オーバーロードSS 『ナザリック狂詩曲』  (kairaku)
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『ナザリック狂詩曲』 その1

書籍版の設定で書いてあります。第八巻の続きの話です。

前回作者が投稿した「オーバーロードSS 戦闘メイドの休日」を読むと
より状況が分かりやすいです。



ナザリック地下大墳墓 勤務室

 

 

「ん~もう一押しといったところか」

 

いつもの黒壇の机が置いてある部屋でアインズは一人羊革紙を読んでいた。

アンティーク調に作られた大きめの椅子をしならせながら羊革紙を考え込むように覗く姿は支配者というよりも大企業の社長のようである。

 

コンコンとドアを数回ノックする音が聞こえる。

 

「入れ。――忙しい中呼び出して悪いなアウラ」

 

「いえそんな! アインズ様のお呼び出しならどこからでもすぐ駆けつけます!」

 

相変わらずの畏まった態度とやり取りにアインズは軽く頷く。

 

「アインズ様、それなんですか?」

 

アインズの座る椅子の脇からアウラがひょっこり顔を出す。

普段であれば不敬な態度と指摘されるような行動だが、今この部屋にはそれを指摘する人物はいない。

 

「ん、あぁこれは王国で売っている新聞みたいなものだ。司書長に翻訳させたやつだが……」

 

ふとアウラを見るアインズ。前に東の森を二人で探索してから、アウラは前よりも自分に懐いているように思える。

 

「?……どうしたんですかアインズ様?」

 

不思議そうにこちらを覗くアウラ。その可愛らしい仕草に微笑ましさを感じる。

アインズの顔に頬肉があればだらしがなく緩んでいただろう。

 

(共同で行動する事でお互いの意思疎通が上手く出来た結果だな。これはいい事じゃないか。仕事は仕事、それ以外の時はこうやって家族のように過ごせたら……)

 

家族という単語に感慨深い何かを感じるアインズ。

父親としての自分を想像し、その横に怪しく微笑むアルベドが現れ妄想を掻き消すように頭を振るう。

 

この部屋で押し倒されて以来アルベドの事が少し怖い。

 

「大丈夫ですかアインズ様!?」

 

心配そうなアウラを安心させるようにいつもの支配者らしい態度に戻る。

 

「ん、んん!大丈夫だアウラ、少し考え事をしていた……うん、よしアウラそこに立っていたら読みにくいだろう。――私の膝の上に座るか?」

 

えぇー!っと言った叫びが部屋中に鳴り響く。

慌ててメイドと八肢刀の暗殺虫(エイトエッジ・アサシン)が駆けつけるがアインズはなんでもないと追い返す。

 

嫌なら~とアインズが言いかけたところでアウラはこれでもかと首を振るう。

 

「違います違います! 嫌じゃありません! しかしその至高の御方の上に座るなんて恐れ多いこと……不敬です!」

 

アインズはアウラの慌て様に悪い事をしたと思いつつも、アインズの膝上を未練がましそうに見るアウラに新聞を置いて膝をポンポンと叩く。

あ、あ、とゆっくりと近づくアウラ。

 

「構わんぞアウラ。私が許可しているんだ、遠慮せずに座れ」

 

アウラは数度息を整えると失礼しますとアインズの膝の上に座る。

 

カチコチに緊張して長い耳まで真っ赤だ。

アインズからは伺えないがその顔は山頂の絶景を見下ろしてるような感動しきった顔だ。

 

うむ、と子供を膝に乗せる父親のような満足感を感じながらアインズは再び新聞を読む。

読み終えるまでの間アウラはただの置物のように動かなかったがその表情はとても幸せそうであった。

 

しばらくのどかな時間が流れ、読み終えたアインズが新聞をデスクの上に置く。

一方のアウラはアインズの膝の上から下りた今でも身体をカチカチにさせている。

 

また数度深呼吸してアインズに向き合う。

 

「ありがとうございました!一生忘れません!!」

 

「う、うむ」

 

「……そ、それでその、私を呼ばれたのは?」

 

「あぁそうだった。実はアウラに聞きたい事があるんだ」

 

なんでしょうかと少し緊張した面持ちで態度を改める。

 

「いやそんな緊張しなくていい。実は今度モモンとして王国の『慰霊式』に呼ばれてな、その際に民衆に何か激励のような事をしてくれと頼まれたのだ」

 

王国の使者には『慰霊式』と聞かされたが、詳しい内容を聞くとヤルダバオトの襲撃で犠牲になった人々への慰霊と王国の危機を防いだという祝賀を合わせたもので、どちらかと言うと『祭』のような話の印象だ。

日本人の感覚としてはやや不謹慎のように感じる。

 

「はぁ……」

 

「私としては軽く挨拶して終わりにしようと思っていたのだが……ある計画の為、より民衆に好感を持たれるような事をしたくてな」

 

アインズの作り出した冒険者モモンという人物は既に王国では絶大な人気がある。

ヤルダバオトを撃退し王国を救ったことで一般の多くの人間にもモモンの名は知れ渡ったであろう。

 

しかしと思う。アインズは新聞に目を落とす。

 

新聞に書かれた記事はどれも絶賛された内容ばかりだが、決まって『謎の』とか『実は○○ではないか』など

変な憶測と根も葉もない噂が書かれている。

 

これはモモンの秘密を隠す為仕方ない事なのだが、これからの計画を進める上で何かしら障害になるかも知れない。

 

人の口に戸は立てられぬ。噂を完全になくす事はできないが、一般の大衆にモモンという人物は好人物であるとアピールできれば流れる噂も良いものへと変わるだろう。

 

「そこでターゲットを子供に縛り、何か催しものを考えてる」

 

不特定多数に対するアピールでは効果は薄い。好感を持たれるならばやはり子供だろう。

子供に好かれる人物を怪しく思う人間は少ないはずだし、子供に好かれればその親にもいい印象を与えるだろう。

 

「なるほどそれで私が……」

 

どこかがっかりしたように返事をするアウラ。

 

(子供の事は子供に聞くのが一番。売りたい商品を売るには顧客の気持ちを考える。商売(マーケティング)の基本だ)

アウラの様子に気付かず、うんうんと一人納得するアインズ。

 

アウラは少し悩み、その後真っ直ぐとアインズを見ながらビシッとした態度で自分の答えを言う。

 

「……そうですね。私はアインズ様にして頂けるなら何をされても嬉しいです!」

 

「あぁ……うん、とても嬉しい返答だが、その中でも特にこうしてもらったら嬉しいとか、こういう事がしたいとかないか?」

 

再び悩みだすアウラ。

 

「そうですね……ナザリックがここに来たばかりの時、アインズ様が私の階層でスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力をお見せ下さったことが嬉しかったです。あとは……その……またアインズ様と二人でフェンリルに乗りたいなって」

 

もじもじと照れるアウラをよそに、なるほどなるほど、と唸るアインズ。

 

「――うん! いいアイディアが閃いたぞ。感謝するぞアウラ」

 

満足気なアインズに満面の笑みのアウラ。至高の御方に喜ばれることこそ自分の喜び。

 

「はい!アインズ様のお役に立てて嬉しいです!」

 

 



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『ナザリック狂詩曲』 その2

ナザリック地下大墳墓 第九階層

 

 

その日マーレはデミウルゴスに呼ばれていた。

 

指定された場所である第九階層のバーカウンターに予定された時間より早く着いたマーレはキノコ頭の副料理長に挨拶するとバーカウンターの奥の椅子に座る。

 

副料理長はニッコリ――彼の顔ではそういうことになっている表情を見せると慣れた手つきでグラスにリンゴジュースを注ぐ。

マーレは礼を言うとリンゴジュースをちびちびと飲みながらデミウルゴスを待つ。

 

今回のデミウルゴスの呼び出しには事前に姉(アウラ)には秘密でと伝えられていた。

何やら重大そうな話で正直不安だ。デミウルゴスの話だからナザリックにとって重要な話なのかも知れない。

 

