てぃーちんぐゆんゆん (トイ提督)
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一章 ぼっち紅魔族とアクセルの鬼畜男
ちょろいん(挿絵あり)


ゆんゆんちょろすぎ!
誰か助けて!
※この二次創作は、web版に書籍版の設定を入れた本編アフターものです。

また、あるい椋さんから挿絵を頂きました!


 魔王討伐から幾日が立った頃、ゆんゆんは退屈な日々を送っていた。彼女は元々裕福な家庭で育った。今までも仕送りなどがあったため、貧しい暮らしというものを経験した事はない。もちろん、仕送りはとっくの昔に辞退し、魔王討伐の賞金も、半分は実家に送り、残りは孤児院へ寄付してしまった。

 それでも、お金は十分ある。特に目的もなく一人寂しくモンスター討伐で小銭を稼いでは宿で寝る。本当に退屈だ。

 

 

 そして、今日もギルドで一人寂しくご飯を食べていると、他の冒険者達の会話が耳に入る。

 

 

「ねぇ知ってる?あのアクセルの鬼畜男がハーレム作るって噂!」

 

「ああ、知ってる。あいつ凄い美人3人も侍らせておいて、まだ足りないんだな」

 

「おいおい、お前は最近ここに来たから、知らないのだろうが、あの3人って見た目はいいけど、はっきりいって頭がおかしい……」

 

 

 そこまで聞いて、私は思案する。カズマさんは私の事を友人と言ってくれる数少ない人だ。でも、女性関係であまり良い噂を聞かない。聞いた話によると、昔は女の子のパンツを剥ぎ取ったあげく、恐喝をするような人だったらしい。

 でも、あのめぐみんが、『私の男』と言った人だ。それに、私自身カズマさんと接してきて噂ほどの鬼畜とは思えなかった。ただの噂だろう。

 私は会計を済まし、意味もなく街をぶらつく。もしかしたら、私の友達になってくれるような人に偶然会うかもしれないからだ。

 

 そんな時、私は噂の人物、カズマさんを見かけた。しかし、その姿を見て私は茫然とする。カズマさんは、女の子二人に抱き着かれながら歩いていた。

 

「カズマさ~ん、私達もハーレムに入れてよ~」

 

「そうそう! 私達を養って!」

 

「だから、ハーレム作るっていうのは噂だから! お断りしますー! でも飯は奢ってやらああああああああああ!」

 

「「キャー! カズマ様!素敵!」」

 

 そんなカズマさんを見て、怒りがふつふつと湧き上がる。カズマさんは、やっぱり噂通りの鬼畜男だったのだろうか。気が付いたら、私は彼を尾行していた。

 しかし、カズマさんは本当にご飯をご馳走するだけであった。それでも、私の疑心は晴れない。めぐみんがは昔こう言っていた。

 

『私にとっての理想の男性ですか?それは、甲斐性があり、借金なぞせず、気も多くなく浮気もせず、常に上を目指して日々努力を怠らない誠実で真面目な人…ですかね』

 

 今のカズマさんは、大金持ちだ。甲斐性はあるだろう。でもそれ以外はダメだ!昔は莫大な借金を持っていたし、さきほどの様子から浮気もするだろう。そして、最近はアクアさんと遊び歩く生活を送っているらしい。こんなの許せない!

 

 

 

「めぐみん、私が何とかしてあげるからね!」

 

 

 

私はそう言ってカズマさんへ近づいた。

 

 

 

「カズマさん!」

 

「ん? ゆんゆんか、どうした?」

 

「カズマさん、大切なお話があります。ついてきてください」

 

 

私の言葉にカズマさんはコクコクと頷いた。

 

 

 

 

そして、私は喫茶店でカズマさんと向き合っていた。

 

「カズマさん、ハーレムを作るって本当ですか?」 

 

 

私の言葉にカズマさんは嫌そうな顔をする。

 

 

「おい、ゆんゆん! それは、根も葉もない噂で……!」

 

「でもカズマさん、最近女の子を侍らせて遊び歩いているそうじゃないですか」

 

 

そう怒る私に対して、カズマさんはキラキラとした目を送ってくる。

 

 

「え、何? 嫉妬、嫉妬なの? いや~モテル男はつらいわ~……」

 

「そうじゃないです!」

 

 

私は思わず、机をバンと叩いてしまう。カズマさんはビクリと震えた。

 

 

「カズマさん、私はめぐみんが心配なんです。あの子は私の大切な親友なんです……!」

 

 

私の声にカズマさんは押し黙る。心なしか、喫茶店全体が静かになった気がする。

 

 

「カズマさん、私ができる事ならなんでもします! だから、めぐみんを悲しませるような事はしないでください!」

 

 

そう叫んだ私に対してカズマさんは…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 今何でもするって言ったよね?」

 

 

「えっ、それは……」

 

 

 

 

 

気が付いたら、私は近くの宿に連れ込まれていた。

 

 

 

 

「ちょ! カズマさん何するんですか!?」

 

「何っていったらナニだろうがぁ!」

 

「ひゃああ! 抱き着かないで! 待って、待って!」

 

 

私はカズマさんにベッドに押し倒されていた。いくらなんでもこれはおかしい! おかしい!

 

 

「へっへっへ、ゆんゆん! 一緒に楽しもうぜ~」

 

「やっぱ最低です! この男!」

 

 

 しかし、カズマさんは私をまさぐるのをやめない。さすがにこれ以上は許せない! 私は場の空気に流されるような女じゃないのだ!

 

 

「カズマさん、これ以上すると警察に言いますよ!」

 

 

そんな言葉聞いたカズマは、バッと私から離れて土下座した。

 

 

「すいません……」

 

「カズマさん、これって強姦未遂ですよね」

 

「すいません許してください! ゆんゆん様!」

 

「はぁ……」

 

 

なんで、めぐみんはこんな男が好きになったのだろうか。

 

 

「カズマさん、私は何でもするっていいました。今更、反故にする気もありません。でも私の体に触れたりするのはだめです!」

 

「はい、ゆんゆん様」

 

 

土下座を続けるカズマさんに、腹が立ってきた!なんで私がこんな目に……!

 

 

「ゆんゆん様、別のお願いならいいですか」

 

「なんですか!? 私に抱き着いたりとかはダメですよ!」

 

「わかっています、ゆんゆん様! それで、私のお願いですが、“見抜き”いいっスか?」

 

 

 みぬき?初めて聞く単語だ。なんだか、そんなお酒があった気がする。お酒が欲しいという事だろうか。

 

「はぁ……わかりました」

 

「ええ、いいの!?」

 

「はい、だから外に……」

 

「じゃぁ遠慮なく!」

 

「え……?」

 

 

 カズマさんは、何をしているのだろうか。いきなりズボンをパンツごとおろし、下半身を露出させる。そして、カズマさんの性器は天高く勃起していた。大きい!昔見たお父さんのアレと違いすぎます!

 

 

「ちょっとカズマさん!“ みぬき”ってエッチな事だったんですか!?」

 

「いいや! ただ、ゆんゆんを見ながら俺がオナニーするだけだ!」

 

「オ、オナ!?」

 

「オナニーだオラァ! ゆんゆんに触れないからいいだろ!」

 

「え、その…エッチなのは、いけないと思います!」

 

 

そういった私に対して、カズマさんは不満そうな顔をする。

 

 

「ふん! じゃあ、めぐみんにやってもらうか! アイツなら喜んで…」

 

「待ってください! 見抜きしていいですから! めぐみんはやめて!」

 

 

やっぱり、この男は最低だ!

私の言葉を了承と受け取ったカズマさんは、こちらを凝視しながら性器を手でこすりだす。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

「ひぃ!」

 

 

私はその光景から目をそらす。早く終わってくれないだろうか。

 

 

「おいゆんゆん! なんか、ものたりないから、今から俺が言う事を復唱するんだ!」

 

「復唱ですか?」

 

 

言葉を言うだけなら、まぁできなくはない。

 

 

「いくぞ! “カズマさんカッコイイ”」

 

「カ、カズマさんカッコ……何言わせるんですか!」

 

 

この人はホントに……!

しかし、そんな私をカズマさんは神妙な面持ちで見つめる。

 

 

「おいゆんゆん! お前友達少ないだろ!」

 

「いきなりなんですか!?」

 

「あのなぁ、これごときで恥ずかしがってちゃダメだ!」

 

「でも……」

 

「でもじゃない! お前、人に話かけるの苦手だろ! いちいち自分の発言を恥ずかしがってたら友達できないぞ!」

 

「そうなんですか!?」

 

 

そう言われると、そんな気がしてきた。私は話かけるのが苦手だ。いつも受け身で話しかけられるのを待っている。

 

 

「そうだ! だからここで恥ずかしい事言うのに慣れるんだ! そうすれば、もし自分が友人や初対面の人におかしな事を口走っても、動揺せず“冗談だ”と軽く流せる余裕を持てるようになるんだ!」

 

 

「な、なるほど!」

 

 

さすがは、男女問わず友達がいっぱいるカズマさんだ! 凄い説得力!

 

 

「分かりました! 私、頑張ります!」

 

「よし、その意気だ! はい、“カズマさんカッコイイ”」

 

「カ、カズマさんカッコイイ!」

 

「“カズマさんマジイケメン”」

 

「カ、カズマさんマジイケメン!」

 

「“カズマさん、私こんな風になっちゃった……抱いて!”」

 

「カズマさん、私こんな風になっちゃった……抱いて!」

 

「“エリス様はPAD!”」

 

「エリス様はPAD!」

 

「“アニメのエリス様は胸盛りすぎ!”」

 

「アニメのエリス様は胸盛りすぎ!」

 

「“カズマさん大好きです!結婚してください”」

 

「カズマさん大好きです! 結婚してください!」

 

 

 

「エクセレント! よく言った、ゆんゆん! 素晴らしい!」

 

「わ、頭撫でないでください!」

 

 

私の目の前で、性器が揺れてます!しかも私を撫でてる手って、さっきまで性器を握っていた手で…

 

 

「ゆんゆん、これで第一段階はクリアだ!」

 

「そうですか、ありがとうございます……」

 

 

でも、なんだか嬉しいし、達成感もある。私はカズマさんの手を素直に受け入れる事にした。

 

 

「じゃあゆんゆん! 第二段階だ!」

 

「はい、カズマさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンツ見せろ!」

 

「やっぱ最低です! この男!」

 

 

 ちょっと期待した自分が恥ずかしい! そうして、プンプンと私が怒っていると、カズマさんはまた神妙な面持ちでこちらを見つめる。

 

 

「おい、ゆんゆん! お前、戦闘中に服が破れたらどうする!」

 

「え? 構わず戦いますが……」

 

「アホ! 俺と一緒に戦闘しているとしたら、どうだ!」

 

「それは……」

 

 

 それは、とっても恥ずかしい!いつも一人で戦ってたから、そんな事は気にしなかったけど……

 

 

「ゆんゆん、パンツが見えそうだから、服が破れたからという理由で戦いを止めたら、自分だけでなく、仲間の命まで危険に晒す事になる! 俺はそんな奴とパーティを組みたくない!」

 

「なるほど……」

 

 

 さすがはカズマさんだ。パーティリーダーをやってるだけあって凄い説得力である。この前、ダストさんも言っていた。『カズマはどのパーティでもリーダーできる奴だ』と。

 

 

「カズマさん、分かりました!」

 

 

私は、一気にスカートをたくしあげた。

 

 

「おおう!? 純白か……よいぞ……!よいぞ……!」

 

 

 カズマさんは性器をこする速度を上げる。私も目を離さない! もし、仲間の痴態を見て目を逸らすようじゃ、いつまでたってもパーティが組めない!

 

 

「あぁ^~出るぞ! ゆんゆん受け取れ!」

 

「ひゃあああああああああああああっ!?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ビュルビュルという音とともに、私の太ももにカズマさんの精液が降りかかる。

熱い! それに凄い匂いです……

 

 

「あ……あ……」

 

 

 茫然としている私をカズマさんは優しく撫でる。そして、近くにあったクズ布で、私の太ももにぶちまけられた精液を拭きとった。

 

 

「ゆんゆん、偉いぞ!」

 

「あ……はい!」

 

 

私は謎の達成感を胸につい微笑んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、明日もこの時間な」

 

「ええ! 明日もですか!?」

 

「アホ、これからずっとだ」

 

「そんな……そんな……」

 

 

これから毎日これをするの!? いくらめぐみんの為とはいえ……

 

 

「え? ゆんゆん友達に嘘ついたの!? なんでもするって……」

 

「わ、分かりましたよカズマさん!」

 

 

ゆんゆん、トモダチニウソツカナイ!

 

 

 

 

 

 

それからは、毎日これを続ける事になった。

 正午にカズマさんが指定した喫茶店で合流。そのままそこで食事をしたり、別のレストランや食事処に行った。カズマさんは毎回奢ってくれたし、食事中の会話は非常に楽しいものだった。

 そして、いつもの宿に連れ込まれ、見抜きを行う。ここではたくさんの恥ずかしい事をいっぱいいった!ちょっと、この時のカズマさんは怖いけど、なんだか自分に自信がつくのを感じた。何より、終わったら私を優しく撫でてくれる。それが嬉しいし、楽しみだった。

 

 あれから、1週間が経過した。毎日カズマさんと食事を楽しみ、見抜きと特訓を行う。気が付いたら、私は服を脱いで、ブラジャーとパンツだけの状態になっていた。さすがに下着を取る気はない。これを取ったら私は流されてしまう!

 

 2週間経過、カズマさんが精液をふとももだけでなく、着ている下着、お腹、顔にかけるようになった。カズマさんの精液はとても生臭い!そして熱い!でも、終わった後、優しく撫でてくれる。嬉しい!

 

 

3週間経過…

 

 

「なぁ、ゆんゆん。俺の精液を口で受け止めてくれないか?」

 

「ええ!? あれをですか!?」

 

「そうだぞ、ゆんゆん! お前はモンスターの返り血を口にあびても、動じない心が必要だ!」

 

「な、なるほど! カズマさん、どうぞ!」

 

 

そういって、私は口を大きく開ける。そして、私の目の前でカズマさんが性器をこする。

 

 

「いくぞゆんゆん! 受け取れ! おう゛!」

 

「ん……んぁ……!」

 

 

私の口の中に、カズマさんの精液が入ってくる。熱い! 口の中が、やけどしそうだ!それに、とても生臭い! 思わず吐きそうになってしまう。

 

 

「なぁ、ゆんゆん。戦闘中に敵の汚液が口に入ったら、素早く吐き出すんだ! 変な病気になるかもしれないぞ!」

 

 

なるほど。私は吐き出そうとして……

 

 

「でもな、ゆんゆん。それは俺の精液だ。俺の一部だ! 汚いと思わず、飲んでくれないか?」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

私はゴクリと精液を飲み込む。まずい、はずなのに何故だろうか。とても幸せな気分だ……

 

 

「ゆんゆんありがとうな! 俺も嬉しいぞ!」

 

 

微笑みながら撫でるカズマさんの姿に私は嬉しくなってしまう。

 

 

 それからは、精液を口で受ける事が多くなった。例え、太ももに出されても、私はそれを指ですくい、なめとる。これはカズマさんの一部だ。そして、そんな私をカズマさんは褒めてくれる!

 

 

4週間目…

 

 

私達は、ハンバーグショップでお昼を食べていた。

 

 

「カズマさん、今日はお願いがあるんです」

 

「ん、どうした?」

 

「実は、初心者殺しが現れたんです。私達、高レベル冒険者はそれを狩る義務があります。だからカズマさん、臨時でいいから、パーティを組んでくれませんか?」

 

 

ドキドキしながら訪ねた私を、カズマさんはジッと見つめる。そして嬉しそうに答えてくれました。

 

 

「よっしゃ! いっちょやってやるか!」

 

「いいんですか! カズマさん!」

 

 

私は嬉しくて、カズマさんに飛びついてしまう。そしてカズマさんは私を優しく撫でた。

 

 

「よく俺を誘う事ができたな! 偉いぞ!」

 

「はい、カズマさん!」

 

 

私はカズマさんの胸に思いっきり顔を埋めた!

 

 

 

 

 

 

 

~アクセル近郊の草原~

 

 

「カズマさん! このあたりです! あのカエル石付近で目撃情報が! んむ……!」

 

「ゆんゆん、声を抑えろ。もう見つけた」

 

 

私はコクコクと頷く。カズマさんは確か千里眼を持っていた。

 

 

「いいか、ゆんゆん。今から潜伏しながら奴へ近づく、そしてバインドで動きを止める。そこを、お前の魔法で仕留めるんだ」

 

「わかりました」

 

 

 カズマさんが潜伏スキルを発動し、私は手をひかれる。私は手をひかれながら、詠唱を開始した。そして、私の肉眼でも初心者殺しを確認する。岩陰で寝そべっていた。

 

 

「いくぞ」

 

 

私はコクリと頷く。

 

 

「バインド!」

 

 

初心者殺しをロープで縛り上げる。初心者殺しも突然の事態に、その場でもがく事しかできない。動きが止まっている今が、チャンスです。

 

「今だ!」

 

「カースドライトニング!」

 

バリバリとした雷撃の音と閃光、そして獣の悲鳴が鳴り響く。残されたのは雷撃で黒焦げの死体のみだ。私は思わず、死体に駆け寄ってしまいました。

 

「見てください、一撃です! やりましたよ!カズマさん!」

 

「アホ! なんで浮かれてるんだ! それにここは草原で見通しが良い。今も周囲に敵反応が……ゆんゆん、後ろだ避けろ!」

 

「え……わっ…!?」

 

 

 急いで振り向くと、そこにはもう一体の初心者殺しが駆け寄ってくるのが見えた。そして私に向かって鋭利な爪を掲げて跳躍する。

 

 

「あ、危なかった! あ……」

 

 

 カズマさんの指示のおかげで、私は初心者殺しの跳躍攻撃を、紙一重で避けた。でも、爪がカスッたのだろう。私の上着は無残に切り裂かれている。胸……地肌に風を感じた。

 

 

「いやっ……!」

 

 

カズマさんに見られる! その事で頭がいっぱいになって、私はつい胸を両手で抑えて蹲ってしまいました。

 

「何やってんだ馬鹿! 動け!」

 

 そんな私をカズマさんが突き飛ばす。そして、さっきまで私が蹲っていた所に初心者殺しが跳躍攻撃をかましていました。

 

 

「危ねぇ! 自動回避も発動しなかったし、今の避けられなかったら、殺されてる所だった! お返しにこいつをくらえ! クリエイトアース&ウインドブレス!」

 

 

「で、でた! カズマさんのマジックコンボだ!」

 

 

 私はカズマさんお得意のコンボに思わず叫んでしまった。そして、砂を顔面に浴びた初心者殺しが顔を振りながら、体をふらつかせる。

 

 

「狙撃、狙撃、狙撃&バインド!」

 

 

カズマさんは、続けざまに弓矢で、顔、首、胸を正確に打ち抜きました。そして、のたうち回る初心者殺しをカズマさんは縛り上げる。そして飛びつきました。

 

「ドレインタッチ!」

 

 

バインドロープで縛られた初心者殺しがどんどん弱っていく。初心者殺しは満足に動く事もできず、体を時々、震わせる事しかできません。

 

 

「とどめだ! 必殺剣、首断ち!」

 

 

 カズマさんは腰に帯びた刀を抜き放ち、初心者殺しの首を薙ぐ。初心者殺しの首が血をまき散らしながらゴロリと転がりました。

 

 

「ふ、今宵のちゅんちゅん丸は血に飢えておる……」

 

 

そして決めゼリフを言い放つ。別に動けない敵にトドメをさしただけだが……

 

 

 

「カズマさん……カッコイイ!」

 

紅魔族受け……いや、ゆんゆんにとっては格好良かったようだ。

 

 

 

 

 

「よしゆんゆん、敵感知に感なし。とりあえず今は安全だ」

 

「そうですか……」

 

 

私はカズマさんに抱き着きながらも、胸をホッとさせる。

 

 

「おい、ゆんゆん!」

 

「なんですか? カズ……いたいっ!」

 

 

私は結構強く頭をはたかれた。

 

 

「お前、一人ならあんな油断しないだろ!」

 

「そ、それは……」

 

 

カズマさんが近くにいたから浮かれていた……なんて言えない。

 

 

「はぁ、俺はお前がソロやってるのが心配になってきたよ……」

 

 

私は何も言い返せない。

 

 

「で、ゆんゆん、いつまで胸を隠す。お前が特訓通りにできていたら、こんな事はおこらなかったぞ」

 

 

「これは、その……」

 

 

私は胸を隠しながら座り込む。確かにそうです。私は自分本位で行動し、仲間であるカズマさんを危険に晒してしまいました。

 

 

「ゆんゆん、特訓の続きだ。復唱しろ!」

 

「え……はい!」

 

「“私はカズマさんが大好きです! 私にとって大切な人です! 私はカズマさんに何を見られても恥ずかしくありません!”」

 

 

私はゴクリと唾を飲む。そして叫びました。

 

 

「私はカズマさんが大好きです! 私にとって大切な人です! 私はカズマさんに何を見られても恥ずかしくありません!」

 

 

「よく言ったゆんゆん! オラァ! 胸見せろ!」

 

「もうっ!……はい、カズマさん」

 

 

私は胸を抱える腕を外す。私は胸を外気に晒しました。

 

 

「おおう! さすがのロリ巨乳! そして綺麗な桜色! 百点!」

 

「カ、カズマさん、変な事言わないで!」

 

 

真っ赤になって俯く私に、パサリと何かが、かけられる。カズマさんのマントだ。

 

 

「よし、ゆんゆん! 街に帰って宿行くぞ!」

 

「カズマさん……これは?」

 

 

そう問いかける私を、カズマさんは優しく撫でる。

 

 

「ゆんゆん、言ったはずだ! 肌を晒しても動揺してはダメなのは、大切な人と冒険仲間だ!」

 

 

私は黙り込む。

 

 

「そして、ゆんゆんの大切な人で、冒険仲間は俺だけだ! それ以外…他の男なんかに、絶体に肌を晒すなよ!」

 

 

そう言って顔を赤くさせるカズマさんを私はクスクスと笑いながら見つめました。

めぐみんが、この人に惚れるのも、ちょっとだけ分かった気がする。

 

 

「じゃ、帰りましょう、カズマさん!」

 

「おう!」

 

 

 

 

 

そして、私達はギルドに初心者殺しの討伐を報告、いつもの連れ込み宿に行きました。

 

 

 

 ベッドの上で私はマントを外し、スカートを脱ぐ。胸にブラジャーはない。だって破られたから。

 

 

「ゆんゆん、下も脱ぐんだ」

 

 

カズマさんの言葉に、私は覚悟を決める。

パンツをゆっくりと下すと、カズマさんがこちらを見る視線が痛いほど伝わる。そして、私はついに全裸になった。

 

 

「カズマさん……そんなに見つめないでください……」

 

 

羞恥心で顔を赤くする私を見ながら、カズマさんは放ちました。

 

 

「Beautiful!」

 

 

 カズマさんも、一気にズボンを脱ぎました。カズマさんの性器は雄々しく反り立ち、時節、ビクビクと震える。そして、いつものように言い放ちました。

 

 

「ゆんゆん、見抜きいいッスか?」

 

 

私も、この一か月で教え込まれた言葉で答えました!

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょうがないにゃあ…」

 




前作がリビドー高まりすぎて、速攻で完結してしまった。
短編として考えていた話だが、せっかくなので連載に切り替え

ただ、なんか今は賢者モードなので、投稿は2週間に1回できればいいほうだと思う
元々短編なので、ここで終わりでも違和感ない終わり方になっています。


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私が騙されている・・・? (挿絵あり)

ゆんゆんゆんゆん書いてると、UFO来そう。


「ふふ、カズマさんったら…んぅ…!」

 

 そう呟きながら、私の胸に飛び散っている精液をなめとる。今日、私はカズマさんに裸体を晒してしまった。カズマさんは、今までにないくらい、血走った目で私を見つめ、性器を擦っていました。そして勢いよく、カズマさんは精液を私の胸にふりかけた。別に、今までも下着の上から、もしくは胸の谷間にかけられる事はあった。

 でも、今までとは何かが違う。精液で濡れている自分の胸を見て、私は改めて赤面しました。そして、なんとも言いようがない幸福感を噛み締める。

 

 

「ゆんゆん…お前の下半身のそれって、やっぱり…」

 

「秘密、誰にも秘密ですよ? 後、服買ってきてください。このままじゃ私、まともに外へ出られません」

 

「分かったよ…」

 

 

私は更に真っ赤になって俯く。カズマさんに私の秘密を知られてしまった……!

恥ずかしいはずなのに、最初に知る事となったのがカズマさんである事に私は安堵しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーい、ゆんゆん。買ってきたぞー」

 

「あ、カズマさん、お帰りなさい」

 

 

 彼の手には紙袋が握られている。私は先ほど、初心者殺しに服を裂かれた。カズマさんには服を買ってきてもらったのだ。

 

 

「服のサイズとかわかんねーからな、とりあえず俺と同じサイズの奴を買ってきた」

 

 

そういって彼が取り出したのは、黒一色のTシャツでした。

 

 

「カズマさん、これ私には大きすぎます!」

 

「隠せれば問題なーし!」

 

 

 そう言って笑う彼から、私は服を受け取る。そして着てみると、やっぱりというか、ブカブカです。

 

 

「おお!いい感じのブカブカ具合……ってしまった!Yシャツ買ってくるべきだった!」

 

 

地団太を踏む彼を、私は微笑ましく見守りました。私が紅魔族ローブ以外の服を着る事を彼は喜んでくれるかもしれない。

 

 

「カズマさんが着て欲しいって言うなら、私、どんな服装だって喜んで着ますよ!」

 

「……ゆんゆんは可愛いな」

 

「もうっ、そんな事、惜し気なく言わないでください!」

 

 

私の事が可愛い……ダメ、嬉しすぎて泣きそうになってくる。

 

 

「じゃあ、今日はこのへんで。また明日な、ゆんゆん!」

 

「はい、また明日!」

 

 

 私はカズマさんに手を振って見送る。ああ、明日が楽しみだ。宿屋に残された私は、下着やスカートを着ていきます。そして、ベットにカズマさんのマントが残されている事に気付きました。

 

「返し忘れちゃいましたね…」

 

 

私は、マントを思わず手に取り抱きしめる。ほのかに、カズマさんの匂いがしました。

 

 

「明日、洗って返しましょう!」

 

 

 私は丁寧にそれをたたむ。さて、これからどうしましょうか。ウィズさんの店には午前行きましたし……

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

 そこで、私はふと、冷静になって考え込んでしまいました。私は今、何をやっているのだろうかと。1ヵ月前、私はとある噂を聞いた。そして、噂の人物、カズマさんから親友のめぐみんを守ろうと、私は立ち上がった。今考えれば、物凄いおせっかいだ。

 そして今の自分の状況はどうだ!? 私は、カズマさんに親友を盾に体を弄ばれている。気づいてしまった。私はカズマさんに騙されている!

 

 

「そ、そんな……ひどいですカズマさん!」

 

 

 私の目からは、大量に涙が流れ落ちました。私はカズマさんに騙されていた。そして何よりも、めぐみんを悲しませるような事を、私自身がやっているのではないか?

 

 

 こんな事は今日で終わりにすべきだろう…

 

 

「あ、いやです……明日も楽しみなんです……!」

 

 

 私は騙されている。でも、その過程で私は彼の事をよく知った。彼の傍にいると、とても楽しい、安心できる。そして彼はとても面倒見の良い方であった。彼なら、めぐみんも任せられるだろう。

 

 

「会いたい、会いたいです……」

 

 

 自分自身何を言っているのか分からない。こんな事は今日で終わりだ。だから、だから……

 

そこでふと、私は思いつきました。

 

 

「そうです、カズマさんは私に猫を被っていただけかもしれません!」

 

 

 彼が優しいのは私の前だけかもしれない。私の見ていない所で、カズマさんは鬼畜行為を働いてるかもしれないのだ。そんな人に、めぐみんを任せられない。私が見極め、彼を更生させなくては!

 

 

「ふふっ、私が監視しなきゃ!」

 

 

私はたたんであるカズマさんのマントを羽織り、彼を追いかけて宿を飛び出しました。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ね~カズマさん、私お腹すいたな~」

 

「あたし、最近できたハンバーグ屋行きたいな~」

 

「お前らも懲りねぇな!」

 

 

 カズマさんには、すぐに追いついた。彼には二人の女冒険者が抱き着いている。やっぱりカズマさんは最低な人だ!

 

 

「お前ら、手を放せ!」

 

「え? あ……」

 

「ど、どうしたの? いつも、ドサクサにまぎれてお尻触ってきたりするくせに!」

 

 

カズマさんは女冒険者の手を振り払う。そして踏ん反りかえって言いいました。

 

 

「今の俺は冷静なんだ。金を俺からたかるのはかまわん! お前らには世話になってるしな」

 

「それなら、ご飯を……」

 

「アホ! 金が欲しいなら、それとなく言ってこい! あまり、街中でこういう事してると、お前ら自体の風評が悪くなるぞ?」

 

 

カズマさんの言葉に女冒険者達が押し黙りました。

 

 

「ほら、金だ。今後は抱き着いてくるなよ?」

 

 

そういってカズマさんは女冒険者にお金を渡し、歩き去りました。

 

 

「う、うぇ~ん!」

 

「コラ! 泣くな泣くな!」

 

 どういう事だろうか。カズマさんは女であれば、誰でもセクハラし、浮気するような人だったはずだ。いや、たまたまかもしれない。私はカズマさんを追い続けました。

 

 

「あー重いのう……」

 

「なんだ爺さん? 大変そうだし、家まで運んでやろうか?」

 

「おお、親切な若者よ! 頼むぞい!」

 

 そういってカズマさんが、お爺さんの荷物を背負う。カズマさんが、あんな親切な事をするはずがない。恐らく、隙を見てお爺さんの荷物を盗むつもりだ! でも、カズマさんはそんな素振りを見せず、お爺さんと楽しそうに会話しながら歩き去りました。

 

「おい爺さんついたぞ! といかこれメッチャ重いな。何入ってるの?」

 

「石!」

 

「はぁ!? なんなの、土木作業員の方なの!?」

 

「いや、老後って、くっそ暇でな! 毎日若者の親切をもらっては楽しんでいるんじゃ!」

 

「おい、爺さん! 俺が賢者状態じゃなかったら、はっ倒してたからな! まったく…」

 

「ほっほっほ!」

 

 

 

彼は親切な人なのであろうか……いや、おかしい! 彼はアクセル随一の鬼畜男だ!

歩き去る彼を私は追う。この道は、ウィズさんの店の方角だ。そして彼は予想通り、ウィズさんの店に入る。私は扉に縋りついて聞き耳を立てました。

 

 

『おう! 最近、頭の弱いネタ種族を騙して日々快楽にふける男よ! いらっしゃい!』

 

『なななんのことでせうバニルさん!』

 

『気にするな小僧! ネタ種族の未来が破滅から切り替わるだけで吾輩は満足だ!』

 

『あ、はい。他言無用でオナシャス』

 

 

む! カズマさんは誰を騙してるんでしょうか? ネタ種族…めぐみんの事でしょうか!?

やっぱりカズマさんは鬼畜だ!

 

 

『カズマさん、いらっしゃい! 何をご所望ですか?』

 

『よぉウィズ! 中級冒険者満足ポーションセットをくれ!』

 

『ええ? カズマさん、まともに働くんですか!?』

 

『おい、その普段は働いてないみたいな言い方やめろ!』

 

『事実だろ、小僧!』

 

『うるさい! とにかく、ダクネスの時みたいに、有り金全部はたくような事が今後も起こるかもしれん。稼ぐに越した事はない! ちょっと放っておけない奴もいるしな!』

 

『小僧……』

 

『カズマさん……残念ながらこの街に精神科はありません』

 

『はっ倒すぞお前ら!』

 

 

 カズマさんが真面目に働く……? そんなカズマさんは鬼畜で最低な駄目人間のはずです! カズマさんが真人間になったら、私は……!

 

 

『ところで、小僧! この石に魔力を込めてみてくれ!』

 

『ん、なんだ? ほれ!』

 

『“おはようございます!”』

 

『おお!? 石が喋った! しかもウィズの声か!』

 

『正解だ小僧! この石は任意の単語を一つだけ録音、再生できる!』

 

『すげぇ! で、デメリットは……?』

 

『単純に値段が高い! 1個100万エリス!』

 

『よし買った! 在庫全部よこせ!』

 

『ひょ!? さすがの吾輩もこれは予想外!?』

 

『見てバニルさん、全部売れました! やっぱり私、商才あります!』

 

『うるさい貧乏店主、小僧は例外だ!』

 

 

それにしても、カズマさんは大金をすぐに使って……やっぱりダメな人です!

 

 

『カズマさん、何に使うんですか?』

 

『凄い発明だ! 今度お前らにも見してやる!』

 

 

発明、そういえば、カズマさんは凄い魔導具を作りだして大金を稼いでいる。必要経費なのだろうか……

 

 

『うっし、じゃあな、お前ら!』

 

『毎度あり!』

 

『頑張ってください、カズマさん!』

 

 

あ、隠れなきゃ!

 

 

 

 

『小僧はやっぱり鬼畜だな! まさか、あんな純真なネタ種族を騙し、性奴隷に落とすとは……』

 

『バ、バニルさん!? 一体、何の事ですか!?』

 

 

 

 

 

 

気が付いたら私は、カズマさんの屋敷の前にいた。彼は屋敷へと帰っていく。

 

 

 

 

 

「ふふ、私って何がしたいんでしょう……」

 

 

この時、私は自分自身が理解できなくなっていました。

 

 

「カズマ、行きますよ!」

 

「マジかよ!? 俺、今帰宅したばっかなんだけど!」

 

「うるさいです! 行きますよ!」

 

「服引っ張るな! 伸びる!」

 

 めぐみんの声だ。私は慌てて隠れる。別に隠れなくても良かったが、今はめぐみんに顔を合わせられない。私は楽しそうに会話するカズマさんとめぐみんを追いました。何故だろうか、私は今とてもイライラしている。そして、めぐみん達はアクセル周辺の森にたどり着いた。

 

 

「ではカズマ、適当なモンスターを、あそこの岩付近にトレインしてきてください!」

 

「あのなぁ……」

 

「はやくはやく! できれば、ちっこくて大量にいる奴がいいです!」

 

「分かったから騒ぐな! 敵感知には……何だこれ!? 何かが大量にいるんですけど!」

 

「ヘイ、レッツゴー! その何かをトレインして来てください!」

 

「いや、おかしい、おかしいから! これはさっさと撤退……」

 

「このくらい、私の大好きなカズマなら余裕ですよね!」

 

「あ、当たり前だろ! 見てろコラ!」

 

 

 カズマさんが、めぐみんに乗せられて走りだす。なんだか、非常にむかつきます! カズマさんはいつか、女の子に騙されてお金を失いそうです! そして、カズマさんはめぐみんの期待通りに大量のモンスターを引き連れて現れました。

 

 

「めぐみーん! コボルト、コボルトだよコイツら! 絶対、近くに初心者殺しいるから! 撤退! てったーーい!」

 

「“黒より暗く…」

 

「アホ! めぐみんのアホー!」

 

 

 

 

「エクスプロージョンッ!」

 

 

「ほああああああああ!」

 

 

 岩付近にいた大量のモンスターが、めぐみんの魔法で消し飛ぶ。やっぱり、威力だけは本当に世界一かもしれません。

 

 

「めぐみん、敵反応がそちらに向かっている! 逃げろ……って逃げられなかった!」

 

「ふへへ最高ですカズマ! 我が生涯に一片の悔いなし……!」

 

「諦めるなー!」

 

 

 崩れ落ちるめぐみんに、カズマさんが遠くから必死に駆け寄ってくる。これは、助けるべきでしょうね。私がめぐみんの前に行こうとした時、動けないめぐみんに走り寄る1匹の黒い獣、初心者殺しが目に入った。最近多いですね……見回りを強化する必要がありますね。

 

「あーやっぱり初心者殺し! まったく…狙撃!」

 

『ギャンッ!?』

 

 カズマさんが撃った矢が、正確に初心者殺しの前足に突き刺さりました。そして、初心者殺しは体制を崩して地面に転がりました。

 

「うっし、くらえ! ライトニング!」

 

 カズマさんが放った電撃で、初心者殺しの動きを完全に止める。そして、そんな初心者殺しにカズマさんが刀を抜いて切り掛かりました。私の助けは、いりませんね……

 

「とどめ! 必殺剣、臓物開き!」

 

 カズマさんは初心者殺しのお腹に、刀を突き立て横に薙ぐ。獣の悲鳴とボドボドという、臓物と血が流れ出る音が森に響きました。

 

「おいコラめぐみん! 俺の指示を無視しやがったな!」

 

「ふふ、私はカズマが助けてくれるって分かってましたよ」

 

「お、おう……」

 

 

カズマさんは、動けないめぐみんをおんぶする。何だか、非常に羨ましいです。

 

 

「カズマも随分強くなりましたね!」

 

「そりゃな! 今、俺レベル49だよ? しかも、大量に覚えたスキルの使い方と応用を最近やっと理解したからな!」

 

「なんだか納得行きません……いつもビビって大騒ぎしてたカズマが懐かしいです!」

 

「お前な、一応これでも世界救った勇者様なんだけど……って俺はさっきもビビって大騒ぎしたぞ! お前のせいで!」

 

「うるさいです! 納得いかないんです!」

 

「ひっ叩くぞ! というか、俺も本編終了後になってチートになるとか、納得行かないんですけど!」

 

 

ギャーギャーと騒ぐ二人を私は木の陰からじっと見つめました。そして、ぽつりと呟きます。

 

 

「ふふ、カズマさん、めぐみんは任せましたよ……」

 

 

 もう私はカズマさんと、あんな事はしない。そう決めました。私はテレポートで街に戻ると、宿屋で早めの睡眠を取った。何故だか涙が止まらない。いやだ……さびしい……苦しい……カズマさんに会いたい……!

 

 

 

 

 

 

 

 強い日差しで私は目を覚ます。いつも通りの朝が来てしまった。今日から私はカズマさんとはもう会わない。そう思うと何もする気になりまれせん。私はベッドの上でごろごろ転がる。そんな風にしていると、どんどん時間がすぎていきました。約束の時間が、近づいてくる。

 

「行きません行きません行きません!」

 

 

 何かから耐えるように私は呟く。そんな時、衣紋掛けに吊るされた緑色の布、カズマさんのマントを見つけました。私は縋り付くように、そのマントに抱きつきます。ほのかに匂うカズマさんの香りが私を安堵させました。

 

「カズマさんカズマさんカズマさん!」

 

そうだ! 私はこのマントを返していない! カズマさんの所に行かなきゃ!

私は急いでマントを鞄に詰めると、いつもの喫茶店へ走り出しました。

 

 

 

 

 

「カズマさん!」

 

「う~い、ゆんゆん。今日はこのままここで飯食おうぜ~」

 

「あ……はい!」

 

 何やら覚悟を決めてここに来たのに、いつも通りのカズマさんの様子を見て、私は気が抜けてしまった。そして、いつもの場所、カズマさんの対面に座る。

 カズマさんは、コーヒーとサンドイッチを注文する。私も、同じものを注文しました。

 

 

「そういえば、ゆんゆんって普段何してるんだ?」

 

「普段……ですか?」

 

「そうそう、例えば俺と会う前、午前中はいつも何しているんだ?」

 

「午前中ですか?そうですね。私はよくギルドで座っていますよ」

 

「ほーん、座って何してんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「むきーっ!」

 

「ど、どうしたゆんゆん! 落ち着け、落ち着け!」

 

 

はっ! 私は今何をしていたのでしょう!

 

 

「ち、違いますカズマさん! 私、ギルドで一人寂しく座ってなんかいません!」

 

「ア、ハイ」

 

「信じてください! そ、そうです! 私、よくウィズさんの店に遊びに行ってるんです!」

 

「アイツらの所か……」

 

「そうです! 聞いてください! ウィズさんとバニルさんは私の友達なんです!」

 

 

そう言う私にカズマさんは何だか生暖かい視線を送ってきました。

 

 

「そこなら安心だな。アクアも入り浸ってるだろ?」

 

「そうですね。私、アクアさんとも仲いいんですよ!」

 

「そうかそうか! うむ、よきかな」

 

「後、ダストさんもよく来ますよ! 何も買わず、ウィズさんをじっと見て帰りますが……」

 

「おう、そっとしといてやれ。奴にも必要な事なんだ……!」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

 何やら神妙な顔つきのカズマさんに私は気圧される。今度来ても、何も買わない事に文句は言わないようにしましょう……

 

 

「で、俺とのお楽しみの後は何してんの?」

 

「お、お楽しみ…」

 

 

この人は私を騙しておいて、なんて言い草でしょうか。でも私の顔は自然と羞恥で真っ赤になってしまいました。

 

 

「はっはっは! 照れるな照れるな!」

 

「照れてません! それに、カズマさんと会った後、私は、きちんと冒険者の義務を果たしています! 駆け出しの人が勝てないような、高レベルモンスターを退治してるんです!」

 

 

これに関しては、私も誇る事ができる日課だ。途中で助けた冒険者の方もいっぱいいる。

 

 

「ほ~ん、じゃあゆんゆん、今日から俺もそれに参加していいか?」

 

 

私はギョッとする。カズマさんが一緒に……?ダメです! そんなのダメです!

 

 

「ほんとですか!? バニルさんみたいに、うっそで~すとか言いませんよね!?」

 

「落ち着けゆんゆん。もちろんパーティメンバーとしてだからな。報酬は折半だぞ?」

 

「構いません構いません! 行きましょう! 今すぐ行きましょう!」

 

「だから落ち着け! まだ飯食い終わってないから!」

 

 私は急いでサンドイッチ片付ける。私の日課に仲間が加わる。今までになく嬉しい事だ。それとも、単なる仲間でなく、カズマさんだから嬉しいのだろうか……

 

「ふぁい! かひゅまふぁん! いひまふぉう!」

 

「飲み込め! 飲み込んでから喋れ!」

 

 

 

 

 

 そして、私はカズマさんとアクセル近郊の森林に来ていた。何故だろう。いつも来ている場所なのに、隣に人がいるだけで非常に嬉しいし、頼もしい!

 

 

「~♪」

 

「ご機嫌だなぁ、ゆんゆん。でもその鼻歌は可愛いから続けろ」

 

「わ、私、鼻歌なんて歌っていません!」

 

「はいはい」

 

 

 苦笑しているカズマさんを私は睨む。そういえば、何故カズマさんは私と組んでくれるのでしょうか?まさか後で、体を強要されるのだろうか? まぁ別にいい……いくない!

 

 

「カズマさん、なんで私と組んでくれたんですか?」

 

 

不安そうに問いかけた私にカズマさんは苦笑しながら答えました。

 

 

「あのなぁ、本来俺はこういう冒険っぽい事は大好きなんだよ」

 

「カズマさんの言葉とは思えません…」

 

「ひでぇ!」

 

 

私はカズマさんを再び睨む。アクアさんが言っていたのだ。

 

 

『あのクソニートはお金が出来たら、金がなくなるまで引き込もるわよ! 今なんて、人に見せられない姿で部屋にこもってるわ!』

 

そんな、私にカズマさんはチッチッっと指を振りました。

 

「ゆんゆん、俺はあのパーティだから積極的に冒険に出ないだけだ! めぐみんはぶっぱなした後は、非常にもろいし、フォローしないと、あっというまに死ぬ! ダクネスは俺の指示をあまり聞かないし、殲滅力ないのに敵に突撃する! アクアは一番頼りにはなるが、何かしらの問題を誘発させて、より危険な事態を呼び込む!」

 

「でも、それで魔王を討伐しちゃったじゃないですか……」

 

「そりゃぁそうだが、毎回毎回、死と隣合わせなんだぞ!? 楽しく冒険なんて出来たもんじゃない!」

 

 

そういったあと、カズマさんは少し寂しそうに笑いました。

 

 

「それに、今の俺のパーティは若干崩壊気味でな。ダクネスは実家で押し寄せる貴族と戦ってるし、アクアは根は俺と一緒でダラケ女神で、今も遊び歩いてる。めぐみんはいつも一緒だが、さすがに俺一人じゃフォローできねぇし、今更冒険しようなんて言えねぇ!」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「そういう事だ! あいつらに比べればお前は、前衛、後衛両方をこなせるし、瞬間火力、殲滅力、持久性も最高だ! はっきり言ってチートだチート!」

 

「チートって……」

 

「いや事実だからな! それに、お互いテレポート使えるし、どっちか死んでもアクアのところへ逃げれる! お前自体が超強いから、俺の背中も安心して預けられるんだよ」

 

 

カズマさんの言葉に私は納得がいく。結構、合理的な理由でした。

 

 

「それとなぁ、ゆんゆん! 俺はお前が心配なんだ!」

 

「え、私ですか!?」

 

「そうだ! 昨日、初心者殺しに殺られかけたんだぞ?」

 

 

私は何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

「ここです!この付近にグリフォンの目撃情報が度々上がっているんです」

 

「ふーん」

 

 

 そういってカズマさんは森の出口の先にある草原をキョロキョロ見る。恐らく、千里眼を発動しているのだろう。

 

 

「お、アレか? なんか牛っぽい生き物食ってるぞ!」

 

「ホントですか! 捕食中は無防備です! 早く行きましょう」

 

「おいゆんゆん、浮かれて突撃するな。今日も潜伏で行くぞ」

 

 私はこの前のようにカズマさんに手をひかれる。そうしていると、別のモンスターを捕食しているグリフォンを私の肉眼でも確認できました。そして、呪文を詠唱しようとして……カズマさんに止められた。

 

「おいゆんゆん、今日は俺一人に任せろ」

 

「え? カズマさんでも一人じゃ厳しいんじゃ……」

 

「任せろ! 最近俺もレベルによるゴリ押しができるようになってきた。まぁ何よりこいつを自慢したいんだ!」

 

そう言って、カズマさんは刀を抜き放つ。刀のつばに、なんだかゴテゴテした変な物が取り付けられていた。

 

「なんですかそれ?」

 

「見れば分かる! しっかり見てろよ俺の雄姿を……!」

 

 カズマさんはベルトに取り付けられていたホルスターから、紙……何やら遊戯で使うようなカードを2枚取り出す。そしてカードを刀に取り付けられたゴテゴテに、スライドさせるように押し付けました

 

『“スラッシュ!” “サンダー!”』

 

「か、刀が喋った!?」

 

まさかカズマさんは魔剣を作ったのだろうか。それならば本当に凄い!

 

 カズマさんの刀にバチバチとした紫電がまとわりつく。そしてカズマさんはグリフォンに向かって突撃しました。

 

 

「あの卑怯なカズマさんが真っ向からの突撃!?」

 

 

 

「ウェーイ!」

 

 

      『“ライトニングスラッシュ!”』

 

 

 

カズマさんが紫電を纏わせた刀を一閃する!

 

 グリフォンの片羽がズルリと切り落ちた。グリフォンは自分の羽へのダメージから絶叫をあげ、下手人であるカズマさんへ一気に走り寄りました。

 カズマさんは、そんなグリフォンを見据えながら、3枚のカードを取り出し、スライドさせる。

 

 

『“キック!” “サンダー!” “マッハ!”』

 

 

 カズマさんは一気に跳躍し、空中で体を一回転させ、跳び蹴りの体制を取りました。両足にはバチバチとした紫電が纏わりついています。

 

 

「ウエエエエエエェーイ!」

 

 

     『“ライトニングソニック!”』

 

 

 カズマさんの跳び蹴りがグリフォンにぶち当たる。私は、紫電の光から目を守るため、思わず目をつぶってしまいました。そして、私が目を開けると……!

 

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

 何やら決めポーズを取るカズマさんと、その後ろで黒焦げになっているグリフォンが目に映りました。

 

 

「凄い! 滅茶苦茶カッコイイです!」

 

「そうだろう、そうだろう!」

 

 

うんうん頷いているカズマさんに私は素直に羨望の眼差しを向けました。あのカッコイイ魔剣で、華麗にグリフォンを仕留めたのです。なんだか、ゾクゾクとした興奮が、私の中で巻き起こりました。

 

 

「その魔剣、見せてください!」

 

「どうぞどうぞ!」

 

 

 私はカズマさんから受け取った刀を私はじっくりと見る。魔剣のわりには、魔力をあまり感じない。

 

 

「カズマさん! これどういう仕組みなんですか!?」

 

「おう、こうやってな……」

 

 

カズマさんがカードをゴテゴテにスライドさせました。すると……!

 

 

『“スラッシュ!”』

 

 

「わぁ! カッコイイです!」

 

「だろおおおおおおおお!?」

 

 

ドヤ顔のカズマさんに私はさらに尋ねました。

 

 

「カズマさん、そのカードはどんな意味があるんですか!?」

 

「これか? これはカードによって刀から再生される音声が違うんだ!」

 

「へぇ! その後、どうなるんです!?」

 

「それだけ」

 

 

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

「どうしたゆんゆん?」

 

「カズマさん、さっき刀に紫電が……」

 

「ああ、ライトニングを刀に付与しただけだぞ?」

 

「でも、グリフォンの羽がスパンって……」

 

「いっただろ? 高レベルでゴリ押しが出来始めたんだよ俺も! それに最初に取った刀剣スキルも熟練してきてなぁ~!」

 

「でもキックでグリフォンが黒焦げに……」

 

「おう! 徒手格闘、ライトニング、ドレインタッチを併用した、すんごい技だ!」

 

 

私は押し黙る。

 

 

「カズマさん、このゴテゴテの意味は?」

 

「カッコイイだろ!」

 

 

 そういって、目をキラキラさせるカズマさんを私は見つめる。常識人だと思っていたカズマさんが、紅魔族より紅魔族らしい事をしていた。恐らく、このゴテゴテを紅魔の里で売ったら爆売れだろう……

 

 

 

そして、そんなものに、大はしゃぎした自分に腹が立ちました。

 

 

「こんなもの!」

 

「ちょ!? ゆんゆん!? それは徹夜で……!」

 

「えいっ! えいっ!」

 

「あ゛あ゛~!」

 

 

気が付いたら私はゴテゴテを粉々に粉砕していた。

 

 

「……人の物壊すなんて失望しました。ゆんゆんの友達やめます」

 

「ち、違うの!? つい反射的に! あ、待って、謝るから待って!」

 

 

 

 

 

「まってくだしゃい~かじゅまさん~!」

 

「街中だから泣き止め! 変な誤解を受けるだろ!」

 

 

 なんとか許してもらった私は、気が付いたら、いつもの宿の前にいた。そこで足が止まる。

 

 

こんな事は今日で終わりだ。だから、カズマさんに……!

 

 

「どうした?今日もやってもらうぞ!」

 

 

私は黙ってうなづく、今日で最後、今日で最後だ。

 

 

 

 

そして、私達はお互い裸になって向き合う。

 

 

「おいゆんゆん! 今日はよくも俺の傑作を壊したな! これはもう体で賠償だよな~?」

 

下卑た笑いを浮かべるカズマさんを私は見つめ返す。

 

「手でしても良いですよ?」

 

「ひょ!? そ、それだと見抜きじゃなくなるっていうか…!」

 

 散々私の体を弄んでおいて、何をヘタレているんだろうか。私は狼狽えているカズマさんの性器を手に取った。そして見様見真似で擦る。

 

「どうですか…?」

 

「あ…最高です…」

 

 

なんだか、いつものカズマさんと違って大人しい。

 

 

「ゆんゆんって指細いな」

 

「ふふ、そうですか?」

 

「ああ、やっぱ自分の手と全然違う」

 

 

 気持ちよさそうな顔のカズマさんを見ながらは、私は性器を擦る手を強く、そして早くする。

 カズマさんの様子は大人しいのに、性器は普段よりガチガチで、雄々しく反り立つ。

 

先走りの汁が私の肌に飛び散るのを感じた。

 

 

「お……おう……」

 

「カズマさん、私の手で気持ちよくなってくださいね」

 

「お願いします……」

 

 

 そして、カズマさんの性器を手で擦りはじめて、数十分、カズマさんが何かを我慢するような、苦しそうな顔をしだした。もうすぐ射精するのだろう。

 

 

「ふふ、もう出しちゃうんですか?」

 

「い゛っ!? ゆんゆん……なんかいつもと違うな」

 

「それはあなたもですよ」

 

 

私は更に手を早める。

 

 

「あ……出る」

 

 

私の手元でビクビクと脈動する性器を私は見つめる。そして、亀頭に狙いを定め……

私はそこに吸い付いた。

 

 

「おお!?おおお…」

 

 

私の口の中に暴れ回る精液を必死に口に納める。一滴も逃したくない。

 

「ん……ん……」

 

「ゆ、ゆんゆん!?」

 

 

 性器の中にまだ残ってるであろう精液を求め、私は更に亀頭を吸う。そして最後まで吸い出し、私は口を放しました。

 

「ゆんゆん、見してくれ」

 

 

私はゆっくりと頷き口をあける。

 

「んぁ…」

 

 

「大量だな」

 

 

私の頭をカズマさんが撫でる。

 

 

「飲み込め」

 

「ん…」

 

 

ゴクリと精液を飲み込む。喉に絡みつく感覚は不快ともいえるが、嫌じゃない。

 

 

「嬉しいぞ、ゆんゆん」

 

 

カズマさんはそう言って、しばらく私の頭を撫で続けてくれました。

 

 

 

 

 

 事が終わった私達はお互い、服を着る。これで終わり。カズマさんとの関係も今日で終わりだ。

 

 

「カズマさん、渡したいものがあるんです」

 

「ん、なんだ?」

 

 

私は鞄から緑色の布、カズマさんのマントを取り出す。

 

 

「そういえば貸しっぱなしだったな!」

 

 

カズマさんがマントを手に取りました。

 

 

「どうしたゆんゆん? 手を放してくれないと、受け取れないんだが…」

 

 

 私はマントを掴む手を更に強くする。これを渡せば、カズマさんと私の関係が終わってしまう。今までの楽しい日々に終わりが来てしまう。

 

 

今日も楽しかったなぁ…

 

 

 

「カズマさん、このマント私にしばらく貸してくれませんか?」

 

「お? いきなりどうした?」

 

「ふふ、私これ気に入っちゃいまして!」

 

 

そんな私をカズマさんが、また優しく撫でた。

 

 

「んじゃ、やるよ!」

 

「え……?」

 

 カズマさんの言葉に私は茫然とする。確かにそれは嬉しい。でも、貰ってしまったら、カズマさんと会う建前がなくなってしまう。そんなのダメだ! でも今更、いらないなんて言えない! どうすれば……! 終わってしまう! カズマさんとの関係が本当に終わってしまう!

 

 

「よし、ゆんゆん! 今から俺は新しいマントを買う! 俺好みなのを選んでくれ!」

 

「あ…」

 

 

 私はカズマさんに手を引かれて立ち上がる。私はマントを貰ってしまった。もうカズマさんに会う建前はない。でも、よく考えればカズマさんは私を騙し、体を弄んだ。その事実は変わらない。こんな人に親友を任せるわけにはいかない。そして、被害にあった私こそがカズマさんを更生させるのに適しているだろう。

 それならば問題ない。明日も、これからもずっと、私はカズマさんに会いに行く。カズマさんには、私が必要だから。

 

「任せてください! カッコイイの選んであげます!」

 

「まかせた!」

 

 

 

 

 

 

――そういう事にしておこう。

 

 

 

 

 

 

 




これで書き貯めがなくなりました。
続きは気が向いた時に投稿します。
毎回短編みたいにするかね…

また、途中のライダーネタは元ネタ分からない人には、意味不明で寒かったかな…

でも、カズマっていったら、やっぱりケンジャキさんだよね。


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最低なカズマさん

俺、アクシズ教団ゆんゆん派に宗旨替えしようかな…


「これです! このマントがカッコイイです!」

 

「そ、そうか…」

 

 キャーキャー言いながら、俺の肩にマントを押し付けてくるゆんゆんに、俺は気圧される。現在、俺達は新しいマントを買いに、アクセルで一番評判の良い防具屋を訪れていた。そして、ゆんゆんに新しいマントを選んでもらってるわけだが…

 

「ダメです……色がダメです!やっぱりカズマさんは緑色です!」

 

 この状況である。ゆんゆんのテンションは何故か物凄く高かった。まぁ浮かれているゆんゆんは非常に可愛いので放っておく事にする。

 

「カズマさん、この緑色のマント付けてください!」

 

「へいへい……」

 

 ゆんゆんに言われるまま、俺はマントを身に着ける。そして姿見で確認する。そのマントは、今までの俺が身に着けていたマントより丈が長くひざ下まであるタイプであった。

 

 

「カッコイイです、カズマさん! でも何か物足りませんね……」

 

 

 そう言うと、ゆんゆんは店奥のカウンターへ行き店員と話し始める。そして、数人の店員が店の奥から木箱を取り出し、俺の方へ向かって来た。

 

「カズマさん! これを装備してみてください!」

 

「ん? って、なんだなんだ!?」

 

周りの店員達が、木箱から取り出した鎧や籠手、といった防具を俺に着け始めた。

 

「やっぱりマントにはカッコイイ鎧が似合いますよカズマさん! どうですか?」

 

「お、おう俺もそう思うよ、うん」

 

「そうですか!」

 

 そういって、ゆんゆんはカウンターへと走り去った。やべぇ、流されて適当に答えちまった。

 俺は改めて、ゆんゆんに装備させられた鎧を姿見で確認する。なんというか、今の俺はThe冒険者といった感じの姿だ。

 

「うーむ、取り回しは問題なしか、俺もレベル上がったもんなぁ」

 

 手首を回したり、ステップを踏んだりしながら、今の俺なら問題なく鎧を着て行動できる事を確認する。昔は、重くて一歩も動けなかったのだが…

 まぁ、この鎧は前回とは違い、部分鎧だから軽さや動きやすさが違うのだろう。

 

「ていうかこの姿ヤベぇ! ゆんゆんもなんて物を俺に着せるんだ!」

 

 そう今の姿の俺は色々とヤバイ。この鎧は鈍い黒色だが、もしこの鎧が緑色であったら、俺はアクセルの鬼畜男から鬼畜王へジョブチェンジする所であった。

 

「カズマさん、その鎧、気に入りました?」

 

「ああ、思った以上に動けるし、せっかくだから買おうかな~」

 

「それなら良かったです! 支払いは私が済ませましたし、帰りましょうか!」

 

「そうだな、今日はこれでお開きにするか……」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……? ゆんゆん、お前今なんつった?」

 

「ええ!? やっぱり気に入りませんでした!?」

 

「違う、そうじゃない。支払いを済ませただって?」

 

「はい! 私、カズマさんに、その鎧を着て欲しいです!」

 

「あ、あああ……」

 

あかん、本当にあかん……! 何故そんな笑顔でこんな事をするんだ!

 

「ちなみにいくら……?」

 

「そんなのカズマさんは気にしないでいいですよ!」

 

「気にする! めっちゃ気にする! いくら……!?」

 

「カズマさん、落ち着いて。180万エリス程度でしたから……」

 

 その衝撃的すぎる発言に、俺は足から崩れ落ちた。ダメだ! ゆんゆんは色々と手遅れすぎる!

 

「ウソダドンドコドーン!」

 

「カズマさん!? 滑舌がおかしいですよ! 立って、ほら立ってください!」

 

 俺はゆんゆんに無理矢理立たされる。改めて周囲を見てみると、他の客や、店員達が俺をゴミをみるような目で見つめていた。許されない、こんな事は許されない……!

俺は新調したマントをバサッ翻し、叫ぶ!

 

「我が名はカズマ! アクセル随一の冒険者にして、魔王を討ち果たした者……!」

 

「わぁ……カッコイイ! カッコイイですカズマさん!」

 

 周囲の客は俺をゴミというより、痛い人を見るような視線で見つめてくる。ただ、店員達は俺を驚愕の表情を浮かべて見つめてきた。そう、それでよい!

 

「おいコラ店員ども! この店で一番高級なアクセサリーを持ってこいやおらあああああああああ!」

 

「は、はい! お待ちください旦那様!」

 

そう言って、店員はカウンターに小物を並べはじめる。

 

「カズマさん、まだ何か欲しいんですか? 私が買ってあげますよ!」

 

「ゆんゆん…ちょっとお前は黙ってろ」

 

俺は抱き着いて来るゆんゆんを無視しながら、店員が並べた小物を物色し始める。

 

「おっさん、この腕輪はどんな効果があるんだ?」

 

「はい、そちらは力の腕輪です。力のステータスが3上がりますよ」

 

「おいおいなんか微妙な効果だな……ちなみにいくら?」

 

「200万エリスになります」

 

高すぎだろ! 1レベル上げる事でのステータス上昇量より効果が少ないってのに!

 

「おい、おっさん! ぼったくりか! 潰すぞこの店!」

 

「ち、違います! 装備するだけで、誰でもステータスが上がるんですよ!?」

 

 うーむ、確かに、付けるだけでステータス上昇ってよく考えたらスゴい事だ。俺は他に並べてある小物を更に物色する。

 

「おっさん、この指輪の効果は?」

 

「それは、全てのステータスが2上昇する指輪です。よくある使用者に合わせた伸縮機能もついてますよ!」

 

「ほう、いくら?」

 

「1500万エリス!」

 

「おおう!? でも買った!」

 

俺は、懐の金貨袋から金を取り出し、叩きつけるようにして渡した。

 

「うひょ! エリス白金大判…ちょうどです! 毎度あり!」

 

「うっし! 帰るぞゆんゆん!」

 

「カズマさん、さすがにそんな大金は持ち歩くべきじゃないです!」

 

「うるせえ! いくぞ!」

 

俺は逃げるように店を後にした。なんか最近勢いで大金を使ってしまうな…

そして、店を後にして数分後、ゆんゆんが心配そうにこちらを見つめて来た。

 

「カズマさん……先ほどから、なんで怒ってるんですか? やっぱり鎧を気に入りませんか?」

 

「このアホ!」

 

「いたいっ! 何するんですか!」

 

俺は思わず、ゆんゆんの頭にチョップをしてしまった。本当にこの娘は……!

 

「おいゆんゆん! お前何したか分かってんの!?」

 

「ええ? 私何かしましたか?」

 

「アホ! お前は男に貢いだんだよ! 理解してんの!?」

 

「え? あ…」

 

ゆんゆんはキョトンとした顔から一転、顔を赤くし始めた。

 

「そ、そうじゃないです! 私はただ、カズマさんに喜んで欲しくて……!」

 

「貢ぐ女の思考じゃないですかーやだー」

 

「ち、違います!」

 

そういって俯くゆんゆんを俺は撫でる。

 

「嬉しい確かに嬉しいぞ! でもな、貢ぐのは俺だけにしてくれ。そうじゃないと、いつか破滅するぞお前!」

 

「はい! 私が貢ぐのはカズマさんだけです! だから大丈夫です!」

 

貢ぐ事は否定しないのかよ……

というか、そんなキラキラした目で俺を見つめないでくれぇ……!

 

「おいゆんゆん! 手を貸せ!」

 

「なんですか?」

 

俺は差し出して来たゆんゆんの指に、さっき買った指輪を無理矢理つけた。

 

「カズマさん、これは……」

 

「勘違いするなゆんゆん! 俺は仲間にちょっとでも強くなって欲しいだけだ!」

 

「は、はい……」

 

「明日からも、冒険を続けるんだ! それに俺達なら1500万エリスくらい、すぐ稼げる。遠慮なく使え!」

 

「そうですよね! カズマさん、明日も一緒にいてくれるんですよね……!」

 

「そうだ! じゃあまた明日な!」

 

「はい!」

 

 

 

 俺は逃げるようにして屋敷へ急ぐ。俺も随分と臭い事をしてしまった。でもしょうがない。相手はゆんゆんなのだ。しょうがない!

 

 

「ていうか、俺も女に貢いでしまったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、綺麗ですね」

 

 私は宿屋のベッドの上で転がりながら、指輪を撫でる。指輪はシンプルなシルバー製であり、装飾のような美しさを持つ刻印が刻まれていた。恐らく、この刻印にステータス上昇の秘密があるのだろう。

 

それにしても、本当に嬉しい! これはカズマさんからのプレゼントだ!

私は人差し指にはめられた指輪を、薬指に着けかえる。

 

「私ってカズマさんが好きなんでしょうか……」

 

 自問自答するように私は呟く。私はカズマさんが大好きだ。私自身の感情は、そう訴えてくる。しかし、客観的に見れば、私は親友を盾に体を弄ばれている。はっきりいってカズマさんは最低な男だ。交友経験の浅い私が好きだと錯覚しているだけかもしれない

 

「それに、めぐみんを裏切るような事はできません」

 

 カズマさんは、めぐみんの思い人だ。私が彼に思いを伝えるなんて事はできない。でも、彼が私を好きだというなら、喜んでそれに応える。それは彼の意思だ。それなら裏切りじゃない。そう、私はめぐみんを裏切ってなんかいない!

 

「だから、まだこっちです」

 

私は、指輪を再び人差し指に戻す。そして、私は布団をひっかぶる。

明日はウィズさん達に会って、カズマさんと冒険だ!

 

「明日も楽しみです。お休みなさい、カズマさん」

 

布団の中で私は指輪を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 そして、いつも通りの朝が来る。身だしなみを整え、外出の準備をする。午前はウィズさんの所へ行きましょう!

 私は宿を飛び出し、ウィズさんの店へ急ぐ!そして数十分後、私はウィズ魔法具店の扉を叩いた。

 

「おはようございます! ウィズさん、バニルさん」

 

 そう挨拶する私に対して二人は笑顔で応えてくれた。やはり、友達って非常に良いものだと思う。

 

「はい、いらっしゃいゆんゆんさん」

 

「おう小娘…ほう! なるほどなるほど! いらっしゃい!」

 

バニルさんがこちらをジロジロ見ている。何かおかしい所でもあるのだろうか。

 

「私、今日はとても良い気分なんです! 掃除でも商品整理でも何でもしますよ!」

 

「ありがとうございます。ゆんゆんさん、今日はポーション作成を手伝ってもらえますか?」

 

「はい、喜んで手伝います!」

 

そういって私が醸造台に近付いた時、バニルさんが私に話かけてきた。

 

「貴様! いつもと雰囲気が違うな、特にそのマント! 似合っておるぞ!」

 

「そ、そうですか? ありがとうございます!」

 

 今、私はカズマさんから貰ったマントを身に着けている。私にカズマさんのマントが似合っている。その事が非常に嬉しい!

 

「バ、バニルさんが人を褒めた!?」

 

「うるさい貧乏店主! 吾輩は商品整理をしておるから、小娘の相手をしてやれ!」

 

 そういって、バニルさんは商品棚の整理を始める。私も醸造台に座る。さすがに、友達だからと言って店に居座る事はできない。こうやってポーション作成や、掃除などを手伝っているのだ。

 そして、ウィズさんと会話しながら、ポーション作成を始めてしばらくたった頃、ウィズさんが驚いた顔をしながら話しかけてきた。

 

「ゆんゆんさん! この指輪どうしたんですか? 随分、良いものみたいですが!」

 

「これですか? これは……昨日貰ったんです」

 

「ええ? これかなり高価なものですよ!」

 

「そ、そうみたいですね…」

 

 指輪に気付いてもらった事が私は非常に嬉しかった。そして、そんな私にウィズさんは興味津々といった感じで聞いてきた。

 

「だ、誰に貰ったんです!?」

 

「これは…その…」

 

「さぁ誰です! 誰に貰ったんです!?」

 

 鼻息を荒くするウィズさんに、私は顔を赤くする。何故かとても恥ずかしい。でも一方で私はこの指輪を自慢したいと思った。

 

「これはその……カズマさんに貰ったんです!」

 

「えぇ!? カズマさん!?」

 

ウィズさんは先ほどの様子から一変して、不安そうな顔で聞いてきた。

 

 

「あの、ゆんゆんさん? 対価として、体を要求されたりなんて…」

 

 

 

 

 

 

 

「バニル式殺人光線!」

 

「わあああああああ! ウィズさんが黒焦げです! バニルさん、いきなりなんですか!」

 

「うるさい! その貧乏店主の事は放っておけ!」

 

 そう言ってバニルさんが私に近づいてくる。どうしたのだろう。バニルさんが普段より私にかまってくれてる気がする。

 

「貴様! その指輪、小僧に貰ったのだな! 非常に似合っているぞ!」

 

「そうですかバニルさん? これ似合ってますか?」

 

「うむ! そして、貧乏店主が言った事は気にするな! 小僧は鬼畜であるが、身内には非常に甘い! 今後も頼るといい!」

 

「ふふっ、そんな事は言われなくても分かってます」

 

私にカズマさんから貰った指輪が似合っている。ふへへ・・・

 

「ポーションはもう出来ているだろ? 小僧の所へ行ったらどうだ?」

 

「そ、そうですね……ちょっと早いけど、行ってきます!」

 

「おう! 行ってらっしゃい!」

 

 私はウィズさんの店を飛び出す。少し早く行っても問題ないであろう。ギルドとは違い、喫茶店でカズマさんを待つのは、まったく辛くない。

 

 

 

 

 

「いたた、突然なんですかバニルさん……ってバニルさん!? 仮面から水が大量ににじみ出ていますよ!」

 

「おお、なんて事だ……悪魔公爵の吾輩が、喜びの感情などで……!」

 

「ええ!? 泣いてるんですか!? もしかしてバニルさん泣いてるんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうやって、早足で歩いていると、通りで何やら、人だかりが出来ていた。ちょっと、気になったので、私も野次馬して行く事にする。

 

「うわぁ……」

 

 私はそこで目にした光景を見て思わずそう呻いてしまった。人だかりの中心には多数の警察官で見えないようにしているが、隙間からその惨状が見えてしまうのだ。そこには大泣きする女性がたくさん蹲っていた。それにしても、何故地面に女性用下着が散らばってるのでしょう…

 

「あ、ゆんゆんさん!」

 

「え? ゆんゆん? 私と同じ名前の人いるんだ……」

 

「何言ってるんですか、ゆんゆんさん!」

 

「ええ!?」

 

 驚くべき事に本当に私を呼ぶ声であった。話しかけてきたのは、よくカズマさんに抱き着いている女冒険者の片割れ、ダークハンターの女性だ。

 

「わ、私に何の御用でしょうか?」

 

「いやーちょっと頼みたい事あってね」

 

「どんな事でしょうか?」

 

 

ま、まさか私の友達に……!?

 

 

「カズマを迎えにいってくれないかな……」

 

「カズマさんを?」

 

「そう! あたし、ちょっとコイツから手が離せなくてね」

 

 そう言ってダークハンターの人は、隣の女の子を撫でる。撫でられているバードの女の子も、いつもカズマさんに抱き着いてくる人だ。その子はもの凄いニヤケ面をしながら、時節、フヘフヘと気持ち悪い声を上げている

 

「迎えに行くって、どこにですか?」

 

「ああ、警察署」

 

「ええ!?」

 

カズマさん、あなたは何をしでかしたのですか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆんゆんが事件現場に至る少し前、カズマは数十人の女性冒険者に取り囲まれていた。

 

「おいお前ら! 軽食奢るって言うから付いて来たのに、騙したのか!?」

 

そういって俺は、抱き着いているいつもの女冒険者を睨む。

 

「いや、あたしも知らないよ……」

 

「カズマさん! 騙してないよ! 信じて信じて!」

 

「分かった! 分かったから俺によじ登ってくるなロリっ子!」

 

 俺はよじ登ってくるロリッ子の頭を手で押さえながら、周囲の女冒険者を見る。全員知らない顔だ。新人冒険者であろうか……

 そんな中、取り囲んでいたうちの一人が話しかけてきた。

 

「あなたがあの鬼畜のカズマだな?」

 

「ああ、もう定着しきってるな……そうでーす」

 

そう答えた瞬間、一気に包囲が狭くなる。

 

「私達は全員ゆんゆんさんに恩義を持っている者だが……最近、あなたがゆんゆんさんを誑かしていると、私達の噂になっている」

 

俺は思わずビクリと震える。なんだろう、変な汗出て来た!

 

「……な、なんのことでせう?」

 

「最近、ゆんゆんさんを宿に毎日連れ込んでるそうじゃないか?」

 

やべぇ! 完璧バレてる!

 

「黙秘します」

 

「ほう……しかも昨日はゆんゆんさんに、装備一式を買ってもらったそうじゃないか」

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

「「「「「覚悟!」」」」

 

「誤解! 誤解だから! ってマジで抜刀しやがった! 街中だぞ!」

 

切り掛かってくるアホ共を俺は避ける。やはり新人なのであろう。動きが遅い

 

「おいロリッ子ども! これって反撃していいよな! 正当防衛だよな!?」

 

「おう、警察きても私達が証言してやる」

 

「カズマさん、頑張って!」

 

「よっしゃ! 頼んだぞ!」

 

 

これで後顧の憂いはない!

 

 

「貴様ら、ひん剥いてやる! スティール!」

 

「ひゃああ!」

 

 俺に切り掛かっていた奴のうち、一人が地面に座り込む。もちろん俺の右手にはパンツが握られている。

 

「おう!? お前大人のくせに、くまさんパンツかよ!? まぁ、ギャップがあってよろしい!」

 

俺がパンツをポケットに入れると、回りの反応が止まる。怖気づいたのだろうか。

 

「かかってこいやあああああああ!」

 

「このー!」

 

「ヒャッハー!スティールスティールスティールスティールスティールスティール!」

 

 

「「「「ひゃああああああああああ!」」」」

 

 

 

 気が付いたら、周りの女冒険者が全員泣きながら座り込んでいた。そして俺は今、大量の下着を抱え込んでいる。

 

「人肌ってあったけぇ……」

 

俺が、下着に残る熱を堪能していると、顔馴染みの男冒険者が集まってきた。

 

「何やってんすか! カズマさん!」

 

「下着! 下着!」

 

「・・・・・・・・」

 

 

男冒険者が羨望の目で見てくる。可愛い奴らだ……!

 

 

「お前らにくれてやる!」

 

 

俺は手に持っていた下着の束を奴らに投げつけた!

 

「うひょおおお!」

 

「おいこら! これは俺んだ!」

 

「うるせー! お前はこの経血まみれのでも持ってけ!」

 

「おい! その経血パンツこっちに渡せ!」

 

下着を巡って争う男達を俺は笑いながら見守る。争え…!もっと争え…!

 

「ねぇ、もうやめよ?」

 

「なんだロリっ子……ていうかお前ってガキのくせに恰好はビッチだよな! スティール!」

 

「わあ!?」

 

「おお……お前、エロイ下着だな」

 

「え? 何、私に欲情したの?欲情してくれたの? ふへ、ふへへへへ!」

 

「気持ちわりぃよ! おいコラお前どこ擦り付けて……!」

 

そんな時、俺の手を掴む奴がいた。またあいつらか?

 

「なんだよ! また、ひん剥く……」

 

 

 

 

 

「ちょっと署まで来ようか?」

 

「はい、お巡りさん」

 

 

糞が!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、大丈夫ですか!?」

 

 私は今、警察の留置場に来ていた。無論カズマさんを迎えに行くためである。そこには、カズマさんと、何故かダストさんがいた。

 

「おいカズマ、こいつは予想外だ! 賭けは無効な!」

 

「チッ、仕方ねぇ! しかし、ゆんゆん! よく来てくれた!」

 

カズマさんが笑いながら話しかけてくる。いつもの様子に私は安心した。

 

「でもなんで、ゆんゆんが来たんだ? 俺は身元引受けは、あいつら二人組か、めぐみんだと思ってたんだが……」

 

「そうだぞ! ゆんゆん! 賭けが無効になったじゃないか!」

 

この二人は随分余裕そうだ。捕まったって聞いた時、とても不安だったのに!

心配して損した……

 

「カズマさん出ましょう。今日も冒険するんですよね?」

 

「おう、だから出してくれ!」

 

「はい、警察の人呼んできますね」

 

 そんな時、ダストさんがカズマさんに話しかけてくる。ダストさんは何をして捕まったんだろうか……

 

「おいカズマ! どうせなら飯食ってけよ!」

 

「ふ~む……やっちゃいますか!」

 

「やっちゃいましょうよ!」

 

 二人が下卑た笑いを上げる。バニルさんを外したら、私の男友達ってどっちもチンピラですね……

 

なんだか泣きたくなって来た!

 

「おらああああああああ! 飯よこせや糞ポリがあああああああああああああああ!」

 

「あくしろよおおおおおお! 糞尿ここで撒き散らすぞクソがあああああああああ!」

 

「ふ、二人ともいきなり何ですか!?」

 

奇声を上げながら、牢内で暴れ回る二人を私は茫然と見つめる。

私、カズマさんが好きだって自信が早くもなくなって来ましたよ!

 

「うるせーお前ら! おい嬢ちゃん、お前の分もあるから配膳手伝ってくれ」

 

「ええ!? わ、分かりました」

 

 その後、私とカズマさん達と一緒に牢屋の中で食事をしました。捕まってないのに、臭い飯を食べる事になって泣きそうです。

 でも、刑務所のご飯って全然臭くないし、むしろ美味しいんですね。知らなくていい事を知りました……

 

 

 

 

 

 そして、私はカズマさんを出所させた後、ジャイアントトードの繁殖場にもなっている草原に向かいました。今日はここで私の日課を手伝ってもらうんです。

 

「カズマさん、この岩の上です! んしょっと…」

 

「おう、今日のパンツは黒か……可愛い!」

 

「見ないでください!」

 

「もう、今更すぎるだろ」

 

そう言うカズマさんを私は同じ岩の上に引き上げる。この岩の上に私以外が……

あ、また泣きそうになって来ました。

 

「おいゆんゆん! ここで何すんだ?」

 

「そのうち分かります。それまで、お話して待ちましょう?」

 

「うーい」

 

 そして、私はカズマさんとお話をする。今まで退屈だと思っていた岩の上がとても楽しい場所になった。そして、話題はカズマさんが捕まった事にうつる。

 

「カズマさん、本当にアレは正当防衛なんですよね?」

 

「当たり前だろ! 二人や警察官から聞いたんだろ! 俺はいきなり襲われたんだ!」

 

「で、でも女の子達が皆、大泣きしてましたよ……」

 

「知るか! 正当防衛でーす! 俺は悪くねぇ!」

 

 なんだか、非常に納得いきません。なんで、周囲に女性用下着が散らばっていたかも分かりませんし……

 

「というかゆんゆん! あいつらお前の関係者みたいだぞ!」

 

 カズマさんの言った事に私は押し黙る。確かにあの女性達はみんな、見覚えのある方ばかりでした。

 

「あの方達は、私が救助した人みたいですね……」

 

「救助~?」

 

「そうです。死んじゃいそうな駆け出し冒険者を助けるお仕事です。ギルドの常時クエストなんですよ」

 

そう言う私に対して、カズマさんはなんだか哀れみの視線を送ってきました。

 

「ゆんゆん…ギルドにいいように使われてるな。やめたきゃ俺に言えよ」

 

「進んでやってます! 使われてなんかいません! それに今はその仕事の最中です!」

 

 そう、この岩は草原のほぼ真ん中に位置します。ここで助けを求める冒険者の声を聞くんです。そして、都合が良い事に、こちらに悲鳴のようなものが、かすかに聞こえて来ました。

 

「カズマさん、あっちです! 早く助けましょう! そして“公開レイパーのカズマさん”なんて不名誉な汚名を雪ぐんです!」

 

「おう! ってお前今なんつった!」

 

「早く行きますよ」

 

「待てゆんゆん! さすがに洒落にならん、洒落にならんぞ! その通り名!」

 

 

 

 

私はギャーギャー騒ぐカズマさんを連れて、現場にたどり着く。

 

 そこには、2匹のジャイアントトードが棒立ちしていました。そして、両方のジャイアントトードの口から人の足が見えていました。

 

「カズマさん私はこっちをやります。向こうは任せましたよ」

 

「了解~」

 

私は、左のジャイアントトードへ向けて、詠唱しながら走り寄る

 

「ライトオブセイバー!」

 

 無防備なジャイアントトードの頭を貫き、私はそのまま滑るように背中を切りつけて背開きにしました。そして、飲み込まれた冒険者を引っ張り上げます。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うぅ、ありがとうございます~」

 

意識がある事を確認すると、私は鞄から信号弾を取り出し、空に打ち上げました。

 

「もう安心してください。ちょっと待てば、ギルドの回収班がこちらに来ますよ」

 

「ありがと、ありがとね~」

 

そう言って泣く冒険者を私は慰める。その時、カズマさんがボソボソと何か呟いているのが聞こえました。

 

 

「こいつ、犯して捨ててもバレないかな……」

 

 

 

 

 

 

「カズマさん! 何やってるんですか!?」

 

 カズマさんもカエルを倒して、救助を完了させていました。しかし、カズマさんの両手は、あろうことか気絶した女冒険者の服の中で蠢いていました。あそこは、胸の位置です!

 

「ひょ!? ここここれ治療だから! ヒール! ヒール!」

 

「カズマさんのバカ!」

 

「誤解!これは誤解で…へぶぅ!?」

 

 

私はカズマさんを蹴り飛ばして、冒険者を救出しました。この女性も可愛そうに…

 

 

「おい待てゆんゆん! って後ずさるな!……謝る!謝るから!俺から逃げないでゆんゆん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「おいゆんゆん、機嫌直してくれよ……」

 

 私は、ギルドに報告を行った後、いつもの宿屋に連れ込まれました。でも、今の私は不機嫌です!

 

「今日は脱ぎませんし、手も使いません! 勝手に一人でやってください!」

 

「ええ~」

 

「もう知りません!」

 

 

そうやって、そっぽを向いていると、カズマさんが私に恐る恐る聞いてきた。

 

 

「なら足でやってもらえる?」

 

 

カズマさんは、何をほざいているんでしょうか…

 

 

「ねぇやって! ゆんゆん様! お願いお願いお願い!」

 

「わ、わかりましたから! そんな情けなく泣かないでください。私、そんなカズマさん見たくないです!」

 

 

結局、私は足でやる事を了承してしまった。流されてなんて……ないです!

 

 

 

 

 

 

「じゃあ頼むぞ、ゆんゆん!」

 

「はぁ……」

 

私は、ベッドで性器を反り立たせて仰向けになっているカズマさんに近づきます。

 

「私、足でなんて知りません……」

 

「やればできる! 足で踏みつけるように、オレのチンポを擦るんだ!」

 

「はぁ……」

 

 

 私は言われた通り、カズマさんの性器を右足で踏みつける。ストッキングは脱ぎません!今日は脱がないって決めたんです!

 

 

「おおう……ゆんゆん、君も話が分かる子だね」

 

「一体なんの事ですか! まったく!」

 

 

私は変な事を言うカズマさんに対して、性器を強く踏む事で応える。

 

 

「おふ!? おお、気持ちええ……」

 

「カズマさん、こんな事が気持ちいいなんて、変態さんですね」

 

「おひょ!?」

 

 

私は変な声を上げるカズマさんに、改めて怒りが湧いてきました。

 

 

「カズマさん、女性をレイプしようとするなんて最低です!」

 

「いや待て聞いてくれ! あれは誤解なんだよ!」

 

「本当ですか……? カズマさん」

 

 

 私は思わず、足を止める。カズマさんが、そんな最低すぎる人間だと私は思いたくない。カズマさんは、最低だけども、人間の屑ではないと信じたいのだ。

 

 

「ゆんゆん、レイプ願望ってのはな男は全員持っているんだ!」

 

「ええ、そんなの信じたくないです……」

 

「アホ! エッチな本がレイプ物で溢れてる事から、それくらい察しろ!」

 

「でも、そんなの最低すぎです……」

 

「そうだ! 男ってのは皆最低だ! でもな、思っても実行には移さない人がほとんどだ! 信じてくれ!」 

 

 

 私はカズマさん言葉に押し黙る。カズマさんは、私の体を弄ぶ最低の人ですが、最後の一線はまだ超えようとはしません。それはカズマさんが根は良い人で……いや、単に度胸がないのでしょう。

 確かに、カズマさんがレイプをできるなんて思えませんね……

 

「はぁ、分かりました……」

 

「おう、分かってくれたかゆんゆん!」

 

 

微笑むカズマさんに、再び腹が立ちました。

私は亀頭の付け根部分を、右足の親指と人差し指で、強く握りこみました。

 

 

「おぅ!?」

 

「でも、カズマさんはレイプしたいって思った事は確かなんですよね……」

 

「ああ、だから男は誰でも……おふっ!?」

 

 

私は体重を乗せてカズマさんの性器を踏み潰す。

 

 

「毎日毎日、カズマさんの性欲を私が発散させてるのに、まだ足らないんですか?」

 

「いや違う! むしろ俺は、一日中お前の事を考えて…」

 

「うるさいです!」

 

「ほひょっ!? うへ、うひひ!」

 

 

 私はそのまま、踏みちぎるように性器をしごく。ストッキング越しに、カズマさんの性器の熱と固さが、ジンジンと伝わります。本当に最低です!

 

 

「カズマさん! レイプしたいなんて思う女性は私だけにしてください! そうしないと縁を切りますよ!」

 

「はひぃ! おほっ……分かってます! ゆんゆん様あああああ!」

 

「ふん! 絶対ですよ!」

 

 

 私はしごく速度と、踏みつける力を更に強める。そして、カズマさんの性器がビクビク震えるのを感じました。

 

 

「足でやってるんですよ……もう出しちゃうんですか?」

 

「ふひぃ! そ、そうです! もう出る出る! ・・・・あ」

 

 

カズマさんが微かに声を上げた瞬間、性器からビュルビュルと精液が飛び散りました。

 

 

「カズマさん、本当に足で射精するなんて……変態さんですね」

 

「あへっ!? おおう……」

 

 

 カズマさんはもう一度性器を震わせ、ビュルリと白濁を吐き出しました。そして、カズマさんは全身の力が抜けたように、大の字に体を広げました

 

 

「ああーやべぇ……ちょっと癖になりそう」

 

 

 恍惚とした表情をしているカズマさんを見ながら、私は性器の前に座り込みました。そして、陰毛やお腹に付着した精液を舐めとっていきます。

 

「んむ……ん……んじゅ……」

 

「ゆんゆん……」

 

 

私は、精液を全て舐めとると、昨日のように、亀頭を吸い上げる。

 

 

「ん……ん……」

 

「おほっ……!」

 

そして、全ての精液を舐めとり、カズマさんに報告しました。

 

「カズマさん、全部舐めとりました!」

 

「そうか、さっきのゆんゆんも少しいいが、やっぱりお前は笑顔が一番だ!」

 

カズマさんは私の頭を優しく愛撫する。それを、私は黙って受け入れた。

 

 

「偉いぞゆんゆん!」

 

 

「はい、カズマさん!」

 

 

私は満面の笑みで応えた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゆんゆんに足コキさせるための前ふりがかなり冗長になりました…

途中出て来た、ダークハンター、バードは世界樹の迷宮に出てくる職業です。


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魔法の特訓

おかしい、当初は0だった性欲値の潜在が160%程に(elona並感)
でもリアルが忙しくなってきた。


「んお……朝か」

 

 俺は、太陽の光で目を覚ます。時計をちらりと見ると、朝八時であった。最近、自然とこの時間に起きてしまう。以前なら、そのまま寝る所であったが、全く眠気がないため、二度寝ができない。

 ゆんゆんと会うようになってから、俺は割と健康的な毎日を送っていた。ゆんゆんとの約束の時間には遅刻できないという思いがあるのと、ゆんゆんのおかげで、毎日スッキリできるので、夜に悶々とする事もなく、安眠できるのだ。俺は洗面所で身だしなみを整え、リビングへ向かう。

 

「おはようカズマ」

 

「ああ、おはようダクネス」

 

 すでに、リビングではダクネスが朝食の準備をしていた。テーブルにはロールパンとバターが並んでいる。そして、ダクネスは昨日の残りのシチューを暖めていた。

 

「おうダクネス、今日もお嬢様スタイルか?」

 

「そう言ってくれるな、私も色々と大変なんだ……最近は王家の対応でってコラ! 三つ編みを引っ張るな!」

 

 ダクネスの三つ編みを引っ張りながら、さり気無く尻を撫でていると、案の定というか、蹴飛ばされた。

 

「全くカズマは……とりあえず穀潰し共を、起こしてきてくれ」

 

「うーい」

 

ダクネスに適当に返事をしながら、俺は第一の穀潰しの部屋へ向かう。

 

「おーいアクアー、起きろー」

 

「んへへ……かじゅまさん~」

 

 アクアを揺すっていると、寝ぼけてこちらに抱き着いて来る。俺はそんなアクアの胸を揉みしだく。

 

「んへへ……んひぃ!んぁ……やぁ……!」

 

 覚醒しそうなアクアを見て、俺は手を放す。そしてアクアを背負い、リビングに運び無理矢理、椅子に座らせる。そして俺は第二の穀潰しの元へ向かった。

 

「おーいめぐみんー、朝だぞー」

 

「ん……」

 

 めぐみんは完全に寝入っている。さて、コイツにもセクハラを……別にしなくていっか。俺はめぐみんを背負い、リビングへ運ぶ。ダクネスはすでに席についていた。

 

「カズマ、この二人も随分と堕落してしまったな……」

 

「仕方ねぇだろ、一生遊んでも使えきれない金が手に入ったんだ。俺じゃなくてもこうなる」

 

「そういうものか? 富を持つものには、相応の……」

 

「お嬢様には理解できねーよ」

 

「お嬢様言うな! それにしても、カズマは最近、規則正しい生活をしているな」

 

「まぁ、俺もダラけるのは飽きたんだよ」

 

「そうか、この二人もいずれそうなって欲しいんだが……」

 

 アクア、めぐみんの二人は寝ぼけながら朝食を食べていた。アクアはともかく、めぐみんは真面目な奴だったのになぁ……

 

「アクア! めぐみん! 今日は何して過ごすんだ?」

 

そんな俺の質問に対して、二人は怠そうに答える。

 

「ふへへ、今日は体を休ませます。そして夕日に向かって爆裂です……」

 

「かじゅまさん~これからいっしょにねよ~?」

 

 そんな二人を見て俺とダクネスは同時に溜息をついた。俺は朝食を手早く片付け、鎧とマントを身につけていく。

 

「それは、カズマの鎧だったのか。実用的で上質な鎧じゃないか」

 

そういって感心している様子のダクネスに、俺もつい嬉しくなってしまう。

 

「そうだろう、この姿の俺、友人が大絶賛してくれてな!」

 

「うむ……その、私もカッコイイと思うぞ」

 

「そうか! お前も超可愛いぞ、ダクネス!」

 

「んなっ!?おおおおまえ……」

 

 顔を真っ赤にして俯くダクネスを放置して、俺は屋敷を出る。そして、正門にたどり着いた時、思わず俺はポツリと呟いてしまった。

 

「俺達、腑抜けちまったな……」

 

トラブル続きで騒がしかったあの頃が少し、懐かしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、どうしたんですか? なんだか、今日は大人しいです」

 

「ん~、ちょっとセンチメンタルな気分になってるだけだ。気にしなくていいぞ~」

 

 そういって、飲み物をストローでじゅるじゅる吸うカズマさんは、なんというか見ていて微笑ましい。

 

「元気だしてください、カズマさん。それに今日は討伐クエストです。頑張っていきましょう!」

 

「うーい」

 

気の抜けた返事をするカズマさんに、私は今日受けたクエストの写しを手渡しました。

 

「一撃熊の討伐……ゆんゆん、危険はないのか?」

 

「大丈夫です。カズマさんなら楽勝ですよ!」

 

「おいゆんゆん、そうやってフラグっぽい事言うと、失敗するぞ!」

 

「カズマさんはもっと、自分に自信持ってください……」

 

 カズマさんの今の戦闘技能はかなり高い。加えて、敵を足止め、無力化させるスキルも多くもっているので、アークウィザードである私にとって、カズマさんは理想の冒険仲間と言えるのだ。

 

「ゆんゆんが、そう言ってくれるなら俺も頑張るか! じゃあ行くぞ、ゆんゆん!」

 

「はい、カズマさん!」

 

 そういって意気揚々と席を立つカズマさんの背中を、私は必死に追いかける。今日も楽しく過ごせそうです!

 

 

 

 

 

 

「つっても、簡単には見つからないわなー」

 

「そうですね、今までと違い、森林地帯ですからねー」

 

 現在、私とカズマさんは、一撃熊が迷い込んだと報告のあった森林を散策していました。

 今までの草原とは違い、森林地帯はカズマさんの千里眼の能力を十分に発揮する事ができません。

 

「そもそも討伐クエストって、1日でクリアできる事の方が少ないんですよ」

 

「まぁそうだな、……にしても、なんか嬉しそうだなぁ、ゆんゆん」

 

「はい、だってカズマさんと一緒にいられる時間が長くなるじゃないですか!」

 

「そ、そうか……随分と直球な物言いッスね」

 

 顔赤くして、早足になるカズマさんの右手に、私は抱き着く。カズマさんも結構、直球で好意を伝えてくるじゃないですか…

 お互い顔を赤くしながら森を歩いていると、カズマさんが急に立ち止まった。

 

「ゆんゆん、敵感知に感あり。100m先に反応1、その200m後方に反応3」

 

「一撃熊が1匹だけとは限りません。各個撃破したいですね」

 

「まだ、一撃熊とは限らねぇが、どっちにしろ敵だ。潜伏で行くぞ」

 

 私達は小声で会話し、お互いうなずく。そしてカズマさんが潜伏を発動し、手を引いて来ました。熟練冒険者のような会話に私は内心、酔いしれました。…鼻血でそう。

 そしてゆっくりと進むと、敵影が見えて来ました。座り込んで木を引っ掻く獣は、間違いなく一撃熊です。私は早くも当たりを引いた事に落胆しながらも、カズマさんへ視線を送りました。

 

「バインド!」

 

突然縛られた一撃熊は、動きを止めました。よし、魔法でとどめです!

 

「ファイアラあああああ!?」

 

「ど、どうしたゆんゆん!」

 

カズマさんがこちらに詰め寄って来ますが、ですが、私はそれどころではありません!

さっき魔法を放とうとした時、私の背中に何か入ってきたんです!

 

「いやあああ! カズマさん、取って! 取ってぇ!」

 

「落ち着け! 一体何が……!」

 

『グルアアアアアア!』

 

「バインドが切れたか……ゆんゆんジッとしてろ!」

 

「ひゃああああああ! 這いずってます! 私の背中で這いずってますう!」

 

 虫か何かが、私の背中を高速で這いずっている。その気持ち悪い感触に、私は全身に鳥肌が立ちました。そして、這いずる者を掴もうと、私は必死に手を動かします。

 

「狙撃、狙撃! おまけにライトニングスラッシュ!」

 

「いたいっ!? 噛んだ……噛まれました!?」

 

 背中に固い何かが喰いついてくるのを感じます。そして、ジンジンとした痛みが伝わってきました。もしかして毒!? 死んじゃう! 私死んじゃいます!

 

「おいコラ! ゆんゆんが騒ぐせいで後ろ3匹が……おいおい全員一撃熊かよ!」

 

『グルアアアアアア!』

 

 さっきより鈍く太い雄叫びが聞こえます。ふと私がカズマさんを見ると、彼は3匹の一撃熊に囲まれていました。いやぁ! カズマさんを私が助けなくては!

 

「お前らの顔も見飽きたぜ! 喰らえっ 奥義――」

 

「イ、 イグニートジャあああああ!? だめ! 胸はだめぇ!」

 

 

「ファイナリティブラスト!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、言い訳はあるか? ゆんゆん」

 

「ないです」

 

「はぁ、さっき道中で見かけた泉へ行くぞ」

 

「はい……」

 

 4体の一撃熊を黒焦げに変えたカズマさんは、その後、地面を転げ回っていた私に馬乗りになり、背中に這いずっていた虫を取ってくれました。正体はムカデ。あんなものが私のカラダに……!

 いまだ体を震えさせる私を、カズマさんは引きずるように泉へ移動させました。今回は私のミスなので、何も反論できません。そして、私は泉近くの岩に座らされました。

 

「ゆんゆん、脱げ」

 

「はい……」

 

背中越しに聞こえた声に、私は素直に従いました。

 

「おうおう、腫れてるじゃないか」

 

 私の背中に、何か液体がかけられる。その途端、背中に感じていた痛みや熱が引いていくのを感じました。

 

「お、ムカデのヘボい毒にも効果あるんだな。解毒ポーションって万能だな!」

 

「カズマさん、ありがとうございます……」

 

「気にするな。仲間の尻拭いはリーダーの仕事だ」

 

 そういって、カズマさんは私の背中を優しく撫でます。ふふっ、このパーティのリーダーはカズマさんだったんですね。もちろん、異議はありません。

 

「でもな、さすがにアレはダメだ」

 

「それは痛感してます……」

 

「そうだ! 虫一匹に翻弄されて仲間を危険に晒したんだ!」

 

「はい、カズマさんを助けられませんでした……」

 

「まぁ、俺の新作奥義(刀に炎を付与しただけ)で倒せたんだがな!」

 

背中越しにカズマさんの嬉しそうな声が聞こえました。

 

「じゃあ、ゆんゆん! 特訓だ!」

 

そして、カズマさんは私に手を伸ばしてきました。しかし、私はその手を制します。

 

「カズマさん、約束して欲しい事があります」

 

「なんだ?」

 

「私の性器には、絶対に触れないでください」

 

カズマさんは黙り込みました。ふふっ、不安そうな顔ですね。

 

「私は、純潔は結婚する男に捧げるものだと思っています。古い考え、なんて言わないでくださいよ?」

 

「……ゆんゆんは俺の事は嫌いか?」

 

「それは言えません。でも、結婚してくださいと言うなら、考えてあげますよ」

 

「な、なら……!」

 

私はカズマさんの口を、私の指で塞ぎました。

 

「カズマさんは私と結婚する覚悟はあるんですか?」

 

 カズマさんは身動き一つ取らなくなりました。やっぱり、カズマさんはヘタレです。最低です。まぁ、少し助け舟を出しましょうか。

 

「カズマさん、私は性器以外の場所はカズマさんの好きにしてもらっても構わないと思っています。この意味分かりますか?」

 

 カズマさんがゴクリと唾を飲みこむ音が聞こえた。また、血走った目をしています。本当に分かりやすい人です。

 

「な、なんだよゆんゆん! 俺の事好きなのか?」

 

「それは内緒です。言いません」

 

そんな私に対して、カズマさんはニヤニヤした笑いを向けて来ました。

 

「そうか、それならいい! ただゆんゆん! 俺からも言っておく事がある!」

 

カズマさんは私の両肩を掴んで引き寄せました。顔が近いです。

 

「俺は、ゆんゆんの事が好き……かもしれん」

 

「そこは言い切ってくださいよ」

 

「仕方ねぇだろ! 自分自身確信には至っていないんだ。ただ、最近は、四六時中、お前の事で頭がいっぱいだ。それこそ、一人で無茶してないか、変な男に騙されてないか、心配で心配でしょうがない。お前を一番安全な、俺の隣に今後ずっと置きたいと思ってる!」

 

 

「私を誑かしたカズマさんの隣が安全なんですか?」

 

「おう、ゆんゆん! 世界で一番安全だ!」

 

 カズマさんは私の頭を撫でてくる。私は、カズマさんに撫でられる事が、本当に大好きだ。自然と笑顔になってしまう。

 

「でも、今の俺に結婚する覚悟はない!」

 

「最低ですね」

 

「そう言ってくれるな。ただ、確かな事は結婚を申し込むなら、絶対にゆんゆんにするつもりだ。だから俺の覚悟が決まるまで、待っていてくれないか?」

 

そんなカズマさんの言葉に私は溜息を吐きながら答えました。

 

「はやくしないと、私は別の人に騙されちゃいますよ?」

 

「そんな事は俺が許さん! それに覚悟が決まる日はそう遠くないはずだ」

 

「そうですか」

 

そしてお互い沈黙する。でもこの沈黙は嫌いじゃない。

 

「さて、ゆんゆんこの話はひとまず終わりだ! 特訓するぞ!」

 

「ふふっ、お願いしますね、カズマさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、今回はエッチな事しないんですか?」

 

私はまた、服を着せられていた。今回は、本当にまともな特訓なんだろうか……

 

「んなわけないだろ! ほらじっとしてろよ!」

 

 そういうと、岩に座る私をカズマさんが背中から抱きしめてくる。服越しでもカズマさんの体温が伝わってきた。

 

「よし、ゆんゆん。向こうに大木が見えるだろ。そこに向けて魔法を放て」

 

 魔法での狙撃演習であろうか? 私はコクリと頷き、カズマさんの指示に従う事にした。詠唱を開始する。

 

「“我焦がれ 誘うは焦熱への儀式…”」

 

「なぁ、ゆんゆん」

 

なんであろうか? ただ今は詠唱中だ。集中集中!

 

「今の俺達の姿を誰かに見られたら、ヤバイだろうな」

 

「なっ、誰かいるんですか!?」

 

 私は思わず詠唱を止めて周囲を見渡す。ここは屋外、森の中だ。もしかしたら、他の冒険者がこちら見ているかもしれない! カズマさんは今裸だ。もしかしたら誰かに誤解を……!

 

「おいゆんゆん、詠唱を止めたな? 最初からだ」

 

「あ……はい」

 

 なるほど。私はカズマさんの思惑を理解しました。恐らく、詠唱の邪魔をするカズマさんを気にする事なく、魔法を成功させる。そういう事だろう。なら簡単だ。私は何者にも動じない。

 

「“我焦がれ…”」

 

カズマさんが下着に手をいれ、お尻を撫でてくる。この程度じゃ、動じない。むしろ嬉しい。

 

「誘うは灼熱の……んひぃ!?」

 

「また、ダメか」

 

「待って、待ってくださいカズマさん! あなたの指、今……!」

 

「ゆんゆんのアナルの中だ」

 

「やあ! 汚い、汚いです! んぁ!?」

 

 そう、あろう事かカズマさんは、私のお尻の中に指を入れてきた! カズマさんの指の第一関節が私のお尻の中に……。なんだろう、ゾワゾワとした感覚と、冷や汗が出て来た。

 

「ダ、ダメですカズマさん! それ以上は……!」

 

「大丈夫だ、今日は指を入れるだけだ。しかも第一関節までだ。さあ、始めから詠唱しろ」

 

「今日は!?」

 

なんだか、もの凄く今後が不安になる事をカズマさんが言った気がする!

 

「もうっ! “我焦がれ 誘うは灼熱のっ…儀式”」

 

 カズマが右手でお尻を蹂躙しながら、左手で胸を触ってくる。そこは私も予想していた。それにちょっと気持ちいい。これなら詠唱に問題はない。

 

「“其に捧げるはえっ…炎帝の抱擁”」

 

 カズマさんが乳首を痛いくらいにつねる。でも、これも想定内! あふれ出るのは歓喜と快感だけ。

 

「“イフリートキャ…んぅ!?」

 

 私は雷のようにほとばしる刺激に、また詠唱を止めてしまう。この感触は、もしかして……もしかして……!

 

「ん……んむっ……」

 

「カ、カズマさん! や、やめて! やめてぇ! 私がカズマさんの物だって証拠がついちゃう!」

 

 カズマさんが、私の首筋に吸い付いていた。恐らく、私の首筋にはキスマークが残ってしまうだろう。そんなのダメです! 周囲の人に私達の関係がバレちゃいます!

 

「やぁ……ああ……!」

 

 カズマさんは、吸い付いた後に首筋をゆっくりと舐め上げる。そのゾワゾワとした感触と快感に私はぶるりと身を震わせる

 

「おいゆんゆん、敵感知に感あり、何かが高速で接近中だ。詠唱しろ」

 

「冗談ですよね……って私も肉眼で確認しました。一撃熊です! カズマさん、手を止めて!」

 

 しかし、カズマさんは手を止めない。むしろ先ほどより、手の動きが速くなりました。お尻に入れられた指が、第二関節にまで到達しているのも感じます。

 

「カ、カズマさん……このままじゃ私達、死んじゃいます!」

 

カズマさんは手を止めない。そして再び首を舐め上げられる。

 

「落ち着け、体に何が起ころうと詠唱に集中しろ。ゆんゆんならできる。俺はお前を信じている!」

 

 カズマさんはとても卑怯だと思います。そんな事を言われたら、やるしかありません。私は身体の快楽に身を任せながら短杖を構える。そして、詠唱を開始した。

 

「“我焦がれ、誘うは焦熱への儀式、其に奉げるは炎帝の抱擁”」

 

 淀みなく詠唱が完成する。そして、短杖の先に収束された魔法光を、こちらへ走り寄る一撃熊に放出した。

 

「“イフリートキャレス!”」

 

 めぐみんのと比べるのも、随分と小さい。それでも、一撃熊を焼き殺すには十分な爆炎であった。

 

 

 

 

 

 

「カズマさん……私やりました」

 

「そうか、偉いぞゆんゆん」

 

 カズマさんが愛撫をやめ、ギュッと私を抱きしめてくる。褒めてもらえた。その事が非常に嬉しい。私は、その抱擁を素直に受け止める。そして、そのままの体勢でしばらくじっとする。

 

「おい、ゆんゆん」

 

「なんですか?」

 

「ご褒美だ」

 

カズマさんが、私の顎に手を添え、少し首を横にずらす。そして、唇を奪われた。

 

「んむ……」

 

 突然の事態に固まってしまう。そう、私はファーストキスをカズマさんに奪われたんだ。今まで性器を吸ったり、精液を舐めとってきたというのに、私はキスという行為を前にして動く事ができない。そして、そんな自分自身を、おかしく感じてしまう。

 

「ん……ん……んぅ!?」

 

 唇を吸うだけのキスであったが、カズマさんは、私が少し口を開けた途端、口内に舌を侵入させて来た。そして、私の歯茎を何かを探すようにゆっくりと舐めていく。

 

 

「ん……んぁ!」

 

 カズマさんは私の舌を探り当てる。そしてまた、ゆっくりと舌を絡ませ吸い上げる。私のお腹の奥がジンジンと熱くなるのを感じる。私は歓喜と快感に震えた。

 

「ん……んぅ! あ……」

 

カズマさんは突然口を放す。まだ、続けて欲しい!

とてつもない喪失感に私は襲われた。

 

「カズマさん……?」

 

「ご褒美はここまで! 次はおしおきだ!」

 

 カズマさんは私を立たせると、片腕で抱き着いて来る。そして、カズマさんは体を揺する。微かに聞こえる摩擦音から、片手で自慰をしている事を感じ取る。

 

「カズマさん、手伝いましょうか?」

 

「いいからジッとしてろ」

 

 そう言われては仕方がない。私もカズマさんを抱きしめ返す。そしてしばらくたった頃、カズマさんは私の下着を突然ずらす。私の恥丘にカズマさんの性器を押し当てられるのを感じた。

 

「あ……!」

 

 カズマさんの性器がビクビクと震え、私の恥丘にドクドクと熱い精液が降りかかる。そして下着を元の位置に戻す。私の性器周辺と下着が、精液でぬちゃりと濡れた。固まる私を放置して、カズマさんは服を着て、装備を背負う。

 

「よし、今日はもう帰るか! “テレポート”」

 

「ちょっ!? カズマ……さん」

 

気が付いた時には、周りの風景はアクセルの街、中央通りになっていた。

 

「今日は宿まで送ってやるよ」

 

「はい……」

 

 私はゆっくりと歩を進める。付近の人が私を見ていないか、気になってしょうがない。何より、下着からカズマさんの精液が垂れてきそうだ。そんな所を見られたら、もう私は街を歩けない。

 

「疲れてるのか、おんぶしてやろうか?」

 

「バ、バカな事言わないでください!」

 

 この状況じゃなければ、喜んでしてもらったのに! そして、私達はゆっくりと歩き、目的地、私の宿へたどり着いた。

 

「ほう、この街で一番の高級宿じゃないか!」

 

「ふふっ、私これくらいしかお金の使い道がありませんから」

 

「そうか、治安もオッケーだな。ゆんゆん何かあったら、必ず俺に相談するんだぞ?」

 

「分かってますよ」

 

そう言って、私はカズマさんの頬に軽くキスをする。

 

「また明日、カズマさん!」

 

「お、おう……また明日」

 

 

 

 

 

 顔を真っ赤にしてここを後にするカズマさんを、私は手を振って見送る。そして私も宿に入り、ベッドに座る。今日も振り返ってみれば、楽しい一日だった。

 そして、私は違和感を感じる下着を脱ぐ。

 

「うわぁ……」

 

私の下着と性器の周辺は、カズマさんの精液、そして……私の愛液で濡れていた。

 

「ん……んぅ……!」

 

 半ば無意識に、私は下着や、恥丘にこびりついた精液を舐めとっていく。そして、私の手が自然と性器に触れた。

 

「あぅ……!」

 

その時、私はピリリとした快感を味わう。

 

「あ、ダメです。そんな、私は……!」

 

もうダメだった。自分自身が抑えられない。

 

「カズマさん…! カズマさん…! 好きです! 大好きです……!」

 

 

 

 

 

その日、私は生まれて初めて自慰をした。

 

 

 

 

 




途中出て来た奥義、魔法はヴァルキリープロファイルが元ネタです。

そしてR-18なのに本番は当分お預け宣言
仕方ないね

ついでに言うと、ムカデが降ってくるのは田舎ではよくある事
私の身内も、テレビを見ている時、急に奇声を上げ、床を転げ回りました。そして背中からムカデ。田舎の家はムカデが天井から降ってくるのでご注意を。


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月と休暇

R-18なのに、今回はエロシーンなし


「こんにちは、カズマさん」

 

「よぉ~ゆんゆん」

 

 私は今日も、いつもの喫茶店に来ていた。カズマさんは椅子に座って、フライドポテトを摘まんでいる。私もいつものように、カズマさんの対面へ座り、ついでに、店員さんに紅茶とホットサンドを注文する。そんな私を、カズマさんはジッと見つめて来た。

 

「なぁ、ゆんゆん」

 

「どうしましたか、カズマさん?」

 

「お前、今日少し体調が悪いだろ」

 

「ええ!?」

 

 私は素直に驚いた。実際、今日は少し体調が悪い。しかし、パッと見は普段通りのはずだ。それほどカズマさんは私の事を見ていてくれるのだろうか。それは、かなり嬉しい。

 

「そうですね。ちょっとです。冒険には支障ありませんよ!」

 

「ふ~む……」

 

 そう言う私を、カズマさんは思案顔で見つめる。そして何か納得したのか、今度は、真面目な顔をしながら、手帳とペンを懐から取り出す。

 

「なるほど、生理か」

 

「わわ!? 公衆の面前で言わないでください!」

 

 私はカズマさんの観察力に素直に驚きました。というか、男の人に面と向かって、そんな事言われるのは非常に恥ずかしいです!

 

「ゆんゆん、お前の生理周期を教えろ」

 

「ひぃ! な、なんでですか! いくらカズマさんでも、それは教えられません。女の子の秘密っていうか……」

 

そう言う私に対して、カズマさんは大げさに肩を竦めて、ヤレヤレのポーズを取る。

 

「ゆんゆん、仲間の体調管理はリーダーの務めだ。もし、仲間に無理させたら、足手まといになるどころか、パーティ全体の危機に繋がる。特に女性は色々あるからな。俺がしっかり把握してやらんとな」

 

「な、なるほど……」

 

 カズマさんの言葉に、私は素直に納得する。カズマさんのパーティは皆女性だ。恐らく、これらの事でも苦労しているのだろう。私は、カズマさんに迷惑をかけたくはない。素直に告白するべきでしょう。

 

「えーとですね……」

 

「え!? 何!? 日数はどれくらい!? おりものはどの程度……!?」

 

「や、止めて! 止めてぇ! 大声でそんな事言わないでください!」

 

 私は何やら興奮しているカズマさんを宥め、素直に私の生理周期について告白した。そして、カズマさんはその事を手帳に、丁寧に書いていく。ああ! カレンダーに“ゆんゆん生理中”とか書いて、線を引かないでください! 凄く恥ずかしいです!

 

「こ、これで全部です……」

 

「なるほど、なるほど」

 

カズマさんはペンで机を突っつきながら、満面の笑みを浮かべています。私はなんだか、とても疲れました……

 

「よし、ゆんゆん、今日から4日間は休みだ」

 

「えぇ! でも……」

 

「でもじゃない! 冒険者には休養も必要なんだよ!」

 

 カズマさんの言葉に私は押し黙る。毎日が楽しくて忘れていたが、この1ヵ月半は、休みなしでカズマさんと会い続けた。確かに休みを取った方が良いかもしれない。でも、今日から4日間、カズマさんと会えなくなるのが嫌だった。

 

「そうですか、カズマさん。じゃあ今日はここでお開きですか?」

 

「いいや、聞いた限り、ゆんゆんは生理がかなり軽いみたいだしな。休みつっても俺とは毎日会ってもらうからな!」

 

「ほ、本当ですか! カズマさん!」

 

 私は嬉しくてついつい身を乗り出してしまう。そんな私の頭をカズマさんは優しく撫でた。

 

「落ち着け、今日から4日間、冒険は休み。だからデートしようぜ!」

 

「デ、デートですか?」

 

「そうそう」

 

 デート……! いや、毎日がそのようなものですが、改めて言われると、もの凄く恥ずかしいです。あ、ダメ! 嬉しすぎて、ニヤケ面が抑えられない!

 

「分かりました。カズマさん、私をちゃんとエスコートしてくださいね?」

 

「おう、任せろ!」

 

「お願いしますよ。カズマさん」

 

 

 

そして、私達はお互い笑い会った。

 

 

 

 

 

「つっても、今日は何も考えてねぇ。今日はここで駄弁って過ごそうか」

 

「ふふ、私は一向に構いませんよ」

 

 そうして、私達はお互いの日々の暮らしや、街で起こった些細な事件について話し合う。話の中で、カズマさんの方が話題を多く提供してくれる事に気が付いた。しっ仕方ない事です! 私はカズマさん以外と喋る事が最近滅多にない。街の世情に疎くても、仕方ない、仕方ない!

 

「そういえば、ゆんゆん。めぐみんは生理が重いって知ってるか?」

 

「だからカズマさん。それは女の子の秘密で……そうですね、めぐみんは重めです」

 

「そうなんだよ。実はめぐみんのアレが原因で俺は1回死んでるんだよ。だから、これを把握する事って重要なんだぜ」

 

し、死んだ? 何かカズマさんが恐ろしい事を言った気がする。

 

「で、ダクネスなんだが、あいつは軽めだ。でも分泌液の量が凄くてな! ちょっと、下着を拝借した時、軽いトラウマを植え付けらて……」

 

「カズマさん!? デート中ですよ! 変な事言わないでくださいよ!」

 

「まあまあ、ゆんゆんだって結構気になるだろ?」

 

「うぐぐ……」

 

悔しい事に、他人の生理事情はちょっと気になる。

 

「そして、アクアなんだが、あいつ生理ないらしいぞ?」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「マジなんだなこれが。でも処女膜はあるらしいぞ。女神って不思議だよなぁ……」

 

その情報はどこで聞いたのでしょうか。ちょっと怖くて聞けません。

 

「でも、本当にないか気になるだろ? だから俺も色んな検証したんだよ」

 

「ちなみに、どんな検証ですか?」

 

「ああ、アクアの入浴中に、脱いだ下着を拝借したり、寝ている時にパンツ脱がしたり、トイレの……」

 

「カズマさんのバカ!」

 

「いてぇ!」

 

 思わず頬を叩いてしまいました。カズマさんは最低です! アクアさんに、そんな事してるんなんて……! 何故でしょう、なんだかカズマさんにそんな事をされる、アクアさんにも腹が立って来ました。

 

「落ち着け、ゆんゆん! これらの検証で衝撃の真実が分かったんだ!」

 

「しょ、衝撃ですか……」

 

そこまで言われると、私、気になります!

 

「生理がマジでないって事だよ。それでな、ちょっと下着の匂いを嗅いだんだが、この世のものとは思えない素晴らしい香りでな! 気が付いたら、俺はアクアの下着を煮詰めてアクア汁を抽出し、それでコーヒーを……」

 

「今日は帰らせて頂きます!」

 

「あ、待って! ゆんゆん待って!」

 

私は、最低すぎるカズマさんを置いて、宿へと急ぎました。

 

 

 

 

「ゆんゆん、機嫌直してくれよ~」

 

「はぁ……分かりましたから、おさげ引っ張らないでください」

 

 現在、私達は、私の宿の前にいました。カズマさんは、喫茶店からここまで、謝りながらついて来ました。割としつこいです。

 

「ならいい。じゃ、ゆんゆん! また明日な!」

 

「え?」

 

笑顔で去ろうとするカズマさんのマントを、私は無意識に掴んでいました。

 

「カズマさん、今日はしないんですか?」

 

「そりゃな、色々と大変だろ? 今日はゆっくり休め」

 

私は何も言えない。カズマさんは本当に最低で、ずるい人だと思います。

 

「それと、せっかくだから、明日はゆんゆんの部屋で遊ぶか! 部屋で待ってろよ!」

 

「……はい」

 

 今度こそカズマさんが歩き去る。そして、辺りは夕焼けに包まれている事に今、初めて気がついた。

 

「ふふっ、こんなに長くお話しをしてたんですね……」

 

私は、そう呟きながら、宿へ入る。さあ、部屋を掃除しよう。

 

 

 

 

 

 翌日、私は準備まんたんでカズマさんを待つ。そして約束の時間ちょうどに、扉がノックされる。そして私は急いで扉をあけました。

 

「よっす!」

 

「こんにちは、カズマさん。ようこそ私の部屋へ!」

 

 私の部屋に友達……いやカズマさんが来るなんて、本当に嬉しくて涙が出そうです!私はカズマさんをダイニングテーブルに座らせると、事前に作っておいた昼食をテーブルへ並べました。

 

「そういえば昼食の事、考えてなかったな。サンキューゆんゆん」

 

「いえいえ、それに私の自信作なんです。カズマさんに食べて欲しくて!」

 

「そ、そうか……なら遠慮なく、頂きます!」

 

 カズマさんは、そういって私の自信作のカルボナーラを口に運びました。私はそれを固唾を飲んで見守ります。

 

「うまい! さすが俺の嫁さんだな! 料理も完璧だ!」

 

「ま、まだ嫁さん違います!」

 

 カズマさんに私の料理を褒めてもらえた。自分でも少し自信があっただけに本当に嬉しい。それに、お嫁さんだなんて……!

 

「おかわりもありますよ」

 

「任せろ! 絶対全部食べる!」

 

 こうして、私達は昼食の時間を楽しく過ごしました。ちなみに、カズマさんは本当に全部食べてしまいました。男の人って凄いですね。

 

 

 

 

昼食の後、私達は二人でベッドに座り込みました。

 

 「さて、ゆんゆん何して遊ぼうか? このまま会話でもするか、それともエッチな……」

 

 「カズマさん、これをしましょう!」

 

 私はそう言って、ベッドの下から、ボードゲームを取り出しました。このボードゲームはめぐみん以外とはやった事がありません。でも、私は1人でこのゲームを研究していました。私とて、カズマさんに勝てるという自負を持っています!

 

「あーチェスもどきね、やるか」

 

「はい、お相手お願いします!」

 

「うーい」

 

 そして、私達はゲームを開始しました。当初は勝てると思っていましたが、カズマさんに何連敗もしました。お、おかしいですね……

 

「カズマさんも、このゲームやり込んでいるのですか?」

 

「いーや、でもゆんゆんは素直すぎるからな。行動が読みやすい」

 

「そんな、紅魔族は知力が高いのが自慢なのに……」

 

「はっはっは! 知力と知能は別なんだよなー」

 

「むぐぐ……もう一回です!」

 

「うーい」

 

 そして、負け続けながらも、私はカズマさんの行動を観察しました。そして、少しずつ、拮抗した戦いになって来ました。

 

「じゃあ、ウィザードで、このクルセイダーを攻撃して……」

 

「ラストスタンドォ!」

 

「え? いきなりどうしたんですか、カズマさん?」

 

 そんな私の疑問を無視して、カズマさんは私が取ったクルセイダーを、先程のマスに再配置しました。

 

「ラストスタンドはクルセイダーが使える固有スキルだ。一回だけ再配置できるんだよ」

 

「ええ!? 公式ルールにそんな事は……」

 

「おい、ゆんゆん。他の人とやった事ないのか? これはアクセルの街のローカルルールだぞ」

 

 「ししししし、知ってますよ! さぁ続きです!」

 

 そんなルールが存在していたんたとは驚きです。そういえば、ローカルルールが存在する場合がある事、土地によってルールが多少異なる場合がある事は、公式ガイドブックにも載っていましたね……

 

 「じゃあ、俺の番な。アサシンでクルセイダーを攻撃」

 

 「わ、私もラストスタンドを……」

 

 「あ、それ、どちらかが使用したら今日はもう使えないから」

 

 「ええ!?」

 

 結局、私は負けました。でも後少しで勝てそうなんです!

 

「もう一回! もう一回です!」

 

「えー飽きてきたなー」

 

「そんな事言わずに、お願いします!」

 

「しゃあーねーなー」

 

 やる気のないカズマさんを何とか説得させ、再びゲームを始めました。そして、今までの観察が功を奏したのか、私はカズマさんを追いつめました。

 

「チェックメイトです!」

 

「ほーん」

 

 私はカズマさんのキングに、ドラゴンナイトを隣接させました。これで詰みです。やっと、やっと勝てました!

 しかし、カズマさんはボードをじっと見つめます。もう逆転はできないはずですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスプロージョンッ!」

 

「わあああああああああああああ!」

 

「よし! 他のゲームやろうぜ!」

 

 

 

 

 私は泣きながら、ひっくり返された盤とコマを拾いました。私やっぱりこのゲーム嫌いです! そしてカズマさんはベッドの下から別のゲームを取り出しました。

 

「お、麻雀か……この世界にもあるんだな」

 

「カズマさん、それやるんですか! やりましょう! やりましょう!」

 

 そのゲームも、いつかやるんじゃないかと、必死でルールを覚えて練習しています。もちろん自信があります。

 

「本来は4人用なんだが……ゆんゆん、2麻の場合の特殊ルールは知っているか?」

 

「えーと、北ドラとかの事ですか?」

 

 麻雀は本来4人で遊ぶものだ。しかし、二人でも問題なくできる遊びである。ただ、二人だと、西家と北家がいないので……

 

「そうじゃない、脱衣麻雀ルールだ!」

 

「ええ……」

 

 私はゴクリと唾を飲みこんだ。脱衣麻雀は公式ガイドブックにも載っているルールだ。でも巻末にひっそりと『親しい男女でやりましょう。決して、男同士でやらないでください。やっても空しいだけです』と書かれていた、一種の裏ルールのようなものだ。親しい男女……

 

「私、やります!」

 

「おお、ゆんゆんは物分かりがいいな」

 

「麻雀は実力だけでなく、運も重要なゲームです! いくらカズマさんの知能が高くても、私が勝てる可能性があるんです!」

 

「せ、せやな」

 

 何やらソッポを向くカズマさんですが、私はやる気まんまんです。あのカズマさんを私から引ん剝く……ふへへっ!

 

「じゃあ、公式ルール、喰いタンあり、脱衣麻雀だから今回はドボンなし、脱ぐのは満貫、及び8000点以上で1枚脱ぐ事、オッケー?」

 

「オッケーです!」

 

 そして、私達は牌をかき混ぜ、サイコロを振ります。カズマさんが起家ですか。このルールでは、親が有利です。さっさと流さないと!

 

「じゃあ俺からな! ダブルリーチ!」

 

「ええ、いきなりですか!?」

 

 いくらなんでも早すぎます! 捨て牌は西、8000点未満なら脱がなくていいから、安手になりやすいダブリーは警戒しなくても……

 あ、カズマさん親じゃないですか。やばいです。

 

「えい!」

 

 私はとりあえず、いらない9索を捨てます。当たらないで! カズマさんは私の捨て牌をチラッと見るだけでした。そうですよね、ダブリー、一発なんて、そんなオカルトありえません!

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「カズマさん、捨てないんですか?」

 

カズマさんは、自分のツモ牌を見つめて黙り込みました。裏目ったのでしょうか?

 

「ツモ」

 

「……え?」

 

カズマさんが牌を倒しました。役は……

 

二三四五六七⑨⑨⑨4s5s6s西  ツモ牌 西

 

「ダブリー、一発、ツモ、34符で、11600」

 

私は黙り込みました。ダブリー、一発? そんなオカルトありえません。

というか、カズマさんの捨て牌が西なのに、アガリ牌が……

 

「カズマさん、ナメプしましたね?」

 

「いや、さすがに可愛そうかなって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスプロージョンッ!」

 

「ゆんゆん……」

 

私が山を盛大に崩していると、カズマさんが私を抱きしめてきました。

 

「すまないゆんゆん! 俺本気出すよ!」

 

「え、私、そういう意味で言ったわけじゃ……」

 

「ほら、卓につけゆんゆん」

 

「あ、あ、あああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「麻雀って楽しいよね♪」

 

 

「カズマさんはそうでしょうね……」

 

 気がついたら、私はパンツ一枚になっていました。降りかかる役満連打のせいで、一枚一枚服を脱ぐ、嬉し恥ずかしシーンがカットされました。こんな事は許されません。

 

「通らばリーチ!」

 

「追っかけか、強気だなゆんゆん」

 

 カズマさんに防御なんて無意味です。しかも、これを上がれば、跳ね満確実! ここでカズマさんに一矢報いて……

 

「ツモ!」

 

「あ……」

 

カズマさんに上がられました。役は……リーチのみ?

 

「お、裏ドラ乗って、リーチ、ドラ3、40符、12000」

 

私は無言でパンツを脱ぎました。

 

「おお!ってもう少し恥ずかしがるとか……」

 

 

 

 

 

 

「わああああ! ふわああああああ! あああああああーっ!」

 

「アクアみたいなマジ泣きすんなよ! 悪かった、悪かったって……!」

 

 

 

 

 

 

 

 カズマさんは、大泣きする私を慰めて、現在、膝枕をしてくれていました。これだけで、泣き止んでしまう自分が少し情けないです。

 

「カズマさん、本当にイカサマじゃないんですか?」

 

「ゆんゆん、俺のステータスで一番高いのは何だ」

 

「え、それは幸運で……あぁ!」

 

「マジで今気づいたのかよ、案外ゆんゆんも抜けてるなぁ」

 

「むぐ、むぐぐ!」

 

 そういえば、カズマさんに運が関わるゲームを持ちかけるのはやめておけって言うのが、この街での鉄則でした。

 

「ゆんゆん、楽しかったか?」

 

「そりゃあ楽しかったです。でも、なんだか納得行きません!」

 

 確かに、思い返してみれば楽しかった。でも、結局、私は一度も勝っていません。そして、そんな私の思いに気が付いたのか、カズマさんは再び最初にやったボードゲームを、取り出しました。

 

「ゆんゆん、もっかいこれやるか? 運じゃなくて頭脳勝負だぞ」

 

「やります」

 

 そして私達は再び、ボードゲームをやり始めました。カズマさんの癖を理解した私は、カズマさんより、いくらか有利にコマを進められました。

 

「これでチェックメイトです!」

 

「うーむ……」

 

 カズマさんのキングの横には、ソードマンが隣接しています。これ勝ち……のはずですよね?

 

 

「参った」

 

「か、勝った! 勝ちました!」

 

「おーすげー、かっこいいー、ゆんゆんあたまいいー」

 

「褒めて! もっと褒めて! 褒めてくださいカズマさん!」

 

「おい、今のお前は全裸で……変な所に頭擦りつけるな! 犬かお前はっ!」

 

 

 そして、そのまま、私はカズマさんに、ナデナデし続けてもらいました。ああ、とても最高な一日です!

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん、俺はもう帰るぞ」

 

「え、もうですか?」

 

「窓を見ろ、もう夕方だ」

 

 時間が立つのが速すぎると私は思います。カズマさんは遊具を片付けると、そのまま、宿を出て行きました。

 

「じゃあまた明日な、ゆんゆん、明日は喫茶店で待ってろよ」

 

「はい……」

 

 一人残された私は、とてつもない孤独感に襲われました。いつも一人で過ごしている部屋なのに。私は何もやる気がなくなって、ベッドでに倒れ込みました。

 

 

「あ、カズマさんの匂い……」

 

私のベッドから、かすかにカズマさんの匂いがした。

 

 

 

 

 

 

3日目

 

「え、もう帰っちゃうんですか?」

 

「すまんなゆんゆん! ちょっと家の穀潰し共を外に出したくてな!」

 

「アクアさんと、めぐみんですか?」

 

「そうそう、そろそろ外に出してやらんとな! ゆんゆんも一緒に来るか?」

 

「いや、遠慮しておきます」

 

「そうか、体調には気をつけろよ? じゃあ、また明日な」

 

「はい……」

 

 カズマさんは、そう言って喫茶店を去りました。何故、私はカズマさんの誘いを断ってしまったのでしょうか。自分自身が理解不能です。それにしても、今日はご飯を食べただけです。デートはどうしたんですかカズマさん?

 気が付いたら、私はカズマさんの屋敷の前の近くに、こっそり隠れていました。やばいです。私完全にストーカーじゃないですか!

 

 

 

 

 

「おいコラ! 行くぞ! アクア、めぐみん」

 

「まだ眠いよ、かじゅまさん~」

 

「栄養の無駄です……」

 

「おお……完全にニートじゃないか!」

 

 カズマさんは、二人を引きずるように、外へ連れ出して行きました。私は、こっそり後をつけます。そして、彼らは軽食を買い、公園へとたどり着きました。

 

「お前ら……」

 

「ふみゅ~」

 

「太陽は身体に悪いって知ってますか、カズマ」

 

 アクアさんと、めぐみんは、ベンチへ座り込んでいます。そして、カズマさんは、そんな二人を見て、溜息を吐いているようです。

 めぐみんも、見ないうちに、随分とダラけてしまったようですね。白かった肌が、更に真っ白になっています。

 

「ほら、メシだぞ食え!」

 

「カズマ、食べさせてください」

 

「私も~」

 

「はぁ!? 何言って……」

 

「「あ~」」

 

「餌を待つ雛鳥か、お前らは! ああっもう! 食え食え!」

 

 アクアさんと、めぐみんの口に、カズマさんが食事を放り込んでいきます。なんていうか、二つの意味で見ていられません。私は素直に宿に帰り、ベッドに倒れ込みました。

 

 

「今日は楽しくないです!」

 

私はベッドの上をゴロゴロ転がった

 

 

 

 

 

 

4日目

 

カズマさんは、喫茶店に大荷物で来ました。一体、何をするんでしょうか?

 

「よし、ゆんゆん! さっさと飯食って行くぞ!」

 

「どこにですか?」

 

「行ってからのお楽しみだ!」

 

 今日は、カズマさんも何だか浮かれているようです。そんなに楽しい事をやるのでしょうか。私達は、喫茶店で昼職を食べてから、アクセルの街を出ました。そして、幾らか歩いた頃、カズマさんが立ち止まりました。

 

「ここでいいかな」

 

「カズマさん、ここ川ですよ。何をするんですか?」

 

「まだ分からねぇのか……釣りだよ!」

 

 なるほど、納得が行きました。ここは、アクセルの街を流れる川の上流です。周りを見れば、釣竿を垂らしている方が数人いました。

 

「ほれ、ゆんゆん、準備できたぞ!」

 

「えぇ? なんだか玩具みたいな釣竿ですね。お魚釣ったら折れちゃいそうですよ?」

 

「まぁ、釣ってからのお楽しみだ!」

 

 そういって、カズマさんは、周囲の人たちと、同じような大きな釣竿を準備していました。何だかずるいです。

 

「そんな目で見るなゆんゆん! この竿はぶっこんで放置するだけだ」

 

 カズマさんは、大きな釣竿に餌を付け、川に糸を垂らしました。そして、その釣竿を岩に立てかけると、カズマさんも玩具みたいな、釣竿に持ち替えました。

 

「ほれ、ゆんゆん、餌を付けろ」

 

「はい、にしても針が小っちゃいですね。本当に釣れるんですか?」

 

「いけるいける、後、餌は鶏肉だ。虫じゃないぞ?」

 

「もう虫は大丈夫です!」

 

 私は、嫌な思い出を忘れるように、ちっちゃな針に餌を慎重につけました。そして、カズマさんと同じように糸を水面に垂らします。

 

「カズマさん、この後は何をすれば?」

 

「ゆんゆん、自分の釣竿のウキを見てろ」

 

「あ、はい!」

 

私は睨むように、ウキを見つめました。すると……

 

「わっ! ウキが動いてますよ! 引いていいですか!?」

 

「落ち着け、そのまま、ウキが動かなくなるまで待つんだ」

 

「はい!」

 

言われた通り、私は待つ。そうしていると、ウキが沈んだまま動かなくなりました。

 

「ゆんゆん、今だ、ゆっくり引け」

 

「分かりました!」

 

 ゆっくりと引くと、釣竿にブルブルと何かが暴れる振動が伝わって来ました。そして私は完全に糸を引き上げる事に成功しました。

 

「わぁ! カズマさん、エビです! エビが釣れました!」

 

「おお! いいサイズだ! 凄いぞゆんゆん!」

 

「やりました! やりましたよカズマさん!」

 

「分かった、分かったから、エビ片手に抱き着いて来るな!」

 

 

 それからは、本当に楽しい時間でした。昔、お父さんに連れていってもらった釣りは、退屈なものだったのに、カズマさんとの釣りは退屈が全くありません。そして、短時間ながら、私は釣りのおもしろさの片鱗を知りました。そう、釣りは、自分と獲物の心理戦なんです!

 

 

「カズマさんカズマさん! さっきより大きいのが釣れました!」

 

「あーえらい、えらい」

 

 

 

 

「カズマさんカズマさん! 見て! 見てください! お魚釣れましたよ!」

 

「おーハゼ系だな。すげぇすげぇ」

 

 

 

 

「カズマさんカズマさん! 今の見ました!? 大きいバナナが跳ねましたよ!」

 

「ほーん、スゴイ、スゴ……バナナ? 気でも狂ったかゆんゆん」

 

 

 

 

「カズマさんカズマさん! いっぱい、いっぱい釣れました!」

 

「そうだな、小っちゃい奴は逃がすぞ」

 

 

 

 

 

「カズマさんカズマさん! また釣れました! 褒めて褒めて!」

 

「お前、中身アクアじゃねぇだろうな!?」

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら、バケツには数十匹のエビが蠢いていました。なんだか、誇らしい気分です!

 

「よーし、ゆんゆん!そろそろ終わりにすっぞ」

 

「もう終わりですか?」

 

「もう3時間も釣ってるんだぞ」

 

「え? あ、本当ですね……」

 

カズマさんといる時間は本当に過ぎるのが速いです。もっとカズマさんと遊びたいです。

 

「エビは俺が持ち帰って泥抜きしとく。明日の昼はエビ料理持ってきてやるから、期待してろよ!」

 

「はい、楽しみにしていますね」

 

 

 カズマさんとのデートも今日で終わりです。そう考えると、少し寂しくなりました。でも、明日からは、また冒険の日々です。そう考えると寂しさは消えました。

 そんな時、チリンと音が聞こえました。それは、カズマさんが、時折、餌を変えていた大きな釣竿、それに取り付けられた鈴の音でした。カズマさんは、そっと釣竿を手に取ると、それを私に手渡して来ました。そして、カズマさんは私の背中に回り、後ろから抱き着いてきました。つまり、私達は今、二人で同じ釣竿を持っているんです。

 

「ゆんゆん! 俺と同じ動きをしろよ?」

 

「突然、なんですか? まぁやってみます」

 

そして、その体勢のまましばらく待っていると、穂先がググッと下がって行き……

 

「今だ!」

 

 カズマさんが、そう言って、釣竿を上に立てました。その瞬間、エビとは比べられないほど、振動と引きを感じました。

 

「カズマさん! なんですか、なんですか!?」

 

「でかい魚だ! ゆんゆんはリールを引け! 俺は竿を持つ!」

 

「分かりました!」

 

 

 それからは、魚との格闘が続きました。少し、油断したら、体ごと川に引きずりこまれそうです!

 

「おおっ!? なんだあの魚影、黄金だぞ!」

 

「カズマさん! 大きいです! スッゴイ大きいです!」

 

「あ、その言葉いいッスね~」

 

 そして、やっと水面近くに獲物が上がってきました。ありえないくらい、大きいです。1mはあるんじゃないでしょうか。

 

「こりゃ、引き上げるの無理だな。ゆんゆん、少しの間、一人で頑張れるか?」

 

「うぅっ! やってみます!」

 

「任せたぞ」

 

そう言ってカズマさんは、別の釣り人の元へ走り出しました。

 

 

『おい、おっちゃん! 大物だ! 網貸してくれ!』

 

『よっしゃ! 任せろ!』

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん、援軍連れてきたぞ! まだ掛かってるか?」

 

「もう、水面近くです!」

 

「おっちゃん、任せたぞ!」

 

「任せろ坊主!」

 

 そして、私は大物を釣り上げました。そこに、すかさず、おじさんが網を入れてきました!

 

「で、でけぇ! 下手したらメートル級だ! 凄いぞ嬢ちゃん!」

 

「ありがとうございます!」

 

 私とおじさんは、盛り上がってるのに、カズマさんだけは獲物をジッと見つめていました。なるほど、新鮮なうちに食べたいんですね!

 

「じゃあ、食べましょうか! おじさんもどうですか?」

 

「マジか、是非、ご同伴させてください!」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら食べましょうカズマさん! こんなに大きいバナナですよ!」

 

「俺やっぱこの世界が大嫌いだ!」

 

 

 それから、私達は新鮮なバナナを美味しく頂きました。店に並んでいるものがゴミに思えるほど美味しいものでした。実際、カズマさんも泣きながら食べていました!

 

 

 

 

 

 

 そして、辺りが夕日に包まれた頃、私達は、アクセルの宿へと着きました。退屈だった毎日がこんなにも楽しい日々となった。本当に夢のようです。私が思わず、頬を引っ張っていると、カズマさんが話しかけてきました。

 

「ゆんゆん、今日は楽しかったか?」

 

「はい、もちろんです!」

 

「そうか、ならいい」

 

カズマさんが、頭を撫でてくる。私はそれを、目を細めながら受け入れました。

 

「ゆんゆん、明日からはまた、冒険とエッチな日々だ」

 

「どんとこいです」

 

「そうか、俺は“溜まってる”からな、覚悟しろよ」

 

「ふふっ、喜んで受け止めます」

 

そして、カズマさんが、私に背を向けました。

 

「また明日」

 

「また明日です! カズマさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が沈む頃、俺は屋敷へと帰った。エビを中庭の水槽に入れ、泥抜きをする。これで明日には食べられるはずだ。そして、俺が若干疲れた体をゴキゴキ鳴らしながらリビングへ行くと、めぐみんがソファに坐っていた。

 

「ただいま、めぐみん」

 

「おかえりなさい、カズマ」

 

そう言ってから、めぐみんは俺に抱き着いて来た。

 

「なんだ? お前もアクア化したか?」

 

そんな俺に対して、めぐみんは抱き着く強さを強くする事で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

「今から、私の部屋に来ませんか? そこで大切な話があります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




祝福世界のバナナは川で取れます(マジ)
また、釣りデートは熟練者でも失敗する危険性があるため、オススメしません(泣き)
変にいいとこ見せるのではなく、無難にサビキをしましょう。爆釣すれば泳がせを、やる暇もあるかも?

この二次創作は不定期更新です。


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二章 爛れた2ヶ月間
爛れた2ヶ月間:アクセル立ち入り禁止エリア編


※カズマだけでなく、ゆんゆんの鬼畜度が増しています。


「今から、私の部屋に来ませんか? そこで大切な話があります」

 

 めぐみんが俺に抱き着きながら、そんな事を言い放った。俺はというと、まさか本番への誘いかという期待と、ゆんゆんをこました事がバレたのか、という不安感が入り混じり、冷や汗を、ダラダラ流す。しかし、そんな俺の気持ちに反して、俺の口は速攻で言葉を返していた。

 

 

「喜んで」

 

 

 気が付いたら、俺達はめぐみんの部屋に来ていた。めぐみんは枕を抱きしめて、こちらをジッと見つめてくる。もしかしなくても、そういう事であろうか。しかし、俺にはゆんゆんが……!

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ、私と一緒に里帰りしませんか?」

 

「はぁ?」

 

 はいはい、いつもの思わせぶりパターンね。知ってた知ってた。里帰りという事は紅魔の里だろう。まぁ、断る理由はないんだが。

 

「ちなみに何日くらい」

 

「2か月です」

 

「ほーん……って長すぎだろ!」

 

二か月!? それはいくらなんでも、長すぎでしょう、めぐみんさん。

 

「普通、里帰りって2週間くらいなもんじゃね?」

 

「私がアクセルに来てから、紅魔の里に帰ったのは数回しかありませんからね。ここでがっつり休みを取ろうかと」

 

「お前、毎日ぐうたら休んでるだろ!」

 

「フッ! カズマ、私は人類の最終兵器です。来るべき日が来るまで、私は動きません」

 

「そうかい……」

 

「カズマ、言っときますが、別の目的もあります。最近分かったのですが、両親は私の仕送りに手をつけていないようです。遠慮しているのか、プライドかは知りませんが、こめっこが苦しい生活を続けるのは許せません。私がしっかり、教育してきます」

 

「なるほどなー」

 

 良い家族じゃないか。ちょっと、俺も地球の家族が恋しくなってきた。結局、コイツみたいな親孝行はできなかったしな。

 

「で、カズマ、一緒に来ませんか?」

 

「うーん……」

 

 俺は考え込む。さすがに2ヶ月は長い。しかも、2ヶ月も紅魔の里で何もせず、ふらふらしてたら、里での俺の扱いは、無職、もしくは、めぐみんのヒモであろう。それに、俺の頭の中に、ゆんゆんの顔がチラつく。

 

「ゆんゆんは誘わないのか?」

 

「魔王討伐直後に誘いましたが、断られました。いつでも帰れるっていうのと、家に帰ってもする事がないという理由で」

 

「そうか、そうか……」

 

 ゆんゆんは、行かないのか。なんだか、行く気力が湧かない。ここは無難な妥協案でお茶を濁すか。

 

「めぐみん、さすがに2ヵ月は長い。だから、ラスト2週間は紅魔の里へ俺も行く。それじゃダメか?」

 

「むむ、2週間ですか……」

 

めぐみんは、額に手を当て、うんうん唸りだした。

 

「ダクネスは、最近屋敷に来てないですよね?」

 

「そうだな、実家大変らしいし」

 

「ふむん、それならばいいでしょう! カズマ、2週間は絶対来てくださいね!」

 

「分かった、分かった」

 

俺はとりあえず、納得してもらえた事に安堵しながら、めぐみん共々、ベッドに倒れ込んだ。

 

「カズマ、今日は一緒に寝ましょう?」

 

「そうすっか」

 

 俺はそう言ってめぐみんを抱きしめる。腕の中にすっぽり収まるめぐみんは、非常に抱き心地が良い。今日も色々あったな。ゆんゆんは、本当に釣りを楽しんでくれていたのだろうか。ああ、眠くなってきた。

 

「カ、カズマ、そろそろ私達も次の段階へと……」

 

 

 

 

 

 

 

「…すかー……」

 

「寝ましたよ、この男!」

 

 

 

 

 

 

翌朝、俺とめぐみんはアクセル中央広場に居た。

 

「めぐみん、ハンカチは持ったか? 忘れ物は、一人で本当に大丈夫か?」

 

「お母さんですか、あなたは!」

 

俺はめぐみんの手荷物をチェックしていく。よし、忘れ物はなさそうだ。

 

「めぐみん、なんなら、里まで護衛を……」

 

「大丈夫ですよ。事前に手紙で知らせて、アルカンレティアに迎えに来てもらってますから」

 

「大丈夫か? 迷わないか? 変な奴にホイホイついていったりしないか?」

 

「しつこいですね、あなたも!」

 

 

 そんな時、アルカンレティア行きのテレポート屋の声が響く。もう出発の時間が来たようだ。俺は鞄から包みを一つ取り出し、めぐみんに渡す。

 

「めぐみん、これ持ってけ。俺のお手製エビ弁当だ」

 

「あ、朝から作ってた奴ですね……ありがたく頂きましょう」

 

「素直でよろしい!」

 

 弁当を大事そうに鞄に入れためぐみんは、テレポート屋へ向けて歩き出した。2ヶ月か、なんだか寂しくなってきた。

 

「めぐみーん! 寂しくなったら、いつでも帰ってこいよー!」

 

「あなたこそ、寂しくなったら、いつでも来てください」

 

そんな事を言うめぐみんが、テレポートでここから消えるまで、俺は手を振り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、またセンチメンタルな日ですか?」

 

「そんなとこ、めぐみんが里帰りしちゃってなー」

 

「そういえば、そんな事を以前言ってましたね」

 

 俺とゆんゆんは、のんびりと会話をする。場所はカエル平原中心部の岩の上。今日も、新人冒険者救出クエストを受けていた。

 

「ゆんゆんは里帰りしなくて良かったのか?」

 

「私はテレポートがありますからね。実は、夜にこっそり帰ってたりするんです」

 

「なるほど……」

 

 テレポートは本当に優秀な魔法だ。今度、登録地を増やすためにも旅に出ても、いいかもな。そんな事を考えながら、俺は鞄から2つの包みを取り出し、片方をゆんゆんへと手渡した。

 

「ほれ、ゆんゆん。昨日のエビを使った弁当だ」

 

「わあ、ありがとうございます!」

 

 ゆんゆんは、弁当を嬉しそうに受け取る。そして、二人で、いただきますと合掌し、弁当の蓋を開けた。中身は、エビの唐揚げサンドイッチ、エビの素揚げ、エビマヨと正にエビ尽くしだ。ゆんゆんは、キラキラとした目をしながら嬉しそうに、エビ料理を頬張る。俺はそんな、ゆんゆんの姿に、非常に癒された。

 

「カズマさん、この料理は店で出しても、問題ないくらい美味しいです!」

 

「当たり前だ。俺は料理スキル持ちだからな。それと、ゆっくり食え、のど詰まらせるぞ?」

 

「り、料理スキル……まぁ、カズマさんですもんね。もう私、驚いたりしません!」

 

 そう言って食事を再開する、ゆんゆんの艶やかな黒髪を俺は撫でる。髪の触り心地は、今まで会った女性の中でも一番だ。俺に髪を撫でられたゆんゆんは、食事を止め、顔を真っ赤にして、目を瞑る。そして、ゆっくりと俺に顔を近づけて来た。キスしたいのか、コイツは。

 

「おいゆんゆん。髪にエビの尻尾ついてるぜ?」

 

「ええ!?」

 

 俺は、ゆんゆんのおさげに、くっついていたエビの尻尾を手で取り、カリッと口に含んだ。そんな俺を見て、ゆんゆんは、更に顔を赤くして俯く。狂った少女漫画みたいな事をして、この反応とは、本当にチョロすぎる。

俯くゆんゆんの顎を掴み、無理矢理顔を上に上げさせる。そして、俺もゆっくりと顔を近づけ……

 

 

『ひゃああああ! 誰か助けてええええ!』

 

 

「おいゆんゆん、行くぞ!」

 

「あ……」

 

「何、悲しそうな顔してんだよ! ゆんゆんもエッチな子になったなぁ!」

 

「エッチじゃないです!」

 

 二人で騒ぎながら、救出へ向かう。救出は難なく終了し、ギルドへ駆け出しを送り出した。このクエストは、なんだか駆け出し相手に俺TUEEEEEEしてるみたいで、少し気が滅入る。ただ、今回もゆんゆんに隠れてセクハラして分かった事がある。このクエストは、救出に恩を着せれば、“和姦”ができそうである。今度一人で受けるのも、いいかもしれない。

 

 「カズマさん! ギルドにクエストクリアの報告に行きましょう!」

 

 「へいへい」

 

 まぁ、ゆんゆんが俺の隣にいる限り、それは無理そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、じゃあ洗ってもらおうか!」

 

「はい……」

 

 ギルドにクエストクリアを報告後、私は宿に連れ込まれた。しかも、今回はいままでより、ワンランク上の宿、お風呂が個室についている宿でした。そして現在、私達はお風呂場にいます。カズマさんは、風呂椅子に腰かけ、堂々とこちらに背を向けています。

 

「じゃあカズマさん、頭洗いますね?」

 

「バッチコイ!」

 

 カズマさんの頭に、シャンプーをかけ、洗髪を開始する。カズマさんの茶色がかった黒髪が、私の手の中でうねる。なんだか、私もポカポカした気持ちになってきました。

 

「どこか、かゆい所はありますか?」

 

「ゆんゆんは物分かりがいいねー もっと強めでお願いします!」

 

「はい」

 

 先程より、指の力を強め、ゴシゴシと頭を洗います。鏡越しに、カズマさんが気持ちよさそうに目を閉じているのが分かりました。私は、シャワーでカズマさんの頭を洗い流し、洗髪を終了させます。次は体です。私は、常備されていたスポンジに手を伸ばし……

 

 

「分かってるだろ、ゆんゆん。お前の体で洗うんだ」

 

「……わかりました」

 

「あ、分かっちゃった? やっぱ、ゆんゆんはエッチだなぁ~」

 

「エッチじゃないです!」

 

 たまたま、『イナゴでも分かる男の喜ばせ方』なんて本を最近読んだだけです。そうです、私はエッチじゃありません! 

 そう自分に言い聞かせながら、私は自分の体にボディシャンプーを塗り込んでいく。そして、密かに自慢に思っている胸には、念入りにボディシャンプーをかけました。ここは、めぐみんにも負けません。

 

 「カズマさん、行きますよ?」

 

 「オナシャス!」

 

 何やら、滑舌の悪い声を上げたカズマさんの、背中に私は思いっきり抱き着きました。背中に、私の胸を痛いくらいに押し付け、手をカズマさんの腹筋や太ももに這わせます。

 

 「ん……あぅ! ど、どうですか、カズマさん?」

 

 「あ゛~気持ちいい! もうちょっと強めで」

 

 「はい」

 

 私は更にカズマさんを抱きしめ、体を揺するようにして、カズマさんの体を洗っていく。

 

 「おいゆんゆん! コリコリしたものが背中に当たってるぞ?」

 

「気のせいです。ん……はぁ……あぁ!」

 

 興奮で頭が真っ白になりながらも、私の手は貪欲にカズマさんを求めました。胸を背中に擦りつけ、手は無意識のうちに、カズマさんの性器へと伸びていました。

 

「ストップ」

 

「あ……」

 

 カズマさんが、私の手を止めました。少し自分の快楽を優先しすぎたでしょうか。そう落ち込む私の前に、カズマさんは振り返って仁王立ちしました。

 

「ゆんゆん、俺のチンポはお前の口で“掃除”するんだ。手は絶対に使うなよ」

 

「っ……!」

 

 私は気を取り直して、カズマさんの性器に向きあいました。そして、少し震えながら性器に舌を伸ばそうとした時、私は異変に気が付きました。

 

「カズマさん、これは何ですか……?」

 

「ただの、チンカスだ」

 

「ちんっ!?」

 

 そう、カズマさんの性器、主に亀頭の傘と付け根の部分に、白い恥垢がたくさんついていた。ダメです! こんなの不潔すぎます!

 

「カ、カズマさん! 清潔にするのはマナーですよ!」

 

「ゆんゆん、昨日言ったろ? 色々と“溜まってる”ってな」

 

「そんな事言ってもダメです!」

 

 拒絶の言葉を口にする私だが、顔は吸い寄せられるように、カズマさんの性器へ向かう。そして、私はその不潔な性器の匂いクンクンと嗅いだ。臭い! 最悪な臭いです。不快とも言える性器の臭いを、何十倍にも濃縮した雄の臭い。カズマさんの臭い……

何故でしょうか、私の下腹部が痛いくらいに疼きます。

 

 「カズマさん、自分で洗ってください!」

 

 「ゆんゆん、もう一回言うぞ?」

 

 「聞きません! 絶対聞きません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「舐めろ」

 

「……はい」

 

 ズルイです。最低です。そんな事を言われたら、逆らえません。それに、命令に背けば、カズマさんは私の純潔を無理矢理奪うかもしれません。だから、仕方ない、仕方ないんです!

 

「ん……」

 

「そうだ、偉いぞゆんゆん」

 

 舌を伸ばす私の頭を、カズマさんは優しく撫でました。本当に、最低です。そして、私の震える舌先が、カズマさんの恥垢を捕らえました。濃厚な雄の臭いが、口と鼻いっぱいに広がります。

 

「んぁ……カズマさんは不潔です。最低です」

 

「そう言ってくれるな、お前のために、痒いのを我慢して、溜めこんだんだぞ」

 

「そんな事、頼んでいません。最低です。こんなチーズみたいに濃厚な恥垢、好きな人なんて、この世にいません」

 

「ゆんゆんは好きだろ?」

 

「…………」

 

 私は無言でカズマさんの恥垢を舐めとっていきます。そして、ゆっくりと咀嚼します。舌の上でザラつくそれは、飲みこむ事が中々できません。本当に不潔です。最低です。

 

「あ……」

 

「偉いぞゆんゆん。全部舐めとったな」

 

 嫌なはずだったのに、なくなってしまった事を残念に思ってしまいました。私は一体どうしてしまったんでしょうか? そんな時、カズマさんが私の唇に亀頭をあてがいました。

 

「ゆんゆん、“溜まってるんだ”抜いてくれ」

 

「ふふっ、分かりました」

 

 私は、綺麗になったカズマさんの性器を深く、咥えこみました。そして、ゆっくりとストロークを開始しました。

 

「ん……んぅ……」

 

「いいぞゆんゆん、舌もしっかり使うんだ」

 

 私は、カズマさんの言葉にうなずきます。私は、カズマさんの性器を咥えこみながら、亀頭を搾り取るように舌を這わせました。

 

「おおう!? ゆんゆん、完璧だ! やっぱり、ゆんゆんはエッチだな!」

 

「えっふぃふぁ、ふぁいれふ」

 

「何言ってるか、分からないぞ!」

 

 下卑た笑いを浮かべるカズマさんを、私は上目遣いで睨み付けました。私はエッチじゃないです。例えそうであっても、全部カズマさんのせいです!

 私は更に奥深くに、咥えこみ、ストロークも深くしました。カズマさんのくぐもった、そして、気持ちよさそうな声が部屋に響きました。

 

「ゆんゆん、出る! 出すからな! 全部飲めよ!」

 

「んぶっ! んぶっ! んぶっ……!」

 

 カズマさんの性器が、私の口内で更に膨張しました。イきそうなんですね。私はもっともっと深くに性器を咥えこみます。私の喉奥を、カズマさんの亀頭がゴツゴツとノックをしました。

 

「ああ…! くっ…う゛!」

 

「んぶうううううう……! ん……んぅ……!」

 

 カズマさんの性器が、私の中で爆発しました。勢いよく発射された精液はマグマのように熱く、私の喉を焦がしていきます。そして、喉に引っかかっていた、恥垢も洗い流していきました。

 

「んぁ……!」

 

「お~なんつーエロイ光景だ」

 

 私の口から勢いよく性器を引き抜いたカズマさんは、満面の笑みを浮かべていました。性器は私の唾液で、淫靡に光輝き、私の口からは唾液の糸が引いていました。

 

「偉いぞゆんゆん!」

 

「……………」

 

 カズマさんが私の頭を撫でます。私はそれを黙って受け止めました。そして、自分自身が少し怖くなりました。私はカズマさんに頭を撫でられたら、何をされても許してしまうんじゃないかと……

 その後、放心状態になっていた私を、カズマさんが風呂椅子に座らせました。そして耳元で囁きました。

 

「ゆんゆんも気持ちよくなるんだ」

 

「あぅ……」

 

 カズマさんが、以前の特訓の時のように、お尻に指を侵入させて来ました。あれ以来、何度か侵入を許してしまい、今ではカズマさんの指一本を難なく咥えこむように、なってしまいました。私は快感とも、不快感ともいえる、謎の感覚に体をよじらせます。

 そして、左手では、私の乳首を転がすように刺激します。先ほどまでの行為で限界まで固くなっていたそれを、カズマさんは揉みほぐしていきます。私の性器から愛液が滴るのを感じました。

 最後に、とどめとばかりに、カズマさんが私の首に吸い付きます。私はこの行為が、たまらなく好きなようです。私がカズマさんの物であると、刻み付けられるこの瞬間、とても幸せな気分になってしまいます。

カズマさんは、私に刻印を刻んだ後、首筋を舐め上げる。そして、耳元でそっと囁きました。

 

「ゆんゆん、イってしまえ」

 

「え……? あ、ああああ!」

 

 私は半端ではない快感に身を委ねながら、ビクビクと体を痙攣させました。私は遂に絶頂してしまいました。しかも、性器を直接触れられる事なく……

 そんな私の両足の太ももを、カズマさんは両手で持ち上げ、私の体を壁へ押し付けてきました。

 

 

 

「んんんんんんんぅー!」

 

「ひゃああああああ!?」

 

 突然の快感と衝撃に、私は目を白黒させました。そして、上手く動かない頭を何とか動かし、刺激があった場所に目を向けました。そして、目に入った光景に絶句しました。

カズマさんが、私が絶頂した時に出した愛液を啜っている……

 

「あ……あ……」

 

「ふいー満足、満足!」

 

笑みを浮かべるカズマさんを見ながら、私は意識を飛ばしました。

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん……?」

 

 私が目を覚ました時、カズマさんの姿はありませんでした。そして、場所も自分の宿のベッドの上でした。私は倦怠感の漂う体を動かし、カバンが置かれたテーブルに向かいました。そこには、「また明日」と書かれた置手紙がありました。

 

「また明日、カズマさん」

 

私は置手紙を綺麗にたたみ、私の大事なものを入れている箱に、入れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、翌日、私とカズマさんはギルドで隣り合って座っていました。机の上には、アクセルの街周辺の地図が広げられています。

 

「カズマさん、今日からは、ここに行きましょう!」

 

「いや、滅茶苦茶ヤバそうな表記なんですが、ココ」

 

 私が指し示す場所を見て、カズマさんは嫌そうな顔をしました。確かに地図上には、たくさんのドクロマークや、立ち入り禁止の表示があります。

 

「カズマさんなら、大丈夫です! ここは、“アクセル立ち入り禁止エリア”高レベル冒険者のみ、侵入を許された場所です!」

 

「高レベルねぇ……まあ、確かにそうだけど」

 

「カズマさん、ここは、駆け出しに適した生態系を保つために追いやったモンスターがひしめいている場所です。しかし、たまにあぶれたモンスターが、初心者領域に侵入する事があります。それを防ぐために、この区域のモンスターを漸減する事は、高レベル冒険者の義務なんです!」

 

「ふんふむ……」

 

カズマさんは、悩まし気に思案する。さすがにダメでしょうか……

 

「ちなみに、ゆんゆんは行った事あるか?」

 

「いえ、パーティで挑むのが推奨されてまして、私もまだ……」

 

 さすがに、一人じゃ厳しいと私自身、判断し、今までは、あぶれたモンスターの殲滅のみを行っていた。だから、私にとっても未知のエリアだ。ちょっと、気まずげに視線を逸らした私を、カズマさんがジッと見つめてきました。

 

「ゆんゆん、俺とお前なら行けそうか?」

 

「は、はい! 私達、二人なら奇襲をされても難なく対応できる力を持っています。だから、大丈夫です!」

 

「かーイマイチ信用できねぇが……やっちゃいますか?」

 

「やっちゃいましょうよ!」

 

 こうして、私達は固い握手を交わしました。目指すはアクセル立ち入り禁止エリア。今までより辛い戦いとなるでしょう。しかし、危機感よりも、これからの冒険へのドキドキ感、カズマさんが隣にいるという安心感の方が勝りました。

 そして、私達はギルドで食事を取り、件の場所へ足を進めました。そして、エリアの入り口で、私達は立ち止まりました。簡易的な木製の門、他は見渡す限りの素朴なフェンスに小さな堀、これではモンスターを完璧に封鎖できないのも納得です。

 

「ゆんゆん、気を引き締めて行けよ?」

 

「分かってます!」

 

 私達はお互いに喝を入れながら、門を開け侵入する。こうして、私達の冒険の日々が始まりました。

 

 

 

 

 

「ゆんゆん、敵感知に感あり、前方500mに反応50、集団の両側に付き添う反応が2、おそらく、初心者殺しの編成だ。詠唱して待機!」

 

「分かりました!」

 

「頼むぜゆんゆん、集団は任せるが、初心者殺しは俺が対処する」

 

「こちらこそ、頼みましたよ……“奉霊の時来たりて此へ集う、鴆の䄅属、幾千が放つ漆黒の炎”」

 

 カズマさんの言葉にうなずき、詠唱を開始する。そして、私が詠唱を終えたタイミングで、密集して無警戒に歩くゴブリンの集団が見えました。

 

「いけ!」

 

「“カラミティブラスト!”」

 

 私の短杖から放たれた光は、集団の上空で無数の火炎弾を形成させ、その無防備な集団へ降り注ぎました。

 

「お~こりゃ、見事な虐殺……」

 

「あはっ♪ これ、気持ちいいです!」

 

「おお、その笑顔はあかんぞゆんゆん……」

 

 私がコブリンの集団を消し飛ばし、得体の知れぬ快感に酔いしれている時、カズマさんが動きだしました。彼は物陰から挟撃してきた初心者殺しの片方を蹴り飛ばし、もう片方をすれ違い様に、刀で両断しました。

 

「なるほど、この世界の人がレベルを下げたくない理由がよーく分かった!」

 

 そう、言って蹴り飛ばした方に駆け寄り、首を一太刀で切り裂きました。カズマさんは、一仕事終えたとばかりに、刀を一振りし、刀に付着していた鮮血を飛ばしました。

 

「ふん、造作ない」

 

「カ、カッコイイ……!」

 

やっぱり敵を倒した後の決めセリフは、何か心に来るものがあります! 

 

「おい、ゆんゆん、敵反応が近くに2、潜伏で行くぞ」

 

「はい!」

 

 私はカズマさんの差し出した手に抱き着きながら、付き添いました。そして、いくらか歩いた時、大木のうろに、ちょろちょろと動き回る影がありました。

 

「わぁ! 可愛い!」

 

「ああ!? 不用意に近づくなバカ!」

 

 カズマさんの言葉を無視して、私はつい二匹の獣に抱き着いてしまいました。それは、黒くて小さな子猫。とても愛嬌があり、どことなく、ちょむすけに似ています。

 

「カズマさんカズマさん! 見てください、可愛い子猫ですよ!」

 

「子猫……あ、そういう事」

 

「どうしたんですか、カズマさん?」

 

「いんや、俺にも一匹抱かせてくれ」

 

「いいですよ!」

 

 私は、片方の子猫をカズマさんに手渡しました。子猫を受け取ったカズマさんは、それを優しく撫でました。やっぱり、カズマさんも、可愛いものに目がないみたいですね!

 

「みゃ~」

 

「お、可愛いなコイツ!」

 

「カズマさんも、そう思います!? ね、せっかくですし、持ち帰って二人で育て……」

 

「えいっ!」

 

「みゃ゛っ!?」

 

「へ……?」

 

 ゴキリという音と共に、子猫が耳に残るような嫌な声で鳴きました。それにしても、カズマさんが持つ子猫は、何故首が折れ曲がっているのでしょう。猫ちゃんが白目を向いて、口から血を吐いているじゃないですか。

 カズマさんは子猫ちゃんを興味なさげに、草むらに捨てると私に近づいて来ました。

 

「そっちも抱かせてくれないか、ゆんゆん?」

 

「あ……え……いや……」

 

「逃げるな。“スティール”」

 

私の腕から、暖かいほわほわが消失しました。一体どこに……?

 

「えいっ!」

 

「みゃ゛っ!?」

 

 ゴキリという音がした後、私の目の前に首の折れ曲がった子猫ちゃんが、投げ捨てられました。私は必死に子猫ちゃんの首を、元に戻そうとしました。でもダメです。動きません……

 

「ふん、造作ない」

 

「わああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさんは鬼畜です……最低です……」

 

「おいコラ! 俺は謝らんぞ! アレは初心者殺しの子供だ、情け無用!」

 

「それは、そうですけど……」

 

 あの後、暴れる私をカズマさんは、強引に押さえつけ、街へとテレポートしました。そして、現在、私はギルドの机に突っ伏していました。

確かに、今思えば、アレは子猫ではなく、初心者殺しの幼獣でした。でも、躊躇なく首を折るなんて、やっぱり鬼畜だと思います。

 

「たく、しゃーねーなー」

 

 そういって、カズマさんが、私の頭を乱暴に撫でてきます。そんなんじゃ、私の心の中に溜まるどんよりは晴れません。もう少し、優しく撫でてください。

 

「ここは、気分を上げるぞ! 店員さん、ギルドの皆に一番高い酒を!」

 

「あ、はい! 分かりました!」

 

 店員さんが、カウンターへと駆けて行きました。そして、ギルドいる冒険者全員に、酒がふるまわれました。

 

 

「よっ! おだいじーん!」

 

「さすカズ!」

 

「ヒャッハー! 気前いいなぁ小僧!」

 

「おだいじーん!」

 

 

 

「はっはっは! もっと俺を称えろ!」

 

 私はギルドの皆から、喝采を浴びるカズマさんを半目で睨みました。

 

「おら、ゆんゆんも飲め! このカルーアミルクとかどうだ?」

 

「私、お酒弱くて……でも、甘くて美味しいですね」

 

「おう、飲め飲め」

 

 

 何やら、カズマさんが下卑た笑いを浮かべています。でも、このお酒は甘くて、本当に美味しいです。いくらでも飲めそうです。そして、私の記憶はここで飛びました。

 

 

 

 

 気が付いたら、また私の宿のベッドの上でした。何か体に違和感があります。鏡で自分の姿を確認すると、首にキスマークがいくつも、ついていました。そして、ドレッサーに、置手紙がありました。

 

『相手が俺で良かったな! 男と酒にもっと注意しろバカ!』

 

 私は溜息を吐きながら、以前のように置手紙を綺麗にたたみました。そして、違和感を感じる下着の中に手を伸ばして見ると、ぬちゃりとした感触がありました。手ですくって確認すると、それは見慣れた白濁でした。

 

「カズマさんは本当に最低です……そして、ヘタレです」

 

私は、その白濁をゆっくりと舐めとりました。

 

 

 

 

 そして、この日以降、私達は立ち入り禁止エリアで、モンスターを討伐し、いつもの宿へ通う毎日が始まりました。最近は、私がカズマさんに絶頂させられる回数が増えました。快楽を前にして、私はこれを拒む事ができません。また、お尻に入れられる指にも慣れ始めました。そうです、快感が不快感に勝り始めました。このまま続けると、とんでもない事が起こる気がするのですが……

 

 

 

 

「ゆんゆん、囲まれたみたいだ! 周囲の敵反応が一斉にこちらに来ている。俺が壁になるから、お前は氷結系上位魔法を詠唱して待機!」

 

「分かりました!」

 

 数十秒後、こちらを囲むようにして、一撃熊が現れました。そしてカズマさん、その熊達に次々とクリエイト・ウォーターを浴びせて行きました。

 

「こっち見ろオラァ! 薄汚いヒゲクマさんよぉ!」

 

『『『ガアアアアアアアアアッ!』』』

 

 水と罵声に怒ったのか、一撃熊は一斉にカズマさんに殺到しました。しかし、一頭だけ、私の方へ向かって来ます。ただ、私は呪文の詠唱を止めるなんてヘマはしません。だって、私には信頼できる仲間がいるのだから。

 

「狙撃!」

 

『グギャッ!』

 

 カズマさんが放った矢が当たり、一撃熊がその場で悶絶しました。どうやら、肛門に当たったようですね。深く同情します……

 そして、カズマさんが、こちらに手信号を送ってきました。私は軽くうなずき、目を閉じます。

 

「フラッシュ!」

 

 まぶた越しに、強い光を感じます。そして、カズマさんが、こちらに駆け寄って来る足音が聞こえました。

 

「ゆんゆん、やれ!」

 

 その声を聞き、私は目を開けました。目を開けると、私はフラッシュを浴びて、団子になってフラついている一撃熊に魔法を放ちました。

 

「“カースドクリスタルプリズン!”」

 

事前にクリエイト・ウォーターを浴びていた事もあり、非常に素早く氷の彫像と化していきました。このまま放置すれば、一撃熊は全員窒息死するでしょう。

 

「さすが、ゆんゆん! やっぱ、紅魔族はチートだな!」

 

 カズマさんが、そんな事を言いながら、近くで悶絶していた一撃熊の首を切り飛ばしました。あなたも“ちーと”だと思います。本当に……

 

「うっし、俺は肉の一部持って帰るから、今から解体を始める。ゆんゆんは休んでな」

 

「任せましたよ」

 

 カズマさんが鼻歌混じりにナイフで解体を始める様子を見ながら。私は素直に腰を降ろして休憩を開始しました。といっても、私も手持無沙汰です。せっかくですし、はらわたをポーションの材料として採取をしようと、私は立ち上がりました。

 その時、私の視界の隅に、小さな人影があるのを確認しました。カズマさんは、今も解体を続けています。こう見えて、カズマさんは敵感知などで常に索敵を行っています。放置しているという事は、敵対反応を発していないのでしょう。それに、あの人影はかなり弱々しい。私はそちらに向けて歩きだしました。

 

「なっ、どうしたの!?」

 

「ウゥ、イタイヨ……」

 

 その人影の正体は、怪我をした少女でした。10代にも満たない少女が何故こんな所に、と一瞬思いましたが、少女の苦しそうな顔を見て、そんな思いは消え去りました。

 

「カズマさーん! 怪我人です、ヒールしてくださーい!」

 

「はぁ? 今行くから待ってろ!」

 

 カズマさんがこちらに向かって駆け寄ってきました。それを確認し、私は少女の頭を優しく撫でました。

 

「今、お兄ちゃんが傷を治してくれるからね?」

 

「アリガトウ、オネエチャン……」

 

 少女の頭を撫で続けていると、私の隣にカズマさんが来たのが分かりました。何故か、刀を抜いて。

 

「カ、カズマさん……?」

 

「どけ、そいつを殺す」

 

「え、何を……」

 

 私が何か言う前に、カズマさんが少女に切り掛かりました。幸い、体に斬撃が当たらなかったようです。衣服が裂かれるのみでした。

 

「カズマさん! 気でも狂ったんですか!」

 

「黙れ、ほらこいつを触ってみな」

 

 カズマさんは切り裂いた少女の服を、投げ渡して来ました。何がしたいのでしょうか?

 私は仕方なく、少女の服を触ってみました。そして、気付いてしまったのです。服のように見えるものの素材が、葉っぱである事を。

 

「ゆんゆん、こいつが“安楽少女”だ! こいつを狩るのも、冒険者の義務だぞ!」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 私は黙り込みました。安楽少女は、カズマさんとの食事中の会話で何度か聞きました。曰く少女に擬態し、人を捕らえるモンスターであると。これは退治すべきモンスターです。しかし、いざ相対してみると、その気力がなくなって行きました。

 そんな私をカズマさんが優しく撫でて来ました。

 

「ゆんゆん、俺がやる。別に無理して見る必要はない。後ろを向いて耳ふさいでろ」

 

「すいません、カズマさん。お願いします……」

 

私は、自分を情けなく思いながらも、安楽少女に背を向け、耳をふさぎました。

 

 

 

 

 

 

 

『お前ってよく見たら可愛いな。それに、本当に人間そっくりだ』

 

『……? ドウシテ、ズボンヌグノ?』

 

『黙れ、そら!』

 

『ンブッ!? ンンンンンゥ!??』

 

『おお、ちょっと冷たいが、完璧に、人間の口と一緒じゃねえか!』

 

『ンブッ! ンブッ! ンブッ! ンブッ!?』

 

『ヒャハッハッハ! 幼女の口マンコ犯してるみたいで最高じゃないか! オラァ! もっと深く咥えろ!』

 

『ンンンンンゥ!?』

 

『モンスターだから壊れてもいいからな! 無茶苦茶に突き込んでやる!』

 

『エグッ!? ンガッ! ングッ!』

 

『たまらねぇ! このまま出してやる! もっと深くだ!』

 

『グァッ! ンギッ! ンゴッ!?』

 

『受け取れ! う゛っ!』

 

『ングッ!? ンンンンンゥ!?』

 

『ヒャッハー!』

 

 

 

 

 

 

 おかしいですね。いつまでたっても、安楽少女の呻き声らしきものと、カズマさんの声が途絶えません。もしかして、殺すのに躊躇しているのでしょうか? 仕方ありません。私も覚悟を決めましょう。私は震えながら、後ろを振り返り……

 

 

 

「はっはっは! 貴様を今から俺の屋敷に送ってやる! そして、俺の精液と糞尿でお前を育ててやるよ!」

 

「やだやだやだやだやだやだ! 助けて! 誰か助けて!」

 

「おい糞モンスター! カタコトな喋り方はどうした!」

 

「痛い! 痛い痛い痛い! お尻叩かないで!」

 

「うるせえ! 貴様は正真正銘の俺専用肉便器に……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん何をやっているんです?」

 

「ひょ!?」

 

 カズマさんが私を見て、固まりました。私は安楽少女の今の状態を見つめます。彼女は大泣きして地面にへたりこんでいました。そして、口からは、精液を垂れ流しています。恐らく、口を犯されたのでしょう。

 

「カズマさん、何をやったんですか?」

 

「そそそ、それはアレだよ! ちょっと珍しいモンスターだから生体調査を……!」

 

「そうですか」

 

 そんな時、私の足に何かが抱き着いてきました。私は、そちらに目線を向けます。どうやら、安楽少女のようですね。

 

「お姉ちゃん! 助けて! 助けてください!」

 

「……えい」

 

「きゃ! お姉ちゃん一体何を……?」

 

 私は安楽少女を蹴飛ばしました。そして、私の行動に驚いている彼女に、魔法を放ちました。

 

「“インフェルノ”」

 

「え? きゃあああああああああ!」

 

「ああ!? もったいねぇ!」

 

 

 私の魔法に焼かれ、安楽少女は消し炭になりました。カズマさんは、その様子を見て項垂れています。私は、安楽少女の灰を踏みにじりながら、カズマさんを抱き着きました。

 

「カズマさん、私以外、それも幼児体系のモンスターなんかに欲情しちゃダメですよ?」

 

「ひぃ!? すんませんでした!」

 

「いいんです。でも幼児体系はダメです。私だけを見てください」

 

「……すまん。今考えたら、とんでもない鬼畜行為をしてたな俺。生殺与奪の権利を俺が握ってるって、状況に酔ってしまった」

 

「いいんです。私が許してあげます。でも、もう一度言います。私以外に欲情しないでください。特に幼児体系なんてもっての他です」

 

「すまない、すまないゆんゆん……」

 

「いいんです、いいんです」

 

 私は、抱き着いて来るカズマさんの顔に強く胸を押し付けました。そして、頭を優しく撫でます。カズマさんは思った以上の鬼畜です。最低な人です。でも、私がそんなあなたを更生させてあげます。特に、幼児体系に欲情するなんて、人間の屑です。この後、その事を私の体を使って教え込みましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、私だけを見てください」

 

 

 

 

 

 

 

 




DVD付属のRPGはやりましたか?
正直、ダクネスとアクアが優秀すぎるので、めぐみんはそんなに、いら……ゲフンゲフン



アクア様の可愛さを伝えるために、二次創作始めたのに、ゆんゆんに負けそうです。
アクア様がメインヒロインの前作「このヒロインレース遅れた二人に逆転を!」
超オススメですよ!(露骨な宣伝)




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爛れた2ヶ月間:欲望の屋敷編(前編) (挿絵あり)

前後編ともにエロ回


「ただいまー」

 

 時刻は夕方すぎ、俺は屋敷へと帰宅した。俺に帰ってくる返事はない。まだ、アクアやダクネスは帰ってきていないのだろうか。俺は自室で装備を外し、台所へと赴く。そして、今ある食材の在庫を確認し、今夜の献立を決める。

 

「肉じゃがでいっか」

 

俺は、包丁でじゃがいもの皮を剥きながら、そう呟いた。次に他の野菜を切り、肉を炒める。そして、食材をぶっこんで、煮る。その間に、俺は米を研いで、釜を火にかける。全ての作業が終わった頃には、窓から見える景色は暗くなっていた。

 

「あいつら遅いな……」

 

 俺は、火を止めて料理を放置する。そして、自室で刀と、鎧の手入れを始める。俺の愛用装備だ。せっかくだから、鍛冶スキルも使って、細かい所も整備するとしよう。そうして、俺は整備に熱中し、気が付けば、かなりの時間が過ぎ去っていた。

俺は手入れした装備を自室に置き、リビングに向かう。時計を見ると、時刻は夜9時過ぎを指していた。俺は、放置していた料理を温め直す。そして、テーブルにおいた皿に盛りつけた。

 

「先に食うか」

 

俺は、はしを手に持ち……そこで手を止めた。

 

「もう少し待つか」

 

 恐らく、ダクネスはこの分だと、実家で過ごしているのだろう。アクアは、どこで遊び歩いているんだか……

 俺はソファーに横たわりながら、無為の時間を過ごす。そして、時刻は、夜10時になろうとしていた。そんな時、聞き慣れた声が屋敷に響く。

 

「ただまー! カズマさーん、 はこんではこんでー!」

 

 俺が溜息を吐きながら玄関へ向かうと、アクアが玄関マットの上で横たわっていた。顔が真っ赤である事から、どこかで飲んで来たのだろう。

 

「アクア、肩に掴まれ」

 

「ありがとねー」

 

 上機嫌のアクアに肩を貸しながら、俺達はリビングに向かう。そして、ソファーに座らせ、俺もその横に腰を下した。

 

「アクア、今日はどこ行ってたんだ?」

 

「んふふー! アクシズ教徒の皆とね、宴会してたの!」

 

「そうかい」

 

アクアの言葉で全てを察する。本当に、宴会好きの駄女神である。

 

「アクア、飯作ってあるけど、食うか?」

 

「んー、いらなーい! 今、お腹いっぱいなの!」

 

「へいへい、それで、お前は風呂入らねえのか? いちよう、沸かしてあるぞ?」

 

「バカねぇカズマ! 私は女神よ! 一日くらいお風呂に入らなくても、私は清潔なのよ!」

 

「きったねー駄女神だな!」

 

 恐らく、風呂に入るのが面倒なのだろう。本当に女神失格である。そして、アクアは俺にいきなり抱き着いてきた。うわ、酒くせぇ!

 

「カズマさん、一緒にお風呂入る? 今なら私が背中流してあげるわよ」

 

「もう間に合ってる。風呂入らねぇなら、さっさと寝ろ!」

 

「ええ? あの性欲魔人のカズマさんが拒否!?」

 

「うるせぇ!」

 

 俺は喚く駄女神を引きずりながら、部屋へ運ぶ。そしてベッドに放り投げ、布団をかぶせた。

 

「カズマさんカズマさん。今日ってよく考えたら二人っきりじゃない? せっかくだし、昔のように、二人で寝ても……」

 

「おやすみー」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 布団の中で騒ぐ駄女神を放置して、俺はリビングへ向かう。そして、冷め切った食事に手をつけた。もそもそと食事を続けながら、俺は謎の寂しさを感じた。おかしい、アクアやダクネスは最近あんな感じだ。もはや、日常の一場面である。何故、寂しさなんか……

 

『カズマ、もう遅いです。先に二人で食べちゃいましょう』

 

 

 

『カズマの料理は、やっぱり美味しいです!』

 

 

俺の脳裏にめぐみんの声が響いた。なるほど、そういう事か。

 

 

「めぐみんがいないのか……」

 

俺の声がむなしく部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、起きてください。もう夜ですよ」

 

「んぉ……」

 

 私の膝の上で眠っていたカズマさんを私は揺り起こす。カズマさんは怠そうに目を開け、立ち上がった。

 

「ほわぁ~ 随分と寝入ってしまったなぁ」

 

「やっぱり、疲れてるんじゃないですか? 今日も色々ありましたから」

 

 私はそう言いながら、帰り支度を始める。この分だと、自炊は無理そうです。宿屋で夕食を取りましょう。そんな事を考えながら、私は衣服を着込んでいく。

 そして、カズマさんも衣服を着終え、ベッドにどっかりと座った。私は、それを確認すると、ベッドのそばに置いてある鎧や籠手を手に取り、カズマさんに取り付けていく。そして、お互い帰宅の準備を完了させ、並んで宿を出た。

 

 

「今日は冷えるな」

 

「もうすぐ冬ですからね」

 

 私達は、アクセルの街を並んで歩く。目的地は私の宿、自然と歩く速度が遅くなる。まだ離れたくないです。

 

「ほれ」

 

「なんですか?」

 

「見て分からないのか? 手を握ってやるよ。人肌は暖かいぞ~」

 

「もうっ!」

 

 カズマさんがニヤニヤした顔でこちらに手を差し出してくる。私は反発しながらも、素直に手を取った。本当だ。人肌は暖かい。

 その後は、お互い無言で歩く。そして、私の宿へついてしまった。私はカズマさんから手を放し、部屋の鍵を開ける。そして、部屋に入ろうとした所をカズマさんに止められた。

 

「なんですか? お別れのキスですか? それとも……」

 

「ゆんゆん」

 

「なんですか?」

 

「俺の家に来ないか?」

 

私は、いつになく真剣な様子のカズマさんに気圧される。家に来る……

明日は、カズマさんの屋敷に集合という事であろうか。

 

「もう一度言う。俺の屋敷に、しばらく泊まってくれないか?」

 

「ええ!? お泊りですか!?」

 

そっちでしたか! 私は突然の誘いに戸惑う。でも何故だろう。凄く嬉しい!

私は急いで、お泊りの準備をしようと部屋に入り……そこで動きが止まった。

なんだか、めぐみんに悪い気がする。

 

「カ、カズマさん? その、めぐみんが……」

 

「めぐみんは今屋敷にいないぞ」

 

 カズマさんの言葉に私はハッとする。そうだ、今めぐみんは屋敷にいない。ちょっとくらい、いいのではないか? そんな思いが私の中でどんどん膨れ上がった。

 

「カズマさん、私お泊りします。準備するので待っていてください!」

 

「そ、そうか」

 

心なしか、カズマさんは嬉しそうな表情で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

「カ、カズマさん。私、本当にお邪魔じゃないんですか!?」

 

「何を今更怖気づいてんだ。入れ入れ!」

 

「わ!? 押さないでください!」

 

 場所はカズマさんの屋敷の玄関前、私はカズマさんに押されて、屋敷へと入った。何やら、とても緊張します。

 

「お、お邪魔します……」

 

「アホ! 今日から、ここはお前の家だ。ただいまと言え!」

 

「でも……」

 

「でもじゃない! はい、“ただいま!”」

 

「た、ただいま!」

 

「よろしい!」

 

 何やら上機嫌のカズマさんに腕を引かれて、そのままリビングに連れていかれた。屋敷は真っ暗であり、誰も帰ってきてはいないようだ。

 

「うっし、ゆんゆん! 晩飯は俺が作る。もちろん、手伝えよ?」

 

「了解です!」

 

 荷物を置き、私達は夕食の準備を始めました。献立はポークソテーにサラダと、非常に簡単なものです。てきぱきと作業をこなすカズマさんを見ながら、私は気を引き締める。お料理は私も得意です。料理スキル持ちとはいえ、負けるわけには行きません!

 そして料理を終え、私はテーブルに並べて行きます。カズマさんはそれを満足そうに見つめた後、椅子に座りました。

 

「ゆんゆん、食うぞ!」

 

「え? アクアさんとダクネスさんは……」

 

「ほっとけほっとけ! さぁ食うぞ~」

 

「ふふっ、カズマさんがそう言うなら、そうしましょうか」

 

 そして、私達は食事を開始しました。二人で作った料理を一緒に食べるというのは、なんだか新鮮で、ついつい頬が緩んでしまいます。それに、カズマさんは一目で分かる程、上機嫌です。私と過ごす時間を楽しんでくれているのでしょうか。

 その後、食事を終えた私達は、一緒に洗い物を片付け、食後は暖炉のソファーで隣り合って座り、明日の予定や、他愛もない世間話をしました。こうしていると、なんだか夫婦みたいです。

そして、しばらく時間がたった頃、屋敷に聞き覚えのある声が響きました。

 

『ただまー』

 

「ゆんゆん、アクアのご帰還だ。行くぞ」

 

「あ、はい!」

 

 私はカズマさんの背中を追って、玄関へ行きました。そこには、酔いつぶれたアクアさんが転がっていました。

 

「んへへ、カズマ……ってなんでゆんゆんがいるの!? カズマ、まさか女を連れ込んだの!?」

 

「ち、違いますアクアさん! ちょっとの間お世話になろうかと……」

 

「うっさいわねこの泥棒猫! カズマさんはね、ちょっと気がある素振りをするだけで落ちるちょろいんなの! そんなカズマさんに取り入ってあんたは何を……!」

 

「黙れ、駄女神!」

 

「いたいっ! ちょ、ちょっとカズマ! 説明しなさいよ!」

 

「わかった! わかったから、胸倉掴んでゆするな!」

 

 

 

 

 そして、私達はリビングへ向かいました。ダイニングテーブルにはカズマさんと仏頂面のアクアさんが座っています。そんな二人に、私はお茶を用意していました。

 

「あの、どうぞ」

 

「ありがとう、ゆんゆん」

 

「ふんっ!」

 

二人は私がいれた紅茶を素直に受け取り、口にした。

 

「お、ゆんゆんはお茶を入れるのもうまいんだな」

 

「ありがとうございます!」

 

 カズマさんに褒められました! いつか部屋に来るであろう友達のために、私は以前、必死にお茶入れの練習をしていました。それが、功を奏したのでしょう。

 しかし、アクアさんは、仏頂面で紅茶を見つめています。美味しくなかったのでしょうか。

 

「お湯なんですけど」

 

「ええ!? そんなはずは……って本当にお湯になってます! なんで!?」

 

「カズマ、みてみてー! この子ったら私にとっても、陰湿な嫌がらせをしてきたんですけど! ほら、帰りない! 性根の悪い泥棒猫は、さっさとお家に帰りなさい!」

 

「ち、違います! 私、陰湿なんかじゃありません!」

 

「うっさいわね! ハウス! 悪い泥棒猫はハウ……いたいっ!」

 

「お前の持ちネタはいいから、俺の話を聞け駄女神!」

 

 それから、騒ぐアクアさんを宥め、カズマさんが説明を始めました。曰く、人手が足りない今、屋敷を維持するのは大変である、そこで、安全な宿を求めていた私を屋敷に住まわせ、代わりに家事手伝ってもらう事にしたと。カズマさん、よくそんな嘘が速攻で思いつきましたね……

 

「なんだか、納得行かないんですけど……」

 

「そう言うな、クリスだってこんな事あったよな。それに、ゆんゆんはお前にとっても友達だろ?」

 

「むぐぐ……ったく、しょうがないわねぇ」

 

「いいんですか、アクアさん!?」

 

「ちょっとだけよ! 働かなかったら、すぐ追い出すからね!」

 

「分かってます!」

 

「アクア、それはお前を追い出していいって事か?」

 

「カズマさん。バカ言ってると、ぶっ飛ばしますよ」

 

 

 

 こうして、私はアクアさんに、屋敷滞在の許可を得ました。少し覚悟していましたが、大した軋轢もなく同意してもらえたのは、僥倖です。

 

「全く、私はめぐみんがいない間に、こました女を屋敷に連れ込んで、好き放題しようとしてるんじゃないかと、最初は思ったのよ?」

 

「ソンナワケナイデショ、アクアサン」

 

「カズマさん! なんでカタコトになってるんですか!」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 私は、現在、屋敷の一室のベッドで横になっていました。あの突発会議の後、私はアクアさんと一緒にお風呂に入りました。そしてカズマさんに、俺はやる事があるから、さっさと寝ろと言われて、素直に床に就く事にしました。

 そして、堪え切れないほどの幸福感に体をよじらせました。そう、私はこれから、カズマさんと一日中一緒にいられるのです。正に、夢にまで見た、憧れのシチュエーションです。

 もしかしたら、カズマさんの事ですから、夜這いをしてくるかもしれません。ダメです、隣にアクアさんがいるんですよ。……なんだか興奮してきました。

 

結局、その日はカズマさんが私の前に姿を現す事はありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、朝ですよ」

 

「んぉ……」

 

 翌朝、私は寝ているカズマさんを揺り起こしました。時刻は朝8時、気持ちの良い日差しと、小鳥のさえずる音が外から聞こえます。

 

「ああ、ゆんゆんか、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

 私は、カズマさんが起きたのを確認すると、アクアさんを起こすために、次の部屋へ行こうとしました。その時、カズマさんに呼び止められました。

 

「待て、ゆんゆん」

 

「なんですか」

 

「これを着けろ」

 

 そう言って、カズマさんは、白い布切れ、エプロンドレスを渡してきました。私は特に疑問も持たずに、それを着用します。

 

「おお! やっぱ紅魔族ローブってこれを着けるだけで、メイド服に早変わりだな!」

 

「そういう事ですか……」

 

 確かにその通りかもしれません。まぁ、そこまで変な恰好でもないし、カズマさんも喜んでいるようなので良しとしましょう。

 

「じゃあ、私は今からアクアさんを……」

 

「それは俺がやるから、朝食作ってくれ」

 

「わ、わかりました」

 

 私はカズマさんの声に従い、台所へ向かい朝食を作り始めました。朝なので、簡単なもので良いでしょう。ベーコンに卵……

 

「ひゃああああああ!?」

 

「どうしたゆんゆん」

 

「どうしたじゃないです! アクアさんは? というより、なんで私のお尻を撫でてるんですか!」

 

「気にするな!」

 

「気にしますよ!」

 

 私の反論に構わず、カズマさんはお尻を撫で続けます。なんだか、私も諦めがついて来ました。セクハラが本当に好きなんですね……

 

「もう好きにしてください……」

 

「なら遠慮なく」

 

「そこは、遠慮しましょうよ……ってなんでパンツ脱がすんですか!?」

 

「いいから、いいから」

 

「よくありません!」

 

 私の抵抗むなしく、カズマさんは私からパンツを剥ぎ取りました。彼は、私から奪った下着をポケットに入れると、こちらをジロジロ舐めまわすように見て来ました。

 

「パンツ返してください! というか、そんなに見つめないでください……」

 

「いーや見る。にしても、ゆんゆんのアソコは、いつ見てもツルツルで可愛いなぁ」

 

「き、気にしてるんですから、そんな事言わないでください!」

 

「ほーん、ゆんゆんも、まだまだ子供だなぁー」

 

「子供じゃないです! もう結婚だって出来ます!」

 

「そういうとこが、子供っぽいんだよ」

 

「むぐぐ……!」

 

 私が頬を膨らましていると、今度は私に無理矢理、別の下着を履かせてきました。ノーパン状態じゃなくなるのはありがたいですが、何故か、お尻の部分が少しだけスースーします。とてつもなく嫌な予感がします。

 

「ゆんゆん、今日からお前は俺専用のメイドだ! しっかりとしつけてやる!」

 

「……はあ、メイドですか」

 

「分かったら、朝食作りの続き!」

 

「わかりました、カズマさん」

 

「名前で呼ばない! ご主人様だオラァ!」

 

「か、かしこまりました、ご主人様! だからお尻たたかないで!」

 

 カズマさんが私のご主人様になってしまいました。とても最低な事をされているのに、内心少し嬉しく思っている自分が非常に情けない。

 

「ご主人様! その、そろそろ手を……ひゃん!?」

 

「どうした?」

 

「どうしたじゃないです! 朝から変な所に指を入れないでください!」

 

 先程の違和感の正体に気付きました。この下着、お尻の一部分に穴が開いているようです。

 

「ん……やぁ……!」

 

「お尻で感じるなんて、エッチな子になったなー」

 

「カズ……ご主人様のせいです! それにエッチじゃないです!」

 

 私は快楽に負けないように、気を引き締めて朝食作りを再開しました。なんだか、不潔です。そして、私が目玉焼きを作り始めた時、カズマさんがお尻から指を引き抜き、代わりに指一本より少し太い何かを入れてきました。驚いて振り返ると、私に尻尾が生えていました。意味が分かりません……

 

「ご主人様、それは……?」

 

「尻尾」

 

「そんなのわかってます! 何故そんな……!」

 

「あ、言い忘れてたけど、正確には、“俺専用犬耳メイド”になってもらうからな! はいこれ」

 

 カズマさんが、私に犬耳のついたホワイトブリムを手渡してきました。もう色々と諦めました。私はそれを手に取り、身に着けました。

 

「ご主人様、似合ってますか?」

 

「ああ、似合ってる! 超可愛い!」

 

「あ……」

 

 カズマさんに頭を撫でられました。ダ、ダメです。全て受け入れて、許してしまいます……

 その時、何かが焦げるような臭いがしました。どうやら、先ほどの目玉焼きを焦がしてしまったようです。

 

「ゆんゆん、失敗したメイドには、お仕置きだ!」

 

「ご、ご主人様!? アクアさん起きてきますよ!?」

 

「大丈夫、どうせ昼まで起きてこねぇ」

 

「ひぃ! でも、この姿を見られたら……!」

 

体を震わせる私をカズマさんが、再び優しく撫でました。

 

「ゆんゆん、今日から屋敷ではその姿で過ごしてもらう。無論アクアとダクネスの前でもだ」

 

「あ……え……?」

 

「安心しろ、アクアはアホだし、ダクネスは世間知らずのお嬢様だ。簡単に言い包める事が可能だ」

 

「……信じてますよ、ご主人様」

 

「任せろ、じゃあお仕置きだ! 胸で奉仕してもらおうか!」

 

「かしこまりました……ご主人様」

 

 カズマさんがこちらへ向けて、ズボンから性器を取り出す。私はそれを恭しく手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうですか? 気持ちいいですか?」

 

「おおう……あったけぇ……」

 

 私は、カズマさんの性器を胸にはさみこんで、上下に揺すっていました。カズマさんは満足気な表情を浮かべていますが、これって結構難しいです。

 

「ゆんゆん、動かしにくいだろ? そんな時は、自分の唾を使うんだ」

 

「かしこまりました、ご主人様、やってみます。んぁ……」

 

「おふっ! よいぞ……! よいぞ……!」

 

 カズマさんの性器と私の胸が、唾液で濡れて怪しく光りました。なんだか、私までエッチな気分になってきました。そして、滑りの良くなった胸で、カズマさんの性器を激しく揺らします。

 

「おほっ、おふっ! 気持ちいぞ、ゆんゆん!」

 

「そうですか。もっと気持ちよくなってくださいね、ご主人様」

 

「おお……! ゆんゆん、そのままチンポを舐めろ!」

 

「はい、ご主人様」

 

 私は、胸の間から顔覗かせる性器に、舌を這わせました。苦みを感じます。どうやら、先走りの汁がいっぱい出ているようです。ちゃんと、感じてくれているんですね。

 

「ん……あむ……ん……じゅる……」

 

「そうだ、もっと胸の締め付けを強くしろ!」

 

「ふぁい……ちゅ……ん……じゅる……」

 

「ああっ……! くっ……!」

 

 カズマさんが気持ちよさそうな声を上げました。性器もビクビク脈動しています。そろそろですね。私は、胸を更に強く押し付け、亀頭を……!

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「カズマ、おはよー」

 

「お、アクアか。今日は早いな」

 

「んへへー! 今日はね、朝からウィズの店行くの!」

 

「そうか、そうか」

 

 カズマさんは何故普通に受け答えできるのでしょう。私は心臓が止まるかと思いました。それに、今も息を止めるのに必死です。

 幸い台所が盾になっているため、リビングからはカズマさんの上半身しか見えていないはずです。私の存在がバレる事はないでしょう。でも、アクアさんがもしこちらに来たら、全て終わりです。

 そんな時、固まっている私の顔に、カズマさんが性器を押しつけて来ました。ダメです! バレちゃいます! そんな唇に強く押し付けられたら……!

 

「んぶぅ!?」

 

「……? カズマ、何か聞こえなかった?」

 

「空耳だろ。飯作るから、座ってろ」

 

「はーい」

 

「んぐっ! ん……んぶぅ!」

 

 カズマさんは本当に最低です。速く終わらせないと、アクアさんに気付かれてしまう!

私は吸い付く強さを強化しました。

 

「ん……! ん……!」

 

「おふっ! ア、アクア! そういえば、ゆんゆんが凄い恰好してたぞ!」

 

「はぁ? いきなり何よ。ヒゲメガネでも付けてたの?」

 

「いや、犬耳メイドの恰好してた」

 

「ええ……あの子、大人しそうなのに痴女だったの?」

 

「んふぅ!? ん……!」

 

カズマさんはこの後どう言い訳するのでしょう。一歩間違えば全てバレてしまいます!

 

「単に、ゆんゆんの趣味らしいぞ? 突っ込んでやるなよ?」

 

「ふーん、まぁゆんゆんも、アレだもんね」

 

「そうだな、アレだもんな」

 

「んぶっ! んぶっ! んぶっ!」

 

 アレってなんですか!? 凄く気になります! というより、カズマさんがいよいよ限界のようです。私の口の中で、よりいっそう膨らんで……!

 

「よーし、目玉焼き完成……う゛っ!」

 

「んんんんんぅ! ん……」

 

「カズマ、やっぱり何か聞こえない?」

 

「気のせい気のせい」

 

 私は口の中で爆発したカズマさんの精液を必死に飲み込みました。少しでも、胸や顔に飛び散ればバレてしまいます。私はカズマさんの性器を一気に吸い、カズマさんにも汚れがつかないようにしました。

 

「ぷはっ……はぁ……はぁ……!」

 

「おいゆんゆん、アクアに朝食持ってってやれ」

 

「え……はい!」

 

 私は慌てて立ち上がり、朝食に盛られた皿を手に取りました。う……尻尾のせいで歩きづらいです。

 

「あら、ゆんゆんったら、いつの間に……うわぁ」

 

「な、なんですかアクアさん!」

 

 私は今、犬耳メイド状態です。恥ずかしすぎて、まともにアクアさんの顔を見れません。

 

「まぁ、ゆんゆんも頭のおかしい紅魔族の一人だもんね。深くは聞かないでおいてあげる」

 

「納得行きませんが、そうして頂けると、助かります!」

 

 私の恰好に納得行く理由って、紅魔族だからなんですか!? 後、頭がおかしいのは、めぐみんだけです!

