。なんとまあ」

「ミサキもたいがいだけどな。よし、こんなもんか。あー、あー。こちらアキラ、聞いてるかミサキ?」

 

 なにー?

 

「アオさん達の部屋は増築しといた。こんな時間ですぐ終わるから遠慮するなって言って、後で実際に部屋を見てもらいながら住みやすい間取りを紙にでも書いといてくれ」

 

 わかったー。

 

「そんじゃ、ウルフギャング夫妻の新居をリフォームしてくらあ」

 

 はーい。後でお掃除に行くね。

 

「頼んだ。よし、行こうぜ。ウルフギャング」

「あ、ああ」

 

 2人でメガトン基地を出てまずしたのは、ガレージの場所決めだ。

 本当なら店の入口と向かい合う形で建てたいのだが、それをするには橋の近くは車の残骸や瓦礫が多すぎる。なので、それらは片っ端から分解だ。

 

「出すだけじゃなくて、ある物を消したりも出来るのかよ……」

「まあなー。床、壁、天井すべてコンクリートの土台で、ああ。ベッドルームはこっちにしろよ、ウルフギャング。あっちじゃ防犯上ちっと心配だ」

「BOSの要塞に住むウルフギャング。そんなの、バグにしても酷すぎるな」

「ははっ。かなり知ってんだな、フォールアウト3」

「手紙にも書いてあったろ。異世界の物語が、俺達の現実に限りなく似ている。アメリカの話だが、夢中にもなるさ」

「それでウルフギャングを名乗ってんだもんなあ。4にも出たんだぜ、ウルフギャングってキャラクター。いや、キャラクターじゃなくて所属組織か? あれ?」

「ほ、本当かっ?」

「ああ。えーっと、門は設計を1からしねえとだから最後にすっか」

「おい、アキラ。早く教えろよ。4ってのは、101のアイツがいつか発売されるって言ってたフォールアウト4だろ? 頼むから焦らすなって」

「俺には手紙がなかったからそうだと思ってたが、やっぱ101のアイツは4をやらずにこっち来たのか。くくっ。会ったら自慢してやるぜ」

 

 奥がウルフギャングとサクラさんの寝室に風呂とトイレ、手前がガレージでトラックとサクラさんのメンテナンスが出来るくらいの広さ。

 最後にタレットをいくつか置いてそれやトラックを隠す大きな鉄の門を取り付けると、ガレージに出したトラックの荷台からウルフギャングが南京錠を出してきてカギを閉めた。

 

「アキラ、これ持っとけ」

「ガレージの合鍵?」

「ああ。俺が死んだら、中の物はすべて自由にしていい」

「縁起でもねえ」

「これくらいはな。今回の報酬、受け取らないって言うんだろ?」

「現金以外はすべてあって、武器や防具なんて逆にくれてやりたいくれえだからな。その現金だって、国産品のプロテクトロンが核分裂バッテリー50付きで500万って言ってっから必要なだけだし。ま、それは銀行でも漁って用意するさ」

「うわ。国産品のプロテクトロンって、それじゃ銀行の金庫にある金は使えねえじゃねえか」

「なんでだよ?」

 

 言いながらウルフギャングが開けた立ち飲み屋の中はボロボロではあるが、掃除してテーブルや椅子を交換すればそのまま飲み屋として使えそうだ。

 

「戦前のプロテクトロンは、核が落ちたあの日で時が止まってる。その日に銀行にあった札束なんて持って行ったら、紙幣の番号照会で犯罪者と判断されて即敵対だぞ」

「げえっ!?」

 

 



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ガレージジャズ

 

 

 

 そんな高度な防犯システム、俺がいた時代でもなかったのではないだろうか。

 どうしたものかと思いながらスツールを2つと灰皿を出し、まずは一服して考えをまとめる。

 

「お。このラジオ、まだ動きそうだぞ」

「ふうん。どこの誰かは知らねえが、日が暮れるまではクラッシックを流してる変人がいるらしいんだ。それなら聴けるぞ」

「お上品なのは苦手でね。掃除が終わったら、蓄音機を持って来るさ。ジャズの名盤が、かなり積んであるんだ」

「こんな世界でレコード集めかよ。そんなだから、101のアイツにジャンク屋なんて言われんだ」

「ははっ。たしかにな」

 

 いい考えなんて簡単には浮かばないので、冷えたビールを2本出す。

 タバコもそうだが、酒量もこちらに来てかなり増えた。

 

「汗を掻いたビン。冷えてるんだなあ。くうっ、いいねえ」

「まだまだあるから、好きなだけ飲んでくれ」

「ありがたい。まあそう、暗い顔をすんなよ。金儲けなら手伝ってやるから」

「言っとくけどトラックで水を売り捌くのはムリだぞ?」

「うええっ。な、なんでだよ!?」

「小舟の里の長と101のアイツとの約束だとさ。3分の1にまで煮詰めればそれで浜松の水も飲めるそうだが、それに人手を使ってりゃどうしても値段は高くなる。だから、俺も安く水を売って小舟の里の資金にする事をまず考えたさ。水は誰に対してであろうが、無償で提供する。相手が敵でもだ。これは曲げられねえとよ」

「な、ならプロテクトロンをスピーチでだまくらかすか、後ろからズドン!」

「101のアイツは、ロボットは友達だってセイちゃんに教えてたらしい」

「俺とサクラがいつか来ると思ってか。トラブル体質のアイツらしい間の悪さだ。まったく、余計な事を……」

「で、金はいくらあるんだよ。ウルフギャング?」

「1万ちょっと、だな」

 

 足りないなんてもんじゃない。

 

「さっきアキラがガレージに出したタレットなら5万、建物まで付けたら新制帝国軍や浜松に住む金持ちは10万くらいまで出すと思うが」

「俺のタレットや建造物は一応だが外には情報の一切を漏らさねえようにって、防衛隊やメガトン特殊部隊以外の住民にまで布告されてる。それにいつかはバレてその技術を狙って攻めて来そうな、新制帝国軍と大正義団に対抗するための船を買いたいって話なんだぜ?」

「なら、女の子1人の気持ちをどうこう言ってられないだろう。国や社会というのは、そんなものだ」

「わかっちゃいるんだがねえ」

「にしても、アキラの力を隠してんのにあんなガレージ作っていいのかよ?」

「いいんじゃねーの。俺が小舟の里を留守にする事が多くなるまでには、どのみちもっと防備を固めなきゃ帰る場所がなくなる可能性があるし」

「……追う気なのか、101のアイツ?」

 

 ここではない日本や、そこで遊べたフォールアウトシリーズの話を聞いているウルフギャングなら、俺とミサキの簡単には言葉に出来ない101のアイツへの執着心のようなものも理解しやすいのかもしれない。

 俺にそう訊ねながらもウルフギャングの声色には、行くんだろうという決めつけのような響きを感じた。

 

「悪人じゃねえんだろ、101のアイツ?」

「ああ。それだけは断言できるな」

「なら、相手がどれだけ格上でも、押しかけて手を貸すしかねえわなあ」

「仲間意識か?」

「ミサキは、たぶんな。俺はだいぶ先にこっち来てるらしい101のアイツなら関東以北の情報も持ってるだろうし、こうなった原因に心当たりぐれえあるだろうから早く会いてえって考えもある」

「なるほど」

 

 お上品なのは嫌いだと言っていたウルフギャングが、ラジオのスイッチをオンにする。

 あちらの日本では聴き覚えのないクラシック曲だが、悪くはない。

 

「お邪魔かの?」

 

 そう言いながら店の引き戸を少し開けたのは、葉巻を咥えたジンさんだ。

 

「とんでもない。スツールと、冷えたグインネットをどうぞ」

「ありがたい。ウルフギャング殿に今の関東の様子を、ぜひとも教えてもらおうと思っての」

 

 ジンさんがウルフギャングの隣に座り、胸ポケットから新品の葉巻を出して差し出す。

 それを受け取ったウルフギャングは吸い口を噛み千切って床に吹き捨て、ジンさんが擦ったマッチで火を点けた。

 その横顔が、どこかジンさんに似ているのはなぜなのだろうか。

 

「恥ずかしながら、たいして変わってませんよ。100年、いや。300年ずっと同じかな」

「そうか」

「都内はグールが完全に押さえてるんで、人間はその周囲で細々と暮らしています」

「まあ、旧都内であっても、使える物資は今の人間の数を考えれば多いくらいじゃろう」

「それでも、グールがその知識をきちんと復興に役立てれば。それこそ、人間と協力してね」

「酷じゃろう。世界が終わった日、見捨てられたと感じながらその身を灼かれた者も多いと聞く」

「……まあ、そうですね」

 

 アキラ。今から掃除に行くねー。

 

「ああ、頼む。俺達はガレージで飲んでっからよ」

 

 わかったー。

 

「さ、女共が掃除に来ます。ガレージで飲み直しましょう。ウルフギャング、ご自慢のジャズを聴かせろよ?」

「いやいや。俺が借りた店を掃除してくれるのに、俺が酒をかっ喰らってたんじゃ」

「ジャズ。まさかトラックに、ジュークボックスでも?」

「あ、いや。蓄音機とレコードですがね」

「それは楽しみじゃ。さあ、ゆこうぞ。婿殿、酒はあるな?」

「たんまり。ツマミもね」

「よしよし。今夜は男だけで、心ゆくまで酌み交わそうぞ」

「いいですねえ」

 

 渋るウルフギャングの背中を押すようにしてガレージに場所を移す。

 

「ちょっと待ってくださいねえ。今後も男だけの飲み会で使えるように、セッティングしちまうんで」

「おいおいアキラ、ここガレージだよな?」

「知るか。カウンターに、畳とちゃぶ台も置くか。おい、ウルフギャング。畳は四隅にレールライフル撃ち込んで固定しろよ」

 

 俺がカウンターのスツールで、ジンさんが畳の上で胡坐を掻いて飲み出すと、ウルフギャングは諦めたのかトラックの荷台の後ろを開けて蓄音機からジャズを流してくれた。

 ウルフギャングはそのまま荷台の縁に座ったので、ウイスキーのビンを投げ渡す。

 

「ラッパ飲みかよ」

「たまにはいいさ。ねえ、ジンさん」

「うむ。では、乾杯といこうかの」

 

 何にとは言わなかったが、俺達はそれぞれに酒を掲げてそれを呷った。

 

「なあ、アキラ」

「んー?」

「目的の船が売ってるってプロテクトロンの所に、俺を連れて行けよ。すぐにじゃなくていいから」

「レールライフルでズドン、か?」

「アキラはそれをしたくないんだろ。だからしないさ」

「ホントかねえ」

「約束するっての」

「へいへい。じゃ、そのうちドライブがてらな」

「頼むぞ、本当に」

 

 グールが戦前の知識を活用しての復興。

 先ほどウルフギャングが言ったそれを、俺は今まで考えた事がなかった。

 フォールアウトシリーズで戦前の知識は、ヴォルトという核シェルターで生き残ったエリートがその子孫達にテクノロジーを受け継がせたと思われる描写が多かったような気がする。

 グールもそれなりに登場したが気のいい修理工の兄ちゃんだったり、ギャングのような荒くれ者だったりしたのばかりが記憶に残っているのだ。

 だがこちらの東京に当時どれだけの人間が暮らしていて、どれだけがグールになったのかはわからないが、その連中がその気になれば今の人類の暮らしはもっと良くなるのだろうか。

 ウルフギャングはそうしないグールを恥じているようだが、そんなのはこの優しい友人の責任でなどあるはずがない。

 

「ところで婿殿。まだ誰にも手を付けておらぬようじゃが、女の抱き方がわからぬならここで教えてやるぞい?」

「へえ。どう見ても3人の嫁を囲ってるのに、まだなのか」

「言うてやってくれ、ウルフギャング殿。この老い先短いジジイに、孫も抱かせず死ねと言うのかと」

「防衛隊ほっぽらかして特殊部隊の連中と毎日狩りに出てる人が、何を言ってるんですか」

「……アキラ、これだけは言っておく」

「あん?」

「小さいのも早いのも、被っちゃってたってそれは恥じゃないんだぞ?」

「短小でも早漏でも包茎でもねえよ、タコ!」

「ならなぜ、誰も抱かぬのじゃ?」

「昼間あんな戦闘をしたんだから今なんて、もうあの子達と寝室にしけ込んでるのが普通だぞ。それも、3人まとめてな」

「まったくじゃ」

 

 この2人になら俺の本性、違う世界に来て力を手に入れた途端に自分が神だなんて言ってしまう薄汚さを曝け出してもいいが、それよりもっと簡単な説明がある。

 101のアイツ。

 どう考えても、ミサキとシズクとセイちゃんにはその男こそふさわしい。

 俺が真剣にそう告げると、2人は酒瓶を抱えて笑い転げた。

 ウルフギャングなど、むせて呼吸困難になりかけてもまだ笑っている。

 

「笑い過ぎだっての……」

「だ、だってよ。くははっ」

「いやいや、これはまた。どうしたものかのう、ウルフギャング殿?」

「放置に決まってるでしょう!」

「やれやれ」

 

 何が面白いのか知らないが、2人はそれからもニヤニヤしながら酒を飲み続けた。

 

「いた」

「お、セイ。どうしたんじゃ?」

「これのお礼に、トラックを整備して改造したい。ウルフギャング、いい?」

 

 そう言って上げた左腕には、白いカラーリングの国産ピップボーイがあった。

 どうやらそれは、セイちゃんが使う事になったらしい。

 

「整備はいいが、改造なんてこれ以上は」

「壁には、意味がある」

「は、はあ?」

 

 助けを求めるように視線を向けられても、俺とジンさんにもセイちゃんの言わんとする事など見当もつかない。

 

「ええっと、どういう意味? セイちゃん」

「運転席の後部と荷台の前部をぶち抜いて、隙間にコールタールに浸した服を詰めた。それが、師匠の改造」

「ああ、そうなってたねえ。で、それがなんなの?」

「だから、壁にも意味はある。トラックにCNDは表示されないけど、壁を含めた強度で設計されてるからもう限界」

「こ、壊れるって事かい?」

「このままだと」

「……それだけは困るな」

「セイちゃん、それを直せるの?」

「ん。ピップボーイに工具を入れられるようになったから、どこでも修理や改造が出来る」

「ありがたいっ!」

「じゃあ、よろしく頼むね」

「ん」

 

 



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武装救急車はロマン

 

 

 

 俺達がセイちゃんの鉄を切る工具の音や溶接の音を聞きながら飲んでいるうちに、ウルフギャング夫妻の店の掃除は終わってあちらでも女性陣がおしゃべりしながら酒を飲み出したらしい。

 男が1人では居づらかろうと俺がアオさんを呼びに行くついでに酒やツマミ、サクラさんのオイルやミサイルを雑巾で磨き上げられたテーブルに出すと、それはもう喜ばれた。

 

「アオさんを連れて来ましたよ」

「どうも。お邪魔じゃありませんか?」

「なんのなんの。さあ、ここに腰を落ち着けてまずは一献」

「ありがとうございます」

 

 鉄パイプを切ったり溶接したりしていたセイちゃんが荷台に移動して作業を始めたので、ウルフギャングは俺がいたカウンターに移動したらしい。

 自分のスツールを出してその横に座ると、ウルフギャングに湯飲み茶碗を差し出された。中には透明の液体が入っていて、微かに揺れている。

 

「これは?」

「秘蔵の日本酒さ」

「へえ」

 

 飲んでみるとそれは、とても複雑な味がした。

 考えてみると俺はフォールアウト4の食べ物ばかり食べているので、米から作られた何かを口にするのはこちらに来て初めてかもしれない。

 

「シロメシ、食いてえなぁ……」

「北関東じゃ普通に作ってるから、こっちでもそのうち作ってる街を見つけられるだろう」

「マジか。まあ探せばそこらの家の冷蔵庫には炊いたメシが入ってんのかもしんねえが、気分的になあ」

「ちょっと田舎の方に行けば、田んぼはまだまだ残ってるんじゃないかな」

「それは楽しみだ。……敵は、西。日本海側が無事で生き残った人間が平和に暮らしてりゃ、いつか取引だって可能かもしれない」

「だな。関東にいても中山道より日本海側の話はとんと入って来なかったが、都会じゃないし大丈夫だろう」

「関東の都市部は、やっぱ酷いのか?」

「まあな。もうこの世界には瓦礫しかないんじゃないかって感じだ。所々にある瓦礫の隙間や小さな廃墟にクリーチャーが住み着き、新宿みたいな無事な地下街にはグールが暮らす。とても人間の入り込む場所はないよ」

「なるほどなあ」

 

 それでもグールが新天地へと向かわないのは、過去の遺物で充分に暮らしていけるからか。食べ物が腐らないとか、ヴォルトのように食料を作り出す機械があるとかだと、それがあるうちは冒険なんかせず生きるしかないのかもしれない。

 

「夢を抱きかけた事がある」

「へえ。夢か」

「そうだ。101のアイツが人間の集落をまとめ、国はムリでも大きな街を作る。俺は都内に散らばるグールを説得して、その街のために今の人類が失った知識を活かしてもらうんだ」

「……日本復活、か」

「ああ。アイツなら出来るかもと思った」

「でもフラれたと」

「ふふっ。それも、こっ酷くな」

「心配だったんだろう。エンクレイヴは知ってるよな?」

「もちろんだ」

「BOSの印象は?」

「あちらなりの正義の味方、かなあ。俺があっちにいたら反発するだろうが、まあ人々のためにはいてくれて良かったんだと思う」

 

 やはり、3しか知らないとそう思うか。

 

「リオンズってのは、BOSの目的を捨てた変わり者なんだ」

「そうなのか?」

「ああ。だからアウトキャストなんて分派が出来たんだよ」

「へえっ。そこまでは説明してくれなかったな、アイツ」

「ロストテクノロジーの保護。それが本来のBOSの目的だ。そのためなら、原住民なんてどうでもいいってな。役に立つテクノロジーが残っているなら、力のある者はそれを確保して自分がさらに力を持つために使おうとする。どこでもどんな時代でも、それは変わらねえと思うよ」

「……そんな連中が、日本にもいると?」

「いなきゃおかしいと、俺は思うがね。うちのミサキなんかは、日本人はそんな事しないなんて言いそうだが」

「アイツが暮らしてた、安全で豊かな日本。そんな夢のような世界でも、犯罪者はいたんだろ?」

「とーぜん」

 

 ウルフギャングが日本酒を呷る。

 俺達のいた世界ほどでなくとも、ウルフギャングが生まれた日本は太平洋戦争の敗戦から立ち上がった。フォールアウトシリーズの歴史なんてあちらでは気にしなかったが、それはこの辺りの廃墟の街並みの様子から見て確実だろう。

 その日本を、取り戻す。

 夢だとウルフギャングは自嘲気味に言ったが、俺には思いもつかなかった事だ。

 

「ははっ。難しいよなあ」

「1から国造り。でっかい夢だ。尊敬するよ」

「何も出来なきゃ、ただの妄想さ」

「本気でやろうとしたなら、そのために指の1本でも動かしたなら妄想じゃねえだろ」

「何も出来てないんだよ。俺には、その程度の力さえない」

「誰にもねえと思うよ、そんな力は」

「それでもアイツなら、101のアイツならって思ってしまったんだよ」

 

 ウルフギャングは自分に力がないと言い切ってもそれほど悔しそうにはしておらず、どちらかといえばうれしそうにガレージの天井を見上げた。

 天井ファンと電球が吊り下げられたそこに、101のアイツの面影でも思い浮かべているのだろうか。

 

「明日はどうすんだ、アキラ?」

「希望があればアオさんちのリフォームをして、セイちゃんを連れてレベル上げついでの探索かな」

「ならトラックで行こうぜ。4人でよ」

「ここまで長旅をして来て、あの襲撃騒ぎ。サクラさんだって疲れてんだ。しばらくは、せめて店をオープンして落ち着くまでは大人しくしてろって」

「つまらんなあ。でもまあ、それもそうか」

「そうだよ」

 

 今回の件はクエストにはならなかったので経験値は敵を倒した分しか入らなかったが、そんなのは問題にならないくらいに様々な収穫があった。

 ウルフギャングにゆずられたセイちゃんのピップボーイもそうだし、東海道を天竜川駅の近くまで走ったのでピップボーイの地図には様々なロケーションが記載されている。その経験値だけでも、かなりのものだろう。

 

「クレイジーウルフギャング、見て」

「おお。もう終わったのか、セイちゃん。どれどれ」

 

 セイちゃんに呼ばれ、ウルフギャングがいそいそと席を立つ。

 ここで101のアイツの帰りを待ちながら店をやるにしてもトラックがあれば、たとえば昼間だけタクシーのように使って金を稼いだりも出来る。

 アオさん達に提示した給料はそれなりの額だったようなので、小舟の里の財政もメガトン特殊部隊のおかげで潤ってきているのだろう。そのくらいなら、里にも出せるはずだ。

 ならばメガトン特殊部隊がウルフギャングに金を払って少し遠くまで行ってから降ろしてもらうとか、逆に少し早く戻った俺とセイちゃんがトラックに乗せてもらって迎えに行くとか、ウルフギャングとサクラさんが負担に感じない程度になら手を貸してもらえる事も多い。

 

「うれしそうじゃのう、婿殿?」

「それはもう。また友人が増えたし、レベルも上がった。明日からが楽しみですよ」

「だのう。少しずつではあるが、何もかもが良くなってゆく。まるで、賢者が来た頃のようじゃ」

「数年後にはフォールアウト5の仕様に似た能力を持った人間が現れて、さらに良くなるかもしれませんよ」

「ほっほ。それは今から、孫を抱きながら出迎えるのが楽しみじゃな」

「いやあ。天才って、本当にいるんだなあ……」

 

 ウルフギャングはトラックの荷台から出て来ると、そうしみじみ言いながらスツールに戻った。

 セイちゃんは店に戻るのかと思ったがそのままジンさんの隣に座り、ちゃぶ台にノートを広げてさらさらとペンを走らせる。

 

「天才って、セイちゃんがか?」

「ああ。運転席と荷台の間に取り付けたパーツは、戦前の物だと言われても納得するような出来だったよ。取り付けの仕上がりも見事だった」

「ふうん。なあ、やっぱピップボーイを持ってる人間にSPESIALやスキルの数値、持ってるPerksなんかを聞くのは」

「服を脱いでケツの穴を広げて見せろって言うのと同義だわな」

「……聞いといて良かった。マジで」

「アキラにならいい。見る?」

 

 どどど、どっちを!?

 いやいや、落ち着け俺。SPESIALやPerksに決まってる。

 

「はいはい、お兄さんをからかわない。明日からレベル上げして、Perksを取得するのが楽しみだね。3のピップボーイの模造品なら、スキルもあるだろうし」

「でもPerksが、師匠に聞いてたのと違う」

「そうなの?」

「ん。師匠は車両整備とか改造とかのPerksはないって言ってた」

「そりゃフォールアウト3とNVと4には自家用車システムなんてないからね。それがPerksにあるの?」

「ある。ロボットの改造とか、戦闘に関係するのも」

「……なんでだろ」

「簡単な話さ。ここは、ゲームの世界じゃない。レベル1と表示された瞬間、人はピップボーイに様々な数値を読み取られてPerksが決められる。職人だったり研究者だったり、それこそ兵士だったりな。言ってみれば、ある程度の将来を提示されるんだよ。それも戦闘だけとか物作りだけとかって極端な提示のされ方じゃないから、そう心配はするなって買う時に言われたな」

「人間の将来が、こんな小さな機械にねえ。それが気に入らなかったら?」

「普通の人間として生きればいい。ピップボーイを持ってるのなんて、本当に少数なんだ。自分の能力が数値化されて見られるだけでも、買う価値はあるさ」

「ふうん」

 

 まあそうじゃなきゃこの世界でピップボーイを買えた連中は皆が皆、その危機にどこの誰とも知れない正義の味方が現れて助けてくれるような存在になってしまうか。

 少し経ってわかったのだが、セイちゃんがノートに書いていたのはウルフギャングのトラックの改造案だったらしい。

 

「これは……」

「どれどれ。へえ、こりゃ本格的だ。窓の防弾版はガラスがないから、1部分を内側に付けてスライド式にして戦闘時以外の視界を良好に。タイヤを狙撃されるのを防ぐ大型フェンダーを追加、それは敵を轢き殺せるほどの強度と鋭さを両立。。サクラさんを迅速に屋根に上げる昇降機に、その屋根の四方に可動領域を制限したタレットを積んで武装? うっは、こりゃ夢が広がるなあ。俺も救急車を手に入れて、バッキバキに武装したいぜ」

「どう、クレイジーウルフギャング?」

 

 ウルフギャングが大きく息を吐き、てのひらで顔を擦る仕草を見せてからタバコに火を点ける。

 

「あれっ。良い案だと思うんだが、気に入らねえのか?」

「逆だよ、逆」

「どういう意味、クレイジーウルフギャング?」

「こんな改造をするほどの資材も、それを組んでもらう工賃もとてもじゃないが払えない。サクラの体を探すのにうってつけの車両になるが、今までもそれにかなりの金を注ぎ込んでるから貯金なんてねえよ」

「資材なら出すぞ、俺が。どうせピップボーイで眠ってるだけだし、使えるなら使ってくれ」

「工賃も格安で、しかも月賦でいい」

「本気かよ……」

 

 



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改造と抜け穴探し

 

 

 

 ならば自分のレベル上げなど後回しでいいとセイちゃんが言い張り、翌日からガレージでまずウルフギャングのトラックを改造してしまおうとなったので俺達はそのままガレージで飲み続けた。

 そうこうしているうちに里の外周を見回っていたEDーEが帰って来たのだが、マイアラークが入り込めるような場所は見つけられなかったらしい。

 その時はすでに日が暮れていたので改造が終わった後にでももう一度見回ってみる事にして、俺達はメガトン基地の自室で眠った。

 アオさん一家の部屋は特に問題がないそうなので、明日は朝からガレージに直行でいい。

 

「まだ早いのにもうガレージ開いてるな。ありゃ、ウルフギャングもいる。早いな」

「借りばかり作ってしまっている相手が自分のために朝早く来てくれるのに、寝てましたじゃカッコがつかないだろ。おはよう、アキラ。セイちゃん。さあ、入ってくれ」

「おじゃましまーす」

「しまーす」

「来たわね、お2人さン」

「おはようございます、サクラさん。奥の自宅、ここは使い辛いってのありました? あるなら、先にそっちをやっちゃいますけど」

「ないない。コーヒーと紅茶でいいかしら? もちろん淹れるのは旦那だけド」

「ん。紅茶がいい。苦いの苦手」

「ありがとうございます。あの、結構な時間をここで過ごすと思うんで、そうお気を使わずに」

「まあ、そのくらいはさせてちょうだいナ」

 

 まずは昨日、部屋に帰ってから並べたベッドの上でセイちゃんと決めた手はず通り、タレットを4つコンクリートの上に出す。

 

「これがピップボーイのインベントリに入ってたってんだから、アキラもたいがいだよなあ」

「まあなあ。セイちゃん、これよろしく。俺はセイちゃんノートの設計を丸写しで、ジャンクから部品を作ってくね」

「ん。お願い」

「そんな特技まであるのか、アキラは」

「なんでか知らんがクラフトに使う、ワークショップ・メニューってのが進化しててな。設計画面ってのが追加されてんだよ。経験値は入んねえし俺じゃたいした設計は出来ねえけど、セイちゃんがノートに書いてくれたから平気だ」

「ふうん。手伝える事は?」

「ねえなあ」

 

 コーヒーをありがたくいただきながら、ワークショップ・メニューの設計画面でセイちゃんが細かな数値までノートに書いてくれた部品を次々に作る。

 サクラさんはヒマなので散歩でもしてくるとガレージを出て行ったが、ウルフギャングは律儀にも何かあれば手伝おうと待機しているので手持無沙汰なようだ。

 

「ヒマならサクラさんと一緒に、散歩でもしてくりゃいいのに」

「いやいや、2人がトラックをイジってくれてるんだから。残る2人の奥さん達は、アキラ?」

「俺は独身だっての。いつもの探索だよ、今日はパン屋と神社。時間が余ったら、俺がボートで見つけてた工場も偵察してみるって言ってたなあ」

「迎えに行く時は任せてくれ。獲物はすべて、アキラのピップボーイのインベントリで持ち帰るんだろ?」

「ああ。笑えるくれえ道端に戦前の品を積み上げてっからな。ショッピングセンターの時なんて、トラックで何往復もするほどの服やらなんやらがあってビビったよ」

「だから、この里の住民は信じられないほど身ぎれいなんだな」

「売る品物があっても、それを適正価格で買うほど金がある商人なんていねえから。それならってマアサさんが、住民に格安で売ったらしい。面白いのが、そしたら急に風呂屋が繁盛し出したらしくてな。俺が来た頃は、臭くて市場にも行けなかったってのに」

「へえ。キレイな服や靴を汚したくないから、銭湯が流行ったのか」

「らしいよ」

 

 ミサキとシズク達から無線での呼び出しはないし、俺は図面通りの部品をワークショップ・メニューで作ってガレージに並べてゆくだけなので、昼過ぎにはすっかりやる事がなくなってしまった。

 

「セイちゃん、取り付けの手伝いは?」

「クレイジーウルフギャングだけで充分。重いのは、セイがジャッキを改造して作ったので持ち上げるから出して」

「そっかあ。はい、これね。……じゃあ、EDーEが見つけらんなかったマイアラークの通り道でも探しに行くかな」

「おいおい。1人で平気なのか? せめてサクラが帰るのを待って」

「マイアラークがいたらすぐ逃げるって。そんじゃセイちゃん、何かあったら無線で呼んで」

「ん。悪さだけはしないように」

「ガキじゃないんだから。いってきます」

 

 ボートで湖面から見える位置は、昨日EDーEが回ってくれたはずだ。

 ならばマイアラークが入り込んだのは、島と浜名湖を隔てるフェンスの内側。そう思ってまた3貯まったスキルポイントの使い道を考えながら、メガトン基地の防壁と小舟の里のフェンスの間をのんびりと歩く。

 

「あった。可能性が高いのはこれだよなあ。クリップボードを出して小舟の里の島を書いて、まず1つ目のマンホールは異常なし、と」

 

 マンホールと地面、その隙間やフタの上の土を見れば、最近そこが開けられたかどうかくらいは判断可能だ。

 マイアラークがマンホールから這い出し、それを閉めてから島を歩き回る事はさすがにないだろうから、目的の場所に辿り着けばすぐにわかるだろう。

 メガトン基地は、島の最南西。

 すぐ西の湖面に突き当たって北上を始めたのだが、北西橋より広くてそこまでの道が良く大正義団が攻めやすいからとコンクリートの土台で封鎖して、見張り小屋やタレットを配置した南西橋まで歩いても怪しいマンホールは見当たらない。

 

「こりゃ、1日じゃ終わりそうにねえなあ。ったく、仕事しろよLuck10……」

「お、山師さんじゃないか。こんなトコで何をしてるんだい?」

 

 そう声をかけてきたのは、派手なキャミソールを着た若い女だ。

 胸の谷間が強調されて眼福なのだが、それよりけしからんのはその下のミニスカートだ。

 これでは俺が設置したコンクリートの土台の上の見張り小屋へ階段で上がる時、丸見えになってしまうではないか。

 ……タレットの調子を見るとか言って着いて行こうか。こんな美人のパンツが拝めるなら、休憩時間を削ったとしても悔いはない。

 

「パンツくらいならいくらでも見せたけるけど、変態プレイはちょっとねえ」

「……また声に出てたか。悪い」

「いいさ。でもアタイは交代の時間でこれから牧場の食堂でメシだし、見張り小屋には行かないんだな」

「それは残念。ま、さっきのは忘れてくれ」

「あのおっかない食料調達部隊の隊長を嫁にって言われてんのに、手を出してないってのは本当なんだねえ。呆れた男だ」

「シズクの旦那なら、もっといい男じゃねえとな。それより、この辺りのマンホールからマイアラークが這い出したなんて事は?」

 

 女が腕組みをして少し考える仕草を見せる。

 そうなれば当然、寄せられて形を変えた胸の谷間に俺の視線が釘付けになるが、それに気づいた女はニヤリと笑って2本の指を唇に当てた。

 サービスしてやったんだから、タバコくらい寄こせという事らしい。

 ガン見したのがバレてバツが悪いので、胸元を見ないようにして箱ごとタバコを放ってライターの火も出してやる。

 

「ふーっ、ああ美味い。マイアラークねえ。昨日の晩に出たのは、島の反対側だよ」

「げ、よりによって反対側かよ」

「ああ。里の中のプールの向こうに、立体駐車場マンションが見えてるだろ? あの裏っかわさ。1階に住んでる連中が物音を聞いて、跳び起きて警邏隊に通報したらしい」

「そういや警察の代わりに、そんな部隊が犯罪を取り締まってるって言ってたなあ。ありがとう、ネエさん。そっち行って聞いてみるわ」

「あいよ。警邏隊の詰め所は、正門を入ってすぐの右側だ」

「サンキュ。そうだ。もう少しすると駅前橋の手前に、ジャズを聴きながら酒が飲める店がオープンする。そこで会ったら、1杯くらい奢らせてもらうよ」

「グールとセントリーボットが店主で、武器も売るっておかしな店だろ。噂で持ち切りだよ。冷やかしには行く予定だから、楽しみにしとく」

「じゃ、またな」

「あいよ。凄腕の山師っていうからもっとギラギラして粗暴な男かと思ったが、話し方以外はかわいらしい坊ちゃんじゃないか。……まあ、それが逆にいいんだろうねえ。もし男の顔に跨って小便をするような性癖に目覚めたら、隊長さんに遠慮せず貸し部屋に誘わせてもらうよ」

「いや、俺は変態じゃねえから」

「変態はみんなそう言うんだよ。またね。タバコ、ごちそうさん」

 

 誤解を解くまでの道は険しそうだが、とりあえずの目的地はこれで決まった。

 南西橋から競艇場へは広い道路が残っているので、左に放牧地、右に農地を見ながら歩き出す。

 こちらの世界にも梅雨はあるのだろうか。

 ゲームと違って風邪などの病気もあるようだし、雨が降れば探索は休みになる。その時にまだ特殊部隊の連中に見せてすらいないパワーアーマーについて、座学だけでもみっちりやっておこうか。

 こちらに来てから俺が持っているタイプのパワーアーマーの燃料となるフュージョンコアだけはまだ見ていないので、もしかするとあれはアメリカが技術の流出を防いでいたのかもしれないのだ。

 パワーアーマーのハンガーにはそれぞれのパワーアーマーステーションの横に金庫を設置して武器と一緒にフュージョンコアを3つずつ入れてあるが、それを消費した訓練をするべきなのかは微妙なところだ。

 正門を抜けると市場の雑踏が見えるが、特に用事はないので右手にあるという警邏隊の詰め所を探す。

 

「ここかな。お姉さん、ちょっといいか。ここが警邏隊の詰め所なら、昨日のマイアラーク騒ぎの事を聞きたいんだが?」

「あ、凄腕で変態の山師さん」

 

 誰が変態やねん。

 

「あ、いや。失礼しました。すぐに隊長を呼んできます」

「……頼む」

 

 そこまで美人でもバインボインでもなくとも、若い異性に初対面で変態と呼ばれるのは少しばかりキツイ。

 詰め所である競艇場の案内カウンターの上には灰皿があるので気持ちを落ち着かせようと紫煙を吐いていると、俺を変態と呼んだ女に連れられて髭面の中年の男が姿を現した。

 女は長い木の棒を持っているだけだが、男は腰に短めの日本刀を佩いている。

 

「これは。初めまして、山師殿。お噂はいつもジンさんから聞いております」

「そうなんですか。悪い噂なんでしょうねえ」

「滅相もない。師は、ジンさんはいつも言っていますよ。友人達の信頼を裏切らぬためにも、里の中だけは秩序を保って暮らしていこうと」

「あの人、基本的にはマジメですからねえ。基本的には」

「ははっ。それで、マイアラークが出た時の事ですか?」

「ええ。教えてもらえる範囲でいいんで、お聞かせ願えればと。あ、タバコどうぞ」

「ありがとうございます。そうですね……」

 

 隊長さんが言うにはカニとヤドカリを合わせた巨大なバケモノ、マイアラークは里で暮らす人々にとって最も身近なクリーチャーであり、年嵩の者ならそのカサカサと足が蠢く音を聞けばすぐに危険を察知するらしい。

 昨日は1階の自室でその音を聞いた夫婦がすぐに立体駐車場マンションの入口にある警邏隊の詰め所に駆け込み、鈍器のみで武装する警邏隊の隊員はすぐさま特殊部隊に出動を要請したらしい。

 メガトン基地のサイレンが鳴ったので俺も跳び起きたのだが、相手が少数のマイアラークだから寝ていろとシズクに言われて布団の中でその帰りを待っていたのだ。

 

「立体駐車場マンションと湖の間にマンホールは?」

「どうだったでしょう。あの辺は戦前の道路になっていますが、今ではどこに行くにも使わない道ですので」

「なるほど。ありがとうございます」

「見に行くのですか?」

「ええ。これからもマイアラークが入り込むんじゃ、特殊部隊の連中が寝不足になってしまいますし」

「ならば、警邏隊からも人を」

「いやいやいや。何かあるって決まった訳じゃありませんから」

「ですが……」

「本当に大丈夫です。なんかありゃ、この無線で仲間を呼ぶんで」

「わかりました。どうかお気をつけて」

 

 



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ミニクエストとユニーク防具

 

 

 

 立体駐車場マンションへは、競艇場から地下道が繋がっているらしい。

 俺はダラダラといつもの猫背でそこを歩いているのだが、なんと通路の片側には机や椅子が並べられ、子供達が小さな机を前に椅子に腰かけて大人の話を熱心に聞いていた。

 その中年の女はホワイトボードに簡単な足し算の式を書いているので、どうやらこの通路は小舟の里の学校であるようだ。天井に穴が空いていて太陽の光が射し込んでいるので、ここを使っているのか。

 教師も生徒も俺達が来たばかりの頃に比べれば身ぎれいで、体臭もそんなには気にならない。

 セイちゃんが縫ってくれた俺のホルスターとデリバラーを指差して騒ぎだした男の子達に手を振り、教師に軽く頭を下げながら3つほどの教室を抜けた。

 

「こんな場所を学校にしてんのは、親の仕事が終わったら一緒に帰るためなんかな」

 

 地下道を抜けると、広い場所に出る。地下道は天井に明り取りの穴があったがここにはないので、酷く暗い。

 かなり広い地下駐車場であるそこに見えるのは、そこかしこに転がるサッカーボールやバスケットボール、それに奥様方が井戸端会議するのに良さそうなベンチ。子供が安全に遊べる広場のようだが、修理できそうな車が見当たらないのは残念だ。

 

「小舟の里ですら広いから原付バイクくらい欲しいんだが、そんな幸運はあるはずもないか。小舟の里の電力も、徐々に回復させていかないとなあ。こんな暗い地下が遊び場じゃ、子供達がかわいそうだ」

 

 階段を上がる。

 また駐車場に出たが外から光が射し込んでいる方に大型自動車の残骸と、駅の駐車場にあったようなテーブルが見えた。

 そちらへ向かうと焚き火も見え、どうやらそこが警邏隊の詰め所であるらしい。

 足音で気づいたのか男が1人バンの残骸から出てきたが、俺を見ると何も言わずテーブルの椅子に座った。

 テーブルの上には俺が持っているのと同じ無線機が置かれているので、隊長さんから知らせでも受けているのだろうか。

 

「ご苦労さん。この裏手の道に出たいんだが」

「立体駐車場マンションは窓すらない。雨風が吹き込むし、冬は寒いんで隙間には板を張ってるんでね。この入口から出て右か左、ぐるっと回り込むしかねえよ」

「そうなんか。やっぱ移動手段が欲しいな。ありがとよ。勤務中だから、酒はまずいよな。サイダーを置いとくよ」

「おっ、ありがてえ。住民のほとんどが仕事に出てる昼間の当番はヒマでね」

「平和なのが一番さ」

「ちげえねえ」

 

 外に出るとベンチやテーブルが並び、その向こうに車の残骸があるのだが、そこに腰かけて日向ぼっこしているのは歩く事さえ大変そうな年寄りばかりだ。

 もう少し動けそうな人間は、ジャンク屋の老人のリバーシ盤を作るアルバイトにでも行っているのかもしれない。

 

「へえ、立派な道路じゃんか。車の残骸もほとんどねえ。そのうち、青空ボウリング場にでもすっかな」

 

 右から回り込んだ道路は、島の東端を北から南まで抜ける見事な直線道路だった。

 湖面と道を隔てるフェンスの損傷とマンホールの有無を見ながら、そこをのんびりと歩く。

 道と空だけ見ていればまるで平和な日本の田舎道を散歩でもしているようで、なんとなく気分がいい。

 

「立体駐車場マンションから近くて、ほとんど人が来ない。しかも、マンションからは死角になってんだろ。夏んなったらフェンスを移動して、海水浴場でもいいな」

 

 長い直線道路の中ほどに、それはあった。

 ぽっかりと口を開けたマンホール。

 フタが離れた所に落ちているのが、人間以外の何者かが這い出した証拠だろう。

 

「発見っと。ミニクエストも佳境かな。さて、ここに踏み込む前に応援を呼ぶべきか否か……」

 

 その前に例えば今まさにここからマイアラークが飛び出してきたとしたら、フェンスを越えてからタレットを出すか、直線道路を走って距離を取ってから出すかを考える。

 

「ああ、もう出しとけばいいのか。ヘビーマシンガンタレットでマンホールを囲んでっと」

 

 それが終わり、タバコを1本吸い終えてもまだ答えは出ない。

 マイアラークが小舟の里に入り込んだのは今年に入って初だと言うし、この中が巣になっているような事はないだろう。

 だがこちらに来てから経験した探索や戦闘で、必ずと言っていいほどミスをやらかしている俺だ。

 昨日の夜ベッドで布団を首元まで上げた時も、今度こそは慎重にと自分に言い聞かせたばかり。

 

「下水道への侵入はゲームでもよくやったよな。……ああ。ゲームじゃケチって使わんかったけど、こういう時こそアレの出番か。ナイトキン化しちまいそうなくらい数はあるから、使ってもいいだろ。音もねえし、行ってみっかな。ヤバそうなら即撤退。やれそうな相手でも、フュージョンコアがもったいねえがパワーアーマー着て出血コンバットショットガンでゴリ押しだ」

 

 タバコの吸い殻をピップボーイに入れ、真っ暗なマンホールを覗き込む。

 顔を突っ込むようにして耳を澄ませても、俺のPerceptionでは水の音さえ聞こえなかった。

 

「マイアラークが出てきたなら、湖に繋がってんだと思うんだがなあ……」

 

 ピップボーイに表示こそされていないがまるでクエストのようなここまでの道のりに、こんないかにもなマンホールが入口。

 地図にロケーションとして記載されているか確認してみるとそれはなかったので、そんなに広い場所ではないのだろう。

 デリバラーを抜いてピップボーイのライトを点け、ステルスボーイを使用する。自分の腕や足が透明になっているのを念のために確認し、鉄の梯子を慎重に下りた。

 暗い。

 そして、静かだ。

 床には、マイアラークが這った生臭い跡。ここからマイアラークが出てきたのは間違いない。

 緊張を押し込め、しゃがむ。

 ピップボーイの視覚同調アシストシステムには、[ HIDDEN ]の表示。

 ゆっくりとステルス状態のまま進む。

 敵がいたら地雷を撒いてから狙撃だぞと自分に言い聞かせると、1本道のトンネルのような通路の先にかすかな明かりが見えた。

 

「夜になれば篝火や焚き火を燃やして、市場じゃ部屋で使うランプの魚油まで売ってる里にこんな明かりが?」

 

 思わず出た独り言に慌てて口を抑えるが、ステルス状態は維持されたままだ。

 数歩進んでは耳を澄まし、酷くゆっくりとだが明かりを目指す。

 明かりが漏れているのは突き当りの、開け放たれたドアの向こう。そのドアの手前でまた耳を澄ましてみれば、たしかに水音が聞こえた。

 マイアラークのあの嫌な足音は聞こえない。

 それでも生唾を飲み込んでからそっと中を覗き込むと、そこには核分裂バッテリーが直付けされたライトスタンドの明かりがあった。

 

「たくさんある機械はどれも壊れてるみてえだが。骸骨が1つあるな。そして壁に大穴。ここからマイアラークが侵入したって訳か」

 

 ここが何のための部屋で骸骨が誰なのかも気になるが、まずは俺の身の安全のために大穴の前にコンクリートの土台を出してマイアラークが入れないように塞ぐ。

 

「おいおい、いつの時代の人だよ。この骸骨」

 

 床には人骨と一緒に、振袖のような女物の和服が落ちている。

 たとえどれほどの未来でも和服姿で出歩く人がいたって不思議ではないが、どうしてそんな女がこんな場所で死んでいるのか。

 そう思いながらも和服をピップボーイに入れると、その骸骨の持ち物がバラバラと床に落ちた。

 

「お、高そうな、カンザシっつーんだっけか。ってこれ、ただの装飾品じゃなくて装備アイテムかよ」

 

 日本製の銃などはそれを手に取るとDamageが日本語で攻撃力などと表示されるのだが、俺が拾い上げた女柔術家の簪にも頑強上昇1、敏捷上昇1、近接武器上昇10と表示されている。

 頑強がEnduranceで、敏捷がAgility。近接武器はフォールアウト4では廃止されていたスキルのMelee Weaponの事だろう。

 

「ユニーク装備ってか。こんな場所にこんな装備が落ちてるトコは、さすがフォールアウトシリーズの世界って感じかねえ」

 

 もしゲームと同じならホロテープもあるはずだと落ちた遺品を取り上げてみるが、それは見当たらない。

 財布の中に入っていた10円札3枚と小銭は、ありがたくいただいておこう。

 他にも何かないか見てみたが、壊れた機械類と骸骨の他には何もない。

 女柔術家の骨に手を合わせてから核分裂バッテリーとライトスタンドを回収し、俺は静かに部屋を出た。

 

「ああ、緊張した。ステルスボーイ1個消費で、風俗3回分のヘソクリとユニーク防具が報酬。まあ、悪くないミニクエストだったな」

 

 青空の下に戻った安心感から大きく伸びをし、タレットを収納してマンホールをしっかりと閉めてからウルフギャングの店へと続く南側に直線道路を歩き出す。

 そうか。

 風俗3回分か。そうか……

 

 アキラ?

 

「ひゃいっ!」

 

 突然セイちゃんに呼びかけられ、背筋を伸ばして妙な返事をしてしまう。

 無線はボタンを押し込みながらでないと俺の声は届かないので、急いでそうしながらセイちゃんに何があったのか聞いた。

 

 トラックの改造は終わったから、シズク姉ちゃん達を迎えに行くついでに問題がないか確かめたい。今どこ?

 

「そっちから見て、競艇場のプールの向こう側の道を南下中。ウルフギャングの店に向かってる」

 

 なら、迎えに行く。セイ達はもうトラック乗ってるし。クレイジーウルフギャング、左折してすぐ右。突き当りを左。

 

「あ、いや。里の外に出るなら、こっち側の南東橋は封鎖しちゃってるから。……あれ、もう切れてるし」

 

 まあ迎えに来てくれるならありがたいかと咥えタバコで歩いていると、すぐに人っ子ひとりいない直線道路の向こうから、ウルフギャングの武装トラックが走って来るのが見えた。

 フロントに追加したフェンダーはタイヤを狙撃される事よりもクリーチャーを轢き殺すのが目的だろうというほどゴツくて、両脇のフェンダーにもノコギリの歯のような鉄板が取り付けられている。

 正面と両脇に見える屋根のタレットは威圧感こそあまりないが、見る者が見れば接近を躊躇ってくれるだろう。こんな世の中じゃ、力を見せつけて手出しをされずに済むならそれがベストだ。

 

「遅かったなあ、アキラ」

「ミニクエにありがちなたらい回しをされてたんでな。それよりトラックはどうよ、総重量がかなり増したからキツイんじゃねえか?」

「バカを言うなって。セイちゃんって大天才が、エンジンにまで手を入れた特別製だぞ。力を見せつけてやるから、さっさと乗れ」

「たった半日でエンジンまでって。末恐ろしいな……」

 

 俺が乗り込んでドアを閉めた途端、ウルフギャングは荒っぽくアクセルを踏み込んだ。

 その加速感は、サクラさんを救出するために東海道を東へと向かった時と比べて格段に上のように思える。

 

「へえ。たしかに馬力不足って感じはねえな」

「ピップボーイのお礼だから頑張った」

「そっか。偉い偉い」

「荷台も快適になったのヨ」

「みたいですねえ。左右にベンチまで付けて。窓も開け閉めできるから、探索が捗りそうだ」

「だろ。このまま北西橋ってのから出て右折すればいいんだよな、セイちゃん?」

「ん」

「タレットは、弾をケチらなくていいって話だからな。セイちゃんの経験値を稼ぎながら特殊部隊からの無線を待とう」

「ありがと」

「こちらこそだ」

 

 見るからに上機嫌な夫に、サクラさんが呆れているような気配を見せた。

 トラックのタレットが倒したクリーチャーの経験値がセイちゃんにも入るのかと聞くと、こちらの世界では近くにいて共闘しているという意識さえあれば経験値は全員にソロで倒したのと同じだけ入るのだとウルフギャングは笑う。

 

「便利な世界だなあ、おい。じゃあさ、ピップボーイのない人間にもSPESIALやスキルってあるのか?」

「そりゃあるさ。本人には見えてなくても、俺達から見りゃピップボーイの視覚同調アシストシステムが表示するHPバーがあるのと同じようにな」

「なら、SPESIALが上がる防具なんかも効果的なのか。よしよし」

 

 



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ドライブ

 

 

 

 セイちゃんが指示した道は、そのまま特殊部隊の連中が小舟の里から徐々に探索の足を伸ばした道でもある。

 なのでフェラル・グールの影すら容易には見つからず、俺が湖面から見つけて特殊部隊の連中が根こそぎかっさらったショッピングセンターの辺りで、焦れたウルフギャングはハンドルを西へと切った。

 

「おいおい。夕方には特殊部隊を迎えに来いって無線が来るんだぞ?」

「だから今のうちに、経験値を稼いでおくんだよ。いいなあ、この辺りは。車の残骸が少なくて、道を変更する手間がほとんどない」

「はあ。……お。線路の向こうに、工場が見えるな」

「駐車場に入れそうなら、頭から突っ込むぞ。フェラルくらいはいるだろ。タレットの威力を見る、いい機会だ」

 

 工場の広い駐車場には、ウルフギャングの言葉通りそれなりの数のフェラル・グール達がいた。

 それらは動く物に反応するのか、それとも生者の気配にでも惹かれるのか、次々とトラックへと駆け寄って来るのだが、1匹たりとて車体にすら触れる事なくタレットにその身を引き裂かれてアスファルトに沈む。

 

「……俺、今ならシズクの気持ちがわかるわ」

「なにがだ?」

「こんな楽なレベル上げがあってたまるか」

「そうしたのはセイちゃんとアキラだろうに。次行くぞ、次」

「待てって。フェラル・グールの剥ぎ取りが」

「どうせゴミしか持ってないって。あーらよっと」

 

 上機嫌のウルフギャングがトラックをバックさせるので、そのポケットなどに戦前の品を入れているはずのフェラル・グールの死体が遠ざかってゆく。

 ウェイストランドに落ちている物はゴミですら持ち帰らなければ気が済まない俺からすると、とんでもない暴挙だ。

 

「ああ、俺の宝物が……」

「ケチな事を言うなって、アキラ」

「うるせえ。スカベンジャーがケチでなにが悪い」

「吝嗇な男はモテないわヨ?」

「べ、別にモテたいとか思ってませんからいいんです」

「はいはい。お決まりの返しをありがト」

「交差点だな。えーっと、右は個人病院と、この先に鷲津駅ってのがあるらしい。左はどうだ、アキラ?」

「瓦礫以外になんもねえし、道はカーブんなってて見えねえ」

「直進すりゃ新所原ってとこらしいが、まあ右折でいいよな?」

「あんまこの辺から離れなきゃ、それでいい。好きにしていいよ。剥ぎ取りの出来ないフォールアウトなんか、味のねえメシと一緒だ」

「はいはい、わかったわかった」

 

 右折して少しすると線路に突き当たったが助手席の小窓から見ている左は道が狭く、ひっくり返った車の残骸があるので通れそうにない。

 

「左に駅が見える。でも、車の残骸があって進めねえ」

「そんじゃ、少し戻ってさっきの交差点を左だな」

「アキラ、駅に列車あった?」

「見えなかったなあ」

「……残念」

「目的は動力源、セイちゃん?」

「ん。核分裂バッテリーがたくさん積まれてるはず」

「やっぱフュージョンコアは日本にはないのか。パワーアーマー着て暴れるのは、ここぞって時だけだなあ」

「アキラのは電池で動いてるって言ってたもんな。俺のと同じ、倍力機構の補助動力に核分裂バッテリー1つで動くパワーアーマーはないのかよ?」

「それがないんだよ。3とNVのアイテムもピップボーイに入ってりゃ、それこそ日本版BOSを立ち上げられるくらいはあるはずなのによ」

「そりゃ残念だ。お、駅前はやっぱフェラルが多いなあ。少し湖から離れれば犬とフェラルしかいないなんて、低レベルのアキラ達にはおあつらえ向きの地域だ。さあ、タレットちゃん。撃ちまくっておくれ」

 

 アキラ、ちょっといい?

 

 無線から聞こえたのは、焦ったようなミサキの声だった。

 

「おう。どした?」

 

 後方から銃声。ヤバイかも。

 

「あー。悪い、そりゃ俺達だ」

 

 ええっ。今日はトラックを改造するんじゃなかったのっ!?

 

「それが終わったんで、武装と走りの試運転にな。今どこだよ、そっちは?」

 

 アキラがパンフレットに印をしてた工場の手前にある神社。

 

「ならこの道を直進した辺りかな。途中、駅を見なかったか?」

 

 見たよ。明日はそこを殲滅しようって話してた。

 

「殲滅っておい。そっちから見て線路の左の駅前は、今トラックのタレットがフェラル・グールを倒しまくってる。これが終わったらそっち向かうから」

 

 横取りは反則だよう。国道への道はさっき偵察班が発見してたから、このまま東に向かうね。

 

「あいよー」

「ミサキちゃんには悪い事したようだな」

「いいさ。あの戦闘狂は、もうレベル15なんだ」

「アキラの倍近くか。やるなあ、ミサキちゃん」

 

 まったくだ。

 初めて会った時は、道の真ん中で腰を抜かしてちびってたってのに。

 事あるごとに急いでレベルを上げようとするなと言っているのだが、ミサキは大丈夫だってと笑うだけで、特殊部隊への同行を決して休んだりしない。

 あんなに平和な日本で暮らしていた女子高生、それもゲームなんてした事のないミサキだから、どうにもこうにも心配なのだが。

 

「心配なのか?」

「そりゃ、少しはな」

「なら、ちゃんとそれを伝えた方がいいぞ。若いうちは気恥ずかしさが先に立ってなかなか異性に本音を言えなかったりするもんだが、年月が過ぎると男はそれを後悔したりもする」

「……覚えとくよ」

 

 待機所の地図を思い浮かべながら、駅前のフェラル・グールをあらかた倒して満足気なウルフギャングに西へと向かってもらう。

 記憶通り駅から少し進むと小さな交差点があり、その右を見てもらうと踏切があると言うので、そこでミサキ達を待つ事にした。

 

「やっぱ、持ち歩ける地図が欲しいな。本みたいになってるやつ」

「まあなあ。俺は戦前の記憶で大きい道はどうにかわかるが、土地勘のないアキラ達ならそれは欲しいだろう。本屋とかドライブインとか、そういう店が残ってたら中を漁ってみるか」

「しばらくは俺とセイちゃんのレベル上げだから、明日は待機所の地図で本屋を探してそこ狙うかな」

「本! 図書館に行きたい、アキラ。舞阪には大きいのがあるって」

「だから舞阪に行きたがってたのか。地図で見て東海道沿いなら、それもいいかもね」

「やった」

 

 俺とハンドルを握るウルフギャングの間でセイちゃんが喜ぶ。

 その頭を撫でたりシャコンっと横にスライドさせられるようになった窓を開けてタバコを吸ったりしていると、特殊部隊の斥候が見えたとウルフギャングが教えてくれた。

 

「いいね。斥候を出しての行軍、まるで軍隊みたいじゃないか」

「俺の乏しい軍事知識と、ジンさんとシズクの経験を照らし合わせただけのやり方だからなあ。図書館にそういう本もあればいいが」

「元防衛軍のグールがいりゃあいいんだが、この辺は核が落ちてないみたいだからな。じゃあ、明日の目標は図書館漁りか。ガレージに朝6時集合な、アキラ」

「おいおい。一緒に行くつもりかよ?」

「当たり前でしょう。こんなかわいらしい子に、舞阪まで歩けって? 鬼畜ねえ。それと護衛は任せなさい、腕が鳴るワ」

「サクラさんも行く気なんですか。……階段もありますよ、図書館って」

「階段も上がれない三式機械歩兵なんて、いる訳ないでしょウ」

「やっぱ国産機だったのか、サクラさんが使ってるのって。まあ、俺が知ってる階段を上れないポンコツは、歩兵ロボットじゃなくて動き回れるだけの、うるさいゴミ箱だからなあ」

「ははっ、なんだそれ。来たぞ、サクラ。後部ハッチを開けてやってくれ」

「はいよ、アンタ」

 

 しばらく小舟の里に腰を落ち着ける事に決めたからか、ウルフギャングはセイちゃんに頼んで荷台に、映画で兵士達を運ぶ車両のようなベンチまで取り付けてしまっている。

 これなら特殊部隊の連中も全員で乗れそうだと荷台を眺めていると、サクラさんが固定武装の銃口で器用にハッチを開けた。

 ドヤドヤと特殊部隊の連中が荷台に乗り込み、腰の水筒の水を飲んだりして安堵の息を吐いている。やはり廃墟の街を歩き回るというのは、どれだけ武装していても人間の神経をすり減らすらしい。

 

「凄いねえ。これならクル-ザーはいらないんじゃないの、アキラ?」

「お疲れ。このトラックは、ウルフギャングの私物だっての。俺達もトラックを手に入れられれば、まあなあ」

「動く車両の発見は、よほどの幸運に恵まれないとな。田舎の車屋は設備が悪くてスクラップばかりだし、都会に行けば核で街そのものがボロボロだ。ミサキちゃん、踏切の方へ向かえばいいのか?」

「えっ。休憩させてもらえるだけじゃなくて、今日の獲物を回収しながら里に戻るのまで頼んでいいの?」

「いいに決まってるじゃないか」

「やったあ。じゃあね、踏切を越えたら右でっ」

「了解だ」

 

 ミサキの道案内でトラックは細い道へと入ったのだが、帰り道のそこかしこに積み上げられている戦前の品を見てウルフギャングはその量と、手当たり次第の無節操さに呆れていた。ミサキ達は、畳だろうが何だろうが使えそうな物はすべて引っぺがして道端に積み上げてしまうのだから、そうなるのもわかる。

 当たり前だが、回収は俺の仕事。

 俺はそれをしながら、レベルがどの程度になれば空軍基地の探索へ向かえるかを考えていた。

 修理可能な車両は、核の落ちていない地域の頑丈な建物内にあるらしい。

 それで思い浮かぶのは、やはり軍隊の基地だ。

 

「俺とミサキで101のアイツを迎えに行くとして、ジープの1台でもあれば道中がどれだけ楽になるか」

 

 最後の戦前の品の山を回収し終えたのでのんびりタバコを吸いながらそう呟くと、後頭部をポカリと叩かれる。

 振り返ってみると、シズクだ。

 セイちゃんは101のアイツの適当さを尻拭いするため、砂を詰めてから鉄パイプを曲げた物や加工した鉄板を組んで車体の剛性を高めるバーを取り付けたのだが、それにはアーチ状の通路があるのでそんな事も出来る。

 

「こら、2人じゃないだろう」

「シズクも着いて来る気かよ?」

「当たり前だ」

「車両で行くなら、その整備が必要。徒歩でもどこかで車両を発見できたらそれ修理するから、セイも」

「セイちゃんまでっ!?」

「ん。それにアキラとミサキは、師匠の顔も知らない」

「そういえば、それもそうね」

「だからってどう考えても危険な西日本に、シズクとセイちゃん連れてくってのはなあ……」

 

 スーパーミュータントの部隊と遭遇したりすれば、VATSがあっても余裕で死ねそうだというのに。

 

「シズクはデタラメに強いから、心配ないと思うわよ。セイちゃんは3人で守ればいいんだし」

「そんな強いんかよ、シズクって?」

「そりゃあもう。刀でフェラル・グールを切ったと思ったら、もう片方の手のショットガンで違うフェラルの頭をバンッ! それを、ダンスでもするみたいに敵が全滅するまでやっちゃうんだから」

「レベルさえ発生してねえのにかよ。とんでもねえな……」

「セイだって、ダーツガンの腕はかなりのものだぞ」

「へえ。まあ、セイちゃんにまで戦わせるような腕のうちは小舟の里から旅立つつもりはねえな。あ、そういや忘れてた。シズク、これやるよ」

 

 

 



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図書館へ

 

 

 

 日が暮れ始めた頃に小舟の里へと戻った俺達は、ウルフギャングの店で少し早い晩メシを食いながら酒を飲んだのだが、帰り道でなぜか機嫌が悪くなったミサキとセイちゃんの機嫌を取るのに酷く苦労した。

 

 女柔術家の簪はたまたま見つけた物で、その装備効果がピップボーイをセイちゃんに譲ったシズクにちょうどいいから進呈しただけ。

 

 そう言っても2人は納得せず、俺は仕方なくミサキにパワーフィストを、セイちゃんに工具としても使えそうなリッパーをプレゼントして機嫌を取った。

 どちらもレジェンダリー武器だぞ凄いんだぞ、俺だってダブりは持ってないんだぞ、とまで言ってようやく、2人はどうにか機嫌を直してくれたのだ。

 

「おはよう、ウルフギャング」

「おう。あれ、アキラだけか?」

「セイちゃんは基地の食堂で朝メシ食ってから来る。俺、朝はコーヒーだけでいいんだ。これ、手描きだけど図書館までの地図」

「へえ。上手いもんだなあ。……目的地は東海道じゃなくて、海沿いのバイパス。橋を渡るのが近そうだな」

「そうなんだよ。でもルートは、ウルフギャングが判断してくれ」

 

 まだ6時前なのにガレージから出されているトラックの前でタバコを咥え、ウルフギャングにも1本差し出す。

 

「ありがとう。……でも新居町駅からバイパスを通って行く道まで描いてるって事は、出来れば東海道じゃなくてこっちを進みたいんじゃないのか?」

「でもほら、俺はこっちの戦前も、ウェイストランドになってからの日本も知らねえ訳じゃん。フォールアウト4じゃ橋は結構、レイダーやガンナーって敵が封鎖して基地にしてたし」

「ガンナー?」

「ウルフギャングにわかりやすく言えば、タロン社」

「傭兵か。そういや、この辺りじゃ見てないな」

「なるほど」

「とりあえず向かってみて、バイパスが危険そうなら東海道に戻って舞阪駅の手前を右折。それでどうだ?」

「もちろん。いいに決まってる」

 

 そんな立ち話をしているうちにサクラさんが、そしてその直後にセイちゃんが来て出発となった。

 今日の目的地は東の、浜松方面。駅で言うと浜松駅から小舟の里方面に向かって2駅の舞阪という街へと向かうので、駅前橋の門を抜けてトラックは進む。

 

 北西橋から徒歩で探索に出るミサキとシズクとジンさんに連れ回される特殊部隊を、今日も迎えに行くと昨夜ウルフギャングは飲みながら約束していたようなので、探索は夕方前には切り上げる事になりそうだ。

 

「やっぱ風が凄いな、フロントの小窓を開けると。景色が良くて索敵しやすいのはいいけど」

「フロントガラス、最初からなかったからなあ」

「このトラックはどこで見つけたんだ?」

「崩落したトンネルの中央。大変だったぞ。やっと動く車、それもサクラが乗れそうなのを見つけたのに、それを引きずり出すのには車の残骸がジャマでな。3か月テントで寝起きして、朝から晩までずうっと車の残骸と瓦礫の撤去作業だ」

「そんな場所じゃなきゃ、損傷の少ない車はねえって事か。キツイなあ」

「まあ、その辺は任せとけ。今度、いいトコ連れてってやる」

「どこだよ?」

「行ってみてのお愉しみさ」

 

 もしかするとウルフギャングも、空軍基地ならばと思っているのだろうか。

 車の残骸のせいで何度か道を変えながら、ドッグミートがミサキとEDーEを発見した辺りを通り過ぎた。

 

「こっからは、俺も初めて足を踏み入れる地域だ」

「へえ。お、バイパスが見えたぞ。残念だが、車の残骸が見えるな」

「急いで逃げるにはいい道だろうしな。車の残骸なら、俺がジャンクにしてピップボーイに収納できる。いつでも言ってくれ」

「頼りになるねえ」

「戦闘じゃポカやらかしてばっかだけどな」

「最初はそんなもんさ。生き残りさえしてれば、誰だって強くなる。大切なのは、死なないって事だ」

「ジンさんにも、そんなような事を言われた」

「単純だからこそ、正しい。理屈なんてそんなもんだよ。いい具合に車の残骸がばらけてる。しばらくは進めそうだ。おかげでスピードが出せないし、帰りはセイちゃんとサクラを屋根に上げて砂浜と海を見物させてやりたいな」

「楽しみ」

 

 フロントの小窓を覗き込みながら、地図には左に公園があったのを思い出す。

 それでも、そちらに視線をやる余裕はない。

 

「くっそ、意外と早く車の残骸で道が塞が」

「ブレーキッ!」

 

 俺が叫んだ直後に、タイヤの軋む嫌な音。

 

「……いたい」

 

 シートの上で体育座りしていたのでそこから落ちたセイちゃんに手を貸して座らせ、フロントとサイドの窓を閉める。

 

「そっちも閉めろ、ウルフギャング。急いで」

「あ、ああ。エンジンは?」

「そのままでいい。バックは出来るか?」

「このままでも少しなら。後部ハッチを開けりゃ、いくらでも戻れるぞ」

「少し先に、車で道が詰まってるトコがあっただろ?」

「ああ。しっかり見たんで憶えてる」

「その最後尾が爆発しても、トラックが巻き込まれない場所まで下がってくれ」

「誘爆するような車の残骸はなかったから、少し戻るだけでいいな。それで、何があったんだよ?」

「……地雷だ」

 

 ウルフギャングが息を呑む。

 もしもあのまま進んでいたらと考えたのかもしれない。

 ゆっくりと後退するトラックが完全に止まってから、まずサイドの小窓を薄く開けて外を窺った。

 

「おいおい、ここは日本だぞ。イカレたあの国とは違うんだ」

「今まで地雷に引っ掛かった事はねえのか?」

「俺達がトラックを手に入れたのは10年ほど前で、それからもなるべく国道ばかり通ってた。戦前に仕掛けられたのがあったにしても、とっくの昔に誰かが踏んでくれてたんだろうよ」

「そうじゃなくて、レイダーなんかが仕掛けたやつ」

「消耗品の地雷を買うくらいなら、銃や弾をたんまり買うさ。ド低脳の悪党にだって、そのくらいの知恵はある」

「……じゃあ、あれは戦前に仕掛けられた可能性が高いのか。なんで台風なんかで爆発してねえんだよ?」

「俺が知るかって。それで、どうする?」

「それを相談したいんだよ」

「橋の手前に車が詰まってて、その切れ目に地雷か」

「なあ、まずもう少し戻んねえか?」

「そうすっか。サクラ、ハッチの小窓から後ろ見ててくれ」

「はいヨ」

 

 Uターンをして運よく車の残骸で塞がれていなかったバイパスへの合流口まで戻り、安堵の息を吐きながらタバコに火を点ける。

 

「ふーっ。あの先に何かある、それは間違いねえよな?」

「それはそうだろう」

 

 問題はそこに足を踏み入れるべきかどうか。

 ゲーム方式ならとりあえず敵を発見するまでは進み、敵が多いか強すぎるかならレベルが上がるのを待ってまた訪れるのだが。

 

「俺が浜名湖側から、ボートで偵察に出ようか?」

「競艇用のボートでか。あれは、ちょっとした風や波でもレースが中止になるくらい繊細な乗り物なんだ。車の残骸の向こうにあるはずの橋は浜名湖が海に流れ込む場所だから、波もあるはずだ。それはやめておいた方がいいぞ」

「なるほど。詳しいな?」

「金持ちのボンボンは、博打も女遊びも派手だって相場が決まってるのよ。ねえ、アンタ?」

「昔の話だろって、そう睨むな。いいか、アキラ」

「ん?」

「この辺りには、核が落ちていない」

「ああ。街並みが残ってるもんな。爆撃でもされたのかよって感じはあるけど」

「だとすると世界が終わった日、ここいらにはまだ防衛軍の兵力があった」

「……それが橋を封鎖した? 東海道は封鎖してねえのに?」

「してたのかもしれない。考えてみろ。もう、戦後300年以上だ。東海道は片付けられただけかもしれない」

「それにしたって……」

 

 生き残った人間達が駅や市街の中心部で暮らし始め、世代が変わって海沿いのバイパス道路の存在が忘れられたり、子孫達はクリーチャーのせいでそこまで探索の足を伸ばせなかったというのは理解できる。

 だが、東海道だけを片付けたなんて。

 

「浜松の新制帝国軍は、見張りまで戦前の防衛軍の軍服を着て小銃を担いでたぞ」

「……日本各地に核が落ちた。無事な浜松は混乱こそしただろうが、人の手は足りていたか」

「都市伝説だと思ってたがな。空軍が迎撃機でミサイルに体当たりまでして核が落ちるのを防いだから無事な街が残ってる、って噂を聞いた事がある」

「核ミサイルに戦闘機で体当たりって、そんなん可能なのかよ?」

「さあな。だが、その噂には続きがあってな」

 

 ウルフギャングが瞳を伏せながらタバコを消す。

 

「続き?」

「前触れもなく孤立した街。当然、他の地域の経済活動のすべては停止している。すぐに不足し始める物資。そこへ降り注ぐ放射能。そうなれば発生するのはグールや、変異した動物達だ。ただでさえ大混乱のそんな街に、他の地域からグールやマイアラークが押し寄せる。地獄絵図だったってよ」

「……そうなると、慌てて防衛の準備か」

「だろうな。浜松の新市街は、重機がなければ動かせも出来ないような瓦礫なんかを積んだバリケードで囲まれていたよ」

「ならそれで防衛が一段落すれば、次は他に無事な街を探しに行く?」

「地図で見るとわかるが、浜松から県庁所在地の静岡市へ向かうとまず磐田市。次に袋井市、そして掛川市だ。掛川の手前までは核の被害が相当なものだったが、入ってしまえば車の残骸なんかが多くて進むのに苦労したよ。そして磐田に入る辺りに、戦前か戦後すぐの防衛軍の検問所があった。装甲車両や重機が見えたんで迂回したが、そこからの東海道はトラックが通れないような場所はなかったな」

「そこまでしか、浜松の防衛軍は東海道を片付けながら進めなかった?」

「だと思う。そしてそんな状況なら、バイパスを封鎖させた部隊になんか構っていられなかっただろう。落ち着いてから様子を見に行かせたとしても、壊れた車両なんかは……」

「放置してる可能性もあるか」

 

 ならば、立ち往生した車の残骸の向こうを見に行かないという選択肢はない。

 またステルスボーイを使うしかないか。

 

「ちょっくら様子を窺って、大丈夫そうなら車の残骸をジャンクにして道を作る。少しだけ時間をくれ」

「1人でか? 危険すぎるって」

「ステルスボーイってアイテムがあるんだよ」

「姿を消せる、ってあれか」

「ああ」

 

 ウルフギャングがタバコを咥え、小さく頷いた。

 

 

 



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検問所

 

 

 

「だが最長で10分だ。それ以上は危険すぎる」

「それでいいよ」

「それと、サクラを屋根に上げて索敵させるぞ。危険な敵がいるようならセイちゃんの無線で教えるから、その時はすぐに戻れ」

「約束する」

「……なら、もう少し進んでから降りろ。サクラは屋根にもう上がっちまえ」

「はいヨ」

 

 怖くないと言えばウソになる。

 それでも、軍用の車両なんかがある可能性が万に一つでもあるなら、あの検問所を見に行かないという選択肢はない。

 トラックが動き出す。

 

「まずは索敵かねえ」

「そうなるな。スコープ付きの銃もあるんだろ?」

「とーぜん」

 

 問題は、道路に詰まっている車の残骸をどうするかだ。

 スクラップにしながら進めばもし敵がいて攻撃されても誘爆の危険はないが、接近を悟られて先制攻撃を受ける。

 

「それでも、核爆発する遮蔽物に身を隠しながら軍の検問所に忍び寄る度胸なんて俺にはねえわな」

「もしかして、最初からステルスボーイを使うんじゃないのか?」

「これから先も使うだろうからなあ」

「ならアキラが地雷や車の残骸を片付けたら、そこをトラックがバックで追従する」

「危険じゃね?」

「アキラよりはずっとマシだ。心配しなくてもセイちゃんの改造のおかげでミサイルランチャーの1撃くらいは余裕で耐えるし、後部にはタレットがあってサクラもいる。その方が安全だよ」

「……なるほど。なら、それでいくか」

 

 ウルフギャングが笑顔で頷く。

 少し進んだ場所でトラックを降りた俺は、いくらか緊張しながらまずはスコープ付きレーザーライフルで道の先をつぶさに観察した。

 

 瓦礫なんかじゃないゴツイバリケード、その向こうに上部だけ見えているのはテントや、護送車のような車両か。

 

「やっぱ行くしかねえな」

 

 呟いた俺は、レーザーライフルをピップボーイに収納してデリバラーに換え、VATSで発見した地雷の解除にステルス状態で向かった。

 俺のレベルなら確実に1発で即死する恐ろしい武器、地雷。

 ゲーム中では何度これに吹っ飛ばされ、時間を巻き戻された事だろう。

 生唾を飲み込んでから両のてのひらで自分の頬を叩き、地雷の探知範囲に踏み込んだ。

 

 チッチッチッチッ

 

 高速の嫌な電子音が、俺の背に冷汗を噴き出させる。

 

「解除解除解除解除―っ!」

 

 フォールアウトシリーズでボタンを連打するイメージ。

 俺がみっともなく焦って叫んでいる途中で、ちゃんと地雷はピップボーイに収納されてくれた。

 

「ふうっ。こえーなあ、もう。……10年式地雷、ね。国産品なのか。まあいただいておこう」

 

 デリバラーをいつでも撃てる心構えをしてアスファルトに這いつくばり、直近の車の残骸の下を覗く。

 フォールアウト4ではよく車の残骸の下にグールがいて、通り過ぎると背後から奇襲をかけて来たのだ。

 見えるだけに限った話ではあるが、グールや他のクリーチャーの姿は見当たらない。

 

「おし、そんじゃ始めっか」

 

 車の残骸をスクラップにしてピップボーイに収納。

 デリバラーをいつでも撃てる構えでその作業を繰り返し、アスファルトに這いつくばっては車の残骸の下を覗く。

 そうやって検問所と思われるバリケードまで進むと、胸元に着けている無線機がノイズを吐いた。

 

 アキラ。サクラさんがそっち行くから、一緒に中に入れって。

 

「りょーかい。視認できるマーカーはなし。たぶんだが、グールすらいねえ」

 

 ん。すぐ行くって。

 

 タバコを咥えて火を点けると、それを消してもいいかなと思う前にサクラさんの特徴的な駆動音が近づいて来て俺の横で止まった。

 

「大丈夫そうネ」

「ええ。バリケードは、初めからその用途のために作られた軍用品のようです。残らずいただいて、里の防衛強化に使いましょう」

「セイちゃんが中に車両があれば、スクラップにする前に呼んでくれっテ」

「もちろん。じゃあ、行きますか」

 

 バリケードはまんま、軍用バリケードという名前であるらしい。

 中央にガードレールのある2車線ずつの道路から、残らずそれを収納する。

 

「凄いっ! 軍用無線機に渡河ボートまであるっ!」

「ははっ。セイちゃん、あまり前には出ないって約束しただろ。俺達が進むのは、アキラとサクラが安全を確認してからだ」

「ん」

 

 少し前に出ていたセイちゃんが、エンクレイヴ・パワーアーマーを装備してレールライフルを持ったウルフギャングの後ろに回る。

 

「トラックから離れて大丈夫か?」

「ああ。セイちゃんが早く戦前の品を見たそうだったんでな。クリーチャーもいないようなんで連れてきた」

「セイちゃん道路の両端にあるバスみたいな車両は?」

「修理不可能。他に車両は見当たらないから、ボートや無線機でガマン」

「なるほどね。じゃあ、安全確認してくるから待ってて」

「ん」

 

 無線機の見えている壁のないテントの下には大きなテーブルがありそこに無線機が乗っているのだが、その周りにある椅子の横などには軍服と骸骨が見える。

 グールがいてもおかしくないぞと気を引き締め、タバコを踏み消して検問所の中に足を踏み入れた。

 

「お、ロケーション発見で経験値が入った。日本防衛軍陸軍検問所、か」

 

 検問所を反対側のバリケードまで歩き回るが、グールどころかモングレルドッグの1匹すら見当たらない。

 兵士が寝起きするテントや、バスのような車両の中までしっかり見たのにだ。

 経験値は稼げないが、セイちゃんもいるのでラッキーじゃないかと自分に言い聞かせ、2人の所へ戻る。

 

「アキラ、どう?」

「OKだ。中を見て回って、いる物と要らない物の選別を始めてくれるかな」

「護衛は任せテ」

「ん。すぐやる」

「俺はトラックをUターンさせてくるぞ、アキラ」

「頼む」

 

 俺はちょっとした連絡事項をミサキに伝えてもらおうと、無線機のレシーバーを持ち上げてスイッチを押した。

 

「こちらアキラ。メガトン基地、応答を願う」

 

 は、はい。こちらメガトン基地。オペレーターのジュンです。どうしましたか、アキラさん!?

 

「そんな慌てなくていい。誰も怪我なんかしてないし、援軍もいらないから」

 

 そ、そうですか。初めてアキラさんが無線してきたんで、何事かと。

 

「ははっ。それで要件なんだけど、そろそろ特殊部隊がこっちから連絡できないくらいまで進んだはずだから、伝言を頼みたいんだ」

 

 了解です。メモの準備は出来ているんで、どうぞ。

 

「海岸線のバイパスで、日本防衛軍陸軍検問所というロケーションを発見。そしてその手前に、可動品の地雷があった。特殊部隊も注意しろと。発見の方法は、ミサキに『VATSボタンは常にカチカチ連打』そう言ってくれればわかる」

 

 わかりました。復唱します。

 

 俺の言葉を繰り返したジュンちゃんによろしく頼むと言い、無線機のジャックを抜いてその太さを確認しているセイちゃんに歩み寄る。

 

「どう、使えそう?」

「厳しい。でも部品は取れるし、配線は使い回せるから」

「了解。テーブルやテントと一緒に収納しとくよ」

「ん。次はボートを見る」

 

 無線機やテントをピップボーイに収納して、またセイちゃんとサクラさんを追う。

 裏返された状態のボートの底をセイちゃんは指の第一関節でコンコン叩いたりしていたが、笑顔で顔を上げた所だった。

 

「その様子じゃ、使えそうだね」

「ん。12人は乗れるのが2つ。そこの箱に入ってる船外機も、バラして洗浄してまた組み上げれば使えると思う」

「そりゃ凄い。分乗すれば、特殊部隊が浜名湖を進めるじゃないか」

「これ、たぶんだけど連結して少し大きな船になる。分乗はいらない」

「すっげ」

「でも荷物は」

「まあ、プレジャーボートを手に入れるまでは、俺がトラック代わりでいいさ」

 

 検問所の中の物は、そんな感じで根こそぎいただいた。

 特に助かったのは軍用の銃器類と、その弾薬箱だ。俺が渡した武器を弾がもったいないからとあまり使わない特殊部隊には、何よりもうれしい土産だろう。

 全員が乗り込んだトラックを、咥えタバコのウルフギャングがゆっくりと発進させる。

 

「いやあ、なかなかの稼ぎになったな」

「ああ。半分はウルフギャング達の物だ。店の品揃えが良くなるな」

「ボートはいらないぞ?」

「そうもいかねえって。なあ、セイちゃん」

「ん。どうしても特殊部隊が使いたければ、ウルフギャングから買うから平気」

「気にすんなってのに。おお、こっち側は車の残骸が少ないな」

「それでも、地雷には注意しとく」

「助かるよ」

 

 橋を渡ると数匹のグールが見える駐車場や、木々が生い茂って森のようになってしまった公園があった。

 しばらくは林を見ながら進んだのだが、不意にウルフギャングがアクセルを緩める。

 

「アキラ、左の大きな建物は見たよな? あれじゃねえのか、図書館?」

「体育館って感じじゃなかったか?」

「その隣だよ」

「あぶねえ。体育館に気を取られて見てなかったぜ」

「おいおい。こっちからは道が繋がってなかったから、このバイパスから左に下りられる道があればそこからアレを目指すぞ」

「任せるよ」

 

 かなり回り道をして辿り着いた図書館は、大きな体育館の隣にある、図書館ではなく資料館か何かじゃないのかという雰囲気の平屋の建物だった。

 道中の住宅街では何匹かのグールとモングレルドッグがタレットの餌食になってくれたが、図書館の駐車場やその玄関にその姿はない。

 これじゃ本には期待できないなと言いながら、まずは俺とサクラさんがトラックを降りた。

 

「静かですね」

「不気味なくらいにネ」

 

 ドアの開く音。

 デリバラーを握っている右手を跳ね上げた。

 

「撃たないでくれ。敵意はない」

 

 両手を上げながら言ったのは、汚れた服にこれまた染みや泥だらけの白衣を羽織った、20代後半と思われる男だ。

 髪の毛などもぼさぼさで、何週間も風呂に入っていないと言われれば簡単に信じられる。

 

「アンタは?」

「柏木。浜松で医者をしていた。それにしても、動くトラックに機械歩兵とは驚いたね」

「医者が、どうしてこんな場所に?」

「天竜って知ってるかい?」

「川なら」

「ああ、その天竜川を遡ったところにある街。まあ、集落に毛が生えたくらいのだけどね」

「それで?」

「そこは山深い街で、住民には狩りなんかが得意な人間が多い。そこと新制帝国軍が、小競り合いを起こしてね」

「へえ」

 

 それは、俺達にとっては都合がいい。

 

「それで、医療品を徴収するって言われてね。懸命に働く人々を救うための医療品を、人から奪う事しかしないお前達になんて誰が渡すかと言ったら浜松を追放された」

「クズだなあ、新制帝国軍。そんで?」

「さすがに外聞を気にしたのか、金なんかは奪われなかったんでね。それで水と食料を買えるだけ買い込んで、ここまで歩いて来たって訳さ。水と食料が少なくなれば、小舟の里を目指してそこで医者でもやるつもりだ」

「ふうん。俺達は、その小舟の里のモンだよ。しかし単独でここまで来たとは、そうは見えないのにかなりの腕なのか?」

「まさか。怒りに身を任せ、ズカズカと歩いていただけだよ。武器なんて手術用のメスくらいしかないから、途中からは半泣きだったね。あはは」

 

 呆れながら煙草を咥えると、柏木の目に羨ましそうな光が浮かぶ。

 吸うならばと俺が放ったタバコの箱を笑顔で受け止め、柏木は1本抜き取ってマッチを擦る。

 返す仕草を見せたので首を横に振ると、泥と垢だらけの汚れた顔が愛嬌のある笑顔の形に歪んだ。

 

 



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帰還

 

 

 

「俺達は図書館の本を回収して、それから小舟の里に戻る。おーい、ウルフギャング」

「話は聞いてたよ。医者の定住なんて、里からしてみれば大歓迎だろ。乗ってくといい」

「それはありがたいな」

「でもま、まずは体を洗ってもらわねえと。ここに寝泊まりしてたんなら、個室の場所も把握してるだろ。そこに水と石鹸を出すから、俺が本を回収してる間に身支度をしてくれ。着替えも、この辺りで流通してるのよりはマシなのがいくらでもある」

「そこまで甘えていいのかな」

「いいさ。小舟の里には、医者と名乗れるほどの人間はいねえんだ。救護所にスティムパックは置いてるが、それを使うほどの怪我じゃねえと、薬草を擂り潰して傷に乗っけて包帯を巻いて終わりなんだ」

「なるほど。なら役には立てそうだが、肝心の医薬品がなあ……」

「病院はめっけてある。そこを漁れば、いくらかは手に入るだろ。ほら、個室に案内してくれ。サクラさん。中は大丈夫そうなんで、ウルフギャングと駐車場の車を漁ってていいですよ」

「わかった。こっちだ」

「気をつけろよ、アキラ」

 

 医者が1人で寝泊まりしていたくらいだから、クリーチャーはいないのだろう。

 それでも用心はしつつ、柏木の後に続いて図書館に入った。

 暗い。

 そして、独特の臭いがする。

 

「カビくせえな。本は、無事なのか?」

「大方はね」

「ここへは、医療関係の書籍を探しに?」

「ああ。縫合くらいなら僕でも可能なんだけど、それ以上となるとサッパリでね。死ぬ前に、外科的な内臓の治療法をどうしても知りたかった」

「たいしたもんだ。なあ、柏木さん」

「なにかな」

「小舟の里を、頼むよ。大事なダチや、気のいい仲間が大勢いるんだ」

「まるで、旅にでも出るような言い方だね?」

「しばらくは小舟の里で厄介になる。でも、いつかバカ野郎を迎えに行かなくちゃならないんでね」

「……出来る限りの事はさせてもらうよ」

「ありがてえ」

 

 柏木が寝起きしていたのは、カルチャースクールにでも使っていたらしい畳敷きの和室だった。壁際のホワイトボードには、戦前の人間が描いたらしい着物の着付けに関する注意点が、掠れてはいるが残されている。

 

「水にバケツ、タオルに着替え。メシと飲み物も出しとくか。着替えたら、トラックに行っててくれ」

「本の選別なら、手伝えると思うんだが」

「片っ端からコイツに入れるだけさ」

「いくら電脳少年でも」

「俺のは特別製でね。容量が無限なんだよ」

「おいおい。アキラくん、だったね。キミは極端に神に愛されてるとか、そんな存在なのかい?」

「アキラでいい。どっちかっつーと、呪いの類いだろ。そんじゃ、後で」

「あ、ああ」

 

 過去の遺産とでもいうべき書籍は、いくらあってもジャマにはならない。

 本棚ごと、すべて回収して回った。

 それだけでなく、受付や事務所のターミナルや机まで、根こそぎいただく。

 運命の日は閉館日だったのか、ガイコツすらないので気楽なものだ。

 駐車場に戻る途中で、玄関へ続く通路の窓が割られているのに気づく。柏木はここから侵入して、書物を読み漁っていたのだろう。

 豪快な医者もいるものだ。

 

「アキラ、これ収納して」

「スペアタイヤに工具。外せるのは、シートまでいただいたんか」

「ん。図書館に置くなら、少しでも座り心地のいい椅子がいい」

「ここの本、誰でも読めるようにすんのか。りょーかい」

 

 来る時は苦労した道も、戻るだけとなればあっという間だ。

 柏木の移住もマアサさんが話を聞いただけで許可を出し、適正価格で患者を診るならと診療所まで無償で貸し出したらしい。元のシズクの部屋が病室で、俺とミサキがしばらく泊まった部屋が診察室だそうだ。

 

「そんじゃ、俺は図書室を。セイちゃん、場所は?」

「2階の観客席。おかーさんもそこでいいって」

「りょーかい。そんじゃ、行ってくるよ」

「セイも行く」

「アキラ、特殊部隊の迎えまでには戻れよ?」

「毎日わりいな」

「気にするな」

 

 図書室は、自画自賛になるがなかなかの出来栄えになった。

 ジェネレーターがドコドコうるさいが明かりも確保したし、硬い観客席の椅子だけでなくセイちゃんが車の残骸から外したシートや、ミサキ達が廃墟から運び出したソファーも置いてカップル席にしてある。

 

「うし。そんじゃ次は、地下通路の教室かな」

「電灯を設置?」

「ああ。それと、駐車場の地下にもね。市場はさすがにマアサさんの許可が必要だろうから、今日はそっちをやっつけてしまおう」

「ん。大人達が喜ぶ。子供は天気の悪い日でも学校が休みにならないから、アキラを嫌うだろうけど」

「ロリコンじゃないから、問題なし」

「すぐになる。断言してもいい」

 

 さすがにそれはないだろう。

 俺はどちらかと言うと、こんな自分でも気後れしない程度の容姿で、ほど良くエロい女の人が好みなのだ。もちろん、エロいのは俺の前でだけ。

 

「童貞はこれだから……」

「心を読まないでくれるかなっ!?」

「口に出してた。いいから行く」

 

 俺の手を取り、セイちゃんが歩き出す。

 1階に下りて市場を突っ切ろうとすると、柏木が何人かの男とダンボール箱を運んでいるのに出くわした。

 

「なにしてんの、柏木さん?」

「アキラくん。長が、里にある医療品を使っていいと言ってくれたんでね。いやあ、これなら診察料が大幅に安くなる。本当に感謝だよ」

「病院漁りは必要ねえって事か。どうでもいいが生活費になるくらいの金額くらいはちゃんと受け取りなよ、先生?」

「キミが言うかなあ。でも、そうさせてもらうよ」

「なら安心だ。そんじゃ、また」

「ああ。忙しいんだろうけど、体調が悪くなる前に休暇を取るのを忘れずにね?」

「覚えときますよ」

 

 セイちゃんの言葉通り、通路の教室の天井に電球を設置すると教師はとても喜んでくれたが、子供達は休みが週に1日しかなくなると聞いて、わかりやすく落ち込んで見せてくれた。

 男の子の中には、俺を親の仇でも見るような目で睨む者までいたが。

 礼を言い続ける教師に気にするなと言い、駐車場の地下へ。

 

「さあて。ここは子供達の遊び場兼、おばさま方のダベり場にすっかねえ」

「みんな喜ぶ」

「だといいけどねえ」

 

 絵本や児童文学だけでもここに移そうかという考えが頭をよぎったが、子供がそれら読みたさに図書室へ通っていれば、他の本にも手を伸ばすという可能性がそれだけ広がるだろう。

 

「あとはなんかある、セイちゃん?」

「おかーさんの執務室は前にアキラが明かりを設置してくれたし、特にない」

「ホントは駐車場マンションにも、全室に明かりを付けたいんだけどねえ」

「それはダメ。人間は、便利すぎる生活に慣れると堕落する」

「シズクもそう言ってたんだよなあ。なら、ウルフギャングの店でお茶でも飲みながら特殊部隊からの連絡を待とうか」

「ん。紅茶に、スイートロールも」

「はいはい」

 

 ウルフギャングの店では、酒を出す時間帯より控え目な音量でジャズが流れていた。

 カウンターのスツールに並んで座り、まずはタバコに火を点ける。

 

「お似合いのカップルだ。ご注文は?」

「持ち込みだからいらん」

「客になる気すらねえってか」

「いかにも」

「タコにもっ」

「……サクラ、アキラだけでいいから叩き出せ」

「嫌ヨ」

 

 茶を飲みながら雑談を始めたのだが、何気なく病院を探索する必要はないようだと伝えると、咥えタバコのウルフギャングはニヤリと笑った。

 

「んだよ、そのツラ?」

「前にいいトコ連れてくって言ったろ。そことプレジャーボートのあるマリーナ、明日の朝に行くぞ」

「そりゃいいが、マリーナじゃねえ方はドコだよ? 地図は図書館にあったのを1冊だけ貰って来たが、ルートの選定があっから内緒ってのはムリだぞ」

「まあ、仕方ねえな。オートレース場だよ」

「……なるほど」

 

 オートレースというのは、競艇がプールに浮かべたボートでレースをするように、起伏のないコースをオートバイで走る公営ギャンブルの一種だ。

 ここもそうだったように、そのオートバイの整備場は室内にあると考えて間違いないだろう。

 可動品のオートバイ。

 しかも事故が付き物のレース場ならば、救急車だって室内で整備されていた可能性まである。

 

「行ってくる」

「どしたの、セイちゃん?」

「オートレースの本を、図書室から取って来る」

「なるほど。なら、護衛を」

「いらない。セイは伝令。逃げるのは得意。そもそも、里の中は安全」

「まあそうだろうからいいけど、あんま遅くなんないようにね?」

「ん」

 

 セイちゃんが店を出て行く。

 

「公営ギャンブルのオートバイかあ。盲点だったなあ」

「空軍の基地には、今のアキラ達をとても連れて行けないからな」

「動くバイクなんて、都合よくあるんかねえ」

「可能性は高いさ。数が揃うなら、特殊部隊の腕っこきに乗らせてもいいな」

「救急車もあるよな?」

「運が良ければな」

「関東の公営ギャンブル場は?」

「戦後すぐに、目端の利く連中が掻っ攫ったさ」

「なるほどねえ」

 

 バイクを救急車の後部に積めるなら、どんな状況でも役に立ってくれるだろう。

 問題は、俺がスクーター以上のバイクを操れるかどうかだ。

 

「ウルフギャング、バイクは?」

「戦前は乗ってたぞ。しかもブゥカティの、750SS」

「元ネタすらわかんね。もし可動品が2台以上あったら、運転を教えてくれよ」

「任せろ」

 

 だが戻ったセイちゃんが開いたオートレースに関する本を横から俺も見たのだが、そう簡単に事が運ぶと楽観視は出来ないらしい。

 楕円形の、しかも傾斜のキツイ、整備されたコースを走るためだけに作られたバイクであるため、とても一般道を走行できるような作りではないのだ。

 

「おいおい。ハンドルが猫のポーズなんだけど。にゃん、って感じの」

「ま、まあハンドルは、そこらのバイクの残骸から取ってセイちゃんに取り付けてもらえばいい」

「ギアは2速しかねえってよ」

「……それでも、自分の足で走るよりゃマシだ」

「カトンボみてえな車体に、ペットボトルかって大きさのガソリンタンク」

「バイクの利点は、その軽さだ」

「極め付きに、ブレーキがねえんだってよ。オートレースの競争車」

「ブ、ブレーキなんて飾りなんだよ。わかってねえなあ、アキラは」

「声が震えてっし、命綱を飾りって。アホか」

「むむむ……」

 

 



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遠征計画

 

 

 

 コーヒーとタバコはよく合う。

 そして個人的にはそのどちらにも、ジャズはよく合うと思った。

 紫煙を吐きながら、この辺りの観光案内パンフレットを出して広げる。

 

「げ……」

「どした、アキラ?」

「オートレース場、行けそうにねえや」

「なんでだよ?」

「これを見ろ」

 

 カウンターにパンフレットを滑らせると、客用とは違う大きなマグカップを持ったウルフギャングがそれを持ち上げた。

 その瞳が、曇る。

 

「あちゃあ……」

「何が問題なのさ、アンタ?」

「場所だ。オートレース場は、空軍基地のすぐ隣にあるらしい」

「あらあラ」

「飛行機に戦闘車両。そっちのが欲しい」

「でもセイちゃん、俺達のレベルじゃそれはまだ危険なんだ。わかるよね?」

「ん。レベル上げのためにバイクや救急車が欲しいけど、レベル上げしてからじゃないとオートレース場には行けない。困った」

「そうなるねえ」

 

 それに空軍の基地なら、市街地よりもよっぽど酷く破壊されているかもしれない。

 当時なにがあって誰が町を破壊したのかはわからないが、基地近辺だけが無事だなんて都合のいい幸運には期待するだけムダだ。

 

「なんかねえか。他に、なんか……」

「あんま気にすんなって、ウルフギャング。それにその地図、観光案内だぞ?」

「だが今のアキラ達に必要なのは、地上の移動手段だろ」

「まあな。でも、焦ったって仕方ねえって。いつか愛知まで行けば世界有数の車のメーカーが、って、こっちの世界でもそうだったとは限んねえのか」

「いや、この国の技術力ってのは捨てたもんじゃなかったんだぞ。……待て。ここ浜松は、ガソリンエンジンの黎明期にバイクメーカーがうじゃうじゃあった」

「とんでもねえ大昔の話だろ? それに今は、ガソリンなんて手に入らねえ」

「いや。乱立したメーカーは自然と淘汰されたが、生き残ってクルマなんかを製造していたメーカーもある。そのZUZUKIは、たしか核分裂バッテリーで動く車両なんかも製造してたはずだ」

「……工場なんかの大きな建物は、外から見た限りじゃ無事なのも多い。宝の在りかはオートレース場じゃなく、当時の車両工場か?」

「ああ」

「ZUZUKI関連の本、図書館から持って来る!」

「お、おい。セイちゃん。……あー。行っちまった」

 

 パシリをさせるようで申し訳ないが、そんな本があるのならたしかに見たい。

 しばらく待っていると息を切らしたセイちゃんが駆け込んできて、電脳少年からカウンターにかなりの数の書籍を積み上げた。

 礼を言いながら頭を撫で、ウルフギャングに出された水を飲むセイちゃんのジャマにならぬよう、まず初めに読む本を選ぶ。

 

「ウルフギャング、この世界の石油資源が枯渇したのって西暦何年なんだ?」

「たしかな事はわからんが、2060年にはガソリン車は鉄の置物になってたな」

「りょーかい」

 

 ならばと最も遅く出版された本で、事業内容などが書いてある物を探す。

 

「これかな。2077年1月出版の、『厳しい世界情勢の中におけるZUZUKIの取り組み』って本」

「大戦争直前か。新ペストなんかで、海外は酷いもんだったらしいなあ」

「この国は?」

「それなりかな。暴徒なんかは、すぐに鎮圧された。まあ、元々そんなバカやる人間の数が海外とは違う」

「なるほど。……お、あったぞ。核融合動力車生産拠点は、81ページだ」

 

 そこに書いてある文字を読むと、思わず顔がニヤけるのが自分でもわかった。

 インベントリから紙とペンを出し、文字を写す。

 作業を終えて紙を渡すと、まずウルフギャングがその紙を手に取った。

 

「とりあえず、近場だけな」

「へえ。……本社はエンジン組み立て。湖西工場が、軽乗用車の完成車組み立てか。住所から言って、かなり近いな。西に少し進んだ辺りだ。日帰りも楽勝だろう」

「でもそこのは、4人で寝泊まりするにはキツイ車ばっかだろ。次を見てくれよ」

「おう。磐田工場、か。おおっ!」

「そこも、完成車の組み立てをしてたらしい」

「四駆にワゴン車、軽トラまでありやがる。1台ずつでも、可動品が見つかれば」

「アキラ、これ地図。静岡の住宅地図と、全国版のロードマップ」

「気が利くね」

「出来る妻は寝室でもかわいがりたくなるって、おとーさんが言ってた」

「はいはい」

 

 まずロードマップを開いてみるが、車での移動に関係がなさそうな施設などは記載されていない。

 なので住宅地図でまず浜名湖競艇場を探し、そこから磐田という町を探す。

 国道1号線を東へ。

 獣面鬼に殺されかけた天竜川駅の、すぐ先にある天竜川。それを渡れば、もうそこは磐田市であるらしい。

 

「近いな。アオさん達の集落のすぐ向こうだ」

「そりゃそうさ。で、工場は? 近くにヤバそうな施設はあるか?」

「まだめっけてねえって」

 

 ゴルフ場。海洋公園。楽器メーカーの工場。ゴルフ場。

 少し先は袋井市となっているので沿岸から内陸にページを変えると、妙な工場の名を見つけた。

 

「なあ、ウルフギャング」

「ん?」

「ユマハ発動機ってのの工場があんだけど」

「ああ、バイクメーカーとしちゃ世界的に有名だった。やっぱバイクも欲しいのか?」

「まあなあ。メガトン特殊部隊の全員分とは言わねえけど、斥候には渡してやりてえ」

「なら、そこも漁ればいいさ。なんなら泊りがけで、特殊部隊を連れてったっていいんだ」

「……人手があれば、広い工場も探索が早く終わる。それに、特殊部隊のいい訓練にもなるか」

「当然だ。それにうちには、アキラのピップボーイって反則技があるからな。機械類なんかを根こそぎ掻っ攫ったっていい」

「じゃあ、立ち寄る算段で地図を書くぞ」

「おう」

 

 磐田駅。郵便局。市役所。公園。

 

「へえ、ユマハスタジアムだってよ」

「そこが、今の磐田の街らしいぞ。浜松の兵隊が、そんな話をしてた」

「ふうん。偵察クエストは出てねえけど、寄ってみてもいいかもな。もし浜松の新制帝国軍を嫌ってて、そこがマトモな街なら、助け合える事もあるかもしれねえ」

「いいな。イッコクを使ってりゃ、新制帝国軍の兵隊に袖の下を要求されたりもしねえ」

「出来るなら、クズには孤立してもらわんと」

「まったくだ」

「お、あった。しかも、イッコクからすぐの場所。かなりデカい工場だぜ」

「どれどれ。……バイパスから下りてすぐか。イッコクはトラックで進めるが、工場までの道はどうだろうなあ」

「そん時は、俺がジャマな物をスクラップにしながら進むさ」

「そのためにもバイクが欲しいんだよな。俺のエンクレイヴ・パワーアーマーを着てれば、悪党の銃撃くらいじゃ傷もつかんし」

「ラッセル車って感じか。悪くねえな」

「だろ」

「そんじゃ、地図を書くよ」

「頼む」

 

 せっかくなので小舟の里から国道1号線、東海道を東へ向かった場合、さほど危険なく漁れそうで有用な物がありそうな施設まで書き込んでいこうと地図を睨む。

 もしもそれらを漁りながら行くとすれば、メガトン特殊部隊にとって初めての大規模遠征だ。

 

「あれ?」

「どうした、アキラ」

「いや、この小舟の里は魚を養殖してるからいいけど、他の街の連中はなに食って暮らしてんのかなって」

「穀物に芋類、野菜なんかだろ。食用になるクリーチャーの肉や獣肉の類いは、庶民にとってごちそうだな」

「なら魚は養殖すればするだけ、いい売り物になるって事か」

「……見えてきたな」

「何がだよ、ウルフギャング?」

「小舟の里が大きくなるための方法が、だよ」

 

 ぬるくなったコーヒーを飲み干し、タバコに火を点けた。

 まずは魚の養殖の街として大きくなり、徐々にでも人を増やす。浜松や豊橋、磐田の街にどれほどの人間が暮らしているのかは知らないが、暴力に怯えながら搾取されて生きる事にウンザリしている連中もそれなりにいるだろう。

 ここらで一番の街にまで発展できる可能性は、ないとは言い切れないか。

 

「セイちゃん、今の養殖した魚の輸送方法は?」

「トラックに大きな箱を積んで、それに水と魚をぶち込んで運ぶ」

「やっぱりか。なら、まず必要なのは冷蔵庫と冷凍庫。それに製氷機なんかだな。修理が可能な物を探さないと」

「……今夜、マアサさんも入れて話し合うか。大規模な特殊部隊の遠征。まずはそれで、どれだけの物を得られるか。それが揃わなきゃ、どう小舟の里を発展させるかなんて話にもなんねえ」

「だな」

 

 夜、俺達は初めて小舟の里を訪れた時と同じ部屋でグラスを合わせた。

 メンツは俺とミサキとシズクとセイちゃん。ウルフギャングにサクラさん、マアサさんとジンさんだ。

 食事会というよりは、飲み会に近い。

 なので遠慮せず、乾杯後すぐに大規模遠征の計画を話した。

 

「ふむ。腕が鳴るのう」

「ジンさんは留守番ですよ?」

「なぜじゃっ!?」

「当たり前じゃないですか。何日も小舟の里を空けるかもしれないんです。その間はジンさんの指揮で、小舟の里を守ってもらわないと」

「むむむ……」

「それでマアサさん。磐田の街にも寄ってみるつもりなんですが、あちらがマトモなら商取引を含めた交流をするおつもりはありますか?」

「それはいいのだけれど、干し魚や干し肉なんてあちらが欲しがるかしら?」

「どうでしょうね。あちらが輸送を行うなら、わざわざ危険な道を歩いてまで欲しいとは言わないかもしれない」

「その言い方だと、輸送はこちらが?」

「今回の遠征で車両や冷凍庫、最悪でも製氷機なんかを手に入れられたらですけどね」

「そう上手く、事が運ぶかしら。もちろん、アキラくん達の実力は信じているけれど……」

「そればっかりは、帰ってみないと何とも。なら、遠征は許可していただけるんですね?」

「ええ。もちろん」

 

 アキラ様という呼び方がアキラくんになっているのも嬉しいが、許可が出たのは本当にありがたい。

 特殊部隊の連中には1日か2日の休暇をくれてやらないといけないだろうから、その間に俺は出来るだけ綿密で、出来るだけどんな事態にも対応可能な遠征計画を練らなくては。

 

「……行きから漁るか」

「だな。工場の探索が本番なのだろうから、それまでに組み分けの相性なんかを試したい」

「最少は何人組で行動する気だ、シズク?」

「平時なら2人。でもこんな廃墟漁りなら、3人がいいところだろう」

「だなあ。まあ、最初の探索は警察署の向こうのホームセンターと釣具屋だ。手前の自動車部品工場はシカトする。気楽にやろうぜ」

 

 



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遠征開始

 

 

 

 今日から、メガトン特殊部隊は丸3日の休暇に入る。

 いつもそれに帯同して探索に出ていたミサキとシズクにも、いつもより強い語気でしっかり体を休めておけと言ったので、2人は基地の自室でダラダラ過ごす事に決めたらしい。

 出来ればセイちゃんにも休暇を取ってもらいたかったのだが、今は休暇明けに特殊部隊の大部分を率いて向かう、磐田という街の往時の様子を少しでも調べておくべきだと押し切られた。

 

「まあ、部屋で本を読んでメモをするくらいならいいか」

 

 そんな独り言を漏らした俺はというと、またウルフギャングの店のカウンターで地図とにらめっこだ。

 欲しいのは何より車両。

 それに冷蔵庫や冷凍庫、製氷機が続く。今回の探索では、武器や食料は二の次だ。

 

「まずは舞阪漁港、か」

「そうなるな。ほらよ、コーヒー」

「サンキュ」

 

 淹れたてのコーヒーを啜り、タバコを咥える。

 カウンターの中のウルフギャングがオイルライターの火を差し出してくれたので礼を言いながら火を点けると、そのままウルフギャングは俺が睨みつけるように眺めている、雑誌のような地図に目を落とした。

 

「……もしかして、まだ道中の廃墟も漁るかどうかで悩んでるのか?」

「ああ。浜松市街の探索は時期尚早で論外にしても、磐田まで進む東海道か海岸線のバイパス沿いをそれなりに見て回るべきなんじゃねえだろうかって思ってさ。ウルフギャングのいた関東と違って、ここらは建物への被害が少ない。もしかしたら磐田まで行かなくったって、動く車両の1つくらいってな」

「昨日までのメガトン特殊部隊の探索でも、修理可能な車両なんて発見できてないんだ。そんな奇跡に縋るのは後回しにして、まずは磐田を目指すべきだと思うぞ?」

「やっぱりか。でもトラックで移動しながらの探索に慣れるためにも、最初は特殊部隊の連中だけで廃墟の探索をさせてえんだよなあ」

「そんなのは、この舞阪漁港の冷蔵庫なんかを掻っ攫うまでに終わらせればいいさ」

「まあなあ」

 

 となると、舞阪漁港を探索した後は磐田に一直線か。

 

「東海道を進むなら、この成子交差点までだ。そこから先は、新制帝国軍の巡回や探索に出た浜松の山師連中とかち合う。いらんイザコザも増えるだろう」

「ならやっぱり、使うべきは国道一号線か」

「そうなるな」

 

 舞阪漁港を探索するには、小舟の里の防衛線である新居町駅から東海道を浜松方面に進むしかない。

 だがその探索を終えれば海を目指し、国道一号線へ乗り入れるのは簡単だ。そうなると、医者の柏木先生と出会った図書館の辺りから国道一号線を進む事になる。

 

「となると、ルートはこんな感じだな」

「どれどれ……」

 

 メモ帳に書いた大雑把な地図を、ウルフギャングが真剣な眼差しで眺め出す。

 

「早朝の出発で、東海道を東へ。3人1組になっての戦闘は舞阪漁港到着までに発見したクリーチャーや悪党で、探索は舞阪漁港のクリアリングで慣れてもらう」

「いいと思うぞ。それなら、午後には磐田に入れる。街にも寄るんだよな?」

「戦前のスタジアムを利用した、磐田の街か。工場の探索が終わってからかな」

 

 地図は昨日も書いて、アイテムボックスに放り込んである。

 それを出して道筋に間違いがないか確認しながら立ち寄るべき漁港や工場の場所を書き込んでいると、低いウルフギャングの笑う声がジャズの合間に聞こえた。

 

「んだよ?」

「いや、頼もしい用心深さだと思ってな」

「……こっちに来てから、失敗ばかりなんだ。嫌でも用心深くなるっての」

「いい事さ。ついでに、メガトン特殊部隊もアキラ達も遠出は初めてなんだから、長くても1泊程度での帰還にした方がいいぞ」

「うえ。そうなっと寄れるのは漁港に工場、磐田の街ぐれえじゃんか。……まーた地図を書き直しだよ」

「計画通りに進む遠征なんて稀だろうからな。出来るだけ計画は簡略に、さ」

「なるほどねえ……」

 

 3日後の早朝、メガトン基地の門前には12人の特殊部隊の隊員達が完全武装で整列していた。

 

 それを見送る、くじ引きで決めたらしい留守番の6人は少しばかり不満気だが、俺達の留守中に小舟の里が攻められるような事態になれば、パワーアーマーを装備したこの6人で俺達が駆け戻るまでの時間稼ぎをしてもらわなくてはならない。

 

 そうなれば里を守った英雄達は、さぞかし飲み屋でモテるだろうなあ?

 

 俺がそう言ったら笑顔で頷き合っていたので、まあ心配はいらないだろう。

 

「そんじゃ行こうか。指揮の腕の見せ所だぜ、タイチ?」

「了解っす。総員、トラックの荷台に乗車!」

「おうっ」

 

 きびきびとした動きで、特殊部隊がトラックの荷台に乗り込んでゆく。

 残ったウルフギャングとセイちゃんと一緒に運転席へ向かうと、最初から荷台の屋根にいるサクラさんが小さく手を振っているのが見えた。

 

「よし、今日もエンジンは絶好調だ。出すぞ、アキラ?」

「よろしく頼むよ」

「任せろ」

 

 駅前橋の門を守る防衛隊の連中に見送られ、東海道を走り出したトラックはスピードを上げる。

 

「釣具屋はまた今度かあ、残念だ」

「そんなに釣りが好きだったのか、アキラ。意外だな」

「……ガキの頃はよく海に出かけたけど、ここ数年は竿すら持ち上げてねえよ」

「ふうん。じゃあ、なんでそんなに残念そうなんだよ?」

「メガトン基地の水面は、用水路や浜名湖に繋がってるらしくてさ。たまにボラかなんかが跳ねたりするんだ。釣り糸を垂らしながら考え事をすんのも悪かねえかなってさ」

「なるほどね」

 

 やる事は、やれる事はいくらでもある。

 だがそれをする事が、本当にこの世界の、小舟の里の人間のために良い事なのかどうか。それを考え始めると、時間なんていくらあっても足りないのだ。

 

 弁天島に差し掛かると、小窓から吹き込む風の潮の香りが強くなってきた。

 穏やかな浜名湖の湖面が朝の陽を照り返す景色も美しいのだが、そればかり眺めていられるはずもない。クリーチャーに悪党、進行方向の路面に地雷がないかにまでも気を配らなくてはならないからだ。

 

「製氷機と冷凍庫、無事だといいなあ」

「まあこの辺りの街並みを見た感じじゃ大丈夫だろ。なあ、セイちゃん?」

「ん。スーパーマーケットから運んだ製氷機は市場の屋台やゴハン屋さんに配るくらいの氷しか作れないから、どっちも修理可能であって欲しい」

「へえ。生鮮食品の持ち帰りなんかに使う氷の製氷機は、もう修理して稼働させてるのか」

「ん。なかなか好評」

「うちの飲み屋で出してる氷も、毎日市場の隅にある配給所から貰ってるんだぞ」

「なるほど。お、もう弁天島か」

「ああ。ここも小舟の里と似た立地条件の島だから、いつか農業や放牧はここを利用して大規模にやりたいもんだな」

「小舟の里は特別だよ。本によると公営ギャンブルはイカサマなんかを防止するため、結構な設備が整ってたらしい。競艇場なんかのセキュリティーには、特に気を使ってたそうだから」

「伝説のあの事件か。浜名湖から水中を潜ってレース直前にプロペラ曲げて、大穴を的中させたってやつ」

「……そんな事件があったんかよ。まるでギャングの手口だ、やっぱこっちの世界はおっかねえなあ。まあ、そのおかげで小舟の里の母屋である競艇場にはマイアラークが入り込めず、島の周囲もフェンスで囲ってもらえたんだからラッキーだよな」

「まったくだ。あと橋を2つで舞阪」

「あいよ」

 

 ダッシュボードのラジオ。

 それと、俺の左胸の辺りに装備した無線機がノイズを吐く。

 

 止めて、アンタ。

 

 サクラさんのその言葉で、ウルフギャングは迷わずにブレーキを踏んだ。

 防弾板にある小窓から、注意深く周囲を見回す。

 助手席から見える範囲に異常はなし。

 荷台の屋根からは見えてここからは見えない異変なら、それなりに距離があるのだろう。

 だが、何が起こってもいいように身構えてサクラさんの言葉を待つ。

 

「どうした、恋女房?」

 

 フン、見え透いたお世辞ヲ。

 進行方向左手に人影。そっちからは、まだ見えないでしょウ?

 

「アキラ?」

「ああ、視認できず」

 

 システムが名前を読み取れる距離じゃないからまだわからないけど、金属バットや鉄板を叩いて成型した剣を持っているように見えるワ。

 数は、見えているだけで3。

 

「どうする、アキラ?」

「決まってるさ。……タイチ」

「はいっす」

「3人組の班を2つ選べ」

 

 荷台から身を乗り出して返事をしたタイチが、頷きの気配を残して荷台に戻る。

 ピップボーイからデリバラーを出して、装填を確認。

 

「おいおい。アキラも出るつもりか?」

「とーぜん。タイチが誰を指名するにしても、俺も行かなきゃ相手が悪党かすらわかんねえだろって」

「……そうか。特殊部隊には、ピップボーイの視覚システムがないから名前が読み取れないもんな」

「そゆこと。じゃあ、行ってくるよ。初めは隠密行動だけど、緊急時には無線を使う」

「ああ。いつでも駆けつけられるようにしとくよ。音があるんでエンジンはいったん切るがな」

「ありがてえ。頼むよ」

 

 心配そうに俺を見上げるセイちゃんの小さな頭を撫で、出来るだけ音が出ないように注意しながらドアを開けて外に出た。

 

 また、人を殺す事になるかもしれない。

 

 そう思いながらタバコを咥えたが、不思議と怖さは感じていないようだ。

 

「お待たせっす」

 

 タバコを吸いながら隠密行動が出来るはずもないし、サクラさんから無線はないのでまだ距離はあるのだろうが、臭いや煙で敵に気取られる訳にはいかない。

 火の点いていないタバコを咥えて振り向くと、9人の男女が視界に入った。

 

 タイチに、2人ずつの隊員を連れたアネゴとカズさん。

 それとミサキにシズク。

 

「ミサキとシズクの出番はねえ、荷台に戻ってろ」

「言うと思った」

「うちの旦那様は過保護だもんな。ま、それだけ愛されていると思えば気分はいいが」

「アホか」

 

 憎まれ口を返しながらも、俺はある事実に気がついて苦笑いを抑える事が出来なかった。

 

 ミサキとシズク。

 

 この2人に人殺しをさせるくらいなら、俺が殺した方がずっといい。

 ……いや、それだけではないな。

 もしこの2人やセイちゃんが涙を流す事になるのなら、その原因になるクソ野郎なんて殺してしまえばいい。

 

 平和な日本でそんな戯言を漏らせばすぐに狂人と認識されてしまうだろうが、こんな世界でならこんな考えも許容されるだろう。

 

「やれやれ、ウェイストランドに染まり過ぎたか……」

「えっ、なに。なんて言ったの、アキラ?」

「なんでもねえよ。それより、これは特殊部隊の連中がトラックを使っての戦闘に慣れる、言わば訓練みてえなもんだ。荷台に戻ってなって」

「なあに。あたしとミサキは、アキラの護衛で万が一の場合の後詰だ。手出しどころか、タイチの指揮に口出しなんかしないさ」

「……俺が守られる側かよ。まあ、獲物を横取りしねえならいいか」

 

 



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偵察

 

 

 

 俺とタイチで偵察。

 相手がもし敵であればアネゴとカズさんの2班を散らせて、3方向からの一斉射撃。

 

 そんな作戦とも呼べないやり方しか思いついていなかったが、それにミサキとシズクが参加しても、班の1つの頭数が2人増えるというだけで問題はない。

 普通に考えたら、逆にありがたいくらいか。

 

「んじゃ、頼むから前に出過ぎねえようにな。行こうぜ、タイチ。アネゴとカズさんは、俺とタイチの進行方向の左右にいつでも進める構えで追従を」

「あいよ」

「了解」

 

 俺が姿勢を低くしたタイチと並んで這うような速度で歩き出すと、ミサキとシズクもステルス状態で数メートル後ろに続く。

 

 この世界ではさっきまでトラックが進んでいた国道ですら、舗装されていてもそのアスファルトのひび割れた箇所などから雑草が伸びていたりする。

 なので戦前の建物が1つ2つ残る進行方向は、俺達が少し屈めば身を隠せるほどの背の高い雑草が伸び放題だ。草の揺れで接近が気取られぬよう、慎重に進む。

 

「さあて、鬼が出るか蛇が出るか。悪党の生き残り程度なら、いい教材になるだろうが」

「ここんとこ小舟の里は羽振りがいいから、それを嗅ぎつけた商人とその護衛って可能性もあるっすね」

「それなら諸手を挙げて大歓迎さ」

「そっすねえ」

「そろそろ、朽ちかけた建物の前だな」

「右か左に回るっすか?」

「いや、ピップボーイから階段を出して屋根に上がる。そっからなら、視認も狙撃も楽なもんだろ」

「アキラ1人で終わらせちゃダメっすよ? アネゴとカズ兄はまだしも、その部下には何より実戦経験が必要なんっすから」

「わあってんよ。……階段設置、っと。こんなもんかな。上がろうぜ、タイチ」

「はいっす」

 

 店にしては装飾が少なく、倉庫にしては建物が小さい。

 そんな何に使われていたのかもわからない建物の屋根に上がって身を伏せ、静かに線路があるはずの方向に2人で顔を出すと、雑草の生い茂る空き地の向こうに線路が見えた。

 その向こうは、朝の陽光を照り返す浜名湖の穏やかな水面だ。

 

 線路に影が揺れている。

 

「悪党、っすかね」

「……見た目は、そうだな」

「そっか。アキラは見ただけでソイツが悪党かわかるんっすね」

「ああ。しかし連中、見た目は悪党だが」

「名前はどうなんっすか?」

「見えるのは6人だろ」

「そうっすね」

「苗字の下にそれぞれ、兵長、上等兵、一等兵、二等兵って表示されてんな。それに全員の腰にはホルスターが見える。なら連中が背負ってる布を巻きつけた細長い荷物は、小銃だと考えんのが妥当だな」

「そ、それって新制帝国軍のっ!」

「バカ、声がデケエ!」

「す、すんませんっす。で、どうするっすか?」

「ここで俺達だけで判断すんのは危険だろ。アネゴとカズさんの班を戻せ。俺は階段の下にいるミサキとシズクに話しとく」

「了解っす」

 

 小声で返事をしながら、タイチが建物の後方左右にハンドサインを送る。

 その仕草に間違いのない事と、それを見たアネゴとカズさんが了解とハンドサインを返すのを見てから、なるべく音を立てぬように階段を下りた。

 線路までは50メートルほどの距離があったが、相手が軍人ならば用心はしておく方が良いだろう。

 

「アキラ、どうだった?」

「悪党に偽装した新制帝国軍だったよ」

「ええっ!?」

「偽装とは厄介な……」

「だから一旦、トラックに戻るぞ。どうすっか少し考えよう」

「新制帝国軍にトラックが発見される可能性は?」

「連中は線路を進んでる。線路からこの建物までは、約50メートル。そしてこっから国道まで、さらに50メートルだ。おそらく大丈夫だろうよ。途中には背の高い草や、建物もそれなりにあるし」

「わかった。なら、急いで戻ろう」

「ああ」

 

 トラックの助手席に戻った俺は、まず最初にタバコを咥えて火を点けた。

 煙を吐きながら荷台の後部から乗り込んだシズクとタイチを待ち、ウルフギャングとセイちゃんと屋根から下りてきたサクラさんにも悪党に偽装した新制帝国軍の事を伝える。

 

「新制帝国軍の兵隊が悪党に化けるなんて……」

「理由が知りたいわよねえ」

「だな。それがわかれば、連中の目的もおのずと見えてくる」

 

 セイちゃん、ミサキ、シズクはそんな事を小声で話しているが、ウルフギャングはすぐには言葉を発しない。

 

「でも連中が小舟の里に接近すれば、どうしたってアキラの設置したタレットの索敵範囲に踏み込むわけでしょウ?」

「そうなんですよ、サクラさん。俺としては今の小舟の里がたった6人の、それこそ新制帝国軍の特殊部隊とでもいうべき存在にでも、簡単に被害を受ける心配はしてません。問題は、連中があと数時間も進めばタレットの存在に気付くという事です」

「アキラ、連中の名前は敵対色だったのか?」

「いや、黄色。いまんとこだけど」

「ならタレットはそいつらを攻撃しないんじゃないか?」

「大人しく退いてくれたらな。連中、タレットなんてモンは知らなくても銃の事はよく知ってるだろ。機械に銃身が取り付けられた兵器を見て、何もせずどっか行ってくれるとは思えねえんだよなあ」

「危険そうだから排除しようと動いても、欲を出して見た事もないが銃に類すると思われる兵器を手に入れようとしても、即敵対してタレットに撃ち抜かれる、か」

「そうなると思う。んでそうなって、生き残りが1人でもいれば」

「翌日辺りには、小舟の里が有用な新兵器を手に入れたと新制帝国軍に知られる。争いの火種になるかもな」

 

 新制帝国軍との全面抗争。

 小舟の里ではいつかそんな日が来るだろうとマアサさんですら覚悟はしているのだが、俺としてはそうなるまでに、まだまだ小舟の里の戦力を充実させておきたいというのが本音だ。

 

「……30分くれ、ウルフギャング」

「却下だ」

「なんでだよ!?」

 

 ウルフギャングが俺のアーマード軍用戦闘服の胸ポケットからタバコの箱を取り、自分のライターで火を点けて箱を戻す。

 

「シズクちゃん、セイちゃん」

「ん」

「なんです?」

「もし自分の夫が、まだレベル1桁でしかない夫が、本職の軍人6人を皆殺しにしてくるから30分だけ時間をくれと言ってきたらどうする?」

「とりあえず、ぶん殴って身の程を教えてやりますね。セイは電脳少年のおかげでHPを見れるので、手加減を間違えて殺してしまう確率は低いでしょう」

「こえーよ!」

「それじゃ足りない。ふーふは常に一緒に行動するべきだと、縛り上げてカラダに教えてあげるべき」

「だとさ、アキラ」

「そう言われてもなあ……」

 

 悪党に偽装した新制帝国軍の連中は、粗末な鈍器や剣だけでなく銃も持っていたのだ。

 銃を持ったそれなりの腕をした敵が6人となると、パワーアーマーを装備した俺が単騎で出るのが最も安全だろう。

 

「今回は初の遠征って事で、事前にマアサさんやジンさんも含めたメンバーで考えられる限りの打ち合わせはしてあっただろ」

「ああ」

「その時に、俺達がいない時に新制帝国軍や大正義団がちょっかいをかけて来たらどうするかも話し合ったはずだ。特殊部隊を6人もメガトンに残したのは、それに対処するためだったんだし」

「ジンさんに留守番の6人を預けて、悪党に偽装した新制帝国軍を見張らせるのか」

「それが一番だと思うぞ」

「……かもな。シズクとタイチはどう思う?」

「爺様なら巧くやるさ。こんな状況を知らせるための符丁もしっかり決めてある」

「ですね。新制帝国軍が悪党に化けてるって事は、まだ新制帝国軍として正面から攻めてくるような状況ではないって事っす。敵の動きを見極めるためにも、ジンさんにお願いするのが最善じゃないっすかねえ」

「なるほど。誰か反対意見のあるヤツは?」

 

 30秒ほど待ってみたが、声は上がらない。

 

「んじゃ、俺はメガトン基地に無線をするかな。ウルフギャング、ゆっくりなら舞阪方面に進んでもいいぞ」

「進んで無線の届く範囲から出てしまったらマズくないか?」

「ここはまだ、こないだメガトン基地に無線した検問所より小舟の里に近い。問題ねえよ」

「わかった。それじゃ、エンジンをかけるぞ。すぐに動くからミサキちゃん達は転んだりしないようにしてくれ」

 

 ミサキ達の返事を聞きながら無線機を持ち上げ、心の中で符丁を思い返しながらボタンを押し込んだ。

 

「こちらアルファ。応答せよ、マイク。繰り返す。こちらアルファ。応答せよ、マイク」

 

 ノイズ。

 

 はっ、はい。

 こ、こちらマイク。感度良好。

 

 ジュンちゃんの声が固い。

 無線を飛ばした俺が自分をアルファと呼ぶ時は、何かしらの緊急事態で会話のほとんどは符丁でする事になってるのだから無理もないか。

 新制帝国軍が無線を使用しているという話は誰も聞いた事がないというが、念には念を入れてこうする事に決めたのだ。

 

「E-2、トーマスの足元にカメレオンがシックス。パーティーにはまだ早いが、マイクの暇人連中をジュリエットの部屋に行かせてくれ。オーバーバイト・タートルズだ。ジュリエットなら、喜々としてやってくれる」

 

 了解。復唱します。

 

 口調こそ固いが、ジュンちゃんは一語一句間違えず俺の言葉を繰り返した。

 

 あとは、ジンさんが巧くやるだろう。

 俺達は向こうの心配より、もう数十分で始まる探索に集中するべきだ。

 

「あーい、よろしく」

「ずいぶんと簡単な伝達だな?」

「Eは東方向、これはEの何々って言わないなら東海道って意味。2は1つ目の橋から2つ目の橋の間。トーマスの足元はまんま線路。カメレオンは本来の姿じゃない相手。浜松方面から来たのに修飾語がないなら、相手は新制帝国軍。パーティーにはまだ早いってのは避けられるなら戦闘は避けてくれ、オーバーバイト・タートルズは出歯亀って意味だ。んで、タレットの攻撃を新制帝国軍に見られたら生き残りは絶対に浜松に帰さないってのは確定事項だからな。ジンさんなら、こんくらいの伝言で大丈夫だろ」

「なるほどな。お、橋に入るぞ。ここを越えたら舞阪だ」

「漁港は東海道からすぐだからな。タイチ、気持ちを切り替えてしっかり指揮を頼むぜ?」

「もちろんっすよ。せっかく特殊部隊に偵察から安全確保まで任せてもらえたんだから、意地でも巧くやって見せるっす」

「頼もしいねえ」

 

 舞阪漁港に到着してトラックが停車したら、俺は荷台の上でいつでも狙撃を開始できる状態でセイちゃんの出番を待つつもりだ。

 情けないが俺に修理可能な設備など見分けられはしないので、どうしたってセイちゃんに出てもらうしかない。

 それが目下の悩みの種なのだが、すぐに俺が知識を得るなんてのは無理な話。しばらくはセイちゃんに頼るしかないだろう。

 

 



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漁港

 

 

 

「お、前方に和風レストランとホテル。海水浴場があるから、やっぱそういう店は多いんだろうなあ。漁りてえけど、今はガマンか……」

「そんなところに武器なんてないだろうに。冷蔵庫目当てか?」

「それもあるけど、味噌と醤油と米を備蓄しときたくてさ」

「備蓄?」

「小舟の里のやつら、毎日毎日これでもかってくらいに働いてんだよ。向こうの日本にいた俺が恥ずかしくなるくらいにさ。だからそんな連中には、盆と正月くれえ腹いっぱい美味いメシを食わせてやりてえじゃんか。忘れてた、いつか漁る予定の施設は地図にメモだ。えーっと、レストランにホテルっと」

「味噌や醤油は、戦前の物しかないからなあ」

「ああ。この世界の味付けって、塩のみだからな。昆布だしすらねえんだ。そんなのあんまりだぜ」

「やれやれ。小舟の里の軍事を一手に担うアキラが、住民のメシの心配とはな」

「俺はそんなたいそうな人間じゃねえよ」

「言ってろ。よし、あの道か。バイパスを右に下りるぞ」

「かなり道が狭いぞ、大丈夫かよ?」

「車の残骸で道が塞がれてたら、アキラの出番さ。降りる前に俺のエンクレイヴ・パワーアーマーを装備するんだぞ」

「へいへい。あーあ。国産品でいいから、フュージョン・コアのいらねえパワーアーマーを何とか手に入れてえなあ」

 

 それさえあれば、ある程度の単独行動も可能になる。

 それにこの遠征でバイクや車両を手に入れられたとしても、それを狙って襲撃を受けるような事態は充分に考えられるから、それこそ喉から手が出るほどにパワーアーマーが欲しい。

 

「悪い予感が的中だ。2車線しかない橋が車の残骸で塞がれてる」

「そんじゃ、行ってくるよ。最初からエンクレイヴ・パワーアーマーを借りてピップボーイに入れといて大正解だったな」

「だろう。くれぐれも気をつけてな」

「アキラ、またムチャしたらシズクとセイと3人でぶん殴るからね?」

「あいよっ」

 

 助手席のドアを開けて跳び降り、エンクレイヴ・パワーアーマーを装備。

 細い橋はゲームのように地面に穴が空いていたりはしないので、トラックで進んでも問題はなさそうだ。

 

 もう感触も忘れかけている純正品のコントローラーを握り、VATSボタンをカチカチするイメージ。

 ゲームにはなかった外部スピーカーの音量を少しだけ上げた。

 

「地雷、クリーチャー、共になし。車の残骸に接近する」

「おう。追従はハンドサインで合図をくれ」

「了解」

 

 戦争時の交渉や勧告のためか、こういった遠征時にその土地の住民に敵意がない事を伝えるためか、何も言わずにセイちゃんが取り付けてくれていたというトラックのスピーカーから聞こえたウルフギャングにそう返事をして、ステルス状態で車の残骸へ歩を進める。

 スクラップにする前に、車体の下を覗き込むのも忘れない。

 右も左も浜名湖なので気楽なものだ。

 

「まずは1台目。クラフト素材はいくらあってもジャマにはならんからありがてえなあ」

 

 橋といってもそう長い物ではない。撤去はすぐに終わった。

 先に見える交差点まで問題なく進めそうなので、トラックにハンドサインで合図を送る。

 近づいてくるトラックの荷台の屋根で、サクラさんが手を振っているのが見えた。

 

「お疲れさマ」

「楽なもんです。もう漁港が近いんで、俺も荷台の屋根に上がらせてもらいますね」

「振り落とされるんじゃないぞ、アキラ?」

「わあってるって。それより、こっからの指揮はタイチだって伝えてくれ。俺への指示は、サクラさんに無線を飛ばせばいい」

「了解だ」

 

 タイチは緊張しているだろうか。

 人の命を預かるなど、平和な世界で生まれ育った俺には経験のない事だ。常に胃が痛む。

 

「よいしょー!」

 

 ジャンプ。

 荷台の屋根には車内からも上がれるが、俺くらいの運動能力の人間が何にもジャマされず跳べばなんとか掴める絶妙な位置に手摺りが取り付けられていた。

 そこを掴んで荷台の屋根に上がり、エンクレイヴ・パワーアーマーをピップボーイに収納してタバコを咥える。

 

「ふーっ」

「ミサキ達にバレたら怒られるわヨ」

「そりゃ、バレなきゃいいって事でしょう?」

「これだから男ってのハ……」

 

 苦笑いを返しながら、咥えタバコで地図とペンもピップボーイから取り出した。

 地図には施設名と敷地の形しか載っていないので、動き出したトラックの荷台の屋根から見える交差点の向こうにあるような病院は、どの程度の規模で診療科目はなんだったのかなどをメモしておく必要がある。

 

「右は養牡蠣組合か。小舟の里でも出来たらなあ」

「難しいでしょうねエ、今の人類にハ」

「ですね。でもいつか、それこそ俺達の子や孫の世代なら……」

「あらあら。まだ抱いてやってすらいないのに、もう孕ませる算段? やるわねエ」

「ちゃ、茶化さんでくださいよ」

「うふフ」

 

 とても観光資源にはなりそうにない朽ちかけた木製の灯台か何かがある交差点を、トラックが右折。

 すると橋を渡って市街地になっていた景色が不意にひらけ、また左右に海面が見えた。

 

「あれが舞阪漁港か」

「思ってたより小さいわネ。浮んでる漁船もどれも動きそうにないシ」

「ありふれた地方都市の一漁港ですからね。こんなもんでしょ」

「道が左にカーブしテ、まずあるのは駐車場ネ」

「俺ならそこに停車して部隊を展開、かな」

 

 どうやら、タイチも考える事は同じだったらしい。

 俺がスコープ付きのレーザーライフルを取り出すと同時に、トラックは駐車場に頭だけ突っ込む形で停車。

 すると荷台のドアが開く音が聞こえ、そこから10人ほどの特殊部隊が飛び出してトラックの前方に布陣した。

 

「いい動きネ」

「ですねえ。お、ここでの指示からハンドサインか。エンジンも切ってねえのに用心深いな」

「3人1組が4ツ」

「そのうちの3班が散りましたね」

「タイチの指揮する班はトラックを護衛しながラ、何かあれば問題のあった班の元へ駆けつけるつもりみたいネ」

 

 悪くないじゃないか。

 そう思いながら特殊部隊の背中を見ていると、3人組の班は1人が車の下を覗き込み、その隊員がOKのハンドサインを出すと、班長らしき隊員がその車の上に跳び乗って銃を構えた。

 そして残る2人が周囲の警戒と車の下の確認をして、また次の車の残骸へと向かう。

 

 小さな漁港だからかそんなに車両が残っていないので、すぐに駐車場の安全は確保されたらしい。

 

「OK。ウルフギャングさん、前進を」

「了解。さすがの手並みだな」

「ドッグミートとED-Eは、タイチ?」

「今のところ、荷台でお留守番っすね。これはオイラ達の訓練でもあるっすから。それにどっさんとえっちゃんとの連携は、また別に訓練が必要っす」

「なるほどね」

「アキラは次にトラックが停車したら、駐車場の車をセイちゃんと見て回って使えない物はスクラップに」

「はいよ。アキラ三等兵、了解。任してください隊長」

 

 俺の冗談には反応せず、タイチは部下を連れて前方へ移動を開始した。

 トラックが停まったので俺とセイちゃんが駐車場に下りると、すぐにハンドサインであの車から見て回れと指示が来る。

 

「アキラ」

「ん?」

「見るだけムダ。修理可能な車両は1台もない」

「だろうねえ。なら、トラックに戻ってていいよ」

「ううん。この手際なら、最初の建物の安全確保はすぐに終わる。だから、建物に近いここで待つ」

「なら、タイチの少し後ろにでもいるといい」

「わかった」

 

 振り返ってさきほどまでいた荷台の屋根を見ると、そこにはサクラさんだけでなくミサキとシズクの姿も見えた。

 セイちゃんを頼みますという意味で小さく頭を下げると、3人が同時に頷く。

 

 ミサキとシズクは、酷く真剣な表情だ。ミサキの銃はミニガンで、シズクのはコンバットショットガンなのに。

 

「なんだかなあ……」

 

 20ほどの車の残骸を素材にしてピップボーイに収納して回り、セイちゃんを庇うようにして周囲を警戒しているタイチの班に近づく。

 さすがにハンドサインで意思が疎通可能な距離ではないので、タイチは無線機を握りっぱなしのようだ。

 

「作戦終了までタバコは禁止っすよ、アキラ三等兵?」

 

 振り返りもせず釘を刺されたので肩を竦め、無意識に取り出していたタバコの箱を戻す。

 この用心深さじゃ出番はなさそうだとレーザーライフルを肩に担ぐように持ち直すと、タイチの胸に装備している無線機がノイズを吐いた。

 

 GK-1、クリア。

 GK-2へ向かう許可を。

 

「不許可。アルファとシエラの到着まで現状を維持。到着後、メガトン1がGK-2へ先行。偵察を開始せよ」

 

 了解。

 

「堂に入った指揮っぷりだ。そんじゃ、俺達も行くよ」

「オイラ達の後から、っすね」

「……了解」

 

 どうやらタイチは、俺とセイちゃんだけでは移動すらさせるつもりはないらしい。

 セイちゃんの身の安全を考えればそれは本当にありがたいので、素直にタイチ達の後ろを歩き出した。

 

「1つ目の建物は屋根があるだけのだだっ広い作業場みたいなもので、機械もあるにはあるけど、とても使い物にはなりそうにないって話っす」

「漁港だからなあ。魚を選別したり、並べてセリにかける場所なんだろ。奥が事務所や冷蔵冷凍設備のある建物だろうから、そこに期待だよ」

「なるほど」

 

 タイチの言葉通り最初の建物にも、それどころか2つ目と3つ目の建物にも使えそうな機械類はなかった。

 そして本命の比較的立派な建物にメガトン1と呼ばれるアネゴの部隊が偵察に出てすぐ、発砲音が連続して聞こえ始める。

 

「メガトン1、状況を」

 

 グール、数は約20。応戦中っ!

 

 レーザーライフルをデリバラーに換える。

 たった1人の援軍でも、VATSを使える俺なら役に立てるだろう。

 

「アキラはここで待機っす」

「はあっ!?」

 

 なにを言ってんだ、コイツは。

 

「待機っす。そしてメガトン1が撤退を選択したら、そのままセイちゃんを護衛してトラックへ。敵はオイラ達が食い止めるっす」

「ふざけんな、もし犠牲が出たら!」

 

 それにアネゴの班には、タイチの恋人で俺達の友人であるカヨちゃんもいるのだ。

 もし彼女に何かあればタイチはもちろん、ミサキやセイちゃんの心にも大きな傷が残るだろう。

 

「舐めないでくださいっす、アキラ」

「あ?」

「大正義団はまだしも、新制帝国軍や浜松辺りの山師連中がどれだけ羨んでも手に入れられないほどの装備を、オイラ達メガトン特殊部隊は与えられているっす。たかが20のグールも倒せないなら、この部隊にいる資格なんかないんっすよ。死ぬなり不具になるなりして、とっとと消えてくれた方がみんなのためっす。そうすれば、もっと巧く戦える人間に武器を渡せますから」

「なんだとテメエッ!」

 

 



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到着

 

 

 

 怒りに任せてタイチに掴みかかろうとした俺を止めたのは、隣で話を黙って聞いていたセイちゃんだった。

 小さな体を俺とタイチの間に滑り込ませたので、このままではセイちゃんに怪我をさせてしまうかもしれないと仕方なく身を離す。

 

「ちっ」

 

 ふいーっ、こちらメガトン1。

 とりあえず見えてる分は片付けた。

 可能なら、2班だけでもこっちに回しとくれ。GK-4には大きなシャッターの入口があるんで、そっから中に踏み込みたい。

 

「了解。そのシャッターは開いてるんすか?」

 

 まさか。

 真ん中辺りを手榴弾で爆破するのさ。

 ほんでまだ中に妖異がいてそれが飛び出して来てくれりゃ、3班で一斉射撃。妖異が出て来てくれねえなら、メガトン1が先頭で突入したい。

 

「なら、セイちゃんにシャッターを確認してもらう必要があるっすね。周囲を警戒しつつその場で待機を」

 

 了解っ。

 

 タイチが無線の送信機を胸に戻して俺に向き直る。

 

「アキラはどうするっす?」

「行くに決まってんだろうが」

「そうっすか」

 

 言いたい事はあるに決まっているが、この状況でそれを口に出すほど俺もバカではない。

 距離はそんなに離れていないので、すぐに手前の3つより大きく2階まである大きな建物の正面、50メートルほどの距離に布陣する3班に合流できた。

 

「なあ、タイチ。先に試してえ事があるんだが」

「なんっすか?」

「もし特殊部隊だけでの探索練習がもう充分なら、あの建物を丸ごとピップボーイに収納可能か試したい」

「……可能なら、大幅な時間短縮になるっすね」

「ああ。出来れば今日のうちに磐田まで進んでおきてえからな。いいか?」

「いいっすよ。メガトン3、アキラの護衛を。メガトン1と2はその左右に移動して射撃用意」

「はっ」

「あいよ」

「了解」

 

 ゲームでは絶対に不可能だった、建物ごとピップボーイに収納という荒業。

 

 それはふと思いついた俺や、それを見守るタイチ達が拍子抜けして呆れて肩を竦めるほど簡単に出来た。

 どうせなら大きな地震なんかが起きても少しは安心できるようにと『建物とその内部の設備や物資だけでなく、建物の土台まで収納』と念じたので、コンクリートの地面には四角形の大きな穴が出来ている。

 

「やれやれ、アキラのやる事はやっぱりデタラメっすねえ。オイラ達の緊張とかそういうのを、どうしてくれるっすか」

「俺は悪くねえだろって。それより、さっきの話だけどよ」

「簡単に説明できる事じゃないんで、時間がある時にでも話すっすよ」

「いや、でも。……それもそうかな。んじゃ、そのうち酒でも飲みながら聞くか」

「はいっす。これよりトラックに帰投する。先頭はメガトン1、2と3の間にアキラとセイちゃん。0が殿っす」

 

 俺達がトラックに乗り込もうとすると、ミサキとシズクが荷台の屋根にある柵から身を突き出すようにして、怪我人でも出たのかと大声で叫ばれた。

 あまりに帰りが早いので、何かトラブルがあって引き返してきたと思ったらしい。

 

「大丈夫だっての、怪我人なしで探索終了。今から俺はピップボーイのリストに冷蔵庫なんかがあるか確認して、あれば駐車場に出してセイちゃんに見てもらう。休憩でもしといてくれ」

「わかったー」

「見張りは任せろ」

「休憩してろって言ってんのに……」

 

 ピップボーイのリストには、冷蔵庫と冷凍庫と製氷機だけでもかなりの数が表示された。

 時間が惜しいのでその3種の後ろに(特大)と書いてある物だけセイちゃんに見てもらったが、どれもほんの少し手を加えれば問題なく使用できるとの事だ。

 電源は、俺がジェネレーターをクラフトすればそれでいい。

 

 ホクホク気分で助手席に乗り込み、ウルフギャングにトラックを出してもらう。

 

「ゴキゲンだな、アキラ」

「まあ、探索の成果自体は最上だ」

「だろうな。それとこれはミサキちゃんにも言える事なんだが」

「ん?」

 

 ハンドルを握るウルフギャングが苦笑する。

 なんだか子供を諭す大人の横顔にしか見えないので、まるでそれに反抗でもするようにタバコを咥えて火を点けた。

 

「アキラとミサキちゃんには2人の育ってきた環境があって、それはこちらではどんなに願っても手に入れられないほど素晴らしいものだった。だから、たまに俺達から見れば眩し過ぎる正論や理想論を口にする」

「……青臭い、か」

「そうは言わんよ。よし、東海道に戻った。後は磐田に一直線でいいんだよな?」

「ああ。よろしく頼む」

 

 進行方向に地雷や、トラックをどうこうできそうな敵がいないかを見張るのは俺の大事な役割だ。

 だが助手席の小窓を開けてその数少ない自分に出来る役割をこなしながらも俺は、弱いヤツはみんなのために早く死ねと言ったタイチの鋭い眼差しや、お前達の言葉は眩し過ぎると苦笑したウルフギャングの横顔を何度も思い出していた。

 

 俺が平和ボケしたただのガキなのは自覚しているつもりなのだが、だからといってこちらの人間と同じく、人の命など何よりも軽いものだと考えるようにはなりたくない。

 『オマエだって人殺しのくせに』と言われて当たり前だとしても。

 

「アキラ」

「え、ああ。どした、ウルフギャング?」

「いま渡ってるのが天竜川。ここを抜けたら磐田で、最初の目的地であるズズキ磐田工場はイッコクからすぐだぞ」

「……わかった。気合を入れ直す」

「そうしてくれ」

 

 東海道を東に進むと新制帝国軍の勢力圏を通過しなくてはならないので、ウルフギャングはすぐに国道1号線へとハンドルを切っていた。

 ここまでの道はウルフギャングと初めて出会い、サクラさんが守っていたアオさん一家を助けに飛ばした道なので、注意力が散漫な俺の見張りでもなんとかなった。

 だがここからは俺にとって未知の領域で、国道1号線をほんの少しでも逸れればウルフギャングもそれは同じ。

 考え事などしながら見張りをするようでは、命がいくつあっても足りないだろう。

 

「標識の文字もまだ読めるな。この先には病院に図書館、大学なんかもあるみてえだ」

「余裕ができたら本や教科書を漁りに来たいな、セイちゃん」

「ん。農業と酪農と加工品の学校がいい」

「そう都合よくはなあ」

「もう少し進むと、右手に大きなホテルがある。それを過ぎて、次の交差点を左折すればすぐに工場のはずだ」

「いい場所にあるもんだなあ」

「この道の左手には高速道路もあってな。当時は材料を運び込むにも、工場で生産した物を輸送するにも都合がよかったんだろう」

「でもそこはいいけどもう1つの狙い、違うメーカーの工場が問題だよなあ」

「ユマハの本社工場か。どう考えても磐田の街になってるユマハスタジアムに近すぎるからな」

「そこには期待できねえかな。だとすっと、バイクは望み薄だ」

「そうなるなあ」

「お、ホテル視認」

「ならもうすぐ左折だ。もし道を塞がれてたら頼むぞ」

「任せろ」

 

 やがて森という街か何かへ向かう標識が見えると、その交差点をトラックは左折した。

 

「物流センターにパチンコ屋。道は塞がれてねえなあ」

「それより左のフェンスを見ろ、やけに頑丈そうだ。たぶん、あそこからズズキの工場の敷地だぞ」

「見えるのは工場なんかじゃなくて、ただの団地じゃんか」

「ズズキの社員寮だとさ」

「ど、どんだけ広いんだよ……」

「おっと、社員寮の奥に駐車場があるな。ここからも工場に行けそうだ」

 

 そう言ってウルフギャングがハンドルを切ると、途端に荷台の屋根のタレットが銃弾を吐き出し始めた。

 

 グール。

 

 タレットの威力の前ではただのザコでしかないが、数がハンパではない。

 

「おいおい、タレットで捌き切れんのかこんな数……」

「逃げ出す準備だけはしておくか。Uターンするぞ」

「おう。って、ヤバイ。Uターンじゃなくてバックだ、ウルフギャング!」

「ん?」

「タレットの流れ弾が駐車場の車に。黒煙が上がった! あれじゃ爆発すっぞ、急げって!」

「くっ」

「全員なんかに掴まれっ!」

 

 俺の叫びを、タイヤの軋む音とエンジン音が掻き消す。

 猛スピードでバックし始めた車体が何かに擦れて結構な衝撃が来たが、ウルフギャングはそれどころではないらしい。

 すぐ近くで核爆発が起ころうとしているのにドアの窓を開け、バックミラーで後方を見ながらアクセルをベタ踏みだ。

 

「も、もう大丈夫じゃねえか? 距離的に」

「念のためパチンコ屋の駐車場まで」

 

 ドカーンッ!

 

 そんな爆発音で、ウルフギャングの言葉は最後まで聞き取れなかった。

 

「ふうっ、危なかったなあ」

「まだ来るぞ」

「は?」

 

 ドカーンッ!

 ドカーン、ドカーンッ!

 

「これってもしかして……」

「誘爆だな」

「うへえ。工場は無事なんかよ?」

「問題ないだろ、かなり広い駐車場だったし。よしよし、パチンコ屋の駐車場は車が少ないな」

「てか、駐車場を塞いでた鎖を躊躇わずトラックで引き千切んなよ」

「細かいなあ、アキラは」

「ほっとけ。それより、どうすっか。俺は、自動車工場ってのを完璧に舐めてたぞ。まさかその敷地に踏み込んでも工場の建物すら見えねえほど広いとは」

「だなあ。とりあえず、昼メシでも食いながら考えよう」

「なら天気もいいし、外で食うか。特殊部隊の連中もずっと荷台じゃ息が詰まるだろうし」

「だな」

 

 パチンコ店の建物から離れた場所にトラックを停め、まずは周囲をタレットで囲う。

 そこにテーブルや椅子を設置して、メガトン基地の食堂で作ってもらった弁当や缶コーヒーを並べれば準備は完了だ。

 

「タイチはこっちで食ってくれ。工場をどう探索するか相談してえ」

「はいっす」

 

 いつものメンバーにタイチを加えてまとまって座り、蒸かしたジャガイモが白米の代わりにたくさん入っている弁当をパクつく。

 

「さて、どうすっか」

「どうもこうも、またトラックで敷地に入ったら同じ事の繰り返しになるんじゃないっすか?」

「だなあ。特殊部隊4班にあたしとミサキとアキラで組んだ1班を足して、地道に修理できそうな車を探すしかないだろう」

「そうなるんかなあ」

「ウルフギャングさん、セイちゃんの護衛とトラックの守りに何人くらい必要っすか?」

「必要ないよ。それよりトラックはアキラのピップボーイに入れてしまって、俺とサクラとセイちゃんでもう1班を編成した方がいい」

「そっか。ウルフギャングさんって、ミサキさんよりレベルってのが上だったんすよねえ」

「ああ。いいか、アキラ?」

「シズクがいいってんなら俺は口出ししねえよ」

「サクラさんもいるし大丈夫だろ。それに、往時の物品に明るい2人とセイの組み合わせは最上だと思う。セイ、2人の指示にはちゃんと従うんだぞ」

「ん」

 

 



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工場探索開始

 

 

 

 昼食を終えた特殊部隊の4班、それにウルフギャングとサクラさんとセイちゃんで組んだ即席班がパチンコ店の駐車場から出てゆく。

 俺とミサキとシズクはこの青空食堂だけでなく、パチンコ店の敷地そのものをタレットで囲ってしまい、ここを数日は滞在可能な簡易陣地にしてから探索に出る予定だ。

 

「じゃあ、あたしとミサキはざっと店内を見てくるぞ」

「ああ。2人をよろしく頼むな、ドッグミート」

「わんっ!」

「えっちゃんもアキラをお願いね。ちょっと目を離すと、ムチャばっかりするんだから」

「ぴいっ」

 

 駐車場の道路に面したところには、取り外し可能な杭が差してあって鎖が張られていた。

 ウルフギャングがトラックで引き千切ってしまったので、鎖はほぼひび割れたアスファルトに落ちている。

 なので鎖は放置、いざとなればトラックが走り抜けられる程度の等間隔にタレットを設置してゆく。

 

 やろうと思えば可能だが、わざわざ壁を設置したりはしない。

 

 車両はいくらでも欲しいが、それを運転できる人間が圧倒的に足りないのだ。

 それにどれだけ運が良くても1台か2台の車両を俺のピップボーイに入れてここに運び、それをセイちゃんが修理したら次の目的地に向かうのだから、本格的にクラフトする必要はないだろう。

 

「道路側はOKっと」

 

 駐車場は経費削減のためにか、敷地のどの面にも壁がない。

 なので全方位にタレットを設置し、それから男女2つの大型金属製プレハブをテーブルの左右に配置した。

 ついでに昼飯を食ったテーブルには、検問所でいただいた天幕を設置しておく。

 

「こんなもんかねえ。長居する気はねえから、カップル用の部屋はなしだ」

「わんっ」

 

 ドッグミートの声がしたので振り返る。

 呆れた事にミサキとシズクは、両手にとんでもない量の荷物を抱えてこちらに歩いてきていた。

 

「おいおい、なんだよその荷物……」

「なによ。せっかくお店の中にタバコがたくさんあったから持ってきてあげたのにー」

「おお、そりゃ助かるな。特殊部隊の連中も喜ぶ」

「えへへ。でしょー」

「建物は2つ。男女別か、アキラ?」

「ああ。車は修理しても2台だからな。風呂は必要か、シズク?」

「いらんいらん。作戦行動中だぞ」

「へいへい。そんじゃその大荷物とウルフギャングのトラックを収納して、そろそろ俺達も工場に向かうか」

「だねっ」

 

 まだ銃声は聞こえない。

 あれだけの誘爆があったので、工場の駐車場にいたグールは全滅してくれたのだろうか。

 

 そうならばいいなと祈るような気分でパチンコ店の景品カウンターから根こそぎ掻っ攫われたらしいタバコや菓子や玩具などをピップボーイに入れ、ウルフギャングのトラックに大きな損傷がないかをザッと確認する。

 

 ありがたい事にトラックは外装が少しばかり凹んだくらいで、走るのに支障はなさそうだ。

 

「収納完了、っと。そんじゃ行くか」

「あたし達はどの辺から工場に入るの、アキラ?」

「特殊部隊とウルフギャング班は工場の最も大きな建物に向かって、手前から等間隔で進むらしいからな。俺達はあんま大きくねえ建物の偵察だ」

「小さな建物じゃトラックの発見は期待できそうにないか」

「そうでもねえさ、シズク」

「どうしてだ?」

「いっちゃんデケエ建物は、おそらく組み立てなんかのライン作業ってのをしてたはずだ。もしそうなら、そこにあるのは大半が製造途中の車両って事んなる」

「……よくわからん」

 

 眉をハの字にしてしょげても美人は美人か。

 

 そんなバカな事を考えながら、夕方までは気軽に吸えそうにないタバコに火を点ける。

 ミサキが大量生産の工程をこちらの人間でもわかりやすいように噛み砕いて説明しているが、シズクはどうしてもそんな効率的な作業を想像できないらしい。

 

「ぴいっ」

「ん? どした、ED-E?」

「ぴぃっ」

「なになに、どしたのえっちゃん?」

「ぐるぅ……」

 

 俺だけでなくミサキとシズクにも視線を向けられたED-Eがまた音を発する前に、今度はドッグミートが唸り出す。

 

 これは、ヤバイか……

 

「アキラ」

「ああ、覚悟はしておこう。ミサキを頼むぞ?」

「任された」

 

 動きを決めかねてただ待っていては、それが致命的な手遅れに繋がりかねない。

 

 ED-Eの顔部分が向いているのは、工場の反対側。

 つまり俺達が通って来た道の先だ。

 

「……よし。なんにせよまずは、道路を塞ぐ形でタレットを追加するぞ」

「了解だ」

「クリーチャーが来るの!?」

「わからん。でもわからんからこそ」

「ワンッ!」

「ビーッ、ビイーッ、ビイーッ!」

 

 ドッグミートの戦闘開始を告げるような吠え声。

 それにED-Eの警告ブザーが重なる。

 

 これは、本当にヤバイ。

 

「ミサキ、その場にラストスタンドを出して射撃準備!」

「わ、わかったっ!」

「頼むぞ、シズク。ED-Eも」

「応ッ!」

「ぴぃっ」

 

 何が来るのかなんてわからない。

 それでも、2人を守りたいのなら迷わず動くべきだ。

 

「わんっ」

 

 駆け出した俺に、ドッグミートが続く。

 

 無線でタイチ達にも警告をするべきだろうか。

 そう考えながら、あまり幅のない二車線道路の真ん中にヘビーマシンガンタレットを出した。

 

「よし、あと2台」

 

 こちらシズク。

 ED-Eとドッグミートが、こちらに向かっているらしい何者かを探知。

 詳細は不明。

 各員、気を引き締めろ。

 

 了解。

 オイラ達も戻って迎撃に参加していいっすか?

 

 そんな無線の通話を聞いているうちに残り2台のヘビーマシンガンタレットを設置し終えたので、胸に装備している無線機を手に取って通話するためのボタンを押し込んだ。

 

「アキラだ。未だ敵影は見えず…… チッ、見えはしねえが音は聞こえた。エンジン音だ」

 

 ええっ!?

 

 まさか、新制帝国軍がトラックで追って来たのか?

 

「わからん。けどトラックって感じじゃねえぞ、このエンジン音は」

「わう」

「……うっそだろ、おい」

 

 なんかヤバそうなの、アキラ?

 

「ヤバイのは俺達じゃなくって、バイクに乗ってデスクロー。じゃなかった、獣面鬼から逃げてる誰かさんだけどな」

 

 獣面鬼だとっ!?

 

「おう。距離は200。バイクと獣面鬼の足なら、すぐにタレットの攻撃範囲内だ。ミサイルタレットを出す時間の余裕はねえから、パワーアーマーを装備して迎撃する」

 

 じゃあ、ラストスタンドも!

 

「いや、ミサキとシズクのポジションはそのままだ。バイクに乗ってるヤツが敵でもタレットが片づけてくれるだろうから、その後にパチンコ屋の前を横切る獣面鬼の足を潰せ」

 

 でもそれじゃアキラがっ!