またアインズ様に捧げる有益な計画を立案したのだろうか。

もしそうなら自分はそれに従い一生懸命頑張るだけだ。

 

自分の存在はただ至高の御方の為にある。そこに何の疑念も無い。

バーの雰囲気に誘われてかそんな物思いにふけるマーレ。

 

しばらくして約束の時間ピッタリにデミウルゴスが現れた。

 

「やぁマーレ、待たせてすまないね」

 

「い、いえ平気です」

 

デミウルゴスはマーレの横の席に座り、副料理長に目線で合図する。

副料理長も心得えおりスナップを利かせシャカシャカとシェイカーを振るう。

やがて軽快な音が収まり、グラスに鮮やかな真紅のカクテルが注がれる。

 

「それじゃまずは乾杯しましょうかマーレ」

 

「え、えっと、何にでしょう?」

 

「そうだね。コキュートスと飲む時もそうなんだが……至高の御方々に」

 

「――はい! 至高の御方々に!」

 

軽く音を鳴らし互いにグラスを飲む。

紅いカクテルを上品に傾けて飲むデミウルゴスは様になっていて大変格好いい。

副料理長も満足気である。

 

「仕事はどうかなマーレ?」

 

「は、はい。基本は第六階層の守護ですが、たまに姉に頼まれて外の要塞造りを手伝ってます。あとはアインズ様の御命令で重要な伝言を伝えたり誰かを手伝ったり……」

 

マーレは仕事を思い出すうちに嬉しさを押さえられないといった感じで口元を緩ませ思い出にふけ、ハッとする。

 

「す、すみません。僕がアインズ様にご報告する度に、アインズ様が優しく声をかけて下さるのが嬉しくて……それを思い出して……」

 

うんうんとよく分かるといった様子でマーレの話を聞くデミウルゴス。

 

「私もアインズ様にお会いするたびにアインズ様の器の大きさを実感するよ。私などの身を案じて、お慈悲ある言葉をかけて下さったり、私の仕事において何かと都合させて頂けたり……」

 

デミウルゴスとマーレは互いを見ると自らの最高の主人に向け乾杯する。

グラスの飲み物はこれ以上ないほど美味しく感じた。

 

しばらくアインズ関連の雑談、ほとんどがアインズを褒め称えたものが続いたが、一息ついた時マーレが口を開いた。

 

「あ、あの、それでお話というのは?」

 

「んん、まぁ正直なところそれほど重大な話ってわけではないんだ。呼び出しておいてなんだがね。……アウラの様子は最近どうだい?」

 

はぁと伺うようにデミウルゴスを見るマーレ。デミウルゴスにしては歯切れが悪い言い回しだ。

 

「お、おねえちゃんですか?……最近特に変わった感じは……ありません」

 

デミウルゴスは「そうか」と呟くと何やら考えこんでいる。しばしの沈黙にマーレが不安を覚える。

 

デミウルゴスが何度かグラスに口を付けると重々しく口を開いた。

 

「……今メイド達の間である噂が流行っていてね――『アインズ様がアウラに告白した』というものだ」

 

「え、えぇーー!!??」

 

普段のマーレからしてみればかなりの大きな声を上げ驚愕の表情を見せる。

 

「ほ、ほんとなんですか!?」

 

「それを確かめる意味を込めて君に聞いてみたのだがね。メイド達の話を聞くに真実みたいなんだ」

 

マーレは開いた口が塞がらない。姉がアインズ様に告白された。

それはつまり姉はアインズ様のお嫁さんになるってこと?

いや違うそうと決まったわけじゃない。告白されたってことは好きって言われたってこと。愛してるってアインズ様に言われて――

 

「――――羨ましい」

 

「えっ?」

 

「い、いえ! しかしそれはその……大変なことなんじゃ……」

 

不安そうに尋ねるマーレに対し、デミウルゴスは少し意地悪気な顔をして大袈裟に肩をすくめる。

 

「いーや。話を色々聞いてみて察するに――アインズ様のアウラに対しての告白というのはあくまでただの慈愛の御言葉。子供に対する大人の愛情でしょうね」

 

デミウルゴスの言葉の意味を慎重に考えて、デミウルゴスのおどけた態度を考えて……。

ようやく冗談だと気付く。

 

ふにゃふにゃとカウンターにうつぶせるマーレ。ホッとしたような残念のような複雑な気持ちを溜め息で出す。

 

「ハッハッハッ、驚かせてすまないね!」

 

「び、びっくりしました……」

 

小さなドッキリを成功させ悪魔らしく上機嫌なデミウルゴスだったがそれもしばらくの間で

眼鏡に手を触れると表情を変えるように眼鏡を直す。

 

「噂の内容自体は他愛無いものです。よく聞けば冗談のたぐいと分かりますし、アインズ様とアウラの微笑ましい話です。……だが噂を聞いた中には本気に捉える者もいるかも知れません」

 

マーレの頭に約二名の守護者が現れマーレの頭の中で盛大に暴れる。

デミウルゴスも同じ想像をしているのか頭痛を抑えるように頭に手を当てる。

 

「だ、大丈夫でしょうか?」

 

「まだ何も動きがないから二人はまだ知らないのだろう。特にアルベドに知られてないのは幸いだ。正直放っておきたいところだが、最近の統括殿の行動を見ると……忠誠心と能力は疑わないのだが」

 

デミウルゴスは不満を飲み込むようにグラスを傾ける。

 

「とりあえず噂をこれ以上広めないようにメイド達にやんわり言っておいた、変に口止めして噂に『尾ひれ』がついてはたまらいないのでね。厳禁にはしてないからいずれアルベドやシャルティアの耳にも入るだろう。なのでこちらから先に手を打つ」

 

「て、手を打つ?」

 

「コキュートスには既に了解を取ってある。あまり乗り気じゃないがね。マーレにも協力して欲しい」

 

デミウルゴスの策だ、悪いことにはならないだろう。マーレは頷き了解した。

 

 

こうしてナザリック内で起こる狂詩曲は静かに始まった。

 



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『ナザリック狂詩曲』 その3

王都 中央広場

 

 

飾られた壇上の上から漆黒の戦士が万雷の拍手を受けながら降りる。

拍手だけでない。歓声や口笛、あらゆる歓喜の表現が向けられ、中には涙ぐむものさえいる。

 

「素晴らしい演説でした!」

 

王女ラナーが輝くような笑顔で漆黒の戦士を称賛するとそれを皮切りに、今回この式典『慰霊式(いれいしき)』に参加した要人達が続々と漆黒の戦士に握手を求めてきた。

 

皆、称賛の言葉を口にし漆黒の戦士を褒め称える。

 

(はぁ。勘弁してくれ……)

 

漆黒の戦士ことモモン……ことアインズは胸の奥で大きな溜め息をついた。

 

今回この慰霊式に出るにあたって国民に激励の言葉を送って欲しい、つまるとこ演説を頼まれたのだが正直なところアインズには全く自信がなかった。

 

この体になってから演説のような事は何度かしてきたが、それはあくまでナザリック内でのこと。 支配者という立場での演説と今回のような立場での演説は全く違う。

そもそも普段の演説だって上手くいっているのかと疑問が残る。

 

(功労者の立場でとはいえ、大勢の人間の前でいったい何を話せというのか……)

 

そもそも立場で考えればアインズは『加害者』側なので加害者が被害者に激励の言葉を送るということになる。

笑えるほど理不尽な話だが、アインズの心に罪悪感という気持ちは既にない。

 

『そんな事』よりも演説の内容に困ったアインズはそれとなくデミウルゴスに相談し草案のようなものをデミウルゴスから受け取る事に成功した。

 

一安心と思いきや、よくよく内容を読んでみると、どうも高圧的というか人間を見下してるような印象を感じてしまう。

 

結局悩んだ末、デミウルゴスの草案を元でに書き直し、何度か抑制しそうになりながらも演説を成功させた。

 

(しかしなんか予想以上に受けているな)

 