 

「にしても、良くできた尻尾ね……」

 

「ひゃああああ!? 触らないでください!」

 

「これ、どうやってくっついてるのかしら?」

 

「んぁ!? や、止めてぇ! 引っ張らないで!」

 

 

 その後、なんとかアクア様を尻尾から引き離し、朝食をとり、意気揚々と出かけるアクアさんを見送りました。カズマさんは、そんな私をニヤニヤと見つめるだけでした。なんだか、とっても疲れました。

 

「おい、ゆんゆん! これから俺がメイドの何たるかを教えてやる! 特訓開始だ!」

 

「もう好きにしてください。カズマさん……」

 

「違う! ご主人様だと言ってるだろ!」

 

「ひぃ! やめてくださいご主人様! お尻叩かないで!」

 

 

 

 

 

 

 

「おいゆんゆん! パンツ見えたぞ! 失格!」

 

「ご主人様……このくるっと回る事に意味があるんですか?」

 

「当たり前だ! くるっと一回転した時、ふわっとスカートを翻し、下着が見えないギリギリのラインまで、生足やパンストを見せる、そして、あざとい笑顔を振りまいて、初めてメイドを名乗れるんだ!」

 

「それ絶対、歪んだ知識で……いたいいたいっ! だからお尻叩かないでください!」

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

「笑顔が固い! やり直し!」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

「愛想笑いはすぐバレる! このままだと、メイドどころか友達すらできんぞ!」

 

「ご主人様、この玄関出たり入ったりって何の意味があるんですか!?」

 

「大ありだ! 俺の国じゃこれやんなきゃメイドじゃない! さん、はい!」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 

「おおう!? 完璧! 完璧だ! 褒美に揉んでやろう!」

 

「あぁ! やぁ!? カズマさん、そんなに乱暴に揉まないで……!」

 

「“ご主人様”だって言ってるだろ!」

 

「ひぃ! ごめんな……んぅ! んんんっ!」

 

 

 こうして、私の犬耳メイド生活が始まりました。カズマさんは、冒険に出ず、ひたすら特訓と称して四六時中セクハラを行ってきます。そして、3時間に1回は“奉仕”させられました。でも、やめられないんです。良くできた時は、カズマさんが褒めてくれて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ん……んぅ……」

 

「んぉ……朝か」

 

 俺は非常に気持ちよく目が覚めた。朝日がまぶしい。そして、その気持ちよさは、今も下半身で続いている。

 

「んぁ……れろっ……じゅるっ……」

 

「偉いぞゆんゆん、一週間で朝勃ちフェラが完全に身についたな」

 

「ん……ぷはっ! ご主人様、もっと褒めてください」

 

「あーえらい、えらい」

 

「んへへっ……んぅ……ん……」

 

 ゆんゆんは相当ヤバイ子だ。どんなセクハラでも、後で少し謝ったり、褒めたりすれば簡単に許してくれる。もはや、ちょろいという次元を超えている。これは、俺が相手だから、このような反応なのだろうか。ちょっと不安になってくる。

 

「おおーもっと深くだ」

 

 

「ん……ん……んぶぅ!」

 

「おほっ!」

 

 まぁ、他の男をの事が考えられないほど堕とそう。俺はそんなことをぼんやり、考えながら、ゆんゆんの頭を押さえつける。そして、喉の奥深くで射精した。

 

 

 

 

 今日も一日が始まる。朝食を作るゆんゆんにセクハラしてから、アクアを起こす。そして、アクアに隠れながら、“奉仕”をさせる。そんな充実した毎日だ。

 

 

「ご主人様、冒険に出ないんですか?」

 

「んー、後、一週間は休むかな」

 

 「毎日それ言ってますよね……」

 

 「今回はガチだよ。さて、俺は買い物行ってくるから、屋敷で待ってろよ」

 

 「ご主人様、私を置いていくんですか?」

 

ゆんゆんが泣きそうな目で、抱き着いてくる。ちょっと、依存度高めすぎたかな……

 

 「安心しろ。お前への褒美を買ってきてやる」

 

 「……本当ですか? 私の見ていない所で女遊びとかしませんか?」

 

 「本当だって! つーか目が怖いぞゆんゆん!」

 

俺は逃げるように屋敷をを出ようとする。しかし、ゆんゆんが、抱き着いて離れない。

 

 「ご主人様……いえ、カズマさん、どこに行くんですか?」

 

俺は離れようとしない、ゆんゆんに観念して答えた。

 

 

 

 

 

 

「ペ、ペットショップ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーむ、執筆速度が尋常じゃないな
これを仕事に生かせないものか……


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爛れた2ヶ月間:欲望の屋敷編(後編)

※少し、アブノーマル。人間の屑と化したカズマ


 俺がペットショップでブツを買って帰った時、屋敷からは剣呑な雰囲気が漂っていた。俺はこっそりとリビングへ向かうと、怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「おいゆんゆん、これはどういう状況だ?」

 

「その、屋敷の家事手伝いをする代わりに、この屋敷でお世話になろうかと……」

 

「そうか、納得行く理由だな。で、なんでそんな恰好してるんだ?」

 

「ダクネスさん、これは家事手伝いの伝統的衣装で……」

 

「伝統的? その犬耳がか!? バカにしてんのか!」

 

「わあああああああ! 怒らないで、怒らないでください!」

 

「それにこの尻尾はなんだ!? 私の予想だと、このタイプはお尻に直接……!」

 

「ひゃあん!? や、止めて! 止めて! 引っ張らないでぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ!」

 

 俺は、ある意味修羅場とも言える場に飛び出した。案の定、キレ顔のダクネスが掴みかかってきた。ああ、面倒臭い状況になった。どう切り抜ければ……!

 

「おい、カズマ! これはどういう状況だ!?」

 

「はぁ? 知らねーよ! ゆんゆんは痴女な犬っ娘だから、あんな恰好してるんだよ!」

 

「そんな理由で納得できるわけないだろ!」

 

「あーもう、服引っ張るな、筋肉バカ」

 

「筋肉!? この私が筋肉バカだって!?」

 

 オレは最終兵器とも言える言葉を口にした。下手な誤魔化しは効かない。もし、これで納得してもらえなければ、真実を話す事になるかもしれない。

 

「ダクネス、ゆんゆんは紅魔族なんだぞ」

 

「あ、そっかぁ……」

 

「ダクネスさん! なんでそこで納得するんですか!」

 

 

 

 

 

 

 そして、俺とダクネスはテーブルで向かい合って座っている。ゆんゆんはお茶の準備だ。ダクネスは俺とゆんゆんに、チラチラと目線を送っている。

 

「カズマ、あれは本当にゆんゆんの趣味なのか?」

 

「本人もそういってたろ?」

 

「それはそうだが……」

 

 俺は、何やらブツブツ呟きだしたダクネスを見ながら、思案にふける。まだ、疑っているらしい、どうダクネスを納得させるか……

 

「そういえばダクネス、今日は随分早い帰りだな?」

 

「ん? ああ、ちょっと王家絡みの案件が一息ついてな。しばらくは屋敷に滞在できそうだ」

 

「えー」

 

「なんで嫌そうな顔をするんだ! 久しぶりなんだから、嬉しそうな顔をして欲しいんだが!」

 

「そうか、そうか。寂しかったんだな、ララティーナ」

 

「だから、ララティーナと呼ぶな!」

 

 じゃれ合っている俺達に、紅茶を乗せたおぼんを持ってゆんゆんが、近づいてきた。こいつも随分とメイドが様になってきた。

 

「ご主人様、ダクネスさん、紅茶です」

 

「ありがとう。ゆんゆん」

 

「ごしゅ……ご主人様!? カズマ、説明してもらおうか!」

 

ダクネスが前のめりになって、こちらに掴みかかってくる。ああ、面倒臭い……

 

「別に、俺がメイドの何たるかを“教育”しただけだ。そうだろう、ゆんゆん?」

 

「はい、ご主人様の言う通りです」

 

「な……なっ……!」

 

 ダクネスが肩を震わせながら俯く。お嬢様には少し刺激的すぎたのか。まぁ、ここらで納得してもらおう。

 

「ダクネス、人の趣味に文句言う資格があるのか? お前だって、今まで数々の変態プレイを……」

 

「バカを言うな! 私は変態じゃない! ただ、ゆんゆんが羨ま……ゲフンゲフン、不憫に思ってだなぁ!」

 

「今、羨ましいって言ったろ」

 

「言ってない!」

 

 なるほど、だいたい理解した。コイツはゆんゆんが羨ましいだけなんだな。そうと分かれば対処法は簡単だ。コイツも堕とすか……

 

「ゆんゆんはここで待機! ダクネスは俺と一緒に部屋に来い!」

 

「な、なんだ?」

 

 俺は困惑顔のダクネスを俺の自室へと運び、そのまま、ベッドへ放り投げる。そして、俺はクローゼットから、以前使った衣装、ダクネス用のメイド服を取り出した。

 

「おいダクネス、コイツを着ろ」

 

「それは……」

 

 ダクネスは俺が見せたメイド服をチラチラ見ている。やっぱり、ゆんゆんが羨ましかったんだな。2度目のメイド調教と行こうじゃないか。

 

「嫌なのか? せっかくダクネスも暇になったみたいだし、遊んでやろうかと思ったんだが。まぁ、ゆんゆんの“教育”に専念できるから、それはそれでいっか」

 

「ま、待てカズマ! 別に嫌だとは言ってない! しかし、貴族の娘である私にメイドをしろだなんて……」

 

「“スティール”」

 

「え?」

 

 俺はダクネスにスティールを発動した。俺の手の中には、パンツ、ではなくダスティネス家の徽章が握られていた。

 

「ダクネス、この徽章は俺が預かる。今からお前は貴族の娘じゃない。ただの“ダクネス”だ」

 

「あ……え……?」

 

「分かったなダクネス、お前は今から、俺のメイドだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかりましたぁ、かじゅまさまぁ!」

 

「名前で呼ぶな! さっさと着替えろ、この駄メイドが!」

 

「ひぃ!? お尻叩かないで! ごしゅじんさまぁ!」

 

 

 大した抵抗もなくダクネスは受け入れた。ゆんゆん以外では、コイツが一番ちょろいかもしれない。そして、ダクネスが以前と同じ、メイド服姿となった。ゆんゆんは新人メイドのような初々しさがあるが、ダクネスが着ると、大人の色気たっぷりの熟練メイドみたいだ。

 

「ど、どうだろうか?」

 

「ああ、やっぱりダクネスには可愛い衣装が似合うな。抱きしめたい」

 

「ななななっ……!?」

 

 うむ、非常によろしい反応だ。俺は、備え付けられた作業机の引き出しから、ブツ、ゆんゆん用に作った犬耳セットのプロトタイプを取り出した。

 

「ほら、これをつけろ」

 

「ええ!? 私もこれを着けるのか!?」

 

「はぁ? 主人に反論するのか駄メイド」

 

「んっ……! 着けます、ご主人様!」

 

 そういって、ダクネスは犬耳カチューシャと、尻尾(スカートにポン付けするタイプ)を取り付ける。やはり、ダクネスにも犬耳が似合うな。もし、めぐみんに着けるなら、猫耳、アクアは……狐耳が似合うな。ちょっと作っておうこう。

 

「可愛い可愛い! 撫でてやろうダクネス」

 

「ちょ、おま……! 髪のセットが崩れるだろバカ!」

 

「いだだだだだだっ!? お前、ご主人様に手を上げるのか!」

 

「それとこれとは別だ!」

 

「ああああ!? 頭割れる! すいませんすいません!」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、リビングのソファーに腰かける俺の前に、2匹の犬耳メイドが並ぶ。なんだか、とてつもなく、いい気分になってくる。

 

「おいお前ら! 俺からのプレゼントだ!」

 

 そういって、俺はペットショップから買ってきたブツ、首輪を手に取り、二人に取り付けた。ゆんゆんはともかく、ダクネスも顔を真っ赤にして素直に受け入れた。少々以外である。

 

「うんうん、似合っているぞ」

 

「ありがとうございます。ご主人様」

 

「そ、そうか……」

 

首輪を素直に受け入れた二人を見ていると、俺の中の嗜虐心が膨れ上がっていく。

 

「さっそく、“教育”してやろう。おいダクネス!」

 

「なんだ……?」

 

 

 

 

 

「とりあえず、犬の真似しろよ」

 

「え……?」

 

「ヨツンヴァインになるんだよ! あくしろよ!」

 

「カズマ! さすがにそれは……」

 

「ご主人様だって言ってるだろ! オラァ、犬の鳴き真似しろ! あくしろよ!」

 

「ひぃ!? わんっわんっ!」

 

「ヒャッハッハ!」

 

 ダクネスが犬の真っ赤になって、犬の鳴き真似をしている。可愛い、可愛いじゃないか!

 

「お手」

 

「わんっ!」

 

 四つん這いになったダクネスが俺の手のひらに、自分の手を乗せてくる。随分と物分かりのいいお嬢様である。

 

「おかわり」

 

「わんっわんっ!」

 

「チンチン」

 

「わんっわんっわんっ!」

 

 あ、ダメだコイツ。もう堕ちてる。まぁ、ダクネスだもんなぁ。自然と俺の口角が吊り上がる。

 

「なんか足んねえよな! おう、犬なら服なんて着ないよなぁ? 脱げよ、あくしろよ!」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「ああああああああああっ! すいません! 謝るから! 謝るから、アイアンクローはやめて!」

 

「ご主人様! あまり調子に乗られると、頭が大変な事になりますよ。物理的に」

 

「すんませんすんません! た、たすけて! ゆんゆんたすけて!」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「ひぃ、やめて! そんな怖い目で見ないでぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

「す、すまん! 俺がやりすぎました!」

 

「分かればよろしい」

 

「・・・・・・・・」

 

 俺は睨んでくる二人の目線から逃れる。ダクネスにやりすぎるのは注意しよう。というか、ゆんゆんの目が非常に怖い!

 

「お、おい“教育”の続きだ! 今から掃除をする。ダクネスは水を汲んできてくれないか?」

 

「ふんっ、分かった」

 

ダクネスが、不遜な態度で出て行く。口調は後でしっかり教育してやらないとな。

 

「ゆんゆん、お前は物置から掃除用具を……」

 

「カズマさん」

 

「おい、ごしゅ……」

 

 思わず息が止まってしまう。ゆんゆんが、俺に抱き着きながら、こちらをジッと見つめてきた。

 

「ダクネスさんに手を出すんですか?」

 

「そ、そんな事ないよ! ちょっとセクハラするけど、それ以上は……!」

 

「そうですか」

 

ゆんゆんが、俺の頬を撫でてくる。何故だろう、冷や汗が止まらない。

 

「信じてますよ、カズマさん」

 

「は、はい!」

 

俺は震えながら答えた。

 

 

 

 

 

 

「さて、掃除についてだが……」

 

「きゃあーーーーーー」

 

「わぶっ!」

 

「ああ、ご主人様、お拭きします!」

 

 ダクネスが持っていた水桶を、棒読みの悲鳴を上げながら、こちらにぶっかけてきた。案の定、びしょ濡れである。ゆんゆんが水に濡れた俺を甲斐甲斐しく拭いてくる。

 

「おいダクネス、お仕置きだ」

 

「んんっ……! 仕方ない、受けて立とう!」

 

 興奮した様子のダクネスを見ながら俺は思案する。このままお仕置きすれば、ダクネスは今後、更なる失敗を続けるだろう。コイツの思い通りになどさせるものか。

 

「ダクネス、お仕置きは、一種の連帯責任に近い方式を取る事にする」

 

「連帯責任?」

 

「そうだ。お前の失敗のお仕置きは、全てゆんゆんに受けてもらう」

 

「え、それは……」

 

「黙って見てろ駄メイド!」

 

 俺は、横にいるゆんゆんを立たせ、背を向けさせる。そして、スカート越しに、ゆんゆんのお尻を揉みしだいた。

 

「あん……やぁ……」

 

「ちょっとまてカズマ! お前、何堂々とゆんゆんにセクハラしているんだ!?」

 

「はあ? これお仕置きだから。お前のせいだぞ!」

 

「そ、そんな言い訳が通るわけ……!」

 

「んぁ……いいんです、ダクネスさん。罰は私が全て引き受けますから……あう!」

 

「!?」

 

 こうして、俺達の掃除が始まった。何やら、二人とも必死になって行っている。どちらも失敗しないので、俺としては非常に暇である。ゆんゆんの太ももを撫でたり、ダクネスのスカートをめくったりして暇をつぶした。

 そして、休憩がてらに、3人で川の字になって昼寝をしたりと、結構充実した一日である。

 

 

 

 

「ダクネスさん、ニンジンはもう少し小さく切ってください。火が通りやすくなりますよ」

 

「む、そうか。了解した」

 

 時刻は夕方、二人は夕食の準備を始めていた。俺はそれを、ソファーで寝転がりながら眺める。非常にいい光景である。せっかくだから、ダクネスの尻でも撫でようと、立ち上がった時、あのうざい声が聞こえた。

 

「ただまー! みてみてー、アクセルの有名店でお菓子を買って……」

 

リビングに入ってきたアクアが、ダクネスを見て固まった。

 

「カズマさんカズマさん。メイドが1人増えてるんですけど」

 

「おいアクア、メイドって分裂するんだぜ?」

 

「ふっざけんじゃないわよヒキニート!」

 

猿のように怒り出したアクアを俺は呆れた目で見つめる。コイツも、キレっぽい奴だ。

 

「はぁ、アクアこっちこい」

 

そういって、俺はソファーの隣をポンポンと叩く。アクアは素直に俺の隣へ腰かけた。

 

「いいから早く説明してちょうだい!」

 

「分かってるって」

 

 俺はアクアにそう答えてから、手を叩いてパンパンと鳴らす。すると、二人が作業止めて、俺達の前に並んだ。

 

「「お呼びですか? ご主人様」」

 

「うわあ……」

 

 アクアがドン引きしている。まぁ仕方ない事だと思う。俺自身、コイツらが犬耳メイドにこんなにも順応するとは思っていなかった。

 

「アクア、これは一種の遊びだ」

 

「遊び?」

 

「そうだ。ダクネスは最近忙しかっただろ? 今日からやっと屋敷に滞在できるそうだが、今までの寂しさの埋め合わせをして欲しいそうだ。付き合ってやろうぜ、この遊びに……」

 

俺の言葉に思案顔をしていたアクアだが、しばらくたつと、一転して笑顔になった。

 

「しょうがないわねぇ! 付き合ってあげるわよ!」

 

「そうか、そうか」

 

「でもね、この二人がメイドで、カズマはそのご主人様なのよね?」

 

「そうだが?」

 

 何が言いたいのだろう、この駄女神は。アクアはニマニマとした笑顔を浮かべながら、メイド二人に向き直った。

 

「ダクネス、ゆんゆん! 私も遊びに付き合ってあげるわよ。でも、あんたたちはメイド! 私はね……!」

 

アクアが俺に抱き着いてきた。うむ、いつもながら、素晴らしい弾力である。

 

「私はカズマの奥さんよ! 今日から私の事は“奥様”と呼びなさい!」

 

「「!?」」

 

 ゆんゆんとダクネスが、表情を強張らせている。なるほど、夫婦プレイかなんだか楽しそうだ。アクアの好きにさせるとしよう。

 

「ほら、ダクネス! 言って! 奥様って私の事言って!」

 

「……か、かしこまりました奥様」

 

「んへへへ! ほら、ゆんゆんも!」

 

「かしこまりました、アクアさん」

 

「ちょっと、ちゃんと奥様って言いなさいよ駄メイド!」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「ひぃ!? あんたは特別に許してあげるわ! だ、だからその目で睨まないで!」

 

 こうして、アクアがいる時は夫婦プレイをする事になった。セクハラ抜きで、これは非常におもしろいものとなった。

 夕食を終えた俺達は、優雅に食後の紅茶を楽しむ。俺とアクアはソファーに座りながら、膝の上に乗せたゼル帝と、ちょむすけを撫でる。エセ貴族ごっこもなかなか良い。

 

「カズマさん、食後の紅茶って美味しいわよね……ってお湯だわこれ」

 

「また、お前の持ちネタかよ……って本当にお湯だこれ」

 

「わぁ! すいません奥様! 今すぐ、いれなおします!」

 

 ダクネスが泣きながら、キッチンへ飛び込んでいった。お仕置きは次の機会だな。俺はカップを手に置き、ちょむすけの顎を撫でていると、こちらをジッと見つめているゆんゆんが目についた。仕方ない、構ってやるか。

 

「おいゆんゆん、肩を揉んでくれ」

 

「かしこまりました。ご主人様」

 

「おふっ! よいぞ……」

 

 ゆんゆんの肩もみは非常に気持ちがいい。何より、背中に柔らかい弾力が時々触れるのが良い。

 

「奥様、紅茶です!」

 

「そ、ありがと。後、あんたも肩を揉みなさい」

 

「かしこまりました奥様」

 

 そして、アクアもダクネスの肩もみを受ける。なんだか、非常にほっこりした気分になってきた。こういう生活も悪くないかもしれない。

 

「アクア、今日は久しぶりに二人で寝るか?」

 

「ふふっ、カズマさんったらいきなり、何を言うのかしら」

 

「いいじゃねぇか、久しぶりに」

 

 俺は思わずアクアの顔に手を伸ばす。こいつは見た目だけなら100点なんだよな。しかし、俺の伸ばした手をアクアはペシっとはたいた。

 

「勘違いしないでくださる? 私、カズマさんの財産しか興味ありませんの」

 

 

 

 

 

 

 

 

「離婚だコラアアアアアアアアア!」

 

「はあああああ!? だったら財産半分よこしなさいよ! それと、私のお腹の中には、あなたの子がいるのよ! 慰謝料と養育費を払いなさいよ!」

 

「うっせぇ! 俺が堕胎させてやる!」

 

「や、やめてぇ! 産まれてくるこの子には罪はないの!」

 

「奥様! 暴れないで、紅茶がこぼれます!」

 

「うるっさいわね駄メイド! アンタはこの放蕩亭主を縛りなさい!」

 

「上等だコラ! 逆にお前らをふん縛って……!」

 

 

 

 

 

「ご主人様、まずは、この女の腹を捌いて、本当に子供がいるのか確認しましょう」

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

 

 それからは、アクアとの夫婦生活と、二人のメイドを教育する日々が続いた。午前と夕方以降はアクアの相手、正午から、夕方まではメイドの相手と、忙しい。特に、アクアとダクネスに隠れながら、ゆんゆんに“奉仕”をさせるのは、非常に骨が折れた。しかし、スリルと背徳感が凄まじく、いつもの2倍は精液が飛び出るのを感じた。無論、処理が大変なので、全部ゆんゆんに飲ませた。

 そして、とある日の深夜、俺はアクアに酒を飲まして、寝かしつけた後、メイド二人を連れて玄関前に来ていた。

 

「おいゆんゆん、ダクネス、じっとしてろよ」

 

「はい……」

 

「な、それは!」

 

俺は俯くゆんゆん、驚愕した表情でこちらを見るダクネスの首輪にリードを付ける。

 

「おう、散歩行くぞ。散歩」

 

「カズマさん……街をですか? 私、カズマさん以外に見られたくないです」

 

「そ、そうだ! シャレにならんぞこれは!」

 

 俺は不安そうなゆんゆんの頭を撫でる。そうか、俺以外に見られたくないか。嬉しい事を言ってくれる。

 

「安心しろゆんゆん。庭をちょっと散歩するだけだ。誰にも見られる事はない」

 

「……信じますよカズマさん」

 

「おう、任せろ。後、ご主人様な」

 

 そうして、続けてゆんゆんを撫でていると、ダクネスがチラチラと視線を送ってきた。非常に分かりやすい奴だ。

 

「どうしたダクネス、お前も撫でて欲しいのか?」

 

「そ、そんな事はないぞ! ただ、お前がやりたいなら、やってもいいぞ……」

 

「やりたくない」

 

「!?」

 

「ご主人様、お散歩行きましょう?」

 

「そうだな、ゆんゆん」

 

「ま、待て! 私を置いてくな!」

 

 そして、俺達は深夜の庭を散歩する。満月の光に照らされて、外は意外と明るかった。本来は二人とも、ヨツンヴァインにさせるべきなのだが、服が汚れるのも面倒なので、歩かせる事にする。そして、何よりも、少女二人をリードで引っ張るという行為は非常に支配欲が満たされ、なんともいえない多幸感に包まれる。

 

「夜風が気持ちいいなー」

 

「そうですね、ご主人様。お月さまも綺麗です」

 

「お前らは、この状況に動揺したりしないのか!?」

 

 なんだか、ダクネスがうるさいが、放っておこう。少し肌寒いが、静寂の中で吹く風は、俺達の肌を優しく撫で、気持ちを落ち着かせる。

 

「お前ら、あそこの木にマーキングしてもいいぞ?」

 

「誰がするか!」

 

「……分かりました」

 

「ゆんゆんやめろ! 冗談、冗談だ!」

 

 こんな風にしながら、俺達は屋敷の庭を練り歩く。散歩の気持ちよさと、連れているのが、犬耳メイド2匹という非日常感に俺は酔いしれた。

 そして、庭の中でも、芝生が生い茂ってる場所についた時、俺はそこに腰を下した。そして、二人のリードを外す。

 

「よし、お前ら。今からちょっとした遊びをするぞ」

 

「はい、でも近所迷惑になるような事は、ダメですよ?」

 

「あ、遊び……! はぁ……! はぁ……!」

 

 二人の合意も取れた所で、俺は懐からボールを取り出し、それを思いっきり遠くへ投げた。

 

「カズマさん、さすがにこれは……」

 

「バカにしてるのか?」

 

 さすがのゆんゆんも、困惑顔だ。まぁ、素直に二人がやるとは思っていない。ここは褒美で釣ろう。

 

「お前ら、あのボールをヨツンヴァインになって取ってこい。もちろん、ボールを取るのは口だけしか使ってはいけない」

 

 ゆんゆんが、何やら、期待を込めた視線でこっちを見つめてきた。俺の意図が分かったのだろうか。

 

「取ってきた者には……俺が誠意を込めて撫でてやろう」

 

「そんなもの、誰もいらないだろ」

 

「わんっ!」

 

「!?」

 

 ダクネスが否定の言葉発した直後、ゆんゆんが駆けだした。四つん這いで。ダクネスはそれを茫然とした表情で見つめる。

 そして、ゆんゆんが俺の元に戻ってきた。無論、口にボールを咥えて。そして、俺が差し出した手のひらに、ゆんゆんはボールを乗せた。

 

「カズマさんカズマさん! 褒めて褒めて!」

 

「お~よしよしよし! 後、ご主人様な」

 

 俺は右手でゆんゆんの頭を撫でながら、左手をお尻を撫でる。そして、時折、尻尾を動かした。

 

「あん……んぅ……わぅ……」

 

 ゆんゆんは、これを目を細めて受け入れる。ゆんゆんは俺に褒められる事が、何よりも好きなようだ。それくらいはもう、理解できている。

 

「お前、普通にセクハラしてるじゃないか!」

 

「ダクネスの心が汚れてるから、そう見えるだけだ。よし、顎を撫でてやろう」

 

「んぁ……もっと撫でて」

 

 そのまま数分撫でた後、俺は再びボールを手に取った。ダクネスがこちらをジッと見てくる。本当に分かりやすい奴だ。俺は再びボールを投げた。

 

「取ってこい!」

 

「わんっ!」

 

「っ……!」

 

 今度はダクネスも四つん這いで駈け出した。二人の速度は拮抗して……今回はダクネスが取ったようだ。血走った目をしながら、ボールを咥えて帰ってきた。俺が手を出すと、素直にボールを差し出してくる。

 

「ふーっ! ふーっ!」

 

「ダクネス、望み通り撫でてやろう」

 

俺は、鼻息の荒いダクネスの頭を撫でる、いつものような抵抗はない。俺はダクネスの頭を乱暴に、ワシャワシャと撫でた。

 

「髪が崩れるから、嫌じゃなかったのか?」

 

「ん……どうせこの後は寝るだけだ」

 

 素直に手を受け入れるダクネスを見て、俺はダクネスのお尻に手を這わせる。すべすべの触り心地は、こちらにも気持ちのいい感触を伝えてくる。そして、俺の情欲が鎌首をもたげるのを感じた。

 

「ずいぶん素直だなぁ、ダクネス」

 

「ふんっ、好きにしろ! ……んぁ……んぅ……!」

 

 そんな時、俺の首筋に、何やら熱い物が一瞬触れた。そして、その部分が夜風に当たってよく冷える。振り向くと、ゆんゆんがこちらをジッみていた。まったく、ご主人様は辛いぜ!

 

「おら、取ってこい!」

 

「「わんっ!」」

 

 二人が駆けだした。そして、俺は二人が揺らす尻と、時々見える下着を眺める。本当に、最高です。

 そんな時、二人よりも速い何かが、ボールをかっさらう。そして、てけてけと尋常じゃない速さで俺の前に駆け寄ってきた。俺は何か……いや、見た事もない少女からボールを受け取った。

 

『私も撫でて?』

 

「……よーしよしよしよしよし」

 

俺は困惑しながらも、少女の頭を撫でる。断ったらどうなるかは考えたくなかった。撫でる事はできた。しかし、ヒンヤリとした感触と、ふわふわとした触り心地で、なんともいえない怖気が全身に走った。

 

『ありがとう。お兄さん』

 

そして、少女は溶けるようにして消えた。残されたのは、茫然とする俺と、涙目のゆんゆんとダクネスだった。

 

 

 

 

 

 

「今日は一緒に寝ないか……?」

 

「そうしましょう、そうしましょう!」

 

「私も異論ないぞ!」

 

 そして、俺達は速攻で俺の自室のベッドに飛び込み、3人で抱き合って震えながら就寝した。恐怖の前をすると、性欲も吹っ飛ぶのだと、知らなくていい知識を得た。

 

 

 

 

 

 それから、さらに日数が経過する。ゆんゆん、ダクネスが失敗しないので、お仕置きが出来ないのが非常に残念だ。しかし、人間はミスを絶対にしないなんて事はない。とうとうダクネスがやらかした。掃除中に、俺が作っていた、『機動要塞デストロイヤーフィギュア』の足を折ったのだ。

 

「見ろよ、この無残な姿をよぉ?」

 

「ま、待て! これは不可抗力で……!」

 

ダクネスが俺の足に縋り付いてくるが、許さない。これはお仕置き決定だ。

 

「サキュバス流緊縛術奥義! 後ろ手バインド!」

 

「ひゃああああああああ!?」

 

 ダクネスが俺の奥義を受けて、床に転がる。ダクネスは両手を背中側で縛られ、なおかつ胸を縄で強調されるように縛られている。

 

「カズマ……? これから何を!?」

 

 何やら、期待を込めた目で見つめてくる。俺はそんなダクネスの声を無視して両足を強引に開かせる。そしてM字開脚縛りを施した。

 

「ほう、今日のパンツは薄紫か。大人っぽくていいぞ」

 

「あ……あ……」

 

 俺は放心状態のダクネスの太ももを優しく撫でた後、ダクネスにアイマスクを取り付けた。

 

「カズマ、見えない、何も見えない……」

 

「落ち着け、あと、ご主人様な」

 

俺はそう言ってから、手をパンパンと叩く。すると、扉が開き、ゆんゆんが現れた。

 

「ご主人様……なるほど、お仕置きですね」

 

「そういう事だ」

 

俺はダクネスを持ち上げ、ベッドに放り投げる。

 

「きゃっ!? カズマ、お仕置きとは一体なんだ……!」

 

「お前じゃなくて、ゆんゆんにするから」

 

「ま、まさか放置プレイだと!?」

 

 まあ、実質的にはそうだ。俺はゆんゆんをベットの傍に立たせて、お尻を俺の方へ向けさせる。そして、俺は、ゆんゆんの内股をねっとりと舐め上げた。

 

「ご、ごしゅじんさま……?」

 

部屋の中にピチャピチャとした水音がなり響く。

 

「カズマ! おまえ、ゆんゆんに何をしている! 縄をほどけ!」

 

「ただの、“お仕置き”だ。ダクネスはジッとしてろ」

 

ダクネスが暴れるが、後ろ手縛りと、M字開脚縛りのコンボは簡単にとけるものではない。俺は一気にズボンを引き下ろし、ガチガチに勃起した性器を取り出す。そして、ゆんゆんの内股の間に押し付けた。いわゆる、立ちバックの体勢である。

 

「ゆんゆん、足を閉じろ」

 

「あぅ……」

 

 ゆんゆんが、太ももをギュッと締め付ける。俺の性器の両側には、柔らかく、すべすべとした太ももの感触、上部には、下着越しに、ぷにぷにとした陰唇の感触が伝わってくる。特に、上部からは、かなりの熱量を感じる。火傷してしまいそうだ。そして、俺はゆんゆんの、しなやかな腰を掴む。

 

「ゆんゆん、思いっきりやるからな?」

 

「はい、乱暴にしてください……」

 

「おい待て! 本当に待て! お前らはっ……ふむぐぅ!?」

 

 俺はダクネスの口に俺が脱いだトランクスを突っ込んで黙らせる。そして、少し腰を振って、ゆんゆんの太ももの滑りを確かめる。さっき舐め上げた時の唾液と、先走りの汁で問題なく動かせそうだ。後は、ゆんゆんが感じてくれる事に期待しよう。

 そして、俺は一度、強く腰を押し付けるように性器を突き出す。俺の腰と、ゆんゆんのお尻が接触し、パンッと良い音がなった。

 

「あう……!」

 

「よし」

 

 最終確認完了。そして、俺は獣のように乱暴に、ゆんゆんの腰を破壊する勢いで抽挿を開始した。

 

「ひゃあん!? やあぁ……! あぅっ! くぅうんっ……はひっ!」

 

「う……く……!」

 

 部屋中に肉を強く打ちつける、パンパンとした音が響く。一切の遠慮をせずに打ち付けるのは非常に気持ちがいい。摩擦による熱と、太ももと、陰唇のふにふに感が、俺のガチガチに勃起した性器をいい感じに刺激する。そして、次第に肉を打ち付ける音だけでなく、くちゅくちゅとした、水音が混じり始めた。

 

「んんっ! あうぅ!? ごしゅじんさまぁ! こすれてます……こすれてますぅ!」

 

「そうか……くっ!」

 

 最初より、抽挿がスムーズになっている。そして、性器上部に感じる熱量が更に上がり、加えて、ぬるぬるとした粘液がゆんゆんの下着から染み出しているのを感じる。そう、ゆんゆんは擦られる刺激に感じて、愛液を垂らしていた。

 

「ゆんゆん、もっと俺を感じろ」

 

「あっあっんんっ! んぁ……あぅ……! あついです! こすれてあついです!」

 

 それならばと、俺を腰の速度を更に上げる。そして、少し腰を浮かし、ゆんゆんの秘所を擦り上げるようにする。俺の性器を陰唇が優しく包み込み、膣口に当たる部分から、ドロドロとした熱と、粘液が垂れてくるのを感じた。

 

「あう……んぁ……んひぃ!? ん……あっ……あああっ!」

 

 ゆんゆんの足がプルプルと震えて来た。チャンスだ。ここで一気に勝負を決めよう。俺はガンガンと腰を振りながら、ゆんゆんの首筋に、噛みつくように吸い付いた。

 

「あはぁ!? ん……あぅ……やっ……やああああああああああああ!」

 

 イッた。俺はそう確信した。ビクビク体を痙攣させ、ゆんゆんは、俺から逃げるように腰を浮かせる。だが、そんな事は許さない。俺はゆんゆんの腰を思いっきり、引っ張る。そして、ゆんゆんの秘所に、俺の性器をめり込ませるように、押し当てた。

 その瞬間、ゆんゆんの下着から、じゅわりじゅわりと、愛液が滲み出た。まるで、水を含んだスポンジのようだ。俺の性器だけでなく、ゆんゆんの太ももにも、愛液が垂れていく。

 

「気持ちよかったか?」

 

「はいぃ……さいこうです……ごしゅじんさまぁ……んぁ!?」

 

「じゃぁ、俺もイかせてくれ、」

 

「どうぞ……きもちよくなってください……!」

 

 ゆんゆんが、太ももで俺の性器を痛いくらいに締め付ける。俺は最初に比べて、半端なく濡れて、滑りのよくなった太ももを、俺の性器で蹂躙した。

 

「おお……! おほっ……! もう出す、出すからな!」

 

「きて……きてください……! んああっ!?」

 

 ああ、クソ! もう本当に限界だ! 俺は腰を振りながら、ゆんゆんの尻尾を一気に引き抜く。そして、ゆんゆんの菊穴が見える位置まで下着をずらした。

 

「ご、ごしゅじんさまぁ!? いったい、なにを……!」

 

「あっ! くっ……! 出る……!」

 

「え……あ……ひゃああああああああああああ!?」

 

 俺は、ゆんゆんの太ももから、性器を引き抜き、菊穴に押し当てる。亀頭が、半分ほどめりこんだ。

 

「おほっ! あっ……ああー」

 

「ああああああああっ!? あつい! あついのが私の中に……! あうぅぅ!」

 

 俺はドクドクと、ゆんゆんの体内に精液を流し込む。ゆんゆんのアナルに、亀頭をめりこませながら、チンポが蠢くように脈動を繰り返す。大量だ、今までにないくらいの大量射精だ。俺は満足いくまで、たっぷりと注ぎ込む。そして、引き抜いた。ちゅぽんっと下品な音がなる。

 しかし、俺はゆんゆんのソコに、間髪いれずに尻尾を差し込んだ!

 

「ひぎぃ!? あ……あぁ……私の中にカズマさんが……いっぱい……!」

 

そんな事を呟きながら、ゆんゆんは、よだれを垂らしながら気絶した。俺は、ゆんゆんを優しくベッドに横たえると、軽いキスをする。

 

「ふいー! スッキリ!」

 

俺は気持ちの良い笑顔で、額に滴る汗を拭いとった。

 

 

 

 

「ふむううううう! むぐっ! むぐううううううう!?」

 

「そういえば、コイツがいたな……」

 

俺はもがくダクネスの口から、トランクスを抜き取った。

 

「カズマ! お、お前、ゆんゆんに何をしていた!?」

 

「お尻ペンペン」

 

「違う! おかしいおかしい! だってイクとか、アツイとか聞こえて……んはぁっ!?」

 

俺はベチンとダクネスのケツを引っ叩く。実にうるさいメイドだ。こいつにもイタズラしてやろうか。

 

「ダクネス、ゆんゆんは実はMなんだよ。つまりはそういう事だ」

 

「ええ!? そうなのか……それだと色々と、納得が行くが……!」

 

 俺は悶えるダクネスをボーッと見ていたが、ある事に気が付いてしまった。ヤバい、理性が飛んでしまう。

 

「おうダクネス、これは一体どういう事だ」

 

「ひゃあん!? さ、触るな! お願いだから、見なかった事に……んぅ!?」

 

 ダクネスは今、M字開脚縛りで放置されている。すると、自然と見えてしまうのだ。ダクネスの薄紫の下着が。しかし、最初見た時とは様子が違っている。ダクネスの薄紫の下着の色が濃くなっていた。そう、ダクネスは自身の愛液で、下着をびしょ濡れにさせていた。

 

「おい、ダクネス……この量は、一回は絶頂してるだろ」

 

「な、なななんの話だ! 私の下着は、たまたま、通りがかりのネロイドに唾を吐きかけられてだな……!」

 

 言い訳を続けるダクネスを見ながら、俺も思案する。今、ダクネスは後ろ手縛りをしている。コイツは手を使わずに達したのであろうか。それならば、かなりの変態だが……

 俺が、ダクネスだからと納得しかけた時、ダクネスの傍にある物体、俺の枕に目がついた。手に取って見ると、枕の一部分が湿っていた。なるほど、なるほど。

 

「ダクネス、俺の枕でオナニーしたな」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 ダクネスが黙り込んだ。無言は肯定と受け止めよう。俺はダクネスの両足を持ち、俺の足の裏をダクネスの秘所に押し当てる。下着越しにあふれる愛液で、俺の足が湿っていく。

 

「ダクネス、主人の私物でオナニーするなんて、許されない。お仕置きだ」

 

「……また、ゆんゆんにするのだろう?」

 

ダクネスが不機嫌そうに答えた。嫉妬か? 可愛い、超可愛いな、このお嬢様は!

 

「ゆんゆんは気絶中だ。お仕置きはお前に受けてもらう」

 

「あ……」

 

足の裏から伝わる温度が増す。濡れ濡れじゃないか。

 

「ダクネス、電気あんまをするぞ」

 

「電気あんま? 私はそんな言葉、聞いた事はないんだが……」

 

俺はダクネスの秘所に押し当てる足の力を強くする。

 

「実践あるのみ。オラアアアアアアアアアア!」

 

「ひゃああああああああああああああ!?」

 

そして、俺は足の裏をぶるぶると振動させる。ダクネスの体もそれに合わせて震える。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!」

 

「ああっ! や、やめ……! はひっ! いひゅ……いっひゃう……! んはぁっ!」

 

「おいおいマジかよ! イッたな、マジでイッたな!」

 

「言わないで言わないで言わないでぇ……!」

 

 ダクネスはビクビクと体を痙攣させる。足の裏に愛液がどんどん絡みつく。そして、俺は痙攣するダクネスを気にする事なく、さらに電気あんまを続ける。

 

「カ、カズマやめてくれ! お願いだから……! ああ、またくる、来てしまう……あっ……あああああああああ!?」

 

「はっはっは! もっと絶頂しろララティーナ!」

 

「ひゃあああああ! またいひゅっ! んはあああああ!?」

 

 

 俺はその後もダクネスを絶頂させ続ける。そして、絶頂回数が2ケタに近づいた時、ダクネスが体を大きくのけぞらした。

 

「あ……あ……ああああああ……」

 

「おわっ!? 失禁したか……そうか……」

 

 ダクネスの下着とシーツが黄色い液体で染まっていく。そうか、失禁するほど気持ち良かったか、満足満足。そして、俺は放心状態のダクネスをうつ伏せにさせ、愛液と尿でびしょ濡れになっている下着をずらす。ダクネスの秘所からは、愛液が流れ出し、真っ赤に充血していた。今すぐにでも、突っ込んで、滅茶苦茶に犯したいが、今の俺は、半賢者モードだ。理性を働かせ、それを阻止する。犯ってしまえば、面倒な責任問題が発生しそうだ。

 そのかわり、俺は、うつ伏せのダクネスに圧し掛かる。そして、勃起した性器を、ダクネスの尻の間に挟みこませる。亀頭付近に、トロトロの膣口が押しあたるのを感じた。俺は残った理性を効かせながら、乱暴に腰を振った。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「……っ!……んぅ……はひっ……」

 

 ダクネスの痙攣が、圧し掛かる俺の体に伝わる。そうか、また絶頂しているのか。俺はその事に満足しながら、ダクネスの尻に腰を叩きつける。ダクネスのすべすべとした尻は、素晴らしい弾力を持って、俺の性器を優しく包み込む。そして、何十回に一回は、亀頭部分が少し、にゅるりとダクネスの膣に侵入する。もう、ほぼ本番と変わらないな。

 そんな事を、ぼんやりと考えながら、俺は絶頂を迎えた。膣口に亀頭を押し当て、最後まで、たっぷりと射精する。性器を外すと、ダクネスの秘所から、俺の精液が、ドロリと流れ出た。俺は残り汁をダクネスの尻に擦りつけながら、拘束を解き、アイマスクを外す。

ダクネスは虚ろな目で放心していた。俺はそんな彼女の耳に囁く。

 

「部屋を掃除しろ」

 

「………」

 

ダクネスは無言でコクコクとうなづいた。そして、もう一言囁く。

 

「お前、処女で妊娠したかもな」

 

ダクネスの体がビクリと震えた。

 

 

 

 

 それからは、従順になったゆんゆんとダクネスを引き連れ、爛れた日々を過ごす。ゆんゆんは、あれ以来、素股が気に入ったようだ。今では、俺に素股を懇願するまでになっている。やはり、ゆんゆんはエッチな子だ。下着を脱がないのは、彼女の最後の理性が働いているのかもしれない。俺はそれにかまわず、毎回ゆんゆんの尻に精液を流し込み、尻尾で蓋をする。そして、ゆんゆんがトイレに駆け込んで、出て来たところに、また精液を流し込む作業を繰り返した。

 ダクネスは、こっちをまともに見ようとしない。だが、セクハラを拒まなくなった。それからは、思い立った時に、ダクネスの尻に擦りつけ、尻と下着に精液をぶっかける。ダクネスは行為中、真っ赤になって俯くのみだ。寝ぼけたアクアを前にキッチンでダクネスの尻に大量射精した事は、今思い出しても、興奮する。

 

そして、3週間がたった頃……

 

 

「今日はお前らに褒美をやろう」

 

「嫌な予感しかしないな……」

 

「私もです」

 

俺は仏頂面の2人の足元に、犬用のお椀を置く。中身はドックフード……ではないが、適当に買ってきた肉系缶詰で、見た目はそれっぽい。

 

「へーい食え!」

 

「お前はバカだな」

 

「カズマさんって、本当に最低ですよね」

 

あれ? 思ったより反応が悪い。しかし、これからだ。俺は性器を取り出して激しく擦る。

 

「わかった。こいつは人間のクズだ」

 

「ダクネスさん! これから何が起こるんですか! 私、意味が分かりません!」

 

俺はそんな二人を見ながら、射精し、お椀に盛られた食事にぶっかけた。

 

「よし、食え!」

 

「死ね」

 

「カズマさん……」

 

 ダクネスは、こちらを睨み、ゆんゆんは哀れみの視線を向けてくる。そして、俺も賢者モードになって冷静になった。俺は何をやっているのだろう。食べ物を粗末に扱う人間は、俺は嫌いだ。そんな事を自分がやってしまった。まさに、人間の屑だ。

 

「すまない。バカな事した。俺、片付けるよ……」

 

「死ね」

 

「………」

 

俺は片付けようと、お椀に手を伸ばし……

 

 

 

 

「捨てるなら、私が食べます! はむっ……むぐっ……うみゅっ!」

 

それより先に、ゆんゆんが、お椀に四つん這いで顔を突っ込んだ。そして、必死に貪り食う。自分でやっといてなんだが、少し引いた。

 

「じゃあ、片方は俺が片付け……」

 

「むぐっ! それも私が食べます!」

 

「そっかぁ……」

 

俺はゆんゆんの傍にお椀を置こうとして……

 

「それは私のだ! よこせっ! んむ……! むはっ……! むぐっ……! はふっ……!」

 

 ダクネスが顔を突っ込んできた。それからは、二人の下品な咀嚼音が部屋に響く。俺は自然と笑みが浮かんでしまった。なんだ、こいつら。俺の精液がそんなにも好きなのか。これから、立派な精液ジャンキーにしてやる。

 

 

「ククク……はっはっは……」

 

 

 

 俺が今にも三段笑いをしそうになった時、リビングのドアが突然開いた。俺にとっても顔見知りである人物が部屋に侵入してきた。彼らは確か、ダスティネス家の使用人と護衛だったかな……

 

「お嬢様! 至急お伝えしたい件が! お嬢様……?」

 

「むぐっ……! むはっ……! はむっ……! んぐっ……!」

 

「お嬢様ー! 何をしてらっしゃるんです!」

 

 

 

 

ふむ、そろそろ、冒険に出よう。 いや、旅に出よう。

別に、この状況から逃げるわけじゃないぞ!

 

 

 

 

 

 

 




少し、次の更新は遅くなると思います。
次回、旅+α編 今回の反動でエロ少なめ?


<ステマっていうより、宣伝>
「Re:ゼロから始める異世界生活」のアニメが放送中だよー
「この素晴らしい世界に祝福を」と時期を同じくして、webから書籍化した作品です。なんと、両作者は現実でも繋がりがあるらしいぞ!

しかし、リゼロはこのすばの真逆、シリアスもの! 見てると胃が痛くなるぞ!
でも、0話切りや、1話切りは勘弁! どんどんおもしろくなるから、マジで!
見て! お願いだから見続けてー!

ちなみに、リゼロの短編(原作既読者向け)の短編も投稿してるから、よかったら見てね!


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爛れた2ヶ月間:ダラダラ旅行(道中編)

タイトル通り、ダラダラした回が続きます。
※別作品のモンスター(メタルマックスシリーズ)が登場します。


「お嬢様! そんなはしたない行為はおやめください! ああっ! 無理矢理にでも連れていきます! そっちもって!」

 

「分かりました!」

 

「コラ! 私はまだ、休暇中だ! やめ、やめろおおお!」

 

 ダクネスが強引に二人の男に掴まれ拉致された。しかし、あの二人は見た事ある。ダスティネス家の使用人だ。うん問題ないな。このまま放っておこう。そうして、俺はソファーにどっかりと座る。残されたのは、犬食いを続けるゆんゆんと、こちらを見つめてくる男……あれは、ダスティネス家の護衛の人だったかな……

 俺がぼんやりと、男を見ていると、こちらに近づいて来た。そして俺の耳元に囁きかけてきた。

 

「夜道には気をつけろ」

 

 これだけを告げて、護衛の人は退出していった。なるほど、このカズマ様に脅しか、身の程を知らない奴だ。

 

「おいゆんゆん」

 

「はふっ……! なんですか?」

 

「しばらく旅に出るぞ!」

 

これは、逃亡ではない。屋敷での生活に飽きただけだ!

 

 

 

 

 

 

 そして、俺達は旅の支度を整えリビングに集まった。鎧を着けるのも久しぶりだ。なんだか、重く感じる。ゆんゆんも、エプロンドレスを外し、いつもの紅魔族ローブ姿になっている。

 

「ゆんゆん、もう犬耳と尻尾を外せ!」

 

「あ、そうでしたね。この恰好にも随分慣れちゃいました」

 

「今思えば、俺ってスンゴイ事しまくってたな。ほれ取ってやる」

 

 そうして、俺はゆんゆんから、カチューシャをとり、尻尾を引っこ抜く。そして、ゆんゆんがブルリと体を震わせた。

 

「ご主人様、お風呂入って来ていいですか?」

 

「ああ、急ぎじゃないからな、行ってこい。後、ご主人様は終わりだ」

 

「分かりました。カズマさん、一緒に入ります?」

 

「いや、やる事あるから、一人で行ってこい」

 

「ふふっ、そうですか」

 

 そう言って、ゆんゆんが早足で、浴室へ行く。そういえば、朝から3発流し込んだからなあ。屋敷での肉欲の日々を思い返しつつ、俺はアクアへの置手紙と、めぐみんへの手紙書く。屋敷を留守にし、アクアを一人にするのは心配だが、あいつも、寂しくなれば、アクシズ教団や、ウィズに泣きつくだろう。奴らなら、任せられる。

 

「それにしても、旅か……」

 

 基本、俺達はアクセルに引きこもっている。旅など、アルカンレティア以来か。いざ、どこかに行こうと思っても、とっさに思いつく場所はない。温泉は、いいかもしれないが、混浴は毎日してるようなもんだしなぁ。

 俺は、この世界の簡易的な地図を見ながら思案する。海とかいいかもしれない。そんな事を考えている時、ふとダクネスがここ最近言っていた愚痴を思い出す。なんでも、王家がうんたらかんたらと……

 

「王都に行くか」

 

 自分の中での方針が固まった。俺は、王城や貴族邸で贅沢な日々を過ごしたが、城下街の散策はしていない。この国の首都であるから、娯楽や、うまい物があるはずだ。それに、2週間くらいたてば、その間にダクネスが、あの痴態に関する説明を自分で処理するだろう。そんな人間の屑のような事を考えながら、俺は上機嫌で旅の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 私は気持ちの良いお湯の中で、深く溜息をついた。この屋敷で私がやらかしてきた事を改めて思い返していたのだ。私はここで犬耳メイドとして、カズマさんに仕え、好き放題に体を弄ばれた。そして、カズマさんは、あろうことかダクネスさんまで、私と同じような所まで堕としていた。

 最低のカズマさんを更生させるために一緒にいるのに、更なる犠牲者を出してしまったのだ。しかも、私は自らの快楽を満たすため、私からカズマさんに“奉仕”をしにいっていたのは反省すべき事です。また、ダクネスさんをカズマさんの魔の手から、解放させようなんて行動は起こさず、毎晩のように、カズマさんの部屋の前で、唸り声を上げながら取っ組み合っていたのは今考えても、頭がおかしいとしか、思えない。

 

「でも、褒めてくれるんです……」

 

 褒めてもらえる、撫でてもらえる。これが嬉しくて、私は従順になってしまった。自分自身を戒める必要があります。しかし、この屋敷で過ごした事で、分かった事があります。それは単純なもの。

 

「私、カズマさんが好きなんですね」

 

 もう、離れようなんて思えない。世間一般の考え方なんかどうでもいい。私の感情はカズマさんを求めている。私が褒められて嬉しいのはカズマさんだけ、他の男になんて触られたくもない。そして、カズマさんにも、私以外の女に触れて欲しくない。

 だからこそ、私は使命をはたさなければならない。カズマさんは放っておくと、ダクネスさんみたいな女性を量産する、スケコマシだ。これは、なんとしても阻止しなければならない。カズマさんに泣かされる女は私だけでいい。他の女に目をかけるなんて、やめて欲しい。

 

「でも、どうすればよいのでしょう……」

 

 このままだと、私はまた従順な犬になってしまう。いっそ、カズマさんを殺して、私も死にましょうか。これなら、泣かされる女はもういなくなる。

 

「そうじゃありません!」

 

 私は顔にお湯を打ち付ける。思考が変なとこに行ってしまった。死んだら元の子もない。私が欲しいのは、カズマさんとの幸せな未来だ。それに、私もまだ若い。色々とやり残した事がある。ではどうすればよいのか。

 

「カズマさんとずっと一緒にいたいです……」

 

 確認するように呟く。そう、私はもうカズマさんがいない生活をもう想像できない。カズマさんと過ごした数ヶ月は、私の今までの人生での中で一番楽しかった。それに私の体を散々弄ばれ、言ってしまえば調教もされてしまった。もう、私に選択肢はない。あの男じゃないとダメだ。

 

「ごめんなさい。ごめんなさいめぐみん……」

 

 めぐみんが悲しむ? そんなのもう知りません。カズマさんは私の、私だけの男です。そもそも、めぐみんが悪いんです。だって、あの男を野放しにしていたんですから。

 

「めぐみんの尻拭いは、私がしないと!」

 

 そう、これは親友の失敗を、尻拭いをするだけです。裏切りじゃありません、仕方がない。仕方がない事なんです。私がカズマさんを更生させ、浮気しないように監視する。

 そして理想的な旦那様として、私と結婚するんです。例え更生したとしても、カズマさんは元々は人間の屑、前科者です。そんな男は、めぐみんに相応しくありません。だから、カズマさんには、私以外の選択肢なんてないんです。

 

「ふふっ、カズマさん、絶対に逃がしませんよ……」

 

 なんだか、私の中でごちゃごちゃになっていた感情がスッキリしました。さぁ、カズマさんの元へ急がなくては。私は意気揚々と風呂場を飛び出しました。

 

 

 そして、私達はしっかりと戸締りをし、屋敷を後にしました。向かうは王都行きの馬車停留所です。

 

「カズマさん、テレポート屋は使わないんですか?」

 

「かーっ! ゆんゆんはアレだな、友達と旅行に行ったりした事ないの?」

 

「それはひょっとして、バカにしてるんですか!?」

 

 何やら哀れみの視線を向けてくるカズマさんに、非常に腹が立ちます。私だってそれくらい! それくらい……

 

「ぐすっ……ひっぐ……」

 

「泣くなよ!」

 

別に泣いてなんかないです。目にゴミが入っただけです……

 

「ゆんゆん、旅ってのは、目的地に行くまでを含めて旅なんだ。テレポートなんて無粋なんだぜ?」

 

「ぐすっ……でも、家族旅行はテレポートを使って行きましたよ?」

 

「まぁ、紅魔族って常識外れだしな」

 

「カズマさん、家族を馬鹿にするのは許しませんよ」

 

「そういう意味じゃないっての……ほら、飴ちゃんやるから機嫌直せ」

 

「私、そんな単純じゃないです!」

 

「はいはい、それじゃあ馬車に乗るぞ。道中の楽しさは、これから味わえ」

 

 そういって、カズマさんは上機嫌で、馬車のチケットを買いに行きました。なんだか、カズマさんの方が、私よりテンションが高いようです。私と同じように、内心はドキドキワクワクなんでしょうか。

 その後、カズマさんが手配した馬車に私たちは乗り込みました。金持ち向けの高級馬車ですね……

 

「もう出発の時間ですけど、私達以外は、誰も乗って来ませんね」

 

「そりゃな。席を買い占めたし」

 

「どうしてですか? 結構高いですよ、馬車代は……」

 

「ゆんゆんと二人っきりでいたいから」

 

「そ、そうですか」

 

あ、ダメです。私こういうのに弱いんです。嬉しくて死にそうです。

 

「お、動き出したぞ! さぁ旅の始まりだ!」

 

「上機嫌ですね、カズマさん」

 

「当たり前だ。アクアがいないんだぞ? トラブルもなくゆっくりできそうだ」

 

「カズマさん、それは紅魔族の『言ってはいけないセリフ集』に載ってる言葉です。多分、トラブルに遭遇しますよ?」

 

「変な事を言わないでくれ、ゆんゆん……」

 

 カズマさんが、へなへなと崩れ落ちました。しかし、その後は、平和な旅路が続きました。特にモンスターの襲撃があるわけでもなく、ゆっくりと時間が過ぎて行きました。窓に流れる景色を見ながら、会話をしていると、特に退屈することなく、時間が過ぎていきます。

 

「カズマさん、どうせなら護衛として、参加したほうが良かったんじゃないですか?」

 

「アホ、旅行なんだから、面倒はできるだけ避けるに決まってる」

 

「まぁ、それも一理ありますね」

 

 そんな事を話ながら、外を眺めていると、並走している馬車に乗っている子供が、こちらに手を振って来ました。

 

「ふふっ、カズマさん、あの子がこちらに手を振ってますよ」

 

「そうだなー」

 

 私が子供に手を振り返していると、カズマさんが私のお尻に手を這わせて来ました。はぁ、まったくこのヒトは……

 

「カズマさんって、やっぱり最低ですね……」

 

「よいではないかーよいではないかー」

 

「もうっ! んぅ……」

 

「お、あのクソガキが変顔してるぞ。ゆんゆんもアヘ顔で返してやれ!」

 

「アホな事言わないでください! あっ……んぁ……!」

 

 それからは、いつものエッチな事をする流れになりました。今更ながら、カズマさんが高級馬車を独占した理由を悟りました。本当にエッチで最低な人です。

 

「んぁっ……! だから、お尻いじらないでください! 最近そこ触られると私……!」

 

「気にするな! さて、俺もスッキリさせてもらおうかな」

 

 カズマさんが性器を取り出しました。やる気のようです。まぁ、仕方ありません。彼が満足しないと、他の女に手を出しますから。私は、カズマさんの膝の上に腰を下します。私の内股の間から、カズマさんの性器が顔を出しました。

 

「ゆんゆん、これが気に入ったようだなぁ……」

 

「だって、よりカズマさんを感じられますから」

 

「お、おう、そうか」

 

カズマさんは、素直に好意を伝えるといい反応を示すようです。覚えておきましょう。

 

「周りの人にバレる心配はないんですか?」

 

「安心しろ。そういうのをやっても、問題ない馬車だ。チケット買う時にこっそり聞いておいた」

 

「はぁ、やっぱり最初からその気だったんですか……」

 

「ゆんゆんもその気だったろ?」

 

「そんなわけありません!」

 

 私はそう言いながらも、カズマさんを強く抱きしめました。そして、軽いをキスをしました。

 

「んーやっぱり座位っていいよね」

 

「いきなりなんですか?」

 

「気にするな! ゆんゆん、この体位の名前は座位だ。覚えておけ!」

 

「はいはい……んぅ……」

 

「なんか、積極的ですね。ゆんゆんさん」

 

 私はカズマさんに抱き着きながら、彼の熱くて固い物に、自分の秘所を、擦りつけるように押し当てました。本当に、四六時中、勃起してますね。

 

「だって、カズマさんは最低のレイプ魔ですから、私が性欲を解消してあげないと……」

 

「レイプはまだしてない!」

 

「……まだ?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 安楽少女はレイプしたのではと、悶々と考えながら、私がゆっくりと腰を動かしました。その時、突然カズマさんが、私の下着を横にずらしました。ダメ、ダメです。カズマさんの熱いのが、直接当たっちゃいます!

 

「カ、カズマさん、一歩間違えば入っちゃいますよ!?」

 

「大丈夫だって、パパパっとイって終わりにするから、入らない入らない」

 

「…………」

 

「ど、どうしたゆんゆん……その目で俺を見ないでくれ」

 

「挿れたら、結婚ですよ」

 

「あ、うん………」

 

 むしろ、挿れてしまえば結婚できるのでは? 私はちょっと腰を浮かし、狙いを定めて……

 

「ま、まて落ち着け!」

 

「あ……」

 

照準をズラさせました。カズマさんは、ケダモノのくせに、ヘタレすぎます。

 

「言っただろ! 覚悟決まるまで待てって……!」

 

「…………」

 

 私は、冷や汗をたらしながら、こちらをチラチラ見てくるカズマさんを見つめました。本当にカズマさんは、その覚悟があるのでしょうか? 私はカズマさんの首筋を優しく撫でました。何故でしょう。猛烈に喰らいつきたくなってきました。

 

「カズマさん言っておきますけど、あなたは私の体を弄びました。それは分かってますか?」

 

「そりゃぁ、分かってるさ……」

 

「そうです。もう後戻りできないんです。もしカズマさんが私を捨てたら……」

 

カズマさんがゴクリと唾を飲みこむ音が聞こえました。

 

「ふふっ……」

 

「なんだよ! 最後まで言えよ! 怖いんですけど!」

 

 何やら怒り気味のカズマさんの首に、私は喰らいつきました。ん……味はしないはずなのに、すごく美味しい。

 

「あだだだだだっ! いきなり何すんだ、ゆんゆん!」

 

 抗議の声を上げるカズマさんを無視して、私は噛み続けます。少し、鉄の味がしてきました。口を放すと、カズマさんの首の一部が腫れ、私の歯型が残っています。そして、滲み出るように出血していました。私は、流れ出る鮮血に舌を這わせました。やっぱり、カズマさんは美味しいです……

 

「カズマさん、私はもうあなたの物なんです。逃がしませんよ……」

 

そして、私はカズマさんの口に舌を――

 

 

 

 

 

 

「調子に乗んなオラアアアアアアアアアッ!」

 

「ひゃあああああああああああっ!?」

 

 突然カズマさんが、私を力強く抱きしめました。カズマさんの性器が、私の秘所の陰唇を押し開き、膣口に直に触れました。カズマさんのビクビクとした脈動が、下腹部に響きます。そして、私の敏感な所にカズマさんの裏筋に当たっています。少し擦れるだけで、暴力的な快感が襲ってきました。

 

「カ、カズマさん……動かないで……!」

 

「セイヤアアアアアアアアアアッ!」

 

「ああああああああああっ!? だめっ! こすれ……んんんぅ!?」

 

 痺れるような快感に、私は意識が遠のきそうになります。そして、カズマさんが、乱暴に腰をガンガンと振っています。その突き上げの一回ごとに、カズマさんの熱いものが私の敏感な所を擦り、秘所をどんどんと濡らしていきます。そもそも、最初の一突きで私はイってしまいました。その余韻を味わう事もなく、私は次の絶頂へ無理矢理導かれました。

 

「はぁっ……! あぅっ! いきます……またいきます……あああああっ!」

 

「もっといけ! ついでに……オラァ!」

 

 カズマさんが、私の衣服をずらし、胸を外気にさらしました。そして、振動で擦れて固くなっていた乳首を、噛みちぎる勢いで吸ってきました。

 

「あひゃっ!? あうあう……! んっんぁ!? カズマさん、そこ吸っても何も出ませんよ!」

 

「うるしぇえ! んぐっ……! んんんんんっ!」

 

「あ、だめだめだめだめっ! また……また……いひゅううううう!?」

 

 私の体が快感と共に、ガクガクと痙攣しました。あ、私、このままだと壊されちゃいます……

 

「ああっ俺も……う゛っ!」

 

「あっ……! あっ……! あぅ……」

 

 カズマさんが射精しました。私の下着と下腹部に熱いドロドロがいっぱい飛び散りました。私は、震える手でそれをすくいとり……

 

「ふきゅ!」

 

「気絶したか……あ、あぶねぇ! もう少しで主導権握られる所だった!」

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 私が目を覚ました時、あたりは暗くなっていました。そして、私は屋外に敷かれた毛布の上で寝かされていました。周りの馬車も停車している事から、どうやら、商隊全部での休憩中のようです。

 

「起きたか、ゆんゆん?」

 

「はい、カズマさん……」

 

 私が振り返ると、たき火の前でカズマさんが座っていました。そして、火にかけた鍋をお玉でかき回しています。そこから漂う、良い匂いに、私はつい鼻をヒクつかせてしまいました。

 

「ほれ、豚汁。今お茶入れるから、待ってな」

 

 私は素直にお椀と箸を受け取りました。しかし、私はそれを食べずに、カズマさんの両隣にいる異物を睨みつけました。

 

「すまない。私も、もう一杯頂けないだろうか?」

 

「ボクもボクもー!」

 

「はっはっは! 食い意地の這った女どもだ! ほれ!」

 

「感謝する」

 

「やーりぃ!」

 

 私は怒りと呆れが混じった目で、カズマさんを睨みました。彼の隣には、軽鎧を着た女戦士と、動きやすそうな狩人衣装を着た、レンジャーと思われる女性がいます。私が目を離した僅かな時間に、女を侍らせるなんて、最低です。

 

「もちろん、お代は体で払ってもらおう! そのむき出しのお腹を触らせろ!」

 

「あ、コラ!くすぐったいって! あはははっ! 」

 

 カズマさんが、レンジャーらしきのお腹に手を這わしています。私の怒りのボルテージが更に上がりました。やっぱり、カズマさんは最低のスケコマシです。

 

「カズマさん! そのお二人はなんですか!」

 

「ん? ああ、護衛をしてる冒険者らしいぞ?」

 

「よろしく頼む」

 

「どもー!」

 

 う……護衛の方ですか。いきなり怒りをぶつけても、相手の不興を買うだけですね……

ここは、無難に返しましょう。

 

「あ、はい、よろしくです……」

 

「よろしく」

 

「よろー!」

 

「うっし! 挨拶も済んだ所で暇つぶしに情報交換と行こうぜ!」

 

 そうして、カズマさんとお二人が会話を始めました。話を聞いていると、彼女達はつい先ほど通過した街に拠点を置く冒険者だそうです。職業は、ソルジャーとハンターだとか。そして、カズマさんは二人に今までの冒険の事についてなどを放し始めました。

 それにしても、私はどう会話に参加すればよいのでしょうか。話を切り出すきっかけが、つかめません。というか、私まだお二人に名前すら告げていません。私はもう、ぼっちじゃないです。カズマさんといつも一緒にいますし、特訓だっていっぱいしました。以前、カズマさんが言っていました、恥ずかしがらずに強引に行けば、成功する事もあると。もう、思い切って、話しかけちゃいましょう。

 

「今日も寒いですね!」

 

「え……? あ、うん」

 

「ふむ、そうだな」

 

なんだか、気まずい沈黙が流れています。勇気を振り絞って話しかけたのに……!

私は助けを求めるように、カズマさんの方をチラリと見ました。

 

「ゆんゆん、気象の話は、最初の話題が尽きかけた中盤戦で切り出す話題って、言ったろ? それにお前は、まだ名前を告げてない! さっきの出身地の話題の時、話振ったのに無視しやがって……」

 

「うう……!」

 

 カズマさんが、グチグチと文句をつけてきました。私はまだまだ、会話の経験値が少ないんです。勘弁してください!

 

「おう、二人とも。こいつは、ゆんゆんっていう、凄腕アークウィザードだ」

 

「ゆんゆん……!?」

 

「ゆん!?」

 

 お二人が、私を驚きの表情で見つめてきました。はいはい、また名前でいじられるんですね。知ってます。しかし、お二人は、私の予想に反してこちらにズイッと近寄ってきました。

 

「紅魔族だよな……?」

 

「え、はい。そうですけど……!」

 

「わわ! もしかして本物!?」

 

 私にお二人が更に近寄ってきました。な、なんでしょうか? 私の偽物でもいるんでしょうか……

 

「もしかして、“蒼き稲妻を背負う者”ゆんゆん!?」

 

「わー! 本物だー! 本物の英雄だー!」

 

「ぶふっ!」

 

 お二人の影でカズマさんが爆笑していました。それにしても、何故そのあだ名を!? 紅魔の里以外で、私をそう呼ぶものはいないはずなのに……!

 それから、私はお二人の質問攻めに会いました。どうやら、私の名が魔王討伐パーティの一員として噂になっているようです。私が英雄ですか。なんだか実感がわきません。

 

「という事は、カズマさんは、あのカズマさんなのか?」

 

「うわ、つまりはそういう事だよね……」

 

 お二人が、私の後ろに隠れて来ました。なんだか、カズマさんをゴミを見るような目で見ています。

 

「あれが、最低最悪の鬼畜男……」

 

「太鼓持ちのカズマさん……!」

 

「おいお前ら! いきなりなんだ! ぶっ飛ばすぞ!」

 

 カズマさんって、他の街でも最低最悪の鬼畜男の名を広めてたんですね。まぁ女が寄って来る要因が減るので、私としては大歓迎ですが。

 

「しかし、鬼畜のカズマは死んだと噂で聞いたが……」

 

「ええ!? 私は結婚して、冒険者引退したって……」

 

「勝手に殺すな! 結婚させるな! というか、俺の評判ってどうなってんだ!? 詳しく聞こうじゃないか!」

 

そう怒るカズマさんを見て、お二人がそそくさと立ち上がった。

 

「私は用事を思い出した。今日は失礼する」

 

「ばいばーい!」

 

「待てコラ! 逃がすか!」

 

 カズマさんと二人が追いかけっこを始めました。私はその光景を、溜息をつきながら眺めます。本当に、カズマさんの世間での評判ってどうなってるんでしょうか。

 しばらくすると、カズマさんがホクホクとした顔で帰ってきました。ポケットからは、カラフルな布が顔を覗かせています。まったく、カズマさんは……

 

「ゆんゆん、そろそろ寝ようぜ」

 

「そうしましょうか」

 

 私はカズマさんに同意し、馬車の中で寝袋を広げました。ちょうど、二人が寝れる程のスペースがあり、私達はそこに横になりました。虫が鳴く音、草木が風にふかれて揺れる音、外で歓談する人達の声が微かに聞こえてきました。今さらながら、私達は旅に出てるのだと実感しました。

 

「カズマさんカズマさん……」

 

「どうした?」

 

 

 

「明日も、平和な旅路が続くといいですね」

 

「ああっ! お前もフラグになるような事いうな!」

 

 そして、次の日も旅は順調でした。カズマさんと他愛もない会話をしたり、スキンシップをしながら、時間を潰していきました。そして、夕方になり……

 

「よし、飲み込んでいいぞ!」

 

「ん……ん……」

 

私は、カズマさんの精液を味わうように飲み込んでいた時、それは起こりました。

 

『敵襲―! 上空攻撃が可能な護衛はただちに前方へ急げ!』

 

 そんな怒鳴り声とともに、周囲が騒がしくなってきました。おそらくモンスターの襲撃でしょう。

 

「カズマさん、私達も行きますか?」

 

「アホか、俺達は客だ。それに、放っておけば、護衛がすべてモンスターを撃退するだろ」

 

カズマさんが、ふんぞり返りながら言いました。確かにそうなんですが……

私も素直に、馬車内でしばらく待機していましたが、周囲の喧騒と怒号がどんどん強くなっていきました。

 

「カズマさん、昨日の二人も戦ってると思いますよ。助けに行かないんですか?」

 

「ゆんゆん、旅先で出会う人とは一期一会の関係性が望ましい。奴らの今後なんて知らねぇ!」

 

 そう言いながらも、カズマさんは窓から外の様子をチラチラ見ていました。分かりやすい人ですね。

 

「とりあえず、外に出て様子を見てみませんか?」

 

「ま、まぁ、それくらいはやるか。敵がこっちに来たら逃げるからな!」

 

「はいはい」

 

 私は、仕方なくといった様子のカズマさんを連れて外に出ました。付近には商人や乗客、護衛の冒険者が、慌ただしく動いていました。

 

「潜伏で偵察だ。いくぞ」

 

「はい!」

 

 私はカズマさんの差し出した手に、抱き着きました。そして、喧騒の中を潜伏しながら、静かに進み、戦場となっている商隊の最前列付近に到着しました。そこでは、冒険者達が、上空に向けて、弓矢や、魔法をぶっ放していました。

 

「おーやってるやってる……」

 

「むむ、カズマさん、厄介なモンスターに襲撃にされてるみたいです」

 

「知っているのか、ゆんゆん?」

 

「はい、あれを見てください」

 

 私は解説するように、手を上空で滑空しているモンスターに向けました。それは、かなり巨大な鳥型のモンスターであり、数十匹で編隊を組みながら飛行していました。そして今、数匹が急降下し、汚物を投下しました。投下地点には小規模の爆発が起こり、近くにいた冒険者グループが吹っ飛びました。死んではいないようですね……

 

「アレは、『B-52アホウドリ』 爆発するフンを投下し、爆撃する嫌らしい敵です!」

 

「はいはい、フンが爆発ね。こんなモンスターばっかだなこの世界」

 

 カズマさんが、鼻を指でほじりながら、呟きました。汚いのでやめてください。そして私はアホウドリの更に上空で悠々と飛ぶモンスターを指でさしました。

 

「加えて、あの巨大なエイみたいな姿をしたのが、『B-2マンタレイ』 同じく、爆撃を得意とする飛行モンスターです!」

 

「ほーん」

 

「どう攻略します? 特にマンタレイは、上級冒険者でも狩る事が難しいモンスターです。このままだと、商隊全滅の恐れも……」

 

「よし、アクセルで仕切り直そう。“テレ……!”」

 

「わああああああああ!? 待ってくださいよ! 全滅するかもしれないんですよ!」

 

私は慌ててカズマさんの詠唱を止めました。ここは颯爽と助けに行きましょうよ!

 

「ゆんゆん、俺は別に他の乗客が爆死しようが、どうでもいいんだ」

 

「カズマさん! 私達、英雄とか言われてる冒険者ですよ! もうちょっと頑張ってみましょうよ!」

 

「ケッ! 俺はただの鬼畜男だから、関係ないし!」

 

「拗ねてるんですか? もしかして拗ねてるんですかカズマさん!?」

 

「うるさい」

 

「いたいっ! もうっ!」

 

 カズマさんに叩かれた頭を、抑えながら、私は嘆息しました。このヒトも子供ですね……

 そして私達が、じゃれ合っている内に、護衛の冒険者達が、徐々に後退してきました。

 

『撤退! てったーい!』

 

『積み荷も放棄しろ! さっさと逃げるぞー!』

 

『うわああ! また急降下してきたぞ! 矢と魔法の対空砲火を奴らに集中させろ!』

 

『上空援護機を要請する!』

 

『ダメだ!』

 

『こんな所で死ねるか、撤退だ!』

 

 そして、近くに停車していた馬車が、B-52アホウドリのフン爆撃で爆散しました。これはもう、本当にダメみたいですね。このまま、撤退戦に入ったら、死者も出るかもしれません。

 

「カズマさん、私は行きます」

 

「おいコラ! 話聞いてんのか、撤退だっての!」

 

 そう言って、怒るカズマさんを、私はじっと見つめました。数ヶ月一緒に過ごして、私はカズマさんの人となりを知りました。カズマさんは、鬼畜で最低な人です。でも、私は知っています。本当は、お人好しで、面倒見のいい方なんです。口では、逃げると言ってますが、内心は違うと私は思います。

 

「カズマさんカズマさん」

 

「あぁ!? なんだよ?」

 

「私一人じゃ怖いです。一緒に戦ってくれませんか?」

 

 私は、カズマさんに縋るような目つきで見ました。さりげなく、手に抱き着きながら。そして、あざとく目をうるませました。

 すると、カズマさんは私を見て、バツの悪そうな顔で応えました。

 

「しょ、しょうがねえなぁ! ゆんゆんは俺が付いてないとダメだからな!」

 

「ふふっ、そうですね、私にはカズマさんがついてないとダメです」

 

 アクアさんが以前言っていた事に、納得が行きました。カズマさんって、ちょろいですね。

 

 

 

 

 

 

「で、どうするんですか? 何か卑怯な作戦でも思いつきましたか?」

 

「アホ、卑怯も糞もあるか。俺のパーティの必勝パターンでいく。つまりは、俺が攪乱し、その間に最大火力をぶつける。シンプルでいいだろ」

 

「でも、私はめぐみんみたいな火力はありませんよ?」

 

「そりゃそうだが、ゆんゆんは、敵を殺すのには十分な火力と手数がある。いけるさ」

 

 私は少し不安になりました。でも、カズマさんができると言ってくれている。それならば、やってやりましょう!

 

「よし! とりあえず撤退してる奴らに合流するぞ!」

 

「ええ? 戦わないんですか!?」

 

「いいからこい!」

 

 そして、私達は戦線から少し後方に移動しました。そこには、避難誘導をしたり、商人から、大量の荷物を背負わされる護衛の方達がたくさんいます。そんな人達の前で、カズマさんが突然大声を上げました。

 

「ものども、きけええええええええええ!」

 

 カズマさんの大声に周囲の方達が、こちらを一斉に向きました。そして、カズマさんが私の隣に立ち……

 

「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 恐れ多くも、魔王討伐を果たした英雄、凄腕アークウィザードの、ゆんゆん様にあらせられるぞ!」

 

 カズマさんの声を聞いた周囲の方が、私を一斉に見つめて来ました。なんだか恥ずかしいです。

 

「あれがあの……英雄!」

 

「ゆんゆん、ゆんゆん様なのか!」

 

「見ろ、目が赤い、紅魔族だ!」

 

「マジだ! あの、頭のおかしい紅魔族だ!」

 

「“蒼き稲妻を背負いし者” ゆんゆん!」

 

 ちょっと待ってほしい。いつから紅魔族全体が頭のおかしい呼ばわりされているんでしょうか。そして、何故、あのあだ名が普及しているのか……!

 

「今だ、ゆんゆん。“名乗り”を上げろ」

 

カズマさんが、そんな事を小声で私に言いました。な、名乗りだなんて……!

 

 私は改めて周囲を見ました。皆が、私に何やら、期待を込めたような視線を送ってきています。何故でしょう。血が騒いで来ました。いいでしょう、いいでしょう! やってやります!

 私は魔法を詠唱し、身に着けた緑色のマントをバサァッと翻しました。そして、短杖を掲げ、片足立ちになるようなポーズを取り、“名乗り”を上げました!

 

「我が名はゆんゆん! アークウィザードにして、魔王討伐を成し遂げた者……!」

 

 ああ、皆さんが私を見つめています! なんでしょうか、凄く気持ちがいいです! そして、私はカズマさんをチラリと見て……

 

「紅魔族随一の魔法の使い手にして、やがてカズマさんの伴侶となるもの!」

 

私の名乗りと同時に、私の周囲に雷撃が飛び散りました。完璧、完璧です!

 

 

「うおおおおおおおお! 勝てる、勝てるぞ!」

 

「英雄さんが一緒だ! やれる!」

 

「そうだ! 英雄に続けぇ!」

 

「うわぁ……」

 

何やら周囲の方の士気が上がったようです。カズマさんの狙いはこれでしたか……

そして、カズマさんがこちらを真っ赤になって見つめてきました。

 

「お前、どさくさにまぎれて、何いっちゃってんの!?」

 

「別にいいじゃないですか」

 

「く、クソ!」

 

 カズマさんがそっぽを向きました。おーちょろいちょろい。そして、カズマさんが逃げるように前に出ました。

 

「おいお前ら! 今からゆんゆん様が、超スゴイ魔法で、あの糞モンスター共を吹き飛ばす! 詠唱の時間は、俺達が稼ぐ! 上空攻撃が可能なものは、俺に続け!」

 

「おう! 俺の弓で少しでも援護してやる!」

 

「私もウィザードとして精一杯頑張るわ!」

 

 

 そんな声を上げながら、カズマさんの周囲に、レンジャーやウィザードが集まってきました。

 

 

「そして、上空攻撃ができない、前衛職の諸君! 貴様らは、ゆんゆん様を死ぬ気で守れ!」

 

「まかせろ!」

 

「クルセイダーなめんな!」

 

 私の周囲にも、クルセイダーやナイト系の方達が集まって来ました。とても、頼もしいです。

 

「よっしゃ! 行くぞお前ら! 突撃いいいいい!」

 

「突撃!」

 

「ゆんゆん様バンザーイ!」

 

「урааааааааа!!」

 

 周囲の冒険者がカズマさんに続いて、一斉に走り出しました。もう後戻りは出来ません。全力で魔法を撃たないと!

 そして、私達は戦線にたどり着きました。そこには、気骨のある冒険者達が、爆撃を受けながら、今だに抵抗を続けていました。

 

「よし、ゆんゆん! 魔法を放て! 俺達は周囲の糞鳥を狙う! できるだけ、こちらにヘイトを集めろ!」

 

「「「了解!」」」

 

 カズマさん達が、魔法と矢を放ち始めました。私も、使い慣れた魔法を詠唱しました。視界の隅で、カズマさん達がいた所に、爆発が巻き起こっているのが見えました。でも、動揺したりしません。あちらは、カズマさんに任せます。

 

「“カースドライトニング!”」

 

 そして、私は魔法を放ちました。短杖から放出された稲妻は、アホウドリを巻き込みながら、巨大マンタの腹部に命中しました。

 

「やったか!?」

 

 周囲にいるクルセイダーの一人が、そう叫びました。ダ、ダメです! それを言ったら……

 

「クソ! あいつまだ生きてるぞ!」

 

「英雄様でも勝てねぇのか!? もうおしまいだぁ!」

 

 案の定、倒せなかったようです。私の魔法はマンタレイの一部を焦がしたものの、致命傷を与える事はできませんでした。速く、次の詠唱をしないと!

 そんな時、カズマさんの怒鳴り声が聞こえてきました。私は、反射的に声のした方向へ顔を向けます。

 

「ゆんゆん! 最大火力の大魔法を放て! 詠唱する事だけに集中しろ! 時間は稼ぐから、思いっきりやれ!」

 

 そう怒鳴るカズマさんは、体のあちこちに火傷を負い、尚且つ、鳥のフンまみれになっていました。カズマさんが、私のために時間を稼いでいる。それなら、私も、もっと頑張らないと! 私は意識を集中させ、詠唱を開始しました。

 

「“天の風琴が奏で流れ落ちるその旋律……”」

 

「敵機直上! 急降下! 全力でゆんゆん様を守れ!」

 

「狙撃! 狙撃! ゆんゆん、そのまま続けろー!」

 

 

 カズマさん達だけでなく、私の周囲にも爆撃が始まりました。どうやら、さっきの一撃でマンタレイが怒ったようですね。急降下するB-52アホウドリは、カズマさん達が仕留めています。しかし、B-2マンタレイは、高高度にゆっくり漂いながら、口から爆発物を投下してきました。

 いくらかは、魔法で迎撃されましたが、いくつかは、私の近くに着弾したようです。しかし、その攻撃は、周囲の前衛職の方が身を盾にして押しとどめ、爆風から私を守りました。

 

「“凄惨にして 蒼古なる雷……”」

 

 爆撃と怒号が飛び交う中、詠唱が完成しました。後は撃つだけ。私は短杖の照準を、空を飛ぶB-2マンタレイに合わせ、発動させました。

 

「“ブルーティッシュボルト!”」

 

 私が放った蒼き稲妻は、周囲のB-52アホウドリを焼き殺し、雷竜の姿となってB-2マンタレイを貫きました。そして、蒼い閃光が周囲を照らした後、体を黒焦げにされたマンタレイが、力を失って墜落してきました。

 

「墜落するぞ! 退避―!」

 

「墜落したら、囲んで殺せー!」

 

その後は、一方的な戦いでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぉ……」

 

「カズマさん、起きました?」

 

 私の膝の上で、カズマさんが目を覚ましました。私は、怠そうにしているカズマさんの頬を優しく撫でます。

 

「アレ、俺いつのまにか気絶してた?」

 

「そうです、無茶するからですよ。自分の体もボロボロなのに、他の怪我人に回復魔法を唱えて回るなんて事したからです」

 

「いいじゃねぇか……」

 

 そう言いながら、カズマさんは、私の膝から起き上がると、自分の体を確かめるように触り始めました。

 

「カズマさんの傷なら、護衛隊にいたプリーストの方が、ほとんど直してくれましたよ」

 

「そうか、でも、やっぱアクアみたいに全快とはいかないか」

 

 カズマさんは首をゴキゴキ鳴らしながら、伸びをしました。そして、近くにたたまれていたマントを手に取り、ジッと見つめていました。

 

「どうしたんですか、カズマさん?」

 

「いや、ゆんゆんが選んでくれたマントがボロボロになっちまってな……」

 

 カズマさんは少し悲しそうな顔をしています。私が指輪を大切にしているように、カズマさんもマントを大切に思ってくれているのでしょうか。もしそうなら、本当に嬉しいです。

 

「カズマさん、それ貸してください」

 

「ん? ほい」

 

私はボロボロのマントを受け取ると、それをカズマさんに強引に装備させました。

 

「なんだよ、ボロマント着けてたら、貧相に見えるんだが……」

 

「何を言ってるんですか、カズマさん。逆ですよ! マントは薄汚れてボロボロの方がカッコイイんですよ!」

 

 私の言葉に、カズマさんは毒気を抜かれたような顔をしていました。でも、これは世間一般の常識だと思います。汚れたマントは、それだけ激戦を潜り抜けた証でもあるのです。

 

「そ、そうか……カッコイイか……」

 

「はい、カッコイイです!」

 

 カズマさんは私の言葉を聞いて、満足そうにうなずいた後、両手を腰に当て、ふんぞり返って高笑いを上げました。

 

「はっはっは! 何せ俺は、勇者のカズマさんだからな! カッコイイに決まってる!」

 

「そうです! カズマさんは世界で一番カッコイイです!」

 

「あったりまえだ!」

 

私は高笑いを上げるカズマさんに抱き着きながら思いました。

 

 

 

カズマさん、あなたって本当にちょろい人ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『B52アホウドリ』、『B-2マンタレイ』(元ネタ:メタルマックスシリーズ)
片方は鳥のフンが地味に面倒臭く、片方は遭遇するまでが面倒臭い
魔法の元ネタは安定のヴァルキリープロファイル

次回、グダグダ王都編

どうでもいいで事ですが、ばくおん見て、久しぶりに愛車で旅に出たくなりました。今年の夏は北海道旅行者が増えそうですね。
学生の人は、無理して1年目に旅に出ない方がいいですよ。私はそれで、初代の愛車(zzr250)を失いました。以上、おっさんの、俺もバイク乗ってんだぜ自慢でした。
後、蚊柱に気をつけろ(謎の警告)


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爛れた2ヶ月間:ダラダラ旅行(王都観光&クリス合流編)

ただのエロ回


「カズマさん、城壁が見えましたよ! ついに着きましたね!」

 

「んぐっ……そっすねー」

 

 3日目の夜、ついに私達は王都へたどり着きました。窓から見える景色には、アクセルの防壁がゴミに思える程、立派な城壁が、見渡す限り続いていました。闇夜にかがり火で照らされる城壁は、私にかなりの威圧感を伝えてきます。

 

「カズマさん、聞いてるんですか!?」

 

「聞いてるって……お前も食うか? ビーフジャーキー」

 

「いりません!」

 

カズマさんは、この光景を見てテンションが上がらないのでしょうか……

 

「それにしても、カズマさん。本当に無報酬で構わないんですか?」

 

「ああ、金は有り余ってるしな。それより、名声を手に入れた方が、後々に便利になる。名声って簡単には得られないんだぞ。それに、道中のモンスターを無償で撃退なんて、よりいっそう、“蒼き稲妻を背負う者”の名が天下に轟くじゃないか。よかったな、ゆんゆん」

 

「勘弁してくださいよ……」

 

モンスター撃退後、私はとカズマさんは、商人と冒険者に感謝の言葉をいっぱい頂きました。しかし、今日の朝には、“蒼き稲妻を背負う者”の名が、護衛の冒険者に全員に広がっていました。お昼を共にした冒険者の方々が、故郷への土産話にすると言っているのを聞いて、私は頭を痛くしています。

 これから、あの名が更に広がる事に頭をウンウン唸らせてる間に、馬車は王都の馬車停留所へと着きました。

 

「ほら、ゆんゆん、行くぞ!」

 

「あ、はい!」

 

 私はカズマさんに手を引かれ、馬車の外へと降り立ちました。王都の荘厳な町並みが、街灯に照らされ、なんとも神秘的に光景になっていました。それに、夜中だというのに、多数の人たちが、通りを行き交っています。

 

「カズマさん、やっぱりアクセルとは違いますね」

 

「そりゃな、田舎娘には新鮮かもな」

 

「私、もう田舎娘じゃありません! アクセルに住んで結構経ってるんですよ!」

 

「そういう所が田舎娘っぽい」

 

「もうっ!」

 

 そうです。もう私は田舎娘じゃないです。立派な都会人です。そんな私を、カズマさんは鼻で笑った後、さっさと歩きだしてしまいました。

 

「ゆんゆん、さっさと宿に行くぞ」

 

「ま、まってください!」

 

 私はカズマさんの背中を慌てて追いかけました。そうして、しばらく歩いた後、お城と比べても、謙遜ないくらい豪華な建物にたどり着きました。

 

「カズマさん、ここは?」

 

「商人に事前に聞いておいた、王都一番の高級ホテルだ。今日からここに滞在するぞ!」

 

「そうですか……なんだかワクワクしますね!」

 

「そうだろう、そうだろう!」

 

 そして、私達はホテルに突撃しました。今でこそ、宿屋に泊まる事に慣れてしまいましたが、子供の時はホテルで泊まる、ってだけで大はしゃぎしていました。カズマさんは、手早くロイヤルスイートの部屋を取り、ホテルマンの案内でこれから滞在する部屋へと行きました。

 そして、部屋に入って、私は綺麗な内装に驚きました。リビングルームには、豪華な調度品で飾られ、奥に見えるベッドルームには、キングサイズの天蓋付きベッドも見えます。そして、このホテルの一番の売り、窓から見える街の風景に、私は見惚れました。

 

「カズマさん、夜景が凄い綺麗ですよ……」

 

「なんていうか、ゆんゆんも女の子なんだな」

 

「それは、バカにしてるんですか?」

 

 むくれる私を、カズマさんは撫でてくれました。この夜景を見れただけでも、私は心から来て良かったと思いました。大量にあるお金で、世界一周旅行に出てもいいかもしれない。そんな事をちょこっと思いました。

 

「さて、風呂入るか」

 

「そうしましょうか!」

 

 そして、私達は一緒にお風呂に入りました。一緒に入るのが当然と思っている私は、かなりカズマさんに毒されているなと感じます。こうして、お互い体を洗いあったのですが……

 

「カ、カズマさん? んぎっ……今日は、やけに念入りにそこを洗いますね……」

 

「ん? 今日、ついにヤるからな」

 

「なにを!?」

 

 なんだか、とても嫌な予感がします。私のお尻の穴を、カズマさんが指で念入りに洗っています。そして、時節、中にシャワーでお湯をそそがれます。そんな事したら……!

 

「勘弁してください……! 恥ずかしすぎて、死にそうです……!」

 

「はいはい、もう十分だ。浴槽に入るぞ」

 

 私達は浴槽を泡風呂にして、じゃれ合いました。いつもは、このスキンシップは私自身、好きなのですが、嫌な予感が止まりません。

 そして、風呂を上がり、カズマさんの指示で、うつ伏せになった時、悪感が最高潮に達しました。

 

「マッサージするぞ。ゆんゆん、リラックスしろ」

 

「はい……」

 

 私の背中に人肌に温められた粘液、ローションが大量に垂らされました。そして、カズマさんは、そのローションを塗り込むように、お尻と太ももへ広げました。

 

「ゆんゆんって男を誘うドスケベボティだよな」

 

「変な事言わないでください……あ…そこはっ……んぅ!」

 

 カズマさんの指が、私のお尻の中に侵入してきました。当初は不快だったこの行為も、今ではかなり気持ちの良い行為と思えるようになってしまいました。カズマさんは、そのまま押し広げるように、指をゆっくりと動かしました。

 

「2本目だ」

 

「あう……!」

 

 お尻に入る指が増えました。でも、実は指二本を入れられるのは、初めてではありません。ここのところ、毎日のように二本攻めをされています。

 

「ゆんゆん、四つん這いになれ」

 

「はい……」

 

 私は屋敷での生活で、違和感なく染みついた体勢となりました。そして、私のお尻の穴に、カズマさんの固くて熱い性器を押し付けられるのを感じました。自分でも、秘所が濡れていくのを感じました。私も、随分とエッチな体にされてしまいました……

カズマさんは、先ほどのローションを注ぐようにお尻の穴周辺に垂らします。

 

「ゆんゆん、リラックスだ」

 

「でも……んっ……んあっ!?」

 

 カズマさんの亀頭が私のお尻の穴に、にゅるりと侵入して来ました。でも、これには、私は慣れています。屋敷では毎日、これをやられ、精液を大量に注がれ続けました。だというのに、嫌な予感が止まらない……!

 

「ゆんゆんいくぞ!」

 

「え? あ……ああ!? カズマさん、それ以上は……んぎぃ!?」

 

 カズマさんの性器がゆっくりと侵入してきました。亀頭だけでなく、竿の部分まで私のお尻が飲み込んでいきます。ダメです……! そこは私の不浄の部分で、決して、性器を入れる場所では……!

 

「んぐっ……! ん……あうううう!?」

 

「おほっ! 一ヶ月以上慣らした甲斐があったな。ゆんゆん、根本までズッポリだ!」

 

「い、いやあ……言わないでください……」

 

 私のお尻は、カズマさんの性器を大した抵抗もなく受け入れてしまいました。おかしい行為のはずなのに、カズマさんの熱が私の中にある、そう思っただけで、私は幸福感と快感に支配されていきました。そして私は、羞恥心と、屈辱感に似た何かに、肩を震わせました。

 

「ゆんゆん、リラックスだ! そんなに、締め付けて、俺のチンポを食い千切る気か!」

 

「でも……そこは、入れるとこじゃなくて……!」

 

「安心しろ、これは愛のある行為だ。決して不潔じゃない」

 

 カズマさんが、私の頭を撫でました。それをされると、私は逆らう気をどんどん失ってしまいます。そして、カズマさんは、私のお尻に挿入したまま、私の耳元で囁きました。

 

「ゆんゆん、俺はとっても気持ちいいぞ」

 

「……気持ちいいんですか?」

 

「ああ、最高だ。俺のチンポを受け入れてくれ。まぁ、外に出そうとしても、俺は余計に気持ちよくなるだけだがな」

 

 気持ちいい。カズマさんが喜んでくれる、気持ちよくなってくれている。それは、私にとって最上の喜びです。そして、とどめを刺すように、カズマさんが再び囁きました。

 

「ゆんゆん、好きだ」

 

「あ……」

 

ダメです。その言葉は反則です……

 

 私は、幸福感と、体に走る快感のせいで、もう何もかもがどうでも良くなってしまいました。カズマさんがしたいというなら、その希望に答えたい。

 

「安心しろゆんゆん、俺を信じろ。今から動かすからな?」

 

「はい、カズマさんの好きにしてください……」

 

「いい子だ」

 

 カズマさんが私の頭を再び撫でました。それと同時に、カズマさんがゆっくりと動き始めました。お尻の穴に、特大の異物感と、鈍痛のような快感が、入口付近からズンズンとやってきました。

 

「あ……あう……ひぐぅ……いぎっ……!」

 

「ゆんゆん、滅茶苦茶気持ちいいぞ! お前のアナルが、俺のチンポ全体を咥えこんでいる! しかも、ギュウギュウと根本を締め付けてくるぞ!」

 

「言わないで…言わない……あううううう!?」

 

 私は、耐えるようにカズマさんの性器を受け入れました。確かに、快感は感じるのですが、異物感による不快感もまだあります。そんな時、カズマさんの性器が、ゴリゴリと私の下腹部をなぞるように動きました。その瞬間、今まで感じた事がない快感が私を襲いました。

 

「あひゅっ!? んぁっ! あ……カズマさん、そこです……!」

 

「ほう、ここか……」

 

「あああああっ!? 気持ちいいです! そこ、もっとこすってください……!」

 

 カズマさんが、再び感じる所を性器で擦りました。ああ、勝ってしまいました。ついに、強い快感が不快感を吹き飛ばしました。私、お尻で感じちゃってます……

 

「ここは恐らく、子宮の裏側だ。お尻の穴から感じるなんて、ゆんゆんはエッチな子だな」

 

「そんな……私……あうううっ……えっちじゃ……ひゃぁ!?」

 

 もうダメです。認めなければなりません。気持ちいい、頭の中が真っ白になるほど気持ちいです。私は、お尻の穴で感じるエッチな変態さんです……

 

「カズマさん! 私、エッチな子です! だから……だからもっと強く……あひぃ!?」

 

 カズマさんが、私のおっぱいを揉みながら、子宮の裏側を削るように性器で擦りました。その一擦りごとに、私の頭の中で、光が明滅しました。気持ちいい! 気持ちいいです!

 

「あひゅっ……あはっ……んぁ……あ……あああああああっ!? いひゅまふ……」

 

「おおう、根本をキュウキュウと締め付けて……! そんなに俺のが欲しいのか! くっ……!」

 

「カズマさん……わたし……いひゅ……いひゅううううう!?」

 

「おおっ!?」

 

 私は全身をガクガク震わせながら絶頂しました。そうですか、私、お尻で絶頂したんですか。エッチな子ですね。もうどうでもいいです。自然と全身の力が抜けていくのを感じました。

 

「あひゃ……あううううう……かじゅましゃんの……くらひゃい……」

 

「よくいった、覚悟しろよ?」

 

「ひゃい……」

 

 そうして、カズマさんは、腰の動きを速めました。私の中に熱い物が出入りするたびに、私は鈍痛のような快感を感じます。そして、その快感に合わせて、私の秘所から愛液……というより潮が飛び散るのを感じました。これがイキっぱなしという奴ですか。

 

「はひゃ……ひぐぅ……あがっ……あう……んんんんん!?」

 

「さっきから、痙攣しっぱなしだな! 俺も出す……出すぞ……くっ!」

 

「ひゃ……あひゃ……ああああっ……ああっ!」

 

「ああっ! 出るっ! うっ……!」

 

「あ……あ……」

 

 カズマさんの熱い物が、私の奥深くで発射されました。熱い、体内を焦がされそうです。でも、私幸せです。カズマさんの精液を注がれる事に幸せを感じちゃってます……

 そして、カズマさんが性器を引き抜いた時、チュポンと下品な音が鳴りました。でも、それだけです。私のお尻の最奥で放たれた精液はその場にとどまり続けています。というか、逃がしません。このまま、私の体の一部となってもらいます。そうやって放心状態でそんなアホな事を思案していた私の横に、カズマさんが倒れこんできました。

 

そして、私を強く抱きしめてきました。

 

「ゆんゆん、気持ちよかったぞ」

 

「私で気持ちよくなってくれたんですか? それなら私嬉しいです……」

 

「処女より先に、アナル処女を失っちゃったな」

 

「お尻に処女膜なんてないです。ノーカンです……」

 

「しかも、お尻で感じてイキッぱなしになってたな」

 

「知りません……」

 

「ゆんゆんはエッチな子だなー」

 

「カズマさんのせいです……」

 

 カズマさんに抱かれながら、私は彼から僅かに漂う精臭と、汗の匂いをクンクンと嗅ぎました。凄い匂いです。でも、大好きな匂いなんです。私はカズマさんの熱を全身で堪能しました。そして、幸せな思いを抱きながら、私は意識を手放しました。

 

 

 

 

 

 翌日。私はカズマさんと、一緒に王都を散策していました。お尻に少し違和感を感じますが、屋敷で慣れてしまいました。歩行には支障ありません。

 

「カズマさん、これから何をするんですか?」

 

「とりあえず、食って飲んで、観光する! ランチは噂の定食屋、ディナーは有名高級レストラン! どうだ、ワクワクしてきたろ?」

 

「な、なんだか、胃もたれしそうです……」

 

「よっしゃいくぜ!」

 

 そして、私はそれから3日間、カズマさんの暴飲暴食と愛欲の日々を過ごしました。かなりカロリーのあるものを毎日食べていますが、体重はむしろ減りました。だって、でカズマさんとの“運動”が激しすぎるんです……

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

4日目、俺は観光名所、エリス大聖堂に来ていた。なんでも、かなりの歴史を持つ教会らしい。

 

「カズマさん、ステンドグラス、すごい綺麗ですよ!」

 

「ほーそうだなー」

 

「なんか、興味なさそうですね……」

 

「いや、王都って教育的な観光地ばっかだな。ちょっとマンネリ化してきた」

 

「そうですか? 私は楽しいですよ!」

 

 ゆんゆんは、歴史とか好きなのだろうか、日本史なら分かるけど、こっちの歴史ってそういえば全然知らないな。俺は他に、見れるものはないかと、ガイドブックを開く。それによると、この教会には、常設の懺悔室と、世界一美しいというエリス像あるらしい。とりあえず行ってみるか。

 

「ゆんゆん、暇つぶしに、懺悔室を冷やかしに行こうぜ」

 

「冷やかしって……まぁ行きましょうか」

 

 そして、俺達は懺悔室へ向かった。しかし、一人ずつしか入れないため、俺は仕方なく、先にゆんゆんを向かわせた。あいつは、懺悔室で何を相談しているのだろうか。しばらくして、ゆんゆんが懺悔室から出て来た。何やら満面の笑みを浮かべている。

 

「カズマさん、神様のお墨付きをもらいました! 私の裏切りも、神様が許してくれるそうですよ!」

 

「裏切りって、何を裏切ったんだよ」

 

「めぐみん」

 

「!?」

 

何故か、ゆんゆんが無表情になった。こ、これは放置しとこう。

 

「つ、次、俺行くから、待ってろよ!」

 

「カズマさん、何を告白するんですか?」

 

「単に冷やかすだけさ」

 

 そして、俺は小さな懺悔室に入った。エリス教の神官は、頭が固い奴ばっかだ。おちょくってやろう。そんな覚悟を決め、懺悔室の仕切りの前でひざまづいた。

 

『ようこそ迷える子羊よ。あなたの罪を打ち明けなさい。神は許しを与えるでしょう』

 

若い女性の声が、仕切りの向こうから聞こえてきた。なるほど、なるほど……

 

「私は以前、罪を犯しました……冒険仲間の女性3人の下着を床に敷いて、そのうえで転げ回りました。私の行いを神は許してくれますか?」

 

『ええ? ちょ……神じゃなくて、仲間に懺悔するのが先だと思いますよ!』

 

「ちなみに、その後、盛大にアレして、ぶっかけました」

 

『アレってなんですか! バカですか!? あなたバカですよね! 神がそんな不徳を許すわけありません!』

 

 ふむ、多分このシスターさんは経験が浅いな。スルーをマスターしないと、こんな仕事やってられないぞ。よし、もっとおちょくろう。

 

「友達がいない田舎娘を篭絡して、性欲のはけ口にしています。そんな私を……」

 

『去れ! 背教者め!』

 

「なんだよ、エリス様って、こんな事も許してくれない心が狭い神様だったの? こんなんじゃ、きっと胸も小さいな……」

 

「わあああああああああ!」

 

 仕切りを蹴飛ばして、シスターが俺の方に突撃してきた。なんだ、ロリか。豊満なエロシスターだったらよかったのに……

 

「落ち着け、ほら飴ちゃんやるぞ」

 

「うるさい! お前、アクシズ教徒だな! さっさと去れ……!」

 

「あ? ひん剥いて犯すぞクソガキ」

 

「ひぃ!? ごめんなさいごめんなさい!」

 

 つまらん、やっぱガキだな。俺は飴玉をシスターの口に放り込み、懺悔室を後にした。外では、ゆんゆんが椅子に座って待っていた。

 

「カズマさん、どうでした?」

 

「おもしろかった」

 

「なんですか、その子供みたいな感想……」

 

 そして、俺達は次の目的であるエリス像を拝みに、中央聖堂へ向かった。置かれているエリス像を見て俺達は素直に感嘆の声をあげた。非常によく出来ている。でも所詮、想像で作ったものだとすぐ理解した。 

 

「よくできてますね」

 

「そうだな、パンツもちゃんと履いてるし」

 

「え? あ、本当だ……」

 

 二人して、エリス像のスカートの中をのぞきこむ。もし、この光景をエリス様に見られたら、直に天罰を下してきそうだ。

 

「でもな、ゆんゆん。こいつは偽物だ」

 

「偽物? 一体どういう意味ですか?」

 

「よく見ろ! 違和感に気付くはずだ!」

 

 俺の言葉に従い、ゆんゆんがエリス像を観察し始めた。確か、ゆんゆんも、本物のエリス様を見た事あるはずだ。それならば、違和感にも気づくはずだ。

 

「どこもおかしいところは……あっ……」

 

「察してしまったようだな、ゆんゆん」

 

 ゆんゆんの目線の先には、エリス像の豊満な双丘があった。おかしい、こんな事は許されない。俺はエリス像の胸をよく見る。PADでもない。やっぱ偽物だ。

 

「お! ゆんゆん、ここ見ろ!」

 

「なんですか、石像の胸なんて……随分とここだけツルツルですね」

 

「多分、これは触れまくってツルピカになったんだな。よし、俺も一撫でしてやろう!」

 

「カズマさん、あなたってヒトは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ助手君、こんなとこで奇遇だねぇ~」

 

「「!?」」

 

突然の声に俺達は振り返る。そこには見慣れた銀髪盗賊、クリスの姿があった。

 

「エリ……お頭ァ! なにやってんスか、こんなところで!」

 

「いいからキミは、その手を放そうか」

 

「うっす! これは手が滑ったんです! 不可抗力です!」

 

俺はエリス像の胸から手を放した。やべぇ、見られた!

 

「ちょっと話し合おうか、助手君?」

 

「へいお頭!」

 

 俺は二つ返事で答え、俺達は近くの椅子に腰を下した。ゆんゆんはクリスをチラチラ見ている。なるほど……

 

「そういえば、お頭ってゆんゆんと面識あります?」

 

「あるよ、ギルドで暇そうにしてた時、何度かお話したよ」

 

「そうなのか、ゆんゆん」

 

「は、はい! でもそれだけの仲で……」

 

ゆんゆんが俯いて答えた。まったく、このぼっち紅魔族は。

 

「お頭、コイツと友達になってくれませんか?」

 

「いいよー」

 

「ほ、ほんとですか!」

 

 軽く答えたクリスに、ゆんゆんが飛びついた。そんなにも、友達に飢えているのか。見てて悲しくなってきた。

 

「知らない仲じゃないしね! よろしく!」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 うん、やっぱりエリス様は女神だな。どっかの駄女神とは違う。ゆんゆんは、クリスの手を取ってぶんぶん振っている。そんなに嬉しいのか……

 

「で、お頭はなんでこんなところに?」

 

「王都にいるのは、とある目的があってね、でも、さっき君を見かけて追いかけて来ちゃった」

 

「なんか、俺に用事ですか?」

 

「そうだよ。でも、今はお邪魔みたいだね」

 

そんなクリスの声にゆんゆんが顔を赤くして俯く。やっぱゆんゆんは可愛いな……

 

「あの、クリスさん。それなら、これから私達と夕食でも食べに行きませんか? カズマさんへの用事はその後という事で……」

 

「おおー! いいの? じゃあ、しばらくよろしくー!」

 

 

 そして俺達はクリスを連れて、レストランへ向かい食事を取った。毎日のように豪遊しているが、食事に関しては飽きが来る事はない。食事を終えると、俺達は酒とつまみを買い、ホテルへと戻った。

 

「で、お頭。俺に用事ってなんすか?」

 

「…………」

 

クリスは無言で目を瞑って思案した後、ゆんゆんに話しかけた。

 

「ねぇ、ゆんゆん。助手君ちょっとだけ貸してくれない?」

 

「どうぞどうぞ! 私達、友達ですから!」

 

「そう、じゃあ借りるねー! 30分くらいで戻るから」

 

 何やら、物扱いされた事に、若干イラつきながらも、俺はクリスに手を引かれて部屋を出た。ゆんゆんに聞かれたくない用事なのだろうか。クリスはそのまま、隣の客室に俺を連れ込んだ。

 

「ん? お頭もここに泊まってるんですか?」

 

「そうだよ。偶然だねー」

 

なんとも珍しい偶然だ。まぁ、別に気にする事はない。しかし、用事か。エリス様の用事って言ったらアレしかないよな。

 

「で、用事っていうか頼みたい事なんだけど……」

 

「お断りします」

 

「ちょ、話くらい聞こうよ!」

 

「どうせ神器関連でしょ?」

 

「そ、その通りなんだけどさ……」

 

俺は断る理由を考えた。今は旅行中だ。面倒事はゴメンである。それに、ゆんゆんを一人にはできない。

 

「じゃ、エリス様。本日はご縁がなかったという事で」

 

「せめて、話くらい聞いてよ助手君!」

 

「はーしょうがないっすね」

 

 それから、エリス様の話を要約するとこうだ。放棄されたダンジョンの最下層に神器と転生者の魂が残ったままである。神器は悪用されるような危険なものではないが、念のために回収し、ついでに転生者も成仏させようというものだった。

 

「ね? 助手君、手伝ってくれるでしょ?」

 

「お断りします」

 

「この薄情者―! って待って、待ってよ!」

 

 出て行こうとする俺を、エリス様が飛びつくようにして強引に止める。結構しつこいな。

 

「エリス様、もう世の中平和だし、神器だって危険な奴じゃないんでしょ? いつか手伝ってあげますから、今日はこれで」

 

「そうだけど!   お願いします。手伝ってくださいカズマさん……」

 

 エリス様が目を潤ませて懇願してきた。心がグラつくが、ここは耐える。もうその手に乗らない。今回は緊急性ないし、俺の判断は妥当だろう。でも見捨てはできないか。

 

「エリス様、これあげます」

 

「お金ですか……?」

 

「それで、冒険者雇ってダンジョン攻略してください」

 

「カズマさんの薄情者!」

 

 エリス様が、俺に金貨を投げ返して来た。あ、今のアクア並にイラッときた。ちょっと傲慢すぎませんかね、この女神。

 

「じゃ、そういう事で」

 

「待ってください!」

 

「放せ駄女神!」

 

「駄女神!? 今、私の事を駄女神と呼んだのですか!?」

 

「そうですよエリス様! やっぱあなたってアクアの後輩なんですね!」

 

 イラッと来ていたので、俺は思わず皮肉が出てしまった。それを聞いたエリス様が無表情になった。やばい、言い過ぎたか……?

 

「……………」

 

「あ、その、すいません言い過ぎました……」

 

「うええええええええん!」

 

「マジ泣きかよ!」

 

 

 

 

 

 

 その後、エリス様を慰め、なんとか、平常を取り戻した。エリス様も結構、自由奔放な神だと実感した。

 

「カズマさん、どうしても手伝ってくれないんですか?」

 

「だから、お金渡しますから、誰か雇ってください。賢くやりましょうよ……」

 

「いやです! 私はカズマさんに手伝って欲しいんです!」

 

「はぁ……」

 

 エリス様が親に見捨てられた子供のような顔で、そう答えた。そんな顔をするのは卑怯だと思います。

 

「俺に報酬もなしに、頼むんですか?」

 

 そういった俺に対して、エリス様は、俺をじっと見つめてきた。そしてアホな事を口にした。

 

「カズマさんが、ゆんゆんさんにしている事と、同じ事をしていいですよ」

 

「…………」

 

 エリス様が意味不明な事を言ってきた。ゆんゆんと同じ事ってなんだ。まったく見当がつかない。うんまったく。

 

「ちょっと意味が分かりません。エリス様」

 

 そう言った俺を、エリス様は無表情見つめてくる。なんだか、全てを見透かされたような気がして、俺は体をブルリと震わせた。

 

「カズマさん、私はあなたをいつも見守っているんです。ゆんゆんさんを、こまして、好き放題している事を、私は知っています」

 

「ば、ばれてーら……」

 

 俺は観念したように俯いた。よりによって、エリス様に知られてしまった事にショックを受けた。弁明しようがない。いやまて、さっきエリス様は、ゆんゆんと同じ事をしていいって……

 

「エリス様、なおさら意味が分かりません。俺がエリス様に好き放題していいって事ですか?」

 

「ええ、この、クリスは地上に降りるための、仮初めの肉体ですし、好きにしていいですよ。それこそ、肉便器にしてもいいです」

 

「は?」

 

 エリス様から、肉便器という言葉が出た事に俺は固まった。頭が追い付かない。そんな俺に、エリス様が抱き着いてくる。クリスの体は、適度に引き締まっているが、女の子特有の柔らかさは健在だ。それに、クリスの薄い胸がふにふにと、俺の胸に当たる。ああ、理性が飛びそうだ。

 

「カズマさん、神器回収の暁には、スゴイ事してあげます」

 

「す、すごい事……」

 

「そうです。すんごい事です」

 

 なんか、エリス様の清楚なイメージが崩れ始めた。今もなんか、蕩けた表情でこちらを見つめてくるし……

 しかし、俺はゆんゆんと、逃亡という名の旅行デートの最中だ。さすがに、今は裏切れない。でも、こんな据え膳、断れるわけがない。俺は理性を働かせ、妥協案に口にした。

 

「エリス様、ダンジョン攻略は引き受けます。でも、エリス様に手は出しません。俺にセクハラして欲しいって言うなら、ゆんゆんの許可を取ってください……」

 

「そうですか、では許可を取って来ます!」

 

 そう言うと、エリス様は部屋を飛び出していった。残された俺は茫然とするしかない。暗に、無償で引き受けると言ったのに、エリス様は俺の肉便器化の了承を、ゆんゆんに取りに行った。意味が分からない。

 

「まさか、夢か?」

 

俺は頬を思いっきり引っ張った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 私が、カズマさん達の帰りを待っていると、クリスさんだけが私達の部屋に帰ってきた。

 

「クリスさん、カズマさんは?」

 

「ちょっと遅れるってさ。それより、ゆんゆんに頼みたい事があるんだけど」

 

「なんでしょうか! なんでもおっしゃってください!」

 

「おおう、凄い喰いつきだね……」

 

 それから、私はクリスさんの頼み事を聞きました。なんでも、とある目的のために、一緒にダンジョンを攻略して欲しいとの事。そんなのお安い御用です!

 

「任せてください! 友達の頼み、達成してみせます!」

 

「心強いねー ありがとゆんゆん」

 

「はい!」

 

「ちなみに、もう一つお願いがあるの」

 

「なんでしょう!」

 

 

 

 

 

 

「助手君の性欲処理、手伝わせてよ」

 

「はい……?」

 

 この方は、何を言っているのだろう。先ほどまでの、浮かれた気分が吹き飛びました。カズマさんの性処理? とんだ痴女ですね。

 

「意味が分かりません」

 

「分かってるでしょ? あたしは、助手君とゆんゆんが、どういう関係なのか知ってるんだから」

 

「………恋人です」

 

「ホントに?」

 

 クリスさんが薄笑いを浮かべながら、こちらに近づいてきました。なんとなく分かりました。この女は敵です。

 

「本当です。それにしても、私とカズマさんの関係は秘密のはずです。何故知っているんですか?」

 

「そりゃ、ずっと見てたからね。そう、ずっと……」

 

何故か、背筋にゾワリと怖気が走りました。でも、負けるわけには行きません。

 

「ダンジョン攻略は手伝います。でも、カズマさんの相手は、私で十分です」

 

「ゆんゆんは、助手君の性欲を甘く見てるね。昨日も浮気してたよ」

 

「ええ!?」

 

 とても気になる事をクリスが言いました。カズマさんが浮気? そんなはずは……そういえば、昨日はお尻を攻められて、気絶したまま寝ましたね。

 

「そもそも、なんでクリスさんがそんな事を知っているんですか? もしかして、ストーカーさんなんですか?」

 

「それは、私が全てを見通しているからです」

 

「っ……!? エ、エリス様!?」

 

 私が突然の声に振り返ると、そこには、いつのまにか女神エリスの姿があった。そして、エリス様の隣に、クリスが並び立つ。

 

「あたしの正体はなんと! あの女神エリスなのでした! どう驚いた?」

 

「ゆんゆんさん、理解してもらましたか?」

 

 二人に話しかけられて、私は頭を混乱させる。クリスがエリス様? でも、お二人は同時に存在していて……

 

「あたしも、エリスも精神と感覚を共有してるの」

 

「私は女神です。異なる体を別々に動かす事くらい、造作ない事です」

 

「…………」

 

 私自身、もうお手上げでした。国教の女神が、カズマさんのストーカーですか。頭痛くなってきた。

 

「いっとくけど、あたしは別に助手君との結婚は“今”は望んでないよ?」

 

「そうです。ただ今世で、少しでも一緒にいたいだけです。あなたはどうぞ、カズマさんと結婚してください。祝福……はしません」

 

「はぁ……」

 

 私の譲れない部分は、理解しているようです。しかし、私はカズマさんに、私だけを見てもらいたい。女なら、誰もが思う事です。だから、絶対に私は屈したりなんかしません!

 

「……クリス。私はそろそろ戻ります。許可なしの降臨ですしね。ゆんゆんさんには、アレをお見せください」

 

「言わなくても分かってるって!」

 

 そして、女神エリスは光となって消えた。まぁ、クリスもエリス様なので、そんなに状況は変わっていないのですが。

 

「ゆんゆん、あたしのとっておきを見せてあげよう!」

 

「なんですか?」

 

「じゃーん!」

 

 そう言って、クリスは虚空から、一冊のノートを取り出した。何の変哲もない、よくあるノートですが……

 

「これは助手君の最近の行動記録で……」

 

「詳しく」

 

 私はクリスに掴みかかりました。そして、クリスに宥められながら、私は、二人でノートを観覧しました。それを見て確信しました。やっぱり、カズマさんは人間の屑です。

 

「ほら見て、助手君って、ゆんゆんに隠れて“ぴんさろ”っていうエッチなお店に最近通ってるの!」

 

「…………」

 

 このストーカーの『助手君観察日記』は、丁寧にも隠し撮り写真がついています。私は、クリスさんに呆れました。でも、カズマさんにはもっと呆れました。写真には、両隣に女を侍らせ、酒を飲みながらゲス笑いをしているカズマさんが、写っていました。しかも、露出させた性器に、別の女が舌を這わせています。

 

「でもね、娼婦を買って本番はしないの。こういうとこ、可愛いよね」

 

「ヘタレなだけです……」

 

「あ、でも昨日は危なかったんだよ!」

 

 そういってクリスが、最新の観察記録、昨日の出来事を記したページを見せてきました。何やら、たくさんの文字が、書き殴るように書いてありました。

 

「助手君が、お酒を買いに深夜外出した時、スリにあったの。でも、犯人はすぐに捕まえたよ」

 

「それで……?」

 

「犯人が少女だった事に気が付いた助手君は、お仕置きと称して、レイプしようとしたの」

 

「ええ!? しちゃったんですか!?」

 

「いや、下着剥ぎ取った所で、衛兵に見つかって逃げたよ。未遂だねー」

 

「カズマさん、あなたってヒトは……」

 

 私が溜息を吐いていると、クリスが私の肩をポンポンと叩いてきました。慰めてくれているのでしょうか。

 

「助手君はね、ここまで外道になったのは最近の事なの。まだ更生のチャンスはあるよ!」

 

「クリスさんは、カズマさんが外道になった理由は分かりますか……?」

 

「単純だよ。お金と戦闘力を手に入れて、しかもゆんゆんみたいな美少女と、肉体関係を結んだ事で、完全に調子に乗っちゃってるの! スキあらばエロイ事しようとしてるよ!」

 

 随分と納得の行く答えです。本当にありがとうございました。しかしどうしましょう。カズマさんの精力は、どんどん強くなっていますし……

 

「ねぇ、ゆんゆん。ダクネスと屋敷にいた時、助手君を制御できてたよね?」

 

「くっ……!」

 

 痛い所を突かれました。あの時、私とダクネスさんで、カズマさんを満足させていました。カズマさんも、彼も他の女に手を出す事なく、私達をひたすら求めてきてくれました。完全制御には至りませんでしたが、私達に釘着けにはできました。

 

「ねぇ、ゆんゆん。あたしと、“共同戦線”をはろうよ」

 

「うぐぐ……!」

 

 クリスは、結婚は私に譲ると言っている。それならばよいのではないか? しかし、カズマさんは、私だけを見て欲しくて……!

 

「ゆんゆん、神託を下します。このままだと、カズマさんは、“アクセルの種馬”になってしまいますよ」

 

「…………」

 

 私はその提案を、しぶしぶ受け入れる事にしました。さすがに、エリス様が約束を破る事はないでしょう。結婚さえしてしまえば、意外と義理堅いカズマさんなら、クリスとの関係を打ち切ってくれるかもしれません。

 

「クリスさん、いえエリス様。カズマさんの性欲解消を手伝う事を許可します。でも、結婚はダメです!」

 

「分かっていますよ」

 

「くっ……」

 

「そんなに、睨まないでください。カズマさんを見守る戦友、いや“友達”として仲良くやりましょう」

 

「私、こんな友達望んでないです!」

 

 しかし、私は差し出されたエリス様の手を取ってしまいました。こんな状況でも、友達が出来た事に嬉しく思っている自分が、非常に情けないです。

 

「あ、それとこっちの姿はクリスってよんでね」

 

「はい、クリスさん……」

 

「そんなに落ち込まない!」

 

 クリスさんが、私の頭を撫でてきました。さすが、ストーカーですね。私がこれに弱いのをご存じでしたか…

 

「目指せ! 助手君、完全掌握!」

 

「はい、頑張りますか……」

 

 今、ここに“共同戦線”が築かれました。でも、何故でしょう、「約束や同盟は破るためにある」という誰かの格言が、頭にチラつきました。しかし、私も負けるわけには行きません。カズマさんは私のものです!

 

 

「あ、クリスさん。参考程度に、一つ聞きたい事があるのですが」

 

「なになにーなんでも答えちゃうよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「女神を殺す方法ってありますか?」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回もエロ回
これ以降、クズマさんが少しずつ更生するかも……?


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爛れた2ヶ月間:ダラダラ旅行(ダンジョン攻略準備?編)

今回もエロ回
少し、アブノーマルな描写あり


 俺がしばらくたってから、自室へと戻ると、そこには仏頂面でベッドに座るゆんゆんと、満面の笑みを浮かべながらドレッサーの前に座るクリスがいた。

 

「お頭、もしかして……」

 

「うん、ゆんゆんの許可は貰ったよ!」

 

「マジかよ」

 

 俺はゆんゆんの方をチラリと見る。ゆんゆんは相変わらず仏頂面だ。というか本当にゆんゆんは『性欲処理』の許可をしたのだろうか。

 

「ゆんゆん、いいのか?」

 

「仕方なくです。お好きにどうぞ」

 

 そういって、ゆんゆんは再び押し黙る。一体どうして、許可をしたのだろうか。ゆんゆんなら、絶対に断ると思っていたのに。どうしよう、マジで、クリスに手を出していいのだろうか。ヤバイ、滅茶苦茶興奮してきた。

 

「お頭、本当にいいんですか? 俺って変態ですよ?」

 

「どんとこい!」

 

「あれですか、お頭は俺の事好きなんですか?」

 

「ま、まぁ、そんな感じだね。うん……」

 

 お頭、つまりは、エリス様は俺に好意を持っている? こんな事ってあるのか……?

 

俺こんなモテたっけ……

 

 しかも、クリスの体にゆんゆんと同じ事をしていいって、エリス様、本当にいいんですか。俺、性獣になっちゃいますよ。

 

「もう知りませんからねお頭……」

 

「ふへへ、いいよ…… 君は好きなように、この体を使ってね。それと、助手君にプレゼントがあるんだよ!」

 

「なんですか、プレゼントって?」

 

「もうお風呂場に置いてあるよ。さあ、一緒にお風呂入ろうよ!」

 

「……ゆんゆん」

 

「私も一緒に入ります」

 

 という事で、ゆんゆんとクリスと風呂に入る事になった。嬉しすぎて死にそうである。脱衣所に入り、服を脱ごうとした所で、クリスが顔を真っ赤にしながら、コチラをチラチラ見ている事に気が付いた。随分とウブな反応である。

 

「お頭、さっきから何チラチラ見てるんですか?」

 

「み、みてない! みてないよ!」

 

「嘘はいけませんよお頭、絶対見てました」

 

 クリスは両手を振りながら、違う違うと弁明する。あんな過激な発言しといて、コレとは、エリス様は耳年増だな。俺は一気にズボンを引き下ろし、勃起させたペニスをクリスへ突きつけた。

 

「見たけりゃ見してやるよ! ホラッ!」

 

「わあっ!? わああああああ!」

 

「お頭、なんで、ゆんゆんの背に隠れてるんですか! 見ろよ! ホラホラホラホラ!」

 

「み、見る必要ないよう!」

 

「カズマさん……」

 

 ゆんゆんが俺をジト目で見てくる。でも、これは仕方のない事だ。これから、もっとスゴイ事をするのだから。それにクリスは、ゆんゆんの背にかくれながらも、目線は、俺の股間に注がれている。実に素直じゃない女神様だ。

 

「ほらお頭! お前も脱げ! いや、脱がしてやる!」

 

「ちょっ!? ストップ助手君! そんなにガッつかないで……わあああっ!?」

 

「痴女みたいな恰好しやがって! ほぼ、下着じゃないか!」

 

「違うようっ!」

 

 いやいやと、もがくクリスの服を俺は、剥ぎ取ってゆく。といってもクリスは、胸を最低限隠す布と、ショートパンツしか着けていない。俺はクリスを数秒で、ショーツだけにした。

 クリスは胸を両腕で隠し、へたりこんだ。なんだか、最初の頃のゆんゆんを思い出す。あれか、エリス様も男に興味を持つお年頃なのだろうか。それならば、無理する必要はない。あの過激な発言も、好意ではなく、興味本位から出た言葉だろう。

 

「うう……!」

 

「お頭、今ちょっと怖いでしょ? 今日はもう帰ったら、どうですか?」

 

「そ、そんな事ないよ! ……ほら!」

 

 俺の助言に反し、クリス様が腕を外し、おっぱいをお披露目する。第一印象は、やはり小さいと俺は思った。しかし、よく見てみると、小さいながらも女性特有のふくらみが確かにある。ゆんゆんのボリューム感あふれる美巨乳もいいが、クリスの柔らかそうな、ちっぱいも非常によろしい。

 そして、ちょこんと、くっついているピンク色の乳首が、その薄い胸と合わさって、とても美しい。ああ、むしゃぶりつきたい!

 

「とても綺麗ですよお頭」

 

「ううっ……そう?」

 

クリスは顔を赤くしながらも、嬉しそうな笑みを浮かべた。可愛いすぎですお頭……

 

「お頭、下も脱いでください」

 

「うん……」

 

 クリスが俺に従い、純白の下着をパサリと落とした。そして俺はクリスの秘所をじっくりと見る。恥丘周辺には、薄い陰毛が生え、陰部はピッチリと閉じていた。それに……なるほど、なるほど。

 

「お頭、陰部周辺に陰毛がありませんよ? 自分で処理してるんですか?」

 

「うん、そうだよ。で、でもね、本体は陰毛なんて一本もなくて綺麗なんだよ!」

 

「はいはい」

 

「しんじてよー!」

 

 俺は陰毛があった方がエロくて好きなんだがな。そして、クリスが脱ぎ終わったのを見て、ゆんゆんも服を脱ぎ始めた。身長のは低めなのに、出るところが出ている豊満な体である。それに、白い肌に、レースをあしらった漆黒の下着が映える。やはり、ゆんゆんはエッチな子だ。

 

「ゆんゆんのドスケベボディも大好きだぞ」

 

「げ、下品な事言わないでください!」

 

 そう言いながらも、ゆんゆんは嬉しそうな顔をしている。うん、やっぱりゆんゆんは、ちょろいな。そして、俺は美少女二人を侍らせながら、浴室へと入った。浴室に入ると、今までここには存在していなかった異物が、目についた。まさか、アレがプレゼントとでも言うのだろうか。

 

「助手君、これがプレゼントだよ!」

 

「ニコニコしながら、何ほざいてんですか……」

 

「カズマさん、これは椅子ですか? でも何か、変な形ですね」

 

 ゆんゆんは、そう言いながら、興味深そうに、椅子を触る。対して、クリスはニコニコしている。やっぱり、エリス様は耳年増だな。というか、痴女だ。しかし、正直これはありがたい。これは、実に様々な楽しみ方がある。

 

「ゆんゆん、これは“くぐり椅子”って言うんだ」

 

「くぐり椅子……?」

 

 ゆんゆんは、頭に浮かべる疑問符を増やした。そら、知らないだろうな。くぐり椅子は、アクリル素材か何かで出来た、半透明の椅子だ。しかし、普通とは違う。立法体の風呂椅子から、2つの面をくり抜き、座っている人の下を、くぐれるようになっている。加えて、座る面の中央には、一直線に穴が開いている。俗にいう、スケベ椅子の亜種だ。俺はどっかりと、それに腰を下した。有効活用してやろうじゃないか。

 

「ゆんゆん、この空洞に仰向けになって潜りこんでくれ」

 

「……? 分かりました」

 

 そして、ゆんゆんが椅子の下をくぐる。そして、俺のペニスの下に、ゆんゆんの顔が来たとき、彼女は何かを悟ったような顔した。

 

「カズマさん、世の中には、随分とエッチなアイテムがあるんですね」

 

「はっはっは! これをそういう目的で見る奴がエッチなだけだ。ゆんゆん、自分の好きなようにやれ。本来は、壺洗いでもしたいが、俺はちょっと、お頭の緊張をほぐす」

 

「最低ですね。でも、好きにやらしてもらいます……はむっ!」

 

「おほっ!」

 

ゆんゆんが俺のペニスを咥えこんだ。まずはそうきたか。俺が性器に舌が這う快感を感じながら、近くでこちらをじっくり見ていたクリスを抱き寄せる。

 

「お頭、覚悟できてるんですか?」

 

「うううっ……!」

 

「こんな椅子用意して、これですか。本当に耳年増ですね」

 

「私、年増じゃありません!」

 

「そこに反応するんですか……んっ!」

 

「っ……!」

 

 俺は女神モードに入りかけているクリスの唇を、強引に奪った。最初は目を見開いて、驚いたような顔をしていたが、しばらくするとゆっくりと目を閉じた。そして、精一杯、俺に唇を押し付けてきた。稚拙なキスだが、ここまで俺を求めてくれるのは、嬉しい事だ。俺は押し付けてくる唇をゆっくりと舐った。

 

「んっ……! んむ……!」

 

 クリスも必死に吸い付いてきてくれる。そんな姿は見ていて非常に可愛らしい。そして、俺は両手を、クリスのおっぱいにあてがい、ふにふにと揉んだ。手にスッポリ収まってしまう大きさだが、揉み心地とすべすべ感がゆんゆんとは、違うため揉んでいて、こちらも楽しい。

 

「んぁっ……んぅ……んみゃ!? んむっ……!」

 

 俺が、おっぱいの乳首には決して触れず、乳輪を指でなぞっていると、クリスが俺の口に舌を突き込んで、強引に舐めまわしてきた。随分と積極的だが、キスのなんたるかを、分かっていない。ここは復讐してやろう。口内に侵入してきた舌を、俺の舌で絡めとり、舌先をゆっくりと吸った。

 

「んぁ……!? ん……んみゅ……んんんっ!?」

 

 そして、逃げる舌を追いかけ、逆にクリスの口内に進撃し、舌の裏や、歯茎をゆっくりと舐る。最後に、自然と伸びてきた舌を勢いよく吸った。

 

「んんんんんんんんんんんっ!?」

 

 クリスはビクビクと体を痙攣させながら、目を見開いた。とてもウブな反応だ。可愛い可愛い! そして、俺が口を放すと、クリスは涎を口から垂らしながら、蕩けた表情でこちらを見つめてきた。よし、準備完了。俺は、今までの乳輪攻めで、カチカチに固くなっている乳首に思いっきり吸い付いた。

 

「え……やあああああああああああああっ!?」

 

 俺を振り払おうとするクリスに抱き着き、俺は強引に吸い続ける。今感じているのは、快感か、それとも痛みなのかもしれない。でもそんな事は知ったことではない。俺は更に吸い付きを強めた。

 

「やあああっ! 助手君……取れちゃう取れちゃう! んあああっ!?」

 

「んじゅるるるっ!」

 

 そして、俺は満足行くまで吸い続けた。途中、クリスがガクガクと体を震わせたが、絶頂したのだろうか? 乳首でイクなんて、かなりの調教が必要だが……

まぁ気のせいだろう。俺が口を離すと、乳首が唾液でヌラヌラと光っていた。そして、乳房に吸い付いた痕跡が少し残った。さて、そろそろ、クリスにも舐めてもらおう。そう決めると、俺は眼下のゆんゆんに話しかけた。

 

「ゆんゆん、そこ以外も頼めるか?」

 

「んぐ……ん……んぁ……! もちろんです。やってもいいですか?」

 

「むしろ、やってくれるのか? 汚いぞ?」

 

「そんな事はありません! カズマさんの全ては私のです!」

 

 そう言うと、ゆんゆんの頭が、眼下から、消えた。そして、俺のお尻の穴にチロチロと熱いものが這うのを感じた。そのゾクゾクとした快感に、俺は体を震わせた。

 

「おほっ! 悪くない、悪くない快感だ!」

 

 俺はゆんゆんの好きにさせる事にした。何より、尻の穴を舐めさせるという行為で、俺の自尊心が高まるのを感じた。そんな快楽に身を任せながらも、俺は目の前で放心しているクリスをしゃがませる。そして、口元にペニスをあてがった。

 

「ほら、舐めろ」

 

「はい……」

 

 クリスはうっとりとした顔をしながら、俺のペニスに舌を這わせた。亀頭や裏筋を、クリスはゆっくりと舐めていく。なかなか様になっている。何かで勉強したのだろうか。しかし、まだ動きが、ぎこちない。このペースだと、射精する事なんてできない。

 

「お頭、咥えろ」

 

「わかったよ、助手君……んむっ……!」

 

「おおう、よいぞ……」

 

 クリスは、俺のペニスの半分程を飲み込み、頭を上下させる。亀頭に這う舌の感触と、口内全体の温かさ、そして、熱い吐息がペニスにあたり、非常に気持ちがいい。このまま、やらせれば、絶頂するだろう。そんな事をぼんやりと考えていると、俺の尻穴の入り口に熱い物……ゆんゆんの舌が侵入してきた。そして、何かを確かめるように、舌を入口付近で掻き回す

 

「おおう! いいぞ! いいぞゆんゆん!」

 

「っ……!」

 

 俺はくぐもったゆんゆんの返事を聞きながら、焦りが出て来た。早く射精したいと。しかし、クリスのフェラは、はっきり言って稚拙だ。ちなみに数ヶ月仕込んだゆんゆんの口技は、なかなかのものである。それと比べるとやはり快感は弱い。

 

「ん……んむ……んみゃ……んん……」

 

 なんだかイラついてきた! 俺はクリスの頭を両手で掴むと、俺の腰に叩きつけるように強引に押した。そして、俺からも、叩きつけるように、クリスの口内に突き込んだ!

 

「むぐうううううううううううっ!?」

 

 クリスが驚いた表情を浮かべているが、知った事ではない。俺はクリスの頭を手で腰に押し付け、俺自身は遠慮なしに、ガンガンと突き込んだ。

 

「んぐうううううう!? んぐっ! んぐっ! んぐうううぅっ!」

 

「おほっ! おほっ! たまらねぇぜお頭!」

 

 ついつい、下卑た笑いを浮かべてしまう。クリスは涙を流しながらこちらを睨み、両手でバシバシと俺の腰を叩く。無駄な抵抗だ。

 

「んがっ! むぎっ! むぐっ! むぐううううううううっ!?」

 

「ヒャッハッハ! 俺の肉便器に志願したんですよ! それを忘れちゃダメでしょうお頭!」

 

「むぐううううっ! んがっ!? んぐうううううう!」

 

 俺は抵抗を続ける力が弱くなったクリスを無視して、強引に腰を打ち付ける。時節、歯が当たって痛いが、誤差の範囲だ。そして、ゆんゆんに尻穴を舐めさせている事、クリスの口を無理矢理犯している事の精神的な快楽が凄まじい。

 

「ほら、もっと奥まで咥えろ!」

 

「んぎいいいいいいい!? んがっ! んぶうううううううっ!?」

 

「おほっ! イクぞ! 注ぎこんでやるからな!」

 

「んぐううううううううっ!」

 

 俺は最初に比べて、随分と弱々しくなったクリスに腰を打ち付ける。そして、根本までズッポリ入り、亀頭が喉奥の空洞にたどり着いた。今だ!

 

「イク! お頭イキますよ………おおっ!? う゛っ!」

 

「んんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!?」

 

 ビュルビュルとした射精音が聞こえる程の大量射精だ。凄まじい快感に俺は気を失いそうになる。しかし、まだダメだ! 最後の残り一滴まで注ぎ込んでやる! 俺はそのまま精液をクリスに満足いくまで流し込むと、ゆっくり引き抜いた。俺のペニスはクリスの唾液で淫靡に光っている。良い光景だ。

 

「あひゅ……あへっ……ごひゅ……」

 

「おっと、よく頑張ったなぁお頭!」

 

 俺は倒れ込んでくるクリスを抱きとめた。半目を向きながら、口からは、精液と唾液と胃液が入り混じった泡を吹いていた。うーん、ちょっとやりすぎた。

 

「ゆんゆん、洗うぞー」

 

「んぁっ……わかりました」

 

 そして、俺達は気絶したクリスを泡風呂に放り込み、体を洗いあった。うーむ毎日こんな事をできるのか。

 

生きててよかった……

 

 俺とゆんゆんは、気絶したクリスをベットに転がし、俺達も横になった。ゆんゆんは無言で俺に抱き着いてきて、腕を取り、腕枕の体勢を取る。

 

「どうしたゆんゆん」

 

「カズマさんは、私とクリスさんどっちがよかったですか?」

 

「答えにくい質問を……ゆんゆんだよ」

 

「ホントですか?」

 

「ホントホント……」

 

 暗闇の中で、紅く輝く目に見つめられる。こういう質問はホントやめてほしい。俺に好意を抱き、イケナイ関係になった女性にできれば、順位をつけたくはない。しかし、つけるとしたら、ゆんゆんは単独トップだ。俺も、もうズブズブにゆんゆんに溺れてしまった。そろそろ覚悟を決めるべきかもしれない。

 そんな事を考えていると、股間に違和感を感じた。見てみると、ゆんゆんが俺の性器に手を伸ばしていた。

 

「私、お尻舐めただけです」

 

「あーはいはい……来いよ」

 

「私のお気に入りでお願いします」

 

「どんとこい」

 

 ゆんゆんは騎乗位の体勢を取り、俺のペニスに濡れた性器を押し付けてきた。さぁやってやろうじゃないか。

 その後、微かな喘ぎ声と、ベットが軋む音が響いた。

 

 

 

 

「俺の上で寝やがって」

 

「ん……カズマさん……」

 

 ゆんゆんは、結局、俺の腹の上で寝てしまった。まぁ、可愛いから許す。そんな時、俺はふと、視線を感じた。そして、顔を横に向けると、無表情のクリスと目があった。

 

「っ……!」

 

 その瞬間、何とも言えないゾワリとした感触を全身に感じた。俺は驚いて、目をそむけてしまう。

 

「お、お頭……?」

 

俺は勇気を振り絞って、再びクリスに目を向けると……!

 

「…すかー……」

 

「……………」

 

うん、寝てる。さっきのは気のせいだな。気のせい気のせい!

 

 

 

 

 

 

 翌朝、俺は気持ちの良い感触で目覚めた。薄目を開けて見てみると、ゆんゆんがしゃぶっていた。屋敷で完全に身についたか。そんな事を考えながら、俺は射精した。ふぅ、頭もスッキリしてきた。

 

「おはよう」

 

「んぐっ……おはようございます! カズマさん!」

 

「おはよー」

 

 ゆんゆんとクリスが笑顔であいさつを返してきた。クリスは今の光景を見てたのか。なんだか変な気分だ。

 

「さて、今日からダンジョン攻略だ。気張っていくぞ!」

 

「「おー!」」

 

 そして、俺達は朝食を食べながら、今日の予定を立てる。とりあえず、今日はダンジョン攻略の準備と情報収集をする事となった。

朝食後、俺がバスルームに行くと、チョロチョロとクリスが付いて来た。

 

「どうしたんですかお頭? 俺の放尿シーンがみたいんですか?」

 

「そんなとこ、入った入った!」

 

「お、お頭?」

 

 俺はクリスに背中を押されて、バスルームの中へと入る。そして、鍵を閉めると、クリスが便座の上に座って口をあーんと開けた。

 

「お頭、さっきゆんゆんに吸い取られて、まだ出ませんよ」

 

「違うよ。おしっこ飲ませて」

 

「はぁ!?」

 

 俺は笑顔で口を開けるクリスに軽く引いた。肉便器発言にも驚かされたが、実行するとは、恐れ入った。というか、エリス様、そんな趣味あったんですか。

 

「マジで飲むんですか?」

 

「うん! どんな味か、いつも見ていて気になってたんだよねー!」

 

「いつも……?」

 

「はやくはやく!」

 

 なんか気になる事を言った気がするが、飲尿を懇願する女神なんて、世界中でも俺だけしか見れない光景だろう。なんだか、頭が痛くなってきた。しかし、ここまでされたら、俺も覚悟を決める。

 

「……いきますよ」

 

「うん……んぁ……」

 

 俺は大口を開けるクリスに思いっきり放尿した。下品な水音と、クリスがゴキュゴキュと喉を鳴らす音が部屋に響く。排尿の快感を感じながら、俺は思った。なんで俺は、こんな事をしてるのだろうと。

 

「ん……ん……んちゅ……」

 

「おふっ! もう出ませんよお頭!」

 

 俺の言葉を無視して、クリスが俺の亀頭にチュウチュウと吸い付いてくる。見ていて非常によろしい光景だが、これをやっているのがエリス様だと思うと、なんだか申し訳なさを感じる。俺、エリス様に何をやらしているのだろうと。

 

「ぷはっ! 美味しかったよ。ご馳走様、助手君」

 

「笑顔で何いってんすかお頭……」

 

「これから、助手君のおしっこは全部、あたしが飲むからね!」

 

「勘弁してください……」

 

「嫌っていっても飲むから!」

 

 訳の分からない事を言うエリス様に、俺は嘆息した。でも、敬愛するエリス様を汚す行為は、正直言って、俺の支配欲と自尊心がかなり満たされる感じがする。癖になってしまいそうだ。

 

「お頭、外出ますよ。ダンジョン行くのでしょう?」

 

「そうそう、それが目的だった! さあ行くよー!」

 

「へいへい」

 

 上機嫌のクリスの背中を俺は追う。まぁ、エリス様の頼みだ。達成して見せようじゃないか。それに、神器回収の対価として似合わない程のご褒美を貰ってしまった。今さら降りるわけにはいかない。

 

「お頭、今、楽しいですか?」

 

「うん! 君のおかげで憂い事の大半がなくなったからね!」

 

「そうですかい……」

 

エリス様が笑ってくれるなら、俺のやってきた事の全てが肯定された気がした。

 

 

 

 

 

 

 飲尿に関して、クリスとゆんゆんで一悶着あったが、それはとりあえず置いておく。そして、俺達は、現在、王都の魔法具店に来ていた。ダンジョン攻略に必要なものを買いに来たのである。やはりといか、品揃えはウィズの店よりいい。というか、パラライズポーション、ポイズンポーションなど、興味深い魔法薬が数多く置いてある。何より、全ての商品が変なデメリットもなく、まともだ。これが一番でかい。

 

「じゃあ、お頭。任せましたよ」

 

「分かったよ助手君。私はダンジョン攻略のプロ、盗賊だからね」

 

 そう言ってクリスは魔法具を物色し始めた。そして、俺は、さっきからキョロキョロと商品を見ているゆんゆんに声をかけた。

 

「ゆんゆん、お前も気になるものがあったら買え、金は全部、俺が出すから」

 

「そうですか! では、遠慮なく!」

 

 ゆんゆんが商品に突撃したのを見て、俺も物色を始める。戦闘の補助になるものを買おう。各種回復、状態異常治癒のポーションに……精力増強ポーション? これも買っておこう。

 そして、しばらくたった後、俺達は店に設置されたテーブルに、各自必要だと思ったアイテムを広げた。

 

「あたしは、ダンジョンでの必須アイテム、緊急脱出用の『強制テレポートのスクロール』に、休憩する場所を作る『結界石』、ついでに、モンスターとの遭遇率を下げる『獣避けの鈴』だよ」

 

「ふんふむ……」

 

「私も似たようなものです。テレポート1回分程度の魔力が貯蔵されたマナタイトに、即座に発動できる『インフェルノのスクロール』です」

 

「よし、全部買った」

 

「即決!?」

 

 クリスが驚いているが、全部有用な物なので仕方がない。これがアクアなら、あのワゴンに置いてある変な形の石を、真っ先に持ってきただろう。あいつのお土産に買っとくか……

 そして、会計を済ませると、俺はゆんゆん達に購入したアイテムと俺が選んで買ったアイテムを渡す。

 

「ほい、こいつを持っとけ」

 

「回復ポーションと、状態異常治癒のポーションですね……」

 

「助手君、さっきのスクロールも値がはるけど、このポーションは最高級の奴だねぇ」

 

「当たり前だ! なんせ、アクアがいないんだからな!」

 

 そう、アクアがいないというのは、結構厳しい。ガス欠しないってだけで、十分だが、状態異常回復に、即効の治癒魔法、ついでに蘇生ができるため、ヒーラーとしての性能は最強だ。

 まぁ、アイツがいればピンチを呼び込むだろう。でも、一緒にいれば、なんだかんだでピンチを切り抜けられるのは俺自身理解している。そういえばあいつ、残してきたけど、寂しい思いはしていないだろうか。心配になってきた。

 

「カズマさん……」

 

「…………」

 

「どうしたお前ら、金なら気にすんな」

 

「はい……」

 

「…………」

 

 何やら、急に落ち込んでいるゆんゆん達に、俺は疑問符を浮かべる。何か、マズイ事でも言っただろうか。

 

「ゆんゆん、昼はお前が行きたいって行ってたケーキバイキングだぞ? なんか知らんが元気出せ」

 

「そ、そうですね。クリスさん、ケーキバイキングですよ! 早く行きましょう!」

 

「ケーキバイキングかー! あたしも甘い物大好きだよ!」

 

 何やら早足で駆ける二人を追いかける。やっぱり、女の子って甘いものに目がないのかだろうか。そんな事を俺はぼんやりと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜、俺達は一緒に風呂に入り、昨日と同じように、くぐり椅子で楽しみ、クリスをイラマチオで気絶させる。そして、欲求不満のゆんゆんを、ベッドで優しく癒した。時刻は深夜、俺はぐっすりと寝る二人を残して、夜の王都へ繰り出した。

 

「んーこの、非日常感はいいもんだ」

 

 そんな事を俺はついつい、呟いてしまう。王都は深夜であるにも関わらず、多くの人で賑わっている。酔っ払いや、客引き、そして扇情的な恰好をした街娼、それを取り締まる警察の様子など、見ていて飽きがこない。そして、自然とテンションが上がってくる。俺は元々、この時間帯の住人なのだ。俺は懐から、薄っぺらい冊子を取り出す。それは、ガイドブックを買ったとき、おまけで貰った『風俗情報誌』であった。

 

「ふむ……この『ぱふぱふの店』って滅茶苦茶気になるな」

 

 自然と、足がそこへ向かいそうになった時、ゆんゆんの寝顔が唐突に思い浮かんだ。俺は、あいつがいながら、何をやっているのだろうか。それに、今まで考えもしなかったが、風俗は病気の心配がある。質の悪いピンサロなら、さらに危険度が増すだろう。あいつに性病を移すなんてできない。俺は冊子を近くのゴミ箱に放りこんだ。

 

そして、街灯がない路地に通りかかった時、何者かが、俺に衝突してきた。

 

「悪いな、兄ちゃん……ってお前は……! ふむぐっ!?」

 

見覚えのある顔である。確か、昨日、俺の財布を盗もうとした所を捕まえ、お仕置きセックスをしようとした少女だ。俺はそいつを再び捕まえると、更なる暗がりに引きずり込んだ。そして、地面にはっ倒す。

 

「またお前か、今度こそ犯すぞ?」

 

「ひぃ!? それだけは勘弁してください!」

 

その言葉を無視して、“お仕置き”をしようと腕を伸ばした時……

 

『カズマさんは最低のレイプ魔ですから、私が性欲を解消してあげないと!』

 

ふくれっ面で、そんな事を言う、ゆんゆんの顔が思い浮かんだ。俺はレイプ魔なんかじゃねぇ。頭の中のゆんゆんに俺はそう言い返した。

 

「バインド!」

 

「な、なにをする気だ!?」

 

「何も、じゃあな」

 

 バインドが解けるまでの時間、運が良ければ、無事だろう。そのまま、俺は縛られて喚く少女を放置する。そして、夜食と安い酒を買いながら、帰路についた。

 俺は、明日からの予定に思いを馳せる。ダンジョン攻略か、なんだか、滅茶苦茶冒険っぽい。それに戦いに疲れたら、エロイ事をして、体を休める。最高じゃないか。俺は自然と鼻歌を奏でてしまった。

 

「よし、帰ったら、寝てるゆんゆんにエッチなイタズラするか!」

 

人間の屑の笑い声が、路地裏に響いた。

 

 

 

 

 

 




次回、ダンジョン攻略&王城潜入編!

一週間後くらいに投稿します。

くぐり椅子が分からなかった人はググりましょう。


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爛れた2ヶ月間:ダラダラ旅行(王城侵入! アイリスとの決着編)

切り時が分からなくて、文字数が多くなる……


「カズマさん、本当にこんな所にダンジョンがあるんですか?」

 

「あるある、情報を得るために、ギルドと昔からあるアイテム屋かけずり回ったんだからな」

 

「お、そうなの助手君! 頼もしいねぇ、あたしはダンジョンの場所以外の情報は持ってなかったんだよ」

 

 現在、俺達は王都から少し離れた森林地帯を歩いていた。目指すは神器が眠るという放棄されたダンジョンだ。

 

「お頭、参考程度に聞きますけど、目的のアイテムってどんな効果だったんですか?」

 

「んーとね、“勇者の服”って奴だよ。能力は、剣、盾、弓、ブーメラン、爆弾、馬の扱いが達人級になる装備だよ」

 

「ええ!? クリスさん、そんなものがあるんですか!? 無茶苦茶な装備じゃないですか!」

 

 クリスの言葉を聞いて、ゆんゆんが興奮しだした。まぁ、確かに無茶苦茶だ。神々が作ったチート装備だし。

 

「落ち着けゆんゆん、確かに無茶苦茶だが、これは“固有装備”って奴だ。マツルギの魔剣みたいなもんだ。お頭、もし俺がその服着たら、どんな効果が得られるんだ?」

 

「とても通気性が良い服で、夜にぐっすり眠られる程度の効果かな」

 

「ですよねー」

 

 他のチート転生者の装備は、転生者自身に紐づけされているため、他の人が使っても、本来の効果は使えないそうだ。それでもアイリスの時みたいに、厄介な効果を持つ神器は複数存在するらしい。

 

「じゃあなんで、クリスさんはそんなアイテムを回収しにいくんですか?」

 

「それはね、こういう滅茶苦茶なアイテム、神器って呼ばれる物達を地上に残しておくと、いらない諍いが起こる可能性があるの。だから、私はそういう物の回収を行っているんだよ」

 

「はえーそうなんですか、女神も色々と大変ですね」

 

 ゆんゆんが、ふむふむと頷いている。どうやら納得してもらえたようだ。そうこうしているうちに、目的地へとたどり着く。森林の一画が切り開かれ、そこに、石で造られた囲いと地下へと続く階段があった。ここで、間違いないようだ。

 

「じゃあ、お頭、いやクリス先輩。索敵と罠感知頼みましたよ!」

 

「頼りにしてますよ」

 

「まっかせろー!」

 

テンションが高いクリスを先頭に俺達はダンジョンへと侵入した。

 

 

―地下1階―

 

「うーん、踏破済みダンジョンだからか、罠もほとんど解除済みだね」

 

「なんか、思ったよりも暇ですね、お頭」

 

「そうですか? 私、なんだかとても楽しいですよ」

 

 俺は、クリス達のそんな言葉を聞きながら、手帳に簡易マップを書いていく。このダンジョンのマップは現存していなかったのだ。ただ、地下10階まであるという情報は入手している。

 また、潜伏を発動しているせいか、モンスターと接敵もない。ゆんゆんは楽しいらしいが、やっている事といえば、魔法で小さな光源を作っているだけだ。多分、潜伏の効果範囲に入るため、俺に抱き着いている事で上機嫌になっているのだろう。こいつ、密着するの大好きだしな。

 

「助手君、モンスターに気付かれたよ。反応10」

 

「結構大量ッスね」

 

「助手君、来るよ!」

 

 クリスの言葉と同時に、コウモリ型のモンスターが現れた。おおう、やっとダンジョンっぽくなってきた。俺は、弓を手に取り、矢を番えて……

 

「“ライトニング!”」

 

コウモリ共が、ゆんゆんの魔法で消し炭になった。そりゃ、適正レベル大幅に超えてるしな、俺ら。

 

「カズマさん、やりました! 褒めてください!」

 

「あーえらい、えらい」

 

「イチャつかないでよ!」

 

 こうして、ゆるーいダンジョン探索が始まった。大半はマッピングに時間を取られ、時間がどんどん経過していく。そして、モンスターが出ても、ゆんゆんが消し炭にしていく。自分が思い描いていたダンジョン探索となんか違う。

 

 

 

―地下5階―

 

「つっまんねー ほれ、コーヒー」

 

「カズマさん、ありがとうございます」

 

「油断してると、強敵にいきなり殺されちゃうよ」

 

 俺達は小部屋に結界石を置き、休憩を取っていた。何やら物騒な事を言うクリスを無視して、俺はディンダーで沸かした水でコーヒーを作る。そして、俺特製ポーションをコーヒーに数滴垂らし、味わうように飲んだ。

 

「うん、おいしい」

 

「カズマさん、そのポーションなんですか? 私にもください」

 

「だめーこれ俺専用だから」

 

「なんだか、そのポーション瓶から、邪悪な気配を感じます。貸してください」

 

「はぁ!? これ、世界で一番、神聖なポーションだから……こらっ! 手を放せっ!」

 

 そんな風に、俺がゆんゆんと取っ組み合いをしていると、クリスが膝を丸めて座り込んだ。俺は、ゆんゆんの顎を撫でて黙らせ、クリスの隣に座る。

 

「ううっ、助手君との楽しいダンジョン探索のはずだったのに……」

 

「そうですね、めっちゃ暇ですね」

 

「言わないでよ……」

 

 いじけるクリスを見て、俺は同情する。俺もこんな暇だとは思いはしなかった。例のダンジョンでやりたい放題していたウィズと、ゆんゆんの姿が、かぶって見える。

 

 

 

 

 

 

―地下10階―

 

「どうしましょうお頭! ダンジョン攻略終わっちゃいましたよ!」

 

「こっちが怒りたいよ! 助手君とのダンジョン攻略をちっとも楽しめなかったよ!」

 

「カズマさん、褒めて褒めてー!」

 

 ダンジョン最深部手前の9階で、俺は何かいるだろうと予測を立てていた。チート転生者が何故、攻略済みダンジョンを潜ったのかは不明だが、そいつを倒すだけの何かがいるはずなのだ。

 という事で、俺はゆんゆんに大魔法の詠唱をさせてから、10階に突入した。案の定、そこには巨大なドラゴンがいたが、ゆんゆんの大魔法での奇襲で、かなりのダメージを与える事ができた。そして、俺は即座にバインドをドラゴンの口にかけ、ブレスを封じた後、いつものクリエイトアース&ウインドブレスコンボで目潰しをする。そして、行動不能に陥っているうちに、ゆんゆんの二発目の大魔法を喰らわせた。その結果、残ったのはズタズタになったドラゴンの死体だけであった。

 

「お頭、神器探しましょうよ」

 

「納得いかない! 納得いかないよう!」

 

「うるさい」

 

「あいたっ!?」

 

 俺はクリスにチョップを浴びせて黙らせる。もうさっさと神器を探して帰ろう。そしてエッチな事をしよう……

 

 

 

『グルアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 

 

 その時、喧しい咆哮がダンジョンに響き渡った。咆哮の場所は……さっきドラゴンの死体があった場所だ。

 

「カズマさん、ゾンビ化しました」

 

「うわ、マジかよ……」

 

 ゆんゆんの言葉を聞いて、俺はげんなりする。ドラゴンゾンビは、かなりのタフネスと、尋常じゃない破壊力を持ったモンスターである。相手をするのは、非常に面倒臭い。そんな事を思っていた時、クリスがニコニコしながら、俺の傍に寄ってきた。

 

「助手君! 強敵の出現だよ! さあ戦おう!」

 

「お頭、いやエリス様、浄化魔法は使えないんですか?」

 

「この体ではね!」

 

 そういって、クリスは短剣を抜き放ち、構える。やる気まんまんのようだ。しかし、浄化魔法が使えないとなると厳しい戦いになる。アクアがいない今、無理はしたくない。下手したら、体を原型がとどめない程、壊される可能性もある。しょうがない、アレを使うか。せっかく、チビチビ使って楽しんでたのに……

 

「ゆんゆん、お頭、俺一人でやります」

 

「じょ、助手君……!?」

 

「カズマさん……」

 

 俺は驚きの表情を浮かべる二人を下がらせる。そして、引きずるようにして体をこちらに動かすドラゴンゾンビに、俺は特製ポーションを投げつけた。俺が投擲したポーションは、ドラゴンゾンビのウロコに当たって、砕け散る。そして、中から溢れた液体を浴びて、ドラゴンゾンビは苦悶の声を上げた。

 

 

『グガアアアア……グッ……』

 

 

ドラゴンゾンビは、光となって、あっけなく消えた。浄化完了である。

 

「ふん、造作ない」

 

「カズマさん、スゴイです! あのポーションはなんですか!?」

 

「待って助手君! おかしい、おかしいよ! 普通の聖水じゃ、ドラゴンゾンビなんて浄化できないよ!」

 

 詰め寄ってくる二人の疑問も、もっともだろう。アレは、俺の偶然で開発した聖水&体力全回復が可能なポーションだ。

 

「あのポーションの名は“100倍濃縮アクア汁”だ。どう作るかは想像に任せる」

 

「アクア先輩……?」

 

「アクア汁……どこかで聞いたような……」

 

 頭を唸らせる二人に俺は内心ビクつく。そういえば、ゆんゆんには、ちょろっと口を滑らせた事があったような気がする。

 

「おい、お前ら! さっさと神器探すぞ!」

 

 俺は考え込む二人の背中を押した。変に告げ口でもされたらマズイからだ。クリスはしぶしぶ、ゆんゆんは素直に従った。10階層は、大きな1フロアしかない、目的のものは数分で見つかった。

 

「カズマさん、これじゃないですか?」

 

「ビンゴだな、お頭、確認を」

 

「りょーかい!」

 

 目的の物、緑色の服が無造作に落ちていた。周りには、風化した土のようなものが散らばっている。

 

「うん、これで間違いないね」

 

「カズマさん、この土ってなんでしょうか?」

 

「多分、神器だけ消化されずに排出されたんだろ」

 

「うわぁ……」

 

 非常に嫌な最後である。俺も溶かされた経験があるので、深く同情する。この最後だけは勘弁願いたい。俺が、嫌な記憶に身震いしていると、クリスが神器である、勇者の服のポケットをあさり、そこから、青白く揺らめく炎のようなものを取り出した。

 

「やっぱりいた……」

 

「お頭、それは?」

 

「ソウル……魂だよ、これに未練があったみたい」

 

 そういって、クリスが俺の手に、鈍い輝きを放つ四角い物体を渡してきた。手に収まる程の大きさのそれは、俺自身、いろんな意味でお世話になったものであった。

 

「カズマさん、これって、もしかして……」

 

「ああ、ジッポっていうライターさ」

 

 俺は渡されたジッポを見る。クロムメッキが所々剥がれ、くすんだ金色がのぞいていた。そして、恐らく誰かからのプレゼントとして、貰ったのだろう。英語でメッセージが刻印されている。ヒンジとフリントの動作はしっかりしているため、オイルとウィックを入れ替えれば、再び使用可能だろう。あの転生者の魂は、これの劣化を防いでいたのだろうか。

 

「助手君、この子が君にそれをあげるってさ!」

 

「いいんですか、これに未練あったらしいですけど?」

 

「この子はそれを、誰かに見つけて欲しかったそうだよ」

 

「そうですか……」

 

 まぁ、くれるというなら貰っておこう。色んな意味で重たい物だが、俺はジッポをポケットに放り込んだ。その途端、クリスが手に持っていた魂が静かに消えた。

 

「成仏したみたいだね」

 

「そうですか、なら安心、依頼達成ですよお頭」

 

「うん! ありがとうね、助手君、ゆんゆん!」

 

微笑みながら答えるクリスの姿はまさに女神であった。

 

 

 

 

 

 

翌日、特にやる事もなくなった俺はベッドで転がっていた。

 

「助手君、どっか行こうよ。さすがに堕落しすぎだよ?」

 

「行ってもいいけど、ガイドブックに載っている所はほとんど行ってるんですよ。つまりは、行く所が思い浮かばない」

 

そして俺は再びベッドでゴロゴロ転がる。もう、アクセルに帰ってもいいかもしれない。ダクネスも、自分であの痴態の言い訳はしただろうし、アクアの事もちょっと心配だ。

 

「カズマさん、それならこれを見に行きませんか?」

 

そんな時、ゆんゆんが俺に情報誌の広告欄を見せつけてきた。

 

「なになに、この世界最新の英雄譚、『魔王討伐物語』、絶賛公演中……おお? これってアレか。俺達が主役の劇か?」

 

「そうです、気になりますよね!?」

 

「滅茶苦茶!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはもう、行くしかない! 俺達は、急いで準備をして、王立劇場へと駈け出した。そして、金を積んで、劇が良く見える貴賓席へと転がりこんだ。

 

「カズマさん、次の公演、『魔王討伐物語』の最終回ですよ。いきなり最後から見ちゃうんですか?」

 

「なんせ俺が大活躍する所だからな! これを見て、出来が良かったら最初から見るさ!」

 

「ふふっ、そうですね。劇の中の私も、どう活躍してるのでしょうか。私だって、結構見せ場あると思うんですよ!」

 

「そういえばそうだな!」

 

 俺は、ゆんゆんと笑い合う。コイツも、最終決戦では大活躍していたしな。こうして、しばらくゆんゆんと会話していたが、視界の隅でクリスが申し訳なさそうな顔をしていた。そういえば、さっきから随分と大人しい。

 

「お頭、どうかしたんですか?」

 

「いや、助手君はこれ見ない方がいいと思うよ……」

 

「なんでですか? あ、女優が皆ブスだったりするんですか?」

 

「そうじゃないんだけど……」

 

「あ、お二人とも、始まりましたよ!」

 

 何やら、クリスが気になる事を言っているが、劇はもう始まってしまった。見ようじゃないか、俺の活躍のシーンを!

 

そして、劇場全体が暗くなり、モノローグが始まった。

 

 

『魔王に捕らわれた女神アクアを救うため、勇者一行は魔王城へ突き進んでいた!』

 

 

ん? 捕らわれただと? あいつはゆんゆん達と特攻したようなもんだが……

まぁ、ちょっとした改変か、よくあるよくある

 

 そして、舞台に勇者一行が現れる。おお、皆俺らそっくりじゃないか。というか、服や装備の再現度がかなり高い。めぐみんのちっぱいぶりや、ゆんゆんのロリ巨乳なドスケベボディも再現されている。うむ、非常によろしい。

 

で、肝心の俺は……俺は?

 

「ゆんゆん、俺いなくね?」

 

「これから出るんじゃないですか?」

 

「助手君……」

 

いや、主役は遅れて出るものだ。平常心、平常心……

 

『ミツルギ様ー! 俺を置いていくなんて、ひどいッスよー!』

 

 そんな時、スカジャンとサングラスをつけた貧相な男が現れた。なんというか、典型的なチンピラだ。オリキャラだろうか。

 

『来たのかサトウカズマ! お前は街で待っていろといったろ!』

 

『しゃっしゃっしゃ! そう無体な事言わないでくださいよミツルギ様!』

 

あれか、あれが俺なのか。なるほど、なるほど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だらっしゃあああああああああああ!」

 

「いたいっ! いたたたたたたっ!? やめてよ助手君! なんであたしにコブラツイストを……ああああっ!?」

 

「カズマさん落ち着いて! 実はああ見えて、強いのかもしれませんよ!」

 

 俺は、ゆんゆんの言葉で我を取り返す。ふむ、そういうパターンもあるかもな。俺はクリスを膝の上に乗せて、続きを鑑賞する。だが、俺の活躍シーンは、皆無だ。ミツルギが襲ってくる魔王軍の下っ端相手に無双しているシーンがほとんどである。

 

俺のセリフをまとめてみると……

 

『ミツルギのだんなぁ! 頼みます!』

 

『さすが、ミツルギさんだ! 余裕を感じられるな!』

 

『ゆんゆんさんは、とても華麗に戦うなぁ……俺、惚れちまいそうだ……』

 

『ヒャッハッハ! これぐらいの敵なら俺でも……ぐわーっ!?』

 

 

俺知ってる。これ太鼓持ちって奴だろ。なるほど、なるほど……

 

 

 

 

 

「だらっしゃあああああああああああ!」

 

「いたいっ! いたたたたたたっ!? なんであたしなの! うがっ! キャメルクラッチはやめ……あがあああっ!?」

 

「カズマさん……」

 

 俺は白目を向いて気絶したクリスを打ち捨てて、ゆんゆんを膝に座らせ、抱きしめる。怒りがちょっとだけ収まった。

 

「ゆんゆん、改変しすぎじゃないかこれ……」

 

「まぁ、娯楽向けにモツルギさんを主役にしたのは、分かりやすいと思いますよ」

 

「そりゃ、わかっちゃいるんだがな……」

 

 俺よりミツルギの方が勇者っぽいのは否定できない。だが、風評被害を受けたのは、俺だけではないようだ。

 

『我が名はゆんゆん! この身に雷竜を宿す“蒼き稲妻を背負う者”! 死にたくないなら、私に近づかないことね……!』

 

 

 

「あの、ゆんゆん役の人、ことあるごとに“蒼き稲妻を背負う者”って自称してるな」

 

「ええ……多分、これで、あの異名が広まったんでしょうねぇ」

 

 ゆんゆんは複雑そうな表情をしているが、口元が笑っている。内心喜んでるなコイツ。そうこうしているうちに、ミツルギ一行が魔王城に突入した。ちなみに、魔王城の結界はミツルギと仲間(俺以外)の総攻撃、女神エリスの助力を受けて破壊した。

 そして、魔王城でのミツルギ無双を見せられた後、まさかの俺単独パートに突入した。ついに俺の活躍シーンか……!

 

『へっ! ミツルギさんが頑張っている間に、俺もアクア様救出に向かおう!』

 

 

 

 

「カズマさんの見せ場みたいですね……」

 

「ふん、アクアを救ったのは俺だぞ!」

 

 ここを改変されたら、ちょっと怒る。というか、めぐみん達がミツルギの仲間っていうのも好かない設定だ。俺のパーティメンバーだぞ。

 

『アクア様、助けに来ましたぜ!』

 

『待ってましたよ、ミツ……あんた誰?』

 

『そりゃないですよアクア様!』

 

 

 

 

 

「チッ……」

 

「ひぃ!? カズマさん、あの私の太ももに足をかけて、何をするんですか……?」

 

 なんだか、無茶苦茶イライラしてきた。舞台の上でのカズマとアクアは、仲はそれほどよろしくないようだ。そして、舞台にいかにも悪役っぽい奴らが現れた。魔王軍の下っ端かな。

 

『えっと、カズマさん、あの人達、倒してくれる?』

 

『まかせろ! 俺はカラテを習っているんだ! こんな奴ら、俺の拳で……ぐわーっ!?』

 

『カ、カズマさーん!』

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「カズマさん!? この体勢はダメです! やめ、やめてぇ! 他の貴賓席から、私の恥ずかしい所見られちゃいます!」

 

「おおう、綺麗なロメロスペシャルだねぇ……」

 

「ク、クリスさん! 復活したなら、見てないで助けてください!」

 

 この劇は、俺に何をやらせたいのだろうか。こんな扱いなら、いなくていいじゃねぇか。後で、脚本家をぶっ飛ばしてやる。

 

『アクア様、大丈夫でしたか!?』

 

『ミツルギさん、やっぱり来てくれたんですね……』

 

『ええ、アクア様のために僕はここまで来ました』

 

『そう、じゃあお礼を差し上げます……んぅ……』

 

『ア、 アクア様……!?』

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああっ!!」

 

「カ、カズマさん、落ち着いて! あ、ポップコーンぶちまけないでくださいよ!」

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「助手君、椅子蹴るのはやめよ? ものに当たるのは、あたし良くないと思うの」

 

 ふざけやがって! ありもしねぇ濡れ場なんか作ってんじゃねぇ! アクアを救出したのは俺だっての!

 

「うるせぇ! こんな駄作見てられるか!」

 

「どうどう、落ち着こう助手君……」

 

 クリスに頭をポンポンされて、なんとか心を落ち着かせる。ミツルギに非はないのに、あいつを憎らしく思ってしまう自分がいる。俺はしぶしぶ劇を見続けた。結局、魔王は、降臨したエリス様の加護の力と、ミツルギの土壇場の覚醒で倒された。

 そして、エピローグが始まる。どうやら、ミツルギ一行は弱者救済の旅に出たようだ。まぁ、『俺達の戦いはこれからだ!』っていうエンディングだ。

 

「駄作だったな。俺はもう帰って寝る」

 

「カズマさん、大丈夫ですか」」

 

「助手君の好きにさせてあげよう。ね、ゆんゆん?」

 

「はい……」

 

 俺は、これから王都を散策するという二人を残して、ホテルに戻った。なんだか、非常にむしゃくしゃする。俺は布団を引っ被り、不貞寝を敢行した

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……夜か……」

 

 俺は目をゴシゴシ擦りながら、起き上がる。寝た時は、夕闇に包まれていた部屋が、完全なる暗闇に包まれていた。そして、俺の近くから、二つの寝息が聞こえてきた。

 

「こいつらも寝たか」

 

 ためしに、ゆんゆんのおっぱいを触ったが、微かに声を上げるだけで、完全に寝入っているようだ。そして、俺はそのままジーッとしながら、今日の事を振り返る。あの劇は、いくらなんでもヒドすぎる。意図的に俺の評判を下げようとしていると、俺は感じた。

 

「そういえば、テーブルの上に……あったあった」

 

 俺はテーブルの上に置かれた情報誌を手に取る。俺は、スタンドライトの明かりをつけ、じっくりと今日の劇の広告を見る。そして、俺は見つけた。この勇者カズマさんの名を貶めた奴の名を。

 

「ダスティネス家監修ね……あいつも裏工作みたいな事するようになったのか」

 

 恐らく、この劇には、ダクネスが関わっている。お嬢様の変化にちょっと感心する。あいつも、随分とあくどい事をするもんだ。思い返して見れば、王宮に魔王討伐の報告をしに行ったのは、ダクネスだけだ。俺やアクア達は、祝勝会と称して毎日、堕落した生活を、討伐後からしばらく続けていたしな。しかし、こんな事して、アイツはなんのメリットがあるんだ……

 

「そうか、アイリスだな。くそっ、ダクネスの奴め! 帰ったらお仕置きだ!」

 

 ダクネスは、アイリスを俺から遠ざけるために、虚偽の報告をしたのだろう。あの妹は純粋だ。あんな糞みたいな話を鵜呑みにしたら、俺の素晴らしいお兄様像が崩れてしまう。こんな事は許されない。

 

「アイリスに直談判してやる!」

 

 そう決めて、俺は部屋を飛び出した。それにアイリスと会うのも久しぶりだ。たっぷり冒険話を聞かせてやろうじゃないか!

 そして、俺は深夜の王都を駆け抜け、王城の城壁に以前と同じように、矢でフックをかけ、侵入する。相変わらずのザルっぷりだ。そのまま、城内に侵入する。そして、潜伏を発動させ、見回りを行う衛兵から隠れながら、俺は先に進む。

 たいしたピンチもなくアイリスのいる階へたどり着いた。ちょっとザルすぎて、心配になってきた。さて、潜伏で……

 

「っ……!」

 

 俺は思わず声を漏らしそうになる。スキルを発動して気付いた。この階層の見回りを行う衛兵は、気配察知や潜伏系スキルを持っているようだ。先ほど、俺の潜伏スキルが、誰かの気配察知系スキルの知覚範囲に重なったのを感じた。なるほど、対策は一応しているようだ。

 

「たく、またネズミか何かか……?」

 

 先程の潜伏スキルの余波に気がついた衛兵が、こちらへとやってくる。もうスキルではなく、普通にスニーキングするしかない。俺は物陰に潜み、奴が来るのを待つ。そして、こちらに接近してきた所で、俺は奴に飛びついた。

 

「“クリエイト・ウォーター”」

 

「な、誰だおま……ごぼぼぼぼぼぼ!?」

 

 俺は衛兵の口へ水を流し込んでいく。さすがに殺すわけにはいかない。俺はドレインタッチをもがく衛兵に発動し、無力化した。ついでに、この衛兵の持ち物も拝借しておく、ちょっとした駄賃だ。帰りに酒でも買って帰ろう。

 

「さーて、この階の衛兵を無力化するか」

 

 俺は気絶した衛兵を運び、廊下の中央に置く。そして、物陰に潜み、壁をバンバンと叩いた。

 

「なんの音だ?」

 

「こっちからしたぞ……」

 

どうやら、二人の衛兵が気付いたようだ。コツコツと廊下を歩く靴音が近づいている。

 

「おい、リチャードの奴が倒れているぞ!」

 

「どうせ、酔っぱらってるんだろ……」

 

そして、衛兵達は、気絶した衛兵の前にしゃがみこみ、意識の確認を行った。

 

「死んではいないようだああああああああああああっ!?」

 

「なんだよ、やっぱり、酔ってええええええええええええっ!?」

 

「“ダブルドレインタッチ”」

 

 俺は、しゃがみ込む二人の首筋に手を当て、ドレインタッチを発動させる。気絶者が3人に増えた。

 

「おい、叫び声が聞こえなかったか?」

 

「どうせ酔っぱらってぶっ倒れたんだろ。ほら、3人で仲良く倒れてる」

 

「……死んでないだろうな?」

 

「怖い事いうなよ。確認するぞ」

 

俺は物陰に潜みながら思った。こいつら、平和ボケしすぎだろ……

 

 そして、死体釣り戦法を始めてから10分後、俺の前に、多数の気絶した衛兵が転がっていた。俺は呆れながら、彼らを物置部屋に放りこんでいく。このまま朝までぐっすりだろう。

 始末を終えた俺は堂々と廊下を歩き、アイリスの部屋の前にたどり着いた。そして、扉をノックする。

 

「王女様、クレア様が至急お伝えしたい件があるとの事です。4階中央ロビーまでお越しください」

 

『んぁ……こんな深夜にですか? まったく、クレアは後でお仕置きです』

 

 そんな声とともに、扉がガチャリと開いた。そして、扉を開けたアイリスは、俺の顔を見て、ポカンとした表情を浮かべる。

 

「よぉ、久しぶりだなアイリス!」

 

「お、お兄様!」

 

アイリスが満面の笑みを浮かべながら、俺の胸へ飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

「で、アイリス、元気にしてたか?」

 

「もちろんです。お兄様こそ、どうですか」

 

「俺は毎日、ビンビンに健康だ」

 

「ビンビンですか」

 

「そう、ビンビンだ」

 

 そうやって、俺達はベッドのに座って会話をする。本当に久しぶりだ。以前会った時より、少し背が伸びた気がする。アイリスも成長期だ。これからどんどん育つだろう。うん、非常に楽しみだ。ぐへへ……

 

「私、お兄様にはいっぱい聞きたい事があります。でも、まずはこれを聞きます。お兄様、今日は何しに来られたのですか?」

 

「おう、その事についてなんだが……」

 

 それから、俺は、対魔王戦での真実を語った。そして、演劇での俺の扱いに遺憾の意を表明した。アイリスは、俺の冒険話を、目を輝かせながら聞き、演劇に関しては何やら、神妙な顔をしながらうんうんと頷いていた。

 

「やっぱりそうだったんですね……」

 

「やっぱり?」

 

「ええ、ダスティネス家と、私の派閥に与する貴族の方達は、揃って協力し、私をお兄様に近づけないようにしていたんですよ」

 

 俺はその言葉を聞いて、確信する。やはりダクネスが関わっていたようだ。そこまでして、アイリスから俺を遠ざけたいのだろうか。まったく失礼な奴だ。

 

「お兄様、私、あなたが死んだとか、故郷に帰って結婚したとか、ララティーナの婚約者になったとか、色々言われましたの。最終的に、皆がお兄様の事は諦めろ、やめておけって……!」

 

「おう、泣くな泣くな」

 

 涙を流して始めたアイリスを俺は慰める。そんなに俺に会いたかったのか。実に嬉しい事だ。そして、ダクネスへのお仕置きは、さらに強化しよう。恥辱の海に沈めてやる!

 

「お兄様、本当に魔王を倒したって証明できますか?」

 

「ああ、チンチン鳴る嘘発見器を使ってもいいし、なんなら女神二人に確認取らせてもいいぞ」

 

「いえ、お兄様が、こんな大切な事で嘘をつく事はありません。信じます」

 

アイリスは、泣き顔から一転して笑顔となった。うん、やはりアイリスには笑顔が似合う。

 

 

 

 

 

「で、結婚式はいつにします?」

 

「ひょ?」

 

 ちょっと、急展開すぎて、お兄さんついていけない。というか、結婚? 俺とアイリスが結婚……!?

 

「ちょっと待て、アイリス。俺には何のことか、さっぱり分からないのだが」

 

「え? お兄様は、そのつもりでここに来たのではないのですか?」

 

「いや、そんな事、思いもしなかったぞ!」

 

 動揺している俺をアイリスがじっと見つめてくる。そして、何かに納得が行ったのか、手のひらをポンと叩いた。

 

「もしかして、お兄様は魔王討伐の報酬をご存じないのですか?」

 

「は……? お金じゃないの?」

 

「それもあります。もう一つの報酬は王女と結婚する権利です!」

 

「ええええええっ!?」

 

 そんな報酬があったのか!? ダクネスめ、そんな事は、一言も俺に伝えてないぞ! なるほど、アイツは結婚阻止のために、俺の評判をガタ落ちさせたんだな。しかし、アイリスと結婚か。もしかして、結婚すれば、あの贅沢三昧の暮らしを一生できるのか……!?

 

「お兄様が望むなら、側室でも、ハーレムでも作ってもいいですよ!」

 

「ハーレム……!」

 

「ララティーナや、めぐみんさんを側室にしたらどうですか? あの人達、お兄様にベタ惚れですよ」

 

「おふっ! 男の夢じゃないか!」

 

 正妻アイリスに、めぐみんや、ゆんゆんを側室に迎える。最高すぎる。しかも、俺も王族の仲間入りだ。城のメイドを好き放題に犯しても、お咎めなしだ。

 

「だが、アイリス。お前、結婚できる年齢なのか?」

 

「数か月後にそうなります。安心してください!」

 

「マジか……」

 

 茫然としている俺に、アイリスが抱き着いてきた。後ちょっとで、合法か。今まで、性の対象として見てなかったというのに、とたんに情欲が湧きだすのを感じる。

 

「結婚しましょう、お兄様!」

 

 なんて事だ。完璧じゃないか。将来は美人が約束される超絶美少女のアイリスに俺は不満なんてない。そして、俺に好意を抱く、めぐみん、ダクネス、ゆんゆん、エリス様、全員を側室にしてしまおう。

 それこそ、男の夢であるハーレムを作るのもアリだ。アクセルの街で、やたら俺にくっついてくる女冒険者や、王城のメイドをハーレム入りさせて毎晩、酒池肉林を開く事もできる

 

 

 

よし決めた! 俺、アイリスと結婚します!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはできない」

 

「え……?」

 

 俺自身驚いた。いつもの俺だったら、喜んでアイリスの申し出を受け入れていただろう。だが、何故だろうか、口から出たのは、否定の言葉だった。言ってしまったからには仕方がない。アイリスとの結婚は断ろう。俺はそう決心した。

 

「アイリス、お前はまだ子供だ。親しくなった男を好きなんだと、錯覚しているだけかもしれない」

 

「……そんな事ないです」

 

「本当にそうか? 俺はお前と過ごした時間はそんなに長くはない。こんな短期間で、惚れるほど、王女様はちょろいのか?」

 

「恋に時間なんて関係ありません! それに、私がちょろく見えるほど、私はお兄様が好きなんです……!」

 

「そうか」

 

 俺は再び泣き出したアイリスを、ただ眺める事しかできない。今の俺に、アイリスを慰める資格はない。

 

「お兄様、本当にダメなんですか? お兄様が王になる事だってできるんですよ!」

 

「すまん、今の俺は、お前の結婚を受け入れる事はできない」

 

「そんな……そんなっ……!」

 

 小一時間ほど、アイリスは泣き続けた。俺はその光景から目を逸らす。今まで、俺は、女性に好意を寄せられる事を楽しみ、喜んでいた。しかし、こんなにも辛い思いもする事があると、初めて気が付いた。

 そして、泣き声がやんだ。ふと、アイリスに目線を戻すと、睨み付けるような目線を送ってきた。

 

「頭の整理はついたか?」

 

「はい、私も納得いきました。私はお兄様が好きです。でも、錯覚かもしれない」

 

「そうだな」

 

「だから、私は見極めます。この気持ちが本当なのか」

 

 なんだか、完全に諦めていないようだ。いやーモテるのって、つれー、つれーわー

いや、本当に辛いです……

 

「アイリス、お前はもっと交友関係を広げろ。そして、そこで出会ったイケメン紳士と俺を比べて、どっちが結婚するに相応しいか見極めろ」

 

「ええ、そうします」

 

 ふぅ、やっと決着がついたか。ただ、アイリスに対する罪悪感が今になって、押し寄せてくる。なんで、俺みたいな外道が、アイリスみたいな美少女の求婚を断っているのだろうか。本来は、俺が求婚して、断られるのがあるべき姿だ。

 

「お兄様、一つ約束してください」

 

「なんだ?」

 

「私が、見極めを終えても、お兄様の事を好きでいたら、もしくは行き遅れたら、私をお嫁さんに貰ってください」

 

「分かったよ。そんな時が来たら、貰ってやるよ」

 

 俺の言葉に満足したのか、アイリスは満面の笑みを浮かべながら、俺に抱き着いてきた。

 

「お兄様、私の指輪をまだ持っていますか?」

 

「やっぱ仮面盗賊の正体に、気が付いていたか……持ってるぞ」

 

「そうですか、なら安心です。私の見極めが終わるまで持っててくださいよ」

 

「分かったよ……」

 

 それから、俺達は抱き合いながら、改めて話し合った。魔王討伐後の世情の変化、俺の最近の生活についてなど、話題が尽きる事なく話し込んだ。

 

「おっと、つい話し込んでしまったな。もう、俺は帰らせてもうらうよ」

 

「そうですか」

 

アイリスはそう言うと、俺に突然、キスをしてきた。

 

「ん……」

 

 ほんの数秒の軽いキスだ。しかし、唇を放したアイリスは真っ赤になっていた。やっぱ、子供だな。俺はアイリスの頭を一撫でしてから、扉へと歩を進めた。

 

「お兄様、最後に質問です。正直に答えてくださいよ?」

 

「いいぞ」

 

「私との結婚を断った、本当の理由はなんですか?」

 

 

 

 

なんだそんな事か。それは、まあ……うん、あれだな。

 

 

 

 

「俺がアイリスと結婚すると、悲しむ奴がいるんだ」

 

「ふふっ、そうですか……」

 

 アイリスがクスクスと笑う。なんだか、気恥ずかしくなってきた。そして、アイリスはベッドの傍から、ボタンのついた小さな箱を、俺に差し出してきた。

 

「お兄様、お土産です。このボタンを押してください」

 

「なんだ? 俺こういうのに弱いんだよ。 ポチっとな……」

 

 

 

『緊急連絡! 緊急連絡! 王女様に緊急事態発生! 医療班と衛兵は直ちに、王女様の部屋へ急行してください! 繰り返す……!』

 

 

 

「お兄様、仕返しです!」

 

「このバカ! “フラッシュ!”」

 

「きゃっ!?」

 

 随分と面倒臭い事をしてくれた。俺はアイリスに魔法を浴びせ、急いで廊下の窓を割り、外へ飛び出した。

 

 

 

 

 

『クソ! どこにもいないぞ! もう城下に逃げたかもしれない。捜索隊を街に出せ!』

 

『アイリス様は絶対に殺すな、捕縛しろとの事だ!』

 

『捕まえたものには、報奨金1000万エリスが出るらしいぞ!』

 

 

 そんな声が俺の眼下から聞こえてくる。俺は現在、王城の屋根の上にいた。ここで、ほとぼりが冷めるまで、しばらく待つのだ。

 

「はぁ……」

 

 なんだか溜息が自然と出てしまう。俺は、いつからアイリスを振る程、偉くなったのだろう。自分自身に腹が立った。この贅沢ものめ! と……

 そして、俺自身、気が付いてしまった。俺の心のほとんどを、ゆんゆんに占有されている事を。

 

「あいつ、俺がアイリスと結婚したら、絶対泣くしな。それこそ、自殺しかねない」

 

 ゆんゆんは、何というか、重い女だ。いや、そう言ったら可愛そうだ。俺の事を束縛したがるのは、女の子特有の独占欲だ。それに、ダクネスと仲良く俺に奉仕していた事を考えるに、ある程度の寛容さも持っている。

 そして、純粋無垢な奴だ。ゆんゆんは、結婚というものを、非常に特別に思っている。俺はその、ゆんゆんの幻想を汚したくない。

 

「結婚か……」

 

 ネットでは、結婚のイメージは最悪だ。俺もそんなにしたいと思っていなかった。でも、俺も小さい頃は幸せだった。あの時の両親を見ていると、結婚も悪くないものだと思う。俺が、引きこもったせいで、少し殺伐とした家族関係になったが……

 

それに、ゆんゆんとの結婚生活、これは何というか、幸せなんだろなぁ。

 

「結婚ねぇ……」

 

 俺はポケットを漁り、ジッポと、衛兵から略奪した、たばこを取り出す。そして、俺はジッポに火を灯した。あたりを優しく照らす火を、俺は、ぼーっと見つめる。そして、ジッポのケースに英語で刻印されている文字を読んだ。

 

「“離れていてもずっと一緒”か。あの転生者の日本での嫁さんだか、彼女も、重そうな女だな」

 

 しばし、感傷にひたる。あの冒険者は、こんな気恥ずかしいジッポに、どのような未練を残していたのだろうか。俺は、たばこに火をつけ、思いっきり吸った。

 

「まっず!」

 

 やっぱり、たばこは人間の吸うもんじゃない。俺はついつい、たばこを、火をつけたまま投げ捨ててしまった。まぁ、そんな事どうでもいい。

 

「俺も覚悟を決めるか」

 

 そう言ったものの、俺はこの、ぬるま湯のような関係をまだ続けたい。そして、そんな事思う自分が情けない……

 

 

 

『おい、中庭が燃えてるぞ!』

 

『あそこは昼にメイドが落ち葉を集めてた所じゃ……』

 

『やべぇ!園芸用の堆肥や枯草を置いてある倉庫に引火してるぞ!』

 

『おおう!? 小屋が爆発して、あたりが火の海になりやがった! 消火班を今すぐ呼んで来い!』

 

 

 

 

 

何やら下が騒がしいが、俺にはどうでもいい。騒ぎに乗じて逃げさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 こうして、俺は逃走に成功した。若干どんよりとした気持ちを持ちながらも、俺はホテルへ帰還、そして、部屋に……

 

「お帰りなさい、カズマさん」

 

「エリス様……?」

 

ゆったりとした、白い羽衣に、白銀の長い髪持つ少女が部屋の前に立っていた。そう、クリスではない、エリス様だ。

 

 

 

 

「カズマさん、ダンジョン攻略の報酬です。私が凄い事、してあげます」

 

 




次回、女神エリスの誘惑! 月曜あたりに投稿します。

ちなみに、アイリスは前作において、ラストの引っ掻き回し役として、登場予定でしたが、なんだか、円満に終わりそうだったので、アイリスを出さないで、めぐみんの爆裂オチになりました。

そして、結婚はいいぞ(ステマ)
老後を一人で過ごすとか、マジ勘弁


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爛れた2ヶ月間:ダラダラ旅行(女神エリスの誘惑編)

ただ犯るだけ


「お帰りなさい、カズマさん」

 

「エリス様……?」

 

俺が王城から、ホテルへと帰還した時、部屋の前に、意外な人物が立っていた。

 

 ゆったりとした、白い羽衣に、白銀の長い髪持つ少女が部屋の前に立っていた。そう、クリスではない、エリス様だ。

 

「なんで、地上に降臨してるんですか?」

 

「ひどい、やっぱりカズマさん、忘れてたんですか?」

 

「何を……?」

 

「まぁ、こちらに来てください」

 

 そう言って、エリス様は、俺を隣の客室へと導く。そして、ガチャリと扉に鍵をかけ、俺に微笑んだ。

 

「カズマさん、ダンジョン攻略の報酬です。私が凄い事、してあげます」

 

 俺の喉がゴクリと鳴った。そういえば、そんな約束していたな。しかし、女神本体で凄い事……

 

興奮で頭がどうにかなりそうだ。

 

「エリス様、本当にいいんですか……?」

 

「ええ、カズマさんの好きなように、してください」

 

 エリス様はそう言うと、パサリと羽衣を脱いだ。俺の前に、輝いて見える程の白い肌と、純白のブラとショーツが晒される。しかし、顔は真っ赤になっていた。

 

「カズマさん、私を犯してください」

 

「…………」

 

「きゃっ!?」

 

 俺は、エリス様をベッドに軽く突き飛ばした。そして、鎧や服を一気に脱いだ。パンツを脱いだ時、限界まで勃起したペニスが、自分の腹にバチンと当たるのを感じた。

 

「覚悟しろよ」

 

「はい……」

 

 了承の言葉を聞いた俺は、仰向けでベッドに転がるエリス様に、圧し掛かる。そして、純白のブラを乱暴に剥ぎ取る。控えめな胸が俺の前に晒された。そして、桜色の乳首に速攻で吸いついた。

 

「んじゅっ!」

 

「ひゃあああああっ! んっ……!」

 

 俺はチュパチュパと、音を立てながら乳首を舌で転がす。エリス様は、必死に声を押し殺しているが、無駄だ。乳首への吸い付きを更に強めながら、手をショーツの中に潜り込ませる。そして、気付いてしまった。エリス様の秘所はビショビショに濡れそぼっていた。

 

「ぷはっ! エリス様、こんなに濡らして、エッチ女神ですね」

 

「仕方ないんです……これはあああああああっ!?」

 

「おおう、いい反応だ」

 

 俺はエリス様のクリトリスをピンと弾いたのだ。そして、今度は、指の腹を優しく押し当て、震わせるように擦る。

 

「やぁっ……んぁ……あぅ……んひぃ……!」

 

「結構慣れてますね。エリス様、オナニーを頻繁にやってますね?」

 

「そんな事は……ああっ!? んぅ……ないですぅ……んみゃ……」

 

「女神様のくせに、嘘をつくんですね」

 

「っ……!」

 

 エリス様は両手で顔を隠す。しかし、指の隙間から見える頬は、今まで以上に赤くなっていた。そのまま、俺は乳首を舐め、クリトリスを愛撫し続ける。そして、エリス様が、ビクリと震え、腰を僅かに上に逸らす。流れ出る愛液の量が増えた。

 

「イッちゃいましたね、エリス様」

 

「言わないでください……!」

 

「可愛いですよ。エリス様」

 

「あう……」

 

 俺は、エリス様の下半身に体を動かす。そして、愛液に濡れたショーツを剥ぎ取った。まっさらで、美しい秘所が目に入る。エリス様は俺の好きにしていいと言った。それならば、喜んでそうさせて貰おう。敬愛する女神のトロトロマンコに俺の逸物をぶち込んでやる!

 

俺はそこに、ペニスをあてがう。亀頭に熱い愛液が触れた。

 

「カズマさん、来てください」

 

「…………」

 

 もう、どうでもいい。エリス様が望んでいるんだ。俺のペニスで貫いてやろう。俺は一気に貫通させるために、腰を軽く後ろへ動かした

 

 

 

 

 

 

『カズマさん、挿れたら、結婚ですよ?』

 

 

 

 

 

 俺は動きを止めた。エリス様を前にして、俺は、あの純情田舎イモ娘の事が頭に思い浮かぶ。なんていうか、俺って情けない奴なんだな。

 

「カズマさん……?」

 

「エリス様、スゴイ事って、エリス様を好きにして良いって事ですよね?」

 

「ええ、そうですけど……カズマさん、そこは!?」

 

俺は、ペニスを膣口から外し、アナルにあてがった。

 

「女神のアナルってどうなってるんでしょうね、エリス様?」

 

「え……え……?」

 

 エリス様が混乱した様子で俺を見る。だが、知ったこっちゃない。俺の好きにさせてもらおう。俺は狙いを定め、一気に貫いた!

 

「んぎいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

「ああああああっ! ちぎれる! エリス様、もうちょっと弱く!」

 

「あぐっ!? あがっ!? んぐううううううう!?」

 

「おほっ!?」

 

 エリス様のアナルは、俺のペニスをずっぽり咥えこんでいる。そして、俺のペニスを食い千切りそうな程強く、ギチギチと締め付けてくる。気持ちいいというよりは、痛い!

 俺のものを咥えこんだエリス様は、獣のような叫び声を上げ続ける。俺はそんなエリス様の頭を撫でながら、落ち着くのを待った。そして、しばらくたった頃、エリス様が俺に話しかけてきた。

 

「カズマさん……最低です……」

 

「俺はこれがしたかったんですよ?」

 

「でも、ここは入れる所じゃないです……」

 

エリス様は、そう言いながらも、俺との結合部を興味深そうに見つめる。やっぱ、この女神ってエッチだ。

 

「エリス様って、うんこするんですか?」

 

「カズマさんのバカ! そんなの答えるわけありません!」

 

エリス様は、ふんっと顔を逸らす。こういう自然体のエリス様って、すんごく可愛い。抱きしめたい。

 

「いや、重要ですよ? これから、エリス様を蹂躙します。下手したら、出ちゃうかもしれませんよ?」

 

「え……?」

 

「あ、痔になるのは覚悟してくださいね。女神がなるか分かりませんが」

 

「えと、その……優しく……」

 

 

 

 

 

「オラアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

「んぎいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 俺はエリス様のアナルにガンガンと腰を突き立てた。ゆんゆんと違い、エリス様のアナルは慣らされていない。恐らく滅茶苦茶痛いだろう。現に、エリス様は涙を流し、暴れる俺の背中に爪を突き立てて、必死に耐えている。

 そして、俺自身、痛い。でも、敬愛する女神のアナルを犯し、神聖なものを汚す精神的快感は、半端ないものだ。俺はそのまま腰を、動かし続ける。

 

「いぎっ! あぐっ! んぁ! カズマさん、激しすぎますぅ!」

 

「ヒャッハッハッハ! エリス様のアナルを、俺のチンポでぶち壊してやりやすまよ!」

 

「あぐっ!? そんな……あひいいいいいいいい!?」

 

 俺は正常位でガンガンと突く。痛いであろうに、エリス様の秘所からは愛液が飛び散っていた。

 

「ようし! エリス様のケツマンコにたっぷり注いでやるからな! 覚悟しろよ!」

 

「そんなっ! 無理です無理です無理です無理です! もうこれ以上は……!」

 

「うるせぇ!」

 

「あぎいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 俺は更に速度を速める。そして、エリス様のちっぱいに、むしゃぶりついた。こんなに痛い事をされてるのに、乳首はカッチカチだ。

 

「あああっ!? あああああああああああっ!」

 

「んぉ!? マジですか、絶頂してるんですか!? やっぱ女神って謎多いなぁ!」

 

「あうううううううううう……!」

 

 エリス様が、ガクガクと痙攣しながら、潮を吹きだす。まさか、感じているのだろうか。それならば、相当な変態である。俺は、今までの抽挿で、いくぶんか柔らかくなったアナルを遠慮なく突き続ける。

 

「あひっ……はひ……んふっ……あう……」

 

「あああああああああっ! 俺もそろそろ出しますよエリス様!」

 

「あふっ……」

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 俺はラストスパートを仕掛ける。少し反応が鈍くなっているエリス様に突き立てながら、俺は決心した。アナル中出し決定と!