 

 話している時間はない。

 俺の位置からはもう、バイクに乗っている人間が驚きに顔を歪める、その表情までが見えている。

 

 パワーアーマー、それも念のためにジェットパック装備のホットロット・フレイム塗装をピップボーイから出して急いで乗り込む。

 

「全部位パーツ、グリーン。フュージョン・コア残量、OK。外部スピーカー、音量最大。バイクのネエちゃん、こっちはいいからタレットの間を駆け抜けろっ!」

 

 身長はセイちゃんより少しだけ高い程度だが、おそらくミサキと同年代と思われる女のマーカーは黄色。

 女というよりは少女か。

 

 ミキとだけ名前が表示されている少女は、パワーアーマーからかなりの音量で発せられた言葉を聞いて迷うような素振りを見せたが、俺がミニガンの装填を確認し終えると同時にヘビーマシンガンタレットの間を走り抜けていった。

 

「攻撃開始だ。まだ突っ込むんじゃねえぞ、ドッグミート!」

「わんっ!」

 

 膝砕きのミニガン、それと3台のヘビーマシンガンタレットが同時に火を噴く。

 

「おらぁぁっ!」

 

 こちらの世界のデスクロー、獣面鬼とやり合うのはこれで2度目。

 俺はその初戦で、つまらないミスをして死にかけている。

 だからこそ、またこうやって対峙する破目になった時の事は何度も考えていた。

 

 まず、可能なら戦闘開始前にタレットを設置。

 これは半分だけだが思惑通り。

 

 次にするべき地雷の設置も間に合わなかったが、パワーアーマーを装備して50メートルほどの距離から膝砕きのミニガンでの先制攻撃に成功したのなら、前回のように下手を打つ可能性はほぼないだろう。

 

「ま、そんでも油断はしねえがよ。……おおっし! もう両足イッた、ザマアっ!」

 

 バイクを追って来た獣面鬼は1匹。

 膝砕きの効果で走るスピードが落ちたから、ヘビーマシンガンタレットのいい的だ。

 

「まだ出るんじゃねえぞ、ドッグミート」

 

 膝砕きのミニガンを爆発ショットガンに変えながらドッグミートの返事を聞いて、ヘビーマシンガンタレットの連射で削られてゆく獣面鬼のHPバーを見守る。

 

 ヘビーマシンガンタレットから獣面鬼までの距離が5メートルにまで詰められたところで、どうにかHPバーはその色を失い切ってくれた。

 このバケモノのしぶとさは嫌というほど知っているので、全身から血を流しながらぐったりとしても視線は外さない。

 

「アキラっ!」

 

 無線ではなく、ミサキの肉声をパワーアーマーの集音マイクが拾う。

 

 獣面鬼はピクリとも動かない。

 これなら、確実に殺ったか。

 

「まだ来るなっ!」

 

 怒鳴るように言ってからショットガンの銃口を向けたのはもちろん、俺の真後ろだ。

 

 ノーヘルに風除けのゴーグルをした少女が、バイクに跨ったまま両手を上げる。

 どうやら俺達の横を駆け抜けた後、律儀にUターンして来たらしい。

 

「な、なにしてんのよっ!?」

「マーカーは黄色だが、獣面鬼を俺達の方向に引っ張ってきたのはこのネエちゃんだ。無条件で信用なんかできるかっての」

「ごめんなさいっ!」

「……お?」

 

 手を挙げたまま頭を下げながら、大声で少女が叫ぶ。

 

「敵対の意志はねえんだな?」

「もちろんなのですっ!」

「そうかい」

 

 少女の武装は、背負っている軍用っぽいライフルと細い腰の両側にあるハンドガン。

 バイクの後部に取り付けられた荷台にもまだあるのかもしれないが、すでにこちらにだいぶ接近しているシズクと俺がいつでも同時に攻撃できるのは理解しているはず。

 なら、下手な動きをする可能性は低いだろう。

 

「コンバットショットガンとパワーアーマー、収納っと。もう手は下ろしていいぞ、ネエちゃん」

「ありがとうなのです。助けてくれたのも、逃げる方向を間違えたのを許してくれるのも」

「いいさ。見たところ怪我はなさそうだが平気か?」

「はいです」

「ならいいさ。ついでに聞くが、情報を売る気は?」

「情報?」

「俺達は、磐田の探索が初めてなんでな。ここいらの情報に、それなりの値段を払ってもいい」

「……ミキは磐田の街に住む商人の娘なのです。だから、磐田の街の不利益になるような情報は売れないのです」

「よりによって商人かよ。なら状態のいい戦前の施設や店、車両なんかの情報はどうしたって売ってくれそうにねえな」

 

 身長だけでなく喋り方まで幼い感じの女の子が、ニコリと笑いながら首を横に振る。

 

「据付ではなく展開可能なタレットにパワーアーマー、それに見た事もない銃器を使うとびきり腕の良い山師となら、いい取引ができそうなのです」

「……やれやれ、ちっちゃくっても商人は商人か。商魂たくましいねぇ」

「ちっちゃい言うな、なのです」

「へいへい。そんじゃそこのテーブルで茶でもご馳走すっから、取引について話し合おうか」

「よろこんで、なのですっ」

 

 



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商家のおてんば末娘

 

 

 

 ミキという少女の了承を得て、まずは獣面鬼の死体と道路を塞ぐ形で出したヘビーマシンガンタレットを回収する。

 

「周囲にマーカーなし。特殊部隊への連絡もシズクがしてくれた。商談なんてのは苦手だけど、まあ頑張ってみるかね」

 

 タバコを咥えて火を点けながら、手持ちの武器や物資との交換でまず手に入れたいものを考えてみた。

 

 第一に情報、それも修理可能な車両なんかが残されていそうな場所のそれだ。

 その次は磐田の街に伝手が欲しい。

 ミキという少女の家がどの程度の規模で商売をしているのかは知らないが、あんな女の子にバイクを使わせるくらいなら、並みの商家ではない可能性が高いだろう。

 

「って、腰も下ろさずにいきなり何やってんだか」

 

 駐車場に張った大きな天幕の中のテーブルは、20人以上が対面する形で同時にメシを食えるように置いてある。

 その横にバイクを止めてエンジンを切ったミキという少女は、テーブルに荷台から出した物資を次々に並べているようだ。

 

「おいおい、何事だよ?」

 

 タバコの煙を吐きながら歩み寄った俺を、苦笑いのシズクが迎える。

 ミサキの方はミキの並べる商品に興味津々のようで、達磨さんによく似た工芸品を持ち上げて様々な角度からその出来を確かめているようだ。

 

「どうやら、この子の方も私達から情報を買いたいらしくてな。払いは金でも商品でもいいそうなんだ。だから行商用の商品も見てくれとな」

「情報って?」

「人を、探してるのです」

「へぇ」

 

 ミキはかなり小柄で、天然パーマの髪を肩くらいで切り揃えている。

 顔立ちの方もかわいらしい、そばかすがチャームポイントの将来有望な少女だ。

 

 そんな子が今にも泣き出しそうな表情で『人を探してるんです』なんて言うのなら、できれば助けになってやりたいが。

 

「ねえねえ、その相手ってミキの彼氏?」

「ち、ちちち、違うのです! 先生とミキはまだそんな関係じゃないのですっ!」

「まだ?」

「はうっ!? い、今のは言葉の綾なのですっ!」

「んで、探してる相手はどんなヤツなんだよ?」

 

 耳まで真っ赤にしたミキが、片思いの相手の事を語り出す。

 

「浜松の街を追い出されて行方不明になったイケメンの医者、ねえ……」

「アキラ、イケメンとは何だ?」

「顔がいいってこったよ」

「ふむ。ならば違うか。私はてっきり、柏木医師の事かと思ったんだが」

「柏木先生を知ってるのですっ!?」

「知ってるも何も、あのセンセは俺達が住んでる街で唯一の医者になってくれた人だからなあ」

「あうぅ……」

 

 ミキのくりっとした瞳から、大粒の涙がこぼれ出す。

 ピップボーイから出したハンカチでミサキがそれを優しく拭ってやっても、涙は後から後から流れ出してくるようだ。

 

 これじゃあ落ち着くまでは話もできなそうなので、シズクにも1本渡してから新しいタバコに火を点ける。

 俺とシズクがそれを灰にして、パチンコ店にあった缶コーヒーを半分ほど飲んだところで、ようやくミキは泣き止んで深々と俺達に向かって頭を下げた。

 

「重ね重ねごめんなさいなのです」

「いいさ。それより、座ってジュースでも飲んでくれ。柏木先生の事なら、もう心配はいらねえんだ」

「ありがとうです」

 

 メガトン基地にも医務室はあって、そこにはスティムパックやRADアウェイがたんまりと置いてある。

 なので俺達が小舟の里の柏木医院を訪れる事なんでまずないのだが、3人で柏木の暮らしぶりを知っている限りではあるが話して聞かせた。

 

「って感じだなぁ」

「ううっ、よかったのですぅ……」

「頼むからもう泣くなって。そんで、おまえさんはバイクで行商をしながら柏木先生を探し回ってたんだよな?」

「はいです」

「なら俺達が帰る時、一緒に小舟の里まで行くか? 柏木先生の顔も見れるし、里の責任者に行商で訪れる許可が貰えるよう口利きもしてやるぞ?」

「い、いいのですかっ!?」

「おう、任せろ」

「ありがとうなのですっ!」

 

 ラッキー。

 行商人、しかも磐田の街の商家の娘で、とんでもない貴重品であるバイクまで与えられているような人材をこんな形で小舟の里に連れて行けるとは。

 あとは2人をけしかけて既成事実を作らせて、婚約なりなんなりさせれば小舟の里にとって……

 

「わっるい顔してるわねぇ、アキラ」

「失礼な。そんでミキ。あ、長い付き合いになりそうだからお互いに敬語はなしな?」

「はいです」

「まだ敬語じゃねえかっての」

「これは癖だからいいのです。それに、ミキもアキラって呼ぶから敬語じゃないのです」

「そうかい。んで、そっちはどの程度の情報を出す?」

「先生の消息を教えてくれて新しい病院まで連れてってくれるんだから、なんでも教えるのですっ」

「いやいや、そうもいかんだろ。こっちが欲しい情報の最上は状態のいい、修理可能な車両のある場所なんだ。そんなの商人にしてみれば最高機密だろって」

「ほぇ、なんでなのです?」

「なんでって。こんなご時世に車両を修理できたら、とんでもねえ金額で売れるだろうがよ」

 

 俺のセリフを聞いたミキは、苦笑いを浮かべながら商人の常識を教えてくれた。

 どうやらこの世界では、パンク修理やワイヤーの交換ができる程度の修理工が超一流の技師と呼ばれているらしい。

 なのでキーを回してキュルキュルと音を出してもエンジンがかからないくらいの車両ですら、商品でもなんでもない、ただのガラクタなのだとか。

 

「そんでミキはそんな車両の場所を?」

「いくつか知ってるのです」

「おおっ」

「やあった、ミキ大好きっ!」

「それはそれは。獣面鬼と殺り合った甲斐があったなあ、アキラ」

「だな。ミキ、いくつかでいいから、その場所の情報を売ってくれ。地図に印をつけてくれりゃそれでいいから、頼む」

「いえいえ。どうせなら案内するのです」

「そこまでしてくれんのかよ?」

「とーぜんなのです」

「ありがてぇ……」

「ふむ。これで遠征の目的は、ほぼ果たしたようなものか」

「やったね。でも、今みんながやってる探索はどうするの? もう切り上げる?」

 

 いくらバイクを使っているとはいえ、いやだからこそ、こんな少女が地元の磐田の街以外で夜を明かしたりはしないはず。

 探索は夕方までの予定だったが、ここはもう撤収してミキを磐田の街へ送った方がいいか。

 そうすれば、ついでにミキの親かなにかであるはずの商人と伝手もできる。

 

「……無線で訊いてまだ成果がなさそうなら、予定を変更して磐田の街に向かうか」

「わかった。すぐに確認しておく」

 

 予想通り、成果はなし。

 だがまだ使えそうな工具なんかをセイちゃんが持って帰りたいだろうから、俺だけウルフギャング達と合流してザッと物資を回収してから磐田の街に向かう段取りになった。

 

 無線で聞いた通り工場の中ではたまにグールが出るくらいで、レイダー達が大勢で暮らしていたりはしていない。

 物足りないような気もするが、初見プレイ時のコルベガ工場にセイちゃんを連れて行くなんて考えるとゾッとするのでまあ良かった。

 

「アキラ、そろそろ1時間だぞ」

「もうそんな経ったのか。セイちゃん、ほとんど漁れてないけどいい?」

「ん。セイの曾孫の曾孫くらいまで使えるくらいの工具は確保したからいい」

「そんじゃ戻って、磐田の街に向かいますか。ホテルとかあればいいけどなぁ、磐田の街」

「あっても、さすがに20人以上が泊まれるようなのはないだろう。アキラには悪いが、食事を磐田の街で済ませたら近場に野営地でもこしらえるしかないさ」

「なるほどねぇ」

 

 そんなやり取りがあって4人でパチンコ店に戻る。

 すると、思わず笑ってしまうほどに特殊部隊の連中とミキは馴染んでしまっていた。

 どうやらミキは、テーブルに並べた商品を大安売りで特殊部隊の連中に売ってやったらしい。

 赤字ではないらしいのでまあいいが、柏木先生の消息を知れたのがそんなにも嬉しかったとは。

 

「そんじゃ、タレットだのなんだのを片して出発すっか」

「リヤカーが見当たらないけど、こんなのどうやって運ぶのです?」

「獣面鬼の死体と道路に置いたタレットを仕舞った時は見てなかったのか。こうすんだよ。収納っと」

 

 音もなくテーブルの1つが消える。

 これに慣れた特殊部隊の連中は、ポカンと大口を開けて固まったミキを見てニヤニヤ顔だ。

 どいつもこいつも、初めて見た時は同じように驚いていたくせに。

 

「な、な、な……」

「まあ、俺にはこんな特技があってな。仲良くなって損はなかったろ?」

「新制帝国軍より武装のいい集団で、電脳少年持ちが4人もいる。それだけでも信じられないのに……」

「遠目からだったとはいえ、パワーアーマーを着込んでミニガンを取り出したのなんかは見てたはずなのにな」

「電脳少年ならそのくらいはできるのかなと。でもテーブルみたいな家具なんかは入らないはずなので、心底驚いたのです」

「なるほどね。ピップボーイとその性能は知ってたのか。さすがは商人、博識だな」

「アキラのやる事にいちいち驚いてたら、あたし達の友達なんかやってらんないわよ。ね、シズク」

「だな。それよりほら、タイチ」

「はいっす。総員、班ごとに四方に分かれて周囲の警戒」

 

 大声で返事をした特殊部隊の連中がキビキビとした動きで天幕を出てゆくと、ウルフギャングやミサキ達もミキを連れてそれに続いた。

 

 天幕やプレハブ、すべてのタレットを収納してトラックを出すとまたミキが声を出してしまうほど驚いたが、磐田の街までの先導を頼むと言った瞬間にその表情は戦う人間のそれになる。

 やはりこの子はこの厳しい世界の住人で、戦う事を厭わない種類の人間であるようだ。

 

「お待たせ、ウルフギャング。ミキが先を走ってくれるから、それを追ってくれ」

「ああ。しかし、いい出会いをしたなあ。さすがはLUCKを極めた男だ」

「俺、運だけで生きてっからなあ」

「そうでもないさ。よし、ミキちゃんが動いた。追従するぞ」

「あいよ。地雷はねえし、トラックが通れる道もカンペキに頭に入ってるらしいからな。のんびり行こうぜ」

「ねえねえアキラ、磐田の街には本屋さんと洋服屋さんもあるんだって」

「へー。ミキの実家との取引次第じゃ、それなりに小遣いをやれるからな。楽しみにしとけ」

「やったぁ!」

 

 



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磐田の街

 

 

 

 俺達が暮らす小舟の里は、競艇場のあった島を丸ごと居住地にしてしまった街だ。しかもその昔にボートレースが行われていたプールが、丸ごと魚の養殖場になっている。

 なので磐田の街を見ても、そう驚く事はないと思っていたのだが……

 

「うわー、すっごい!」

「壮観だなあ。さすが、浜松に次ぐ都会なだけはある」

「この景色から予想できる労働力は素直に羨ましい」

「にしたって、なんだこりゃ……」

 

 外から見ただけでその広さは想像できていたが、まさか街の中、サッカーグランドと観客席がこうなっているとは。

 こちらの世界の日本人も、やはり捨てたもんじゃない。

 

 俺達が見下ろしているサッカーグランドの芝が剥され、すべて畑になっているのはまだいい。

 ここに来るまでに見かけた土のある場所のすべてが畑になっていたのだから当然だ。

 

 驚きなのは、観客席。

 最前列に立っているので見渡せばほぼ360度にある観客席のすべてが、大小さまざまな木製の小屋で埋め尽くされている。

 これでは小舟の里の倍、下手をすれば3倍にも達するほどの人間が、この磐田の街で暮らしているという事になってしまうだろう。

 

「ここから下に下りるのです」

 

 そう言ってミキが向かったのは、観客席の手摺りを跨ぐ形で後付けされた、これまた木製の階段だ。

 

 ダイアモンドシティのすぐそばにあるマス・パイク・トンネルの階段か!

 

 思わず俺にしかわからないツッコミを入れたくなってしまうが、そうしたって誰もわかったはくれないだろう。

 なので黙ってミキに着いて行くと、サッカーの試合で選手が入場してハーフタイムなんかに消えてゆくあの通路に辿り着いた。

 

「へぇ。あの通路の中ってこうなってんのか」

「観客席が一般住居で、それ以外の施設は屋内なのです」

「ふうん」

 

 それからしばらく歩いてまず寄ったのは、100人ほどが入っても余裕がありそうな広い食堂だ。

 元から食堂として使われていたのかはわからない。

 自慢じゃないが俺はサッカーに興味などなかったし、もちろんサッカー観戦なんてリア充っぽい事をした経験もないからだ。

 

「そんじゃ、オイラ達はここで待ってればいいんっすよね?」

「そうなるな。顔合わせとちょっとした商談をしたら戻るから、班行動で休憩なり買い物なりしといてくれ。班ごとで動けば無線が繋がるから平気だろ」

「了解っす」

「揉め事だけは起こさせないようにな、タイチ」

「もちろんっす」

 

 そうやってタイチ達と別れて次に向かったのがミキの実家なのだが、これがまた凄い。

 

「ひっろーい」

「デッケエ店だなあ」

「戦前の電化製品がたくさん。しかも、稼働品ばっかり。凄い」

「奥のカウンター前は武器が並んでるな。その品揃えも圧巻だぞ」

「兄さん、ただいまなのですっ」

 

 ミキの声で、カウンターの中で読書をしていた男が顔を上げる。

 年の頃は30代も半ばを過ぎていそうなガタイの良い男で、年齢だけ見れば彼がミキの父親でもおかしくはない。

 

「今日も無事に帰ってくれたか。おかえり、ミキ」

「さっき友達になったばかりのお客さんをお連れしたのですっ」

「友達っておまえ……」

 

 読みかけの本をカウンターに伏せたミキの兄が言葉を詰まらせる。

 

 そうもなるだろう。

 ウルフギャングはこの辺りはグールが少ないからとエンクレイヴ・パワーアーマーを着込んでいるし、初めて訪れる街で愛する夫から離れるはずがないサクラさんはキュルキュルと駆動部を鳴らしながら店の売り物を見物中。

 大小こそあれとんでもない美人が3人もいるかと思えば、男は俺というどう見ても冴えないのが1人だけ。

 それに、西洋犬とアイボット。

 

 どんな一行なんだよと混乱して当たり前だ。

 

「ウルフさんはグールなので、この街に気を使ってパワーアーマーを着てくれているのです」

「なるほど。ならウルフさん、まずはその心遣いに感謝を。それとみなさん、わがままな末娘ですが仲良くしてやってください。私はこの子の兄で、イチロウと申します」

「こちらこそ。それでイチロウさん。この店はずいぶんと品揃えがいいですが、パワーアーマーなんかは置いてないんで?」

 

 俺の言葉で、イチロウさんが微笑みを浮かべる。

 いい客だとでも思ったのだろうか。

 俺の全財産なんて、カウンターの前の棚に置いてある傷の多い拳銃すら買えない程度なんだが。

 

「機械鎧、パワーアーマーなんかはこの奥の保管庫にありましてね。すぐに店番を誰かと交代してご案内するので、少々お待ちください」

「そりゃありがたい。ついでに、手持ちの買い取ってもらえそうな戦前の品も見て欲しいんですが」

「もちろん喜んで。ミキが友達と呼ぶ方々になら、最大限勉強させてもらいますよ」

「兄さん、ミキは父さんと話してくるのです」

「親父と? なんでまた?」

 

 ミキは兄のその言葉に、どこか誇らしげにも見える笑みを浮かべた。

 

「タレット付きの装甲トラックに乗った、新制帝国軍に練度と武装で勝る20以上の軍勢。それを率いるのがこの方達なのです。磐田の街の市長なら、是非とも面識を得て歓迎すべきなのですっ!」

「はあっ!?」

「てかミキの親父さんって、磐田の市長なんかよ」

「ですです。じゃあ、行ってくるのです」

「お、おう。ありがとな」

 

 まさかまさかの幸運に、苦笑いをするしかない。

 浜松で目立つつもりがない俺からしてみればこの店は最上の取引相手で、その商家の家長が磐田の街の市長とは。

 

 3人の電脳少年持ちに、見た事もない型のパワーアーマーと機械歩兵。そんな方々がトラックに乗った兵を……

 

 その呟きは無意識だったらしく、ハッと顔を上げたイチロウさんが勢い良く頭を下げる。

 

「そんなのはやめてくださいって。俺達は少し離れた街で山師をやってる妹の友達って扱いで充分ですから」

「ありがたい」

 

 言ってからイチロウさんがカウンター方向の壁にいくつかあるドアの1つをノックすると、すぐに30に届くか届かないかくらいの美人さんがそこから顔を出す。

 

「どうしました、あなた?」

「お客さんを保管庫にお通しするから店番を頼む。それと、人数分の茶を」

「わかりました。みなさま、ごゆっくりしてらしてくださいね」

「ありがとうございます」

 

 それから俺達は全員でカウンターの真後ろにあるドアの向こうへ通されたのだが、なぜか途中でミサキに背中を殴られた。

 まったく、小遣いなら商談が上手くいかないと渡せやしないだろうに。

 

「へぇ。パワーアーマーが、ひーふーみーよ……」

「わんっ」

「どした、ドッグミート?」

「わんわんっ」

「あっこら、ここのモンは売り物なんだからな!」

 

 ドッグミートが駆け出す。

 

 部屋は広い方ではあるが、すぐに壁際に達したドッグミートは鉛色のロッカーの前でこちらを見ながらまた吠える。

 駆け出した瞬間に心配したように商品に触れたり舐めたりはしていないが、それでも肝が冷えてしまった。

 

「すんません、イチロウさん。バカ犬には無暗に動くなと言い聞かせますんで」

「いえいえ、何の問題もありませんよ。それどころか、腕利きの山師さんの飼い犬は目利きに長けているのかと驚いているくらいです」

「へぇ。んじゃ、あの中にはお宝が?」

「そうなりますな。売り物ではないのですが、勝利の小銃という希少な銃が入っております」

「勝利の小銃…… ま、まさかヴィクトリーライフルかよっ!?」

「知ってるの、アキラ?」

「フォールアウト3に、そういうスナイパーライフルがあってよ。イチロウさん、もしかしてその銃って撃った相手がすっ転んだりしません? 2秒だか3秒くらい」

「そ、その通りですが。どうしてそれを?」

 

 やはりか。

 模造品だとは思うが、フォールアウト3に出てきたユニーク武器とこんな所で出会えるとは。

 

「俺の故郷の、言い伝えというか昔話というか。そんなのに出てくる銃なんですよ。まさかこっちにもあるとは」

「それは興味深いですな。さて、まずは腰を落ち着けて楽にされてください。すぐに家内が茶を運んできますので」

「ありがたいです。おら、ドッグミート。オマエは俺の隣だ。あんま勝手に動き回るんじゃねえぞ?」

「わんっ」

 

 保管庫には10ほどのパワーアーマーの他に、壁際に置かれたロッカーや金庫がたくさん並んでいる。

 そして乗客との商談のためなのか、豪華そうなソファーセットもあった。

 

 腰を下ろして全員の自己紹介が終わるとイチロウさんの奥さんが茶を出してくれたので、パワーアーマーを装備したままのウルフギャングには悪いがありがたく喉を潤す。

 

「うんまい日本茶だなあ。俺でもわかるくらい味が違う」

「新茶の季節ではありませんが、磐田の街の名物なのですよ。お茶は」

「なるほど。ところでそこのパワーアーマーって、いくつが売り物なんです?」

「最低でも1つはお売りできませんね」

「って事は、7つまでなら売ってもいいと……」

「そうなりますな。ですが、値はかなり張りますよ?」

 

 金はない。

 あるのは、有り余るほどの物資。

 

 ……だが磐田の街が浜松と、どういう関係にあるか。

 まずそれを見極めなければ下手にカードは切れない。

 

 俺に瞬間的な判断などできるはずもなく言葉に詰まると、意外な助け舟が出された。

 ウルフギャングだ。

 

「ちょっといいだろうか、イチロウさん」

「もちろんですよ、ウルフギャング殿。それから私は若い時分に旅をしてグールの方とも面識がありますので、お気になさらず兜を取って茶を飲んでやってください」

「ほう、こんな世界で旅を。ならありがたくそうさせていただきましょう」

 

 ヘルメットを取ったウルフギャングはまず湯気を上げる湯飲みに手を伸ばして茶を飲み、満面の笑みを浮かべてそれを褒めた。

 そこから雑談を始めたのでどうしたものかと思ったが、その雑談が俺の知りたかった情報をピンポイントに、しかも笑いを交えながら引き出すものだったので驚きだ。

 

「はっはっは。いやあ、新制帝国軍にはお互い苦労しますな」

「まったくですよ。なので、あんな連中には絶対に武器なんて売ってやるものかとまで、父はいつも言っております」

 

 轟音。

 

 何事かと腰を浮かせながらデリバラーをピップボーイから出して音のした方へ向けると、そこにはミキと白髪白髭の大男が立っていた。

 思わず跳び上がってしまうほどの轟音は開けた金属製のドアが壁を叩いた音で、それは初老にしてはガタイのいいジンさんよりも、さらに大柄なその男が上げたらしい。

 

「なにをやってるんですか、父さん。お客人の前ですよ!?」

「うるさいわマジメ息子。ふむ、そのグールがアキラじゃな」

「あ、いや。俺は」

「すんません、アキラは俺なんすけど」

「……だと思ったわい。目の光が違う。これまでに潜り抜けた死線の数が違うのじゃろ」

「いや、思いっきり間違えた人にそんな中二臭い褒め方をされても」

「うっさいわ。ところで剣鬼は、ジンのアホたれはまだくたばっとらんのか?」

 

 うるさいのはアンタだと言ってやりたいが、これが磐田の街の市長に間違いはないだろうから黙って頷いておく。

 

 



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予期せぬ会談

 

 

 

「そうかそうか。それは残念じゃ」

 

 イチロウさんの奥に老人が、手前にミキが腰を下ろしたので、缶コーヒーを出してそれぞれの前に置く。

 

「気が利くのう。それに戦前の嗜好品を初対面のジジイにポンとくれてやるとは、豪儀な若造じゃ」

「いえいえ。市長さんとの面会すら許されないかと思っていたのに、わざわざ出向いていただいた。こんなのじゃ礼にもなりませんよ」

「なあに。ワシは先祖の成した財がなければ、ただの荒くれ者じゃと街中から嫌われておるようなジジイよ」

「ジンさんは日本刀を使いますが、市長さんの得物は?」

「振り回せるならなんでもいいからの。魔都でジンと初めて出会った時は、そこいらに落ちとった電柱で狂った機械人形共をぶん殴っておったかのう」

「電柱を武器にするって、どんな腕力してるんですか……」

「がはは。そこいらのヤツとは鍛え方が違うわい」

 

 って事は、重い武器がいいのか。

 なんかあったかなあとピップボーイのWEAPONS画面をスクロールさせる。

 

 あった。

 それもこの上なくピッタリな武器が。

 

「そんじゃ、こんなのはどうです?」

 

 言いながら立ち上がる。

 ソファーセットから少し離れて出したのは、フォールアウト4に登場するユニーク武器『グロックナックの斧』だ。

 重さと威力ならスーパースレッジだが、このユニーク武器には固有効果が付いている。

 

「西洋の両手斧か。かなりの業物じゃのう」

「さすが、博識ですね」

「父さんは、こんなでもかなりの読書家なのです」

「こんなとはなんじゃ、こんなとは」

「ははっ。んでこの斧なんですが、攻撃した相手を大きくよろめかせる特殊な効果があるんです」

「なんじゃと? それではまるで……」

「ええ。勝利の小銃、でしたっけ。なんで狙撃銃じゃないんだろ。ま、いいか。その勝利の小銃に似てますよね。これはついでに、……出血って言うと混乱するから、そうだなあ。継続ダメージでいいか。それを与える効果も付いてます」

「買ったっ!」

「ちょ、待ってくださいよ父さん。勝利の小銃と同じなら固有名称武器ですよ!? そんなのを値も聞かず買うなんて!」

「いえいえ、値段なんてとんでもない」

「むうっ。売る気はないのに見せびらかしただけとは」

「違いますって。使うなら差し上げますよ」

 

 ほえっ?

 なんっ!?

 むぅ……

 

 ミキ、イチロウさん、市長の声が重なる。

 仲の良い家族だなあと微笑ましくなるが、STRが3しかない俺ではグロックナックの斧をこうして支えているだけでもキツイってのに。

 早く受け取ってロッカーに入れるなりなんなりしてくれないだろうか。

 

「若造。いや、アキラ」

「はい?」

「目的はなんじゃ? 言うておくが、ミキは嫁になど出さぬぞ?」

「俺はお嫁さんに来てもらえるような人間じゃないんで。それより、早く受け取ってもらえませんか? これ、マジで重いんですけど……」

「ぬう、カシラを地につけて支えるだけでプルプルしおって。その掴んでいる柄を倒して、斧をテーブルに立てかけるようにすればよかろうに」

「それだっ。さすがジ、市長さんですね」

「そこまで言うたならジジイでいいわ、バカタレ」

「あはは。……ふう、重かった」

「もっと体を鍛えねばミキを嫁には出さんぞ」

「だから遠慮しますって。それでイチロウさん、他にも武器とか防具とかあるんで見てもらえます?」

「それはいいに決まってますが」

「んじゃ、そっちの広い場所に出しますね」

 

 市長さんは新制帝国軍に武器を売らないと言っている。

 ウルフギャングがそう聞き出してくれたが、イチロウさんも同意見なのかはわからない。

 それに商人であるならば、心意気よりも利益を優先するのが当たり前だろう。

 

 なのでソファーセットからだいぶ離れた場所に出すのは、伝説でもユニークでもない装備だけにしておく。

 ミサイルランチャーならギリギリセーフだろう。

 ヌカランチャーは、確実にアウトだ。

 

「こ、これは……」

「まずオススメなのがこの大きな銃です。ミニガン。パワーアーマーを商品として取り扱っているなら、セットで売るには最適かと」

「たしかに」

「んで磐田の街の政治形態は知りませんが、市長が世襲制ならさらにオススメですよ」

「なぜです?」

 

 イチロウさんは本気でわかっていないらしい。

 もしかしたら俺よりずっと体格のいいこの人は、戦うという行為があまり好きではないのか。

 

「こんな重くて大きな武器は市長さんみたいなバ、じゃなかった。剛力の持ち主じゃなきゃ使えませんよね」

「誰が馬鹿力じゃこら」

「ヤベ、聞こえてた。言葉の綾ですよ、綾」

「え、ええ。ですがこの街を守る防衛隊を率いる弟はパワーアーマーを使っているので、値段が折り合うようならば1つ欲しいと思ったんです。ですが、それ以外の使い道があると?」

「はい。この磐田の街の大部分は、木製や金属製の柵で覆われていました。だから相手が人でも妖異でも、襲撃があるとすれば門からになる可能性が高い」

「……なるほど。そこにこれを」

「取り外し可能な、固定銃座にしてもいいですしね。これの連射速度はかなりなんで、トラックや獣面鬼ならワンマガジンで事は済みますよ。こちらには、銃座を作るとびきり腕の良い職人もいます」

「買ったッ!」

「だから父さん、どうしてあなたは値段も聞かずに……」

 

 よしよし。

 この様子じゃあ怪力ジジイが実権を握っていて、その補佐をするのがイチロウさんであるらしい。

 トップが値段も確認せず即決するくらいなら大丈夫だろう。

 

「それじゃイチロウさん、値の交渉は私の担当なので」

 

 言いながら立ち上がってこちらに来たのはウルフギャングだ。

 

 任せていいのかよ?

 

 そんな思いで視線をやると、商売用であるらしい笑みを浮かべたまま頷かれる。

 ウルフギャングは300年もトラックでサクラさんと各地を巡りながら武器屋をしていた本職なので、ここは任せておくべきだろう。

 

 2人と入れ替わるようにソファーへ戻ってタバコを咥える。

 テーブルにはこんな世界ではおそらく高級品であるはずの、大きなガラスの灰皿が置かれているから吸ってもいいはずだ。

 

「市長さんもどうです?」

「いただこう。しかしとんでもないのう、ジンの秘蔵っ子は」

「そんなんじゃないですけどね」

「それでウルフギャングのしておった交易の話だがな、そちらの提案通り同税率で良いぞ。そちらがトラックを出すなら、こちらは人を出すしの」

「……は?」

 

 俺がちょっと離れてる間に、そこまでの話をしていただと?

 しかもこっちの提案通りって。

 

「うちの旦那、やる時はやるのヨ」

 

 顔がセントリーボットのそれでなければ、笑顔でウインクでもしそうな感じでサクラさんが言う。

 いや、人工音声でも語尾にハートマークが付いているのがわかる感じだ。

 

「みたいですねえ。ありがとうございます、市長さん」

「うむ。ジンの末娘の話では、養殖した魚を新鮮なままに運び込めるというからの。住民達もそうなれば、新しい楽しみができたと喜ぶ」

「問題は、2つの街のそんな動きに他の街のバカがイチャモンをつけるんじゃないかって事なんですが」

「ウルフギャングはそれをアキラと話し合えと言うておったぞ」

「なるほど。……シズク、ミサキとセイちゃんを連れてタイチ達と合流しとけ。ドッグミートとED-Eはその護衛だ。こっちは長くなりそうだから、買い物は明日か明後日でカンベンな?」

「わかった。政治、戦争、商売。アタシ達にはどれもわからん話だしな。磐田の街の見物でもしておこう」

「それがいいのう。ミキ、案内をしてやれ。少し手狭じゃろうが、宿はヌケサクのとこでよいじゃろ」

「わかったのです」

「すんません、何から何まで」

「なんのなんの」

 

 部屋に残ったのはウルフギャングとサクラさんと俺、それにイチロウさんと市長さんだけ。

 ウルフギャングは、離れた場所でイチロウさんに武器の説明をしながら商談中。

 サクラさんはウルフギャングをいつでも庇える位置にいて、どちらの会話にも入る気はなさそうだ。

 

「この街の戦力ってのを、お伺いしても?」

「うむ。専任は50ほどじゃ。武装は全員が小銃で、パワーアーマーを装備した次男が率いておる」

 

 答えてもらえないかなと思ったが、市長さんは鷹揚に頷いてそう言った。

 人数や武装を誤魔化されている可能性がない訳ではないが、ジンさんの友人であるらしいこの老人の言葉は信じてもいいような気がする。

 

「もしかして、狩りなんかをするのとは別にですか?」

「当然じゃの。まあ本格的な狩りではなく、浜松を含めた街や集落との取引時に護衛として帯同して、倒した獣や妖異の食える肉を持ち帰るんじゃ。それが30はおる」

 

 兵士をやれる人間の頭数は、小舟の里の倍以上。

 それでも友人であるジンさんの暮らす小舟の里と取引がないのは、単純に距離がありすぎるからか。

 

 なるほど、それなら……

 

「俺達が通った大きな門の両側、高所にミニガンの銃座を据え付ける」

「ふむ」

「それで門を閉じて内側から補強したとして、大軍の総攻撃にどれくらい耐えられます?」

「10日は余裕じゃ。さらにそこで背後からそれなりの軍勢が襲撃をしてくれれば、呼応して門を開いて胸糞の悪い連中を蹴散らすのも容易かろう」

 

 考える事は同じか。

 

 小舟の里と磐田の街の同盟。

 

 明日以降にミキの案内で、最低でもメガトン特殊部隊が迅速に2つの街を行き来できる車両を発見する事が前提になるが、そうなれば、そのうえで小舟の里と磐田の街がお互いを信頼し合って見捨てなければ。

 

「あー。自分から言っておいてなんですけど、ここまで踏み込んだ話をしてもいいんでしょうかねえ」

「よいに決まっとるわ」

「うーん……」

「のう、アキラよ」

「はい?」

 

 市長さんの視線が俺の目を射抜く。

 

 なぜか『腰抜けめ』とでも怒鳴られたような気分になって、思わずその目を睨み返した。

 

「良い目をするではないか」

「す、すんません。どうにも探索気分が抜けてなくて」

「あるとすれば、たった一度じゃ」

 

 主語はない。

 だが言わんとする事はわかりすぎるほどわかるし、それは俺の見立てと同じだ。

 

「……まあ、そうなんでしょうね」

「うむ。たった一度の大戦。それでどれだけの被害が出ようと、新制帝国軍を一度でも叩いてしまえば、この遠州の戦力不均衡は解消される」

「それはわかりますけど」

「兵士という身分を笠に着て嫌がる女を抱くクズ。アキラは、そんなのを許せる男ではあるまい」

「まあ、見かけたら銃を抜くくらいはするんでしょうね」

「街と街も同じよ。戦力を盾に不平等な取引を押しつけ、一方が嫌々ながらもそれを受け続けたらどうなる? 街は貧しくなる一方で、そこに住む子供達は這い上がる術さえ身に着けられぬのじゃ。それでいいのか?」

 

 わかる。

 それはわかるが、それを肯んじるのが社会、そしてそこに生きる大人という生き物だというのも、またわかるのだ。

 

 まだかろうじて火の点いているタバコで新しいタバコに火を点け、短い方を乱暴に灰皿で揉み消した。

 

 



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老人と青年と

 

 

 

「まいったな……」

「ふん、まだまだ青いのう。そちらの方から望んだ交易は、その先にある同盟まで睨んだものじゃろうに」

「それはそうですが、どう考えたってそんなのは遠い将来の事でしょう。こうまで決定的な話をするつもりなんて、欠片もありませんでしたからね。戸惑いもします」

「父さん、お話し中すみませんがちょっと」

「なんじゃ?」

 

 イチロウさんとウルフギャングの商談は、とりあえず終わったらしい。

 2人でソファーに戻るとウルフギャングはタバコを咥え、イチロウさんは市長さんと何事かを話し合っている。

 

「最低5じゃな。その線は譲れん」

「そんなに必要ですか? 正門に2、ジロウに1。それで足りるんじゃ?」

「予備と、正門を突破された時の備えじゃよ」

「……なるほど。正門を突破されたら、その先にまた防衛線を敷くと」

「当たり前じゃ、バカタレ」

 

 これはいい。

 ミニガンを5丁もお買い上げか。

 その分の金があれば、ミサキとシズクとセイちゃんにパワーアーマーを買ってやれるかもしれない。

 

「それでアキラ、ミニガンに値を付けるならいくらになる?」

「ウルフギャングの目利きでいいさ」

「なら、そこのパワーアーマーと物々交換でどうだ?」

「うええっ!?」

 

 伝説どころか、なんの改造もしていないノーマル・ミニガンをパワーアーマーと交換だと!?

 

「まあ言いたい事はわかるさ。アキラの武器は戦前の状態を保った、しかも本場の舶来品。国産の、散々に使い倒したパワーアーマーと交換はちょっと厳しいだろう」

 

 なにを言ってんだと声に出しかけて、ウルフギャングの目がいつもと違うのに気がついた。

 いや、目だけじゃない。

 表情もいつもと違う。

 

 まるでイチロウさんと話している時のような表情。

 

 それが意味するのは、まだウルフギャングの商談は終わっていなくて、オマエも黙って小芝居に付き合えという事なのだろう。

 

 ……商売人って人種は、こんな世界でもこれか。

 まったく恐れ入る。

 

「でもウルフギャングは交換にしとくべきだって意見なんだろ?」

「ああ、そうだよ。イチロウさんはいずれこの磐田の街の長になる人なんだし、そのくらいのサービスはしておけって。その代わりあそこに出した武器は、すべて適正価格でお買い上げだ」

「……うーん。ま、ちょっとサービスが過ぎる気もするが、ウルフギャングが言うならそれでいいさ」

「ありがたい。さすが、俺の無二の友はケツの穴がデカいぜ」

「褒めるならちゃんと褒めろ。アナルがガバガバって、誉め言葉としちゃどうなんだっての」

「ありがとうございます、アキラ殿。ではすぐに、6800円をお持ちしますので」

「ろくっ!?」

 

 たしかに少し離れた絨毯の上にはパッと見て目に付いたノーマル武器のほとんど全種類と、ヌカラン以外のヘビーガン系武器をすべて出した。

 だからって風俗でゴムなし本番10円、焼酎の詰まったビンが1本2円の世界で6800円って……

 

「どうかしましたか、アキラ殿?」

「い、いえ。なんでもねえです、はい……」

 

 イチロウさんが部屋を出て行くと同時に俺が溜め息を溢すと、左隣と対面から心底おかしそうな笑い声が上がった。

 

「本当にまだまだ青いのう」

「市長さんはアキラの焦りを理解してるようですけど、ミニガンの分のサービスを別にすれば、適正価格で話がまとまったのもご理解されてますよね?」

「無論じゃ。あの図体がデカいくせに頭ばかり使う長男は、商売だけなら誰よりも巧くやれると天狗になっておってな。ぼったくって、伸びた鼻をへし折ってもらいたかったくらいよ」

「そんな人との商談でこの成果かよ。ウルフギャングがいてくれて、マジ助かったぁ……」

「ま、このくらいはな。それより売ってもらえるパワーアーマーはあと2つあるが、その値段は1000円だそうだ。どうする?」

「どっちも買うに決まってる」

「だな」

 

 6800円から2000円を引いて4800円。

 

 そんな大金を手に入れた俺は、緊張を顔には出さないようにと自分に言い聞かせながら、まず6つのパワーアーマーをピップボーイに収納して回った。

 それからイチロウさんに頼んで保管庫にあるオススメの武器や防具を見せてもらったが、やはり特に欲しい物は見当たらない。

 

「だから見るだけ無駄だと言ったろうが。ほれ、気が済んだならとっとと飲みに行くぞ。ワシの奢りじゃ」

「はぁ。イチロウさんは行かないんで?」

「私はまだ仕事がありますので。やかましい親父ですが金だけは持ってるので、どうか付き合ってやってください」

「まあ、市長さんと酌み交わせるってんなら否はねえんですがね」

「人前で出来ぬ話は、明日の狩りの時にすればいい。今日はとことん飲もうぞ」

「狩り?」

「車両狩りよ。ミキの案内だけでは、成果を保証できぬからのう」

「まさか、着いて来るつもりなんですか?」

「当然じゃ。ウルフギャングはどうする? ワシのバイクはサイドカー付きの大排気量じゃ、オヌシも乗せられるぞ」

「市長のバイクや発見できるかもしれない車両に興味はありますが、アキラの選択次第ですね。探索に使う時間と、この磐田の街に滞在する時間の」

「……探索はできれば早朝から、んで昼には終わらせてえ。滞在は長くても午後3時までかな」

「となると、磐田の街へは1泊か。なら俺はイチロウさんと交易についての話を可能な限り詰めとくよ」

「ありがてえ。ほんっと頼む。商談なんて俺にゃあムリだ」

「ははっ。了解だ」

 

 案内されたあの広い食堂では、特殊部隊と合流したミサキ達が固まって座って飲み食いをしていた。

 見ると、当然のような顔をしたミキもいる。

 

 注文は任せろと市長さんがカウンターに向かったので、先に腰を下ろさせてもらって明日の予定を全員に告げた。

 

「へーきなの、3人だけでクルマ探しなんて?」

「目星はついてて、特に危険な場所はねえらしいからな。それにグロックナックの斧を片手でブンブン振り回すジジイが一緒なんだから、まあ問題はねえだろ」

「あたしより力が強そうだもんねえ、ミキのおじいちゃん」

「だろ。だからドッグミートとED-Eを護衛にして、買い物でも楽しんで待ってろ。金は宿に入ったら渡す」

「んー。シズクとセイちゃんはそれでいいの?」

「ああ。ミキなら浮気の心配もないしな」

「ホントは着いて行きたいけど、知らない人、それもかなり強いじぃじが一緒だと、アキラが万が一のためにってずっと警戒する。負担になるからセイはいい。あと、浮気の心配がないのが一番大事」

 

 まだ言うか。

 そう心の中でツッコミながら、ビールやウイスキーをテーブルに並べてゆく。

 ツマミは、この食堂の物があまりに不味かったら出せばいい。

 

 騒がしくもそれなりに楽しい宴会が終わってミキに案内されたのは、磐田の街に1軒しかないという宿屋だった。

 

 特殊部隊の4班と俺達、5部屋ちょうどの空きがあったそうで、それぞれに分かれて就寝。

 寝る前3人に1000ずつ小遣いだと言って渡すとメチャクチャ驚かれたが、そのおかげか残りの金をミサキに没収されずに済んだ。

 

 朝のコーヒーを飲み干して1人で宿を出て、宝くじにでも当たったようなルンルン気分で待ち合わせの場所に向かう。

 

 

 

 

 

「あれっ? すんません、このバイクって市長さんのですよね?」

 

 待ち合わせ場所である、昨日俺達が潜った大きな門の前。

 ミキのバイクの横にはサイドカーの付いたバイクが停められているのだが、そのサイドカーには見知らぬ女が乗っていた。

 ミキと市長さんの姿はない。

 

「そうよ、エトランゼくん」

「ええっと。じゃあ、あなたはどうして市長さんのバイクのサイドカーで読書なんかしてるんで?」

 

 黒髪を肩の辺りで切り揃えた、シズクと同年代の女が呆れたように口の端を持ち上げる。

 どうでもいいが朝陽を受けてキラリと光った黒縁メガネのレンズには、度が入っていたりするのだろうか。

 

「ボクも車両の捜索に同行するからに決まってるじゃないの」

「聞いてないんですけど……」

「でしょうね」

 

 女がまた開いている本のページに視線を移す。

 それっきり、会話はなかった。

 

 にしても戦前の黒い女物のスーツはいいが、そのスカート丈はなんだと言ってやりたい。

 けしからん。

 もっと上げろ。

 

「お、もう来ておったか。待たせたのう」

「いえいえ。こんな早朝からの出発にしてもらったのは、俺のワガママなんで。ありがとうございます。それと、今日はよろしくお願いします」

「うむ。では、ゆこうぞ。ミキは運転の腕がどれだけ上がったかを、カナタは狙撃の腕が錆びておらぬかを見てやるでの」

「えっと、こちらの、カナタさんも同行するんですか?」

「うむ。ミキのすぐ上の姉で、客に本を売るのを何よりも嫌がる本屋をやっとる。車両の整備などはからっきしだが、知識と狙撃の腕だけはこの街で一番じゃ」

「はぁ」

「さあ、ゆくぞ。アキラはワシの後ろじゃ」

「了解です」

 

 市長さんはグロックナックの斧を、刃部分と柄の3分の1ほどが納まる革製の鞘に入れて背負っている。

 なのであまり体が密着しないようにリアシートに乗って、シートの後ろにある取っ手のような部分に体重を預けるようにして姿勢を安定させた。

 

 2台のバイクのエンジンに火が入ると、学校の校門に鉄板を貼りつけたようなツギハギだらけの門が、ガラガラと大きな音を立てて引かれてゆく。

 

「市長、お嬢さん方。お気を付けて!」

「ありがと」

「はいですっ」

「うむ。よし、まずはミキが案内。それからカナタ、最後がワシじゃ」

「はいなのです。それと父さんのバイクが着いて来れなかったらごめんなさいなのです」

「がはは。言うようになったのう」

 

 ウイリー。

 

「はぁっ!?」

 

 前輪を上げたままミキのバイクは門を抜け、急激な方向転換をして右に消えた。

 門の前はそれなりに広い二車線道路だが、そんな運転は見ているだけで怖い。

 

「負けぬわっ」

 

 市長さんもウイリーこそさせなかったが、かなりの急発進。

 そして急激な方向転換でミキのバイクを追う。

 

 どうなってんのこの親子!?

 

 だが何よりも異常なのは、俺の右下に見えるサイドカーに乗ったカナタという女の人が、それでもまだ本を読んでいる事だ。

 

「こ、こえーっ。索敵も、景色を見てる余裕もねえやっ!」

 

 まるでジェットコースターにでも乗っているような運転が10分ほど続いただろうか。

 タイヤを軋ませて2台のバイクが停まる。

 

「この家のガレージなのです」

「ほう。ではワシがシャッターをぶち破るかの」

「待って、脳筋ジジイ」

「むう。誰がナイスミドルなお父さんじゃ」

「言ってないから。少し離れた家の庭に、モングレルドッグがいるわ」

「……すっげ。カナタさん。ピップボーイじゃなくって電脳少年をしてないのに、よくわかりますね?」

「マーカーにばかり頼った索敵は命を縮めるわよ、エトランゼくん」

「き、肝に銘じます」

 

 目を凝らせばたしかに背の低い植え込みの向こうに茶色い肌がほんの少し見えるが、そんなのをよくも見つけられるものだ。

 

「ワシが釣るか?」

「要らないわ。あのモングレルドッグのレベルは知らないけど、庭で寝てるのは1匹だけだから」

「ふむ。勝利の小銃とカナタの腕があれば、赤子の手を捻るようなものじゃな」

「当然」

 

 サイドカーを降りる事すらせず、本を読みながら股の間に抱えるようにして持っていたスナイパーライフルをカナタさんが構える。

 

「好きに撃ってよいぞ」

「なら、狙撃開始ね」

 

 



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お宝探し

 

 

 

 夜明けから30分も経っていない朝焼けの空に、どこか懐かしさを感じさせる銃声が尾を引いて昇ってゆく。

 

 いい腕だ。

 それに、銃の威力と精度もいい。

 

 放たれた銃弾は、当然のように命中。

 

 モングレルドッグがヴィクトリーライフルの効果発動から何秒で立ち上がるのかを見たかったが、そのHPバーは色を失って、縄張りで朝寝を決め込んでいただけの哀れな犬っころはピクリとも動かなくなった。

 

「いい腕ですねえ、カナタさん」

「錆びてはおらぬようじゃな」

「エトランゼくん」

「ほいほい」

「試し撃ち、したいでしょ? どうぞ」

「いえいえ。俺にスナイパーライフルは重すぎますんで」

「重量たった10のこれが?」

「はい。9ならギリ精密射撃もできるんでしょうけどね。1でも重いと、照準がブレッブレになるんです」

 

 見るからにクールで、磐田の街でニヒルな笑みを見せた以外は表情がまったく変わらなかったカナタさんが、口を開けてポカンとしている。

 にしてもエトランゼなんて言葉を知っていたり、今の説明で驚きながら呆れて見せるとは。

 

 この人は本当にこの世界の人間とは思えないほどの知識人で、なおかつ理解力もある女性なんだろう。

 さすがは磐田の街を統べる家の女、という感じか。

 

 いや、まさかとは思うが……

 

「PERK構成やSPECIALが何特化かとは訊かないけど、STRをせめて5までは早く上げなさい。どんな高性能なタレットだって、1キロメートル先のクリーチャーを撃ち抜いてはくれないんだから」

「お、覚えときます」

 

 本当に何者なんだ。

 この知的でクールで眼鏡で戦前のぴっちりした黒いスーツで、何よりミニスカートがエロくって、美人は美人だけどミサキやシズクほどじゃないからオカズにしたら余計に興奮しちゃいそうなこの人は。

 

「あら、ありがと。エトランゼくんもかわいいわよ?」

「こ、声に出てましたか……」

「がっはっは」

「アキラ、気をつけてくださいなのです」

「うん?」

「カナタ姉さんは見合いの話が来るたび、『最低でも戦前の高等教育を受けた程度の知識があって、戦闘となればボクより役に立って、自分は容姿に劣等感を持っているけどよく見たらかわいらしい顔をしていて、ベッドでは喜んで顔面騎乗されてくれる男じゃないと結婚はしない』って言って断るのです」

「ついでに言うとMっ気があって、軽いスカトロプレイにまで応じてくれるようなら最上ね」

 

 おおっ。

 結婚はしたくねえけど、夜のお相手の方は是非ともお願いしたい。

 

 そんなバカな事を考えながらバイクを降り、タバコを咥えて箱を市長さんに渡した。

 タバコの箱がカナタさんにも渡ったので、仕草で返さなくていいと伝えてから3人でライターの火を分け合う。

 

「……エトランゼくん、だもんなあ」

「言っておくけど、ボクはそうじゃないわよ」

「なら、どうしてそれほどの知識を?」

「戦前の本とかホロテープを集めるのが趣味なのよ。それと辞書と熱意さえあれば、これくらいの事は学べるわ」

「俺をエトランゼって呼ぶ、その理由は?」

「ニコラ・テスラのフィラデルフィア計画。その一環で行われた極秘実験で、駆逐艦エルドリッジの機関部に違う世界の、武器も持たずに人を焼き殺したりする兵士が現れた。それから世界が滅ぶまでの研究で、歴史上の偉人の何割かは特殊な能力を持った別の世界からの異邦人であるという説が濃厚になったわ。ボクの目の前にいる、誰かさんみたいにね」

「よしてください。俺は、そんなんじゃ……」

 

 フォールアウトシリーズの主人公だけじゃなく、世界がこんな風になる前からそんな連中が。

 ますます謎が増えてしまったじゃないか。

 

「そのくらいにせんかい、カナタ」

「……はいはい」

「それより、次はアキラの番じゃぞ」

「なにがです?」

「本物の、しかも稼働してクリーチャーを倒してくれるタレットをこの目で見れる日が来るなんて。興奮で濡れるわ」

「は、はあ。でも、タレットは売れませんよ?」

「やっぱりそうなのね」

「ええ。別にケチってる訳じゃなく、安全を確認するのがとんでもなく困難なんで」

「それは、どういった検証なの?」

「俺に敵意を持つ人間が磐田の街を訪れた瞬間にタレットで殺されたりしたら、困るのはそちらでしょうからね。俺は責任を取れないし取りたくもないんで」

 

 小舟の里ではそこから外へ出る住人も、街を訪れる商人も数は限られているので、見張りの連中に注意してもらっていれば大丈夫だろうと、封鎖した橋なんかにそれなりの数のタレットを設置してある。

 だが磐田の街はその規模を考えると、人の出入りは多そうだ。

 

 市長さんとカナタさんが頷き合う。

 そしてそれを見たミキは、なぜかとても嬉しそうに笑った。

 

「アキラ。それより時間がもったいないのです」

「そうだった。なら回収しちゃいますね」

「護衛は任せてくれてよいぞ」

「マーカーは見当たらないんで平気ですよ。水分補給でもしててください、手早く済ませるんで」

「ならせめてシャッターを」

「そんなんはこうですよ。開かないならスクラップにして収納、っと」

 

 音もなくガレージの錆びたシャッターが消える。

 市長さんの驚く声と、それを聞いて上がったミキのイタズラが成功した時のような笑い声を背に受けながら、思ったよりも狭いガレージに足を踏み入れた。

 レッドロケット・トラックストップのガレージよりも狭い。

 

 本当ならどうしても着いて来たかったというセイちゃんとの約束で、発見した物はガラクタにしか見えなくとも、手当たりに次第ピップボーイへ詰め込んで帰る事になっている。

 なので錆びた工具や鉄製の棚をまず回収して、埃こそかなり積もってはいるがガラスやタイヤが無事な乗用車を最後にピップボーイに入れた。

 

「凄すぎて笑うしかない光景だのう」

「唯一の取り柄ですからね」

「ねえ、ナイスミドルなお父サマ」

「う、うむ。どうした?」

「ボク、ひさしぶりに運転がしたくなっちゃった」

「ダ、ダメに決まっとるじゃろ!? オマエに運転なんてさせとったら命がいくらあっても足りぬから、最後のバイクはミキにくれてやったというのにっ!」

「今年で20にもなるんだからムチャなんてしないわよ。いいから代わりなさい」

「い、嫌じゃ」

「黙って代われって言ってんのよ。じゃないと昨日の深夜、食堂のカズエと非常階段でナニしてたのか母さん達に言っちゃうけど? いいの? 自分達をたまにしか抱かなくなった夫が、食堂のおばちゃまを後ろから貫いて犬のように腰を振りまくってたって聞いたら、母さん達はどう思うのかしらね?」

「そ、それだけはカンベンじゃっ!」

 

 まるでヤオ・グアイのように大きな体を丸めて実の娘に許しを乞う市長さん。

 Sっ気全開の勝ち誇った表情で眼鏡をくいっと直しながら、浮気現場のさらに具体的なプレイ内容を口にして父を責めるカナタさん。

 お父さんまたなのですか、と呟きながら遠い目をするミキ。

 

 そのどれを見ていてもバツが悪いので、ピップボーイに地図画面を表示させて磐田の街からここまでの地図が埋まっているのを確認する。

 

 うん、特に問題はなさそうだ。

 

「決まりね。さっさとサイドカーに乗りなさい、浮気性の老いぼれ熊」

「ううっ、アキラの前でなんという話を。これでは、ナイスミドルな市長としての体面が……」

「そんなのハナっから欠片もないから。ほら、エトランゼくんも早くリアシートに乗りなさい」

「あ、いや。なら俺がサイドカーに」

「嫌よ。さ、早く乗りなさい。バラすわよ?」

「俺は関係ないでしょって。ええっと、市長さん。俺はどうしたら?」

「後生だからそうしてやってくれ。じゃないとワシは、ワシは……」

「は、はあ。了解です」

 

 カナタさんの運転は、たしかに荒っぽくって肝の冷えるものだった。

 でもそれより厄介なのは俺の手を取って自分の腰を抱くようにさせ、もし手を離したら3人のお嫁さんにある事ない事告げ口してやるという脅しの方だ。

 

 いい匂いがする。

 やらけー。

 勃起すんな勃起すんな、お願いだマイ・サン。

 

 そんな事ばかり心の中で念仏のように唱えていたので、2台のバイクが急ブレーキをかけても俺だけ反応が遅れてしまった。

 

「出番よ、エトランゼくん。上手にできたらご褒美をあげるわ」

「ちっ」

 

 フェラル・グール。

 数は4。

 

 交差点の真ん中にあるバスの残骸を巣にしていたそれは、どうやらかなり空腹であるらしい。

 距離が50メートル以上も離れているというのにエンジン音を聞きつけると、迷わずこちらへと向かって駆け出したようだ。

 

「面倒事はゴメンなんだがなあ」

 

 磐田に入ってから大活躍のヘビーマシンガンタレットを、二車線道路の真ん中に出す。

 

「テカりがたまんないわねえ。それに、おっきくて硬そう」

「紛うことなき戦前のタレット。まるで新品同然だが、肝心の性能はどうじゃ……」

 

 黙って見てやがれ、とでもいうようにヘビーマシンガンタレットが火を吹く。

 

「ぐるぅ、がぁあっ!」

「ぐぎゃっ」

 

 1匹、2匹とフェラルが倒れてゆく。

 

「3、4っと。終わりかな。これで満足ですか?」

「ええ。とりあえずは、ね」

「うむ」

 

 交差点を左に折れた先にあったのはかなり大型のスーパーマーケットで、そこのフェラル・グールも俺がタレットを出して片付けた。

 

 建物の裏手には何台かの荷台が冷蔵庫か冷凍庫になっている小型トラックがあって、その中の1台がもしかしたら修理可能かもという事であるらしい。

 時間もないし、俺なんかが見ても修理可能かの判断がつくはずがないので、それらはすべてピップボーイに突っ込んでおく。

 

「アキラくん」

「あ、はい。もうエトランゼくんじゃないんですね」

「当たり前じゃない。ボクとアキラくんの仲ですもの」

「はいはい」

「つれないわねえ。ミキが案内できる場所はまだあるらしいけど、距離が離れてるそうだから、次はボクが目を付けていた店に行くわよ」

「了解です」

「その次が、脳筋ジジイの秘密の場所2つ。そっちじゃ本格的な戦闘になりそうだから、次を漁ったら休憩を兼ねた作戦会議でいい?」

「もちろん。お手数をおかけしてすいません」

「他人行儀ねえ」

「間違いなく他人ですもん。知り合いは知り合いですけど」

「じゃあ次にまたその股間の暴れん坊がおっきくなったら、バイクに乗ったまま尻コキでもしてヌイてあげるわね。そしたら、もう他人じゃないでしょ?」

「……カ、カンベンしてくださいよ」

 

 ヤバイ。

 何度か息子を宥め切れなくなったのがバレていたとは。

 

 交差点から15分ほど進むと、戦前の住宅地に入ってかなりスピードが落ちた。

 そこからさらに数分。

 バイクは、とある小さな建物の前に停まる。

 

「コイツは……」

 

 



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盲点、そしてついに登場

 

 

 

 リアシートに跨ったまま見上げた看板には、『吉岡新聞店』の文字。

 正直、この発想はなかった。

 

「いや、たしかに新聞配達っていやあ原付バイクですけど、店の前に1台もありませんよ?」

「そこの引き戸を開けた、作業場みたいな場所に置いてあるのよ。それも数台が、エンジンはかからないけどペダルを踏み込めば手応えのある状態でね」

「マジっすか……」

 

 それは本当に期待できそうだ。

 だが、期待し過ぎるのもあまりよろしくはないか。

 

 特殊部隊とミサキ達の探索目標にはもちろん修理ができそうな車両も含まれているのだが、これまで何度か見つけたというさっき漁ったようなガレージでも、スーパーマーケットの駐車場でも、小舟の里の近くに1軒だけあったカー・ディーラー跡地でも、修理可能な車両なんて発見できていない。

 新聞店が盲点だったのは事実だが、どうなる事やら。

 

 俺がバイクを降りてタバコを咥えると、その隣に市長さんが並んだ。

 

「ではカナタ、ミキとここでバイクの見張り」

「嫌よ」

「じゃが店内で取り回しの悪い勝利の小銃は」

「そこはアキラくんがどうにでもしてくれるわよねえ?」

「はぁ。別に銃の1丁くらい貸しても差し上げても問題はないですけど、ホルスターはこれ1つしかないんですよ。ピップボーイに入れた方が楽だからあんま使ってねえけど、これは人から貰ったんで大事にしてえし」

「ボクが自分でホルスターの用意ができるまで、使わない時はアキラくんに預かってもらうからいいわ」

「ははっ、仕方ない。カナタさんくらいの美人にプレゼントするなら、ちょっといいのを差し上げましょうか。サイドアームにするなら好みは?」

 

 Sっぽくも、ニヒルっぽくもない、いい笑顔を浮かべカナタさんが腕組みをする。

 きっと、どんな銃にするべきか考えているのだろう。

 知的美人が物思いにふける表情というのは良いものだ。

 

 それに爆乳の化身であるシズクほどではないが、CかDはありそうなお胸が強調されて眼福眼福。

 

「できれば拳銃で、威力と頑丈さ重視かしらね」

「なるほど」

 

 スナイパーのサイドアームにハンドガンという選択は悪くない。

 個人的には、連射可能で取り回しの良い10mm辺りをオススメしたいが。

 

 まあ本人にこだわりがあるならばそれを尊重した方がいいだろうと、とりあえず思いついた銃を出してみる事にした。

 

「かなりの業物じゃのう」

「見るからに強そうなのです」

「あとでミキにも好きな種類の武器か防具をプレゼントするから、どんなのがいいか考えといて」

「そんなっ。ミキはこれ以上お世話になんてなれないのです!」

「いいからいいから。市長さんとカナタさんにはプレゼントしてミキにしなかったら、ミサキ達に怒られそうだし」

「それよりアキラくん、その銃はいったい?」

 

 口の端が自然と吊り上がる。

 クールなこの人が、説明を聞いてどんな表情をするのか楽しみだ。

 

「高威力の大口径で、オートマチックよりも信頼性が高そうなリボルバー。名前は、ツーショット・ブルバレルアドバンス.44ピストルです」

「ツーショット?」

「はい。トリガーを引くと発射された弾が途中でもう1発出現して、倍のダメージを与えるんですよ」

「そんなの、まるで宝物級じゃないの……」

 

 こちらではレジェンダリー武器を宝物級武器と呼ぶのか。

 

 期待していたリアクションは、呆然としているだけなので面白くはない。

 

「気に入りません?」

「い、いや。そういう問題ではなくてね」

「やれやれ、見る目がないのう。カナタが相手なら宝物級の拳銃など贈り物にせずとも、立小便する後姿でも見せればむしゃぶりついてくるじゃろうに」

「睾丸でしか物事を考えられない熊さんは、ちょっと黙ってて下さる? でないとボク、どこぞの熊が嫁以外の穴にいつどこでどうやって精液の無駄撃ちをしたのか書き出して、実家のリビングに張り付けてしまいそうなの」

「わ、悪かった。もう茶化さんから、それだけはやめてくれ」

「それじゃどうぞ。あとこれ、弾です。シリンダーに6発入ってますけど、ポケットにでも入れといてください」

「ありがとう。ミキ、小銃を預かっておいて」

「了解なのです」

 

 高校野球のポスターがベタベタ貼りつけられているせいで、新聞店の中は覗けない。

 新聞を運び込んだり、盗難防止のためにかバイクを店の中に入れておくくらいだから出入り口はかなり大きかった。

 

 俺がデリバラーを右手にぶら下げながらそこに歩み寄ると、それにカナタさんの足音が続く。

 店内にマーカーはない。

 

「意外と簡単に開くな。施錠もされてねえ」

 

 引き戸を薄く開け、VATSボタンを連打。

 俺が握っているのはあの懐かしい手触りの純正コントローラーではないので本当にボタンを押している訳ではないが、店内に何者かがいればこれでVATSは起動してくれる。

 

「音もないわよ、アキラくん」

「みたいですね。踏み込みましょう」

 

 店内は思っていたより、ずっと広い。

 まずあったのは、大人が3人は並んで寝転べそうな大きな作業台だ。

 壁には往時のポスターや標語なんかが貼られているのが見える。

 

 そしてその作業台の左に、目的の物が少しだけ雑な感じで並べられていた。

 

「中はボクが見つけた時のままね。ま、この辺りの山師にこんな住宅街なんて漁る頭はないから当然かしら。どう、かなり状態が良さそうでしょ?」

「ええ。下手すりゃこのまま乗って帰れるんじゃねえかって感じです」

「それはムリなんだけどね。8台並んだバイクの、手前から2台目と4台目と5台目しか、キックペダルを蹴っ飛ばしても手応えがないの」

「まずは、カギ探しですね」

「そこの雑誌の下に隠しておいたわよ」

「さすがです。って、よりによってエロ本の下ですか」

 

 バイクのそばに落ちている雑誌。

 しゃがみ込んでそれに手を伸ばすと、和服の帯を外した状態でM字開脚をする女の表紙が目に入った。

 

 けしからん雑誌だ。

 こんなのは俺が責任を持って処分しなくては。

 

 ピップボーイにエロ本を入れ、その下にまとめて置いてあるカギを拾い集める。

 見ればカギには番号が振ってあるので大丈夫だろうと、それもピップボーイに収納した。

 

「ねぇ、アキラくん」

「はい?」

 

 振り返る。

 

「見て。ひさしぶりに戦前の運動靴なんて履いたから、マメができちゃった」

「そ、そうっすか。スティムパック、使います?」

 

 これは、ヤバイ。

 

 カナタさんは大きな作業台に腰かけ、スニーカーを片方だけ脱いで足にできたというマメを確認している。

 戦前のぴっちりした、ボディラインが浮かび上がる黒いスーツ。それも、きわどいミニスカートのやつでだ。

 

 リアシートからサイドカーを見下ろしていた時は『なんでストッキングとガーターベルトもしねえかなあ』なんて思ってたが、今はそれに感謝。

 ミニスカートで作業台に座って足のマメなんか確認してるから、しゃがみ込んだ俺からはその奥がバッチリ覗き込める。

 

 赤、か。

 眼鏡が似合う、女教師か社長秘書にしか見えない大人の女の下着が赤。

 

 たまらんです!

 

「あら、ドコ見てるのかしら?」

「ど、どこも見てないっすよっ!?」

「ウソおっしゃい。ねえ、さっきご褒美をあげるって言ったわよね」

「で、ですね」

 

 微笑みながらカナタさんが足を組む。

 それで目に染みる赤色が視界から消えて助かったと思ったが、今度はほどよい肉付きの真っ白なふとももが目の毒だ。

 

 これはこれでヤバイ……

 

「ほっぺにキスくらいにしておこうと思ったけど、足の痛みをどうにかしてくれたら、もっとイイ事してあげるわ」

「な、なにを言ってんすか。スティムパックなら差し上げますから、別にお礼なんて」

「うふふ、バカねえ」

「へ?」

「痛みは、アキラくんが舐めて癒すに決まってるじゃないの」

「ど、どんなプレイっすか……」

 

 それに作業台はそれなりの高さがあるから、足の指なんて舐めたらまた赤いアレが。

 そうなれば、絶対に理性が保たない。

 

 いや、足なんて舐めねえけど。

 舐めねえ、けど……

 

「カナタ姉さん、勝利の小銃を借りるのですっ!」

「敵は油虫が2匹だけじゃ、気にせんで続けててよいぞ」

 

 そんな声がしたので視線を入口へと移せば、市長さんの大きな手がひらひらと振られてすぐに消えた。

 

「まったく。父娘で出歯亀なんて。はしたないわねぇ」

「こっちは、絶体絶命のピンチを救ってもらった気分ですけど」

「うふっ。やっぱりアキラくんは素質があるわ」

「はいはい。それより、油虫ってのは?」

「年寄りはこれだから。ゴキブリって言い方の方が一般的よね」

「……やっぱいるのか。ここまで出てねえから日本にゃいねえのかもって期待してたのに」

 

 フォールアウトシリーズの敵、RPGなんかでいうモンスターは、放射能を浴びて凶暴になったり巨大化したりしたという設定のものが多かった。

 犬や熊、アメリカだからかサソリなんかも敵として登場する。

 

 そして個人的に最も厄介なのが、虫が巨大化したクリーチャーだ。

 

「手伝いなら必要ないわよ?」

 

 カナタさんの声に銃声が重なる。

 それが2度鳴ると、ミキを褒めてガハハと笑う市長さんの声も聞こえた。

 

「そうみたいですね。でも時間もないんで、急いでバイクなんかを回収しちゃいます」

「あら残念。続きはまた今度ね」

 

 これは、マジで言ってるんだろうか。

 もしそうなんだったら、俺が足を手に入れて探索ついでに磐田の街で1泊とかしたら……

 

 どう考えても絶対にない事を考えながらバイクや作業台、何に使うのかわからない自販機大の機械なんかをピップボーイに収納。

 カナタさんに向き直る前に、股間のふくらみを目で、鼻血が出ていないかを手で確認してから振り向く。

 

「お待たせしました」

「それじゃ、外で休憩しながら浮気熊の話を聞きましょうか。詳しくは訊かなかったけど、かなり期待できる場所らしいわ」

「了解です」

 

 



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宝の在り処

 

 

 

 50メートルほど先に見える、巨大Gの死体。

 それが視線に入らないように注意しながら、30年ほど前にそこでお宝を見つけたという市長さんの話を聞く。

 

「目的地がクリーチャー、妖異の巣になってるのは厄介ですね」

「うむ。それを殲滅せねばお宝は手に入らぬからのう。気合の入れどころじゃ」

「市長さんの見立てじゃ、タレットは効果的なんで?」

「うむ。かなりの」

「なら大丈夫かな。敵の規模が数十ってのは理解しましたが、その種類は?」

「なあに、あそこに転がっとるバケモノの仲間よ」

「うへぇ……」

 

 相手はローチの群れか。

 今から憂鬱だ。

 

「狙撃はボクとミキに任せてくれていいわ」

「VATSと接近戦はカンベンだから、タレットの後ろに俺達も並んで迎撃がいいなあ」

「あら。本場のアシストターゲッティングシステムがどれだけ有用か、この目で見たかったのに」

「ホントなんでも知ってますねえ。んで、『本場の』ってのは? 国産の電脳少年にはVATS機能はないはずですけど」

 

 カナタさんが笑みを浮かべながら眼鏡をくいっと直す。

 

「方向性は同じだけど、ピップボーイに組み込むという機能とは違う形で日本でも研究はされてたのよ。戦前の防衛軍の精鋭部隊に試作品は配備されてたみたいだから、アキラくんならいつか発見できるかもしれないわね」

「そりゃ楽しみです」

「では、そろそろ向かうかの。運転はワシじゃ」

「ボクは場所を知らないから仕方ないわね」

「うむ」

 

 全員が缶コーヒーを飲み干すのを待ち、空き缶をピップボーイに入れてからリアシートに跨る。

 今度は市長さんの運転なので気が楽だ。

 

 バイクは市街地を抜け、遠くに見える山の方へと向かっているらしい。

 まだ磐田の街を出て1時間と少ししか経っていないし、帰りの予定時間を知っている市長さんは何も言わないので、そう遠くまでは行かないのだろう。

 

「バイクはいいなあ。道が車の残骸で塞がってても、ちょっとした隙間さえあれば道を変えずに済む」

 

 だんだんと流れる景色の中に建物が減ってゆく。

 そして見えるのは緑の木々がほとんどという状態になってしばらくすると、市長さんはようやくバイクを停めた。

 

「あれじゃ」

「トンネル、ですか。ウルフギャングのトラックもトンネルで見つけたらしいんですよね」

「関東は瓦礫と荒地しかないからのう。さもありなんじゃ」

「って、巨大ローチじゃないのがトンネルの入口をうろついてますよっ!?」

 

 懐かしいというか、なんというか。

 見えるのは、こちらに気づかずのんびりとアスファルトの上を這いまわっているのは、フォールアウト3とフォールアウトNVに登場した巨大なアリのクリーチャーだ。

 

 ジャイアントアント・ワーカー。

 

 見た目はキモイが、巨大Gよりはマシだと自分を励ます。

 

「鬼蟻じゃ。あのトンネルは少し進むと、土砂が流れ込んで塞がっておっての。そこに鬼蟻の巣があるんじゃよ」

「火を吐くアリはいないんですか?」

「おるのう。火鬼蟻じゃ」

「やっぱり、それぞれのサイズ違いも?」

「おるぞ」

 

 これは。

 下手をすれば、女王アリまでご登場か。

 

 気合を入れ直さないと。

 

「作戦は?」

「アキラとカナタに任せるぞい」

「剣鬼と肩を並べて前に出ただけで新制帝国軍の大部隊が逃げ出した、なんて伝説を持つ磐田の狂獣も丸くなったものね。アキラくん、それでどうするの?」

「トンネルまでは100メートルくらい。まず、バイクの10メートル先にタレットを配置します」

「妥当ね」

「それでカナタさんとミキは射撃準備」

「あなたは?」

「タレットのさらに先、最低20メートル可能なら30メートルの距離に地雷を撒きます」

「鬼蟻の探知範囲はおよそ50メートル。あまり接近し過ぎるとヤバイわよ?」

「地雷原じゃなく、地雷の防衛線って感じで充分ですよ。それと全員、これを装備しておきましょう」

 

 昨日の夜、宿でセイちゃんが修理してくれた国産パワーアーマーを道路に並べる。

 あの3人にはもう渡してあるが、それでもちょうど人数分はピップボーイに入っていた。

 

「ずいぶんと綺麗になっとるのう」

「うちの修理担当は、天才的な腕をしてますからね」

「ありがたく借りるとするかの」

「でもこんなの着たら、胸やお尻をアキラくんが舐め回すように見てくれないわよね。ちょっと残念」

「み、みみ、見てねえしっ!」

「ウソなのです。さっきコーヒーを飲んでた時なんて、バイクのシートに横座りになったカナタ姉さんのスカートの奥までじっくりねっとり……」

「はい、戦闘準備! 急いで!」

 

 パワーアーマーを装備。

 

 俺がいつも使うフォールアウト4のパワーアーマーと違って、おそらくフォールアウト3の、それも最初期型であるT-45dを模造したと思われる国産パワーアーマーでは、STRが2上がる装備効果分の重さの武器しか使えない。

 

 フォールアウト4のパワーアーマーはフュージョンコアを動力とする、まるで人が乗り込んで操縦する人型ロボットのような物だ。

 対してフォールアウト3のこれは、倍力機構というものを補助するために核分裂バッテリーを1つ組み込んだだけの物であるから、そういった仕様の違いは仕方ない事なのだろう。

 

 それでも日本では手に入れる事すら不可能であるかもしれないフュージョンコアを消費せず、廃墟などを漁ればそれなりに見つかる核分裂バッテリーでパワーアーマーが使えるのだから、これをミニガンと交換してくれた市長さん達には感謝してもし切れない。

 

「ひさしぶりに着たけど、やっぱり息苦しいわねえ。これ」

「でもこれで火鬼蟻も怖くないのです」

「よし、タレットを越えた鬼蟻は任せい。この斧の初陣じゃ」

「グロックナックの斧を使うのは、トンネルに入ってまだアントがいた時だけだと思いますけどね。それじゃ、タレットと地雷を設置してきます」

「うむ」

「途中で感知されて鬼蟻が来るようなら、アキラくん?」

「迎撃を始めていいですよ。それでも、タレットくらいは確実に出せると思うんで。それと、可能ならアリの触角を狙ってみてください。俺の知ってるアリと同じなら、面白い光景が見られるはずです」

「それは楽しみね。わかったわ」

 

 道は、それなりに広い。

 まずはタレットを等間隔に5つ並べ、屈み込んで視界に[ DETECTED ]と表示されたのを確認してからゆっくりと進んだ。

 

 トンネルの前をうろつくアントはこちらには目もくれず、大型犬どころか若い牛ほどはありそうな頭部をアスファルトに近づけては離し、たまに空を仰いだりしている。

 

「……こんなモンかな」

 

 地雷を設置してまたゆっくりと下がり、タレットの向こうに達してから立ち上がって腰を伸ばした。

 

「ご苦労様」

「まだまだこれからが本番でしょ。武器は、これでいいかな」

 

 たった3しかないSTRがパワーアーマーの装備効果で2も上がり、俺はWeight、こちらで言う重量が15までの武器ならどうにか使えるようになっている。

 

 残念ながら、大好きなガウスライフルなんかはまだ重すぎて使えない。

 俺がピップボーイから出したのは、伝説武器でもユニーク武器でもない、ただのコンバットライフルだ。

 

 どこかで拾ったのか、それとも自分でこうカスタムしたのかなんてもう覚えていないが、重量が14ならばそれなりの精度の狙撃も可能だろう。

 

 ライトフレームレシーバーにロングバレル、銃床はフルストック。

 マガジンがデフォルトのスタンダードマガジンなのは物足りないが、サプレッサーと長距離リコンスコープが付けてあるのでまあ合格だ。

 

 それらの改造を施され、コンバットライフルから『リコンスコープ付きライトコンバットスナイパーライフル』と名を変えた銃を持ち上げる。

 

「ずいぶんと異質なスコープね」

「ピップボーイとリンクしてるのか、これで敵を視界に収めるとその頭上に目印が表示されるんですよ」

「そんな便利な。アキラくんって、すべてがデタラメねえ……」

「ははっ。これが終わったら、カナタさんも試してくださいよ。パワーアーマーの視覚システムともリンクしてくれるんなら、ピップボーイがなくてもリコンスコープはかなり使えるはずです」

「楽しみにしておくわ」

 

 そんな会話をしながら、俺がリコンスコープでマーキングしたアントは8。

 市長さんの話では少なくとも50匹はいる巣だというのに。

 

「なら、おっぱじめますか」

「そうね。触角を狙ってみるわ」

「お願いします」

 

 チラリと見やると、ミキもすでに射撃準備をしている。

 その立射姿勢は堂に入ったもので、俺なんかよりずっとサマになっていた。

 

 パワーアーマーにグロックナックの斧、まるでネタプレイのような装備をした市長さんが頷く。

 

「…………ここっ」

 

 カナタさんの囁くような声。

 それを銃声が掻き消した。

 

「お見事です」

「えっ。父さん、鬼蟻がっ!」

「妙な動きをして、むむっ?」

「同士討ちを始めちゃってるわね。アキラくん、だから触角を?」

「ええ。俺は騒ぎを聞きつけた蟻をロックしとくんで、とりあえず攻撃の方は任せます」

「下手に撃つより、同士討ちで数を減らすのを待った方がいいような気もするけど」

「ゲームでもそうでしたが、蟻同士じゃカスみたいなダメージしか入らないんですよ。そんなの待ってたら、夕方までかかりそうです」

「ふうん。ゲーム、ね……」

 

 これは。

 迂闊だったか。

 

 どうやら俺は、自分で思っているよりこの美人さんに気を許してしまっていたらしい。

 同い年だと知っても敬語を使っていた意味なんてなかったのか。

 

 自分達は訳もわからぬまま、違う世界からこの荒野へ迷い込んでしまった存在なんだ。

 

 そんな事を言っても、ほとんどの連中は『この狂人が』と笑い飛ばすだけだろう。

 だが俺のピップボーイやクラフトを見た連中なら、半々か、下手をすればそれ以上の確率で『もしかしたらそんな事もあり得るのかもしれない』と思うはず。

 

 別にそれがバレたからといって何をされるでもないだろうが、違う世界の人間と自分の世界の人間の2種類が目の前で死にかけているのなら、違う世界の人間は後回しだなんて判断をされる可能性はあるだろう。

 俺はどうでもいいが、それがミサキだと思うと背筋がゾッとする。

 

「くっ、さすが鬼蟻は硬いのですっ!」

「落ち着いて勝利の小銃で動きが止まった鬼蟻だけを、可能ならその頭部にある目を狙いなさい」

「はいですっ!」

「回り込んでおる鬼蟻もおらん。好きに撃ちまくってよいぞ」

「まだまだ増えやがるかよ。マーキングした蟻はもう30を数えたってのに」

「下手をすれば、その2、3倍はおるのう。がっはっは」

 

 



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害虫駆除と一族の秘宝

 

 

 

 くそっ。

 あの向こうにお宝がなかったら、ヌカランでまとめて木っ端微塵にしてやるってのに。

 

 心の中でそんな悪態をつきながら、ようやくマーキング作業が落ち着いたのでトリガーを引いた。

 

 パシュッ

 

 サイレンサーのおかげでそんな小さな音しか出ないし、反動もそれほど大きくはない。

 俺が今日ようやく放った初弾は、狙い通りファイアーアント・ソルジャーの触角を半ばから弾き飛ばす。

 

 ジャイアント・アントより体が大きく、HPも多いファイアーアント。触角を潰して仲間を攻撃させるのなら、そのファイアーアントを狙うべきだろう。

 俺に撃たれた個体が、仲間に向かって火を吹きかける。

 

「銃の腕も相当じゃのう、アキラ」

「こんくらいは。それよりジャイアントアントもファイアーアントも、ワーカーとソルジャーしかいないんですよ」

「ふむ?」

「ピップボーイがあると視界に妖異の名前が表示されるんですが、上位であるウォーリアって種類のがいない。これをどう見るかですね」

「30年前にトンネルの行き止まりまで踏み込んだ時も、あのくらいの大きさが精々じゃったぞ」

「なら女王や、それを守るガーディアンもいねえのかな。それなら楽ができそうです。ってか、トンネルの最奥までって。どうやって行ったんです?」

「なあに。道路工事に使うハンマーで鬼蟻のドタマを潰しながら、ズカズカ歩いただけじゃ」

「さすがっつーか、なんつーか……」

「ワシも若かったからのう」

 

 獣は生まれた時から獣なのね。

 

 そんなカナタさんの呟きに無言で頷き、それならばと撃ちまくる。

 数匹を倒すとまた数匹がトンネルの奥からポップするという、まるでMMOのレベリングのような戦闘が終わるまでに、俺はレベルアップの音を3度も聞いた。

 

「ようやっと動いてるアントはいなくなりましたね」

「うむ。ワシが周囲を警戒しとくで、3人は一服するとよい」

「ありがとうございます。……ふうっ、ヘルメットを取るだけでだいぶ違うな」

「ですです」

「かなりレベルも上がったんじゃない、アキラくん?」

「ですね。3上がって10ですよ。まあ8に上がるための分はあと1ミリってとこまで貯まってたんで、ここで稼いだのは実質2ですけど」

「おめでとう、でいのかしら」

「ええ。ありがとうございます」

 

 根が臆病なのかケチなのか、これでまだ振っていないスキルポイントは6にまで貯まった事になる。

 

 ウルフギャングとツルむようになってからは楽な戦闘ばかりだったし、なにか問題が起きた時それに対処できるよう貯めていたスキルポイントだが、6まで増えたのなら半分くらいは使っていいだろう。

 

 気軽に普段使いするのが可能なパワーアーマーを手に入れたおかげで、使える武器の選択肢は増えた。

 ようやくLUCKツリーの、それも特に有用な上位Perkを取得できるか。

 

「嬉しそうね、アキラくん」

「まあ、この時代じゃ反則みたいなもんですけどね。それでもやっぱり、新しいPerkを取れると思うと頬が緩みます」

「でしょうね。スポーツドリンク、ごちそうさま」

「いえいえ」

 

 どうやら、休憩は終わりらしい。

 

「それでは行くかの、アキラ」

「はい」

「やっぱりボクとミキはお留守番なのね」

「とーぜんじゃ。アキラを独り占めなどさせんぞ」

「あはは。ところでカナタさん。どうして一人称がボクなんです?」

「戦前の本に出てくる、書生や帝大生っぽくて好きなのよ。変?」

「とんでもない。ボクっ子は大好物ですよ」

「じゃあ、今夜にでも美味しく食べてもらおうかしら」

「ははっ。俺の使ってたスナイパーライフルは置いとくんで、まだアントが出るようならリコンスコープを試してください」

「ありがと。でも女の勇気を振り絞った誘いをシカトだなんて、男の子のしていい事じゃないわよ?」

 

 苦笑しながらパワーアーマーのヘルメットを装備。

 先に立ってトンネルに向かった市長さんの背中を追う。

 

「くくっ。アキラ、楽しみにしてよいぞ。アレも母親似なら、下の具合は抜群じゃ」

「なーにを言ってんですか。右端か左端なら地雷は反応しませんから、そこを抜けましょう」

「うむ」

 

 アント達の死骸が散らばるトンネルの入り口でパワーアーマーのライトを点け、ピップボーイから武器を出す。

 

 害虫駆除の伝説効果が付いたコンバットショットガン。

 

 ゲームではこれを使うくらいなら爆発やツーショットを使う方が楽だったので、ほぼノーマルのままピップボーイに入っていた銃だ。重量も問題ない。

 

「感知範囲にマーカーなし。って、どうしてトンネルの入り口にテーブルが……」

「おそらくじゃが世界が滅んだその日、ここの中でその瞬間を迎えた者達がそれなりにおった。その者達は、それからしばらくここで暮らしとったのじゃろう」

「なるほど」

 

 フォールアウト4でも、主人公夫妻が自宅のリビングのテレビから流れるニュースで核戦争が始まった事を知るシーンがあった。

 車で移動中にそのニュースを聞いたならトンネルに逃げ込んだり、クラクションをどれだけ鳴らされようがトンネルを出なかったりした人達もいただろう。

 

「修理できそうなのは、もう少し先じゃ」

 

 たしかにパワーアーマーの頼りないライトは、キャンプに使うようなテーブルや、その辺の木を切って雑に釘を打って作ったような椅子なんかの向こうにある、どう見ても修理などできなそうな車を照らしている。

 

 市長さんにはピップボーイの視覚効果がないので索敵の手は抜けないが、それらを手当たり次第に回収しながら歩く。

 

「見えたぞ、アキラ。求めていたお宝はあれじゃ」

「路線バス。それに、ハイエースみてえなワゴン。反対車線にゃ、ウルフギャングのより大きなトラック。その隣には、軽トラまで……」

「入り口から離れておって、崩落した天井や土砂からも遠い。どれもエンジンはかからぬが、これらならお宝に相違あるまい?」

「え、ええ。想像以上ですよ」

「この奥は土砂で塞がれ、そこに開いた大穴が鬼蟻の巣じゃ。どこに繋がっとるかわからん。手早く頼むぞ」

 

 たしかにバスなんかの向こうにも車両が見えるが、それらはルーフやボンネットに土らしきものをかぶっていた。

 暗くてよく見えないが、そのまた向こうにもあるはずの車両は土砂に埋もれていたりするのだろう。

 

「すぐにやります」

 

 特に状態の良さそうな4台を手早く回収して、市長さんに頷きを見せる。

 

「よし、とっとと戻ろうぞ」

「はい」

 

 俺は専門家じゃないしピップボーイに入れながらザッと見ただけだが、4台が4台とも特に大きな傷なんかはなかった。

 セイちゃんなら、もしかしたら4台すべてを修理してしまうかもしれない。

 

 出口を目指し始めても市長さんは常に後ろへ注意を払っていたが、アントがそちらから姿を見せる前に、俺達は太陽の下へ帰還を果たした。

 

「やったのう」

「はい。修理の結果次第ですが、これなら市長さん達にも1台くらいは車両を回せそうです」

「クルマの修理費用なぞ、たとえすべての店を売り払っても払えやせぬよ」

「そんなもんですか。おおっ、『アリのネクター』だ。懐かしー」

 

 飲むのか肌に塗るのかは知らないが、使用すると火属性のダメージに強くなるアリのネクターも回収しておく。

 それから地雷、タレット、カナタさんが使う機会のなかったスナイパーライフル、全員のパワーアーマーをピップボーイに入れたら、また市長さんの後ろで流れてゆく景色を眺める時間だ。

 カナタさんならまだしも熊のように体格のいい市長さんの後ろでは、左右と後方の安全確認くらいしかできやしない。

 

 しかし、思っていた以上の成果が得られたのは素直に嬉しい。

 これから向かう最後の場所が空振りでも、充分じゃないだろうか。

 

 VATS索敵しながらそんな事を考え、風に吹かれる。

 

「父さん、右っ!」

「そろそろ市街地じゃ。いちいち屍鬼なんぞにかまっとれんわ。振り切るぞ!」

 

 フェラル・グールは屍鬼で、市長さんはそれをシカトする事にしたらしい。

 数も1だし、先を急ぎたい俺としては助かる話だ。

 

「はいですっ!」

 

 次にバイクが停まったのは、開け放たれたそれなりに大きな門を潜ってすぐの建物の前。

 中学や高校の体育館くらいの大きさか。

 

「ここが最後じゃ。パワーアーマーはいらぬぞ」

「そうなんですか?」

「うむ。ここは定期的に訪れて、安全を確保してあるのじゃ」

「んじゃ俺が行ってくるんで、みなさんは休憩しててください」

「付き合うわよ?」

「いえいえ。そんで、ここは……」

 

 体育館のような建物の大きな玄関。

 そのドアの上には、『ユマハバイ〇歴史館』という看板がかかっていた。

 玄関に続く階段の途中に見えるステンレスらしき残骸は、何かの拍子に落ちてしまった『ク』の文字であるらしい。

 

「ワシのこれもミキのバイクも、元々はここにあった物じゃ」

「なるほど」

 

 なら状態は良くても、かなり手を入れなければ乗れないバイクが残されているのか。

 

「一族が300年もかけてしゃぶり尽くしたんでの。ロクな物はないが、すべて持って行くがよい」

「……いいんですか? 市長さんの一族の、言ってみれば秘宝の隠し場所でしょうに」

「しゃぶり尽くしたと言うたじゃろ。もう3台ほどしか残っとらんよ。そろそろお天道様が中天にかかる、はようせい」

「なるほど。ありがとうございます」

 

 もしも1台でも修理できたなら、それは市長さんに渡しに来よう。

 2台目も運よく直ったら俺達で使わせてもらえばいい。

 

 どう考えても3台すべてが修理可能だなんて幸運には期待できないので、そう決めてから国産パワーアーマーを装備した。

 

「用心深いのう」

「まあ、一応です。ヘルメットはなしですけどね」

 

 小走りで階段を上がり、大きなドアを少しだけ押して中を窺う。

 

 感知範囲にマーカーなし。

 クリアだ。

 

「受付なんかを漁る時間はねえか」

 

 広いエントランスに足を踏み入れると、パワーアーマーの足裏が割れたガラスの破片を踏んで嫌な音がした。

 鉄のブーツを履いているようなものなので怪我などしないとはわかっていても、その音と感触は好ましいものではない。

 

 いつか課外授業で行った美術館のような場所を想像していたが、このバイク歴史館の展示スペースは、まるで本当の体育館のような感じだった。

 

 だだっ広い空間に申し訳程度の台座があり、そのそれぞれにバイクが展示されていたらしい。

 

「あった。ホントに3台だけだな」

 

 3台だけ残されたバイクは、それぞれかなり特徴的な物。

 

 まず目についたのは2輪ではなく3輪で荷台の付いた、まるでトラックのようなバイク。

 次は大排気量らしきハーレーのようなアメリカン・バイク。

 最後がカウルのない、ネイキッドタイプのいかにも走りそうなバイクだ。

 

「よし、ミッション・コンプリート」

 

 



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嫌な予感

 

 

 

 磐田の街に戻った俺はバイクのリアシートから降りると、まず3人にできるだけ心を込めて礼を述べた。

 

「ワシらでは使い道などない物じゃ、気にするな」

「それでもありがとうございました」

「うむ。では、やりたくもない市長仕事に戻るかのう。アキラ、たまには顔を出してワシを戦闘に連れてゆけよ? 約束じゃ」

「奥さん方に怒られない程度になら」

「うむ。それはワシもゴメンじゃ」

 

 ひとしきり笑い合うと、市長さんは大きな手を振ってから建物へと消えていった。

 どうやらバイクは、カナタさんがどこかにある保管場所に置きに行くらしい。

 

「アキラっ!」

 

 聞き慣れた声。

 それを追うように耳に届いた足音は、俺よりもずっと小さい。

 セイちゃんだ。

 

 息を切らしながら走るセイちゃんに、嬉し気にわんっと吠えたドッグミートが足にまとわりつくように並ぶ。

 その向こうには、ED-Eを連れたミサキとシズクの姿も見えた。

 

「ただいま、セイちゃん」

「怪我、ない?」

「もちろん。それより、かなりの成果だよ。セイちゃんに頼りっきりになりすぎて怖いくらいだ」

「ホント? 早く見たいっ!」

 

 らしからぬはしゃぎっぷりに、思わず頬が緩む。

 

「セイちゃん、でいいのかしら。持ち帰った車やバイクが見たいなら、ボクの家のガレージに来る?」

「……行く」

「そう。なら案内するわ。よかったら、サイドカーに乗って」

「いいの?」

「もちろん」

「やたっ」

 

 セイちゃんがサイドカーに乗り込むと、カナタさんはまたエンジンをかけ、歩くような速度でバイクを走らせた。

 バイクを押して歩くミキが、追いついたミサキとシズクに事の成り行きを説明しているのを眺めながら、俺もガレージに向かう。

 

 大中小。

 並んだそれが何とは言わないが、それぞれいい尻だ。

 

 辿り着いたそこはセイちゃんにとって夢のような場所だったらしく、嬉々としてカナタさんの説明を聞きながら、ズズキバイク歴史館より広いスペースに置かれたバイク達を見て回り始める。

 

「先祖代々が使ってたバイク、こんなにきちんと保管してんだな」

「どれもこれも、ちょっと修理すれば動きそうに見えるが。ダメなのか、ミキ?」

「ですです。簡単なパーツは使い回したりもしてるから、もうただの置物なのです」

「ちょ、ちょっと待ってよ。もし、ここのバイクをセイが直したら……」

「なあに。磐田の街にメガトン特殊部隊の倍の人数の、それも全員がバイクに乗った精鋭部隊ができるだけだ」

 

 市長さんには奥さんが複数いるようだし、磐田の街の戦闘部隊を率いているという次男にはまだ会っていない。

 それでもミキ、イチロウさん、カナタさんを見る限り、もしそうなっても市長さんの息子や娘ならそう心配はしなくていいような気もする。

 

 ガレージはスタジアムとは別の建物で、その大きなシャッターの前には戦前のサン・テーブルが置いてあった。

 ビーチなんかに置いてあって、そこに座ったリア充達がこじゃれたカクテルで乾杯したりするやつだ。

 灰皿がテーブルに乗っているので、そこに腰かけてタバコに火を点ける。

 

「バイクを置いたらお茶を持ってくるのです」

「いいって。缶コーヒーやらジュースやら飲めばいいんだから」

「あたしミルクティー」

「こっちはブラックのコーヒー、それとタバコ。アキラが咥えて火を点けたヤツで」

「な? ミキもこんな感じでいいんだよ。あとシズク、タバコぐれえ自分で火を点けろ」

「あはは。りょーかいなのです」

 

 ミキがバイクを押してガレージに入ってゆく。

 

 シズクはいつも通りだが、ミサキの様子はかなり違った。

 なんというか、ピリピリしてるような印象だ。

 

「あーっと。なんかあったか、ミサキ?」

 

 缶コーヒーを2本とミルクティーを出しながら問うと、ミサキの形の良い眉がピクリと動く。

 

「3人で買い物をしてたら、何人かに嫌味を言われてな。そして、その倍以上の男にナンパされたんだよ」

「さすが。うちの姫様達はモテるねえ」

「あんなのナンパですらないわよ。……あー、思い出したら腹立ってきた。顔は覚えてるからぶん殴りに行こうかしら」

「頼むからやめてくれっての」

 

 殴るくらいで済ませてどうする。

 

 ミキがガレージからこちらに歩いてくるのが見えた。セイちゃんは、まだカナタさんの案内で見学中のようだ。

 飲み物はミサキと同じミルクティーでいいだろうと缶を空いている椅子の前に置くと、ミキは笑顔で礼を言ってからそこに腰を下ろす。

 

 ミサキは磐田の街で嫌な思いをした事をミキに告げる気はないようで、笑顔を浮かべながら『アキラが迷惑かけたり、またムチャしたりしてなかった?』なんて訊いている。

 

 偉いじゃないかという気分で、そんなミサキの頭を何度か撫でた。

 

「な、なによ。いきなり……」

「なんでもねえよ」

「ふうん。あっ」

「どした?」

「そ、その手のニオイとか嗅がないでよ?」

「するかボケェ!」

 

 ちょっと褒めると、まあ褒めてはねえがコレだ。

 シズクとミキの笑い声を聞きながら缶コーヒーを呷る。

 

 それから手短にではあるが、お宝探しの日帰り旅行、その様子と成果を話して聞かせた。

 

「目的は果たしたんだな。さすがは自慢の旦那様だ」

「スッゴイねえ。どのくらい動くようになるんだろ」

「さあなあ。それはセイちゃんに見てもらわんと、なんとも」

「噂をすればなのです」

 

 そう言って微笑んだミキの視線を追う。

 セイちゃんとカナタさんだ。

 ミルクティーを2缶追加で出し、歩み寄る2人に手で示す。

 

「アキラ」

「バイク歴史館の見学は終わったんだね。じゃあ次は俺が」

「ん。でもアキラは筋肉じぃじが呼んでた」

「それって市長さん?」

「ん」

「館内放送は、音割れが酷いから音量を絞ってるのよ。戦前のままなら、ここまで聞こえたんでしょうけどね」

「なるほど」

「それで、うちの次男が磐田の街に戻ってきたから、アキラくんと顔合わせをさせたいって言うのよ。大丈夫かしら?」

 

 ピップボーイの時計を見る。

 まだ正午を少し回ったくらいの時間だ。

 

「平気ですよ。出発までには余裕があります」

「ありがとう。かわいらしいお嫁さん達は、ボクが責任を持って接待するわ。まあ、この街で出せるご馳走なんてたかが知れているけれど。ミキ、浮気熊の執務室にアキラくんを案内して」

「はいなのです」

 

 次男は戦闘部隊の指揮官。

 

 なら、ミキに武器をプレゼントするついでに、次男にも何か渡しておこうか。

 そう考えながら腰を上げると、ミルクティーを出したというのに、なぜか俺の缶コーヒーを飲んで苦いと顔を顰めていたセイちゃんに袖を掴まれた。

 

「どしたの、セイちゃん?」

「クルマとバイク、たくさんピップボーイに入ってるって聞いた。状態が良さそうで、アキラが最初に乗りたいの出して」

「あー」

 

 ガレージになっている建物と磐田の街の防壁の間には、二車線道路くらいの幅があるので出そうと思えば出せるか。

 

「カナタ姉、いい?」

 

 セイちゃんは、カナタさんをカナタ姉と呼ぶ事にしたらしい。

 会ったばかりだというのに。

 どっちもIntが高そうだし、相性がいいのか。

 

「もちろんよ。足りない工具も、好きに使っていいし」

「やた」

「そういう事なら、んー。……こっちかな、先に」

 

 少し離れて、俺が今でも運転できそうな車を出す。

 

「わあっ、よく見かける車と違って全然キレイ。でも、なんで軽トラック?」

「乗り慣れてんだよ。田舎の農家の次男坊だから」

「へえっ」

「ん。アキラが戻るまで、できるだけやっとく」

「出発は3時くらい。んで小舟の里に戻るんだから、本格的にやるのは休暇明けとかでいいからね?」

「ん」

「じゃあ案内するのです」

 

 ミキが歩き出す。

 隣に並びながら、その腰にあるハンドガンを確認した。

 

 ホクブ製のオートマチック。

 どちらもそれだ。

 

「ミキ、拳銃と小銃とその中間みたいな銃だったらどれがいい?」

「プレゼントの話なら、本当に気にしないでくださいなのです」

「気持ちだよ、気持ち。それにあの市長さんの様子じゃ、小舟の里に行くのも許してもらえたみてえだし」

「でもだからって」

「いいから。柏木先生を堕とすなら小舟の里にはたまに顔を出すんだろうから、武器は少しでもいいのを持ってて欲しいんだよ」

「おとすなんて、そんなのまだミキには早いのです。はや、……早いのです!」

「はいはい。んで、どれがいいんだよ?」

 

 俺のピップボーイに入っている武器はこの世界、日本で見つかるそれとはだいぶ違うので、ずいぶんと迷っているミキにそれらをザッとではあるが説明する。

 それが終わってミキが結論を出す前に、俺達は目的地へとたどり着いた。

 

「ここなのです」

 

 ノック。

 

 すぐにドアが開いて、イチロウさんが俺達を部屋に招き入れてくれる。

 

「オマエがアキラかっ!」

「うっわ、やっぱデケエ。そうですよ。はじめまして。市長さん達には、出会ったばかりだというのにお世話になってます」

「アキラのが年上なんだから敬語はよせって。俺は次男のジロー、よろしくな。ほら、ここ座ってまず乾杯でもしようぜ」

「あーっと。すんません、この後に予定があるんで酒は」

「そんじゃ残念だけど茶で乾杯だ。兄貴、茶を!」

「は、はぁ……」

「やかましい弟ですみませんね。とりあえずソファーにおかけください」

「ありがとうございます」

 

 俺がソファーに腰を下ろすと、3兄妹が対面に座った。

 

 お茶の用意をしてくれたのが本当にイチロウさんなのには驚くが、この人はきっと昔から面倒見のいい長兄なんだろう。こんなのも弟に甘えられているようで、悪い気分ではないのかもしれない。

 

 立派な執務机から移動した市長さんが、俺達全員を等分に見渡せる位置のソファーに腰を下ろす。

 

「すまんのう、アキラ。わざわざ呼び立ててしまったのも、18にもなってはしゃぐバカ息子の事も」

「いえいえ。磐田の街の守りを一手に引き受ける息子さんとは、こちらも会っておきたかったですから」

「それよりアキラ、もうカナタ姉さんのケツくらい揉んだのか? あの歳まで熟成させた膜を破る機会なんてそうねえんだからよ、年増でもできるだけかわいがってやってくれよな!」

「はぁっ?」

 

 何を勘違いしてんだか、この小型のヤオ・グアイは。

 

「まったく、まだ話もしとらんのに。このバカ息子が」

「話?」

「うむ。あれが、カナタが女でなかったなら。そうであっても、もう少し漠然としか生きられぬ者達の気持ちをわかってやれたなら、ワシはカナタにこの街の市長という立場を任せるつもりじゃった」

 

 思わずイチロウさんに視線をやる。

 すると多少の苦笑いが混ざった感じではあるが、マジメな表情で頷かれた。

 

「はあ、それが俺と何の関係が……」

 

 これはヤバイ。

 嫌な予感がビンビンする。

 ここにはいないのに、ED-Eの警報ブザーが聞こえるようだ。

 

 



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おうちに帰ろう

 

 

 

「あれは、カナタはアキラにくれてやる事に決めた。本人も、喜んで小舟の里へ着いて行くと言っとる」

「うをいっ!」

 

 それに続く勝手に決めんなという怒声はなんとか押し込めたが、結構な語気を浴びせてしまう。

 

「まあ黙って聞くのじゃ」

「へへっ。もう嫁が3人もいるらしいから、今日からは毎晩5Pかぁ。羨ましいぜっ」

「しねえっての」

「お、やっとタメ口になってくれた。それだよそれ、義兄さん」

「うっせ。いいからこのタバコでも吸ってろ、小熊」

「おおっ。戦前の、しかも洋モクじゃん! やっりー。サンキュー」

 

 1本咥えてからタバコの箱を放る。

 それを器用にキャッチしたジローは、満面の笑みだ。

 

 小型のヤオ・グアイじゃなくって、サーカス団かクマ園にでもいる熊かコイツは。

 

 体格と口調はこんなだが、笑うと何とも言えない愛嬌のある、くしゃくしゃの笑顔を浮かべる。

 そんなのに弱い年上のお姉様方なら、思わずキュンとしてしまう事だろう。

 

「アキラはカナタと同じで頭が回る。あのジンが娘と姪をアキラに嫁がせたならワシも、となるのはわかっておるじゃろ?」

「……わからないでもないですが納得はできませんね。いくら自分の娘だとはいえ、人の一生に関わる問題をこんな」

「娘だからこそ、好いた男と添い遂げさせてやりたい。親なんぞ、そんなもんじゃよ」

 

 あんな美人が、俺を?

 

「ないない。100っパーないですよ」

「あるに決まっとるじゃろうが。のう、ミキ?」

「はいですっ。アキラがバイクを取りに行ってる時、カナタ姉さんはアキラの話をずうっとしてたのです。すんごく嬉しそうに」

「あれの勘はとんでもないからのう。アキラの人柄を出会ってすぐに見抜き、嫁入りを承諾したんじゃろ。カナタには第六感的なPerkでもあるのやもしれぬと、死んだワシの母はよく言うておった」

「いや、だからって俺はねえって」

 

 俺の話を本当にしてたとしても『アイツなら自分からボクの足の指を喜んで舐めそうだから嬉しい』とか、そんな感じのはずだ。

 

 たしかに指だろうがなんだろうがあの真っ白で、ほどよくプニプニしてそうで、さらにすべすべしてそうなおみ足なら、もっと言うとエロいパンツをガン見しながらでいいのなら、喜んで舐め回すけれども。

 

「うっは、カナタ姉にピッタリの変態だな義兄さんっ」

「ま、また声に出てたのか……」

「がはは。まあとにかく、カナタはアキラ達と一緒に小舟の里に行かせるからの。交易の詳細なんかを詰めるのにちょうどいいじゃろ」

「ちょっと待ってくださいって」

「まあまあ、そう言うなよ。義兄さん?」

「チッ」

「あと車かバイクが直ったら、森町にも顔出してくれよな。そん時こそ夕方までは一緒に妖異と獣狩りして、夜は酒で乾杯しようぜ」

「モリマチ?」

「ああ、それはの……」

 

 市長さんが話し出す。

 その内容は、俺にとってかなり衝撃的だった。

 

 磐田の街の市長が私費を投じて作ったのは、なんと入植地なのだそうだ。

 

 高給を保証して人手を、それも過酷な労働だけでなく、戦闘までこなせるようになるための訓練に耐えられる人間達を雇って、農業と狩りに向いた田舎町を復興させる。

 その事業は何代も前の先祖が始めたそうで、現在の森町は街と呼ぶには小さいが集落と呼ぶには大き過ぎる、そんな入植地になっているらしい。

 

「俺も舞阪の島を入植地にしたいって思った事はありますが。それを何代もかけて成功させてるなんて」

「カナタなどは磐田の街のクズなど見捨てて一族で森町に移住し、これからはあちらを発展させてゆくべきだと言っておっての」

「……過激すぎて磐田の街で内政をするには向きませんか。なら、どうしてカナタさんを森町に行かせないんです?」

「あれが初潮を迎えたと同時にバイクの運転と戦闘を教えると、1年でそれなりの腕になった。そしたら戦前の本なんかを探しに、探索に出たいと言い出しての。磐田の旧市街だけならばと条件を付けて探索に出るのを許した。それからは、戦前の本屋と磐田の街を往復する日々。磐田の街とその住民達は捨てられても、そうまでして集めた書籍を棄てられなどするものか。がはは」

 

 市長さんの作戦は成功、って訳だ。

 ……ん?

 待てよ。

 ああ、そういう事か。

 

「俺のピップボーイなら本を持って引っ越しができるから、とりあえず磐田の街を出るために結婚しますと言っておこうって事かぁ。納得したわ」

「はっ?」

「ええっ?」

「うははっ。アキラっておもしれえなあ。これからは、義兄さんじゃなくアニキって呼ぶぜ」

「呼ぶな呼ぶな、ウゼエ」

「き、聞いてた以上の鈍感さなのです。これじゃ、カナタ姉さんもミサキ達も苦労するのです……」

 

 何を言ってんだか。

 俺が鈍感なら、世の中の連中はPerception極振りって事になるだろうに。

 

 そんなどうでもいい事を考えながら腰を上げる。

 

「小熊のジロー。ちょっと来い」

「どした、アニキ?」

「頼むからその呼び方はやめてくれ。武器は何が好みだ?」

「ぶん殴れるのが好きだぜ。スカッとするから。今は、工事現場のハンマー担いで狩りに出てる」

「イチロウさんはジローに使わせるってミニガンを買ってたが?」

「兄貴は心配性だからなあ。戦闘じゃ銃を使えっていつもうるせえんだ」

「銃は使えんだよな?」

「当たり前だっての。ただ、性に合わねえだけ。あのミニガンってのも森町に置いといて、大物狩りん時にしか使わねえだろうなあ」

「んじゃ、こっちか」

 

 ガタイの良さだけじゃなく、戦闘スタイルまで父親似なら気に入ってくれるだろ。

 

「な、なんだそりゃ。デケエ、ゴツイ、それにメカってる。雰囲気でわかるぜ、コイツはなんつーか、あれだ、ヤベエ武器だ!」

「語彙力まで熊かよ。まあ、ヤベエのは本当だ」

「やっぱりな」

「これは、強打のスーパースレッジ。カナタさんが使う勝利の小銃や、市長さんにプレゼントしたグロックナックの斧と同じような感じで、攻撃が当たると敵がよろめく事がある」

「おおっ!」

「オマケに、スタンパックだったかな。そんな名前のモジュールが付けてあったはずだ」

「なんだそりゃ?」

「簡単に言うと攻撃に電気属性のダメージが追加されて、殴った敵がたまに気絶する」

「スッゲ!?」

「これくれてやっから、撃った方が早え時はちゃんと銃も使え。銃も持たされてんだろ? イチロウさんに、あんま心配かけんな」

「マ、マジでこんなのを……」

「んじゃ使い方を説明すっからな」

 

 スーパースレッジは、妙な装備が多いフォールアウトの武器の中でも特に変わっている鈍器だ。

 設計思想からしてイカレてるとしか言いようがない。

 

 バカみたいにデカくて重いハンマーの敵を殴る部分、その後部に小型のジェットエンジンを取り付けて、推進力を打撃に乗せる。

 

 使い方はメガトン基地のパワーアーマー格納庫を作る時、フュージョンコアを消費して確認済みだ。

 使用法のレクチャーを真剣な眼差しで聞きながら、たった一言にさえ大きく頷くジローは、小熊というよりも大型犬の子犬のようだ。

 

「うわっ、ここ捻ったらホントに火を吹きやがった。これで殴るとバーンってなるんだよな、アニキ!?」

「いやエンジンを切っててもバーンとはなるだろうがよ。とりあえず、試すなら外でやれ。それとその切り替えレバーは、戦闘が終わったらちゃんと閉めるんだぞ」

「おうっ。次に森町に行くのは3日後だから、明日どっかで試すわ」

「そうかい。んじゃ、次はミキとイチロウさんのだ」

「兄貴とミキにもくれてやるんかよ?」

「こうなったらもういいだろ。人質なんかにする気はねえが、名目上だけでも俺に嫁ぐって事にしてカナタさんはこの街を出るんだし。小舟の里から人質は出せねえから、その代わりだ」

「人質だぁあ?」

「がはは。頭を使わぬジローにはわかるまい。悔しかったら、これからは少しずつでも頭を働かせる事をアキラから学ぶんじゃな。兄や姉の教えは小言のように聞こえるじゃろうが、アキラの言う事なら耳にも優しかろう」

 

 小舟の里が磐田の街と交易をするにしても、さらに踏み込んで同盟を結ぶにしても、俺はそれをどうこうする立場にはいない。

 

 決めるのはマアサさん。

 

 その決定までにジンさんやシズクともよくよく話し合うだろうから、その時に俺も意見を聞かれるくらいはするかもだが、その程度だ。

 

 磐田の街と手を取り合う。

 それも、かなり深く。

 滅びるのならば共に、とまでの覚悟で。

 

 それを検討する時、まず疑うのはお互いの裏切りだろう。

 カナタさんを小舟の里に行かせる裏には、その疑念を少しでも薄らせたいという思惑もあるはず。

 それがすべてではないだろうが、商人で政治家の市長さんならそういった判断もするだろう。いずれ市長の座を継ぐという、イチロウさんも。

 

 ならばこちらも、武器くらいはケチらず出しておかないと。

 

 ソファーに戻ってピップボーイの武器画面を開く。

 おそらく大規模戦闘なんかに出る事のないイチロウさんに渡すなら、あれがいいだろう。

 

「んで、イチロウさんにはこれかな。どうぞ」

「拳銃ですな」

「はい。膝砕きのラピッド10mmピストル。引鉄を引いてれば連射可能な銃です。これの特殊効果は敵の足を潰すってものなんで、弾をばら撒いて相手の動きが鈍ったら逃げる感じの使い方で」

「なるほど。……ありがとうございます」

「いえいえ。んで、ミキは決まったか?」

 

 『いくら強くても銃じゃなあ』、『じゃのう。がはは』なんて会話をする超々脳筋親子の騒がしい声を聞き流しながら、ミキに話を振る。

 

「もし武器を増やすなら、非力な小銃を威力のある物にするくらいしか思いつかないのです」

「了解。狙撃もできる方がいいんだよな? イチロウさんのみたいに弾をばら撒くんじゃなくって」

「ですです」

「効果は? イチロウさんのみたいに相手の足を潰すのや、カナタさんのみたいに1発の弾で2発の攻撃が可能なの。それに、動物にだけならめっちゃ効くとか。まあとにかく、いろいろなのがあるんだが」

「わかんないのでアキラのオススメでいいのです」

「りょ-かい。あ、実弾銃とエネルギー銃ならどっちがいい?」

「実弾に決まってるのです。エネルギー武器の弾は希少だから、高価なのです」

 

 なるほど。

 ならガウスライフルは、まだこの世界でデビューできないか。

 

「ほんじゃ、これなんかどうだ?」

 

 オーバーシアー・ガーディアン。

 俺もかなりゲームの中ではお世話になった銃だ。

 比較的手に入れやすく、レジェンダリー武器のツーショットと同じ効果があるコンバットライフル。

 

「お、重いのです……」

「フルカスタムじゃキツイか。重量がどのくれえまでなら使える?」

「んー、15までならなんとか」

「パワーアーマーを装備した俺と同じかよ。ちょっと待て」

「でも本当に気にしなくていいのです」

 

 そうもいくまい。

 ここまで来たら、どれだけ渡したって一緒だ。

 

 パワーアーマーを装備してミキと同じ腕力かと爆笑している小熊に、渾身の蹴りをくれてやるのは後回し。

 そんなに時間がある訳ではないので、急いでピップボーイに入っているライフルの中で重量15以下の物を探す。

 

「これならどうだ」

「な、なんか凄そうなのです」

「扇動のスナイパーライフル。レシーバーがノーマルのままなのがあったらしくてな。これなら、重量はかなり抑えられてる。マガジンもノーマルだがロングバレルに、フルストックで長距離暗視スコープとサプレッサーも付いてっからまあいいだろう。効果は『敵のHPが満タンの場合、ダメージが倍になる』だ。遠距離からの狙撃なら、ツーショットよりもこれがいい」

「父さん、兄さん」

「ありがたく使わせてもらいなさい。ミキは明日にはもう、他の集落に1人で滞在し独力で店を構えるまで帰らないという一族の成人の儀式に出るのだから。これほど心強い事はないさ」

「うむ。まあもしそれが、好いた男のそばで暮らしたいからなんて浮ついた理由じゃったら、ワシは明日にでもその男を殴り殺しに行くがのう」

「は、ははは。まさかぁ……」

 

 ミキが焦った様子で顔を逸らす。

 

 どうでもいいが、なんて成人の儀式をしてるんだか。

 もし俺がこの家の子だったら、一生実家には帰れやしないだろう。

 

 でもまあ、そんなのはどうでもいい。

 この遠征の目的は、ほぼこれで果たせた。

 

 製氷機や冷凍庫を見つけ、車両を見つけ、ついでに寄る磐田の街の様子を見たい。

 磐田の街の政治経済とそれを司る者の性根が悪くなさそうなら、いくばくかの伝手を得て交易を始める糸口を探る。

 

 それがこの遠征の目的。

 なのでこれは、悪くない成果だろう。

 

 そろそろ小舟の里へ、俺達の家に帰ろうか。

 

 



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帰路

 

 

 

「アキラ、次のちょうだい」

 

 市長さん達となるべく早い再会を約束して部屋を出て、またミキの先導でガレージに戻ると、俺がただいまと口にするより先にセイちゃんはそう言った。

 

「なにが?」

「車かバイク」

「へ? ああ、軽トラは直んなかったのかあ」

「違う。カンペキに修理して核分裂バッテリーも変えて、カナタ姉にタイヤのエアーも入れてもらった」

「はいぃぃっ!?」

 

 いくら軽トラの状態が良かったにしても、たった1時間かそこらで……

 

「まあ驚くわよねえ」

「アキラほどじゃないが、セイも大概だからな。持ち歩けない工具や部品製作のPerkに使う鉄屑をカナタが貸してくれたにしても、こんな短時間でここまでするかと笑ったよ」

「そだ、アキラ。セイちゃんに車かバイク出してあげたら、カナタさんの家に行って引っ越しの手伝いしてきてね。あたし達は、門に近いから出発までここにいるから」

「ありゃ。カナタさんが小舟の里に来るって話も聞いたのかよ」

「まあね」

「第4夫人は稀代の戦略家だからな。覚悟しておけよ、アキラ?」

 

 まーたくだらねえおふざけを。

 そこまで言うなら、今すぐこの軽トラの荷台でハメまくってやろうか?

 

 そう言って意趣返しをしてやりたいが、なぜかミサキが顔を真っ赤にしているのでやめておいた。

 このからかわれるとすぐに拳を飛ばしてくる美ゴリラ、じゃなかった、美少女は、ここで俺が余計な事を言えば、確実にそれなりの力で殴ってくるだろう。

 

「まあカナタさんは、小舟の里に出向して交易の話をスムーズに進めてくれる磐田の街のお偉いさんだからな。引っ越しくらい、いくらでも手伝うさ」

「ありがとう。じゃ、行きましょうか」

「へーい。セイちゃん、次に直して欲しいのはバイクで、同じ型のが8台あるんだけどどうする?」

「全部出して」

「りょーかい」

 

 新聞配達用のバイクを、軽トラの横に並べてゆく。

 

「む。これはちょっと……」

「ムリそう?」

「全部を直そうと思ったら、ニコイチ」

「あー」

 

 ニコイチ修理は、フォールアウトシリーズでも採用されていたシステムなので俺も知っている。

 2つの同じ機械なんかを直すのに、片方を消費する形でそれを行う修理だ。

 

 それにあっちの日本でもやけに安い中古車なんかを見かけると、親父は『ありゃニコイチだな。怖くて買えたもんじゃねえ』なんて言っていたのを覚えている。

 

 新聞店のすべてが店舗内に原付バイクを置いていたのかはわからないが、戦前にはかなりの数があった新聞店で同じバイクを見つけられる可能性は高いのだから、ニコイチでもいいと思うのだが。

 

「アキラ」

「ん?」

「おとーさんの話だと、浜松や磐田は本当に特殊な地域」

「……そっか。大都市は核で」

「ん。だからするべきはニコイチ修理じゃなくて、セイのレベル上げ」

「レベルを上げてリペア系の上位Perksが出るのを待つ、って事か」

「ん。だからニコイチは最後にして、出来る分の修理をしたらレベル上げに行きたい。ダメ?」

「俺もレベルは上げたいからね。体調とかに気を配って、マアサさんやジンさんやシズクが心配しない程度になら喜んで」

「ん。ならこっちから2番目と7番目のだけ残して、あとは保管しといて」

「了解だ」

 

 セイちゃんの言葉通りに原付バイクを収納し、少し先で待っていてくれたカナタさんに頭を下げてから小走りで駆け寄る。

 

「すんません。お待たせしました」

「いいのよ。それにしても、いつまで敬語を使うつもり? ボクはもうアキラのモノなんだし、そうでなくても同い年でしょう」

「まあ、タメなのはそうなんですけどねえ」

 

 カナタさんの家は書店の奥に、保健室によくある布製のパテーションのような物で、ごくわずかな生活スペースを作っただけの小部屋だった。

 なので俺がピップボーイに入れたのは、ほとんどが店にあった戦前の本。それも凄い数だ。

 

「あとは保管庫ね」

「小舟の里で武器屋もやるんですか?」

「まさか。ボクの銃やパワーアーマーは、家が狭いからあそこに置いてあるのよ」

「なるほどね」

 

 カナタさんの引っ越し作業が終わったのは、午後2時をいくらか過ぎた時間だった。

 出発は遅くても3時予定なのでまだ余裕はあるが、特に用事もないのでガレージに戻る。

 

 そして戻ってみると、エンジンをかけた原付バイク、カブの横にセイちゃんがしゃがみ込んで、その手元を覗き込むミサキとシズクに何かの説明をしているのが見えた。

 呆れた事にセイちゃんは、2台残したカブを両方とも直してしまったらしい。

 

「おかえり。この軽トラ、アキラが使うのか?」

「お、ウルフギャング。昨日はありがとな」

「いいさ。で?」

「俺が運転の勘を取り戻すための練習用かな」

「なるほど。それより、そろそろ特殊部隊の連中が門に集まり始めてるんじゃないか?」

「かもな。んじゃ俺達も」

「アキラ、待って待って」

「ん?」

「今ミキが荷物取りに行ってるから、戻って来たらミキのバイクとか荷物を預かってあげてよ」

「りょーかい」

 

 どうせ時間はまだ余裕がある。

 磐田の街の門にはジローの部下であると思われる戦闘員が何人かいたし、タイチならその連中と揉め事なんて起こさず、世間話なり情報交換なりをするだろう。

 今すぐ小舟の里と磐田の街が同盟関係になる訳ではないが、そういう顔繫ぎは大歓迎だ。

 

 ウルフギャングとシズクと俺、カナタさんがタバコに火を点けると同時に、ガッシャガッシャとやかましい音が聞こえてきた。

 

「あはは。ミキかわいー」

「お待たせしたのですっ!」

 

 ヘルメットを片手に持ち、背中には装備しているパワーアーマーの幅より大きな荷物を背負ったミキがペコリと頭を下げる。

 カナタさんのパワーアーマーも俺のピップボーイに入っているし、この一族は全員が戦前の国産パワーアーマーを所持していて、下手をすればさらに子や孫が生まれてもその子に渡せる分まで確保してあるのだろう。

 

「んじゃ、とっとと荷物入れて帰るとしますか」

「だねっ。1泊しかしてないのに、もう小舟の里とメガトン基地が恋しいよー」

「俺達もすっかりこの世界に馴染んだって事だな」

 

 言いながらチラリとカナタさんに目をやるが、涼しい顔で紫煙を吐いているだけだ。

 この様子じゃ、ミサキ達は俺達の出自や、フォールアウトシリーズの事まで話したのかもしれない。

 

 まあいいかと咥えタバコで荷物なんかを収納して回り、特殊部隊の全員がすでに集まっていた門の前でウルフギャングのトラックを出した。

 

「道は、ウルフギャング?」

「ミキちゃんに教えてもらった。地雷はないって話だが」

「そんでも警戒はするさ。おい、ミサキ」

「なにー?」

「オマエは俺と助手席だ」

「ふ、2人でっ!?」

「おう。後ろでミキ達とおしゃべりしたいだろうが、車両の助手席でナビと、VATSを使った地雷探知に慣れてもらわにゃ困るんだよ」

「そっか。地雷はあたしとアキラが見つけるしかないんだね。アキラが別のクルマかバイクを使うなら、ウルフギャングさんの助手席はあたしになるんだ」

「だから頼むな」

「頑張る!」

 

 特殊部隊を含めた全員が乗り込んだのを確認して、ウルフギャングがエンジンをかける。

 

「監視窓はここだ。こうやって開ける」

「小さいねえ。それに、ガラスもない」

「銃を撃つ時はサイドウィンドウを全開にして撃つ。正面にも銃眼はあるんだが、そこを開けっと風がかなり吹き込むんだ」

「わかった。じゃあここから覗きながら、VATSを連打してればいいんだね」

「そうなるな。とりあえず進行方向の路面が視界に入ってりゃVATSは反応してくれっから、まあ気楽にやれ」

「うんっ」

 

 トラックが走り出す。

 磐田の市街地を抜けるコースは車の残骸や瓦礫が多いそうなので、俺達がザッとだが漁ってほぼ収穫のなかった自動車工場の前の幹線道路まで戻り、そこから行きに通った道を逆走する事になるらしい。

 

「メガネかゴーグルが必要なら言えよ、ミサキ。なんなら、フルフェイスのヘルメットだってあるぞ」

「んー。こんくらいなら平気かなー」

 

 そうかと返しながら、小さな窓に顔をくっつけるようにしているミサキになんとなく目をやった。

 いつもしている索敵の役目がないと、どうにもヒマで仕方ない。

 

 にしても、コイツいっつもセーラー服だな。

 

「なんだなんだ、アキラ。そんなにミサキに見とれて。第一夫人に惚れ直してるのか?」

「ちげーよ。前傾姿勢で窓を覗き込んでっから。パンチラ・チャンスもねえし。あとシズク、でっけえおっぱい当たってっから」

「ちょっとなによそれえっ!?」

「当ててるんだよ」

 

 ミサキうるせえ。

 あとシズクは耳元で囁くな。

 

「いいから索敵。それとシズクも、揺れたらあぶねえから後ろで茶でも飲んでろ」

「なんだ。ヒマそうだから当てに来てやったのに」

「そういうのは、メガトン基地の俺達の部屋で飲んでる時だけにしてくれ」

「ふむ。なら今夜にでもそうしよう」

「アキラ、トラックが停まった瞬間に殴るからね」

 

 カンベンしろよと返してはみたが、ミサキは当たり前のように返事をしない。

 なのでタバコを咥えて、ハンドルを持ちながら苦笑しているウルフギャングにも1本渡した。

 火を分け合って2人で紫煙を燻らす。

 

「にしても遠征は大成功、か。よかったなアキラ」

「そりゃそうだがよ」

「気になるのは交易や同盟か?」

「その他もろもろ」

 

 交易が始まるとなれば、俺がまず気になるのは商品の運搬が安全にできるかどうか。

 

 荷が何であるかとか、その売り上げから運転手と護衛に払う給金や車両の維持費を払って儲けが出るのか、なんて事を俺が考えたってしょうがない。

 そんなのは、マアサさんやカナタさんの考える事だ。

 

「難しいよな」

「ああ」

「商売はしたいが、それをするのに商品の100倍もの値がつく車両を使わなきゃならない」

「アオさん一家の件でウルフギャングは浜松の街の前でさんざん待たされたって言ってたけど、それだってこのトラックを奪うべきかどうかの判断をするのに時間がかかったんだろうしなあ」

「こっちは待ってくれと言われた後は、運転席に戻って窓から身を乗り出して話してた。エンジンをかけたままでな」

「そういう用心深さがあって、それを同乗者にも徹底させる事ができるカリスマ性があって、機械なんてラジオくらいしか知らないのに運転と車両点検と簡単な整備を覚えられる人材。いるか? そんなヤツ」

「わからんなあ」

 

 いっそミサキとカナタさんに頼んで大学か、車両の運用を徹底的に学べる職業訓練校みたいな施設でも作るか。

 

「……どう考えたって、それも難しいよなあ」

「俺としては特殊部隊に任せるしかないと思うがな」

「ただでさえ少人数なのにか?」

「それでも妙な連中の下心を見抜けないで、車両を持ち逃げされるよりいいさ。どうせ特殊部隊が戦闘に出るような事態なら、物流は止まるんだ」

 

 なるほど。

 あとで、シズクとタイチに話してみるか。

 

 



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再会

 

 

 

「アキラ、小舟の里のバリケードが見えたよっ」

「磐田の街を出て、1時間とちょっとか。車ならすぐなんだよなあ」

 

 ピップボーイの画面とにらめっこしながら書いた、買ったパワーアーマーや発見して持ち帰った車両のリスト。

 それを折って、アーマード軍用戦闘服の胸ポケットに入れた。

 

 ついでに黒縁メガネを外し、目頭を揉む。

 

 リストは後で遠征の報告をする時、マアサさんとジンさんに渡すつもりだ。

 それとジンさんには、セイちゃんがCND100まで修理してくれたパワーアーマーも渡す。それには、ミサキとシズクとセイちゃんも同意してくれた。

 

「今日はもちろん、明日明後日まで特殊部隊はお休みかぁ」

「遠征なんて、みんな初めてやったんだ。思ってる以上に疲労もあるだろうしな」

「んー、でも戦い足りない」

「戦闘民族か」

「アキラ、とりあえずガレージ前でいいんだよな?」

「おう。ウルフギャングもゆっくり休んで、思う存分サクラさんとイチャコラしてくれ。付き合わせて悪かったな」

「いいさ。おっ。シズクちゃんが無線で報告してくれたから、顔を出さなくても門を開けてくれるらしい」

 

 そのおかげでトラックはスムーズに門を抜け、すぐにウルフギャングのガレージへと辿り着く。

 荷台から降りて腰を伸ばしたり肩を回したりしている特殊部隊の連中の表情には、我が家に帰り着いたという安堵感だけでなく、無事にやり遂げてやったぞという達成感のようなものも見える。

 

 俺に軍隊の知識などあるはずもないが、こういった経験が蓄積されて兵士の自信となり、それがさらに増して精鋭であるという自負になるのだろうか。

 是非とも、この連中にはそうなって欲しいものだ。

 

「悪くねえ遠征だった、かな」

「もちろんさ。アキラはこのままマアサさんの執務室か?」

「ミキとカナタさんをマアサさんに紹介して、滞在許可をもらって。そっから部屋を用意して荷解きだぁな」

「明日の予定は?」

「寝れるだけ寝て、起きたら軽トラの試運転かねえ」

「運転はひさしぶりだって言ってたもんな」

「大学行ってからは家の手伝いがねえから、ハンドルを握る機会もなかったんだ。まあ夏休みなんかに実家に帰っと、容赦なくこき使われたけど」

「……親御さん、心配してるだろうな」

 

 もう助手席から降りて女連中と談笑しているミサキには届かないように気を使ってか、ウルフギャングが呟くように言う。

 

「あの親なら、笑い飛ばしてそうだけどな。バカ息子がついに姿まで消しやがって、なんてさ」

「アキラの親御さんなら、それはないさ。それより、近いうちに運転の腕を見せてくれよ?」

「おう。じゃあ、ホントありがとな。店が開いたら飲みに行くよ」

「ああ。お疲れ」

 

 お疲れさんと返して助手席から降りる。

 タバコに火を点けてから伸びをするようにして腰を伸ばすと、セイちゃんに思いっきり抱き着かれた。

 

「アキラっ」

「っと、火が危ないって。どしたの?」

「メガトン基地の整備室に出せるだけ車両出して」

「ダーメ」

「なんでっ?」

「セイちゃんが休暇も取らずに修理とか改造とかしちゃうから。せめて明後日までは、ちゃんと休まないとね」

「むぅ」

「あはは。でも、それが正解だって。ならあたしは、セイちゃんと部屋で待ってるね」

「頼んだ」

 

 タイチと話しているシズクを待って、ミキとカナタさんと4人で競艇場の本館に向かう。

 ミキが歩きながらバイクに乗る時は絶対に着なそうなワンピースの裾を気にしているのは、あの大きな建物に入ってしまえばいつ柏木先生に会ってもおかしくはない、なんて考えているからだろう。

 

「アキラ、もちろん寄ってくよな?」

「とーぜん」

 

 人の恋路なんぞに興味はないが、磐田の旧市街を案内してくれたミキのためになら、ジンさんとマアサさんにどれだけ頭を下げてでも時間を貰うに決まってる。

 

 先を歩くシズクが、懐かしい、俺とミサキが小舟の里に来てすぐ泊めてもらった部屋の前で足を止めた。

 

「ここだ」

「看板もねえのかよ」

「執務室、こんな場所なのです?」

「うふふ」

「違う違う。ここは病院だっての」

「ひっ。じゃ、じゃあっ!?」

 

 ミキが悲鳴に似た驚きの声を上げる。

 膝も笑っているように見えるが、こんなんで恋を成就させられるんだろうか。

 

「クエスト開始だ、ミキ。制限時間は5分。しっかりやれよ?」

「5分で戻らなかったら、中でナニをしてても迎えに行くわ。ヤルなら覚悟してね?」

「2人してあまりイジメてやるな。ほら、ミキ。とりあえず挨拶をして来るといい」

「わ、わわ、わかったのです……」

 

 ミキがギクシャクとした、まるでプロテクトロンのような動きで病院の中に消える。

 

「大丈夫なんかなあ、あんなんで」

「まあミキは誰が見てもかわいらしいし、あれほどわかりやすく恋心を向けられては先生も悪い気はしないだろう。案外、すんなりくっつくんじゃないか?」

「ボクの妹の相手としては物足りないのが問題よねえ」

「柏木先生、いい男じゃんか。人が良さそうで。医者だから、頭もいいだろうし」

「男は、ギラギラした部分がないとダメよ。もちろん、ギラギラしてるだけの男はもっとダメだけど」

「ふむ。まったくもって同意だな」

「そんなモンかねえ」

 

 なら俺もダメじゃねえか。

 

 そう思った瞬間に、シズクとカナタさんはくすくすと笑い出す。

 

「言っとくけど、うちの旦那様もかなりギラついてる方だからな?」

「そうね。あの磐田の狂獣を睨みつけるなんて、優しいだけが取り柄の医者にはムリだわ」

「あ、あれは初の遠征中だったし、初めて行った街だったから気を張っててだな」

「はいはい」

 

 まったく。

 

 たしかにこっちに来てから、特に初めて人を殺してからは、言葉もそうだが思考までが荒っぽくなっている自覚はある。

 それでも『ギラギラしている』なんてのは俺には無縁の言葉だろうに。

 

「それよりカナタさん、こっちでも本屋をやるんですか? 運転席に聞こえてきた話じゃ、ミキはシズク達と山師の真似事をして金を稼ぐらしいけど」

「まさか。どうして苦労して集めた、何度読み返しても飽きない本を他人に売ったりしなくちゃいけないの。ボクもシズク達かアキラと探索に出て、空いた時間に小舟の里の長と交易の折衝ね」

「マジっすか」

 

 まあそうしてくれるなら、たしかに心強くはある。

 

 ミサキの護衛は電脳少年がなくとも無類の強さだというシズクがしてくれているが、その武器は日本刀と俺が渡した爆発コンバットショットガン。

 ミサキも近接武器と膝砕きのミニガンを改造したラストスタンドしか持っていないので、スナイパーライフルでの狙撃に長けたカナタさんは大活躍してくれるだろう。

 

「ならあたしとミサキとカナタは、日替わりでアキラに着いて行くか」

「あら、いいわねえ。それ」

「お、おいおい」

 

 セイちゃんは、しばらく車両の修理と改造にかかりっきりになるはず。

 なので俺は軽トラかカブを使って、単独でレベル上げをしながら戦前の品を漁って回るつもりだった。

 

「なんだ、不満そうだな?」

「い、いや、だってよ……」

「いいのよ、アキラくん」

「なにがです?」

「いつでも好きな時、好きな場所で、好きな事をしてあげるわ。ボクとシズクはね。でもミサキはまだウブだから、する時はアキラくんの方から押し倒してあげて。それも、とびきり優しく」

「し、しませんって。そうやってからかわれるから、1人で動きたいって言ってるんです」

「2人で探索をするなら、アキラにずっと見守ってもらわないとな。それこそトイレなんかも」

「だからそういうのをやめろって言ってんの!」

「紙がないから舐めてキレイにしろって言ったら、アキラくんはどんな顔をするのかしら。今から楽しみだわ」

 

 じょ、冗談じゃない。

 そんな嬉しい事をしていいんなら、何年経ったってレベルなんか1も上がらねえ。

 

「ほらな? アキラはそんなのが大好物なんだ」

「いいわねえ。探索に出た時は、トイレくんって呼ぼうかしら」

「ほう。カナタにトイレにされているアキラが、次の日にはあたしをトイレとして使うのか。悪くないな」

「あらあら、シズクってやっぱりソッチ系だったのね」

「ふふっ。経験はないが、いめーじとれーにんぐ? とかいうのを繰り返してたら、そうだと気づいた」

「3人、いいえ。どうせなら全員で愉しむのもいいわねえ」

 

 とんでもないカミングアウトや、それに続いて繰り広げられる猥談をなるべく耳に入れないようにして待っていると、ようやくミキが病院から出て来てくれた。

 

「ただいま、なのです……」

「心の底から待ってたぞ。って、大丈夫かよ」

「あら、たった5分で美味しくいただいちゃったの?」

「さすがにそれはないだろうが、顔が真っ赤だな」

「先生が、先生が……」

「お、おう」

「驚くくらい早かったの? それとも小さかった? さすがに、アキラくんレベルのド変態だったって事はないわよね?」

「こら、カナタ。妹の恋心を茶化すな」

「先生が、笑ってくれたのです」

「は?」

「だから?」

「そ、それだけか?」

 

 ミキが上気した表情をさらに緩ませながら頷く。

 

 とりあえずマアサさんとジンさんをあまり待たせてはいけないと歩きながら話を聞いたのだが、ミキは手縫いの手甲のような腕カバーに手術用のメスを仕込んで武器として使いやすく仕上げ、それに探索で見つけた状態の良いメスを入れて柏木先生にプレゼントしたらしい。

 そうしたらとても喜んで、笑顔で礼を何度も言われたのだそうだ。

 

 カナタさんはなんだそれだけかと呆れていたし、シズクもどこか残念そうだが、まあ恋が実るかは別として無事に再会できて良かった。

 

「まったく、ネンネなんだから」

「カ、カナタ姉さんだって経験ないくせに言うななのですっ」

「ボクとシズクはイメージトレーニングが済んでるし、本番だってすぐに経験するからね。ミキとは状況が違うのよ」

「んな訳あるかっての」

 

 マアサさんの執務室のドアをシズクがノックする。

 間を置かずドアが開いて以前に俺が設置した照明が暗い廊下に差し込むと、満面の笑みを浮かべたマアサさんが俺達を招き入れてくれた。

 

「帰ったか。アキラ、シズク」

「はい。それでジンさん、例の悪党に偽装した新制帝国軍はどうなりました?」

「とりあえず座ってからじゃ。酒もある」

「了解です」

 

 小舟の里でテーブルに上がるならこれが最上と思われるご馳走と酒。

 それを前にしてマアサさんとジンさん、カナタさんとミキがお互いに自己紹介をした。

 

「お父さん、夢が叶ったのかもしれませんねえ」

「夢か。そうかもしれぬのう」

「ジンさん、夢ってのは?」

「タロウさんが私達の結婚式に出て磐田の街に帰る時、たとえ孫子の代になったとしてもいつか小舟の里と磐田の街はその手を取り合おう。この人とタロウさんは、東海道の真ん中で固く握手を交わしながらそう約束したのよ」

「……そうだったんですか。なら、先に言ってくれれば」

「アキラと熊男は、そんなのを知らずに通じ合わねば意味がないのじゃ。嫁も増やしたようだし、悪い男ではなかったであろう?」

「嫁じゃないですけどね」

「ほっ。まだ認めぬか」

「なんのことやら」

 

 



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男2人の悪巧み

 

 

 

 小舟の里のトップ2人と、磐田の街から派遣された交渉役と長期滞在を希望するその実妹。

 その顔合わせは至極円滑に、しかも笑顔の絶えないうちに幕を閉じた。

 

 が、その後がよろしくない。

 マアサさんとジンさんに別れを告げ、我が家とも呼べるメガトン基地の自室に帰ってからがだ。

 

 帰りを待っていてくれたミサキとセイちゃんに市場で土産のメシと酒を買い、とりあえず今日は俺達の部屋に泊まるというミキとカナタさんと一緒に帰ると、女連中はくっつけたベッドで車座になって宴会を始めやがったのだ。

 

 行儀が悪いからテーブルで飲み食いをしろと言っても梨の礫。

 そのくせ諦めた俺がテーブルで飲み始めると、酔っ払いが代わる代わるやってきて絡んでゆく。

 

「ってな感じで、地獄の飲み会だった」

「そりゃ災難だったな。んで、早朝から散歩に出た訳か」

「軽トラの試運転もしてえしな」

「なら付き合わせろよ。俺も興味はある」

「サクラさんはよ?」

「荷台に乗るから気にしないでいいわヨ」

 

 朝っぱらからガレージの大きなドアを開け放ち、そこに置かれたテーブルで愛する夫がコーヒーを啜るのを眺めていた奥様はそう言うが……

 

「あの、軽トラの積載量ってたしか300㎏くらいから、良くても500だったはずなんですが。サクラさんは、その……」

「もしも女に体重を訊ねるなんてデリカシーのない事をしようとしてるなラ、それなりの覚悟があってしてるんでしょうねエ?」

「め、滅相もない。ただ店の前の道を少し走って戻って来るだけなんで、わざわざお越しいただくのは申し訳ないかなーと。はい」

「フン、それもそうネ。アンタ」

「お、おう?」

「もし朝っぱらから抜き屋なんて行ったラ……」

「行くかバカ。アキラの童貞をんなトコで捨てさせたのがバレたら、あの3人、いやもう4人か。とにかく嫁さん達に殺されるのは目に見えてるだろ。だから大丈夫だ」

「ならとっとと済ませてきナ。今日は朝からかわいい嫁のメンテナンスをしテ、隅から隅まで磨き上げるって言ったのは自分だロ?」

「すんません。絶対に1人で行くんでいいです」

「おい、アキラ?」

「えっとな、その、あれだ。ヤルんならガレージのドアは閉めてからやれよ、ウルフギャング?」

 

 ふざっけんな!