喋っていた自分でもなかなか良いこと言ってるなぁとは思ったが、結果を見るに予想以上に素晴らしい演説になっていたようだ。

壇上から降りてしばらく経つがいまだに歓声が止まない。

 

今回アインズが書き直した演説部分は、鈴木悟の時に見た大昔のロボットアニメをそのまま『パクらせて』もらった。

 

アニメ好きの仲間に「これぞロボットアニメの古典だ」と進められて見た作品で

ロボット物ながら人間ドラマが面白く、当時は結構ハマってしまった。

 

その作品内に出てくる独裁者の演説とデミウルゴスの草案が合わさった結果、

『恐ろしく盛り上がる演説』になってしまったことにアインズは気付かず

「この原稿、また何か使えそうだな」と呑気に思う。

 

「モモン様っ、素晴らしい演説でした!!」

 

仮面とフードを身に付けた子供のように小さい人間がこちらに向かって来る。

心の中で舌打ちをするアインズ。

 

(ナーベではないが、下等生物(ハエ)と言いたくなるな)

 

ガゼフが出席出来ないと知ってホッとしていたところに現れたので余計にうっとおしく感じる。

 

「モモン様の後に語る者は可哀想ですね、あれ以上の演説など出来ないでしょう」

 

「どうもありがとうイビルアイ。……それよりここに居て大丈夫なのか? この後すぐに出立すると聞いたが?」

 

アインズは内心とっと行けと、促すように遠くで手を振る『蒼の薔薇』の面々を見た。

すでに挨拶と激励を終えてる蒼の薔薇は式の最中だが急ぎの用で途中退場すると聞いてある。

 

「あの老婆が急用などと言わなければ――っとモモン様には関係ない話でしたね。仲間にお願いして少しだけ時間をもらいました」

 

アインズは少し身構える。この女は出会いから幾度かこちらに怪しい視線を送って来ている。

……もしやという疑いの芽がアインズにはあった。

 

「その、モモン様に言いたい事があって!」

 

「…………なんだ」

 

「実は私は…………」

 

イビルアイはそこから先何も言わず沈黙してしまう。

何が言いたいんだとアインズが仮面の顔をじっと見つめると、イビルアイは背けるように顔を横に向ける。

 

本当になんなんだコイツとイライラし始めるアインズ。

この仮面の女には会ってからずっと不快な思いをさせられっぱなしだ。

今も仮面で表情は分からないが、時おり熱い視線でこちらを見ている気がする。

 

しばし沈黙が続くと式の外れから美しい女性がモモンに近づいて来る。

 

「モモンさ――ん。こちらの準備が整いました」

 

美しい女性、モモンのパートナーであるナーベはその場の空気を読まず、無遠慮にモモンとイビルアイの間に入って来た。

イビルアイが仮面の下で小さい声で呻く。

 

「了解した。すまない、こちらもこの後に催しの準備があるのだが」

 

「あ、あぁそうですか……」

 

「話の方だが――」

 

「いえその――! 今度エ・ランテルに寄るので一緒に買い物等でもどうですか?!」

 

イビルアイに気付かれない程ではあるが漆黒の戦士に動揺が走る。

この女が何を考えてるのか分からない――が、イビルアイの『提案』にモモンは思わず苦笑を漏らす。

 

「……素敵な提案ですね。喜んで付き合いましょう」

 

アインズの苦笑の声を喜んでいると勘違いしているのか、イビルアイはどことなく嬉しそうに感じる。

 

「ありがとうございます!ではまたいずれ!」

 

別れ際に意味ありげにナーベを見ると仲間の元へ文字どおり飛んで行った。

 

「よろしいのですか? あのような約束を下等生物(ガガンボ)にしてしまって」

 

「構わない。――楽しみだよエ・ランテルに来るのが」

 

漆黒の兜の下、暗く笑うアインズにナーベは静かに頷いた。

 

 

来賓の挨拶が終わり、ささやかな祭りが始まった。

出店から香しい肉の焼ける匂いとワインの香り。楽団が音楽を奏で、そのリズムに踊り子が踊る。

 

モモンとナーベがいる噴水前の広場では子供とその親御がモモン達を囲むように並んでいる。

 

「集まって頂いたことに礼を言おう。これよりささやかなながら余興をお見せしようと思う。喜んで貰えたら嬉しい限りだ」

 

子供達が騒ぎ、大人達が拍手する。

 

「まずは挨拶代わりだ。少々危ないので皆さん離れてください――来い、ハムスケ!」

 

広場の端で待機していたハムスケが民衆を飛び越えモモンの元へ現れる。

歓声から悲鳴に変わり、怯えが走る。

 

モモンを乗せ従っていることは理解しているはずだが、人々は森の賢王の姿には今だ慣れてはいない。

アインズからすればただのでっかいハムスターだがこの世界の人々からすれば恐ろしい魔獣なのだ。

 

そんな民衆の反応に我関せずのハムスケは背中に取り付けられた大きな鞍をうっとおしそうに体をよじっている。

 

「今日は森の賢王ことハムスケの力を皆さんにご覧にいれよう!」

 

「よろしくお願いするでござる!」

 

モモンがナーベの手伝いで二つの大剣を抜くとハムスケに構える。

ハムスケもそれに合わせ可愛い瞳をキュッと引き締める。

 

「いくぞハムスケ!」

 

「はいでごさる殿!」

 

モモンが剣を振るう。離れている民衆にまで剣風が届き、その太刀筋の鋭さに周りが驚く。

が、ハムスケはその太刀筋を紙一重でかわす。モモンは続け様に両手の大剣を振るうがハムスケは見事に避けきる。

 

こわごわ見ていた民衆からは次第に歓声が上がり、ハムスケが大きくジャンプしてモモンの後ろ側に立つと拍手が上がった。

 

「ナーベ!」

 

モモンの声に両者から離れた位置で見ていたナーベが用意していたリンゴをハムスケに投げつける。

ハムスケは投げつけられたリンゴを蛇じみた尻尾で切り裂くと、そのまま大きな口を開け食べた。

 

どや顔のハムスケ。子供達が笑い声を上げる。

ナーベはまた一個、更にもう一個とハムスケにリンゴを投げつける。

 

そのどれもをハムスケは華麗に切り裂き口にほうばる。最早ただの観客とかした民衆が口々にハムスケを称賛する。

 

「最後だ!」

 

モモンの掛け声のもと、ナーベが複数のリンゴを投げつける。

空中に舞う五個のリンゴ。ハムスケはクルリと一回転して尻尾をしならすと一太刀で全てのリンゴを切り裂いた。

 

数を増したリンゴは落下する勢いのままハムスケの口の中に入っていき

最後のリンゴがハムスケの口に入ると大歓声が上がった。

 

「ありがとうでござる~~♪」

 

観客に手を振るハムスケ。さっきまで恐れられていたハムスケに子供達は

「すごいすごい!」「カッコいい!」と興奮して近付く。

モモンの目が漆黒の兜の下でキラリと光る。

 

「私と乗ってみるか?」

 

一斉にモモンに集まる子供達。なぜかナーベも子供と一緒に集まる。

 

(なぜナーベラルも期待しているんだ!)