 

「あああっ出る! 出る……おほっ! う゛っ!」

 

「あううううううううううううっ……」

 

「おひょっ! おお……」

 

 俺の精液がドクドクとエリス様に注がれていく。エリス様はそれを、放心状態で受け止める。そして、最後まで注いだ後、俺はペニスを抜き取った。アナルがパクパクと動いているが、精液があふれる事はない。なんせ、最奥に注いでやったしな。

 

「あふっ……」

 

「エリス様、どうですか?」

 

「あつい……あついです……カズマさん……」

 

「そうですか」

 

「あっ……」

 

「んぉ!?」

 

 エリス様の秘所から、半透明の液体がチョロチョロと流れで出て来た。潮か、それとも尿か、確かめるためにも、俺はそれを口で受け止めた。

 

「うううううううっ……」

 

「ん……ん……」

 

 俺が今飲んでいるのは、一体何であろう。無臭でほのかに甘みを感じる。そして、俺の疲労がどんどんと消えて行くのを感じた。俺の性器も元気を取り戻す。

 

「あれですか、女神って、マジな意味で聖水出すんですか?」

 

「…………」

 

「女神って本当に謎が多いですね」

 

 俺は黙り込むエリス様の、秘所を吸い続けた。そして、俺は再び、エリス様のアナルにペニスをあてがう。

 

「ふきゅ……」

 

「さてもう一回……」

 

 そんな時、突然、窓がガラリと開いた。そして、何かが転がりこんでくる。それは、ショートヘアの銀髪少女、クリスだった。まぁ、こっちもエリス様なんだけど。何故か、お尻を手で抑えて、這うようにこちらに来る。

 

「助手君、本体はもう限界なの……堪忍して……」

 

「うるせぇ!」

 

「助手君!?」

 

 俺は近寄ってきたクリスの衣服を剥ぎ取り、ベッドへ蹴飛ばす。エリス様の隣に、四つん這いのクリスが並んだ。そして、クリスのアナルにペニスをあてがう。

 

「助手君っ!? まさかああああああああああああああっ!」

 

「うーむ! お頭のケツマンコもキツキツッスね!」

 

「痛いっ! 痛いよ助手君! いた……あぐうううううっ!」

 

 そして、俺はクリスのアナルに後背位でガンガン突き込む。クリスのソコは、開発もされていなければ、ローションも使っていない。これでは、俺が気持ちよくない。俺はこちらを虚ろな目で見つめるエリス様の秘所から、愛液をすくいとり、クリスとの結合部に注いでいく。うむ、すべりは、最初の頃よりかは良くなった。

 

「清楚なエリス様もいいですけど、お頭の健康的な体つきも最高ですね」

 

「痛い痛い痛い! 普通に、普通にやってよぉ!」

 

「普通? じゃあ、その美味そうな腋を舐めさせてもらいましょうか! ん……じゅる……!」

 

「あぐっ!? 助手君、そこ汚いから舐めないで……」

 

「うまうま!」

 

「あひゃ!? うぐっ……!」

 

 クリスの腋からは、汗特有の塩辛さと、非常に興奮を誘う匂いをしている。人間体でも、エリス様はやっぱりエッチな女神だ。

 

「あーお頭、可愛い、めっちゃ可愛いです」

 

「そんな心無い事を急に言われても……!」

 

「本当なんだけどな……そらっ!」

 

「ひぃ!? なんでお尻叩くの!? やめ、やめてぇ!」

 

「お頭がいけないんですよ。こんなスケベなお尻してるんですから」

 

「なにそれっ!? そんな……ひぐっ……あぎっ!」

 

 こうして、クリスに突き込んでいるうちに、俺は早くも2発目の限界がきた。もちろん、クリスにも注ぎ込んやろう!

 

「ああっ出ますからね、お頭!」

 

「うん、出して! 早く出して! こっちの体、壊れちゃうよぉ!」

 

「そっちから懇願するとは……う゛っ!」

 

「ふぐっ! 出てる……助手君の熱いのが、私の中でいっぱい……!」

 

 俺はクリスに注ぎ込んだ後、ペニスを抜き取る。クリスの穴からは、鮮血と腸液が流れ出る。やっぱり、こちらの体だと切れたか……

穴がガバガバになって、いろんな意味で使えなくなるような事が起こりませんようにと、エリス様に祈りつつ、俺は一息ついた。

 

 

「ふいー満足満足!」

 

「あうあうあう……」

 

「あふっ……」

 

 ベッドには、エリス様と、クリスが痙攣しながら横たわっていた。どっちもエリス様である事を考えると、何だか不思議な気分である。

 

「「ふきゅっ……!」」

 

「お、気絶したか」

 

 だらしなく、舌をだしながら気絶した二人を見て俺は満足する。しかし、またもやエリス様の秘所に目が行く。もう一度飲みたい。俺は再び、それを舐めとった。

 

「あらら……」

 

俺のペニスが再び勃起する。なんだか、恐ろしい無限ループを発見したかもしれない。

 

「“クリエイト・ウォーター”」

 

「あぶっ!? あれ、私は何を……」

 

「あばっ!? うう、壊される……」

 

 二人の顔に水を浴びせ、気絶から復活させる。そして、俺は二人……エリス様に勃起したペニスを見せつけた。

 

「何勝手に気絶してるんですか? エリス様」

 

「え……あ……?」

 

「助手君、もう堪忍して……」

 

 俺は項垂れる二人を無視して、仰向けになる。そして、両足でエリス様の腰を挟みこみ、両手で頭を掴む。最後に、両手でエリス様の顔を、俺の腰に叩きつけ、強引に口内にペニスを突き入れた。

 

「んぶうううううううううっ!?」

 

「ああっ!? 助手君、あたし達、死んじゃうよう!」

 

「お頭は、こっち! んむっ!」

 

「え? ひゃあああああああ!?」

 

「むぐううううううううううっ!?」

 

 俺はエリス様の頭を腰にガンガン打ち付けながら、クリスの秘所を口で愛撫する。いわゆる顔面騎乗である。

 

「助手君ダメ! 制御できない! 体を動かせなくなっちゃううううっ!」

 

「んんんんんんんっ!」

 

 そんなの知らない。俺は快楽に身を任せながら、腰と手を動かし、口で愛撫を続ける。クリスの愛液は、少し、塩味を感じる。ふむ、こっちは人間の体そっくりだ。

 

「あああっ……ダメ……いっちゃう……あうううううっ!」

 

「んぶうううううううううううううっ!」

 

クリスの愛液が、顔面にかかる。そして、俺もエリス様の喉奥に、勢いよく射精した。

 

「おっほ! 一人ハーレムやべぇな……」

 

「んんんんんんんんん……」

 

「助手君……鬼畜だよう……」

 

そして、俺は手を放す。エリス様は勢いよく顔をあげ、咳込んだ。

 

「ごほっ……ごほっ……げふっ……」

 

 吐き出すとは、なっていないな。ゆんゆんなら、最後まで、口で搾り取ると言うのに! まぁ吐かないだけで、十分な合格点だ。

 

「何吐き出してるんですか、エリス様! お頭、舐めとれ!」

 

「私もエリス様ですよ!」

 

「は?」

 

「あっ……むぐぅ……!」

 

 エリス様がこぼした精液に、クリスの顔を押し付ける。うん、俺って相当ひどい事してるな。もう、鬼畜男は否定できない。そして、クリスの顔をこぼれた精液に押し付けながら、俺はエリス様に、再び勃起したペニスを見せる。

 

「エリス様、まだ終わりじゃないですよ」

 

「カ、カズマさん、今日はもうこのへんで……!」

 

「うるせぇ!」

 

「むぐううううううううううううううう!?」

 

「おほっ……!」

 

 こうして、俺は欲望の限りを尽くした。俺のペニスを挟むように、二人に貝合わせをさせて、新感覚の素股をさせたり、エリス様をクンニして、聖水を飲みながら、クリスの口内とアナルに数十発流しこんだり、エリス様のアナルにぶち込み、射精した後に、シックスナインの状態でイラマチオさせながら、聖水での体力回復のループをしまくった。勿論、エリス様は何十回と気絶したが、クリエイト・ウォーターや、ライトニングで強引に叩き起こした。

 女神だから、壊れないだろうという安心感から、かなり乱暴に凌辱した。実際、エリス様は、途中からヨガリまくり、聖水を垂れ流す事になった。やはり、女神って謎な種族だ。そして、これだけ女神を犯し汚した事、エリス様のトロットロの膣内には最後までぶち込まなかった事は、俺自身、勲章物だと思う。そんな事を思いながら、俺は二人の顔をペニスに押し付けた。

 

 

そして、窓から青白い光が入り始めた時、俺は動きを止めた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「あうあうあうあうあう……………」

 

「やべぇ、やりすぎた……」

 

 エリス様は、放心状態で、身動き一つ取らない。真っ白な肌を、大量の精液で更に真っ白に染めていた。口からは、涎と精液を垂れ流し、アナルからも、精液が流れ出る。

対してクリスは、エリス聖水を飲ませて、気絶はしていないが。その分、全身のあらゆる所を愛撫しまくったため、今も体を痙攣させ、愛液を垂れ流している。

 

うん、大満足だ! 俺はエリス様の耳元で囁いた。

 

「最高です、可愛かったですよ、エリス様」

 

「っ……!」

 

「ふきゅ……!」

 

 俺の言葉で二人仲良く気絶してしまった。まぁいい、ちょっともう一発出しておこう。俺は気絶したクリスのアナルをガンガンと突き、中出しする。そして、色んな分泌液で汚れたペニスをエリス様の口内にぶち込み、再び射精する。

あ、二発出してしまったな……

 

 

 

 

 

 気絶した二人を放置して、俺は、気持ちよく伸びをした。なんだか、一生分の射精を一晩でした気分だ。エリス聖水……ちょっと採取しておこう。そして、俺は二人に布団をかけ、荷物を持って部屋を出る。やっと自室への帰還だ。ベッドには、気持ちよさそうに、寝息を立てているゆんゆんがいる。

 

俺はゆんゆんの横に倒れ込み、背中から抱き着きついた。

 

「ゆんゆん、俺は女神に勝ったぞ!」

 

「ん……」

 

 ゆんゆんが、少し、身じろぎした。俺はそんなゆんゆんを、キツく抱きしめながら、瞼を閉じた。そして思った。手遅れにならない内に、ゆんゆんに俺の覚悟を伝えよう、と……

 

 

 

 

「カズマさん、もうお昼ですよ……」

 

「んぉ……」

 

 俺は、強い日差しと、聞き慣れた声で目を覚ました。今朝まで、激しい“運動”をしまくってたのに、俺の体はすこぶる快調だ。

 

「おはよう、ゆんゆん」

 

「おはようございます! カズマさん!」

 

 お互い挨拶を交わした後、俺は入浴し、身なりを整える。そして、ゆんゆんが用意していた、食事を口にした。

 

「カズマさん、今日は何をするんですか?」

 

「ん……ああ、今日はのんびりする。そして、夜にはアクセルに帰るぞ」

 

「あ、そうですか……」

 

 ゆんゆんが、悲しそうな顔をする。今回の旅行は、ゆんゆんにとって楽しいものだったのだろうか。もし、そうなら、俺は満足だ。

 

「そういえば、お頭は?」

 

「クリスさんなら、フラフラしながら、ちょっと前に来ましたよ。なんでも体を休めるらしいです。夕方には帰るって言ってました」

 

「あーなるほどね……」

 

「何かあったんですか?」

 

「後で話すさ」

 

 俺は、食事を終えた後、窓際に置かれているソファーへと座った。ちょこちょことついて来たゆんゆんも、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰を下した。

しょうがない、もう言ってしまおう。

 

 

 

俺は覚悟を決めた。

 

 

 

 

「ゆんゆん、お前に大事な話がある」

 

 

 

 

 

 

 




次回、決着(?) 1週間後くらいに投稿出来たらいいなぁ

ちなみに、女神はトイレに行きませんよ! 本当です!


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旅の終焉と、カズマの覚悟

念願のアレ


「ゆんゆん大事な話がある」

 

「なんですか? また、私の胸で窒息したいとか、バカな頼みですか?」

 

「いや、真剣な話だ」

 

「…………」

 

 カズマさんが、たまに見せる、真面目な顔をしていました。大事な話……まさか、私と結婚する覚悟が決まったのでしょうか。いやカズマさんの事です。どうせ、別の事でしょう。

 

「ゆんゆん、俺、王女様に求婚されたぜ」

 

「え? 王女様って、あのアイリス王女ですか!?」

 

「そうだ」

 

 ドヤ顔でそう語るカズマさんの言葉に私は、何も言い返せませんでした。カズマさんがアイリス王女と仲がいい事は、以前、食事中の会話などで聞きました。でも、そのアイリス王女が求婚してきた? そんな、そんなの……

 

「うぐっ……ひっぐ……!」

 

「なんで泣くんだよ!」

 

「だって、カズマさんはその提案を受け入れたのでしょう? そんな、私これからどうしたら……!」

 

「あー落ち着け、落ち着け」

 

 カズマさんが、私の頭を撫でました。しかし、今回ばかりは、私の悲しさと、怒りは収まりません。私が好き……かもしれないって言ったのに!

 

「カズマさん! あなたを殺して―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん断ったぞ」

 

「え……?」

 

 断った? そんな事あるんですか。カズマさんは、最低な人です。多分、王女と結婚したら、贅沢三昧の生活を満喫、私や、めぐみんを側室に誘い、ハーレムを築こうとするはずです。そんな美味しい話を断った……?

 

「ゆんゆん、手を見せてくれ」

 

「あ、はい……」

 

 私は素直に手を差し出しました。カズマさんは、私の手をジロジロと見ました。そして、私の人差し指に嵌る指輪を、一撫でしました。

 

「指輪、大切にしてくれてるんだな」

 

「はい! カズマさんに貰った、大切な物ですから!」

 

 私は、この指輪を貰ってからずっと大事にしていました。外すのは、お手入れと、お風呂に入る時くらいです。この指輪は、銀製です。だから、劣化しないよう、私は毎日、暇な時間には指輪のお手入れをしました。おかげで、今も、美しい輝きを保っています。

 

「ほいっ!」

 

「あ……」

 

 カズマさんに、指輪を外されました。なんだか、とてつもない喪失感です。まさか、今になって、返せとでも言うのでしょうか。

 

「ゆんゆん、俺の故郷では、薬指に指輪を嵌めるのは、結婚を意味していてだな……」

 

「ここでも、そういう意味がありますよ……」

 

「そうなの? それなら話が速い」

 

 そうすると、カズマさんが、私の左手の薬指に、指輪を嵌め直しました。えっと、これは、つまり、どういう事で……

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん、お前が好きだ。結婚してくれ」

 

「え……その……え……?」

 

「もう一度言う、お前が好きだ。結婚してくれ」

 

 

私は、思わず頬を引っ張りました。痛い……ウソ、夢じゃない!?

 

 

「カズマさん、うっそでーすとか、ドッキリ大成功とか、そういう事じゃ……!」

 

「そんなわけない、俺は真剣だ。分かるだろ」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

「うえええええええええんっ!」

 

「なんで、泣き叫ぶんだよ! 返事言えオラ!」

 

 私はカズマさんに、体をガクガク揺らされながらも、涙を止める事が出来ませんでした。

 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいっ!

大好きなカズマさんが、私を好きだって結婚してくれって……!

 

「えぐっ……ひっぐ……あうううううう!」

 

「ああもう! とりあえず泣き止め! まったく……」

 

 そして、カズマさんが、私を抱きしめながら、撫でてくれました。カズマさんの匂いと、熱を感じる。それだけで、落ち着きを取り戻していきました。ふふっ、カズマさんが私を選んでくれた。そして、私、カズマさんと結婚するんですね……

 

「おいコラゆんゆん、返事を言え」

 

「ふふっ、そんなの決まってます。嫌です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、勿論、今のは冗談ですよ。その告白、承諾します。結婚しましょう! 何があっても、カズマさんと添い遂げます! だから、私をもっと撫でて……いたいいたいいたいいたいっ!」

 

「こんな時に冗談言うな! 心臓止まりかけたぞ、この野郎!」

 

 この後、私は散々に、カズマさんにいじられました。でも、はっきり言って、愛のある楽しいじゃれ合いです。小一時間、私達はそのじゃれ合いを楽しみました。そして、その間、私は、幸せを噛み締めました。ついに、カズマさんと添い遂げる事になったんです。私の残りの人生は、カズマさんと共にある。それだけで、とんでもない幸福感が得られます。

 しかも、カズマさんからの告白です。それならば、めぐみんを裏切った事にはならないでしょう。何故なら、カズマさんが自分の意思で、めぐみんではなく、私を選んだんです。そうです、カズマさんがめぐみんを裏切ったんです。私が裏切ったんじゃありません。

 そして、スキンシップを続け、ちょっといい雰囲気になった時、カズマさんがアホな事を言ってきました。

 

「ゆんゆん、お前に言い忘れた事がある」

 

「なんですか?」

 

「俺、浮気しまくるぞ」

 

「ていっ」

 

「へぶしっ!」

 

カズマさんは、結婚を約束した人に何を言っているのでしょうか。ぶっ殺しましょう。

 

「落ち着けゆんゆん! 恐ろしい事に、俺ってイケメンすぎて、めっちゃモテるんだよ!」

 

「カズマさんって、イケメンだったんですか? 私一度もそう思った事ありませんけど」

 

「ひでぇ!」

 

「まぁ、モテるのは確かですけどね……」

 

 めぐみんや、ダクネスさん、エリス様、そして、街の女冒険者の中にもカズマさんに好意を持っている人がいます。私もその一人ですが……

 

「いや、好意を持たれた女性からの誘惑がヤバすぎてな、浮気しちゃうわこれ」

 

「ちょっ!? ふざけないでくださいよ!」

 

「落ち着け、だからゆんゆん、俺が浮気しないよう見張っててくれ」

 

「あ、うん、そうですか……」

 

 これは、あの、ずっと隣にいろって事ですよね。まったく、カズマさんは……まったく!

 

「目を放したら、即効浮気するから!」

 

「ていっ!」

 

「へぶしっ!」

 

やっぱり、カズマさんは最低な人です!

 

 

 

 

 

 

 

「これで、今後の予定が決まりましたね」

 

「おう、よろしく頼むぜ婚約者」

 

「頼まれました!」

 

 あの後、話し合って、今後の予定を決めました。結婚式はとりあえず、一年後にあげる事にしました。それまでは、私の両親への挨拶周りや、色々な準備期間として、一年を過ごす事にしました。カズマさんは、この一年で、結婚に値する男か、見極めてくれとの事。まぁ、今更何をされても、カズマさんを放す気はありません。そして、あの指輪は、婚約指輪という扱いになりました。私は当初夢見たように、この指輪を薬指にはめる事ができて感無量です!

 

「後、ゆんゆん、婚約の事はできるだけ内密にな。少しずつ周囲に周知させるんだ」

 

「カズマさん、あなた、婚約の意味分かってます?」

 

「下手すると刺される……」

 

「あ、はい」

 

 

何故か、物凄く納得のいく理由でした。

 

 

 そして、私達は、部屋の整理を始めました。今夜には、アクセルの街に戻ります。本当に、楽しくて、一生心に残るであろう旅でした。

 

「カズマさん、私達ってもう結婚するんですよね?」

 

「もちろん、俺はその気だぞ」

 

「そうですか! なら……」

 

私はカズマさんに抱き着き、上目遣いでカズマさんを見つめました!

 

 

 

 

 

「カズマさん、セックスしましょう!」

 

「喜んで!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 お父さん、お母さん、俺、異世界で大金持ちの英雄になりました。あなた達には、なんの恩も返せませんでしたが、綺麗で、巨乳で、ちょろ可愛い嫁さんを手に入れました!

 

そして、俺、今から大人になります!

 

 

「ゆんゆん、綺麗だ」

 

「ふふっ、そうですか。ありがとうございます」

 

 俺達は、今、お互い産まれたままの姿だ。そして、ゆんゆんは、ベッドの上で仰向けになっている。ゆんゆんの肌は、真っ白できめ細かく、傷一つない。本当に凄腕冒険者なのかを、疑うくらい綺麗な体だ。

 

俺は、ゆんゆんに近づき、足を開脚させ、秘所の様子を確認する。

 

「よし、処女膜確認。ゆんゆんは、俺が初めての男ってわけだ」

 

「当たり前じゃないですか! バカ!」

 

「おう、可愛い、可愛い」

 

「もうっ……!」

 

 ゆんゆんの秘所を更にじっくり見る。ゆんゆんの膣口は、今も愛液で濡れに濡れていて、トロットロになっている。はっきり言って、前戯の必要がない程だ。よし、突っ込もう!

 

俺は、ゆんゆんの膣口にペニスをあてがった。

 

「ゆんゆん、いくぞ」

 

「はい、カズマさん、私にあなたを刻みつけてください……」

 

「まかせろ、リラックスしろよ」

 

「あ……ぐっ……!」

 

俺は、ゆんゆんの秘所に、ペニスをぐっと突き込んでいく。そして、僅かに抵抗する部分を貫いた。結合部からは、破瓜の血がにじみ出る。

 

「おおう……!」

 

「あうっ! カズマさんカズマさん……」

 

「ゆんゆん、俺に抱き着け。噛んでも、爪を突き立てても良い。耐えろ」

 

「っ……!」

 

 ゆんゆんが、キツく俺を抱きしめてくる。背中に回した手は、掻き毟るように俺の背中を傷つける。

 

「うぐっ……!」

 

 更に、ゆんゆんが、俺の肩に思いっきり噛みついてきた。以前の首に噛みつかれた時より、遠慮なしに噛みついている。かなり痛い。でも、俺のペニスをキツく包み込む粘膜の気持ち良さ、竿全体を覆うトロトロの粘液と熱による温かさが痛みに勝る。

 

 

そして、しばらく、そのままの状態でお互い過ごした。

 

 

「カズマさん、もう動いていいですよ……」

 

「おいおい、無理すんなよ?」

 

「大丈夫です、痛くてもかまいません。私で気持ちよくなってください、カズマさん!」

 

「まったく、じゃあ、ちょっとだけな。これから毎日にするんだ。俺好みの穴にしなきゃな……」

 

 はっきり言って、我慢の限界である。このまま、ガンガンと行きたい所だが、セックスに恐怖心を持たれたら、慣らすのが面倒になる。優しく、そう、優しくだ。

そして、軽く揺するように、腰を動かす。そのたびに、ゆんゆんの苦悶を押し殺した声と、抱き着く強さが増す。

 

「うぐっ……くっ……あう……カズマさんカズマさんカズマさん……!」

 

「大丈夫だ。俺はお前の傍にいる」

 

不安そうな声をあげるゆんゆんの頭を撫でる。ゆんゆんの膣は、初めてだというのに、俺から精液を搾り取ろうと激しく収縮する。そんなにも孕みたいのだろうか。

 

「ほら、こっち向け」

 

「あう……んぅ……」

 

 軽い口づけをしながら、ゆんゆんの緊張と痛みを和らげる。そして、俺もそろそろ、限界が来るのを感じた。いつもより、随分と早い。これも、ゆんゆんを俺の物にした、という精神的満足と、数ヶ月ものお預けを解禁した達成感によるものだろう。

 また、アナルとは違い、奥に壁があるのと、より攻撃的な内部構造で、俺のペニスに様々な刺激がおくられる。特に、ゆんゆんの奥、子宮口付近に亀頭が当たるたびに、快感がどんどん増していく。今は痛いだろうが、これから毎日開発して感じるようにしてやろう。

 そんな事を思いながら、俺は少しだけ、腰を速める。そして、俺自身、快楽に身を悶えさせた。

 

「ゆんゆん、出す……出すからな!」

 

「はい、私にカズマさんのをください……!」

 

 そんな事を言いながら、ゆんゆんは、俺の腰を足でガッチリとホールドする。結婚前に中出し希望とは、やっぱり、エッチな子だ。

 

「ゆんゆん! 今日は中で出してやる! でも、子供作る覚悟を決めるまで、基本は外出しだ!」

 

「ふふっ、この一発で命中させてください……運が良いんでしょう?」

 

「お前な……まぁいい! くれてやる! ああっ出る……! う゛っ……!」

 

「あうううううっ! 熱い、カズマさんの熱いのが、私の膣内に……!」

 

 俺はゆんゆんに、たっぷりと注ぎ込んだ。結合部から覗くペニスが、ビクビクと脈動している。うむ、こりゃ大量に出たな。そして、しばらく経った後、俺はペニスを引き抜く。血と精液が混じりあった粘液が、トロリと流れ出た。そして、俺は、ゆんゆんの隣に倒れ込む。

 

「なんだか、静かに終わりましたね……」

 

「安心しろ、そのうち喘ぎまくりの、うるさいセックスに変わる」

 

「なんですか、それ」

 

 クスクスと笑いながら、俺に抱き着いてくる。火照った体に、ゆんゆんの熱が更に加わった。

 

 

 

 

「カズマさん、私を幸せにしてくださいね?」

 

「さあな、努力はする」

 

「やっぱり、カズマさんは最低です!」

 

 そんな事を言う、ゆんゆんの頭に手を置く。うん、しっくりする位置だ。なんだか、俺も安心できる。

 

「まぁ、ゆんゆん、これからは消化試合みたいなもんだ。ゆっくり、問題を片付けていこうぜ」

 

「消化試合ですか……」

 

 

何やら、考え込んだ後、ゆんゆんがボソリと呟いた。

 

 

「そうなるといいなぁ……」

 

「不穏な事言うなよ!」

 

 

 こうして、俺は嫁さんを手に入れた。後は、結婚までに、周囲に散らばる地雷の撤去と行こう。

 その後、しばらく休み、ルームサービスで昼食を済ました後、お風呂に一緒に入ったり、ゆんゆんが持ってきていたトランプで、のんびり遊んだ。そして、夕方になった頃、俺達の前に、クリスがフラフラとした足取りで現れた。

 

「やぁ、助手君、元気かい?」

 

「すこぶる元気ですわー」

 

「まったく、君は……ゆんゆんは元気かいって、んん、んんん!?」

 

「ど、どうしましたか、クリスさん?」

 

クリスは目を瞑ってしばらくジッとした後、目を見開いた

 

「やってくれましたね。まさか、本体共々に気絶してる時に出し抜かれるとは……!」

 

「あぐ……!? やめ……! がふっ……!」

 

 クリスが、急にゆんゆんの首に掴みかかり、ギリギリと締め上げる。まったく、今のゆんゆんはデリケートな体だと言うのに。お仕置き決定。

 

「お頭、何やってんすか!?」

 

「カズマさん、黙ってください。今、息のねええええええええええええええっ!? やめてぇ! また壊れる! 物理的に壊されちゃう!」

 

「しばらく、俺のテキサスクローバーホールドを喰らってください。さすがにガチな首絞めは友達でもやっちゃダメです」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」

 

俺はクリスにプロレス技をかけながら放置し、小さく咳込むゆんゆんを撫でる。

 

「大丈夫か?」

 

「けほっ……けほっ……」

 

ゆんゆんは、無言で俺の背中に抱き着いて来た。まぁ、好きにさせよう。

 

「いたっ!? いたい! ゆんゆん、頭蹴らないで! がふっ!? やめっ!?」

 

 そして、クリスが泣き声を上げるまでお仕置きした後、俺達は荷物をまとめ、チェックアウトした。その後、ホテルの前に集まる。今日で色んな思い出が詰まったホテルとも、お別れだ。

 

「お頭、俺らアクセルに帰った後、紅魔の里に行くんですけど、どうします?」

 

「んー、あたしも一緒に行っていい?」

 

「ふふっ、クリスさんなら、別に構いませんよ」

 

「むかっ! ゆんゆんのくせに余裕そうな表情しないでくれる!」

 

「ク、クリスさん、おさげを引っ張らないでください!」

 

 俺はそんな二人を見ながら、嘆息する。なんだか、非常に面倒臭い事が起こる気がする。予定より、ちょっと遅れているし、めぐみんを怒らせないためにも、はやく行ったほうがいいだろう。

 

 

 

 

 

「さて、帰るぞお前ら。“テレポート”」

 

 

 

 

 

 テレポートの魔法により、俺達は光に包まれる。そして、光が溶けるように消えた後、周りの風景が、見慣れたアクセルの街へと変わっていた。王都と比べると、随分と疎らな雑踏、背の低い建物群、そして、道行く人のほとんどが顔見知り。懐かしの場所だ。

 

「なんか、久しぶりだな」

 

「そうですね。こう見ると、アクセルって田舎ですね」

 

「ゆんゆん、ドヤ顔でそんな事言わない。やっぱり田舎娘だねぇ」

 

「クリスさん、ぶっ飛ばしますよ!」

 

 またも、険悪な雰囲気をし始めた二人に、チョップを喰らわせる。そして、俺は、ゆんゆんに背を向けてしゃがんだ。

 

「ほれ、ゆんゆん、おんぶだ」

 

「あ、はい……」

 

「助手君!?」

 

 俺の背中にゆんゆんの柔らかい体が預けられる。まぁ。ゆんゆんも歩き辛いだろうしな。なんせ、俺がぶち破ったのだから。

 

「あ、あたしも乗るから!」

 

そういって、クリスが首にまたがってきた。頬に当たる、太ももの感触が気持ちいい。

 

「お頭、トーテムポールみたいになってるじゃないですか。周りの人めっちゃ、こっち見てますよ」

 

「助手君、これは羨みの視線だよ。堂々と行こう!」

 

「まぁ、そうですよね!」

 

 こっちを見ていた、顔馴染みの男冒険者から、ゴミを投げつけられた。はっはっは、嫉妬乙!

 

「じゃ、行きますか!」

 

「れっつごー!」

 

「…………」

 

こうして、俺はゆんゆんをおんぶ、首に跨るクリスを肩車して屋敷へと歩きだした。

 

「身体能力は上がってますけど、やっぱ重ぇ……」

 

「助手君ってデリカシーないね!」

 

「っ………!」

 

 クリスが、俺の頭をポカポカ叩き、ゆんゆんが、背中にゴスゴス頭突きする。なんだろう、悪くない、悪くないぞ、この状況。

 

「はっはっは! さっさとアクア達に顔を見せてやらなきゃな!」

 

 それから、ゆっくりとした足取りで、俺達は懐かしき屋敷へと舞い戻った。見慣れた、正門をくぐり、玄関の扉を開ける。そして、帰宅の挨拶を叫んだ。

 

「ただいまー!」

 

 俺の声が屋敷に響いた後、ドタバタと音がした後、リビングの扉が勢いよく開けられる。そして、俺の胸に、何かが高速で抱き着いてきた。

 

「わあああああああーっ! カズマさんカズマさんカズマさーん!」

 

「おいこら、落ち着け駄女神。積もる話はリビングでだ」

 

「ううっー! なんで置いてったのー!」

 

 俺の腰に抱き着きながら、ポカポカ俺の胸を叩くアクアを引きずり、リビングの扉を開ける。リビングでは、ソファーに座ったダクネスが待っていた。

 

「カズマ、お帰りって、なんだその状況は!?」

 

「なんだもなにも、こんな状況だ」

 

「やあダクネス! 久しぶりー!」

 

「ク、クリス!? 何故お前が、カズマに!?」

 

 俺はダクネスの声を無視し、ゆんゆんをソファーに降ろす。そして、俺はその隣に腰かける。アクアも俺にべったりくっつくように、俺の隣を確保する。ちなみに、クリスは肩車したままだ。

 

「改めて言おう、ただいまダクネス」

 

「お前……話を聞かせてもらうぞ!」

 

 そして、俺は王都への旅行について話した。諸事情により、急遽、旅に出る必要があった事、王都でクリスと会った事などを、所々ボカして話す。アクアとダクネスは、それをふくれっ面で聞いていた。

 

「カズマ、あの後、私がどれだけ苦労したか……」

 

「カズマさんが、私を置いてった……」

 

 アクアが、いつになく沈んだ様子で、加えて、随分としおらしい態度だ。いつもこんな感じなら、可愛いのに。そういえば、アクアに、お土産を買ってあるのを思い出した。それでも渡して、機嫌を直してもらおう。

 

「ほれ、アクア、お土産だ。王都で買った。曰く付きの凄い石だぞ!」

 

「わあ! カズマ、あんたも中々良いセンスしてるじゃない! カズマ、ありがとねー!」

 

「へいへい」

 

 それ、500エリスのガラクタだけどな。俺が、笑顔のアクアを見て、ほっこりしていると、クリスに頭を叩かれ、ゆんゆんには小突かれた。

 

「カズマさん、ダクネスさんが見てますよ?」

 

「助手君、キミ、ダクネスのお土産買った?」

 

ダクネスも、何やらこっちをチラチラ見ている。たく、しょうがねぇなぁ……

 

「カズマ、その私のお土産は……」

 

「ないです」

 

「!?」

 

 

 

 

 暴れるダクネスを沈め、俺達は夕食をとる。そして、食後の紅茶を飲みながら、俺は明日からの日程について話した。

 

「という事で、明日から、めぐみんに会いに、紅魔の里へ行く。ついて行く人は挙手!」

 

 俺の言葉で、ダクネス以外が手を上げる。ほぼ全員参加か。まぁ、ちょっとした旅行みたいなもんだ。楽しく過ごせるだろう。

 

「ダクネスは、行かないのか?」

 

「私も行きたかったのだが、今朝、王都招集の女王命令があってな。残念ながら、参加できない」

 

「ふん、なるほどな。心して行け」

 

「カズマに言われなくても、分かっているさ」

 

 恐らく、裏工作について言及されるだろうな。こってり絞られてこい。勿論、帰ったらお仕置きだ!

 

「はい、それじゃあ解散。明日に備えて早く寝ろよー」

 

 

 

 

 

 そして、俺達は、各自の自室で就寝した。隣にゆんゆんがいないのも、なんだか、ひさしぶりだ。俺は、中々寝る事ができず、何十回と寝がえりをうつ。よし、こんな時は、一発抜こう。俺は久しぶりに自慰を始めるために、ズボンを脱ぎ……

 

「こんばんは、カズマさん」

 

「ほあっ!? エリス様、何で、こんな所に降臨してるんですか!?」

 

「いけませんか?」

 

「いや、いいですけど……」

 

 

なんだろうか、俺に会いに来てくれたのだろうか。

 

 

「エリス様、オナニー中に現れるのは趣味悪いですよ」

 

「いいじゃないですか、私はあなたの奴隷なのだから」

 

「おふっ!?」

 

 座っている俺の膝上に、エリス様が腰かける。いわゆる、対面座位の状態だ。そして、スカートをたくしあげ、俺のペニスに肌触りが良く、おまけに熱く濡れたショーツが押し付けられた。やばい、また理性が飛びそうになる……

 

「エリス様、俺……」

 

「ゆんゆんとセックスしたのでしょう?」

 

「おおう!? そ、そうです。結婚の約束もしちゃいまして……」

 

 そんな俺を、エリス様が抱きしめてくる。気持ちの良い柔らかさと、女の子特有の甘い匂いに、鼻だけでなく脳も犯される。

 

「カズマさんって意外と義理堅いんですね」

 

「いや、最低限の慎みというか……んむ……」

 

「ん……んぅ……」

 

キスをしてくるエリス様を俺は拒まない。いや、拒めるわけがない。

 

「んぁ……カズマさん、私は元々、あなたのものなんです。だから浮気じゃありません」

 

「エリス様、そんな屁理屈っぽい事言わないでくださいよ……」

 

「浮気じゃ……ありません」

 

「おおっ!」

 

エリス様が、ショーツをずらした。裏筋に、熱い秘所が直接当たるのを感じる。

 

「カズマさんは、私を使ってください。一生、例え死後の世界に来る事になっても、私を使い続けてください」

 

「エリス様……」

 

「あなたが私を呼ぶなら、いつでもどこでも、会いに行きます。私を愛してください」

 

「…………」

 

 それからは、昨夜と同じく、エリス様に欲望の限りを尽くした。イラマチオ&シックスナイン聖水ループが癖になりそうな程の気持ち良さだ。そして、思った。俺は、今後、一生オナニーをする事はないのだろうなと。

 俺の指技で、エリス様をクタクタになるまでクリイキさせた後、俺は満足して布団に入った。エリス様も隣で横になっている。

 

「ねぇ、カズマさん……」

 

「なんでしょう?」

 

「ゆんゆんさんが、いなかったら、私を選んでくれましたか?」

 

「当たり前です。今もグラグラなんですよ。俺……」

 

「ふふっ、そうですか、そうですか。とってもいい事を聞きました」

 

クスクスと笑いながら、エリス様が俺の頬を撫でる。そして、耳元で囁いた。

 

「お休みなさい、カズマさん」

 

「お休みなさい……はぁ、俺、プロポーズした日に浮気してらぁ……」

 

エリス様の愛撫を受けながら、俺の意識は溶けるように落ちた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 私は、幸せそうに寝息を立てるカズマさんの頬を撫で続けていました。今の私のお腹の中には、口とお尻から注がれた、カズマさんの精液でパンパンです。今吐いている息ですら、少し精液臭い。

 

「カズマさんって義理堅いですけど、建前さえあれば、欲望に素直になりますよね」

 

「ん……」

 

 私の言葉に、寝息を立てるカズマさんは、反応を示さない。そんなカズマさんを見ながら、私の中の思いはどんどん固まっていく。先手は、ゆんゆんさんに取られた。でも、カズマさんと、爛れた関係を続け、いつかは奪い返す。そう、決心した。

 

 

「カズマさんカズマさんカズマさんカズマさんカズマさん」

 

 

 固い胸板に私は、頬を擦りつける。そう、私は女神だ。焦らず、じっくり、策を巡らせ、必ずカズマさんを勝ち取って見せる

 

「カズマさん、大好きです……」

 

私は眠るカズマさんの体に、ゆっくりと舌を這わせた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 翌日、俺はすこぶる気持ちの良い朝を迎えた。隣にいたエリス様は消えていた。まぁ、呼べばいつでも来るらしい。

 そして、俺達は旅支度を済ませて、リビングに集まる。紅魔の里に行くのは、ゆんゆん、アクア、クリスの三人だ。俺とゆんゆんは、紅魔の里で色々とやる事があるが、二人には気楽に過ごしてもらおう。

 

「じゃあ行くか!」

 

「はい! あっ、カズマさん寝癖ついてますよ」

 

「おお、すまんな……」

 

 鞄から取り出した櫛で俺の寝癖を直してくれるゆんゆんを、クリスとダクネスがジロリと睨んでくる。このままだと、不穏な空気が漂う事間違いなしだ。さっさとトンズラしよう。

 

「行くぞ! じゃあな、ダクネス!」

 

「ああ、めぐみんによろしく伝えてくれ」

 

 俺は、そんな事を言ったダクネスを一撫でする。メイド調教の成果か、ダクネスはそれを黙って受け入れた。

 

「ねぇカズマ、めぐみんとも会うのも久しぶりね。多分、あの子寂しくて泣いてるわ!」

 

「そうだな、こんなに離れるのは今までなかったしな」

 

「私も、めぐみんと直接会うのは、数ヶ月ぶりです……」

 

 ゆんゆんが、俯いて肩を震わせる。やっぱり、めぐみんと面と向かって会うのが怖いのだろうか。俺は、そんなゆんゆんの肩を抱き、ついでに、こっちをジト目で見ていたクリスも、抱き入れ、健康的なお腹を撫でる。

 

「助手君、ダクネスの前でこういうのは……!」

 

「ゆんゆん、出発だ!」

 

「はい! それじゃあダクネスさん、また今度! “テレポート”」

 

 

 こうして、俺達は、紅魔の里へ飛び立った。待つのは、ゆんゆんの親への挨拶回り、あわよくば、周囲との軋轢をなくすための、地雷の撤去。恐らく、色んな意味で厳しい戦いになる。

 

 

でも、なんとかなるだろう。俺はそう考えながら、ゆんゆんを抱きしめる力を強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、紅魔の里編! しばらく静かな回が続きます。
そうです、まだまだ続くんじゃよ……

 ゆんゆんの声優さん、豊崎愛生さんの声を聞きましたが、随分と幼い声で驚きました。でも、誠実そうな声でもあります。
 ただ、声優さんの名前をググった時、ひと昔前のアイドルのカバー曲が出てきました。どんな声か確認するために、この歌を聞いたのですが、思わず ヒエ~ッとなった。
いや、声じゃなくて、歌詞の内容がアレでした。なんつーか、この二次創作のゆんゆんにピッタリ(白目)


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三章 愛憎渦巻く紅魔の里
愛憎渦巻く紅魔の里:結婚報告と名誉紅魔族への道(挿絵あり)


名誉アクシズ教徒になりたい


 

「で、どうして2週間も来るのが遅れたのですか?」

 

「手紙で書いたろ? ちょっと野暮用で、王都まで行っていたんだ」

 

「そうよ、めぐみん! 別に旅行に行ってたとか、そんなんじゃないから!」

 

「……そうですか」

 

 

そして、室内に沈黙が降りました。なんだか、非常に後ろめたい気分です……

 

 

「どうしたんですか、二人とも。何やら緊張しているようですが?」

 

「な、なんでもないぞ、めぐみん!」

 

「わ、私はめぐみんの家に来たの久しぶりだから、緊張しちゃって……!」

 

「そうですか」

 

 そして、また室内に沈黙が降りる。めぐみんが、お茶をズズッと啜る音だけが、響きました。私達は、現在、紅魔の里のめぐみんの部屋にいます。お互い再会を喜び、めぐみんの家にお邪魔しているのです。アクアさんと、クリスさんは夕食の買い出しに行っているので、今はいません。そして、カズマさんは、事前にこっそりと伝えて来ました。“ここで、婚約について伝える”と。

 私が、内心ドキドキしていると、カズマさんが、お茶を一気に飲み、湯呑をちゃぶ台に叩きつけるように置きました。

 

「めぐみん、お前に伝える事がある」

 

「なんですか?」

 

 ついに伝えるようです。私は、ちゃぶ台の下で震えるカズマさんの手を取りました。カズマさん、頑張ってください、私信じてますから。

 

「俺、ゆんゆんと、けっ……けっこ…!」

 

「けっこ?」

 

 

 

 

 

「血行良さそうな体してるじゃねぇか! ゆんゆん!」

 

「きゃあああああああっ!? い、いきなりなんですか!?」

 

「そうです! カズマ、何で、ゆんゆんにいきなりセクハラしてるんですか! 放してください! 放せ……放せコラッ!」

 

 カズマさんが、めぐみんに蹴飛ばされました。私は、乱れた服を整えながら、息も整えます。

 めぐみんの前でこんな事をされて、変な汗が出てきました。なんというか、後ろめたい気分です。

 

「そんなに触りたいなら、こっちを触るのです。ほらほらっ!」

 

「おいこら、めぐみん! 何言って……おおう……!?」

 

「カ、カズマ? その、随分ねっとりとお尻を触るのですね……あぅ……」

 

「めぐみん!? カズマさん、その手を放してください!」

 

 私は、めぐみんにセクハラするカズマさんを蹴飛ばしました。しかし、蹴りを耐えてめぐみんのお尻にしがみついています。くっ、こんな時は大胆なくせに! カズマさんは、ヘタれてめぐみんに婚約を告げる事ができないようです。それならば、覚悟を決めましょう。私がめぐみんに伝えるんです!

 

「めぐみん、大切な話があるの」

 

「なんですか? ってカズマ!? ずらすのはダメ、ダメですよ! セクハラのレベルを超えてます!」

 

 めぐみんのお尻を掴んで離さないカズマさんには、後でお仕置きしましょう。ですが、それよりも事実を伝えるのが先です。

 

「めぐみん、私、カズマさんと、けっ……けっこ…!」

 

「けっこ?」

 

 

 

 

「血行良さそうな体してるじゃないですか! カズマさん!」

 

「おふっ!? ゆんゆん、昼間っから、変なとこ触るな!」

 

「ゆんゆん、気でも狂ったのですか!? 放しなさい……! 私の男から離れろ!」

 

「きゃーっ!? 痛い痛い痛ーいっ! めぐみん、ぼ、暴力はいくない!」

 

 その後、めぐみんに、杖でどつかれているうちに、アクアさん達が買い出しから帰って来ました。私も痛感しました。めぐみんを前にして、あんな事言い出せません!

 もし、婚約を告げたら、めぐみんに絶交されるかもしれない。もしくは、激昂した、めぐみんに、カズマさんごと爆裂魔法で、“塵”に変えられそうです。

 その後、話をうやむやにした私達は、少し早い夕食を頂きました。めぐみんからは、何やら訝し気な視線を送られています。寿命が縮みそう……

 

「みてみてー! クリス、この鯛の活け造り、すっごく新鮮よ! ほら、こんなにでっかいタイノエが……!」

 

「ひぃ!? アクア先輩、なんでそんな巨大な虫が、お魚の口から……ああっ!? あたしの小皿に乗せないでぇ!」

 

「落ち着くんだお頭、そいつは縁起物だ。お頭って本当に運がいいですね」

 

「あたし、こんな幸運いらないよう!」

 

 キャーキャー騒ぐアクアさん達を見て、めぐみんが笑みを浮かべました。良かった、少しめぐみんの気が削がれたようです。

 

「そういえばカズマ、今日からどこに泊まるのですか?」

 

「ああ、俺は宿屋だ。2週間もお邪魔できないし、何より男だからな」

 

「私は構わないのですが……」

 

「娘よ、ワシは構うぞ!」

 

「めぐみん、カズマさんは私の……ゲフンゲフン! ひょいさぶろーさんの、言う通りよ! めぐみんはもっと自分に大切にしないと!」

 

「むぅ……」

 

 めぐみんが、なんとか納得してくれたようです。良かった、それじゃないと、カズマさんの性欲を解消させるのが難しくなりますから。夫を満足させるのは、妻の仕事です!

 

「おいアクア、お前はどうする?」

 

「んー、こめっこちゃんもいるし、めぐみんも寂しかっただろうから、こっちでお世話になるわ」

 

 そういって、アクアさんはグラスに注がれたお酒を、一気に飲みました。めぐみんのお家のエンゲル係数が上がりそうです。まぁ、めぐみんも相当な大金を得ているので、大丈夫でしょう。

 

「アクアお姉ちゃん、今日から一緒に寝てくれるの!?」

 

「いいわよ、こめっこちゃん! 今ならおまけで、洗濯板もつけてあげる!」

 

「アクア先輩、こめっこちゃんは、洗濯板なんていらないと思いますよ……」

 

「はぁ? あんたの事よ」

 

「!?」

 

 どうやら、クリスさんも、めぐみんの家に泊まるようです。邪魔者が1人、消えました。それからは、明日からの予定について話し合いました。アクアさんは、こめっこちゃんの相手と、クリスさんの観光案内。めぐみんは、家事の手伝い、それと、私に頼みたい事があるとかで、明日、喫茶店でお茶でも飲みながら、じっくり話す事になりました。

 

「俺は気ままに、過ごさせてもらうぞ。まぁ、順次、お前らの様子を見に行くさ」

 

「カズマは私と一緒に居て欲しいのですが」

 

「おふっ!? めぐみん、不意打ちは勘弁! とにかく、俺は好きにさせてもらうぞ」

 

「むぅ……」

 

 めぐみんは、不満気ですが、仕方がないでしょう。カズマさんには、色々とやってもらう事があるのですから。そして、夜中の9時を回り、本日は解散となりました。

 私と、宿で泊まるカズマさんは、めぐみんの家を後にしましたが、めぐみんは最後まで、カズマさんに自分の部屋に泊まらないかと誘っていました。そんな様子を見て、私はとてつもない罪悪感に襲われました。

 でも、今更、後戻りなんてできません。カズマさんは、もう私の男です。

 

「どうしたゆんゆん、寒いか?」

 

「そんなところです……」

 

 夜空の下、私はカズマさんの手を取って歩いていました。目指すはカズマさんが泊まるという宿、私も把握しておかなければなりません。

 

「カズマさん、結局ヘタれて、めぐみんに言えませんでしたね」

 

「うぐっ! そりゃ、あいつとも付き合い長いんだ。下手したら、あいつと友達関係すら壊れるかもしれないんだぞ。しかも、俺に好意もあるみたいだしな……」

 

「随分と贅沢な悩みです!」

 

「言ってくれるな……」

 

 といっても、私もカズマさんを責められません。私も今の関係が変わるのが怖くて、なかなか言い出せません。

 

「カズマさん、明日は分かってますね?」

 

「ああ、そっちは、ちゃんとやるぜ」

 

 そして、私達は、宿屋につきました。宿屋と言っても、村で一つしかない、小さな宿屋です。

 

「カズマさん、その……」

 

「積極的だなゆんゆん、俺は嬉しいけど」

 

「もう……!」

 

 私達は、二人で宿屋に入り、カズマさんと今日も情交を結びました。まだ少し痛いですが、前戯で何度もイかされ、本番でもねっとりとした腰使いに、快感をちょっとずつ得る事ができました。そして、今日はカズマさんの欲望を顔で受けました。私はそれを美味しく頂きました。私で気持ちよくなってくれているという満足感と幸福感で、少しの痛みなど吹き飛ぶのだと学びました。

 

 

 

 行為が終わった後は、カズマさんが、おんぶで、家まで送ってくれました。その後、私はカズマさんに手を振って見送り、覚悟を決めて家に入りました。

 

「ただいま」

 

「あら、お帰りなさい」

 

「ん? ゆんゆんか、二か月ぶりくらいだな。お帰り」

 

 そう言って、居間で出迎えてくれたのは、私の両親です。この里を出た時から比べると、いくらか老けたような気がします。

 

「お父さん、お母さん、大事な話があるの」

 

「なに、彼氏でもできたの?」

 

「お金でも必要になったか? お前が寄越したお金は全額貯金してあるぞ」

 

 

朗らかに笑う両親を見ながら、私は気を引き締めました。一世一代の告白です!

 

 

「私、結婚するの。だから、明日、私の夫となる人を紹介するね!」

 

「「!?」」

 

お父さんが、咥えていたタバコを、ぽろりと落とした。

 

 

 

 

 

 

翌日、私はカズマさんの宿にいました。

 

「どうだゆんゆん、似合うか? 王都で、新調してたんだ」

 

「…………」

 

 カズマさんは、ドヤ顔でそういいました。彼は、ピッチリとした高級スーツに身を包んでいます。でも、何か違う気がします。

 

「やあーっ!」

 

「おいコラ! 何故脱がす!? 俺のイケメンスーツを見て盛ったのか!?」

 

 私は、そんなカズマさんの言葉を無視して、スーツを脱がし、いつもの鎧とマントを着させました。よし、これでいいでしょう。

 

「ゆんゆん、さすがにこの姿は……」

 

「カズマさん、冒険者のあなたは、その姿が正装です。自信を持ってください」

 

「絶対ツッコまれるぞ。まぁ、お前が良いっていうなら、いいけどさ……」

 

「大丈夫です、カッコイイですから!」

 

「ゆんゆん、お前、そう言えば俺がなんでも言う事聞くと思ってるな!?」

 

 そんな事をぶつくさ言うカズマさんの髪型を私は整え、そして、お互いをチェックしてから私の実家へと出発しました。

 

「カズマさん、入りますよ?」

 

「…………」

 

 カチコチに緊張しているカズマさんは、無言で私の後ろについてきます。そして、使用人の方に案内され、居間へと赴きました。居間には、仏頂面で座るお父さんと、満面の笑みを浮かべているお母さんが並んで座っていました。

 

「お父さん、お母さん、この方があの、カズマさんです……」

 

「ゆ、ゆんゆんさんとお付き合いさせて頂いているサトウカズマと申します。えー本日は……」

 

 それからは、手土産を渡したり、軽い雑談をしたりして、場を和ませました。いつもはハイテンションなお父さんが、やけに静かなのが気になりました。そして、いよいよ本題を切り出す事にしました。

 

「ゆんゆんさんのお父様、お母様、絶対に幸せにして見せます! だから、ゆんゆんさんと結婚させてください!」

 

お母さんは、笑みを更に深くし、お父さんは……

 

 

 

 

 

 

 

 

「娘は嫁にやらあああああああん!」

 

 そう怒声を上げました。あ、あれ? おかしいですね。昨日は大泣きして喜んでいたのに……!

 

 どうしましょう、反対なら、いっその事、駆け落ちしましょうか。と、そんな風に考えていた時、お父さんは、怒り顔から一転して、満面の笑みになり……

 

 

 

 

 

「このセリフ、一回言ってみたかったんだあああああああああっ!?」

 

「おいコラ! ゆんゆん、親父さんにヘッドロックはやめて差し上げろ!」

 

 はっ!? つい、無意識のうちに目の前のバカを攻撃してしまいました。私は、強い肘鉄で、とどめを刺した後、席に戻りました。

 

「で、お父さん、どうなの? 結婚の許可はしてくれるの?」

 

「いたたたた……それについてだが、カズマ君」

 

「は、はい、なんでしょうか?」

 

「娘を幸せにしてやってくれ! というか、貰ってくれ! この娘はとても器量もいいぞ! 私は、娘が里を出た時、このままだと、クズみたいな男に、金と体を貢いだ挙句、子供を身ごもり、男に捨てられ、一人寂しく紅魔の里に帰ってくるんじゃないかと、いつも心配していて……」

 

「ブッコロ!」

 

「お、落ち着けゆんゆん!」

 

 アホ事を言うお父さんを、ぶっ飛ばそうとした所をカズマさんに止められました。そして、その後は、職業の話や、今後についてを話し合いました。事前に、スゴ腕冒険者である事、孫の代まで余裕で遊んで暮らせる総資産を、持っている事を伝えていたため、話はスムーズに終わりました。

 

「さて、カズマ君、ゆんゆんの夫になるという事は族長になる、もしくは補佐する事も意味している。これを君に渡そう」

 

そう言って、お父さんは、カズマさんに、何かの台帳のようなものを渡しました。

 

「これは……?」

 

「それは住民台帳だ。今、紅魔の里に住んでいる住人の名前が載っている。その住人全員から、署名を集める事ができたら、君を“名誉紅魔族”と認め、娘との婚姻を改めて祝福しよう」

 

「分かりました」

 

 カズマさんが、台帳を受け取りました。それにしても、名誉紅魔族? 初めて聞く名です。里の外からの、婿さんや嫁さんは、少なからずいます。あの方達も、こんな面倒な事をやって来たのでしょうか。

 

「お父さん、こんな制度がこの里にあったんですね……」

 

「いんや、私が昨日作った! カッコイイだろ? 名誉紅魔族! なんか成り上がりしそうなネーミングだよね!」

 

 やっぱり、ぶっ飛ばしましょう、と私が立ち上がった所で再びカズマさんに止められました。

 

「ゆんゆん、君のお義父様の言う通りだ。信頼関係を築くのは、里に馴染む上で大切だ。やってやるさ」

 

「その意気だカズマ君! 住民には、この事について、事前に昨夜伝えてある。色んな、頼まれ事を受けたり、説得をするなりで、署名を集めてみせたまえ!」

 

 こうして、カズマさんはラストミッションとも言える。署名集めを開始する事になりました。私は手伝う事を禁止されています。カズマさんの力が試される時でしょう。なんだか、とても嫌な予感がしますが……

 そして、お父さんの了承を得た所で、今回は帰る事になりました。そんな時、お母さんが私にこっそり話しかけてきました。

 

「ねぇ、ゆんゆん、彼の事、本当に好き?」

 

「お母さん……うん、私、カズマさんの事、大好き」

 

「そうなの、ならお母さんは、もう何も言わないわ」

 

 どうやら、お母さんも祝福してくれるようです。私達は、お互い笑顔で挨拶を終える事ができました。私はこの結果に思わず、変な笑いが出そうになります。そうです、これで外堀は埋まりました。後はカズマさんを信じましょう。

 

 

 

 

 

 その後、私は早速署名を集めに行くというカズマさんと別れ、私は、めぐみんと待ち合わせていた喫茶店へと足を運びました。

 

「めぐみん、お待たせ!」

 

「やっと、来ましたか。2分も遅刻するとは、これはもう会計はゆんゆん持ちですね」

 

「2分くらい、いいじゃない! まぁ、会計は別に構わないのだけど……」

 

めぐみんも、お金はあるはずなのに、私から、たかろうとしている所は、変わっていません。その事がちょっと、おかしくて、クスクスと笑ってしまいました。

 

「それで、めぐみん、私に頼みたい事って何? また、近所の子供を泣かしちゃったの?」

 

「私は、近所の悪ガキですかっ!? そうじゃないです!」

 

「それじゃあ、近所の家のガラス割って回ったとか?」

 

「この私をチンピラ扱いとは、いい度胸です。“黒より暗く……!”」

 

「じょ、冗談よめぐみん! ここで自爆はやめてぇ!」

 

 私は、すぐさま、めぐみんを取り押さえて、詠唱を止めました。短気な所も相変わらずです。そして、めぐみんから、杖を奪った所で、彼女は私を睨むように見て来ました。

 

「頼みたい事の前に、聞きたい事があります」

 

「なんですか?」

 

 

 

 

 

「カズマと何があったか、聞こうじゃないか!」

 

「うぐ……!」

 

 それは、厳しい質問です。めぐみんは、今までにないくらい、敵意の満ちた視線でこちらを睨んできます。もう、こうなったら、今度こそ覚悟を決めましょう。うう、胃がキリキリしてきました。

 

「めぐみん、私カズマさんと、け、けけけけ!」

 

「けけけ?」

 

 

 

 

 

 

「カズマさんって結構いい男だよね!」

 

 ああっ! またしてもヘタれてしまいました。でも仕方ないんです。今も胃がギューギュー締め付けられる感覚がしますし、これを最後に、めぐみんとの関係も壊れてしまうかもしれません。というか、今気づきましたが、私って、恋愛面でパーティを崩壊させる、“パーティクラッシャー”そのものじゃないですか!

 

「ゆんゆん、カズマは良い男なんかじゃありませんよ」

 

「え?」

 

 めぐみんが、らしからぬ事を言いました。私、惚気話に何度もつき合わされた事があるのですが……

 

「カズマは最低な男です。大金を得たら自堕落に過ごしますし、女性に対してはセクハラばかりします。それこそ、建前さえあれば、最後までヤろうとする、スケベ男です」

 

「それは、まぁ、そうですね……」

 

 カズマさん、このめぐみんの言葉を否定できません。やっぱり、カズマさんって最低ですよね。

 

「ゆんゆん、カズマは最低の鬼畜男です。下手に関わらない方が、身の為ですよ。それこそ、ゆんゆんみたいな。物知らずの田舎娘なんて、金を奪われ、体を嬲られ、捨てられるのがオチです」

 

「…………」

 

 なんだか、腹が立ってきました。カズマさんは、確かに、最低の鬼畜男です。でも、それだけじゃない。困っている人は、口では嫌がりながらも、体を張って助けますし、私に、様々な楽しさや、感動を経験をさせてくれました。そして、何より、約束はきちんと守る人なんです。私と運命を共にしてくれたのが、その証拠です。

 

「めぐみん、私がカズマさんといると何か不都合な事でもあるの? 私は、カズマさんを、それでも魅力的な男性だと思うから、関係を断つ事なんてしません!」

 

「っ……!」

 

 めぐみんが苦虫を噛み潰したような顔になりました。そんな顔で睨まないでください。落ち込んでしまうじゃないですか。

 

「ゆんゆん、もう一つ質問です」

 

「なんですか?」

 

「なんで、カズマのマントを羽織っているのですか?」

 

「ああ、これですか」

 

 私は、カズマさんから貰い受けたマントを優しく撫でました。私が里に来たとき、しばらくめぐみんに睨まれていた理由はこれですか。

 

「カズマさんに、貰ったの」

 

「本当にそれだけですか?」

 

「うん、カズマさん、マントを新調したでしょ? そのお古を貰っただけだよ」

 

 別に嘘は言っていません。それに疚しい所もありません。これは、カズマさんから貰った、それだけです。めぐみんはついに、無表情になってしまいました。ふふっ、怖いです。

 

「ゆんゆん、もう一度聞きます。カズマとはどういう関係なんですか?」

 

 

 

 

 

 

「別に、めぐみんには関係ない事でしょ?」

 

「っ……!」

 

めぐみんが、テーブルに手を叩きつけました。周りの人が、こちらを見ていますよ。

 

「今日は、もういいです。頼み事なんて、建前ですし!」

 

「ちょっと、めぐみん! 意地悪言ったのは謝るから、そんなに怒らないでよ!」

 

「今は1人にしてください!」

 

 そう言って、めぐみんは逃げるように去ってしまいました。どうやら、完全に怒らせてしまったようです。私も、大人げない事しましたね。でも、もうカズマさんは私の男なんです。そうです、カズマさんは、私を選んだんです。めぐみん達3人、そしてこの国の王女よりも、この私を……!

 

「ごめんね、ごめんねめぐみん……」

 

 私は謝罪の言葉を口にしました。だって、私のせいで、めぐみんは辛い目に会っているのですから。でも、何故でしょうか。自然と口角が吊り上がってしまいます。

 

「ごめんね……ごめんね……!」

 

 

 

 

気が付けば、私はくつくつとした笑い声を上げていました。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 そして、今夜も私はカズマさんの宿に来ていました。もちろん、お互いの愛を確かめ合うためです。

 

「あう……カズマさん、好きです、大好きです!」

 

「おう、俺もだよ」

 

 私は耳元で囁かれるその声に、脳が震えるのを感じました。そうです、カズマさんはもう、めぐみんではなくて、私の男なんです。

 

「それじゃ、挿れるんだ、ゆんゆん」

 

「はい……ああっ!」

 

「おふっ!? ゆんゆんのアソコは、いつもキツキツだな」

 

 私は、カズマさんの反り立つ性器に腰を降ろしました。カズマさん曰く、座位という体位で、私の一番好きな体位です。

 

「あう……ああ……んぅ……」

 

「うんうん、その自然な喘ぎ声もポイント高いぞ!」

 

 カズマさんは、腕を組んで、うんうんと頷いていました。私はそんなカズマさんを見ながら、ゆっくりと腰を動かしました。そして、膣内の肉棒がビクビクと脈動し、私の膣内を刺激します。なんだか、じわじわとした快感が、私を包み込みました。

 

「ゆんゆん、お前の膣も、俺がたっぷりと時間をかけて開発してやる。だから、無理に奥まで咥えこもうとするな、ゆっくり、お前の気持ちがいいように動け」

 

「はい、カズマさん……うぁ……んぅ……ふぁ……」

 

 じわじわとした快感を堪能していると、カズマさんが私を抱きしめてきました。私の乳房が、カズマさんの固い胸板で押しつぶされます。乳首も擦れて、気持ちいい……

 

「カズマさんんんっ! んむぅ……」

 

 唇を塞がれてしまいました。加えて、右手の指が私のお尻に侵入してきました。ダメです! そこは……そこは……!

 

「んんんんっ!? んぅ……あみゅ……むぅ……!」

 

「んはっ! ゆんゆん、お尻に入れた途端、反応が良くなったぞ、どうした?」

 

「そんなの、分かっているでしょう……あう……!」

 

「よし、じゃあ、お前の好きな奴をやってやる! あむっ!」

 

「ひゃああああっ!? ううう……それ……大好きです……!」

 

 カズマさんが、私の首筋を荒々しく吸っています。そうです、これです。これをされると、私がカズマさんの物であると、証明されているようで、たまらなく好きなんです……!

 

「あっ……んぁ……あぅ……やぁ……!」

 

「おおう!? 膣内が凄く痙攣して、締まってるぞ! イッたのか?」

 

「んぅ……はい……やんっ……わかんないです……!」

 

「そうかそうか、膣内イキにはまだはやいし、だとすると首か……気持ちよかったか?」

 

「はい……」

 

 私は、そう答えてから、カズマさんにを強く抱きしめました。そして、私もカズマさんの首筋にかぶりつくように、吸い付きます。行為で火照った首筋はとても熱く、そして、汗の味がしました。その塩辛い味と、カズマさんの汗の匂いで、なんだか、体がぼーっとしてきました。

 

「ゆんゆん、俺もそろそろ限界だ。少し動くぞ?」

 

「カズマさんの好きにしてください……」

 

「よし、調教開始と行きましょうか」

 

 そういうと、カズマさんの性器が、私の奥深くまで侵入してきました。少しだけ痛いです。

 

「あう……!」

 

「よし、頑張ったな。リラックスしろよ……そらっ!」

 

「んぅ……ああっ……やぁ……!」

 

 カズマさんが、私の奥で性器を震わせるように動かしました。少しの痛みと、奥を撫でられる快感が合わさり妙な感じです。でもカズマさんが、開いた手で、私の頭を撫でてくれています。それが、たまらなく気持ちよくて、安心できる。

 

「おふっ! 出るぞ……大量に射精してやるからな……!」

 

「はい……んんっ……あひゅ……あぅ……!」

 

「だから、なんで足でホールドするんだお前は! そらっ!」

 

「わあっ!?」

 

 私は、座位から一転、押し倒されて、正常位になりました。そして、カズマさんが、私の両足を、腕で押し開きます。

 

「この痴女がっ! あっ……くっ……いくっ……う゛っ!」

 

「ああああっ……!」

 

 カズマさんが、性器を引き抜き、私のお腹で欲望を爆発させました。白い白濁が、私のお腹だけでなく、胸にまで飛び散りました。

 

「ふいーっ! スッキリ、スッキリ! って、おおう!?」

 

「あむ……じゅるっ……!」

 

 私は、カズマさんの性器を口でお掃除しました。これも、カズマさんに教え込まれて、しっかり身についてしまいました。

 

「うん、気持ちよかったぞ、ゆんゆん」

 

「はい、私も嬉しいです!」

 

 こうして、行為を終えた私達は、お互い体を拭き、身を清めました。ここは、お風呂がないのが不便ですね。

 そして、昨日と同じく暗闇の中、カズマさんにおんぶされて、帰宅しました。

 

「ただいま!」

 

「あら、お帰りなさい」

 

 家に帰ると、お母さんが出迎えてくれました。弟たちは、もう寝ている時間です。お父さんは、お風呂でしょうか?

 

「ゆんゆん、あなた、何だか、艶っぽいわね」

 

「ええ!? 急に何を言うの、お母さん!?」

 

 まさか、さっきまで、カズマさんとエッチしてたなんて言えません。ここはごまかして……

 

「ああ、私、孫は早く見たいわ。頑張りなさい!」

 

「あひゅ!?」

 

 お母さんに、肩をポンポン叩かれました。何故、ばれたのでしょうか!? きちんと体も拭いたし……

 

「ゆんゆん、あなたから、濃厚な雄の匂いがするわ。お風呂入ってきなさい」

 

「いっ、行ってきます!」

 

 親に情事がバレた! 死にそうなくらい恥ずかしいです! 今度から、絶対、銭湯行ってから帰りましょう!

 

 

 

あ、でも、カズマさんの濃厚な匂いを堪能しながら就寝するのも、ありですね……

 

 

 

 

「おおう!? 娘よ! お父さんのお着替えシーンを覗くなんて……!?」

 

「“カースド・ライトニング!”」

 

「のおおおおおおおおおっ!?」

 

 とにかく、カズマさんが署名を集め終えるまでは、あまり周囲にバレるような事は控えた方がいいですね。

里では噂が広まるのが速いですし、

 

 

 

カズマさん、頑張ってください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




めぐみん参戦!
次回更新は、一週間後?

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愛憎渦巻く紅魔の里:ちょろすぎる紅魔族と、あっけない終わり

※鬼畜描写あり

爆焔読んでないと、分かりにくいかも


 

 

「めぐみん、めぐみーん、聞いてんの?」

 

「……聞こえませんでした、もう一度お願いします」

 

「いや、だから、名誉紅魔族になるための署名集めに協力してくれって事なんだが」

 

「……………」

 

「おい、どうした? 元気ないな?」

 

 ゆんゆんの親への挨拶の翌日、俺は村唯一の喫茶店でめぐみんと話していた。俺は、何故か落ち込んでいるめぐみんを励ますが、あまり効果がない。ここで話し始めてから、ずっとこの様子だ。

 

「カズマは何故、“名誉紅魔族”とやらに、なるのですか?」

 

「だから言ったろ? 俺は将来的には商人になるつもりだ。各種魔法具や、優秀な武具を製造している紅魔族との間にコネを作っておきたいんだよ」

 

「…………」

 

「めぐみん?」

 

 こちらを睨みつけるめぐみんに、俺は思わずたじろぐ。俺が話した事は、本当であるが、真実とは言えない。

 

「私は暇じゃありません。カズマ一人でやってください!」

 

「あ、おいコラめぐみん! 待てって……」

 

 俺の声もむなしく、めぐみんは去ってしまった。どうしよう、いきなり当初の予定が狂ってしまった。昨日の時点で集めた署名は二人、ひょいさぶろーと、ゆいゆいさんの分だ。知り合いであると言う事と、アクアがお世話になるお礼として、賄賂を贈らせてもらった。これにより、署名を得られたため、俺は賄賂戦略を基本とする事にした。金による信用も、立派な信用だ。それ以上の信頼は、今後のお付き合いで得ればいい。

 

「しかし、どうすっかね」

 

 俺はこの署名集めを、二週間以内に終わらせる予定だ。紅魔の里の住人の内情を知っている人物に協力してもらわないと、時間がかかるのは目に見えている。それに、部外者の俺がいきなり行くよりは、横に紅魔族を侍らせておいた方が、話も円滑に進むだろう。

 

「ゆんゆんが一緒ならなぁ……」

 

 そう言って、俺はストローでジュースをジュルジュルと吸う。ゆんゆんの助力を得る事は禁止されている。そして、頼みのめぐみんも消えた。俺が、椅子に背を預けて途方に暮れていると、とある少女の顔が目についた。めぐみんと同じ眼帯を着け、艶やかな黒髪の先端を巻き髪にしている。以前、紅魔の里で見かけた少女がいた。

 そして、俺はひらめいた。協力者がいないなら、現地で作ってしまおうと。俺はさっそく行動を開始した。

 

「やあ、君、滅茶苦茶可愛いね! 相席していいかな?」

 

「……!? わ、私の事かい!?」

 

「そうそう、可愛い可愛い!」

 

「!?」

 

 相席していいかいと言いながら、俺はさりげなく、彼女の椅子の隣に座る。相手は俺の発言に戸惑っているようだ。ふむ、男耐性はなさそうだ。以前、ゆんゆんや、めぐみんから、聞いた事がある。紅魔の里には同年代の男が全くいないと。ちょっと面倒だな。他の男慣れしている子を探した方がよいだろうか。

 

「あー俺って、君に以前、会った事あるけど、覚えてる?」

 

「ええと……ああっ! 私の傑作を破り捨てたあげく、落書き小説とバカにした、無礼な男!」

 

「思い出してくれたか、いや、あの時はすまなかったな」

 

「私は、許しませんよ!」

 

 ふしゃーっと威嚇してくる少女を見ながら、俺は勝ったと確信した。俺がやっている事は、ようはナンパである。ナンパにおいて、無視されるのが失敗パターンだ。会話に持ち込んだ時点で初期戦果はバッチリである。もしかして、紅魔族という種族自体がチョロイのではと思い始めた。

 

「そう怒らないでくれ、俺の名前はカズマ、アクセル随一の冒険者にして、名誉紅魔族を目指すもの。君の名前は……なんだっけ?」

 

「失礼な! 教えてやりましょう!」

 

 

そう言って、少女は立ち上がり、椅子に片足をかけて紅魔族流の名乗りを上げた。

 

 

「我が名はあるえ! アークウィザードにして、上級魔法魔法を操る者、やがては偉大な作家となるもの!」

 

ばばーんと、サムズアップしたあるえに、俺はふんふむと頷く。よし、順調だ。

 

「なるほど、あるえちゃんね、恰好良くて、可愛い名前だねぇ」

 

「えぇ!? そ、そうかい……!?」

 

 あるえが真っ赤になって俯いた。おーちょろいちょろい。後は、適当に褒めて、仲間に引き入れよう。

 

「それで、あるえちゃんは、喫茶店で何をやってたの? さっきまで、何かを紙に書いていたようだが……」

 

「ああ、これかい? これは、私の新たな傑作を書いているのさ。今回の小説は私も自信あるんだ!」

 

「へー、喫茶店で小説を書くなんて、プロの作家みたいだな。憧れちゃうなー」

 

「んへへっ! そうだろう、そうだろう。何せ、私は将来、偉大な作家になるからねぇ」

 

 ドヤ顔のあるえに、思わずチョップを入れそうになるが、俺は我慢する。ここはおだてる事に徹するんだ……!

 

「俺、その傑作小説っての気になるな。良かったら、見せてくれないか?」

 

「ほ、ほんとに!? 君、見る目ある、見る目あるよ! さぁ、どうぞどうぞ!」

 

「おうサンキューな、お礼に奢るよ。店員さーん、この子にケーキセットお願いしまーす!」

 

「奢ってくれるのかい? あの、ありがとうね……」

 

 俺は、そんな事を言う、あるえに、気にするなと手を軽く振る。そして、俺は、傑作小説とやら読む事にした。

 

「ど、どうだい?」

 

「全部見なきゃ、なんとも……おかわりは好きに頼んでいいぞ」

 

「おお、太っ腹だね」

 

 幸せそうに、ケーキを頬張る、あるえを見ながら、俺は手を震わせていた。傑作小説とやらは何というか、非常に読みにくいものだった。破り捨てそうになるのを必死に我慢して、読み続ける。これは、ゆんゆんのため、ゆんゆんのため……!

 

「いやー滅茶苦茶面白かったよ! あるえちゃんは天才だなぁ!」

 

「そ、そうかい! いや~照れちゃうね!」

 

「これは、偉大な作家になる事間違いなしだな」

 

「んへへっ!」

 

 真っ赤になって照れる、あるえを俺は眺める。ふむ、めぐみんと比べると、随分と大人びたスタイルをしている。しかも、ゆんゆん並、もしくはそれ以上の巨乳だ。これってある意味チャンスなのかもしれない。

 

「ちなみに、どこがおもしろかったかい?」

 

「ああ、パルスのファルシのルシがコクーンでパージするなんて、常人では思いつかない発想だと思ったよ。さすが天才!」

 

「おおう! その設定、考えるのに、一週間はかかった思い入れのある所だよ!」

 

「ふぇー俺、あるえちゃんの事、もっと知りたいなぁー」

 

「わ、私の事……?」

 

ふむ、ナンパ成功。落ちたか?

 

「えと、その、私もカズマ君の事なら、知りたいかな……」

 

「じゃあ、お互いの事や、連絡先、里の情報を教えてよ!」

 

 落ちたな。俺は内心ガッツポーズを作りながら確信した。ナンパにおいて情報交換をしてもらえた時点で、その女を喰える可能性がほぼ100%に近くなるのだ。まぁ、喰う気ないけどな。

 そして、俺は適度にあるえを褒め称えながら、いずれこの里の商人になる事、そのためにも名誉紅魔族になる必要性がある事を説明した。事前に族長のお触れを聞いていたあるえは、快く協力してくれる事となった。これで、念願の現地協力者をゲットである。

 

「にしても、カズマ君って、噂では、めぐみんの男だって言われてるけど、本当なの?」

 

「あーあれは噂だよ。うん……」

 

「むむ、めぐみんを泣かしたら、私も怒るよ?」

 

「そうならないよう努力する。さて、作戦会議と行きますか」

 

「頭脳労働は、このあるえ様に任せるといい」

 

「へいへい」

 

 そして、あるえから、この里の情報を入手していく。里の構成比は、自営業5割、里に拠点を置き、出稼ぎをしているものが3割、ニートが2割との事だった。

 

「というか、ニート多いな! どうなってんだ、この里!」

 

「カズマ君、ニートという呼び名はよろしくない。“夢を追う物”と呼んでくれ」

 

「あるえちゃん、君もそうなのか……?」

 

「ふっ、私はいずれ大成します。あんなクズ達とは違うのです!」

 

 あるえが、そんな事言った。ダメだこいつ。でも、肩はブルブルと震えている。内心、ヤバイと思っているのだろう。

 

「あるえちゃん、俺が商会を作るのに成功したら、雇ってやるよ。だから、元気だせ」

 

「っ……!? そ、それはバイトという事ですか……?」

 

「正社員だ。よろしく頼むぜ」

 

「よ、喜んで引き受けます!」

 

 あるえが、俺に必死な表情で抱き着いてくる。ふむ、非常に感触の良いおっぱいだ。はい、内定確実。

 

「よし、あるえちゃんは、今日から俺の秘書だ。給料も出すぞ!」

 

「頑張ります!」

 

 こうして、俺は将来の秘書を従えながら、紅魔族の里をかけずり回る。あるえとの、相談の結果、まずは、経営者の方から署名を集める事にした。金や、将来の商談で信頼を得る事ができそうな連中だからである。

 

「あるえちゃん、作戦通りにしてくれよ」

 

「任せてください!」

 

 

 

 

 

 あるえを先頭に立たせ、俺は紅魔族随一、いや、唯一の服屋へ突入した。服屋のカウンターには、厳めしい顔の店主がいた。

 

「やあ、いらっしゃい。あるえちゃんと……見覚えある顔だね」

 

「どうも、ちぇけらさん、この人はカズマ君、あの名誉紅魔族になるって人だよ」

 

「ああ、族長から聞いているよ。それに、思い出した。シルビアの時、お世話になった子だね」

 

「どうも、あの時はこちらもお世話になりました。つきましては、名誉紅魔族の件についてですが……」

 

 それから、俺は商会を開く事、名誉紅魔族となって、里のために尽力したいとの旨をアピールし、ついでに明日の夜中に予定している懇親会へと招待した。やはり、顔馴染みの、あるえが横にいるせいか、大した軋轢もなく、スムーズに会話が進む。そして、懇親会参加への了承を取り、俺達は店を後にした。

 

「よくやった、あるえ秘書官! このまま、他の店も回るぞ!」

 

「分かりました、カズマ君! いえ、社長!」

 

 その後、武器屋や、喫茶店、酒屋など、経営者の方々に挨拶回りを済ませ、親睦会への参加を取り付ける。そして、夕方になった頃、すべての自営業者の家主の懇親会参加を取り付けた。俺達は、再び喫茶店へと戻り、明日への対策と、事前準備を進めていく。

 

 この一日で、あるえが、思ったより使える人物だと知る事ができた。さすがは、紅魔族といった所か。

 

「カズマ君、明日は私、どうすればいいかな?」

 

「明日の予定は、夜の懇親会にコンパニオンをやってもらうくらいだ。後、これは今日の給料な」

 

「なんですと!?」

 

 俺が、金を入った茶封筒を渡すと、あるえは、恐る恐るそれを手に取り、中身をチラッっと確認した。

 

「……こんな貰っていいのかな」

 

「それだけの働きはした。自信を持て、あるえちゃん」

 

「う、うん、ありがとうね……」

 

 そう、お礼を告げると、あるえが、そわそわとし始めた。俺は思わず、嘆息してしまう。ちょっと、ちょろすぎじゃないかと……

 

「あるえちゃん、俺に言いたい事があるのか?」

 

「あの、カズマ君は、お昼は暇なわけだよね? だから、その、ウチに来ないかい?」

 

「喜んで」

 

 そう答えながら、俺は決意した。紅魔の里に移住したら、義務教育において、情操教育、特に男女関係についての学習を強化する事を進言しようと。

 その後、あるえと別れた俺は、めぐみんの家に食材を持参し、料理を振る舞う。そして、宿では、ゆんゆんと情交を結ぶ。忙しいながらも、充実感のある日となった。

 

 

 

 

 

そして、翌日、俺は約束通り、あるえの家にお呼ばれしていた。

 

 

「どうかな、私の部屋?」

 

「うん、なんか、さすが作家志望って感じの部屋だな」

 

「そうかい、そうかい! いやー環境作りも、執筆において重要だからね」

 

 そう言ってニコニコ微笑む、あるえの部屋を、俺はジロジロ見回す。部屋一面に、本棚が置かれ、そこにはギッチリと蔵書が詰まっている。標準的な勉強机と、押し入れの回り以外は本だらけだ。

 

「それでね、今日はカズマ君に、私のこれまでの作品を評価してもらおうと……どったの? 気になる本でもあった?」

 

「いや、ちょっとな」

 

 俺は、先ほどから、本棚の一画が非常に気になっていた。文庫本などが並ぶなか、少しだけ、哲学書のようなものが、並んでいたのである。何故か、それが非常に気になる。俺はそこに手を伸ばし……

 

「わあああああああああっ!? そこはダメ! ダメな本なの!」

 

「おいおい、哲学書だろ? いいじゃねぇか、別に」

 

「違うの! それは凡人には理解できないというか、私ぐらいの作家じゃないと閲覧を許可されないというか……とにかくダメ!」

 

 あるえが、顔を真っ赤にしながら、俺の前に立ちふさがった。なんというか、察しがついた。

 

「バインド!」

 

「きゃあっ!? カズマ君、何を……ダメ! 見ちゃダメ!」

 

「どれどれ……おおう!? やっぱりか!」

 

「あう……あううううううっ!」

 

 俺は、バインドで簀巻きにしたあるえに、哲学書、いや、哲学書のカバーがかけられたエロ本を見せつけた。

 

「あるえちゃん、こんなもの何に使うんだ?」

 

「それはナニに……って違う違う! それは、小説を書く上での大切な資料なんだよ!」

 

「資料ね~」

 

 それにしては、量が多い、哲学書モドキは、20冊ほどある。こりゃ、かなりのむっつりだ。めぐみんの同年代が男日照りというのは、もはや確信に変わった。しかし、俺はここで、あるえに手を出すような男ではい。なんせ、俺にはゆんゆんがいるしな。

 

「なるほど、さすがは作家志望、意気込みが違うな」

 

「り、理解してくれたかい? いやーこれだから、作家って厳しいんだよ!」

 

「ほーん」

 

 俺にはゆんゆんがいる。しかし、チャンスは不意にしない。それがサトウカズマという男だ。簀巻きにしたあるえに、俺はそっと囁いた。

 

「男が知りたいなら、俺に頼れよ。天国を見せてやる」

 

「ひぅ……!」

 

 あるえが、小さな悲鳴を上げて、気絶した。こんな臭いセリフでコレとは。やっぱり、ちょろいのは、紅魔族の種族特性なのかもしれない。その後、俺はあるえが起きるまで、彼女の傑作小説とやらを読み込んだ。

 

 

 

 

 

 そして、夜、俺とあるえ、自営業の方々を料亭に集め、懇親会を行った。俺が、事前に用意していた、紅魔の里を、盛り上げるための、新たな観光資源案は、かなりの評価を得る事ができた。明日にも、噂を流し、実験的に始めるようである。また、商会設立に置いて、贔屓にする事や、具体的な取り引きについても、検討していく。お酒が、全員に入り始めた所で、俺はトドメを刺す事にした。

 

「みなさん、そろそろお開きとなりますが、お土産にこれをどうぞ」

 

 そう言って、俺は、手をパンパンと鳴らすと、箱が積まれた台車を持った、あるえが現れる。箱を一つ手に取り、俺は酒屋の親父に手渡した。

 

「これを手土産にどうぞ」

 

「おう、悪いね。にしても、随分重いね、これ」

 

「ええ、私の“誠意”が詰まってますから」

 

「ふむ、なるほど、なるほど! おぬしもワルよのぅ……」

 

「いえいえ……」

 

俺達は、お互い薄笑いを上げる。そして、親父から、紙が手渡された。

 

「私と、家族の分の署名だ。頑張ってくれたまえ」

 

「ありがたき幸せに存じまする……」

 

 俺は紙を恭しく受け取り、親父はホクホク顔で帰って行った。そして、これを全員分行った。誰もが、笑顔で帰宅していった。うむ、良きかな。最後に、懇親会の会場を片付けながら、ミッション完了となった。

 

「カズマ君、一箱お土産のお饅頭が残ってるけど、どうするんだい? というか、どうして皆は、こんなものを喜んで受け取っていたんだ?」

 

「気づいてなかったのか。ほれっ!」

 

 そう言って、俺は饅頭が入った箱を開け、あるえに見せつけた。見た目は普通の饅頭である。

 

「別に普通じゃないか」

 

「饅頭はな、だけどこれは上げ底になっていてな……」

 

 饅頭を取り払い、箱の底板を外す。すると、そこには、黄金に輝くエリス金貨が現れた。

 

「カズマ君、これ……」

 

「あるえちゃん、財力も立派な力だ。それに、商人にとって、資産を持っている事は信頼へとつながるんだよ」

 

俺がドヤ顔で語っていると、あるえが、箱に手を伸ばす。欲望に随分と素直なようだ。

 

「社長、この、“お饅頭”貰っていいですか?」

 

「いいぞ、ただの“お饅頭”だ。ただし、一人で食べろよ?」

 

「ふへへっ! 分かってます社長!」

 

「よろしい!」

 

 

 

 

 

 こうして、懇親会は大成功に終わった。俺はその成果を手にし、宿へ帰る。そして、今日もこっそりと、来たゆんゆんに成果を見せつける。

 

「凄いじゃないですか、カズマさん! もう5割も集めたんですね!」

 

「俺にとっては、このくらい余裕だ。それより、ゆんゆん、今日も頼むぞ」

 

「はい、疲れを私で癒してください。カズマさん……」

 

「おほっ!?」

 

 今日も、ゆんゆんの素晴らしい体を貪りながら、明日に備える。もうこれで、ほぼミッションコンプリートだ。残りは消化試合と言えよう……

 

「んぅ……カズマさん、頑張ってくださいね」

 

「任せろ、ゆんゆん」

 

そう答えながら、俺はゆんゆんを抱きしめた。

 

 

 

 

 それから一週間と少し、俺は残りの署名集めに専念した。たいていの紅魔族の人は、俺の隣にいる、あるえを見て気を許す。そして、もはや、完璧と言えるまでの紅魔族流の名乗りを上げる事で信頼と署名を勝ち取っていった。

 ちょっとした頼み事や、仕事の手伝いを任された事もあったが、それも、あるえと一緒に片付けていく。モンスター討伐や、素材集めなども任される事も数件あったが、あるえが上級魔法を使えるため、即席パーティながらも、順調に依頼をこなしていった。

 

いよいよ、署名集めも終わりが見えてきた。

 

 

 

そして、今日も、ゆんゆんとの行為で、疲れを癒す。

 

「カズマさん、署名集めの方はどうですか?」

 

「順調だ。ゆんゆんこそ、何か問題は起きてないか? アクアが何かやらかしたとか……」

 

「アクアさんは、近所の子供に異常に好かれて、毎日遊び相手になってますよ。これといって、問題はありません。ただ、めぐみんがちょっと……」

 

ゆんゆんが顔を伏せる。そういえば、めぐみんとは、夕食を作りに行く時くらいにしか会っていない。あの時も不機嫌だったしなぁ……

 

「最近、めぐみんはすぐに、どこかに消えちゃうんですよ。村中探しても見つからないし、なんだか、どんどん不機嫌になってるみたいで、ちょっと心配なんです……」

 

「多分、生理だろう。今の時期がそうだ」

 

「そういえばカズマさん、生理周期を把握してたんですよね。それなら、そうなのかなぁ……」

 

「まぁ、そっとしといてやれ」

 

「はい……」

 

 ゆんゆんは、そういって俯く。めぐみんには、俺も後ろめたい気分がある。問題を先延ばしにしている事に、罪悪感を感じまくりだ。

 

「そういえば、カズマさんに渡したいものがあるんです」

 

「ん、なんだ? 貢ぎは勘弁だぞ?」

 

「今回は違います! これを、大事に持っていてください……」

 

 ゆんゆんが、カバンから小さな巾着袋を取り出し、俺に手渡してきた。なんだか、見覚えがあるものだ。

 

「これは、紅魔族伝統のお守りです。私がいない時は、これを私だと思ってください」

 

「ああ、お守りね……」

 

 昔、めぐみんにも貰った事がある。アレには、いろんな意味で助けられた。俺はそれを恭しく受け取り、懐に入れた。

 

「ちなみに、何が入ってるんだ、このお守り?」

 

「私の髪と、爪、血液を染み込ませた布に、この他にも私の愛を込めたアレと、もしもに備えて……!」

 

「怖いよ! 魔女の呪い袋かよ! たく、いちいち愛が重いんだよ、お前は!」

 

「それくらい、カズマさんを愛して……ああっ!? ディンダーでお守りを燃そうとするのはやめてください!」

 

 

 

 

 

 

 そして、署名集め開始から約二週間目、俺は署名集めをあと一人で終わらせるという所まできた。だが、最後に残った紅魔族が、やっかいな頼み事をしてきたのだ。そいつの名はぶっころりー、以前も目にした対魔王軍遊撃隊(ニート)の一員だ。

 

「おいコラ、この金貨袋が欲しくないのか? 他のニートはこれで転んだぞ?」

 

「うぐぐ……でも、俺はそれより切実な問題があるんだ! 是非手伝って欲しい! それが成功したら署名してあげるから!」

 

「分かった! 分かったから抱き着くな! 気持ちわりぃ!」

 

 俺は抱き着いて来るぶっころりーを蹴飛ばし、近くで呆れた目線を送っていたあるえに話しかける。

 

「あるえちゃん、まさかの買収失敗だ。このニートの頼み事を一緒に手伝ってくれるか?」

 

「構わないが、この糞ニートの頼みを手伝うなんて、虫唾が走るよ!」

 

「あるえちゃん……」

 

お前もニートだろう! というツッコミを飲み込み、俺は地に伏すぶっころりーに向き直る。

 

「よし、俺ができる限りの頼み事は聞こう。さ、何を手伝って欲しいんだ?」

 

「か、感謝するよ! 実はね……!」

 

 それから、俺達はぶっころりーの頼み事を聞いた。その内容は単純明快、『好きな女を落とす手伝いをして欲しい』との事だった。単純だが、成功させるのは難しい。最後の最後に、面倒な頼み事をされてしまった。

 

「それで、その“そけっと”って人は、お前とはどのような関係なんだ? 知り合い、友達、それとも相手はこちらを知らないとか?」

 

「友達……だと思いたい。少なくとも、俺と面識はあるのは確かだよ。それに、最近は彼女の修行に付き合ったりと、なかなか良好な関係なんだ!」

 

「告白しろよ」

 

「そんな度胸、俺にあるわけないでしょ!」

 

「何を自信満々に言ってんだアホ!」

 

 呆れる俺の耳元に、あるえが顔を寄せて来た。おっと、腕に豊満な胸が当たってますよあるえさん。無警戒な女の子だ……

 

「カズマ君、そけっとさんは里以外でも有名な凄腕占い師です。このニートの告白が成功するわけありません」

 

「いやいや、決めるのはまだ速い。紅魔族の特性的に可能性が完全にないとは言えないと俺は思うぞ」

 

 紅魔族の特性。それはちょろい事だ。ぶっころりーでも、十分チャンスがあると思えるのだ。それに、顔もどちらかといえば、整っている方だ。いける……かもしれない。

 

「よし、それじゃあ作戦会議だ。ぶっころりー、俺はこう見えて、何人のも女を落としてきた熟練者だ。安心して俺に任せろ」

 

「うお、その笑顔を殴りたいけど……君の隣にいる人を見れば、あながち嘘とはいえないね……」

 

「ちょっと、そこのクソニート! それは私の事かい!? 私はカズマさんに落とされてなんか……!」

 

「怒らない怒らない……」

 

「こ、こら! 私を抱きしめないで……あう……」

 

 俺は、あるえを黙らせてから作戦会議に入った。しかし、解決案が出てこない。様々なシチュエーションの告白プランを提案したが、肝心のぶっころりーが怖気づいている。その他にも、様々な方法を考えたが、どれも不安事項がついてきたり、ぶっころりーが無理だと泣きわめく。

 それに、俺は男だ。さっきは女を落として来たと言ったが、気が付いたら向こうが好意を持っていたというのが大半だ。やはり、女性の事は、女性に聞くのが一番だろう。

 

「あるえちゃん、何か、そけっとをコイツにベタ惚れにさせる方法はない?」

 

「そう言われましても、ニートを好きになる女性なんかどこにも……」

 

「ちょっと待って! 俺はニートと言っても、夢を追い求めて仕方なく……いたっ!? いたいよあるえちゃん!」

 

ぶっころりーに殴りかかったあるえを抑えこむ。紅魔族って喧嘩っ早い奴ばっかだな……

 

「落ち着けあるえちゃん! それなら、一般的に、女性はどんな男に惹かれるんだ? そこを教えてくれ!」

 

「こらカズマ君、どこ触って……そうですね、とりあえず自分より強い男の人や、絶体絶命の危機を救ってくれた男には、好意を抱きやすいと思いますよ。まぁ、書籍のヒロインはたいていこんな手段で――」

 

「「それだっ!」」

 

俺とぶっころりーは同時にそう答えた。

 

 

 

 

 翌日、俺達3人はそけっとという紅魔族の女性を尾行して、里近くの森に来ていた。何故かそけっとの行動に異常に詳しいぶっころりーの指示のもと、森に先回りして待機していたのだ。

 

「ぶっころりー、本当にいいんだな? 前戯レベルとはいえ、そけっとに卑猥な事をするし、傷を負わせる事になるが……」

 

「俺は構わないよ! だってその……そけっとがエッチがしたくてたまらないようにしてから、俺に渡してくれるんだよね!?」

 

「おう、この女殺しのカズマさんに任せろ! “出来上がった状態”でお前にやるよ!」

 

「そ、そうか……うひ、うひひひひひひ!」

 

俺とぶっころりーが下卑た笑いを浮かべていると、あるえが、俺に頭突きをしてきた。

 

「なんだか、レイプの手伝いをしているようで、嫌なのですが……」

 

「安心しろあるえちゃん、最終的に和姦にしてしまえばいいんだよ! それよか、この服装どう? 犯罪者っぽい?」

 

「犯罪者というより、邪教徒に見えるね。こんな奴には関わりたくないと思う程だよ」

 

「よし、それでいい、それでいいんだ」

 

 現在、俺は黒一色のローブに身を包み、顔には里のお土産屋で買った髑髏の仮面をつけていた。おまけに、何かの骨でできた首飾りと、紅魔族の好む謎のシルバーチェーンを身体に巻き付けている。コンセプトは、THE悪役だ

 

「そけっとが来たよ!」

 

 ぶっころりーの声で俺達は黙り込む。そして、彼女の尾行を開始した。そけっとは、木刀をぶんぶん振り回し、周囲の草を切り倒しながら森を歩く。ガキかアイツは。

 そんな時、彼女の前に、ヴェロキラプトルのような恐竜型モンスターが現れた。モンスターは即座に襲い掛かってきたが……

 

「フリーズバインド!」

 

 即座にそけっとが魔法を発動し、モンスターの両足を凍り付かせる。モンスターは必死に氷から脱出しようともがくが、氷は地面に張り付いてビクともしない。そして、そけっとはその様子をニヤニヤしながら見ていた。

 

「おい、あんなのがいいのか?」

 

「あんなの!? 物凄く可愛い笑顔じゃないか! モンスターの苦しむ姿を見て、無邪気に微笑むそけっと可愛いよそけっと。 というより、カズマ君は本当に大丈夫なのかい? 彼女、レベル50程の凄腕魔法使いだけど……」

 

「俺のレベルは62だ。真っ向勝負ならまだしも、不意打ちならいける。それじゃ行ってくるぞ」

 

「うわ、本当にやるんだね。罪悪感で、私死にそうだよ……」

 

 俯くあるえと、小さく声援の言葉を言うぶっころりーを背に、俺はそけっとに向けて潜伏を発動しながら近づいた。彼女は、いまだモンスターを無意味に観察するのみだ。俺は彼女の近くで弓矢を構える。そして、矢の発射と同時に俺は走りだした。

 

「痛いっ!?」

 

 そけっとが、俺の矢を脛に受けて、痛みによって座り込む。俺はうずくまる背中を容赦なく蹴り飛ばす。そして、うつ伏せに倒れ込んだそけっとの背に馬乗りになり、即座に口にロープを巻き付け、魔法を封じる。そして、ナイフを彼女の首筋に押し当てた。

 

 

「死にたくなけりゃ、大人しくしてろ!」

 

 

そけっとは、泣きながらコクコクと頷いた。

 

 

 

 

 

 

「良い眺めだぞ、紅魔族の姉ちゃん!」

 

「っ……!」

 

 そけっとが、泣きながらこちらに敵意の視線を向けてくる。彼女は現在、俺の鍛え上げられた緊縛術の餌食になっていた。後ろ手縛りと、M字開脚縛りのコンボで、大股開きでとても恥ずかしい恰好になっている。加えて、俺はそんな彼女を近くの木に吊るしていた。

 

ちなみに、矢傷の方はヒールで治療した。さすがに失血死されたら、たまらない。

 

「おっと、コイツにも大人しくしといてもらおう。“ドレインタッチ!”」

 

 ヴェロキラプトル……ドレイクというモンスターを俺は気絶させる。そして、俺のドレインタッチを見て、そけっとは怯えた表情を見せた。まぁ、アンデット系モンスターのスキルだしなこれ。だが、これは非常に都合のいい事態だ。

 

「俺は魔王軍の残党の一人だ! そして、魔王軍をコケにした紅魔族に復讐しにきたてやったんだよ!」

 

「んーっ!? んーっ!」

 

「ヒャッハッハッハ! 逃げようとしても無駄無駄! お前を今から犯し殺してやる!」

 

「んんんんーっ!?」

 

 怯えた表情で泣くそけっとに心が痛むが、内心凄く興奮していた。これが、本物のレイプをする気分か。確かに興奮するが、俺はやっぱりイチャイチャする方が好きかな。

 

まぁ、これは作戦の内だ。仕方ない、仕方ない事なんだ……!

 

「さーて御開帳~!」

 

「んーっ!?」

 

 俺はナイフでそけっとのローブを切り裂いていく。この里一番と言われる巨乳がぶるりとこぼれおちる。続けて、開脚していたせいで、丸出しになっているショーツも切り捨てる。陰毛の生え揃った、綺麗な秘所が露わになる。

 

「おう、今から犯してやるぞ。気分はどうだ?」

 

「――――っ!」

 

 そけっとは、くぐもった悲鳴をあげ、こちらに懇願するように悲しい表情をする。俺は、懐から取り出した黒い布で、そけっとの目を塞いだ。そして、俺は全く濡れていない秘所に指を這わせ、膣口を押し開き、中を確認する。

 

「おいおい、お前処女かよ! その年でこれなんて、行き遅れだな!」

 

 そけっとは、泣きながら首を振る。俺は懐から、とある小瓶を取り出した。これは、王都で手に入れていた媚薬だ。劇的な効果はないが、濡れやすくなるという単純にして使い勝手の良い物だ。

 俺はその媚薬を、そけっとの膣口に垂らし、塗り込んでいく。そけっとは垂らされた媚薬にビクビクと反応する。そして、媚薬で滑りの良くなった所で、俺は中指を突き込んだ。

 

「んーっ!」

 

「おう、なかなかいい穴だ! 俺が気持ちよくしてやるよ!」

 

 それから、俺はもう片方の手でクリトリスを優しく擦りながら、突き込んだ中指で刺激を送る。媚薬の効果が出てきたのか、愛液は順調に出て来る。そけっとは必死に耐えているが、時節、体をピクピク反応させる。そして、俺が手前のGスポットを探り当てた時、彼女はビクリと体を震わせた。

 

「おいおい、魔物の指で濡らしてんじゃねーよ! それに、ここが気持ちいいのか!?」

 

「むぐーっ! んーっ!」

 

 そして、俺はそけっとの弱点を指で押し込むように刺激し続ける。10分程刺激し続けていると、ビクビクと体を震わせ、愛液の吹き出す量が増えた。

 

「あーあ、イッちゃったか。やっぱり、紅魔族でも女は変わらないんだな!」

 

「…………」

 

 俺は静かになったそけっとに、再び手淫を開始した。一度絶頂した事で敏感になったのであろう。彼女は、身をよじるように動かしながら、何度も絶頂する。そして、5回目の絶頂で、とうとう失禁した。そけっとが、体を痙攣させながら、黄金色の液体を垂れ流す。

 

「気持ちよすぎて失禁とか、恥ずかしくないの?」

 

「ん…………」

 

 もはや、抵抗の声すらあげない。彼女の顔の涙は渇き、顔を真っ赤にさせながら鼻息を荒くしていた。なかなか淫乱の素質があるな。そんな事を思いながら、手淫を再開する。失禁後は、ぴゅっぴゅと潮を噴きだし、みているこっちを楽しませてくれた。そして、とうとう絶頂回数が2ケタに達した頃、そけっとの秘所から指を抜く。指はそけっとの愛液で濡れそぼり、彼女の秘所もまさに大洪水を起こしていた。

 そけっとは、快感に体を震わせるだけであり、まともな抵抗はしてこない。俺は準備しておいたものを取り出し、彼女の充血した秘所に押し当てた。

 

「おい、紅魔族の女、これが分かるか?」

 

「…………」

 

 そけっとは小さく首を横に振る。まぁ、目隠ししてるしな。思ったより、抵抗はない。あれ、もしかして期待してるのかコイツ?

 

「これはな、今朝取れたセクシーな形をした大根だ! 良かったな、お前の初めての相手は大根だぞ! お前のオマンコ、ガバガバになっちゃうかもな!」

 

「んーっ!? むがっ……むぐーっ!」

 

 

「ヒャッハッハッハ!」

 

 さすがに状況を理解して、そけっとが激しく抵抗する。そうそう、その反応でいいんだ。

 

「都合よくお前を助けてくれる奴なんかいねぇ! お前を守ってくれる酔狂な奴はどこにもいねえんだよ! 残念だったな!」

 

「んーっ!!?」

 

俺は抵抗するそけっとに、大根をめり込ませようとして――

 

 

 

 

 

 

「……やっぱ大根じゃなくて、丸太でお前の子宮をぶち壊してやろう。今取って来るから、待ってろよ」

 

「んーっ!」

 

 

 

 

 俺は、素早くぶっころりー達が待機している方角へ駆け寄った。作戦通りに動けよ、このバカ!

 

 

「おい、早く助けに入れよ………って!?」

 

「はぁ……はぁ……そけっと寝取られちゃうよぉ~!」

 

「オナってんじゃねぇ!」

 

「げばぁっ!?」

 

 

俺は自慰にふけっていたバカを殴り飛ばした。こいつのせいで仕切り直しじゃねーか!

 

 

「ご、ごめん! そけっとのエロイ姿についムラムラきちゃって……」

 

「それは作戦後に、そけっとにぶち込んで解消させろ! ほら、準備しろよ!」

 

「う、うん!」

 

 俺の言葉で、ぶっころりーが逸物をしまい、杖を構える。なかなか様になっているじゃないか。

 

「さて、作戦前にこれに署名しろよ?」

 

「ええ? でもまだ成功してないし……」

 

「作戦成功はお前の行動次第だ! さ、早く書け!」

 

「わ、わかったよ……」

 

 そして、ぶっころりーが署名台帳の最後の空欄に署名をする。よし、これで里の全員から署名を集められた。任務完了だ!

 

「じゃぁ、仕切り直しするから、たのんだぞ!」

 

「分かってる!」

 

 

 

 

 

 

 俺は近くに生えていた腕二本分くらいの木を剣で切り倒し、丸太を準備してから、そけっとの元へ向かった。彼女は、相変わらず体をヒクつかせながら、木に吊るされている。そして、俺は丸太を彼女に押し当てた。

 

「よし、このぶっとい丸太でお前の子宮を破壊してやるからな!」

 

「むがーっ!? むぎーっ!」

 

「喰らえ―――!」

 

 

 

 

 

「そこまでだっ!」

 

 

 

「何者だ!?」

 

 

 

俺はこちらに現れたぶっころりーを見て、丸太を近くに投げ捨てる。

 

 

「くそ! 助けが来たっていうのか!?」

 

「いかにも! 我が名はぶっころりー! 元魔王軍遊撃隊にして、上級魔法を操るもの! 俺の大切な人を辱めやがって! 死ぬがよい!」

 

「――――!?」

 

 そけっとの顔に再び涙が流れ始めた。お、これは嬉し涙だろうな。そうこうしているうちに、ぶっころりーが合図を送ってきた。よし、作戦通りいこう。

 

「この俺を舐めるな! 紅魔族の男一匹ごとき、この俺の剣で殺してやる!」

 

「紅魔族を舐めるんじゃない! 喰らえ、最強魔法! “セラフィックローサイト!”」

 

「ぎゃあああああああああああああああああっ!?」

 

俺は、ぶっころりーが発動した魔法、“フラッシュ”を目をつぶる事で回避する。そして、叫び声をあげながら、スタスタとぶっころりーの元へ歩き、俺は彼の肩を叩く。とどめの合図だ。

 

「塵も残らず燃え尽きるがいい! “インフェルノ!”」

 

「ぐあああああああああああっ!? 地獄で待ってるぞ小僧ううううっ!」

 

 ぶっころりーが誰もいない空中にインフェルノを発動させる。爆炎による輝きと熱気のを少し受けながら、俺はその場から歩き去った。

 

「ふっ! 塵も残らないだけ、ゴミよりましな奴だったな!」

 

「んーっ!」

 

「おっと、そけっと大丈夫かい? 今、拘束を解くよ……そらっ!」

 

「ぷはっ……うーっ! ぶ、ぶっころりー! ありがとう……ありがとう! 私、もう少しで凌辱死するところで……!」

 

「そけっと、もう大丈夫だ。あの糞野郎は俺が焼き殺した。怖かったろ? 

助けるのが遅れてゴメン……」

 

「そんな事ない、そんな事ないよ……!」

 

 俺は物陰から、二人の様子を覗き見る。とりあえず、これでおっけーかな。そけっとは今、濡れに濡れ、極度の興奮状態になっている。そして、救世主である、ぶっころりーに感謝の念を持っているはずだ。

 それに、紅魔族特有のちょろさがあれば、これで惚れる可能性もある。やり方次第では、このままセックスに持ち込める……かもしれない。

 

 うまくやれよ! 俺は、彼に心の中で声援を送った。そして、里に帰ろうと俺はその場から背を向けた。振り返った先には、顔を真っ赤にしたあるえがいた。

 

「どうしたあるえちゃん、さっきの光景見て興奮しちゃったか?」

 

「そ、そんなわけない!」

 

「股を抑えながら言われてもねぇ……」

 

「ちがっ、ちがうんだよ! これは生理のせいで……!」

 

「はいはい、里に帰るぞ。後は、当人同士の問題だ。というか、そけっともまんざらでもなさそうだったな。案外、元々、脈ありだったのかもな」

 

 まぁ、後の事はどうでもいい。とにかく、これで、署名集めは終わりとなった。思い返せば、結構楽に終わったな。これも、あるえの協力あっての事だろう。

 

「協力ありがとうな、あるえちゃん!」

 

「ううっ、最後にレイプ未遂の手伝いをやらされなければ、素直に感謝の言葉を受け取ったのに……!」

 

「そんな事言っても、顔は真っ赤なままだぞ? 可愛い可愛い!」

 

「ひゃうっ……!」

 

 

 

そして、真っ赤になって俯くあるえを連れて、俺は帰路についた。

 

署名集め完了! ミッションコンプリートである!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、あるえへの悪戯と、女神エリスのお仕置き

ゆんゆんとかエリス書いてる反動で、ダクネスをひたすら犯す小説を書きたくなってくる&そういう小説や同人漫画を読みたくなってきた。

ダクネス可愛いよダクネス


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愛憎渦巻く紅魔の里:あるえへの悪戯と、エリス様のお仕置き

完全エロ回
話進まなーい!


 

 

 

 

 ぶっころりーの依頼を完了させた俺達は、署名集め終了を祝して、昼ごはんを少し豪華にしようと、里のレストランへ来ていた。目の前には、このレストランの人気メニューを取り揃えている。しかし、彼女は反応を示さない。あの依頼の後からは、あるえは顔を真っ赤にして口数も少なくなっていた。しかし、俺の後ろをちょこちょこついてきた彼女との距離が、なんだか随分と近くなった気がした。

 

「という事で、お疲れさま、あるえちゃん。君のおかげで、早く終わったぜ」

 

「うん、そうみたいだね……」

 

「どうした、遠慮せず食えよ? この味噌カツ、めっちゃ美味いぞ?」

 

 しかし、あるえの手は、ご馳走を前にして、止まったままだ。お腹がすいていないのだろうか?

 

「カズマ君、今から、私のウチ来ない? そこでちょっと頼みたい事があるの……」

 

 あるえは、顔を真っ赤にしながらそう言ってきた。あら、もしかしてさっきの興奮が抜けきってない? これは、もしかして、ひょっとすると……!

 

「喜んで!」

 

 

 

俺は、鼻の下を伸ばしながら、そう答えた。

 

 

 

 そして、俺は再びあるえの部屋へとやってきた。彼女は、自分のベッドにちょこんと座ると、俺の方をじっと見てきた。

 

「あるえちゃん、頼み事ってのは?」

 

「それは……えと……!」

 

 あるえが、俺からそっぽを向いて、そわそわとする。そして、いくぶんか沈黙が流れた後、彼女は意を決して語り始めた。

 

「その、落ち着いて聞いてね? 実は私、えっちな事に興味あるんだ。この前、私のえっちな本見たでしょ? 私も自分でいじってみたりしたけど、そんなに気持ちよくなかったんだ」

 

「お、おう……」

 

「でもね、最近カズマ君の事を思いながらしてみたら、とても気持ちよかったんだ。それでね、男の人……カズマ君にシてもらうと、本みたいに頭がおかしくなっちゃう程気持ちいいのか知りたいんだ……」

 

「ほーん」

 

「もちろん、これは小説を書くために必要な事なんだ! その、濡れ場とか書く事もあるし、これは必要な事で……!」

 

 真っ赤になってそう語るあるえを見ながら、俺は呆れた。予想はしていたが、こうも予想通りな事を言うとは思はなかった。というか、俺をオカズにオナニーしてるとか、何を告白してるんでしょうかこの子は。ちょろすぎるぜ、紅魔族。そして、俺は思った事を気が付けば口に出していた。

 

「田舎少女はスケベな事しか考えないのか……」

 

「な、なんだいその偏見は! 違う、違うから! 単純な、知的好奇心からだから!」

 

「やっぱりスケベじゃないか!」

 

「ち、違うんだから……!」

 

 なるほど、そういうのに興味を持つお年頃か。恐らく、先ほどのそけっとを見て興奮し、日頃抑えられていた性的欲求が刺激されたのであろう。しかし、これも一時的なものだ。

 

「あるえちゃん、俺とは会って2週間だぞ? さすがにそれは……」

 

「カズマ君聞いて、私この2週間、今までにないくらいとっても楽しかったの。それに、里の活性化や将来のために何をすべきかを、熱く語る君は結構カッコイイと思ったよ。2週間、ずっと君の熱意を傍で聞いてきたんだ。ちょっと、いや、すごーく心にくるものがあったんだ」

 

「…………」

 

「不思議だよね。里に住む私よりも、一生懸命に里に尽くそうとするなんて」

 

 クスクスと笑うあるえを見ながら、俺は黙り込む。里のためというより、ゆんゆんのためと言った方が正しい。しかし、勿論そんな事は口に出せない。

 

「私、エッチじゃないよ? でも、エッチな事に興味があるのは本当なんだ。やっぱり小説を書いたり、読んでたりすると、本の中の出来事とはいえ、自然とそういう事に触れる機会が多くてね……」

 

「だが、本当に俺でいいのか? 確かに性技については少し腕が立つが、俺は自他共に認める鬼畜だぞ?」

 

あるえは、そんな俺の言葉を聞いて朗らかに微笑んだ。

 

「いいよ。レイプまがいなのに、そけっとをエッチな本みたいにイかせまくってたしね。それに、別にカズマ君に触られるのは嫌じゃない。というより、私の事、触って欲しいんだ……」

 

「マジかよ」

 

あるえが、俺の頬に手を伸ばし、優しくさする。

 

「ねぇ、カズマ君」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

「私に天国を見せてくれるかい?」

 

 

 

 

「しょうがねえなあああっ!」

 

 

 

 

 呆れた。紅魔族、ちょろすぎです。ゆんゆんが、俺に本当に惚れているか不安になるほどだ。まぁ、さすがにあるえは特殊な方だろう。でも、彼女はかなりのムッツリであるが、俺を信頼してくれているのは確かなようだ。そして、俺は呆れながらも興奮していた。あるえがいいと言うのならば、ちょっとつまみ食いしてやろう!

 

 

素早く彼女の背後に移動し、背中から抱きしめる。そして耳元で囁いた。

 

 

「さぁ、どうしてほしい、あるえ?」

 

「ううっ……その……! そけっとと、同じ奴を……」

 

「いきなり手淫をご希望か、やっぱりスケベだなあるえちゃん」

 

「だって、そけっと、気持ちよさそうだったし……」

 

「ふーん」

 

 俺は適当に答えながら、あるえのローブをめくってゆく。あのレイプ未遂と同じ事をして欲しいって、相当なスケベだ。そして、ローブをめくった先には、白くムチムチとした太ももと、漆黒のショーツが目に入る。

 

「あれか、紅魔族って黒が好きなんだな」

 

「黒は紅魔族の好む色だからね。それより、そんなにジロジロ見ないでくれないかい……」

 

「今更何言ってんだよ! エロイ下着履きやがって、そうらっ!」

 

「あっ!?」

 

 あるえの下着を一気に剥ぎ取った。サイド紐タイプのショーツなので簡単に取る事ができたのだ。ショーツからは、僅かに愛液の糸が引く。俺は、あるえの前でショーツを掲げるようにして確認した。クロッチの部分が、愛液で濡れ、淫らな光沢を帯びている。

 

「あるえちゃん、愛液が真っ白だぞ? マジで興奮してたんだな」

 

「あう……」

 

「じゃあ、味見しようか」

 

「ええっ!?」

 

「じゅるっ……」

 

「ああ……」

 

 茫然とするあるえの前で、俺は見せつけるようにショーツについた愛液を舐め取っていく。ふむ、いい塩味だ。やっぱり興奮してたんだな。

 

「うん、おいしい! という事で、このパンツ貰うから!」

 

「え、その……欲しいならあげるよ」

 

「マジかよ! じゃあ遠慮なく。さて、それじゃあ、あるえちゃんに気持ちよくなってもらおうか!」

 

「ひゃああっ!?」

 

 俺は、あるえのショーツをポケットにしまい込んだ後、彼女をベッドに押し倒し、彼女の両足を開かせた。自然とあるえの秘所が晒される。薄い陰毛に包まれた秘所は、すでに濡れている。俺はそこに指をゆっくりと突き込んだ。膣内はトロトロの愛液で満たされ、滑りもいい。それに、あるえの膣は、まるで俺の指を吸い込むように締め付ける。

 

「おう、やっぱり膣内も濡れ濡れだな!」

 

「あう……んっ……そこに指なんて入れた事なくて……」

 

「安心しろ、大丈夫だ。それじゃあ、あるえちゃんの感じる所を探すぞ……」

 

「ひゃあぅっ!? んぁ……うぅ……!」

 

「おっと、感度がいいな、あるえちゃん」

 

 あるえは、とろんとした表情で嬌声を上げる。こいつも調教したら、ダクネスばりの即堕ちをするかもしれない。まぁ、とにかく今はあるえを感じさせる事に集中しよう。

俺は、そけっとの時と同じ要領であるえの弱点を探り当てる。どうやら、そけっとと同じく、恥骨付近が一番感じるようだ。俺はそこを中心に、押し込むように刺激する。

 

「やぁ……んふっ……あぅ……ひゃっ……!」

 

「どうだ、気持ちいいか?」

 

「うん……自分でするのと全然違う! 気持ちいい……気持ちいいよう!」

 

「あ、そっすか……」

 

 快感に素直すぎるあるえに、ドン引きしながらも、手淫を続ける。そして、3分とたたないうちに、あるえが体を反らしながらビクビクと痙攣する。無論、膣内も俺の指を吸い込むように、きゅうきゅうと締まった。

 

「ひゃひっ! ひゃあぅ……あうううっ! んはぁ……気持ちいいよカズマ君……」

 

「もうイッたか。んじゃ、続きだな」

 

「え、嘘!? もう私満足したから、これで……!」

 

「は? そけっとと同じようにするんだろ? 二桁は絶頂しないとな」

 

「あ……うそうそっ……やぁ……あぅ……ひゃああああああああっ!?」

 

 それから、俺はあるえを絶頂させまくった。ちなみに、クリトリスを舐めて刺激したが、案の定慣れてやがった。ビクビクと痙攣しながら、よがりまくる。一から開発したゆんゆんの純真さを見習って欲しい。

 また、あるえは2回目の絶頂直後くらいから、潮をぴゅるぴゅる噴きだすようになった。そけっとのような精神的恐怖もないようなので、快感に素直になっているようだ。

 

「んじゅっ……ほらいけっ!」

 

「あううううううううううっ! んはっ……んふっ……んふふっ……んふふふふ!」

 

「これで10回目の絶頂だ。良く頑張ったな」

 

「んへへっ……カズマ君気持ちいいよ~……天国凄いよ~……!」

 

「あらら……」

 

 まさかの快楽堕ちである。俺は指を引き抜き、あるえの上着に手をかけ、脱がしていく。たいした抵抗もなく、ブラジャーまで剥ぎ取る事に成功した。ぶるりと飛び出たおっぱいは、ゆんゆん並、もしくはそれ以上の巨乳だ。そして、俺はビンビンに勃起したペニスを取り出す。あるえは、それをトロ顔で見つめてきた。

 

「わぁ……カズマ君のおっきくてグロテスクだね……」

 

「そういうもんだ。さて、俺も気持ちよくしてもらおうかね」

 

「あうっ……!」

 

 俺は、あるえの上に馬乗りになり、その大きなおっぱいにペニスを挟み込んだ。あるえの胸は、ゆんゆんのマシュマロのような柔らかな胸とは違い、はりがあり、柔らかさの中に適度の固さがある胸であった。うむ、パイズリに適したおっぱいと言えよう。

 

「あるえちゃん、両手で胸を押さえて俺のチンポを包み込むんだ」

 

「分かったよ……」

 

 あるえは、顔を上気させて指示に従う。俺のペニス全体が、柔らかなものに包まれた。あるえは自分の胸でペニスを押し潰すようにする。むにむにすべすべした感触に、俺は理性のほんとんどを飛ばした。ふむ、先ほどのそけっとでお預けをくらい、実は辛抱たまらない。速攻で出して、今夜ゆんゆんを抱きまくろう。俺はそう決めると、容赦なしの高速ピストンを開始した。

 

「オラオラオラオラオラァッ!」

 

「わわっ!? 激しくて凄いよ! 私のおっぱいに固いのが擦れてる! それに、カウパーが顔まで飛んでくる……興奮してるんだね、カズマ君……」

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

「ふふっ、気持ちいいかい? 実は私、結構このおっぱいに自信持っているんだよ。同級生の中じゃ、一番の大きさなんだ……」

 

 あるえが何やら話しかけてくるが、無視して腰を振りまくる。おっぱいのむにむに感と、人肌の体温が、俺のペニスにじわじわと刺激を与える。そして、このようなパイズリの弱めの快感を、高速ピストンする事により、スピードで補強しているのだ。これはゆんゆん級以上の巨乳じゃなけりゃ、できない芸当である。

 

「おい、あるえちゃん! 射精すっからな! 受け止めろよ!」

 

「ねぇ、気持ちいいカズマ君? いいよ、私で射精して! その姿を私に見せてくれないかい! それに、私、精子って初めてみるんだ。射精して、私のおっぱいで射精して!」

 

「このドスケベ少女があああああっ! うおおおおっ……う゛っ!」

 

「わああああっ!? す、凄い量だね、それも白くてプルプルだ……」

 

 俺はあるえのおっぱいからペニスを引き抜き、おっぱい全体に塗りたくるように射精する。精液がふりそそぎ、あるえの胸は白濁に濡れた。あるえは、精子を指ですくい取り、うっとりとした表情で口に運ぶ。

 

「うぇ……美味しくない……」

 

「当たり前だろ」

 

「でも、美味しそうに飲む描写はエッチな本や小説でよくあって……」

 

「まぁ、好きに“させる”事はできなくはない。さて、お約束だ。掃除しろ」

 

「うん……!」

 

 あるえの口元にペニスを持っていくと、彼女はおそるおそるペロペロと亀頭を舐めてきた。じれったく思った俺は、彼女の口に突き込んだ。

 

「んぶっ!? んんっ……!」

 

「あるえちゃん、一気に吸い出せ!」

 

「ん……じゅるるるるるっ!」

 

「おほっ! いいぞ、完璧だ!」

 

 そして、俺は綺麗になったペニスをあるえの口から引き抜く。口とペニスの間に、唾液の糸が引き、とてもそそられる光景だ。

 

しかし、俺は、ここでペニスをズボンにしまいこむ。

 

「はい終わり。天国見れたか?」

 

「うん、私は見れたけど、まだセックスを……」

 

「さすがにヤリ捨てはまずいから、ここでやめておくわ」

 

「カ、カズマ君、ひどい事言うね……」

 

俺は、俯くあるえの傍で衣服を着て、荷物を整える。そして、改めてあるえと向き直った。

 

「という事で、あるえちゃん、今までありがとうな。商会は1年後に紅魔の里に作る。その時に訪ねてくれば、君を雇おう」

 

「本当だよね……」

 

「本当だ。それと、1年もあるからな、別に俺の所に拘らず、他の所に就職したり、街に出てエッチな事含めて経験積んでもいいかもな。だから、ここでひとまずお別れだ」

 

「っ………!」

 

 あるえがポロポロと涙を流し始めた。チッ、最後に欲望に負けたせいでちょっと面倒になったな。

 

 おっといけない。紳士的に行こう、紳士的に! というか、マジで落としてしまったな。なんだか、悪い事をしてしまった気分だ。

 

「あるえちゃん、それでも1年後、俺の所で働きたいって言うなら……」

 

俺はあるえの耳元でそっと呟いた。

 

 

 

「もっとエロイ事して、本当の天国を見せてやる」

 

 

「ひゃうっ!?」

 

 

 

 あるえは、体をガクガク痙攣させた。こいつ、ダクネス以上にヤバイ奴かもしれない。よくここまで破滅せずに生きてこられたな。あっ、基本家に引きこもって小説書いてるニートだから無事だったのか……

 

「ま、次に会う時は、俺の嫁さん同伴だ。そんな事はできないかもな」

 

「ええっ!? カズマ君、既婚者だったの!? それじゃ、私……!」

 

「これからするんだ。つーことでさいならー」

 

「あっ、待って……待ってよ……カズマ君! 置いてかないで……! ううっ、腰が抜けて動けない……!」

 

 あるえは、ベッドの上で這いずるようにして、こちらに追い縋る。俺は、そんなあるえの顎を手でつかみ、こちらに向けさせる。彼女は、うっとりとした表情で目を閉じて来た。

 

「んじゅっ……! じゅるっ……んぁっ!?」

 

 俺は、彼女の口内を気持ち良さ度外視の暴力的なキスで蹂躙した。貪るようなキスを、彼女は優しく受け止める。それからたっぷり、10分間、舌がヘロヘロに疲れるまでディープキスを行った。

 

「ん……」

 

 口を離すと、彼女はトロンとした表情でこちらを熱く見る。俺は、彼女をベッドに優しく横たえた。

 

「またな」

 

「うん……」

 

 

 

 

 こうして俺はあるえちゃんと別れを告げ、家を出た。そして、夕食の食材を買いながら俺は思った。

 

 

俺って最低だな……

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふぃ~満足、満足! ゆんゆん、送っていくぜ!」

 

「あう……今日は凄かったですねカズマさん……」

 

「溜まりまくってたからな! なんだ、まだ足りないのか?」

 

「べ、別にそうじゃないです! 今日はもうヘトヘトですから帰ります!」

 

「へいよー」

 

 ぷんすか怒る、ゆんゆんをおんぶして、彼女を家まで送る。そして、宿へと帰る途中、エリス聖水を飲み込む。疲労が消し飛び、弾薬も再装填される。しかし、今日はもう精神的に満足した。今日はゆっくり寝よう。

 そして、俺は気持ちの良い、夜風を浴びながら、今日の事を思い返していた。すると、自然と鼻歌を奏でてしまう。色んな意味で良い一日であった。途中、散歩中のめぐみんに遭遇したりしながら、俺は気分良く宿に帰り、部屋の鍵を開けた。

 

「お帰りなさい、カズマさん」

 

「おうっ!? エリス様、何当たり前のように、不法侵入してるんですか……」

 

「いけませんでした?」

 

「いえ、まったく!」

 

 俺は、ベッドに座るエリス様の横に腰かける。すると、掛布団が不自然に膨らんでいるのが目についた。俺は、一気に布団の中に潜り込み、中にいた下手人を思いっきりまさぐった。

 

「わああああああっ!? 急になにさ! ああっ!? いきなり、そんな事触っちゃだめぇ!」

 

「はっはっは! 俺の枕を抱きしめながら、何してたんですか、お頭?」

 

「ちょ、ちょっと匂いを嗅いでただけだようっ!」

 

「語るに落ちたな!」

 

「わっ!? や、やめぇ……あふっ!?」

 

 身体をくねらせて逃げようとするクリスを、俺はまさぐりまくる。すべすべとした白い肌は、感触だけでなく、視覚的にも楽しませてくれる。そんな時、背中に気持ちの良い重みが圧し掛かる。無論、エリス様だ。彼女は、俺を背中から強く抱きしめる。

 

「カズマさん、セクハラはいけませんよ」

 

「いやいや、エリス様がそれいいます!? というか、お頭もエリス様だから、この状況に凄い違和感を感じるんですが!」

 

「うるさいです! はむっ!」

 

「おふっ!? エ、エリス様!?」

 

 エリス様が、背に抱き着きながら、俺の耳をはむはむと甘噛みしてきた。熱く湿った舌先が、耳を舐ってくる。その、くすぐったさに、俺は肩を震わせる。

 

「はぁ……! はぁ……! 脱出成功! さぁ、助手君、こっちに座って!」

 

「お、なんだなんだ?」

 

「ぷはっ! いいから来てください」

 

 耳を攻められてる内に脱出したクリスが、腕を取り、ドレッサーの前に置いてあった椅子に俺を強制的に座らせた。

 

「エリス様、一体何を……」

 

「バインド!」

 

「ぬおっ!?」

 

 クリスがいきなり、俺にロープを投げつけ、バインドを発動させた。俺は、大した抵抗も出来ず、椅子に縛り付けられてしまう。しかも、両腕は、綺麗に後ろ手になっている。

 

「エリス様、これはどういう事でしょうか?」

 

「お仕置きです」

 

「そうそう、助手君、今日、あるえちゃんにイタズラしてたでしょ!」

 

「うぐっ!?」

 

 痛い所を突かれた。だが待って欲しい。あれは、向こうから、頼まれてやったのだ。俺は悪くねぇ!

 

「ゆんゆんさんに、私までいて、まだ足りないなんて……」

 

「最低だね、助手君」

 

「す、すいません!」

 

 ああっ! エリス様の悲しそうな顔は反則だ。そんな顔されたら、謝らないわけにはいかないだろ!

 

「だから、お仕置きです!」

 

「拷問だー! とにかく拷問にかけろー!」

 

「エリス様!?」

 

 何やら、不穏な事を言いながら、二人は俺のズボンに手をかける。そして、一気にパンツごとズリ下した。俺のビンビンに勃起したペニスが外気に晒された。

 

「なんで、勃起させてるんですか、カズマさん?」

 

「助手君は、エッチなお仕置きを期待しているんだよね。可愛いね、助手君」

 

「おふっ!?」

 

マジか、このままヤる流れか。今日は出しまくって、精神的にキツイのだが……

 

 しかし、耳元で囁かれる二人の声を聞いて、精神疲労が吹っ飛び、耳まで幸せになってきた。俺は無抵抗でいると、クリスがショートデニムを脱いで、ショーツだけになる。そして、俺の左太ももに、跨った。その後、エリス様も、俺の右太ももに、跨った。

 

「お仕置き開始です……はむっ……」

 

「あむ……じゅるっ……れろっ……」

 

「ああっ!? 二人とも、俺男だから、そこは無意味で……! おおうっ!?」

 

 クリスは、ちゅうちゅうと俺の乳首に吸い付き、エリス様は、舌で俺の乳首をはじくように愛撫する。その光景は視覚的に非常に興奮を誘うものであった。

 

「んぁっ……ペニスだけでなく、乳首まで勃起させるなんて、カズマさんは変態です」

 

「ちゅるっ……あむっ……んじゅ……」

 

 エリス様の声に、俺は全身をブルリと震わせた。まずい、イケナイ何かに目覚めてしまいそうだ。落ち着け、サトウカズマ。俺はアクセル随一の鬼畜男だ……!

 

「ふふっ、私の手だけじゃ収まりませんね……」

 

「んじゅっ……どう、気持ちいい、助手君?」

 

「ああああああっ!? エリス様、それは反則ですって!」

 

 二人は、乳首を舐めるだけでなく、俺のガチガチに勃起したペニスに、手を這わせた。そして勢いよく、しごき始める。

 

「おおっ……エリス様、乳首もっと舐めてください……!」

 

「しょうがないですね……れろっ……」

 

「男のくせに、乳首舐めてだなんて、助手君の変態!」

 

「おふっ!? もう変態でいいですから、早くしてください……!」

 

「変態変態! じゅるっ……あむっ……」

 

「あひょっ!?」

 

 ああ、ダメだ。こんな事されたら、抗えるわけがない。だが、俺も男としての意地がある。反撃開始だ。俺の両ひざには、エリス様達が、跨っている。両者ともに、柔らかい太ももで締め付けてくるのだが、ひざの上部には、ぷにぷにで、尚且つ、熱く濡れそぼった陰唇を感じる。エリス様も興奮して、濡らしているようだ。ならば、話は早い。俺は、二人が跨る両ひざを、ブルブルと震わせるように動かした。

 

「あんっ……ん……気持ちいいですよ……カズマさん……」

 

「んじゅ……んぅ!? はむっ……れろっ……!」

 

「ぐっ……俺は絶対に屈したりなんかしないぞ……!」

 

 俺は、そう決意するが、早くも陥落しそうになっていた。クリスが、激しくペニスの竿を擦り、エリス様、が亀頭を優しく撫でつける。こんな極上の手コキ、耐えられるわけがない。しかも、乳首舐めのおまけつきである。ああっ! ダメだ……!

 

「エリス様、出ます……!」

 

「もう出しちゃうんですか?」

 

「あむっ……助手君、私達、気持ちよくなり始めたばっかだよ?」

 

「そんな事言っても……う゛っ!」

 

「あっ……」

 

「わわっ!」

 

 俺はたまらず射精してしまった。気持ちよく発射した精液を、エリス様は手で受け止める。そして、手に溜めた精液を、俺に見せつけた。

 

「カズマさん、いっぱい出ましたね……んじゅっ……」

 

「じゅるっ……今日だけで、何度も射精してるのに、凄く濃ゆいよー」

 

「ああああ……」

 

 エリス様は、手に溜めた精液を、仲良く舐め取っていく。この光景はまずい。非常にまずい! その証拠として、俺のペニスが再装填を果たし、またも勃起してしまった。

 

「助手君、また勃起させてるね」

 

「カズマさん、今度は私も気持ちよくさせてくださいね……」

 

「喜んで……」

 

 力なく答える俺から、クリスが立ち上がると、俺の背後に回るり、背中から抱きしめてくる。そして、エリス様は、俺の股の上に、改めて跨り、ドレススカートをたくしあげ、俺のペニスに秘所を押し付ける。エリス様のそこは、熱く濡れている。しかも、ショーツを横にずらし、俺の裏筋に、直接、熱い物があたっている。

 

「カズマさん、行きますよ?」

 

「もう好きにしてください」

 

「そうですか、なら遠慮なく……」

 

 エリス様は、俺のペニスを手で掴み、そして、己の秘所に数回、確かめるように擦りつけ……!

 

「あぐっ……かはっ……!」

 

「えっ? ちょ、エリス様、何やって……あああああああああっ!?」

 

 油断した油断した油断した! どうせ、素股だろうと俺自身、たかをくくっていた。だが、実際は違う! 俺のガチガチのペニスは、エリス様のトロトロのマンコに、深く突き刺さっていた。エリス様のまぶしい程白い内股に、赤い鮮血が流れ落ちる。アウト、アウトである。

 

「あはっ……! カズマさんが私の中に、入ってます……!」

 

「ああああ……」

 

「助手君、ついに挿れちゃったね」

 

 耳元で囁くクリスの声で、俺は我に返る。エリス様のトロトロマンコは、俺のペニスを、きゅうきゅうと締め付けてくる。そして、俺のペニスが、脈動するたびに、絡みつくように、膣が収縮する。ダメだ、半端ない快感で、またも思考が鈍ってくる。

 

「カズマさん、私達、やっと一つになれました。私で、気持ちよくなってくださいね……」

 

「はい、お願いします。エリス様……」

 

「やけに素直だね。じゃあ、あたしは助手君の愛撫に徹しよう!」

 

 そう言って、クリスは俺の耳を口で舐る。そして、エリス様は、腰を激しく動かし始めた。

 

「ぐっ……! ああっ……! どうですかっ……! 気持ちいいですか、カズマさん!」

 

「うひっ!? エリス様、そんな動いて大丈夫なんですか!? でも、滅茶苦茶気持ちいです! もうダメです! 出る……出ちゃいます……!」

 

「もちろん、痛いです! でも、それ以上に気持ちいいんです……! カズマさんカズマさんカズマさんカズマさんカズマさんカズマさん……!」

 

「おほっ!?」

 

 エリス様の声に脳が溶かされるような快感を得た。そして、俺は更なる快感を得るために、ガンガンと腰を振るエリス様に合わせて、自然と腰を突き上げた。もう、本当に限界である。

 

「ああああっ! エリス様、イきます……! イク……!」

 

「んぅ……やぁ……! どうぞ、カズマさん! このままたっぷり、中出ししてください!」

 

「おほっ……出るぅ……出る……う゛っ!」

 

「あっ……あああああっ……熱いのいっぱい出てます……! ふふっ……」

 

 俺のペニスを根本まで咥えこんだ、エリス様の膣内で、俺は気持ちよく射精した。エリス様の膣内は俺の精液を、搾り取るように収縮を繰り返す。そして、俺が素晴らしい快感を得て、恍惚としていると、エリス様が再び、腰を動かし始めた。

 

「エ、エリス様……!?」

 

「カズマさん、まだ勃起してるじゃないですか。今日は、勃たなくなるまで、搾り取ってあげます。そして、私の子宮を、カズマさんの精液で満たしてください……!」

 

「やったね、助手君! 男冥利に尽きるね!」

 

「あああっ……ああああああっ!」

 

 こうして、俺は快楽という名の地獄に叩き落とされた。クリスは、俺の耳や口、首筋を舐り、エリス様は、俺のペニスに容赦なく、腰を振る。半端ない快楽に俺は、何度も何度も膣内射精した。

 

「カズマさんっ! 私もイきます……! カズマさんのぶっといペニスで突かれて……ああああっ!? イク……いくぅ……! んぅっ……! んんんんぅ……!」

 

「ううううっ……エリス様、またイッたんですか? あああっ……エリス様の膣が痙攣して、また俺のをしぼり取ろうと……あっ……う゛っ!」

 

「ひゃあああああっ!? ダメ……だめぇ……! 本当に、どれだけ出すつもりですか!? 私の子宮、カズマさんの精液でパンパンですぅ……!」

 

「じょ、助手君、凄いね……あたしのお腹、精液で少し膨らんできたよ? もう妊婦にさせるなんて、気がはやいね!」

 

 クリスが馬鹿な事を言ってるが、俺は反論する気力がない。そして、快感を求めて、俺の腰が再び動き出す。

 

「え……? カズマさん、もう無理、無理です! 私もう限界なんです……! ごめんなさい……ごめんなさい……またしたくなったら、呼んでくださいね……ふきゅっ……!」

 

「ちょっ!? エリス様!?」

 

 エリス様が、気絶して俺の胸に倒れ込んできた。そして、エリス様は光に包まれ、俺の前から姿を消した。ここまでしたら、最後まで搾り取ってくださいよ!

 

「助手君……あたしも限界だよ……ここで寝かせてね……」

 

 そして、クリスも、フラフラした足取りで、ベッドに倒れ込んだ。それと同時に、俺を椅子に縛りつけていたバインドロープも外れる。椅子から立ち上がり、倦怠感の漂う体を伸ばし、首をゴキゴキ鳴らした。俺は、そのまま、近くに置いてあった自分のウエストポーチを物色する。

 

「おっ、あったあった……」

 

 エリス聖水は、先ほど飲んだ奴で在庫切れだ。俺が取り出したのは、魔法具店で買っておいた精力増強ポーション、疲労回復ポーション、体力回復ポーションだ。俺は、それを3本同時に、口に流し込む。

 

「ああ^~生き返るわぁ^~」

 

 ポーションの効力が、染みわたるように、体に広がる。そして、俺の玉に、弾薬が少し再装填されるのを感じた。やはり、エリス聖水より効きが悪い。でも、これでまた気持ちよくなれる。俺は、ベッドで転がっているクリスに近づき、足を掴んだ。

 

「ん……助手君、一緒に寝る? ってどうしたの? そんな怖い目して……」

 

半目でこちらを見るクリスに、勃起したペニスを見せつけた。

 

「何いってんすか、お頭! 勃たたなくなるまで、搾り取るんでしょ?」

 

「へ……? でも、本体はもう、行動不能で……?」

 

 俺は目を白黒させるクリスの両足を、無理矢理開かせ、白と青の縞々パンツを引きちぎった。

 

「お頭がいるじゃないですか」

 

「は? 助手君、何を言って……?」

 

「オラアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

「ひゃあああああっ!? 痛い痛い痛い! いたいよ助手君っ……!」

 

「ヒャーハッハッハ!」

 

 悲鳴を上げるクリスを見ながら、下卑た笑いを浮かべる。俺のペニスはクリスの秘所に突き立っていた。遠慮なしの一撃であり、結構やばめの出血量である。唯一の救いは、クリスはすでに濡れまくっていた事くらいか。

 

「おおっ……お頭もいい締まりですね! というか痛いくらいですよ!」

 

「いたい……いたいよう……助手君……!」

 

「なに、泣いてんですか? エリス様、さっき処女のくせに膣イキしてじゃないですか?」

 

「うぐっ……いたっ……それは女神だからで、こっちは人間体なんだよ……?」

 

 涙を流しながら、必死に痛みを耐えているクリスは、実に可愛い。俺はそんな姿を見て、嗜虐的な思考になっていく。

 

「それじゃあ、女神って随分とスケベな種族なんですね」

 

「やぁ……そんな事言わないでよう……!」

 

 俺の腹をポカポカ叩いてくるクリスの両足を押し開きマングリ返しの体勢にする、体位が正常位から、種付けプレスへと移行する。

 

「お頭にも、たっぷり注ぎ込んであげますね」

 

「堪忍して、助手君、この体、無理すると壊れちゃう……!」

 

「そうですか、なら、ぶっ壊します!」

 

「!?」

 

 俺は両腕で、クリスを抱き込み、一気に根本までペニスを突き入れた。亀頭にコリコリとした壁がぶち当たる。そして、同時に、俺のペニスを逃がさないとばかりに、ぎゅうぎゅうと締め付けてきた。

 

「かはっ……!? くふっ……! あう……」

 

「あー滅茶苦茶気持ちいいですよ、お頭! じゃあ動きますね?」

 

「待って、待って助手君……! シャレに……シャレにならないよう……!」

 

「うるせぇっ!」

 

「ひゃああああああああっ!?」

 

 クリスは、悲鳴と苦悶の声を上げる。必死に抜け出そうと、もがいているが、抱きしめる事で、両手を抑え込み、腕による抵抗を封じる。また、種付けプレスという体位では、足による抵抗も不可能だ。正に、女を孕ませる体位なのである。

 

「せいっ! せいっ! せいっ!」

 

「やめっ……! かふっ……! 痛い……壊れるぅ……! あぐっ……!」

 

「おほっ! お頭、その苦悶に満ちた表情を、もっと見せてくださいよ!」

 

「っ……!? 助手君のバカ! 最低! クズ……鬼畜……! あうううううっ!?」

 

「ヒャーハッハッハ!」

 

 そして、高まる射精感に、更に腰を振る速度が速くなる。よし、たっぷり中出ししてやろう。エリス様も、それがお望みだ。

 

「あー出ますよお頭、いくいく……う゛っ!」

 

「ああああっ! 出てる……あたし、種付けされちゃってるよう……! ううっ……ふあうううううっ……」

 

俺の射精とともに、クリスの膣がぎゅうぎゅうと収縮する。どうやらクリスの身体の方は、精液を求めているようだ。そして、奇声を上げて気絶したクリスの頬を、軽く張る。

 

「あうっ……! 助手君、お願い、休ませて……!」

 

「は? 俺、まだ勃起が収まってないんですけど?」

 

「うそうそ! さすがにもう……!? あうううっ……あたしの中で、また膨らんできてるよう……!」

 

「俺にお仕置きするんじゃなかったんですか? ほら、俺のチンポをもっと虐めてくださいよ!」

 

「そ、そんなこと言っても……あひゅうううっ!?」

 

 そして、俺はクリスを一晩中、犯し続けた。射精しすぎて、途中から粘液すら出ない、ドライオーガズムみたいな状態になったが、構わず腰を振り続けた。今回は、エリス聖水がないので、俺の体力と精力のみが頼りである。無論、凄まじい疲労感を得た。それでも俺は止まらない。苦悶の声と時節漏れ出る嬌声を上げるクリスが、非常に可愛いのだ

 ぼやけた意識で、腰を振っていると、チュンチュンと、鳥の鳴く声がした。そこで、俺は我を取り戻した。

 

「ああ゛~だりぃ。お頭は……死んでないよな?」

 

「…………」

 

 俺は、瞳から光沢が消え、虚ろな目をしているクリスの生死を確認する。随分と呼吸が浅いが、息はしているようだ。心音もある。よし、死んではいないようだ。そして、俺は抜かずの何十発を実行したペニスを引き抜く。すると、ゴプリと精液が膣口から流れ出た。尋常じゃない射精量だが、これも最初に飲んだ精力増強ポーションのおかげだろうか。

 

その後、虚ろな目をしているクリスを抱きしめ、ベッドに横たわる。

 

 

 

 

 

 

「俺って最低だな……!」

 

 

 

 

 

 

俺はそんな事をドヤ顔で言い放ち、意識を落とした。

 




次回、めぐみんのターン! ゴールデンウィーク後?


いやーリゼロのエンディング最高や……
手を握り返すエミリアたんで萌え死にそう! 脳が、脳が震える……!
興奮しすぎて、思わずこのすばのエロを書いちゃったよ(意味不明)

そして、Re:ゼロから始める異世界生活の二次短編を新たに投稿しました。
web版既読者の人は、よかったらみてね(露骨な宣伝)


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嫌だ嫌だ嫌だ見たくない聞きたくない知りたくない信じたくない許せない許さないカズマカズマカズマ! (挿絵あり)

めぐみんのターン



 

 

 

 紅魔の里に、カズマが来て3日目、当初は浮かれていた私ですが、カズマと接してどんどんと、自分が不機嫌になっていくのを感じました。

 

「私は暇じゃありません。カズマ一人でやってください!」

 

「あ、おいコラめぐみん! 待てって……」

 

 私はカズマの声を背に受けながら、逃げるように喫茶店を去りました。カズマからの頼み事は、“名誉紅魔族”になる事。彼が、紅魔族の仲間入りをするのは、非常に喜ばしい事です。しかし、彼が名誉紅魔族になる理由に納得がいかない。将来、商人になる、一瞬納得しかけた理由ですが、カズマがそんな事を言うなんて本来ありえない。彼は、すでに一生では使い切れない程の財産を持っている。金が出来たら、自堕落な生活を続ける彼が、商人なんて普通の仕事をするはずがない。

 

「カズマ、私に何を隠してるのですか……!」

 

 思わず、そう呟く。怪しい、怪しい怪しい怪しい! 何かがおかしい。私と離れている間に、カズマに変化が起きた。接してみて、その事を強く感じた。

 私は行くあてもなく里を彷徨い、最後には人気のない猫耳神社の境内に座り込みました。そして、ここ数日の事を改めて思い返しました。やはり、怪しいのは、ゆんゆんです。昨日、カズマとの関係について聞いた時、超然とした表情で、受け答えをよどみなくしていました。友達、いや男女関係の事について、あのぼっちがテンパらずに言い返して来たのだ。そうなれば、察しがついてしまう。ゆんゆんは、あの男に惚れているのだ。

 

「私の男に……随分とカズマに色目を使ってくれましたね」

 

 そう言いながら、私は持っている杖を、ぎりぎりと握りしめる。この里に来てから、二人の距離が妙に近い。気が付けば、カズマの横にゆんゆんがいる。そして、彼の世話を甲斐甲斐しくしているのだ。その姿に、私はイライラを募らせる。

 また、ゆんゆんが、カズマのマントを身にまとっているのが、気に食わない。カズマがマントを変えたのは、およそ、4ヵ月前だ。その時から、カズマとゆんゆんの間に何かがあったのだろう。カズマのマントは、紅魔族的に見て非常にカッコイイものだ。そして、ボロボロになっているというのに、身にまとい続けている。カズマは意外と清潔な男だ。それでも、あのマントを着けるという事は、それだけ愛着を持っているのだろう。

 思い返せば、自堕落な生活を私と送っていたカズマが、急に精力的に外出するようになった。私が日和っている内に出し抜かれるとは、してやられました。

 

「まぁ、でもゆんゆんですしね。滅多な事はできないでしょう」

 

 私は言い聞かせるように呟きます。そう、相手は、引っ込み思案でぼっちでヘタレのゆんゆんだ。自分から行動を起こすなんてありえない。それならば、さっさとカズマをこちらへ引き剥がしてしまえばいい。だけど、具体的に、どうすればいい。カズマを誘惑するべきだろうか、それとも、ゆんゆんに改めて釘を刺しますか。そんな事を悶々と考えていた私に、聞き馴染みのある声がかけられた。

 

「やあやあ、めぐみん、何を悩んでるんだい?」

 

「クリスですか……」

 

私に声をかけてきたのは、銀髪ショートの女盗賊、クリスであった。

 

「別に、悩んでなどいません」

 

「嘘つかない! あたしだって、めぐみんの友達のつもりだよ? 何かに悩んでいるくらいは分かるよ!」

 

そう言って、クリスが私の隣に腰かけてきた。ちょっと心細い気分であったため、少しありがたい。

 

「で、何に悩んでいるんだい?」

 

「だから、悩んでなど……」

 

 

 

 

 

 

「助手君の事でしょ?」

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

クリスの顔が、急に私の真ん前に現れた。クリスが俯いていた私の顔をのぞき込んできたのだ。

 

「まぁ、めぐみんやダクネスが悩む事なんて、助手君の事しかないよね」

 

「……………」

 

 そう言って、ケラケラ笑うクリスに私は言い返せません。だって、その通りなのだから。私は、クリスの顔から逃れるようにそっぽを向きました。なんだか、非常にバツが悪い。

 

「助手君って最近変わったの、気付いた?」

 

「ええ、何があったか知りませんが、以前より、ゆんゆんと親しくなったみたいです」

 

「あらら、まだそんだけの事しか知らないんだ……」

 

「それだけ……?」

 

 私が視線を戻すと、クリスは、私を憐れむような表情で見て来ました。気に入りません。そして、言いようのない焦りが私の中で生まれました。

 

「遅い、遅いよめぐみん。気づいた時には手遅れ、いや、もう手遅れになってるかもよ?」

 

「何が言いたいのですか?」

 

「ふっふっふー! あたしは、めぐみんの知りたい情報全てを持っているよ。例えば、助手君と、ゆんゆんの関係についてとか!」

 

「っ……!? 詳しく教えてください!」

 

 私は、クスクスと笑い声を上げるクリスに飛びつきました。あの二人の関係。それは、私が今、最も欲しい情報だ。しかし、クリスは私の飛びつきを、ひらりと避けました。

 

「ちょっとは自分で調べなさい、めぐみん! 行き詰ったら、あたしが情報をあげよう!」

 

「そんな……!」

 

「あたし、今、迷子のアクアさんを探してるんだよね。じゃ、また今度!」

 

「あ……」

 

 クリスはそう言って、私の前から姿を消しました。私では盗賊のクリスを追う事はできません。仕方なく、実家へと帰りました。それからは、こめっこの勉強をみたり、家事をこなしました。

 

 

 

 

 

 そして、夜、食材を持ったカズマとゆんゆんが家に来ました。私は、カズマを今日から監視し、どのような変化が起きたのかを、観察する事にしました。アクアや、ゆんゆんと談笑しながら、カズマの様子をチェックします。彼は、アクア達が家に厄介になるお礼として、毎日、夕飯をご馳走するとの事でした。彼は料理スキル持ちです。悔しいですが、ここにいる全員より彼は料理を作るのが上手いのです。

 

「どうした、めぐみん、口に合わないか? 手が進んでないようだが……」

 

「いえ、別に、美味しいですよ」

 

 私は、カズマの疑問にそっけなく答え、エビフライをかじる作業に戻りました。彼を観察すると決めてから、ずっと彼の動きに注視しているのですが、なんだか途中から楽しくなって来ていました。後で、観察日記を作る事を決意しながら、私はカズマを再び観察します。彼の隣には、ゆんゆんが陣取っており、その距離はやけに近いものとなっていました。実に不愉快です。

 

「カズマさん、また釣り行きたいです!」

 

「なんだ、またエビ釣り行きたいのか?」

 

「いえ、今度は最初から、大物のバナナ狙いで行きましょう。私、釣れる気がするんです」

 

「バナナ勘弁してくれ! あのガッカリ感は、大物をばらした時以上のものだったんだぞ!」

 

 何やら、カズマとゆんゆんが、当人同士でしか分からない事で会話していました。その事に私のイライラが募ります。

 

「めぐみん、箸が進んでないわね。エビフライ、私が食べてあげよっか?」

 

「アクアさん、はしたないですよ。ほら、あたしのあげますから」

 

「わっ! ありがとねークリス!」

 

 私は隣の微笑ましいコンビを眺めて心を落ち着かせます。そして、明日からは、もっと注意深くカズマを観察しようと決意しました。その後、夕食を終え、しばらく歓談したのち、カズマとゆんゆんが帰っていきました。私はそれを見送った後、早めに就寝しました。

 

 

 

 

 

 翌日以降、私は朝早くからカズマの尾行を開始しました。彼はどうやったのかは知りませんが、あるえを仲間に引き入れ、署名活動を精力的に行っていました。あるえには若干の嫉妬を覚えましたが、カズマが一切のセクハラ行為を行わなかったため、ビジネスライクな関係なようです。むしろ、私が引き受けなかった事で余計な虫がついた事を後悔していました。

 そして、一週間が経過した頃、私の気分も余裕を取り戻してきました。確かに、ゆんゆんとの距離は近いですが、それ以上の事はありません。これなら十分取返しがつくでしょう。

 そのためにも情報収集です! 今日もカズマを尾行しなくてはと、私がウキウキ気分でブーツのひもを結っている時、泥棒猫のゆんゆんが私に話しかけてきました。

 

「めぐみん、今日も私達と別行動なの?」

 

「ええ、ちょっと用事がありまして。ゆんゆんは、私に何か用でもあるのですか?」

 

「うん、今日は里に新たな観光資源が出来たらしいから、それをアクアさん達と見に行くの。めぐみんも一緒に行かない?」

 

「ふむ、新しい観光資源ですか。いいでしょう。ちょっと気になりますし、私も行きましょう」

 

「ほ、本当!? 私、最近めぐみんに避けられてるみたいで、寂しかったんだよ!」

 

「分かった、分かりましたから、私のローブを涙で汚すのはやめてください」

 

 私は、抱き着いて来るゆんゆんの頭を撫でて落ち着かせました。当初は警戒していましたが、カズマとの進展はなさそうです。これからは尾行だけでなく、アクア達にも構ってやりましょう。

 

そしてアクア、クリスを連れて、その新たな観光資源とやらに向かいました。

 

「みなさん、ここが新たな観光地……らしいですよ?」

 

「ゆんゆん、ここは猫耳神社ではないですか」

 

「そうよ、ゆんゆん! 私、この腹立たしいご神体が置いてある神社なら以前行ったわよ?」

 

「ですから、ここにあらたな観光地を増設したらしいです。ほら、結構賑わってるでしょ?」

 

「そうみたいだねぇ。一週間前のこの神社には、人なんて全然いなかったしね」

 

 ゆんゆんとクリスの声を受けて、私も納得が行きました。普段、猫耳神社は人が全くいない静かな所です。しかし、今日はやけに人が多い。里の住人だけでなく、行商人や、数少ない旅行者もここに立ち寄っているようです。

 そして、私達は、ゆんゆんの案内で社務所に向かい、そこで、それぞれ一枚の紙を購入しました。まっさらな白紙ですが、これをどうしろと言うのでしょうか。そのまま、私達はゆんゆんにつられて、神社裏手の池にやってきました。

 

「ゆんゆん、一体これのどこが観光資源なんですか?」

 

「えーっとね……さっき買った紙に、100エリス銅貨載せて池に浮かべるんだって、そうすると、紙に文字が浮き出て、縁占いができるんだとか。ついでに、コインの重さで、紙が破れて沈むまでの時間で、婚期についても占えるみたいですよ」

 

 

「「「婚期!?」」」

 

 

「そうらしいですよ? 紙が破れて沈むまでの時間が速い人ほど、早く結婚できるそうです」

 

 私と、アクア、クリスの声がかぶりました。なんというか、女心をくすぐる占いです。そして、紙の購入と池に浮かべるためのコインとで、二重にお金を取る制度に素直に感心しました。これを考えた人は、随分と狡猾な人のようです。ゆんゆん以外は、皆そわそわしっぱなしです。作り話とはいえ、非常に気になります。

 

 私達は一斉に池に紙を浮かべました。そして、全員、コインを握りしめて待機しました。

 

「いいですかみんな、同時、同時にですよ?」

 

「分かってるわよ、めぐみん! それよりはやくしてー! なんか、紙に文字が浮き出てきたんですけど!」

 

「わわっ! はやくしようよ、めぐみん!」

 

「みなさん……ちなみに、20分以上紙が浮いたままだと、婚期が遅れるそうですよ」

 

 なんて残酷な占いだ! しかし、やらずにはいられない! 「せーの」の合図と同時に、私達は一斉に池に浮かべた紙の上にコインを置きました。

 

「ああっ!? まだ、文字が完全に浮き出てないのに、破れちゃいました!」

 

「「「はぁ!?」」」

 

まさかの、ゆんゆん一抜けです。ゆんゆんが浮かべた紙はコインの重みで破れ、早くも池の底に沈みました。ど、動揺なんてしません! これは最近作られた観光資源なのですから……!

 

「あ、紙に文字が浮き出て来たわよ! 何々、『中吉:結婚以外の道もある』、なんか結婚否定されてるんですけど!」

 

「あたしも出てきたねぇ! えっと、『大吉:焦らず行こう』ふむふむ……」

 

アクアとクリスは中々良い結果のようです。さて、私は……!

 

「えー『大凶:短気を起こすな』、その、めぐみん、残念だったね!」

 

「うるさいですアクア! こんなの占いです! 気にしてません、気にしてませんから!」

 

 しかし、なんだか釈然としません。そして、ゆんゆん以外は、池に浮かぶ紙を睨むように見つめました。

 

「あっ、破れたよ! とりあえず一抜け!」

 

「ちょっと、クリスのくせに生意気よ!」

 

「アクアさん、負け惜しみはいけませんよ」

 

「なんですってぇ!?」

 

 ギャーギャー騒ぐアクア達を尻目に、私は紙を見続けました。まだ、10分しか

経っていません。焦らない、焦らない……

 

 

 

 

~18分経過~

 

 

 

 

「めぐみん……」

 

「アクア、何も言わないでください」

 

「あの! この占いは、最近作られた奴だから、そんなに気にしなくても……」

 

「ゆんゆん、追い打ちはやめたげてよぉ!」

 

 余裕そうな、ゆんゆんとクリスに非常に腹が立ちます。しかし、考えてみればそうですね。

 

 

ふっ! 最強の魔法使いが、こんなヘボイ占いで落ち込むなど……!

 

 

「あっ! めぐみん、みてみてー! 私の沈んだよ!」

 

「この裏切り者!」

 

「ちょっ!? めぐみん、あんた握力強いんだから……いたたたたたっ!?」

 

 私は裏切り者に制裁を開始しました。アクアが、私より婚期が速いなんて、認められません!

 

 

 

~1時間経過~

 

 

 

「めぐみん、もう行きましょう?」

 

「そうよ、めぐみん! 確かにこの池からは、神気もなければ、神聖なオーラもないわ。占いなんて気にするだけ無駄よ!」

 

「アクア先輩の言うとおりだよ、めぐみん。占いなんて、信じるもんじゃ……」

 

 

 

 

「一人にしてください……」

 

 

 

 私の言葉で、3人は申し訳なさそうにこの場を離れた。悔しい、非常に悔しい。いくら、まやかしとはいえ、ここまで差が開くとは……

 そんな風に、落ち込みながら紙を見つめていると、トカゲっぽい生き物が紙の上に泳いで来て、その重みで紙がようやく沈みました。

 

「なんですか、この釈然としない終わり方は……」

 

本当に時間を無駄にしました。こんな占い、さっさと忘れて、カズマの尾行に専念しましょう。そう決めて私が歩き出した時、何者かが肩を掴んできました。

 

「どう、めぐみん、あれから何か分かった?」

 

「クリスですか……」

 

 クリスは私に、ニコニコした笑みを向けてきました。思えば、最近の尾行も、クリスが原因で始めた事でしたね。

 

「私も独自に調べました。別に、大した事はありませんでしたよ」

 

「めぐみん、本当に調べたの?」

 

「もちろんです! しかも、一週間の行動をこの『カズマ観察日記』にまとめて……!」

 

「“スティール!”」

 

「ああっ!?」

 

 まずい、クリスに秘密のノートを盗られました! あれには、カズマの行動をまとめるだけでなく、私見的なコメントも書いているのです。見られたら恥ずかしいじゃ、すみません! 私は、ノートを取り返そうと、必死にクリスに飛びつきますが、ヒラリと避けられます。そして、クリスは私を避けながら、パラパラとノートの内容を見始めました。私、色んな意味で終わりましたね……

 

「うう、ここで見た内容は他言無用に……!」

 

「めぐみん、君って、肝心な所で抜けてるね」

 

「な、なにおう!?」

 

 非常にムカツキました。もう知りません、一発、私の爆裂を体験させてあげましょう! 私は、呆れた目をしながらノートを見るクリスに、呪文を詠唱し……!

 

 

 

 

 

「なんで、夜中に尾行してないの?」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 私は、クリスの言葉に驚き、詠唱を止めました。夜中? その時間は、カズマも宿に帰り、ゆんゆんも実家に帰るはずでは……!

 

「なんていうか詰めが甘いねぇ」

 

「そんな……」

 

 落ち込む私の頭を、クリスが優しく撫でてきました。少しだけ、不安が和らぎました。しかし、夜ですか。良く考えれば、あの時間帯は帰宅するまでに、カズマとゆんゆんは二人っきりです。あれ、それって非常にまずい状況じゃないですか。もしかしたら、すでに……!

 

「めぐみん、今日の夜、一緒に助手君を尾行しない?」

 

「……行きます」

 

私は、こちらを慈しむような笑みを浮かべるクリスの手を取りました。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「じゃあまた明日なー」

 

「おやすみなさい、めぐみん」

 

「おやすみカズマ、ゆんゆん……」

 

 時刻は夜9時、カズマとゆんゆんが、家を出ました。私は、バクバクと鳴る心臓を押さえつけます。落ち着きましょう、二人を信じるのです。そして、息を落ち着かせる私の元に、クリスが現れ、こちらに手を差し出してきました。

 

「めぐみん、潜伏で行くよ」

 

「……はい」

 

 そして、闇夜の中、私達はカズマの追跡を始めました。二人は談笑しながら、歩いています。それに距離が近い。もう少しで手と手が……

 

『カズマさん、寒いです!』

 

『お前も好きだな、ほれ』

 

『えへへ、カズマさんの腕、暖かいです……』

 

 カズマが差し出した腕に、ゆんゆんが抱き着くように腕を絡ませました。その光景を見て、私は思わず握っていたクリスの手に爪を立ててしまいました。あの二人からは、友達、いや、それ以上の親密さを感じ取りました。私は、全身が粟立ち、嫌な汗がどんどん流れ出てきました。こんな光景、私は見たくない、望んでいない!

 

「めぐみん、落ち着いて。この程度で動揺しない」

 

「でもでも! カ、カズマがゆんゆんと……むぐっ!」

 

 クリスにもう片方の手で無理やり口を塞がれ、私は引きずられるように、追跡につき合わされました。嫌です……もう見たくないんです……

 そして、二人がカズマの宿、同じ部屋に入ったのを見て、私は何もかもが嫌になりました。ゆんゆんは、何故家に帰らず、カズマの部屋に入ったのでしょうか。しかも、こんな夜中に。これじゃ、まるで逢引きする恋人同士みたいではないですか。

 

「めぐみん、助手君の隣の部屋を取ってあるの。そこで、真実を確かめなさい」

 

「やけに手馴れてますね……」

 

「いろいろとあるんだよ。さ、入って」

 

 カズマの隣の部屋に、私達は入りました。質素なワンルームで、ベッドと姿見しか置いてありません。壁が薄いのか、隣の部屋の音や声が、微かに聞こえます。

 そして、クリスはカズマの部屋側に掛けられていた絵画を外しました。そこには、小さな、本当に小さな穴が開いていました。

 

「クリス、これって……」

 

「もともと穴が開いてたんだよ? たまたまなんだから」

 

「…………」

 

 とても嘘くさい事を言うクリスを無視し、私はその穴に向けて体を自然と動かしていました。見たくない、でも見なければならない。そんな気がしたのです。私は、その小さな穴をそっと覗き込みました。

 

『カズマさん、紅茶を淹れましたよ』

 

『ん、サンキューゆんゆん』

 

『ふふっ、どういたしまして』

 

 二人はベッドに座り、お茶と雑談を楽しんでいました。ここまでなら、許容できます。ギリギリ、そう、ギリギリですけど。そして、私の横でキリキリという音がしました。ふと目を向けると、クリスがアイスピックのようなもので、新たに壁に穴を開けていました。もう隠す気なしですね……

 

『ゆんゆん、肩揉んでくれー』

 

『はいはい……んしょっ!』

 

『あ゛~よいぞ……』

 

 カズマの肩を揉む、ゆんゆんを見ながら、私を少し安心しました。これなら、恋人関係というよりは、仲の良い友達同士と言えます。しかし、ゆんゆんの顔が蕩けているのが非常に気になります。そんな時、ゆんゆんがカズマの肩から片手を外し、前……下腹部に手をまわしました。ちょっと待って欲しい、そこは、そこはいけませんよ!

 

『カズマさん、ここも凝ってますよ?』

 

『ぶふっ!? ゆんゆん、お前って奴は……!』

 

『カッチカチです。私がほぐしてあげます……横になってくださいね?』

 

『喜んで』

 

 横になったカズマに、ゆんゆんが馬乗りになりました。そして、ゆんゆんは、一気にズボンをずりさげ、カズマの勃起した性器を取り出しました。こんなの肩もみじゃないです。二人はこれから……これから何を……

 

「これは……そんな……どうして……!」

 

「めぐみん、助手君達、このままだとシちゃうよ? 今から突撃してやめさせる?」

 

「うぐっ…ひっぐ…どうしてですか……カズマ……ゆんゆん……!」

 

「あーあ、泣いちゃったか……」

 

 私は目の前の光景が信じられず、どんどんと涙が溢れてくるのを感じました。私はカズマが浮気したとしても、最終的に私の元に帰ってくるなら別にいいと考えていました。しかし、これでは前提条件が崩れてしまう! カズマの一番が私ではなく、あの女に……! こんなの、見たくない……信じたくない……!

 

「うぇ……そんな……カズマカズマカズマ……! う……うぶっ……うええええええっ!」

 

「ちょっと、吐かないでよめぐみん。ベッドが汚れちゃうよ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 我慢できずに私は嘔吐を続けました。吐瀉物に混じる夕食の具材を見て、私は更なる吐き気を催しました。でも、さっきの光景よりはましなもので……

 

「現実逃避はいけませんよ、めぐみんさん、もっと見るのです」

 

「いや……いやです……やめて……やめてください……!」

 

 俯いて穴から目線を外した私の頭を、無表情のクリスが掴んできました。そして、無理矢理、顔を穴へ押し付けるように向けさせられました。

 

「さぁ、見なさいめぐみん。あの二人がどんな関係なのか」

 

「やめて……もう見たくないです……いや……いやだ……!」

 

 私の願いもむなしく、クリスの手から逃れられず、その光景を見るはめになりました。ゆんゆんは、すでにショーツを脱ぎ、己の秘所をカズマのペニスに擦りつけていました。二人が漂わせる甘い雰囲気が、こちらに伝わり、私は身震いしました。

 

『前戯もなしに、濡れすぎだろお前』

 

『カズマさんのせいです……んぅ……挿れますよ?』

 

『来い、ゆんゆん』

 

『はい……あぅ……カズマさん……大きくて……熱いです……!』

 

 ズプリと、ゆんゆんがカズマの性器を飲み込みました。その様子から、初めてではない事は、一目瞭然です。頭が痛い、見たくない、悔しくてたまらない!

 

私はもう限界でした、クリスを振り切り、ベッドに倒れ込みました。

 

「あの二人、もう恋人以上と私は推測するよ?」

 

「いやだ……どうして……カズマ……かずま……かずまぁ……!」

 

「めぐみん、もうちょっと、気をしっかりもとうよ……」

 

 私の頭を、クリスが優しく撫でてきました。それによって、少し落ち着きを取り戻しましたが、冷静になった事で、事実を認める事しかできなくなりました。

 

「クリス、私はカズマをゆんゆんに寝盗られてしまいました……」

 

「そうだね」

 

「ふふっ、まさか、もうセックスを済ませているなんて、私の負けです……」

 

「…………」

 

 私はそれから、しばらく泣き続けました。微かに聞こえる嬌声と、ベッドの軋む音が、私を更なる悲しみへと誘います。

 

「あ、助手君達、セックスし終わって外に行っちゃったよ?」

 

「もうどうでもいいです」

 

 自然と、くつくつとした笑いが出ました。負け、私の負けです。まさか、あのぼっち娘に出し抜かれるとは。あの、生温い関係を楽しむのではなく、さっさと勝負を決めてしまえば良かった……!

 

 

 

 

 

「めぐみん、なんで諦める必要があるの?」

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 クリスの突然の言葉に私は愕然としました。もう勝負は決まっています。諦めるしかありません。そう、それしかないんです。

 

「どうして、諦めるの?」

 

「だって、カズマとゆんゆんはもう肉体関係だって……!」

 

「言い訳はいけませんよ」

 

 私は押し黙ります。あの二人の甘い関係に突っ込むなど無粋にも程があります。そこまで、未練を持ってなど……!

 

「カズマ……カズマ……見捨てないで……私を見捨てないでください……!」

 

「ほら、やっぱり諦めてない」

 

 クスクスと笑うクリスの声を聞きながら、私は気力を取り戻しました。そうです、ここで諦めてはいけません。いや、諦めたくありません。我が名はめぐみん、絶対に諦めない精神を持つ女!

 

「でも、もう遅い、遅いんだよめぐみん」

 

「何故です! 今からでも、私もカズマに迫って奪い取って見せます!」

 

 そう吠える私に、クリスは呆れた目線を送って来ました。そっちが発破をかけて来ておいてこの反応とは、ちょっとイラつきます。

 

しかし、クリスが言い放った言葉に私は凍り付きました。

 

「だって、あの二人、もう結婚の約束をしてるんだよ?」

 

「は?」

 

「めぐみんだって、薄々気づいてたんじゃない?」

 

 私は、言い返す事ができません。カズマが、やり出した“名誉紅魔族の署名”は、族長が急に出したお触れだ。里では、この事に関してちょっとした噂があった。曰く、族長の娘が、その名誉紅魔族と婚姻するのではと。私は、所詮、噂だと内心否定していましたが、ここまで状況証拠が揃うと、この噂は根拠あるものなのでしょう。

 

「それに、ゆんゆんがつけてるアレの事について、知ってる?」

 

「マント……いえ、指輪の事ですか?」

 

「なんだ、気付いてたんだ……」

 

 私は、更に気分が重くなりました。マントの事は聞けました。しかし、ゆんゆんの薬指で光り輝く指輪については、私は怖くて聞けませんでした。

 

「あれは、助手君がゆんゆんに渡した婚約指輪らしいよ。これに関しては、助手君に直接聞いたから、確かな情報だよ」

 

「くっ……!」

 

 私はそれを聞いて、崩れ落ちました。二人の関係はパッと見、良好。外堀もほぼ埋められている。もし、これでカズマに迫れば、私はゆんゆんを裏切る事となる。そして、何よりも、もしカズマに拒否されれば、私は色んな意味で終わってしまう。

 

「めぐみん、迷ってるね。それじゃ、あたしが取って置きの物をみせてあげよう!」

 

「なんですか……?」

 

「じゃーん!」

 

 そういって、クリスが取り出したのは一冊のノート。文房具屋に行けば、どこでも売っているような汎用ノートです。

 

「ここには、助手君とゆんゆんの関係の形成過程を詳細にまとめた秘密ノートで……!」

 

「見せてください!」

 

 私はそのノートを奪い取り、血眼になって読みました。中身を要約すると、ゆんゆんとカズマの関係の発端は、カズマの評判を聞いたゆんゆんが、私に相応しくない男性だと、直談判した事にあるとの事でした。それから、友達に飢え、男女関係に疎いゆんゆんは、ゲスマに言葉巧みに騙され、肉体関係を持つようになった……らしい。随分と、余計な事をしてくれましたね。あのボッチ紅魔族は!

 

「クリス、この話の信憑性は?」

 

「ほぼ、100%だよ! その光景を目撃した、喫茶店の店員とお客さんからも裏を取ってあるんだ」

 

「……何故こんな調査を?」

 

「私もお節介だからね。ダクネスが好意を抱いている助手君について、ちょっと調べただけだよ」

 

 何か、引っかかる気がしますが、ここまで言われては事実なのでしょう。というか、ゆんゆんがカズマに騙される光景は、随分としっくりくるものです。ゆんゆんから、私を裏切り、彼女の方からカズマに言い寄るなど、想像できないものです。

 

「めぐみんが引きこもっていたのが、いけなかったね。この事、街では結構、噂になってたんだよ?」

 

「うぐっ! 耳に痛い話ですね……」

 

 私が、積極的に外出していれば、未然に防げた事かもしれないのです。自分自身にイライラしながら、続きを読みました。そこには、証拠写真という名目で、多数の隠し撮り写真が貼られていました。喫茶店で談笑する二人の写真、宿でクズマに精液をぶっかけられるゆんゆんの写真、森の中でゲスマに体を貪られる写真などなど……

 

「これ、どうやって撮ったんですか? ちょっと、説明できない位置から撮影しているものも、あるのですが……」

 

「ああ、それは天界から……ゲフンゲフン! 盗撮してたバカから、巻き上げたり、助手君が残してたハメ撮り写真を盗んだんだよ!」

 

「なんか、怪しいですね……」

 

「気にしすぎだよ! 重要なのは、これが事実って事だから!」

 

 事実。これが事実なのでしょうか。そう仮定すると、ゆんゆんはカズマの外道行為の被害者であると言えるでしょう。まるで、騙された事に気付かず、貢ぎ続けるダメ女のようです。もし、そうであるならば、結婚生活が上手くいくはずがありません。そう、絶対に上手くなんかいきません!

 

「改めて聞くよ、めぐみん。どうする?」

 

「…………」

 

 ゆんゆんは、被害者。そう、被害者なのです。カズマをゆんゆんから引き離し、目を覚まさせるべきでしょう。そして、カズマは私がきちんと責任を持って、管理する必要がある。ゆんゆんみたいに、騙される女性がまた出てくる可能性があるからです。

 

「そうですね。私は、カズマをゆんゆんから、奪い取る。いえ、引き取ってあげましょう!」

 

「ふーん、でも、あの二人は婚約してるんだよ? それを横から奪うのは、世間体的に……」

 

「クリス、世間の評価など、どうでもいいのです。それに、これはゆんゆんのためでもあるのですから……!」

 

 クリスは私の声を聞いて、ニヤニヤとしたした顔になりました。なんだか、非常にムカツキます。そして、彼女は私の傍により、耳元で囁くように話しかけてきました。

 

「そこまでの覚悟なら、もう私は止めないよ。どうする、今から行動を起こす?」

 

「いえ、まだ様子見です。私はカズマのゲス行為、ゆんゆんに対する裏切り行為を直接は見ていません。それを確認してから、カズマを問い詰めます」

 

 しばらくは、このまま尾行を続けましょう。そして、カズマの裏切り行為をきちんと自分の目で確認し、それをネタに脅し、ゆんゆんから引き離します。でも、そうした場合、カズマは性欲を持て余す事でしょう。その性欲を解消し、カズマを真人間の状態に保たせるのは、私の役目です。

 

「めぐみん、そうは言うけど、助手君に拒絶されたらどうするの? 結構、義理固いよ、助手君は」

 

「そうですね……」

 

 私は知っています。彼は普段はゲスですが、妙な所で誠実ですからね。もし、拒絶されたらどうしましょう。私自身、自分がどのような行動を取るか分かりません。カズマに無理矢理する? それとも監禁? いや、カズマを調教して飼いならす方法でもあれば……!

 

「クリスは、もし好きな男に拒絶されたら、どうします?」

 

「んーあたし? そうねぇ……」

 

クリスは腕を組み、片目を閉じて考え出しました。まぁ、参考程度に聞いておきましょう。

 

 

 

 

 

「殺しちゃうかもね」

 

 

 

 

 

「なっ……!?」

 

 随分と過激な発言が飛び出しました。だというのに、クリスはいつも通りのニコニコした表情です。

 

「自分を少しでも見てくれず、他の女に行くなら、いっそ殺して来世に期待するかも」

 

「中々、狂った考えですね……」

 

「そう? まぁ、思っても、実行には移さないよ。それに、もしもの話だしねぇ」

 

 そりゃそうでしょう。そんな事を実行に移すなんて、愚の骨頂です。殺人はリスクが大きいのですから。

 

「まぁ、めぐみんがどう動くかは、好きにしてよ。あたしも応援……はしないけど、頑張ってね」

 

「言われるまでもありません」

 

 私は、そう言うと、ベッドから降りました。そろそろ家に帰らなければいけません。明日も、朝からカズマの様子を観察する必要があるのですから。

 

「では、クリス、本日はいろいろとありがとうございました」

 

「どういたし……まして? まぁ、疑問の解消になったなら良かったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 私に向けて、手をふりふり振るクリスに、礼を言い、私は宿を出ました。色んな意味で火照った体に、冷たい夜風が染みわたります。そして、しばらく歩いていると、宿を出て行ったカズマとバッタリ会ってしまいました。

 

「お、めぐみんか。なんだ、散歩か?」

 

「そんな所です。カズマはどうして外に?」

 

「俺はあれだよ! 風呂行ってきたんだ!」

 

「そうですか……ん……」

 

 

カズマは、バツの悪そうな顔でそう言いました。カズマは嘘つき、嘘つきです……

 

 

「ど、どうしためぐみん!? いきなり抱き着いてきて!?」

 

「ちょっとこのままにさせてください」

 

 私は、気が付けば、カズマに抱き着いていました。暖かい、そして大好きな匂いが胸いっぱいに広がります。

 

「体調悪いなら、家まで送るぞ?」

 

「そこまでしなくていいです」

 

「お、おう……」

 

 カズマからは、石鹸の匂いが漂ってきます。どうやら、銭湯に行ったのは本当のようです。でも、消えていませんよ。臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い、とっても臭い!

 

私以外の女の臭いがします……!

 

「ん……ありがとうございました。では、お休みなさい、カズマ」

 

「……お休み、めぐみん」

 

 怪訝そうな顔を浮かべるカズマを後に残し、私は家までの歩を進める事にしました。そして、自分の思いを再確認しました。やはり、私はカズマが好きです。最低の鬼畜だけど、根の部分では私達の事を第一に考えてくれる仲間想いな所が大好きです。それに……それに……! いえ、これはカズマに思いを伝える時にとっておきましょう。どちらにしろ、今更、あの男以外の事など考えられません。

 でも、私やダクネスを惚れさせておきながら、パーティ以外の女に手を出したカズマの事は許せません。

 まぁ、勝負を決めず、ダラダラとした関係を維持していた私達にも責任はあるでしょう。でも、やっぱり許せない。カズマが私や、私と運命を共にする密約を交わしたダクネス以外と結婚するなんて、絶対に嫌だ。私の色香でカズマをあの泥棒猫から、奪い返してやりましょう。

 

 

 

だが、もし、カズマが私を拒絶したら……

 

 

 

「嫌ですカズマ……私を見捨てないで……見捨てないでください……! お願いです……お願いしますから……!」

 

 

 

 その瞬間、深い絶望と悔しさ、そして、激しい憎悪が私の中で荒れ狂いました。嫌だ、こんなのは嫌だ……カズマ……私の……私の事を見てください……!

 

 

 

『殺しちゃうかもね』

 

 

 

 不意に先ほどのクリスの言葉が頭の中に浮かびました。そして、フラフラと歩きながら私は決意しました。

 

 そうです。もし私を拒絶して……私のものにならないというなら……あの女のものになるくらいなら……その時は……カズマなんて……カズマなんて……!

 

 

 

 

 

「ぶっ殺してやる!」

 

 

 

 

 




次回、ダクネスお仕置き編

新しい観光資源:元ネタは島根県にある八重垣神社の縁占い。むかーし友達と旅行で行ったとき大盛り上がりした記憶がある。そして、振り返ってみると中々馬鹿にできない結果に…… 占い怖い……

次のめぐみん回はしばらくありません。ごめーんね!


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四章 ほのぼのとした日常
バニルの忠告とダクネスへのお仕置き


ほのぼのとした日常編


 紅魔の里に来て、2週間とちょっと、俺は再度ゆんゆんの家に訪れていた。テーブルの向かい側には、満面の笑みを浮かべる親父さんがいる。ゆんゆんは、お母様と料理中だ。少し心細い。

 

「ゆんゆんさんのお義父様、これが署名台帳です」

 

「うむ、確かに受け取った」

 

 親父さんは、俺から台帳を受け取ると、パラパラと中身を確認する。そして、満足気に頷いた。

 

「署名も全部ある。ご苦労だったな」

 

「有難うございます。私自身、紅魔族の方達に快く受け入れられて……」

 

「そう、かしこまるな! 一部は買収で手に入れているのは、こちらも知っている」

 

「うぐっ! やはり、お分かりでしたか……」

 

 結構、盛大にやったからなあ。もしかして、やり直しだろうか。心証は少し悪くなるのは仕方がないと割り切っていたんだが……

 

「いや、金だけを貰っても、里のものは動かない。君の真剣さや、本気さを感じ取ったからこそ、買収に応じてくれたんだ。誇りに思っていい!」

 

「そ、そうですか」

 

「うむ! それに、君が考案した観光資源、里の物だけでなく、外部から来た人間にも好評なようだ。まさか、この時点で里に貢献してくれるとは思わなかったよ!」

 

「少しでも、里のためになったなら、感無量です」

 

 俺は安堵した。あの縁占いは、日本にあった神社を参考にしたものだ。出だしも好調のようで、里の自営業者達からも一定の評価を受けている。このまま、新たな観光資源として根付いてもらいたいものだ。

 

「それで、いつ式をあげるのだね?」

 

「およそ、一年後ですね。この間に商人の勉強や、身辺整理を済ませたいと思います」

 

「そうかそうか! 娘を頼んだぞ! カズマ君!」

 

「はい、絶対に不幸にはさせません」

 

「よっしゃ! その意気だ!」

 

 親父さんに肩をバンバン叩かれながら、俺は改めて。結婚するという事を実感し始めた。そして、しばらく談笑しているうちに、ゆんゆんと、お母さまが料理を持って現れる。おお、霜降り赤ガニだ。ゆんゆん、家は裕福だって言ってたしなぁ……

 

「それじゃあカズマ君、一緒に食べて親睦を深めようじゃないか!」

 

「喜んで頂きます」

 

 それから、ゆんゆんの家族に囲まれながら夕食を頂いた。これから、長いお付き合いになる方々だ。そう考えると、何だか不思議な気分だ。そして、横にいるゆんゆんは、嬉しそうに俺の事を両親や弟達に語っている。弟さん達は、俺の事を睨んできた。はっはっは、姉ちゃんはもう俺の女だ。ドヤ顔で視線を送ると、奴らは居間から、逃げ出した。ははっざまあ!

 

 

 

こうして、俺は紅魔の里の最後の夜をゆっくりと過ごした。

 

 

 

翌日、里の広場で俺達は見送りに来ためぐみんの家族と、別れを惜しんでいた。

 

 

「ううっ……娘よ、すまないな……」

 

「めぐみん、お金はもう十分よ。後は、あなたの好きに使いなさい」

 

「言われなくてもそうします。ちゃんと、こめっこに栄養のあるものを食べさせてくださいね?」

 

 めぐみんは、両親にグチグチと文句を言いだした。でも、両親はそれを嬉しそうに聞く。めぐみんの顔も笑顔だ。

 

「アクアお姉ちゃん、ばいばい! また来てね!」

 

「うん、こめっこちゃん! まためぐみんと一緒に来るわ。また今度ね!」

 

「洗濯板もばいばい!」

 

「ちょっと待ってこめっこちゃん!? もしかして、それはあたしの事なの!? あ、こら! 待ちなさい!」

 

 女神コンビはどうやらこめっこと物凄く仲良くなったようだ。なんだかんだで、あの二人は面倒見が良い奴らだしな。

 そして、俺にも見送りをする奴がいた。みんなは気づいていないが、俺は気づいてしまった。遠くの民家の屋根の上から、こちらに手をぶんぶん振るあるえの姿に。

 

「どうしたんですか、カズマさん?」

 

「いや、なんでもないさ」

 

 俺は彼女に僅かに手を振った後、背を向ける。そんな俺の横に、ゆんゆんが並び立った。近くで感じるこいつの体温は実に心地いい。ちょっと後ろめたい気分だ。

 

 

 

「さーてお前ら! さっさと帰るぞ、俺達の街に!」

 

 

 

 

 

 

 そして、俺達はアクセルへと帰還する。いつも通りの日常の始まりだ。だが、仲間たちには結婚の事を伝えていない。その事が気がかりだ。まぁ少しずつ伝えていこう。まだ焦る時じゃない。俺は問題を後回しにしながら、再びアクセルの街での冒険者生活へと身を投じた。

 そして一週間が経過した頃、俺はゆんゆんの提案により、ウィズ魔法具店へ行くことになった。店に入ると、おなじみの仮面悪魔が俺達の前に踊り出た。

 

「いらっしゃい! 色んな意味で絶頂にいる鬼畜男と、スケベネタ種族!」

 

「いきなりの挨拶だな!」

 

「そうです! バニルさん私、ス、スケベなんかじゃないです!」

 

「何を言っておる! 小僧を喜ばすために、里の服屋に、様々なコスプレ衣装を――」

 

「わああああああああーっ!」

 

笑うバニルに掴みかかるゆんゆんを尻目に、俺はウィズの元へ向かった。

 

「よっ、久しぶりだな、ウィズ!」

 

「はい、いらっしゃい。今日はお二人でどうしたんですか?」

 

「それなんだがな、実は……」

 

「カズマさん、私が伝えます!」

 

「おおう、やけにやる気だな」

 

 バニルにあしらわれて、荒い息をを吐いているゆんゆんが、俺の隣に立つ。ちなみに、バニルは、ウィズの隣の床から、ニョキニョキと生えてきた。やっぱりこいつ、なんでもありだな。

 

「ウィズさん、バニルさん、今日は大事な事を伝えに来たんです!」

 

「大事な話……なんでしょうか?」

 

「ふむ、言うがよい」

 

 

二人の返事を聞いたゆんゆんは俺の腕に抱き着きながら、ドヤ顔で言い放った!

 

 

 

 

 

 

「私達、結婚します!」

 

 

 

 

 

「うええええええええええええええええっ!?」

 

「知ってた」

 

 バニルが落ち着いているのに、対してウィズは驚嘆の声を上げる。まぁ、予想通りの光景だ。ウィズはあたふたと、体を動かしてテーブルの上のポーションを何本か落として割った後、憤怒の表情で俺に掴みかかってきた。

 

「カズマさん、最低です! 純真な、ゆんゆんさんを騙して楽しいんですか!?」

 

「おいこら、失礼な奴だな! 騙してねぇし、両者合意だっつの!」

 

「ありえませんありえませんありえません!」

 

「ちょっと、ウィズさん! カズマさんに一体何を……きゃっ!?」

 

ウィズは、ゆんゆんをバニルの方に投げ飛ばし、ついでに俺を地面に引き倒した。ちょっと、勘違いがすぎませんかね、このリッチー!

 

「カズマさん、ゆんゆんさんは騙せても、私の目はごまかせませんよ!」

 

「ちょっと待てウィズ! 俺は真剣にゆんゆんの事をだなぁ……!」

 

「バニルさんが言ってました! あなたは、将来ハーレム王になるって! そんな人にゆんゆんさんは、任せられません! このっこのっ!」

 

「ちょ……まっ……蹴るな! 蹴るなっての!」

 

 いい加減ムカついてきた。俺を蹴飛ばすウィズの足を掴む。そして、俺は懐からポーションを取り出し、ウィズへ投げつけた。

 

「カズマさん、リッチーの私に凡百の魔法薬や聖水は効かなああああああああああああっ!?」

 

「おい小僧! 貧乏店主が成仏しかけてるぞ! この聖水はいったいいいいいいいっ!?」

 

「カ、カズマさん!? ウィズさんとバニルさんが消えかかってるですけど!?」

 

「ふん、知るか!」

 

 俺はのたうち回る二人を無視して、近くの椅子にどっかりと座る。ゆんゆんは、聖水を中和させようと、中級水魔法を二人に浴びせていた。バニルはともかく、ウィズにはいいお灸になっただろう。そして、しばらく経った後、俺の前になんとか復活したウィズが正座させられていた。

 

「おいウィズ、お前の勝手な早とちりで、こっちは貴重な聖水を無駄にしたんだぞ? そこんところ分かってんの?」

 

「ひぃ!? すみませんすみません! 私の早とちりでした!」

 

「ウィズさん、さすがにさっきの反応は私も傷つきます……」

 

「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったのー!」

 

 ウィズが泣きながら、ゆんゆんにしがみ付いた。まったく、ウィズでこの反応なら、めぐみん達に話した時は、もっと大変な目に会うだろう。憂鬱になってきた。

 

「おい小僧、さっきの聖水はなんだ!? 大悪魔の吾輩が後ちょっとで残機毎消滅する所だったぞ!?」

 

「企業秘密だ」

 

「ふん、吾輩は見通す悪魔で……真っ白な光で何もみえん……また女神関係か……」

 

 バニルは、残念そうに肩を落とした後、俺の肩に手を回してきた。ちょっと、気持ちわりい。

 

「小僧、店の奥に来い。二人だけで話したい事がある」

 

「分かった……」

 

 いつになく、真剣な様子のバニルを見て、俺は素直に店の奥へと足を運んだ。ウィズはドヤ顔のゆんゆんに、惚気話をされて疲弊している。しばらくあの二人は放っておいても大丈夫だろう。店の奥の部屋は、何やら薄気味悪いもの所狭しに置いてある。そして、バニルがボソボソと何かの呪文を唱えた。

 

「おいバニル、その呪文はなんだ?」

 

「なーに、ちょっとこの部屋を外界から隔絶させる魔法だ。あの二人にも聞かせたくはない内容だからな」

 

「こえー事いうな……」

 

 そして、バニルが俺に向き直る。こいつが話してくる事といったら、やはり見通した未来の事だろう。

 

「さて小僧、お主の未来を見通したのだが……」

 

「やっぱりか。破滅の相でも出てるか?」

 

「いや、その逆、全く先が見通せないんだ。ただ、行動次第で、多様な分岐がある事は何となく分かる」

 

「別に、見通せないなら、それでいいんだが。正直、未来を知るのは、あまりおもしろくない」

 

 俺の言葉にバニルは不適な笑みを浮かべた。非常に腹立つ顔だが、コイツには過去何度か助けてもらっている恩人だ。こいつの忠告を聞いて損はない。

 

「よくいった小僧! そもそも、吾輩が見通す未来は、“何もしなければこうなるぞ”という、忠告にすぎない。吾輩の見通した未来を知った時点で、すでに違う道を歩む事になる。そんな未来にならないよう、もしくはなるように行動を起こした事が結果的に、別の未来につながる事になる。そういう意味では、吾輩の予言など、全く信用ならないものだ」

 

「急にどうしたバニル? お前がそんな事いうなんて……」

 

「小僧、よく聞け! お前は今、分岐点にいる。そして、吾輩が見通せないほどの存在が複数未来に絡んでくる事は確かだ。あのポンコツ女神以外にも、神、悪魔、邪神、人を超えた人、実に様々なものがお前の未来に関わっている」

 

 何やら、不穏な単語も聞こえるが、その忠告は正しいのは確かだと俺は思った。少なくとも、俺の未来にはアクア以外に、エリス様が関わるのは絶対だろうしな。

 

「小僧に、具体的な忠告はできん! しかし、神や悪魔と付き合う上での注意点だけを教えておこう!」

 

「注意点?」

 

「そうだ! いいか小僧、おとぎ話などで良くあるように、神と悪魔は、人と“契約”を結ぶ事で様々な事象を引き起こす。力を与えられる事もあれば、逆に魂を捕らわれて、永遠に弄ばれる事もある。だから安易に“契約”はするな! これが吾輩からの忠告だ!」

 

 バニルの言葉に俺は苦笑する。言葉巧みに人と契約し、魂を奪い取る悪魔が、こんな忠告をするとは……

 

「分かった、肝に命じておく」

 

「うむ、ネタ種族……吾輩の友人を悲しませるなよ?」

 

「分かってらぁ!」

 

「うむ、時に小僧! 最近悪徳貴族に人気の商品「偽嘘発見器」は欲しくないか? なんと、所有者の任意のタイミングでチンチン鳴らせる優れものだ! 嘘まみれのお主には、色々と有効活用できそうな……!」

 

「いらんわ!」

 

 

 

 

 

 こうして、俺達の秘密の会話は終わりとなった。最後に、変な商品をオススメされたが、まったくもって失礼である。俺は正直……正直モノデスヨ! それにしても“契約”か、ありがちな設定だな。まぁ、知っておいて損はない情報だろう。

 

 

そして俺達が秘密会議を終えて店内に戻ると、ウィズが何故か号泣していた。

 

 

「ウィズさんはまだ結婚しないんですか? というか、リッチーって子供できるんですか? 後、実年齢は何歳なんですか?」

 

「やめ、やめてぇ! そんな答えにくい質問しないで! それと、私は20歳です! 本当、本当ですよ!」

 

「あ、はい……」

 

「その哀れみの視線はやめてください! ゆんゆんさんの裏切り者!」

 

 キャーキャー騒ぐ二人を見ながら、俺は安堵した。ゆんゆんにも、めぐみん以外に、ちゃんと友達がいるんだなぁ……

 

そして、俺を見つけたゆんゆんは、ウィズに見せつけるように抱き着いてきた。

 

「という事で、ウィズさん、カズマさんは結婚詐欺、財産狙い、売春宿に私を売り飛ばすなんて事、考えてませんから! だから祝福してください!」

 

「でも、カズマさんですし……」

 

「おいウィズ! また特製の聖水ぶっかけるぞ!」

 

「ひぃ!? それだけはご勘弁を!」

 

 ペコペコ謝るウィズを見ながら、俺は嘆息する。鬼畜でクズである事は、もう否定はしないが、ゆんゆんを不幸にはさせない。それが俺の覚悟だ。

 

「行き遅れ店主よ、小僧が妙な所で誠実なのは、今まで付き合ってきて理解しているはずだ。素直に祝福してやるがいい」

 

「うう、バニルさんに諭されるなんて……でも、そうですね。お二人とも、幸せになってくださいね」

 

「ふふっ、素直にそういえば良かったんです! ウィズさんもいいヒトが見つかるといいですね!」

 

「ゆんゆんさん、ぞれは素で言っているのですか!? 嫌味ですよそれ!」

 

 

またもキャーキャー騒ぎ出した二人を放置し、俺は店のドアに手をかけた。

 

 

「それじゃあバニル、また買うものがあったら、寄らせてもらうよ」

 

「吾輩も貴様なら歓迎しよう! またのご来店を!」

 

 店を出てしばらく歩くと、ゆんゆんが慌てて追いかけて来た。そして、自然と俺の腕を取る。最初に比べたら、随分と積極的になったもんだ。

 

「よし、ゆんゆん! 今日もクエスト受けて、終わったら宿でリフレッシュだ!」

 

「はい、カズマさん!」

 

 笑顔で応じる、ゆんゆんを見ながら俺は思った。俺の嫁さんは、くっそ可愛いと。そして、この笑顔を曇らせたくないとも思った。でも、他の女でちょっと遊ぶくらいは許してね! そんな、クズみたいな事を考えながら、俺はゆんゆんとの日常を再開した。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 そんな充実した日々であるが、屋敷の中は、以前より雰囲気が違う。一見、普通通りなのだが、俺は常に誰かに見張られているような、誰かの視線を良く感じる。めぐみんは、以前に比べてスキンシップが増えている。このまま、襲ってしまおうと何度も思ったが、謎の嫌な予感と、ゆんゆんに出しまくって賢者モードを維持し、何とか耐えきった。

 そして、アクアは、俺の前で、挙動不審な姿を取るようになった。こちらもやたら、抱き着いてきたり、何かと理由をつけては、俺に顔を押し付けてくる事が多くなった。まぁ、これだけなら可愛いものなので、猫可愛がりにしている。この時、俺は不覚にも欲情してしまったが、鋼の精神で耐えた。

 唯一変わらないのは、ダクネスくらいである。めぐみんとアクアには、一体何があったのだろうか? まぁ、気にするだけ無駄ともいえよう。そのうち飽きるだろう。

 

 

 とはいっても、充実した日々である事には変わりない。時刻は深夜にさしかかる頃、俺はベッドで横になっていた。今日はとっても楽しかったね、明日はもっと楽しくなるよ、ちょむすけ。そんな事をうすらぼんやりと、考えながら自然と目蓋が落ちかけた時、俺の部屋にノックもなしに侵入してきた奴がいた。

 

「カズマ、まだ寝ていないか?」

 

「……お前か、ダクネス」

 

 入って来たのは、大きめのガウンで体をスッポリと隠したダクネスだ。彼女は起きている俺を確認すると、顔を真っ赤にさせながらも俺が寝るベッドへと腰かけた。

 

「その、カズマ……そろそろたまってるんじゃないか?」

 

「はぁ? って、そうか。そういう事か……」

 

 俺は真っ赤なダクネスを見ながら納得した。こいつは、以前のメイド調教が抜けきっていないようだ。俺が毎晩、“奉仕”させていた事を引きずっているのだろう。しかし、俺も結婚するのだし、浮気は……

 そういえば、俺の悪評を広めたお仕置きが、まだだったな。これからやる事は、お仕置きだ! 浮気じゃない! ついでにダクネスとなら、ゆんゆんは怒るだろうが、許してはくれそうという打算もある。

 

「その前にダクネス、王城では何をしてきた?」

 

「ああ、王城ではアイリス様の護衛をやらされたよ。護衛という名目で、様々なパーティや晩餐会に連れ回されたがな。アイリス様と、私に拠ってくる貴族を追い払うのは、本当に大変だったよ……」

 

「なるほどな」

 

 俺は、辟易した表情のダクネスを見ながら、納得した。アイリスは、ダクネスにちょっとした嫌がらせをしたようだ。だが、ぬるい。こんなのはお仕置きじゃない。

 

「ダクネス、俺は王都の旅行中に、お前の家が意図的に、俺の評判を下げていると感じたが、そこの所、どう思う?」

 

「うぐっ! やはり、気付いたか。でもなカズマ、あれは、別にアイリス様達にお前の悪評を広めるのが目的ではなく、高度な政治的判断で……!」

 

「詳しい事はいい、それより、評判を下げる工作を行った事は認めるのか?」

 

俺の言葉で、ダクネスは言い訳をやめ、素直に頭を下げてきた。

 

「すまない、私の利害のために行った事だ。ダスティネス家ではなく、私個人の責任だ。罰はいくらでも受けよう」

 

「そうかそうか、じゃあお仕置きだな!」

 

「ん……! そうだ、私が身を持って償おう! はぁ……はぁ……!」

 

 やばめの表情を浮かべて、息を荒くするダクネスの前で、俺はズボンを一気に脱いだ。そして、すでに臨戦態勢となっている性器を見せつける。

 

「ダクネス、お前は今日からメイド以下の存在、俺の奴隷になってもらう。いっとくが、お前がどうなろうと責任はとらんぞ?」

 

「んんっ!? カズマはクズ野郎だな! だがこれは罰だ、仕方ない、仕方ない事だ! 私の責任、罰なんだ!」

 

 そう言いながら、ダクネスは纏っていたガウンを一気にぱさりと脱ぐ。そして、俺はガウンの下から現れた光景に感心した。

 

「さすがは、お色気担当のダクネス。もの凄くエロイぞ、俺好みだ!」

 

「そ、そうか! これは、お前が好きそうだから、王都で仕立ててきたんだ……」

 

 顔を真っ赤にして俯くダクネスを、俺はじっくりと見る。ダクネスの腰と胸は、上品なリバーレースで作られた、漆黒のウエストニッパーに包まれている。しかし、レースの部分以外はスケスケだ。ダクネスの純白の肌、漆黒の下着により映える。そして、同じく、漆黒のショーツとニーハイが、ガーターベルトで吊られている。実に俺好みなエロ下着、スリーインワンだ。

 俺は、ダクネスの姿を堪能した後、ベッドに横たわる。そして、ダクネスの手を引いて、強引に俺の上に乗せ、四つん這いにさせる。俗に言う、シックスナインの体勢だ。

 

「ダクネス、舐めろ!」

 

「はい……んぅ……!」

 

「うむうむ……」

 

 ダクネスの生温かい口内に、俺のガチガチになったペニスが侵入する。実は、ダクネスにフェラチオをさせるのは初めてだったりする。彼女はどんなフェラチオをしてくれるのだろうか。そんな事を考えながら、俺はフェラを堪能する。

 

「うむ……うぐっ……ん……んっ……!」

 

「おお、いいぞダクネス、いい感じだ」

 

 ダクネスのフェラテクニックは実にお粗末だが、初期のゆんゆんのように、ひたすら精液を搾り取ろうと乱暴に頭を動かしている。そこそこの快感と、俺のペニスを求めるダクネスの姿に俺は満足感を得る。そして、俺はダクネスの腹に手を這わせた。

 

「ダクネス、腹筋割れてるぞ」

 

「んんっ……!? むぐっ……ん……んぁ……! カズマ、こんな時にその事を言わないでくれ……」

 

「落ち着け、割れているっていっても、うっすらとラインが分かる程度じゃないか。俺はこういう健康的なお腹は大好きだぞ。それに、肌触りもいい。柔らかさもある」

 

「あう……そうか……それならいい……」

 

 嬉しそうな声で呟くダクネスは、非常に可愛い。もじもじと体を動かすダクネスを見て、俺は目の前で揺れる情欲を誘うダクネスの尻を引っ掴み、力強く揉んだ。

 

「ん……カズマは私の尻が好きなのか?」

 

「当たり前だろ! メイド調教の時、散々ここに擦りつけて、ぶっかけてやっただろうが!」

 

「うう……そういえばそうだったな……」

 

「今更、恥ずかしがるなよ」

 

 俺はダクネスの尻を揉みながら、手で引いて顔に押し付けるようにさせる。俺の顔一面に、ダクネスの尻と秘所が広がる。そして、俺はダクネスの秘所を、ショーツ越しに舐めた。

 

「ひぅっ!? カズマ、そこは……あうっ!」

 

「んじゅっ……いいから、お前は俺のを舐めろ」

 

「わ、わかった……んむっ……んっ!? んひっ……!」

 

 シルクの生地越しに、ダクネスの秘所が熱くなっていくのを感じる。それに、俺の唾液以外でも、ショーツが濡れ始めた。さすがはダクネス、といったところか。俺は指でショーツをずらすと、愛液で濡れた膣口と、充血したクリトリスが目に入る。そして、間髪入れずに、膣口に舌を差し込んだ。

 

「ん……じゅるっ……うむっ……じゅるるっ!」

 

「やぁ! カズマ、吸わないで……吸わないで……あんっ……!」

 

 そして、膣の愛液を吸い出しながら、右手でクリストスを摘まむ。その瞬間、ダクネスの体がビクリと跳ね、膣口から愛液の流れ出る量が増える。慣らしはすでに自慰で済ませているのだろう。さすがはエロ担当だ。

 

「あう……ひぐっ……! んっ……んんんんんんんっ!」

 

「んじゅっ……おっと、軽くイッたか。敏感だな……れろっ…!」

 

「んひぃ!? カズマ、まだ快感が続いてるから、連続はやめっ……あうううううっ!」

 

「んっ……んっ……」

 

 俺は舌でダクネスの秘所を愛撫し続け、何度も絶頂させる。ダクネスといえば、ひたすら嬌声をあげ、俺のモノも咥えずよがるだけだ。これは減点だ。お仕置き増加決定。

 

「ひゃうっ……! イク……イクッ! ひゃあん……!」

 

「んぐっ……たく、そっちばっか気持ちよくなりやがって」

 

「だって……だってぇ……!」

 

 体を痙攣させるダクネスの下から俺は脱し、四つん這いのダクネスの腰を掴み、膣口に俺のペニスを押し当てた。

 

「カ、カズマ、本当にするのか!? 責任取ってくれるのか!?」

 

「責任? お前は俺の奴隷なんだぞ。そんなものはない」

 

「さ、最低だぞカズマ! 私にだって拒否権はあるんだぞ!」

 

 俺は暴れだしたダクネスの首を掴み、強引にベッドに押し付ける。そして、もう片方の手で、ダクネスの尻を強く叩いた。バチンといういい音がなる。やはりダクネスの尻は最高だ。

 

「カズマ……その、初めてだから優しく……!」

 

「ふんっ、やはりお前は、根の部分はララティーナお嬢様なんだな!」

 

「お嬢様と呼ぶなぁ……!」

 

「安心しろララティーナ、奴隷と言っても、愛玩奴隷だ。お前が望む限りは、可愛がってやる。それに、セックスに恐怖心を持たれては、慣らすのが面倒だ。優しくしてやる」

 

「ん……愛玩奴隷か……ふふっ、この私がカズマの奴隷……カズマの……私を貫いてくれ!」

 

 向こうから懇願してきたなら仕方がない。それなら、ダクネスのアソコを頂くとしよう。俺は首から手を放し、ダクネスの頭を安心させるように撫でる。そして、ゆっくりと挿入した。

 

「ぐっ……はいって……きたあ……!」

 

「おふっ……いいぞ! 気持ちいいぞ、ダクネス!」

 

「んぁっ! そうか、気持ちいいか……」

 

 シーツを強く掴み、痛みを耐えるダクネスを更に優しく撫でる。ダクネスの膣は、俺のペニスを優しく包み込むように収縮する。強烈な締め付けはないものの、ねっとりとした熱と柔らかな膣壁に包まれるのも、非常に気持ちのよいものだ。

そして、結合部からは、僅かに血がにじむ。さすがクルセイダー、痛みに強いのか、ゆんゆんやクリス程の暴れ方はしない。

 

「カズマ、動いても大丈夫だぞ……」

 

「無理はしないで欲しいが、俺はまだ1回も射精してないしな! そらっ!」

 

「あう゛っ! くっ……今度からここも鍛えるか……」

 

「やめろよ、ナニを引きちぎられるのは勘弁だからな! それっ!」

 

「あぐっ……お腹の中にカズマが……!」

 

 俺はゆっくりとピストンを開始し、ダクネスの体を堪能する。そして、途中で正常位へ移行し、セクシーな下着姿を視姦しながら、はりのある巨乳を揉みしだく。ダクネスは時折、苦悶の声を上げるものの、その都度、唇を吸い、手で胸と首筋を愛撫する。そうすると、蕩けた表情で向こうから腰を動かし始めた。やはり、ダクネスは可愛くてエロイな……

 

「可愛い、ダクネス、お前は可愛いな」

 

「んぁっ!? こ、こら! 思ってもない事言うな……この私が可愛いなんて……!」

 

「いや、お前は可愛い。お前とセックスできるなんて、俺は幸せ者だよ」

 

「ひゃうっ!? おおおおおおまっ、何を言って……んむっ……!」

 

 真っ赤になって悶えるダクネスの唇を優しく吸う。ダクネスは変態だ。でも、パーティメンバーの中で一番女の子らしい奴だ。だから、乱暴に犯したいのを我慢して優しくしてやる。初めてのが良い思い出となるように。ま、奴隷扱いとかで台無しだけどな!