 

 そんな怒声を背に受けながらガレージを出て、そう広くはない道に軽トラを出す。

 

 運転席に乗り込み慣れた動きでエンジンをかけると、これからイチャコラする予定らしい夫婦が外に出てこちらを見ていたので、親指を立てた拳を見せてやった。

 その親指を薬指と中指の間に移動させるとウルフギャングがまた怒声を上げたようだが、それよりもすうっと上がって軽トラを捉えたサクラさんの腕のミサイルランチャーの方が怖い。

 

 慌ててサイドブレーキを解除。

 ギアをローに叩き込んで、アクセルを踏み込む。

 

「っはー、なんだこの加速はっ!」

 

 軽トラにレブカウンターなんてあるはずもないので正確な回転数はわからないが、とんでもないパワー感だ。

 セカンド、サード。

 

 そこまでギアを上げてからチラリと見たスピードメーター。

 

「ふ、振り切れてるだとっ!?」

 

 いくらなんでも、トップギアを残してそんな。

 

 長い直線道路でも、島のこちら側では農耕や牧畜をしているので、人が飛び出してくる可能性はある。

 アクセルを緩めて突き当りまでのんびりと軽トラを走らせ、ハンドルを右に切った。

 

「……あ、ダメだ。いくら働き者が多くても、この時間に立体駐車場マンションのすぐ裏で最高速アタックは迷惑になるよなあ」

 

 この軽トラがどこまでのポテンシャルを秘めているのか気になるが、以前マイアラークが這い出してきた立体駐車場裏の直線でもなければそれは試せない。

 おとなしくさらに速度を落とし、Uターンをして来た道を戻った。

 

 店の前の歩道でタバコを咥えるウルフギャングの横に軽トラを停める。

 エンジンはかけたままだ。

 

「見てたぞ、アキラ。初乗りでいきなりゼロヨンなんか始めるんじゃない。慣らしくらいちゃんとしろって」

「予想以上の加速だったから、メッチャ焦ったよ」

「ははっ。セイちゃんは天才だからな。修理ついでにボアアップでもしたんだろ」

「それをドライバーに伝えねえってのはどうなんだよ、マジで」

「天才ってのは、どっか突き抜けてるもんさ。この後はどうするんだ?」

「コイツに乗って、島に設置してあるタレットの点検だよ」

「なるほどね。なら、俺の出番はなさそうだ」

「しっかり休もうぜ。遠征明けなんだから」

「お互いにな」

 

 会話のために下ろした運転席の窓をそのままにして、今度はゆっくりとクラッチを繋ぐ。

 

「あのじゃじゃ馬がこれかよ。そっと繋ぐと、びっくりするくらい優しい加速なんだな」

 

 まるでどこかの誰かさん達のようだ。

 

 防衛部隊の連中に驚かれながら、設置してあるタレットを見回ってゆく。

 その点検をすべて終えても、修理が必要なタレットは1台も見当たらなかった。

 

 時刻は、もうすぐ午前7時。

 ちょうどいい時間だと、一番最初にタレットの点検をした正門に向かう。

 

 歩きで探索に出る時に渡る歩道橋の下を潜って軽トラをピップボーイに入れると、目的の人物が防衛部隊の休憩場のテーブルで手を振っているのが見えた。

 

「来るとは思っておったが、それにしても早いのう」

「落ち着いて二度寝もできませんからね、あの部屋じゃ」

「まーた酒をかっ喰らって雑魚寝か、嫁さん達は」

「もう酔いが回ってからも服を着てくれてるだけでいいかなって、最近はそう思い始めてます。それより……」

「うむ。座ってくれ」

 

 缶コーヒーとタバコを出し、ジンさんが話し出すのを待つ。

 聞きに来たのはもちろん、山師に偽装した新制帝国軍の事だ。

 

「メシも出しましょうか?」

「よいよい。さっき食ったすいとんで腹がいっぱいじゃ」

「マアサさんの料理、美味いですもんねえ」

「世辞はよい。それより、例の部隊じゃがな。昨夜話した通り、以前悪党が根城にしとった線路のコンテナに住み着いたようじゃ」

「あそこの悪党は、ジンさんに見守られながら特殊部隊とミサキ達で殲滅したんですよね。それで、ただそこに居座ってるんで?」

「うむ。まるでワシらが始末した悪党共と入れ替わるようにの」

 

 そう来たか。

 

「……干上がらせるつもりですかね、小舟の里を」

「まだそこまではせんじゃろ。おそらく、嫌がらせで行商人を追い返すくらいのはずじゃ」

「狙いは、ウルフギャングのトラックかな」

「じゃろうなあ。50人からの悪党の群れが浜松を目指すように磐田方面から向かっておるのは、ウルフギャング殿の話で知っておる。斥候くらいは出したじゃろうし、それでなくとも浜松には山師が多い」

「……そいつらがトラックを見かけて、それを新制帝国軍に報告でもしたなら」

「うむ。ここにウルフギャング殿が滞在しておるのを疑うじゃろうな。豊橋からわざわざ浜松近辺の探索に来るくらいなら、浜松ほどでなくとも栄えておったあの街を漁る方が良い」

「どう思います?」

「決定的には掴まれておらぬと思うぞ。もし新制帝国軍の斥候が少しでもここの門を見張っておれば、タレットにも気がつくじゃろう」

 

 タレットが見られていたなら、悪党のフリをして行商人を追い返すくらいでは済まないという判断か。

 しかし、行商人を追い返すだけにしても。

 

「ジンさん」

「なんじゃ」

「ここはもう、俺達で動きませんか? それが小舟の里のためだって気がします」

「……聞くだけは聞いておこうかのう」

 

 よし。

 話さえ聞いてくれたら、ジンさんは乗ってくれるはずだ。

 

 ただの思いつきではあるが、それなりに効果的だと感じた計画を話す。

 ジンさんは最初こそ渋い表情を隠そうともしなかったが、だんだんと笑顔になってゆき、最後には腕が鳴ると言って日本刀の柄の握りをたしかめたりしていた。

 

「……と、こんな感じですね。どうです?」

「いいじゃろう。しっかり見ておくのじゃ、アキラ。あの熊なんぞより、ワシの方が強い。昔も、もちろん今もじゃ」

「期待してますよ」

「うむ。ワシは指揮を副官に任せるついでに、ロープを持ってこようぞ」

「じゃあ俺は、門の前に軽トラを出しときます」

 

 さすがと言うべきか、ジンさんもやると決めれば動くのに迷いはないらしい。

 軽トラを出して運転席でタバコを吸って待っていると、左手にそう長くはないロープをぶら下げたジンさんが小走りでやってきて助手席に乗り込んだ。

 

「待たせたの」

「いえいえ」

 

 ジンさんの合図で開け放たれた門を抜け、左に進路を取る。

 ついでに東海道が見張られていないかVATSで確認して、東海道ではなく沿岸方面の細い道を大回りでゆっくりと東へ進んだ。

 

「ほう、もう予定地点かの」

「ですね。車ならあっという間です」

「まずは準備じゃな」

 

 軽トラを停めたのは、地図で見ると線路と平行に伸びる東海道、国道301号を右折してすぐの民家の陰。

 そこで準備を整える。

 

 軽トラを収納した俺がJUNKカテゴリーの『買い物かご』を2つと近接武器の『ボード』を出すと、ジンさんはボードにロープを結んで背負えるようにしてくれた。

 重量に注意をしながら、買い物かごに酒とタバコと軽いオモチャなんかを詰めてゆく。

 最後にアーマード軍用戦闘服を『破れたぼろ服』に着替えれば準備は完了だ。

 

「カンペキですね」

「いやいや。そのままじゃあいかん」

「どうしてです?」

「いいから。まずは一服じゃ」

「はあ」

 

 2人でタバコを吸いながら何がダメなのか考えていたが、さっぱりわからない。

 ようやく理解したのはタバコを吸い終えたジンさんが、アスファルトに出してあった灰皿から指先で灰を抓み、それを俺の顔に擦り付けてからだ。

 

「アキラはいつも小奇麗にしておって、顔も整っておるからの。ボロボロの服だけでは浮いてしまう」

「お世辞はいいですって。じゃあ、手はず通りに」

「うむ」

 

 ボードを背負って、両手に買い物かごを持つ。

 あとは国道一号線を渡って線路に出て、そこを小舟の里方面にのんびり歩いて行けばいい。

 

 危険がまったくない訳ではないが、分の良い賭けだ。

 それに剣鬼とまで呼ばれる男が一緒なのだから、まあ気楽にやろう。

 

「うっは、歩きづらっ」

 

 線路には草が生え放題。

 ジンさんの話ではこれから梅雨が来て夏になると、さらに歩きづらくなるらしい。

 

 絶えずカチカチ連打するのをイメージしていたVATSに反応があったのは、脱線して倒れた貨物列車がかなり大きく見えるようになった頃だ。

 

 



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襲撃

 

 

 

「やっとかよ。気を抜きすぎだぜ、兵隊さんよ」

 

 スローモーションの世界で満面の笑みを浮かべる男。

 同じくスローモーションで、腰かけていたコンテナの縁から腰を上げようとする男が2人。

 

 残り3人は、まだ姿が見えない。

 

 やはり第一案として提案した、俺の狙撃とジンさんの斬り込みでの殲滅を選択しなくて正解だったか。

 

 残り3人がこのロケーション、悪党のコンテナ小屋を離れているのなら、銃声で襲撃を察知して下手をすれば3人が、そうでなくともおそらく1人は浜松へと走る。

 俺達の目的は決して1人も残さず、可能ならば最後の1人をじっくりと尋問した後で始末する事だ。

 

 ジンさんにはずいぶん前に、防衛部隊の指揮に使えるからと信号弾を撃ち出す『フレアガン』と、その弾である『フレア』を渡してあった。

 いつもアーマードタキシードの内ポケットに入れているというそれが線路に飛んでこないうちは、予定通りに事を進めればそれでいい。

 

 VATSをキャンセルして歩き出す。

 

「そこのガキ、止まれ!」

 

 その大声にビクリと身を竦める芝居は、我ながら巧くできた。

 もしかしたら俺には、役者の才能でもあるのだろうか。

 

「あ、悪党っ!?」

 

 ガシャリと音を立てて買い物かごを石が転がる線路に置き、背負っていたボードを手に取る。

 

「へっ。勇ましいねえ。戦うってか、ええ?」

「オ、オラは行商人になったんだから、悪党の1人くれえ……」

 

 男がニヤリと笑う。

 背後に男と同じような、粗末な近接武器を持った2人が立ったからだろう。

 

 分の良い賭けは、やはり俺達の勝ちだ。

 

 前からここにいた悪党は銃を背負っていたというのに、悪党に偽装したこの連中は万が一にも新制帝国軍の兵士であるのを気取られぬよう、自分達をよりどこにでもいる悪党に見せかけるため、銃は持たずに姿を現した。

 これならもし残り3人がどこかで銃を構えていても、線路脇に生い茂る背の高い草に身を隠しながら先行していたジンさんがそれを片付ける手はずになっている。

 

「じゃあ3人だったら、大人しく荷物と財布を置いてってくれるよな。行商人のお坊ちゃん?」

「ひひっ。ビビってるビビってる。ションベン漏らすんじゃねえぞー」

「おい、コイツ男のくせにかわいい顔してっからいいか? 戦前のメガネも俺好みだ」

「ひゃはっ。身ぐるみ剥された上に、ケツまで掘られんのかよ。よかったなぁ、お坊ちゃん?」

 

 下卑た笑いを浮かべた男の首が飛ぶ。

 その向こうで白刃を振るったジンさんも笑顔だ。

 

 背後から忍び寄って、一撃で首を飛ばす。

 

 そんな芸当が容易くできるはずがないのは、俺みたいな素人にもわかる。

 まったく、どんな腕をしてるんだか……

 

 晴れた朝空から真紅の雨が降るのを見ながらボードを投げ捨て、ショートカットに設定していたホッドロッド・フレイム塗装のX-01を装備。

 

 この奥の手が必要な状況ではないと思うが、戦闘が開始されたらまずパワーアーマーを装備するという約束が守れないのなら絶対にこの作戦には乗らないとジンさんは言っていた。

 

 同じくショートカットキーを操作するイメージでツーショット・コンバットライフルを出し、先頭の男の顔面を撃ち抜く。

 兵士のくせにレベルが低かったのか、たった2射でその頭部は熟れた果実のように爆ぜてしまった。

 

 俺はまた、人を殺したんだな。

 

 だが、それがどうしたという気分だ。

 守りたいものがあって、人から暴力で何かを奪う事しか考えないクズばかりの世界で生きるなら、そんなクズはこうして殺してしまった方がいい。

 

 こうして人を殺す時の気分の悪さなんて、たまに夢に観て汗だくで跳ね起きる、ミサキやシズクやセイちゃんが犯されながら殺された時の絶望より100倍もマシだ。

 

「コイツは殺すでないぞ、アキラ」

「ええ。残り3人の居場所を吐いてもらわないと」

「ふふっ。その3人なら、コンテナの中で死出の旅路に出たばかりよ」

「は? あんな短時間でコンテナの3人を始末して、しかもそれを気づかれなかったんですか?」

 

 ジンさんがニヤリと笑う。

 これ以上ないほどのドヤ顔だ。

 

「うむ。熊にはできぬ芸当であろう?」

「さすがは剣鬼、って事ですねえ。俺なんかとは格が違う」

「け、剣鬼だとっ!?」

 

 最後の1人が叫ぶ。

 

「へえ。やっぱジンさんを知ってんのか」

「あ、当たり前だ。だから俺達はこんなまどろっこしい事を、あっ!?」

「ハナっからバレてっから心配すんな、新制帝国軍の兵隊さん?」

「く、くそっ……」

「ジンさん、慣れておきたいんで尋問は俺が」

「……見るだけでもキツイじゃろうから、アキラにはコンテナの中にある銃なんかを回収してもらうつもりだったが」

「やらせてください。慣れなくっちゃならねえし、度胸もつけたいんで」

 

 ふむ、と呟いたジンさんは、男の喉元に仲間の血で濡れた日本刀を当てたまま考え込んでいる。

 

 コンバットライフル、パワーアーマー、それから中身ごと買い物かごをピップボーイに入れ、投げ捨てたボードを手に取った。

 

「それで吐かせるつもりかの?」

「はい。まずは利き手の指を1本ずつ、そしてもう片方の指。脱がせんのも面倒なんで両足を靴ごと叩き潰したら、次はキンタマを潰してやります」

「ひ、ひいっ!」

「のう、兵隊さんよ」

「な、なんでしょうかっ!?」

「この男、アキラはワシの息子のようなものでな。できるなら、あまり残酷な真似はさせたくないんじゃ。ここに派遣された経緯、ここに滞在してからした活動、浜松との連絡方法、それから今日までに浜松にした報告の内容をすべて話してくれるか?」

「話す、話すからそのイカレたガキを俺に近づけねえでくれっ!」

「ヒデエ言われようだ」

「まあ、あれだけ剥き出しの殺気を向けられればそうもなるじゃろ。では話せ」

「言っとくが俺にウソを言ってもすぐわかるぜ、上等兵のタドコロさん?」

「ひいっ! なっ、なんで俺の階級と名前を知ってやがんだっ!?」

 

 ニヤリと、なるべく凶暴そうに見えるように笑みを浮かべてから、腕のピップボーイを男に見せる。

 

「この電脳少年は戦前の防衛軍、それも兵士の犯罪を取り締まる部隊に配備されてた一品でな。オマエの名前なんて見た瞬間にわかるし、ウソなんて言ったらそれもわかっちまうんだ。言葉には気をつけて話せよ? 俺も剣鬼も、ウソつきが大嫌いなんだ」

「わ、わかった。話す、ちゃんと本当の事だけっ」

 

 俺のハッタリが効果的だったというより、ジンさんのネームバリューのおかげで、兵士はつらつらと話し出した。

 

 上の連中の意見が割れたせいで手に入れ損ねた稼働品のトラック。

 それをまた見かけたのは新制帝国軍の斥候でも山師達でもなく、浜松の街から徒歩で行ける範囲にあるいくつかの集落を回る行商人であったらしい。

 

 街の酒場の噂話。

 それを耳にした大佐とやらは、そこでようやく斥候部隊を東海道の左右に放つ。

 

 そして俺達は、まんまと発見されたらしい。

 川を挟んだ位置からなら、東海道から国道一号線の大きな橋も見えるのだ。

 

「なるほどね。たしかにあのロケーション、日本防衛軍陸軍検問所のある橋をトラックで走ってたら遠目からでも見えるか。斥候部隊なら双眼鏡くれえ持ってるだろうし」

「ああ。で斥候部隊はそれがしばらくして西に帰ってったから、おそらくトラックは小舟の里にあるって報告したらしい。その先は、豊橋までトラックを置けそうな街なんてねえから」

「なるほどのう。続けよ」

 

 浜松の街の門前で、それも救助を乞う者からの略奪はするべきでなないと言っていたナントカ少佐という新制帝国軍の穏健派も、街から遠く離れた場所で事を起こすのだから上官の決定に口出しをするなと言われて頷くしかなかった。

 

「んで、なんで悪党のフリして線路を封鎖してんだよ? 東海道と国道一号線を見張るでもなく、小舟の里に接近してトラックを確認するでもなく。なんでここなんだ?」

「け、剣鬼に見つかったら皆殺しにされるって。だからここで行商人を捕まえて、傷めつけてから家とか吐かせて脅して、ソイツに偵察をさせようって兵長が」

「腰抜けだなあ」

「し、仕方がねえって。みんな、剣鬼と狂獣が生きてるうちは小舟の里と磐田に手は出せねえって言ってるんだ」

「ふうん。さすがだねえ。んで、最初に来た行商人が俺か?」

「ああ、そうだ。だから俺達はここで寝起きするようになってから、特に何もしちゃいねえ。司令部への報告だってな」

「連絡方法はよ?」

「偵察が上手くいったら、全員で浜松に帰る予定だった。報告はそれからなんだよ」

「ジンさん?」

「まあよかろう」

「ちゃ、ちゃんと話したんだ。殺さねえよな、な? ちゃんと話した俺を殺したりなんかしねえよな!?」

 

 どうしてそう思えるんだ、そんな都合のいい事があるか。

 

 そう言い放つ代わりに、ボードを持ち上げた。

 俺が近接武器で戦うなんて、ガスが充満した工場なんかにどうしても踏み込まなくっちゃならないような事態でもなければあるはずもないが、戦う事を、そんな生き方を選んだのなら経験しておいて損はないだろう。

 

「アキラ、それはいかんぞ」

「どうしてです?」

「望んで殺される者など、そうはおらん。だがそれでも、敵は殺すしかない。そうせねば敵を殺す役目を負った者がそんな悲しい生き方を選ぶ理由になった、守るべき何かが、生かして帰した敵に壊される」

「ええ。だから」

「話は最後まで聞くのじゃ。敵は憎い。だが、本当ならばそれを殺すまではしたくないと思うのが大多数の人間じゃ」

「でしょうね。でも誰かが殺さなくっちゃいけねえなら、だったら俺が」

「うむ。それが、誰かにさせるくらいなら自分がというのが、優しさだとは言い切れぬ。じゃがワシは、そんな選択をしてしまうような男となら良い友人になれると思っておる」

 

 見つめ合う。

 

「……せめて苦しませずに。ジンさんのダチなら、そう思うんでしょうね。どれだけ殺しても、自分が殺されかけた後だって、可能な限りはそうしようとする」

「わかってくれるか?」

「ええ」

 

 ボードを収納。

 代わりに出したのは、改造も重さも見ずに選んだ.44ピストル。

 

「やめてくれ。死にたくねぇ。死にたくねえんだ……」

「俺も殺したくはねえ。でも、そうしなきゃさっきの俺みてえに、暴力で脅されて不幸になる人間が出る」

「もうしねえよ。軍も抜ける、だからっ」

「俺はまだガキだが、それなりに世の中を見てきた。許してやりてえがな。そんな事をしてちゃ、許した人間の中から、また人を不幸にする人間が出るって知ってんだよ」

 

 それでも許すのが俺の育った世界。

 このクソッタレなウェイストランドでも、そうなのかもしれない。

 

「でも、俺は殺すぞ。戦前の日本程度じゃねえ。いつかこの世界に、女子供が安心して暮らせる理想郷でも見つけるまでは」

「や、やめっ……」

「あばよ」

 

 銃声。

 

 男は、最後の声すら上げなかった。

 

「ありがとう、アキラ」

「上手く、苦しませずに殺してやる事はできたんでしょうかね。確実に殺すなら脳幹を狙えって言葉を思い出してそうしたけど、正確な位置なんて俺にゃわかんねえから」

「苦しまず逝った。間違いなくの」

「ならよかった、かな。次は、なんだっけ。……ああ、まだ悪党の生活痕があればそれは残して、新制帝国軍の死体だけ見つからないように埋めるんだ」

「まだ朝じゃ。ワシがするで休んでおけ」

「冗談でしょ? こうすりゃ1秒もかからねえってのに」

 

 目の前に倒れていた死体が消える。

 

「ふむ。ならせめて、海にでも流してやるかの」

「それだと発見される可能性があるんじゃ?」

「浜松に、海へ近づく者などおらぬよ。兵士もじゃ」

「了解」

 

 新制帝国軍6人分の装備と死体。

 それをピップボーイに入れて戻った東海道で軽トラを出すと、ジンさんはいい場所があると言って道を教えてくれた。

 

 小さい、埠頭というよりは桟橋といった風情の船着場。

 海に突き出る形で伸びるその行き止まりに、死体ともう使えそうにない装備なんかを流す。

 

「海、キレイだな。世界がこんな風になっても……」

 

 軽トラの窓を全開にして、タバコを3本灰にした。

 その間、ジンさんは何も言わない。

 

 黙って並んで海を見ながら、俺はこんな時間、無言でいる間にすら、ジンさんに何かを教わっているような気分だった。

 

 



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本音

 

 

 

「せっかくじゃ。このまま浜松まで出て、酒場で酒をかっ喰らって女でも買うか」

「ダメですって。それにそんな時間があるんだったら、どうせなら磐田の街に行くべきでしょう」

「遅くとも夕方には戻ると言い置いてきたで行けるじゃろうが、休みのアキラを運転手にしてはその嫁連中が怖いからのう」

「俺なんかさっきの襲撃がバレたら、またムチャしがってとぶん殴られますからね。あれを内緒にするためにも、磐田の街にジンさんを送り迎えしてたってアリバイが欲しいんですが」

「ふふっ。どれほど怒ったとて、抱きしめて尻でも揉んでやれば大丈夫じゃ」

「そんな度胸ないですって」

「だが、そろそろじゃろう?」

 

 どう返せばいいのだろう。

 迷ったが、そのまま口にする事にした。

 これがいい機会だろう。

 

 つまらない上に長くなりますが、そう前置きをしてから、ゆっくりと、自分の考えをまとめながら話す。

 

 漁港で聞いたタイチの覚悟。

 

 だったら俺が、誰よりも強くなってやると心から思った。いかにも子供らしいヘリクツだ。

 タイチの覚悟の強さと深さに圧倒されて反射的に浮かんだ答えかもしれないが、少なくとも、101のアイツくらい強くなれば、好きな女とダチ、それにそいつらが暮らす街くらいは守れるはずだと。

 

 ミキとの出会い。

 デスクローとの再戦。

 

 今度は巧くやれたと胸を撫で下ろしたが、その夜に狭い宿屋で思い返すと、自分はまだまだなんだと気づいた。気づかされた。

 誰よりも強くなってやろうだなんて思っていたくせに、それだ。

 

「んでパワーアーマーを装備する時間を、なんとか短縮できねえかって考えて。なんだかんだ考えてたら、待てよって。フォールアウト4では乗り物みたいな扱いで丸ごとピップボーイに入れられなかったパワーアーマーが、俺のピップボーイには入ってるぞってなって」

「ふむ」

「ゲームでは武器と同じように、防具もショートカットキーに登録すれば一瞬で着替えられるんです。んで2人用の部屋だってのに4人で泊ってる狭い部屋で試したら、それがあっけなくできちゃった。しかも、フュージョンコアがぶっ刺さった状態で装備できたし」

「ほっほ。あの奥の手は、そうやって思いついたのか」

「ええ。んで同じ日、ウルフギャングの交渉術にもたまげました。俺、バカだから。こっち来てからミスばっかで、でもそれじゃいけねえって、バカなりに頭を働かせるようにしてたけど。ウルフギャングみてえな交渉なんて、逆立ちしたってできません」

「ウルフギャング殿も一廉の男。どこぞの街に定住しておれば、英雄と呼ばれるような強者じゃ。そのもっとも得意な交渉に敵う訳がない。アキラはバカではないし、よくやっておるよ」

「……ありがとうございます。そう言われると、少し気が楽になったかな」

「ふふっ。そして翌日は、熊と磐田の旧市街か」

「はい」

 

 市長さんとその娘2人との探索。

 

 それでまた自分の力不足と、虫型クリーチャーは見かけていないからこっちにはいないんだろうとタカを括っていた自分の甘さに気づかされた。

 

 その途中の新聞店で、出会ったばかりのカナタさんに劣情を催した事も隠さずに話す。

 

「んで帰ったら、ミサキが不機嫌でして」

「ほう。いつでも明るいあの娘っ子がのう」

「話を聞いたら、買い物中に何遍か嫌味を言われて、それ以上の男達にナンパされたって」

「あの子もめんこいからのう」

「んでそれ聞いた俺、何を考えたと思います?」

 

 4本目のタバコを咥えて、箱をジンさんに渡す。

 それを受け取ってタバコに火を点け、紫煙をふっと吹いてからジンさんは微笑んだ。

 

「ナンパ野郎を探しに行って殴ってやろうか、じゃろ?」

「ブブーッ。不正解」

「ほう?」

「正解は、ああもうこんな街なんかふっとばしちまおうか。市長さん達は屋内にいっからミサキ達を避難させて、ジェットパックで壊れた照明塔の上に上がって、そっからヌカラン連射してりゃ余裕だろって」

「ほっほ。嫉妬深いにもほどがあるのう。それほどナンパに腹を立てるか」

 

 恥ずかしながら。

 

 そう答えると、ジンさんは呵々と笑いながら俺の肩をバシバシと叩く。

 人外ジジイコンビの片割れなんだから、もうちょっと手加減をして欲しいっての。

 

「嫉妬、独占欲、まんま性欲。俺がミサキやジンさんの娘と姪に向けてる感情は、そんな薄汚いものなんかもしんねえんですよね」

「よく言うわ。もう惚れてしもうた事を自覚しとるくせに」

「……やっぱ、そうなんですかねえ」

「当たり前じゃよ」

「あんな美人達と一緒に暮らして、くだんねえ事でも心の底からの笑顔を向けられて、なんかヘマすりゃ本気で心配されて。そうもなりますよねえ……」

「うむ」

「でも俺のいた世界、重婚と16歳以下の女の子に手を出すのは犯罪なんですよ」

「どうでもいい理由を持ち出すな。セイは見た目こそあんなじゃが17。それにここはアキラの言う『うぇんすとらんど』。じゃろう? 郷に入っては郷に従え」

「微妙に間違ってっし。ま、とりあえずそういう事です」

「面白い報告が聞けたのう」

 

 どうやら、ジンさんは本当に面白がっているらしい。

 

「ニヤニヤしないでくださいって」

「そうもなるじゃろ。まあまずは今夜、ミサキを別室に呼んで抱いてやるんじゃな。見知らぬ世界、想像もしておらなんだ戦いの日々。見る、聞く、感じる。そのすべてのものが、少しずつ少しずつ無垢な心を傷つけるのじゃ。しっかりと気持ちを伝え、お互いがもう限界だと思うまで抱いてやるがよい。女には、それを生きる力に変える機能があるんじゃ」

「あ、いや。そんなんムリですって」

「……は?」

 

 そんなに意外だろうか。

 

 ポカンと口を開けているジンさんにタバコの灰が落ちそうだと仕草で伝える。

 それから俺の今までの女っ気のなさや、異性に対するヘタレっぷりを説明した。

 

「そんなんだから、今すぐどうこうなんてできやしませんって。あるとすればだいぶ先です」

「あれじゃのう。アキラは、何をするにも考えすぎなのじゃ」

「そう言われましても」

「筆おろしなど、遭遇戦と同じよ。いざとなれば、体が勝手に動いてくれるのじゃ」

「ははっ。それなら俺でもできそうですねえ」

「うむ。では里に戻って、遭遇戦を待つのじゃ」

「えっ、待ってたら遭遇戦じゃなくないですか?」

「ならば自分から仕掛けい。奇襲が効果的なのは、さっきの戦闘でも身に染みて理解したじゃろ」

「まーた乱暴な……」

 

 時刻は午前10時。

 たしかに、そろそろ帰った方がいい時間ではある。

 

 休日のこの時間になると酔っ払いのうちの誰かがもそもそと起き出し、冷蔵庫に入れてある『きれいな水』をグビグビっとやるのがいつもの光景だからだ。

 

 エンジンをかけ、来た道を戻る。

 悪党のコンテナ小屋の前の東海道を左折。

 もう線路に新制帝国軍の部隊はいないので、そこからは西に進めばそれでいい。

 

「今から孫に会えるのが楽しみじゃ」

「しばらくないですって」

「なあに。すぐじゃよ、すぐ」

「はいはい」

「でもまあ、種付けをせず目合を愉しみたい時もあるじゃろう。その若さなら、特にの」

「まぐわいって。いつの時代ですか」

「うるさいわ。いいからこれをピップボーイに入れておけ」

「なんです、その小ビン。見た感じ薬かな?」

「男が飲む避妊薬じゃ」

「……へっ?」

 

 ジンさんの説明は簡潔だった。

 

 避妊成功率100パーセント。

 効果は12時間持続。

 人体に無害。

 もちろん中毒性もなし。

 戦前からかなり普及していた錠剤で、今でも薬局や病院を漁ればそれなりに手に入る。

 

「休暇が終わって探索に出るなら、薬局を見つけて持ち帰るがよい」

「ジンさんの分まで、ですね」

「ふふっ。そうなるのう」

「んでジンさん、いっこだけ質問が」

「ふむ。言うてみい」

「なんで避妊薬なんて持ち歩いてるんで?」

「アキラがその気になった時に渡すために決まっとるじゃろ」

 

 平坦な声色。

 

「へぇー」

「なんじゃ疑っとるのか?」

「いえいえ、別にそんなー。でもー、マアサさんに聞いてみよっかなー」

「別によいぞ。今朝も、アキラに渡すはずの薬をどうしてこんな朝っぱらからあなたが飲むんですかと、苦笑しながら期待に胸を膨らませておったし」

「あ、朝から元気っすねっ!?」

「うむ。目標は100まで現役じゃ」

「……ホントそうなってそうで怖いな」

 

 これだけ齢を重ねてもいろんな意味で元気なジンさんを防衛部隊の休憩場のそばで降ろし、ウルフギャングの店とガレージの間を抜けてメガトン基地の前に軽トラを停める。

 

 ガレージのドアは閉まっていたので、どうやらウルフギャングは俺の忠告を聞き入れてくれたようだ。

 

「おかえりなさい、アキラさん。ピッカピカのクルマ、すげー!」

 

 メガトン基地の門の上、見張り台からそんな声が降ってくる。

 特殊部隊の見習いで、たしかショウとかいう名前の少年だ。

 

 木刀を背負っての見張りという地味な仕事だというのに、いつも真剣な目で小舟の里と、そこを最短ルートで目指すなら通らなくてはならない二車線の道を睨んでいるのが印象的で覚えている。

 

「まだ改造もなんもしてねえからな。今日も変わりないか?」

「バッチリ!」

「そりゃ何よりだ。通用口をカギで開けっから開門はしなくていいぞ」

「了解っ!」

 

 軽トラを収納して通用口へ。

 それからフォールアウト3のメガトンの街をさらにごちゃごちゃにしたような細い路地を辿って、1階がセイちゃんの作業場になっている我が家を目指す。

 

 起きてても1人か2人だろ。

 

 そう思ってそっと入った2階のリビング兼ベッドルームでは、着替えこそしていないが全員が起きてテーブルを囲んでいた。

 

「なんだ、もう起きてたんかよ」

「やあっと返ってきたっ。出かけるんなら、書置きくらいしてってよ。もうちょっと遅かったら、受信機を持ってる全員に聞こえちゃうのに無線するとこだったんだからー!」

「へいへい。んで、なにをやってんだよ? 紙に、手描きの地図? 間取り図もあるな」

「ミキの部屋をどうするかの作戦会議。どこのどんな部屋が一番いいか相談中。武器を持ってるからメガトン基地が安心だけど、できれば本館に住ませてあげたいなって」

「柏木先生に少しでも多く会えるようにか。まあそうだよなあ」

「ボク達はこの広い1部屋で暮らすから、そんな心配はしなくていいわね」

「あ、そうだそうだ。それなんだけど俺、今日からはこの上にもう1部屋追加してそこで寝るわ」

「えーっ、なんでよっ!?」

「もう限界なんだって」

「え、宴会ならもう少し静かにするからっ!」

 

 そうじゃないんだと言ってからタバコに火を点け、全員を見回す。

 

「これだもんなあ」

「なにがよ?」

「じゃあまずオマエだ、ミサキ」

「えっ。う、うん」

「いつもいつもミニスカートのセーラー服。しかも酒を飲み出すと胡坐なんか掻きやがるし、寝る時は布団もかけずに横んなってチラチラチラチラ。パンツが見えすぎなんだっての。そのたんびにムラムラするこっちの身にもなりやがれ」

「み、見なきゃいいだけでしょっ! 変態!」

 

 変態なんて、言われ慣れてて気にする必要すら感じられん。

 次はオマエだとシズクに視線を向ける。

 

「おっ、あたしもか?」

「当たり前だっての。なんでノーブラでぴっちりしたTシャツ着て、下はレースのパンツ1枚なんだよ? 痴女か、え!?」

「誰かさんがそんなあたしをチラチラ盗み見て、そっと席を立ってトイレに向かうのが嬉しいからだが。それが何か?」

「くっ……」

 

 いつもオカズにしてごめんなさい!

 それとありがとう!!

 

「次はセイ?」

「そうだよ。ダボダボの長袖Tシャツをワンピース代わりにしてっから、萌え袖になってかわいすぎるの。あとノーブラはまだわかるけど、なんでノーパン? お兄さんビックリして腰が抜けるかと思ったんですけど?」

「なんでセイがノーパンなの知ってんのよっ!?」

「あんだけ寝相が悪けりゃどうしたって見えるわ、タコ!」

「ボクの分もあるのかな。ちょっとワクワクするわね」

 

 あなたは言われなくてもわかってるだろうに。

 

「カナタさんは確信犯でしょう? なんですか、そのエロいネグリジェは。上も下もスケスケすぎでしょっての」

「ふむ、なるほどな。だからアキラは上に自分の部屋を作ると」

「おう。今まで通り、メシ食ったり雑談してる時はここでいい。酒飲んだりすんのもな。でも俺がヤバイって判断したら上に行く。文句はねえな?」

「当然だ」

「ええっ。いいの、シズク!?」

「当たり前だろう。それより、問題は順番とルール決めだぞ」

「へ、なにそれ?」

 

 俺が思った事そのままをミサキが口にする。

 そしてシズクとカナタさんがニヤリと笑ったのを見て、俺とミサキの頬が同時に引き攣った。

 

 



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告白

 

 

 

「つまりアキラはこう言いたいんだよ。教えてやれ、カナタ」

「そうね。『ムラムラしたら俺は上に行くから、抱かれたいヤツは着いて来い』と、旦那様はそう言ってるわ」

「言ってねえしっ!」

「だから順番とルールをまず決めないとな」

「そうなるわね。アキラくん、とりあえず急いでヤリ部屋を作っておいて」

「ヤリ部屋じゃねえから!」

「どうせそうなるからいいのよ。いいからほら、ここからは女だけで話し合うの」

「くっ。おい、ミサキ」

「……え?」

 

 わかってるよな?

 

 そんな想いを視線に込めた。

 コイツが止めてくれないと、ブレーキなんてハナっからなさそうなこの3人を、俺だけでどうにかするのはキツイ。

 

「あら、オマエから来いですって。妬けるわあ」

「あたしでいいのっ!?」

「……まったくわかってねえし」

「いいからほら、アキラはさっさと上に行け。嫁達のこんな話し合いを聞くなんて、とても褒められた事じゃないぞ?」

「いやだから、勘違いすんなって話なんだが……」

「こちらからしてみれば、アキラくんが部屋を増やすと決めた意図は違っても、どうせそうなるんだからって話なのよ。いいから早く部屋を作って、特大ベッドだけでも出しておいて」

「だな。それと、いいと言うまで下りてくるな」

 

 どうしよう。

 こんな時、どうするのが正解なんだ。

 

 ぼけっと突っ立って考えても、わかるはずがない。

 

「とりあえず落ち着いて考えるか。ダメなら、ウルフギャング辺りに相談だ」

 

 部屋の隅の天井を一部だけ解体して、そこに繋がる階段を出す。

 ヤリ部屋だから防音がどうのとかではなく、下から話の内容が聞こえてきたら怖いので、しっかりとドアも据え付けた。

 

「まいった。マジでまいった……」

 

 ゲームではだいぶ苦しめられた建築限界なんて現実ではあるはずがないので、俺の部屋はすぐに出来上がってしまう。

 そこで落ち着いて考えるためにまずは座ろうと出したのがベッドなのは、俺が心底悩みながらもどこかで期待しているからなのだろうか。

 

「……ん? そ、そうだ。とりあえず今日は、酔っ払って寝ちまおう。それが最良の時間稼ぎじゃねえかよ!」

 

 ベッドしかなかった部屋にテーブルを出し、そこにウイスキーを1本とビールを10本ほど出した。

 

 ビンのビールはキャップをテーブルの縁に引っかけ、キャップの上を叩いてビンの下を引くという、もうずいぶんと慣れた方法で開ける。

 ウイスキーは捩じれば開くから、まずはそれをラッパ飲みだ。

 

「くーっ。こんな飲み方してたら、アル中になりそうだぜ」

 

 ウイスキーをラッパ飲み。

 灼けた喉を、冷えたグインネット・ラガーで洗う。

 とにかく早く酔いが回ってくれと、またウイスキーのボトルを持ち上げる。

 

 酔ったらそのまま寝てしまうつもりなので、もう体の一部と言ってもいい黒縁メガネをテーブルに置いた。

 Charismaが1上がったところで異性からの好意が得られるわけではないだろうが、まあ気休めにはなる。

 

 そんなどう考えてもバカな飲み方をしていると、深い眠りに突き落としてくれるほどの酔いが訪れる前に、ドアをノックする音が聞こえた。

 ウイスキーのボトルは、ちょうど半分ほどしか減っていないのに。

 

 中途半端に酔ってはいるが、このくらいだと余計にエロい事が頭に浮かんだりするからヤバイ。

 

「アキラ、いないのー? あ。なあんだ、いるじゃない。いるなら返事くらいしてよね、アキラ」

「ミ、ミサキ。まさかオマエ……」

「ちょ、ちょっと待って! あたしは代表として、アキラの意見を聞きに来たのよっ!」

「……おん?」

「いいから、まずは椅子を出してよ。それから、あたしもビールもらうからね」

「はあ。ほれ、椅子」

「ありがと。でもなんでこんな広い部屋なのに、ベッドとテーブルがそんな隅っこにあるの?」

「建築スキルで作った床は頑丈だが、ここなら万が一床が抜けても下にいるミサキ達が怪我したりしねえだろ。だからだよ」

「気にしすぎじゃない?」

「いいんだよ、ほっとけ。ほら、ビール」

「ありがと。……ビールも栓を抜いてからくれるし、アキラってそういうとこズルいよね」

 

 意味がわかんねえ。

 

 そう返してビールを呷る。

 これ以上ウイスキーを入れたらミサキの質問とやらに答えられなくなりそうなので、とりあえずビールだ。

 

「んで、意見って?」

「なんでいきなりアキラがあんな事を言い出したか。まずそれを教えてよ」

「あー、それか」

「うん。あんまりにもいきなりだったからさ」

「なんつーか、気づいちまった。あ、いや。違うな。気づかねえフリをしてたけど、もう誤魔化し切れなくなったって事だ」

「ええっと?」

 

 どうやらミサキは、本当にわかっていないらしい。

 こんな美少女のくせに彼氏がいなかったというから、そんなものなんだろうか。

 呆れた鈍感さだ。

 

 驚かれるか、笑われるか、それともやんわりと断られるだけかな。

 

 そう思いながらタバコに火を点け、ビールを呷った。

 酷く、喉が渇いている。

 

 戦闘前に感じるそれとは、まったく違う種類の緊張。

 

「だから、自分の気持ちにだよ。俺がミサキ達の事を、あれだ、なんつーか、その。…………好きだ、とか。そ、そういうのだよ」

「へ?」

 

 なるほど、驚く方のリアクションか。

 

「まあ、驚くよな」

「めっちゃビックリしてるよ」

「でもあれだ。ミサキが断っても今まで通りに」

「えっと、アキラ」

「ん?」

「よーく考えてね」

「おう」

「普通、女が好きでもない男と同じ部屋で暮らす?」

「へっ!?」

 

 何を言ってんだコイツ……

 

「しかもさっき誰かさんが言ったように、その、……し、下着とか見えちゃうのも気にせずに宴会したりとかする?」

「ええっと……」

「自分が好きで、アキラに好かれてるってのも知ってるから。だから今まで、みんなして同じ部屋で暮らしてたんだよ?」

「へっ? あ、え? それ、マジで言ってんのか?」

「わ、悪い?」

 

 そんな顔を真っ赤にしながら、上目遣いで言われても……

 

「え、と。じゃ、じゃあ?」

 

 もしかしてミサキもOKって事か!?

 こんな美少女が俺と付き合う!?

 マジで!?

 

「って言うか、あたし達はずうっと前から、どこ行ってもアキラの奥さんって言われてるし」

「お、おう」

「だからその、あれよ」

「おん?」

「し、幸せにしてくんなきゃぶん殴るんだからねっ!」

「…………はい。頑張ります」

 

 なんだろうこの、素直に喜んでいいか悩む感じは。

 

 意を決して告白をしたら、お付き合いをすっ飛ばして結婚が決定。

 しかも、とんでもない美少女がこれ以上ないほど顔を赤らめながら言ったセリフが、『幸せにしなきゃぶん殴る』って。

 

「じゃ、じゃあ、そういう事だから。あたしは、下でみんなに報告して来るから」

「あ、ああ」

 

 まだ真っ赤な顔のミサキが腰を上げ、部屋を出てゆく。

 その足音を聞きながら、もしかしたらこれは夢じゃないのかと頬を抓ってみた。

 

「うん。普通にいてえな……」

 

 ならこれは、夢ではないのか。

 今までさんざん嫁がどうとか、旦那様だなんて言われたりしてきたが、それが現実に。

 

「はぁー」

 

 結婚。

 正直に本音を言うなら、早くね? とは思う。

 だがああまで照れながら自分を幸せにしろと言ったミサキに、そんな事を言えるはずがない。

 

「アキラ、ちょっと来いっ!」

「おわあっ!? ……シズクか。どしたよ?」

 

 ミサキが出て行って10分ほど。

 驚くほど酒が進まねえなとタバコばかり吹かしていると、ノックもせずにシズクが駆け込んできやがった。

 俺がようやく手に入れた個室で、新婚生活を妄想して自家発電でもしてたらどうすんだ。

 

「いいから来い。意見が出すぎてまとまらん」

「はぁ?」

 

 言うだけ言ってシズクが階下に消えたので、タバコと飲みかけのビールを持って作ったばかりの部屋を出た。

 

「アキラ、助かったのですっ!」

「なにがだよ?」

「もうミキの部屋はしばらく特殊部隊の女性宿舎の空き部屋でいいので、ここは任せたのですっ!」

「お、おい。荷物はどうすんだよ?」

「この家の合鍵を渡されたので、1階の作業場に出しておいてくださいなのです! ミキはこんな、こんな生々しくてハレンチな会話なんて聞いてられないのですっ!」

「は? って、行っちまったし……」

 

 生々しくてハレンチとはどういう事だと、ミキが出て行って空いた椅子に腰を下ろしながら会話を聞いてみる。

 

「だから、どうして2人っきりじゃダメなのよっ!?」

「STRゴリラにだいしゅきホールドされたらアキラが死ぬ」

「しないってば!」

「だから言ってるだろう、ミサキ。手錠だよ、手錠。あれを後ろ手にかけてからならお望みの、アキラと2人っきりでの初体験ができるぞ? アタシもSTRが高そうだから、そうするつもりだ」

「もうめんどくさいから、最初から5Pでいいんじゃない? ミサキの時はシズクが腕を、ボクとセイちゃんが片脚ずつを押えておけば、アキラくんに怪我もさせないでしょうし」

「名案がある。女子トイレを作って、その個室に1人ずつ。ミサキとシズク姉は、配管パイプに通した手錠で後ろ向きに繋いで。それを順番にアキラが」

 

 な、なんつー話をしてんだか……

 

 これじゃあ、ミキが逃げ出すのも無理はない。

 アホらしくて聞いらんねえやと席を立ち、1階の作業場に下りて、預かっていたミキの荷物を入り口側の壁際に並べた。

 

「TOUGHNESSでも取るか?」

 

 ダメージ耐性を+10、レベル10で限界の二段階まで上げれば+20まで上げてくれるPerkを取れば、とまで考えてそれを笑い飛ばす。

 TOUGHNESSのダメージ耐性上昇分なんて、俺のピップボーイに山ほど入っている高性能防具のそれと比べたら塵みたいなものだ。

 

「もし取ったら、カナタさんなんかは完全に夜のアレ用だって気づきそうだしなあ」

 

 さて、この後はどうなる事やら。

 

 どっこいしょと言いながら2階への階段に腰を下ろし、灰皿を出してから胸ポケットのタバコに火を点けた。

 どうやら俺はファーストキスの経験もないのに、本当に4人ものお嫁さんを貰ってしまったらしい。

 

 なんにせよ、これからは前以上に騒がしい日々が続くのか。

 

 自然と口角が持ち上がる。

 スケベな気持ちがこれっぽっちもないとは言い切れないが、まあ悪くない気分だ。

 

 



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新しい日々

 

 

 

「終わったー、アキラ?」

「おう。セイちゃんが直せそうって言ってた分はな。バイク3台は家の作業場、バスとハイエースとトラックは駐車場にする予定の正門の横に出した。そっちの準備は?」

「バッチリっ」

「そうかい」

 

 そんじゃ行くかと門へ向かう。

 俺達とメガトン特殊部隊の休暇は終わり、今日からはレベル上げと探索だ。

 

 本当なら原付バイクを試したかった。

 だがミサキ達は毎日順番で1人ずつ俺に同行。

 残りは特殊部隊と一緒に動くか、そろそろ特殊部隊はタイチだけに任せてミキと一緒に動くそうなので、そうもいかない。

 

 今日はセイちゃんがメガトン基地で車両の修理、カナタがマアサさんとの打ち合わせの予定だから、特殊部隊にはシズクとミキが同行するらしい。それにドッグミートとED-Eが護衛に付く。

 近いうちに特殊部隊だけで行動をするようになっても、しばらくはドッグミートとED-Eはまだ同行させてほしいとシズクは言っていたので、もちろんOKだと言っておいた。

 

 ミキはこの辺りに慣れたらバイクも使うのだろうが、今日は特殊部隊と足を合わせるために徒歩だそうだ。

 

 通用口からメガトン基地を出て、しっかりと施錠を確認してから門の前に軽トラを出す。

 

「軽トラックって乗るの初めてだー」

「お嬢様だもんな。ほら、乗れ」

「うんっ」

 

 時間はまだ早朝。

 窓から見た明りで気づいたのだが、ウルフギャングは昨夜から店を開けていたようなので、まだガレージのドアは閉まっている。

 

「なんとかしてやりてぇな」

「もしかして、サクラさん?」

「おう。あんなのを経験済みなのに今はもうできねえなんて、拷問でしかねえだろ。今の俺ならよくわかる」

「あ、あんなのとか言わないでよ。でも、なんとかしてあげたいよね」

 

 防衛部隊の守る門に、ジンさんの姿はない。

 例の錠剤の礼を言いたかったが、カナタとマアサさんの話し合いの手伝いにでも行っているのだろう。

 

 防衛部隊が開けてくれた大きな門を抜け、駅前の東海道を右折する。

 

「この俺が、こんな美少女とドライブデートとはねえ。もうリア充は爆ぜろとか言えねえな」

「デ、デートじゃなくってレベル上げだから」

「へぇ。んじゃ、夢の実現はおあずけかー」

「夢?」

「おう。俺の大学は田舎だったからよ、車を持ってる連中も多かった。特に金持ちじゃなくってもな」

「ふうん。それが?」

「んで彼女ができてドライブ行った話とかよく聞いてよ。やってみたかったんだよ」

「だから何を?」

 

 運転しながらでも索敵は怠らない。

 なのでミサキに視線をやる余裕がないのが残念だ。

 

「カーセに青姦。ラブホはこっちにねえから、運転中に口と手でしてもらうとか」

「バッ、バッカじゃないのっ!?」

「やっぱダメかー」

 

 当たり前だと怒鳴るような声の後で、かすかに聞こえた生唾を飲み込む音。

 それを聞いて思わずニヤケてしまう。

 

 この恥ずかしがりの美少女は、かなり恥ずかしい事でも俺の求めが本心からであるのを見抜くと、顔を真っ赤にしながらそれに応じてくれるのだ。

 それに恥ずかしいは恥ずかしいが、俺の好むような事にそれなりに興味はあるようで、嫌だと言いながらもかなり悦んでくれる。

 

「もうっ。そういうのは家でするって約束でしょ!」

「へいへい。お、あったあった」

「もしかして、左にある薬屋さん?」

「ああ。俺が貰った錠剤、ジンさんもないと困るだろうからな」

「あのデタラメな薬かぁ」

「嫌ならミサキだけゴム使ってもいいぞ。個人商店っぽいけど薬局だから、ゴムなんかもあるだろ」

「べ、別に嫌だとは言ってないしっ」

「ははっ」

「でもかなり手前、新居駅の近くにもっとおっきなドラックストアあったよ?」

「そっちはジンさんが小舟の里に住み着いて、防衛部隊を組織した時にすべて掻っ攫ったらしい。そのおかげで今んなっても、柏木先生に補助金みてえな感じで医薬品を渡せるんだと」

「スゴイねえ」

「索敵すっから、ちっと待ってろ」

 

 うんという返事を聞きながら、エンジンを切らず、ドアも開けたままアスファルトを踏む。

 国産パワーアーマーをショートカットキーで装備。

 ヘルメットだけピップボーイに戻して、交換するようにリコンスコープ付きスナイパーライフルを出す。

 

「でっかい銃。最初っからパワーアーマーも着てるし、気合入ってるねー」

「めちゃんこエロくって、とびきり美人な嫁さん4人とヤリまくりの休暇明けだ。こんな時にこそドジを踏みそうなのが俺なんでな。なんでも念入りにやるのさ」

「エ、エロいって言うなーっ!」

 

 本当の事だろうに、なんて本音を漏らすと後がめんどくさい。

 

 まず周囲にマーカーがないのを確認し、それから軽トラの荷台に上がって感知範囲外に生物がいないかリコンスコープでしつこいほど探す。

 荷台から下りて運転席を覗き込むと、ミサキも助手席でフロントガラスと後方にある小さな開けられない窓から索敵をしてくれていたようだ。

 

「OK、クリアだ」

「あたしも降りていいの?」

「ああ。でも」

「こうでしょ? パワーアーマー装備、っと」

「ショートカットキーのイメージにもずいぶん慣れたみてえだな」

「まあねー」

 

 俺がスナイパーライフルを痛打のコンバットショットガンに変えて軽トラを収納したのと、ミサキがヘルメットをピップボーイに入れたのはほぼ同時。

 

「ヤリ方は初めてん時と同じだ。覚えてるよな?」

「うん。あたしは近接だから、アキラの前には出ない。接近されたらアキラの動きを見ながら敵をぶん殴るけど、VATS使う前はVATSって声に出して言う」

「よし。俺もリロードは申告するからな。その隙を埋めてくれたら、今夜はご褒美だ。頼りにしてるぞ?」

「任せてっ」

 

 たかが個人経営の小さな薬局。

 そう言ってしまえばそれまでなのに、ミサキも気を抜いたりはしていないらしい。

 これなら、少しは安心か。

 

「シャッターを取っ払うぞ」

「いつでもOKっ!」

 

 錆びたシャッターが音もなく消える。

 目の前にぽっかりと開いた闇色の穴を視界に入れながらVATS連打。

 

「クリアだ」

「同じく」

「ま、こんな狭い店だしな。薬品から棚まですべていただくから、周囲の警戒を頼む」

「うんっ」

 

 ワゴンセールで投げ売りされていたらしい生理用品ですら、今の時代では貴重品。ワゴンごと残さずいただく。

 次にピップボーイに入れたオムツに粉ミルクなんかも、需要がありそうだ。

 それから絆創膏やら湿布やらの棚を回収し、ようやく薬品類のショーケースへ。

 

「おお、山ほどありやがる。ジンさんと山分けだな」

 

 お目当ての男性用経口避妊薬も無事ゲット。

 そこからは確認なんてヒマな時でいいとラベルも見ずに医薬品を収納して回った。

 

 俺的に嬉しかったのは、それなりの数があった栄養ドリンク。

 男の根っこビンビンドリンク! 酷い商品名だが、効果が少しでもあるのならそれでいい。

 

 道路で油断なく周囲を見回しているミサキの元へ戻る。

 

「おっけ?」

「ああ。軽トラ出すから次に行こうぜ」

 

 軽トラの運転席は狭いので、パワーアーマーをアーマード軍用戦闘服に戻して乗り込む。

 

「次はどうするの?」

「特に予定はねえよ。クリーチャーを探しながら流すから、気になる店なんかがあれば言ってくれ」

「はーい」

 

 走り出すと、俺と同じようにセーラー服に着替えたミサキの鼻歌が聞こえ出す。

 機嫌が良さそうで何よりだ。

 

「突き当たって右が西へ向かう東海道。左が海辺のイッコクに繋がる道だ。お嬢様のご希望は?」

「海、海がいいっ!」

「あいよ」

 

 東海道はそれなりに通行が多いからか、フェラル・グールすらほとんど見かけない。

 だが東海道を逸れて一車線しかない狭い道に入ると、急にフェラルが多くなった。

 

 見えたら軽トラを停め、降りて狙撃。

 死体の場所まで進んで剥ぎ取り。

 

「ねえ、アキラ」

「やっぱ剥ぎ取りはいちいちしてらんねえかぁ」

「うん。だって100メートルも進まないうちに次のフェラルが見えちゃうんだもん」

「だなあ。って、あぶねっ!」

 

 ブレーキを蹴っ飛ばす。

 

「きゃあっ! な、なになにっ!?」

 

 民家の陰から急に飛び出してきたモングレルドッグ。

 歩くほどのスピードしか出していなかったので轢かずに済んだが、そうでなければせっかくセイちゃんが直してくれた軽トラを凹ませてしまうところだった。

 

「交通ルールを守りやがれ、犬コロ!」

「グルルゥ」

 

 これはまいった。

 

 ギアをバックに入れて、Uターンできそうだった民家の駐車場を目指す。

 

「あのグロいわんちゃんはいいの?」

「追って来るんなら、Uターンついでに殺るさ。軽トラの正面にいられると射線が取りづれえ」

「んー来ないみたい」

「なら、それでいいさ。しっかし、タレットがないと露払いがしんどくって進めねえな。これじゃ歩きのが楽なくらいだ」

「だねー。ウルフギャングさん達はどうしてたんだろ」

「荷台の上に上がったサクラさんがタレット代わり。それにトラックの前にゃ装甲板がはっつけてあっから、フェラルやモングレルドッグくれえ轢いても傷すらつかねえんだろ」

「そっかー」

「海へは新居駅まで戻ってから向かう。それでいいか?」

「別にそこまでしなくっていいって」

 

 チッ。

 イッコクのバイパス沿いなら多少は古臭くても、ラブホくらいあるはずなのに。

 

「ならやっぱ適当に走って、ミサキの漁りたい店でも探すか」

「はーい」

 

 東海道がどこをどう通って京都まで伸びているのかは知らないが、あまり進むと豊橋という街に拠点を構える大正義団とカチ合ってしまいかねない。

 

 Uターンをして広い東海道に戻り、窓を全開にしてからタバコに火を点けた。

 エンジンはかけたままだが、サイドブレーキは引いてある。

 

「完全にミスったなあ」

「そう?」

「ああ。東海道は店を漁ってると大正義団なんかが通りかかったらヤバイし、鷲津駅方面は特殊部隊とシズク達が向かう予定だろ」

「だねえ」

「かといって狭い道に踏み込むと、タレットのねえ軽トラじゃ進むのに時間がかかる」

「じゃあどうするの?」

「みんなが働いてんのに、俺達だけ部屋でイチャイチャしてんのもなあ」

「バ、バカなこと言わないのっ!」

「けっこうマジでそうしてえんだが、まあそうもいかんよなあ」

「う、うん。ねえ、だったらいい考えがあるんだけど」

「へえ。是非とも聞かせてくれ」

 

 煙を吐きながら聞いたミサキの提案は、たしかになかなかいい考えだった。

 

 大昔、ではないのだが、俺達がこちらの世界に来て出会い、さらにシズクとセイちゃんに出会う直前に遠目から眺めた高校。

 そこの校庭を数えるのもバカらしくなるようなフェラル・グールが徘徊していたので、進む方向を変えたら小舟の里の食料調達部隊と出会ったのだ。

 

「どうかな? 別の浜名湖が見える方の学校は殲滅したけど、あっちは手をつけてないの」

「悪くねえ。たしか校庭の門は閉じてたから、校門の上にヘビーマシンガンタレットを設置しちまえばいいんだもんな」

「うん。アキラならああいう場所で安全に、自動レベル上げみたいのができそうって思ってたんだ」

「あっちは小舟の里に近いからか、さっきの細い道ほどはフェラルもモングレルドッグもいねえ。そうすっか」

「うんっ」

 

 ミサキの案は大当たり。

 それどころか、ヘビーマシンガンタレットを設置した後はヒマすぎて、軽トラの運転席でイチャコラする余裕まであった。

 

 ……ふうっ、ごちそうさまでした。

 

 



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影に怯える

 

 

 

「さあ、今日はアタシの番だ。昨日特殊部隊と漁った戦利品を取りに来た時、なぜかミサキは赤みの抜けてない蕩けた表情で助手席に乗ってたからな。当然アタシにもサービスしてくれるんだろ?」

「……イチャコラしてえなら家でいいじゃねえか」

「バカ者。アタシだって青姦とかカーセックスってのをしてみたいんだぞ?」

「こ、声がデケエっての」

 

 俺とシズクがいるのはメガトン基地の内側、門の目の前にある仮駐車場だ。

 そこには見習いの見張りショウだけでなく、指導でもしに来たのか特殊部隊の居残り組の姿もある。

 元隊長が朝っぱらから妙な事を大声で言っているので、どちらも苦笑しながらではあるが、気を使って聞こえてないフリをしてくれているらしい。

 

「今日はこれを使うんだったな。さ、早く乗れ」

「軽トラを駐車場に並べるから先に乗ってろ」

「わかった。服も脱いでおくか?」

「いらねえよタコ!」

 

 まったく。

 こんなんじゃ、昨日の薬局で手に入れた栄養ドリンクなんて夏までも保たなそうだ。

 

 軽トラを一番端に並べて出し、昨日セイちゃんが修理してくれたハイエースっぽいワゴン車の前に立つ。

 

 色々と手を入れたらしいが目立つのは車体の前後、ルーフに据え付けられたタレット2機。

 削り出しの金属部品で射角を制限してあるが、前後左右をほぼカバーしてくれるそうなので心強い。

 

 バンパーもフェラルやモングレルドッグなら簡単に轢き殺せる物に交換されているが、どうしてもフレームにダメージが入るので、あまり使ってくれるなと言われている。

 

「広くていいなあ、これ。いろんな使い道がありそうだ。後ろも広いし、アタシとカナタが運転を覚えたらナニが乾くヒマすらないんじゃないか?」

「どこのAVだ。しねえっての。いいから出すぞ」

「おう、好きなだけ出していいぞ。ふふっ」

「エロオヤジかっての」

 

 いつもの道を門まで。

 するとそれがガラガラと音を立てて開く前に、ニヤニヤ顔のジンさんがワゴン車に歩み寄ってきた。

 

 渡したい物があるので好都合なのだが、この顔じゃまずはソッチ系のネタでからかわれる。それにしばらくは耐えないとダメそうだ。

 

「おはよう、爺さま」

「おはようございます、ジンさん」

「うむ、おはよう。しかし朝から雌の顔をした女を連れて探索に出るとは。アキラは、アッチも腕利きのようじゃな」

「そりゃあ凄いものだぞ、爺さま。酒の席で聞いてた猥談とかなり違う。セイなんか、アキラは絶対にエロ系のPerkを隠し持ってるって信じて疑わない」

「ほっほ。愉しんでるようで何よりじゃ。その調子じゃぞ、アキラ」

「はぁ。ジンさん、これこないだ貰ったアレです」

「もう用意しおったか。……しかも5つも」

「山分けですからね。防衛部隊の若い衆に分けるなりして、なくなったら教えてください。また取ってきます。それより、どうせなら一緒に探索に出ませんか?」

「やめておこう。覚えたてのサルのような状態の姪っ子に嫌われてはたまらぬでの」

「さすがは爺さま。話がわかる」

 

 大声で笑い合う叔父と姪に肩を竦めて見せると、ジンさんは手を振りながら定位置である休憩場のテーブルに向かった。

 

 開いた門を抜けながら防衛部隊に会釈をして、東海道のどちらにも向かえる位置でブレーキを踏む。

 

「さて、今日のお姫様はどこへお連れしますかね」

「悪党のコンテナ小屋へ、だな」

 

 うっわ。

 

「え、えーっと。それは、だな。あーっと……」

「やっぱりか」

 

 これは、完全にバレてる。

 

 ジト目の美人な嫁さんにどう説明するべきか迷っていると、どうせ爺さまと2人で片付けたんだろうと苦笑いの表情で言われた。

 

「すまん」

「いいさ。それでアキラは素直になってくれたんだろうし」

「そこまで見抜くかよ? スゲエな」

「アタシだって戦う人間で、人を斬った経験もある。あんな目をして組み伏せられて腰を振られれば、嫌でも気がつくさ」

「……それはシズクが煽るからだろうがよ」

「なんとでも言え。それで、オススメの戦前の施設は?」

「欲しい物とか、戦いたいクリーチャー。そんなのを言ってくれりゃ、すぐに地図で調べて向かうさ」

「ふむ」

 

 シズクが腕組みをして目を閉じ、考えを巡らせる。

 

 さすがは爆乳という言葉の体現者。

 圧倒的な存在感だ。

 

 いやあ、これがあんな風になあ……

 

「よし」

 

 そう呟きながら瞼が開かれた瞬間、ガン見していたおっぱいから顔ごと視線を逸らす。

 こいつらとなし崩し的に同居生活を始めてすぐに身に着けた、クラフトやVATSにも劣らない俺の特技だ。

 

「決まったか」

「ああ。とにかく食える妖異か獣を仕留めたい。1匹でも多くな」

「交易に備えてか。磐田の街に流すなら、やっぱマイアラークかな。あっちじゃご馳走って話だ」

「冷凍庫の付いた車に軽トラのエンジンを移植する計画は本決まりなのか?」

「ああ。近いうちセイちゃんがエンジンを載せ替えるはずだ。そんでマイアラークの肉は、小舟の里で加工する。そうすりゃ雇用も増えて、一石二鳥なんでな」

「まったく。呆れるほどに頭の回る旦那様だ」

「誰でも思いつくっての。でもそれだってこっちの食いもんをあんま食わねえ俺に、『戦後になってから食い物は腐らんが、時間が経って表面が乾いたメシは味と値段が落ちる』ってシズクが教えてくれたおかげだ」

「たまにはアタシも役に立つだろ?」

「いつも大助かりだっての。んじゃ、まずはバイパスまで出て砂浜を見るぞ」

「任せた。それより、手か口でするのは今じゃなくていいのか?」

「防衛部隊に見られるっての、アホ」

 

 ウルフギャングのトラックの助手席からVATS索敵をして道は覚えていたので、国道一号線の橋の手前へはなんなく辿り着く。

 しかし、タレットの試射をしたい時に限ってフェラルもモングレルドッグも出てくれないとは。

 

「どうした?」

 

 国道一号線に乗り入れず、ブレーキを踏んで左右を見ている俺にそんな声がかかる。

 

「いや、左にあるロケーション。日本防衛軍陸軍検問所のある橋は、遠目からでも見張れるんでな。できれば行きたくねえ」

「ふむ。なら、進むべきは右か」

「いいや。このイッコク、国道一号線の向こうは砂浜らしいんだ。だから、そこにマイアラークが見えるなら狩り場にしてえんだが。いい感じに防波堤で視線も切れてるし」

「この辺りで狩るにしても、橋に近づかなければいいんだろう。どうして悩む?」

「フォールアウト4にゃ、マイアラーク・クイーンってクリーチャーがいた。それも、砂浜なんかにな」

「名前からしてマイアラークの上位種なんだろうが、手強いのか?」

「かなり。見上げるほどにデカくって、遠距離から酸液をかなりの精度で飛ばしてくる。またその酸が付着した地面にも、ダメージ判定がありやがってよ。わらわら湧いてくるマイアラーク幼生も厄介だ」

「丸ごと塩茹でしてしまえばいいツマミだが、厄介なのはたしかだな」

 

 シズク達にしてみれば当たり前の事でも、あれを丸ごと茹でたのをツマミにするとか。

 お願いだから口に出すんじゃねえという気分でタバコを咥える。

 

「シズクも吸っとけ」

「ほう。なら、踏み込むんだな?」

「そうなる。こっから見えてる堤防のてっぺんか、その少し下にタレットを設置。俺が狙撃で引っ張る」

「マイアラーク・クイーンとやらが出たら?」

「ミサイルタレットを出して防波堤の階段に身を隠す。それとミサイルランチャーのVATSでHPを削り切れれば良し、ムリそうならここまで走ってワゴン車で三十六計だ」

「了解。楽しくなりそうだな」

 

 こちらの世界でも車は左側通行で、ウルフギャングのトラックは装甲板がこれでもかと貼り付けてあるから、助手席から右側にあるはずの砂浜なんてチラリとも見られない。

 なのでどの程度の砂浜が堤防の向こうに広がっているのかは知らないが、そこそこの規模であるならば獲物には困らないだろう。

 

「よし、おっぱじめっか」

「タレット設置の護衛は任せろ」

「頼りにしてるよ」

 

 ワゴン車を降りる。

 

 逃げ帰る事を考えたら、足であるコイツは出したままがいいか?

 車泥棒やクリーチャーが出ても、タレットが撃ち抜いてくれる。

 

 いや、これは磐田の街の市長さん達が命懸けで案内をしてくれたおかげで発見し、セイちゃんが一生懸命に修理をしてくれた車両だ。

 少しでも不安があるならピップボーイに入れておくべきだろう。

 

「ふふっ。なんにせよまず堤防にタレットを設置して、狩りが長引きそうなら取りに来ればいいだけだろうに」

「あ、それもそうか。でも、やっぱ収納しとく。車の残骸もそれなりにあるしな」

「なるほど」

 

 ワゴン車をピップボーイに入れて、国道一号線バイパスを歩いて横断する。

 堤防を上がり切ると、やはり俺達のいた日本と変わらない、見渡す限りの大海原が見えた。

 

「ははっ。こりゃスゲエなあ」

「海の雄大さと美しさにも驚かされるが、右を見ろ。アキラ」

「ん? ってすげー。こっから右、ずうっと砂浜が続いてるじゃんか!」

「うむ。しかも波打ち際に、いくつもの不自然な盛り上がりがある。あれは普通の砂じゃないだろう」

「とびきりデケエのは、……見当たらねえな」

「マイアラーク・クイーンはいないのか」

「見える範囲には、だけどな。用心だけはしとこうぜ」

「わかった」

 

 念のためVATSを起動させ、砂が不自然な盛り上がり方をしている場所を見回す。

 間違いない。

 あれらはすべて、ただのマイアラークだ。

 

「ヘビーマシンガンタレットを出す。砂浜に卵がないかも見といてくれ」

「了解だ」

 

 マイアラークは縄張りでもあるのか、1匹か2匹が砂に身を隠す場所があると、そこから20メートルほど距離を置いてまた砂に身を潜めているらしい。

 ポツポツと並んでいる盛り上がりの1つを狙撃しても、砂浜全体のマイアラークが反応する危険は少なそうだ。

 

「ま、やってみにゃわからんけどな。ヤバそうなら逃げっから、とりあえずヘビーマシンガンタレットを3つだ」

「卵は橋の方向に多いみたいだぞ。あの距離じゃ、こっちまでは来ない」

「ラッキー。河口に近い場所に卵を産み付ける習性でもあんのかねえ」

「わからん。だがこれほどの砂浜がマイアラークの住処なら、いつ来ても獲物には困らず済みそうだぞ」

「ジンさんは、浜松の街の人間は兵士でも海に近づかねえって言ってた。逃げるならタレットなんか気にすんなよ?」

「わかってる。しかし、アキラの狙撃でカイティングか。懐かしいな」

「つい最近の話だろって」

 

 シズクの小さな笑う声と波の音を聞きながら、あの時はこれを使ったっけなとスコープ付きのレーザーライフルをピップボーイから出す。

 

「そう、それだそれだ」

「いくぞ」

「応っ」

 

 ビャウンッ

 

 独特の発射音。

 ダメージが低いとはいえ砂の中で休んでいるところを銃で狙撃され、マイアラークの1匹が怒りに任せて身を起こした。

 

「まだタレットは反応しねえか」

「階段にこうして設置すれば無駄な損傷を防げるな。さすがだ」

「銃身の向きには注意しとけよ? だからここから見下ろせる階段に、間を置いて、3機だけにしといたんだ」

「うちの旦那様はお優しいな。惚れ直してしまうじゃないか」

「よく言うぜ」

「しかも階段は何かと都合がいい。海を見ながら、潮騒の音を聞きながらなんてのもいいな」

「……しねえよ?」

 

 



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錬金術師の間道

 

 

 ミサキ、シズク。

 遠征後の休暇を終えた俺は、その順番で2人と1組になって探索に出た。

 成果はどちらも上々。

 

 そして今日は、カナタと出かける予定だ。

 俺はマアサさんとジンさんに朝から面会を頼んで、その帰りにウルフギャングの店の前で待ち合わせ。合流してそのまま出発となる。

 

「やっぱ待たせたか。悪い」

「うふふ、いいのよ。好きな男を待つ時間、女はこういう気持ちなんだなって理解できたから」

「はいはい。それより、昨日セイちゃんが修理してた3台のバイクは見たよな?」

「もちろん」

「1時間程度のドライブにならどれを使う?」

「アキラくん風に言うと、アメリカン・バイクってやつね。3輪じゃ重いし遅いしすり抜けが面倒だし、スポーティーなのだと悪路に弱そう」

「りょーかい」

 

 いかにも大排気量、という感じのアメリカン・バイクを出す。

 キーは、カナタに放った。

 

「あら、本当にボクが運転でいいの?」

「安全運転でな。俺は中型までしか経験がねえし、しばらくは後ろでいい。メットかゴーグル、要るか?」

「眼鏡で充分でしょ、お互い」

「はいよ」

 

 エンジンが始動し、微笑んだカナタが視線で乗車を促したのでリアシートに乗り込む。

 アメリカン・バイクには初めて乗ったが、親父が大昔から乗っていた国産の旧車とはかなり違う乗り物だった。

 

 車高の低さのおかげか、車体の幅やタイヤが太いせいかはわからないが、安定感が凄い。

 カナタのほどよいくびれに手を添える必要もないほどだ。

 

「これは愉しめそうね」

「お、おい。安全運転だぞ? 絶対だからな!」

「はいはい。それで、ボクは愛しの王子様をどこにお連れすればいいのかしら?」

「磐田の街だ」

「あらあら。昨夜ミサキ達とこそこそ内緒話をして、朝からマアサさんの執務室を訪ねたと思ったら。なるほど、そういう事なのね」

「まあ、セイちゃんがまさかの3台すべて修理って離れ業をやってのけたからなあ」

「人が良過ぎるのは美徳じゃないって知ってる、アキラくん?」

「知らねえし、そんなんじゃねえから。ほら、いいからとっとと行って、可能なら森町って入植地も見物してから帰ろうぜ」

「王子様の、お望みのままに」

 

 タイヤが軋む。

 

「バッ、安全運転でっ!」

「もちろんよ」

 

 とんでもない加速。

 それを感じた瞬間、景色がすっ飛んでゆく。

 と思ったら、またタイヤが軋んで俺は前方に投げ出されそうになった。

 

 ウルフギャングの店から小舟の里の正門と呼べる駅前門までの距離は、わずか200メートル足らず。

 それを数秒で駆け抜けて門の前で急停車したアメリカン・バイクを、防衛部隊の連中がポカンとした表情で見ている。

 

「メガトン基地のアキラ、その第四夫人カナタ。開門を希望するわ」

「あ、っと。は、はいっ」

「門番のお姉さん、申し訳ねえ。こんなん驚くに決まってるよな」

「いえいえ。メガトン基地の人のやる事ですから」

 

 どういう意味だよとツッコミたかったが、門にバイクが通れるほどの隙間ができると、カナタは大声でありがとうと言いながらクラッチを繋いでアクセルを開けた。

 

「カナタ!」

「なぁに、あ・な・た?」

 

 まーたコイツは……

 

「新制帝国軍と浜松の街の山師と行商人。行き帰り、そのどれにも発見されたくねえんだ。可能か?」

「ムチャな注文ねえ」

 

 ボヤく声を聞きながら、いつも装備している『黒縁メガネ』を『サングラス』に代え、『ガンナーの迷彩バンダナ』を顔に巻いて鼻と口を隠す。

 

 近いうち浜松の街の偵察に出る予定なので、兵士にも行商人にも顔は覚えられたくない。

 こんなご時世だというのに稼働品のアメリカン・バイクに、それも美人の後ろへ色っぽい腰を抱きながら乗っていたら、顔くらいは覚えられてしまいそうだ。

 

「誰かさんならできるかなってよ」

「あら。なら、あの話を信じてくれたのね?」

「まさか」

「ふうん。ま、いいけど。ご褒美をくれるんならやって見せるわ。この辺りの道も、戦前の地図でなら頭に入ってるし」

「頼む」

 

 カナタの言う『あの話』。

 それは、荒唐無稽な夢物語。妄想の類の話だ。

 

 ゲームのような世界に迷い込んだ俺が言うかとカナタは呆れていたが、どう考えたってそんなバカな話が信じられるか。

 

 できる限りカナタの肩口から顔をのぞかせるようにして、前方をVATS索敵しながら進む。

 道を知っているというのは、どうやら本当のようだ。

 

 アメリカン・バイクは人工的に創られたようにも見える弁天島を過ぎて舞阪に入ると、国道一号線でもそれに連結する東海道でもない、そのちょうど中間を縫うように伸びる狭い道を迷いも見せず進んでいる。

 

「なんなら、天竜川をボートで渡る? 小舟の里と磐田の街が手を組んだのを知った新制帝国軍に少しでも頭を使える人間がいれば、あそこの橋を押さえるでしょうし」

「……まだその段階じゃねえさ。普通に橋を渡っていい」

「そう」

 

 初めて磐田方面を訪れたのは、アオさん一家とサクラさんを助けに行った時だ。

 その時にもし磐田まで足を伸ばしていたのなら渡ったのはずだったのは、海を背にして天竜川を見て2つ目の橋。

 2度目、ミキと出会った時は3つ目の橋を渡った。

 そしてこのルートであれば、おそらくアメリカン・バイクは海から見て1つ目の橋を渡って、磐田の旧市街へ入る事になる。

 

 小舟の里と磐田の街。

 それを流通で結ぶなら、その3つのルートのどれかを選ぶのが理想だ。

 

 3つ、あるいは4つくらいのルートを、取引のたびに無作為に選択して待ち伏せされる危険を減らす。

 もしくはルートを固定して、その道をタレットなどでしっかりと守る。

 

 どちらがいいのかはわからない。

 

 そもそも、修理が困難な世界で車両を襲撃するバカなんているのだろうかと俺なんかは思ってしまう。

 俺なら尾行をして持ち主が車両から離れるのを待つか、人質を取って殺されたくなければ車両を渡せと迫るはずだ。

 

「あれがイッコクか?」

「ええ。あれを渡っちゃえば、浜松の街の連中にはまず発見されないはず。慎重を期して、降りてから歩いて渡る?」

「カナタの判断でいい」

 

 新制帝国軍は、ウルフギャングが小舟の里に滞在しているか住み着いたと思っている。

 そして、磐田の街と浜松の街の商人はかなり活発に取引を行っているらしい。

 

 先のことはわからないが、まだ天竜川に架かる橋を見張ったり、封鎖したりする情勢ではないだろう。

 

 それどころか正直に言えば、たとえいつか新制帝国軍が小舟の里と磐田の街の同盟を快く思わず、全面的に、決定的に敵対したとしても、お互いそんな事をするほどの兵力なんてなさそうだ。

 

「ちょっとごめんなさい。……見張りはいない、か。フェラルが20と少しいるけど、走り抜けちゃうわね」

「頼む」

 

 国道一号線の手前で徐行程度までスピードを落としただけで、カナタは見張りがいないと確信し、さらにフェラル・グールの群れまで発見したようだ。

 

 VATS索敵のおかげで俺もフェラル・グールの存在には気づいていたが、VATSの探知範囲にいたのはわずか10ほど。

 その先の、それこそ車の残骸や店舗の駐車場の植え込みに隠れたフェラル・グールを、この知的美人な嫁さんはどうやって発見したというのか。

 

「言ったでしょう。ボクは、誰よりも索敵が得意だからスナイパーをしてるだけだって」

「人の心を読むな」

「わかりやすいんですもの。うちの旦那様ったら」

 

 アメリカン・バイクは工場地帯を突っ切るように進んでいる。

 その景色がありふれた住宅街のそれになって少しすると、今度は大きな団地が見えてきた。

 崩れかけている建物すらない、かなり状態の良い団地跡。

 

「こりゃスゲエ」

「団地の反対側は公園。その先にはまた大きな公園があって、海側には砂丘もあるのよ」

「へぇ。ここいらに集落は?」

「あったら通らないわよ」

 

 それほど大きくはない橋を渡った先にも、また団地と公園。

 左折して戦前の農地を通り、その先を右に折れると、フォールアウト4ならいかにもガンナーが根城にしていそうな橋が見えてきた。

 

 ブレーキ。

 

「停まったって事は、あのいかにもな橋にゃやっぱり?」

「いるわね。釣りとマイアラーク狩りだけでも暮らしてはいけるのに、旅人や行商人を見ると襲いかかってくるバカな悪党が」

「サクッと殲滅しとこうって事か」

「ええ。アキラくんにスナイパーという兵種の使い方を覚えてもらう、いいチャンスだわ」

「俺なんぞが人を使う気なんかねえよ」

「あら。じゃあ戦争になったらボク達は小舟の里で監禁でもされるの?」

「そうは言わねえがよ」

 

 ミサキ、シズク、セイちゃん。

 それとこのカナタに戦争なんてして欲しくないからこそ、俺は……

 

「メガトン基地の特殊部隊とジローの部隊に手を貸して戦争の早期終結。わかるけど、少しでも間が開けばお嫁さん達は動くわよ? おそらく、ウルフギャング夫妻と一緒にね」

「カナタが説得して止めりゃいいさ」

「それはムリよ」

「なんでだよ?」

「ボクはアキラくんと動くもの」

「勝手に決めんな」

「ダーメ。それで、作戦は? 悪党の数は10から20。武装は手入れもしていない戦前の小銃と拳銃がせいぜいで、3分の2は鈍器なんかよ」

 

 橋で暮らす10や20のレイダーなんて、フォールアウト4では主人公の小遣い稼ぎに蹂躙されるような存在だ。

 倒すのは簡単だが。

 

「橋の先は?」

「工場や農耕地、それに郊外の住宅街。今の磐田の街までの距離を3としたら、ここは2。そんな感じね。残り1の途中からは店や住宅が密集していて、磐田の手前で東海道本線の線路も越えるわ」

 

 となると、トラックなんかで交易をするにしても、ここはまず使わないルートか。

 

「旧市街の様子は?」

「このバイクを取りに行った時に見た通りよ。それなりのフェラル・グール、たまに見かける巨大ローチ。忘れた頃に吠え声を聴くモングレルドッグ。大きな店なんかにはイカレちゃったプロテクトロンなんかもいるけど、旧市街を駆け抜けるだけなら手は出してこないわね」

「ったく、その覚えの早さは何なんだ。フォールアウト4の用語を俺と同じくらい理解なんて、ミサキでもしてねえってのに」

「うふふ。好きな男の事は、なんでも知りたがるのが女よ。言葉なんかをマネするのもそう」

「へいへい。デスクローは出ねえのか? 出会った時、ミキはあれに追われてたが」

「高速道路、戦前の東名高速の向こうに広がる森や山に近寄りすぎたからよ。デスクローは狩りをして暮らす肉食動物だから、フェラル・グールの多い市街地より、獣型や虫型の獲物が多い山間部で暮らすわ」

「なるほどねえ」

 

 距離こそ少し増すが、危険はそれほどでもないと。

 

 新制帝国軍だろうが小舟の里だろうが、トラックで磐田の街に移動するならばまず通らない道。

 そしてそこが封鎖されていれば誰もがそこをトラックで通り抜けるとは思わないが、俺が同行していれば簡単にそれが可能となる。

 

「決めたみたいね」

「ああ。このルートはバイク専用にするぞ。そう見せかけて、ヤバイ時はトラックも使うんだがよ」

「それで?」

「セイちゃんのレベル上げには時間がかかるし、そもそもニコイチ修理でしか直せねえバイクなんかを蘇らせるPerkなんて手に入るかわからん。でもな」

「あの子なら手に入れてしまうかも、そう思っちゃうわよね。どうしても期待してしまうの」

 

 カナタが苦笑する。

 

「そうなんだよ。だからここはバイクが小舟の里から磐田の街へ急行するような事態の時に使う、その逆の時も使えるルートとして覚えておこうぜ」

「緊急時の伝令。それと、バイク部隊の強襲ルート。そしていざとなれば、新制帝国軍と戦闘が始まった時にはアキラくんと一緒にトラックが通る隠し通路、って事ね」

「そうなるな」

「アキラくんなら、トラックがすり抜けられない幅を残して橋を封鎖するなんて簡単だものね」

「そうなるな。だったらコンクリートで、まずは遮蔽物を作るぞ」

「そこから狙撃ね。任せてちょうだい」

 

 



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新掛塚橋蹂躙戦

 

 

 小舟の里の図書館から借りた本によるとその昔は『暴れ天竜』なんて呼ばれてもいたらしい大河、天竜川に架かる、最も河口に近い橋。

 それは二車線の車道と、3輪バイクがギリギリ通れないくらいの幅の歩道が片側だけにある、それほど大きくはない橋だ。

 だが河口に近いだけあって、長さだけは結構なもの。

 

「うっし、悪党を片付けるまではこんなもんか」

「あっという間にこれだもの。呆れるしかないわよねえ」

「まあな」

 

 コンクリートの土台を2つ。

 

 それを並べただけで、この橋を車が渡るのはほぼ絶望的になった。

 バイクが通るために中央に隙間を設けたのだが、その幅は3輪バイクは通れても軽トラでは抜けられないくらいにしてある。

 コンクリートの土台の高さは、3メートルほどか。

 その上には、木製の階段で上がる。

 

「バカな悪党達は、いきなり現れたこんな高台から狙撃されるなんて夢にも思ってないでしょうね」

「右左、好きに選べ。俺はどっちでもいい。それと高さが足りねえなら、すぐにもう一段積みあげるからな」

「はいはい。あの一夜城を建てた羽柴秀剛って、アキラくんの同類だったのかしら」

「へえ。こっちにもエロ猿はいたのか」

「あ、ヤダ。言われてみればそっくりじゃないの。女好きな所まで」

「……否定はしねえが、頼むからもうちょっとオブラートに包め。お願いだから」

「絶倫でプレイの種類を問わないド変態、とか?」

「うっせ。後で覚えてろよ。いいから狙撃準備だ。ほら、預かってた勝利の小銃」

「んふ、楽しみにしてるわ」

 

 狙撃はコンクリートの土台の上ではなく、そこに半分ほど身を隠せる状態で接続した階段から行う。

 コンクリートの土台とコンクリートの土台の隙間にヘビーマシンガンタレットを設置すれば、準備は完了だ。

 

「おっと、忘れてた」

 

 昨夜のうちに、勝利の小銃と一緒にカナタから預かっていた戦前のパワーアーマーをアスファルトの上に出す。

 

「あら、別にいのに」

「念のためさ」

「なら試したい事があるんだけど、お願いしていいかしら?」

「……言ってみな」

 

 正直、嫌な予感しかしない。

 このいかにも頭が切れそうな美人の嫁さんは、それ以上に頭がぶっ飛んでいるので、たまにその発想に恐怖すら感じてしまう時がある。

 

「アキラくんも似たようなものよ。自覚がないって怖いわねえ」

「だから人の思考を読むな。で?」

 

 くいっとメガネを直しながら、カナタが微笑む。

 

「パワーアーマーを装備した2人がアメリカン・バイクに乗って追撃してきたら、徒歩でなんて逃げ切れるはずがないわよねえ。たとえそれが、新制帝国軍の兵士でも」

「いや、それは俺も考えちゃいたがよ」

 

 この橋の悪党がどれほどバカなのかは知らないが、遠方から狙撃されたら身を隠すくらいはするだろう。

 

 そこに、俺のミサイルランチャーが火を吹く。

 たとえ隠れても爆風で殺されるとなれば、もう生き残りの悪党は逃げ出すはずだ。

 

 追撃しての殲滅戦。

 

 101のアイツが運び屋であるミサキに宛てた手紙によると、名前の前に悪党なんて単語が表示されるのは、人を脅して奪って犯して殺し、さらにその後で食料にしている連中であるらしい。

 なので、殲滅には賛成ではあるのだが。

 

「バイクのタンクは防弾板で守られてるし、タイヤのすべてが保護できる訳がないけどフェンダーだって防弾板を加工した物よ。もちろん、ボク達はパワーアーマーだからミサイルでも飛んでこなきゃ平気だし」

「まあ予備のタイヤと工具はピップボーイに入っちゃいるから、俺でもパンクくれえは直せるが」

「なら、決まりね。エンジンはかけたままにしておくわ」

「へーい」

 

 このもっとも最近になって出会った嫁さんは、少しばかり自分を大切にする気持ちが足りないようだ。

 今夜あたり、その辺をキッチリと話し合っておこうか。

 

 まずは半脱がしで、じっくりねっとりと。

 そこから……

 

「顔がエロいわよ、旦那様?」

「失敬な。戦前の国産パワーアーマーをショートカットキーで装備っと」

「それ、本当に羨ましいわねえ。……パワーアーマー装備完了。こちらもOKよ」

「んじゃ、パーティータイムだ」

 

 カナタが右のコンクリートの土台に上がったので、左の階段を上りながらミサイルランチャーをピップボーイから出す。

 

 ユニーク武器、『パーティースターター』。

 人間に与えるダメージが50%増加するミサイルランチャーだ。

 

 フォールアウト4のボストン金融地区のグッドネイバーでこれを売っているのは、K-L-E-Oという女性型のアサルトロン。登場人物の中でも、かなり好きなキャラクターだった。

 俺は彼女の『いつか殺すリスト』にほぼすべての自キャラの名前を入れてもらったほどのイイ仲なので、世界に1つしかないはずのパーティースターターが俺のピップボーイに10以上入っている。

 

 その中から、『クアッドバレル』と『標的補足コンピューター』というモジュールの付いている物を選ぶ。

 

 クアッドバレルは、単発式のミサイルランチャーを四連装に。

 標的補足コンピューターは本来は直進するだけのミサイルを、マーキングした敵をかなりの精度で追いかけるする追尾ミサイルへと変更してくれるトンデモ部品。

 

「またずいぶんと物騒な武器を出したわね。こっちは準備OKよ」

「高さも充分。うっは、うじゃうじゃいるなあ」

「12、今のところ確認できるのはね」

「コイツでまとめて吹っ飛ばして平気だよな?」

「男の上で腰を振ってる悪党の女のそばに順番待ちが3人いるし、テーブルじゃ年嵩の男がマズそうにしながらスープだけを口に運んでるわ」

「あそこにゃ悪党が犯す女も、食える男もいねえって事か」

「そうなるわね」

「なら遠慮なく掃除をしてやるかな。3カウントだ」

「ええ」

「3、2、1……」

 

 0の声はない。

 俺もカナタも、無言でトリガーを引いた。

 

 尾を引いて飛んでゆくミサイルが着弾する前に、スコープのない俺からは取っ組み合いの喧嘩でもしているようにしか見えない2人の片方が崩れ落ちる。

 

 それを見ながら、次をマーキング。

 すかさずトリガーを引いたところで、大音量の爆発音をパワーアーマーの集音マイクが拾った。

 次が爆発する前に勝利の小銃がまた1人、また1人と悪党を撃ち殺す。

 

 そしてまた大爆発。

 

 日本のレイダーである悪党はこんな派手な戦闘には慣れていないからか、爆発に巻き込まれて仲間が挽肉になっても、粗末な小屋から出て来てキョロキョロするだけで散開などしなかったので、それだけで群れの大部分が壊滅してしまった。

 

「たった2発でこれ? オーバーキルにもほどがあるわ。もう、残りは3人しかいないじゃないのよ」

「そういう武器なんだから仕方ねえだろって。おら、行くなら急げよ」

「はいはい」

 

 パーティースターター、放り投げるようにして渡された勝利の小銃、それに通り道を塞ぐヘビーマシンガンタレットを収納。

 タイヤを鳴らしながら前に出たアメリカン・バイクに飛び乗る。

 

「残り3なら、コイツでいいか。……いや、こうだな」

 

 走り出したバイクの加速を感じながら呟く。

 

 右手に爆発の10mmピストル。

 左手にデリバラー。

 

 ゲームじゃしたくてもできなかった2丁拳銃。

 

 ミキの装備を見ていつかやろうと思っていたので、これを試せるのは少し嬉しい。

 セイちゃんが付けてくれたらしい頑丈なリアステップに体重を預け、カナタの背後で立つようにしてから両手を伸ばす。

 

「ちょっと、ボクだって直進しながらツーショット.44での射撃を試したいのよ?」

「わかってるって。左の1人は残すさ」

 

 カナタはパワーアーマーを装備する前にホルスターから抜いてコンクリートの土台にでも置いていたのか、コンクリートの土台から飛び降りる時にはもう左手にツーショット.44ピストルをぶら下げていた。

 

 だからこそ俺は左に最も使い慣れ、VATSに適したデリバラーを選んだのだ。

 

「まずは右っ!」

 

 トリガー。

 跳ね上がる銃口を押さえ込む。

 

 背が高くひょろっとした男の背中が爆ぜ、そこが抉れて鮮血を噴き出しても、前ほどには心が痛まない。

 

 当たり前だろう。

 俺は決めた。

 だから、これでいい。

 

「お見事」

 

 ね、さすがはボクの旦那様。

 と続く声は、まるで動画をスロー再生した時のように聞こえた。

 

 VATS起動。

 それだけで、俺の感じる時の流れは極端に遅くなる。

 後は時の流れの遅い世界で、敵を撃ち抜いてやるだけ。

 俺の命綱であるVATSは決して索敵用なんかではなく、これが本来の使い方だ。

 

 足に1発、頭部に3発を選択して決定キーを押すイメージ。

 銃の右左の選択肢は特に出なかったが、左のデリバラーで撃ちたいと思いながら選択キーを押すと、APの消費量でデリバラーでの攻撃になっていると確認できた。

 

 VATS発動。

 指がトリガーを引いたのは、3度だけだった。

 

 それだけで背中を見せて駆け出した悪党は、叫び声すら上げず雑草が目立つアスファルトに転がってしまう。

 

「ラストは任せた」

「ありがとう。そのまま動かないで」

「ん?」

 

 返事の代わりに、カナタがハンドルを離す。

 

 すうっと上げられた右手には、俺が渡したツーショット・ブルバレルアドバンス.44ピストル。

 そのグリップに左手を添えたカナタは、きっとあのSっ気たっぷりな笑みを浮かべているのだろう。見なくともわかる。

 

「バイバイ」

 

 銃声。

 それに無防備な後頭部に.44口径弾を受け、走る悪党がその速度を乗せて体をアスファルトに叩きつけられた音が続く。

 

「お見事。アクセルの固定、それとスタビかなんかで手放し運転の直進性を上げるのもセイちゃんカスタムか」

「ええ。さすがよね」

 

 バイクという乗り物は、当たり前だがアクセルを離せば制動がかかる。

 それにいくらアメリカン・バイクでも、両手を離して射撃なんかすればバランスを崩して当然だ。

 

 セイちゃんはこのバイクが戦闘で使われる物であるから、特にリクエストはせずともそういった改造をしてくれたのだろう。

 

「んじゃ、ちっと停めてくれ」

「あら。どうして?」

「道に並んでる小屋だの車の残骸だのを片しとくんだよ。んで橋の向こうの入り口も、コンクリートの土台で封鎖しとく」

「なるほどね。ならUターンするから、回収はリアシートに乗ったまますればいいわ」

「サンキュ」

 

 ゲームとは違って臭いまであるバラバラ死体をあまり見たくないからありがたい。

 

 もしこの悪党達にまだ仲間がいてそいつらが戻ってきても、ねぐらにしていた橋の建物や家具がきれいさっぱり無くなっていれば、ここにまた住みたいとは思わないだろう。

 違う悪党が、狩り場を探して移動してくる可能性もないとは言えない。

 多少は手間でも、後々のためにそうしておくべきだ。

 

 アメリカン・バイクでの追撃中に発見の通知が来たが、ここは『新掛塚橋』というそのまんまの、いかにも日本っぽい名前のロケーションであるらしい。

 

 すべてを終えてピップボーイの時計を見ると、時刻は午前9時12分。

 まあこんなもんかと、パワーアーマーを装備解除して戦前の黒いスーツを着ているカナタに磐田の街を目指してもらった。

 

 



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輪郭

 

 

 

「見えたわね。たった数日前にやっと抜け出した、クソッタレな故郷が」

「そう嫌ってやんなって。故郷は故郷だろうに」

「アキラくん。あっちの地球に明日いきなり戻されても、同じ事が言えるの?」

 

 当然だ。

 

 そう返そうと思ったし口は動きかけたが、俺はバイクが磐田の街の門の前で停まっても何も言えずにバイクが動き出すのをただ待った。

 

 ミサキを日本に帰してやれるなら、俺は何だってする自信がある。

 相手が101のアイツでも、そうだ。

 

 だが、自分も帰りたいのかと問われるのなら、おそらく首を横に振るはず。

 

「ありゃ」

「どうしたの?」

「いやてっきり、ガレージにバイクを置くもんだと」

「アキラくんのピップボーイの中より安心な駐車場なんてあるはずないでしょ。収納したら熊ジジイの執務室へ行くわよ」

「へーい」

 

 2人で訪ねた執務室では、留守番を頼まれたというジローが1人でエロ本を読みながら茶を啜っていた。

 

「小熊ちゃん、親熊は?」

「よう、新婚さん。親父なら商店街の見回りだよ。そろそろ帰ってくんじゃねえかな」

「なら待ちましょうか。アキラくん、座って」

「んじゃ失礼して、ついでに缶コーヒーを3つ」

「ありがと」

「茶の代わりに戦前の缶コーヒーとか、アニキはさすがだよなあ。こんなの普通なら、祝いの席で下戸全員がお猪口に注ぎ分けて舐める高級品だってのに」

「たまたま持ってるだけだからな。それよりジロー、バイクの運転はできんのか?」

「おう。親父が戦闘に出なくなるかくたばるかしたら、あのサイドカー付きは俺が使う事んなってるぜ」

 

 そんな日が来るなんて想像もできない。

 

 まあ新制帝国軍の連中は、それを心待ちにしているらしいが。

 よくて200人しかいない軍隊。

 それがジンさんや市長さんのような、なんというか、無双シリーズの登場人物のような一騎当千の強者を恐れるのはわかるような気もする。

 

 撃ち殺せば終わりなのに。

 

 俺なんかはそう思うし、もしかしたら新制帝国軍の中にもそう考えている連中はいるのかもしれない。

 ただ指揮官は、兵の10や20を斬り殺されたらと思うと簡単には軍を動かせないのだろう。

 200しかいない兵士をたった1人に20も殺されたら、人員なんてあっという間に枯渇してしまう。

 

「間違いなく3輪バイクを選ぶでしょうね、熊親子は」

「ピップボーイがないと、積載量は大切だもんなあ。んじゃ、こっちはカナタが気に入ったアメリカン・バイクを使わせてもらうか」

「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか2台もこの家に渡すつもりなのっ!?」

「当たり前だろうに。ミサキ達もジンさんもマアサさんも賛成してくれたぞ」

「ボクは聞いてないけど?」

「そりゃあな。カナタはこの家の人間だから、2台じゃ多すぎだって言うだろうし」

 

 タバコを咥えてジローに箱を渡そうとすると、その箱がひったくられる。

 どうやら四番目の嫁さんは、かなりご立腹であるらしい。

 

「絶っ対に認めないわよ。壊れたバイク本体よりその修理費が高額なのは火を見るより明らかでしょ、なんでそれなのに2台も渡すのよ!」

「市長さんの家が代々守り続けてきたモンだからだろって」

「だからって!」

「なんじゃなんじゃ、朝から騒々しい」

 

 豪快にドアを開け戻ってきた市長さんが呆れながら言う。

 

 助かった。

 ジローの顔に、そう大きく書いてあるのが見えそうだ。

 突然始まった、痴話喧嘩のような言い合いにどうしていいかわからずオロオロしていたから、まあそうもなるか。

 

 ソファーセットの上座に腰を下ろした市長さんに、カナタが事の成り行きを説明している。

 

「……って訳なのよ。ボクが怒るのも当然でしょう?」

「そうじゃのう」

「でもバイクを修理したセイちゃんは、身内の修理や整備じゃ、パーツの材料費とお小遣いみたいな工賃しか貰わないって決めてるんです。今回のこれだってカナタ姉の家のバイクを直しただけだから、いつもと同じでいいって」

「ふむ」

「そういうのを修正するのがアキラくんの役目でしょう?」

「って言われてもなあ」

「これから先、そんな甘い考えじゃダメよ」

「まあ生活費なんかは、山師仕事でちゃんと稼ぐからさ」

「そうじゃなくって!」

 

 またカナタの語気が荒くなった。

 

「そ、そんな怒んなって」

「怒りもするわよ! なんなの、そのお気楽さは!」

「まあこれが俺だし」

「そうだとしても、今からもそれじゃダメでしょう!? 純粋だった少年が豊かなだけの世界に失望して、でも世界を壊したいとなんてどうしても思えなくって、ゲームっていう遊戯に逃げ込んでいた。そうよね!?」

「まあ、そうだなあ」

 

 逃避。

 

 そう言われたら、頷くしかない。

 俺がゲームばかりしていたのは他の娯楽、たとえばテレビを点けると、そこには見たくないものしか映っていなかったからだ。

 

 悲惨な事件は毎日のように起きて、減る気配など欠片もない。

 政治がどうこうとか考えるのなら、まず世界中の大国が振りかざす理不尽をどうにかしないと話が始まらない。

 

 音楽番組ですら、見ていると哀しくなった。

 未成年の女の子がミニスカートから、下着ではないが下着にも見える下穿きをチラチラ見せながら踊る。

 大人達の指示で、だ。

 

 恋だの愛だのもそう。

 生臭くない恋愛なんてそうは見当たらなかった。

 それに現実でも俺程度の男に告白されてOKする女の子なんていないか、いても申し訳なくてすぐに別れるという確信があった。

 

 俺はそんなのを見ても聞いても経験しても嫌になるだけだから、ゲームやマンガが好きだった。

 やるもやらないも、読むも読まないも、俺の自由。

 選択肢も充分に用意されていたから、ずうっと好きな世界だけに浸っていられた。

 

「そんなアキラくんが、もうすでに壊れた世界に招かれた。あなたは、自分がそうしたいから小舟の里に助力したんでしょう?」

「そりゃそうだ」

「それで食料を狩りで得るだけだった、シズクの率いていた隊がどうなったの? 今じゃ近隣で一番の装備を身に纏って、自分達は小舟の里の特殊部隊だと胸を張って名乗って。今までは手紙を出すのも困難だった磐田の街と交易を始めようってのよ?」

「……おう」

「どうせ自分はたまたま資材と装備と、クラフトって特技があっただけ。そう思ってるわよね?」

 

 頷く。

 その通りだからだ。

 

「でも俺は、したくなきゃやらねえし」

「だからしたくなった時に、そのしたい事をするお金がなかったら困るでしょうと言ってるのよ」

「と言われてもなあ……」

「がはは」

「笑い事じゃないのよ、熊」

 

 市長さんがタバコの箱から抜いたそれを咥え、ライターで火を点ける。

 紫煙を吐いた市長さんは、カナタとまっすぐに目を合わせた。

 

「嫉妬はそのくらいにせい」

「なんですって?」

「すでに滅んだ世界をどうにかしたいと心から願いながら、それができぬ己に失望して戦前の本の中の世界に逃げ込んだ女。そんな女が、戦前かそれ以上に豊かな世界から現れた、そんな世界にすら失望していた男に惚れた」

「それが悪いの?」

「別に悪くはない。ただ、嫉妬交じりの期待を惚れた男に押し付けるなと言うておる」

 

 今度はカナタがタバコを咥える。

 ただその手は、ライターへ伸ばされない。

 

 タバコは、色も形もいい唇の間で揺れるだけ。

 

「アキラくんならできる。……ああ、違うわよ? できるじゃなくって、自然とやってしまうって事」

「そんな思いはワシにもあるのう」

「でしょう? ちょっと話しただけだけど、剣鬼も間違いなくそう思ってるわ」

 

 おい、どういう事だよアニキ?

 

 ジローが小声で俺に問うが、どう返したものやら。

 

「アキラが好きに生きるという事は、アキラが好む状況が周囲に形成されてゆくという事じゃ」

「ええ。ミサキ、シズクとセイちゃん、小舟の里の特殊部隊、小舟の里そのもの。アキラくんは何もしていないと思ってるみたいだけれど、この短時間でそれだけの存在に多大な影響を与えてるわ。それも、そのすべてがいい方向へと向かってる」

「くくっ。カナタの性格ならば、さぞや歯痒かろう?」

「そうね。この人が、アキラくんがその気になれば、なってくれれば。日本に数カ所しかない、運よく核の被害を免れただけのクソッタレなこの地域が、荒野に生きる誰もがそこを目指して旅立つような楽園に生まれ変わるわ」

 

 ホントかよ?

 

 今度は声を出さず、ジローが視線で俺に問う。

 知るかと返して尻でも蹴ってやりたいが、市長さんとカナタがこんな表情で語り合っているのにできるはずがない。

 

「そうであっても、いや。そうであるからこそ、アキラは好きに生きるべきじゃ」

「ボクだってそう思ってはいるっ!」

「ならばなぜ」

 

 2人が睨み合う。

 市長さんは頑迷そうな唇をさらにへの字にして、カナタは実の父親を睨みつける目尻に涙を滲ませているようだ。

 

「すんません、ちょっといいですか?」

 

 さすがにこれは、口出しをせずにはいられないだろう。

 目の前で今にも泣き出しそうになっているのは、下手をすれば血を吐きそうな表情で苦悩しているのは、俺の女だ。嫁さんだ。

 

「よいに決まっとるわ」

「小舟の里と磐田の街、それと森町ってのが手を組む」

 

 ここ数日、ずっと考えていた事。

 今朝ジンさんにはザッとではあるが話して、詳しくは近いうちにウルフギャングとカナタも交えてじっくり話そうと約束をした。

 

 ついでにと言っちゃなんだが、ここで話しておこう。

 

「アキラくん、それで?」

「まずすべきは交通路の整備ですよね」

「車両をいくつか持っておるならば、そうなるかのう」

「あるのよ。セイちゃんがやってくれたわ。しかもお人好しの誰かさんは、そのうちの1台を磐田の街に運用させるつもりみたい」

「ふむ」

「続けます。次が、運転手の育成」

「そうなるのう」

「でもこんな世界じゃ、宝とも呼べる車両を預けられる人間なんてそうはいない」

「そこなのよ。小舟の里は、特殊部隊がいるからまだいいけど」

「カナタ姉さん、俺とうちの部隊じゃダメなのか?」

「ダメではないわよ。現実的には、それしかないと思うわ。とてつもなく心配だけど」

 

 ヒデエ!

 

 そんなジローの抗議は、当然のようにスルー。

 俺でもそうなのだから肉親である2人なら当然だろう。

 

「んで交易が始まって、いきなり街が豊かにはなったりしないけど、それでも物の流通が盛んになった俺達を見て、新制帝国軍はどう思いますかね?」

「当然、そのすべてを奪いに来るわね」

「無論じゃ」

「やっぱそういう予想になるか」

 

 2人が、いや、ジローまでが頷く。

 

「戦争なら俺だってアニキの役に立てるぜ。楽しみだ」

「それなんだがよ。いると思うんだよなあ」

「何がだよ、アニキ?」

「物流の大切さを理解していて、それを奪うよりも流れに組み入れてもらう方が得だって計算できる新制帝国軍の幹部」

 

 市長さんが唸る。

 カナタはこんなのを予測でもしていたのか、涼しい顔で持ち上げた缶コーヒーを飲んだ。

 ジロー、小熊ちゃんだけが『んなはずねえだろ』とでも言いたげな表情をしている。

 

 



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帰路

 

 

 

「いたとして、それをどうするの? 新制帝国軍の兵士はそのすべてがとは言わないけどクズで、甘い汁を吸えるから兵士になったような連中よ?」

「小舟の里が18、磐田の街と森町で50。この時代に必要な専業兵士なんてそんなもんです。小舟の里には防衛部隊というのが他にありますが、それは今ジンさんの指揮でマイアラーク漁をしながら門を見張ってるような感じだし」

「うちもそうじゃな。門番は兵ではなく門番、観客席や商店街で犯罪に対処する警邏は警邏じゃ」

「だから親父は、新制帝国軍を最低でも50にまで減らそうってんだろ? そのためになら死ぬ許可をくれたし」

 

 どんな許可だ。

 そしてそれをいい笑顔で話すな、小熊。

 

「俺のダチや仲間が死ぬくれえなら、俺が明日にでも浜松の街を焼け野原にして来るっての」

「ははっ、アニキは冗談もうめーなあ」

「冗談じゃないのよ、小熊ちゃん」

「は?」

「マジだ。街の外壁を一周して、出入り口に各種タレットを設置。高台にパワーアーマーのジェットパックで乗っかって、そこからヌカランチャーをありったけぶち込む。それだけで、住民の大半はくたばってくれるさ。次は目立つように狙撃、反撃が来たら街の外に飛び降りる。あとはタレットを修理して回ってりゃそれでいい」

「お、おいおい……」

 

 まあ、信じられなくて当然か。

 ジローは俺の戦闘どころか、音もなく現れたタレットがクリーチャーを倒すところさえもまだ見ていない。

 

「できるのよ。豊かで平和な世界で育った事も大いに関係してるけど、できるからこそアキラくんはそれを簡単にしたくはないの。わかる? ああ、熊に理解力なんてあるはずがないわよねえ。ごめんね、小熊ちゃん?」

「あんまイジメてやんなっての。浜松の街を、新制帝国軍のマトモな連中。まあ、いるかいないかはわかりませんが、そんな連中に奪らせる。数なんて、50程度でいいんです。それに山師として浜松の街に潜り込んだ俺が手を貸す。ヤバイ時はメガトン特殊部隊と、ジローの部隊にも出張ってもらってね」

「むう」

「可能だとは思うけれど、そんな事をするくらいならアキラくんが浜松の城主になった方がずっといいわ」

「俺が殿様なんかになったらヤベエだろって。まあ、とりあえず考えてみてください。時間はあります。まだいつとは言えませんが、俺は浜松の街へ偵察に行くつもりですし。話はそれからです」

 

 執務室は広い。

 だがその床には絨毯が敷かれているので、ミサキ達がどこかの建築現場を漁った時に見つけたブルーシートをまず広げた。

 

 その上に、バイクを3台出す。

 すべてセイちゃんが修理してくれた物だ。

 

 軽トラほどもある荷台の付いた三輪バイク。

 いかにも速そうなネイキッドスポーツ。

 ここまでカナタが運転してきた大排気量のアメリカン・バイク。

 

「そういえば、これの話をしておったんじゃった」

「忘れないでくださいって。んで、2台を選んでもらえますか?」

「本当によいのかのう」

「もちろんです」

「ならば。……あいたっ。これ、カナタ。親を蹴るヤツがおるか」

「フン。見損なったわよ、熊。老いぼれて欲を掻く事を覚えるなんて、恥を知りなさい」

「ええい、待て待て。話は最後まで聞くのじゃ。1台はカナタに、もう1台はジロウに選ばせる」

「あら」

 

 なるほど。

 カナタに1台を渡せば、実際の分配は俺達が2になると。

 別に気にしなくてもいいのにとは思うが、カナタは喜ぶだろうからありがたい。

 

「いや俺はいいって。親父のがあるし」

「ほう。言うておくが、ワシはまだサイドカー付きを手放さんぞ? バイクなら小舟の里までは2時間とかからん。バイクがあれば休みの日にアキラと、浜松の街を単独で壊滅させられると断言する男と、いつでも酒を飲んだり狩りをしたりできるというのに。そうか、ジロウはいらぬのか」

「いる、いりますっ!」

 

 予想通りジローが3輪バイクを、カナタがアメリカン・バイクを選ぶ。

 残りの1台は、俺とシズク辺りが運転を練習して使ってみればいい。使い道がないようなら、特殊部隊へ渡すだけだ。

 

「そんじゃ、とりあえず全部ピップボーイに入れてっと。ジローのはガレージに置いとけばいいか?」

「門でいいよ、アニキ。俺はこの後、森町に戻っから」

「へえ。俺達も市長さんが許可してくれるんなら、森町を見物に行こうって話してたんだ。部下と移動なら、ジローが着く頃にはもう帰ってるかな」

「ええっ。なら、のんびり一緒に行こうぜ。泊まる場所ならたくさんあるし」

「お嫁さんのいるアキラくんと独り者の自分を一緒にしないの」

「あ、そっか」

「そうなるなあ。いいですか、市長さん?」

「うむ。森町なら、好きに見て回るとよい。向こうの連中もカナタを知っとるから、問題なく入れるじゃろ」

「ありがたい。それと、こないだ言ってた門を守るための見張り台、ついでなんで建ててっていいですか? 銃座も設計をセイちゃんにしてもらって作ってきたんで、それも設置したいんですけど」

「世話になりすぎじゃのう」

「お互い様でしょう。それに、好きでやってるだけです」

「ありがたく厚意に甘えるかの。すぐにイチロウを行かせるで、好きに建ててよいぞ」

「了解です」

「気をつけて帰るのじゃぞ」

「はい。今日はいきなりの訪問なのに、ありがとうございました」

「義理とはいえ親子じゃ。何の遠慮も要らぬさ」

 

 親子と言われて感じた、気恥ずかしさとも誇らしさとも取れない感情を隠しながら礼を言い、また来ますと告げて腰を上げる。

 

 カナタだけでなくジローも一緒に来たので少しばかり騒がしかったが、見張り台とミニガンを載せて金具で固定するだけの銃座は問題なく設置できた。

 俺の説明を真剣な表情でメモを取りながら聞いていたイチロウさんは使用法や注意点をしっかりと理解したようなので、安心して任せてもいいだろう。

 

 まだ残念そうなジローにまたなと言って磐田の街を出る。

 運転は、もちろんカナタだ。

 

「どんなトコなんだ、森町って?」

「戦前のお寺とかに興味がない限りは、特に見る物もない狩りと農業の集落よ。東に向かうと核の被害が多くなるから、そちらとの交易を睨んだ立地ね」

「なるほど」

 

 緑が多い。

 まず思ったのは、それだ。

 

 辿り着いた森町は、特に防壁などは作っていないらしい。

 それゆえにか畑仕事をする男女までが粗末な武器ではあるが武装していたし、戦えそうにない子供や老人の姿もなかった。

 

「悪くはないんだけど、やっぱり物足りないわよね。この森町って」

「せめて防壁は欲しいなあ」

「言っておくけど、アキラくんをここに派遣する余裕なんてないわよ?」

「マジかよ。じゃあ、せめてパイプ系の銃をここの住民に提供するってのは?」

「お願いだからやめてあげて。こっちじゃ銃なんて、本当に貴重なの。そんなのを手に入れたら住民の半分くらいはすぐにここを出て、犯罪者か山師になってしまうわ」

「……難しいなあ、おい。そんなん言ったら、街を発展させて徐々に豊かになりながら教育に力を入れるしかねえじゃねえか。何年かかるってんだ」

「当たり前でしょう。アキラくんやミサキみたいな倫理観を住民に期待するなら、せめて3世代は後にしてくれないと」

 

 曾孫の代って……

 

「俺、確実にくたばってんですけど」

「それが嫌なら、王様にでもなるのね」

「はい?」

「大名でもいいわ。街を束ねて、法を定めて、信賞必罰を徹底する。犯罪には厳罰を科して、たとえば最も軽い刑でも領地からの追放とかね。そこをアキラくんが統治して守り抜く限り、誰も文句は言えないのよ。あとは豊かになってゆくだけ」

「さっきのって、マジで言ってたんかよ? 俺にそんな大それた事ができるかっての」

「やれるわよ。というか、やってもらわなくっちゃ困るわ」

「おいおい」

 

 いくらフォールアウト4の世界に紛れ込んだからって、自分が王様になっちまえはないだろう。

 まあ、いつか聞いた自分の声の事を思えば何も言えなくなるが。

 

「ボクは、本気だから」

 

 見つめ合う。

 

「…………おいおい」

「そのためなら死んだっていいし、使い潰して棄てられたって構わないわ」

「しねえし、すんな。頼むから」

「それくらいの覚悟があるって事よ。だから、ちゃんと考えてみて」

「って言われてもなあ……」

「そうする事でどれだけの命が救われ、どれだけの人間の矜持が守られる事か。アキラくんならわかるでしょう?」

 

 返事はしない。

 というより、できなかった。

 帰るぞ、とだけ言ってリアシートに跨る。

 

 森町の防備なんかは、たまにでもジローに会いに来た時に少しずつ整えるしかなさそうだ。

 

 アメリカン・バイクは森町から磐田の街を経由するルートではなく、東名高速を超えた辺りで右折して浜松方面に向かう。

 それから人目を避けて国道一号線のバイパスへ。

 

「海が見えると、帰って来たって気分になるな……」

「そういえばお昼も食べてなかったわね。海でも眺めながら食べる?」

「それもいいな」

 

 森町からここまで、カナタが言ったウェイストランドに秩序を取り戻す計画をずっと考えていた。

 どうしても思い出すのは、ウルフギャングが語った夢。

 101のアイツですら断ったそれを、俺なんかが。

 

 どれだけ考えても、答えなんて出るはずがない。

 だからこそ、少しぼんやりと時間を過ごしてみたいような気がする。

 

 カナタがバイクを停めたのは、行きに通った公園に乗り入れて少し走った場所だった。

 

「これが中田島砂丘よ。戦前は観光地でもあったみたい」

「へぇ。砂丘なんて、初めて生で見るな。ロケーションもまんま『中田島砂丘』だってよ」

 

 ミサキに預かってくれと言われたレジャーシートを砂の上に広げ、そこに並んで腰かける。

 そして2人の間に『美味しいデスクローオムレツ』、『ヤオグアイのロースト』、『完璧に保存されたパイ』を2つずつ出す。

 

「豪勢ねえ」

「そんな気分なんだよ。小舟の里の市場で買った、塩茹でしたイモと野菜のセットもあるぞ」

「食べ切れっこないでしょ、そんなに」

「そっか」

 

 メシを食い、食後の缶コーヒーを飲みながら一服。

 

「空まで鉛色をしてやがる」

「俺の気分みたいに、って? 詩人ねえ」

「茶化すなよ。もうすぐ、梅雨になるらしいなあ」

「ええ。風邪くらいでスティムパックを使うのもバカらしいから、山師仕事は雨が降ったらお休みよ」

「考える時間は、いくらでもあるか」

「そうね。ゆっくり考えましょ」

 

 レジャーシートから腰を上げたのは、それからしばらくしてからの事だ。

 帰り道も、俺は自問自答を繰り返していた。

 

 だが答えは出ない。

 

 カナタが言った、戦国時代のように領地を切り取って安全を保障する事で住民を法律に従わせる案。

 いつかウルフギャングが語った、日本を再建する夢。

 

 そのどちらも、ピンとこないのだ。

 

「ああくそっ。そのための具体策、誰かが上に立ってくれる前提での今やるべき事なら、いくらでも思いつくんだがなあ……」

「普通はそれすらできないのよ。だから、アキラくんに上に立ってもらうしかないの」

「こんな自分勝手でバカで弱っちい俺が、ねえ……」

「だから、急いで決めなくてもいいって言ったでしょ。ほら、小舟の里が見えたわよ」

 

 とりあえず帰って、しこたま酒でも飲もうか。

 

「それがいいな」

 

 



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突然の休日

 

 

 

 3日を働いて、1日の休み。

 

 それがこの世界の、日本のスカベンジャーである山師達の生活サイクルなのだそうだ。

 寝起きにする話かよと言ってやりたいが、相手がシズクなので話が唐突なのはいつもの事。

 

 ドコドコうるさいジェネレーターの音を聞きながら電熱器に載っているヤカンの湯でインスタントコーヒーを淹れ、ソファーに座ってそれを啜る。

 

「で?」

「いやだから、今日は休みにしようって話だよ」

「今までは週1の休みですらジッとしてなかった脳筋に言われてもなあ」

「うるさい。とにかく、これからは3勤1休だ」

「へーへー、シズク姫様のおっしゃる通りにいたしますだ」

「うむ」

 

 おそらくシズクが休ませたいのは、自分でも俺でもミサキやカナタでもなく、遠征後の休暇が終わってから修理にかかりっきりのセイちゃんなんだろう。

 それをどうにかして明日で終えてその翌日からレベル上げに出たいと、昨日の作業を終えて晩メシを食いながら目を輝かせて言っていた。

 あの様子ではレベル上げでもムチャをしそうなので、今から予防線を張っておくという感じか。

 

 そう思っていると、そのセイちゃんを連れたミサキがリビングである2階に上がってきた。

 

「アキラ」

「ん?」

 

 ソファーでインスタントコーヒーを飲んでいる俺の隣に座ったセイちゃんが、泣きそうな表情で名を呼ぶ。

 

「今日は休みって言われた」

「らしいね。俺もさっき聞いたよ」

「今日はセイの番だったのに……」

「あー」

 

 お嫁さんが4人に、夫は1人。

 しかも全員で共同生活。

 

 誰もそれに不満はないらしいが、それでもそこは新婚家庭。

 俺が探索に出る時は、日替わりで1人がそれに同行する事になっている。

 だから今日はセイちゃんの修理を手伝いながら、森町にどういう防備を施すべきか地図とにらめっこしながら考えようと思っていたのだが。

 

「というか、セイちゃん」

「ん?」

「頑張って今日のうちに修理を終わらせて明日アキラくんと探索に出るより、明日2人でイチャイチャしながら修理できる方が得じゃない?」

「……かも」

「でしょう? それに今日だって休みとなれば旦那様が張り切ってくれるから。ね?」

「ん。アキラ」

「な、なにかな?」

「またトイレしたあと、セイのを」

「ストップ! スタァァップ!」

「うっわ、またって言ったし……」

「さすが、セイはアキラのツボを心得てるなあ」

「うふふ。ボク達も、後で同じ事をしてもらいましょうか」

「しねえっての!」

 

 目の前のテーブルにあるマグカップと灰皿を脇に寄せ、そこに地図とノートを出した。

 この地図は遠征前にも磐田の街や工場に印を付けた物なので、磐田の街であるスタジアムはすぐに見つかる。

 次はそこから北上して、とりあえずの目印になる東名高速を探す。

 

「アキラ、探してるのはもしかして森町という集落か?」

「それだけじゃなく、天竜とかって集落も見ておこうかなってよ」

「おー。あたし達も行ってみたいねえ」

「アキラくん。もしかして、天竜に手を貸すつもりなの?」

「新制帝国軍とモメてるらしいからなあ。パイプ系の銃の提供でもして新制帝国軍の兵力を少しでも削れるんなら、まあ考えてもいいかなってよ」

「難しいと思うわよ」

「なんでだ?」

 

 カナタは天竜に何度かバイクで行っているそうで、その集落の立地や大きさ、暮らしぶりと集落の兵士を兼ねる猟師の武装や仕事内容までを話してくれた。

 

 集落は海から天竜川を遡り、東名高速を越えた先にある戦前の駅の周辺。

 人口は300程度。

 粗末ではあるが、いちおう防壁はある。

 

 生活を支えるのは山での狩りと天竜川での漁、それと女子供の仕事である畑仕事。

 漁師は刃物で武装しているくらいで、新制帝国軍と争いになってもあまり役には立たないらしい。

 だが狩りをする猟師は30ほどもいて、そのすべてが戦前の猟銃で武装しているそうだ。

 

「すごいねえ」

「新制帝国軍のトラックに2、30の兵が乗せられていても、1台相手ならいい勝負をしそうだな」

「公園にあるってゆー古い機関車が気になる。セイも行きたい」

「毛皮を身に纏って野山を駆け回る30人の猟師、ねえ。獣面鬼まで狩るようじゃ、現代のマタギだな」

「それに何より面倒なのが、どいつもこいつもかなり排他的な性格って事よ。行商人のマネでもして訪れなきゃ、門前払いでもおかしくはないわね」

 

 これは、諦めた方がよさそうか。

 

 集落の位置からして磐田の街が新制帝国軍に攻められた時、森町の部隊と合流して北側から、せめて陽動か、襲ってくるクリーチャーからジローの部隊を守る後詰めだけでもしてくれたら。

 そうすれば、東か南から新制帝国軍を殲滅するつもりで叩く事になる俺達が楽になりそうだと思ったのに。

 

「うーん……」

「まあ天竜の事なら、うちの小熊ちゃんに話を聞くといいわ」

「もしかしてジローは、もう天竜と連携を?」

 

 カナタが肩を竦める。

 

「まさか。あの戦闘バカに、そんな交渉力も先を見越す考えもあるはずないわ」

「ぐへぇ」

「今ミキがやってる成人の儀式を、あの小熊は12の時から天竜でやったのよ」

「へえ。じゃあ、天竜には今もジローが管理するカナタ達の家の支店が?」

「それもまさか、ね。あの子はあの集落を拠点にして狩りをして、毛皮と余った肉を蒸気機関車の飾られている公園で売ってただけ。そんな店なんて、本人がいなくなったら仕入れもできないから潰したわよ」

「さすがっつーか、なんつーか。まあでも、ジローは天竜の猟師なんかと顔馴染みではあるんだな」

「そうなるわね。あの子は父親似だから、あちらの長がすぐに気づいて便宜を図ってくれたらしいわ。天竜の猟銃の弾の補充や簡単なメンテナンスは、うちの店が古くからやっていたから」

 

 そうなると長との顔合わせくらいなら、ジローに頼んでも大丈夫か。

 

 排他的な集落。

 それも他に比べると兵士の数が多い集落なら、俺の話なんて歯牙にもかけない可能性は高い。

 だが可能性が少しでもあるなら、0ではないのなら話してみるべきだろう。

 

「まーたなんかムチャな事を考えてそうな顔」

「アキラだからなあ」

「ん」

「うふふ。ちなみにアキラくん、天竜とコンタクトを取る狙いは?」

「ある程度の友好関係を築ければ、お互いに取引をする街が4つに増える」

「まあ、そうね。それで?」

「その取引で集落が潤う事を覚えれば、新制帝国軍と決定的に対立した時、多少の戦力は出してくれるかなってさ」

「どうかしらね。老人は頭が固いから」

 

 天竜の長は老人か。

 長く生きているからそれが当たり前なんだろうが、ジンさんや市長さんのように話がわかる老人なんてのはそうそういないだろう。

 

「まあそれがムリでも、新制帝国軍とモメてる天竜が攻められた時に連携を取りてえ。顔繫ぎだけでもしときゃ、援軍を無碍に帰したりはしねえだろうし」

「そこで新制帝国軍の数を少しでも削っておこうって肚なのね」

「だな。それがなくても、俺達が新制帝国軍一強って状態をどうにかできれば。そうなれば車両の運用や、新しい入植地を作るのもずっと楽になる」

「入植地ってアキラ、まさか街を作るつもりなのっ!?」

「フォールアウト4じゃ、そんなのがよくあったんだよ。俺もレベルが10んなったから、そろそろそっちにも手をつけていいだろ」

「アキラくんのクラフトなら、そんなの1晩で作れちゃうものね」

「小舟の里が一番遠いが、例えば天竜川の河岸に交易拠点を作ってよ。どの街ともそこで取引ができるようにするとか。もし天竜川を船で移動できるんなら、できなくても小舟の里か磐田の街のトラックが荷とその護衛を迎えに行くなら、天竜って集落の長も話くらいは聞くと思う」

 

 リビングに静寂が満ちる。

 全員が全員、それぞれに頭を働かせているらしい。

 

 奇跡的に核の被害を免れた、それなりの地方都市。

 そんなのがこの日本にいくつあるのかは知らないが、そこに住む連中で争うなんて愚の骨頂だ。

 

 東には静岡県の県庁所在地である静岡。

 その先の道は神奈川、そしてこの国の首都であった東京へと続く。

 西には言うまでもなく大都会の名古屋。

 

 そういった大都市は核で壊滅しているし、動く車両すら滅多に見ないのだから、日本海側やその途中にある山間部の街は実際の距離以上に遠い。

 この地域は、陸の孤島のようなものだ。

 

 まとまらなくて、力を合わせなくてどうする。

 

「そうか。わかったぞ、アキラ」

「うん?」

「アキラはウルフギャングが300年かけて描いた、あの賢者ですら自分ではムリだと言った夢を実現するつもりなんだな」

「……へ?」

「そ、それって101のアイツさんのノートに書いてた『日本再生計画』っ!?」

「アキラなら可能。セイも手伝う」

「あ、いや。そんな大それたもんじゃなくってだな……」

「決心してくれたのね。ボク達アキラの妻4人は、その大望のためにならどんな苦労にだって耐えてみせるわ」

「ん」

「応っ」

「アキラ、あたし達も頑張るから。なんでもするから、だから頑張ろうねっ!」

 

 ……今、なんでもって言った?

 

 そんな冗談すら言えないくらい、女連中は勝手に盛り上がってしまっている。

 もう俺を見る目なんて、イケメン俳優かアイドルに向ける視線かってくらいキラキラだ。

 

「ま、まあそんなのは遠い将来の話だからな?」

「うんっ。でも、いつかそんな未来が待ってるって考えたら、もっともっと頑張れる!」

「だなあ。戦前の暮らしとまではいかなくとも、せめてアタシ達とアキラの子供が人として暮らせる未来。それを手に入れるためなら、獣面鬼の群れにだって嬉々として突っ込んでみせるぞ」

「教育関係はミサキ。政治をするアキラくんに代わって軍を動かすのがシズク。セイちゃんには、機械文明の復興そのものを担ってもらって。ボクは、犯罪者や反乱分子の洗い出しとその始末ね。腕が鳴るわ」

「い、いやいや。おまえらはもっと、こう。な?」

 

 



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ヤオ・グアイの襲撃

 

 

 

 休みなら、まあいいか。

 

 そんな気分で磐田方面の地図と、まだああだこうだと雑談で盛り上がる嫁さん達の揺れるミニスカートなんかを眺めながら、冷えたグインネットを飲み始め、1時間ほど経った時の事だった。

 

 ザッ、ザザッ

 

 セイちゃんが修理して俺が配線をしたスピーカーがノイズを吐く。

 

「ッ!」

 

 立ち上がりながらショートカットキーでデリバラーを装備。

 

 せ、正門のショウですっ!

 門の前に動く、えっと、小型車両が1台!

 アキラさんを呼べって言ってますっ!

 

「小熊ちゃんね。新婚家庭に朝っぱらから顔を出すなんて、無粋にもほどがあるわ」

「カナタの家の次男か。だが、それをこっちに連絡もせず通したのはジン爺さまだな。子供のようなイタズラを」

 

 リビングの壁際にある棚には、それぞれが使う無線機が乱雑に並んでいる。

 その棚に歩み寄り、レシーバーを手に取った。

 

「やれやれ。焦って損した。……あー、こちらアキラ。すぐに行くから、ヤオ・グアイは駐車場で待たせておいてくれ。それといい機会だから、ジローをタイチにも紹介してえ。相手は磐田の街とその入植地を守る戦闘部隊の隊長だ。タイチの都合は?」

 

 こちらタイチ。

 なら今日の探索の指揮はアネゴに任せて、正門で合流するっす。

 

「サンキュ。そういう事だ、ショウ。驚かせて悪いな」

 

 とんでもない。

 じゃあ待ってますね。

 

 ああと返してデリバラーを収納。

 ついでに俺用の通信機を腰のベルトに通し、レシーバーをホルスターに着けておく。

 それからすでに状況を飲み込めている嫁さん達に見送られ、家を出て正門へ向かった。

 

「こりゃあいいな。詰めれば荷台に5、6人は乗れるぞ」

「そうっすねえ。これは羨ましいっす」

「へへっ。アニキとそのちっこい嫁さんのおかげ、って噂をすれば。アニキ、おはよう!」

 

 正門の横の駐車場には、ジローとタイチだけでなくウルフギャングの姿もあった。

 どうやらジローの三輪バイクを見物していたらしい。

 

「おう。ウルフギャング、悪い。基地の放送で起こしちまったか」

「なあに。昨日は客の入りがそうでもなかったんで、早く店を閉めてな。普通に起き出してヒマしてたんだよ」

「そっか。タイチもわざわざありがとうな」

「いえいえっす。もう隊長、じゃなかった。シズクさんからお許しが出たんで、オイラとアネゴとカズ兄のローテーションで探索の指揮はどうにでもなるっすから」

「へえ。じゃあ、見習いから正規の隊長に昇進したって事か。今夜は、ウルフギャングの店で祝杯だな」

「なら、今から店に行くか。ジローはアキラとタイチだけじゃなく、俺とも話したいって事だし」

「いいのかよ? こっちはありがてえけど」

「もちろんだ。昨日の氷は、さすがにもう溶けてるだろうけどな」

 

 ならばともう閉じている正門ではなく通用口を使って店に向かいながら、無線で自宅に連絡を入れる。

 

 4人で足を踏み入れたウルフギャングの店は、夜の営業時間と違って閑散としているからか、いつもと同じ場所なのにまるで違う印象だった。

 俺の左右にタイチとジローという形でカウンターのスツールに腰を下ろすと、中へ回ったウルフギャングがそれぞれの前に灰皿を置く。

 

「とりあえず缶コーヒーでいいか?」

「はいっす」

「なんでだよ、アニキ。男が4人、これからの友情を誓おうってんだぜ? その席で酒を飲まねえでどうすんだよ」

「オマエは帰りの運転があるし」

「泊まってくから、へーきへーき。バイクの慣らしだから少なくても1泊、下手すりゃ2泊って言ってきたし。あ、あとこれ親父から預かった手紙な」

「マジか。でも、タイチは仕事中だし酒はなあ」

「そういう事なら喜んで。飲み過ぎないし、酔ったら酔ったで報告だけ受けて仕事はしないっすから」

「車両関係の事で相談したかったから、そうしてくれりゃ助かるが。ウルフギャングも飲んで平気か?」

「ああ。せっかくの出会いだからな」

「んじゃ、冷えたグインネットでいいか」

 

 朝っぱらからの酒盛り。

 こんな機会はあまりないだろうから、いろんな事を話し合っておくのもいいだろう。

 

 ジローとは森町の防護や天竜との顔繫ぎについてを。

 タイチとはバスとトラックと冷凍庫付きトラックの運用方法を。

 ウルフギャングには、それらのアドバイスを貰って。

 なら迷惑は承知で、ジンさんも呼ぶべきか?

 

 そう思っていると、店のドアが開いてそのジンさんが顔を出した。

 

「さすが、いいタイミングですね」

「ほ? 邪魔にならぬようなら、ワシも話を聞かせてもらおうと顔を出したんじゃが」

「それどころか、ジンさんを呼んでもいいのか悩んでたんですよ」

「ならテーブルに移るか、アキラ?」

「だな」

「やっぱりさっきのこの人が、そうなんだな。親父とタメを張れるほどの男。不世出の剣客。魔都の剣鬼……」

 

 まーた中二っぽい二つ名が出た。

 

 そう思いながらテーブル席に移動。

 全員に冷えたビールを渡すと、ジローがあの笑顔でビンを高く持ち上げる。

 

「アニキがくれた最高の出会いにっ!」

「乾杯っす」

「へいへい。それと、タイチの昇進にも乾杯だ」

 

 ジンさんとウルフギャング、大人2人ははしゃぐジローと、それに合わせてやっているタイチを見ながら微笑ましそうにビンを少しだけ上げる。

 灰皿はあるので、それぞれの間にタバコと葉巻とオイルライターも出しておいた。

 

「アニキに会いに来てよかったぁ。アニキだけじゃなく、剣鬼さん、俺達より腕がいいって話の特殊部隊の隊長さん、それに親父が知恵の塊とまで言うグールさんと飲めるなんてなあ。ああ、もう俺ここに住みてえわ」

「ここは基地で、動物園じゃねえんだよ。パワーアーマーの背中にアタッチメントで取り付けてんのか、スーパースレッジ」

 

 ジローが頷く。

 いつもの国産パワーアーマーの背中にスーパースレッジを取り付け、その肩口から少し飛び出している持ち手にヘルメットを引っかけている。

 気に入ってくれたようで何よりだ。

 

「これには、雷神って銘を付けた。バイクで駆け抜けざまにコイツでぶん殴ったら、屍鬼が腹から真っ二つになったぜ。威力も手応えも、ほんっとたまんねえんだ。もうぜってーに手放さねえよ」

「満足してんなら良かったよ。それよりまずは、そうだな。……森町の存在を新制帝国軍は知ってんのか?」

「バレてねえし、バレてても奪うまではしてこねえだろうって親父が言ってた。今のところはって感じらしいけど」

 

 なるほど。

 もしかすると、街に防壁がないのにはそういう理由もあるのか。

 

「いつか奪われるかもしれねえって前提で作ってる入植地か」

「あやつめ、さすがにやるのう」

「ならアキラがそこを要塞化するのは、まだ先になりそうだな」

「じゃのう」

「んじゃ天竜って集落は? 新制帝国軍と小競り合いがあったらしいが、ジローが援軍に出たりすんのか?」

「どうだろうなあ。俺としちゃ助けに行きてえけど、親父が許すかどうか」

「そもそも、なんで天竜は新制帝国軍とモメてるんっすか?」

 

 ジローが苦虫を嚙み潰したような表情で語った話によると、新制帝国軍はアタマがおかしいと表現するしかないような、そんな提案を天竜にしたらしい。

 

 毎月15頭のイノシシかシカ。

 それを納めるなら、天竜という取るに足らぬ集落を新制帝国軍が守ってやると。

 その温情に感謝して、まず最初に若い娘を10人浜松に送れと。

 

「イカレてんなあ、新制帝国軍」

「だろう? 守ってやるって言いながら、略奪してるようなもんだって」

「天竜とはかなり昔っから取引してるみてえだけど、市長さんはなんて言ってんだ?」

「最初の小競り合いの後、いつもより多く銃弾を都合してた。限界まで値引きしてさ。今はこれくらいしかできねえって」

 

 なら天竜の長次第、か。

 ちゃんと先を見据えて危機感を持っているなら、俺が介入する余地はあるはず。

 

「天竜の長ってのは、どんな?」

「え? それ、俺に聞くのか?」

「は?」

 

 どういう意味だと返す前に、右斜め前からオイルライターのヤスリが鳴る音が聞こえた。

 ジンさんだ。

 表情が、さっきのジローより酷い。

 しかめっ面なんて表現じゃとても追いつかないほどの顔に、太い葉巻の良い香りがする煙がかかる。

 

「うっわ、なんか因縁がありそうっすねえ」

「ま、まあその。ねえ、剣鬼さん?」

「あんのおしゃべり熊野郎め。次に会ったら、はらわたを引き摺り出して生きたまま犬のエサにしてくれるわ……」

「こえーですって。んで、天竜の長とはそんなに仲が悪いんですか?」

「……逆じゃ」

「ん?」

 

 仲が良いなら問題はないだろうに。

 それどころかジンさんと市長さんの名前を出しただけで会ってくれるなら、そこで俺が礼儀を欠かずに筋を通して、3つの街が手を取る利点を説明できたなら。

 

「えっとさ、アニキ」

「おう」

「うちの親父って、もんのスゲエ女好きじゃん?」

「みてえだなあ」

「んで剣鬼さんは、魔都で親父に誘われてこの遠州に来た訳よ」

「はあ」

「でしばらく磐田の街に滞在して、まだ市長になってなかった親父と山師をしてた。剣鬼さんも若かったからさ」

「ハッキリしねえ話だなあ、おい」

「だ、だーかーらー。天竜の長の若い頃って、すんげえ美人ですんげえ腕の良い山師だったんだって。その頃はよく磐田の街にも来ててさ」

「ほう?」

 

 まさかまさか。

 まさかの恋バナとは。

 

 今じゃマアサさん一筋のジンさんに、そんな艶っぽい過去があったのか。

 

「ええい。悪いか!?」

「ジンさんは顔もいいしすらっとしてるし、何より強い。そりゃモテますよねえ」

「ふんっ、世辞はいらん」

「……元カレを手土産にすりゃ、意外と簡単に」

「アキラ、それはさすがに鬼畜すぎるっす」

「冗談でもやめてくれ。それと、もしこの話をマアサにしたら。どうなるかわかっておろうな?」

「わかってるから柄に手をかけんでくださいって」

「け、剣鬼の殺気パネエ。アニキはよく平気でタバコなんて吸おうとできるな」

「ジンさんの事は、無条件で信用してっからな。嫁さん達と同じように」

「いいなあ。俺もそう言われてみてえ」

「ホントっすねえ」

「タイチも信用してるっての」

「……ふうん。まあ、だからあそこまで怒ってくれたんっすもんね」

「そうなる。悪かったな、あん時は」

「こちらこそっすよ。ああいうのは2人で、それこそ酒でも飲んでる時に話し合いながら言うべきだって反省してたっす」

「俺もそんな感じだ」

 

 わだかまり、とでもいうのだろうか。

 舞阪漁港を漁った時タイチに思わず掴みかかろうとしてから感じていた、微妙な感情が素直に謝る事で晴れた気がする。

 俺はこの同じ年の男を誰にでも自分の友人だと紹介できるが、こういった感情を悩むほどでななくとも気にしたり、それを素直になる事で解決したりして、友情というのは育まれてゆくものであるのかもしれない。

 

「若さが眩しいのう」

「ですね。俺にもこんな頃があったな」

「はいそこ、生暖かく見守ってんじゃねえ。んでジンさん、小舟の里は天竜と取引なんかをするつもりはあるんですか?」

「可能なら反対する者はおるまい。だがその伝手を得るためにアキラ1人で援軍に出るというなら、せめてワシくらいは連れてゆけとなるかの。腕は見せたし、否とは言うまい?」

「まあ、あれを見せられちゃね」

 

 あれとはなんだと、剣鬼の腕はそんなに凄いのかとジローがうるさいので、全員に口止めをしてから、悪党のコンテナ小屋に居ついた新制帝国軍の偽装部隊を始末した顛末を話す。

 

「っかーっ、パネエなっ!」

「まーたムチャをして。ミサキちゃんやシズクさんにバレたらどうするんっすか」

「呆れるより腹が立つなあ。そんな時は俺も連れてけよ、アキラ」

「オイラもっす。なーんで2人だけでやっちゃうんだか」

 

 



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男子会

 

 

 

 このまま文句を言われ続けるのも面倒だ。

 

 そう思って適当に相槌を打っていると、ウルフギャングとタイチは次にそんな事があれば必ず誘えと、そうでなければ友人としての付き合いそのものを解消するとまで言う。

 その迫力に押されて頷くと2人はそれで満足したらしく、どうにか話を進められそうだ。

 

「ほんでなんだっけ。ああ、俺が天竜に行く時はジンさんが同行して、元カノとしっぽりぬぷぬぷって計画だったな」

「よーし、表に出よ。剣の稽古をつけてやるでの」

「タンマタンマ。死ぬから。俺のステ振りでジンさんと稽古なんてしたら死んじゃうから」

「そういやレベルも上がったんだろう? 何に振ったんだ?」

「まだ振ってねえよ。カナタはSTRを戦う人間の最低ライン、5にすべきって言うけど。やっぱLUCKの上位Perkが欲しくってなあ」

「残ポイントは?」

「6だあな」

「ならSTRに2は絶対だろう。ねえ、ジンさん」

「うむ」

「やっぱそれがベストなのかねえ」

 

 カナタもウルフギャングもジンさんも、ただ知識が多いというだけでなく、生まれてからずっとこの世界で戦い続けてきた強者だ。

 その3人がこうまで言うのなら、やはり最初はSTRに2ポイント振るべきなんだろう。

 

「お、今やっとくのか?」

「3人がそこまで言うならってさ。使える銃が増えんのは俺も大歓迎だし。……おし、STRを5にしたぞ。これで国産パワーアーマーを装備すりゃ、ノーマルに毛が生えた程度のだけどミニガンだってぶっ放せる」

「少しは安心だな」

「それとヒマを見て、剣の稽古も始めねばのう」

「お、俺は銃のが向いてるんで。それよりタイチ、特殊部隊が使うならバスとトラックのどっちがいいんだ?」

 

 タイチが目を閉じて考える。

 だがすぐに頷きながら目を開けたところを見ると、すでに考えは尽くしてあって、その確認をしただけらしい。

 

「バスっすね」

「その意図は?」

「戦争になったら、バスは一撃離脱の戦闘に強そうっすから。数を揃えた銃口は、ジンさんには劣ってもかなりの脅威になるはずっす」

 

 なるほど。

 ウルフギャングのトラックの荷台にも銃眼はあるが、あまり使い勝手はよろしくない。

 バスならば銃撃を窓から行えるし視界の確保も容易なので、より戦闘向きだろうという判断か。

 

「運転はどうすんだよ?」

「オイラとアネゴとカズ兄。その3人のみが運転を習って、それで回す感じっすね」

「隊長と副隊長2人だけで、か。それがいいのかもなあ」

「はいっす」

「ジンさん、トラックはどうします?」

「アキラは磐田の街に渡してやりたいんじゃろう? 好きにするがいい」

「いいのかな。ウルフギャングは?」

「俺もアキラに任せるに決まってるさ」

「うーん。ホントなら文書なりで同盟を約してから渡してえけど、あっちのトラック担当になるヤツが運転を覚えて、そっから習熟までって考えるとなるべく早くに。あと原付バイクも渡して伝令なんかも訓練しねえと」

「ちょ、ちょっと待てよアニキ! な、なんでトラックなんだ!? 車両を使わせるとか言ってたのは聞いてたけど、なんで一番役に立ちそうなトラックを磐田の街にっ!? しかも原付バイクまでって……」

 

 タイチ、ウルフギャング、ジンさんが同時に笑い出す。

 たしかにジローの慌てっぷりは面白おかしいほどのものだが、こうまで笑ってやる事はないんじゃないだろうか。

 

「ちなみにアキラ」

「ん?」

「俺達はジローを笑ってるんじゃないからな」

「じゃあ、なんでそんな笑ってんだよ?」

「そんなの、当たり前みたいな顔してトラックを渡そうとしてるお人好しを笑ってるに決まってるじゃないっすか」

「俺かよ!?」

「くくくっ。そうやって驚くところが、またなんとも」

「ですねえ。わかってねえなあ、アキラは」

「まったくっす」

 

 なんで俺が。

 

 そして、この流れなら助けてくれそうなジローまで笑い出すとは。

 ひとしきり続いた笑いが治まると、まるで頭の悪い小学生に授業をかみ砕いて説明する教師のような顔をしてウルフギャングが口を開く。

 

「いいか、アキラ」

「おう」

「この世界は、ウェイストランドは、滅びた文明の残滓に縋って生きる人々が暮らす場所だ」

「だから?」

「儲けるってのは奪う事で、生きるって事は死なない程度にしか奪われなかった幸運なんだよ。そんな荒野で自分達にしか直せない車両を見つけて、手伝ってくれたから『はいどうぞ、修理もしておきましたよ』なんて言えるのは聖人級のお人好しって事だ。よかったなあ。100年もしたら昔この地にはアキラという聖人がいたって、酒場で歌うたいが子や孫に教えてくれるぞ」

「いらねえっての」

 

 俺が聖人だなんて、バカらしい。

 ワゴン車とスポーツバイクはキッチリ確保させてもらうし、工具なんかもほとんどセイちゃんのために確保してある。

 パチンコ店の菓子やタバコなんかは居残り組も含めた特殊部隊で山分けしたが、それだけじゃ危険手当にすらならなそうで申し訳ないくらいだ。

 

「原付、でしたっけ。小さいバイク、小舟の里はどうするんっすか、アキラ?」

「特殊部隊に配備だろうなあ。斥候や伝令にちょうどいいだろ」

「冷凍庫付きのはどうするんじゃ?」

「高級品になるマイアラークなんかを運ぶ用ですから、とりあえず小舟の里で管理ですかね。物が腐らない世界って言っても、新鮮なうちに冷凍されてる方が美味いらしいし」

「表面が乾かぬように水に浮かべただけよりも、冷凍の方が高級感も出るじゃろうしのう。特に夏は、氷そのものまでが少し高級な嗜好品として持て囃されるじゃろう」

「おそらく。こっちの庶民の娯楽は美食と酒とセックスって聞いたし、うちの嫁さん達も茹でて冷凍したマイアラークと氷の塊は小舟の里のいい名物になるはずだって言ってます」

 

 車両の件は、おおよそではあるがこれで方針は固まったか。

 

「それでアキラ、次はどうするんだ?」

「次って?」

「天竜へ行って小競り合いの様子を見るのか。それとも、しばらくレベル上げだけをするのかだよ」

「それ悩んでんだよ。ジロー、小競り合いってのは新制帝国軍と天竜の猟師が常に睨み合ってるんじゃねえんだよな?」

「当たり前だろうって」

「だよなあ」

 

 天竜と新制帝国軍がモメているのはいい。

 そこで不意を衝いて、新制帝国軍の戦力を削るのも。

 

「アキラ、特殊部隊を1人か2人天竜に潜り込ませるってのはどうっすか?」

「やめとこうぜ、それは」

 

 特殊部隊なんて呼ばれる連中には向いた仕事のように思えるが、こちらに軍事のプロなんていない。

 見知らぬ集落へ潜入しての情報収集や、そこで得た情報を基地に持ち帰る訓練なんてしているはずがないのだ。

 

「まあ話を聞いた感じじゃ、天竜もそこそこやりそうだからな。戦闘になっても一気に蹂躙されるより、膠着が訪れる可能性の方が高いだろう」

「ホントなら天竜川の対岸辺りに小屋でも建てて、そっから見張りてえんだがよ」

「廃墟に潜んでもいいが、そうなると派手なレベル上げはできないもんな」

「あ……」

「どうした、アキラ?」

「何か思いついたようじゃのう」

 

 また2人で新制帝国軍の部隊に奇襲をかけるような事なんてそうそうないのに、ジンさんはニヤリと笑いながら葉巻を咥える。

 

「天竜川の河口付近に、悪党が根城にしてた橋がありましてね」

「ふむ」

「海岸線を通って、途中から北上する形で磐田の街を目指すルートか」

「そうなるな。んでそこ、タレットこそ置いて来なかったけどコンクリートの土台で封鎖しといたんだよ。えーっと、地図地図……」

 

 地図を出し、封鎖した橋に印を付けてテーブルの真ん中に押す。

 

「さすがにこれはないっすよ」

「じゃのう」

「うむ。距離がありすぎるし、河口のここから天竜に向かうとなれば対岸から発見されやすい道を使わねばならぬ」

「ダメかぁ」

 

 まあ、ただの思いつきだし仕方ない。

 ならばと地図を引き寄せてレベル上げをしつつ、天竜の様子をすぐ見に行ける場所がないか探そうとしたが、3人は地図を離してくれなかった。

 

「ここはどうです、ジンさん?」

「ちと山に近すぎるのう。この辺は探索中、獣面鬼と鉢合わせする可能性が高いのじゃ」

「ならもっと磐田の街に近くて、線路沿いの道路が天竜に向かって伸びるこの辺はどうっすか?」

「悪くはないが、ここまで離れるなら磐田の街に滞在しながら山師をやるのと変わらんのう」

「なるほどっす」

 

 ああだこうだという話し合いを、ジローが不思議なものでも見るような顔で聞いている。

 

「なあ、アニキ」

「ん?」

「こんな面倒な事を考えるより、天竜にいっぺん顔を出してさ。んで次からは朝とかに顔を出した後、猟師と狩り場がかぶらねえ天竜川の、こっちから見て手前側で狩りをした方がいいんじゃねえの? その獲物を相場で売ってやりゃ、あっちも喜ぶだろうし」

「そうなるなあ」

「あれっ? ……あれれっ!?」

「どうしたんじゃ、タイチ?」

「こ、これを見てくださいっす!」

 

 タイチは地図を指で差しているのだが、その指が震えているようだ。

 何かヤバイ施設でも見つけたのか。

 

 全員が身を乗り出すようにして地図を覗き込むと、そのタイチの指は小舟の里である競艇場の上にあった。

 

「小舟の里じゃの」

「こっから、こうっす」

 

 指が地図を撫でるように動く。

 

「浜名湖の北端?」

「はいっす。そんでこの浜名湖に流れ込む川を遡って、山にまで入らず東に向かうと……」

「うっは。天竜の集落、近っ!?」

 

 これなら、このルートなら小舟の里から磐田の街へ向かう時の距離とほとんど変わらない。

 それどころか浜名湖には道なんてないのでボートで直線的に突っ切れる分、磐田の街より近くなってしまうんじゃないだろうか。

 タイチの指がなぞった川をボートで通れるのかは怪しいが、その川沿いには道路と線路が伸びている。

 

 そしてなんと、天竜浜名湖鉄道というらしいその鉄道は、今の天竜の集落がある天竜二俣駅に繋がっていた。

 

「盲点じゃったのう」

「これは凄いな」

「ジンさん。この天竜浜名湖鉄道の線路とか、この通り道の市街地に新制帝国軍や浜松の街の山師は?」

「まず行かぬのう。新制帝国軍はよほどの事がなければ東名高速を越えぬ。山師はこんな遠出をするくらいなら、旧市街を漁った方が良い」

「こりゃ明日っからは、検問所でめっけた軍用ボートの練習だな」

 

 



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地図

 

 

 

 アニキ、もう起きてっか?

 

 リビングで寝起きのインスタントコーヒーを啜ると同時に、鳴ると思ってテーブルに置いていた無線機のレシーバーからそんな声が聞こえた。

 

「起きてるよ。ウルフギャングの店で引っかけた女はどうだった?」

 

 さいっこーだったぜ。商売女でもねえのに、いい匂いがしてよ。信じらんねえくらい清潔だった。あっちの仕事が休みなら、貸し部屋を延長してもう1泊してたかもだ。

 

「それはそれは。んで、もう出発か? そうなら見送りに行くが」

 

 いいっていいって。

 剣鬼の娘。セイちゃんがくれたこの無線機、使ってみたかっただけだし。

 

「そうかい。んじゃ、気をつけて帰るんだぞ? 稼働品のバイクなんてお宝は、新制帝国軍どころかそこらの山師でも命懸けで奪いに来るって話だ」

 

 わかってるって。

 じゃあ、お互いなんかあったら街のそばまで来てこの無線で連絡を取り合う。

 それでいいんだよな?

 

「ああ」

 

 わかった。

 じゃあまたな、アニキ。

 

「おう」

「まったく、女遊びばかり覚えて。あの小熊ったら」

 

 呆れたとでも言うようにカナタが飲みかけのコーヒーのカップをテーブルに置く。

 

「ガタイが良くて、顔も悪くねえ。笑うと愛嬌もあるしな。モテちまうんだから仕方ねえさ」

「それより今日アキラくんは、セイちゃんの修理を手伝うのよね?」

「そうなるな。そっちは2台のバイクで軽く探索に出て、午後からは立体駐車場マンションの裏でウルフギャングの運転講習だっけか」

「ええ。今から楽しみだわ」

「探索も運転の練習も、頼むからムチャしてくれんなよ?」

「こっちのセリフね。どう考えても」

 

 修理にムチャもクソもあるか。

 

「ボク達が家を出た途端にセイちゃんを押し倒して、そういう意味よ?」

「ねーよ、タコ」

 

 いや、絶対にないとは言い切れないが。

 

 セイちゃんはなんというか、ソッチの好奇心が旺盛で、特に俺が喜ぶ方面のナニとかアレをいつも自分からノリノリでしようとする。

 だからついつい俺もハッスルしてしまう感じだ。

 

 姉妹のバイクにミサキとシズク。

 そんな編成で嫁さん達が探索に出かけるのを、セイちゃんと並んで正門で見送った。

 そのままセイちゃんが駐車場でバスの修理を始めたので、それを見守りつつ手伝いをするのが俺の仕事なのだが。

 

「ヒマそうっすね、アキラ」

「タイチ。おはようさん。セイちゃんが天才すぎて、手伝える事がほとんどねえんだ。ピップボーイを手に入れて、レベルも上がってからは特に」

「あはは。まあ、話し相手がいるだけで違うんだと思うっすよ」

「そんなもんかねえ。午後の運転教習にはタイチ達も出るんだろ?」

「はいっす。だから今日は全員が休暇っすね」

「へえ」

「アキラ」

「ん?」

 

 バスの方向に顔を向ける。

 すると見えたのは、ドアップになったセイちゃんの顔だ。

 

 キス。

 

 唇と唇が触れるだけの軽いものだが、タイチの前で、それもいきなりするか。

 すぐに顔を離してくれたセイちゃんはいい笑顔。

 これでは、怒る訳にもいかない。

 

「ラブラブっすねえ」

「ん。30分に1回はこうする。それが今日のアキラの仕事」

「わあい。ホワイトを超えたピンクなお仕事だー、ってならないでしょ。せめてバスの陰とかでしようって」

「知らない」

 

 てくてくと歩いてバスに向かうセイちゃんを、タイチの笑い声が追う。

 

「笑ってんじゃねえよ」

「いやあ。なんていうか、微笑ましくって。アキラも運転講習には出るんっすよね?」

「ワゴン車で練習するうちは必要ねえかな。俺は立体駐車場マンションの裏にちょっとした船着き場を作って、そこで軍用ボートの練習だ」

 

 国道一号線のかなり大きな橋を封鎖する形で戦後まもなくに作られたと思われる、日本防衛軍陸軍検問所。

 そこで見つけた12人乗りの軍用ボートは特に使い道がなくてピップボーイに入れっぱなしになっていたのだが、タイチが発見した浜名湖の北側から天竜の集落を目指すルートを進むなら絶対に必要だ。

 

 浜名湖は海に繋がった大きな湖で、その面積はかなりのものになる。

 当然だが車両が進む道路はその浜名湖を迂回して道が伸びているので、湖をボートで突っ切れるのなら大幅な移動時間短縮が見込めるはず。

 

「んじゃ、オイラもカヨとラブラブしながら午後を待つっすかね」

「おう。しっかり孕ませろ」

「こっちのセリフっすよ」

 

 この世界の、特に戦う事を選択した女を少しでも危険から遠ざけるには、妊娠が一番と言っていいほど効果的だろう。

 俺も避妊薬なんぞ飲んでないでそうしたいという気持ちはあるが、嫁さん達はそれを許そうとはしない。

 

 手を振って妻帯者用の宿舎へ帰るタイチの背中を見ながら、子宝と安産の御利益がある神社でも探そうと本型のロードマップを出して広げた。

 

「小舟の里。ここがプレジャーボートを売ってるプロテクトロンのいる店。錆びた観覧車が見える半島っぽいのを右に見ながら、川へ。となると……」

 

 小舟の里、競艇場から内陸に続く川を目指すと、上陸地点として良さそうなのはオンダ船外機工場。

 なんなら船外機工場は特殊部隊の砦で、小舟の里に何かあった時の住民の避難先にしてもいい。

 

「んで、こっから天竜の集落だろ」

 

 川も道も曲がりくねってはいるが、とりあえずまっすぐな線を船外機工場から天竜の集落へ伸ばす。

 

「えーっと、これを森町、磐田の街、悪党がいた天竜川の橋って繋いで。最後にまた小舟の里にって、わぁお……」

 

 小舟の里から一周させた線。

 それは旧浜松市と旧磐田市の大部分を包み込むような六角形になっていた。

 まあ、その六角形は酷く歪ではあるのだが。

 

「ちょ、セイちゃんこれ見て!」

「ん?」

 

 わかりやすく線を赤ペンでなぞる。

 

「これが小舟の里。これが浜名湖をボートで突っ切った時に上陸が楽そうな船外機工場。んで天竜の集落、森町、磐田の街、砦にするのが楽そうな天竜川に架かる橋。どう?」

「どうもこうもない」

「なにが?」

「決まり」

「えっと、だからなにが?」

「アキラの国。領地でもいい。それがこの線の内側と、橋から小舟の里までの海岸線」

「いやだからそれはさ」

「見て。ちょうど真ん中を左右に東名高速が走ってる」

「おお、たしかに」

「東名高速は袋井の先で崩れ落ちてるってウルフギャングが」

「言ってたね」

「たぶんだけど西も。少なくても豊橋の先は崩れてるはず」

「……なら、いっぺんクリーチャーを殲滅してタレットを設置してしまえば」

「ん。西にも東にも、セイ達が急行できる」

 

 国とか領地とかは別にして、この東名高速を本当に利用できたなら。

 まだどうなるかなんてわからないが、セイちゃんがレベル上げをする目的であるリペアの上位Perkが本当に出たなら。

 

「な、なんか急に現実味を帯びてきて怖いな」

 

 日本の復興。

 

 ウルフギャングが夢見たそれを実現するのなら、ここより適した立地なんてそうはないだろう。

 

「まだある。東名高速が東と西を結ぶ。北と南は、この遠州鉄道の線路」

「……たしかに。んでそれは、浜松の駅の東海道本線の線路と繋がってるのか」

「ん。実際には繋がってないけど、駅同士は近いから」

「浜松駅は101のアイツのノートに様子が書いてあったけど、悪党やクリーチャーがわんさかいる危険地帯らしいからねえ。やっぱ夢物語かな」

「それでもいい。アキラやセイは精一杯やって、その子供に夢を託す。それが、孫にも。そのまた子供にも。そうしてたら、いつか夢は叶う」

 

 真剣な表情で話すセイちゃんの頬が、珍しく紅潮している。

 

「夢が受け継がれて、いつか……」

「ん」

 

 スカベンジャーの俺が言うのもなんだが、過去の物資を消費するだけじゃいつか限界は訪れる。

 それまでに人類が、どこまでの知恵と力を取り戻せるか。

 

「それこそが勝負なのかもなあ」

 

 キス。

 

 またかと言おうとした口に、心配になるほど小さな、けれど誰よりも熱い舌が滑り込んできた。

 

「……ぷはっ。アキラなら、やれる」

「元気づけるにしても、もっとやり方はあるだろうに」

「アキラだから、これでいい」

「へいへい」

 

 セイちゃんが修理に戻ったので、また視線を地図に落とす。

 

 見れば見るほど、理想的じゃないだろうか。

 ウルフギャングの話では磐田より東、戦前の袋井市の次にある掛川市辺りから徐々に核の被害が多くなっていき、当時の県庁所在地である静岡市は瓦礫しかないほどだという事だった。

 

「そろそろ、クラフトの奥の手も使うべきなんだろうなあ」

「アキラさーん!」

 

 見習い隊員で、休みでなければ正門の担当であるらしいショウの声。

 

「おう、どしたー?」

「ウルフギャングさんです。通用口にー」

「あいよ。すぐ開ける」

 

 ピップボーイを見ながら通用口へ向かう。

 どうやら俺はかなりの時間地図とにらめっこをしていたようで、もう時刻は昼前になっていた。

 挨拶もそこそこにウルフギャングを迎え入れて、駐車場の横に出したテーブルで地図を見せる。

 

「これは。かなり理想的だな。守るにも、そうしながら豊かになってゆくにも」

「だろ?」

 

 特に六角形を十字に区切るような東名高速と線路がいい。

 ウルフギャングもそんな事を口にした。

 

 2台のバイクに分乗して探索に出ていたミサキ、シズク、カナタ、ミキが戻ったのは、それからすぐだ。

 全員でテーブルを囲んで昼メシを食っていると、ウルフギャングの自動車運転講習に参加するメンバーが続々とやって来る。

 

「6人か。夕方までは確実にかかるな」

「俺も手伝うか、ウルフギャング? まだ軽トラはバラしてねえらしいし。あれでなら俺も教官役はできるぞ」

 

 メンバーは特殊部隊からタイチ、アネゴ、カズノブさんの3人。

 うちの嫁さんからシズクとカナタ。

 それとなぜか、しれっとジンさんがいる。

 

「立体駐車場マンションの裏はこれからも教習所として使う。定期的にな。急ぐ必要はないさ」

「マアサの許可は出ておるで、あの道は封鎖だろうが工事だろうが好きにしてよいぞ。飲みながら言っておった船着場も自由に作るといい」

「りょーかい」

 

 講習を受ける6人を後部座席に乗せて、ウルフギャングがワゴン車のエンジンに火を入れた。

 セイちゃんはまだバスに手を加えるらしいので留守番だ。

 

「ああ、普通車なんて300年ぶりだ。やっぱいいなあ」

「そういやサクラさんは?」

「もう立体駐車場マンションの裏に向かったよ。マイアラークが這い出したってマンホールを確認しとくとさ」

「愛する夫が怪我したりしねえようにか。健気だねえ」

 

 



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教習所

 

 

 

 ジンさんが事前に用意させたのか、立体駐車場マンションの壁に立てかけるようにして置かれたホワイトボードが見える。

 ならばとその横に教官用の椅子と、正面に3人ずつが座れる長テーブル2つと椅子を6つ出した。

 

「アキラくん、例の本もお願いね」

「あいよ」

 

 ピップボーイに入れてあるカナタの荷物から、『自動車運転教本』をテーブルに出す。

 それに人数分のノートとペン、オマケでタバコと灰皿と飲み物も置いておく。

 

「それじゃ、まずは基本的な座学からかな」

 

 ガラガラと音を立てながら、サクラさんがホワイトボードと長テーブルを守るような位置に移動する。

 立体駐車場マンションの壁と長い直線道路の間にはそんな位置関係にしてもまだ余裕があるくらいのスペースがあるので、この教習所はこれからも活躍する事になるんだろう。

 車両が増えればそれと同じだけ運転手も必要になるし、その育成に時間がかかるのは当たり前だ。

 

「これが一期生の初授業って感じか」

 

 少し離れた土の上に原付バイクを2台と、カウルのないスポーティーなバイクを出す。

 これの試しをして、運転の腕が落ちてなかったら俺は船着場の工事だ。

 

 まずは原付バイク。

 

 農家に軽トラが多いように、田舎にはカブが多かった。

 なので俺も乗り慣れているし、バイク好きの親父に初めて運転を教えてもらった時に乗ったのもこれに似たカブだ。

 

 跨ってキックでエンジンをかけ、ペダルを踏んでギアをローへ。

 

「なっつかしーなあ、おい」

 

 セイちゃんカスタムの凄さは身をもって体験済みなので、そっとアクセルを回した。

 土が剥き出しのスペースから直線道路に乗り上げ、車体がしっかり南を向いてからさらにアクセルを開ける。

 

「はっ、やっぱりな!」

 

 新聞配達なんかに使うとは思えない、過剰なパワー。

 それが原付バイクと俺を後ろから押す。

 

 ウイリー。

 

 浮き上がる前輪と崩れそうになるバランスを体重のかけ方で押さえ込む。

 

「回るなあ、おい」

 

 セカンド。

 サード。

 

 それでもアクセルを開け続ければ、まだウイリーができそうだから怖い。

 待つとも言えないほどの刹那アクセルを開けも閉めもしないでいると、前輪は素直にアスファルトに接地してくれた。

 

「さあて、実力を見せてもらおうか」

 

 スピードメーターはとうの昔に振り切れている。

 それでもまだフルには及んでいないアクセルを、ジワリと絞るように開けてゆく。

 

 100。

 120。

 130、行ったか?