 

ナーベを無視し、モモンは一人の可愛らしい少女を選ぶと少女の親御に許可を取りハムスケに乗せた。支えるように後ろにモモンが座る。

 

ナーベからギリギリと歯軋りの音が聴こえる。後で拳骨だな。

 

ハムスケは少女が落ちないようゆっくりと噴水の周りを歩く。

最初は少し怖がっていた少女は徐々に嬉しそうに声を上げ、親に手を振るう。

 

再びの大歓声。今度はモモンに対して称賛する声が続々上がる。

 

「モモン様ありがとうございます!」

 

可愛らしい少女の丁寧な礼にモモンは少女の頭を優しく撫で応えてあげる。

遠くでリンゴを握り潰したような音が聴こえた。

 

なんかお前アルベドに似てきたな。

 

その後数人の子供達と相乗りをするとハムスケから降り、子供達だけでハムスケと遊ばせる。

 

「うん。いいアピールになっただろう」

 

「はい。モモンさんを絶賛する声があちらこちらから聞こえて来ます。当然ですが」

 

この催しは大成功だろう。これでモモンという存在は更に人気者になったはずだ。

 

(アウラの発言がいいヒントになったな。帰ったら何か褒美をやるかな)

 

満足しているアインズにナーベラルは恐る恐るといった様子で神妙に尋ねる。

 

「あのアイ――モモンさん、少しお聞きしてもよいでしょうか?」

 

ナーベラルの様子を察し、人だかりから離れた所に場所を変えるとナーベラルに促した。

 

「なんだ?」

 

「その……アインズ様はあのような少女が好みなのでしょうか?」

 

「はぁ!?」

 

思わず大きい声を出してしまうアインズ。

さっきの言い回しはなんというか、先程のような少女を異性として意識しているのかと聞かれたようなイントネーションだった。

 

「何を言っているんだ? 子供が好きかと聞いているのか?」

 

「いえその……実は……アインズ様がアウラ様に告白なされたという話を聞きまして」

 

「なっ!?」

 

続け様の衝撃に鎧の中で震えるアインズ。抑制が発動してしまうほどの衝撃だった。

 

 



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『ナザリック狂詩曲』 その4

ナザリック第九階層 食堂

 

 

「アルベド様、ここから色を変えたいんですけど、どうしたらいいのでしょうか?」

 

「ここは色を変える段になったら変える色と一緒に少し編み込んで……そうそう」

 

アルベドに習いシクススが不器用ながらも編み進んでいく。

 

普段であれば香しい料理が並ぶ食堂は、今はメイド達が編み物を学ぶ場所になっていた。

 

「完成しました。アルベド様どうでしょうか?」

 

「あら素敵。インクリメント、あなた覚えるの早いわね」

 

「いえ」と控えめに恐縮するインクリメントだったがその顔は嬉しそうであった。

誉められたインクリメントに続けと他のメイドも黙々としかし楽しげに作業している。

 

今メイド達の間で編み物が空前の大ブームだ。

きっかけは一部のメイドがアルベドに編み物を教えて欲しいとせがんだのが始まりだった。

 

愛しのアインズの為ならば二十四時間三六五日働けるアルベドであったが、愛しの旦那様、もとい愛しのご主人様はそれがおきに召さないのか適度に休む事を勧めてくる。

 

主人の勧めを受け入れるのが臣下の勤めと、言われた通りに休日を作り休んではいるが、なかなかどうも暇を持て余している。

 

そんな中での頼み事であったため、物は試しと教師役を引き受けてみた。

 

結果としては大成功でよいのだろう。

教わったメイド達も教えたアルベドも充実した時間を過ごせた。

 

が、あまりに好評で私にも教えて欲しいとメイド達が殺到。規模も大きくなり、今では非戦闘メイドの全てがアルベドの教え子になっている。

 

(休日の暇潰しだったのだけれど……)

 

実は編み物教室はある実験場になっていた。

さすがに規模が大きくなり一応アインズに了解を得ようとアルベドが伺ったところ、アインズが面白そうに興味を示したのだ。

 

非戦闘員のメイド達はレベル1でスキルもメイドスキルしか所有してない。

なのでスキルが必要な料理等をいくらやらせても必ず失敗してしまう。

だがスキルを必要としない作業ならどうだろうか?

 

元々彼女達は外見以外の個性は細かく設定されていない。

しかし実際この世界で生きる彼女達はそれぞれに個性があり性格も様々だ。

 

そんな彼女達に同一のスキルを必要としない作業をさせた場合どうなるか。

 

どの程度に上達し、また差が出るか。

アインズはアルベドにその観察と結果を報告するよう伝えた。

 

(嬉しいわ。思わぬところでアインズ様のお役に立てた)

 

こうしてアルベドとしてみても趣味と実益を兼ねた編み物教室はアルベドの休日のいいお楽しみになっていた。

 

アルベドは音符が飛んできそうな程、上機嫌に自身の得意な編みぐるみでアインズ人形を生産している。

複雑な骸骨部分も忠実再現である。

 

「あ、そうそう聞いた? この前執務室での事」

 

メイドの一人、フォアイルがシクススに小さい声で喋りかけている。

実験場となっている編み物教室だが、それで何か特別なことなどしない。

お喋りしてもいいし、紅茶を飲んでもいい。むしろそういう差異こそが実験で知りたいことなのだ。

 

「何かあったの?」

 

「アウラ様とアインズ様二人きり……」

 

ぴくりとアルベドの黒い羽が動く。編み棒を動かす手が世話しなくなる。

 

「任務の事でしょ?」

 

「それが……アウラ様の声で……」

 

次々に生産されるアインズ人形。メイド達が嬉しそうにアインズ人形を抱きしめる。

 

「どうやら膝の上に――」

 

「おぉ凄いっす! めちゃくちゃ可愛いっす!」

 

突然の大声。メイド達が囲んだテーブルの一角にルプスレギナが現れた。

 

一人のメイドが編んでいるアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが編み込まれた黒地の手袋を指してはしゃいでいる。

客観的に見て可愛いと思えない尖ったデザインの手袋だがナザリックに仕える者からすると可愛いらしい。

 

「あらルプスレギナ珍しいわね……仕事はいいのかしら?」

 

「あ、アルベド様……ハイ、えぇ大丈夫です。今日は村の出来事の報告に来ました……」

 

いつもの調子に乗っている態度から一変、アルベドの前では借りてきた猫のように大人しくなる人狼(ワーウルフ)。

 

それもそのはずで一見友好的なアルベドの表情とは裏腹に体からは冷気のようなオーラが放たれていた。戦闘メイド(プレアデス)の一人として実力のあるルプスレギナはそれを敏感に感じとる。

 

少し前にルプスレギナは仕事上のミスでアインズに『激怒』されている。

 

智謀と力の王であると同時に慈愛の王でもあるアインズを本気で怒らせる者はナザリック内ではいない、というより生きてない。

 

それは万死に値する罪である。

 

少なくともアルベドはそう考えている。

 

(うーんでも、あれはあのあとちゃんとテストに合格したからOKっすよね?)

 

呑気にそんな事を考え、アルベドの態度を不思議に思うルプス。

しばらく考え、あることに思い至る。

 

「その……アルベド様にもチャンスはありますよ!」

 

訝しげにルプスレギナを見るアルベド。

 

「どういう意味かしら?」

 

「アインズ様がアウラ様に告白されたと言っても、まだアウラ様はお年が――」

 

その先は言えなかった。突然空気が無くなったように息が出来なかった。

全てのメイド達の編み棒を持った手が震えカチャカチャ音を立てる。

 

「それ詳しく教えてくれるかしら」

 

一際大きなアインズ人形を編みながらアルベドは笑顔で問いかけた。

 

 

ナザリック第六階層 闘技場

 

 

「お、お姉ちゃんに声かけました。しばらくしたら来るそうです」

 

「シャルティアニ声ヲカケタ、準備シテカラ来ルソウダ」

 

「ありがとうマーレ、コキュートス」

 

デミウルゴスは手にした資料を読みながらユリ・アルファに指示を出している。

 

闘技場内は簡素ながらテーブルと椅子が置かれ、テーブルから丁度見やすい所には即席のステージが作られていた。その上にガラガラと移動式の黒板を置くシズ・デルタ。

 

「こんなものかな、ではユリ、この資料を配ってくれ」

 

ユリは持たされた資料を見て少しだけ恥ずかしそうにテーブルに置いていく。

 

資料はこの世界で流通している『性の営み』について書かれたものを司書に命じて翻訳したものだ。ご丁寧に絵も描いてある。

 

「は、恥ずかしいです。本当にやるんですか?」

 

「気ガススマンナ……」

 

乗り気じゃない二人。

噂の誤解を解く為に何故こんなことを、といった具合で席で項垂れる。

 