 

「ん……ダクネス、ちょっと痛くしていいか?」

 

「やっ……ひゃう……んぁ……! いいぞ……お前の好きにしてくれ!」

 

「なら遠慮なく……んぐっ!」

 

「ひぎゅっ!? ああっ……そんな所噛むな……あう……いた……いた気持ちい……!」

 

「んぐっ……んぐっ……!」

 

 挿入するたびに淫らに揺れるダクネスのおっぱいは俺の性的欲求を増幅させる。淡い桜色の乳首は見ていて食べたいと思うほどだ。だから、俺はダクネスの乳首に噛みつく。コリコリとした食感で、痺れに似た快感が脳内に巻き起こる。恍惚とした表情を浮かべるダクネスの前で、俺はそこ噛み、チュウチュウと吸った。勿論、その間も腰を絶えず振りまくる。ダクネスの膣がグネグネと動き、俺のペニスに合うように形を変える様子が実感できた。

 

「んぐっ……おうっ……そろそろ出そうだダクネス! どこにかけられたい!?」

 

「そんないきなり……! かけるのは勿体ないし、そのまま膣内で出していいのだぞ! んぁっ……!」

 

「ふざけんな痴女ネス! いきなり妊娠なんかさせるか! お前しばらく俺の奴隷なんだよ! ああ、出る! くっ……ぐっ……!」

 

「そうだ! 私はお前の奴隷だ! だから、私でたっぷり射精してくれ!」

 

「ああっ……ううっ……う゛っ!」

 

「ひゃうんっ……あああっ! カズマ、私で射精してくれたんだな……!」

 

 勢いよくペニスを引き抜き、ダクネスの顔に盛大に射精する。ビュルビュルという音とともに吐き出された精液が、ダクネスの顔を白濁に染めてゆく。実に芸術的に顔射をする事ができた。ダクネスは惚けた表情で、顔についたプルプルの精液に指を這わせ、口元へ運ぶ。ダクネスの赤い舌が、口の周りの精液をペロリと舐めとった。

 

「ふふっ、カズマ、いっぱい出たな……んぅ……」

 

「お前、精液舐めるのに抵抗ないのな。さすがエロ担当!」

 

「バカ言え! 好きな男の精液だからこそ、舐めれるんだ! んむっ……!」

 

「そ、そうか……」

 

 なんだか、今更になって凄い罪悪感を覚え始めた。ゆんゆん、ダクネス両方に申し訳なく感じる。でも、最上級の美女相手に性欲をぶつけられるのは最高で……!

 

「カズマ、汚れてるだろ? あむっ……むぐっ……んぅ……」

 

「おう……実にいいぞ、ダクネス!」

 

まぁ、気持ちいいからいっか! そうやって自分を納得させながら、俺はダクネスのお掃除フェラを、腕を組みながら堪能する。なんだか、男としてやりきった気分だ。

 

 そんな時、俺は部屋に違和感を覚えた。何やら、どこかから視線を感じるのだ。俺は、キョロキョロと部屋を見回すと、特に異常は……いや、壁から小さく光が漏れているのを見つけた。この部屋の明かりは、ベッドサイドのスタンドライトのみであり、非常に薄暗い。だからこそ、俺はその光に気付いたのだ。

 ダクネスの頭を一撫でし、口内からペニスを引き抜く。そして、唾液で濡れたペニスをダクネスの頬に擦りつけた後、俺はその光の漏れる壁の一部分、壁にいつのまにか開いていた小さな、本当に小さな穴に足を向ける。

 すると、穴から漏れていた光がふっと消えた。そういえば、月は綺麗に輝いている。隣の部屋の月光がこちらに漏れたのだろうか。そう考えながら、俺はなんとなしに穴を除きこんだ。

 

 

 

 

穴の向こう側は、血のような赤い輝きに包まれていた。

 

 

 

 

「っ……!? 隣の部屋は空き室のはずだよな、隣の部屋の壁紙って赤だったか? いやそんなはずは……」

 

「どうしたんだカズマ、壁なんかに張り付いて?」

 

よたよたとした足取りで、ダクネスが近づいてきた。そして、俺がさっきまでのぞき込んでいた穴を見る。

 

「ふむ、隣の部屋まで穴が貫通してるな。後で壁紙でもはっておけ」

 

「いや、お前、穴の向こうを見て何も思わないのか?」

 

「ん? 隣の部屋が見えるだけじゃないか」

 

「そんなはずは……って本当だ……」

 

 俺は再度、穴をのぞきこんだ。そこには、客室として空けてある、隣の部屋の光景が広がっていた。月明かりを受けて、ぼんやりとベッドやタンスなどの調度品が見てとれる。勿論、壁紙は赤ではなない。さっきの赤一色の光景、あれはなんだったのだろうか……

 

「カズマ、お前も疲れてるのでは……あうっ!」

 

「こらっ! お前も無理すんな!」

 

 

倒れ込むダクネスを抱き留め、お姫様抱っこで持つ。

 

 

「ララティーナお嬢様、このまま部屋まで送りますよ」

 

「そうか……ふふっ、たのんだぞカズマ」

 

 まぁ、さっきのは何かの錯覚だろう。そう考えながら、満面の笑みを浮かべて俺に腕を回すお嬢様を、自室へと送り届けた。

 

 

 

 

 そして、翌日から俺は再び肉欲に満ちた日々を送った。昼間はゆんゆんを抱き、屋敷ではダクネスを犯しまくる。毎日、金玉がカラになるまで出しまくった。そんな生活を続けていたのだが、なんだか屋敷を取り巻く違和感に気付いた。

 

 最近、やたらと俺の私物、特に下着がピカピカなのだ。言い方を変えれば、何故か新品にすり替わっている。誰かが、俺の下着を盗み、それを新品に変えたのは明白だ。そして、盗んだ奴にバカがいたのだろう。見覚えのないトランクスまで、俺の衣装棚に混ざっている。こんなの、すぐバレるぞ。

 俺の下着を盗むような酔狂な奴は、この屋敷内にしかいない。おそらく、変態のダクネスか、最近うちに現れる事が多くなったクリスだろう。エリス様や、ダクネスが、俺の汚い下着を盗んで、ナニをしているか知らないが、実害はないので放っておこう。

 

 

 

また、もう一つの変化なのだが……

 

 

 

「カズマー! 朝だよ、起きて起きてー!」

 

「わぶっ!? 朝から何なんだよお前は!」

 

 何故かアクアが俺を起こすようになった。しかも、時間帯は朝五時頃、最近夜更かしな俺にとっては、非常に迷惑だ。

 しかし、アクアはそんなのお構いなしと、俺から布団を引き剥がす。そして、飛びつくように俺の胸に抱き着いて来た。おまけに鼻をすんすんと鳴らしながら、俺の匂いを嗅いでいく。

 

「臭い! 臭い臭い臭い臭い臭い臭い! カズマったら、本当に臭いわ! 今日もヒドイ臭いよ!」

 

「そう言いながら、お前は、なんでキツク抱きしめてくるんだよ! というか、変なとこ嗅ぐな! 犬かお前は!」

 

「ちっがうわよヒキニート! これはね、邪悪な臭いを発するカズマさんを女神である私が、浄化する立派な行為なの! いいから、黙ってみてなさい! ふみゅっ……!」

 

 そういって、アクアは俺の匂いを嗅ぎながら、体を擦りつけてくる。うざったいのだが、アクアの柔らかい感触に負けて、毎朝やられっぱなしだ。

 

「ああ、もう寝かせろっての!」

 

「きゃっ!? カ、カズマさん、その……!」

 

 俺はしおらしい態度のアクアを抱きしめながら、再び布団をかける。本当にこの時間帯はきついのだ。俺は腕の中でモゾモゾと動くアクアの柔らかさと、良い匂いを堪能しながら、すぐに意識を落とした。そして、俺が八時頃に覚醒すると、腕の中の温もりは消えている。あいつは何をしたいのだろうか。そう思いながら、俺は唾液でカピカピになった口元を拭った。

 

 

 

 

 このように、アクアの謎の行動が増えた。そして、屋敷にいる間はやたらと、ひっついてくる。健気な態度なので、怒るに怒れず、好きなようにさせている。

 

 だが、アクアが一番おかしな行動を取るのは、俺が外出から帰ってきた時だ。俺が玄関を開けると、どこからともなく飛んできて、俺の胸に飛び込んでくる。

 

「臭い! カズマさん、とっても臭い!」

 

「毎回それだな! いいからどけ、駄女神!」

 

「やだ! やだやだやだ! 臭い、臭いの! うぐっ……カズマさん臭いの……! ひっぐ……!」

 

「分かった! 分かったから泣くな! 落ち着けアクア!」

 

 俺は、胸の中で泣き出したアクアをあやす。どうも最近、泣き虫だったアクアが、より泣くようになった。いや、情緒不安定になったというべきだろうか。うざったいウソ泣きなら放っておくのだが、本気で涙を流している。泣くアクアというのは庇護欲を誘い、俺の平常心を乱す。

 

「ほら、臭いらしいから、俺は風呂に入る。リビングで大人しくしとけ!」

 

「私が洗ってあげよっか?」

 

「いらねーよ! ほら、どいたどいた!」

 

 さっきまでと打って変わって、満面の笑みを浮かべるアクアを押しのける。なんだかんだで、こいつのワガママを許してしまう自分が、少し情けない。

 そして、押しのけたアクアが、俺の背中へと抱き着いてきた。豊かな双丘が俺の背に当たるのを感じる。そして、首越しに、アクア特有の甘い良い匂いが漂ってくる。まったく、コイツにいったいどんな変化があったのだろうか。

 

 

 

 

すっごく可愛い……

 

 

 

はっ!? 俺は何を考えて……!

 

 

「ねぇねぇ、カズマさんカズマさん」

 

「どうした、アクア?」

 

 

 

 

 

 

 

「私、ずっと一緒にいるからね」

 

 

 

 

 

 

 

何故か、背筋にゾクリとした悪感が走った。

 

 

 

 

 




次回、アクア様のターン
アクア様とダクネスは書いてても癒される……

バニルの見通す未来は、私の中ではゼノブレイド方式です。
確定未来ではなく、行動次第で未来は変えれるという解釈です。

ダクネスにゼノブレのバンカー持たせたら強そう(小並)


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駄女神様のえっちぃイタズラと調子に乗るクズマ

アクア様が一番可愛い


 

 アクアが俺にベッタリくっつくようになって、しばらくたったある日、俺は屋敷の風呂で疲れを癒していた。熱いお湯に肩まで浸かり、ほうっと息を吐く。

今日も、実に充実した日であった。ゆんゆんと日々のクエストをこなし、宿で愛を深める。ゆんゆんの膣開発の方は順調であり、もはや痛みはなくなり、快楽に声をあげるようになった。後は、子宮口……ポルチオを慣れさせれば完成だ。膣イキさせまくってやるのが、非常に楽しみである。

 そして、ダクネスの調教は、完璧に終わってしまった。僅か一週間で、完堕ち&体の開発が終わってしまったのだ。普段のダクネスは、いつもと変わらず、どちらかというと反抗的だ。しかし、ひとたび俺のチンポを見せると、途端に従順になり、顔を上気させながら俺に体を擦りつけてくる。やはり、女騎士はチンポには勝てなかったようだ。アクアとめぐみんの目を盗んでは、ダクネスをトイレやクローゼットに引きずり込んで好き放題やっている。おかげで、今日も玉がすっからかん。気持ちよく安眠できそうだ。

 

 そんな事を考えながら、俺は熱いお湯を堪能する。そして、少しうつらうつらしてきた時、脱衣所から、かすかに物音がするのを聞きとった。脱衣所の方に目を向けると、曇りガラス越しに何か人影が蠢いているのが見えた。

 

「……下着泥棒か」

 

俺はポツリと呟いた。まさか、犯行現場を目撃する事になるとは……

 

 潜伏を発動させ、脱衣所への扉に近づく。さて、下手人は誰であろうか。クリスならその場で犯し、ダクネスなら一晩フェラ奴隷だ。俺の中に、再び性欲が生まれる。よし、お仕置きは過激に行こう。そう決めてから、俺は一気に扉を開け放った!

 

「おいゴルァ! 何コソコソとやって……!」

 

「あっ!?」

 

 俺は言葉が続かなかった。どんなお仕置きをしようかと、若干興奮していた気分が吹き飛ぶ。というか、目の前の光景が予想外すぎて、俺は固まった。

 

 

 

 

 

「何やってんだよ、アクア……」

 

「ちちちちっ、ちがうの! これは違うのカズマ!」

 

 なんと、下着泥棒の正体はアクアであった。汗をダラダラ流しながら、違う違うと体を振って否定しているが、ポケットからチラリと見える俺のトランクスと、右手に握られた俺のシャツが全てを物語っている。

 

「何が違うんだ? まさか、アクアがこんな事をするなんてな……」

 

「違うのカズマ! これは、クッサイあんたの下着を、私が特別に浄化してあげようとしただけだから、決して、カズマの下着の匂いを嗅いだりするために盗んだんじゃないから!」

 

「アクア、お前……」

 

「なによ! ほ、本当なんだからね! ねぇ信じて、信じてよカズマさん!」

 

 俺の腰に縋りついて来るアクアを見て、何やらどっと疲れが押し寄せてきた。そうか、アクアが犯人なのか……

 

「分かった信じるよアクア。浄化、ありがとうな」

 

「っ……!? 分かればいいのよ、分かれば!」

 

「アクアは偉いな」

 

「その、嬉しいけど、優しい目をしながら頭撫でないでよ! あ、あんまり今の私を見ないで欲しいんですけど……!」

 

 真っ赤になって俯くアクアをしばらく撫でた後、俺は脱衣所を後にした。そして、倒れ込むようにベッドへ飛び込む。今日はもう疲れた。はやく寝よう。俺は目蓋を閉じ、無理矢理自分を寝かしつけた。

 

 

 

 

 

 だからであろうか、俺は深夜にふと目を覚ましてしまった。しかし、何故か体が重い。これが金縛りかと、若干恐怖しながら薄目を開けると……

 

「んへへ……カズマ寝てるわよね?」

 

 俺の腹の上にアクアが跨っていた。意味が分からない。まさか、あのアクアが夜這いにでも来たのであろうか。俺は、何故か今のアクアに声をかけようという気が起きなかった。このまま寝たふりを続行する事にする。

 

「ん……暖かい……それに、今日は臭くないわ」

 

 そんな事を言いながら、アクアは仰向けの俺に抱き着き、胸板に顔を擦りつけてくる。そして、時節、スンスンと鼻を吸う音が聞こえた。

 

「カズマさんカズマさん……」

 

 アクアは俺のシャツをゆっくりとめくっていく。俺の上半身は、ほぼ裸になった。そこに再び顔を擦りつけてきた。俺はされるがままだ。というか、本当にどういう状況だ、これ……

 

「ん……れろっ……あむっ……」

 

「っ……!」

 

「あ、起きないで、起きないでねカズマ……んじゅ……」

 

 胸と腹に、熱く湿った物が這いまわる。それによって濡れた俺の肌に、熱いアクアの吐息がかかり、冷えていくのを感じる。薄目で確認すると、アクアが俺の上半身を、上気した顔で舐めていた。

 

「じゅるっ……カズマ、おいしいよ……」

 

 それからしばらく、ピチャリピチャリとした水音が、鳴り続けた。俺は、くすぐったさと、謎の罪悪感に声をあげそうになるが、必死に耐えた。なんだか、起きている事がバレたら、まずい気がしたのだ。

 そうこうしているうちに、アクアの舌が、胸板と首筋を舐め上げる。そして、とうとう俺の唇に到達した。アクアは、俺の唇をペロペロ舐めた後、自らも唇を押し付けてきた。ぷにぷにと柔らかい唇の感触に、俺は痺れるような快感を得る。

 ついばむようなキスを続けたアクアは、今度は無理矢理、俺の唇を舌でこじあけ、口内に侵入する。歯茎や歯に、アクアの舌が這う。俺はその感触の気持ち良さに自然と口を開けてしまった。そして、そんなチャンスは逃さないようにと、開いた口にアクアの舌がねじ込まれ、俺の舌を絡めとる。

 

「んぅ……じゅるっ……んじゅっ……ん……」

 

 アクアは必死に舌を吸いあげ、俺の唾液を啜るように飲み込んでいく。その姿は、なんだかとても駄女神とは思えないくらい可愛いもので……

 

 

はっ!? 俺は一体何を考えて!?

 

 

「んへへ、カズマも私の飲んでね……んぁ……」

 

 俺の口内に、熱い粘液が流れ落ちてきた。この駄女神、俺に唾液を飲ませようってのか!? ああっくそ! さすがにこういう状況じゃ、飲む気がしない!

 

「ねっ……飲んで、飲んで……!」

 

 喉元をサスサスと撫でられる。自然と、喉が動いてしまい、俺はアクアの唾液を飲み込んでしまった。うぇ、強制的に飲まされると気分的にまずく…………うまっ!? 唾液が美味いってどういう事なの!?

 

「ん、カズマ、ありがとうね……」

 

 俺の頭に、アクアの手が乗せられ撫でられる。何故だろう、物凄いリラックス効果で、俺の疲れが吹き飛んでいく。アクアはしばらく撫でた後、ずりずりと俺の上で後退した。跨る場所が、腹の上から、膝の上へと移行する。

 

「カズマ、私が浄化してあげるわ。感謝しなさいよねっ!」

 

 そう言いながら、アクアは俺のズボンとパンツをずらした。おい待て、ちょっと待て! さすがにこれはマズイ! っていうか、マジかよ!? アクアが俺の……!

 

「わっ!? 勃起してる!? さっきの気持ち良かったのかしら……ふふっ、やっぱりカズマは変態ね! んぅ……!」

 

「うっ……」

 

「カズマ、気持ちいい? 気持ちいい? でも、起きちゃダメなんだから……」

 

 薄目で確認すると、アクアが蕩けた表情で俺のペニスに舌を這わせていた。ああ、マズイ! あの傲慢で、うざったいアクアが健気に俺のペニスを舐めるなんて……

 

 

 

滅茶苦茶興奮してきた!

 

 

 

「あ、カズマ、また大きくなったよ? 私の気持ちいいのかな……んじゅっ……」

 

 アクアが、俺の亀頭を口に含み、ちゅうちゅうと吸う。そして、余った手で、俺の竿をしごきまくる。くっ……アクアのくせに、中々さまになってるじゃないか!

 

「んっ……んむっ……ちゅるっ……!」

 

 それからアクアのフェラが続く。頑なに亀頭を吸い続けるアクアに、俺のペニスは限界を迎えようとしていた。気持ちいい、滅茶苦茶気持ちいい。でも、ヤラれ続けるのは性に合わない。バレずに反撃できる方法はないのか!?

快楽に耐えながら、反撃方法を探る。そういえば、アクアは俺の膝の上に跨っている。ならば、これだ!

 

「んぅ!? カズマ、起きてるの? あぅ!? いや、身じろぎしただけよね……」

 

 

俺は、僅かに膝を上げ、アクアの恥部を刺激する。一瞬、ビクリとアクアの腰が浮いた。

 

 

「カズマ、だめ、だめなんだから……んっ……あっ……!」

 

 アクアは俺の膝、太もも部分に秘所を擦りつける。随分と快楽に素直な女神だ。そのまま、ゆさゆさと俺の上で腰を動かす。下着が湿り、熱くなった秘所が俺に擦り付けられる。

 

 

俺は、アクアの動きに合わせるように、膝を少し震わせる。

 

 

「あっ……くっ……だめだめ! あう!? イク……! んんっ!? あ……ああっ……あふぅ気持ちいいよ……カズマも気持ちよくなろ……じゅるっ……!」

 

 アクアはビクビクと腰を震わせる。下着から感じる湿りけが増えた。恐らく、イッタのだろう。そして、アクアは俺へのフェラを再開した。ああ、俺も、もう限界なんだ。そんなに亀頭を吸われたら、出る……出る……!

 

「んぅ!? ん……んんん……じゅるっ……!」

 

 出した、射精した……アクアの口内で射精してしまった。俺が快感の余韻と罪悪感に浸るなか、アクアは亀頭を吸い、最後まで精液を搾り取る。そして、ゴキュリという喉の音が響いた。

 

「ん……ん……! んぁ……カズマ、いっぱい出したわね……」

 

 アクアが、俺の性器をハンカチのようなもので拭いた後、パンツとズボンの位置を元に戻す。アクアは膝から立ち上がると、俺の顔の方へ移動し耳元に顔を寄せてきた。そして、ぶつぶつと呟きだした。

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ、私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね私とずっと一緒にいようね」

 

 

 

いいいいいっ!? 怖ええええよ! いつぞやと同じように洗脳する気かこいつは!?

 

 

 それから耳障りなアクアの呟きが続く。いい加減、起きてブッ叩いてやろうかと思い始めた時、アクアの呪詛のような呟きが止まった。そして、新たに耳元で、一言呟く。

 

 

 

 

 

 

「カズマ、好きだよ」

 

 

 

 

 

 

「起きてる時に言えたらいいんだけどね。でも、今更言っても遅いよね……お休みなさい、カズマ」

 

 アクアが、そんな言葉を残して俺の部屋から出ていった。残された俺は悶々とするしかない。あの駄女神が、俺の事を好きだって?

 そう考えたら、最近のアクアの行動の理由も納得が行くが、あのアクアまでこれとは……

 

もう、俺にどうしろって言うんだ。というか、あいつ、マジで俺の事好きなのか!?

 

「ああああああああっ! ゆんゆん、俺は一体どうすればああああああ!」

 

 ベッドの上でゴロゴロ転がりながら、俺は唸る。アクアとは、一番付き合いが長い。なんだかんだで、今までアイツと一緒に過ごしてきたが、もし俺が結婚したら、あいつはどうするのだろうか。天界に帰るのか、このまま現世で、過ごすのか分からない。アクア含めて、このパーティの今後が心配になってきた。

 

「まぁ、金はあるし最悪な事にはならないか……」

 

 あいつらも、金持ちだ。金で身を崩す事がないだろう。しかし、あいつら、特にアクアは結構俺に依存している事は理解している。下手に扱うと、深く傷つけてしまう事になる。あいつのマジ泣きは、俺の精神衛生上よろしくない。解決方法として、様々な方法が思い浮かぶが、ほとんどはかなりアレだったり、鬼畜な内容で、おまけにゆんゆんの協力なしでは解決できそうにない。とりあえず問題は先送りにする事にした。

 

「はっはっは! しーらねー!」

 

 俺は思考を放棄する事にした。アレな方法以外は、時間で解決してくれる事を祈ろう。そして、俺は思った。俺が好きなら、セクハラしてもそんなに怒らないかなと。下卑た笑いを浮かべながら、気持ちよく眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「カズマー! おきてーおきてー!」

 

「んあっ!?」

 

 翌朝、アクアが俺を起こしに来た。布団を引き剥がされ、ゆさゆさと体を揺すられる。今まで、アクア強引に抱き込んで黙らせていたが、今なら分かる。コイツ、最初からそれが目的だったのだろう。それならば、遠慮なく堪能させてもらおう。

 

「んー」

 

「あ、カズマ……!」

 

 俺はアクアをベッドへ引き倒し、抱きしめる。ペット枠と散々バカにしてきたが、見た目と、実際触った時の気持ち良さは最上級だ。それに……いやなんでもない。腕の中でモジモジするアクアを俺はまさぐりまくる。

 

「え、ちょ……やめ、やめなさいよ! 寝ぼけてるのカズマ! ちょっと!?」

 

「朝からうるせぇな……」

 

「あうっ……そんなとこ揉まないでよ……ひゃうっ!?」

 

アクアは拒絶の声を、小さくあげるだけで、殴ったりはしてこない。はいはい、おーけーって事ですね。アクアの柔肌と体温は俺に対して、かなりの癒し効果があり、気持ちが朗らかなものになってくる。もしかして、これがペットセラピーとういうものだろうか。そんなバカな事を考えながら、二度寝をするまで、俺はアクアの体を触りに触った。

 

 

 

 

 

 

「カズマー! おきてー!」

 

そして、再びアクアの声で起きる。時計を見ると、朝9時、朝日が心地いい時間帯だ。

 

「おはよう、アクア……」

 

「おはよー! 朝ごはん、私が作ってあげるから、リビングいこ?」

 

 ニコニコしながら答えるアクアに俺は引きずられるようにリビングへ連れ出された。リビングには、誰もいない。そういえば、ダクネスは今日、朝から実家に行くと言っていたな。めぐみんは、俺が出かける直前の昼頃に起きてくる。少しの間、アクアと二人っきりか……

 

「カズマ、卵は何がいい?」

 

「スクランブルで」

 

「りょーかい!」

 

 俺はソファーに座りながら、料理を始めたアクアをぼんやりと見つめる。そして、気分よく揺れるアクアの体を見ながら、俺は決心した。

 

 

よし、セクハラしよう!

 

 

そう決めて、俺はフライパンに油を広げるアクアに背後から近づく。こちらに気付いたアクアは、首を動かして俺を見た。

 

「どうしたのカズマ? 朝ごはんは私に任せて……ひゃああああああああああっ!?」

 

「おう、マーベラス!」

 

 俺は、アクアを背後から抱きしめ、ついでに豊かな胸を揉みしだいた。こいつの胸も十分巨乳と言える部類だ。アクアの胸の揉み応えは、ゆんゆんとダクネスの中間といった所だろうか。ちなみに、ゆんゆんは柔らかく非常に手触りの良い胸で、ダクネスは、はりがあり、揉み応えが良く、引きちぎりたくなるような絶妙な感触だ。アクアは、その両方の性質を、いい感じにミックスさせている。うむ、よいぞ……よいぞ……!

 

「ちょっと、カズマ! これは一体どういう事なの!? こら、やめな……あうっ! やめ、やめなさいよぉ……!」

 

「揉みたくなったから揉んでるだけだ。嫌なら、抵抗しろよアクア」

 

「嫌に決まってるでしょ……この……んぅ……だめ、だめなんだから……!」

 

アクアは身をよじらせるだけで、俺を蹴飛ばしてきたり、手を止めさせようとはしてこない。それならば遠慮なく堪能させて貰おう。

 

「おいアクア、手が止まってるぞ? 腹減ったから、さっさと作ってくれ」

 

「カズマ、あんた今日どうしたの!? 私にこんなことして、タダで済むと思ってるわけ!?」

 

「嫌なら抵抗しろって言ってるだろ? ほら……!」

 

「ちょっとっ! 私のお尻に変なもの押し付けないでよ! 天罰を下すわよ!」

 

 アクアは口ではそう言うものの、まともな抵抗は一向にしてこない。そして、俺はアクアの尻に、ズボン越しとはいえ、勃起しているものを押し付けた。いつもはエロさより、引っ叩きたい衝動に駆られるアクアの尻は、触れてみると、とんでもない柔らかさだ。

 

「おい、卵と一緒にウインナーを焼け。はやくしないと、俺のウインナーを見るはめになるぞ」

 

「あ、あんた本当に何言ってんの!? いい加減に……あうっ……直接はダメ……ひゃうううっ!」

 

 それから、アクアは必死に朝ごはんを作り出した。といっても、食パンとスクランブルエッグ、ウインナーと簡単なものだ。アクアはそれを数分で作り上げた。俺はといえば、ひたすら胸を揉んで擦り付けただけだ。

 

「カ.カズマ? もう朝ごはんできたから、そろそろ……んぁ……!」

 

「そうだな、じゃあ食おうぜ」

 

「あ、あれ? カズマ……?」

 

 俺はセクハラをやめ、さっさと席についた。アクアはそんな俺を上気した顔で見つめてくる。なんだろう、ものたりないのか、それとも発情したのだろうか、この駄女神は。

 

「いたたきまーす!」

 

「もうっ……いただきます」

 

 静かな食事が続く。アクアはというと、顔を赤くしながらこっちをチラチラ見てくる。ふむ、こういう態度のアクアは嫌いじゃない。というか、可愛い。

 そして、食事が終わり、一息ついた後、俺は再びアクアを抱きしめながらソファーへ転がった。アクアは抵抗せず、されるがままだ。

 

「カズマ、本当になんなの!? もしかして、この私に欲情してるの!?」

 

「まぁ、そうなるな」

 

「ええっ!? あ、うん……そうなんだ……」

 

アクアが急激に大人しくなり、背後から抱きしめていた俺の方へ向き直る。アクアも、俺の背に手を回してきた。

 

「まったく、カズマったら、女神の私に欲情するなんて恐れ多い事なのよ! でも、それでカズマによるセクハラ被害が減るなら、私は身を差し出すわ! しょうがなく、しょうがなくなんだからね!」

 

アクアは顔真っ赤にしながらそんな事言い放った。そして、強く、痛いくらいに俺の事を抱きしめてきた。

 

「へいへい……お、ここがいいのか?」

 

「カ、カズマ!? さすがにセクハラを超えつつ……ひゃうっ!?」

 

「可愛い反応だな、アクア」

 

「あううううっー!」

 

 それから小一時間、俺はアクアを可愛がった。ちなみに、アクアの秘所に手を突っ込んだりはしていない。一瞬触れる程度、それだけだ。ひたすら猫可愛がりする事で俺は彼女との時間を楽しむ。

 そして、クタクタになって蕩けた表情を浮かべるアクアを残し、冒険者装備を着け始めた。俺のことをアクアはしまりのない顔でこちらをじっ見る。

 

「かじゅましゃん……ひょうもいひゅの?」

 

「ああ、夕方くらいに戻る。外出る時は、ちゃんと鍵しめろよ?」

 

「うん……かじゅましゃん、ひょかのふぉんなのにひょい、ふけちゃはめらんふぁらね」

 

「何言ってるか分かんねーよ! とにかく、行ってきまーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクアに小さく手を振って、俺は屋敷を後にする。そして、馴染みのアクセルの街を歩き、待ち合わせ場所になっている喫茶店へたどり着く。ゆんゆんは、もはや俺達の定位置になっている席にいた。

 

「よっす、ゆんゆん!」

 

「あ、カズマさん! 待っていましたよ!」

 

 俺は、朗らかに笑うゆんゆんを見て、自然と笑顔になってしまう。それから、軽食を摘みながら、他愛ものない会話をする。以前と変わらないこの光景だが、今までとは違う関係である事は俺自身、感じ取っていた。もう、都合の良い女とかじゃなく、俺の嫁さんだもんな……

 

「カズマさん、今日、私はこの後クエストへ行けないのですが、いいでしょうか?」

 

「ん、なんか用事でもあるのか?」

 

「はい、ちょっとした用事がありまして……」

 

 何やら、モジモジし始めたゆんゆんを、俺は怪訝な表情で見つめる。ゆんゆんも、結構抜けている所がある。一人で大丈夫だろうか。

 

「なんだ? 暇だし、俺もその用事に付き合ってもいいんだが」

 

「いえ、カズマさんには必要ありませんよ。私、お料理教室に通う事にしたんです」

 

「料理? ゆんゆんって料理できるじゃないか?」

 

「その、カズマさんに少しでも、私のご飯を美味しいって言ってもらいたくて……!」

 

「お、おう、そうか……」

 

 何、小っ恥ずかしい事を言ってくれるんだ、この娘は! いやでも、凄く嬉しい。料理が美味い嫁さんを歓迎しない夫なんていない!

 

「それに、将来、子供に“お父さんのご飯の方が美味しい”って言われるの悔しいでしょ? だから、ちょっと本格的にやってみようと思うんです!」

 

「そ、そこまで考えてか……なら存分にやってくれ! 俺も一応スキル持ちだからな。何か聞きたい事や教わりたい事があったら、遠慮なく言えよ?」

 

「はい、私のお料理、楽しみにしてくださいね!」

 

「おうよ」

 

 それから、俺は料理教室へ向かうゆんゆんを見送った。もう、将来を見据えて行動するゆんゆんに俺は少し気圧された感じがした。しかし、やっと20歳になるっていう自分が、結婚、しかも子作りか。なんだか不思議な気分だ。でも、不安は……いろいろあるけど、むしろ、ワクワクの方が大きいくらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、それじゃ帰りますかー」

 

 一人寂しく呟いて、俺は屋敷へと帰る事にした。ゆんゆんがいなければ、特に何かやる気も起きないしな。そして、俺はいつもより早く屋敷へと帰りついた。ただいまの挨拶をしても、反応は帰ってこない。アクアやめぐみんも外出したのだろう。

 屋敷に入った俺は、装備を外すために自室へと赴く。そして、装備を外そうとした所で、違和感に気付いた。俺のベッドに、ぽっこりとした膨らみができている。明らかに、布団の中に誰かいる。そういえば、以前クリスがこんなことしていたな。よし、もしクリスだったら、また犯しまくってやろう。そう決めて、俺は一気に布団をめくった。

 

「おいっ! 何やって……!」

 

「んみゅ……」

 

「マジかよ」

 

 何というか、呆れた。頭の隅っこで考えていた事が当たったのだ。俺は、ベッドでうつ伏せになり、気持ちよさそうに眠る美少女……アクアを軽く小突く。最近俺にベッタリなアクアなら、こんな事をしそうだとも思っていたのだ。ただ、ベッドに寝るだけなら、俺も別に構わない。

 しかし、今回は別だ。眠るアクアの周りには、俺の衣服や下着が散らかっている。何やってんだコイツ……

 しかも、昨日浄化すると言って持ってったシャツを口に含み、股には俺のパンツを挟んでいる。勿論、シャツはよだれでベトベトだし、俺のパンツも湿っている。アクアの奴、多分オナッてる最中に寝落ちしたんだな。俺の事を思って、シてくれるのは嬉しいが、こうもあからさまにやるとは驚きだ。というか、アクアの奴、オナニーするんだな……

 

「んじゅ……あみゅ……」

 

「アクア……」

 

 俺は、唾をゴクリと飲む。アクアに欲情しているのを感じ取る。そういえば、今日はゆんゆんとイチャラブして、スッキリしてない。それが原因だ。仕方ない、仕方ない事なんだ。そう考えてから、アクアが口に含んでいるシャツを抜き取った。うわ、涎が糸引いてやがる。

 

「おーいアクア、アクアさーん?」

 

「んぁ……んへへ……」

 

 小声でアクアの名前を呼び、軽く揺するが、反応はない。バカみたいに口を開け、気持ちよさそうにしている。どうやら、完全に寝入っているようだ。

 

それならば、少しばかり俺の性欲解消に付き合ってもらおう!

 

 そう決めた後、一気にズボンを引き下ろした。そして、俺もベッドの上に乗り、勃起させたペニスをアクアの口元へ持っていき……!

 

「うぐっ! 体勢がきついなこれ!」

 

上手く、気持ちよさそうな口内へ突っ込む事ができない。現在、アクアはうつ伏せになっており、顔は横に向いている。フェラをさせるには、若干キツイ体勢なのだ。俺はアクアが起きないように、そっと顎に手をあて、くいっと顔を動かす。アクアの顔が少し上向きになる。よし、これでいれられそうだ。

 

「ん……」

 

「チッ……!」

 

 アクアが口を閉じてしまった。これでは、いれにくい。俺は再びアクアの顎に手をつき、下に押して口を開かせる。そして、上の歯と下の歯が離れ、僅かに舌が見えたところで、俺はペニスを口内にねじこんだ。

 

「んぐっ……」

 

「おおう……なかなかいいなコレ……」

 

 俺は少し感動を覚えた。ゆんゆんや、ダクネスにさせるフェラとは、性質が違うフェラだ。それを確認するように、俺はゆっくりと腰を動かす。

 

「ん……んぼっ……」

 

「いい、いいぞアクア、滅茶苦茶気持ちいいぞ!」

 

 それからは、夢中になって腰を動かした。もちろん、起きないようにゆっくりとだ。この寝フェラは、ペニスが噛まれているような感じだ。上下の歯に若干強く竿が擦られるのは、痛気持ちいい。そして、規則的に吐かれる熱い吐息が亀頭にかかるのと、時節、動く舌の感触も非常によろしい。

 

「んぶっ……んごっ……」

 

「はあっ……はあっ……!」

 

 部屋には、僅かな水音と、俺の荒い息遣いが響く。無抵抗で眠るアクアの口を犯している。そう考えただけで、俺は極度の興奮状態に陥った。俺はそのまま腰を動かし続け、そろそろ限界が来るのを感じた。このまま口内で出すか、それとも顔にぶっかけるか、もしくは万全を期して、ティッシュに出すか……!」

 

「くっ……出る……出るぞアクア……!」

 

「ん……んぶっ……」

 

「ああっ……! そらっ……う゛っ!」

 

「んぶぶっ……」

 

 俺はアクアの口内にそのままドクドクと射精してしまった。そして、ペニスを引き抜くと、口から、精液と唾液が滴り落ちる。好き放題したせいで、唾液が泡立ち、まるで口から泡を吹いているようになってしまった。俺は満足気に頷いてから、アクアの呼吸を確認する。先ほどと変わらず、規則的な呼吸をしている。まだ寝ているようだ。

 

「よし、それじゃあ悪戯続行だ!」

 

「ん……」

 

 アクアの下半身の方へ移動し、足を少し開かせる。今日は淡い水色の綿パンツを履いていた。相変わらず、ガキみたいなのを履いているようだ。俺は、ゆっくりとアクアのパンツを引き下ろす。形が良く、綺麗な尻と、穢れを知らない性器が現れる。ただ、性器からは脱がしたパンツへ向けて愛液が糸を引いている。女神のくせに、自慰なんかしやがって!

 俺は、念のために作業机から小瓶を何本か取り出し、ベッドの傍におく。それから、愛液で濡れ、充血した秘所に指を這わせる。そして、膣口にゆっくりと中指を侵入させた。僅かな抵抗部を抜け、ずっぽりと根本まで入れる。アクアの膣は、俺の指をきゅうきゅうと締め付けた。うん、すっげー挿入したい。だが、我慢、我慢だ。

 それから、俺はアクアの膣を指の腹で確かめるように、撫でていく。アクアは、無意識に微かな嬌声を上げ、体がピクピクと反応する。

 

「ん……!」

 

「ふむ、ここか」

 

「んぁ……あう……!」

 

アクアが一段と高い声を上げる。どうやら、この付近にGスポ……弱点があるみたいだ。俺はその手前側の弱点を優しく押すように擦り、指を出し入れする。奥は、今日は勘弁してやろう。そして、しばらくの間、アクアの嬌声とクチュクチュした水音が響く。指を挿入するたびに、アクアの秘所からは、じゅるじゅると愛液が流れ出る。さすがは水の女神、愛液の分泌量も多いな!

 

「ん……ん……あううっ……!」

 

「おっと、潮を噴いたか。もったいない、もったいない……」

 

 俺は素早く近くに準備しておいた小瓶で、潮……アクア聖水をくみ取っていく。ふむ、潮の量が多いな。用意していた瓶じゃ、足りそうにない。

 

「んぐ……んぐ……!」

 

「ひゃうっ!?」

 

 すぐさまアクアの秘所に吸い付き、俺はアクア聖水を飲みほしていく。アクア聖水は、エリス様のものより甘みが強く、ほんの少し塩味があり、のど越しさわやかで非常に美味しい。というか、これ、日本で良く飲んだ事があるような味で……!?

 

「アクア……エリス……」

 

 何か気づいちゃいけないものに、気付いてしまった。いや、ただの偶然だろう。エリス聖水は、どちらかというと、桃の天○水って感じだったし。

 俺は気を取り直して、手淫を再開する。噴き出る聖水はできるだけ口に含み、アクアの弱点を刺激していく。そして、再開してから数分で、アクアはビクビクと体を痙攣させ、膣の中の指をきゅうきゅうと、更に締め付けてきた。

 

「ん……んっ……!」

 

「イッたか……」

 

 俺は指を抜き取り、それを舐める。ああ、やっぱりアクアも女神なんだな。俺の体の疲れやらなにやらが吹き飛ぶ。そして、復活をはたしたペニスを、尻たぶに挟み込み、アクアの上に倒れ込むように圧し掛かる。

 

よし、うつ伏せ素股をしよう!

 

 そう決めて、腰を動かそうとした所で異変に気付いた。アクアの口回りが非常に綺麗なのだ。垂れ流してシーツに付着していた精液も、綺麗さっぱりなくなっている。それに、呼吸が若干不規則だ。なるほど、これは……

 

俺は、アクアの耳元で囁いた。

 

「アクアは綺麗だな」

 

「っ……!」

 

「アクアは世界一美しい女神だ……」

 

「あうっ……!」

 

「綺麗だけじゃなく、可愛いぞ、アクア」

 

「ひゃうっ!?」

 

 あ、起きてるなコイツ。多分、指でイかせてる時に起きたのだろう。やはり、自然睡眠だと厳しかったか……

 

「アクア、起きてるんだろ?」

 

「…………」

 

「アクアー?」

 

「……すかー…………」

 

 わざとらしい寝息を立て始めたアクアを俺は薄笑いで見つめる。なるほど、自分は寝ているという事をアピールしてるんだな。なら、遠慮なくやらせてもらおう!

 

「寝てるか! なら大丈夫だな、そらっ!」

 

「あうっ……!」

 

 それからは、ガンガンとアクアの尻に擦りつける。ふむ、アクアの尻は非常に心地いい。さすが女神、尻の肌への吸い付き具合は一番だ。これからセクハラする時は、ダクネスと同じく尻を触りまくってやろう。

 

「おほっ……! アクア気持ちいいぞ!」

 

「っ……!」

 

「このまま挿入しちゃおっかな~」

 

「いっ……ひゃん……!」

 

 アクアは可愛い声を上げるが、決して目を開けようとしない。というか、自分で目を強く瞑っている事が、はたから見ればまる分かりだ。

 

「うっし! このままお前の尻にぶっかけてやるからな!」

 

「ん……くっ……!」

 

「おー出る出る……う゛っ!」

 

「っ……!」

 

俺はビュルビュルとアクアの尻にぶっかけた。桃色の綺麗な尻を俺の精液が穢す。そして、アクアの綿パンツを精液が付着したままの尻に戻す。おそらく、パンツの中は精液と愛液でぐっちゃぐちゃだ。

 

「アクアー起きてるかー?」

 

「…………」

 

「そうか、寝てるか」

 

アクアは寝たふりを押し通すようだ。俺はアクアの耳元に再び顔を寄せ、囁いた。

 

 

 

「アクア、お前が望むなら、どういう形であれ、一緒にいてやる事はできるぞ」

 

「あう……!」

 

「ま、起きてる時に言えたらいいんだけどな!」

 

「っ……!」

 

 

 

 俺は真っ赤になるアクアを放置して、衣服を着る。実に気持ちいい気分だ。よし、夕食の準備でもしよう!

 

そして、明日からのセクハラ(?)ライフに心を躍らせつつ、部屋の扉を開け……

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ……?」

 

「おわぁ!? 驚かすなよめぐみん!」

 

「ああ、カズマはやっぱり……」

 

 俺の部屋の扉の前に、めぐみんが立っていた。ちょっと疚しい事をしていたので、俺は若干、気圧される。だが、部屋の中にアクアがまだいる。これはマズイ!

 

「ていうか、なんだよこれ!? 床が血だらけじゃねーか!」

 

「ああ、屋敷に野良ネロイドが侵入していたので叩き潰しただけです」

 

「ネロイドの血って赤なのか……?」

 

 割とスプラッタな光景から目を背ける。しかし、めぐみんにここを掃除させたら、アクアのアレに気付く可能性がある。さっさとめぐみんを引かせるとしよう。

 

「よっし、めぐみん! 一緒に夕飯作るぞー!」

 

「ん……カズマ……」

 

 俺の方へと歩み寄ってくるめぐみんを抱え上げ、台所まで走った。そして、一緒に夕食を作る。どうやら、なんとか誤魔化す事ができたようだ。その後、俺達は夕食を取った。リビングに降りて来たアクアは非常に大人しく、決して俺に目を合わせようとはしなかった。そして、時折、めぐみんの方をチラチラと見ている。さて、これからどうなるかね……

 

 

 

 

 

 翌日、俺は日課のクエストをこなし、ゆんゆんと愛を深める。そして、今、行為を終わらせ、喉の渇きを潤しながらイチャついていた。

 

「ゆんゆん、将来の事で少し考えてる事があるんだが、聞いてくれるか?」

 

「なんですか? あ、子供の人数の事ですね。私、賑やかな方がいいので、最低でも5人くらいは欲しいです!」

 

「多いな! 俺も頑張るか……って違う! その事じゃないんだ!」

 

「ふふっ、じゃあ何の事ですか?」

 

 ゆんゆんが、膝枕をしながら俺の頭を撫でてくる。俺はそれを心地よく受けながら、話を切り出した。

 

「将来、ペット飼わないか?」

 

「ペット……いいと思いますよ。私も可愛い動物は好きですから!」

 

「そうかそうか、ちなみに、ゆんゆんはペットとして何を飼いたい?」

 

「私は、猫がいいです! でも、子供が出来たら犬も良いと思いますし……! カズマさんは、何が飼いたいんですか?」

 

「俺か? 俺は、エロイ番犬と、駄女神……じゃなくて、とにかく家が賑わうなら、どんなペットでもかまわんぞ」

 

 ゆんゆんが、目をキラキラさせながら、俺を見る。うむ、ちょっと罪悪感がヤバい。でも、普通のペットを飼うのもアリだな……

 

「カズマさん、賑やかで楽しい家庭を作りましょうね!」

 

「お、おう……」

 

 

俺は、ゆんゆんの顔をまともに見る事ができなかった。

 

 

 

 そして、ゆんゆんを家まで送り、屋敷へと帰宅する。ただいまの挨拶に、返事は帰ってこない。皆、外出しているのだろうか。俺は台所へと行き、保冷庫から買い置きしておいたジュースを出し、口に含む。ふむ、この後何しようか……

 そんな事を考えながら、リビングに目を向けると、ソファーの影から顔を半分だけを出して、こっちの様子を伺う人物がいた。

 

「何やってんだアクア?」

 

「っ……!」

 

 そいつの正体……アクアはサッと顔を引っ込める。そして少し時間がたった後、再び、ソファーの影から顔を出し、こちらをじっと見る。

 

「おいアクア」

 

「っ……!」

 

 今度は真っ赤な顔で、顔を引っ込めた。何がしたいんだアイツ。そして、再び顔を出し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「るああああああああああっ!」

 

「きゃあああーっ! カズマさん、こっちこないでええええええええっ!」

 

 俺は、真っ赤になって逃げだすアクアを追いかけ回した。身体能力の高いアクアを追いかけるのは苦労したが、場所は屋敷の中だ。俺はとうとう、アクアを袋小路に追い詰めた。

 

「おいコラ! 昨晩からどうしたんだアクア! オラ、俺の顔見ろ!」

 

「やめ、やめてぇ! 今カズマの顔みたら、私おかしくなっちゃうの!」

 

「なんだよそれは……!」

 

 俺は廊下の隅で、亀のように丸くなるアクアを呆れた視線で見つめる。まったく、いまさらになって、俺に接するのが恥ずかしくなったか。くそっ、可愛いじゃないか……

 アクアを抱き起こすと、彼女は俺の視線から逃れようと、俺の胸板に顔を突っ込んだ。

 

「カズマ、今日も臭いわ……」

 

「そうかい」

 

「私が浄化してあげる……」

 

 それから、アクアは俺に体を擦りつけてきた。俺はそんなアクアの頭を撫でながら、生暖かい目で見守った。

 

 

 

 

 

そしてこの日以降、アクアと二人っきりの時、彼女はとある行動をするようになった。

 

「……すかー…………」

 

「アクア、こんなとこで寝るな!」

 

「ん……!」

 

「おい、足絡ませてくんな! 絶対起きてるだろ!」

 

「……すかー…………」

 

「はぁ……」

 

 俺は、寝たふりをしているアクアの足を開脚させる。どうやら、アクアは俺に寝たふりがバレていないと本気で思っているようだ。そして、理解した。俺にイタズラされるのを期待しているなと。こんな行動を取るアクアを俺はエロイと思う反面、微笑ましく感じる。コイツも、ヘタレで素直じゃない。

 

 

でも、凄く可愛いです……

 

 

「寝てるのか、なら、エッチなイタズラしてやろう!」

 

「んっ…………!」

 

「よし、今日はお前のおっぱいで好き放題してやる……!」

 

「あうっ……!?」

 

 

 

 

はっはっは! アクアの期待には応えてやらんとな!

 

 

 




誤字報告を下さった方、ありがとうございました。ここでお礼を述べさせていただきます。


アクア様はこれで地雷撤去!
なんて事は絶対ありません。より複雑化しました。

ついにアクア様にイタズラしてしまったクズマは、インガオホーの裁きを受けるのか!?

次回から、ダークサイドめぐみんの三部作が始まります!


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カズマカズマ、私は、私達は諦めません

めぐみん視点
時系列は紅魔の里編にいったんもどります。


紅魔の里にて、私は決意しました。

 

 

 

カズマをあの女から取り戻すと。

 

 

 

 その作戦の一環として、カズマの尾行を継続して行っていました。そして、今日は名誉紅魔族になるための最後の署名相手であるぶっころりーの依頼をカズマ達はこなしていました。詳細は分かりませんが、彼らは森の中へ行くようです。私は尾行を諦めざるをえませんでした。紅魔の里の森は高難度のモンスターが多くいます。私一人では危険です。

 私は仕方なく紅魔の里に戻ってきていました。そして、里と森を行き来する街道に待機してじっと身を潜めます。再びカズマ達が里に姿を現した時、彼らは喜びの喝采を上げていました。

 

 

「む、署名集めは完了ですか……」

 

 

 どうやら、署名集めが終わったので、祝杯をあげるようです。カズマとあるえが、何やら妙な雰囲気を漂わせながら、里の中を歩いて行きます。この方向は……おそらくレストランに向かうのでしょうね。そういえば、私もお腹がすいてきました。

 

 くーくー鳴るお腹を手で抑えながら、尾行を続けました。私は無策でカズマに迫り、誘惑するなんて事はしません。妙な所で誠実なカズマは、私の誘惑を耐える可能性があるからです。ですから、私はあの男の弱みを握り、それによる脅迫……“お願い”をしようと思っています。

 カズマとあるえは、予想撮りレストランへと入っていきました。私も、そのレストランへ入り、カズマ達がよく見える席に座ります。そして、観察を開始すると、店員さんがこちらに寄ってきました。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「水で」

 

「え? あのそれだけですか……?」

 

「水で」

 

「あ、はい……」

 

 私は、水を配膳する店員を尻目にポーチから菓子パンを取り出し、それを食べ始めました。

 

「あの、店内で食事をするのなら、ご注文を……」

 

「は?」

 

「あの、その……!」

 

「は?」

 

「ひぃ! もういいです!」

 

 店員の撃退に成功した私は、菓子パンを食しながらカズマ達の会話に聞き耳を立てます。

 

『カズマ君、今から、私のウチ来ない? そこでちょっと頼みたい事があるの……』

 

『喜んで!』

 

 私は、驚いてあるえの姿を確認しました。あのあるえが、顔を真っ赤にし、熱い視線をカズマに送っています。完全に発情した雌の顔じゃないですか。森で見失った時、何をしていたのでしょうか。しかし、あの時はぶっころりーもいましたし……

 

まさか野外乱交? 

 

 いや、あのあるえが、そんな事をするはずがありません。でも、現にあるえは雌の顔です。とりあえず、尾行を続行しましょう。私はこの2週間、カズマを尾行し続けましたが、今のところボロは出していません。性行為もゆんゆんとのみ行っています。いや、それが普通なんですが、カズマは浮気性ですからね。上手くいけば、ここでカズマの弱みを握れるかもしれません。

 しかし、カズマ達があるえの家に入った事で、尾行不可能となってしまいました。あるえの部屋は2階にあり、外から会話を盗み聞くこともできません。私はなすすべもなく、あるえの家の裏手をうろうろしていました。あの二人は、部屋の中で何をやっているのでしょうか……

 

「やぁめぐみん! こんなとこで奇遇だねぇー!」

 

「クリスですか……」

 

 私の前に、最近何かと縁がある女盗賊、クリスが現れました。彼女は、私の方を見てニヤニヤした笑顔を浮かべています。

 

「何かお困りかな?」

 

「分かってて言っているのでしょう? 滅茶苦茶困ってます。家の中に入られて観察が出来ません」

 

「なるほど、確かにそれは大変だね。でも、あたしの超凄いマジックアイテムでそれも解決だよ! じゃーん!」

 

 

 そういうと、クリスは懐から綺麗な水晶玉を取り出しました。見ててぶっ壊したくなるような見事な輝きです。

 

「これは、任意の場所を覗き見れる凄いマジックアイテムだよ! 悪用しほうだいの危険なしろものだけど……使う?」

 

「ばっちこいです! 貸してください!」

 

「じゃあ、一緒に見ようか!」

 

 私達二人は水晶玉を地面に置き、しゃがみこんでそれを観察しました。クリスが、水晶玉を撫でると部屋の中のカズマとあるえの姿が鮮明に映し出されました。

 

「うわ、本当に凄いですねこれ」

 

「そりゃあ神器……ゲフンゲフン……! とにかく、悪用したら逮捕されるほど凄いアイテムだよ」

 

「今、絶賛悪用中ですけどね」

 

 そして、水晶玉からは二人の会話する声も聞こえてきました。二人の会話を聞いて、私達は呆れました。あるえって、とんでもない痴女だったのですね。というか、あるえの表情は、まさに恋する乙女です。この短期間で惚れさせるなんて、カズマも相当なスケコマシですね。

 

「紅魔族はスケベな事しか考えないのかな……」

 

「クリス! これはあるえが特殊なだけ……だと思います。紅魔族に対して、そんな風評被害は勘弁してください」

 

「分かってるって! それより、あるえって子の顔見なよ! もうこの子完全に落ちてるよ!」

 

「そうみたいですね……」

 

 あるえが、カズマに背後から抱き着かれて、恍惚とした表情を浮かべています。そしてカズマが、あるえに手淫を始めました。彼女はそれをだらしなく口を開けながら受け入れています。カズマの指……羨ましい羨ましいっ!

 

「くっ……!」

 

「おっと、ものに当たらないでね。これ、替えがきかないんだから」

 

「わかってますよ、そんな事……」

 

 そして、私達は無言でその光景を眺めました。怒りと憎しみ、羨望が入り混じり、私は頭がおかしくなりそうです。そして、誠に遺憾ながら、下腹部がじんじんと熱くなるのを感じました。

 

「あ、助手君がおちんちん出したよ」

 

「これは、決定的ですね……」

 

 私は準備していた魔導カメラで、その光景を撮影しました。アップで写す事により、水晶玉に浮かび上がる映像とは断定できないように小細工を施します。

 

「ふふっ……これでカズマを……!」

 

「それは無理じゃないかな」

 

「何故です!? これは浮気です! これを見せればカズマとゆんゆんを……!」

 

「落ち着いてめぐみん、これ一つだけじゃ動じないよ彼らは。実は私も、ゆんゆんに助手君の風俗通いの証拠を見せた事があるんだけど、あまり動揺しなかったもん。決定的な証拠を何個も集め、それを一気に見せつけた方が効果あると思うよ」

 

 私は、真剣な表情のクリスに気圧されました。確かにそうかもしれません。これだけだと、しらばっくれたり、開き直るかもしれません。むしろ、この写真をどう撮ったかを問い詰められ、逆に破滅する可能性もあります。だからこそ、大量の浮気の証拠で一気に責め立て、反論する余地を与えなくする。ふむ、名案かもしれません。

 

「めぐみん、今は我慢の時だよ。最終的に勝てばいいんだから」

 

「そうですね。勝つのは私……私なんです……!」

 

 

私は強くカメラを握りしめました。

 

 

 そして、その日の夜もカズマとゆんゆんの情交を、隣の部屋から覗き見ました。私は、必死に自分を“慰め”ながら、怒りを抑え込みます。むしろ、ゆんゆんに哀れみすら感じるようになりました。あなたに向けられる愛は真実の愛ではない。単なるカズマの性処理肉便器です……!

 

 二人が行為を終え、宿から出て行きました。私は外に出てしばらく夜風に当たります。そうしていると、ゆんゆんを家に送り届けたカズマが再び宿の近くに帰ってきました。

 

「こんばんは、カズマ」

 

「お、おう……最近この時間によく会うな」

 

「ふふっ、たまたま、たまたまですよ」

 

「たまたま?」

 

「カズマ、それはもしかしてセクハラのつもりですか?」

 

 呆れる私にカズマがはニヤケた笑顔を浮かべました。なんでしょう、ぶっ飛ばしたくなりました。

 

「紅魔の里の帰省も明日で終わりです。また、アクセルでの生活に戻りますね」

 

「そうだな。まぁ、いつも通りの日常に戻るんだ。いいじゃないか」

 

 そんな事を言うカズマに私は寄りかかりました。私は、カズマの熱い体温をと、ゾクリとした快感を感じ、一方で不快な女の匂いを漂わせる事への嫌悪を抱きました。

 

「カズマ、本当にいつも通りの日常に戻れるんですか?」

 

「い、いきなりなんだよ……でも、いつも通りがずっと続くって事はないだろうな」

 

 カズマが憂いの表情を浮かべました。ダメです、そんな顔はカズマには似合いません。あなたにはいつも笑っていて欲しいんです。

 

「大丈夫ですよカズマ」

 

「何がだ?」

 

「私は変わりませんから」

 

「そうかい……」

 

 こちらをぼんやり見つめるカズマに私は背を向けました。明日からは、また屋敷での生活だ。私達の日常を変える気は……あまりない。

 

 

 

 

「ではカズマ、おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみめぐみん」

 

 

 

 

 

 私は冷たい夜風を受けながら、その場を離れました。例え、他の女と情交を交わした後と知っていても、やはり、カズマとの会話は自分にとって幸せをもたらしてくれるようです。そんな自分が、少し情けない。そして、私が家の近くへ来たとき、見慣れた人物と遭遇しました。

 

「アクア、どうしたんですか? こんなところで……」

 

「あ、めぐみん、あんたも何してんのよ、こんな時間に」

 

 アクアはチラッとこちらを見た後、再び膝を抱えて夜空を見つめはじめました。なんだか、彼女らしくない事をしていますね。

 

「アクア、何かあったのですか? 私が聞きますよ」

 

「めぐみん……ちょっとカズマの事で気になった事があってね」

 

「カズマですか?」

 

「うん……」

 

 言いづらそうにしているアクアの横に、私は座りました。そして、彼女を安心させるように背中を優しく撫でます。アクアは私の方をチラリと見た後、ぽつりと呟きました。

 

「今日ね、カズマからいつもと違う匂いがしたの」

 

「匂いですか?」

 

「うん……」

 

 私は意味が分からず、しばらく沈黙してしまいました。しかし、私も分かってしまいました。何故なら私もさっき、“不快な匂い”を嗅いだのですから。そして、アクアの言ういつもと違う匂いとは……!

 

「アクア」

 

「なによ?」

 

私は、アクアの耳元でそっと囁きました。

 

 

 

「ゆんゆん以外の女の匂いですか?」

 

 

 

「っ……! 知らない知らない知らない知らない知らないっ!」

 

「アクア!」

 

 彼女は、私から逃げるように走り出し、夜闇に消えました。私は、その様子を見て自然と笑いだしてしまいました。そうですね、アクアって随分と“鼻”のいい人でしたからね。もしかしたら……ふふっ……ふふふっ!

 

「安心してくださいアクア。私がいつも通りの日常に戻してあげますから」

 

 

 

そう、私達の日常を変えるわけにはいかない……!

 

 

 

 

 

 そして、私達はアクセルの街へと帰還しました。屋敷ではダクネスが待っており、再会を祝して少し豪華な夕食となりました。夕食を終えた後は、ゆるやかな時間をみんなで過ごしていました。そんな時、ダクネスが何やらそわそわした様子で話しかけてきました。

 

「なぁみんな、久しぶりにクエストに行かないか?」

 

「ん? 俺は構わないぞ。でも、今は冬だから強敵か、カエルくらいしか……」

 

「カズマ、今はもう雪解けの季節です。そろそろ手頃なモンスターが出始めますよ」

 

「そうなのか、じゃあ久しぶりに行くか」

 

「そうしましょう!」

 

「んふふ、久しぶりのモンスター……!」

 

 カズマの声にダクネスと私は勢いよく答えました。私も爆裂魔法をモンスター相手にぶっぱなしたいですしね。

 

「おいアクア、お前はどうする?」

 

「カズマさんが死んじゃうから私もいくわ……ふみゅ……」

 

「いや死なないから! というか、どうしたアクア!? お前、なんだか様子がおかしいぞ!?」

 

「うるさいわね……んぅ……」

 

「おひょっ!?」

 

 いつもは暖炉の前の席を取り合っている二人が、今日は仲良く並んで座っていた。そして、アクアはカズマに体を擦り付けるように抱き着いている。どうやら、アレがきっかけで、アクアも一皮剥けたようですね。

 

「とにかく、明日は早朝からクエストだ! 俺は寝る!」

 

「ん、カズマさん一緒に寝る?」

 

「アホか! こ、こら! 放せアクア!」

 

 ギャーギャーと騒ぐカズマを見ながら、私も就寝の準備を始めました。このパーティでのクエスト……なんだか随分と久しぶりです。そして、自然と心がポカポカしてくるのを感じました。

 

 

 

 翌日、私達はアクセルの街に近い草原に来ていました。あたりにも、他の冒険者の方々の姿がチラホラあります。彼らも、同様のクエストを受けているようですね。

 

「さあ、いくわよカズマ! 大量に倒して飲み放題チケットをゲットするわよ!」

 

「酒なんか金で買えばいいじゃないか」

 

「バカねカズマ、一週間飲み放題なのよ! 支払いなんて気にせず、タダで毎日どんちゃん騒ぎができるの! これはお金じゃ買えないものなのよ! 最高じゃない!」

 

「そうかい……」

 

 意気込むアクアを先頭に私たちは草原を進みます。今日受けたのは「巨大イナゴの大討伐クエスト」である。一匹一匹の討伐報酬は少ないですが、既定の討伐数に到達すると、様々な追加報酬がもらえるというものです。アクアが目指す飲み放題チケットは、1000匹討伐達成の報酬、はっきり言って無理でしょう。単に、冒険者のやる気を促進させるためにあるような報酬です。実際その報酬を得られる冒険者は極わずか、いやいないと言っていいでしょう。

 

「みんな、私に任せろ! 虫にたかられるのは私の役目だ!」

 

「分かったから、俺の指示ちゃんと聞けよ?」

 

「無論だ! そして、めぐみん、とどめはたのんだぞ!」

 

「当然です! 私がこのパーティのメイン火力なんですから!」

 

 私はババーンと決めポーズを作ります。こうするのもなんだか久しぶりですね。そして、私達は会話を楽しみながら、草原と森の境目にたどり着きました。この森の向こうは、イナゴの成体が蠢いています。農作物の被害を減らすためには、この森と草原でイナゴを漸減させる事が必要不可欠なのです。

 

「うっし、じゃあダクネスにモンスター寄せのポーションをかけてやるからな。じっとしてろよ?」

 

「さあこいカズマ!」

 

「ほうら……!」

 

「あ、こら、お前どこにかけて……ん……」

 

 カズマがダクネスの首筋と胸の付近にゆっくりと垂らし始めました。まったく、こんな時にまでセクハラですか。

 

「カズマじれったいです。えいっ!」

 

「わぶっ!? めぐみん、か、顔にはかけないでくれ!」

 

 そんな事をしているうちに森がざわつき始めました。どうやら来たようですね。不快なハネ音やギチギチという鳴き声のようなものが聞こえて来ました。

 

「それじゃあダクネスはそのまま囮! 俺達は下がるぞ!」

 

 カズマの指示で私達は行動を開始しました。ダクネスは大剣を構えて待機し、私達3人は後方へと移動しました。

 そして、定位置についた時、森から黒い巨大イナゴの大群が吹き出し、一斉にダクネスへと殺到しました。うぷっ、ちょっと気持ち悪い光景です。

 

「よし、めぐみんは爆裂、アクアは適当にダクネスにヒールを飛ばせ」

 

「わかりました」

 

「りょーかい!」

 

 私は意識を集中させて詠唱を開始しました。紅魔の里では一日一爆裂ができず、鬱憤が溜まってるんです。今までのイライラを込めて、最大級の爆裂魔法を放ってやりましょう。

 

「チッ、こっちにも何匹かくるな。めぐみんは俺の後ろな」

 

 カズマが刀を抜いて前に出ました。そして、ダクネスにたかる群れからはぐれてこちらに来る巨大イナゴを、次々と切り飛ばしていきます。な、なんだか二か月前より更に強くなってますね……

 

「カ、カズマさーん! 私も守って!」

 

「分かったから抱き着いてくるな! 後ろに下がれ駄女神!」

 

 アクアが適当な理由をつけてカズマに抱き着きました。非常にムカツキますが、今は詠唱優先です。

 

「カズマ、詠唱終わりました。いつでも打てます」

 

「よし! おーいダクネス! さっさと中和ポーションかけて撤退しろー!」

 

 カズマが遠くで虫にたかられて剣をブンブン振り回すダクネスに声をかけました。しかし、彼女は撤退しようとはせず、剣を振り回し続けています。

 

 

 

『うひゃひゃひゃ! わたひはまだがんばれるひょきゃずまー!』

 

 

 

「あのバカ……!」

 

「カズマ、撃っていいですか撃っていいですか!」

 

「アホ! 今のお前は昔と比べて超強化されてるんだ! いくらダクネスでも、木っ端みじんになるかもしれんだろうが!」

 

 

しかし、困りましたね。私も日頃の鬱憤を込めて最大限の魔力を込めたため……!

 

 

「カズマ! はやく撃たないと、ここでボンッってなりますよ!」

 

「マジかよ! おいダクネスさっさと撤退しろ! 指示通り動けバカ!」

 

 

 

『き、騎士に撤退の二文字はない! うりゃああああんっ……んぁっ!?』

 

 

 

「あいつ! めぐみん、バカを回収してくるから、もうちょっと我慢しろよ!」

 

「早くしてください。あと1分です……」

 

「ひょえっ!? くそがああああああっ!」

 

 カズマが刀を構えて巨大イナゴの大群に突撃しました。今のカズマなら、死にはしませんよね多分……っと! ヤバイヤバイ、今、ちょろっと爆裂しそうになりました。集中集中!

 

 

 

『ぬおおおおおっ! ライトニング! ライトニング! ライトニング……スラッシュ!』

 

 

 

 中級魔法の乱打により、巨大イナゴの大群に切れ目ができました。というか、刀に魔法の付与をしています。カズマって、いつのまにか随分と器用な事をするようになったんですね。

 

『中和ポーションを喰らえ!』

 

『わぶっ!? カズマ、まだ撤退は……これから気持ちよく……!』

 

『うるせぇ!』

 

『あっ……』

 

ダクネスがカズマにお姫様抱っこをされながら、離脱しました。まったく、アクアといい、ダクネスといい……羨ましいじゃないですか!

 

『めぐみんやれ!』

 

 カズマの爆裂許可の声が聞こえてきました。では遠慮なくいきましょう。私は今だ密集して黒い団子になっている巨大イナゴに杖を向けました。そして、込めに込めた魔力を一気に解放、放出しました。

 

「我が最強の魔法を受けるがいい! “エクスプロージョンッ!”」

 

 その瞬間、あたりが強烈な光と爆熱に包まれました。私は爆風に吹き飛ばされないよう踏ん張って耐えます。そして、巨大イナゴのいた場所が更なる爆炎に包まれました。巨大イナゴの大群はその場で燃え上がり、塵一つ残さずこの世から消えました。ふふっ、決まりましたね。私はドヤ顔を浮かべながら地面へと崩れ落ちました。

 

「ういーすお疲れ。あれだけ派手にやってクレーター残さないなんて、お前も成長したな」

 

「私は日々進歩するのです……! 少し空中で爆裂させるのがコツですよ。穴ぼこにすると、また街の人に怒られますからね」

 

「そうかい……んでもって、ダクネス! お前は立て!」

 

「な、なんだカズマ?」

 

 ダクネスがカズマに降ろされました。そしてカズマはダクネスのお尻をバシーンと叩きます。

 

「お前が指示を無視したせいで、大変な目にあったじゃないか馬鹿!」

 

「ああっ!? カズマ、お尻を叩くのはやめ……もっとしてくれ!」

 

「オラァ!」

 

「ひゃうううっ!?」

 

 ぐっ……あの二人、私が倒れてる横でイチャつかないでください! というか、ダクネスはさっきからご褒美ばっかじゃないですか。功労者である私を差し置いて、何を……!

 

「カズマさんカズマさん、私が傷を治療してあげるね?」

 

「おう、頼むぜアクア。ダクネスを回収する時、全身を奴らに噛まれて、結構血だらけで……おひょっ!?」

 

「んぁ……じゅるっ……ぺろっ……んはぁ……!」

 

 アクアが、カズマの首筋についた傷に舌を這わせ始めました。アクアも大胆になりましたね。私も負けていられません。

 

「急に何を……って舐められたとこ治ってる!?」

 

「ん……ん……ちゅるっ……!」

 

「こ、こら吸うなアクア!」

 

私はズリズリと這いずって、カズマの足元にたどりつきました。そして、インナーが破れて血が滲み出ている場所に縋り付き、私も舌を這わせました。

 

「カズマ、私も治療してあげます……ん……んぁ……!」

 

 ああ、カズマの血液! 美味しい、美味しいです! カズマの一部が私の血肉へとなる。それが実感できる素晴らしい味です! なんだか、毎日浴びるように飲みたくなるほどの中毒性ですね。

 

「そうだなカズマ、こ、これは民間療法って奴だ。私もやってやろう! うむ……むぐっ……」

 

「ダクネス、お前まで!? みんな、やめ……やめ……やめなくていいです!」

 

 それから、私達は恍惚とした表情を浮かべ、体をヒクつかせるカズマを舌でたっぷりと舐りました。

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさーん! 飲み放題飲み放題っ!」

 

「だーっ! 無理だったから諦めろ! それに報酬金全部お前にやったし、それで酒買えよ!」

 

「いやよーっ! 私は飲み放題が良いの! お金を気にせずタダで浴びる程飲みたいの!」

 

「金で買って浴びる程飲め! ああこらっ!? なんでお前はそういって抱き着いてくるんだ!?」

 

 私はリビングで横になりながら、二人の様子を眺めました。結局、巨大イナゴの討伐数は216匹。追加報酬はお金と200匹達成報酬のお米券でした。やっぱり、一日で1000匹なんて無理ですね……

 

「たく……俺はこれから外出する。めぐみん、体をしっかり休めろよ?」

 

「言われなくても分かってますよカズマ」

 

「なんだカズマ、昼は食べないのか?」

 

「おう、ダクネス。俺は昼食を外で食う事に決めてるんだよ。それじゃあな!」

 

 そう言って、カズマが屋敷から出て行きました。恐らく、またあの女の所でしょうね。尾行したいですが、体が動きません。今日は仕方なく、仕方なく諦めるとしましょう。

 

そんな時、何かをガジガジ齧る音が聞こえました。

 

「…………」

 

「おいアクア、爪を齧るなんて意地汚いぞ?」

 

「う、うるさいわねダクネス!」

 

 どうやら、アクアのようです。彼女は、ダクネスにそう言った後、再び無表情で爪を齧りはじめました。なるほど、アクアも気づいているのでしょうね。私は、その不快な音を耳に入れないようにしながら意識を落としました。

 

 

 

 

そして、起きた時には窓から見える景色が夕暮れに変わっていました。むぅ、時間を無駄にしましたね。私はのそのそと起き上がって周囲を確認しました。ダクネスとアクアはダイニングテーブルでボードゲームに興じているようです。

 

「む、起きたかめぐみん。一応昼飯は残してあるぞ?」

 

「もうパッサパサだけどね。はい!」

 

 アクアにサンドイッチを渡された私は、食事を開始しました。確かに、パンの部分が乾燥してパサパサです。でも、これも栄養、栄養……

 

 

『帰ったぞー』

 

 

 そんな時、カズマの声が聞こえてきました。どうやら、あの女との逢瀬を終えてきたようですね。私が不機嫌オーラを出すのと同時に、アクアがそわそわし始めました。

 

「あ゛~疲れた……」

 

 そして、リビングに入って来たカズマの胸にアクアが飛び込みました。どうやら、アクアは抱き着き魔になってしまったようですね。というか、カズマの姿がボロボロです。鎧には多数の傷があり、服は所々破れ、血や汚液が付着しています。何かのクエストでも受けてきたのでしょうか。

 

「カズマー! ん……臭い臭い臭い臭いーっ!」

 

「いきなりなんだよお前、失礼すぎだろ!?」

 

 抱き着くアクアをカズマが引き剥がそうとしています。にしてはカズマもあまり抵抗していませんね。

 

あ、鼻の下伸びてる……

 

 

「カズマ、夕食はどうする? お前が作るか?」

 

「ダクネス、それなんだが……おいアクア」

 

「ん……ふみゅ……なに、カズマ?」

 

 

カズマが懐から紙ペラを一枚取り出すと、それをアクアへ手渡しました。

 

 

「あ……これ……」

 

「飲み放題券だ。ゆん……街の連中と同じクエストをやってな。これ持って外で飯食って来い」

 

 

 

「わあああああああっ! カズマさんカズマさんカズマさんっ! ありがとね、ありがとねーっ!」

 

 

 

「たまたま、たまたま同じクエストやっただけだからな!」

 

 アクアは泣きながら更に強く抱き着き、カズマはそれを真っ赤な顔をしながら受け止めました。嫉妬の感情は……浮かんできません。見ていて微笑ましい光景です。

 

「まったく、カズマさんったら、どんだけ私の事が好きなのかしら! ツンデレ、このツンデレ!」

 

「う、うるせーっ!」

 

 取っ組み合いを始めた二人が騒ぐ声がリビングに響きます。カズマは、なんだかんだでアクアに甘いですからね。この事に関してはアクアが羨ましいです。まぁ、カズマは私やダクネスに対しても、結構あまあまですけどね。

 

「ね、カズマ、飲みにいこ?」

 

「そうしたいとこだが、何時間も虫にたかられて精神的にグロッキーなんだ。明日付き合ってやるから、今日は休ませてくれ」

 

「でも……」

 

「アクア、カズマを休ませてやれ。今日は私が付き合ってやろう。カズマとは明日行けばいいさ」

 

ダクネスが少し落ち込むアクアの傍によりました。アクアはコクリと頷くと、カズマに回復魔法を唱えます。

 

「“ハイネスヒール!”カズマ、今日はしっかり休むのよ? 明日は、絶対一緒にきなさいよね!」

 

「へいへい……めぐみんも外で飲んでくるか?」

 

「いえ、私もまだ体がダルイですしね。お二人で楽しんでください」

 

 私は二人に向けて手をふりふり振りました。まぁ、体がダルイというよりは、カズマと二人っきりになるチャンスです。無駄にはしません。

 

「それじゃあ、カズマ、めぐみん、行ってくるわね!」

 

「うーい、楽しんで来い。ダクネス、アクアを頼んだぞ?」

 

「分かってるさ」

 

 そして、アクアとダクネスは勢いよく屋敷を飛び出していきました。残されたのは、私とカズマのみ。久しぶりの二人っきりで……!

 

「じゃあ、俺は風呂入って部屋で休むわ。すまんが、夕食作ってくれ、めぐみん」

 

「ちょっ……まっ……!」

 

「ふぅー、疲れた疲れた」

 

 

 

 

 リビングを出て行ったカズマを私は見送る事しかできませんでした。しかし、ここで終わらせるわけにはいきません。私は急いで料理を作り始めました。そして、一時間ほどで料理を終えると、私はそれをお盆にのせて、カズマの部屋へ突撃しました。部屋に入ると、カズマはガウンを着て、呆けた顔をしながらベッドに寝転がっていました。

 

「ん、めぐみんか?」

 

「ええ、夕食、持ってきましたよ」

 

「おう、わりいな」

 

 私は近くにあった椅子を引き寄せ、そこに座りました。そして、膝の上にお盆を乗せ、寝転がるカズマに向き合いました。

 

「結構美味しく作れたと思いますよ、このポトフ。ほらカズマ、あ~ん」

 

「いきなりなにやってんの、めぐみんさん!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるカズマの口元に、じゃがいもを乗せたスプーンを持っていきます。む、カズマもなかなか強情ですね。

 

「口を開けてください。あ~ん」

 

「いや、お前これは……」

 

「あ~ん」

 

「め、めぐみん?」

 

「あ~ん」

 

「…………」

 

 カズマが観念したように、口を僅かに開けました。私は、そこにスプーンを突き入れます。

 

「美味しいですか?」

 

「ああ、美味いぞ……」

 

「そうですか。じゃあ次はソーセージです。あ~ん」

 

「あ、あ~ん」

 

 真っ赤な表情でカズマが「あ~ん」を受け入れるようになりました。ふふっ、餌付け完了です。私は、あ~んをしばらく続けた後、スプーンとフォークをカズマに手渡しました。

 

「カズマ、私にも食べさせてください」

 

「めぐみん、自分で食えよ……」

 

「カズマ……」

 

「分かった! 分かったから泣きそうな顔すんな! たく……」

 

 カズマがグチグチいいながらも、フォークでソーセージを刺し、こちらに差し出しました。

 

「ほれ、さっさと食え!」

 

「ん……ちゅるっ……あむっ……」

 

「卑猥な舐め方すんなよ! 食べ物で遊ぶのはいくない! おらっ!」

 

「むぐっ!?」

 

 それから、私は口に次々と料理を放り込まれました。まったく、もうちょっと恥ずかしながらやって欲しいものです。そして、お盆の上の料理がなくなりました。完食です。

 

「めぐみん、美味かったよ。ご馳走様」

 

「お粗末様でした。それより、あ~んはどうでした?」

 

「に、二度とやらないからなコレ! 食事に集中できねぇよ!」

 

「カズマのくせに、変な所で恥ずかしがるんですね」

 

 私はそういってから、ベッドに座るカズマの横に寄り添いました。お風呂上りなせいか、いつもの男臭い香りというよりは、シャンプーの匂いがしています。まぁ、私はどんな匂いでもカズマのものなら大好きですが。

 

「め、めぐみんさん? さっきから、どうしたんでせうか?」

 

「久しぶりの二人っきりじゃないですか。ゆっくりお話しでもしましょう」

 

「お、おう。そうだな……」

 

 それから、私達は、この間の二ヶ月間について話し合いました。カズマはできるだけ、ゆんゆんの存在をボカして伝えているようですが、バレバレです。だってさっきから目が泳ぎっぱなしですから。ふむ、ここは一つ、意地悪してやりましょう。

 

「カズマ、一つ聞きたい事があるのですが」

 

「なんだ?」

 

「ゆんゆんは、何故カズマのマントを使っているんですか?」

 

「うぐっ!? あれは、たまたまデザインがかぶって……!」

 

「ゆんゆんが、カズマに貰ったと言っていましたよ」

 

 

私の言葉を聞いてカズマが溜息をはきました。そして、観念したように答えました。

 

 

「あれだ、アイツに欲しいって言われたからだよ。思わずあげちまった……」

 

「そうですか」

 

 なるほど。カズマがマントを変えた時期、あの時、すでにカズマは“落ちて”いたのですね。実に不愉快です。ですが、表情には出しません。それより、私はとある欲求が心の中に浮かぶのを感じました。

 

「カズマカズマ……」

 

「なんだ?」

 

私は彼によりかかり、耳元でそっと囁きました。

 

「私も、カズマのなにかを欲しいです。カズマを身近に感じるものを、私にください」

 

「おおおおっお前!? いきなり何言うんだよ!」

 

「なんでもいいですよ? それこそ、私の子宮に……むぐっ!?」

 

「よーしわかった! 何かやるから、変な事を口ばしるんじゃないぞ!」

 

 カズマが私の口を手で塞いできました。これは、ヘタレたのでしょうか。いや、ゆんゆんに操を立てているのでしょう。でも、あなたは浮気性である事を知っています。いずれは私も……!

 

「つっても、お前にやるものねぇ……」

 

「カズマの濃い精……むがっ!?」

 

「ちょっと黙ろうかめぐみん」

 

 カズマは私の口を塞ぎながら、ベッドの下から革製のアタッシュケースを取り出しました。私も初めて見るものです。今度、カズマがいない時に、部屋の物色をする事にしましょう。まぁ、それは後で考えるとして、今はこのアタッシュケースについてです。

 

「カズマ、これはなんですか?」

 

「あれだよ、俺の大事な物入れだ。言い方を変えれば、俺の宝箱って奴だ」

 

「宝箱……カズマは一体何を保管しているんですか?」

 

「あまり人には見せたくないんだがな。各所でぬす……んだりは、勿論してないし、りゃくだ……つしたもんじゃないぞ。正規の手段で手に入れたものだ。まぁ、特別に見せてやる」

 

 

そして、カズマがそのアタッシュケースを開けました。中には――

 

 

「間違えた!」

 

「待って、待ってくださいカズマ! 閉じないでください! 今変な物が見えましたよ!」

 

「ちょっ!? コラ放せめぐみん! これは別の宝物で……! おいっ……ああああっ!?」

 

 揉み合いの中で、アタッシュケースの口が開き、中身がぶちまけられました。ベッドの上には色とりどりの布……女性用下着と、卑猥なタイトルのえっちぃ本が散らばります。

 

「カズマ……あなたって人は……!」

 

「いや、これは健全な男子にとって必要不可欠なもので、決して疚しいものじゃ……!」

 

 キョドりながら、そんな事を言うカズマに、私は見覚えのある黒い下着を突きつけました。勿論、私……のではありません。

 

「カズマ、これは誰の下着ですか?」

 

「ああ、これは最近手に入れた、あるえ……ある偉い人の下着だ!」

 

「ごまかしきれてないですよカズマ! 誰です! 誰のなんですか!?」

 

「や、やめてぇ! 男の恥ずかしい秘密を探らないでぇ!」

 

 カズマが気色悪い声をあげながら、周囲の下着をかき集め始めました。私は、すかさず新しいターゲット、えっちぃ本を手に取りました。

 

「なになに、『女神とエッチしよ?アクア&エリス編』、なんですかこれ?」

 

「やめてください! タイトル読み上げるのは勘弁してください! ていうか、その本はエリス教に異端認定されて、見つけしだい焚書される貴重な本で……!」

 

 

 

「ああああああああああああああっ!」

 

「のああああああああっ!? 俺の宝物があああああああっ!?」

 

 

 

 私は、えっちぃ本を破り捨て、近くのごみ箱にシュートしました。いりません、あんな本はカズマには必要ありません! まったく、魔女っ子ものだったら許したのに、よりによって実在する女神のえっちぃ本なんて、最低です!

 

「あれですか、カズマは私に他人の下着や、えっちぃ本を渡すつもりなんですか?」

 

「だから間違えたって言ったろ! くそっ……俺の女神本が……!」

 

 カズマが涙を流しながら、もう一つのアタッシュケースをベッドの下から取り出しました。少し悪い事をした気分ですが、仕方のない事です。むしろ、禁書を破壊した私を褒めて欲しいくらいです。

 

「ほら、この中から適当に持ってけよ!」

 

「む、金ぴかですね……」

 

 新たなアタッシュケースの中には、様々な装飾品や、宝石、古代の金貨らしきものが詰まっていました。でも、これはカズマが口を滑らせたとこによると、盗品と略奪品。そんなの、貰ってもあまり嬉しくありません。

 

「カズマ、私、こんなの貰っても嬉しくないです。もっと、カズマを感じられる奴がいいです」

 

「注文多いな! とは言っても、俺を感じるものって……なんか卑猥だな」

 

「やはり、ここは私の子宮にカズマの濃い精……むぐっ!?」

 

「ちょっと黙れ痴女みん!」

 

 どうやら、カズマは私とヤるのに乗り気ではないようですね。やはり、私がゆんゆんと親友である事が、影響しているのでしょうか。

 

「それじゃあ、もう新しく何かを買ってやるよ」

 

「新しくですか?」

 

「そうそう。ただ、アクアとダクネスが文句言うだろうから、アイツらにも……」

 

 

 

 

「カズマ、私、アレでいいです」

 

「ん……? あんなのが欲しいのか?」

 

 

 

 

 私が指さした先はには、一振りの剣が置いてありました。それは、カズマがちゅんちゅん丸を愛用する前に使っていたショートソードです。カズマは立て掛けられていた剣を、こちらに手渡しました。

 

「俺のお古なんだが、いいのか?」

 

「はい、今考えたら、これほどカズマを感じられるものは他にありません」

 

「そ、そうか……」

 

 私は手渡された剣を、鞘から少し出して確認しました。錆一つありません。手入れはしていたようですね。私はこの剣を見て、思わず顔がニヤけてしまいました。そう、これはカズマが力強く握り、モンスターと戦い抜いた剣です。あの女が持っているマントと、同じくらいカズマを感じられるものです。

 

「お前、アークウィザードなのに剣なんか使うのか?」

 

「ええ、護身用にピッタリです。というか、私のステータスならばこの街の前衛職より、はるかに戦えると思いますよ」

 

「うーむ、確かにそうかもな」

 

「はっきりいって、ダクネスより強い自信があります」

 

「それを本人の前で言うなよ!?」

 

 私はカズマの剣を、腰にくくりつけました。ふむ、なんだかしっくりきます。それに、剣を持つとなんだか強くなったような錯覚と、カズマと共にあるという感覚を得る事ができました。

 

「ではカズマ、これは私が貰い受けますね」

 

「へいへい、やるよ。という事で、これ片付けていい?」

 

「……許可します」

 

私の言葉を聞いて、カズマがアッタシュケースに散らばっている下着や、えっちぃ本を詰め始めました。さすがに、カズマの大切(?)な物を全て破壊するわけにはいきませんしね。

 

「カズマ、私達の下着がないのは何故ですか?」

 

「そりゃお前……なんでもないです!」

 

「正直に言ってください。何故ですか?」

 

「現地調達が簡単だからです!」

 

 なるほど、確かにそうですね。まぁ、カズマが私の下着でナニしようが、別に構わないのですが。むしろ、ぶっかけて私に渡して欲しいくらいです。

 そんな時、私はあるものに気付きました。女性用下着にうもれるようにして、小さな鉄製の箱のようなものがあったのです。私は何気なく、それを手に取りました。

 

「カズマ、これはなんですか?」

 

「それは……か、かえせっ!」

 

「おっと」

 

 私はカズマの飛びつきから箱を守るように抱え込みました。カズマは、必死の表情で取り返そうとしています。どうやら、かなり大事にしているもの、もしくは人に見せられないレベルの卑猥なものでしょうか。

 

「カズマ、中身を確認させてください。もしそれ以上暴れたら、さっき貰った剣で箱を叩き潰します」

 

「ひでぇ! なんなの!? めぐみんは俺の宝物破壊して楽しいの!?」

 

 カズマが私から引き下がりました。それでは、中身を見るとしましょう。私はその箱のふたをパカリと開けました。さて、どんな卑猥なものが……

 

「なんですか、これ?」

 

「…………」

 

 箱の中には、たくさんのガラクタや美術品のようなものが入っていました。何故これを見られたくなかったのでしょうか。

 

「この変な形の石はなんですか?」

 

「アクアに貰った奴だ」

 

「この小さな蛙のあみぐるみは?」

 

「……アクアに貰った奴だ」

 

「このナプキンで作られた、高速機動しそうな冬将軍は?」

 

「…………」

 

 押し黙るカズマを尻目に、私はそれらのガラクタを改めて見ました。よく見れば、見覚えのあるものがいくつもあります。どれも、アクアが手慰みに作っていたものです。

 

「カズマ! あなたアクアの事、大好きすぎるでしょう!」

 

「ち、違うから! たまたまアクアに貰ったものを保管してるだけだから!」

 

「はあ!? こんな小さな物まで保管しておいて! あれですか、あなたは乙女ですか!?」

 

「ばっ……お前なぁ! アクアが俺に笑顔で渡して来たものを、気軽に捨てられるか!? ほんとうに、どうしようもなくいらない物は捨ててるが、それでも心が無茶苦茶痛むんだぞ!」

 

「この男、逆ギレしましたよ!」

 

 逆ギレしたカズマを見ながら、私は嘆息しました。カズマのアクアへのツンデレ度は相当なものです。まぁ、私もアクアに貰った小物は部屋に置いてますし、強くは責められませんね。

 

「めぐみん、俺は別にアクアのものだけを残しているわけじゃない! ほらっ!」

 

 カズマが箱の底から紙束を取り出し、私に手渡して来ました。それは、今までたまに撮っていた私達との写真でした。なるほど、ちゃんと私との思い出も保管しているという事ですか。

 

「ふむ、やはりカズマは結構乙女な……ん!?」

 

「どうした、めぐみん?」

 

 私の手は最後の写真で止まりました。そこには、腰に手を当てて偉そうなポーズを取るカズマと笑顔でその腕に抱き着くゆんゆんとのツーショット写真がありました。いつのまに、こんな写真を……!

 

 

「ああああああああああああっ!」

 

「おいこら! さすがに写真は破かせねぇぞ! ってこれは!? 返せ!」

 

 

私は、カズマに写真をぶん盗られながらも、決意を新たにしました。

 

 

 

私達の思い出にさらっと侵入してきたあの女が許せない。

 

 

あの女に勝ち逃げされるのはごめんだ。私達は絶対負けない! 

 

 

カズマは私の、私達の男なんです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、めぐみんの属性が明らかに!?

あーんは、私のシーン、カットされちゃってすごーく悲しいという電波をめぐみんが受信したので書きました。


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カズマカズマ、私を見てください……感じてください……!

めぐみん視点


 

 

 

「疾風刃! 天地剣! 千刃天翔おおおおっ!」

 

 必殺技を叫びながら、私は屋敷の庭の雑草を切り裂きました。ふむ、なかなか良く切れます。これは私がソードマスターとして覚醒する日も近いかもしれません。それならば、敵を倒した時の決めセリフ、俳句をここで考えておくべきですね。

 

「人の世に、産まれし頃より、爆裂道……字余りしてますね」

 

そんな事をぶつぶつ呟いていた時、私の前に見慣れた青髪、アクアが姿を現しました。

 

「ちょっと、さっきからうるさいんですけど! 庭で一体何やってるのよ」

 

「ふふっ、アクア、これは修行なのです……」

 

 私はそう言いながら剣をアクアに自慢するように見せつけました。アクアはこちらを胡乱げな目つきで見て来ましたが、剣を見て表情を変えました。

 

「それ、カズマが以前使ってた剣じゃない? なんなの、盗んできたの?」

 

「いいえ、カズマに貰ったんです。いいでしょう?」

 

 私は剣を鞘にしまい、頬擦りしました。そして、アクアはそんな私を見て、胡乱げな目つきから、物欲しそうな表情に変わりました。

 

「ね、ねぇ、ちょっとだけ私にも触らせてくれない?」

 

「嫌です!」

 

「なんでよーっ!」

 

 こちらに跳びかかって来るアクアを、私は回避します。誰にも触れさせません。もうこれは私のものなのですから。

 

「アクア、これはカズマを“感じられる”私の宝物です。いくらあなたでも、気軽に触れさせるわけには行きません」

 

「むーっ!」

 

「という事で、私は外出してきます。留守を頼みましたよ」

 

 私は、そう言ってアクアに背を向けました。今日も元気に尾行と行きましょう。まだ、この時間帯なら喫茶店にいるはずです。私は、若干早足になりながら、屋敷を飛び出しました。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

残されたアクアはというと、庭先でとあるものを見つめていた。

 

「カズマを感じられるもの……」

 

 そんな事を呟きながら、彼女は干されている洗濯物、カズマのトランクスを手に取った。そして、それに頬を擦りつける。

 

「ん……カズマの匂い」

 

 しばらく、うっとりとした表情を浮かべた後、彼女はキョロキョロと周囲を確認し、逃げるように屋敷の中へ帰った。

 

――もちろん、カズマのトランクスを握りしめて。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「くっ、今日も収穫なしですか……」

 

 私は、屋敷近くの喫茶店で管を巻いていました。今日もカズマはゆんゆんとイチャイチャしてヤッただけ、今の所、他の女の影はありません。また、カズマ達がクエストに行く場所は、かなりの危険地帯ばかりのため、私は尾行を断念せざるをえない場合が多くありました。このままでは、カズマとゆんゆんの仲がもっと良くなってしまいます。どうしましょう、もうあるえの写真だけで……!

 

「やあ、めぐみん! 調子はどうだい?」

 

「…………」

 

 笑顔でそう話しかけてきたのは、銀髪の女盗賊クリスです。なんだか、最近クリスと会う事が多くなりました。まぁ、有益な情報をいくつも貰っているので、感謝はしています。

 

「クリス、実は相談なんですが……」

 

「なになに?」

 

 そして、私はここ最近の尾行の不調を、クリスに相談しました。彼女はふむふむと、頷きながら聞いた後、私にノートを手渡してきました。

 

「これは?」

 

「最近の助手君の観察記録だよ」

 

「ふむ……」

 

 私は中身を閲覧し、驚きました。私の観察記録よりはるかに詳細にまとめられていたのです。なんだか、私の尾行が徒労に終わったように感じました。

 

「めぐみん、これを見て分かったでしょ? 尾行は私の方が上手くやれる」

 

「はい……」

 

「だから、外の尾行は私に任せて、あなたは屋敷内の調査をしなよ」

 

「屋敷内ですか?」

 

そう言った私に対して、クリスが囁きかけてきました。

 

「ダクネスとアクアさんとの浮気も、立派な証拠だよ」

 

「でも、あの二人は……」

 

「めぐみん、そういう思い込みで足元をすくわれたでしょ?」

 

 私はクリスの言葉を受けて黙り込みました。確かにそうです。私が日和っているうちに、あの女に先手を打たれたのです。ですが、あの二人ですか。確かに、あの二人とカズマがナニかをしたとしても、私は羨ましいとは思いますが、嫉妬の感情はあまり出て来ません。何故なら、カズマは私達3人のものという考えが私の中にあるからです。むしろ、それを歓迎するでしょう。私自身はダクネスとアクアがカズマと情交しても、嫉妬の感情をあまり抱きません。しかしあの女にその証拠写真を見せたら、面白い反応が返ってきそうです。

 

「クリス、本当に外は任せていいんですか?」

 

「いいよ、私も暇だしね。逆に私は屋敷内を堂々とうろつけないし、そちらこそ任せるよ。それに、ダクネスのためでもあるからね、これは」

 

 そういって薄く微笑むクリスと、私は固い握手をしました。よく考えて見れば、あの女との逢瀬中に浮気するのはカズマでもしないでしょう。カズマが屋敷から理由なく出かける時、そこが一番怪しい所です。その時に尾行すればよいのです。もしくは、カズマが別の女を屋敷に連れ込む可能性もあります。そこを狙いましょう。というか、いい加減カズマ達のイチャつきを見るのは精神的にくるものがあります。しばらく見たくありません。

 

「それでは、クリス。定期的にここで報告会を開きましょうか」

 

「ふっふっふ、了解だよめぐみん」

 

 

私達は密会の日時を決め、お互い酒……ではなくミルクティーで杯を交わしました。

 

 

 

 

 

 そして、私は屋敷での尾行生活を始めました。といっても、せいぜいよーく観察する程度です。屋敷の中にはアクアとダクネスがいますし、カズマが女を連れ込む可能性は限りなく0に近いでしょう。というように、当初は楽観的でしたが、私は屋敷の住人の変化に気付く事になりました。まずはダクネス。彼女は一見いつもと変わりませんが、最近カズマの事をチラチラ見ています。そして、深夜にカズマの部屋の前をうろつくという、謎の行動をしています。彼女は要チェックです。

 また、アクアはカズマに対してスキンシップが異常に増えました。屋敷内での挙動不審な行動を何度も目撃しているので、彼女も何かやらかすかもしれません。

 

「さて、私は何をしましょうか」

 

 このように怪しい点があっても、基本は待ちの姿勢しかできないのが辛い所です。私も適度にアタックしていますが、カズマはセクハラ以上の事をしてくれません。行き詰まりを感じて、ソファーに寝転がった時、テーブルの上に一冊の雑誌があるのに気づきました。横には食べかけのお菓子が置いてあります。そういえば、さっきまでアクアがここで食べていた奴です。という事は、これはアクアの買った雑誌でしょうか。

 私は何気なくその雑誌を取り、読み始めました。中身は至って普通のものでしたが、とある恋愛アドバイスのコラムがキチガイじみていました。

 

「オムライス女子……泥酔おもらし女子……これを書いた人は頭がおかしいですね」

 

 その記事をななめ読みし、内心馬鹿にしながらも私は焦りを感じ始めました。このままでは、浮気の証拠を集めて二人を引き剥がすのに成功したとしても、カズマが私の元へ帰ってくるとは限りません。別にダクネスや、アクアの元へ行くのならいいのですが、どうせなら、私がカズマの一番として君臨したいのが本音です。

 

「ふむ……」

 

 私はさっきの頭のおかしい記事以外の恋愛コラムを読みました。そして、『愛しの彼の胃袋を掴め!』という、よくあるキャッチフレーズの記事を見て、決心しました。割と得意としている料理で、カズマに気を引きましょうと。早速、明日から行動開始と行くため、私は具材を買いに外出しました。

 そして、私は買い物から帰った時、屋敷には全員が帰宅していました。カズマが先に夕飯を作ってくれているようです。リビングには空腹を誘う良い匂いが漂っていました。また、アクアがウキウキとした顔で、早くもテーブルについていました。そんなに夕食が楽しみなのでしょうか。

 

「お帰りなさい! めぐみん!」

 

「ええ……アクアは何をそんなに浮かれているのですか?」

 

「んへへっ! 私がお願いした料理を、カズマが作ってくれてるの!」

 

 なるほど、そういう事ですか。私は相変わらずアクアに甘いカズマに嘆息しました。そして、数分もしないうちに料理皿を持ったカズマとダクネスが現れました。

 

「ちょうどいい時に帰って来たな、めぐみん」

 

 そう言って、カズマが私達の前に料理が盛られたお皿を置きました。それは、チキンライスの上にふわふわとしたオムレツをドンと乗せた料理でした。かなり美味しそうですね。

 

「よーしアクア、見てろよ~」

 

 カズマはそう言うと、アクアの前に置かれた皿のオムレツに、ナイフで切れ目を一直線に入れました。そして、切れ目からチキンライスを包み込むようにオムレツを開きました。チキンライスの上に、半熟で柔らかくトロトロなオムレツが広がります。

 

「ちょっとカズマ、これ有名なアレじゃない!」

 

「そうだ! あの、た○ぽぽオムライスだ!」

 

 キラキラとした目をしながら満面の笑みを浮かべるアクアを、カズマは満足そうに見つめました。カズマはアクアを甘やかしすぎると、つけあがるという事を忘れたのでしょうか。というか、オムライス……なんだか嫌な予感がします。

 そんな私の不安をよそに、カズマの頂きますの合図とともに、食事が始まりました。早速、このオムライスを口にして、私は目を見開きました。うまっ!? このオムライス、滅茶苦茶美味しい……! これほどのものを食べたのは初めてです!

 

 そうして、私がオムライスのふわとろを堪能している時、急に、アクアがわざとらしい声をあげました。

 

「あーん! 実は私、これ食べられないんですけど~(悲)」

 

「はぁ? お前オムライス嫌いだったか? というか、お前が俺にリクエストしたんだろうが……」

 

「嫌いじゃないし食べたいけど食べられないんですっ><」

 

 アクアが目を><という形にして、カズマにそんな事を言ってきました。あれっ? もしかしてこれってあの狂った恋愛コラムを鵜呑みにして……

 

 

 

 

「……だって、……だって、卵割ったらヒヨコが死んじゃうじゃない!  赤ちゃんかわいそうよ! まだ生まれてないのにぃぃ~(悲)。ピヨピヨとすら鳴けないんですけど……」

 

 

 

 ぷるぷると体を震わせながら、アクアがそんな事をほざきました。そして、チラチラとカズマに視線を送っています。何がしたいのでしょうアクアは。食卓の空気が凍ってしまったじゃないですか。

 

 

 

 

「そうか、残念だったな……せっかくダクネスが苦しまずに絞めてやったのにな」

 

「そうだな。アクアの血肉になるのがアイツの本望だったろうに……」

 

 カズマとダクネスが沈鬱な表情を浮かべながら、アクアのオムライスを私の前に移しました。ほう、食べていいという事でしょうか。

 

「な、なに言ってるのよ二人とも! 一体なんの事なの……?」

 

 アクアが震えながらカズマに縋り付きました。そんなアクアをカズマは憐れみの視線で見つめています。

 

 

 

「ゼル帝も可哀想に……」

 

「わあああああああああっ!? え、ウソ! ウソよねカズマ!?」

 

「むぐっ……魔力たっぷりですねこのオムライス」

 

「や、やめてぇ! めぐみん、それ以上食べないでぇ!」

 

 泣きながら私に飛びついて来るアクアを無視しながら、私は食事を再開しました。このふわとろ感は真似できそうにありません。胃袋を掴む作戦を先程立てましたが、単純な料理じゃダメみたいですね。もう少しインパクトがあって、私の愛を詰めれるものにしましょう。

 

「ダクネス、めぐみん、追加で作ってた鶏ガラでダシを取ったボルシチはいるか?」

 

「うむ、ゼル帝を無駄なく使ったようだな。アイツも喜んでいる事だろう」

 

 カズマが私の前にボルシチを入れたカップを渡してきました。おお、こちらも美味しいそうですね。

 

「アクア、チキンライスのおかわりはあるぞ。めぐみんがお前の分を食っちまったから、オムレツもう一個作ってやろうか?」

 

「カズマカズマ、私の分も追加でお願いします」

 

「おういいぞ! ゼル帝を残さず食ってやって欲しい!」

 

 そう笑顔で言い放ったカズマを見て、アクアがへなへなと崩れ落ちました。そして、絶望の表情を浮かべてさめざめと泣き始めました

 

「たべた……かずまが……かじゅましゃんがゼル帝たべたぁ……!」

 

 マジ泣きをし始めたアクアを見て、私とダクネスは居た堪れなくなり、カズマの方を見ました。肝心のカズマはというと、台所から何かの骨を持ちだし、泣き続けるアクアの顔の前に掲げ、ぽつりと呟きました。

 

 

 

 

「ぴ~よぴよ(笑)」

 

 

 

 

「あ……あ……ああああああああああーっ!? かじゅまさんのばかああああああっ!」

 

 アクアが泣きながら部屋を飛び出して行きました。さすがに悪い事をした気分です。まぁ、恐らくゼル帝の小屋に行って、嘘だと気付くでしょうが。

 

「おいカズマ、さすがに、からかいすぎだ」

 

「そうですよ、アクアが可哀想です」

 

「へいへい、ちょっとアクアが、あまりにも狂った事言い始めたからな。それに俺が作ったオムライスを食べたくないって言ったのについ頭にきてしまったんだ。せっかくあいつのために……」

 

「のろけはいいですから、アクアのとこに行ってやってください」

 

 私の言葉を聞いて、カズマは部屋を凄い勢いで飛び出して行きました。まったく、さすがにアクアに嫉妬を覚え始めましたよ。私も……

 

そんな時、私の横にダクネスが並び立ち、小声で話しかけてきました。

 

「あいつらの関係は昔から変わってないな」

 

「そうですね……」

 

 確かにそうです。あの二人の関係は、私がパーティメンバーに加わった時からあんな感じでした。二人の漫才じみた会話を見てると、このパーティにいるという実感が得られる不思議で少し羨ましい光景です。

 

「このままずっと………! いやなんでもない」

 

「…………」

 

 そう言ってダクネスがこちらに微笑みかけてきました。しかし、その笑顔に少し影がさしている事を私は感じ取りました。なるほど、ダクネスも……

 

「めぐみん、私は動く」

 

 ダクネスが私をまっすぐに見つめながら、そう言いました。どうやら、ダクネスは覚悟が決まったようです。それならば、私も素直に応援しましょう。

 

「私も、負けません」

 

「そうか……うむ……そうか……!」

 

 ダクネスがクスクスと笑い、私も思わず笑ってしまいました。そしてしばらく笑い続けた後、お互い背を向けました。

 

「めぐみん、私は今夜……」

 

「邪魔はしません。カズマを取り返してください」

 

「うむ……できればな……」

 

 そう言い残して、ダクネスは部屋から出て行きました。残された私は色んな意味でおかしくなってしまい、そのままクスクスと笑い続けてしまいました。

 

 

 

 

「当て馬一号、確保です!」

 

 

 

 

 

 そして、その夜、ダクネスはカズマに夜這いをかけました。カズマはもちろんその餌に引っかかりました。どうやら、あの男はお仕置きという建前でダクネスに手を出したようです。でも、ダメです。浮気である事は変わりません。カズマにこの事実を突きつけたら、どのような反応をするのでしょうか。また、あの女にこれを見せつけたら、どんな表情になるのでしょうか。

 

「くふっ……ふふふ……あははははっ……!」

 

 おっと、自然と笑い声が出てしまいました。抑えないといけませんね。そう自分を戒めながら、私は大きめの穴から魔導カメラのレンズを差し込み、この様子を記録していきます。

 盗撮術に関して、クリスからいくらか学んだ私は、現在カズマの隣の部屋に陣取っていました。カズマの部屋に向けて開けた穴は2つ。盗撮用の大きめの穴と、自分が覗くための小さな穴です。大きな穴は、その穴ぴったりにはまる壁と同じ材質の詰め物を用意し、即座に塞げるようになっています。一方、小さな穴はあきっぱなしです。いずれは、穴があいている事に気付くでしょうが、穴があいている状態に慣れさせる事も目的の一つです。

 

「ダクネス、ありがとうございます。いいものが撮れましたよ……」

 

 私は十分な証拠写真を撮り終え、一息つきました。とりあえず、攻撃材料の一つが手に入りました。もう2、3個あれば、作戦を実行してもよいかもしれません。そのように私が考えを巡らせていると、ダクネスの嬌声がこちらに聞こえて来ました。まったく羨ましい限りです。

 しかし、最終的に勝つのは私です。今は我慢、我慢の時です。そう言い聞かせながら、私は小さな穴から向こうの様子を伺います。ダクネスはカズマに突かれて、蕩けた表情を浮かべています。私は羨望とイラツキ、少しの憎しみを抑えながら腰に着けていた剣を外し、剣の柄を私の秘所へ下着越しに押し付けました。その瞬間、私の中にピリピリとした快感が押し寄せました。

 実は先程、剣技を見せて欲しいと頼み、この剣をカズマに握ってもらったばかりです。この剣をいつもより愛おしく感じるのはそのせいでしょうか。

 

「あぅ……ん……ひゃん……カズマ……カズマカズマカズマ!」

 

 下着が自分の愛液で湿っていくのを私は感じました。愛しい男と大切な親友がセックスをする様子を見ながら自慰をするのは、非常に背徳的で何ともいえない感覚に陥ります。ただ、あの女とセックスをする時は、悲しさと憎しみと吐き気しか感じなかったのに対して、今回は嬉しさと羨望、少しの怒りしか感じませんでした。

 

「んぁ……ひゃう……んぅ……カズマ……あの女ではなく……“私達”に溺れてください……!」

 

 私は剣の柄を強く秘所へ押し付けました。そしてこの柄が、カズマの指であると想像しました。

 

「ひゃううううううっ!?」

 

 その時、私の中に愛しさと快感が爆発を起こしました。剣の柄は愛液で汚れ、剣を持っている私の手にも、トロトロで熱い液体が滴り落ちるのを感じました。気持ちいい気持ちいい気持ちいい羨ましい!

 

「カズマカズマ……ダクネスだけじゃなく、私も見てください……!」

 

 そう囁きますが、勿論カズマは気づかず、ダクネスに欲望の限りを尽くしています。私の抑えられていた怒りがふつふつと湧き上がるように復活してきました。

 

「好きです好きです好きです……こちらを見て……私を見てくださいカズマ……! 愛してます……愛してますから……あなたも私の事を愛しているなら気付いてください……!」

 

 私は歯ぎしりしそうになるほど、唇を噛み締めて目の前の光景を見つめます。ああ、ダメです……こんな事思っちゃいけないのに……大切な仲間なのに……!

 

「ダクネス……羨ましい……妬ましいです……! カズマ……私を……!」

 

 そう呟いた瞬間、カズマが盛大に射精しました。ダクネスがカズマの白濁に濡れて恍惚とした表情を浮かべています。ああ、羨ましい……妬ましい……!

 

「カズマ……私を……カズマ……!?」

 

 カズマが私を見ている、私を見てくれている。それが分かってしまった。何故なら、小さな穴越しに視線が合ったから。

 

「あはっ! あははははっ! カズマカズマ……私を見てくれたんですね……!」

 

 先程噛み締めたせいで、出血した唇をペロリと舐める。そして、カズマは相変わらずこちらを見てくれている。思わず、私は柄を押し付ける強さをあげた。今までとは比べものにならないくらいの快感と嬉しさで、頭がおかしくなりそうでした。

 

 

「カズマ……カズマ……あぅ……ひゃっ……んぅっ!?」

 

 カズマがこちらへと足を進めてきました。ああ、想いが通じたんですね。やはり、カズマの一番は私……私なんです……!

 

 

 

そして、そしてついに……

 

 

 

 

――小さな穴越しに私の瞳とカズマの瞳が交差した。

 

 

 

 

「っ………!?」

 

 

 

 私は絶叫に似た嬌声が漏れそうになるのを、口を手で塞ぐ事で回避しました。そして、ビクビクと体を痙攣させながら悶えます。ああ、これが絶頂というものなんですね。今までも何回か自慰をした事がありましたが、こんな感覚は初めてです。気持ちいい、そして幸せです。私は、カズマの愛で絶頂に至ったのです……

 恍惚としながら、余韻を楽しみます。しかし、腰が抜けて立てなくなってしまいました。カズマに私の愛が伝わったのはいいですが、この状況を説明するのは骨が折れます。さっさとずらかりましょう。

 

 

 

そう決めると、私は魔導カメラと剣を持って、這いずるように部屋から脱出しました。

 

 

 

 

 翌日、私は例の喫茶店でクリスと密会を行っていました。勿論、私の手には、さきほど現像した浮気写真がありました。

 

「クリス、良く撮れているでしょう?」

 

「うん、完璧だよ。というか、助手君はダクネスにも手を出しちゃったか。最低だね……」

 

「ええ、あの男は最低です。だからこそ、私の手元に置いておくべき存在です」

 

 顔をしかめるクリスにそう答えて、私は優雅に紅茶を飲みました。口の中に広がるほのかな苦みが、自分の中で渦巻く様々な感情を癒してくれるのを感じました。今の所、作戦は順調です。

 

「クリス、外の方は?」

 

「さっき見せた通り、進展なしだね。でも、あとちょっとで重大な情報を掴めそうな気がしてるよ」

 

「ふむ、引き続きお願いします。重大な情報がある場合は屋敷に直接来てください」

 

「もうダクネスも助手君の手に落ちちゃったしね。こうなったら、最後までやってあげるよ。彼の女癖を治すには、いい薬になるかもしれないし……」

 

 

 

 そう言って微笑むクリスと私は少しの間、歓談した後、喫茶店を出て屋敷へと戻りました。屋敷には誰一人いません。みんな外出しているのでしょう。

 私は台所へ引っ込み、昨日から計画していた料理作戦を実行に移す事にしました。今ある食材を並べながら、カズマに喜んで貰えるのは何かを吟味していきます。

 

「とはいっても、カズマより美味しいものは作れませんしね……」

 

 いきなり、作戦は暗礁に乗り上げました。昨日、オムライスを食べている時も思ったのですが、普通の料理ではカズマの気は引けそうにありません。それならばどうすれば……

 

「とりあえず、何か作りますか」

 

 私は、昨日の雑誌で紹介されていた『お菓子作りで女子力アップ!』という、なんともイラつくコラムにあったクッキーを作る事にしました。下手にこった料理を作るよりは、こういう小物を何度も渡した方がいいかもしれない。そんな打算もあります。

 それからは、小麦粉、卵、マーガリン、砂糖を練り合わせてクッキー生地を作り、オーブンで焼き上げました。そして、一時間もしないうちにプレーンクッキーが出来上がりました。

 

「んむっ……普通ですね……」

 

 私はクッキーのサクサクとした感触を味わいながら、そう呟きました。これでは、普通すぎてダメです。もっとこう、口の中でボンッてなったり、あっと驚くような何かが欲しいですね。しかし、余計なものを入れると、一気に不味くなるのが料理というものです。

 

「何をいれましょうか」

 

それから私はしばらく考え続けました。ここは無難に私が好きな具材でも入れてみますか。

 

「…………!」

 

 そこで、悪魔的ひらめきが私の脳裏をよぎりました。私の好物は最近変わりました。あの味が忘れられず、なんとか入手手段を模索中ですが、今だ手に入れる見込みはついていません。私の好物、それは……

 

 

 

 

 

「カズマの血、もう一度飲みたいです……」

 

 

 

 

 

 私は思わず舌なめずりしてしまいました。クエストに行ったとき、舐めとったあの味が忘れられない。飲んだ瞬間に痺れるような快感を与えてくれる不思議な味。あんなにもカズマを感じられるものは他にない。そう思ったほどだ。

 

 

そこで、逆転の発想です。カズマに私を感じてもらえればいいんです。

 

 

名案、これは名案です!

 

 

「カズマ私を感じてください……!」

 

 私は、勢いよく左腕の袖をまくりました。密かに自慢に思っている純白の肌が、露わになります。そして、右手でカズマの剣を引き抜きました。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 なんだかもの凄い興奮が、私の中に湧き上がりました。息を荒げながら、剣を左腕に押し付けます。そして、ゆっくりと剣を動かしました。

 

「あづっ……!? 痛い痛い痛いっ! 痛いですカズマ……あぅ……あはっ!」

 

 私の白い腕と、剣の鈍い鋼色が、私の鮮血によって赤黒く染められていきます。痛い、痛いはずなのに、カズマの剣が私を切り裂いているという状況に、私は強い快感を覚えました。思わず、剣を更に押し込んでしまいました。あふれ出る血液量が一気に増えました。

 

「カズマカズマ、いっぱい出ましたよ」

 

 滴り落ちる血液は全てボウルの中に注がれました。クリーム色だったクッキー生地が赤黒く染められていきます。私はひとまず剣を置き、傷口を洗って、備え付けの救急箱から包帯を取り出し、腕に巻き付けました。とりあえず応急処置は完了です。私は手早く木べらを取り、ボウルの中のクッキー生地と血液を混ぜ合わせていきます。そして、よく混ざった所で、ココアパウダーを多めに入れます。私の血液は秘密の隠し味です。全てを悟られてはいけません。

 

「でも、カズマはきちんと私を感じてくれるでしょうか……」

 

 隠し味を入れ終わってから、そんな不安に襲われました。出来れば、美味しいの一言では終わって欲しくありません。他に何かできる事はないでしょうか。

 

「あ……」

 

 そんな時、私はある事を思い出しました。以前、カズマにシチューを作った時、カズマに言霊の事を説明しました。もちろん、そんなものはウソです。でも、古くから心を込めた料理は美味しくなるというのが定番です。少しでも効果がありそうなら、試してみるのもいいでしょう。

 

 私は、出来上がったクッキー生地の前で深く深呼吸しました。そして、想いをのせて語りかけました。

 

「カズマ……」

 

 

 

 

 

「愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます」

 

 

 

 

 

 私は心を込めて愛の言葉を囁きながら、生地をこねました。おっと、あまりこねすぎると、固くなってしまいますね。そして、完成した生地をハート型の型抜きで、切っていきます。

 そして、切り抜きが終わった後、私はオーブンの天板に油を塗っていきました。ふむ、ここも一つアクセントを加えましょう。

 

「ふふっ、ぐっしょり濡れてますね……」

 

 私は、自分の下着の中に手を入れていました。そこは、先ほどまでの自傷行為による快感で濡れていました。そこから私の“愛”をすくいとり、クッキーの何個かに塗りました。当たりつきって奴です。

 

「美味しくなってくださいね」

 

 そして、私はクッキーをオーブンでじっくりと焼き上げました。焼きあがったクッキーは綺麗な焦げ茶色であり、匂いも普通です。だけど、この中には私の愛が詰まっている。

 

 

 

「カズマ……私を感じてください……!」

 

 

 

そう呟いた後、私はゆっくりと片付けを始めました。

 

 

 

 

 夕方、都合の良い事に屋敷にいち早くカズマが帰ってきました。私はプレーンクッキーと特製クッキーが乗ったトレイを持って、ソファーでくつろぐカズマの横に座りました。

 

「カズマカズマ、クッキー焼いてみたんです。食べて頂けませんか?」

 

「いいぞ! ちょっと体動かして疲れてるしな、甘い物はありがたい!」

 

 カズマはそう言って、プレーンクッキーを口に運びました。サクサクという音が周囲に響きます。

 

「おう、美味いじゃないか」

 

「そうですか、こちらもどうぞ」

 

 私の言葉で、カズマが特製クッキーを掴み、口に運びます。私は思わず、固唾をのんでその光景を見守りました。

 

「カズマどうですか?」

 

「うん、色的にアレか、ココアはバンホ……!?」

 

「どうしました?」

 

 カズマが特製クッキーを口にしてから、表情を変えました。なんだか、驚愕の表情を浮かべています。もしかして、隠し味がバレた? それとも、美味しくないのでしょうか……

 

「めぐみん」

 

「な、なんですか?」

 

「超美味い、というか不思議な味だ。ココア味のはずなんだけど、何か鉄分やミネラルが多めの気がする。俺の色んな意味で疲れた体にベリーグッドなクッキーだ。そんでもって、なんだか魔力が凄い勢いで回復しているのを感じる。料理スキル持ちの俺が断言しよう。120点、パーフェクトだめぐみん!」

 

 カズマが白い歯を見せながら、こちらにサムズアップしてきました。そうですか、私の愛のクッキーはパーフェクトですか。ああ、ダメです。ニヤけてしまいます……!

 

「ふふっ、まだいっぱい作ってあります。もっと食べてください」

 

「おう、ドンドン持ってこい! めぐみんは食べないのか?」

 

「いえ、私は遠慮しておきます」

 

 そして、カズマは特製クッキーを完食しました。私は嬉しくて気が狂いそうです。私の愛、血液がカズマの糧となっている。私の一部がカズマの血肉となるのだ。思わず、カズマの腕に抱き着いていました。そして、囁くように語りかけました。

 

「カズマ、あのクッキーには隠し味が入っています。何だか分かりましたか?」

 

「隠し味? 料理スキルでちょっと解析したが、動物系の何かであるって事は分かったが、それ以上は分からん」

 

「そうですか」

 

 どうやら、カズマは隠し味が分からなかったようです。いや、分かってしまっても、それはそれで困ります。でも、少し寂しいです。私を感じてもらえなかったのでしょうか。そうして、少し落ち込む私にカズマは優しく語りかけてきました。

 

「めぐみん、それでも隠し味がなんだったか見当はつくぞ」

 

「え……?」

 

 

 

カズマが落ち込む私の頭を優しく撫でながら、大きな声で言いました。

 

 

 

 

「隠し味は、めぐみんの愛! どうだ、正解か?」

 

 

 

 ドヤ顔のカズマを見て、私は思わず気を失いそうになるほどの歓喜を得ました。そうですか、きちんと、私の想い……愛が、カズマに伝わっていたのですね。

 

「ひっぐ……うっぐ……かずまかずまかずまぁ……!」

 

「何故泣く!? そんなに俺のテンプレ回答が気に食わなかったのか!?」

 

「あうっ……うぐっ……うええええええええん!」

 

「どうしためぐみん、よしよし、何か辛い事でもあったか?」

 

 何やらカズマが語りかけてきますが、どれも耳を素通りしていきます。やはり、私の愛はカズマに通じている。そして、カズマもそれを分かっている。それが嬉しくて嬉しくて、私はカズマの胸の中でしばらく泣き続けました。

 

 

 

 

 深夜、私は自室のベッドの上で包帯の巻かれた左腕を見つめていました。白い包帯に赤黒い血がにじむ光景は、なんだか美しいと感じてしまいます。それに紅魔族的センスからいっても、これはアリですね。

 

「カズマ、愛していますよ……あぐっ……痛い痛い痛いぃ……!」

 

 血のにじんだ所を指で押すと、鈍い痛みが私を襲いました。しかし、これをするたびにカズマへの愛が実感できるのです。言い換えれば、この傷は私の愛の証なんです。

 こうして私がしばらく楽しんでいると、廊下から、かすかに物音が聞こえるのを感じました。

 

「まさか……?」

 

 カズマの浮気相手の出現、もしくはカズマが深夜に出かけようとしているのでしょうか。とにかく怪しいです。私は腰にカズマの剣を装備し、廊下へと出ました。そして、足音のする方向に注意しながら進みます。相手の足音は、慎重を期しているのか、非常にゆっくりです。私は、つかず離れずを保ち、尾行を続けました。

 そして、とうとう怪しい人物がとある部屋に侵入しました。そこは、私自身毎日使う場所、浴場です。まさか、関係ない泥棒か何かでしょうか? だったら容赦はしません。私は、剣を引き抜き、一気に脱衣所のドアを開けました。

 

「何者です! 大人しくしないと……!?」

 

「あ……」

 

 脱衣所の中にいた人物を見て、私は思わず剣を取り落としてしまいました。はぁ、まったくなんでこんな事を……

 

 

 

 

 

「アクア、なんでカズマのトランクスを頭にかぶっているのですか?」

 

「ちちちちっ、違うのめぐみん! これには深ーいわけが! そう、とてつもなく重要で語る事のできない理由があるのよ!」

 

 

 

 

はぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回もめぐみん編
一週間以内の投稿は無理かも

オムライス女子と泥酔おもらし女子のネタ元はエビオス嬢の記事です。オムライス女子に関しては殴り飛ばしますが、泥酔おもらし女子は正直言ってアリです。お持ち帰り不可避。


ゼル帝食べるより、めぐみんやアクア様の血を定期的に飲んだ方が魔力上がりそうですよね


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カズマカズマ、愛していますよ

一週間以内は無理かなーって思ったら定時で上がれる法則


 

 

 

 

「はぁ……」

 

「な、なによめぐみん! そんな目で私を見ないでよ!」

 

私は、抗議の声をあげるアクアに呆れの視線を送っていました。彼女は頭からカズマのトランクスをかぶっています。幸い、まだ帽子のようなかぶり方です。もしこれが顔面を覆うようにかぶっていたなら、私は迷わず切り捨てていたかもしれません。

 

「アクア、カズマのパンツでナニをする気ですか?」

 

「なにもしないわよ! まったく、すぐえっちな事に持ってくなんて、めぐみんは変態だわ!」

 

「そうですよ、私は変態です。それで、アクアはカズマのパンツでナニをする気ですか?」

 

「ええっ!? それは、その……」

 

アクアがモジモジしながら縮こまりました。なんだかジレッたいですね。私は、アクアの頭からカズマのパンツを抜き取りました。ふむ、改めてみると結構魅力的ですね、これ。

 

「ちょっとめぐみん、返してよ!」

 

「ナニに使うか言ったらいいですよ」

 

「ぐっ……それは……!」

 

 言い淀むアクアの前で、私はカズマのパンツをかぶりました。あ、やっぱりいいですねこれ。カズマの匂いで包まれて、なんだか幸せな気分です。

 

「アクア、私はこれでナニをします。という事でこれは貰っていきますね」

 

「待ちなさい! それは……えっと……実は凄い邪悪なものなのよ! だから私が浄化するの! 返して、返してよ!」

 

「むっ、放しなさいアクア!」

 

 アクアが私の頭からカズマのパンツをぶん盗ったのに抵抗し、私もアクアの手に握られるパンツを取り返そうと引っ張りました。

 

「うぐぐぐっ! 相変わらずアンタは力が強いわね!」

 

「私も高レベル冒険者です! 舐めないでください!」

 

 そして、私達の間でパンツを巡った綱引きが始まりました。両者ともに一歩も譲らず、ついにはパンツからミシミシという嫌な音がしました。マズイです、このままだと……!

 

「きゃっ!?」

 

「あうっ!」

 

 ブチリという音と共に、カズマのパンツが真っ二つに裂けました。勿論、引っ張り合っていた私達も後ろへ倒れ込んでしまいました。

 

「めぐみん、カズマの破れちゃったわ! ねぇどうする、どうすればいい!?」

 

「落ち着いてくださいアクア、ここは一時休戦と行きましょう」

 

 とりあえず、二つに裂けたパンツをつなげ合わせて見ました。ダメです、縫い合わせたらバレバレですねコレ。かといって、パンツがなくなってしまえば不審に思われる可能性もあります。ここは偽装工作の必要性があります。

 

「という事でアクア、かわりのパンツを購入してカズマの衣装棚に入れといてください」

 

「ええっ、私がやるの!?」

 

「カズマにバレテもいいんですか? 私は別に構いませんが」

 

「分かったわよ! 私が補充しときます!」

 

 はい、休戦終わり。私は素早く裂けたパンツを懐にしまい込み、ダッシュで自室へと逃走しました。背後からアクアの声が聞こえてきますが、知りません知りません!

 そして、ベッドに倒れ込み、カズマのパンツを顔面にかけます。その男臭い匂いに私はついつい顔がニヤけてしまいます。

 

「ん……ふ……」

 

 鼻をスンスンと鳴らしながら私はしばらくカズマの匂いを堪能しました。しかし、頭の中では様々な事を思考していました。まずは、アクアの変化についてです。最近はカズマに過剰なスキンシップが増え、泣き虫……いや情緒不安定になっています。恐らく、アクアのまったく知らない女性の気配をカズマから感じ取り、不安になっているのでしょう。

 そして、今回の下着泥棒についてです。アクアはアホな言い訳をしていましたが、パンツを盗んでやる事なんて、自慰しかありません。これはアクアがカズマに発情している事を意味しています。まぁ、そろそろ春ですしね。

 

「すんすん……んぁ……当て馬2号を要チェックです」

 

 現在、堪能している私が思うのはなんですが、アクアの行為は不毛なものです。その事に気付かせ、エスカレートさせるには、私が働きかける必要がありそうです。私は、アクアに発破をかける手段を眠りに落ちるまで模索しました。

 

 

 

 

 翌日から、私はアクアの行動を監視しました。彼女は自分の部屋に籠ったかと思えば、突然外へ飛び出して遊びに出かけたりと自由奔放です。しかし、数時間おきにカズマの部屋に侵入し、ベッドの上を転げ回るという奇行を行う事が分かりました。あれは一種のマーキング行為でしょうか。ちょっとムカついたので、私もベッドの上で転げ回りました。

 そして、証拠写真の記録も怠りません。基本的には日中を留守にしているダクネスは、夕方以降にカズマと接触します。カズマは私やアクアがいない隙を突いて、ダクネスを押し倒したり、強引にトイレやクローゼットに引きずり込んでは欲望の限りをつくしています。私とクリス共同の工作で、屋敷には至る所に穴や隙間、盗撮ポイントが出来上がっています。それらをフルに活用し、あられもない二人の写真を撮っていきました。また、クリスにも内緒で秘密の部屋も作成中です。使う事がなければいいんですが、もしもの時の保険です。

 

 

 

 

 そして、私はアクアの監視やダクネスの盗撮だけでなく、料理作戦を実行中です。今日も、簡単な焼き菓子の生地を作り、腕をまくります。そして、今も血がにじんでいる包帯をバリバリと剥がしました。私の腕には、ここ一週間で多くの切り傷が刻まれています。思わず、うっとりとした表情になりながら、傷を撫でます。これは、私のカズマへの愛の証です。ピリピリとした痛みとビリビリとした快感が私を襲います。

 

「カズマ、今日もたくさん私を感じてくださいね……」

 

 傷跡の残る左腕に私は、カズマの剣を押し付けます。この瞬間に私はとてつもない幸せを感じてしまいます。ダクネスの事を、安易にバカにできなくなりました。

 

「あはっ! 今日はちょっと多めに……あぐっ……ううっ……痛い痛いっ!」

 

 私の腕から血液がダラダラと流れ、準備していたボウルへと注がれていきます。そして、急いで応急手当を施してから、調理へと取り掛かります。私の愛を生地に練り込み、生地がタラタラになるまでボウルの中で擦りつけます。完成品を搾り袋に入れ、トレーに絞っていきます。そして、生地を乾燥させている間にクリームの作成に取り掛かりました。先程の残りの愛をクリームにも練り込みます。このような作業を、カズマが帰ってくるまで続けました。

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「ただまーっ!」

 

 

 

 そして夕方、カズマが帰ってきました。どうやらアクア同伴の帰還のようです。私は作ったお菓子をアクア用とカズマ用に振り分けます。さすがに、アクアに食べさせるわけには行きませんしね。

 

「お帰りなさい、二人とも。今、ちょうどマカロンを作り終わった所です。食べますか?」

 

「ありがたく頂く!」

 

「私もー!」

 

 素直にテーブルにつく二人に、私は焼きあがったマカロンを小皿に分けて渡します。用意したのは2種類、甘さ控えめの紅茶味と、抹茶味です。カズマ達はマカロンを、なんの疑問も持たずに口にしました。

 

「ん、なかなかやるわね、めぐみん」

 

「美味いぞめぐみん! にしても、最近毎日お菓子を作ってるよな。料理に目覚めたのか? 」

 

「そんなところです。私も引きこもってばかりでは暇ですから」

 

「健康的で非常によろしい!」

 

 こちらにサムズアップするカズマに、私はついつい嬉しくなってしまいます。そして、二人にコーヒーを配膳した後、私はトレイに乗せていた特別製マカロンをカズマの小皿に置きました。

 

「カズマ、これが今日の特製マカロンです。味わって食べてくださいね?」

 

「おう、そのめぐみん特製シリーズを待っていたんだ!」

 

 カズマは、私の特製マカロンをどんどん口に運んでいきます。もちろん笑顔で食べています。ふふっ、やはりカズマには私の愛が伝わっているんですね。

 

「ふむ、この苺味のマカロンも滅茶苦茶美味いな! 特にこのクリームが濃厚で、気力や魔力がぐんぐん回復する! ただ、鉄分が少し多くて、そこが……」

 

「カズマ、それはブラッドストロベリーという血の性質に近い苺を使っています。ちょっと癖はありますが、元気が出るでしょう?」

 

「そんな苺があるのか。確かに、元気がすっごい出るんだよな……」

 

 ふむふむと頷きながら、カズマは特製マカロンを食べていきます。そして、そんなカズマをアクアが恐怖の表情を浮かべて見ていました。私は彼女の近くにより、マカロンの乗ったトレイを差し出しました。

 

「アクアもいりますか?」

 

「ひぃ!? あ、あんたカズマさんに何を!?」

 

「大丈夫です、こちらは“普通”の苺味ですから、ほらアクア、あ~ん」

 

「ひっ……い、いやぁっ!」

 

 アクアが、私の差し出したマカロンを叩き落とし、リビングから出て行きました。まったく、本当にアクア用に作っていた普通の苺味だというのに。あとでダクネスの口にでも押し込みましょう。

 

「アクアの奴、いきなりどうしたんだ?」

 

「さぁ? まぁ、私が様子を見て来ます。カズマはゆっくりしていてください」

 

「おう、任せたぜ」

 

 コーヒーを美味しそうに飲むカズマを尻目に、私はリビングを後にしました。向かうのは彼女の部屋です。私はノックもせずに部屋に押し入ると、ベッドの隅で震えて座っているアクアが目につきました。

 

「こないで、こないでめぐみん……!」

 

「ヒドイじゃないですか、アクア」

 

 私はアクアに躊躇なく近づきました。彼女は、手に持っているシャツ、おそらくカズマのものを握りしめ、ベッドの上で逃げるように後ずさりしました。

しかし、すぐに部屋の壁に当たり逃げ場をなくします。私は、震えて座り込むアクアの前に見下ろすように立ちました。

 

「アクアどうしたのですか?」

 

「ふざけないでよ! あんた、カズマさんにあんな……あんなもの食べさせて!」

 

「あんなもの?」

 

「めぐみん、私には分かるの! あのお菓子から、強烈な血の匂い、あんたの血液の匂いがしたの! めぐみん、頭おかしいんじゃない!?」

 

「失礼ですね」

 

 震えるアクアから、カズマのシャツを奪い取ります。恐怖に震えるアクアからは、割とあっけなく取り上げる事ができました。

 

「か、返して! 返してよめぐみん!」

 

「嫌です。そして言っておきます。あの血は私の愛の証です。カズマはそれを喜んでくれている。あなたの口出しは無用です」

 

「でも、そんなの……!」

 

 抗議の声を上げようとするアクアの頭をつかみ、私の方へ無理矢理向かせます。アクアは相変わらず恐怖の表情を浮かべています。可哀想ですが、少し追い詰めましょう。アクアに発破をかけるのはこれが有効なはずです。

 

「私とカズマの関係を邪魔しないでください。これはあなたのためでもあるのですよ?」

 

「え……あ……」

 

「それとも、この事をカズマに告げ口しますか? 私は一向に構いませんが」

 

「…………」

 

 アクアが体の震えを止めて、こちらを睨むように見て来ました。でもダメですね。そんなに強く睨んでも、涙目じゃ威力は半減です。

 

「カズマさんのシャツを返して……」

 

「嫌です。せっかくですし、これは私が貰っておきます。それではアクア、また後ほど」

 

「っ……!」

 

 押し黙るアクアを残して、私は彼女の部屋を後にしました。アクアには、おそらく私も以前経験した“焦り”のようなものを感じるはずです。その“焦り”は思いもよらない行動を起こすきっかけとなりえます。私もそれを経験したのですから。

 

 

 

「頑張ってくださいね、アクア」

 

 

 

 私は素直に声援を送りました。アクアも動くのが遅すぎたのです。そして、今なら分かります。もしアクアがカズマに先制攻撃を仕掛けていたら、この勝負は今のような泥沼にはならなかったでしょう。恐らく、カズマはアクアに即堕ちする事間違いなしです。あの男のアクアへのツンデレぶりは相当ですから。

 

「でも、もうそんなIFはないんです。自分の手で勝利をつかみ取るしか道はありませんよ」

 

クスクスと笑いながら、そう呟きます、そうです、私はこの手で……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、早くもアクアが動いたようです。彼女は、カズマが入浴中だというのに脱衣所へ侵入して下着を盗みに入りました。おそらく、一番濃厚な脱ぎたてを狙ったのでしょう。でも、バレるリスクに頭が行ってないようですね。

 案の定、カズマにその行為を見られて、随分と苦しい言い訳をしています。カズマも驚きと呆れの表情を浮かべてアクアの事を見ていました。そして、私はカズマの一瞬の変化を見逃しませんでした。あの男は、呆れの表情の中で情欲の炎をたぎらせています。

 

「カズマは、本当に最低な男ですね」

 

 そう呟く私は、脱衣所にひっそりと開けられた穴からその光景を見ていました。そして、アクアが脱衣所から飛び出したのを見て、私は彼女の後を追い、今回もノックもせずに彼女の部屋に押し入りました。

 

「下着泥棒のアクアさん、こんばんは」

 

「ひゃうっ!? いきなりなによ! それに、私は下着泥棒なんかじゃないわ!」

 

「アクア、頭にかぶってるパンツを外してから言い訳しましょうよ……」

 

 私の呆れの声に対して、アクアはドヤ顔で私の方を見て来ました。カズマのパンツをかぶりながらドヤ顔をする彼女の姿は、はっきりいって滑稽です

 

「私はカズマさんに下着を浄化する許可を貰ったの! だからこれはカズマさん公認よ!」

 

「アクア……」

 

 腰に手を当ててふんぞり返るアクアに、私は再度溜息を吐きます。さっきのあれで、カズマの許可を得た事になったのですか。カズマも、あなたがやっている事に感づいていたというのに……

 

「めぐみん、私はこれから忙しいの。出てって! ほら、出て行って!」

 

「そうはいきません。私はあなたに伝えたい事があるんです?」

 

「伝えたい事? な、なによ?」

 

 アクアが、一転して怯えの表情を見せました。昨日の事がそんなに怖かったのでしょうか。そんな顔で私を見ないで欲しいです。

 

「アクア、下着を集めてもカズマは手に入れられませんよ」

 

「だ、誰がカズマなんて……!」

 

「アクア、素直になってください。このままだと、カズマは私達の前から“消えて”しまいます」

 

「…………」

 

 私の言葉で、アクアは一気に無表情になりました。彼女も薄々感づいているのでしょう。カズマの心が、私達から離れつつある事を。私は彼女の耳元でそっと囁きました。

 

「それに、私はあなたが毎朝、カズマに何をやってるかを知ってますよ」

 

「わ、私は寝坊助なカズマさんを起こしに行ってるだけよ!」

 

「嘘はいけません。アクア、あなたは毎朝カズマにイタズラしてるでしょ?」

 

 アクアが顔を赤くして俯きました。どうやら、バレていないと思っていたようです。まぁ、肝心のカズマもこの事には気づいていませんが。

 

「二度寝をするカズマにキスしたり、自分の胸にカズマの手を突っ込ませたりと、やりたい放題やってますよね」

 

「ううっ……!」

 

「最近はもっとエスカレートして、眠るカズマに無我夢中でディープキスをし始めましたね。あんなに必死に自分の唾液を送り込むなんて、私とたいして変わらない事をしてるじゃないですか」

 

「あうあうあうあうあうあうーっ!」

 

 とうとう、アクアの頭から湯気のようなものが出始めました。もちろん顔は真っ赤です。にしても、この湯気は一体……

 

まぁ、アクアは女神ですしね。気にしない方向で行きましょう。

 

「め、めぐみんには関係ないでしょ!」

 

「関係あります。アクア、何故そこでやめてしまうんですか?」

 

 アクアの体がビクリと震えました。やはり、アクアはアレ以上の事をしたいと思っているようです。まったく、ヘタレでムッツリな女神ですね。

 

「で、でもカズマさんが起きたら、私はどうすれば……!」

 

「アクア、カズマは眠りが結構深い方です。それに、あなたはもっとカズマを感じたい、もしくは自分のものである証を刻み付けたい。そう思ってるはずです。ならば、少しばかりのリスクには目を瞑りなさい」

 

「めぐみん……」

 

 私の言葉に対して、彼女はこちらを見つめ返す事で応えました。彼女からは怯えや羞恥の表情は消え、真剣な表情になっています。どうやら覚悟が決まったようです。

 

「そうね、遅すぎたかもしれないけど私もできる限りの事はやってみる。でも、真正面から行くのは怖いの。カズマに拒絶されたら、私は多分おかしくなっちゃう。それだけは分かるの」

 

「なるほど、このままイタズラを続けるという事ですか?」

 

「だって、それしかできないもの。カズマは私に……私に欲情しないみたいだし……! カズマは、私なんか眼中にないのかもね」

 

 アクアの目から、涙がポタポタと流れ落ちました。アクアがこんな回りくどい事をしている原因はそこですか。まぁ、確かにカズマはアクアの事を性の対象として見ていません。しかし、それはカズマの必死の照れ隠しの一部という事を理解していないようですね。

 

「アクア、カズマはあなたを女の子としてきちんと見ています。最近は、あなたのスキンシップでカズマはタジタジです。傍から見ていても、カズマがあなたに欲情しているのが、丸わかりでしたよ」

 

 

「ほ、本当に!?」

 

「本当です。それに、あなたの容姿はまさに絶世の美女です。自信を持ってください」

 

「いきなり、何を言ってるのよめぐみん!」

 

 私は、アクアが絶世の美女である事は否定しません。だって、本当ですから。まぁ、それを打ち消すほどのアレな性格をしていますが。でも、深い関係になれば、そのアホ可愛い性格もプラスになる事を私達は知っています。

 

「アクア、やらなくて後悔するより、やって後悔した方が良い、という言葉があります。このまま敗北を座して待つのは、あなたらしくありません」

 

「めぐみん……うん、頑張ってみる」

 

「そうですか」

 

 どうやらアクアはやる気になってくれたようです。それならば、私がこれ以上できる事はありません。後は、あなたの行動を写真に残し、私の糧となってもらうだけです。

 

「では、私は帰ります。頑張ってくださいね、アクア」

 

「うん……」

 

 そして、私は彼女の部屋を後にしました。恐らく、我慢の効かないアクアは今夜にも行動を起こす事でしょう。早速、機材と部屋を準備しないといけません。

 

「頼みましたよ。当て馬2号さん……」

 

 

 

 

 

 

 同日深夜、アクアがカズマの体にイタズラを開始しました。アクアは、カズマの今まで触れなかった個所や性器をいじって、だらしのない表情を浮かべています。私はその様子を写真に収めていますが、これでは浮気というより、カズマにエッチなイタズラをする変態アクアというイメージの方が強くなってしまいます。やはり、ダクネスを犯している時のような、カズマのゲス顔がなければ、浮気っぽさが薄れてしまいます。

 

そうこうしているうちに、アクアは事を終えてカズマの部屋を退出してしまいました。

 

ふむ、カズマもどうやら起きていないようです。よし、わ、わたしもカズマに……!

 

『ああああああああっ! ゆんゆん、俺は一体どうすればああああああ!』

 

 おっと危ない。カズマは起きていましたか。まぁ、アレだけ派手にやったら普通は起きますよね。でも、キスくらいなら今度は私もやってみてもいいかも知れませんね。

 

『はっはっは! しーらね!』

 

 カズマが情欲をたぎらせながら下卑た笑いを浮かべています。私にはカズマの考えが手に取るように分かります。恐らく、明日からはアクアにもセクハラをするつもりでしょう。ついに、あの男のリミッターが外れたようです。

 

「ふふっ、屋敷にカズマとアクアしかいないとき、あの二人は何をするんでしょうか」

 

明日は、二人っきりの空間にしてあげましょう。もちろん、盗撮させて頂きますが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、カズマがアクアに手を出しました。アクアは朝からカズマのセクハラ攻撃を受け、すっかり発情してしまいました。彼女はカズマ外出とともに、今までため込んだカズマの衣類をベッドに敷いて、自慰にふけっています。私はその光景を、お茶とせんべいを食べながら観察しました。結果はアクアの寝落ちです。まぁ、自慰をしている時に眠くなるのはよくある事ですが、本当に寝てしまうなんて、さすがアクアです。

 

『ただいまー』

 

 アクアが爆睡してしばらく経った後、カズマが帰宅してきました。私は素早く天井裏へと上がり、魔導カメラを起動しました。これはクリス考案の天井式定点カメラです。部屋の灯りの近くに穴を開ける事で違和感なくカメラを取り付ける事ができました。しかも、数分おきにシャッターを切る優れものです。同様の物を隣の部屋にも取り付けて正に、万全の体勢です。

 そして、カメラ起動直後に、カズマが自分の部屋で爆睡するアクアに気がついたようです。彼の驚きの声が部屋に響きます。私は天井裏から、カズマの部屋の扉の前まで移動しました。事前に扉の淵の部分を僅かに削ってあるため、この隙間から覗く事ができるのです。この隙間に気付くのはほぼ不可能なため、最近はこちら側で覗く事が多くなりました。逃走がしやすいというのも、大きな利点です。

 

「カズマ、ついにアクアに手を出してしまうんですね。やっぱりあなたは最低です」

 

 私は、扉の隙間からカズマのゲス行為を眺めました。カズマは、これで屋敷の住人で手を出していないのは私だけになりました。彼は私とヤる事について、消極的です。やはり、私とあの女が昔からの友達である事に関係しているのでしょうか。そんな所で遠慮して欲しくありませんが仕方のない事です。まぁ、それを打開するためのコレなんですが……

 

「カズマ、待っててくださいね。後少しで私と愛し合えますよ……」

 

 私はいつものように左腕の袖をめくりあげ、包帯を外して行きます。そして、剣を抜き放ち、新たな傷をつけていきます。滴り落ちる血がどんどん床を汚していきます。ああ、後片付けが大変になってしまいます。でもやめられません。

 

「愛してます愛してます愛して……ああっ痛い……カズマ……痛いです……」

 

 彼に愛を囁きながら、私は更に剣を押し込みます。カズマがアクアに手を出す事は、作戦的にも私達の将来にとっても良い事です。しかし、いざ目の前にしてみると、どうしても怒りや憎しみを感じてしまいます。私はそれを発散するために腕に傷をつけているのです。

 これは、私とカズマの愛の証なんです。この痛みで私はカズマを愛しているという事を再確認できるというメリットもあります。

 

「痛い……痛いですカズマ……私の事を見て……私に気づいてください……!」

 

 しかし、何故でしょう。私の目からは涙がポロポロとこぼれ落ちました。おかしい、これは私の望んだ光景だというのに。

 ギリギリと押し付けを強くする。そして、更に傷が広がり、出血する量が多くなっていきます。痛い痛い痛い痛い! でも、私の心はもっと痛くて……! 

 

「あう……! さすがにこれ以上はマズイです……」

 

 剣を鞘へ戻し、傷ついた腕へ素早く包帯を巻きつける事で止血していきます。血を流しすぎたせいでしょうか、さっきからもの凄く寒いです。両手を擦りあわせますが、手は冷たいままで、ちっとも温かくありません。ああ、寒い。カズマ、私を……

 

 

そんな時、部屋の扉が開き、カズマが姿を現しました。

 

 

「カズマ……?」

 

「おわぁ!? 驚かすなよめぐみん!」

 

「ああ、カズマはやっぱり……」

 

 カズマに私の愛が伝わったようです。あなたは、私が必要としている時に必ず現れる、頼りになる男です。そして、私は周囲の光景を見て驚くカズマに自然と足が向いてしまいます。カズマは、そんな私にお姫様抱っこをしてくれました。さっきまで冷え切っていた体温が、カズマの人肌と、私の中で生まれる熱で正常へと近づいていきます。

 

「カズマ、もっとギュっとしていいですか?」

 

「お前も甘えたがりだな。好きにしろ」

 

 私はカズマに腕を回しぎゅーっと抱きしめます。そうすることで、私は心までポカポカしてくるのを感じました。

 

 

 

ああ、暖かい……暖かいですよカズマ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 後日、私はいつもの喫茶店でクリスと合流しました。私はクリスに渡された偵察ノートを読んでいきます。しかし、動きはないようです。溜息をついてから、クリスに紙束、カズマとアクアの盗撮写真を見せました。

 

「どうです、よく撮れて……」

 

「っ……!」

 

「わっ!? いきなり何をするんですか!?」

 

 私はクリスの突然の凶行に驚きました。クリスは、私の出した写真を見せた瞬間、ダガーを抜いて写真の束に突き立てたのです。

 

「クリス、いきなりどうしたのですか? 現像するのって、結構お金かかるんですよ?」

 

「あはは、いや~ごめんねぇ! アクアさんにまで手を出した助手君に、ちょっとイラっときちゃった! 弁償するから許して!」

 

 そう言いながら、クリスは突き立てたダガーをグリグリと動かします。ああ、アクアの顔がグチャグチャになってます。後でカズマの部分だけ切り取って、保管しますか。

 

「助手君って本当に最低だね。めぐみんは、こんな人を本当に好きなの?」

 

「ええ、カズマは私を愛してくれていますから」

 

「ありゃ、ちょっとみない間に妙な歪み方したねぇ……」

 

 私は至って正常です。むしろ、さっきから写真に写るアクアの顔を執拗に切りつけるクリスの方が異常に見えます。

 

「めぐみん、実はあなたにとっても有益な情報を手に入れたの」

 

「情報……ですか?」

 

「うん、助手君の浮気に関する重要情報だよ」

 

 彼女はそう言ってから、メモ帳を取り出して日時と場所を記入していく。そして、メモ帳から乱暴に紙を引きちぎり、こちらに手渡してきました。

 

「これは?」

 

「その日時に、そこへ行けば分かるよ。助手君の予定を手に入れるのは、苦労したんだからね」

 

「なるほど、ここですか……」

 

 私は、紙に記された場所を見て首をひねります。こんな所で、カズマは誰と浮気するのでしょうか。なんだかバチあたりです。

 

「感謝しますよクリス」

 

「めぐみんも頑張ってね!」

 

「ええ、この浮気で、証拠写真は十分になりますね」

 

 

 

 私は、あの女にこれらの写真を見せた時、どんな反応をするのかを想像しながら帰路につきました。道中、私は思わず笑ってしまいます。

 

 

 

そして自分の想いを再確認するように呟きました。

 

 

 

「カズマカズマ、愛していますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故か私の目から涙が溢れ、止まらなかった。

 




次回以降、めぐみんがとある事をするまで、ギャグ薄めのドロドロ話になります。
ごめーんね!


それにしても、指差し出したら、指切りしようとするなんて、萌え殺す気ですか!
加えて、ダクネスを甲斐甲斐しく介護してあーんもやってあげるなんて、アクア様はやっぱり慈悲深くて母性たっぷりの素晴らしい方ですよね。その事を再認識できました。

天使か……! いや女神だ……!

A・M・M!(アクア様マジ女神!)

アニメ「この素晴らしい世界に祝福を!」3巻のBDが本日発売ですよ!
アクシズ教徒なら買わなきゃ! いや買え!


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てぃーちんぐゆんゆん幕間:便乗短編(elonaネタ)

某elona作品に触発されて書いた便乗短編です。
elonaを知らなければ理解に苦しむ描写があります。
elona omake overhaulのネタを使っています。
本編とはほぼ無関係であり、無理して見る必要はありません。


 

「カズマーっ! みなさいよコレ! 凄いもの手に入れたわよ!」

 

「なんだ、駄女神? ウキウキだな」

 

「だって本当に凄いものなのよコレ!」

 

 紅魔の里からアクセルの屋敷へ帰還し、しばらく経った頃、アクアそんな事をほざきながら俺に抱き着いてきた。彼女の手には何やらゲームソフトの箱のようなものが握られている。また、どっかからガラクタを手に入れてきたのだろうか。

 

「それは本当に凄いものですよ、カズマさん」

 

「おうっ!? ゆんゆんじゃないか!」

 

 俺の部屋に新たな侵入者が現れる。それは、先ほど街でクエストを終え、色々とヤって別れたばかりのゆんゆんであった。

 

「あ、カズマ! 手持ちが足りなかったから、ゆんゆんにお金借りたの。カズマさん払って!」

 

「お前……ほらゆんゆん、お釣りはいらん」

 

「はい、ここは素直に貰っておきます」

 

 ゆんゆんは俺から金を受け取り、微笑んだ。それから、俺はアクアとゆんゆんから、この凄い物とやらの説明を受ける。なんでもウィズの店が仕入れたもので、バニルもその価値を認めて高値で店頭に並べていたらしい。それをアクアが購入したわけだ。

 

「この『elona』ってゲームは起動して寝室に置くだけで、寝てる間に夢を操ってVRモノみたいな仮想現実で遊べるゲームらしいわ! カズマ、あんたこういうの好きでしょ?」

 

「大好きだけど、VR系はデスゲームになるのがお約束があってだな……」

 

「カズマさん、その辺は安心してください。ウィズさんとバニルさんが呪いの類がない事を確認済みです。それに、今は亡き魔法大国ノイズが制作に関わっている由緒あるものらしいですよ」

 

「余計心配になってきたぞゆんゆん!」

 

 その国の遺産のせいで、これまで大変な目に何度か遭遇してきたのだ。まぁ、あの国がなければ、めぐみんとゆんゆんが生まれなかったと考えると、感謝してもしたりない存在なのだが……

 

「カズマ、今夜は皆で一緒に寝て、このゲームで遊ぶわよ!」

 

「へいへい、ゆんゆんも参加するのか?」

 

「ええ、私も気になっていますしね」

 

 

 

 という事で、めぐみんとダクネスにも夕食時に説明し、参加してもらう事となった。ちなみに、めぐみんとゆんゆんはお互いに怖いくらいの笑みを張り付かせて話していた。うっ、少し胃が痛くなってきた。

 そして、その夜、屋敷のホールで俺達はゲーム盤を中心に布団を敷いて寝ていた。ゲーム盤と俺を中心に×印をかくような布団配置である。なんだか、謎の儀式を行うようで、なかなか寝付く事ができない。何よりムラムラしていた。何せ、男にとって最高の状況である。

 

「ふへへ、かじゅまさん~」

 

「おい駄女神! 寝相悪すぎだぞ!」

 

 早くも布団に侵入してきた駄女神と取っ組み合いを始めていると、俺の両隣にまたも侵入者が現れる。

 

「カズマ、今日は冷えますね。くっついていいですか?」

 

「欲望をぶつけるなら私だけにしておけ。あとあと面倒になるぞ?」

 

「お、お前らなぁ……!」

 

 ああ、両腕にダクネスとめぐみんの柔らかい感触が! はなせ! はな……ありがとうございますありがとうございます!

 

「カズマさん、私も寒いです! だから私も……いたいっ!? 誰!? 私を蹴らないでください! あうっ!? また蹴られた!」

 

 俺の足元から、ゆんゆんの苦痛の声が聞こえてきた。そして、めぐみん達の下半身がやけに活発に動くのを感じ取る。こいつら……!

 

「さっさと寝やがれ!」

 

 俺は抱き着いてくる奴らを振りほどき、隠し持っていたポーションの封を開けた。王都で保険として購入していた超強力な睡眠ポーションである。封を開けた瞬間、液体が気化して煙があたりに充満する。そして、尋常じゃない眠気に襲われる。ああ、早く寝よう。こいつら全員に欲望を叩きつける前に……

 

 

 

 

 

 

 頭の中で、何やらプロローグのようなものが始まった。どうやら、アクアの買ったゲームが正常に起動したようだ。そして、プロローグを俺は流し聞く。ちょっと、固有名詞が多くて分かりづらい。要約すると、乗っていた船が沈没し、善意ある二人に助けられた所からゲームが始まるようだ。

 ちなみに、ゆんゆん曰く、このゲームの主人公(?)は俺に設定したらしい。俺以外はその世界の住人や冒険者にランダムで割り当てられるそうだ。寝る前に、とりあえずの目標は『ゲーム世界で全員と合流する事』と決めた。ゲーム世界で、お互いどんな配役なのかを確認して楽しむためだ。

 また、俺はレベル1スタートではなく今の俺のスキルなどが、ある程度反映されるらしい。まぁ、おもしろかったら、初期ステータスで始めるのもいいかもしれない。ただ、嫌な予感がするので、これでいいと俺の勘が告げている。

 

 

 そして、俺はゲームの世界に降り立った。揺らめくたき火の炎の輝きに、肌寒い風と湿度の高さを感じる。どうやら、自分は薄暗い洞窟の中にいるようだ。身体を動かしながら、俺はこのゲームの凄さを体感する。現実とほとんど変わらない、サキュバスの夢とそっくりだ。

 そうこうしているうちに、俺の前に二人の人間が現れる。沈没した船から俺を救助してくれた緑髪のロミアスというムカツク顔をした男と、綺麗な青髪と整った顔立ちのラーネイレという女性だ。彼らが、この世界のチュートリアルをしてくれるらしい。なるほど、ゲームのお約束だよな。そうそう、こうでなくてはな!

 俺はウキウキとしながら、チュートリアルを進めたのだが、俺は早くもこのゲームをやめたいと思い始めた。まず始めに、腹が減ったら食事をしろという当たり前すぎるチュートリアルで、妙なものを食わされた。

 

「おえええええええっ!? なんじゃこりゃ!? 目が回るっ!? 気持ち悪い! でもうめえええええええええええええええっ!」

 

 この世界では、俺が見たアイテムは名前がホップアップで表示される便利な世界だ。今食べたのは、『乞食の死体』という謎肉だ。乞食……さすがに人肉ではないはずだ。だってチュートリアルのキャラが、そんなものを俺に渡すはずがない。それになんだか美味しいし。そして、渡された食べ物を食べたと、そのキャラに報告すると、素晴らしい言葉が貰えた。

 

 

 

「本当に食べてしまったのか?」

 

 

 

なんだか、不安になる一言である。まさか、本当に人肉じゃないよな……

 

 

 

 恐怖に震えながら、俺は悪辣なチュートリアルを進める。何度も緑髪のエレアとやらを、ぶっ飛ばそうかと思ったが、必死に耐える。チュートリアルをきちんと聞いておかないと、後で詰むかもしれないからな。そして、ロミアスは俺に呪われた弓と、解呪の巻物をくれた。なるほど、初期装備と解呪の説明か、なかなか親切じゃないか。

 俺は呪われた弓を装備してから、解呪の巻物を読んだ。だが、システムメセージによると、装備品の解呪に失敗したらしい。

 

「あの、ロミアスさん。さっき貰った弓の呪いの解呪が失敗したんですが……」

 

「じゃあ、次は戦闘の練習だ。このプチをミンチにしてくれ」

 

「解呪失敗のフォローなしかよ!」

 

 いい加減、腹が立ってきた俺は、緑髪が戦闘のチュートリアルで召喚したスライムっぽい3匹を呪われた弓で始末し、さっさとこの二人に別れを告げた。なんだか、この世界が分かったようで、よく分からない、受ける意味が本当にあったか疑問に思うチュートリアルだった。

 

 そして、俺は洞窟から出て、割と近い位置に見える街を目指す事にした。道中、ヘボイモンスターに遭遇するが、そいつらは全員始末していく。モンスターは雑魚なのだが、弓の呪いのせいか、頻繁にランダムテレポートが繰り返されるのだ。そのたびに、イライラとあの緑髪に対する恨みが募る。今度会ったら絶対殺す! そう心の中で決心し、俺は街へとたどり着いた。

 

 

 

 街へ着いた時、システムメッセージが表示される。なんでも、冒頭の船の沈没の際に離れ離れとなったペットと再開するというイベントが発生したようだ。ペット……犬とか猫か?

 

 

 

 

 

「あ、カズマー! 遅かったじゃない!」

 

「お前かよ!」

 

 街中からこちらに笑顔を浮かべながら駆け寄って来たのは、駄女神アクアである。こいつ、ゲーム盤に俺のペットとして配役されたのに気付いているのだろうか?

 

「どうやら、私がカズマに一番始めに合流できたようね! ねぇ、カズマ、私ってどんなポジション? ここで待っとけっていう指示しか出されてないんですけど! 冒険の初期仲間、それとも生き別れた恋人とか!?」

 

「俺のペット」

 

「なんでよーっ!?」

 

 泣きながら胸に飛びついてくるアクアを俺は軽く抱き留める。今まで、一人であったこともあり、こいつの存在は非常にありがたい。

 

「おいアクア、色々とムカツク事があるけど、このゲームマジで凄いな」

 

「ふふーん、そうでしょ? これで寝ている時も遊べるわ! このアクア様に感謝しなさい!」

 

 一転して、ドヤ顔でふんぞり返るアクアを見て苦笑する。まぁ、こいつと一緒なら楽しくやれそうだ。

 

「へいへい。それでアクア、お前は俺のペットらしいが、くくりとしては冒険仲間っていうポジションだ。戦闘はできそうか?」

 

「うーん多分できそうよ。この世界の私の種族は文字通り“神”よ。例えば、あんたの装備してる弓の呪いなんかも一発で解呪できるわ! はい、“ブレイクスペル”! まったく、神を仲間にするなんて、カズマさんは最低のチート野郎ね! 」

 

「おお、マジで呪いが解けてる。まぁ、お前がチートなのは、今となっては否定できないな……」

 

「当然よ! それより、あんたのステータスはどうなのよ?」

 

 アクアの言葉で、俺はハッとする。そういえば、自分のステータスを確認していない。俺の職業などはゲーム盤が適正に応じて勝手に設定するそうだ。さてさて、俺はどんな職業に設定されたのだろうか。初期増備が刀とダガーであったことから、侍とか、ニンジャであろうか。若干ドキドキしながら、俺はステータス画面を開いた。

 

「…………」

 

「どうしたのカズマ? もしかして職業が音楽家とかだった? なんなら、私が音楽について教えてあげよっか?」

 

「いや、俺って『ジューアの観光客』らしい。職業、観光客……」

 

「プークスクス! カズマってあの最弱職の観光客なの!? ちょううけるんですけど! しかも、ジューアってならず者集団の種族よ! あんたにぴったりじゃない!」

 

「うっせーっ!」

 

 腹を抑えて爆笑するアクアを俺は睨み付ける。それにしてもゲームの世界でも、俺の扱いはこれかよ。なんだか悲しくなってきた。しかも、ステータスに表示されていた、先天的特性(フィート)も割とヒドかった。

 

『あなたの先天特性』

 

あなたはとんでもない色魔だ。(魅力+8)

あなたは気持ちいい事(sex)の達人だ。

あなたは類稀な幸運の持ち主だ(幸運の女神の寵愛)

 

 どうやら、俺の先天的特性はエロイ事らしい。否定できないのが実に悲しい。というか、このゲーム世界でもサキュバスの夢のようにエロイ事はできるのだろうか。

 

 

ふむ……

 

 

「おいアクア」

 

「クスクス……! なあにカズマ?」

 

「ほい」

 

 俺はアクアの胸を鷲掴みにした。ふむ、現実世界とほぼ変わらない弾力だ。いや、でも違和感が少しあるな。でも、このゲーム、もしかしてとんでもないエロゲーかもしれない。

 

「なっ……なにを……ひゃあああああああああっ!?」

 

「おい、逃げるなよアクア!」

 

 アクアは、俺の腕を振りほどき、真っ赤になって街の中へ逃走した。いまさらこれくらいで動揺するなよと頭の中で悪態をつきつつ、アクアを追いかける。彼女は近くにあった井戸に体を隠し、俺を警戒するように見つめてきた。

 

「まったく、いきなりあんな事するなんて、女神への接し方がなってないわ!」

 

「悪かったって……それより、井戸から離れろ。落ちたら危ないぞ」

 

「バカねカズマ! 私がそんな子供みたいあああああああああああっ!?」

 

「アクア!?」

 

 駄女神が足を滑らせて井戸の中に落っこちた。はぁ、やっぱりコイツは世話が焼けるな。俺はすぐさま井戸に駆け寄り、アクアに声をかけて手を伸ばす。

 

「アクアー! 大丈夫か!?」

 

「カズマ! 助けて……たすけ……!」

 

返事が消えた。そしてシステムメッセージには無慈悲な文章が表示されていた。

 

“女神アクアは死んだ。あなたは悲しくなった。”

 

 

「マジかよ……」

 

 

 俺はとんでもない喪失感に襲われた。いくらゲームの中とはいえ、アイツが死ぬとこを見るなんて……

 押し寄せる何かの感情を、頭を振って消し飛ばす。大丈夫、所詮ゲームだ。蘇生方法もきっとあるはずだ。ここはひとまず酒場で情報収集と行こう。そして、酒場のNPCに片っ端から話しかけると、ペットの蘇生をしてくれるという人物がいた。いきなり解決である。

 

「すいません。ペットの蘇生をお願いしたいんですが……」

 

「はいはい、『女神アクア』の蘇生には、899900ゴールドかかりますが、よろしいですか?」

 

「金取るのか!? しかもたけぇ!」

 

 俺は早速詰んだ。しかし、蘇生はやっぱり可能なようだ。多少気楽になった事で、落ち込んだ気分もひとまず治る。さっさと金稼いでアクアを復活させるとするか。

 

 そうはいっても、金の稼ぎ方が分からない。そして、街を歩いているうちに、どんどんとお腹が減ってくるのを感じる。空腹度をゲームに実装するとは中々リアルだ。俺は食料品店に行くが、無一文のため食料が買えない。持っていた初期装備を売ってお金を得ようとしたら、3ゴールドというはした金にしかならず、買い物ができない。

 

ヤバイ、腹減って死ぬ……

 

 極度の飢餓状態で俺は頭がおかしくなりそうであった。ああ、あの街を歩く幼女のニク、ウマソウダナ……っていかんいかん! 何を考えてるんだ俺は! いくらゲームとはいえ、人肉喰いはやっちゃダメだ!

 

俺はパン屋へと駆け込み、店主に土下座して頼み込んだ。食糧をわけてくださいと。

 

「兄ちゃん、乞食か?」

 

「はい、乞食です! だから食料をめぐんでください!」

 

「はぁ……そこに置いてあるスティックパンなら無料で食べていいぞ」

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 どうやら、このゲーム世界の住人は緑髪の糞野郎みたいな奴ばかりではないらしい。俺は店主に感謝しながら、スティックパンを遠慮なく食べた。

 

 

 

 

「おえええええええええええええっ!?」

 

「あ、それ呪われてたわ」

 

 

 

 

 ゲロを吐きながら、呪われたスティックパンを体外へ出す。野郎、ハメやがったな! しかし、もうダメだ。まさか、初の死因が餓死とは……なんだこのクソゲー! 

 

 

 

 

そして、目の前が真っ暗に……

 

 

 

 

 

「カズマさん、起きてください」

 

「ゆんゆん……?」

 

「違います。私ですよ」

 

 重たい目蓋を開けると、長い白銀の髪と白い肌が目に入る。そして、頭には、ふにふにとした柔らか弾力があった。どうやら、俺は彼女に膝枕をされているようだ。

 

「エリス様?」

 

「はい、私ですよ」

 

 そういって、エリス様は俺の頬を撫でる。周囲を改めて見てみると、どうやらここは質素な宿屋の一室のようだ。

 

「なぜエリス様がここに?」

 

「いいじゃないですか。別に、ゲームで仲間外れにされて怒ってなんかいませんし」

 

「それ怒ってるって、暗に伝えてますよエリス様」

 

「そんな事ないです!」

 

 彼女は、頬を膨らませながら、おれのほっぺたを指でつついてくる。あかん、やっぱりエリス様はくっそ可愛いな……

 

「私も、このゲームに参加させてもらう事にしました。いいですよね?」

 

「もちろんです。というか、エリス様が復活させてくれたんですか?」

 

「そうですよ。餓死するなんて、カズマさん、カッコ悪いです」

 

「うぐっ……!」

 

 エリス様にカッコ悪いと言われて、俺のハートはボロボロだ。彼女はこちらをクスクスと笑いながら見た後、クーラーボックスを虚空から取り出し、俺に渡してきた。携行に適したちょうどいい大きさである。

 

「カズマさん、ここに食料を入れておきました。お腹が減ったら、食べてくださいね?」

 

「エリス様はやっぱり慈悲深い女神ですね……さっそく、一つ食べていいですか」

 

「どうぞ、よーく味わって食べてくださいね?」

 

 俺は微笑むエリス様の前で、クーラーボックスを開ける。そこには3つの料理がラップに包まれて保存されていた。料理に目を向けると、そのアイテム名がホップアップで表示される。

 

『クリスステーキ』 『クリスコロッケ』 『エヘカトルのピリ辛炒め』

 

 

「エリス様、これって……?」

 

「なんですか? たまたま、クリスってモンスターがいたので食材として使っただけですよ」

 

「そ、そうですよね! ちょっと変な物食わされて過敏になってましてね。それじゃ遠慮なく、頂きます…………って、うまああああああっ!?」

 

 俺は恐る恐るクリスステーキを食べたのだが、涙が出そうな程の美味さで発狂しそうになった。満腹度と、ついでに色んなステータスが跳ねあがるのを感じる。クリスか……どんなモンスターなんだろうか。

 

「ご馳走様! 美味しかったですよエリス様!」

 

「ふふっ、そうですか。私も嬉しいですよ……」

 

「残りも後で美味しく頂きます! ところでエリス様、あなたは俺の旅仲間って事でいいんですか?」

 

「ああ、その事に関してですが……」

 

 エリス様が俺の前に立ち、両手を合わせるようなポーズを取る。そして、彼女の背中から純白の羽がバサッと現れる。周囲に白い羽毛が舞った。その姿はまさに女神そのものだ。

 

「私の配役は、この世界でも『幸運の女神エリス』です。カズマさん、私を信仰しませんか?」

 

「喜んで!」

 

 こうして、俺はエリス教徒となった。どうやら、彼女には降臨制限があるらしく、ゲーム中でも気軽には降臨できないらしい。だから、旅には参加できないそうだ。その代り、彼女に貢物を捧げれば、様々な特典を貰えるらしい。

 

「エリス様、俺は何を捧げればいいんですか?」

 

「ふふっ、私の信徒はあなただけです。だから、あなたの“愛”を私に捧げてください」

 

「愛ですか……ククク! それじゃあエリス様、俺の愛を受け取ってください!」

 

「あ……カズマさん……んぅ……やぁ……!」

 

 

 

 

 

 という事で、エリス様に“愛”を注ぎまくった。いや、捧げまくった。このゲームはエロゲーとしてはなかなかだと思うが、やはり、現実に比べると具合が大味だ。所詮夢か。

 

「あひ……あへ……ひゃうっ……!」

 

「エリス様、大丈夫ですか?」

 

「ひゃい! だいじょびです! かじゅまさん、あなたに、わらひの寵愛をざずけまひゅ!」

 

 エリス様が、ベッドの上で体をビクビク痙攣させながら、祈りのポーズを取った。すると、俺の前にいつくかの武器や宝玉が現れた。

 

「はぁ……ふぅ……カズマさん、あなたの信仰度はMAXです。神器をいくつかあなたに授けます。ちなみに、神の下僕は“使って”しまったのでありません」

 

「まぁ、貰えるなら貰っときますね」

 

「ええ、冒険に役立ててください。私は……もう限界……ふきゅ……!」

 

 

 

 エリス様は光に包まれて消え去った。ご苦労様である。そして、俺はエリス様から貰ったものを物色する。まずは、エリス様から剥ぎ取ったパンツ、これはポケットにしまっておこう。次に、神器『ラッキーダガーver:eris』、どうやらチート性能の武器のようだ。迷わず装備する。そして、『エリスの宝玉』、これは……120時間ごとに仲間を蘇生可能!? ちょうどいい! 俺はその宝玉に、アクア復活を願ってみた。その瞬間、目の前に光の柱が現れる。すると、アクアが満面の笑みを浮かべながら現れた。

 

 

「私、ふっかーつ! カズマ、寂しくなかった?」

 

「俺はガキか! それよりアクア、大丈夫か? 傷とか残ってないか?」

 

「わっ、ちょっと!? 素直に心配されると、それはそれで恥ずかしいんですけど!」

 

 恥ずかしがるアクアに構わず確認したが、どうやらきちんと蘇生できているようだ。エリス様に感謝の祈りをしつつ、俺は安堵した。はぁ、よかったよかった……

 

「というよりカズマ! あんたから私以外の神の加護を感じるんですけど!」

 

「ああ、俺、エリス様を信仰する事にしたから」

 

「私も立派な神様よ! 私も信仰して、ね? ね?」

 

「無理」

 

「なんでよーっ!」

 

 俺は、縋り付いてくるアクアを引きずりながら街へ出た。さっさとアクア以外の仲間も見つけたいのだ。それにお金を稼ぐ必要もある。さっきみたいな餓死は勘弁願いたい。

 

「ところでアクア、お前はこのゲームの事をどれくらい知ってるんだ? 金の効率良い稼ぎ方を知りたいんだが」

 

「むぅ……私は説明書の最初しか見てないわ。せいぜい、職業や種族について軽く知っているだけよ」

 

「使えない女神だな」

 

「ちょっと、失礼ね! でも、私はこういう自由度が高いゲームのお約束を知ってるわ!」

 

 ふんぞり返るアクアに、俺は素直に顔を寄せる。この女神は案外、漫画やゲームについて詳しい。この手のゲームの知識もわりかし持っているのだ。

 

「NPCからお金と装備を奪うのよ!」

 

「やっぱ、アクシズ教ってクソだな」

 

「待って! これはゲーム、ゲームの中だから! アクシズ教の子達は、現実ではそんな事しません!」

 

 アクアがさめざめと泣き始めるのを見ながら、俺は内心それでいこうと決心した。まぁ、洋ゲーなんかじゃ俺もよくやってた手段だ。幸い、窃盗スキルは持っているため、これでNPCの装備を盗んで、売り飛ばす事にする。

 

「アクア、悔しいがその案で行くぞ」

 

「ふふん、私に感謝しなさいよね!」

 

 そして、上機嫌のアクアを連れて、俺はNPCからスティールで装備を剥いでいく。どうやら、俺の窃盗スキルと隠密スキルはかなりレベルが高いらしく、NPCに気付かれる事なく、順調に盗む事ができたのだ。

 

「よし、次はアイツを……!」

 

「カズマ、アレはやめときなさい」

 

「なん……!?」

 

 思わず上げそうになった抗議の声を引っ込める。俺が次に狙いを定めた人物は、浮浪者のようなボロ布を羽織っていた。だが、その人物を見ると、とてつもない無力感に襲われた。あれはラスボス級の強さだ。俺の勝てる相手ではない。そんな気がした。

 

「カズマ、盗った装備を売りにいきましょ?」

 

「そうだな、もう十分……」

 

 

『ぎゃあああああああああああっ!?』

 

『通り魔に誰かやられたぞ!』

 

 

 不意に、街に断末魔の悲鳴が響きわたる。実はこのゲームの治安は結構悪い。俺も何度もスリにあってるが、そのたびに運よく下手人に気付き、叩きのめしているのだ。おかげで、まだ被害はない。しかし、殺人も起こるのか……

 

「カズマ、さっきの強そうな人、通り魔にやられちゃったみたいよ?」

 

「はぁ!?」

 

 俺は急いでさっきの人物の元へ急いだ。そこには、確かにラスボス並に強そうな人の死体と装備が転がっている。このゲームの通り魔怖すぎだろ!

 

「カズマ、装備貰っていきましょ?」

 

「お前も結構ドライな奴だな!」

 

 とはいうものの、お金は欲しい。俺は彼の死体を物色した。結構よさげな装備品に、なんだか凄そうな剣が目に入った。

 

「おいアクア、この剣……」

 

「嫌な予感がするから、ポイしなさい!」

 

「うーい」

 

 俺は近くにあった釣り具屋の池に剣を投げ入れた。案外、こいつの勘は馬鹿にできないのだ。ちょっと、もったいないけどな。

 

「さぁカズマ! さっさと盗品を売って、一杯やるわよ!」

 

「お前は夢の中でも酒かよ……」

 

 

 

 

 

ちなみに盗品だとバレて、装備はほとんど売れませんでした。

 

 

 

 

 

「んへへ、カズマ、クリムエールもう一杯ちょうだい?」

 

「あぁ? だったら、俺を楽しませろや!」

 

「カズマのえっち! ほら、女神のパンチラ!」

 

「いらねー! でも、お酒あげちゃう!」

 

「んへへへ!」

 

 俺とアクアは、無料同然で入れた宿屋で、酒を買い込んで酔っ払っていた。なんだか、仲間を探すのも面倒になり、有り金全部を使って酒と食料を買って好き放題していた。このゲームは、一晩で、体感時間で数えて2週間ほど過ごせるらしい。酔いも、気持ちいい事も、大味なので、あまり楽しくないが……

 

「カズマさん、ぎゅーっ!」

 

「おほっ!」

 

 まぁ、アクアと一緒なら退屈はしない。それからは、アクアにセクハラしたり、酒をガブ飲みして無為の時間を過ごした。

 

「んふふっ……」

 

「おいアクア、夢の中で寝るなー! チッ、外出して暇をつぶすか」

 

 俺は、ベッドに眠るアクアを寝かしつけ、フラフラとした足取りで街へ出る。しかし、何もする事がない。こうなったら……

 

 

 

 

「へい姉ちゃん、可愛いな! 一発やらないか?」

 

「なかなかの体つきね! よし買うわ! いく……!」

 

「マジか!?」

 

 NPCの女性をナンパしたら、いきなり服を脱ぎ始めた。ほう、これは男として答えてやらねばな!

 

「きくぅ」

「はぁはぁ!」

「ニャア」

「くやしい……でも……!」

 

 

 

 

「よかった……! これが自分の財布の中身の全てよ……!」

 

「金までくれんの!?」

 

 ヤリ終わった後、彼女は結構な金額を俺に渡してきた。ありがたく受け取ると、彼女はその場で奇声を上げながら、ぐるぐると回り始めた。うわ、キ○チガイになってしまった。もう関わらないようにしよう。

 そうして、彼女から離れた後、俺は別の女性に声をかけた。なんと、ここでも売りが成功した。なるほど、金はこうやって稼ぐのか。

 

 

 

「おっ、姉ちゃん! 俺の嫁ソックリだな! ヤラせろ!」

 

「カズマさん、やっと見つけました! ってなんですか!? カズマさん、こんなところで……ひゃあぅ!?」

 

 

 

 

 

 俺が再び意識を取り戻した時、俺の前には、アクアとゆんゆんの姿があった。あら、いつのまにゆんゆんと合流したんだ?

 

「カズマ、起きた?」

 

「大丈夫ですか?」

 

「んぁ……」

 

 二人に支えられて、俺は立ち上がる。場所はアクアを寝かした宿屋の一室だ。街を出た俺は、ヤリまくって……どうしたんだっけ?

 

「カズマさん、酔っぱらってるあなたを私が回収したんです。感謝してくださいね?」

 

「おう、すまんなゆんゆん。にしても、俺達の居場所が良く分かったな」

 

「私は説明書を読んでいましたからね。カズマさんが、この始まりの炭鉱街『ヴェルニース』にいるって分かっていました」

 

 それから、俺達はゆんゆんの事について聞いた。彼女は、この世界の冒険者という配役らしい。種族はエウダーナ、職業は魔法使い。彼女はスタート地点であったヨウィンという村からここまで歩いてきたそうだ。

 

「私は高レベル冒険者です! 旅の護衛は任してください!」

 

「頼りにしてる。まぁ、サクっとダクネスとめぐみんを見つけて終わりたいがな、正直なところ」

 

「なんでよカズマ? 夢の中でもお酒飲めるなんて、最高じゃない!」

 

 アクアは大喜びみたいだが、俺は結構不満がある。おもしろい事は確かなのだが、何かしらの狂気をいたるところから感じるゲームである。やり続けると、頭がおかしくなりそうだ。何より……

 

「あまり気持ちよくない」

 

「あ、それは私も思いました」

 

「ゆんゆんもそう思うか」

 

「ちょっと、あんた達! 何の話よ!」

 

 突っかかってくるアクアをいなし、俺達は作戦会議を始める。ゆんゆんが持っていたこのゲームの世界地図を開き、全ての街の位置を確認する。このヴェルニースは、やや西側に位置するみたいだ。しかし、あの二人がいる所なんて見当がつかない。

 

「アクア、女神パワーとやらで、めぐみん達の場所が分かったりしないか?」

 

「バカねカズマ! 女神をなんだと思ってるの!? いちいち、下々事なんて分かるわけないじゃない!」

 

「使えねー」

 

「まぁまぁカズマさん、アクアさんの言う通りですよ。女神だからといって、いちいちそんな事を知っているわけありませんよ」

 

 ゆんゆんの言葉に俺は押し黙る。まぁ、確かにそうかもな。でも、一応、本物の女神にも聞いておこう。俺は、祈りのポーズをとった。

 

 

「エリス様、めぐみん達の場所は分かりますか?」

 

『カズマさん、それはシステム的に答えられません。でも、ヒントはあげちゃいます。あの子たちの性質に合う街にいるようですよ』

 

 その言葉に、アクア達も驚いている。どうやら、全員にエリス様の声が届いているようだ。さすがエリス様、頼りになる女神である。

 

「という事らしいぞ」

 

「なるほど……」

 

「ねぇカズマ、今からでもアクシズ教に乗り換えない?」

 

「お断りします」

 

「だからなんでよーっ!」

 

 アクアに泣きつかれながら、俺は考え込む。こいつらの性質に合う場所か。ペットのアクアは除外するとして、ゆんゆんは確か初期位置はヨウィンだったか……

 

「あ、分かった。ゆんゆんは田舎少女だから、農村のヨウィンが初期位置だったんだな」

 

「カズマ、あんたなかなか鋭いじゃない! 多分その通りよ!」

 

「失礼な! 私は都会派です!」

 

 プンスカ怒るゆんゆんを尻目に、俺はワールドマップと、街の説明文を読んでいく。ダクネスは属性過多で推測しにくいため、先にめぐみんの居場所を考察する。めぐみんの性質に当てはまる場所か。

 

「なぁ、ルミエストって街はどうだ? ここは魔術師ギルドがあるし、めぐみんがいるかもしれんぞ?」

 

「カズマ、それはないわ」

 

「私も同意します」

 

 俺の推測に、二人はダメ出しする。結構いい線だと思ったのになぁ。しかし、ここ以外はめぐみんの性質とは合いそうにない気がする。

 

「お前らは、めぐみんがどこにいると思う?」

 

「ここだわ!」

 

「ここですね」

 

 二人は、ワールドマップのとある場所を同時に指さした。俺は、その街を見て若干呆れる。こいつら、仲間や親友に対して、結構ヒドイ奴らだな。そう思いながらも、俺はどこか納得してしまった。めぐみんにピッタリ……とはいえないが、いてもおかしくない。

 

 

 

「無法者の町『ダルフィ』ねぇ……」

 

 

 

次の目的地が決まった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ここがダルフィかぁ……」

 

「カズマ、道中色々あったのにカットするの!?」

 

「アクアさん、カズマさんが行商人を襲撃して商品を略奪しようとしたら、逆に返り討ちにあった、なんて話はなかったんです。いいですね?」

 

「あ、うん……」

 

 という事で、俺達は無法者の町『ダルフィ』にやってきた。町は一目でスラム街だなと思えるようなボロ屋が立ち並び、育ちの悪そうな奴らと、扇情的な恰好をした娼婦が道を歩いている。まともな人間が住めるような場所ではないのは確かだ。

 

「うわ……本当にここにめぐみんがいるのか?」

 

「カズマさん、めぐみんですよ? 多分この町に逃げ込んだ犯罪者、もしくは娼婦でもやってるんじゃないですか?」

 

「カ、カズマ! この子ちょっと発想が怖いわよ!」

 

「俺も全面的に同意するが、お前もめぐみんがここにいるって言ってたじゃねぇか!」

 

「うっ……!」

 

 目を逸らしたアクアに俺は嘆息する。いったい彼女たちのめぐみんのイメージは一体どのようなものになっているのだろう。流石に娼婦になっためぐみんはゲームとはいえ見たくないなぁ……と思案していた時、町に爆発音が鳴り響いた。

 

「お前ら、めぐみんはやっぱりここにいそうだな」

 

「間違いないわね……」

 

「娼婦って爆発しましたっけ?」

 

「ゆんゆんはめぐみんが娼婦って考えから離れろよ! ほら行くぞ!」

 

そして、俺達は爆発音が聞こえた方角へと足を運ぶ。道中、こっちに寄って来る娼婦を容赦なく蹴り飛ばす。ゲームの中でまで娼婦なんか抱きたくないしな。

そんな風にNPCをあしらいながら進んでいると、見慣れたトンガリ帽子が俺達の目についた。

 

「あ、カズマさん。いましたよ……」

 

「やっぱめぐみんだったんだなこの爆発音」

 

「よかったわねカズマ、ちゃんと人間みたいよ」

 

「アクア、お前もめぐみんをなんだと思ってるんだ……?」

 

俺達の会話する声に気が付いたのか、めぐみんもこちらを見てにっこりと微笑んだ。ん? めぐみんが右手に持つ武器って……

 

「カズマ、随分と早く合流できましたね」

 

「まぁ、色々あってな。それよりめぐみん、お前の右手に持ってる武器ってアレか?」

 

「アレがなんなのか知りませんが、“手榴弾”っていう面白い武器ですよ。カズマが以前作ったダイナマイトみたいなものです」

 

「やっぱりか……」

 

どうやらこのゲーム、『elona』とやらを作ったのは転生してきた日本人で間違いないようだ。元の世界では実物など見た事ないが、その現代兵器らしい無機質さに、少し懐かしさを感じる。

 

「カズマ、これって凄く楽しいんです! 見ててくださいね!」

 

「ちょっ、お前!?」

 

止める暇なく、満面の笑みを浮かべためぐみんが周囲に手榴弾をバラまいた。そして数秒後、爆音と爆風が強い光を伴って周囲を包み込んだ。俺はゆんゆんとアクアと庇うようにして地に伏せる。

 

 

そして、爆風が収まったあと、目をあけると……

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

「カズマさん、めぐみんはやっぱり犯罪者でしたね」

 

「めぐみん!? あなたゲームと現実の区別はつく子よね!? ねぇ、そうよね!?」

 

「いたたたたたっ!? 放してくださいアクア!」

 

俺とゆんゆんは、アクアに体を揺さぶられるめぐみんを半目で見る。

 

 

何故なら……

 

 

 周囲は血の海と化していたからだ。手榴弾による攻撃で周囲を歩いていた娼婦や乞食が爆殺され、体の残骸が飛び散っている。心臓や眼球などの体の一部が周囲に転がる光景は、ゲームとはいえ気分が悪い。

 

「めぐみん、お前のこのゲーム世界での配役はなんだ?」

 

「私ですか? 私は爆弾魔のめぐみんっていうNPCらしいですよ」

 

「やっぱり犯罪者でしたねカズマさん」

 

「めぐみん……」

 

「おいこら、そこのぼっち紅魔族! やっぱりとはどういう意味か教えてもらおうか!」

 

 怒るめぐみんを抑え込み、なんとか話に持ち込む。どうやら、彼女はここでとあるアイテムを売るNPCとして配役されたそうだ。しかし、NPCなため、基本は町から出られないらしい。彼女は暇を持て余して初期装備の手榴弾で、他のNPCを殺害して遊んでいたようだ。

 

「めぐみん……」

 

「カズマ、どうせこのゲームの住人は3日後に勝手に復活します。それに、これは正当防衛です。いいですか、ここの住民はゴミしかいません」

 

「だからってお前なぁ……」

 

「本当ですよ。カズマはアレを見てなんとも思わないのですか?」

 

「アレ……? ってあいつ!」

 

気が付いたら、俺は走り出していた。そして、ゆんゆんに群がり始めた男性娼婦……男連中を全員切り殺した。

 

「ゆんゆん、大丈夫か!?」

 

「カズマさん、助けてくれたんですね! 今来てくれなければ私が殺害する所でした!」

 

「おう、遠慮なくやれ! 所詮ゲームだしな!」

 

めぐみんの言う通りだ! そう、所詮ゲームだ! だからこれは殺人じゃない!

 

 

 

 

 

 

 

「アクア、そんなに震えてどうしたのですか?」

 

「めぐみん、私、やっぱりこのゲーム買ったの失敗だった気がする……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、という事で会議始めまーす! 議題はダクネスの居場所についてだが……」

 

「カズマ、ダクネスならさっき見ましたよ?」

 

「はい会議終わりまーす!」

 

 

 

 

 

 

会議はあっけなく終わった。どうやら、ダクネスもこの町にいるようだ。俺はめぐみんの案内で目的地……奴隷商人の所へやってきた。案の定、そこには鎖で繋がれているダクネスの姿があった。

 

「よう、ダクネス! 元気か!」

 

「あ、カズマ……」

 

何やら雰囲気の重いダクネスに俺は気圧される。もしかして、辛い目にあったのだろうか。ゲームとはいえ、奴隷だしな。辛い思いをしたのかもしれない。俺は、奴隷商人と交渉して、“お嬢様”という種族のダクネスを買い取った。ちなみに340ゴールドだった。食料品店で売っていたクロワッサンと同じくらいの値段だ。

 

ダクネスはというと、手枷を外された途端、俺に抱き着いてしばらく動こうとはしなかった。

 

「ん……カズマ……」

 

「おいダクネス、もしかしてNPCに凌辱でもされたか?」

 

「いや、そんな羨ましい展開はなかったさ。しかし、少し思う所があってな……」

 

結局、俺は何故か消沈して動かないダクネスをおんぶして運ぶ事になった。めぐみんと、ゆんゆんからの視線が痛い……

 

 

 

 

「カズマカズマ、これからどうします?」

 

「そうだな、もう皆と合流しちゃったしな。ゆんゆんはどうしたい?」

 

「私はカズマさんに従います。アクアさんはどうですか?」

 

「私はもう終わりにしたいわよ……カズマ達があんな事する姿もう見たくないもの……」

 

当初はウキウキで始めたゲームだが、アクアとダクネスの消沈した姿を見てるとそんな気もなくす。

 

「そうだな、もう終わりにするか。正直、寝てる時に金にもならないモンスター討伐をするなんて無意味だしな。現実の方がゲーム以上の驚きと冒険に気持ちのいいセッ……」

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

 

 

 

「ん?」

 

ふと気が付くと、俺の目の前に緑色の髪をツインテールにしている少女がいた。

 

「カズマさん、この子は……!」

 

何やらゆんゆんの焦るような声が聞こえてきたが、俺はつい反射的に答えてしまった。

 

「お兄ちゃん?」

 

 

「そうです! 俺がお兄ちゃんです!」

 

 

 

 

 

その瞬間、目の前の少女が100人以上に分裂した。そして、不協和音のように『お兄ちゃん?』と問いかける声が周囲に響く。バル○ン星人もびっくりの分裂っぷりに思わず俺は後ずさりした。

 

「カズマさん、やってしまいましたね……」

 

「いや、俺にはまるで意味が分からないんだが」

 

「カズマカズマ、これは“妹団”という奴です。お兄ちゃんと聞かれて、『はい』と答えた男を集団レイプする恐ろしい敵です」

 

「一体なんだよこのゲーム……」

 

なんだか全てがアホくさくなり、俺は座り込む。そして、静かなダクネスを膝の上に乗せ、ついでに近くで震えていたアクアを抱き寄せた。

 

 

 

 

「カズマカズマ、大丈夫です。あんなクソガキ共にあなたを渡すわけには行きません」

 

「そうですよカズマさん。私がなんとかしてあげます」

 

『私も助太刀いたします』

 

 

妹と呼ばれるイキモノが俺達を囲むように近づいて来るなか、めぐみんは大きな鉄の塊のようなものを出し、ゆんゆんは魔法の詠唱を始める。

 

また、突如降臨したエリス様も歌うように何かの詠唱を始める。

 

「めぐみん、その鉄の塊って何?」

 

「核兵器っていう凄い爆発物らしいです。こんな淫乱で教育に悪いゲーム世界、全部ぶっ壊して無に帰してやりましょう!」

 

「ア、ハイ……」

 

 

そして、ゆんゆんとエリス様の魔法が、妹と呼ばれるイキモノに炸裂した。

 

「“メテオ!”」

 

『“セレスティアルスター!”』

 

爆熱と光弾にイモウト達が焼かれる中、めぐみんが狂喜して叫んだ。

 

 

 

 

「くたばれ化け物!」

 

 

 

 

めぐみんの核兵器が炸裂し、俺の意識が溶けるように消えていく。

 

そして心から叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

爆発オチかよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ゲーム盤はめぐみんとゆんゆんによって粉々に破壊され、ゴミ箱に突っ込まれていた。

 

<便乗短編 完>

 




という事で便乗ネタでした。elonaOOMでは娼婦プレイは実用的です。
読み返してみると、ギャグとしても微妙な出来ですね。
ぶっちゃけると後半でなんだか面倒臭くなって無理矢理終わらせました。
まぁ、腐らせるのもアレなんで投稿しときます。

次章の序盤はドロドロドロリッチです。


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五章 私達のカズマ
決意する乙女達


※鬼畜描写あり


 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ、ちょっとカズマさん! 本当にここでやるんですか!?」

 

「いいから、いいから」

 

「よくないです!」

 

 抗議の声もむなしく、カズマさんは私を強い力で大木へと押さえつけました。場所は街にほど近い森の中、しかも私が押さえつけられている大木の裏側には街道が通っています。街を出入りする人達のいくらかは、この街道を利用しているのです。もしかしたら、私達の恥ずかしい所を誰かに見られるかもしれない。そんな恐怖と羞恥が私の中で膨れ上がりました。

 

「うーむ、クエストあがりだから汗がまだ引いてないな! ふむ……!」

 

「ひゃうっ!? カズマさん、今の私汚いんです! エッチな事は宿屋でお風呂入ってからしませんか? 私、お外でなんか嫌です!」

 

「ゆんゆんに汚い所なんてないぞ。うむ……腋の匂いも素晴らしい! ここで擦っていい?」

 

「何をですか!? って腋を舐めちゃ……あぅ!? そんな犬みたいな事やめてください……!」

 

 カズマさんが血走った目で私の腋を舐め上げていきます。振りほどこうとしても、カズマさんの力の強さと、腋に受けるムズ痒さのせいで力が抜けてしまいます。いけません、このままじゃ本当にお外で犯されちゃいます!

 

「カズマさん! 本当に勘弁して……むぐっ!?」

 

「――静かに」

 

 私の口を手で押さえて、声音を小さくしてそう語りかけてきました。これはチャンスだと思い、私はカズマさんの手を振りほどこうとしました。しかし、耳に入って来た声で私も動きを止めます。

 

 

『おかしいですね、こちらに来たはずなんですが……』

 

 

 私達がいる大木の裏側から、そんな声が聞こえてきました。私はその声を良く知っています。親友であり、ライバルでもある女性。めぐみんの声がしたのです。

 

 

『はぁ、暇だから久しぶりにやったのですが、クリスには敵いませんね。見失ったか、それともテレポートで帰ったか。どちらにせよ、もう追う事はできません。家で大人しく特製料理を作るとしましょう』

 

 そんなめぐみんの声と共に、足音が遠ざかっていきました。私は額に浮かんだ粘つくような嫌な汗をハンカチで拭きとっていきます。そして、ドキドキと高鳴る心臓を落ち着かせました。めぐみんには、私のこのような姿を見せたくないという思いと、見せつけてカズマさんは私の物だと誇示したいという思いの両方がせめぎ合い、とても複雑な心境です。とにかく、いきなりは心臓に悪いので――

 

 

 

 

ふと目線ををカズマさんに戻すと、彼の背後に物凄く速い勢いで迫ってくるモンスターの姿が見えました。

 

 

 

「むーっ! むぐーっ!? んんんんんんっ!」

 

 

「どうしたゆんゆん? なるほど、強姦プレイか! 俺の気合の入った凌辱で……げはぁっ!?」

 

「んぁっ! カズマさん……!」

 

私はふっ飛ばされて視界から消えるカズマさんを追いかけようとしました。

 

 

しかし、目の前のモンスターがそれを許してくれません!