 

 体感スピードが130と感じたところで、アクセルは全開になった。

 

「気に入ったぜ。俺がこれを使いてえくらいだ」

 

 アクセルを徐々に戻す。

 道はまだ先へと続いているが、このパワーと加速と最高速度をたしかめられればそれでいい。

 

 Uターンをして、今度はのんびり青空教室へ戻った。

 

「いいですか。そこのバカみたいな運転をしないのが、車両を運用する上で何より大切なんです」

 

 やけにバカを強調したウルフギャングにウインクを飛ばして、今度はネイキッドスポーツに乗り換える。

 

 バイク好きだったというウルフギャングは、先に俺が試乗しているのが羨ましくって仕方ないんだろう。見せつけるようにエンジンを始動して、今度は迷惑にならない程度の空ぶかしをしてから直線道路へ出た。

 

 この試乗と講習会は、マアサさんが許可してジンさんが住民への通達や必要な対応をした上でこの時間に行っている。

 寝たきり状態の高齢者はいないそうだが足が不自由な人達はいるので、そういう人には介護役を付けた上で本館の方へ避難させて井戸端会議なんかをしてもらっているらしい。

 赤ん坊や昼寝の必要な年頃の子供もだ。

 

 なので遠慮なく、アクセルを開けた。

 

 原付バイクとは比較にならないほどの加速。

 それに200超えという、この荒れたアスファルトでは限界と思われる最高速度。

 何よりこれほどのパワーを秘めているのに、それを感じさせないような素直な操縦性がたまらない。

 

 ニコニコニヤニヤを隠し切れず青空教室へ戻ると、笑顔のカナタが俺に親指を立てた拳を見せ、羨ましくって仕方ない教官殿にちゃんとホワイトボードを見ろと注意されていた。

 

「堪能したようネ」

「そりゃあもう」

「うちのトラックを運転したがる様子なんてないから気づかなかったけド、アキラもスピードに魅入られたクチだったのネ」

「そうでもないですよ。俺は向こうじゃ、自分のバイクも買わずにゲームとかしてたんで」

 

 どうだかと言うサクラさんの声を聞きながら直線道路を渡り、300年もマイアラークの侵入を拒み続けたフェンスの1つをピップボーイに入れる。

 

「ええっと。これをまずドアにしてっと」

 

 ドアを抜けた先に壁で囲った通路。

 その通路の出口にまたドア。

 そして湖面に続くなだらかな傾斜を利用して、なるべく段差がないようにコンクリートの土台を繋げてゆく。

 

「こんなもんかねえ」

 

 陸地から10メートル。

 湖面からの高さ、50センチ。

 だいぶ簡素だがこれで船着場の出来上がりだ。

 

 俺が死んだり、西日本へ旅立ったりする前には漁師の使う作業場やなんかも建てておきたいが、今のところはこれでいいだろう。

 

「新制帝国軍にネイビーシールズなんているはずもねえだろうが、ドアはしっかり施錠するようにしねえとな。タレットも多めに設置だ」

 

 小舟の里、競艇場のあるこの島は人工的に作られたそれであるのか、メガトン基地のある島のちょうど反対側まで水路のようなものが伸びている。

 あとでヒマを見つけて、メガトン基地にも船着場を作っておこう。

 

 生れて初めて乗る軍用ボートは、後部に船外機を取り付けてそのスクリューの推進力で水上を進むタイプだ。

 その操縦はレース用のボートとはかなり違う。

 

 苦戦はしたがどうにか大きなボートを操れるようになってくると、直線道路で実技講習が始まっているのが見えた。

 

「よし、練習がてらメガトン基地の外壁を水面から確認しとくか。いや、どうせなら小舟の里がある島を一周だな」

 

 もし俺の作った基地に綻びがあって、それで誰かが怪我でもしたら謝っても謝り切れやしない。

 2人の子供と成人前の見習い隊員までが暮らすメガトン基地だから、念には念を入れて船着場もタレットに守ってもらおう。

 

 磐田の街にあった観客席からフィールドに下りる階段のような感じで、防壁を跨いだ先を船着場にしようか。

 いや、そんな面倒な事をしなくとも、防壁に出入り口を作るだけでいいのはわかってるが。

 

 湖面に繋がる溜池のような水面の上に板を張った建物の1つに穴を開け、そこからシュッと跳び下りていかにも特殊部隊っぽく出動というのも捨てがたい。

 クラフトで最も大事なのは、実用性とロマンの両立だ。

 

「まーた妙なのに乗ってますねえ、山師さん」

「これからこれが必要になりそうなんでなー。お仕事、お疲れさん」

 

 どうせならミニスカートの若い女がよかったのに。

 なんて失礼な事を考えながら、俺と同年代の男、北西橋の見張りを見上げながら水路に入る。

 

 北西橋がこの島の西側最上部と陸地を繋ぎ、その先の西橋は島の西側中央部と陸地を繋ぐ。

 

 新制帝国軍や大正義団の事がなくとも、4つの橋は小舟の里の守りの要。

 左に見えている防壁もそうだ。

 

「っと、だいぶデカい穴があっからこのフェンスは交換しとくか」

 

 大きいと言ってもモールラットすら潜り抜けられない程度の穴だが、交換しておいて損はない。

 

 そうやってたまにフェンスを交換したりしながら島を一周すると、教習所でワゴン車と2台の原付バイクが走っているのが見えてきた。

 

「バイクはカズノブさんとハナちゃんのデコボコカップル。ワゴン車は、シズクか?」

 

 遠目から見て特に危なそうな挙動はしていないし、助手席にはウルフギャングがいて、走るのは長い直線道路。

 まあ大丈夫だろうと、自分のやるべき事に集中する。

 

「お、回せば意外とスピードが出るのな」

 

 さすがは軍用という事なのか、レース用のボートとあまり変わらないスピードが出ているようだ。

 しばらく直進して島から離れ、次は旋回を試す。

 

「旋回性はレース用のボートにだいぶ劣るな。ま、当たり前か」

 

 何よりの問題は、水しぶきがかなり上がるという事だ。

 小舟の里の周辺は101のアイツの浄水器のおかげで水しぶきを浴びても問題はないが、島から少し離れてしまえば濾過も煮沸もしていない水にはRADが含まれている。

 

 AQUABOYというPerkのおかげでどれだけ水しぶきを浴びても平気な俺が操縦を担当するにしても、そうでない同乗者達をどうにかして水しぶきから守らなければ。

 

「まずは、セイちゃんに水しぶき対策を。あ、その前にアレを見てもらって、可能なら改造をしてもらわないとなあ。んじゃ俺達はその間、船外機工場を確保しとこうかねえ」

 

 順番からすると明日はミサキと2人で探索に出る日だが、ミキとシズクとカナタにも着いて来てもらうか。

 全員でなら、船外機工場の探索とその後の簡易陣地化は1日で終えられるかもしれない。

 マイアラークやフェラル以上にヤバイクリーチャーがいるようなら、別の場所を探すだけだ。

 

 ワゴン車なら全員が乗っても余裕があるし、それがいいな。

 

 そんな事を考えながら船着場へ舳先を向けた。

 

 



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上陸と下見

 

 

 

「わあっ。見て見て、観覧車のある遊園地の近くに砂浜もあるよっ!」

「ホントだな。全員で海水浴でもしたら、うちの旦那様は大喜びだ」

「アキラくんは水着でも燃えてくれるもの。きっと、すーぐ元気になっちゃうんでしょうね。うふふ」

「だからカナタ姉さん、そういう話をミキの前でしないでほしいのですっ!」

「悔しかったらミキも早く愛しの先生に押し倒してもらうのね」

「でもミキ、こないだの休みは先生とゴハン行ったんでしょ?」

「初デートか。ミキもやるじゃないか」

 

 違うのですと慌てるミキを、シズクとカナタがからかう。

 年頃の女の子達が集まればキャイキャイと恋バナに花を咲かせるのは、どこの世界でも同じようだ。

 

 だがその全員がパワーアーマーをしっかりヘルメットまで装備して、軍用ボートに揺られている光景には違和感しか覚えない。

 どう見ても軍用ボートで作戦行動中の、機械化特殊歩兵部隊とかにしか見えないのに。

 さすがウェイストランドといった感じか。

 

「そろそろ着くぞ。おしゃべりはやめるか、せめて音量を下げてくれ」

「はーい」

 

 機嫌のよさそうなミサキの返事が聞こえると、女連中はおしゃべりをやめて前方に見える河口と陸地を注意深く観察してくれているようだ。

 明日はセイちゃん以外の全員で探索に出たいと言うとミサキは少しばかり機嫌を悪くしたようだったが、その後の俺のご機嫌取りはどうやら成功したらしい。

 

「アキラくん、どっちにするの?」

「予定じゃ船外機工場。右は上陸そのものには工場より向いてそうだが、拠点化するとなるとキツイかな」

 

 俺達が見ているのは、浜名湖を突っ切って天竜の集落に向かうルートの上陸予定地点。

 浜名湖に流れ込む川の河口付近だ。

 

 その河口の左右に、小さな船溜まりとそれなりに大きなマリーナか何かが見えている。

 地図で見るだけではわからなかったが、河口は座礁して船体を傾ける漁船か何かが塞いでいるので、そのどちらかから上陸して線路か道路に出るしかない。

 

 軍用ボートならギリギリまで接近して俺のピップボーイでスクラップにして船をどかせそうではあるが、それでこちらまで座礁したり、最悪の場合は転覆なんて可能性を考えると、今はそこまでしたくはなかった。

 それにこの川から船で浜名湖に漕ぎ出せるとなれば、小舟の里の湖岸の守りも固めなくてはならないだろう。

 だから今は、川を塞ぐ大きな船に手をつけるつもりはない。

 

「左はかなり大きな工場みたいだねー」

「船外機工場だってよ。地図にも形だけ書かれてた小さな船着場は、製品テストかなんかのための船溜まりだろうってウルフギャングが言ってた」

「右は漁港じゃないようだが、結構な数の船が並んでるな」

「たぶんだけど、浜名湖で趣味的な釣りだのマリンスポーツをだのをする連中の船置き場なんだろ。事務所っぽいのは地図になかったし、海の月極駐車場って感じだと思うぞ」

「国道362と天竜浜名湖鉄道の線路は、工場の方が近いわね」

「アキラ、工場の先にも細い川があるぞ」

「さすがにあれは水深が足りねえって。少し入ったトコに土砂かなんかが溜まってんのが見えてんぞ」

「なら工場だね。突撃ー!」

「アホか。でもま、それが無難かねえ」

 

 工場の施設である船溜まりに舳先を向け、ゆっくりとそこを目指す。

 船溜まりに続く短い水路、高架になっている一般道の下を潜ると、俺とミサキ以外の全員がそれぞれの武器を持ち上げていつでも撃てる構えを取った。

 

「ううっ。ボートじゃラストスタンドが使えないよぅ……」

「だから他の銃も練習しろって言ってんだよ」

「ミキ、右を」

「はいですっ!」

 

 銃声が2つ重なる。

 

「お見事」

「さすがだねえ。どっちもHPは0だよー」

 

 軍用ボートは12人乗りだけあって、それなりに船体が大きくて長い。

 それに船外機はボートの最後部にあるので、俺からはカナタとミキが何に発砲したのか見えなかった。

 

「テスト用の船は使えそうにないわね」

「いいさ。他に敵は?」

「今のところ、倒した2匹のフェラル・グールだけね。工場の中には、うじゃうじゃいるんでしょうけど」

「予定通りなら特殊部隊が掃除をしに、ウルフギャングと修理が終わったバスで向かってるはずだが。連中だけで大丈夫か?」

「平気でしょう。あれほどの装備と練度なら。ね、シズク?」

「ああ。ドッグミートとED-Eもいるし、サクラさんだっているんだ。フェラルの数十程度なら問題はない」

「ならいいがね。よし、接舷すっぞ。パワーアーマーの重さで、桟橋が崩れる可能性もある。気を抜くなよ?」

 

 船外機のエンジンを切るのではなく、手前に折り畳んで引き上げるようにしてスクリューを水面から出し、ブレーキ代わりの制動をかける。

 数秒後、鉄製の桟橋に軍用ボートの舳先が当たってコツンと音がした。

 

「任せて。ん、よいしょーっ!」

 

 舳先に立ったミサキが桟橋を掴み、軍用ボートを力任せに接舷させる。

 呆れた馬鹿力だから可能な荒業なのか、軍用ボートがそういう乗り物であるのかはわからない。

 

「よし。次はアタシだ」

 

 軍用ボートから桟橋までは高さが1メートルちょっと。

 それを苦もなく乗り越え、まずシズクが上陸した。

 

「クリアだ。ミキ、来い」

「はいですっ!」

 

 ミキ、カナタという順番で桟橋に上がったのを見届け、俺を見ているミサキに仕草で先に行けと告げる。

 そして国産パワーアーマーをショートカットキーで装備した俺が最後に桟橋に上がり、軍用ボートをピップボーイに入れた。

 

「狭い階段だな。俺の後にシズク、カナタとミキ、ミサキで上がるぞ」

 

 短い返事を聞きながら前に出つつ、倒れているフェラル・グールが持っていた『使いかけのマッチ』をありがたくいただく。

 工場の敷地へと上がる階段の手前に倒れている方は何も持っていなかったので、なんだか損をしたような気分だ。

 

「へえ。ここは、陸に上げた船を車両で運搬するための場所か」

 

 みんなと探索に行きたいけど、でも優先すべきは磐田の街のトラックの修理と改造。

 

 しょんぼりした表情でそう言ってメガトン基地に残ったセイちゃんに、いい土産ができそうだ。

 ボロボロの船はどれも直せそうにないが、構造が単純なおかげか船を載せて運ぶ車輪付きのカートのような物はまだ使えそうに見える。

 

 素早くピップボーイで直せそうにない船ごと回収。

 ワゴン車を出し、戦前の国産パワーアーマーを装備解除した。

 

「いいぞ、乗れ」

「応っ」

 

 爆発のコンバットショットガンを片手に後部のスライドドアを開けたシズクの前で、まずミキが戦前のパワーアーマーを装備解除する。

 それをピップボーイに入れて預かるのは、もちろん俺の役目だ。

 全員分のパワーアーマーを俺のピップボーイに入れて、それから出発となる。

 

「全員分の収納終了っと。タレットが反応しねえから、フェラルの数はそうでもねえのかな」

「かもね。アキラくん、運転はボクでいいかしら?」

「道が塞がってたら俺がスクラップにしながら進むからありがてえが、昨日1日講習を受けただけで大丈夫なんかよ?」

「元から知識はあったし、実際に運転してその確認をしたんだから平気よ」

「ならいいが、安全運転でな」

「もちろん」

 

 少しでも荒っぽい運転をしたらすぐに交代しよう。

 

 そんな俺の考えを読んだのか、エンストの気配すらも見せずに動き出したワゴン車は、徐行速度で工場の出入り口を目指す。

 

「お、いるなあ」

「うっわー。タレットが撃ち始めると、ちょっとうるさいねえ」

 

 たしかに。

 ワゴン車の天井と屋根は当然のように補強してタレットを設置してあるが、それでも弾を吐き出すと車内に音だけでなく、かなりの振動までが伝わってきている。

 

「いい目覚まし時計になるさ」

「門は閉まってないみたい。アキラくん、このまま国道に出ていいの?」

「それで頼む」

 

 地図を広げながらタバコを咥え、箱とライターをダッシュボードに置く。

 カナタも喫煙者だから、欲しくなれば勝手に吸うだろう。

 

「典型的な田舎道ね。車の残骸が少なそうでいいわ」

「この橋を、さっき渡ったんだろ? ってなると、今走ってるこれが国道362号線らしいな」

「片側一車線ずつの狭い道だから、そのうちワゴン車じゃ進めない場所も出てきそうね」

「だなあ。んで、先に見える高架が天竜浜名湖鉄道の線路みてえだ」

 

 時刻は午前8時ちょっと前。

 

 特に問題がなければこの道をこのまま進んで、天竜の集落までのルートの確認する。

 今日の目的はあくまでもそれであるから、道々にある駅や状態の良さそうな店舗の探索はまた今度だ。

 

「やっぱりあったわ。アキラくん、お願い」

「あいよ」

 

 核分裂バッテリーで動く自動車は、ガソリンエンジンで動くそれよりもだいぶ高価だったとウルフギャングが言っていた。

 そのおかげで、この時代でも車の残骸だらけで道を進めないなんて事はあまりないのだが。

 

「ま、そんでも塞がれてる道はあって当然だよな」

 

 マーカーはなし。

 生身で驚異的な索敵能力をしているカナタも何も言っていないので、心配はいらないのだろう。

 

 それでも助手席から降りた俺はショートカットキーで国産パワーアーマーを装備して、VATSをカチカチやりながら道を塞ぐ車の残骸を手早くピップボーイに入れた。

 

「ありがと」

「いいさ。だがこんなんがあんまりにも多いなら、俺がバイクで先行して道を作るぞ」

「そうね。ならその時は、アメリカン・バイクを使って。そして、リアシートにショットガンを持ったシズクを乗せておくといいわ」

「なるほど。それもありかもな」

 

 中学校に郵便局、それからナントカ関所跡なんて観光施設を横目に進んでいると、前方に少し大きな店舗が見えてくる。

 

「わあっ。服屋さんだ!」

「工場を拠点化したら、いつだって来れるさ」

「楽しみっ」

「俺はもう見えるはずの駅の方が気になる、って無人駅かよ!? しかも駅舎すらねえとか……」

「工場の周囲には畑しかなかったし、戦前からかなりの田舎だったみたいね。それなら仕方ないわよ」

「電柱の看板、『ハンバーグレストラン・すずやか』だって。こっちに来てからアメリカ式のハンバーグしか食べてないから、たまにはテリヤキソースとかおろしポン酢のハンバーグが食べたいねー」

「右に折れて直進したとこにある店だから見えねえが、それなりに客が入ってたんならソースもたんまりあるだろ。そのうち漁ればいいさ」

 

 ルーフのタレットがまた弾を吐き出したのは、それからすぐだった。

 

 シャッターが開きっぱなしの、大きな建物。

 その一階部分がすべてガレージになっているらしい暗がりから、フェラル・グールが駆け出してはタレットの銃弾を受けて駐車場に転がる。

 

 これが戦前の消防署なら、使える車両はないだろうか?

 

 そう思ったのはカナタも同じだったらしく、ワゴン車は消防署の駐車場に乗り入れて車庫の前を舐めるように進む。

 

「あるにはあるけれど、どれもダメそうねえ」

「消防車なら頑丈に設計されてるだろうし、ポンプ車にゃきれいな水をたっぷり入れられる。使えるなら、各街に小舟の里のきれいな水をいくらでも運べるって計算か?」

「ええ。ボクはアキラくんの計画にまだ賛成してないもの。というか、猛反対ね」

「……期限は次に磐田の街を訪れるまでだ。それまでに、答えを聞かせてくれ」

 

 黙って頷いたカナタがアクセルを踏み、ワゴン車は国道362に戻る。

 

 それから車の残骸を3度ほど俺がスクラップにして回収し、5度ほどフェラル・グールとモングレルドッグの群れをタレットが片づけるのを待って停車すると、ようやく長い橋が見えてきた。

 

「アキラくん」

「ああ。間違いねえよ。天竜川と、それに架かる橋だ」

「かなり早かったねえ」

「だな。タイチに感謝だ。さーて、どうすっか……」

 

 ピップボーイの時計を見る。

 

「まだ1時間と10数分しか走ってないわよね。天竜の集落、寄っていく?」

「……いや。顔合わせは、ジローに出張ってもらった時にする。それにハッタリのためにも、準備をしてから天竜の集落の長に会いてえしな」

「例のアレね。そっちは別に反対しないけど、ホントに可能なのかしら」

「たぶんな。今のセイちゃんならどうにかできそうって話だし」

「天竜に寄らないなら、どうしましょうか。メガトン特殊部隊とウルフギャング夫妻も工場に着いてるだろうから、そっち?」

「それがいいかな。手助けがいらねえようなら、服屋だのハンバーグ屋だのを漁ってもいいし。とりあえず、タイチとウルフギャングと無線で話せる距離まで戻ってくれ」

「わかったわ」

 

 



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拠点化

 

 

 

 来た道、国道362号線を戻って何度か無線で呼びかけタイチと話してみたが、可能なら工場の制圧は特殊部隊だけでやりたいとの事だった。

 なのでドッグミートとED-Eは別だが、ウルフギャングとサクラさんにはなるべくフェラルのいなそうな場所を見て回ってもらっているらしい。

 いい訓練になるだろうからとそれを了承して、なら俺達は途中で気になった店なんかを漁って時間を潰してから戻ると伝える。

 

 それからは、嫁さん連中とその友人の独壇場だった。

 俺の出番なんて、これっぽっちもありゃしない。

 そうなった理由は明白。獲物に対する、モチベーションが違い過ぎたからだ。

 

「いやー、大漁大漁っ♪」

「アタシでも着れる服や下着は嬉しかったな」

「ミキは和風のソールズベリー・ステーキが楽しみなのです。あんな美味しいソースを、焼き立てのお肉にかけたらどうなるか。楽しみで仕方ないのですっ」

「うふふ。よかったわねえ。アキラくん、次は?」

「地図で見ると、西気賀って駅の浜名湖側が半島みたいに湖に突き出ててよ。そこにはマリン・ショップだとか、企業の保養所なんてのもあるらしい」

「セイが期待してた電車もあるといいねー」

「そうね。それにその辺りなら、特殊部隊との通信も可能だわ。じゃあ向かっちゃうわね?」

「頼む」

 

 船外機工場のほんの少し向こうにある西気賀の駅はこぢんまりとしてはいるが駅舎があり、駐車場へと繋がるロータリーにもなっていない通路に、10ほどのフェラル・グールが群れていた。

 それをルーフのタレットが掃除してくれているのだが、その駆動音や銃声よりも後部座席の2人がうるさいのなんの……

 

「ミキ、やったねっ。あの看板見てっ! テレビ番組で紹介された名店『グリル小泉』だって! ぜーったいに美味しいソースとかあるよっ!」

「ふわぁ。早く、早く漁るのですっ!」

「いやどうせならすぐ手前にあったマリンスポーツの店を」

「じゃあアキラ達はそっちで。後ろ3人は駅。それでいいじゃん」

 

 ミサキ達とはいつも別行動をしているので、そうするのが当然だとは思うが。

 

「抱いた途端に、過保護ねえ」

「そういうんじゃねえがよ。……ま、こんなのにも慣れねえとな。そんじゃ3人は駅。俺とカナタは線路の先を見てからマリン・ショップ。なんかありゃすぐに無線を飛ばせよ?」

「りょ-かいっ。行こっ、ミキ。タレットがおとなしくなったよっ」

「はいですっ」

「おい、パワーアーマー! ミサキは自分のピップボーイに入れてっけど、ミキとシズクのは俺のピップボーイに」

「いらないのですっ」

 

 えらい勢いでスライドドアが開いたので後ろを向き、最後に降りようとしているシズクを見遣る。

 言葉こそなかったが、任せろと言うように頷いてくれた事でいくらか安心できた。

 

 小さな、どことなくファンシーな印象の駅に向かう3人を見送りながら、ワゴン車を降りてピップボーイに入れる。

 

「カナタ、パワーアーマーと勝利の小銃はどうする?」

「スナイパーライフルだけ、一応は持っておくわ。線路の先に獲物の1匹でもいれば、アキラくんとミサキの経験値の足しになるだろうし」

「あいよ」

 

 カナタに勝利の小銃を渡し、国産パワーアーマーを装備してからヘルメットを取って長距離スコープ付きの『反動吸収パワフルオートマチック・アサルトライフル』を両手で保持して構えてみた。

 

「平気そうね」

「ああ。素のSTRが5んなって、軍用戦闘服で1とパワーアーマーで2上がるだろ。もうこんなのも使えるんだ。カナタ達のアドバイスのおかげだな」

「お役に立てたようでうれしいわ。駐車場から線路に上がるのよね?」

「ああ。コンクリートの壁はスクラップにしてピップボーイに入れると、JUNKのコンクリートになるからな。線路側の壁はすべていただくさ」

 

 鉄もそうだが、コンクリートもあればあるだけ欲しい。

 王様だの戦国大名だのになる気なんてこれっぽっちもないが、地図に引いた六角形の内側を外敵から守るには、俺がコンクリートの土台や壁でそのすべてを囲ってしまうのが最も安心できる。

 

 コンクリートと乗用車の残骸なんかをいただいて上がった線路は、フォールアウト4の入植地の一つであるオバーランド駅を思い出させる風情。

 

「いないわね、モングレルドッグの1匹すら」

「戦前から田舎なら、そんなモンなのかもな。レベル上げをしようと思ったら、森に続く道なんかが良さそうだ」

「電車もないし、行きましょうか」

「おう」

「うふふ。ミサキとミキがはしゃぐ声がここまで届いてるわ」

「名前も似てっし、食いしん坊同士だからなあ。いい友達ができたみてえで良かったよ」

「ついでにミキもいただいちゃえばいいのに。最初は好きな男の名前を呼びながら泣いて暴れてた女の子が、アキラくんの反則的な回復力での連続攻撃で徐々に…… ああ、ゾクゾクしちゃうわねえ」

 

 変態が。

 

 そう罵ってやりたいが、それをすれば日頃のアレコレを引き合いに出されて言い負かされるのは俺の方だ。

 なので黙ってマリンスポーツ用品店のある方へ足を向ける。

 

 国道362から見ても店舗は確認できなかったので小さな店なのだろうが、時間もあるし軽く見ておいて損はないだろう。

 

「ありゃりゃ」

「クルーザーじゃなくって釣り船って感じのばかりね。それも、見るからにボロボロ」

「手前の小学校でフェラル・グールでもプチプチしとく方がいいのかもなあ」

「でしょうね。この道幅からすると、先にある企業の保養所だってたいした規模じゃなさそうだし」

 

 アキラ、聞こえるっすか?

 

 タイチの声。

 

「おう。感度良好。どした?」

 

 こっち、昼までには終わりそうなんっすけど。

 

「予定よりずいぶんはえーな。……あと1時間くれえか。了解。ミサキ達も聞いてるよな? 工場の方角に向かってくれ。早めに戻って、メシの準備でもすんぞ」

 

 えーっ。

 

「ちなみに昼メシは、バラモンの肉を使った焼き立てのステーキだ」

 

 そ、それってもしかしてっ。

 

「おう。すずやかで漁ったオニオンソースをたっぷりかけたやつだぞ」

 

 すぐに戻るのですっ!

 ミサキ、シズクさん。とりあえず駆け足なのですっ!

 

「あらあら」

「レシーバーをひったくって叫ぶって。どんだけだよミキ……」

 

 歩いても大した距離ではないというのに、ミキは俺を見るなりワゴン車を早く出せとまた叫ぶように言った。

 あまりといえばあまりの剣幕なので否とも言えず、ワゴン車で工場へと戻る。

 

「あら。ウルフギャング夫妻よ」

「なんで門の入り口に突っ立ってんだろな。ま、いいや。俺もここで降ろしてくれ。門にだけでもタレットを設置しとく」

「わかったわ」

「なんだ、アキラは降りるのか」

 

 助手席を降りた俺にそう言ってから、ウルフギャングは小さな箱を放ってきた。

 受け取って眺めてみると、どうやらそれは国産のタバコらしい。

 初めて目にする種類なので、ありがたく1本もらって火を点ける。

 

「……ふーっ。悪くねえ味だな。門にタレットを置いとこうと思ってよ。ウルフギャング達はこんなトコで何してんだ?」

「ここを左折した先に、当時は芝生だったらしいイベントスペースがあってな」

「へえ。工場にそんなんあんのか」

「サッカーグランドとオフロードバイクのコースが併設された工場だからな」

「はあっ!?」

 

 オフロードのコースって……

 

「残念だがバイクや小型バギーは動かないし、修理できるかすら怪しいぞ」

「あらら」

 

 それは本当に残念だ。

 

 メガトン特殊部隊の最小編成は3人で1組の分隊。

 その1班だけでもバイクで動ければ、大幅な戦力増強になると思ったのに。

 

「ははっ。そう落ち込むな。それでそのイベントスペースの横にある倉庫に、バーベキューセットなんかもあってな。残ってた炭も使えそうだったから、昼メシはそこでって言いに来たんだよ」

「そりゃあ助かる。んじゃカナタ、そっちは頼んでいいか?」

「ええ。みんなでやっておくわ」

 

 できるだけ早く来いとか、むしろタレットなんて後でいいと言っている食いしん坊達にまったく構わず、カナタの運転するワゴン車が走り去ってゆく。

 

「タレットはこっち側の門だけで平気そうか、ウルフギャング?」

「今のところはな。俺とサクラは掃討に参加しないで周辺を見て回ったんだが、ここを選ぶとはさすがアキラだって話してたんだよ」

「立地か?」

 

 タレットを設置しながらの雑談。

 さっきからまったく銃声が聞こえないので、工場にいたクリーチャーはほとんど残っていないのだろう。

 

 ウルフギャングが穏やかな表情で話しているので、特殊部隊は怪我人すら出していないのかもしれない。

 これなら、バスで自由に動いてもらってもそう心配しなくて済みそうだ。

 

「ああ。湖を背にして、川と川に挟まれた立地。それで、しかも陸側にはかなり広い戦前の耕作地が広がってる。ミカンの木なんかも残ってたしな」

「それはラッキーだなあ。大昔は城とか関所とかもあったらしいし、パッと見で守りやすそうだなとは思ってたけど。問題なく天竜の集落との取引に使えそうで何よりだ。いつか小舟の里から橋を伸ばして、こっちにも人が住めるまでにしちまうかねえ」

 

 サクラさんの足に合わせ、のんびりとワゴン車が走り去った方向へ向かう。

 

「また出入り口があるな。そこにも設置しとくよ」

「ああ。それより、天竜の集落はどうだった?」

「天竜の集落には行ってねえ。その手前の、天竜川に架かる橋までしかな」

「そうだったのか。どんな感じの地域なんだ?」

「地図で見た通り、天竜の集落から先は山が深くなっていく。大河と深山。完全に漁と狩猟で食って行く気で作られた集落だろうな」

「なるほど」

「んでその橋がさ、なんつーの? こう両脇と上に鉄の枠組みみてえのが付いててさ」

「橋桁か?」

「たぶんそれかなあ。だからそれを利用すっと、トラックが通り抜けられる高さに床とか張ってさ。2階っぽい場所を宿舎にしたり休憩場にしたり。まーあクラフト意欲をくすぐりやがるんだ」

「アキラはそういうの好きだもんなあ」

 

 まあなと返しながら、天竜川を遡った先にある諏訪湖の風景を思い描いてみる。

 

 RADがあろうがなかろうが、人間には水が必要だ。

 長野の被害がどれほどのものかなんてわかりはしないが、きっとそこには集落か街があって、人々が懸命に生きているんだろう。

 

「なんだ。ニヤニヤして」

「俺、笑ってたか?」

「だいぶハッキリとな」

「そっか。いや、天竜川をずうっと遡ったら、諏訪湖って湖なんだよなって。きっとそこにも街があってさ。いつか訪ねてみてえなって、そんなん考えてた」

「そうだといいな。そしていつか……」

 

 



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準備完了

 

 

 

 すずやかパネエっ!

 

 そんな声を何度も聞いた賑やかな昼メシを終え、俺は工場の簡易陣地化に取り掛かった。

 

 相当の人気店だったのか、かなりの量を手に入れたハンバーグ・ソースは大好評。

 店内のチラシには○○店なんて文字がいくつもあったので、また違う店を見かけたら補充も可能だろう。

 

 俺の護衛だというシズクと2人、ある程度の畑までを囲うようにタレットを設置して回る。

 防壁なんかはまだいらないだろうと昼メシを食いながらの話し合いで決まったので、まあ楽な部類の作業か。

 

「こんなモンかねえ」

「お疲れ。予定よりずいぶん早く終わったな。ミサキ達は、まだハンバーグレストランの先にあるスーパーマーケットを漁ってるぞ」

「どうせワゴン車で持ち帰れねえほどの商品を、駐車場に積み上げてんだろうなあ」

「当然だな。下手をすればその分け前を市場に並べただけで、ミキの成人の儀式は終わりだろう」

「せめて恋人同士にでもなんなきゃ、誰かさんは帰りそうにねえけどな」

「ふふっ。ならバスに戻って、指揮をしてるタイチと軽くミーティングかな」

「バスってか、ありゃもう装甲車か護送車だけどな」

 

 セイちゃんの天才的な腕で魔改造された路線バス。

 世紀末の荒野をあんなのが走り回っていたら、10や20の悪党なんて裸足で逃げ出してしまうんじゃないだろうか。

 

 屋根に3機のタレット。

 その中間に位置する天井からにゅうっと姿を現した2人の兵士が構えるのは、一見してヤバイ兵器だとわかるロケットランチャー。

 そして窓がないとしか思えない、鉄の塊である大きな車体から重い音がしたと思えばいくつもの窓が開き、一斉に10以上の銃口を自分達に向けられたら。

 

 想像しただけで恐ろしい。

 

「路線バスが決戦兵器になってしまうんだものな。我が従姉妹ながらたいしたものだ」

「新制帝国軍なら普段使いはしなくても、ロケランくれえ持ってるだろうからな。あんまムチャはできねえよ」

「やっぱり隠し持ってると思うか?」

「隠し持ってるってより、使ったらミサイル補充すんのに金がかかっから倉庫に置いてるって感じじゃねえかな。それか、使うほどの敵がいねえか」

「……すべての悪党がまとまって浜松を手に入れようとして大戦、なんて幸運はないだろうからなあ」

「悪党?」

「浜松の旧市街には、かなりの悪党がいるらしいぞ」

 

 なるほど。

 戦前の大きな駅だけじゃなく、旧市街のそこら中に悪党がいるのか。

 それだけではなくフェラル・グールとモングレルドッグ、それに都会の街中ならそれなりにいるはずのプロテクトロンなんかのロボット。

 本当なら、レベル上げをそっちでやりたいくらいだ。

 

「アキラ、シズクさん。お疲れっす」

「おお、隊長殿。お疲れさまだ」

「お疲れ。タレットの設置は終わったぞ。そっちはどうだ?」

 

 シズクに隊長殿なんて呼ばれて肩を竦めたタイチは、バスの前に俺が出した丸テーブルで手描きの工場の地図を見ながら特殊部隊の指揮をしているようだ。

 

 聞くともなしに聞いていた無線の感じでは問題なさそうだったし、何かあればタイチの指示で応援に出るはずの2人も、揃ってバスに寄りかかりながらダベっている。

 特に問題は起きていないようだ。

 

「工場の広い場所や外はサクラさんが、室内はウルフギャングさんがいる物といらない物を選別してくれてるっすからね。里に持ち帰る物は続々と運ばれてきてるっす」

「それにしては少なくないか? アタシ達みたいに、手当たり次第に運び出せばいいのに」

「ここを少なくとも第二の基地。できれば農業と漁業で生きる、新しい集落にするべきだってウルフギャングさんは言ってたっす。だから根こそぎは持って行かないらしいっすよ。そうっすよね、アキラ?」

「ああ。バスで持ち帰れる分だけだ。そんじゃ俺達は、先に出るぞ」

「はいっす。こっちの帰投予定は、17時っす」

「お互い帰るまでは気を引き締めてこうぜ」

「もちろんっす」

 

 カナタがシズクをリアシートに乗せるならこれがいいと言っていた、アメリカン・バイクを出す。

 ついでに眼鏡を『パトロールマンのサングラス』に換えてみた。

 

「ほう。戦前の映画のポスターみたいだぞ。惚れ直すじゃないか」

「よく言うよ。リアシートから降りるまで、足はここのステップな。ぶらぶらさせたりしてたら大怪我をする」

「らしいな。それと日本刀は預かってもらえとも言われた。バイクでの戦闘は、背負っているショットガンのみでいいと」

「それと、爆発以外のレジェンダリーをサイドアームに持つのもいいな。後で選ぶといい」

「わかった。じゃあ頼む」

 

 差し出すようにされた日本刀を、手も触れずにピップボーイに入れる。

 

 出会った時からシズクはこれを使っていたし、射撃も状況判断も特殊部隊の誰より巧いと確信したので渡した爆発のコンバットショットガンを背負うようになっても、これは腰に差して大事そうに扱っていた。

 きっと思い入れがあるんだろう。

 

「んじゃ行くか」

「ああ。バランスにさえ気を配れば、このステップとやらの上で立ち上がって撃ってもいいとカナタは言ってたからな。今から楽しみだ」

「頼むから俺の耳元で撃つなよ?」

「善処しよう」

「そうじゃなくて約束な」

「わかったわかった」

 

 なんか信じられねえと呟きながらエンジン始動。

 背中に当たった柔らかいブツが形を変えるほどしっかり抱き着かれてから、ギアをローに入れてクラッチを繋いだ。

 

「いちゃいちゃしてんじゃねーってんっすよ」

「うっせ。じゃ、夕方にメガトン基地でな」

 

 シズクのお世辞でその気になった訳ではないが、左手で2本指の敬礼をピッと飛ばしてアクセルを開ける。

 映画なんかで、ゴツイ白バイに乗った警官がいかにもやりそうな仕草だろう。

 

「了解っす。そっちも気をつけるっすよー!」

 

 おうと返しながら、国道362号線に向かって走り出す。

 

 カナタが運転するワゴン車が向かったのは、それを直進して右折した県道だ。

 予定では合流した後、今までまったく探索の手を伸ばしていない浜松寄りの浜名湖の湖岸を軍用ボートで偵察しながら小舟の里へ帰る事になっている。

 

「ま、予定は未定だがな」

「明日はミサキの番だが、どこへ向かうんだ?」

「さあな。ミサキ次第だろ。それより、セイちゃんの修理が終わったらどうすんだよ?」

「たぶんローテーション、だったか? それにセイが加わるだけだ」

「いやだからカナタが俺と一緒の時、そっちは車を使えねえだろうがよ。運転手がいねえんだから」

「それは考えてなかったな」

 

 そんな事を話している間に、ミサキ達のいるスーパーマーケットが見えてきた。

 

 郊外型の大型店だが平屋で、広いフードコートやゲームコーナーまではなさそうな、ありふれた店舗。

 その駐車場にワゴン車が停まっていて、その横にこれでもかと戦前の商品が積み上げられているのも見える。

 

「まーた欲張りやがって」

「ミサキは優しいからな。特殊部隊の全員にカゴ1つずつの分配をすると、ほとんどの連中が立体駐車場マンションで暮らす親兄弟にそれを渡しに行くのを知ってるんだ。だからだよ」

「……そんなんで不満は出ねえのかよ? 特殊部隊の連中とその家族だけがいい思いをしやがって、みてえな」

「小舟の里じゃあり得んな。子供の頃から学校で、『いい思いをしたかったらたくさん勉強して長の下で働くか、命を懸けて食料調達部隊として働くしかない』と教えられている。それに気のいい家族は、それなりにお裾分けなんかもするだろうし」

「安全で給料がいい公務員と、危険だがそれと同じかそれ以上に稼げる兵士って事か」

「そうなるな。学校は物事の善悪を教えながら、子供が勉強や書類仕事に向いているかを確認させてくれる場所だ。じゃあ、アタシは荷運びに参加して来るぞ」

 

 ワゴン車の横でブレーキをかけると、シズクはそう言ってスーパーマーケットへ向かう。

 その背を見送ると割れていないが汚れ切ったガラスの向こうで、勝利の小銃を担ぐカナタが大丈夫だとでも言うように頷くのが見えた。

 

 この戦前の商品の名前と数をメモしながら、それらをピップボーイに入れてゆくのは俺の仕事だ。

 そのリストを確認しながら、俺達を含めた特殊部隊の全員に買い物かご1つ分の物資を配給するのはミサキとシズクの仕事。

 

 残りはマアサさんに渡すのだが、最近では備蓄倉庫に空きがないとかで、『もう小舟の里に手に入れた物資のほとんどを渡したりせず、アキラくん達の財産として電脳少年に保管しておきなさい』なんて言われている。

 

「そういや、ミキへの分配ってどうなるんだろな」

 

 もしも山分けなら、ミキは今日1日でとんでもない量の商品を手に入れた事になるだろう。

 店をやるにしても本館の1階にある市場でとなると、戦前の商品は高いらしいので買い手がいないような気もするんだが。

 

 引っ越しのような作業を終えて全員でワゴン車に乗り込んでからそれらを訊いてみると、あたし達で探索した分をいったん山分けにして、それがミキの取り分だよーっとミサキは言っていた。

 

 まず山分け。

 そして俺達の分をすべて合わせて特殊部隊の連中にお裾分けをして、残りは小舟の里に寄付。

 今まで何も考えずやってきたが、どうやらそれが俺達の山師仕事のルールらしい。

 いつだったかタイチに気前が良すぎるだろうと呆れられたが、小舟の里には買い物かご1つ分の戦前の物資でさえ買い取れる商人がいないのでどうでもいいのだ。

 

「そ、そんなに渡されても保管場所と、それを売る店なんてミキには。ううっ、困ったのです……」

「アキラに預かっててもらえばいいだけじゃない」

「それか、ウルフギャングの店の横にでもミキの店を作っちまうか? あの辺りは本館から遠いから、月々の土地代も安いって話だし」

「あら。それがいいじゃないの。そうすれば特殊部隊の女性宿舎に仮住まいしなくていいし」

「でも、ただでさえアキラにはお世話になってばかりなのです」

「いいんだって。そんなの1時間もかからず建てれんだから」

「そーよそーよ。そしたらアキラがウルフギャングさんの店で飲んでる時、あたし達もミキの店に遊びに行けるし」

「決まりね」

 

 本人以外が決めるなと言いたいが、まあミキが店を構えるのならば、実の姉であるカナタはかなり安心なのだろう。

 あまり高額な品は売れないだろうが小舟の里の治安は間違いなくいいし、商品を補充したいなら俺達と探索に出ればいい。

 あとは、恋の成就を祈るだけだ。

 

「とりあえず俺の方の下地はできたかな」

 

 まだ顔すら出していない天竜の集落との交易拠点まで確保したなら、とりあえずするべきは俺とセイちゃんのレベル上げだろう。

 その間に小舟の里と磐田の街の交易の詳細を、マアサさんとカナタに詰めてもらえばいい。

 

 ……まだ夢を語る覚悟も、資格さえも俺にはないが、ここらで少しばかり頑張ってみようか。

 

 



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20

 

 

 

「はい、レベル20キタコレ!」

「おめでと、アキラ。セイはまだ11」

「すぐに追いつくって。でも問題は、これだよねえ」

「ん。梅雨入りからだいぶ経つのに。一昨日も昨日も、当たり前みたいに今日も雨」

「濡れて帰ると殺されそうな勢いで怒鳴られっから、剥ぎ取りもできねえし。ほんっと早く夏んなれっての」

「けど、雨でも2人共クルマの中にいるならってレベル上げに出るのを許可してもらえただけマシ」

「まあねえ」

 

 雨の日は山師も、食料調達部隊時代からそうだったという特殊部隊も休み。

 なので屋内訓練場で体を鍛えるという仕事のある特殊部隊はまだしも、うちの嫁さん連中は毎日ヒマを持て余している。

 

 ヒマなら着いてくればいいのにと思ったし、間違いなくそうするだろうと思ったが、3人はセイちゃんの一言でこんな日のレベル上げに同行する事を諦めたようだ。

 

 あれだけ雨に濡れるなって言ったんだから、ちゃんとトイレもワゴン車の中でする?

 

 カナタとシズクならまだ平気だろうが、ミサキにそんな事ができるはずもない。

 これ以上雨の日が続けば、どちらかは着いて来そうだが。

 

 まあ、そうなったらそうなったで、楽しみが増えるだけだ。

 

「また見たいならここでする?」

「い、いやいや。つか、まーた声に出てたのか俺……」

「ん。ばっちり」

「もうこれ、呪いかなんかじゃねえかって疑うよなあ」

「でも困った」

「へ? なにが?」

「アキラがレベル20になったから、男だけで飲みながらしてる悪巧みが行動に移される」

「悪巧みって。浜松の偵察と、天竜の集落への顔出しだよ」

「だからそれが心配」

「そう言われてもね。やるしかないのはセイちゃんもわかってるでしょ?」

「ん」

 

 ここしばらく、俺は車両を最大限に活用してレベル上げに勤しんだ。

 あと10日もすれば7月になるというこの時期まで、常に誰かに監視されているからムチャができない状況だというのに。

 それが実ってレベル20になったのなら、ジンさんやタイチとウルフギャングの店のカウンターで飲みながら立てた計画を実行するのは当然だろう。

 

 まずはアレの試しをしてから、天竜の集落との接触。

 その結果がどうであれ、浜松の街の偵察に出る。

 大正義団は後回し。

 先にどうにかできそうなら、まずは浜松の新制帝国軍とケリをつける。

 

「アキラ」

「ほいほい。すぐに次のフェラル・グールかモングレルドッグを探すよ」

「ん。それもだけど、お願いだから死なないで」

「……当たり前でしょ。こんなかわいいお嫁さんを未亡人になんかする気はないって」

「ん。ならサービス」

「ちょ、そんなのいいって!」

「ほっぺにキス、いらない?」

 

 あ、そっちか。

 

「いりまーす」

「ん」

 

 頬に押しつけられた小さな、淡いはなびらのような唇が離れてから、ワイパーを強くしてサイドブレーキを下ろす。

 

「どっちに向かうかねえ」

 

 現在位置は浜松の街と天竜の集落の中間に位置する戦前の住宅地で、時刻は午前10時過ぎ。

 

「どこでもいい。もし敵が屋根のある場所にしかいなくても、パワーアーマーを着てクルマから出ればバレない。一昨日みたいに」

「いや、それがバレるんだよね。特にミサキには」

「なんで?」

「あーっと、なんつーかその、ニ」

「に?」

「……ニオイ、でバレるらしい」

「…………ミサキはペロペロ大好き臭フェチSTRゴリラ。そういえばそうだった」

「な、内緒だよ?」

「ミサキがアキラの体臭で興奮するのは、みんな知ってる」

「本人はバレてないと思ってるんだって」

「さすがゴリラ」

 

 ゲームをしている時は想像もしなかったが、パワーアーマーを装備して汗を掻くと、剣道を齧った経験のある人間なら思い出せる独特の体臭がするのだ。

 ミサキは空手をずっとやっていたし、父親の友人の道場で剣道を習っていた経験もあるので、すぐにわかるらしい。

 

「んじゃ適当に浜名湖の西側を通るルートで」

「ん。セイを膝に乗っけながら運転する?」

「危ないからいいって」

「ケチ」

「はいはい。そういうのは帰ってからね」

「さっきのは?」

「記憶にございません」

 

 浜名湖の西側の湖岸を船外機工場まで進む道は、ワゴン車どころか戦闘バスが楽に通れるように車の残骸なんかをある程度だけ片づけてある。

 なのでその道を走りながら見かけた狭い道や、いかにもフェラル・グールがいそうな施設の駐車場なんかにワゴン車を進ませ、敵を倒したら元の道に戻るのを繰り返して小舟の里を目指した。

 

「晴れた。なんで駅前橋を抜けた瞬間……」

「んだねえ。タイミング悪すぎ」

「アキラはウルフギャングの店?」

「かな。みんなに言っといて」

「ん。でも必要ない。あれ見て」

 

 セイちゃんが指差したのは、ウルフギャングの店の隣に俺が建てた、ミキの店舗兼倉庫兼ガレージ付き住居である建物の3階にあるベランダだ。

 

「のんきに手なんか振りやがって」

「ん。臭フェチゴリラなのに尻尾を振って喜んでる。まるで雌犬」

「……セイちゃんって、たまに怖いくらい辛辣だよね。セイちゃんもミキの家に寄る?」

「ん。寄る」

「りょーかい」

 

 セイちゃんをミキの家の前で降ろし、ワゴン車をピップボーイに入れてウルフギャングの店のドアを開ける。

 今日も小粋なジャズを聴きながらカウンターの中でグラスを磨いていたウルフギャングは、入ってきた1人目の客が俺だと知ると、咥えタバコのまま自分の前のスツールを顎で示した。

 

「いらっしゃいくらい言えっての」

「注文より持ち込みの多い誰かさんじゃなきゃそうするさ」

「仕方ねえだろって。探索で手に入れた物資の俺の取り分は、戦前のビールやタバコなんかが多いんだから」

「ま、それを注がれて飲み干す俺も同罪か」

「そうなるなあ」

 

 冷蔵庫で冷やしてからピップボーイに入れておいた戦前の国産ビールをカウンターに置くと、ウルフギャングが慣れた手つきで栓を抜く。

 互いのグラスにそれを注ぎ合って、まずは乾杯だ。

 

「その顔じゃ、間に合ったみたいだな?」

「ああ。タイムリミットまで10日を残してレベル20達成ってな」

「俺と並んだか。もう先輩面はできないな」

「んな訳ねえだろって」

 

 いつでも、これからだってウルフギャングは俺の兄みたいなもんだ。

 

 思っても口にはしないが、ウルフギャングも同じように考えていてくれてるのはわかる。

 ジンさんも、タイチもそんな感じだ。

 

「マスター、焼酎の水割り! あ、氷多めで!」

「俺は冷茶割りで」

「あっ。ならあたしもっ!」

「じゃ、じゃあ俺も俺もっ!」

 

 騒がしく入ってきたのは、どうやら仕事を終えた防衛部隊の連中であるらしい。

 今日は本館へ3度もマイアラークを運んだから冷茶割りで乾杯だ、なんて声がテーブル席から聞こえてきている。

 タレットが倒したマイアラークを運ぶと、給料の他に小遣いのような手間賃が貰えるのかもしれない。

 

「サクラ、これ頼む」

「はいヨ」

 

 小学生の時に写生大会なんかで使った感じで固定しているらしいお盆にウルフギャングがグラスを3つ載せ、サクラさんが慎重な動きでそれをテーブル席へと運ぶ。

 

 待ってましたという声の他に、ママさんありがとう、なんて言葉も聞こえた。

 この夫妻が小舟の里にすっかり馴染んだ証拠だろう。

 

「ミキが持ち込んだ磐田の街の緑茶、評判がいいんだな」

「そりゃあそうさ。ちょっとした贅沢品として、これからも需要は絶えないと思うぞ」

「ウルフギャング教官の自動車学校はどうよ?」

「新入生。磐田の街から派遣されてるジローの部下3人、それとタイチの嫁さんは文句のつけようのない優等生だな。7月1日の初取引も問題なさそうだ」

「タイチも大丈夫だろうって言ってたし、なんとかなりそうだなあ」

「ああ」

 

 特殊部隊の隊長であるタイチと、とある事情で運転を覚える事になったその嫁さん、副隊長であるカズハナバカップル。

 それで特殊部隊の運転手は4人になる。

 しばらくはその人員で取引を回せるだろう。

 

 それから2人、3人と客が増えたところで、ジンさんが顔を出して俺の右隣りのスツールに腰を下ろした。

 

「ふむ。どうやら届いたようじゃの」

「おかげさまで。ビールでいいですか?」

「そうさせてもらうかの」

 

 それから少しして、タイチも合流。

 

「お待たせっす」

「そうでもねえって。ほら、ビール」

「うわあ、ドヤ顔でお酌するって事は。なったんっすね、レベル20」

「おう」

「そんじゃ乾杯っすねえ」

 

 最後に飲み始めたタイチが冷えたビールで充分に喉を潤すと、まず口を開いたのはジンさんだった。

 見るからに不満そうな表情で、磐田の街との初取引にすら同行できない事を嘆く。

 

「俺だって初取引には同行しますけど、あとはずうっと留守番ですよ。アキラとタイチは、老人なんてすっこんでろと言いたいんですかねえ」

「まーたそうやって。それぞれ仕事があるからだろうがよ」

「しかもウルフギャングに、スリードッグの真似事をしろとはなあ。ったく、ロマンのわからん若造はこれだから」

 

 呆れたように言いながら、ウルフギャングがジャズのボリュームを上げる。

 この店に来るのは防衛部隊と特殊部隊の連中ばかりだが、スパイの心配はいらないにしても、雑談のついでに俺達の計画を漏らされたらたまったもんじゃない。

 

「くっちゃべるのが巧いんだから仕方ねえだろって」

「ウルフギャングさん、最初はどんな感じで放送するんっすか?」

「曲紹介してジャズを流すだけさ。あとは徐々に、だな」

 

 改造した募集無線ビーコンを使ってのラジオ放送。

 運用試験の結果次第ではあるが、俺はそれこそがこのウェイストランドを変えるための第一歩になると考えている。

 

「明日からとりあえず放送をするんっすよね?」

「ああ。もうその分はカナタちゃんのホロテープ・レコーダーに録音してある」

「んで俺は朝からその放送がどこまで届くかの確認。小舟の里から直で磐田の街まで電波が届かないなら、途中にセイちゃんが改造して作ってくれた無線中継器を設置。ほんでまた電波が届くかの確認だな」

 

 極端なほどの小声でのやり取りだが、全員が頷いているので大丈夫だろう。

 

「磐田の街へ放送が届くなら、用がある時は雑談に符丁を交ぜて生放送じゃったな」

「はい。そしてアキラとタイチが浜松の街を偵察した時にラジオの評判がいいなら、雑談ありの生放送を増やしていきます」

 

 浜松の街でウルフギャングのラジオが人気になれば、それが新制帝国軍の上層部の耳にも入って当然だろう。

 そうなれば新制帝国軍のクズさをこき下ろして煽るなり、ウソの情報、たとえば『俺は愛車のトラックで明日から3日ほど、弁天島の戦前のキャンプ場で優雅なバカンスと洒落込むぜ』なんてのを流して新制帝国軍をおびき出してもいい。

 

 戦争となれば情報の伝達に優れた軍が有利なのは当たり前だし、新制帝国軍をどうにかした後で小舟の里や磐田の街に人を呼び込むのにも、ラジオは役に立ってくれるはずだ。

 

「アキラの言ってた橋が使えるといいっすねえ」

「だなあ。それに6つの地点を線で結ぶ時、一番距離があるのが小舟の里とあそこだ。ダメなら中継地点を増やすしかねえが、浜松の街から天竜川までの地点にあの橋くらい守りやすい場所をめっけるのは面倒だからな」

 

 



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全員集合

 

 

 

「アキラ、早くラジオ点けてっ」

「まだエンジンもかけてねえっての」

「うふふ。放送は朝6時ジャストからだから、あと3分後ね」

「ラジオを聴きながらドライブとか、なんか大人っぽいよねえ」

「ドライブじゃなくって、レベル上げを兼ねたラジオの運用試験な」

「似たようなものじゃない」

 

 俺、ミサキ、シズク、セイちゃん、それに運転手のカナタ。

 これから5人全員で、ラジオの電波がどこまで届くのか確認に出る。

 

「エンジンをかけるわね」

「おう。……ラジオの周波数はここでいいはずだ」

「わくわく」

「ウルフギャングも災難だよなあ。うちの旦那様は人使いが荒い」

「ん。ベッドでは妻使いも荒い」

「失礼な」

「夫婦の営みでAPを消費するとか、ほんっと意味わかんないよね。しかも、VATS使った後と同じ速度でそれが回復するとか。あたしまでそうじゃなくって、ホントよかったー」

「うっせ。俺だってビビったっての。なんだよあの、人を早撃ちガンマン扱いするような謎仕様」

 

 おはよう、日本。

 今日の1曲目は、これだ。

 名サックスプレイヤーだったジョンが、惚れた女の寝起きの口臭に驚いて作った曲。

 アトミックボム・ベイベー。

 

 そんなウルフギャングの声の後、朝にふさわしい穏やかな旋律が流れ出す。

 

 ……いや、いい曲だけど作った経緯と曲名酷くね!?

 

「わあっ。ウルフギャングさん、なんかプロっぽーい!」

「なんかこう、渋い男を演出してる感じがムカつくな。まんまスリードッグの放送のモノマネでいいのに。それか俺のアドバイス通り、『やあ、私は絵田首相だ』とか小ボケをかませっての。霊的な引用とかも織り交ぜてよ」

「曲もさすがの選曲だし、ホントに人気が出そうね。じゃあ、出発するわよ」

「頼む」

 

 いつものように門を開けてくれた防衛部隊の若い女に礼を言ってからラジオのチャンネルが増えた事を伝え、咥えタバコでジャズに耳を傾ける。

 

 渋い男を気取るなら若い女のファンでも付いて、愛する妻にヤキモチを妬かれればいいんだ。

 別に俺は羨ましくなんてないからいいが、そうでなければ小舟の里のモテない童貞連中が納得しないだろう。

 

「砂丘も見てみたいけどなー」

「見ればいいじゃんか」

「そんな時間があったら、セイのために犬とかぶん殴った方がいいかなって」

「あ、言うの忘れてた……」

「なにー?」

「こん中で、ゴキブリとか虫系が苦手なヤツは?」

「セイは虫を憎悪する。心から」

「あたしもー。特に黒Gはダメ。生理的にムリっ」

「なるほどね。じゃ、2人は車から降りねえ事だな」

「なんでよ?」

「あっちじゃ、でっけえゴキブリのクリーチャーが普通に出っから」

「うぇえぇえっ!?」

「……アキラ、マジ?」

「マジマジ。大マジ」

 

 ドライブ気分はどこへやら。

 ミサキとセイちゃんの気分は急降下であるらしい。

 

 アリはいるって聞いたから覚悟してたけどGだけはだの、もう磐田方面じゃトイレはアキラの口にするだのという呟きが後ろから聞こえてくる。

 

「アキラ」

「ん?」

「アキラはその、平気なのか? もしセイみたいにゴキブリが怖くてトイレにも行けないって言うなら、アタシがトイレ役を……」

「得意でもねえけど、平気です。だからその発想を今すぐ窓から投げ捨てろ」

「むうっ」

「ダメよ、シズク。そんなの想像したらアキラくん、すぐに後部スペースに移動して実行しちゃうんだから」

「しねえっての」

「というか、なんでアキラは助手席にいるんだ? 最初から後ろにいてくれれば順番に愉しめるのに」

「アホか。1時間もかからねえで最初の目的地だって」

 

 家を出た時から、空は今にも雨粒を落としそうな色をしていた。

 

 どうせなら早く降り出してくれ。

 

 そんな俺の願いが届いたのか、日本防衛軍陸軍検問所というロケーションのある橋に差し掛かると、フロントガラスにポツポツと雨音が落ちてくる。

 

「狙い通りね」

「ああ。電波が雨で弱くなるのかなんてわからねえが、どうせなら雨の中でどこまでラジオが聞こえるのか確認してえ。それに新制帝国軍も浜松の山師や行商人も、雨なら街に引きこもってくれる可能性はあるしな」

「そもそもあいつらは軍隊なんかじゃなく、人を食ってないだけの悪党だもの。そんなに働き者な訳がないわ。気にする必要もないわよ」

「へいへい」

 

 ちゃんと聞こえる。

 まだ聞こえる。

 セイちゃんの予想通りか?

 もう少し、もう少しだけ頑張ってくれ。

 

 ラジオのジャズが途切れたりしないか注意して聞きながら、俺の思考はそんな風な順番で変化していた。

 

「到着。これなら大丈夫そうね」

「やったぜ」

 

 ワゴン車は俺とカナタで悪党を始末して封鎖した、新掛塚橋というロケーションの手前に停まっている。

 

 ここまでは電波が届いた。

 ちょっとした雑談に符丁を混ぜ込むので少しでも電波が悪いともうダメなのだが、これなら大丈夫だろう。

 

「アキラ、橋は歩いて渡るの?」

「まさか。コンクリートの土台をいっぺん収納すっから、ワゴン車でだよ」

「ここから向こうの電波確認はどうするの?」

「まず通り抜けて、どのくらいの距離が限界か確認だな」

「了解」

 

 助手席を降りてすぐ、戦前の国産パワーアーマーを装備。

 隙間ができるように並べたコンクリートの土台に背中を張り付け、慎重に橋の安全確認をした。

 

 悪党の仲間が戻って来たりはしていないようだし、クリーチャーの姿も見当たらない。

 

「クリア。まずはコンクリートの土台を収納してっと」

 

 まずはこちら側のバリケードを撤去。橋の出口にも、コンクリートの土台は置いてある。

 またワゴン車に乗り降りするのも面倒なので、原付バイクを出して跨った。

 エンジンをかけると同時に、ワゴン車が横に並ぶ。

 

「先に行ってていいぞ」

 

 運転席のカナタが頷き、ワゴン車が走り去る。

 今度はわざわざ隙間を作る必要もないので、原付バイクを少し進めてからかなり適当にコンクリートの土台で橋を塞いでしまう。

 

 バイクで反対側のバリケードまで進むと、開け放たれた後部ハッチの荷台でセイちゃんが手を振っていた。

 

「どしたの?」

「こっちを撤去したら少し手前、ここにまたバリケードを出せばいい。雨にも濡れないし」

「なるほどね。ありがと」

「ん」

 

 後ろを開けたままあまり待たせても悪いとコンクリートの土台と原付バイクを収納して、上に跳ね上がるタイプなので屋根代わりになっている後部ハッチの下でもう一度コンクリートの土台を2つ出す。

 そのまま国産パワーアーマーをショートカットキーでピップボーイに入れ、荷台に上がってハッチを締めた。

 

「アキラ、おつかれー」

「おう。ちょっと跨ぐぞ」

「わかった。ほら、あーん」

「跨ぐのは座席だ、バカタレ」

「うふふ。さて、まだジャズが途切れたりしないけど、どこまでそうであってくれるのかしらね」

「セイちゃんの予想じゃ、およそ25㎞先までって話だからなあ」

「そうね。出すわよ」

 

 頼むと返してシートに置いていたロードマップを持ち上げる。

 

 小舟の里から浜松の街まで、直線距離で約15㎞。

 豊橋はどこが現在の居住地になっているのかわからないが、戦前の駅までだと約18㎞。

 この新掛塚橋までは約20㎞であるから、ラジオの周波数さえ合わせれば、すでにどちらの街でもウルフギャングの声と戦前のジャズが聞こえているはずだ。

 

「現在の磐田の街、スタジアムは小舟の里から約28㎞か」

「橋からは10㎞だから、中継器が機能すれば問題なく電波は届くはずよね」

「ああ。でも中継器がいらねえなら、それがベストさ」

 

 ワゴン車が北へ進路を取り、戦前の農耕地を抜けてゆく。

 祈るような思いで索敵しながらジャズの音色に集中していたが、その祈りはあっけなく砕かれた。

 

「残念ね。線路すら越えられないなんて」

「予想はしてたからな。悪いが」

「ええ。橋に戻るわ」

 

 ついさっき渡った橋まで戻って、また国産パワーアーマーと原付バイクでクラフトをして回る。

 この橋をラジオの中継局兼バイク部隊の連絡道にするためだ。

 

 バイクだけが通り抜けられる幅で隙間を作ったのはもちろんだが、今度はそこに鉄のドアを設置して南京錠をかけておく。

 カギは、ここを使う小舟の里と磐田の街の両方に預ければいい。

 

 ついでという訳ではないが橋の中央に鉄製の小屋2つと、その間に飲み食いができるテーブル席も設置しておいた。

 

「こんなモンかねえ。って、パワーアーマーの足音?」

「アキラ」

「どした、ミサキ。まさか敵でも!?」

「違うって。これ、これを作ったから両方の入り口にでも立てかけておいて」

 

 ミサキが渡してきたのは金属の板。

 それにはペンキで立ち入り禁止の警告と、少し上流にある天竜川を渡る橋への道案内が書かれている。

 

「なるほどね。だが勝手に橋を封鎖して立ち入り禁止とか、とんでもなく悪役っぽいなあ」

「仕方ないよ。それは小舟の里と磐田の街、そこで暮らす人達のためなんだもん」

「まあな。んじゃ、レールライフルでドアの横にでも貼り付けとく」

「お願いねー」

 

 今回のコンクリートの土台は、右に2つ左に1つ、それぞれ上に3つを積み上げてあった。

 そうすれば橋の両端からバリケードが突き出して、横からの侵入を防げる。

 ドアの上の隙間も塞いであるので、面倒ではあるが南京錠を開けて看板を設置し、もう片方にもそれを取り付けてからワゴン車へ戻った。

 

「悪い、待たせたな」

「いいさいいさ。アキラにしかできない、大切な仕事だ」

 

 荷台から後部座席を跨いで助手席に戻ると、カナタがロードマップを開いて真剣な表情でそれに視線を落としている。

 

「アキラくん、ざっと計算したけど電波が届くのはやっぱり25㎞圏内みたい」

「だろうな」

「そして今ここに中継器を設置したんだけど、これを見て」

 

 ロードマップを渡されると、カナタの指がこの新掛塚橋を指す。

 

「あー、そっか。そうなるわなあ」

「ええ。ここから25㎞となると、こうよ」

 

 海沿いの掛川市、その次の街である御前崎市に入るか入らないかの距離。

 内陸に入ってからは掛川市に隣接する菊川市の一部。

 磐田の街の入植地である遠州森駅までがラジオの受信圏内だ。

 

「これで磐田の街と森町にも、募集無線ビーコンと中継器を設置したら」

「ええ。さらに受信範囲は広がるわね」

「……市長さんはどっちを選ぶと思う?」

「なんの話?」

「いやだから、この計画をこのまま続けるととんでもなく遠くまで。それこそ核の被害を受けた場所で暮らす人間までがそれを耳にする。そしたら、そんな連中が磐田の街に流入するかもしれねえんだぞ。それだけならまだいいが、ラジオの放送をするような豊かな街を奪おうって連中だっているはずだ。ラジオの運用計画そのものに反対されたらどうするよ?」

「そんなの、するはずがないじゃない」

「なんでだよ?」

 

 カナタが苦笑交じりで眼鏡を直す。

 

「磐田の街は昔から東の連中を受け入れてて、それにきちんとした教育を施さないからずうっとクソッタレな街なの」

「マジか」

「ええ。だから分け隔てなく人を受け入れるのが正しい行為だと信じて疑わないバカな一族は、喜びこそすれ反対なんかしないでしょうね」

「なるほどなあ」

 

 とりあえず受け入れる。

 磐田の街のルールには従わせる。

 だが、望まない教育は押しつけない。

 

 そんな風にして、磐田の街は徐々に住民を増やしているのか。

 

「クソみたいな偽善でしょ?」

「さあな。ただ、俺はその逆をやって、大変な苦労をしながらロクに人口を増やせずにいる小舟の里の方が好きかな」

「同感。まず守るべきは、善良な人間の生活よ。それを蔑ろにして人を受け入れ続けて、善良だった住民の感情も大きく変わった。先祖が遺した人々を救い続けよなんて偽善的な言葉は、お尻を拭いた紙と一緒に丸めて捨ててしまえばいいのに」

 

 市長さんの選択と、カナタの苛立ち。

 

 俺にはそのどちらが正しいかなんてわからないが、どちらの気持ちもわかるような気がする。

 

 



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磐田、森町、掛川

 

 

 

「悩んでも答えの出ねえ問題だなあ。って、森町にも中継器を設置したら藤枝市の手前まで電波が届く計算になりそうだぞ。とんでもねえな」

「徐々に中継点を伸ばしていけば、静岡と名古屋にもすぐに届くわよ」

「そんなん怖くてできっかっての。偵察して人口だの暮らしぶりだのを見た上で、そっから慎重に判断しねえと。そこまで行ったら、磐田の街だけの問題じゃねえ」

「そうなるわよねえ」

 

 荒野を歩き回ってその日の糧を探し、瓦礫の隙間で寝て暮らしていた人間が、小舟の里や磐田の街にやってきて暮らす。

 

 来る方も迎え入れる方も簡単でない事は、俺みたいなバカにでもわかる。

 だからこそカナタは磐田の街の住民を受け入れるだけでその後は個々の好きなように生きさせる政策が我慢ならなかったのだろうし、小舟の里は山師の滞在すら許さずこれまで発展できないでいた。

 

 どうするのが街とそこに生きる人々、これから少しでも良い環境を求めてこの地方を目指す人々にとって最も良いのかを考えていると、ワゴン車は磐田の街に到着していつもの正門を潜る。

 

 前回の買い物で金持ちへの妬みやナンパに懲りたのか、あまり欲しい商品がなかったのか、今日は全員で市長さんの執務室を訪ねるようだ。

 

 まず挨拶をして再会を喜び合い、茶が振舞われる。

 磐田の街の名物である緑茶を啜りながら、募集無線ビーコンを利用したラジオ放送の概要と、これからそれをどのように活用するつもりかを市長さんに話した。

 

「なるほどのう」

「磐田の街もこの計画に乗ってくれるなら、いずれは天竜の集落にもと考えてるんですが」

「それと、今日のうちに森町にもね」

「磐田の街と森町に中継器だけでなく、募集無線ビーコンそのものまで設置する意味はあるのかの?」

「はい。小舟の里のラジオの周波数とは違うそれでいつでも電波を飛ばせるようにして、緊急時に符丁で援軍要請なりなんなりを飛ばせるようにです。もちろん、新制帝国軍をどうにかできた後は、磐田の街は磐田の街でラジオ局を開設するなり、公務用の連絡手段にするなりすればいいんですし」

「ふむ。また借りばかりが増えるのう」

 

 て事は、OKか。

 

「募集無線ビーコンと中継器はなるべく高所で、あまり人の来ない場所。そしてラジオの放送用機器を置くのは屋内がいいかと。どこかありますか?」

「ふむ。可能ならここに置きたいがのう」

「なるほど。ちなみに、この部屋の上には何があるんですか?」

「なにもないのう。ただの屋根じゃ。一応は階段で上がったところに出口はあるが、特に使っておらんし危険だから施錠しとる」

「ならそこにジェネレーターとアンテナを置いてもいいですか?」

「もちろんじゃ」

「森町はどうするの、ナイスミドルな父上?」

「そんな機嫌を取らんでも好きにしていいわ、バカ娘」

「うふふ。じゃあ、さっさとやって森町に行きましょうか。少しでもセイちゃんの経験値を稼いでおきたいし」

「はいよ」

「待て待て。まずは人を呼んで配線のために天井に穴を」

「そんなのいらないわよ。うちのお殿様ならね」

 

 カナタのウインクに苦笑いを返し、まずは執務机の近くの壁に寄せて長テーブルを出した。

 そこに持ち運び型ではない通信機器を置いて、銅線を天井に向かって伸ばす。

 

「1メートルは突き抜けたから、これでいいか。市長さん、屋上に出るドアのカギをお借りしても?」

「う、うむ。アキラはつくづく規格外じゃのう……」

 

 放送機器の設置とそのテストは、セイちゃんの手伝いのおかげもあって15分ほどで終わった。

 セイちゃんは市長さんに渡す通信機器のマニュアルまで用意していてくれたので、磐田の街へ入ってからまだ1時間も経っていない。

 

「さて。いいんだよな、カナタ?」

「……納得はしていないけれどね。あんな表情で幼子のためだと言われたら、もう反対はできないわ」

「サンキュ。これをちょっと見てもらえますか、市長さん」

「ふむ」

 

 ソファーセットの横に立って、ワークショップ・メニューを開く。

 クラフトするのは、もちろん『ウォーターポンプ』だ。

 その水が溢れ出す予定のパイプの下に、『きれいな金属バケツ』も出す。

 

「見れば見るほど不思議じゃのう」

「まあ、不思議なのはここからなんですけどね」

「ふむ」

 

 ウォーターポンプを静かに、ゆっくりと操作。

 すると、当たり前のように水がバケツに落ちてゆく。

 

「ね、不思議でしょう? なぜか呼び水とかなくてもこうやって使えるし」

「なあっ、なんじゃあっ!?」

「笑うしかないわよね。しかもその水、放射能で汚染されてないのよ」

「なんと……」

「市長さんとジンさんが言葉にせずとも誓い合った2つの街の同盟。それに敬意を表して、磐田の街と森町にこれを20ずつ進呈します。次に俺が来るまでに、設置場所を決めておいてください」

「言っておくけど、住民に好き勝手に使わせるようなのはおすすめしないわよ? どこからどう水が来ているかわからないから、そんな使い方をしたらいつ涸れるかわからないし」

「では今日は急いでるので、これで失礼しますね」

 

 全員で執務室を出る。

 最後に部屋を出た俺が振り返って『手紙の件、了解しました』と小声で言うと、呆然としたままだった市長さんが気を取り直したように意地の悪い笑みを浮かべて頷いたのが気になるが、今その意味をあれこれ悩んでも仕方ないだろう。

 

 雨が上がっているのは移動にはいいが、電波の確認的にはよろしくない。

 どうせなら降るか降らないかはっきりしてくれ、そう思いながら門の前にワゴン車を出す。

 

「さ、乗って。森町にも設置したら、東の瓦礫地帯でレベル上げよ」

「昼メシもそっちで食えそうなくらい時間があるなあ」

「ええ。小熊ちゃんには放送用の機器の説明なんてするだけムダだから、後で部隊の誰かが磐田の街に出向いて、親熊か兄熊が渡したマニュアルで使用法を教える事になると思うわ。だから森町への設置もすぐに終わるわよ」

 

 そうなると、使っていない建物を1つ借りてそこに放送室を作るだけじゃあダメか。

 物珍しさから適当に弄り回して壊したり、浜松の街にも電波が届くのにラジオがどうのこうのなんて会話を垂れ流されたらたまったもんじゃないだろう。

 

「あら、小熊ちゃんは出かけてるみたい」

 

 森町という入植地には、街を守る防壁がない。

 なのでパトロール中だったらしいジローの部下がワゴン車を見て、すわ何事かと駆け寄ってきたところでカナタが聞いてくれたのだが、そうなると少しばかり時間がかかる事になりそうだ。

 

「市長さんの許可はもらってるんですが、使ってない土地に、できれば街の中心に近い場所にちょっとした建物を建てたいんですよ。大丈夫だったりします?」

 

 ジローの部下は運転席のサイドウィンドウの前にいるのでカナタに体を預けるようにして身を乗り出しながらそう聞いたのだが、その部下さんから見えないからって妙な場所を撫でるのはやめてほしい。

 

 痴女か。

 今夜はそっち系のプレイをお願いします、バカヤロウ!

 

「隊長からは、カナタさんの旦那さんの望みにはいついかなる時でも応えろと言われています。なのでそれは構わないのですが、建物など建てる前に隊長が戻りますので」

「へーきですよ。10分かそこらで終わりますから」

「はっ?」

「すぐにわかるわよ。それで、場所はどこをどのくらい使っていいの? その施設は、貴方達の部隊がしっかり管理してもらう事になるわ」

「あ、はい。そうなると。……カナタさんはうちの隊宿舎、わかりますか?」

「もちろん。あの辺りならいいのね。たしかスーパーマーケットの向かいが広い駐車場になってたから、そこがベストだわ」

「下がアスファルトでは、柱を立てるのも一苦労じゃ?」

「いいのよ。じゃあ、悪いけど貴方だけでいいから隊宿舎に向かってちょうだい」

「は、はあ……」

 

 きっと驚くだろうねー、なんて嬉しそうに言うミサキの声を聞きながら、ワゴン車が先行するためにカナタはアクセルをそっと踏む。

 俺は勝手に戦前の小さな駅が街の中心だと思っていたのだが、そうではなく、天竜川の支流と思われるけっこう大きな川を渡った先にある戦前の農地が森町の中心であるらしい。

 

「県道にしちゃ道がいいし、チラホラとだが店や民家があるな」

「左にあったホームセンターが男達の宿舎。右のドラックストアが女用ね。で、一番大きな2階建てのスーパーマーケットが戦闘部隊の宿舎や武器庫、そして食料保管庫ね」

「やるなあ、カナタのご先祖様。拠点選びにセンスがある」

 

 本当ならスーパーマーケットの屋上と2階にアンテナと通信機器を設置したいが、ジローの部下にその許可をくれといっても困らせてしまうだけだろう。

 なので広い駐車場の真ん中に詰めれば50人ほどが入れるくらいの囲いを作り、そこに小屋を建てて森町の放送室にして、その横に見張り台を兼ねたそれなりに高さのある放送塔を建てておいた。

 

 使い勝手が悪ければ次に来た時にでも作り直せばいいし、俺は明日か明後日にはまたこの森町を訪れるつもりでいる。

 今日はこれくらいでいいだろう。

 

 歩いて宿舎に着いたジローの部下は目の玉が飛び出すんじゃないかと心配になるくらい驚いていたが、カナタはじゃあねとだけ言ってワゴン車に戻ってしまう。

 

「あーっと。これ、その囲いに入るためのカギと中にある小屋のカギです。ジローにはこれを渡して、勝手に中の機械を弄ったりせず、まず何人か市長さんのところにやって使い方を覚えてもらうようにと伝えてください」

「わ、わかりますた。一字一句間違いなく、隊長に伝えます」

「よろしくお願いします。じゃあ、俺達はこれで」

 

 噛んだ事にすら気づかないのに本当に大丈夫かよとは思うが、まあここは信じるしかないだろう。

 俺がワゴン車に乗り込むと、カナタはすぐに駐車場を出てやけに立派な県道を進み出した。

 

「この道を少し行くと森町の駅や天竜の集落が利用している天竜二俣駅のある、天竜浜名湖鉄道の線路に突き当たるわ」

「へえ」

「そしてその線路を南東に向かうと、掛川の駅」

「たしか東海道本線も通ってたよな? 掛川って」

「ええ。レベル上げならその辺でいいけど、瓦礫見物がしたいならもっと東がいいわね」

「そんな悪趣味な事はしねえさ。適当なところで、沿岸に向かってくれ。掛川の旧市街、その街並みがどのくれえ損傷してるかだけ見れればいい」

「海沿いならマイアラークも狩れるだろうしな。フェラルを経験値にするより食える獲物を少しでも持ち帰りたいぞ、アタシは」

「さすがねえ、シズクは。了解。ならまず掛川から国道150号まで出て、マイアラークが甲羅干ししてそうな道でも探しましょう」

 

 マイアラークって、甲羅干しすんのか……

 

 のどかな田舎道を、ワゴン車は軽快に進む。

 交通量が少なかったと思われる道は、車の残骸すら稀なのでとても進みやすい。

 

「お。掛川球場だってよ」

「フェラルならかなりいるかもだけど、寄る?」

「今日はいいさ。そのうちレベル上げにでも使うから、場所だけ覚えとく」

「そう。この辺りを過ぎれば山や森が少なくなるから、今日はデスクロー先生の個人授業はなさそうね」

「ふうん。どれどれ……」

 

 ロードマップを出して現在位置を確認してみる。

 するとたしかに掛川球場を過ぎると住宅が多くなっているようで、それなりに店やなんかもあるようだ。

 

 個人的には自動車学校とユマハの工場が気になるが、時間配分を考えると今日そこを探索するには少しばかりムリがある。

 それと自動車学校の近くにあるスーパーマーケットと誰かさん達がお気に入りのハンバーグレストランの事は、絶対に口にしないでおこう。

 あると知れば漁らせろとうるさいだろうし。

 

「そろそろよ」

「何がだ?」

「スピードを落とすから、戦前の住宅を見てみて」

「おう」

 

 ワゴン車が徐行とまではいかないが、戦前の法定速度には達しないだろうというくらいに速度を落とす。

 

「うっわ。どの家も崩れてはいないけどボロボロだねえ」

「しかも同じ方向がな。特に屋根が酷いって事は、爆風の被害か?」

「どうかしら。それよりは、東の瓦礫が飛んできてこうなったって言われた方が納得できるかもね」

「なるほどねえ」

 

 核実験のキノコ雲なんかはテレビで見た気はするし、広島長崎の原爆投下前と投下後の航空写真なんかは脳裏に焼き付いている。

 あれを考えたらあり得なくもないかと思いながら、タバコを咥えて火を点けた。

 

「見てるだけで哀しくなっちゃうね……」

 

 ミサキの呟きには誰もが同感のようで、車内に沈黙が満ちる。

 

 



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東の悪党

 

 

 

「あらあら。お薬が効きすぎちゃったかしら。これじゃあ、掛川駅には寄らない方がよさそうね」

「……どういう意味だ?」

「全員で森町に行くならついでに東の惨状とそこで暮らす人間の薄汚さを見せておこうと思ったのだけれど、それをしたら育ちのいい旦那様と先輩夫人達が落ち込んじゃいそう。だから、今日はやめときましょうって事」

「そんなにヒデエのかよ、掛川の連中って?」

「善人も多いわよ。どこの街も、それは一緒。ただ集落とも言えない、戦前の駅で寝起きしてる人間の何割かは、ボク達を見たらすかさず襲いかかってくるわね」

「悪党じゃねえのにか?」

「こんな美味しそうなエサを見たら、それで悪党になってもいいやってなるのよ」

「とんでもねえなあ……」

 

 掛川の南には標高はそれほどでもないが山があり、カナタはそれを迂回して袋井市を抜け海岸線に出るつもりらしい。

 土地勘のない俺がそれに異を唱えるはずもなく、ワゴン車はタレットが5回ほどフェラルとモングレルドッグを撃ち倒しただけで国道150号線へと乗り入れた。

 そうなればもうのんびりドライブ気分だと思ったのだが、このウェイストランドは物見遊山の観光など許してはくれないらしい。

 

「アキラくん」

「おう。停めてくれ」

 

 カナタがワゴン車のブレーキを踏む。

 

「なになに?」

「まだ名前が確認できる距離じゃねえが、たぶん悪党」

「……わあを」

「作戦は、アキラ? アタシの出番はあるんだろうな?」

「ワゴン車は少し戻って横道に隠す」

「妥当ね」

 

 ワゴン車が静かにバック走行を始める。

 国道150線の少し先、左側にある公園のような場所には人工的に作られたと思われる丘のようなものがあり、その頂上に木製の見張り台があって、そこに人影が見えたのだ。

 

 ソイツがだらけているから発見される前に準備を整える事ができそうだが、チラッとでも見られれば即戦闘になる可能性が高い。

 

「そこでワゴン車は待機。セイちゃんの護衛はミサキだ」

「えーっ!」

「文句があるなら、とっととミニガン以外の銃も使えるようになれ。ありゃどうしたって動きが悪くなるから、相手がよほどじゃねえと防衛に回されて当然だ」

「うふふ。帰ったら狙撃を教えるからね、ミサキ。それはもうビシビシと」

「カナタにはその狙撃で敵を減らしてもらう。特に左側の公園っぽい丘みてえな山みてえな、その頂上の見張り台にいるのを頼む」

「任せて。それと、見張り台からの視線は切れたわよ。ワゴン車はここでいい?」

「ああ」

 

 胸ポケットから煙草の箱を出し、シズクとカナタにも渡して火を点ける。

 最後の1本。

 そんな考えは欠片もないが、いつそうなってもおかしくないのが戦う事を選んだ人間の生き方なのだろう。

 

「アタシはカナタの護衛と、相手が向かって来てくれた時の迎撃役か。アキラ、ショットガンを預かってアサルトライフルを出してくれ」

「おう。んで俺なんだが、住宅の多そうな公園の裏手から奇襲してあの丘だか山だかを制圧」

 

 レベルが20になった俺は、浜松の街の偵察に出るため一気にポイントを使ってステータスの底上げとPerkの取得を行った。

 嫁さん達はもちろん、ジンさんとウルフギャングとタイチまでが、俺が浜松の街に偵察に出ると言うといい顔をしなかったからだ。

 

 ずいぶん前に上げたEND2と、それで取ったAQUABOY。

 

 それプラスSTRのステータスを2上昇させて5に。

 AGIのステータスを2上昇させて5に。

 

 AGIが1あれば所得可能で、セミオートピストルのダメージと射程が上がるGUNSLINGERを3段階まで。

 それでセミオートピストルのダメージがプラス60パーセント。射程は2段階伸びている。

 

 あとはすべてLUCKツリーから。

 クリティカルの追加ダメージが上がるBETTER CRITICALSを2段階まで上げて、クリティカルの追加ダメージを2倍に。

 

 CRITICAL BANKERを2段階取得で、クリティカルメーターを元からの1つプラス2つ分まで貯められるように。

 

 GLIM REAPER'S SPRINTを2段階取得で、VATSで敵を倒すと25パーセントの確率でアクションポイントが全回復するように。

 

 FOUR LEAF CLOVERを1段階で、VATS攻撃成功時に一定確率でクリティカルメーターが満タンになるように。

 

 そして最後にRICOCHETを1段階取って、自分の体力が低いほど確率が上がる『一定確率で遠距離攻撃を跳ね返して敵を倒す』、という能力を得ている。

 

 だから単独で迂回しての奇襲なんて、ムチャの内には入らない、のだが。

 

「そんなんさせると思うの?」

「迂回して背後から奇襲をかけるならセイも戦闘に参加すべき。ミサキも」

「だそうだぞ、指揮官様?」

 

 ……やっぱり反対されるか。

 予想はしていたが。

 

「ったく。んじゃ俺も最初は狙撃。で迎撃んなってからは状況を見ながら決める。それでいいな?」

「うふふ。どっちも過保護で面白いわね」

「カナタも迎撃が始まったら、慎重に身を隠しながら狙撃だぞ? シズクもだ」

「ええ」

「わかってるさ」

「よし。各自、ワゴン車のタレットには充分に注意しろ。最悪の場合はワゴン車でトンズラだ」

 

 まずワゴン車の荷台にセイちゃんの国産パワーアーマーを出し、装備してもらう。

 ミサキは俺が言わずとも後部座席で、なぜかピップボーイに入れておけるらしい自分の分をショートカットで装備していた。

 

「アキラ、どう?」

「似合ってるよ。セイちゃんには、やっぱり純白が似合うね」

「ん。帰ったら穿き替えとく」

「パワーアーマーの色の話だよ!?」

「アキラ、あたしはっ?」

「かわいいかわいい。やっぱ美少女JKはピンクだよな」

「えへへー」

「そんじゃ俺達は行くから、いつでもワゴン車で逃げ出せるようにな」

「ん」

「はーい」

 

 緊張感ねえなあ、そう思いながらワゴン車から降りる。

 

「カナタ、国産パワーアーマーと勝利の小銃と銃弾を出すぞ。他に必要な武器は?」

「特にないわ」

「あいよ。シズクは?」

「アサルトライフルは爆発と、そうでないの。2つくれ。遠距離と近距離で使い分ける。サイドアームは日本刀でいい。パワーアーマーを着て斬り込むと、動きが悪くなるんだがな。まあ、愛の重い夫を持つ身じゃ仕方ない」

「へいへい、りょーかい」

 

 カナタの国産パワーアーマーは迷彩のつもりなのかコンクリート色。

 シズクのは鮮やかな青だ。

 

 ジローがスーパースレッジをパワーアーマーの背中にアタッチメントで取り付けているのを見た俺は、車両の修理と整備を終えたセイちゃんに同じような物を作ってくれとお願いした。

 

 そうしたら戻ってきた戦前の国産パワーアーマーには金属製の部品にタイヤの切れ端を巻いたアタッチメントが取り付けられていただけでなく、それぞれの好みの色のカラーリングまでがなされていたという訳だ。

 

「俺も戦前の国産パワーアーマーに、……やっぱ最初はパーティースターターかねえ」

 

 返り血に塗れたような真紅の国産パワーアーマーをショートカットで装備。

 無意識で動かした拍子にギシッと音を立てた真っ赤な右手を見る。

 

 本当に、セイちゃんが塗り替えてくれてよかった。

 

 ピンク色の右手。

 青い左手。

 白い右足。

 灰色の左足。

 その他は艶消しの黒。 

 

 この国産パワーアーマーに俺自身はほとんど使わないアタッチメントを念のためにと取り付けてもらうと、そんな奇妙奇天烈な塗装で返ってきたのだ。

 そんなの、とてもじゃないが恥ずかしくて着ていられない。

 いつも使うX-01がホッドロッドフレイム塗装だからと頼み込み、セイちゃんにこの色に塗り直してもらって正解だ。

 

「戦場でこんな目立つペイントなんて、どこぞの赤備えじゃあるまいし。考え過ぎって言うか、なんと言うか。いい根性をしてるわよねえ。うちの殿様兼旦那様は」

「なんの事やら」

「胸部分のドクロがかっこいいぞ、アキラ」

 

 そのドクロマークは、いつだったか俺が手慰みに描いた落書きが元になっている。

 

 ドクロの額にSARという文字を刻んだ意匠は日本版BOSを気取った訳じゃないが、なんというか、俺の心の中にしかない旗とか紋章のようなものだ。

 その意味は、まだ誰にも話していない。

 

「ありがとよ。シズクも青が似合うぞ。カナタ、遮蔽物の高さはどうする?」

「高さはアスファルトから1メートル。コンクリートの土台を1つでいいわ」

「あいよ」

 

 横道のコンクリートの壁から、まず顔だけ出して国道150号線を覗き込む。

 悪党と思われる見張りの男はなぜか俺達のいる東ではなく西ばかり見ているので、運が悪くなければ先制攻撃ができそうだ。

 

 道路の真ん中にコンクリートの土台を設置。

 その奥に足音を殺して駆け込む。

 

 俺にカナタ、シズクと続いて遮蔽物に身を隠したのを確認し、まずはパーティースターターをアスファルトに置いた。

 

「はい、アキラくん」

「サンキュ」

 

 渡された勝利の小銃を持ち、そっと遮蔽物から顔を出す。

 ヴィクトリーライフルの模造品と思われるこの銃には当然スコープが取り付けられているので、まずはそのレティクルを見張りの男に重ねた。

 

「どうだ、アキラ?」

「……悪党で正解だな」

「なら、遠慮はいらないわね」

「ああ。カナタの好きなタイミングで攻撃開始だ」

 

 勝利の小銃を俺から受け取ったカナタが、リビングでコーヒーでも淹れに行くような気軽さで立ち上がる。

 それにパーティースターターを担いだ俺と、スコープが付いた爆発のアサルトライフルを構えたシズクが続く。

 

「そんなに磐田か浜松から掛川に向かう行商人が待ち遠しいの? おバカさん、だからこうやって死ぬのよ」

 

 銃声。

 

 磐田や浜松の行商人がそんなに東へ向かって商売をするものなのかと訊ねたいが、今はそんな場合じゃない。

 

「右か。左か。でもこれほど廃墟があるんだから、公園で野宿してるって可能性はねえだろ。さっさと経験値になりに来いよ」

「右だ、アキラ!」

「おう。好きに撃ちまくれ」

「公園のケアは任せて」

「助かる」

 

 シズクの爆発のアサルトライフルが火を吹く。

 しかも距離が遠いから、いつか教えたタップ撃ちでだ。やはり本職の剣だけでなく、射撃の腕前にもセンスを感じる。

 

 悪党の仲間が駆け出してきたのは広い駐車場の先にあるそう大きくはない社屋かなにかで、その悪党は爆発の特殊効果で千切れかけてしまった片脚を引き摺りながら金網フェンスに身を隠す。

 

 肉と骨が千切れた切断面から血が噴き出すのが見えて心が怖気づきかけるが、そんなじゃ好きな女なんて守れやしないぞと自分に言い聞かせ、決して目は逸らさなかった。

 

「ははっ。金網に隠れたくらいで、この爆発アサルトライフルから逃れられるものかっ!」

「公園に人影なし。どうやらあれは、ただの見張り台みたいね。そっちにも気を配りながら、パラパラ出て来てる連中を狙撃するわよ」

「頼む」

 

 本当なら、この2人に人殺しなどさせたくはない。

 仕方なくだとしても人殺しをさせるくらいなら自分で悪党達のいる駐車場に突っ込んで爆発ミニガンの弾をプレゼントしてやりたいが、俺が弱いうちは決してそれを許してはくれないだろう。

 

 早く強くなりたい。

 

 そう思いながら、ヘルメットの中で唇を噛み締めて待つ。

 

「アキラくん。思ってたより多いわよ。駐車場に30ほどの悪党が集結」

「好都合さ」

 

 だから待った。

 惚れた女に人殺しをさせながら、待ったんだ。

 

「リロード!」

「任せて」

 

 シズクの爆発アサルトライフルの銃声が途切れ、その隙間を埋めるようにカナタが放つスナイパーライフルの銃声が響く。

 

 それを聞きながらコンクリートの土台の、L字の底面から側面にしゃがみ歩きで移動し、パーティースターターを構えて上半身だけを出した。

 目標捕捉コンピューターで、少し奥にいる悪党をマーキング。

 すぐに身を隠し、雲の多い空にパーティースターターを向ける。

 

「くらえっ」

 

 ミサイル発射。

 

 これで、目標を追尾してくれるミサイルはマーキングした悪党に一直線。

 そのミサイルはもちろん周囲の悪党を巻き込みながら爆発してくれる。

 

 2度、3度、最後の1発となる4度目までそれを繰り返す途中でドカンドカンと爆発音が鳴ったが、悪党が全滅するまでには至っていないらしい。

 まだ双方の銃声は鳴り止まないのだ。

 

「これがミサイルランチャーか。いい威力だ。アタシも練習をしておきたいな」

「いつでも付き合うさ。さて、前に出るかこのまま待つか。それともワゴン車で迂回して先に進むか」

「小舟の里にも来てくれる行商人が、ここの生き残りに襲われたらと思うとどうしてもな」

「そうね。ボクも殲滅に賛成」

「……わかった。少し待ってろ」

 

 パーティースターターを収納して、懐かしの『スプレー・アンド・プレイ』を装備。

 これはオーバーシアー・ガーディアンと同じくキャップで買えるユニーク武器で、その強さから特に初見プレイの時はかなり世話になったものだ。

 

 コッキング。

 セーフティ解除。

 スプレー・アンド・プレイをいつでも撃てる状態にして、クラフト・メニューを開く。

 

「おいおい。コンクリートを宙に浮かせながら前進って。反則なんてものじゃないぞ……」

「アキラくんだから。そのうち、この辺りの悪党達もそう言い出しそうね」

 

 俺だけならいいが、後に2人が続くならこうでもしないと怖くて逃げ出したくなる。

 

「こんくれえか」

 

 コンクリートの土台を、今度は120センチくらいの高さで設置。

 ハンドサインなり来いと言うなりすればいいだけだが、そうはせずにまたL字の側面から顔を出してスプレー・アンド・プレイの銃口を駐車場へ向けた。

 

 どうやら悪党達は、駐車場にいくつかあるトラックの残骸に身を隠しているらしい。

 

「アキラ、突っ込むか?」

 

 俺が撃たないので大丈夫だと判断したのか、新しいコンクリートの土台の陰に駆け込んできたシズクが小声で言う。

 

 そうだなと返そうとした俺の目に飛び込んで来たのは、薄汚い男の頭上に浮かぶ『熟練の悪党』という初めて目にする単語。

 それとその熟練の悪党がトラックの陰から飛び出し、渾身の力で投げつけようとしている火炎ビンだった。

 

 



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熟練の悪党とこれからの戦闘スタイル

 

 

 

「ヴァーッツ!」

 

 シズクとカナタに知らせるためというよりは、焦る自分にVATSの起動を急がせるため、俺はそう叫んだのかもしれない。

 

 時の流れが遅くなった世界で火炎ビンを睨みながら、まず落ち着けと自分に言い聞かせた。

 火炎ビンへの命中率、55パーセント。

 APも1射でゴッソリ持っていかれてしまう。

 

「これは悪手。この状況なら、そうじゃねえ」

 

 スプレー・アンド・プレイをデリバラーに交換。

 ゲームでは不可能だったVATSを起動しての武器交換もこの世界では可能だから、これが正解のはずだ。

 

 フォールアウト4、ゲームの中ではできなくとも、この世界ならばできるという事は他にも多い。

 だからこそこんな戦い方も可能で、おそらくそれがこれからの俺の戦闘スタイルになるはずだ。

 

 デリバラーをもう1丁装備して、VATSキャンセル。

 コンクリートの土台の陰から跳び出した瞬間に、またVATS起動。

 

 走る俺。

 振りかぶった火炎ビンを投げる熟練の悪党。

 目が合った。

 その白目の充血具合を見るに、クスリでもキメているのか。

 

 遅い。

 

 VATSを起動すると、すべてがスローモーションの世界になる。

 なのでこうして走り出してから起動すれば、俺は敵より速く動きながらデリバラーの固有効果『VATS中の攻撃命中率上昇、APの消費25パーセント減少』の恩恵を利用できるのだ。

 そして走ればかなりの速度で減るAPが、VATSを起動中はスローモーションの世界になるからか、ほとんど減らない。

 

「成功率90、ザマアっ」

 

 薄汚れて黒ずんだ手から離れたばかりの火炎ビンに、左のデリバラーを2発。

 熟練の悪党の頭部に右のデリバラーを3発。

 束の間だけクリティカルを使うべきか悩んだが、熟練の悪党が他にもういないと決まった訳ではないので温存。

 

「VATS発動。くたばれっ!」

 

 悪党なんて生き物に身を堕とし、それだけじゃ飽き足らず、よりにもよって俺の嫁さんを丸焼きにしようとは。

 100万遍殺しても殺し足りない。

 

 デリバラーの特徴的な銃声。

 

「うおおおおぅ」

「あづいいぃ」

「めがあぁ、めがあぁ」

 

 スローモーションの世界で火炎ビンが撃ち抜かれると、周囲にいたらしい悪党まで炎に包まれて、そんなマヌケな悲鳴が複数上がる。

 さすがと言うべきか、熟練の悪党は2発までデリバラーの攻撃に耐え、3発目でようやくHPバーの色を完全に失った。

 

 その瞬間、世界が時の流れを取り戻す。

 

「アキラ!?」

 

 まだ走る。

 5まで上がったAGILITY、日本語にするならば敏捷性とでも訳すべきステータスに任せて。

 

「左よ、アキラくんっ!」

 

 サンキュ。

 

 そう返す代わりに、またVATSを起動。

 俺が向かっているトラックの残骸の右側ではなく左側から飛び出した、ただの悪党の右手にはCNDが悲惨な状態の小汚い拳銃。

 

 そんな銃などどうでもいいが、もっとどうでもいいのが悪党なんて連中の命だ。

 迷わず頭部へ2連射を選択。

 それを選択してVATS発動。

 走る足は止めずに、だ。

 

 デイーン

 

 銃声を追うようにそんな音がして、ピップボーイの視覚補助システムの下部にデフォルメされた死神の姿が表示される。

 

 GLIM REAPER'S SPRINT。

 

 LUCKツリーの上位に位置し、LUCKが最低8ないと取得不可能なPerkが、いいタイミングで発動してくれた。

 その効果は『VATSで敵を倒すと25パーセントの確率でAPを全回復する』というもの。

 

 つまり俺はまだまだ走れて、悪党が視界に入ればその瞬間にVATSで息の根を止めてやれる。

 

 きっと悪党連中から見れば俺は目にも止まらぬ速さで駆け回り、瞬きよりも速く敵を撃ち殺す銃の名手といった存在だろう。

 

 走る。

 あと少しだ。

 

 元の時間を取り戻して吹っ飛んだ悪党になんて目もくれない。

 ただ、全力で走る。

 

「覚悟しろボンクラ!」

 

 滑り込む。

 トラックの残骸の向こうへ。

 まるで敵チームのエースにタックルを仕掛けるサッカー選手か、サヨナラのホームベースに滑り込む野球選手だ。

 

 アスファルトとパワーアーマーが擦れて火花が散ったような気がするが、そんなのを見ているヒマはない。

 

 滑り込んでいる途中で、さらにVATS起動。

 

 悪党の生き残りは5。

 

 まず3人の頭部を攻撃選択。

 CRITICAL BANKERのおかげで3回分まで貯まっているクリティカルメーターを使い切り、3人を殺す途中でまたGLIM REAPER'S SPRINTが発動すれば、残りも簡単にVATSで倒せる。

 その賭けに負けたら負けたで、その瞬間にデリバラーをミニガンに交換してクズを挽肉にしてやればいい。

 

 VATS発動。

 

 1つ、2つ、3つ。

 

 ……賭けは、俺の勝ちだ。

 

 3人目の頭部がクリティカル・ヒットで派手に爆ぜた瞬間、またGLIM REAPER'S SPRINTが発動した事を知らせる表示。

 

 そして、すかさず最後のVATS。

 AGIを上げておいたおかげもあり、残り2人の悪党の頭部に3連射を選択してもまだAPには余裕があった。

 もしスプレー・アンド・プレイを装備したままなら、俺程度のレベルでこんなマネは絶対にできない。

 

 これだから、デリバラー使いはやめられねえんだ。

 

 思いながらVATSを発動させ、スローモーションの世界で次々に倒れてゆく悪党を眺めながらアスファルトの上を滑る。

 

 右、左。

 両手のデリバラーが小さく上下するたびに血飛沫が舞い、最後のクソヤロウが命を落とす。

 

「あ、塗装が剥げたらセイちゃん怒っかな……」

 

 殲滅完了。

 

 時間が元の流れを取り戻し、アスファルトに滑り込んだ勢いが止まったので立ち上がる。

 すると派手な足音と、怒鳴るように俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 

「やっべ。セイちゃんじゃなくって、こっちが怒ってら」

 

 念入りに周囲にマーカーがないか確認しつつ、ヘルメットと左手のデリバラーと入れ替えるようにピップボーイからタバコを出す。

 それに火を点けると同時に結構な力で駆け寄ってきたシズクに殴られたが、ミサキよりずっと手加減をしてくれているようで痛みすら感じなかった。

 

「もう敵の姿はなさそうよ、アキラくん」

「カナタがそう言うなら安心か。おつかれ」

「なにがお疲れ、だ。自分だけで片付けておいて」

「うふふ。仕方ないわよねえ。愛するシズクを生きたまま焼かれそうになって、過保護な旦那様はブチキレちゃったんだもの」

「ふむ。それが本当なら許してやらんでもないぞ?」

「さあな。それより剥ぎ取りすっから、カナタは索敵を。シズクはワゴン車に戻って護衛だ」

「教習所の実技は悪くない成績だそうだし、パワーアーマーを荷台で装備解除してここまで運転してみたら?」

「おおっ。やっていいなら喜んでするぞ。アキラ、いいか?」

「安全運転するんならな」

「バカ者。近頃の小舟の里では、安全運転と書いてシズクの運転と読むんだぞ」

「ねーよ」

 

 機嫌よさ気に踵を返すシズクを見送りながら、悪党の装備から使えたり売れそうな物だけをピップボーイに入れてゆく。

 特に武器は、いくらあっても損はない。

 

「死体はそのまま放置、アキラくん?」

「その方がいいかなって。またぞろ悪党に住み着かれても困るし。行商人への注意喚起にもなるかなってよ。まあ、人食いが共食いする可能性もあるっちゃあるが」

「なるほどね。いいんじゃないかしら、それで」

「おっ、やっぱあった」

「なにが?」

「ちょっといい国産銃。コイツ、名前の前に悪党じゃなく熟練の悪党って表示されてやがってよ。ゲームじゃそんなんは、普通よりちょっといい武器や防具を持ってんだ」

「へえ。それで、その拳銃がそうなの?」

「ああ。『ホクブ機関拳銃』だとさ」

「フルオート拳銃なのね。たしかに国産じゃ珍しいわ」

 

 マガジンの容量が少し物足りなそうだが、それでもフルオートのハンドガンなんて今の時代では結構な貴重品だろう。

 このところヒマがあれば男だけで集まってウルフギャングの店で飲みながら話し合っている、浜松の街の偵察計画を実行する時にでも使えそうだ。

 

 看板の説明書きによると公園ではなく津波の際の避難所だったらしい丘の上の死体の銃まで回収して、シズクが運転してきたワゴン車に乗り込んだ。

 

「ちょっとアキラ、まーたムチャしたんだって?」

「そうでもねえよ。なあ、カナタ」

「そうねえ。ムチャじゃなくって、反則技の連発って感じかしらね」

 

 苦笑したカナタがエンジンをかけ、索敵をしながら走り出す。

 もちろん、助手席の俺もVATSボタンをカチカチだ。

 

「反則技って?」

「ミサキがよくやるあれだよ。アタシと2人で前に出る時にやるVATSの使い方」

「ああ、連続VATS?」

「そうだよ。あれを走りながら連続で、最後はアスファルトの上を滑りながら使ってたようだ」

「よく見てんなあ。普通なら目でも追えねえだろうに……」

「剣で大切なのはまず観察。それがあって初めて見切りが可能になるんだよ。爺さまほどの腕はなくとも、あのくらいはな」

「それでも大したモンじゃねえか」

「アキラ」

「ん?」

「今のでレベル12になった。ありがと」

「どういたしまして。砂丘に着いたら少し遅いお昼ゴハンにして、みんなで堤防の上をのんびり歩きながらマイアラーク狩りもいいかもね。経験値だけじゃなく、市場に流せる食料も増える」

「ん。たのしみ」

 

 小舟の里には山師がいないので、マイアラークなどの食料になる肉は里の運営をするマアサさんが食肉店や料理を出す屋台に売るという形式になっている。

 なので仕入れ値が安くなり、住民達も最近じゃマイアラーク程度なら気軽に食べられるようになったそうだ。

 

「……水とメシくれえ、いつでも飲み食いできなきゃおかしいよな」

「人はそれを楽園と呼ぶのよ。このウェイストランドではね」

「へーきへーき。あたし達ならすぐにそんな楽園が作れるって」

「だといいなあ。住民から餓死者を出さないというのが小舟の里の誇りだったが、できるなら腹を空かせている人間なんていないというところまで持っていきたいものだ」

「まあ、ボクも結局は押し切られてしまったものね。水の件は」

 

 飢え。

 貧困。

 そんなのは、俺達がいた地球でもよくあった話だ。

 あれほど豊かだった日本でさえ。

 

 カナタはクラフトでいくらでも作れる水こそが新しい国を興すための切り札になると言っていたが、それはどうしてもするべきではないと毎晩のように説得した。

 

 水と引き換えで作れる程度の楽園なら、それは砂上ならぬ水上の楼閣じゃないかと。

 そんな不確かで曖昧なものに、俺達の子供の未来を託せるかと。

 

「だから早くヴォルトを見つけたい。なんとしてでもセイが直す」

「もしかして、食料生産プラントを?」

「ん」

 

 そんな事が可能なんだろうか。

 もし可能だったとして、それが外の連中に知られたりしたら。

 それこそ、終わりの見えない戦争の引き金になるんじゃないのだろうか。

 

「……ま、資源と富を奪い合うのが人間って種の本能なのかもな」

「優しい人間なんていくらでもいるけれど、権力を手に入れて戦力を振りかざせるようになるともうダメよね。非情にならないと、その権力さえ手放す事になるんだし」

「お偉いさんはお偉いさんで、お偉いがゆえに大変なんだろうな」

「だから最も強い戦力を本当に優しい人間が手に入れて、それを維持するのが何より大切なのよ」

「はいはい」

 

 どれだけ俺に戦国大名だの王様だのをさせたいんだか。

 

「あらあら。大丈夫かと思ったら、また降り出してきたわね」

「砂浜を眺めながらの散歩はまた今度だなあ」

「残念。だから雨は嫌い」

「そうだわ。ねえ、ミサキ」

「どしたの、カナタさん?」

「これじゃ外に出ての狩りはできないから、VATSで索敵をしてるアキラくんにサービスするなりされるなりしときなさい。助手席は2人並んで座れるから」

「な、なんでよ!?」

「それが終わったらアキラくんを後部に行かせて、ミサキにVATS索敵をしてもらうからよ」

「おお。それはいいな。アキラ、さっきの戦闘の褒美をやるぞ。楽しみにしてろ」

「いいっての」

「どうしてだ? またアタシにサックフードをかぶせて、このいやらしい肉袋が! って言いながら好きにしていいんだぞ? もちろん、いつも2人っきりの時はそうするように犬の首輪も着けてくれていい」

「バッ、おまっ!?」

 

 ミサキさん、お願いだから無言で拳を鳴らさないでいただきたいのですが……

 

「まあ、嫌ならいいわよ。今のアキラくん、かなり臭うでしょうし」

「えっ」

「だってパワーアーマーを着て全力疾走しながら戦闘してたのよ? それも、ほとんどの悪党を単独で壊滅させるような戦闘を。汗だくだったろうし、臭うに決まってるじゃないの」

「へ、へぇー。そうなんだ」

「ええ」

「…………あ、雨じゃシズクとセイがヒマだろうし、まああたしが助手席に行ってもいいかな。2人のために仕方なく、ホント仕方なくだけどね。うん」

「ええ。是非ともそうしてちょうだい」

 

 



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森のくまさんとチョコレート

 

 

 

 最後にしたのがいつだったかを思い出すのも難しいほど、かなりひさしぶりとなる単独行動。

 防衛部隊の門番にも珍しいですねと言われたので、周りから見ても俺が1人で小舟の里を出るのには違和感があるらしい。

 

 門番のお兄さんに会釈し、振り返って俺のしつこい、じゃなかった。熱心な誘いを断ったジンさんに2本指で敬礼を飛ばす。

 犬でも追い払うように手を振るなと言いたいが、今日の俺はアーマード軍用戦闘服にイエロー・フライトヘルメットまで装備しているので声は届かないだろう。

 

 ペダルを蹴ってギアをローに入れ、クラッチを繋いでアクセルを回した。

 

「いい加速だ。ネイキッドモデルでも、さすがはスポーツタイプ」

 

 門の目の前の東海道ではなく、海沿いに出て陸軍検問所から中田島砂丘と新掛塚橋を経由して磐田の旧市街へ。磐田の街へは寄らず、そのまま森町までのルート。

 

 出発からわずか2時間。

 午前8時に森町へ到着して、放送室のあるスーパーマーケット跡地の前にネイキッドを停めた。

 

 この感じなら新制帝国軍や浜松の街の山師や行商人に見つかる事など気にせず最短ルートを突っ切れば、1時間半。もしかするともう少し早く到着できるのかもしれない。

 

「三輪バイクがある。なら、ジローはまだここにいるんかな」

 

 ここから先イエロー・フライトヘルメットはもう必要ないだろうとピップボーイに入れて、バイクを降りる。

 

「アニキっ!」

 

 訪いを入れるまでもなく、スーパーマーケットのドアが開いてジローが顔を出す。

 無線機を使っている様子はないが、屋上に見張りの姿があったので、俺とバイクを見てすぐに報告が行ったのだろう。

 

「よう」

「どうしたんだよいきなりっ。昨日も訪ねてくれたってのに会えなかったから残念がってたら、こんな朝っぱらからまさかのご本人が登場って」

「放送室、いや放送所か? まあなんでもいいが、その使い勝手は平気かなってよ」

「バッチリだよ。あれを管理させる予定の3人は磐田の街に今朝早く向かわせたし、チョコもあの囲いはそのままでいいって言ってる」

「チョコ?」

「ああ、そうだっ。アニキには紹介してなかったよな。ちょっと待っててくれ」

 

 ジローが宿舎であるスーパーマーケットの中に消える。

 ただ待っているのもヒマだし、立ち話がいつまでも続きそうな気配なので、スーパーマーケットの玄関の正面、駐車場ギリギリにサンテーブルとセットになっている椅子を4つ出してそこに腰かけた。

 

 このサンテーブルのセットはジローの部隊が使えばいいし、いらないのなら女性用の宿舎にでも運んで茶飲み話の時に使えばいい。

 

「ほら、早く来いって」

 

 そんな声がしたのでスーパーマーケットの玄関に目をやると、ジローだけでなく1人の女の子が出てくるところだった。

 

 若い。

 ジローと同じくらいの年齢だ。

 しかもボサボサの髪に、酷い猫背で、身長がとても小さい。顔立ちそのものは文句なしにかわいらしいので、余計に髪の乱れと姿勢の悪さが目立つ。

 ジローと並ぶと、まるっきり大人と子供だ。

 

「アニキ、これがチョコだ」

「やっぱ人の名前だったんだな。はじめまして、チヨコちゃん。ジローには、だいぶ苦労させられてるみてえだな」

「さすが先生の旦那さん。わかってくれますか」

「先生?」

「はい。僕はカナタ先生の書店で学問を習ってたんです」

「へえ。それがなんでジローの部隊に?」

「俺はバカだからな。チョコの力を借りなきゃ指揮官なんてやってらんねえ。だから隊を預けられた時、拝み倒して副官になってもらったんだ」

「押し倒して、の間違いだろう。バカ熊」

「い、いあやあれは、その。な?」

「義理の弟でも、強姦魔は去勢するべきだよなあ。よし、ちょん切ってやるから脱げ。ジロー」

「ま、待った待った。その禍々しい西洋剣はなんだよ!?」

 

 『クレンヴの歯』だ。

 そう言っても意味など通じるはずがない。

 

「これは太古より伝わりし断罪の刃。神は言った。合法ロリはセーフだが、性犯罪者のナニは切り落として深き者共のエサにすべしと」

「違うから! 合意の上だから!」

 

 本当か?

 

 そう視線で問うと、ニヤリと笑う、まるでカナタのような笑みを見せながらチヨコちゃんが頷いた。

 

 まあ、合意の上なら問題ないだろう。

 たとえ目の前の小熊が何の躊躇いもなく酒場で女に声をかけ、そのまま一夜を共にしたのを知っていたとしても。

 

 俺からすると『よくもそんな恐ろしい事ができるな』としか言えないが、きっと普通の男は恋人や嫁さんに『浮気したらVATSで殴り殺すから』とか『死にたいなら介錯は任せろ』、『浮気したら一生おんぶ。もう離れない』、『別にいいわよ? そんなに女が好きなら、アキラくんを女の子にしちゃうんだから』なんて言われていないのだろう。

 

「それで先生の旦那さん」

「アキラでいいぞ」

「わかりました。ではアキラさん。こうして来訪してくださった理由は、天竜の集落との顔繫ぎにこの熊が必要、という事でいいんでしょうか?」

「そっちの都合次第だな。俺としちゃ頼みてえが、いきなり来て戦闘部隊の隊長を半日も貸せなんて言えるはずがない」

「こっちは平気ですよ。この辺りの獣面鬼はほぼ狩り尽くしましたし、そうなれば戦闘でしか役に立たない隊長なんて案山子以下の存在です」

「ヒデエなおい!」

「なら半日だけ借りるかな」

「どうぞどうぞ」

「んじゃ準備をしてくれ、案山子熊」

 

 俺の意見は……

 

 そう呟きながらも、ジローはスーパーマーケットの中に消えてゆく。

 

「チヨコちゃん、この森町に今一番必要な物は?」

 

 斬り込む。

 カナタを先生と呼ぶだけあって頭の回転が速そうだから、こんな程度の問いかけでいいはずだ。

 その証拠に、チヨコちゃんはまたニヤリと笑う。

 

「親熊にも言ってませんが、この森町は試験場なんです」

「ほう」

「ですから今は、このバランスを崩したくはありませんね」

「……カナタの考えそうな事だ」

「先生の弟子は3人。それぞれがそれぞれのやり方で磐田の街の、遠州の未来を模索しています」

「了解だ。ほんじゃ、今日のはこっちの借りにしとくよ」

 

 マジメな表情でチヨコちゃんが頷く。

 

 試験場。

 

 まず頭に浮かぶのは、農作物や生活環境の事だ。

 だがカナタなら、こんな入植地があればまず人の性質を見極めようとするんじゃないだろうか。

 

 高給取りになれるが防壁もない集落でキツイ農作業に従事して、親兄弟と離れて暮らす。

 若いうちに金を貯めて結婚でもしてからは磐田の街でいい暮らしをしようという人間もいれば、冒険心を満足させつつやりがいのある仕事をしたいという人間もいるだろう。

 

 そして、磐田の街という安全ではあるが平和とは言い切れない街を出て、自分達の力で平和な街を作りたいと思っている人間もいくらかはいるはずだ。

 

「開拓には、夢が必要なんですよ。お金も大事ですけど、それがなければ絶対に途中で投げ出してしまいます」

「仕事も生活もキツイんだろうしな。さっき、民家の庭先でドラム缶に入れた水を煮詰めてる連中を見た。生きるために必要な水を得るだけでそれじゃあ、他の作業も簡単じゃねえんだろうって想像できる」

「はい」

「4つの街が互いに取引を始める」

「小舟の里の様子は、あの熊から聞きました。最初はいいでしょうが、半年もすれば不満が出ると思いますよ」

「俺達の予想と同じか……」

「ええ」

 

 どこの街でも喉から手が出るほどに欲しい『きれいな水』。

 だが小舟の里は、それを金にするつもりがない。

 取引のついでに無料で渡すだけだ。

 

「マイアラークよりジャガイモよりチーズより、汚染されていない水を運んで来い。そう言われた時、小舟の里はどうすべきなんだろうなあ」

「切り捨てるのが最上でしょう。言い出しそうなのは、今のところ1つですから」

 

 市長さんは無料の水の運搬量を増やせなんて、口が裂けても言わないと思う。

 だが、イチロウさんはどうか。

 

 父が市長として上に立っているのなら言わないかもしれないが、その座を継いで磐田の街の利益を一番に考えた時、まず浮かぶ考えは水を蒸留してRADを抜く人手と費用を減らそうという事じゃないのか。

 

「俺はそんなのが嫌で、バケモノ扱いをされても汚染されていない水を磐田の街と森町に提供する事にしたよ」

「それは?」

「そのうちわかるさ」

「熊が預かってきた先生からの手紙で、アキラさんが普通の人間じゃない事は知っています。ですが人を信じすぎると、向けられた期待の何倍もの憎悪を浴びせられる事になりかねませんよ?」

「わかってる。でも、そうしないと俺はずうっと卑怯者のまんまだ」

 

 別に救世主を気取るつもりなんてない。

 たかがウォーターポンプを設置して回るだけだ。

 

 だがそれを心の底から感謝されて、もしその感謝の源である汚染されていない水が涸れ果てた時、その感謝はどういった感情に変わって誰に向けられるのか。

 

 考えただけで恐ろしくなる。

 

 だから俺は、強くならないと。

 100人だって、1000人だって殺し尽くして、あいつらだけは逃がせるようにならなければ。

 

「お待たせ、アニキ! って、なんだなんだ。2人して難しそうな顔してよ」

「あんでもねえよ。んで、俺のバイクでいいか?」

「俺は自分ので行くって。森町までアニキに送らせたら帰りが遅くなるし」

「助かるけど、いいのかよ?」

 

 ジローではなく、チヨコちゃんに向かって訊ねる。

 

「大丈夫ですよ。どうせこの熊は森町にいても単独で狩りに出てばかりなので」

「なるほどね。じゃあ、半日ほど彼氏さんを借りてくよ」

「どうぞどうぞ。それと彼氏じゃありません」

「マジ?」

「……チョコはやらしてはくれんだけど、付き合ってくれとか結婚してくれって言うとナイフで刺されそうになる」

「うわあ」

 

 よくわからんが、人の恋愛に首を突っ込む趣味はない。

 バイクに跨ってエンジンをかけ、ジローもそうするのを待った。

 

「じゃあチョコ、ちょっくら行ってくる」

「あ、そうだ。放送室にも置いといたが、このテーブルにも置いとくな」

「ラジオ、ですか。それも2つ」

「ああ。ジャズが流れてる方が小舟の里の周波数。無音の方が磐田の街のラジオの周波数に合わせてある」

「正直、助かります。テーブルと椅子ごとお借りしていいんですか?」

「プレゼントさ。こんくれえならいいだろ」

「ではありがたく。熊はどうでもいいですが、アキラさんはお気をつけて」

「サンキュ」

 

 ヒデエと呟いてからエンジンをかけ、ジローが走り出す。

 それに追従しながら、チラリと空を見上げた。

 

 天気は快晴。

 もしかしたらこのまま梅雨が明けてくれるかもしれないと、昨夜シズクが言っていた。

 

 進路は西。

 まず天竜川を目指して、その川沿いの道を北上する事になるのだろう。

 いつだったかウルフギャングが『初めての街を訪れる時はワクワクする』というような事を言っていた。

 俺はまだ不安の方が大きいが、そんな気持ちがない事もない。

 

 



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初顔合わせ

 

 

 

「どしたよ、アニキ?」

 

 振り返りながらジローが言ったのは、天竜川を遡るようにバイクを走らせるようになって少し経った時の事だ。

 俺が先にバイクを停めたので、ジローは少し先にいる。

 ローでその差を詰めてからニュートラルに入れ、タバコを咥えてジローに箱とライターを渡した。

 

「キョロキョロしねえで聞け。デケエ声も出すな。40メートル先、斜面の茂みになんかいる」

 

 左は天竜川とその河原。

 右が草木の生い茂る斜面なのだが、その茂みに黄色のマーカーが6つ。

 

「数は?」

「6」

「ああ、そういう事か」

「どういう事だよ?」

「すぐにわかるって。おーい、磐田の街のジローを知ってるヤツいねえかーっ! 4年前まで天竜で肉屋をやってた、あのジローだ!」

 

 せっかく小声で相談したのに、いきなり大声で潜んでいる相手に呼びかけるとか。

 もし相手が新制帝国軍の偵察部隊だったらどうするんだと頭でもひっぱたいてやりたいが、揺れた茂みから単独で姿を現したのは壮年の、戦前の洋服の上に毛皮のベストのような物をまとった男だった。

 

「すぐに行くから、少し待て」

 

 よく通る低い声。

 それを発した銃を背負い、ジンさんやシズクのより短い日本刀を腰の後ろに差した男が、斜面を滑るようにして道路へと下りてきた。

 

「トシさんだったか。ひさしぶりだなあ」

「ああ。それで、そんな物に乗って天竜を訪れた理由は?」

「義理のアニキを、婆ちゃんに紹介しようと思ってさ。まだ死んでねえよな、婆ちゃん?」

「当たり前だ、バカ者」

 

 トシさんという男の視線が俺に向く。

 明らかに品定めをするような目つきだが、そんなのはされて当たり前だという心構えでこっちは出向いているので腹も立たない。

 

 ジローから返ってきたタバコの箱をトシさんに放り、ライターを見せると首を横に振られた。

 マッチを擦って紫煙を吐いたトシさんが箱を返そうとしたので、同じように首を横に振っておく。

 

「上の方々にもあげてください」

「なるほど。ありがたくいただこう」

 

 顔見知りではあるがパワーアーマーを装備して見るからに凶暴そうな武器を背負った男と、そのツレ。

 義理の兄だというその若い男はバイクに乗ってホルスターには拳銃も見えているが、とても強そうにも賢そうにも見えない。

 

 さて、どういう反応が返ってくるやら。

 

「……強いな。成長の途次ではあるが」

「さすがトシさん。こんな簡単に見抜くかよ」

「6人の手練れを前に、怯えも気負いも見せない。ジローのようなバカ者ならそうもできようが、この青年はバカには見えない。もし襲いかかられても、6人の手練れを叩きのめす自信があるんだろう」

「バカって言うなし」

「オマエ、どこ行ってもバカって言われてんのな……」

 

 叩きのめす自信なんてない。

 

 ただ、殺せるってだけだ。

 

 思っても口にはしない。

 黙って苦笑いだけ浮かべておく。

 

「トシさん達はこれから狩りかい?」

「いや、見回りだ」

「はじめましてで聞く事じゃねえとは思いますが、そんなに新制帝国軍の連中が来てるんですか?」

「……最後に来たのは、もうだいぶ前だ。あまりにしつこいので数人の腕を撃ち抜いたら、それからは来ていない」

「でも見回りをしていると」

「ああ。つまりはそういう事だ」

「なら、1秒でも早く天竜の長に話を聞いてもらわないと。こちらとしては、そういう事です」

「君はどこの街の人間なんだ? 磐田の街の者には見えん」

「小舟の里ですよ」

「……あの人の、剣鬼の街か。鬼が天狗か鳳凰の翼まで得たんじゃない事を祈るよ」

「トシさん、上の連中に下りて来いって言いなよ。荷台に4人、俺とアニキの後ろに2人乗れば、5分とかからず天竜だ。見回りならこの辺りまでだろ」

 

 トシさんが顎に指を当てて考えている。

 それにしても、渋い。

 

 これぞ大人の男!

 

 といった感じのイケオジじゃないか。

 30代40代の男が好みだという女なら、こんな魅力に一発でKOされてしまうかもしれない。

 

「ジローはこう言っているが」

「大歓迎です。よかったら、トシさんは俺の後ろにどうぞ」

「……なら、そうさせてもらうか。長とどこまで踏み込んだ話をするのかは知らんが、どうせ私が呼ばれる事になりそうだ」

 

 ピュイッ

 

 そんなトシさんの口笛が鳴ると、斜面の茂みから5人が姿を現す。

 

 男が3、女が2。

 若いのでも20代の後半で、ほとんどは30代に見える。

 

「なるほど。天竜の精鋭部隊でしたか」

「田舎なりの、だがね」

「相当なものでしょう。あの斜面を苦もなく、尻すら汚さずに下りながら。少しでも妙な動きをすれば、いつでも俺を撃てる構えで。刀はトシさんしか持ってないんですね」

「射撃の巧さで選んだ連中だからな。剣はそれほど使えない。抜刀隊は他にいるんだ」

「なるほど」

 

 低い声で短い指示が告げられると全員の目が鋭さを増したが、俺の後ろにはトシさんが乗ると聞くとその鋭さはだいぶ和らいだ。

 つまりは初対面の余所者である俺が悪さをしようとしても、その後ろにはトシさんがいるから大丈夫。すぐに腰の刀で喉でも掻っ切ってくれるという判断だろう。

 

「なんで笑ってんだよ、アニキ?」

「いや。やっぱ俺って運だけで生きてるなあってよ」

「なんでだよ?」

「こんな精鋭5人と、その信頼を一身に受ける指揮官に出会えた奇跡に感謝してるって事だ」

「ふうん。まあ、わからねえでもないかなあ」

「トシさん。この金具、ステップに足を置いてなるべく動かさないでくださいね。靴や裾もタイヤに挟まると危ないんで」

「ああ。動くバイクなんて初めて乗るが、そうなんだろうなとは思う。気をつけよう」

「ありがとうございます」

 

 全員の準備が整って、ジローの三輪バイクが走り出す。

 荷台の女2人の小さな歓声がかわいらしくて、思わず頬が緩んだ。

 どっちも年上美人だし。

 

 やがて右に見えていた斜面が途切れて戦前の民家が見えてくると、その手前のバリケードがバイクの足を止めさせた。

 どうやら天竜の集落には、車両が通る前提の門というものがないらしい。

 

「こっからは歩きだ。アニキ、俺のバイクも入れといてくれよ」

「おう」

「入れる?」

「あー。すぐにわかりますよ」

 

 浜松の街の偵察だけでなくこの天竜の集落を訪れた時、どのくらいまで手の内を見せるべきかウルフギャングの店で飲みながら話したが、他ならぬジンさんが『下手に隠すと友誼を結ぶなどできなくなる』と言ったので、全員の前でピップボーイにバイク2台を入れて見せた。

 

「ははっ。やっぱ驚くよなあ」

「バ、バカな。いくら電脳少年でも、こんな……」

「大丈夫大丈夫。うちのアニキはまだまだデタラメだから。こんなの気にしてたらキリがねえって」

 

 バリケードには通用口すらなく、ジローに続いてガードレールを2度跨いで天竜の集落に足を踏み入れた。

 それから俺だけが兵士に連行されているような感じで戦前の道路を進んだのだが、天竜の集落は思っていたよりずっと清潔で、戦前の建物もかなり活用しているらしい。

 

「スゲエ。子供が外で普通に遊んでる」

「この駅前は住居区画でね。まあ、この辺だからこそという感じだよ」

「そっか。アスファルトの道だからですね」

「そうなるな」

 

 当たり前だが、アスファルトの上で作物は育たない。

 だから土地の割りに人口が少ない小舟の里はまだしも、磐田の街では土のある場所は貴重な農作地だ。

 必然的に遊んでいる子供達は、建物内でしか見かけない。

 

「アニキ、ここが天竜の役場だ」

「役場ってか駅じゃねえか。小さいけど、なんとも趣がある感じの駅舎だなあ」

「少し待っていてくれ。長に面会の許可を取るから」

「お手数をかけますが、お願いします」

 

 気にするなと言ってトシさんが駅舎に入ってゆく。

 残された精鋭部隊の5人はトシさんに俺からだと言って渡されて分け合ったタバコを吸いながらも、さっきの手品のようなバイクの収納が気になって仕方ないらしく、俺の監視などおざなりにして、得意気に語り出したジローの義兄自慢を聞いて笑ったり頷いたりしているようだ。

 

「頼むから、あんま変な事まで言うんじゃねえぞ……」

 

 そんな俺の願いはしっかり届いたし、それどころかこんな短時間の立ち話で天竜の精鋭が俺を見る目には、ほんの少しではあるが優しい光が灯ったような気がする。

 もしかするとこの小熊は、気はいいがどこに行ってもバカと呼ばれる義弟は、誰もが思っているような単純な男ではないのかもしれない。

 

 娯楽の少ないこの世界、それだけでなく強者が頼りにされるこんな集落では、精鋭部隊の連中が噂話として余所者の人となりを少しでも好意的に語ったなら、案外簡単に俺という存在を受け入れてくれるんじゃないだろうか。

 これが計算した上での言動なら、そうでなくともそれが効果的な事を少しでも考えの内に入れているなら、ジローはただ勇猛なだけの男ではない。

 

「待たせたな。入ってくれ」

「ありがとうございます。ジローはどうする?」

「婆ちゃんの顔を見てくに決まってるさ」

「りょーかい」

 

 駅舎は木造の小さな建物で、階段を上がるとホームまでが目に入る。

 

「言っておくが、電車はどれも動かないぞ。今は作業場だったり住居だったり、メシ屋や飲み屋だったりする」

「電車をそんな風に利用してるんですか。いいですね」

 

 いつかセイちゃんを連れてこよう。

 そう考えながらホームではなく、駅舎の中に案内された。

 

 戦前のまま、『駅長室』という札がぶら下がった部屋に入ると、正面のデスクで腕組みをしている中年の女が獰猛ささえ感じさせるような笑みを浮かべる。

 

「えーっと?」

「くくっ。やっぱりかあ」

「まあ、こうなるのは当然だろう」

「はい?」

「アニキ、この人が天竜の長だって」

「うっそだろオマエ!? 婆ちゃんって、こんなわけえ人が!?」

「あ?」

 

 ヤバイ。

 こんな失礼な初対面じゃ。

 

「す、すんません」

「ボウヤ」

「あ、はい。アキラです。はじめまして」

「そんなのはいいんだよ。今、なんて言った?」

「ええっと。ウソだろって……」

「その後だよ」

 

 白髪の1本もない、黒くて長い髪。

 こんなのを、ワンレンとか言うんだったか。

 シズクほどではないが大きいお胸の谷間を強調した服を着ているし、とてもこの人がジンさんや市長さんと同年代だなんて思えないだろう。

 行ってても40代の半ば、そうとしか見えない。

 

 下手をしたら、どちらかの娘だと言われた方が納得できそうだ。

 

「……こんな若くて美しい女性を婆ちゃんなんて呼ぶジローは、今夜にでもくたばりやがれと」

「よし、気に入った! 今夜はそこの小熊と一緒にかわいがってやるからね。期待しときな」

 

 いえ、マジで結構です。

 相手がこんな熟女AVに出てそうなエロい美人さんでも、セックスなんかより大事な話があるからこうして訪ねたんだし。

 

「まず座るといい。アキラ君。ジローも」

「ありがとうございます」

 

 執務机の手前には、対面型のソファーセットが置いてある。

 ありがたくそこに腰を下ろさせてもらう。

 

「あの堅物は、ジンのヤツは元気かい?」

「ええ。まだまだ現役です」

 

 いろんな意味で。

 

「そうかい。タロの息子と、ジンの弟子。あの頃みたいに同時に咥え込めると思うと濡れるねえ」

「あ、いや。俺はジンさんの弟子ではないし、今日は遅くとも3時にはお暇しますんで」

「本気で言ってるのかい?」

「え、ええ」

「母さん、アキラ君が困ってるでしょう。からかうのはそのくらいに」

 

 母さん!?

 母さんって、母親の母さん!?

 

 



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駅舎にて

 

 

 

「アニキって、変なトコが鈍いよな」

「なんでだよ?」

「トシさんの顔を見てみなって。誰かに似てねえ?」

 

 視線を動かしてトシさんを見遣る。

 誰かに似ていると言われても、芸能人なんていないこの世界で、しかも知り合いの少ない俺に思い当る節なんて。

 

 苦み走ったいい男。

 

 トシさんの印象はそんな感じだ。

 背が高くすらっとして背筋も伸びていて、銃だけじゃなく槍を使っても相当の腕なんだろうと一目で思わせる雰囲気。

 それに毛皮のベストで隠れてはいるが、戦前のスーツもかなりオシャレな感じで。

 

 ……あれ?

 

「あーっと」

「誰かに似てるだろ? 俺も小舟の里に行くまで気づかなかったけど」

「えっと。そういう事、なんですかね……」

 

 もしかして似てる人ってジンさん?

 

 それに思い当ると、もうそうとしか見えなくなった。

 痩せ型で長身で男前でオシャレで、背筋が伸びていていかにも腕のいい剣の使い手という雰囲気。

 

 ……この渋い男前が、セイちゃんの腹違いの兄?

 

「それは神様にしかわからないねえ。この子を孕んだ時は2人の避妊薬をこっそりビタミン剤とすり替えて、どっちにもたっぷりナカで吐き出させてやったから」

「一目瞭然だろって、婆ちゃん」

 

 ババアって呼ぶんじゃないよ!

 

 そう言いながら立ち上がった長さんに視線をやって、俺は思わず生唾を飲み込んだ。

 腕に、あまりに見慣れた物が装着されているのを見つけたからだ。

 

「ピップボーイ。いや、電脳少年の方か……」

「これかい? まだこのリンコ姐さんがどうしようもないバカで、いつか子供を産みたくなるだなんて想像もできなかった頃に見つけた物さ。少しでも知恵があればこの子に、トシにこれを渡せたのにね。タバコ、いいかい?」

「もちろんです。俺も吸わせてもらいますね」

「ああ。好きにやっとくれ」

 

 俺とジローが並んで座っているように、天竜の長がトシさんの横に座った。

 紫煙を吐きながら、不躾にならない程度に2人の顔へ交互に視線を移す。

 

 見れば見るほど天竜の長は若く、トシさんはジンさんに似ている。

 

「なんつーか。いろいろと衝撃的すぎてどうしたもんやら……」

「若いねえ。ま、そんなところがかわいいんだが。はじめまして、ボウヤ。アタシが天竜の責任者、リンコだよ」

「お会いできて光栄です。俺はアキラ。小舟の里に住んでる、山師みたいな者です」

「ジンとタロが、ついに浜松を囲んでぶん殴る覚悟を決めた。なら、このリンコ姐さんも手を貸す以外の選択肢はないね。くたばる前によく決心してくれたと伝えておくれ」

「あ、いや。そうじゃなくてですね」

「ん?」

 

 やはり俺は、交渉だなんだに決定的に向いてない。

 

 こうまで予想外の事ばかりで、さらにその交渉相手のキャラクターに圧倒されているとなると、落ち着いて事実を語るくらいしかできそうにない。

 なのでリンコさんとトシさんに、今のところ決まっている小舟の里と磐田の街の交易計画から順を追って話して聞かせた。

 

「なるほどねえ。どっちも根性のない事だよ」

「でも母さん、すぐにではなくとも新制帝国軍の一強体制をどうにかしようという話でもあるようですし。ここは協力すべきでは? そうでなくとも交易は、うちの益にもなるでしょう」

「まあね。それでボウヤ、天竜に何を望む?」

 

 こうズバズバ斬り込まれてばかりでは、どうも面白くない。

 

「普通に交易を。それと3つ、天竜も入れれば4つの街と集落が通信での連絡体制を整えます。そしてもし天竜が攻められた時には、その通信を利用して逆に連中を叩き潰しトラックを奪うので。その助力をする許可をください」

 

 リンコさんのつり眉がビクリと動く。

 トシさんの方は、静かに思慮に沈んでいるような表情だ。

 

「そんな事ができるってのかい?」

「ええ」

「母さん。アキラ君は、2台のバイクを私の目の前で電脳少年に入れて見せたと言ったでしょう。おそらく、ハッタリじゃありませんよ」

「そんなのは目を見ればわかるさ。問題は、なぜそれほどの自信があるのにそれを誇らないのか。そういう事だよ」

「俺のいた世界は、どんな卑劣な犯罪者がいてもソイツに石を投げたりしたら、こっちまで逮捕されるような場所でしてね」

「……世界、ねえ」

 

 俺の出自というか、違う世界から来た事まで話すかは、自分の判断で好きにしろとジンさん達は言っていた。

 なので包み隠さず、本当の事を語る。

 

 途中で出された茶で口を湿らせながら、できるだけ丁寧に、わかりやすく。

 

「と、こんな感じです」

「まるで御伽話じゃないか」

「まあ、自分でもたまに起きたら夢から覚めて、平和な日本のアパートにいるんじゃないかと怖くなります」

「怖くなる?」

「ええ。大好きだったゲームの舞台だからって理由だけじゃなく、俺はこの世界で生きていきたいと思ってるんで」

「とんだバカヤロウだね」

 

 自分でも苦笑するしかない。

 あんな平和な世界より、こんな荒廃した世界を選ぶなんて。

 

「はい。間違いなくバカです」

「本物の男ってのは、バカにしかなれない生き物だからね。そして女は、そんな男にこそ惚れるもんさ」

「はぁ」

「交易は、どこかだけが得をするんじゃないんなら受けよう」

「ありがとうございます」

「ラジオの設置もしていい。場所はトシに聞きな」

「はい」

「それと新制帝国軍のクズを叩く時は、アタシも仲間に入れるんだよ?」

 

 いいんですか、とトシさんに視線で問う。

 

「言っても聞かないだろうし、こんなでも電脳少年持ちの現役山師だからね。好きに使ってやってくれ」

「はあ」

「それと、婆ちゃんなんて呼んだら承知しないよ?」

「了解です、リンコ姐さん」

「いいね。もういっぺん言ってみな」

「わかりました、美人のリンコ姐さん」

「もうひと声」

「美人でエロくておっぱいの大きいリンコ姐さん、了解です」

「リンコ姐さん大好き」

「……リ、リンコ姐さん大好き」

「リンコ姐さん、なんだか僕、リンコ姐さんを見てたらおちんち、いたっ。親を殴るとはどうゆう了見だい、この堅物息子!」

 

 この世界の年寄りって、どうしてこんなにはっちゃけたお方が多いんだろう。

 

「あっ、もしかしてジジイとババアだからか……」

「だーれぐぁババアだってぇ?」

「あ、いや。違くて。リンコ姐さんは元気なだけじゃなくとびきり若いから気にならないけど、ジンさんも市長さんも異常に強くて元気でしょう? それってもしかして電脳少年がないからレベルがわからないだけで、実際はレベルがカンストしてるからなのかなって」

「なーに当たり前の事を言ってんだか。リンコ姐さんだってこの電脳少年を見つけた時、すでにレベル12だったからね。そんなの当然さ」

 

 なるほど、そういう事か。

 

 フォールアウト4の主人公を男性キャラクターにすると、戦争時は英雄扱いされていた元軍人という設定でゲームが始まる。

 それなのにコールドスリープから目覚めてレベル1からゲーム開始となるので勘違いしていたが、そういえば主人公が目覚めた後の連邦には、ピップボーイを持っていないのにレベルが高いレイダーやガンナーがいくらでもいた。

 

 となるとこれは、早目にPerceptionが3で取得可能なAWARENESSを取った方がいいのかもしれない。

 

 そうすれば敵だけでなく、味方のレベルも知る事ができるだろう。

 MMOのガチ勢のようにレベルがすべてでそれこそが強さだなんて言うつもりはさらさらないが、メガトン特殊部隊の編成をするタイチなんかに全員のそれを伝えられれば、今よりずっと連中だけでの探索が安全になるかもしれない。

 

「あとはゲームとみてえに、俺のレベルと敵のレベルが連動してない仕様である事を祈るしかないか……」

 

 もしゲームと同じなら、ヤバイなんてもんじゃない。

 『伝説の』という形容詞が付いた敵は、たとえ強さ的には最下層のレイダーであっても、主人公と同じようにレベルキャップが設定されていないからだ。

 

 そんなクソヤロウとレベルキャップが20でしかないシズクやセイちゃん、カナタなんかが対峙する事を想像すると、それだけで背筋を悪寒が這い上がった。

 

「大丈夫か、アキラ君。顔色が悪いが」

「あ、ああ。大丈夫ですよ。ちょっと最悪の想像をしちまっただけですんで。それと、俺の特技はピップボーイになんでも入れられるってだけじゃありませんで」

「ほう?」

 

 立ち上がる。

 実際に見てもらった方が早いし、このリンコさんの仕事部屋にもウォーターポンプがあればいろいろと便利なはず。

 

「ここでいいかな」

「へへっ。婆ちゃんもトシさんも驚くんだろうなあ」

 

 部屋の隅。

 そこにウォーターポンプを設置して、ついでにきれいな金属バケツも出した。

 

「な、なんと……」

「んでこれをガチャガチャすると、……ほら。こんな風に水が出るんです。それも、RADがない安全な水が」

「……呆れたボウヤだねえ」

「さっき話したゲームじゃ、土の上にしか設置できないんですけどね。なぜかこの世界じゃ建物内にも設置可能で、配管もカンペキにされてます」

「で、こんなのを見せて、しかも使い勝手の悪いこんな室内に設置したって事は、その不思議な手押しポンプを他にもいくつかくれてやってもいいぞって事だろう。そのための要求は? 言ってみな」

 

 やっぱりそうなるのか。

 

「なにも」

「なんだって?」

「本音を言うと、たかが水を飲みたいだけ飲めない子供なんか見ていたくないって身勝手な理由です。だからこれをあと20、そちらが指定した場所に設置しますよ。磐田の街と森町にも同じだけ設置しますけど、俺はそれで報酬を得ようとは思ってません」

「うちにもっ!?」

「そんなバカな……」

 

 そう呟いたトシさんが唸る。

 リンコさんの方は新しいタバコを咥えてマッチで火を点け、紫煙を吐きながらじっと俺の目を見るだけだ。

 

 ジローだけが見るからにソワソワしているが、それはシカトでいい。

 カナタとチヨコちゃんの計画との兼ね合いもあるので、森町の水はまず話し合いをしてからだ。

 

「俺は知らなかったんですが、ジンさんと市長さんは大昔から小舟の里と磐田の街が手を取り合って、それこそどちらかに危機が訪れた時には兵まで派遣する同盟を組みたがってたみたいです。リンコ姐さんもそうなんですよね?」

「……まあね。滅多に言葉にはしなかったけど、ジンが小舟の里の女に入れ込んでからは3人が3人ともそれを願ってたさ」

「だからこれはその、お年寄りの夢が叶ったお祝いって事でいいかなって」

「誰が年寄りだ」

「はいはい。それに年寄りの夢を継ぐのは、若い者の仕事ですからね。いつか長という立場を継ぐトシさんの心証を少しでも良くしときたいって打算もありますよ。だから遠慮なんてせず、気軽に貰ってやってください」

 

 



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出発

 

 

 

 天竜の集落への訪問。

 そこで現在の長であるリンコさんと、次代の責任者となるトシさんとの顔合わせ。

 どちらも、これ以上はないと言えるほどの大成功だったんじゃないだろうか。

 

 そして俺は今、夜が明け切らないうちに小舟の里の駅前門を出ようとしている。

 

「ずいぶんと早いのう」

「ジンさん。なんでこんな時間に」

「なあに。見送りはいらぬという話じゃったが、せめてワシくらいはと思っての」

「わざわざすんません」

「計画は、練れるだけ練った。アキラとタイチの腕も信用しとる。だが、充分に注意してゆくのじゃぞ」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうっす、ジンさん」

「うむ。ではゆくがよい、若武者達よ」

 

 いってきますと声を揃え、少しだけ開いた門から駅前の小さなロータリーに出た。

 

「さあて。まずはのんびり歩くか、弟よ」

「そうっすねえ、兄さん」

 

 本当なら俺が単独で出るはずだった浜松の街の偵察。

 それにタイチが同行する事になったのは、正直あまりうれしい話ではない。

 タイチの戦闘の腕がいいのは知っているし、気の合う同い年の男友達であるから2人で探索に出るのはいい。

 

 だが、もしタイチに何かあったら。

 

 その時、俺はカヨちゃんになんと言って謝ればいいのだろう。

 考えても答えが出ないし、すぐにそんな不吉な事を考えている自分が嫌になってしまう。

 

「はぁ。俺の案はことごとく却下されっし、こんなんなら黙って書置きでもして小舟の里を出ればよかったぜ」

「そんなの間違いなく、数十分後にミサキちゃん達に取り押さえられて終わりっすよ」

「……たしかに」

 

 タイチが苦笑いしながら、慰めるように俺の着ている『流れ者の服』の肩を叩く。

 

「でもこうやって服もお揃いにしたけど、ホントにオイラとアキラが兄弟に見えるんっすかねえ」

「どうだろうなあ」

 

 防具は2人共、流れ者の服のみ。

 武器はタイチがノーマル10mmピストル1丁に、サイレンサーとスコープを付けただけのハンティングライフル。俺はピップボーイを隠していないので、見えているのは両腰のデリバラーだけだ。

 

 兄が電脳少年持ちの若い山師兄弟として、俺達は浜松の街に潜入する。

 

「うーん。やっぱり途中まではバイクの方がよかったっすかねえ」

「だから言ったろ。今からでも遅くねえから出すか?」

「ダメっす。ピップボーイは晒していいけど、タレットや車両は絶対に使っちゃいけないってジンさんとウルフギャングさんが言ってたんっすから」

「へいへい」

 

 バイクならすぐだろうが、徒歩で浜松の街に行くとなると、どれほど時間がかかるやら。

 

「ミサキちゃん、オイラが同行するって言って怒ってなかったっすか?」

「別に。でも、なんでミサキが怒るんだよ?」

「あーっと。実はっすね……」

 

 いつもウルフギャングのトラックやピップボーイに入っているバイクなんかで通る東海道は、ラジオでも聞きながら歩きたくなるくらい赤マーカーが見当たらない。

 なので申し訳なさそうにしながら語るタイチの話は、いいヒマ潰しだ。

 

「なるほどねえ」

「思った事を言っただけっすけど、言い方がちょっと悪かったかなって思ってたんっす」

 

 タイチの話は、こうだ。

 

 特殊部隊とミサキ達が合同で探索に出ている時、休憩時間にミサキが俺の初取得PerkであるAQUABOYを、取る意味がわからないとまで言ってボヤいた。

 するとそれを聞いたタイチは思わず立ち上がって、本音を言ってしまったらしい。

 

 アキラが、悪党を撃ち殺しただけで倒れてしまうほど優しいオイラの友達が、なんで最初に水の中を移動できるPerkを取ったと思ってるんっすか!

 小舟の里に何かあれば自分が1人で敵の後方に回り込んで、その敵を皆殺しにするつもりだからに決まってるっす!

 そうまでする理由は小舟の里がミサキちゃんの帰る場所で、ミサキちゃんに人殺しをさせたくないし、小舟の里を守る人間が死ぬところを見て悲しむ事すらさせたくないって事なんっすよ!

 なのに、なんでそんな言い方ができるんっすか!

 

「まあ、あれだよ」

「あれってなんっすか」

「ミサキはな、俺のカッコイイところより優しいところが好きらしい」

「は?」

 

 タイチの足が止まったので振り返る。

 するとその顔には、『なに言ってんだコイツ』と書いてあるのが見えるようだった。

 

「ノロケじゃねえぞ?」

「じゃなかったらなんなんっすか。ビックリして足を止めちゃったっすよ。時間ないのに」

「つまりあれだよ。俺の優しさなんてたいしたもんじゃねえんだから、ミサキは人の優しさを見抜くのが得意ってこった」

「たいしたものじゃないってのは同意しないっすけど、それが?」

「だーかーらー。ミサキならその場で気づいてただろうって話」

「なににっすか?」

「あれだよ、ほら。……俺のダチが、ミサキの軽口にですら腹を立ててくれた優しさに」

「っかーっ。まーたクサイ事を」

「うっせ。いいから歩け、愚弟」

「へへっ。でも、そうなのかもしんないっすねえ。オイラが言った後、ミサキちゃんは何度も謝ってくれたっすもん」

「だろ? だから、タイチがいつまでも気にしてたらミサキも困るっての」

「りょ-かいっす」

「あとさ」

「ん?」

「ありがとな。俺のために怒ってくれて」

 

 タイチが俺の隣に並んで歩き出す。

 その横顔が、20にしては幼さの残る頬が少し赤らんでいるように見えるのは、きっと俺の思い過ごしではないだろう。

 

「……だから、そういうクサイ事を言わないでくれってオイラは言ってるんっす」

「へいへい」

 

 並んで最初の橋を渡り、人工的に整備されたと思われる弁天島へ。

 

 この小舟の里の入植地第一候補の島には、戦前の公園やキャンプ場なんかがあるらしい。

 難点を上げるとすれば島の最も奥にあるキャンプ場の横から、以前俺とED-Eがヤオ・グアイと思われる敵から逃げ出した県立自然公園のある半島のような場所に繋がっている事か。

 

「弁天島、気になるんっすか?」

「ああ。浜松の街と決定的に対立したら、そこの住民をクリーチャーから守る新制帝国軍は皆殺しにするしかねえ。そうなって今の浜松の街の住民が小舟の里に流れてくるようなら、ここを要塞化して入植地にすんのが一番かなってよ」

「簡単に言うっすねえ。ま、小舟の里から船でも行ける弁天島はたしかにいい場所っすけど」

「だろ? 県立自然公園に繋がる橋は封鎖しちまえばいいし」

「そうっすねー」

「っと、弁天島駅前のリゾート・マンションの前にフェラルがいるな」

 

 見えているのは、たった2匹。

 だが俺達はそのマンションの前を徒歩で通り過ぎる事になるので、可能なら狙撃で倒してしまう方がいいだろう。

 フェラルがあれだけとは限らないし、大きなマンションの目と鼻の先には駅だってあるのだ。

 

「オイラの狙撃がどのくらい上達したかアキラに見せるチャンスっすね」

「つか、お互いのできる事をまず確認しとくべきだろ。半分こな」

「ケチっすねえ。なら、お先にどうぞっす」

「あいよ」

 

 国産パワーアーマーどころか、アーマード軍用戦闘服すら着ていないのに狙撃。

 これは、タイチにあれを見せておくいい機会だろう。

 

 ピップボーイからツーショット・ガウスライフル、それもフルカスタムされたお気に入りの逸品を出す。

 

「うっわ。なんか腕がプルプルしてるっすよ?」

「重いんだってこれ。試しに持ってみろ」

「……あ、これはオイラもムリっす。なんとか撃てるけど、こんなので狙撃なんて」

「だろ? だからこうするんだ。貸してみろ」

 

 ツーショット・ガウスライフルを受け取り、VATS起動。

 奥にいるフェラル・グールの頭部への命中率、たった5パーセント。

 それでも頭部を選択して、VATSを発動した。

 

「くたばれ」

 

 スローモーションの世界で呟きながら、クリティカル・メーターを消費して攻撃。

 哀れなフェラル・グールは俺とタイチに気づく時間すら与えられず、その頭部を爆散させられてアスファルトに崩れ落ちた。

 

「はいいっ!?」

「説明は後だ。残りが来るぞ」

「りょ、了解っす」

 

 タイチが背負っていたハンティングライフルを構え、絞るようにトリガーを引く。

 

 やはり、この辺りのクリーチャーはかなりレベルが低いらしい。

 タイチが撃ったフェラル・グールは頭部が爆ぜたりこそしなかったが、眉間の辺りを撃ち抜かれてたった一射で絶命した。

 

「お見事。やるなあ、弟よ」

「はいはい。そんでさっきのはなんなんっすか? VATSなんでしょうけど、持ってるだけで腕をプルプルさせてた銃でよく命中したっすね」

 

 歩き出し、索敵をしながら種明かしをする。

 

 俺のピップボーイのVATSにはクリティカル・メーターというものが存在し、それを消費する事でいつでもクリティカル攻撃が可能。

 そしてそのクリティカル攻撃時は、命中率が0でなければほぼ確実に命中。

 こんな重くて威力のある銃だとVATS攻撃に必要なAPもかなりのものなので連発はできないが、こんな事もできるってのは覚えておいてくれ。

 

 そう言うとタイチは盛大に溜息を溢し、『どこまでデタラメなんっすかと』肩を竦めながら呟いていた。

 

「って事で、クリティカル・メーターがすべて貯まるまでは俺がクリーチャーを倒すからな」

「なんっすかそれ、ズリイっ!」

「仕方ねえだろって。浜松の街に入る時は万全の状態で、って話し合いで決めただろうが」

 

 だが期待していた弁天島駅の駅前にはクリーチャーが1匹もいない。

 やはりこの東海道と、浜松の外れから小舟の里がある新居町駅までの東海道線の線路は、長年の行商などでクリーチャーがほぼ駆逐されてしまっているようだ。

 

 その状況が一変したのは、俺達が東海道を使う時には避けて通る、『成子交差点』というロケーションを左に折れてすぐの事。

 

 チュインッ

 

 そんな音がする前に、俺はタイチを抱えるようにして戦前のお寺さんの駐車場へと駆け込んだ。

 成子交差点の往時の信号機の、いい感じに片方の接合部が外れてぶら下がっていたポストアポカリプス感に浸っていた、せっかくのいい気分が台無しである。

 

「今のって銃撃っすか!?」

「ああ。100メートルくれえ先の歩道橋だ。見えてる悪党は3」

「まったく。これだから浜松の旧市街は。交差点を過ぎてすぐこれっすか」

「いいじゃねえか。これが、これこそが戦場の空気だ」

「はいはい。どうせオイラは撃てないんだから、さっさと終わらせてくださいっす」

「はいよ。俺もハンティングライフルでいいかな」

「宝物級とかはダメっすよ? ここはもう浜松の街の山師の縄張りなんっすから」

 

 わかってるってと返し、車の残骸の陰から顔だけ出して歩道橋を覗き込む。

 

 銃撃は来ない。

 やはりゲームと、フォールアウト4とは仕様が違うようだ。

 

「まあ、あの超絶エイムを悪党が使えたら、それこそ山師なんて誰もやらねえだろうしな」

 

 



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旧市街

 

 

 

 歩道橋の中央部分には雨風を凌ぐためにか木の板が貼り付けるようにされ、悪党はそこに身を隠しながらこちらを窺っている。

 知恵があるのかないのか、その板は天井部分にまで貼られているようで、そこには空きビンなんかも見えた。

 

 ライフルを持っているのは1人だけで、あとは拳銃と鉄パイプのような鈍器。

 スコープを覗き込み、その十字マークをライフル持ちの頭部に重ねた。

 

 レティクルが揺れる。

 

 だが慌てる必要はない。

 ゲームでもそうしたように息を止め、チャンスを待つ。

 右に、左に、上に、下に。

 ブレまくっていた照準が収束してゆき、俺と同じく遮蔽物から顔だけ出している悪党の頭部だけをレティクルが行き来するようになる。

 

「まず1匹……」

 

 囁くように言いながら、トリガーを引いた。

 

 銃声。

 逃がす事を意識するほどでもない反動。

 

 ボルトを操作して、次弾を装填。

 

 仲間を助けようとしたのか、それとも遠距離での撃ち合いに有用なライフルが欲しかったのか。

 死んだ悪党に駆け寄って立ち上がった男の胸部をレティクルが捉えた瞬間に2発目を撃った。

 

 血が噴き出す。

 左胸だ。

 そこに手を当て、止まらない鮮血を確認した悪党がゆっくりと倒れてゆく。

 

「3匹目が出てこないようなら、歩道橋の小屋ごとぶっ飛ばすか」

「へえ。アキラの事だから、走ってって撃ち殺すとか言うと思ったっす。成長したっすねえ」

「俺はクールな男だからな。判断はいつも冷静なんだよ」

「はいはい。双銃鬼サマはいつでも冷静っすよねえ。いやあ、さすがさすが」

「こんのガキ…… それはやめろって言ってんだろうがよ!」

 

 聞きたくもない単語。

 

 双銃鬼。

 

 それは自分の番が来るまではヒマだからと特殊部隊の女性宿舎の飲み会へ顔を出したシズクが、掛川からの帰りに悪党と遭遇した時の戦闘を女性隊員達に聞かせてやったせいで生まれた言葉だ。

 

 2丁の拳銃をぶら下げて悪党の群れに突っこみ、目にも止まらぬ速さで駆け回りながら単独でそのすべてを殲滅。

 

 ただでさえ娯楽の少ないこんな世界であるから、それを聞いた女性隊員はシズクが帰ると同じように男性宿舎で飲んでいた男連中にそれを話して聞かせ、ウルフギャングの飲み屋でちょっといい顔がしたい男性隊員が店で客の全員にまたそれを話して聞かせる。

 

 そんなのを繰り返すうちに剣鬼の娘婿は舅に勝るとも劣らないほど強く、2丁の拳銃を使わせれば獣面鬼の群れさえも単独で狩り尽くしてしまうという、根も葉もない噂が広まってしまったらしい。

 

 その途中で名付けられたのが、『双銃鬼』という中二っぽい二つ名だった。

 

「くふふ。ほら、やっぱ最後の1匹は出てこないっすよ。どうするんっすか、小舟の里の英雄の双銃鬼さん?」

「……チッ。後で覚えとけよ」

 

 歩道橋の中央部分、板で見えない小屋のような場所に最後の1匹が身を隠したのはしっかりと見ていた。

 

 パーティースターターで小屋ごと吹っ飛ばすか。

 

 いや、俺のSTRでは100メートルちょっと先の小屋をミサイルランチャーで狙撃なんてできやしないだろう。

 最後の悪党はカメが首を引っ込めたようにして出てくる気配がないので、VATSは使えない。

 それどころか男の赤マーカーすらピップボーイの視覚アシストシステムに表示されていないので、どちらにしてもここから動くべきだ。

 

「あれ。接近っすか?」

「とりあえず赤マーカーが表示される距離までな」

「そんで、そこからはどうするんっすか?」

「これを使う」

 

 ハンティングライフルと入れ替えるように出したのは、フォールアウト4では存在しなかった武器。

 

「変な銃っすねえ」

「グレネードライフル。フォールアウト4にゃ存在しなかった武器だ。まあ、DLCやらCS版のMODが来てりゃ確実に使えたんだろうけどな」

 

 右手にグレネードライフルなら、左はやっぱりこれだろう。

 そんな事を考えながら、デリバラーを左手に装備。

 

「へえ。どんな武器なんっすか?」

「手榴弾を発射する感じかな。コツが要るが、けっこうな距離を飛んでくれるんだ」

「うへえ」

 

 今は流れ者の服なので装備はしていないが、メガトン特殊部隊の隊長としてアーマード軍用戦闘服で指揮を執る時は、タイチも2つほど手榴弾を胸にマジックテープで止めて持ち歩いている。

 なのでその威力は知っているし、それを投射する武器がどれほど有用かも瞬時に理解したらしい。

 

 歩き出す。

 

 グレネードライフルとデリバラーをぶら下げた俺が先で、ハンティングライフルをいつでも撃てる構えのタイチが斜め後方だ。

 

「天竜の長とその息子さんに、いつものように武器をプレゼントしてよ。そしたらリンコさん、長の方がお礼にってこれをくれた」

「ラッキーっすねえ」

「おう。弾もたんまり付けてくれたしな。ホントは宝物級のグレネードランチャーの方を持ってけって言われたんだが、さすがにそれはって遠慮させてもらったよ」

「どっちも気前がいいっすねえ」

 

 軽口を叩きながらの前進ではあるが、俺もタイチもまったくと言い切れるほどに気は抜いていない。

 天井の低い小屋の中で微動だにしない赤マーカーが見えても、俺は足を止めなかった。

 

「距離30。ここらでいいな」

「必死で息を殺して隠れてるところに、手榴弾を投げ込まれるなんて。運のない悪党っすねえ」

「俺もタイチも、いつか自分が殺される覚悟をして戦ってんだ。悪党もそうじゃなきゃ困るさ。殺るぞ」

 

 右手を伸ばし、歩道橋の小屋のだいぶ上を狙う。

 

「勝手な言い分っすねえ。いつでもどうぞっす」

 

 グレネードライフルの装弾数は1。

 だが目的は小屋を吹っ飛ばして最後の1匹を視界に捉え、デリバラーのVATSでそれを倒す事だ。

 今のクリティカル・メーターでは、1度もクリティカル攻撃を出せない。

 

 ここはLUCK極振りの幸運を信じ、FOUR LEAF CLOVERの発動に期待させてもらおう。

 VATSでの攻撃中にピップボーイの視覚補助システムの下部に四つ葉のクローバーが表示されたなら、その瞬間にクリティカル・メーターがクリティカル攻撃1回分だけ回復してくれる。

 

 気の抜けた発射音。

 

 ポンっと鳴ったそれを聞きながらグレネードライフルを収納し、今度は左手を上げた。

 

 爆発。

 

「げえっ!」

「ど、どうしたんっすか?」

「……グレネードライフル1射で赤マーカーが消し飛んだ」

「あらら。でも、倒せたんなら良かったじゃないっすか」

「クリティカル・メーターを貯めたかったんだよ。くっそ。悪党までやわっこいのかよ、この辺りは。どうせなら熟練の悪党が出やがれっての」

「はいはい。あの感じじゃ小屋の中はぐちゃぐちゃになってるっすね。それでも漁るっすか?」

「ライフルとハンドガン、それとその銃弾だけはいただいていこうぜ」

「りょーかいっす」

 

 俺達は山師の兄弟、それも兄がピップボーイ持ちのちょっと腕のいい山師として浜松の街に潜入する。

 浜松の街で獲物を店に売らなければ不自然だ。

 

「見ろよ。いっつも見えてるでっけえビルが、あんな近くに」

「アクトビルっすね」

「悪党ビル?」

「違うっす、アクト。なんかいい感じの外来語なんじゃないかって賢者さんは言ってたっす」

「ふうん。そういや、アクト地区は狂ったプロテクトロンが多いって101のアイツのノートで見たな」

「駅前地区はフェラル・グールが数えるのもバカらしいくらいいるらしいっすね。んでポツポツ点在する安全地帯には、ほぼ間違いなく悪党がいるとか」

「赤線地区と酔いどれ地区もだろ。……ああっ!?」

「どうしたっすか?」

「タイチ」

「なんっすか」

「戦前のエロ本やエロマンガは、もちろん読んでるよな?」

「はぁ。今はそんなでもないっすけどね」

「あるぞ。特に赤線地区は絶対にあるはずだ」

「なにがっすか?」

「……大人の玩具的なアレを売ってた店が、だよ」

 

 目が合う。

 タイチは、今までにないような真剣な瞳をしていた。

 

「明日からの予定は決まりっすね!」

「おう。浜松の街の偵察。それよりも重要な目的ができたな」

「ぐふふ。そうっすねえ」

「俺は全員分を確保しとかねえとなあ。んで順番に、うへへ……」

 

 そうと決まればと急いで回収を終え、歩道橋を下りてまた浜松城方面に歩き出す。

 

 この道を少し行くと右側が酔いどれ地区という戦前の飲み屋の多い場所があり、大きな交差点を越えた右側が赤線地区になるはずだ。

 今日はどちらにも寄る時間はないだろうが、明日からしばらく浜松の街で山師として滞在するのだから、下見くらいはしておきたい。

 

「アキラ、あれを見てくださいっす」

 

 少し歩いただけでタイチが足を止める。

 

「うっわ。うじゃうじゃいやがるなあ、フェラル」

 

 左前方のそれなりに大きなホテル。

 その前だけでなく、少し先の右側にある大きな商業ビルの前にもフェラル・グールが群れている。

 まるで、ゾンビ映画のワンシーンだ。それも冒頭で、いかにその世界にゾンビが溢れているのかを観客に認識させるためのあざといカット。

 

「迂回も考えた方がいいっすかねえ、これじゃ」

「まあ、それは最後の手段にしとこうぜ」

「ならどうするんっすか?」

「……道路の真ん中に高台を建てて殲滅、はダメか」

「そうっすねえ。タレットと車両だけじゃなく、クラフトも禁止って言われてるっすから」

「ったく、年寄り連中はケチで嫌んなるぜ」

「はいはい。それでどうするんっすか?」

「どうもこうも、殺るに決まってんだろ。俺はできるだけVATS、タイチは狙撃。あんまりにも多く釣れちまったら、さっきの歩道橋まで走ってそこで迎撃だ」

「了解っす」

 

 左手でデリバラーを抜く。

 右はピップボーイから出した、フルオートのほぼノーマル10mmピストルだ。

 それらをぶら下げて、じりじりと前進。

 もちろん、VATSボタンをカチカチ鳴らしながら。

 

「VATSの射程に入った。やるぞ」

「はいっす」

 

 VATS起動。

 ホテルの前のフェラル・グールは10と少し。

 APはとりあえず使い切る。

 

 頭部への命中率が60パーセントを超えている個体は1匹もいない。

 なので胴撃ちを3連射ずつ、3体に攻撃を選択した。

 

 今の俺では、デリバラーでもこれしかAPが保たない。

 

「途中でGRIM REAPER'S SPRINTが発動してくんなかったら、APが回復するのを待ちながら10mmピストルで攻撃だな。しっかし、クリティカル・ビルドのVATSと2丁拳銃の相性の良さったらねえぜ」

 

 VATS発動。

 

 左手が小さく2度跳ねて、最初のフェラル・グールがアスファルトにゆっくりと倒れてゆく。

 その途中で、またデリバラーの特徴的な発射音が鳴った。

 

「ここいらのフェラルは胴撃ち2発な。覚えたぜっ!」

 

 GRIM REAPER'S SPRINTの発動がない事に舌打ちしつつ、またVATSを起動。

 それで2匹を倒しても視界の下に死神は出てこない。

 

「オイラも攻撃開始っす!」

「おう、やれやれ。俺はこうだ、……アーキーンボーッ! ヒャアッハー!」

「ぶはっ。戦闘中に笑わせないでくださいっす!」

「うっせ。これが2丁拳銃で撃ちまくる時の由緒正しき掛け声なんだって!」

「そんな由緒、悪党のケツの穴にでも棄ててくださいっす!」

「言うねえ。うちの弟くんは」

 

 2射分のAPが貯まればVATS起動。

 GRIM REAPER'S SPRINTの発動を待ちながら、それを繰り返す。

 

「……見えてる分はすべてやったっすね」

「クリティカル・メーターは2回分貯まってくれたが、結局GRIM REAPER'S SPRINTの発動はなしかよ。もうマーカーも見えねえし、とりあえずお疲れさんな」

 

 



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廃墟街

 

 

 

 まずするべきは、タイチが使った弾薬の補充。

 それを終えてタバコを咥え、ライターの火を分け合って2人で紫煙を燻らせる。

 道の真ん中に突っ立ってだ。

 

「しっかし、思ってた以上に敵がいやがるなあ」

「場所が場所っすからね。次の交差点を右にずうっと行けば、そこは浜松の駅っす」

「酔いどれ地区と赤線地区から、浜松駅の向こうの駅南地区まではどこもヤバイ。そんな話はホントだったんだなあ」

「はいっす。浜松の街の山師は、まずその5地区には足を踏み入れないそうっすよ。だからこそ美味しいって、賢者さんはそっちばっか行ってたらしいっすけど」

「ったく。そんな危険地帯を単独で毎日のように漁るって、バケモノかっての」

 

 酔いどれ地区、赤線地区、アクト地区、駅前地区、駅南地区。

 

 その5つの地区は戦前にかなり栄えていたそうで、だからこそ今はクリーチャーが山ほど蠢く危険地帯になっているらしい。

 5地区の手前、酔いどれ地区に入る直前のこの道ですら30ほどのフェラル・グールに道を塞がれたのだから、中は推して知るべしという感じだろう。

 

「アキラ、やっぱり迂回しないっすか? 今日は昼過ぎまで浜松の街の近場を漁る予定なんっすから、この調子じゃ城下に着くだけで精一杯になっちゃうっすよ」

「仕方ねえなあ。年寄りの企みとの兼ね合いもあるし、今日はこの道は諦めっか」

「それが無難っすね」

「左に1本か2本くれえ道を変えればクリーチャーは減るんだよな?」

「そうなるっすね」

「んじゃ行くか」

 

 タバコをプッと吹いて捨て、それをブーツの底で踏み消して左に進路を変える。

 店もチラホラ見かけるが、駐車場や民家の方が多い、かなり狭い道を俺が前に立って歩く形だ。

 

「VATSっ」

 

 叫んでも意味があるか未だにわからないが、そうしながらVATSを起動。

 路地から駆け出してきたモングレルドッグ2匹に攻撃選択をして、VATSを発動した。

 

 2発の銃声。

 

 スローモーションの世界が時間を取り戻すと、駆けてきた勢いのままモングレルドッグ達がアスファルトを滑って止まったところに血溜まりを作る。

 新取得Perkのおかげで、低レベルのモングレルドッグならデリバラーの1発で倒せるようになったのがありがたい。

 

「ヒューッ。さすが双銃鬼、見事な抜き撃ちっす」

「うっせ。オマエも犬コロと一緒に出荷してやろうか。とりあえず、肉を取るぞ」

「はいっす。モングレルドッグの肉は売っても食べてもいいっすからね」

「できれば食いたくはねえなあ」

 

 人前ではタバコ以外の戦前の物、飲食物なんかは口にするな。

 

 ジンさんとウルフギャングにはそう言われている。

 俺達のようにビールだの缶コーヒーだのを気軽に口にするなんて、どんなに腕のいい山師でもまずしないかららしい。

 

「顔が暗いっすよ?」

「さっきじゃなくこのタイミングでGRIM REAPER'S SPRINTが発動したってのも気に入らねえが、それよりも浜松の街での飲み食いを考えるとなあ」

「アキラは焼酎は飲むけど、こっちのツマミは苦手っすもんね」

「おう。でも山師の集まる飲み屋なんかで情報収集はしてえし、そうも言ってらんねえんだよ」

「慣れっすよ、慣れ」

「だといいがよ」

 

 一車線の狭い道を進むと、数分とかからずそれなりに広い道を横切る形になった。

 どうやらこれが、さっき右に見えていた大きな商業施設のある交差点へと続く道であるらしい。

 

「あれがさっきのビルっすね。……浜松、シティデパート?」

「みてえだな。いつか漁りに行きてえもんだ」

 

 道が狭いし、両側には民家が多い。

 なのでたまにフェラル・グールやモングレルドッグが至近距離の路地なんかから飛び出し、俺のVATSで撃ち倒されてゆく。

 

 そんな散歩のような道行きに物足りなさを感じながら進んでいると、念のために顔だけ出して覗き込んだ交差点に最も見たくなかった光景が見えた。

 

「なんかあったんすか?」

「この交差点の左方向に、鳥居があってよ」

「戦前の神社っすか。それが?」

「その鳥居に、3人分の死体がぶら下がってやがる」

「うわあ。罰当たりにもほどがあるっすねえ」

「しかもその鳥居の前には見張り台みてえな土嚢を使った遮蔽物があって、悪党らしき男がこっちを見張ってやがるんだ」

「あっちゃあ……」

「ほんっと退屈しねえよなあ、旧市街ってトコはよ」

 

 鳥居までは、おそらく100メートルも離れていない。

 危険地帯にある悪党の住処だからか見張りも気は抜いていないようなので、道を突っ切れば間違いなく俺達の姿はソイツに見られてしまうだろう。

 

「どうするっすか?」

「まず地図の確認だあな」

「はいっす」

 

 完全に身を隠し、ピップボーイからロードマップを出して広げる。

 タイチは俺が何も言わなくても索敵に集中したようなので、念入りに地図を眺めた。

 

「この交差点から約200メートルで、『姫街道』って道にぶち当たる。それを渡れば浜松の街の山師、それも腕のよろしくねえ連中が狩り場にしてるって地域に入るんだ。追われてそっちに逃げ込むのは避けてえな」

「なら殺るんっすね?」

「そうなるが、見張りが倒されて追手を出される可能性も高いんだよなあ。それに尾行されて、浜松の街の山師に被害が出るのもなんか悪くてよ」

「そんな事まで気にしてたらやってらんないっすよ」

「へいへい。そんじゃ見張りを狙撃すっから、それ倒したら姫街道に一直線な」

「了解っす」

 

 どうやら浜松の街の山師でいるうちはだいぶ世話になりそうなサイレンサーとスコープ付きのハンティングライフルをまた出して、土嚢を積み上げた見張り台の中にいる悪党にレティクルを合わせる。

 あとは、さっきと同じ要領だ。

 

「殺るぞ」

「はいっす」

 

 ムダだとわかってはいてもVATSを起動して命中率を見たが、やはり30パーセントもないのですぐにキャンセル。

 息を止めて、照準の揺れが収まるのを待った。

 

 そういや、息を止めてもAPが減らねえな。

 

 どう考えても今この状況で気にする事ではないかと、浮かびかける苦笑いを押し込めながら、そっとトリガーを引く。

 

 クリティカルではないので頭部が爆ぜたりはしなかったが、側頭部から入った銃弾が頭蓋骨を突き破りながら、反対側の側頭部をかなり大きく突き破って血と脳漿を撒き散らすのが見えた。

 HPバーを確認するまでもない。

 あれじゃ、間違いなく即死だ。

 

「見張りダウン。行くぞ」

「ほいっす」

 

 ハンティングライフルを保持したまま、姿勢を低くして交差点を駆け抜ける。

 すぐに立ち止まって鳥居の方向を覗いてみたが、特に騒ぎが起こっているようには見えなかった。

 

「大丈夫っぽいな。気づかれてねえうちに行こうぜ」

「姫街道を越えたら、まずは山師探しっすね」

「そうなるなあ。バカな連中とかち合わなきゃいいが」

 

 浜松の街の山師の行動範囲に入ったら、適当な山師と顔見知りになって立ち話でもしながら浜松の街の情報を引き出し、可能ならこちらの腕を見せて一目置かれる。

 

 それがジンさんとウルフギャングの企みであるのに、俺達の銃に目が眩んでカツアゲ紛いの事をされたら、そしてその連中を始末するところを他の山師に見られたら、一目置かれるどころか浜松の街の山師すべてに敵視されるような可能性だってあるだろう。

 できれば、そんなのは避けたい。

 

 祈るような気分で姫街道を渡ったが、そこは山師どころかクリーチャーの影すら見えない、ただの廃墟が立ち並ぶだけの地域だった。

 

「……なんか雰囲気が変わったっすね」

「ああ。民家の窓が軒並み割られてっし、そこにゃあ雨でふやけた様子すらねえ吸殻も落ちてる。かなり活発に山師が活動してる区域に入ったんだろうな」

「でも、銃声とか聞こえないっす」

「もしかしたら、こっちはクリーチャーに出会う事すら稀なほどに狩り尽くされてんのかもなあ。ま、しばらく適当に歩き回ろうぜ。そんでも山師を見つけらんなかったら、休憩ついでにいっぺん浜松の街を見てもいい」

「了解っす」

 

 どうやら俺の予想は当たっていたようで、歩いても歩いても山師どころか、さっきまではあんなにいたクリーチャーの姿すら見かけない。

 ようやく闘争の気配、それも銃声を含まない、怒声となにか家具でもひっくり返したような大きな物音が聞こえたのは、そろそろ浜松の街へ入って茶でも飲もうかなんて話している時だった。

 

「ようやくか」

「この先の小さいビルっすよね?」

「おう。赤マーカーが5、黄マーカーが3だ」

「どうするっすか?」

「ハッキリした敵も、味方になれるかもわからん3人もビルの中だ。ノコノコ入ってったら、そのすべてが敵になる可能性もある。少し待って時間がかかるようなら、また他のを探すのがいいんじゃねえかな」

「銃声も聞こえないっすもんねえ。なら小休止でいいっすか?」

「ああ」

 

 タイチがベルトの腰の後ろに着けている水筒を取ってきれいな水を口に含む。

 俺もそうしてから2人でタバコを燻らせていると、事務所しかないような小さなビルから3人の男が飛び出してくるのが見えた。

 

「に、逃げてくださいっ! 屍鬼の群れが来ますっ!」

 

 若い。

 男というよりは少年だ。

 それが3人。

 

 逃げ出そうとはしたが進行方向の反対側に俺とタイチを見つけ、このまま逃げてしまえば俺達にフェラル・グールを擦り付けてしまう事になりそうなので迷っているらしい。

 

 3人が3人とも走る足を止め、必死の形相で俺達を見ている。

 

「アキラ」

「おう」

 

 ビルの入り口までの距離は、20メートルほど。

 なので俺と同じく、タイチもハンドガンを使うようだ。

 

 並んで前に出てタイチは10mmピストルを、俺は2丁のデリバラーを突き出すように構える。

 

 銃、それも3つも!?