「ハァ。君達がそれでどうするんだね? これはアルベドの暴走――いや、『誤解』を解くだけではなく、これからのナザリックに必要な知識だよ」

 

デミウルゴスが考えた策とは一般で言ういわいる『保健の授業』であった。

 

シャルティアはともかくアルベドは例えアウラのような子供であっても女性として認識し、嫉妬してしまう。

 

そこで考え付いたのが、アルベドにアウラの情操教育を教える教師役になってもらうことだ。

そうすることでアルベドはアウラがまだ未成熟であり、性知識の乏しい『子供』であると意識出来るはず。

 

アウラもアウラで正しい性知識を学ぶ事ができ、勘違いしているかどうかは分からないが

アインズ様の寵愛を受けいれられる身体かどうか判断出来るであろう。

 

「出来ればシャルティアが上手くアルベドとアウラの間に入って進めてくれればいいが……彼女の『趣味』を考えると……」

 

「悪イ作戦トハ思ワナイガ、マーレハトモカク私ニモ必要カ?」

 

コキュートスがガチガチと顎を鳴らす。

威嚇の音っぽいが隣にいるマーレにはなんとなく照れているように感じる。

 

「必要だとも。今回は人型に限った話だが、他の種族の事も学ぶ必要があるだろう。君の支配しているリザードマンもそうだが、ナザリックに仕える種族の生態を学ぶ事は支配する上で大変重要な事だ」

 

デミウルゴスは今回の『保健の授業』の重要性を説くが 本当の『真意』はまだ胸の内にしまう。

 

『ナザリック内の者の交配』

 

果たして我らに子供が出来るのか、また異種での交配は可能か。

ツァレとセバスの件もあるが今後将来的にもその可能性は確かめたい。

 

いずれナザリックが多くの国を支配下に置くとき、その国を治めるにはやはり忠誠心の厚いナザリックのメンバーが適任だ。

 

しかし国を動かすとなると今いる者では数が足りない。

ナザリック拡大の為にもナザリックの者の『生産』は急務なのだ。

 

(そして私個人としても成し遂げたい『夢』がある)

 

デミウルゴスは妄想する、アインズの『御子(みこ)』が産まれる瞬間を。

ただの妄想に過ぎないがそれだけで目頭が熱くなる。

 

デミウルゴスの夢――――アインズの御子に『国を一つ』プレゼントしたい。

 

出来れば美しく、国として強いものがいい。

そこにナザリックの次期主要メンバーになれる後継者を幹部に置き、治めて頂く。

 

デミウルゴスには珍しく禍々しい悪魔の尻尾をピンと立てる。

 

(いずれアインズ様に並ぶような智謀の王に成っていただく為にも補佐する者を厳選せねば)

 

今回の一件が良い足掛かりになればとデミウルゴスは張り切る。

しかし夢への第一歩は、デミウルゴスも思いも知らぬ所で崩れようとしていた。

 



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『ナザリック狂詩曲』 その5

???

 

 

シャルティアは紅茶を味わっていた。

奥深い香りのダージリンがシャルティアの可愛らしい鼻をくすぐる。

そのお供に味わうはこの世界で売られている高級クッキー。

 

潜伏していたソリュシャンが土産に持ってきたもので様々な乾燥させた果物を練り込んである。

正直高級品という割に質素な菓子でナザリックで作られる菓子に比べれば二段落ちる。

 

「まぁこれはこれで乙なものよね」

 

美食家気分で粗末なクッキーを許す。

そうこれらはあくまで演出のようなものなのだ。

 

シャルティアはテーブルに置かれた分厚い本をゆっくりと愛しそうにめくる。

 

『ペロロンチーノ様が所有していた百科事典(エンサイクロペディア)』

 

アインズから頂戴したシャルティアの宝物。

 

特に読書家ではないシャルティアだが暇を見つけてはこの本を読んでいた。

何かを調べるわけでも何か知識を増やそうというわけでもない。

しかし一ページ、一ページしっかりと読む。

 

「あ、うふふふ……」

 

丁寧な説明文の隅にぶっきらぼうに、だが説明文よりもより詳しい分析文を発見すると

シャルティアは嬉しそうに微笑む。

 

本の元所有者であり、自らを創造したペロロンチーノの書いた文。

 

それは例え一行にも満たない走り書きだとしてもシャルティアにとっては砂金を発見したような喜びを与えてくれる。

その度にシャルティアは本を閉じ、ゆっくりと紅茶を飲む。

 

シャルティアにとって最高の一時だ。

 

 

カーンカーン

 

ガラガラガラガラ

 

この音がなければ――――

 

「ちょっと静かにしなさんし!」

 

「静かにすんのはアンタよアホ吸血鬼! 工事中なんだからうるさくて当たり前でしょ!」

 

杭を打ち付ける音と土砂が崩れる音、他にも色々な音が混ざりあい静かな森を騒ぎ立てる。

現在進行形でナザリックの出張要塞を作ってる場に何故かパラソルを立て、リゾート気分で紅茶を飲んでるシャルティアに怒り心頭のアウラ。

 

「いやね~チビスケ。こうやって監視を手伝ってるでありんしょ?」

 

「どこがよ! お茶飲んでるだけじゃない!」

 

一応ナザリックから建築物資を運んでくるという名目でゲートを時々開いてはいるがそれだけである。 運び終ったならとっとと帰って欲しい。

 

「こういう事はお茶でも飲みながら優雅にやるものでありんすよ」

 

シャルティアが指を鳴らすとメイド服のヴァンパイアブライドが恭しく紅茶を注ぐ。

そのままわざとらしく紅茶の香りを楽しむ素振りをすると、アウラに見せつけるように紅茶を飲む。

 

「ははーん。シャルティア、アンタ寂しいんでしょ?」

 

思わず紅茶を吹き出しかけるシャルティア。

 

「ば、馬鹿じゃないの!? そんなわけないでしょ!」

 

図星なのか素で喋るシャルティア。

色々と事情があるシャルティアは、あまりナザリックから外に出してもらえない。

 

「うう、いいでありんす。部屋でヴァンパイアブライドと乳繰りあってるでありんす……」

 

いじけたようにヴァンパイアブライドのスカートを捲る。恥ずかしそうにスカートを抑えるヴァンパイアブライド。

しかし圧倒的なレベル差の前に成す術無し。綺麗に剥かれる。

 

「しましま……アンタそれパワハラよ?」

 

「メイドのパンツはしましまでしょ?」

 

誰もいないはずのシャルティアの後ろにとある至高の御方がぐっと親指を立てているのが見える。

頭を振るうアウラ。やはりシャルティアの後ろには誰もいない。

 

「あぁーー分かった分かった、居ていいから! 邪魔しないでよ」

 

流石にシャルティアが可哀想になるアウラ。

シャルティアの事になると自分でも知らずに甘くしてしまう。

 

「いいでありんすなアウラは外で行動出来て、この前なんてアインズ様と二人で任務でありんしょ?」

 

「う、うん。まぁね」

 

シャルティアの問いかけに素っ気なく答えるアウラ。

アウラの態度を不思議に思うシャルティア。

 

アインズとの二人きりでのお出掛けなどご褒美にも似た任務だ。

自分であればアルベド達に自慢するだろう。

 

「そういえばメイド達がありもしない事を言ってたでありんす……」

 

「な、なにさ」

 

じっとりと、まるで炙るような視線でアウラを見る。

 

「アインズ様がアウラに告白されたとか」

 

アウラの顔が火を付けたかのように一気に真っ赤になる。

なんとか誤魔化そうとするがニヘっと口が緩み、身体を嬉しそうにくねらせる。

 

「え、本当に? え、はっ? ありえないでしょ?」

 

「……私のこと大好きだって」

 

浮かれるアウラにシャルティアは悪態つく。

 

「……『子供』としてでありんしょ? 嫌でありんすなぁ、マセた子供の勘違いわ」

 

シャルティアの言葉にアウラはくねらせたていた小さい身体をピタッと止める。

 