 

 

『ガルアアアアアアアアッ!』

 

「さっさと死んでください! “ライトオブセイバー!”」

 

 すぐさま魔法を唱え、こちらに襲いかかってくる獣、一撃熊に魔法剣で一閃しました。私の攻撃は振りかぶる毛むくじゃらの右腕を切り飛ばす事に成功しています。しかし、一撃熊は残った左腕で素早く追撃をしてきます。私の思考は一瞬で負けを判断してしまいました。魔法剣を切り上げるより先に、私の頭は潰されるだろうと……

 

「狙撃……!」

 

『グルァッ!?』

 

 私が死を覚悟した所で、一撃熊の腕に矢が突き立ちました。腕の軌道が僅かにズレ、私の顔のすぐ横の大木に攻撃が逸れます。

 

「“ライトオブセイバー!”」

 

 その隙を見逃すわけには行きません。私はすぐさま一撃熊の首筋に魔法剣を突き立て、横に薙ぎました。スルリと首筋に入った魔法剣は一撃熊の首筋を焼き切り、血が焼き付くような嫌な臭いと共に生首が地面に落下、どうやらピンチを切り抜けられたようです。

 

「ゆんゆん大丈夫か……?」

 

「私は……ってカズマさん!?」

 

 私の近くに倒れ込むカズマの傷をすぐさま確認しました。カズマさんの脇腹はえぐり取られ、血が凄い勢いであふれ出ています。それに損傷した“もつ”が外に飛び出しています。どう見ても致命傷です……!

 

「いや……いやぁ……! カズマさん死なないで! 今すぐアクアさんの所へ連れて行きますから!」

 

「すまねぇゆんゆん……アクアは今日屋敷にいないんだ。だからもう助からねぇ。今までありがとうな……」

 

「うそうそうそうそうそっ! やめて、やめてください! そんな事言わないで……! 私達、幸せな家庭を築くって……!」

 

「ゆんゆん……」

 

 私はすぐさま助ける方法を考えます。アクアさんがいないなら、エリス様か、何かと頼れるバニルさんとウィズさんの所へ行くしかありません。少なくともここで留まっているわけには行かない!

 

「カズマさん! 今すぐ街へ……!」

 

 

 

 

 

「冗談だってゆんゆん。もう治ったから」

 

「へ?」

 

 

 

 今まで私の腕の中にいたカズマさんが、いつの間にか立ち上がっていました。しかも、えぐられた脇腹も、綺麗さっぱり治っています。

 

「カズマさん、どうして……?」

 

「アクア聖水……ゲフンゲフン……! 俺は秘蔵の回復ポーションを持ってるからな。それで、完全治癒っていう事だ」

 

 カズマさんが脇腹をさすりながらも自慢気な表情で、小さな空き瓶を見せてきました。どうやら、ドラゴンゾンビを消滅させた時と同じような凄いポーションを持っていたようです。私は安堵ともにカズマさんに抱き着きました。

 

「カズマさん、私がどれだけ心配したと思ってるんですか!?」

 

「いやー本当はすぐ飲むつもりだったんだが、お前の泣き顔が可愛くてなぁ」

 

「本当にあなたってヒトは……!」

 

 今だに血臭が漂うカズマさんの胸に、私は顔を押しつけます。この温もりが消えなかった事に対する感謝の気持ちが湧き上がりますが、一方で不安と怒りが湧いてきました。

 

「おい、この一撃熊の肩、短剣が突き刺さったままだな。手負いの獣って奴だ。恐らく、他の冒険者に追立てられたか、追いかけてここまで来たんだろう」

 

「…………」

 

「ゆんゆん?」

 

私は彼から少し離れて、杖を構えました。そして、振りかぶります。狙いは……肩!

 

「えいっ!」

 

「いたっ!? いきなり何を……」

 

「えいっ! えいっ!」

 

「おいこら、暴力はいかんぞ! 特に俺は今……!」

 

「えいっ! えいっ! えいっ!」

 

「やめろつってんだろ!?」

 

 私の短杖をカズマさんに盗られてしまいました。しかしこの身に宿る怒りは消えません。本当に、どれだけ私が心配して不安に思ったか理解していないようです。

 

「カズマさん、あなたって命に対する危機感が薄いんじゃないですか? アクアさんが近くにいたせいで感覚がマヒしてるんですね。そんなのいけません」

 

「あのな、これくらいの傷は治せると分かってたから余裕だったわけで、普段だったら泣き叫んでた激痛をお前の前だから我慢して……!」

 

「いいんです、もういいんですカズマさん」

 

 私は再びカズマさんを抱き込みます。彼はというと、私の胸に顔を包まれて恍惚とした表情を浮かべていました。本当にこのヒトは……

 

「カズマさん、明日からクエストを行くのはやめましょう」

 

「ん? 急にどうした?」

 

「カズマさんを危険な目に会わせたくないんです。だから明日からクエストはなしです。お金もご飯も……エッチな事もしてあげますから、私の部屋で過ごしませんか?」

 

「そうやってナチュラルに俺をヒモ男にするのやめてもらえます!?」

 

 仏頂面でこちらを見上げるカズマさんを、私は優しく撫でつけます。この温もりだけは絶対に失いたくない。そんな思いで胸がいっぱいなんです。

 

「カズマさんは女たらしで優柔不断、隙あらば女の子にエッチな事をしようとする最低な人です」

 

「おいこら」

 

「でもとても頼りになる人で、私はいつもカズマさんに助けられてきました。だけど、カズマさんは職業補正のない“冒険者”なんです。モンスターの攻撃を受けたら、あっけなく死んじゃうんです」

 

「…………」

 

 

 

私は更にカズマさんをギュっと抱きしめて――

 

 

 

「もうあんな思いはしたくありません。だから……!」

 

「ていっ」

 

「いたいっ!?」

 

 私の頭に、カズマさんの拳骨が炸裂しました。容赦のない一撃に思わず頭を抑え込んでうずくまってしまいます。

 

「冒険者を馬鹿にすんな! 補正はなくとも、戦い方次第でかなり強力なのは、お前にも証明してきたろ? それにな、俺は自分が傷つく事よりお前が怪我する方が心配なんだよ」

 

「カズマさん……」

 

「だから、お前は俺の心配より自分の心配をしろ」

 

叩いたところを、カズマさんが優しく撫でてくれました。嬉しいです。確かに嬉しい……でも……

 

「カズマさんがこんな所でエッチしようなんて言い出さなきゃ、今回のピンチは起こらなかったですよね?」

 

「それ言っちゃう!?」

 

「とにかく、今日はもう終わりにします!」

 

「おい、まだエッチな事してないんですが」

 

「明日、クエストをお休みしてたっぷりとしてあげます。だからカズマさん、屋敷で安静にしていてくださいね?」

 

 私は、グチグチと文句を言ってくるカズマさんをテレポートで屋敷に送りました。そして、屋敷の正門でお別れする時、カズマさんの体をギュっと抱きしめました。

 

「どうした、ゆんゆん?」

 

「カズマさん、お願いがあるんです」

 

「おう、言ってみろよ」

 

 カズマさんの優し気な声を聞きながら、私は彼の匂いを胸いっぱいに吸い込みました。大好きで、とても安心できる匂いです……

 

「私より先に死なないでください」

 

「なんか物騒なお願いだな!」

 

「物騒なんかじゃありません!」

 

 思わず語気を強くしてしまいました。これはとっても重要な、私にとっての幸せの必須条件なのです。

 

「カズマさん、私が死ぬときはあなたと私達の子供たちに見送られながら、幸せに天寿を全うする。それが私の夢の一つなんです。だから、私より先に死なないでください。私はもう、あなたなしの世界は耐えられない、想像したくもありません……」

 

「そこまで話が飛躍するのか……まぁ、善処するけどさ……」

 

「お願いです……お願いです……!」

 

「おう、急に泣くなよ……」

 

 今更になって、涙が溢れてきました。さっき味わった絶望、カズマさんが私の前から消えるという感覚。あんなものはもう、二度と味わいたくない……

 

「カズマさんカズマさん……!」

 

「はいはい」

 

 泣きつく私の背中を、カズマさんが優しくさすってくれました。それだけで、私の中にたくさんの幸せが湧き出るように生まれます。

 

「ゆんゆん、一つ約束してやる」

 

「約束……ですか?」

 

「そうだ。俺は今後も色んなピンチに巻き込まれるかもしれない。アイツらが近くにいると色んなトラブルが起こるからな。でも、必ずお前の所に生きて帰ってくる。俺が最後に戻るのは絶対お前の所だ。だから、俺の事は心配すんな」

 

「でも……」

 

カズマさんが、私の目を見ながら優しく頭を撫でてくれます。そして、いつになく真剣な表情に、私は反論の言葉を飲み込んでしまいました。

 

「分かりました。その約束、信じます。だからカズマさん……」

 

「なんだ?」

 

 

 

私はカズマさんの目を見つめ返しながら言い放ちました。

 

 

 

「カズマさん私をもっとギュッとしてください……」

 

「へいへい」

 

「もっと……もっと強くギュっしてください……!」

 

「ほらよ」

 

「ん……暖かい……」

 

 

 

 カズマさんに力強く抱きしめられながら、私は幸せを噛み締めます。一方で私は覚悟を決めました。なんだかんだで、カズマさんはトラブルに巻き込まれやすい人です。これからも、様々な苦難が訪れるでしょう。

 

 でも、約束してくれたんです。私の所へ必ず戻ると。これは私がカズマさんにとって一番大切な女性、彼の人生におけるランドマークという事を意味しています。それは女として、妻として誇らしく嬉しい事だ。

 

 

 だからこそ、私はこの姿を見せつけるようにしながら、カズマさんの肩越しに睨み返しました。

 

 

 

 

 

屋敷からこちらを睨む、3つの人影に――

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆんにカッコつけてたけど、コイツをどうしてやろうか……」

 

 時刻は深夜、俺は自分の部屋で勃起した自分のナニを確認した。今日は、結局ゆんゆんとはヤレていない。アクア達3人も屋敷にいたため、ダクネスを犯すチャンスもなかった。最近、俺の精力がドンドン上がっている。ちなみに原因は不明。どうやらエリス聖水とアクア聖水に秘密がありそうだが、深くは考えない。だって、精力あって損をする事はないしな。

 

 俺は悶々とした意識の中、誰に夜這いをかけるかを検討する。勿論、オナニーなんて選択肢はない。

 

「エリス様を呼ぶか……いや、ダメだ」

 

 俺は頭を振ってその考えを消す。エリス様はいつでも呼んでいいとおっしゃっていたが、こんな深夜に敬愛する女神様を自分の都合で呼ぶのはやはり気が引ける。まぁ、本人は喜びそうだが……

 

ここは、やっぱダクネスだな!

 

 そう決めて俺は潜伏スキルを発動しながら部屋を出て、ダクネスの部屋へと急ぐ。そして、ダクネスの部屋の扉に耳を押し付けた。部屋の中からは、何か床に打ち付けるような音が聞こえてくる。起きてはいるみたいだな。俺は、ゆっくりと扉を開けて部屋に侵入した。

 

 

 

 

「何やってんだお前?」

 

「わあああっ!? ってカズマ、お前か! ううっ! なんでもない、なんでもないぞ!?」

 

「いやいや、無理あるだろそれ……」

 

ダクネスは壁際でへたりこんでいたが、持っているものがちょっと意味不明であった。彼女は右腕には大剣を握りしめ、左腕で抱き枕を抱いている。

 

「その、これは……ちょっと……!」

 

「ああ、剣でオナッてたのか、危ないからやめろよ?」

 

「違う……! いや、それでいい! ふふっ、私はちょっと特殊な自慰をしていただけだ」

 

 どこか得意げな顔をするダクネスに俺は呆れる。まぁ、コイツの変態っぷりは今に始まった事ではない。しかし、自分で慰めるなんて、けしからん奴だ。

 

「それより、ダクネス、分かってるだろうな?」

 

「ん……私を犯しにきたんだな。いいだろう、私で発散してくれ!」

 

「おっ、流石は俺の奴隷! 物分かりがいいな!」

 

「ふふっ、なんせ私はお前の奴隷……奴隷……どれい……」

 

「ダクネス?」

 

 抱き枕と剣を床に置き、ダクネスはこちらを無表情で見つめてきた。奴隷扱いすると、毎回喜んでいたというのに、一体どうしたというのだろうか?

 

「いや、なんでもない……」

 

「本当にどうした? 元気ないな?」

 

「カズマ……」

 

 珍しく落ち込んでいる彼女の頭を俺は撫でる。以前は嫌がったこれも、今は受け入れてくれている。しばらく、撫でているとダクネス落ち着いたのか、俺の方を上目遣いで見つめてきた。

 

「ありがとう、カズマ……ちょっと私も……」

 

「ところでコイツを見てくれ」

 

 俺はズボンを引き下ろし、バッキバキに勃起したペニスをダクネスに見せつける。はっきりいってコイツをはやくどうにかして欲しいのだ。

 

「カ.カズマ!? ここはちょっとシリアスな雰囲気だったはずであろう!? そんないきなり……!」

 

「いいからしゃぶれよ! オラァ!」

 

「むぐぅっ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべて固まるダクネスの口に、俺はペニスを突き込む。熱く、ねっとりとした口内は俺のペニスを優しく包み込む。約一ヶ月半にわたる調教で、コイツの口内はしっかりと俺専用になっている。

 ダクネスは反抗的な目でこちらを見つめているが、口内ではザラつく舌が亀頭周辺を優しく舐っているのだ。腰が震えそうになる快感に包まれながら、俺はダクネスのポニーテールを掴み、口内からペニスを引き抜く。ダクネスの唾液に濡れた俺の逸物が月明かりに反射して怪しく光っていた。

 

「本当にカズマは容赦ないな……」

 

「今更だな、さて今日も好き放題させてもうらうぞ?」

 

「いいだろう……好きに私を……んぶぅっ!?」

 

「かーっ! やっぱ最高だなお前の口は……!」

 

「んぶっ……んぐっ……んぐっ……んぶぅ……!?」

 

「あー良いぞ……奥まで……奥まで咥えろ!」

 

「んぶぅっ!?」

 

俺はポニーテールを掴んで引きちぎるように上下に動かし、ダクネスの頭を前後させる。俺のモノを奥まで咥えこんだダクネスは、こちらを涙目で見つめてきた。それが俺の嗜虐心を増長させるのが分かっているのだろうか。

 

「んー今度はツインテールにしろよ。その方が持ちやすいし」

 

「んぐっ……んぶっ……んぅ……むぐっ……!」

 

「でも、色っぽいお前にツインテは似合わないか?」

 

「ん……んぶっ……んんんんんんんっ!?」

 

「いや、俺はお前を可愛いとも思ってる。きっと似合うな!」

 

「んんんんんんんんっ! んんんんんんっ!?」

 

 ダクネスが白目を向きそうになりながら、俺の腰をバンバン叩く。どうやら呼吸が苦しいようだ。俺はゆっくりと口内からペニスを引き抜いた。

 

「んばっ……げほっ……ごほっ……うぇぇぇっ!」

 

「おっと、吐いたか。すまん、やりすぎたな……」

 

「ごほっ……んっ……いいんだカズマ……胃液しか出ていない……このまま……んぐっ!?」

 

「良い子だダクネス……」

 

 それから、俺は強引にイラマチオを続けた。ダクネスは何度も嘔吐しながらも健気に俺のペニスを受け入れる。ダクネスを支配下に置くという精神的満足と、ペニスに絡みつく唾液と舌に俺は酔いしれた。

 

「くっ……ぐっ……このまま出してやるからな! 一滴残らず飲み干せよ……!」

 

「んぶっ……んばっ……むぐっ……んぶっ……」

 

「オラァッ! くっ……う゛っ……!」

 

「ん……ん……ん……んぅ……!」

 

「あ゛ーたまらん……」

 

 そして、俺は朝からたまりにたまった精液を、ダクネスの喉奥に注ぎ込む。気持ちの良い射精に思わず情けない声が出てしまう。そして。しばらくダクネスに突き込んだままでいると、彼女が吸い上げるようにして、残りの精液を飲み込んでいく。最後に、舌で亀頭を舐めまわした後、ペニスから口を放した。

 

「んぁ……カズマ、全部飲んだぞ?」

 

「よくやった! 偉いぞダクネス!」

 

「ん……いいぞ……カズマ、私をもっと褒めてくれ……」

 

「はいはい偉い偉い!」

 

「んっ……!」

 

俺はダクネスをしばらく撫で続けた。こいつも随分と素直になったなぁ……

 

「よし、ダクネス! 今日はおねだりしてもらおうか!」

 

「お前も好き者だな……いいだろう、してやるさ」

 

 ダクネスは俺の提案を聞き入れ、ベッドに腰かける。そして、俺の方を向きながら、見事なM字開脚披露した。ネグリジェから覗く白い太ももと、扇情的なポーズが俺の情欲を掻き立てる。

 

「強くて恰好良いカズマ様……この卑しいララティーナのエロくてだらしない体を見てください……!」

 

「うんうん、しっかり見てるぞ!」

 

「カズマ様、あなたの大きくてぶっといオチンポで、この愛玩奴隷の……奴隷……どれい……」

 

「ダクネス?」

 

「どれい……ぐすっ……ううっ……どれい……!」

 

「どうしたダクネス、いきなりなんだ? なんか嫌な事でもあったか? 落ち着け、落ち着くんだ……!」

 

 俺は急に泣き出したダクネスを抱きしめた。ダクネスはヒドく悲しそうな表情で、涙をポロポロと流す。今まで散々涙目にしてやった事はあるが、こんなにも悲壮な姿で泣くのは、初めて見るかもしれない。

 

「カズマ、私をもっと抱きしめてくれ……」

 

「はいはい、だから泣き止め。実家で嫌な事でもあったか? それとも、やっぱり俺とは……」

 

「そんなことはないカズマ! 私はお前に犯されるのは本望なんだ……! だから……うぐっ……ひっぐ……」

 

「あーもう喋るな。しばらくジッとしてろ……」

 

「かずまぁ……」

 

 それから、俺は涙を流すダクネスを抱きしめ続けた。途中、頭ナデナデやキスをせがまれ、俺はそれに応えていく。甘えてくるダクネスというのはちょっと新鮮で可愛い。そしてしばらく経った後、ようやくダクネスが落ち着いた表情を見せ始めた。

 

「すまないカズマ、ちょっと取り乱した。このまま私を犯していいぞ?」

 

「もうそんな気分じゃねーよ。今日はもう寝ろ」

 

「あっ……すまない……許してくれ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

「謝るな! お前は悪くない。何か嫌な事があったら、溜めこまずに相談しろ。いいな?」

 

 ダクネスは俺の言葉にビクリと震えた後、不安そうな表情で頷いた。そのらしくない姿に俺は嘆息する。

 

「嫌な事は忘れて今日は休め」

 

「ん……」

 

「安心しろダクネス、俺が傍にいてやる」

 

 俺はダクネスをベッドに横たえて、掛布団をかける。そして、今だ涙目のダクネスを撫でる。それから小一時間後、ダクネスが目を閉じて安心した表情になった。

 

「ダクネス、寝たか?」

 

「んぅ……」

 

「ようやくか、お休みダクネス……」

 

 そして、こっそりとダクネスの部屋を後にした。ダクネスは俺の知らない所で苦労してる奴だしな。今度からは俺も注意を払っておこう。

 

 

 

「やっぱりあいつの涙はずりぃなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

カズマが部屋を去った後、私はむくりと起き上がった。今まで私の隣に居た温もりが消えた事が、とてつもなく寂しい。

 

「ふふっ、私とした事が随分と取り乱してしまったな……」

 

私はベッドから出ると、放置されていた抱き枕を壁に立てかける。

 

「カズマ、私は全部知っているんだぞ」

 

そう言ってから、私は目を閉じる。そして、今までの事を思い返した。

 

 

 

 

 

 私がカズマに異常を感じたのは、屋敷でゆんゆんと共に雌犬調教されていた時だ。あの時、当たり前のようにカズマの隣に陣取るゆんゆんに反発と怒りを覚えたものだ。

 そして、カズマがゆんゆんにセクハラ、いや、あれはもうセクハラを超えていた。私はゆんゆんが自分の胸や口でカズマの欲望を鎮めていたのを何度も目撃している。フェラにパイズリ……立派な性行為だ。

 

 ここでカズマを止め、ゆんゆんを引き離せば今の状況にはならなかったかもしれない。だが、私は自分の欲望に負けてしまった。カズマが私を求めてくれている、その事がとても嬉しかった。そして、私もいずれゆんゆんと同じ事ができる。そんな期待があった。だから私も大人しくカズマの“雌犬”となってゆんゆんと競うように奉仕したのだ。

 しかし、私が実家に連行された時、カズマは私を置いてゆんゆんと王都へ旅立ってしまった。さすがに二人の関係が怪しいと感じた私は、諜報員を大量に雇い、二人の関係を調査した。すると、二人の淫らな付き合いの証拠や噂が大量に手に入った

 もちろん、そんな事は信じたくなかった。でも、匿名で届けられた二人の淫らな行為の盗撮写真が全てを物語っていた。それからは、めぐみんがいる紅魔の里へカズマ達が向かった後、公務でいけない私の代わりに諜報員数名を里に送り込んだ。

 

 

その結果、カズマとゆんゆんが婚約状態である事が分かった。

 

 

 ここで私の心は折れそうになった。いつの間にそんな事になっていたのか、何故カズマは私達に一言も告げてこないのか。怒りと憎しみと悲しみの渦の中、私は一人で泣きわめいた。

 でも、普段通りに振る舞った。めぐみん達にこの事を告げるのは酷だったからだ。だが、私の想いも杞憂に終わる。屋敷で過ごしているうちに、めぐみんとアクアの変化を感じ取ったからだ。めぐみんとアクアも、カズマとゆんゆんの関係を知っている。その上で、彼女達もカズマにスキンシップしたり、気を引こうと様々な努力をしていた。だから、私はなんだか救われた気がしたし、諦めなかった。

 

 

そして、私はカズマへの夜這いに成功した。

 

 

 私はカズマに選んでもらえた。奴隷扱いだが、私を求めてきてくれた……私に優しくしてくれた……私で気持ち良くなってくれた……!

 

 

だから嬉しかった。めぐみん達より一歩先を進む自分が、なんだか誇らしかった。

 

 

でも、そんな気分も今日で吹き飛んだ。

 

 

 

 私は地面に転がる大剣を持ち、正眼に構える。狙うは抱き枕……あの女の写真を張り付けた抱き枕だ。そして、気合を入れて振りかぶる。

 

 

 

 

 

「死ね!」

 

 

剣は狙いを外れ、壁紙を切り裂く。

 

 

「死ね死ね!」

 

 

二撃目は床に傷をつけた。

 

 

「死ね死ね死ね死ね……死んでしまえ!」

 

 

三撃目は、剣が手からすっぽ抜けて壁に突き刺さった。

 

 

 

「ぐすっ……ひっぐ……いやだ……!」

 

 私はあの女の笑顔の写真に敗北した。思わずうずくまってしまう。いくら私とて、動かない的にこれだけ攻撃を外すなんてことはない。私はカズマを奪ったあの女が憎いと思っている。今すぐ殺してやりたいという物騒な考えが思い浮かぶほどだ。

 

 

 

でも、そんな事は絶対にできない。

 

 

 

 貴族としてのプライドが、人としての良心がそれを許さない。私は再び、あの女の写真を睨む。殺すなんてできない。だから、カズマを奪おうと……取り返そうと頑張った。そして、カズマの奴隷になった事で、報われた気がした。私も、カズマと肉体関係を持ったのだと。

 

 

 

「カズマ……いやだ……いやなんだ……」

 

 

 

 私はカズマがさっき来た時、ベッドの下にすかさず隠した写真を取り出す。この写真は、いつの間にか私の枕元に置かれていた出所不明の写真だ。だが、何が写っていたかは嫌でも分かる。そこには、カズマが写っていた。そして、その写真の左半分は現在破かれている。もちろん、左半分は抱き枕に張り付けたアレだ。

 

 

「カズマ……いやだ……もうつらいんだ……」

 

 

 私はその写真を頬に擦りつけながら、今日の事を思い出す。カズマが正門前であの女と抱き合っていた。それだけ、たったそれだけの光景に私はうちのめされた。カズマはこちらに背を向けていたため、どんな表情かは分からない。でも、理解してしまった。

 

 

カズマはあの女を“愛して”いるのだと。

 

 

 そう理解した途端、私の優越感が崩れていった。私はカズマの愛玩奴隷。以前の私は、これを喜んで受け入れた。

 

 

しかし、私もカズマの事が好きな女性……普通の女としての感性もあるのだ。

 

 

 私の本心は強く訴えていた。私もカズマの一番になりたい……他の女より私を愛して欲しい……!

 

 

「カズマ……奴隷は嫌だ……奴隷なんかになりたくない……!」

 

 

 涙をは流しながら、私はそう呟く。そう、奴隷はいやだ。奴隷じゃカズマは真に愛してくれないかもしれない……性欲のはけ口にされるだけの肉便器なんかになりたくない!

 

 

「奴隷は嫌だ……私を愛してくれカズマ……!」

 

 

 これが、第二夫人なり側室だったりしたら、私はこんな思いをしなかっただろう。そんな立場でも、カズマは私を愛してくれる。そんな気がするのだ。

 でも、奴隷だとそんな望みはないかもしれない。事実、私はカズマに好き放題に体を貪られた。一方で愛の言葉も囁いてくれたし、優しくもしてくれた。しかし、奴隷という扱いを前にすると私は嫌な考えが思い浮かぶ。

 

 

あの愛の言葉は嘘なのではないか? 優しくしてくれたのも全て演技かもしれない!

 

 

 そんな疑念が付きまとい、徐々にその思いが強くなってくる。そして、私の中にとある疑問が生まれてしまった。

 

 

 

 

 

カズマは私を本当は愛してはいないのではないかと。

 

 

 

 

 

「カズマ……私を奴隷扱いしないでくれ……」

 

 

最初はカズマの奴隷になれた事が嬉しかった。

 

 私の大好きなシチュエーションだった。彼の言うがままに、私は従った。嬉しかった……楽しかった……気持ちが良かった……! でも、もう苦痛しか感じない。奴隷扱いで、好きな時に体を求められる都合の良い女、そんなものに私はなりたくない。そう思ってしまった。

 

 

今までの理想と正反対の願望に思わず変な笑いが出てしまう。

 

 

もう私は自分の秘めたる思いに気付いてしまった。私もあの女のように恋人として、伴侶として自分を愛して欲しい。

 

 

 

 

ゆんゆんが羨ましい。

 

 

 

 

「もう遅いか……」

 

 

 

 そう呟いて、私は再びうずくまる。勝負はもう決まった。これ以上の妨害はただの嫌がらせだ。殺したいほど憎いし、死にたいほど嫌であるが、そんな事をするほど私は人間をやめてはいない。そして、あの女の写真を張り付けた抱き枕さえ破壊できない。私には覚悟が足りないのかもしれない。

 

 

 

 

だから、大人しく身を引こう。

 

 

 

 

 でも、そんなにきっぱり諦められない。何年にもわたって私の中で築かれ、熟成された思いは簡単には消えてくれない。見苦しすぎる自分の姿に私は吐き気覚える。

 

 

「ううっ……いやだ……カズマは私の……私の……!」

 

 

 そんな時、私の涙で火照った顔に、冷たい風が吹き付けられた。そして、窓の方から聞き慣れた声、大切な親友の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「何を悩んでいるんだい、ダクネス?」

 

「クリス……?」

 

 

 

 

 いつのまにか開け放たれた窓に、銀髪女盗賊のクリスが腰かけていた。薄く微笑む彼女の背後には紅みを帯びた満月が怪しく輝いていた。

 

「珍しいねぇ、ダクネスがそんな情けない泣き方をしてるなんて。何かあった? あたしなら悩みでも愚痴でも、なんでも聞いてあげるよ?」

 

「クリス、気持ちは嬉しいがお前には……」

 

 

 

 

「助手君の事でしょ? あたしにも関係あるよ?」

 

「クリス……?」

 

 

 

 

 いつの間にか、クリスの顔が私の目の前にあった。そして、クリスに顎を掴まれ、顔を無理矢理彼女の方へ固定される。まるでキスをするような距離間だ。

 

「クリス、私にそっちの趣味は……」

 

「茶化さない。あたしは知ってるよ。助手君とゆんゆんの関係、ダクネスの状況、めぐみん達の抗い、全部知っているんだよ」

 

「え……?」

 

「私はあなたの友達だよ。最近様子のおかしいダクネスと、その周囲の関係を調べるなんて当たり前の事だよ」

 

 自分の中に生まれる僅かな疑念も晴らされていく。クリスが、おせっかいでお人好しな事は昔から知っているのだ。

 

「だから、ダクネス、あなたの悩みをあたしに話しちゃいなよ。スッキリできるよ」

 

「クリス……クリス……!」

 

「なに?」

 

「私は……辛くて、悲しくて、嫌で嫌で仕方なくて……!」

 

「うん」

 

「ゆんゆんが憎くて……でもそんな事を思う自分が嫌で……だけどやっぱり奴隷扱いは苦しくて……カズマに愛されて欲しくて……!」

 

「ダクネス……大丈夫……大丈夫だよ……今はたくさん泣いて喋ってスッキリしよ?」

 

「クリス……私は……私はな……!」

 

「うん……」

 

 それから、私は醜い内心をクリスに叩きつけた。それでもクリスは真剣に茶化す事なく、私の話を聞いてくれた。適度にうたれる相槌と肯定、慰めの言葉が私の淀んだ心を癒していく。それがたまらなく嬉しかった。

 

「ダクネス、大丈夫だよ。私はあなたの味方だから……」

 

「ありがとうクリス……でも幻滅したろ? 私は内心、あんな事を思っている醜い人間なんだ」

 

「もう、そうやって自分を卑下しない!」

 

 自分より背の低いクリスが、背伸びして私の頭を撫でる。そんな健気な姿に思わず私は泣きそうになった。

 

「それで、ダクネスは助手君の事を諦めるの?」

 

「ん、これ以上は無粋だ。エリス様も自分の醜い心を許してはくれないだろう」

 

「そんな事はないと思うけどなー」

 

 クリスがそんな事を言いながら、壁に突き刺さっていた大剣を抜き、こちらに手渡してきた。

 

「エリス様はね、人が心の中で思っている事にまで口出ししないはずだよ?」

 

「クリス……?」

 

「内心では邪教を信仰しても、人を殺したいと思っても、大好きな人を無残に凌辱する事を思っても別にいい。人間の心は神さえ絶対不可侵の自由な場所、何を考えたっていいの。そして、エリス様はそんな人間たちを愛おしく、羨ましく思っている。私はそう思うな。あ、もちろん、実際に行動に移したら咎めるだろうけどね」

 

「…………」

 

 私の目を見つめながら、クリスがそんな事を言ってきた。私は手渡された大剣を手に取り力強く握る。

 

「ダクネス、本当に諦めるの?」

 

「私は……」

 

「このままだと、助手君とゆんゆんはゴールインだね」

 

「でも……」

 

クリスが私の背後に回った。そして、背中から私を抱きしめながら、そっと囁いた。

 

 

 

 

「ダクネスはこのまま助手君の奴隷で終わっていいの?」

 

 

 

 

 私の中の何かがプツリと切れた。そして、今まで抑え込んでいた様々な感情が私の中で荒れ狂う。頭がどうにかなりそうだ……

 

「ダクネス、もう諦めるの?」

 

「…………」

 

「私は知ってるよ? ダクネスはまだ諦めてない事。そして、あなたが何を考えて自己嫌悪に陥っていたかを」

 

「っ……!」

 

「ダクネス、あなたは大貴族だもんね。噂の操作から、単純な嫌がらせ、他の貴族や立場の弱い物を使っての襲撃。様々な殺害、誘拐、凌辱方法に、それを揉み消す権力と財力。その力をあなたは持っている」

 

 私は耳が痛かった。実際、そんな手段や方法が頭の中にあったのだ。だからこそ自分の事が嫌で嫌で仕方がなかった。

 

「クリス、私はそんな手を使わない。私は貴族としてのプライドがある。それにこれらの方法は、カズマに感づかれる可能性が高い。そうなってしまえば、どのみち私は終わりだ」

 

「ダクネス、あたしは何もこの手段を使えって言ってるわけじゃない」

 

「それならば……」

 

「でも、備えをしといて損はないと思うよ?」

 

「…………」

 

 剣を握る手が、更に強くなる。そして、頭の中に様々な策が思い浮かぶ。なるほど、いくつかは準備しておいてもいいかもしれない。

 

 

 

「ダクネス、あなたは貴族としてのプライドと、助手君、どっちが大事なの?」

 

 

 

その言葉に私は思わず笑ってしまう。そんなの決まっている。

 

「カズマの方が大事だ」

 

「そうなんだ」

 

「でも、私は……」

 

 クリスは私の背から離れ、今度は抱き枕を手に取った。そして、それを私の前へ掲げる。

 

「ねぇ、私の事が憎い?」

 

「…………」

 

「カズマさんはもう私のものなの。カズマさんはあなた達より、この私を選んで愛してくれた。ダクネスさんあなたは負けたの。ああ、もしかして奴隷になって勝ったつもり? 肉便器でオッケーなんて、ダクネスさんは随分と程度の低い淫売なんですね」

 

 クリスがそんな事をほざいた。あの女の口調と声音を真似たその声が、私の中で激しい憎悪を生み出す。そして、クリスは抱き枕を壁に短剣で縫い付け、こちらをジっと見て来た。

 

「ダクネス、この女が憎い?」

 

「私はそんな事……!」

 

「いいんだよダクネス、これはただの写真、何したっていいの」

 

「ただの写真……?」

 

 私は、抱き枕を見つめる。そこに張り付く写真にはあの女の姿が写っていた。別に彼女が悪いわけではない。それは理解している。でも、カズマに笑いかけられ、愛されているその姿が憎らしい……羨ましい!

 

 

 

何より、あの目が気に食わない。

 

 

 

 屋敷の正門から私達を睨み返した目、そこには確かに優越感と嘲笑が込められた目だった。

 

 

 そうだ、これはただの写真、これを壊した所で何の罪もない。これで、私の鬱憤が晴れるのならば儲けものだ。だけど、手が動かない。単なる写真だが、まるで本人の尊厳を傷つけるような行為に私は躊躇してしまう。

 

「ダクネス、助手君のことは憎い?」

 

「ああ、貴族の娘である私に手を付けたんだ。カズマには相応の報いは受けてもらう」

 

「殺したい?」

 

「そんな事は絶対ない!」

 

 確かに腹は立つ、だが、あの男がゲスで鬼畜である事は百も承知だ。そんな所も含めて私はあの男が好きだ。殺したくなんかない、死んで欲しくない!

 

私の言葉を聞いてクリスは薄く微笑む。そして、抱き枕を指さした。

 

「なら、これに憎しみをぶつけてごらん? 大丈夫、別に彼女本人に害はないんだから。単なる憂さ晴らしだよ」

 

 

憎らしい、気に食わない、許せない……!

 

 

それでも、私の手は動かない。私はこんな醜くて卑怯な事……!

 

 

 

 

 

 

「ヤっちゃえダクネス!」

 

 

 

 

 

 私はその言葉が脳内に入るのと同時に反射的に剣を振り上げていた。そして思いもよらない罵詈雑言が私の口から飛び出す。

 

 

 

勢いよく振りかぶった大剣は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダクネス、やればできるじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はエリス様かな


6月後半に予定が入りげんなり。家に帰れるのは9巻の発売日の翌日……
まぁどうせkonozama喰らうしいいか(震え声)


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ゆんゆんとの約束、女神エリスとの約束

「あ゛~腰いてぇ……」

 

 そんな事を呟きながら、俺は自室のベッドへと倒れ込む。今日はクエストに行かずゆんゆんと部屋で遊び、後半は彼女をひたすら抱きまくったのだ。随分と派手にやったせいで、俺の腰が悲鳴をあげている。まぁ、一日寝れば、それも治るだろう。そう考えて、そのまま気持ちよく寝ようとした時、俺の枕元に手紙が置いてあるのに気が付いた。何気なくそれを開き、中身を見る。便箋には綺麗な文字で一言書かれていた

 

「明後日の午後、エリス教会に来てください……か……」

 

 俺は手紙を見ながら、差出人であろう人物を思い浮かべる。名前は書かれていないが、これは恐らくエリス様からのものだろう。あの人もなかなか可愛い事するんだなぁと考えながら、俺は目蓋を閉じた。そういえば、エリス様とは最近ご無沙汰だな……

 

 

 

 

 翌日、俺はいつもの喫茶店でゆんゆんと食事をしていた。彼女は喫茶店の料理を食べては、何やらふむふむと頷いている。俺はそんなゆんゆんを見ながら、昨夜の手紙の事を彼女に伝える事にした。

 

「ゆんゆん、明日の午後はちょっと用事があってな。明日はクエストとかに行けないが、いいか?」

 

「もちろん、構いませんよ。ですが、そのかわりに明後日の予定は私が決めていいですか?」

 

「いいぞ。どっか行きたい所でもあるのか?」

 

「はい! 私、ピクニックに行きたいんです!」

 

 ニコニコと微笑みながら、可愛い事を言うゆんゆんに俺は思わず顔が緩んでしまう。ピクニックなんて、随分と安上がりな子だ。

 

「カズマさん、私は今日で料理教室卒業なんです。そして、2ヵ月間お世話になった料理の先生から、私は料理の才能があるって言われたんですよ」

 

「ほーん、やるじゃないか」

 

「だから、お弁当を私に任せてください! 私の料理、お弁当をカズマさんに食べて欲しいんです!」

 

「俺も期待してるぞ! 言っておくが俺はマズイと思ったら、ハッキリ言うタイプだからな。覚悟しろよ?」

 

「絶対に美味しいって言わせて見せます!」

 

 ゆんゆんの料理教室の先生が言った事は、単なるリップサービスかもしれない。でも、彼女が作るお弁当はきっと美味いだろう。ゆんゆんの料理の腕は以前から人並み以上であったし、何より俺を思って作ってくれたものが不味いはずがない。というかコイツと食えばなんでも上手く感じてしまうので、俺の味覚は当てにならないかもしれない。

 

 

 

「カズマさん、約束ですよ?」

 

 

「分かったよ! 約束だ!」

 

 

 

 

 

 そして、お互い笑いあって今日は解散となった。ゆんゆんは料理教室の最終試練とやらに挑むらしい。俺はゆんゆんを見送った後、酒とつまみを買って屋敷へと帰りつく。ただいまの挨拶に答えたのは1人だけだ。

 

「今日はお早いお帰りですね、カズマ」

 

「まあな。めぐみんは何やってんだ? またお菓子作り?」

 

「やろうとしてた所です。でも、カズマが帰ってきたなら、話は別です」

 

 めぐみんはそう言うと、エプロンを外して、いつものトンガリ帽子をかぶる。そして、愛用の杖を持って俺の隣に並んだ。

 

「カズマ、爆裂行きましょう」

 

「やっぱそれか」

 

「行きましょう?」

 

「わかったよ……」

 

 それから、俺は再び屋敷を出る。めぐみんはごく自然に俺の腕を取る。腕に当たるふにふにとした感触は実にいい。そのふにふにを堪能しながら、俺は爆裂ご用達の森へと歩く。道中は他愛もない話の一つとして、めぐみんは料理における匂い消しについて、やけに熱心に聞いて来た。今度は魚料理でも作る気なのだろうか。

 

「おっと、ついたぞめぐみん」

 

「それじゃあカズマ、今日も採点お願いしますね?」

 

「へいへい」

 

 めぐみんが聞き慣れた爆裂魔法の詠唱を始める。俺は地面に座り込み、雑草をむしりながらその様子を眺める。爆裂魔法を唱えるめぐみんの姿は非常に嬉しそうであり、彼女がどれだけこの魔法を愛しているかが、自然と伝わってくる。そして、詠唱と共に荒ぶる魔力の余波がビリビリと伝わってきた。

 

「我が究極最強魔法を喰らうがいい! “エクスプロージョン!”」

 

「うぉ……!」

 

 爆裂魔法が標的の大岩を一瞬で消滅させる。相変わらずの威力に俺は少し身震いした。これを喰らったら、神や悪魔も即死するんじゃないかという気もする。その後、めぐみんは仰向けに崩れ落ちた。

 

「やっぱすげぇなお前は! でも、今日は72点!」

 

「ふむ、何故ですか?」

 

「なんか、いつもより魔力の圧縮が足りてないな。それに爆発音も背骨に来るズンとした大きさもなく物足りない。めぐみん、体調が悪かったりするのか?」

 

「流石はカズマです。最近ちょっと貧血気味でして……」

 

 めぐみんが嬉しそうな顔を浮かべているが、言われてみればいつもより顔色が青白い。最近は活動的だが、屋敷に引きこもりがちな所は変わっていない。ちょっと生活改善が必要かもな。

 

「今日から、鉄分が多く取れる食事を作ってやろうか?」

 

「それは魅力的です。お礼に私も特製シリーズをカズマに作ってあげます」

 

「アレか。というか、あのシリーズはなんだか体に良さそうだぞ。めぐみんも食べろよ」

 

「いえ、私は遠慮しておきます」

 

 めぐみんは前回と同じような事を言ってそっぽを向いた。俺はそんな彼女を抱き起し、おんぶする。めぐみんは素直に俺に手を回し、体を密着させてきた。

 

「じゃあ、爆裂に付き合った報酬貰おうかな! オラ!」

 

「んっ……やっぱりカズマは最低です」

 

 俺は抵抗できないめぐみんのお尻を触りまくる。もうこれも毎回の事だ。彼女が口では嫌がりながらも抵抗はしてこないのだ。

 

「カズマ、前を触っても構いませんよ?」

 

「ぶふっ!? また出たか痴女みん!」

 

 随分と過激な発言をしためぐみんに俺は思わず吹いてしまう。もうヤってオッケーと言ってるようなものだが、俺は軽々と手を出すわけにはいかない。ダクネスとアクアに関しては打算的に手をだしたが、めぐみんはゆんゆんの親友だ。今の俺にとって、めぐみんは自力で処理しきれない火薬庫的存在なのである。

 もちろん、今すぐにでも押し倒して犯したいのが本音だ。だが、ここで場に流されると後々大変になるのが分かっている。だから慎重になってしまう。

 

「めぐみん、俺の前で不用意な発言はやめてくれ! 色々とグッチョングッチョンになるぞ!」

 

「グッチョングッチョンですか?」

 

「そうだ! グッチョンクッチョンだ!」

 

 俺の発言に対して、めぐみんは俺に更に密着する事で応えた。背中に自己主張の少ないふにふにが押しあたる。そして、耳元でそっと語りかけてきた。

 

「カズマカズマ」

 

「なんだ?」

 

「私がその枷を解き放って見せます」

 

「へいへい……」

 

俺はめぐみんの言葉を適当に聞き流した。

 

 

 

 

 

 

後になって考えると、ここがめぐみんを止める最後のチャンスだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の午後、俺はアクセルの街のエリス教会に来ていた。教会の扉を開けると、荘厳な内装とステンドグラスが俺を出迎える。そして、教会の奥、祭壇の前に人間離れした美貌と美しい銀髪を誇る女神……エリス様がいた。

 

「やっぱりエリス様だったんですね、あの手紙」

 

「わかってくださいましたか? それなら私、嬉しいです」

 

「こんな律儀な事をするのはエリス様くらいですからね。それで俺に用事ですか?」

 

「はい、突然で申し訳なく思いますが、もう自分が抑えられません。カズマさんに是非お願いしたい事があるんです」

 

 エリス様が、朗らかな笑顔から真剣な表情へと変わった。俺はそんなエリス様の前に立ち、じっくりと彼女の言葉を待つ。なんだか、茶化していい空気ではなかった。そして、エリス様が俺の目を見据えて言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

「私と契約しませんか?」

 

 

 

 

 

「契約……ですか?」

 

「はい」

 

 固まる俺の前に、エリス様が笑顔で迫る。エリス様との契約か。まぁ、悪い事にはならないだろうなぁ。何故なら、エリス様は優しくて思慮深く、結構お茶目なとこもある可愛くて美しい女神だからだ。

 

「エリス様、契約ってのが俺はよく分からないんですが。いったいどんなものなんですか?」

 

「深く考えなくていいんです。単純で分かりやすい契約内容ですよ」

 

「契約……」

 

「私がカズマさんに契約して欲しい事、それはただ一つです」

 

 

 

そう言ってから、エリス様が俺をそっと抱きしめる。

 

 

 

 

 

「私とずっと一緒にいてください」

 

 

 

 

 

 エリス様は俺の腰を痛いくらいにギュッと抱きしめた。随分と単純明快で可愛らしい約束だ。俺はエリス様を抱きしめ返す。女神特有の癒しオーラと安心できるいい匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「俺はエリス様とずっと一緒にいますよ」

 

「あ……!」

 

「でも、今すぐに契約はできません」

 

「え?」

 

 俺の言葉にエリス様は驚きの声を上げる。そして、彼女の体がぶるぶると震えだすのを感じ取った。

 

「なぜ契約してくれないんですか?」

 

「あー本心としては契約しちゃってもいいんですよ。でも、とある奴から安易に契約するなって忠告を受けてましてね。それに、それくらいの約束なら契約しなくても……」

 

 俺は言葉が続かなかった。エリス様は俺から手を放し、床に崩れ落ちるように座り込む。彼女の両目からは大粒の涙が溢れ出ていた。

 

「どうせまたアクア先輩でしょ……?」

 

「エ、エリス様!?」

 

「どうして……どうしてアクア先輩は私の邪魔ばっかり……!」

 

 どうやら、エリス様は俺への忠告相手がアクアだと誤解しているようだ。でも、実は悪魔から忠告されましたなんて言えない。俺は彼女の背中に回り、震える体を再び抱きしめた。

 

「エリス様、別に俺は意地悪を言っているんじゃないです。むしろ俺の方が不安です。なんであなたは俺にこんなに良くしてくれるんですか? かなり外道な事やってますし、いつか愛想を尽かされるじゃないかと俺はいつも思ってますよ?」

 

「そんなの決まってます。私はカズマさんの事が好きだからです」

 

「うぐっ!?」

 

 やはり、直球告白は胸にくる。言葉を詰まらせる俺に、エリス様が向き直る。エリス様の顔に涙はすでになく、小悪魔めいた微笑を浮かべていた。

 

「エリス様、俺にはゆんゆんが……!」

 

「そんなの知りません。私はカズマさんが好きです。例え、あなたが私を嫌いといっても、私はカズマさんの事を好きで居続けます」

 

「うっ……」

 

「カズマさん、あなたを愛しています」

 

「うぉ……」

 

 ダメだ! こんな事言われたら嬉しくて死にそうになってしまう。さっきから俺の心はグラつきまくりだ。でも、少し納得いかない。本当になんで俺みたいなクズに、エリス様は好意を抱いてくれるのだろうか。

 

「エリス様、なんで俺みたいなクズが好きなんですか? もしかして俺がイケメンすぎて……!」

 

「カズマさんがイケメンなんて思った事ありません」

 

「ひでぇ! というか、前にもおんなじ事言われたなアイツに……」

 

「今は他の女の事なんて考えないでください! えいっ!」

 

「おわっ!?」

 

 エリス様は俺の胸をトンっと押す。俺は床に仰向けに倒れ込み、エリス様はそんな俺の腹の上に腰を降ろす。

 

「カズマさん、あなたは私にとっての勇者様なんです。長い間この世界を混沌に陥れた原因を僅か数年で取り除き、平和を実現させた。あなたの事をずっと見守ってた私が、その光景を見て心動かされないわけありません」

 

「エリス様、それは俺だけじゃなくて……」

 

「いえ、あなたがいなければ実現できなかった事です。癖のあるパーティを統率し、思いもよらない方法で敵を打倒していく。それがあなたの力であり、魅力です。もっと自信を持ってください」

 

「エリス様……」

 

 俺の頬をエリス様が優しく撫でる。俺は目を細めながらそれを受け入れる。エリス様に認められて悪い思いを抱くはずないしな。ああ、なんだかとっても癒される……

 

「もちろん、あなたの人となりも好きです。なんだかんだ文句は言うけどすっごくお人好しな事、変な所で律儀な事、自分の命や財産すら仲間のために全て投げ出す事。そして、クリスである時の私と小さな冒険をしたり、他愛もないお話に付き合ってくれた。それが私にとってはとても大切で嬉しかったんです。あなたの事をずっと見ていた私には、全部分かっちゃいます。あなたこそ私と永遠を共にする運命の人なんだって……んぅ……!」

 

「むぐ……!?」

 

 エリス様は仰向けの俺に倒れ込むように体を重ね、キスをしてくる。静かに唇を吸う柔らかくて甘いキスだ。俺はされるがままで、その接吻を受け入れる。

 

 

 

「んぁ……! カズマさんもう一度言いますね?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 

 

「カズマさん、あなたが好きです」

 

「あう……!」

 

 

 

 エリス様の告白に俺の脳と心が揺さぶられる。これはダメだ。反則、反則でしょうエリス様! あなたにこんな事言われて落ちない男なんているわけがない!

 

「エ、エリス様! 俺は他の女の子に手を出しまくった外道でして……!」

 

「知ってます。それでも好きです。それにあなたは悪くありません。あなたを誘惑する女の方がいけないんです」

 

「俺にはゆんゆんが……」

 

「分かってます。今さらあなた達の仲を引き裂くつもりはありません。でも、私もゆんゆんさんと同じくらい愛してください!」

 

「エリス様……」

 

 自分自身が嫌になる。俺にはゆんゆんがいる。それなのに、エリス様にはっきりと断りを入れる事ができない。そして、はやくも今後の事をシミュレートしている自分に腹が立つ。

 

「私は二番でもいいんです。“今は”それでいいんです。だからカズマさん、私を愛してください。奴隷でも、物扱いでも、肉便器扱いでも構いません! 私とずっと一緒にいてください……!」

 

「…………」

 

 俺は自分の上で涙を浮かべるエリス様を抱きしめる。敬愛し、頼りにしてきた女神様だが、今の彼女の体は酷く弱々しい。

 

「エリス様、さっき言ったように今は契約できません。でも約束します」

 

「約束……?」

 

「私はあなたを見捨てませんし、できるだけ一緒にいてあげます。そして、もし俺になんの憂いもなくなった時は真っ先にあなたと契約します」

 

 エリス様は不安そうな顔で俺を覗きこむ。俺はエリス様を安心させるように、頭と綺麗な銀髪を撫でた。

 

「カズマさん、憂いがなくなった時って具体的にはいつ頃なんですか?」

 

「う……それは……!」

 

「適当な事を言ってごまかそうとしましたね?」

 

「ぐっ……すいませんすいません!」

 

 今度は俺の頭をエリス様が撫でる。ふと、彼女の顔を見上げると半目でこちらをじっと見つめていた。

 

「それじゃあ私とも約束してください。憂いも何もない時……あなたが天寿を全うした時に私と契約してください」

 

「天寿を全うした時って……エリス様、それでいいんですか?」

 

「ええ、私は構いません。あなたと契約できるなら、私はいつまでも、あなたの事を待ち続けます」

 

「エリス様……」

 

 ようやく大人と言える年齢になったのに、今から死後の事を考えるなんて、おかしな事だ。でも、例え死んだとしても俺の自我を保てるというのは結構魅力的だったりもする。まぁ死んだ時の事なんて知るはずがない。もしかしたら老衰で死んだ場合はすべてに満足し、無に還る選択肢もありかも知れない。まぁ、死んだとしてもこんなに可愛い女神様が待っていてくれる。それだけでなんだか救われた気分だ。

 

「カズマさん、さすがの私も約束を破る人は嫌いになっちゃいますよ?」

 

「破らないよう努力しますよ」

 

「絶対に守るんじゃなくて、努力なんですね」

 

 クスクスと笑顔を浮かべるエリス様から俺は目を背ける。俺は自分が信用できない。だから、絶対に約束を破らないなんて言えないのだ。

 

「カズマさん、今はその約束で十分です」

 

「ほっ……これで一安心……」

 

「カズマさん」

 

「はいなんでしょうか!」

 

「約束を破ったら、許しませんよ」

 

「うっす! 肝に命じておきます!」

 

 とりあえず、エリス様は納得してくれたようだ。それにしても契約か。バニルの忠告があったから、つい躊躇してしまったが、別に契約しても良かったのではないだろうか。彼女に悪意があるはずないのだから。ふーむ今度じっくりと考えて……

 

「それにしてもカズマさん」

 

「どうしました、エリス様?」

 

「私のお尻に固い物が当たってます」

 

「あ……」

 

 これは仕方ない事だ。だってあんなキスと抱擁をされたら、勃起するに決まってる。これは男としての当然の生理現象であり……!

 

「カズマさん、里での出来事の後、私を一回も呼んでくれませんでしたね」

 

「エリス様、別にあなたが嫌いとかそういうわけじゃないんです。さすがに私用であなたに降臨してもらうのは恐れおおくてできませんよ!」

 

「私は構わないのですが、カズマさんはそう思っていたんですか……」

 

 エリス様が俺の勃起した逸物を、ズボンの上から優しく手で撫でる。俺はそのじんわりとした快感に思わず体を震わせる。

 

「それなら、今度からはカズマさんが私の所へ来てください。いつでも、どんなときでも、あなたとの時間を最優先にします。それに、あの場所はは誰にも見られず気づかれない所です。あなたの欲望を私に容赦なくぶつけてください」

 

「凄い事言いますね、エリス様……」

 

 しかし、魅力的すぎる提案だ。バレるんじゃないかというスリルの中でダクネスを犯すのも中々良いが、あの神の部屋で思いっきりエリス様にやりたい放題するのも凄く良い。何より、バレないというのはデカイな。うん……興奮してきた!

 

「それじゃあ今度からそうします。覚悟してくださいね?」

 

「待ってますよカズマさん。でも、今日はここで構いませんよね?」

 

「ちょ……エリス様!」

 

 エリス様はそのまま俺のズボンを脱がしていく。俺の反り立つペニスが露わになった。もちろん抵抗なんてしなかった。仕方ないね。

 

「エリス様、エリス教会でヤるのは流石にマズくないですか?」

 

「いいんです、私が許可します!」

 

「そ、そうッスか……」

 

 祭られている女神様の許可が出てしまった。何より俺の理性も限界にきている。もう流されても仕方ないだろう。俺の逸物も色々と限界だ。

 そして、エリス様は教会に設置された祭壇の上に腰かけ、ドレスの裾をゆっくりとめくり上げる。開脚された両足と艶めかしい太ももに、すでに濡れに濡れているショーツが俺の目に入った。

 

 

 

「カズマさん、私自身があなたへの供物です。存分に味わってくださいね?」

 

 

 

 もちろん俺の理性はブチ切れた。すぐさま起き上がり、挑発的な仕草を浮かべるエリス様にダイブする。引きちぎるようにショーツを剥ぎ取ると、準備満タンで濡れ濡れの秘所が露わになる。

 

「エリス様って本当にエッチな女神ですね」

 

「あなただけですよ。こんな事になるのは……」

 

「嬉しい事言ってくれますね! オラァ!」

 

「あぐっ……! カズマさんの固いのが私に……!」

 

 俺は準備完了のエリス様の秘所へ己のペニスを一気に根本まで突き入れる。相変わらずの容赦ない締め付けに、俺は早くも絶頂しそうになるのを我慢する。

 

「エリス様、気持ちいいですよ。動いていいですか?」

 

「カズマさん、私はあなたのものです! 好きなようにしてください!」

 

「エリス様……!」

 

 

 

俺は一気に腰を押し込もうとして……!

 

 

 

 

 

「ん? なんか隣の部屋から何か大きな音がしませんでした?」

 

「カズマさん、私が人払いと進入禁止の結界を張っています。恐らく、鼠か、この教会によく足を運ぶ猫ちゃんでしょう」

 

「なんだ、動物か……」

 

 

 

 まぁ、エリス様も人に見られるのは望んでないはずだ。多分、小動物だろう。というか、水を差されて若干イラっときた。

 

「カズマさん、私達の愛の営みを“猫ちゃん”に見せてあげましょう」

 

「エリス様……あの部屋に移動しますか?」

 

「いえ、扉の方を意識しながら私を愛してくれれば十分です。例え猫ちゃんと言えども、見られているんじゃないかっていう気分の中こうするのは、なんだか興奮しませんか?」

 

「まったく、やっぱエリス様はエッチな女神ですね! それじゃあ……!」

 

 俺は挿入したまま、エリス様の両足を持って立ち上がる。そうするとエリス様は振り落とされないようにと、自然に俺の首に手を回してきた。

 

「カズマさん、なんだか恥ずかしい恰好ですね……」

 

「エリス様、これは駅弁っていう体位です。これ、結構疲れるんですよ?」

 

「カズマさん、それは私が重いと……あうっ!?」

 

「そんなわけないでしょう! これでガンガンいかせてもらいますからね!」

 

 そういって、俺は駅弁スタイルを維持しながら、隣の部屋、司祭室の扉の前に移動した。

 

「エリス様、いきますよ?」

 

「はい、カズマさん。私を思いっきり犯して……愛してください……!」

 

 

 

 

「るあああああああああああっ!」

 

「ひゃあああああああああっ! カズマさんカズマさん!」

 

 

 

 俺は遠慮なくエリス様を突き上げ、ガンガンと腰を振る。エリス様の膣は出入りするたびにペニスを締め付け、柔らかな感触とザラついた感触が亀頭を撫でていく。改めて味わって気付いたが、彼女は名器だったようだ。さすがは幸運の女神!

 

「やぁっ! んぁっ! 気持ちいいっ! 気持ちいいですカズマさんっ! あうっ……やああああああっ!?」

 

「ちょ、エリス様! 早速膣イキですか! まったく……せいっ!」

 

「あああっ……! あううううっ……ひゃあん……カズマさん、もっと私を感じてください……いあああああっ!?」

 

「おっほ!? エリス様敏感すぎですよ!」

 

 エリス様を一突きするたびに多量の愛液が飛び散る。結合部から俺の太ももは、エリス様のお汁で早くもビショ濡れだ。しかも、礼拝堂の床には愛液やら潮、聖水やらで水たまりが形成されている。くそ、恥ずかしがるエリス様の前でこの水たまりに吸い付きたい!

 

「やあ……あう……んぅ……カズマさん……私もちょっとやってみたい事があるんです……! ひゃあうっ!」

 

「うっ……くっ……! どうぞ、なんでもやってください!」

 

「それなら……!」

 

 エリス様が俺の両肩に手を回し、俺に最大限密着する。そして、彼女は俺の首筋に思いっきり噛みついてきた。うぐっ! これは、気持ちが昂った時にゆんゆんがやってくるアレと同じだ。どうも彼女には噛み癖がついてしまった。まぁ、可愛いから許すけど。

 

「んぐっ! んんっ……んっ!? んふふっ……んみゅっ!」

 

「いだだだだっ!? エリス様もそれやるんですか……!」

 

「んぁっ!? ごめんなさい、痛かったですか……!?」

 

 エリス様は心配そうな声をかけながらも、表情は妖艶な笑みを浮かべている。やはり彼女はいけない女神様だ。

 

「いいですよ遠慮なくやっちゃってください……って隣の部屋からデカイ音がなりましたよ!?」

 

「大丈夫、猫ちゃんです! だからもっと私達の姿を……!」

 

「オラアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

「ひゃうううううううううっ!? 激しいっ! カズマさん激しいですぅ……!」

 

 俺は嬌声を上げるエリス様を突きまくる。実はそろそろ足と腰がキツクなってきた。エリス様も満足しているようだし、俺もそろそろ絶頂させてもらおう。俺は、彼女の腰をペニスに叩きつけるように手と腰を動かした。

 

「くっ……ぐっ……そりゃっ……せいっ……!」

 

「あぐっ……んぁ……ひぎゅっ……いくぅ……あううううううううううっ!?」

 

「あああああっ!? そんな膣を痙攣させると、俺……俺……!」

 

「出して! 出してくださいカズマさん! 私の膣内に……ひゃあああっ!」

 

 立ち昇る射精感を前に俺は迷う。このまま膣内に出してしまおうかと。だが、俺も覚悟を決める。俺の子種はゆんゆんを最初に孕ませる。だから、ここで出しても妊娠しない! そんな意味不明な理論が思い浮かび、膣内射精を選択する事にした。

 

「オラァ! 幸運の女神様と勝負だ! う゛っ!」

 

「あああああっ!? 出てます……カズマさんのが私の膣内でビュクビュク暴れてますぅ……」

 

 結局、俺は駅弁スタイルで彼女の最奥に射精してしまった。もうこうなったら俺の運に賭けるしかない。ついでに、膣内射精解禁だ! 明日からゆんゆんに毎日中出ししまくってやる! まぁ今までも3回に1回はゆんゆんに中出ししてるんだけどな!

 

「あぅ……ひゃう……」

 

「おっと、エリス様、まだ気を持ってくださいね?」

 

 俺は彼女に挿入したまま、再び祭壇へ移動する。そして、彼女を祭壇の上に乗せ、正常位へと移行した。

 

「カ、カズマさん……? まだやるんですか……?」

 

「むしろもう終わりですか?」

 

「いえ! 私はまだ……!」

 

 

 

「セイヤアアアアアアアアアッ!?」

 

「ああああああっ!? ダメっ! だめだめだめだめええええええっ!」

 

 

 

 

 

 結局、俺は夕方になるまでエリス様を犯しつくした。彼女の愛液と俺の精液で祭壇が悲惨な事になっている。というか、祭壇の近くのエリス像まで精液が飛び散っている。なんともバチ当たりな光景だ。

 

「あひゅ……カズマさん、私が片付けをしておきます。今日はありがとうございました……!」

 

「ちょっと、お礼を言うのは勘弁してください! それより、俺はエリス様の部屋に今後は遠慮なく行きますからね。覚悟してくださいよ?」

 

「私は喜んでお待ちしていますよ……」

 

 弱々しく微笑むエリス様を俺は優しく撫でる。そして、彼女に付着した精液やらをハンカチで拭きとった。

 

「それじゃあエリス様、今日はこれで!」

 

「はい、次はあの部屋で……んっ!」

 

「おっほ!? まったく……」

 

 頬にキスしてくれたエリス様に手を振り、俺は教会を飛び出した。赤い夕焼けが疲れた体に染み渡る。

 

 

 

今日は気持ちよく眠れそうだ!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

教会に一人残った女神エリスは扉を前にしてポツリと呟いた。

 

 

 

「カズマさん、憂いがなくなったら私と契約してくれるそうですよ? ふふっ、実はそんな日が早くも来そうな気がするんです」

 

 

そして、勢いよく扉を押し開いた。

 

 

 

 

「ねぇ、“子猫ちゃん”……!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「う……遅くなっちまったなぁ……」

 

 俺はちょっと酔っぱらって、グロッキーな気分になりながら屋敷へと帰りついた。あの後、クリスと出会い彼女に付き合って居酒屋で一杯やってきたのだ。クリス曰く、本体は休眠中だが、こちらの体はまだ元気との事。俺は少しでも一緒に居たいというエリス様のお願いを断れず、さっきまでダラダラ飲んでいたのだ。

 

「まぁ、みんな寝てるか」

 

 深夜に近い時間帯のため、物音を立てないようにそっと、玄関の扉を開ける。玄関は真っ暗であり、ここから見えるリビングにも灯りはついていない。

 

 

 

「やっぱ寝てるか。俺もさっさと……」

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「おわっ!? ビビらせんなよお前ら!」

 

 

 

 

 俺は思わず驚いて声をあげてしまう。玄関に二人の人物が立っていたのだ。一人は紅い目を怪しく輝かせるめぐみん、もう一人は蒼い目でこちらをジッと見るアクアだった。窓から漏れる僅かな月明かりが、彼女達の無機質な表情を浮かびあがらせる。

 

「どうしたお前ら?」

 

 俺の呼びかけに彼女達は全く反応しない。そして、しばらく沈黙が流れた後、アクアが俺の胸に飛び込んできた。

 

「んっ……ん……あっ……いや……」

 

「アクア?」

 

いつもはウザイくらい体を擦りつける彼女が、今日は大人しく俺から手を放す。そして、体を大きく震わせながら、後ずさりを始めた。

 

「いや……いや…そんなの嫌っ! 嫌っ嫌っ嫌なの……! いやああああああああああああああああああっ!」

 

「アクア!?」

 

 俺の声もむなしく、アクアは俺の前から走り去った。アクアに浮かんでいた表情、アレは今まで見た事ないような絶望の表情だ。なぜあんな顔にっ!?

 

「おいめぐみん! アクアに何があった!?」

 

「カズマ、今はそっとしてあげてください」

 

「でも……!」

 

「いいから、とにかくリビングに来てください」

 

 無表情で語気を強めるめぐみんに、俺は気圧される。彼女の指示に従い、俺はリビングへ行く。そして、彼女がダイニングの椅子に腰かけたのを見て、俺も彼女の対面に腰かけた。

 

「カズマ、お聞きしたい事があります」

 

「な、なんだよ?」

 

「今日はどこに行っていたのですか?」

 

「うっ!? アレだよちょっとクリスと飲みに行って遅くなったんだ!」

 

 俺の言葉を聞いても、めぐみんは無表情のままだ。そして、彼女はテーブル越しに、その無表情な顔を近づけてくる

 

「カズマ、正直に答えてください。今日の午後何をしていましたか?」

 

「だから、クリスと居酒屋に行ってたんだよ! ていうか、別に俺がどこが何してようがお前らに関係ないんじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘つき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつりと呟かれたその言葉に俺は言葉を返す事ができなかった。めぐみんは変わらぬ無表情、語気も普通だ。それなのに、得体の知れぬ恐怖感で汗がダラダラ流れてくるのを感じた。

 

「でも、カズマが酔っているのは本当みたいですね。酔い覚ましの薬です。ほら、飲んでください」

 

「お……おう、すまねぇ……」

 

 めぐみんの表情が呆れたものに変わった。その事に安堵しながら、俺は差し出された粉薬を、用意されていたコップの水を使い、ゴクリと飲んだ。

 

「めぐみん、悪いが今日は寝させてくれ……」

 

「ええ、私も疲れました。今日はもう寝ましょう」

 

「そうか、お休みめぐみん………」

 

 俺はめぐみんにそう言い残してリビングを後にしようとした時、なんだか急に頭がグラグラとしてきた。そして、眠気が強くなってくるのを感じる。何かがおかしい。これは酔いなんてものじゃなくて……

 

「まったく、カズマは強くなりすぎです。どうやら、睡眠耐性が高くなっているようですね」

 

「めぐみん……?」

 

「カズマ、安心してくださいね」

 

 グラグラと揺れる視界の中、めぐみんが立ち上がった。めぐみんは俺の横へ来ると、持っていた杖をギリギリと握りしめた。そして、思いっきり振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと眠ってもらうだけですから」

 

「がぁっ!?」

 

 

 

 

 

 頭に鈍痛が響く。そして眠気と同時に意識が遠のいていく。これはもう、耐えられない。明滅する意識の中、何故か微笑むゆんゆんの姿が浮かんだ。

 

 

 

「すまねぇゆんゆん……明日のピクニック行けそうにねぇわ……あがっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ、お休みなさい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カズマさん解体ショーが始まってしまうのか……!?

次回、子猫ちゃん編

ドロドロは次回で一旦区切りがつくそうですよ


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嗤うエリス様と追い詰められた子猫ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これで準備完了です」

 

 私はそう呟いて、額に浮かぶ汗を拭いました。今いる場所は、アクセルの街のエリス教会。以前、クリスが浮気情報として提供したメモ書きに、カズマはここで浮気をするとありました。

 そのため、私は事前に教会に侵入し、教会の至る所に定点式盗撮カメラを仕掛けました。そして、聖堂の横にある司教室に本陣を置きました。ここは鍵穴から聖堂の様子を伺えますし、逃走、盗撮用に使える2階の回廊への階段もあります。まさに、私の為に準備された部屋のようです。

 

「しかし、おかしいですね……」

 

 そう、この状況は常識的に考えておかしい。普段はエリス教徒で賑わう教会に人の姿はなく、静寂に包まれている。おかげで盗撮カメラを仕掛けられたのだが、妙な状況である。

 考えられる可能性としては、カズマの浮気相手がエリス教会の上層部の女性である、という事でしょうか。

 まぁ、嫌でも相手の女性を見る事になるでしょう。私は覚悟を決めて部屋に待機しました。そして、指定された時刻の数分前、聖堂の祭壇近くに突如光柱が出現しました。

 

 

「エリス様……?」

 

 

 私は現れた人物を見てしばし茫然としました。綺麗な銀色の長髪と、俗世とは隔絶した美貌を持つ女性。私は彼女とは初対面ではありません。でも、この世界に住む人間なら例え初対面であっても誰もが察するでしょう。あの方は女神エリスであると。自然と、私の体がブルブルと震えてしまいます。以前からカズマは言っていました。

 

『エリス様は美人なだけじゃなくて、性格的にも非の打ち所がない完璧な女性。まさに俺のメインヒロインだな!』

 

 この世界の主神であるエリスが、カズマ如きに構うはずがない。そう思って鼻で笑っていたのですが、この状況を見たら認めざるをえません。

 

 

 

女神エリスは私達の敵であると。

 

 

 

 そして、予定されていた時刻にカズマが教会に現れました。カズマはエリスと何やら会話を始めました。ですが、内容は聞き取れません。いや、聞きとられないようにしているのでしょう。エリスも中々注意深い女神なようです。しかし、エリスがカズマを押し倒したあたりから会話が聞こえるようになりました。

 

『カズマさん、私自身があなたへの供物です。存分に味わってくださいね?』

 

 そう言って、蕩けた表情でカズマを誘うエリスに私は呆れました。どうやら、この世界の女神様は、とんだ淫売だったようです。こんな姿をエリス教徒が見たら失望する事間違いなしです。一瞬、この写真をバラまく事も考えましたが、やめにしました。間違いなく偽造と認定され、私がエリス教徒に粛清されるだけですからね。

 

 

まぁ、良く考えればエリスはアクアの同類。所詮、女神も雌という事でしょうか。

 

 

 カズマは淫売女神エリスの姿を見て、情欲の炎をたぎらせながら襲い掛かりました。その瞬間、私の余裕もなくなってしまいます。ダクネスとアクアとの情交を見る事は耐えれた。何故なら、彼女たちは私と運命を共にするものたちだから。

 しかし、エリスは違う。全くの部外者、あの女以外の新たな敵。カズマが私達以外の女に手を出すなんて許せはしない!

 

「カズマ、やめてください! あなたは私の愛する男、そんな淫売の誘いになんか……!」

 

 私は知らず知らずのうちに、涙を流していました。カズマの浮気はあの女を引き剥がすためには必要な事です。だから、これは私にとっても望んだ状況だ。でも、本心としてはカズマに浮気をして欲しくない。私達以外の女に触れて、愛の言葉を囁いてなんか欲しくない! 私以外の女とセックスなんてして欲しくない……!

 

『嬉しい事言ってくれますね! オラァ!』

 

「っ……!」

 

 カズマは私の願いもむなしく、あの淫売の誘いに乗りました。その瞬間、私は杖で床を殴りつけてしまいました。カズマが殺してやりたいほど憎い。そう思ってしまいました。しかし、気持ちを切り替えます。あれはカズマが悪いのではない、カズマを誘うエリスが悪いのだと思うようにしました。

 そして、エリス達は私が不用意にたてた音に反応し、こちらの扉の近くに寄ってきました。私が2階に逃走しようと考え始めた時、エリスが妙な事を言いました。

 

『カズマさん、私達の愛の営みを“猫ちゃん”に見せてあげましょう』

 

 

 

 

 

鍵穴から覗く私とエリスの視線が合いました。

 

 

 

 

 

 なるほど、エリスは私がここにいる事が分かっているようですね。その上で、カズマに抱かれる姿を私に見せつけに来たと……

 

「いいでしょう! 受けて立ってやります!」

 

 私は、エリスがカズマに犯される姿を目に焼き付けました。そして、己の中の憎悪をたぎらせてエリスを見つめます。

 

『はい、カズマさん。私を思いっきり犯して……愛してください……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……やっぱ嫌です……無理です……ダメなんです……カズマ……お願いです……やめてください……私達……私以外の女を愛さないで……抱かないでください……」

 

そうです、これは私達の怠慢と傲慢によって起こった事態です。

 

「カズマカズマ……大好きです……愛しています……だからお願いです……こっちを見て……?」

 

 私は自分を戒める必要性があります。カズマは悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない……! 全部私が……私達が……!

 

「カズマカズマ……私の事……愛しているんですよね……? 私は知ってますよ……あなたは私を一番愛してるって……他の女は所詮遊びの女だって……それならこっちを見て……? 私に気付いてください……私の顔を見ながら愛してるって囁いてください……! エリスなんか捨てて私に……」

 

 

 

 

『るあああああああああああっ!』

 

『ひゃあああああああああっ! カズマさんカズマさん!』

 

 

 

 

壊れた。

 

自分の中で大切な何かが壊れてしまった。

 

 止まらない涙を手で拭いながら、鍵穴からの景色をじっくりと見る。そこには、まるで愛する女性を抱くように優しい表情を浮かべるカズマと、だらしなく舌を出して嬌声をあげる女神エリスの姿があった。

 

でも、私には分かる。エリスが私に視線を合わせ、この姿を自慢げに見せている事。その視線に嘲笑が混じっている事に。

 

『やあ……あう……んぅ……カズマさん……私もちょっとやってみたい事があるんです……! ひゃあうっ!』

 

 エリスがそんな事を言ってから、カズマの首筋に吸い付いた。そして、カズマ首に赤いキスマークが出来上がる。まるで自分の物であると主張するようなキスの跡が気に食わない。

 

 

 

 

その時、エリスが薄笑いを浮かべてこちらをチラリと見た。

 

 

 

 

「そういう事でしたか……!」

 

 

 

 私は思わず近くにあった机を蹴り飛ばし、先程より大きな音を立ててしまいました。だが、そんな事を気にしている場合ではない。あのエリスの薄笑いは非常に見覚えがある顔だ。

 

「ふふっ、ハメられたって事ですか」

 

 

自然と笑いが出てしまいます。私はとんでもない愚か物だったのですね。

 

 

そうですかそうですか……!

 

 

「あはっ! あははははっ! カズマカズマ、もう嫌です! 嫌……嫌だ嫌だ嫌だ! もう見たくない! もう聞きたくない! もうこんな思いはしたくない!」

 

 

大好きな人の呻き声と、大嫌いな奴の嬌声が耳に入る。

 

 

私は耳を塞ぎ部屋の隅に座り込む。そして、理解した。

 

 

「カズマには私が一緒にいてあげないとダメですね」

 

 

 今日の夜にもあの作戦を実行してしまいましょう。これがカズマのためなんです。カズマも喜んで受け入れてくれるに違いありません。そして再確認するように呟きました。

 

 

「カズマは私を愛してる愛してる愛してる……」

 

 

 

 

 

 

それから地獄のような時間が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「愛してる愛してる愛してる……」

 

「ねぇ、子猫ちゃん?」

 

「愛してる愛してる愛してる……」

 

「子猫ちゃーん?」

 

「愛してる愛してる愛してる……」

 

「子猫……めぐみんさん?」

 

「愛してる愛してる愛してる……」

 

「反応してもらえないと私も傷つきますよ? ……えい♪」

 

「愛してる愛してる愛して……がふっ!?」

 

 いきなりお腹を何者かに蹴り上げられて、私は床に転がる。気がつくと、司教室は窓から差し込む夕日で淡い紅色に包まれていた。ズキズキと痛むお腹を押さえながら立ち上がると、部屋の中に異物……満面の笑みを浮かべたエリスがいた。

 

「なんのようですか……?」

 

「あんまり動揺しないんですね」

 

 まるで可笑しくてたまらないといった様子で笑うエリスの声が部屋に響く。非常に不快だ。

 

「めぐみんさん、あなたには言っておきます。カズマさんは私のものです」

 

「…………」

 

「私がカズマさんに愛される姿はどうでした? 彼が私を抱く時の表情が情欲だけではない事をあなたは見ましたか……理解はできましたか? カズマさんはあなたではなく、私の事を愛しているんです……! いいでしょう……? 羨ましいでしょう……!」

 

 エリスの顔は誇らしげなものであり、こちらを嘲笑を込めた視線で見下ろしている。それがたまらなくイライラしたし、何故だか悲しくて悔しくてたまらなかった。

 

「黙りなさい淫売女神!」

 

「あら、これが負け犬の遠吠えって奴でしょうか? アクア先輩的に言うと……プークスクス! 超ウケルんですけど!」

 

 私はすぐさま杖で殴りかかった。しかし、不可視の壁に阻まれる。嘲笑を浮かべ続けながらこちらを見るエリスの姿に、私は憎悪と嫌悪以外の感情は浮かんでこなかった。

 

「女神エリス……カズマは私の……私達のものです……」

 

「はいはい、せいぜい頑張ってくださいね? 私はあなた達を応援しているんですから」

 

「どの口でそんな事を……!」

 

「怒らないでください。怖いですよ?」

 

 ケタケタと嗤うエリスの姿はとても女神のとは思えない、男を誘う淫売そのものだ。私の中に殺意と吐き気が湧き上がる。

 

「めぐみんさん、見ていて分かったでしょう? カズマさんは私を愛してる」

 

「…………」

 

「カズマさんは最後には私を選ぶのです。私と永遠を共にする選ばれし男性なんです……!」

 

 

「黙ってください! “黒より暗く……!」

 

 私は杖を構え爆裂魔法の詠唱を始める。この女神を滅せられるなら、今死んでも構わない。

 

「さすがに愛する信徒たちの教会を壊すわけには行きません。仕込みも終わりましたし、もう私は帰りますね」

 

 そう言ってから、エリスの周りに歪な魔方陣が現れる。すかさず剣を抜いて首を薙ぎましたが、またも不可視の壁に阻まれました。

 

「あ、めぐみんさんに言い忘れていた事がありました」

 

「あなたの言葉なんて聞きたくありません。この淫売女神……!」

 

 

 女神エリスは私の暴言をケタケタと嗤って聞き流す。そして片目を瞑り、こちらに向かって満面の笑みを浮かべて囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この事は、内緒ですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、私は屋敷に向けてふらふらと足を動かしていた。もちろん現像済みの写真とたくさんの盗撮機器をリュックで背負ってだ。結局、私は女神エリスに一矢報いる事もできなかった。

 しかし、おかげで決心がつきました。カズマは淫売共の誘惑に簡単に引っかかるダメな人です。だから、私が一緒にいてあげないとダメなんです。私はもしもの時の保険として用意していた作戦を実行する事にしました。

 この作戦は屋敷の盗撮を行うための工作をする際に、平行してひっそりと準備していたものです。いち早くこの作戦を成功させなければ、カズマが売女どもの汚らわしい誘惑に乗り、その大事な体と心を汚染される危険性が大幅に上がってしまいます。カズマが知らない女と愛を深めるなんてあってはならない事です。私はそんな光景をもう見たくないですし、聞きたくもありません。カズマには私以外……私達以外の女なんて必要ないんです……

 

 

 

だから……

 

 

 

「カズマ、私があなたを管理してあげます。そして、死ぬ時まで一緒です……!」

 

 

 

 私は、これからの日々に思いを馳せました。きっと皆幸せになるはずです。思わず鼻歌が出そうになった時、私に声をかける人物がいました。

 

「やあめぐみん、元気?」

 

「死んでください」

 

「わぁっ!? 急に危ないじゃない!」

 

 私が振り抜いたカズマの剣をクリスがヒラリと避けました。本当に、私の神経を逆なでする人物ですね。

 

「ちょっと、いきなり何さ……」

 

「何かごようですか? 女神エリス」

 

「……あら、気付いてしまいましたか」

 

 クリスの表情が快活そうな笑顔から、あの薄笑いへと変わる。やっぱり、彼女だったのですね。改めて、私の愚かさに泣きたくなります。

 

「クリス……いや女神エリス。あなたと会話する事はもうありません」

 

「ヒドイです。私はあなたの事、友達だと思っていたんですよ?」

 

「いまさら白々しいですね」

 

 私の言葉に、クリスが溜息をつきました。そして、腕を組んでこちらを威圧するように睨み付けてきます。

 

「めぐみんさん、私の助言がなければ、あなたは何もできずに負けていたんですよ?」

 

「ぐっ……それは……!」

 

「むしろ感謝して欲しいくらいです」

 

 クリスの言った事は否定する事はできません。何故なら、クリスに真実を見せて貰えなければ、私はずっと日和っていたかもしれません。それは私の完全敗北を意味しています。

 

「あなたは何故私に……?」

 

「助手君はもちろん渡さないよ? でも、敵の敵は味方って言うでしょ?」

 

 彼女らしい笑顔を浮かべながらそんな事を言ってきました。なるほど、今までの彼女の行動に合点がいきました。でも、もう許しません。

 

「クリス、一つ言っておきます」

 

「なんだいめぐみん?」

 

 

 

 

「敵の敵も敵です」

 

 

 

 

 私の言葉にクリスは一瞬無表情になりました。そして、再び淫売女神エリスの薄笑いを浮かべます。

 

「めぐみんさん、私はあなた達を応援しているんですよ?」

 

「なら、カズマに一生近づかないでください」

 

「例え、私が近づかなくてもカズマさんは私に会いに来ます。彼は私のモノであり、私も彼のモノなのですから」

 

 その余裕そうな表情が腹立たしい、気に食わない、さっさと死んで欲しい。カズマの剣を引き抜く私に対して、クリスも短剣をコチラに向けてきました。

 

「めぐみんさん、私はこれからカズマさんを飲みに誘います。こちらの姿で彼と気楽に食事とお話を楽しみたいんです。これは私にとっての幸せなんです。私はあなた達を応援していますが、これの邪魔は許しません」

 

「変な応援の仕方ですね。ええ、邪魔はしません。お好きにしてください。私もやるべき事があるんです」

 

 

 

 

こうして、私達はお互いに獲物を向け合い、後ずさりするように別れました。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「さて、私も準備をする必要がありますね」

 

「なになにー? またお菓子作るの? 普通な奴なら食べてあげてもいいわよ?」

 

「こらアクア、さっきお菓子を食べたばかりだろう? 太るぞ」

 

「はぁ? 私は女神だからこの完璧ボディが変わる事はないの。それこそ、ダクネスみたいに腹筋バッキバキになる事もないわ!」

 

「私は腹筋バッキバキじゃない!」

 

 屋敷のリビングにて、アクアとダクネスの取っ組み合いが始まりました。私が覚悟を決めているというのに、いつもと変わらない二人に思わず笑みがこぼれました。

 

 

でも、これから二人の笑顔を砕く必要があります。

 

 そう、これは仕方がない事なんです。私はカバンから紙束を取り出し、テーブルの上に広げました。アクア達は、取っ組み合いをやめ、テーブルに広げられた紙束……エリスとカズマの盗撮写真を手に取りました。そして、ダクネスが声を震わせながら質問してきました。

 

「めぐみん、これはなんだ?」

 

「見たまんまです」

 

「こんな偽造は不敬で……!」

 

「現実を見てくださいダクネス」

 

 

私の言葉に、ダクネスが膝から崩れ落ちました。そしてアクアは……

 

 

「っ……!」

 

「アクアは逃げましたか」

 

 とりあえず今は後回しです。私は泣き笑いの表情を浮かべてエリスとの浮気写真をビリビリと破いているダクネスの前にしゃがみこみました。

 

「これは、今日撮ったものです。カズマとエリスの淫行現場です」

 

「何故だ……何故エリス様はカズマなんかと……!」

 

「ダクネス、アクアを見ていれば分かるはずです。女神とはいえ女である事には変わりありません。あなたの敬愛する女神も所詮はただの雌なんですよ」

 

「くっ……何故……カズマを……私はエリス様に毎日……!」

 

 本格的に泣き始めたダクネスを見て、私も覚悟を決めました。彼女の力は私の作戦にとって必要不可欠なのです。

 

「ダクネス、カズマをエリスやあの女に盗られていいと思っていますか?」

 

「そんなわけないだろう? あの男は私のものだ」

 

「おや……?」

 

 もっと、難航すると思われたダクネスの説得ですが、どうやら簡単に行きそうですね。おそらく敬愛し、信じていた神の痴態に心を砕かれたのかもしれません。

 

「ダクネス、カズマは最低な男です。このままでは数多くの女性がカズマの毒牙にかかってしまいます」

 

「そうだな。まさか、アクアだけでなくエリス様までカズマの手に堕ちてるとはな……」

 

「このままでいいんですか? カズマの事を他の女性に任せて諦めますか?」

 

「だから言っているだろう? カズマは私の男だ」

 

 ダクネスの目には強い意志が宿っています。心は壊れていませんか。私としてもそちらの方が嬉しいです。

 

「ダクネス、カズマを私達のものにするための作戦があります。聞いてくださいますか?」

 

「ん、話してみるといい」

 

 それから、私はダクネスに作戦の説明を行いました。彼女は黙って私の言葉を聞き続け、最後に立ち上がって私と向き合いました。

 

「めぐみん、これは犯罪だ」

 

「そうですね」

 

「カズマに嫌われるかもしれないぞ?」

 

「時間が経てば、私達なしではいられなくなります」

 

「何故そこまでする?」

 

 ダクネスの言葉に私は再び溜息をつきます。いまさらになって、そのような質問をするのですか。なら、きちんと答えてあげましょう。

 

 

 

 

「私がカズマを愛しているからです」

 

 

 

 

 私は心を込めて告白しました。ダクネスはそんな私を見て、暗い微笑みを浮かべました。しばらく見ないうちに、彼女にも何か変化があったようですね。

 

「そうか、なら私も協力する」

 

「……本当ですか? あなたはこのような事に抵抗がある人だと思っていたのですが」

 

「もちろん、抵抗はある。しかし、これ以上カズマに女が出来ては困る。カズマがくれる私への愛が減ってしまうではないか。それに、エリス様がこんな目に合っているのも、あのクズ男が何かしたに決まっている。だから私達でカズマを教育してやる必要があるんだ……」

 

「その謎理論は理解出来ませんが、言いたい事は分かります」

 

 どうやらダクネスも私達以外の女にカズマが手を出す事が嫌なようです。それならば話が早い。私はこの作戦において根回しの重要性と裏工作の内容についても説明しました。ダクネスはそれを黙って聞き続けます。

 

「では、ダクネス早速で悪いのですが、説明した通り、裏工作の方をお願いできますか?」

 

「任せて欲しい。私が上手くやっておこう。また、都合が悪い事が出て来たら私に言ってくれ。すぐに“消して”やる」

 

「ふふっ、頼みましたよ」

 

「めぐみんこそ、頼んだぞ? 明日を楽しみにしている」

 

 

 

 そう言って、ダクネスは屋敷を後にしました。裏工作の方は彼女に全て任せましょう。適材適所という奴です。

 そして、私はもう一人の協力者を募るため、アクアの部屋に向かいます。扉を開けるとアクアはベッドで座り込んでいました。

 

「アクア、大丈夫ですか?」

 

「…………」

 

「アクア?」

 

 どうやら、放心状態のようです。私はアクアが膝を抱え込んで座るベッドの上に腰を降ろしました。それでもアクアは無反応です。

 

「アクア、カズマはエリスと……」

 

「聞きたくない」

 

「このままでは……」

 

「いやなの……お願い……一人にして……」

 

「はぁ」

 

 もう、こうなったら強硬手段です。私は、アクアが俯くベッドの周りにエリスとの浮気写真をバラまきました。

 

「めぐみんやめてよ……!」

 

「カズマがエリスとエッチな事をしてる写真です。目に焼き付けるのですアクア」

 

「これ本物なの……?」

 

「もちろんです」

 

 それを聞いたアクアはその写真を破り捨てると、ふて寝するようにベッドへ寝転がりました。

 

「めぐみん、あなたエリスの事知ってる?」

 

「はい? もちろん知ってますが……」

 

「違うわ。彼女自身の事よ。エリスはね、私よりダメダメな女神で、私が手伝ってあげないと仕事一つまともにできない子なの」

 

「それってアクアの事じゃ……」

 

「それにね、男の人やえっちぃ話がちょっと話題に出ただけでで顔真っ赤にしてキャーキャー言うウブな子なの」

 

「アクア、あの淫売女神はとんだ腹黒で……」

 

 

 

「エリスがこんな事するはずないわ。この写真は偽物よ!」

 

 

 

 どうやら、アクアには現実が受け入れられないようです。現実逃避もここまで来ると見ていて悲しいものですね。

 

「まぁ、今はそれでいいでしょう。とにかく、アクアにも私の作戦をお伝えします」

 

「作戦?」

 

「はい、あなたの力が必要なんです」

 

 それから、私はアクアに説明を開始しました。しかし、アクアはというと、さっきから散らばった写真を一つ一つ手に取っては何かを確認するように、じっくりと観察しています。

 

「アクア、聞いているのですか?」

 

「聞いてるわよ! というか、本当にその作戦とやらを実行する気? さすがに女神として、そんな犯罪には加担できないんですけど!」

 

 新たに写真を破り捨てながら、アクアが怒った様子でそう答えました。でもダメですね。体がそんなにもブルブル震えていては、虚勢を張っているのがまる分かりです。

 

「アクアお願いします。どうか、私の作戦に協力してください。この作戦の成功には、エリスの介入を防ぐ事が前提としてあるのです」

 

「でも、あの子がこんな……!」

 

 

 

 

 

「カズマの匂いを嗅げばそれも全て分かります」

 

「ひぅっ……!」

 

 

 

 

 アクアが一気に縮こまりました。彼女も分かっていたのでしょう。カズマとエリスが関係を持っていない。そんな淡い希望にすがるのも、カズマ帰宅するまでのわずかな間にしかできない事を

 

「ねぇ、めぐみん。もしこの写真が本当だったらどうすればいい?」

 

「どうとは?」

 

「私、まだカズマさんと本格的なエッチをしてないの……」

 

「はい……?」

 

 そういえば、カズマはアクアに手は出していますが、女性器は使っていません。恐らく、カズマは睡眠イタズラという建前の上ではそこまでできないのでしょう。もしくはカズマなりの拘りがあるのでしょうか。まぁ、私の知った事ではありません。

 

「アクアは何が怖いのですか?」

 

「こ、怖くなんてないわよ! でも、エリスがカズマの身近にいるようになったら、私は……私はどうすれば……」

 

 

 

ああ、なるほど。

 

 

 

「まぁ、エリスは回復魔法も蘇生魔法も使えますしね」

 

「やめて……」

 

「その美貌はまさに女神。ちょっと容姿に自信がある私でも勝てる気がしません」

 

「もうやめてよめぐみん……」

 

「性格も女神として……いや、性格は多分悪いです」

 

「聞きたくない聞きたくない聞きたくない!」

 

 

 

 

 

「ひょっとしたら、アクアはカズマに必要とされなくなるかもしれませんね」

 

「やめて……考えたくないの……私が必要とされなくなるのはいやなの……! カズマさんに捨てられるのはだけはいやなの……!」

 

 

 

 

 ついにアクアの両目の水門が決壊しました。大粒の涙で顔と衣服を濡らしていきます。自分で追い込んでおいてなんですが、見ていられないですね、こんなアクア……

 

 

 

 

「めぐみん、私、カズマに必要とされたい……頼りにされたい……ずっと一緒にいたいの……!」

 

「なら、協力してくれますね?」

 

「でも……こんなの……」

 

「そうですか、使えない駄女神は私もいりません」

 

「ひぃっ!? やめて……めぐみんまで見捨てないで……! なんでも……なんでもするから!」

 

「いい答えですよアクア」

 

 

 

 

私は作戦の準備を完了させました。

 

 

 

 

 

 

そして同日深夜、私はカズマの捕獲に成功しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗闇の意識の中で、愛しい人が俺の事を呼ぶ声がした。

 

 

 

『カズマさん愛してますよ』

 

ああ、俺もだ。

 

 

『カズマさん、賑やかで楽しい家庭を作りましょうね』

 

そらもう子作りしまくってやるよ。なんかお前、すぐ孕みそうだし。

 

 

『カズマさん、私より先に死なないでください』

 

できるだけそうするさ。でも、女性の方が長生きするらしいぞ?

 

 

 

 

『カズマさん、私を一人にしないで……!』

 

当たり前だ! 俺はお前と約束したろ? 

 

絶対に――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の……!」

 

「起きましたか?」

 

「おっひょ!?」

 

俺は耳元に聞こえた声で思わず驚く。うっ、頭が痛い……俺は一体今まで……!

 

 

 

 

 

「カズマ、おはようございます」

 

「ああ、めぐみんか。おはよう」

 

 目の前で俺を見下ろすめぐみんに、そう答えるしかなかった。そして周囲の様子を確認する。広さは6畳あるかないかの部屋であり、俺が今寝ているベッドの他には椅子が3つと小さなテーブルが設置されているだけの殺風景な部屋だ。また、窓の類はなく、石壁と鉄製の扉がこの部屋の無機質さを際立たせている。

 

「めぐみん、ここどこ?」

 

「屋敷ですよ?」

 

「いやいや、俺には見覚えない部屋なんだが……」

 

「細かい事はいいじゃないですか」

 

「ア、 ハイ」

 

 何やら不穏な空気を漂わせるめぐみんに俺はビビる。今なんか軽くチビリそうになった。とにかく、俺はこの部屋はなんだか嫌だ。特に、床に奇怪な魔方陣がいくつもあったり、壁に血で書かれた何かの術式があったりして非常に怖い!

 

 

俺はすぐさま起き上がり、ベッドから降りる。そして、扉へと向かおうとして……

 

 

「うぉっ、なんだこれ!?」

 

「カズマ、ベッドで大人しくしていてください」

 

「あの、めぐみんさん! これはなんでしょうか?」

 

「鎖ですよ?」

 

「いや、それは分かる! なんで俺がベッドに鎖でつながれてるの!? というかマジでなんなのこの状況!?」

 

 そう、俺は今、両手両足に鉄製の輪がはめられている。そして、そこに鎖が取り付けられ、ベッドへと繋がれていた。簡単に言えば、両手両足を鎖で拘束されていたのである。

 そんな俺をめぐみんはベッドへ突き飛ばす。無抵抗な俺は、再びベッドの上で横になる事となった。

 

「カズマ、これはあなたのためでもあるんです」

 

「俺のため……?」

 

「はい、カズマが私達以外の女で遊んで穢れるような事はあってはなりません。だから、カズマには私達以外を愛せない環境で過ごしてもらう事にしました」

 

「ちょっと何言っているのか理解したくないです……!」

 

 軽く引いている俺の横に、めぐみんが寝転がる。俺の腕を枕にしながら、めぐみんが俺の顔を覗き込んできた。めぐみんの顔はほのかな桃色に上気し、俺の顔に熱い視線を送っている。くそっ! こんな状況でも可愛いと思ってしまう自分が腹立たしい!

 

 

 

 

「ぶっちゃけると、監禁しました」

 

「本当にぶっちゃけたなぁおい!」

 

 

 

 

 なんだか力が抜けて脱力する俺に対し、めぐみんはクンクンと俺の首筋の匂いを嗅ぐ事で応えた。そして、この状況になるまえの事を思い出す。深夜、帰宅した俺に対し、めぐみんは睡眠薬と物理攻撃をお見舞いしてきた。なるほど、マジで捕らわれの身になったのか……

 

「めぐみん、実は明日……いや今日か? とにかく、大切な約束があるんだ。だから、この遊びはもうおしまいにしてくれないか?」

 

「いやです」

 

「ですよねー!」

 

 めぐみんに首筋をペロペロ舐められながら、俺は今の状況を完全に把握する。どうやら、めぐみんは俺をガチで監禁しているようだ。チラリとめぐみんの方を見ると、彼女は幸せそうな顔で舌をチロチロ動かしている。

 

 

 

俺も覚悟を決めよう。

 

 

 

「めぐみん、話しがある」

 

「なんですか?」

 

ジッとこちらを見るめぐみんを俺も見つめ返す。

 

 

「俺、ゆんゆんと付き合っているんだ」

 

「はい」

 

「結婚の約束もしてる。だから、お前の期待には……」

 

「知ってましたよ?」

 

「え?」

 

「あなたがゆんゆんと婚姻関係にあるのは知ってました。私だけでなく、アクアとダクネスも」

 

 一切の動揺もせず応えるめぐみんに、俺の方が動揺する。そうか、知っていたのか。今までどう伝えるか四苦八苦していた事は無駄だったわけだ……

 

「めぐみん、だから俺は……」

 

「カズマ、もう一生会わない女との婚約なんて破棄しましょう。あなたは私と一生ここで過ごす予定ですから。それに安心してください。カズマが私の事を絶対的に愛してくれるようになったら、お外に出してあげる事も考えてあげます」

 

「おう、マジかよ……」

 

 こちらを熱い視線で見つめるめぐみんに、冗談の気色はない。本当にそう思っているのだろう。今更になって焦燥感のようなものが俺の中に生まれる。

 

「めぐみん、こんな事はすぐバレるぞ?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「いや、大丈夫じゃない! こんな暴挙、アクアやダクネス、それに俺がいなくなった事を不審に思ったゆんゆんや街の住人にすぐバレるぞ!」

 

「カズマは心配性ですね。安心してください。私達の障害となるものは全て排除します」

 

 クスクスを笑うめぐみんを見て俺は悟る。何か致命的な部分でめぐみんと話がかみ合わない事に。

 そんな時、鉄の扉が開き、何者かがこの部屋に入って来た。俺は部屋に入って来た人物、ダクネスの顔を見て、安堵した。どうやら、この監禁とやらもこれで終わりのようだ。

 

「へいダクネス! 今、暴走しためぐみんに監禁されてるんですが! 今すぐ俺を助けてくれ! ついでにめぐみんをお仕置きしてやってくだせぇ!」

 

「ん、思ったより元気だなカズマ」

 

「ダクネス! いいからさっさと早く……!」

 

 

 

「それはできない」

 

「おいっ……!」

 

 

 

 彼女はいつものような凛とした表情ではなく、薄い微笑みを張り付かせている。俺はダクネスの顔、その彼女らしくない表情で理解してしまったのだ。

 

ダクネスもめぐみんの同類であると。

 

「カズマカズマ、ダクネスは協力者ですよ?」

 

「やっぱり?」

 

「カズマ、めぐみんだけじゃお前も満足できないだろう? 安心しろ、私がお前の全てを満たしてやる」

 

「お前がこんな事をするなんてな……」

 

「カズマ、失望したか? でもいいんだ。私はお前さえ手に入れば他はどうでもいい」

 

「おいおい……」

 

 どうやら、ダクネスも堕ちてしまったようだ。ダクネスだけは絶対にこんな事をするはずがないと思っていたために、俺は軽いショックを受ける。そして、ダクネスはベッドのそばに立ち、俺の頬に手を這わせる。

 

「カズマ、お前はエリス様に手を出したらしいな」

 

「うひぃ!? なんでダクネスがその事を!?」

 

「ああ、やっぱり本当だったんだな。やはりお前には私が教育をしてやらないとな」

 

「ラ、ララティーナお嬢様? なんか物騒な……むぐっ!?」

 

 突然、ダクネスが俺にキスをしてきた。唇が触れ合う程度の、甘くやわらかなキスだ。そして、ダクネスがゆっくりと顔を離す。そこには、薄笑いから優し気な表情に変わった彼女の姿があった。

 

「カズマ、お前を愛している。だから、お前も私を愛してくれ。エリス様やゆんゆんなんかにお前の愛は必要ない。お前の愛は私……私達だけに注げばいいんだ」

 

「ダクネス……?」

 

「お願い……お願いだカズマ……私を愛してくれ……!」

 

 打って変わって悲壮な表情になったダクネスに俺はなんの言葉もかけてやる事ができない。こんな彼女の姿は見た事がなかった。

 

 

だが、俺もここでと監禁され続けるわけにはいかない。悪いが逃げさせてもらおう。

 

 

「“テレポート!”……ってアレ?」

 

「テレポート阻害の結界です。できませんよ」

 

「“ライトニング!”……こっちもダメか!?」

 

「ん……魔封じの結界がこの部屋を覆っている。お前レベルの魔法は使えない」

 

「マジかよ……!」

 

 今度はクスクスと笑い始めた彼女たちに俺は焦りと怒りを覚える。どうやら、本気の本気、割と入念に準備された監禁のようだ。頭の中にある不安を打ち消し、俺は切り札を使う事にした。

 

 

 

「エリス様ーっ! 俺、マジで監禁されちゃってます! 今すぐ助けてください!」

 

 

 

しかし、反応はなかった。

 

 

 俺がしばらく茫然としていると、クスクス笑うめぐみんとダクネスが俺の頬を撫でてきた。

 

「カズマ、神に助けを求めるんですか? 随分と信心深いんですね」

 

「そうだな、でもエリス様はお前なんかを助けにこないぞ」

 

 エリス様は俺が呼べばいつでも降臨してくれると言っていた。しかし、エリス様の反応はなかった。俺の祈りを邪魔する術式でもあるのだろうか。だが、俺にはこの世界に来たときからの相棒がいる。そいつになら、俺の声も伝わるはずだ。そう、彼女になら……!

 

 

 

「助けてアクアー! めぐみんとダクネスに犯されるー!」

 

 

 

 

「なになに? 私の事呼んだ? カズマさん、私の事必要? エリスなんかより私が大事?」

 

 

 

「アクア!」

 

 

 

 俺の叫びから数秒後、突如部屋の中に出現した光柱からアクアが飛び出してきた。いつもと変わらないアクアの姿を見て俺は思わず涙が出そうになってしまった。

 

「アクア、めぐみんとダクネスがおかしくなった! 助けてくれ!」

 

「……何を?」

 

「俺をだよ! 見て分かるだろ!? 絶賛拘束中だろうが!」

 

 アクアは首をかしげてから、しばらくうんうんと唸っていた。俺はアクアに状況を伝えるために、鎖を揺らしてジャラジャラと音を立てる。彼女は、そんな俺を見て納得がいったのか、手をポンっと打った。

 

「あっ! カズマ、それは無理なの! ごめーんね!」

 

「は?」

 

 いつも通りの笑顔を浮かべたアクアは俺の腹の上に腰を降ろした。そして、俺の胸板に頬擦りを始めた。

 

「カズマ、私とっても頑張ったの! だから褒めて?」

 

「何したんだよ……」

 

「んーとね、屋敷とこの部屋に、私とめぐみんの魔法以外を禁ずる“魔封じの結界”、私以外の神と悪魔の干渉と、侵入を防ぐ“神魔結界”を屋敷に作ったの! ねぇ褒めて?」

 

「アクア……お前もかよ……」

 

「褒めて褒めて! 私、エリスより役に立つでしょ? 言って、ほら言って! 淫乱腹黒PAD女神より、アクア様の方が優美で聡明、カズマに相応しい女神様ですって言いなさいよ!」

 

 アクアは確かにいつも通りの笑顔だ。しかし、いつもは光輝いている彼女の目から輝きが少ない。

 俺は自分自身に腹が立った。アクアにこんな顔をさせる原因になったのは俺の行動にあった事を今になって理解したからだ。

 

 

 

しかし、ここで諦めるわけにはいかない!

 

 

 

 俺はすぐさまめぐみんに抱き着き、腕に繋がれている鎖を彼女の首に巻き付けた。そして、思いっきり締め上げる。

 

「ぐっ……がっ……かふっ……!?」

 

「お前ら、さっさと拘束を外せ! さもないとめぐみんが死ぬぞ!」

 

 怒鳴るようにして叫んだ俺に対し、アクアとダクネスは顔を赤くしながら、首を絞められて苦しむめぐみんをチラチラ見て来た。ちょっと意味が分からない。

 

「おい、お前ら一体……」

 

 

 

 

 

「いいなぁめぐみん……」

 

「死ぬ……そうか……死かぁ……」

 

 

 

アクア達の声を聞いて、俺はめぐみんを絞める鎖から力を抜いた。そして、めぐみんはしばらく咳込んだ後、色んな意味で赤くなった顔で俺を見つめてきた。

 

「カズマに殺されるなら、私は本望ですよ?」

 

「おいおい……!」

 

「ん……めぐみん、その首についた鎖の跡、羨ましいぞ?」

 

「ふふっ、いいでしょう? カズマに愛を刻み付けて貰えました」

 

「人間は皆死んじゃう……でも私は……んへへ……!」

 

 めぐみん達の言葉を聞いて、俺はどんどん力が抜けていく。どうやら、俺の軽率な行動のせいで彼女達の頭のネジが7、8本飛んでしまったようだ。

 

 

 しばらく放心していると、俺の右半身にめぐみんが、左半身にダクネスが抱き着いてきた。そして、お腹の上に乗っかり、アクアが俺をぎゅーっと抱きしめてくる。

 

 

 

めぐみんが右耳にそっと囁く。

 

 

 

「カズマカズマ、愛していますよ」

 

 

 

ダクネスが左耳にそっと囁く。

 

 

 

「カズマ、私を愛してくれ」

 

 

 

 そして、俺の真正面で目の輝きはないものの、満面の笑みといえる表情を浮かべるアクアが言い放った。

 

 

 

 

 

「カズマ、ずっと一緒にいようね!」

 

 

 

 

 

 




ゲスマさんを監禁凌辱? アホくさ! 誰得なん?

次回、ゼロから始める監禁生活

次回からドロドロはしばらくないそうですよ


作中でアクアが作った結界は海外ドラマ、スーパーナチュラルで出てくる天使除けの結界みたいのを屋敷中に血文字で書いている。そんなイメージです。(全くもって伝わらない)





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ご満悦めぐみん

 

 

 

 

 

「ふふっ、完成です!」

 

 私は自室の台所でガッツポーズを作りました。目の前には朝から腕によりをかけて作ったお弁当が並べられています。カズマさん用の大きめのお弁当と、私が食べるための小さなお弁当がまるで夫婦のように寄り添う姿に、おもわず笑みを浮かべてしまいます。

 

「カズマさん、喜んでくれるかな?」

 

 少しの不安を抱えながらもお弁当を包み、外出の準備を始めました。一昨日、料理の先生に『男が喜ぶお弁当はどんなものか』という質問をしたのですが、『男なんて、あなたが何を作っても喜ぶから考えるだけ無駄』と全く答えになっていない返答を頂きました。

 仕方がないので、カズマさんが好きだと言っていた揚げ物の定番、唐揚げをメインに他にも卵焼きやポテトサラダと定番尽くしにしました。

 

 そして、私はお弁当を持っていつもの喫茶店へと出発しました。特に何事もなく喫茶店にたどり着き、紅茶を飲みながらカズマさんを待ちました。その間、私はどこでお弁当を食べるかを頭の中で考えます。見晴らしのいいカエル岩の上、ヒュドラ討伐後に美しい場所へと変貌したあの湖、それとも私とカズマさんとの秘密の場所であるアクセル禁止エリアの泉に……!

 

 

 

 

 

「カズマさん、なんで来てくれなかったんですか?」

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、あたりは夕日に包まれていた。空腹を紅茶で誤魔化したせいか、少し気持ち悪い。私は会計を済まし、ゆっくりと喫茶店を後にしました。

 結局、カズマさんが私の前に現れる事がありませんでした。でも、こんな事は初めての事です。彼は非常に時間に厳格で、私との待ち合わせに一分以上遅れた事はありません。そして、急な用事が入った場合、事前に断りの連絡をするほど律儀な人です。

 

「カズマさん、私とピクニックに行くって約束したのに……!」

 

 自然と涙が出てきてしまいました。その後、私は帰宅してからしばらくふて寝をしました。

 

 

 おかげで冷静になれました。カズマさんだって急すぎる用事で行けなくなる事もあるはずです。それに、これくらいで怒っていてはカズマさんに面倒臭い女だと思われるかもしれません。

 私はベッドから立ち上がり、かばんからお弁当を取り出しました。中身は今朝よりしなびたものになっている。もう食べれそうにはありません。

 

「私のお弁当、食べて欲しかったです……」

 

 

お弁当の中身を私は生ごみ袋に全て入れました。

 

 

 

 再びベッドに戻った私はしばらく彼を待ち続けました。恐らく、カズマさんは今日の事を謝りに私の部屋に来るはずだ。その時、私は彼を即座に許し、もう一度約束するんです。

 

 

 

「カズマさん、明日こそピクニックに行きましょうね?」

 

 

 

 

 

 

 

その日、カズマさんが私の部屋に来る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「どうすりゃいいんだこの状況……」

 

 

俺はベッドの上でそう呟いた。

 

 現在、俺はめぐみん達によって監禁中である。めぐみんによるとここも屋敷の一室であるらしい。しかし、こんな所は今まで見た事がない。もしかして、俺の知らない隠し部屋でもあったのか……?

 

「おふっ!? やめんかお前ら!」

 

「いやです」

 

「いやだな」

 

「いやよ!」

 

「あ……おおう……やめ……やめろ~」

 

 思わず情けない声がでてしまう。俺は全裸、フルチン状態で拘束されているのだ。そんな状態の俺に、めぐみん達は蕩けた表情で舌を這わせてくる。今すぐにぶっ飛ばしたい……なんて気もおきず、ゾクゾクとした快感が体中を駆け巡るのをしばらく楽しんだ。

 

「アクア、ダクネス、約束通り最初は私です」

 

「ふん、ここは譲ってやる」

 

「めぐみん、次は私なんだからね……」

 

「おい、お前ら! 何を最初にするんだよ!」

 

「セックスですよ?」

 

「おひょ!? めぐみん……お前って奴は……!」

 

 ダクネスとアクアが俺の頬に軽いキスをしてから部屋を退出していく。残されたのは妖艶な微笑みを浮かべためぐみんと俺だけだ。

 

「カズマ、二人っきりになれましたね」

 

「めぐみん……」

 

「私としましょう?」

 

「…………」

 

 俺も覚悟を決める。めぐみん達がこんな事をする理由は一つしかない。しかし、改めて彼女達に理由を聞く必要がある。自分を戒めるためにも、彼女達を正常に戻すためにもだ。

 

「めぐみん、何故俺を監禁するんだ?」

 

「あなたを愛しているからです」

 

「それだけじゃあ俺には分からない。今は二人っきりだ。お前の思いを俺に聞かせてくれないか?」

 

「……そうですね。私もあなたへの愛を語ってみたいと思っていたんです」

 

 めぐみんは泣き笑いのような表情を浮かべてから、俺の頬を優しく撫でた。そして、ゆっくりと語りだした。

 

「まず言っておきます。私はあなたが好きです。愛しています」

 

「おふっ……おう……」

 

「そして私は爆裂魔法も愛しています。しかし、世の中にはその価値と凄さとロマンは理解されていません。おかげで最初は、冒険者からも私は煙たがられました。でも、カズマはそんな私と一緒に冒険してくれて、私の爆裂魔法の価値を見出してくれた。そして、紅魔の里で爆裂魔法を極めるという道をカズマが選んでくれた事。これにどれだけ救われ、どのくらい嬉しかったか分かりますか?」

 

めぐみんが俺の目をじーっと覗き込んだ。俺もあの時の事は良く覚えている。今思えば、俺とめぐみんの関係のターニングポイントであった。

 

「詳しくはわかんねーよ。でも、あの時からお前の俺に対する態度も随分変わったな……」

 

「そうです。あの時から私の中での思いがはっきりしました。爆裂魔法以外の事でも私はトラブルをよく起こします。それでも、カズマは私の尻拭いをして見捨てずにずっと一緒にいてくれた。そして一緒に暮らしているうちに、あなたの気遣いや優しさに触れてどんどん好きになっていきました。そんなあなたに、私は何度も思いをそれとなく伝えていたではないですか」

 

「…………」

 

 俺は結構前からめぐみんが俺に好意を持っている事を自覚していた。だが、彼女に即座にがっつく事はなかった。めぐみんが好意を持ってくれている状況を俺は楽しみ、そしてこのままいけばハーレムを作れるのではないか? 俺はこんなクズい理由で彼女に手を出さなかったのだ。

 

 というのが半分くらいで、残り半分は俺が単にヘタレていただけである。割とプラトニックな関係だったし……

 

「ちなみに、私はあなたという人を一番最初に好きになったという事を少し誇りに思っているんです。ずっと一緒にいたからこそ、あなたの良さに気付いた。やはり私の見る目は……!」

 

「実はお前より先に俺と結婚して子供を作りましょうって言ってきた奴がいてだな……」

 

「…………」

 

「ひぃ!? 冗談ッスめぐみんさん! だから俺の首に手をかけるのは勘弁してください!」

 

 無表情で俺の首を撫でるめぐみんに俺は土下座をする。割と洒落になってないぞこの状況だと……!

 

「カズマカズマ、これで分かったでしょう? 私があなたをずっとずっと好きで愛していた事を」

 

「ああ、知ってた……」

 

「やっぱりカズマは最低です。それを分かっていて私を弄んだのですね。まぁ、いいです。これからずっと一緒なんですから。それより私からも質問いいですか?」

 

「なんだ?」

 

「何故、ゆんゆんとはヘタレずに最後までいったのですか?」

 

「うっ……」

 

 相変わらずの無表情で見つめてくるめぐみんに俺はたじろぐ。そして、痛い所を突かれたと思った。自分自身、それに関しては言い辛いほどのクズさを感じていたのだ。だが、こんな状況になってしまったからには、話さないわけには行かないだろう。

 

「めぐみん、一言で言ってしまえば、ゆんゆんは『遊びやすい女』だったんだよ」

 

「は?」

 

「俺とゆんゆんが肉体関係を持つキッカケとなった出来事は我ながらクズだったよ。でもゆんゆんはそんな俺をかなり慕ってくれてな? そんなゆんゆんを騙してよりエロイ事をさせるのは滅茶苦茶楽しかったよ。それにアイツ自身、性行為というものに興味深々で積極的だったんだ。純情なゆんゆんを調教して男を教える……うーんマーベラス! それになんだかんだ言って俺のいう事をなんでも聞いてくれる都合のいい女だったんだ。そして、本番まで行かないにしても、俺は女と性的関係に持ち込むのは案外簡単な事なんだという事知った。自信のついた俺は当初は、めぐみん達とどう肉体関係を結ぶかを常に考えていたよ。だから、ゆんゆんとはいつ別れたら後腐れなくヤリ捨てできるかっていう事も考えたりしてた」

 

「うわぁ……」

 

 めぐみんが無表情からゴミを見るような引きつった表情になった。うん、自分でもかなりヒドイ事を言っていると自覚している。でも事実だから、仕方がない。

 

「でも、俺がアイツに手を出した理由の半分くらいはお前らにあるんだぜ? お前やダクネスと良い雰囲気になると、どっちかが襲撃してきて足の引っ張り合いを始めて有耶無耶になるし、不定期でアクアの乱入でおじゃんになる。最後までいきそうになったら、俺だけでなく、お前らもヘタレる。それに対して、ゆんゆんとの関係は邪魔されないし、俺がちょっとお願いするだけで精液飲んでくれるし、今じゃお掃除フェラやご奉仕フェラが完璧に身についてるんだぜ?」

 

「カズマ、ここにきて私達に責任転嫁ですか……」

 

「何より、めぐみん達にバレたらヤバイなっていうスリルが味わえて……!」

 

「ぶっ殺」

 

「ふぁぶっ!?」

 

 めぐみんに思いっきり頬を殴られた。くそっ! お前が話せって言ったんじゃないか! まぁでも自分でも殴られても……刺されてもおかしくないゲス行為をしているなと思っていたりする。

 

「でも、それならばもうあの女とは縁を切ってください。最初からそうするつもりだったのでしょう?」

 

「最初はな。でも、アイツと深く付き合えばそんな思いは消える。俺は気が付いたらいつもアイツの事を考えるようになってた。一人で無茶してないか、俺以外のクズに騙されてないか心配でたまらない。しかもな、アイツは純情な芋娘なんだ。今時、初めての相手が生涯を共にする人だと思い込み、結婚に対して幻想とも呼べる思いを抱いている。俺はそれを知ってしまったんだ。だから、俺はアイツと結婚してその幻想を叶えて幸せにしてやる。そう決めたんだよ」

 

「…………」

 

「俺の心はもう、アイツにほとんど占領されちまった。言い方を変えれば、俺はアイツが好きなんだ。性格的にも俺と合うし、体の相性もバッチリだ。アイツとなら例えどんな状況でも楽しく幸せに過ごせそうだと……」

 

 

「もういいです」

 

 

 俺の口をめぐみんが手で塞ぐ。彼女は再び無表情に戻っていた。しかし、両目からは涙をポタポタと流している。俺は自分自身の無能さに悲しくなった。この話は今のコイツにはするべきではなかった。

 

「カズマ、あの女の事はもう忘れましょう。これからは私が、私達がずっと一緒です。私もあなたと一緒にいたいんです。だから、私の願いを叶えてください」

 

「めぐみん、こんなものはいつか破綻する。お互いに妥協点を探した方がいいんじゃないか?」

 

「大丈夫です、大丈夫ですよカズマ。あなたはスケベでセクハラばかりするダメな男です。そして、私が目を離すと簡単に淫売に引っかかってしまうほどちょろいんです。でも安心してくださいね? あなたには私がいるのですから」

 

「おう、聞いちゃいねぇか……」

 

 泣きながらすがりついてくる彼女を、俺は抱きとめる。もう、すぐさま解放っていう選択肢は残っていないようだ。長期間の説得、カウンセリングと自力で脱出する手段を確保する必要性がある。

 

だが、めぐみん達をどうにかしてやりたい気持ちも俺の中にある。

 

 監禁なんて、正直ドン引きだ。でも、俺をそれだけ思っていてくれる事、俺の行動に原因の一端がある事から、めぐみん達を一方的に憎む事なんてできない。

 

「カズマ、好きです……大好きです……愛しています……!」

 

「お前、男の趣味悪いぞ? 今の俺はガチの鬼畜なんだよ……俺なんかに……」

 

「いいんです、私はカズマのそういう所も含めて全てを愛しています。だから、私とずっと一緒にいましょう? そして、お互いに愛を深めるためにも私とセックスしましょう……?」

 

「おいおい」

 

 

 

 

めぐみんの懇願に俺は……俺は……!

 

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆんすまない! でも、拘束されて逃げる事ができないし、これは仕方がない事なんだー!」

 

「カズマ、やけに棒読みですね」

 

「俺の事はいいから、めぐみんはさっさと脱げよ! 俺を逆レイプするんだろ! エロ同人みたいに! オラ! あくしろよ!」

 

「あなたってヒトは……!」

 

 呆れた目線を送ってくるめぐみんに俺は勃起したものを押し付ける。逃走するにしろ、誰かの助けを待つにしても、今すぐには解決できない。その間に俺の事が好きすぎるめぐみん達に犯されるのは間違いないだろうしな!

 

いやー仕方ない! 仕方ない事だな!

 

「なんだよ? ヘタれたか? ふんっ、それだからお前は俺をゆんゆんに寝取られて……」

 

「へ、ヘタレじゃないですし寝取られてません! カズマは私の男です! いいでしょういいでしょう! 私の完璧ボディを見せてカズマの理性をぶっ飛ばしてやりましょう!」

 

 俺の挑発に乗っためぐみんがズバッとローブを脱ぎ去る。彼女の病的なほど白い肌と、漆黒のブラジャーとショーツが露わになった。

 

 

そしてめぐみんは俺を誘うような流し目を……

 

 

「そんなガキみたいな体でセクシーポーズ取ってんじゃねぇよ! はやく全部脱げよ!」

 

「カズマ!? 一言『綺麗だ』とか言ってくれないんですか!?」

 

「いいから脱げよ! さっさとそのちっぱい見せろ!」

 

「私はちっぱいじゃ……ひゃっ!? カ、カズマ、がっつかないで……がっつかないでください……!」

 

「ヒャッハッハッハ! お前をこうして剥くのは夢だったんだよ!」

 

「ほ、本当にあなたってヒトは……!」

 

 自分の胸を両手で守るめぐみんの背中に手を回し、ブラのホックを外す。そして、引きちぎるようにブラを剥ぎ取り、スンスンと匂いを嗅いだ。

 

「うーんこの独特な甘い香りはやっぱたまらねぇな!」

 

「カ、カズマ……?」

 

「おうさっさと下も脱げよ」

 

「っ……!」

 

 ブラの匂いを嗅ぐ俺に対し、めぐみんは真っ赤な顔をして俯く。まったく、監禁凌辱というもの分かってないなめぐみんは!

 

「オラッ! 胸とショーツから手を放せ! 見えねぇし脱がせられねぇじゃねぇか!」

 

「待ってくださいカズマ! わ、わたしにも覚悟というものが……!」

 

「ああん?」

 

「ひぃっ!? おかしい……おかしいです! ここは私が『ふっふっふ、カズマは私のモノなんです。ほらあなたのペニスは私を前に発情した犬のように大きくなってますよ?』とかいって嫌がりながらも欲望に逆らえないカズマが……!」

 

「せいっ!」

 

「ひゃうっ!?」

 

 俺はめぐみんからショーツを文字通り引きちぎった。無残に破かれたショーツをベットの外に捨てる。よし、丸裸にしてやったぞ!

 

「おかしいです! これじゃあ私がレイプされてるみたいじゃないですか!」

 

「むっ……」

 

 それは困る。これは拘束されて仕方なくするセックスなのだ。もしゆんゆんに後で聞かれても、めぐみんに無理矢理されたって事にしたいのが本音だしな。

 

「あー力出ねーわーこれはもう横になるしかねーわー」

 

「白々しいですね!」

 

 めぐみんの声を無視して俺はベッドに仰向けになる。そんな俺に対してめぐみんは溜息を吐きながら俺のペニスの近くに腰を降ろした。そして、手で隠していた胸と秘所を俺の方へ見せつける。秘所はつるつるであり、胸の小ささと体系が相まって、なんだか子供に手を出すようで少し気遅れする。だが、俺のペニスはガチガチに勃起していた。仕方ないね。そして、めぐみんはそんな俺のペニスにおっかなびっくり触っていた。

 

「カズマカズマ、本当にこれを入れるのですか?」

 

「なんだ、怖くなったか?」

 

「いえ、その物理的に私のモノが壊れてしまいそうです……」

 

「これだから処女は……」

 

「ちょっと待ってください! そこは普通喜ぶ所でしょう!?」

 

 ぷんすか怒るめぐみんを俺は半目で見つめる。処女っていうのは確かに嬉しい。自分が女にしてやったという支配欲も満たせられるし、好きなように調教しやすいといったメリットもある。だが、はっきり言って面倒臭いのだ。ゆんゆんやエリス様のような全く“飽き”がこない女性を相手にしているため、こんな贅沢な事が言えてしまう。今遊ぶとしたら向こうがリードしてくれる経験豊富な人がいい。ゆいゆいさんとか実に……俺は何を考えているんだ? 危ない危ない! 

 

 そうだな、全ての女性がエリス様やアクアみたいにすぐさま膣イキできる体だったらいいのに……

 

「ふん、カズマなんて私がイかせまくってやります! うう……えいっ!」

 

「は?」

 

「あれ、上手く入りませんね……」

 

「はぁ」

 

「えいっ……うーん……ここをこうして……いっ゛!? 無理、無理です……!」

 

「ああ?」

 

「そうです! もうちょっとゆっくり……あうっ……ダメです……こんなの挿れたら死んじゃいます……!」

 

「…………」

 

 俺はめぐみんの腰を抱き上げ、俺の顔、口元の方に彼女の秘所を寄せた。いわゆる顔面騎乗という奴である。そして、彼女の内股へ舌を這わせていく。

 

「カ、カズマその……そこは汚いですよ……?」

 

「そういうテンプレがいいから、さっさと俺に命令しろよ。俺を監禁しためぐみんさん?」

 

「えと……その……」

 

「うむっ……ちゅるっ……!」

 

「いひぃっ!? カ、カズマ……あっ……ああああっ……カズマカズマ……!」

 

 じれったいめぐみんを無視して俺はクンニを開始する。淡い桃色の秘所に舌を這わせ、クリトリスを舌先でつつくように刺激する。めぐみんはそれを目を瞑りながら耐えていた。俺は身をよじって逃げようとするめぐみんの腰を両手で押さえ逃がさないようにする。

 

「ああっ……カズマ……これ気持ちいです……んっ……」

 

「んむっ……れろっ……んぅ……」

 

「あはっ! カズマが私のここを舐めるなんて夢みたいです……うひゅっぅ!?」

 

「うむっ………んんんんんっ!」

 

「カズマカズマ……! そんなに吸っちゃ……あうううううっ……!」

 

 どうやらめぐみんもここの刺激にあまり慣れていないようだ。そう考えると、あるえって結構ハードにやってたんだなぁ……

 

「あぅっ!? 今、他の女の事考えましたね! だめ……だめですよ! 今は私の事だけを考えてください……」

 

「んむっ……目ざといな。それよかこれくらいでいいだろう。もう濡れてるみたいだしな」

 

「ううっ……その……そんなに見ないでください……!」

 

「今まで舐めてやってたのに何言ってんだか」

 

 めぐみんの秘所は俺の唾液とあふれ出た愛液でトロトロになっている。俺は彼女の腰を持ち上げ、再び俺の股の近くに降ろしてやった。熱く濡れた割れ目に俺の逸物が触れる。

 

「そ、それじゃあカズマ、いきますね……?」

 

「わーめぐみんに犯されるー!」

 

「ちょっと黙っててもらえますか?」

 

 若干怒気を込めた声でめぐみんが呟く。そして、彼女はちっちゃな膣口を自ら手で広げ、俺の亀頭へと押し当てた。しかし、腰を途中で止めてこちらを不安気な表情で見て来た。

 

「や、やっぱり無理じゃありませんか……?」

 

「お前なぁ! そこでヘタレるじゃねぇよ! 頑張れ! 頑張れ!」

 

「なんか嫌ですそれ! すみませんが、もうちょっと前戯を……」

 

 

 

 

 

 

「オラっ!」

 

「あがっ!? かふっ……!」

 

 ついつい手を滑らせてしまった俺は、気が付いたらめぐみんの太ももを掴み、下へと力を入れていた。その結果、彼女の秘所へ俺の逸物が根本まで突き立つ事となった。破瓜の血がにじみ出るように流れる。

 

「うっ……くうっ……!」

 

「おおう……この締め付け具合はたまらんな……」

 

「ん……あぅっ……うぅっ……カズマカズマ……!」

 

「よくやった。そのままジッとしてろ」

 

 めぐみんの膣は俺のものを痛いくらいに締め付ける。あのエリス様よりキツキツかもしれない。そして、しばらくその締め付けとゴリゴリと俺の形に変わっていく膣の感触を楽しんだ。めぐみんはというと、最初は耐えていたが、今は涙を流している。

 

「痛いかめぐみん?」

 

「ええ、とっても痛いです……でも嬉しいんです……! 私の心がどんどん温かく、嬉しくなるのを感じます……この痛みなら私も歓迎です……ああ……カズマ……カズマ……!」

 

「…………」

 

 涙を流すめぐみんを見ながら、俺はとある事に気付いた。だが、今聞くべきではない。後でしっかり話さないとな。今はめぐみんを満足させる事に集中しよう。

 

「めぐみん、お前の好きなようにやれ。もうここまで来たら、とことん付き合ってやるよ」

 

「このままカズマを搾り取りたいのですが、無理だと実感しました。私は経験が圧倒的に足りません。だから……あうっ!? うぐぐっ……あなたの好きにしてください」

 

「好きにしろって言われてもな……」

 

「カズマが好きな体位やプレイができるように、鎖を長くとってあそびを作っています。このベッドの周辺はカズマが自由にできる領域ですよ……いひっ!?」

 

「それなら解放して欲しいんだが」

 

「それはダメです!」

 

 めぐみんが怒った様子で俺の脇腹をつねる。やっぱり解放してもらうのは厳しいか。実は最後の切り札を使えば、この状況も簡単に脱出できるのだが、それは使わないようにしよう。下手したらめぐみん達に一生の心の傷をつける事になるし……

 

「動いてくれないんですね……やっぱり私はちんちくりんで……」

 

「面倒臭い奴だな、お前も」

 

「あっ……」

 

俺はめぐみんと繋がったまま体位を変更する。もちろん、正常位への移行だ。

 

「カズマカズマ、やっぱり私はあなたを見下ろすより、こうして見上げる方が好きです……」

 

「なかなか嬉しい事言ってくれるじゃないか。まぁ、それはそれとして、騎乗位なんて無理させちまったからな。ここからは俺に任せろ」

 

「色々と複雑ですが……お願いします……カズマ……私を愛してください……」

 

「いやー命令されたなら仕方ないなー! だって命令に逆らったら殺されちゃいそうだしー!」

 

「ちょっとよさげだった雰囲気を壊さないでください!」

 

 怒るめぐみんを俺は掻き抱く。そしてゆっくり、本当にゆっくり腰を動かし始めた。めぐみんは振動を与えるごとに苦痛の声を上げる。だが、止めてやらない。どうせこれからしばらくは監禁される身だ。早く慣れてもらわないとな。

 

「うっ……ぐっ……カズマ……私の中……気持ちいいですか?」

 

「鎖解いたら教えてやる」

 

「カズマ……いじわる言わないでください……!」

 

「お前なぁ! 涙見せれば俺がなんでもいう事聞くと……気持ちいい! めっちゃ気持ちいです! だから泣き止めっての! ったく……!」

 

「んっ……」

 

 涙を流すめぐみんに柔らかなキスを開始する。彼女はそれを嬉しそうに受けいれた。そして、舌でめぐみんの歯茎を舐りながら右手は彼女のちっぱいを揉む。ふむ、弾力的な柔らかさではなかなかのものだ。しかし、ボリュームが足りない。まぁ、女の子のおっぱいに貴賤なし! これはこれで色々な楽しみ方ができる。

 

 そういえば、エリス様とクリスの胸の大きさは違うんだよな。エリス様の膨らみは手のひらに収まるジャストフィットサイズだが、クリスの方はマジモンの絶壁で――

 

 

 

 

 

 

「んぁっ……カズマどうしました?」

 

「俺は……俺は何考えてたんだっけ?」

 

「ふふっ、少しの間白目をむいてましたよ……私とのキスがそんなによかったんですか……?」

 

「生意気言うな!」

 

「あうっ!?」

 

 めぐみんの膣壁をえぐるように腰を動かす。まだ刺激に慣れ切っていない彼女には少し痛かったらしく、苦悶の表情を浮かべる。今度はそんなめぐみんのちっぱいに狙いを定めて口を動かした。

 

「ん……んぅ……はむ……」

 

「ひゃぅっ!? くすぐったい……くすぐったいですカズマ……!」

 

 薄桃色の乳輪をチロチロと舐めていると、めぐみんは体をピクピクさせながら可愛い反応を見せた。さりげなく俺の頭に手を乗せて、自分の胸に押し付けようとしてくる事から、めぐみんは胸が敏感なのかもしれない。つまりは自分でする時は乳首を主にいじっていたとか……

 

「焦らさないでください……! 先っぽもお願いします……!」

 

「んむっ……それじゃあ遠慮なく……じゅるっ!」

 

「あああっ……うひゅっ……んへへっ……!」

 

 コリコリに固くなっていた乳首を口に含むと、めぐみんがだらしのない声をあげる。俺はそのまま吸い上げるように責め続ける。僅かに感じる塩味と柔らかな感触が実にいい感じだ。

 

「んふっ……カズマ……痛くて……んひゅっ……気持ちいい……最高です……!」

 

「そうかい、なら俺も気持ちよくさせろや! んぐっ!」

 

「いひぃ!? 痛い……痛いですカズマ……!」

 

 俺はめぐみんの声を無視して腰の速度を上げる。そして、めぐみんの左乳首に思いっきり噛みつき、もう片方を手で思いっきり引っ張りあげた。

 

「くっ……あぅ……カ……カズマ……! 私は初めてで……!」

 

「うるひぇ! あぐっ……!」

 

「いぎっ……痛い……痛いよう……!」

 

 めぐみんが泣き始めたのを見て、俺は口を放す。どうも俺の中でイライラがたまっているようだ。おかげで、めぐみんに少しキツく当たってしまう。まぁ、ちょっとした仕返しだ。俺は痛がるめぐみんに再び柔らかなキスとちっぱいの愛撫を始める。それをしばらく続けた事でめぐみんも何とか平常を取り戻した。

だが、腰の速度は落としてやらない。めぐみんに早く慣れてもらうためにも、俺が気持ちよくなるためにも必要な事だ。うーん仕方ないね。

 

「おいめぐみん、そろそろ出すぞ?」

 

「んっ……くっ…………はい! いいですよ……いつでもきてください……!」

 

 めぐみんが苦痛と僅かな快楽のなか、そう答えた。よし、許可は貰った。それならば遠慮なく出してやろう! 腰を振る速度を更に上げ、己の性感を高める。めぐみんの小さなお尻に俺の腰があたるたびに、肉を打つ子気味よい音が部屋に響いた。

 

「さぁめぐみん……どこに出して欲しいんだ?」

 

「んっ……あうっ……うぅっ……そんなの……なかに……私の膣内に……!」

 

「あー出る出る……う゛っ……!」

 

「ひゃああああっ!?」

 

 俺はめぐみんの言葉を無視して、彼女の顔に一気に精液をぶっかけた。めぐみんは俺の白濁を驚いた表情で受け止め、顔にこびりついた精液にしばし茫然とする。そして、震える手で精液をゆっくりとすくい取った。

 

「これがカズマの精液ですか……熱くて……ドロドロですね……」

 

「ゆんゆんは迷わず舐めたなー」

 

「むっ! んぁ………うぇぇぇ! カズマ、これすっごくマズイです!」

 

「そうだねー」

 

 適当に答える俺に対し、めぐみんは嫌そうな顔をしながらも精液を舐めとっていく。結構、献身的じゃないか。

 

「さーて、一発終わった所でピロートークタイムといこうじゃないか」

 

「あみゅっ……いいですよ……!」

 

 仰向けに寝転ぶ俺の横にめぐみんも寝転がる。体を火照らせながら上気した顔でこちらを見つめる彼女を俺は乱暴に撫でた。

 

「俺とシて本当に良かったのか?」

 

「ええ、これでやっと……やっと私もカズマと関係を持てた……! もう見てるだけじゃない! カズマは私の男なんです……!」

 

「ったく、本当にお前って奴はよ~」

 

「ちょっとカズマ、そんなに乱暴に撫でないでください! 嬉しいですけど!」

 

顔を赤くしながら体を寄せるめぐみんをじっと見つめる、俺は覚悟を決めた。聞かないわけにはいかないしな。これを放っておいたら面倒になりそうだし……

 

「めぐみん、聞きたい事があるんだ」

 

「なんですか?」

 

 

 

 

 

 

「その左腕はどういう事だ?」

 

「っ……!」

 

 

 めぐみんはとっさに腕を隠すが、もう遅い。ヤってる最中にこの事に気が付いてしまったのだ。おかげで素直に楽しめなかった。次はもう犯しまくってやる! という覚悟はおいといて、今は腕の事だ。

 

「めぐみん、紅魔族が厨二で包帯とか好きなのは俺も知ってる。お前も以前から太ももに包帯巻いてたしな」

 

「そ、そうです! これはお洒落で……!」

 

「いーや、セックス中に包帯に血がにじみまくってたぞ? 単なる怪我……じゃないだろ?」

 

「えと……これは転んだ時に擦りむいた傷でして……」

 

「いいから見せろ!」

 

「ひっ!?」

 

 必死に隠そうとする彼女の腕を俺は無理矢理掴んだ。そして、血がにじむ包帯をゆっくりと取っていく。めぐみんは諦めたようにされるがままになっている。そして、包帯を外すと予想通りともいえる光景が目に入った。

 

「うわーお……めぐみん。これは擦りむいた傷じゃないよな?」

 

「…………」

 

「めぐみーん?」

 

 バツの悪そうな顔でめぐみんはそっぽを向く。俺は嘆息しながらも、めぐみんの左腕の状態を観察した。そこには無数の切り傷が刻まれ、今も出血が続いている。治りきらない箇所には膿も出来ていた。

 

「めぐみん、何故こんな事をした?」

 

「そんなの知りません!」

 

「まったく……」

 

 俺はめぐみんを軽く抱きしめる。とりあえずは、この小さな温もりが消えなかっただけ良しとしよう。でも、このままにしていい事ではない。

 

「めぐみん、今日から自分を傷つけるような事はするな」

 

「でもこれは……」

 

「でもじゃない。俺はめぐみんにこんな事はして欲しくない」

 

「カズマに私の何がわかるんですか……!」

 

「お前の事なんか分かるわけねぇよ。言いたい事があるなら口で言え」

 

「…………」

 

 少し突き放す言い方になってしまったが仕方ない事だ。ある程度の予想はつくが、めぐみんが何故こんな行為をしたかなんて分かるわけがない。俺は震えるめぐみんを安心させるように撫でた。

 

「ほら、話してみろ。俺が傍にいてやる……お前の事を聞いてやるぞ……」

 

「カズマ……」

 

 めぐみんは不安そうな顔でこちらを見つめてきた。まったく、めぐみんらしくない顔だ。彼女は俺の愛撫をしばらく受けた後、ゆっくりと語りだした。

 

「私自身なんでこれをしているか、最近はよくわからないんです……」

 

「ふむ」

 

「最初は必要に駆られて……血液を採取するためにやったんです」

 

「ふんふむ」

 

「でも、気が付いたら私はこの傷に意味を見出していた……だから嬉しかったし……気持ちが良かった……簡単にはやめられなかったんです……」

 

 左腕の傷跡をめぐみんは自ら撫でる。彼女は苦悶の声と同時に快楽に満ちた声もあげた。ああ、完璧に癖になっちまってるな……

 

「私はあなたがダクネスやアクア、エリスと情交している様子をずっと見ていました。この時、私がどんな気持ちだったか分かりますか?」

 

「うっ、マジで見てたのかよ……! ともかく、俺は分からない。聞かせろ、めぐみん」

 

「カズマ……私は辛かったんです……悲しくて辛くて苦しくて……! でも目を離すわけにはいかなかった……!」

 

めぐみんが、俺に抱き着きながら爪を突き立ててくる。これで出来た傷は勲章とは言えないな。

 

「これをする時、私は本当は……本当は……!」

 

「おう」

 

「カズマに私の事を見て欲しかった……私の事をあなたに気付いて欲しかった……嫌な思いをする私を見て……大丈夫かって言われたかった……心配されたかった……! だけど、一方でこんな自分をカズマには見せたくなかった……! 私は強い女で……カズマにとって頼れる女の子で……!」

 

 

 

 俺は泣き始めためぐみんをギュッと抱きしめる。そして、しばらくそのままで過ごした。

 

 

 

「めぐみん、お前の思いは何となく分かった。でもな、やっぱり自分を傷つけるなんてバカがする事だ」

 

「これは……この傷は……私にとってあなたへの大切な愛の証なんです……!」

 

 めぐみんが唇を噛み締め、切り傷をギュっと掴む。ダラダラと流れる赤い鮮血が彼女の白い肌を染色していく。バカだ……本当にコイツはバカだ!

 

「めぐみん、これからは自分の口で伝えろ。陰で腕切られても俺は分からねぇ。俺はすべてが分かる完璧人間じゃないんだ。それにな、傷を見せられた方の人間の気持ちを考えて見ろ? 俺はお前以外がこんな事してたら、迷わず縁を切ってたぞ? 面倒臭そうだしな。でも、お前だから見捨てない。俺に構って欲しいっていうなら……甘えたいなら……直接言ってくれ。拒みはしないから」

 

「カズマ……」

 

「今は俺が傍にいてやる。辛かったら俺に言え。そして、もし今後も自分を傷つけそうになったら、それを俺に転嫁しろ。切りつけても、噛みついてきても、何でもしていい。とにかく自分を傷つけるのはやめろ」

 

「何でも……?」

 

 俺はめぐみんをキツく……壊れてしまうくらい強く抱きしめた。彼女は軽く身じろぎするだけだ。

 

「お前はアレだ。バカのバカの糞バカだ」

 

「バカじゃないです……」

 

「女に手をだしまくってるクズな俺なんかに惚れたあげく、監禁までするなんてドン引きだし、男の趣味も最悪だ」

 

「最悪なんかじゃないです……」

 

「強気なくせして、肝心な時はへっぽこの構ってちゃんの甘えんぼで結構面倒臭い、おまけに胸はちいさいし、体もちんちくりんだ」

 

「カズマ! 体の事を馬鹿にするなら私にも考えが……んぅっ!?」

 

 めぐみんの唇を乱暴に貪る。どうやら、俺がスケコマシだというのは本当のようだ。まぁ、彼女達限定だがな。他の女の子は普通、俺みたいな奴にはこんなにも簡単に惚れない。男性経験と交友関係の少なさから俺一本に執着してしまっている。まぁ嬉しい事だから改善なんてしてやらないがな……

 

「んっ……とりあえず、お前が俺をストーカーしたあげく監禁するくらい好きなのは分かった。ついでに自分を傷つけるくらいバカだってな」

 

「バカバカ言わないでください。紅魔族は頭がいいんです……」

 

「いーやバカだ。俺を監禁したり自傷行為をする奴はバカとしか言えない。とにかく、その腕の傷を治すぞ。今の俺はヒールを使えないしな。という事で……アクアー! ちょっとこっちこーい!」

 

 俺が声をかけた途端、扉の外がガタガタと騒がしくなる。そして、勢いよく扉が開けられ、この部屋に転がり込むようにアクアが入ってきた。

 

「なーにカズマ! 私を呼んだ? 私が必要?」

 

「ああ、めっちゃ必要! このバカの腕を治療してやってくれ」

 

「ちょっとカズマ! 確かに反省してます! でもこの傷は私の様々な思いが込められた大切なもので……!」

 

「“ハイネスヒール!”」

 

「ああっ!?」

 

 アクアの魔法で、めぐみんの傷は後も残らず消え去った。本当に魔法がある世界で良かった。明らかに後に残る傷が多かったしな。めぐみんの綺麗な肌に傷が残るのはあってはならない事だ。

 

「私の愛の証が……!」

 

「めぐみん、そんな傷に執着せず今は俺の事を考えろ! 監禁までしてんだぞお前!」

 

「くっ……う……確かにそうですね……カズマとはもう一生一緒ですもんね……!」

 

 めぐみんが何か吹っ切れたような顔を浮かべる。まだ目が濁っているが、いくつかの地雷は撤去できた……そう信じたい。

 

「ねぇカズマ! めぐみんのアレってもしかしてリスカって奴?」

 

「まぁ、そうなるな」

 

「うわっ! めぐみんって結構……ああーっ!?」

 

「どうしたアクア?」

 

 何やら驚きの声をあげた後、アクアは俺とめぐみんの間にむりむりと入ってきた。図々しい奴である。

 

「めぐみんって“特製シリーズ”とか言ってお菓子作ってたでしょ? アレってめぐみんの血液がたっぷり入った料理なの! 多分、リスカして出た時の血を使ったんだわ!」

 

「おいおい……!」

 

「ふふっ、カズマにバレてしまいましたか。どうです、私の愛の深さが伝わったでしょう? でも……その……カズマは嫌でしたか?」

 

「そんなに嫌じゃねぇよ。美味かったのは事実だしな! それに監禁されてる身からしたら、それくらいほーんって感じだ」

 

 俺は内心納得がいった。めぐみんの特製シリーズから検出される動物系の何かは血液だったという事だ。どうりで鉄分たっぷりで栄養豊富なわけだ。

 

「めぐみんもそんな事するんだな……」

 

「これは私の愛を表現する……ん? カズマ、今、“も”って言いました?」

 

「カズマ、私の血を飲んでみる? 女神の血を飲んだらすんごい事になるわよ?」

 

「おいこらアクア! そのナイフをしまえ! くっ……この!」

 

「カズマ! だから、“も”ってどういう事ですか!?」

 

 アホな事を言いながらナイフを持つアクアを俺は抑え込んで止める。そしてナイフをぶんどってベッドの下に放り込んだ。まったく、悪い意味で影響されやすい奴だ! 

 

「カズマカズマ! だから、“も”って……!」

 

「うっせーな! 別にお前らのシャンプーボトルに精液を混ぜた事なんてないぞ?」

 

「ちょっ!? あなたは何をほざいてるんですか! それは混ぜたって言ってるようなものですよ!」

 

 めぐみんが俺の肩を掴んでグラグラ揺らす。お互い裸なんだから少しは自重して欲しい。ぷるぷると震えるちっぱいを見て、また俺のカズマさんが復活しちまったじゃないか。

 

「大丈夫よめぐみん! カズマが後先考えないバカなイタズラした時は、真っ先に私が回収してたから!」

 

「うぉ!? バレてたのか!?」

 

 ドヤ顔でそんな事を言うアクアに俺は素直に驚く。今まで風呂でオナってたまたま魔がさした時にやっていたのだが、コイツに回収されてたのか! くそ! ドキドキしながら風呂上がりのめぐみんとダクネスを観察したあの時の気持ちを返せ!

 

「あったりまえよ! 私はそういうのに敏感なんだから!」

 

「おい、その話を詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 

「めぐみんはもう気が済んだでしょ? 次は私よ! ほら出てって! さっさと出て行って!」

 

「あ、こら! アクア、まだ私は事後の余韻を……きゃっ!」

 

 めぐみんはアクアに部屋から叩きだされた。そしてアクアは後ろ手に扉を閉め、俺に笑顔を見せてくる。しかし、残念ながら目の輝きが少ない。そのまま彼女は俺に倒れ込むように抱き着いてきた。

 

「カズマ、次は私よ? 二枚抜きなんて男の夢じゃない! しかも私みたいな美しくて聡明な女神様の相手をできるなんて、感謝しなさいよね!」

 

「お前なぁ……」

 

「カズマには私が必要なの……私が一緒じゃないとスペ○ンカーみたいにすぐ死んじゃうし、女の子の涙にコロッと騙されるチョロマさんなんだから……!」

 

 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるアクアの背を撫でる。こういうアクアは素直に可愛いと思う。でも、真に笑ってはいない。こんなアクアを見ていると、自分の今までの行動を咎められているようで嫌になる。

 

まぁ、実際6人の女に手を出したクズなんですけどね!

 

「アクア、鎖を外してくれないか?」

 

「ダメ……ダメなんだから……! カズマさんは私と一緒にいないとダメなの……!」

 

「お前もそれか……」

 

溜息をつきながらも俺は覚悟を決めた。

 

できるだけアクア達を元に戻す努力をしようと。

 

 そして、コイツラに思い知らせてやろう。監禁なんて安易な手段を取った愚かさを……俺という男を監禁した事自体が、重大な選択ミスだった事を!

 

 

 

 

最後に――

 

 

 

 

 

「待ってろよ……ゆんゆん……」

 

 

 

 

 

 

「ちょっと! 他の女の話しないでよ! あんたって本当にデリカシーないわね!」

 

「うっせーよ! 駄女神!」

 

「ああっ! また駄女神って言った!」

 

 

 

とりあえずは目の前のアホの相手からだな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はアクア様

久しぶりのほのぼの



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安堵するアクア

 

 

 

 

 

 カズマさんが私との約束を破ってから3日が経った。結局、あの後私のもとに彼が来る事はなかった。それでも、私は彼を待ち続ける。きっと何かトラブルがあって手が放せないのだろう。

 

「今日も唐揚げでいいですね……」

 

 私はあの日と同じようにお弁当を作る。そして、レジャーシートやおしぼりをカバンに詰めていつもの喫茶店へ向かった。道中、私にいくつかの視線が向けられた。今まで私に注意を向ける人間がいなかっただけにその違和感に気が付いた。でも、カズマさん以外に視線を向けられても嬉しくない、どうでもいい。少し自棄になりながらも、私は喫茶店の定位置に腰かける。そして、いつものように飲み物を注文した。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「紅茶と……コーヒーを一つください」

 

「はい、紅茶とコーヒーですね」

 

 そのまま私は無為の時間を過ごす。配膳された紅茶を飲みながら、対面に置かれたコーヒーの湯気をじっと見つめました。こうして待っていればカズマさんが来てくれる。そんな気がした。でも現実はそうはいかない。結局、夕方近くになっても彼が現れる事はありませんでした。

 

「ギルドに行ってみますか……」

 

 それからゆっくりと冒険者ギルドへ向かいました。私が冒険者ギルドに入ると、何名かの冒険者がこちらを見て噂話をするように小声で話し始めます。なんだか、嫌な気分になりながらもクエストボードをチェックしていきました。

 

『はぐれ一撃熊の討伐』 『サキュバス捕獲依頼』 『ゴブリンゾンビ討伐依頼』 『初心者殺しの幼獣討伐依頼』 『フォレストウルフ大連続狩猟』 『農作物納品依頼』 『春の昆虫討伐』 etc……

 

 特段と変わったクエストもなく、実行中のクエスト一覧のボードにもカズマさんのパーティの名前はない。どうやら遠征クエストで街を離れたという事もなさそうだ。そうしてクエストボードをぼーっと見ていると、受付けのお姉さんが親切にも話しかけてきてくれました。

 

「何かお探しですか?」

 

「わわっ!? な、なんでも……! いえ、実は探している人がいまして……!」

 

「ああ、もしかして……カズマさんですか?」

 

「は、はい!」

 

 私の質問を聞いて、受付けの人はなんだかバツの悪そうな顔をした後、小声で話しかけてきました。

 

「カズマさんについては現在、良くない噂が出回っています。今はあの人を見かけても関わらない方が身のためですよ?」

 

「噂……ですか……?」

 

「すみません、出過ぎたことを申してしまいました。ギルド職員が噂で人を判断するなんてダメですね。ともかく、カズマさんはここ数日、ギルドには来ていませんよ」

 

「あの、噂の事を……」

 

「私達ギルド職員の口からは言えません。ですが、他の冒険者の方は知っているんじゃないでしょうか。それでは私はこれで……」

 

「あ……」

 

 そそくさと逃げるように去るギルド職員を止めるすべは私にはありませんでした。しかし、カズマさんの良くない噂ですか。私は胸の中でなんだか嫌な予感が膨らみました。周囲の冒険者に目を向けると、こちらを見ていた視線がいくつか逸らされます。本当に、なんだか嫌な感じです。

 

「あの……」

 

「うわっ!? あの鬼畜男の事なら知らないぜ! そ、それじゃ!」

 

「その……」

 

「ごめんね! 私も知らないの!」

 

 私の周りから冒険者の方々が蜘蛛の子散らすように逃げていきました。私は仕方なくギルドを後にしました。そして自分の宿への帰り道、夕闇に照らされながらカズマさんの事を考えます。どうやら、何かのトラブルに巻き込まれているのは確実のようです。正確な情報を得るには彼の屋敷へ行く必要がありますね。

 

「っ……!」

 

 ちょっとだけ足が止まってしまいました。屋敷にはあの3人がいる。この前、私に向けられた視線は明らかに良くないものでした。以前からウィズさんの店で交流があったアクアさん、屋敷で一緒にメイドとして働いたダクネスさん……そして、私の親友でありライバルであるめぐみん。皆とは以前のような友好的な関係とはもう言えないかもしれない。その事実に、カズマさんと会えなくなってから気が付いた。

 

「…………」

 

 めぐみん達に会うのが何だか怖くなってきました。今までカズマさんは私の隣にずっと一緒にいてくれた。だからめぐみんにも強気に出られたし、私自身負ける気はなかった。でも、今はカズマさんがいない。やっぱり、ここはカズマさんを信じて待つしか……

 

 

 

 

 

「にゃ~ん」

 

「ん……?」

 

 なんだか可愛い声が私の足元からしました。見てみると、黒い毛玉……小さな黒猫ちゃんが私の足に頬を擦り付けていました。

 

「どうしたの?」

 

「にゃう」

 

「わぁ……ふわふわ……野良猫なのかな……?」

 

 しゃがみこんで、その毛玉を撫でまわします。黒猫ちゃんは嫌がるそぶりも見せません。触っていて、とても癒されます。なんだか私の中で渦巻いていた思いもスッキリしてきました。

 

「そうだ! 私、食べ物持ってるんです! 食べますか?」

 

「にゃぁ!」

 

「ふふっ、特別ですよ」

 

 カバンの中から大きめのお弁当……カズマさんのために作ったお弁当を取り出しました。そして中身のいくつかを地面に置いて行きます。しなびたレタスにプチトマト、これなら食べても大丈夫そうです。

 

「にゃうにゃう……」

 

「あっ、もう食べちゃいました?」

 

 黒猫ちゃんは一瞬で野菜を食べてしまいました。そして、足りないとばかりに前足で私の足をペシペシとネコパンチしてきました。

 

「待ってくださいね……今、唐揚げの衣を取ってあげますから……」

 

「にゃあっ!」

 

「わあああああっ!?」

 

 突然黒猫ちゃんが弁当に跳びかかり、唐揚げをぶんどってきました。そして一瞬で路地裏の暗闇へと消えていきます。随分とお腹が減っていたんですね……

 

「私も頑張らないといけませんね!」

 

 あんな小さな黒猫ちゃんも生きるために必死なんです。それに比べたら私の悩みなんて些細なもです。

 明日は屋敷に行って、カズマさんの事を確認しに行きましょう! あの3人と話すのが怖いなんて弱気はポイです!

 

 

 

「待っててくださいね、カズマさん!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「アクアー離れろー」

 

「嫌よ」

 

「アクアさーん俺の匂いなんか嗅ぐのやめてー」

 

「嫌」

 

「アクア様、鎖解いてくれませんか?」

 

「それも嫌」

 

 アクアが仰向けに寝転がる俺の上に乗っかり、俺のうなじの匂いをスンスンと嗅いでくる。我が愛すべき駄女神様はこの謎行為も1時間近く続けている。俺はというと、抵抗もぜずされるがままだ。

 

「アクア、お前何がしたいんだ?」

 

「んへへ! カズマの匂いってなんだか安心できる匂いなの……もう少しこのままでいさせて?」

 

「はぁ……好きにしろよ……」

 

「うん!」

 

 そしてアクアは再び俺の匂いを嗅ぎ始めた。アクアは嬉しそうな表情をしており、目も爛々と輝いている。何がとは言わないが、まだ軽度なのかもしれない。それならば方法は一つしかない。彼女を“元に”戻して解放するよう諭すのだ。

 

「アクア、お前も俺の監禁に協力してるって事なんだよな?」

 

「んっ……まぁそうなるわね」

 

「何故こんな事をしたんだ?」

 

「それはね……あのね……えっとね……」

 

 アクアは言葉を続けようとしたようだが、下を向いて押し黙る。そして何かを決心したような顔で俺の事をじっと見て来た。俺はこういう真剣な表情には弱い。普段はだらけた表情が多いコイツだと、より強くその事を感じる。

 

「カズマ聞いて欲しい事があるの」

 

「おう」

 

「私ね……カズマの事が……アレなのよ」

 

「アレじゃ分からねぇよ。はっきりと言え」

 

「えっと……」

 

 顔を真っ赤にして口をもにょもにょ動かすアクアは何というか可愛い。ただ、状況的に何が言いたいかなんてまる分かりなため、さっさとゲロって欲しい所だ。

 

「私……カズマの事が好き」

 

「おふっ!?」

 

 ああ、分かっていてもこういう直球告白はたまりません! 改めて言われると何か変な感じだ。コイツは俺の事が本当に好きなのか……

 

「もう、アンタなしの世界なんて考えられないの……だからずっと一緒にいよ?」

 

「お前の気持ちは嬉しいぞ? でも監禁はいけないんじゃないでしょうかアクア様!」

 

「知らない! カズマがいけないんだから!」

 

 アクアが涙目になりながら再び抱き着いてきた。俺はそんな彼女を引き剥がすようにして顔を合わせる。コイツを元に戻すにはめぐみんと同じようにもう少し踏み込む必要があるのだ。

 

「アクア、俺の何がいけなかったんだ?」

 

「それは……」

 

「話してくれ」

 

 俺の言葉にアクアは一瞬ビクリと震える。そして不安そうな目でこちらを見て来た。ゆんゆんで鍛えたスケコマシスキル、頭撫でを行い、そんなアクアの不安を和らげる。彼女はこちらに頭を預けるようにしながらゆっくりと語りだした。

 

「カズマ、私はとっても辛かったの。毎日外出して、帰ってきたらゆんゆんの匂いを付けて帰ってくるアンタを出迎えるのは本当に……本当に辛かったの! アンタがゆんゆんと毎日のように外出先で会ってる。この事をめぐみん達に伝えるかいつも悩んでいたわ。そんな事伝えたら、きっと私達の関係は変化しちゃう。そんな気がしたの……」

 

「おう……」

 

 アクアが俺の頭を撫で返してきた。まるで言い聞かせるようにゆっくりと話す彼女に俺は何ともいえない気持ちになる。

 

「それにね、この時はまだアンタへの好意に私自身気付いてなかった。だから割と平気だった。ゆんゆんの事も知っていたし、最悪な事にはならないだろうって予感もしたの。でも、アンタから漂うゆんゆんの匂いはどんどん強くなった。それにえっちぃ匂いもし始めたのがとてもショックだった。そして、紅魔の里でアンタは私の全く知らない女性のえっちぃ匂いを付けて返ってきたの。この時、私がどんな気分になったか分かる?」

 

「あー……あれだよ……アレはちょっと遊んだ程度で……」

 

「ばか……!」

 

 涙目でこちらを睨みつけるアクアに俺も困惑する。あるえとの事もめぐみん達に筒抜けだったわけだ。なんだか超恥ずかしい! というか、こいつらストーカー技能高いな! そこらへんを凄くツッコミたいのだが、今はアクアの話を集中して聞くようにしよう。

 

「話してくれアクア。どんな気分だったんだ?」

 

「それはね……とっても悲しかったし怖かったの。ゆんゆんならまだ許せた。でも、全然知らない人……私の知らない人とカズマがえっちぃ事をして愛を深めてる……もしかしたらアンタがその人と一緒にどっか行っちゃうかもって思ったら怖くて悲しくてたまらなかったの! それで気付いたの……私はカズマの事が好きなんだって……ずっと私の傍で一緒にいて欲しいって……!」

 

「あー泣くな泣くな!」

 

 泣き始めたアクアを俺は軽く抱き留める。まぁアクアの気持ちも分からなくはない。コイツとの付き合いはこの世界でも一番長い。そして今は懐かしき故郷の事について気軽に話せるのもコイツだけだ。アクアが俺の前からいなくなるという事は、はっきり言って俺も考えたくもない事だったりする。実際、俺はコイツのために……

 

「しかもアンタはこの私を差し置いて、あのエリスに手を出したそうじゃない! これも凄く悲しくて怖かった! カズマはね、私みたい女神のフォローがなければすぐ死んじゃうし、馬鹿な事して無一文で路頭に迷うの!」

 

「お前のせいで路頭に迷った事が多いんだがな……」

 

「カズマには私が一緒にいてあげないとダメなの! それなのにエリスと……カスマは私だけを頼りにしてればいいの……!」

 

「アクア……」

 

 涙を流すアクアの声を聞きながら、だいたいの事は理解した。要するにコイツは俺がめぐみん達以外の女を選び、みんなの前から姿を消す事が我慢ならないようだ。そして、俺がエリス様と関係を結んだせいで女神としてのアイデンティティーを失いかけ、必要とされなくなる事を恐れている。だいたいこんな感じだろう。それならば対処法は一つしかない。

 

「アクア聞け」

 

「何よ……」

 

「俺はお前が望むなら、どういう形であれ一緒にいてやる」

 

「でも……!」

 

俺はアクアをギュッと抱きしめて耳元で囁いた。

 

 

 

 

「お前は俺の大事な転生特典だ。だが、物としてお前を見てはいない。言い方は悪いがお前は俺の“女”で大切な女神様だ。例えお前が能力を失って普通の女の子になったとしても、俺がお前を捨てたり見放したりしない」

 

「あぅ……!」

 

 

 

 アクアが耳元まで真っ赤になる。その場しのぎの臭いセリフでこうなってくれるとは案外嬉しいものだ。だが、これで終わっては余計こじれる事になる。現実も言わないといけない。

 

 

 

「ついでにエリス様も俺の女だ」

 

「ぶふっ!? ちょっとあんた何言ってんのよ! さすがに私もそのクズ発言には戦慄を覚えるんですけど!」

 

「うっせーよ! オラッ!」

 

「きゃあっ!」

 

 

 

 

 俺は一気にアクアを押し倒した。彼女はゴミを見るような目つきでこちらを睨んでくる。今の俺にとっては、その視線を向けられる方が心地良い。

 

「アクア、めぐみんにも言ったんだが、今の俺は女性関係に関してはかなりのクズだ。はっきり言って俺みたいな男はやめた方がいいぞ!」

 

「……それでもアンタがいいのよ」

 

「俺はゆんゆんを嫁さんにするつもりだ! お前と一緒にいてやる事はできるが、良くて『カズマ家の使用人①』みたいな扱いになるかも知れないぞ? それでもいいのか?」

 

「嫌に決まってるでしょ! でも、アンタの傍にいられるだけで私は幸せなの! もちろん実際にその状況になってみないと分からない感情もあると思うわ。だけど、はっきりと分かる事があるの。アンタには私が必要だって。それにね、私は女神よ? 他の女とは生きる次元と時間が違うの……いつかは……!」

 

「おいアクア思考が変な所行ってるぞ! とにかく、俺と一緒にいるって事はゆんゆんと……んむっ!?」

 

 アクアが急に俺にキスをしてきた。驚いて目を見開いていた俺を、アクアは相変わらずゴミを見るような視線で見てくる。何とも不思議なキスだ。そしてしばらく俺の唇を啄んだ後、ゆっくりと口を放した。アクアは顔を真っ赤にしてそっぽを向き、ぽつりと呟いた。

 

 

 

「御託はいいから、さっさと私をアンタの“女”にしなさいよ……!」

 

 

 

 

 

「しょおがねえなああああああ!」

 

 

 

「なにがしょうがないよ! この私が“今は”妥協してやって……!」

 

「せいっ!」

 

「ひゃうっ!?」

 

 俺はアクアの両足を押し開き、ガキ臭いしましまパンツを強制的に脱がせる。ちなみに、片足にパンツが引っかかる状態にした。まぁ一種の様式美という奴である。そして、自分の勃起した逸物を、アクアのぴっちりと閉じた秘所へとあてがった。

 

「カ、カズマ!? 私、初めてだからその……!」

 

「大丈夫、大丈夫! お前は女神だ! ちょっとくらい乱暴にやっても平気だ!」

 

「大丈夫なわけないでしょ! それに私、まだ準備が……」

 

 そんな事を言うアクアの前で、俺はアクアのぶっくりとして柔らかい秘所に俺の逸物を数回擦り付けた。すると、俺の逸物にトロリとした粘液が付着する。

 

「見ろ、準備完了だ。もちろん、これは俺のガマン汁じゃないぞ?」

 

「あうっ……その……それはね……通りすがりのネロイドが……!」

 

「女神ってエロイ種族だよな」

 

「バ、バカ言わないでよ! 私は神聖不可侵の女神様なのよ! それをエロイだなんて……まぁボキャ貧のカズマさんにはその程度の表現しかできないのかもね!」

 

 ツーンとした表情を見せるアクアに俺はイラっとくる。こういう態度のアクアを見ているとついついヘコマセたくなるのは仕方のない事だろう。

 

「アクア、それならもうやめるか」

 

「え?」

 

「なんか神聖不可侵らしいし……」

 

そう言った俺に対しアクアはまた涙目になった。本当に感情の起伏が激しい奴である。

 

「ア、 アンタは特別よ! この女神アクアに触れる事を許された唯一の男で……!」

 

「オラっ!」

 

「あぐっ!? あ……あああっ……い……いたいよガズマ……!」

 

俺は一気にアクアの中へ逸物をぶち込んだ。きちんと俺の根本まで飲み込んだアクアの割れ目からは破瓜の血が流れ落ちる。そしてしばらくアクアの膣内を堪能した。流石の女神マンコ! なんだか挿入してるだけで神の祝福を受けたような多幸感と脳が痺れるほどの快感が体中を駆け巡る。

 

「さーてそろそろ遠慮なく突かせてもらおうか!」

 

「うう……カズマ……いたいよ……!」

 

「安心しろ! お前はドスケベ種族の女神だ! ほら……」

 

「あぅ……!」

 

 アクアの膣によりいっそう深く突き込んでから、体をギュッと抱きしめる。アクアもそれに応じて抱きしめ返してくる。俺の胸の中で潰れる豊かな胸の感触は実にいい!

 

「アクア、お前の中は滅茶苦茶いいぞ! お前も気持ちよくなってきたろ?」

 

「やぁ……あぅ……そんなわけ……あれ……? 本当に気持ちよくなってきた……んぁっ……なんで……!?」

 

「当たり前だ! なんせお前の好きな男に抱かれてるんだからな!」

 

「っ……!」

 

 背中をペシペシ叩いてくるアクアを数回突き、滑りを確認する。どうやら問題なさそうだ。やっぱり女神という種族は男にとって実に都合がいい奴らだと思う。俺はアクアのやわらかな青髪を撫でながら、行動準備に入った。

 

「覚悟しろよアクア?」

 

「うん……私の中で……もっと暴れて……私をカズマの“女”にして……!」

 

 

 

 

「セイヤアアアアアアアアアッ!」

 

「ひゃああああああああああああっ!? カズマッカズマッ……!」

 

 

 

 

 俺はアクアに情け容赦なしの高速ピストンを開始した。もちろん、ここに処女への配慮はない。それでもアクアは快楽に顔をトロけさせながらよがり続ける。おまけに挿入するたびに愛液や潮が飛び散っている。流石は女神様だ!

 

「どうだ……気持ちいいかアクア……!?」

 

「うひぃっ……あひゅ……あぅ……んっ……気持ちいい……気持ちいいよカズマ……!」

 

「やっぱ女神は楽でいいな! それなら……!」

 

 勢いよくピストンしながら、アクアの片足を持ち上げ自分の肩に乗せる。そして、ななめにえぐりこむように体位変更を行った。俺のペニスはより深い所へもぐりこみ、亀頭にアクアの子宮口がぶちあたる。

 

「あああっ……カズマのカズマさんが奥まで届いてる……ひゃぅ……」

 

「おほっ! 俺もめっちゃ気持ちいいぞ~! おらっ……そらっ……!」

 

「あっ……だめ……カズマ……気持ちよすぎて……腰浮いちゃう……あう……何かきてる……私の中で何かきてる……!」

 

「おっと……ここか? ここだな……!」

 

 アクアが腰を反らしてガクガクと震えるのを見ながら子宮口あたりをグリグリと責める。それに対しアクアは俺の腕をギュっと握る事で応えた。

 

「カズマ……そこダメ! だめなの……そこ突かれてると私……あひゅっ!? あぅ

……!」

 

「いいからさっさと……!」

 

 

 

 

 

 

「いけ!」

 

「あひっ!? あああああああああっ……あっ……あぅ……うひっ……いひゅっ……いひゅううううううっ……はひゅっ……!」

 

 俺の渾身の一撃でアクアは絶頂した。腰をガクガクと震わせながら俺のペニスをきゅうきゅうと締め付ける。そして、涎をダラダラと流しながら、だらしのないイキ顔を俺に晒していた。

 

「アクア、初めてなのに膣イキするなんて、やっぱり女神ってエロイな!」

 

「あうっ……あひゅ……んぅ……んっ……ん……」

 

「俺がゆんゆんをチンポで膣イキさせるのに何ヶ月必要だったと……!」

 

 アクアが起き上がり、俺に抱き着いてくる。そして、しばらくアクアの荒い息が耳元にこだました。

 

「んっ……こんな時にまであの子の名前出さないでよ……」

 

「ああ、俺もわる……悪くねぇ! 俺は謝らねぇぞ! それよか、満足出来たかアクア?」

 

「悔しいけど、最高だったわよ……今もその気持ちいいのが続いてるの……カズマは本当に女殺しになっちゃったんだね……」

 

「流石に女神限定だと思うけどな」

 

 俺もアクアを抱きしめ返す。多量の汗をかいているというのに、アクアからは甘くて蠱惑的な匂いしかしなかった。やっぱり女神は謎種族だ。

 

「アクア、お前が求めるなら毎日これをしてやるぞ?」

 

「……ほんと?」

 

「ああ、今すぐ俺の鎖を解いてくれたらな」

 

「ううっ……!」

 

 アクアは何やら考え込むようにしばらく黙り込んだ。俺はそんなアクアの耳に息を送り込む。俺のちょっとした誘惑だ。

 

「……だめよ」

 

「チッ! 簡単には乗らねえか!」

 

「あんた……あんた最低ね……私とえっちぃ事してる時なのに……こんな……!」

 

「あー泣くなっての!」

 

 また泣き出したアクアをしばらくあやす。やっぱり簡単には解放とは行かないようだ。それならば次はダクネスをひっかけるか……それとも鎖の切断を……

 

「カズマ、鎖解かなくても……またしてくれるでしょ?」

 

「ん? 約束はできないな。というか、お前はなんで俺を解放してくれないんだ? 女神的にマズイと思うぞ」

 

「ふふっ、今回ので確信したの。カズマを外に出したら周りの女の子が皆孕んで、アンタにメロメロになっちゃうわ! だから、アンタが私達以外に手を出さないって誓うまで“教育”してあげる!」

 

 ドヤ顔でそんな事を言ってくるアクアに俺は嘆息する。なんか妙な理由をつけているが、ドヤ顔には快楽の表情が見え隠れしているし、今もなお挿入したままのペニスを吸い込むように締め付けてきている。要するに快楽に浸りたいという事らしい。随分と俗物的な女神様だ。

 

「そうかい……まぁ今はそれでいい」

 

「そのうち私がカズマをメロメロにしちゃうんだからね!」

 

「はいはい……」

 

 俺は笑顔のアクアをじっと見つめた。アクアの瞳に僅かに輝きが戻っている。その事がなんだかたまらなく嬉しかった。今は快楽に負けて監禁続行を決めたようだが、そのうちこの行為の無意味さを気付いてくれる……かもしれない。

 

 

 

 

「お楽しみの最中すみませんが、少し遅いお昼を持ってきましたよ」

 

「うぉっ!? 急に現れんなよめぐみん!」

 

「カズマ達が長くヤりすぎなんです。さっさと食べてください」

 

 突然部屋に入って来ためぐみんがベッドの上にサンドイッチの乗った皿をコトリと置く。こうやって餌やりされてる現場を見ると、監禁されているという実感が湧いてなんだか嫌になる。

 

「めぐみん、また変なモノ入れてないだろうな?」

 

「まだ入れてませんよ。さぁカズマ、食べてください。なんならここで私の“特製”ソースでも作りましょうか?」

 

「食うから自分を傷つけるのはやめろ! ったく……はむっ……」

 

 俺はアクアから逸物を抜く。そして、顔をとろけさせながら、愛液と聖水を垂れ流して余韻に浸る彼女を撫でる。片手でアクアの心地良い青髪を堪能しながら俺は食事をモソモソと始めた。めぐみんはというとそんな俺を無表情でじっーと見つめていた。

 

 

 

ああ、うざってぇ!

 

 

 

「おいめぐみん、しゃぶれよ」

 

「え? カズマは朝からずっとやっているのですよ? さすがにもう疲れたのでは……」

 

「せいっ!」

 

「んぶっ!?」

 

 めぐみんの頭を掴み、口に無理矢理ぶち込んだ。思いっきり歯が擦れて痛いが、これからたっぷりと仕込んでやる!

 

「そらそらそらっ!」

 

「んがっ……ぐむっ……んぶっ……!」

 

「おー……う゛っ!」

 

「んんんっ!? んんんんんんーっ!」

 

「ちょっとカズマ! なんで私じゃなくてめぐみんで出してるのよ!」

 

 アクアがプンスカ怒りながら抱き着いてくるが、そんな事は知らない。俺はめぐみんの頭を無理矢理抑え込み、最後までたっぷりと射精する。そして、勢いよく髪を掴んで頭を持ち上げると、顔を真っ赤にしながら涙目でえずくめぐみんの姿が目に入った。

 

「うぐっ……えぐっ……うぇぇぇぇ……んくっ……」

 

「ちょっとカズマ、めぐみんに乱暴な事をするのはやめなさいよ……」

 

「うるせーよ! お前はこっちだ!

 

「きゃっ!?」

 

 俺はアクアを引き剥がして押し倒す。そして、血と愛液で汚れた秘所を一気に吸い上げた。甲高い悲鳴を上げるアクアを無視してそこを責める。すると10秒も立たないうちに美味しい美味しいアクア聖水が湧き出てきた。

 

「じゅる……んむっ……」

 

「あうっ……かずま……そこだめなの……」

 

「んんんんんっ!」

 

「ひゃああああああっ!?」

 

 アクア聖水のおかげで、俺に活力と精力が充填されるのを感じ取る。勿論、アソコもフルチャージだ。俺は今だに咳込んでいるめぐみんの首を掴み、ベッドにうつ伏せにさせるように抑え込む。そして、うつ伏せ状態のめぐみんに己の逸物を突き立てた。いわゆる寝バックという体制である

 

「いだっ……あぐっ……いたい……いたいですカズマ……!」

 

「おいおい、あんま濡れてねじゃーねーかよ! ぺっ!」

 

「うっ……いたい……いたい……あうっ……でもなんか気持ちいいです……!」

 

 あまり気持ちよくない結合部に唾を吐きかけながら、俺はアクアをめぐみんの横に並ばせた。うーむ視覚的には非常に良い光景だな。

 

 

「おうアクア、もっとケツ寄せろ!」

 

「カ、カズマさんが性獣になってる……!?」

 

「いいからコッチ来い! 夜まで順番に犯しまくってやるよ! 喰らえ我が手淫奥義!」

 

「あっ……あの私も、もう限界で………ひゃんっ!? ひゃうううううううううううううっ!?」

 

「ヒャーハッハッハ!」

 

 

 

 

 

そして俺は二人を犯しに犯した……!

 

 

 

 

 

「おいカズマ、お前は凄いな……!」

 

「感心してないでさっさとバケツ渡せ」

 

「んっ……この光景は私にとっては最高の光景だ!」

 

 何やら上気した顔でダクネスがこちらを見つめてくる。現在の俺達の姿は一言で言えばヒドかった。めぐみんは今も俺の逸物に背面騎乗位で貫かれている。しかし、前のめりに倒れ込み泡を吹いて失神している状態だ。おまけに割とイラっと来ていた鬱憤をめぐみんの尻を叩く事で晴らしたせいか、真っ赤になって腫れあがっている。めぐみん聖水(真)もベッドに黄色い染みを作っていた。まるで強姦殺人の現場のようだ。

 対してアクアは浅い呼吸を繰り返し、全身を白濁と愛液で濡らしている。彼女の瞳に光はすでになく俺が刺激を加えても微動だにしていない。俺はそんなアクアを肩抱きにして、柔らかくてボリュームのある胸を揉みしだいていた。

 

「カズマ、この水を入れたバケツは何に使うんだ?」

 

「そんなの決まってるだろ……よっと!」

 

 俺はダクネスから水バケツを受け取り、アクアをめぐみんの横に突き飛ばす。そしてうつ伏せに倒れ込む二人に向けて冷水をぶっかけた。

 

「ひゃぶっ!?」

 

「んあっ!?」

 

 水をぶっかけてから数十秒後、気絶から復帰した二人がうめき声をあげながらヨロヨロと起き上がる。そしてダクネスの方へ這いずるように逃げ出した。

 

「ひぃっ……! ダクネス……カ、カズマに殺されちゃいます……助けて……助けてください……!」

 

「うぐっ……ひっぐ……死んじゃう……女神の私がカズマさんのえっちぃ事で死んじゃう……!」

 

「失礼なやっちゃなお前ら!」

 

 結局、俺の元から逃げためぐみん達は、ダクネスの足元で縮こまって震えだした。そりゃあぶっ通しでやったが、きちんと向こうも気持ち良くなるよう配慮していたから……あっ、めぐみんはそういえば処女だったな……ちょっとマズイ事したかも……

 

「で、俺を監禁したダクネスさん、今何時?」

 

「ん……その少しトゲがある所も嫌いじゃないぞ! それと時刻は午後九時だ!」

 

「ふーむ……どうりで腹が減ってるわけだ……」

 

「任せろカズマ! 屋敷にはダスティネス家の誇るシェフを常駐させている。お前の欲しい料理をすぐ準備してやるぞ! ちなみにメニュー表も用意してある!」

 

 ダクネスが、足に抱き着く二人を引きずりながら俺の傍へやってきた。そして、俺にメニュー表とやらを渡す。割と本格的な料理から、俺が好きなジャンク系のものまで揃えている。なるほど、これは快適な監禁生活を送れそうだ。

 だが、俺はこれが必要なわけではない。それより重要で危険な事態が俺の中で起こっているのだ。渡されたメニューを放り投げ、ダクネスに真剣な表情で向き合った。

 

「ダクネス話がある!」

 

「ん……なんだ? お前の頼みは基本的には全て叶えてやるぞ」

 

真剣な顔で返すダクネスに俺は心からの叫びを言葉にした!

 

 

 

 

 

「うんこしてぇ!」

 

「ぶっ……!」

 

「いやマジでどうすんの!? なんかこの部屋トイレないんだけど!」

 

 そう言っている俺はマジでヤバイ状態である。今はまだ耐えられているが、このままだと大参事になる事間違いなしだ。

 そんな俺の魂の叫びを聞いて、ダクネスはニヤリと笑みを深める。そして、震えていためぐみん達もニヤニヤした表情を浮かべながら立ち上がった。

 

「カズマカズマ、おトイレがしたいのですか? いいですよ、私達が見ててあげますから」

 

「ぷぷっ! カズマさんったら私達の前で無様な姿をさらすのね!」

 

「おいおい……!」

 

 もしかしなくても、垂れ流せとでも言いたいのだろうか! この年になってそんな事は絶対にしたくない! 俺が得体の知れない恐怖に震えていると、赤い顔をしたダクネスが艶やかな口を大きく開けて俺の方へ顔を突き出してきた。

 

「カズマ、なんなら私の口に……!」

 

「言わせねえよ!」

 

「ふぁぶっ!?」

 

 思わずダクネスの頬を叩いてしまったが仕方がない事だ! だが、俺もいよいよヤバくなってきた! クソ、どうすれば……! そんな時、アクアから剥いだ羽衣が目についた。

 

「よし、こうなったらこれで……!」

 

「ちょっ、カズマ!? アンタ一体何する気よ! 放しなさい……放しなさいよ!」

 

「誰が放すか! お前ら、早く鎖を解かないとアクアの羽衣が大変な事になるぞ……!」

 

「やめて……やめてやめて! さすがにそれは私も無理なの!」

 

 俺がアクアと己の全存在をかけて争っていると、肩をペシペシと叩かれる。振り返ると、毛布を体に巻いためぐみんが、とあるものを指さしてドヤ顔をしていた。俺はいつのまにか部屋に設置されていたブツを見て唖然としてしまう。

 

「おい、めぐみん……これは……」

 

「おまるですよ? 流石に私とアクアにスカトロ趣味はありません。大きい方はあちらにしてください」

 

「カズマ、処理は私が浄化魔法で次元の彼方へ消し飛ばすだけだから、あそこに安心してしちゃいなさい!」

 

 クスクスと笑うめぐみんとアクアに、俺は人生でも最大とも言える恐怖を感じた。そして、白鳥型のおまるを見つめて息を荒げるダクネスに別の恐怖も覚える。

 

「ちなみに小さい方は?」

 

「そちらはこの瓶か……私が飲んであげましょうか?」

 

「カズマ、おしっこは無菌だし飲んでも大丈夫よ! んっ……!」

 

「もう待ちきれないな! 早く私に直に出してくれ! んぁっ……! 」

 

「狂ってやがる……!」

 

 ニヤニヤしながら口を開ける3人に俺は気圧される。しかし、はっきりいって大に関しては、おまるが一番“マシ”な方法だ。俺は泣きながらソイツにまたがった。

 

「おい出てけ! お前ら出てけよ! 出るもんも出ねぇだろうが!」

 

「「「ふふっ……」」」

 

 俺の懇願に3人はクスクス笑う事で応えた。そして、おまるにまたがる俺を取り囲み、慈愛の表情を浮かべて見つめてくる。

 

「私達が見守っててあげますよ」

 

「カズマ、一気に出しなさい!」

 

「んっ……やっぱり私が処理を……!」

 

 3人の視線に晒されながら、俺の自尊心がボロボロになっていくのを感じる。こんな屈辱的な事やらせやがって……! 許さん……もう許さん……!

 

 こうして俺が決意を固めていると、ダクネスが突然手拍子を始めた。パンパンと子気味よいリズムが耳につく。

 

「ダクネス、それはなんですか?」

 

「カズマの応援だ! めぐみん達もどうだ?」

 

「なるほど……」

 

「いい考えね、ダクネス!」

 

 めぐみんとアクアまで、慈愛の表情を向けながらパンパンと手拍子を始めた。ヤバイ、羞恥と怒りで頭がどうにかなりそうだ……!

 

 そして、めぐみん、アクア、ダクネスが手拍子を打ちながら、俺の顔の近くで応援コールを始めた。

 

「おーえす! おーえす!」

 

「ああっ……」

 

「はい! はい! はい! はい! いっき! いっき!」

 

「あああっ……」

 

 

 

 

 

 

「頑張れ♡ 頑張れ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、覚えてろよお前らああああああああああああああっ! あっ……あああああああっ!? ああっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まだまだ続く監禁生活とゆんゆんぼっち編

次回はもちろんダクネス


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乙女なダクネス

「勇気を出しましょう! 怖くない怖くない!」

 

 頬をパンパンと叩きながら自分に喝を入れます。私が今いる場所は、カズマさんの屋敷の玄関前。ここをノックすると、私はあの3人と対峙するかもしれないのです。もしくはカズマさんがあっさり出てきて終わりになっちゃうかもしれません。だから怖くない!

 

「す、すみませーん!」

 

 若干緊張しながらドアノッカーをコンコンと鳴らしました。しばらく待っていると扉の向こうから足音が聞こえてきました。私はそれを心を平常に保ちながら待ちます。そして、ゆっくりと扉が開きました。私を出迎えたのは……めぐみんでした。

 

「め、めぐみん! その……本日はお日柄もよく……!」

 

「私、宗教とか興味ないんで二度と来ないでください」

 

「わああああああああっ!? 待って! 待って! 怪しい宗教の勧誘じゃないから私の話を聞いて!」

 

 うざったそうに扉を閉めようとするめぐみんに縋り付き、なんとか彼女を引き留めました。こんな意地悪するなんてヒドイです! めぐみんはそんな私を見下ろしながら無表情で語りかけてきました。

 

「ゆんゆん、私に何かようですか? あいにく私は忙しいのでさっさと用事を言ってください」

 

「う、うん……あの……カズマさんは屋敷にいる?」

 

「屋敷にカズマはいませんよ」

 

「それじゃあどこに……」

 

「知りません」

 

 ピシャリと言い放つめぐみんに少し気圧されましたが、私は負けません。きちんと立ち上がってめぐみんと向き合いました。

 

「めぐみん、何か知っているのなら教えて」

 

「はぁ……あなたはカズマの噂をご存じないのですか?」

 

「え……? その……聞く機会がなくて……」

 

「そういえば、ゆんゆんはぼっちでしたね」

 

「ぼ、ぼっちじゃないわよ!」

 

 即座に否定をしましたが、めぐみんは私を呆れた表情で見てきます。私にだって友達はいます。ウィズさんとかバニルさん、ダストさんのパーティの方達とか、後は……とにかく友達はいるんです!

 

「めぐみん、その“噂”とやらが私は知りたいの! 知っているなら教えてくれない?」

 

「はぁ……分かりましたよ……」

 

 めぐみんは面倒臭そうにそう答えました。私はそんな彼女をついついじっと見てしまいました。なんだか随分とゲッソリしています。でも肌はツヤツヤしていますね……

 

 

 

 

 

「三日前の夜中に、カズマがお忍びで観光に来ていたとある貴族令嬢をこました上に性行為を強要したようです。簡単に言い換えれば、貴族の娘をレイプをしました」

 

「え?」

 

 

 

 

 めぐみんが急に変な事を言った。カズマさんが貴族のお嬢様をレイプ? カズマさんがそんな事するはず……ないですよね……? しないと思いたいです……

 

「その貴族とはダスティネス家と私達で示談交渉を行って表面上は解決済みです。お互いに今回の事を第三者に口外しない事も約束しました。しかし、どうやら情報が洩れて噂になってしまったようですね」

 

「それならカズマさんは……?」

 

「だから知りません。合わせる顔がないのか、私達の事を放って逃亡したようです。現在、ダクネスが家の力も使ってカズマの逃亡場所を調査しています。今後、あなたにも捜索を依頼するかもしれませんね」

 

「そんな……」

 

 突然の事すぎて理解が追い付かない。カズマさんが女の子をレイプしたあげく逃げた? そんなの信じたくありません。例え、その犯罪行為が事実だったとしても、婚約者である私に一言も告げずに逃げるなんておかしい……ありえない……! しかも犯罪の責任をダクネスさん達に全部押し付けた……? 違う……カズマさんはそんな事をする人じゃない……!

 

「ゆんゆん、カズマみたいなクズ男は諦めなさい」

 

「めぐみんには関係ないでしょ……」

 

「いいえ、あります。あの男は最低最悪です。流石にこの私も愛想が尽きました。捕まえたら、刑務所に入ってもらう予定です。ゆんゆん、あの男の本性はただのクズなんですよ?」

 

 そういってめぐみんが私を睨み付けてくる。彼女は私が初めてみるほどの憎悪を顔に張り付かせていた。

 

「ゆんゆん、示談は終わりましたが相手方の貴族の親はカズマを私刑にしようと、私兵を雇って彼の居場所について少々過激に聞き込みを行っているようです。おかげで街ではカズマの話は一種のタブーになっています。あなたも気をつけてくださいね?」

 

「カズマさん……」

 

 私の中のカズマさんに対する信頼やイメージがちょっと傷ついてしまいました。でも、これは真っ赤な嘘かもしれない。彼の事が好きな気持ちは止まりはしない。

 

「では、さようならゆんゆん。私はカズマの後処理に追われて忙しいんです」

 

「あ……」

 

 めぐみんが扉をバタンと閉めて屋敷の中へと消えました。残された私は仕方なく帰路につきました。頭の中では先程の事がぐるぐると渦を巻いています。カズマさんが犯罪を犯した……そして逃げた……? そんな事はない……そんな事はない!

 頭を振って、私はカズマさんへの疑念や怒りを飛ばします。こういう時はアレです。友達の所へ相談しに行くのが定番だと思います。進路をウィズさんの店に変え、しばらく歩き続けます。そして、道中、私を見てひそひそと話す方たちの会話内容に耳を澄ませます。とても嫌な気分ですが、何か有益な情報を話しているかもしれません。

 

 

 

 

 

『ねーアレが鬼畜男に捨てられたゆんゆん? 可哀想にねー』

 

『おいおい、逆だろ。鬼畜のカズマを捨てたのがゆんゆんなんだって。俺はいい判断だと思うぞ?』

 

『というか、改めて見ると可愛いな。捨てられた心を俺が癒しに……』

 

『やめとけ、過去にアイツにちょっかいかけた奴はカズマや頭のおかしい子、チンピラや魔法具店の店主と店員さんにヒドイめに遭わされたらしいぞ』

 

『チッ! やっぱカズマは変なの囲ってるんだなー』

 

『でも、アイツは今いないんだよな……それなら……』

 

 

 

 

 私はそこで、聞き耳を立てるのをやめました。全く価値のない情報ばかりです。それになんだかとてもイライラする。あそこに大魔法を撃ちこみたい。そんな思いを燻らせているうちに、私は魔法具店へとたどり着きました。扉を開けると、当然のようにバニルさんが出迎えます。

 

 

 

「いらっしゃい、小僧の事で思い煩うネタ種族よ」

 

「バニルさん……実は……」

 

 

 

 

「ああああっ! ゆんゆんさん、良く来てくれました!」

 

「わぶっ!?」

 

 突然、私の頭が柔らかな物に包まれました。どうやら、ウィズさんが私に抱き着いてきたようです。

 

「ウィズさん、急にどうしたんですか?」

 

「あなたこそ何を平気そうな顔をしているんですか!? カズマさんが女の子をレイプして行方不明になったって街中で噂になってますよ!」

 

「うぐっ……!」

 

「だから言ったじゃないですか! カズマさんはオススメしませんって! それなのにあなたは早くも結婚を決めちゃって!」

 

「あうっ……!」

 

 それから、ウィズさんの説教が始まりました。カズマさんが悪く言われている事をとても不快に感じますが、状況が状況なだけに言い返す事ができません。でも、私の手は自然と短杖に伸びて……

 

「まったく、これだから今の若い子は! もっとお互いの事を……いたいっ!?」

 

「おい、友人が結婚した事に焦りに焦り、つい最近破局の噂を聞いて内心嬉しくてたまらない腹黒で卑劣な貧乏店主よ、黙るがいい」

 

「そそそそそ、そんな事思ってないですよ!?」

 

 バニルさんがウィズさんを羽箒で思いっきり引っ叩きました。なるほど、ウィズさんはそんな事を思っていたのですか。カズマさんと再会できたら、まずはあのポーションを貰いましょう。そんな算段を内心で立てていると、バニルさんに肩をポンポンと叩かれました。

 

「貴様、我輩に話があるのだろう? 奥へ来るがいい」

 

「はい……」

 

 そして、私はバニルさんに連れられて店の奥の小さな部屋に案内されました。バニルさんと私はそこでお互い向き合いました。

 

「さて、始めに言っておく。我輩は貴様に何の情報も教えないし、小僧に関する事では具体的な忠告もしない」

 

「いきなりですね……なんでですか……?」

 

「簡単な事だ。我輩も何も知らないからだ。貴様のマインドプロテクトは破れないし、破った所で小僧と同じく女神の力で未来など見えないからな」

 

 バニルさんの言葉に私は押し黙る。私の未来が見えないという事は以前から知っていた。でも、バニルさんならそれ以外の情報を持っているのではないかと思っていた。それも教えてくれないのでしょうか……

 

「小僧の事は噂で聞いている。しかし、我輩にもそれが真実か、それとも別の何かが起こっているのか、推測はできるが真実は分からない。故に貴様には情報はやれん」

 

「それじゃあ、その推測を聞かせてもらえませんか?」

 

「それもダメだ」

 

 バニルさんが私の方を見ながらきっぱりと否定の言葉を口にしました。なんだか、内心イライラしてきました。それならば、何故私をこのような場所に呼び出したのでしょうか。

 

「落ち着けネタ種族よ。我輩は人間の感情を糧とする悪魔だ。自分の食べる物についてはよく知っている。言い換えれば人間の感情の専門家とも言えるのだ。だから、貴様らを見ていれば様々な推測ができる。しかし、こんな悪魔の推測を貴様は鵜呑みにすべきではない」

 

「でも……」

 

「怖気づくな。お前はお前の信じる道を進め。そして今一度、自分の心と向き合ってみるのだ。迷った時は、我輩のような友人を頼るのは良い事だ。しかし、貴様の悩みは、将来に非常に深く関わると見た。憂いを残さないためにも貴様自身で決断し、答えを出すのだ」

 

 そう言ってから、バニルさんが私の頭を撫でてくれました。私の中では様々な感情がまだ荒れ狂っていますが、少し不安を和らげる事ができました。

 

「だが、それだけでは不安は残るからな。代わりに貴様には我輩の秘術の数々を教えてやる」

 

「秘術……?」

 

「そうだ、寛大な我輩に感謝するがいい!」

 

 そして、バニルさんのドキドキ秘術講座が始まりました。様々な知識や術式、用途不明の謎技術の数々を高速で伝授されました。ただ、どれも今の状況に役立つものではありません。

 

「バニルさん、これをどう使うんですか?」

 

「何を言っておる。これは絶対に使うな」

 

「ええっ!? じゃあ、今まで何の意味があったんですかこれ!?」

 

「落ち着け、これは貴様のためなのだ」

 

 バニルさんはそう言って、私の頭をペチリと叩きました。なんだか納得行きません。不満を顔で伝えると、バニルさんは小さく笑いました。

 

「心して聞け。我輩が教えたもののうち、一つでも使ってしまえば貴様は最終的に間違いなく“不幸”になる。だから、それを使わない事を心がけよ。言い換えれば、それを使わない道が貴様の幸福に繋がるかもしれない。だから、これは一種の脅迫のようなものだ」

 

「バニルさん、そう言われても、こんなものを使う機会なんて一生きそうにないのですが。それに、今の状況とちっとも繋がらないものばかりですし……」

 

「うむ、それでよいのだ。深くは考えず、貴様自身で全てを決定するがよい」

 

なんだか、はぐらかされたような気がしますが、まぁいいでしょう。全く必要ないものばかりではなかったのは確かだからだ。

 

「バニルさん、私がこれらを使う時ってどんな時だと思います?」

 

「む、使うなと言っているのだが……まぁ、貴様が人生でどうしようもなく詰んだ時にこの技術の数々の誘惑に負けるかもしれないな」

 

「誘惑に負けたらどうなるのですか?」

 

「言ったであろう? 最終的に不幸になると。しかし、その過程は貴様にとっては幸せとなるかもしれない。我輩は友人である貴様には幸せになって欲しい。だから、これは我輩がつけた枷であり、一方で絶望したお前を一時の幸せに導くものとなるかもしれないと思っている」

 

バニルさんの言っていることの意味が分かりそうで分からない。とにかく、これは使うべきではないというのは良く伝わった。なんだか、本当に時間を無駄にしたような気になりました。

 

「最後にもう一度言っておこう。我輩の見通す未来は絶対のものではない。そして、選ぶ道の選択次第で未来は無限に変化する。悪魔などに頼らず、重要な選択はお前自身が決めろ」

 

「私自身……」

 

「そう、お前自身だ! 悔いが残らぬようにな! さて、この話はもう終わりだ! これから貴様はお客さんだ! 何か欲しいアイテムはおありかな?」

 

「はぁ……分かりました。いくつか欲しいものもありますし、買い物していきますね」

 

 結局、これでバニルさんの忠告(?)は終わってしまいました。私達は店内に戻り、買い物を開始しました。ともかく、カズマさんの周りで何か不穏な事が起こっているのは確かです。私も備えをしておくべきでしょう。なので、店にある有用なアイテムをとりあえず購入しておきました。

 

「毎度あり! 大量購入してくれた貴様にはおまけとしてこの最近人気のアイテムをやろう……!」

 

「そうやって売れ残りを私に押し付けないでくださいよ! まぁタダなら貰っておきますけど……」

 

私は購入したアイテムと押し付けられたアイテムを鞄に放り込み、改めてバニルさんに向き合いました。

 

「バニルさん、今日は色々とありがとうございました……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ気が楽になりました」

 

「うむ、今後も何か行き詰った時は我輩に話すがよい。答えはやれんが、話す事で迷いや鬱憤がなくなる事もあるのだ」

 

「ふふっ……じゃあその時はお願いしますね」

 

そう言って私は店を後にしようとしました。その時、私以外のお客さんが店に現れました。それは私の友人……知り合いであるダストさんです。

 

「よぉクソガキ! こんな所で奇遇だなぁ!」

 

「私はクソガキじゃ……いえダストさん、少し聞きたい事があるのですが、いいですか?」

 

「なんだよ? 俺はウィズさんを見る作業で忙しいんだからあくしろよ!」

 

何やら微妙に苛立っているダストさんの方をじっと見ます。一応この方も冒険者です。カズマさんの事を何か知っているかもしれません。今は少しでも情報が欲しいんです。

 

「ダストさん、カズマさんの事について知ってますか?」

 

「カズマ? 俺はマジでなんも知らねぇな。でも、お前の噂なら知ってるぞ? カズマに捨てられたんだろ! お前、もう食べごろな年齢になったし、俺の女になるか?」

 

「死んでください」

 

「ごべっ!? いきなり何を……ぎゃばっ……あぎっ……ばわっ!?」

 

 どうやら何も知らなかったようです。私は短杖の血を拭い、潰れた肉塊をウィズさんの前に放り投げました。

 

「ウィズさん、そんなに婚期が気になるなら、これと結婚してやってください」

 

「ゆんゆんさん、流石にこの方は私と釣り合わないというか……」

 

「高望みしすぎじゃないですか? ダストさんは実は強いって噂もありますし、能力的にも釣り合っているじゃないですか。それに、私は以前からウィズさんとダストさんは性格的にもお似合いだなと思ってましたよ?」

 

「ちょっとゆんゆんさん!? それはどういう意味で……!」

 

「そういう意味です。では、失礼しますね」

 

 私はウィズさんが騒ぐうるさい声を無視して店を後にしました。そして、夕日を背に受けながら帰路へとつきます。結局、今日分かったのは、カズマさんに限りなく黒に近いレイプ容疑がかけられている事、どこかに逃亡済みであるという事だけです。私はどうすればよいのか分からなくなってきました。バニルさんは自分で決めろと言った。でも何を決めろというのだろうか?

 

カズマさんを探す……? 

 

それとも、もうカズマさんの事は諦める……?

 

 

「っ……!」

 

 

 ダメです。深く考えると私はおかしくなってしまいそうです。その不安と恐怖心を抑え込むようにして、私は薬指で光輝いている指輪……カズマさんからの愛の証を撫でました。

 

 

「大丈夫……大丈夫です……カズマさんが私を捨てたりなんかしない……!」

 

 

 

 

「にゃぁ!」

 

「え?」

 

 私の足元にいつのまにか黒い毛玉が出現していました。この子は、ここ数日カズマさんの弁当を上げてる子猫ちゃんです。今まではあの路地裏で会っていたのですが、子猫ちゃんの方から会いにきてくれたようです。

 

「にゃう」

 

「どうしたの?」

 

「にゃにゃ!」

 

 しゃがみこんで、その毛玉を撫でます。そんな私に子猫ちゃんはネコパンチをする事で応えました。どうやらお腹が減っているようです。

 

「ごめんね? 今日はお弁当ないの……」

 

「にゃ……」

 

「ふふっ、そんなに落ち込まないで」

 

 私は、帰る途中で買ったものを子猫ちゃんの前に置きました。それは、キャットフード。実は子猫ちゃんにお弁当の料理は良くないと思い、事前に買っておいたのです。明日渡そうと思ったのに、今日使う事となってしまいました。もしかしたら、この事を嗅ぎつけて私の元へ来たのかも知れません。

 

「あなたは鼻がいいんですね」

 

「にゃうにゃう」

 

 

キャットフードを食べる子猫ちゃんを撫でながら私は改めて自分の思いを確かめます。

 

 

 私はカズマさんが好きです。そして、私はカズマさんの大事なお嫁さんなんです。だから、レイプしたなんて噂を信じません。

 カズマさんは確かに外道で最低な人です。レイプをしたって言われたら一瞬信じちゃうくらいクズな人です。実際、安楽少女に強制フェラ、スリにレイプ未遂という前科もあります。でも、私は信じています。カズマさんが真に人を泣かせるような行為をしないと。

 もちろん、無自覚で周りの人を泣かせる事があるでしょう。しかし、レイプなんて被害者だけでなく、私をも悲しませる行為はしない。そう信じているのです

 

 

そして約束してくれました。“私の元へ必ず戻る”と

 

 

私はカズマさんを信じてるんです……

 

 

 

「にゃん……にゃう……」

 

「ねぇ子猫ちゃん、やっぱり一人じゃ寂しいの。だから、私と一緒にカズマさんの帰りを待っててくれない?」

 

「にゃうっ!」

 

 任せろ! とばかりに、子猫ちゃんが私の足をペシリと叩きました。この子猫ちゃんも随分なスケコマシですね。

 

 

そうだ! せっかくですし、私がこの子猫ちゃんに名前をつけてあげましょう!