 

 少年の1人、俺達に逃げろと言った少年の驚く声。

 

「数は5のままっすか?」

「だな」

「アレは使っちゃダメっすよ」

 

 わかってる。

 そう返す前に、最初のフェラル・グールが入り口から飛び出してきた。

 

 デリバラー。

 左のそれに撃たれたフェラル・グールが、もんどりうってアスファルトに転がる。室内に潜んでいたせいでレベルが低いのか、1発で倒せるのは楽でいい。

 

 次にトリガーを引いたのは、タイチだった。

 ほぼノーマルであるし、Perkが乗らない攻撃だからか1発で倒し切れず、銃声が重なる。

 

「次の2は任せろ」

 

 赤マーカーが暴れながら入り口に接近。

 ほぼ同時に路上へと飛び出す。

 

 左。

 右、左。

 1発外した自分のヘタクソさに、思わず舌打ちが出た。

 

「ラストはいただくっすよ」

「任せた」

 

 俺はビルの中にある赤マーカーと、呆然とした表情で動く事すら忘れている3人の少年から目が離せない。

 任せていいなら大歓迎だ。

 

 4発。

 オマエも1発か2発は外したなとタイチに言ってやりたいが、今はそんな冗談を言っている場合ではないだろう。

 

 長めの鉄パイプに、金属バット。

 それと鉈のような錆びの目立つ刃物を持った少年達が、その頼りない武器で自分の体を庇うように姿勢を変えたからだ。

 

 



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少年少女

 

 

 

「あー。言っとくが、敵意はねえぞ?」

 

 その言葉がウソではないと証明するため、デリバラーをホルスターに戻す。

 タイチも束の間だけ迷いを見せたが、すぐに俺と同じように10mmピストルをホルスターに納めてくれた。

 

「あ、ありがとうございます。助かりました……」

「いいさ。フェラル・グール、屍鬼がもういねえなら中を漁るといい。俺達はもう行くぞ」

「ええっ!?」

 

 なぜ驚く?

 

 そう口に出す前に、隣からタイチの笑い声が聞こえてきた。

 

「またお人好しが出てるっすよ、アキラ」

「この程度でかよ?」

「当たり前っす。普通の山師ならあの子達に銃弾代を請求して、それから自分達であのビルを漁るはずっすからね」

「世も末だ。って、まんま世紀末だっけな。まあいい。おい、兄ちゃん達」

「えっと、はい」

「俺達はこんな事務所しかねえビルなんて漁る気はねえ。さっさと中を漁って、金目の物を根こそぎかっぱらっちまえ」

 

 3人の少年が顔を見合わせる。

 本当にいいのかな? と、そんな感じか。

 

「ええっと。どうして……」

「気まぐれだ。それに、こういう用事もあるんでな」

 

 ピップボーイからグレネードライフルを出す。

 それを片手で持ち上げて向けたのは、図書館の敷地と細い道路を隔てる、葉の硬そうな植え込みの向こうだ。

 

「敵っすか!?」

「まだわかんねえよ。……おい、植え込みの陰のオマエ。この武器は着弾地点から数メートル以内のもんを、1発で粉々にしてくれる便利なもんでよ。挽肉にされたくなかったら、両手を上げて立ち上がれ。ゆっくりとな? 妙な動きをすれば、すぐに殺す」

 

 タイチもすでに銃を抜いている。

 相手がグレネードライフルを知らなくても、今の説明で10mmピストルよりは怖い武器だとわかってくれただろう。

 

 もし立ち上がりざまに俺が撃たれても、タイチがすぐに10mmピストルでソイツを撃ち殺すだけ。

 俺のHPが敵の攻撃に、それも1発だけ耐えられれば、それでいい。

 

「もうっ。これだから電脳少年持ちは嫌いなのっ! はい、こーさん。こーさんっ!」

 

 言いながら植え込みの向こうで立ち上がったのは、こんな時代では珍しいヒラヒラがたくさん付いた、まるでドレスのような服とスカートを着た少女だった。

 こういうのを、ゴスロリと言うんだったか。

 

「わ、かわいいっすねえ」

「くーちゃんさんっ! ど、どうしてここにっ!?」

 

 少年の1人が叫ぶようにして問う。

 

「……くーちゃんか。くーちゃん、ねえ」

 

 少女がおどけた仕草で唇に人差し指を当てる。

 見えている武装は肩から下げているサブマシンガンに、左腰のナイフだけ。

 ベルトに2つほど通して固定してあるポーチには他の武器もあるのかもしれないが、この状況ならばそんなのは脅威にならないだろう。

 

「そんじゃまず、身を隠しながら接近してた理由を聞こうか。くーちゃん?」

「顔見知りがハンパじゃない腕の山師に助けられてたら、その後を心配して様子を見に来てとーぜんじゃん」

「へえ。そんで、その心配は解消されたんかよ?」

「半分だけは、ね」

「そりゃよかった」

「それより、か弱い女の子にいつまで手を上げさせてるつもり?」

「か弱い。それも女の子、ねえ……」

「異論があるなら、その辺の廃墟でじっくり話し合う必要がありそうだね。なんなら、2人同時でもいいけど? 隅から隅まで、じーっくり調べてもいいんだよ?」

 

 冗談じゃない。

 

「かわいいのに大胆っすねえ。そのギャップがまた……」

「おい、巨乳好き。あんなぺったんこもイケるクチだったんかよ?」

「いやあ。やっぱ毎日ずっと肉を食べてたら、たまには魚が食べたくなるのが人情ってもんっすよ。それにめっちゃかわいいし」

「……バッカじゃねえの」

「ねー、それよりもう手を下ろしていーのー?」

「どれだけ不意を衝かれても殺される気はしねえ。別にいいぞ。それと兄ちゃん達は、さっさとビルを漁ってこい」

 

 3人のリーダー格であるらしいヤマトという少年は少女を気にしてかすぐには返事をせず、それどころか動きもしなかったが、そのくーちゃん本人が笑顔で頷くと、俺達に頭を下げてから2人を連れてビルの入り口に向かう。

 

「あ、そだ。ヤマトっち、わかってるよねえ?」

「はい。あまりに多く戦前の物資を持ち帰れば、タチの悪い山師に目を付けられます。なのでなるべく嵩張らず、リュックに隠してスワコさんの店に持ち込める。それもなるべく高値で買い取ってくれそうな物だけを選びます」

「さーすが。じゃ、行っといで」

「はいっ」

 

 銃すら持っていない、成人前にも見える3人の少年山師。

 その面倒を見ている先輩というのが、この『くーちゃん』と名乗る山師の立ち位置なのだろうか。

 

 そんな事を考えながらグレネードライフルを下ろすと、くーちゃんはニコリと笑ってから植え込みを身軽に跳び越えた。

 

「うっは、純白が眩しいっすねえ」

「オマエほんっと…… ま、いいか。タイチ、フェラル・グールの死体を植え込みの向こうにぶん投げとこうぜ。手伝え」

「なんでっすか?」

「あのガキ共が戦前の物資を根こそぎ掻っ攫えねえなら、数回に分けて浜松の街に持ち込むはずだ。フェラル・グールの死体がビルの前にあったら、他の山師がここは安全だなって中を漁るかもしんねえ。だから、少しでも隠しとこうぜ」

「意地は悪いのに優しいね、お兄さん。くーちゃん、好きになっちゃいそう」

「俺はアキラ、こっちが弟のタイチだ。いいからオマエも手伝えよ、くーちゃん?」

 

 もちろんと笑顔で言われたので、3人でフェラル・グールの死体を植え込みの陰に移す。

 

 天竜の長であるリンコさんのように電脳少年を持っている山師がいないとは限らないので、偽名を使う案は早々に却下されていた。

 だがこの世界のピップボーイに死体を収納する機能があるのかはわからないし、容量が多すぎると判断されると、今度はレベルカンストを疑われるだろう。

 なのでフェラル・グールの死体をピップボーイには入れず、植え込みの向こうへ隠すだけにしておく。

 

「……ふうっ。こんなもんっすね」

「だな。タバコやるか、くーちゃん?」

「ありがと」

「ほれ」

「火を点けたのを咥えさせる甲斐性もないの、アキラっち?」

「ねえな。つか、欠片でもあってたまるか」

 

 3人で紫煙を吐きながら、くーちゃんに浜松の街の様子をそれとなく訊ねてみる。

 

「へえ。やっぱ浜松の街は初めて来たんだ」

「そうなるなあ。戦前の物資を持ち込む店と、飲み食いと寝泊りにオススメの店を教えてくれよ」

 

 言ってからタバコの箱を放る事で、情報料はこれだと伝えた。

 それをキャッチしたくーちゃんは笑顔で頷くと、浜松の街の様子から話し出す。

 

 戦前の浜松城公園のすべてと、その巨大駐車場なんかはもちろん、周囲の学校や市役所までをバリケードで囲った街。

 その広さは相当なもので、敷地内には今は使われていないが複数のプールまであるらしい。

 

「この道の突き当りを右に行くと浜松の旧市役所で、今は商人ギルドの本部。そこは、大口の取引所って感じだね。単独で動くような行商人じゃなくって、護衛を引き連れた商人が浜松の商人ギルドと直接物を売り買いするんだよ」

「しょ、商人ギルドなんてあんのかよ!?」

 

 まさかとは思うが、俺達のようにあっちの日本から来たヤツがその組織を作ったんじゃないだろうか。

 

 そう思ってしまうほど、この世界の街にある組織に商人ギルドなんて呼称は似合っていない。あっても商工会議所とか、商工会とか、その辺の呼称を使うべきだろう。

 商人ギルドなんてのは不自然に過ぎる。

 

「あるある。しかも商人ギルドは市役所だけじゃなく隣の小学校と、広い駐車場跡地の長屋街、その向こうにある戦前のビジネスホテル。その3区域で商いをするすべての人間を、バカでクズな兵隊から守る存在だからね。利口な山師はその区域以外に足を踏み入れないよ」

「なるほどなあ……」

 

 新制帝国軍の横暴があまりに酷いなら、どうして浜松の街に商人や山師が集まるのだろうか?

 

 浜松の街の様子が書かれた101のアイツのノートを読んだ時からあったそんな疑問に答えが出たのはいいが、その理由が商人ギルドなんてものがあるからだとは。

 意外過ぎて笑ってしまう。

 

 くーちゃんが語るところによると商人ギルドは浜松の街の東側、戦前の市役所、小学校、浜松城公園の駐車場、通りの向こうにある大きなホテルのある区画を300年かけて新制帝国軍から買い取り、今ではそこを自由裁量で治める、自治領のような存在になっているそうだ。

 

「んで戦前の物資を売るなら、その商人ギルドの議員もやってるスワコさんの店がオススメだね。磐田の街の市長の娘だからって訳じゃないだろうけど、買取品を値切ったりしないし」

「なるほど。その店は市役所に?」

「その真ん前の駐車場だね。市役所に一番近くって、しかも一番大きい店だからすぐにわかるよっ」

「ありがてえ。んで、山師が寝泊りすんのは戦前のホテル跡か?」

「そっちは宿じゃなくって、金持ちが住むアパートって感じ。だから、普通の宿屋は戦前の小学校の中だね」

「へえ。まるで部活の合宿か宿泊学習だなあ」

「ゴハンとお酒は市場、小学校のグランドにいくらでもある露店。でも腕利きの山師と情報交換なんかがしたいなら、小学校の体育館を丸ごと使ってる『梁山泊』って飲み屋兼宿屋がいいかな。そこの店主も商人ギルドの議員で、腕を認めた山師には報酬のいい依頼なんかも回してくれるから」

 

 商人ギルドの議員が、冒険者ギルドの真似事までしてるのか。

 ますますご同輩の大先輩の存在を疑ってしまう話だ。

 

「助かったよ。タバコ1箱の情報にしちゃ多すぎるくれえだ」

「なら、多すぎた分はカラダで払っちゃう?」

「うちの弟ならそうするかもな」

「やった。タイチっち、今夜はサービスしちゃうからねっ? くーちゃんも梁山泊に泊まってるから、真ん中の酒場スペースでお酒を飲んで。その後は、ね?」

「い、いやいやそんな。でも、そういう事ならオイラがサービスするのが筋っすよねえ……」

 

 鼻の下を伸ばしやがって。

 でも面白そうだから、宿屋の部屋に2人でシケ込む直前まで黙っておこうか。

 

 言っとくがくーちゃんの本名、クニオだぞ?

 

 俺がそう告げた時、タイチはどんな表情をして、どんな決断を下すのだろうか。

 もし万が一にでもソッチの道に足を踏み入れたなら、帰ったらすぐにでもカヨちゃんに報告し、新しい恋人を探した方がいいと勧めよう。

 

「あの、ありがとうございました。おかげで数日分の食費を確保できました。本当にありがとうございます」

 

 ビルから出てきた3人の少年が、一斉に頭を下げる。

 

「いいさ。それとこの小さなビルの事は口外せず、玄関もちゃんと締めとけ。出入りの時は人に見られてねえか、何より中で待ち伏せされてねえか充分に確認してからな」

「……屍鬼の死体が見えないからもしかしてとは思ったんですけど、そういう事ですか」

「よかったね、ヤマトっち。アキラっちとタイチっちに感謝感謝♪」

「はい。アキラさんとタイチさん、ですか。この御恩は忘れません」

 

 いってても15歳、下手をすればそれより1つか2つ下だろうに、このヤマトという少年は頭の回転が速い。

 それだけでなく礼儀もしっかりとしているのだから、将来が有望な山師じゃないか。

 だからこそくーちゃん、女装癖がある変態山師のクニオもこうして面倒を見てやっているのだろう。

 

 便所にでも行くフリをして、廊下の突き当りにでもカギを開けた状態の金庫と中にパイプ銃と銃弾を。

 

 そう考えていると、渋い顔をしたタイチに左足を軽く蹴られた。

 

「いって。なにすんだ愚弟」

「別になんでもないっす。で、まだ時間的には朝だけど、今からどうするんっすか?」

「そうだなあ……」

 

 



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遠州屋・浜松支店

 

 

 ジンさんとウルフギャングの作戦。

 可能なら浜松の街への到着前に山師と接触して、ある程度の情報収集を。

 そしてその山師達と顔見知りになって浜松の街での活動を少しでも円滑にする、というのは、これで概ね成功じゃないだろうか。

 

 3人の少年山師は別として、サブマシンガンを肩から下げているクニオは浜松の街でも、それなりに実力のある山師として認知されていて当然のような気がする。

 もしそうであるのならば、作戦は成功どころか大成功だ。

 

「ヤマト、でいいんだよな。そのリュックの中身は、スワコさんって人の店に売るんか?」

「そうなります」

「クニ、じゃなくって、くーちゃんはこれから探索に?」

「タイチっち次第かなぁ。今日は休みだけどヒマだから、ヤマトっち達の山師デビューを見物してただけだし」

「3人は今日がデビュー戦かよ。なら全員で浜松の街に行って、俺のオゴリで朝っぱらから飲み始めっか」

「やあった。アキラっち、太っ腹ぁ♪」

「いいよな、タイチ?」

「そうっすね。オイラ達も初日くらいはゆっくりしたいし、浜松の街の様子を見ながらくーちゃん達に話を聞けるのはありがたいっす」

「よし。んじゃ行こうぜ」

「あ、あの。ぼくらはそんな」

「いーからいーから。どこから流れてきたのかわかんないけど、こんな腕利きの山師が奢ってくれるって言うなら素直に奢られておこっ」

「で、でも……」

 

 やはり、特技やVATSを隠した俺程度でも腕利きなのか。

 ならば浜松の街の山師達は、そこらの悪党とそれほど変わらない強さであるのかもしれない。

 新制帝国軍だけでなく、それに雇われた山師達までが敵に回る事を想定している俺達にとっては朗報だ。

 

 なおも渋るヤマト達をくーちゃんが急かすようにしながら連れ立って歩き出し、直進して突き当たった広い道路を右折。

 するとすぐに、大きなビルが目に入った。

 

 鉄筋コンクリート。

 しかも、なんと6階建て。

 階数だけでなく、奥行きと幅もかなりの建物だ。

 これが浜松の旧市役所で、現在の商人ギルドの本部か。

 

「でっかいっすねえ」

「商人ギルドが治める区画の役所みたいなもんだし、上には職員の宿舎なんかもあるからね」

「くーちゃん、商人ギルドはトラックなんかを運用してねえのか?」

「ないねえ。もしあれば新制帝国軍が黙ってないでしょ。今でさえ仲が悪いのに」

「へえ。新制帝国軍と商人ギルドはそんな感じなのか」

「そりゃそうだよ。向こうのトラックを使えば近隣の街や集落といくらでも商売ができるのに、肝心の新制帝国軍はその街や集落から略奪する事しか考えてないんだもん。そのくせ一番美味しい磐田の街と小舟の里にはヤバイのがいるから、口ばっかでなーんもしないし」

 

 なら付け入る隙は充分にある、か。

 

「アキラ。市役所の入り口にタムロってる連中、ライフルを担いでるっすよ」

「国産の、ホクブ社製の小銃っぽいな。CNDはそこそこ」

「あれは商人ギルドに雇われてる山師だね。なんもなければ喋ってるだけで終わっちゃって、それでも日当が貰える見張りの仕事は、遠距離攻撃可能な武器とそれなりの腕を持ってないと回してもらえないんだー」

「なるほどねえ」

 

 クニオもヤマト達も見張りとは顔見知りのようで、挨拶を交わして市役所の横から浜松の街へ入ってゆく。

 俺とタイチはなにか言われるかと思ったし、そうされて当然なのだが、なぜかそのまま浜松の街へ入る事ができた。

 

「止められる素振りもなかったっすね」

「だなあ。意外と緩い警備なんかな」

「山師は無条件で街に入れて当然でしょ」

「武装してんのにか?」

「だからこそ、じゃない。街で発砲するようなバカはすぐ他の山師達が片づけるし、ヘタに声をかけて揉め事になったらせっかく浜松の街へ来た山師が他に流れちゃう」

「……ガバガバすぎんだろ、この街」

 

 目の前を通るついでにチラリと見たが、市役所のエントランスには10人ほどの人間がいて、その中の半分以上が銃や剣で武装していた。

 だがその武装は驚くほど貧弱で、見ているこちらが心配になってしまうほどCNDも低い。

 これでは先日俺達が皆殺しにしたような、熟練の悪党を頭目とする30人以上の集団に襲われたらひとたまりもないだろう。

 

「ここだよ」

「……武器防具よろず売り〼買い〼、遠州屋・浜松支店。やっぱこれがスワコさんの店、ってやつか」

「有名だもんねえ。浜松の街が初めてでも、磐田の街に行った事があれば知ってるかー」

「まあな」

 

 遠州屋というのは、市長さん一族が経営する店の屋号だ。

 ミキが小舟の里で開いた店も、遠州屋・小舟の里支店となっている。

 

 両開きの大きなドア。

 それを潜って木造ではあるがしっかりとした2階建ての店舗に足を踏み入れると、すぐに元気のいい『いらっしゃいませ』という声がかけられる。

 

「やっほ、コウメっち。お母さんは上?」

「うんっ。すぐにチンベル鳴らすねっ」

「よろしくー」

 

 コウメと呼ばれた店番の女の子が、カウンターにある押すと鳴るタイプのベルを何度も鳴らす。

 なんとも子供らしい、笑みを誘うような無邪気さだが、あれで呼ばれる方はたまったもんじゃないだろう。

 さすがにうるさ過ぎる。

 どこかの名人も驚くような連打っぷりだ。

 

 店は広く、陳列棚とそこに並ぶ商品もかなり多い。

 入り口は俺達が入ったドアの反対側にも同じ型のものがもう1つあって、2階への階段はカウンターのすぐ隣。

 

 他人事ではあるが、防犯的に少しばかり不安を覚える。

 まあだからこそコウメという女の子は、12、3歳にしか見えないのに腰に拳銃を下げているのだろう。

 

 ドスドスと音がしたので目をやった木製の階段から、1人の中年女が下りてくるのが見える。

 

「でっか……」

 

 タイチがそう呟くのもムリはない。

 俺達を見つけて目を細めた女は、規格外にデカかった。

 

 胸も、尻も。

 そしてなによりその身長がハンパじゃなくデカい。

 180、いや、185センチはあるんじゃないだろうか。

 

 胸と尻なんて、間違いなくメータークラス。

 顔立ちも悪くないので、大柄な女や筋肉質な女が好きなマニアにはたまらないだろう。

 

 美人は美人なのだが、その美貌と肢体を構成するパーツが何から何まで大きすぎて、腰に装備したソードオフショットガンがやけに小さく感じてしまうほどだ。

 

「ヤマト、ノゾ、ミライ。無事で帰ったんだね」

「はい。くーちゃんさんと、この山師さん達のおかげです」

「そうかいそうかい。こんな腕っこきの山師が、駆け出しを助けてくれたってのか。ありがたいねえ」

「はじめまして、店主さん。俺はアキラ、こっちが弟のタイチ。よろしく頼んます」

「弟なのにタイチなのかい?」

「たぶんだが、血は繋がってねえんでしょう。な、タイチ?」

「そうっすねえ。オイラ達を育ててくれた爺ちゃん婆ちゃんも、もちろん両親だってとっくの昔に死んでるからわかんないっすけど」

「そうかい。それは悪い事を聞いたねえ」

「いえいえ。それよりかなりの品揃えですが、『2062年モノの浦霞』は置いてませんかね?」

 

 束の間の沈黙。

 そして店主の女、スワコさんの俺を見る目が同じくらいの間だけ鋭さを増した。

 

 ジローが預かってきた、市長さんからの手紙。

 それに書いてあった符丁『2062年モノの浦霞』。

 アキラという名前がそれほど珍しくないので確認用に口にしろと書かれていたが、その効果はあったらしい。

 

「悪いねえ。2階の倉庫にあるかもしれないが、探すには少しばかり時間が必要なんだ。また来た時でいいかい?」

「もちろん」

「ありがとね。それじゃ、ヤマト達はカウンターにおいで。戦利品があるんだろ」

「はい。お願いしますっ」

 

 少年山師達の査定と買い取りが始まったので、陳列棚の商品を見て回る。

 

 カウンターから遠い場所、それも入り口に近いこの辺りにはガラクタにしか見えない戦前の品が並んでいるが、カウンターの中の壁にかけられている銃ですらそこらの悪党から剥ぎ取った程度の品なので、俺としてはこちらを眺めている方がヒマ潰しになる。

 

「アキラっち。宴会は梁山泊でいいのかな?」

「ああ。くーちゃんの定宿なら、俺達もそこに泊まるのがいいだろうしな」

「あの子達は家があるんっすか?」

「んーにゃ。梁山泊でコップ1杯ずつの水を注文してテーブルに突っ伏して寝るか、そのお金もない時は公園地区の小さな橋の下で身を寄せ合って眠るねえ」

「やっぱキツイんっすねえ。浜松の街での生活って」

「ヤマト達は孤児だから。まあ、くーちゃんもそうだけど」

 

 こんな世界で、福祉制度なんかが充実しているはずもない。

 小舟の里ではそう数が多くないので、孤児は学校に通いながらマアサさんの部下に付いて下働きを少しすれば普通に生きていけるらしいが。

 

 タイチもくーちゃんも、カウンターの前でコウメちゃんと話しながら査定が終わるのを待っている3人の少年山師達に、なんとも言えないような視線を送っている。

 

 どうにかしてやりたいが、何がしてやれるはずもない。

 そんな感じなんだろう。

 

 買い取りを終えた3人が戻ってきたのは、待ち始めて5分ほど経った頃だ。

 それじゃあ行くかと入って来た時とは反対側の入り口に向かうと、笑顔で礼を言いながら歩み寄ってきたスワコさんが俺の肩をポンポンと叩く。

 そして、耳朶を擽る吐息。

 

 どうでもいいが男と内緒話をするのなら、そうあからさまに身を屈めたりしないでくれと言いたい。

 俺の身長は標準的な173cmほどなので、間違いなく標準よりは上であるので、別に悔しくはないが。

 

 なるべく早いうちに話し合っておきたいんだがね。

 

 了解。なら、今夜にでも。

 

 夜の9時に梁山泊に顔を出すから、それまでに個室を取ってておくれ。泊まりもあの店にするんなら、スワコに一等室を紹介してもらうように言われたって、カウンターのオヤジに言えばいい。

 

 数歩先を歩く連中にさえ聞こえないほど小声の、囁きのようなやり取り。

 俺が頷くと、バチンッと音を立てて尻が叩かれる。

 

「いってえ……」

「若いんだから屁でもないだろ。またおいで」

「ええ。必ず」

 

 ヤマト達に今日の稼ぎを報告され、笑顔で頷いているくーちゃんの後を追うと、俺の隣にタイチが並ぶ。

 

「にしし。お互い夜が楽しみっすねえ」

「はあ?」

「あのスワコさん、未亡人らしいっすよ」

「へえ」

「だから部屋は2部屋っすね。オイラはくーちゃんの部屋に行くから、ヤマト達は片方に泊めてゆっくり寝かせてやって。お互い頑張りましょうっす。へへっ」

 

 これは。

 さすがにヤバイか……

 

「タイチ」

「ほいほい」

「くーちゃんの本名、クニオだからな」

「…………へっ?」

「ありゃ男だよ。まあ、そういう趣味もあるんなら止めねえが」

「マジでっ!?」

「大マジ」

 

 タイチの大声のせいで前を歩く4人が、それだけでなく擦れ違った通行人までが俺達に視線を注ぐ。

 

「なーにを話してるのかにゃあ?」

「うっわ。あざとい語尾でキャラ付けしてきやがったよ」

「あざとくなんてないにゃあ。ね、タイチっち?」

 

 言いながらくーちゃん、クニオがタイチに腕を絡ませる。

 そうされたタイチはどうしたらいいか判断が付かないようで、今のところされるがままだ。

 

 ……こんなにかわいくて、いい匂いもするのに。

 

 そんな呟きを聞いたクニオが、タイチの耳元で囁く。

 あまりといえばあまりに酷い、生々しすぎる内容で男を誘う言葉。

 

 口のテクニック云々はまだいいが、半脱がしで尻をどうこうすれば女と同じは完全にアウトだろう。

 

「言う方も言う方だがよ、悩む方も悩む方だ。ほんっと、どっちもアホな……」

 

 



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梁山泊

 

 

 

 タイチに腕を絡めたままのくーちゃんに案内された、今では酒場と宿屋になっているという戦前の体育館は、俺の予想をはるかに上回る場所だった。

 

「すっごいっすねえ」

「ハンパじゃねえな、こりゃあ」

「ラッキー。時間が時間だから、カウンター近くの席が空いてる。さ、早く座ろっ」

「ちょ、くーちゃん。まずは腕を離すっす」

「やーだもーんっ♪」

 

 真実を伝えたからには、その後でタイチのケツがどうなろうと俺の知った事じゃない。

 梁山泊という宿屋を観察しながら、カウンターの近くにあるテーブル席に向かう。

 

 それにしても壮観だ。

 

 体育館のメインスペース、バレーボールやバスケットボールなんかをするスペースには、屋台村のようなテーブル席がズラリ。

 そこかしこに積み上げられている戦前のビールケースは、テーブル席のベンチに座り切れない客のための簡易テーブルや椅子の代わりか。

 

 そして凄いのはステージ以外の壁のほとんどに寄せる形で、数えるのもバカらしくなる数の、キャンプで使う戦前のテントが立ち並んでいる光景。

 どうやらそれが、梁山泊の客室であるらしい。

 

 横に長いカウンター席のすぐ後ろにあるステージは調理場のようで、テーブル席を行き交う従業員と同じく5人ほどがバーベキューセットのような設備の前で忙しく立ち働いていた。

 

 しかもそれだけではなく、2階の通路というか、試合なんかを観戦する狭い場所、横になるのがやっとの場所にもかなりの人間が寝ている。

 おそらく料金の安い雑魚寝スペースだろう。

 

 設備にも驚かされるが、なにより感心するのはその客の多さと、それらがひしめいていてもまだ余裕のある収容人数だ。

 

 さすが、この遠州で一番の都会。

 そしてその街で一番の宿という事か。

 

「すっげえなあ」

「アキラっち、注文はどうする? すべて前金だけど」

「6人で贅沢をしようと思ったら、どんくれえかかる?」

「んー。20円もあれば充分かなあ」

 

 小舟の里でなら20人以上で宴会をして約30円。

 浜松の街の物価が高いのかどうかは、出てきた酒やツマミを見なければ判断はできないか。

 

「んじゃ30円を渡しとくから、適当に注文してくれ」

「りょーかい。って、アキラっちもカウンターに行くの?」

「ああ。店主っぽいオッサンに挨拶して、今夜の部屋を取っておく」

「なるほどねー」

 

 酒場スペースには山師と思われる武装した連中も多いが、そうでない人間達もそれなりに交じっている。

 

 いつかの小舟の里の市場のように酷い体臭を放つ連中の近くで酒なんて飲みたくはないが、そんな事を言っていたら敵地に潜入しての偵察なんてできやしない。

 腹にぐっと力を込め、臭いなんて気にするなと自分に言い聞かせながらカウンターまで歩く。

 

「ピカピカの拳銃2丁に電脳少年。とんでもねえ山師を連れてきやがったなあ、9式」

 

 髭面の大男が、カウンターの中で呆れたように言う。

 これが商人ギルドの議員でもある、ここ梁山泊の主か。

 

 スワコさんと同じくらいガタイがいいので、酒場のマスターではなく用心棒か山師の方が似合っているような気がする。

 

「へへーんっ。しかも今日はこのアキラっちと、あっちにいるタイチっちのオゴリで豪遊だもんねー。お酒とゴハンとツマミを6人分。予算は30円。ヤマト達は食べ盛りだから量を多めにして、帰りにはお弁当も持たせてやって。まずは15円だけ渡しとくねー」

「あいよ。やっぱ電脳少年持ちの山師ともなると気前がいいねえ」

「それと部屋を取っておきたいんですが。スワコさんの紹介で、部屋は一等室にしろって言われてます。それを2部屋」

「後家のスワコの紹介だぁ? あの男嫌いの?」

「大口の商談があるんで、おそらく気を使ってくれたんでしょう」

「なるほどね。一等室はちょうど2部屋あって、どっちも1泊20円になるが」

「ではこれで」

 

 しわくちゃの10円札を4枚出し、マスターの前に置く。

 

「あいよ。これがカギな」

 

 チャラリ

 

 そんな音を立て、紐で木札と結んだ金属製のカギがカウンターに置かれた。

 木札には下手な文字で『一等室01』、『一等室02』と書いてある。

 

「01と02?」

「ステージ脇のドアを抜けると、地下に下りる階段がある。昼でもランプの明かりは切らしてねえから、金属製のドアに01と02って書いてある部屋を見つければそれでいい。言っとくが、宿泊中の安全なんて保障できねえからな。部屋に入ったら、今度はその南京錠を中からかけてくれ。カギは明日の、遅くとも昼までには部屋を出て返してくれればいい」

「わかりました」

 

 俺の用事は済んだので、マスターと立ち話を始めたクニオを置いてタイチ達が待つテーブル席に向かう。

 それにしても、臭いが酷い。

 

 ステージの上では火を使って調理をしているから大きな入り口の扉と、2階の窓もかなり開け放たれているというのに、料理と酒とそれを愉しむ連中の体臭に、煙管を使って吸っているらしいタバコの煙までが混ざって、とんでもない悪臭だ。

 

 ただ歩いているだけの俺を警戒するように窺っている他の山師達と世間話なんかができないようなら、俺は一等室というところで明日からの計画を練りながら飲んだ方がいいだろう。

 

「部屋は空いてたっすか、アキラ?」

「ああ。一等室を2部屋借りた。片方はくーちゃんとオマエが使うといい。ヤマト達は俺と一緒だ」

「ええっ!?」

「言っとくけど、オイラはアキラと同じ部屋っすからね?」

「んだよ。掘って掘られて、新しいドアを開けるんじゃねえのか」

「さすがにないっす」

「そりゃあ残念。でも、口だけで抜いてやるって言われたら?」

「……し、しないっすよ?」

「どうだか」

 

 なんでぼく達がと慌てているヤマトに、これはデビュー戦を無事に終えた祝いだから気にするなと伝え、タバコを咥えて箱とライターをテーブルの中央に置く。

 ここにあれば、吸いたいヤツは勝手に吸うだろう。

 

「おまたせしましたー。焼酎の水割り6つでーす」

「おお、来た来た。ありがとな、美人ウェイトレスさん」

「お世辞がうまいですねえ、お兄さんったら。どうぞごゆっくりー」

「サンキュ」

 

 とりあえず乾杯するかと、衛生面がかなり不安な戦前のジョッキを持ち上げる。

 するとカウンターでマスターと立ち話をしていたクニオが小走りで戻ってテーブル席に着き、6人でジョッキを合わせてからそれを口へと運んだ。

 

「あれっ。意外と美味しいっすね」

「へえ。普通に飲めるな、これなら」

「ツマミにも期待できそうっすねえ」

「どうだろうなあ」

 

 何がどう調理されて出されるのかはわからないが、味付けが少量の塩だけならば、俺はほとんど手を付けず酒ばかりを口に運ぶ事になるだろう。

 

 オゴリのお礼にと浜松の街の地理と様子や、そこを拠点とする山師達の狩り場なんかを語り出したクニオの話を聞きながら飲んでいると、思った通り味も素っ気もなさそうなメシやツマミが次々に運ばれてくる。

 

「す、凄い。お肉がこんなに。それにパンまで……」

「3人共、遠慮なんかしねえで腹一杯食えよ?」

「はいっ!」

「ありがとうございます!」

「すいません、アキラさん。助けてもらった上に、こんな上等なお酒とゴハンまで」

「だから祝いだからいいんだっての。いいから飲んで食え」

「……はい。いただきます」

 

 クニオの話を聞きながら氷の入っていない焼酎の水割りを飲み、明らかに虫系ではないツマミを選んでほんの少しだけ食う。

 そんな風にして時間を潰していると、不意に尿意を覚えてどうしたものかと途方に暮れた。

 

「なあ、くーちゃんよ」

「だーかーらーぁ。くーちゃんは、ふたなりの女の子として愛されたいの。わかるぅ? だったら相手は男でも女でもいい訳じゃん。そうでしょ?」

「おーい」

「えっと、どうしたんですかアキラさん? この話になるとくーちゃんさんは止まらないんで」

「いや、便所に行きてえんだがよ」

「ああ。なら、ぼくが案内しますよ。こっちです」

「サンキュ」

 

 立ち上がったヤマトが向かったのは、ずっと開け放ったままであるらしい大きな鉄製のドアだ。

 そこをまた抜けて、体育館の裏手へと案内される。

 

「ここが公衆トイレです」

「ちなみに中はどんなだ?」

「どんなって。普通に浅く穴が掘ってあって、そこに用を足すだけですけど」

「やっぱしか……」

 

 しかも、浅い穴が掘ってあるだけとは。

 それじゃ小舟の里のトイレより酷い。

 あちらも似たようなものではあるが、深さはかなりあって頻繁に汲み取り作業もされているのでまだマシだ。

 

 鼻で息をせず、周りもあまり見ないようにして用を足す。

 一応は個室もあるのでそこのドアを開ける事も考えたが、手洗い場すらないトイレなのでノブに触れる気にもならなかった。

 

「おかえりなさい、アキラさん」

「待たせてわりいな」

「いえいえ」

「なあ、ヤマト」

「はい」

「こんな街で暮らすの、キツイなって思ったりしねえのか?」

 

 言ってから体育館に向かって歩き出す。

 ヤマトは、年に似合わぬ苦笑を見せながら俺に続いた。

 

「まあ、しんどくないって言ったらウソになりますね」

「だろうなあ」

 

 もし俺がこんな街で生まれ育っていたら、どんな男になっていたのだろう。

 

 早死にして20まで生き残れていないか、ヘタレで人の顔色を窺ってどうにか生き長らえているだけの男になるか。

 答えが出る前に体育館のテーブル席に戻ったのだが、そこではクニオがテーブルに突っ伏して寝息を立て、タイチがヤマトの仲間であるノゾとミライと顔を突き合わせるようにして何事かを話し合っていた。

 

「くーちゃんはダウンか」

「そうっすね。飲むといつもこうらしいっすけど、1時間もすれば起きてまた飲み出すそうっす」

「なるほど。んで、タイチ達はなにを話してたんだ? そんな真剣な表情で」

「いや、それがっすね。このノゾは商人に、ミライは料理人になるのが目標なんだそうっす。んでその下働きとして雇ってもらえる店を見つけるまでって、ああやって山師の真似事をしてたそうなんっすよ」

 

 商人と料理人か。

 

「ならタイチが紹介してやりゃいいじゃねえか。どうしても浜松の街で修行をしてえってんじゃねえなら、どっちも口を利いてやれるだろ」

「……それはそうっすけど、いいんっすかねえ」

「いいさ。なんなら俺も一緒に頭を下げて頼み込むし。ヤマトはねえのか? やりたい仕事とか」

 

 俺と同じように長椅子に座ってジョッキを持ち上げたヤマトが、照れたように微笑む。

 やっぱりあるのか。

 もしそうならば、山師の真似事なんて明日にでもやめてしまった方がいい。

 

 小舟の里、磐田の街、天竜の集落。

 森町には店や食堂なんてなさそうだが、その3つの街だけでも就職先を見つけるには充分だ。

 あとはこの3人が、懸命に働いてゆけばそれでいい。

 

「夢なら、ありますね」

「ほう。夢と来たか」

「はい。ぼくなんかが言うなと笑われそうですけどね」

「誰が笑うかよ。んで、夢ってのは?」

 

 焼酎の水割りを口に含み、ゆっくりと飲み下したヤマトの瞳に真剣な光が浮かぶ。

 

「……誰かから奪うのではなく、自分達で作り出す。たとえどんな苦労をしてでもです。そうやって豊かになっていこうと考えている人を見つけて、その人の元で働きたいんですよ。仕事はなんでもいいけど、できれば戦う役目がいいかな」

「なんでわざわざ戦うんだ?」

「ぼくにできるのは、死ぬ事くらいですから」

「けっ。成人前にしか見えねえガキが、何を言ってやがんだか」

「そうっすよ、ヤマト。14歳でそんな事を言ってちゃダメっす。それにそういう夢みがちな男を1人知ってるっすけど、自分より若い子が死ぬなんて絶対に許してくれない大馬鹿野郎っすからね」

 

 誰が夢みがちな大馬鹿野郎だと頭でもひっぱたいてやりたいが、それができるはずもない。

 黙って俺も焼酎の水割りを呷る。

 

「すまん、ちょっといいか?」

 

 そう声をかけてきた男の接近には気が付いていたし、少し前にその一団が梁山泊に入ってきてから何度か視線をやっていた。

 当然だろう。

 

 強面の男はそのがっしりとした肩に、負い紐で見た事がない型のアサルトライフルをかけているのだ。

 

「へ、碧血のカナヤマさん。お、お疲れ様です」

「おう。そっちもお疲れさんな。この様子じゃ、筆おろしは大成功みたいじゃないか。おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

「それで兄さん、少し話を聞かせてもらってもいいか?」

「ええ。空いてる席にどうぞ。タイチ、これでカナヤマさんって先輩の酒を頼んできてくれ」

「了解っす」

 

 



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碧血のカナヤマと梁山泊の主

 

 

 

 梁山泊の酒場スペースには数十人の客がいて、山師と思われる連中はその半数以上を占めている。

 だがその武装は誰も彼も貧弱で、良くてハンドガンか木製ストックの国産ライフル。近接武器を腰に差したり背負っていたりだけなのが8割を超えているように見えた。

 

 そんな中、酔っぱらって寝てしまっているクニオと俺の対面に座った碧血のカナヤマという男だけが、サブマシンガンとアサルトライフルを持っている。

 顔見知りになるにも、飲みながら世間話をするにも、この男以上にそうなりたいと思う人間はいない。

 

 LUCKがまたいい仕事をしてくれた。

 

 そんな気分でまずタバコを勧め、2人で紫煙を燻らせる。

 

「旨いな。戦前の、それも舶来物か」

「ですね。俺はアキラ、カウンターに注文に行ったのが弟のタイチです」

「俺は『碧血の誓い』という山師パーティーを率いている、カナヤマという。よろしく頼む」

「こちらこそ」

 

 山師パーティーと来たか。

 そんなにギルドやらパーティーやらが好きなんだったら、山師を冒険者にしとけよ。

 ついでに妖異は、モンスターにしとけばいい。

 

 確定した訳じゃないが、俺やミサキと同じような境遇で商人ギルドの設立に関わったと思われるファンタジー小説、それもライトノベル好きだったであろう先人に心の中でそう毒づく。

 

「それで質問なんだが、この宴会はヤマト達の筆おろしを祝うだけじゃなく、パーティーの結成祝いでもあるのか?」

「別にそんな話は出てませんがね。でも、なんでそんなのを気にするんで?」

「くーちゃんは何度もパーティーに誘ってるんだが、いつもフラれっぱなしでね。そのくーちゃんがかわいがってる3人と、見るからに腕の良さそうな山師2人が一緒だから、もしやと思ってな。6人パーティーは山師の基本だ」

「お待たせしたっす。これ、どうぞ。マスターが、カナヤマさんはこれが好きだと言ってたんで」

「ありがたい。君らの次の1杯は俺が奢らせてもらうよ」

「いえいえ。でも、パーティーか」

 

 出会ったばかりだが、クニオは性癖と女装癖を気にしないなら面倒見のいい同年代か1つ2つ下の気のいい男で、短期間パーティーなんかを組むには悪くない。

 

 ヤマト達3人もそうだ。

 孤児だという話だがヤサグレた感じが微塵もなく、少し照れながらそれぞれが夢まで語る。

 大人としては、応援したくなって当然。

 

 ジンさんとウルフギャングも浜松の街で山師として動いてる間はピップボーイになんでもかんでも突っ込んで持ち帰るようなマネはするなと言っていたし、パーティーを組んでみるのも面白いかもしれない。

 

 そうするうちに4人を心から信用できるようなら、小舟の里に移住しないかと誘ってもいいし。

 

「興味がないって訳でもなさそうだな」

「まあそうですが、俺と弟は浜松の街に根を張るかどうかもまだわかりませんからね」

「なるほど。もしそちらが臨時にでもパーティーを組むのなら、お互い助け合えたりもするだろうと思ったんだがな」

「何か問題でも?」

「ここのマスターの依頼でね。街のすぐ近くにある、五社神社と教育文化会館を根城とする悪党の討伐が計画されているんだ」

「アキラ、それって」

「だなあ」

 

 午前中、死体がぶら下がっている鳥居の前にいた見張りを狙撃で倒した神社。

 それが五社神社だったはずだ。

 

「悪党の数は約30で、半数以上が銃で武装している。どうだ、乗らないか?」

「報酬と条件次第ですかね」

「弾薬代、弁当と水代、負傷して使った『医者いらず』は戻ったら現金で支給。報酬は1パーティー500円になる」

 

 医者いらずが国産のスティムパックだという知識はある。

 かなりいい条件ではありそうだ。

 

「悪党の銃や貯め込んでたお宝はどうなるんで?」

「2つのパーティーで山分けだな」

「タイチ」

「はいっす」

「この3人に銃の手ほどきをしてそれなりの後方支援が可能になるまで、万が一にもフレンドリーファイアなんてしねえってトコまで仕込むとしたら?」

「……難しいっすね。最低でも5回は銃を持たせて探索に出ないとっす。そうじゃなきゃ銃が使えるようになっても、何より大事な肝が練れないっすから」

「最低でも一週間かあ。申し訳ない、カナヤマさん。どうやらこっちの準備が間に合いそうもねえです」

 

 1人80円以上の報酬。

 それに悪党から剥ぎ取った銃とその弾をヤマト達が手に入れられるのなら是非とも受けたかったが、さすがに一週間は待ってくれないだろう。

 

「いや、期日は別にいいんだ。この討伐自体、去年の今頃から話が出ていても手を出せなかったんでね」

「なるほど」

「それにいざ討伐となれば、2つのパーティーは五所神社と教育文化会館から同時に攻撃を開始するのがいいと思う。そちらが大丈夫だと言うなら、ヤマト達の射撃の腕がどうこうなんて言う者はいないぞ」

「話はわかりましたが、この酔っ払いが起きてから相談してみないとなんとも言えませんね」

「だろうな。まったく、ソロでなら浜松最強とまで言われる山師のくせに。酔うといつもこれだ」

 

 それからしばらく世間話をして、もし討伐に手を貸してくれるのならいつでも声をかけてくれと言い、カナヤマさんは自分のパーティーメンバーの待つテーブル席に戻った。

 

 言葉通り次に運ばれてきた焼酎の水割りはカナヤマさんからのオゴリだとウェイトレスが言っていたので、少し離れたテーブルにいる本人にグラスを掲げるように見せてからそれを口に運ぶ。

 

 タイチやヤマト達も俺と同じようにしたが、酒を飲むよりも話し合いをするのに忙しいらしい。

 ぼくらなんて足手まといにしかならないと言うヤマトに、タイチが誰だって最初はそうなんだぞと言っているのが聞こえる。

 

「……アキラっちぃ」

「んだよ。もう起きてたんか、くーちゃん」

「タイチっちはぁ、なんであんなにヤマトっち達に親身になってんのぉ?」

「俺達も孤児だからな」

 

 申し訳ないと思いながら、そうとだけ言っておく。

 孤児だったのはタイチだけで、俺は平和な日本でただのうのうと年を重ねていた。

 

「ふぅん。ま、こんな世の中だもんねぇ」

「だなあ」

「でもさぁ。こんな世の中だからこそ、どうにかしなくちゃいけないって思うんだよねぇ」

「くーちゃんならできるさ。休みの日にわざわざヤマト達を尾行して、なんかありゃ助けてやろうとしてた優しいくーちゃんならな」

「バッカじゃないのぉ。できたら苦労しないじゃん」

「そうかな」

「ん、そうに決まってるのぉ」

「へいへい」

 

 そろそろ時間は正午。

 抑えた音量でピップボーイのラジオを点ける。

 

「……ふわぁ。いい音色だねぇ」

「ジャズってんだよ。どこの誰かはわからんが、こんな世の中でも、いや、こんな世の中だからこそかな。朝から晩まで曲を流してくれてるんだ」

「ふぅん。……んっ、んっ、んっ、ぷはあっ。味気ない焼酎の水割りも、こんなのを聞きながらだと進んじゃうねぇ」

「もうやめとけっての。弱いんだろ、酒」

「こんな世の中、酒も飲まずに渡れますかってぇ」

「へーへー」

 

 ウルフギャングのラジオは通常放送。

 生放送をしていないなら、小舟の里に問題は起きていない。

 

 ならばこちらもやるべき事をしておこうと、黙って腰を上げた。

 

「あれぇ。どこ行くのぉ?」

「カウンター。ちょっとした商談だ」

「ふぅん。いてらぁー」

 

 カウンターにいる髭面の大男。

 マスターが歩み寄る俺に視線を注ぐ。

 それからマスターはチラリとカウンターの棚に立てかけている木刀を見たが、それに手を伸ばそうとはしなかった。

 

 まあ、当たり前だ。

 俺はこんな場所で暴れる気はないし、どちらかといえばマスターとお近づきになりたくてカウンターに向かっているのだから。

 

「ちょっといいですか、マスター?」

「あ、ああ」

 

 カウンターのスツールに腰かけ、目の前にウイスキーのボトルとショットグラスを1つ出す。

 マスターはピップボーイや電脳少年の事を知っているようで別に驚かれはしなかったが、訝し気にその2つに視線をやってから俺に目を戻した。

 

 ショットグラスにウイスキーを満たし、それをマスターの方に押す。

 

「味を見てやってください。金はいりませんので」

「これを売りたいって事か?」

「どうしても、って訳じゃありませんね。さっき碧血のカナヤマさんとちょっと話したんですが、あの感じじゃこういう酒を仕入れるのにも苦労してるんじゃないかと邪推したんです」

「……わかった」

 

 ショットグラスを持ち上げ、マスターはまずその香りをゆっくりとたしかめた。

 それから舐めるようにほんの少しだけショットグラスを傾け、ほうっと溜め息を漏らす。

 

「どうです?」

「戦前の洋酒の中でも、間違いなく極上品だな」

「それはよかった」

「手持ちはどのくらいあるんだ?」

 

 100本でも200本でも。

 

 そんな事を言えば警戒されるだけなので、10本だけカウンターに出す。

 

「このくらいですね」

「封も切っていない完品か。相場は1本50円だが」

 

 げえっ!?

 

 思わずそう叫びかける。

 最上級の部屋が1泊20円、6人の宴会代が30円。

 なのに1本50円もするとは。

 

「相場でいいですよ。電脳少年に溜め込んでたって嵩張るだけですし」

「ありがたい。すぐに金を出すから少し待っててくれ」

「ええ」

「それと、戦前の酒類と食料品。特に調味料を手に入れたらウチに卸してくれないか? 決して損はさせない」

「了解です」

 

 満足気に頷いたマスターがカウンターの奥にある金庫にカギを差し込む。

 

 俺の前に置かれたのは、戦前の500円紙幣だ。

 貨幣の最小単位が『銭』であるこの世界に、見慣れた500円硬貨なんてあるはずもない。

 

 礼を言って札をピップボーイに入れて立ち上がる。

 

「おい。この味見用のは代金に入れてないぞ」

「差し上げますよ。マスターには、これからもお世話になりそうなんで」

「……ったく。世渡りの巧い山師もいたもんだ。商人にでもなった方がいいんじゃないか?」

「手足の1本でもなくなってからなら、考えてもいいかな。それじゃ」

「ああ。店に持ち込む品の良さは、山師の腕に直結する。これからも贔屓にしてくれ」

「もちろんです」

 

 よしよし。

 ほんのわずかばかりだろうが、商人ギルドの議員で、小規模ながら冒険者ギルドの真似事もしているマスターとこれで縁が結べたか。

 

「あいかわらずっすねえ、アキラは」

「ちょっとアキラっち。勝手にどっか行かないでくれるぅ? ジャズが聞こえないんですけどぉ」

「いってらって言ってたのはオマエだろうに」

 

 



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昔話

 

 

 

 クニオがまた酔っ払って、2度目のダウン。

 それに釣られた訳ではないだろうが、それなりに飲んでいたヤマト達3人も舟を漕ぎ始めたので、02号室のカギを渡し、そこで雑魚寝でもしていろと席を立たせた。

 

 そうなると当たり前だが、テーブル席に残るのは俺とタイチだけ。

 

「ふいー。やっぱ、朝からしこたま飲むと効くっすねえ」

「タイチも部屋で寝てていいぞ」

「いえいえ。オイラの役目は、誰かさんの監視っすから」

「嫌な役目だなあ」

「にしし。ここは夕方になると、商売女達が客を引きに来るらしいっすからねえ。そんなトコにアキラ1人を置いとけないっす」

「そりゃあ楽しみだ」

 

 どうしたって思い出すのは、フォールアウトNVのストリップ地区。

 ここは日本なのであそこの娼婦ほど過激な衣装を着た女なんていないだろうが、ミニスカートのひとつでも身に着けていてくれたら目の保養になるのは間違いない。

 

「えっと、アキラ」

「んー?」

「あの3人に肩入れするの、止めないんっすね」

「もちろんだ。俺は逆にタイチに止められるかと思ってたからな。安心したよ」

「そうっすか」

「あっちで商人だの料理人だのの修行をするとしたら、どんくれえの金が要る?」

「どうっすかねえ。でも、お金はあればあるだけいいっすよ。給料なんて安いから、いつか独立する気なら今のうちから貯金しとかないと」

「なるほどね」

「……でも、難しいんっすよねえ。誰だってガマンばっかしたくないし、今を愉しみたいって思って当たり前っす。だから貯金なんてせず、お金が入ったら飲んで遊んで」

「まあ、そうなるわなあ」

 

 俺だって同じだ。

 

「あとこの6人でパーティーを組むって話、くーちゃんも賛成してくれたっすよ」

「へえ」

「本当は今日のデビュー戦でヤマト達が逃げ帰ってきてから、4人でパーティーを組もうって誘うつもりだったそうっす」

「どいつもこいつも、お人好しな事だ」

「アキラだけには言われたくないっすねえ」

「うっせ。とりあえず、教育係は任せていいんだよな?」

「くーちゃんはまだしも、アキラに先生なんてできっこないっすからね。3人の護衛も含めてオイラがやるっす」

「そうかい。まずは適正武器の選定かな」

 

 頷いたタイチがタバコを咥える。

 それに火を点けてやると、タイチは昔の思い出をポツポツと語り出した。

 

 病弱だった母親。

 父の顔は知らない。

 ただ父は強くて立派な人で、皆のために戦う人間なんだと教えられて育った。

 

 その母が5歳の時に亡くなる。

 

 泣いてばかりいたタイチを立体駐車場マンションの裏の湖岸に連れ出したのが、若き日のジンさんだった。

 そこでタイチは、父と一緒に別の街で暮らさないかと言われたらしい。

 

「誰がオイラとかーちゃんを捨てた男に食わしてもらうもんかって思ったっす」

「なるほどな」

「オイラの父親。どっかの街の戦闘部隊にいるか、山師をやってるらしいんすよねえ」

「へえ」

「どっかの街からわざわざ剣を学ぶために来て、畜産区画の端っこにあるジンさんの剣術道場で、それこそほんの子供の頃から内弟子をやってて」

「じゃあ、腕もいいんだろうな」

「どうっすかねえ。オイラを身籠ったかーちゃんにその街に着いてくのを拒否されて、稽古で骨が折れても泣かなかった気の強い幼子が。それが成長して女を覚えて、もう17歳になったってのに泣きながらお酒を飲んでたんだそうっす」

「愛されてたんだなあ。おふくろさんも、タイチも」

 

 どうだかと呟いたタイチが燃え尽きそうになっているタバコを灰皿で揉み消す。

 

「ワシの孫なら、もう泣くな。ジンさんはそう言って5歳のオイラを抱きしめてくれたっすよ」

「……は?」

「詳しくはオイラも知らないっす。あの頃は子供だったのに、それでも聞けなかったくらいっすからね」

「お、おいおい……」

「オイラの父親、ジンさんの大刀と銘だけじゃなく、拵えまで同じ脇差しを持ってるらしいんすよねえ。やっぱり、浜松の山師じゃないのかなあ。あんな上等な日本刀を持ってるヤツいないみたいっすもん」

 

 ジンさんの孫。

 そしてジンさんの息子。

 

「言われてみりゃ、あれは脇差しってヤツだよな。んで拵えって、鍔とか束の装飾だろ? ……そういや、そっくりじゃねえか。マジかよ、おい」

「アキラ、まさか?」

「心当たり、めっちゃあるわ」

「……マジっすかあ。いい機会だから2人だけで飲んでるうちに打ち明けただけなのに、まさかの知り合いっすか」

「い、いや。確定じゃねえだろうけどさ。その人があの街にいたって話も聞いてねえし」

「ちなみに、どんな男っすか?」

「文句なしにいい男で、強くて立派な人だなあ」

「……ふうん」

「だって俺、その人にフルカスタムのオーバーシアー・ガーディアン渡したし」

「そ、そこまで近しい人間っすか!?」

「おう。つかそれだと、俺とオマエは親戚じゃねえかよ。たまげたなあ」

 

 ジンさんだとか親戚だとかは、俺もタイチも極端な小声で話している。

 もちろん、小舟の里という名前も出したりしない。

 

「世の中って狭いんすねえ」

「だなあ。まあとりあえず、そのうち親父さんだと思われる人と会う機会は絶対にあるぞ。覚悟だけはしとけ」

「……うあー。楽しみなような、怖いような。まいったっすねえ」

 

 まいったのはこっちだ。

 もしもタイチの父親が天竜のトシさんであるなら、タイチはリンコさんの孫で、トシさんに何かあれば天竜の長を継ぐ立場の人間だという事になる。

 

「そんな男をこんなトコに連れ出してる身にもなれっての」

「言っとくけどこの話は絶対に内緒だし、それで態度を変えたりしたらぶん殴るっすよ?」

「わかってるって。ダチが俺を信じて打ち明けてくれたんだから、嫁さん連中にだって話すもんかよ」

「ならいいっすけどね」

 

 それにしても、唐突に昔話なんか始めたと思ったら、なんつー爆弾を放り投げてくるんだか。

 

「あーもう。酔いが醒めたぞ、どうしてくれんだコラ」

「同じくっす。なんならヒマ潰しに、散歩でも行くっすか?」

「……そうすっか。ツマミは起きたら食えって、ほとんどヤマト達に持って行かせたし」

「なら行きましょうっす」

 

 おうと返し、ジョッキを飲み干して腰を上げる。

 タイチは焼酎の水割りだけでなく、残っていた何かの肉の塩焼きと塩茹でした葉野菜まで平らげてから席を立った。

 

 料金はすべて前払いなので、手近にいたウェイトレスにごちそうさまと声をかけ、並んで梁山泊を、戦前の体育館を出る。

 

「とりあえず市場か?」

「んー。あっちは食材とか立ち食いの露店しかないんだから、スワコさんの店の奥の商店街の方がいいんじゃないっすか」

「りょーかい」

 

 服屋、金物屋、瀬戸物屋、雑貨屋、中には本屋まであるが、どの店もスワコさんの店に比べると格段に小さく狭い。

 それに品揃えも見ていて悲しくなるほどなので、商店街の半分も見て回らないうちに俺達は市場の方へと足を向けた。

 

 辿り着いた市場は大盛況。

 いくら商人ギルドの治める自治領のような区域が広いとはいえ、どうしてここまで人が多いんだと首を傾げるしかない。

 

「キツそうっすねえ、アキラ」

「気を抜くと、おえっぷってなりそうでな。風呂屋はねえのか、この街……」

「どうっすかねえ。RADの湯(だだの水だけど)、とかならあるんじゃないっすか」

「やっぱ水って大事だよなあ。見ろよ、あの屋台。コップ1杯の水が、指2本分のストレートの焼酎とたいして変わらねえ値段だぞ」

「そんなもんっすよ。あっちも昔はそうだったっす」

 

 同じ日本でも世界が違えば品もけっこう違うので、小学校のグランド全面にごちゃごちゃと配置された屋台や露店は、買い物をせずに冷やかして歩くだけでも時間が潰せる。

 

 ただし、老いも若きも、男も、美人もそうでない女も、これほどに酷い体臭を放っていなければだ。

 

「もうダメ。ギブだギブ……」

「最初の頃に比べたら保った方っすかねえ」

「せっかく俺でも食えそうな、焼き鳥と漬物の屋台を見つけたんだがなあ」

 

 今はアパートになっているという戦前のホテルを最後に遠目から見物し、仕方なく梁山泊に戻る。

 ちなみにホテルはかなりしっかりとした建物で、さすがは金持ち専用といった感じだった。

 

「ありゃりゃ。カウンター近くのテーブル席はもう空いてないっすね」

「ならカウンターで飲むか? そっちなら空いてっぞ」

「いいっすよ」

 

 梁山泊のカウンター席はスツールが20ほども並んでいるので、まだ空席は多い。

 夕方にもなっていないのだから当然か。

 

 その端っこに並んで腰を下ろし、広いカウンターの中を歩み寄ってきたマスターにまた焼酎の水割りを注文する。

 

「焼酎の水割りをジョッキで2つな、まいど。それより兄さん」

「アキラでいいですよ、マスター。こっちは弟のタイチです」

「そうか。んでもしかして、おたくら兄弟は『爆裂美姫』の関係者なのか?」

「なんです、それ?」

 

 マスターが語り出す。

 

 この辺りでは伝説となっている3人の山師。

 『剣鬼』、『狂獣』、そしてその2人を唯一御せる女山師『爆裂美姫』の事を。

 

 ……なにやってくれてんの、あのジジババ。

 

 3人パーティーで200の悪党を狩り尽くしたりすれば、それとほぼ同数の新制帝国軍の兵士達が未だに恐れるのもムリはない。

 おかげで商人ギルドが所有する市役所、小学校、ビジネスホテルに新制帝国軍の兵士達が足を踏み入れる事がなくなったらしいが。

 

「へぇー。ハンパないっすねえ」

「だな。ま、俺達兄弟は根無し草の流れ者ですよ」

「そうか。装備がいいし電脳少年まで持ってるんで、もしかしてと思ってな。妙な事を訊ねて悪かった」

「いえいえ。それよりラジオを流してもいいですか? うるせえって苦情が来るようならすぐに片しますんで」

「ああ。それはいいが、ラジオなんて聞こえやしないぞ。ホロテープなら別だが」

「そうでもないですよ」

 

 ピップボーイのラジオではなく、核分裂バッテリーが内蔵されているフォールアウト4のラジオをカウンターに出す。

 するとすぐにジャズが流れ出し、カウンターで飲んでいる8人ほどの顔が一斉にこちらを向いた。

 

「ね?」

「こりゃ驚いたな。これはいつも聞けるのか?」

「ですね。まあほとんどが録音放送らしくって、10曲かそこらが繰り返し流れてるだけですけど」

「それでも充分だろう。こんな風に、まるで戦前のような気分で酒が飲めるなら客達も喜ぶ」

 

 マスターの言葉に、カウンターで飲んでいる連中が頷く。

 

 よし。

 この浜松の街で一番と思われる酒場と宿でウルフギャングのラジオが評判となれば、この放送は新たな娯楽として定着してくれるかもしれない。

 

「ならこのラジオ、要ります?」

「う、売ってくれるのか?」

「まあ借りた部屋で使うもう1台は確保してあるんで。値付けは、ゆっくりでいいですよ」

「わかった。あとでスワコが顔を出すなら、アイツに目利きをしてもらう。なんたって本職だからな」

「了解です」

 

 



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VIPルーム

 

 

 

 スワコさんが梁山泊に顔を出したのは、約束の時間である夜9時になってすぐの事だった。

 俺は焼き鳥と漬物ばかり食いながら飲み続けていたが、ペースはだいぶ落としているので話し合いに支障はない。

 

「なんでカウンターなんかで飲んでるんだい。オヤジ、個室にこの子達の酒とツマミを運びな。あたしはいつものだ」

「へーへー。それよりスワコ、このラジオに値を付けるとしたらいくらだ?」

「ちょっと見せてみな。……核分裂バッテリーの充電はほぼ満タンか。250ってトコだね」

「ずいぶんと高いな」

「核分裂バッテリー分の値段が150さ。そしてラジオの修理費が80」

「なるほどね。そういう事なら納得だ。アキラ、それでいいか?」

「もちろん」

「よし。ならそこのババアと個室に行ってな。金は酒なんかと一緒に持って行く」

「了解です」

 

 誰がババアだぶち殺すよ、なんて吐き捨てたスワコさんが向かった先は、戦前にはバレーボールのネットや各競技のボールなんかが置いてあったと思われる倉庫。

 今はVIPルームのような場所であるらしいそこには跳び箱やボールなんかではなく、6人ほどが座れる丸テーブルと椅子が置いてある。

 

「これはいいっすねえ」

「だろう? 明りはそこらのランプが点くまで待っておくれ」

 

 テーブルの真上と、部屋の四隅。

 お盆をテーブルに置いたマスターがそこに吊るされたランプに火が点すと、部屋は飲み食いをするのに不便を感じないくらいの明るさになった。

 

 酒やツマミを並べたマスターが、ごゆっくりと言ってから部屋を出てゆく。

 

 出入りのたびに錆びた金属製の引き戸が重苦しい、まるで悲鳴のような音を立てるのが難点だが、内緒話なんかをしたいならこの個室で飲むのが一番だろう。

 

 値段が稼ぎと折り合うなら俺達も使おうとスワコさんに訊いてみたが、料金は1晩で5円と、一等室よりかなり安かった。

 これなら普段はここで飲み、情報収集なんかをしたい時に俺だけカウンターに行くのがいいのかもしれない。

 

 まずは乾杯。

 

 そして浜松の街でよく食べられているという、茹でた大豆と芋と野菜のワンプレート料理をスワコさんが食い終えるまで待とうと思ったが、この体格だけでなく食い方まで豪快な筋肉美人は、それを咀嚼しながら口を開く。

 

「で、受けてもらえるんだね?」

「はい。いざとなればお嬢さんとスワコさんをどちらかの街へ送って、それから俺が動きます」

「娘だけでいいさ。バイクならその方が早いだろうし」

「でも市長さんの依頼ですからね、これは。そこは曲げられません」

「過保護なジジイだねえ。2階に住んでる女の子達を置いて逃げるはずがないってのに」

 

 もしそうなればタイチを原付バイクで小舟の里に向かわせ、武装バスを出して全員を避難させるだけだ。

 

 磐田の街の市長さんの依頼。

 

 それは浜松の街で大規模な戦闘が起こり、娘と孫が暮らす区画まで戦火が及びそうならば、すぐに2人を小舟の里か磐田の街に避難させてくれというものだった。

 

 あんな幼い子が戦争に巻き込まれるところなんて見たくもないし、いかにも女傑という感じのスワコさんが張り切って戦闘に参加し、万が一怪我でもしたら寝覚めが悪い。

 この依頼を受けるのは俺に近い全員が賛成してくれたので、特殊部隊と武装バスに被害が出なければ問題はないはず。

 

「スワコさん、いきなりですが商人ギルドがどんなもんか訊いても?」

「もちろんいいさ。なんでも訊いとくれ」

 

 礼を言い、まず基本的な事から質問をしてゆく。

 

 商人ギルドは選挙で決まった議員達の合議で運営方針を決定。

 何かあれば各々が得意とする案件を臨機応変に割り振り、それでほとんどのトラブルに対処している。

 

 それは、議員なんて言葉を聞いた時に予想した通りだ。

 

「それで、新制帝国軍との関係はどうなんで?」

「ここ30年ほどは動きがないね。今は引退してるけど、長老と呼ばれる商人が鬼と獣と姫を巧く利用して新制帝国軍が商人ギルドの自治区に立ち入るのさえ禁じさせた。その時からほとんど変わってないよ」

 

 なるほど。

 

 ジンさんと市長さんとリンコさん。

 あの3人を利用するとか、やはり商人という存在は恐ろしい。

 

 その長老とやらが小舟の里と磐田の街と天竜の連携を知れば、昔と同じように3つの街を利用して、商人ギルドがまたこの浜松で勢力を伸ばそうと画策するのだろう。

 

「……お互いに得をするんならいいがな。こっちだけ火の粉をかぶるんじゃ、距離を置くしかねえか」

「あり得る話だねえ。そして新しい交易とそのルートは、それが始まればすぐにでも掴まれる」

「商人ギルドはどう動くと思います?」

「まずはあたしに話を持ってきて、その交易になんとしても加わろうとするだろうね」

「……んでしばらくしてそれを知った新制帝国軍は、まず戦力が最も少ない小舟の里に圧力をかけるか」

「いいや。最初は天竜だろうね」

「どうしてです?」

「姫の実力を知らないからさ。こないだの小競り合いだって、姫を侮っているからこそ起きたんだ」

「……もしかして、新制帝国軍ってバカなんで?」

「否定はしないねえ」

 

 ジンさんと市長さんがどれだけ強かろうが、その武器は日本刀と鈍器。

 なのにリンコさんは国産ピップボーイである電脳少年を持ち、そこから宝物級のグレネードランチャーを取り出してそれを乱射する。

 

 どちらが脅威かなんて、子供にでもわかりそうな事だろうに。

 

「あれじゃないっすか? 姫ってのが天竜の長なら、その人にいいとこを見せたかった2人が張り切りすぎて、天竜の長は浜松の街じゃほとんど戦闘すらしてなかったとか」

「おそらく正解だねえ。とくにうちの熊は、年中発情期だから」

「なんだかなあ……」

 

 気持ちはわかるが、そんなくだらない理由かよと笑うしかない。

 あんな美人と若い時にパーティーを組んで毎晩3Pとか、ただでさえ羨ましいのに。

 

 焼酎の水割りで唇を湿らせ、どうしたものかと考えを巡らす。

 

 商人ギルドはいい取引相手にもなり得るが、とにかく油断ならない。

 もし3つの街に商人ギルドを加えて交易を開始しても、揉め事になれば商人ギルドは我関せずで、それどころか新制帝国軍を利用して交易ルートの乗っ取りを謀るかもしれない。

 

 そんなんじゃ、こっちからノコノコ出て行って手を取り合いましょうなんて言えるはずがないだろう。

 

「ま、手がない事もないけどね」

 

 ニヤリと笑ってスワコさんが言う。

 

「是非ともその考えを聞かせて欲しいですね」

「簡単さ。アキラとタイチが剣鬼と狂獣より強いって思わせればそれでいい」

「へっ?」

 

 そう来たか。

 

 たしかに日本刀と鈍器を振り回す2人を新制帝国軍が恐れ、それを利用して商人ギルドは勢力を伸ばした。

 俺とタイチがあの2人と同じくらいの脅威であると新制帝国軍が思えば、そちらはそれだけである程度の動きを封じられる。

 

 そして商人ギルドはまた新制帝国軍が恐れる山師を利用しようとするだろうが、俺達がそれを許さず、なんなら新制帝国軍と手を組む可能性がある事までをチラつかせれば。

 

「……うん。でもあの2人と同じレベルで恐れられるなんてムリ!」

「そうっすよねえ」

「なんだい。若い者がだらしない。あんなジジイより自分の方が強い、それくらい言い切れなくってどうするってんだい」

「いやだって、なあ?」

「そうっすよねえ」

 

 どちらのジジイもおそらくはレベル20。

 今の俺と同じで、すぐにでも俺はレベルが21になる。

 だがそれでも悪党のコンテナ小屋なんかで見た手並みを考えると、俺の方が強いぜなんてどうしたって言える気がしない。

 

「なら、とりあえずは山師として名を上げる事だね。そうなれば商人ギルドから直で依頼が来たりもするだろうし、他の議員との縁も結べる。突破口だって見つかるだろうさ」

「あんま浜松の街にばかり時間を割いてもいられないんですがね」

「灰色の9式とは仲が良くなったみたいだし、まあ頑張ってみなよ」

「なんです、それ? マスターもくーちゃんを9式って呼んでましたけど」

「あっ。もしかしてそれ、くーちゃんの二つ名っすか?」

「そうなるね。ソロなら『灰色の9式』、パーティーなら『碧血のロクヨン』。浜松の山師で腕っこきって言われてるのは、主にその2人さ」

「お、思ってたより大物っすね。くーちゃん」

「碧血のカナヤマさんもな」

「そのくーちゃんと臨時とはいえパーティーを組んで、碧血のカナヤマさんに討伐を手伝ってくれないかって言われてるんすもんねえ。なんとかなるんじゃないっすか、アキラ?」

「そうだといいがなあ」

「灰色娘とパーティーだって? それに碧血と討伐ってのは?」

 

 かなり驚いているらしいスワコさんに、それぞれの成り行きを話して聞かせる。

 

「……とまあ、そういう訳でして」

「呆れた幸運だねえ。いや、運じゃなくて見るからに上等な銃と本場の電脳少年があればこそ、だね。ならどうにかなりそうじゃないか。頑張んな」

「努力だけはしてみますよ」

 

 よく飲み、よく食べ、それじゃあ探索帰りにはうちに戦前の品を持ち込みなと言って、スワコさんは個室を出て行った。

 

 初日の予定は、これにて終了。

 思わぬ縁も結べたし、まあまあの成果じゃないだろうか。

 

「さあて、アキラ」

「んだよ?」

「せっかくの個室だし、夕方からチラホラ見かけてた美人さんを2人くらい呼んで、イチャイチャしながら飲みましょうっす」

「娼婦なあ。ミニスカートの奥を見ながら飲むのはいいが、あの体臭はカンベンだって」

「あー。たしかにオイラも、今となってはちょっとキツイかも……」

「だろ? 明日明後日と山師仕事をしたら、うちの嫁さん連中がカヨちゃんを連れてワゴン車で砂丘の近くまで出てくる。そしたらあの辺りに1泊してお愉しみだから、まあそれまでのガマンだよ」

「うー。今日はそれなりに戦闘もしたから、お酒だけじゃ寝付けない気分なんっすよね」

 

 俺だってそうだとは言わず、ウイスキーのボトルを出して空になっているタイチのジョッキに注ぐ。

 もちろん、俺のジョッキにもだ。

 

「なんなら、くーちゃんの具合を試したらどうだ? アイツらは身ぎれいにしてるから、そうは臭わねえだろ」

「嫌っすよ。でもせっかくだから、アキラと並んで腰を振りたかったっすねえ」

「悪いが、乱交プレイは好みじゃねえんだ」

「オイラもそうっすけど、なんてゆーかあれっすよ。思い出作り?」

「そんなのは思い出じゃなく、黒歴史って言うんだよ。いいから飲め、ほら」

「明日は夜明けと同時に出発ですからねえ」

「予定を立てるなら、地図を出すか」

 

 まず、思っていたよりだいぶ広い浜松の街の外周に赤ペンで枠を書く。

 

「ええっと、赤線地区に向かうならこの道っすね」

「いきなり激戦区はヤバイんじゃねえのか? ヤマト達は銃を撃った事すらなさそうだぞ」

「へーきっすよ。アキラとくーちゃんの戦闘を見せて、それを解説した後は反対方向にでも向かって銃の練習をさせるっすから」

「ずいぶんと適当な教官殿だなあ」

 

 俺達が帰る時、あの3人を小舟の里や磐田の街へ誘えるかもわからないし、そもそも誘ったところで着いて来る保証はない。

 ならばクニオとすら袂を分かつ前提で、3人が浜松の街の山師として暮らしてゆけるように武器を選ぶべきか。

 

 



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初陣

 

 

 

「うー。おふぁよー……」

「やっぱ見事に二日酔いかよ、くーちゃん」

「ちょっとねえ」

「とっとと朝メシ食っちまえ。ヤマト達は食い終わって、もうタイチの授業を受けてんだぞ」

「あーい」

 

 まだ夜も明けていないのに、梁山泊の酒場スペースには30人ほどの山師と思われる連中の姿がある。

 この山師達は夜明けと同時に旧市街の外周へ散るようにして狩りへ出かけ、その獲物の肉や皮を売って生計を立てているのだそうだ。

 

 俺達のように狩りより探索がメインで、収入源が戦前の物資を売った金になる山師は珍しく、そういう山師は一流と呼ばれるらしい。

 

 普通の山師は、フェラル・グールのような倒しても実入りの少ないクリーチャーのいない道を選んで進む。

 戦前の都市部ではそうしても悪党の根城に行く手を阻まれるらしいが、郊外に向かうのならばなんとか金になる獲物を探しながら狩りができるとの事だ。

 

 この浜松の街の直近はことごとく、小さな民家までもが漁られ尽くしている。

 探せば昨日のヤマト達が見つけたようなビルや民家もあるのだろうが、そんな手間をかけるのなら俺達は浜松の街から少し離れて、まるでクリーチャーが守っているような地区を漁る方が効率がいいだろう。

 

「アキラ」

「おう」

「まずショートハンティングライフルとノーマルサブマシンガン、それとなるべく軽いショットガンをくださいっす」

「あいよ」

 

 まずパイプ系で銃に慣れさせるんじゃないかと思っていたが、タイチは最初から3人にそれなりの武器を使わせる事にしたらしい。

 

 他のテーブル席からの視線を感じながら、見せつけるように3丁の銃を出す。

 

 これくらいなら、レベルカンストを疑われはしないだろう。

 まあ電脳少年のアイテムインベントリの仕様を知っている山師などそうはいないだろうが、もしそれが1人でもいて、俺達の実力がかなりのものだと吹聴してくれたらラッキーだ。

 

 ピップボーイは隠さず、車両の運用とVATSとクラフトは封印。

 

 それが出発前に男連中で話し合って決めた浜松の街でのスタンスだが、若干の方向修正は俺とタイチの裁量でさせてもらうと言ってある。

 

 ヤマト達を利用するようで悪いが、ここは実利があるからガマンしてもらって、俺達が商人ギルドに一目置かれるために目立ってもらおう。

 通常時はタイチが、休みの日はクニオが3人と行動を共にして護衛をするので、銃が目当ての山師達に絡まれたってどうにかなるはずだ。

 

「ごちそうさまでしたー。ふぁあぁ、まだ眠いようー」

「昨日まで気ままなソロ暮らしだったんだもんなあ。あんまりにもキツイなら、昼くれえから合流する形でもいいんだぞ?」

「へーき。そろそろソロに限界を感じてたし、ヤマトっち達の面倒は姉貴分のくーちゃんが見なくっちゃ」

「姉貴分、ねえ。まさかとは思うが昨夜、3人に手を出したりは……」

「しないって。くーちゃんは痴女じゃないんだからっ」

「そもそも女じゃねえからな」

「うっさい。いいから行くよっ!」

「へいへい」

 

 梁山泊を出て、まずは高級アパートである戦前のビジネスホテルを目指す。

 その手前にある出入り口を抜け、今日は六間通りという広い道を東にある川に向かって歩く予定だ。

 

 市役所前の大きな通りの方が赤線地区へ向かう近道なのだが、やはりと言うべきかフェラル・グールが多すぎるので、まず川沿いでヤマト達の訓練となる。

 

「なんだ、9式。もしかしてパーティーを組んだのかよ?」

「まーね」

「へえっ。まさかロクヨンを袖にして新顔と組むとはなあ」

「お堅いパーティーは嫌いなのっ。まっ、アッチの方は硬くなきゃ困るけどねー」

 

 夜も明け切っていないのにド下ネタ。

 しかも、ライフルを担いだ見張り達はそれで爆笑してるし。

 

 大丈夫か浜松の街。

 

「兄さん、俺達のアイドルと弟分を頼んだぜ」

「弟分?」

「俺も孤児だからなあ。体を売りたくねえ成人前の女の子達はスワコさんの店の2階の作業場で働かせてもらってるが、男の子達はキツイ農業や力仕事をするか山師になるしかねえ。たまにメシでも奢ってやるくらいしかできねえが、これでもこの3人をそれなりに気にかけてんだよ」

「なるほどね。……誓って見捨てたり、囮にして俺達だけ逃げたりはしねえ。それでいいかい?」

 

 ライフルを担いだ男の視線が、俺を射抜く。

 どうやらバカ話と雑談を装いながら、見るからに流れ者の俺とタイチの品定めをしていたらしい。

 

「もちろんだ。電脳少年持ちの山師なんて、ここいらじゃもう見かけねえからな。期待してるよ」

「ああ」

 

 やはり、どこにでも優しさを持ち得ている連中はいるものだ。

 どれだけ気にかけられていてもその優しさじゃ腹は満たされないが、いつか水やメシを好きなだけ腹に詰め込めるようになった時、こんな優しさがこの3人の、心ってやつを満たしてくれるのかもしれない。

 

 そうだといいなと思いながら歩いていると夜が明け始め、右折すれば六間通りとなる交差点に到着。同時に、その四車線道路のだいぶ先までが見通せるくらいの明るさになっていた。

 

「どう? 適度に店やビルが少ないでしょ?」

「ホントだなあ」

 

 昨夜あの個室でタイチと地図を眺めながら飲んでいるとクニオがやって来て、そういう事ならばこの道から川沿いに出てそれを下るのがいいとアドバイスを受けてこのルートを選んだ。

 その判断は間違いではなかったらしい。

 

「アキラ、ストップっす」

「おう」

「順番にハンティングライフルのスコープで先を見るっす。ただ、間違ってもトリガーに指をかけちゃダメっすよ?」

 

 はいという元気のよい返事が3つ重なる。

 

 まずはタイチの授業のようなのでタバコを咥え、クニオとライターの火を分け合った。

 

「屍鬼が3匹ですね、タイチ先生」

「そうっす。でもフェラル・グール、屍鬼は車の残骸の下なんかに隠れてる事がよくあるっすからね。その点には注意しとくっすよ」

「はいっ」

「アキラ、あれだけはもらってもいいっすか?」

「いいぞ。好きにしろ」

「ありがたいっす。まずは、このショートハンティングライフルでも狙撃が充分に可能だって事を教えておきたいっすから」

「さすがだぜ、教官殿」

 

 タイチが1歩だけ前に出たので、横に退いて周囲をVATSで索敵する。

 

「こんな離れた距離から……」

「銃は、そのためにこそあるんっすよ」

 

 フェラル・グールまでの距離は、200メートルを切っているだろう。

 それでも銃に馴染みのないヤマト達からすれば、驚きの射程距離であるのか。

 

 銃声が夜の明け切っていない空に昇ってゆく。

 

 2発、3発。

 

 1匹くらいは残して誰かに止めを刺させるのかと思ったが、そうはしないようだ。

 まだHPバーが見える距離ではないが、3匹のフェラル・グールは残らず即死しただろう。

 

「やるねえ、タイチっち」

「俺の弟ならこんくれえはな」

「はいはい。次は剝ぎ取りを教えるっすから、アキラは手を出しちゃダメっすよ」

「へーい」

 

 映画やアニメでよく見るタイプのべちゃべちゃな腐肉ゾンビでこそないが、フェラル・グールだってクリーチャーで、しかもその体にはハンティングライフルで大きな傷口ができている。

 普通の人間ならば、その死体のポケットなんて漁りたいとはまず思わないだろう。

 それでもヤマト達は泣き言なんて漏らさず、全員が1匹ずつの剝ぎ取りを終えて見せた。

 

「OKっす。次は中距離戦闘を見せてあげてくださいっす」

「くーちゃんの出番だねっ♪」

「俺はよ?」

「アキラはその次に2丁拳銃を」

「はいよ」

 

 どうせならリッパーかスタン効果を付けたセキュリティ・バトンとデリバラーの二刀流でも見せてやりたいが、俺は平和な世界の剣道すら授業で基本を教わった程度なのだから、恥を掻くのが嫌ならばデリバラー2丁でいいだろう。

 

「いたいた。タイチっち、中距離ってどんくらい?」

「できれば75から50メートルくらいでお願いっす」

「心得たー♪」

 

 ズカズカと六間通りを歩くクニオは、2匹のフェラル・グールまで50メートルという距離でようやく足を止めた。

 UZIに似ているが、それよりもガンダムで陸戦型のジムなんかが持っていそうな、特徴的なサブマシンガン。

 

「どっちか片方は連射で倒して欲しいっす」

「あいあい~♪」

 

 タタタッ、タンッ

 

 そんなリズムで銃声が鳴る。

 

 指切りの3連射で倒し切れないのを見て、すかさず単発射撃。

 セレクターを切り替えた様子はなかった。

 

 そしてまた銃声。

 攻撃を受けてこちらに駆け寄ろうとしたフェラル・グールの片脚が銃撃で千切れ、アスファルトに崩れ落ちた頭部に止めの連射が突き刺さる。

 

 いい腕じゃないか。

 

「やるねえ」

「こんくらいはねー」

「リロードしていいぞ」

「ありがと」

 

 クニオがリロードを終え、銃から抜いた方のマガジンにウェストバッグから出した銃弾を詰めても、タイチの授業はまだ続いていた。

 この様子なら次の俺の番は、デリバラーでなく軽めのコンバットショットガンを見せた方がいいのかもしれない。

 

「お待たせっす」

 

 サブマシンガンの有用性とそのデメリットを語り終えたタイチがそう言って歩き出す。

 

 俺とクニオが並び、ヤマト達3人を挟むようにタイチが最後尾。

 人数が少ないのもあって全員で会話できるほどの距離なので、ヤマト達の質問とそれに答えるタイチの授業はいいヒマ潰しだ。

 

 クニオが倒したフェラル・グールがいたのは戦前の大病院の通用口だったらしく、その前を通り抜けると『遠州病院』というロケーションを発見したとピップボーイの視覚補助システムに文字が浮かぶ。

 

 かなり大きなビルなので是非とも中を漁りたいが、素人同然のヤマト達を連れてそんな場所に踏み込むような真似はできない。

 素直に諦めて六間通りを直進する。

 

 次にクリーチャーの姿が見えたのは、目指す川の手前にある大学跡地のさらに手前。大きな食堂のような店の駐車場だった。

 

 てくてくと歩き、立ち止まって周囲をキョロキョロと見回す、幼稚園児くらいの体躯をした両生類と爬虫類、どちらなのかわからないクリーチャー。

 

「おいおい、マジかよ……」

「やっぱこの辺りまで来ると、ゲコトカゲがかなりいるんだねえ。芸大の隣は公園と小学校で、土と緑が多い。しかもその先には馬込川だから、繁殖地になってるのかも」

 

 ゲコトカゲ。

 

 初めて聞く名前だが、遠目から見ても俺にはわかる。

 あれはフォールアウトNVに登場したクリーチャー、『ゲッコー』だ。

 

 つい先日磐田のトンネルでさんざん倒したアントと同じなら、火を吐く上位個体もいるのだろう。

 

「まさか日本にもいるとはなあ」

「川とか沼の近くには多いよ。海に近い街の名物がマイアラークなら、川が近い街じゃゲコトカゲって感じ。梁山泊でもトカゲステーキは人気メニューだし、肉は持てるだけ持って帰ろーね♪」

 

 なるほど。

 小舟の里がある浜名湖は海に繋がる汽水湖なのでマイアラークが多いが、普通の湖ならばゲッコーが多いのか。

 もしかすると内陸部の湖なんかには、群れで暮らして遠距離攻撃までして来る厄介なクリーチャー、レイクルークなんかもいるのかもしれない。

 

 ゲッコーの数は3。

 見えているだけでだ。

 

「すばしっこいんだよなあ、あれ」

「オイラとくーちゃんも加勢するっすか?」

「冗談だろ。それより、ショットガンじゃなくハンドガンで倒していいのかよ?」

「はいっす。ショットガンは、スワコさんが使うのを何度か見てるそうなんで」

「あいよ。そんじゃ俺の腕もしっかり見とけ、駆け出し。兄より優れた弟など存在しねえんだ」

 

 前に出る。

 その足は止めなかった。

 

 俺はAGIツリーのPerk、GUNSLINGERでハンドガンの射程が伸びているが、ヤマト達はそうではない。

 どうせハンドガンの戦闘を教材にするなら、なるべく接近してから撃つべきだろう。

 

 



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授業

 

 

 

「わあっ。足を止めずに拳銃を抜いて、それを構えながらズカズカ歩いてるよ。いい度胸してるねえ、アキラっち」

「だからこっちは心配ばっかりさせられるんっすよ」

「だろうねー」

「言っとくけど、さっきのくーちゃんも同じっすからね?」

 

 2丁拳銃は通常射撃とVATSを併用する時や、敵が多くて弾をばら撒くような戦闘をする時と相性がいい。

 すばしっこくってHPがそう多くないゲッコー、それも少数が相手なら、両手で1丁を保持して正確な狙いを心掛けるべきだろう。

 

 VATSは使わない。

 

 なので怖いのはゲッコーが俺ではなく背後の5人に襲いかかる事。

 少しでも距離を詰めるため、1丁のデリバラーを両手で構えたままゆっくりと歩く。

 

 まるで放し飼いにされているニワトリのような、どこかコミカルな動きで駐車場をうろついていたゲッコーが俺に気づいた瞬間、デリバラーのトリガーを引いた。

 

 パシュッ

 

 そんな軽い銃声が鳴り、1匹目のゲッコーの頭部に小さな穴が空く。

 

 足は止めない。

 構えたデリバラーも下ろさない。

 

 腰を回すようにしてほんの少し銃口を左に振り、またトリガーを引いた。

 

 肩。

 

 ゲームと仕様が違うからか、思ったよりゲッコーのHPバーが減らない。だが2射目が頭部に命中すると、半分以上はあったHPは見事に消し飛ぶ。

 

「ラストか。ならコイツを見せておこう」

 

 弾薬が9mm弾なので俺は使わないと思われる銃、『ホクブ機関拳銃』をショートカットで装備。

 セレクターを『ア』から『レ』に変えてトリガーを引く。

 

 熟練の悪党から剥ぎ取ったこの銃は国産だからか、セーフティ状態が『ア』、セミオート射撃が『タ』、フルオートが『レ』とセレクターに刻んである。

 

 ア→タ→レと回して射撃。

 当たれ、のダジャレなんだろうか。

 もしそうだとしたら、やっぱりフォールアウト世界はイカレている。

 

 そのフルオート射撃を指切り2回、計6発の9mm弾を浴びて、ようやく最後のゲッコーはアスファルトの上にもんどりうって倒れた。

 このホクブ機関拳銃は日本語で表示されている『威力』という数値通り、たいしたダメージは出ないらしい。

 

「お疲れっす。アキラ、その拳銃は?」

 

 進んだ分だけ戻った俺に、タイチがそう問いかける。

 

「熟練の悪党ってちょっと強めのクソヤロウから剥ぎ取った国産銃。フルオートで撃てるんだが、弾が9mmでよ。誰かが使うんなら渡そうと思って、朝のうちにショートカットに入れといたんだ」

「ああ、例の名を上げた一件の。くーちゃん、使うっすか?」

「ううん。拳銃にしちゃ大きいし、サブマシンガンにしちゃ小さいもん。9mmなら弾薬の心配はないけど、どっちにしても中途半端だから使わないかなあ」

「俺は逆に9mm弾の手持ちがあんまねえからな。んじゃ、お蔵入りか」

 

 フォールアウトNVには9mm弾を使う銃があったが、フォールアウト4にはそれがない。

 そして戦前の国産銃や弾は特殊部隊の武器庫と、いざという時のためにジンさんが管理している小舟の里の武器庫にあるだけ置いてきたので、ピップボーイに9mm弾は数十発しか入っていないのだ。

 

「アキラ、それならそれはこっちに回してもらえないっすか?」

「別に構わねえけど、どうせなら10mmピストルのがいいんじゃねえか?」

「ヤマトは完全に指揮官向きで、まだ成長期なんであまりSTRがないんっす。だから少しでも軽い銃を持たせて、最初っから指揮をする前提で鍛えた方がいいかなあって」

「期待の新人、それも士官候補って事か。いいぞ。ヤマト、ほれ」

 

 ただでさえ装弾数の少ないマガジンが3つしかないのが気になるが、もしかしたらスワコさんの店に在庫があるのかもしれない。

 もしあればいくつか買って渡そうと考えながらマガジンを交換し、グリップをヤマトに向けて差し出した。

 

「すいません。お借りします」

「プレゼントでいいさ。マガジンと弾も渡してえが、入れる場所がリュックサックじゃ不便だなあ」

「浜松の街に戻ったら、くーちゃんがベルトに通してるようなバッグをスワコさんの店で買うしかないっすね。今はその入ってる1マガジンだけでいいっすよ」

「あいよ」

「んじゃ次は、くーちゃんが先生になる番ねっ♪」

「いきなり青姦はレベル高すぎじゃね?」

「ちっがーう! そっちの授業じゃなくって、ゲコトカゲの解体!」

「ああ、なるほど」

「オイラはこの妖異に慣れてないんで助かるっす」

「まっかせてー」

 

 クニオが腰のナイフを抜く。

 どうやらそれは近接攻撃用というよりは獲物を解体して持ち帰るために携帯しているらしく、見事な手並みでゲッコーの頸動脈と足首の動脈を切り、死体を片手で持ち上げて血抜きが始まった。

 

「グロイなあ……」

「これが生きるって事っすよ」

「ホントなら内臓をすべて抜いてそのまま持ち帰るのがいいんだけど、こういうパーティーで動いてる場合は、高値が付くもも肉とお腹まわりの肉だけ切り取って肉屋さんに持ち込むの」

「はいっ」

「ももはこうして、股間と膝下を切り落としただけでOK。んでお腹の脂身の多い肉は、こんな感じで切り分ける」

 

 見た目は美少女の男の娘が笑顔でナイフを振るって、巨大なカエルかトカゲにしか見えないクリーチャーを解体してゆく。

 もちろんゲームとは違うので粘ついた血が水溜りのようになっているし、朝の陽の光をテラテラと照り返す内臓は嫌な臭いまで放っている。

 

 とても直視できたもんじゃない。

 

「それじゃ残りの2匹は3人でやってみて。ナイフはこれ使っていいから」

「ありがとうございます」

「今日の買い物は3人分のウェストポーチにナイフ、あとヤマトにホルスターと、ノゾとミライにはハンティングライフルとサブマシンガンを肩にかける負い紐も。くーちゃん、他に必要な山師の装備ってあるか?」

「まず水筒でしょ。あとは着替えと手拭いと、医薬品とそれを入れるポーチも欲しいねえ」

「手作業で解体だから、手も袖口も血だらけんなってるもんなあ。ほれ、水と手拭き用の『布巾』だ。ゲッコーの肉は、この『ボストンヒューグル』に包んでからリュックに入れるといい。なんなら、俺の電脳少年に入れるか?」

「苦労しながらする解体も、それを街のお肉屋さんに持ち込むのも山師には必要な経験だから。そこまではしないであげて」

「了解だ」

 

 そこまで考えてやるとは、いい教師じゃないか。

 もしかしたらクニオは、そういう事に向いているのかもしれない。

 

 解体を終えて、まずは食堂の偵察に向かう。

 俺にクニオが続く隊形で、タイチ達は駐車場でとりあえず待機だ。

 

「マーカーはねえが。……やっぱいた。フェラル・グール、屍鬼が見えてるだけで3」

「あいあい。くーちゃんは左ね」

「りょーかい」

 

 なら俺は右を撃ち倒して、残る中央は早い者勝ちという事だろう。

 

 小声で3カウント。

 0と呟くように言った俺の声に、2つの銃声が重なる。

 

「あっちゃー。やっぱ威力が違うねえ」

 

 右のフェラル・グールを倒した俺が真ん中まで始末するのと、クニオが左を倒し終えたのはほぼ同時。

 

「電脳少年持ちにゃPerkってのがあるからな」

「やっぱアキラっちの技能は戦闘系?」

 

 こちらの日本じゃPerkを『技能』と呼ぶのか。

 

「まあな。キッチンの安全を確認するから、俺が合図したら4人を呼んでまずはホールを漁らせてくれ」

「おっけー。塩の小ビン1つでも梁山泊に持ち込めば、それだけでなかなかの稼ぎになるしね。ラッキーラッキー」

「キッチンにゃ密封された醤油なんかもあるさ」

 

 かなり広いキッチンを覗き込む。

 そこの床に寝転がる、調理師の服にコック帽までかぶったフェラル・グールを撃ち倒し、入り口でこちらを見ているクニオに頷きを見せた。

 するとヤマトを先頭に4人が入ってきて、クニオの説明で物資の回収が始まる。

 

「くーちゃんさん、凄いです。塩がこんなにっ!」

「うんうん。残さず回収しちゃえ。んでこういう戦前の遺跡なんだけど、お宝が眠っているからこそ危険だってのは理解してるよね?」

「はい。ぼく達だけじゃ絶対に踏み込みません」

「今の一連の戦闘、ヤマトっちならどう指揮する?」

 

 こんな時も授業を忘れないか。

 

 いい教師が2人もいるのなら、俺はその護衛に徹しよう。

 よく嫁さん連中にも言われるのだが、俺は人に説明をするという行為が酷く苦手だ。こんな時は出しゃばらない方がいい。

 

「……ミライのハンティングライフルで、ゲコトカゲを狙撃。走って反撃に来た3匹を3人並んで迎撃。無事に倒したら、内臓だけを抜いた獲物を1匹ずつ背負って浜松の街にUターン、ですね。でも、それでここまでに使った弾薬代が出るんでしょうか?」

「もちろん。弾を補充して、梁山泊の2等室を取ってゴハンとお酒を注文してもおつりが来るよ。お肉はごちそうだから」

 

 ヤマトがいい笑顔で頷く。

 

「ヤマト、テーブル席の回収終了」

「塩の小ビンが12もあったよ。これをゲコトカゲにたっぷりと振りかけて焼いたら、どんな味がするんだろ。ううっ、考えただけでヨダレ出そう……」

「やったね。くーちゃんさん、次はどうすれば」

「アキラっち?」

「おう。ホールが終わったんなら、キッチンとレジを漁らせてやってくれ。リュックに入り切らねえ分は俺の電脳少年で預かって、あとで山分けだ」

 

 3人のリュックが限界までふくらむほどキッチンの物資を回収し、そこからは俺が本当に必要な物だけをピップボーイに入れて回った。

 

 まだ浜松の街を出て1時間も経っていない。

 それなのにリュックいっぱいの物資を手に入れたのだから、もしかするといったん浜松の街へ戻って、売却を済ませてから探索を再開するのだろうか。

 

「タイチっち。ここの駐車場でいいかにゃ?」

「そうっすね」

「はいなー」

「どういう事だよ、くーちゃん?」

「リュックはパンパン。でも今すぐ浜松の街に戻ったってスワコさんの店は開いてないし、梁山泊のカウンターにいるはずのマスターは2階の自室でおねんね中。だから最低でもスワコさんの店が開く9時までは、ゲコトカゲなり屍鬼なりを狩りながらヤマトっち達の戦闘訓練になるの」

「なるほどねえ」

「アキラ、最初だけでも釣り役を頼んでいいっすか?」

「任せろ」

 

 タイチとくーちゃんは3人を連れて、まず駐車場の車の残骸を見て回った。

 この残骸はまだ爆発していないから危険だ、こっちは爆発した後だからボンネットがなくなってる、だからあっちが爆発してもこの残骸より離れてれば安全、なんて声が聞こえる。

 

「それじゃリュックをここに置いて、迎撃準備っす」

「タイチ先生。駐車場の入り口に陣取るのは、やっぱり撤退を考えての事ですか?」

「そうっす。だから最低1人は背後、六間通りの向こうの路地や民家の玄関から屍鬼が飛び出してこないかも警戒するんすよ」

「わかりました」

「んじゃ俺は次の道路を渡った先にある戦前の大学から、フェラルかゲッコーをカイティングすればいいんだな?」

「お願いするっす」

「よろしくー、アキラっち」

 

 



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チート

 

 

 

 おうと返して六間通りに戻り、少し先に見えている交差点へ足を向ける。

 

 交差点の真ん中で錆びて傾く信号機の下には掠れた、『文化芸大前』という文字が見える標識。

 昨日飲みながら地図で見たのだが、その大学の裏手には小学校もあったので、獲物には困らないはず。

 ここまでの道にフェラル・グールとゲッコーまでいたし、食堂の店内も手を付けられていなかったのだから、その大学はまだ山師連中に荒らされてはいないのだろう。

 

「漁り甲斐があるだろうなあ」

 

 文化芸術大学だから専門的な設備には期待できないが、一般的な機械類や、いくらでもあると思われる書籍なんかはセイちゃんやカナタにとっては宝の山だ。

 いつか漁ってやろうと心に決め、交差点から右を覗き込む。

 

「ビンゴ」

 

 六間通りにフェラル・グールが見えなかったので予想した通り、右折したすぐ先に大学の入り口があった。

 その前には、6匹ほどのフェラル・グール。

 

 振り返って右を指差し、指で6と伝える仕草をタイチ達に見せる。

 

 OK。

 それと頷き。

 

 その仕草を見て、右手にぶら下げたままのデリバラーを持ち上げた。

 VATSは使わず、先頭にいるフェラル・グールの右腕を狙う。

 

 銃声。

 

 銃を使う事にも慣れたのか、1発でその腕が千切れ飛ぶ。

 

「よっし。着いて来な、教材」

 

 後ろを振り返りながら、小走りで来た道を戻る。

 

「射撃準備」

 

 はいっ! という声が3つ重なったので、走る足を速めた。

 

 アスファルトに置いたリュックの前に出て並んだヤマト達。

 そしてそれを守るように立つタイチとクニオ。

 その後方に駆け込み、後方と左右をVATSで索敵する。

 

「後方と左右はクリア。正面に集中してていいぞ」

「ありがとうっす。まずは、ハンティングライフルのミライ」

「はいっ!」

「……撃てっ」

「うおおおっ!」

 

 銃声。

 

 どうやら初撃は命中しなかったらしく、ミライの舌打ちが聞こえた。

 それにボルトを操作する音と、排莢された薬莢がアスファルトを叩く小さな音が続く。

 

「狙撃手には、気合いの声も焦りもいらないっす。必要なのは、それと真逆の冷静さだけっすよ」

「っ、すいません」

「わかればいいっす。次、ノゾ。撃てっ」

「了解ッ!」

 

 まだ指切り射撃、タップ撃ちを教えられていないのか、ノゾのサブマシンガンの銃声が途切れる事なく上がった。

 当然、そんな撃ち方をすればマガジンはすぐに空になってしまう。

 

「た、弾がッ!」

「サブマシンガンはそういう武器っす。慌てずリロード。ミライ、ヤマト、撃てっ」

「はいっ!」

「ミライ、ぼくは右からっ!」

 

 初射撃、初戦闘でテンパったがゆえの掃射だったようだが、それでもノゾのサブマシンガンは3匹のフェラル・グールを倒すのに成功していた。

 

 残りは3匹。

 

 2発。

 重いのと軽いの、2つの銃声。

 

 一番左のフェラル・グールがよろけるのと、一番右のフェラル・グールがアスファルトに膝を付いたのはほぼ同時だった。

 

「ミライは左にトドメを!」

「わかった!」

 

 ミライのハンティングライフルはフェラル・グールの胴体に命中し、そのHPの半分以上を削っている。

 次も当たりさえすれば、問題なく左は倒し切れるだろう。

 

「初撃ちの単発射撃で、フェラルの足を撃ち抜くかよ。とんでもねえな、ヤマトのセンスは」

 

 タイチはこちらも見ずに頷いただけだが、クニオは振り返るようにしていい笑顔を俺に向ける。

 

 弟分をちょっと褒められただけで満面の笑みとは。

 この様子じゃ俺達と別れても、クニオはヤマト達とパーティーを組んだまま行動してくれそうだ。

 

 ハンティングライフルの銃声。

 一番左のフェラル・グールが吹っ飛ぶ。

 

 ホクブ機関拳銃の銃声は、俺とクニオがそうしたように、タタタッと鳴った。

 真ん中のフェラル・グールの胸からわずかばかりの血がしぶき、それを追うように干からびた身体がアスファルトに崩れ落ちてゆく。

 

 やはり、いい腕だ。

 

 とても初めて銃を撃つとは思えない。

 それにタイチが説明したのだとは思うが、こうも冷静にセレクターのタとレ、フルオートとセミオートを

使い分けて見せるとは。

 

 2匹のフェラル・グールが倒れたが、それでも一番右の、最後の1匹はアスファルトを這いながらこちらを目指す。

 

「ミライ、ぼくにやらせて」

「お、おう。珍しいな。ヤマトがそういう事を進んでやるのって」

「ぼくは、強くなりたいから」

「……そっか。ガンバレ」

「うん」

 

 ヤマトがホクブ機関拳銃を持ち上げ、両手を伸ばしてフェラル・グールに銃口を向ける。

 

「さよなら。ぼく達のご先祖様だったかもしれない誰か。成仏、してください」

 

 タンッ、タンッ、タンッ

 

 そんな単発射撃の銃声が朝空に響くと、長く息を吐く音が3つ聞こえた。

 

「ミライ」

「は、はい」

「初弾こそ外したっすけど、その後はよく当てたっすね」

「あっ、ありがとうございます!」

「ノゾ」

「はいっ」

「焦り過ぎは褒められたもんじゃないっすけど、よくもあそこまで跳ね上がる銃口を押さえ込んで3匹も倒したっすね。さすがは力自慢っす」

「ありがとうございます!」

「そしてヤマト」

「はい」

 

 タイチがヤマトに向き直る。

 

「戦う。戦って戦って、いつかは死んでゆくだけの人生。本当にそんなのを自分の生き方とするつもりがあるなら、オイラ達に着いて来るといいっす」

「おい、タイチ」

 

 こんなガキに、そんな選択をさせるんじゃねえ。

 

 そう俺が言う前に、ヤマトは力強く頷いた。

 それを見たタイチがニヤリと笑う。

 

「ま、誰かさんは簡単に死なせてくれないっすけどね。それどころか、眩しすぎる夢をこっちが恥ずかしくなるような真顔で語って、もしそうなるんなら死にたくないなあって思わせてくれたりもするっす」

「……夢、ですか」

「そうっすよ。夢。誰もが笑ってムリに決まってると言い切るような、そんな途方もない夢っす」

 

 語ってねえし。

 

「いつか。いつかミライが料理人になる修行を、ノゾが商人になる修行をする事になったら。そしたら、ぼくは」

「ヤマト……」

「お、俺は別に商人になんてなれなくってもいいぞ! 山師でもいいじゃんか、ヤマトとミライと3人でさ。ずうっと、今までみたいにっ!」

「まあ、そんな話は夜に梁山泊の部屋ででもしてくださいっす。まずはマガジンを交換。それから小休止して、また狩りっすよ」

 

 3人の返事を聞きながら、人数分の弾とマガジンときれいな水のボトルを出して路上に並べてゆく。

 タイチとクニオには、水のボトルに封を切っていないタバコの箱も付けて渡した。

 

 3人がマガジンの交換や、コッキング、セーフティのかけ方なんかをちゃんとできているか確認しているタイチを見ながら、クニオとライターの火を分け合う。

 

「……夢、ねえ」

「あんま気にすんなって。愚弟の戯言だ」

「冗談を言ってるようには見えなかったけど?」

「知るか」

「今はまだいいけどさ、いつかくーちゃんにも話してよね」

 

 返事はしない。

 いや、できるはずがないのだ。

 俺が思い描く、いつの間にかこの胸に抱いてしまった分不相応な夢なんて、まだ誰にも話していないのだから。

 

 俺とクニオが引っ張り役をして、迎撃を終えたら小休止。

 それをしばらく続けていると時刻は午前8時30分を過ぎ、とりあえず浜松の街に戻ろうという事になった。

 

 行きにフェラル・グールを片付けてある道なので、気楽な道行き。

 

「そう思ってた時期が俺にもありましたー」

「アキラ、右からも来てるっすよ!」

「あーもーうざーい。がっつく男ってマジキモーい」

「男じゃなくってフェラルだがなあっ」

「タイチ先生!」

「3人は固まって待機。銃の使用は不許可。誤射が怖いっすからね」

 

 どんな行動原理なのか、遠州病院というロケーションのある交差点に入ると、行きに倒した数の3倍以上のフェラル・グールがいきなり襲いかかってきた。

 

 こんな程度のラッシュで死んでやるつもりなど欠片もないが、数が数だけに、VATSなしで倒すとなるとかなりめんどくさい。

 

「ふうっ。ようやく終わったねえ」

「どうなってんだよ、浜松の旧市街……」

「これが賢者さんの言ってた、クリーチャーの縄張り意識なんっすかねえ」

「俺も101のアイツのノートは読んだが、ここまでだとは想像もしてなかったぞ。なんでこんな短時間で、フェラル・グールが獲物の多い交差点が空いた事に気づくんだよ?」

「オイラに言われたって知らないっすよ。でも、だからこそ旧市街の探索は手つかずのままなんっすね。納得したっす」

「ひっでえ仕様だな。クソゲーじゃねえか」

 

 そんなこんなで行きよりだいぶ苦労して戦前のビジネスホテルと、だだっ広い駐車場の跡地に粗末な民家や、ちょっとした商店が立ち並ぶ居住地区の間にある浜松の街の入り口に辿り着く。

 そしてバリケードの外周である戦前の歩道を通って、小学校を右手に見ながら市役所の駐車場跡地にある商店街へ。

 

「あれれっ。みなさん早いねー。うちはちょうど今から開店だよっ」

「おはよー、コウメっち。スワコさんもう下りて来てるー?」

「うんっ。どうぞー」

 

 あいかわらず腰に拳銃を装備しているコウメちゃんが開けてくれたドアを抜けると、カウンターで帳簿か何かを眺めていたスワコさんが咥えタバコでうんざりしたような顔を上げた。

 それだけでなく、その隣には見知った、見慣れ過ぎた顔も見える。

 

「なんだ、ミサキもいたのかよ」

「う、うん」

「そっか。…………って、はぁっ!?」

「な、なんでミサキちゃんがいるんっすかあっ!?」

 

 長い黒髪。

 テレビでパンツを見せながら踊るアイドル顔負けの整った美貌。

 ミニスカートのセーラー服の上から装備された、各種レジェンダリー防具。

 

 ポストアポカリプス世界を描いたマンガのヒロインにしか見えない美少女が、申し訳なさそうに俺を見て整った眉をハの字にしている。

 

 間違いない。

 これはミサキだ。

 

「ええっとね」

「コウメ、とりあえず開店は後回しにするよ。入り口はどっちも施錠しちまいな」

「はーいっ」

「話は2階でしようじゃないか。ちょうど住み込みの女の子達が作業場で仕事を始めたから、食堂が空いてる」

「い、いや。それどころじゃなくってですね!? どうやってミサキがここに来たとか、他の連中はどうしたとか、今すぐに確認しねえとっ!」

「だから、そういう話は上でしろって言ってるんだよ。ほら、こっちだ」

「ううっ。なんかゴメンねえ、アキラ」

 

 ゴメンと言われても。

 

 とりあえずここはスワコさんの店で、そこに俺達が迷惑をかけたせいで開店時間まで遅らせようとしているらしい。

 それなのにここでギャーギャーわめいていたらさらに迷惑をかけるだけなので、おとなしくスワコさんに続いて全員で木製の階段を上がった。

 

 通されたのはそれほど広くはないが、20人ほどが並んで座って食事をするための食堂であるらしい。

 

「とりあえず座って、それからまずミサキが事情を説明しな」

「はぁい。ごめんね、スワコさん。初対面でいきなりこんな迷惑かけちゃって」

「いいって事さ。ミサキがカナタの妹なら、アタシの妹でもあるんだからね」

「ありがと」

 

 全員が席に着くと、ミサキはまず自己紹介を始めた。

 

「4人もお嫁さんがいるとか。アキラっち種馬ー」

「そ、それより小舟の里の基地に特殊部隊って。アキラさんとタイチ先生は、まさかそこの……」

「オイラが隊長。アキラは基地を作った変態で特殊部隊の創設者で、最上級の武器で武装した18人の特殊部隊より強力な、小舟の里の最大戦力っすよ。いつかは打ち明けるつもりだったっすけど、まさかパーティーを組んだ初日に、それもこんな形で話す事になるとは思わなかったっす」

「タイチ君、ごめんって」

「いやいや。怒ってないっすから」

「いいからなんでミサキがここにいるか、どうやってここに来たかをまず話せ。話はそっからだろうがよ」

「わ、わかってるって。そんな怒んないでよぅ」

「んで?」

「えっとね、ファストトラベル? ってので来ちゃった。あはは」

 

 



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運び屋のチート

 

 

 

 あははじゃねえ。

 それに、なにバカな事を。

 

 ここはフォールアウトのゲームの中じゃなく、現実世界。

 ファストトラベルが使用不可能なんてのは、小舟の里に泊まった翌日に確認済みだ。

 

「ホントだって。それに、今のあたしのピップボーイの地図はたぶんアキラのとは違うから」

「そういや、ミサキの地図はマトモに見てなかったな」

「でしょ。ほら、これ見て。前はなかったけど今はアキラと、あたし達お嫁さん達の居場所まで表示されちゃうんだから。それに自分が行ったところだけじゃなく、アキラが歩いた場所まで地図に表示されてるし」

「はぁ?」

 

 ミサキのピップボーイを覗き込む。

 

 するとそこには、たしかに俺の名前とミサキの名前が表示されている2つの人型マークがあった。

 それにそのマークがある四角い枠の上には、『スワコの店』とまで表示されている。

 

 俺のピップボーイでも地図を開いて確認してみるが、もちろんこちらにはそんなマークどころか、スワコの店という文字もない。

 

「ね、凄いでしょ?」

「どうなってんだこりゃ……」

「カナタさんが言うには、アキラのピップボーイになんでも入っちゃうみたいに、あたしのはこんなのが見れるんじゃないかって」

「……俺のチートがピップボーイの容量無限、ミサキはSTR値無視の怪力だと思ってたんだが。それだけじゃなかったって事かよ」

「たぶんね。だからアキラがもし使えたらメチャクチャ便利なのにって言ってた、ファストトラベル? それもあたしなら使えたりしてって話しててさ。だったらいいなーって、アキラのマークが向かってるらしいスワコさんの店をクリックしてファストトラベルって文字をクリックしたら、ホントにできちゃったの。あはは」

 

 笑い事じゃねえだろと言いたいが、それじゃただの八つ当たりだろう。

 スワコさんが灰皿を出してくれたので、まずは落ち着こうとタバコを咥えて火を点ける。

 

 しかし、こんな事があっていいのか。

 

 いろいろな意味で予想外、そしてなにより予定が狂った。

 

「くーちゃん。ヤマト、ノゾ、ミライ」

 

 4人の返事を聞きながらタバコを揉み消す。

 そして、深々と頭を下げた。

 

「ええっ!?」

「ちょっとちょっとアキラっち。いきなり何してんのさ?」

「すまん。ほんっとーにすまん。思いっきし巻き込んだ。いつか話して誘うつもりだったが、タイチも言ったように、まさかこんなに早く、こんな形で打ち明ける事になるとはな。そして、スワコさんもすんませんでした」

「まあ、この4人ならいいと思うよ。だろう、タイチ?」

「そうっすねえ。だいぶ早まったっすけど、逆にこれでよかったんじゃないっすか」

「そう言ってもらえっと気が楽になる。んじゃタイチは、くーちゃん達に俺達の事を話しててくれるか?」

「いいっすよ。アキラはピップボーイの確認っすよね」

「ああ。少しでも早く検証と確認をしねえと。それにいきなりミサキが消えたんじゃ、向こうも心配してるだろうしな」

「そうっすよねえ……」

 

 まずはミサキのピップボーイの時計を確認。

 

「ミサキ、ファストトラベルを選択したのは何時かわかるか?」

「ハッキリは覚えてないけど、15分くらい前だと思う。そこからスワコさんに自己紹介してザッとだけど事情を説明したら、アキラ達が到着したの」

「ファストトラベルを選択して到着するまで、1時間とかかかってねえんだな?」

「うん。それは間違いないよ。リビングのソファーで瞬きしたら、目の前の景色が変わってスワコさんにショットガンを突きつけられてたって感じ」

 

 ノータイムで到着するファストトラベル……

 

 そんなの、チートを超えた反則技じゃないか。

 なんて羨ましい。

 

「ソファーには座ってたんだな?」

「うん」

「でもソファーごとこっちには来なかった」

「うん」

「リビングにいたのはカナタだけか?」

「ううん。みんなも、泊まりに来てたミキとカヨもいたよ」

「となると、こうか……」

 

 ミサキの手を握る。

 

「ちょ、なにしてんのっ!? みなさんいるんだけどっ!」

「アホか。そういうんじゃねえよ。いいからピップボーイの地図をスクロールしてメガトン基地を出せ」

「あ、そゆ事か」

 

 じゃなかったら、なんだと思ったんだ?

 

 そう耳元で囁きながら白くてすべすべしたふとももでも弄ってやりたいが、そんなのは後だ。

 まずは確認。

 それから自宅のリビングで心配しているはずの女達に生存報告をしないと。

 

「うっわ。ホントに小舟の里だけじゃなく、『メガトン基地』だの『アキラ達の自宅』だのあるな。どっちも俺のピップボーイだとロケーション扱いじゃねえのに」

「それだけじゃなく、拡大するとセイの作業場とかアキラの寝室ってのもあるよっ」

「なら寝室にファストトラベルだ。現在時刻は、……9時11分だな」

「もう押していいの?」

「ああ。やってくれ」

「はーい」

 

 景色が、視界のすべてが歪む。

 それと同時に高層ビルのエレベーターで感じるような気色悪さに包まれると、俺はミサキと手を繋いだ状態で見慣れた部屋の真ん中に立っていた。

 

 3つのダブルベッドをセイちゃんが溶接してくっつけた、特大のベッド。

 『アブラクシオクリーナー業務用』で磨き上げた戦前のバスタブ、そこに水を注ぐ形で据え付けられたウォーターポンプ。

 ゲームで見慣れた型の大きな冷蔵庫に、酒とグラスを飾るように並べた木製の棚。

 生地のほつれすらない、戦前の上等なソファー。

 

「マジでメガトン基地の自宅だ。んで時刻は、……9時11分。マジかよ」

「笑っちゃうよねえ。まずリビング?」

「ああ。心配かけてごめんなさいって謝って、それから説明をしとけ」

「はーい」

 

 俺はリビングではなく、壁際のテーブル席へ。

 そこの小さなテーブルには、俺達と特殊部隊と、ミキとウルフギャングとジンさんも持っている小型無線機への送信機が置いてある。

 

 まずはそのスイッチをオンにして、レシーバーを持ち上げた。

 

「朝っぱらからすんません。ジンさん、少し時間をいただきたいんですが」

 

 ほっ? なんでアキラがおるんじゃ?

 

「それを説明したくて。ウルフギャングはまだ寝てるだろうから、とりあえずジンさんだけでも俺達の自宅に来ていただけたらと」

 

 了解じゃ。どうせまたデタラメな事をやらかしたんじゃろ。

 

 ……あー。こちらウルフギャング。気になるから急いで身支度をして、そっちへ向かう。

 

「起こしちまったか。悪いなあ。じゃあ待ってるよ」

 

 送信機を切ってリビングに下りる。

 

「お、来た来た。怪我もしてないようでなによりだな」

「アキラ、おかえりっ!」

「ただいま、セイちゃん。みんなも元気そうで安心した。説明は、ミサキ?」

「カナタさんが予想を話してて、だいたいその通りだったからバッチリ終わってるよー」

「さすがだねえ。うちの軍師殿は」

「うふふ。それで、あっちはどうするの?」

「もういっちょ検証がてら、すぐに戻って説明かな。カナタも来てくれるか?」

「そうね。ならジンさんとウルフギャングさんには、セイちゃんが説明してあげて」

「カヨちゃんは少し待っててくれな。あっち次第じゃあるが、すぐにタイチも連れて来れると思う」

「そんな。お気遣いなく」

 

 いいからと返して、カナタと手を繋ぐ。

 そうするとすぐにカナタはミサキの手を握ったので、俺の試したい事なんてお見通しのようだ。

 

「アキラくん、スティムパックのショートカットは?」

「もちろんしてあるさ。片腕だけ持ってかれるような事にはならんと思うけどな」

「だといいわね」

「こえーって。ミサキ、もっかいスワコさんの店にファストトラベルだ」

「なんかすっごい怖い事言ってるけど、いいの?」

「ああ。これを試さなきゃ始まらねえからな。やってくれ」

「わ、わかった」

 

 また視界が歪む。

 そしてあの、嫌な浮遊感。

 

「あらあら。ホントにできちゃったわねえ」

「気持ち悪さが難点だがな。ま、さすが運び屋のチートって事か。ったく、どうせならもっと前に気づけっての」

「なによ、その言い方ー」

「うふふ。でもおそらく、ミサキの地図にアキラくんの居場所なんかが表示されるようになったのは2人が肌を重ねたからよ? それをこうまで遅らせたのは、他でもないアキラくんでしょ」

「……みんなは食堂にいる。こっちだ」

 

 俺達が立っているのは、レジカウンターと階段の中間。

 カナタの手を放し、その木製の階段を上がって長い廊下を歩き、ノックしてから食堂のドアを押す。

 

「戻ったぞ」

「おかえりーって、そっちの美人さんもアキラっちのお嫁さん?」

「ええ。カナタっていうのよ。アキラくんの第四夫人で、そこの筋肉オバサンの妹。そして、かわいいかわいいコウメの叔母ね。みなさん、これからよろしく」

 

 そのかわいい姪っ子がキョトンとしているのは、カナタとは初対面だからなのだろうか。

 まあそんなのはいいと空いている椅子に座り、冷えた缶コーヒーとミルクティーを出してゆく。

 

「ほれ、タイチ。全員に回してやってくれ」

「隠す必要がなくなった瞬間にこれっすか。まったく」

 

 ミルクティーを飲んだコウメちゃんが美味いと味王様のように叫んだり、訝し気にミルクティーを舐めたヤマト達がスワコさんにその値段を聞いて噎せたりする声を聞きながら、タイチがどこまで話したのかを訊ねてみる。

 

 信じたかどうかはわからないっすけど、一応はすべて話したっすよ。

 

 そんな答えに満足して、テーブルに着く全員の顔を見回した。

 

 どうせならノゾとミライに小舟の里を見せてやりたいが、住み込みの従業員がいるらしいのでスワコさんとコウメちゃんを連れて行くのはムリか。

 

「留守番ならボクがするわよ、アキラくん」

「……また人の思考を読みやがって。助かるが、いいのかよ?」

「ええ。筋肉オバサン、まず慈善事業の作業場でボクを女の子達に紹介してくれない? それから店番をしておくから」

「誰がオバサンだい。まあ、小舟の里に興味はあるから助かるがね」

「でしょ。だからほら、早く」

「はいはい。もう嫁いだってのに、小っちゃい頃からのマイペースは直っちゃいないんだねえ」

 

 カナタとスワコさんが立ち上がって食堂を出てゆく。

 

 それから全員を、いい機会だから小舟の里の見学に行こうぜと誘った。

 

「まずはオイラが全員を風呂屋に連れて行くのがいいっすね」

「おお。そりゃいいな。着替えと一緒に金を渡しとくから、よろしく頼む」

「今日の山師仕事も4時間ちょっとで終わりになるっすねえ」

「こんな状況だからなあ」

「ねえ、タイチっち。お風呂ってもしかして、水じゃなくってお湯で体を洗えるの?」

「そうっすよ」

「やあった。戦前のマンガ見て、ずうっと憧れてたんだよねぇ♪」

「風呂でさっぱりしたらノゾは小舟の里の商店を、ミライはメシ屋だの飲み屋を、んでヤマトはメガトン基地を見物すればいい。スワコさんが戻って来たら、順番にうちの運び屋サマが運んでくれるからな」

 

 



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信じる心

 

 

 

 留守番のカナタを除く全員が小舟の里にファストトラベルで飛ぶと、まずタイチとカヨちゃんが浜松の街で暮らしている連中を連れて風呂屋へと向かった。

 俺はすでに到着してリビングでコーヒーを飲んでいたジンさんとウルフギャングに、ミサキのファストトラベルの仕様と、他の連中を小舟の里に連れてくる事になった事情を報告しておく。

 

「ふぁすととらべる、とは。呆れるしかないのう」

「ですね。とんでもない若夫婦もいたもんです」

「んで相談なんですが、このミサキのファストトラベルって使い倒していいと思います?」

「移動する部屋まで指定できるんだろ。なら部外者に見つかる可能性は低いし、別にいいんじゃないか?」

「そうじゃのう」

「ありがたい。……しっかし、ほんっとデタラメですよねえ。これじゃ俺とミサキが組んで動けば、トラックなんていらないって事になっちまう」

 

 無限容量のピップボーイ。

 同じく今のところ制約がなさそうな、ノータイムで到着するファストトラベル。

 

 そんなのチートが過ぎるだろう。

 

「それでアキラ、浜松の街の様子はどうなんだ?」

「今から話すよ。その中に出てくる商人ギルドってのが問題なんだが、だからそれに詳しいスワコさんに来てもらったんだ」

 

 たった2日で得た情報でしかないが、出来るだけ詳しくリビングに残った全員に話して聞かせる。

 

 旧市街の敵の多さ。

 浜松の街の広さと、そこで暮らす人々の様子。

 

 新制帝国軍の本拠地である浜松城とそれがある公園地区、商人ギルドが300年かけて手に入れ自治領と名乗れそうなほどに発展した商業地区。

 そこで働く商人の店や売り物や、山師達の装備。

 

 やはり皆が気になったのは、新制帝国軍と商人ギルドが長年かけて生み出した、いつ崩れ落ちるかもわからない微妙な均衡であるらしい。

 

「商人ギルドは、新制帝国軍にどの程度のエサを与えてるんだろうな」

「そんなのはまだ俺も聞いてねえんだ。だから山師4人には悪いが、今日を潰して話し合っておこうと思ってよ」

「ずいぶんと気に入ったようじゃのう、あの4人を」

「半分以上は成り行きで連れて来たようなもんですけどね。しばらくパーティーとして動いて問題がなさそうなら、それからこっちに移住しないかと誘うつもりでした」

「全員がかなり苦労をして来たみたいだし、どの子も性格だって悪くなさそうだからいいんじゃないか。ねえ、ジンさん?」

「そうじゃのう。双銃鬼の紹介であれば、マアサも否とは言うまい」

「ジンさんまで言いますか、ったく。まああの連中の誰かが裏切ったり小舟の里の不利益になるようなマネをしでかしたら、俺が責任を持って殺します。それでカンベンしてやってください」

 

 スワコさんの店の食堂でミサキの話を聞く前に、あの4人を梁山泊にでも行かせていれば、また話は違っただろう。

 だが俺は、すぐにその考えを打ち消した。

 

 こんな世界にだって、信じてもいい人間はそれなりにいる。

 そしてそんな連中を信じる事もできない男に、何が成せるものかと。

 

「料理人になりたいって子は、うちの店で預かってもいいな」

「マジかよ、ウルフギャング?」

「ああ。最近じゃ本館からも飲みに来る連中が増えて、ツマミのオーダーまで手が回らなくってな。正直、人手は欲しい」

 

 それは渡りに船って感じだが。

 

「すぐに、今日明日から働くとかはムリだと思うぞ?」

「わかってるよ。アキラとタイチが浜松の街の偵察を終えてからでいいさ」

「なら商人になりたいという少年は、ボート部屋の老いぼれにでも預けるかのう。あれで人を見る目はあるで、才がありそうならば里の御用商人になる道もあるじゃろ」

「アキラとタイチがお気に入りの、ヤマトって男の子は特殊部隊だな。射撃に長けているなら、ショウと組ませたら面白そうだ」

「あの男の娘、くーちゃんはどうするの?」

「女の子じゃないのです?」

「ううん。男の娘。だって名前がクニオだもん。でしょ、アキラ」

「まあな。くーちゃんは山師をやりながら、やりたい事を探せばいいさ。まあ全員が全員、小舟の里に住みたいってなったらの話だがよ」

 

 浜松の街には、それこそ小舟の里に2軒しかない飲み屋が山ほどあるらしい。

 こっちの飲み屋は2軒を合わせても梁山泊以下の収容人数であるし、そこを訪れる客なんてあそこの半分にもならないだろう。

 遊ぶ場所がないと山師なんてやっていられないだろうから、クニオが小舟の里に来る可能性は低いんじゃないだろうか。

 

 それから話題は浜松の旧市街に入った途端に増えた悪党やクリーチャーに移り、さらにフォールアウトNVで登場したゲッコーにまで及ぶ。

 

 そうやってああだこうだと話していると、風呂道具と一緒に持たせた着替えを身にまとってスワコさん達が帰って来た。

 

「お兄ちゃん、お風呂ごちそうさまでしたっ」

「お、おう。気に入ってくれたみてえだな」

 

 思わず吃ってしまう。

 

 お兄ちゃん。

 

 悪くない響きだ。

 歳の近い生意気な弟しかいなかった俺は、少しばかり照れ臭く思えてしまうが、悪くない。

 

「うんっ!」

「そっかそっか。なら、ちょっと冷たいサイダーでも飲んで待っててくれ」

 

 浜松の様子を語りながら、今までないほどに人がいるからとソファーセットを増設してある。

 そこに全員が腰を落ち着けて湯上りの冷えたサイダーで喉を潤してもらい、それからスワコさんへの質問が始まった。

 

「あの商人ギルドの妖怪ジジイめ。100を過ぎてもくたばっておらんのか」

「やっぱり厄介な相手なんですか、ジンさん?」

「かなりのう」

「くーちゃん。アキラとタイチが浜松の街の山師として頭角を現すとしたら、どのくらいかかるだろうか。よかったら君の考えを聞かせて欲しい」

「イケメンさんのためなら喜んで♪」

「お、お世辞はいいぞ」

「ううん。ウルフギャングさんって、声だけじゃなくって見た目も立ち居振る舞いもすっごいカッコイイ。くーちゃん、好きになっちゃいそう♪」

「やったな、ウルフギャング。愛人、ゲットだぜ!」

「黙れ双銃鬼。今夜から店の客に、あの日の天竜駅での戦闘を語り聞かせてほしくなかったらな」

「……ヒデエ」

 

 フュージョン・コア型の、ジェットパックまで付いたパワーアーマー。

 それとミニガンに、最後にはヌカランチャーのユニーク品であるビッグボーイまで使った戦闘。

 

 あんなのを酒のツマミとして話されたら、明日には双銃鬼どころじゃない中二臭のする二つ名が付けられてしまうかもしれない。

 そんなのは、絶対にゴメンだ。

 

「んー。タイチっちが言ってた、アキラっちの他の特技とかを見せるんならすぐにでも。それがなしなら、夏の終わりまでには、かなあ」

「……かなりかかるか」

「じゃのう。とてもそこまでアキラ達を浜松の街に留めてはおけぬ」

「それなんですが、しばらく浜松の街で山師をやったら『たまに稼ぎに来るならいいが住みたくはねえ』って言って街を出るのはどうでしょう? んで週に1度とか俺とタイチが浜松の街に行って、商人ギルドの議員に戦前の貴重な品とかを量を加減しながら流すとか」

 

 あまり頭がよろしくない俺の計画では、浜松の街で山師をやりながら新制帝国軍の穏健派に接触して、それに武器や弾薬を貸してクーデターでも起こさせるつもりだった。

 だが山師が飲み食いをして寝泊りする地区に新制帝国軍の兵士は立ち入りさえしないのだから、その穏健派と繋がりを持つ事すら容易ではない。

 

 ここは、計画を変更すべきだろう。

 

「そうやって商人ギルドと新制帝国軍の動向を探りつつ、たまに浜松の街を訪れる腕のいい山師兄弟として名を上げていくのか。悪くないんじゃないですか、ジンさん?」

「じゃのう」

「なら、そんな感じで。さーて、そんじゃあ俺とミサキはスワコさんとコウメちゃんを磐田の街に連れてって、それからスワコさんの店に戻るかな。くーちゃん達はどうする?」

 

 4人が顔を見合わせる。

 するとウルフギャングが料理人になりたいというミライを、ジンさんが商人を志すノゾを働き口によさそうな店を見物に行かないかと誘った。

 

「んじゃオイラは、くーちゃんとヤマトをメガトン基地の見学に連れてくっす」

「くーちゃんも?」

「はいっす。小舟の里には本来、武装してる人間は入れないんっすよ。だからくーちゃんが小舟の里で山師をするんなら、ウルフギャングさんの店の近くに防犯のしっかりした家を建てるか、メガトン基地に住むしかないんっす」

「くーちゃん、ウルフギャングさんの家に住みたいっ!」

「そ、それはさすがにな。俺は妻帯者だし」

「んー。なら愛人でもいっか。タイチっち、とりあえず案内よろしくー」

「任されたっす」

 

 ヤバイ。

 ウルフギャングの助けを求めるような表情が面白くて仕方ない。

 

 もっと攻めろ、くーちゃん!

 

「ニヤニヤしてるんじゃない、双銃鬼」

「いえいえ。とんでもございやせん、竿師様」

「冗談でもそういう事を言うな。それで、どのくらいで戻る?」

「ミサキのファストトラベルが連続使用でディレイ、待ち時間なんかが発生しなきゃ、そんなにはかからねえんじゃねえかな。娘と孫をひさしぶりに市長さんに会わせてる間、俺は磐田の街にウォーターポンプを設置するだけだから」

「なら昼メシはここでいいな。俺達も早めに戻るとしよう」

「そういやミサキ、浜松の街にはパンが売ってたぞ」

「ホントにっ!」

「ふわぁ。浜松のパンは、あの街の名物なのです。ミキもひさしぶりに食べたいのです!」

「アキラ、いいよねっ?」

「オマエがおとなしく、カナタとスワコさんの店の2階で待ってるんならな。俺が買い出しに出るさ」

「やあった。ミキ、楽しみに待っててねっ」

「ありがとうなのですっ!」

 

 スワコさんとコウメちゃんと手を繋いで、磐田の街の市長室へファストトラベル。

 ミサキもそこに残して俺はイチロウさんを訪ね、磐田の街の各所にウォーターポンプを設置して回った。

 

 それからまた浜松の街へ跳び、パンを買えるだけ買ってスワコさんの店へと戻る。

 住み込みの女の子達と食べてくださいとパンの詰まったカゴをカウンターに置き、遅くても明日には戻りますと言って小舟の里へ。

 

 予想はしていたが、ファストトラベルが現実で使えるとなるとこうも便利なものなのか。

 予定では丸1日を使ってするはずだった磐田の街へのウォーターポンプの設置が、こんなにも早く終えられるとは。

 

 俺のチート、条件さえ合えば建物ごと収納可能なピップボーイにも劣らぬ、とんでもない反則技だ。

 

 



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監視システム

 

 

 

「ただいまー。って、もう飲んでんのかよ」

「祝いだからな」

「お祝い? なんのだよ?」

「ミライは俺の店で、ノゾは本館のボート整備室にあるご老体の店で是非とも働きたいって言うんでな。就職祝いだよ」

「へえ。話のはえーこって」

「あの、それでアキラさん。お願いがあるんですが」

「はいよ。聞かせてもらおうか」

 

 ヤマトが立ち上がり、真剣な目で俺を見詰める。

 そしてそのまま、かなりの勢いで限界まで頭を下げた。

 

「お願いします。ノゾとミライをこの小舟の里に住まわせて、2つのお店で下働きをさせてやってくださいっ!」

「そりゃあ俺が決められる事じゃねえな」

「知ってます。ジンさんとウルフギャングさんも、許可は小舟の里の長さんが出すって言ってました。そして、それは任せてくれていいと。悪いようにはしないから、心配しなくていいと」

「んじゃ、それでいいじゃねえか」

 

 わざわざ俺に許可を取る必要なんて、毛ほどもない。

 

「えっと。でも、そうなるとせっかく組んだパーティーから2人も荷物持ちが抜けて」

「気にすんな気にすんな。それより問題なのは、昨日までいたノゾとミライなしで探索に出て、浜松の街の見張りなんかにそれをどう説明するかって事だぞ。そっちはどうすんだよ?」

「今日はこのメガトン基地の空き部屋に泊まっていいとタイチ先生に言われたので、梁山泊に戻らなければぼくらが浜松の街にいなかった証明になります。だから知り合いには2日かけて小舟の里にまで足を伸ばして、2人はそこで職を得たと言えば大丈夫です」

「なるほどねえ」

 

 そうなると問題は小舟の里がふらっと現れた山師達を里の中に入れ、それだけでなく少年2人が職を得て定住したのを許したという話が浜松の街に広がりかねないという事だけか。

 

 どうします?