「……そうね。大きくなりなさいとは言ってたわ。で~も~、今の時点でもアルベドやシャルティアよりも好きだって言ってたし~。よっぽど普段の二人が煩わしかったのかなー?」

 

空気が変わる。

 

一時前の掛け合いが冗談であったことを感じさせるようにシャルティアとアウラの間に剣呑な雰囲気が広がる。

この世界では存在自体が災害クラスのレベル100の化け物二人。

その二人が身体中から殺気を放つ。

 

普通の人間ならば対峙しただけで心臓を止めてしまうような氷の殺意。

 

その殺意が解き放たれそうになるその時。

シャルティアとアウラ、二人にメッセージが届く。

 

 

ナザリック第六階層 闘技場

 

 

デミウルゴスは事前にアルベドに今回の企画の許可を取っていた。

 

基本的に階層守護者は何かしらの仕事についており、全員で集まるには色々とスケジュールを調整しなければならない。

調整を管理するアルベドには今回の企画は『勉強会』だと伝えアルベドも特に疑問を持たず了解した。

 

デミウルゴスにしてみても嘘をついたつもりはない。

『保健の勉強』はこれから先、必要な事だ。

 

しかしそれでも正直に言わなかったのは女性陣が嫌がると思ったからだ。

男性陣でもあまり歓迎さてないこの勉強会を女性陣が好むとは思えなかった。

 

これは自分の思い過ごしで実際は抵抗ないのかも知れないが、とにかく何か『いちゃもん』をつけられても説き伏せるだけの言い訳と正論は考えてきた。

 

後は思った通りの結果を出さねば

デミウルゴスはその聡明な頭脳で色々と考えていた。

 

 

――が。それは現れたアルベドの姿によって霧散に消える。

 

「あら皆早いのね」

 

「あぁアルベド待って、た…………」

 

ピンクのパステルカラーを基調としたフリフリのワンピース。

柄にはクマやウサギのヌイグルミがプリントされ、蝶々に結んだリボンが端々に備えられている。

 

頭には青のリボンが付いたカチューシャ。

足はピンクとホワイトのしましまニーソックス。

 

腕には『これが今日のファッションのキーポイント』とばかりにアインズのでっかいヌイグルミを抱いている。

 

アインズの元の世界でいう『スウィートロリータ』

俗に『甘ロリ』とも呼ばれるファッションで、シャルティアのよく着るゴシックロリータとは真逆のロリータファッションである。

 

『ピュア』と『天使』をモチーフとしている甘ロリ衣装に身を包んだ大天使アルベドとも言うべき存在は「どうしたのかしら?」と普段と変わらぬ感じで唖然とするデミウルゴス達を見る。

 

「な、なんですかその格好は……」

 

あのデミウルゴスが大変珍しく動揺している。

 

ナザリック一の切れ者の頭脳が目の前の人物がどうしてそんな格好をしているのか考えようとして色々考えて、面倒くさくなって考えるのを止める。

 

「あぁこの格好? アインズ様はどうやら『子供っぽい』格好が好きみたいで……どうかしら?」

 

と、いたいけな少女のポーズで上目遣いをするアルベドだが、大人びたアルベドがやると可愛らしいどころか痛々しい。

 

マーレはおろおろと困ったように目を背け、コキュートスはガチガチと顎を慣らし警戒音を出す。

 

混沌(カオス)とかした闘技場に黒い渦が現れ、ゲートが発生する。

 

「子供は子供らしく恋愛ごっこしてるでありんす!――――!?」

 

「アンタだって子供みたいな体系の癖に!――――!?」

 

ゲートから口喧嘩しながら現れるシャルティアとアウラが目の前のアルベドに驚きで固まる。

 

「何よそのイカれた格好は!?」

 

「風俗嬢ってヤツでありんすか?」

 

二人の暴言にアルベドが顔をヒクつかせ二人に迫る。

 

「誰が風俗嬢よ!! 可愛いでしょ!! っていうかシャルティア、あんた人の事言えるの?」

 

「この衣装は『美少女』の私だからこそ相応しい服装なのでありんす! オバサンには無理でありんしょう?」

 

オホホと笑うシャルティアと今にも我慢の蓋が開きそうなアルベドをよそに、アウラがテーブルに置かれた資料に目をやる。

 

「げ、なにこれ。エッチな本?」

 

アウラにつられてアルベドとシャルティアも資料を目にする。

 

「夜の営みについて……基礎から学ぶ性の仕組み……」

 

「これが『勉強』でありんすか? 馬鹿馬鹿しいでありんす……」

 

熱心に資料を読むアルベドとは対象的につまらなそうに呆けるシャルティア。

アウラは資料から目を離し明後日の方向を見ながら薄い胸を張る。

 

「そ、そうそう。私にも必要ないし!」

 

「「貴女(チビスケ)はやりなさい」」

 

「な、なんで!?」

 

「貴女はこれから大人になってくのだから勉強しないと」

 

「そうそう。自分が子供だって分かってればアインズ様が言った事の意味も良く分かるでありんす!」

 

シャルティアの言葉に思い出したようにニッコリと笑うアルベド。

腕に抱えたアインズ人形がアルベドの豊満な胸に挟まれ苦しそうに歪む。

笑ってはいるが先程よりも殺気立っているのが分かる。

 

「うふっ。そうそう忘れてたわ、アウラに聞きたいことがあったのよね!!」

 

女三人寄れば姦しい。

 

今回の集まりの事など忘れて騒ぎまくっている女性守護者達。

アルベドどころかシャルティア、いつもは止めに入るアウラまで暴れている。

 

完全に忘れ去られた男性陣。

どうしたらいいか分からないマーレはデミウルゴスを見て固まった。

 

デミウルゴスの顔は『素顔』に戻っており、背中からメリメリと音を立てて悪魔の翼を広げている。

 

誰がどう見ても怒っている。

 

正真正銘のマジギレだ。

 

それに気付かないアルベド達。

 

コキュートスも万が一を考え戦闘体勢をとる。

 

マーレも混乱しながらも杖を構える。

 

止めようにも止められぬ。

ナザリックの『狂詩曲(ラプソディ)』が始まろうとしていた。

 

 

――――しかしその指揮棒(タクト)は下りる事はなく、それは突然に守護者全員に伝えられる。

 

『守護者達よ、全員王座の前に集合せよ』

 

 



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『ナザリック狂詩曲』 その6

王国 黄金の輝き亭

 

 

慰霊式から帰ったアインズは漆黒の兜をベッドに置くと自身もそれに座る。

見るもの全てを畏怖させるであろう剥き出しの骸骨の奥に、灯火に似た眼光が妖しく輝いた。

 

対して床に正座するナーベラル・ガンマは叱られた子供のように反省した面持ちで主人の言葉を待つ。

 

「……それでナーベラル。お前は私がアウラに告白したという『噂話』を信じ、私が無垢なる者、子供が好きであると……そう思ったわけだな?」

 

アインズの問いかけにナーベラルは身体中から汗が吹き出す。

自分の馬鹿な勘違いでアインズの不興を買ってしまった事に止めどない後悔と自責に駆られる。

 

ナーベラルにとって人間の子供など下等生物の幼虫(ボウフラ)に過ぎず、それが目の前で至高の主の寵愛を受ける事に嫉妬してしまい、つい出てしまった言葉だった。

 

「……はいそうですアインズ様。下らない噂話を鵜呑みにし、至高の御方に不快な思いをさせた愚かな部下は今ここで消えます!!」

 

ナーベラルは腰のロングソードを勢い良く抜くと刃を首に向ける。

 

「待てナーベラル!!」

 

アインズの制止にナーベラルはピタリと止まる。

薄皮一枚の所で止まるロングソードにアインズは胸の内で溜め息をつく。

 

今回の件は小さい出来事ではあるが『抑制』が働く程アインズに衝撃を与えた。

 

いつか悪い噂が立つであろうという覚悟は前からあった。

そもそも自分のそういう噂がまったく無いとは思ってはいない。

自分の言動に常日頃注意を払っているのもそれが悪い評判、悪い噂にならないようにする為でもある。

 

それでも全部が全部、完璧にこなすことなど出来ないだろうからある程度覚悟していたが……。

 

(まさか自分がロリコンだと思われているとは……)

 

ショックである。かつて仲間に実年齢よりもオッサンくさいと言われた時よりもショックだ。

 

(まぁ確かにアルベドやシャルティアにあそこまで言い寄られて何もしないのだから、そう思われても仕方がない……のか?)