 

 

「ねぇ、あなたの名前私が決めていい?」

 

「にゃう~」

 

「いいの? それじゃあね……」

 

 私は頭の中で恰好が良くて可愛い名前は何かを考えます。そして、とある単語がパッと浮かびました。言葉として意味はありませんが、なんだかピッタリな気がします。

 

「ふふっ、今日からあなたは“じゃりめ”です! いい名前でしょう?」

 

「にゃーっ!」

 

「わあああああっ!?」

 

 じゃりめが突然私の腕を引っ掻いてから、路地裏へと逃げて行きました。気に入らなかったのでしょうか? でも、私はピッタリだと思います! だから変えません!

 

「また明日会いましょうね。じゃりめ!」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「せいっ! おらっ!」

 

「はひ……はひ……かじゅまかじゅま……ふきゅっ!?」

 

「おっと、やりすぎたか……」

 

俺は種付けプレスで責めに責めまくって気絶させためぐみんから逸物を引き抜く。これで気絶も10回目か、そろそろマズイかもしれない。めぐみんは口から涎と胃液と精液が混じった液体を垂れ流し、秘所はヒクヒクと痙攣しながら愛液をダラダラと溢れさせていた。

監禁から約1週間とちょっとが経ち、その間にめぐみんを犯しに犯しまくった。おかげで、痛みに関してはもう感じなくなったようだ。しかし、めぐみんの体力は一番低い。1時間でこれじゃあまだまだだな。

 

「おーいアクアー! 持ってけー!」

 

 部屋の外へ向けてそう呼びかけると、台車を引きずりながら、純白のナース服姿のアクアが部屋の中に入ってきた。俺はその台車の上にめぐみんを放り投げる。

 

「うわっ! また凄い事になってるわね! というかアンタめぐみんに偏りすぎじゃない? 私にももっとしてよ……」

 

「どうせ夜は3人でヤるだろうが! まぁ次はお前を……そういえば珍しく日中にダクネスがいたな。アイツを呼んでこい。お前はライターオイルとタバコ、酒を買って待機しとけ」

 

「また? もう、まったくしょうがないんだから……」

 

 そういって、めぐみんを乗せた台車を持ってアクアが退出した。俺はそんなアクアを見ながら、口に咥えたタバコにジッポで火を灯して一息ついた。そうしてしばらく待っていると今度はお嬢様モードの三つ編みと白いドレスを着たダクネスが部屋に入って来る。俺はそんなダクネスにタバコの煙を吹き付けた。

 

「わぶっ!? 何するんだカズマ! ドレスが汚れるじゃないか!?」

 

「いいからベッドに来いよ」

 

「んっ……その見るからにクズっぽい仕草、嫌いじゃないぞ!」

 

そしてベッドに腰かけたダクネスを俺はじっくりと視姦してから、そのドレスをビリビリに引き裂こうとして……

 

「そういえばお前と二人っきりってのは初めてだよな」

 

「そうだな、私は少し忙しくてな。でもカズマがここにいるから頑張れるんだ……」

 

「おかげで好き放題やらせてもらってるわ」

 

 俺はそう言いながらダクネスにタバコの煙を浴びせる。現在、監禁中であるが思いのほか自由度は高い。脱出に使えそうな物以外はなんでも用意してくれるし、食事に関しても思いのままだ。おまけに好きな時にめぐみん達を犯せるという夢のような環境だ。ただ、娯楽が少ないため、酒やセックスに溺れるしかなく、当初は別の目的で仕入れたタバコに馴染んでしまうほどだ。これで外に出られれば完璧なんだがなぁ……

 

「そうだ、俺はお前から話を聞いてなかったな」

 

「コホッ……コホッ……! タバコ以外に何か欲しいものでもあるのか? すぐ用意するぞ?」

 

「ちげーよ! お前が何故こんな事を……監禁するかって話だよ!」

 

「ああ、そういう事か」

 

何やら神妙な面持ちになるダクネスが俺の隣に腰かける。一週間にわたる酒池肉林で忘れかけていたが、コイツも立派な監禁協力者なのである。ただ、最初に暗い笑顔を見せていただけで他は全く持って普段通りなのだ。

 

「ダクネスはこういう犯罪はしない奴だと思っていたんだがな」

 

「カズマがそう思ってくれていたなら嬉しい事だ。でも、これは仕方のない事なんだ……」

 

「仕方のない……ねぇ? 今は二人っきりだ。その理由とやらを俺に聞かせろよ」

 

「ん……」

 

 俺はタバコを吹かしながらダクネスの言葉を待つ。彼女は膝に手を置いてしばらく目を瞑った後、コテンと俺の方に体を倒す。そして、俺の膝に頭を置いてこちらを見上げてきた。男の膝枕なんて固いだけなんだがな。

 

「カズマ、それならばまずは私の質問に答えて欲しい。カズマは私を“愛して”いるか?」

 

「ダクネスを? そりゃあ……うむ……その……アレだな……」

 

 こちらを見上げるダクネスの視線から逃げるように顔を背ける。ヤッてる最中なら簡単に言える言葉なのに、いざこうして顔を合わせて会話する時にはいいにくい言葉だ。

ダクネスはそんな俺の顎を手で掴み、無理矢理視線を合わせられる。彼女の碧眼が俺を射抜くように見つめた。

 

「それだ……それが原因だ。私はなお前に愛されたいんだ。私をただの都合の良い女……奴隷として扱って欲しくないんだ……」

 

「はあ? なんかお前らしくない発言だな」

 

「自分でも分かっている。でも私はそう本当に思ってる……そう思ってしまったんだ……」

 

 要領を得ない話に俺自身困惑する。コイツは変態ドMだ。だから、こんな事言うなんて割と想定外だったりするのだ。ダクネスはそんな俺を見ながらゆっくりと話しを続けた。

 

「カズマ、私はお前に奴隷扱いされるのは嫌いじゃないし、私にとっても本望だ。でもな、お前がゆんゆんやエリス様を優しく、愛しい女性として扱っている所が我慢ならないんだ」

 

「そう言われてもな……」

 

「最近のお前は私を本当に性処理の道具としか見ていなかった……別に私だけに手を出しているのならそれで良かった。でも、お前は他の女には優しく抱き、愛を囁く。そうしたら、自然と比べてしまうんだ……私はゆんゆん達より劣る女……愛する価値がない女だって……そう言われているようで私は辛かったんだ……!」

 

 静かに涙を流し始めたダクネスの頭を俺は優しく撫でる。でも、言葉をかける事ができなかった。現に俺はダクネスをそういう女として扱い、接してきたからだ。

 

「カズマ、私は奴隷扱いはもう嫌だ……! はっきり言ってしまえば私はそういう“プレイ”やシチュエーション好きなんだ。私の好きな……愛している男にそう扱われるのは嬉しいし気持ちがいい! でも前提としてお前が私を愛してくれていなければ意味がない。その前提がなければ“プレイ”じゃない! 本当の奴隷……単なる肉便器だ!」

 

「昔と言ってる事が違うな……」

 

「私自身、不思議なんだ。でも私の本心である事は確かだ。お前にただの“奴隷”として見られるのは嫌だ……辛い……苦しいんだ……! 私もお前に一人の女として愛して欲しいんだ……!」

 

 泣き縋るダクネスを撫でながら俺は納得する。ダクネスは1人の女として見て欲しかったという事か。俺は今まで何名かの女に手を出したクズだ。それでもクズなり、相手の女性の事はそれなりに尊重していた。自分自身、単なる遊びとして認めている相手、あるえさえも俺は扱いには最大限の注意を払った。

 もちろん、ダクネスにも最初はそうしていた。でも、奴隷扱いを受け入れ、乱暴な性行為に嬌声をあげるコイツを見て俺は調子に乗ってしまった。だから、最近はコイツの事を本当に奴隷として……肉便器として扱い……性的欲求が高まった時はコイツを乱暴に犯して処理した。それでいいと俺は思っていた。でも、ダクネスも女の子である事は変わりない。コイツは本質的には潔癖で乙女チックな思考を持つお嬢様だ。その事を俺は知っていた。でも、ダクネスの美貌と肉体を貪り快楽を得ているうちに、それを忘れてしまった。ああ……本当にクズでどうしようもないな俺……!

 

「カズマ、私はお前に愛されたい……愛してるって言いながら優しくキスされたい。お前とエッチな事以外の会話を楽しみたい……二人で一緒に楽しいデートがしたい……もちろん、たまには乱暴な“奴隷”や“レイプ”みたいな過激なプレイもしたい……そしてプレイが終わったら私に優しく“大丈夫だったか?”って言って欲しい……」

 

「おう……」

 

「お前と楽しくて幸せな生活がしたい……そして綺麗なウェディングドレスを着て小さな結婚式を開いて見たいんだ……昔からの家臣やお父様にその姿を見てもらって祝福してもらいたい……私は幸せですって皆に伝えたいんだ……結婚したら子供を身ごもって静かな暮らしをお前としたい……」

 

 俺は頭を抱えた。めぐみんとアクアに関しては妥協案ともいえるその場しのぎの術でなんとかやり過ごし、彼女達を以前のような状態に近づける事に成功した。しかし、ダクネスのこれは難しい。勿論、その場しのぎの術はある。でも、それをしたら彼女は悲しむ事になる。俺はダクネスがこれ以上俺のせいで傷ついて欲しくないのだ。だからこそはっきり言わねばならない。

 

「ダクネス、お前のその夢を叶えるのは難しい……もう遅い」

 

「なぜだ……?」

 

「俺がゆんゆんを嫁さんに選んだからだ。お前の幸せ結婚生活は俺とはできない……はずだ。大人しく別の男にでも乗り換えろ」

 

「嫌に決まってるだろ! 私にはお前しかいない……お前がいい……お前が好きなんだ……!」

 

 ダクネスに体をガクガク揺らされながら、俺はタバコを吹かす。そんな事言われても無理なものは無理だ。

 

「だが、ダクネスお前を愛する事はできる。それじゃ不満か?」

 

「私を愛する……?」

 

「そうだ。もうお前をただの奴隷として扱わないし、一人の女として愛してやる。まぁ嫁さんは無理だから愛人とか浮気相手って事になるがな」

 

「カズマ、随分と上から目線だな……それにそうやって私を騙してまた奴隷に落とすのだろう? 私はもうあんな思いはしたくないんだ……」

 

 俺は嘆息する。これで一つ分かった。この3人の中で一番の強敵はダクネスだ。めぐみんとアクアは根の部分が割とヘッポコなので対処がしやすかった。でもコイツのガードは固い。流石クルセイダーと言った所か。

 

「それじゃあダクネス最初の質問に答えてくれ。何故俺を監禁した?」

 

「お前に愛して欲しいからだ」

 

「そうか、それならお前を最大限愛すると誓う。解放してくれたら、ゆんゆんよりお前を優先するかも知れないぞ?」

 

「信用できない。それに私はこの環境でしばらく過ごしたい。ゆんゆんやエリス様を愛してなんか欲しくない。それだけ私への愛が減ってしまうんだ……!」

 

 取り付く島もないとはこの事か。ダクネスに関してはゆっくりじっくりと対処していくしかなさそうだ。

 

「まったく……面倒臭い女だなお前は!」

 

「そんな事言わないでくれ……」

 

「ああもう! とにかく、俺はお前を愛すると誓う! だからお前は安心してそれを受け取れ」

 

「ふん、愛すると誓う? 安っぽい言葉だな」

 

「ああっ! やっぱり面倒臭ぇ!」

 

 俺の腹を指で突いてくるダクネスを放って食事のメニューを取り出す。そして呼び鈴を鳴らした。すると、ナース服姿のアクアが俺達の元へ再びやってきた。

 

「なんかよう? めぐみんはまだ回復してないわよ?」

 

「昼飯だよ。オムライスと……コイツを頼む」

 

「はいはーい! 少々お待ちくださいねー!」

 

 嬉しそうに注文を受け取ったアクアが部屋を退出するのを見てから、俺はダクネスをどかし、近くにあるテーブルと椅子を引き寄せる。

 

「おいダクネス、昼飯だ。そっち座れ」

 

「む、分かった」

 

 俺はタオルケットをかぶりながら、席につくダクネスの様子を眺める。この殺風景な部屋にTheお嬢様なスタイルでいるコイツは浮いて見える。そして、改めて実感した。俺、貴族のお嬢様に手をつけちまったんだな…… まぁ後悔はしてないけど。

 

「ダクネス、お前は実家で何の仕事をしているんだ? アイリス絡みの件は終わったはずだろ?」

 

「カズマは知らなくていい事だ。安心してここで過ごせ」

 

「物騒な事してないだろうな? もしそんな事をしたら……俺はお前を許さねぇぞ?」

 

 多少キツめに言ったが、ダクネスは薄く微笑むだけだ。コイツは俺の影響のせいか、割と狡い事もやるようになってしまった。今はコイツの良心を信じるしかない。

 こうして、しばらくダクネスに探りを入れているうちに、アクアが二人分の食事を台車に載せて現れた。おっ、メイド服に着替えてる……

 

「はーいお待たせご主人様、お嬢様! ご注文の品をお届けに参りましたー!」

 

 声を弾ませながらアクアが俺達の前に食事を配膳する。この食事はダスティネス家のシェフが作っているらしく、非常に美味しい。俺の数少ない娯楽の一つだったりする。

 

「おいアクア、俺のオムライスの端の方が虫食いになってるんだが……」

 

「えへへ、お腹すいてたからつまみ食いしちゃった! ごめーんね!」

 

「そうかい……」

 

なんだか怒る気も起きない。そしてアクアはケチャップを手に取り、俺の横に並んだ。

 

「お詫びに私が美味しくなる魔法をかけてあげるね! はい、ブ・ル・マ!」

 

「オムライスにそんな文字入れらても美味しくならねーよ!」

 

「ええっ!? カズマさんブルマ好きでしょ!?」

 

「好きだけど、こういう意味じゃないから! まったく……アクア、あれは食事の最後くらいに持ってきてくれ」

 

「かしこまりましたー! ご主人様―! ではごゆっくりー!」

 

 騒がしい奴が退出して再び部屋はダクネスと俺だけになる。しかし、文字入れは良い考えかもしれない。俺はダクネスのオムライスを引き寄せ、ケチャップを手に取った。

 

「ダクネス見てろよー」

 

「ん……」

 

「“ララティーナ愛してる”っと!」

 

「お、お前……!」

 

 ケチャップでそう書いて、ダクネスに渡す。彼女は顔を真っ赤にしてそれを受け取った。うーむ、こいつの恥ずかしがる基準はよくわからないな。

 

「なんだよ、お前が愛して欲しいって言うから……」

 

「これは何か私が望む愛し方とは違うぞ!」

 

「面倒臭いなー」

 

「面倒臭い言うな!」

 

 口では怒っているものの、顔は緩んできた。おーちょろいちょろい! もうこうなったらアレだ! こいつはひたすら甘やかそう!

 そう決めた俺はスプーンでオムライスをすくい、ダクネスの口元へ持っていった。めぐみんにもやったアレである。

 

「ほら、ダクネス! あーん!」

 

「こ、こら! 私の愛されたいってのはこういう事じゃなくて……」

 

「あーん」

 

「カズマ……? その……これは……」

 

「あーん」

 

「う……くっ……はむっ……んっ……!」

 

 結局は嬉しそうに口を開けたダクネスに俺は内心笑う。この3人は監禁までするという、妙な歪み方をしているが、本質的な部分はあまり変わっていないようだ。

 

「ダクネスお前は可愛いな」

 

「にゃ、にゃにを……!」

 

「凛々しいお前も好きだけど、そうやって可愛いドレス着ている姿を見ると、やっぱりお前は可愛い可愛いお嬢様なんだよな……」

 

「ううっ……お嬢様言うな……!」

 

「お前の可愛い所を俺に見せてくれないか」

 

「あうっ……おおお……おまえってやつは……!」

 

 耳まで真っ赤にするダクネスをじっくりと見ながら俺は再びスプーンをダクネスの方へ向けた。

 

「ほら、あーん」

 

「ん……うみゅ……」

 

「美味いか?」

 

「そ、そんなの知るか……!」

 

 そのまま、俺はダクネスの餌付けを開始した。彼女はグチグチと文句を言い続けているが、スプーンを差し出せば素直に口に含む。そして俺が囁く甘言に引っ掛かり、顔を上気させ嬉しそうな顔を見せた。そのまま和やかな食事が続く。そして、ダクネスのオムライスが全てなくなってから、俺も食べ始めた。

 彼女は、何やらソワソワしながらこちらをチラチラ見てきたが、そんな事は知らない。俺は一気にオムライスを腹の中に放り込んだ。そして、ベストなタイミングでアクアがおぼんを持って現れる。彼女はテーブルに注文の品をを置くと、ニヤニヤとした表情を浮かべながらこちらを見て来た。

 

「それじゃあごゆっくり~」

 

「うーい、後、今夜はお前メイド服のまま来いよ?」

 

「んふふっ! 私のメイド服姿に興奮した? やっぱりカズマは変態ね! 本当にしょうがないんだから!」

 

 ウキウキした様子で去るアクアに対して、ダクネスは注文の品、クリームソーダを見て固まっている。クリームソーダにはグネグネと絡み合う二股のストローがついていた。俗に言うアベックストローという奴だ。

 

「おう、飲むぞダクネス!」

 

「お前……これ……」

 

「なんだよ? 恥ずかしいってか? なら喜んで応じてくれそうなアクアを呼んで……」

 

「わわわわ、わかった! 私がやろう!」

 

 俺は体をモジモジさせるダクネスをジト目で見ながらストローに口をつける。彼女はゆっくりとストローに口をつけて……

 

 

「ぶっ!?」

 

「おわっ! ふくなよ! 俺の体にかかりまくって汚ねぇだろうが!」

 

「しょ、しょうがないだろ! こんなのできるか…! カズマ私が求めているのはこういうのじゃない! 多分……!」

 

「はぁ……ダル……」

 

「コラッ! 面倒臭そうにするな!」

 

 顔を真っ赤にして怒るダクネスから視線をを外し、俺はクリームソーダをストローを使わずに飲んだ。うむ、甘い!

 

「ダクネス、愛されたいっていうけどな、見ろよこの殺風景な部屋をよぉ! イチャイチャするなら外行こうぜ外! 良い感じの喫茶店で俺達のイチャラブっぷりを周りに見せつけてやろうぜ!」

 

「ふん、そんな事を言っても無駄だ。私は外にお前を出す気はないぞ」

 

「ありゃ……?」

 

 もうちょっと恥ずかしがるダクネスの姿を想像していたのだが、彼女は輝きを失った目でこちらを見つめながらクスクスと笑うだけであった。ああ……やっぱりコイツが一番の強敵だ。

 

「カズマ、食事は終わりだ。そしてもう一度言う。お前を出す気は私にはない。お前だってこの状況を楽しんでいるじゃないか。私は嬉しいぞ。お前が他の女に手を出したか心配しなくていいしな」

 

「おい……」

 

 ダクネスが俺のベッドの上へ腰かけてくる。彼女の甘い香水の匂いがやけに鼻についた。

 

「しかも、こうして二人っきりにもなれる。これが一生続くんだ。カズマも嬉しくて嬉しくてたまらないだろ? さぁ、私と愛し合おうじゃないか……」

 

「…………」

 

 しなだれかかるダクネスを抱き留めて、そのままベッドに横になる。ダクネスは俺をギュっと抱きしめた。

 

「ダクネス、お前はそれでいいのか?」

 

「どうでもいい……カズマ……私を愛して……?」

 

俺はダクネスを抱きしめ返す。そして、彼女の耳元に愛の言葉を囁いた。

 

「ダクネス、綺麗だ」

 

「当たり前だ……」

 

「ダクネス、綺麗なだけじゃなくて可愛いな」

 

「ん……もっといってくれ……」

 

「ダクネス、愛してる」

 

「心がこもってない……罰として100回言え……」

 

時節、深いキスと手による愛撫を交えながら面倒臭いダクネスをひたすら可愛がった。

 

 性行為はせずに、このスキンシップをやり続ける。甘えてくる彼女を構うのはとても面倒臭いが、少しだけ俺の心も癒された。結局、アクア達が部屋に乱入してくるまでこの行為は続けられた。そして、3人での乱交を派手にやり、全員の意識を快楽と恥辱に沈めさせて飛ばした。

 

 

 

 もちろんダクネスも快楽に身を委ねて嬌声をあげていた。でも、俺の脳裏からは、彼女に愛の言葉を囁いた時の嬉しそうな……そしてどこか寂しそうな顔が消えてくれなかった。

 

 

 

・・・・・・・

 

 

「うへへへっ……カズマカズマ……ふきゅっ!」

 

「ん……カズマさんの性欲お化け……あうっ……!」

 

「あへ……私は騎士として最後まで……うぅっ……ふきゅっ!」

 

「よし、全員沈めたか」

 

 暗闇の中、ベッドで気絶して眠るめぐみん達を確認していく。どうやら、きちんと意識を飛ばす事に成功したようだ。何時間もぶっ通しで愛撫と挿入を繰り返したことで彼女達には相当な疲労がたまっているはずだ。

 それから俺は日課となっている作業を始める。タバコを口に咥え、ベッド脇に置かれたジッポとダクネスに使っていた金属製のアナルプラグを手に取る。そして、自分を拘束する鎖の一部分をジッポで炙りながら、アナルプラグで衝撃を与えていく。室内に金属音が鳴り響くが、めぐみん達は涎を垂らして気絶、熟睡しているので問題ない。

 

「クソッ! やっぱダメだ……!」

 

 俺は金属を打ち付けながら、焦燥感で頭がいっぱいになった。この一週間ちょっとこれを続けているが、ジッポ程度の火力じゃ鎖はどうにもならない。鍛冶スキルを駆使して効率良く鎖にダメージを与えているが、鍛冶スキルで解析すると、小さな傷とほんの少しのクラックしか出来ていないようだ。これでは、時間がかかりすぎる……!

 

「ゆんゆん……もう少し待っててくれよ……!」

 

 四肢の鎖に同様の衝撃を与え、めぐみん達の愛液をそこに塗りつけていく。少しでも耐久度が落ちて欲しいのだ。そんな時、めぐみんが身じろぎして薄目を開けようとしていた。俺は慌ててアナルプラグをダクネスに突っ込み、口に咥えたタバコに火を灯した。

 

「ん……カズマ……起きているのですか……?」

 

「あ、ああ……ちょっとな……」

 

「もう、タバコはいけませんよ。臭いですし、私達の体にもよくありません。明日アクアの浄化魔法をきちんと受けてくださいね? 私はヤニ臭いカズマは嫌いです……」

 

幸せそうな顔をしながらそう呟くめぐみんの頭を俺は優しく撫でる。彼女はそれを嬉しそうに受け入れ、俺の体に抱き着いてきた。

 

「めぐみん、明日も相手してやる。今日は無理したろ? ほら眠るんだ」

 

「ん……カズマ……私をもっと撫でてください……ずっと私の傍にいてください……」

 

「安心しろ。俺はここにいるさ」

 

そして、しばらくめぐみんを抱きしめる。彼女から、再び規則的に寝息が聞こえ始めた。俺は煙を空中に吹き付けてから、再び作業に戻る。自然と悪態が口に出てしまった。

 

「本当にこの糞バカどもが……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな様子を蒼い瞳がじっと見ていた。

 

 

 




この話を考えながらシロギス釣ってました。

次回はゆんゆんかな……

更新は密林から送られてくる9巻を読んでOVA見た後くらい


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六章 私のカズマさん
私の傍にいる


割と短め


 

 

 

 

 カズマさん行方不明になってから二週間が経過した。私のタイムスケジュールはこの二週間ずっと変わっていない。朝8時頃に起きて、朝食を食べる。11時頃になると外出準備をしながら弁当箱にキャットフードを詰める。そして、正午にはいつもの喫茶店に出かけ、そこで彼を待ち続けた。彼が現れないため、私は一人で寂しく昼食を取りながら紅茶を飲む。この時間はひたすら苦痛だった。だからこそ不安を和らげるために、彼から貰った指輪を眺めたり、撫でたりしていた。こうしていれば、時間の経過も早く感じるのだ。

 午後三時頃になると、私は喫茶店を後にして、じゃりめが潜む路地裏へ向かう。そこで、どこからともなく現れるじゃりめにご飯を与え、その毛並みをもふもふする。こうすると、彼を待ち続ける事で生まれる不安やストレスが和らぎ心を落ち着かせる事ができるのだ。こうして、指輪とじゃりめの力によって何とか気力を維持させた私は、カズマさんの調査へと乗り出した。

 

 しかし、2週間調べ続けてもあまり成果がなかった。警察署の方にカズマさんの失踪についてお話を聞いても、ダスティネス家と協力して捜索中ですという答えしか返ってこなかった。

 また、レイプ事件の詳細についても聞いてみたのだが、警察は全く関与しておらず、被害届けも何も出されていないので、そもそも事件として扱っていないという言葉を頂いた。ただ、私の対応をしてくれた職員の方がこっそりと教えてくれた所によると、もし噂のような事件が本当にあったとした場合、正義を重んじ貴族として模範的なダスティネス家が、法で裁くのではなく示談交渉を行ったという点が引っかかるらしい。言われて見て私は初めてその疑問点に気付いた。だが、ダクネスさんは恐らくカズマさんの事を……

 

そう考えると、彼のために正義を捨てる事があっても別におかしくない

 

 私は更なる情報を得ようとがギルドへ向かったが、今度は逆に質問攻めにあってしまった。聞くところによると、ダスティネス家が相手方の貴族を何らかの手段を使って黙らせたらしい。晴れてカズマさんの話のタブーは解かれたようだ。

 そして、ダスティネス家が近々、カズマさん捕縛のクエストを発令するという話題でギルドは持ち切りだ。なんでも、捕縛したものには一億エリスという報奨金が出るとの噂だ。おかげで目の色を変えた冒険者が私の元へ集まってくる。もちろん、私は逃げた。情報を知りたいのは私の方だ。

 

 

 夜遅くに帰宅した私は、ベッドの中で布団に包まり、何とか平常心を保とうとしていた。調査をしたり、新たな噂を耳にするたびに、カズマさんに対する疑念が私の中で生まれつつある。それを追い払おうと、柔らかな枕に自分の頭をボスボスと打ち付ける。そして言い聞かせるように呟いた。

 

「大丈夫! 私はカズマさんを信じてる! 彼は絶対に私の所へ来てくれる……!」

 

 私は頭の中で彼がどのようにして再び自分の前に現れるかを想像した。きっと彼の事だから、寂しさで無様にわんわん泣く私の前にカッコよく登場してくれるに違いない。その後、バツの悪そうな顔で一言私に謝ってから、泣き縋る私の頭を優しく撫でてくれるのだ。

 

「えへ、えへへ……! きっと……きっとこんな感じですね……!」

 

 幸せな未来を思い浮かべながら、私は目を閉じる。睡魔に身を任せながら、指輪を撫で続ける。意識が落ちる瞬間、なんだか私を優しく呼ぶ声がした気がした。

 

 

 

 

 そして、3週間が経過したころ私に不思議な事が起こった。その日の夜中、私はベッドの中でいつものように指輪を撫でていた。すると突然、私の部屋に懐かしい声音が響いたのだ。

 

 

『ゆんゆん』

 

「カズマさん!?」

 

 

 私は驚いて飛び起きた後、周りをキョロキョロと見渡した。さっき聞こえた声の主……カズマさんの姿を探す。しかし、彼の姿はどこにもない。

 

「どこにいるんですか……?」

 

 答えは返ってこなかった。私はもう一度、確かめるように指輪を撫でる。すると、また彼の声が聞こえた気がした。しかもさっきよりもっと近い位置から聞こえた!

 

 

 

「ふふっ……カズマさん……いるんですか……?」

 

 

 

 

 それからまた日が経った。カズマさんが行方不明になってから一ヶ月、私は不安な時や寂しい時に、指輪を撫でるという行動が完全に癖になっていた。そして最近、私はより指輪に執着するようになっていた。

 

何故なら、私はとある真実に気付いてしまったからだ。

 

『ゆんゆん、もう少し待っててくれ』

 

「はい、私はあなたを待っています……」

 

指輪を撫でるたびに彼の声がする……気配がする……!

 

それが意味している事は一つしかない。

 

 

「カズマさんは私の傍にいる……いつも一緒にいてくれるんです……」

 

 

 私は笑顔を浮かべながら指輪を撫で続ける。なんだか視界がぼやけてきた。ああ、今度は声だけじゃい……カズマさんの姿が……感触が……!

 

 

 

 

 

 

その真実に気付いてから、半月ほど経過した。

 

「今日も来ませんか……」

 

 喫茶店のいつもの場所で私はポツリと呟いた。カズマさんが行方不明になってからこれで約一ヶ月半だ。私は会計を済ませてさっさと店を出る。最初はカズマさんを待って夕方まで居座っていたが、最近はそれもなく、1時間程で切り上げるようになった。

 

だってとっても耳ざわりだっから。

 

喫茶店にいる私を見ながらヒソヒソとした声が向けられる

 

『アイツが捨てられたゆんゆんかー』

 

『あんな男の毒牙にかかるなんて可哀想に……』

 

『やっぱりカズマは鬼畜のクズだな!』

 

『聞いたか? アイツを捕まえれば1億エリスだってよ』

 

『あのゲスの事だから、他の女に庇ってもらってそうだな。というかあの女がかくまってるんじゃないか? 揺さぶりでもかけてみるか……?』

 

 カズマさんの噂は忘れられる所か、日に増して尾ひれがついて拡散している。この噂によって私に憐れみの視線、同情の視線が向けられて、とても嫌な気分になる。そして情欲の込められた視線を向けられる事も多くなり、その汚らわしさに体が震える。

 

何より、カズマさんの事をけなす奴らが許せなかった。

 

 あの人達は彼のほんの一部しか知らないのだ。そんな人たちが偉そうに彼の事を語らないで欲しい。これは街中でも変わらない事だ。誰かが私を見てカズマさんの噂を口にする。その度に彼の尊厳を傷つけられる。本当に許せない事だ。

 

 自然と短杖へと伸びる手を私は慌てて押さえる。そして私はカズマさんに貰った指輪をゆっくり撫でて心を落ち着かせた。

 

「大丈夫、大丈夫ですよカズマさん。私はあなたを信じて待っていますから……」

 

 私の中にポカポカとした暖かさが生まれる。この指輪に触れていると分かってしまうのだ。カズマさんは今も私の傍にいてくれると。

 

「カズマさんは本当にダメなヒト……私をこんなに心配させるなんて許せないです! 本当に……本当に……! あっ……撫でてくれるんですか? ふふっ、私それ大好きなんです……! カズマさんカズマさん……私をもっと撫でて……!」

 

 

 

街を歩く住人達は、私の事を気味悪そうに見ていた。

 

 

 

「ダメです……! こんな街中で変な所触らないでください! もしかして溜まってるんですか……? もう、本当にしょうがないヒトで……」

 

 

 

 

 

 

「にゃあ!」

 

「え……?」

 

 ふと私が意識を取り戻すと、足元に黒い毛玉……じゃりめがいた。私は足に体を擦りつけてゴロゴロ鳴くじゃりめを抱き上げる。暖かくてふわふわした感触に私の中の何かが癒されていくのを感じた。

 

「私の事探してたの? 私もじゃりめの所に行こうと思ってたんだよ?」

 

「にゃ!」

 

「ふふっ、それじゃあ公園に行きましょうか」

 

 そして、私はじゃりめを腕の中で撫でながらとある公園へと足を運ぶ。そこはじゃりめの潜む路地裏に近い場所、住宅街の小さな公園だ。子供たちは別の大きな公園や川などに遊びに行くせいか、とても閑散としている場所である。

 カズマさんが行方不明になってから、私はじゃりめと遊ぶ事が日課になった。私はカズマさんを信じてる。でも、待つというのは思った以上に疲れるのだ。だから、こうしてじゃりめに癒しと娯楽を求めてこの子と遊んでいる。まぁ、じゃりめが毎日私の所へ来るので仕方なくという面もある……あるはずだ。

 

「はい、着きましたよ」

 

「にゃにゃ!」

 

「嬉しいんですか? 今日もたくさん遊びましょうね」

 

「にゃうっ!」

 

 じゃりめをベンチに置き、私もその横に腰かける。そして、カバンから猫の定番玩具、ねこじゃらしを取り出す。じゃりめはそれを見て耳をピクピクと動かした。そして、私はじゃりめの周囲に高速でねこじゃらしを動かした。

 

「えい……えいえい!」

 

「にゃっ! にゃにゃ!」

 

じゃりめは猫じゃらしにとても良く反応し、ねこぱんちを繰り返す。その姿に私はほっこりとさせられる。でも、じゃりめは真剣な様子でねこぱんちと高速機動で獲物を翻弄しようとしていた。

 

「ほらほらほらほら……!」

 

「にゃ……にゃうっ!? にゃっ!」

 

「疲れました? ふん、まだまだですね……!」

 

「にゃっ……にゃーっ!」

 

「ああっ!?」

 

 じゃりめが目を光らせて、高速の一撃を繰り出しました。私の手の動きを正確に捉えた一撃は、ねこじゃらしを真っ二つに破壊しました。

 

「わああああっ!? またやられた! じゃりめ、これで何本目よ~!」

 

「にゃふ!」

 

 私は壊れたねこじゃらしを意気消沈しながらカバンへと回収します。壊れたのはこれが初めてではありません。すでに10本以上の猫じゃらしが犠牲になっています。対して、じゃりめはどこか誇らしげなようすです。まったく、しょうがないんだから……

 

「はぁ……ご飯にしましょうか……」

 

「にゃ!」

 

 目を輝かせるじゃりめの前に私はカズマさん用の弁当箱の蓋を開けて地面に置きました。勿論、中身はキャットフードと新鮮な野菜しか入っていません。そして、私も自分用のお弁当を取り出し、ゆっくりと食べ始めました。

 そのまま、春の心地いい日差しと風を感じながら、じゃりめと一緒に食事を楽しみました。ガツガツとお弁当を食べるじゃりめは、なんだか彼の様子と重なり微笑ましく思ってしまいます。

 

「にゃふっ……!」

 

「完食ですね。ほら、膝をかしてあげます……」

 

「にゃー」

 

 げふりと満足気な表情をしたじゃりめが、私の膝の上に上り、丸くなりました。私はそんなじゃりめを優しく撫でます。食べてすぐ寝るなんて、本当にいいご身分ですね……

 

「にゃ……? にゃにゃ!」

 

「あっ……それに触っちゃダメですよ! こ、こら! 引っ掻かないでください!」

 

じゃりめ私の指にはめられた指輪を突然引っ掻いてきました。なんでしょう、光り物に反応したのでしょうか……?

 

「だから、ダメ!」

 

「にゃうっ!?」

 

 私はじゃりめをギュっと抱きしめて動きを止めさせます。そして、顎の下をちょろちょろ撫でました。

 

「じゃりめ、これは私の大切な人……カズマさんからの贈り物なんです。おイタをしちゃだめよ?」

 

「にゃ……」

 

「反省してくださいね……?」

 

 どこか落ち込んだ様子のじゃりめを私は撫で続けます。それくらい素直なら、許すしかありませんね。そして、そのまま私はじゃりめと無為の時間を過ごしました。

 

 

 

 

 

「にゃ!」

 

「じゃりめ……?」

 

私がうとうとし始めた頃、じゃりめが突然、私の膝を離れて草むらへと消えました。当然、私はじゃりめを追いかけようと立ち上がりましたが、その時、私に向けて凛とした声がかけられました。

 

 

「やっと見つけた。少し私と話さないか、ゆんゆん?」

 

「あなたは……もしかしてダクネスさん?」

 

 

「ああ、そうだ。緊急の用事があってお前の家を訪ねたのだが、留守にしていたようでな。捜すのに少し手間取ったぞ」

 

 そう言って笑うダクネスさんは、赤と黒が綺麗に調和したドレスと煌びやか宝飾品で着飾り、髪型も綺麗な金髪が映えるストレートロングにしていた。片手に白い日傘を持つ彼女からは、自然な優美さと気品が感じられる。いつもの鎧姿ではなく、正に貴族のお嬢様というような恰好をしていた。

 

「えと……私に何の御用でしょうか?」

 

「そうかしこまるな。所用でこんな格好をしているだけだ。それで、お前への用事なのだが……まぁカズマに関する情報を入手したので伝えに来たんだ」

 

「カズマさんの情報!?」

 

 私は驚いてダクネスさんに詰め寄りました。めぐみんはダスティネス家が彼の事を調査していると言っていた。何か有力な情報を掴んだのだろうか。ダクネスさんは、そんな私を無表情で見下ろしながらゆっくりと語りだした。

 

「我がダスティネス家の総力を持って調査した結果、カズマは隣国に逃亡した可能性が高いと判明した。国境周辺の宿場町での目撃情報に、出入国管理を行う役所の情報でカズマの冒険者カードで出国手続きがされている事も確認されている」

 

「隣国!?」

 

「ゆんゆん、情報源は確かなものだ。我がダスティネス家が保障しよう」

 

「そんな……」

 

 カズマさんが国外逃亡? いや、おかしい。彼が私を置いて国外なんかに逃げるはずがない。私は信じている……カズマさんはそんな人ではないと。だからこの話は根本からして間違っている……!

 

「ゆんゆん聞いてくれ。私はカズマの事が好きだ……愛している。だからこそあのバカをなんとしてでも見つけたい。めぐみんは刑務所に入れるとほざいているが、私がそんな事をさせない。まぁカズマには個人的なお仕置きをするがな」

 

「ダクネスさん……カズマさんは私の……」

 

「言わなくていい。お前とのカズマとの関係は知っている。しかし、私はそれでもカズマが好きだ。この思いを変えるつもりはない」

 

 無表情でこちらを見るダクネスさんを私は睨み返す。カズマさんは私の婚約者……結婚相手だ。彼のお嫁さんは私。これだけは譲るつもりはない!

 

「落ち着けゆんゆん。別に宣戦布告をしに来たわけではない。むしろ、私と同じようにカズマを愛する人間だと見込んで頼みがあるんだ」

 

「なんですか……?」

 

「私は隣国へ向けて少数精鋭の捜索隊を派遣する事にした。そこにお前も加わって欲しい。あのバカは私達だけでは捕まえられないかもしれない。しかし、特別な関係であるお前が行けば、ひょっこり姿を現すかもしれないんだ」

 

「…………」

 

 捜索隊に私が加わる? そうしたら、この“待ち続ける”という苦痛から解放される。それにダクネスさんの言う通り、私の前には姿を現してくれるかもしれない……

 

 

 いやまて、カズマさんはレイプなんかしてない。だから逃亡なんてするはずがない……! 嘘だ……ダクネスさんは嘘をついている……!

 

 

 

それに、私の“カズマさん”はいつも傍にいてくれるんです。

 

 

 

「どうだゆんゆん? お前ならカズマを見つけられるかもしれないぞ」

 

「見つける……何を言っているんですか? カズマさんは逃げてなんかいません……!」

 

「は?」

 

 私はゆっくりと指輪を撫でる。そうすると感じられる……彼の声が聞こえてくる……カズマさんは逃げてなんかいない。私の傍にいてくれるんだ……!

 

「ふふっ……カズマさんダクネスさんが嘘をついてますよ……」

 

「おい」

 

「うん! そうですね、カズマさんの言う通りです。きっとダクネスさんは脳みそまで筋肉なんですね」

 

「っ……!」

 

 突然、ダクネスさんが私の腕をギリギリと掴んできた。私は必死になって腕を振り放す。彼女のいきなりの攻撃に驚いていると、私は自分の指に違和感を覚えた。ふと自分の左手を見てみると、あるべきものがなかった。

 

 

ない……私の指輪がない……おかしい……ありえない……私の大切なもの……愛の証……カズマさんの指輪がない……ないないない!

 

 

「まったく失礼な奴だ。あと、現実逃避をするんじゃないゆんゆん」

 

「ない……! 私の……私の指輪……! どこどこどこ!? カズマさんどこ!? いや……いやよ……捨てないで……私を置いていかないで……!」

 

「ん、結構キてるな。まぁ都合はいいか。ゆんゆん、こっちを見るんだ」

 

 ダクネスさんの声に従って彼女の方を見る。ああ、良かった……そんな所にいたんだ。それにしても許せない。私の指輪に……カズマさんに勝手に触れないで欲しい。私は短杖を抜き、ダクネスさんへと向けた。

 

「ダクネスさん、今すぐ手に持っている私の指輪を返してください……返して……返しなさいよ!」

 

「ゆんゆん、現実を見ろ。これはただの指輪だ。カズマはお前の傍に何ていない。アイツは国外逃亡した。ここにはいない」

 

「うるさいうるさい……! 返しなさい……触らないで……それは私のモノ……私の“カズマさん”なの……!」

 

「いい加減にしろ。それに私に対してその言葉と態度はなんだ? 並の貴族なら貴様を無礼討ちにしてる所だぞ?」

 

「いいから早く返して! 喰らいなさい! “カースドライト……”……あれ? ぐっ……!?」

 

 私は目の前の邪魔者を消そうと短杖を向けて魔法を撃ちこもうとした。しかし、その瞬間に近くの草むらから数人の男が立ち上がり、私に向かってクロスボウガンで矢を撃ってきた。ボウガンの矢は短杖に突き立ち、私はその衝撃で杖を手から放してしまう。そして、突然武器を失ってひるんだ私を、ダクネスさんが体当たりして地面へ突き飛ばした。口の中に砂が入り、じゃりじゃりとした気色悪い感覚が口内を蹂躙した。

 

「街中で魔法を発動するな。私の護衛が優秀じゃなければ貴様はここで死ぬはめになっていたぞ? くそっ、今ので死ねばよかったのに……なんて思ってない! いや、それとも貴族を侮辱した罪で本当に処刑してやろうか……?」

 

「処刑でも何でもしていいから……返して……私の指輪……カズマさんを返してよぅ……」

 

「おっと、私も変な思考に捕らわれていたな。まったく……指輪は返してやるさ……」

 

「あっ……指輪……私の指輪……!」

 

 ダクネスさんが不服そうな顔をしながら無造作に指輪を地面に放り投げた。私は慌ててそれを受け止める。

 

「良かった……帰ってきた……! 大丈夫ですか……? よかった……よかったですねカズマさん……もう二度と離さない……!」

 

「ゆんゆん、真にカズマを愛しているなら、指輪などにすがらずに自分自身でアイツを見つけるんだ」

 

 ダクネスさんが指輪を握りながらうずくまる私を軽く足蹴にする。脇腹にヒールが刺さってとても痛い。そして、彼女の言葉を聞きたくなくて、私は両手で耳を塞ごうとした。でも、彼女が耳へ伸びる私の腕を日傘で打ち払った。

 

「お前がカズマを愛しているなら、隣国へ行っても奴を簡単に見つけられるはずだろ?」

 

「カズマさんは逃げてなんかいません……」

 

「だから現実を見ろ。カズマはもうこの国にはいないんだ。とにかく、捜索隊は2週間後に出発予定だ。保険としてカズマ捜索クエストもこの国と隣国全土に発令している。我が家の万全のバックアップを受けながら、奴の捜索に協力してくれないか?」

 

 ダクネスさんは私を真剣に見つめてくる。私は何も言えなくなってしまい、口を閉ざす。彼女はそんな私を見て溜息を吐いた。

 

「いいか? 2週間後だ。カズマに会いたいなら、その日の正午までに私達の屋敷に来い。例え来なくても予定通り捜索隊は出発させる。それで、もしカズマが見つかった場合、お前には会わせないからな。薄情な女はカズマには似合わない」

 

「私は……私は……カズマさんを信じているんです! 逃げてなんかない……私を置いて出ていかない……!」

 

「ふん、妄言を繰り返しいうな。現実を直視できない臆病者めが。貴様はその指輪を抱いて一生腐っていろ」

 

 そう言った後、私の前からダクネスさんは姿を消す。残されたのは、土で汚れた私とボウガンが突き刺さった短杖だけだ。なんだか、とても空虚な気分に包まれる。

 

 だから、私は指輪を撫で続けた。ああ、感じる。私だけのカズマさんがここにいる。私の傍にいてくれる!

 

「もう離さない……ずっと一緒……ずっとずっとずーっと一緒……」

 

 私は指輪を撫で続ける。なんだか、考えるのが億劫になってきた。カズマさんはいない。でも“カズマさん”はいてくれる。あれ? 結局どっちなの……? 頭が痛い……涙が止まらない……! 今は指輪さえあればどうでも……

 

 

「にゃ!」

 

「あっ……」

 

 

 地面に座り込んでいた私の元にじゃりめがやってきた。そして、口に咥えた小魚を私の膝の上に置いた。そして、私を慰めるように前足で私の膝をポンポンと叩く。

 

「私にくれるの……?」

 

「にゃふっ!」

 

「そうなの……ありがとう……ありがとうじゃりめ……」

 

 ドヤっとして偉そうな仕草のじゃりめを抱きしめ、私は感謝の涙を流す。今は自分自身が分からない。何が辛くて悲しいのかは私自身、心の底では分かっている。でも、それを認めたくない。私はカズマさんを信じているのだから。

 けれども、イライラや抑え込むべき感情は私の中でドンドン生まれる。それが嫌で嫌で仕方がない。

 

「にゃ!」

 

「あっ、痛かった? ごめんね。でも本当にありがとね……」

 

 私の腕から抜け出したじゃりめは、こちらを見て溜息を吐くように鼻をスンと鳴らした。そして、用は済んだとばかりに再び草むらへと消えた。

 

「もう……じゃりめも相当なスケコマシですね……」

 

 気が付いたら、私の中の嫌な感情がいくつか消えていた。本当にあの子に救われてばかりですね。

 

「今日は帰りましょう」

 

 じゃりめに貰った小魚を弁当箱に入れる。そして、ゆっくりと帰路につく。相変わらず嫌な視線と噂話が耳につくが、指輪をなでて心を落ち着かせる。大丈夫……大丈夫だ……!

 夕日に包まれながら私は無事に宿へつく。そしてふらふらと部屋に入ろうとした時、少し懐かしい声に話しかけられた。

 

 

 

「やぁゆんゆん! おひさー!」

 

「あ……クリスさん! お久しぶりですね……」

 

 

 私に声をかけてきたのは笑顔のクリスさんであった。私が彼女と会ったのは数か月ぶりだ。久しぶりに会った友達に話しかけようとした所で動きを止める。クリスさんは普通の人間ではない。なんせ彼女の正体は女神様だからだ。もしかしたら彼の事をしっているかもしれない。

 

「クリスさん、カズマさんの事はご存じですか?」

 

「ああ、その事でキミに会いに来たんだよ」

 

「あなたも何か知っているんですか!? クリスさん、カズマさんの居場所はどこですか!? 本当にあんな事件を起こしたんですか!?」

 

「はいはい、落ち着くー!」

 

 詰め寄る私をクリスさんは抱き留める。そして、私の頭を撫でながら、囁くように語り掛けてきた。

 

「ゆんゆん、あたしも詳細な情報は持ってない。でも、あたしは助手君が噂みたいな事をしてないと思ってる。助手君は鬼畜のクズだけど、本当に相手が悲しむ事になるような行為はしないってあたしは信じてるもの」

 

「クリスさん……! そうですよね……カズマさんはそんな事しませんよね……!」

 

「うん、絶対してないよ!」

 

 そう言い切るクリスさんを見て私は嬉しくてたまらなかった。カズマさんの事を信じてくれている人がいる。少しモヤっとするが、それ以上に嬉しくてたまらないし、何だか救われた気がした。

 

「ゆんゆん、聞いて? 女神ってね、思ったより万能じゃないの。神の目を欺く術や結界も存在するし、かなり深いダンジョンの最深部なんかはあたしでも見通せない事がある。でも、諦めずに全力で助手君の事を調べてる。そのうち彼の居場所や事情も絶対に見つける。だからもう少し待っててね?」

 

「そうですか……! ありがとうございます……ありがとうございます……!」

 

「何言ってるの! 私とあなたは友達だし、助手君を見守る同盟相手で味方でしょ! これくらい当たり前の事だよ!」

 

 笑顔のクリスさんを見て、私は彼女との関係を思い出す。そういえば、カズマさんをめぐって少しおかしな約束をしていた仲でした。でも、それも今となっては頼もしい。そして、クリスさんは私の頭を撫でながら真剣な表情になった。

 

「ゆんゆん、今回の件は誰かが助手君をハメたと思うんだ。助手君だったらこんな事が起こったら、逃げるんじゃなくて堂々と反論して抗ったり、逆に揉み消そうとするはずなんだ。だからこの状況は絶対におかしい。あたしはそう思う」

 

「クリスさん……」

 

「許せないよね。助手君の事をこんなにも貶める噂を広げるなんて……! きっと助手君は噂を広めた奴に今もヒドイ目に会わされてる。そんな気がするんだ……」

 

 私の中にもなんだか怒りの感情が湧き出てきました。そうだ、カズマさんは私を置いていくような人じゃない。だから、誰かに騙されて姿を現す事ができない状態にいるのかもしれない。なんだか、ひどく納得できるものでした。

 

「ゆんゆん、待っててね! 私が何としても黒幕を暴く! そして一緒に成敗しに……ぶっ殺してやろう?」

 

「……もし本当にそうなら私も参加するかもしれません」

 

 私は指輪を撫でながら自分の進むべき道が増えた事を悟りました。このままカズマさんを信じて待つのもいい。でも、逆にカズマさんを救い出すという道もあるのだと。クリスさんはそんな私を嬉しそうな顔で見つめてきました。

 

「それじゃあ私は早速、助手君についての調査を引き続き行うね。女神の私に任せてちょうだい!」

 

「頼みましたよ……」

 

「何か分かったらまた会いに来るよー!」

 

 そういってクリスさんは私の頭をポンポンと叩きました。なんだか、クリスさんがカッコよく見えて、ついつい顔を赤くしてしまいました。

 

「それにしても、さっきから指輪を撫で続けてるけど、何のおまじない? それって助手君に貰った奴だよね?」

 

「ふふっ、そうですよ! カズマさんが私にくれた大切な贈り物なんです。羨ましいですか?」

 

 少し自慢げに、左手の薬指で輝く指輪をクリスさんに見せつけました。彼女は一瞬無表情になりましたが、すぐさま屈託のない笑顔を浮かべて私に抱き着いてきました。

 

「羨ましいに決まってるじゃない! このこの!」

 

「わっ!? んっ……クリスさん急に胸を揉まないでください……!」

 

 こうして私はしばらくクリスさんとじゃれ合いました。ちょっと、挫けそうになったけど、私は負けません。カズマさん、私は信じていますよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいなぁ……その指輪……本当に……本当に羨ましいよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ゲスマさん壊れる


そして最終章となっていますが、暫定です。区切り結構適当ですからね
次回は7月入ったくらいかな


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摩耗する精神

※ゲスマさんが気持ち悪い


 

 

 

 

 

 

 

 ぼやけた意識のなか俺は覚醒する。時間帯は……朝だろうか。しかし、まだ眠い。それに目の前の柔らかい感触が俺に眠気と安心を誘う。そしてまどろむ意識のなか、俺はこのまったくもって予期していなかった監禁生活の事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

「よーしお前ら! 今日は朝から本気の“ぶっ通しセックス”をやるぞ!」

 

「お前朝からめぐみんに散々な事をやってなかったか?」

 

「ダクネス、あれはイラマチオだからセックスじゃない」

 

「そ、そうか……」

 

 ベッドの上に座るダクネスが引き気味でそう答える。そして彼女の横には顔面を精液と唾液で汚しためぐみんが転がっていた。朝起きると、めぐみんが『んぁ……昨日アレだけやったのに、こんな勃起させるなんてカズマはいけない人です……』とか言いながら俺の勃起した逸物をチロチロ舐めていたのだ。なんだか、ムカついた俺は彼女の頭を抑え込んで、そのままイラマチオに移行した。まだこれに慣れていない彼女は本気で苦しむので、見ていてゲスな欲求が満たされるのだ。そして勢いよく喉奥に射精してやったら、白目を向いて気絶してしまった。まだまだだな。

 

「今日はマジのぶっ通しだ! お前も覚悟しとけ。でも最初はやっぱめぐみんだな。という事で……起きろアクア! めぐみん!」

 

「んみゅ……いやぁ……んっ……」

 

「ふきゅっ!? はひっ……はひっ……うひゅっ……!」

 

 俺は近くで寝ていたアクアを抱き起し、めぐみんの頬をペチペチ叩いて覚醒させる。そして、今だ錯乱状態のめぐみんの足を掴んで引き寄せ、衣服を剥ぎ取って丸裸にした。彼女はいくらか息を落ち着けたあと、俺の方をダルそうに見て来た。

 

「はふぅ……カズマ、セックスですか? 私はちょっと休みたいのですが……」

 

「何言ってんだ。お前は濡れまくりじゃないか……そらっ!」

 

「あぅっ……!? んぁ……カズマそこ触っちゃダメですよ……ひゃん……! ううっ……やっぱりもっとしてください……んひぃ!?」

 

 めぐみんの秘所はすでに愛液で濡れていた。俺はそこにやや乱暴に指を突っ込でかき回す。彼女はそれを恍惚とした表情で受け入れた。どうも、めぐみんは元々の性格上、ドSな行動で優位に立とうとする事が多い。俺はそれを打ち崩して乱暴にヤってきたのだが、彼女はそれもお気にめしたようだ。最近は若干Mっ気も増してきた。

 

「ん……やぁ……ひゃうううううううっ!?

 

「うはっ! もうイッたのかよ!? めぐみんはとんだビッチだなぁ!」

 

「そんな言い方しないでください! あなたのせいで一日中濡れっぱなしで……あぅっ!?」

 

 俺は言い訳するめぐみんの秘所にすぐさまぶち込んだ。一ヶ月以上にわたって、毎日休む暇なく犯したおかげで、彼女はもう痛みはなくなり快楽しか感じなくなっていた。しかし、彼女の膣のキュウキュウとした締め付けは最初と変わっていない。

 

「あ゛~お前の体も全く飽きがこねーな! 紅魔族の女性は皆こんな感じなのか?」

 

「あなたは何をほざいているんですか!? 私以外の紅魔族には……!」

 

「せいっ!」

 

「ひゃああああああああっ!?」

 

 めぐみんの片足を自分の肩に乗せて、より深く挿入する。いわゆる松葉崩しという体位だ。おかげで彼女の奥の奥、子宮口に亀頭がゴリゴリ当たって滅茶苦茶気持ちいい。そして、容赦ないピストンを開始した。

 

「ひゃあん……ああっ……んぁ……奥に……奥に当たってます……カズマ……これいい……気持ちいいです……!」

 

「俺も気持ちいぞ~! という事で……もう出る……!」

 

「ひゃ……あぅ……もうですか……? わたしまだ……」

 

「あー出る出る……う゛っ!」

 

「あっ……ふふっ……私の中でカズマの熱いのがいっぱい出てます……」

 

 俺はめぐみんの最奥で射精した。素晴らしい快感に包まれながら、俺はピストンを再開する。そんな俺をめぐみんは嬉しそうに見つめてきた。

 

「カズマ、次は私も気持ちよくしてください……ひゃ……んっ……!」

 

「安心しろ。嫌でも気持ちよくなれる。なんせ百発注ぎ込むからな! う゛っ!?」

 

「ひゃうっ……百発ですか……? まぁ頑張ってください……んひっ!」

 

 気持ちよさそうに答えるめぐみんに再び射精しながら、俺は隣で座ったまま再び眠りについているアクアの綿パンツの中に手を突っ込む。回復アイテムの確保はこれでオーケーだ。

 

「ダクネス、お前はそこで水バケツ持って待機! めぐみんの気絶に備えろ!」

 

「んっ……了解した」

 

「カズマ……? 本当に百発する気ですか? いくらあなたでも……やぁ……そこ気持ちいいですぅ……!」

 

 水入りバケツを並べるダクネスを横目に俺はめぐみんを犯す作業に戻る。どんな反応をしてくれるか非常に楽しみだ……!

 

 

 

~射精5発目~

 

「あーまた出る……う゛っ!?

 

「やぁ……出てる……また出てる……私も……私もイク……いひゅうううううううううっ!? ひぁっ!? やああああっ!? あああああああっ!」

 

「おう、言い反応だな! せいっ! はぁっ!」

 

「やあっ! カズマ止まってください……! 私……ひゃうっ……んぁ……!」

 

 

 

~射精20発目~

 

「おほー出る……う゛っ!?」

 

「あ……え……? 嘘です……こんなの人間じゃないです……ありえない……はひゅっ!?」

 

「まだまだ先は長いぞー!」

 

「いたいっ!? カズマ、もう膣が摩擦で真っ赤になってます! 痛いからやめてください!」

 

「これでも舐めてろ」

 

「え……? なんで痛みが引いて……やあああああああああああっ!?」

 

 

 

~射精60発目~

 

「・・・・・・・・・」

 

「ダクネス、バケツ!」

 

「ん……そらっ!」

 

「うひゅ!? え……? おかしいです……なんで……? もうやめてくださいカズマ……もうだめなんです……気持ち良くて頭おかしくなっちゃいます……」

 

「おかしくなっていいんだぞ……せいっ!」

 

「や……あふっ……」

 

 

~射精90発目~

 

「・・・・・・・・」

 

「ダクネス、バケツ!」

 

「カズマ……めぐみんは気絶してないぞ……」

 

「ありゃっ? まぁいいや! それなら俺に水分補給を……う゛っ!」

 

「・・・・・・・・」

 

 

 

~射精100発目~

 

「ひゃーくっと! う゛っ」

 

「・・・・・・・・」

 

「カズマ……お前は化け物だったんだな……ありえない……こんなのありえない……」

 

 抜かずの100発を達成した俺はめぐみんから逸物を抜き取った。その瞬間、彼女の膣からは大量の精液が流れ出す。痙攣し続けるめぐみんのお腹は、俺の精液で妊娠したように膨れ上がっていた。そのありえない光景を前にしてダクネスはぶつぶつと呟くのみだ。

 俺はめぐみんのお腹を満足気に撫でる。流石はアクア聖水、現実ではありえない事もやってのける最強の秘薬だ。そして、めぐみんを横にどかしてダクネスを抱き寄せた。彼女は俺を睨むような目つきで見て来た。

 

「カズマ、流石にこれはおかしい。お前は本物か? 実はモンスターだったりしないか?」

 

「本物に決まってるだろ。さて、お前にも百発注ぎ込んでやるよ!」

 

「ありえない……こんなのありえない……!」

 

 抵抗するダクネスを無理矢理脱がし、バックで一気に挿入してガンガンと腰を振る。なおも逃れようとする彼女の頭を撫でると少し大人しくなった。しかし、こちらを睨む目つきは相変わらずだ。まぁ、構わず犯しまくってやろう……!

 

 

~射精一発目~

 

「せいっ! はぁっ! う゛っ!?」

 

「くっ……あう……カズマの皮をかぶった悪魔め! 私はお前に屈したりしないぞ……!」

 

「その虚勢がいつまで持つかな? おらっ!」

 

「ひゃうっ!? お尻に指を入れるのは……んぁっ……やめてくれ! それをされると私は……!」

 

「ヒャッハッハッハ! 貴様を快楽地獄に堕としてやる!

 

 

 

 

~射精2発目~

 

 

「んほおおおおおおおおおっ! かじゅあまぁ! もうらめぇ! らめなのおおおっ! おちんぽ以外の事かんがえられにゃいいいいいいいっ!」

 

「おまえ二発目でこれか……さっきの屈しない宣言はなんだったんだよ……う゛っ!」

 

「んほおおおおおおおおおっ! しゅごいいいいいいいっ! でてりゅぅううううううううっ!? いっぱいでちゃってりゅううううううっ! 妊娠確実ゥぅううううううゥ!!」

 

「おいおい……」

 

 

 そして、ダクネスにも100発注ぎ込んでポテ腹にしてやった。驚いた事に彼女は嬌声を上げながらも、僅か3回という気絶回数で俺の精液を受け止め続けた。そのタフネスっぷりには俺もびっくりだ。今だアヘ顔を晒してぶつぶつ呟いているダクネスを、めぐみんの横へ転がす。お腹を膨らませている女二人が精液にまみれている光景は何とも背徳的だった。

 

「ふふっ……子供……既成事実……結婚……!」

 

「ん? 起きたかめぐみん」

 

「子供……私の……カズマとの子供……うふ……うふふふふ……うひゃひゃひゃ!」

 

「ぶっ壊れたか……」

 

 お腹をさすりながら狂笑を始めるめぐみんを放置して、俺は今だ眠り続けるアクアを揺り起こした。快楽に蕩けながら眠り続けていた彼女は小さなあくびをした後、パッチリと目を開ける。そして、めぐみん達の姿を見て顎をカクーンと落とした。

 

「カズマ、これは一体どういう事……?」

 

「見ての通りだ。孕ませたんだよ!」

 

「えっ……は……? なんで……おかしいわよ……こんな事で赤ちゃん出来ないように……抜け駆けされないように……こっそり避妊の秘術を彼女達に……」

 

「アクア?」

 

「ひゃっ!? な、なんでもないわよ!」

 

 何やらうろたえているアクアを俺は押し倒す。彼女は焦った表情で俺から逃れようとしてきた。しかし、そんな事は許さない。全身で挟み込むようにして彼女の動きを止めさせた。

 

「待ってカズマ! 私も解けてるかも! いやっ……妊娠しちゃう……!」

 

「おう、孕めよ」

 

「ダメよカズマ……! 子供を作るってのは神聖な行為なの……セックスとは違うのよ……! こんな軽はずみにして良い事じゃないの! 将来設計をきちんと決めて、子供をどう育てていくか相談する。そしてお互いの意思を確認した後、ゆっくりと大切な人と思い出の場所で愛を……!」

 

「オラッ!」

 

「あっ……いやっ……だめなのかずまぁ……妊娠しちゃう!」

 

 

 

 

 結局、俺はアクアもポテ腹にさせた。彼女は最初は放心状態だったが、めぐみん達の横に転がして放置してしばらくした後、優し気な表情でお腹を撫で始めた。無論、それはアクアだけでなくダクネスとめぐみんもだ。

 

「カズマカズマ、この子の名前に何にします? 私が決めていいですか? 例えば……“もんぷち”とかどうですか?」

 

「ふふっ……私の子だ……ダスティネス家を継ぐに相応しい子になるんだぞ……!」

 

「カズマさんの子だから、きっとやんちゃだわ! でも、どうしよう……偉い人の許可を貰ってないのに神格も持った子を身籠っちゃった……例え何があっても絶対幸せにしてあげるからね……」

 

 妄想を語る彼女たちを前にして、俺は気だるげに座り込む。いくらアクア聖水があるといっても、300発は自分でも頭おかしいと思う。滅茶苦茶疲れた。おまけに快楽で頭が麻痺して思考も鈍い。とりあえず彼女達をどうにかしなきゃいけない。俺は息を整えてから、鈍い思考のなか彼女達の前に立った。

 

「どうしたのですかカズマ? お腹の音でも聞きたいのですか?」

 

幸せそうに聞いて来るめぐみんのポテ腹を踏みつけ、俺はゆっくりと答えた。

 

「俺はゆんゆんを一番最初に孕ませるって決めてるんだ。さっさとおろせよ」

 

「っ……!」

 

 俺の言葉にめぐみん達は絶望的な表情を浮かべた。しかし、彼女達は俺に何も言わなかった。ただひたすら泣き続けた。てっきりボコボコにされるだろうと思って軽く口に出した鬼畜発言だっただけに、彼女たちの反応に困惑した。

その日は、彼女達をひたすらあやし続け、翌日に疑似妊娠だと悟って再び泣く彼女達を慰めた。

 

 

気持ち良かったしおもしろかったけど、抜かずの100発は封印決定だ……

 

 

 

 

 

 

 

 という風に監禁生活は割と楽しかった。豪華な食事と俺を求めてくるめぐみん達という美少女が揃った酒池肉林、最高の環境だ。だから、俺は彼女達をひたすら犯した。本当に楽しくて快楽にまみれた日々を過ごしている。

 

 しかし、最近になって少しずつ楽しさや快楽の感情に混じって、負の感情も湧いてきた。一つは監禁による閉塞感。代り映えのない光景と自分の狭すぎる活動領域に嫌気がさしてくる。外がとても恋しかったし、なんだか太陽の光を浴びたいという元ヒキニートにあるまじき欲求が高まっていった。

 次にエスカレートするめぐみん達との性行為だ。これは、はっきり言って問題ない。俺自身、実に様々なフェチを満たせて大満足だ。でも、最近は少し危うい。俺の尿を直飲みする権利の奪い合いをするめぐみんとダクネスは見ていて正直、うわぁっていう思いでいっぱいだ。そのうち、アッチの方に手を出しかねない。それだけは勘弁である。

 そして、めぐみん達に反比例して大人しくなるアクアの事も気になる。彼女は日が進むにつれて俺の体調や様子を心配する事が多くなった。今ではセックスより、事後の俺の疲れを癒してくれたり、俺の生活全般を甲斐甲斐しく世話してくれる。これはこれで、介護されているようで気が滅入る。勿論、感謝はしているが。

 また、日が経過するごとに増す焦りに押しつぶされそうだ。めぐみんとダクネスの説得は全くできていない。彼女達は俺がここにいるという事に大きな幸せと満足感を得ているようだ。彼女達から鎖を外させるにはまだ時間がかかる。また、アクアへの揺さぶりは成功しているが、彼女はめぐみん達の顔色を窺うのみで具体的な行動はあまり起こしていない。どうやら、完璧にヘタレているみたいだ。もしくは、めぐみん達との不和を恐れて下手な行動に出れないのだろうか。その罪滅ぼしのためか、アクアは俺の世話をやきまくる。

 

 もちろん、毎日彼女たちが寝たあとに鎖への攻撃をしているが、僅かに耐久度が落ちるのみで、破壊には時間がかかりそうだ。そんな現状に俺は憂鬱な気分になる。

 

 何より、ゆんゆんが心配だった。彼女の俺への依存っぷりは付き合っていたからこそよくわかる。あの依存は一緒にいる時は心地よいものだったが、いざ離れ離れになってみると彼女の事が心配になる懸念材料にしかならない。彼女が思いを拗らせて変な事をしてないかという不安と、弱みに付け込まれて他の奴にアイツが寝盗られるのではないかという嫉妬心で頭がいっぱいだ。

 

 こうして、俺の精神は摩耗していく。めぐみん達に対してイライラをぶつける事はできるだけ自重しているため、ひたすら溜めこみ続けることになる。だから俺はひたすら快楽にふけった。しかし、俺の中の思いはどんどん強くなっていく。今までごちゃごちゃ頭の中で考えていたが、俺の願いはただ一つだ。

 

 

 

 

 

ゆんゆんに会いたい……

 

 

 

 

 

 

『ダクネス、首尾はどうですか?』

 

『ああ、奴はもう壊れかけだ。私達が手を下す必要もないかもしれん。そもそも誘いに乗るかどうかも不明だ。しかし、準備は予定通り進めている。安心しろ』

 

『ダクネス、あの作戦はやめにしません? カズマも私達の元にいるのですし、アクセルから離れてもらうだけで十分じゃないですか……』

 

『怖気づいたか? まぁ、私も友人を隣国の山中に埋めるのは気が滅入る。アサシンだけじゃなくて調教師を捜索隊に加えるとしよう』

 

『ダクネスはゆんゆんに何をする気ですか?』

 

『知る必要はない』

 

『まったく……誘いに乗らなかった場合は私に任せてもらいますからね』

 

『お前はぬるいな』

 

 

 

 思考にふけりながらまどろんでいた俺は一気に目が覚めた。目の前の柔らかい物、アクアをどかして飛び起きる。朝日もなければ鳥の声も聞こえないいつもの朝だ。

 

「あっカズマ、起きましたか? おはようございます」

 

「おはようカズマ」

 

「ああ……おはよう……」

 

 適当にあいさつをしながら俺は彼女たちの方を見る。めぐみんとダクネスは椅子に座りながらこちらをジッと見つめている。もはや見慣れた光景だ。俺は監禁されてどのくらいたったのだろうか。一ヶ月以上たったというのは、分かっているが正確な日にちはわからない。そして、思案する俺の前に彼女達は上気した顔でベッドへとやってきた。

 

「今日は私もダクネスもずっと一緒ですよ」

 

「カズマ、みんなで朝から愛しあうか?」

 

「毎日そんな気がするが……ったく! やってやろうじゃないか!」

 

「「きゃーっ♪」」

 

俺はめぐみんとダクネスをベットに転がす。そして、二人の衣服を脱がそうと手をかけて……!

 

 

 

「やっぱダリィから二度寝するわ」

 

「カズマ、それはないですよ……」

 

「女の私達にお預けか……?」

 

 二人を無視して俺は寝転がる。そして、気持ちよさそうに眠り続けるアクアを抱きしめた。おおう……癒される……

 

「めぐみん、ついにアレを使うぞ!」

 

「ばっちこいです! アレでカズマをいつもの性獣に戻してやります!」

 

 そう意気込みながら二人は部屋を飛び出し、次々と何かを部屋に運び込んでいく。俺は変わらずアクアを抱きしめる。すると、彼女はのっそりと起き上がり、抱き着く俺を胡乱げな目で見た。

 

「なーにカズマ? アンタ最近やけに私にひっつくわね。何か企んでる?」

 

「別に……ちょっと疲れてるだけだ……」

 

「そうなの……まぁいいわ、ほら、膝を貸してあげる」

 

「おふっ……」

 

 抱き着く俺を振り落とし、強制的に膝枕をされる。ああっ、こっちも暖かい。もうひと眠りしたい所だ。しかし、アクアはまどろむ俺の頬をつねる。そして、近くのテーブルから朝食を手に取り、俺の前に白い液体が乗ったスプーンを差し出した。

 

「朝ごはんはちゃんと食べなさいよ。ほら、あーんしなさいな」

 

「俺はガキかよ」

 

「恥ずかしい? なら起き上がって一緒に食べる?」

 

「いや、それでいい……」

 

「まったく、素直じゃないわね」

 

 アクアに頭を撫でられながら、俺は彼女の差し出すスプーンを口に含む。いかん、何か俺の中で精神異常が起きているようだ。アクアにこうされていると、なんだか極度のリラックス状態になり、脳がとろけそうになる。なんだかんだで、やっぱコイツの傍が一番安心できる……

 

「はい、お粗末さまでした。もう少し食べる?」

 

「もういい」

 

「なんか最近のアンタは本当に元気ないわね。大丈夫? おっぱい揉む?」

 

「揉む……」

 

「もう……ほら……」

 

 俺はアクアに膝枕されながら、彼女の胸に手を伸ばした。柔らかい……癒される……色んな意味で理性が飛びそうだ……

 

「おい、コイツ最高に気持ち悪いぞ!」

 

「流石に変化がない事に飽きたのでしょうか? カズマも変になってきましたし、色々考えないといけませんね」

 

「ちょっとアンタ達、カズマさんったら結構キてるみたいよ? そろそろマズイんじゃないかしら……」

 

 俺が脳をトロケさせてる頭上で何やら口論が始まった。非常にうるさい。俺は構わず頭部に感じる暖かさと柔らかさから得られる癒しと安心感を堪能していた。しかし、このアクアから感じる安心感は、なんだか懐かしさを伴っている。これによく似た安心感を俺は確かに味わった。そう、それは子供のころ感じたあの感覚……

 

 

 

気が付けば俺はアクアに縋り付いて何かを叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ママーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 部屋の空気が凍った。そして俺は意識を覚醒する。ん? 今まで俺は何をやっていたんだっけ? 確かアクアに膝枕されて……それから記憶がない。アクアの元から立ち上がって、ふと彼女達に視線を向けるとめぐみんとダクネスは引きつった表情で俺を見ている。対してアクアはなんだか優し気な表情でこちらを見て来た。

 

「どうしたお前ら?」

 

「いえ、なんでもありません……」

 

「お前……自分が何を叫んだのか覚えてないのか……?」

 

「カズマ、大丈夫? 疲れてない?」

 

 ふらふらと体がアクアに向かおうとした所で、めぐみん達に止められる。そして、顔を無理矢理ある方向へ向けさせられた。そこには、何やら衣服が山のように置かれていた。

 

「めぐみん、何あれ?」

 

「コスプレ衣装です!」

 

「カズマ、お前はやけにアクアのコスプレに反応してたろ? 私達も揃えてみたんだ」

 

「ほう、なるほどなるほど……!」

 

 ドヤ顔のめぐみん達を見てふつふつと情欲が湧き出てくる。コスプレエッチか、なんだか最近マンネリ化してきたし、それは大いにアリだな!

 

「よし、お前ら! 今日はコスプレ乱交だな!」

 

「やっとカズマらしくなりましたね……」

 

「うむ、やっぱコイツはこの野獣のような目が似合っているな!」

 

 俺はそんなめぐみん達の声を受けながら、足元に置かれたコスプレ衣装のうち、いくつかを選んでいく。ふむん、悪くない、悪くないぞ……!

 こうして、俺が鼻息荒くコスプレ選びをしていると、肩をポンポンと叩かれた。振り返ると、少し悲し気なアクアの表情が目に入った。

 

 

 

 

「カズマ、無理してない……?」

 

 

 

 

「んぉ……ん……お……おかあさん……俺お外に出たいよ……」

 

「めぐみん、アクアを直ちに引き剥がせ!」

 

「はい! こ、こらカズマ! 自分の指なんてしゃぶらないでください!」

 

 

 

 

 

 

 俺は重い意識を持ちあげて再び覚醒する。どうやらまた記憶が飛んでしまったようだ。眠い目を擦りあげると、目の前に白衣の天使がいた。ナース服を着たアクアとダクネスだ。そういえば、コスプレセックスをするって話だったな……

 

「カズマ、お前の頭の容態が良くないようだ。今、めぐみん先生を呼んだからもう安心だぞ?」

 

「カズマさん、大した病気じゃないから大丈夫よ」

 

 優しく語りかけてくる二人に俺は意識が飛びかける。いかん、さっきから本当に頭がヤバイ気がする。平常心を保て……!

 そして、めぐみん達はコスプレエッチの一環として小芝居をを始めたようだ。それならこっちも乗ってやろうじゃないか。どうせ暇だしな。

 

「めぐみん先生なんていらない……」

 

「カズマいきなり何をいっているんだ?」

 

「治らない治らない! めぐみん先生なんていらない!」

 

「カ、カズマさん落ち着いて!」

 

 じたばたと暴れる俺をアクアとダクネスがベッドへ押さえつける。俺の手は自然と二人のミニスカートの中へ伸びていた。

 

「めぐみん先生でも治らない! いらないいらない!」

 

「おいカズマ、めぐみんは女医役なんだ。出番をなくすなんて可哀想だぞ?」

 

「うるさいうるさい! 看護婦さんじゃないと治らない! Hな看護してくださぁい! 愛のパワーをくださぁい!」

 

「は……?」

 

 ダクネスが俺をドン引きした表情で俺を見てくる。その視線に謎の快楽を味わいながら、俺は二人の尻を堪能した。やっぱりコイツらの尻の感触は最高だ……

 

「看護婦さぁん……」

 

「もう、仕方ないんだから……どうしたのカズマ……? 私が一緒にいるから大丈夫よ?」

 

「愛のパワーで僕の病気を治してくださぁい!」

 

「あっ……」

 

 そして、アクアをベッドに引きずり込む。アクアを抱いていると、安心感と暖かさでとても気持ちがよくなる。ああっ……また意識が飛ぶ……

 

「めぐみん! カズマがまた発作を起こしたぞ! 早く来い!」

 

「またですか!? ああっ!? カズマ、赤ちゃんみたいな無垢な表情でアクアのおっぱいを吸わないでください! ぶっ飛ばしますよ!」

 

 

 

 

 

 

 俺が再び目を覚ました時、俺は下半身にゾクゾクとした快感を覚えた。薄目を開けて確認してみると、めぐみんが俺の勃起した逸物の亀頭部分にちゅぱちゅぱと吸い付いていた。そして、竿の部分をアクアが舌を這わせ、俺の視界に僅かに見える金髪……ダクネスが玉袋をはみはみと口に含んでいる。

 

「ん……カズマ起きましたか?」

 

「おう……おふっ!? これはなかなかいいな!」

 

「まぁ私達3人のフェラですからね。カズマしかこの天国は味わませんよ……? 嬉しいですか?」

 

「そりゃな! というかお前の恰好、紅魔族の制服か!」

 

「ふふっ、そうですよ。どうです、似合ってますか?」

 

 何やら得意げな顔をしながら、めぐみんが片手を腰に当ててふんぞり返る。ピンク色のブラウスにスカートにネクタイ。このブレザー姿は俺にとっても懐かしいものだった。

 

「んぁ……カズマ! 私も見て見て! どう、可愛い?」

 

「む……私もどうだ?」

 

 そういって立ち上がるアクアとダクネスも紅魔族の学校の制服に身を包んでいた。んーむ、色が色なだけに、二人からはやや無理してる感が漂っていた。そして、制服が小さいのか胸の部分がパツパツだし、体のエロいラインがくっきり浮き出ている。対して、めぐみんは本当に良く似合っている。ロリ体系と相まって正にピッタリという感じだ。

 

「なぁ、めぐみん、もしかしてお前が着ている制服って自分のお古か?」

 

「そそ、そんな事ないですよ!?」

 

「そうか……まぁそうだよな……だってゆんゆんに昔使っていた制服を着させながらエッチした時、成長した胸がキツすぎて制服のボタンが飛ぶという夢のような光景を目撃したんだ。お前も昔より成長してるはずだから制服がピッタリなんて……」

 

「ブッ殺! あぐっ!」

 

「いてぇっ!?」

 

 めぐみんに突然腕を噛まれた。俺が激痛に悶えていると、アクアとダクネスまで噛みついてくる。実はめぐみんに、不用意に“俺に転嫁しろ”という発言をしたせいで、彼女がイラっときた時は噛みつかれるようになってしまったのだ。ダクネス達は便乗した甘噛みであるが、めぐみんは食い千切られるじゃないかというマジな噛み方だ。そして、めぐみんは噛んだ個所からにじみ出る俺の血液を幸せそうに舐めとった。

 

「んっ……カズマの血はやっぱり美味しいです……」

 

「お前なぁ……」

 

 紅魔族は俺の血液が大好きなんだろうか。ゆんゆんも噛み癖がついて以来、その傾向があるのだ。将来、物理的に喰われるのでは? という恐怖に身をすくませた時、上気した顔でダクネスが俺に覆いかぶさってきた。もう、コイツらは俺より性欲に忠実かもしれない……

 

「カズマ、もう挿入していいか!?」

 

「まったく! 俺が上になるに決まってるだろ!」

 

「ひゃっ!? あぅ……」

 

 俺は騎乗位で早くもヤろうとしていたダクネスを逆に押し倒す。そして、純白のパンツをずらして正常位で一気に挿入した。

 

「んふっ……いい……いいぞかずまぁ……!」

 

「くぅ~俺もいいぞダクネス!」

 

 ダクネスに容赦なしのピストンを開始する。一突きするたびにブラウスの胸部が苦しそうに震え、それを何とか抑えているボタンが、零れ落ちそうな巨乳によってミシミシと圧迫されている。視覚的にも、これは実にいいものだ!

 

「ん……やぁ……かふっ……んぅ……あぅ……気持ちいいぞカズマ!」

 

「へいへい! それより見ろよめぐみん、コイツの胸でブラウスがはじけそうだぜ?」

 

「カズマ、そんなものが実際に起こるわけ……」

 

「んっ……あう……ひゃん……ああっ……!?」

 

 そんなめぐみんの願いもむなしく、ダクネスの胸は予想撮りボタンを飛ばしてはじけるようにこぼれ出た。お披露目された純白のブラに俺自身大興奮である。めぐみんはその光景を恨めしそうに見ていた。

 

「ヒャーハッハッハ! そのこぼれ出た巨乳を揉みまくってやる! 覚悟しろよ!」

 

「ひゃうう……んぁ……やぁああああああああああああっ!?」

 

「おおっ!? 絶頂したか!? さすがはダクネス、俺も出すぞ!」

 

ダクネスのこぼれた胸を揉みながら、俺もピストンを速くする。コイツの膣はすべてを包み込むような柔らか系でありながら、適度な締め付けもある良い感じのものだ。しかも絶頂時なため、膣が俺のペニスを搾り取るようにグネグネ動く。もちろん、もう限界だ!

 

「いくぞ……! おらっ! せいっ! う゛ぐっ!?」

 

「ああああああっ!? カズマ……出てる……いっぱい出てる……膣内でお前を感じるぞ……!」

 

幸せそうな表情のダクネスを俺は優しく撫でる。こうしないと、面倒臭いダクネスが後からうるさいのだ。

 

「カズマカズマ、次は私です……!」

 

「分かったよ……アクアは俺に補給頼むわ」

 

そして、ダクネスから逸物を引き抜き、めぐみんに挿入する。幸せそうな表情のめぐみんをチラリと見たあと、俺は横でこちらをジっと見るアクアに視線を移した。

 

「どうしたアクア? お前も挿入して欲しいのか?」

 

「違う……こんなの違うの……」

 

アクアが何かをポツリと呟く。俺は構わずめぐみんに深く挿入し、快感を味わう。よし、コイツも中出しだな……

 

「ねぇカズマ……」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

「大丈夫? 無理してない?」

 

「…………」

 

 

俺はまた意識が飛びかけた。でも、耐えてめぐみんを犯す事に……快楽に溺れる事にした。もう気持ち良ければ、どうでもいいのではないか……

 

そして、めぐみんに大量射精した後、俺は泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「大丈夫ですかカズマさん?」

 

「ゆんゆん……?」

 

「違います。私ですよ」

 

気が付いたら、俺はエリス様と死んだ時に邂逅する、あの空間にいた。あれ? もしかして俺は死んだのか!?

 

「エリス様、俺の死因はなんですか!? 寝ゲロで窒息死!? 寝てるうちに絞られてテクノブレイク!?」

 

「違います。あなたは死んでいません。これは単なる夢ですよ」

 

そう言って微笑むエリス様を見て、俺は何だか泣きそうになった。久しぶりにあの三人以外の顔を見たのだ。しかもこれで……!

 

「夢……そうなんですか……でもこれでエリス様に会えたんですよね! エリス様、今俺は監禁中です! ちょっと助けて頂けませんか!」

 

「できません」

 

「へ?」

 

 椅子に座るエリス様はそうおっしゃった。俺は困惑するしかない。エリス様は俺のピンチを助けてくれないのだろうか……

 

「この夢の世界と私は女神エリスがあなたに植え付けた一種のプログラムのようなものです」

 

「いや、そう言われても意味が分からないのですが……じゃあ、あなたはエリス様じゃないんですか?」

 

「ええ、私はただの女神エリスを模した疑似人格です。そして、私が起動するという事は女神本体が介入できない場所にあなたがいる事を意味しています。恐らく本体はあなたを血眼になって捜索中です」

 

俺はなんとなくエリス様の言いたい事が分かった。でも、結局は助けられないって事か。

 

「私というプログラムは様々な機能を持っているのですが、その一つとしてあなたが精神的に大きな苦痛があった時に起動するようにもなっています。カズマさん、現実で何か辛い事があったんですか?」

 

「エリス様……」

 

 いつのまにエリス様は俺にそんなものを植え付けたのだろうか。でも、俺を思っての事だと言う事は分かる。それに、疑似人格らしいが、優しく俺に微笑みかけてくる姿はエリス様そのものと言っていい。彼女を見ているだけでなんだか癒される。

 

「カズマさん、私はあなたの苦痛を少しでも和らげ癒してあげたいんです。私はあなたのためなら何でもしますし、私に何をしても構いません。だからどうか心を落ち着けて、諦めたりしないで? そして現実の私を信じてください。私が必ずあなたを助けて見せます……」

 

 そういってから、エリス様の姿と名を借りた彼女が俺の隣に腰を降ろした。思わず苦笑してしまう。エリス様は本当に心配性な女神様だ。

 

「カズマさん、精神的苦痛は時として肉体的死よりも魂にダメージを与えるんです。そして、私は……女神エリスはあなたの事を愛しています。私はあなたがそんな境遇にいる事が耐えられない。だから遠慮なく私を使って? その苦痛を私で紛らわしてください」

 

「まったく……本当に……エリス様は……まったく……!」

 

「カズマさん、大丈夫、大丈夫ですよ? ほら、こっちにおいで?」

 

「おふっ……そんな膝をぽんぽんしながら、慈愛の表情で見られたら……俺……俺……!」

 

 

 

 

 それから俺は彼女にふらふらと吸い寄せられた。そして何かをして、とても癒された。でも、何をしたかは覚えていない。これはアクアの時と同じ反応だ。俺は一体何をして……? いや、思い出さないでいいか……

 

 

 

 

俺が目を覚ますと目の前にアクアの顔があった。起き抜けのこれはビビるのでやめて欲しい。

 

 

「カズマ、起きた? 本当に大丈夫?」

 

「何がだよ。俺はスッキリ爽快だ!」

 

「本当に? 本当に本当に……あいたっ!?」

 

耳元でうるさいアクアにデコピンをすると、彼女は涙目でこちらを睨んできた。

 

「ちょっと、私が健気に心配してあげてるのに、その態度は何よ!?」

 

「監禁してる側が何言ってんだか。まぁ、素直に礼は言うさ。しかし、問題はコイツらだな……」

 

 俺は両足に抱き着いて気持ちよさそうに眠るめぐみんとダクネスを見る。ここ一ヶ月近くでコイツらの俺への執着は身を持って体感した。やはり、コイツらは当分、俺を解放する気がないようだ。もし、脱出したら後でみっちり説教してお仕置き決定だ。

 

そして、俺は決意を新たにする。

 

 エリス様はそのうち俺を助け出してくれるらしい。でも、できるなら彼女の手は借りたくない。何故なら、こんな所を女神様に助けてもらうなんて恥ずかしい、恰好悪い。そんな単純な思いがあるからだ。だから俺は自力で脱出してみせよう。

 

 

 

 

 

 

 それにしても昨日のアレ、エリス様とのひと時は本当に最高だった。そんな思いだけはある。記憶にないのが実に惜しい!

 

 

 しかし、記憶がなくても、俺の中でやはり女神は母性の象徴だったのかという謎の実感と、とある単語が頭の中に浮かんで消える事がなかった。

 

 

 

 

 

「エリスママ……」

 

 

 

 

 

 

「カズマ、どうしてそんなに寂しそうなの……? 大丈夫? おっぱい揉む?」

 

「……揉む」

 

「んっ……大丈夫よカズマさん。安心しなさいな、私がずっと一緒にいてあげるから」

 

「アクア……」

 

 

 

 

俺の記憶はまた飛んだ。

 

 

 




という事で9巻発売ですよ! アクシズ教徒ダスティネス派にとっては苦しい巻でした。
そしてウォルバク様の扱いが現状の二次でも鬼門ですね。彼女はエリスに対抗できるのでしょうか
まぁ、10巻出る前に完結すれば問題なーし!


次回は一週間後くらい

エリス様が仕掛けた謎プログラムの本来の機能は出る事はなさそうですね


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ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

監禁されてから何日経ったかあやふやになってきた時、アクアが黄色い毛玉を持って部屋に現れた。

 

「ピヨッ! ピヨヨッ!」

 

「はーいゼル帝、ごはんよー」

 

「ひよこ持ち込むなよアクア……」

 

「どうせアンタ暇でしょ? ほら、特別にゼル帝に触るの許可してあげるから遊んであげて」

 

 そういってアクアは俺の腹の上にゼル帝を乗せてきた。黄色い毛玉はてこてこと腹の上で歩き回り、時節アクアが俺の上にまく餌を啄む。ああ、腹がチクチクと痛い……

 

「カズマ、やっぱり元気ないわね」

 

「当たり前だろ。お外に出してくださいよアクア様!」

 

「それは……その……なんというかアレよ……」

 

 言葉が尻すぼみになるアクアに俺は溜息をはく。アクアの内心は俺にも良く分からない。ただ、解放してくれそうなのはコイツだけだったりする。毎回適度に揺さぶりをかけているが、彼女は悲痛な顔で押し黙るのみだ。

 

「お前が元気なくしてどうすんだよ。ほら、ゼル帝でも触ってろ」

 

「うん……」

 

 俺の腹の上で丸くなっていたゼル帝をアクアの手の中に放り込む。彼女は受け取った黄色い毛玉を大事そうに撫でた。そして、俺のことを何やら不安そうな表情を浮かべて見て来た。

 

「カズマ、私と一緒にいるのいや?」

 

「嫌じゃねぇよ。でも外には出たい」

 

「そうなんだ……そうよね……」

 

 アクアは不安を打ち消すようにゼル帝を撫でる作業に戻る。俺はなんもする気がしないので、とりあえず暇つぶしにアクアの撫でるゼル帝を指でつっついた。そのままボケーっとした時間を過ごす。何だか時間をとても無駄にしているように感じる

 

「そういえば、めぐみん達はどうした?」

 

「あの子達、最近忙しいみたいなの。まぁ、私は暇だからこうしてアンタの相手してるのよ」

 

「そうかい、アイツらは何やってんだろうなー」

 

「知らない……でも良くない事をしそうなの……」

 

 またも不安そうな顔になるアクアをじっと眺めた。そんな俺をチラリと見て、アクアは体を委縮させる。ダメだ、これでは追い詰めるだけで解決にならない。

 

「ひぃっ!?」

 

「ん?」

 

 そんな時、扉から何かを叩きつけるような大きな音が鳴った。しかし、扉は開けられていないし、人影もない。そんな中、アクアは扉の方を見つめてぶつぶつ呟きだした。

 

「ごめんなさい……私達ひどい事してる……でも違うの……あなたとは……違う……ごめんなさい……ごめん……思い出さないで……そんな目でこっちを見ないで……! お願い許して……!」

 

「おいどうした?」

 

 ゼル帝を抱えて急に懺悔を始めたアクアを俺は抱きしめる。なんだかこういうのにも慣れてきた。本当に面倒臭い奴らだ。

 

「安心しろ俺が一緒にいてやるから」

 

「カズマ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

「まったく、泣くなよアクア……」

 

「ごめんなさい……ごめん……ごめんねかずま……!」

 

 謝るなら鎖外せよという言葉を飲み込んでアクアをあやす。その後、落ち着いたアクアは、少しやる事が出来たと部屋を出て行った。

 そして、残された俺はそのままぼんやりとした時間を過ごした。夜中、俺の元へ来た彼女達の表情は何だかいつもと違った。なにやら暗い微笑みを浮かべるめぐみん、無表情のダクネス、どこか真剣な様子のアクア。何があったかは知らないが、俺はいつも通りに行こう。めぐみんとダクネスをとひたすら犯し、甘い言葉を囁いて精神的、肉体的にも気絶させた。

 最後に、セックスする俺達を尻目に、天井にデカデカと何かの魔方陣を書いていたアクアを抱き寄せる。

 

「アクア、また俺を閉じ込めるための結界か?」

 

「違うわよ! ちょっとこれを作っといた方がいいって女神の勘が囁いたのよ」

 

「はっ! まぁいい! お前も犯しまくってやる!」

 

「うん……カズマ……私で疲れを癒して……あぅっ!?」

 

 

 

 

 そして、俺は三人を仲良く気絶させた。タバコを一服吸ってから、俺はいつもの小道具を取り出した。

 

「さーて、今日もやるかねー」

 

 俺は皆が寝静まる中、作業を続ける。今まで毎日続けてきたが、強固な鎖の破壊には至っていない。この事実を見せつけられるたびに、俺の中の何かがガリガリと削られる。

 

 

「もう、最終手段使っちまうかな……」

 

 

 最終手段、この手段を使えば脱出は簡単だ。俺はマットレスの下から隠し持っていたブツ、初期にアクアから押収したナイフを取り出した。そしてナイフの切っ先を見つめる。これで外に出られる……

 

「いやダメだ」

 

 俺は考え直す事にした。最終手段、それは自殺である。自殺をすればエリス様に会う事が可能だ。そうすれば簡単に助けが求められる。アクアも俺を死なせる気はない……はずなので蘇生もしてくれる。

 しかし、この行為で彼女達に与える事になる精神的ダメージがどれくらいか全くわからない。下手したら仲良く心中……なんて事も絶対にありえないとは言えない。

 俺はマットレスにナイフを戻し、作業を続ける。しかし、本当に先が見えない状況だ。俺は後何ヶ月このままなのだろうかという不安と、ゆんゆんが俺に愛想を尽かしているのではないかという恐怖がどんどん大きくなる。

 

「ゆんゆん、頼むからアホな事するなよ……」

 

「そんなにゆんゆんが不安か?」

 

「当たり前だろ! アイツのちょろさは俺が身を持って証明して……!」

 

 問いかけられた声に自然に答えてしまった。だが、そんな事はあってはならないはずだ。だって俺はアイツらを気絶させたのだから。

 

「なんだカズマ?」

 

「勘弁してくれよダクネス……」

 

 振り返ると、ダクネスが女座りをしながらこちらを見つめていた。俺は今までの努力が水泡に帰すような無力感に包まれる。彼女の耐久力を甘く見ていたせいでしくじったようだ。

 

「カズマ、警戒しなくていい。私はお前の行動、脱出しようとした事を咎めたりはしない」

 

「はぁ? 監禁しているお前がどういう風の吹き回しで……」

 

「カズマ」

 

 ダクネスが俺の体をギュっと抱きしめてきた。俺はそんなダクネスを困惑しながら受け止める。てっきり脱出しようとした事を怒られると思ったのだが……

 

「私はお前が脱出しようとしているのを見たのは、これが初めてじゃない。お前が夜な夜な何をやっているか私は把握していた」

 

「止めないのか?」

 

「止めたいさ。でも私にその資格はない」

 

そう言ってからダクネスは俺を抱きしめる力を強めた。そして、言い聞かせるように語りかけてきた。

 

「カズマ、この監禁は全部めぐみんが計画して実行したものだ。あの時、精神的に弱っていた私はめぐみんの話に安易に乗ってしまった……」

 

「なんだ? 全部めぐみんが悪いって事か?」

 

「そうじゃない。私は安易な行動を取った事を反省しているんだ。だから、もう少し待って欲しい。めぐみん達の隙を突いてお前を解放してやる」

 

「なに?」

 

 解放する? そういったダクネスに俺は驚いた。知らないうちに俺の説得が上手く行っていたのだろうか。少し考え込む俺をダクネスがのぞき込んでくる。

 

「カズマ……んっ……」

 

「むっ」

 

 ダクネスが俺に軽く触れるようなキスをする。途端に思考が飛び、俺は目の前で優し気な笑みを浮かべる彼女を見つめ返した。

 

「私はお前の味方だ。もう少しで解放できる。だから、その無意味な行為をやめて欲しい。毎晩お前が苦しむ顔なんて私は見たくないんだ」

 

「そうは言ってもな……どうせなら今すぐ鎖を解いてくれよ」

 

「すまない。それをしたら私はめぐみんに殺される。だから、もう少し待って欲しい。私を信じてくれ……」

 

 何やら物騒な発言が飛び出たが、今は良しとしよう。どうやら、ダクネスも解放派に加わってくれたようだ。

 

「分かったよ! お前を信じるさ。だから、もう寝ようぜ? お前はタフだけど疲れているのは確かだ。それにお尻の耐久度はめぐみん以下だしな!」

 

「こらカズマ! そこはやめ……ひゃぅっ!?」

 

 俺はダクネスのショーツに両手を突っ込み、両方の穴の愛撫をしていく。嬉しそうに、気持ちよさそうによがる彼女に俺は囁いた。

 

「ダクネス、俺の解放頼んだぞ?」

 

「んっ……はぅ……! 分かっている……お前の味方は私だけだ……もう少し……もう少しで全部上手くいく……もちろんめぐみんには秘密にしろよ……ひゃんっ!? お尻は……んんっ……!?」

 

 そして、ダクネスが眠るまで俺は彼女の全身を優しく愛撫した。彼女を今度こそ沈めた俺も眠りに……つかなかった。

 

 

 

「すまんなダクネス。もう俺は待てないんだよ」

 

 

 

 彼女が言うもう少しがどれくらいかは分からない。でも、俺は待ってられない。今すぐ外に出たい……ゆんゆんに会いたい! だから、俺は脱出のために鎖に立ち向かう。

そんな時、鉄の扉がギィっという音をたててゆっくりと開いた。そして、何者かが部屋に侵入してきた。謎の第三者の乱入に俺は身構える。そして、そいつの姿を確認して、驚愕した。

 

 

「お前は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ん……寒い……」

 

 窓から差し込む朝日と冷たい風、鳥のチュンチュンとした鳴き声で、私は自然と目が覚める。そして、のっそりと起きあがった。眠い目をこすりながら身支度を整え、じゃりめ用のキャットフードをお弁当につめてから、私はまたベッドに転がった。

 ダクネスさんの捜索隊の出発は明後日だ。参加するかどうかはまだ決めていない。でも、内心はかなり焦っていた。

 私はカズマさんを信じている。だが、もしダクネスさんの言う事が真実だったらどうすればよいのだろうか。彼がそんな男ならもう諦めるべきだと分かっている。それでもカズマさんを好きでいられるほど、私は壊れていない……いないはずだ。

 

「カズマさんと会えなくなる……?」

 

 私はそんな考えを、頭を振って捨てる。違う、私はカズマさんを信じてる。だから、そんな事にはならない……!

 嫌な考えに思考が支配されそうになる前に私は指輪を撫でる。こうすることで、私はとても落ち着くのだ。ふふっ……やっぱりカズマさんが私の傍に……

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

 私が撫でていたのは自分の指だった。意味が分からない。じっくりと確認するように左手を眺める。そして、とてつもない違和感に気が付いた。

 

 

薬指にあるべき銀色の輝きがなかったのだ。

 

 

「え?」

 

 

 再び確認する。ない。何もない。私の最愛の人……カズマさんから貰った指輪がない。おかしい、昨日眠る時も指輪を撫でながら眠りについた。なぜ……なんで……ありえない……ない……ないない……ないないないないないないないないないないないないないないっ!?

 

「私の指輪がないっ! どこ……どこ……どこなのよぉ!」

 

 私は必死になって探す。ベッドの上、さっき手を洗った洗面所、お風呂、リビング、小物入れの中、クローゼットの中、探しても探してもどこにもない。おかしい、おかしいおかしい!

 

「なんで……なんでなのよ……指輪……私の宝物が……!」

 

 彼が私にくれた大切な指輪。少しでも強くなって欲しい、そう言って照れながら私にくれた時の事は今でも忘れない。それに銀製の指輪は汚れがつきやすく変色しやすい。だから毎日欠かさずお手入れをして、美しい輝きを保たせていた。そして、毎日願いを込めた。私の好きなカズマさんと添い遂げられるようにと。

 結果として願いは叶い、指輪は婚約指輪としての意味も持つようになった。より重要な意味が込められた指輪を私はお風呂の時以外は外さなかった。

 

 

その大切な指輪がない……ない……なくなってしまった……!

 

 

「ある……絶対にある……あるはずなんです!」

 

 そして、私は部屋を探し続けた。元々、私の部屋に私物は少ない。それでも、調べたものは部屋の外へ出し、すべての家具の下や裏を探し続けた。気が付いたら、私の部屋は何もないまっさらな状態になっていた。それでも指輪は見つからない。これはどういう事だろうか。私は確かに寝る時、指輪をつけてたはずで……

 

「あ……そうか……昨日のは全部夢……夢なんだ……」

 

 内心、納得がいった。部屋は完全な密室であり、昨日私の家に訪ねてきた人なんていないし、夜中に外出もしていない。昨日は宿に帰った後はお風呂に入ってすぐに寝てしまったのだ。指輪が突然、跡形もなく消えるなんて事はないし、その原因となる出来事もない。きっと指輪を撫でていた記憶は夢なのだろう。そうに違いない……そうとしか考えられない。

 

 

だから……

 

 

「私、大事な指輪を外に落としてきちゃったんですね! 私ってこんなにも無能でどうしようもない馬鹿だったんですね!」

 

 早速、私は最低限の必要なものを持って落とし物を探しに外に出ました。そして、昨日と同じ道をゆっくりと辿りながら指輪を探します。しかし、目的の物は全く持って見つかりません。

 気が付くと、私はいつもの喫茶店へついてしまいました。もちろんを、いつもの席に腰をつき、その周辺を探しますが綺麗に掃除されていてゴミ一つ落ちていません。そうしているうちに、もはや顔馴染みとなった店員さんがこちらにやってきました。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「あ、紅茶をお願いします。それと一つお聞きしたい事があるのですが……」

 

「なんでしょうか?」

 

「あの、このお店で昨日落とし物があったとか……指輪が落ちてたって話を聞きませんでした?」

 

 私の質問に、店員さんは申し訳なさそうな顔つきになりました。その表情で私は自然と察してしまいました。

 

「すみません、昨日、当店での落とし物の届け出はありません」

 

「そうですか、いえ、私も変な事聞いてすみません……」

 

 ペコペコと謝りながら私は内心で頭を抱えました。このお店で落としたのでなければ、残るはじゃりめとよく遊ぶ公園とその道中しかありません。もし、そこになければ私は……!

 

「いえ、絶対にあります……」

 

 ギュッと拳を握りしめました。あの指輪に私は様々な思いを込めて来たし、カズマさんの思いもつまっている大切な指輪だ。その思いに、あの指輪も応えてくれるかもしれません。

 そして、喫茶店で小休止を取った後、公園への道をゆっくりと進みました。以前私が通った道のすみずみまで探しましたが、指輪を見つける事はできませんでした。

 最後に、じゃりめとよく遊ぶ公園につきました。ベンチの近くや草むら、砂場などをじっくりと探しましたが、見つかりません。どうしようもなくなった私は、ブランコの上に座りこんでしばらく、ぼーっとします。そして少しずつ現状の把握を頭の中で行いました。

 

「なくしちゃった……」

 

 そう呟きながら、左手をじっと見つめました。もちろん、そこには銀色の美しい輝きはない。

 

とても大切な私の指輪……

 

「なくしちゃった……なくしちゃったよう……!」

 

 溢れ出る涙をそのままにして、私は指輪があった薬指をゆっくり撫でる。本当になんで消えてしまったか分からない。昨日の夜には確かに身に着けていたはずだ。でも指輪は私の指から消え、部屋の中を隈なく探したが見つからなかった。だから私はその記憶が間違いだった“こと”にした。もちろん、外で指輪が見つかる事なんてなかった。

 私はとんでもなく大きな喪失感と悲しさに包まれる。だが、それよりもカズマさんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……!」

 

 私があの指輪に様々な思いを込めていたように、カズマさんもきっとあの指輪に色んな思いを込めていたはずだ。彼が数あるアイテムの中からあの指輪を選んだのは偶然じゃない。私に似合うんじゃないか……喜んでくれるんじゃないかって……そんな思いが彼にあったに違いない。

 そして、私にプロポーズしてくれた時、あの指輪をつける私に対して、とっても嬉しそうな顔を見せてくれた。そんな彼と私の想いが詰まった指輪を突然なくしてしまった。何が原因かもわからない。

 

「ごめんなさいごめんなさい……私のせいで指輪をなくしちゃいました……!」

 

 どんどん流れてくる涙を止める手段を私は知らない。悲しくて寂しくて苦しい……そんな感情が体の中に渦巻いている。これを癒してくれるのは彼しかいない。カズマさんに会いたい……!

 

「うぅ……ごめんなさい……カズマさんごめんなさい……!」

 

 そして、私は彼に謝り続けた。それでも、私の中の思いは収まらない。会いたい……会いたい会いたい会いたい会いたい! カズマさんに会って直接謝りたい……! 『このバカっ!』て頭を叩かれながら怒られたい……『もう二度となくすな』って叩いた所を撫でてもらいたい……!

 

「会いたい……会いたいですカズマさん……!」

 

 私の願いに彼は応えてくれない。もしかして彼は本当に私を捨てたのかもしれない。そんな疑いが私の中で復活していく。こんな事を思ってはいけない。私はカズマさんを信じている……信じたい……!

 

 

「ゆんゆん」

 

「カズマさん!?」

 

 

 私を呼ぶ声に、思わず顔を上げる。そこには愛しいカズマさん……の姿はなく、身軽そうな軽装に身を包んだクリスさんがいた。私の中の落胆が大きくなる。

 

「ゆんゆん、どうしたの? 随分と落ち込んでいるみたいだけど……」

 

「いえ……その……何でもないです……あっ……! クリスさん、いやエリス様! お聞きしたい事があるんです!」

 

「なになにー?」

 

 私の中に一筋の希望が見えた。クリスさん……エリス様なら私の指輪のありかを知っているかもしないのだ。はやる気持ちを抑えて、私はクリスさんを見つめる。彼女はいつものニコニコとした表情だ。

 

「エリス様、私はカズマさんから貰った大切な指輪をなくしてしまいました。あなたならどこにあるか分かりませんか?」

 

「指輪をなくしたの? ごめん、さすがのあたしもキミの私物がどこにあるかなんて知らないよ……」

 

「あ……そうなんですか……そうですよね……! 変な事聞いてすみません……!」

 

 思いっきり罵声を浴びせたかった。そんな事で女神が務まるのかと言ってやりたかった。でも、その言葉を飲み込む。それがただの八つ当たりである事を自分自身理解していたからだ。

 むしろ、これだけ私を気にかけてくれる事を感謝すべきだろう。ああ、自分自身が嫌になる……

 

「ゆんゆん落ち着いて。指輪は分からないけど、助手君の事は少し分かったから……」

 

「え?」

 

 カズマさんの情報を掴んだという事だろうか。唖然とする私の頭を、クリスさんはポンポンと撫でた。

 

「ゆんゆん、助手君は罠に嵌められて姿を現す事ができないみたいなの」

 

「何故そんな事が分かるのですか……?」

 

「あたしが多角的に、様々な視点から調査した結果だよ。下手人達の目星もついてる」

 

 クリスさんの言葉に私は驚愕する。カズマさんの行方不明の原因……犯人を彼女は知っている。私はすぐさ彼女の腰に縋るように抱き着いた。

 

「教えてください……! カズマさんはどこ……!? カズマさんを罠にはまったって本当なんですか!? もし本当なら、はめたのは誰なんですか……なんでそんな事をするんですか……!?」

 

「んふふーどうだろうねー誰なんだろうねー」

 

「意地悪言わないでください……!」

 

「そんな事言われてもねー」

 

 私の懇願の言葉にクリスさんがクスクスとした薄ら笑いを浮かべる。なんだか、私をあざ笑うような微笑みに嫌な気分になる。

 

「ゆんゆん、あたしはキミの味方だよ? でもあたしだけでピンチの助手君を助けてあげたら、彼はきっと喜ぶし感謝する。もしかしたら、キミを捨ててあたしにゾッコンになるかもね。本当はこのままあたしが手柄を独り占めしたいんだけど、そうするとキミが可哀想だから……」

 

「私が可哀想……? クリスさん、あなたは何が言いたいんですか?」

 

 私の警戒の視線をクリスさんは薄笑いで受け止める。今までの頼もしい味方というイメージがめぐみんと同じような警戒すべき相手へと変わった。

 

「あたしはキミに救いの道を示してあげる。でも、タダとはいわない。それ相応の対価は払ってもらうよ。あっ、無茶な事は絶対言わないから、そんなに警戒しないで? あたしと取引き……“契約”をしようよ」

 

「契約ですか……」

 

「そう、あたしの三つの簡単な約束を守ってくれるだけでいいんだ。そうしたら、あなたに助手君の情報を教えてあげるし、望むなら助手君救出大作戦のお手伝いをしてあげる。ピンチを救ってくれたあたしとゆんゆんに、助手君はますますメロメロになっちゃうよー!」

 

 変わらない薄笑いを浮かべるクリスさんを私は睨む。彼女は今“契約”と言った。悪魔との取引きは通常、契約関係によって成り立つ。主に悪魔に願いを叶えてもらうため、もしくはデビルサマナーとなって悪魔を使役する上で契約という行為は必要不可欠なものである。

 悪魔との契約の仕方、注意点などに関しては紅魔の里の学校でも習った。それによると、狡猾な悪魔は契約の中に曖昧な表現や、取返しのつかない文言を潜ませるらしい。契約内容をしっかり確認ぜず、安易に契約すると永遠に魂を弄ばれるような事態となる。まぁ、バニルさんは人間の方が狡猾に悪魔を騙すとか言っていたような気がしますが……

 ともかく、悪魔との契約とは危険なものだと学校で習った。しかし、それは悪魔との契約においての事だ。エリス様はこの世界の主神であり、慈悲深い女神様だ。そんな事は恐らくしないだろう。

 

「……その約束、“契約”の内容を話してください」。

 

「その気になった? それじゃあ一つ目の約束! もし、今後あたしと助手君と契約するって事になった時にキミは口出ししたり、その他様々な妨害と取れる行動はしない事!」

 

「カズマさんとの契約ですか……」

 

「そうだよ! でも安心して? キミは知ってると思うけど、契約は両者の合意がなければ成立しない。だから、キミが助手君を信じているなら別に問題ないはずだよね? それに、まだ契約内容は決めてないけど、あたしは助手君の害になるような契約は絶対しないよ。まぁ、言い方を変えれば助手君とあたしの契約の邪魔をするなっていう単純な話だよ」

 

 右手の指を一本立てながら、クリスさんがいつもの明るい笑顔でそう語る。確かに、契約は両者の合意がなければ成立しない。悪魔さえ口先だけで騙し通しそうな狡猾で慎重なカズマさんが、不利な契約をするとは思えない。確かに彼を信じていれば問題ない事だ。私は先を促すように無言で頷いた。

 

「二つ目は一つ目とほとんど同じ! しかも、もっと簡単だよ! 助手君が下した決定には絶対に口出ししたり邪魔をしない事! あたしは彼の自由な所が好きなんだ。彼を束縛するような行為はやめて欲しいの」

 

「…………」

 

 指を二本立てるクリスさんを再び睨みます。これは一見簡単そうに見えますが、重大な欠陥があるのです。カズマさんに自由にさせる事。これは当たり前の事ですが、全肯定して自由にさせすぎるというのは、まともな夫婦関係とは言えない。

 もしかしたらカズマさんは見知らぬ女に手を出し始めるかもしれない。それくらい彼はスケコマシなのです。そんな時、それに口出しすらできないというのはおかしい。何より……!

 

「クリスさん、それはあなたとカズマさんの仲を正式に認めろという事ですか?」

 

「あはーバレちゃった? いやー鋭いねキミ! でも別にいいでしょ、助手君の選択なんだからさ!」

 

睨み付ける私をクリスさんはキラキラとした目で見つめ返してきました。

 

「あたしさ、正直言ってキミが羨ましいの。素敵な指輪を貰って、結婚式で愛を誓う。別にあたしは助手君と居られれば、そんなものは必要ないって今まで思ってた。でもね、やっぱり現物を見せつけられるとあたしもそれが欲しくなっちゃった! 多分、助手君はあたしに指輪を頂戴って言ったらくれるだろうし、結婚式をあげてって言ったら何とかして叶えてくれると思うの」

 

「…………」

 

「でもね、そうすると絶対キミが口出ししてくるでしょ? それが嫌なの……正直ウザイ。 あたしは助手君が純粋にあたしの事を思って選んでくれた指輪を貰いたいし、あたしのためだけの結婚式を開いて欲しいの。キミの言葉で助手君に変な躊躇いは持って欲しくないし、無駄な葛藤をして欲しくないんだ!」

 

 顔を桃色に染めるクリスさんは正に恋する乙女。彼女の紫紺の瞳にはカズマさん以外が映っていないという感じだ。

 

「あ、勘違いしないでね。もちろん、キミが最初に結婚式をあげていいよ? 正妻はゆんゆんって事で“今”はいい。重要なのは助手君の好きにさせるって事。例えば助手君がゆんゆんを抱きたいって言ったら、あたしは口出ししないし、あたしを抱きたいって言ったらキミも口出ししない。簡単な話でしょ?」

 

「くっ……」

 

 私はクリスさんの勢いに気圧されます。当たり前のように重婚を認める彼女に腹が立ちました。でも、私は内心別に悪くないのではと思い始めました。カズマさんはとっても気の多くて性に関して最低な人だ。私だけでは彼の性欲を抑えられない事を把握している。だからこそ、私は以前ダクネスさんやクリスさんと共闘した。

 もちろん、カズマさんには私以外の女に手を出して欲しくない。でも、私だけでは抑える事が難しいのは理解している。そういう時、全く知らない女に手を出すよりは、私の知っている人に手を出してくれる方が数千倍安心できるのだ。

 

 何故なら、私はカズマさんに対してとある確信を持っているからだ。それが崩れない限りはある程度の寛容さが私にはある……あるかもしれない。

 

「クリスさん、三つ目はなんですか?」

 

「これも単純なものだよ。あたしとゆんゆんで契約を結んだ事、及び契約内容を助手君や私達以外の第三者に伝えない事。まぁ、当然の事だよねぇ」

 

 腕を組んでそう語るクリスさんを見ながら私はしばらく思案します。これらの契約を結べば、彼女は私にカズマさんの情報と、彼を罠にはめた相手を教えてくれるという。とても魅力的な提案だ。

 でもいくつか腑に落ちない点もあるし、心の底からの納得は出来ていない。それに、女神であるという事が彼女の信憑性を強力に後押ししてはいるものの、本当に彼女の言う事が全て真実であるとは限らない。

 

「少し時間を頂けませんか……」

 

「そういうと思ったよ。まぁ契約はその場の勢いでするのは良くない事だしね。あたしもちょっとだけ待ってあげるよ。ただし、明後日の正午までだよ? その時間までにエリス教会に来なければ、キミに情報は与えないし、助手君はしばらく女神エリスの元で保護させてもらうよ」

 

 顔を俯かせる私にクリスさんが笑顔を張り付かせてのぞき込んでくる。そして、私の耳元で囁いた。

 

「別にあたしと契約したくなければ、それでいいんだ。そうすれば、あたしは助手君を上手くいけば独り占めにできる。でも、あたしはキミの味方だからね。しょうがなく……本当にしょうがなく救いの道を示してあげたんだよ?」

 

「随分と上から目線ですね……」

 

 私の言葉にクリスさんの笑顔が凍った。そして、凍った笑顔のままでこちらを睨みつけてきた。

 

「ゆんゆんさん、あなたがカズマさんに一番愛されてるなんて思い上がりはよしてください。それにこの一連の事件の結果次第で彼は私に傾くかもしれない。そのチャンスを捨ててあなたに接触したというのに」

 

「そちらこそ思い上がりはよしてください。私がカズマさんを一番愛しているし、愛されているんです……」

 

 負けずと言い返した私に対して、クリスさんは凍った笑顔を溶かして、本当に可笑しくてたまらないといった様子で笑った。

 

「ふふっ、愛しているのに彼から貰った大事な指輪を自らの不注意でなくしたのですか? 所詮はその程度の愛なんですね」

 

「っ……! 違う……違います……それは関係ないんです……私は……私は……!」

 

「本当にあなたはバカですね! 私だったら絶対にそんな事しないし、させません」

 

 頭を抱えてしゃがみこむ私をクリスさんが笑いながら見下ろしてくる。彼女笑い声は、クスクス……いや、ケタケタとした嗤い声となっていた。

 

「とにかく、私はあなたの味方です。私と契約を結べば、カズマさんは帰ってくるし、彼を嵌めた犯人を叩きのめせる。あなたが望むなら、犯人の殺害だって許可しますし、その罪を私は許しましょう。あなたが賢明な判断をする事を期待していますよ。そして、もう一度言っておきます。別に来なくてもいいんですよ? そうしたら、カズマさんは私だけのものになりますから……!」

 

 そう語ったあと、私の傍からクリスさんは嗤いながら姿を消した。しかし、いつまでたっても彼女のケタケタとした嗤い声が消えてくれなかった。人気のない公園で私は頭の中に響く嗤いを打ち消そうと、彼への愛と懺悔を繰り返した。

 

 

「ごめんなさい……カズマさん……指輪をなくしちゃてごめんなさい……私はあなたが好きです……嘘じゃないです……本当なんです……あっ……いや……捨てないで……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 

 

 

一人の少女の慟哭と懺悔の声が人気のない公園内に響く。

 

そんな彼女の様子を草陰からじっと見守るものがいた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 結局、私は公園で無様な姿を晒した続けた。通りがかった見知らぬおばあちゃんに心配され、『これでも食べて元気出しなさい』とバナナを渡される程だ。私は今までにない羞恥に顔を真っ赤にしながら、おばあちゃんに感謝を伝えて帰宅した。

 そして、自室にて途中で買った出来合いのお惣菜をもそもそと食べる。カズマさんがいた時は、明日の事が楽しみで一人でのお夕飯に寂しさを感じた事はなかったし、彼もちょくちょくディナーに誘ってくれたので特に思う事はなかった。でも、今はご飯に誘ってくれるカズマさんがいない。もちろん明日が楽しみなんて事もない。

 思い返せば、カズマさんと関係を持つ前はいつもこのような毎日を送っていた。少人数ながらも、ウィズさんやダストさん達のような友達が出来ていたため、毎日が全く楽しくなかったという事はない。しかし、お夕飯を一人で食べる時、私は言いようのない虚無感に苛まれていた。

 そんな毎日がカズマさんと深い関係になる事で変化した。彼との食事はどんなものでも美味しかったし、私のしょうもない会話を素直に聞いてくれる事がとても嬉しかった。彼と一緒に過ごすちょっとした冒険の毎日で、仲間というものの大切さと楽しさを知る事ができた。

 冒険をしない日も、一緒にお話しして過ごしたり、街の美味しいレストランに行ったり、目的地もなく街の周辺をぶらついたり、様々な遊びや経験をした。彼と一緒に過ごした毎日はとっても楽しく感じられたし、明日は何をするのだろうという期待感もあった。

 そして、日々エスカレートしていくえっちな事に内心ドキドキしていた。不安もあったが、私を求めてきてくれるという事は嬉しかったし、可愛くも感じた。私に優しくしてくれる、頭を撫でてくれる、私で気持ちよくなってくれている。どれもこれも嬉しかったし、私も気持ちが良かった。カズマさんが魔法の特訓の際に好意を伝えてくれた後は、私からも積極的に彼を求めたものだ。

 

 私はそんな幸せだった日々を思い返しながら食事を片付け、お風呂に入る。そして、いつもより早くベットに飛び込んだ。今日は色々な事があって心も体も疲れてしまった。だからゆっくりと休みたいのだ。

 しかし、私の中の不安感と寂しさは消えてくれない。布団を頭までかぶり、真っ暗闇の中で左手を撫でる。そこに私の寂しさを紛らわしてくれた指輪はもうない。

 

「カズマさん……寂しいです……」

 

 私の声に応えてくれる人はもちろんいない。心身がこんなにも疲れているのに胸が苦しくて眠る事なんてできない。私はのっそりと起き上がり、ベッドの傍の小さなスタンドライトに火を灯す。

 そして、寂しさを誤魔化そうとカズマさんの面影を求めて部屋を漁る。彼が私の部屋に来る時に使っていたティーカップに紅茶を淹れて飲んだり、彼が残した置手紙を何度も読み返したりした。それでも、私の寂しさ……虚無感が消えてくれない。そんな時、衣紋掛けにかけられた緑色の布が目に入った。

 

「カズマさん……私を置いてかないで……見捨てないでください……」

 

 私は緑色のマントを手に取り、ベッドへ倒れ込む。このマントはカズマさんに譲ってもらった大切なものだ。だから毎日身に着けていた。でも、汚したくないという思いから頻繁に洗濯していたし、防塵、防護魔法を高額なお金を払ってエンチャントしてもらったりもした。こうして、すっかり私のモノとなってしまったため、マントからは以前感じたカズマさんの匂いなんてものはもうしない。でも、他のモノよりかはカズマさんを感じられる気がした。

 

「私……とっても寂しいんです……会いたいですカズマさん……!」

 

 マントを両手と胸で抱きしめてそう呟く。そうしていると、なんだか不安が和らぎ、寂しさも少し消えてくれた。そして、自らの浅ましさに吐き気を覚える。今まで拠り所にしていた指輪をなくした寂しさを紛らわすために、マントに乗り換えた。とんだ尻軽女である。そのうち、この寂しさを理由に愛する人さえも変えてしまうのではないだろうか。

 

「いやです……私が好きなのは……愛しているのはカズマさんだけなんです……!」

 

 言い聞かせるように呟くうちに目蓋が重くなっていくのを感じる。やっと眠れるという事に安堵しながら、私は意識を落としました。

 

 

 

 

 そして、私は何かの夢を見た。とっても嬉しくて幸せな気分になれる夢。夢の中で私がどんな事でしているのかはよく分からない。だけど、夢の終わりははっきりと覚えている。暖かくて優しい何か……カズマさんに抱きしめられる夢だ。そして、彼が耳元で囁いた。

 

『待ってろよ、ゆんゆん』

 

 私はカズマさんの言葉に満面の笑みを浮かべて頷いた。彼も私の反応に満足そうに頷いてから、私の頭を撫でてくれて……!

 

 

 

 

「ん……」

 

 

 

 

 突然、目が覚めた。なんだか、とても幸せな夢を見ていた気がするが、起きた瞬間には覚えたいたはずなのに、すでに全く内容が思い出せなくなっていた。ただ、寝る前と比べて随分と心がスッキリした気がする。

 私は、大きく伸びをした後、周りをキョロキョロと見渡す。真っ暗闇である事から、時刻はまだ深夜。眠りが浅かったのだろうかと、布団をもう一度かぶった時、窓の方から何かを引っ掻く音がした。

 

「カズマさん……?」

 

 こんな非常識な時間帯に私を訪ねてくるのは彼以外にはいない。私はすぐさまベッドから出て窓のカーテンに手をかける。しかし、そこで思いとどまった。もし彼なら私の名を呼んでくれるはずだ。少し警戒しながら、私はカーテンの隙間から外の様子を伺いました。しかし、外には誰もいる様子はなく、変わらない真っ暗闇で……

 

「じゃりめ!?」

 

 窓枠に外の闇に同化するように一匹の子猫が張り付いていた。私が窓を開けると、じゃりめは颯爽と私の部屋の中に入ってきた。

 

「どうしたのこんな深夜に……ってびしょ濡れじゃない……!」

 

 じゃりめのふわふわとした黒い毛並みは水に濡れて貧相になっていた。それに、体中にゴミやら何やらをつけている。私は急いで綺麗なバスタオルを手に取り、包み込むようにして体を拭いてあげた。じゃりめはそれを悠然としながら受け入れた。そして、綺麗になったじゃりめと改めて向き直った。

 

「ねぇ、こんな夜中にどうしたの? というか、私の家知ってたんだ……」

 

 そう言った私をじゃりめは鋭い目つきでチラリとも見た後、しゃがみ込む私の前に歩を進める。思わず伸びた私の手を掻い潜り、私の足元に口に咥えていた何かを床の上に置いた。

 

「なに? また小魚くれるの? ふふっ……あなたも心配性で……え……?」

 

 私は言葉が続かなかった。じゃりめが床に置いたモノ、それは私が探し続けていた銀色に光り輝く指輪……大切な宝物……カズマさんの愛の証……!

 

「嘘でしょ……」

 

「にゃっ!」

 

 何やら得意げな声をあげるじゃりめを前にしながら、私はその指輪を手のひらにのせて確かめる。見慣れたステータス上昇の効力を持つ刻印に、ずっと身に着けていたために出来てしまった僅かなかすり傷。そのどれもが、これが私の大切な指輪であるという事を証明してくれた。

 

「そんな……こんな事って……どうして……? でも嬉しい……嬉しいよぉ……!」

 

「にゃふ」

 

 自然と私の両眼から歓喜の涙が溢れ出た。私は泣きじゃくりながら、喜びで震える手を動かす。左手の薬指、あるべき場所に指輪をはめなおした。嬉しすぎて変な笑いが出そうになる。私の元に指輪が帰ってきた……カズマさんが帰ってきたんだ!

 

「くふっ……くふふふっ……! お帰りなさい……カズマさん……!」

 

 元に戻った指輪を私は撫でる。私の頭の中ではカズマさんが帰ってきたという思いと、これはただの指輪でありカズマさんじゃないという思いがごちゃごちゃになって、自分自身も良くわからない事になっていた。ただ嬉しいという事は確かだ。

 

「ありがとう……本当にありがとうじゃりめ……! 私のために探してくれたの?」

 

「にゃにゃっ!」

 

 そう問いかける私に、じゃりめはなんだかドヤっとした様子でふんぞり返っていた。私はその毛玉を思いっきり抱きしめた。若干湿った毛が私の肌に触れてなんだか気持ちがいい。

 

「ありがとう……ありがとね……!」

 

「にゃっ……」

 

 じゃりめを抱きしめながら、私は思考がクリアになっていくのを感じる。指輪はこうしてじゃりめが見つけて持ってきてくれた。という事は、本当に外に落ちていたという事になる。そして、雨が降っていないというのにじゃりめはびしょ濡れだった。これは恐らく指輪が川や側溝などに水と関係ある場所に落ちていた可能性が高い。そういえば昨日の深夜、催して一回お手洗いに行った。

 

「まさか寝ぼけて一緒に流した……?」

 

 私は頭を振る。流石にそこまで自分がバカだとは思いたくない。また、冷静になったことで新たな可能性にも気づいた。それは盗まれたという事。この宿は高いだけあって安全面はバッチリだ。でも凄腕の泥棒には敵わないかもしれない。ロックの魔法と物理的な鍵が扉についているが、それを突破したのだろうか。

 しかし、泥棒だとすると指輪だけ盗ったという点が腑に落ちない。確かにこの指輪は高価だが、これ以外のお金やマジックアイテムには手がつけられていない。そもそも、盗ったのであるならば何故売り払はずに外に捨てたのであろうか。

 

 

 

もしかして、私に対する個人的な……

 

 

 

「にゃ゛っ!?」

 

「あ、ごめんねじゃりめ!」

 

 思わず強く抱きしめてしまったじゃりめから、腕を外す。じゃりめは私の腕から離れた所で体を寝転ばせながら、不満そうな顔で見て来た。

 

「そういえば、今日はお外で会わなかったね……」

 

「にゃ!」

 

「まさか、その時に私の指輪探してくれてたの?」

 

「にゃにゃ!」

 

 じゃりめは、そうだと言わんばかりに床をぺしぺし叩く。その姿に私はとても癒されたし、嬉しくてたまらなかった。

 とりあえず、私の元に指輪が帰ってきたのだ。だからここは素直に喜びましょう。原因なんて、考えてもしょうがない事だ。まぁ、部屋の防犯強化はやっておきましょうか。 

 ですが、その前にこの子へのお返しをしないといけません。私は小皿に買い置きしておいたキャットフードを盛り付けて、寝転がるじゃりめの前に置きました。

 

「いっぱい食べてね……」

 

「にゃう!」

 

 勢いよくご飯を食べ始めた毛玉を私は撫でまわしました。本当にこの子には助けられてばかりですね……

 

「じゃりめ、ウチの子にならない? 野良って色々厳しいんでしょ? ご飯だってあげるし、あなたのための家だって作ってあげるよ?」

 

「にゃう……にゃにゃっ!」

 

「いたいっ!?」

 

じゃりめが私の手を軽く引っ掻いてきました。これは嫌だという事でしょうか……

 

「ふふっ、フラレちゃいましたか……」

 

「にゃふっ!」

 

 少し落ち込んでいる私の足を、じゃりめは数回優しくネコパンチしてきました。慰めてくれているのでしょうか? そして、キャットフードを平らげた後、じゃりめは窓枠へと飛び乗りました。

 

「じゃりめ、行っちゃうの?」

 

「にゃ!」

 

心配するなという風に一声鳴いた後、黒い毛玉は夜闇へと消えて行きました。

 

 

「私は待っていますからね、あなたが再び来るのを……」

 

 

1人残された部屋の中、私はそう呟いた。なんだか、あの小さな毛玉と、私の愛しい人が重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 淡い月の光に照らされる仄暗い路地裏で、クリスは苛立ちながら目の前の小さな物体を蹴飛ばした。

 

「にゃ゛っ!?」

 

「はぁ……なんでこんなイレギュラーな事態を起こすかな……」

 

 彼女はとても苛立っていたし、少し焦っていた。今まで自分の策は計画通りに進んでいた。しかし、目の前の毛玉が今後に影響しかねない事をやってのけたのだ。

 

「ねぇ、あの指輪どうやって見つけたの!? 誰にも見られないように盗んだんだよ! それに万が一に備えて匂いを辿れないような細工もしたし、魔法でも探知できないようにした! とっても深くて汚い川に投げ捨てたから、見つける事だってほぼ不可能なはずなのに!」

 

「にゃう゛ぅ!」

 

 彼女は再び毛玉を蹴りつけたあと、綺麗な銀髪を自分の手で掻き毟った。彼女は理解していたのだ。自分にも非がある事を。

 

「あーあ、安易に指輪は捨てない方がよかったな。こんな事になるなら粉々に破壊してから捨てるべきだったなぁ……最後に横着しちゃった……」

 

クリスはバインドロープで拘束した毛玉を左足で踏みつける。苦しそうな声をあげる毛玉を見下ろしながら右手で腰につけたダガーを引き抜く。そして手の中でくるくるとダガーを弄んだ。

 

「にゃう!?」

 

「こんな事になるんなら、最初から殺すべきだったなぁ」

 

 この毛玉があの女と接触したのは偶然だった。クリスは特に影響はないだろうとこの毛玉を最初は見逃した。そして、しばらくたって毛玉をあの女が気に入り始めた時に決めたのだ。最後に殺してやろうと。あの女の絶望と憎悪を掻き溜めるためには指輪に次ぐ良い素材だと思ったのだ。

 

 しかし、この毛玉は想定外の事を起こした。あの女を追い詰めるために処分した指輪を見つけて持ち主に届けたのだ。詰めの段階での手痛い失敗だ。本当に意味が分からない。何故こんな毛玉に予定を狂わされるかもしれないという恐怖を感じなきゃいけないのだろうか。

 

「まさかこれが奇跡って奴? あたしそういうの嫌いなんだよね」

 

「にゃ……」

 

「はぁ……まったく……」

 

 

嘆息しながらクリスは毛玉の首にダガーを押し当てた。そして、一気に切り裂こうとして……!

 

 

 

「そんな目でみないでよ……」

 

「にゃ?」

 

 

 

 そこから手が動かなかった。最後には殺す予定だった。それに助手君を手に入れるために決意していた。彼を手に入れるためなら、どんな事もやって見せようと。

 でも、ここに来て躊躇ってしまう。それは殺すという事を恐怖しているからではない。彼に私がこの毛玉を殺したというのがバレるのが怖かった。もちろん、そんなヘマはしないつもりだ。しかし、そんな不安が私に絡みつくように付きまとう。彼に嫌われるような要因はできるだけ排除したい。

 

「はぁ……」

 

 クリスはダガーを鞘に戻した。そして、一度深呼吸させて心を落ち着かせる。自分で手を下せないとあらば、どうすればよいのだろうか。毒餌? 事故死に見せかける?

 

「やっぱ面倒臭いや……」

 

「にゃっ!?」

 

 考えてみれば当たり前の話だ。周囲に生体反応がないのは盗賊スキルで確認済みだ。バレるわけがない。クリスは再びダガーを引き抜いた。

 

「うーん、生首送りつけてやろうかな……それともあの女の家の窓にバラバラになったこの子を投げ入れて……ん……?」

 

 そんな事を思案しながら毛玉を眺めていた時、とある事に彼女は気が付いた。そして、毛玉の口をダガーで押し開けて中を確認した。

 

「へぇ……ふーん……そういう事……」

 

「にゃ?」

 

「別にあたしが手を汚さなくてもいっか……えいっ!」

 

「にゃ゛っ!?」

 

クリスはダガーを再び鞘に戻した。そして、毛玉を壁に向かって蹴り上げてから、その場から背を向けた。毛玉からは今の衝撃でバインドロープが外れ、よろよろと立ち上がる。

 

「少し賭けになっちゃう不確定要素だけど、どんな風になるのかな? ちょっと楽しみかも」

 

 クリスが背中越しに毛玉に語り掛けた。毛玉はビクリと体を震わせるだけだ。そして、彼女はゆっくりと歩き出した

 

「今度は大丈夫だよね! なんせあたしは幸運の女神様なんだから!」

 

明るい声に混じって、ケタケタとした嗤い声が混じる。

 

 

 

月に照らされた仄暗い路地裏に、その嗤い声が不気味にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




BD4巻の特典小説で判明したのは、エリス様の盗賊家業はアクアの影響を受けているという事と、手癖の悪さは元々の性格によるものらしいですね。

やっぱエリス様はやんちゃで可愛いなぁ……!


次回は運命の選択……?

週末遊びほうける予定なので、更新は一週間半後くらい


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運命の分かれ道

 

 

 

「そろそろ二ヶ月ですか……」

 

 自室に貼ってある簡素なカレンダーを見ながら、私はぽつりと呟いた。カズマさんが行方不明になってから随分と日が経っている。この二ヶ月間、私の頭の中はごちゃごちゃしっぱなしだった。

 彼がいない事への不安、寂しさ。捨てられたのではないかという疑いと怒り。そして、街の人達から感じた嬉しくもない同情と悪意。そのどれもが私に様々な感情呼び起こし、混乱させた。しかし、このような憂いともお別れする時期かもしれません。

 

「いよいよ明日ですね」

 

 明日は私にとって運命の日です。ダクネスさんが捜索隊を出発させる期日と、クリスさんとの契約の期日がかぶってしまった。私がどのような道を選択するかしないかに関わらず、カズマさんに関して大きな動きがある事は確かだ。

 私は銀色に輝く指輪を撫でる。昨日、私はこの指輪を一時失った。でも、じゃりめのおかげで指輪は私の元に戻った。もし無くしたままだった場合、私は今のように冷静ではいられなかっただろう。狂乱しながら、今も指輪を探しているのか、それとも……

 

「でも、私には“カズマさん”が傍にいてくれる」

 

 頭を大きく振ってから言い聞かせるように声を出す。落ちついて、よく考えてから行動しよう。焦りと混乱の中で下す判断は大抵上手くいかない。そして、落ち着いているからこそ私はいつも通りの日常を歩むべきだと理解した。簡単な朝食を食べた後、私は指輪を撫でたり、ベッドでゴロゴロしたり、マントを抱きしめて心身をリラックスさせる。正午までの暇な時間を使って今日一日を頑張るためのパワーを貯めているのだ。

 そして、私は家を出て、いつもの喫茶店に腰を落ち着ける。相変わらず周囲からは嫌な視線や噂話が聞こえてくるが、もうどうでもよかった。その後、しばらく紅茶の琥珀色の水面をじっと見つめる。

 

「今日もきてくれませんか……」

 

 そっと指輪を撫でてから、私は紅茶を一気に飲み干した。会計を済ませて、喫茶店から出る。そして、歩きながら店ですり減った精神力を癒してくれる“カズマさん”に話しかける。この行為は自分でもダメだと分かっているのに、そうしてしまう自分が情けない。でもひと時とはいえ幸せな気分になれるのだ。だからやめられない。

 そして、閑静ないつもの公園にたどり着いた。私がベンチに腰を降ろすと、さっそく草陰から小さくて黒い毛玉、じゃりめが姿を現した。自分の到着を待っていてくれた毛玉を見て、ついつい笑みが浮かんでしまう。

 

「にゃっ!」

 

「ふふっ、こんにちはじゃりめ……」

 

 私の挨拶に尻尾をピンと伸ばす事で答えた後、じゃりめは私の膝に飛び乗ってきた。ゴロゴロと喉を鳴らす毛玉を優しく撫でる。このふわふわと暖かさには本当に癒される。

 

「ねぇ、私の話聞いてくれる?」

 

「にゃう?」

 

「聞いてくれるだけでいいの」

 

 じゃりめは私の膝の上で体を軽く伸ばした。これは聞いてくれるという事だろうか。私はじゃりめのお腹をこちょこちょ撫でながら語り掛けた。

 

「私ね、明日とっても大事な決断をしなきゃならないの」

 

「にゃうにゃう」

 

「私はどっちに行くべきなんだろう……?」

 

「にゃっ!」

 

 私の問いかけに、じゃりめはそんな事知らないとばかりに、体を軽く擦りつけてくるだけであった。そんな姿を見て私は軽く苦笑する。こんな毛玉に相談をするなんて、私も落ちぶれたものだ。頭を軽く振って嫌な感情を飛ばし、私はカバンから小さなボールを取り出した。じゃりめはボールを見て目を鋭く光らせる。

 

「変な事聞いてごめんね? 今日も遊びましょう」

 

「にゃふっ!」

 

「乗り気ですね……えいっ!」

 

「にゃっ!」

 

 私が投げたボールをじゃりめは高くジャンプしてはじく。そして、地面に転がったボールに対してサイドステップを繰り返しながらネコぱんちで攻撃していく。そのまま、ボール相手に一人遊びをし始めた。

 

「やっぱり猫ってボールを持って来てはくれませんか」

 

 その光景を見ながら、私は軽く嘆息した。犬は投げて投げてとボールを咥えて戻って来るのに対して、猫はボールを獲物か何かに見立てて一人で遊ぶ。私としては、持って来てほしいのだが、これはこれで癒される光景なので断然ありだ。

 

「そういえば、私もカズマさんにボール遊びしてもらった事あるんですよね……」

 

 俯きながら思い返すのは屋敷でのメイド生活の事だ。ダクネスさんと一緒になってカズマさんやアクアさんのお世話を一日中するのはなんだか楽しくて充実していた。そして、カズマさんと様々な遊びをした。アクアさんやダクネスさんに隠れて彼をご奉仕するのは何とも刺激的な事であったと今は思う。何だか、私も彼に感化されて変な性癖を持ってしまいそうです……

 

 そんな時、私の耳は小さな風切り音をとらえた。なんだと疑問に思う前に、甲高い苦悶の鳴き声が響き渡る。思わず、私はその鳴き声の方に顔を向けた。

 

「じゃりめ……?」

 

 ボール遊びに興じていたはずのじゃりめが力なく地に伏していた。そして、赤黒い鮮血で土が赤色に染まっていく。何が起きたか理解したくなかった。でも嫌でも分かってしまう。

 

 

 

何故なら、小さな毛玉のお腹に、大きな矢が刺さっていたからだ。

 

 

 

「じゃりめ! どうして……なんで……!?」

 

 私はすぐさま小さな毛玉に駆け寄った。大きな矢はお腹を綺麗に貫通し、傷口からは血がドロドロと流れ出る。私はすぐさま貫通した矢の矢じり部分をへし折る。そして一気に矢を引き抜いてから、傷口に回復ポーションを振りかけた。

 

「にゃぅ……」

 

「じゃりめ……! 良かった息はあるのね……!」

 

 即死ではなかった事にとりあえずは安堵しながら、私はどんどんポーションをかけていく。でも、傷がなかなか塞がらない。それに、じゃりめの呼吸がドンドンと弱くなるのを感じた。

 

「なんで……なんで治らないのよぉ……!」

 

 市販では一番高級で効果が高いポーションだ。それなのに、じゃりめの衰弱は止まらない。このままでは死んでしまう……私以外の助けが必要だ!

 誰かの助けを得ようと、私がじゃりめを抱えて公園を飛び出そうとした時、一人の男性に剣を向けられた。身にまとう制服から、警察官である事が理解できる。また、背中に背負う大弓から、じゃりめを撃った下手人である事も理解した。

 

「止まれ嬢ちゃん! まったく、この俺がこんな距離で急所を外すとはなぁ……俺も腕が落ちたのか……? いや今日は運が悪かったな……」

 

 そんな事をほざく警官に私は短杖を構えた。いますぐにも燃やし殺したかった。でも、それ以上に困惑と疑問で頭がいっぱいだった。

 

「どうして……どうしてこんな事を……なんで子猫を撃ったの!?」

 

「落ち着け嬢ちゃん。俺は昨日、猫に噛まれたって通報を数件受けたから駆除しにやってきただけだ」

 

「ふざけないでください! じゃりめはそんな事しません! それに子猫を駆除ってどうかしてます……!」

 

 私の叫びを聞いて警官は申し訳なさそうな顔をして剣を下げた。でも、出て行こうとする私を通してはくれない。やっぱり焼き殺してやろうか?

 

「嬢ちゃん、まさかそいつと遊んでたのか? でも、すまないが、こっちも仕事なんだ。今朝方に通報してきた数人の冒険者がこの公園で初心者殺しの幼獣に引っ掻かれたって話でな」

 

「初心者殺し……?」

 

 私は警官の言葉を聞いて、思わずじゃりめに視線を落とす。じゃりめは今も私の腕の中で苦しそうにもがいていた。

 

「ああ、“潜伏”しながら確認させてもらったよ。尋常じゃない身のこなしに鋭い鎌爪、発達した犬歯、どうみても普通の子猫じゃない。それに奴が遊んでた木製のボールを見ろ。真っ二つにされてる。あんな破壊力を持ってる奴がただの子猫ってのは無理があるなぁ……」

 

「あっ……」

 

 鮮血で汚れていた土の近くに、破壊されたボールが転がっていた。そして、思い当たる点がいくつかあった事を頭の中では認めた。そういえば、じゃりめにはおもちゃをいっぱい壊されました。確かに普通の子猫としては力がかなり強い。でも、この毛玉にはたくさんの癒し貰っているし、返しきれない恩もある。子猫だとか初心者殺しだとかどうでもいい、この子は私の大切な友達なのだ。私は腕の中のふわふわの毛玉ををギュっと抱きしめた。

 

「数か月前に悪趣味な貴族を楽しませるために捕獲された初心者殺しの幼獣が、ギルドから脱走してるらしい。一応討伐依頼も出されていたが、まさか街中に堂々と潜伏してるとはな。嬢ちゃんが野良猫と見間違えるのも無理はない」

 

「…………」

 

押し黙る私の前に、警官が手を差し出した。

 

「嬢ちゃん、俺が始末しといてやる。そいつの事は忘れろ。そいつは危険なモンスターの幼獣なんだ……」

 

「いいえ、私も冒険者です。だから冒険者の義務として私がきっちりとこの子を処分します。ですから、ここを通してください」

 

 私の答えを聞いても警官は動いてくれなかった。それよりも、私にキツイ視線を向けて来た。なんだか、面倒臭くなってきた。こうして話しているうちに、どんどんと腕の中のじゃりめが衰弱している事を感じ取れるからだ。

 

「私がやるんです……だからどいてください……どけ……!」

 

「信用できないな。後から暴れられて責任取らされるのは俺なんだ。さっさと渡せ!」

 

 イカツイ顔を私に向ける警官に私は再び短杖を構えた。一気に警官はうざったそうにこちらを睨む。その目つきに思わずカッとなって魔法を撃ちそうになったが、片腕の中で感じる僅かな暖かさと、“カズマさん”の囁きで心を落ち着かせた。

 

「嬢ちゃん、街中で攻撃魔法を使ったら流石にタダではすまさんぞ」

 

「そんなの分かってます! だから……“クリエイトアース!”」

 

「初級魔法? そんなもので……」

 

「“ウインドブレス!”」

 

「わぶっ!? 目がぁ!? このクソガキ!」

 

 

私は顔面を抑えて蹲る警官を飛び越え、公園の外へと走り出した。

 

 

 

 公園から離れた所で腕の中のじゃりめを確認する。出血は回復ポーションで止まっているようだが、何やら苦しんでいるし、回復の基調が全くない。このままでは死んでしまうという事が、素人の私でも分かってしまった。

 

「じゃりめ、今私が助けてあげるからね……!」

 

「にゃぅ……」

 

 しかし、どこに連れていけばいいか分からない。一瞬バニルさんとウィズさんの顔が浮かんだが、あの人達は治療向きではない。教会やギルドも候補として考えららえるが、じゃりめの正体を暴かれる可能性がある。それならば……!

 

 私は全力疾走で街中を駆け抜けていく。目的地に近づくに連れて私の足が重くなるが、腕の中の小さな暖かみのおかげで何とか踏ん張れた。そして目的地、カズマさんの屋敷へ到着すると、すぐさま玄関の扉を縋り付き、バンバンと叩いた。

 

「アクアさん助けてください! お願いです治して……この子を治してください!」

 

 しかし、屋敷の中からの反応はない。私が頼りにしたのはアクアさんだ。カズマさんは治療に関してアクアさんに全幅の信頼を置いている。それにアクアさんなら、じゃりめの事も何の疑問もなく治療してくれそうだからだ。

 

「お願い……! 出て……助けて……じゃりめを助けてよう……!」

 

 屋敷からは反応はない。もしかしたら留守なのだろうか。そんな時、腕の中のじゃりめから、掠れた鳴き声と弱く、そして荒れた呼吸音が聞こえてきた。

 

「だめ……じゃりめ頑張って……死なないで…………!」

 

「…………」

 

「あ……いや……だめ……目を閉じたらだめ……私を置いていかないでよぉ……!」

 

 視界が涙で歪む中、じゃりめを抱えて崩れ落ちるように座り込んだ。腕の中の毛玉から命が消えようとしている。今の私にとってこの毛玉は色んな意味で必要不可欠な存在だ。この子のおかげで私は頑張れたとも言える。それを、失ってしまったら私はどうなる? まともな精神を保っていられるか、自分自身でも良く分からない。

 

「お願い……助けて……アクアさん……カズマさん……!」

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとアンタ、私の屋敷の前で何やってんのよ?」

 

 

待ち望んだ声が、私の背後から聞こえた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「“セイグリット・ハイネスヒール!”」

 

 アクアさんの輝く両手が、力なく目を閉じるじゃりめに掲げられる。しばらく治癒の光をあてられたじゃりめは、なんだか気持ちよさそうにしながら、ゆっくりと目を開けた。そして、私の方を見て一鳴きした。

 

「にゃ……」

 

「じゃりめ……!」

 

私は小さな毛玉を抱きしめた。暖かい……それに呼吸も安定している。生きている……生きて私の傍にいてくれる。それがたまらなく嬉しかった。

 

「にしても、一体どうしたのこの子?」

 

「アクアさん、本当にありがとうございます! ちょっと私が可愛がってた子が怪我しちゃったみたいで……!」

 

「可愛がってた子ねぇ……でも単なる怪我じゃないわよ?」

 

もしかして正体がバレたのかと困惑する私を前に、アクアさんは何やら複雑そうな表情を浮かべて問いかけてきた。

 

「矢傷だけでもおかしいのに、苦しんで死ぬような猛毒と衰弱の呪いが矢に付与されていたようね。かなり悪質で強力なものよ。きっと並のプリーストじゃ治療不可能だったわ。私を頼ったのは良い判断ね」

 

「え……?」

 

 猛毒と呪いと聞いて、私は意味が分からなかった。警察って害獣駆除にそこまでするのだろうか。でも、もうどうでもいい。だってじゃりめは助かったのだから。

 

「アンタも心当たりないの? 結構な殺意とか恨みがこもってそうな呪いだったけど……」

 

「すいません……私には何も分かりません……」

 

「そう……でも並の子猫じゃ多分死んでたわ! きっと生命力が強い子なのよ。あなたもよく頑張ったわね!」

 

 アクアさんは笑顔を浮かべながら、私の腕の中の毛玉を優しく撫でる。じゃりめは気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らす事で答えた。

 

「まぁいいわ! ともかく、数日は安静にしてちょうだい。そうすれば元通りに元気いっぱいになるわよ」

 

「アクアさん……! ありがとうございます……ありがとうございます……!」

 

「や、やめてよ! 今アンタに謝られるのは色々と複雑なんですけど!」

 

 両手を合わせて祈りと感謝の気持ちを伝える私を、アクアさんは嫌そうな目で見て来た。しかし、本当に感謝感謝の大感謝である。

 

「アクアさん、お礼は何がいいでしょうか? お金はいくらでも払いますよ!」

 

「バカ! 治療は女神の私にとって当然の行為よ! お金なんていらないわ! でもお礼がしたいって言うなら、ちょっと手伝って欲しい事があるの」

 

「はいアクアさん! 何でもしますよ!」

 

「そう……ならこっちに来てちょうだい」

 

 私はアクアさんに連れられて庭をしばらく歩く。そして大きな木の下にある石……墓石の前で足を止めた。墓石には綺麗な花がお供えされ、横には水が張ったバケツと布巾が置いてあった。

 

「お掃除してる途中だったの。手伝ってくれる?」

 

「もちろんです! 任せてください!」

 

 アクアさんは周囲の雑草を毟り、私は墓石の汚れを布巾で落としていく。少し元気を取り戻したじゃりめは、何やら空中に向かってしきりにネコぱんちを繰り返していた。小さな墓石であるためか、どことなくのどかで静かな掃除の時間は半刻もたたないうちに終わってしまった。

 

「ありがとねゆんゆん。この子も喜んでるわよ」

 

「いえいえ、私の方が感謝してもし足りないですって!」

 

「私の方こそあなたに感謝よ。この子の笑顔を久しぶりに見たから……」

 

 それから何やら謙遜ありがとう合戦が始まったが、それもじゃりめの小さな鳴き声で終わりを告げる。私は黒い毛玉を腕で抱きかかえて再びアクアさんに感謝を告げた。

 

「今日は本当にありがとうございましたアクアさん!」

 

「にゃっ!」

 

「はぁ……まぁ素直に受け取っておくわ……」

 

私はそっぽを向くアクアさんに何度もお礼を告げ、屋敷を後にしようとした。しかし、正門を出ようとした所でアクアさんに小さな声で呼び止められた。

 

「ゆんゆん、カズマの事知ってる?」

 

「カズマさんの事……はい、私も噂の事は知ってます……」

 

「そうなの……」

 

 何やら複雑そうな表情を浮かべてアクアさんが俯く。もしかして、アクアさんもあの事に心を痛めているのだろうか。めぐみんもダクネスさんもカズマさんに対して様々な思いを持っている事は実際に接してみて感じた。アクアさんも例外ではないのだろう。私はそんな彼女を励ますように語りかけた。

 

「アクアさん、あんな噂は嘘です! カズマさんはそんな人じゃありません!」

 

「え……? あ……うん……」

 

「だからアクアさんも、カズマさんの事を信じてあげてください」

 

 私の言葉にアクアさんはコクリと頷いた。そして少しバツの悪そうな顔をしてから、私にこっそりと耳打ちした。

 

「ゆんゆんはカズマの事が心配?」

 

「心配に決まってます! でも私はカズマさんを信じていますから……」

 

 そう答える私を見て、アクアさんは嬉しそうに笑顔を浮かべた。そして、私が抱くじゃりめを指でつっつく。じゃりめはそんなアクアさんの指をペロペロ舐め返した。治療してもらったのを分かっているからだろうか。なんだかじゃりめもアクアさんに懐いているようだ。

 

「カズマさんはね、バカでクズで弱っちいヘタレだけど、なんだかんだで頼りになる人なの。だから、ゆんゆんはそのままカズマさんの事を最後まで信じてあげて? きっとカズマにも色々あって姿を見せられないのよ」

 

「だから言ってるじゃないですか、私はカズマさんを信じているんです! これだけは何があっても変えるつもりはありません!」

 

「そうなの……なら安心ね……」

 

私の声を聞いてから、アクアさんはどこか寂し気に微笑んだ後、私に背を向ける。あまり、長居するのもよくない事だ。私も家に帰るとしましょうか。

 

 

 

「大丈夫よゆんゆん。カズマさんもあなたに会いたいって言ってたから……」

 

「え?」

 

 

 

 屋敷から背を向けた私は思わず振り返った。しかし、アクアさんは振り返る事なく屋敷に向かって歩き去っていった。何かを私に呟いた気がしたのだが、聞きとる事はできなかった。ともかく、じゃりめを救えた事により、私は軽やかな足取りで自分の宿への帰路へついた。

 

 

 

 そして、宿の前に私の見知った人物、クリスさんがいるのが見えた。彼女は私の方を見て軽く手を振った後、何やらギョッとした表情を浮かべた。同時に、腕の中のじゃりめが突然暴れ出した。私も少し驚いたが、まだ治療直後のためか全快とはいえないため本調子ではないのだろう。私が軽く抱きしめるだけで腕の中の毛玉は大人しくなった。

 

「なんで生きてるの……!?」

 

「どうしたんですかクリスさん? また何か私にようですか?」

 

「え……? ああ、いや何でもないよ! たまたま通りかかっただけだから! それより……その……妙な毛玉を抱いてるねぇ? キミのペットか何かかい?」

 

「あ、はい! 私の大切なお友達で……ってちょっと暴れないでよじゃりめ!」

 

 何やら居心地悪そうなじゃりめをあやす。そんな私を、クリスさんは何故か血走った表情で見つめてきた。

 

「ねぇ、その子随分と弱ってるみたいだけど、何かあったの?」

 

「ええ、ちょっと怪我をしちゃいまして……でもアクアさんが治療してくれました!」

 

「アクアさん……? ふふっ……そう……本当に……本当に先輩は私の……!」

 

「クリスさん?」

 

 無表情で呪詛のような言葉を呟きだしたクリスさんに何度か話しかけるが、彼女は反応を示さない。私は暴れるじゃりめを落ち着かせるためにも、仕方なくクリスさんを放置して宿に入る事にした。しかし、肩を復活したクリスさんに掴まれて動きを止められる。彼女は相変わらずの無表情だ。

 

「ゆんゆん、その猫から強力な呪いの残り香がするの。何があったか詳しく教えてくれない?」

 

「それは……」

 

「大丈夫、ちょっと気になる事があるだけだから」

 

 そうおっしゃるクリスさんの言葉を受けて、私はじゃりめが怪我を負った経緯を説明した。もちろん、この子が初心者殺しの幼獣である事も話した。クリスさんは少しの驚きの声を上げただけで、私の話を最後まで聞いてくれた。じゃりめを駆除するように言われるかもしれないといった恐怖もあったが、流石は女神様、私の思いを酌んでくれたのか、そのような事はおっしゃらなかった。

 

「なるほど、この子が駆除されそうになるっていう話の筋は通ってるね」

 

「はい、幼獣とはいえ初心者殺しですからね。冒険者としては駆除すべきなんでしょう。それに、被害が会ったというのなら、冒険者や警官が動きを起こすのも当然と言えます。多分カズマさんもこの子を見たら首をへし折りに……わっ!? だから暴れないで!」

 

 落ち着きのないじゃりめを、クリスさんが一撫でした。そうすると、じゃりめは動きをピタリと止めた。しかし、次第に体をぶるぶると震わせ始める。血を失って寒いのだろうか? そんなじゃりめを見てクリスさんがクスクスと笑った後、真剣な表情で私を見つめてきた。

 

「ゆんゆん、タイミング的におかしいと思わない? 助手君がいない事でキミが精神的に弱っている事は私でも分かる。そんな時に、君と仲が良いこの子が殺されかけるなんてね」

 

「あの、クリスさんは何がおっしゃりたいのですか……?」

 

「分からないの? 君を精神的にぶっ壊そうと画策してる人がいるかもって話だよ。助手君を信じて待ち続けるキミは一部の人達にはとても邪魔な存在かもしれないからね」

 

「え……?」

 

「想像してごらん? 心の支えになっているようなこの子を、キミの目の前で無残に殺す。今まで可愛がって愛着がある分だけ、キミに大きな精神的ダメージを与えられる。実に合理的で簡単な方法だよ」

 

 理解はしたくなかった。しかし、じゃりめの件はどこか作為的なものを感じてしまう。確かに言われて見ればじゃりめは初心者殺しの幼獣かもしれない。でも、じゃりめは人に危害を加えるような子じゃないはずだ。

 じゃりめは随分と思慮深く、私の言う事も良く聞いてくれる。今にして思えば、それは初心者殺しというモンスターの知能の高さに由来しているのかもしれない。でも、知能が高いという事は街を牛耳る人間に手を出す事の無意味さを学習しているはずだ。現に、じゃりめは今まで私以外の人間との接触を避けているようだった。そんな子が突然人を襲うなんて脈絡のない事をするのだろうか。だからといってじゃりめに信頼を置きすぎるのはどうかと思うが……

 でも、あの警官は冒険者から通報が数件あったと言った。ここに大きな疑問が残る。駆け出し冒険者が、私さえ気づかなかったじゃりめの正体を把握して通報するなんてありえるのだろうか。もちろん、ベテランもこの街にいるが、その人達なら今のじゃりめ程度は怪我を負う前に即殺できるはずだ。それなのに、都合よく数件のも被害届けが出されるなんておかしいと思う。

 何より、あの警官が矢に強力な毒や呪いを付与していたという点が気になる。街中での害獣駆除にそこまで強力な毒を使うのだろうか。そもそも、そのような装備が警察が所持しているかも怪しい。

 思案する私を、クリスさんはニヤニヤとした表情を浮かべながら見つめた後、私の耳元にこっそりと囁いた。

 

「ゆんゆん、もしかしたら次の“駆除”のターゲットになるのはキミかもね」

 

「っ……!?」

 

「相手の思惑は失敗してるようだしね。業を煮やした犯人は……って事がないとはいえないねぇ」

 

 クリスさんの言った言葉を聞いて怖気が走った。私が“駆除される”そんな事あるのだろうか? そもそも、なぜ私が狙われる。

 エリス様が言うようにカズマさんが何らかの罠にハメられてるとしたら、彼を探し続ける私は確かに邪魔な存在かもしれない。そういえば、指輪の件だって実に不可解であった。もし私が指輪を失ったままだったら私の精神は厳しいものになっていただろう。そこに、じゃりめの死という追い打ちを受けたら、私の精神がどんな事になるかなんて考えたくもない。

 確かにクリスさんが言うようにカズマさんがいない事で弱っている私を“壊す”のに実に合理的な手段といえる。もしかして、一連の出来事は、本当に作為的なものだったかもしれない。

 

「クリスさん、本当にそんな事ってあるんですか? どこか陰謀論を真面目に考えているようでどうにも胡散臭いです」

 

「さあねぇ……でもあたしはその子を殺してキミに精神的苦痛を与えようとした犯人の目星はある程度ついてるよ」

 

「……教えてください。参考までに聞いておきます」

 

 私の静な問いかけに、クリスさんはクスクスと笑う事で答えた。それだけで分かってしまう。彼女は私にそれを教える気がないのだろうと。

 

「言ったでしょ? あたしと契約したら教えてあげる。期日は明日の正午だけど今すぐにあたしと契約してもいいんだよ? 知りたい? ねぇ知りたい?」

 

「いえ……今夜じっくり考えさせてください」

 

「はぁ、早くしないと取返しのつかない事になるかもしれないのにね」

 

 クリスさんが呆れた声音でそういった。私は腕の中のじゃりめを軽く抱きしめる事で不安を紛らわせる。彼女は大きなため息をついた後、私の頭を優しく撫でてきた。その瞬間、不安や悩みが吹き飛んで、何だかとても癒されていくのを感じた。でも、同時に脳内を何かに犯されるような感覚がして、私は慌てて彼女の手を振りほどいた。

 

「と、とにかく今はこの子を休ませたいんです。私も明日には覚悟を決めて見せます!」

 

「ふーん……後悔のないようにね……」

 

クリスさんは薄く微笑んでから、溶けるように私の前から消えた。

 

 

 

 私はそんなクリスさんを見送ってから、ゆっくりと自室へと入った。そして、じゃりめをソファーの上にひとまず置き、キャットフードと私のご飯を準備する。

 

「一緒に食べよう?」

 

「にゃっ!」

 

 ソファーの傍でキャットフードをがっつくじゃりめを眺めながら、私は食事を始めた。そこに今まで感じたような寂しさはあまり感じなかった。ただ、今度は“足りない”という感情で胸がいっぱいになった。私の隣がとても寂しい。

 そして、いつもよりかは和やかな食事を終えた後は、嫌がるじゃりめを抱いて無理矢理一緒にお風呂へ入った。じゃりめについた血と泥を洗い流しながら、私は改めてこの小さな命が助かった事に感謝した。

 もし、あの時この子が死んでいたら、私がどんな行動を取っていたかは本当に考えたくもない。少なくとも、あの警官には大怪我を負わせていたかもしれない。あの時、冷静でいられたのはじゃりめに息があったおかげだ。そして、“カズマさん”が私の傍にいてくれたからというのもある。

 お風呂の後は、水を吸って貧相になった黒い毛並みをしかっりと拭き、魔法の熱風を送って乾かす。これに関しては気分良さそうにするじゃりめを見て、くすりと笑った。

 

「じゃりめ、しばらく安静にしててね?」

 

「にゃう……」

 

「そんなに恨めしそうに私を見てもダメ。あなたはもう普通の子猫というわけにはいかないの……」

 

 私は小さなバスケットに毛布を敷いて、じゃりめをその中に入れる。そして、その簡易的な寝床を枕元に置いて私もベッドへ横になった。

 薄暗い部屋の中で、じゃりめはバスケットから顔を出して窓の方を見つめている。私はそんな毛玉の頭を撫でる。毛玉の視線が、私へと移った。

 

「ねぇ、じゃりめ私と一緒に住みましょう?」

 

「にゃ……」

 

「あなたなら分かるよね? もう今までのような街での暮らしはダメ。きっと、今度こそ誰かに殺されちゃう」

 

「にゃう……」

 

 しょぼくれるじゃりめを私は撫で続けた。本当なら、森に帰すのが一番かもしれないが、冒険者としてそれは許せない。それにこの子が将来人間の敵になる事は避けたかった。何より私がじゃりめと離れたくないと思っている。

 

「じゃりめ、私と一緒にいて……?」

 

「にゃ……にゃぅ!」

 

 私の問いかけにじゃりめは一瞬迷ったようだが、しょうがないとばかりに一鳴きした。どうやらこの毛玉も随分とチョロいようだ。私は、嬉しくてじゃりめをバスケットから取り出し、一緒に毛布にくるまった。色んな暖かさに包まれて、私は久方ぶりに幸せな気分になった。そして、同じく気持ちよさそうにしているじゃりめに語り掛けた。

 

「じゃりめ、前にもいったかもしれないけど、私には大切な人がいるの」

 

「にゃ」

 

「だから、きっとあなたと私の大切な人、カズマさんとの生活は絶対楽しいと思う。二人と一匹の幸せで楽しい毎日……それから月日が立てばもっと増えるかも……くふっ……くふふっ……!」

 

「にゃ、にゃぁ……」

 

 何やら微妙な視線を送ってくる毛玉のお腹を私はくすぐる。幸せな将来を思い描いて脳がとろけそうになる一方で、私は明日の事を考えていた。明日は私のとって決断の日……運命の日だ……

 

「にゃ」

 

「じゃりめ……?」

 

 思考が泥沼へと嵌りそうになった所で、じゃりめのネコぱんちで引き戻される。私はこの毛玉の思慮深さに苦笑してしまった。だから、私は明日の事を考えるのはやめた。 大丈夫、これは思考放棄なんかじゃない。明日という日のために体を休めるのだ。私はじゃりめを抱きしめてその毛深い耳元に囁いた。

 

「じゃりめ、お魚好き?」

 

「にゃっ!」

 

「なら約束しましょう。カズマさんが私の元に帰ってきたら一緒に釣りに行くんです……」

 

「にゃふ」

 

 お魚という単語を聞いて、じゃりめの瞳が暗闇の中で鋭く光った。なんとも現金な猫……いや初心者殺しだ。

 

「私も本を読んだりして少しは学んだんです。きっと今度は大物がいっぱい釣れちゃいます。そうしたら、私とカズマさんとあなたと一緒に食べましょう?」

 

「にゃっ!」

 

「ふふっ、約束ですよ?」

 

 じゃりめのぷにぷにとした肉球を堪能しながら、私はじゃりめと小さな約束した。でも、この約束を果たすためには彼がいなくては始まらない。それに、私との約束だってあるのだ。

 

 

「カズマさんも約束してくださいね?」

 

 

 私の囁きに答えてくれるものはいなかった。でも、私は久しぶり、本当に久しぶりに気持ちの良い眠りにつく事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 翌日、私はウィズさんの魔法具店に朝から訪問した。そして、出迎える二人を前に、じゃりめの入ったバスケットをカウンターに置いた。

 

「ウィズさん、バニルさん、少しの間この子を預かってくださいませんか?」

 

「ふむ……よかろう」

 

「私も別にいいですよ! わぁ可愛い……ふわふわな毛並みに鋭い鎌爪……凛々しくて凶暴そうな口元がとってもチャーミングで……って初心者殺しじゃないですかこれ!?」

 

 ウィズさんに対して鼻をスンスンと鳴らすじゃりめを見て、彼女は驚きの声を上げた。流石というべきかバレてしまったようだ。分かる人には分かってしまうものなんですね……

 

「ウィズさん、その子は私の大切な家族なんです。少しでいいからお願いできませんか?」

 

私の訴えを聞いて、ウィズさんは動きを止める。そして、満面の笑みを浮かべて私に答えた。

 

「そうですか……ええ、大人しい子ですし別に構いませんよ。それにこんな幼獣じゃ今は子猫と対して変わりませんしね!」

 

「ありがとうございます……この子を……じゃりめをお願いします」

 

私はウィズさんに深く礼をしたあと、バスケットから頭を覗かせるじゃりめを撫でた。全て終わったら、抱き着いて思いっきりモフろう。

 

「じゃりめ、行ってくるね!」

 

「にゃっ!」

 

 元気よく答えるじゃりめをもう一撫でしてから、私は毛玉に背を向けた。私には行かなくてはならない場所があるのだ。そして、店の扉に手をかけた時、背中越しにバニルさんから声をかけられた。

 

「後悔のない決断をしろ。そして自分の信じる道を行くがいい……ゆんゆん」

 

「はい!」

 

声援ともとれるバニルさんの言葉に、私はそう強く答えた。

 

 

 

 

 そして、私はアクセルの街の中心広場に来ていた。今日は私にとって運命の日だ。この選択次第で私の道は大きく変わる。しかし、私はまだどちらの道を選ぶか決めていなかった。

 一つ目の道はダクネスさんの捜索隊に加わる事。この道を選ぶと、私は実に様々な物を捨てて捜索の旅に出る事になる。ダクネスさんの話を信じて捜索を続ければ、カズマさんに再会する事が可能かもしれない。見つけさえすれば、こっちのものだ。めぐみんは刑務所に入れるとか何とか言っていたが、ダクネスさんと協力する事でそれも回避可能だろう。

 二つ目の道はエリス様と共に捕らわれているというカズマさんを助ける事。エリス様の話を信じるならばカズマさんとの再会はもはや確定事項と言っていい。加えて、この騒動の犯人にも対面できる可能性が高い。カズマさんを罠にはめ、私とじゃりめに陰湿すぎる嫌がらせをした奴との対面……想像しただけでと私の中に怒りと殺意がふつふつと湧き上がる。

 

 ともかく、どちらの道を選んでも、大きく事態が動く事は確かだ。それに、私はこの二つの道に関するとある事実に気付いていた。

 

「どちらかが嘘をついている……?」

 

 そう、ダクネスさんやめぐみんの証言と、エリス様が示す道は両立しない。どちらかが嘘をついている事は確定だ。だから、私が“ハズレ”を選んだ場合、とんでもない事になりそうだという予感がする。

 

「でも、決めなきゃ……」

 

 この広場は十字路になっており、私から見て右の道を行けばダクネスさんが待つカズマさんの屋敷へたどり着き、私から見て左の道を行けばクリスさんの待つエリス教会にたどり着く。

 

「ふふっ、まさに運命の分かれ道って奴ですね……」

 

 

 

私は中心広場で目を瞑り、しばしたたずむ。

 

 

 

そして、顔を上げて自分の進むべき道を見つめた。

 

 

「カズマさん……私は……!」

 

 

 

彼女は自分が決めた道へとゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

無論、その両目には迷いはなかった。

 

 

 

 

 




じゃりめ:殺す事でゆんゆんに精神的ダメージを与えるために登場させたオリキャラ。本来はバラバラにされて紙袋に詰め込まれてゆんゆんの部屋に投げ入れられたり、脳天に矢が刺さって即死させる予定だった。

という事で毛玉は初心者殺しでした。何のひねりもないよ!

次回も一週間~二週間後くらいかな……
週末はさまないとキツイね!


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私のカズマさん

 

 

 

 まどろむ意識の中、二つの手が俺の両頬を愛おしむようにゆくっりと撫でるのを感じる。

 

『カズマ、今日で決着ですよ』

 

『大丈夫、全て上手くいくさ。お前は私の、私達のものだ』

 

 そして、甘く柔らかな感触が軽く両ほほに触れた後、二つの足音が部屋を出て行くのを聞きとる。俺はその事に安堵しながら、意識をゆっくりと落とした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

「起きなさいカズマ!」

 

「んぉ……!」

 

 体をゆさゆさと揺すられて、俺は浅い眠りから目を覚ます。少し寝不足でダルい体を起こすと、アクアが困惑と焦りのような表情を浮かべながら見つめてきた。何か緊急事態でも起こったのだろうか?

 

「どうしたアクア?」

 

「なんでまだここにいるのよ!」

 

「はぁ? お前らに監禁されたからだろうが」

 

「え……? うん…それはそうだけど……!」

 

「お前も寝ぼけてんのか?」

 

 アクアは俺の方をチラチラ見ながら困惑顔でうろたえている。そんな姿を見て、俺は小さく溜息を吐いた。やっぱり、こういう姿は何というか、アクアらしくない。

 

「さて、俺を監禁してるアクアさんよぉ、欲しいものがあるんだ。準備してくれるか?」

 

「その言い方やめなさいよ……分かったわ、何が欲しいの?」

 

 俺は希望の品を告げると、アクアは困惑しながらも了承した。そして数十分後、俺の前に使い慣れた装備品が並べられていた。ボロボロのマントに、ゆんゆんから貰った鎧、エリス聖水やアクア聖水などの秘蔵ポーションが入ったサイドポーチ。それらが何だかとても懐かしいものに見える。まぁ、少なくとも一ヶ月以上はコイツらを装備する事も手入れする事もなかったので、当然ともいえる。

 

「まったく、俺を監禁なんてお前らは発想がおかしいというか、結構アホだよな」

 

「そう言わないであげて。私だって、あの時はこれが一番良い方法だって思ったもの……」

 

 そんな事を言うアクアを横目に、俺は当日着ていたズボンを手に取った。ベルトはつけっぱなしであり、ポケットには財布と、ゆんゆんから貰ったお守りが入ったままだ。昏睡時に無理矢理脱がされた事を生々しく物語るズボンを見て俺は苦笑した。

 この監禁期間は俺にとっては楽しいものであり、苦しいものであったが、アクア、ダクネス、めぐみん、それぞれの秘めたる思いを知る事が出来た。そして、この状況が俺の軽率な行動、女性関係に対するクズ行為によるものだと、しっかり認識できた……認識させられた。

 

「アクア、そいつをこっちに渡せ」

 

「でも……」

 

「別に暴れたりしねぇよ。そいつは俺の愛用の品なんだ」

 

「…………」

 

 手を差し出す俺に対し、アクアは手の中の長物“ちゅんちゅん丸”をぎゅっと抱きしめる事で答えた。この監禁生活の中で俺は欲しいものはすぐに支給された。しかし、ナイフのような武器になりえるものは実質禁止だった。アクアはめぐみん達の暗黙のルールを破りたくないようだ。軽く溜息をついてから、装備確認でもしようと改めてサイドポーチを開いた時、アクアが俺の隣に腰かけてきた。そしてポツリと呟いた。

 

「ねぇカズマ、外に出たい?」

 

「当たり前だろ」

 

 即答した俺を見て、アクアは寂しそうに笑ったあと、ポケットをさぐり、俺の前にとある物を差し出した。それは簡素な金属製の鍵であった。俺はそれを見て息を呑む。状況的にこの鍵が何であるか分かってしまった。

 

 

 

「私がアンタを外に出してあげるわ!」

 

 

 

 ドヤッとした顔のアクアはとてもムカツクが、解放してくれるという発言は長い間解放の説得をしていた俺にとっては嬉しい言葉だった。

 

「やっとその気になったか……それなら早く解放してくれ……色々と限界なんだよ……」

 

「分かってるわよ。でも、その前に聞いて欲しい事があるの」

 

「へいへい、聞いてやるから手短にな」

 

「もう……!」

 

 アクアは若干プンスカしながら刀をベッドの上に放置した後、腰かける俺の上に乗っかっり、対面座位ともいえる状態で俺とアクアは向き合う事になった。そして、アクアは嬉しさと寂しさが入り混じったような表情で語り掛けてきた。

 

「カズマ、私はアンタとずっと一緒にいたいの……」

 

「おう」

 

「でもね、出来ればめぐみんやダクネスとも一緒にいたいって思ってるの……」

 

 そう言ってから、アクアは俺の胸板に顔を押し付けてきた。これで表情は見えなくなったが、ぶるぶると震える体でどんな状態かは分かってしまう。

 

「私は皆と一緒に過ごす時間が好き。アンタはクズ行為やニートこじらせてバカな事やって……めぐみんは爆裂魔法とチンピラみたいな行動でトラブルを引き起こす……ダクネスは変態行為と先走った行動でアホみたいな事態を誘発する。そして、そんなアンタ達を優美で慈悲深くて聡明な私が華麗に助けてあげる……そんな波乱万丈だけど楽しい日常が好き……」

 

「おい」

 

「私はね、この“私達”の関係が壊れる事が嫌だった。だから、精神的に少し弱ってた私にとってアンタを監禁するっていうのは本当に魅力的な方法だったの。これで皆とずっと一緒にいられるって思ったもの」

 

 アクアが俺の腰に腕を回してきた。そして、俺の胸板に顔を擦りつけるように頭を動かす。なんだかマーキングをされているみたいだ。

 

「監禁した最初の頃は、はっきり言って楽しかった。皆と一日中一緒に怠惰に過ごすのって中々できないでしょ? それに気持ちが良かったし、アンタだって楽しそうだったの。だけど、何か嫌な予感が日に日に増していくのを女神の勘で感じたし、アンタはイライラ溜め込んだ上に、私達とのえっちぃ事も何だか無理してやっているように見えたの……」

 

「俺だって最初は良かったさ……最初はな……」

 

 酒池肉林の毎日は本当に最高だったが、それだけしかない生活は思った以上にキツいものだし、ゆんゆんの存在が頭にあったため素直に日々を謳歌するなんてできない。それに、排泄などの生理的活動でも地味にメンタルを削られているのも忘れてはならない事だ。

 

「それで気付いたの。これは私が望んでた“ずっと一緒にいる”じゃないって。だから、私はこんな事は終わりにしたい。アンタが苦しんでるのはもちろんだけど、めぐみんだって何かに怯えているように見えるし、ダクネスも心の中はぐちゃぐちゃ……このままだと皆が壊れちゃうの……!」

 

「アクア……」

 

 俺の胸から顔を離してアクアがこちらを上目遣いで見て来た。顔は真っ赤であり、涙と鼻水に濡れて綺麗な顔はぐちゃぐちゃだ。

 

「だから……だから……んじゅっ……!」

 

「俺の胸で鼻水拭くなバカ!」

 

 涙やら鼻水やらを、俺で拭きとろうとするアクアの頭を引っ掴んで離す。俺に擦りつけていくらか綺麗になったアクアは、今までとは違って真剣な表情になった。

 

 

 

「だから監禁なんて今日で終わらせるの!」

 

 

 

そう宣言した後、アクアは俺の手をギュッと握り、手枷の鍵穴部分に鍵を差し込む。そして、ゆっくりと回して――鍵は回らなかった。

 

 

「あれ? 開かないんですけど!」

 

「あれじゃねぇよバカ!」

 

「ああっ、またバカって言った! だってダクネスが大事そうに持ってた鍵なのよ! きっとこの手枷の鍵だわ!」

 

「確証ないのかよ……ほら借してみろ……」

 

 俺は涙目のアクアから鍵を受け取り、改めて鍵穴に差し込んでみた。しかし鍵は回らない。どうやら手枷の鍵ではないようだ。あれだけ大きな事言ったくせに結果がこれとは、何だかアクアらしい。冗談じゃすまないけど。

 

「おいアクア、監禁を今日で終わらせるんじゃなかったのか?」

 

「えへへ……その……ごめーんね!」

 

「…………」

 

 小首を傾げてテヘペロしてくる駄女神様を張り倒してやりたいが、はっきり言って落胆の方が大きい。

 

「はぁ……つっかえ……」

 

「使えないって言わないでよ……ごめん……ごめんねカズマ……私のミスで……」

 

「謝るなって」

 

「あっ……」

 

 膝上で再び涙目になっていたアクアを抱きしめる。柔らかな感触と鼻孔くすぐる甘い匂いを堪能しながら、言い聞かせるように囁いた。

 

「アクア、解放するって意思を見せただけで俺は大満足だ。だから、そんな顔するな」

 

「でも、私のせいで……!」

 

「だからそのお前らしくない態度はやめろ。今のお前とはずっと一緒にいるのなんてゴメンだ」

 

 ガバっと顔を上げたアクアの顔には絶望の表情が浮かんでいたが、俺はそんなアクアの頬を摘まむ事でその表情を崩した。アクアだけじゃない、めぐみんもダクネスも、この生活で本当にらしくない様子だった。

 

「お前にはそんな表情は似合わないし、俺の世話を焼くのもなんか違う。お前はお調子者で能天気で俺並の面倒くさがり屋だ。俺なんかこき使おうとするのがいつものお前だろ?」

 

「え……うん……」

 

「そして、馬鹿なくせに一丁前に人を馬鹿にするのがお前だ。確かに従順なお前は可愛いが、お前はもっとこう……暇さえあれば俺をおちょくってくる奴だろ! ほら、以前みたいに俺を馬鹿にしてみろよ!」

 

「え、カズマってそういう趣味の人だったの? ドン引きなんですけど……」

 

「おほっ! いいぞ! その目だ! その蔑んだ目で俺をもっと見てくれ!」

 

「うわぁ……」

 

 こちらを蔑む目で見てくるアクアの視線を受けてゾクゾクとした謎の快感に包まれながら、俺はうんうんと頷く。やっぱりアクアはこういう態度の方がコイツらしい。まぁ、世話焼きモードも色んな意味で捗るのでアリだがな!

 

「ともかく、お前は俺の解放に協力してくれるんだな?」

 

「うん、振り出しに戻っちゃったけど必ず鍵を見つけてみせるわ……」

 

「そいつはどうも。でも、もう必要ないな! 先生、お願いします!」

 

 俺は大声で叫びながら、頼みの土下座を敢行した。その瞬間、ベッドの下から数体の西洋人形がゆっくりと這い出てきた。しかも、西洋人形たちは手にボルトクリッパー、鏨とハンマーなど、様々工具を持っていた。

 

「カズマ、これは……?」

 

「お前なら分かるだろ? 幽霊少女のアンナちゃんだ。脱出に協力してくれるって昨日俺の前に現れてな。鍛冶用や日曜大工で使ってた工具をこうして持って来てもらったんだ」

 

『『『……!』』』

 

 昨日の深夜、監禁部屋に侵入してきたのは幽霊少女のアンナちゃんだった。以前屋敷での“遊び”で遭遇した幽霊が彼女だった事には驚いた。ともかく、彼女のおかげで脱出の算段はついていたのだ。他力本願だとかは言ってはいけない。

 そして、人形達が任せろとばかりに己の工具をぶんぶんと振った後、俺をベッドにつないでいる鎖に取りついて切断作業を始めた。部屋の中に工具を使う金属音が鳴り響くなか、アクアはその様子を何故か嬉しそうに見つめていた。

 

「にしてもこの部屋は本当に屋敷の中にあったんだなぁ」

 

「うん、めぐみんがたまたまこの隠し部屋見つけちゃったみたい。ただ、隠し部屋っていっても、この子を人目に見せないように幽閉するためにも使ってた部屋なんだけどね……」

 

 一体の西洋人形を撫でながら、アクアがそう呟いた。俺はその言葉に納得する。この幽霊少女が俺に協力してくれるのも、そのような背景があるからだろう。そう考えると、アンナちゃんには随分とヒドイ事を見せてしまったような気がする。まぁ、今度墓掃除でもしながら謝ろう……

 そんな風に思考にふけっていると、ガキンという大きな音とともに鎖が切断された。工具を持った人形達は、どこか満足気だ。そして、俺は久方ぶりに自由になった体を大きく回す。両手両足に鎖がないというだけで、こんなにも体が軽いのかと嬉しさまじりに実感した。

 

「ありがとうなアンナちゃん! 落ち着いたらご所望のエロティックな冒険話“爛れた二ヶ月間”について話してやるよ」

 

『『『!?』』』

 

 一斉に首をぶんぶんと縦に振る西洋人形達に恐怖しつつも、俺は傍らに置いてあった服や装備品を身に着けていく。解放だけで、終わりじゃない。俺には会わなきゃいけない奴がいる。ゆんゆんに早く顔を見せたいのだ。そうして、俺が鎧とマントを身に着け、完璧な冒険者衣装に着替えた時、俺の背中に抱き着いてくるものがいた。無論、アクアだ。

 

「カズマ……」

 

「なんだ?」

 

「あの子の所へ行く前に私と契約してよ……」

 

「はぁ? 契約?」

 

 聞き返した俺に対して、アクアがより強く抱きしめる事で答えた。それにしても契約か、エリス様といいコイツといい契約大好きだな。それほど重要なものなのだろうか。

 

「ちなみに契約内容は?」

 

「別に魂盗ったりなんてしないわ。“ずっと一緒にいる”それを約束してくれるだけでいいの……」

 

「“ずっと一緒に”ねぇ……」

 

 アクアの契約内容は、奇しくもエリス様と同じ物であった。こんなにも俺に執心してくれるのは嬉しい事だが、同時に得体のしれない薄ら寒さも感じた。まぁ、アクアなら大丈夫だろう。多分……

 

「アクア、すまないが契約は誰であろうとお断り中だ。バニルにそう忠告されてるからな」

 

「……カズマは私よりあの汚らわしいヘンテコ仮面の言う事を信じるの?」

 

「そう言うな。アイツには色々と助けてもらったろ? それに契約に関してはエリス様に先約があるからな」

 

「エリス……!?」

 

 俺の言葉に驚きの声をあげたアクアは、俺を無理矢理動かして向き合う状態にした。俺を見つめるアクアの目には今までに見た事ないような暗い炎が宿っていた。

 

「アンタ、エリスと契約したの!?」

 

「お断り中だから契約はしてない。でも、俺の死後なら契約しても何しても構わないって約束したんだよ」

 

 アクアはそれを聞いた途端、安堵の表情に戻った。やはり、女神にとっては契約というものは大切なものなのかもしれない。

 

「カズマ、それなら私とも約束しなさいよ。私もいずれはアンタと契約したいの……」

 

「とはいってもなぁ、今度エリス様と話してみろよ。俺は多分、より条件のいい契約に乗るだろうしな」

 

「カズマのくせに生意気よ! 私とエリスを天秤にかける気!? ほら、私と契約すると今ならこの河原で拾った変な形の石をアンタにあげるから……!」

 

 

「いらねぇよ駄女神! ともかく、そのへんはエリス様とお前で相談しろ。そんな後々の話はどうでもいい、今はアイツに会うのが最優先なんだよ!」

 

 俺の言葉を聞いてぶーたれる駄女神を放置して装備を整えていく。最後に、愛刀を腰にさして準備完了だ。そして、俺は再びアクアに向き合った。

 

「アクア、外に警備はいるか? それに脱出阻止の罠があったりはするか?」

 

「別に何もないわよ。だけど今朝から庭が騒がしいの。多分ダクネスが何かやろうとしてるわ」

 

「なるほどな……」

 

 俺が昨日の夜に脱出しなかったのは、金属音で皆が起きる危険性とこの部屋の外がどうなっているか不鮮明だったからだ。捕まって振り出しに戻ってしまったら意味がない。だから、割と御しやすく、幽霊少女を無下に扱えないアクアだけの時を狙ったのだ。

 そして、彼女によると脱出阻止の罠のたぐいはないらしい。めぐみん達は俺を監禁してからは文字通り俺の事しか見ていない。ダクネスも俺が壊そうとした鎖を強力なものに交換しようともしなかった。結構、その辺がガバガバかもしれない。それとも俺を管理下に置いた事に満足して彼女達に慢心が生まれてしまったのだろうか……?

 

「とりあえず、ついてきなさいな。あの子の所へ行くんでしょう?」

 

「おうよ」

 

 それから、俺は長い間閉じ込められていた部屋を脱出した。鉄の扉の外は薄暗い石造りの廊下が続いており、突き当りには鉄錆びた梯子がかけられていた。俺はアクアを先に上らせ、梯子の下からアクアの鉄壁スカートの中身をガン見しながら梯子を登り切った。

 そして、梯子の先の蓋を開けて外に出る。そこは俺にとっても馴染み深い屋敷のリビングであった。

 

「はぁ、いつも過ごしてる場所の床下にこんな所があったとはな……」

 

「私も最初見た時はびっくりしたわ! どうやらここの貴族は代々あの部屋に女を連れ込んで半ばレイプに近い事をやっていたみたいね。アンナちゃんのお母さんより以前に犯された女の恨みや怒りもあの部屋にうごめいていて……!」

 

「そういう話しなくていいから!」

 

 俺は肩をブルりと震わせる。アンナちゃんの過去が割とハードなものである事は知っていたが、あまり聞きたくない話だ。しかも女癖の悪さの話は実に耳が痛い!

 

「と、とにかく俺は行くからな! お前もくるか? ゆんゆんを見つけたら飯でも食いながら今後について話そうと思うんだが……」

 

「私がいたら流石に無粋の極みよ。それに私はやる事があるからここに残るわ」

 

「そうかい、ならここで一旦さよならだな」

 

 そう言ってから俺はアクアに背を向ける。そして、歩き出そうとした所で足が止まる。どうやら、アクアにマントを掴まれたようだ。まだ何かあるのかと振り返ると、俺の頬にアクアの指がぷにっと刺さった。こんな時に古典的なイタズラをされて何だか無性に腹が立った。

 

「なんだよお前は!」

 

「怒らないの! 今あんたの姿を私以外の神魔にしばらく見えないようにする秘術をかけたわ!」

 

「はぁ? それに何の意味があるんだ?」

 

「さぁ、でも私のくもりなきまなこは、こうした方が良いっていう未来が見えたの」」

 

「はいはい、また女神の勘ね……」

 

 なかなか馬鹿に出来ないコイツの第六感に納得しつつ、俺は再びアクアに背を向けて歩きだした。そして、背後からはアクアの綺麗な歌声のようなものが響き渡る。どうやら俺に様々な支援魔法をかけてくれているらしい。別に戦うってわけでもないのに結構な事だ。俺は振り返らずにそのまま外へと歩き出す。

 

 

さて、久しぶりに会いに行こうじゃないか! 俺の愛しの嫁さんに!

 

 

「カズマ、いってらっしゃい!」

 

「おうよ!」

 

「“ブレッシング!”……いいえ、“祝福を!”」

 

 

俺は駄女神様の声援に苦笑しながらもに力強く答えた!

 

 

 

 

 カズマがリビングを去った後、残されたアクアの元に一体の西洋人形が現れた。彼女はそれを優しく腕の中に抱いて呟いた。

 

「これでよかったのよね……」

 

『……』

 

「協力ありがとうね! アンナちゃん!」

 

『……!』

 

「ふふっ、あとちょっとだけ付き合ってちょうだいな!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「やべぇ、どうしよう! アクアの所もどろうかな……」

 

 俺はあのまま勢いよく屋敷を飛び出て……いなかった。俺は今だに玄関近くの廊下に潜んでいた。それもそのはず、屋敷の外には何故か大勢の人間がせわしなく動いていた。馬車などが多数揃えられているため、まるで遠征軍の出発前といった様子だ。

 しかも、屋敷の外は絶えず気配察知などのスキルによる監視網が築かれている事を感じ取る。どうやら、盗賊やアサシン系統のスキルを持っている奴が複数いるようだ。テレポートを使えればアクセル中央広場まで行けるのだが、どうやらテレポート阻害の結界の範囲内を抜けれていないのか不発に終わる。出る前にアクアに解除させるべきだった!

 

「くそ、あんなに格好つけて飛び出したのに今更戻るなんて……!」

 

「おい、貴様が何故ここにいる……?」

 

「っ……!?」

 

 話しかけられる声に慌てて振り返る。そこには顔面蒼白で困惑の表情を浮かべるダクネスがいた。自らの索敵が不十分だった事を悔やみつつ、俺は彼女に向き合った。

 

「ダクネス、外の連中は一体何者で……」

 

「曲者おおおおおおー!」

 

「この馬鹿!」

 

「むぐっ!?」

 

 急に大声を上げたダクネスの口を塞ぎ、近くの部屋に転がり込む。ダクネスはというと、腕の中で大暴れしていた。支援魔法がなかったら、力負けしていた可能性が高い。アクア様様だ。

 

「ダクネス、大人しくしろ!」

 

「むがっ!? なんでお前がここにいる? もしかしてアクアが……!」

 

「自力で脱出したからに決まってるだろ! もちろんアクアの手は借りてない。ちょっと親切な幽霊さんに力を借りただけだ!」

 

 俺の言葉を聞いて、ダクネスは困惑しながらも黙り込む。そして、俺の方を蒼色の瞳でじっと見つめてきた。

 

「終わり……そうか……これで終わりか……」

 

「おうよ。今回の事は後でこってり絞るからな。それより今は外の連中の事だ。あいつらはなんだ?」

 

「…………」

 

 ダクネスは俺の問いに対してバツの悪そうな表情で返した。どうやら話す気はないらしい。そんな態度に若干イラつき始めたとき、彼女が俺の頬をそっと撫でてきた

 

「カズマ、私はお前が脱出する事を止めはしないって言ったよな」

 

「そういえばそうだな」

 

「だから、私はお前を見なかった事にする。どこにでも好きな場所にいけ……」

 

「ほう、それはありがとう。ならば外の奴らの事も教えろよ」

 

「…………」

 

 俺の質問にダクネスが再びそっぽを向いた。こうなったら弱点の尻を責めて洗いざらい吐かせようと思った時、俺達の潜む部屋にノックが鳴り響いた。

 

『お嬢様、先ほど大声が聞こえたのですが、このような部屋に潜んで何をやっておられるのですか?』

 

 扉越しに聞こえた声に俺達は固まった。そしてダクネスはというと、こちらをニヤニヤとした表情を浮かべて見つめてきた。

 

「カズマ、私はお前を見逃す」

 

「ああ……」

 

「でも、めぐみんには義理があるんだ! すまない!」

 

「おいまさか!」

 

 

 

「曲者がここにいる! ひっ捕らえ……むぐっ!?」

 

「この大馬鹿!」

 

 俺は慌ててダクネスを取り押さえた。しかし、今の声を聞いたのだろう。扉の前が慌ただしくなった。本当に面倒臭い事をしてくれた!

 

『お嬢様!? へ、部屋に入りますよ!』

 

「“ダメだ! ちょっと盗賊にレイプされるシチュエーションですんごいオナニーしていて、思わず声が出てしまっただけだ! 今私は人に見せられないようなとんでもない姿になっている! 部屋に入ったら貴様は処刑だ!”」

 

『は、はい! ってどういう事ですか!?』

 

「むぐっ……むぐーっ!」

 

俺は羞恥で真っ赤になって暴れるダクネスを抑えながらひとまず安堵する。またアクアの支援魔法、芸達者になる魔法に助けられた。しかし、状況的に詰んでいる。こうなったらダクネスを人質にして脱出しようかなどと考えていた時、扉の向こうから下卑た声が聞こえてきた。

 

『お嬢様、もしかしてそういうのがお好きなんですかい? ダスティネス家が俺達みたいな裏の人間を雇うなんて不思議だと思ったんですが、そういう事でしたか』

 

「“な、何の事だ!? 今の私は本当に人には見せられない姿で……!”」

 

『きっひっひ! 本職のテクニックでいい夢見せてやりますよ……』

 

 

 

 

「俺の女に手を出すなカス野郎がああああああっ!」

 

「ばわっ!?」

 

 気が付いたら、扉を蹴り破って、向こう側にいた男を思いっきり殴りつけていた。そして倒れた所に馬乗りになり、更なる拳による追撃をガラの悪そうな顔に叩き込んだ。

 

「ふざけんなこのカスが! 死ね! おら死ねゴミ野郎!」

 

「あぶっ!? やっ、やめ……がふっ!?」

 

「お前みたいな頭悪そうな人間にはダクネスはやらん! せいっ!」

 

「おぼぉっ!?」

 

 強烈な一撃によって、ガラの悪そうな男は沈黙した。どうやら気絶したようだ。俺は顔についた飛び散った血を拭きながら、満足して立ち上がる。そして、振り返った先にいた憤怒の表情を浮かべたダクネスに気圧された。

 

「おいカスマ、誰がお前の女だって?」

 

「いや、実際お前は俺を監禁までしてだな……!」

 

「その言葉は確かに嬉しいぞ。でも、貴様にはゆんゆんがいるのだろう? そう考えると何故か無性に腹が立って仕方がない! その言葉は私だけを愛している時に言って欲しかった!」

 

「落ち着け! ほら、愛してる! 愛してるぞーララティーナ!」

 

 俺の言葉を聞いてダクネスは怒りの表情をしながらも、大きく息を吸い込んだ。そして、屋敷中に響き渡るような大声で叫んだ。

 

「出合え出合え! この無礼者をぶっ殺せええええええええ!」

 

「だあああああああああ!? この糞女がああああああああ!」

 

 俺は一目散にダクネスの元から逃げだした。もうこうなったら正面突破しか道は残されていない。ダクネスの叫びに気付いて襲撃をしかけてくるチンピラ染みた奴らを蹴飛ばしながら俺は屋敷正面玄関へ向かった。

 

 

 

 

 

 カズマが走り去った後、ダクネスは深いため息をついた。しかし、その表情はどこか嬉しそうなものだった。

 

「これで終わりか……もう少しだったのにな……」

 

 ダクネスは足元に転がる男を蹴飛ばしつつ、今までの事を思い返していた。彼女は一連の出来事で、自分の中に渦巻いていた矛盾に気が付いた。でも、その矛盾を考えずに自分だけが勝利する方法も考えていた。ゆんゆんを“処理”した後、めぐみん達の目を盗んでカズマを解放する。そして、王都の監獄よりも強力な魔封じと神魔の目すら欺くという強力な結界を張った施設へとあいつを連れて逃げるつもりだった。本当に、あと少しでアイツは私だけのモノになったというのに……

 

「ん……? 鍵がないな……まぁもうどうでもいいか……」

 

 懐に入れていた“カズマと私の愛の監獄の鍵”が何故かなくなっていた。あれを握りしめながらカズマと二人だけで過ごす日々を想像するのはとても素晴らしいものだった。

 しかし、それもカズマの逃亡で計画は全て失敗に終わった。今頭の中にあるのは、自分達の行いの反省のみだ。だからこそ心配だった。半刻前に決着をつけると屋敷を出た親友の事が……

 

「めぐみん……」

 

彼女も自分のやるべき事のために歩きだした。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「止まれ! 曲者が!」

 

「喰らえ! ゴリ押しライダーキック!」

 

「ぐがっ!?」

 

 俺のレベル差にものを言わせた渾身の跳び蹴りで、襲撃者をぶっ飛ばす。ダクネスの号令によって先程から散発的に襲撃をしかけてくる奴らがいる。そいつらを蹴散らしつつ俺は屋敷を駆け抜ける。

 そして、ようやく正面玄関にたどりき、大きな玄関扉を開ける。すると、玄関正面に重装備の兵士とクロスボウを構えた兵士が大勢で俺を取り囲むように陣形を組んでいる姿が見えた。どうやらダスティネス家の私兵の皆様は万全の状態で俺を出迎えたようだ。そして、拡声器を持った指揮官らしき男がこちらに呼びかけてきた。

 

 

『お前、サトウカズマだな!? まさか、そちらから出向いてくるとはな! 貴様には逃げ場はない大人しく投降しろ!』

 

「そんな事言われても誰が止まるか!」

 

 俺の勝利条件は単純明快。テレポートが使える屋敷の敷地外へ出る事だ。それならば別に戦わなくていい。捕まらないように逃げるだけでいいのだ。

 

『お嬢様を傷つけただけでなく、ダスティネス家に泥を塗った無礼者め! 死ぬがいい! 総員、奴を打ち殺せえええええっ!』

 

「ちょっ!? マジで殺す気かよ!?」

 

 怒りの表情の指揮官が指揮棒を振った。その瞬間、クロスボウと、後方の弓兵部隊が放った矢が俺に降り注ぐ。普通ならハチの巣になってお陀仏だ。しかし、今日の俺はいつもと違う。ゆんゆんに会いたいという強い思いと、アクアの支援魔法によるブーストで超人的な動きが可能なのだ!

 

「こなくそっ!」

 

『なっ!? 奴は一体どうなっている!?』

 

 俺は降り注ぐ矢を華麗に回避しながら、刀で命中しそうな矢をはじいていた。運気上昇の魔法で俺の自動回避スキルは最高潮だ。アクション映画のようにスタイリッシュに矢をよけながら、俺は驚愕の表情を浮かべる指揮官らしき男にドヤ顔を向けた。

 

「はっ! 今宵の俺はお前ら程度の雑魚兵士には負けねぇんだよ! なんせ、俺の愛の力と、駄女神様の加護がついているからにきまっ!? って、いてえええええええええ!?」

 

『よし、矢を命中させたものには後で追加ボーナスだ! 前衛部隊、奴を取り押さえろ!』

 

「く、くそがあああああっ!」

 

 激痛に顔をしかめつつ、俺は肩に刺さった矢を引き抜く。そういえば、運気アップの魔法をくれたのはあの不運な駄女神様だ。変に過信をするべきではなかった!