 

 そう視線で問いかけながらジンさんとウルフギャングを見遣ると、どちらにも大丈夫だ気にするなと言うように頷かれた。

 

「だからほら、アキラも飲め」

「どいつもこいつも、お人好しな事で」

「アキラにだけは言われたくないな」

「まったくじゃ」

「はいはい。でもま、そういう事なら先に2人の部屋を建てとかなくっちゃな」

「それなんだけどアキラくん。いっそウルフギャングさんの店の裏に、アパートかマンションでも建てちゃったらいいわ」

「アパートだぁ?」

「ええ。この調子だとこれからも若い子を拾ってくるんだろうし、土地代をボク達で払ってアパートを建てておくのよ。なんなら、筋肉オバサンの店の若い子達にもそこで仕事をさせればいいし」

「……さすがに急ぎすぎじゃねえか?」

「いいのよ。ですよね、ウルフギャングさん、ジンさん?」

「うむ」

「俺も賛成だな。まだ孤児院なんかは作れないが、成人した若者や成人間近の若い子達なら、住む部屋と仕事さえあればどうにか生きてゆける」

 

 孤児院。

 そんな施設を作れないだろうかと思った事がない訳ではない。

 

 小舟の里ではまず見ない光景だが、磐田の街の観客席では痩せ細った子供が膝を抱えて、虚ろな瞳を伏せて壁際に座り込んだりしていたからだ。

 

 俺が安全で豊かな日本で育ったからなのか知らないが、そんなのは見ているだけで叫び出したくなるような光景で、だからこそ俺は磐田の街や天竜にウォーターポンプを設置する事を決めた。

 

 だが孤児院を作ったとして、そこの子供を食い物にしないと言い切れる大人がどれだけいるか。

 そう考えると簡単には動けないというのが現状だ。

 

「っと。そうじゃねえな。今はアパートの話だ。土地代は年単位で前払いでもいいが、入居者なんてそんなにいるんかねえ」

「いるわよ。交易が始まれば人の行き来も増えるし、建てておいて損はないわ」

「ならまずはマアサさんに」

「さっき無線で話しておいたぞ。好きにしていいと言うておった」

「……出来レースかよ。そんじゃ建ててくるが、部屋数は?」

「1階の半分が歓談場所を兼ねた食堂と男女別の浴室。残り半分が短期滞在用の客室。2階が男性用の部屋で、3階が女性用。部屋はベッドと着替えスペースがあれば狭くていいから、各階に20ずつってところね」

「かなりの建物になるなあ」

「アキラくんなら余裕でしょ? マアサさんへの支払いはボクがやっておくわ」

「まあなあ」

 

 並んで建っているウルフギャングの店とミキの店、そこからメガトン基地の間には、かなり広いスペースがある。

 そこにカナタの注文通りの集合住宅を建てて戻ると、すでにクニオは酔っ払ってテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。

 

 どれだけ酒に弱いんだか。

 

「ねえ、アキラ」

「ん?」

「明日からは、あたしがファストトラベルで浜松の街に送り迎えしていい?」

「どうだろな。浜松の街にある梁山泊ってホテルの地下にある部屋は6人パーティー用らしいから、そこに俺とタイチとくーちゃんとヤマトが泊まるだろ。んでその部屋は内側から南京錠でカギをかけれるから、いいっちゃいいんだが。体育館のコートの酒場スペースで情報収集や山師達との顔繫ぎも必要なんだ」

「だーかーら、その部屋に戻ってからの話。アキラの居場所はあたしのピップボーイでわかるんだし」

「げっ。そういえばそうだったな」

 

 げってなによとミサキはむくれるが、いくら愛する嫁さんにでも24時間、常に居場所がバレてるってのは精神衛生上よろしくない。

 

「でも、なんでいきなりミサキちゃんの地図がそんな風になったんすかね」

「わっかんねえなあ」

「あらあら。そんなの、愛ゆえに決まってるじゃないの」

「愛ねえ……」

「なんか文句あるの?」

「い、いや。そんなんねえけどよ」

「アキラは元から錬金術師っぽかったけど、これであたしもようやく運び屋らしくなったわ。えへへ」

 

 ツンツンと袖が引かれる。

 なにかと思って視線をやると、隣に座っているセイちゃんだ。

 

「どしたの、セイちゃん」

「プロテクトロン、もう倒した?」

「まだだねえ。危険区域には足を踏み入れてないんだ」

「そっか」

「もうくーちゃんやヤマトにピップボーイの容量を隠す必要はないから、倒したら必ず丸ごと持ち帰るよ」

「ん。待ってる」

「そういや、ヤマトは特殊部隊に就職すんのか?」

「いずれはそうさせてもらいたいと思ってます」

「んじゃしばらくは俺達と山師か」

「はい。足を引っ張るとは思いますが、よろしくお願いします」

「こちらこそだ」

「そういえばアキラ。メガトン基地の見学中、ヤマトをショウに紹介したんっすよ」

「歳も同じくれえだもんな」

「そうっすね。そしたらショウ、自分も連れてってくれって大騒ぎしてたっす。ヤマトがオイラ達と一緒でいいなら、俺だって連れてってくれてもいいじゃないかって」

 

 小舟の里は浜松の街と違って、成人前の子供に簡単なアルバイト以上の労働を禁じている。

 だからこそ成人前のショウは特殊部隊の見習いで、その仕事も正門の見張り程度という訳だ。

 

 ショウはこんな世界で兵士を志した、それも男の子であるから気持ちはわかるが。

 

「アキラ達のパーティーならば、剣の使い手などいらぬからのう。逆にジャマなくらいじゃ」

「せめて成人してれば、銃器の訓練代わりに連れ出してもいいんですがねえ」

「浜松の街の山師が6人で行動するのは、獲物を持ち帰る量を少しでも多くするためだろうしな。ピップボーイの性能を隠す必要のないアキラがいれば、それも必要ない」

 

 たしかに。

 

 朝の酒場スペースでメシを食っていた山師達は、そのすべてがリュックや、下手をすれば海外へ自分探しに出かける連中が担いでいるような大きなバックパックを背負っていた。

 

 解体したての肉を入れて持ち運ぶそれをロクに洗濯もしないのが、あの悪臭の一因でもあるのだろう。

 

「とりあえずショウには、いつか俺とタイチが探索か狩りに連れてってやるって言っとけ」

「りょーかいっす」

「そうすっと、明日からは4人パーティーだろ。どっちに向かう?」

「どっちに向かうも何も、明日はまた徒歩で浜松の街に行くに決まってるじゃないっすか。あまり早く戻っても怪しまれるだろうし、明日は移動だけで終わるっすよ」

「げえっ」

 

 浜松の街のある旧市街ならクリーチャーを倒しても翌日にはまた獲物がそこにいるだろうが、戦前の田舎である浜松市の郊外はそうではない。

 また徒歩で浜松の街に向かうとなると、とんでもなくヒマを持て余す事になるだろう。

 

「あたしがファストトラベルで送ってくんじゃダメなの、タイチくん?」

「誰かに見られたら大事っすからねえ。今のところ浜松の街で安全な場所は梁山泊の客室くらいで、今日はそこに部屋を取ってないからムリっす」

「連泊にしとくんだったなあ……」

「なんなら途中まで線路の上を歩けばいいんっすよ。教材もいるだろうし、行商人のために掃除をしとくのは悪くないっすから」

「なるほどねえ」

 

 線路はまだしも、その横のスペースには草が生え放題。

 フェラル・グールには期待できないだろうが、モングレルドッグや、運が良ければゲッコーも狩れるか。

 

「出発は昼過ぎでいいっすかね」

「あいよ。やっぱどれだけ計画を練っても、その通りにはいかねえもんだなあ」

「それが当然っすよ」

 

 分厚いロードマップを出して、まずは小舟の里のページを開く。

 

「……東海道線の線路、舞阪までは東海道と並走か」

「そうっすねえ」

「駅は弁天島、舞阪、高塚と経由。んで成子交差点の手前で線路から下りる、って形だな」

「ここっすね。なら少し戻る事になっても、この道から北上した方がいいんじゃないっすか?」

「そしたらまた五社神社の悪党がジャマだぞ?」

「あ、そっか。ならこの『西浅田北』って交差点で線路から下りるのがいいっすね」

 

 西なのに北とはこれ如何に。

 

 そんな呟きを見事にスルーされたので、タバコを咥えて火を点ける。

 

 まったく。こっちの連中はジョークを解するユーモアに欠けるから困るんだ。

 

「……広い道は最初だけで、あとはかなり狭い道を縫うようにして進むのか。そんな道を4人でゾロゾロ歩くのはちっとなあ」

「ならいっそこの高塚駅から北上して、佐鳴湖の手前を通って回り込むっすか?」

「あっ。佐鳴湖は、浜松の街の山師が多いですよ。碧血のカナヤマさん達が狩り場にしてるので」

「そうなんか。獲物は?」

「ゲコガエルのはずです」

「さすがヤマトっすね。情報の大切さをよく理解してるっす」

「そ、そんなたいそうなものじゃないですよ」

 

 碧血の誓いというパーティーとは仲良くなっておきたいが、まるでおこぼれでも狙うように狩り場をかぶせる連中とは関わり合いにもなりたくない。

 

「もう面倒だからさ、この出仁須食堂ってロケーションにファストトラベルでよくない? あたしのピップボーイは拡大した場所をタップすると、そこにファストトラベルできるみたいだし」

「建物の中に飛ぶって事か。まあ壁の中にいるとか、椅子やテーブルと合体、なんて事はねえみてえだからそれでもいいが」

「でしょ。それでも人目が不安なら、少し早めに向こうに行ってファストトラベルによさそうなロケーションを探しといてよ」

 

 



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荒野の4人

 

 

 

 時刻は正午。

 俺達と手を繋いでファストトラベルで送ってくれたミサキがピップボーイを操作して音もなく姿を消すのを見送り、店内を覗ける窓のカーテンをすべて閉めてから、6人で昨日漁った食堂を今日は4人だけで出る。

 玄関のドアもガラス張りで中が覗けるので、そこには内側から壁にあったポスターを張り付けておいた。

 

 ヤマトは寂しそうな素振りすら見せず、昨日の宴会で言っていたように2人の就職を心から喜んでいるようだ。

 少しばかり卑下する癖が気になるし、それが理由で自身の命にあまり頓着しない生き急ぐようなところが心配ではあるが、そんなのは俺達が近くで見守りながら、ヤマト自身がゆっくりと変わっていってくれるのを待つしかないだろう。

 

 あいにくの曇り空だが雨が降り出すほどではなさそうなので、まずはこの近辺でここ以上に安心してファストトラベルができそうなロケーションを探すつもりだ。

 

「ま、ミサキの地図は俺のより細かくロケーションを表示するみてえだから、すぐに終わるだろうけどな」

「反則っすよねえ。夫婦揃って」

「ホントホント。まずは川まで出る、アキラっち?」

「だな」

「今日もよろしくお願いします。アキラさん、タイチ先生、くーちゃんさん」

「任された~♪」

 

 すぐ隣にある大学の入り口は昨日それなりに掃除したはずなのに、やはりフェラル・グールが群れている。

 これではその入り口のある道路を横切れば、ほぼ確実に捕捉されて襲いかかられる事になるだろう。

 

 ならば先制攻撃。

 

 そう考えながらデリバラーを抜くと、3人が銃を構えて安全装置を解除する音が聞こえた。

 

 なんとも頼もしいじゃないか。

 

 嫁さん連中に戦闘をさせると『俺が弱いばっかりに』なんて思って歯軋りのひとつもしたくなるが、こんなのならば悪くない。

 

 なんというか、共闘感のようなものを感じて心が浮き立つくらいだ。

 そういった感情はこの世紀末な世界に、ウェイストランドに生きる男にはお似合いなんじゃないだろうか。

 

「タイチ、初撃は任せる」

「了解。……撃つっす」

 

 しゃがみ込んだ体勢のタイチがトリガーを引く。

 

 その銃声に、よしっという呟きが続いた。

 狙撃されたフェラル・グールは見事に即死。

 真偽は定かではないが、スニーク状態からのクリティカルショットゆえか。

 

 ピップボーイがなくともレベルが発生するならば、身を屈めて敵に発見されていない状況で狙撃すればクリティカルになるかも。

 

 浜松の街に出発する前の夜にウルフギャングの店で話した俺の予想は、あながち間違っていないのかもしれない。

 

「来るよっ、ヤマトっち」

「いつでも撃てますっ」

「くーちゃんは先に撃っちゃうけどね」

「ええっ!?」

 

 クニオのサブマシンガンが火を吐く。

 こちらに気づいて駆け出したフェラル・グールは8匹。

 

 そのうちの3匹が、あっという間に地に伏せる。

 

「弾なら気にすんな、ヤマト。好きに撃ちまくれ」

「ありがとうございますっ!」

 

 タタタッ、タタタッとホクブ機関拳銃の銃声が響く。

 

 9mm弾は昨日のうちに、ミキの店で買い足しておいた。

 もちろんそれだけで足りるはずがないので、浜松の街に戻ったらスワコさんの店でも買い込むつもりでいる。

 

「うははっ。俺は1発も撃ってねえのに、経験ウマー」

「クリティカルメーターが貯まった途端にそれっすか。まったく……」

「おうよ。ほれ、あと2匹だぞー。撃て撃てー」

 

 旧市街のクリーチャーは、なんでだよ!? とツッコミたくなるような謎の縄張り意識を持っているらしい。

 なのでこういうフェラル・グールは、剥ぎ取りをせずに放置と決めてあった。

 けっこうな確率でマッチ箱すら入っていないポケットを漁っていて新手が来るようでは、いつまで経っても先に進めやしない。

 

「……殲滅完了っすね」

「あっけなく終わったねえ」

「ほんじゃ行くか。ヤマト、水分補給はしっかりな? そろそろ暑さが厳しいし、ただでさえ緊張してんだろうから」

「はいっ」

 

 そう返事をしたヤマトはまずホクブ機関拳銃のマガジンを交換し、空になったそれに弾を込め、ようやくミキの店で買った水筒のフタを開けてきれいな水を口に含む。

 

 いい心構えだと褒めてから、俺が先頭に立って六間通りを歩き出した。

 

 右手に見える建物は戦前の大学だけあって、かなりの奥行き。

 そしてそれを視界に入れながら歩いていると、途切れた先にある交差点に少し大きなタバコ屋が見えてきた。

 

「ラッキー。タバコだってよ」

「予定ルートはあの店の前を右。右折ついでに漁るよね、アキラっち?」

「とーぜんだな」

 

 右方向に伸びる道路はなかなかに広く、遠くにはそこを横切るゲッコーも見える。

 退屈はしなそうだ。

 

「交差点ごとにフェラル・グールがいるんじゃないのが救いっすね」

「だなあ」

「でもタイチっち。あのくらいの戦前の店舗なら」

「まあ中にはいて当然っすよねえ」

「うん。ヤマトっちも気を引き締めてこーね」

「はいっ」

 

 ロケーション発見の通知はなし。

 

 それを物足りなく思いながら、ポスターがいくつも貼られているせいで中を覗けない引き戸を勢いよく開けた。

 

 中は、酷く暗い。

 

「懐中電灯を買っといてよかったな」

 

 左手の懐中電灯で店内を照らしながら、右手にぶら下げたデリバラーをいつでも撃てる構え。

 

「うーん。アキラっちのニオイしかしないねえ。これじゃ、屍鬼すらいなそう。ちぇっ」

 

 店内を覗き込む俺の脇の下に潜り込むような姿勢で、クニオがつまらなそうに言う。

 

「狭いんだからくっつくな。つか、臭いでフェラル・グールがいるか確認すんのかよ?」

「並み以上の山師ならとーぜんでしょ。あいつら、ウルフギャングさんと違ってくっさいしー」

「だから、碧血のカナヤマさんも身ぎれいにしてたんか」

「ヤマトっち達もね。そこまで考えが回らない山師なんて三流もいいトコで、話す価値すらないよ」

「なるほどなあ」

 

 それでも油断しないのはクニオも同じであるらしく、サブマシンガンをいつでも撃てる状態で店内に踏み込んだ俺に続く。

 タイチとヤマトは、入り口で外の警戒だ。

 

 こんな時の役割はすでに決めてあるので、いちいちああしてくれこうしてくれと言う手間が省けていい。

 

「いないねえ」

「楽だからいいさ。タバコは根こそぎ俺のピップボーイに入れといて、あとで山分けだ。くーちゃんはタイチ達を呼んできて、食料品や飲料品をリュックに詰めとけ」

「あいさー」

 

 レジカウンターの中。

 戦後すぐにでも誰かが漁ったのか、それとも元から品揃えが悪かったのか、商品棚に並ぶタバコは品切れも多い。

 だがそれでも4人が夏の間に吸えるくらいは封を開けていない箱が並んでいるので、片っ端からそれをピップボーイに入れていった。

 

「俺は奥を見てくるぞ。たぶん、店番がメシを食ったりする場所なんかだと思う」

「りょーかいっす。こっちはガムやチョコレートなんかの、高く売れそうな嗜好品からリュックに入れておくっすね」

 

 俺と同じ型の懐中電灯で商品棚を照らしながらタイチが言う。

 

「俺のリュックにも入れといてくれ」

「はいっす」

 

 空のリュックをカウンターに置き、レジの精算ボタンを押してみる。

 

 残念ながらそれは300年かけて降り積もった埃か何かのせいで開かなかったが、タバコ屋のレジに大金なんて入ってるはずがないと自分を納得させ、奥にある上がり框に向かう。

 

 もちろん、土足で。

 

 先人への敬意、死者への礼、そんなのを蔑ろにしたい訳ではなく、ただ単純にそこまで気を使う余裕が今の人類にあるはずもないからだ。

 

 奥は思った通り狭い台所とトイレ、それにちゃぶ台の置かれた茶の間しかなかった。

 取り立てて回収したいと思うような物も見つからない。

 

「ま、タバコと菓子で充分だよな」

 

 それでも台所の調味料と茶の間の茶筒だけはピップボーイに入れ、タイチ達の元に戻る。

 これを山分けにして売り払っただけでもヤマトにとっては1日の稼ぎとして充分だし、今はまだ覚えていないタバコと菓子類も売れば、それこそ一財産になるだろう。

 それでこそ命懸けで探索に出た甲斐があるってものだ。

 

「おかー。なんかあった、アキラっち?」

「調味料とお茶っ葉くれえだな」

「ふーん。あ、これアキラっちのリュックね」

「サンキュ」

 

 パンパンにふくらんだリュックを受け取って背負う。

 

 重い。

 どうやら中には菓子だけでなく、サイダーなんかも入っているようだ。

 

 こんなのを担いで徒歩で移動して、その間に何度も戦闘までこなすのか。

 山師というのは、俺が思っていたよりずっと大変な職業であるらしい。

 

「でもアキラ、ここならファストトラベルにちょうどいいんじゃないっすか?」

「ちょっと浜松の街が遠いけどな。まあ、悪くはねえんじゃねえか」

「まだ昼だから、浜松の街に向かうのは早すぎっすかねえ」

「逆に腕の良さを証明できるからいいさ。こんな旧市街でも外じゃピップボーイに片っ端から収納すんのは禁止って言われたし、もう戻って荷物を軽くしようぜ。稼ぎ足りねえなら、売却を終えてからまた探索に出ればいい」

「了解っす」

 

 大学前、食堂前、病院前。

 

 あのタバコ屋をファストトラベル先として使うなら、そのたびにこうやってフェラル・グールとゲッコーを倒して浜松の街に入るしかないのだろう。

 帰り道で倒したゲッコーは2匹だけ、これくらいならいいだろうと丸ごとピップボーイに収納。

 見張りに挨拶をして浜松の街に足を踏み入れた。

 

 ヤマト達をかわいがっている山師が見張りではなかったので、ノゾとミライの姿が見えないのを訝しがられたりもしない。

 

「まずはスワコさんの店か?」

「そだねー。お菓子なんかはそこで売って、できればスワコさん達が使う分の塩も少し売ってあげたいかなー」

「昨日あの食堂で漁った分、まだまだあるからな。ミキに売ってノゾとミライの生活費にしたのを抜いても、かなりの量だ。メモもあるから、店に着いたらそれを見て売る量を決めてくれ」

「あいあい」

「でもこんな量のお菓子なんて、買い取ってくれるんっすかねえ」

 

 たしかに。

 

 こんな量の菓子なんて、小舟の里じゃ絶対に買い取ってもらえやしないだろう。

 果たして、浜松の街ならばどうか。

 浜松の街が都会なのはこの2日で充分に理解したが、経済の程度まではまだほとんどわかっていないのが現状だ。

 

「どうだろうなあ」

「ヘーキヘーキ。手持ちがなかったら、商人ギルドから引っ張ってくるだろうし」

「商人ギルドって、買い取り資金の貸し付けなんかもしてんのかよ」

「というか、それがメインのはずですよ。初期は創設メンバーの商人達が持ち寄ったお金をプールしてそれを貸し付けていたそうですけど、今じゃ商人ギルドとしての稼ぎでそれができるまでになったとか」

「詳しいな、ヤマト。なんでそんなん知ってんだ?」

「商人ギルドの2階には、服と体を清潔にしていれば誰でも入れる図書室があるんです。雨で農作業や土木工事の日雇い仕事がない日は、ずっとそこで本を読んでいたので。商人ギルドの歴史をまとめた本にそう書いてありました」

「毎日キツイ仕事をして、雨の日には図書室で勉強かよ。偉いなあ」

 

 14歳の頃の俺とは大違い過ぎて、笑いすら出てこない。

 

 その図書室が俺でも利用できるようなら、なるべく早くそこを訪れてみよう。

 こんなポストアポカリプス世界に『商人ギルド』なんて呼称を持ち込んだのが俺達の同郷人なら、それを示す文献もおそらくあるはずだ。

 

「とーちゃーく。スワコさん、コウメっちー。おっはー!」

 

 今日も朝は二日酔いでフラフラだったのに、クニオがスワコさんの店のドアを開け放ちながら大声で言う。

 なんというか、コイツはいつもムダに元気だ。

 

「あっ、くーちゃんだー。おはー」

「あいかわらずやかましいねえ。……おや、ノゾとミライはどうしたんだい?」

 

 



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商人ギルド

 

 

 

 そういえばスワコさんはノゾとミライの就職が本決まりになる前にこの店へ送ってきたんだったなと、まずは2人の就職と新しく建てたアパートの事を話す。

 

 カナタが言っていた、スワコさんの店の2階で住み込みで働いている女の子達をそこに住まわせる計画も、すぐには決められないと言ってはいるが乗り気ではあるようだ。

 

「しっかしまた、とんでもない量の戦前の菓子だねえ」

「くーちゃんの分からなら味見してもいっかな。みんなで食べよっ。はい、コウメっち」

「わあっ。チョコレートなんて誕生日にしか食べられないのに。ありがとう、くーちゃん!」

「あまり甘やかすなって言ってるのに。この量なら、まずは査定台に持って行きな」

「わかりました」

 

 ヤマトが向かったのは、レジカウンターの隣にある木製の階段の下。

 そこの壁にくっつけてある長テーブルだ。

 

「ここにリュックを下ろせばいいのか」

「そうなりますね」

「それとこれだけの菓子となると、あたしの店じゃなく商人ギルドが買い取るって形になるよ。それでいいかい?」

「そんなんしたら、スワコさんの儲けが減るんじゃ? 俺達は隠してるだけでいくらでも備蓄できるんで、小出しにして売ってもいいですよ」

「利益はそれほど目減りしないさ。売り上げの大部分はあたしの懐に入るし、逆に商人ギルドへの貢献度が上がって、その分あたしの発言力が増すからね。むしろ得をしてると言ってもいい」

「ふうん。それなら、俺達も構いませんよ」

「ありがたい。それじゃさっさと査定を済ませるから、適当に待ってておくれ」

「了解です」

 

 ならちょうどいい機会だと、カウンターの近くにある陳列ケースの前に立ち、汚れたガラス越しに銃弾とマガジンの見本をじっくりと眺める。

 それらの商品の横にはどれも、値段が書かれたミニチュアの木製看板のような物が立っていた。

 

「ヤマトのマガジンっすか、アキラ?」

「ああ。なんか掘り出し物はねえかなってよ」

「そんな。ぼくはアキラさんとセイさんが設計してくれた、このマガジンがいいんです」

「嬉しいセリフだが、そりゃあシロウトが設計した軽量ロングマガジンだからなあ。戦前の状態がいいホンモノがあればって。……ねえな」

「9mm弾は普通にあるけど、マガジンはありふれた感じのしかないっすね」

 

 残念ながら、ヤマトの装備更新はまたの機会にか。

 ここ遠州屋の本店である磐田の街のイチロウさんの店になら在庫がある可能性は高いだろうから、次にあそこを訪れる機会を待とう。

 

 リュックに水筒、解体ナイフ、弾薬ポーチと医薬品ポーチ、懐中電灯なんかはミキの店で全員分を揃えてある。

 他に必要な物はないかと店内を見て回るが、何をするにも常にピップボーイ頼みである俺にそんな判断ができるはずもなかった。

 

「こんなもんだね。アキラ、商人ギルドで金を引き出すからアンタは着いておいで」

「いいんですか?」

「もちろんさ。ついでに腕利きの山師を演じて、若い職員の女でも引っかけるといいよ」

「そんなんは遠慮しますが、商人ギルドに行けるのはありがたいですね」

 

 単純に興味があるだけでなく、商人ギルドの偵察をしながら、少しでも山師として顔を売りたい。

 商人ギルドが俺達と手を取り合える組織かなんてそんな偵察でわかるはずもないが、情報を得られる機会があるならば迷わず向かうべきだ。

 

「リュック4つも2人で持てるのー?」

「俺が1人で持つさ」

「金を引き出したら職員に取りに来させるから、商品はこのままでいいんだよ。じゃ、行こうか」

「助かったっすね、アキラ」

「こ、こんくれえの荷物なんて屁でもねえし。それより、コウメちゃんの護衛は任せたぞ」

「もちもっち~♪」

「はい」

「任されたっす」

 

 ほんの少し、いや、かなり助かったと心の中で胸を撫で下ろしながらスワコさんと一緒に店を出る。

 そうしただけで見えた旧市役所、現在の商人ギルドの玄関の前ではキャラバンのような連中が牛の背中から荷物を下ろしているので、それをジャマしないようにしながら建物に足を踏み入れた。

 

「荷物を運ぶの、馬じゃなくって牛なんですね」

「馬も使うさ。割合は半々くらいかねえ」

「なるほど」

 

 初めて入る商人ギルドはそれなりに掃除が行き届いた、本当に市役所そのままといった感じの場所だった。

 

 カウンターの中にいる人間は誰もが身ぎれいにしているようだが、その外の椅子なんかでダベっている連中は誰も彼も薄汚れているので、やはり体臭が籠って臭う。

 スワコさんは1階のカウンターの奥に誰かを探しているようだったが、すぐに踵を返して2階へ上がる階段へと向かった。

 

 2階は1階とは違って部署がいくつもあるらしく、導かれた部屋のカウンターは下に比べるとかなり小さい。

 

「スワコさんじゃないですか。今日はどうしました?」

 

 そう言いながらカウンターに歩み寄ったのは、いかにもインテリといった感じのメガネをかけ、戦前の背広を着た男だ。

 年の頃は30前後で、武装すらしていない。

 

「腕っこきの流れ者が、大量に戦前の菓子を持ち込んでくれたんでね。縁を結ぶためにも早く現金を渡してやりたいから、商品の買い取りは商人ギルドにさせちまおうかなってさ。イサオ爺さんはどこだい?」

「資料室に行くって言ってましたよ。なんでも、電脳少年の事を調べ直しておきたいとかで」

 

 顔を見合わせる。

 このタイミングで電脳少年の事を調べ直しているとなれば、その理由は俺と無関係ではないのかもしれない。

 

「いい機会だ。資料室は、一般開放もしてる図書室の奥にあってね。こっちから出向いてやろうか」

「了解です」

 

 スワコさんは鷹揚な感じでインテリ男に礼を言い、俺は黙って会釈だけしてその大きな背を追う。

 後ろから電脳少年がどうのという呟くような声が聞こえたが、まあ気にしないでおこうと振り返りはしなかった。

 

 それよりも問題は、電脳少年の事を調べ直しているという老人が、なんのためにそれを業務中に行っているか。

 

 つい先日この浜松の街を訪れた電脳少年持ちの山師の噂を聞いて調べているとしたら耳の早さに驚くし、さらにそれをどうにか利用できないかと調べているのならば、そのしたたかさは厄介である。

 どちらにしてもやりづらい。

 

「ここが図書室さ」

「……広さも蔵書の数もかなりのもんですが、人っ子ひとりいませんね」

「こんな時代だからね。本を読むのなんて変わり者で、晴れた日に仕事もせずそれができるような金持ちなんてもっと少ないのさ。こっちだよ」

「なるほどねえ。浜松の街に学校は?」

「長屋街に寺子屋。ビジネスホテルには住民の子供用の私学。公園地区から西には、新制帝国軍の軍学校だねえ」

「それなりにあるんですね」

「そうでもないさ。うちみたいな商家の子供は、親に読み書き計算を教わるから寺子屋には通わないし。だから教育レベルにはバラツキがあって、それが揉め事や差別的な扱いの元になったりもしてる。商人ギルドの中ですらね」

「同程度の教育を行き渡らせるのは、やっぱ難しいのか……」

 

 小舟の里にも学校はあるが、そこでは最低限の読み書き計算を教えながら、人として、狭く貧しい里の中で間違いを起こさないための方法というか、生き方そのものを教えているのだそうだ。

 それが正しいとも間違っているとも俺なんかに言えるはずがないが、もう少しなんというか、子供達の選択肢を増やしてやりたいという願いは間違いなくある。

 

 それを考えるために模範にはならなくとも、参考にできるような教育制度を是非とも見ておきたいと思ってはいるのだが。

 浜松の街ですらこんな感じならば、それも難しそうだ。

 

 スワコさんがノックもせず図書室の奥にあるドアノブを回す。

 

「いたいた。イサオ爺さん、ちょっといいかい?」

 

 資料室はすべての壁が本棚で覆われた酷く狭い部屋で、そこのデスクでページを捲っていた老人がスワコさんの声を聞いてしわくちゃの顔を上げる。

 

「スワコ嬢ちゃんか。どうした? ……なるほど。さすがの腕で、手持ちの金じゃ払い切れないほどの物資を持ち込まれたのか」

「そうなるね」

「品は?」

「戦前の菓子だよ。標準的な背嚢4つ分」

「……青年、本場の電脳少年の中にある分は売らなくていいのか?」

 

 一目で俺の腕にあるのが電脳少年ではなく、アメリカ製のピップボーイだと見抜くとは。

 

「菓子なんかはそんなに入ってませんからね。それとはじめまして、アキラってもんです」

「私はイサオ。スワコと同じく、イサオ爺さんと呼んでくれていいぞ」

「いえいえ」

「ふむ……」

 

 値踏みするような視線。

 

 まあ、そんなのにはもう慣れたもの。

 スワコさんが戦前のタバコを咥えたのでオイルライターで火を点けてやり、俺もポケットから煙草の箱を出して紫煙を吐く。

 イサオさんにも箱を差し出したが、デスクの煙管を持ち上げる事でいらないと伝えられた。

 

「微妙な表情だねえ、イサオ爺さん」

「山師にしては頭が回りそうで、商人にしては激しさが過ぎる瞳をしておる。そんな男が不意に現れた事を、幸運と見るか否か。咄嗟には判断ができんな」

「たかが山師ですからね、俺は」

「よく言う。それで青年、ここ商人ギルドをどう見る?」

「……どうもこうも。浜松の街には来たばかりで、商人ギルドにも初めて入らせてもらいました。大きな組織なんだなって以上の感慨はありませんよ」

「つまらん話だな。もっと腹を割ってくれてもいいだろうに」

「初対面の、それも年長者にはそれなりに気を使いますのでね」

「ならば近いうちに梁山泊へ出向いて、酒でも酌み交わしながら話すとするか」

「いつでも大歓迎ですよ。イサオさんになら、こちらから教えを乞いたい事も多そうですし」

「ありがたい。スワコ、書類はこれだ」

「はいよ。すぐに書き込むから待ってておくれ」

 

 スワコさんがポケットからペンを出し、デスクに身を屈めてサラサラとそれを走らせる。

 その間もイサオさんは、何も言わずに俺の目だけを見ていた。

 

 なんというか、不思議な老人だ。

 その視線には嫌味なところがなく、見詰められているような気すらしない。

 間違いなく観察されているのに、だ。

 

 それなのになぜか、すべてを見透かされているような。

 

「見れば見るほど、不思議な男だな」

「俺も今、まるっきり同じ事を感じてましたよ」

「ふむ。ならば、アキラ青年と私は似た者同士か」

「だろうねえ。この子はイサオ爺さんと同じで、強いだけじゃなく頭も回る。それに世を憂いてるような眼の色が、どうにも女を惹きつけるんだ。タチが悪いったらないよ」

「失礼な。私はまだまだ現役だぞ?」

「そっちのタチじゃないよ。まったく、50を過ぎて下ネタなんか言うんじゃないっての」

 

 50過ぎ。

 ならば、ジンさん達よりだいぶ年下なのか。

 

 銃どころか剣すら身に帯びていない老人が身に纏う空気感、言葉にするのならば『手強さ』とでも表現するべきそれを不思議に感じながら、ピップボーイから灰皿を出してタバコの灰を落とした。

 

 



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01号室

 

 

 

「これでよし、と。記入したよ。イサオ爺さん、ハンコを」

「どれ。……査定額がいつもと同じく少しばかり甘いが、まあこの青年が相手ならいいだろう。ほら」

「ありがとよ。それじゃ行こうか、アキラ」

「はい。イサオさん、ありがとうございました」

「酒を酌み交わす約束、忘れるなよ?」

「もちろん」

 

 部屋を出たスワコさんに付いて歩きながら、さっきの老人が何者なのか訊ねてみる。

 

 あのイサオさんは引退を宣言すると商人ギルドに是非にと乞われて就職した、元山師であるらしい。

 通常は専門知識のある戦前の品の買い取り責任者として働いているが、いざ何か事があれば商人ギルドが豊富な資金力で雇った山師達を率いる指揮官になるんだそうだ。

 

「まあ商人ギルドが傭兵を組織するなんて、まずあり得ない事なんだがね」

「どうしてです?」

「商人ギルドって名乗るくらいだ。どこまでいっても商売が第一なんだよ」

「資金があるなら兵を養って当然って気もするんですが」

「可能でも、それを抱え続けるとなると話は別さ。大事なのは、商人ギルドがその気になれば100を超えるほどの山師を雇って、新制帝国軍と刺し違える事もできるって事実だけなんだ」

「……わかるような、わかんねえような」

 

 刺し違える覚悟まであるのなら、いっそ。

 

 俺ならどうしてもそう考えてしまう。

 商人ギルドがそれをしないのは、政治家というよりは商人として損得勘定をした結果なのだろうか。

 

「そういや夕方まで3時間ほどあるけど、今日はこれで上がりかい?」

「どうですかねえ。教官殿の考え次第かな」

「なるほどね」

 

 その教官殿は店内の銃や山師向け装備を生徒と一緒に見て歩き、くーちゃんはカウンターに寄りかかりながらコウメちゃんと立ち話。

 俺とスワコさんが戻っても、4人はそれをやめる気はないようだ。

 

 マイペースというか、なんというか。

 

「帰ったぞ。タイチ、くーちゃん。この後はどうすんだ?」

「商人ギルドの職員が荷を取りに来るまではここで護衛らしいっすよ」

「ふうん。元からこんなに商品があるんだから別にいいような気もするが、くーちゃんはやっぱ優しいなあ」

「そんなんじゃないし。明日からの予定も立てたいから、今日はこのままお仕事終了でいいんじゃない?」

「そういう事ならオイラも賛成っす」

「りょーかい」

 

 今日からは梁山泊の一等室を1部屋だけ借りると決めてある。

 まだ酒場スペースには人が少なく、腕の良さそうな連中も見当たらなかったので、酒とツマミは01号室に運んでもらった。

 

「カンパーイ」

「はいよ」

「こ、こんな時間からお酒ですか」

「飲んでればそのうちミサキちゃんが来るだろうから、メガトン基地に行ったらヤマトとオイラだけシューティングレンジで銃の訓練でもするっすか?」

「あ、できればしたいです」

「そんじゃヤマトはノンアルコールっすね。アキラ」

「はいよ。ほら、缶コーヒー。微糖でいいよな」

「もったいないですって!」

「知らん」

 

 こんな世界にしては豪華な調度であるが、酷く薄暗い部屋。

 ソファーには、銃を持った男が4人。

 

 俺は今日も活躍してくれたデリバラーを咥えタバコで磨き、クニオはその白く細い指にミサキ達から譲られたというマニキュアを塗り直している。

 

 根っからマジメなヤマトは俺が部屋に入ってすぐに渡した9mm弾を1つずつランプの明かりに照らして点検してはテーブルに並べ、それを終えてから軽量ロングマガジンに込めてゆく。

 

 タイチ教官殿はジョッキの焼酎を舐めるように飲みながら、愛弟子になったヤマトを見守っているようだ。

 

「ねえ、アキラっち」

「んー?」

「ロクヨンに誘われた討伐依頼ってどうするつもりなの?」

「参加するに決まってるだろって。ヤマトがもう大丈夫ってタイチ教官が判断してからだけどな」

「ならあと2人を用意しとかなきゃ。ホントならこの4人でも狩り尽くせる程度の悪党だろうけど、パーティー同士が組むんならそうもいかないよー」

 

 そんな事は考えてもいなかったが、言われてみればたしかにそうか。

 

「……碧血のカナヤマさん達には磐田の街山師だって紹介して、特殊部隊から2人借りるしかねえかな」

「カズハナは出せないっすよ?」

「あのカップルは、留守を預かる指揮官だもんな。別に誰でもいいさ。銃が撃てて、簡単な見張りができればそれでいい。それより問題は、碧血のカナヤマさん達がどう動くつもりなのかだ」

「どういう事っすか?」

「教育文化会館は五社神社と隣り合ってて、おそらくだかでっけえビルの教育文化会館には、フォールアウトみてえに神社から出入りができるようになってる」

「まあ悪党にもそのくらいの知恵はあるっすからね」

「どう考えても、攻めるのに面倒なのはでっけえコンクリート製の建物だと予想される教育文化会館。そしてそうなると、山師の討伐ってのはどこまでするのかってのが重要でなあ」

 

 悪党に銃撃をして、応戦してきた連中を殺し尽くせばそれで終わりか。

 それとも建物内にまで踏み込んで、悪党を1人残らず殲滅するのか。

 

「あー。ロクヨンの性格じゃ、教育文化会館の方を自分達が受け持つって言うだろうしねえ」

「カナヤマさんはどこまでやるつもりだと思う、くーちゃん?」

「集められる戦力次第だねえ」

「……その戦力が、かなりのものだとしたら?」

 

 マニキュアを塗り終えたクニオが、肩を竦めながら淡いピンク色に染まった爪へ息を吹きかける。

 

「たぶん悪党を殺し尽くすまでやめないねえ。そうしちゃえば1日で運び切れない物資を、何日もかけて浜松の街に持ってけるでしょ。商人ギルドにも媚びを売っておきたいだろうし、うちの腕を見抜いたらそうしたがるんじゃないかなー。ん、上手に塗れましたぁ♪」

 

 こちらとしては、殲滅には大賛成。

 ただし、何日もかかる事後処理なんかには関わりたくない。

 

「建物内への突入、俺に単独で任せてくれるならいいが」

「そんなん、誰だって止めるでしょ。アキラっちがVATSなんて反則技を使えるのを知ってても。ね、タイチっち?」

「当然っすね」

「って言われてもなあ」

 

 こちらの世界の山師パーティーが戦前のビルに突入するとなると、どうしても思い出すのはフォールアウト3に出てきたライリー・レンジャーのイベントだ。

 

 俺達は商人ギルドに腕を認めさせたいだけでなく、せっかく知り合いになった碧血の誓いというパーティーに手助けをして少しでも犠牲を減らしたいからこの討伐に乗るのであって、危険な役目を連中だけに押し付けるのは本意ではない。

 

「まあロクヨンも電脳少年の視覚補助システムの事は知ってるだろうし、へーきへーき」

「別動隊としてでも突入させてくれるんならいいけどよ」

 

 教育文化会館の建物がどんな物かは確認していないが、おそらく大きな玄関があって悪党共はそこにバリケードなんかを築いているはず。

 そしてそれならば教育文化会館から攻撃する碧血の誓いは、しばらく身を隠しながらの銃撃戦をする事になるだろう。

 ダイアモンド・シティ近くでリポップのたびに、セキュリティとスーパー・ミュータントが小競り合いをしているような戦闘だ。

 

 ならば俺達が五社神社の悪党を早々に片付け、俺だけが、もし反対されてもクニオと2人で教育文化会館に突入して玄関を守る悪党を背後から強襲、なんて展開もあるのかもしれない。

 

 いや、むしろそれが理想か。

 

「冷たいビール。だいぶ暑くなってきたから、余計に美味しいねぇ」

「クーラーはねえが、戦前の扇風機ならピップボーイにいくつかあるぞ。出してジェネレータと繋ぐか?」

「いいっていいって。誰か来たら片付けるのも面倒だし」

「部屋としちゃ上等だが、地下で窓がねえのが難点だよなあ。この一等室って」

「だからこそ安心して寝られるんじゃん」

「……あー。なるほど」

 

 この一等室にはリビングだけでなく、ダブルのベッドが3つも並ぶ寝室まで付いている。

 それに酒場スペースやその周囲に並ぶ二等室の客は体育館の裏手にある公衆トイレを使うしかないというのに、廊下には汲み取り式の簡易トイレまで置いてあるのだ。

 さすがは高級ホテルのスウィートルーム、といった感じか。

 

「それよりアキラっち、明日の予定は?」

「ヤマトの教材を探しながら適当に歩くさ。だろ、タイチ?」

「それなんっすけど、地図を出してくれるっすか」

「おう」

 

 ロードマップを出し、浜松城公園のあるページを開いてからテーブルにそれを置く。

 

「ここが浜松の街。んで遠州病院、大学、川の手前のタバコ屋っす」

「うんうん」

「予定じゃこの川沿いを南下して敵の多いアクト地区の手前、東海道を右折してまず赤線地区の偵察だったんっすよ」

「だねぇ」

「でも敵の多さと戦利品の重さを考えたら、今はまだ時期尚早じゃないかと思うんっす」

「って事は、北か東に向かう感じか」

「その方がいいと思うっすよ」

「なら、漁るのに向いてそうな施設を探しとくかねえ」

「アキラっち、任せた」

 

 川向うで気になるのはパチンコ店に郵便局、それと銀行辺り。

 北に向かうのなら、目に付くのは広い敷地のスーパーマーケット。

 

「アキラさん。浜松の街を出て六間通りを右折せず北上すると、かなり先に浜松球場というのがありませんか?」

「えーっと、どれどれ」

 

 あった。

 

 かなり先とヤマトは言ったが、わずか3キロ程度の距離。

 そこには球場だけでなく陸上競技場と、広めの公園もあるらしい。

 

「あー。四ツ池の集落かあ」

「人が住んでんのかよ、ここに」

「うん。浜松の街の近くじゃ、最大の集落なんだよね。たしか200人くらいは住民がいるはずだよー」

「ここまで歩いてその集落でリュックの中身を売って、それから身軽になってまた探索しようって事か」

「ち、違います。違います!」

「はあ?」

 

 いい案だと思うんだが。

 

「浜松の街とその集落を、毎日のように新制帝国軍が行き来してるんですよ。だから予定を変えるにしても、そちらは避けた方がいいという話です」

「そういう事か」

「バカに絡まれるのはウザイもんねぇ」

 

 それはそうだが、逆に考えるとその集落を目指せば新制帝国軍の部隊を観察可能という訳だ。

 

「せっかく浜松の街に来たってのに、新制帝国軍の装備や練度をまだ見れてねえからな。俺だけでも近いうちに偵察に出るか」

「やめときなって。兵隊はほとんどがバカだから、難癖つけられて嫌な思いをするだけだよー」

「それがそうでもないんですよ、くーちゃんさん」

「へ?」

「去年の冬から、四ツ池と浜松の街を巡回するのはエイデン少佐の隊になったそうで」

 

 エイデンとは、映電とか叡電とか、そういう日本語の事だろうか。

 そうでないのなら戦前の生き残りにも外国人がそれなりにいて、その少佐とやらの祖先が外国人なのかもしれない。

 

「あのお行儀のいい部隊かあ。それなら揉め事にはならないだろうけど、だからって積極的に絡みたいとは思わないなあ。クズはクズだしー」

「ですよね」

 

 



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計画

 

 

 

 戦前の野球場と陸上競技場と公園。

 それを利用した集落。

 

 くーちゃんとヤマトは新制帝国軍の部隊と接触する可能性の高い、その集落を訪れるべきではないと言っているが、俺からしてみればそれはチャンスでもある。

 

 浜松の街が意外と平和だったせいで果たされていない、新制帝国軍の練度や武装の偵察をするチャンスだ。

 

「でもま、4人で動くんなら佐鳴湖と四ツ池集落は避けた方が無難か。となると……」

 

 浜松の街の山師達が佐鳴湖という湖を狩り場にできるのは、そこが市街地から離れた戦前の、言い方は悪いが田舎だからなのだろう。

 だからこそ、湖までの道を苦労せず歩ける。

 

 四ツ池集落もそうだ。

 クリーチャーがそれほど多くなく、だがその気になれば狩りもできるからこそ、野球場に人が住みついているはず。

 

「浜松の街と佐鳴湖と四ツ池を線で囲ってどうすんの、アキラっち?」

「これが浜松の街の山師と、新制帝国軍の行動範囲。まあ、これを出ないって訳じゃないんだろうけどな」

「うん。それで?」

「佐鳴湖と四ツ池の中間に線を伸ばせば、いつか漁るつもりだったオートレース場と防衛軍の空軍基地だ」

「アキラ、まさかそこに手をつけるつもりじゃないっすよね?」

「ねえよ。これは俺のレベルがもっと上がってから偵察に出て、それから大規模遠征をかけるような宝の隠し場所だ。そしてそんなトコにゃ、お宝を守る番人がいて当然。今は手を出せるはずがねえ」

「わかってるんならいいっす」

 

 それにオートレース場はまだしも、空軍基地を漁るとなれば、特殊部隊の武装バスにウルフギャングのトラック、そして俺達のワゴン車で向かうしかないだろう。

 可能なら、ジローの部隊やトシさんの部隊からも人を出してもらってだ。

 

 そうなれば当然、ジンさんの戦闘力と経験から来る判断力も欲しくなる。

 新制帝国軍といつ衝突するかわからない状況で、そんな事ができるはずもない。

 

「空軍基地を狙うなら、いつか御前崎の原子力発電所も……」

「ほんっと頭の切れる男だなあ、ヤマトは。感心するよか呆れるぜ」

 

 空軍基地に大規模遠征をかけると聞いただけで、そこまで考えを巡らせるとは。

 

「戦前の原子力発電所って。そんなの、人が足を踏み入れられる場所のはずないじゃん」

「まあな。核の被害がねえ浜松の旧市街にあれだけのフェラル・グールが住み着いてんのは、おそらくその原子力発電所が原因なんだろうし」

「旧浜松市の住民の大部分が亡くなったのは、核爆弾が落ちたからじゃなくって、その原子力発電所が理由だって学校で習ったっす」

「たぶん正解だ。それに原子力発電所は、最終段階になってからじゃねえと手をつけねえよ」

「最終段階、ですか?」

「ああ。……核分裂バッテリーの充電手段。それを手に入れる必要が出てくるのは、旧世界の文明の残滓だけじゃ人類を維持できなくなる将来がハッキリと見えた時だ。今はまだ必要ねえよ」

 

 沈黙。

 

 浜松の旧市街にすら、まだ手付かずの戦前の物資が山ほどある。

 なのにそれだけでは人類に将来なんてないと言い切れる日が、本当にやってくるのか。

 

 3人の心中はそんな感じだろう。

 

「……アキラさん」

「ん?」

「ぼくは、あなたに着いていきますよ。もう決めました」

 

 真剣な瞳。

 その視線は俺の目の辺りに固定されて動かない。

 

 ガキがいっちょ前に言うじゃねえか。

 

 そう茶化してやろうかと思ったが、ヤマトの眼差しがあまりに真っ直ぐ過ぎて言葉に詰まった。

 これだからガキは困る。

 理想を語るのなんて誰にでもできる事だが、実際にそれを成し遂げた偉人など有史以来ただのひとりもいないのだ。

 

「言うだけなら、誰でも言えるさ」

「ですね。でもだからこそぼくは、そのお手伝いがしたいんです」

「ならもっと勉強しないとっすね」

「それと戦闘も頑張らなくっちゃね、ヤマトっち」

「はいっ!」

「……勝手に盛り上がってんじゃねえっての。話を戻すぞ?」

「了解っす」

「あいあい」

「お願いします、アキラさん」

 

 西にある獲物の豊富な佐鳴湖方面に山師が、四ツ池集落のある北に新制帝国軍が集中して足を延ばしているのが現状。

 ならば俺達が人目を避けて探索に出るのなら、目的地は東か南しかない。

 

「南、浜松の旧市街はまだ手を出せねえ。となると、東に向かうしかねえんだが」

「ポツポツとある戦前の大型施設を漁るのもキツイっすよね。たった4人じゃ」

「そうなんだよ。民家やあのタバコ屋みてえな商店ならいくらでもあるんだろうが、それだと実入りもたいした事なさそうだしよ」

「うーん……」

「どうしたもんかねえ」

 

 新しいタバコを咥え、オイルライターで火を点けて紫煙を吐く。

 

「メガトン基地を案内してもらいながらタイチ先生に聞いたんですけど、アキラさんの電脳少年には稼働品のバイクが入ってるんですよね?」

「2台だけな。俺が使ってる速度が出るのと、タイチが使う戦前の新聞配達用のをタンデム可能にカスタムしたやつだ」

「ならその2台に分乗すれば、4人である事が逆に強みになるんじゃないですか?」

「もしそうだとしても、そうするつもりはねえなあ。俺達と小舟の里が車やバイクを運用してんのは、新制帝国軍にだけじゃなく商人ギルドにもまだ隠しておきてえんだ」

「可能です」

「は?」

 

 ヤマトの意見は、こうだ。

 

 民家や商店を漁っても実入りが少ないと俺は言ったが、それだって商人ギルドにしてみればとんでもなく腕のいい山師が現れたものだと呆れるしかないほどの成果。

 なのでそんな探索は、早朝からの数時間を費やせばそれで事は足りる。

 

「ですから毎朝リュック4つ分の物資を手に入れたら、そこから夕方まではアキラさんの夢のために時間を使うべきじゃないかと」

「でもバイクを使ってる事は絶対に秘密にしたいんでしょ、アキラっち達は」

「ええ。でも、ぼくはノゾが行商人になった時のために、四ツ池と小舟の里と磐田、それと点在する集落への移動ルートを可能な限り調べてあるんです。だからきっと、誰にも見つからずにバイクで移動する事もできますよ」

「そう言われてもなあ」

「アキラさん。徒歩ではムリでも、バイクなら辿り着ける範囲に見ておきたい戦前の施設はないんですか?」

「あるっちゃあるがよ」

「教えてください」

 

 浜松の街で山師をする時に使うロードマップを、ピップボーイに入れてある最も使い込んだそれと交換して、テーブルに開いた状態で置く。

 

「うわあ。まーた書き込みが増えてるっすねえ」

「これは俺が思いつきだろうがなんだろうが、考えた事をすべて書き込んでおく用の地図だからな」

「ふうん。この赤線で囲った六角形が、アキラっち王国の予定地なんだねえ」

「そんな王国いらねえっての」

「ここが浜松の街ですよね。……ほら、やっぱりたくさんありますよ」

「なにが? ヤマトっち?」

 

 ヤマトの細い、だが日焼けして浅黒く、肌が荒れ放題な指がいくつもの地点を指差す。

 

 コンクリートの土台で封鎖した新掛塚橋の次に天竜川に架かる橋、その次の東海道線の高架と、そのまた次に天竜川を渡れる橋。

 そして東名高速道路。

 工場や大型店舗、公共施設なんかにも指先が移動する。

 

「このくらいの場所になら、行商人とかぶらない道で案内ができます」

「橋はまだしも、東名高速は見ておきてえがな」

「ならこういう道順はどうです?」

 

 六間通りを右折して、遠州病院の交差点を左折。

 そのまま北上するルート。

 

「電車通り?」

「はい。線路というか、それがある高架に沿って伸びる道ですね。念のためにこの八幡駅を過ぎてからバイクを出せば、あとは誰にも見つからずに二俣街道まで出て、徒歩で東名高速に上がれるバス停に辿り着けるはずです」

「……直線距離で5キロもねえぞ。これなら徒歩でも余裕なんじゃねえか?」

「でもこのルートだと、電車通りにあるいくつもの戦前の駅前を通過する事になるっすよ。危険じゃないっすかねえ」

「秋葉街道は新制帝国軍が使うので、どうしてもこういう道になってしまうんです。こっちの馬込川を遡る道でもいいんですけど、それだとゲコトカゲが嫌になるくらい立ち塞がるでしょうし」

「問題は、敵の多さがどんくれえかだよなあ」

「かなりいます。ですよね、くーちゃんさん?」

「だねー。この最初に通る八幡駅だって、今は悪党の砦になってるんだし」

「そんな大きそうな駅には見えねえのに?」

「うん。この駅は歩道橋みたいになってて、ずうっと前は集落だったんだ。けど、住民が悪党に皆殺しにされてねえ。それからは悪党の根城になってるの」

 

 浜松の街に来る途中で殺った悪党の巣の大型版か。

 

「いい教材にはなりそうっすね」

「ちょっとばかり危険すぎやしねえか?」

「同感っすけど、死なない程度の危険ならヤマトにとってはいい経験になるんっすよ。赤線地区や酔いどれ地区にはまだ手を出せないっすけど、こんくらいならいいと思うっす」

 

 それはわかる気もするが。

 

 八幡駅の直近にはかなり大きな神社や、戦前の企業であるユマハの本社なんて文字も見えている。

 興味がないはずがない。

 

 それに電車通りを直進して次の駅に着く手前には、それなりの規模の病院があるようだ。

 

 たった二駅を通過するだけでそれなのだから、見ておきたいロケーションや漁りたい戦前の施設は、それこそ山のようにある。

 

「東名高速の手前にゃ、ボウリング場や自動車学校もあるんだよなあ」

「自動車学校はわかるっすけど、ボウリング場ってなんっすか?」

「戦前の娯楽場、って言えばわかりやすいかな。こんなレトロフューチャーな世界でもピンボールだのはあるだろうから、修理できりゃ小舟の里の住民のいい気晴らしになるかなってよ」

「……そんな事まで気にする王様って、逆に滑稽っすよ?」

「俺は王様なんかにならねえからいいんだよ。んで、どうする?」

 

 全員がロードマップを注視。

 答えが出るのを待ちながら、新しいタバコに火を点けた。

 

「オイラは賛成っすね。これなら、バイクを出さなくても良さそうな感じっすから」

「くーちゃんも賛成ー。屍鬼とかゲコトカゲを狩るより、悪党を潰す方が気分いいし」

「アキラさんはどうなんですか?」

「まあ賛成っちゃ賛成なんだがよ。こっちの都合に、くーちゃんとヤマトを付き合わせるのが申し訳ねえなって感じだ」

「アキラっち」

「ん?」

「これだけは言っておくね」

「お、おう」

 

 思わず、なんというか、気圧されたような気分になって吃ってしまった。

 それほどに、クニオの表情は険しい。

 

 そしてそんな表情をしながら、凄惨とでも表現するべきであろう笑みを浮かべられては、気の小さい俺がビビッてしまって当然だ。

 

「アキラっちがどんな夢を語ろうが、どんな王様になりたかろうが、くーちゃんには関係ないの」

「とーぜんだな」

「うん。でもね、アキラっちがこの世から悪党を駆逐するって言うなら。もしそう言ってくれるなら、くーちゃんもアキラっちの下に付いて命懸けで働いて見せるよ」

 

 ブチギレたワニブチのような眼で人を見るなと言いたいが、クニオはそれほどに悪党を嫌っているのだろう。

 

 こんな世の中を生き抜いてきた、容姿の整った、整い過ぎている男の娘。

 

 その過去を俺の方から問うまいと心に決めながら、俺は黙って小さく頷くしかなかった。

 凄惨な笑みが束の間だけ深くなったと同時にクニオは俺の目を見たまま大きく頷き、狂気じみた影が表情からスッと消える。

 

 



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ノーコン

 

 

 

「それじゃあたしは小舟の里に戻るけど、お願いだからムチャだけはしないでよね」

「わかってるっての。そっちこそ、あぶねえマネは控えてくれよ? 頼むから」

「へーきへーき。今日はシズクとジンさんに稽古をつけてもらえる日だから、小舟の里から出ない予定だし」

「ならいいがよ」

「うんっ。じゃあ、また夜になったら迎えに来るね」

 

 おうと返すとミサキはピップボーイを覗き込み、微笑みを浮かべながら音もなく姿を消した。

 

 今日の山師仕事を終えれば、明日は休暇を取る事になっている。

 それも運び屋チートのおかげで、小舟の里の自室でいつも通りのんびりと。

 

「運び屋さまさま、って感じだあな」

「ホントっすねえ」

「そういや明日の休暇、くーちゃんはどうすんだ?」

「特殊部隊の空き部屋でお昼過ぎまでぐっすり眠って、ウルフギャングさんのお店が開いたらそこでお酒かなあ。あ。でもアキラっち達とパーティー組んでからかなり稼がせてもらってるし、ミキちゃんのお店で買い物もしたいかも」

「なるほどねえ。ヤマトは?」

「ぼくも特殊部隊の宿舎に泊まって、朝から図書室と訓練場ですね」

「言っとくが、体を休めるための休日なんだからな? 訓練はやめて、読書だけにしとけ」

「ええっ。そ、そんなっ!」

「当たり前だ、タコ助」

 

 努力をするのは素晴らしい事。

 でもそれが過ぎれば、ただのオーバーワークでしかない。

 

 飲みながらの雑談で聞いた話によると、ヤマトはノゾとミライと身を寄せ合うようにして暮らしている間、孤児であり子供であるゆえに、大人と同じ日雇い仕事をするにしても他者より長く、少しでも動きを速くするという事を心掛けていたらしい。

 

 たしかに子供でも大人よりキビキビと働き、さらに皆が8時間しか働かないところをたった30分でもタダ働きしてやれば雇い主は喜ぶのだろうが、そんなのを習い性としてしまうのはあまりよろしくないんじゃないだろうか。

 

 いつかヤマトがメガトン特殊部隊の一員になるのなら、そういう癖は今のうちに棄ててしまった方がいい。

 

「それじゃあ行きましょうっす。そろそろ夜も明けるっすから」

「だねー」

「はいよ」

 

 一等室を出て、酒場スペースのカウンターへ。

 

 カウンターの中で眠そうにしているマスターにカギを返し、梁山泊を出る。

 今夜泊る一等室の予約はしていない。

 今日はガッツリ探索。そして暗くなる前に安全なロケーションを見つけ、ミサキがファストトラベルで迎えに来てくれるのを待つ予定だ。

 

「朝は涼しくていいっすねえ」

「うんうん」

 

 浜松の街を出て、まずは遠州病院前の交差点へと向かう。

 するとそこにはやはりと言うべきか、フェラル・グールが群れて高架下をうろついていた。

 

「チッ。やっぱりいやがる。昨日も全滅させたってのによ」

「もう、そういうもんだって諦めるしかないっすね」

「面倒な仕様だよなあ」

「それであのフェラル・グールなんっすけど、ヤマトにやらせていいっすか?」

「別にいいけど、大丈夫なのかよ? いくら連射可能だっつっても、威力のよえーハンドガンのみで」

「パイナップルでも出してくれるんならありがたいっす」

「なるほどね。……じゃあ、先にアレを試してもらうか」

 

 ピップボーイを操作して、まずはオイルライターを出す。

 

「ライターっすか?」

「ああ。タイチにはもう渡してるし、ついでにくーちゃんにも渡しとくか。男4人のパーティーがお揃いのオイルライターとか、ちょっとばかりキモイが。ほれ、ヤマトも」

「ええっと。これをどうするんですか?」

「コイツに使うんだよ」

 

 オイルライターを放られて首を傾げていたヤマトは、俺が次に出した物を見ると、すぐにそれが何であるか察したようだ。

 

 火炎ビン。

 

 フォールアウト4の、それも序盤ではかなりお世話になった投擲武器だ。

 

「ビンの中で揺れてる液体って可燃性で、これは悪党がよく使う武器なんですよね。商人ギルドの図書室にあった山師の手記で読みました」

「ああ。栓にしてあるボロ布火を点けて投げれば、ボンッ! ってな。こんなのが合いそうなら、次はグレネードとそれを投射するグレネードライフルも練習しとけばいい」

「……やってみます」

「気楽にやるといいっすよ。火炎ビンはオイラも試した事があるっすけど、少しくらい狙いを外しても炎が低レベルのフェラル・グールくらいなら倒してくれるっすから」

「わかりました。届かないと怖いんで、なるべく接近してから火を点けて投げます」

 

 自分でもオイルライターの火を点けてみたヤマトが、生唾を飲み下して歩き出す。

 俺はデリバラー、タイチはハンティングライフル、クニオはサブマシンガンのセーフティを解除してそれに続いた。

 

「そろそろ気づかれるっすよ、ヤマト」

「はい。遠距離武器は先制攻撃を仕掛けてこそ輝く、ですよね。投げます」

「ヤマトっち、ガンバレー」

 

 小声の遣り取り。

 

 それを終えたヤマトが少しばかり引き攣った笑みを見せ、オイルライターのヤスリを擦る。

 着火。

 

「いきます」

 

 火の点いた火炎ビンを振りかぶって遠投。

 

「ありゃりゃー」

 

 法則性でもあるのか、交差点をうろつくフェラル・グールの数は初めてここを通った時と同じ3匹。

 その最も手前にいるフェラル・グールの、さらに手前で火炎ビンが砕け散る。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

「謝る前に射撃準備っすよ」

「はいっ!」

 

 ヤマトが抜いたホクブ機関拳銃の装弾数は24発。

 GUNSLINGERのPerkがある俺でもその弾を6発命中させなければゲッコーを倒せなかったが、たしかその後の戦闘でヤマトはフェラル・グールを3発かそこらで倒し切っていた。

 その個体と同程度のレベルの相手なら、射撃の得意なヤマトはマガジンを交換せずに3匹を倒せるはず。

 

 そんな俺の予想は、あっけなく裏切られた。

 

「おほー。ヤマトっち、やっる~ぅ♪」

「まさかまさかの威力っすねえ」

「えっと、これってぼくが倒したって言っていいんでしょうか……」

 

 砕け散った火炎ビン。

 その着弾地点から、紅蓮の炎がアスファルトを舐めるように伸びていった。

 大昔に理性だの知性だのを失ったフェラル・グールは、自ら炎の中に分け入って俺達に襲いかかろうと駆け出したが、その途中でHPをすべて失ってアスファルトの上に崩れ落ちている。

 

「ヒデエ臭いだな」

「威力もエグイよねえ。そりゃ悪党が好んで使うはずだよ」

「まだ燃えてるっすけど、延焼しそうな物もないんで先を急ぎましょうっす」

「おう。んじゃヤマト、次はこれを使え」

「そ、それってまさか手榴弾ですかっ!?」

「さすが。物知りだなあ」

「こんなのスワコさんの店で買ったら、80円はしますよっ!?」

「いいんだよ。ヤマトが山師になるってんならこれはいい売り物になるが、本当に兵士になるつもりならただの消耗品でしかねえんだ。今のうちに試しとけ」

「……ありがとうございます」

「いいさ。そんで次はグレネードライフルだ」

 

 昨日と一昨日は潜った遠州鉄道の高架橋。

 今日はそれを越えるのではなく、その下を並走するような形で進む。

 

 この先にはいくつもの戦前の駅があり、他はまだわからないが最初の駅には悪党が住み着いているらしい。

 手投げのグレネードだけでなく、グレネードライフルだってすぐに試せるだろう。

 

「最初の交差点には妖異の姿がないっすね」

「だねー。でもアキラっち、そこのお店はホントに漁らなくっていいの?」

「ありゃ弁当屋だからな。今日の狙いは、タバコ屋とか酒屋だ。梁山泊に流す調味料も、あんま多すぎたら値崩れを起こすだろうし」

「あいかわらずケチっすねえ」

「うっせ、ほっとけ。スカベンジャーがケチで何が悪い」

 

 2つ目の交差点。

 そこにはしっかりと教材がいてくれた。

 フェラル・グールではなく、モングレルドッグではあるが。

 

「ワンコが2匹っすね」

「ど、どうしましょう、タイチ先生」

「はい?」

「手榴弾なんて使ったら、飢犬の肉が取れません……」

「ヤマトまでケチな事を言うんじゃないっす。いいから教えた通りに」

「ううっ。もったいない……」

 

 足元を見られて相場よりだいぶ安い賃金の日雇い仕事でどうにか食い繋いでいたヤマトからすると、モングレルドッグの焼き肉ですら大が付くほどのご馳走であるらしい。

 

 その迷いを振り切るように、ヤマトは安全ピンを抜いて安全把を握り込んだ手榴弾を振りかぶった。

 

「わくわく」

「いっけえっ!」

 

 放たれた手榴弾が弧を描き、交差点の真ん中で朝寝を決め込むモングレルドッグの向こうでアスファルトを叩く。

 

「あはは。またハズレ~♪」

「要練習っすねえ」

 

 アスファルトの上で2度跳ねた手榴弾が爆発。

 その時にはすでにヤマトはホクブ機関拳銃のグリップを握っていて、憂さ晴らしでもするかのようにトリガーを引いた。

 

「射撃のセンスは抜群なのになあ。なんで投擲になるとノーコンなんだか」

「ぼくが聞きたいですっ。タイチ先生、もう1匹もいいですかっ!?」

「もちろんっすよ」

「撃て撃て~い」

 

 危な気なくモングレルドッグを倒し終えたヤマトは、苦虫を嚙み潰したような表情のままマガジンを交換し、ホクブ機関拳銃をミキの店で買ったホルスターに納めてから水筒の水をグビリとやって大きく息を吐く。

 

「俺達もタバコ休憩にすっか」

「そうっすね」

「わぁい」

 

 モングレルドッグが道を塞いでいたのは電車通りに入って2つ目の交差点で、その次の交差点に戦前の八幡駅、悪党の根城がある。

 この距離で手榴弾を使ったのだから、あちらの耳にも爆発音は届いているだろう。

 小休止をして少し進んだら、ヤマトにとっては初の対人戦だ。

 

「なあ、ヤマト」

「はい」

「悪党なんて存在に墜ちたとはいえ、人を殺すのって嫌じゃねえのか? 今ならまだ引き返せるぞ?」

 

 ヤマトが微笑む。

 それは、酷く大人びた微笑だった。

 

「悪党がいなければ、父さんと母さんは死ななかった。そしてぼくが1人でも多くの悪党を殺せば、ぼくみたいに孤児になるしかない子供が減るかもしれないんです。迷いなんて、欠片もありませんよ」

「……そうかい」

「ええ。でも、お心遣いありがとうございます」

「そんなんじゃねえさ」

 

 タバコをやらないので周囲の警戒をしているヤマトに、リンコさんから譲られたグレネードライフルを渡す。

 手榴弾の時はタイチに任せたが、これの説明は俺がした方がいいだろう。

 

「……とまあ、そんな感じだ。これは貰い物だからくれてやれねえが、気に入ったら磐田の街の店に在庫があるらしいからそれを買えばいい。まず試してみな」

「ありがとうございます」

 

 



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八幡駅

 

 

 

 タバコ休憩を終えて歩き出すと、1分もかからず次の交差点が見えてきた。

 そこから150メートルほどの距離で高架橋の土台に身を隠し、スコープとサイレンサー付きのハンティングライフルを出して交差点のすぐ先にある八幡駅を覗き込む。

 

「まるっきり歩道橋みてえな駅だなあ」

「小さな駅だからねえ」

「くーちゃんも狙撃するか? するんならハンティングライフルを出すぞ」

「いいっていいって。くーちゃんは周囲の警戒をしとく」

「そりゃあ助かる」

 

 スコープのレンズの向こうに見えるのは、普通の歩道橋とほとんど変わらない階段と、その歩道橋の上にある小さなコンクリート製の建物だ。

 セイちゃんが前に言っていた通り、この遠州鉄道という線は利用客がそう多くない私鉄で、駅も小さなものばかりであるらしい。

 

 待合室しかないような駅舎の窓ガラスは割れて中が見えているが、そこに人影は見当たらなかった。

 

「いないっすねえ」

「マーカーが表示される距離まで近づくしかねえかな。作戦変更、狙撃はタイチだけで俺は釣り役」

「いくつ出るっすか?」

「2つか3つ、かな。狙撃と授業は任せたぞ、タイチ」

「くーちゃんを連れてく気は?」

「ねえな。ポイントマンとスナイパー、どっちに護衛が必要かなんて考える必要もねえだろ」

「それはそうなんっすけどねえ」

「大丈夫だよ。まだ、な」

「……覚悟はしてたつもりっすけど、その時になったらオイラは冷静に見てられる自信がないっすよ」

「信じてるさ。そんじゃ2つ、それでもマーカーが見えなきゃ3つ進んでおっぱじめるぞ」

「はいっす。狙撃も授業も任せてくださいっす」

「頼んだ」

 

 身を隠している高架橋の土台から姿勢を低くして跳び出し、すぐに次の土台を盾にして八幡駅の窓からの射線を切る。

 同じ要領で3つ目の土台まで進み、そっと顔を覗かせて八幡駅の待合室を窺った。

 

 まだ遠いか。

 ピップボーイの視覚補助システムにマーカーが表示されない。

 もしかすると土台を3つどころか、5つは進まないとダメなのだろうか。

 

 こういうところがまだまだで、だから俺には兵士になる適性なんてないんだよなあ。

 

 そんな事を考えながら振り返り、ハンティングライフルをいつでも撃てる構えでこちらを見ているタイチにハンドサインを送る。

 

 3、バツ。

 行く、5。

 追従せよ。

 

 そんなサインを見たタイチが頷いたので、また土台から跳び出して次に身を隠せる土台へと向かう。

 

「ようやく見えやがった。1つ、2つ、……見えてるマーカーはたった5か」

 

 元は集落であったという話だし、そこの住民を皆殺しにしたという悪党が総勢5名でしかないというのは考えにくい。

 おそらくだが遠目からは見えなかった縦に長い駅舎の奥に、まだまだ悪党がいるのだろう。

 

 こちら側、駅の南端に5なら北端にも同数。

 そしてそこまでの間、間違いなくある駅のホームなんかにも悪党はいるだろう。

 

「……でも、地図で見た感じじゃ駅への入り口はあの歩道橋だけなんだよなあ」

 

 突っかけてみないと何もわからないか。

 

 そんな気分でハンティングライフルをピップボーイに入れ、代わりに手榴弾を持つ。

 それを見せたタイチが頷いたので、土台の陰から跳び出して交差点の真ん中まで一気に走った。

 

 走りながら安全ピンを抜き、安全把を握り込む。

 

「あんな爆発音がしても待合室にいる危機感のねえクズにゃ、こんなプレゼントがお似合いだぜっ」

 

 投擲。

 

 いつかPerceptionを5まで伸ばせたら、DEMOLITION EXPERTを取得して2段階まで上げよう。

 そうすれば強武器である投擲武器を使う時、こういった手榴弾を投げる軌跡がピップボーイの視覚補助システムに表示される。

 

 手榴弾は狙い通り待合室の割れたガラスの向こうへ。

 それが爆発する前に、俺の手には追加の手榴弾が握られていた。

 

 爆発。

 

 間を置かず2度目の投擲。

 それが待合室の窓に吸い込まれるのも確認せず、俺はまた走り出す。

 

 さっき跳び出した高架橋の土台にではなく、歩道橋の階段、それとタバコ屋の間にある歩道へ。

 ここならば高架橋の土台より近いし、もし視界にマーカーなんて表示されない悪党が駅から駆け出してくれれば、それを物陰から撃てる。

 

 目の端にチラッと見えた赤くなったマーカーを安全な階段の陰で数えてみると、それはもう2つに減っていた。

 そこに新たな3つの赤マーカーが合流。

 と同時に、1つのマーカーが消えて、視覚補助システムの端に経験値を取得したという表示が現れる。

 

 見て確認するまでもない。

 タイチが狙撃で数を減らしてくれたのだろう。

 

「ありがてえ」

 

 すでにデリバラーは抜いてある。

 

 歩道橋の床と待合室の壁の向こうで慌てふためく赤マーカー。

 チラリと目をやってみたが、タイチは2射目すら撃っていないらしい。

 

 ダメ、身を隠して出てこないっす。

 了解。フォローを頼む。

 

 まるでテレパシーでも使えるようになったような自分に少し驚きながらそんな意思疎通を行い、もう1丁のデリバラーを左手で抜いた。

 

「パワーアーマーはどうすっか……」

 

 束の間だけ迷った俺が戦前の国産パワーアーマーを装備せずに突入する覚悟を決めて後方に目をやると、ハンティングライフルを持っていない方の手で胸や腕を叩く仕草をしているタイチが見える。

 その手は最後に頭上に伸ばされ、帽子でもかぶるような動作をしてまた胸を叩く。

 

 しゃあねえなあという気分でデリバラーを持ったまま、流れ者の服の襟を抓んで首を傾げる。

 するとタイチは何度も大きく頷いて、それからまたハンティングライフルを構えた。

 

「ほんっと、どいつもこいつも過保護なこった」

 

 フォールアウトは登場する銃器の豊富なゲームだが、その本質はRPG、ロールプレイングゲームだ。

 どこぞのスポーツ系だったりリアル系だったりするFPSとは違う。

 

 撃って、撃たれて。

 HPを削り切られる前に、どうやってジャンジャン押し寄せる敵を倒すかというゲームシステム。

 

 それはタイチだけでなくジンさんとウルフギャングにも話してあったし、レベルが20になった今の俺ならばそんな戦闘をする必要がある場合はそれもやむなし、と話し合いの場で決めてある。

 なのでさっき俺が『まだ大丈夫』と言ったのは、この八幡駅ではまだそういう戦闘にはならないだろうという意味だ。

 

「でもま、ヤマトに戦前の国産パワーアーマーを見せとくのは悪くねえかな」

 

 ショートカットで国産パワーアーマーを装備。

 タイチがまた大きく頷いたのを見てから、両の手にデリバラーが握られているのを確認して駆け出す。

 

 3段抜かしで階段を駆け上がるなんて、いつぶりだろうか。

 中学、いや、下手をすると小学生の頃以来。

 

 どう考えても人殺しの前に抱く感慨ではないが、そんな事を思いながら歩道橋を上り切る。

 

 右手の駅舎。

 そこから不意に出てきた、薄汚れた髭面。

 

 銃声。

 

 撃とうと思う前に、俺の右手はデリバラーの銃口を上げてトリガーを引いていた。

 浅い。

 いや、当たり所が悪かったのか。

 男は額の辺りから血を飛沫かせ、後ろに倒れ込んだ拍子に俺の視界から消えてしまった。

 

「弾が頭蓋骨にでも弾かれたか。くっそ、マーカーは減ってねえから仕留め損ねた」

 

 やはり、俺に戦闘のセンスなんて欠片もないらしい。

 そんなのは当たり前の事なのだろうが、叫び出したくなるほどに口惜しいと思った。

 

 センスがねえなら、努力。

 そして経験を積むしかねえんだぞ。

 

 心の中で自分にそう言い聞かせながら走り、待合室の枠だけになっているドアを渾身の力で蹴り開ける。

 

「カチコミの時間じゃゴルアッ!」

「ひいっ!?」

 

 浜松の街ですらまず見かけない、戦前の国産パワーアーマー。

 そんな厳つい防具に全身を守られた男が外部スピーカーから最大音量でそんなセリフを吐くと、人殺しで人食いというどうしようもないクソヤロウでも、こうして思わず悲鳴を漏らしてしまうらしい。

 

 クズでも男なら、黙って死んでゆけ。

 

 そんな気分でVATS起動。

 待合室の中にいるのはたった4人。

 その全員の頭部に2射ずつの攻撃を選択して、VATSを発動させた。

 

 1人、2人。

 スローモーションの世界で、薄汚れた命が散ってゆく。

 

「おわあ-ぁっ」

「いーやーだぁー」

 

 マヌケな悲鳴。

 それがすべて止むと、世界は時間を取り戻した。

 

「マーカーはなし。ま、そんでもホームは確認しねえとな」

 

 手榴弾の爆発でぐちゃぐちゃになった椅子なんかの残骸を踏みながら待合室の窓まで歩き、タイチにOKのサインを送る。

 それから小さな改札口を塞ぐようにヘビーマシンガンタレットを設置して、国産パワーアーマーを装備解除した。

 

「ったく。俺って人間は楽をする事ばっか考えやがる。国産パワーアーマーを使ったからタレットも出していいだろって? そんな考えをしてるようじゃ、帰りにはバイクまで使ってそうだぜ」

 

 デリバラーは右手だけにぶら下げ、タバコを咥えて火を点ける。

 煙を吐きながら見渡してみるが、待合室で回収できそうなのは、悪党達が使っていた武器くらいだ。

 

「お疲れっす、アキラ」

「お、お疲れ様です。アキラさん」

「さーすが双銃鬼。くーちゃん、じゅんってしちゃったぁ」

「それはやめれって。ヤマト、これがタレットな。人目が怖い外じゃまず出さねえが、いい機会だからよく見とけ」

「はい。……自律型の銃座、これが」

 

 ホームに悪党の残りがいて、それが顔を出してくれれば威力と精度まで見せてやれる。

 そう思いながら喫煙組の全員がタバコを吸い終えるまで待ったが、残念ながら悪党はもう顔を出さなかった。

 

「仕方ねえ。ザッとホームを確認したら交差点のタバコ屋を漁って、それから先を急ぐか」

「了解っす」

「くーちゃんがアキラっちと行く~♪」

「へいへい」

 

 改札口にヘビーマシンガンタレットを置いた意味なんて、どう考えてもなかったらしい。

 電車の見えないホームには、悪党どころかフェラル・グールの姿すらなかった。

 なのですぐに待合室へ戻って悪党の粗末な武器を回収して八幡駅を出たのだが、その駅前とも言えないような交差点のタバコ屋には、戦前の商品なんてマッチ箱の1つも見当たらない。

 

「まあ、当然っすよねえ」

「飴玉の1つすら落ちてねえのかよ。クソが」

「いいじゃん、別に。悪党の拳銃が3丁に、小銃まで1丁あったんだから。充分な稼ぎだって」

「東名高速のバス停までの途中にも、まだまだ店はあるだろうしな」

 

 



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道行き

 

 

 

 居ついていた悪党を殲滅した八幡駅を通り過ぎ、また北上して東名高速を目指す。

 

 俺達の進行方向、左側にある大きな駐車場と立派な建物は、戦前の大企業であるユマハの本社であるらしい。

 なので中を漁ればかなりの物資があるのだろうが、俺達はその敷地、駐車場にすら足を踏み入れず電車通りの車道を歩く。

 

「本社ビルの玄関をプロテクトロンが固めてるんじゃなあ」

「ぼく、動く警護ロボットなんて初めて見ました。やっぱり強いんですか、あれって?」

「1体1体はそうでもねえさ。でも1体を攻撃したら、この施設の全プロテクトロンが俺達に襲いかかってくるかもしんねえ。どれほどの数が稼働してるかもわからねえ、そのすべてがな」

「うっひゃ。それはヤバイねえ」

「だろ。だからプロテクトロンを倒して持ち帰りてえのは山々だが、こんなでっけえ施設のはスルーだ。カンペキに発見されてるのにマーカーは赤になってねえし、とっとと通り抜けようぜ」

「それが一番っすね」

 

 平静を装いながら、鼓動よ静まってくれと願いつつユマハ本社の横を通り抜ける。

 

 なんというかあれだ。

 犯罪になどわずかばかりの縁すらないのに、夜道で警察官と擦れ違う時のドキドキ感。

 今の気分はそれに似ている。

 

「……ようやく抜けたか」

「広かったねえ、敷地」

「嫌んなるくれえにな。ここを左折すっとスーパーマーケットがあるはずだが、そこはスルーでいいか?」

「うんっ」

「ですね。アキラさんのピップボーイに戦前の品をすべて入れられないなら、大きすぎる店舗を漁るのは安全確保にかかる手間が惜しいだけです」

「この電車通りにも、まだまだ店はあるっすからね」

「りょーかい」

 

 なんて事を言ってはいたのだが、次の交差点にタムロするフェラル・グールとの戦闘準備をしながら、俺は道の向こうにある店舗を漁るべきかかなり迷っていた。

 戦闘準備といってもフェラル・グールの数はたった2匹で、下手をすればヤマトがぶちかますグレネードライフルの初撃でカタはつくのだが。

 

「いいですか、アキラさん?」

「おう。いつでも好きにやってくれ。とにかく気楽にな」

「はいっ」

 

 グレネードライフルを持ち上げたヤマトが、見よう見まねで射角を調整。

 ほどなく、ポンっというあの気の抜けるような発射音が聞こえた。

 

 それなりに広い交差点のほぼ中央、まるで立ち話でもしているような2匹の足元に、ヤマトが初めて放った40mmグレネード弾が着弾。

 

「おおっ。ヤマトっち、やっるぅ♪」

「お見事っす」

「あ、ありがとうございます。凄い威力ですね、これ……」

「手で投げるとあんなヒデエのに、なんで撃つと狙った場所に命中するんだろなあ」

「才能でしょうねえ。それよりアキラ、次はなるべく軽いスコープ付きの銃を出してくださいっす」

「ヤマトにはホクブ機関拳銃だけ持たせるんじゃなかったんかよ?」

「ここまでのセンスを見せられたら、状況に応じて使い分けてもらうしかないっすよ」

「欲を掻きやがって」

 

 だが、本人のためにも様々な銃に慣れておくのは悪い事ではないだろう。

 なのでスコープを付けただけのレーザーライフルを出し、グレネードライフルと交換して、今度は弾薬であるフュージョン・セルもいくつか渡す。

 

「重さはどうっすか、ヤマト?」

「……少し重いです。でも最初に使うはずだった散弾銃よりずっと軽いので、これならなんとか」

「レーザーライフルは、コンバットショットガンの半分程度の重量だからな。ホクブ機関拳銃は俺が預かっておくか?」

「少しでも鍛えて筋肉をつけたいので、このままでお願いします」

「はいよ」

「それじゃあ、まずは狙撃の心得からっすね」

 

 歩き出しながら狙撃の利点から語り出した教官の声を聞き流し、後ろ髪を引かれる思いで戦前のカーディーラーの前を通り過ぎる。

 中をちょっとばかり見ておきたいと言えば誰も反対はしないだろうが、割れたガラスの向こうに見える展示車はどれも動きそうにないので、スクラップとして回収ができないのなら時間のムダでしかないだろう。

 

 蕎麦屋、床屋、郵便局。

 それらを眺めながら歩いていると、今度は不思議な構造物が見えてきた。

 

「……ああ、なんだ。歩道橋の地下版か」

「あれが気になるの、アキラっち?」

 

 足を止めた俺に並び、クニオがアーチ形の天井のほとんどが崩れた地下道の入り口を指差す。

 

「浜松の街に行く途中の歩道橋にも、さっきの歩道橋に似た八幡駅にも悪党がいやがった。ならあそこにもいて当然って俺は思うがな」

「ふうん。なら、サクッと殺っちゃう?」

「どうすっかねえ」

「アキラ。道の反対側にも同じような入り口が見えるっすけど、あれはそういうものなんっすか?」

「ああ。この道は、遠州鉄道の高架橋と並走してるだろ。だからそれがジャマで、普通の歩道橋が作れねえ訳だ。高架橋を跨ぐんじゃ、費用がかさむ。安全面でも不安だろうし」

「やるなら挟み撃ちですか、アキラさん?」

「そうだな。って、ヤベエ。戦闘準備!」

 

 どう対処するか迷うにしたって、身を隠してからそれをすべきだった。

 ミスに気づいても後の祭り。

 

 デリバラーを抜いて地下道の入り口、まだ赤になっていないマーカーが揺れるそこに銃口を向ける。

 

「悪党なら、くーちゃんに殺らせてねぇ♪」

「相手の出方次第、って。マジかよ……」

「アワテズ、サワガズ、コウイッタトキホド、オチツイテ、コウドウシマショウ。コチラハ、シズオカケンケイ、デス」

 

 プロテクトロン。

 しかもカラーリングが白と黒で、頭のてっぺんに警察官の制帽を模した飾りのような部品まで取り付けてあるタイプだ。

 この世界のプロテクトロンはそれなりに見たが、こんな型の、それも県警仕様なんてのは初めて見た。

 

「アキラ、どうするっすか?」

「どうしたもんかねえ」

 

 プロテクトロンは俺達に気が付いてもバトン型の右手を振り上げたりはせず、同じセリフを繰り返しながらゆっくりと俺達に近づいている。

 

「うわっ、なんかキモイっ」

「だなあ。おーい、警官プロテクトロンさん。聞こえてっかー?」

「モヨリノ、ヒナンバショハ、ヒクマショウガッコウ、デス。オチツイテ、ムカイ、マショウ」

「……ダメだな。避難は促しても、その対象である連中の言葉を理解して対応する機能はぶっ壊れてやがるらしい」

「じゃあ、倒して持ち帰るっすか?」

 

 どうするか。

 

 浜松の街を出てからずっと、万が一にも尾行などされぬようにと背後には気を配っている。

 が、まあそんなのはパワーアーマーを装備した瞬間にどうでもいい心配になっているかと、この哀れなプロテクトロンには新しい人生、ではなくロボ生をプレゼントする事に決めた。

 

「少しばかり気が引けるけどな」

「これじゃ仕方ないっすよ」

 

 セイちゃんには、壊れた国産型の警官プロテクトロンを見つけたから持ち帰ったとだけ言っておこう。

 

 そう心に決めながらデリバラーを『壊し屋のコンバットショットガン』に持ち替え、ガションガションとやかましい音を立てながら歩くプロテクトロンのコメカミに銃口を突きつける。

 

「300年間、お疲れさんな。少し休め」

 

 トリガーを引く。

 

 轟音。

 

 マーカーが赤に変わるのを見ながら、すかさずVATSを起動。

 頭部への追加攻撃2射でアスファルトに倒れ込んだプロテクトロンを、そのままピップボーイに収納する。

 

「きっとセイちゃんが直してくれるっすよ」

「別にあんなポンコツがどうなろうが、俺の知ったこっちゃねえさ」

「はいはい。おセンチさんはすーぐ、ロボットにすら同情しちゃうから困ったものっす」

「……なんかムカつくな。くーちゃん、俺が許すからそこの地下道でタイチを好きにしていいぞ」

「やあったぁ♪」

「い、いい訳ないっすよ。なにバカな事を言ってるんっすか!」

 

 すぐ慣れるだとか死んでも慣れたくないっすなんて声を聞きながら、タバコを咥えてロードマップを出す。

 昨日から何度も眺めているので地理は頭に入っているが、確認も必要だ。

 

「あった。曳馬小学校」

「その先には中学校もありましたよね」

「ああ。まあ、まずは小学校の手前にある助信駅だがよ」

「そこで待っているのは悪党か、それとも屍鬼、じゃなくってフェラル・グールか。どちらにしても、このレーザーライフルを早く試したいです」

「屍鬼でいいさ。そこまで俺達に合わせる必要はねえよ」

「いえいえ」

「おら、そこのバカップル。ヤラねえんなら行くぞ」

「するする」

「しないっすからっ!」

 

 小学校は進行方向の左側、つまり俺達が歩いている道に隣接している。

 

 助信駅がどの程度の規模なのかは知らないが、そこを片付けたら道の反対側に渡ってから進むべきだろう。

 

 そう考えながら歩き出すと、屋台に毛が生えたような古い餃子専門店の向こうに、派手な赤色で『祭』と書かれた看板が見えてきた。

 

 どこの世界にも祭りはあって、それを心から楽しみにしているような連中もそれなりにいるのだろう。

 俺のように集団でバカ騒ぎをするのが性に合わない人間からすると迷惑な話だが、年に1日くらいなら耳を塞いでガマンすればいいだけだ。

 

「また地下道があるっすねえ」

「東名高速の近くにもあるようなら、ファストトラベルのお迎えを待つのにちょうどいいな」

「また歩道橋が見えます、アキラさん」

「それが助信駅だろうな。駅の向こうにゃ小学校があっから道を渡っときてえが、それをすっと道の反対側に神社がある。嫌な配置だぜ」

 

 ゲームのフォールアウトの中ならばこんな建物の配置では十中八九、製作者の悪意を疑ってしまうような戦闘が発生する。

 駅だけでなく小学校と神社にも充分に注意しながら進むぞと声をかけ、まずは道を反対側に渡った。

 

 運命の日の避難所であった小学校よりは、今では境内の手入れもされず背の高い草が生え放題の神社の方がまだ安心して横を通り抜けられるだろう。

 

「駅は入り口すら見えないっすね」

「八幡駅よりだいぶおっきいねえ。アキラっち、ここは漁らなくっていいの?」

「いいさ。少し大きい駅らしいが、あっても小さなキヨスクくれえだろうし。襲われなきゃそれでいい」

「あいあい」

「了解です」

 

 一応は駅前になるのだろうが、電車通りの右側には2階建ての食事処と、少し大きなアパートが並んでいるだけ。

 とは言ってもおそらくだが、俺達のような新鮮なエサが通りかかれば、そのどちらかの敷地からフェラル・グールが飛び出してくるはず。

 それをヤマトに伝えようとすると、俺が言おうと思った注意とほぼ同じ事をタイチが言っている声が聞こえた。

 

「さすが相棒」

「おだてたってなんも出ないっすよ」

「この食堂、あの日は休みだったのかな」

「……いませんね、フェラル・グール」

 

 アパートの敷地には確実にいるさ。

 

 そうヤマトに告げてもよかったが、タイチはこの頭の切れる若者を本気で鍛えるつもりでいるらしい。

 ならばこんなのも経験させておこうと何も言わず、食堂とアパートの間の細い道が覗き込めるところまで足を進めた。

 

 



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エオン

 

 

 

 やはり、いる。

 

 フェラル・グールが1匹だけだが、レーザーライフルは初撃ちとなるヤマトにはその方が都合がいいだろう。

 俺が足を止めたのでその横に並ぶ形になったヤマトは、細い道に横たわるフェラル・グールを見つけると、機敏な仕草でレーザーライフルを持ち上げた。

 

「攻撃を許可するっす」

「はいっ!」

 

 レーザーライフルの特徴的な発射音。

 それが間を置かず鳴り出す。

 

 狙いは中々のものだが、まだ『相手がフェラル・グールなので先に足を潰しておこう』というような判断はできないらしい。

 

 まあ、それが当然か。

 ヤマトは俺達と出会った前日まで毎日毎日キツイ日雇い仕事でどうにか食い繋ぎ、そのただでさえ少ない日給を節約して、ノゾに金属バットを、ミライに錆が目立つ鉈を買って山師デビューを果たしたばかりだった。

 しかもリーダーであるヤマトの武器は店で買った物ではなく、そこらで拾った鉄パイプ。

 もしかしたらヤマトは今の今まで、銃を撃つ自分の姿を脳裏に思い描いた事すらなかったのかもしれない。

 

「そのヤマトがこうまで銃を巧く扱って見せるんだから、人間ってわっかんねえよなあ」

「ピップボーイを手に入れたら、間違いなくヤマトには戦闘系、それも銃を使うPerkが出るんでしょうねえ」

 

 たしかに。

 

 ウルフギャングにも軽く教えてもらったが、その後のジンさんや市長さんやリンコさんの話を総合すると、こちらの人間はピップボーイを持っていなくともレベルは発生していて敵を倒せばそれが上がり、Perkという形で明示はされないがそれぞれに得意分野というのは必ずある。

 ピップボーイがヤマトの得意分野を教えてくれるなら、そのうちの少なくとも1つは間違いなく射撃に関するものだろう。

 

「でもそれを言うなら、タイチだってそうだろうがよ」

「ま、電脳少年ですら見つけられるとは思わないから関係ないっす」

「コツコツ探索に出てりゃ、いつかそんな幸運も訪れるさ。お疲れ、ヤマト。レーザーライフルはどうだった?」

「えと。反動は軽いし素直な弾道だし、いい銃だと思います。でも、倒したフェラル・グールが……」

「灰になってるだろ? これがレーザーライフルなんかのエネルギー武器の特徴で、メガトン特殊部隊にそれらを配備してねえ理由だ」

 

 もったいない。

 

 そう呟いたヤマトの言葉には共感しかないので、顎でしゃくって着いて来いと伝える。

 そして俺がフェラル・グールだった物体の前に立ってその哀れな骸、灰を靴底で散らすと、案の定コロリと何かがアスファルトに転がった。

 

「これは」

「ペンダントか? 戦前のアクセサリーだ。ラッキーじゃんか。もらっとけもらっとけ」

「じゃあ、あとで売ってから代金を4分割して」

「いいっての。ヤマトは若いんだから、身だしなみにも気を使っとけ」

「見せる相手もいないですから」

「それを作るためにオシャレしとけって言ってんの。ヤマトは顔も整ってんだから、こんなのも似合うはずだ。ほれ、拾って首から下げたら行くぞ」

「はあ」

 

 ヤマトが拾い上げたペンダントを不承不承といった感じで首から下げたので電車通りの歩道に戻ると、タイチがしっかり戦闘のためにペンダントは服の中に入れておけとアドバイスをしているのが聞こえる。

 じゃあやっぱりジャマなだけじゃないですかとヤマトは愚痴るが、タイチだけでなくクニオにもいいから着けてろと言われ、それに従う事にしたらしい。

 

 おそらくだが、タイチとクニオも俺と同じ思いなのだろう。

 

 ヤマトは銃の扱いに才能を感じさせ、長年の孤児生活という苦労で身に着けた頭の回転の速さにも目を見張るものがある。

 それらは兵士を志す若者にとって、何物にも代えがたい大きな武器だ。

 

 だが、だからこそヤマトより少し年上の俺達は、この少年に戦う事ばかりを考える人生など送ってほしいとは思わない。

 

 オシャレのひとつもして、仕事が終わったら仲間と酒を飲んで、恋人ができたら思う存分その子と抱き合って。

 そうやって普通の人間が楽しいと思う事も経験して欲しいというのは俺達の自己満足でしかないのかもしれないが、あって当然な心の動きなんじゃないだろうか。

 

「うっわ、予想通りかよ」

 

 アパートの建物が視界を塞いでいた右側、神社の敷地にはやはり草木が生い茂っていて、奥にあるはずの建物すら見えない状態になっていた。

 

「マーカーはあるっすか、アキラ?」

「今んトコ見えねえな。でも念のため、通り抜けるまで静かにしとこうぜ」

「はいっす。神域で殺しはしたくないっすからね」

 

 そんな観念はこの時代にまでも脈々と受け継がれたものなのか、それともミサキがタイチ達特殊部隊に伝えたのか。

 

 どうでもいい事を考えながら、神社の脇を息をひそめるようにして歩く。

 歩道が広いおかげもあって無事その目的を達すると、ヤマトの安堵したような溜め息が聞こえた。

 

「ははっ。もうレーザーライフルじゃねえ武器にするか、ヤマト?」

 

 神社の向こうには小さな川と、駐車場の奥に戦前のギフトショップがあったが、そのどちらにもクリーチャーは見えないのでそう問いかけてみる。

 

「できればお願いします。倒しても肉を取れないなら、妖異や獣が出てもぼくは撃たない方がいいのかなと、そればっかり考えてました」

「やっぱりな」

「ケチなところまでアキラに似なくていいんっすよ、まったく」

「うっせえ。俺とヤマトは、誇り高きスカベンジャーでありハンターなんだよ。んで教官殿、次はどんな武器を経験させるんだ?」

「なるべく軽いライフルをお願いしたいんっすけど」

「……パイプ系は総じて軽いけどな。ま、威力と安全性を考えたらノーマルのショート・ハンティングライフルでいいんじゃねえか? それだと重さもそんな変わんねえし」

「じゃあそれでお願いするっす。最初はスコープもなしで」

「あいよ」

 

 捧げるように両手で差し出されたレーザーライフルを、ピップボーイから出したハンティングライフルと交換。

 礼を言いながらそれを受け取ったヤマトは、片手で持ち上げてみたり構えてみたりしてから、いい笑顔を浮かべて頷いた。

 

「それを扱えるようなら、次はスコープとサイレンサーも付いたのを試すといいっす」

「はいっ」

「そりゃいいんだが、ちっとばかしマズイな」

「アキラっち、なにがマズイの?」

「道の反対側の小学校はグラウンドじゃなく校舎が道に隣接してるが、それでもフェラル・グールの姿が見える」

「……あー。たしかにいるねえ。でも道の向こうだからかこっちに反応してないし、別にどうって事はないじゃん」

「ロードマップで見た感じじゃ、次の交差点から小学校の隣の神社が丸見えなんだよ」

「そしてその交差点には、モングレルドッグが3匹っすか」

 

 タイチが言うようにもう見えている交差点には、エサを探すでもない様子のモングレルドッグが見えている。

 

「おう。あれを狙撃したら神社のフェラル・グールが反応して、それを迎撃したら今度は小学校のフェラル・グールがって考えるとよ」

「うっひゃ。それは最悪だねえー」

「だろ? 迂回するか悩みどころだ」

「でも迂回したら迂回したで、細い道は奇襲を受けやすいんっすよねえ」

「そうなるな」

「タイチ先生とアキラさんだけで進んでるとしたら、ここは迂回する場面なんですか?」

「いいや。サイレンサー付きの銃で2人いっぺんに狙撃。モングレルドッグを倒しても釣りにならなかったら歩道の端っこを歩いて、そのままこの道を通り抜けられるか試す。そんな感じだあな」

「んじゃ、それでいいじゃん」

「そうすっか」

 

 俺のハンティングライフルをピップボーイから出し、ついでに同じ物をヤマトにも差し出す。

 少しだけ迷った様子を見せたがヤマトは礼を言いながらそれを受け取り、さっきまで持っていたショート・ハンティングライフルを俺に返した。

 

「狙撃手が3人、標的も3匹。弾を外した人には、くーちゃんからのお仕置きかにゃあ♪」

「だとさ。ご愁傷様、ヤマト。掘っても掘られても、俺だけは見る目を変えねえからな。安心してイッて来い」

「カ、カンベンしてくださいよ……」

「まさか教え子に引導を渡す日が来るとは。教師になんてなるもんじゃないっすねえ」

「仕方がねえのさ。それが、生きるって事だ」

「じょ、冗談ですよね?」

 

 さあなとだけ返し、しゃがみ込んでハンティングライフルを構える。

 3人並んでだ。

 周囲の警戒は、俺達を見守るように背後に立っているクニオに任せてしまえばいい。

 

「スリーカウントな」

「了解っす」

「はいっ」

 

 3、2、1。

 

 0と呟くように言った俺の声を、3つの銃声が追った。

 

「ちぇっ。全員しっかり当ててるしー」

「よかった。本当に、命中してよかった……」

「重さは?」

「気にはなりますけど瓦礫運びの仕事なんかよりずっと楽だし、瞬間的に力を込めればもう少し遠距離からでも狙撃できそうです」

「なら、これからは狙撃もこなしてもらうか」

「はいっ!」

 

 立ち並ぶ民家、ポツポツとある公共施設と店舗。

 それらを眺めながらたまに行く手を塞ぐクリーチャーを倒して進み、今までのそれより少し大きい曳馬駅を通り過ぎる。

 

 曳馬駅はやはり高架橋の上に駅があるのだが、歩道の脇に縦長のエレベーターのための建物まであったので、意外と近代的な感じだった。

 そして曳馬駅の次の交差点で俺は足を止め、どうしたもんかと考えを巡らせる。

 

「フェラル・グール。の、死体っすね」

「曳馬駅で妖異が出なかったからもしかしてと思ったけど、やっぱそっかー」

「心当たりがあんのか、くーちゃん?」

「ヤマトっち。教えたげて」

「あ、はい。えっと、ここから右。馬込川を渡った先にはエオンという集落があるんです」

「それって、ロードマップにあったエオンって大型スーパーマーケットか?」

「ですね。そこにはスーパーマーケットだけじゃなく結構な大型店舗が密集してて、人口もそれなりにいるそうです。だから見えているフェラル・グールの死体は、そこの山師か猟師が退治したんじゃないかと」

 

 ピップボーイの視覚補助システム。

 その方位を示すコンパスには、小舟の里や浜松の街に近づくと表示される居住地マークは見えていない。

 

 なので頭の中に地図を、この辺りの地理を思い描く。

 

 浜松の旧中心街から北へ向かえば向かうほど、言い方は悪いが田舎になっていって、この辺りまで来ると農地などもかなり多かった。

 俺の生まれ育った日本でもそうだったように、こういった地域は土地代なんかが安いので、こちらでもそういう地域に大型の商業施設があったらしい。

 

 いい場所に集落を作ったものだ。

 たしか農地に囲まれるような立地のそこにはヤマトが言ったように複数の店舗、スーパーマーケットと家電量販店と複合アミューズメント施設といくつかの飲食店、それにゴルフの打ちっぱなしなんかもあったはず。

 

 それらの敷地を合わせると小学校なんかが6つも7つも入ってしまうような大型店舗ばかりなので、戦前の物資が豊富に残されているそこを守り切れるだけの人手があれば、公園跡地にある浜松の街より暮らしやすいんじゃないだろうか。

 

「興味はあるが、今は寄り道してる場合じゃねえか」

「そのうちそっちも偵察っすか?」

「まあな」

 

 そこがどんな街で、住民がどんな風に暮らしているかなんてわかるはずもないが、手を取り合える可能性があるのなら訪れないという選択肢は存在しない。

 

 電車通りを直進して次に見えてきた上島駅にもフェラル・グールの死体と解体したモングレルドッグの残骸があったので、エオン集落というのはそれなりの戦力を持っていて当然のように思える。

 

「この駅を過ぎて馬込川を渡ったら、この道は秋葉街道に合流します。そこまで行けば、目指す東名高速はすぐそこですよ」

「予定よりだいぶ早い到着だなあ。まだ昼にもなってねえぞ」

「時間が余ったらエオン集落っすか?」

「わかんね。ロードマップで見た感じ、曳馬駅がその集落の山師のテリトリーなら、東名高速のバス停もその範囲に含まれるからな」

「でも位置的に言えば四ツ池集落からすぐなのに、どうして新制帝国軍はエオン集落に手を出さないんっすかねえ」

 

 



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ボウリング場とサッカーグラウンド

 

 

 

 ヤマトが上島駅の辺りで言ったように、そこから目的地である『東名浜松北バス停』まではすぐだった。

 

 1時間とかからず進行方向には、戦後300年が経ってもまだ聳え立っている東名高速の高架がすでに見えてきている。

 俺達が進む道と線路が分岐でもしたように分かれていたので、次にあるはずの自動車学校前駅の様子は見ていない。

 

「もし自動車学校前駅にもクリーチャーの死体があるようなら、付け入る隙はありそうだな」

「どういう意味っすか?」

「くーちゃん、ヤマト。エオンと四ツ池って、もしかして仲が悪いんじゃねえのか?」

 

 俺の問いを受けたクニオがニヤリと笑う。

 ヤマトの方は驚いているようで、まじまじと俺の顔を見てから慌てて小さく頷いている。

 

「さーすがアキラっち。いい読みしてるぅ♪」

「ど、どうしてわかったんですか、アキラさん!?」

「簡単な話だ。曳馬駅と上島駅の途中の交差点なんかにゃ生きてるクリーチャーがいたのに、2つの駅前と直近の交差点だけはクリーチャーが倒されてただろ」

「はい。でも、それがどうして……」

「鉄道は、それ単体でも大事な交通手段だがよ。その駅を使ったり人を送り迎えするためには、徒歩や車両での利便性も求められる」

「は、はあ」

「まあ遠州鉄道ってのは大手の私鉄じゃなかったんだろうが、そんでもその駅を使うのに不便がねえような形で道路なんかも伸びてるって事だ。そしたら、エオン集落の連中がその駅にだけ人を出してる意味は? モングレルドッグは食えるから倒して当然だが、食えもしねえフェラル・グールまで倒してよ」

「……もしかして、エオン集落は偵察のためにそうしてるんだろうという読み方ですか? そしてエオン集落から駅の方角には四ツ池集落があるから、2つの集落は仲違いをしていて戦闘に備えていると?」

「正解。んでその仲違いの理由が新制帝国軍にあるなら、エオン集落とは仲良くできるんじゃねえかってよ」

 

 大都会である浜松の街の山師でさえ、戦前の歓楽街どころか六間通りの東方面にすら足を向けてはいない。

 それはおそらく、金にならないフェラル・グールがジャマで仕方ないからだ。

 

 だがエオン集落の戦力であると思われる連中は、わざわざ駅前にまで来てフェラル・グールを倒している。

 となればその目的は日々の糧を得るための狩りではなく、俺達と同じような戦前の物資の回収か、もしくは公費を投入しての見回りという事になるだろう。

 

 2つの駅前に転がっていたフェラル・グールの死体には刃物や鈍器のものではない明らかな銃創があったので、それを倒した連中は銃で武装している。

 集落と呼ばれる小さな街の山師が銃で武装して戦前の店舗や民家を漁りに出ている可能性より、規模は小さくとも軍隊かそれに準じる組織が見回りのため定期的に駅まで出かけている可能性の方が高いはず。

 

「お、おみそれしました……」

「バカでも考える事をやめなきゃ、これくらいは読めるんだって」

「まーたそういう言い方を。ヤマトもそうっすけど、アキラが自分をバカって言うと嫌味にしか聞こえないんっすよ。わかってるっすか?」

「んだにゃあ」

「ホントの事なんだから仕方ねえだろって。それより、戦闘準備だ」

「はいっ」

「あいあい~♪」

「はぁ、すぐ手前のでっかい交差点にもフェラル・グールがいたのに。またっすか」

「今度は、両手の指じゃ足らねえ数が押し寄せるかもしんねえ。気合を入れろよ」

 

 見えている敵は、戦前のボーリング場の広い駐車場をうろついているフェラル・グール。

 その人影は片手の指で足りる程度でしかないが、駐車場の車の残骸の陰や、かなり距離はあるがボーリング場の建物近くにもフェラル・グールはまだまだいるだろう。

 

 ただ幸運なのは俺達の左、サッカー場にクリーチャーの姿がないという事だ。

 これなら片側二車線ずつのこの道で、いくらかは安心してカイティングしたフェラル・グール達を迎え撃てる。

 

「まずはヤマトの練習でいいっすか?」

「いいぞ。好きに撃ちまくれ」

「ありがとうございます」

 

 ボルトアクションのライフルにもだいぶ慣れた様子のヤマトが、装填を確認して基本に忠実な片膝を地につけた構えを取った。

 もう片方の膝は立てている、この映画なんかでよく見る撃ち方は、膝撃ちと言うんだったか。

 

 銃声。

 

 駐車場のフェラル・グール達はサイレンサーのおかげで撃たれた事に気が付いていないようだが、ヤマトの放った.308口径弾はどの個体にも命中していない。

 

「くっそ……」

「練習だって言ったっすよ。気にせず次射っす」

「もしかしてドタマをブチ抜くつもりだったんか、ヤマト?」

「はい。でも、30センチほどズレてたみたいです」

「それだって大したモンだと思うがなあ」

「ホントホント。ヤマトっちも、将来はとんでもない男になりそうだよねえ」

 

 俺とタイチは20歳。

 ヤマトは、その6コ下。

 この俺達の弟分があと数年で期待通りの成長を見せてくれたら、その時は俺に何かあっても、安心して後を、タイチの補佐をしてもらうという形で託せるのかもしれない。

 

 再度の銃声。

 

 駐車場の一番手前、ボーっと突っ立っていたフェラル・グールの頭部が、熟れたスイカでも撃ったように弾けて血が飛沫く。

 

「よしっ」

「修正が早いっすねえ。ドンドン撃っていいっすよ。マヌケなフェラル・グールは、まだこっちに気づいてないっす」

「はい!」

 

 2匹、3匹。

 すっかり狙撃のコツを掴んだらしいヤマトがテンポよくフェラル・グールを撃ち倒すのを見守っていると、流れ者の服の袖がツンツンと引っ張られた。

 

 目をやってみればそうしているのはクニオで、俺の視線に気づいた見た目だけ美少女は道路の左側にあるサッカー場を指差している。

 

「げえっ!」

「どうしたんっすか?」

「撃ち方やめ。反対車線に走れ!」

「えっ?」

「指揮官の指示には黙って従う、それが兵士っすよ。ヤマト」

「は、はいっ」

 

 クニオが指さした先にいたクリーチャーの習性を語り聞かせている余裕はない。

 全員で反対車線の真ん中に走った。

 

「敵はでっけえサソリで、ゲームと同じなら地中を移動して奇襲を仕掛けてくる。気は抜くんじゃねえぞ」

「サソリって。こんなところに針鎧虫がっ!?」

「タイチ、背後を頼む。来るとしたら路肩の土のどっかだ」

「了解っす」

「くーちゃんは左の中央分離帯。俺は右な」

「はいな~♪」

 

 道幅が広いのは助かるが、そのおかげで中央分離帯、それも土に植物が植えられているそれがいくつもあるのは少しばかり厄介だ。

 

「まあ、そんでもくーちゃんが気づいてくれたのはラッキーだな」

「出るって噂は聞いてたからねえ」

「ったく。なんで日本にサソリ、ラッドスコルピオンがいるんだよ。ここはあのイカレた国とは違うんだぞ」

「知らなーい」

「フェラル・グールに動きはなしっす」

「よしよし。なら、ラッドスコルピオンさえ捌けばどうにかなりそうだあな」

 

 クニオはいつものサブマシンガンだが、俺もタイチもハンティングライフルを背負ってデリバラーと10mmピストルを握っている。

 それに気づいたヤマトも同じようにハンティングライフルを背負い、腰のホルスターのホクブ機関拳銃を抜いた。

 

 初夏の陽射し。

 ひび割れたアスファルト。

 沈黙が続いているおかげでやけに大きく聞こえる、ヤマトのいつもより荒い呼吸音。

 

 戦闘にはいくらか慣れても待つという行為に慣れていないからか、そんなどうでもいいものばかりに気が行きそうになる。

 

 それでも、待った。

 

「まずはくーちゃん大当たりっ!」

 

 そんなセリフを、サブマシンガンの連続する銃声が掻き消す。

 

「経験値が来た。さすがだな、くーちゃん」

「迎撃は得意だからねー」

「10発ってトコか?」

「だねぇ」

 

 クニオのサブマシンガンで倒し切るのに10射必要なら、和製ラッドスコルピオンのHPはかなりのものか。

 害虫駆除のコンバットショットガンを出したいところだが、ショートカットに害虫駆除どころか、レジェンダリー武器は一切入っていない。

 己の迂闊さを呪うような気分で、デリバラーをほぼノーマルのオートマチックコンバットライフルに代えた。

 

「へえ。良さそうな銃だね、アキラっち」

「あとで好きなのをくれてやるよ」

「くーちゃんは、サブマシンガンしか使わないもん」

「なら、とっておきがあるぞ。フォールアウト4じゃ誰もがいっぺんは手にして、その強さに呆れた経験のあるような銃だ」

「ふうん。でもそしたら、くーちゃん9式じゃなくなっちゃうんですけど」

「それならそれで、って言ってる場合じゃねえなっ!」

 

 右の中央分離帯。

 そこの背の低い植え込みの根元が、ボコボコっと盛り上がってゆく。

 

 間違いない。

 

 ラッドスコルピオンだ。

 だがこんな移動先を限定されるような状況ならば、地中から跳び出しての攻撃でも奇襲になんてなりはしない。

 

「こっちも来たっす」

「タイチ先生っ!」

「ヤマトは待機。こういう動きを見るのも勉強っすよ」

 

 こんな時でも授業かよと呆れるような気分で、地中から跳び出したラッドスコルピオンにコンバットライフルを撃ちまくる。

 大きさが子供に毛が生えた程度の個体だからか、そのHPバーは見る間に削れ、腹を見せて中央分離帯に転がったラッドスコルピオンはピクリとも動かなくなった。

 

「ラッシュ、来っぞ!」

 

 叫んだ途端に銃声が響く。

 俺も右の中央分離帯から新手のラッドスコルピオンが現れたので、またコンバットライフルを撃ちまくった。

 

「リロードっす!」

「任せろっ!」

 

 コンバットライフルを投げ捨てる。

 ショートカットで両手にデリバラー装備。

 

 もう出し惜しみしている場合じゃないだろう。

 

 VATS起動。

 中央分離帯のラッドスコルピオンに2射、リロード中のタイチの前方に現れた新手の尻尾に7射を選択してVATSを発動した。

 

 



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東名浜松北バス停

 

 

 

「来たかチョーさん待ってたドンってなあっ!」

 

 ハンドガンを多用するPerkビルドのおかげか、だいぶHPが減っていた中央分離帯のラッドスコルピオンは1射で倒れ、右手に握ったデリバラーが6度連続して小さく跳ねてタイチの正面に現れたラッドスコルピオンが腹を見せて路肩に転がる。

 その攻撃が終わった瞬間、GRIM REAPER'S SPRINTが発動。

 

 ツイてる。

 これがLUCK極振りの強みだと叫びたいくらいだ。

 

「リロードOKっす!」

「おう。最低でもあと4匹はこっちで殺れるぞ!」

 

 失ったAPが満タンまで回復したので、約6射で1匹。

 それに切り札として貯めていたクリティカル・メーターがあれば、3回のクリティカル攻撃でラッドスコルピオンは瞬殺できるか、HPのほとんどを削れるだろう。

 その途中でまたGRIM REAPER'S SPRINTが発動してくれたら、それプラス数匹は倒せるはずだ。

 

「これが、小舟の里の双銃鬼……」

 

 タイチのリロードが終わったので目の前の中央分離帯から跳び出したラッドスコルピオンへ通常攻撃をしていると、そんなヤマトの呟きが聞こえた。

 

 だから俺をそんな中二臭い名前で呼ぶんじゃねえと、ゲンコツでも落としてやりたい。

 

「いい気分が台無しだぜ、ったく」

 

 そのラッドスコルピオンを倒し切り、リロードする代わりにデリバラーをコンバットライフルに変更。

 

 くーちゃんにチラリと視線をやるとサブマシンガンを振るようにしてマガジンを落とし、口に咥えていた新しいマガジンを手に取ったので、その隙を埋めるため左の中央分離帯から出たラッドスコルピオンに銃口を向けてトリガーを引いた。

 

「ああっ、横取り禁止だよぅ!」

「早い者勝ちさ」

「いくら10mmピストルでも、ノーマルじゃこんなのはキツイっすねえ。またリロードっす!」

「はいよー」

 

 コンバットライフルの弾を撃ち切ったらデリバラー。

 通常攻撃にVATSを織り交ぜてデリバラーを撃ち切ったらコンバットライフル。

 

 そうやって戦闘を続けていると、不意に新手のラッドスコルピオンが姿を現さなくなった。

 

「お、終わったんでしょうか……」

「どうだろうなあ」

「とりあえず、一息つけるのはありがたいっすよ」

「まあ、これだけ倒しちゃってればねえ」

 

 たしかに。

 

 ヤマトを囲むようにして三角形の陣形で銃を撃ちまくっていた俺達の周囲には、数えるのも面倒なほどのラッドスコルピオンの骸が転がっている。

 

「なんにせよ、リロードなんかを済ませてから水分補給だな。たった数分の戦闘だったってのに、全員笑えるくれえ汗だくだぜ」

「夏っすねえ」

「うー、オフロ入りたいよぅ」

「東名高速の高架に上がる前に休憩を挟むつもりだから、室内で休む事にすれば水浴びはできるさ」

「やあったぁ♪」

 

 たんまり消費した全員分の弾薬をそれぞれに渡し、水を飲みながらヤマト以外の3人がタバコを1本灰にする。

 そんな小休止を終えても、ラッドスコルピオンはもう姿を現さなかった。

 

「それじゃ、授業の続きっすね」

「面倒なら俺とくーちゃんが突っ込んで薙ぎ払うぞ?」

「できれば、やらせてください。ぼくが楽にしてあげたいんです」

「……はいよ。急ぐ必要はねえからな」

「ありがとうございます」

 

 ボーリング場の駐車場には、まだフェラル・グールの姿が見えている。

 ラッドスコルピオンのラッシュを迎撃した銃声に反応する事すらできなくなった元日本人を、ヤマトは丁寧な射撃で1人ずつ撃ち倒していった。

 

「駐車場なのにこんなじゃ、ボーリング場の中は漁らねえ方がいいか」

「なんでしたっけ、ナントカボール? だかはいいんっすか?」

「ピンボールな。今日はいいさ。ミサキのファストトラベルがあれば、いつでも漁りに来られるからな」

「なるほど。なら、まずはそのファストトラベル先を確保っすね」

「そうなるな」

 

 ロードマップで見た感じではこの広い敷地のボーリング場の斜め向かい、道の反対側に大きなスーパーマーケットがあり、それは東名高速の高架沿いに建てられている。

 そして東名高速の高架に並走する形で細い道が伸びていて、それを右に少し行けば目的地のバス停があるはずだ。

 

 戦前の高速道路。

 石油資源が枯渇して、一般車両までが核エネルギーを動力とするため、小型車ですらとんでもない値段になってしまった世界。

 なので車がずいぶんと少ないこの世界ではあるが、それでも高速道路、それもそのトンネルなんかにはどうしたって期待をしてしまう。

 

「アキラっち、なんか笑ってるんですけど……」

「このキモイ笑顔は、なんかを妄想してる時の顔っす」

「ふぅん。くーちゃん、水浴び中に襲われちゃったりするのかにゃあ」

「ないと言い切れないから怖いっすねえ」

「や~ん。アキラっちのエッチ~♪」

「ねえよ! あとさらっとキモイとか言ってんじゃねえ、泣くぞ!?」

 

 ボーリング場、スーパーマーケット、どちらも駐車場のフェラル・グールだけを倒し、東名高速に並行して伸びるだいぶ細い道へ。

 

 すっかり水が乾き切ってしまった戦前の田んぼと空き地と民家の前を通って、東名高速を潜る小さなトンネルのある交差点に辿り着く。

 

「へえ。ちっちぇーけど印刷所らしいぞ、この建物」

「すぐそばが東名高速に徒歩で上がれるバス停だし、ファストトラベル先としては文句のつけようがないっすね」

「おう。まず、ここの作業場で一休みだな」

「なんで民家じゃなくって印刷所の、それも作業場? くーちゃん水浴びしたいから民家の方がいいんですけどー」

「印刷機が使えそうか見たくってよ。ウォーターポンプなら、便所にでも設置してやるから」

「えー」

 

 印刷所は小さな建物で駐車場も狭いが、印刷物をトラックなんかに積み込むための出入り口はそれなりに大きかった。

 そのドアを少し開けて中を確認し、フェラル・グールすらいないのを確信したので中に足を踏み入れる。

 

「ヤベエ」

「ん?」

「……どれが印刷をする機械なのかすらわかんねえ」

「そのうちセイちゃんを連れてきて見てもらうしかないっすね」

 

 仕方ねえかと印刷機は諦め、ガラス戸から中を覗ける事務所へと向かう。

 

 浜松の街を出た時から尾行には充分に気をつけ、途中で倒したプロテクトロンをピップボーイに入れたのだし、印刷機は特定できずとも機械類をすべて持ち帰ればいいような気はするが。

 

 書きかけの書類や湯飲みが残されている事務所にもフェラル・グールはいなかったので、適当なデスクにそれぞれが座って思い思いの休憩時間を過ごす。

 水浴びをするためのウォーターポンプは、トイレではなく事務所の奥にあった給湯室に設置しておいた。

 

「アキラさん、東名高速の様子を見た後はどうするんですか?」

「ちょっと待ってくれ」

 

 ロードマップを出す。

 

「ふーっ、サッパリしたぁ♪ ってアキラっち、なんで頭なんか抱えてんのー?」

「ロードマップ見てた。したら東名高速を東に向かうと、どう見ても高架が崩れてねえ範囲にトンネルがねえんだよ。なんだこりゃ。これだから、本州ってのは土地が広すぎて訳がわかんねえ」

「え、えっと。なら西はどうなんですか?」

「危険が多そうなパーキングエリアだのインターチェンジだのを過ぎて、それどころか浜名湖を渡った先までトンネルはありそうにねえ……」

「あっちゃあ。やっぱ、そう簡単に動く車両は増やせそうにないっすねえ」

「だなあ。これなら探索だけじゃなく狩りもするつもりで山に向かって、そのついでにトンネルを探した方が効率は良さそうだ」

 

 小舟の里の武装バスや磐田の街に回すトラックを発見したトンネルのように、ある所には状態の良い戦前の車両がまだかなり存在するはず。

 

 2つの街に天竜を加えた共同体のような勢力が浜松の街を凌ぐほどの力をつけるつもりなら、車両はいくらあっても多いという事はない。

 これからも地道に捜索はしてゆくつもりだ。

 

「東名高速を探索するんじゃないとすると、次の候補はどこになるんですか?」

「……上島駅の次、自動車学校前駅かねえ」

「ならエオン集落にも?」

「くーちゃんとヤマトの意見次第だな。俺とタイチは、さっきまでそんな集落がある事すら知らなかったんだし」

 

 2人が考え込む仕草を見せる。

 

「悪い噂は聞かない。でも、いい噂もないんだよねえ」

「しかもエオン集落は街の外に交易所や宿屋があって、余所者は街の中には入れないんですよね?」

「らしいよー」

 

 だいぶ排他的な集落か。

 ならわざわざ嫌な思いをするために、こちらから出向く必要はあまりなさそうだ。

 

 そんな感想を述べると、くーちゃんとヤマトは頷いて同意を示してくれた。

 

「んじゃ四ツ池とエオンの集落はとりあえずシカトで。そうすっと時間が余っから、ヤマトの訓練がてら北にでも向かうか。東名高速から向こうなら、新制帝国軍はまずいねえって話だし」

「って事は使うんっすか、バイク?」

「くーちゃんはまだしも、ヤマトはメガトン特殊部隊に入りてえらしいからな。戦前の車両にも慣れてもらわねえと」

「うっわ、めっちゃ楽しみなんですけど~♪」

「ですね」

 

 クニオはマニキュアなんかを嬉々として塗るように戦前の品が嫌いでなないようだし、知的好奇心の強いヤマトもバイクに乗れると聞いて目を輝かせている。

 ならばさっさと東名高速の様子を見て北に向かおうと、午前中最後の休憩を終わりにして印刷所の事務所を出た。

 

「な、なんだこりゃ……」

「オイラも特殊部隊が探索に出るようになってからヒマを見て戦前の本なんかを読んでるんで高速道路が何なのかは知ってるっすけど、そこにこんな簡単に入れちゃっていいんっすかねえ」

 

 目的地の『東名浜松北バス停』に徒歩で上がる手段は、ちょっとした斜面にありふれたコンクリート製の短い階段があってそこを1分とかからず上がり切るだけちう代物だった。

 一応は階段と東名高速を隔てる鉄製の扉が設置されてはいるが、そこには警備プロテクトロンの1体すら配置されていない。

 

「くーちゃんがいっちば~ん♪」

「おい、ちゃんと敵がいねえか見ろよ!?」

「わかってるって~♪」

 

 クニオがスキップでもするような足取りで、階段を身軽に上がってゆく。

 

 くっ……

 どうしてだ。

 どうして相手が男なのに、階段でパンツが見えそうになると自然とそこに目が行くんだ……

 

「まーたバカな独り言を。呆れるしかないっすね」

「あはは」

 

 



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滅亡した世界

 

 

 

 天下の東名高速。

 田舎者の俺からすれば、創作物の中で何度も名前だけは見ている有名な道。

 

「……バス停、ちっちゃ」

「しかも、ちょっとした植え込みの向こうがすぐ高速道路なんっすねえ」

「もっとなんつーか、なあ?」

「そうっすねえ。正直、ガッカリっす」

「で、でも風が気持ちいいですよ? それに妖異の姿もないし」

「アキラっち、バス停の中にこんなのあったよ」

「ん?」

 

 東名浜松北バス停は本当に小さなバス停で、雨風を避けるための待合室のような箱型の建物も酷く小さい。

 人が3人も入ってしまえば、それだけで息苦しさを感じるだろうというほどに。

 

 そこから出てきたクニオが手にしているのは、フォールアウト4で見慣れた戦前のカメラだった。

 

「それって、写真を撮影する道具ですよね?」

「だな。カメラはギアとスプリングと、水晶まで取れっからなかなか美味いんだ」

「えーっ。せっかくだから、セイちゃんって子に修理できるか見てもらおうよー!」

「……その発想はなかったな。でもせっかく写真を撮っても、それを現像するには専用の道具だの薬液だのが必要だったはずだぞ」

「そんなのもいつか見つければいいだけだって」

「はぁ。そんじゃ預かっといて、セイちゃんがヒマな時にでも見てもらうよ」

「おねがーい」

 

 カメラを受け取ってピップボーイに入れ、もう一度東名高速の道路に目をやる。

 この辺りは風の強い地域で、なんでもない夜に嵐のような風が吹き、それで目覚めてしまったりもするほどだが、今日の風は穏やかで心地よく頬を撫ぜてくれた。

 

 左、西に向かえば名古屋。

 東に向かえば静岡。

 

 どちらにも核が落ちてかなり手前で東名高速の高架は崩れ落ちているのだろうが、この道が戦前の大都市に向かって伸びているのだと考えると、なんだか妙に感慨深い。

 こんな交通網を、人類がまた整備できる日が来るのだろうか。

 

「そんなん、神様にしかわかりゃしねえか」

「そうっすね。でも、いつかきっと……」

「だな」

 

 荒れ果てた往時の流通の大動脈。

 

 中央分離帯にあった植え込みや雑草が伸び放題で、アスファルトの上にまでところどころ緑が見えている。

 そこを渡る風に吹かれながらまばらにある、中央分離帯に近すぎるせいで蔦のような植物に覆われている車の残骸を眺めていると、本当にこの世界は滅んでしまったんだという実感が不意に湧いてきた。

 

 とっとと梁山泊かメガトン基地の自室に戻って、酒でも呷って不貞寝を決め込みたい気分だが。

 

「もー、アキラっちってば。そんな顔をしてるくらいなら、くーちゃんのお胸で泣く?」

「アホか。見物はしたからまずは自動車学校前駅に向かうぞ。そしたら二俣街道ってのをある程度北上して、そっからはバイクだ」

「あいあい~♪」

「稼働品のバイクに乗れるなんて、考えただけでワクワクします」

 

 自動車学校前駅はやはりとても小さな駅で、その駅舎の手前にある踏切付近にはフェラル・グールの死体が3つ転がっていた。

 

「やっぱ、ここも狩られてやがるか」

「地図には自動車学校だけじゃなく、スーパーマーケットやパチンコ店なんかも載ってるっすよ」

「今はいいさ。それより、せっかくだからこの線路を次の駅まで歩かねえか? そんでその駅のフェラル・グールが狩られてなけりゃ、その先からはバイクを見られる危険性は減るって事になる」

「なるほど。オイラはそれでいいっすよ」

「くーちゃんとヤマトは?」

「おっけおっけ」

「それで大丈夫です」

「うし。そんじゃ行くか」

 

 4人で線路を歩き出す。

 線路が1つしかない、いかにもな細い線路を。

 

 少しばかり景色に建物が多すぎるが、ガキの頃にテレビで観た古い映画の、特徴的な主題歌のイントロでも口ずさんでしまいそうな気分だ。

 

「なんなら天竜の集落の見物をしてもいいっすね。アキラはそこの精鋭部隊をベタ褒めしてたから、オイラもちょっと見ておきたいっす」

「……お、おう。でもまあ今日はやめとこうぜ。どうせ見るなら、天竜の集落の手前で天竜川を渡れる橋なんかを確認しときてえ」

「なるほど。了解っす」

 

 助かった。

 まだ天竜のトシさんがそうだと決まった訳ではないが、タイチの過去を語った口ぶりからすると父親を恨んだり嫌ったりするような気持ちがゼロではなさそうな感じだったので、もう少しだけ時間が欲しい。

 

「まあ、俺が考えたってどうしようもねえんだよなあ……」

「なんか言ったっすか?」

「うんにゃ。おお、自動車学校はなかなかの規模だな。チラホラとフェラルも見えっから掃除の必要はありそうだが」

「その向こうに見えるパチンコ店もかなり大きいっすねえ。立体駐車場まであるっすよ」

「今度、どっちも大人数で漁りに来るか」

「そうっすね」

 

 そんな事を話してすぐ、東名高速の高架を潜る。

 線路といっても戦前のそれとはだいぶ違って夏草が生え放題だし、枕木もかなり損傷しているので酷く歩きにくい。

 

 『さぎの宮駅』。

 辿り着いたそんな名前の小さな駅とその駅を利用するためのロードマップに名前すら載っていない細い道には、予想通り何匹かのフェラル・グールが群れていた。

 生きたままと言っていいのかはわからないが。

 

「やっぱここまでは来てねえのか、向こうの駅を掃除してる連中は」

「東名高速の向こうは、天竜まで集落のない地帯ですから」

「なるほどねえ」

「アキラっち、早くバイク。ワクワクが止まんないよっ!」

「へいへい。タイチ、こっからは適当にバイクで流しながらクリーチャーと稼ぎになりそうな店を探す。それでいいか?」

「了解っす。オイラはヤマトを乗せて追従するんで、ルートなんかもお任せするっすよ」

「ありがてえ。んで、くーちゃん。さっきのサッカー場にラッドスコルピオンが出たのは、やっぱあそこが土の地面だからなのか?」

「そだねー。街って言える規模の畑じゃまず出ないけど、集落で畑を耕してるとたまに出るから。迷惑だよねえ」

 

 モグラじゃねえんだから。

 

「んじゃ、戦前の農地は避けるか」

 

 バイクを出す。

 原付とネイキッド2台だ。

 

「おおっ、かっちょい~♪」

「す、凄い。こんなピカピカしてるなんて」

「安全運転で頼むぞ、タイチ」

「もちろんっす」

 

 クニオとヤマトにタンデムの注意点なんかを説明し、エンジンに火を入れる。

 

「やぁん。振動が~♪」

「……ヤバイ感触がしたら、すぐに振り落とすからな?」

「努力はする~♪」

 

 今からでもヤマトと代わってもらおうか。

 

 かなり本気でそう考えると、タイチの操る原付バイクが滑り出すように動き出した。

 俺が先行すると言っているのに。

 

「くっそ、逃げやがったよアイツ……」

「ひさしぶりだから、少し動かして慣れておくだけっすよ?」

「どうだか」

 

 ギアをローへ。

 なるべく優しくクラッチを繋いで、すでに見えている二俣街道にバイクを進ませた。

 

 進路は右。

 その北上ルートを30分も進めば天竜に着くだろうが、今日はそこまで足を延ばすつもりはない。

 旧市街から離れる形になるからか進行方向には戦前の農地が多いので、それらを避けつつヤマトのレベル上げを兼ねた授業の教材を探して回るつもりだ。

 

「っと、もういやがった」

 

 ブレーキ。

 すぐに追いついて隣に並んだ原付バイクを操るタイチに顎で道の先を示す。

 

「フェラル・グールが3っすね」

「低レベルのうちは、あんなのでもいい経験値稼ぎのエサだろ」

「そうっすね。じゃあ……」

「タイチっち、待った」

「はい?」

「あれ、くーちゃんとアキラっちにちょうだい。バイクでの戦闘を試しときたいの」

 

 バイクをただの移動手段だと思っていないとは。

 さすがと言うか、なんと言うか。

 タイチが視線で『どうする?』と問うたので、黙って頷きを返しておく。

 

 クニオは特殊部隊には入らないようだが、なにかあれば、特に悪党の大規模討伐作戦なんかがあれば俺達に手を貸すつもりのようだ。

 ならばバイクとそれを使った追撃戦や撤退戦には、早いうちに慣れてもらった方がいい。

 

「くーちゃん、片手撃ちは?」

「右左、どっちでもへーき」

「なら片側を任せるか。悪いがあの教材は貰うぞ、教官殿」

「その戦闘すらいい教材だからいいっすけどね。ムチャしたらミサキちゃん達にチクるっすよ?」

「わあってるよ。んじゃ、くーちゃんは右な」

「あいあい~♪」

「撃つのに夢中んなって振り落とされんじゃねえぞ」

「誰に言ってるんだか。ほら、とつげ~き♪」

 

 クラッチを繋いでアクセルを開ける。

 突撃なんてする気はないし、必要以上にスピードを落とすつもりもない。

 

 これは巡航速度でバイクを走らせながら、フェラル・グールやモングレルドッグ程度はブレーキすらかけずに倒して進む、訓練のようなものだ。

 

 ギアはサード。

 時速50kmで直進。

 田舎道ではあるが路面の状態はそれほど悪くないので片手を離しても転倒の危険はまずないし、3匹のフェラル・グールはちょうどいい具合に少し離れて立っている。

 

 そのフェラル・グールの間。

 右に2匹、左に1匹。

 その間を駆け抜けるルートで突っ込みながら、左手をハンドルから離してデリバラーを抜いた。

 

「あらよっと」

 

 小さな銃声が上がると同時に、左のフェラル・グールが顔面の肉を飛び散らせながら吹っ飛ぶ。

 

「おりゃおりゃー!」

 

 サブマシンガンの派手な銃声。

 

 指切り射撃が2度。

 それが耳に届いた時にはフェラル・グールとフェラル・グールの中間を走り抜けていたので、今度はショートカットを利用してデリバラーを収納し、フットブレーキを蹴っ飛ばす。

 

「怪我だけはしてくれんなよ?」

「ぬわぁっ!?」

 

 逆ハン。

 アクセルワークで吹っ飛んでいこうとする車体を宥め、ハンドルを細かく入れながら姿勢を制御。

 

 クニオはバイクに乗る事自体も初めてなのだから、いきなりのドリフトターンなんて想像もしていないだろう。

 それでもバイクのケツに感じる重さは消える事もなく、ネイキッドスポーツはタイチとヤマトが乗る原付バイクの方にヘッドライトを向けて止まった。

 

 すでにクラッチは切ってあるのでペダルをローに蹴り込み、今度は少し派手にアクセルを開ける。

 

 ウイリー。

 

 またクニオの驚く声が聞こえたが、振り落とされなければそれでいい。

 気になるのはツバでも吐き捨てそうな表情をしているタイチだが、その後ろで背伸びをするようにして目を輝かせているヤマトは喜んでいるようなので、まあいいだろう。

 

「お待たせだ」

 

 原付バイクの手前でブレーキ。

 そう言ってから、今度は停止状態からのスピンターン。

 

「うきゃーっ!?」

 

 男にこうまでしがみつかれるのは少しばかり気色が悪いが、本人に悪気や下心はないだろうから、まあここは許してやろう。

 

「ムチャはするなって言ったっすよ?」

「こんなのはムチャのうちには入んねえよ」

「くーちゃんが死にそうな顔色になっててもっすか?」

「バイクはこういう動きもできるんだって知ってなきゃ、この先どっかで動きを合わせ切れなかったりもするだろうからな。自己紹介みてえなもんさ」

「自己紹介が事故紹介になりそうで、見てるこっちは寿命が縮むんっすよ」

「山田くーん、タイチのザブトン全部持ってってー」

 

 



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帰還

申し訳ありませんが、1話分ズレて投稿してしまっている事にたった今気づきました。
特になくてもいい話だと言われればそれまでなのですが、飛ばしてしまった分を挿入しておきます。


 

 

 

 ポカポカとリアシートのクニオに頭を叩かれながらタバコを咥え、隣に並んだタイチに箱を渡す。

 その箱が自分にも回ってきてようやく、クニオは俺の頭を叩くのをやめた。

 

「ほんっと信じらんない! なんなの? アキラっちって人にお漏らしさせてそれを悦ぶド変態なのっ!?」

「正解っす」

「ざっけんな。俺は変態だが、そこまで高度な性癖は持ってねえ」

「へ、変態なのは否定しないんですか……」

「しないんじゃなくって、できないんっすよ。それでアキラ、次からの獲物はヤマトに譲ってくれるんっすよね?」

 

 失礼な。

 

「もちろんだ。なんならヤマトは、俺のバイクのケツに乗ればいい」

「ぼ、ぼくにはあんな戦闘できっこないですよ?」

「あれは、くーちゃんを試すついでにバイクの動きを見せただけだっての。ヤマトが後ろなら銃に合わせた距離でバイクを停めて、敵に距離を詰められるようならタイチ達の方向に撤退してから全員で迎撃って感じだな」

「あ。それならぜひお願いしたいです」

「OK。そんじゃこっち乗りな」

「はいっ」

 

 目的地は特にない。

 

 ただ浜松の街から離れるルートであればいいとバイクを走らせ、フェラル・グールやモングレルドッグを探してそれをヤマトに撃ち殺させる。

 戦前の広い農地なんかに向かえばラッドスコルピオンがいくらでも顔を出してくれるのだろうが、あれは毒腺が金にならない割にHPが高くて弾薬代がかさむのでそれはしない。

 

 そんな狩りを続けていると、あと1時間もすれば夕暮れという時間になったので、バイクを停めてロードマップを出した。

 

「まず現在位置は、っと……」

 

 農地を避けていたせいで、俺達は西でも東でもなく北に、遠州鉄道の路線に沿うようにして発展していったと思われる民家の多い地域を進んでいたらしい。

 

「これ、さっき見た看板っすよ。店までは見てないっすけど」

「DEO浜北店、か。何屋なんだろうな」

「とりあえず行ってみればいいじゃん」

「だな。そんじゃ少し戻る形になるが、この店の中にいるフェラル・グールを殲滅してミサキの迎えを待とうか」

「了解っす」

「はい」

「あいあい~♪」

 

 バイクを走らせる。

 まず見えてきたドラッグストアの奥、チェーン店と思われるコーヒーショップの向かいにその店はあった。

 

「っひゃー。マジかよっ!」

「ええっと。レコード、ホロテープ、ゲーム買います、って書いてありますね」

「中古のゲームショップだよ。まさかこんな店があるとはなあ」

「アキラさん的には当たりなんですか?」

「大当たりだ。バイクを収納して、さっさと中を制圧すっぞ。商品は、誰がなんと言おうと根こそぎ持って帰ってやる!」

「は、はあ」

 

 正直、こちらに来てからやるべき事や考えるべき事が多すぎて、ゲームなんてしている時間はまったくと言っていいほどない。

 フォールアウト4のアイテムである、ピップボーイでプレイできるレトロゲームにもほとんど手をつけていないくらいだ。

 

「それでも目の前にゲームがあるんなら、いただかねえって選択肢なんかあるもんかよ。おらタイチ、くーちゃん。とっとと行くぞ。俺に続け」

 

 タイチにテンションがおかしいだろうとツッコミを入れられるが、そんなのはどうでもいい。

 バイク2台をピップボーイに入れ、左右の手にデリバラーをぶら下げてDEOの玄関へと向かう。

 

「なんでこうアキラって、やる気の出しどころを間違えるんっすかねえ」

「うっせ。そういう事を言うんなら、タイチの取り分は一般ホロテープだけな」

「へ? 一般、っすか?」

「そう、一般向け。必ずあるはずのエロ系は俺とヤマトで山分けにすっから」

「ちょっ!?」

「えーっ。くーちゃんも、えっちいの欲しいんですけどー」

「なら3人で山分けだ。マジメなタイチ様はクラッシックのレコードでも聴いてりゃいい」

「何を言ってるんっすか、オイラ達は仲間でしょう!?」

 

 両開きのガラス製のドアには300年分の汚れが付着して、かすかにしか店内を覗けない。

 そのドアをそっと開けて踏み込んだ店内には、まずレコードの商品棚がズラリと並んでいた。

 

「日本の民家じゃターミナルすら見かけねえし、やっぱホロテープじゃなくレコードが主力商品か」

「ウルフギャングさんが喜ぶっすね」

「だな。トラックがあっても見つけたレコードをすべて持ち帰れやしねえから、泣く泣く置いてきたジャズのレコードも多いらしいし」

 

 パキッ

 

 そんな音がしたのでデリバラーを持ち上げながら振り返ると、なんとも申し訳なさそうな表情をしたヤマトがペコリと頭を下げた。

 核爆弾が降り注いだ運命の日に店員が逃げ出そうとして落としたのか、床にあったレコードを踏んでそれが割れたらしい。

 

「すみません……」

「いいさ。敵の姿は見えねえし、レコードはいくらでもありそうだ。1枚くれえ割ったからって謝んなくていい」

 

 結局、店内にはフェラル・グールの1匹すらいなかった。

 だが目的のブツはたんまりと、予想を良い方向に裏切る形でしっかりと存在している。

 

「うっはー。戦前の人達って、なーに考えてるんっすかねえ」

「ホントだよなあ。まさかエロホロテープに、声を吹き込んだ女のエロ本が付いてくるとは。さすがエロにもこだわる日本人だぜ」

「でもこれ絶対、声と写真の女の子は違うよね。声もただの演技だったりしてー」

「そこは考えたら負けだぞ、くーちゃん。とりあえずエロ系は棚やワゴンごとピップボーイに入れちまうから、レジカウンターの辺りで休憩でもしとけ」

「あいあい~」

 

 エロ系だけでなく日本人が作ったと思われるゲームを含めたホロテープのすべてと、レコードの中からジャズを中心に各ジャンルをダブリがないように選んでピップボーイに収納。

 それからレジカウンターの前で床に車座になって水を飲んだりタバコを吸ったりしている3人に合流して、まずは俺もタバコを咥えて火を点けた。

 

「まず軽くメシだな。ほれ、浜松のパンに小舟の里の野菜とボストンで狩った動物のステーキを挟んだメガトンバーガーだ。パンを浜松、肉を天竜で買い付けて商品化しても儲けが出そうならマイアラーク版も売り出す計画だから、食って感想を聞かせてくれ」

「まーた妙な事を考えてるっすねえ。今度は商人の真似事っすか」

「よく衣食住なんて言うがよ。小舟の里の衣は、マアサさんの太っ腹な判断でだいぶ改善できた。なら次はメシをどうにかして、最後に立体駐車場マンションの改装だろ」

「いっつも言ってるっすけど、アキラがそこまでする事はないんっすよ? 今だってちょっと変わった山師が里に居ついたって思われてるくらいで、住民には特に感謝もされてないんっすから。そこまでしてやる義理はないっす」

「いいんだよ。こんなのは、マアサさんへの恩返しだ」

「……感謝するにしてもやりすぎっす」

 

 返事はしない。

 ただ俺も日本人で、男だ。

 一宿一飯の恩義には意地でも報いたい。

 

「それより、明日は休日だろ。明後日の予定を決めときてえんだが」

「ほうはへえ」

「食いながら喋んな、くーちゃん」

「うーん。浜松の街の偵察、ハッキリ言ってほとんどできてないっすからねえ」

「そこなんだよ。たしかに山師や商人ギルドと多少の縁は結べた。だが、肝心の新制帝国軍がなあ」

「ウルフギャングさんは市役所前で商人ギルドの見張りに新制帝国軍はどこだって聞いて、そのまま西側の新制帝国軍の詰め所に向かったんっすよね。オイラ達もそうするっすか?」

「何の用事もねえのにか?」

「あー。たしかにそれをしていいんなら、普通に市場辺りから公園地区に入ればいいだけっすよねえ」

「だからよ、まずは四ツ池って集落に顔を出して、そこに来てる新制帝国軍を見物するしかねえかなって」

「でもエイデン少佐の部隊は、山師や住民と気軽に話したりはしませんよ?」

「……マジか」

 

 遠目から部隊の装備や隊列の組み方なんかを見るだけでもそれなりに参考にはなるが、可能なら立ち話でもして顔繫ぎくらいはしておきたいのが本音。

 それに新制帝国軍の中でも穏健派だという少佐がそのエイデンという人物であるのなら、是非とも知り合いにはなっておきたい。

 

 なんなら金や物資をその少佐に流し、せいぜい勢力を伸ばしてもらおうというのが偵察に出る前から描いていた青写真だ。

 

「新制帝国軍に関しては、本当に手詰まりっすね」

「なんとかしてえがなあ」

「えっと、それならまず商人ギルドにもっと深く関わるべきじゃないでしょうか」

「なんでだ?」

「エイデン少佐は、商人ギルドの後ろ盾を利用して佐官にまでなった人らしいんです。ですからそこには、きっと商人ギルドの思惑もあったはずで。それに、いきなり四ツ池で話しかけたりしても邪険にされるだけかと」

「……結局は山師として浜松の街で名を上げるしかねえって事か」

 

 そうなるとリュックサック4つ分の物資を毎日チマチマ売るしかない状況では、やはりこの夏の終わりくらいまで時間がかかるという事か。

 

「まあ、のんびりやるしかないっすよ。その覚悟もして小舟の里を出たんっすから」

「だなあ」

「ってゆーかー、ウルフギャングさんと奥さんにトラックごとパーティーに入ってもらえばそれで済む話じゃない?」

「それをすっと、ウルフギャングのトラックを奪おうとする新制帝国軍とすぐにでも戦闘になっちまうってのが俺達の予想なんだよ」

「……あー、ありそー。ってか絶対にそうなるね、うん」

「だろ? それをするくれえなら俺が闇に紛れて公園地区に潜入して、新制帝国軍を狩り尽くす方が安全だしよ」

「あんなパワーアーマーとかタレットとか見せられた後じゃ、その言葉をハッタリだって笑い飛ばせないもんねえ」

「それをさせないために、オイラ達は公園地区に足を向けてないんっすよ。ブチキレた誰かさんが暴走しないように」

 

 ずいぶんと信用のねえ事で。

 

「なんかねえかなあ。商人ギルドに持ち込んでも問題がなくって、そんだけで議員連中が俺達に会いたがるような物資が」

 

 パッと思いつく車両にタレット、クラフトを利用した建設なんかはもちろん見せるはずがない。

 そしてじゃあ他に何があるんだと問われたなら、特にありませんと答えるしかないだろう。

 

 そんな無理難題の答えはついぞ出ぬまま、美咲が迎えに来てくれる予定時間になって俺達は小舟の里にファストトラベルをしてそれぞれの自室へと帰還を果たした。

 

 

 



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休日の朝

 

 

 

 寝返りを打った拍子に、眩しさで目が覚める。

 

 窓にはミサキが厳選した汚れの少ない戦前の遮光カーテンがかかっているが、夏の朝の陽射しはそんな厚手の布の隙間から容赦なく挿し込んで、白くて肌触りの良いシーツに陰影を刻んでいるらしい。

 

 特大ベッドの上で身を起こし、なるべく音を立てないようにしてそこから下りた。

 ピップボーイを操作してアーマード軍用戦闘服を装備。

 足音も抑えて歩き、寝室を出てオレンジ色のドアを静かに閉める。

 

「あら、おはよう。せっかくの休日なんだから、もっと寝てればいいのに」

「目が覚めちまったからな。便所にも行きたかったし」

「うふふ。なら、早くいってらっしゃいな。コーヒーを淹れておくわね」

「サンキュ」

 

 トイレは寝室にもあるが、そこで長々と放尿なんてしていたら、まだ寝ているカナタ以外の嫁さん連中を起こしてしまうだろう。

 なので1階のセイちゃんの作業場の横にあるトイレで用を足し、トイレへの通路である洗面所で手と顔を洗って、歯磨きをしてから1人だけ早起きをしたらしいカナタのいるリビングに戻った。

 

 するとすでにソファーの前のテーブルには、湯気の上がるコーヒーカップが置いてある。

 礼を言ってからそれを啜り、タバコを咥えて火を点けた。

 

「お疲れのようね。さすがに4人相手はキツイ?」

「うんにゃ。あんなんじゃ、まだまだ足りねえくれえさ」

「呆れるしかない絶倫さね。悩みがあるのなら聞くわよ?」

「悩みっつーか、どうにも外れすぎてた予想が気に入らなくってなあ」

「商人ギルドの事ね」

「ああ」

「ボクとジンさんは、半端に情報を与えるよりもアキラくんに自分の目で見てもらうのを選んだものね。でも、今ならそうした理由もわかるでしょう?」

「嫌になるくらいにわかるなあ。……どうにも動きがなさすぎる。新制帝国軍も商人ギルドも、この微妙な均衡を崩す気はねえらしい。俺達からすれば、それが何よりもキツイな」

「まあそれでも、7月1日の初交易が知れ渡れば少なからず動くでしょうね」

「4日後に小舟の里を出た車両キャラバンが磐田を経由して天竜へ。今度は逆のルートを使って、小舟の里に戻る。そっちは任せていいんだよな?」

「ええ。アキラくんは浜松の街をお願い」

 

 頷く。

 

 ちょうどその日は次の休日とかぶるので、俺は浜松の街で連休を満喫するフリをしながら、商人ギルドが3つの街の交易が始まったという情報をどのくらいの早さで掴むのか見せてもらうつもりだ。

 

 そしてないとは思うが商人ギルドが新制帝国軍にその情報を流したり、無能だと言われている新制帝国軍が独自に交易の情報を掴んで車両を奪おうと兵を出すならば、それを尾行して背後から奇襲をかけるのも俺の役目になるだろう。

 

 スワコさんに商人ギルドを裏切るようなマネをさせるのには抵抗があるが、元々あの人は磐田の街に新制帝国軍や商人ギルドの動きを手紙で伝えていて、商人ギルドの方もそんなのはお見通しであるらしい。

 

 なので次の休日はスワコさんの店で俺をお兄ちゃんと呼んでくれるコウメちゃんと菓子でも齧りながら、のんびりと過ごす予定になっている。

 

「だがなんかありゃ、ファストトラベルで飛んできたミサキに送ってもらってそっちに合流すっからな?」

「ええ。その安心感があるからこそ、ボク達も気が楽なのよ」

「なんにせよ、7月に入らねえと話にならねえか」

 

 3つの街の交易。

 それも稼働品の車両を使った大掛かりなそれが始まったという情報を得て、商人ギルドはどう動くだろうか。

 

 商人ギルドの議員でもあるスワコさんの予想では、実の父である磐田の市長に口利きを頼んで商人ギルドもその交易に参加しようとするだろうという話だった。

 

 だが、それだけで済むのか。

 

 俺ならばまず何よりも、そのキャラバンが使っている車両を手に入れる事を考える。

 どんな手を使っても、だ。

 

 直接トラックを奪おうと戦闘を仕掛けてくる可能性は限りなく低いだろうが、そんな相手だからこそ運転手の買収や、人質を取って脅してくる事を警戒しておきたい。

 

「普通に襲撃をかけてくれたら楽なのだけど、少なくとも商人ギルドの方はそうしてくれないでしょうね」

「……まーた人の考えを読みやがって。新制帝国軍なら素直に襲ってくれる可能性もあるか?」

「どうでしょうね。元々トラックを運用して200もの兵士を抱えてるのに、磐田の熊と小舟の里の鬼を恐れてなにもしてこないほど腰抜けだもの」

「やっぱ問題は商人ギルドの方だよなあ」

「それは間違いないわね。まあ、特殊部隊の武装バスと小舟の里が管理する冷凍車は心配しなくっていいわ」

「もしかして、磐田の街に渡すトラックがヤバイのか? ジローの部下だったかが、ウルフギャングに運転を習いに来てるんだろ?」

「3人共、文句のつけようがないほどのいい子達よ。でも、みんな男の子だもの。商人ギルドのキャラバンに紛れ込んだ都会の娼婦に人生を変えるほどのお金を積まれて唆されたりしたら、トラックを持ち逃げしても仕方ないって気もするわ」

「磐田の街の運転手はなあ。俺達が口出しできる問題でもねえし、今から打てる手なんて思いつかねえぞ」

「いいのよ。もしもトラックを持ち逃げしたりすれば、それを奪い返して小舟の里の物にできるんだし。なんなら、磐田の街から修理費や奪還費用まで引き出してやってもいいわ」

 

 鬼かよとツッコミを入れてはみたが、カナタは不敵に微笑むだけ。

 

「まあ、万が一持ち逃げされてもラジオでそれを知らされたらファストトラベルで磐田の街に飛ぶ。そっからバイクで追撃すりゃ、シロウトの動かすトラックなんかすぐにでも捕捉できるか」

「うふふ。想像しただけで楽しそうね」

 

 こんな『もしも』の話は気分が悪くなるが、想像しておくくらいはしておいてもいいだろう。

 7月に入って多少なりとも事態が動くのならば、今はそれについての考えを尽くすべきだ。

 

 やはりここは、老人3人に出張ってもらうしかないのだろうか。

 

 俺は本当にそんな事が可能なのかと半信半疑だが、本当に商人ギルドが三者間の交易の情報を早い段階で掴んだら、まずスワコさん経由で市長さんとコンタクトを取りたがるはず。

 そこで市長さんだけでなく、ジンさんとリンコさんにも浜松の街の商人ギルドにお越し願って、3つの街がどれほどの覚悟で、どれだけの資源と人材と公金を投入して同盟を組んだのかを語ってもらえれば。

 

 そしてその3つの街の戦力が結集すれば、新制帝国軍と拮抗するか、ほんの少しでも勝ると商人ギルドの上層部が判断してくれたなら……

 

「いや、ムリだよなあ」

「商人ギルドをこちらに取り込む算段?」

「どう考えてもキツイだろ」

「そうね。アキラくんを頂点とする三街共同体が新制帝国軍より戦力を持っているのを思い知らされただけでも、そこが今よりずっと商人ギルドを儲けさせてくれると確信しただけでもダメだと思うわ。問題は、商人ギルドの中途半端な体質だもの」

「どういう意味だ?」

 

 カナタが微笑みながらタバコを咥える。

 それに火を点けてやってから俺も新しいタバコを咥えると、今度はカナタがオイルライターで火を点けてくれた。

 

「商人ギルドは商人達の互助会で、今では商人ギルドそのものが商売もしてる組織よね」

「ああ」

「それなのに商人ギルドは商業区画への新制帝国軍の立ち入りを禁じたり、新制帝国軍に息のかかった人間を送り込んだりもしてるわ」

「……たしかに、中途半端だな」

「でしょ? お金を掻き集めたいだけなら、商業区画に兵隊を入れないなんてしないわ。そして本当に浜松の街を安全な街にしたいなら、新制帝国軍なんて潰して新しい防衛組織を立ち上げた方がいいはずよ」

「議員達の目指す方向性が2つに割れてんのか」

「どうなのかしらね。ちなみにアキラくんなら、こちらに取り込んだ商人ギルドをどう使うつもり?」

「とてもじゃねえが、物流は任せられねえな」

「あら。それじゃあ商人ギルドは今のまま、戦前の市場の運営役兼卸売り問屋みたいな感じ?」

「いいや。車両があんまりにも貴重なんで、物流は各街の責任者が押さえる形にするだけだ。んで商人ギルドには、卸売りだけじゃなく商品の加工や製造までやってもらう」

「なるほどね」

 

 たとえばスワコさんの店の2階には20人ほどの女の子達が住み込みで働いているらしいが、その仕事は戦前の服や靴の再加工という針仕事なのだそうだ。

 そんな仕事を商人ギルドではなく、そこに籍を置く議員が住民に与えているのが現状。

 つまりそんな仕事では、商人ギルドが食指を伸ばすほどの金が集まらないのだろう。

 

 おそらくその理由は連中があくまでも『商人』ギルドだからだ。

 それが『商業』ギルドだとか、『商工業』ギルドになってくれたら。

 

「仮に商人ギルド内に利益を追求するだけの派閥と商人主導の統治を目指す派閥があるとして、カナタならどっちと手を組むのを選ぶ?」

「統治派にほんの少しでも清廉さがあるのなら、そこに賭けるわね」

「賭け?」

「ええ、そうよ。そういう人達は、理想だとか夢だとかを実現できるかもしれないって誘惑に弱いもの。すべてではなくともこちらの目指す場所の下描きを見せてあげれば、そこに一枚噛もうって考えて当然だと思うわ」

 

 そんな事があるのだろうか。

 

「にしても新制帝国軍にも過激派と穏健派がいて、商人ギルドにも派閥がありそうってのは面倒だよなあ」

「それが人間よ」

「かもしんねえけど、なんか嫌だ」

「うふふ。うちのお殿様は潔癖ですものね」

「そうでもねえさ。それより、利益だけ見てる連中のが扱いやすいような気がすっけどなあ」

「利益を与え続けられるのなら、そうなるわね」

 

 そしてそんな連中が望む利益は、雪だるま式に増えていくとカナタは言いたいんだろう。

 

 だがそうなった時、そいつらを潰せば。

 利益をエサにして新制帝国軍との決戦に協力させ、戦後に商人ギルドの要求が増えたところを一気に。

 そうすれば、新制帝国軍も商人ギルドも効率よく始末できるはずだ。

 

「……あー。どうも最近、思考が物騒になってやがるな。我ながら呆れるぜ」

「いいじゃない。激しいのも好きよ?」

「カンベンしてくれ」

 

 7月1日。

 そこから遅くとも1日か2日で、商人ギルドは浜松の街抜きで大規模な交易が開始されたのを知る事になる。

 

 3つの街の規模とそこの責任者の面々を思い浮かべれば、交易を主導したのは磐田の街であると思って当然であるし、そんな時のためのパイプとして議員の一員にしていたスワコさんにまず話が行く。

 

 そこからが問題だ。

 商人ギルドの本気度で、こちらの動きも変化する。

 

 3つの街を行き来する途中で浜松の街に寄ってくれればお互いにいい取引ができるぞ、くらいの関わり方なのか。

 それとも欲で血走った眼を隠しながら、溜めに溜めた手札をチラつかせて交易へ参加させろと迫るのか。

 

 



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穏やかな休日

 

 

 

「……いっそ脅してくれた方が、こっちとしちゃ楽だあな」

「そうね」

「あと四ツ池とエオンって集落の事なんだが、なんか情報はねえか?」

「利用できそうなら、そっちの方向から引っ掻き回してやろうって事かしら」

「それをするべきかどうかの判断材料だっての。こっちが発展するために他の集落の人間を苦しめるくらいなら、どの街もずっと貧乏をしてる方が俺はいい」

「理想家ねえ」

「だから殿様なんかにゃ向かねえのさ。んで?」

 

 カナタがタバコを揉み消し、テーブルの裏に後から取り付けたマガジンラックからロードマップを取り出してそれを広げた。

 どうせなら印を付けてくれと赤マジックを出すと、まず浜松と四ツ池とエオンが丸印で囲まれる。

 

「今から100年ほど前かしらね。戦前の物資が豊富なエオンは、数でこそ劣るけれど新制帝国軍に対抗できる唯一の街だったらしいの」

「へえ」

「そんな街だから、エオンはいつか新制帝国軍との対決は避けられないと睨んでいた。おそらくだけれどね」

「わかるよ。どっちも」

「ええ。そこでエオンはその対決時に少しでも優位に立とうと、本陣が攻められたらその背後を衝くのを前提に部隊を分けた」

「うっは……」

 

 そういう事か。

 

「お察しの通り、四ツ池はエオンの街から移動した戦闘部隊が核になって作った集落なのよ。しかも新制帝国軍を必要以上に刺激しないため、兵士だけじゃなく若い者を中心とした入植者を率いていった連中が」

「そんで四ツ池の連中は新制帝国軍と組んだのか」

 

 カナタが苦笑しながら頷く。

 

 エオンからしてみれば、最低な裏切り行為だろう。

 新制帝国軍に包囲された時それを背後から急襲して崩すための軍勢がそのまま敵の戦力になり、それだけでなく新制帝国軍に前線基地までもくれてやったようなものだからだ。

 

 そりゃあ怒る。

 

「だから2つの集落の対立は根深いわよ。ちょっと突っついたら、それで破裂してしまう水風船みたいなものね」

「……利用すべきなんだろうなあ。それこそ、国盗りが仕事の戦国大名なんかなら迷わず」

「そうね。許可してくれるなら、すぐにでも効果的な作戦を提案するわよ?」

「しねえよ」

「やっぱりね」

 

 俺達がその対立を利用するならば、新制帝国軍だけでなくエオンと四ツ池の連中にも多少の被害が出てしまうだろう。

 

 100年前の裏切りと、100年前の恨み。

 

 そんなのに今を生きる連中が殺されたら、ソイツは死んでも死にきれない。

 

 俺は平和な日本でニートのような生活をしていても、過去をどうこう言っている連中がどうにも嫌いだった。

 戦争関係は、特に。

 敗けた方が悪とされるのはまだわかるが、その子や孫にまで罪をかぶせようとする連中が悪とされないのが納得できなかったからだ。

 

「まあどこの誰だろうと、クソヤロウなら遠慮なく利用だろうがなんだろうがしてやるけどよ」

「今じゃどっちも生きていくだけで精一杯の田舎者よ。だから100年が経っても集落止まりなの」

「将来を考えると嫌になるが、まあ今はそれでいいさ。話を戻そうぜ」

「ええ」

 

 商人ギルドが交易の開始とその規模を知り、どんな風に介入を目論むか。

 

 互いの予想を順に述べながら、そういう場合はこう動いたらどうだ? なんて事を話し合う。

 カナタはジンさんとウルフギャングを除けば小舟の里で最もこういう先読みに長けた人間なので、ずいぶんと参考になる話だった。

 

「おっはよー」

「アキラ、カナタ姉。おは」

「なんだなんだ。2人して朝っぱらからマジメな顔をして。抜け駆けは許さないぞ?」

「なーにを言ってんだか。とりあえず、お姫様達の朝食をこのセバスチャンが用意してやっか」

「あたしトーストとコーヒー」

「じゃがバタ」

「肉はなんでもいいから大盛りで、野菜も多めのサンドウィッチだな」

「……好き勝手言いやがって。カナタは?」

「コーヒーで充分よ」

「せめてトーストとサラダだけでも食え。どっこいしょっと」

 

 ミサキはもちろん、シズクもセイちゃんも、カナタだって生粋のお嬢様。

 自炊なんてできるはずもない。

 なので俺が料理をするのは、もう当たり前の事になってしまっている。

 

 手早くこちらの食材で朝食を用意してそれをテーブルに並べ、全員で手を合わせて『いただきます』と言ってから賑やかな食事が始まった。

 

「ゆでたまご美味しー」

「戦前のバター最高」

「さすがアキラだな。それで、今日の予定は?」

「特にねえなあ。家でまったり、それだけだ」

 

 行きたい場所や漁りたい店や施設はいくらでもあるが、俺が動けばこの嫁さん連中も確実に着いてくるだろう。

 俺とタイチが浜松の街にいる間も、全員で山師仕事に出たり特殊部隊に同行したりして忙しくしているようだから、こういった休日にはしっかりと休ませてやりたい。

 ファストトラベルのチートが俺にもあればと思わないでもないが、ないものねだりをしても仕方ないだろう。

 

「ふむ。それじゃあ、ひさしぶりに朝から酒でも嗜むか」

「こんな時間からかよ?」

「朝寝朝酒は最高の贅沢だからな。疲れを取るならそれに限る」

「頼むから飲みすぎるんじゃねえぞ?」

 

 言ってテーブルに瓶に詰めて売っている焼酎と戦前のウイスキーを出してゆく。

 ビールはキッチンスペースの隅にある冷蔵庫で冷やしてあるので、ピップボーイからでなくその冷蔵庫からそれなりの本数を運んだ。

 

 嫁に甘いという自覚はあるが、まあたまにならいいだろう。

 

 そう考えながら自分の席には戻らず、朝メシよりも多いツマミをテーブル出してから1人で家を出る。

 健啖家揃いの嫁さん達に美味いツマミを食わせてやりたいし、くーちゃんや、夕方からウルフギャングの店のカウンターで飲みながらひさしぶりの会話を楽しむであろうヤマト達3人、それに特殊部隊の連中に、たまには戦前の料理を振舞ってやりたい。

 小舟の里の住民にはお盆に酒とジュースと戦前の缶詰なんかを配布する予定だが、味の評判が悪くなかったらそのついでに作って全員が一食を浮かせられるようにしてもいいだろう。

 

「あっ。アキラさん、おはようございます」

「おはようございます!」

 

 正門の通用口が見えると同時に、そんな2つの声が聞こえた。

 地上から10メートルほどの位置にある見張り台からだ。

 

「おはよう。ショウ、ヤマト。なにしてんだ、こんな朝っぱらから?」

「ショウに剣の基礎を教えてもらってたんです」

「へへっ」

「仲良くなったようで何よりだが、ヤマトが剣って。筋はどうなんだよ、ショウ?」

「ええっと。それはほら、まあ。ね……」

 

 ショウがポリポリと頬を掻きながら俺から視線を逸らす。

 

 やっぱりか。

 

「んな事だろうと思ったよ。それよりショウ、頼みがあるんだが」

「アキラさんが? 俺に、頼み?」

「おう」

「な、なんでも言ってくださいっ!」

「んじゃ、ヤマトの見張りを頼む」

「へ?」

「ぼ、ぼくの監視ですかっ?」

「ああ。休日は体を休めろって言ったのに、朝っぱらから剣を教わってるとか信じらんねえんだ。頼めるか、ショウ?」

「えっと、はい」

「なら頼む。報酬は、そうだなあ。……俺達と一緒に山師仕事に出て、タイチ教官の特別授業1回ってのはどうだ?」

「やりますっ!」

 

 いい笑顔だ。

 ただ、声がデカすぎ。

 

「頼んだぞー」

 

 はいと言う元気な声を聞きながら通用口を開け、メガトン基地を出る。

 向かうのがあの市場というのが気にかかるが、あの頃より小舟の里の住民達はだいぶ身綺麗にして暮らすようになったので、まあなんとかなるだろう。

 

 辿り着いた競艇場の本館1階、だだっ広いロビーにある市場は俺の予想通り、浜松の街のそれよりもずっと清潔で、店主や客達の体臭もそれほど気にならない感じだった。

 

 ミサキとカナタは小舟の里の役人のような連中や学校の教師達に戦前の衛生管理などを教えたりもしているそうなので、こんなのもその成果であるのかもしれない。

 ありがたい話だ。

 

「おねえさん、そのタマネギを30個。それとジャガイモも同じだけ。ニンジンは、……ねえか。じゃあその2つで」

「はいよ。すぐに量るから待っとくれ」

 

 どうやら、野菜類はグラムいくらの量り売りをしているらしい。

 タマネギが30個で2円80銭。

 ジャガイモはそれよりだいぶ安くて、1円30銭だそうだ。

 

 オマケして4円ちょうどでいいよと言ってくれたオバサマに紙幣を渡し、ウルフギャングの店の手前で出した買い物かご2つにそれを詰めて次の店へと向かう。

 

 だが重い荷物をぶら下げながら苦労して探し回っても、目的の店はついに見つからなかった。

 

「おっかしーなあ。ま、これだけでも作れるからいいけどよ」

 

 肉はピップボーイにかなり入っている。

 酒も買おうか迷ったがまだまだ焼酎はあったはずなので、市場を出てメガトン基地に戻った。

 

「おかえりなさい、アキラさん」

「お、おかえりなさいです……」

「なにやってんだ、妙な表情をしやがって?」

 

 見張り台には屋根だけでなくテーブルとスツールを置いてあって、門番は座りながら来客の対応ができるようになっているのだが、そのテーブルに並んで座っているショウとヤマトの表情はこれ以上ないほどに対照的だった。

 

 どこかイキイキとしているヤマトと、眉根を寄せながらテーブルに置いてある何かを眺めるショウ。

 

「ショウが監視のためにここにいろって言うんで、せっかくだから苦手らしい読み書きと計算を教えようかと。ぼくも剣の握りと構え、素振りを教えてもらったんで、そのお礼に」

「そりゃあよかったなあ、ショウ」

「よくないです…… ヤマトは気弱なくせに、字を間違えると鬼みたいに怒るから……」

「それだけいい教師だって事だ。ちゃんと勉強してたら、昼メシにいいもんを食わしてやるぞ。だからしっかり教わっとけ」

「いいもん?」

「おう。だから頑張れ」

 

 はあと生返事をしたショウと何かを問いたげなヤマトに手を振り、通用口のカギを開けて基地内に戻る。

 荷物は本館を出てすぐ、ピップボーイに入れてあった。

 

 まずは自室ではなく待機所へ。

 

 そこで通信機の前に座ってオペレーターをしていたジュンちゃんに何かの非常事態ですかと驚かれたが、気まぐれで料理をしに来ただけだと言ったら、さらに驚かれてしまった。

 

「そんなに意外かねえ。おじゃましまーす」

「あら。アキラさん」

「おひさしぶりです、コトリさん。アオさんとチルとミチは元気ですか?」

「息子と娘はついさっき学校に。夫は、……ああ、ちょうど下りてきましたね」

 

 あの2人は学校に通う事にしたのか。

 

「アキラさん」

「ご無沙汰してます。アオさん、メガトン基地でしんどい事とかはないですか? 今なら、他の街で働き口を紹介したりもできるようにもなったんですけど」

「いえいえ。まったくありませんよ。それで、今日はどうしたんです?」

「コトリさんの献立の都合とかが平気なら、たまには特殊部隊の連中に戦前の料理でも振舞おうと思いましてね」

「あらあら。献立の都合なんてどうにでもなりますけど、よかったらその料理を教えてもらえます?」

「もちろんです。アオさんも手伝ってくれたらすぐに終わりますよ」

「わ、わかりました」

「うふふ。あなたの料理する姿なんて、ずいぶんとひさしぶりね」

 

 特殊部隊の連中は食事を待機所の2階にある食堂でそれぞれが交代で摂るのだが、いつもとかなり違う献立、浜松の街のパンと戦前のルーを使ったカレーはそれなりに好評だったらしい。

 

 嫁さん連中も、特にミサキはひさしぶりとなるカレーをとても喜んでいた。

 もちろん俺も食ってみたが味は悪くなかったし、白米ではなくパンにつけて食うカレーはツマミにするのにちょうどよい。

 

「まあ、そんでも白飯が恋しいわなあ」

「ほんっとそうだよねえ。どこかでお米を作ってないのかなあ……」

「どっかでは作ってるだろうって話だ」

「早く見つけたいね」

「だな」

 

 カレーはまだ小さめの鍋で3つ残してあって、そのうちの1つはウルフギャングの店が開いたら差し入れするつもりだ。

 あの店ではミライが見習い調理人として働き出しているので、おそらくノゾも本館の鶴のような爺さんの店がハネたら顔を出すはず。

 せっかくだから、あの2人とウルフギャングにもカレーを食わせてやりたい。

 

「ミキも喜ぶだろうなー」

「そっちは任せたぞ。俺は帰り際のジンさんに鍋を渡して、マアサさんと一緒に食ってくれって言っとく」

「チルとミチの分はちゃんとあるんだよね?」

「ってか、昼には学校から帰ってるはずだからもう食ってるだろ」

「ならよかった。それじゃ、あたし達はカレー持ってミキの店に行ってるねー」

「おう。気をつけてな」

 

 嫁さん連中がリビングを出てゆくのを見送り、タバコに火を点けながらピップボーイの画面に目を落とす。

 ここ最近はこうやってピップボーイに入っている武器や物資の確認をしていないので、休日の昼下がりにするヒマ潰しにはいいだろう。

 

 特に銃弾の数を念入りに見ながら、この調子で消費だけを続けていたらあと何年保つかをザッと計算していると、不意に壁際の無線機がノイズを吐く。

 

「面倒事じゃねえといいがな」

 

 こ、こちら北西橋見張り台。

 トラックが接近中。

 ……間違いなく、大正義団だと思われます。

 

 



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接触

 

 

 

「このタイミングで来やがるかよ、クソッタレ……」

 

 立ち上がる。

 そのまま棚の無線機を取り上げて、送信ボタンを押し込んだ。

 

「ジンさん、こちらアキラ。俺もすぐに北西橋へ向かいます」

 

 無線機をセイちゃんが改造してくれたホルスターに取り付けている間に、ワシもすぐに向かうと言うジンさんの声が聞こえた。

 もちろんその声は、これ以上ないほどに重い。

 

 こんな状況を予見できるはずがないが、いつ何があってもいいように小舟の里にいる時はアーマード軍用戦闘服を部屋着代わりに身に着けているので、特に身支度はいらない。

 テーブルの灰皿の吸殻から煙が上がっていないのを確認して、小走りに階下へと向かった。

 