 

色々と考え込むアインズはこちらをじっと見ているナーベラルの首に剣が当たっているのを思い出し、慌てて考えを切り替える。

 

(どうするべきかな)

 

ただの噂話といえばそうなのだが、組織をまとめる立場にいるものとしては注意した方がいいのだろうか。

誹謗中傷という訳でないので判断が難しい。そもそも誤解させた自分が一番悪い気がしないでもない。

 

アインズはナーベラルに向き直る。

 

「んんっ! 確かに噂と事実は違う。私はアウラに好意を伝えたが、それは異性に対する告白ではなく子供に対するそれだ。……子供に慈悲を与えるのも何も知らぬ無垢なる者に咎を求めるのを哀れに思うからだ」

 

子供に対する優しさの大半は鈴木悟の残滓から来る感情だが、それはアインズの胸の内に留めておく。

 

「噂話に惑わされ、いらぬ詮索をしたお前は確かに問題だ」

 

ナーベラルはロングソードを持つ力を込める。その先の言葉次第では直ちに首を落とす覚悟だ。

 

「だがそんな下らぬ噂話でお前を失うことの方が下らなく愚かな事だ、私はそう思うぞナーベラル」

 

「アインズ様……」

 

ナーベラルは剣を納めるとアインズに平伏した。その姿にいつも以上の敬意と忠誠を感じる。

 

「このナーベラル・ガンマ。アインズ様の温情に応えるべく更なる忠誠を示せるよう努力致します!」

 

「う、うむ。……しかしあれだな」

 

緊迫した空気から一転、アインズの物腰が柔らかくなりナーベラルは顔を上げる。

 

「ナーベラルも『そういう』噂話を気にするのだな。なんというか……可愛いところがあるな」

 

いつも機械的に任務をこなすナーベラルが色恋?の噂話を仲間内で話してる。

子供の知らない一面を知った親のように微笑ましい気分になる。

 

赤面し顔を押さえるナーベラル。思わず立ち上がる。

ふにゃりとでも表せばいいのか、緩んだ瞳になり。均整の取れたプロポーションをくねらして、立ったり座ったりする。

 

黙って見ているアインズ。

それに気付くナーベラル。

 

再びロングソードに手をかけるのをチョップで止める。

漫才のようなやり取りを何度か繰り返し、ようやく落ち着くナーベラル。

 

「か、可愛いなんて……私など、アルベド様に比べたら月とスッポンです」

 

(スッポンって……前から思っていたがこいつの人物表現は独特だな、というより何故そこでアルベドが出るんだ――――アルベド?)

 

ふと、想像するアインズ。

 

ナザリックに帰宅後、ロリータファッションに身を包んだアルベドが幼い子供のような仕草で迫ってくる。

 

(いやいやまさか、アルベドはそんな事はしない)

 

妄想を打ち消す。幾ら最近暴走気味とはいえ、彼女はナザリック地下大墳墓守護者統括なのだ。

そんな事は有り得ない。

 

それよりも問題があるとすればロリコン疑惑の方だ。

噂話とはいえ、もしかしてと思われているのは不味い。

 

(アルベドの好意を受け入れればいいのだろうか……)

 

ここに来る前の世界。ユグドラシル終了前に起きた小さな出来心。

 

「それは……出来ないな」

 

「アインズ様?」

 

今日の日の出来事を思い出す。悪評を消すにはどうするべきか。

 

アインズはしばらく沈黙すると立ち上がる。

 

「用事が出来た。ナザリックに帰還する」

 

 

 

ナザリック 玉座の間

 

 

「おや珍しいですね統括殿が一番遅いとは……皆様どうしました?」

 

セバスがヴィクティムを片手に抱きながら扉の前で緊迫している守護者達に訪ねる。

あまりの張り詰めた空気に反応してヴィクティムが短い手足をウネウネ動かす。

 

「なんでもないよセバス。アルベドは着替え中だ、時期来るさ……ほら」

 

最後に来たアルベドは普段通りの『キチンとした』姿だが表情は曇っている。

何があったのか、主人からの集結の命に関係があるのかセバスが思考を巡らせる前に荘厳な玉座の間の扉が開かれた。

 

守護者達は玉座の間に敬意と忠誠を捧げながら入室する。

奥に鎮座するは至高の御方、自身の全霊を持って仕えるべき主人。アインズ・ウール・ゴウン。

 

「よく集まってくれた守護者達よ。まずは――」

 

「すみませんでしたアインズ様っ!!」

 

「すみませんでした!!」

 

アインズの言葉を遮り、金切り声を上げ謝罪するシャルティア。

それに続きアウラも悲痛な声で謝罪し、その後ろではマーレが涙目でふるふると震えている。

 

いつもであればアインズに対しての無礼な振る舞いに怒号を上げるアルベドやデミウルゴスも

何かに堪えるように押し黙っており、コキュートスも何かの覚悟を決めたようにこちらを見る。

 

「皆様!! アインズ様の御前ですよ!!」

 

いつものアルベドの役目をセバスが果す。ただ事でない雰囲気にアルベドを見る。

 

「…………アルベド、説明しろ」

 

「…………はい」

 

 

(――――はぁ)

 

説明を受けたアインズは天を仰ぐ。

対してアルベドは処刑を待つ罪人のように静かに顔を下に向ける。

他の守護者も同様に黙って絶対支配者の処罰を待つ。

 

守護者同士の争い

 

いつか言われた、アインズが最も失望する行動をとってしまった。

 

その罪は何よりも重く。罪深い。

 

玉座の間に飾られたかつての仲間のギルドサインが目に入る。

サインを見て……再びアルベド、守護者達を見る。

 

(あの時の後悔……大切な仲間に伝える言葉……)

 

アインズはアルベドに向き直り、頭をかき、小さく呻き、頭を捻る。

しばらくそれを続け、意を決したようにアルベドに近づく。

 

「アインズ様……」

 

「アルベドよ、一度しか言わぬ」

 

アインズの手が伸びる。

罰を受け入れるよう静かに目を瞑るアルベド。

 

アインズの手は――――――アルベドの頭を優しく撫でた。

 

「あ、ああああ、アインズ様――!!??」

 

突然の行動に頭がついていかないアルベド。だが身体はアインズの愛撫に脊髄反射するようにビクンビクンと震え出す。

香り立つ芳香が辺りを包み、アルベドの瞳が濡れる。

 

「愛しているぞアルベド」

 

翼が絶頂に達したように、いや実際に達したのだろうぴんと伸びきる。

美しい顔はだらしなく蕩けきり、軽く白目を剥いてる。

 

ちょっと人には見せられない。

 

他の守護者は愕然とその様子を見ている。

 

「シャルティア!」

 

「は、はい」

 

訳のわからないシャルティアはそれでも主人の命に従い来る。

シャルティアの正面に立ちじっと見つめる主人の眼差しに、胸の奥に閉まったかつての失敗が頭を過ぎった。

白い肌がより一層白くなり、恐怖に体が震える。

 

「シャルティアよ――愛しているぞ」

 

「え……」

 

思いがけない言葉に耳を疑うシャルティア。凍りつくアルベド。

 

誰よりも失敗を恐れるシャルティアは余程怖かったのだろう、唇を強く噛み締め過ぎて血が出ていた。

それを優しく拭うアインズ。シャルティアの震えを止めるようにそのまま頬に触れる。

 

「安心しろシャルティア、前と同じだ。元は私が悪いのだ」

 