 そうこうしているうちに、重装備の兵士が捕縛のために動き出した。しかし、その動きによって僅かに隊列に穴が開いたのを俺は見逃さなかった。素早くポーチから以前のダンジョン探索で使わずに保管していたアイテムを取り出し魔力を込めた。

 

「“インフェルノ!”」

 

『くっ、対魔法陣形に変更!』

 

 指揮官の声より早く俺は動いていた。魔法が封じられたスクロールから無詠唱で放たれた火炎魔法は兵士達を包み込むように発動した。肉の焼ける不快な臭いと悲鳴が聞こえるが、知った事ではない。どうせ俺が魔力をこめた程度じゃ死なないだろうし、屋敷にはアクアもいる。

 俺は上級魔法に驚いて、前衛部隊が僅かに崩れる事で出来た穴に強行突入し、立ちふさがる奴には斬撃と蹴りを入れて突破した。そして、俺が突然登場した事に驚き右往左往する後衛部隊を無視して走り抜け、屋敷の柵を超えるために渾身の大ジャンプをかます。眼下で柵を超えた事を確認して俺は空中でガッツポーズを作った。

 

『逃がすな! 撃てええええっ!』

 

「ヒャーハッハッハ! 俺の勝ちー! “テレポート!”」

 

 そして、無事テレポートの魔法が発動し、俺の周りの景色が歪むようにして切り替わった。そこは懐かしのアクセル中央広場だ。久しぶりに感じる太陽の光と、まばらに聞こえる雑踏の音が実に心地良い。その時、肩に激痛が走った。そういえば肩に受けた矢傷の治療をしていない。

 

「“ヒール!” まったく頭にあたってたら死んでたぞ……」

 

 結構な死線をくぐった事に今更ながら恐怖しながら、俺の魔法じゃ治療しきれない傷口に包帯を巻いていく。そして、治療をしながら俺は中央広場に設置された時計を見た。時刻は正午からいくらか経過した時間だ。もしかしたら、今の時間帯ならゆんゆんは……

 そんな時、俺のズボンをくいくいと引っ張る奴がいた。視線を下に向けると、小さな男の子が俺の事を不思議そうな顔で見つめていた。それに、心なしか周囲を歩く人達も俺の事を驚愕した表情で見ている。

 

「どうした坊主? 悪いが今は飴ちゃん持ってないぞ」

 

「いらないよ。それより教えて? なんでお兄さんはお尻にそんなものつけてるの?」

 

「はぁ?」

 

俺は腰をひねって自分の尻を確認する。そこには何かが突き立っていた。

 

「ああ、これはクロスボウガンのボルトだな」

 

「クロウボウガン……? お兄さん大丈夫なの?」

 

「はっはっは! 大丈夫……なわけねえええええええっ! 取って! 誰か取ってえええええええっ!」

 

「うわキモッ! こっち来ないでよお兄さん」

 

 俺はボルトが刺さったケツを周囲の人たちに泣きながら押し付けた。無論、周囲の人はキチガイを見るような目をして俺から遠ざかった。どうやら、テレポートの瞬間に撃った敵の最後っ屁が命中したようだ。何故か痛みが全くない所がすごく怖い!

 

「いやあああああっ! 取って、こわれるうう! お尻こわれちゃうううううう!」

 

「きゃーっ! なによアンタ!」

 

「来るな、こっち来るな変態野郎!」

 

 そして、散々醜態を晒した後で、一人のおじさんがボルトを優しく引き抜いてくれた。ボルトの返しがケツ穴を破壊する激痛に俺は死にそうになったが、俺が託したエリス聖水を塗り込みながら丁寧にやってくれたため、何とか耐えられた。尻を撫でられまくった気がしたが、治療した後は良い笑顔でこの場を去ったおじさんに俺は何故か尊敬の念が湧いてきた。

 俺はおじさんに感謝の祈りを捧げつつ、尻を抑えて立ち上がる。しかし、先程の治療風景を何故か興味津々に見ていた奴らの一部が、俺を取り囲んできた。

 

「おいなんだ? さっきのはれっきとした治療行為だからな。俺の汚いケツを見せた事は謝るからどいてくれ」

 

「「「…………」」」

 

しかし、取り囲んだ奴らは動かずに俺の事を血走った目で見つめてきた。なんだろう。ホモの人達であろうか?

 

「おまえ、カズマ……だよな……?」

 

「そうだがって……お前は冒険者か? そういえばギルドで話した事あるような……」

 

俺の言葉を聞いた瞬間、目の前の冒険者が大声を上げた。

 

「レイプ魔のカズマがいたぞおおおおおおおおおおっ!」

 

「はぁ!? お前何言って…!」

 

 俺の反論の声もむなしく、大声を聞いた他の冒険者が周りにどんどん集まってきた。しかも、全員が血走った目や、ゴミを見るような目つきで俺の事をガン見している。

 

「マジだ! 鬼畜のカズマさんだ!」

 

「あのレイプ魔生きてたのか!?」

 

「俺は隣国に逃げたって聞いたぞ!」

 

「女の敵……! サトウカズマ、絶対にゆるさねぇ!」

 

「一億! 一億!」

 

 取り囲む冒険者の数が50人を超えるのではという数になった時、俺にとっても馴染み深い奴が俺の隣に並んできた。アクセル随一のチンピラことダストと、その仲間のキースだ。

 

「ダスト、キース、久しぶりだな! 早速で悪いがこれは一体どういう事だ!? 俺がレイプ魔ってなんだよ!? それにコイツらは一体……」

 

「カズマ伏せろ!」

 

ダストの突然の大声に俺は素直に従って地に伏せた。その瞬間、ダストは俺の腰があったであろう位置に蹴りを叩き込んだ。そして、俺の腰の位置に飛び込んで来た男が蹴り上げられて苦悶の声ともに倒れ込む。男は両手には頑丈なロープを持っており、どうやら俺を捕縛しようとしていたようだ。

 

「ダスト、これは……?」

 

「知らないのかカズマ? ララティーナがお前を捕縛した奴に一億エリス出すっていうクエストを出してるんだ」

 

「よっと……! それにカズマはアクセルでまた有名になってるぞ! 貴族の女をレイプして、その時のハメ撮り写真で脅して財産搾り取った挙句、孕んだ子供を腹パンで堕胎させて最後には女を売春宿に売ったってな!」

 

「まるで意味が分からんぞ!?」

 

 別の襲撃者を蹴り飛ばしたキースの言葉に俺は絶句する。どうやら監禁されている間に根の葉もない噂を広められてしまったらしい。どうしてそんな噂を広げたか、意図が全く分からないが状況的に見て犯人はダクネスだろう。あのお嬢様は本当にあくどい事をやってくれたようだ。

 

「お前らは俺の味方なのか……?」

 

「当たり前だ!」

 

「俺達友達だろ?」

 

 そう言って彼らは己の武器を構えて俺の隣に並び立った。なんだか凄く嬉しいし、頼もしい気分だ。いくらか落ち着いた俺は、周囲を見渡す。やはりアクセルの街だからか、俺の知り合いが数多くいる。これなら交渉も可能だろう。

 

「おいお前ら! 俺が貴族をレイプしたなんて信憑性のない噂を信じるのか!? 知ってるだろ!? 俺は魔王を討ち果たした大英雄のカズマさんだぞ!」

 

俺の言葉で、警戒しながら周囲を取り囲んでいた冒険者に動揺が広がる。そして、一人の顔見知りの冒険者が剣を構えながら怪訝そうに話しかけてきた。

 

「おいカズマ、それ本気で言ってるのか?」

 

「当たり前だろ! 俺がレイプをするような人間に見えるか!?」

 

 その言葉に、冒険者達は更に動揺する。女冒険者に至っては、俺を見て泣き始める奴までいた。まるで意味が分からない。そして、先ほどの冒険者が引きつった表情でポツリと呟いた。

 

 

 

「だってカズマじゃん……」

 

 

 

 俺はその言葉にヤレヤレといったポーズを取った。まさか俺のイメージがここまで堕ちていたとは驚きだ。

 

 

 

「はっはっは! どうしよう! 何も言い返せねぇ!」

 

 

 

「よし、鬼畜のカズマを捕まえろ!」

 

「死ねレイプ魔!」

 

「一億! 一億!」

 

 途端に俺に冒険者が群がってきた。しかし、俺を守るようにダストとキースが陣取った。

 

「お前ら……!」

 

「ここは任せて先に行け!」

 

「会いたい奴がいるんだろ!?」

 

 二人の声に俺は涙が出そうになった。やっぱり持つべきものは友達だと思った。これが終わったら、後で盛大に奢ってやろう……!

 

 

 

「「と見せかけて確保―!」」

 

「裏切ったな貴様らあああっ!?」

 

 二人に背を向けた途端、奴らは俺を引き倒してきた。二人の目には友情なんてものはなく、周囲の冒険者と同じ血走った目をしていた。

 

「ヒャッヒャッヒャ! これで一億は俺達のもんだああああっ!」

 

「すまんなカズマ! でも引き渡す先はララティーナだろ? 悪い事にならねーし、大人しく俺達の糧になってくれよ!」

 

「お、お前ら……ぶっ殺してやる!」

 

 俺が怒りに任せて二人に本気の一撃を叩き込もうとした時、奴らは何者かに吹っ飛ばされた。まさか俺の味方かと思って視線を向けると、そこには血走った目でこん棒を握る見知らぬ冒険者がいた。

 

「一億は俺のだ……!」

 

「うるせぇ俺んだ!」

 

「何言ってんだ死ね!」

 

「お前が死ねカス!」

 

 随分と低レベルな争いが俺の周りで起き始めた。俺に近づこうとする冒険者を別の冒険者が引き倒し、その冒険者を別の奴がぶっ飛ばす。欲望で血走った目をしてお互いに殴り合いを始めた冒険者を見て、俺は頭を抱える。アクセルってこんなにも民度低かったかな……

 そんな時、俺の肩をポンポンと叩く奴がいた。振り返ると、これまた見覚えのある顔、テイラーとリーンがいた。

 

「カズマ、こっちに来い! 俺達のいる所はひとまず安全だ!」

 

「大丈夫、あたし達がいる所は安全だから!」

 

「滅茶苦茶怪しいけどお願いします!」

 

 そして、盾で襲撃者を吹っ飛ばすテイラーの先導で暴徒と化した冒険者たちが争う一画を脱出した。行きついた先は中央広場の噴水の近くだ。そこには争う冒険者達を見守るように見物する奴らがいた。

 

「テイラー、こいつらは……って見覚えがある奴らがいるな!」

 

「やっほーカズマさーん! 元気そうだね! あたしちょーうれしいよー!」

 

「本当にカズマじゃないか。久しぶりだねぇ……!」

 

 そう言って駆け寄ってくるのは、バードのロリッ子とダークハンターのお姉さんだ。以前から何かと俺に飯を奢らせようとする女冒険者二人だ。それ以外にも俺がこの街に初めて来た頃から世話になった奴、酒を飲み交わした冒険者、ゆんゆんと行った初心者救済クエストで助けた駆け出し冒険者が俺を歓迎してくれた。

 

「え、なんなの? 皆、俺を信じてくれてる奴らなのか?」

 

「さあねぇ。でもあたしはカズマの側につけば儲かるし勝ち馬に乗れるって経験則を知っているからね!」

 

 そんな事を言ったリーンに、古参の冒険者達がうんうんと頷く。俺を捕まえる事よりも、俺の側についた方が儲かると思ってくれているようだ。

 

「この街で久しぶりにおもしろそうな騒動だしな。それにカズマが今まで何をしていたか気になる。終わったら酒場で話を聞かせてもらえないか? もちろん酒はカズマの奢りだけどな!」

 

 いい笑顔のテイラーにのん兵衛共が同意する。酒を飲みながら一緒にバカ騒ぎした連中も俺の味方についてくれるようだ。というか、こいつら全員現金な奴だな!

 

「なんだよ! 俺がレイプ魔なんかじゃないって純粋に信じてくれる奴はいないのかよ!」

 

「「「…………」」」

 

「おいこら! 目を逸らすなお前ら!」

 

 やっぱりレイプ魔という謎のレッテルは俺と深く結び付いているようだ。割と洒落にならない事をしてくれたダクネスにイラっときた時、バードのロリっ子が顔を上気させながらマントを軽く引っ張ってきた。

 

「私は信じてるよ! だってカズマさんだもん!」

 

「実際、なんだかんだで街を救ってきた実績はあるしねぇ……」

 

 女冒険者二人の声に、一部の古参冒険者や助けた駆け出し冒険者が目をキラキラと輝かせながら頷いた。これはこれで気恥ずかしい。まるで俺がこの街の英雄みたいではないか。

 

 

まぁ、事実なんですけどね!

 

 

「だいたいカズマさんが貴族なんてリスクの高い相手をレイプするわけないじゃん! レイプするなら女犯罪者や女性型モンスターみたいな立場が弱い相手や、田舎から出てきたぼっちで碌な男性経験がないようなチョロい女の子を騙して……むぐっ!?」

 

「よーし黙ろうかロリっ子!」

 

 妙な事を口走ったロリッ子の口を抑え込んで黙らせる。しかし、遅かったようだ。さっき俺から目を逸らした連中が『確かに……』とか呟きながら頷いている。誤解が解けたのはいいが、何か違う気がする……

 

「それにしてもカズマ、これどうすんのよ? あんたが引き起こした騒動なんだから、あんたが収拾をつけなさいな」

 

「んな事言われてもなぁ……」

 

 広場では多数の冒険者が無意味な殴り合いをしていた。もうここはコイツらに任せて、さっさとゆんゆんに会いに行こうとした時、広場に男の大声が響き渡る。その声に広場の冒険者の視線が集まった。大声の正体は、先ほど屋敷で相手をしたダスティネス家の私兵の指揮官だ。それに、どうやら広場を私兵で包囲してるようだ。統一した鎧を装備した兵士達がここからも良く見える。くそっ! こんな事になるならさっさと逃げるべきであった!

 

『冒険者共、何を馬鹿な事をしているんだ! お嬢様は捕縛したものに1億を出すとおっしゃっているが、緊急クエストの時のように協力し、後から山分けという選択もあるんだぞ!』

 

指揮官の声に、冒険者達が不服そうながらも争いをやめる。そして、一斉に俺が潜む一団へと向き直った。一人が1億を得るより、分配してでも確実に金を得ようとするあたりが何ともせこい奴らだ!

 

『よし、冒険者諸君! あの鬼畜のカズマをひっ捕らえろ! 手加減はするな!』

 

 

「くっくっく……ここにいる冒険者の数からして……一人頭200万は確実か!」

 

「鬼畜のカズマをやってしまいましょう! 私もあの鬼畜にセクハラされた事あるのよ!」

 

「まぁ、レイプ魔は許せねえな! 正義はこっちにありだ!」

 

「200万! 200万!」

 

 冒険者たちが一斉に俺の元へ駆けてきた。助けを求める視線をテイラーやリーンに向けるが、彼らはニヤニヤとした微笑みを向けるだけだ。

 

「テイラー、リーン! お前味方じゃないのか!?」

 

「勘違いするなカズマ。俺はとりあえず安全な所へ案内すると言っただけだ」

 

「流石にアンタのために戦いたくはないなぁ……」

 

 テイラーとリーンの声に俺は落胆する。しかし、助けた駆け出しや一部の古参が襲撃してくる冒険者を迎え撃つために駆けだした。どうやら無条件で俺の味方をしてくれる奴もいるようだ。冗談抜きで涙が出て来た。

 

「ねーねーカズマさん! 流石にこれじゃ多勢に無勢だよ!?」

 

「まぁ、大半が駆け出しだからねぇ」

 

 バードのロリっ子は焦った表情でリュートをかき鳴らして支援スキルを発動し、ダークハンターのお姉さんはこちらにニヤニヤとした表情を向けてきた。そして、テイラー達もニヤニヤとした表情を浮かべているのを見て俺は悟った。また、“エリス様”のお世話になってしまうようだ。

 

「おいロリっ子! あの指揮官が持ってる拡声器と同じようなものはないか!?」

 

「それならあたしが商売道具で……あったよカズマさん!」

 

「でかした!」

 

 ロリッ子が持ってきた拡声器っぽい筒を受け取り、争いを続ける冒険者たちの前に進み出る。そして、力の限りの声で叫んだ。

 

『静まれ冒険者共! アクセルの成り上がり冒険者、カズマ様のお言葉だぞ!』

 

「うるさいレイプ魔!」

 

「女の敵!」

 

「大人しく俺達の生活の足しになれ!」

 

「200万! 200万!」

 

 しかし、争いは止まらない。どうやら俺はこの事態を収めるカリスマを持ち合わせてはいないらしい。少し残念であるが、それならば仕方あるまい。また、“エリス様”の力を借りるとしよう。

 

『おい冒険者共! 俺の味方をするなら一人あたり500万エリスの報酬を出すぞ!』

 

『ああっ!? 貴様汚いぞ!』

 

 敵の指揮官が何やらうるさいが、争いはピタリと止まった。そして、先ほどと同じ血走った目であるが、俺に対して友好的な視線を冒険者たちが向けてきた。

 

『俺はレイプ魔なんて噂が流れているらしいが、そんなの根の葉もない嘘だ! それに俺は今すぐにでも会いたい奴がいるんだ。まぁ、ちょっと急ぎの用事があるって事だ! だからダクネスなんかに捕まるわけにはいかない! お前ら、俺に協力してくれないか!? 報酬はさっき言った通り、500万エリスだ!』

 

 俺の声を聞いた冒険者達は俺の方に我先に駆け寄ってきた。そして、広場を包囲するダスティネス家の私兵に相対するように向き合った。どうやら俺の味方をしてくれるらしい。そして、先ほどは俺に敵意を向けてきた冒険者たちが、一斉に媚びるような表情と言葉をおくってきた。

 

「俺は前から信じてたぞ! カズマはレイプなんて外道な事する男じゃないって!」

 

「キャー! カズマさん素敵! 英雄色を好むっていうものね! 男らしいわ!」

 

「俺もあの噂には懐疑的だったんだ! これも全部、ダスティネス家って奴の仕業なんだ!」

 

「なんだって! それは本当かい!? ダスティネス家、絶対に許さねぇ!」

 

「500万! 500万!」

 

 俺はげんなりした気分になりながら周囲の冒険者を見渡す。全くもって本当に調子の良い奴らだ。まぁ、街の危機でも何でもなく、俺とダスティネス家との個人的な争いだ。だから金で立場を変えるのは仕方のない事と言えよう。しかし、“エリス様”はやっぱり頼りになる。だが、これで資産が結構ふっとんでしまうが仕方ない。最悪ダクネスに請求すればいいしな!

 

『よーし野郎ども! あの傲慢チキな兵士どもをやっちまえ!』

 

『なっ!? 私達はダスティネス家の専属だぞ! 私達に敵対するという事は、ダスティネス家に敵対するという事に……!』

 

『所詮はララティーナの私兵だ! 体を領主に売って家を存続させようとする貧乏貴族でドMな変態お嬢様だ! しかも俺が20億でアイツを買った上にアイツ自身も俺にベタ惚れなお嬢様が抱える私兵団だ! 例え奴らが傷ついても、俺が一言謝れば、「そうか、なら仕方ないな」と蕩けた表情で許してくれるに決まってる! 構わずやっちまえ!』

 

「そうだ、やっちまえ! やっちまえ!」

 

「最近、街でも偉そうにしてんじゃねーよ! ララティーナの雇われのくせによぉ!」

 

『貴様らーっ!』

 

 それからは、私兵団と無秩序に突撃する冒険者たちの間で本格的な争いが始まった。数的優位はこちらにあるため、応戦するのに精一杯で広場の包囲も解けている。もうさっさとトンズラしよう。

 

「カズマ、ここは俺達に任せろ!」

 

「そうだそうだ! 俺達親友だもんな!」

 

「お前ら……」

 

 いつの間にか、顔をボコボコにされたダストとキースが俺の近くを守るように陣取っていた。やっぱり、コイツらは知り合いだ。断じて親友なんかじゃない。

 

「じゃ、500万エリスの支払いよろしくー! ちゃんと一括払いだよ!」

 

「酒も奢れよ!」

 

 満面の笑みを浮かべたテイラーとリーンを見て、再び溜息をつく。コイツらも知り合いに格下げしたい所だ。そんな時、ダストが俺の横っ腹を肘でド突く。ボコボコな顔ながらも、そこにはニヤニヤとした笑みが漏れていた。

 

「カズマ会いたい奴ってあいつの事だろ? あのクソガキがお前のことを滅茶苦茶心配してたぞ! 早く会ってやれよ!」

 

「あー、あの子も違う意味で噂になってたしねぇ……」

 

「カズマさん! あんな妄想キ○チガイ女より、あたしとかオススメだよ!」

 

 変な事を言う奴の頭を叩いて黙らせながらも俺は確信した。どうやら愛しの嫁さんは、まだこの街にいるようだ。再会した時にどんな扱いを受けるか怖いが、俺自身早く会いたかった。そして、彼女の横に見知らぬ男がいない事を願うばかりだ。

 

「それじゃあ、お前ら頼んだぞ!」

 

「おう、任せろ!」

 

 俺は味方になってくれた冒険者達にサムズアップすると、ダストが良い笑顔でサムズアップを返してくれた。それを見た他の冒険者達も、次々に声援を送ってくれた。金で得た味方という所に若干の引っ掛かりを覚えるが、素直に受け取っておこう。そして、冒険者に応戦する事で崩れた包囲網を抜けてひたすら走る。一部の私兵が追撃してきたが、それも冒険者達が抑えてくれた。これでこの騒動も終着に向かってくれると信じよう。

 包囲突破後、見慣れたものであるが随分と懐かしさを感じる街中を走り続ける。今まで散々贅沢な食事をしてきたのに、露店のちゃちな串焼きが何故か物凄く美味そうに感じた。そのような数々の誘惑を振り切り、目的地を目指す。

 そして、後少しで目的地、という時にまたしても見慣れた人物が現れた。白い肌を大胆に露出した軽装に美しい銀髪ショートを兼ね備えた女盗賊のクリスだ。彼女は驚愕と焦りをごちゃまぜにしたような苦い顔をしていた。

 

「なんで……本当に助手君だ……! なんで……なんでよう……!」

 

「何泣いてんすかお頭! 俺は会いたくてたまりませんでしたよ!」

 

「え……わああああああっ!? 急に抱き着かないでよ!? こ、こらっ!? どこ触って……! カズマさん、街中でのセクハラは許しませんよ!」

 

 何だか抗議の声をあげるクリスを構わず抱きしめる。そして、健康的で柔らかなお腹を撫であげた。甘やかな匂いと僅かにする汗の匂いを嗅ぎながら俺は改めて実感した。あの閉塞感溢れる状況から脱出できた事を。久しぶりにあの三人以外と触れ合う事が出来て、なんだかテンションが上がって来た。

 

「へっへっへ! お頭の肌の柔らかさはい本当に素晴らしいもので……!」

 

「だから、街中でのセクハラはやめてください! 周りに人だっているんですよ!?」

 

「ふぁぶっ!?」

 

 クリスの強烈な肘を喰らって俺は地面に倒れ込む。少し調子に乗りすぎたようだ。痛む腹を押さえて立ち上がると、クリスが戸惑いながら話しかけてきた。

 

「ねぇ、助手君はなんでここに……?」

 

「まぁ、色々あって人前に出られない事態に巻き込まれましてね。お頭、俺の事心配してくれました?」

 

「そりゃあ心配したよ……アタシは助手君を助けるためにいっぱい情報を集めた! そして、あの三人が君を監禁してるって突き止めて、救出作戦を今日実行したんだよ!」

 

「ええっ!? お頭、あいつらがやった事、ご存じなんですか……!?」

 

 戸惑いの表情を浮かべて涙目になりながらそう語るクリスを見て俺はたじろぐ。あいつら三人に灸をすえる事は確定事項だが、俺を監禁したという事については秘密にして墓場まで持っていく予定だったのだ。あの夢の中のエリス様のいった通り、彼女は俺を助けるためにとても頑張ったようだ。いくらか落ち着いたクリスは、俺を涙目ながらもギロリと睨んだ。俺はクリスの怒りとも悲しみとも見れる表情に胸を締め付けられるような罪悪感を覚えた。

 

「そうだよ……調べに調べて、色んな人達を私の思惑通りに動くように奔走した! 監禁されて傷ついた君を癒すための環境だってこっそり整えてた! あたしだって見ていて辛い事があったし、介入して無茶苦茶にしてやりたい事だってたくさんあった!」

 

「お、お頭……!? いや、エリス様……?」

 

「でも、必死になって我慢した! 耐えて耐えて耐え抜いたらきっと報われる! そう思って頑張ってきたのに……なんで……なんでこうなるの……? なんでこうなっちゃうんですか……?」

 

クリス……エリス様が両目から大粒の涙を流しながらしゃがみこんだ。急に泣き出したエリス様に俺はどうしていいか全く分からなかった。とりあえず彼女と同じ目線の高さまでしゃがみこむ。それでも彼女の涙は止まってくれなかった。

 

「私、あの三人からカズマさんを助けるために本当に様々な事を頑張ったんです。それも全部、あなたのためだと思ったら頑張れました。それに期待していたんです……私があなたを助ければ、きっとあなたは私に感謝する。ありがとう……よくやったって褒められたかった。そして、私の事をもっと好きになって欲しかった! あなたに……カズマさんに必要とされたかったんです……!」

 

「エリス様……」

 

「なんで今日脱出しちゃうんですか……! 明日でいいじゃないですか……なんで私がカズマさんを助け出そうとした当日に逃げちゃうんですか……? 私の……私の計画丸つぶれじゃないですか……ばか……カズマさんのばか……ばかばかばか!」

 

 俺の胸をポカポカ叩いて来るエリス様のされるがままにしばらくなる。エリス様の言った事は理解できなくはない。つまりは、入念に準備していた作戦を、俺という不確定要素の行動でおじゃんにされてしまったわけだ。しかし、そんな事を言われても困る。俺だって脱出に精一杯だったのだ。ただ……

 

「可愛い……可愛すぎますよエリス様! あなた何言っちゃってくれてるんですか!? 本当に……この……この!」

 

「か、かわいいじゃないです! 私、今とっても怒ってるんですからね! あなたはいつも私の予想を裏切って……あうっ……!」

 

 俺は抗議の声をあげるエリス様を思いっきり抱きしめた。感情が高ぶっていたからか、彼女から感じる体温は暖かいというか熱いくらいだ。それでも、構わず抱きしめ続ける。すると、もぞもぞと抵抗を続けていた体がピタリと動きを止めた。

 

「エリス様、俺はそんな事を言われても巡り合わせが悪かった、運が悪かったですねとしか言えません。俺だって必死だったんですよ?」

 

「でも私は幸運の女神様で……!」

 

「幸運でも、運の悪い事だって起こります。幸運な事を自負している俺だって、今まで様々不運な事が……いや、あれはアクアのせいか? と、とにかく幸運なんて絶対なものじゃないんです!」

 

 エリス様は俺の言葉に不服そうな顔をする。そして、俺の事をぎゅっと抱きしめ返してきた。

 

「カズマさんは幸運の女神にそんな事を言うんですか? 最低です……私の存在を全否定するつもりですか……?」

 

「エリス様も結構面倒臭い人ですね!」

 

「もう! そんな事言わないでください!」

 

 胸の中でプンスカ怒る女神様に俺は苦笑する。そんな怒り方をしても、可愛いとしか言えない。それに、怒りながらも抱き着く事をやめない所も無茶苦茶可愛い。本当に、この女神様は反則だと思う。

 

「エリス様、確かに作戦とやらは失敗したようですが、俺はエリス様の事はもっと好きになりましたし、滅茶苦茶感謝していますよ」

 

「え……?」

 

「俺が監禁されて精神的にちょっと辛くなった時、エリス様が俺に植え付けた謎システムのおかげで立ち直れたし、頑張れました。脱出しようと思ったのも、エリス様のおかげです。本当にありがとうございます」

 

「えと……その……あれは別の目的があって仕込んだもので……!」

 

 口をもにょもにょしだしたエリス様の耳に、再び感謝の言葉を囁く。すると、彼女はビクリと肩を震わせた後、俺の顔をチラチラと見始めた。

 

「それに、俺を助け出そうと滅茶苦茶頑張ってくれたのでしょう? そんなの嬉しいに決まってるじゃないですか! エリス様の事もっと好きになりましたよ!」

 

「そ、そうですか……?」

 

「だから、褒めてほしいって言うなら喜んでしますよ! えらい! よくやった! 流石エリス様! 俺はあなたに助けられぱなしです! それに可愛い! 腋の匂いとか、もう最高!」

 

「こ、こら! なんですかその適当な褒め方は! それに最後のはどういう意味ですか!?」

 

「あーもう可愛い! 可愛すぎますよエリス様! 何度だって言ってあげます! 超可愛いですよ! 流石エリス様って感じです!」

 

「あぅ……!」

 

 俺の胸の中で真っ赤になってもぞもぞするエリス様の頭をガシガシ撫でながら褒め殺しにした。彼女は隠しきれない笑みを必死に隠そうとしながらそれを受け止める。俺はそんな可愛すぎる女神様を堪能した。

 そして、しばらくたった時、彼女は急に俺を突き飛ばしてきた。地に転がされながら、何事かと彼女の方を見る。エリス様は、先ほどの可愛い表情から今までに見た事ないような無表情に変化していた。

 

「カズマさんは本当にいけない人です……」

 

「エ、エリス様……?」

 

「きっと、そんな甘い言葉を別の女のひとにも囁いてきたのでしょう? アクア先輩とか、コロッといっちゃいそうです……」

 

「うぐっ!?」

 

 痛い所を突かれたと内心思っていると、エリス様は無表情で腰にあったマジックダガーをするりと抜いて構えた。彼女の無表情と相まって、なんだか冷や汗が止まらなくなった。

 

「カズマさんみたいな最低な人は……こうです!」

 

「エリス様、何をする気ですか……? もしかしてヤっちゃうんですか……? それだけはご堪忍をって……のわああああっ!?」

 

 俺の制止の声も聞かず、エリス様は俺に向かってダガーを投擲した。こんな時に限って、自動回避のスキルは発動しない。何故こんな事に!? と考えているうちに、ダガーが俺に到達する。しかし、ダガーは俺の頬をスレスレを通り抜けていった。

 

「ぐがぁっ!?」

 

「え?」

 

そして、俺の後ろから苦悶の声が響く。慌てて振り返ると、そこには肩にダガーを受けて蹲る黒ローブを着込む男がいた。

 

「敵対者の接近に気付かないなんて、助手君も盗賊としてはまだまだだね! えいっ!」

 

「がっ!?」

 

 無表情からいつもの笑顔に戻ったエリス様が男を蹴飛ばして気絶させる。そして、こちらを見てニコリと笑った。

 

「エリス様、コイツは……」

 

「ダスティネス家が雇った刺客だろうねぇ……ダクネスも本当に報われないなぁ……」

 

 そんな事を言うエリス様から俺は顔を逸らす。その辺に関しては本当に耳が痛い話だ。しかし、そんな事はお構いなしと言った様子でエリス様は話しかけてきた。

 

「ねぇ、助手君! 今からどこかに飲みにいかない? あたし、話したい事いっぱいあるんだ!」

 

「行きます! って言いたい所ですが、俺には会わなきゃいけない奴がいるんです。だから、今は無理です。また今度、飲みに誘います」

 

「……ゆんゆんの所?」

 

「そうですよ! もう何ヶ月も放置しちゃいましたからね! もう心配で心配でたまらないんですよ!」

 

 俺の言葉を聞いて機嫌悪そうにそっぽを向くエリス様を見て軽く苦笑する。そういう表情は本当にずるいと思う。落ち着いたら、酒を飲みながら彼女の話をゆっくり聞こう。

 

「それなら仕方ないね! “今は”あたしより、あの子の事を優先するのを許してあげる!」

 

「エリス様……お頭の許可がいちいち必要なんですか?」

 

「当たり前だよ! 君はあたしの助手君なんだから!」

 

 そう言ったクリスの言葉に俺は心の底から笑った。そして、笑顔で腕を組むクリスに一時の別れを告げて歩き出す。目的地は目と鼻の先だ。きっとゆんゆんはそこにいる。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 カズマを見送ったクリスは地面にしゃがみこんだ。そして、再び流れ始めた涙を両手でゴシゴシと擦った。

 

「あーあ……失敗しちゃった……本体とも同期が取れないし……本当に失敗……大失敗だよ……」

 

 通信が途絶した本体からの反応は今だにない。万全の準備をもって挑んだのに、結果的に出し抜かれてしまった。まぁ、作戦のキーパーソンが不在な時点で失敗だったとも言える。それでも、私は全力を尽くしたのだ。

 

「いっぱい……いっぱい頑張ったのになぁ……」

 

 悔しい思いで頭がぐちゃぐちゃだ。しかし、まだできる事はある。必死に涙を拭って力強く立ち上がった。

 

「ふふ、でも助手君ならきっと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、私はあなたを待っていますよ……」

 

 私は左手で輝く指輪を撫でながらそう呟いた。自分がいる場所はいつもの喫茶店だ。お昼時だというのに、店内には誰もいない。珍しい事もあるものだ。そして、店員さんに紅茶を頼んでから、また指輪を撫でる作業に戻った。

 結局、私はダクネスさんとクリスさん、両方の提案を断る事にした。運命の分かれ道となった十字路で、右の道でも左の道でもない、喫茶店のある正面の道を選んだ。それが、私が悩んだ末に決断した道だ。

 何故、このような決断に至ったかは実に単純なものだ。私はカズマさんを信じているという失踪直後から変わらぬ思いを貫く事にしたのだ。この決断は単純ではあるが、この道を選ぶ事は非常に苦しいものだった。カズマさんを探す、救い出す、そうした方が気が楽であるし、彼に会える可能性も高いかもしれない。でも、私はこの道を選んだ。

 昨日、アクアさんにカズマさんを信じてと言った時、彼との約束について改めて思い返した。カズマさんは、私に『何があろうと必ずお前の所に生きて帰ってくる。俺が最後に戻るのは絶対お前の所だ。だから、俺の事は心配すんな』と約束してくれた。だから約束通り、彼の事を心配せずに待つ事にしよう。

 

 例え、ダクネスさんの言う“クズなカズマさん”や、クリスさんの言う“捕らわれの身のカズマさん”であっても、いずれは私の所に必ず来る。私が行動を起こさなくても、彼は必ず最後には私の元へ帰ってくる。何故かって? それも実に単純だ。

 

「だって私はカズマさんに一番愛されているんだから……!」

 

 喫茶店の店内に、自分でも気色が悪いと思う含み笑いが響く。でも、笑いが止まらない。だって私が一番愛されているという事に改めて気付けたからだ。それならば、私を愛してくれるカズマさんを疑う事なんて本当はあってはならない事だ。少し前の思い悩んでいた私の何と愚かな事か!

 

「待ってます……私はいつまでもあなたを待ち続けますよ……ふふっ……!」

 

 目を瞑りながら、そう呟く。そして思わず漏れてしまう笑いを押しとどめようとした。今日は決断の日なんてものじゃない。

 今日は“愚かな女達が無駄な悪あがきをする日”だ。クリスさんやダクネスさんが何をやろうと、全て無駄に終わる。彼女達は、そのような行動をする事で彼の一番になれるとでも思っているのだろうか。それならば、実に愚かで救いようがない淫売共だ。何故なら、勝負はもうついているからだ。

 

 

カズマさんは私を選んだ! めぐみんでもダクネスさんでもアクアさんでもクリスでもエリス様でもアイリスでもない! 

 

 

私こそが一番愛され、彼に選ばれた女性だ!

 

 

「カズマさん……私も愛していますよ……!」

 

 嬉しさで……優越感で胸がいっぱいになる。彼女達はまだ理解していないのだろうか。私に負けたみじめな負け犬だという事に。そして、ついに私が大きな笑い声を上げ始めた時、喫茶店の扉がゆっくりと開いて入って来る人物がいた。残念ながらカズマさんではないが、私にとって縁の深い人物だった。大きな魔法帽と紅魔族ローブで身を包んだ女性、私のライバルで親友でもあるめぐみんだった。彼女は、まっすぐ私の方へ進み、私の対面の席へ腰かけた。

 

「久しぶりめぐみん、どうしたの?」

 

「ええ、久しぶりですゆんゆん。何の用事で来たかは……分かっているでしょう?」

 

 めぐみんはそう言った後、私を無言で睨んできた。でも、心当たりがない。私はめぐみんにひたすらニコニコとした笑顔を送る事にした。そうすると、彼女はイライラとした様子で話しかけてきた。

 

「ゆんゆん、あなたはダクネスとの約束の時間に来ませんでしたね。意思の弱いあなたなら、安易にダクネスの誘いに乗ると思ったのですが……ちょっと意外です……」

 

「別に当たり前の判断だと思うけど……それで私に用事って?」

 

「簡単な事です。あなたに現実を見せに来ました」

 

「はぁ?」

 

 めぐみんの意味の分からない言葉に、私は少しトゲのある言い方で返した。めぐみんはというと、私の事を何故かニヤニヤとした表情で見つめてきた。

 

「ゆんゆん、あなたはダクネスのようにまだカズマというクズ男に執着しているのですよね? 私はそんなあなたを不憫に思うんです。だから、“現実”を見せにきたんですよ」

 

「ごめん、それでもめぐみんが何を言っているのか分からないの……」

 

 そう言った私に対して、めぐみんは相変わらずニヤニヤとした表情を送ってくる。そして、何かの紙束を机に置いた後、彼女は悲しそうな表情になった。

 

「私はあなたの親友です。そして、あなたを騙したカズマの冒険仲間なんです。だから、私がカズマのした事の尻拭いをする必要があるんです……」

 

「騙した? 私はカズマさんに騙されてなんかいませんよ?」

 

「騙された事にすら気付かないなんて……あなたは実に愚かですね……!」

 

 めぐみんがそんな事を言いながら、紙束を机にぶちまけた。紙はどうやら写真のようだ。そして、そこに写っていたのは……

 

「見なさいゆんゆん……これがカズマなんです……」

 

「…………」

 

「分かったでしょう? あなたはカズマに騙されて喰われた哀れな女にすぎないんです……」

 

 私は広げられた写真を手に取った。そこにはカズマさんに犯される、めぐみん、ダクネスさん、アクアさん、エリス様の姿が写っていた。

 

「ほら、もっとよく見なさい! 写真が何を示しているか理解はできますか? あなたはクズのカズマに騙されただけです。あの男は最低な事に、様々な女に手を出しています。ゆんゆん、もうカズマの事なんか忘れて紅魔の里にでも帰って方が……」

 

 

 

「この写真がどうかしたの?」

 

「え……?」

 

 

 

 めぐみんが私の方を見て表情を固まらせた。全く意味が分からない。何が現実を見せるだ。単にカズマさんがセックスしてるだけの写真でしかないのに。

 

「ゆ、ゆんゆん!? あなたは分からないのですか!? カズマが他の女に……私に手を出しているんですよ……!?」

 

「だから、それがどうしたの?」

 

「なっ……!?」

 

 めぐみんは魚のように口をパクパクさせながら、こちらを唖然とした表情で見て来た。彼女は写真を見てカズマさんの事に気づけないのだろうか? しかし、しばらくめぐみんの様子を見てやっと分かった。どうやら、私とめぐみんとの間で齟齬が起こっているようだ。そして、その齟齬の原因にも気づいた。単に、私とめぐみんの“前提”が違っていただけだ。

 

「めぐみん、騙されたも何も、それがカズマさんじゃない。彼は隙があれば女をコマしてエッチな事をしようとする最低な人です。私もカズマさんの性欲と女性を食い物にする性格には本当に腹が立っていますよ」

 

「それならどうして……!」

 

「言ったでしょうめぐみん、カズマさんは“最低な人”です。でも、それだけじゃない。困っている人は、口では嫌がりながらも、体を張って助けますし、私に、様々な楽しさや、感動を経験させてくれました。そして何より私の“夫”ですからね。あなたがカズマさんについて口出しする権利なんてないでしょう?」

 

 私の言葉を受けて、めぐみんは堪えきれない怒りの表情を浮かべた。私はそんなめぐみんを見て暗い喜びを得るのを感じた。

 

「めぐみん、私嬉しいの。最低なカズマさんに、あなたが騙されてるんじゃないかって心配だったの。でも安心して? 彼は私が一生をかけて更生させてあげるの。だから、あなたは甲斐性があり、借金なぞせず、気も多くなく浮気もせず、常に上を目指して日々努力を怠らない誠実で真面目な人でも見つけて幸せになってよ」

 

「あなたという人は……!」

 

 めぐみんは、私の前に再び写真を見せつけるようにバンっと大きな音を立てながら置いた。私もそれにつられて写真を見てしまう。だが、さっきと同じただの写真だった。

 

「ゆんゆん、これを見て気づかないのですか!? カズマは他の女に手を出しているんです! あなたに囁いた愛の言葉も全部嘘! 偽りの関係なんです!」

 

「はあ……」

 

「ゆんゆん見るのです! これが現実……これがカズマなんです……!」

 

 怒りの表情で怒鳴るめぐみんを私を冷めた目で見つめる。ただ、私もとある事に気付いてしまった。どうやら彼女は本当に気付いてないらしい。そう思うと、彼女が逆に哀れに思えてきた。

 

「めぐみんこそ現実を見たら? ほら、カズマさんの表情を見て気づかないの?」

 

「あなたこそ現実を見なさい! カズマはあなただけを愛してなんかいない! 好き勝手に女を食うクズで……!」

 

私はうるさいめぐみんの前に写真を並べていく。そして、一つの写真を指差した。

 

「めぐみん、この写真のカズマさんの表情を見て何も分からないの?」

 

「はぁ? どれも女を味わう快感に酔ってる表情じゃないですか!」

 

「それは、別の写真、この“めぐみんとセックスするカズマさん”の写真に写るカズマさんの表情は、ちょっとイライラしてる時の顔よ」

 

「なっ……!?」

 

「こっちは、“快楽にふけっている時”、こっちは“ゲスな思考になってる時”、それにこっちは……“敬愛する対象を汚す事の後ろめたさと、女をものにして優越感に浸っている時”の表情よ」

 

 私は指で写真を指しながら、その時のカズマさんについて表情を説明していく。めぐみんはというと、ポカンとした腑抜けた表情でこちらを見ていた。そして、全ての写真を説明した後、私はとっても重要な事を問いかけた。

 

「でも不思議だよねめぐみん……この写真にはあの表情のカズマさんがいないの……」

 

「……私はゆんゆんが何が言っているかが分かりません」

 

「え? そうですか?」

 

 こんなにも親切丁寧に教えたのに、分かってくれなかったのだろうか。私は第二回カズマさんの表情講座を始めようとした所で、ふと気づいた。それに気づいた時に、私はめぐみんに対する申し訳なさでいっぱいになった。しかし、私の思いとは裏腹に何故かくつくつとした笑い声がこみ上げてきた。

 

「ごめんね、ごめんねめぐみん……」

 

「は……?」

 

「ごめんね……ごめんね……!」

 

「だから一体何が……!?」

 

 

 

 

 

「めぐみんはカズマさんに愛された事がなかったもんね……! それなら分かるわけないよね……! ごめん……ごめんなさい……!」

 

 

 

 

 

 めぐみんはくつくつと笑う私を見て相変わらず腑抜けた表情をしている。しかし、彼女の体はブルブルと震えていた。

 

「ねぇめぐみん、カズマさんが私を抱いてくれる時、どんな表情をしているか知ってる?」

 

「え……は……?」

 

 唇まで震わせ始めためぐみんを見て、私はなんだか辛くなってきた。でも、彼女に“現実”を教えてあげる必要がある。だから仕方がない。仕方がない事なのだ。

 

「カズマさんはね、私を抱いてくれる時、“あなたを愛しています”っていう愛と優しさと快楽をごちゃまぜにしたような表情をしてるの。私はそれを見て自分が愛されている事を実感できたし、幸せな気持ちでいっぱいになった。でも、この写真達を見て不思議に思ったの。彼が私にいつもしてくれる表情がないの。何故だと思う?」

 

「そ、それは……その……!」

 

おろおろと体を揺り動かすめぐみんを見て確信した。やっぱり私がカズマさんに一番愛されていると。そして……

 

 

 

「カズマさんの人を愛する表情だけでなく、表情から何を思っているかも分からないなんて……可哀想な人……!」

 

「っ……!」

 

 めぐみんが勢いよく立ち上がり、座っていた椅子を思いっきり蹴飛ばした。そして憤怒の表情でこちらを睨みつけて来た。そんなめぐみんを見て私は更におかしくなって、笑ってしまった。

 

「めぐみん、前々から思っていたけど、あなたって本当にバカだよね……!」

 

「ふざけ……何が言いたいんです!」

 

「それよ! 逆ギレしてるって事は図星を突かれてるって事よね? ふふっ、彼と私を引き離したいなら、もう少し冷静になったら?」

 

「っ……!」

 

 めぐみんが、杖をこちらに突きつけてきた。そして、詠唱を始めたのを見て、私も短杖を抜き放つ。そして――

 

 

「あの……店内で魔法は勘弁してください……! それと、ご注文の紅茶です!」

 

「あ、どうもありがとうございます」

 

「…………」

 

 店員さんの介入で、殺伐とした空気が吹き飛んだ。そして、私は席についてめぐみんの方をチラリと見た。彼女は怒りで肩を震わせたままだ。

 

「めぐみん、きっとカルシウムが足りないのよ。ミルクティーでも頼んだら?」

 

「…………」

 

「無視しないでくださいよ……ん……ん……?」

 

 私は紅茶を一口飲んでからそうめぐみんに言い放った。しかし、何かがおかしい。紅茶の香りはいつもと同じ私の好きな匂いだ。でもなんだかいつもより味が苦い気がして……

 

「あれ? あれ……? なんで……?」

 

「痺れ薬ですよ。ふふっ……まんまと引っ掛かりましたね……!」

 

「え……?」

 

 めぐみんはまだ肩を怒らせてはいるものの、表情は最初のようなニヤニヤとした顔を浮かべていた。私は必死に体を動かそうとするが、非常にのろのろとした緩慢な動きしかできない。

 

「ゆんゆん、あなたがダクネスの所へ来ない場合はここに来ると私は思っていました。だから、事前に喫茶店と話をつけてたんですよ」

 

「あっ……」

 

 そう言った後、めぐみんが私の左腕を手に取ってテーブルの上に置く。彼女の視線は私の指輪に注がれていた。そして、そっと指輪を撫でて来た。その瞬間、とてつもない怒りが湧いてきた。

 

「私の指輪に触れないでください! それはめぐみんが触れていいものじゃないんです! やめてください……触るな!」

 

「おー怖い怖い! しかし、これで納得ですね。ダクネスの言った通りです!」

 

「何が……!」

 

「あなたが妙に強気だった理由ですよ。この指輪があなたを狂わせている。カズマに騙された事を認めず、頑なに妄信するのもこれのせいなんですね……」

 

 めぐみんは私の指輪を汚し続ける。必死に体を動かそうとするが、私の体は動かせない……

 

「私はあなたが心配です。だから、あなたを狂わせるこの指輪を預からせてもらいます」

 

「…………」

 

「ゆんゆん、カズマは犯罪を犯して逃げた。それが現実なんです。指輪にすがり、理想のカズマを妄信するのはやめましょう? そうしないと、遠からず、あなたが壊れてしまう!」

 

 慈悲深い笑顔を浮かべるめぐみんが、そっと私の指輪に手をかけた。そして、私の指輪を……私のカズマさんを盗ろうとしている。

 

「ぐぐっ……取れませんね!」

 

「当たり前よ……私はカズマさんといつも一緒だもの……!」

 

「なるほど、外れない術式か小細工をしてるんですね?」

 

 私は押し黙る。実は一回指輪を無くした反省から、自分の意思以外での着脱をできないようにしているのだ。盗難対策はバッチリと言えよう。

 

「それならば、仕方ありません。指ごと貰いましょう」

 

「え……?」

 

 めぐみんが、腰に着けていたショートソードをスラリと抜いた。そして、私の薬指に押し当てた。体が痺れていても、鋼の冷たさは嫌なほど伝わってきた。

 

「ごめんなさいゆんゆん! でも、こうしないとあなたは狂ったまま! だから、仕方ない事なんです! それに指くらいアクアにかかればすぐ治ります! 大丈夫痛いのは一瞬ですよ……!」

 

 ニヤニヤとした表情のめぐみんを見て、私は悟った。どうやら、めぐみんは大きな勘違いをしてるようだ。

 

「めぐみん、そんな事しても無駄だよ?」

 

「何がです!」

 

「そんな事をしても、カズマさんはあなたを愛してはくれない」

 

 私の言葉でめぐみんは再び憤怒の表情に戻った。しかし、先ほどからあんなに執着していた指輪の危機だというのに、何故か冷静でいられた。どうしてかというと、カズマさんの気配がするのをさっきから感じるからだ。これは現実なのだろうか? 今までと同じ“カズマさん”の幻? いや、違う。これは私の愛した男のものだ……! 絶対に妄想なんかじゃない! 現実だ!

 

「めぐみん、あなたにも教えてあげるね」

 

「ふふっ、もうあなたの妄言は聞きませんよ!」

 

「私の愛してるカズマさんはね、いつも私の傍にいるの」

 

「ああ、これは本当に壊れてますね……ですから……!」

 

 めぐみんが、逆手に持った剣を両手でギュッと握りしめた。そして、勢いよく私の指へ突き立てようとして――

 

 

 

「めぐみん、そこまでにしておけ……」

 

「え……あっ……えっ……?」

 

 めぐみんの手を何者かが掴んだ。彼女は手を掴んで来た相手を見て困惑と絶望の表情を浮かべる。長いようで短い沈黙のが降りた。私はその間、ずっと彼を……“私のカズマさん”を見つめていた。彼は私がプレゼントした鎧にボロボロのマント、私が愛したいつもの恰好をしている。私は嬉しくて嬉しくて仕方がなかった! 待ち望んだ彼の姿だ! ああっ体が熱い! 心が震える! はやく彼と話がしたい! ギュっと抱きしめてもらいたい! 頭を優しく撫でてもらいたい!

 

 

 

カズマさんカズマさんカズマさんカズマさんカズマさん!

 

 

 

でも、私の第一声は――

 

 

 

 

「バカ……! めぐみんって、ほんっとうにバカ……!」

 

 

 

 

 

めぐみんに対する心からの嘲笑だった。

 

 

 




BADEND回避


そして、7月29日にBD5巻発売ですよ!
これまで表紙のキャラが特典小説のメインをはってました。表紙はウィズ! という事はアクア様の出番があるのは確定的に明らか! 買わなきゃ!


次回は一週間半~二週間後


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とりあえずの決着

 正午を告げる時計の鐘が、荘厳なエリス教会に静かに響く。その鐘の音を聞きながら、二人の人影……実質一人の人物が椅子から立ち上がった。

 

「あらら……やっぱり来ないのか……」

 

「仕方がありません……作戦も思考誘導もあまり上手く行きませんでしたしね……」

 

「うう……ちょっと……じゃないくらい不安になってきたけど、あたし達は予定通りに動くよ! こうなったら助手君をものにして見せるんだから! 皆、頼むよ!」

 

 クリスの号令によって、教会内で待機していた数十名の人影が立ち上がる。彼らは純白のエリス教の神官服に身を包む親愛なる信徒の皆さんだ。実は今回の作戦に協力してもらうため、こっそり人を集めていたのだ。

 

「それじゃあ皆さん、お願いしますね」

 

 エリスの笑顔の見た信徒達が一斉に涙と嗚咽を漏らし始めた。それを見て、エリスも若干引く。少し狂信的なものを集めすぎたかもしれない。しかし、協力者としてこれほど頼りになる存在はないだろう。

 

 

 

 そして、エリス教の集団がカズマの屋敷近くへ移動し、作戦を開始した。今日はダクネスが集めた捜索隊という名の“要人暗殺用偽装商隊”が駐屯しているはずだ。まずはクリス率いる信徒数名が奴らの陽動、エリス率いる部隊が隣の屋敷から柵を乗り越え、一気にカズマさんのいる屋敷に突入するとの事だった。

 

「信号弾……! 皆さん、頑張ってください!」

 

 先に行動を開始していた陽動部隊が放った信号弾を確認し、エリスが突入の号令を発する。それを聞いた信徒達が、我先にと柵を乗り越えて屋敷へ突入していく。エリスは両手を合わせて祈りを捧げるようなポーズをとって優しく見守った。

 そして、数分が経過した頃、一人の信徒が屋敷から戻ってきた。どうやら、突入準備が整ったようだ。エリスはここしばらくの間、侵入も覗き見もできなかった屋敷へとゆっくりと侵入した。屋敷中で破壊の音が響くなか、エリスはリビングへと到達する。そこにはエリスにとって因縁の相手、女神アクアがいた。

 

「や、やめてえええええ!? アンタ達いきなりなによ! なんでおウチ壊すのよおおおおお!」

 

 ただ、女神アクアは泣きながら壁をメイスで破壊している信徒の服を引っ張っていた。そのいつも通りというか、無様とも言えるアクアの姿を見て、エリスは薄く微笑んだ。

 

「こんにちはアクア先輩! 久しぶりですね!」

 

「エ、エリス!? なんでアンタここに……というかエリスもこの人達止めてよおおおおお!」

 

「しょうがないですね……皆さん、協力ありがとうございました。後は、私に任せてください」

 

 メイスを持った信徒はエリスに一礼したあとリビングを去った。これで部屋にいるのは女神アクアと女神エリスの二人だけになった。

 

「アクア先輩、私の侵入を封ずるのは良い判断かもしれませんが、普通の人間に対する対策がダメダメです。あんな結界、内部から破壊すれば私にとって何の障害にもなりません」

 

「あっ……そう言われればそうね……」

 

「ふふっ……先輩って本当にバカですね……!」

 

「バ、バカって言わないでよ! 私、ルービックキューブで一面揃えられるくらいは頭いいんだから!」

 

 何やら、アホな事を言うアクアをエリスはあざ笑う。そして、涙目のアクアに彼女は詰め寄った。

 

「さぁアクア先輩、これで詰みです。カズマさんはどこですか?」

 

「な、なんの話よ! カズマは失踪中で……!」

 

「アクア先輩、女神が嘘をつくなんてダメですよ。カズマさんを監禁……しているんでしょう?」

 

エリスの核心を突いた一言にアクアは押し黙る。そして、しばらくの沈黙のあと……

 

「と、逃走!」

 

「待ちなさいアクア先輩!」

 

 突然逃げ出したアクアをエリスは追いかける。アクアはリビングの一画に開いた穴に飛び込み、エリスもそれに続く。そして、エリスは確信した。6畳ほどの薄暗い地下室、この場所こそ事前調査で確認していた隠し部屋であると。

 その隠し部屋に逃げ込んだアクアを部屋の壁際まで追い詰め、エリスは嗤う。ついに彼の元へたどり着けたこと、久しぶりに会う事、彼を助けるのが自分であるという事がとても嬉しかったのだ。彼女の視線は隠し部屋に設置されているベッドに釘づけだ。人間一人分の膨らみを持った布団、そこには愛しのカズマさんがいる。

 

「カズマさん、女神エリスが……私が助けに来ましたよ!」

 

 そう言って、エリスは布団を一気にめくった。そこには愛しの彼が……いなかった。布団の中には、数体の西洋人形が仲良く横になっているだけだ。

 

「なっ……これは……カズマさんはどこに……!?」

 

「ふっふっふー! なんだか分からないけど上手くいったわ! やっぱり私の勘が正しかったわけね! えいっ!」

 

「アクア先輩……? 一体何を……? あぐっ……!?」

 

 突如、部屋に重苦しい空気が立ち込める。その空気にあてられて、アクア、エリスの両方が膝をついた。エリスは神力を発動しようとするが、思うように力が制御できない。どうやら、何らかの罠に嵌められたようだ。

 

「効果時間は短いけど、足止めにはこれで十分ね! さあエリス、あんたにはいっぱい聞きたい事があるんだから! 覚悟しなさいよね!」

 

「そんな……アクア先輩に出し抜かれた……? なぜです……結界の類はどこにも……!」

 

そんなエリスの言葉に、アクアは満面の笑みを浮かべながら天井を指さした。釣られてエリスは天井を確認する。そこには、衰弱の魔方陣が刻まれていた。部屋に入った時、ベッドの方しか彼女は見ていなかった。注意力が足りていない……最後の最後に慢心してしまった!

 

「あっ……そんな……そんな……!」

 

 重い体を引きずって、エリスは部屋の扉に手をかける。しかし、扉は開かない。閉じ込められた……嵌められた……女神アクアに出し抜かれた! そのことに彼女は絶望とも屈辱とも言える激情に捕らわれた。

 

「まったく、アンタは一体どうしちゃったわけよ? めぐみんはアンタに凄い苦手意識を持っているし、ダクネスだって毎日のようにしていたお祈りを最近はしていないわ! それにウチのカズマさんに手を出してる上に変な約束までしちゃって! さぁエリス、話しなさい! アンタ一体どういうつもりよ!」

 

 アクアの声に、エリスはビクリと体を震わせる。そして、両目に大粒の涙を浮かべて、アクアを睨み付けた。

 

「なんで……なんでアクア先輩はいつもいつも私の邪魔ばかりするんですか……?」

 

「え? 別に邪魔なんか……」

 

「してます! 昔っからいつも私の邪魔ばかりして……! なんで……なんでこんな事に……もう全部滅茶苦茶……おしまいです……うぐっ……ひっぐ……!」

 

「ちょ、ちょっと泣かないでよ! 何だか私が悪い事してるみたいなんですけど!」

 

「悪いです……! 全部……全部アクア先輩が悪いんです……!」

 

 ついにボロボロと泣き始めたエリスを見て、アクアはおろおろとするしかない。彼女はとりあえずエリスを慰めようと、ハンカチを持って彼女に近づいた。

 

「エリス……何だか分からないけど泣き止みなさいな。落ち着いたら、ゆっくり話しましょう……?」

 

「余計なお世話です! こんなものっ!」

 

「あっ……」

 

 差し出されたハンカチをエリスは叩き落とす。しかし、次の瞬間、彼女は縋り付くようにアクアの胸に飛び込んだ。アクアはそんなエリスを優しく抱き留める。エリスは抱きしめられながらも、アクアの胸をポカリと叩いた。

 

「アクア先輩が悪いんです……!」

 

「うん……」

 

「先輩が……先輩なんていなきゃいいんです……!」

 

「うん……」

 

ぽかり、ぽかりとエリスはアクアを叩き続ける。

 

「いつも私の邪魔ばかり……本当に最低です……!」

 

「う、うん……」

 

「バカ……ゴミ……駄女神……ねろいど……!」

 

「う、うん……?」

 

ぼかり、ぼかりとエリスはアクアの腹にボディブローを叩き込んで……

 

 

「ってさっきから痛いんですけど! いったい何を……!」

 

「えいっ!」

 

「いだっ!? 蹴った!? 先輩女神である私を足蹴にした!? もう許さないわよ! 上司としてアンタに目上のものに対する接し方を叩き込んでやるわ……!」

 

「わああああああああっ! アクア先輩がパワハラしてくるううううううう!」

 

「ちょっ!? 人聞き悪い事を……痛いっ!? また蹴った!」

 

「あああああっ! 先輩なんか死ねええええええええええ!」

 

「死ね……!? 先輩のこの私に死ねですって……!? いい加減にしてちょうだい! 喰らいなさい! 女神式コブラツイスト!」

 

「いたっ!? 痛いですアクア先輩!? 偉い人にパワハラで訴えますよ! 痛い……痛いって言ってるでしょうが!」

 

 

 

女神同士の泥沼の戦いが始まった

 

 

 

 

 そして、屋外ではクリスとダクネスが対峙していた。クリスはいつもより3割増しのニヤけ顔で、ダクネスは諦観がこもった無愛想な表情だ。

 

「ダクネス、なんで私兵を引かせるの?」

 

「別の優先事項があるからだ。というか何の真似だクリス? 急に私の私兵にちょっかいかけてきて……」

 

「分からないのダクネス? 監禁されてる助手君を救出にきたんだよ!」

 

 クリスの言葉にダクネスは驚きの表情を浮かべる。しかし、すぐに諦観の表情へ戻った。そんな気の抜けたようなダクネスにクリスは違和感を覚えた。

 

「あれ、もう少し動揺したりしないの?」

 

「したさ……でももう何もかも遅い……カズマはもうここにはいない……」

 

「え……?」

 

「ふふっ……もうこれで終わり……ふふっ……くははっ……!」

 

 笑い出したダクネスの胸倉をクリスは引っ掴む。そしてぐらぐらと揺らし、内心の焦りを抑えながら問いただした。

 

「どういう事!? 一体、いつ助手君が脱出したっていうの!?」

 

「ついさっきだ……というかなんでクリスがカズマの救出を……? まさか……」

 

 不穏な空気を放ち始めるダクネスを放置して、本体との同期を試みるが、上手くいかない。何が起きたか確認しようと動き出した時、一人の信徒が駆け寄ってきて、クリスの前で頭を垂れた。

 

「クリス様! エリス様が要注意人物Aと接触後、Aと共に地下室に籠られました。それからはこちらに反応を示しませんし、扉にも強固な封印が施されています。我々でも解除は不能です」

 

「そんな……!」

 

 クリスが唇をギュと噛みしめる。流れ出る鉄の味を舐めながら、思考を巡らす。本体が対応不可能な事が起こっている時点で、人間体のクリスにできる事は残されていない。それならば、一刻も早くカズマを見つけるべきだ。そして、女神エリスというものを彼に出来るだけ刻み付ける。それがリカバリー不能となったこの作戦の最後の使い道だ。

 

「バカ! 助手君のバカ……!」

 

 クリスは泣きながら街へと駈け出した。失敗した……それでも諦めてはいけない! その気持ちが、倒れ込みそうなほどの混乱をきたした身体を動かす原動力となった。

 

 そして、残されていたダクネスもトボトボと歩き出す。最初はどこかスッキリとした気持ちであったが、今後の事という現実的な話を考え始めてから体が重くて仕方なかった。それでも彼女はゆっくりと歩を進めた。

 

「めぐみん……」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 アクセルの街の一画にある小さな喫茶店。お昼時にはそこそこの賑わいを見せる喫茶店の店内は奇妙な静けさに包まれていた。唯一聞こえるのは、クスクスというゆんゆんの抑え気味の笑い声のみだ。

 そして、俺は現在めぐみんの手を握って彼女を止めていた。自傷行為といい、今回のこれといい、俺の剣は人を狂わせる呪いでもかかっていたのだろうか……

 

「めぐみん……やめてくれ……」

 

「あっ……うっ……はい……」

 

 めぐみんは手に持った剣を素直に腰の鞘にしまった。そして、気の抜けた表情で椅子にストンと崩れ落ちる。彼女は監禁していた俺がここにいる事にどんな思いを持っているのだろうか?

 めぐみんの目元に涙が浮かんでいる事から、少なくとも嬉しいとは思っていないだろう。しかし、これ以上何かの行動をしようとする気力は感じられない。それならばと、俺はゆんゆんの方へ向き直る。彼女はめぐみんの痺れ薬によってテーブルに突っ伏してクスクスと笑い声を上げ続けていた。何だか感動の再開とは言い難い。しかし、久しぶりにゆんゆんの姿を確認できて嬉しくてたまらないし、何だか深い安心感が胸の内に広がった。

 俺はニヤけそうになる表情を抑えながら、サイドポーチから解毒ポーションを取り出し、ゆんゆんの口元に押し当てる。しかし、彼女は口を閉ざし、何故かこちらにキラキラとした視線を送ってきた。

 

「おいこら、口を開けろゆんゆん」

 

「カズマさん、こういう時はお約束って奴があるでしょう……!」

 

 息まで荒くし始めたゆんゆんに嘆息しながらも、俺は解毒ポーションを口に含む。そして、机に突っ伏した彼女を抱き起し、監禁前と変わりない薄桃色の唇に軽くキスをした。要は口移しである。自分の口内の液体を彼女の口に流し込んでから始めてとんでもなく恥ずかしい事をしている事に気が付いた。

 

「ん……んっ……!」

 

 でも、目を瞑りながら嬉しそうな表情を浮かべる彼女を見ると、そんな気分も吹き飛んでしまう。そして最後の一滴まで流し込んだ後、ゆっくりと口を放す。ゆんゆんは俺から受け取った解毒ポーションをコクリと飲み込んでから目をパチリと開けた。

 

「よう……! その……久しぶりで……」

 

「カズマさん!」

 

「おふっ!?」

 

「カズマさんカズマさんカズマさん……!」

 

「落ち着け落ち着け……」

 

 体が動かせるようになった途端、ゆんゆんは俺の胸に飛び込んで来た。そして痛いくらいにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。俺はそんなゆんゆんを軽く抱きしめ返す。彼女の柔らかな感触と温かみがとても懐かしいものに思えた。

 

「カズマさん……カズマさん……!」

 

「おう、泣くな泣くな……」

 

 ゆんゆんは固い胸鎧に顔を押し付けて泣き始める。そんなゆんゆんの姿を嬉しいと思う反面、申し訳なさを感じてしまった。彼女の前から不可抗力とはいえ、連絡もなしに消えて数ヶ月、とても不安な思いをさせてしまったに違いない。むしろ、そう思っていて欲しい。

 俺は胸の中で体を震わせるゆんゆんの顔をあげさせる。そして、涙を指で軽く拭ってやりながら精一杯の懺悔を呟いた。

 

「あーその……ゆんゆん……ごめんな……」

 

「カズマ……さん……!」

 

「だから泣くなっての」

 

「あっ……!」

 

 ゆんゆんの艶やかな黒髪を撫でる。その柔らかな感触と嬉しそうな表情で目を細める彼女の姿を見るのも本当に久しぶりだ。

 

「撫でて……もっと撫でてくださいカズマさん……」

 

「へいへい」

 

「んっ……!」

 

 そのまましばらく撫で続けていると、彼女の顔からは涙は完全に引き、にこやかな笑みを浮かべた。そして俺の方を見ながらもじもじとしだした。俺はそんないじらしい様子の彼女を見つめ返しながら言葉を待った。

 

「カズマさん、こういう時は何を言ったらいいか分からないんですけど……その……お帰りなさい!」

 

「おうよ、ただいまゆんゆん!」

 

「はい……ふへっ……ふへへっ!」

 

 満面の笑みを通り越して、もはやニヤケ面になったゆんゆんを軽く小突く。彼女はそれすらも嬉しそうに受け止める。俺はそんな彼女に癒されながらも思考は今後の事について考えを巡らせていた。

 

「ゆんゆん、この数ヶ月俺が何をしていたか知りたいか?」

 

「当たり前です! 私、カズマさんに捨てられたんじゃないかって不安でいっぱいだったんですよ!?」

 

「いまさらお前を手放すわけないだろ。その点は信じてくれとしか言えない」

 

「あっ……ふふっ……信じてます……私はカズマさんを信じていますよ……!」

 

 クスクス笑い始めたゆんゆんを撫でながら、俺はめぐみんの様子をチラリと確認する。彼女は今も呆けた表情で椅子にもたれかかっていた。それを見て、やはり今回の事は今すぐゆんゆんに話すべきではないと判断する。いつかボロは出るかもしれないが、話すのは落ち着いてからでいい。これ以上、ゆんゆんとめぐみん、ひいては俺との関係をこじらせるわけにはいかないのだ。

 

「ゆんゆん、この数ヶ月の事は本当に悪いと思っている。だが、もう少し落ち着いて、話してもいいと判断できる状況になるまでは今回の事はお前にも話せない。それで納得してくれるか?」

 

「話せないですか……」

 

俺の言葉をきいてゆんゆんが紅い目でじっと見つめてきた。全てを見透かされるような目に視線を逸らしそうになるが、必死に我慢してゆんゆんを見つめ返した。そうしていると、彼女が俺の頬を手で優しく撫で始める。そして、叱られた事に落ち込む我が子を慰めるような慈愛の表情を浮かべた。

 

「カズマさんにとって、この数ヶ月は必要なものだったんですか?」

 

「ああ、色々な事について知ったり、気付かされた数ヶ月だったよ。必要……そう俺にとって必要な事だったな……」

 

「そうですか」

 

ゆんゆんの優しい笑顔に俺はバツが悪すぎてついにそっぽを向いてしまった。そんな俺の頭を彼女がそっと撫でてきた。何だか、今までとは立場が逆転してしまったようだ。

 

「カズマさん、それなら私はこの数ヶ月の事を許してあげます。でも、納得したわけじゃないんですよ? いつになっても構いませんから、絶対に話してくださいね」

 

「絶対にか……分かったよ……」

 

「よろしい! でも、次の私には絶対に答えてくださいよ? これだけは、あなたの口から今すぐにでも聞きたいんです!」

 

「な、なんだよ……」

 

俺はビクビクとしながら身構える。視線はテーブルの上に散らばる写真の向かっていた。先程の会話を聞いていたとはいえ、これについては……!

 

 

「カズマさんは、噂になってるような事をしたんですか……?」

 

「へ? 噂……? ああ、あれはダクネスの嘘っぱちだ。俺はそんな事はしていない! し、信じてくれ!」

 

「そうですか……そうですか……!」

 

 若干うろたえながら否定するという失態を演じてしまったが、ゆんゆんは嬉しそうにうんうんと頷いて納得してくれたようだ。しかし、やはりダクネスの広めた噂を知っていたようだ。めぐみんの先程の様子といい、どんな意図を持っての行動かは薄々分かって来た。ゆんゆんが俺の“話さない事”を許してくれたのは非常にありがたい事だ。

 

「ゆんゆん、今回はその噂も含めてめぐみん達とも少し関わる事態が起こってな。めぐみん達も悪気があってさっきみたいな行動に出たんじゃない。分かってくれる……か……?」

 

 自分の苦しすぎる言い分に、嫌な汗が噴き出る。しかし、ゆんゆんは笑顔を浮かべ、クスクスと笑いながら俺の頭を再び撫でた。

 

「だから言ってるじゃないですか。私はカズマさんを信じていますし、今回の事も許します」

 

「それでお前はいいのか……?」

 

「ええ……カズマさんが私の元に再び来てくれた事、それだけで私はとっても幸せなんですよ」

 

「ゆんゆん……」

 

 朗らかな笑みを浮かべるゆんゆんの姿に、俺は改めて心を揺さぶられる。やっぱり、ゆんゆんはちょろくて都合がいい……いや、素直な上に寛容で慈悲深い。俺なんかにはもったいないくらいの女性だ。

 俺はゆんゆんを再びギュっと抱きしめる。彼女の抱き慣れた柔らかな感触とほのかに香る甘い匂いに脳はが痺れ、心の中に渦巻いていた鬱憤やイライラが解きほぐされていく。ゆんゆんの癒し効果は正に俺にとって女神級だ。

 

「私、カズマさんにもっとお話ししたい事、少しでも早くお伝えしたい事、聞きたい事がたくさんあるんです」

 

「そうだな……」

 

「それを後でゆっくり話しましょう? でも、今はめぐみんともっとお話しなきゃ……」

 

「お、おう……」

 

 先程とは若干ニュアンスが違うクスクスとした笑いに俺は気圧される。ゆんゆんは、そんな俺の頬に軽くキスした後、耳元で囁いて来た。

 

「カズマさん、あなたは出来れば口出ししないで見ていてくださいね? だってこれは女の戦いなんですから」

 

 思わず体を固まらせてしまった俺をゆんゆんが優しく押す。それだけで、俺は崩れ落ちるように椅子に倒れ込んだ。そして、呆けた表情のめぐみんと、何やら余裕を感じられる笑顔を浮かべたゆんゆんが向き合った。

 

「ねぇめぐみん、分かったでしょう? カズマさんはいつも私の傍にいる。そして私の事を一番愛している。見ていてそう思わなかった?」

 

「うぅ……」

 

「それに、私と再会した時のカズマさんの表情……見ていないとは言わせません。あんなにも分かりやすい表情なら、めぐみんだって分かるでしょう?」

 

「あぅ……」

 

「目を逸らさないで……私を……カズマさんを見て……? そして今の状況をきちんと認識してよ……! 逃げるなんて絶対に許さない……!」

 

俯いて微かな呻き声を上げていためぐみんの顔を、ゆんゆんが無理矢理上げさせる。めぐみんの表情はさっきと変わらない呆けたものであるが、両目からはとめどない涙が溢れていた。

 

 

「これが現実なの」

 

 

ゆんゆんのクスクスとした笑い声に俺は背筋が寒くなった。ゆんゆんの笑顔は俺の惹かれた表情そのものだ。しかし、今の笑顔はいつものものとは何かが違う。

 

「めぐみん、結局あなたは何がしたかったの?」

 

「…………」

 

「めぐみんは屋敷で会った時に言ったよね? カズマさんには愛想が尽きたって。それなのに、さっきは私をカズマさんから引き離そうと躍起になっていたし、彼に対する執着も持っている……」

 

「…………」

 

「さっきから黙って何のつもり……? 質問してるでしょ……答えなさい……何か言いなさいよ……!」

 

「やぁ……!」

 

椅子から無理矢理引き剥がそうとするゆんゆんに対し、めぐみんは泣きながらも必死に椅子にしがみついて抵抗していた。以前は修羅場を割と楽しむ傾向にあった俺だが、これは以前のめぐみんとダクネスの修羅場と比べものにならない。胃がキリキリと痛み、首を掻きむしりたいようなムズ痒さに襲われる。口出しするなと言われたが、そろそろ止めた方がいいだろう。

 

「ゆんゆん、お前もそこまでにしておけ……」

 

「むっ……カズマさんがそういうのなら、ここまでにしておきます」

 

俺の制止の声でゆんゆんがめぐみんから名残惜しそうに離れた後、俺にぴったりと体を寄せた。そして、まるで見せつけるように俺の手に取ってギュッと抱き着いた。

 

「それじゃあ、めぐみん。また後でゆっくり話しましょう? きっと心の整理もまだついてないと思うから……!」

 

「こえーよゆんゆん! めぐみん泣いてるだろ!? 見ない間にちょっと変わってないか!?」

 

「カズマさん、私はずーっと変わっていませんよ? 私は親切丁寧に今の現実を……あいたっ!?」

 

「もうちょっと別のやり方があるだろ! まったく……!」

 

とりあえず、ゆんゆんの頭を軽く叩いて黙らせる。そして、俺もめぐみんと向き合った。彼女が脱出した俺を見て、今はどんな思いを持っているかは分からない。しかし、ゆんゆんに追い打ちをかけられた事でより悲壮な姿になっている。俺は彼女の頬に伝う涙を拭いてやった。

その瞬間、めぐみんの表情が縋るようなものになった。今すぐにも抱きしめて慰めてやりたいが、ゆんゆんがいる手前そうする事はできない。それに、これ以上事態を拗らせるわけには行かないのだ。

 

「めぐみん、今回は色々ありすぎてまだ整理ついてないだろう? だから、今は屋敷に戻ろう……」

 

「カズマ……!」

 

俺の言葉にめぐみんがゆらりと立ち上がる。そして、倒れ込むように掴みかかってきた。俺は彼女を受け止めるしかない。

 

「カズマ……何でここに……? 何で……何で……! 何でゆんゆんと……! カズマは私の……私達の……!」

 

思わず耳を塞ぎたくなるが、何とか耐える。これは俺自身が招いた事態だ。俺が逃げる事は彼女達のためにも、俺自身のためにもあってはならない事だ。

 

「めぐみん、とにかく今は落ち着け。今回の俺がいない期間の事……それから俺らの今後については今夜話す。アクアとダクネスも一緒にだ」

 

「カズマ……?」

 

今のめぐみんがどんな表情をしているか俺はしっかりと目に焼き付ける。そして、めぐみんを元の椅子に座らせた後、俺は彼女に背を向けた。

 

「めぐみん、今は頭を冷やせ。そして、今夜ゆっくり話すんだ」

 

そのまま、喫茶店を後にしようと歩を進める。すかさず俺の隣に駆け寄ってくるゆんゆんに苦笑した。とりあえず、今夜に備えてアクアとダクネスにも話を……

 

 

 

「カズマ、あなたも頭を冷やしてください。私から見れば、あなたが一番冷静になるべきだと思います」

 

「めぐみん……」

 

 

 

 振り返ると、めぐみんが椅子から立ち上がり、こちらを睨みつけるように見つめていた。さっきまでの呆けた様子と違い、その両目にはしっかりとした意思が宿っていた。

 

「カズマ、私は今でも疑問に思っているんです。何故カズマが私達でなく、ゆんゆんに固執するのかと……」

 

「…………」

 

「私は思うんです。あなたはゆんゆんに騙されているんじゃないかって……!」

 

めぐみんが少しずつ、少しずつ……ゆっくりと俺の方へ歩み寄って来た。

 

「私も認めます。カズマが最初に抱いたのはゆんゆんであると……でも違う。あなたはその事に責任を感じてるだけ……! カズマは単に遊びでゆんゆんに手を出しただけで、本当は“以前”のように私の事が好きじゃ……私の事を愛しているんでしょう……?」

 

「めぐみん落ち着け……」

 

「カズマ、そんな事に責任を持つ必要はありません! 一時の感情に流されて、無理してゆんゆんと一緒にいなくてもいいんです! あなたが本当に愛している私と……“私達”と今まで通り過ごしましょう……?」

 

めぐみんが、ついに俺の前までやってきた。めぐみんの表情は真剣なものだ。でも、顔には玉のような汗が浮き出ているし、足は押せばすぐに倒れてしまいそうな程震えていた。

 

「私達は駆け出しの頃から一緒に苦楽を共にした大切な仲間……仲間以上の関係なんです。ぽっと出のゆんゆんなんかにカズマを盗られるなんてあってはならない事で……!」

 

 

 

「めぐみん、俺はゆんゆんの事が好きだ。そしてコイツと結婚する。それはもう絶対に変えない」

 

 

 

「っ……!」

 

「めぐみん!」

 

めぐみんの顔が一瞬で悲しみに崩れた。そして、逃げるように喫茶店の外へ向かって駆けだした。思わず追いかけようとした時、マントをそっと握られた。振り向くと、嬉しそうな……でも何処か悲しそうな表情をしたゆんゆんと目が合った。

 

「カズマさん、行っちゃ嫌です……」

 

「ゆんゆん……そうだな……アイツはこれくらいでへこたれるタマじゃ……いやちょっと不安になってきた……」

 

 足がめぐみんの方へ動こうとした時、ゆんゆんに抱き着かれる。それで、もう彼女を追いかける気力はなくなった。どうせ、同じような事を今夜ダクネスやアクアにも言う事になる。それに、本来ならさっきの断りの言葉を、ゆんゆんとの結婚を決めた時点で言うべきであった。問題を後回しにした事が、今回の事態を引き起こしたと原因と言っていい。

 

「カズマさん、今は私だけを見てください」

 

「ゆんゆん……」

 

 俺はゆんゆんをギュっと抱きしめ返す。コイツも俺のせいで随分と傷つき、心配をかけてしまった。もう優柔不断でいい加減な行動をするわけには行かない。俺がコイツを愛し、結婚相手……運命を共にする相手に選んだのだ。

 

「カズマさん、愛してるって言ってください」

 

「ああ、愛してる」

 

「他の誰よりも……めぐみんよりもですか……?」

 

「当たり前だ」

 

「んっ……もっと言ってください……!」

 

 ゆんゆんの抱き着く力が強くなる。彼女の豊かな胸が俺の体に押し付けられ形を変える。いつもなら、欲情してすぐにでも押し倒したくなる所だが、不思議とそんな感情は湧いてこなかった。ただ、彼女が愛おしくてたまらなかった。

 

「今は私だけを見て……」

 

「ああ」

 

「もっといっぱい愛してるって言って……!」

 

「おう、遠慮するな。俺はお前を愛してる」

 

「カズマさん……もっと……もっとギュっとしてください……」

 

 そんな可愛いお願いを断れるわけがない。だから強く……さらに強くギュっと抱きしめる。俺の頬に彼女の柔らかな黒髪が触れる。そして彼女の熱い吐息が俺の首筋にかかるのも感じる。

 

 

「カズマさん、ずっと……ずっと一緒にいましょうね……?」

 

「そうだな。これからずっと一緒だ……」

 

 

 胸の中で小さな泣き声が聞こえ始める。それがどんな意味を持つ涙かは分からない。それでも、彼女が泣いているなら泣き止むまで一緒にいる。それが俺の今の役目だろう。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「んっ……んぐっ……んっ……!」

 

「いたっ! いたたたたたたたっ!?」

 

「んっ……んぅ……!」

 

「やめんかバカ!」

 

「いたいっ!? カ、カズマさん、久しぶりなんですから、ちょっとくらい良いじゃないですか!」

 

「限度があるだろ限度が……!」

 

 俺は痛む首元押さえながらゆんゆんを引き剥がす。泣き止んでから彼女は俺の首を吸い始めたのだが、案の定というか甘噛みに変化し、最後には出血しそうになるほど強く噛んできたのだ。

 

「まったく、お前は相変わらずだな……」

 

「カズマさんこそ、いつも通りでちょっと安心です! 痛いですけど!」

 

 お互い笑い会いながら改めて再開を確認する。こうして接した限り、彼女は以前と変わっていない……いや、少し精神的にタフになっているかもしれない。ともかく、これなら安心だ。色々聞きたい事はあるが、それは二人っきりで落ち着いた時でいい。今は話をつけに行く事が優先だ。

 

「よし、それじゃあゆんゆん。行くとするか」

 

「はい、カズマさん!」

 

 嬉しそうに腕を絡めてくるゆんゆんと一緒に屋敷へ向けて歩き出す。アクセルの街を二人で歩いていると、茶化してくる冒険者が数人現れた。適当にあしらいながらも、奴らから先程の騒動が終息した事を知った。どうやら、あの後、戦いが泥沼のものになった時、ダクネスが現れて騒動を治めたらしい。私兵は撤退、ダクネス自身も騒動を治めた後はすぐに姿を消したらしい。現在、冒険者達は俺の報酬を当てにして盛大に飲み食いしているそうだ。そちらに行きたいという誘惑を振り切り、俺達は屋敷に到着した。庭に展開していたダクネスの私兵や馬車は姿を消し、いつも通りの屋敷へと戻っている。しかし、屋敷に入ってその認識を改めた。

 

「あの……カズマさんの屋敷ってこんなに荒れてましたっけ……?」

 

「いやいや、俺がさっきいた時はこんな事には……」

 

 何やらビクビクとしながら聞いて来るゆんゆんに俺も困惑しながら答える。屋敷の中は何故か荒れに荒れていた。壁や天井の一部が破壊されたり、ペンキのようなもので塗りつぶされたりと無茶苦茶な事になっていた。

 

「こいつは一体……って、そういう事か……」

 

「何か分かったんですか?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

 俺は破壊された壁を見て、これはエリス様の仕業だと確信した。破壊された箇所はどれもアクアが描いた謎の文字や魔方陣があった場所だ。救出に入ったというエリス様と、脱出した俺のすれ違いでこのような事態が起こってしまったのかもしれない。

 そんな時、俺達の前に神官服を着た一人の男が現れた。ダクネスの私兵の残党か、それともただの不法侵入者かと警戒するなか、男は俺の前で跪いた。

 

「もしや、サトウカズマ殿ですか……?」

 

「そうだけど、あんた誰だよ」

 

「私はエリス様の意思に従うもの。我が主が要注意人物A……女神アクアと地下室でおこもりになられました。それ以降、連絡は取れず部屋への強行突入もできません。でも、主に選ばれたあなたなら……!」

 

そう言ってむせび泣きを始めた神官服の男の周りに、同じ神官服を着た者たちが屋敷中から湧き出るように集まってきた。湧いてきた連中も含めて、一斉に期待や羨望の視線を俺に送ってきた。

 

「ゆんゆん、とりあえずここで待っててくれ。ちょっと駄女神共を回収してくる……」

 

「ええっ!? こんな頭おかしそうな人達の所で待つんですか!?」

 

「そういう事だ。すぐ終わらせる」

 

「もう……お願いですから早く帰ってきてくださいね!」

 

 俺はもの分かりの良いゆんゆんの頭を軽く撫でた後、開きっぱなしになっている地下室への穴に飛び降りた。そして、例の監禁部屋の扉に手をかける。周囲には破壊の後が広がり、神官服の連中が何とか強行突入しようとしていた事が分かる。俺も開けるのは無理なのではと思ったが、何故かすんなりと開いた。そして、扉の先の光景を目にしてしばし茫然とした。

 

 

「も……もうヘロヘロなんじゃないですか、アクア先輩……?」

 

「そっちこっそ息切らしてるじゃない……! 喰らいなさい! アクシズ式パイルドラ……!」

 

「ふ……フランケンシュタイナー!」

 

「ああああああああああああああっ!? く、首が……い……痛い……いたいよぉ……!」

 

「アクア先輩……!? その……大丈夫ですか……?」

 

 首を押さえて体をバタつかせるアクアに、エリス様が駆け寄った。二人の恰好はお互いボロボロであり、部屋の床には血痕や銀と青色の毛髪が散乱している。随分と苛烈なキャットファイトをやっていたようだ。

 

「もう怒った! エリス、ここからは手加減なしよ!」

 

「アクア先輩!? 椅子はいけませんよ椅子は! それなら私も……」

 

「ちょっと何よそれ!? あんた一体どこから“バールのようなもの”を出したの!? それこそダメよ! ま、待って! 昨日食べ残したドラ焼きあげるから待って!」

 

「いりませんよ……くひひっ! アクア先輩のカラッポの頭をこれでカチ割って……!」

 

 

 

「やめんかお前ら」

 

「いたっ!?」

 

「あぅ!?」

 

 お互いに凶器を持ちだした二人の頭を軽く叩いて止める。とりあえず、これ以上の流血沙汰を引き起こすわけにはいかない。そして、叩かれた駄女神二人はというと、俺の方を見て表情をくしゃくしゃに崩した。

 

「か、かじゅまああああああっ! エリスがいじめてくるううううう! 助け……うえええええん!」

 

「アクア先輩こそ私の……私の邪魔ばっかり……うぐっ……うぅ……ひっぐ……うええええええん!」

 

「おう、落ち着け駄女神共……」

 

 腰に泣きながら抱き着いてくる駄女神二人を受け止める。そして、しばらく二人のされるがままになるが、涙をズボンで拭いたり、匂いをクンクンと嗅ぎだしたため、さっさと強制連行する事にした。無言でベタベタしてくる駄女神をリビングのソファーに放り投げ、俺自身も、床に座り込んだ。なんだか非常に疲れた気がする。そんな時、待機していたゆんゆんが俺の元に笑顔で駆け寄ってきた。

 

「カズマさん、見てくださいよこれ!」

 

「なんだよ……」

 

「さっきの人達から買ったんですけど……なんと! これを持っていると今までの犯した自分の罪が許される素敵なお札らしいですよ! カズマさんの分も購入しておき……いひゃいっ!? いひゃいですかじゅましゃん!」

 

「お前も本当に相変わらずだな……」

 

 頬を引っ張られて涙目になっているゆんゆんを、駄女神二人のいるソファーに突き飛ばす。なんだか、今はゆっくり一息つきたい……

 

「出たわね全ての元凶! アンタなんかこうよ!」

 

「アクアさん、なんで服を脱がせようとするんですか!? ちょっ……やめっ……!」

 

「そうです! こんな無駄な脂肪もくっつけて……このっ……このっ……!」

 

「いたっ!? エリス様! そこを叩くのは……んっ……!」

 

 何やら騒がしくなり始めたソファーから目を背けて、そっと溜息をつく。これから大事な話をするっていうに、呑気なもんだ。そして、俺はポケットに忍ばせておいたタバコを取り出し、口に咥える。なんだか色々ありすぎたな。この数ヶ月は……

 

 

「ちょっとカズマ、部屋がヤニ臭くなるから外で吸いなさい!」

 

「タバコは百害あって一利なしです! 私は許しませんよ!」

 

「カズマさん、私は妊娠した時にあなたを家から追い出したくありません!」

 

 

 

禁煙しよう……

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 夕方、屋敷にめぐみんとダクネスが帰宅した。最悪、俺の前から姿を消す可能性もあったが、二人とも帰ってきてくれたようだ。ただ、ダクネスがめぐみんをおんぶして帰ってきたため、彼女達の間に、何かがあったのかもしれない。

 

「まぁ、これで全員集まったわけだ……」

 

 俺の声に、リビングの席につくめぐみん、ダクネスが表情を硬くして押し黙る。アクアとエリス様も表情は暗かった。笑顔を浮かべているのは隣に座るゆんゆんだけだ。そして、俺自身の表情も笑顔ではない。

 

「お前らに言いたい事は一つ。俺はゆんゆんが好きだ。だから、コイツと結婚する。それだけだ……」

 

 ゆんゆん以外の全員が表情を歪める。すでに彼女達は知っているが、ゆんゆんが隣に居る場で言う事に意味があるのだ。それにしても、これほどの女性達が俺に好意を持っている事に改めて驚き、全員に手を出している自分に対して辟易する。しかし、こういう事も今日で終わりにしたい。

 

「“久しぶり”に会って、急にこんな事を言われても困るかもしれない。でも、これが俺の意思だ。何か意見があるなら言って欲しい」

 

 しばらくは沈黙がリビングを支配する。このまま何事もなく終わって欲しい所だが、もちろんそうはいかない。ダクネスが震えながら身を乗り出した。

 

「カズマ、お前は結婚すると言ったな? それはいい。もうここまで言われたら認めるとしよう。でも、私達の事はどうする?」

 

「わ、私達って何の事でせうか……?」

 

「しらばっくれるな。お前は私達に手を出した……肉体関係を持っているんだ。その事をお前はどう思っているんだ?」

 

「うぐっ……!」

 

 実に耳が痛い話が始まってしまった。チラリとゆんゆんの方を伺うが、彼女はニコニコとした笑顔を浮かべたままだ。彼女がどのような思いを持っているか分からないが、喫茶店でのやり取りをみた限り、すぐには絶縁というわけには行かないようだ。

 

「その事だが、俺としては何らかの責任は取るつもりでいる。どんな状況とはいえヤってしまった事には違いない……」

 

「それなら……!」

 

「でも、重婚ってわけには行かない。俺にはもうゆんゆんがいる。それに彼女の親族にいきなり不義な所を見せるわけにはいかないんだ」

 

 絶句するダクネスを見ながら、自分の言っている事のクズさに呆れる。しかし、ここまで来たら押し通すしかないのだ。

 

「ダクネス、悪い言い方をすれば、俺とお前は肉体関係を持った“だけ”だ。俺とゆんゆんは肉体関係を持った上で“結婚”を決めた。肉体関係を持ったからって一々責任取っていたら世の中のお父さんは最低でも三人は妻がいる事に……」

 

「カズマさん、それは最低すぎです」

 

「あ、そっちから来るのね……」

 

 少し怒り気味の口調でゆんゆんに浴びせられて俺は委縮する。今は彼女の顔をまともに見る事ができない。

 

「でも、カズマさんだけじゃありません。あなた達も最低だと思います」

 

「おう……?」

 

ゆんゆんの一言で、俺だけじゃなく彼女達も驚きの声を漏らした。

 

「私はめぐみんやダクネスさんが以前から私達の婚約を知っていたと聞きました。確かに、婚約前に他の女に手を出すカズマさんは最低です。でも、私との婚約を知りながらカズマさんと関係を持ったあなた達も同じくらい最低だと思います」

 

「あなたがそれを言うのですか!」

 

 ゆんゆんの言葉に、めぐみんが噛みつく。彼女の目と表情には激情が宿っていた。しかし、ゆんゆんはそんな彼女の様子を見ても何処吹く風だ。

 

「そもそも、この中でカズマさんの方から手を出したのは何人ですか?」

 

「それは……」

 

 ダクネス以外の女性陣は顔を逸らした。俺はというと、ここにクリスがいない事に安堵するという安定のクズっぷりを晒していた。俺の方から明確に手を出したのはダクネス、クリスだけであるからだ。

 

「どちらにしろ、重婚なんて私は認めません。カズマさんは内心それでいい、なんて思っていそうですが私は認めません。カズマさんの“奥さん”は私だけで十分です」

 

「ゆんゆん……あなた自身は本当にそれでいいんですか……? 私は理解できません……カズマは私達と関係を持っているんですよ……!」

 

 めぐみんが怒りと困惑の交じった声で問いかける。ダクネスも同じような表情をゆんゆんに向けているが、アクアとエリス様は諦観を含んだような暗い顔でじっとしている。そんな彼女達を見て、ゆんゆんはクスクスとした笑い声をあげながら言い放った。

 

 

 

「“過去の女”と何があろうがどうでもいいんです。カズマさんの最愛の人は私なんですから……!」

 

 

 

 テーブルに身を乗り上げる勢いであっためぐみんとダクネスが力なく椅子に崩れ落ちる。数分の沈黙の後、俺も理解する。もう勝負はついたかもしれない……

 

「さて、報告は以上だ。これより先は俺達の今後の話……といきたい所だが、今回の俺がいない間に起こった事の落とし前をつけておく」

 

 めぐみん達の肩がビクリと震える。今回は俺の責任が大半だが、彼女達にも一定の責任があるのだ。お咎めなしといえないのだ。

 そして、俺は彼女達に与える罰を伝える。ダクネスには妙な噂を広めた罰として、冒険者に支払う予定の半分の金額の罰金を、アクアとエリスは喧嘩で壊した屋敷の修繕を協力してやる事、めぐみんにはゆんゆんにアホな事をしようとした罰として、アンナちゃんの墓掃除を命じた。

 

「カズマさん……あの事は……」

 

「エリス様、俺からのお願いです。今は何も言わないでください……」

 

「…………」

 

監禁なんてなかった。そうする事が俺達にとって一番都合の良い判断だ。だから、さっさと終息させることにする。ダクネスは不満そうだが、これでいい。罰なんて本来こんなものだ。罰で体を要求した俺がクズすぎただけだ。そして、暗い雰囲気の中、俺は最後の議題を切り出す事にした。

 

「さあ、退屈な話合いもこれで最後。俺の今後についてだが……ゆんゆん、お前はどうしたい?」

 

俺の質問に、ゆんゆんは嬉しそうに椅子から立ち上がり、俺の方へ抱き着いてきた。周囲からは歯ぎしりや机を手で打つ音が聞こえる。すっかり煽り上手になったゆんゆんに嘆息しながらも、俺ももう気にしない事にした。そして、ゆんゆんは俺の胸の中でポツリと呟いた。

 

 

「私はカズマさんといつも一緒にいたいです。だから、私と二人で暮らしましょう?」

 

 

 ゆんゆんのお願いは、今の俺の生活を劇的に変えるものだ。しかし、もう彼女は俺の結婚相手であるし、しばらく姿を消した事への負い目もある。だから彼女の提案を受け入れたい。それに、いい機会かもしれないのだ。今までの俺達の関係が変わった事を受け入れるためにも……

 

「そういう事だ……いいな……?」

 

「カ、カズマ……?」

 

「本当にお前は……!」

 

「アンタがそうしたいなら、そうしなさいよ……」

 

 めぐみん、ダクネスアクアの視線を真っ向から受け止める。もう俺がフラつくわけには行かない。それに、劇的に関係が変わるわけではないのだ。

 

「アクア、めぐみん、ダクネス! 俺とゆんゆんは結婚する。でも、根本は変わらない。俺はお前達の仲間だ。冒険がしたくなったら……何か困った事があったら俺の所へ来い……俺を頼れ! 用がなくても遠慮せずに俺達の所に遊びに来い。今のゆんゆんはちょっと刺々しいが、コイツの本質は寂しがり屋のかまってちゃんだ。きっとコイツも喜ぶ」

 

「ふふっ……そうですね。遊びにきてくれるのは私は大歓迎ですよ」

 

 ゆんゆんのクスクスとした笑い声が響くなか、俺はめぐみん達に背を向ける。俺の中でも後悔や悲しみの感情が荒れ狂う。でも、俺の隣に立つ彼女のためにも、こうするべきなのだ。

 

 

 

「またな」

 

 

 

 俺とゆんゆんはゆっくりと足を進めて屋敷の外に出る。重い体を引きずるように、長年過ごした場所を出ようとする。しかし、正門の前に来た時、俺の足は止まってしまった。自分の意思の弱さに泣きたくなるが、しょうがないと思ってしまう自分がいる。

 俺を呼ぶ声が背後から聞こえる。泣きながら……悲しみながら……俺なんか呼び戻そうとする仲間たちの声がやんでくれない。

 

「カズマさん……」

 

「なんだ……?」

 

「あなたは振り返ってはいけません。だからここで待っていてください。私が何とかしてきます」

 

「ゆんゆん……」

 

「いいんです。夫の尻拭いも妻の仕事ですから」

 

 俺は溢れ出そうになる涙を必死に止め、そこに立ち止まる。でも、ゆんゆんのためにも、彼女達のためにも振り返ってはいけない。

 

 

「情けねぇな俺って奴は……!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 私は泣きそうなカズマさんの頬に軽く口づけした後、軽やかな足取りで屋敷の玄関まで戻る。そこにはわんわんと泣くめぐみんがいた。玄関扉の奥からもすすり泣くような泣き声が聞こえてくる。それはとても悲しく、胸が痛くなるものだ。でも、どこか心地よい。

 

「めぐみん、泣き止んで……」

 

「あなたは……いまさら私に……何を……!」

 

 怒りと悲しみに表情を崩すめぐみんの顔を私は見つめる。彼女には謝らなければならない事がある。それを自覚していた。

 

「めぐみん……ごめんね……」

 

「何が……!」

 

「ごめんね……」

 

「っ……!」

 

 めぐみんに思いっきり頬を叩かれた。ヒリヒリと痛み、熱を持つ頬が夜風にあたる。彼女にもっと謝らなければならない。

 

「めぐみん、あなたがカズマさんに好意を持っていた事を私は知っていた。それを知りながら、私はカズマさんの事が好きになってしまった……いけない事なのに……めぐみんに対する裏切りなのに……だからごめんなさい……」

 

「それならなんで……!」

 

「言ったでしょう? 好きになってしまったの……この思いは止まらない……止められないの……!」

 

私もつい声を荒げてしまった。めぐみんがその事に体をビクリと震わせたが、彼女は気丈にもこちらを睨み返してくる。彼女に謝らなければならない。でも、言わなければならない事もある。

 

「めぐみん、私はカズマさんを好きになった。でも、それだけなの……」

 

「カズマを奪っておきながら、何を言っているんですか……!」

 

「本当よ……私は常に受け身の体勢……カズマさんが私を深みに連れていったの……めぐみんなら分かるでしょう? 好きな人が私を求めてきてくれる……あなたには悪いと思ってる。でも、私だってカズマさんが好きなの……そんな事断れるわけがない」

 

もう一度、頬を叩かれる。痛い……でも何故か心地いい。上がりそうになってしまう口角を必死に抑える。これは私に対する罰なのだから。

 

「めぐみん……」

 

「…………」

 

 

「カズマさんが私を選んでごめんね……?」

 

 

 めぐみんの手がまた顔に飛んでくる。しかし、それを私は短杖で打ち払った。驚きの表情を浮かべるめぐみんは可哀想だ。慰めたい……でも、もう謝るわけにはいかない。

 

「めぐみん、はっきり言っておくね? 私はあなたに悪いと思っている。でも、私を選んでくれたのはカズマさんなの。あなた達ではなく、この“私”を選んだ。それを理解して欲しいの」

 

「あなたは……あなたは……!」

 

「彼を好きになった事は謝る。でも、私に対するカズマさんの気持ちを否定するわけにはいかない。カズマさんはね、私の事が好きなの。ねぇ分かる? 私の事が好きで好きでたまらないの」

 

 詠唱を始めようとしためぐみんの手を蹴り上げる。地面に手に持っていた杖がカランと落ちた。彼女は衝撃に耐えきれず、尻もちをつく。怒りと、憎しみ、悲しみのこもった目が私を見上げてくる。

 

「ゆんゆん、それでもあなたがカズマを奪った事には変わりません! 友達だと……親友だと思っていたのに……!」

 

「泣き止んでめぐみん……私は今でもあなたの友達でありたいと思ってる。でも、私はカズマさんを奪ってなんかいない。カズマさんがめぐみんから私を奪ったという方が正しいと思う」

 

「とんでもない減らず口ですね……」

 

めぐみんが、ゆっくりと立ち上がる。流石に、これ以上彼女を追い詰めるわけには行かない。せっかく、カズマさんとの事が決着したのだ。彼女とは色々あったけどこれからも友達でありたい。それは本心から思っている事だ。

 

「めぐみん、私は重婚を認めない。でも、好きに彼を誘惑すればいいし、アプローチをかけても気にしない。それほど彼が好きなら……ね……?」

 

「え……?」

 

「それじゃあ私はいくね? カズマさんが待ってるの……」

 

私はめぐみんから背を向ける。彼女がいつも通りに戻る事を願おう。だってめぐみんは私の大切な友達……親友だから……

でも何故だろう。胸の中が優越感で……勝ったという思いでいっぱいだ。そして抑えていた感情がめぐみんから背を向けた瞬間に溢れ出る。だからであろうか、ついポツリと言葉を漏らしてしまった。

 

「まぁ、無駄でしょうけど……だってカズマさんに一番愛されているのは私ですから……!」

 

 

 

「“ライトオブ・セイバー!”」

 

「あっ……」

 

 私は、背後から迫っていた刃を魔法剣で切り払った。真っ二つになった刀身は地面に落ち、めぐみんは折れた剣を握って茫然としていた。私はそんなめぐみんに言い聞かせるように語り掛けた。

 

「めぐみん、またバカな事したわね……感情に身を任せた行動はやめなさい」

 

「剣が……私の剣が……」

 

「特に今のような洒落にならない傷害行為はダメ……私がカズマさんに『めぐみんに切られそうになった』って言ったら彼がどう思うか分からないの? 彼に嫌われたら意味ないでしょ?」

 

「剣が……カズマの剣が……うぐっ……ひっぐ……!」

 

 剣を抱えて泣き出しためぐみんを私はどうすればいいのだろうか? 慰める……嘲笑する……思いっきり蹴飛ばす……? ぐるぐると回る思考の中で、一歩彼女に近づいた時、めぐみんの隣にダクネスさんが現れた。

 

「めぐみんは私に任せろ。お前は向こうへ……カズマの所に行け……」

 

「そうですか……めぐみんの事、お願いしますね?」

 

「言われるまでもない。そして、そちらもカズマを頼む」

 

「はい……」

 

ダクネスさんに縋り付くめぐみんに私は背を向ける。そして、体を震わせながら屋敷に背を向けるカズマさんを優しく抱きしめた。

 

「すまんなゆんゆん……俺が情けないばっかりに……」

 

「いいんです……私にとっても必要な機会でしたから。だから、もう行きましょう……?」

 

「ああ、そうだな」

 

そして、屋敷を後にする。夜闇に包まれた街中を歩きながら、私は幸せを噛み締める。カズマさんが私の隣にいる。それだけで私は嬉しくて嬉しくてたまらない……

 

「泣かないで……泣かないで……カズマさん……」

 

「泣いてねえよ……」

 

「大丈夫です……あなたには私がいます……」

 

「…………」

 

「ひゃぅっ……!?」

 

カズマさんが私の体をギュっと抱きしめてくれる。それだけで私は幸せでいっぱいになる。心が震える……体が蕩ける……! もうこの暖かさを手放したくない……離れたくない……!

 

 

 

 

「カズマさん、後悔しないでくださいね……? あなたが私を選んだのですから……!」

 

 

 

 




ちょびちょび書いていたので少し冗長かも

次回はボツ予定だった息抜き会。じゃりめが生存した事によるテコ入れ話らしいですよ!
しかし、ドロドロじゃない話や、エロってどうやって書いていたんだっけ……(自問自答)

そして、俺の手元には世界樹の迷宮5がある!
もっと自分の趣味に使える時間をくれ……!


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最終章 人生はまだ始まったばかり
始まる新生活と小旅行の準備


前回が切りがいいのでここからを最終章とします。
グダグダ回


 

 

 

 

 

「カズマさん、もうお休みですか?」

 

「んー? 確かに今日はもう何もやる気が起きないんだよな……」

 

「色々ありましたからね……そのまま寝ても構いませんよ? 私はちょっとシャワーを浴びてきますね」

 

 そう言ってベッドを離れるゆんゆんを、俺は薄目を開けて見送った。そして、ベッドに寝転がりながら現在の状況を確認する。屋敷から逃げるようにして向かった先は、ゆんゆんが宿泊する宿だ。

 彼女の二人で暮らしたいという希望を叶えるために彼女の宿に同居する事になったのだが、状況的にはまるで愛人の家に転がり込む不倫男みたいだ。

 

「いや、もう俺の嫁さんなんだし、その表現は正しくないか……」

 

 ベッドの上で視線だけを浴室の方へ動かす。浴室からはシャワーの水音に混じって、ゆんゆんの機嫌良さそうな鼻唄が聞こえてくる。まだまだ問題は山積しているが、ゆんゆんが嬉しそうにしている様子を見れただけで、全てがどうでも良くなってくる。

 そうして、彼女の歌声を子守歌にしてウトウトしていると、ふわりとしたシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐり、柔らかな感触が俺を包み込む。再び薄目を開けて確認してみると、バスローブ姿のゆんゆんが俺の腰に抱き着いていた。

 

「おい、俺は風呂入ってないから汚いぞ? というか、それなのにお前のベッドに寝てるのか。すまんな……」

 

「いいんですよカズマさん。眠いなら今日はもう休みましょう。それに、私は臭いカズマさんも好きですよ?」

 

「なんか嫌な言い方だなそれ……」

 

「そんな事ないです……んっ……んみゅ……」

 

「嗅ぐなよ……」

 

 下着一枚の俺に抱き着いて、思いっきり鼻を押し付け始めたゆんゆんを呆れた目線で見つめる。しかし、彼女の幸せそうな姿を見てると止める気もおきない。どうやら、ゆんゆんも妙な性癖を持ってしまったようだ。

 

「んっ……汗の匂いが強いです……今日は体を動かす事が多かったんですか……?」

 

「そりゃあ、お前のために街中走り回ってたからな。でも、やっぱり臭いか。風呂入ってくるかな……」

 

「だからいいんですカズマさん。久しぶりにあなたの匂いで満たされたいんです。んぅっ……!」

 

 もはや処置なしのゆんゆんの頭を撫でながら、俺はしばらく彼女のされるがままで過ごす。そうしていると、自然と目蓋が重くなってきた。微睡む意識の中で、俺はゆんゆんに対して気になっていた事を問いかけた。

 

「ゆんゆん、俺がいない間は大丈夫だったか?」

 

「んっ……はふぅ……何がですか?」

 

「いや、俺以外の男に騙されたりしなかったか……?」

 

「はい?」

 

 ゆんゆんがきょとんとした表情でこちらを見つめてくる。そんな彼女の顎の下を撫でながら俺は話を続けた。

 

「いやさ、俺がいない間に慰めてくる男に私寂しいの……とか言って簡単に股開いたり、カズマさんよりはやーい! とか言ったりしてないかって心配でな……」

 

「何がはやいんですか! ナニが! というか、カズマさんの中の私のイメージは一体どうなっているんですか!?」

 

「俺に騙されて気が付いたら体貪られた挙句、嫁さんにされてるちょろいん」

 

「ぶっ殺! あぐっ!」

 

「あだっ!? あだだだだだっ!」

 

 ゆんゆんに首筋をガジガジと噛まれて俺は飛び起きる。気が付いたらめぐみんやエリス様に伝染していた噛み癖も、元々はコイツのものだ。そう考えると、愛おしく思えるのだが痛い事は変わりない。噛み続けるゆんゆんを無理矢理引き剥がすと、彼女は不服そうな顔をしていた。

 

「カズマさん、私とあなたが過ごした日々を騙したとかなんだって言わないでください! 私にとっては、今までにないくらいとても楽しくて幸せな日々だったんですよ?」

 

「悪かったよ。俺もお前と過ごした日々は楽しかったさ……」

 

「それならいいです……それに私はそんな尻軽じゃありません。あなただけを思って私はずっと……ずっと……カズマさんは本当に最低です……!」

 

「だから悪かったって……」

 

 涙目でぎゅうぎゅうと抱き着いてくるゆんゆんの柔らかな感触に癒され、俺は再び微睡み始める。彼女はそんな俺の耳元にそっと囁いた。

 

 

「これからは一緒に暮らすんです。そんな事にならないよう、ずっと私を見ていてくださいね? もう、私の前からいなくなっちゃダメです……」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「カズマさん、朝ですよ」

 

「んぁ……?」

 

「もう……んっ……」

 

 唇に暖かい感触を受けて俺は目を覚ます。外から聞こえる鳥の囀りと、窓から漏れる明るい日差しに何故か感動すら覚える。そして、朝から俺の口に吸いついているゆんゆんにも体を熱くさせられる。このままベッドに引きずりこんでイチャつきたい所だが、体のベタつきが気になったので素直に起きる事にした。

 

「んっ……おはようございますカズマさん!」

 

「おう、おはようゆんゆん……」

 

 朝から屈託のない微笑みを浮かべて目覚めのキスをしてきたゆんゆんは、赤白チェックに小さな黒猫のアップリケをちょこんとつけたエプロンを身にまとっていた。

 そんな彼女の姿を見ているだけで幸せに気分になるのだから、俺も随分とイカれてしまったようだ。

 

「カズマさん、今朝食を作っているんですが、朝はパン派ですか? それともご飯派ですか?」

 

「俺はパン派だ」

 

「ふふっ、そうですか。私もパン派なんですよ? あっ、サッパリしたかったらシャワーでもどうぞ。朝食はこのまま私に任せてください」

 

「おふっ……ありがとな。浴びてくるわ」

 

小さく手を振って俺を見送るゆんゆんに苦笑しながら、俺は浴室に入った。そして、さっとシャワーを浴びて体の汚れを軽く流す。体を拭きながら、昨夜の陰鬱とした気分も薄れ、これから始まる新生活に少しわくわくしている自分に気が付く。薄情な自分に辟易しながらも、俺はゆんゆんの待つリビングのテーブルに向かった。

 彼女はすでに席についており、テーブルの上にはパンと目玉焼き、ソーセージ、サラダという簡素な朝食だった。

 

「この状況って何だか気恥ずかしいな!」

 

「そんな事言わないでくださいよ……その……私もニヤケそうになるの必死に我慢しているんですからね……?」

 

「まぁ、さっさと食うか。実は昨晩まともに食べてないから腹減ってるんだよな」

 

「そうですか……必要なら追加で焼きますから言ってくださいね?」

 

こうして、気恥ずかしくも和やかな朝食が始まった。別にゆんゆんとの朝食が初めてなわけではない。しかし、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 そして、俺がパンに目玉焼きなどを全部挟んで一気に頬張っていると、ゆんゆんがこちらの様子をもじもじとしながら伺ってきた。

 

「んぐっ……どうした? 料理は上手いぞ?」

 

「そうですか!? ってその事じゃないんです! 実はカズマさんに話しておきたい事があって……」

 

「なんだ?」

 

「その、一緒に暮らし始める事に少し水を差すような事なんですが……ペットとして飼いたい子がいるんです!」

 

「ペット?」

 

 その後、俺はゆんゆんが飼いたいという毛玉“じゃりめ”についての話を聞くことになった。なんでも、その毛玉のおかげで俺がいない間の寂しさを紛らわせる事ができたらしい。加えて、彼女に起こったとある精神的な危機を救ってくれたという眉唾物の話までしてくれた。

 

「なるほどな……ペット……ペットねぇ……」

 

「ダメですか……?」

 

「そんなわけないだろ。ただ、なんかもやもやした気分でな」

 

 少し不満気にそう言った俺に対し、何故かゆんゆんはキラキラとした目をしながらテーブルに乗り出すようにこちらに体を近づけた。

 

「カズマさん! やきもちですか!? もしかしてじゃりめに嫉妬しちゃいましたか!?」

 

「ち、ちがわい!」

 

 俺は少し動揺する心を抑えつつ、突撃してくるゆんゆんを軽くいなした。別に嫉妬なんかしていない。ちょっとムッとしただけである。

 

 

 こうしてゆったりとした朝食を終えた後、俺達は預けられている毛玉を回収しにウィズの魔法具店へ向かう事となった。道中、ゆんゆんは毛玉の毛並みの良さや癒し効果、とっても頭が良くてペットに適しているだとかを俺に吹き込んで来た。別にペットを飼う事を否定していないのに、やけに必死な所が気になる。

 そして、ウィズ魔法具店に入店した俺達の前に、いつもの仮面悪魔が出迎えをしてくれた。

 

「これからの生活が内心楽しみで仕方ない鬼畜夫婦よ! いらっしゃい!」

 

「よう! 久しぶりだな!」

 

「鬼畜……? 私達が鬼畜夫婦……!?」

 

 バニルは何やらぶつぶつ呟きだしたゆんゆんの傍によると、良い笑顔……と呼べるか分からないが、口角を釣り上げながら囁いた。

 

「謙遜するな。壁を乗り越えた貴様には女達の嫉妬、羨望の念がまとわりついているぞ! ちょっと見ない間に我輩より悪魔的な所業をしてきたようだな!」

 

「な、ななななんの事ですか!? 全くもって記憶にございません!」

 

「照れるな照れるな! 貴様には小僧の妻として相応しい“鬼畜”の称号をやろう!」

 

「そんな称号いりません!」

 

 俺は騒ぎ出した二人の様子になんだか懐かしい物を感じつつも、この魔法具店のもう一人の住人、ウィズに向き直った。彼女は俺の方を見て何故か茫然としている。軽く手を上げて挨拶をすると彼女はビクリと肩を震わせた。

 

「カ、カズマさんなんですか……?」

 

「カズマですよ? 何故そんな引きつった表情を……? ああ、レイプ魔って噂は嘘ですからね! まったく、あんな噂広められて俺も困ってるんですよ……」

 

「えっ!? は、はい! 私はカズマさんを信じてましたよ! 本当に大変でしたね!」

 

 引きつった笑顔を浮かべるウィズを見て色々と察してしまう。どうやら彼女の中では俺の事はレイプ犯と見なされてようだ。

 まぁ、今までの自分の振る舞いと噂の拡散具合を考慮すると仕方のない事と言えるだろう。少しギクシャクした空気が俺とウィズの間に流れている時、彼女に向けて飛びつく影……ゆんゆんが現れた。

 

「ウィズさん、カズマさんは私の所へ戻って来ましたよ! ほら見てください! 私の“夫”がきちんと帰ってきましたよ!」

 

「む、胸倉掴んで揺すらないでくださいゆんゆんさん! それに夫って強調しないでください! もしかして嫌味のつもりですか!?」

 

 ウィズとも絡み始めたゆんゆんを俺は嘆息しながらも見守った。隣にいるバニルもなんだか満足気だ。

 

「なんかテンション高くないかアイツ……」

 

「小僧がいるからだろうな。あやつ一人で来た時は随分と落ち込んでいたぞ?」

 

「そうかい……またアンタに世話になったようだな。ありがとよ……」

 

「我輩は今回何もしていないから感謝される謂れはない。それにあのネタ種族は我輩の友人であるからな。困った事があるならできる限りは協力するさ」

 

 そんな事を言うバニルに俺は内心でも感謝の念を送る。悪魔であるコイツが一番人間として出来ているというか、割とまともに思えるのが不思議だ。バニルがまともなのか、まわりがおかしいだけなのか……

 

「って、こんな事してる場合じゃありません! ウィズさん、じゃりめはどこですか?」

 

「ううっ、奥にいます~!」

 

「その事については非常に感謝してます。本当にありがとうございます。行き遅れのウィズさん」

 

「ゆんゆんさん!? 何か余計なものがついている気がするんですが!?」

 

 ウィズの抗議を無視して、ゆんゆんはカウンターの奥へと引っ込んだ。ウィズは涙を浮かべながらで俺に助けを求めるように視線を送ってきた。

 

「大丈夫です。俺はウィズが行き遅れでもババアでも構いませんよ? そんなに可愛ければ年なんて関係ありません!」

 

「な、なってない! フォローになってないですよカズマさーん!」

 

 涙目のウィズを見て嗜虐的な欲望を満たしていると、カウンターの奥から小さな黒い毛玉を抱いたゆんゆんが現れた。毛玉は大人しくゆんゆんの腕の中にすっぽり収まって大人しくしている。子猫……なのか……?

 

「そいつがじゃりめか」

 

「ええ、大人しい子でしょ?」

 

「にゃうっ」

 

小さく鳴いた毛玉の顔の前に、俺は指を差し出してみる。毛玉は指をくんくんと嗅いだ後、ざらついた舌で一舐めしてきた。ふむん……可愛い……

 

「ゆんゆん……」

 

「何ですか?」

 

「首折っていい?」

 

「だ、だめです! というか、やっぱりバレちゃいましたか……」

 

 毛玉を持ってペタンと床に座り込むゆんゆんを俺は見つめる。彼女がこの毛玉を飼いたいという強い気持ちは今までの言動と行動で伝わってきたが、簡単に受け入れるわけにはいかない。何故なら、コイツについては見覚えがる奴だからだ。

 

「ゆんゆん、コイツはアレだ。初心者殺しの幼獣じゃないか。本当にコイツを飼いたいのか?」

 

「はい……私の大切なお友達なんです……」

 

「今はちっちゃいが、コイツはもっとデカくなるぞ? 害獣の一種だし、大きくなったから捨てるってのもできないんだぞ?」

 

「捨てたりなんか絶対しません……」

 

 頑なな態度のゆんゆんに俺は折れる事にした。それに彼女のお願いでもあるし、ワガママと捉えても可愛いものだ。

 

「分かったよ。そいつを飼うとするか……」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、俺もいずれはペット飼いたいって言ってたろ? 渡りに船って奴だ」

 

「ありがとうございますカズマさん!」

 

 目を輝かせて毛玉と一緒に抱き着いて来るゆんゆんを受け止める。そして、俺はこちらにニヤニヤとした視線を向けるバニルとウィズに向き直る。

 

「という事だ。この毛玉を飼うのに良い方法を二人は知っているか?」

 

「飼う方法ですか……モンスターとはいえ、幼獣の頃から飼いならせば問題ないと思うのですが……」

 

「あの堕落女神もドラゴンを卵から育てようとしていたではないか。何か問題があるのか?」

 

 二人の返答に俺は小さく首を振る。ドラゴンは知能の高いモンスターとしてペットにする事を多くの人に受け入れられているが、初心者殺しにそのような認識はない。

 基本的にモンスターを街へ持ち込む事は禁止されているし、危険とされている大型モンスターを家で飼う事を秘匿し続けるのは不可能だ。

 危険なモンスターが身近にいるのを受け入れられない人もいるだろうし、ご近所トラブルの原因にもなりかねない。

 紅魔の里であるなら簡単に受け入れてもらえるだろうが、人を襲わないという確証は持てない。この毛玉を飼うには、ある程度制御できる方法を身に着ける事が今の俺達には必要不可欠だ。

 

「バニル、モンスターを制御できる魔法具とかあったりしない?」

 

「バカだな小僧。そんなものあったら、とっくに売り出しているに決まっておろう」

 

「そりゃそうだ……」

 

「というか小僧。貴様はすでに何らかのアテがあるんじゃないか?」

 

「アテ……ねぇ……」

 

 バニルの言う通り、少しだけ心当たりというか、いい感じの情報は持っている。素直にその方面を模索した方が良さそうだ。

 

「それじゃあ二人とも、今日はこれでお暇させてもらう。買う物何もないしな」

 

「バニルさん、ウィズさん、ありがとうございました!」

 

「うむ、また来るがいい」

 

「いいんですよ。また何かあったら私達を頼ってください! でも、ゆんゆんさん、今度私をあの事でおちょくったら消し炭にしますからね?」

 

 いつもの態度のバニルと若干キレ気味のウィズに別れを告げ、俺達は毛玉をバスケットに詰め込んでから店を出た。ゆんゆんは毛玉入りバスケットを大事そうに抱えながらも俺の事を不安げに見て来る。

 

「カズマさん、本当に何とかするアテがあるんですか?」

 

「ああ、ちょっと前に飲みの席で知り合いが愚痴ってたんだよ。小さい時に近所にいた魔獣使いがムカツく奴だとか何とかな」

 

「魔獣使い……? そういえば、昔、学校で習った事あるような気がします。なんでも特別な素質を持っている人じゃないとなる事ができない希少な職業だって……」

 

「何だ、ゆんゆんも知っているのか」

 

俺の言葉に彼女はコクリと頷く。魔獣使いとはモンスターを使役して戦う中々にレアな職業だ。その魔獣使いを代々やっている家系が隣国にいるとダス……知り合いから以前聞いていたのだ。

 

「もしかして、じゃりめをその魔獣使いの人の所へ捨てに行くんですか……?」

 

「ちげーよ! 俺は冒険者だ。もしかしたら魔獣使いのスキルを覚えられるかもしれないんだよ!」

 

「そういう事ですか! やっぱりカズマさんは色々と便利な人ですね!」

 

 そう言って毛玉入りバスケットと共に抱き着いて来るゆんゆんを受け止める。なんだか素直に喜べない言い方だが、彼女に頼りにされるのはやはり嬉しいものだ。

 そして、その後は馬車発着場で今日の夕方に隣国へ向けて出発する馬車を確保した。夕方までの空き時間を街で潰そうとしたが、毛玉の存在により断念。素直にゆんゆんの部屋で旅行の準備でもしながら、ゆっくり過ごす事にした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「にゃっ!」

 

「ちょむすけより凶悪な面構えしてるなお前は……」

 

「にゃうっ!」

 

「お、なんだ? 威嚇か? 威嚇してるのか!? 生意気だなコイツ!」

 

 フシャーっと威嚇しながらシュッシュッと俺に向かってネコパンチを繰り出してきた毛玉に、負けずとデコピンを返す。毛玉はデコピンを素早くかわし、俺の指をガジガジしてきた。やっぱり生意気だ。

 

「カズマさん何をやっているんですか?」

 

「ゆんゆん、これは俺がコイツの主である事を教えてやってるだけだ! 手出し無用!」

 

「そうですか……私は昼食でも作りますね……」

 

 溜息をついてキッチンに向かうゆんゆんを見送ってから、人間様のソファーに陣取る毛玉に向き直る。魔獣使いスキルで飼い慣らす予定とはいえ、無理矢理というのはよろしくない。きちんとした信頼関係……主従関係を構築する必要がある。

 

「お前の弱点は……ここだな!」

 

「にゃうっ!?」

 

「おお……いい感じのωじゃないか……」

 

「にゃっ……にゃにゃ!?」

 

「良し、後は俺のテクニックで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃ……にゃぅ……」

 

「落ちたな……」

 

 ソファーの上で体を痙攣させる毛玉を見て俺は気分よく頷いた。とりあえず、これで俺に逆らえなくなったであろう。後は、ちょむすけで培った猫殺しの技の数々をお見舞いして完璧に調教してやろう。

 そして、決意新たにした所で俺は毛玉を放置して、キッチンで昼食を作っているゆんゆんに近づいた。彼女は木べらでボウルの中を一生懸命かき混ぜている。甘ったるい匂いがする事からホットケーキでも作っているのかもしれない。しかし、そんな事はどうでもいい。俺は料理をするゆんゆんを背中から抱きしめた。

 

「カズマさん、どうしたんですか?」

 

「分かってるだろ?」

 

「言ってもらわなきゃ分かりませんよ……」

 

 ゆんゆんはクスリと笑った後、そのまま料理の続きをしだした。しかし、そうは言いながらも、彼女は俺の方へ少しだけを預けてきた。すでに膨張を始めた俺の股間にゆんゆんの柔らかいお尻が押しあたる。

 

「やっぱり、ゆんゆんはエロイな……」

 

「そんな事ないです……ひゃっ……!?」

 

 可愛い悲鳴を上げるゆんゆんの首筋をゆっくりと舐め上げる。それだけで彼女は手に持っていた木べらをポトリと落とした。そして、片腕をゆんゆんの左胸に回し、下から胸を持ち上げるように優しく揉んだ。ズボンの中で固くなっている逸物も、俺の方から彼女に強く押し付ける。

 

「んっ……! 料理中なのに……カズマさんは最低です……」

 

「嫌か?」

 

「嫌じゃないです……だからもっとしてください……」

 

「ならこうだ!」

 

「あっ……!」

 

 俺はゆんゆんを振り向かせ、正面から抱き上げる。そして、キッチン台の上に彼女を乗せた。俺の意図を察したゆんゆんは、恥ずかしながらも自分から足を少し開き、スカートをゆっくりたくし上げた。

 

「おっ! 今日の下着はピンク色……って濡れてるじゃないか」

 

「そんなの知りません……!」

 

「ゆんゆんは相変わらずエッチだな~!」

 

「だからエッチじゃないです!」

 

 そうは言うものの、彼女の下着が濡れている事には変わりない。それに、こちらを見つめるゆんゆんの目は期待に満ちていた。俺はそんな彼女の下着に手をかけて……!

 

 

 

 

「カズマさん……来客ですよ……」

 

「どうせ宗教勧誘か何かだ。ほっとけ」

 

「でも、この声って……」

 

「あー聞こえないー聞こえないー!」

 

 いざゆんゆんの魅惑の秘所を拝もうとした時、無粋にも部屋の扉を叩く奴が現れた。それに、ドンドンと扉を叩く音と一緒に聞き覚えのある奴らの声がした。

 

 

『カズマー! ゆんゆんー! 遊びに来てやったわよー! ほら、さっさと開けなさい!』

 

『さっきから随分と楽しそうな声を上げてますねー! 私も混ぜてくださいよー!』

 

 

 俺は深く溜息をついた。一人は分かる。アイツのこういう空気読めないというか、間の悪い所は相変わらずだ。でも、もう一人は……

 

「ゆんゆん……」

 

「ふふっ、早速遊びに来てくれたらしいですよ……?」

 

 ゆんゆんはクスクスと笑いながら、キッチン台から降りて衣服を整える。そして、激萎えしている俺の耳元にそっと囁いた。

 

「カズマさん、また高級馬車を確保したのでしょう? 続きはそちらでやりましょうか」

 

「おふっ……」

 

 ゆんゆんの妖艶な微笑みを見て俺は気力を取り戻す。ゆんゆんとはもう一緒に住んでいるのだ。ちょっとくらいの我慢くらいはできる……できると思う……

 

「あ、開いてるじゃないですか」

 

「お邪魔するわよー」

 

「おい、勝手に入ってくるな駄女神共!」

 

 しかし、そんな悶々とした気分も部屋に侵入してきた駄女神二人組のせいで吹き飛ぶ。彼女達は俺達を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「なんだ、結構元気そうねアンタ達!」

 

「心の切り替えができてるようですね。もしくは新生活に舞い上がってるだけですか……?」

 

 何やらうんうんと頷いている女神様達に俺は苦笑いを浮かべる。しかし、ゆんゆんは純粋に嬉しそうだ。

 

「私は遊びに来てくれる方は大歓迎ですよ。それに、今は昼食としてホットケーキを作っているんです。せっかくですし、昼食でも食べていきますか?」

 

「食べるー!」

 

「私もお願いします……」

 

素直に昼食の誘いに乗った彼女達を見て、ゆんゆんはクスリと笑った後、俺にこっそり話しかけてきた。

 

「それじゃあカズマさん、私はお昼を作るのでお二人の相手をしばらくお願いします。それに、あなただって彼女達に聞きたい事があるのでしょう?」

 

「そりゃな……」

 

 彼女は俺の背中を軽くポンポンと叩いた後、キッチンに向かった。残された俺は、ソファーにいた毛玉にちょっかいをかけている女神様達の元へ向かった。

 

「アクア、昨日あんな事があったのによく来れたな……それにエリス様も一緒になって……」

 

「何を言ってるのよ。アンタが用はなくても遊びに来ていいって言ったのよ? だから来てやったんじゃない」

 

「私はアクア先輩の付き添いといった所ですね。まぁ、先輩とは話したい事あって少しの間一緒に行動してるんですよ」

 

少しぎこちない俺と違い、二人はいつもと変わらない様子だ。しかし、これならば遠慮なく聞けるかもしれない。俺は毛玉を膝の上に乗せて撫でているアクアと、膝の上の毛玉に執拗にネコパンチをされているエリス様に小声で話しかけた。

 

「あの後のめぐみんとダクネスの様子はどうだ……?」

 

「言うまでもないわ。二人とも精神的にかなり参ってる。あれだけ手酷い仕打ちを受けたのだから当然とも言えるわね」

 

「やっぱりか……」

 

「こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないわ。そして、アンタが何をしても無駄だし、何かをする事自体もダメ。アンタも自分の下した決断に責任と自信を持ちなさいな」

 

 そう言って微笑むアクアに少しだけ救われた気がしたが、彼女達が心配である事には変わりない。今後は今回のような極端な行動に出ない事を願うばかりだ。そして、気落ちしている俺にエリス様が見ているだけで心の憂いが消えていくような笑顔で微笑みかけてきた。

 

「カズマさん、あなたが気にする事じゃありません。今回の事は私にも少しだけ、ほんの少しだけ悪いと思っている部分があるんです。だから、彼女達の心のケアは私達に任せてください」

 

「そうね。めぐみんもダクネスも、私達に任せなさい!」

 

頼もしい事を言ってくる女神二人は本当にいつもと変わらない様子だ。だからこそ気になった。アクアとエリス様も、昨日は手酷い仕打ち……俺がフッた事とゆんゆんの精神攻撃を受けた事に変わりはない。

 

「お前らは……その……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫じゃないわよ。でも、妥協できる範囲と言ったところね」

 

「私はこれで終わりとは思っていない。それだけです」

 

アクアとエリス様は、少し苦い顔をしながらそう答えた。やはり彼女達も少しはダメージを受けているようだ。俺がそんな彼女達を心配している事を察したからだろうか。二人は俺の方へ体を近づけて囁いた。

 

「カズマ、アンタが“ここ”にいる。それだけで私は十分なのよ」

 

「それはアクア先輩に同意です。カズマさんが別の世界に行ったわけでも魂が消滅したわけでもありません。あなたが“ここ”にいる限り、私は諦めません」

 

 クスクスと笑う二人に、俺は薄ら寒い何かを感じる。思わず体を固まらせてしまった俺の腕を二人が手に取った。

 さっきから冷や汗のようなものが止まらないのに、柔らかな二人の感触と心地よい暖かさで、脳が痺れるような気持ち良さと幸せな気分に包まれる。そんな俺の様子を満足気に見た後、二人は再び囁いて来た。

 

「大丈夫、私はアンタの本心を知ってる。別に私達が嫌いだからフったわけじゃないし、永遠の別れというわけでもない。今みたいに簡単に会いにいける。だから私とアンタはずっと一緒よ?」

 

「カズマさんは自分のしたい事をして短い人間の人生を、思いっきり楽しんでください。もちろん、私は今後もカズマさんを誘惑します。私はあなたを愛している。だからこそ、仕方がない事なんです。例えカズマさんの人生が終わっても、私はあなたを逃がさない」

 

 女神二人の囁き声が俺の脳内にまで響き渡る。思わず崩れ落ちそうになるほど力が抜けてしまった俺に対し、彼女達は蠱惑的な微笑みを浮かべて体を押し付けてきた。

 

「ほら、カズマ……アンタのいるべき場所はこっちよ……」

 

「大丈夫ですよカズマさん……怖くないですよ……こっちにおいで……?」

 

「おふっ……」

 

 俺は思わず意識が飛びそうになった。これは監禁時にアクアと謎プログラムのエリス様の前で起こった現象と同じだ。まずいと分かっているのに、俺はふらふらと安心と癒しを得られる彼女達に身を任せてしまった。もう、一生このままでも俺は……

 

 

 

 

「カズマさん、お昼出来ましたよ?」

 

「ひょ!? そ、そうか! 早く食おうぜ!」

 

ゆんゆんのお昼を告げる声で俺は意識を覚醒させる。慌ててアクア達の拘束から抜け出し、急いでゆんゆんの背に身を隠した。彼女は小さく笑いながら嘆息し、アクア達はムスっとした顔になっている。危ない……もう少しで俺が堕ちる所であった……

 

「アクアさんとエリスさんも食べるのでしょう? 焼きたての方が美味しいですし、早くテーブルに……」

 

「待ちなさいゆんゆん! 私は別にお昼をたかりに遊びにきたわけじゃないわ! せっかくだからアンタが本当にカズマと暮らすのに相応しいか見極めてあげる!」

 

「見極めですか……?」

 

少し引き気味にゆんゆんに対し、アクアは何やら偉そうにふんっと鼻を鳴らした。何やらまた馬鹿げた事を始めたようだ。そして、アクアは多肉植物などの小さな植木鉢が置かれた窓枠の下部分の台に駆け寄り、シュっと指を這わした後、嫌らしい笑みを浮かべた

 

「あら、ゆんゆんさん? こんな所に埃が……」

 

「お前は嫌味な姑かよ!」

 

「いいじゃないちょっとくらい! こういうのやって見たかったのよね!」

 

「そんな事してないでさっさと飯食え! おらっ!」

 

「ちょ、押さないでよー!」

 

 アホな事をし始めたアクアをテーブルの方へ押し出す。そんな俺達の様子をゆんゆんとエリス様は優し気な微笑みを浮かべながら見守っていた。なんだか気恥ずかしい気持ちになりながらも俺も席についた。アクアはというと、テーブルの上に置かれたホットケーキを見て、また嫌味な顔を浮かべていた。

 

「ゆんゆん、次は料理の腕を見てあげるわ! カズマって人の作った料理に細かい事でケチつけてくる面倒臭い男なのよ」

 

「はいはい、こちらからもお願いしますアクアさん。バターとシロップは自由につけてくださいね?」

 

楽し気な表情のゆんゆんの一言を合図にして、簡素な昼食が始まった。俺も彼女が作ったホットケーキを口にしたが普通に美味しかった。まぁ、焦がさない限り美味いのは当然と言えよう。

 

「うん……美味しい……合格……」

 

「ふふっ、ありがとうございます。とはいっても市販の粉をかき混ぜて焼いただけなんですけどね」

 

アクアは食事を始めて静かになったのだが、今度はエリス様が突然悲鳴を上げた。涙目でこちらを見つめてくるエリス様の口からは、何故かだらだらと血が滴っていた。

 

「急にどうしたんですか!? エリス様!?」

 

「カ、カズマさん! ホットケーキの中に五寸釘が入ってました! きっとゆんゆんさんの恨みと憎しみを込めて……あいたっ!? た、叩く事ないじゃないですか!」

 

「エリス様までアクアみたいな事しないでくださいよ……」

 

アクアよりたちの悪い事をしているエリス様に俺は強めのツッコミを入れた。これは洒落にならない方の悪ふざけだ。こんな事をされて怒っているのではないかと、ゆんゆんの方を見ると、彼女は暗い微笑みを浮かべていた。

 

「そっちに行きましたか……」

 

「ゆ、ゆんゆん?」

 

「ふふっ、軽い冗談ですよカズマさん。私は五寸釘なんて入れてませんよ?」

 

「おい、信じていいんだよな……」

 

 

 何だか頭が痛くなってきた所で、やっと食事が終わった。何だかゆっくりと休みたい気分にであったが、アクアが何かをして遊ぼうと騒ぎ出した。

 そして、ゆんゆんも嬉しそうに応じてベッドの下からたくさんのボードゲームなどを引っ張り出し、エリス様もそれを見て興味津々な様子だ。

 

「あっ、麻雀があるじゃない! ゆんゆん、ちょうど4人揃っているし、これをやりましょう!」

 

「えっ……麻雀ですか……? あうっ……トラウマが……麻雀……怖い……!」

 

「麻雀……以前アクア先輩に借りた漫画でルールは覚えましたし、私は大丈夫ですよ」

 

 という事で何故か麻雀をする事になった。ゆんゆんは以前のトラウマがあるせいか涙目になってガクガクと震えだしたが、アクアが乗り気になって早くも牌を積み始めたため、ゆんゆんもそのまま参加する事になってしまった。

 

「アクア、お前は俺やエリス様が幸運な事は知ってるよな? やめといた方がいいと思うんだが……」

 

「そうですよアクア先輩。ここは運に頼らない頭を使ったゲームで……って、そっちもダメですね」

 

「うっさいわねアンタ達! 麻雀は運だけじゃなく、技術のゲームでもあるのよ! それに私は昔、配下の天使達と開催した麻雀大会で優勝した事あるんだから!」

 

 得意げな様子のアクアを見て、その謎の自信に俺は納得する。仲間うちとはいえ、優勝したというなら大したものだ。そんな時、エリス様がくいっと俺の袖を引っ張り、こっそり耳打ちしてきた。

 

「カズマさん、恐らく接待です……」

 

「あっ……なんか悲しくなる情報教えないでくださいよエリス様……」

 

 しかし、アクアが意気揚々と賽を投げてしまった。結果、エリス様が親で始まるという事から、それだけで色々と察してしまった。ゆんゆんは救いを求めるような目を俺に向けてきたが、どうしようもできない。今回はエリス様がいるため、俺もただのモブになるだろう。

 

 

そして始まってしまった麻雀であるが……

 

 

「それじゃあ行きますね? ダブルリーチ」

 

「ひっ!? ダブリーはやめてください……!」

 

「落ち着きなさいゆんゆん! ダブリーなんてまぐれよ! しかも大抵は安手だから警戒するだけ無駄だわ! ここは無難にオタ風の北を……」

 

「アクア先輩、ロンです。ダブリー一発、40符で7700」

 

「え?」

 

ポカンとした表情のアクアを、俺とゆんゆんは気の毒そうに見つめた。アクアは南家のため、俺とゆんゆんは全く何もしていない。エリス様はというと、アクアから点棒を無理矢理奪った後、一人で牌を掻き回し始めた。

 

「“ブレッシング!”」

 

「アクアさん……」

 

「ゆんゆん、何か文句ある?」

 

「ないです……」

 

 自分に運気上昇の魔法をかけるアクアを俺は可哀想な物を見る目で見守った。残念ながらアクアの運はマイナスからスタートだ。魔法を使っても、せいぜい常人と同程度の運になれるかどうかという所だ。そして場が整った所で、再びエリス様の親番が始まった。

 

「これで一本場ですね……ダブルリーチ」

 

「ちょっと!? 魔法を使ってもエリスの運に勝てないの!? 私の方が高位の神なんですけど! とりあえず、ここは9萬を……」

 

「ロンです。ダブリー一発、40符で8000」

 

「お、おかしいわよ……」

 

 

 

 

「二本場です。ダブルリーチ」

 

「多分、エリスは私を狙い撃ちしてるのね。それならこの発の暗刻落としで……!」

 

「ロンです。ダブリー一発、40符で8300」

 

「あうっ……」

 

 

 

「三本場です。ダブルリーチ」

 

「カズマ、ゆんゆん、見て見てー! まさかの初手で赤ウーピン落としよ! なんだか玄人っぽいでしょ?」

 

「ロンです。ダブリー一発ドラ、12900でアクア先輩のドボンですね」

 

「…………」

 

 

 

 

「わあああああああーっ! エリスが虐めるううう!」」

 

「アクアさん、落ち着いてください! でも分かります! 分かりますよその気持ち!」

 

 麻雀マットをひっくり返した後、椅子から崩れ落ちて泣き始めたアクアをゆんゆんが慰め始めた。エリス様はそんなアクアを見てニヤニヤとした笑顔を浮かべている。

 

「エリス様、かなりエグい事しましたね……」

 

「少し私怨は入っていますが、このメンツで一番不運なアクア先輩に私の幸運の矛先が向かうのは必然と言えます。だから最初に止めたんです」

 

 案外エリス様も大人げない所があるようだ。そして、完全に拗ねてしまったアクアをゆんゆんが励ましている。俺は牌をさっさとしまい、別のゲームでもないかとベッドの下を勝手に漁った。チェスっぽいゲームをするのもありだが、二人しかできない上にまたアクアが泣かされかねない。そんな時、ゆんゆんがベッドの下からトランプらしきものを引っ張り出した。

 

「アクアさん、それなら神経衰弱をしましょう! これなら記憶力勝負ですし、楽しいですよ!」

 

「ううっ……ありがとねぇゆんゆん……でも随分と地味なゲームするのね……」

 

「地味とか言わないでください。私、神経衰弱を他の人とやるのがちょっとした夢だったんです。いつも一人でやってましたからね……」

 

 少し悲し気に語るゆんゆんを見てアクアとエリス様がしばらく沈黙してから、俺の方を睨み付けてきた。

 

「カズマってこんな子をひっかけたのね……やっぱり最低の鬼畜だわ……」

 

「カズマさん……」

 

「おい、なんで俺を非難する流れになるんだよ!」

 

 

 そして、その後はトランプを使った遊びに移行した。その間にアクアやゆんゆんが何度も泣かされたが、案外和やかに進行し、楽しいものだった。しまいにはトランプも投げ出して、寝転がりながら毛玉を指で突くという謎の遊びに発展した。

 そのままダラダラと怠惰な時間を過ごし、気が付けば夕方……馬車の出発時刻が近づいていた。

 

「アクア、エリス様、そろそろ俺ら外出するから帰ってくださいよー」

 

「何? 夜ご飯でも食べるの?」

 

「いいや、ちょいと毛玉のために隣国まで小旅行だ。ゆんゆん、お前は鞄に着替え詰めとけ。恐らく短期間の旅行だから荷物はほどほどにな」

 

「分かりました! 手早く済ませますね!」

 

 ゆんゆんは嬉しそうに立ち上がり、せっせと出発準備を始めた。対して、女神様達はソファーに座って不機嫌そうにしていた。改めて思うが、コイツらは精神的なかなり図太いと思う。

 

「ほら、お前らさっさと帰れ!」

 

「アクア先輩、カズマさんから雄の発情した匂いがしますね」

 

「カズマさんったら、私達が去ったら早速パコるつもりね。いやらしい……」

 

「ぶっ飛ばすぞお前ら!」

 

 なんだかウザイ二人の駄女神様の首根っこを引っ掴み、ポイっと部屋の外へ放り出した。俺は小さく別れの挨拶をしてから部屋に戻ろうとしたが、二人に服を掴まれて止められる。そして、彼女達が俺の両耳に囁いてきた。

 

「カズマ、めぐみんとダクネスが落ち着いたら会ってあげてね? 私も待ってるから……」

 

「カズマさん、私はこれからも変わりません。あなたをずっと見ています。助けが必要な時は私を頼ってくださいね?」

 

 彼女達は黙り込む俺を見てクスリと笑った後、ゆっくりと歩き去った。残された俺はしばし佇む。アクアとエリス様は以前と変わらない様子であった。だから、こうして気兼ねなく接する事ができた。

 しかし、めぐみんとダクネスは今後どう接するべきであろうか。今回の事が縁の切れ目となるのは嫌だというのが俺の本音だ。女々しい事かもしれないが、これだけ長く深い付き合いをした彼女達とは、これからも気軽に話せる間柄でいたい。

 そして、彼女達の事も心配だ。問題ばかり起こすアイツらが俺なしでもきちんとやっていけるのだろうか。なんだか、もやもやとした気分になった。

 

「カズマさん、準備できましたよ!」

 

「にゃうっ!」

 

「ん? おう……」

 

 思考が底に沈みそうになった所で、ゆんゆんと毛玉の声に引き戻される。彼女は大きな旅行鞄と、毛玉を入れたバスケットを持っていた。準備を終えた彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 その笑顔を見て、俺は気力を取り戻す。今は彼女を幸せにする事だけを考えるべきだ。そして、めぐみんとダクネスとは時間を置いてもう一度話すとしよう。

 俺はゆんゆんから旅行鞄を受け取って馬車の発着場へと歩き出す。彼女も毛玉入りバスケットを持って、嬉しそうに俺の隣に並んだ。

 

「カズマさん、旅行楽しみですね!」

 

「そうかい……」

 

「はい! とっても……とっても楽しみです……!」

 

 ゆんゆんは嬉しそうに答えてから、俺に腕を絡ませてきた。彼女の熱い体温と柔らかな胸がもにゅりと腕に押しあたる。思わず顔が緩んでしまった俺を見て、彼女は妖艶な笑みを浮かべて囁いた。

 

 

 

「えっちな事もいっぱいしましょうね……?」

 

 

 

 

 

 




グダグダ回でしたね……

魔獣使いは原作者のなつめ先生の『どらごんたらし』という作品に出てくる職業です。なつめ先生のブログに作品があるので、読んでない方は是非読んでみよう!
少し野球を知っている人にとってはドラゴンハーフのラミちゃんが脳内でラミちゃんに……

ちなみにこのすば短編もなつめ先生のブログに置いてあります。そこに出てくる言霊云々が、この作品のめぐみんが料理を作る時の愛してる愛してるの元ネタになっていたりします。
※血を混ぜたりする事の大本は昼ドラの愛憎料理です(財布ステーキ、五寸釘玄米パンなど)

めぐみんには当初の予定では最終的に愛の歴史ケーキを作ってもらう予定でしたが、肝心のコンドームを使う状況に持ち込むのが難しく断念。また、他に入れるものマナタイトと写真くらいしかない……
※『愛の歴史ケーキ』:昼ドラ「さくら心中」で登場した伝説の料理


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久しぶりの二人っきり+毛玉 (挿絵あり)

 

 

 淡い夕日が馬車の窓から差し込む夕焼け時、俺達はゆったりとした時間を過ごしていた。広めの馬車内の中には貸し切りのため俺とゆんゆんと毛玉だけしかいない。

 ゆんゆんはというと、腰かける俺の隣に陣取って寄りかかり、毛玉は何故か俺の右足の靴をガジガジと噛んでいた。このように俺はかなりのんびりとした……いやグダグダとした時間をすごしていたが、ゆんゆんは何やら体をソワソワさせている。

 チラリとゆんゆんの方を見ると、彼女は顔を上気させながら俺に体をギュウギュウと押し付けていた。その熱くて柔らかな感触に触発され、俺もそっと彼女の肩を抱き寄せた。

 

「カズマさんカズマさんカズマさん……!」

 

「どうした?」

 

「その……そろそろ……あの……!」

 

「おう、そろそろ何だゆんゆん?」

 

「えっと……あぅ……!」

 

 もじもじと体を動かすゆんゆんを見て俺は思わず口角が吊り上がる。そんな俺を見て彼女は少し頬を膨らませながら、隣ではなく真正面に体を動かした。

 腰に手をついて、いかにも私怒ってますという、あざと可愛いポーズをとるゆんゆんに俺は苦笑する。

 

「分かってて誘ってくれないんですね……?」

 

「いやー俺は何の事だか分からないなー!」

 

「もう……本当にカズマさんは最低です……」

 

 しらっばくれる俺に対し、ゆんゆんは呆れた目線を送って来る。しかし、ゆんゆんはそんな俺の腰に縋り付きベルトをゆっくりと外し、ズボンを俺のトランクスごと一気にズリ下した。

 もちろん俺のアレは真上を向いて臨戦態勢だ。ゆんゆんはその露わになった逸物を指でピンとはじいた。

 

 

「こんなにおっきくしてるのに、まだしらを切るんですか?」

 

「いやいや、俺はえっちなゆんゆんの方から誘ってくるのを待ってるだけだ」

 

「私はえっちじゃ……もういいです! そんなに意地悪するなら私一人でしちゃいますから!」

 

「ん? 一人で?」

 

 まさかオナニーでも見せてくれるのかと思ったら、そのまさかであった。ゆんゆんは俺のひざの上に跨ってゆっくりと体を動かし始めたのだ。

 ひざの上から感じる彼女の秘所はすでに熱く湿っている。しかも、ゆんゆんは俺の左腕を取って無理矢理自らの胸元へ押し込んできた。

 

「ん……んぅ……熱い……私とっても熱いんです……カズマさん……!」

 

「おいおい」

 

「ひゃうっ……! カズマさんがいけないんです……あなたが誘ってくれないんだから……んぁ……!」

 

「やっぱり、えっちじゃないか……」

 

俺の呆れ声を無視して、ゆんゆんは腰を動かし続ける。そして、俺の左腕を自分の胸に乱暴に押し付けながら、今度は俺の右腕を手に取った。彼女は俺の指先をクンクンと嗅いだ後、躊躇なく口に含んだ。

 

「ん……じゅるっ……んぁ……ふふっ……カズマさんの指しょっぱいです……!」

 

「もう何でもありだなお前は……オラ!」

 

「や、やぁ! 肩押さえちゃ……あう……ひゃんっ!」

 

「まったく、ゆんゆんは本当にエロイな!」

 

「くっ……んっ……あっ……んぅ……だめ……こんなのでわたしイきます……いく……んんんんんんっ!」

 

俺は胸元に入れられていた腕を引き抜き、ゆんゆんの肩を掴んで下に力を加え、膝も彼女の秘所小突くように押し上げた。その瞬間、彼女は腰をくの字に曲げながら体をビクつかせる。どうやら軽くイッてしまったようだ。

 

「おいこら、随分とはやいな! やっぱりゆんゆんはエロイ子だ!」

 

「仕方ないんです……ずっとカズマさんの事を……んっ……膝動かさないでください……まだ敏感で……ひゃっ!?」

 

「へいへい……仕方ない……ね……」

 

 今だに興奮冷めやらぬ様子のゆんゆんをギュッと抱きしめる。なんだかんだ言って、彼女は俺との性行為を好んでいるし、むしろ積極的な方だ。俺が月のモノで行為を自粛している時ですら、ゆんゆんはキスやスキンシップも欠かさない。しかも、『溜まっているものは全部私に出してください』とか言って口でしてくれたり、素股をおねだりしてくるのだ。

 そんなゆんゆんを不可抗力とはいえ数ヶ月も放置してしまった。彼女は俺への思いを貫き通したらしいが、すこーし怪しい。まぁ、俺も彼女に対する背信行為をしているので深くつっこまないようにしておく。それに今後はそんな状況にならないようにしたい。

 

「ん……私だけが気持ちよくなっていちゃダメですよね……」

 

「おふっ!?」

 

「カズマさんの性器からもえっちな液体が出てますよ? 私の自慰行為を見て興奮しちゃいましたか……?」

 

「当たり前だろ……」

 

 ゆんゆんが妖艶な笑みを浮かべながら俺の逸物を優しく撫で上げた。彼女の囁き声と相まって、全身にゾクリとした快感が立ち昇る。ゆんゆんは俺の快楽の表情を見てクスリと笑った後、膝上から降りて股下へとしゃがみこんだ。

 そんな時、毛玉が俺の席の隣へとやってきた。靴を噛んだり、ゆんゆんが脱がした俺のズボンに体を擦りつける謎行動に飽きたのだろうか。

 

「にゃるるっ!」

 

「おっ、また威嚇か? ゆんゆん、やっぱコイツ三味線にでもしようぜ」

 

「冗談でもやめてくださいよ! しかし、どうしたんでしょう? この子がこんな態度を取るのはエリス様くらいなんですが……」

 

 俺の股の間でそんな事を言うゆんゆんを、毛玉はジッと見つめた後、俺の方を見て再びフシャーっと威嚇する。その様子を見て俺は何となく察する事が出来た。恐らく、ゆんゆんの前に突然現れた俺という存在をまだ警戒しているのだろう。

 毛玉の忠犬……忠初心者殺しっぷりに俺は少し感心する。それとも、単に子分と見なしているゆんゆんを俺が虐めているようにでも見えたのだろうか。

 

「ゆんゆん毛玉に俺達の仲が良い事を見せつけてやれ。お前に害がない存在だって示す事が出来れば俺にもそのうち慣れるだろう。という事で続きをはやくお願いします!」

 

「もう、カズマさんは……じゃりめ、ちょっと大人しくしててね?」

 

「にゃう……」

 

 ゆんゆんに顎下を撫でられた毛玉は不服そうにしながらも俺のズボンとトランクスで作った寝床に戻った。俺がざまぁという目線を毛玉に送ると、奴も威嚇で返してきた。そして、そんな場外の争いを知らないゆんゆんは俺の事をじっと上目遣いで見つめてくる。

 毛玉に妨害された空気を払拭するためにも、俺はゆんゆんの頭をそっと撫でた。彼女は、嬉しそうな表情を浮かべながら俺の性器に再び触れる。少しひんやりとした彼女の手が心地よい。

 

「カズマさん、私にどうして欲しいですか……?」

 

「任せるさ。ゆんゆんの好きなようにしてくれ」

 

「そうですか……それならまずは……」

 

 ゆんゆんが念願の獲物を目の前にした肉食動物のようにチロリと舌なめずりをしてから、ゆっくりと俺の性器に顔を近づける。そして愛おしそうに撫でながらスンスンと鼻を鳴らした。

 

「ダメです……ダメですよカズマさん……こんな強烈な雄の匂いを漂わせるなんて本当にダメです……臭いです……!」

 

「んな事言われてもなぁ……」

 

「でも私は好きですよ……? だってカズマさんをとっても感じる事ができますから……んっ……!」

 

「おおう……」

 

 思わず快楽の声を上げてしまうのも仕方がない事だろう。ゆんゆんは俺のガマン汁で濡れた亀頭を美味しそうに舐め上げる。また、啄むように柔らかな唇を押し当てながら、先っぽに強く吸い付いた。それだけで、俺ははやくも射精感がこみ上げて来たため、必死に我慢する。

 性技に関しては俺がゼロからたっぷりと調教したせいか、ゆんゆんのテクニックはかなりのものになっているのだ。彼女は俺が我慢している事を察したのか、僅かに目尻を下げた後、俺の性器をゆっくりと口に含んだ。

 その間も根本を僅かに絞めるような手の動きと、熱い舌で亀頭を舐めまわす動きを止めてはくれない。そのまま、遅いとも速いとも言えない速度でストロークが開始された。

 

「いいぞ! ゆんゆんは本当に上手くなったなぁ!」

 

「んっ……じゅるっ……んむっ……んみゅっ……」

 

「ああっ、やっぱりゆんゆんのフェラが一番だ!」

 

「んぐっ……んむっ……んんっ……んぁ……今誰かと比較しましたか?」

 

「そ、ソンナコトナイヨ!」

 

「ふふっ……嘘ばっかり……本当にカズマさんは最低です……」

 

 思わず口を滑らせてしまってシドロモドロになっている俺の事をゆんゆんは薄笑いを浮かべながら見つめた後、今度は裏筋をゆっくりと舐め上げてきた。その攻撃に俺も快楽の吐息を漏らす事になった。

 

「カズマさん、別に比較しても構いません。でもしっかりとあなたの体と心に刻んで上げます。私がカズマさんの一番なんだって……」

 

「うぐっ……安心しろ俺の一番は……奥さんはお前だ……」

 

「それなら安心です。それならば私も言っておきましょう。私はカズマさんだけです……カズマさん以外は考えたくもありません……」

 

「そうかい……」

 

「そうなんです! だからもっと私を撫でてください。私、カズマさんに撫でられるのは大好きですから……んむっ!」

 

 そんなの俺も知ってるという言葉を出す前に、ゆんゆんは俺の性器を勢いよく口に含む。しかも先程より刺激の強い“イカせに”くるフェラだ。亀頭に舌を絡めるように舐めながら、強く吸い上げる。馬車内に先程より淫靡な水音……言い方を悪くすれば随分と下品な音が響き渡る。

 俺は浮きそうになる腰を我慢しながら、ゆんゆんの頭を撫でまわす。少し乱暴なものになってしまったが、彼女は嬉しそうにしながら吸い付きを強めた。それから俺は快楽に悶えながらも彼女の口をたっぷりと堪能した。

 

「ゆんゆんそろそろ限界だ……! このまま口に出していいか……?」

 

「んぐっ……んむっ……じゅるっ……んっ……」

 

「おほっ!? 良い舌使いだ! それと無言は肯定と受け取るからな! このまま出すぞ! うっ……くっ……う゛っ!?」

 

「んっ!? んぅ……んんんんっ……んみゅ……んぁ……じゅるっ……!」

 

「ああ゛~」

 

非常に気持ちの良い射精をしながら情けない快楽の声が俺の口から出てしまう。ゆんゆんはと言うと、俺の性器の脈動に合わせて吸い付きを強めている。喉を鳴らす音が聞こえる事から、どうやらそのまま飲んでくれているらしい。そして最後の一滴まで吸い出したあと、ゆんゆんはゆっくりと口を放した。唾液と溢れた精液が彼女の顔に付着する光景は何だか支配欲が満たされるものであった。

 

「うみゅ……カズマさん……濃いのがいっぱい出ましたね……」

 

「お預けされてたから当然だ! 嫌だったか?」

 

「そんな事ないです! 私カズマさんのものなら、何でも好きですから……」

 

少し恐ろしい発言をしながらも、ゆんゆんは妖艶に笑った。その笑顔に見惚れているうちに、彼女は俺のひざの上に腰を降ろす。そして、射精によって少し萎えている性器に、ゆんゆんは自分の柔らかな太ももを擦り付けて来た。加えて、俺の腰にギュっと抱き着いて、潤んだ目で見つめて来る。どうやら、ゆんゆんもヤル気まんまんのようだ。

 

「カズマさん私はえっちじゃないです……でも数ヶ月もカズマさんと愛しあう事が出来なかったんです……だから……その……!」

 

「だから?」

 

「っ……! だから……だから……私の事を抱いてください……愛してください!」

 

 顔を羞恥で赤く染めるゆんゆんは非常に可愛らしいものだが、やっぱりえっちな嫁さんじゃないかという思いがこみ上げる。しかし、向こうからおねだりされる程嬉しいものはない。俺はそんな彼女を強く抱きしめ返した。

 

「ゆんゆん、今すぐにでもお前を抱きたい。でも時間切れだ。窓の外を見てみな。もう目的地だ」

 

「流石に到着は早すぎませんか? それにこの馬車は夜行馬車のはずですよ?」

 

「別に急ぎの旅じゃないから、宿を取っておいたんだよ。だから今は一旦お預けだ。でも、今夜は気絶するまで抱きまくってやる。覚悟しとけよ?」

 

「……分かりました」

 

 そして、俺は毛玉が作っていた寝床を破壊して服を身にまとい馬車を降りる。少し困惑気味のゆんゆんも毛玉入りバスケットを持って俺の隣に並んだ。そのまま俺達はゆっくりと目的地へと歩き出す。

 俺は事前に馬車を取る際に情報と地図を貰っていたため迷いはないが、ゆんゆんとバスケットから顔を覗かせる毛玉は周囲を物珍しそうにキョロキョロと見渡していた。

 

「カズマさん、ここはどこなんですか? 見た所大き目の宿場町のようですけど……」

 

「ここは隣国との国境にある温泉街だ。今日はここでゆっくりするぞ?」

 

「温泉……!? 行きましょう! 速く行きましょうカズマさん!」

 

「こら、調子に乗って転んだりするなよー」

 

 温泉という言葉を聞いた途端、ゆんゆんの雰囲気が一気に明るくなった。やっぱり温泉が嫌いな女性はいないという事だろうか。俺は浮かれ気味のゆんゆんに地図を渡して道の先導を頼んだ。

 そうしてたどり着いたのはなんだか転生者が関わっていそうな和風旅館だ。予約も何もしていないのだが、目当ての部屋を確保する事ができた。まぁ、宿泊料金が半端なく高い部屋だから残っていたというべきだろうか。

 俺達はさっそく確保した部屋に飛び込み、ゴロゴロして馬車での疲れを癒す事にする。そして、時間が時間なだけに半刻もしないうちに夕食となった。

 高いだけあって、運ばれてきた料理は豪華であり、旬を使った素材が云々という中居さんの話をゆんゆんは目を輝かせて聞いていた。

 そして、やっとこさ食事が始まった。ちなみに毛玉も足元で魚やら肉が盛りだくさんのペットに不相応なご飯を食べている。実はペット持ち込みは禁止だが、金を積んだら了承してくれた。この旅館も話が分かる人達がいてくれて助かった。

 

「カズマさん見てください! おっきいエビですよ! 私の腕くらいの太さがありますよ!」

 

「そうだなー旅館って言ったら何故か甲殻類のイメージだよなー」

 

「んっ! こっちの茶碗蒸しも美味しいですよ!」

 

「ほーん……おっ……マジで美味いな……」

 

「この冬虫夏草と牛肉の煮物もいい感じです!」

 

 何やらテンション高めのゆんゆんと共に俺は豪華料理に舌鼓を打った。しばらく和やかな食事であったのだが、段々とゆんゆんのテンションが下がり、最後には何やら不安そうな顔になっていた。さっき毛玉のお椀にイカの刺身を置いた事をまだ怒っているのだろうか。

 

「どうしたゆんゆん? 最初とはエラいテンションが違うじゃないか」

 

「いえ、その私は今までにないくらい美味しい食事だなって思ってるんですけど、カズマさんはそうじゃないのかなって……」

 

「いや、俺も美味いと思ってるぞ? でも、美食家を自称する俺にとってこれは9点だな!」

 

「あ、何だか今とってもイラっときました」

 

「はっはっは! 怒るな怒るな!」

 

イラっとした表情をするゆんゆんを見て思わず苦笑する。しかし、自分が美味いと思っているものに対する文句は確かにムカツクものだ。今回は俺の方が悪いといえよう。

 

「俺はこの料理よりかはゆんゆんの作る食事の方が美味いと思うし大好きだぞ!」

 

「え……? いきなり何を言うんですかカズマさん! わ、わたしを悶え殺す気ですか!?」

 

「ちょろいな」

 

「ちょろくないです!」

 

 顔を羞恥で染めるゆんゆんは非常に可愛らしいものだ。そして、デザートのいちごっぽい果物を彼女の口元に持っていくと恥ずかしがりながらも素直に口に運んだ。何というか……扱いやすい子でこっちも助かる。

 

「んっ……カズマさん覚えておいてください……私はあなたと一緒に食べる食事なら何でもおいしく感じるんです……」

 

「おっと、今度はこっちを殺しにきたか」

 

「本当に本当なんですから……」

 

 

 このようにして、気恥ずかしくも楽しい食事の時間は終わった。それからは目玉とも言える温泉に入る事とにした。ちなみに混浴風呂はないためゆんゆんとは別々だ。俺は男達で賑わう男風呂でゆったりとした時間を過ごす。俺自身が風呂好きというのもあるが、監禁中にまともな風呂に入れなかったため、今回の温泉はたっぷりと時間をかけて堪能させてもらった。

 そして湯上りで体も顔も表情もほこほこさせている浴衣姿のゆんゆんを連れて夜の温泉街に繰り出した。とはいっても、夕食は食べたので意味もなくぶらつくだけだ。しかし、自然に腕を絡めて隣を歩くゆんゆんは非常に楽しそうである。それだけでなんだかこちらも満足出来てしまう。

 

「さっき中居さんから聞いたのですが、ここの温泉饅頭はとっても美味しいらしいですよ。お土産ここで買っちゃいますか?」

 

「ゆんゆんはお土産渡す相手なんていたのか……?」

 

「だから言っていますよね! ウィズさんとかバニルさんとかいますから! ちゃんと友達いますから!」

 

「はいはいまたソイツらね……今は買う必要ないな。どうせ帰りもここを通るし、その時買えばいいだろうよ」

 

「もう……本当にカズマさんは……もうっ……!」

 

 俺の言葉に納得しながらも、若干プンスコしているゆんゆんをあやすためにお土産屋を冷やかす事にした。とはいってもアルカンレティアと違って店も道行く人もなんだか落ち着いている。

 まぁ、はっきりいって寂れた温泉街であった。お土産屋も、温泉饅頭以外は良くわからない石だったり、誰が買うんだと疑問に思う木彫りの謎オブジェが売っていたりと、哀愁漂うものが多かった。

 しかし、ゆんゆんのテンションは再び上がって行き、今は彼女に引きずられるように歩いていた。そしてたどり着いたのは小さな射的屋だ。温泉街のお約束を守っているあたり、ここの街の創始者にはやはり転生者が関わっていそうだ。

 

「カズマさんカズマさん! 射的屋なんてありましたよ。私やってみたいです!」

 

「そうだな、せっかくだしやっていくか!」

 

「ふふっ……お手本見せてくださいね……?」

 

「あいよ。百発百中のカズマさんに任せなー」

 

 そして、何だか緩い雰囲気のなか射的対決が始まった。温泉街の射的といったら得点制なのだが、ここは祭りの射的と同じように落としたものを景品として貰える方式のようだ。

 早速どんな景品があるのかと見渡すと、景品が置かれた棚の中央に見覚えのあるものがあった。俺は驚愕で体の動きを止め、ゆんゆんもソイツを見て少し驚いているようだった。

 

「カズマさんアレは……」

 

「あれは多分アクアが作った石鹸だ。まさかこんな所で目にするとはな……」

 

「彫刻かと思いましたが石鹸ですか……明らかに王都にある彫像より綺麗で再現度が高いですね……特に胸とか……」

 

「おいこら、さり気なく毒を吐くな。でも、なんでこんな所にあるんだ? 転売でもされているのか?」

 

 俺達がザワついているのを察したのか、ここの射的屋のおっさんがニヤニヤしながらやってきた。片手にはこれまた見覚えのあるダクネス石鹸を持っていた。

 

「ようカップルさん! あんた達はアクシズ教徒かい?」

 

「んなわけないだろおっさん!」

 

「そうか! ならあのエリス像に撃つのはやめときな! 不思議なことにアレには絶対矢が当たらないし落ちないからな!」

 

 そう言って語りだしたおっさんの話によると、この石鹸はおっさんの友達が土産としてくれたものらしい。以前はダクネス石鹸を射的棚に置いていたようだが、何故か矢が当たってもビクともせず、倒れないようにしているのではと客から苦情が出てしまった。

 仕方なく、永久保存しようとしていたエリス石鹸に置き換えたそうだ。そうしたら今度はいくら撃っても矢が当たらないという不思議現象が発生。しかし、ほとんどの客はそもそもエリス像に矢を射るような罰当たりな行為はしないため苦情は今まで出ていないそうだ。

 そして、時たま現れるアクシズ教徒がバカみたいにエリス像に矢を撃つので、そいつらをカモにしているそうだ。

 恐らくこの石鹸たちは模した人物の特性でも持つようになったのだろう。普通ならありえないことだが、製作者がアクアだと考えるとこんなことになってもおかしくはない気がした。

 

「中々面白い話ですね。という事でおじさん。矢を100本お願いします」

 

「お、おう……どうぞ……」

 

「ゆんゆん、聞いていなかったのか? アレには矢が当たらないらしいぞ?」

 

「だからこそです。それに何だか石鹸とは言え見てるとムカムカしてきました! この私がアレを地に落としてやりましょう! えい! やぁ! 落ちろ! ぶっ壊れろ! 死んじゃえ!」

 

「あらら……」

 

 どうやら彼女の押してはいけないスイッチを押してしまったようだ。彼女はくつくつと笑いながら弓をバカスカ撃ち始める。俺はそんなゆんゆんを苦笑しながら見守り、店主のおっさんはガクガクと震えながらその光景を見ていた。

 

「おい彼氏さんよ、お前さんの彼女はアクシズ教徒か? アレとあまり変わらない行動を取ってるぞ……?」

 

「彼女もアクシズ教徒じゃありませんよ。でもちょっと色々ありましてね……生暖かい目で見守ってやってください……」

 

 コクコクと頷くおっさんと共に俺は彼女の騒がしい射的風景を見守った。しかし、結局は全弾外してしまったようだ。それでもゆんゆんは何処か満足気でスッキリした表情をしながら顔の汗を拭きとった。そして俺の腕に媚びるように抱き着いてきた。嫌な予感がする……

 

「全部外しちゃいました……だから私に手本を見せてくれませんか……?」

 

「ええっ……しかしだなぁ……」

 

「私、カズマさんが弓を射る姿が大好きなんです! いつも見たいにカッコイイ所見せてください!」

 

「くっ……分かったよ……!」

 

 何だかゆんゆんに上手く乗せられてる気がするが仕方がない。ただ、標的は不思議な加護の宿るエリス石鹸だ。外したらカッコ悪いが、外す気しかしない。

 

「カズマさん! 胸を狙ったらはじかれます! あの意地の悪そうな笑顔を顔ごと粉砕して……いたいっ!?」

 

「うるさいっての! あとエリス様は最近ちょっとポンコツだけど意地悪じゃないぞ!」

 

ゆんゆんの脳天にチョップをした後、俺は改めて弓を構える。いざとなったら、こっそり狙撃スキル使う事を心に決めながら矢を放った

 

「おお……!?」

 

「すごいじゃないですかカズマさん! 一発命中です! やっぱりカッコイイです!」

 

「おおう……」

 

 何故かエリス石鹸は俺の初弾であっさり地に落ちた。そして、ちょっぴり不服そうながらもおっさんがエリス石鹸を手渡してくる。しかし、俺の横ではゆんゆんが笑顔でハンマーを持って待機しているため、彼女に渡すわけにもいかず、エリス石鹸はおっさんに返却した。

 その代わりの景品としてヘボイおもちゃを貰ったあと、俺は足早に店を出た。何だか横から不満の声が聞こえてくるが知らないったら知らない

 それから、ゆんゆんと共にあてもなくぶらぶら歩き、最終的に小さな足湯に体を落ち着かせた。彼女も修羅モードから戻り、今は足湯を堪能しながら道中の露店で買った黒卵をおいしそうに食べている。

 そして、一息ついた時、ゆんゆんが俺の肩に寄りかかってきた。こういう仕草を自然に出来る所が彼女のずるい所だと思う。

 

「冒険もいいですけど、こうやってカズマさんと二人っきりでのんびりするのも悪くありませんね……」

 

「そうだな。それに俺はゆんゆんの傍にいる事が出来て色々と安心だよ。お前一人だと結構バカな事やらかしそうで心配だからな」

 

「失礼ですね。私だって一人でやっていけます! 実際にカズマさんがいない間に私は……いや……やっぱりカズマさんがいないと私はダメになっちゃいます……」

 

そう言ってゆんゆんは更に体を俺の方へ寄せて、潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。思わず俺は彼女の事を抱きしめてしまう。そんな目をされたら男はこうする他ない。

 

「数か月間、私はずっと一人で過ごしてたんです……それに馬車ではカズマさんにお預けされちゃいました……」

 

「……やっぱゆんゆんはえっちだな」

 

「体の繋がりってとっても重要だと思います。だってカズマさんを……あなたの愛をとても強く感じられるんです……だからもう一度言います。私を抱いてください……愛してください……!」

 

「しょうがねえなぁ……」

 

「ズボンの上から分かるくらい大きくさせて何がしょうがないんでしょうね」

 

 クスクス笑うゆんゆんを連れて俺は宿へ向けて早歩きで向かった。そして部屋に到着し、事前に用意されていた一組の布団へ真っ先に向かう。枕元に毛玉が陣取っていたが、俺は構わずゆんゆんをそこへ押し倒した。そして、ゆんゆんの浴衣を剥こうとした手を彼女に止められた。またお預けかと、イラッとする俺をゆんゆんは楽しそうに見つめていた。

 

「カズマさん、私いっぱい歩いたので汗かいちゃいました。せっかくの温泉ですし、もう一度温泉に入ってからしませんか?」

 

「そんなのいいから早く……って危うく忘れる所だったじゃないか。ゆんゆん庭への障子を開けてみな」

 

 俺の言葉にゆんゆんは不思議そうに頷いてから障子を開けた。そして目に入った光景と俺の目当てのモノを見て目を輝かせた。和風な庭園も見事なものだがメインはそっちではない。

 

「カズマさん、これって温泉ですか……?」

 

「ちゃんとした温泉だ。部屋付き露天風呂って奴でな、これを使うためにこの温泉街に寄ったんだよ」

 

「温泉を貸し切り……なんだかテンション上がっちゃいますね!」

 

「そりゃな! という事でゆんゆん! 一緒に入るぞ!」

 

「そうですね。せっかくですし二人で温泉を堪能しちゃいましょう!」

 

 そして俺達は浴衣をバサっと脱いで露天風呂の湯船へと二人そろって飛び込んだ。マナーが悪い行為だが、それを注意する人もここにはいない。

 露天風呂はランプが一つしかないため薄暗く、湯煙で視界も悪い。しかし、それがかえってゆんゆんの白く美しい肢体を際立たせていた。

 

「ああ……やっぱり温泉って気持ちいいですねぇ……」

 

「ゆんゆんみたいな美女と一緒に入る温泉はなおさら気持ち良いぜ?」

 

「またそんな事言っちゃって……でもそう言ってくれるのは嬉しいです……」

 

 ゆんゆんは俺の臭いセリフを聞いてクスリと笑った後、俺の膝の上に腰かけ、背中をこちらへ預けてきた。

 湯船の中で触れる彼女の肌はお湯と変わらないくらい熱く、柔らかな肌がこすれるサラサラとした感触は非常に気持ちいい。俺は片手で彼女の体を抱きしめてより体を密着させ、もう片方の手でお湯に浮き気味の巨乳をそっと揉んだ。

 

「んっ……カズマさんはおっぱい好きですね……」

 

「おっぱいが嫌いな男はいねぇよ! ほら、ここか? ここがええのんか?」

 

「もう……なんだか気持ち悪いですよ……? でも気持ちいいです……もっと私を触ってください……」

 

「なら遠慮なくやらせてもらうかな……ほいっ!」

 

「ひゃんっ!? そんなに乳首ばっかり責めないでください……! 私だって反撃しちゃいますからね!」

 

 そう言ってゆんゆんは太ももで俺の勃起した逸物をはさみこんできた。彼女の嬉しい反撃を堪能しながら俺も胸への愛撫を強めた。それからは前戯とまではギリギリいかない肌の触れ合いを楽しんだ。

 そして、対面座位の体勢になった時、ゆんゆんは真っ先に俺の首筋に吸い付いてきた。相変わらずのゆんゆんに苦笑しながらも、俺は彼女の耳をそっと口に含んでから指を彼女の秘所にあてがいゆっくりと愛撫を始めた

 ゆんゆんは小さな嬌声と甘い吐息を吐きながらも、必死に首筋に吸い付く。それに対抗するように彼女秘所をより強く刺激すると、彼女はビクリと肩を震わせてから俺の口に一気に舌をねじ込んできた。

 ゆんゆんとの深いキスを俺もたっぷりと堪能し、露天風呂ではしばらく男女の荒い息遣いと湯船とは違う水音が鳴り響いた。

 

「んぁ……あむっ……カズマさん……そろそろお願いします……私に……私にください……!」

 

「俺だって限界だ。一気に挿れるからな……そらっ!」

 

「んっ……ひゃぅ……!? 入ってきました……カズマさんのが私に……私に……あうっ……!」

 

俺は対面座位の状態で一気に彼女の秘所を貫いた。ゆんゆんは顔を歓喜と快楽で蕩けさせながら俺の方へ倒れこみ、肩と首に強く抱き着いてくる。俺は彼女の抱擁と逸物を締め付ける秘所の感触を楽しみながらも、何だか懐かしい気持ちになった。考えてみれば彼女とのセックスは数か月ぶりだ。

 

「おお~これだこれ。こうしてゆんゆんと繋がると、改めて帰ってきたって気がするな!」

 

「変な事言わないでくださいよ……んっ……ふぁ……ひゃん!」

 

「ゆんゆん、もっとお前の可愛い声を聞かせてくれ……」

 

「言われなくても……声出ちゃいます……! んっ……やぁっ……カズマさんカズマさんカズマさん……!」

 

 俺はゆんゆんに挿入しただけで満足してしまったのだが、彼女はそうはいかないらしい。俺の名前を呼びながら彼女は激しく腰を動かし始めた。

 湯船の中での挿入なため、刺激はそれほどでもないのだが、息を荒げて全身を揺らす彼女の姿と、湯船に広がる水の波紋と水音が性的興奮を高めさせる。もっと快楽を得たくなった俺はゆんゆんの膝下に両手を入れて、彼女の体を挿入したまま一気に持ち上げた。ゆんゆんは嬉しそうに微笑みながら、俺の意図を察して首に腕を絡めて見事な駅弁体勢となった。

 

「んくっ……カズマさんのが私の奥までずっぽり入っちゃってます……それに……んあっ!? 中でそんなに反らしたらダメです……いく……いっちゃいます……!」

 

「もうイクのか? イクならさっさとイけ!」

 

「んんっ……はひゅっ!? あああ……ああっ……んっ……んんんんっ! ああっ……いっちゃいました……気持ちいいですぅ……」

 

駅弁の体勢で深く一突きしただけでゆんゆんはイってしまったようだ。彼女の秘所は絶頂した事により俺への締め付けを強め、膣内もやけどするくらい熱くなっていた。そして俺の内股に彼女の暖かく粘度の高い愛液が滴る。無論俺は爆発した。

 

「おらあああああああああああっ!」

 

「ひゃあああああああっ!? 激しいっ! 急に激しすぎで…んぁっ……あぅっ……ひゃんっ!?」

 

「ああああああっ! 気持ちいい! 気持ちいいぞゆんゆん! そらっ! オラッ!」

 

「ひゃっ……んんっ……私も……私も気持ちいいです……もっと……もっと激しくしてください……!」

 

「はいだらあああああっ!」

 

「やあああああああああっ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 高い嬌声を上げるゆんゆんを、俺は突きに突きまくった。彼女は俺の高速ピストンを顔を蕩けさせ、時節よだれを垂らしながらも受け入れた。

 激しく挿入している最中もゆんゆんの秘所は俺の性器を搾り取るように蠢き、それに合わせて彼女の体もビクビクと震えている。どうやら、ゆんゆんは連続イキをしているらしい。本当にエロくなったもんだ。

 そして、俺が少し油断した時、ゆんゆんは首筋をカプリと噛んできた。その噛み付きの痛みで動きが止まった所をゆんゆんは全体重をこちらの方へかけて俺を押し倒してきた。

俺は背中を露天風呂の外枠の石組みに叩き付けられて結構な痛みを受けたのだが、彼女はそんな事は知らないとばかりに俺の逸物を膣で深く咥え込んで騎乗位へと体位を移行する。

 

「えへへ……これで私も動きやすくなりました……カズマさん……また激しくお願いします……! 私も激しくしますから……!」

 

「まったくお前は……でも喜んでええええええええええっ!」

 

「ああああああっ!? いい……いいです……もっと……もっと私を……求めて……! んんんんんっ!」

 

 大きく腰を揺らすゆんゆんに合わせて俺も腰を高く突き上げる。その一突き一突きを受けるたびに彼女は体を震わせ、大きな嬌声をあげていた。俺はゆんゆんの両足をガッチリ腕で固定しているため、性器が抜ける心配はない。

 むしろ、より深く彼女の秘所に侵入し、膣奥に亀頭が当たるたびに秘所からは愛液が溢れるように流れ出た。しかし、ここは風呂であるため、何が出ようがお構いなしでゆんゆんを責めに責めた。

そして、俺は快楽に酔いしれながらも、淫らな嬌声をあげて激しく肉を打つ音を響かせるゆんゆんを見て、これじゃあ隣の客室の住人にヤッてるのがバレバレだなと思い始めた。

 しかし、部屋付き露天風呂なんてはっきり言って、こういう事をヤルために用意されているようなものだ。だから気にしない事にした。今は、ゆんゆんと楽しむ事だけを考えよう。

 

「うっ……くっ……ゆんゆん……そろそろ出すぞ……!」

 

「んひっ……はひっ……!? んぁ……いいですよ……このまま奥で出して……カズマさんの欲望を全部私に注いでください……!」

 

「よっしゃ! もう妊娠しようがお構いなしだ! 中出ししてやる!」

 

「あぅ……んっ……いっぱい出して……んぅ……! カズマさん……カズマさん……!」

 

 ゆんゆんはイキそうになっている俺を逃がさないとばかりに抱きしめてきた。もちろん俺も彼女を逃がす気はない。この数か月に溜まった鬱憤も合わせて吐き出すようにガンガンと腰を打ち付けながら一気に射精した。

 

「いくぞっ……くっ……う゛っ! ああ……あああ……!」

 

 

「ひゃうんっ!? んっ……ああっ……熱い……カズマさんの熱いドロドロで……私の膣内がいっぱいです……あぅっ……!」

 

 俺の胸の上でゆんゆんの力がストンと抜ける。そんな中でも、俺の性器はビクビクと気持よく射精を続けていた。そしてたっぷりと彼女の膣内に出した後、俺も伸びをするように力を抜いた。

 

「ふふっ……気持ちよかったですかカズマさん……?」

 

「ああ、最高だ」

 

「もう……こんなにいっぱい出されたら本当に子供出来ちゃいます……」

 

「嫌だったか?」

 

「いいえ、むしろ本望です! でも、結婚式の時にお腹を大きくしていたら、きっとはしたない夫婦だって思われちゃいますね……」

 

 幸せそうにクスクスと笑うゆんゆんの濡れた黒髪を、俺は優しく撫で続けた。それからは、ドロドロになった体をお互いに洗いあったり、放置した事で若干不貞腐れていた毛玉と酒を桶の上に乗せて湯船に浮かべたりと、露天風呂をたっぷりと満喫した。

 そして、長時間の入浴を終えた俺達は仲良く一組の布団に入った。火照った体にひんやりとした布団はとても気持ちの良いものであり、すぐさま眠気が襲ってくる。しかし、まだ眠るわけにはいかない。俺は隣でジッとこちらを見つめていたゆんゆんを、布団の中で組み敷いた。

 

「ゆんゆん、二回戦を始めるぞ!」

 

「さっきお風呂でいっぱいしたじゃないですか……本当にカズマさんは底なしですね……」

 

「そうは言っても、お前も期待してるみたいだな。目が紅く光ってるぞ?」

 

「それは……カズマさんに求められたら嬉しいに決まってます……私にとっての幸せでもあるんですから……」

 

 俺を悶えさせるような事を言うゆんゆんを俺はギュッと抱きしめる。彼女はそんな俺を抱きしめ返しながら、そっと耳元に囁いてきた。

 

「私はカズマさんに抱かれるのは好きです。あなたに愛されているんだって感じられます。でも、きちんと言葉でも言ってください……」

 

「分かったよ……好きだゆんゆん……」

 

「足りません。もっと言ってください!」

 

「愛してるぞゆんゆん……」

 

「もっと、もっとです! それくらい愛の言葉なら他の女性にも言っているでしょう?」

 

「うぐっ……もうそれはいいから二回戦しようぜ……?」

 

「あっ! 誤魔化しましたね!? 今、絶対に誤魔化しましたね!? まったく……カズマさんって人は……!」

 

中々に鋭いゆんゆんの指摘に思わず言葉が詰まる。そんな俺を見てゆんゆんは小さくため息をついた後、俺の首筋をチロリと舐めた。

 

「もう……本当にカズマさんは最低です……許しません! でも、私が今一番欲しい言葉を言ってくれたら特別に許してあげますよ?」

 

「欲しい言葉ね……」

 

 真っ暗な部屋の中で、ゆんゆんの紅い目は興奮と期待で爛々と輝いていた。俺に非があるからこそ、彼女の期待を裏切るわけにはいかない。覚悟を決めて、彼女が求めているだろう言葉を囁いた。

 

「ゆんゆん、お前を一番愛している」

 

「んっ……許してあげます……でも足りません……もっと言ってください……! 私があなたの一番なんだって心と体に刻み付けてください……!」

 

「はいはい……」

 

 それから、俺はゆんゆんを抱きながら愛の言葉を囁き続けた。彼女は快楽と幸せの吐息は俺をも幸せな気分にしてくれる。

 こうして、ゆんゆんと二人っきりでの楽しくて幸せでえっちぃ時間は過ぎ去った。でも、これからも彼女とはずっと一緒だ。なんだか、ゆんゆんの事が更に愛おしく思えて、俺は隣で眠る彼女の頭を撫でた。彼女は薄目を開けて微笑んだあと、ポツリと呟いた。

 

 

 

 

「カズマさん、こんな日々がずっと続くといいですね……」

 

「このバカッ!」

 

「いたいっ!? なんで!? なんで叩くんですか!?」

 

 

 

本当にコイツは大馬鹿だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今日はめぐみんスピンオフの公開の日ですよー
新刊的なものが出るたびに私はこの作品に致命的な矛盾が生まれるのではとドキドキしちゃいます。
でも、今更そんな事気にする必要ないくらいゆんゆんとエリス様はぶっとんでるので正に杞憂ですね。

しかしながら、予防線を張っておきましょう。この作品は書籍10巻までの設定を付け足したweb版アフターものですっと……

そして次回はやっとこさ魔獣使いが出るらしいですよ!


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魔獣使いとドラゴン使い

※オリキャラ注意、また別作品の魔獣が出ます
 どらごんたらしを読んでないと、分かりにくいかもしれません



 

 

 

「承りました。お嬢様にお取次ぎしますので少々お待ちください」

 

 深々と頭を下げて、老執事が屋敷の中へ戻っていった。玄関前で待たされた俺は多分いけるだろうという楽観的な気持ちなのに対して、ゆんゆんはカチコチに緊張している。緊張をほぐすために軽く背を叩いてやると、彼女は涙目になりながら縋り付いてきた。

 

「カ、カズマさん! ここってお貴族様の屋敷ですよね!? 私、もう貴族とはあまり関わりを持ちたくないんです! 下手したら不敬罪……無礼討ち……ハラキリ……!」

 

「落ちつけっての。ほら、この屋敷を見てみろ。ダクネスの屋敷に比べたらかなり小さいし、庭の手入れもあまりされていないから雑草が生えまくってる。つまり……何が言いたいか分かるだろ?」

 

「そんな事言われても分かりませんよ……」

 

 不安そうなゆんゆんに俺は思わずドヤ顔を向けてしまう。目的地についた俺達は魔獣使いについて周辺の街にあったギルドや酒場で聞き込みをしたのだ。その結果、代々魔獣使いをやっている家系がこの国にあるとの事だった。しかし、魔獣使いの家系……リックスター家は大貴族らしい。

 俺はそんな大貴族と会うのは色々と面倒なので断念する事にした。かといって、野良魔獣使いの情報は散見するも居場所は掴めず、すぐに会う事は出来ない。それでも諦めずに聞き込み調査を続けた所、リックスター家の傍系の傍系、お情けで貴族の称号を持っている貧乏魔獣使いの情報を手に入れたのだ。

 ちなみに、聞き込み調査をしている間、ゆんゆんはずっと押し黙っていた。どうやら、会話に入る糸口を持てなかったらしい。まぁ、会話に入られても正直邪魔なので放置しておいたら、後から手首をつねられた。面倒な奴である。

 

「つまり、貧乏貴族だって事だ。買収すっぞ買収!」

 

「なるほど……合理的といえば合理的ですね……」

 

 それから、待つ事数分、老執事が戻ってきて俺達を屋敷の中へ案内してくれた。御目通りがかなった事に安堵しながら、魔獣使いが待っているという広間に到着する。

 広間の内装はギリギリ貴族の体裁と取れそうな、見た目は豪奢な調度品が置かれている。

 そして、広間の先の椅子に件の魔獣使い、紅いひらひらとしたドレスを身にまとったロリッ子がいた。

 

「うむ、貴様らの事はじいやから聞いたぞ。このわしに魔獣使いのスキルについて教えを請いに来たのじゃろう?」

 

「……!? ゆんゆん、のじゃロリだ! ファンタジーあるあるな、のじゃロリがいたぞ!」

 

「カズマさん、それよりも“じいや”ですって! 私もこんなの本でしか見た事ありませんでした!」

 

「こ、こら! わしは見世物じゃないぞ!? というか随分と貴族に対して随分と無礼な奴らじゃな!」

 

 眉間にしわを寄せて怒るお嬢様を見て、俺達はしまったと佇まいを直して畏まる。どうも貴族というと、ダクネスや散々カモにした奴らを思い浮かべてしまい、侮った態度を取ってしまう。

 これではマズイと反省しながら、俺は改めてお嬢様に魔獣使いになりたい経緯や毛玉についてを説明する。

 お嬢様は少し不満そうな顔ながらも話をしっかり聞いてくれた。そして、話を終えてかしづく俺達を、お嬢様は一言で切り捨てた。

 

「事情は分かった。でも無理じゃ」

 

「何故ですか……?」

 

「単純に魔獣使いになるには生まれながら素質による所が大きい。見たところ貴様らには素質はない。それに魔獣使いは魔に属する者たちを使役する職業じゃ。使い方を誤れば人類に仇なすだけでなく、魔獣使いの……ひいてはリックスター家の信用を落とす事になる。わしも傍系とはいえ、リックスター家の一員じゃ。信用できないものにスキルを教えるつもりはない」

 

 そう吐き捨てるお嬢様の姿に、ゆんゆんはビクリと肩を震わせて、俺の背に隠れるように縮こまる。だが、引き下がってはいけない。俺はお嬢様の前に一歩踏み出した。

 

「お嬢様、それについては大丈夫です。俺の職業は“冒険者”なので素質はなくともスキルは扱えると思います。ほら、証拠として冒険者カードをどうぞ……」

 

「冒険者……? ほう、確かにカードによると貴様はあの最弱の冒険者のようじゃのう。しかも、レベルも高いしスキルポイントも大量に余っておる……確かに素質がなくとも魔獣使いのスキルを使えるかもしれん……」

 

 俺が手渡した冒険者カードを見て、お嬢様は感心したような声を上げる。俺がよっしゃとガッツポーズを取っていると、お嬢様はカードの一点を見つめてガクガクと震えだした。

 

「貴様、サトウカズマというのか……?」

 

「そうですよ! あの魔王を討伐しちゃった勇者なカズマさんですよ! ほら、これで信用もありありで……!」

 

「ひぃ!? じ、じいや助けてぇ! 犯されるうううう!」

 

「おい……」

 

「カズマさん……あなたって本当に……」

 

「いやいや!? 風評被害だから! なんでゆんゆんまで若干引いてるんだよ! お前は俺の事を信じるって言ってたよな!?」

 

 俺から半歩引いたゆんゆんを抱き寄せながら、椅子から転げ落ちて這いずるように逃げて老執事の背に隠れたお嬢様のもとへ向かう。

 隣国にまで噂が広まっている事に俺は頭を痛めた。なんだか交渉するのも面倒になってきた。

 

「お嬢様は俺にどんなイメージを持っているんですか……?」

 

「ひっ!? 貴族の女性をレイプして、その時の情事の写真で脅して財産搾り取った挙句、孕んで大きくなったお腹を蹴って堕胎させて最後には女を売春宿に売って、それだけじゃ飽き足らず、貴族の一族を犯しつくして最後には家を乗っ取ったって……!」

 

「はぁ……はぁ!? もういい、俺に犯されたくなったら早くスキル教えろやクソガキいいいいっ!」

 

「ひゃあああっ!? た、たすけて……!」

 

「こらカズマさん、投げやりになっちゃダメですよ! ほ、ほら! 私はカズマさんを信じてますから落ち着いて? どーどー!」

 

 ゆんゆんに羽交い絞めにされながら、俺は少し冷静になる。一瞬、老執事を人質にとって脅してやろうかとも思ったが、後々に面倒になる事間違いなしだ。俺は深呼吸して怒りを収めた後、ゆんゆんをお嬢様の方へ押し出した。

 

「ゆんゆん、名乗りを上げろ! お前の名声を使う時だ!」

 

「ええっ!? 急に何ですか!? それに名乗りは恥ずかしくて……!」

 

 顔を赤くしてわちゃわちゃと恥ずかしがるゆんゆんを俺は更に押し出していく。そんな時、お嬢様がゆんゆんという名を聞いてから、こちらを興味深そうに見つめてきた。

 そんなお嬢様の様子に気付いたのか、ゆんゆんは体をソワソワさせ始めた。素直じゃない奴である……

 

「ほらいけっ!」

 

「いたっ!? わ、わかりましたよ! やればいいんでしょう! やれば! もう、仕方なく……仕方なくですからね!」

 

 そう言ってからゆんゆんはお嬢様に向き直る。そして、俺が譲ったマントをバサっとかきあげて渾身の名乗りを上げた。

 

「我が名はゆんゆん! アークウィザードにして魔王討伐の一助となったもの! 紅魔族随一の常識人にして、やがてはカズマさんと共に里を継ぐもの……!」

 

「ゆんゆん……あの“蒼き稲妻を背負いし者”……!?」

 

 ババーンと少し気持ちよさそうに名乗りを上げたゆんゆんを、お嬢様はキラキラとした目で見つめてきた。常識人という所に今となってはツッコミたいが、そんな無粋な真似はしない。

 そして、ちょこちょこと老執事の背から出てきたお嬢様がゆんゆんの手をギュっと掴んだ。

 

「その黒髪と紅い眼にゆんゆん……まさか貴様は本当にあのゆんゆんなのか……!?」

 

「ええ、そうですよ! あのゆんゆんです!」

 

「わ、わしは貴様とめぐみんの紅魔族コンビの大ファンなのじゃ! サイン……サインくださいなのじゃ!」

 

「サインですか……? も、もうしょうがないですねー! 特別ですからね!」

 

 お嬢様の差し出した紙に、ゆんゆんは顔を赤くしながらも嬉々としてサインをし始めた。なんだか納得がいかない。俺だって本来ならゆんゆん以上の名声を得るべき存在だってのに……

 

「お嬢様、俺のサインは欲しくないか? レアだぞー! あのカズマさんだぞー!」

 

「ミツルギ様ならともかく、貴様のような外道のサインはいらないのじゃ」

 

「よーし! 身ぐるみ剥いで一生もののトラウマを……むぐっ!?」

 

「カズマさん、今いい感じなんですから口出さないでください!」

 

 ゆんゆんに口を塞がれ、俺は押し黙る。それからは、俺に代わってゆんゆんがお嬢様と交渉をし始めた。

 何だか納得がいかずに不貞腐れるているうちに、半刻ほどの交渉を終えたゆんゆんとお嬢様が俺の方へやってきた。

 

「ゆんゆん、本当にあの鬼畜のカズマと結婚するのか? わしはちょっと所じゃないくらいショックじゃ……」

 

「そんな事言わないでください! カズマさんは本当に噂みたいな人じゃないんです……私の大切な人なんです……!」

 

「むぅ……これは本当にゾッコンって奴じゃのう……!」

 

不服そうながらもお嬢様は最初に座っていた椅子に腰かける。そして、俺の方を見ながら一つため息をついた。なんだか非常にムカツク。本当にぶち犯してママにしてやろうか……

 

「ゆんゆんから改めて話は聞かせて貰ったのじゃ。貴様達にスキルを教える事をわしは許可しようかと思う」

 

「そうかい、それならさっさと教えてくれ……」

 

「そういうわけにはいかないのじゃ。スキルを教えるのがゆんゆんであったならば二つ返事で了承していたんじゃがのう。貴様に教えるのは躊躇われる。それくらい貴様のイメージはまだ最悪なのじゃ。だから貴様にはわしの頼みを聞く事で、わしの中の悪いイメージを払拭して欲しいのじゃ」

 

 そして、お嬢様からの頼み事とやらを聞く事になった。彼女は現在、ライバルともいえるドラゴン使いの家系を見返すため……将来楽をするために魔獣使いとしての修行をしているらしい。

そんなお嬢様にとって、今一番欲しいのがドラゴンとの事。ドラゴンも魔獣である事は変わりないため、使役できるのではと密かに思っているらしい。

 もし、使役に成功すれば、心強い味方になるに違いないとの事だ。おまけにドラゴン使い達の存在自体を揺らがせる事ができるとか何とか言っていた。

 

「貴様がゆんゆんの言うような稀代の大英雄なら、ドラゴンの捕獲くらい簡単な事じゃろう? 本当にそれだけの名声と実力を持っているなら、安心してスキルを教えられる……だからわしにそれを証明して欲しいのじゃ……」

 

「はぁ……ここでおつかいクエストかよ? ゆんゆん、やっぱ毛玉は川にでも流そうぜ」

 

「カズマさん、じゃりめは大切な家族なんですから、そういう事言うのはやめてください! それに悔しくないんですか? カズマさんの実力を疑っているんですよ! やってやりましょうよ!」

 

 ぐいぐいと服を引っ張るゆんゆんをそのままに、俺は手に持っていた虎の子、アタッシュケースの中身をお嬢様に差し出した。彼女は金貨の詰まった中身を見て顔をギョッとさせる。よし、いい感じだ。

 

「お嬢様、信用ならゆんゆんだけで十分でしょう? ほら、今スキルを教えてくれたらこのお金は全部差し上げましょう。これだけあれば、お嬢様の好きな唐揚げも食べ放題ですよ?」

 

「バ、バカにするな! わしは唐揚げなんて庶民的なものは嫌いじゃ! でもこれだけあれば卵焼きが死ぬほど食えるし、わしの魔獣にも良いもの食べさせられるのう……」

 

 金を見て体をソワソワさせるお嬢様を見て、俺はやったか!? と内心思った。それがいけなかったのだろうか、彼女は金からそっぽを向いてしまった。

 

「確かにお金は魅力的じゃ。でも、わしはリックスター家の一員。お金で屈するなど恥はかけん」

 

「マジかよ……! 不敗のエリス様が敗れた……!?」

 

「カズマさん、お金でってのはカッコ悪いです! やっぱりドラゴン倒しましょうドラゴン! そうすればドラゴンキラーの称号だって……あれ? 捕獲だから、ドラゴンキャプチャー? なんか微妙にカッコ悪い称号ですね……」

 

 結局、それっきり黙ってしまったお嬢様のせいで金での解決は不可能に。そして、やけにハイテンションなゆんゆんに連れられてドラゴン捕獲に向かう事になってしまった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「カズマさん、人来ませんね……」

 

「そりゃな。ドラゴン捕獲なんて危険なクエストをやろうとする冒険者がボコボコいてたまるか」

 

「そうですか? でもドラゴンを倒すのは凄い名誉な事で……」

 

「やっぱゆんゆんは紅魔族なんだな」

 

「もしかして、バカにしてるんですか!? それに違いますよ! これはじゃりめのためなんです!」

 

 そう言うゆんゆんは頬を赤くして興奮気味だ。俺はため息を吐きながら机に突っ伏す。あの後、ドラゴンやドラゴンの卵が売ってないかと商店や行商人を回ったが収穫なし。現在は仕方なくドラゴン捕獲のために臨時パーティをギルドで募集中だ。

 流石にドラゴンレベルのモンスターの相手を二人でするのはキツイものがある。無敵の壁もポンコツだけど優秀なヒーラーも、ドラゴンを一発で消し飛ばすような超火力持ちはこのパーティにはいないのだ。パーティ募集の張り紙にはチラリと視線を送るものはいるが、俺達の陣取るテーブルに来るものはいない。

 あのお嬢様はもしかしたら、ドラゴンには俺が差し出した金額以上の価値がある事を把握していたのかもしれない。そう考えたら中々にしたたかな奴だ。ちなみに毛玉はそんなお嬢様にお預け中である。

 

 それから待つ事数時間、ゆんゆんに今日は宿でエロイ事しようと提案して宿に向かおうとした時、俺たちの前に一人の冒険者が現れた。

 その冒険者は緑色の騎士甲冑を身にまとい、背中には大きな盾と長槍を背負っている。一瞬男かと思ったが、整った顔立ちと鎧から見える艶やかな太ももがそれを否定していた。

 

「パーティ募集の張り紙を見たのだが……あたしも仲間に入れて欲しい」

 

「と、とりあえず席にどうぞ!」

 

「了解した」

 

 そう言って重そうな槍を背から外して女冒険者が席につく。なんだか熟練冒険者っぽい雰囲気だし、凄くまともそうな人が現れた事に俺自身驚いていた。しかし、俺の隣に座るゆんゆんは何だか不安そうな顔をしながら耳うちをしてきた。

 

「カズマさん、この人金髪碧眼です。隣国の事情は知りませんが、たいていこの特徴を持っているのは貴族の方ですよ?」

 

「いや、それは分かっている。でも、見た目も言動も今のところ普通だ。この世界じゃ珍しい事だよこれは……」

 

「それはカズマさんが特殊なだけです!」

 

 そのまま、ゆんゆんとこそこそ会話していると女冒険者が苦笑した。そして一枚のカード、冒険者カードをこちらに手渡してきた。彼女の意図を察した俺とゆんゆんも名刺交換のように冒険者カードを取り出して彼女に手渡す。

 

「あー改めて自己紹介と行きますか。どうも、サトウカズマです。職業は冒険者やってまーす。最弱職なんて言われてますが、高レベルと幅広いスキルでカバーしてるつもりでーす」

 

「あたしの名はエイミだ。職業はドラゴン使い。しかし、今はドラゴンを失っていてな。スキルはほとんど使えないが、槍の扱いに関しては一人前のつもりだ。こちらも高レベルなので単純にランサー、もしくは盾役として扱って欲しい。それと、あたしは元貴族ってだけで今はしがない冒険者だ」

 

「わ、わたしはゆん……ゆんゆんっていいましゅ! 職業はあーくぃひゅっ!? いひゃいっ!? ひたひゃんじゃっひゃ!?」

 

「落ち着け……こいつはゆんゆん。紅魔族で下級から上級まで扱える凄腕魔法使いだ」

 

 こうしてゆんゆんを除いて普通な自己紹介を終えた俺達は、雑談を交えながら情報交換を行った。エイミさんは魔獣使いのお嬢様がライバル視していたドラゴン使いらしい。

 しかし、諸事情でドラゴンを失ったため、スキルの大半は使用不可能との事。この時点でちょっと嫌な予感はしたが、彼女のレベルがかなり高い所を見てその感情を引っ込める。これだけ高レベルであるならば、槍を振り回すだけでいくらかのゴリ押しができるからだ。

 それに、ソロでのモンスター討伐記録も記載されていたため、ダクネスのように攻撃が当たらないってわけではなさそうだ。

 

「募集文を見たところ、ドラゴンの捕獲をするらしいな。あたしも使役するためのドラゴンが捕まえたい。ドラゴン使いとして、打ち倒したドラゴンを服従させる能力と、ドラゴン捜索に関しての経験と知識があたしにはある。こんなあたしをパーティに入れてくれるかい?」

 

「もちろんですよ! こちらこそ、冒険者なんて職業がいるパーティでドラゴン捕獲に力を貸してくれるなんて感無量です!」

 

「謙遜するな。君も高レベルで多彩なスキルを持っている。こんなものを見てしまっては冒険者に対する認識を改めなくてはな……」

 

 俺とエイミさんとの間で謙遜合戦が始まったあと、報酬の取り分や明日の予定について話し、それからは親睦を深める意味での酒盛りとなった。

 彼女はとても気さくな人であり、元貴族という事を感じさせず、お互いの冒険話や苦労話を語り合った。その間、ゆんゆんは一向に減っていないビールジョッキを片手にチラチラと俺の顔を見てくる。

 どうやら会話に入れなくてもぞもぞしているようだ。相変わらずといえば、相変わらずだ。

 

「そこであたしは言ってやったんだ。てめぇの技も見飽きたぜって……!」

 

「そりゃないっすよ姐さん! 決め技をバカにされるのは悲しいもんですよ!」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものですよ! そういえば紅魔族って一般的に決め技にこだわり持ってるだろ? ゆんゆんはそれについてどう思っているんだ?」

 

「うぇっ!? わ、わたしですか!? あぅ……その……うひゅっ!? まひゃ、きゃんひゃいまひた!」

 

 またも舌を噛んでおろおろするゆんゆん背中を軽く叩いてやった。俺自身、今の会話の振り方は少し強引だったかもしれない。すこーし反省していると、エイミさんがこちらを見てクスクスと笑った。

 

「随分と親しげだな。ちょっと羨ましいよ」

 

「そ、そう見えますか!? ふふっ、実はカズマさんは私の夫なんです。誘惑なんてしないでくださいね?」

 

「そうか……夫婦か……! あたしの家の者はいざって時のために子供を作れってうるさいんだ。まったく、あたしを家からを追い出したくせに……」

 

「あ、エイミさんって貴族の方なんですよね? 私、そういう事情、気になります!」

 

「元だがな。それなら聞かせてやろう。初対面の人と話す時、あたしの元貴族のドロドロネタは好評なんだ」

 

 急に饒舌になったゆんゆんとエイミさんが楽しそうに会話を始めた。ガールズトークを含んだ会話は口出しできないため、今度は俺が押し黙る事となる。

 コミュ力が少し上がったゆんゆんを見るのは嬉しいものだが、ちょっとだけ寂しくも感じた。その後、夕食も食べ終えた所でドラゴン捕獲は明日決行という事で本日は解散となった。

 ギルド近くの宿を取った俺達は、軽く入浴してから二人一緒にベッドに入る。ゆんゆんは酒も少し入ってるせいか上機嫌だ。先ほどからベッドの中でしきりに体を俺に擦り付けてきたりと、ヤル気満々だ。本当にエロイ嫁さんである。

 

「しかし、ゆんゆんも成長したな」

 

「んっ……急に何ですか……?」

 

「いや、テンパリ具合は相変わらずだが、きちんと人と会話できるじゃないか」

 

「まるで昔は会話できない人みたいな言い方はやめてよ……私だって会話くらい普通にできます!」

 

「えっ……?」

 

「えっ……じゃないです!」

 

 昔……と言っても、俺がゆんゆんに手を出してから一緒にパーティを組んでいた時期、彼女はギルドで相席した冒険者とすらまともに喋れなかった。

 それが今は、割と普通に会話できるだけでなく、めぐみん達にあれだけの啖呵をきれるようになったのだ。まぁ、めぐみん達との対し方は決して良い成長とは言えないが。

 そんな事を思っていると酒だけでなく、羞恥と怒りによって顔を赤くしたゆんゆんが俺の腹の上にのしかかってきた。明日は大変だってのに元気なもんだ。

 

「ゆんゆん、でもこれは言っておかなきゃな……」

 

「…………」

 

「ウィズの時もそうだが、彼氏自慢や結婚自慢は、俺は嬉しいけど相手にとって非常にウザイからやめ……」

 

「あぐっ!」

 

「いだだだだだっ!? だから噛むな! 犬かお前は!」

 

 結局、終始ゆんゆんのペースで搾り取られるように致す事になった。だが、彼女の好きにさせるのは悪くないし、正直こっちのが楽だったりする。

 そして、ゆんゆんはこれは好機だと俺の弱点調べをねっとりと始めた時点で改めて思った。

 

本当に成長したなぁ……

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「昨日はお楽しみだったようだな」

 

「勘弁してくださいよ姐さん……」

 

「君の首筋に歯形がくっきりだ。ゆんゆんはベッドの上ではかなり凶暴なようだね!」

 

「それはもう、噛むわ舐めるわ噛ませるわで凄いですよ……」

 

「うっ……君も素直に答えないでくれ。随分と生々しいじゃないか。しかし、ゆんゆんが……見かけによらずって奴だなぁ……」

 

 エイミさんが感心しながらゆんゆんをジロシロと見ていた。もちろんゆんゆんの顔は真っ赤である。エイミさんの視線から逃れるように俺の近くに寄ってくるが、助ける事なんてできない。キスマークにはこういうリスクもあるのだ。

 

「しかし、姐さん。本当にここにドラゴンがいるんですか?」

 

「安心して欲しい。ここはドラゴン使いの間では有名な森なんだ。様々な竜種が生息しているから、お互いの目的もきっと果たせる。その分、実力がないとすぐにドラゴンやら他のモンスターの腹の中だけどな」

 

 そう言って笑うエイミさんと俺達は現在、うっそうとした森の中を歩いていた。この森では何らかのドラゴンに遭遇できるが、彼女のような高レベルでも一人で行くのは危険な場所らしい。だからこそ彼女も俺達のドラゴン捕獲なんて怪しい臨時パーティメンバー募集の紙に引っかかったのだろう。

 そんな時、俺の敵感知に反応があった。敵は四匹、俺達を囲うように展開している事から群れで行動しているモンスターのようだ。これが全部ドラゴンであったら軽く死ねるが、囲まれた以上はごり押しもしくは逃亡しかない。

 

「ゆんゆん、敵感知に反応四ありだ。すでに四方を囲まれているから、ゆんゆんは正面、それ以外は俺と……エイミさんはいけますか……?」

 

「待ちたまえ。四方を囲むという事はファイアドレイクだろう。正面の一匹が囮で、残りが不意打ち要員だ。しかし、最下級とはいっても奴らはドラゴンの端くれ。あたしに任せてくれれば戦いをする必要もないかもしれないぞ」

 

「マジっすか!? それなら任せました!」

 

 エイミさんは不敵な笑みを浮かべながら俺達の前に出た。俺は期待しながら彼女を見送ったが、ゆんゆんは不安そうに耳打ちしてきた。

 

「カズマさん、彼女、本当に大丈夫なんですか?」

 

「お前は昨日の話を聞いてなかったのか? ドラゴン使いって奴らに好かれる匂いや体質らしい。戦闘を避けられるだけでなく、上手くいけば飼いならして戦力アップもできるそうだ」

 

「なるほど、中々に便利な職業なんですね……」

 

感心しながらも不安げな表情を続けるゆんゆんと、俺の期待の視線を受けるエイミさんの前に例のファイアドレイク……ヴェロキラプトルっぽいモンスターが現れた。

 

『ギュエエエエッ!』

 

「落ち着け。ほら、あたしの匂いを嗅ぎな? お前みたいな劣等糞雑魚似非ドラゴンにはもったいないくらいだぞ?」

 

何やらとんでもない暴言を吐いているような気がするが、ファイアドレイクは素直にエイミさんが差し出した手をクンクンと嗅ぎ始めた。これは……いけたか……!?