 カギは嫁さん連中も必ず携帯しているので、しっかり施錠して正門へと向かう。

 すると無線機での短い遣り取りを聞いていたらしいショウとヤマトが、立ち上がって手を振っているのが見えた。

 

「アキラさん!」

「おう。ちっと行ってくるぞ」

「お気をつけて!」

「門の守りは任せてください!」

「頼んだ」

 

 そう言ってから軍隊式の敬礼なんて俺に似合うはずもないので、2本指を額の横に当て、それをピッと飛ばしておく。

 

 この映画やアニメでよく見る仕草はなんと言うのだろう。

 

 そんなどうでもいい事を考えながら通用口を出てウルフギャングの店の横を抜け、アスファルトの道路にネイキッドスポーツを出す。

 エンジンをかけてジンさんを迎えに行こうとペダルをローに入れると、バックミラーにパワーアーマーを装備してヘルメットを手にぶら下げたジンさんが走ってくるのが見えた。

 

「ジンさん、乗ってください」

「ありがたい」

 

 サスペンションが戦前のパワーアーマーの重さで深く沈み込む。

 だがセイちゃんが徹底的に手を入れてくれた俺の愛機は、パワーアーマーを装備した2人が乗っても問題なく最高の加速を見せてくれる。

 クラッチを繋いで、北に向かって走り出した。

 

「ひっでえタイミングで来やがりましたねえ」

「なあに。あのバカ共は、季節が変わるごとに里を訪れておる。そろそろじゃと覚悟はしておったよ」

「なるほど」

「のう、アキラ」

「はい?」

「トラックに乗ってやってくる若者は当たり前じゃがどちらもこの里で生まれ育った青年で、親兄弟は里でたまに申し訳なさそうにしながらも平和に暮らしておるのじゃ」

「そういう事ですか」

「うむ。じゃからすまぬが」

「……わかりました。殺しませんよ、今ここでは」

「すまぬのう」

 

 この世界に来て、ウェイストランドで実際に暮らして身に染みてわかった事がある。

 

 クズは殺した方がいい。

 

 そんな簡単な、だからこそ真理だと思える事実だ。

 犯罪者を検挙してくれる組織なんてバリケードの中にしかなくって、もし犯罪者を捕らえてもソイツをただ生かしておく余裕なんてありはしない。

 もし犯罪者にそれなりの労働をさせながら懲役刑を科すにしても、それを見張る人手すら惜しいのが現在の日本だ。

 

 だから、殺す。

 

 何かしでかせば殺されると確信していれば犯罪を犯すのを思いとどまってくれる者もいるだろうし、そうでない、リスクを冒してでも楽をして稼ぎたい、他人を不幸にしても自分だけはいい思いをしたいという連中もいるだろう。

 真実かどうかもわからないアリの生態の話なんかは俺も知っているが、そうやって犯罪者を殺し続けていれば、ゼロにはならなくても犯罪者を減らせるんだと信じるしかない。

 

「見えた。まずは見張り台で大正義団とやらの話を聞きますか」

「うむ」

 

 小舟の里に繋がる4つの橋はすべて、元からあるバリケードのすぐ手前にコンクリートの土台を置き、そこに足場を渡して見張り台とタレットを設置してある。

 そのコンクリートの土台の手前にバイクを停め、ピップボーイに入れてから階段で見張り台へと上がった。

 

「あれか。……フロントガラスが割れてんのに、防弾板すら貼ってねえのか。荷台もウルフギャングのトラックとは違って幌。それはまあいいけど、ボロボロ過ぎて雨避けにもなりゃしねえ。よく動いてますね、あれで」

「うむ。それにしても、いつもよりだいぶ手前にトラックを停めておるのう」

「……まさか。連中は、タレットがどういう存在かを知ってるって事ですか?」

「やもしれぬ。ワシも関東などでは、戦前の国産タレットを何度か見ておるしの。戦前の大都会である名古屋に近い豊橋なら、稼働品のタレットを見る機会があるのやもしれぬ」

 

 それが本当なら、目の前にいる大正義団と同じく、いつか101のアイツを追うつもりの俺にとっては厄介な話だ。

 

「運転席から1人が降りましたね。助手席のヤツがそのまま運転席へ。どっちも装備してんのはB.O.S.タイプのノーマルパワーアーマーで、降りてきたヤツの武器はレーザーライフルか」

「あやつめ、間違いなくタレットを知っておるのう。銃ごと両手を上げてゆっくりと近づいておる」

 

 まだ普通に会話ができる距離には遠い。

 タバコを咥えてジンさんに箱を渡し、オイルライターの火を分け合う。

 

 ジンさんと同じくヘルメットだけ外した状態のパワーアーマーを装備した男は、その生意気そうな顔を煤か何かで酷く汚しているようだ。

 年の頃は俺の2つ3つ上、22、3だろう。

 

 手練れの雰囲気は感じないが物怖じしていない足運びを見る限り、こういった状況、命を危険に晒す事には慣れているらしい。

 

「ジンさん、これはどういう事です! それにその隣にいる男の腕に見えるそれは、もしかして!」

 

 男が叫ぶようにして、そう問いかける。

 

「答える義理はないのう」

「くっ……」

「なあ、兄さん。ちっといいか?」

 

 ジンさんと打ち合わせをする時間などなかったので、どこまで俺が口出しを許されるのかはわからないが、大正義団の連中に会ったら聞こうと思っていた事はある。

 いい機会だから訊ねておこう。

 

「あ、ああ」

「あんたらは、強盗なのか? それともタカリか? もし物乞いだってんなら、それなりの態度ってモンがあると思うんだがね」

 

 男の薄汚れた顔が、見る間に真っ赤に染まってゆく。

 

「お、俺達はっ!」

「俺達はなんだよ? 食料を買い叩きに来たんならそのどれかなんだろうが。違うってんなら、誰もが納得する対価を置いてくんだな?」

「……荷台に途中で狩った猪を積んである。2頭すべては渡せない。半分なら置いていこう。金は、いつもと同じだけ持ってきた」

「なら、その猪と現金分の食料を渡せばいいんだな?」

「それじゃあ足りるはずがない!」

「へえ。小舟の里の連中が飢えても関係ねえからメシを出せって? さすが、クズだなあ」

「そうは言っていないっ!」

「言ってんのと同じだってんだよ、ノータリン」

「アキラ、その辺でカンベンしてやってくれんかのう」

 

 俺が口出しを許されるのは、ここいらが限界か。

 

「りょ-かい」

「言うておくが、アキラ達はもうこの里の大事な仲間じゃよ。そしてワシの娘婿で、その嫁達も大切な家族じゃ」

「……ありがとうございます」

「こっちのセリフじゃな。ツグオ、猪はいらん。ジャガイモとチーズと魚をいつも通りの量でかまわんな?」

 

 ツグオと呼ばれた男が頷く。

 

 なら待っておれと言ってジンさんは振り向き、門の内側にいる連中に短い指示を出した。

 俺は黙ってツグオを睨みつけたまま、咥えタバコの煙を吐き続ける。

 

「ジンさん」

「なんじゃ?」

「予定よりだいぶ早いですが、このままバカ息子を殴りに行きましょうよ。浜松の方は、1日くれえならなんとでもなります」

「……やめておこう。こういう時は、勢いに任せて動かぬ方がよい」

「そうですか」

「うむ。まずは浜松、そう決めたからにはバカ共に構っておる暇はない」

「了解です」

「それに、ワシとてあれらに怒鳴られるのはカンベンじゃからのう」

 

 ジンさんが薄く笑みながら顎で背後を示す。

 なんだろうとツグオとトラックからあまり目を離さぬよう半身になって後ろを見遣ると、嫁さん連中とウルフギャング夫妻がそれぞれの武器を手に、『いつでも突撃できるぞ』とでもいうような気合を漲らせて並んでいるのが見えた。

 

「揃いも揃って、なーにやってんだか。ミサキなんて、渡した覚えのねえミサイルランチャー担いでんですけど……」

「メガトン基地の武器庫にあった物じゃよ。ミサキは、撃ちながら走り回れる遠距離武器を使えぬのを気にしておっての。カナタのアドバイスでミサイルランチャーを使ってみたら、それが性に合ったようじゃ。今ではかなりの速度で走りながらあれを乱射して、それからシズクと2人で敵に突っ込んでおる」

「……セーラー服にミサイルランチャー。んで高機動って、ドムかよ」

 

 今日からドム子とでも呼んでやろうか。

 

 そんな考えが頭をよぎったが、万が一ミサキがドムを知っていたらその場で頭をカチ割られかねない。

 そう呼ぶのは心の中だけにしておいた方がよさそうだ。

 

「おい、新顔のアンタ」

「あん?」

「その腕にあるのって、電脳少年ってやつか?」

「答える義理はねえな」

「まさか、アンタは賢者さんの言ってた……」

 

 答える義理はないと言ったのはただジンさんのマネをしただけでなく、心からの本音だ。

 返事はせずにタバコを吹いて捨て、遠くから近づいてきているリヤカーの到着を待つ。

 

 おそらくあれの荷はジャガイモかチーズで、用意するのに時間がかかる生きたままの養殖した魚が最後に到着するのだろう。

 こんな連中にタダ同然で小舟の里の働き者達が育てたジャガイモや魚を渡してやるのは癪だが、ジンさんの態度を見るに、それを大正義団にくれてやるというのは小舟の里の総意と言ってもいい選択らしい。

 なら、俺が口を出す必要はないだろう。

 

「早くカタをつけてえなぁ、新制帝国軍」

「焦る必要はないじゃろ」

「そうでもないですよ。俺はここんトコ、男だけで探索や戦闘に出るのが楽しく感じてましてね」

「ほう?」

「だからジンさんから、まだまだ学びたい事がたくさんあるんです」

「老いぼれがくたばる前に、かの?」

「そうは言ってませんって」

「当然じゃ。そんな事を言うたらひっぱたいてやるでの」

「カンベンしてくださいよ」

「ほっほ。親の特権じゃ、グダグダ言わずに殴られておくのじゃな」

「そういうのを俺達の世界じゃ虐待って言うんですよ」

「こっちにはない言葉と感性じゃのう。生意気な子はひっぱたいてでも躾けてやらねば、いつか人様に迷惑をかけるやもしれぬ。その可能性を予見できぬ親は能無しで、子の犯罪を知っておって止められなければ共に犯罪者じゃ」

「へいへい。シンプルで羨ましいですねえ」

 

 バリケードの中央、ボートレースのボートを運ぶためのキャリアーに鉄板を張り付けた門から、オンボロのリヤカーが引き出されてゆく。

 その持ち手を受け取ったツグオは俺とタレットに一瞥をくれてから荷台にレーザーライフルを置き、背を向けて1人でリヤカーを引き始めた。

 

 



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眼差し

 

 

 

「荷運びは手伝わないんですね」

「当然じゃ。そこまで厚かましいようなら、とうの昔にぶん殴っておる」

「ふうん」

 

 この様子だとジンさんとマアサさんをはじめとする小舟の里の人間達は、大正義団にもこうやって食い繋いでゆかなければならないような、何か深い理由があると考えているのかもしれない。

 

 それは家族の情からきた買い被りであるのか、それとも正しい予想なのか。

 

 俺が考えても仕方ないかとまたタバコに火を点けて、パワーアーマーを装備した2人がトラックの荷台にジャガイモなんかが詰められた木箱を運ぶのを眺め続けた。

 

 その荷役を終えたツグオが1人でリヤカーを返しに来ると、そのままトラックの元には戻らず見張り台を、そこに立つジンさんと俺を見上げる。

 

「やっぱりピップボーイだ。あの人と、同じ……」

 

 ツグオが食料さえ調達できればいいと考えているのは間違いなさそうなので、道の左右にクリーチャーの姿がないか見ていると、その拍子に俺の左腕にあるピップボーイがしっかり見えたらしい。

 まるで呟くような、そんな声が聞こえた。

 

 フォールアウト3に登場した主人公、101のアイツが腕にしていたピップボーイは、たしか軍用の『Pip-Boy300』だったはず。

 そして俺が腕に着けているのは軍用ではなく、ヴォルト研究者が使っていたと思われる『Pip-Boy300MarkⅣ』だ。

 

 見た目も性能もかなり違うのだが、どちらもそのディテールなんかは国産の電脳少年とはだいぶ違うので、ツグオから見ると同じ物だと感じるのだろうか。

 

「101のアイツって言葉に聞き覚えは、兄さん?」

「……ある。忘れられない物語。その主人公が、そう呼ばれてたんだ」

 

 誰にでも101のアイツの武勇伝を語り聞かせたりするから。

 そう言って頭でも小突いてやりたいが、本人がいないのだから今はできるはずがない。

 

「へえ。じゃあソイツがただでさえ貧乏な里のお宝、銃とパワーアーマーを持ち逃げする事や、その後に食料をタカリに行く事を教えてくれたって訳か。こっちじゃ悪党の親玉なんだな、101のアイツってのは」

「違うっ!」

「何が違うんだ、クソガキ。そうとしか思えなくしたのはテメエ達じゃねえかよ」

 

 睨みつける。

 

 ツグオはさっきのように薄汚れた顔を紅潮させたりはせず、それどころか少しばかり青白くなった表情をそっと俺から逸らした。

 

「違う。違うんだ。俺達は、ただ……」

 

 我ながら嫌になる意地の悪さ。

 

 どうやら俺は自分で思っていたよりずっと、101のアイツの好意を台無しにするどころか、ジンさんやシズクやセイちゃんに血を吐くほどの苦悩を与える事になった大正義団に腹を立てていたらしい。

 

 そんなガキみたいな俺の肩に、ジンさんのゴツくて皺だらけの大きな手が置かれる。

 

「アキラ。ワシらのために、そこまで腹を立てんでもよい」

「ガキですからね、俺は。アタマに来たらそう言うし、その相手がこうして目の前にいたら、そりゃあもうネチネチと嫌味を言ってやりたくなるんです」

「銃を抜かずにいてくれている。それだけで大人じゃよ」

 

 本当は今すぐにでもこのツグオとトラックの運転席にいる俺と同年代の男を殺し、その足で豊橋にいる大正義団も皆殺しにしてやりたい。

 正直、それは俺の本心だ。

 

「秋までは、長いな……」

「すぐじゃよ。月日の流れは、驚くほどに早いものじゃ」

 

 次に届いたのはいくつかのポリタンクと、青い大きなプラスチック製の箱だった。

 ツグオがまたリヤカーを引いてトラックの荷台へ向かい、空になったポリタンクと箱を積んで戻ってくる。

 

「ジンさん」

「なんじゃ?」

 

 ジンさんを見上げるツグオの瞳は、なんというか不思議な色をしていた。

 

 どこかで見た覚えのある、真剣なだけではない眼差し。

 澄んでいる、とでも表現すればいいのか。

 それが胃ガンで死ぬ直前、病院のベッドの上で当時小学生だった俺に土を耕して生きる事の尊さを語った爺さんの瞳に似ていると思うのは、気のせいなのだろう。

 

「もう少し、もう少しなんだ。次の冬までには絶対に取り戻す。そしたら、俺達は……」

 

 ジンさんは何も言わない。

 ただ小さく頷いて、もう行けというように顎でトラックを示しただけ。

 

「やっぱり今から行きませんか、豊橋」

 

 リヤカーを置いて帰るツグオの背中を見ながら、そう問うてみる。

 

「よい」

「あんな目を見るの、嫌なんですよね。病気で死んだ爺さんを思い出しました」

「死ぬると決めたら男は楽なものじゃからの。残される方は、そう思って当然じゃ」

「だからこそ、助けられるヤツは助けたいんですよ」

「秋でよい」

「……了解」

 

 運転席に収まったツグオがエンジンをかけ、慣れた様子で何度かハンドルを切り返して走り去ってゆく。

 

「さて、仕事に戻ろうかの。あの様子では、駅前門からこちらに少しばかり人員を回した方がよいやもしれぬ」

「どういう事です?」

「助手席におったアキラの2つ下になるコージという少年は、大正義団で最も年若い少年での」

「はあ」

「あの少年は春先に顔を出した時、パワーアーマーを装備しておらんかった」

「ええっと」

 

 まさか……

 

「つまりあのバカ共、大正義団は最も若いコージにパワーアーマーを使わせるほど数を減らしておるという事じゃ」

「じゃ、じゃあ余計に今すぐ」

「いらぬ」

 

 そう短く言い放ったジンさんの横顔には、悪党のコンテナ小屋で新制帝国軍の兵士を斬り捨てた時よりも険しい、怒りのような感情が浮かんでいるように思えた。

 

 我が子を、惚れた女の妹を、手ずから剣を教えた弟子達を見殺しにする。

 これはそんな悲痛な覚悟なのか。

 

 いっそ俺だけで、今すぐ豊橋に向かって……

 

 行きはバイク。

 帰りは翌朝の8時なら8時と時間を決め、俺のマーカーの動きで合図を送ってミサキにファストトラベルで迎えに来てもらえばいい。

 

「アキラ」

「はい」

「お願いじゃ。バカ共に、少しだけ時間をくれてやって欲しい」

「……死ぬための時間ですか」

「違うのう。誇りを取り戻すための時間じゃ」

 

 絶対に取り戻す。

 

 ツグオは真剣な瞳でそう言った。

 その意味をジンさんが考えないはずがない。

 そしてその俺よりもずっと深く考えを尽くされた予想は、正確なはずだ。

 

「この北西橋に置く部隊を増やすなら、もう少し大きな休憩所を設置しときたい。いいですか?」

「手間でないなら頼もうかの」

「了解です」

 

 頷いたジンさんは背中を見せて歩き出してから手を振って、農地と放牧地の間に伸びる道を戻っていった。

 バイクで送ると出しかけた声を飲み込み、俺も階段を下りる。

 

 誰にだって独りになりたい時はあるものだ。

 

「アキラ」

「おう」

「お疲れ様」

「俺はなんもしてねえさ。シズクとセイちゃんを借りるぞ」

「うん。あたし達はミキの家に戻るね」

「あいよ。シズク、セイちゃん。ちょっとだけ待っててくれな」

「それは別にいいが、何をするつもりなんだ?」

「こっち側に割く人員を増やすらしいから、農地の手前に待機所を建てとこうと思ってさ」

「なるほど。アパートほど大きくなければ問題ないと思うぞ」

「あいよ」

 

 まず木製の小屋を配置し、内装を弄りながら使いやすく拡張してゆく。

 そうしながら、シズクとセイちゃんに俺の予想を話すべきか考えた。

 

 建物の中央に広いリビングと、簡単な料理くらいならできそうな調理場。

 その左右に男女別の仮眠室と水浴び場とトイレをクラフトし終えても、答えはまだ出ていない。

 

「どうしたもんかねえ……」

 

 数を減らした大正義団。

 その生き残りは死を覚悟した瞳で、『次の冬までには絶対に取り戻す』と言った。

 

 大正義団は、誰に何を奪われたというのか。

 

「誇り、かぁ」

 

 生き残る事より大切な誇りなんてあるのだろうか。

 

 もし俺が命を捨てるとしたら。

 そう考えてみると、可能性はただひとつ。

 嫁さん連中を助けるためだろう。

 

 俺の特技であるクラフトと無限収納を失うのは、小舟の里を含めた3つの街が創ろうとしている新しい共同体にとってかなりの痛手だろうが、そんなのはミサキのファストトラベルといくつかある車両でカバーできる。

 そしてその人を知る誰もが生きて帰る事を疑っていない101のアイツにも、俺達と同じようなチートがあるはず。

 

 自分なんて死んでもいいと言うつもりはないが、主人公組3人の中の誰かが犠牲にならなければならないとしたら、どう考えても俺が適任だろう。

 

「まるで宿舎だな。あいかわらず凝り性の旦那様だ」

「シズク。セイちゃんはどうした?」

「見張り台を補強してるよ。手持ちの鉄板を貼り付けてレーザーライフルの攻撃に備えるんだそうだ」

「そうか」

 

 短く言って目を逸らす。

 

 大正義団にはシズクの母親も参加している。

 そしてその大正義団はかなり数を減らしていて、そうなったのは何かを取り戻すために戦っているかららしい。

 

 ……言えるはずがない。

 

 俺の予想なんて、ただの心配性な男の戯言。

 その可能性は高いし、そうであって欲しいと心から思っている。

 

 だから言わなくていい。

 

 そう思うと同時に、逸らした視界いっぱいにシズクの整った顔がドアップで映った。

 

 キス。

 

「……ふう。ごちそうさまだ」

「そういうセリフは、男の俺が言うべきだと思うんだがな」

「アタシはこれでいいんだよ。なあ、アキラ」

「うん?」

 

 シズクが微笑む。

 そのまま優しく頬を撫でられたので反応を決めかねていると、シズクは俺を強く抱きしめた。

 

 ほんの少しだけ低い位置にある唇を通った吐息が耳にかかる。

 

「大丈夫だからな、アタシは。だから、お願いだからムチャだけはしてくれるな」

「バカ言うな。大丈夫なヤツは、こんなに震える息を吐かねえ」

「好きな男を抱いている時くらい、そうなってもいいじゃないか」

「せめて抱かれてる時にしてくれ。こうやって、な」

 

 抱きしめる。

 

 女にしては背が高く嫁さん連中の中では最も高身長で、胸も尻も誰よりも立派なシズク。

 吐息だけでなくその体も震えている事に気づかないフリをしながら、ただただ強く抱きしめた。

 

「大丈夫だ。オマエの母親は、俺が助け出す。少しだけ待ってろ」

「行かせるものか、バカ」

「それでも行くさ。そうしなきゃ、俺は男でいられなくなる」

「……男がどうだとか言い出すのは感心しないな。そういう事を言い出すと、男は好き勝手に生きて最後には自分の命を放り投げてしまう」

「俺は死なねえよ」

「アタシの父親もそう言っていたな。そして里を出てついに帰らず、それから母親は死に場所を求めるようになった」

「俺を誰だと思ってる。111の錬金術師、元軍人で英雄の主人公サマだぞ?」

 

 笑い声が耳朶を擽る。

 

「そんなにアタシを悪者にしたいのか」

「シズクならやってのけるさ。伝言と手紙を頼む」

「自分で伝えて渡せ、バカ」

「111の錬金術師はヒデエ臆病者でな。特に嫁さん連中が怖くて仕方ねえんだ」

「だったら」

 

 言いかけたシズクの唇を塞ぐ。

 もちろん、俺の唇で。

 

 さっきのような、唇に触れるだけのキスじゃない。

 貪るように舌を挿し込み、熱くて柔らかい口腔内で踊らせるキスだ。

 

「ふう。ごちそうさん」

「……バカ」

 

 シズクが落ち着くまで抱きしめながら頭を撫で、もう大丈夫だろうと確信してから出したばかりのソファーに座ってペンを走らせる。

 

 手紙は4通だ。

 

 1通は嫁さん連中に向けた手紙。

 いつもの心配性が出て突発的に豊橋へ向かうが心配はするなという内容と、ミサキのファストトラベルを使いたい時の連絡方法。

 

 1通はジンさんとマアサさんへ。

 すんませんが、お2人の息子を数発殴ってきますと。

 

 1通はタイチとクニオとヤマトへ。

 すまないが1日か2日だけ時間をくれと。戻ったら梁山泊で、しこたま酒を奢るから許せと。

 

 最後はウルフギャングへ。

 それを書き終えるには少しばかり時間がかかった。

 内容が内容だけに。

 

 



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ツーリング

 

 

 

「ええっと、なんでいるんですか?」

 

 手紙を持たせたシズクと、ひさしぶりに最悪な形で故郷を出奔した兄の仲間を見ても気丈に明るく振舞っていたセイちゃんは先に帰してある。

 なので建てたばかりの休憩所から出てきた俺を出迎える見知った顔などないはずなのに、そこにはそれがあった。

 

「若者に早漏はいかんと教えるのは、年長者の務めじゃ」

「止めてもムダです」

「わかっとる。ほれ、行くならさっさと行こうぞ」

 

 パワーアーマーを着たジンさんが、手に持っているヘルメットを俺に放る。

 預かっておけという事だろう。

 

「ジンさんは年寄りなのに俺よりデカイんですから、ヘルメットをしてないと風が目に染みますって」

「誰が年寄りじゃ」

「ジンさんが。……ま、一緒に行くのは約束でしたからいいけど。背負ってるでっかい和弓と腰の矢筒は預からなくっていいんですか?」

「うむ。バカ共のトラックを追い越さぬスピードで走るなら問題はないじゃろ。障害物の幅が危険そうなら、その時は手に持って抜けるで問題ない」

「りょーかい。んじゃ、せめてこれを」

 

 『パトロールマンのサングラス』を出して差し出す。

 

 それは白と黒のカラーリングを施されたパワーアーマーとオールバックの白髪という洒落た老人に、渡した俺が思わず感心してしまうほど似合った。

 

「ふむ。不思議な視界じゃのう」

「見た目はかなりキマってますよ。映画の主人公みたいで、マアサさんも惚れ直すでしょう。あまりにもお似合いなんで、それはプレゼントしときます」

 

 機嫌が良さそうに礼を言う声を聞きながら、俺もヘルメットだけせずにパワーアーマーを装備。

 それから北西門の通用口へ足を向ける。

 

「すまんのう」

「こっちのセリフですって。マアサさんには言ってきたんですか?」

「うむ。早漏気味な若者なら、間違いなくこうすると思ったからの。アキラに詫びておいてくれと言われたぞ」

「……早漏じゃねえし」

「ほっほ。その証拠を見せてもらうヒマもなさそうなのが残念じゃ」

「そういや、2人で線路を歩いて途中に街があれば女でも買いましょうって話してましたね。……あの頃、豊橋はとんでもなく遠かったな」

「うむ。それだけアキラが成長したという事じゃ。こんな状況なら、酒と女は次の機会までガマンじゃな」

「いや俺もう嫁さんいるんで」

「知らぬ。約束は約束じゃ」

「……それでいいのか舅さん」

 

 俺が防衛部隊の見張りに休憩所は自由に使ってくれと伝えると、ジンさんは自分が1日か2日だけ里を留守にする事を告げ、後はすぐに来る副官の指示に従えと言っていた。

 

 どうやらジンさんはマアサさんに出発を告げただけでなく、副官に指示まで出してから北西門へ戻って俺を待っていたらしい。

 さすがは年の功という感じか。

 

「わかりました。どうかお気をつけて」

「なーに。伝説の剣鬼とその跡を継ぐ双銃鬼が一緒なら、どんな妖異が出ても屁じゃねえさ。武運を祈ってますよ、お2人さん!」

「お、おう」

「それでは行ってくるでの」

 

 通用口を出る。

 

 もうホント中二臭い二つ名はカンベンしてくれと思いながらバイクを出して跨ると、呵々と笑いながらジンさんはリアシートに跨った。

 

「可能なら先行してるトラックに追いついて、それを尾行する形で進みます」

「うむ。任せた」

 

 年寄りをビックリさせて心臓でも止まったらシャレにならないかと、丁寧にクラッチを繋いで優しくアクセルを開ける。

 いくらジンさんが元気な、いささか元気すぎる年寄りだったとしても、クニオにしたようなイタズラをしようとは思わない。

 

「距離的に考えると、遅くても夕方までには豊橋到着でしょう。晩メシ前には、バカな義理の兄貴をぶん殴れるかな……」

「いい風じゃ。やはりバイクは良いのう」

 

 俺の呟きが聞こえなかったのか、それとも言葉を返す必要はないと判断したのか、背後から機嫌の良さそうな声が聞こえる。

 

「連中がいっつも北西門に来てるって事は、国道301を使ってるんですよね?」

「おそらくのう。そして鷲津駅の手前、県道3号線を左折して豊橋へ向かうはずじゃ」

「了解」

「まあ追いつけずとも平気じゃ。のんびりとゆこうぞ」

 

 なぜ素直に東海道を進まず、そんなルートで?

 

 考えてはみるが、当然のように答えは出ない。運転をしながらではロードマップを出せないのが痛いなと歯噛みしながら。

 なので、覚えている限りの地図を頭の中に描く。

 特に東海道沿いをだ。

 

「……ああっ!」

 

 思わずそんな声が出た。

 

「どうしたんじゃ、アキラ?」

「いや、なんで連中は東海道を使わねえのかなって。んで地図を思い浮かべてたら、東海道沿いにはある戦前の施設があったのを思い出したんですよ」

「ほう。それは?」

「総合動植物公園。もしそこが俺の想像してたショボい動物ふれあい公園みたいのじゃなく、もっとしっかりした動物園だったら。それなら、連中が東海道を使わねえのも納得だなって」

「なるほどのう。妖異化した動物が厄介なのは、いつの時代どこの地域でも変わらぬ」

 

 もう遠い昔のように思えるが、浜名湖の対岸でヤオ・グアイに襲われる事を想像しただけで俺とEDーEが後ろも見ずに逃げ出したのはつい先日の事。

 今ならヤオ・グアイ程度なら怪我もせず倒し切る自信はあるが、それがライオンやトラの、それも群れが相手となったらと思うと背筋が寒くなる。

 

 ましてやもっと大型の、それこそゾウなんかがクリーチャー化して東海道を進むトラックなんかを襲っているとしたら、小舟の里の秘密兵器である武装バスでだって東海道を西へ向かうのは躊躇われるだろう。

 

「……っと。バカな考え事をしてるうちにもう追いついちまった。こっからは尾行のためにスピード落とします」

「うむ」

 

 武装バスのために俺がピップボーイで掃除をしておいた国道301とは違い、県道には車の残骸がそれなりに残っているので、向こうのスピードはかなり落ちていたらしい。

 思っていたよりずっと早く大正義団のトラックの、『よくもこれで普通に動いてるな』という感慨が浮かんでしまう後姿を発見できた。

 

 大正義団のトラックはすべてのガラスだけでなくサイドミラーも破損して影も形もない事や、運転席の後ろに軽トラのような覗き窓がない事は北西門で遠目から見て確認済み。

 なので助手席のコージとかいう、おそらく俺より年下の少年が割れた窓から身を乗り出して振り返りでもしない限り、俺達のバイクが発見される事はないだろう。

 

「お、メガネ屋に郵便局。どっちもそのうち漁りてえなあ」

「新聞のように手紙もバイクで配達しておったなら、原付バイクが増やせるやもしれぬのう」

「ですね。それに俺とミサキがいた方の日本じゃ、郵便局はトラックなんかも使ってましたよ」

「1台でも直せるなら、足を延ばす価値はあるの」

「ですね」

 

 中学校やそれなりの規模の工場、郵便局と同じくらい中が気になるカー用品店なんかを横目に通り過ぎると、県道3号線は畑の間を突っ切るような形で西に向かって伸びていた。

 

「ほっほ。見よ、アキラ。戦前の農地で針鎧虫が日向ぼっこなんぞしておる」

「んで前方にゃ森が見えてます。荷台に積んでるっていう猪は、そこらで狩ったんかな」

「かもしれぬのう」

「……あのトラックが帰り道でクリーチャーに襲われたらどうします?」

「アキラの好きにしてよい」

「りょーかい」

 

 左折、白須賀。

 直進、新所原。

 右折、三ケ日。

 

 錆びだらけでもそう書かれた文字がどうにか読める戦前の大きな道路標識の向こうに、信号機のある交差点。

 そしてそれを直進した先は坂道になっていて、県道の左右には緑の木々が生い茂っている。

 

 相手がクリーチャーでも悪党でも、トラックに奇襲を仕掛けるには悪くない地形だ。

 

「隘路じゃな。しかも、こちらは坂を上がらねばならぬ。ワシがトラックを奪うなら、ここで仕掛けるのう」

「ですよね。俺でもそうします」

 

 鬼と蛇ではなく、悪党とクリーチャーのどちらが出るか。

 そんな心構えで先を行くトラックを睨みながらバイクを進ませたが、道幅がだいぶ狭くなった坂道には、クリーチャーどころか野生動物の影すら見当たらなかった。

 

「ふむ。バカでも安全な道くらいは把握しておるのか」

「らしいですね。この分じゃ、戦闘なんて起こらず豊橋に着く可能性もあります」

「つまらぬのう」

 

 それならそれでいい。

 大正義団をぶちのめすのは俺とジンさんの役目だし、思いつきのような出発になってしまったのだから、なるべく早く小舟の里に帰りたい。

 面倒事は少なければ少ないほどラッキーだ。

 

「線路を渡りましたね」

「うむ。すぐ左手に新所原駅が見えてくるはずじゃの」

 

 ジンさんの言う通り左折すると新所原駅という標識を過ぎ、あまりにも物足りない速度でトラックを尾行していると、『二川小北交差点』というロケーションを発見したとピップボーイの視覚補助システムに表示が出る。

 

「ジンさん、たしか二川小って」

「豊橋市立の小学校じゃのう」

「……近いな。思ってたよりずっと」

 

 

 今度は二川駅という標識を横目にバイクを走らせる。

 パチンコ屋に、郊外型のスーパーマーケット。

 道路標識には右へ向かうと『豊橋市街』なんて言葉も見えてきた。

 

 それと同時に、核爆弾の影響なのか周囲の景色が少しだけ変化している。

 まだまだ田舎らしい建物の、特に上部が破損しているのだ。屋根が崩れてしまっている民家や店舗が多い。

 

 でもまあ、この先まで行けばようやくバカ兄貴の顔が拝めるか。

 

「見えてきおったぞ。あれが国道一号線じゃのう」

「へえ。やっと東海道を進むのかって、あれっ?」

「右折せず、国道一号線を渡って直進らしいの」

 

 トラックは住宅街を縫うように細い道を進む。

 どういうルートだと地図を思い出そうとするが、それほど真剣に眺めていた地域ではないので上手くはいかなかった。

 

「急に道がひらけましたね。道幅はねえけど、いかにもスピードが出せそうないい感じの直線だ」

「アキラ、左じゃ」

 

 慌てて顔を左に向ける。

 するとただの林だと思っていた景色が途切れ、生え放題になっている夏草の向こうに街灯と滑り台のような遊具らしき物が見えた。

 

 アクセルを緩める。

 

 同時にトラックが、かすかにではあるが車体を右に振るのが見えた。

 

「ヤベエっ」

 

 左はおそらくだが大きめの公園。

 その公園に生い茂る夏草は俺達どころか、バイクの姿すら隠してくれそうもない。

 なので、迷わず右にハンドルを切った。

 

 歩道に乗り上げた衝撃で軽く体が跳ねたジンさんは、そんな動きを面白がっているようで、小さく笑う声が耳に届く。

 

「いい所に駐車場付きの商店があったものじゃのう」

「まったくです。ジンさん、双眼鏡とスコープ付きの銃ならどっちがいいですか?」

「双眼鏡じゃな」

「了解」

 

 俺が右手にある少し大きめの食料品店の駐車場に滑り込んだ時、トラックも左に曲がったのは見間違いではないはず。

 ギアをニュートラルに入れてスタンドを出し、エンジンをかけたままバイクを降りる。

 

「バカ共の根城にしては防備が薄いのう」

「ですよね。いったい、どういう事なんだか。あった、双眼鏡。どうそ」

「すまぬ。借りるぞ」

 

 いいえと返してスコープ付きのハンティングライフルを出し、ジンさんに続いて食料品店の横にある民家の塀にへばりつくようにしてスコープで道の先を覗いた。

 

「見えねえ」

「トラックが入った駐車場の手前にあるトイレがジャマで、むっ……」

「なんだってんだ? バカ2人が、駐車場から公園にトラックを乗り入れましたよ」

「まいったのう。あそこまで進まれては、身を潜めながら進まねば公園の様子が見れぬ」

「そうでもないっすよ」

「ほ?」

「道の反対側にゃ団地があります。それの最上階からなら、公園も覗けるでしょ。まあ、フェラルなんかがいる可能性は高いですが」

「よし、乗った。ゆこうぞ」

「ええ」

 

 



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公園

 

 

 

 個人商店と呼ぶには大きく、スーパーマーケットと呼ぶには小さい。

 そんな食料品店は二等辺三角形のような、狭い区画に建っている。

 

 まずエンジンをかけっぱのバイクと、ジンさんが差し出した俺の身長ほどもありそうな和弓をピップボーイに収納。

 それから食料品店の向こうの細い道まで素早く移動し、クリーチャーや、存在するのかもまだわからない公園の戦力となる人間達がいないのを確認してから、公園に最も近い団地の棟へ向かった。

 

 団地は鉄筋コンクリート製のおかげか損傷が少なく、最上階の部屋でも崩れ落ちていたりはしていないようなので、俺達にとっては都合がいい。

 

「この建物が逆向きだったら、さらに良かったのう。それならば、部屋に踏み込まずとも公園を覗けたじゃろう」

「ホントですね。ちょっとだけ憂鬱ですよ」

「すまぬのう。屍鬼がおれば、ワシが殺る」

「いえいえ」

 

 300年前に誰かが住んでいた家に土足で踏み込む。

 もしそこにフェラル・グールがいれば、それはおそらくその家の住民だ。

 

 理不尽な開戦。

 誰がどう考えても使うべきではなかった、核ミサイル。

 これから踏み込む部屋にグールがいるとすれば、その人は間違いなく被害者だ。

 

 ジンさんはそれを自分で始末するつもりらしいが、俺だってそのくらいの覚悟はとうに、この世界に来てすぐにしてある。

 

 団地住まいの経験がないので、こんな建造物には初めて足を踏み入れる事になる。

 1棟にいくつかあって、その左右に1つずつの玄関のドアがある、決して広いとは言えないコンクリート製の階段。

 それを1分もかけずに駆け上がり切った。

 俺はこちらの世界に来てから筋トレをしたり、時間のある朝にはセイちゃんの作業場を黙々と走ったりしているのでまだわかるが、二十歳の男の全力疾走に余裕で着いて来れる、ともすれば追い越してさえしまいそうな老人というのはどうなんだろう。

 やはり人間の強さだとかそういうものは、レベルだけでは判断できないものであるらしい。

 

「む。こっちの部屋は施錠してあるぞ」

「こっちもダメです」

「むうっ」

「ピッキングに10秒だけください」

「任せた」

 

 ここがフォールアウトの舞台、なんでもかんでもガバガバなあの国ではないとしても、金庫より開錠の難しい鍵を団地に設置しているはずがないはず。

 

 そんな事を祈るように考えながら、逸る心を押さえて、ピップボーイに笑えるほどの数が入っているヘアピンを出す。

 それを指で抓んで曲げてから鍵穴に差し込むと、ピップボーイの視覚補助システムにNoviceという文字が浮かんだ。

 だいぶ前、今はメガトン基地の待機所になっている建物の鍵を開けた時と同じだ。

 

「やっぱノービスか。さすがは俺、ツイてやがるぜ」

 

 ピップボーイの視覚補助システムはどういう理屈でそうなっているのか、まるでゲーム画面のように鍵穴が拡大表示されてくれたので、そこに曲げたヘアピンの先を挿し込みながら手早くスウィートスポットを探る。

 

 呼吸にして3つ。

 たったそれだけの時間で手練れの空き巣のようにピッキングを終え、錆びの浮いた銀色のドアノブを回してドアを引いた。

 

「さすがじゃのう」

 

 ジンさんが土足で室内に踏み込む。

 迷わずそれに続き、まず俺達以外のマーカーがないかをザッと確認。

 

「クリア。まずは公園を見下ろせるベランダですね」

「うむ。こっちか」

 

 狭い廊下を抜けてダイニングキッチンへ。

 2つある襖の片方をジンさんは迷わず開け、ホコリ臭い和室へ踏み込んで正面のカーテンを勢い良く開けた。

 

「見えます?」

「バッチリじゃ」

「そりゃあよかった」

 

 どうやらこの和室は、家族の内の2人が寝室として使っていたらしい。

 2つ並んで敷かれた布団を踏まないようにしながら、俺もベランダへと向かう。

 

 ジンさんは万が一にも公園から気づかれぬ用心なのか、サッシは開けず汚れたガラス越しに双眼鏡で公園を眺めているようだ。

 俺は狭い階段に踏み込みながらツーショット・コンバットライフルを収納していたし、使い勝手のよさそうなジンさんに渡した物と同じ双眼鏡を出した。

 

「大きな池。その池を渡るように架けられた橋。景観を楽しむためにかその橋の中ほどには広いスペースがあって、どうやらそこが住民達の住居らしいの。粗末じゃが、小屋がいくつか建てられておる」

「住民? なら、あそこは大正義団の根城じゃないんで?」

「うむ。見てみよ。ここからなら充分に公園を観察できる」

 

 ジンさんの横に並び、持ち上げた双眼鏡を覗き込む。

 

 すると見えたのは、草木が生え放題になってしまっている大きな公園の全景。

 整備された歩道や遊具、ベンチなんかがなければただの空き地と勘違いしてしまいそうな広い土地にその池と住民達の住居が見えた。

 

「バリケード、橋の両端にしかないんですね。公園を丸ごと囲う程度の人手も資材もないのか」

「そのようじゃのう」

 

 トラックは、その簡素なバリケードの手前に停められている。

 そしてそれから降りたツグオとコージを薄汚い格好の連中が取り囲むようにして、頭を下げたり笑顔を向けたりしているのが見えた。

 5、6人ほどいる子供達も、ツグオ達に手を振っている。

 

「あれ? なんか、やたら歓迎されてますね」

「そうもなるじゃろ。住民は50に満たぬ数。農地も見えるが、哀しくなるほどに狭い。どの畑も作物の育ちは悪くなさそうじゃが、それだけでは全員の胃袋を満たせるはずもないからのう」

 

 ……その発想はなかった。

 

「えっと。じゃあ大正義団の連中は、ここの住民に食料をくれてやるために小舟の里へ?」

「間違いないのう。ほれ。ツグオとコージのやつ、ジャガイモの1つも持たず住民達に背を向けおった」

「だからって、なんでトラックを公園に置いて歩いて帰るんです?」

「もしかしたら、トラックは大正義団のではなくこの集落の物なのやも知れぬのう」

「……意味がわかんねえ」

「バカの考えなど読むだけムダじゃよ。それでどうするのじゃ、アキラ?」

 

 どうするとは、トラックを置いて徒歩で公園を出るツグオ達を尾行するのかという問いなのだろう。

 

「難しいですね。大正義団の根城がここじゃないならその場所を掴むのは当然ですが、この集落の連中と大正義団の関係も気になります」

「ふむ。なら、二手に分かれるとするかの」

「そりゃあさすがに危険じゃないですか?」

 

 それは俺も咄嗟に考えたが、こんな状況でジンさんと別行動をするのは浅慮だろうと、すぐにその考えを打ち消していた。

 だがジンさんはそうは思っていないようで、サングラスをかけたままニヤリと笑みを浮かべて俺を見遣る。

 

「なあに。今のアキラの腕があれば問題ない。それに、ごく短時間じゃ」

「はぁ。んで、ジンさんはどっちを?」

「集落に決まっておる」

「……なるほど。そんじゃ下の道路に原付バイクを出しますんで、ツグオ達とそれを尾行する俺が見えなくなったら、バイクで公園に向かってください。運転はもう大丈夫なんですよね?」

「うむ」

 

 胸を張って頷かれましても……

 正直、少しでも練習すれば和弓よりずっと役に立ちそうな銃を、なぜか頑なに使いたがらない老人に、バイクの運転なんて事をさせるのは怖い。

 だが、ここはジンさんを信じるしかないだろう。

 

「連絡はこまめに、いつもの通信機で」

「心配性じゃのう。たった30分かそこらの別行動で、無線機を使ってまで連絡を取り合おうとは」

「性分ですから。大正義団が無線の傍受なんてできるとは思いませんけど、豊橋に他の勢力がないとは限らないんで、会話は適当にぼかしましょう。それと、お願いですからムチャだけはしないでくださいよ?」

「どう考えてもワシのセリフじゃな」

 

 土足で踏み込んだ誰かの家。

 今は何より時間が惜しいので、高値で売れる調味料や酒どころか、すぐにピップボーイに入れられる布団にすら手をつけず部屋を出て、今度は駆け下りるようにして階段を下り切る。

 

 そして公園前の直線道路を覗き込むのに支障がなく、公園からも身を隠せる位置に原付バイクを出し、和弓とパワーアーマーのヘルメットをジンさんに手渡した。

 

「それじゃ俺は先行しますが、くれぐれも連絡は密にお願いします」

「わかっておる。それに、それほど長くはかからんよ」

「そうなんですか?」

「うむ。どうせ大正義団とあの集落の事情など、想像通りに決まっておる」

「その予想を聞いてる時間もない、か。なら、俺は行きます」

「うむ。前にセイが改造してくれたで、ワシと集落の会話をアキラの無線機で聞きながら尾行するのも可能じゃろ。お互い、気楽にの」

「はい。では、俺はツグオ達を尾けます」

 

 頼んだという声を聞きながら、公園前の直線ではなく、その1本右に伸びている道に続く交差点へと駆け出す。

 直線道路を進むなら常に何かに身を隠していないと発見されそうで怖いし、公園の真ん前でそんな真似をしていたら、おそらく集落の連中にそれを見咎められてしまうからだ。

 

 走る。

 なるべく足音を立てないように。

 それと、徒歩で直線道路を歩いているはずの2人に接近し過ぎない事を常に意識しながら。

 

「……な、なんだこりゃ」

 

 思わずそんな独り言が漏れた。

 

 公園を過ぎて、数百メートル。

 たったそれだけの距離を進んだだけで、豊橋市街の景色は激変している。

 こんな景色を見せられたら、驚いて当たり前だ。

 

 ずいぶん手前からそうだったように民家や店舗の北西側の壁や天井が破損しているのはもちろん、どう考えてもその核爆弾の爆風で崩れたとは思えない建物や、ひしゃげて黒焦げになった車両の残骸なんかが異様に目立つ。

 

 核の爆発やその爆風で街並みが破壊されただけならば、崩れ切ってしまった建物より爆心地に近い建物も、同じように崩れていなければおかしい。

 

 車だってそうだ。

 どうして3台見える戦前の乗用車の、真ん中の1台だけがこうまで破壊されているのか。たまたま銃撃戦で盾に使われ、その時に爆発したという可能性がないとは言えないが、それにしたって不自然に過ぎるだろう。

 

 いったい、この豊橋は世界が滅びたあの日から、どんな歴史を歩んできたというのか。

 

 集落とも言えないような、公園に住み着いている連中と話しているジンさんに無線を飛ばすのは憚られるので、注意深く尾行を続けつつ、そんな荒れ果てた景色を眺めながら進む。

 

 ジンさんは公園の住人にだいぶ警戒されているようだが、敵意がない事を知らせるためにか気さくな旅の老人を演じているようで、まず豊橋の様子を聞かせてくれぬかと穏やかな口調で話しているのが聞こえる。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 無線機の向こうから聞こえる、ジンさんと同年代かそれより上と思われる老人の声は、俺が予想だにしていなかった存在が豊橋の中心部を根城にしているから、ここより先に進むのは諦めておけと忠告しているようだ。

 

「まいったねえ。……迫撃砲を使う悪党の群れ。それが、少なくとも100以上ってなんだよ。そんなんを使いこなすなんて、新制帝国軍よりよっぽど軍隊してるじゃんか」

 

 迫撃『砲』と言うからには、俺のピップボーイに入っているグレネードランチャーよりずっと強力な、それこそ軍隊が使うような兵器なのだろう。

 

 あの公園はその迫撃砲の、ギリギリ射程外。

 ジンさんと話している老人を長とする50人ほどの集団は、その悪党達に襲われて死を覚悟したところを大正義団に助けられたのだそうだ。

 

「盗っ人のくせに人助けなんかしてんじゃねえ。……クソが」

 

 



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豊橋駅前

 

 

 

 右折、向山霊苑と書かれた案内板。

 それが目に入ってすぐ、そう大きくはない川を渡った。

 

 橋の真ん中にはそれが崩れ落ちてしまうほどのものはないが穴が空いていて、コンクリートの中に張り巡らされた鉄の芯のような物が見えている。

 

 まんまフォールアウト世界の橋だ。

 こんな時でなければその終末世界らしい風情を満喫しようと足を止め、タバコの1本も灰にしながら橋を眺めたかもしれない。

 

 そしてしばらくすると、俺の尾行に気づく様子のない2人は、片側二車線ずつの広い道路を右折した。

 

 残してきた仲間達が気がかりなのか、進めば進むほど足が速まっていた2人の行く手を、3匹のフェラル・グールが遮る。

 そんなのは想定済みだが、ツグオとコージの戦闘の腕は読み切れていない。いざとなったら、狙撃で加勢するしかないか。

 

 フェラル・グールが駆け出す。

 すぐさまその場での迎撃を選択したらしい2人が、レーザーライフルを持ち上げた。

 レーザーの光が2つの銃口から迸る。

 

 銃声や、フェラル・グールを撃ち倒してから短く交わされた言葉はもちろん聞こえない。

 なので、無線機から聞こえるジンさんと老人の会話は問題なく聞き取れている。

 射撃の精度は悪くなさそうだし、この分では戦闘の腕もそれなりにありそうだと、どちらかというとジンさん達の会話の方に意識を割いた。

 

 老人達は岐阜県の郡上という街から新天地を求めて旅立ち、核の被害の酷い名古屋を迂回して進んでいるうちに、この豊橋まで辿り着いたのだそうだ。

 

 山間部を抜けるまで雇った護衛のサンカから、絶対に豊橋は通るなと忠告をされていたのに。

 

 そんなセリフには老人の苦渋が滲んでいて、ジンさんはそれを慰めているらしい。

 

 だが、俺の方はそれどころではない。

 老人のセリフに出てきた、とある単語が気になって仕方ないからだ。

 サンカとはあのサンカかと本当なら今すぐにでも訊ねたいが、ぐっとそれを堪えて尾行に集中する。

 

 歩きながらたまに目をやっている地図によると、裁判所を右に見ながら少し進めば豊橋駅へと一直線に伸びる駅前通りに出るらしいからだ。

 

「大正義団は、かなり数を減らされてる。そうなった理由は、迫撃砲を使う悪党の群れと駅の手前で対峙しているからって? ……気に入らねえな」

 

 俺のような捻くれ者が、自分達に正義があると思い込んでいるような連中を嫌うのは当たり前。

 

 そしてそんなクズ共が自らの正義を信じてこんな世界では何よりも重要な武器を持ち逃げし、親兄弟を置き去りにした故郷を出た先で、縁も所縁もない連中を助けてチンケな自尊心を満足させて悦に入っているかと思うと、冗談ではなく反吐が出そうだ。

 

 なのにそんなクソヤロウ達が、理由はどうあれ小舟の里の盾になっていたり、掛け値のない善意から困窮した漂流者の集団を助けていたりしているんだと聞かされると、なんだか妙な気分だ。

 

 胸のホルスターに固定した無線機がノイズを吐く。

 どうやらジンさんは公園の連中に探りを入れ終え、通話ボタンを押し直したらしい。さすがは老人というべきか、見習いたい念の入れようだ。

 

 アキラ、おおよその事情はわかった。

 今からバイクでそちらに向かうぞ。

 

「了解。その公園から先は迫撃砲のせいなのか街並みが荒れ果てていて、路面には瓦礫なんかも散乱してます。気をつけてください」

 

 任せよと言うジンさんの声を聞きながら、今までガマンしていたタバコに火を点ける。

 ジンさんと合流し、大正義団の拠点を見つけた後、すぐそこに乗り込む事になるのかはわからない。ジンさんが一晩くらい様子を見たいと言うなら、俺はそれに従うつもりだ。

 

 そうなれば見張る対象の大正義団だけではなく、この豊橋に住み着いているという悪党だか軍隊だかわからない連中の目もあるので、夜間は気軽にタバコなんて吸えそうにない。

 吸い溜めするんなら今の内だろう。

 

 見えたぞ、アキラ。

 

 そんな声が聞こえたのは、悪党の巣になっていない歩道橋の下を潜りながら、右手に見える大きな建物の前に裁判所という文字を見つけた時だった。

 ツグオとコージはだいぶ先にいるし、この広い道にはそれなりに車の残骸なんかもあるので尾行に気づかれる危険性は低いはずだが、それでもたまに後ろを見ながらジンさんのバイクに向かって走り出す。

 

「手間をかけさせてすまんの」

「いえいえ」

 

 原付バイクをピップボーイに収納。

 ジンさんが放った戦前のパワーアーマーのヘルメットも預かって、小走りでツグオ達の背を追った。

 

「ふむ。この先を左折すると豊橋駅かの」

「そうなりますね。それで、あの公園にいた連中の健康状態はどうでした? 遠目から見た感じ服はボロキレ同然だし武装は農具だしで、それは帰りにでも手持ちから渡しとこうと思ったんですが」

「医者いらずが必要そうな怪我人はおらんかったのう。だが誰も彼も痩せて薄汚れていて、子供たちまでもが目を真っ赤に充血させておった」

「いくら迂回したとはいえ、戦前の大都市である名古屋の近くを進んできたんですもんね。RADを受けてて当然か。んじゃメシと服と武器に、RADアウェイも追加ですね」

「どう見ても対価が払えそうな者達ではないというのにか?」

「なぁに。帰りにもっと観察させてもらって、責任者の人柄とメンバーの統率に問題なさそうなら、カラダで払ってもらえばいいんですよ」

「ほう?」

 

 ジンさんは怒っているようには見えないが、体で払ってもらうという言葉に反応したらしく、走りながら俺の横顔を視線で射貫く。

 

「そんな怖い顔をしないでくださいって。ビビッてお漏らしでもしたらどうするんです」

「どの口で言いおるやら、まったく」

 

 そんな軽口を叩いている間に、今度は2人でさっきと同じくらいにまで距離を詰めていた。

 俺が尾行なんてものに慣れているはずもないのでその距離はかなり離れているが、そのおかげで普通に話していても声は絶対に届かないだろうから安心だ。

 俺が小走りをやめて普通に歩き出すと、さも当然のように続いていた、少なくとも40は年上だと思われる老人が息も切らさず隣に並ぶ。

 

「相手が本当に信じられそうなら、船外機工場を宿舎にして周囲で畑仕事。あそこの農地は小舟の里にとって宝物のようなものなので、それをさせるなら子供達には小舟の里と同じ教育を受けさせるところまでやらないとダメですね。あの農地を活用するため、いつか俺のクラフトで浜名湖に橋を架けるつもりですし」

「ふむ。完全に移民として受け入れるという事じゃな」

「ですね。その場合農業で食っていけるようになるのはだいぶ先だろうから、その間の生活費なんかは俺の稼ぎから出しときます」

「そんなのは里に任せておけばよい。それより、他にも案があるような口ぶりじゃったな」

「ええ」

 

 銃で武装している人間がほとんどいないおかげか犯罪者が極端に少ない、浜松と比べればこの世の楽園とも思えるほど平和な小舟の里であるから、簡単に集団移住など受け入れるはずがない。

 なので、他にも考えはいくつかあった。

 

 まず思い浮かぶのは小舟の里と浜松の街の途中にあり、これ以上ないほど新制帝国軍の迎撃に向いている場所にある、弁天島という人工島らしき島の開拓のために雇うという案。

 そして総勢があの程度の数ではそう広い土地は必要ないだろうから、自給自足に足りる程度の農地を整備し、磐田の街との連携のために押さえておきたい新掛塚橋を小さな集落にしてしまう案だ。

 

「新しい共同体の将来を考える時、俺がまず欲しいなと思うのは、3つの街を出て働いてもいいと思ってくれる人間です。それが50もいるなら、逃す手はありませんよ」

「なるほどのう」

「それと浜松の街を見てて思い知らされたんですけど、こういう時代ですから戦前の学校跡ってのはかなり拠点に向いてます。小舟の里の近くにも学校はいくつかあるんでそこを制圧して、将来的に工業の街にするための布石になってもらうのもいいですね」

「……今のところ魅力的なのは、船外機工場かのう。あそこにはミカン畑が残っておるで、1日でも早く植民するべきだとカナタ嬢ちゃんも言っておった」

「ですね。おっと、2人がついに左折しましたよ。地図で見た感じ、あの交差点から5、600メートルで豊橋駅です」

「そんな距離ならば、右折するのではないのか?」

「いや。迫撃砲ってのは強力ですけど、こういう市街地ではあまり使い勝手は良くないはずなんですよ。たとえば……」

 

 ゲームばかりしていたニートのミリタリー知識なんて人に聞かせる価値はないと思うが、それでも説明は必要だろうと俺の考えを話してゆく。

 

 大正義団は駅前で悪党と対峙しているそうなので、おそらく駅にだいぶ近い位置に拠点を置いているはず。

 ゲームで得た知識なので真偽はわからないが、迫撃砲というのは数百メートル先から数キロ先までしか攻撃できないはずだからだ。

 なので可能な限り接近してそこを最前線、プラス拠点としなければ、襲撃を察知される度に接近途中で迫撃砲を撃ち込まれてしまう。

 この程度の都市の駅前なら間違いなく道の左右にはビルが立ち並んでいるので、銃撃戦で押し負けない数が相手ならばそんな至近距離にも拠点が築けるだろう。

 

「なるほどのう。まあ、近い分には好都合じゃ。弓も届くし、何より斬り込みがかけやすいからのう」

「ええっと、抜刀突撃なんてのは最後の最後ですよ?」

「わかっておる。だからこその弓じゃ」

「素直に銃の練習をしましょうよ……」

 

 ツグオとコージが左折しても、迫撃砲の音どころか銃声のひとつも聞こえてこない。

 2人は身を隠しながら進んでいるのか、数を減らした大正義団はもはや貴重な迫撃砲の砲弾を消費するような相手ではないのか。

 どちらも、ありそうな事だ。

 

「そろそろワシ達も、物陰から駅を窺わせてもらうかの」

「ですね」

 

 2人が左折した交差点の左側には、海に近い街だと珍しくて客が多いのか、山魚料理という看板がかかった料理屋がどうにか崩れずに残っている。

 

 好物である鮎の塩焼きの芳ばしい香りと、湯気の上がるそれにかぶりついた時の歯触りや味を思い出して、こんな時だというのに思わず生唾を飲み込んだ。

 それにこちらに来て大好物になった日本酒が付けば、文句なしのご馳走だ。

 

「懐かしいのう。清流ですなどった山女魚に惜しまず塩を振りかけ、焚き火で丁寧に焼き上げたあの味を。故郷には辛い思い出も多いが、あれは間違いなく良い思い出じゃ」

「ジンさんもですか。俺も、向こうで食った鮎の塩焼きを思い出してました」

「海辺に住んでいては、まず食えぬからのう」

「こっちから出向けばいいんですよ。夏が終わる前に面倒事が片付いたら、仲間内全員で清流でも探しに行きましょう。ヤマメってのはここらにいるかはわかりませんけど、鮎なら間違いなくいるでしょうし。マアサさんの気晴らしにもなります」

「なるほど。ファストトラベルがあればそれも可能かのう。まったく、ミサキさまさまじゃ」

「ですね」

 

 そんな事を言いながらジンさんに双眼鏡を渡し、俺はツーショット・ハンティングライフルを出して交差点の左を覗き込む。

 

 洒落た電話ボックス。

 地下道への入り口。

 道路を塞ぐように横たわる、ひしゃげた街灯。それに、いくつもの車の残骸。

 

「アキラ、あれはなんじゃ? どうして、このような道の真ん中に電車が」

「路面電車ですね。それを盾にして左右に土嚢を置いてる場所にいるのは3人。ツグオとコージが合流しても、たった5人です。その他は地下道か、道の横にあるビルのどれかに……」

 

 まるで、鉄と鉄が擦れ合うような音。

 

 俺の言葉を遮ったそれが、双眼鏡を覗き込んだままジンさんが強く発した歯軋りだと気づくまでに、たっぷり5秒はかかった気がする。

 

「ワシはゆくぞ。アキラは好きにせい」

「ちょ、いきなりですか!?」

「うむ」

 

 



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再会

 

 

 

 なぜいきなり。

 

 そんな問いを投げかける事すらできない。

 恥ずかしい話だが、俺はビビっているらしい。震え出してしまいそうな足に力を込め、平静を装うので精いっぱいだ。

 それほどに、ジンさんは怒っているらしかった。

 

 アニメやマンガではよく目にするが、ただの大げさな描き方の一種でしかないと思っていた、『殺気』という言葉。

 それを放つだとか、浴びせられただとかいう表現。

 

 こちらの世界に来て、何度も命懸けで戦闘を繰り返すうちに、なんとなくではあるがその存在はたしかにあるのだと思い始めている程度の、そんな俺でも感じられる『殺気』がハンパじゃない。

 

「あの不心得者を出さぬかッ! 今すぐにじゃッ!」

 

 料理屋の壁の陰から広い駅前通りへと足を進めたジンさんの怒声が響く。

 

 その大声に肝を冷やしながら、これほどの大声なら大正義団だけでなく、駅にいる悪党の動向も確認しなければとツーショット・ハンティングライフルを持ち上げ、駅の階段の上にある広場のような場所をスコープで素早く舐めた。

 

「…………ッ!?」

 

 するとその途中で、予想だにしていなかった人影がスコープに映る。

 

 ズタズタに引き裂かれた赤い着物。

 酷く乱れた長い黒髪。

 そして肢体の全面のほとんどを陽光に晒す白い肌。

 

 その女は駅へと繋がる歩道橋のような建造物の手摺りから鎖でぶら下げられて、晒し者にされているらしい。 

 フォールアウトシリーズで、レイダー共がよくやっていたあれだ。

 

 自分達が殺した人間の死体を縄張りの入り口にぶら下げる事で『これ以上近づいたらオマエもこうなっちまうんだぜ?』と言いたいのか、それとも単純に牛や豚を解体するように食料である人間をぶら下げているのかはわからない。

 ただ今までも何度か見たそれが、間接的なものではあるが知り合い、それも自分の女の母親の死体であるとなると、どうしたって怒りを抑え切れやしない。

 

「クソが! 息は、息はねえのかっ!?」

 

 実の娘と同じ、どうしても男の目を惹いてしまう大きな乳房。

 それがかすかにも呼吸で揺れていないのを確認するのに、3秒とかからなかった。

 

 その胸の真ん中に、肉の繊維がささくれ立つ大穴が空いていたからだ。そしてその肉色の空洞はどう考えても傷口であるのに、血が垂れる事もない。

 

 HPを確認する必要もないだろう。

 あの傷じゃあ間違いなく即死で、女が殺されたのは昨日今日の出来事ではないはずだ。

 

「どこにおる、バカ者がッ! 早く出てこぬかぁッ!」

 

 そんな怒声を聞きながら、無意識に振りかぶって地に叩きつけようとしていたツーショット・ハンティングライフルをピップボーイに収納。

 代わりに出したタバコを咥えてオイルライターを擦り、火を点けて思い切り紫煙を吸い込む。

 

「ダメだな。こんなんじゃ、落ち着けるはずがねえ……」

 

 ジンさんに続いて歩き出す。

 ツグオとコージを含めた5人はもちろんジンさんに気づいているが、どう反応するべきかわからなくて、動くに動けないでいるらしい。

 

 夜中の道路に飛び出して、ヘッドライトで照らされたネコか。

 ……いや、間違いなくそれ以下。

 だからクソほどの役にも立てねえんだ。

 

 そんな風に心の中で毒づき、ジンさんの左やや後方まで進む。

 あまりにも大きな怒声なので駅にいるはずの敵も怖いが、まずはここまでキレたジンさんが息子をぶん殴るなリした後で大正義団がどう動くかが気になる。

 駅のハイテクレイダーは、その後に片付ければいい。

 

「ま、迫撃砲じゃハイテクとは言わねえか」

 

 呟きながら、何があっても、たとえ相手が誰であっても、ジンさんに敵対する人間は俺が眉間をぶち抜いてやろうと心に決める。

 

 駅に向かって左側にある崩れかけたビル。

 そこの出入り口に、揺れながら近づくマーカーが7つ8つ見えたからだ。

 

 もう相棒と言ってもいいデリバラーを両手に装備。

 総勢8人であるらしいクソヤロウ達、大正義団の生き残りがビルから出てくるのを待つ。

 

「やっど来だが、ほんつけなしがぁ」

「親父……」

 

 若い。

 そして長身で、いかにも女にチヤホヤされそうな精悍な顔立ち。

 

 ジンさんにそっくりな若い男は、ヘルメットを外した戦前のパワーアーマー姿でビルの入り口に立ち尽くしている。

 その右手には、こちらの世界に来て実物を見慣れた日本刀。銃は持っても背負ってもいない。

 

「ジンさん、訛りが出てますよ。何語ですかそれ」

「事ここに至っても腹すら切れぬ臆病者が。そこに直れ。その薄汚い首をすぐに落としてやる……」

「うるせえよ、糞親父。腹は切る。切るけど、それは今じゃねえんだ」

 

 老人と若者。

 どちらもパワーアーマーを着ているのに武装は日本刀という、奇妙ないでたちの2人が、実の親子が歩道を挟んで睨み合う。

 

 俺からしてみれば切腹なんて時代錯誤な責任の取り方なんてせず、パワーアーマーと銃を置いてさっさとどこへなりと消えて欲しいんだが。

 今はもう夕暮れ時、何よりも時間が惜しい。

 

「何をしてからくたばるつもりなのかは目に見えてるが、それをオマエ達にゃあ任せておけねえな」

「うむ」

「誰だオマエ? 見ねえツラだな」

 

 若者の視線が俺に向く。

 土や煤に汚れていても隠し切れない整った顔立ち。

 素直に気に入らない。

 

「戸籍上はテメエの義理の弟だよ。ま、クソヤロウを兄と呼べるほど人間ができちゃいねえが」

「こんなフヌケ面をしたモヤシ男にセイを? 何を考えてやがんだ糞親父。耄碌しすぎて物を見る目も失ったってのかよ……」

「たわけが。アキラは貴様等の誰よりも腕が立ち、頭も回る」

「……俺にゃあただの腰抜けにしか見えねえがな」

 

 腰抜けじゃねえさ。

 

 そう返す代わりに、見ているだけでムカつくイケメン顔ではなく、右手に見える駅に視線を向けた。

 どういう仕様なのかショートカットで両手に装備したデリバラーは装填済みで、安全装置も解除されている。

 あとは敵に銃口を向け、トリガーを引くだけだ。

 

「クズに構ってる時間も惜しいです。こいつらから銃とパワーアーマーを剥くのは後にして、まずはシズクの母ちゃんを下ろしてやりましょう。かわいそうに。アタマだけじゃなく腕まで悪い、口だけ達者な連中なんかとツルむから」

 

 なんだとっ!

 

 そう叫びかけたらしいイケメンに向き直ってデリバラーの銃口を向けた。

 トリガーを引くだけで、コイツは死ぬ。

 

 仲間が応戦する素振りを見せたら迷わずVATSを発動しようと心に決めて、眉のひとつも動かさないイケメンを睨む。

 

「言っておくが、俺はシズクの旦那でもあるんだよ。わかるか? つまりあそこで晒し物になってんのは俺の義理の母親で、その母親があんな目に遭ったのはお前らの責任って事だ。違うか?」

 

 イケメンは何も言わない。

 ただ今の今まで生意気だとしか思えなかった眼差しに、かすかではあるが申し訳なさそうな影が差したように思えた。

 

「だから、お願いだから黙ってろ。でもって可能なら小舟の里から盗んだ武器とパワーアーマーを置いて、どこへなりと消えちまえ」

「……たった2人で、100人からいる悪党の群れに突っ込むってのかよ?」

「ああ」

「テメエみてえなモヤシが、くたばりぞこないのジジイを連れて? そんなの、不可能に決まってるじゃねえか」

「やるっつったらやるんだよ。じゃなきゃ、意味がねえんだ。……黙って見過ごすくれえなら、意味はねえ」

「あ?」

 

 もう黙ってろとだけ言って、戦前の国産パワーアーマーをショートカットで装備解除。

 ピップボーイを開いて目当ての品を探す。

 

「そ、そいつは……」

「間違いないよ、ガイ。あれは電脳少年じゃなく、本場のピップボーイだ。あの人のとは、少し仕様が違うようだけどね」

 

 そう言ったのは、今まで口を開かずに成行きを見守っていた俺と同年代の男。

 ジンさんの息子、ガイとは系統が違うがその男もイケメンで、同じメガネでも俺とは違ってさぞかし女にモテる事だろう。

 ただその分、俺のような同性のブサイクはタイプの違うイケメン2人のどちらにも『いけ好かない』という印象を受けてしまう。

 

「いい目をしてるじゃんか、メガネ」

「君も眼鏡をしているように見えるんだけど、それは僕の気のせいなのかな?」

「うるせえよ。集団に1人しかいねえメガネなら軍師キャラなのかもしれねえが、だとしたらテメエが一番のバカヤロウなんだ。テメエらが持ち逃げした銃とパワーアーマーがあれば、何人の食料調達部隊が死ななくて済んだと思ってる。そうなるとは思ってなかったとは言わせねえぞ? 頼むから、黙ってろ」

 

 大正義団のリーダー、ジンさんとマアサさんの息子であるガイの横に並んでいるメガネの男が黙り込む。

 あてずっぽうで言ったがこの男は大正義団の軍師役を自任しているようで、多少は知恵が回るからこそ、自分の力不足を痛感しているのかもしれない。

 眉根を顰め、俺を睨むでもなくそっと視線を落とす仕草は、自分の間違いを自覚して後悔をしている人間のそれだ。

 

 そもそも101のアイツを追って小舟の里を出なければ。

 大正義団となった連中を止められなかったにせよ、せめて銃とパワーアーマーを盗み出さなければ。

 そういった後悔がまるで顔に書いてあるように見える。

 

 小舟の里を出た後だってそうだ。

 どういう経緯で大正義団からシズクの母親を含む死者が出たのかは知らないが、死者が出る前に撤退なり転進なりを決断していれば。

 

 この男を含めた大正義団の生き残り達は、そういった過ちを、そうしてしまった自分の愚かさをいつまでも忘れられず、それこそ死ぬまで悔やんで生きてゆくのだろう。

 だからこそ腹を切るなんて言葉も出てくるのだろうが、そんな苦悩から逃げるように死んでゆくというのは、なんというか、責任の取り方を酷く間違えている気がする。

 

「ふむ。それにしても、初めて見る塗装のパワーアーマーじゃのう」

「ヴォルトテックカラーのX-01。胴体モジュールはSTR、こっちで言う『筋力』を2プラスだったかな。装備の仕方はですね」

「問題ない。すでにメガトン基地の格納庫で試しておる」

「……いつの間に。まあ、説明の手間が省けたのはありがたいですけど」

「作戦はどうするんじゃ?」

「面倒なんで一直線に突っ込んで、シズクの母親を掻っ攫う。それでいいんじゃないんですか? ロープか鎖かは知りませんが、それは俺が銃で撃ち抜きます。ジンさんは、あの人を抱えてすぐに撤退を。追撃の相手は任せてください」

「ふむ。アキラが殿を請け負ってくれるのは心強いのう」

「任せてくれていいですよ。じゃあ、それで」

「待ってくれ!」

 

 驚くほどの大声。

 ガイだ。

 

「なんだよ盗っ人」

「ぐっ。……なんと蔑まれてもいい。あの人を、マナミさんを取り戻しに行くんなら俺を先に行かせてくれ。頼む、この通りだっ!」

 

 ガイが大きな体を折るようにして深く頭を下げる。

 

 そんな姿をなんの感慨もなく眺めていると、妙な違和感を受けた。

 なんだろうと目を凝らす。

 

「あっ……」

 

 違和感の正体。

 すぐに見つけたそれに、思わず絶句してしまった。

 

「気にするでない。愚か者が、そのツケを払わされただけじゃ」

「盗っ人だろうが愚か者だろうが、好きに呼んでくれ。それに、このパワーアーマーはこの場で親父に返す。だから頼む、俺を先に行かせてくれ」

「ガ、ガイさん。本気で言ってるんですか? いくら師匠、ジンさんが剣鬼なんて二つ名がつくほどの手練れでも、たった2人じゃ……」

 

 そう言ったのはガイとメガネの後ろにいる、やはり俺と同年代の男。

 いつかタイチが言っていたように、ここにいる連中は全員が全員、小舟の里の外れにあるジンさんの道場で剣や弓を習っていた若者達なのだろう。

 

「このジジイは嘘をつかねえ」

「だね。でもガイ、君を1人で行かせはしないよ?」

「そういうムチャを言って困らせるな。俺が死んだ後を任せられるのはオマエしかいねえんだ、マコト。ジジイにエネルギー武器とパワーアーマーを引き渡したら、悪党連中から剥ぎ取った銃や防具で装備を整えて、みんなを連れて西へ向かえ」

「無理だね。僕達はあの夜、生きるも死ぬも共にと誓い合ったはずだ」

「そうですよ、ガイさん!」

「俺達もお供します!」

「そうだそうだ!」

 

 リーダーと副官の会話を黙って聞いていた連中が口々に叫ぶと、ガイはそれで説得を諦めたらしい。

 盗っ人が、それだけでなく仲間が晒し物にされていてもそれを取り戻す事も出来ずにいた能無しが、アニメやマンガのような熱血ごっこなんぞしてんじゃねえと怒声を上げかけたが、なんとかそれを堪えて成り行きを見守る。

 

「……バカが。なら、好きにしろ」

 

 はいだの好きにさせてもらいますよだのと言う連中が、マコトの助けを借りて戦前の国産パワーアーマーを脱ぐガイに倣う。

 副官であるらしいマコトが先にパワーアーマーを脱ぎ終えた連中に悪党から奪った銃と弾薬を運び出せと命じると、5人ほどが大きな声で返事をしてビルの中に消えていった。

 

「すまねえな。支度はすぐに済むからよ」

 

 パワーアーマーを脱いでからそう言ったガイが、部下から預けていた日本刀を受け取る。

 右手でだ。

 本来なら刀を持つ方の手である左手は肘から下を失っているのだから、そうするしかないのだろう。

 

「……うるせえよ、バカヤロウ」

 

 そうとだけ言ってデリバラーをピップボーイに収納し、タバコを咥えて火を点けて暮れかけている空を見上げた。

 生きるも死ぬも一緒だなんて言う友情ごっこも、死ぬ覚悟を決めて見せるいい笑顔も、見ていて気持ちがいいものではない。

 それになにより、頼りなげに風に揺れる左腕の戦前のシャツを見ていたくはなかったからだ。

 

 



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夕暮れ

 

 

 

「ったく。どうするんですか、ジンさん?」

「死なせてやればよい。そう時間はかからぬじゃろ」

「……それでいいってんですか? 本当に?」

「無論じゃ」

 

 茫洋とした眼差しを微かにさえ揺らさぬまま、ジンさんが事も無げに言う。

 実の息子と自らが鍛え上げた弟子達が自殺まがいの特攻で、それも目の前で死んでゆくというのに、止める気など欠片もないらしい。

 

「まいったな……」

 

 甘い、と言われればそれまでなのかもしれない。

 ただ俺はどうにも、このままこの連中を死なせるのは違うんじゃないだろうかという考えを拭い切れずにいる。

 

 本当に、どうしたものか。

 

 そう考えながら新しいタバコを咥えてライターを擦ると、1人の男がそんな俺を見つめているのに気が付いた。

 マコト。

 そう呼ばれていたメガネの、ガイとはタイプの違う優し気な顔立ちをしたイケメンだ。

 

「んだよ?」

「あ、いや。こんな時だというのに、どうにも気になって仕方なくってね。君は、あの人が言っていた『運び屋』なのかい?」

「違うな。運び屋は別にいる」

「すると……」

「101がフォールアウト3の主人公で、運び屋はフォールアウトNVの主人公。俺は、その2つの後に出たフォールアウト4の主人公と似た能力と物資を持ってこの世界に放り出された」

「なるほど。あの人が待ち望んでいたという、続編の……」

 

 煙草の箱を放る。

 メガネ、マコトがそれを受け止めてタバコを抜き出したのを見て、ライターのヤスリを擦った。

 3歩ほどジンさんから離れてからだ。

 

 マコトはそんな俺の動きを見て怪訝そうな表情を浮かべたが、視線に『いいから来い』という意思を込めると、黙ってタバコを咥えたまま俺の傍まで寄った。

 

 ライターの小さな火に、俺と同じくらいの身長と肉付きをしたマコトが顔を寄せる。

 

「ちょっくら知恵を貸せよ、メガネ」

 

 ライターの火にタバコの先端を寄せたマコトに囁く。

 

「知恵だって?」

「ああ。俺はバカ兄貴をぶん殴って、銃とパワーアーマーを取り返せればそれでいいんだ。そのために、こんな豊橋くんだりまで来たんでな。おまえらが死のうが生きようがどうでもいいが、セイちゃんにそれを告げる時の事を考えると憂鬱になる。だから、知恵を貸せよ」

「……死なせてやるのも優しさだとは思えないのかい?」

「当たり前だ。なんせ、俺は優しくなんてねえからな」

 

 タバコに火を点けたマコトが顔を上げる。

 その目を見ながら、黙って頷いた。

 

「難しい事を言うねえ。さすがは、あの人の同類って事かな」

「知るか。んで?」

 

 マコトが紫煙を吐きながら首を横に振る。

 

「見てごらんよ。どいつもこいつも、あんなに晴れ晴れとした表情をして。やっと終わるんだって顔に書いてある。それは、僕だって同じだよ」

「だから知らねえっての。死ぬなら、少しでも今まで迷惑をかけた小舟の里の連中の役に立ってから死ねって話だ」

「……厳しいね。僕達には、責任を取って華々しく散る資格すらないのか」

「当たり前だ、タコ助」

 

 見つめ合う。

 

「何をどうしたいか。まずはそれを聞かせてもらわない事にはね」

 

 あって当然の問い。

 なので、言葉はスラスラと出てゆく。

 

 この豊橋までの途次で見かけた公園の集落。

 新天地を求めて旅をしているというあの連中に、今の小舟の里ならばその場所を提供できる。

 そうすれば幼い子供も多いあの放浪者達は、今より安全で温かな寝床と、過酷ではあるがやりがいも実入りもずっと良い仕事を手に入れられるだろう。

 大正義団があの連中に今日まで肩入れをしていたならば、それを死ぬ事で終わらせるのは少しばかり無責任なんじゃないか?

 

「……そう言われてもね」

「じゃあいいんだな? あんなボロボロでも稼働品のトラックはこんな世界じゃ何にも代えがたいお宝で、ガキや老人を皆殺しにしても手に入れてやろうって連中はいくらでもいる。そして小舟の里には、移民の集団に護衛を付けてやる余裕なんてねえ。あの連中を見殺しにしてもいいんだな?」

「そうは言っていないだろう」

「同じ事さ」

 

 灰を落とし、まっすぐにマコトの目を見る。

 そうされたイケメンメガネは束の間だけ俺の視線を受け止めると、諦めたように小さな笑みを浮かべてから首を横に振った。

 

「それで、僕達にどうしろって?」

「死ぬな。今はまだ、な」

「……酷い男だ。ジンさんの優しさの、半分も持ち合わせてないのか」

「当然だな。で?」

 

 今度はマコトが俺の目を見る。

 その視線を受け止めながら、何も言わずに待った。

 

「…………マナミさんの亡骸を取り戻して、海辺の高台に埋葬してから全員で腹を切る。それだけを願って、僕達は今日まで戦ってきた。それなのに、死ぬなって言うのか」

「当たり前だ。本当にそれだけを願ってたんなら、あんな連中は助けるだけ助けて放っとけばよかったんだよ」

「手厳しいね」

「本音だからな。んで?」

「……少しだけ時間をくれないか。5分かそこらでいいんだ。全員で話し合っておきたい」

「行って来い。駅を見張るのは俺がやる」

 

 小さく頷いたマコトが俺に背を向け、見るからに粗末な銃器を点検している仲間達の元へ向かう。

 それを眺めていたジンさんの視線が俺に向いたが、黙って頷くと、同じように頷きが返ってきただけだった。

 

「なんだとっ!?」

 

 怒鳴り声。

 それを発したガイの視線が俺を射抜く。

 

 咥えタバコでその視線を受け止めていると、ガイの肩をマコトが小さく叩いた。

 まだこっちの話は終わっていないぞという事だろう。

 

 3秒ほど睨み合っただろうか。

 舌打ちを鳴らしたガイがマコトに向き直って、ようやくそれだけで人を殺せそうな視線から解放される。

 

「はてさて、どうなる事やら」

「なにがなんでも死にてえってんなら、そうさせてやるだけです。けど第三者の俺から見ると、それじゃあんまりにも無責任だろうって思えて仕方ねえんですよ」

「厳しいのう」

「何と言われようと、必要な事ですから。総勢50人からの移民を工場跡に住ませて周囲の畑で農業をさせるとなれば、その守りがタレットだけじゃ不測の事態には対応できません」

「ワシらにはその守りのために割く人手などありはせぬ、か」

「ええ。ですから、ここは折れてもらいますよ? 息子や弟子をキレイに死なせてやりたいってジンさんの気持ちもわかりますけどね」

「あんなのは、とうの昔に息子でも弟子でもない。いらぬ心遣いじゃ」

 

 そうですかと返して吸いさしで新しく咥えたタバコに火を点け、大正義団が話し合いを終えるのを待つ。

 

 途中で何人かが激高したような声を上げたが、ガイの小さな叱責でその声はすぐに止んだ。

 どうやらこの大正義団という集団は、俺が思っていたよりずっと統率の取れた集まりであるらしい。

 

「……おい、モヤシ野郎」

「んだよ、偽伊庭?」

 

 話し合いは終わっていないようだが、ガイが前に出て俺に話しかけるまでに5分はかからなかった。

 まだ長いタバコを吹き捨て、戦前の国産パワーアーマーの足裏で踏み消してから殺気を放つガイと向かい合う。

 

「本当にあの爺さん達を小舟の里で受け入れようってのか?」

「正確にゃ小舟の里じゃなく、浜名湖の対岸にある工場跡でだがな」

「数こそ50にも届こうって連中だが、半数以上はジジババと年端もいかねえガキ共なんだぞ?」

「それぞれがやれる仕事をすれば、それでいいさ。ガキには小舟の里と同じ教育も受けてもらうつもりだから勉強をする時間も必要だし、朝晩に鶏の世話でもさせりゃいい。足腰の弱ってる年寄り連中は畑仕事じゃなく、室内に作る加工場で簡単な作業でもいいな」

「鶏の世話だぁ?」

 

 頷く。

 

 養鶏は、いつか手を付けようと思っていた産業だ。

 浜松の街でツマミにするには最上と思えた焼き鳥は、街一番の酒場でありレストランでもある梁山泊のそれでさえ味が悪すぎる。

 それに、値段も驚くほど高い。

 

 そうなっている理由は、どこの街でも鶏は食肉用として飼っているのではなく、鶏卵を産ませるために飼育しているからなのだそうだ。

 ゆえに仕入れされる鶏はただでさえ少ない頭数のうちのオスのみで、それに老いて鶏卵を産まなくなったメスがいくらか混じる程度であるらしい。

 オスは性別がそれと知れた時点からロクに餌も与えられないで潰されるそうだし、卵を産まなくなったメスは老いているのが当たり前で、どんな部位でも肉の味がいいはずもない。

 

 なのでトラックでの交易が盛んになれば、きちんと管理された食肉用の鶏肉はどこの街でも喜んで買ってくれるだろう。

 せっかく思いついたのだから、それに手を付けない理由などありはしない。

 

 それを全員に聞こえるように説明すると、ガイはまた舌打ちをしてから話し合いに戻った。

 

「相変わらず痒いところまで手が回るのう、アキラ」

「そうですか? 俺としちゃ、当たり前だとしか思えないんですが」

「アキラほどの知恵を持つ者の当たり前という案は、ワシらの天啓にも等しい。だからこそ、皆がアキラを頼りに思うのじゃよ」

「俺なんかを、ねえ」

「悪い癖じゃな。その言いようは」

「本音ですからねえ」

「……なぜにそこまで己を蔑む?」

 

 口の端が持ち上がる。

 どうやら、俺は笑っているらしい。

 

「見てくださいよ、あれ」

「うむ?」

 

 言ってから俺が顎で示したのは、まだ何事かを話し合っている大正義団の連中だ。

 

「こんな世界じゃ、街の外で生きてゆくだけでもとんでもなく危険な事でしょう」

「当たり前じゃな」

「んでそういう連中は、そのために想像も絶するような努力をして生きてゆく力を身に付けた。……俺とは違って、ね」

 

 ジンさんが戦前の国産パワーアーマーの腰に後付けされた小物入れから葉巻を出して吸い口を噛み切る。

 普段なら、小柄とかいう小さな刃物で鮮やかに吸い口を切り落とすのに。

 

「バカを言うでない。アキラは、充分に努力をしておる」

「足りませんよ。努力だけじゃない。覚悟も。それに、俺には苦労が一番足りないな」

「……戯言を」

「事実ですよ。なーんの苦労もせず物資が詰まったピップボーイを手に入れて、ただそれに頼って、頼りっきりで生きている。俺なんてのは、そんな程度の存在です。ミサキなんかはあっちの日本で苦悩に苦悩を重ねて生きていたようですが、俺にはそんな苦しみもなかった」

 

 本当の事だ。

 

「おい、テメエ今なんつった!」

 

 その声は、思ってもいない男の口から放たれた。

 少し離れた場所で話し合いをしていたガイだ。

 

「あん?」

「テメエは今、自分なんて大した人間じゃねえと言わなかったか!?」

「言ったが。それが何だってんだよ?」

「……っけんじゃねえ」

「はあ?」

「ふざけんじゃねえって言ってんだよっ!」

 

 



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準備

 

 

 

 いったいコイツは、何が気に入らなくてこんなにもブチギレているんだろう。

 

 そんな俺の至極もっともな疑問を口に出しかけると同時に、マコトがガイの肩を掴んで、引きずるようにして話し合いの場へと戻す。

 ずいぶんとまあ、乱暴なやり方だ。

 

「……なんでいきなりキレたんですかね、アイツ」

「さあのう。ただ、弱き者は己の力のなさを噛み締めながら強者を仰ぎ見るしかないのが常じゃ。強き者が己を卑下しておるのを見せられるのは、癇に障るものであるのかもしれぬの」

 

 俺は自分が強者だなどと思った事はないが、心当たりがない訳ではない。

 向こうの日本で、たとえば明らかなイケメンが『僕なんて別にかっこよくないですよ』だとか『いえいえ特にモテたりはしませんよ』なんて言ってるのをテレビで見ると、問答無用でチャンネルを替えたものだ。

 

 101のアイツに憧れて故郷を飛び出したバカからしてみると、こんな俺でもアイツの同類と思えるなら、そういう事もあるのだろうか。

 

「……本音を言ってキレられてもねえ」

「まあ、さっきのはワシでも少しカチンと来たがの」

「どうしてです?」

「先にしても後にしても、努力は努力。苦悩は苦悩じゃ。ワシはあちらの世界のアキラは知らぬ。だがこの世界でワシが出会ったアキラは、誰よりも努力をしておったぞ」

「なーんの努力もした覚えはないんですけどね」

「バカを言うでない。平和な世界で生まれ育って喧嘩すらした事のない男がその手に銃を握り、守りたいと願った女のために人を殺す。それがどんなに大変な事かなど、たとえ幼子でも理解できようて」

 

 そう言われて思い浮かぶのは、やはりミサキの笑顔。

 

 たしかに俺はこの世界で戦う生き方を自ら選択したが、もしも隣にミサキがいなかったならばピップボーイに入っている物資を切り売りするなりなんなりして、毎日酒でも飲みながら自堕落に暮らしていたかもしれない。

 この荒野に蔓延る暴力や貧困、死を含む理不尽なすべての物事をこの目で見たとしても。

 

「……あの頃は小舟の里と、そこに暮らす人達と、勝負でもしてる感覚だったな。どうだ、俺はこんなに役に立つんだぞ! って。だから俺とミサキを、どうにか受け入れてくれねえかって」

「言葉でそう告げられたならば、信じぬ者や反発する者も多かったじゃろう。だが、アキラはそうはせんかった。黙して語らず行動のみで能力を示し、己が唯一無二の強者であるとワシらに認めさせた。それができる者など、この荒野にどれほどの数がおるやら。だからこそ、アキラには卑下など似合わぬのじゃよ」

「なんも考えてなかったですけど、逆にそれが良かったって事ですか。ジンさん達は俺達を受け入れてくれただけじゃなく、まるで大昔からの仲間のように思ってくれている。………ありがたい事です。いくら礼を言っても、言い足りないな」

 

 礼を言うのはこっちじゃ。

 

 そんなジンさんの言葉を遮るように、ガシャガシャとやかましい音が耳に届く。

 何事だよと目をやってみると、大正義団の生き残りが丁寧な仕草で一度は装備解除したパワーアーマーを、笑い合ったり頷き合ったりしながらまた着込んでいるらしい。

 

「おい、モヤシ」

「んだよ?」

 

 脱ぐ時と同じく、マコトの手を借りながらパワーアーマーを装備しようとしているガイが俺を睨む。

 

「オマエのようなお坊ちゃんが、こんなクソ溜めみてえな世界に来る事を自分から望んだとは思わねえ。だが、だがよ。誰がどれだけ望んでも手に入れられねえ強さを持ってるヤツが、あんな事を言っちゃいけねえんだよ。もしまたあんな言い方をすんなら、この俺がぶった斬ってやる。覚えとけ!」

「……斬る前に撃ち殺されて終わりだろうに」

「うるせえよ。許せねえ男は、斬る。たとえ死んじまってたとしてもな」

「へいへい」

 

 死んでたらどうやって斬るんだよとツッコミを入れたいところだが、そうとだけ言ってタバコを咥えた。

 今は、それどころではない。バカの戯言にツッコミを入れるのは後にしておこう。

 

 紫煙を吐きながら見上げた空は、もう夕暮れ時ではなく夜の色をしている。

 

「夜襲か、アキラ?」

「……俺的には払暁と同時に戦闘開始と行きたいところですけどね」

「ふむ。ならばそれでよかろう」

「いいんですか? てっきり一秒でも早く早く豊橋駅に突っ込ませろって言われると思ったんですが」

「将に従うのが兵じゃよ。そうでなくては、戦には勝てぬ」

「そんなのは俺のガラじゃありませんけどね。なら……」

 

 駅の構内へと続く通路の二階部分。

 そこには今のところ敵の姿など見当たらないが、もしその敵が1人でも身を隠しながら近づいてスナイパーライフルを構えたならばどの薄汚れた顔も簡単に撃ち抜けそうな距離だというのに、大正義団の生き残り達は身を隠す素振りすら見せずに大声で気炎を上げたり談笑したりしている。

 

 溜息を吐きながらそんなバカ共を見遣り、ヴォルトテック・カラーのX-01をピップボーイに戻してから、1人だけ苦笑している男、マコトを呼んだ。

 

「どうしたんだい?」

「どうもこうもねえよ。戦闘開始は払暁。それまでに武器とパワーアーマーを修理すっから、オマエラが寝泊まりしてるビルの1つ手前の時計屋に全員を順番に寄こせ。銃弾とメシと水もその時に配る」

「……そこまで甘えていいのかな。君のピップボーイが普通のそれじゃないって事は、自由に出し入れをできるらしいパワーアーマーでなんとなく察したけれど」

「101のアイツはパワーアーマーを?」

「1度でも外に出したら、また重量の空きを作るまでは収納できないらしいよ。よくそれを愚痴ってた」

「ふうん。ま、俺には関係ねえな。こっちの準備は、3分もあれば終わる。そしたらオマエと偽伊庭を含めた全員を順に来させろ。いいな?」

「ああ。任せてくれていいよ」

 

 ならばまず準備だと、ガイたちが出てきたビルの隣にある時計屋に足を向ける。

 特にシャッターなどは下りていないのでガラスの引き戸なんかは粉々になっているが、そんなのは『ピップボーイに収納』と念じるだけで掃除機をかけるよりも簡単に片づけることができた。

 

 ついでに店内の大部分を占めるショーケースもピップボーイに入れ、入れ替えるようにして壁際に武器作業台とパワーアーマーステーションを並べる。

 寝床は後でいいだろう。

 なので会計や腕時計の電池交換をしていたであろう木製のカウンターにスツールを2つ置けば準備は完了だ。

 

「酒はどうします、ジンさん?」

「払暁の出陣ならば軽く飲ませてもらうかの」

「了解です」

 

 まずはと冷えた瓶ビールを2本カウンターに出すと、ジンさんは戦前のパワーアーマーの肘の部分に引っ掛けて器用に栓を抜き、1本を俺に差し出す。

 束の間だけそれに手を伸ばそうか迷ったが、酔ってしまう訳にはいかなくとも酒を呷りたい気分を押し殺せなかったので黙って受け取った。

 

 乾杯などはせず、黙って小さく頷き合ってからラッパ飲みでビールを呷る。

 

「まだまだ冷えたビールが美味いのう。秋は、まだ遠いか」

「……俺はイマイチ味がわかりませんね。いつもあんなに美味いと思うビールが、なんとなく苦くてシュワシュワするだけの泥水みたいに感じます」

「ビールはビールじゃ。たとえ誰が死のうと生きようと、この冷えた飲み物はビールという液体でしかないんじゃよ」

「わかるような、わかんねえような……」

「ええっと、あの。マコトさんに言われて」

 

 遠慮がちな声。

 足音には気が付いていたので気軽に振り向くと、時計屋の引き戸を取っ払った入り口に1人の少年が立っていた。

 小舟の里をトラックで訪れた2人の片方、コージとかいう大正義団で最年少の少年だ。

 

「来たか。武器をそこの水色の作業台に置いて、そっちの黄色い鉄骨の前にパワーアーマーを脱げ。そしたら、カウンターでジンさんとタバコでも吸ってろ」

 

 これから大正義団の生き残り達、総勢13人が順番にここを訪れてカウンターで待つ事になるのならと、灰皿を5つにタバコのカートンを4つ、全員に3本ずつ渡せる水とビールと数種類の缶詰、スティムパックとRADアウェイをカウンターに並べてスツールから腰を上げた。

 それに人数分、13個の買い物かごを積み上げる形で出しておく。

 

「これらは全員に分けて持たせればいいんじゃな、アキラ?」

「はい。ただ、RADアウェイはこの場で使わせてください。どいつもこいつも、RADの影響でヒデエ顔をしてましたから」

「了解じゃ。ほれ、コージ。パワーアーマーを脱ぎ終わったなら、さっさとここに来て腰を下ろさぬか。ビールとタバコは、ここでやっても2つずつ持ち帰れるほどの数があるからの。飲みながら、初陣から今までに斬った敵の話でも聞かせぬか」

「い、今は酒なんか飲んでる場合じゃ……」

 

 いいから来いというジンさんの声に続き、ポンっといい音でビールの栓が抜かれたのを背中で聞きながらまずは武器作業台に歩み寄る。

 その上に置かれているのは、呆れるほどにCNDが減った2丁の銃。

 警察仕様のリボルバー。それとフォールアウト3でよく見たレーザーライフル。

 

「やっぱ拳銃はホクブ社製か。フォールアウトも日本が舞台だと、どうしても銃器のバリエーションが少なくなるのが寂しいなあ」

 

 俺は貧乏学生だったのでパソコンなんて中古のノートパソコンしか持っていなかったが、いつか就職して金と時間に余裕があれば勉強をして、自作の無料配布ゲームでも作ってみたいなんて妄想をした事がある。

 

 もしもこれが一夜の夢で、いつか日本の安アパートで唐突に目を覚ますような悲劇があれば、いいゲームのネタになりそうだなんて事を考えながら、まずはリボルバーを修理しようかとそれに手を伸ばした。

 

 



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修理

 

 

 

「なるほどのう。ならば剣だけでなく、銃の腕もだいぶ上げたようじゃな」

「そんな。俺なんて、皆の足元にも及びませんよ」

「謙遜まで覚えよって。ほれ、タバコでもやりながら続きを聞かせぬか」

 

 そんな会話を聞くともなしに耳に入れながら、予定を変更して銃ではなくCNDがミリしか残っていない悲惨な状態のT-45dパワーアーマーから修理してゆく。天井からぶら下がる壊れた蛍光灯が落ちてきただけでトドメを刺されそうで怖い。

 フォールアウト3で最も目にしたこのパワーアーマーからB.O.S.の記章が削り取られているのは、100年200年後にでも、どちらかの子孫が太平洋を渡るという可能性を考慮しての事なのだろうか。

 もしそうであるならば、101のアイツは俺と同じでその行き過ぎた心配性を近しい人間達に始終苦笑いされるような人間であるのかもしれない。

 

「……ま、俺の知ったこっちゃねえか」

 

 ゲームと同じ手順のみでパワーアーマーの修理を終え、次は隣に据え付けた武器作業台の前に立つ。

 その上にはやはりCNDが僅かしか残っていない、ゲームでさんざん目にしたレーザーライフルと、この世界に来て見慣れたリボルバーが置かれている。

 

「大丈夫。アキラは技師としても一流じゃ」

「あ、いえ。そんなんじゃないですよ」

「どうだかな。コージ、だったか。オマエさんは」

「そ、そうです」

 

 ジンさんとの会話を中断して武器作業台に歩み寄った俺を見ていた少年が、声をかけたこちらが申し訳なるくらいに緊張した面持ちで返事を返す。

 

「そんな緊張すんなって。んでこのレーザーライフルだがよ、ここまでボロボロじゃ直すより新品同然のを渡した方がはえーんだよ」

「な、ならそのままで大丈夫です!」

「はあ?」

 

 何が大丈夫なんだ。

 

 そんな言葉が俺の顔に書いてあるようにでも見えたのか、コージは俺より年下の少年には似つかわしくない苦笑いを見せ、それから唇を引き結んで遠くを見るような眼差しを浮かべた。

 

「そのレーザーライフルはパワーアーマーと同じく、チカラさんから譲り受けた物なんです。だから俺はその銃を決して手放しません。じゃなかったら、あっちでチカラさんにそれを返せませんからね」

「チカラか。気性も剣筋も、真っすぐ過ぎるほど真っすぐな男じゃったのう」

「あの人は俺を、俺なんかを助けるためにっ……」

 

 コージの遠くを見ているような眼差しがかすかに揺れ、ジンさんがまず何より先にと飲ませたRADアウェイで充血の消えた、少年らしい瞳から大粒の涙が零れ出す。

 

「すまん。考えが足りずにヒデエ言い草をしちまったな。謝るよ、この通りだ」

 

 頭を下げる。

 

「こ、こっちこそすんません。なんか止まんなく、ううっ……」

 

 コージのパワーアーマーが仲間から出た戦死者から引き継いだ物だというのはジンさんから聞いていたのだから、レーザーライフルだってそうであるのは明白。

 ちょっと考えれば、いや、考えなくともそれくらいは理解できないと。

 

「こんなだから、俺はガキでバカで能無しなんだよ。申し訳ねえ。レーザーライフルはキッチリ直す。それこそ、新品同様にな」

「あ゛、あ゛りがどうございま、ひっぐ。恥ず……」

「男には泣いていい夜もある。気にするでない」

 

 言いながら、ジンさんはまるで幼子でもあやすようにコージの俺より大きな体を抱き寄せた。

 それがきっかけになったように、コージの声が大きくなる。

 

「自分で自分をぶん殴っても足りねえな」

「アキラ」

 

 気にするな、大丈夫だとでも言うようにジンさんが頷く。

 

「ありがとうございます」

 

 どんなに後悔をしても時間が戻せるはずがない。

 なのでせめてもの罪滅ぼしにと、気合を入れてレーザーライフルとホクブ製リボルバーの修理に取り掛かる。

 

 あの人が死んだのは自分のせいだと、どうせ死ぬなら役立たずな自分が死ねばよかったんだという慟哭を聞きながら始めた修理は、それが嗚咽に変わってようやく途切れかけた頃に終わった。

 

「よし。完璧だ」

「あ、ありがとうございます。あの、お礼とかは……」

「ん? いらんいらん。俺が勝手にやってる事だからな。それより、次の仲間を呼んできてくれ。時間が余ってるとは言えねえ状況だ」

「わかりました。すぐに」

「ビールやタバコ。それに水や弁当をを忘れとるぞ、コージ。この金属製のカゴは、戦闘が始まるまでに路面電車とやらの所にでもまとめて置いておけばよい」

「あっ、はい。……ジンさん、それとアキラさんでしたよね?」

「おう」

 

 カウンターの横まで移動したコージが姿勢を正し、俺とジンさんを真剣な瞳で見詰める。

 

「ありがとうございました。レーザーライフルとパワーアーマーの修理だけじゃなく、水と食料にこんな贅沢品まで」

「ワシはなにもしとらんでの」

「俺だってメシを食うより簡単な作業をして、買い取ってくれる商人の当てもねえ物資を適当にくれてやっただけだ。気にすんな」

「……それでもありがとうございました。では、すぐに次のシンヤさんを呼んできます」

「頼んだ」

 

 はいっ、といい返事をしたコージがまず100%修理されたパワーアーマーを着込み、まるで宝物にでも触れるような慎重さでレーザーライフルを背負って店を出てゆく。

 そのフォールアウトにはなかった、レーザーライフルを背負うための戦前のベルトを改造したらしい背負い紐も痛みが目立ったが、まだどうにか保ってはくれそうだったので以前のままだ。

 とても泥棒集団の一員とは思えない純真な少年は、それが何より嬉しいのかもしれない。

 

「ほれ、飲みかけのビールじゃ」

「そういや一口だけ飲んで忘れてたな。ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちじゃ」

「大した事はしてませんからね。っと、マーカーが1つ接近中。次が来たらしいです」

「すまぬがよろしく頼む」

「こっちのセリフですよ、それは」

 

 それから10人が代わる代わる臨時修理所を訪れては多過ぎるほどの礼を言って帰ってゆくと、次に接近してきたマーカーはこれまでとは違って2つだった。

 

「来たぞ、モヤシ野郎」

「えらっそうに。パワーアーマーは黄色の枠組みの前、武器はその隣のテーブルに置け。クソイケメン」

「俺はこの剣しか使わねえ。これは誰にも、そこのジジイにだって触れさせねえよ」

「ならパワーアーマーだけ置けばいいだけだろが。これだから、いくらツラが良くてもアタマの悪いバカは困るぜ」

「なんだとてめえ」

「はいはい、そこまで。君達が出会ってすぐに仲良くなったのはわかったから」

「ざっけんな。こんなモヤシと誰が!」

「まったくだ。まあ俺がモヤシなら、このクソイケメンはウドの大木なんだがよ」

「んだとモヤシ野郎?」

「黙れ語彙力0のイケメンゴリラ。どうせオマエも脳筋なんだろうからゴリラはピッタリだ。もう改名しちまえよ」

「……こんの。意味はわからねえがクッソムカつくぞコラ」

 

 なるほど。

 世界がこんなになってしまったこの時代じゃ、よほどの読書家なんかでなくっちゃゴリラが何なのかもわからなくて当然か。

 

「じゃれあいはそこまでじゃ。とっとと準備をせぬかバカ者」

「わあってんよクソジジイ!」

 

 俺を睨みながらイケメンゴリラがパワーアーマー作業台の前に立つと、これ以上ないほどの苦笑いを浮かべているマコトが銃を隣の作業台に置き、ガイがパワーアーマーを脱ぐ手助けをしてから、その隣に自分のパワーアーマーを脱ぐ。

 やはり隻腕となると日常生活や日本刀を使っての戦闘などでは不便がなくとも、こういう作業には手助けが必要なのだろう。

 

「そんじゃ後は頼みます、ジンさん。できれば飲みながらそのメガネから豊橋駅の様子なんかを」

「うむ。任せてくれてよいぞ」

「それなんだけどアキラ君。このノートにこの大通りと駅までの簡単な地図と、わかっている限りの敵の配置なんかを書き込んできたんだ。修理が終わってからでいいから君も目を通してもらえるかな」

「ありがてえ。後で見とく」

「よろしく頼むよ。まずは師匠、ジンさんに見てもらっておくから」

「ああ」

 

 迫撃砲まで使っているという相手の数や配置が戦闘前に少しでもわかるのは素直にありがたい。

 ジンさんとマコトがカウンターに、右手に日本刀を握ったガイがカウンターも作業台もない壁際に移動するのを見てからパワーアーマーの修理に取り掛かる。

 

「ふむ。数は、そう多くないんじゃな」

「ですね。おそらくですが連中、中部第10連隊と名乗る軍隊の主戦場は名古屋なんでしょう。今はまだ、ですけどね」

「ふむ」

 

 こんな時代になっても迫撃砲を使用しているとの話なので覚悟はしていたが、敵は浜松の新生帝国軍と同じで戦前の軍隊の生き残りが組織した勢力なのか。

 

「駅で寝起きしていると思われる数は50程度。迫撃砲は東に向けた1門のみ。ですが、駅に繋がる階段や廃墟の室内なんかには戦前のタレットがそれなりに配置されています」

「なるほどのう。まずはそれを潰さねばならぬか」

「ですね」

「なあ、メガネ。ちょっと横からいいか?」

「だから君もメガネだろうって。なにかな、アキラ君」

「この武器作業台に置いてある、おまえらが持ってる唯一のスナイパーライフル。これでそのタレットを破壊すんのに何発かかるんだ?」

「3発、だった」

「過去形かよ?」

「ああ。僕が狙撃でタレットを破壊して、そのルートからガイの率いる部隊が突入。それを繰り返して、一度は連中を押し返した」

「へえ。……んでそこに敵の増援が現れた、って事か」

「そうなるね。そして彼女、マナミさんはその時に全員を逃がすため敵陣に単身で突っ込んだ。今あの公園で暮らしている老人や子供を逃がすためにね」

「そうかい」

「怒らないのかい? 敵の増援が来るのは目に見えていたのに、どうして彼等を駅に移したりしたんだと」

 

 それは思う。

 ただ、当時には当時の状況があったのだろうという予想もまた簡単に立てられる。

 

「豊橋駅以外にも敵がいるなんて、遠距離偵察が可能じゃなきゃ想像もできねえだろうからなあ」

「そうなるね。そしてその遠距離偵察を計画中に、あの襲撃さ。完全に僕の判断ミスだ。せめて偵察を終えてから住民を豊橋駅に移していれば……」

「まだ言ってやがんのか、マコト! もうその話はすんなって言ってんだろうがよっ!」

 

 ガイの怒声が狭い店内に響く。

 俺は作業の手を止めずに話していたので見えやしないが、語気からその表情は容易に察せた。

 

 



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襲撃

 

 

 

「ゴリラはちっと黙ってろ」

「んだとモヤシっ!」

 

 僕達の中では終わった話でも義理の兄であるジンさんと、同じく義理の息子になったアキラ君には謝らないと。

 

 そう言って血を吐くかのような声音で謝り出したマコトをガイが怒鳴りつけているのだが、そのどちらも作業のBGMとしちゃ最悪だ。

 

「だから黙れって言ってんのさ。んでメガネ、相手が戻って来てからはタレットに防弾板でも貼られてんのか?」

「……そうなるね。タレットの前面だけじゃなく横も、ご丁寧に上部にまで鉄板が配置されている」

「このスナイパーライフルで破壊は?」

「可能だけれど10射以上はかかってしまう。ただでさえ貴重なスナイパーライフルの弾が、あと1度の戦闘で底をつく計算だよ」

「なるほど。だからこの大通りで睨み合って膠着状態、か」

「そうなるね。見張りを残して旧豊橋市内を探索したり市外にも足を延ばして狩りをしたりもしてるけど、スナイパーライフルの弾もそれに代わる有用な武器も見つけられていない。だから……」

「秋の終わりまで探してもダメなら全滅覚悟の一斉突撃ってか。そこのゴリラや他の連中はまだしも、メガネなら結果は見えてるだろうに」

 

 それでも。

 

 そう呟いたマコトが黙り込む。

 それでも奪還を諦めて腹を切ろうとは言えないし、自分もそうするくらいならば3倍以上の敵が待ち受ける豊橋駅に斬り込んで死にたいという事なんだろう。

 

「まあ、そんなのも過去の話じゃ。なにせアキラがそこに現れてしまったのだからのう」

「……本気で言ってんのかよ、クソジジイ?」

「当り前じゃ。アキラ、現時点で思い付く程度のでよいから作戦を聞かせてやるがよい」

「まだ使えそうな突入ルートも見てないのにですか?」

「うむ。話せる限りでよい」

 

 と、言われても。

 作戦なんてのはタレットの配置と豊橋駅に繋がる道や、この時代のマコトが詳しくない駅ビルの有無なんかを調べた上でなければ怖くて立てられない。

 

 それを告げてからそれでもいいのかと尋ねると、ジンさんは当り前じゃと言って笑う。

 

「なら、そうですね。……下の指揮はジンさんにお願いします。なんといっても無線があるし、無駄な犠牲を出さないためにも」

「うむ。下、と言うからには上もあるんじゃな?」

「ですね。まあ部隊を分けるって程じゃねえですけど」

「ふむ」

 

 言葉を区切って、もう一度だけ考える。

 俺みたいなバカには絶対に必要な事だと自分に言い聞かせ、何とか最近になって身に付いてきた習慣だ。

 

「……この大通りの左右、駅に一番近い建物の屋上に俺とメガネが上がります。メガネには俺のピップボーイにある向こうのパワーアーマーを装備させて、その上で筋力と相談して扱える最も強力な武器を持たせてね」

「僕とアキラ君の狙撃でまずタレットを潰すのか……」

「やっぱカウンター・スナイプが怖いか?」

「その初めて耳にする言葉の意味を完全に理解しているとは言えないけれど、こっちの狙撃に気付いた敵が僕とアキラ君に攻撃を集中させるって事ならそんなに心配はしないね。これは、別に死ぬ事を恐れていないからという意味じゃなく」

「大通りの奥はまだ見てねえが、駅に繋がる通路は道を1本挟んだ至近距離のはずだ。そうなりゃ駅の入り口に作った遮蔽物に身を隠しながらでも俺達を撃てる。それなのにかよ?」

 

 小さな笑い声。

 俺は作業をしながらなので確認できはしないが、どうやらマコトは笑っているらしい。

 そこに、低く野太い笑い声も重なった。

 

「ふむ。敵の練度はそれほどに低いという事かのう。銃を使わぬバカ息子までが嘲笑うほどに」

「うるせえよクソジジイ。でもま、その通りだ。だろ、マコト?」

「そうなるね。僕はスナイパーライフルがあるからあの人に、マナミさんに連中が悪さをしないよう駅に繋がる連結通路の柵際まで来たヤツを何度も狙撃している。でも、今まで効果的な反撃なんてされた事はないから」

 

 なるほど。

 敵、中部第10連隊とやらは豊橋をそう重視していないという事か。

 でなければ下手をするとロクに射撃訓練していないような兵士をここに配置したりはしないはずだ。

 

 連中の目的は豊橋駅の確保。

 そうであるのなら小舟の里にはまだ時間が残されている。悪い話ではない。

 

「スナイパーライフルの弾切れに感謝だぁな」

「この状況なら、そうなるね。まったく因果なものだよ」

 

 悔しさが先に立って素直には喜べない。

 マコトの胸中はきっと、そんな感じなのだろう。

 だが、俺にしてみればラッキーなだけだ。

 

「…………ぜんっぜん意味がわかんねえ。どういう事だよ?」

「おそらくじゃが、マコトのスナイパーライフルとやらの弾が残り少ない事が一因で今以上の戦力を敵はこの豊橋に置いておらぬ。それが幸運じゃとアキラは言うておるのだろう」

「ですね。筋肉だけじゃなく頭も鍛えねえとなあ、どこぞのゴリラは」

「うっせえよチビモヤシ!」

「誰がチビだボケ、標準以上はあるだろうがよ!? って、そうじゃなくって続きだ」

「ふふっ。そうだね。義理とはいえ兄と弟でじゃれ合うのは後にしてもらいたいかな」

「冗談。こんなんが兄なら恥ずかしくって市場にも行けねえや」

「うっせえ、モヤシ」

 

 そう言ったガイの声は呟きかと思うほどに小さい。

 こんなバカでも今の一言で、小舟の里にいる妹や両親がどれだけ苦労してきたのかを察したのだろう。

 まだまだそれを言い聞かせてやりたいところだが、数時間後には戦闘開始となるのでそんな時間はもったいないだけ。

 続きを話し出す。

 

「……とまあ、こんな感じですかね」

「悪くないのう。どうじゃ、マコト?」

「いやいや、悪くないどころか最上でしょう」

「なら乗るのじゃな、アキラの作戦に?」

「そうなりますね。というか、それしかない。僕達にはね」

「ならアキラが修理を終えたら詳細を詰めようぞ。それと準備の時間を考えたら、そう時間は残されてなさそうじゃ」

「ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5分ほど、だろうか。

 30分ほど前に狙撃ポイントに到着した俺は、念入りに荒れ果てた、窓のすべてが割れている元社長室だと思われる部屋の隅にスナイパーライフルを抱くようにして座って目を閉じていた。

 その目を開けた理由はもちろん、ジンさんからの無線。

 

「ようやくか」

 

 そうなるのう。

 準備はよいか、アキラ?

 

「もちろんです。すぐに始めちまってもいいんで?」

 

 うむ。

 あと数分で夜明けじゃ。

 

「了解。狙撃を開始します。マコトにゃあ俺の銃声が聞こえたら左ルートのタレットを潰せと言ってあるんで、あっちもすぐに始まるかと」

 

 わかっておる。

 それより。

 

「こっちこそわかってますよ。敵の動きは随時連絡しますって。でも、張り切り過ぎて怪我人なんか出さないでくださいよ?」

 

 無論じゃ。

 ではの。

 

「はい。狙撃、開始します」

 

 立ち上がる。

 パワーアーマーを装備していてもずっしりとした重みを腕に伝えてくるのは、こちらの世界に来て初めて使うガウスライフルだ。

 この『ツーショット・シールド・ガウスライフル』はフル改造済みの上にスコープが長距離暗視スコープになっている手持ちに1丁しかない銃で、大通りの反対側にいるマコトには同じく長距離暗視スコープが付いていた扇動のガウスライフルを渡してある。

 

「コイツの重量は23.2。浜松に出かける前に『モーションアシスト・サーボ』付きのX01をめっけといてホント良かったぜ」

 

 俺の素のSTRは5。

 パワーアーマーを装備して11だ。

 それだけだとこれだけ重量のある銃は重すぎて、とても狙撃なんてできやしない。

 だがそこにパワーアーマーの胴体モジュール、モーションアシスト・サーボが加わるとSTRは13になる。軍用塗装に塗り直さずとも充分だ。

 

 幸運に感謝しながら窓辺へと歩を進めると、パワーアーマーに踏まれた割れたガラスがその扱いを責めるように嫌な音を出す。

 だがそんな音には一切頓着せず、窓から突き出すようにしてガウスライフルを構えた。

 

「荒れ果ててところどころ崩れてるでけえ駅。歩道橋みてえな連結通路。その駅前広場に迫撃砲って、まるっきりマンガの世界で笑えるぜ。ああ、この世界はマンガじゃなくってゲームだったか」

 

 そんなどうでもいい独り言を漏らしながら舐めるように夜明け前の豊橋駅を観察。

 練度もそうだが士気もかなり低いのか、見える範囲に敵兵の姿はない。ちょっとばかり異常だ。

 

「いくら大した敵じゃねえってナメてるにしても、しばらく大正義団と対峙してる軍隊がこっち側に見張りの1人も置いてねえとはな。呆れるしかねえぜ」

 

 マコトの狙撃を警戒。

 それだけでなく、襲撃はタレットが勝手に跳ね返してくれるとタカをくくっておるのじゃろう。

 

「聞いてたんですか、ジンさん。駅の外に敵影はなし。タレットが配置されてるのも、見えてるのはマコトが描いた地図通りです。仕掛けますね」

 

 うむ。

 

 その返事を聞いて、チャージ開始。

 特徴的なレティクルの中心は防弾板の隙間から突き出ている銃身の上を小刻みに行き来している。

 息を止めてその揺れがなくなった瞬間、トリガーを離した。

 

 特徴的な銃声。

 それを爆発音が追う。

 

「まずは1つ」

 

 初弾から防弾板とやらではなく、その隙間から見えるタレットの本体に当ておったか。

 さすがじゃのう、アキラ。

 

「たまたまですって。……敵は爆発に気付きはしたようですけど、駅の階段の上にある土嚢から姿勢を低くしてこちらを窺ってるだけですね」

 

 いくら兵隊でも己が命は惜しかろう。

 夜が明け始めるまではその程度のはずじゃ。

 

「なら、予定通り今のうちにっと」

 

 敵の反応はマコトとジンさんの読み通り。

 ならばと次の獲物、ゴテゴテと鉄板を張り付けられた国産タレットにレティクルを重ねる。

 これを潰したらまた駅の構内にいる敵の様子を見て、それからまた次のタレットを始末すればいい。

 

 銃声。

 どうやら、大通りの左側にいるマコトも攻撃を開始したらしい。

 

 銃声が断続的に続くと爆発音。

 それが束の間だけ止んでまた銃声、そして当然のようにその音を追う爆発音。

 

「敵さんは気が気じゃないでしょうね。こっちはタレットの破壊完了。マコトの方は爆発音からしてあと3つです」

 

 見事に間に合わせてくれたのう。

 ちょうど夜明けじゃ。

 

 無線から聞こえるジンさんの言葉通り、東の空に朝日の頂点が顔を出し始めている。

 

「鹵獲を恐れてか敵は連結通路の上にしかタレットを配置してねえらしいですけど、それでも用心はしてくださいね。ジンさん」

 

 当然じゃ。

 皆の者、ワシに続けえぃっ!

 

「張り切っちゃってまあ……」

 

 さすがにあれだけの銃声と爆発音が耳に届けば不安になるのか、駅の入り口付近にある土嚢を積んだ遮蔽物には左右それぞれ5人ほどの古臭い軍服を着た兵士が集まっている。

 

 いいカモだ。

 

「悪いが、今になって出てこられると面倒なんでね」

 

 絞り切っていたトリガーをそっと離す。

 長距離暗視スコープの中心に見えていた三十路に足を踏み入れたと思われる男が、その頭部を消失して首から派手に血を噴き出させながらゆっくりと倒れた。

 

「もう1人、逆っ側も殺っとくか……」

 

 人を殺す事に躊躇いはない。

 いつの間にかそうなっていた。

 向こうの、生まれ育った日本では喧嘩の経験すらないような半ニートの大学生が、だ。

 決して褒められた変化ではないのだろうが、俺はそれでいい。誰に何を言われようが、この生き方を変えるつもりはなかった。

 

 配置についたぞ、アキラ。

 

「了解。でもこっちはマコトの銃撃が駅の構内にまだ向いてないんで、ってちょうど来ましたね」

 

 うむ。

 それでは頼むぞ。

 

「ええ」

 

 自分が担当するタレットの破壊を終えた後は駅の兵士を狙撃しろ。敵が見えなきゃ土嚢を撃つだけでいい。

 

 マコトにはそう言ってあった。

 そしてそうなったら、俺はこのバカ共が、大正義団が命を投げ棄ててでも取り戻したかった人を連れ帰るのに手を貸す。

 

 相手が自分の嫁の母親であるからとかは関係なく、晒し者にされている亡骸はスコープに入れず、その人を連結通路からぶら下げている太い鎖にレティクルを重ねた。

 

「頼むぜ、ガウスライフル」

 

 自分の喉が音を立てて唾液を飲み下す音を聞きながら、そっとトリガーを離した。

 反動。

 特徴的な銃声。

 着弾。

 

 まるで湯気のような煙が少し上がっているようだが、見るからに頑丈そうな鎖はビクともしていない。

 

「いくらガウスライフルでも、あんな鎖は砕けねえ、か。ジンさん、作戦は第2フェーズに移行します。プランはA」

 

 ダメじゃったか。

 

「はい。そして敵は、カメが甲羅に首を引っ込めたみたいに出てきません。なので連結通路に上がるのは」

 

 わかっておる。

 アキラを単身で行かせるのは心苦しいが、誰かを連れてゆけばそれを庇うような動きをするじゃろうしの。

 

「なあに。反対側のビルからマコトが牽制を続けてくれるし、コンクリートの土台を浮かべて弾除けにするんで楽なミッションですよ」

 

 それでも充分に気を付けるのじゃぞ。

 

 その言葉に『はい』と返してガウスライフルをピップボーイに収納。

 代わりに出したのは、こちらの世界でもやはり強武器であってくれた『スプレー・アンド・プレイ』だ。

 

「おし、もしチビったら爺さんになるまでからかわれっからな。気合を入れろよ、俺」

 

 独り言を漏らしながら窓枠を掴み、片足をかける。

 このビルは5階建て。

 怖くないと言えばウソになるだろうが、フォールアウト4仕様のパワーアーマーを持っている俺はこんなのにも慣れておかなければならない。

 

「南無三!」

 

 言ってから、跳んだ。

 

「うっはぁ、っひゃー! 超こえー!」

 

 叫びながら、それを掻き消す轟音を上げながら着地。

 足は、……動く。

 HPだって1すら減っていない。さすがは4仕様のパワーアーマー。

 

 朝焼けの空に跳び出すと、荒れ果てたポストアポカリプス世界の駅の全景が見えて。

 その景色を堪能する間もなく強烈な落下感。

 そして轟音を轟かせてあんな着地をしても使用者を守ってくれるか。

 

「気を付けるのじゃぞ、アキラ!」

 

 無線ではなくジンさんの肉声をパワーアーマーの集音マイクが拾う。

 

 さすがの高性能じゃないか。

 落下時の姿勢制御も、見事に衝撃に耐えてくれたのもありがとうな。

 

 心の中でそう礼を言いながら頷き、走り出す。

 もちろん向かうのは、連結通路の2階にある駅前広場だ。

 

 走る。

 階段を駆け上がる。

 

 踊り場の途中で走る速度は落とさずワークショップ・メニューを展開。

 コンクリートの土台を宙に浮かべた状態で駅前広場に駆け込んだ。

 

「よしっ。コンクリート固定。鎖をピップボーイに収納しますよ、ジンさん」

 

 ま、待つんじゃアキラ……

 

「ん?」

 

 珍しく、いや、初めて聞くジンさんの焦っているような声。

 一体何事だと顔を上げかけた俺の耳に、パワーアーマーがもう忘れかけていた音を届けてくれた。

 

「ウソだろ、おい……」

 

 バラバラとやかましい独特の駆動音。

 怖気が背筋を駆け上がるのを感じながら、勢いよく顔を上げて振り返る。

 その音が聞こえる方向、さっきまで俺達がいた大通りの上空に、それはいた。

 

「べ、ベルチバード。この時代の日本にもあったってのかよ」

 

 ビルとビルの間をベルチバードがやってくる。

 誰もが動けない。

 言葉すらない。

 

 そんな永遠とも思える数秒が過ぎると、ヘリコプター特有の駆動音を掻き消すほどの音が響いた。

 俺が、渾身の力で歯を食いしばった音だ。

 

 ヘリコプターに、あちらの日本では何かと話題だったオスプレイに似たフォールアウト4の航空機、ベルチバードの機首から2発のミサイルが放たれる。

 

 ベルチバードはもう大正義団が寝床にしていたビルの辺りにまで達しているので、スモーク付きの航空ヘルメットを被ってトリガーなりの発射スイッチを押したパイロットの上半身が2階にいる俺からは見えている。

 

 額にネジのような部品があって、それを緩めてシャッと上げ下げするイカしたヘルメットにはスモーク・シールドが貼ってあるので表情は覗けない。

 だが、問題はヘルメットじゃなかった。

 

 パイロットの上半身、この目に見えている服の色はゲームの世界で見慣れた、あの色。

 そして、首元から下に向かって伸びる黄色いライン。

 間違い、ない……

 

 ミサイルが迫る。

 あれが直撃すれば、パワーアーマーを装備していたって無事では済まないだろう。

 コンクリートの取り出しは絶対に間に合わない。

 

「なぜ裏切った、101ッ!」

 

 



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ベルチバード

 

 

 

 ミサイル。

 白煙の尾を引いて迫ってくるそれは、どうしようもないほどに死を予感させた。

 

 だが、それがどうした。

 下手をすれば俺を殺し、運がどれほど良くとも大怪我を負わせるであろう兵器なんかどうでもいい。

 ベルチバードのコックピット。

 そこにいる、ヴォルト・スーツを着ているパイロットを睨む。

 

 顔も、ピップボーイも見えない。

 フォールアウト4でもそうだったように、パイロットの名前やHPが頭の上に表示されてもいない。

 だがこの世界の、この日本でヴォルト・スーツを持っているのは、どう考えても俺とアイツ、101のアイツだけだろう。

 

 2発のミサイル。

 

 それが俺とコンクリートの土台の横を通り過ぎた瞬間、顔の見えない101のアイツが笑ったような気がした。

 ピップボーイを付けていない方の腕を上げ、パイロットが豊橋駅に人差し指を向ける。

 その手はすぐに何かを掴むような仕草を見せ、グッと自分の体の方に引き寄せるように動く。

 

「掻っ攫えってか、迫撃砲を……」

 

 背後で凄まじい爆発音。

 だが俺は元から銃弾を防ぐには過剰な質量のコンクリートの土台を背にしているので、破砕物なんかが飛んできたって怖くない。

 

 まるで俺の呟きが耳に届いたかのようにパイロットが頷く。

 同時にベルチバードはホバリング、つまりは空中で静止しながら機敏な動きで機体の向きを変えた。

 

 フォールアウト4でB.O.S.が使っていた機体と同じで、機首の代わりに向けられた機体の横っ腹にはガンナー席があってミニガンが据え付けられている。

 そこでパイロットと同じヘルメットを被ってミニガンを豊橋駅に向けた革ジャンにレザーパンツの小柄な人間は、早くしろとでも言うように左手で俺の目の前にある鎖を指さす。

 

「そんなのわかってんだよ、クソッタレ! ジンさん、鎖をピップボーイに収納してマコトに撤退の合図を出します。準備は?」

 

 いつでも大丈夫じゃ!

 

「了解。俺もすぐに後を追いますんで、手はず通りに。鎖だけを、ピップボーイに収納」

 

 鎖が音もなく消える。

 ただでさえやかましいベルチバードのガンナー席から絶え間なく上がるミニガンの銃声に顔を顰めながら、事前にショートカット登録していた『フレアガン』を装備。

 迷わずコンクリートの土台の横に出て、ほぼ直線上にある駅前広場中央の迫撃砲と豊橋駅のちょうど中間に撃ち込んだ。

 

 マコトにはこれを合図にジンさん達と合流してトラックのある公園まで撤退しろと言ってある。

 後は、俺もそれを追って合流すればいい。

 

 だがまあ、どっかのクソヤロウに余計な仕事を1つ増やされた。

 可能なら俺も分捕ってやるつもりだったが、人に言われてやるってのは気分がよくねえな。

 

 独り言を漏らせば、ジンさんにもそれが聞こえてしまう。

 なので心の中で呟いてショートカット・キーを操作するイメージ。

 パワーアーマーの手で握った状態で現れた『フラグ・グレネード』の安全ピンを抜き、レバーを握り込んでから走り出す。

 

 豊橋駅の入り口までは100メートルあるかないか。

 数秒で迫撃砲とそれを守るように積まれた土嚢まで辿り着き、頼りない煙をまだ上げているフレアガンの弾の向こうへ思いっきりグレネードを投げた。

 

「ラッキー」

 

 状態の確認もせずに迫撃砲をピップボーイに収納しながら、思わずそう口に出してしまう。

 まあ、そうもなるだろう。

 迫撃砲の横には工事現場でよく見るブルー・シートをかけて大きな石をいくつも載せられたそれなりの大きさの箱があって、それに視線を向けると『六六式迫撃砲弾』なんてのが数十、だけでなく照明弾や発煙弾なんて文字も見えたからだ。

 

 フォールアウト4でさんざんやった、死体や箱の中の物をすべてピップボーイに収納する操作をイメージ。

 箱の物資が空になったのをゲームのような表示でしっかりと確認してから、ベルチバードの浮いている方向に駆け出す。

 

 ベルチバードのガンナーが片手を上げる。。

 その気障ったらしいサムズアップに立てた中指でも向けてやりたいが、そんなのは次の機会にだ。

 断言してもいい。

 こいつだけでなく、あのパイロットとも俺はまたいつか会う事になる。

 

「今度は、敵として対峙するのかもなあっ!」

 

 言いながら、跳んだ。

 悠長に階段なんか使ってる場合ではない。

 走る勢いを1ミリたりとも減らさず大ジャンプをして、連結通路の柵を跳び越える。

 

 着地。

 パワーアーマーの足裏がアスファルトに擦れて、また派手に火花が上がっているのが視界の隅にチラリと映る。

 

 顔を上げると遠くに、パワーアーマーを装備した集団が見えた。

 それを追って、全力で駆け出す。

 迫撃砲に稼働品のタレット、それも迫撃砲は知識がないのでわからないが、タレットには原始的ではあるが防弾板を張り付けるという改造まで施している軍隊が相手だ。

 今は全力で逃げ出すのがいい。

 

「ったく。やっと1つの問題が片付いたと思ったら、今度は2つの厄介事かよ。それも特大の。やってらんねえぜ」

 

 まったくじゃのう。

 

 どうやら俺と同じ気分であるらしいジンさんの声を聞きながら、路面電車の横を駆け抜ける。

 豊橋駅にいたのが迫撃砲を使うような組織でなかったなら、それに攻撃を仕掛けるとまるで計っていたかのようなタイミングで所属不明のベルチバードが現れたりしなければ、セイちゃんへのいい土産になったろうに。

 

 走る足は緩めず振り返る。

 ベルチバードはその目的を果たしたのか、ちょうど離脱しようとしている所らしい。

 

 ……このベルチバードの、101のアイツの目的とは何だ?

 

 走りながら考えを巡らす。

 だがどう考えてみたって、そんな事が俺にわかるはずもない。

 

 相手に完全に先手を取られた形の初接触。

 

 その相手はおそらく小舟の里を出て西に向かったという101のアイツで、それが機体を隅々まで磨き上げられて朝陽を照り返すベルチバードに乗って現れたというのだから恐れ入る。

 

 しばらくは、その目的や目論見なんかを考えて眠れない夜が続きそうだ。

 

 そんな覚悟をしながら、低空飛行で飛び去るベルチバードを睨む。

 俺が単独行動中ならばバイクで尾行して、そのねぐらを絶対に見つけてやるのに。

 

「ベルチバードは北に消えました。ジンさん、怪我人は?」

 

 おるはずがなかろう。

 ビルから跳び下りたマコトもピンピンしておる。

 

「へえ。跳び下りても平気だけど階段を使ってもいいと言ってあったんですけどね。メガネのくせにいい根性だ。

それよりジンさん」

 

 その話は後じゃ。

 それも、できれば最初は2人で話したい。

 

「……りょーかい」

 

 有無を言わせぬ声音にそう返し、なら今は追いつく事だけを考えようと足を動かす。

 

 ようやく追いついて横に並んでもジンさんは足を緩めない。

 シズクの母、マナミさんという女の人の亡骸は、先頭を走るガイが隻腕であるというのにしっかりと抱き締めるようにして運んでいるようだ。

 

 かつて仲間だった、死んだ女の骸を抱いて走る隻腕の男。

 それに続く仲間達。

 

 どいつもこいつもパワーアーマーのヘルメットで表情が見えないのがありがたい。

 

「アキラ、公園が見えたぞ」

「いつの間にかそんなに走ってたんですね。お疲れさまでした」

「うむ。お互いにの。それで、ここからはどうするんじゃ?」

 

 ジンさんが走る足を止めると、それに気づいた大正義団の連中も公園の入り口で止まった。マナミさんの亡骸を守るようにだ。

 

 戦闘後の一服をしようとジンさんの隣でタバコを咥えた俺に、パワーアーマーのヘルメットを取ったマコトが小さく頭を下げるのが見える。

 脳筋集団の軍師役を自任するマコトならばあのベルチバードの事が気になって当然だろうが、今は俺達に話しかけてくるつもりはないようだ。

 

「この集落の人間をスカウト。それもなるべく早く。話に乗ってくれたら、トラックで小舟の里へ。そんな感じですね」

「了解じゃ。なら、ワシとアキラで長老殿と話し合いじゃの」

「ですね。んでメガネ」

「何かな、アキラ君」

 

 少し離れた場所にいたマコトが歩み寄ってくる間に、目当ての物は探し終えてある。

 なのでそれをピップボーイから取り出してマコトに差し出した。

 

 ヘルメットを外したマコトの目は赤い。

 それどころか、頬を伝って落ちていった涙の跡がクッキリと残っている。

 だがマコトはそれを恥じるような素振りなど欠片も見せず、ずいぶん前に小舟の里の地下で見つけた女柔術家の晴れ着を受け取った。

 

「見事な着物だね」

「ああ。俺は、オマエ達があの人の乱れた服を直すのも許せねえ。だから、これをかけてやってくれ。ちなみに、これと一緒に見つけた簪は毎日シズクの黒髪に飾られてる」

「なるほど。了解したよ」

「話し合いがどうなろうと、出発となりゃ亡骸は俺が預かる。別れを済ませとけ」

「……それも了解。武器やパワーアーマーはどうすればいいんだい?」

「もし上手く話がまとまれば、60近い人間をあのオンボロトラックで運ぶしかねえ。だから、俺とジンさんはバイクでその護衛だ。トラックの荷台は狭いんだから、おまえらは丸腰でいいさ。小舟の里から持ち出したんじゃない武器なんかも、移動が終わるまで俺が預かる。拳銃なんかより大きいのはな」

「わかった」

 

 大正義団でヘルメットを外している連中は、どいつもこいつも瞳から大粒の涙を流している。

 平静を装って俺と話していたらしいマコトも、いつまた泣き出してもおかしくはないように見えた。

 

 男の涙なんぞに興味があるはずもないのでそれに背を向けて吹き捨てた煙草を踏み消し、俺を待っていてくれているジンさんの元へ向かう。

 

「お待たせしました」

「気にするでない。では、行こうぞ。住民達はとうに騒ぎを聞きつけてこちらを窺っておる」

「夜が明けたばっかだってのに。早起きですねえ」

「そうまでして働いても、畑にするのがこんな公園ではの」

「土壌の改良なんかにゃ、それこそ何十年もかかるんでしょうからね」

「うむ。……ところでアキラ、名は見えたのか?」

 

 ジンさんは何の、とは言わない。

 

「いいえ。ゲームでもそうでしたが、パイロットの名前やHPは見えねえんです。見えるのは飛行機のそれですね」

「なるほどのう」

 

 話しながらも足は進めている。

 もう目の前に見えているバリケードの内側で緊張した表情を見せている、いかにも働き盛りといった感じの男の額に光る汗を確認できるほどに。

 それにしてもこんな状況でバリケードの前に立っているのだからこの集落の護衛なんだろうが、その武器が畑を耕すための鍬とは驚きだ。

 

「あ、あんたは昨日の」

「そうじゃよ。ひさしぶり、というほどではないのう。長老殿に面会を希望じゃ」

「わ、わかりました」

「なら俺はRADアウェイなんかを準備しときますね」

「話もせぬうちからか。相変わらずのお人好しじゃのう」

「そんなんじゃないですって」

 

 少しだけ待ってくれと言う男の背中を見送りながら、まず買い物かごにRADアウェイを入れられるだけ詰め込む。

 服なんかはウォーターポンプを仮設置して、体を清潔にしてからだ。

 

「お待たせしましたの、ジン殿。よくぞ無事で戻られた。夜が明けてすぐ爆発音がこの公園まで届いたので心配しておりましたぞ」

 

 3分とかからず姿を見せた杖を突く老人が、そう言いながら皺くちゃの顔を歪めるようにして笑う。

 

「なあに。若者が張り切ってくれたのでワシの出番などありませんでしたぞ。あれでは、軽い運動にもならぬ」

「ほっほ」

「して長老殿、これなるはワシの義理の息子でアキラと申す。手土産もあるで話を聞いていただきたいのじゃが」

「土産などと。そんな気遣いは無用。どうぞお入りくだされ」

「ありがたい」

「ありがとうございます、長老さん。それでいきなりなんですがRAD、もしくは放射能なんて言葉をご存知でしょうか?」

「それはもちろん。冬までにどうにか除染薬を手に入れてやらねば年を越せそうにない幼子がおるので、日々どうにかできぬかと頭を抱えていましてな」

「あぶねえ。ギリギリだったのか。これ、外国産ですけどその除染薬ってやつです。全員の目から充血が引くまで使ってください。足りなきゃまだありますんで」

 

 間に合ったのはラッキーだが、その本人は当り前に体がツライだろう。

 早くその子に使ってあげてくれとRADアウェイを詰め込んだ買いもかごを差し出すが、長老さんもそれを連れて来てくれた護衛らしい男も動こうとはしない。

 

 

 



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葉桜

 

 

 

「こ、これほどの数。我等全員分の除染薬など……」

「いくらになるかなど考えずともよいのですぞ、長老殿。このアキラは罪なき人々が、特に老人や子供が理不尽な苦しみに晒されておるのが何よりも嫌いでしての。対価を寄越せなどとは申さぬ。さあ、早く住民達に配ってやってくだされ」

 

 そのような事が。

 

 長老はそう呟いて買い物かごから視線を上げると、束の間だけそこにあったジンさんの顔を見て頷く。

 それから長老は俺に向かって深々と頭を下げた。

 

「そんなのはよしてください。余るほど持ってるから提供するだけなんで」

「それでも、ありがとうございますじゃ。ゴン、除染薬をまずヒカリに。それから全員に配るのじゃ」

「お、おう。俺からも礼を言うぞ、お客人。本当に、本当にありがとうっ!」

「だから気にしないでくださいって。ならその子に早くこれを」

「おうっ!」

 

 買い物かごを持ったゴンという男が走り去ると、老人はこちらが心配になるほど長く息を吐いてからまた深々と頭を下げる。

 

「こちらへ」

「おじゃまします」

「こんな朝早くに申し訳ありませんのう」

「なんのなんの」

 

 やはりというべきか、集落の小屋や屋外にいくつかあるテーブルや椅子は見ていて悲しくなるほどに粗末なものだ。

 これならばたとえ築300年以上の年季が入っていてもあの船外機工場で暮らした方がずっといい。少なくとも、雨風はこんな小屋よりずっと凌げる。

 

「このテーブルに。朝とはいえ窓のない小屋では暗すぎますからの」

「ありがたい」

「失礼します。それと、よかったらコーヒーとタバコをどうぞ。住民の方々の分は後で出すんで配ってください」

「こ、このような高級品」

 

 急に慌てた長老さんをジンさんが宥めるのを見ながらタバコに火を点けて紫煙を燻らす。

 もちろん考えるのは、この豊橋まで来た時の道やその途中にある廃墟なんかだ。

 あのベルチバードやそれに乗って現れた連中の事は、この集落の全員を安全な場所に運び終えてから考えればいい。

 

 老人と子供は奥に乗せるとはいえ、大正義団も含めれば60人以上にもなる集団をあんなオンボロトラックで運べるのだろうか。

 なら屋根に落ちて怪我をしてもいい大正義団を乗せればいいかとも考えたが、あのトラックを見る限りじゃ少しばかり無謀だろう。戦後の引き揚げ船や発展途上国の電車じゃあるまいし。

 

「……あー、やっぱ特殊部隊のバスとウルフギャングに出張ってもらうしかねえかなあ」

「せめてどちらか片方には手伝ってもらいたいのう」

「ならジンさん、ここは任せてもいいですか?」

「うむ。じゃが長老殿が頷いてくれるかはまだわからぬぞ?」

「それはもちろん。それにあのネボスケ、ミサキが起き出すのはもうちょっと遅い時間ですからね。こんな朝早くに起きてる奇跡がねえか試してみるだけです」

「了解じゃ」

 

 さっきピップボーイから出した灰皿でタバコを消して立ち上がる。

 向かうのは大正義団の連中がいるはずの駐車場だ。

 

「問題は、シズクとセイちゃんをどうすっかだよなあ」

 

 だいぶ前に最悪の形で故郷を出奔したとはいえ、2人にとってあのマナミさんは母親と叔母。

 すぐにでも会わせてやりたいが、特にシズクなら裏切り者の大正義団の連中を片っ端から斬りかねない。

 

「どうしたもんかねえ……」

 

 呟きながら橋を渡り、大正義団とは反対側の駐車場の隅へ。

 そこでなるべく正方形になるように意識して、同じ場所をぐるぐると歩く。

 

「アキラっ!」

 

 声に振り返る。

 ミサキだ。

 

「たった3周かよ。よくこんな時間に起きてたなあ、ミサキ。って、げえっ!」

 

 思わず、そんな声が出た。

 

「失礼な旦那様もいるものだなあ、アキラ。愛する妻の顔を見た途端に『げえっ』とはなんだ」

 

 言いながらシズクの視線が大正義団の連中に向く。

 たった13人。

 それが遺体を囲んでいるだけなので、その瞳にはきっと映ってしまっただろう。

 ……実の母親の、変わり果てた姿が。

 

「すまん。だいぶ遅かったらしい」

「だろうな」

「連中はすぐに退かす。挨拶をしてから身を清めてやってくれ」

「必要ない」

「なんだと?」

 

 シズクが微笑む。

 まるで言葉と視線がきつくなった俺をなだめるように。

 そしてシズクの微笑みは、そのまま苦笑いに変わった。

 

「勘違いはするな。母親の遺体の口に水を含ませ、身を清めてやるのは娘であるアタシがやる」

「なら今すぐに」

「ダメだ」

「なんでだよ?」

「死者のために動くのは、すべてが終わった後でいい。生きている者達のためにすべき事が終わった後でな。幼い頃から、アタシは爺様にそう教わってきた」

「……頑固っつーか、融通が利かねえっつーか」

「なんとでも言え。ほら、行くぞ。爺様はあの小島のような場所にいるんだろう?」

「ああ。こっちだ」

「シズク……」

 

 ミサキの啜り泣きとそれを慰めるシズクの声を背中で聞きながらジンさんと長老のいるテーブルに戻る。

 大正義団の連中には、一瞥もくれなかった。

 そうしてしまえば俺はこの優しい嫁さんを哀しませている13人だけでなく、すでにこの世を去った、死んでいった連中にまで酷い言葉を浴びせてしまいそうだったからだ。

 

「おお、朝早くに悪いのう」

 

 足音でも耳で拾ったのか、葉巻に火を点けようとしていたらしいジンさんが振り返りながら言う。

 理由はわからないが長老さんは席を外しているようだ。

 

「平気です、ぐすっ。昨日の夜は全員でこのピップボーイ見てたし。交代で仮眠取りながら」

「そうかそうか」

 

 ジンさんとシズクの視線が合う。

 俺にはわからないが、この2人の間では言葉以上に重要な何かが交わされているんだろう。

 

「好きにするがよい」

「もちろんだ」

「……やれやれじゃ。気の強すぎる嫁を押し付けてすまぬのう、アキラ」

「いいえ。俺は、シズクのこういうところも好きですよ」

「ほっ。朝っぱらから惚気おる」

「まだまだ新婚ですからねえ。それで説明は、ジンさん?」

「済んでおる。小舟の里の法や税、これからの住居や仕事や予想される暮らしぶりまでもの」

「その答えは?」

 

 ジンさんが顎で粗末な小屋の立ち並んでいる方を示す。

 そこでは長老さんが何人かと立ち話をしている姿の外に、小屋の中から何かを運び出している人間の姿があった。

 

「了承してくれたんですね」

「うむ。全員で移住してくるそうじゃ」

「荷物も思ってたよりありそうだから、やっぱバスだけじゃなくウルフギャングにも頼まなきゃいけませんね」

「そうなるのう。なのでアキラには、ここまでの先導まで頼みたい。道中にさしたる危険はなさそうじゃったが、万が一のためにの」

「了解。遅くとも昼までには戻ってこれると思います」

「頼む」

「それとウォーターポンプをいくつか設置してメシや服なんかも置いときますんで、そっちはお願いしますね」

「心得た」

 

 できるだけ急ぎはしたが、ウォーターポンプをいくつかの場所に設置して住民全員分の服やら靴なんかを用意するのにたっぷり1時間はかかってしまった。

 それだってミサキとシズクが手伝ってくれなかったら、倍以上の時間を取られていただろう。

 

「ようやく終わり、アキラ?」

「だな。帰るぞ、小舟の里に。おふくろさんを連れてな」

「うん。お葬式の準備は任せて」

「シズク、墓はどうする?」

「路傍の石でいい。小舟の里は昔からそうだ」

「にしたってよ。……ああ、あれをいくつかいただいてくか」

「あれ、とは何だ?」

「こっちだ」

 

 2人を連れて小島のような住居スペースを出た俺が立ったのは、結構な本数が並んでいる木々の前だ。

 

「アキラ、これって」

「ああ。桜の木のはずだ。詳しい種類はわからんがな」

「桜、か……」

「義理じゃあるが、あの人は俺にとっても母親だからな。これくらいはいいだろ?」

「……好きにしろ」

「言われなくてもそうさせてもらうさ」

 

 もしピップボーイに収納できなかったら枝を何本か貰っていくつもりだったが、桜の木は何の問題もなく姿を消した。

 リストにもその名があるのを確認して、大きく深呼吸をする。

 

 深く、長く。

 

 そうして何度も深呼吸を繰り返し、ようやく足を動かす。

 途中からはミサキが吐く息の音も聞こえていたので、気持ちは俺と同じなのだろう。

 

 歩く。

 もちろん行先は、大正義団の連中がいる場所だ。

 

「アキラ君……」

「どけ、メガネ。それと誰にも口を開かせず、ジンさんのトコに行け。今すぐにだ」

 

 マコトが哀しげに目を伏せる。

 だが、何も言わせるつもりもなかった。

 もし「謝らせてもくれないのか」の一言でも漏らしたなら、俺はコイツだけでなくここにいる13人全員をぶん殴っていただろう。

 それを察した訳でもないだろうが、マコトは全員を連れて住居スペースに向かう。

 唯一何か言いかけたガイ、俺の嫁さんであるシズクの従弟も、歯軋りの音以外は口から漏らさなかった。

 

「この着物は……」

「ああ。おまえの髪に飾ってあるそれと出処は同じだ」

「いらぬ気遣いを。こんな上等な着物はミサキかカナタか、成長したセイに晴れ着としてくれてやればいいのに」

「それはまた別の機会にな。ミサキ、家に戻ったらすぐにマアサさんを呼んでくれな」

「う、うん。わかってる、ぐすっ」

「悪いが俺はトンボ返りだ」

「気にするな。セイの事は任せてくれていい」

「俺からすりゃ、セイちゃんと同じくらいシズクも気がかりなんだがな。ほら、抱き上げてやれ。この人は、おふくろさんはシズクが連れて帰るんだ」

「……わかった」

 

 シズクが母親の遺骸に歩み寄り、そっと膝を折る。

 手を合わせる事も、祈りの言葉を紡ぐ事もなく、シズクは母親の体を持ち上げた。

 

「…………軽いなあ。どうして、こんなに軽いんだ」

 

 



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迎え

 

 

 

 シズクがお母さんを連れて帰りました。

 

 無線でマアサさんにそう告げるミサキの声を聞きながら、足音を荒げて寝室に駆け込んできたセイちゃんの小さな体を抱き締める。

 

「だいじょぶ。だいじょぶだから泣かないで、アキラ……」

「なんだよ、泣いてんのかよ俺。それも、家に帰った途端に」

「ん。びしょびしょ。いつもと逆」

「そりゃ恥ずかしくて顔を見せらんねえな。あと5秒だけ、こうさせててくれ」

「ん」

 

 こんな世界。

 それに、こんな時代だ。

 人はたやすく死んでゆく。

 でもだからこそ、せめて近しい人間だけは守りたい。

 

 そんなのは誰もが抱く感慨なのだろうが、心から思った。

 

「いや、思うだけじゃねえ。俺は誓うぞ。嫁さんだけじゃねえ。家族と仲間は、俺が守る。何があってもだ」

「ん。アキラなら、できる」

「できるかできないかじゃなく、やるんだよ。悪いがセイちゃん、こんな時だってのに俺は傍にいてやれない。ごめんな」

「アキラにはやるべき事がたくさんある。当たり前。夜だけ一緒にいてくれればいい」

「約束するよ。今夜はずうっと離さない」

「ん。待ってる」

 

 入り口にいるカナタ、嫁さん連中の姉貴分に目で『頼む』と告げて部屋を出る。

 すると家の前に完全武装したタイチが立っていて、物凄い目で睨まれた。

 

「よ、よう」

「言いたい事は山ほどあるっすけど、まず先にメガトン特殊部隊の出番があるかだけ聞いときたいっす」

「バスを出してもらいてえ。んでウルフギャングのトラックと2台で60ちょっとの人間を船外機工場まで。荷物もそれなりにある」

「なら、護衛は最小限っすね」

「そうなる。俺とジンさんもバイクで護衛に付くよ」

「了解っす。それと」

「うん?」

 

 タイチの視線が凄みを増す。

 誇張ではなく、視線だけで人が殺せそうなほどだ。

 いつぞやのクニオといい、どうしてこうこっちの戦う連中はこんな目ができるんだろう。

 

「その60人の中に頭でっかちのメガネと、顔とガタイだけはいい根性なしがいたりするっすか?」

 

 あまり考えずともわかる。

 頭でっかちはマコトで、根性なしはガイの事だろう。

 

「いるな。どっちも」

「ははっ。そりゃあ楽しみっすねえ。骨の2、3本はポキッとやっちゃわないと気が済まないっす」

「……あー。考えてみりゃ同年代だし、知り合いで当たり前か。だが、スティムパックで治る程度にしといてくれよ? あの連中にはこれから、船外機工場の守りを任せるつもりなんだ」

「心に留めておくっすよ」

「約束しろっての。俺はウルフギャングに頼んでくるから、準備ができたら店の前に」

「はいっす。3分とかからず行けるっすよ」

「頼もしいねえ、うちの特殊部隊は」

 

 とは言ったがわずか1分、もしかするとそれより早く、具体的に言うと俺がメガトン基地の通用口を出たと同時に駐車場から装甲バスのドアの開閉音とエンジン音が聞こえた。

 さっきミサキが飛ばした無線は通信機を持っている全員に聞こえていたとはいえ、呆れた身軽さだ。

 

「遅かったな、アキラ。出発の準備はできてるぞ」

 

 そう言ったのはウルフギャングで、その背後には荷台の天井にサクラさんを乗せたトラックがガレージから引き出されている。

 

「ウルフギャングもかよ。察しが早すぎだっての」

「誰かさんが何も言わずに街を出て、あんな手紙まで残していったんじゃなあ。誰だって臨戦態勢で知らせを待つに決まってる。で、俺の仕事は?」

「感心するよか呆れるぜ。60ちょっとの人間を、船外機工場まで運びたい。追撃の気配はなかったが、敵は迫撃砲まで使う軍隊みてえな連中だ。断ってくれてもいいんだぜ?」

「もし本気で言ってるんなら、今すぐその口をレールライフルで縫い付けてやるが?」

「じょ、冗談だって。頼むから手伝ってくれ」

「当り前だ。ほら、早く乗れ」

「サンキュ。バスの運転は誰がすんのかわからんが、ウルフギャングが先を走ってくれんのはありがてえ」

 

 もうすっかり乗り慣れた助手席に収まってドアを閉めると、メガトン基地の正門から装甲バスがゆっくりと姿を現す。

 どうやら運転は副隊長の1人であるカズノブさんらしい。

 

「運転はカズノブか。なら多少の障害物や路面の凹凸も問題なさそうだな」

「へえ。カズさん、運転の腕がいいのか」

「そうなるな。俺の生徒の中じゃ、タイチに次ぐ腕の持ち主だ」

「タイチがトップかよ。ほんっとなんでもソツなくこなすなあ、あいつ」

「ああ。さすがはアキラの親友、って感じだよ」

 

 親友。

 その語感がもたらすくすぐったさにどうしていいかわからずタバコを咥えると、箱にウルフギャングの手が伸びてくる。

 どうせ小舟の里を出るまではVATS索敵の必要はないさとライターで火を点けてやり、2人でのんびりと煙を吐く。

 

「ふーっ。……シズクの母親、ダメだったよ。間に合わんかった」

「仕方がないさ。それに、あの子なら哀しみを乗り越えられる。隣にアキラがいるんなら尚更な」

「だといいがねえ。あっ」

「ん、どうした?」

「サクラさんがいっつも荷台の天井だし、ウルフギャングには言っとかねえと」

「聞かせてもらおうか」

「敵が迫撃砲まで使う軍隊みてえな連中だったってのは言ったろ」

「ああ。聞いたな」

「シズクのおふくろさんを取り返すためにそいつらに襲撃かけたら、どっからかピッカピカのベルチバードが飛んできて勝手に手助けされた」

「は、はあっ!?」

 

 キキイッとタイヤが鳴る。

 ウルフギャングは、それほどに驚いているらしい。

 

 ちょっとアンタ?

 

 ラジオのスピーカーからそんな愛する妻の声が聞こえて気を取り直したようだが、それからは矢継ぎ早の質問で

答えるのが追い付かない。

 

「とりあえず落ち着けって。最初から話すから」

「是非ともそうしてくれ。しかし飛行可能なベルチバードって。今が戦後何年になると思ってるんだ」

「俺だって見間違いであってほしいがよ。あんな至近距離で見ちまったらなあ」

 

 あのベルチバードが俺達の敵であるとは言い切れないが、いざとなれば丈夫そうな建物内に逃げ込める歩兵と違って、そう簡単には身を隠せないトラックは航空機からしてみればいいカモだ。

 パイロットがヴォルト・スーツを着ていた事、俺がそれを101のアイツだと思っている事以外、すべて1から話して聞かせる。

 

「敵ではないが味方でもない。そしてベルチバードのパイロットはアキラとこの里の戦力が増すのを歓迎している、か……」

「そうなるなあ。また姿を見せてくれりゃバイクで追っかけて、拠点の目星くらい付けられるんだがよ」

「それほど甘い相手じゃないだろうな」

 

 やはり、ウルフギャングもそう思うか。

 

 トラックが北西門を出たのでセイちゃんお手製の監視窓を開け、VATSでの索敵を開始する。

 ないとは思うがもしあの中部第10連隊とやらに頭の回る指揮官と動く車両の1台でもあれば、そして大正義団の連中が公園の集落のトラックを使う事を知っていれば、車両の通れそうな道に地雷をいくつか仕掛けるくらいはするだろう。

 索敵の手を抜くつもりはなかった。

 

「ああ。それと、帰りは俺とジンさんがバイクでトラックとバスの護衛に付く。助手席の見張りはタイチに頼むから、ベルチバードの話を聞かせてやってくれ」

「了解だ。しかし、次から次へと厄介事がやってくるなあ。さすがはアキラだ」

「俺のせいじゃねえだろって」

「どうだか」

 

 行きと同じく、進行方向にたいした脅威は現れない。

 せいぜいワイルド・モングレルが飛び出してきてウルフギャングが眉も動かさずに轢き殺したくらいだ。

 

「着いたか。この左の草むらにしか見えねえのが戦前の公園で、少し先に駐車場がある」

「ちょうど見えたな。引っ越しの準備は万全らしい。銃を持って住民を守るように布陣してるのが大正義団か」

「そうなる」

「ふうん」

 

 



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移住

 

 

 

 可能性はそう高くないと思っておる。ワシは、だがの。

 

 リアシートからそんな言葉が聞こえてきたのは、すべての準備を終えて荷物と住民をトラックとバスに乗せ、東に向かって走り出してすぐだった。

 主語はないが、ジンさんが何を言っているのかは明白。

 

「この世界のこの時代、それも日本の東海地方だってのにですか?」

「うむ。アキラを待つ間かなり考えてみたんじゃが、あの子の気性を考えるとどうにも腑に落ちんのじゃ。ならばアキラが見たう゛ぉると・すーつとやらを着た者は、あの子、自らを101のアイツと名乗り、ワシらが賢者と呼んだ者ではないと考えるのが自然じゃろう?」

「それはそうかもしれませんけど」

 

 そんな偶然があるんだろうか。

 

 もしそうだとすれば日本にもあったという核シェルターはアメリカのヴォルトテック社が作っていたという事になるし、少なくともベルチバードの航続距離の半分以下の近場にフォールアウトで言うヴォルト居住者のような連中が拠点を持っている事になる。

 

 ……あれ、もしかしてそっちの可能性の方が高いか?

 ウルフギャングも日本のヴォルトに逃げ遅れてああなったそうだし、フォールアウト3、NV、4にはなかったが空軍用ヴォルトなんてのが存在しなかった方がおかしい。

 そして旧浜松市には、空軍基地があった。

 

「冷静に考えるとそうなるじゃろう?」

「戦前の浜松は空軍基地があっただけじゃなく、政令指定都市だったって本に書いてありましたしね。言われてみれば、って感じです」

「じゃろう? あとでウルフギャング殿やタイチ、シズクとセイにも賢者殿の人となりを聞いてみるがよい。きっとその考えは確信に変わるはずじゃ」

「……いや、101のアイツが運び屋に残したノートだけでもそう思えますよ。でも、そうなるとなあ」

「うむ。新制帝国軍や、豊橋の向こうにおるという旧防衛軍の生き残り。それよりもずっと厄介な勢力が姿を現した事になるのう」

「最悪じゃないですか」

「そうでもなかろう。賢者殿がその勢力に加わったならまだしも」

「まあ、向こうはなんかのついでだろうけど俺に手を貸した訳ですからね。次の接触イコール敵対となる可能性は、そう高くはないと思います」

「ならばそれでよいではないか。それでなくとも、アキラは忙しいんじゃ。あまり悩むでない。禿げるぞ?」

 

 ベルチバードパイロットは101のアイツではない?