「アインズ様……」

 

シャルティアは涙を流し、アインズの優しく触れたその手を愛しそうに自分の手と重ねた。

ゆっくりとシャルティアから離れるとそのままアウラに振り向く。

 

「アウラ、愛しているぞ!」

 

「っ!!――はいっ!!」

 

アインズの告白に元気一杯に答えるアウラ。小さい体をぴんと張り、嬉しさを押さえきれないようにぴょんと前へ出る。

 

「お前を大好きだと言った言葉に嘘はない。まだ幼いお前にいらぬ誤解をさせたかも知れないが、成長しお前に言った真意を学んで欲しい」

 

「はい!アインズ様!!――わぁっ!?」

 

元気なアウラを片手に抱き上げ頭を撫でてやる。

どこにでもいる女の子のように頬を真っ赤にしアインズの肩で顔を隠す。

 

「マーレ! 愛しているぞ!」

 

は、はいと未だに震えながらも嬉しそうにおずおずと前に出る。

 

「ふっ」

 

アインズはアウラと同じように空いた片手でマーレを抱き上げる。

 

「あ、アインズ様!?」

 

「お前もだマーレ。姉と共に学び、いつか成長した姿を私に見せてくれ」

 

「は、はい!!」

 

アインズはアウラとマーレに挟まれるように抱き締めた。荘厳な玉座の間が暖かな空気に包まれる。

 

「コキュートス!」

 

先程からの様子に困惑している足取りだが、しかし堂々とアインズの前に立つ凍河の武人。

 

「愛しているぞ」

 

「ア、アインズ様!?」

 

アウラとマーレを降ろしコキュートスに向き直りその甲冑のような体に触る。

 

「この地に来て一番に成長したのはお前だコキュートス。本来の役割以外で自分を変えていく事は何より難しい事だろう」

 

激励するように触れた手に力を込める。

本来力を込めてもびくりともしない冷たく屈強な身体だが、アインズに触れた箇所だけは熱を感じたようにびくりと震える。

 

「それでもお前ならば出来ると私は信じる。信じた私をお前も信じてくれ」

 

「オ、オオオッーー!!アインズ様ーー!!」

 

コキュートスは感激が押さえられず両手を高々と上げ雄叫びを上げる。

 

「デミウルゴス!」

 

デミウルゴスは全てを察したかのようにしっかりとした足取りでアインズの前に来る。

それでも先程の失態を後悔しているようで顔色には反省の色が浮かぶ。

 

「アインズ様、今回の事は誠に――」

 

「良い、デミウルゴス」

 

アインズは一回は躊躇しながらもデミウルゴスの肩に触れる。

 

「お前がいてくれたお陰でナザリックはこの地に置いても尊厳を保ち強く顕在していられるのだ」

 

主人の感謝の言葉にデミウルゴスは一瞬喜びの顔を見せるがすぐに曇る。

 

「勿体ない御言葉です。しかしながらこの地に置いてナザリックが偉大でいられるのはアインズ様が居られて、私達を導いて下さるからこそ。私如きの浅知恵など……」

 

アインズは悩んだように顎をかくと意を決し、デミウルゴスの両肩に手をやる。

 

「アインズ様?」

 

そのまま抱き締める。

 

「あ、はっ――!!?」

 

凍ったアルベドにヒビが入る。

 

「愛しているぞデミウルゴス」

 

抱き締めた腕を離すがデミウルゴスはそのまま固まって動かない。

 

「ゴホンッ、セバス」

 

すたっと執事らしい優雅な動きでアインズの前に立つセバス。

 

「お前にはいつも危険な任務を預けてすまないな。未だ黒い影が捕まらない内に単独で行動させている私を許してくれ」

 

踵を揃え一礼すると真っ直ぐにアインズを見つめ言葉を紡ぐ。

 

「勿体ない御言葉です。アインズ様に気遣されたこの身はどの者よりも幸福でしょう。不肖の我が身ですがより一層アインズ様に満足頂けるよう努めてまいります」

 

「うむ。任務が済んだらしばらく休暇を取るがいい。愛しているぞセバス!……ツァレには負けるかもしれんがな?」

 

「は、はい!ありがとうございます」

 

少し頬を赤らめセバスは一歩下がる。

 

「愛しているぞヴィクティム」

 

「ボタンぞうげにちゃしんしゃひとしんたまごヒハイあおむらさきたいしゃ(ありがとうございます!)」

 

ヴィクティムの頭を優しく撫でてやる。

ヴィクティムは嬉しそうに短い手足をわちゃわちゃさせた。愉快そうに笑うアインズ。

 

 

一通り終えたアインズは玉座の前に立つと、ナザリックを治める絶対者として全員に告げるように声を響かせた。

 

「守護者達よ!! 私はアインズ・ウール・ゴウンにより生まれし者全てを愛している。それがメイドであれ、階層に住まうモンスターであれ関係はない。伝えよ!ナザリックに仕える者全てに。その心に疑念があるならば私が行って教えよう。私の気持ちを! 私の愛を!」

 

アインズはローブを翻すとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動させその場から去った。

 

嵐の後のように呆然と残された守護者達は各々が夢心地のようにうつらうつらしている。

 

デミウルゴスは未だ固まっている。

 

守護者達の沈黙はオーケストラで指揮される楽器のように一人、また一人と解かれていき

一番最後にデミウルゴスの金縛りが溶けると一斉にまとまって鳴り響いた。

 

 

「――――はぁ、はぁ~~~~」

 

自室に戻ったアインズはそのままベッドに倒れ込み、枕に顔を埋め足をばたばたさせる。

もう何度発動したか分からない抑制はマグマのような激情を冷やし続けていた。

 

やり過ぎた。

 

ロリコン疑惑を晴らす為にアルベド達に自分の気持ちを分かりやすく態度や行動で示そうと思いたったわけなのだが。

何がどうして守護者全員に愛を語る事になったのか。

 

アインズはさっきの出来事を思い出し再びじたばたし、抑制が働きまた止まる。

 

(なんであんな事言ってしまったんだ……)

 

訴えにも似たあの告白。本当はかつてのギルドメンバーに伝えたかった本気の思い。

知らず知らずの内に閉じ込めていた思いの蓋が、ほんの少し開いてしまった事をアインズは知らない。

 

「あぁ恥ずかしい! 何が――愛をだ!! え、マジかこれ!? マジでナザリック中で愛を語るのか!?」

 

覆水盆に帰らず。今更取り消しなど出来ない。

 

「うわぁ……はぁ、でも、まぁ……」

 

守護者達の顔を思い浮かべる。皆喜んでいた……と思う。

守護者の前で語ったことに嘘はない。

 

アインズ・ウール・ゴウンは

 

モモンガは

 

鈴木悟は

 

ナザリックを愛している。

 

かつての仲間との思い出だけではない。

今もこれまでもナザリックには大事な思い出が刻まれ続けている。

 

この想い(ナザリック)を守る為ならば何でもしよう。

 

強く気高い賢王を演じ

あらゆる敵と国を滅ぼし

油断ならないこの世界で絶対支配者(オーバーロード)として君臨しよう

 

 

 

後日この日はデミウルゴスによって『至高の愛の日』と名付けられる。

一年に一度、アインズに思いの丈を告白出来る日となり、アインズは告白してきた相手をお返しに抱き締めるというとてつもなく恥ずかしい思いをする。

 

しかしその日は恐ろしいナザリックの中でも一際暖かく、微笑ましく。

 

そして間違いなく愛の溢れた日であった。

 

 

 

――終わり――

 

 

 




この作品もpixivで既にまとめいたものを改めて投稿したものです。
連載機能を使ってみたかったのと、どういう感想があるのだろうという気持ちでえっちらおっちらやってみましたがまだ慣れない感じです。

この二次創作をSS速報VIPに投稿したのが結構前であまりどういう気持ちで書いたかは思い出せないですが、読んでくれた人とアインズ様の話で盛り上がったのは覚えています。
萌え骨~。


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