 だが本当にそうであるなら、俺達は日本のヴォルト居住者に、文明が荒廃したこの現代でもベルチバードを運用する勢力に監視されていた事になる。

 

「襲撃をかけて、その最終段階でベルチバードが現れた。んでそのベルチバードは挨拶代わりにかなり貴重なはずのミサイルを使って俺をサポートして、この隙に迫撃砲を奪えとまで仕草で伝えた。ほんでもって俺がそれを終えるのを見て悠々と離脱。どう考えたって監視されてたって事になりますよね?」

「そうなるのう。だが、監視していたのは豊橋駅を占拠していた連中やもしれぬ」

 

 それはそれで最悪だろう。

 ベルチバードを運用するような勢力が叩き潰すのではなく監視していたのなら、豊橋の向こうにいる中部第10連隊という連中はかなりの戦力を保持している事になってしまう。

 ベルチバードを運用する勢力と、そんな連中が監視している中部第10連隊。

 

「急がなきゃいけない理由ができちまいましたねえ」

「そうなるのう」

 

 うちの嫁さん連中がやけに乗り気な計画、少しばかり縁起は悪いが『遠州共栄圏』とでも呼ぶべき、各町が固く手を取り合って結びつく計画を急がなければ。

 

「……新制帝国軍、そのまま手に入れてやりますか」

「アキラならやれそうで怖いのう。じゃが、ああまで規律の緩んだ軍におった兵隊に武器を持たせてはおけぬ。せいぜい数十の性根が歪んでおらぬ連中しか使い物にはならぬよ」

「なるほど」

 

 なら潰すだけだ。

 そしてその前に、使えそうな連中に目星をつけておかなければ。

 

 またしても急激な方向転換が必要になって頭が痛いが、だからこそ考えは尽くしておかなければならない。

 なのでトラックの前まで出ては速度を落としてバスの後ろに付くという方法で索敵をしながら頭を働かせていると、特に何事もなく公園の住人がこれから暮らす事になる船外機工場に辿り着いた。

 

「まずは住民達の昼食かのう」

「ですね。また缶詰で申し訳ないですが」

「そうでもなさそうじゃぞ」

「はい?」

 

 リアシートのジンさんが指差す方向に目を向ける。

 するとそこには大きな寸胴鍋を持ったミサキと、その肩に手を置く大荷物を背負ったミキの姿があった。

 

「アキラ、マアサさんからすいとん預かってきた」

「人数分の茹で野菜と焼き魚もあるのです」

「葬式だのなんだので忙しいだろうし、ショックも受けてるだろうに。さすがですねえ、マアサさん」

「心根の優しい女じゃからのう」

「でも、だからこそジンさんが今は隣にいるべきでしょう。サンキュな、ミキもミサキも。それとミサキ、悪いが戻る足で小舟の里までジンさんを送ってくれ」

「うん。アキラはどうするの?」

「ウルフギャングのバスにタイチと乗って帰る。礼を言いてえし、話し合っておきてえからよ」

「わかった」

 

 シズクの母親の事もあってか、ミサキはいつもの元気がない。

 だが申し訳ないが、今は他にやるべき事がある。

 

「アキラ、とりあえず住民達は食堂でいいか?」

「ああ」

「食事はメガトン特殊部隊が運ぶっす」

「頼むよ」

「それと、バカ2人をちょっと借りるっすよ」

「……せめて引っ越しが終わってからにしろっての」

「それはムリっすねえ」

 

 そう言いながら引きつった笑みを浮かべるタイチは本当にもう限界のようで、持っている3本の木刀を持つ手が震えまでしているようだ。

 

「いいんですか、ジンさん? 止めなくって。朝、骨の2、3本は折るとか物騒な事を言ってましたよ」

「足りぬくらいじゃよ。タイチ、任せたぞ」

 

 タイチが頷く。

 それから、トラックの最後尾で住民が万が一にも荷台から落ちたりしないよう壁になっていたガイとマコトに向かって木刀を2本投げた。

 

 カラカラと音が鳴った木刀を荷台から降りた2人が拾う。

 

「子供もいるんだ。全員が建物に入ってからにしろよ?」

「わかってるっすよ」

「木刀か。タイチの腕なら間違って殺される事はないだろうけど、今夜は骨折の熱と痛みで眠れそうにないね」

「戦場で腕を上げたんなら、2人がかりでせいぜい抵抗してみるといいっすよ」

「したってどうにもなるもんか。そうだろう、ガイ?」

「だからって、むざむざやられてやるつもりはねえなあ」

「ほっほ。我が道場の塾頭対、その元補佐2名の立ち合いか。時間があるなら見物したいところじゃがのう。アキラ、それではワシは戻ってマアサにも例の話をしておくでの」

「ええ。今回はありがとうございました」

「礼を言うのはこちらの方じゃ。では、また後での」

 

 ミサキがミキとジンさんを連れてファストトラベルで船外機工場の駐車場から姿を消しても、住民達が引っ越し荷物を持ってウルフギャングの案内で工場の中に姿を消しても、タイチはガイと睨み合っていた。

 

「なあ、メガネ。タイチってそんなにつえーのかよ?」

「そうなるねえ。彼はシズクさんとごく一部の高弟を除けばもっとも強くて、師範である彼女の下で塾頭ってのを任されてたんだ。たぶん、今もそうじゃないかな」

「へえ」

「ついでに言うとタイチはシズクさんのすぐ下の世代のガキ大将で、僕やガイはそれこそ毎日のように泣かされたものさ」

「ふうん。タイチは腰が低いのになあ」

「傍若無人なガキ大将も、思春期になって想い人ができたらその理想に近づいて気を引きたくなったらしくってね。その日からずっとあんな話し方だよ」

「カヨちゃんに気に入られたくってか。男の子だねえ」

「まったくさ。もうひとつ、ついでにいいかい?」

「おう」

「タイチは、大正義団の頭領になるはずだった男さ」

「はい?」

 

 タイチが、大正義団に?

 

「くっだらない昔話の次は、話を聞いた瞬間に断った事を。どうやら、キツイお仕置きをお望みのようっすねえ」

「冗談じゃないよ。こうして話しながらも、どうにか塾頭殿の機嫌を取って僕だけ竹刀で相手をしてもらえないかと頭を働かせてるくらいだし」

「ムダな努力はするもんじゃないっすよ」

「やっぱりか。ああ、嫌だなあ。素直に介錯してくれるんならまだしも、絶対に勝てないのに木刀で立ち会うとか」

「本当はそうしてやりたいっすけど、うちの殿様が怒りそうっすからね。仕方なくっすよ」

「……あのタイチが、そこまで言うか。ねえ、アキラ君。お殿様のご命令で、僕だけ立ち合いはなしとかにならないかなあ?」

「知るか、タコ」

 

 タイチがそんな男じゃないのはよくわかってるが、俺の反応を試すようなマネをしやがって。

 どうせなら骨の5、6本でも折られてしまえばいい。

 その方が、スティムパックをもったいないと思わずに済む。

 

「さあ、おしゃべりの時間は終わりっすよ」

 

 だらりと下がっている右手に木刀をぶら下げたタイチが半歩前に出る。

 その瞬間、なぜか俺まで身構えそうになってしまった。

 

「マコト、下がってろ」

「気持ちは嬉しいけど、結果は見えてるんだよねえ。どうせなら同時に打ち込んで、奇跡みたいな1本が出るのを祈ろうとは思わないのかい?」

「ねえな。俺は、強くなった。片腕を、それとこの命以上に大切なものを失ってな。勝てねえまでも、相打ちくらいには持ち込める」

「相打ち、ねえ。防衛隊にいた僕達が小舟の里を出る前から食料調達部隊の副官として実戦を繰り返していた、いつからかはわからないけれどあの人の同類と肩を並べて戦っていたと思われるタイチ相手に?」

「……そうだ」

「今、絶対に『それは考えてなかった』って顔だったけど?」

「うるせえ。行くぞ、タイチ!」

 

 タイチは返事どころか、頷きさえ返さない。

 ただ右手にぶら下げている木刀を、すうっと上げただけだ。

 

「くっ……」

 

 タイチは1歩も動いていない。

 だが片手で頭上に木刀を構えたガイは、額に汗を浮かべながら迷っているらしい。

 木刀は、その切っ先は5メートルほど先にあるというのに。

 

「メガネ、解説。俺は剣術とかまったく知らねえんだ」

「そうだねえ。まずタイチは、ただ立っているだけのように見えないかい?」

「見えるな。そうとしか思えねえ。まあ、殺気みてえのはハンパじゃねえがよ」

「だねえ。でも、タイチはただ立ってるんじゃない。見事と言うしかない、ジンさんですら目を細めて褒めてくれそうな自然体で立ってるんだ」

「自然体ってのは聞き覚えがあるな。武術の基本、って感じで」

「まあね。でもこうまで見事な立ち姿はジンさん、それかシズクさんのくらいしか見た事がないよ。やっぱりタイチは、かなり腕を上げてるね」

「ふうん」

 

 



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 こういうのを、なんと表現すればいい。

 

 子供と大人か?

 それとも、素人と手練れ?

 

「いや、子供らしく駄々をこねるガキと大人気の欠片もねえ大人、か……」

 

 目の前では、さっきから同じ光景が繰り返されている。

 まるで短い動画が終わって、リピート再生がずうっと繰り返されているみたいに。

 

「クソが。俺は強くなったんだ。あの頃より、ずっと。強くなった、はずだぁぁぁっ!」

 

 ぶっ飛んでアスファルトに転がったガイがふらつきながら立ち上がり、タイチに木刀を振り上げながら迫る。

 あと少し。

 1歩か2歩でその木刀はタイチに当たると、そう思っていたのは俺だけのようで、ガイはまたタイチの木刀でぶっ飛ばされて、白線の消えかかっているアスファルトに転がる。

 また立ち上がろうとするガイの口の端から血が垂れて、アスファルトのひび割れから伸びている雑草に落ちた。

 

「そろそろ満足しただろう、ガイ?」

「まだだ。まだに決まってんだろうが」

「やれやれ、これだから意地っ張り達は面倒だ。アキラ君もそう思うだろう?」

「わからんでもねえが、最近の俺はそんなバカが少しだけ羨ましく思えてきてな。我ながらどうかしてるぜって呆れてる」

「悪い兆候だよ、それは。まるで、大昔の僕じゃないか」

「そりゃホントに嫌な予感しかしねえな」

「ああ。気をつけた方がいい。じゃないと僕達みたいな人間は、バカに引きずられて冷静な判断ができなくなるからね。……こんな風に」

 

 マコトが駆け出す。

 ガイと同じく一直線にタイチへ向かって。

 

「あいかわらずっすねえ。頭でっかちは、これだから困るっす」

 

 突然の方向転換。

 まっすぐに直線を描き出したペン、その先を左前方に跳ね上げるような、急激な加速をしながらの軌道修正。

 

 少なくとも、タイミングは外せた。

 

 俺だけでなく、それを仕掛けたマコト本人も思ったんだろう。

 どてっぱらに薙ぎ払うような一撃を受けて吐瀉物を吐き出すマコトの顔は、痛みよりも苦しさよりも、驚きに歪んでいるように見える。

 

「ぐええぇっ。がっ、ごっ、おえっ……」

「頭を使うのはいいんっすよ。でも、機を外すために最初の踏み込みを甘くするからせっかくの策がムダになるっす。やるんなら全力で踏み込んで、そこから方向転換で1つ、その次の打ち込みでもう1つギアを上げるっす」

「おええっ。そ、それができないのが全力だろうに」

「できるできないじゃないんっすよ。やるかやらないか、それだけっす」

 

 ムチャな事を言うな。

 

 ガイと同じくふらつきながら立ち上がろうとしているマコトの顔にはそう書いてあるようだが、俺はほんの少しかもしれないがタイチの言いたい事がわかるような気がする。

 

 策を立てる。

 それはいい。というか、絶対に必要な事だ。

 だが、その策の肝が相手のタイミングを外し虚を突いて一撃を入れるというものなら、最初の仕掛けで手を抜くべきではない。

 

「オレはちょっとわかるな。いや、剣はさっぱりわからんがよ。タイミングを外してえってんなら、相手は自分より格上か数が多いんだろ。だからこそ小細工しようってのに、わざわざその小細工のために手を抜いてたら、負けて当然な気がする」

「正解っすね。アキラは、その辺をよくわかってるから大将の器なんっすよ」

「んな器じゃねえのは、俺が一番わかってるさ」

「そうじゃないっすよ。まあ、そう本気で言えるアキラだからこそ、なんっすけどね」

「立ち合い中におしゃべりかよ、師範さんよっ!」

 

 ガイがまたタイチに迫る。

 

 今度のは悪くない。

 腹を殴られてゲロを吐きながらガイを仕草で抑えていたマコトは、もう片方の袖で汚れた口を拭き、木刀を握り直して機を窺っていた。

 

 そして今がチャンスだとガイを突撃させながら、それよりタイチに近い位置にいたマコトも突きを繰り出して囮になっている。

 だが、囮には違いないが、その突きは全力だ。

 

「だからそれを最初からやれって言ってるんっすよ」

 

 突きを紙一重で躱しながら、半歩ほど前へ。

 そうしながら跳ね上げられた膝はまたもマコトの腹に吸い込まれ、タイチはうるさいハエでも払うような気軽さで木刀を薙ぐ。

 

「くそがあっ!」

 

 囮役を買って出てくれた相棒が、もう胃液しか出ないらしいゲロを撒き散らしながら苦しんでいる。

 きっとガイはそれを見ながら、この一撃でタイチに一泡吹かせられるから許してくれとでも思っていただろう。

 俺も、そう思った。

 だが無情にもガイの木刀は、誰が見ても余裕のある動きでタイチに払われている。

 

「もう、どっちもやめとけ。策がどうこうでも、全力がどうこうでもねえ。これ以上は意味がねえんだ。ムダに全員が痛みを感じながら、こんなんを続ける意味なんてねえだろ」

 

 3人が3人、体ではなく心の痛みを噛み締めて戦っている。

 なら、それだけでもう充分じゃねえか。

 

「い、意味はあるさ。今だっ、ガイ!」

 

 木刀を捨てたマコトがタイチの腰に抱きつくように跳びかかる。

 そしてその細い顎に、またタイチの膝だ。

 

 相棒の言葉に背中を押され、ガイも獣のように低い姿勢から片手で突きを放っている。

 さっきとは違って、それがタイチに届くビジョンなんて欠片も見えない。

 

「ぐぼらあっ!?」

 

 容赦のない頬への一撃。

 

「そろそろいいだろ、タイチ」

「オイラがよくっても、バカ共はまだ足りないみたいっすねえ」

「まーだやるってのかよ。ウチの隊長さんは忙しいんだ。あんま時間を取らせるんじゃねえっての」

「う、うるせえ。モヤシは黙ってろ。殺すぞ?」

「ボッコボコの、血だらけんなったツラで、膝まで震わせながら言われてもなあ。産まれたてのブサイクゴリラんなってんぞ」

「まあ、この時間は借りって事で。いつかこの借りは返すから、体が動くうちは好きにさせてもらうよ。アキラ君」

「そのメガネを割らねえ手加減をされてるヤツが、偉そうに」

「だから気に食わねえ、だから許せねえんだッ! タイチだけじゃねえぞッ! テメエもだ、モヤシ!」

「同感だってのは心の中にしまっておくとして、もうちょっとだけ付き合ってもらわないと」

「バカだなあ、ほんっと」

 

 まあ、こっちに来てからの俺は、そんなバカが嫌いじゃない。

 好きにさせておこうかとタバコを咥え、火を点けて空に向かって煙を吐く。

 

 立ち上がり、ぶっ飛ばされる。

 それを繰り返しているうちにガイとマコトは木刀を拾い上げる事すら忘れているようだが、それでも立ち上がってタイチに向かっていくのをやめなかった。

 タイチもタイチで、そんな2人を律儀にも木刀で打ち続けるのをやめない。

 

「男ってのハ、これだかラ」

「暑苦しくても、不格好だっていいんだ。男だからこそ、こんな方法で溝を埋める事もできる」

 

 特徴的な駆動音と人工音声が止んで、人間の、それも亭主に呆れている奥さんのものとしか思えない溜め息が聞こえる。

 何本目かもわからないタバコを咥えて箱を放ると、ウルフギャングは1本咥えて箱を投げ返してきた。

 

「ほら、アキラ。火だ」

「サンキュ」

 

 いつ頃からだったか忘れたが、俺達が使うようになったお揃いのオイルライター。

 

 もし俺とタイチが袂を別って、そしていつか再会したなら。

 その時にどれだけギクシャクしていたって、このライターをタイチがまだ使っているのを見たら、俺は黙ってタイチに、大親友ってヤツに酒でも差し出すだろう。

 タイチも、それを黙って受け取ってくれるはずだ。

 

「このライターの火を分け合って、乾杯なんかせずに酒を呷る。それと同じか」

「だろうな。見ろ、タイチも木刀を捨てて拳で殴ってる。ガキ大将みたいな笑顔でな」

「ガキが」

「男の嫉妬は見苦しいぞ、アキラ?」

「冗談じゃねえっての。ああもう、早く終わりやがれ。こっちは方針転換を余儀なくされて時間がねえってのによ」

「急ぐのか?」

「ああ。そうしたいってのはジンさんにも伝えてあるし、だろうなって言ってた」

 

 つい先日までは、ただ待っていればよかった。

 交易は始まれば商人ギルドは間違いなく動くし、上手くすれば欲を出した新制帝国軍がちょっかいをかけてきて戦力を削ってやれる。

 

 両者が予想通り動かなくとも、問題はなし。

 それならそれで小舟の里と磐田と天竜がガッチリと手を組んで、豊かになりながら戦力を充実させてゆけばいいだけ。

 浜松は蚊帳の外に置いておけばいい。

 

「どう考えても、両面は無理だろうからなあ」

「ああ。それに下手したら新制帝国軍、中部第10連隊、それにベルチバードを保有してミサイルをポンポン撃てるような勢力が同時に敵になるかもしれねえ。両面どころじゃねえよ」

「頭の痛い話だ」

「だからさ、なんとしても浜松は潰しておきてえ」

「穏やかじゃないな」

 

 たしかに。

 

「潰すっても、皆殺しにする訳じゃねえよ」

「わかってるさ。それで、具体的にはどうするんだ?」

 

 急ごうと決めた時から、それは考え続けている。

 だからこそウルフギャング、それとタイチには俺の意見を早く伝えたい。

 その上で全員で話し合えば、突破口も見つけられるはずだ。

 

「浜松のなにが問題かって、新制帝国軍と商人ギルドが微妙な均衡を保ち続けてるって事だと思うんだ」

「同感だな」

「だから両者には、その均衡を投げ棄ててもらう」

「どうやってだ?」

「簡単さ。商人ギルドに選ばせる。俺達か、新制帝国軍かを」

 

 勝ち目はあるはずだ。

 いや、これまで耳に入れた話が真実なら、分のいい賭けだろう。

 

「相手は海千山千の商人達だぞ。そう簡単に、はいそうですかと、どちらかを選んだりはしないだろう」

「だからさ、3日後の初交易と同時に浜松に出向いて、宣言してこようかと思ってんだ」

「宣言?」

「ああ。交易開始の日に、会談を申し込む。あっちがいい目や耳をしてるんならそれは受け入れられるだろうし、遅くても翌日には交易の様子や規模が判明して、それを分析してから会談が開かれるって流れになるだろ」

 

 おそらく、この予想は間違っていない。

 

「だろうな」

「だからさ、そこで言ってやろうと思って。今回の交易を軽く見るような商人に用はねえし、これから儲けさせてやるつもりもねえ。俺達をここで選ぶ商人以外と、今後一切の取引は行わねえってな」

「天竜は自給自足に近いようだが、磐田はそうじゃないだろう。あの市長だって根は商人だ。そんな強引な交渉を本当に許すのか?」

「だから選んでもらうんだよ。市長さんにも、天竜のリンコさんにも。そして、ジンさんとマアサさんにも。俺か、新制帝国軍ってコブ付きの商人ギルドか。どっちを選ぶんですかってよ」

「最大の、すべての味方に喧嘩を売るようなマネを」

「だなあ。俺は小舟の里にも、天竜にも、磐田にも喧嘩するつもりで行く。もちろんそれが終わったら、商人ギルドにもな。だから、知恵を貸してくれ。まずは明日中に、ジンさんとマアサさんを説得してえ」

 

 



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宣言

 

 

 

 船外機工場を公園の住民達に、その守りをタレットと大正義団に委ねてメガトン特殊部隊は撤収。

 その帰り道、トラックの運転席に横並びに座るウルフギャングとタイチに、俺は豊橋で起こった出来事をすべて話して聞かせた。

 俺がベルチバードのパイロットを101のアイツだと判断した事も含め、すべてを。

 

 そしてその出来事によって計画を変更せざるを得ない状況に追い込まれたので、こうやって計画を修正したいからアドバイスをしてくれと頼む。

 

「……もうウルフギャングさんの店の前だけど、なんもいい案は出なかったっすねえ」

「年長者として情けない限りだ。アキラ、時間はあるのか?」

「もう少し夜が更けたら、セイちゃんとシズクと一緒にいてえ。それまでならな」

「なら店で酔わない程度に飲みながら話すぞ。そうじゃなきゃ、いい知恵も出そうにない」

「同感っす」

「りょーかい。迷惑かけてすまねえなあ」

 

 本当に迷惑な話だ。

 大見得を切るんなら自分でいい案を出せと、ウルフギャングとタイチは怒ってもいいだろうに。

 

「ビールでいいか?」

 

 カウンターの中に入ったウルフギャングが冷蔵庫を開ける。

 俺とタイチはそのカウンターのスツールに、並んで腰を下ろした。

 サクラさんは気を使ったのか、今日は店を開けないからと言って自宅に戻っている。

 

「俺のピップボーイから出すって。ほら。タイチも」

「ありがとうっす」

「まず飲もう。話はそれからだ」

 

 そう言ってウルフギャングは全員のビールの栓を抜いてゆく。

 

「50人からの住民を助けて見事に死んでいった、シズクの母親に」

「自らの理想に殉じた初恋の人に、っす」

「それとその住民達を、どれだけの犠牲を出しても守り抜いてきた大正義団に」

「ふざっけんな。あんなバカ共に捧げて呷る酒なんかねえぞ」

「そうっすよ。バカには鉛弾でもくれてやればいいんっす」

「……やれやれだ」

 

 口ではそう言いながら、俺もタイチも掲げるようにビンを持った手を下ろさず、短い黙祷を捧げてから酒を呷る。

 

 飲み慣れたビールが、いつもより苦い。

 たしか豊橋で飲んだビールもそうだった。

 

「……にげぇな」

「そっすねえ」

「そのうち、そんな酒にも、そう感じてしまう夜にも慣れるさ。哀しいけどな」

「んでタイチ、初恋どうこうは初耳なんだが?」

「当たり前っすよ。誰にも言ってないんっすから」

「ふうん。甘じょっぺえなあ」

「うっさいっすよ。それよりどうするっすか。話の持って行き方によっちゃ、せっかくまとまりかけてる同盟関係が一瞬で崩壊するんっすよ?」

「だよなあ……」

 

 1秒でも急ぎたい。

 だが急げば、せっかく築いた関係が瓦解する可能性がある。

 さて、どうしたものか。

 

「元から付き合いのない小舟の里はまだしも、磐田と天竜は商人ギルドと縁を切りたくないだろうからな」

「そうっすよねえ」

 

 それは間違いない。

 もっと言うと、今は商人ギルドに相手にされていない小舟の里だって、もしあちらが取引をしてくれるというなら、諸手を挙げて歓迎するはずだ。

 

「商人ギルドとの取引量が10、だから交易で俺達も10の取引をするって言っても、磐田と天竜は20欲しいに決まってるもんなあ」

「こっちが20出してもダメっすかね?」

「天竜なら、あるいは。アキラの話を聞いてるとそう思えるが」

「いや俺は次の磐田の市長、イチロウさんも大丈夫じゃねえかって思ってる。苦い顔をしても、最後には受けてくれるんじゃねえかって」

「ほう。どうしてだ?」

 

 これはあくまで俺の印象だけどと前置きして、そう感じた理由を説明する。

 

 初めて磐田を訪れ、市長さんに『グロックナックの斧』をプレゼントすると言った時の反応と表情。

 

 パワーアーマーが売るほどあるならミニガンを買うのをお勧めしますと言ったのに、その理由がピンと来てなくて、だからこそ俺はイチロウさんは戦う事が、人を傷つけるのが嫌いなんじゃないかと感じた事。

 

 俺がジローと初めて会った時、その弟に茶を淹れてくれと言われた時の苦笑いと面倒見の良さ。

 

 そして同じくその時、市長さんが「もしカナタが女でなかったら、女でも、もう少し漠然としか生きられぬ者の気持ちをわかってやれたなら、カナタに市長を継がせていた」と言った後に頷いた時の生真面目な表情。

 

「なるほどなあ。素直で、優しくて、家族思いの長男気質で、おまけにどこまでもマジメ。そんな人物なら、まあ信用してもいいだろうな。ちゃんと真っ当な、誠実な商売をしてる商人だとは俺も思ってるし」

「だったら問題はないんじゃないんっすか?」

「でもほら、内容が内容だからよ」

「あー。結局、それが問題なんっすねえ」

 

 そうなんだよなあと返して、ビールを呷る。

 

「もう、思い切った方がいいんじゃないか?」

「どういう意味だよ、ウルフギャング」

「今のところ3つの街の関係性は悪くないし、目指すべき将来像も共有できてる。ならもう小舟の里だけで新制帝国軍を壊滅させて、そうなったら浜松を牛耳るであろう商人ギルドと、そうなってから新たな関係を築く。その方が早いし楽だと思うぞ」

「……俺は、急ぎ過ぎか」

「新制帝国軍さえ叩いてしまえば、とりあえず3つの街を結ぶ交易路の中に敵はいなくなるっすもんね。商人ギルドも同程度の戦力を集められるけど、商人だからこそ戦争にまでは踏み切らない、ってのが前提っすけど」

 

 たしかに。

 ならばと予想を立ててみる。

 

 新制帝国軍がどこかの街と戦闘状態に入ったなら、利益を追求する商人はそのどちらにも物資を売って金を儲けるだろう。

 そしてその争いが新制帝国軍の壊滅という形で終わったなら、商人ギルドは新制帝国軍が押さえている浜松の街の大部分を手に入れる。

 

「領地が増えたら、それも数倍にも膨れ上がったら、商人ギルドはどう動く?」

「商人のままでいるか、浜松の統治者になるかの選択を迫られるだろうな。特に、上の連中は」

「でもそこでどんな選択をするにしても、こっちがその動きを掴めれば、スワコさんっていう強い味方がそうしてくれたら、こっちが優位になるっすよね」

「……悪くねえな」

「だな」

「そうっすね」

 

 急ぐにしても、急ぎ方というものはある。

 そういう事か。

 

「ならよ。……なんだ。ラジオ、いきなり止まったぞ。なんでだ?」

 

 いつも自動でリピート放送されている、俺達にとってはすっかり慣れたBGM。

 ウルフギャングの声も、ジャズの調も聞こえない。

 

「放送機器の不調か? なら明日にでもセイちゃんに、なにっ!?」

 

 ザザッ。

 

 そんな音を吐いたラジオに、弾かれたように視線を移す。

 3人全員がだ。

 

「一番右が止まって、真ん中がノイズ、って。3つ目もっすよ!?」

「おいおい、まさかジジババがなんか企んでんじゃねえだろうな……」

 

 あー、こちら天竜の長リンコ。

 聞こえるかい、ジジイ2人と遠州の全住民。

 

「ずいぶんと若い声だな」

「姿形も婆さんには見えねえよ。しっかし、なーにをおっぱじめるつもりなんだか。全住民が聞いてるはずねえっての」

 

 こちらは磐田の市長じゃ。

 特に浜松のクソ共には、『磐田の狂獣』と言った方がわかりやすいじゃろうな。

 

「市長さんまで、ったく……」

「まさか、ジンさんもっすか?」

「さあな」

 

 こちらは小舟の里のジン。狂獣風に言うと『剣鬼』となるのう。

 ワシは妻である小舟の里の長、マアサに全権を託されてこの会話に参加しておる。

 このかわいらしい妻は、いくつになっても恥ずかしがりやでのう。

 

「っは。ここで惚気って、さすがジンさん」

 

 惚気てんじゃないよ、ジジイ。

 とっととインポになりやがれってのさ。

 

「な、なんの放送っすか。これ」

「俺が聞きてえっての」

 

 ふむ。では本題に入ろう。

 磐田、天竜、それに小舟の里の3つの街は、共に手を取り合ってこの腐った世界を生き抜き、わずかばかりでも徐々にそれぞれの街を豊かにしてゆこうと誓い合った。

 ゆえに、この共同体に敵対する者、少しでもいらぬちょっかいをかける者は、ただちに滅殺する。

 この剣鬼と。

 

「うわあ。声に殺気が乗って、ハンパじゃないっす」

 

 狂獣と。

 

「おいおい。どうなってんだ、アキラ」

 

 爆裂美姫がね。

 特に100や200の銃口を並べてもアタシらを見れば逃げ出す根性なしと、金勘定と他人を利用する事しか能のない頭でっかちのバカな金持ち商人は気をつけな!

 

「俺が知るかっての」

「うっわー。普通にケンカ売ったっすよ、新制帝国軍と商人ギルド両方に」

 

 じゃが、この共同体は敵対せぬ者を斬る剣は持っておらぬ。

 それどころか共に手を携えて豊かになりたいというなら、いくらでも聞く耳はあるでの。

 よーく、考える事じゃ。

 まあどこぞのクズ共は仲間の今までの犯罪を調べ上げ、それに相応の罰を与えてからでなければ話も聞けぬ。

 どこぞの策謀好きな連中なら、これからの己の生き方に白か黒かの線引きをするとかの。

 それでは、これで3つの街の共同宣言は終わりじゃ。

 

「新制帝国軍にケンカを売って、犯罪した兵を罰すれば兵士として生きる道は残ると唆しまでするか。さすがはジンさん」

「商人ギルドにもこの先の生き方、白黒ハッキリしろって言ってるっすもんねえ」

「……どうすんだよ、これ」

 

 



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再訪

 

 

 

 俺達を、俺達が暮らす小舟の里を、小舟の里に2つの街を加えた同盟を取り巻く状況が変わった。

 それもちょっとばかり厳しい変わり方で。

 だからこそ俺は急いで動いてしまおうと決め、その心構えをしてジジババと個別に会って話し合いを始めたというのに。

 それなのにその会談は、こんなんでいいのかと本気で心配してしまうほど簡単に終わった。

 

 ……正直、重い。

 ピップボーイの中にある3通の手紙の重さを感じて押し潰されそうになっているなんて言えば笑われてしまいそうだが、それが本音。

 それに背中というか肩というか、なんとも表現しづらい所にも不思議な重さを感じている。

 

「はぁ、なんでこうなったんだか……」

「同感っすねえ」

 

 たった2日ぶりでしかないのにずいぶんひさしぶりに見た気がする山師風の装束を身に着けたタイチとオイルライターの火を分け合い、青空に向かって紫煙を吐く。

 その雲ひとつない青空に吸い込まれてゆくのは煙だけでなく、賑やかな人の声と、この時代ではまず耳にできないはずの複数のエンジン音だ。

 

「すべての積み込みが終了しました、カナタさん。磐田輜重隊、いつでも出発できます」

「ありがとう。そっちはどう、シズク?」

「こっちもいつだって出れるぞ。待ちくたびれかけていたところだ」

「そう。特殊部隊の方は、言うまでもないって感じね」

「当ったり前さ。なんなら、アタイ達だけですべての悪党と妖異を蹴散らしながら磐田まで進んでやるよ」

「それはまた別の機会にお願いするわ、アネゴ。……それじゃあ始めましょうか、お殿様?」

 

 カナタのおふざけに女連中がひとしきり笑顔を見せ合い、それから頷き合って真剣な表情で俺を見遣る。

 どいつもこいつも準備は万端、やる気が漲ってますと顔に書いてあるようだ。

 

「アキラ、別行動で怪我なんかしたらお仕置きだからね?」

 

 セーラー服姿でパワーフィストやら各種レジェンダリー防具なんかを装備して、パーティー・スターターを背負ったミサキが言う。

 

「わかってんよ。つか、それはこっちのセリフだっての。シズク、嫁さん連中を。それと、くれぐれもミキの事をよろしく頼む」

 

 うちの嫁さん連中が危険な任務に従事するのは百歩譲っては仕方ないとしても、その全員への友情故に少しでも手伝いをしたいと申し出てくれたミキに怪我でもさせてしまったら、いくら何でも寝覚めが悪すぎる。

 

「任せろ。うちの姉妹達に血の1滴でも流させるくらいなら、この遠州なんて焼き尽くしてしまえばいい。私もアキラと同じ心構えだからな」

「そんな物騒な心構えをした覚えはねえなあ」

「言わずともわかってしまう。夫婦とはそういうものだ」

「へいへい。……んじゃ、俺達は先に出る。頼むからムチャだけはすんじゃねえぞ?」

「それこそこっちのセリフだな」

 

 この時代では正式名称を調べるのにも苦労するので名前も知らない、けれどすっかり愛車と呼ぶに相応しくなったバイクに跨ってエンジンに火を入れる。

 それを追って上がるもうひとつのエンジンの音に視線を向けると、原付バイクに跨ったタイチは真剣な表情で頷きを見せた。

 

「それじゃあ後ろ失礼します、アキラさん」

「おう。しっかり俺のベルトを掴んでおけよ? それと、気分が悪くなったらすぐに言え。肩でも叩いてくれりゃいい」

「はい。ありがとうございます」

「タイチ隊長、よろしくお願いしますっ!」

 

 これ以上ないほど元気な声。

 大荷物を背負った見習い隊員のショウだ。

 背負っている大きな背嚢には他人が見てもそれとわからないように偽装された大型の無線機が入っていて、その運用のためにショウは今日から数日だけ俺達に帯同してオペレーターを務める。

 

「ムダに気合入ってんなあ、ショウ」

「ぜんっぜんムダじゃないですよっ!」

「そうかあ?」

「もちろんですっ! セイさんが修理してくれたこの無線機、じゃなかった、大リグを俺がオペレーターとして預かるんですから! 気合はいくら入れたって多すぎる事はないんですっ!」

「へいへい。でもまあ、あくまでも物は物だからな。俺やタイチがそうしろって言ったら、それを放り投げてすぐに逃げんだぞ?」

「はいっ、タイチ隊長にも耳にタコができるくらい言われてますっ」

「ならいいがよ」

 

 この小舟の里では、たとえどんな理由があろうとも少年少女は15歳にならないと大人と同じように同じ時間仕事をするのを許されてはいない。

 それなのにタイチがショウをオペレーターに指名したのは、いったいどういう考えがあるんだか。

 

「タンデム時、それも重量物を背負ってる時の注意事項は頭に入ってるっすね?」

「もちろんです、タイチ隊長っ!」

「なら乗ってよしっす」

「はい! 失礼しますっ!」

 

 ショウが原付のリアシートに跨る。

 セイちゃんが交換したサスペンションが沈み込むのを見ながら、こちらのリアシートに収まったヤマトがしっかりとベルトを掴んだのを確認してギアをローへ。

 

「そんじゃあとは予定通り。でも、なんかありゃ臨機応変にな」

「うんっ。頑張ってね、アキラ」

「……努力はする」

 

 正直、自信なんてまるでない。

 でも友人や仲間や、何よりも大切な嫁さん達の将来を思えばうまくやり遂げるしかないだろう。

 

 緊張を強張った身体から引き剥がしでもするように、ゆっくりとバイクを進ませる。

 すると、それが剥がれてゆくベリベリという音まで聞こえたような気がした。

 そんな音を掻き消したのは、そこらの学校の校門よりも立派な金属製の門がガラガラと引かれてゆく大きな音。

 

「後は任せたぞ、アキラ」

「了解。ま、やるだけやってみるさ」

 

 アクセルを開ける。

 前輪を浮き上がらせながら門を抜けると、背後でヤマトが息を呑む声が聞こえた。

 俺の腰のベルトを握る手にも、かなりの力が込められている。

 

「く、くーちゃんさんは、ちゃんとあの放送を聞いてたんでしょうか?」

「どうだろうなあ」

 

 浜松の街に向かって出発したのは、2台のバイクに分乗した俺とタイチとヤマトとショウの4人。

 くーちゃんは俺とジンさんが豊橋に向かってすぐ休暇になったなら梁山泊で酒でも飲んで過ごしておくと徒歩で浜松へ向かったそうで、ここにはいない。

 

 俺達が浜松へ出向く事になった理由が理由なので、ウルフギャングに頼んだラジオの生放送に符丁を織り交ぜてスワコさんの店で落ち合おうと言ってはあるが、そもそもその放送をくーちゃんが聞いていなければ伝わるはずもないだろう。

 

「くーちゃんなら商人ギルドにもいくらか顔が利くだろうから、ちゃんと伝わってるといいっすねえ」

「だなあ」

 

 商人ギルドとの話し合い。

 それが簡単に成功するだなんて思ってはいない。

 それどころか、かなりタフな交渉になるはずだと覚悟をしている。

 

 交渉。

 そう考えただけで気が重い。

 どちらかというと、まだ戦闘の方が上手くこなせる自信がある。まだ商人ギルドと新制帝国軍を皆殺しにしてしまう方が簡単そうだ。

 

「まーた物騒な顔になってるっすよ、アキラ」

「……マジか」

「何を考えてたんっすか?」

「商人ギルドと交渉をして向こうに折れさせるくれえなら、新制帝国軍と商人ギルドをまとめて皆殺しにする方が簡単だよなあって」

「呆れて物も言えないっすねえ」

「そうか?」

「当たり前っすよ。それを聞いたショウとヤマトなんか、リアシートで大口を開けて固まってるっすもん」

「そういうもんかねえ」

 

 そんな話をしながらも索敵は怠らず、30分ほどで浜松の街に到着。

 いつもの市役所前の出入り口の前にバイクを停めると、その門の向こうはちょっとした騒ぎになっているようだ。

 

「ははっ。慌ててるっすねえ」

「狙い通りだあな。どうせならもっと大袈裟に騒いで、商人ギルドの上層部に連絡を飛ばしてくれりゃありがてえ」

 

 でもまあ、ここはまだ放置。

 

「この後の騒ぎようも見ものっす」

 

 たしかに。

 さあ、せいぜい驚いてくれ。

 そして大騒ぎをして商人ギルドに駆け込んでくれればいい。

 

「なっ! ……せ、戦前のバイクが、あんな大きな乗り物が音もなく消えただとおっ!?」

 

 よしよし。

 もっと騒げ。

 

 そんな本音はおくびにも出さず、何食わぬ顔をして浜松の街へと足を踏み入れ、すぐ近くにあるスワコさんの店のドアをノックする。

 

「お兄ちゃん、おかえりなさぁい」

「お、おう。悪いな、コウメちゃん。朝っぱらから大人数で押しかけて」

「そんなの気にしないでよぅ。それよりおかーさんが食堂で待ってるから、早く行こっ」

「ああ。邪魔するよ」

 

 遠州屋の店内に足を踏み入れ、ドアを支えて3人を迎え入れるフリをしながらすぐ目の前の商人ギルドを盗み見る。

 すると、思わず笑いが込み上げて声を上げてしまいそうになった。

 

「うわあ。アキラさん、かっけー。いかにも手練れが浮かべそうな微笑み」

「思い通りに敵が動いた時、アキラさんはこうやってニヤッと笑うんだ」

「へえ。さすがっ!」

 

 なーにが『さすが』なんだか。

 

「狙い通り商人ギルドに駆け込んでってくれたみたいっすね」

「ああ。あの様子じゃ派手に騒いで、大袈裟に報告をしてくれそうだぜ」

 

 そうしてくれたら作戦の第一段階はほぼ成功。

 戦前のバイクを2台も連ねてまた現れた俺達が商人ギルドとの対話を望んだら、あちらだって簡単には首を横に振りづらいだろう。

 

「すっげー。基地じゃないのに銃がいっぱいだっ!」

「このお店は浜松で一番多く銃を扱ってるお店だから」

「さすがカナタさんのお姉さんだなっ」

「うん」

「売り物の見学は時間のある時にっすよ。食堂は2階っす」

「はいっ」

 

 ショウは今朝、生まれて初めて小舟の里の外に出た。

 大都会とされる浜松の街も、その街で最も品揃えの良い遠州屋も珍しくて仕方ないんだろう。

 時間があれば観光くらいはさせてやりたいものだと考えながらコウメちゃんに食堂へ通され、そこで待っていたスワコさんに頭を下げてから顎で示された椅子に腰を下ろす。

 

「おや、新顔の子がいるんだねえ」

「ですね。ショウ、こちらは」

「カナタさんのお姉さんのスワコさん、その娘さんのコウメちゃんですよねっ。俺、ショウっていいますっ。今回の作戦でオペレーターを務めさせていただきますっ。若輩者ですがご迷惑をおかけしないようにするので、どうかよろしくお願いしますっ!」

「ははっ、元気がいいねえ。よろしく頼むよ、ショウ」

「ショウちゃんよろしくっ」

「じゃあ、さっそくですがまずは市長さんからの手紙を」

「ああ。読ませてもらうよ」

 

 それほど紙が入っていないと思われる封筒を受け取り、スワコさんが中の便箋に目を通す。

 すぐにお茶を出すと言ってくれたコウメちゃんを止めて年少組には缶ジュースを、俺とタイチとスワコさんの前には缶コーヒーを配ったが、誰かがそれを手に取る前にスワコさんは苦笑いをしながら便箋を封筒に戻し、それをテーブルに置いて深く長い息を吐いた。

 

「……本気、なんだね?」

「はい」

 

 



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召集

 

 

 

 本気も本気、大本気だ。

 市長さんがどこまで手紙で伝えたのかはわからないが、俺は計画を必ずやり遂げると決めている。

 

「なら待機場所ってのはウチの倉庫を使いな。ごちゃごちゃしてるし梱包された商品だらけだけど、あんたらならどうにでもなるだろ」

「そこまで甘えてもいいんで? 計画じゃタイチの指揮で待機場所は梁山泊の特別室、って事にしてたんですが」

「いいんだよ。盗っ人が少しでもバカな気を起こさないようにと、倉庫は2階の市役所側になってる。広さも充分だし、好きに使っとくれ」

「……どうする、タイチ?」

「ここは甘えておきたいっすね。待機しながらついでに、たとえ入り口一カ所だけでも見張れるのはありがたいっすから」

 

 タイチの役割は商人ギルドの見張りと、緊急時の連絡とそれらの指揮。

 それに俺は絶対にないだろうと予想しているが、万が一商人ギルドとの話し合いの最中に戦闘になるようなら、タイチはそこへ単騎で駆けつけて戦闘に加わるつもりでいるらしい。

 お節介な話だ。

 

「わかった。ならスワコさん、数日お世話になります」

「ああ。食事もコウメに運ばせるから、ゆっくりしてっとくれ」

 

 初手から計画変更。

 だがこれならうれしい誤算だからと気にしない事に決め、コーヒーを飲んでタバコに火を点ける。

 

 今まさに街への入り口を守る雇われ山師が、商人ギルドのそれなりの立場の人間に報告をしているはず。

 

 戦前のバイク、それもピカピカの稼働品に乗った4人の山師が現れた。

 その山師達は少し前にふらりとこの浜松の街に顔を出した電脳少年持ちのいるパーティーで、あの灰色の9式と組んだらしいと梁山泊で話題になっていた。

 

 バイクをピップボーイに収納して見せたのは見張りが報告しても信じてもらえない可能性は高いが、商人ギルドとしては戦前のバイクだけでもどうにか買い取れないかと考えて当然のはず。

 話だけでも聞いてくれないかと商人ギルドが連絡を寄こす可能性は高い。

 

「おや、さすがに早いねえ」

 

 スワコさんがそう呟き、缶コーヒーをグイっと飲んで立ち上がる。

 

「どうしたんです、スワコさん?」

「今、市役所の方から鐘の音が聞こえたろう?」

「ええ」

「3、2、3、3は議員召集の鐘の音さ。あれを鳴らして30分以内に商人ギルドへ出向かないと、たとえ筆頭議員でも議会から即時除名。それが昔っからの決まりでね」

「へえ。思ったよりしっかり議会してて、思ったより動きがはえーな」

「まあ、あちらさんは前々からアキラを気にしてたようだからねえ」

「そうなんですか?」

「それもかなりね。おかげでイサオ爺さんに、アレコレと探りばかり入れられて大変だったよ」

「申し訳ない話だなあ。んじゃスワコさん、緊急時の連絡なんですが」

「これで充分だろう」

「……いやいやいやいや」

 

 これで充分。

 そう言いながらスワコさんが指差したのは、その大きな体躯のせいで拳銃と見間違えそうなソードオフショットガンのホルスターのベルトにぶら下がっている2つの手榴弾だ。

 

「なんかありゃこれをぶん投げて、ここまで逃げてくるさ。コウメ、この子達を倉庫に案内するのは任せたよ。昼飯もね」

「はぁーい」

「おそらくだけど、会議はそう簡単には終わらないだろう。その内容は帰ったら詳しく話して聞かせるからね。楽しみに待ってな。それと、待ちながらうちの色ボケジジイからの手紙に目を通しておいておくれ」

「……わかりました。けど、もし商人ギルドが俺と話をしたいと言うようなら」

「わかってるよ。すぐに使いをここに寄越すからね」

「ありがとうございます」

「いいさ。それじゃ、いってくるよ」

「お気をつけて」

 

 スワコさんが食堂を出てゆくと、すぐにコウメちゃんが俺達を倉庫へと案内してくれた。

 商品の入っているらしい木箱や布包が乱雑に置かれてはいるが広さは4、5人が寝泊まりするには充分で、ベッドを5つとだいぶ前に民家からいただいたソファーセットを置いてもまだ余裕がある。

 

「アキラ、窓辺にもソファーが欲しいんっすけど」

「あいよー」

 

 腰掛けただけで市役所の入り口が見張れる窓辺にソファーを出し、それに腰掛けてタバコを咥えた。

 同時に俺の手からタバコの箱を取り上げ、タイチが隣に腰を下ろす。

 

「スワコさん、揉め事にはならないって確信してるみたいっすねえ」

「そりゃそうだろ。こんなすぐにバイクをどうこうするために動くようなら、商人ギルドじゃなくってレイダーギルドじゃねえか」

「まあそうっすねえ。ショウ、大リグの調子はどうっすか?」

「バッチリですっ」

「そりゃあ何よりだ。まあ、そいつの出番があるようじゃダメなんだがな」

「やっぱり理想は話し合いですべて解決ですか、アキラさん?」

「そらそうだ。だからこそ、取引材料はジジババに苦笑いされながら大目にしたんだしよ」

「大目と言うか、普通の人が聞いたら大法螺だと思いますよね」

 

 大真面目な表情でテーブルの横に置いた大型無線機をチェックしているショウを見守りながら、ヤマトは苦笑い。

 

「まあなあ」

 

 新制帝国軍解体。

 その方法が穏便なものであれ過激なものであれ、そこで商人ギルドが果たさなくてはならない役割は限りなく大きい。

 それどころか大方の予想では新制帝国軍を失った浜松の街を治めてゆくのは商人ギルドになるはずであるから、その苦労を考えればハンパな取引材料では頷いてくれないだろう。

 

「そういえば、くーちゃんさん来ないですね」

「だなあ。朝イチで合流しねえって事は、あのラジオを聞いてなかったってこったろ」

「ぼく、梁山泊にひとっ走りしていいですか?」

「助かるけどいいのかよ」

「もちろんです。ついでに買い出しもしてきましょうか?」

 

 さすがと言うべきか、ヤマトは下手な大人より気が回る。

 ありがたい話だ。

 

「んじゃ頼むかね」

「はい」

「ならショウも観光ついでに行ってきな」

「いいんですかっ!?」

「おう。なんなら2人で1杯やってくりゃいい。くーちゃんが泊ってりゃ呼び出すのに時間もかかるだろうし。金はこれな」

「お預かりします。買い込むのはパンとかの食料品ですよね」

「ああ。それと酒もな。んで食い物や酒は、この店に住み込んでるって話の女の子達の分も頼む」

「そっちはお酒なしですね。それでもみんな大喜びすると思います」

「なら酒の代わりに菓子でも買ってきてやってくれ。売ってねえようならピップボーイから戦前の品を出す」

「お菓子はさすがに売ってませんよ。あれば贅沢品の果物を、新鮮なのがなかったら干した果物ですね」

「任せる」

 

 2人が倉庫から出てゆくのを見送り、スワコさんに目を通しておけと言われた市長さんの手紙を出して便箋を広げる。

 

「達筆っすねえ」

「だなあ。あんなガタイとツラしてんのに、几帳面そうな文字だ」

 

 手紙にはまず市長さんを含めた各街の責任者が新制帝国軍を潰す肚を決めたという事が書いてあった。

 その方法、事後処理、その後の浜松の街との付き合い方までをアキラに一任すると。

 

 なので浜松の議員としてこの件に関わるにしても、いつでも浜松を出る気でいる一商人として関わるにしても、それをしっかり理解して立ち回れと書いてある。

 

「なるほど。大規模な交易の開始を、スワコさんの口から商人ギルドに伝えるんっすね」

「ああ。いきなり戦前のバイクが2台も現れて泡を喰ってるトコに、近所でトラックやバスでの交易が開始されてるって情報が入る。さぞや慌てるだろうなあ、商人ギルドの上の連中は」

「……災難っすねえ、その人達は」

 

 商人ギルドはどう考えるだろうか。

 

 あの3街では取引額などたかが知れているからと気にも留めない。

 その可能性は最も低いと思える

 

 以前から付き合いのあったそれなりの規模である磐田の街、商売相手としては少しばかり物足りないので特に付き合いのなかった小舟の里、その小舟の里よりも小規模ゆえに新制帝国軍の好きにさせていた天竜の集落。

 その3つの街が手を組み、複数の車両を使って定期的な交易を開始した。

 

 交易品には特に魅力を感じないが、車両を使用しての物流となれば話は別、浜松の街は質こそ低いが多くの山師が物資を持ち込む場所で、そのほとんどは商人ギルドの元に集まる。

 それらを売り捌いて儲けるためにすぐに交易に加わろうとしてくる、それが可能性として最も高い。……はずだ。

 

「面倒なのは様子見を選択された時なんだよなあ」

「昨日までならそれでもよかったんすけどねえ」

「まったくだ。様子見されるくれえなら、いっそ敵対する方向で動いてくれた方がいいぜ」

「でも実の娘であるスワコさんから交易の開始を告げるって事は、市長さんも様子見される可能性を排除したかったっすか?」

「おそらくな。どうもジジババ連中は、商人ギルドなら俺達と手を組みたがって当然と思ってるらしい」

「なるほど」

 

 敵対も膠着も選ばせない。

 となれば残るは手を取り合うしかないんだが、果たしてそんな事が可能なのか。

 

 俺としてはたとえ上辺だけでも友好的な関係を築いておきたいところなので、それなりの土産は用意してある。

 もしもそろそろ開始されているであろう会議に俺が呼ばれるような事があれば、その手札をすべて晒した上で向こうの出方を見るつもりだ。

 

「浜松が諸手を挙げて同盟に加わる事はねえだろうが、友好的な関係を数年でも維持できりゃ3街はその間に発展できる。肩を並べちまえば、こっちの勝ちだ。そうなったら叩き潰すか、手を組みたがるようならせいぜい勿体つけてから同盟に迎え入れてやればいい」

「最初っからガッツリ手を組みたがったらどうするんっすか?」

「それはそれでいいさ。……信用できるんなら、な」

 

 



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待ち時間

 

 

 

 買い出しに行ったショウとヤマトが30分ほどで戻り、そこから約2時間が経つ。

 商人ギルドには、まだ何の動きもない。

 

「ヒマだなあ……」

「そうっすねえ」

「クラフトが解禁されたし、この店を5階建てにでも改築すっか」

「家主の許可なくしていい事じゃないっすねえ」

「んじゃ酒でも、……飲んでいいはずねえよなあ」

「当たり前っすよ。そんなにヒマなら、一緒に商人ギルドの入り口を見張るっす」

「あんなちっせえ出入り口を2人して見ててどうすんだっての」

「そりゃあそうっすけど、あれっ?」

「どしたよ?」

「……今なんか、風もないのに旗が揺れたような」

「旗だぁ?」

 

 そんな物があったかと窓に歩み寄って外を眺める。

 すると、旗は本当にあった。

 ただしそれを旗と呼んでもいいのかはわからない。

 商人ギルドの入り口横にいかにもやる気なさげに垂れ下がっているのは、『戦前の品、高価買取中』と書かれた宣伝幟だった。

 

 俺の生まれ育った世界の店のように数は多くないし派手な色彩もしていない、申し訳程度に建てられているそれは、10秒ほど見詰めていてもピクリとも動かない。

 外は現在、完全な無風のようだ。

 

「なんだったんすかね、今の」

「いくら無風でも、たまにゃ幟を揺らすくれえの風は吹くだろ」

「まあそうなんっすけど」

 

 昼の見張りは3人で1時間交代らしく、ショウとヤマトは読書中。

 俺のピップボーイに放り込んであった剣豪マンガとミリタリー小説だ。

 時間の潰し方としては正解だろう。

 

「俺も本でも読むかね」

「タイチさん、そろそろ交代しますよ。次はぼくの番です」

「ありがとうっす」

「エロ本でいいか、タイチ?」

「なんでっすか。地図を出してくださいっす、地図を」

「へいへい」

 

 だいぶ書き込みの増えたタイチ用の地図を渡し、ソファーセットに戻って自分の地図を眺める。

 どうしても目が行くのは小舟の里から磐田、森町と経由し、天龍へと向かうルートに引かれた青い線。

 

 テーブルの横に置かれショウがマンガを読みながらもチラチラと目をやっている無線機がノイズのひとつも吐かないので、交易部隊は予定通り磐田に到着して荷を降ろし、新たな物資を積み込んで森町に向かう頃だろう。

 

 それでも気になるものは気になる。

 そして、ここで俺がどれだけ気にしても意味がないというのも理解していた。

 

「大丈夫っすよ、あのメンバーなら。どんなトラブルでもあのメンツを見たら裸足で逃げてくっす」

「別に心配はしてねえさ」

「よく言うっすねえ」

 

 時間というのは、これほどゆっくりとしか進まないものだったろうか。

 

 そんな気分で何度ピップボーイの時計から視線を上げて窓の外を眺めたか。

 ようやく見えた小さな動きは、数人の女がいくつもの箱のような物を商人ギルドに届けるという光景だった。

 

「ヤマト、あの女の子達ってよ」

「はい。梁山泊のウェイトレスさんですね。どうやらお弁当を配達に来たみたいです。戦前のお重に詰めた特上仕出し弁当、……数は20あるかないか。議員は全員が集まってるみたいですね」

「結構な数の議員が違う入り口から中に入ってたのか。スワコさんが交易の開始を告げて、今頃はどんな事を話し合ってんだろうな」

「あの、スワコさんに無線機を、通話状態のそれを隠し持って行ってもらうのはやっぱりダメなんですか?」

 

 別にヤマトは俺達にそんなやり方を提案していないが、頭の中ではいろいろと策を練っていたらしい。

 この子のこういうところは、間違いなく武器になるだろう。

 

「夢を語る」

「えっ」

「それも、とびっきり青臭い、荒唐無稽とも思える夢をだ。そんな夢を語る男が、世話になってるスワコさんにスパイの真似事なんかさせてたら、語られる側はどう思うよ?」

「……ですね」

「効果的な作戦は大事だ。だけど効果的な事ばっかりしてたら、された方はどう思うか。俺はそういう考えでこれまでやってきた。変えるつもりはねえよ」

「信義、大切なのはそれなんですね」

「違うな」

「えっ」

「スジを通す相手を選ぶ、大事なのはそれだろ」

 

 たとえば新制帝国軍を相手に信義をどうこうしたって意味はない。

 

「スジを通すべき相手と、そうする価値もない相手。その見極めが大切という事ですね」

「でもなあ。その選択をするのは俺というまだまだ未熟な若造。その判断のせいで不幸になったり、死んでいく連中もいるって事だ。考えたら怖くねえか?」

「……怖いなんてものじゃありませんよ。想像しただけで怖気が背筋を駆け上がります」

「それでも守りたい、アキラにはそんな存在がいるから選択できるんっすよ。赤の他人1000人より、もちろん自分なんかより大切な人が。ヤマトもアキラのようになりたいんなら、早くそういう相手を見つける事っすね」

「うちの妹を紹介しても反応が薄かったし、ヤマトの好みってイマイチわかんないんですよねー」

「ほうほう。ショウの妹をか」

「はい。器量は悪くないし働き者だし料理上手だし、ヤマトにならって思って会わせたんですけど、最初っから最後まで子供扱いしてて」

「なるほどなあ。って事は、ヤマトは年上好きか」

「なっ、なんでそうなるんですかっ!?」

 

 この反応は、図星か。

 

 ヤマトが好意を持ちそうな年上の女。

 その顔を頭の中に描こうとするが、特にこれといった知り合いの顔は浮かばない。

 

「年上っつーと、……くーちゃんくれえしか思い浮かばねえな」

「くーちゃんさんは尊敬してるし大好きですけど、絶対に恋愛対象にはならないですよっ!」

「だよなあ。となると……」

「考えなくていいですから。それより、アキラさんの読みを聞かせてください。商人ギルドはあとどのくらいで会議を終えて、どういう形でアキラさんと話し合うと思いますか?」

「そんなんわかるはずねえだろって」

「やっぱりですか」

「まあな。でもよ」

「でも?」

 

 缶コーヒーを飲み、新しいタバコを咥えて火を点ける。

 俺が煙を吐いてもヤマトは真剣な表情で視線を逸らさない。

 

「向こうの話の持ってき方は、いい判断材料になるはずだ」

「……なるほど」

 

 笑顔で俺を迎えて交易の事を聞きたがるようなら、おそらく商人ギルドは静観か、緩やかな同調を選ぶだろう。

 強気に出てくるようなら脅し交じりの参加交渉で、こちらの戦力を軽く見れば武力を行使した乗っ取りまでを企んでいるはず。

 

「どっちにせよ今の段階じゃ、俺達の望むような関わり方を選択はしねえだろうさ」

「だからアキラさんは待ってるんですもんね」

「そうなるなあ」

 

 俺達が、新しく始まった交易に参加する街の責任者達が新制帝国軍を潰す肚を決めたなんて、商人ギルドは想像すらしていないだろう。

 

 新制帝国軍を潰す。

 邪魔をするようなら、商人ギルドも。

 

 俺がそれを宣言してようやく、議会とやらは決断を下すための話し合いに入る。

 なので今この鉄筋コンクリートの旧市役所の一室で行われている会議にあまり意味はないのだが。

 だからといって呼ばれてもいないのにズカズカとそこに踏み込んで新制帝国軍を潰すと宣言してしまえば、敵対しなくていい可能性のある商人ギルドの心証をこれ以上ないほどに悪くしてしまうだろう。

 

「やっぱり今は待つしかないんですね」

「だなあ」

 

 兵士の数こそ新制帝国軍に劣る三街同盟。

 だがその戦闘部隊は新制帝国軍の数倍の車両を運用し、練度も武装も明らかに上。

 

 スワコさんがそれを告げれば商人ギルドとしては安易な敵対を選択しないだろうとは思うが。

 

「それでも心配そうですよね、アキラさんは」

「どんな時代のどんな場所にだって、どうしようもねえバカはいるもんだ。俺は生まれ育った方の日本で、嫌んなるほどそれを見てきてる。楽観はできねえよ」

「豊かで安全な、ぼく達から見たら楽園のような国。そんな場所にも犯罪者がいたんですよね」

「一般人が思うよりもずっと多くな。それに犯罪には手を染めてなくっても、驚くほど自分勝手だったり頭が悪かったりする連中も多かった」

「仕事があってゴハンがあって、安心して眠れる家もあるのに」

「だからこそ、なんだと思うっすよ。こんな世界の小舟の里ですら、一般人は驚くほど平和ボケしてたりするっすから」

「難しいですよね。……人間って」

 

 まったくだと返して背凭れに体を預け、4台のラジオに視線を移す。

 音を発しているのは1台だけで、それは聞き慣れた声がたまに曲紹介をするだけの通常放送だ。

 

「そういや、しばらくクラシックのラジオを聞いてねえな」

「どこかのもの好きが曲だけ流してる放送っすか。いったいどこの誰なんっすかね」

「昼ゴハンおっまったせー!」

「っと。もうそんな時間か。ありがとな、コウメちゃん」

「いーのいーの。たっくさん差し入れを貰ったし、逆にこっちがありがとうだからっ。はいっ、お弁当っ」

「サンキュ」

 

 弁当、とは言っても蓋すらない木箱にサンドウィッチを詰めた物が4つテーブルに並べられる。

 

「果物まであるっすか。豪勢っすねえ」

「タイチちゃん達から差し入れで貰ったのだけどねっ。今日はサンドウィッチも絶品だよっ。ヤマトちゃんから渡されたから、お料理担当の子達が張り切っちゃってっ」

「へえ。ヤマトはそんなにモテてんのか、コウメちゃん?」

「もっちろんっ。カッコイイし頭がいいし、困ってたら黙って助けてくれるしっ」

「恋人候補には困らねえか。ここの女の子達も早く小舟の里に引っ越しをしねえとなあ」

「そういうのはいいですから。ありがたくいただきましょう」

「そうっすね」

「へいへい」

 

 昼食を平らげたらまた待機。

 ちょっと呆れるほど長い時間、それは続いた。

 ようやく商人ギルドに動きがあったのは、そろそろ夕食が運ばれて来そうな頃。

 倉庫のドアがノックされたと同時に音を立てて勢いよく開き、コウメちゃんが顔を出す。

 

「アキラお兄ちゃんっ。おかーさんからの使いの人が、商人ギルドに案内したいってっ!」

「あいよー」

 

 その使いの男が商人ギルドから出てきたのは見ていたし、その男には見覚えがある。

 俺がスワコさんと2人で商人ギルドを訪れた時に見かけたインテリ青年。

 身なりもいいし物腰も穏やかでいかにも案内役に選ばれそうだと思って見ていたのだが、どうやらその予想は当たっていたらしい。

 

「じゃあアキラ、あとは予定通りっすね」

「ああ。こっちは任せたぞ、タイチ」

「了解っす」

「アキラさん、お気をつけて」

「アキラさんなら余裕ですよ、ガツンと言ってきてくださいっ!」

「はいよー。んじゃ、また後でな」

 

 



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会議室

 

 

 

 遠州屋浜松支店。

 俺のせいで本日は臨時休業になってしまった、この大都会である浜松でも名の知れた店の入り口で、背広メガネは酷くにこやかに俺を出迎えた。

 それだけでなく簡単にではあるが自己紹介をして、握手まで求めてくる。

 

 どうやらこの若者は筋肉ダルマである実の父にまるっきり似てはいないので想像もできなかったが、俺の知り合いの息子だったらしい。

 

「こりゃどうも。俺はアキラ。オヤジさん、梁山泊のマスターにはいつもお世話になってます」

 

 まるで戦前のサラリーマンのように清潔な背広を着ているし、差し出された手には汚れのひとつも見当たらない。

 向こうの日本ならばまだしも、こっちのこんな時代にこんな手の持ち主がいるとは。

 

 自然に握手を交わすと、意外と強い力で手が握られた。

 それからまるで無垢な少年のような、ニカッと効果音が入りそうな満面の笑みを向けられる。

 戦闘力はほぼないように見えるが、やはりコミュ力はかなり高いらしい。

 

「ああもガサツな父ですから、失礼も多いでしょう」

「いえいえ、とんでもない。それで、俺はどこに呼ばれてるんで?」

「議事堂、と言ってしまっては誤解を招きそうですね。商人ギルドの議員達が集まって会議をする部屋ですよ。階段をかなり上がっていただく事になりますが、そこはどうかご容赦ください」

「足腰は丈夫な方なので、お気になさらず。お手数ですが、案内をよろしくお願いします」

「喜んで」

 

 梁山泊の跡取り息子。

 しかも商人ギルドの会議室を『議事堂』と称する事の危うさを理解しているインテリ、か。

 

 わざわざあんな言い方をしたのは、『こんな時代でも商人ギルドの職員はそれなりの教育を受けているんだぞ』と言いたかったのか。

 それとも他者から見てどうであれ、『商人ギルドは立法機関ではありませんよ』と暗に伝えたつもりなのか。

 

「い、いらっしゃいませ」

「どうも」

 

 俺達が旧市役所に入ってすぐ擦れ違った若い女は驚いた顔をして上ずった声を上げ、足早に通り過ぎてゆく。

 

「申し訳ありません。どうやら職員の間でも、噂で持ち切りのようでしてね」

「別に気にしちゃいませんよ」

 

 わざわざ目立つためにあんな到着の仕方をしたんだから。

 

「ありがとうございます。では、こちらの階段で5階まで」

 

 ええとだけ返し、だいぶ古びてはいるが掃除の行き届いた階段を無言で上がってゆく。

 すると4階から次の階へと続く踊り場で、不意に行く手を遮られた。

 

「小銃くらいじゃ絶対に破れそうにない、立派な鉄の扉だ。セキュリティーは万全って事ですね」

「ここから上層は、有事の際の避難場所も兼ねておりますので。……総務部長のサジです。お客様をお連れしたので開門を」

 

 ギギイッと鉄が軋み、銃眼でもあると思われる覗き穴のある分厚い鉄のドアが開いてゆく。

 その向こうにいたのは驚いた事に、国産と思われるアサルトライフルを担いだ男女だった。

 フォールアウト4のアサルトライフルではなく、3の中華タイプに似た、CNDがほぼ減っていないアサルトライフル。

 スワコさんの店では売っていない銃だが、やはりある所にはあるのか。

 見た目も好みだし威力や精度も気になるので、いつか手に入れてみたいものだ。

 

 髭面の男と目が合う。

 

「どうも」

 

 返事はない。

 だが男だけでなく、それと同年代の女もほぼ同時に無言で頷き、半身になって道を譲られた。

 

 アサルトライフルを持たされているだけあって、仕草に澱みがない。

 揺るがない視線も、いかにも手練れといった印象。

 タイチと同等の腕か、落ちてもメガトン特殊隊の副隊長であるカズハナコンビまでは下がらないだろうと思われる。

 

 ちょっとした仕草、たとえば上げていた腕を下げたり、半歩だけでも足を引いたり、そういった動きの最中の視線なんかでも相手の腕を計れるというのは、今日まで少しずつ少しずつジンさんに教わった事だ。

 いくら鍛えても俺の見る目なんてのはどう考えたって大層なものではないが、それでもこうまで腕がいいと感じさせるんだから、どちらもただ者ではないんだろう。

 

「……お客人」

 

 そんな古風な呼び方で歩き出した俺に話しかけたのは女の方。

 30に届くか届かないかの年齢。

 おっぱいこそ残念だが、こんな出会いをしていなければ酒の1杯でも奢ってお近づきになりたいと思わせる整った切れ長の目が、すうっと細められて俺を射抜く。

 

 ずいぶんと剣呑な流し目だ。

 興奮してしまいそうだからやめてほしい。

 

「なんでしょう、美人の姐さん」

「もし戦闘になっても勝ちを確信しておられるようだが、2人で同時にかかれば手傷くらいは負わせられる。そして、アタシ達は2人だけじゃない。穏便にお願いしますよ?」

「こっちのセリフですね。俺は暴れに来たんじゃなく、話をしにここへ来たんで」

 

 また女が頷く。

 どうやら話はそれで終わりのようで、もう声はかけられなかった。

 

「いやはや。あの2人に負けると言わせますか。さすがと言うべきか。アキラさんは、やはりかなりの実力者なのですね」

「とんでもない。あの女性が過大評価しただけでしょう」

 

 勝てない。

 でも、殺せる。

 

 その事実に居心地の悪さを感じるのにはもう慣れた。

 ついでに言うと傷を負わされても即死さえしなければ、いくらでもあるスティムパックで怪我は治せる。減ったHPなんて、コンクリートブロックを遮蔽物にしてタレットを設置している間に全回復だろう。

 

「この部屋です。案内はここまでとなりますので、どうぞ中に」

「お手数をおかけしました。では、またいつか」

「ええ。弱いので舐めるようにしか飲めませんが、いつか父の店で酒でも付き合ってやってください」

「楽しみにしてます」

 

 跡取り息子、俺より8つかそこらばかり年上であると思われるサジが口を開きかけると同時にドアが開く。

 心構えくらいさせろよと心の中で舌打ちをしながら目をやると、そこに立っていたのは、以前この旧市役所の図書室で会ったイサオさんだった。

 

「ひさしぶりだな、青年」

「ご無沙汰してます、イサオさん」

「うむ。さあ、入ってくれ。サジも一緒にな」

「私もですか?」

「ああ。ご老体の指示だ」

「それは。……断れそうにありませんね」

「うむ」

 

 ご老体とは、ジンさんやリンコさんが『化け物ジジイ』と呼ぶ商人ギルドの長だろうか。

 

 まあ入ればすぐにわかるさとイサオさんに続いてドアを抜けると、20ほどの人間の目が一斉に俺達の方に向けられる。

 

「ずいぶんと待たせちまって悪いねえ、アキラ。ほら、ここに座りな」

「いえいえ。じゃ、失礼しますよ」

 

 驚きを隠しながら立派な円卓に歩み寄り、スワコさんの隣の椅子に腰を下ろす。

 

 どうして驚きながらかというと、その円卓の上に、この部屋にいる人数よりも10ほど多いピカピカのターミナルが並んでいたからだ。

 椅子が錆びの目立つ戦前のパイプ椅子なので、余計にその光景が異様に感じる。

 

 まるで、インスティチュートの会議室じゃねえか……

 

「さて。まずは自己紹介といいたいところだが、こちらには見ての通り病人がいるのでな」

 

 イサオさんの言葉で視線を動かす。

 目に入ったのは円卓の一席に座る車イスの老人だ。

 

 肌はどこもかしこも皺くちゃで、だからこそ豊かな白髪が余計に目立つ。

 きちんとした医療知識を持っている人間でもいるのか、老人は点滴を受けながら車イスでこの会議に参加していたようだ。

 

 見た目は死にかけの老人。

 

 だが油断できない相手なのは間違っていないようで、その視線は荒廃した世界で戦う人間の、それもジンさん達レベルの鋭さで俺を射抜く。

 

「アキラさん。ご老体は耳が遠く話すと体力を消耗するので、お話はターミナルを使っていただけますか」

「そりゃ構いませんが、キーボードはローマ字入力でいいんですか?」

「その単語はわかりませんが、このように『あ』なら『A』を…… ええと。ご老体、なにを言っているんです?」

 

 スワコさんとは反対側の俺の隣に座ったインテリ、サジがキーボード操作の説明を始めようとした手を止めてターミナルの画面に浮かんだ文字を訝し気に眺める。

 

 昭和後期か平成に生きた者であれば問題はないだろう。

 そうでないのなら、その子にレクチャーを受けるといい。

 

「……マジかよ」

 

 このジジイは、俺の生まれ育った日本を知っている。

 その腕に国産の電脳少年ではなく本場のピップボーイがあるのは部屋に招き入れられてすぐに確認していたが、まさか……

 

「ご老体らしくない。こうもいきなり手札を晒すか」

「らしくないどころか、いかにも爺様らしいとアタシは思うがねえ。悪くない先制パンチじゃないか」

「そうかもな。効いているのは間違いなさそうだ」

「いえいえ。別に効いちゃいませんって」

 

 イサオさんとスワコさんが茶々を入れてくれたおかげで、どうにか思考を巡らす時間が取れた。

 

「そうかい?」

「ええ。小舟の里に滞在してた101は浜松方面にばっか出かけてたって話だし、そっからの情報でしょう」

「まあね。この爺様は、あの子やアキラと同じ存在じゃない。それはたしかみたいだよ」

 

 なるほど。

 

 ならばとターミナルのキーボードに手を伸ばし、まずは挨拶の言葉を打ち込む。

 すると間を開けずに『商人ギルドは貴殿を歓迎する』という文章が古臭いモニターに浮かんだ。

 

「……浜松のジョージ爺さんは日本語が達者なようで。交流が捗ってなによりだ」

 

 ジョージ・ディンブル。

 老人の頭上にはそんな文字が浮かんでいる。

 他の20人ほどいる連中は家名なんて表示されていないのに、どういう違いがあってそうなっているんだか。

 

「さて。挨拶は済んだようだし、本題に入ろう。サジ、ご老体のために会話はすべて文字に起こしてくれ」

「まあ私が呼ばれた理由なんてそれしかありませんよね。任されました」

「頼む。では、発言のある者は?」

 

 イサオさんの言葉に真っ先に反応したのは、俺のほぼ正面に座っている壮年の男だ。

 サジと交換でもしたんじゃないかというほど派手な若者風の戦前のスーツを着て、気障ったらしい口髭を生やしている。

 

 簡単な自己紹介。

 そして自分が経営している店の品揃えの説明がしばらく続いた。

 

 それらの商品になんて毛ほどの興味すらないという態度を俺はまったく隠していないが、男の言葉は止まらない。

 

 それどころかオマエが頭を下げるなら3つの街の交易に商品を出してやるからバイクを1台だけでも格安で売れ、とまで言って下品な笑みを浮かべる。

 

「なるほどねえ」

「悪い話ではないだろう? この浜松には富が集まり、それを一手に扱っているのはこの商人ギルドだ。その助けを得られるのだから」

「死にかけのジジイがいるから遠慮してたんだが、まあこうなっちゃどうでもいいわな」

「なに?」

 

 返事はしない。

 黙ってタバコを咥えて火を点け、男に唾を吐きかける代わりに紫煙を天井に向かって吐く。

 

「商人ギルド。その下劣さと、議員の能力すら把握できない無能さは今の話でよーくわかった」

「なんだと若造っ!」

 

 話を終え満足してふんぞり返っていた壮年の男が、身を乗り出すようにして叫ぶ。

 

「黙れ、クズ」

 

 殺すぞ?

 

 とまでは言わない。

 だが黙らなければ即座にそうしてやる、という意思は視線に込めた。

 

 



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認識の違い

 

 

 

「だからやめとけって、あれほど忠告したんだがねえ」

「まったくだ。賭けにもならない茶番でこうまで後の交渉を難しくしてくれるんだから、やはり選挙制度なんてのはこの時代には合わんよ」

「三鬼の件の時にも、同じやり方で半数以上の議員が首を飛ばされたって話なのにねえ。度し難いったらないよ」

「過去から学ぶ、それも今の時代では難しい。まあ、仕方がないんだろうさ」

「だねえ。それでアキラ」

「はい?」

 

 スワコさんとイサオさんは、俺が来る前に今の話をするべきではないと壮年の男に忠告していた。

 イサオさんは選挙で決まった議員が合議を経て商人ギルドを動かすのに反対の立場。

 三鬼、おそらくジンさん達3人が浜松で名を馳せていた時にも商人ギルドとの間でなんらかのいざこざがあり、多数の議員が商人ギルドから追放なりなんなりをされた過去がある。

 

 2人の呆れ声で交わされる会話からそれらを教わっていると、思いもしないタイミングで俺の名前がスワコさんの口から出る。

 

「今の話を聞いたアキラは、それで何かを決めたかい?」

「そりゃまあ」

「ならそれを話しとくれ」

 

 話せと言われてまず気になるのは、ジンさん達がなにかをして半数以上の議員が首を飛ばされたという話。

 

「……もしかして俺、しょっぱなから利用されてます?」

「人聞きの悪い。いいから話しな。思った事、それでこうしようと決めた事を包み隠さず、ね」

「はあ。んじゃまあ、まずはこれを」

 

 そう言ってピップボーイから3通の便箋を出し、スワコさんとイサオさんの前に滑らせる。

 

「拝見しよう」

「任せるよ、イサオ爺さん。アタシが見ても『また』信用できないって喚かれるだけだろうし」

「うむ。…………これは。委任状、だな」

「はい」

「小舟の里、磐田の街、天竜の集落。その長である3名からの委任状。しかも、期限は青年、アキラが死ぬまでとなっている」

「迷惑な話でしょう?」

「なにをどこまで委任したってんだい、あの年寄り連中はさ」

「すべて、だな」

「はあっ?」

 

 スワコさんが驚く。

 当たり前だ。

 この委任状を渡されて誰よりも驚いたのが他ならぬ俺だから、その気持ちはわかりすぎるほどにわかる。

 

「小舟の里。磐田の街。そして天竜の集落。3つのコミュニティは今までと同じく3人の長が責任者であり、これからも自治を維持する。が、このアキラ青年が行った決定は、その長達の決定の上を行く。つまりこのアキラ青年は、3つの自治体の実質的な長となったという事だ」

 

 バカな。

 そんな事が……

 三鬼がこんな若者に街を託すだと。

 

 いくつかの呻きのような小声が上がり、ただでさえ集まっていた視線が俺に集中する。

 

「まあ、そういう事です。で、その俺はいくつかの決めた事をこの商人ギルドに伝えに来たんですが、さっきの話でその必要がなくなった訳ですね」

「それでも聞かせてもらいたい」

「まあ、さっきまでの予定でいいのなら」

「頼む。必要な事なのでな」

 

 どこまで話すべきか。

 それはすぐに判断が決まった。

 

 この場にいる議員とやらは、除名か追放か、はたまた粛清かは知らないが、商人ギルドを追われる可能性がある。

 前例もあるようなので、それは間違いないだろう。

 

「なら、まずは説明を」

「うむ」

 

 最初に話したのは、小舟の里にできた特殊部隊の装備と練度、それから数こそハッキリとは言わなかったがその特殊部隊が1度の出撃でどれほどの戦前の物資を持ち帰れるかという話だ。

 

「おっそろしいねえ。この商人ギルドが溜め込んでる戦前の物資なんて、今年中どころか3月もあれば追い抜かれちまうじゃないか」

「でしょうね。で、俺はその装備と練度を持った部隊を3つの街すべてに配備するつもりなんです」

「……この遠州で最も強大な戦力を持ったコミュニティの誕生だな」

「おそらく」

 

 間違いなくそうなのだが、そうとだけ返す。

 

「それでアキラはこの浜松を、そこの商業を一手に担う商人ギルドをどうするつもりだったんだい?」

「別に。俺はこの夏から山師としてこの浜松を訪れて街の様子、それに少しだけではありますけどこの商人ギルドも見させてもらいました。その感想が、『別に』ですね」

 

 俺が座る前から並べられている灰皿でタバコを揉み消す。

 10人ほどの男女の呻き声を聞きながら。

 

「私達は相手にもされていなかった、か」

「ですね。正直に言うと、商人ギルドには一切の期待をしてませんでした」

「その理由まで訊ねても?」

「ええ。物流は大切です。けれど、商人ギルドはそれだけをやっている」

 

 イサオさんとスワコさんが苦笑を見せる。

 

 その他の連中の表情は、ほぼ2種類に分かれた。

 忌々しそうに俺を睨む連中と、興味深そうに俺を見ている連中。

 

「商人ギルドのやっている事は物足りん、か」

「そうなります。このスワコさんが店の2階で娼婦になりたくない女の子達を住み込みで雇ってるって聞いた時には感心したもんですが、それは商人ギルドじゃなくスワコさんが個人でやってるって話だったんで。正直、ガッカリしましたね」

「スワコ嬢ちゃんはいつも議題に上げてたものさ。たとえ儲けが少なくとも若者に安全な住居と誇りを失わずに食べていけるだけの仕事を与える、それが商人ギルドの成すべき事だとな」

「そうしてくれてたら、この場で頭を下げて助力を乞うた可能性もあります。いや、絶対にそうしてたかな」

 

 それは本音だ。

 小舟の里と天竜の集落はその人口の少なさから同じような福祉制度を取れてはいるが、磐田の街は人口が多すぎるのに土地が少なすぎて福祉は後回しになっている。

 それを浜松と、商人ギルドと手を取り合って解決できるなら、俺は迷わず頭を下げただろう。

 

「だがそうはならなかった。その時、アキラ青年はどうする気になった?」

「複数の車両、豊富な戦力。それらを使用した大規模な、長距離移動をする交易。正直どうでもいい浜松の街ですが、帰りにでも寄って住民のために各街の物産を適正価格で譲るつもりではいましたね」

「それが、今は違うと?」

「ええ。出会っていきなり俺達が交易に出す物資より数段劣るどころか足元にも及ばない品揃えを自慢されて、それを売ってやるから稼働品のバイクをタダ同然の値で売れなんて言われたら。そんな連中が仕切る商人ギルドに用はありません。これからもどうぞ豪商を気取ってゴミを売り買いしてればいい。これから俺達は俺達で、着々と豊かになっていきますんで」

 

 会議室に静寂が満ちる。

 

 今回の交易にカナタが組み込んだ戦前の物資なんて買い物カゴ数個分しかないが、まあウソは言っていないのでいいだろう。

 

「けどアキラ、小舟の里と天竜の集落には金持ちなんてそうはいないだろう。いるとなれば磐田の街だけど、それだって数は知れてる。戦前の物資を捌くんなら、浜松の街は魅力的な相手だと思うんだがね」

「別に売り捌く必要はないんですよ、スワコさん」

「と言うと?」

「3つの街は、これからどんどん豊かになっていく。すると問題なのは、使える土地の狭さです」

「だろうねえ」

 

 正直、土地の狭さはそこまで心配していない。

 小舟の里と天竜の集落は土地こそ狭いがそれに比例して人口が少ないし、土地が決定的に足りない磐田の街は市長さんやカナタの先祖が先手を打ってモリマチという農業に適した居住地を用意済み。

 俺が許可を取って森町の防備を固めれば、すぐにでも移住は可能だろう。

 

 ただ、スワコさんも俺も今すぐにそれを商人ギルドに教えてやるつもりはない。

 

「なのでそれぞれの街の人口をただ増やすんじゃなく、新しい居住地を開拓しようと思ってるんで」

「……それに必要な人員の給料を戦前の物資で賄おうって計画かい」

「ですね。そしたらその連中が、この浜松、商人ギルドに物資を持ち込んでくれるかもしれない。よかったですねえ」

「よく言うよ。そんなの交易に加えてもらった場合の儲けに比べたら微々たるものどころか、ないのと同じだろうに」

「そんなの、俺の知ったこっちゃありませんからねえ」

「まったくだ。さて、では少しだけ時間を貰うぞ。アキラ青年」

「呼び捨てでいいですって。俺は席を外しましょうか?」

「いらんさ。すぐ終わる話だ」

 

 ならどうぞご自由に。

 

 俺がそう言うとイサオさんは立ち上がり、自然な仕草で腕を上げる。

 引き戸が開け放たれる音。

 5つほどの足音。

 それに、アサルトライフルの安全装置を解除する小さな音。

 

 それらが重なって俺が暴れた時に踏み込んでくるのだと思っていた5つのマーカーが室内に乱入し、銃口を揃えて整列している。

 ただしその銃口とそれを持つ兵士の視線は、俺ではなくその向こうにいる10人ほどの議員達へ向けられていた。

 

「だからあれだけ忠告したってのに」

「俺にも忠告をしてほしかったんですがねえ。……ッ!?」

 

 思わず上げかけた叫び声を強く歯を食いしばる事で誤魔化し、またタバコを咥えて火を点ける。

 

 スワコさんは101のアイツが浜松に出入りしていた事も、その時にこの商人ギルドといくらかの関わりを持っていた事も黙っていた。

 

 そしたらその次は、これだ。

 嫌になる。

 一気に緊張が増した、というか爆発的に増えやがった。

 

 デリバラーを抜きたい。

 

 その想いを押し込め、黙ってタバコを吹かす。

 ガマンが上手くなったじゃないかと、自分で自分を褒めてやりたい。

 

「どれだけ危険だと言われても、その時が来るまでそれを感じる事すらできない。そういう人間は多いさ」

「そういう人間すらこういう場に入れるんだから、やっぱり選挙なんてのは教育制度が整ってからじゃないと意味がないんだよ」

「それをモラルでカバーしようというのが商人ギルドの理念だった。はず、なんだがなあ」

「はいはい、意味がわかんないよ。いい年をして横文字にかぶれてんじゃないっての。若い体に溺れるだけならまだしも」

「溺れておらんわ、バカ者」

「だといいけど。で、どうすんだい? このホンモノのバカ達は」

「解決策を提示されているのに己の判断を優先し、それで商人ギルドに不利益を与えた者は議員資格を剥奪する。100年前の商人ギルド設立時からの決まり事だ。この10人にはすぐにこの場を出てもらい、今後一切商人ギルドと接触する事を禁じる」

「ま、待ってくれ! そんな事をされたら商売がっ!」

 

 俺に上から目線の提案をした壮年の男の隣に座っている、それより少し年嵩の男が腰を浮かせて叫ぶように言う。

 

「知らん。恨むならスワコ嬢ちゃんの話を聞けなかった耳と、そうすべきだと判断できなかった脳みそを恨め。まあ、耳も頭もその持ち主がボンクラではな。判断も見誤って当然だろう」

「山師ごときが、そうまで言うか……」

 

 今度は俺の正面に座っている男だ。

 よほど腹が立っているのか、じっと座っているだけなのに顔面が紅潮し、見ているだけで痛いほどに眉根を寄せてイサオさんを睨みつけている。

 

「その山師でもわかる事がわからず、こうして議会を追われる。これで満足ですかな、シラキ元議員」

「ああ満足だ、そうに決まっているっ!」

「それはよかった。では、さっさとお引き取りを。こちらは風通しのよくなったこの会議室で、ずいぶんとタフな交渉を始めなくてはなりませんのでね」

 

 壮年の男、それに続いて窓の方に座っていた10人ほどが席を立つ。

 

「覚えておけよ、ケダモノ同然の山師共が……」

「いや俺も入ってんのかい」

「私とアキラ青年がケダモノなら、この連中はムシケラ以下の哀れな存在だからな。逆恨みもしよう」

「もっと哀れなのが、今みたいな発言を止めもしない取り巻き連中の頭の悪さだよ。なんで即座に自分はそこまで思っていないって言わないんだか」

 

 そんなスワコさんの呆れ声に数人の立ち上がった議員が反応して、ハッと顔を上げる。

 

「あたしは!」

「もう遅いって、ミネコ。残念だよ。自分を偉いと思ってるジジイのケツの穴を舐めてまで金を儲けるのはいいけど、大事な判断だけは誤るなってあの時に忠告したはずなんだから」

「スワコ、違うんだ! あたしはただっ!」

 

 スワコさんに駆け寄ろうとしたらしい30代の半ばと思われる美人さんが息を呑んで後ずさる。

 5人いるアサルトライフルを持った兵士の1人、階段の門で俺を睨んだ美人さんが前に出てその銃口を頭部に翳したからだ。

 

「お話は取調室でお聞きしましょう、ミネコ元議員」

「な、なにが取り調べよ。四ツ池の野蛮人がするのは、いつだって取り調べじゃなくって拷問でしょう!」

「心外ですねえ」

 

 言いながら女は凶暴な笑みを浮かべ、銃口でさっさと歩けと女に伝える。

 

「ス、スワコっ!」

「聞こえないねえ」

「義理の姉を見捨てるって言うのっ!?」

「聞こえない。聞こえないからこれは独り言なんだが、議会が招集されてから何度かあった休憩でジジイ共がどんな話をしていたかを包み隠さず話せば、もしかしたら減刑されて追放くらいで済むんじゃないかねえ。そうなったらアタシはどこかの街に腰を落ち着けた義理の姉に、小さな店をやるくらいの金の入った手紙の一つでも出してやれるかもしれない」

 

 



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闖入

 

 

 

 話は終わりだというように銃口で急かされ、ちょうど10人の男女が5人の兵士と会議室を出てゆく。

 

 逆らう気のある者はいないようで、誰も彼もがおとなしいものだ。

 その面子は年寄りがほとんどだし、最年少と思われるのがスワコさんの義理の姉だという美人さんなのだから、相手が半数とはいえアサルトライフルで武装した兵士に盾突く元気はないのかもしれない。

 それとも、特権階級である自分達ならばこんな状況も切り抜けられるとタカをくくっているのか。

 

 もしも後者なら、おめでたいものだ。

 

「こっからようやく話し合いですか、イサオさん」

「受けてくれるのならな」

「まあ、こっちは喧嘩がしたくて来たんじゃありませんし。スワコさんの顔を立てれるんなら受けてもいいですよ」

「助かる。では、まず席替えをして話そうか」

「了解です」

 

 元から派閥のようなものはハッキリしていたらしく、部屋を出ていった全員は窓際の方に座っていた。

 窓際の席に着いていた連中は突如として現れた稼働品の車両なんて奪うようにしてでも手に入れてしまえばそれでいいと考えていた、商人としての矜持すらすらないような、権力者気取りの金持ち連中だったんだろう。

 

 そのせいでバランスが悪くなった席を車イスの老人を頂点とした円錐状に席替えをし、最初からこの場を仕切っているイサオさんが商人ギルドの非礼を詫びる言葉を口にする。

 

「この場にうちの熊がいなくてよかったよ」

「市長さんなら、最初の時点であの男をつまみ出してそうですもんねえ」

「つまみ出すくらいで済むもんか。下手すりゃそこの窓から投げ棄ててるよ」

「……ホントにやりそうで怖いっすね」

 

 ここは5階だけど、あの人ならやりかねない。

 

「それでイサオ爺さん。金さえあればどんな好き放題も許されると思ってるような連中を追い出して、これからどうしようってんだい?」

「ご老体の考え次第だろう。この商人ギルドは合議によって運営されるが、それはあくまでも商人ギルドのオーナーであるご老体の選んだ道をよりスムーズに歩むためだ」

「だから鼻に付く横文字はやめなっての」

 

 議員なんてのがいるから民主主義の真似事をしているんだと思ったが、そう単純な話ではなかったという事か。

 

 ジンさん達3人も商人ギルドの事は俺が見て判断すべきだと詳しく話してくれなかったし、スワコさんだってそうだ。

 だが、いくらなんでも101のアイツが商人ギルドに関わっていた事くらい、事前に話してくれていてもいいだろうに。

 

「……まあ、ちっと考えりゃわからないでも予想はできたか」

「落ち込むのは後にしな、アキラ。泣き言なら今夜にでもベッドの上で聞いてやるから」

「いやいやいやいや」

「やっと男を作る気になったと思えば、実の妹の旦那を選ぶか。スワコ嬢ちゃんも大概だなあ」

「30も年下の娘に溺れる爺さんよりはマシさ」

「ほえー。やりますねえ、イサオさん」

「私の話はいい。それより聞かせてくれ、アキラ青年。君はこの浜松に、商人ギルドに何を望む?」

 

 やはりこういう、スパッと斬り込むような質問は楽でいい。

 もしさっきの連中がああも理不尽な要求をしたりしていなければ、俺はこの海千山千の元山師を相手に会話で駆け引きをしたりされたりしなければならなかったのだろう。

 そう考えると、かなり折れていて正解か。

 

「とりあえずは静観を。それが果たされるのを見たら、その時に手を取り合えたらなあとは思いますが」

「ほう」

「静観、ねえ」

 

 嫌な予感しかしない。

 

 スワコさんの顔にはまるでそう書いてあるかのようだ。

 いきなりあんなからかい方をしてくれたんだから、このくらいの意趣返しは許されるだろう。

 

「それでアキラ青年は、何をするのを黙って見ていろと?」

「簡単な話ですよ」

「どうせとんでもない話なんだろうねえ。あの熊が気に入って、あのじゃじゃ馬が自ら望んで嫁に行く相手だ。怖いったらないよ」

「いえいえ。ただ新制帝国軍を潰すんで、黙って見ててくださいってだけの話です」

 

 サラリと告げる。

 

 まずは新制帝国軍を潰す。

 西の脅威に備えながら3つの街が大きくなってゆくために、どうしても必要な事だから。

 いざ開戦となって3つの街から戦力を集めた時、その背後を新制帝国軍に攻められたりしたら目も当てられない。

 クズの集団にはここで、なにがなんでも退場してもらう。

 

「ぬうっ」

「こ、これだから男ってのは……」

 

 イサオさんとスワコさんだけでなく、会議室に残った全員が何らかの言葉を漏らす。

 

「おっと、動くな」

 

 言いながらデリバラーを装備。

 安全装置を解除して車イスの老人の1メートルほど向こうを睨む。

 

「ちょっとアキラ、いきなりどうしたってんだい!?」

「……なるほど。そういう事か」

「ええ。ただ黙ってるだけなら許すんですが、こうまで決定的な話を聞かれたんじゃ」

「いったいなにを言って……」

「すぐにわかるさ、スワコ嬢ちゃん。……おいアの字、ハイテク兵器を自慢するんなら後にしてくれ。こうも非礼続きじゃ、アキラ青年だって黙ってはいられないだろうよ。頼むから話をややこしくするな、お願いだから」

 

 うんざりした様子のイサオさんが車イスの老人の方を向き、気持ちを落ち着けるためにかキセルを出して葉を詰めてゆく。

 その作業が終わる前に、老人の1メートル横には1人の人間が音もなく姿を現していた。

 

 特徴的なヘルメット。

 同じく特徴的な、肌にピッタリとフィットしているスーツ。

 

 フォールアウト3に登場した『中国軍ステルスアーマー』を装備したそいつは、立ち上がってステルスを解除し、まっすぐ立って俺に向き直っている。

 

「あの姐さん達と一緒に入ってきた時にパイプ椅子を投げつけてやろうと思ったが、どうにか堪えられたぜ。感謝しろよ、101?」

 

 しゃがみ状態になるとステルス・フィールドを発生させ、そのおかげで人の目ではなかなか捉えられないフォールアウト3の最強防具。

 

 俺だって101のアイツが商人ギルドに関わっているのを知らないままだったなら、見張りをしていたタイチが風もないのに旗が揺れたのを訝しんでいなければ、ああも早く気づけなかったかもしれない。

 101の事を教えてくれた車イスの老人とタイチ、どちらにも感謝だ。

 

「誰が101ですって、ボーイ?」

 

 ヘルメットを取った女がそう言って微笑む。

 同時に肩から下へと零れ落ちた鮮やかな金髪、それとヘルメットを取ってから気がついた豊かな胸のふくらみを見て、俺の思考が束の間だけ停止する。

 

 女。

 外人。

 頭上に表示されている名は、アイリーン。家名はない。

 

 101のアイツが白人女だなんて聞いていない。

 もしそうであるのなら酒盛りが最大の娯楽である小舟の里で、その最中に容姿などが口の端に上がって当然だろう。

 そのくらいに女は見事な肢体をしていて、それにふさわしい美貌を持っている。

 

「101じゃねえってのかよ……」

 

 やっと会えたと思ったってのに。

 

「残念でしょうけど、そうなるわね。いきなりほっぺにキスをして驚かせてあげようと思ったのに。無粋なボーイね」

「お断りだよ。てか、そのためだけにステルス状態で潜んでたってのか? 言い訳にしちゃ最低だろう」

「だって真実だもの」

「そんな言葉を信じろってか?」

「信じるか信じないかはあなた次第です、って知ってるかしら?」

「……古すぎて覚えてねえな」

 

 まさかコイツ……

 

「ふうん。ボーイは、あの子よりだいぶ後の時代から来たのね」

「知るかよ」

 

 もしかして俺やミサキ、101のアイツと同類なのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 ずいぶんと親交が深かったのか、101のアイツが向こうの日本のテレビ番組を話して聞かせたから、あんなセリフが出てきたのか。

 

 ジンさんを始め小舟の里の人間は101のアイツをよく知り、そいつを賢者とまで呼ぶが、詳しい事はあまり話したがらない。

 貧乏だった小舟の里に大型浄水器を設置してくれた恩人、そしてその恩人が残してくれた武器とパワーアーマーをバカの集団が持ち出してつい先日まで出奔してしまっていたのだから、話したくなくて当り前だろうと、俺もあえて訊ねたりはしなかった。

 

 俺が知る101のアイツなんて、酷くおぼろげな人物像でしかない。

 

「それでジョージ、黙ってこのボーイにすべてをやらせるつもりじゃないわよね?」

「へえ。いいぜ、止められるもんなら止めてみろ」

 

 デリバラーの銃口はまだ白人女の眉間に据えられている。

 邪魔をするというなら、トリガーを引いて宣戦布告とするだけだ。

 

「早い男は嫌われるわよ、ボーイ?」

「そうかい。俺の日本刀はどこぞのガバマンにゃ細身すぎるだろうから、どうでもいい話だなあ」

「下品なのもマイナスね。これからじっくり時間をかけて、立派なジェントルマンになるための教育を施してあげなくっちゃ」

「余計なお世話だよ、パツキン」

「ア、アキラさん」

「はい?」

 

 かなり上ずった声を上げたのは、騒ぎが起こってもそれからも口を開かずに黙ってタイピングに没頭していたインテリ青年、サジだ。

 

「これを見てください。ご老体がアイリーン嬢の非礼を詫びると。そして、その上で頼み事がしたいと言ってます」

「頼み事だぁ?」

 

 この女を射殺して即時開戦。

 そんな心構えをした後なのでだいぶ荒い俺の言葉に、サジが大きく頷く。

 

「ゆっくり読んでくれても平気よ、ボーイ。不意打ちは趣味じゃないの」

「ステルスで入ってきたくせによく言うぜ。…………って本気かよ、この爺様は?」

 

 女に向けた注意を吹き飛ばしてしまうほどの驚き。

 車イスの老人の頼み事とやらを読んで、俺は平手打ちでもされたような衝撃を受けている。

 

「でしょうね。この計画を実行するはずだった時期はいくつかあるけれど、今がその時で間違いないでしょうし」

「計画ってのは?」

「ボーイの望みと同じよ。新制帝国軍を潰す、簡単でしょ」

「俺にとっちゃそうだが……」

 

 車イスの老人、ジョージ・ディンブルの頼み事。

 それは新制帝国軍を潰すのは一向にかまわないが、孫娘の部隊とイサオさんが率いる山師部隊、それにこの白人女アイリーンの部隊も加えて使ってやってくれというものだ。

 

「アキラさん、続きが」

「はあ。……指揮は俺でいいって、マジかよ」

「頼んでるのはこちらだもの。剣鬼だけじゃなく、あのパーティーの3人全員がすべてを預けるボーイにならってジョージの判断ね」

「そっからターミナルの文字が読めんのかよ?」

「ええ。顔とカラダだけじゃなく目もいいのよ、惚れた?」

「冗談だろって。しかし、なんで犠牲を覚悟で兵を出そうってんだか」

 

 そこがわからない。

 もし商人ギルドが新制帝国軍を潰す計画を立てていたとしても、それを他人の俺達がやってくれるのなら万々歳のはず。

 

「なら最初から話しましょうか」

「最初?」

「ええ。それは、100年前の物語。ある白人の少年が、ヴォルトを抜け出すところから始まるわ」

 

 長い、それ以上に古い物語だ。

 今こうして死にかけている老いぼれの昔話に付き合ってくれるか、アキラ?

 

「…………聞かせてもらおうか」

 

 言いながらデリバラーを下ろして腰掛ける。

 話が長くなるというのは間違いないようで、まず老人はアイリーンに人数分のコーヒーを淹れてくれと頼んで、白濁して水色っぽくなっている瞳を窓の外に向ける。

 

 それからゆっくりとターミナルのディスプレイに綴られた物語は、まるで新しく発売されたフォールアウト作品のようにドラマチックなものだった。

 

 



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夜更け、立ち話

 

 

 

「外は真っ暗じゃないか。まあ、もうこんな時間なんだから当然だね」

 

 俺の前を歩くスワコさんが呟くように言って肩を竦める。

 

 その芝居がかった仕草の理由には約12時間も5階の会議室で話し込んでいたからという事だけでなく、すっかり夜になっている外の景色が向こうに見える正面玄関に、身を隠すようにして完全武装の山師部隊が配置されているからというのもあるのだろう。

 

 突発的に開始された3つの街の代表と商業ギルドの初会合。

 そこでなし崩し的に決められた新制帝国軍との開戦。

 

 その話し合いがようやく終わったのはついさっきだというのに、商業ギルドはすでに兵を集めて配置につかせている。

 その辺りは、さすがと言うべきか。

 

「ご無沙汰しておりやす、スワコ姐さん」

「おや、ヒデ坊。正面玄関はアンタの受け持ちかい?」

「俺らの隊は、市場と農耕地区を繋ぐ8番出入り口の封鎖でさあ。ここに詰めてんのは見張りがてら、裏切り者が出たのを告げる笛の音が聞こえたら飛び出してって捕らえるためで」

「なるほどねえ。ま、その心配はいらないだろうさ」

「でしょうなあ。夕刻に、四ツ池のイカレ野郎達が一般人に偽装して三々五々散っていきやしたから」

 

 だからこのタイミングで裏切るような連中は、とうに始末されている。

 

 このまるで昭和のヤクザ映画に出てきそうな悪役をさらに戦場の空気に数年ほど漬け込んだような中年男は、そう言いたいんだろう。

 ツラ構えで戦いに勝てるなら誰も苦労はしないが、この中年男はそれなりの腕をした高レベルの山師に違いない。

 

 見るからに使い込まれているのにCNDがわずかばかりも減っていない国産アサルトライフル。

 この男はスワコさんの後ろを歩く俺を見た瞬間、顔色を変えず視線すら揺らさず、ただアサルトライフルを背負うためのベルトのような紐をほんの少しだけ緩めた。

 

 脱力。

 そしてその状態からの、抜き打ち。

 

 数日前にタイチとやり合うバカ2人を見ている時、気がついた身構え方。

 あの時のバカ2人は木刀でぶっ飛ばされてはまた立ち上がってタイチに向かっていったが、深呼吸をして体の力を抜いて突撃した時には惜しいと思わせるシーンが多かったのを覚えている。

 

「アンタには紹介しとこうかねえ、ヒデ坊」

「どうも。小舟の里の山師、アキラって者です」

 

 スワコさんに紹介される前に自分から名乗りながら、視線は外さずに小さく頭だけ下げた。

 

 タイチやシズクには劣るのかもしれないが、イケメンゴリラとインテリメガネと少なくとも同等の腕を持つ山師。

 そんな剣の使い手が国産とはいえアサルトライフルを担いだ12、3人を率いているのなら、俺の方から挨拶をしておくにこした事はない。

 機嫌取りなんてするつもりは欠片もないが、それで少しでも意思の疎通が円滑になるのなら。

 

「これはこれは。お噂はかねがね、イサオの叔父貴から聞かされてまさあ。あっしはヒデって名の博徒崩れでして。なんの因果か、ここの常雇いの山師連中を預かってるんでさあ」

「なるほど。イサオさんが束ねる山師部隊の隊長さんって事ですか」

 

 ヒデさんという強面はその中の1人でしかないと謙遜するが、ついさっきまで続いた作戦会議でイサオさんは、山師部隊が最も戦力を集中させるのは8番で出入り口にすると断言していたはず。

 山師部隊は30人を5つに分けて運用されるそうだが、イサオさんが最も信頼している隊長がこのヒデさんという事になるんだろう。

 

「ところでスワコ姐さん、住み込みの嬢ちゃん連中はどこに避難させるんで?」

「ああ。3階の部屋を1つ回してもらえるそうなんでね。これから全員を連れてくるよ」

「そいつぁ安心だ」

「ありがとよ。しっかし、顔に似合わない子供好きはあいかわらずだねえ」

「ほっといてくだせえ。ツラの事ぁ言いっこなしですぜ」

 

 稀に見るほどの強面である隊長がそんな言葉を漏らすと、すっかり暗くなっている外を警戒している隊員達から笑いが起こる。

 が、それで部隊の空気が緩んだようには見えない。

 

「これは、うちの隊長さんを呼んで紹介してもらうべきかな」

「いいね。タイチとスイチ組、名前も似てるし気が合いそうだ」

「スイチ組ってのは?」

 

 もう隠す必要のない無線機で、タイチにちょっと打ち合わせがしたいから出て来てくれと告げる。

 するとタイチがスワコさんの店から出てくるわずかな間に、ヒデさんがスイチという単語の意味を教えてくれた。

 

「……とまあ、そういう博打がありやしてね。その賭け方で一番デカイ張り方ばかりするようなバカしかいねえんで、いつの間にかスイチ組なんて呼ばれ方になっちまってたって訳で」

「なるほど」

「お、タイチが来たよ」

 

 スワコさんの言葉通り、旧市役所の正面玄関からタイチが建物に足を踏み入れる。

 

「よう、ガキ大将」

「げえっ。アキラ、こんなヤクザもんと話したらダメっすよ。チンピラ臭が伝染るっす」

「おいおい。まさかの知り合いかよ。ヒデさんとタイチって」

「あっしは大昔、ガラにもなく剣の道なんてを志して小舟の里におりやしてね。ま、酒と博打と女で身を持ち崩して、今じゃご覧の通りですが」

 

 そんな自嘲の言葉に、タイチは黙って首を横に振る。

 

 つまりこんな状況のこんな立ち話程度では語り尽くせないような理由があって、それでヒデさんはここ浜松の街に流れて来たという事なんだろう。

 2人の様子を見ただけでタイチがヒデさんを嫌っていないのも、本人が言うように酒や博打で失敗をして小舟の里を追い出されたのでもない事は明白。

 なら、俺がヒデさんを嫌ったり疑ったりする理由はない。

 

「なんとなくだけど理解したよ。んじゃタイチ、選んでくれ」

「何をっすか?」

「Nと合流して向こうで遊撃に加わるか。ここに残って戦況を見ながら臨機応変に動くか。好きな方でいいぞ」

 

 言ってタバコの箱を抛る。

 タイチはその箱から1本抜いて俺達とお揃いのライターで火を点けると、箱を俺に返してから細く長く紫煙を吐く。

 

 集音マイクのようなロストテクノロジーを新制帝国軍の諜報部隊が持っていないとは限らないので、四ツ池に駐屯している新制帝国軍の部隊が裏切って浜松に攻めかかる等の詳しい話はしていない。

 ただついさっきまで続いていた長い長い話し合いの最中に何度かあった休憩中、アイリーンとタバコを吹かしながら無線機で符牒を使って状況報告はしていたので、タイチは「Nと合流して遊撃に」と告げただけで俺の考えを理解したんだろう。

 

「Nの戦力はどの程度っすか?」

「わかんね。ただ、とんでもねえ隠し球を持ってそうな気はするな」

「……なら、こっちに残った方が愉しめそうっすね」

「遠慮してんじゃねえなら、それでいいさ」

「そんなんしないっすよ。言葉通りの意味っす」

「りょーかい。俺は今からスワコさんの店の商品を預かるから、タイチは住み込みの女の子達の避難を手伝ってやってくれ。その間ショウとヤマトは店の入り口から外を見張って、その後はタイチに任せる」

「了解っす」

「ではヒデさん、今日はこれで失礼します。この茶番みてえな戦いが終わったら、梁山泊で飲みながら剣の使い手をぶちのめすためのアドバイスでも聞かせてやってください」

「ははっ。そいつはいい。いい酒が飲めそうじゃござんせんか」

 

 頷き合う。

 3人同時に。

 

「えらく簡単な打ち合わせだねえ。これから大戦だってのに、そんなんでいいのかい?」

 

 俺とタイチが店に向かって足を動かすと、それに続きながらスワコさんが呆れたような声を出す。

 

「充分ですよ。主役の座は譲った。俺達にとっては、そんな戦いでしかねえんで」

「やっぱり男共の考えってのはよくわからないねえ」

「ははっ。それより、店の在庫の管理なんかは?」

「バッチリさ。どうにもこりゃあヤバそうだってんで、昨日も棚卸をしといたばかりだからね」

「ありがたい。さすがのご慧眼です。なら俺は店舗と倉庫の商品を片っ端からピップボーイに入れてくんで、スワコさんは避難の準備を。運べない生活用品や家具なんかは、最後に回収しますんで」

「商品だけでいいさ」

「まあそう言わずに。ギルドの方の準備が終わるまでは、俺も魔女も動けませんし」

「アイリーンの嬢ちゃんは、あれで繊細なんだ。誰かさんと同じでね。魔女なんて言ってやるんじゃないよ」

「へいへい」

 

 パッと見25、6にしか見えない金髪女。

 それが丸腰で立っているだけなのに、日本刀を持ったジンさんと同等かそれ以上のプレッシャーを感じる。

 

 そんなバケモノのような相手が繊細なはずないでしょうと言ってやりたいところではあるが、特に言葉は返さず3人でスワコさんの店へと入る。

 

「それじゃアキラ、オイラ達は避難を終えたらさっきの正面玄関で待ってるっす」

「頼む。ギルドが通信機の存在を隠すようなら、ショウとヤマトは5階だか6階の司令部みてえな会議室で通信係だ」

「そうはならないと思うっすから、そうなった場合の配置も考えておくっすよ」

 

 商業ギルドは新制帝国軍の殲滅するなら自分達でと申し出て、俺は新しい共同体の責任者としてそれを受けた。

 なのでギルドがこれまでの話の流れから絶対に持っているであろう通信網を隠し続けはしない、というのがタイチの読みで、それはおそらく間違ってはいないのだろう。

 

「……準備ができたら四ツ池まで送ってくし、その後も特等席でギルドの戦いぶりを見せてやるって笑ってやがったからなあ。あの魔女」

 

 という事は商業ギルドは四ツ池の集落とを結ぶ通信網だけでなく、なんらかの移動手段も持ち合わせている事になる。

 

「もしプリドゥエンでも出てきたら、爺さんを説得してボストンまで送ってってやるか。ついでに新婚旅行でボストン観光だ」

 

 フォールアウト4の舞台、コモンウェルスを自分が訪れる。

 そんな妄想が捗らないはずもなく、俺は10分とかからずそれなりに広い店舗を棚やカウンターすら残っていないがらんどうの空間に変え、途中から作業を見守っていたショウとヤマトに敬礼を飛ばして2階の倉庫へと向かう。

 

 

 



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イタズラ

 

 

 

「待ってたわよ、ボーイ」

 

 ひらひらと手を振りながらアイリーンが言う。

 隣に立つタイチは、これ以上もないほどの苦笑いだ。

 

 フォールアウト3ではどうだったか覚えていないが、このスタイル抜群の金髪美女が装備している防具『中国軍ステルスアーマー』は体の前面に首元から下腹部までのジッパーが付いていて、アイリーンはそれをみぞおちの辺りまで下ろし、惜しげもなく白人女らしい爆乳のふくらみを見せつけている。

 こんなブツが目の前にあったら、洋モノはあまり好みではない俺ですら目のやり場に困ってしまう。

 

 だが、タイチの困ったような苦笑の理由はそれだけではないんだろう。

 

「んだよ。そういう事か、くー助」

「にひひっ」

 

 悪びれず笑って見せる、もう1人の美少女。

 

 厳密には美少女ではない、くーちゃんが愛銃のサブマシンガンを揺らして笑う。

 よく見知った顔。

 普段の服装とはまるで方向性が違うが、俺だけは見覚えのある革ジャンとレザーパンツ。

 

 パンキッシュなファッションに身を包んだ美少女、にしか見えないくーちゃんがタバコの箱を俺に向かってポイッと投げてきたので、受け止めて1本咥えて投げ返す。

 

「ったく、つまんねえイタズラしやがって」

 

 言いながら自分のライターで火を点け煙を吸い込むと、いつもとは違う清涼感が口内を掠めて少しだけ驚いた。

 

「イタズラ成功、かにゃあ」

「そうでもねえよ。ま、よくてこのメンソールの煙程度のイタズラだ」

「なら大成功だねえ。おかえり、アキラっち」

「おう。んでくーちゃんがそのイカしたレザーの上下を着てるって事は、ヴォルト・スーツのパイロットは隣のパツキンねーちゃんだったって事でいいんだよな?」

 

 俺とジンさんが同胞団の生き残りを連れて豊橋駅を襲撃したと同時に、どこからともなく飛来したピカピカのベルチバード。

 そのコックピットにはゲームの中で見慣れたヴォルト・スーツに身を包んだパイロットがいて、後部のガンナー席では今のくーちゃんと同じ背格好のガンナーがミニガンを構えていた。

 

 あの時の俺はパイロットが発射した2発のミサイルとガンナーが派手にばら撒いた銃弾に助けられたが、それらがどれだけ今の時代で貴重な品でも、こんなネタバラシをされて素直に礼を言う気になるはずもない。

 

「あー。アキラ、わかってるとは思うっすけど」

「おう。別にくーちゃんをスパイだったんだなとか罵る気はねえよ。このいたずら小僧がここ浜松の街の地付きの山師だったのも、その中でかなりの実力者として名前が売れてんのも最初から知ってたんだ。元からの知り合いに手を貸してイタズラついでに俺を助けに来たってんだったら、感謝こそすれ文句を言うつもりはねえな」

 

 まあ、素直に礼を言う気なんて欠片もないが。

 

「つまんないボーイねえ。ここでクーニーを責めるようなら、言い負かしてミサイル代を請求してやろうって思ってたのに」

「ご期待に沿えなくて申し訳ねえ。ザマアミロ」

「これだから童貞を卒業した男ってかわいくないのよね。クーニー、小舟の里にかわいいピチピチの童貞少年っていないの? できれば自分の力のなさに歯を食いしばって、それでも戦う事しかできなくって、泥の中をのたうち回ってた頃のこのボーイみたいな子は」

「それならちょうどスワコさんを護衛しながらこっち来たけど、手を出したらアキラっちがブチキレそうで怖いにゃあ」

 

 足音。

 それとその前に上がった遠州屋の正面玄関のドアを開け閉めする音には気がついていた。

 咥えタバコのまま、チラリと背後を振り返る。

 

 腰のホルスターにあるホクブ機関拳銃をいつでも抜ける構えで、商業ギルドまでの短い通路を油断なく周囲を見回しながら先頭に立つヤマト。

 そんな自分の息子と言ってもいいほどの若い、若すぎる少年の背中を、どこかくすぐったそうに、けれど誇らしげに眺めながら歩くスワコさん。

 行商人が担ぐ背嚢に偽装した大きな通信機を背負いながら、殿を受け持つ事の重大さをきちんと理解しているらしいショウ。

 

「言っとくが、ウチの弟達に手を出したらその場で撃ち殺してやるからな? ショタコンの変態女さんよ」

「ケチねえ。こんな美女が筆おろしをしてあげようって言ってるんだから、兄なら素直にお礼を言ってついでに味見をされておけばいいのに」

「どっちもノー・センキュー、ってな」

 

 そんなバカ話が聞こえていたのかいないのか、俺の立つ商業ギルドの正面玄関にまで辿り着いたショウとヤマトがほんの少しだけ緊張を緩める。

 

 と同時にこの将来が楽しみな弟分の片方は、一瞬で真っ赤にした顔を思わずという感じで伏せかけ、さらにそれより早く緊張感を取り戻し、周囲に気を配りながらも丁寧なお辞儀をして見せるという、とんでもなく複雑で奇妙な行為を披露した。

 

「あー。くーちゃん、これってもしかして。そういう事、なんっすか?」

 

 困惑顔のタイチが問う。

 

 するとくーちゃんは、それ以上がないほどの良い笑顔で、この『ショタコン変態パツキンバインボイン女』アイリーンを、ヤマトがノゾとミライの3人でツルんで山師になるのをを目指す前、浜松の街では珍しくもない日雇い仕事で口を糊する孤児でしかなかった頃に引き合わせ済みであるのだと教えてくれた。

 

「よし。このくだんねえ余興みてえな戦いが終わったら、ショウとヤマトは俺とタイチが梁山泊にでも連れてって酒の飲み方と女の口説き方を教えてやろう。それがいいな、うん」

「まあ同感っすけど、ヤマトは誰かさんに似て頑固で潔癖っすからねえ。似なくていいトコまで似ちゃってるから、もう1人の兄としちゃ少し心配っす」

「元気そうね、私のかわいいヤマト」

 

 慈母のような笑み。

 それなのに嫣然とした声音。

 

 明らかにすべてを理解した上でからかうように声をかけたアイリーンに、顔を真っ赤にしたヤマトが「おひさしぶりですご無沙汰していますえっとその、……またお会いできて嬉しいです」と小さな早口で挨拶を返す。

 

「……ヤベエ。新制帝国軍との戦争なんかより、コッチのが心配になってきた」

「まーた不謹慎な。戦争になったら少なからず犠牲者が出て、すべて終わった後にそれをぜーんぶ自分のせいにして酒を呷るバカがそういう事を言うもんじゃないっす」

「うっせえよ。それより、こっちの指揮はタイチなんだからな。ショウとヤマトはどこに配置すんだよ?」

「それはあちらさんの装備や作戦次第っすよ」

「でしょうね。市役所に入ってすぐの受付待ちのベンチで、ざっと説明するわ。ヤマトとお友達もいらっしゃい。スワコは5階の指令室に向かっていいわ。さっきタイチが連れて来た住み込みの女の子達とコウメは3階の1室でしっかり守られてるから、心配ないわよ」

「そりゃありがたいけど、あんまり若者をからかって遊ぶんじゃないよ?」

「はいはい。いいババアになっても、カラダの割に細かいわねえ。ヴァージンだった頃のスワコが懐かしいわ。どうにかタイムマシンでも開発できたら、またたっぷりとかわいがってあげるのに」

「うっさいよ、妖怪ババアが」

 

 なるほど。

 スワコさんとアイリーンは旧知の間柄。

 そしてそれには劣る付き合いの長さではあるのかもしれないが、くーちゃんもアイリーンとはかなり深い付き合いをしていると。

 

 階段を上がるスワコさんを見送り、6人で市役所の受付を待つベンチを2つ向き合わせる形に変えて腰を下ろす。

 

「あら。どうして、隣が美少年2人じゃないのよ? 両手に華を満喫したかったのに」

「テメエがそういうド変態のショタコン女だからだよ。んで、商業ギルドは通信設備を持ってんのか? それを俺達に隠さねえで周波数を合わせて連携する気は?」

「質問に偽装した決めつけも、当たり前の事をわざわざ問うのもマイナスよ。ボーイ。通信機はそれなりの物があるし、その周波数は576kHz。そちらも自由に使っていいわ。開戦後は符牒を使用する必要もないわよ」

「ショウ」

「はいっ。すぐに合わせます」

 

 ベンチの端に座ったショウがバックパックのジッパーを少しだけ下げ、隣に座る俺からは見えないダイヤルを操作する。

 俺も一応はピップボーイのラジオの周波数も登録しておこうと左手を持ち上げてそれを操作するが、特にその周波数を登録し直す必要はなかった。

 

「このクラッシック音楽のチャンネルは、商業ギルドが放送してたってのかよ」

 

 お上品な音楽は趣味ではないが、このクラッシック音楽専門のラジオ放送は俺とミサキがこの世界に迷い込んですぐに見つけていて、それなりに耳を傾けたりもしていた。

 どうにかこの世界で生き延びてやらなければと、それができなくては隣で安らかな寝息を立てる無垢な少女が不幸になるだけだぞと自分に言い聞かせながらクラッシック音楽を聴いてこれからの立ち回りに考えを巡らせた、そんな夜もある。

 

「ええ。そちらと同じく、日替わりの符牒をプレイリストにしてね」

「なるほどなあ」

 

 浜松の街と四ツ池の集落。

 こうまで文明が崩壊した世界では簡単に連絡が取れる距離ではないが、それがあるからこそジョージ爺さんは新制帝国軍との開戦を決意し、すぐにそのための準備を始められたという事か。

 

「アイリーンさん、でいいんっすよね。もしかしてこの放送って?」

「ええ。戦前のラジオ放送施設を修理してそのまま利用してるわ。それより、大きなお胸が好きそうな男とは仲良くなれる自信があるの。だから呼び捨てを許すわよ、タイチ」

「い、いえいえ。それよりも、その放送に大リグで割り込めばキャラバン隊に現状を伝えられるって事じゃないっすか。そうっすよね、アキラ?」

「どうだろうなあ。こんな時代だから放送法なんてありゃしねえだろうが、俺は通信やら電波やらに疎いからこの大リグでそんな芸当が可能なのかどうかなんて想像もできねえよ。セキュリティとかあるだろうし」

 

 もし周波数を合わせるだけでラジオ放送に割り込めるなら、あくまでも『比較的』民度が高いと言われていた日本でも、もっと電波ジャック事件なんかが起きて世間を騒がせていた事だろう。

 そんな簡単に事が運ぶはずがないという気はする。

 

「可能よ。この放送は、その割り込みを待つための放送でもあるんだし」

「……なるほどね」

 

 ラジオを聴ける者には生きる苦悩を癒す音楽を届ける。

 放送を辿れる人材には浜松の街という働き甲斐のある場所を教える。

 そして放送に割り込めるほどの技術者やそれを抱える組織が接触をしてきたならば、いつでも話し合いに応じるためのラジオ放送だったのか。

 

「アキラさん、タイチ隊長。周波数は合わせました」

「俺はまだ放置でいいと思う。タイチは?」

「同じく。新制帝国軍との開戦は既定事項だし、緊急時の連絡や片が付いた後の連絡方法もしっかり話し合ってあるっすからね。今ラジオ放送に割り込んで、夜明けまでの貴重で短い時間を消費したくはないっす」

「だなあ。んで俺が四ツ池の集落にいる反乱軍と合流するんなら、タイチ達はどう動くよ?」

「それなんですけど、ちょっといいですか?」

 

 いつもより硬い口調で話に入ってきたのは、今まで黙って話を聞いているだけだったヤマトだ。

 

「もちろんっす」

「だな。考えがあんなら言ってくれ、ヤマト」

「いつの間にか、すっかり男の顔をするようになったわね。ヤマト。お姉さんは嬉しいわ」

 

 言われてヤマトがまた顔を赤くする。

 まったく、このショタコン変態女は……

 

 



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覚悟とライターと紋章

 

 

 

「うちの弟に色目を使ってんじゃねえぞ、アバズレ。ちっと黙っとけ」

「はいはい。それにしても、酷い呼称ねえ。こんな妙齢の美女に、ちょっとそれはないんじゃないかしら」

「だからうっせえっての。いいから話せ、ヤマト」

「あ、はい。じゃあまず予想から。それが合っているのかはわかりませんけれど、少しでも重なるところがあるのなら、提案として成立はすると思うので」

 

 そう言って、ヤマトはまず自分に入ってきた断片的な情報を分析して組み上げた予想を話し出す。

 

 商人ギルドとの会見前から予定されていた新制帝国軍との開戦。

 その戦争をメガトン特殊部隊の分隊ではなく、商人ギルドとそれに与する新制帝国軍の小さな勢力が主導するのであれば、まず商人ギルドは長い年月をかけて自治を勝ち得た区域の守りを固めるはず。

 

「正解ね。教師として鼻が高いわ。あとでご褒美をあげなくっちゃね、ヤマト」

「と、とんでもないです。はい」

「……出会った瞬間からヤマトはやたら頭が切れると思ってたが、パツキンが教師として鍛えてやがったのか」

「授業は、ゴハンを奢るついでの世間話くらいね。けれどこの子はそんな世間話を大学の講義でもあるかのように真剣に聞いて、その後に会った時には考えを尽くした上でその時の疑問を質問にして投げかけたりもしてきたの。最高の生徒よね」

「だなあ」

 

 また顔を真っ赤にしたヤマトは礼を言い、そうなった場合の配置を語り出す。

 商人ギルドの兵力の配置だけでなく、その商人ギルドが守ると決めているすべての人と物の配置をだ。

 

 旧市役所が指令部。

 商人ギルドの職員とその家族、議員とその家族も含まれる非戦闘員もそこに避難。

 これは戦で言う本陣であるから、戦力はまずここに集めるはず。

 

 ならばそれ以外の非戦闘員はどうするか。

 

 金持ち連中とその家族は、まず戦前のホテルに籠って出てこないだろう。

 そのホテルはこの浜松の街の地図を見ると、ここ旧市役所、そして新制帝国軍の司令部がある浜松城からも最も離れた北東にあるからだ。

 今では富裕層の高級マンションであるそのホテルは独自にセキュリティを雇っていたりもするので、商人ギルドは貸しを作るために戦力をいくらか出してはやるだろうが、その兵の数はそう多くないはず。

 

 そして圧倒的大多数である庶民はと言えば、その避難先は戦前の小学校になる。

 いくら物資を持っていようが、それを消費する庶民がいなくては商人などという職業はどうしたって立ちいかない。

 ゆえに、商人ギルドは小学校へそれなりの兵を派遣せざるを得ない。

 

「でもその小学校は、敷地内に梁山泊という不確定要素を抱えているんです」

「普段からその梁山泊に寝泊まりしている山師が小金に目が眩んで新制帝国軍に与したり、非戦闘員から略奪を行ったりする可能性っすね。ヤマトが気にしてるのは」

「はい。ですから、……ぼくを小学校に配置してくださいっ! お願いしますっ!」

 

 言葉を少し区切ったヤマトが勢いよく立ち上がり、願いを口にして思いっきり頭を下げる。

 

「なるほど。まあ、気持ちはわかるっす」

 

 ヤマトは孤児。

 かつて生き残るため共に手を取り合ったノゾとミライは安全な小舟の里にいるが、その他の孤児仲間や知り合いは、おそらく小学校に避難するはず。

 だから、そこに自分を行かせてくれという望みは俺も理解できるが。

 

「オマエの気持ちは理解した。その上で訊くぞ、ヤマト」

「はい」

 

 まっすぐな眼差し。

 その純粋さがやけに眩しく感じるのは、俺がいつの間にかそれと同じ物を失ってしまったからなのだろうか。

 

「俺とタイチがやろうとしてたのは、狩りだ。地面がコンクリートの森を狩人の有利なように作り変え、ケダモノの群れを何度でも狩り尽くせるくれえのタレットって罠を張ってよ。そこに極上の餌でケダモノを誘き出す。勝率は間違いなく100パーセント。それどころか、たった2人の狩人でもケガすらしねえ、そんな狩りだ。…………だが、その狩りは商人ギルドが行う事になって名を変えたんだよ。オマエは、それをなんて呼ぶ?」

 

 旧市役所の5階で長い長い話し合いをしながら、俺は最後まで迷っていた。

 狩りという名の虐殺。

 少し前の俺なら、それにタイチを、友達を巻き込む事なんて絶対にできなかっただろう。

 けれど、俺はタイチと2人で新制帝国軍を皆殺しにしようと決めた。

 

 そしてその役目をあの爺様が、まるで俺がどんなに夢に観てもプレイできないフォールアウト5の主人公にさえなれそうな男が譲ってくれと頭を下げた時には、言葉に詰まって天を仰ぎまでしたというのに。

 

「戦争です。その言葉の意味はもちろん知っています。そして、ぼくの想像の及ぶ限りではありますけど、その戦争という人類が犯す最悪の罪の過程で、どんな事が起こり得るかも」

「それでも一番危険な場所で、反吐が出そうな悲劇をその目で見ようってのか?」

「はい」

「オマエの命なんかと引き換えじゃ、ガキの1人も救えやしねえぞ?」

「承知の上です」

「んじゃ何をしに行くってんだよ?」

「……真似、ですかね」

「あんだって?」

 

 ヤマトが笑う。

 直前までの思い詰めた、酷く真剣な表情がまるでウソのように。

 

「ぼくは決めたんです。どんなに追いかけたって追いつけそうにない人に、どこまでも着いてくって。でも鬼と呼ばれるその人も、ちょっと信じられないんですけど普通の人間らしくって。残念ながら体は1つしかないんですよね」

「バケモノならバケモノらしく、分身くらいして見せろって事っすね。同感っす」

 

 タイチが笑いながらタバコを咥える。

 誰がバケモノだと言いながらその箱をひったくり、俺も1本咥えた。

 そうしてから俺が投げたタバコの箱を、驚きながらもヤマトは見事にキャッチ。

 

「…………人は過ちを繰り返す、ならそれに対する備えは必要か。タイチは賛成なんだな?」

「仕方なくって感じっすけどね」

「だとさ。早くしろよ、ヤマト」

「えっ?」

「男がタバコを咥えたら次に何が必要かくれえ、ガキにだってわかるだろうがよ」

「え、ええっと。……あ。ライター、火ですね」

「おう。だからオマエも1本取って火を出せっての」

 

 普段のヤマトなら、「ぼくはタバコなんて」とでも言って意地でもタバコを口に運ぼうとはしないだろう。

 けれどヤマトは、このナマイキな弟は、顔をくしゃくしゃにして笑ってからタバコを咥えて箱をタイチに返す。

 

 

「どうぞ」

 

 ライターの火。

 差し出されたそれにそっと紙巻きタバコを寄せ、軽く息を吸い込む。

 俺、タイチ、ヤマトの順に。

 

「そのライター。それと同じ物を誰が持ってんのか知ってるよな?」

「…………はい。2人の兄と、2人の師です」

「つまり、そういう事だ。わかるな?」

「はい!」

 

 蓋を閉じたオイルライターを握り締めながら、ヤマトが大きく頷く。

 

「わかってんならそれでいい。タイチ」

「なんっすか、兄さん」

「キモイからやめれっての。そこの壁に、戦前の国産パワーアーマーを出しとく。ご注文の隠密仕様と、俺が使うはずだった赤備え。ショウには、メガトン特殊部隊の工作兵用に試作したバックパック付きだ。あとは任せたぞ」

「任されたっすよ。さっさと終わらせて梁山泊で派手に宴会するためにも、まあ適当に頑張るっす」

「だな」

 

 俺達が『戦前の国産パワーアーマー』と呼ぶそれは、フォールアウト4のパワーアーマーと違って貴重な『フュージョンコア』を必要としない。

 かつて大正義団のバカ連中が持ち出したそれは小舟の里に返却され、その大部分はメガトン特殊部隊へ配備されているので数に余裕はある。

 試作したパワーアーマーのテストをすべて終えてセイちゃんがカスタムを施せば、特殊部隊のほぼ全員に戦前の国産パワーアーマーを装備させられるほどだ。

 

「とても戦前の、それもこの日本でライセンス生産されたパワーアーマーにはとても見えないわね。さすがはあの101の弟子ってトコかしら」

 

 俺がまずピップボーイから壁に凭れかけさせるように出したパワーアーマーを見て、アイリーンがそんな感想を漏らす。

 

「セイちゃんは掛け値なしの大天才だからなあ」

 

 色は漆黒。

 武装は最低限。

 だがこの『メガトン特殊部隊指揮官用パワーアーマー』は通常なら1つしか搭載されていない倍力機構とかいうやつの補助動力であるらしい核分裂バッテリーを2つに増やし、装備者のAGIにマイナス補正がかからないという驚異の性能を誇る。

 

「アキラ。このヘルメットに付いてる、ナイフみたいのは何なんっすか?」

「通信機のアンテナだ。コイツと俺の赤備えは指揮官機。指揮官機っつったらとーぜん、ツノ付きに決まってんだろ?」

「何が当然かなんて知らないし、指揮官『機』じゃなくって指揮官用だろうってツッコミたいっす」

 

 そう言いながらもタイチはセイちゃんのカスタムに満足したらしく、頭の先から爪先までを念入りに目で確認すると、無言で大きく頷いてパワーアーマーに手を伸ばす。

 

 その長年の剣術修行でタコだらけの無骨な手が向かったのは、パワーアーマーの胸の部分。

 俺がセイちゃんの作業場にあった銀色のペンキを使って、戦前のエアブラシで一発描きしたエンブレムだ。

 

 ガイコツと交差する二丁のデリバラー。

 その頭蓋骨の額部分にはまるで釘先で削り込んだような『S.A.R.』という文字。

 

「オイラのパワーアーマーにも描いてくれたんっすね、この紋章」

「時間がなくって希望を訊けなかったからなあ。今度ヒマな時、飲みながらタイチ専用のエンブレムも考えようぜ」

「オイラもこれがいいっす。いや、これじゃなきゃ嫌っすね」

「……まあ、タイチがいいならいいがよ」

 

 漆黒のパワーアーマーの横に10mmと.45口径、それに.308口径弾を出してゆく。

 

「308もっすか?」

「ああ。せっかくSTRが4も上がるんだ。レシーバーを308に換装した『オーバーシアー・ガーディアン』も持ってけ」

「フォールアウト4で流行ってたって話のあれっすか」

「だな」

 

 その他の理由がないとは言えないが、そうとだけ告げて中距離戦用のオーバーシアー・ガーディアンを壁に立て掛ける。

 そしてスティムパック等のAIDアイテムを、パワーアーマーに後付けされた収納部に入れられるだけ並べてゆく。

 

「スゲエ。なんだあの物資の数!?」

「つーかどっからあんな鎧を出したってんだよっ!?」

 

 やたらと騒がしい声に視線を向けると、俺達を遠巻きに商人ギルドが集めたと思われる山師部隊の連中が人垣を作っているのが見えた。

 もうピップボーイや俺のチートを隠す必要はないので見られても問題はないのだが、正直あまりいい感情は浮かばない。

 見世物じゃねえぞと怒鳴りつけてやりたいくらいだ。

 

 だが、黙って作業を続けた。

 アイリーンが山師部隊を散らさないという事はまだ時間的にも余裕があるんだろうし、俺のチートを見せておく事にいくらかの利点もあるんだろう。

 

 



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最上階

 

 

 

 壁に寄りかかって座り体を休めている未来の兵士にしか見えない真紅のパワーアーマー。

 その金属製のホルスターと弾薬入れに、俺の愛銃であるデリバラーとその弾薬がしっかり収まっているのを目で確認する。

 どんな武器でも使いこなすタイチのような手練れの兵士に使わせるには少しばかり威力不足だが、まだまだ成長期の途次にあるヤマトには、ちょうどいい大きさと重さのハンドガンだろう。

 足りない威力は、ヤマトの最大の武器である射撃センスで補えばいい。

 

「こんなトコか。……出し忘れは、ねえよな?」

 

 3人分のパワーアーマーと武器弾薬。

 スティムパック等の物資は、連携を取るギルドの兵士や山師にも少しは分けてやれるようにと、多目に出しておく。

 銃弾は互換性がないだろうから常識的な数だが、薬品類だけでなく、手榴弾や地雷も3つの背嚢に入るだけ詰め込んでおいた。

 背嚢の中身はそれぞれがその持ち場で配ってもいいし、面倒ならギルドの誰かに渡して持ち場につく前に配らせてもいい。

 

 それから小舟の里ですら滅多にしない買い物の時に使っている財布を取り出し、深紅のパワーアーマーの、タバコなんかの小間物を入れておくポケットのような収納部に突っ込む。

 

「あの、アキラさん。それは?」

「一端に覚悟を決めてガキから男になろうとしてる弟への小遣い、だな。そう言っても受け取っちゃくれなそうだから、有無を言わせねえようにここへ突っ込んでおく。梁山泊に入ったら、まずマスターに俺の名前を出してこの財布を渡せ。梁山泊に避難して来てもメシや水を頼めねえ連中に、これで飲み食いをさせてやってくれってな。んでもし可能なら、足りねえ分は俺のツケにしといてくれとも伝えてくれ」

「…………ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いじゃねえよ。そんじゃ、また後でな」

「はい。お気をつけて」

「こっちのセリフだっての」

 

 苦笑しているタイチ。

 何事か考え込んでいるらしいショウ。

 はっきりと頷いた後、深々と頭を下げたヤマト。

 

 そんな3人に背を向けながら二本指で敬礼を飛ばし、アイリーンに顎で階段を示す。

 そんな雑な仕草にアイリーンはまるでハリウッド映画の登場人物のように肩を竦めて見せたが、黙って階段へと足を向けた。

 

 経年劣化で滑り止めが金具しか残っていないような古い建物ではあるが、掃除はかなり行き届いている。

 そんな階段に3つの足音が重なって響く。

 無言。

 だからこそ、3つの足音のうちの1つの重さが際立つ。

 

「どしたよ、くーの字? ガラにもなく元気がねえな」

「べっつにー。くーちゃんはいつも通りですけどー」

「ならいいがよ」

「うふふ。どうやらこの英雄さんは、女心ってものがまったく理解できないらしいわね。やっぱり教育が必要かしら」

「女。女か。女心、ねえ……」

 

 茶化すように言いながら振り向くと、くーちゃんはほんの少しだけ眉根を寄せながら自分の足元へと視線を落とす。

 

 これは。

 どうやら俺が思っていたよりもずっと、この美少女にしか見えない友人は先日の事を気に病んでいるらしい。

 

 普段ならこうして俺が冗談でくーちゃんを女扱いするべきか悩む素振りを見せれば、すかさずそこに噛みついて皮肉交じりのセクハラ発言でやり返してくるというのに。

 

 予想を大きく外れた落ち込みっぷりにどう反応すべきか束の間だけ考えた俺は、階段を上がる足を止めてくーちゃんと並ぶ。

 そして次の瞬間、平手が肉を打つそれなりに大きな音が階段に響いた。

 

「いったあっいっ! いきなりなにすんのアキラっち!?」

 

 大袈裟に痛がって尻を押さえているくーちゃんに笑みを向け、追い打ちのデコピン。

 その一撃を避けたくーちゃんは、片手で尻を押さえながら器用にあっかんべー! という仕草を返して寄越す。

 

「これからも頼りにしてるぜ、ガンナー?」

「……ふん。セクハラ大魔神に扱き使われるのは怖いけど、友達を守るためなら仕方ないね」

「ふざけんな。くだらねえ事をいつまでもグジグジ気にしてる男友達のケツをひっぱたくのがセクハラであってたまるか」

「間違いなくセクハラですー。それにー、くーちゃんは男でも女でもありませんー。でもってー、セクハラ大魔神のくせにたまにピンポイントで優しくしないでくださいー」

「失礼な。俺ほどの紳士なんて他にいねえだろうに」

「その発言の方が失礼でしょって。マジメに生きてる男の人達に謝って?」

「知るかよ」

 

 そう言ってまた階段を上がり始めた俺の背に、さっきよりも少しだけ軽さを感じさせる足音が続く。

 どうでもいい子供じみたじゃれ合いではあるが、どうやらそれは俺が思ったよりもだいぶ効果的だったらしい。

 

「いい友人ができたわね、クーニー」

「かなあ。……ん。でも、そうだったらいいなあ」

 

 いきなりそんな事をしみじみと呟くように言われても、どう反応したらよいのやら。

 

「かわいい妹の友人には、サービスが必要よね」

「アイ姉、まさか……」

「ええ。このちっぽけな戦争の終わりをもって、数年越しの契約は果たされた事にしましょう。どうせこの心配性のお節介屋さんは、ここでも決して少なくはない働きをするんでしょうし」

 

 契約。

 

 それはなんだと問う前に俺達は5階へと続く踊り場に辿り着き、またあの大仰な鉄の扉に行く手を遮られる。

 

「お気をつけて、カシラ」

 

 そう言いながら鉄の軋む音を階段に響かせたのは、最初にここを通った時にドアを開けてくれた髭面の男。

 

「もちろんよ。ジュリはもう上?」

「ですね。見てるこっちがヒヤヒヤするくらいに気合を入れまくってるんで」

「あの子らしいわね」

 

 ジュリというのは、さっきここを通る時に少しだけ話した美人の姐さんか。

 

 そう考えながら鉄のドアを潜ると、その向こうに立っている髭面の男に深々と頭を下げられる。

 いつでもアサルトライフルの背負い紐を滑らせて俺を撃てる構えではあるが、わざわざ隙を見せるような真似までして、どうして俺なんかに頭を下げて見せるんだろうか。

 

「お客人」

「はいよ」

「ケダモノの群れに、光の射す場所を示してくれたお方を。いつでもナマイキで仕方ないが、それでも間違いなく血を分けた妹を。生き方が見ていて危なっかしい、だからこそ手を貸してやりたくなる歳の離れた友人達を、どうかよろしくお願いいたしやす」

 

 髭面の男が頭を下げたまま視線だけを合わせ、そんなセリフを口にする。

 

「……努力はしますよ。約束はできやしませんがね」

「それで充分。どうかご武運を」

「お互いに」

 

 頷いてドアを閉める髭面の男は、三ッ池公園には向かわずここを守り通すのが役目なんだろう。

 この先には会議室があってそこにはこの商人ギルドのトップであるジョージ爺さんと、それを補佐する議員達、それに俺の予想が正しければいくら金を積み上げても手に入れられないお宝の保管場所がある。

 

 会議室のある5階。

 その廊下を横目にさらに階段を上がる。

 するとまた手榴弾の1つ2つでは破壊できそうにない頑丈そうな鉄製のドアがあって、アイリーンは慣れた様子で鍵穴にカギを挿し込む。

 どうやらここには見張りを配置していないらしい。

 

「さあ、どうぞ。歓迎するわよ、錬金術師さん」

「秘密基地にご案内ってか?」

「基地ではないわね。ハンガー、そしてラボよ」

「……へえ。そいつは楽しみだ」

 

 今から足を踏み入れるのは、この旧市役所の最上階。

 おそらくその屋上には災害時なんかを想定したヘリポートのような施設があって、豊橋で駅に突撃する俺をミサイルで援護したベルチバードがそこにあるんだろう。

 

 だが、それとは別にラボと来やがるか。

 日本語で言えば『研究所』となる施設が、それほどの科学力を持つ相手が、まさか何度も訪れている浜松の街の入り口にあるとは。

 予想すらできなかった。

 

「アキラっち」

「おう」

 

 階段を4、5段ほど上がってからそう言って振り返ると、やけに真剣な目をしたくーちゃんと目が合う。

 背後で頑丈そうなドアを閉めてまた施錠しているアイリーンのニヤリとした笑みが気にかかるが、それを茶化せる雰囲気ではないので、黙ってくーちゃんの次の言葉を待つ。

 

「アイツの、101の代わりだなんて思ってないから」

「はあ? いきなりなんだよ?」

「ただの本音」

「……そうかい」

「うん」

 

 101の代わり。

 わざわざ俺をそう思っていないと告げるからには、この先のラボで101絡みの何事かが待っているという事か。

 

 面倒事じゃねえといいがなあ。

 

 思わずそんな独り言を漏らしかけたが、言葉通りの未来が待っているとは思えない。

 101のアイツ、俺が大好きだったフォールアウト3の主人公なら、どこへ行ってもなにをやっても、確実に厄介事に巻き込まれるであろう事は明白だからだ。

 

「まあ、俺も人の事を言える立場じゃねえか」

 

 ところで将軍。

 

 この世界じゃそんなセリフこそ出てはこないが、こちらに来てから次から次へとやるべき事が多すぎて、その延長線上にあるのがこれから始まる戦争だ。

 そんな俺が101を笑ったり同情したりできるはずもない。

 

「さあ、御開帳よ」

 

 アイリーンがごく普通の引き戸を開けて入室を促す。

 覚悟を決めてその部屋に足を踏み入れた俺は、そんな覚悟が無駄になったのを知って拍子抜けしたような気分になった。

 

 まるで教室のような配置で正面にホワイトボードがあり、それを座る全員が見えるように横長のベンチが置かれているだけの広い部屋。

 俺の目に映ったのは、そんな光景だ。

 

「ミーティング前に、まずは説明と案内ね。腰を落ち着けるのもコーヒーも少し待ってもらうわ」

 

 なるほど。

 ここはミーティングルームという訳か。

 

「あいよ。んで、説明ってのは?」

「まずはそこの表を見てちょうだい。マス目に日付と名前が書きこまれてるでしょう」

「ああ。まあ前半、それも半分以上が『101』って数字だがよ」

「そうね。そしてそこから下は、クーニー」

「だな」

 

 それがどうした?

 

「残りのマス目は5つ。ボーイが今回の戦争でこちらの望む働きをして見せたら、そのマス目は111という数字で埋まるわ。そして、契約が果たされる」

「契約?」

「ええ。101の、クーニーの、そしておそらくボーイのお望み通り、未使用の人造人間のボディーを1つ進呈するわ」

「なっ、なんだとっ!?」

 

 



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空へ

 

 

 

 機械の駆動音。

 それを追うようにバラバラとプロペラが鳴る。

 どちらも、俺の想像よりずいぶんと控えめな音量だ。

 

 この世界にやってきたばかりの頃は余裕がなさ過ぎて気づけなかったが、この遠州という地域はなぜか強風の吹く日が多い。

 たとえここが遠州随一の大都市浜松の街の入り口であっても、夜の闇と強風の音に紛れてしまえばベルチバードの存在を隠し通すのは容易か。

 

「まーだ怒ってんの、アキラっち?」

 

 少しだけ心配そうにそう訊ねるのは、いつかと同じ黒革のライダースジャケットとパンツ姿でベルチバードの後部に乗っているくーちゃんだ。

 このアホは俺がどれだけ言っても戦前のパワーアーマーを装備するのを拒み、身軽な姿で安全バーも掴まずに離陸の時を迎えようとしている。

 

「別に怒っちゃいねえよ。呆れてるだけだ」

「だってしょうがないじゃんー。くーちゃんは電脳少年もピップボーイも持ってないけど、あったら絶対にAGI極振りになってる戦闘スタイルなんだしー」

「そんでもせめてガンナー席にいる間はパワーアーマーを着てろっての」

「ヤダよ。そんなの装備してたら、間違いなくミニガンの命中率が落ちちゃう。そんでなくってもくーちゃんはサブマシンガン以外は得意じゃないしー」

「知るか。さっきも言ったように、離陸して少しでも危険を感じたらロープを結んだカラビナで安全バーとオマエのベルトを繋ぐかんな。そうなっても文句を言うんじゃねえぞ?」

「はいはい。アキラっちは心配性だにゃあ」

 

 知るかと返すと同時に、優しい浮遊感が全身を持ち上げる。

 戦前の遺物。

 ベルチバードの離陸だ。

 まさか自分がベルチバードで空を飛ぶ事になるなんて思いもしなかったが、わずかばかりの高揚感がない事もない。

 

 俺とくーちゃんとジュリの姐さんを後部に乗せ、ベルチバードは漆黒の闇へと浮かび上がった。

 

「……シンスのボディー。それも人格インストール前の新品が、まさかこんな近所にあったなんてな」

 

 呟きながら市役所の屋上に開いた大きな穴の向こう、機械の計器が微かに光るラボを見下ろしてタバコを咥えて火を点ける。

 

 人造人間のボディー。

 そんな代物がある場所なら、ラボなんて大層な名で呼ばれても当然だろう。

 アイリーンはどうせ見てもわからないだろうが、見なくては信用もできないだろうからと、保存液で満たされたチューブの中で立ったまま眠っているようにしか見えない人造人間の体を俺に見せてくれた。

 

 そしてかなり簡単にではあるが、日本製の三式機械歩兵へインストールされたサクラさんの人格プログラムをどのように、どの程度の正確さと成功確率で新品の人造人間のボディーに移植できるかを説明した。

 

 最終的に決断を下すのはサクラさん本人とその伴侶であるウルフギャングだが、説明を聞いた限りでは賭けと表現するほどの危険すらなさそうなので、この夏が終わればウルフギャングの店のカウンターにとびきりの美人が立って、夜毎酔っぱらい共から熱い視線を向けられる事になるのかもしれない。

 

「見て、アキラっち」

「あん?」

 

 くーちゃんが指差す方に視線を向ける。

 すると各階から洩れるわずかな生活光のおかげで朧げにその姿を認識できる浜松の街の象徴、浜松城の姿がメガネ越しに見えた。

 

 浜松の街を訪れる前に想像していたよりはだいぶ小振りだが、実際に商業区画から見上げている時よりもだいぶ大きく感じる建造物。

 大昔にではあるが戦うために建てられたその城を攻めるとなれば、どんな作戦を立てるべきなのか。

 

 俺とタイチなら2人でパワーアーマーを装備して惜しみなくレジェンダリー武器で武装し、派手に銃弾をバラ撒いて牽制しながらタレットを配置して、ジリジリと前線を押し上げればいいだけだが、四ツ池の戦力とそれを率いる新制帝国軍の反乱部隊の装備と練度を見てみなければ作戦の立てようがない。

 

「ずいぶんと難しい顔をするじゃないか、お客人。そんなんじゃせっかくの色男が台無しだよ?」

 

 そう言いながらからかうように微笑むのは、俺とタイチとアイリーンをラボで待っていたジュリ姐さんだ。

 この婀娜っぽい美人さんはなんと四ツ池の集落の戦闘部隊を率いる隊長さんであるらしく、ベルチバードが離陸しても顔色すら変えない。

 きっとくーちゃんと同じように慣れているんだろう。

 

「お世辞はよしてくださいって。それより、まだ四ツ池の集落の戦闘部隊の装備なんかは教えちゃくれないんで?」

 

 俺のそんな問いに、ジュリ姐さんはニヤリと口角を上げて2本の指を突き出す。

 タバコをくれという意味だろうと戦前のパワーアーマーの腰のケースに入っている箱を渡すと、ジュリ姐さんは気が利かないねえと言いつつ1本抜き出して化粧っ気のない唇に挟む。

 

「ジュリ姐、ほい」

「ありがとう。こんないい女にタバコを渡すんなら、自分で咥えて火を点けてから渡すのがスジだろうに。教育が足りてないんじゃないか、くー?」

「はいはい。それは申し訳ありませんねえ」

 

 俺達とお揃いのライターでジュリ姐さんのタバコに火を点けてやったくーちゃんは、アイリーンと同じように芝居がかった仕草で肩を竦めて見せてから自分もタバコを咥えて火を点ける。

 

 俺は操縦席の後ろにある段差に腰掛けているし、ジュリ姐さんは後部スペースの床で胡坐を掻いている。

 それなのに頭上の安全バーすら掴まず立っているくーちゃんは、どんなバランス感覚をしているんだか。さすがはAGI型といったところだ。

 

「数は50」

「……小さな集落の戦闘部隊にしちゃ数が多いな」

「あたしらは四ツ池の集落の戦闘部隊じゃなく、四ツ池の集落があたしら戦闘部隊の駐屯地って感じだからね」

「なるほど」

「武装は全員にハンドガン。斥候にスカウトライフル、数は少ないが機関銃手に軽機関銃、その他はアサルトライフルだね。すべて戦前のアメリカ製さ」

「と、とんでもねえな……」

 

 この時代のこの国では間違いなく最高の武装を施された兵が50。

 だけでなく、20ちょっとの新制帝国軍反乱部隊。

 

 それが今まさに遠ざかっている浜松の街へと攻め込めば、商業ギルドが抱える戦闘員や、金で雇われた山師達が新制帝国軍の横っ腹を突く。

 

 たしかに勝ち目は充分にありそうだ。

 

「まあ、心配はいらないって。アキラっち」

「んだよ。やっぱなんか隠し球でもあるんか?」

「まーね。四ツ池の集落に下りる前にはわかるよ」

「ったく、今のうちに教えてくれりゃ作戦だって考えやすいだろうに」

「えっ。でもアキラっち、指揮はエイ姉に任せるって言ってなかった?」

 

 エイ姉というのは四ツ池の集落に駐屯している新制帝国軍の反乱部隊の隊長で、たしかに俺はラボでのミーティングの際に指揮はできるだけその女隊長に任せると伝えてあった。

 

 そして俺はこのベルチバードから戦況を眺め、守りの厚そうな場所やピンチに陥る部隊があれば、そこにパワーアーマーで降下して助太刀をする遊撃部隊のような役割をこなそうと考えている。

 

 



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闇を裂く閃光

 

 

 

「緊急回避!」

 

 突然の声。

 まるで叫ぶような金切り声はコックピットから届く肉声、周波数を合わせた戦前のパワーアーマーのヘルメットに内蔵されたスピーカーからの声、両方が鼓膜を叩く。

 

 そのアイリーンの声色に今までにない、ステルス状態で銃口を向けられた時などとは比べ物にならない切迫さを感じた俺は、思わず身構えながら怒鳴り返していた。

 

「いきなりなんだってん…… マジかっ!?」

 

 怒鳴り声とほぼ同時に、強烈な光が俺達を照らす。

 

 どうやったって確かめようはないが、もしこの暗闇を滑るように飛び始めたベルチバードをさらに上空から俯瞰できるのならば、闇を裂く一条の光に射抜かれた機体が、次の瞬間には黒煙を吹いて墜落する未来さえ幻視できるのかもしれない。

 

「そのオンボロ軍用投光器が修理されてるなんて、くーちゃんは聞いてないんですけどっ!?」

 

 投光器。

 その名の通り強烈な光を発する機械。

 俺達の乗るベルチバードを照らし出したのは、軍用の名に恥じない強烈な光だ。

 

 閃光。

 

 それを追うように、白煙が尾を引く飛行物体がベルチバードに迫る。

 対空ミサイル。

 そんな呼称を脳が思い出す前に、アイリーンの駆るベルチバードは急降下をしながら急激な方向転換に移った。

 

 爆音。

 見事な追尾でベルチバードの後席を射抜く閃光に、少しだけ赤が混じる。

 

 どうやら対空ミサイルはベルチバードの機体ではなく、ついさっき飛び立ったばかりの旧市役所の屋上に着弾したらしい。

 俺はパワーアーマーを装備しているのでわからないが、もし生身のままだったならば、爆風やその熱までもをこの身で感じていたのかもしれない。

 それほどの近さだ。

 

「おいっ、くー!」

「……あっ」

 

 ジュリ姐さんの叫び。

 緊急事態にはそぐわない、くーちゃんの小さな、呟きのような声。

 

「このっバカヤロウ!」

 

 まるで風に吹かれて舞い上がる枯葉のように、成人男子にしては小柄な体が宙に浮かぶ。

 

 ただでさえ狭いベルチバードの後部。

 ガンナー席のミニガンにいつでも取りついてそれを撃てる位置に立っていたくーちゃんの体は、急激な回避行動と旧市役所の屋上付近に着弾したミサイルの爆風で、ベルチバードの外に放り出されてしまう。

 

「……あぐうっ!?」

 

 余裕の欠片もない悲鳴。

 

 それがどちらの口から発せられたのかなんて考える余裕はない。

 俺は俺で戦前のパワーアーマーを装備しているとはいえハッチ上部の安全バーを握り、宙に投げ出されたくーちゃんの腕を掴んで、俺よりだいぶ軽いはずの体重に比例した衝撃とその激痛に襲われている。

 

 だが俺だけでなく、生身でパワーアーマーに腕を掴まれたくーちゃんの痛みだって半端ではないだろう。

 

「だからパワーアーマーを装備しろって言っただろうがよっ!」

「痛っ! ううっ、痛いってばアキラっち!」

「うるせえっ。痛みなんか今はどうでもいいんだよっ!」

 

 なんとも乱暴な言に聞こえるだろうが、それは間違いのない真実だ。

 

 現に俺達の乗るベルチバードはどう考えてもムチャな軌道でギリギリ対空ミサイルを回避。

 そしてその対空ミサイルが旧市役所の屋上の一角を削り取っても、操縦席にいるアイリーンは機体を左右に振りながら急上昇と急降下を繰り返している。

 

 つまり、ミサイルがまたこのベルチバードに向かって飛んでくるんだろう。

 

「お客人、早くっ!」

「わあってるってんだよっ!」

 

 右に左に上に下に、それぞれの方向に斜めに、時には弧を描くような動きまで。

 機体が降られる度とんでもない力で振り飛ばされそうになる。

 

 いくらパワーアーマーを装備しているとはいえ、片手でベルチバードに掴まりながらくーちゃんの腕を握っていては、いつ振り落とされても不思議ではない。

 

 おそらく現在の高度は100メートルもないんだろうが、こんな高さから宙に放り出されたら、パワーアーマーを装備している俺はまだしも、生身のくーちゃんのは確実に命を落とす。

 

 ゲームやアニメならここでパワーアーマーを装備した俺がくーちゃんを抱きかかえるようにして飛び降りても無事に着地となるんだろうが、そんな事を現実でするのは、鉄の塊に人間を括りつけて高度100メートルから落とすようなものだろう。

 

 パワーアーマーがどれだけ衝撃を殺しても、生身の体の方はそれに耐えられず全身の骨が折れるだろうし、腕の関節部なんかで手酷い裂傷を負うはずだ。

 下手をすれば、手足の1本くらい千切れ飛んでもおかしくはない。

 

「アキラっち、手を離して!」

「できるかボケェ!」

「じゃないと本命が来ちゃうんだってば!」

 

 本命?

 

「対空ミサイルの次は、目標補足コンピューター付きのレジェンダリーミサイルランチャーでもぶっ放すってのか!? 上等だっての!」

「違うってば! さーちゃんの本命は、いつだって……」

 

 グダグダ話すのは後でいい。

 そう叫ぶ代わりに、渾身の力でくーちゃんの体を持ち上げる。

 対空ミサイルの攻撃が止んだのか、ベルチバードの機動が少しだけ落ち着いた今がチャンス。

 

「急ぎなさい、111!」

「わあってんよっ! ……ぐ、うっ。どっせ━━━━いっ!」

 

 多少のケガなら許せ。

 

 そう心の中で思いながら力を振り絞る。

 ベルチバードの後部に投げ込むように持ち上げたくーちゃんと目が合う。

 

 その涙が滲む瞳が唐突に見開かれると同時に、衝撃。

 

「アキラっちー!」

「お客人っ!」

「111、意識を手放しちゃダメっ!」

 

 最後に聞こえたアイリーンの声は、なぜか途中で途切れてしまう。

 

 なぜだ?

 

 声に出す前に、その理由を理解する。

 

 風。

 ベルチバードのローターとエンジン音。

 何事かを叫び続けているらしいくーちゃんの声。

 それらは、パワーアーマーのスピーカーではなく、剥き出しになった俺の耳から聞こえた。

 

 激痛は、それらを理解した後に感じた気がする。

 

 これ、HPは残ってんのか?

 

 いくら戦前の日本製とはいえパワーアーマーのヘルメットを消し飛ばした攻撃。

 そんなのを受けて、よくも即死しなかったものだ。

 

「……残り1ミリかよ。運で生き残ったんだな、こりゃ」

 

 まるで地面に吸い込まれるかのように意識が遠のく。

 いつだったかフォールアウト3を2日と10数時間ぶっ続けで遊んでいた時、こんな感じで眠りに落ちたのを思い出す。

 

 残りHP1ミリ。

 フォールアウト3仕様のパワーアーマーはヘルメットが大破。

 しかもこの戦前のパワーアーマーで落下実験はしていないし、もしもコンピューターか何かが落下時の姿勢制御を補助してくれるのなら、そしてその機構がヘルメットに内蔵されている仕様なら、こんな高さから自由落下している俺が生き残れる可能性は限りなく0に近い。

 

 ついに、年貢の納め時か……

 

 そう覚悟をすると同時に、いくつかの顔が夏の夜空に浮かんで見えた。

 

 ミサキ。

 シズク。

 セイちゃん。

 カナタ。

 

 俺の大切な人達。

 愛していると胸を張って言い切れる女達。

 それらの顔が夜空に浮かび上がって、ゆっくりと遠ざかってゆく。

 

 当たり前だ。

 俺は今、6階建ての旧市役所より高い場所から落下しているんだから。

 

「すまねえ…………」

 

 そう呟いた途端、落下スピードが増す。

 いや、増したような気がしただけか。

 

「アキラっち━━━━━━━━っ!!」

 

 もうだいぶ離れて見えるくーちゃんが右手を限界まで伸ばして叫ぶ。

 

 そんなくーちゃんがベルチバードから落ちぬよう小柄な体を必死で引き戻そうとしているジュリ姐さんの瞳には、なんとも形容しがたい色が滲んで。

 アイリーンは漆黒の闇を滑るようにしてベルチバードの方向転換を試みているようだが、どうしたって落下している乗員を助ける術などないだろう。

 

 つまり、俺はここで死ぬらしい。

 

 

 



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