 

『ギュルル……ギュ……!?』

 

「ふふっ、あたしの匂いは気に入ったかい? それなら……もぎゅっ!?」

 

 エイミさんの頭部がファイアドレイクの口の中に消えた。まさか食われたのかと俺は刀を抜くが、彼女とドレイクがそれから動きをピタリと止めている。これは何か契約における儀式みたいなものなのだろうか……?

 

「カズマさん! 食べられてます! 食べられてますよ!?」

 

「落ち着け……きっと彼女なりの考えがあるんだろう……」

 

『ギュアアアアッ!』

 

「ぜ、絶対違います! だって獲物を食い千切るように頭をぶんぶん振ってますよ!」

 

「ああもうっ! ゆんゆん、彼女を助けろ! 俺は囲んでる奴らをやる!」

 

 俺の言葉を聞いて、ゆんゆんがライトオブセイバーを唱えてエイミさんの方へ突撃する。その瞬間、左右と後方から不意打ち要員のファイアドレイク達が現れた。俺は腰につけたロープを取り出し、構える。昔ならともかく、今の俺ならいける! 多分……!

 

「喰らえっ! ダブルバインド!」

 

『『ギュッ!?』』

 

「ついでに唐竹割りいいいっ!」

 

『ギャバッ!?』

 

 左右から跳びかかってきたファイアドレイクをバインドで簀巻きにし、残り一匹は刀で叩き切る。無事、首を薙ぐ事に成功したのを見届けたあとは急いでゆんゆんの救援に向かったが、駆け付けた時にはゆんゆんがすでにファイアドレイクを切り飛ばして戦闘を終えていた。

 しかし、地面に転がるエイミさんはモンスターの唾液と首からの出血で見た目は随分と悲惨な事になっていた。

 

「姐さん! 大丈夫ッスか!?」

 

「うっ……大丈夫だ……兜をしてなかったら即死だったよ……」

 

「カズマさん、どうやらこの人はダクネスさん程じゃないけど防御力はかなりのものです。ポーションだけで完璧に治癒しましたよ」

 

 体に異常がないなら一安心だ。俺はよくやったとゆんゆんの肩を軽く叩いてから、簀巻きにされてもがいているファイアドレイクに向き直った。そしてトドメを刺すために刀を再び抜いた時、はやくも復活したエイミさんが這いずるようにして俺の足元へやってきた。

 

「さっきは不甲斐ない所見せてすまない……改めて私に任せてもらえないだろうか……?」

 

「いいですけど、本当に大丈夫ですか?」

 

「任せろ、あたしはドラゴン使いだよ! こんなドラゴンモドキっぽい下等ドラゴンには……ってあだだだっ!?」

 

「差し出した腕、めっちゃ噛まれてるじゃないですか……」

 

 差し出した腕をファイアドレイクにガジガジ噛まれながらも、エイミさんはため息を一つ吐いた。そして、真剣な顔で俺の方へ向き直った。

 

「君、ドラゴンとは本来は信頼を築いて契約を結ばないといけないのだが、今回は奥の手を使う事にする……」

 

 彼女はそういってから、簀巻きにしたファイアドレイクの上に馬乗りになる。そして、握りしめた拳を勢いよく振り下ろした。

 

「言う事聞け糞ドラゴンがあああああああああっ!」

 

『ギュベッ!?』

 

「ああっ!? 生意気にもあたしを噛みやがって! くそっ! くそが死ねっ!」

 

『ギュッ!? ギュッ! ギューッ!』

 

 それからは一方的な制裁が始まった。俺の隣に来たゆんゆんと共に、しばらくその光景を見守り続ける。

 

「カズマさん、エイミさんって……」

 

「言うな」

 

 この世界はやっぱり頭おかしい奴ばっかりだと思い始めた時、エイミさんが顔に鮮血を滴らせながら、いい笑顔で俺達の方へやってきた。そんな彼女の両隣には、血と剥がれたウロコが痛々しい様子のファイアドレイクが付き従っていた。

 

「カズマ君、奥の手とはあたしがドラゴンより強い存在である事を教え込む……契約しなきゃ殺すって脅す事だよ。よかったね! あたしさえいれば瀕死にさせたドラゴンは簡単に捕獲が可能さ!」

 

「そ、そうッスね……」

 

「はっはっは! 君の活躍はしっかり見ていたよ! あたしも頼りにしてるぞー!」

 

 何やらテンションもハイになっているエイミさんに背中をバンバンと叩かれながらも、俺は項垂れた様子で佇む二匹のファイアドレイクを観察した。彼女によると、コイツらも一応ドラゴンの端くれのようだ。

 

「なぁゆんゆん、お嬢様への献上品はコイツらじゃダメか?」

 

「ダメですよ。ドラゴンって言ったら羽が生えてて火をぶわーって吐くカッコイイ奴なんです。こんな羽も生えてない大きめのトカゲを持っていたっら詐欺扱いですよ」

 

「そうだぞカズマ君! コイツらは一応竜種の血が混じってるらしいが、雑種の糞雑魚のなめくじ野郎だ! あたしもこんなのとじゃなくて、もっとちゃんとしたドラゴンと契約したいんだ」

 

 女性陣二人の容赦ない一言に、何だか更にファイアドレイク達が項垂れた気がする。ちょっと可哀そうになってきた。

 

「仲間を殺した俺が言うのも何だが……お前らも恐竜っぽくて十分カッコイイぞ! それに名前にファイアってついてるから火だって出せるよな?」

 

『ギュッ……!』

 

 俺の慰めの言葉に応えるように、ファイアドレイクは口からファイアブレスを出して見せた。コイツら結構可愛いかもしれない……

 そして、俺達は飼いならしたファイアドレイクの背に乗って移動を開始した。目指すは羽が生えてて火をぶわーって吐くカッコイイ奴の捕獲だ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 それから俺達は森の深部へ足を進める事となった。道中、様々な凶悪モンスターが現れたのだが、それらは本領を発揮したエイミさんと、ゆんゆんの魔法で消し炭となっていった。

 ドラゴン使いはドラゴンの強化だけでなく、ドラゴンの力を借りて自らを強化できるそうだ。そのおかげで、エイミさんは強化して俊足になったファイアドレイクに騎乗しながら、ランスで必殺の一撃を叩き込む凶悪なドラゴンライダーになっていた。

 さきほどの不安を消し飛ばすほどの活躍っぷりに俺は素直に感心した。そして、ゆんゆんとともに騎乗しているファイアドレイクの使い勝手の良さ……ドラゴン使いの強さを思い知らされた。

 

「姐さん、もしよろしければドラゴン使いのスキルを教えてもらっていいですか?」

 

「構わないよ! 君の冒険の役に立つなら是非覚えていってくれ!」

 

 エイミさんは俺のお願いを快く了承し、実戦を交えながらドラゴン使いのスキルを見せてもらった。

しかし、ドラゴン使いのスキルは爆裂魔法までとはいかないが、覚えるにはスキルポイントが大量に必要だった。

 魔獣使いスキルを覚える必要があるため、今回は習得見送りとなったが、いつかスキルポイントが余った時に習得してもいいかもしれない。

 まぁ、ドラゴンと契約できるようになるマスタリースキルを覚えるのが精一杯で、強力なドラゴン強化スキルや補助魔法覚えるのは正攻法ではほぼ不可能であった。

 

 

 そして、さらに森を彷徨う事数時間、俺達は巨大な洞窟の前にいた。エイミさんによると、この洞窟の中から強力なドラゴンの気配と匂いを感じるそうだ。無論、俺の敵感知スキルもビンビンに反応していらっしゃる。

 

「姐さん、どうします?」

 

「カズマ君、今度こそあたしに任せて欲しい。ドラゴン使いはドラゴンと共存共栄で対等ともいえる関係を築くのが本来の姿なんだ……」

 

「姐さん……」

 

「カズマさん、エイミさんの事を信じてあげませんか? ここに来るまで凄い活躍だったじゃないですか」

 

 俺はゆんゆんの言葉に、確かにとうなずいた。彼女の強さはこれまでで確認しているし、ファイアドレイクの契約に失敗したのはたまたまだったのかもしれない。それに、上手くいけば強力なドラゴンとの戦闘が避けられるのだ。今回は彼女に任せよう。

 

「それじゃあ姐さん、よろしくお願いします!」

 

「任されたよ!」

 

 嬉しそうに頷いたエイミさんは、グっと俺達にサムズアップを送った。そして乗っているファイアドレイクを可愛がるように撫でる。先ほどまで殴ったり暴言を吐いたりしていた時とは違い、扱いがかなり良くなっているようだ。

 

「アンタ達、糞雑魚だとか侮ってゴメンな? アンタ達って頭も良くて俊敏、ブレスも鉤爪も強化すれば上級ドラゴン並みさ。下手な上級ドラゴンを扱うより、アンタ達は強い! アタシに力を貸してくれるかい?」

 

『『ギュッ!』』

 

 どうやらエイミさんの中でファイアドレイク達の地位は随分と向上したらしい。その後、俺達は数十分の作戦会議をして戦闘でのポジション決めをする。

 もし、契約が失敗して戦闘となった場合、エイミさんは盾役を、ファイアドレイクに乗ったゆんゆんが主力アタッカー、俺と残る一匹が遊撃及びサポート要員をする事になった。

 

 そして、俺達は大きな洞窟を突き進み、数分もしないうちに大空洞へと到着した。その空洞に入り、ゆんゆんが明かりとなるライトの魔法を空洞の天井に打ち上げた時、そこに潜んでいた巨大なドラゴンが姿を現す事になった。

 空洞中央に堂々と陣取るドラゴンの鱗は漆黒に染まっており、巨大な羽と鉤爪、頭部に生える二本角は見るものを圧倒させた。何よりデカイ! 全長がどれくらいかは分からないが、少なくとも今ゆんゆんと住んでいる宿よりは巨大だ。

 奴は俺達を見ても、軽く鼻を鳴らすだけであった。どうやら、俺達をそこらに漂う羽虫程度の存在としか思っていないらしい。

 

「カズマ君、コイツはブラックドラゴン……かなり凶暴なドラゴンだよ……」

 

「見るからにヤバそうなんですけど本当に大丈夫なんですか?」

 

「ここまで来たら引き返せない。あたしに任せて欲しい」

 

 俺の言葉に、彼女は淡々と答えてブラックドラゴンの前に進み出る。俺は心配そうに、ゆんゆんは何故か目をキラキラさせながら彼女を見送った。

 

「カズマさん! あのドラゴンとってもカッコイイですね……! 私達もああいうドラゴン飼いましょうよ!」

 

「勘弁してくれ! 俺は毛玉で十分だ!」

 

 テンション高めで抱き着いてくるゆんゆんを受け止め、ついでにチョップをかまして黙らせる。そして、じゃれ合いをしている間もゆっくりと歩を進めていたエイミさんがブラックドラゴンの足元にたどり着いた。

 俺達が固唾を飲んで見守るなか、彼女はドラゴンの眼前に自らの手のひらをかざした。ブラックドラゴンはその手をクンクンと嗅ぎだす。ドラゴンは今のところ暴れる様子はなく、大人しい。これは……もしかすると……!

 

「なーんだ、随分とあっけない終わりですね。これが終わったら皆で飲みに行きましょうよ! 実は昨日、ちょっと気になる店を見つけたんです!」

 

「ゆんゆんの糞バカッ!」

 

「いたいっ!? カズマさん、最近手が早いですよ! はっ!? これがDVって奴ですか!? ダメです……そんなヒドイ事されても、もう私ははあなたと離れられ……!」

 

 

 

 

 

『グルアアアアアアアアアアアッ!』

 

「へびゃっ!?」

 

「カ、カズマさーん! エイミさんが吹っ飛ばされました!」

 

「知ってた」

 

 今まで幾ばくかの余裕を感じさせたブラックドラゴンが、その表情を怒りに変えて自らの巨体を動かした。エイミさんはふっ飛ばされて暗闇に消えたため、ドラゴンのヘイトがこちらに向いた。しょうがねぇ、やってやろうじゃないか。

 

「よし、ゆんゆん! テレポートで逃げるぞ!」

 

「えっ!? でもエイミさんが……!」

 

「ほっとけ! きっと、多分、おそらく大丈夫だ!」

 

「カズマさんはもう……! 私は戦います! “カースド・クリスタルプリズン!”」

 

『グルルッ!? ギギャアアアアッ!』

 

 忠告を無視してゆんゆんが魔法攻撃を開始した。彼女が放った氷結魔法は確かにブラックドラゴンを氷像に変えたのだが、奴はそれを一瞬で砕いて拘束から脱出する。もちろん、奴はダメージを負った様子はない。どうやら魔法抵抗力がかなり高いようだ。

 そして、ブラックドラゴンが怒りの咆哮をゆんゆんに浴びせた。どうやら、本当にやるしかないようだ。

 

「ああもうっ! ゆんゆん、お前は奴の攻撃射程から離れて攻撃しろ! 俺がヘイトを稼ぐ!」

 

「分かりました! カズマさん大丈夫です! あなたならきっと倒せます!」

 

「無茶言うな! でもやってやらああああああっ!」

 

 ゆんゆんの声援を受けて、俺の中に心理的なブーストがかかる。しかし、アクアがいない戦闘はキツイものがある。ブラックドラゴンの攻撃を受けたら俺は文字通りミンチになってしまう。

 こんな所で人生を終えるつもりはない。この戦いが終わったらゆんゆんとの幸せなけっ……危ねぇ! これは思ってもダメな奴だ!

 

「とりあえずこいつを喰らえっ! “クリエイトアース&ウインドブレス!”」

 

『グッ……!?』

 

「ついでにライトニングスラッシュ!」

 

 ブラックドラゴンが俺のお決まり目つぶしコンボを受けてひるんだ所に、刀での一撃を首筋に叩き込む。

 しかし、奴にダメージを負わせた様子も出血もない。黒光りするウロコを震わせながら頭をぶんぶんと振るだけだ。

 しかし、チャンスである事には変わりない。追撃するようにゆんゆんの魔法攻撃がブラックドラゴンに炸裂した。

 

「“ライトニング・ストライク!”」

 

『ギッ……!』

 

「“インフェルノ!”」

 

『グラアアアアアアアアッ!』

 

 ブラックドラゴンの巨大な咆哮は洞窟内に響き渡る。奴はゆんゆんの魔法を受けて苦悶のうめき声を出していたが、やっぱり目立った外傷は見られない。うむ、これはもう詰みだ。

 

「ゆんゆん、やっぱ無理! 撤退だ!」

 

「でも……でも……エイミさんが……!」

 

「うるせぇ! 言う事聞けバカ! 死んだら終わりなんだよ!」

 

「い、いやっ……! 放してください……!」

 

 放せと言って放す奴はいない。俺はファイアドレイクにしがみつくゆんゆんを無理やり引きずり降ろす。

 

「よし、これで……!」

 

「カズマさん! 前です!」

 

「ひょっ?」

 

 ゆんゆんの声で前方に顔を向ける。そこには俺達の方へ一直線に向かう雷撃が見えた。あれか、ドラゴンの放つサンダーブレスって奴か。

 俺はその光景を見て死を悟った。そして、思わず目の前の温もりを抱きしめた時、俺達の前に立ちふさがる奴が現れた。緑の甲冑に大盾……どうやらふっ飛ばされたエイミさんが戻ってきたようだ。

 直後、ブラックドラゴンのサンダーブレスが炸裂する。漏れ出る衝撃は凄いものだが、死んではいない。どうやらエイミさんが何とか防ぎ切ってくれたようだ。

 

「くっ……待たせたな君たち……でも安心して欲しい! ドラゴン使いの本気って奴をお見せしよう!」

 

 そう言ったエイミさんの両隣に、ファイアドレイク達が颯爽と現れる。そして、彼女はファイアドレイク達の首に手を当てて、竜言語魔法と呼ばれる独自の補助魔法を唱え始めた。

 

「『速度増加』!『筋力増加』!『体力増加』!『魔法抵抗力増加』!」

 

「おおう、なんかスゲェ!」

 

 思わず感嘆の声を漏らす俺の前で彼女は補助魔法を唱え続ける。そして、魔法を受けたファイアドレイク達が紅いオーラに包まれた。

 分かりやすくパワーアップしていますという感じの光景は見ていて謎の安心感を呼び起こす。

 

『皮膚強度増加』!『感覚器増加』!『状態異常耐性増加』……いけっ! アンタたちの力をあの生意気なブラックドラゴンに見せてやりな!」

 

『『ギュッ!』』

 

エイミさんの声援に、ファイアドレイクは任せろとばかりに鳴いてから、とてつもない速さでブラックドラゴンに向けて勇敢に走り出した。

 

 

 

 

 

 

「よし、後はあの子達に任せて逃げようか君たち!」

 

「さっすが姐さん! 話わかるぅ~!」

 

「ええっ!? 逃げるんですか!?」

 

 俺とエイミさんがさっさと空洞から抜け出そうとしたのに対して、ゆんゆんは杖を構えて戦おうとしていた。本当に紅魔族は好戦的で困る。

 

「ゆんゆん、逃げるぞ!」

 

「でもファイアドレイクさん達は、まだ必死に戦ってますよ! それにエイミさん! ドラゴン使いの本気を見せるじゃなかったんですか!?」

 

「ふむ、ゆんゆん。ドラゴン使いはいざとなったらドラゴンを使い捨てにして戦う事も可能なんだ。昔は本能解放でバーサクモードにしたドラゴンを戦地にポイしてきて……」

 

「そんな事が聞きたいんじゃありません!」

 

 何やらキレ気味のゆんゆんが俺の胸倉を掴んでくる。そして、涙目……いや……涙を流しながら訴えかけてきた。こういうのは勘弁して欲しい……女って卑怯だ……

 

「カズマさん、いつもみたいに卑怯な作戦で何とかしてください……!」

 

「いやいや、俺はいつも卑怯ってわけじゃないから! それに無理なものは無理だ……」

 

「その無理を通してください! カズマさんには必死に戦うあの子達の姿が見えないんですか!?」

 

 俺はゆんゆんによって無理やり顔を戦場へと向けさせられる。そこには、腕と尻尾を振り回して破壊を振り撒くブラックドラゴンと、その攻撃を避けては果敢に跳びかかって鉤爪を奴へ突き立てる二匹のファイアドレイクの姿があった。何だか、昔見た恐竜映画のワンシーンを見ているようだ。

 

「でも、ゆんゆんってアイツらの仲間一匹殺してるよな。アイツらもお前にそんな事言われてもって感じで……」

 

「……あぐっ!」

 

「あだだだだっ!? 分かった! 分かったから噛むなバカ!」

 

 そして結局、俺達はブラックドラゴンに立ち向かう事となった。パっと思いついた付け焼刃の作戦だが、駄々をこねるゆんゆんのためにもやるしかない。

 作戦の要はもちろんエイミさんだ。これは人間並みの知能を相手が持っている事を前提にした作戦だ。それに、奴を脅迫できるドラゴン使いがいなけりゃ、そもそもこの作戦は成り立たない。

 

「姐さん、ブラックドラゴンを屈服させるには俺達の言葉を理解させる事が必要不可欠です。奴に話しかける……脅す事は可能ですか?」

 

「もちろんだ。あたしはドラゴン使いだよ? それにあれほどの大きさのブラックドラゴンなら、人語を理解する知能と年月を歩んでいるはずだ」

 

「それならオッケーです! 奴を拘束したら今から言う脅し文句を言ってくださいね?」

 

 そうして俺が教え込んだ脅し文句に、エイミさんは引きつった表情を浮かべていた。次にファイアドレイク達の戦いをハラハラとした様子で見つめるゆんゆんに向き直る。コイツは実働部隊だ。

 

「ゆんゆん、あそこに一撃だぞ? 躊躇するなよ?」

 

「分かってますよ……」

 

「失敗したら即テレポートで逃げるからな。引き際を知るってのも冒険者にとって大切な事だ」

 

 不満そうながらもコクリと頷くゆんゆんの頭を撫でてから、俺は腰に付けていた虎の子、対巨大生物用の頑丈なロープを取り出した。

 

「じゃあ行くぞ! 拘束時間は数秒、良くて数十秒だ! 手早く頼むぞ!」

 

「はい!」

 

「あいよー!」

 

 そして、俺達はブラックドラゴンに向けて駆け出した。俺に出来る事は奴の動きを数秒止める事だけ。後は彼女たちに任せよう。

 それに、ファイアドレイク達が上手く立ち回っているおかげで奴はこちらに全く気を回していない。チャンスと言えばチャンスだ。

 

「特別サービスだ! 俺の全魔力の込めたやったぞ! 喰らいやがれ! “バインド!”」

 

『グルァッ!?』

 

 不意打ち気味に放ったバインドロープは無事ブラックドラゴンを拘束する事に成功した。簀巻きにされた奴は咆哮しながら、体をバタつかせる。ゆんゆんは、そんなブラックドラゴンの背後に回り、ライト・オブ・セイバーを発動して最大威力の一撃を叩き込んだ。

 

『グリェエエエエエエッ!?』

 

「お、効いてる効いてる……姐さん後は任せましたよ……」

 

「はいはいっと!」

 

 俺はもしもの時のために、ゆんゆんがいる後方へ下がる。拘束が解けたら即テレポートだ。そしてエイミさんは苦悶の声を上げるブラックドラゴンの首の上に颯爽と飛び乗って、手に持った槍を奴の眼前へ持って行った。

 

「おい、ブラックドラゴンさんよ。さっきはよくも攻撃してくれたな? 今ならあたしの下僕になるなら特別に許してやるよ!」

 

『グルルッ……!』

 

「おっと、動くと痛むだろう? 今、アンタのケツ穴にはぶっとい魔法剣が突き刺さってる。これがどういう事か分かるかい……?」

 

 エイミさんの声を聞いてブラックドラゴンは急に大人しくなった。そして、背後に回った俺は、ケツ穴に魔法剣をぶっさすゆんゆんの肩を叩く。これは“伸ばして捻れ”の合図だ。

 

 

 

それから、ブラックドラゴンの苦悶の咆哮が大空洞に響きわたった。

 

 

 

「あーあ、これでもう二度とウンコできないねぇ……」

 

『グッ……』

 

「それにあたしは知ってるよ? アンタはメスだ。穴はもう一つある。もしあたしとの契約を断るって言うなら……」

 

 

 

 

「一生子供の産めない体にしてやる」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「はっはっは! 上手く行ったなぁ!」

 

「うんうん、君は本当に凄いな! よっ、ドラゴンキャプチャー!」

 

「おう、もっと褒めろ褒めろ! っていうかその称号カッコ悪いな!?」

 

 俺はエイミさんとお互いの背をバンバン叩きながら作戦の成功をたたえ合う。目の前には項垂れたように地に伏すブラックドラゴンと、その周りを煽るように鳴きながら飛び跳ねるファイアドレイクの姿があった。

 ブラックドラゴンの額には謎のマーク、“契約の印”が刻まれていた。これでこのドラゴンは正式にエイミさんの下僕だ。

 たいして、ゆんゆんは困惑した表情を浮かべながら座り込んでいる。その腕の中には小さな漆黒の幼竜の姿があった。無論、この巨大ブラックドラゴンの子供だ。空洞の先にあった巣穴にいたのを引きずり出させてもらったのだ。

 

「カズマさん、本当にいいんですか……? この子、あのドラゴンの子供なんですよ……?」

 

「ゆんゆん、気にしたら負けだ。毛玉のためにはコイツが必要なんだよ」

 

「でも……」

 

 ギュっと幼竜を抱きしめるゆんゆんの傍に、エイミさんと項垂れた様子のブラックドラゴンが現れる。そして、彼女はゆんゆんに目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 

「ゆんゆん、このブラックドラゴンも言っている。“我は力あるものに従う。丁重に扱ってくれるなら我が子を預けても問題ない”だってさ」

 

「…………」

 

「それじゃあ帰ろうか! これでお互い目標達成だ!」

 

「ひゃっはー! せっかくですし街で一杯やりましょうぜ姐さん!」

 

「いいねいいねー! 打ち上げやっちゃおー!」

 

 こうしてドラゴン捕獲というおつかいクエストは終了となり、俺達はブラックドラゴンの背に乗って街の近くの帰還した。本当に便利な職業である。

 そして、エイミさんが街に竜舎がないからと、ドラゴン達を括り付けるために森の中へ消えた時、ゆんゆんが俺に向かって何故か期待の視線を向けてきた。

 

「どうしたゆんゆん……?」

 

「カズマさん、この子飼いませんか?」

 

「は?」

 

「は? じゃないです! この子……ドラゴンなんですよ……しかも黒……ブラック……ブラックドラゴンです!」

 

 わけが分からない事を言いながら、ゆんゆんが俺に抱き着いてきた。そして、キラキラとした視線をを俺に向ける。これは、媚びを売る時の目だ。

 

「漆黒の獣と漆黒のドラゴンを操りし者……! カ、カズマさん! カッコイイです! もう言葉で表現しきれないくらいカッコイイんです!」

 

「ゆんゆん……」

 

「これは、紅魔族だとかは関係ありません! 一般論です! この子とじゃりめを扱うカズマさんのカッコイイ所を私は見てみたいです!」

 

「うっ……!」

 

こう言われてしまうと、俺も弱い。それに強力なブラックドラゴンを飼う事は今後の冒険や生活でも悪くない気がしてきた。何より、俺の根底の部分にちょっとだけある厨二心を激しく刺激する。

 

「……お嬢様に渡すドラゴンはどうするんだ?」

 

「新たに捕まえましょう! この子はダメです!」

 

「……俺は世話なんてしないぞ?」

 

「私が全部やってみせます!」

 

 頑なな様子のゆんゆんに俺は根負けする。そして自分自身にため息を吐く。ちょっと彼女に甘すぎるかもしれない。まぁ……今回はいいか……

 俺はゆんゆんの腕の中でピーピーと鳴くブラックドラゴンの頭を撫でる。ウロコのおかげでスベスベとした感触は、ひんやりとして少し気持ちいい。

 

「まったく……」

 

 

しょうがねぇなぁ!

 

 

 と言おうとした時、森の中から断末魔とも取れる大きな咆哮が聞こえてきた。この咆哮は、先ほどの戦闘で嫌になるくらい聞いたブラックドラゴンのものだ。

 俺はゆんゆんに視線を移すと、彼女は無言で頷いた。もしかしたら、エイミさんに何かあったのかもしれない。俺達は急いで森の中へ駆け込んだ。

 数分程で現場に着いたのだが、そこで目にした光景に俺とゆんゆんは絶句する事になる。

 まず最初に目にしたのは、口から脳天にかけてを槍で貫かれて死んでいる巨大なブラックドラゴンの姿だ。そして、その死骸の上でエイミさんが笑顔で足をブラブラと揺らしていた。そんな彼女を見て、ファイアドレイク達は怯えたように身を寄せ合って震えている。

 

「姐さん……何やってるんすか……?」

 

「ごめん、こんな子を前にしてガマンが効かなかったんだよ……」

 

 そう言ってエイミさんはドラゴンの死体の上から飛び降りて、槍を引き抜く。赤黒い血が地面に向けて大量に噴き出し、あたり一面が血なまぐさくて凄惨な光景となってしまった。

 

「なんで、あたしが家を追い出されたか聞きたい?」

 

「聞きたくないッス!」

 

「あたしにはね、弟がいるんだけど凄い生意気な奴でね。ある日、腹いせとして弟を柱に縛り付けてやった。そして、アイツが小さい時から育てて大切にしていたドラゴンを殺して食ってやったんだよ。ギャーギャー泣き叫ぶ弟の前で食べるドラゴンの肉は本当に美味しかったよ……本当に……! おかげで弟は家出するわ、あたしは家から放逐されるわで苦労したんだ……」

 

「あ、はい」

 

 クスクスと笑いながら自分語りを始めたエイミさんに俺とゆんゆんは色々な意味でドン引きする。これはもう飲みに行く予定は取りやめて、さっさと縁を切った方がいいかもしれない。

 

「せっかくだしカズマ君もドラゴン肉食べよ? 存在自体が魔力の塊みたいな上にレアな上位竜であるブラックドラゴンのお肉なんてもう一生食べられないよ? ね? 食べよう?」

 

「ちょっ……俺は遠慮しておきますって……!」

 

「いいから、いいから!」

 

 俺はゆんゆんに助けを求めるような視線を送ったが、彼女は幼竜を抱きしめて地面にへたりこんでいた。どうやら、あまりの展開に腰を抜かしてしまったようだ。もちろん、俺も謎の脱力感に襲われ、エイミさんにされるがままに体を引きずられた。

 そして、彼女は俺の目の前でナイフを取り出し、ドラゴンの首部分の肉をそぎ落とす。赤々とした肉はグロテスクさを感じさせ、俺の食欲が減衰させた。

 だというのに、彼女はそれを生で口に放り込んだ。くちゃくちゃという咀嚼音と赤い血を口から滴らせる彼女は見ていて嫌悪感すら覚える。

 

「ああ……凄い美味しい……感動的だよ……ブラックドラゴン最高……!」

 

「そうっスか! 満足したようですし、俺達はこれで!」

 

「遠慮しないで……えいっ!」

 

「おふぁっ!?」

 

 エイミさんが俺の口の中に何かをねじ込んできた。もしかしなくてもドラゴン肉である。

 口の中に広がる鉄分がとても気持ち……悪くない。むしろ、魔力を多量に含んだ鉄味は諸事情によって食べなれたものでもあるため、非常に美味しく感じられた。

 こうなると、ちょっと味が気になる。なんだか寄生虫がいそうで肉の生食は嫌なのだが、男は度胸! なんでも挑戦してみるもので……!

 

 

 

 

 

「うめえええええええええええっ!? なにこれえええええっ!?」

 

「でしょ!? 美味しいでしょ!?」

 

「いや、マジで上手いぞこれ!? 10点中10点を美食家を自称する俺がつけちゃいますよ!」

 

「うん、君の舌は確かだ! あたしもこれほど美味しいドラゴン肉は初めて食べたよ!」

 

 残念ながら、というべきだろうか。ドラゴン肉は非常にというか、今まで食べたあらゆる食べ物より美味しく感じられた。

 先ほどまではエイミさんの奇行にドン引きしていたが、これほど美味しい肉が食べられるのならドラゴンを我慢できずに殺したことが、しょうがない事に思えるようになってしまった。

 この肉はおすそ分けしてもらおう。お土産で渡したらアクアもエリス様も大喜びするに違いない。

 

「ねぇカズマ君! これから焼肉パーティしようよ!」

 

「是非参加させてください!」

 

「やった! それじゃあバインドでお肉吊るしてくれるかい? 血抜きも出来たみたいだし、さっさと解体するからさ!」

 

「了解ッス!」

 

 それからは、エイミさんと歓談を楽しみながらの焼肉パーティとなった。彼女は手早く解体すると、肉の一部をファイアドレイク達に放り投げた。ファイアドレイク達は、最初は困惑していたが今は狂ったように肉に食らいついている。どうやら、奴らにとってもご馳走なようだ。

 

「姐さん、ファイアドレイクって美味しいんですか?」

 

「いいや、昔食べたけどそこらのトカゲよりマズイよ。でも、あの子達は本当に便利だね。ゲロマズだからお腹空いても食べる気にならないし……今後はあの子達をパートナーにしようかな……」

 

 そう言って彼女は口から火を吹いて焚火の火力をアップさせた。確かにアイツらはドラゴン使いが使役すれば十分強い。

 ブラックドラゴンはそれよりはるかに強いが、正直言ってあれほどの巨体は邪魔だし、日常生活や冒険者にとってはオーバースペックな気がしないでもない。

 

「おっと、串焼きの第二陣が焼けたよ。ねぇ、せっかくだからゆんゆんを呼んできたら?」

 

「分かってます……串焼き貰いますね……」

 

「期待してるよ。あと、あたしはパパっと街に行ってお酒を買ってくる。少しの間ここを頼むよ」

 

 俺はファイアドレイクに騎乗して街に向かう彼女を見送ってから、串焼きを手に持ってへたり込むゆんゆんのもとに向かった。

 ゆんゆんは虚ろな目をしてこちらを見てくる。それほどショックだったのだろうか。俺は彼女の前にしゃがみこみ、串焼きを差し出した。

 

「ほら、ゆんゆん。食べてみな?」

 

「いらないです……」

 

「本当に美味しいぞ? これ食べなきゃ後悔するぞー?」

 

「食欲がないんです……あっち行ってください……」

 

 明確な拒絶な言葉に俺も気落ちする。もう起きてしまった事は覆せない。こうなったらあのドラゴンを美味しく頂いてしまうのが、せめてのも手向けになるのだが……

 

「お、子供ドラゴンがクンクン鼻を鳴らしてるぞ? 食うか?」

 

「や、やめてくださいカズマさん!? 親の肉食べさせるなんて、どんだけ鬼畜なんですか!」

 

「ああ、そういう他意はなくてだな……純粋に美味しくて……」

 

「カズマさんなんて嫌いです!」

 

 ぷいっと顔を反らすゆんゆんは正に取りつく島もないといった感じだ。俺は仕方なく串焼きを自分の口に運んだ。うん、美味しい……

 

「ああっくそっ! うめえええええええなあああああああああっ!」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 私が寝転がる草むらの近くから、カズマさんとエイミさんの楽しそうな話声が聞こえてくる。そして、時節聞こえてくるファイアドレイク達の歓喜の鳴き声が私の心を激しく揺さぶった。

 

「私も混ざりたいな……」

 

『ピィ……?』

 

「あ、ごめんね……そんな事思ってないよ……! うん、思ってない!」

 

『ピッ!』

 

 腕の中で小さな鳴き声を上げる幼竜を優しく抱きしめる。この子はおそらく何が起こっているかも理解していない。自分の親が食べられているなんて想像もできないだろう。本当にエイミさんは……カズマさんは最低だ。

 でも、楽しそうに会話するカズマさん達が気になってしょうがない。どうやらちょっと前からお酒が入っているらしく、非常に楽しそうな声は私に少しの不安を募らせる。

 こんなぽっと出の女が私のカズマさんに粉をかけるような事はあってはならない。だから私がきちんと監視しなくてはいけないと思い、耳を澄ませる。そうすると、カズマさん達の声がはっきりと聞こえ始めた。

 

『うへへへっ! 姐さんって良い太ももしてますねぇ! 舐めていいですか?』

 

『おっと、カズマ君。下ネタに走るなんて酒の飲みすぎだな。でも、あたしに興味あるってなら宿にでも行っちゃうかい?』

 

 そんな会話を聞いて、思わず手の中のドラゴンを締め付けるように抱きしめてしまう。カズマさんは本当に最低だ。太ももくらい、私がいつでも舐めさせてあげるのに……

 

『マジっすか!? でも、ゆんゆんに殺されるんで流石に誘いに乗れませんよ……』

 

『賢明な判断だ。あたしも馬に蹴られたくないしね……うっく……ちょっと吐きそう……!』

 

『ここで吐くのは勘弁してくださいよ!? ほら、あっちいけ! しっし!』

 

『君って冷たいねぇ……ここはあたしを暗がりに連れ込んで……おぼろおおおおおおっ!?』

 

『うわ、きったねぇ!? “クリエイト・ウォーター!”』

 

 ギャーギャーと騒ぐカズマさん達の声を聞いて私はひとまず安心する。どうやら、カズマさんにもちょっとは自制心があるようだ。でも、ガマンさせたら彼は爆発する。だから、今夜はしっかり発散させてあげよう。

 カズマさんが好きな口でやってあげようか……それとも久しぶりに後ろでやってもいいかもしれない……でもやっぱり私も気持ちよくなりたくて……

 

 そうやって悶々とした気分で草むらの中をゴロゴロしているうちに、彼らの声がボソボソとした小声になった。すこーし気になった私は、這いずるようにしてこっそり近づいた。

 

『ねぇ、このドラゴン肉より美味しいお肉の話について聞きたくないかい?』

 

『めっちゃ、興味あります!』

 

『そう、なら特別に教えてあげる。実は生まれたてのドラゴンは肉が柔らかくてとっても美味しいんだ。それに、卵の時に親から注がれた魔力をたっぷりと内包している生まれたては本当にジューシーでほっぺたがとろけ落ちる事間違いなしだよ……!』

 

『マジですか……!? でも、子供のドラゴンなんて簡単には……あっ……!』

 

 その瞬間、私がいる方向に嫌な視線が注がれた。そして、二人がゆらりと立ち上がる姿が見えた。もちろん、彼らの狙いは……!

 

「に、にげなきゃっ!」

 

 私は立ち上がろうとしたが、腰が得体もしれない恐怖でガクガクと震えて思ったように動かない。でも、早く逃げなきゃいけない! 私は芋虫のように這いずって逃げようとした。しかし、もう遅すぎたようだ。

 私の前にカズマさんが立ちふさがっている。飲酒が原因だろうか、彼は顔を真っ赤に染め、目はグルグルとして光を失っていた。そして、溢れるような欲望の気配を感じ取る。これは性欲じゃない……食欲だ!

 

「ゆんゆん、そいつを飼うのは中止だ。親を食ってしまった以上、そいつは自然に帰すべきだ。そうすれば自然の調和が保たれる」

 

「わけが分かりません……あなたは何を言っているんですか……? 本当にやめてください……もう名前だって決めてるんです! “ちゃりこ”って言うんです! とっても賢くて可愛い名前で……」

 

「大丈夫だ。俺を信じろ」

 

「信じられません!」

 

 私は腕の中のぬくもりを守るために亀のように丸くなる。もし、カズマさんの手にこの子が渡ったら、この子は……ちゃりこは……私のブラックドラゴンが……!

 

 

 

 

「“スティール”」

 

「あっ……」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ! 食べたあああああああーっ! かじゅ……かずまさんがちゃりこを食べたあああああっ!」

 

「悪酔いしてたんだ! 本当に悪かったって! な? だからいい加減泣き止めよ……ていうか変な名前までつけて……いだっ!? 蹴るなバカ!」

 

「バカはカズマさんです! 嫌いです……もう大っ嫌いです……!」

 

「まったく……」

 

 俺は不貞腐れて布団の中にもぐりこむゆんゆんに嘆息する。“非常に美味しい肉”を食べた後、臨時パーティは解散となった。エイミさんは良い笑顔で肉をファイアドレイクに積み込み、今度は人化しているドラゴンを食ってやるという謎の発言を残して俺達の前から消えた。

 俺はアレ以降気絶したゆんゆんを宿に運び込んで、先ほどま仮眠を取っていたのだ。起きた時のゆんゆんの暴れようは本当に凄まじかった。これでもかなり落ち着いた方なのだ。

 

「ゆんゆん、悪かった……! だから、今日は俺が奉仕してすべてを忘れさせてやる……!」

 

「忘れません……嫌いです……カズマさんは本当に最低な人です……あっ……ひゃぅっ!?」

 

 結局、ゆんゆんの許しを得るのにかなりの時間がかかった。何というか、舌がピリピリする。

 そして、寝物語に聞いた話によると、あの幼竜とは会って数時間も立っていないので可哀相だとは思ったが、それほど悲しくはないらしい。むしろ、ブラックドラゴンというステータスを失ったことの方が心理的に堪えたらしく、そんな自分にも嫌気がさしたとか。

 

 割とお前もヒドイな、と言ったらゆんゆんにアソコを噛まれてのたうち回る事になった。また、今度こんな事をしたら本当に嫌いになりますと釘を刺された。

 

肝に銘じておこう……

 

 

 

 

 

 翌朝、俺は現実に直面する事になる。ドラゴンは手元になく、エイミさんもいない。再び森の中に潜ってドラゴン捕獲など俺の気力が持たない。本当にどうしたらいいだろうか……

 

「んっ……おはようございますカズマさん」

 

「うーいおはよう」

 

「……朝から何を作っているんですか?」

 

 ベッドの中から這い出てきたゆんゆんが、不機嫌そうに俺の手元を見てきた。朝だからというのもあるが、まだ不機嫌モードが続いているようだ。

 

「ん、これか? これはせめてのも供養として、ちゃりこの骨格標本を……」

 

「ああああああああああああっ!」

 

「ああっ!? 俺の二時間の苦労が!? も、ものに当たるのはいくない!」

 

「こんなものっ! こんなものっ!」

 

 杖でテーブルをバンバン叩いて骨粉を生成するゆんゆんを見ながら、俺はベッドに身を投げ出す。そして深呼吸をして身を落ち着かせる。こういう時こそ、俺らしくいこう。

 

 

 その後、暴れるゆんゆんを何とか宥めて椅子に座らせ、仏頂面を続ける彼女の前にとあるアイテムを取り出した。

 

「カズマさん、これは?」

 

「ブラックドラゴンの卵だ」

 

「絶対にこれ黒く塗った鶏の卵ですよね……?」

 

「いや、朝に買い出しに行った市場にいたおっちゃんが、ドラゴンの卵っって言いながら売っていたんだよ100エリスで」

 

「それって絶対偽物ですよね!? カズマさんって本当はバカなんですか!?」

 

 そんな事を言われてもこれが今取れる最善の手法だ。もう、ドラゴンとの対峙なんてしたくない。

 それに世の中にはこれでだませる奴もいるのだ。アクアとかアクアとか……あとアクアとか……

 

「ゆんゆん、あのお嬢様はまだ子供だ。言い方を変えれば世間知らずのガキだ。社会の厳しさを見せつけてやろうぜ」

 

「ええ……」

 

「安心しろ。バレたら諦める。そして、リックスター家の本家に行こう。聞くところによるとダクネスみたいに評判の良い貴族みたいだ。きちんと事情を話せばスキルも教えて貰えるさ。というか、臆せずに最初から本家に行けば良かったかもな。貧乏人の方が欲深いってこともあるし……」

 

「それ言っちゃいますか……」

 

 俺はゆんゆんと共にベッドに倒れ込む。そして寝転がりながら口裏合わせを行った。彼女も俺と詐欺の話を真面目にするくらいは染まってきている事を思い知った。

 

 

 そして向かうはお嬢様の屋敷。再び老執事に案内され、この前と同じ広間に通された。そこには、優雅に椅子に座るお嬢様と、足元でゴロ寝している毛玉がいた。毛玉は俺達が現れた途端、耳をピンと立てて飛び起き、ゆんゆんの方へ駆け寄って行った。

 

「じゃりめ、いい子にしてた?」

 

「にゃう!」

 

「ふふっ、そうなの。やっぱりあなたはいい子ね……」

 

 それから毛玉とにゃーにゃーと猫語で会話し始めたゆんゆんを放置し、俺はお嬢様に向き直って跪いた。

 

「お嬢様、ドラゴンの卵を持って参りました」

 

「ほう、出来れば成竜が良かったのじゃが、一から育てるというのも良いものじゃしな」

 

 朗らかに笑うお嬢様を騙す事に若干の罪悪感を覚えながらも、彼女の手のひらに卵を手渡した。お嬢様は最初は興味深そうに卵を観察していたが、だんだんと目つきが鋭くなり、胡乱気に俺の事を見つめてきた。

 

「これ、本当にドラゴンの卵なのかのう? どうみても鶏の……」

 

「えっ? お嬢様ってお貴族様なのにドラゴンの卵見たことないんですか!? おっかしいなー! もしかして、お嬢様ってとっても貧し……」

 

「ば、ばかもの! ドラゴンの卵くらい見た事あるのじゃ! うん、これはよいものじゃ!」

 

「流石、お嬢様! これは希少なブラックドラゴンの卵ですよ! でも、人口孵化はとても難しいので様々な下準備が必要らしいです。まずは100度のお湯に15分つけて頂いて……あ、ちなみに孵化の失敗については責任を負いかねますのでご容赦を……」

 

 俺の出任せを、お嬢様は熱心に聞いてメモを取っていた。やはり、ガキは……貴族は騙しやすい……なんて思ってない!

 また、彼女に贈り物があると言ってドラゴン肉の燻製を渡す。燻製を手渡されて微妙な顔をしていた彼女だが、肉を口にしてから機嫌がとても良くなり、無事魔獣使いスキルを教えてもらえる事となった。任務完了である。

 

「それじゃあ、カズマ。わしのスキルを覚えていくがよい」

 

「お願いしまーす!」

 

「うむ、きちんと見ておくのだぞ! サモン、パスカル!」

 

 ドヤ顔でそう唱えた瞬間、お嬢様の背後に広がる黒い影が歪むようにして床に広がった。

 そして、その陰から凶悪な魔獣が召喚され……されない……? 透明な魔物……なんて聞いた事がない。これは一体どういう事だろうか。

 

「どうじゃ! わしのパスカルは地獄の猟犬っていう種の魔獣でな! 獰猛ながらも、どこか知的な顔をしておるじゃろう? それに普段はとても大人しくて良い子なのじゃ!」

 

「…………」

 

「カズマさん、これって……」

 

 黙り込む俺をゆんゆんが困惑の表情で見つめてきた。俺は無言で冒険者カードを取り出して確認する。そこには、魔獣使いのマスタリースキルと影に魔獣を潜ませるためのスキルが表示されていた。習得出来るならば問題ない。

 俺はお嬢様の足元に広がる影に座り込み、何もいない所……いやパスカルという魔獣がいると思われる個所に撫でるように手を這わした。そして、ゆんゆんにも合わせろという目線を送った。

 

「あ……あーめっちゃカッコイイですねこの子! いやー魔獣使いって凄いなー!」

 

「えっと……そうですねカズマさん! パスカルって言うんですか? 可愛い名前ですね!」

 

「そうじゃろう! そうじゃろう! わしが寂しくて泣いていた時、突然現れてのう。それ以来わしの相棒なんじゃ!」

 

 ニコニコとした笑顔を浮かべながら同意を求めるお嬢様に、俺とゆんゆんは苦笑いで応えた。

 

「でも、貴様が撫でている所にパスカルはいないぞ? もうちょっと右じゃ!」

 

「ひょっ!? あーすばしっこい奴で、ついつい手が滑っちゃいましたよ!」

 

 笑顔ながらも、少し訝しむような目つきになったお嬢様を見て、俺の額に嫌な汗が流れるのを感じる。もう、さっさと工作してお暇しよう。

 

「ゆんゆん、しばらくお嬢様の相手を頼むぞ」

 

「えぇっ!? ちょっと……!」

 

「なぁゆんゆん、わしのパスカルは魔王軍相手でも戦えるかのう?」

 

「うぇっ!? えと……その……!」

 

 ゆんゆんを放置して、俺はこちらを見つめ続けていた老執事に向き直り、広間の隅に連れていく。そして、彼の前に金の入ったアタッシュケースを見せつけながら小声で話しかけた。

 

「爺さん、あの卵の事はお嬢様に内緒にしておいてくれませんかね……」

 

「やはり騙していたのですか?」

 

「いえ、本当に俺達はあのスキルが必要なんですよ。分かって貰えませんか」

 

「…………」

 

 押し黙る老執事を見て俺は内心ガッツポーズを作る。即座に断らない時点で迷っていると言っているようなものだ。

 

「少し聞きたいのですが、お嬢様はいつからあんな風に……?」

 

「それは……ううっ……お嬢様は数年前ご両親と愛犬を亡くされてから……あんな…あんな……」

 

「泣き止んでください。お嬢様にはこのお金で美味しいごはんでも食べさせてあげてください。卵焼きとかオススメですよ」

 

「すいませんお嬢様……欲深い私をお許しください……!」

 

 床に崩れ落ちる老執事の背中をポンポンと叩き、彼のポケットにも金をねじ込んだ。これで後顧の憂いはない。後はボロが出ないうちにアクセルに帰れば……!

 

 

「きゃあああああああっ!? カズマさん助けてえええええええっ!」

 

 

 突然広間に響いた悲鳴に驚く。そして、悲鳴の主であるゆんゆんの方を見ると、何やら不可思議な事が起こっていた。彼女は毛玉を抱きながら床を何者かに引きずられるように一人で転げまわっている。

 しかし、彼女が助けを求めている事は確かだ。俺は急いでゆんゆんを抱き起す。その瞬間、ゆんゆんのスカートが破れるように引き裂かれた。どうやら、何かがスカートに噛み付いていたらしい。

 

「お嬢様、これは……?」

 

「うむ、珍しく、パスカルが興奮しておるな。なになに……昔主人の命令で狩りまくった人間と同じ匂い……見栄っ張りと強欲と嘘つきの匂いがするじゃって……」

 

「え……マジで魔獣がここにいるの……?」

 

「当り前じゃ。まぁ、パスカルはわし以外の人間には見えにくいそうじゃが……」

 

「…………」

 

俺は無言でゆんゆんを抱きしめる。その瞬間、広間の窓すべてが突然割れた。そして、俺達の周囲に多数の犬のうなり声と、四足歩行の何かが歩きまわる音、ハァハァという動物の息遣いが聞こえ始めた。何かは分からない。でも、透明な何かが俺達を取り囲んでいた。

 

「まずいのう……パスカルが仲間を呼びおった……わしが制御できるのはパスカルだけじゃぞ……」

 

「お嬢様、パスカルさんは何がしたいんだ……?」

 

「ふむ……主人を騙す人間は許さない……オレサマオマエマルカジリ……じゃって。貴様、もしかしてわしを騙して……」

 

「そんな事ないっすよ! いやーでも、お嬢様の魔獣とは縁がなかったようですね! じゃあ、俺達はこれで! “テレポート!”」

 

 

 

 

 

 テレポートの魔法は無事成功した。景色が得体の知れない広間から見慣れたアクセルの街に変わったのを見て、俺達は安心して地面にへたれこむ。

 

「カズマさん! さっきの何だったんですか!?」

 

「知らねーよ! でも、これで大丈夫なはずだ!」

 

 俺は怯えて泣きそうなゆんゆんを抱きしめる。そうして、しばらく無事を確かめ合っていた時、突然毛玉がゆんゆんの腕から抜け出し、毛を逆立たせてゆんゆんの前に座り込んだ。

 

「にゃるるるるっ!」

 

「どうしたの、じゃりめ?」

 

「また威嚇か? よし覚えたてのスキルでええええええええええっ……!?」

 

 調教してやる! と言おうとした時、ケツを何かに噛まれ、尋常じゃないくらいの力で引っ張られて地面を引きずり回された。そして、同時に体中を見えない何かに引っ掻かれる。必死に抵抗しようと体をバタつかせるが、見えないものに対して有効な手はない。

 

「カ、カズマさーん!」

 

 遠くから、ゆんゆんの悲鳴が聞こえてくる。しかし、それに応える前に俺は路地裏に引きずり込まれる。そして、周囲からは多数の犬のうなり声とハァハァとした獣の息遣いが聞こえた。

 

 

ああ……これはもうダメだ……

 

 

 

 

 

「助けてエリスさまああああああああああっ!」

 

「はいはい、エリス様ですよ!」

 

「なんかこっちから邪悪な気配感じるんですけど……ってカズマじゃない! どうしたの?」

 

 

 結局、俺は即座に降臨したエリス様と、ほぼ同時に俺の元へ駆けつけたアクアに助け出された。

 透明の魔獣……地獄の猟犬は彼女達が追い払ってくれたようだ。そして、泣きながら路地裏に駆け込んでくるゆんゆんを見て反省した。

 

 

詐欺はもう絶対にしないと……

 

 

 

 




安易にどらごんたらしネタやろうと考えていたら、そもそも世界観が違うのでラミレス達は出せない。結果オリキャラ祭りに……


エイミさん:オリキャラ、名前などの元ネタは安定のヴァルキリープロファイル

地獄の猟犬:元ネタはスーパーナチュラル。悪魔が契約した人間の魂を狩る時に使役する犬。その姿は天使と悪魔、特殊な人間にしか見えない。エリス様が最近飼い始めたとか何とか……

次回はめぐみんのターン


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めぐみんの決心

 

折れた……折れてしまった……

 

 

「剣が……! 私の剣が……! カズマの……私の……剣が……!」

 

 折れてしまった。カズマに貰った大事な剣がポッキリと折れてしまった。彼がちゅんちゅん丸を使い始める前、この剣は彼が握っていた。

 私は知っている。カズマは私になんだかんだ文句を言うが、彼も紅魔族的センスを持っている人だ。

 この剣を握って必殺技の練習をしているのを、アクアとダクネスと一緒に物影から笑いながら見守っていた。あの騒がしくて楽しい日々が、今となってはとても懐かしい。

 

「うっ……ぐすっ……折れた……折れてしまいました……!」

 

 この剣を引き継いだ時、状況はすでに最悪だった。カズマはゆんゆんと婚約状態、彼はどこか私によそよそしい。

 でも私は諦めなかった。彼の心を私たちに戻すために、スキンシップしたり……浮気調査をしたり……手料理だって頑張った。

 その時、私と共にあったこの剣はとても大切なもの、宝物だった。この剣からはカズマを強く感じられる。だから寝る時も一緒、恥ずかしい事だが自慰だってしてしまった。

 そして、私の“愛”を伝えるためにもとても役立った。本当に……本当に大切な宝物だった。

 

 折れてしまった刀身を私はギュッと握る。手のひらから私の両目より熱い液体が流れ出るのを感じ取った。痛くはない。でも気持ちよくもない。感じない……何も感じない……!

 

「なんで……どうして……私の……どうしてこんな……」

 

折れてしまった私の剣を抱きしめる。そしていくらか落ち着いた時、ある考えがうかんだ。ああ、そうだ。こんな所でみじめに泣きじゃくっても意味はない。剣が折れてしまったなら元に戻せばいいんだ。

 

 

「カズマ……私の剣を直してください……折れちゃったんです……」

 

 

 しかし、私の声に彼は答えてくれない。いつも私の傍にいて、しょうがねえなぁの一言で私のお願いをかなえてくれるカズマがいない。

 だから、私はカズマの姿を必死に探した。そして、見つけた。屋敷の正門の近くで、カズマは私から背を向けている。

 そんな彼の傍に、あの女が寄り添った。それからカズマ達はゆっくりと歩き出す。私たちを置いてどこに行くというのだろうか?

 

「待って……かずま……待って……! お願いです……私の剣を直してください……!」

 

 でも、彼の歩みは止まらない。私がこんなにお願いしているのに……泣いているのに……立ち止まってくれない……振り返ってもくれない……!

 

「まって……まってください……謝りますから……私が悪いってわかってます……ごめんなさい……だからまって……まって……戻って……!」

 

 屋敷から離れるカズマの背中を私はみじめに、無様に……芋虫のように這いずって追いかけた。でも届かない……追いつけない……!

 

「嘘でしょうカズマ……? 冗談ですよね……待って……私を置いていかないで……捨てないでください……!」

 

 私の周囲から、アクアとダクネスの声がする。必死な表情で私に何か呼びかけていた。でも、欲しいのはカズマの言葉だ。彼女達ではない。

 

 

 

そんな時、振り向いたのだ。

 

 

あの女が……ゆんゆんが。カズマじゃない。

 

 

 振り返ったゆんゆんは満面の笑みを浮かべながら、私をじっと見つめる。そして、その口元をゆっくりと動かした。もちろん、声は聞こえない。

 

 

でも、理解した。彼女は私に……!

 

 

 

 

 

 

「う……あっ……あぅ……うぅ……んくっ……!」

 

「めぐみん落ち着け! 私が傍にいる! 落ち着いて……冷静に……!」

 

「うぷっ……うっ……うええええええっ!」

 

「めぐみん!」

 

気持ち悪い……吐きそうだ…… 

 

 いや、もう吐いている。私の汚くて臭い吐瀉物がダクネスにふりかかっている。周囲に広がる酸っぱい匂いは私に更なる吐き気を呼び起こした。

 それなのに、ダクネスはそんな事も気にも止めず、私の口元をハンカチで拭っていた。こんな状況なのに私の心配をするなんて凄いと思う。本当に凄い……

 

「ダクネス……お願いです……」

 

「どうした……? 水が欲しいのか……それとも……」

 

 

 

 

「カズマを連れ戻してください」

 

「え……?」

 

「私はもう体が動きません……だからダクネスがカズマを追いかけてください……」

 

「う……あっ……うぅ……それは……!」

 

 

 ダクネスが少しずつ私から後ずさる。そして、尻餅をつくように倒れ込んだ。彼女の顔は絶望と悲しみに染まっている。急にどうしたと言うのだろうか。

 

「無理だ……私には無理だ……! 私だって……私だって……!」

 

「ダクネス……?」

 

「私には……私には……うぅ……うっ……うぁ……!」

 

 そして、ダクネスも自らの汚いものを吐き出した。地面に広がる吐瀉物と匂いで再び気持ち悪くなる。なるほど。ダクネスは凄くなんかない。私と何も変わらない。彼女も……彼女だって……!

 

 

 そんな時、地面に転がる私を優しく抱き起してくれた人物がいた。カズマ……ではない。心配気にこちらを見るのはアクアだった。

 

「大丈夫めぐみん?」

 

「アクア……?」

 

「何も言わなくていい。今はゆっくり休みなさい。エリス、アンタはダクネスを頼んだわよ」

 

「分かっていますよアクア先輩。ほら暴れないで……? ダクネス……あなたも疲れてるでしょう……?」

 

エリスがダクネスを抱きしめる。ダクネスは必死に抵抗していたが、最後にはエリスの胸の中で肩を震わせていた。

 

「めぐみん、私達も屋敷に帰りましょう?」

 

「でもカズマが……カズマが……!」

 

「いいのよめぐみん。あなたは十分頑張った。だから、少し休憩しましょう」

 

 アクアが私の事を抱きしめる。彼女の柔らかな感触と、安らぎを感じさせる匂いが私の中で渦巻く様々な思いを楽にしてくれる。なんだか、何もかもがどうでもよくなってきた。

 

 

私は手の中で二つになってしまった剣を強く握りしめる。

 

 

 

ああ……折れてしまった……ぽっきりと折れてしまった……

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

嫌な……とても嫌な夢を見た……

 

 私はその夢の中でカズマに縋り付き、泣きながら引き留めようとする。でも、カズマは私を振り払ってあの女……ゆんゆんの元へ行くのだ。そして、ゆんゆんは私に見せつけるようにカズマをギュッと抱きしめる。

 カズマの肩越しに見えるゆんゆんの表情は嘲笑と優越感に満たされた満面の笑みだ。私はそれが許せなくて、カズマにこちらに戻ってくるように懇願する。でも、カズマは振り返らない。彼はゆんゆんを更に抱きしめる事で私に応えた。

 

それを受けてゆんゆんの笑みが更に深くなる。そしてゆっくりと口を動かした。

 

 

『めぐみん、私の――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んぁ……くっ……!」

 

「めぐみん、起きなさいな! もうお昼よ! 早くしないと、せっかく作った私の自信作が冷めちゃうんですけど!」

 

「う……うぅ……カズマ……」

 

「起きなさい!」

 

「うぇあっ!? い、痛いじゃないですか! いきなり何をするんですかアクア!」

 

「アンタがとっとと起きないからよ!」

 

 痛む頭を押さえながら、私はベットからむくりと起き上がる。そして、横で椅子に腰かけていたアクアに抗議の声を上げる。しかし、彼女はそんな私の怒りを意に介さず、スプーンを私の口元へと突き出してきた。

 

「ほら、私特製のオムライスよ! ほら、あ~ん!」

 

「私は今物を食べる気分じゃないんです! 後にして……むふぁっ!?」

 

「ほら、その栗みたいな口をもっと大きく開けなさい。あと、もっと良く噛む!」

 

「ふぁふぃふるんふぇふか……んぐっ……まったくアクアは私の母親かなんかですか……」

 

「同じようなものよ。はい、口を開けて?」

 

「……んっ……!」

 

 それから、私はアクアにどんどんと食事を口に放り込まれた。吐き出すわけにも行かないため、私は素直に咀嚼する。む、今日のはカズマの作ったオムライスと変わらないくらい美味しいですね……

 

「はい、お粗末様でした。アンタも毎回文句言うけど、結局完食するわね」

 

「これはもはや私の癖なんです……食べる時に食べておかないと……それにアクアの作るご飯は美味しいですから……」

 

「あら、今日はやけに素直じゃない! そろそろ外に出る気になったの?」

 

「それは……」

 

 ニコニコとした顔のアクアから逃げるように私は布団をひっかぶる。そんな私の姿を見てアクアがため息をつく音が聞こえた。

 

「めぐみん、あれから3か月よ? そろそろ心の整理はついたんじゃない?」

 

「うるさいです……」

 

「ヒキニートが出て行ったと思ったら、新たにヒキニートが出現するって変な話よね」

 

「だからうるさいですアクア!」

 

 少し語気を荒げた私に対して、アクアはふーっと息をつく事で答えた。またため息をついているのだろうか……

 

「まぁ、私も今日は暇だし、めぐみんの気が変わるまで一緒にいてあげるわ」

 

「いりません……」

 

「はいはい」

 

 呆れるようなアクアの声が布団越しに聞こえた。そして、私は布団の中で丸くなってこの数か月間の事を思い返していた。

 

 あのカズマとの別れの後、私は部屋に引きこもるようになった。今となっても、受け入れられない事だが、カズマが自分の意志で私たちの元を離れたのだ。もちろん、私は荒れた。カズマに嫌われた……捨てられた……見捨てられた……!

 その事が嫌で嫌で、私は自分の記憶が途切れ途切れになるほど暴れた。ともかく、意識がはっきりするようになった時には、私の部屋はボロボロに荒れていた。

 それでも、私の腕に傷がなかった事を見て、無意識のうちにカズマのお願いを守っていた事に気づいた。それも嫌で、私はまた暴れた。

 

 そんな状態の私の傍にアクアはずっと一緒にいてくれた。私は彼女に何度も心無い暴言を浴びせたし、時には暴力の矛先が彼女に向かう事もあった。

 それでも、アクアは私の傍を離れない……離れてくれなかった。彼女は暴れる私を落ち着かせたり、食事を作ったり、時には私を無理やり風呂にぶち込んだりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれたのだ。

 だから、私はバカな事を出来なかったし、する事を何度も阻止された。カズマに捨てられた私に価値はない……消えてなくなりたい。そう思ったし、そうしたかったけどアクアがそれを許してくれない。

 そして、時が経つ事で私の心もいくらか落ち着いてきた。もちろん、ドロドロとした憎しみと悔しさと悲しみは消えてはいない。

 でも、時が経つ事で徐々にそれを受け入れていく自分の心に気付いた。私はそんな自分の心が怖くて怖くてたまらなかった。私はこれまでの事を受け入れたくないし、納得もしたくない。その時もアクアは私の傍にいた。

 もちろん、四六時中一緒にいるわけではない。アクアは頻繁に屋敷から消えるし、キッチンで一日中ゴソゴソやっている日もあったりした。でも、私が傍にいて欲しいと思った時、アクアはいつも傍にいてくれたのだ。

 

 

そして今も……

 

 

 私は布団から顔を出してアクアの様子をそっと伺った。彼女は椅子に座り、熱心に何かの雑誌を読んでいる。この数か月の間、アクアは私を見守りながらも、こうして雑誌を読んでいる事が多くなった。

 椅子の傍にには小さなテーブルがあり、そこにはアクアの読んだ雑誌がうず高く積んであった。私はそこに積まれた雑誌や本のタイトルを盗み見しました。

 

『料理のきほん練習帳』、『旦那が喜ぶ料理レシピ』、『ゼロから始めるメイド生活』、『私らしい最高の愛を見つけるシンデレラレッスン』、『もうペット枠なんて言わせない』 etc……

 

 なんだか、アクアが何を目指しているか分かりそうで微妙に分からないラインナップの本です。そして、彼女が今も熱心に読んでいる雑誌のタイトルを私はチラリと見ました。

 

「アクア、その“たまご倶楽部”って雑誌はどんな内容なんですか?」

 

「うぇ!? あ、起きたのめぐみん。これはねぇ……な、内緒よ!」

 

 そう言って、彼女は顔を真っ赤にしながら雑誌を後ろ手に隠した。それほど、イケナイ内容の雑誌なのだろうか。ちょっと気になります。私が彼女の雑誌を取り上げようと立ち上がった時、アクアが心配そうに私の事を見つめてきました。

 

「そんな事より、もういい加減お外に出ない? ダクネスだって最近は結構活発になったのよ? ちょっと前までアンタと変わりなかったけど、何かきっかけを掴めたのかもしれないわ」

 

「ダクネスが……そうですね。ちょっとだけ……ちょっとだけ外に出てみますか……」

 

「めぐみん……!」

 

 アクアが涙を流しながら私に抱き着いてきた。そして、背中を慈しむように優しく撫でてくる。なんだか気恥ずかしい。

 

「うう……めぐみんもやっと引きこもりを脱出するのね……!」

 

「だから、私は引きこもりじゃありません! 夜中に庭を散歩するくらいはします! それに、私はまだカズマの事を受け入れられないんです。だから……」

 

「ダクネスー! エリスー! めぐみんが外出るってー!」

 

「き、きいているのですかアクア!? 私は……もう知りません!」

 

 

 

 少しだけざわつき出した屋敷から逃げるように私は外に出た。窓越しではなく、直に浴びる強い日差しに私は目を細める。日中に外に出たのはいつぶりだろうか。

 

「うっぷ! なんだか吐きそうになってきました……うう……日差しは体によくありませんね……」

 

 ちょっとグロッキーな気分になってしまった体を鼓舞しつつ、私は水の入ったバケツを持って庭の一角に歩を進めました。目的の場所は庭の中でも一番大きな木の下にある小さなお墓です。

 私はそのお墓の前にしゃがみこみ、黙々と掃除を開始しました。いつもは真夜中にやっている日課を、日中にしている事に何とも言えない違和感を覚えました。

 しかし、周囲が明るいのは良いことです。真夜中にビクビクしながらこの日課をこなすのは大変でしたからね。

 

「ふぅ……これでいいですね……」

 

 額に浮かぶ汗を手で拭いながら、私は立ち上がります。ピカピカになった墓石が……というか毎日掃除するせいで若干表面がツルツルになった墓石が、最近の私の頑張りを証明しているようです。

 

「カズマ、私はこの罰をいつまで続ければいいのですか……?」

 

 もちろん、応えてくれる人はいません。私は気落ちした気分を振り払うように頭を振ってその場を後にしました。

 そして、私はリビングに足を運ぶ事にしました。最近はアクアが私のためにお菓子を作ってくれるのです。もしかしたら、もう出来ているかもしれない。そんないやしい思いを抱きながら、私は足を進めました。

 

 しかし、リビングにアクアの姿はありませんでした。むしろ何だかごちゃごちゃとしているリビングに私が驚く事になりました。

 ダイニングテーブルにはノートや写真、何かのグラフのようなものが置かれ、その傍でダクネスがうんうんと頭を悩ませています。そして、何故か隣には簀巻きにされたクリスの姿がありました。

 加えて、リビングの床には様々な豪華な衣装と宝飾品が散らばっていました。一体この部屋で何があったというのでしょうか。

 

「ダクネス、あなたは何をやっているのですか……?」

 

「ん、めぐみんか。さっきアクアが騒いでいたが、どうやら本当にヒキニートを脱出したようだな」

 

「だからヒキニートじゃありません! 夜中には外に出ていますし、お仕事は少し休んでいるだけです!」

 

「そうか。でも、それだけ話せるようになったなら十分だ。少し前のお前は何を言っても無反応だったからな……」

 

 ダクネスはそう言って朗らかに笑いかけてきた。少々バツの悪い私はついつい顔を俯かせますが、やはり部屋の惨状やテーブルの上のものが気になります。私はダクネスの対面の席へとつきました。

 

「ダクネス、これは何ですか……って見覚えがあるノートですね……」

 

「ああ、このバカから話は聞いている。これらはこのバカが保管していたカズマの行動記録……ストーカーをして手に入れた情報すべてだ」

 

「あのねぇダクネス。さっきからバカバカって何さ! ダクネスが見たいって言うから特別にあたしの大切な助手君の……痛い痛い痛いっ!? アイアンクローはやめてええええっ!」

 

「頼んでなどいない。押収しただけだ。まったく、お前という奴は……」

 

 ダクネスがクリスの頭を鷲掴みにして締め上げるのをチラ見しながら、私は手元にあったノートを手に取りました。日付は三か月ほど前のモノです。どうやら、あの会議の後もクリスはストーカーを続けていたようです。

 

「えーと、助手君がゆんゆんからドラゴンの子供を取り上げて食べてしまった。相変わらずの鬼畜だけど、そんな鬼畜な彼を見ていると何故か体がうずいてしまう。思いっきりあたしの事を殴って蹴って踏みつけて欲しい。そして、最後にギュっと抱きしめて欲しい……」

 

「めぐみんやめて! なんで朗読するのさ!? そのあたりの記録は私情がいっぱい入っていて……!」

 

「今日は助手君があたしに助けを求めてきてくれた。あたしは嬉しくなってついつい本体をすぐさま降臨させて彼を救った。助手君がピンチの時にあたしを頼ってくれるという事はとてもよい兆候だと思う。それに、泣きながらあたしに縋り付いてくる助手君はとっても可愛い。その顔に流れる涙を犬みたいに舐めとってあげたい。ああ、可愛い……愛してる愛してる愛してる! ついでに地獄の猟犬を数匹捕獲しておいた。将来、何かの役に……」

 

「ああああああああああああああああああっ! やめてやめてやめてええええええええっ!」

 

 私はうるさいクリスにノートを投げつけた。実にくだらない情報ばかりです。でも、カズマが私の知らない所でゆんゆんと生活を楽しんでいる事は分かった。それが何だかとてつもなく悔しく、悲しい事に感じられました。

 

「ダクネス、こんな薄気味悪いものを見て何をしているのですか?」

 

「そう言ってやるな。まぁ、私はこれらの情報からカズマの好みや傾向を調査しているだけだ。そうさな、この記録によると……この黒のスーツなんかがカズマのお気に入りだそうだ。おーえるって奴に似ていて性欲と郷愁を誘う事ができるらしい。それに、私の胸に対する恨み節や羨望の言葉がノート五冊分もあった。どうやら胸を強調する服装も良いらしいぞ?」

 

「別に恨んでも羨ましくも思ってないから! もうダクネスは……でも助手君の好みは……ああ……くそ……ほんとに……!」

 

 ぶつぶつと呟きだしたクリスを放置しながら、ダクネスは地面に散らばった服の中から何着かを手に取ってカズマの好みに対する説明を開始しました。

 ダクネスの目の中には強い光と闘志が宿っています。あんな事があったというのに、彼女はまだ諦めていないようです。

 

「というわけで、お洒落をする女の子を嫌いな男はいないって事だ。せっかくだし、めぐみんも選んだらどうだ? 地面に散らばっている服や宝石は好きに使っていい。それより、このバカが作ったコラムにあった“ゆんゆんから学ぶ! 助手君を落としたあざとい仕草講座!”を一緒に……」

 

 

 

「ダクネスは強いですね……」

 

 

 

 トゲのある言い方をしてしまった事に自分自身後悔する。しかし、ダクネスはそんな私を見て苦笑した。余裕を感じさせる彼女の姿に、何だか私の中にイライラとした気持ちが募ります。

 

「私は強くなんかないさ。ただ、お前よりちょっとだけ……いやなんでもない」

 

「ダクネスは本当に強い人です。私なんかとは違います……」

 

「まったく、お前という奴は……」

 

 そっぽを向く私の頭を、ダクネスは優しく撫でてくれました。これでは何だか私が嫌な女みたいではないですか。いや、実際そうなのでしょう。少しだけ反省します……

 

「いいさ、お前は私をどう思ってくれても構わない。でも、今は協力する時だ。めぐみんにもコイツを見て欲しいんだ」

 

「これは……さっきダクネスが頭を悩ませていた謎グラフですか」

 

 ダクネスが話題を切り替えるように私の前に模造紙を差し出した。そこには棒グラフと思わしき謎グラフが書かれていました。しかし、私にはそれが何のグラフかさっぱり分かりません。正に謎グラフといった所です。

 

 

―――――――――――――――――

エリス:319

クリス:175

アクア:3

めぐみん:132

ダクネス:165

ゆんゆん:62

その他:96

―――――――――――――――――

 

 

 

「ダクネス、これだけでは私も分かりませんよ。でも、クリスの書いたものですから、ろくでもないものに決まってます……」

 

「いや、グラフの正体は分かっている。これはカズマがサキュバスの風俗店を利用した際に、淫夢の中で誰が登場したかの回数をグラフ化したものだ」

 

「……!? 知っている前提で話されても困ります! 詳しく、そこの所詳しく説明お願いします!」

 

「ふむ、知らなかったのか。まずはサキュバスについてだが……」

 

 私はダクネスの説明を熱心に聞きました。彼女によると、この街にはサキュバスが経営する喫茶店。実質的には淫夢を見せてくれる風俗店が存在するらしい。夢の内容は男達がアンケートに書いたものを反映させる正に夢のシステムだそうだ。

 その説明とともに、ダクネスは一冊のノートが差し出してきた。そこにはアクセルの街の出生率、犯罪率、男性冒険者のレベルの平均などがまとめられていた。このクリスのノートによると、サキュバスの店が与える影響は必ずしも悪いものではないと結論づけられており、要観察と朱書きしてあった。

 そして、このグラフが表すものは単純に言うと、カズマが私たちを何回オナネタに使ったかというものでした。

 

「その事を頭に入れた上でグラフを見て欲しい。な、おかしいだろう?」

 

「なるほど、確かにダクネスが私より使われているのはおかしいですね……」

 

「バカかめぐみん。私の方がお前よりカズマ好みの体型をしてるから、全くおかしくは……あたたっ!? 抓るなバカもの!」

 

 ダクネスに頭をチョップされながらも、私は釈然としない思いを募らせます。カズマはやっぱりおっぱいなんですか……ちくしょう……私だっていずれ……いずれ……ううっ……!

 

「まぁ、私とめぐみんは同時出演が多いらしい。めぐみんと私の差は正直な所、誤差といったところだ。それより、問題はこのエリスとクリスだ」

 

「むぅ……おっぱいの事を考えると確かにおかしいです。私より絶壁のクリスがこんなに回数が多いなんて……」

 

「なにおう! あたしだってちゃんとあるから! 決して絶壁じゃないから! それにエリス様本体は君より大きいんだよ!」

 

 生意気な事を言いながら、簀巻きにされたクリスが尺取り虫のようにテーブルの上に這って現れました。そして、私はとある考えに至りました。このグラフの作成者はクリス……つまりは……

 

「ダクネス、これはクリスの見栄ではないでしょうか?」

 

「ふむ、確かにその可能性もあるな」

 

「違うから! 見栄じゃないから! そもそも、あたしに負けてるからグラフがおかしいって考え自体がおかしいよね。二人とも見苦しいよ? 助手君にとって一番魅力的なのはあたしとエリス様なんだからね!」

 

 そんな事をほざくクリスに殺意すらわいてきました。対面のダクネスも額に青筋を浮かべています。もう、ヤっちゃいましょうか。

 

「なんだか陰謀の匂いがします。試しにこのバカを吊るしてみましょうか」

 

「ふん、あたしは脅しや拷問には屈しないよ? まったく、これだから負け犬は……」

 

「いい考えだめぐみん。人間は長時間逆さ吊りにされると、そのうち目玉や臓物が喉を通って口から飛び出るらしい。ちょっとコイツで試してみるか」

 

「ず、ずいぶんと怖い話だねぇ。えと……流石に冗談だよねダクネス……?」

 

 簀巻きにされたクリスが冷や汗をかきながらダクネスを不安そうな目で見つめていた。そしてダクネスが私を見ながらコクリと頷きました。なるほどなるほど……

 

 

 

 

「「吊ーるーせ! 吊ーるーせ!!」」

 

「わああああああやめてええええっ! 話すからやめてえええええええええっ!」

 

 

 

 そして、逆さ吊りになったクリスから私たちは真相を知る事となった。どうやら、サキュバス達に対して、殺すのは見逃してやるから夢にエリスとクリスを登場させる回数を増やせと脅迫していたらしい。

 カズマの要望がハーレム系だった場合は必ずエリスとクリスを登場させ、私達の出番を削らせてまでカズマの夢にエリスを登場させていたそうだ。こんな所でカズマを誘惑していたとは、本当にせこい……というか呆れました。

 

「でも助手君は最近あの店使わないんだよね。うむむ、もう用済みだしサキュバス達を滅ぼそうかな……あの悪魔公爵はやっかいだけど……あっ……そういえば……あれを……」

 

「ダクネス、なんだか疲れました。部屋でひと眠りしますね」

 

「そうか。私はこのバカにもう少し事情を聞く。この『アクア:3回』は闇が深そうで気になってな」

 

 私は、そう言って再びクリスを逆さ吊りにするダクネスを見届けてリビングを後にしました。

 

 

「ダクネス、もう怒ったよ! 知っての通り、あたしの正体は女神エリス! 君の敬愛する女神様にこんな事をして許されると思っているの!?」

 

「ん、なんか言ったか?」

 

「だから、私は女神エリスです! もう、昔のあなたはもっと大人しくて純真で……あだだだだだっ!?」

 

「お前は女神エリスじゃない。私の親友のクリスだ。いいな?」

 

「分かった! 分かったからアイアンクローはやめてえええええええええっ!」

 

 

 

ダクネスも物好きな人ですね……

 

 

 

 そして、私が自室にある屋敷の二階にたどり着いた時、廊下から騒がしい声が聞こえてきました。なんだか頭が痛くなってきました。

 

「アクア先輩! なんでまた落書きしているんですか! そこの壁は昨日直したばっかの所じゃないですか!」

 

「うっさいわね。カズマはいないんだし、ちょっとくらい良いじゃない。それに今回は傑作よ! テーマはなんと“邪神エリス”! この漆黒の羽と邪悪な薄ら笑いを見なさいな! 本物そっくりでしょう?」

 

「なるほど……実は私も先輩に見せたいものがあるんです。ほらこちらの壁を……テーマは“愚かで馬鹿な糞女神アクア”です」

 

「あんたも落書きしてるじゃない!? というかこれが私!? 私はこんなにブサイクじゃないし、アホ面でもないわ!」

 

「……本物そっくりでしょう?」

 

「あ……あんたねぇええええええええええっ!」

 

 

ああ、頭が痛い……

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 私が眠りから覚めた時、窓の外は真っ暗になっていました。くーくーと鳴るお腹を押さえながら、リビングへと向かいます。

 そして、ダイニングテーブルの上に置いてあったキッチンパラソルをどかしました。そこには作り置きされた夕食とアクアの置手紙がありました。

 私はアクアの置手紙に書いてあった言葉、『冷めてたらチンして食べてね!』のチンとはなんだと考えながら、冷めた夕食をもそもそと食べました。

 夕食後、リビングのソファーで意味もなくゴロゴロした後、お風呂に入って再び自室へと戻りました。

 普段なら日課の墓掃除をやる時間帯ですが、それはもう日中に済ませています。暇を持て余した私は、久しぶりにあの場所に行く事にしました。

 

 

「ん……ちょっとだけカズマの匂いがします……」

 

 

 そんなアホな事を言いながら、私はベッドの上を転がりました。私が今いる場所はカズマの部屋です。彼は私物を全部ここに残してここを去りました。だから、ここは昔と変わっては……いや、残念ながら変化はありました。アクアの私物がちょこちょこ置かれていますし、彼が大切にしていたものの何個かは部屋から消えています。

 

「アクアはずるいです……」

 

 カズマがこの屋敷を去った後も、今までとほとんど変わらない付き合いをアクアはしています。おそらく、彼女がカズマの私物を持って行ってあげたのでしょう。それに、ベッドからはアクアの匂いもします。どうやら、私が塞ぎ込んでいる間に先を越されてしまったようです。

 

「カズマは今何をしているんですか……?」

 

 もちろん、答えてくれる人はいない。それが悲しくて苦しくて堪らなかった。もうカズマはここに帰ってくる事はない。そんな事は受け入られない。でも……

 

「カズマカズマ、私はアクアもダクネスも頭がおかしいと思うんです。あんな事があったのに、彼女達は諦めた様子がない。これってとてもおかしい事です。見苦しい……気色悪い……羨ましい……! なんであんなに強くいられるんでしょうか?」

 

私の問いに答えてくれる人はいない。でも、この夜の静けさは嫌いじゃない。

 

「アクアもダクネスも諦めていない。だから私も諦めない……あなたの事がまだ好きだから……! それが正しい私の姿のはずなんです……! でも私は……!」

 

 両目からポタポタと涙が流れ出す。その涙がシーツに零れ落ちるたびに、私の中にイライラと悔しさが溢れだす。ああ、汚い。カズマの匂いが薄れてしまう。

 

「カズマ、私は怖いんです! 私の心は、あなたの事を諦めた事を受け入れようとしている! そんなのおかしいんです! 私はカズマが好きなんです……だから諦めちゃいけない! でも、時間がたつたびに私の心は……!」

 

 涙に混じって赤い鮮血がシーツに流れ落ちる。どうやら唇を噛み締めたせいで出血してしまったようだ。だめだ、カズマの匂いが消えてしまう。

 

「おかしいのは私のはずなんです! でも、日に日にダクネス達の方がおかしく見えてくる! なぜ諦めないんだって……どうしてカズマをまだ好きでいられるのかって……不思議に……不思議……いやああああああっ!」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。ああ、みっともない。こんな姿をアクア達に見せていたわけですか。ふふ、滑稽です。私ってとても愚かな人間だったのですね。

 

 

「かずまぁ……戻ってきてください……! 私は嫌なんです……あなたの事諦めたくない……! でも、このまま時間が経ったら……私は……私は……かずまへの気持ちを失いたくないんです……! だから帰ってきて……? 私の事を抱きしめて好きだって言ってください……!」

 

 カズマを諦める。そんな事は受け入れたくない。でも、ゆんゆんの勝ち誇ったような微笑みと、彼女が去り際に残した言葉が私を威圧する。

 もう怖い思いはしたくない……カズマに拒絶されたくない……! だから、心の奥底で思ってしまう。もう無理だ……もういいかな……もうカズマの事を忘れてしまってもいいかなと。

 

でも……そんな……私は……!

 

 

 

 

 

「めぐみん、こんな所にいたのか。まったく、こんな所で泣き散らして……」

 

「泣いてないです……!」

 

「嘘をつけ嘘を。ほら、顔拭いてやる」

 

 部屋に入ってきたダクネスがベッドに腰かけてくる。そして、私の顔を持っていたタオルでゴシゴシとこすった。使い慣れた石鹸の匂いがする。どうやら風呂上りのようだ。

 

「だくねす……だくねすぅ……!」

 

「はいはい」

 

 私の事をダクネスがギュっと抱きしめてくれる。それが心地よいだけでなく、不安でいっぱいだった私の心を少しだけ安心させた。そのまま、しばらくダクネスに抱き着いていると、彼女は苦笑しながらベットで横になった。一緒に寝てくれるみたいだ。

 

「ダクネス、見苦しい所を見せてすみません……」

 

「謝るな」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

「めぐみん」

 

 私の口に、ダクネスの手のひらを押し当てられて黙らされる。でも、私の懺悔の言葉は終わらない。彼女はまだ諦めていない。それなのに、私はその足を引っ張ってしまった。

 

「んっ……ダクネスは私を恨んでいないのですか……? カズマの監禁にあなたを引き込んだのは私の責任です……」

 

「あの事では恨んでいない。あれは私たちの総意だ。アクアもお前を恨むなんてバカな事は思っていないさ」

 

「でもカズマに嫌われちゃいました……私のせいで……ダクネスも……!」

 

「カズマは私たちの事など嫌っていないさ。むしろ、私と同じようにお前に感謝しているかもしれないぞ?」

 

 感謝。そんなバカな事を言うダクネスを私は信じられませんでした。これは彼女の優しい慰めの言葉……リップサービスだ。

 でも、私の事を見つめるダクネスには本当に感謝の念が見て取れた。そんなの、やめて欲しい。

 

「私はな、あれを経験して自分を見つめ直す事ができたんだ。あれがなかったら、私は確実に狂っていた。まぁ、あの時も狂っていた事に変わりないがな」

 

「意味が分かりません……」

 

「分からなくていい。ただ、私はあの時ある思いに心を支配されていた。“カズマの奴隷は嫌だ”ってな。めぐみんも、知っているだろう?」

 

 私はコクリと頷く。カズマの監禁中、ダクネスはしきりにそう呟いていた。そして、その思いをカズマに伝え続けていた。

 

「私はカズマに愛されたかった。そして、アイツに仮初の愛の言葉を囁かれて気づいたんだ。これは違う。私の求めているものではない。私はカズマを“奴隷”になんかしたいわけじゃないってな。愛を強要する事の虚しさに、私は気付けた」

 

 そう言って笑うダクネスの両目からは涙が溢れていた。彼女は強い。でも、やっぱり私みたいに脆くもある。彼女の事が分からない……本当に分からない……

 

「それでもあの環境は魅力的で、私を狂わせた。今となっては、あの陶酔感と心地よさ、そして自分に対する恐怖を経験しておいてよかったと思う。もしアレがなかったら、私は今、本当に取返しのつかない事をしていた。だから、私はお前に感謝しているのさ」

 

「本当に意味が分かりません……」

 

「いいんだ。分からなくていい。でも私は感謝している。ありがとうめぐみん」

 

 

分からない……ダクネスの事が分からない……!

 

 彼女は強いのかもしれない。でも私と同じくらい脆いはずだ。彼女から流れる涙がそれを物語っている。それなのに何故……!

 

 

「ダクネス、聞きたい事があるんです……」

 

「なんだ?」

 

「どうしてカズマを諦めていないのですか? 私はもう諦めてしまいそうなんです。ゆんゆんと会うのが怖い……カズマに拒絶されるのが怖い……! それなのに何故あなたは……!」

 

 私の手はダクネスの首へと伸びていた。私が折れて諦めそうになっているのに、彼女は違う。それが理解できないし、悔しかった。もっと単純に言えば、羨ましかった……憎らしかった!

 

「ん、昼間の続きを話してやる。私はお前より、ちょっとだけ経験値が上だっただけ。だから、私は諦めない。諦められないのさ」

 

「私とダクネスは何が違うというのですか……? レベルだったら私の方が上のはずじゃ……」

 

「冒険者レベルじゃない。精神的な経験の差だ。そうだな、もっと簡単に言うと……」

 

 ダクネスが私の手を振り払う。そして、逆に私の首をギリギリと締め付けてきた。その瞳には、先ほど私が彼女に向けたものと同じ……羨望と憎しみの感情が宿っていた。

 

 

 

 

 

「めぐみん、お前は私の敵だ」

 

「え……?」

 

「分からないとは言わせない! カズマの気持ちが傾いていたのはお前だ! 私は一度お前に負けたんだ……! あの時私は悔しくて悲しくて……お前たちが憎くて……! 頭がどうにかなりそうで……うぇ……うぅ……ぐすっ……!」

 

 ダクネスが先ほどよりもヒドく泣き始めた。今の彼女からは強さは感じられない。下手したら、私よりも弱いかもしれない。

 

「憎かった……でも好きだった……! 私はお前もカズマも大好きだった! だから私は“吹っ切れた”! そこで私は諦めないと決めたんだ!」

 

「ダクネス……」

 

「今回の事はお前の時より複雑だ。煮え切らない思いや、納得できない点もある。でも、本質はそんなに変わらない。私の敵がお前からゆんゆんに変わった。いや、敵が増えたというべきだな」

 

 私の首からダクネスの手が離される。そして、涙を流しながら微笑んだ。ああ、彼女は弱い。でも、やっぱり強い。何だか、自分の中で納得がいった。彼女から見たら今の私は……

 

「めぐみん、敗北と挫折の気分はどうだ? 多分、お前にとっては初めての気持ちだろう?」

 

「ええ、初めてです。そうですか……私は負けたんですね……私はそれを認めたくなくて……こんな……」

 

「ん、ざまあみろ!」

 

「ダクネスは最低ですね……」

 

 何故かおかしくなって、私たちはクスクスと笑った。そんな私をダクネスが抱きしめてくれる。そして、耳元に囁いてきた。

 

「めぐみん、諦めるのも一つの道だ。私はこっちの道をオススメするぞ?」

 

「その方が絶対楽ですよね。でも、カズマが好きなんです。おかしいですよね……あんな最低な男を私はまだ好きなんです。だから、その道は選べない」

 

「そうか、残念だ。敵が減ると思ったのに……」

 

「ゆんゆんも最低です。私の大事な男を寝盗って……それに私たちをあんなに苦しめて……! 本当に許せません……! でもあの子も私の親友なんです……殺したいほど憎いけど……大切な友達なんです……」

 

「そうか……」

 

 私の中で燻っていた気持ちが固まっていく。なるほど、これが“吹っ切れた”という奴でしょうか。なんだか、心身ともにスッキリしました。今ならゆんゆんだって……!

 

「ゆ、ゆんゆん怖い……! あの子はなんで……!」

 

「言うな! 私もあんなのと戦うのは怖くて……怖くて……! うぅ……ぐすっ……!」

 

「泣かないでください! 私たちは絶対に負け……うっ……うぷっ……!?」

 

「バカ! そっちこそ落ち着くんだ! 私とお前が力を合わせれば……うぐっ……おぇ……!」

 

 なんだか、雲行きが怪しくなってきた。このままじゃマズイ! なにがとは言わないが非常にマズイ!

 

「ダクネス……うっ……ひゅ……!」

 

「こらっ! なぜ私の胸元に顔を突っ込むんだ!? やめっ……あぅ……このままじゃ私もお前の頭の上に……!」

 

 

 

 

「はいはーい! 深呼吸してー! まったく、私がいない間に何してんのよ! カズマのベッドがアンタ達の汁で悲惨な事になってるじゃない! それ以上汚すのは許さないわ!」

 

「アクア……」

 

「ほら、水飲んで? そしてもう休みなさいな。二人とも、私のベッドで寝る事を許可してあげるから……」

 

 アクアが、私とダクネスを優しく横たえた。そして、そっと撫でてくれた。それはとても安心できるもので……なんだか眠くなってきた。

 

「アクア、ダクネス……私は諦めません……諦め……ふみゅ……」

 

「そうなの。頑張ってねめぐみん!」

 

「まったく……またお前が敵に……んっ……」

 

「ダクネスも頑張りなさいな」

 

 

微睡む意識の中、私は再確認した。

 

 

我が名はめぐみん! 絶対に諦めない精神を持つ女!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌朝、私は気持ちよく起き出した。そして、早朝から墓掃除の日課をこなす。なんだか、今の私は負ける気がしない。

 

「もう何も怖くない!」

 

私は一人ではない。アクアがダクネスが……私に諦めるなという力と強さを……!

 

 

 

 

 

「随分と機嫌良さそうですね。めぐみんさん?」

 

「女神エリス……!」

 

「怖いですから、そんな目で見ないでくださいよ」

 

 アンナちゃんのお墓がある大きな木の影から、私の因縁の相手、女神エリスがクスクスと笑いながら現れた。思わず体が半歩下がってしまう。色々あって、彼女の事は苦手なのだ。

 

「聞きましたよめぐみんさん。あなた、諦めないとかほざいているそうですね」

 

「また盗聴ですか」

 

「いえ、さっきアクア先輩が嬉しそうに話してくれましたよ」

 

「くっ……余計な事を……」

 

 満面の笑みでエリスに話しかけるアクアの姿が頭の中に思い浮かぶ。あんな事があったというのに、アクアとエリスの仲は良好だ。

 いつも喧嘩をしているが、アクアがエリスの事を嫌っていないのは見ていて分かる。どうしてそんな……!

 

「おっと、逃がしはしないよ?」

 

「クリス……!」

 

 逃げようとしていた私を、クリスが背後から羽交い絞めにする。脱出しようともがくが、彼女の体はビクともしない。そうこうしているうちに、女神エリスの薄ら笑いが私と目と鼻の先に現れた。ああ、気色悪い。

 

「今、失礼な事考えましたね」

 

「うるさいです。あなたは結局何がしたいんですか?」

 

「そうですね。さっさと本題を話しましょう。私はあなたに忠告しにきたんです。カズマさんを諦めないなんて、無意味な事はやめなさい」

 

「くっ……!」

 

「あなたも内心思っているのではないですか? ゆんゆんには勝てない。カズマさんの心はもう動かせない。そんな諦観の気持ちがあなたの奥底にある。そうでしょう?」

 

エリスの言葉を受けて私は黙り込む事になる。私は諦めないと決めた。でも、そのような諦めの気持ちが……ゆんゆんへの恐怖が私の心にはある。

 

「それはあなたにも言える事じゃないですか!」

 

「ええ、そうですね。ゆんゆんには勝てません。それに、これ以上カズマさんに迫ることは迷惑に思われるかもしれない。そう考えると怖くてたまりません!」

 

 そう言ったエリスは変わらない薄ら笑いを浮かべている。あからさまな嘘に私はもう騙されません。むしろ、私やゆんゆんを敵とすら見なしていない……見下すようなエリスの視線に反発すら覚えます……

 

「落ち着いてくださいめぐみんさん。私はあなたに初心を思い出させに来たのです。紅魔の里での事を忘れたとは言わせません」

 

「あれは……私はもうそんな事……!」

 

「嘘ですね。あなたの心に潜む殺意と憎悪は本物です」

 

 私は頭をぶんぶんと振る。あの紅魔の里で出た言葉は、勢いに任せたものだった。だから、そんなことを私はもう思ってない……思ってなど……!

 

 

 

「想像してくださいめぐみんさん」

 

「何をですか!」

 

「これからの事ですよ。ゆんゆんとカズマさんはこれからずっと幸せな日々を過ごすんです。そして、あなたは諦めないという言葉を建前に、彼らに付きまとう邪魔で迷惑でみじめなストーカー。カズマさん達はいずれあなたを警察に突き出すでしょう」

 

「そんな事は……」

 

「新婚夫婦に付きまとうあなたは、里の住人からどう見られるんでしょうか。ゆんゆんの家族、あなたのご両親はどう思うでしょうか?」

 

私の中の気持ちが壊されつつある。両親の話を出すのは……現実を見せるのはやめて欲しい……

 

「めぐみんさん、あなたは選択次第で今後の人生を棒に振る事になる。諦めないという事は、あなたは一生“負け犬”の称号を背負って生きていく事を意味する。それでもいいのですか?」

 

「…………」

 

「嫌ですよね? でも事実です。あなたは幸せな新婚夫婦に付きまとう、みじめな負け犬なんです。ふふっ……かわいそう……!」

 

 エリスがクスクスと笑いながら私の頭を撫でる。明確に私の事を嘲り、見下している。それが分かる。だから、反撃しようとするが私の体は動かない。そもそも力が入らない。

 

「めぐみんさん、素直に諦めたらどうですか?」

 

「私は諦めない……そう決めて……うぅ……!」

 

「諦めない。字面はいいですね。でも実態は……」

 

「うるさいです! もう私は諦めないって決めたんです! 例え負け犬でも私は勝ってみせる! いつかは……いつかは必ず……!」

 

私の言葉を受けてエリスは苦笑する。そして私の耳元にそっと囁いた。

 

 

「無理して虚勢をはらなくていいんです。あなたの本心は分かっていますよ」

 

「虚勢じゃありません……これは私の……!」

 

 

 

 

「ぶっ殺したいんでしょう?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 私は久しぶりにアクセルの街を歩いていた。街に出るのは約三か月ぶりだ。何故かは分からないが、周りの人が私に視線を送ってきている気がする。それにコソコソと私の悪口を言っているような気がする。これがカズマの言っていた引き籠りの弊害って奴でしょうか。

 

「どうしたのめぐみん?」

 

「いえ、ちょっとだけ気分が悪くてですね……」

 

「大丈夫よ。手を繋いであげるから」

 

 そう言って、アクアが私の右手を取って引いてくれる。そして、そんな私の背中をダクネスが元気付けるようにポンと叩いた。

 そのまま歩き続ける事数十分。私たちは目的地についた。そこはアクセル一の高級宿。ゆんゆんとカズマが住んでいる宿だ。これから、私たちは……

 

 

 

「よぉ、お前ら。三人でどうした? めぐみんとダクネスは……久しぶりだな!」

 

「カズマ……」

 

 

 

 私が深呼吸をして覚悟を決めようとした時、愛おしくて懐かしい声が聞こえた。もちろんカズマである。彼は宿の前の植え込みの近くにしゃがみこんで、たばこを吸っていた。

 そして、彼の足元には一匹の猫……いや……大型犬ほどの大きさの猫っぽいものが寝転がっていた

 

「何か俺に用があるんだろ? 遠慮せず言ってくれ」

 

「それは……えと……あぅ……! カ、カズマこそ、今何をしているんですか!?」

 

「俺か? 俺はゆんゆんに掃除するのに邪魔だって部屋から叩きだされてな。埃のもとである毛玉と一緒に日向ぼっこさ」

 

「にゃうっ!」

 

 猫っぽいものの顎を撫でながら、カズマが朗らかに笑った。彼の姿は以前と全く変わらない。でも、今までとは雰囲気が少し違う。それが何だか悔しく思えた。こうして、私がどうしようかと内心焦り始めた時、アクアがカズマの前に進み出た。

 

「ちょっとカズマ! もうタバコは吸わないって私とゆんゆんに約束したわよね? ほら、かしなさい!」

 

「見逃してくれよ……このあいだ隠しておいた奴を1カートン丸ごとゆんゆんに捨てられてだな……」

 

「ダメなものはダメ! 本当に体に悪いんだから! 代わりに私の食べかけのアイスあげるから!」

 

「そんな殺生な……あとアイスはいらねぇから押し付けてくんな」

 

 アクアにタバコを取り上げられたカズマが悲しそうに項垂れた。そして、足元の猫っぽいものをいじり始める。私は一緒にいたダクネスと顔を見合わせてから、そっとため息をつきました。

 

「カズマも所帯じみてきましたね……」

 

「いきなり何言うんだめぐみん。ちょっとショックなんだが……俺はまだ20代だぞー?」

 

「あ、はい。そうですね……」

 

 なんだかグダグダとした雰囲気になってきた時、宿の中からあの女……ゆんゆんが現れました。

 私はなんだか怖くなって、ダクネスの背に隠れながら彼女の様子をそっと伺いました。

 ゆんゆんは赤黒チェックのバンダナとエプロンを身に着け、手には箒を持っていました。カズマの言う通り、部屋の掃除をしていたのでしょう。

 

「カズマさん、掃除終わりましたよ……ってたばこ臭い!? また私に隠れて吸いましたね! 何回言えば分かるんですか! このっ……このっ……!」

 

「あたっ!? 吸ってない! 吸ってないから箒で叩くのは勘弁……いづっ!? 柄の部分で叩くなバカ!」

 

「ゆんゆん、カズマからたばこ取り上げといたわよー! はい証拠!」

 

「ナイスですアクアさん! カズマさんは……言い訳はありますか?」

 

「ないです……」

 

 それから、私たちの前でカズマの説教が始まった。その光景はとても胸が締め付けらるものであったが、同時に何とも言えない呆れが私の心の中に生まれるものでした。

 

「お互いに健康でいたいならタバコなんて……! そういえばじゃりめ! カズマさんを見張ってって言ったよね! なんで報告に来ないのよ! バツとして今日のおやつは抜きです!」

 

「にゃあ!?」

 

「おい、毛玉にあたるなよ。俺が悪かったって……! まったく……安心しろ毛玉。代わりに俺のおやつのあたりめやるから……あたっ!?」

 

 ゆんゆんがもう一度カズマを箒で叩いた後、私たちの方をジロリと見てきました。私は彼女に言わなければならない事がある。でも、体が動かない。

 

「めぐみんとダクネスさんは久しぶりですね。何か私たちに用事でもあるのですか?」

 

「もちろんだ。ほら、めぐみん……」

 

ダクネスが私を前に押し出そうとしてくる。私はそれに必死に抵抗した。そんな私を見て、ダクネスは嘆息した。

 

「まったく、お前の提案だっていうのにな。今回だけだからなめぐみん! さて、ゆんゆん、こいつを受け取れ!」

 

 ダクネスが一歩、ゆんゆんの方へ足を進める。そして手に付けていたものを引き抜き、勢いよく投げつけた。

 

「わぶっ!? いきなり物を顔に投げつけないでくださいよ……ってこれは手袋……?」

 

「よし、アクアもなんか投げつけてやれ!」

 

「ええっ!? いきなり言われても……えいっ!」

 

「わひゃあっ!? アクアさん! なんでアイスなんか投げつけるんですか!? お気に入りのエプロンがベトベトじゃないですか!」

 

「うぇっ!? ご、ごめんなさい! つい出来心で……」

 

 プンプンと起こるゆんゆんと、おろおろするアクアを見ながら私も覚悟を決めました。大切な仲間たちがこんなにもお膳立てしてくれたのだ。だから、私はやり通さなきゃいけない。

 

 私は勢いよくダクネスの背中から飛び出し、ゆんゆんに杖を突きつけました。彼女は私の事を訝しげな目で見てきます。滅茶苦茶怖いし、杖を投げ出して逃げたい! でも、もう逃げるわけにはいかない! 

 

 

 

 

「ゆんゆん! 私達と決闘してください!」

 

 

 

 

 

 




次回、最後の一騒動

ちなみに最終話じゃないよ!
でも、実質的な決着ですね




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決闘

 

「ゆんゆん! 私達と決闘してください!」

 

 ダクネスの背中からめぐみんが勢いよく飛び出し、俺達に向けて杖を突きつけてきた。彼女の両目には強い光と闘志が宿っている。三か月前、俺に泣き縋ってきた時とは様子が随分と違う。立ち直ったという事だろうか。

 そして、杖を突き付けられたゆんゆんは困ったような表情をしながら、俺の方をチラリと見てきた。しかし、俺も突然の事すぎて今の状況が良くわからない。お前に任せるというアイコンタクトを送ると、彼女はそっとため息をついてから、めぐみんと向き合った。

 

「めぐみん、決闘って何をするつもりなの?」

 

「そのままの意味です。あなたとカズマのパーティと、私達とで真剣勝負をして欲しいのです」

 

「どうしてそんな事をする必要があるの?」

 

「それは……その……!」

 

 威勢の良かっためぐみんが苦い顔をしながら押し黙る。そんな彼女の様子を見たゆんゆんは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ごめんねめぐみん……」

 

「うぐっ!? 何が……!」

 

 

 

 

「洗濯物がいっぱいあるからまた今度にしてくれない?」

 

「ん……!?」

 

「じゃあそういう事で……布団も干さなきゃ!」

 

「あっ……ちょっ……!?」

 

 パタパタと忙しそうに部屋に駆け込むゆんゆんを、めぐみんは茫然としながら見送った。俺はそんな光景を、いつの間にか隣にいたアクアと共に眺める。そういえば昨日は昼から雨だったなしなぁ……

 そんな事をぼんやり考えていた時、隣にいたアクアが頬をちょんちょんと突いてくる。のっそりと顔を向ける俺に、アクアは微笑みながら話しかけてきた。

 

「カズマさんカズマさん、めぐみんとダクネスがやっと落ち着いたの。話してあげて……?」

 

「しかしだなぁ……」

 

「アンタが怖気ついちゃダメよ。ほら、行きなさい」

 

 アクアに背を叩かれて、俺はめぐみん達の元へ押し出されるように向かう。めぐみんとダクネスは俺の姿を確認すると、ビクリと体を震わせた後、じっとこちらを見つめてきた。少しだけ感じる後ろめたさを振り払う。これは俺が選んだ道だ。

 

「めぐみん、ダクネス、改めて言おう。本当に久しぶりだな」

 

「はい……お久しぶりです……」

 

「ん、カズマも元気そうだな」

 

 顔を俯かせるめぐみんに対して、ダクネスは一歩俺の方へ体を近づける。少し顔を赤くしている彼女は以前会った時とは変わら……変わっている……?

 

「ダクネス、何だか雰囲気変わったな」

 

「ああ、ちょっとだけ化粧を頑張ってみたんだ。以前と同じナチュラル系で……」

 

「ほーん、可愛い可愛い。まぁ元が良いから当然と言えば当然か」

 

「……!?」

 

 真っ赤になってあわあわするダクネスは非常に可愛いものだ。それに何だかいい匂いする。そして、俺がダクネスのお手を拝借して犬みたいにクンクンしようとした時、横っ腹を強くどつかれる。もちろん、めぐみんによる攻撃だ。

 

「カズマ! ここはもっとぎこちなく会話する所でしょう!? なんでダクネスをナンパし始めるんですか!」

 

「別にそういう意図はないんだがなぁ」

 

「……めぐみん、もしかして私に嫉妬したか?」

 

「っ……!」

 

 ニャニヤした表情を浮かべるダクネスに、めぐみんが突撃して頭突きをし始めた。その様子を見て、俺は少し安堵する。どうやら今も彼女たちの関係は良好なようだ。

 

「もうこうなったらヤケクソです! カズマ、聞いてください!」

 

「なんだ?」

 

「えと……分かっているでしょう……!?」

 

「分からん」

 

「もう、本当にカズマは……」

 

 めぐみんは呆れたようにため息をついた後、覚悟をきめた表情でダクネスと一緒に俺に抱き着いてきた。そして、そっと耳元囁いた。

 

 

 

「カズマ、私はあなたを諦めません」

 

「私もだ。お前が好きなんだ」

 

 

 

 そんな囁きを受けて、俺は体を固まらせる。そう言われても、俺は彼女たちの期待に応える事はできない。しばらくの沈黙のあと、彼女たちは俺の体から離れて悲しそうに微笑んだ。

 

「いいんです、いいんです。分かっています。でも、諦められないんです。それをカズマに知っておいて欲しいだけです……」

 

「私達はいつでもお前を待っている。心変わりしたなら、すぐに戻ってこい」

 

「お前ら……」

 

 正直、理解できない。あれだけの事があった後に、彼女たちは俺の事を諦めていない。もし、俺が彼女達と同じような目にあったら、絶対に諦めるだろう。それに彼女達の言葉を聞いて、嬉しく思った。やっぱり、好意を持たれて悪い気はしないものだ。そんなクズい事を思ってしまった俺は頭をぶんぶんと振った。

 

「お前たちの覚悟は分かった。でも、俺はもう既婚者だ。そこらへんは……」

 

 

 

 

「まだいたの? めぐみん、ダクネスさん?」

 

 

 背後から聞こえてきた声に、俺は心臓が飛び出そうになるくらい驚いた。しかし、それを表に出さずに平常を装った。ゆんゆんはそんな俺の隣に並び立ち、腕を絡めてくる。

 何故、この嫁さんは彼女たちを煽るような行動を取るのだろうか。ほら、めぐみんとか凄い顔になってるぞ……

 

「洗濯物も干し終わったし、これから私達は二人でゆっくり過ごす予定なの。用事が済んだなら帰ってくれない……?」

 

「またお前は……」

 

「何ですかカズマさん? やっぱり何処か出かけますか?」

 

「そうじゃない。ゆんゆん、俺も良くわからないが、めぐみんはお前に用事があって来たらしい。少しは話を聞いてやってくれ」

 

「むぅ……」

 

 不満そうな顔をしながら、ゆんゆんは俺の体から離れて、めぐみん達と再び対峙する。独特な雰囲気……修羅場の空気に俺は身を縮めた。そして、めぐみんはゆんゆんを睨みつけながら再び杖を突き付けてきた。

 

「ゆんゆん、もう一度言います。私達と決闘してください」

 

「なんで……?」

 

「単純な話です。私達の心情も状況も正直言ってぐちゃぐちゃです。これを解消するためにもお互いに本気の“喧嘩”で一度決着をつけたいのです。この決闘をけじめとして、私達も前に進みたいと思っているんです……」

 

「けじめ、ですか……」

 

 ゆんゆんが納得がいったように一度頷いた。昔の不良みたいな事を言い出しためぐみんに理解を示すあたり、ゆんゆんも好戦的というか、やっぱり紅魔族なんだなと思う。

 

「めぐみん、負けたら何かペナルティがある、なんて事はないよね?」

 

「もちろんです。それ以上を私は求めません」

 

 黙り込むゆんゆんに、めぐみんは一歩づつ近づく。足元はガクガクと震えているし、表情も恐怖をこらえるような怯えた顔だ。それでも、彼女はゆんゆんの目の前に辿り着いた。

 

 

「ゆんゆん、私の勝負を受けてください。友達として……いえ……ライバルとして!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 めぐみんの決闘発言から半刻ほど、俺とゆんゆんは部屋に戻ってお茶の時間を楽しんでいた。しかし、テーブルの上にはティーカップと一緒に、めぐみんから手渡された果たし状が広げられている。そこには簡潔に一言だけ書かれていた。

 

 

“本日15時、カエル平原にて待つ” 世界最強の魔法使いより

 

 

 

「ゆんゆん、ダルイからドタキャンしようぜ……」

 

「何を言っているんですかカズマさん! 逃げるなんてかっこ悪い事はできません! あのめぐみんに喧嘩を売られたんですよ!? もう正面からぶっ飛ばしましょう! いえ、ぶっ殺しましょう!」

 

「ええー! なんか俺、嫌な予感がするんですけどー!」

 

「アクアさんの真似ですか……? 流石にちょっと……きもいです……」

 

「おおん!?」

 

 生意気な事を言い放つゆんゆんに俺が凄むなか、彼女は表情を変えずに例の果たし状を俺の方へ突き出してきた。ゆんゆんの瞳にも強い闘志が宿っている。どうやらこの流れは変えられないらしい。

 

「カズマさん、あなたはめぐみんの事をどう思いますか?」

 

「どうって……今も大切な友達だと思っているぞ……」

 

「むっ! ちょっと嘘くさいです! まぁ、それは置いておくとして、めぐみんは私にとって大切な友達で永遠のライバルなんです! でもよりによって決闘なんて、めぐみんって本当にバカですね……!」

 

「おいおい……」

 

 しばらく、くつくつと笑っていたゆんゆんがハッとした表情になる。そして、申し訳なさそうなにしながら、足元にいた毛玉を撫で始めた。

 

「ごめんさいカズマさん。私、どうも最近嫌な女になってしまうんです。何を考えるにしても、あなたの事を第一に考えて他を疎かにしてしまいます。それに、カズマさんが私が愛してくれてるって実感するたびに、私はめぐみん達に対する優越感で嬉しくなってしまう。本当に、嫌な女です……」

 

「なるほどな」

 

 俺はカップに注がれたコーヒーを一気に飲み干した後、ゆんゆんと同じようにテーブルの下に潜り込んで毛玉を突ついた。毛玉がゴロゴロとした声をあげ、ゆんゆんもクスリと笑っってから俺の顔色を窺うようにチラリと見てくる。そんな彼女に、俺は微苦笑を返した。いじらしい嫁さんだ。

 

「ゆんゆん、その思いは褒められたものじゃない。でも、当然と言えば当然かもしれない。あんまり深く考えるな」

 

「当然……なんですか……?」

 

「そう、当然だ。俺だってお前の事を第一に考えていたし、ともだち……いや男の知り合い達や、ほかの独身冒険者に対して優越感ありありだ。お前らが夢でシコってる間に、俺は最高の嫁さんを手に入れたぜってな!」

 

「も、もう! カズマさんは下品です……!」

 

そう言ったゆんゆんは、顔をニヨニヨさせながら毛玉の毛を抜き始めた。そして、毛玉に反撃の猫パンチを浴びながら、彼女は火照った顔を俺の方へ向けてきた。

 

「私は元々、めぐみんのためにあなたに近づいた。そして、気が付いたらあなたを第一に考えるようになっていた。今では、一番大切だった友達を、一番大切なカズマさんを独占したくて切り捨てた。そんな私を、あなたは愛してくれますか……?」

 

「ああ、愛してる。どうしてだろうな。何故かそれを嬉しく思っている俺がいるんだ。本当に不思議なもんだよ」

 

「ふふっ、そうですか! 嬉しい……嬉しいです! カズマさん……!」

 

 こちらにとびついてきたゆんゆんを、しっかり抱きとめる。彼女がぎゅうぎゅうと押し付けてくる柔らかな体の感触を堪能しながら、俺自身の内心の変化に戸惑う。

 めぐみん達含めて、俺のものだ、なんてゲスな思考が完全に消えたわけではない。でも、ゆんゆんが一緒なら、今後の生活も楽しくて安泰なものになるという予感がする。 だからであろうか、ゆんゆんがいるなら、めぐみん達と決別する事になっても別にいい。そんな薄情ともいえる事を俺も思ってしまったのだ。

 

「それなら、私はもっと嫌な女になっちゃいます! カズマさんのせいですよ?」

 

「人のせいにすんなアホ……」

 

「いいえ、絶対にカズマさんのせいです……んっ……!」

 

 ゆんゆんが、俺の唇に吸い付いてくる。そんな彼女に応えるように、俺は侵入してきた熱いものを自分の舌で絡めとる。そして、ゆんゆんの頭をゆっくりと撫でた。

 しばらく、お互いの熱い吐息と淫靡な水音が静かな室内に鳴り響く。こうして、たっぷりと愛の確認を行った後、俺達は自然と口を放した。ゆんゆんの顔は幸せと快楽に蕩けている。ああ、本当に可愛い嫁さんだ……

 

「カズマさん、私はあなたが一緒にいてくれるなら、めぐみんと縁を切る事になっても別に構わない。でも心の奥底ではめぐみんとの関係を改善させたいって思っているんです。色々あったけど、あの子が私の親友だって事には変わりありませんから!」

 

「そうか……」

 

「そうなんです! だから、今回の決闘は良い機会だと思うんです。何か考えているようで、実際は脳筋バカのめぐみんにとって、決闘は非常に分かりやすくて単純なけじめのつけ方です。それでめぐみんの気が済むなら喜んでやります」

 

「何気にひどい事言うなお前は……」

 

「本当の事ですから仕方ありません……!」

 

 再びくつくつと笑い始めたゆんゆんを俺は撫で続ける。可愛くてあざとい、でも苛烈で怖くもある嫁さんだ。そんな所もいいなんて思う俺も、相当にアレである。これが惚れた弱みという奴であろうか。

 

「それに、ここでめぐみんと縁を切ったらつまらないじゃないですか。今後も、私とカズマさんの幸せな姿を見せつけたいですし、あなたの事をめぐみんに自慢したい。悔し涙を流させて、私に羨望と悔恨の視線を送って欲しいです。そのためにも、これからもめぐみんと親友である必要があるんです!」

 

「ひでぇ……」

 

「ふふっ、私はカズマさんさえいればいいって思いがあります。でも、私の幸せの確認と、あなたに愛されている優越感を得たいなら、他人の存在は必要不可欠。難儀なものですね……」

 

「まったく、最低だよお前は……んっ……」

 

 呆れたように言う俺に、ゆんゆんは軽いキスをする。そして、妖艶な微笑みを浮かべながら、俺の耳元でそっと囁いた。

 

 

 

「だって私、嫌な女ですから」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

後、数分で15時。

 

 俺とゆんゆんはカエル平原にてめぐみん達と対峙していた。めぐみんは目を閉じて静かに佇み、ダクネスも本気モードの時に身に着ける大盾と漆黒の鎧を装備して待機している。そんな時、アクアが俺達の方へ白い小さな包みを持って駆け寄ってきた。

 

「カズマ、ゆんゆん、これを受け取って欲しいの。そして、決闘が終わるまで道具袋にでも入れておいて? 終わったら、凄い事が起こるらしいわ。もちろん、中身は秘密。見ちゃダメだからね!」

 

「なんだよそれ……なんか怪しいな……」

 

「カズマさん、なんでも疑ってはダメですよ? 貰ってあげましょうよ。きっとお守りみたいなものですよ」

 

「そうよカズマ! 私を信じなさいな!」

 

 そんなゆんゆんとアクアの言葉を受けて、俺は仕方なくアクアから受け取った包みをサイドポーチに放り込んだ。そして、楽しそうに会話をし始めた二人を無言で見守った。

 アクアはあの出来事のあとも頻繁に俺達の宿に足を運び、一緒にお茶をしたり、遊んだりと自由奔放に過ごしてきた。ゆんゆんとアクアは今まで以上に仲良くなっている。コイツの凄い所は、誰とでも仲良くできる事かもしれない。

 

「というわけで、そっちも頑張って? めぐみんは本気の本気よ。めぐみんの期待に応えるためにも、そっちも本気でやってちょうだい!」

 

「分かってますよアクアさん。これが終わったら、また一緒にお話しましょう? まだまだ聞きたい事あるんですから……」

 

「りょーかい! カズマも逃げちゃダメだからね!」

 

 そう言い残してアクアはめぐみん達の元へ戻った。そして、めぐみんが目を見開いて俺達の方へ睨み付けてきた。

 こうして、かつての仲間と対峙するというのは変な気分である。ちなみにゆんゆんは、俺の腕を取って体を預けてきている。この状況でこれが出来るのが彼女のあざとい所でもあるし、怖い所である。

 

「ゆんゆん、決闘のルールは先ほど話した通りです。私が全力全開、最大威力での爆裂魔法をぶっ放します。それを阻止できたらあなたの勝ち、出来なかったら私の勝ちです」

 

「うん、それでめぐみんの気が済むなら全力で相手してあげる。私とカズマさんは最高で最強のパーティなんだから……」

 

「ふん、言うようになりましたねあなたも……!」

 

 お互い暗い微笑みを浮かべて睨み合うめぐみんとゆんゆんを俺はハラハラとした気持ちで見ていた。何やら当人同士は納得しているようだが、はっきり言って俺は嫌な予感がしまくりなのだ。

 

「おい、めぐみん! 本当に空に向けて爆裂魔法を撃つんだよな!? 絶対に俺達に爆裂を浴びせるわけじゃないよな!?」

 

「当り前です! カズマは私をなんだと思っているんですか!?」

 

「短気で喧嘩っ早いバカ」

 

「ぶっ、ぶっ殺……!」

 

「落ち着けめぐみん。カズマ、こいつを信じてやってくれ。正々堂々、お互いに悔いのない決闘にするつもりだ」

 

 ダクネスが俺に頭を軽く下げる。正直俺は納得行かないし、不安だ。でも、彼女達は本気で決闘を行うようだ。それならば、水を差すような事は褒められたものではない。

 不満を表情に出しながらも、俺は無言で引き下がる。そんな俺に、めぐみんは肩を怒らせながら問いかけてきた。

 

「カズマ、あなたはあの時、こう言いましたよね?“もし自分を傷つけそうになったら、俺に転嫁していい、何をしても構わない”って……」

 

「そう言えば、そんな事言ったなぁ……」

 

「はっきり言います。私が立っていられるのはアクアとダクネスのおかげです。もし、彼女達がいなかったら、私の頭の中には“自殺”という選択肢もあった。それくらい、カズマに拒絶されるのは辛い事だったんです」

 

「…………」

 

 黙り込む俺の顔を一瞥してから、彼女はダクネス達と共に俺から離れる。いよいよ決闘が始まるのだ。

 しかし、彼女の話した内容がいまいち掴めない。自殺しそうであったという事は俺にとってもの凄く衝撃的だった。めぐみんをそこまで追いつめていた事に後悔と悲しみの念が募る。だが、その事が“俺に転嫁しろ”という話にどう繋がって……

 

 

 そんな時、甲高い笛の音が平原に鳴り響いた。発信元はアクア、事前に聞いていた決闘開始の合図だ。もうごちゃごちゃ考えてる暇はない。この決闘はめぐみんの詠唱が終わるまでの数十秒の間の勝負だ。

 

こうなったら、やってやるしかない!

 

 

 

「カズマ、私は自殺を考えていたんです。そんな思いをあなたに転嫁するとしたら……ぶっ殺してやるのが妥当といえますね。ふふっ、我が爆炎の前に塵と消えるがいい!」

 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん逃げるぞおおおおおおっ! アイツ俺らの事を殺す気だあああああああっ!?」

 

「何を言っているんですかカズマさん! それならヤられる前にぶっ殺し……ってひゃあああああああっ!?」

 

「おふぁっ!?」

 

 逃亡のススメを隣にいたゆんゆんに叫んだ時、俺達は謎の爆発で地面に吹き飛ばされることになった。もしや、めぐみんが正規の詠唱でなく、短縮詠唱で爆裂魔法をぶっ放したのだろうか。俺は薄れゆく意識の中で思った。残念! 俺の人生はここで終わって……

 

 

「カズマさん、起きてください! 小規模爆発です! 体にダメージはありません! でも……!」

 

「んぉっ!? 確かに……生きてる!? それならこの爆発は一体……!?」

 

 

 そして、俺はジンジンと痛む腰に目を移した。そこには、無残に爆散したサイドポーチの切れ端が垂れ下がっていた。無論、中に入っていたアクア聖水や、戦闘の役に立つポーションやスクロールが吹き飛んでいる。そういえば決闘の前にアクアに変なものを手渡されていた。なるほど、なるほど……

 

 

「アクアあああああああっ! お前最低だなああああっ! この卑怯者! 糞バカ! 駄女神いいいいいっ!」

 

「ち、違うのカズマ! 私じゃないわよ! めぐみんが渡せって……! 誤解……誤解よおおおおっ!」

 

「いーひっひっひ! いつぞやの爆発キノコですよ! カズマの考えそうな卑怯な作戦を私もトレースさせて頂きました! という事で……“黒より黒く、闇より暗き漆黒にわが真紅の混交に望み給もう!”」

 

「カ、カズマさん! キレてる場合じゃありません! 早く詠唱を止めましょう! 私達も作戦通り行きますよ!」

 

 そう言い残して、ゆんゆんが後衛火力としての役割を全うするために後ろに退避する。彼女はやる気まんまんなようだ。そして、俺の中にも珍しく闘志が湧き起る。何が俺の真似だ! 生意気言いやがって……!

 

「こうなったら俺自身がお仕置きしてやらぁ! 喰らいやがれ! “ライトニング!”」

 

 俺が放った魔法は一直線にめぐみんへと向かう。これで決まれば最高なのだが、そう簡単にはいかない。このパーティの最強の壁、ダクネスが立ち塞がったのだ。もちろん、俺のお世辞にも威力があるとは言い難い魔法はダクネスの盾の前に霧散した。

 

「カズマ、残念だったな! 私がいる限り、めぐみんには指一本触れさせん!」

 

「くそっ……ゆんゆんやれ!」

 

「はい! “カースドクリスタルプリズン!”」

 

俺の背後から放たれた魔法がダクネスに炸裂する。しかし、やっぱりというかダクネスは無傷だ。もちろん氷漬けにもなっていない。やっぱりダクネスは面倒な女だ!

 

「こうなりゃ、無視するだけだ! あばよダクネス!」

 

「私を無視しようとしも無駄だ!」

 

「くっ……やっぱ面倒臭い女だなお前は……!」

 

「面倒臭い言うな!」

 

 アホみたいな硬さのダクネスは相手をするだけ無駄だ。だから、無視するのが一番であるが、彼女は俺の足に追いついてきた。恐らく、アクアの支援魔法のおかげであろう。今まで当り前のように受けていたアクアの支援魔法は俺にはかかってない。本当に生意気な奴らだ……!

 

「なら……“バインド!”」

 

「くっ……!? 相変わらずいい締め付けだな……はぅっ……!」

 

「ヒャーハッハッハ! 良い姿だなダクネス!」

 

 俺は第二の手として、ダクネスにバインドを喰らわせた。簀巻きにされたダクネスに逃げる術はない。これでコイツは終わりだ。しかし、俺のバインドはすぐさま解除された。近くには杖を構えたアクアが立っていた。こいつのせいか!

 

「“ブレイクスペル!” ダクネス、さっさと起き上がりなさい!」

 

「感謝するぞアクア!」

 

「くそ……くそっ……! ゆんゆん、ぶっ放せ!」

 

「りょーかいです! “インフェルノ&トルネード!”」

 

 簀巻き状態が解除されたダクネスを蹴とばして引き離した後、俺も後ろに退避する。そして、ゆんゆんが発動した炎の嵐ともいえる魔法が尻餅をつくダクネスと、彼女に駆け寄るアクアに炸裂して――

 

「“リフレクト!”」

 

「ああっ!? 魔法が反射されて……“ト、トルネード!”」

 

 しかし、すでに遅かった。跳ね返ってきた魔法はゆんゆんの風魔法でいくらか軽減されたものの、それなりの威力を保って俺とゆんゆんに炸裂した。衝撃で吹き飛ばされる中、ゆんゆんを抱きかかえる事に何とか成功した。

 そして、彼女にダメージがいかないようにギュっと抱きしめて、かわりに俺は背中を地面に強く叩きつけられる。ああ、全身が痛い……もう勘弁して欲しい……

 

「うっ……うぎぎっ……! ゆんゆん、ギブアップだ! 舐めてたぜ……アイツらって敵に回すと本当に面倒なパーティなんだな……!」

 

「あうっ……! 諦めないでくださいよカズマさん! ほら立って! 立ち上がって!」

 

「あたたたっ……!? 分かった分かったから俺から手を放せ! 痛いっての……“ヒール! ヒール!”」

 

 俺とゆんゆんの傷を回復魔法で癒し、何とか立ち上がる。俺は正直ギブアップして逃走したい。でも、ゆんゆんは諦めていない。まったく、コイツも面倒な女だ……

 

「ゆんゆん、最後の作戦だ。毛玉を使ってアクアを無力化しろ。俺はダクネスをどうにかする。そして、お前の最大の一撃をめぐみんに叩き込め!」

 

「分かりました! では……えと……こほんっ! “漆黒の狂獣よ! 我が敵を撃ち滅ぼせ! 召喚、じゃりめ!”」

 

「にゃう!」

 

 ゆんゆんが謎の詠唱を発した時、彼女の影から毛玉が召喚された。毛玉には俺がゆんゆんの影に潜ませて、彼女の守護を命令しているのだ。それにしても頭が痛い口上である。最近、料理をしながら気分良さそうに呟いていたのはこれか……

 

「お前……」

 

「な、なんですかカズマさん! 私だって……! ちょっとくらい良いじゃない……ってそうじゃない! じゃりめ、アクアさんにじゃれついて無力化して!」

 

「にゃっ!」

 

任せろ! とばかりに一泣きした毛玉がアクアに向かって突撃した。それを横目に俺もダクネスへ向かって走り出した。そして、同時に目標に抱き着く事に成功する。後は任せたぞ! ゆんゆん……!

 

 

「やめ、やめてえええええええっ! じゃりめちゃん、これは私の大事な羽衣で……ああっ引っ張らないでええええっ!」

 

「ひゃああああっ!? カズマ、お前どこに手を入れて……こら放せバカ! この……ひゃうんっ!? うぁっ……こんなとこで……他の女が見てるだろ……だから……んっ……んひぃっ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「“無行の歪みと成りて現出せよ!踊れ、踊れ、踊れ!”」

 

 一番愛した魔法を唱えながら、私は目の前の戦闘を観察する。ダクネスはカズマのセクハラ攻撃で撃沈。アクアは猫っぽい生き物にじゃれつかれて実質的に無力化している。そして、無防備になった私に向けて、ゆんゆんも魔法を詠唱し始めた。私はその事に感謝した。勝つ……私はあの女に勝つ……勝ってみせる!

 

「“我が力の奔流に望むは崩壊なり! 並ぶ者なき崩壊なり!”」

 

 ゆんゆんが、こちらに向かって悪辣とも言える邪悪な微笑みを浮かべた。どうやら魔法の詠唱が終わったらしい。いいでしょう、いいでしょう! あなたの一撃など、この私には――

 

 

「“万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!”」

 

「ふふっ……めぐみん遅い……! “カースドライトニング!”」

 

 

 闇色の雷が、私に向かって放たれる。もちろん、避けられるはずがない。私にその雷が炸裂した。

 

 

 痛い……苦しい……死んでしまいそうだ……! でも、私は立っている、彼女の一撃を受けても私は何とか立っていられた。

 そう、戦いは準備したものが勝つのだ。今日のために、私は魔法抵抗力をあげるドーピング薬や、雷属性のダメージを軽減させるアクセサリーを買い込んでいたのだ。ウィズにも、“これで静電気対策はバッチリですね!”というお墨付きを貰っている。

 

 

 遠くで、驚愕で顔を歪めるゆんゆんの姿が見えた。ふふっ、ざまぁ見ろ! そして、詠唱を終えた私は空へ杖を掲げる。このまま放てば私の勝ちだ……私の……!

 

 

『ぶっ殺したいんでしょう?』

 

 

 突然、私の脳内に邪神の声が響き渡った。その瞬間、私は持っていた杖の矛先が自然とカズマ達の方へ向く。そうだ、私は内心ではそう思っている。私達を捨てたカズマが許せない……カズマを奪ったゆんゆんが許せない……殺してやりたいほど憎らしい! 

 

 

だから私は……!

 

 

「これが人類最大の威力の攻撃手段! これこそが究極の攻撃魔法! その目に刻め!」

 

 

私は魔力の込められた杖を掲げた。間違いない。これが今までの人生の中での全力全開!

 

 

「“エクスプロォォージョンッ!”」

 

 

私の渾身の爆裂魔法は“空”を真紅に染め上げた――

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 私は爆風が収まった後、衝撃で吹き飛ばされたカズマの元へ向かう。彼はダクネスに抱き着いていたはずだ。それなのに、今はゆんゆんを抱きしめて地に転がっている。何だか非常に腹立たしい。私はその二人を蹴り飛ばした。

 

「ごふぁっ!? めぐみんか……? そうか……お前も死んじまったか……」

 

「何をほざいているんですかカズマ。あなたは死んでいませんよ」

 

「マジで……!? ってマジだぁ……!」

 

 カズマが気絶しているゆんゆんの胸を揉みながらアホな事を言い放った。私は再度カズマを蹴り飛ばす。そんな無駄な脂肪からはさっさと離れて欲しい。

 

「いたたっ……! まったく、死ぬかと思ったぞめぐみん! 撃った瞬間にすげぇ殺気を感じたぞ!?」

 

「そうですか。まぁ私も殺す気でぶっぱなしましたからね」

 

「ひょっ……!?」

 

 狼狽するカズマに私は抱き着く。そして、彼の体温を全身で感じ取った。ああ、暖かい。それに男臭くていい匂いだ。やっぱり、カズマは最高です。

 

「殺す気でした。でも、そこに転がる我がライバルに助言を受けていたんです。だから、あなたを殺すのはやめです。これ以上、カズマに嫌われたくはありませんから……」

 

「めぐみん……」

 

「カズマには生きて私を抱きしめて欲しい。殺したら、あなたはきっと根に持つ。死後の世界で私をいじめまくるカズマの姿が何となく想像できます」

 

「そりゃ、俺を殺した奴なんかと仲良くできるわけないしな。まぁ、お前に殺されるのは仕方ないかもって思ってもいるんだがな」

 

「そんな物騒な事をしようなんて、もう絶対に思いませんよ……」

 

 深く嘆息した後、カズマが私の事を抱きしめ返してくれた。その事が嬉しくてたまらなくて、私は彼に頭を擦り付けた。そして、私の思いを再確認する。やっぱり、私はカズマが好き。こんなにも最低でぶっ殺したいほど憎い男だけど、好きで好きでたまらない。私も本当にダメ女ですね……

 

 そして、カズマに頬ずりして匂いと感触を堪能した後、私はカズマの顔を見上げる。カズマにはどうしても聞きたい事があるのだ。

 

 

 

「カズマカズマ、さっきの爆裂は何点ですか?」

 

「おいおい、決闘の事はどうしたんだよ」

 

「そんな事今はどうでもいいです。さっきのは私自身、内心ガッツポーズを作るほどの出来でした。だから、カズマの評価も聞きたいんです!」

 

カズマは苦笑しながら頬をかいた後、私に向けてグッとサムズアップしてきた。その反応に私も自然と笑顔になってしまって――

 

 

 

「ああ、見ただけで死んだかと思った。今までで一番強烈……文句なしの200点だ!」

 

 

 

そう言ったカズマを私は抱きしめる。ギュっと……ギュっと……ぎゅーっと!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あたたたっ……あれ……私死んだの……? カズマさん……どこ……?」

 

「だから死んでませんってば!」

 

「いたいっ!? あなたは……めぐみん……!? そう……あなたも死んだのね……」

 

「私を殺さないでください! このっ、このっ!」

 

「いたっ!? いたい!」

 

 カズマと同様にアホな事を言うゆんゆんを私は蹴りつける。本当に失礼な奴ですね。しかし、彼女を蹴っていると少しだけ心がスッキリします……

 

「あたた……めぐみん……ここは……?」

 

「先ほどと変わらないカエル平原ですよ。まぁ、あなたが気絶してる間に夕方になってしまいましたけどね」

 

「カズマさんは……アクアさんとダクネスさんはどこ……?」

 

「一足先に帰って貰いました。何故かは……分かるでしょう?」

 

 私の言葉に、ゆんゆんはコクリと頷く。そして、私と対面するように座りなおした。私もそんな彼女の前に腰を落ち着かせる。私はゆんゆんとこうして話してみたかったのだ。

 

「ゆんゆん、私はあなたに聞きたい事がたくさんあります」

 

「うん……聞きたい事があるなら何でも聞いて……?」

 

 そう言ったゆんゆんに、私も分かったと一度頷く。聞きたい事は本当にたくさんある。でも、まずはこれを聞くべきだろう。

 

「ゆんゆん、あなたは今でも私の友達でいてくれますか?」

 

「それは……めぐみんも私の事を友達と思ってくれているの……?」

 

「そんなわけないでしょう」

 

「あっ……」

 

 ゆんゆんが悲しそうに顔を俯かせる。何というか、非常にイラっときました。私にあれだけの態度をとっておいてコレとは許せません。本当に許せない……憎らしいです……!

 

「ゆんゆん、私はあなたを友達とは思っていません。でも私の生涯のライバルで憎き相手だと思っています」

 

「あっ……!」

 

「流石にあなたの事を親友とはもう呼べないかもしれない。それでも、あなたは私にとっては親友と同じくらい意識する相手なんです」

 

「そう……うん……そうよね……でもそれでいいのかもね……」

 

 クスクスと笑うゆんゆんを私は睨み付ける。何が可笑しいというのだろうか。本当に……本当に憎らしい奴だ!

 

「友達としては仲直りしません。でも、“ライバル”として私と仲直りしてください」

 

「めぐみん……分かった。“ライバル”として仲直り……しましょう……?」

 

 ニコニコとした表情でそう言い放ったゆんゆんに私は苦笑を返す。まったく、本当にゆんゆんは……でも、これで言質は取りました。私も遠慮なくいきましょう!

 

「ゆんゆん……」

 

「なに……めぐみん……?」

 

 

 

 

 

「死ねえええええええっ!」

 

「はびゅっ!?」

 

そのニコニコした笑顔をぶん殴ってやった。勿論グーで。

 

そして、血みどろの戦いが始まった。

 

 

 

 

 気が付いたら、真夜中になっていた。空を染め上げていた夕焼けが、今は綺麗な星空に変わっている。私は地から体を起こすと、打撲によって腫れ上がった顔に手を這わせた。これはひどい。これだけ執拗に顔を攻撃するとは、ゆんゆんは残酷で容赦ない奴である。あ、鼻血が出てますね……

 

「めぐみん起きたの……?」

 

「ええ……ってゆんゆん、あなたヒドイ顔ですね。女として死んだ方がマシな顔をしていますよ? というか死ね」

 

「それは、めぐみんもよ? 顔以外取り柄がない貧相な体のくせに何を言っているの?」

 

「無駄な脂肪つけたメス肉のゆんゆんには言われたくありません。男はスレンダーな女性を求めているんです。あなたみたいなデブは死んだ方が世のためです」

 

「で、でぶじゃないから! 決してでぶじゃないから! ちょっと最近スカートキツくなった気がする……なんて事はないから!」

 

なんだか、必死に否定している姿が哀れです。これは図星ですね。恐らく、カズマと美味しいものをいっぱい食べていたのでしょう。今はいいですけど、そのうち本当にでぶになっちゃうかもしれません。そうなったら、カズマも愛想をつかす事間違いなしです。

 

「でーぶ! でーぶ!」

 

「う……あっ……ああああああああああああああっ!」

 

 

 

 

 気が付いたら朝になっていた。空に広がっていた綺麗な星空が、青くて眩しい太陽の輝く空になっていた。

 少しだけ動く首を横に向けると、私と同じように仰向けになっているゆんゆんの姿が見えた。そして、周囲にはたくさんのジャイアントトードの死骸が転がっている。一体何があったのでしょうか……? うっ……なんだか体がぬるぬるします……

 

「…………」

 

「ゆんゆん」

 

「何……?」

 

「チッ、生きてましたか……」

 

「そっちこそ……」

 

 

私達の間に沈黙が下りる。そのまま、しばらく風に吹かれ続けました。

 

 

「ゆんゆん、もう一つ聞きたい事があります」

 

「何よ……」

 

「何故あなたはカズマを愛して……信じ続けられたのですか? あのたくさんの浮気写真を見て、あの反応はおかしいです……私は……耐えられなかった……」

 

「…………」

 

 私の口から、自然と彼女に対する疑問が口に出ていた。ゆんゆんはしばらく無言であったが、そのうち、くつくつとした笑い声を上げ始めた。それはやめて欲しい。私のトラウマになった笑い声の一つだ。

 

「バカねめぐみん。耐えられるわけないでしょう? カズマさんが他の女を抱くなんて許せないし、許したくない。私だってそう思っているわ」

 

「でも、あなたは……」

 

「うん、耐えられた。何故かは簡単。それは私にとっての一つの確信があったのよ……」

 

 ゆんゆんの笑い声が大きくなる。私はその声にビクリと体を震わせる。どうにもこれには慣れない。エリスの薄ら笑いと同じくらい苦手で……! 

 そんな時、ゆんゆんがこちらに顔を向けてきた。腫れ上がっているが、彼女の表情は私には分かった。彼女は満面の笑みを浮かべている……

 

「カズマさんは私を一番愛している。それが私には分かっているの。これがどういう意味か分かるめぐみん?」

 

「分かりません……」

 

「簡単な事よ。カズマさんは私を一番愛している。カズマさんは最低な色ボケだけど、私への愛情は変わらない。そうすると、写真に写る光景は私にとっての戒めに見えるの。私の魅力が足りなかったって……」

 

 悔しそうに唇を噛むゆんゆんを私はじっと見つめる。そんな事を聞きたいのではない。それは私だって思う事だ。自分の魅力が……誘惑が足りないせいでカズマはゆんゆんに……!

 

「でもね、一方で哀れに思うの。写真に写る女性……めぐみん達がとっても哀れに見える。だってカズマさんに愛されていないんだから……いえ、少しは愛されている。でも、私ほどじゃない! だから、私にとってあの写真はカズマさんが性欲処理をしている姿としか見えない」

 

「わけが分かりません。あなたは結局何が言いたいのですか……?」

 

「まだ分からないの? 私にとってあなた達は――」

 

ゆんゆんが私に向かってニコリと微笑んだ。それは本当に屈託のない微笑みだ。

 

 

「風俗嬢とたいして変わらない。だって愛してはいないから……! 単なる性欲処理に過ぎないのだから……!」

 

「なっ……!?」

 

「ねぇ、めぐみん? あなたは夫が風俗に行ったらどう思う? 嫌よね、軽蔑するよね? でも、浮気とまでは思えない。もちろん離婚も考えない。だってカズマさんにとってはそれは単なる性欲処理に過ぎないんですもの。風俗ってそんなものでしょう?」

 

「ゆんゆん、あなたは!」

 

「むしろ、めぐみん達はマシな方ね。変な病気も持ってなさそうだし……」

 

 この生意気で最低な事を言った女を思いっきり殴りつけたかった。でも、体が動かない。そんな私を、ゆんゆんはくつくつと笑いながら見つめてきた。

 

「ごめん、ごめんねめぐみん? 流石に言い過ぎた。あなた達は風俗嬢とも違うし、悔しいけれど、カズマさんはあなた達に少しだけ気があるのは分かる。あの写真は立派な浮気よ……本当にカズマさんは最低です……!」

 

「それならばもう一度聞きます……なぜあなたは耐えられたのですか……? 私は……私は……!」

 

「だから言っているじゃない。カズマさんは私の事を一番愛しているの」

 

 ゆんゆんが楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに笑った。顔は打撲で見れたものじゃない。でも、とても美しく感じられた。そして、何故だか昔の私を見ているような不思議な気分になった。もしかして彼女は、以前私が至った結論と同じような……

 

 

 

「カズマさんがちょっとくらい浮気をしても、私は構わない。最後には私の元に帰って来てくるなら……ね……?」

 

 

 

深く溜息をはく。どうやら、彼女は以前の私と同じような境地に至ったようだ。本当に恐ろしい女だ。ダクネスも私と対峙した時、こんな気分を味わったのでしょうか……味わってくれたのでしょうか……

 

なるほど……なるほど……!

 

「ゆんゆん、私はカズマを諦めません! そしてあなたに勝ってみせます。今回の決闘だって、私はあなたに勝って見せました!」

 

「そういえばこれって私の負けか……負け……か……」

 

「そうです! あなたの負けです! でも、まだ勝負はついたわけじゃありません! だって……だって……!」

 

「だって?」

 

 聞き返してきたゆんゆんに私はドヤ顔を向ける。そうです。私はこの憎きライバルと完全に勝負を終えたわけではない。この勝負は、私が生きている限り続くのですからね!

 

 

「私達の人生は始まったばかりなんですから!」

 

 

 

 

 

「ふふっ、苦しい言い訳ね」

 

「……あなたの人生ここで終わりにしてやりましょうか?」

 

 

そう、人生はまだ始まったばかりなんです! 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 数日後、私は朝早くから屋敷を後にした。朝ご飯を作ってくれたアクアからは、お守りとか言ってゼル帝の羽毛を渡された。私はそんなゴミを窓の外から投げ捨てつつも、彼女から貰った勇気を胸に街中へと一人で繰り出したのだ。

 そして、目的地であるカズマとゆんゆんが住んでいる宿に辿り着いた時、私はダラダラと溢れ出る汗をハンカチで拭きながら深呼吸をした。

 もうゆんゆん何て怖くない! なんて事は言えない。あの女は私の生涯のライバルであり、エリスと並ぶトラウマメーカーだ。それでも、私は諦めない!

 

 私は嫌なほどにバクバクする心臓を押さえつけながら、部屋の扉をノックする。そして待つ事数十秒、扉がゆっくりと開けられた。現れたのは……カズマでした。

 

「おう、こんな朝からどうしためぐみん?」

 

「それは……って何であなたはパンツ一丁なのですか?」

 

「気にすんな気にすんな! 遊びに来たなら歓迎するぜ?」

 

「そうですか。まぁ、同じようなものです。カズマ、これを見てくれませんか?」

 

 そう言った私は、大事に持っていた風呂敷の中身を取り出す。中に入っていたのは、あのポッキリと折れてしまったカズマの剣だ。実は昨日までこの剣は危ないからとアクアが持っていた。それを、やっと返してもらえたのだ。

 

「カズマ、この剣を直して欲しいんです……」

 

「そういう事か。ほら、貸してみな」

 

 私はコクリと頷いた後、笑いながら手を差し出すカズマに剣を手渡す。そして、彼は剣をしばらく眺めてから折れた所……切断面をゆっくり撫でた。

 

「ポッキリ……いやスッパリいってるな……」

 

「ええ、ゆんゆんにやられました」

 

「そうなのか? ゆんゆんはお前に切り付けられそうになったって泣いてたぞ?」

 

「あ、あの女! チクリましたね! って違うのですよカズマ! これは……!」

 

「分かってるって、あいつも結構大袈裟だからな」

 

 朗らかに笑うカズマを見て安心しましたが、同時に悔しく思いました。本当に、本当にゆんゆんが羨ましいです。そうして少し落ち込んでいる私の頭を、カズマは優しく撫でてくれました。嬉しい……心が暖かくなります……

 

「安心しろ。これくらいすぐ直る」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、このまま直すのもいいし、綺麗にスッパリいってるからダガーに作り直すのもありだ。めぐみん、お前はどうしたい?」

 

「それは……カズマがオススメする方にしたいです。そして、もう一度私にプレゼントしてください!」

 

 私のお願いを聞いて、カズマは困ったような、でもどこか嬉しそうに笑った。私はそんなカズマにギュっと抱き着いて――

 

 

 

 

「朝から何の用なの、めぐみん?」

 

 

 

 カズマの背後からそんな声がした。もちろん、我が生涯のライバルのゆんゆんである。私の中で、恐怖心が湧き起るが、それを必死に抑え込む。これじゃあ、この女には勝てない!

 

「それは……って何て恰好してるのですかあなたは!」

 

「……? バニーガールよ? カズマさんが着てくれって」

 

「そういう事じゃなくて……ああもう……!」

 

 私は思わず地団太を踏みました。カズマの格好も合わせて見て、納得です。昨夜はお楽しみだったのでしょうか。それとも今から!? 朝からなんて、破廉恥です! そして、そんな私を見てゆんゆんはくつくつとした耳につく笑い声をあげました。

 

「ねぇめぐみん、私はあなたに言いたい事があるの。いえ、“もう一度”言いたい事があるの」

 

「何ですか……?」

 

「それはね……」

 

 ゆんゆんが、カズマの事を背後から抱きしめました。そして、彼の体を弄ぶようにゆっくりと撫で回します。カズマの背から顔を覗かせるゆんゆんの表情は優越感に満ち溢れていました……

 

「めぐみん、私は今回の決闘に負けちゃったよね?」

 

「ええ、そうです。私が完膚なきまで叩き潰しました」

 

「そう、私は負けた。でも、何がとはいわない。けど……」

 

私は嫌な予感がした。彼女は“もう一度”といった。もしかして、屋敷の時と同じあの……!

 

 

 

 

 

「私の勝ち」

 

 

 

 

 

 

「あー! ゆんゆんのバカ! めぐみん泣いちまったじゃねーか! おーよしよし……怖かったな? ほら、家に入れよ。お茶ぐらい飲んでいけ」

 

「カズマさん! 騙されちゃダメです! 今、あなたに抱きしめられながらニヤリと笑いました! この……! 私達の部屋に入らないで!」

 

「お前はちょっと外で反省してろ! さて、めぐみんはお茶とコーヒーどっちが……ってなんだめぐみん!? こ、こら! そんな所触るな! おおっ…おふっ!?」

 

「カ、カズマさーん! 鍵を開けてください! 何をしているんですか貴方達は! それに私の今の格好は……ってお隣さん!? 違うんです! この格好は……!? ええっ、仲が良さそうで羨ましい? も、もう! 実は夫が着てくれって土下座までされちゃいまして……!」

 

 

そうです! 私だってもう一度言ってやります! まだ勝負は決まっていない!

 

私達の人生はまだ始まったばかりなんですから!

 

 




爆発するキノコは特典小説に出ています。
魔力を感知すると爆発する中々に悪用できそうなアイテムです。

という事で、次回が最終回です!
まぁ、エピローグも入れる予定なので残り二話ですね。


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最終話:約束

 

 

 

 

 アクセルの街にあるアクシズ教会、そこに敷かれたヴァージンロードを俺とゆんゆんは腕を組んでゆっくり歩く。純白のウエディングドレスに身を包んだ彼女の顔は、ヴェールに遮られて見る事はできない。でも、満面の笑みを浮かべているに違いない。

 そんな俺達の結婚式の参列者は少ない。ウィズに俺の知り合いの冒険者、ゆんゆんの親族に賑やかしのアクシズ教徒と、かなり小規模だ。そこに、めぐみんとダクネスの姿はなかった。ちなみにバニルは教会に入った瞬間蒸発した。悪魔的に無理なのか、アクアが罠を張ったのかは分からない。まぁ、どうでもいいか。

 そして、祭壇の前についた時、俺はゆんゆんと共に誓いの祝福をする聖職者であるアクアと向き合う。彼女はコホンと一つ咳払いしてから誓いの言葉を述べ始めた。

 

「汝、ゆんゆんはこの最低で鬼畜でヒキニートなカズマさんと結婚し、神である私の定めじゃないものに従って夫婦になろうとしています。本当にいいの……?」

 

「おいアクア! お前がやりたいって言ったから任せたのに、何を言って……!?」

 

 ぶすっとした表情のアクアに抗議の声を入れようとした時、俺の口にゆんゆんがそっと手を添えて塞ぐ。ヴェール越しの彼女は微苦笑を浮かべていた。

 

「カズマさん、私はあなたを愛し、敬い、慰め、助けて変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の日の続く限り、あなたに対して、堅く節操を守ることを誓います。あなたも誓ってくれますか?」

 

「おう、誓ってやる。いや、誓います」

 

「なんだか嘘くさいですね」

 

「おま……!? 勘弁してくれよ……!」

 

 クスクスと笑うゆんゆんを見て、俺は内心焦る。そして、そんな俺達を見てアクアが溜息をはいた。お前が発端なのに、そのヤレヤレと肩をすくめる姿は非常に腹が立った。この場じゃなければ、張り倒していた所だ。

 

「まったく、もういいわよ。結婚でも何でもしちゃいなさい! それじゃ、指輪交換を始めるわよ? じゃりめちゃん、かもーん!」

 

 アクアの声を受けて、祭壇の影から毛玉が姿を現す。猫……ではなく、もはや立派な初心者殺しになった毛玉の登場に会場は少しざわつく。しかし、毛玉はそんな事は気にもとめずに、口に咥えた小さな小箱を俺達の方へ差し出した。そして、ゆんゆんはドヤっとした表情を浮かべていた。リングベアラーを毛玉に任せたのは彼女だ。

 俺は毛玉から結婚指輪を受け取ると、満面の笑みを浮かべて左手を差し出すゆんゆんの薬指にゆっくりとはめた。彼女は微笑みながら指にはめたシンプルなプラチナリングを一撫でしてから、今度は俺の手を取った。そして、ゆんゆんによって俺の指にも指輪がつけられる。指輪をつけた事で少し感じる手の違和感が、今はとても心地良い。

 

「カズマさん、そちらもお願いします」

 

「はいはい、もっかい手を出せ」

 

「はい!」

 

そして、プラチナリングが輝く彼女の左薬指に重ねるように、俺はあの指輪をつける。長い間つけていた銀色の指輪は、少しだけくすんでいる。思えば、本格的にゆんゆんと付き合うようになったのは、この指輪を渡してからだ。彼女は二つの指輪がはめられた手を嬉しそうに眺めてから、参列者にその指輪を見せつける。そんなゆんゆんのヴェールを俺はそっと外す。彼女の微笑みが、更に深くなった。

 

「次に誓いのキスをするわよ! はい、ぶちゅっとやっちゃいなさい!」

 

 なんだかヤケクソなアクアの言葉に俺達は小さく笑う。そして、ゆんゆんを軽く抱き寄せると、彼女は目をゆっくりと閉じた。俺はそんな彼女の口に顔を近づけ――

 

 

 

 

「その結婚、待った!」

 

 

 

 

 突然、教会正面の扉が蹴り破られた。そこから、凄まじい魔力を込めた杖を掲げためぐみんが、両眼を真紅に輝かせながら現れた。どうやら、彼女はダクネスの時と同じように、街中で爆裂魔法を完成させてしまったらしい。

 

「会場の皆さん、こんにちは。そしてさようなら。私と共に爆裂魔法の塵と消えましょう!」

 

 教会内が、シーンと静まり返る。そして、しばらくの静寂が続いた後、教会内は大騒ぎとなった。大慌てで逃げるもの、めぐみんを取り押さえようとする冒険者、それを張り倒すめぐみんの護衛……というかあれはダクネスか……

 

「カズマさん、やっぱりこうなっちゃいましたね」

 

「そうだな、式の日程が決まってから毎日爆破予告の手紙を本人から貰ってたしな。昨日、警察署の牢屋にぶちこんでやったのに……ダクネスも堕ちたもんだ……」

 

「あんた達、何を達観してるの!? めぐみんの表情を見なさいよ! アレは本気、本気の目よ!」

 

 焦った様子のアクアを見て、俺達は小さく笑う。それから、ゆんゆんが俺にキラキラとした視線を向けてきた。彼女特有の、“お願い”の合図だ。

 

「カズマさん、アレやってくださいアレ!結婚式って言ったらアレですよね! ほら、やってください!」

 

「いやいや、アレじゃわかんねーよ……」

 

「もう、カズマさんは察しが悪いですね。お姫様抱っこですよ! めぐみん達に見せつけてやりましょう!」

 

「あー……分かったよ……」

 

 俺はウェディングドレスで質量マシマシのゆんゆんをそっと抱き上げる。そして、喧騒の中のバージンロードを再び歩いた。

 そんな俺にゆんゆんは甘くて柔らかいキスをしてくる。こんな時だというのに、俺はその口づけを堪能した。10秒か1分かも分からない長くて短い時間の後、ゆんゆんが唇を放す。彼女の表情は俺から見ても屈託がないと言い切れる満面の笑顔を浮かべていた。

 

「誓いのキスです。カズマさんもちゃんと誓ってくださいね?」

 

「分かってるさ! 誓う…誓います!」

 

「適当ですね。まぁ、私を一番に愛してくれればいいんです。ちょっとくらいは見逃してあげますから! ちょっとくらいはね……?」

 

 ゆんゆんは変わらない微笑みだが、何故か俺は背筋にゾクリとした感覚が走った。まったく、俺を少しは信頼して欲しい。浮気なんて絶対に……うん……しないよ……多分……!

 何やら変な思考になりかけた時、ゆんゆんがクスリと笑った。一瞬ギクリとしたが、彼女は会場の方を見て笑ったようだ。

 ゆんゆんの視線の先には、喧騒の中でおろおろとするウィズの姿があった。そんなウィズに、ゆんゆんは持っていたブーケを突然投げつけた。ウィズはその投げつけられたブーケを受け取り、困惑した視線を俺達に送ってくる。

 

 

「ゆんゆんさん! いきなりなんですか! というか式が滅茶苦茶になってるけどいいんですか? 結婚式って女の子にとってとても大切な……!」

 

 

「ねぇ、ウィズさん?」

 

「……なんです?」

 

 

あ、何となくゆんゆんが何を言うか分かった。コイツはまた……!

 

 

 

 

「ウィズさんは私のブーケを受け取ったんです。結婚、出来るといいですね?」

 

 

 

 

「あ……ああ……ああああああああっ! わっかりました! ゆんゆんさんは最低……最低です……! あなたの式なんか私が爆裂してやります!」

 

 

 涙目になりながら爆裂魔法を唱え始めたウィズを、ゆんゆんがクスクスと笑いながら見つめていた。本当に嫌な女になったもんだ。可愛いけど。

 

「よっしゃ! それじゃあ行くかゆんゆん! 実は事前に馬車を手配してあるんだ。こうなる事は予想済みだったんだよ!」

 

「流石ですカズマさん! どこに逃げるんですか?」

 

「逃げるんじゃねーよ! 新婚旅行……ハネムーンって奴だ!」

 

「わぁ……楽しみですねぇ……! ふふっ、旅行……新婚旅行……!」

 

 ウキウキのゆんゆんをお姫様抱っこをしたまま、俺はめぐみんに蹴破られたドアを蹴破る。そして、気持ちの良い太陽の日差しを感じていると、俺達の隣に憔悴した表情のアクアが駆け寄ってきた。

 

「カ、カズマ! いっちゃうの!? めぐみんをあのままにする気!? それに私も頑張ったのよ! カズマに喜んでもらえるように披露宴の準備もしたし、盛り上げるためにアクシズ教徒の中でも選りすぐりの面白い人を……!」

 

 俺はひとまずゆんゆんを待機していた馬車に乗せる。そして、お姫様抱っこが解除されて悲しそうな顔をする彼女の頭を撫でてから馬車の扉を閉めた。

 それから、アクアに向き直る。本当に彼女には悪いと思っている。でも、仕方がなかったんだ。そんな罪悪感を押し込めて、俺はアクアを抱き寄せる。アクアは一瞬体をビクリと震わせたが、素直に俺の腕の中に納まってくれた。

 

「アクア」

 

「な、なによ……! もしかして私の方が好きとかじゃ……! だめよ! 馬車の窓からゆんゆんが見てる……!」

 

「めぐみん達を任せた」

 

「え?」

 

「お前なら安心して任せられる。後、ごめんな? こうなる事が分かってたからアクシズ教会で式をあげたんだ」

 

「え……あ……ん……? カズマさん……意味が分かんないですけど……」

 

 俺は茫然とした表情を浮かべるアクアの頭も撫でた後、馬車に乗り込んだ。すぐさま、抱き着いてきたゆんゆんを受け止めながら。馬車を発進させる。

 そして、馬車を走らせる事数十秒、凄まじい爆発音が街中に響いた。馬車の窓は衝撃波で砕け散る。俺はガラスの破片からゆんゆんを守った後、彼女とともに風通しの良くなった窓から外を眺めた。

 

「カズマさん! 燃えてます! 燃えてますよー! ふふっ、炎って綺麗なんですね!」

 

「はっはっは! 知らねー! もう知-らね! 知らないけど……すまないアクア……! 達者でなー!」

 

 

 

窓から入る風に混じって、聞きなれた泣き声が聞こえたような気がする。

 

 

 

 

 

すまない……すまないアクア……! お土産買ってきてやるからな……!

 

 

 

 

 そして馬車でのゆったりとした旅が……始まらまなかった。アクセルの街か出てから1時間後、俺達は変な奴に絡まれていた。

 

「ひゃっはー! 死にたくなけりゃ金目のもの出しな! ついでにそこの女もだ」

 

「…………」

 

「なんだその目は!? 抵抗するなら容赦はしないよ!」

 

「何やってんすかお頭……」

 

「……!? お、お頭じゃないよ! あたしは下っ端盗賊だから! 決してお頭じゃないから!」

 

「あ、はい」

 

 俺達はしどろもどろになっている盗賊娘を白い目で見つめた。口元をマフラーで隠し、薄汚れた格好をすれば誤魔化せるとでも思ったのであろうか。

 本気なら、その眩しい程に白く美しい肌を汚すべきだったであろう。何というか少し抜けている。まぁ、どっちにしても声でバレバレだが。

 

「でも、一瞬男には見えました。流石ですお頭」

 

「な、なにおう!? 男じゃないから! あたしは泣く子も黙る銀髪盗賊団の紅一点……!」

 

「“バインド”」

 

「ああっ!?」

 

 俺は簀巻きになった盗賊娘……というかクリスを地に転がす。エリス様まで一種の悪ノリに加担してしまうとは、何だか非常に残念である。はぁ……まったく……

 

「へっへっへ! 盗賊の癖に良い肌してるじゃねーか! まぁ、盗賊だし滅茶苦茶に犯しても文句言えないわな……ほれほれ……!」

 

「ひゃあんっ!? ダメだよ助手君……ゆんゆんが見てる前でセクハラなんて……ん……やぁ……」

 

「セクハラで済むと思っているのか!? 二度とこんな盗賊家業ができないよう俺が教育してやる!」

 

「いたいっ!? お尻叩かないで! あんっ……助手君鬼畜だよう……!」

 

「はっはっは! 良い声で……もひゅっ!?」

 

 

 頭部に受けた強い衝撃で俺は地面に倒れ込む。振り返ると笑顔を固まらせているゆんゆんの姿があった。

 

 

 

「カズマさん、結婚初日から調子に乗らないでくださいね?」

 

「す、すいませんでしたぁ!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ん……お風呂気持ちいですね……」

 

「そうだなー温泉もいいけど、こういうホテルの風呂も悪くない」

 

「泡風呂が気兼ねなくできるのもいいですよね。お家のお風呂じゃあまりやる気が起きませんから……ほら……カズマさんに泡パックしてあげます」

 

「もひょ……やめんふぁ……」

 

 俺は嬉々として顔に泡をひっかけてくるゆんゆんをそのままに、広めの浴槽で体を伸ばした。現在、俺達は王都の高級ホテルに来ていた。意気揚々と新婚旅行に出た俺達だが、結婚初日は何だかんだで疲れる。クリスの襲撃を避けた後、他の襲撃者の出現が予想されたためテレポートでさっさと王都に向かう事にしたのだ。そして、何より……

 

「あっ……んっ……相変わらずですねカズマさんは……」

 

「相変わらずで悪いな。でも、お前のおっぱいが最高すぎるからいけないんだ」

 

「意味が分かりません……んぁっ……ひゃっ……! カズマさん、そこはダメ……ダメです……おっぱいだけにしてください……! 本番は……ベッドでお願いします……!」

 

「わかったよ。でもおっぱいは揉む」

 

「もう……本当にカスマさんは……んぅ……」

 

 そのままゆっくりと風呂とゆんゆんを楽しんだ俺は、お湯と興奮で火照った体を冷ましつつ、備え付けのワインを引っ張り出していた。気分的にはビールなのだが、酔えるなら最早なんでもいい。

 ゆんゆんはというと、ベッドに腰かけて窓から見える王都の夜景をじっと見ていた。そんな彼女の横に腰かけ、ワインの栓を抜く。うーん、やっぱりビールってより、芋焼酎な気分だな……

 

「夜景、綺麗ですね」

 

「ん? そうだなー」

 

「何だか適当ですね」

 

「そう言われてもな。ああ、アレか。この夜景より、ゆんゆんの方が綺麗だぞ!」

 

「ふふっ、臭いセリフですね。でも、嫌いじゃない。むしろ大好きです」

 

 

ゆんゆんはクスクスと笑った後、俺の肩に寄りかかってきた。あざとい。でも可愛い。

 

 

「私達、結婚したんですね……」

 

「そうだな。実感はこれと言ってないが、書類上はきちんと夫婦だ」

 

「書類上とか言わないでください! きちんと夫婦なんです……やっとカズマさんのお嫁さんに……奥さんになれたんです……!」

 

「お、おう……」

 

 俺の腰を抱きしめる腕の力が強くなる。彼女の熱い抱擁を受けながら、俺はため息をはいた。何というか、ほっこりとした幸せな気分で満たされる。実感はない……でも幸せだと思えるのは確かだ。

 

「カズマさん、私は嫌な女です。あなたを誰にも渡したくないし、あなたの自由や欲望を今後束縛するような事をするかもしれません。それでもいいんですか? 私と結婚して後悔はありませんか?」

 

「アホ、後悔なんかしちゃいない。それに束縛したいなんて思うのは普通の事だし、それだけ愛してくれるなら嬉しいもんだ。そもそも、お前は割と寛容な奴だよ。普通だったら、俺みたいな最低な奴は刺されてもおかしくないんだ。むしろ、お前の方こそ後悔してないのか?」

 

ゆんゆんの頭を撫でながら、そっと問いかける。彼女はクスリと笑った後、俺の耳元で囁いた。

 

 

 

「後悔なんてしていませんよ」

 

 

 

 それから、しばらく沈黙の時間が続いた。ゆんゆんは何も口に発しないが、俺の胸を撫でてきたリ、耳たぶや首筋に甘噛みをしてきた。そして、俺はというと、柄にもなく緊張している。そんな俺の様子を察したのだろうか。ゆんゆんは、ベッドに俺の手を引きながらゆっくりと倒れ込んだ。

 

「カズマさん、今日は初夜ですね」

 

「そ、そうだな……」

 

「ふふっ、なんで緊張しているんですか? もう初夜なんて言葉が霞むくらい夜を共にしたじゃないですか」

 

「そう言われても緊張するものはするんだよ……」

 

「おかしな人ですね」

 

 クスクスと笑うゆんゆんから、目を逸らす。今すぐにでも押し倒して犯してやりたいが、何故か体が緊張してしまうのだ。彼女はそんな俺のガウンを一気に脱がした。そして、自らもガウンをゆっくりと脱ぐ。見慣れた……でも飽きる事がない美しいゆんゆんの肢体が露わになった。

 

「カズマさん、私はあなたの奥さんなんです。私の体の全てはあなただけのもの。どうそ、好きにしてください」

 

「そうだな……ゆんゆんは俺のものだ……」

 

「そうです! 私はカズマさんのして欲しい事なら何でもしてあげちゃいます! だから、きてください……!」

 

 ゆんゆんに誘われて、俺は自分の情けなさに苦笑する。まったく、なってない。ゆんゆんが望んでいるんだ。俺も男として、夫として応えるべきだろう。

 一気にやる気モードになった俺は、ゆんゆんを組み伏せる。少し乱暴な俺に彼女は熱い吐息を漏らした。本当にえっちな女になってしまったもんだ。

 

「ゆんゆん、俺とお前の関係って、お前の不用意な発言とえっちな特訓をするっていうのが始まりだったよな?」

 

「いきなりなんですか? 確かにそうですね。あの時の私はバカでしたけど……カズマさんも最低でした。でも、今となっては良い思い出なんですよね……」

 

「はっはっは! ちょろすぎるお前が悪い! むしろ俺のおかげで最悪な事にならなかったかも知れないんだ。俺に感謝するんだな!」

 

「もう、とってもムカツキます! でも、感謝はしています。色々ありましたけど、私は毎日楽しいですし、カズマさんと一緒にいれて幸せですから……」

 

 嬉しい事を言ってくれるゆんゆんの頭を俺は撫でる。昔から変わらない、彼女に効果抜群なスキンシップだ。目を細めながら俺の手を受け入れる彼女に教える事はもうない。

 そもそも、あの特訓自体、エロイ事をするための建前のようなものだ。そんな最低な事をした相手と結婚しているのだから、世の中は良くわからない。まぁ、それを抜きにして彼女に教える事と言ったら……

 

「ゆんゆん、最後に教えてやる。お前は俺のものだ。でも、俺達は夫婦だ。この意味、分かるか?」

 

「カズマさんも私のものって事ですか……?」

 

「そうだな。意味としてはそれに近い。俺達は夫婦だ。対等な関係、これからずっと一緒にいる相手だ。だから、わがまま言っても良いし、俺にされて嫌な事は嫌と言え。奥さんってのは決して夫の言いなりになる肉便器じゃないんだ。俺もお前の体を手に入れるために結婚したわけじゃない。お前と一緒にいたいと思ったから結婚したんだ」

 

「カズマさん、そんな事言っていいんですか? 私、結構わがままな所ありますよ?」

 

「いいさ、わがままで結構! もちろん、今後はお互いの意見がぶつかって喧嘩になる事もあるだろう。でもな、それでいいんだよ」

 

「後悔しても知りませんよ? 私、本当にわがままですから。カズマさんにして欲しい事、して欲しくない事……いっぱいあるんです……!」

 

 そんな事を言ってくるゆんゆんの頭を再び撫でる。確かにわがままな女はうざい。でも、わがままな女なんて、アクア、めぐみん、ダクネスで慣れたもんだ。

 むしろ、その方が付き合いやすい。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものだ。お互いの素を見せれる関係ってのはイラっとする時もあるけど、心地よくて幸せな事に変わりはない。

 ゆんゆんは俺の愛撫を受けて幸せそうに表情を緩めた後、俺の頬に手を伸ばした。そして、愛欲に満ちた目を俺に向けながら、頬をゆっくりと撫でた。

 

「それじゃあカズマさんにお願いです」

 

「なんだ……?」

 

「私とえっちな事してください」

 

「まったく……ゆんゆんはエロイな……」

 

「カズマさんが私をこうさせたんです。責任取って……責任は取って貰いましたね」

 

 ゆんゆんと俺は一緒になって笑う。それから、俺は彼女の秘所に手を伸ばした。そこはすでに熱く濡れていた。軽くクリトリスに触れると、彼女は押し殺したような小さな嬌声をあげる。

 そして、ゆんゆんの膣内に指をゆっくりと入れて、愛液で水音がなるようにわざとらしく動かした。くちゅくちゅとした音に彼女は羞恥の表情で顔を更に赤くなっている。こういう反応は見ていて非常に楽しい。俺の表情もついつゲス顔になってしまうが、仕方のない事だろう。

 

「さっきの真面目な話をしてる時も、ゆんゆんはここを濡らしていたわけか。俺より性欲が強いんじゃないか?」

 

「んっ……カズマさんがお風呂で散々私の胸をいじったからです……その……ずっとえっちな事をする流れだったじゃないですか……あんっ……んぅっ……!」

 

「やっぱりゆんゆんはえっちぃな……」

 

「何回目ですかそれ!? もういいです……私はエッチな女で……ひゃっ! だめです……そこ……んっ……ひゃん……あうううぅっ……!」

 

 ゆんゆんが体をビクビクと震わせ、腰をはねさせる。俺は彼女のそんな姿をたっぷり数十秒楽しんだ後、指を引き抜いた。指に絡みつく透明の愛液を彼女の前で味わうように口に含んだ。

 ゆんゆんは羞恥で更に顔を赤くしているが、とろけた表情からは快楽と幸せの気持ちがにじみ出ている。本当に可愛い奴だ。

 そして、正常位の体勢をとなり、とろとろになったゆんゆんの秘所に俺のペニスを一気に突きこんだ。彼女は挿入した瞬間に大きく息を吐いた後、その勢いのまま俺の腰を強く抱きしめてきた。

 

「おおっ……相変わらずのいい締めつけだ……まぁ最初と比べたらお前のゆんゆんも随分とゆんゆんしてきたがな……」

 

「何を言って……んぁっ……いるんですか……!? もう……!」

 

「良い感じに慣れてきたって事だ。あと……ゆんゆん……今の時期はアレだよな……?」

 

「っ……!」

 

 俺の問いかけに、ゆんゆんは腰の抱き着きを強く事で答えた。これはもう肯定の意という事だろう。彼女の吐息は先ほどより随分と熱いものになっているし、何より俺を見つめる潤んだ瞳が物語っていた。

 

「ゆんゆん、子供欲しいか?」

 

「あっ……その……子供……私の……カズマさんの……えへへっ……」

 

「おう、そのだらしない顔はやめろ。で、どうする?」

 

「えと……カズマさんこそ……赤ちゃん欲しいんですか……?」

 

 不安げな表情でそう聞いてくるゆんゆんに苦笑する。彼女に子供なんて一生いらねぇと言った時はどんな反応をするか気になりはするが、俺もそこまで外道でもない。強くゆんゆんを抱きしめ返しながら、安心させるように囁いた。

 

「俺は欲しいなゆんゆんとの子供」

 

「あうっ……」

 

「このまま夫婦生活を楽しむのも悪くない。でも、家族が増えても楽しくて幸せな生活になる事を俺は確信している。あれだ、賑やかになるぞ?」

 

「もう……カズマさんは……もう……」

 

 お互いに抱き合ったまま、しばらくの沈黙が起きる、今も挿入中の逸物を動かすとゆんゆんは小さな嬌声を漏らした。彼女の答えを待つのもいいが、そろそろ俺の我慢の限界が近づいてきた。そもそも、俺が子作りしようなんて言い出したのは、早く作らないと、もしかしたら……

 

「今、変な事考えてませんか?」

 

「カ、カンガエテナイヨ!」

 

「怪しい……」

 

 俺の額に汗が吹き出し始めた。というのも、めぐみん達が諦めていないというのは割とピンチだったりする。彼女達は正直、今となっては何をやるか分からない存在だ。取返しがつかない事態が起こってからじゃ遅いのだ。

 なんていう危機感とゲスな感情は少しある。でも、俺の本心として子供はありなんじゃないかと思うようになっていた。これはゆんゆんや、めぐみんの両親との姿を見た事が関係しているかもしれない。正直、ちょっと羨ましかった。俺は両親に面と向かって会う事も親孝行する事も出来ない立場だ。もちろん、この世界に来たことも残った事も後悔していない。

 ただ、この世界での人生を全うし、嫁さんと子供を幸せにする事で、親に自分も立派になったのだと証明したい。アクアとエリス様に頼めば再び両親に会えそうな気がするなんて内心思うが実行には移さない予定だ。

 それがこの世界を選んだ俺に対するケジメだろう。まぁ、機会があったら両親に嫁を自慢するのもやぶさかではないが。

 

 というような理由もある。謎の危機感とか両親へのうんたらとあるが、やっぱりゆんゆんが望んでいるからだ。

 彼女は隠しているつもりかもしれないが、俺との結婚生活に関する妄想話や、あれしましょう、これしましょうっ! と幸せそうに話す将来の予定に、子供の影がチラついていた。

 それに、アクアから借り受けた妙な雑誌を俺から隠れてこそこそ読んでいる事も知っている。ここまでされたら俺もその気になる。酸いも甘いも、ともに味わいたいとゆんゆんを選んだのだ。そこに俺と彼女の子供が加わる事には躊躇いは一切ない。

 

 

 

何より、きっと今より幸せになれる気がする。

 

 

 

「ふふっ、神妙な顔をしてますね。まぁいいです。カズマさんが怪しいのはいつもの事ですから」

 

「信用ねぇな俺……」

 

「あなたの行動をずっと見てきたからこそです!」

 

 そう言って、ゆんゆんはクスクスと笑った。俺は、その笑顔に苦笑で答える。はっはっは、何も言い返せねぇ……

 

「カズマさん、きっと賑やかで幸せな……今まで以上に楽しい日々になるはずです……だから……こじゅくり……こひゅっ!? ううっ……わ、わたし……カズマさんの子供……欲しいです……」

 

「そうか」

 

「はい……ずっと私の夢で……憧れで……カズマさんがいない時……あなたとの幸せな生活が私の……」

 

 俺はゆんゆんの頭をガシガシと乱暴に撫でた。そうすると、彼女は申し訳なさそうに微笑んだ後、俺に甘くてやけどしそうなほど熱い口づけをした。そんなゆんゆんに、とてつもない愛しさをこみあげる。

 俺は彼女の両脚を俺の肩に乗せ、押しつぶすようにのしかかる。その時、俺のペニスは彼女の秘所に深く深く挿入された。コリコリとした膣奥に到達した瞬間、彼女は膣内をキュウキュウと締め上げ、体をビクつかせながらも、俺をより深く感じようと抱きしめてくる。それがまた、愛おしかった。

 

「あっ……んっ……深い……深いですカズマさん……! んぅっ……ひゃん……!」

 

「当り前だ。これは俺の故郷でも伝えられる体位、“屈曲位”だ。そんな由緒ある体位なんだが……別名は種付けプレスだ」

 

「んっ……下品です……こんな……こんな……んひいいいいっ!?」

 

「うぉ……!? またイッたのか? こんなに締め付けて……ゆんゆんは孕む気満々だな!」

 

「いやあ……言わないで……! そんな……私はそんなつもりは……あ……あります……! カズマさん……もっと……もっと強く……!」

 

 この体位になってから早くも二度目の絶頂を迎えたゆんゆんに俺は少しの呆れと、とてつもない興奮で脳が支配された。両足で首を絞めるように拘束してくる彼女は、体を震わせながら俺の腰に爪を突き立てる。もちろん、俺の理性はぶっとんだ。

 

「るああああああああああっ!」

 

「ひゃあああああああああああああっ!? だめっ……んんっ……やぁっ! ひゃうっ……激しい……激しいですぅ……あふっ……んっ……!」

 

 俺は容赦なくガンガンと腰を振り、肉を打つ下品な音が部屋中に響く。ゆんゆんはとろけた微笑みを浮かべながら俺を受け入れ、抽送によって亀頭が子宮口付近を小突くたびにだらしのない嬌声を上げていた。

 もちろん、そんなゆんゆんの姿は俺の興奮を増長させる材料にしかならない。しかも、バカな話かもしれないが、俺の中でこの女を絶対に孕ませてやるという謎の使命感まで生まれてきた。

 

「いひゃ……んっ……あぅ……だめ……また……やっ……やああああああっ!?」

 

「せいっ……! なんだゆんゆん、またイッてるのか? 本当にえろい……俺の子供がそんなに孕みたいのか?」

 

「ひゃう……! ううっ……だからそんな下品な言い方は……あうっ!? だめっ……そこ本当にだめ……!そんなに激しくされたら赤ちゃんの部屋壊れちゃいます……! だから……やっぱりゆっくり……!」

 

「ああん?」

 

「やああああああっ!? だめええええっ! だめって言ってるのに……うううううっ! だめ……また……! あっ……んんんんんっ!?」

 

 だめだめ言っている割には、ゆんゆんが俺の首を締め付ける力が強くなるし、膣内は精液を搾り取ろうときゅうきゅう締め付けてくる。まぁ、これが口だけの否定である事は長い付き合いで分かっているので、俺はより抽送を速くする。ゆんゆんは体を止めない俺を見て、身をよじって逃げようとする。しかし、両足による首の締め付けはやめない。なにがしたいんだコイツは……

 そして、抽送を繰り返しているうちに俺の限界が近づいてきた。式の準備などで忙しかったため、俺達は3日前から性行為をしていない。つまり、俺の玉は全弾装填、フルチャージ状態だ。これはもうぶっ放すしかない……ぶっ放したい!

 

「さぁ出すぞゆんゆん! ほら言え! カズマさんの精液で孕ませてくださいって言え!」

 

「やぁ……あっ……何を言わすんですかあなたは……いいっ!? ひゃっ……んっ……!」

 

「バカッ! 男を興奮させるための一種の様式美だ! 恥ずかしがらずに……さん、はい!」

 

「んんっ……ひゃうっ……えと……カズマさんの……! やっぱ無理です……!」

 

「はぁっ!? ここまできてこれか!? どうした!? お前に散々教えただろ! 恥ずかしがっちゃダメだ! ほらほらほらっ!」

 

「あうっ……もう……本当にカズマさんって人は……!」

 

 ゆんゆんは諦めたように熱い溜息を吐いた後、俺の肩から両足を抜く。代わりに、両腕で俺の頭を抱きしめた。顔中が、ゆんゆんの柔らかくて熱い……そして汗で濡れているおっぱいの感触に包まれる。思わず腰の動きを止めてしまった俺の耳元で彼女が囁いた。

 

 

「カズマさん、私を孕ませてください……妊娠させてください……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい喜んでええええええええええっ!」

 

「あああああああああっ!? だめっ! そんな……そんな……!」

 

「おおおおおおっ! おう……うう゛っ! おおう……」

 

「ひゃあああああああっ!? 出てます……いっぱい……カズマさんのが奥でいっぱい……! んんっ……妊娠……私……絶対妊娠しちゃいますぅ……!」

 

 俺はゆんゆんの最奥で、思いっきり射精した。ドクドクとペニスが脈打つたびに、ゆんゆんの体もビクビクと震える。そして、精液が彼女の“中”に入っているのを実感した。俺の亀頭を咥えこむような状態になっている子宮口が証拠だ。ゆんゆんは一滴も逃すつもりはないらしい……

 

「あはっ……んっ……もう出しすぎですカズマさん……こんなのだめです……!」

 

「何がダメだよ。子供欲しくないのか?」

 

「そういうわけじゃ……あうっ……私の中に熱いドロドロが蠢く感じがします……! ふふっ……絶対に元気な子が生まれちゃいますね……」

 

 そんな事を嬉しそうに……幸せそうに言いながら、ゆんゆんはお腹を優しく撫でた。その姿を見ていると俺の顔も自然と緩む。そして、もちろん俺のペニスも硬くなる。

 

「つーわけで二回戦だ! もっと注いでやらないとな!」

 

「えっ……? こんなにいっぱい出したのに……もう……ですか……?」

 

「はっ! そんな事言って、ゆんゆんも期待してるんだろ?」

 

「ええっ!? わ……わたしは……その……うん……もっとカズマさんの欲しいです……!」

 

真っ赤になりながら精液を懇願するゆんゆんに俺は再び腰を打ち付ける。孕ませるという獣の思考に支配された俺は、その後、何度も彼女の中で射精した。何度も……何度も……!

 

 

 

 

「ヒャーッハッハ! せりゃああああああああっ! う゛っ!?」

 

「ひゃああああああああっ!? また……また……はひゅっ!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「くふっ……くふふっ……! 溺れてちゃいます……カズマさんの精液で私の卵か溺れちゃいます……!」

 

「ゆんゆんー?」

 

「やあっ……だめです……そんな……まさか私の赤ちゃんの素を輪姦する気ですか……? だめぇ……そんなにいっぱい……双子どころじゃすまなく……あいたっ!?」

 

「まったく、落ち着いたか? よだれ垂らしながら何呟いているんだか……」

 

 とろけた顔でアホな事を呟いていたゆんゆんを、チョップで正気に戻す。彼女は頭を押さえてキョロキョロと周囲を確認したあと、じっと自らの下半身を見つめた。

 彼女の太ももや下腹部には俺の精液は飛び散り、膣口からも愛液と精液が混じった白いドロドロを垂れ流している。ゆんゆんはそれを幸せそうに眺めた後、俺の股間に視線を移した。

 そこには、一仕事を終えて半勃起状態の逸物があった。彼女は、身を起こして俺の逸物を口に含む。そして、色んな液体で汚れた逸物を舐めとり、最後にじゅるじゅると吸って口を放した。

 俺はそんなゆんゆんの頭を撫でてやった後、一緒になってベッドに倒れ込む。なんだかやりきった事に対する達成感に俺は深く息をつく。彼女はふきんで体を拭いてもぞもぞした後、べったりと俺に抱き着いてきた。そのまま気持ちのいい沈黙をしばらく過ごしてから、俺はゆんゆんに語りかけた。

 

「ゆんゆん、明日は海沿いのリゾートに行くぞ。そこでゆっくりするか」

 

「海ですか……うん……いいですねぇ……でも、水着持っていませんよ?」

 

「そんなの現地で買えばいい。んで、夜はもちろんセックスだ。今日以上にたっぷりやってやる。覚悟しろよ?」

 

「ふふっ、いいですよ。子供が出来るまで毎日……これからもずっとお願いします……」

 

 俺の腕に頭を預けながら、ギュっと抱き着くゆんゆんを撫でながら俺は再び息を吐いた。何というか本当に悪くない。ずっとこうしていたい気分だ。

 そんな事をぼんやりと考えていると隣のゆんゆんがクスクスと笑い出した。最初は別に気にしていなかったが、何やら様子がちょっとおかしい。

 

「くふっ……くふふっ……! 私の子供……結婚……旅行……カズマさん……!」

 

「どうしたゆんゆん……?」

 

「えへっ……えへへ……えへへへっ! カズマさんどうしましょう!? 私、すっごい幸せです……うふっ……えへへっ……」

 

「お、おう……そうか……」

 

「えへへっ……そうなんです……カズマさんカズマさんカズマさん!」

 

 俺の脇腹にもぞもぞと顔を擦り付けるゆんゆんを俺は苦笑しながら放っておく。そして、しばらく経った後、彼女は体を転がして俺の上に飛び乗り、両目を紅く輝かせながら俺の顔を覗きこんできた。

 俺は何となしにゆんゆんの額にデコピンを喰らわせると彼女はまたクスクス笑い出した。ちょっと頭おかしい……

 

「えへへっ……カズマさん……カズマさん……!」

 

「なんだよ?」

 

「ふふっ……えへっ……あぐっ!」

 

「あだだだだだっ!? だからなんで噛むんだよ! こら! 首は……いでっ!? いちょっ……やめっ……!」

 

「んふっ……んふふっ……! んっ……んぅ……!」

 

「ああああああっ!」

 

 

 

 結局、ゆんゆんが眠るまで俺はおもちゃにされた。体中につけられた噛み跡とキスマークを撫でながら苦笑する。

 

 

明日海で泳げねぇ……

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

――さん

 

「んっ……」

 

起きて――起きてください――

 

「んおぉ……おっ……?」

 

 体を揺すられた事で、俺は深い眠りから目を覚ます。ベットから起き上がると、エプロン姿のゆんゆんが微笑んでいた。彼女は俺に軽いキスをして、俺の意識を完全に覚醒させる。うむ、これで今日も一日頑張れる。

 

「ゆんゆん……海……海が……」

 

「まだ寝ぼけているんですか? 朝ご飯は出来てますから、顔を洗って目を覚ましてからリビングに来てくださいね」

 

 クスリと笑った後、ゆんゆんはキッチンに向かった。そこで、俺も寝ぼけていた事を悟る。ここは俺とゆんゆんが同棲している宿だ。1か月も前の新婚旅行の夢を見て寝ぼけるなんて、なんだか気恥ずかしい。言われた通り、洗面所で顔を洗って身支度を軽く整えた後、リビングの席につく。ごはんに味噌汁に、小さな焼き魚。うーん……よいぞ……!

 そんな時、肩をちょんちょんと小突かれる。隣の席に顔を向けると、いつものローブ姿のめぐみんがいた。

 

「おはようございますカズマ」

 

「んっ……? ああ、おはようめぐみん。今日は早いな」

 

「そんな事はどうでもいいです。それより、私にもしてください。ほらっ……」

 

そう言って、顔をこちらに近づけるめぐみんの意図を察する。こいつも朝から元気なもんだ。

 

「おはようのキスです。ぶちゅっとやってください」

 

「わかったよ。ほらっ……って誰がするか!」

 

「あいたっ!? おはようの頭突きですか!? ざ、斬新ですね……」

 

 額を手でこすりながらそんな事を言うめぐみんに俺は嘆息する。そして、エプロンを外したゆんゆんが席についた事が合図となってささやかな朝食が始まった。うん、相変わらず美味しい……

 

「美味しい……けど、この味噌汁少ししょっぱくありませんか?」

 

「んー? 確かにそうかもしれんなー」

 

「私はもっと薄味がいいです。高血圧になりますよ?」

 

そんな事を言うめぐみんに俺は苦笑をこぼす。これくらい大丈夫で……

 

 

 

 

 そんな時、リビングにバンッ! という音が鳴り響く。 それは、目の前のゆんゆんがテーブルを打つ音だった。

 

 

 

 

「ねぇめぐみん。なんで私達の朝食に紛れ込んでるの!?」

 

「なんですか? 遊びに来てるだけじゃないですか」

 

「こんな朝からって常識的に考えておかしいでしょう!? それに毎日……毎日毎日毎日毎日毎日! 私達って新婚なのよ! もういい加減にしてよおおおおおおおおおっ!」

 

「ああっ!? い、痛いですゆんゆん! 髪を引っ張るのは……いたっ……って今のブチって音は……!? ちょっ……ちょっと!?」

 

「カズマさんとの二人っきりを邪魔しないで! お願い……お願いだからああああああっ! あとカズマさんのパンツ盗むのもやめてよおおおおおっ! これで何枚目だと思ってるのおおおっ!」

 

「いたたたたっ!? やめっ……っていうか私はパンツなんて盗んでません……あたっ!?」

 

 朝からドタバタと喧嘩をするめぐみん達を、俺は味噌汁をすすりながら見守った。うーむ、ついにゆんゆんが爆発したか。まぁ当然かもしれない。本当に毎日来てたからな。

 

 

 そんな事をのんびり考えていると、玄関のドアがノックもなしにバタンと開けられる。そこからは見慣れた青髪の駄女神、タッパーを大事そうに抱えたアクアが現れた。

 

 

「やっほー! おはようカズマ、ゆんゆん、めぐみん! ねぇ見て見てー! 自家製ヨーグルトって奴作ってみたの! 美味しくできたから食べてみてー!」

 

 アクアが満面の笑みを浮かべながら俺の前にヨーグルトの入ったタッパーを置いた。俺はそんなアクアを憐憫の目で見る。なんというか間の悪い……

 

「…………」

 

「あ、ゆんゆん! あなたも食べてくれる? 美味しくできてると思うの!」

 

「こんなもの……こんなものっ! ああああああああっ!」

 

「ひゃあああああああっ!? なんでタッパーに壁に叩き付けるよ!? 私の……私の自信作のヨーグルトなのに……!」

 

涙を流しながら、壁に叩き付けられてぐちゃぐちゃになったヨーグルトをアクアが布巾でごしごしと拭く。そんなアクアの胸倉にも、ゆんゆんは掴みかかって大きく揺すった。おう、今日のゆんゆんは本当に大爆発だな。

 

「だからなんで毎日来るのよおおおおおおおおおっ! アクアさんには色々お世話になってますけど……しつこい……しつこいんですううううううううっ!」

 

「だって……今日のは自信作で……カズマにも食べて欲しいし……最近体調の悪いゆんゆんに……」

 

「あああああああああああっ!」

 

「わあああああああっ!? やめっ……やめてえ! 髪の毛引っ張らないでえええっ!」

 

 

 

 

今日も平和だなぁ……

 

 

 

 

「カズマ、今日は凄いの着てきましたよ。ほら……」

 

「おおっ!? これはシースルー!? めぐみんのぷにぷにが丸見えじゃないか! まったく、紅魔族は本当にエロイな!」

 

「カズマの前だからこそです……あっ……そんな指で擦っちゃ……んっ……!」

 

 

 

「……!? めぐみん、なんでスカートたくしあげてるの!? カズマさんもなんで顔を……ああっ……ああああああああっ!」

 

 

 

今日も平和だなぁ……!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「という事で、お留守番お願いします。というかいい加減帰ったらどうですか!?」

 

「任されました。帰りはしません」

 

「もう……! アクアさん留守番頼みますよ? あと、今日のデートをストーカーしたら警察呼びますからね! 今日は大事な日なんです!」

 

「分かってるわよ。じゃりめちゃんの面倒も任せなさい!」

 

「グルルッ!」

 

 すっかり成獣になったじゃりめをアクアが撫でながら、胸を張ってこたえる。俺とゆんゆんは苦笑してから玄関を出た。ハネムーンから帰ったあと、俺達の宿はすっかり溜まり場になってしまった。ちなみに、ゆんゆんがキレたのはこれが初めてではない。そろそろアイツらのケツを叩いてお仕置きをした方がいいかもしれない。

 

「めぐみん、カズマさんのパンツを変な事に使ったり、盗んじゃダメだからね!」

 

「はっ……? だ、だから私じゃないですって!」

 

「め、めぐみん……そういうのは私いけないと思うの……」

 

「アクア、あなたまで私を……アクア? 何をそんなに顔を赤くして……アクア……もしかして……」

 

 何やらこそこそ話し出したアクア達を宿に残し、俺は宿を出る。腕を取って歩くゆんゆんはランチボックスを持ってうきうきとしていた。可愛い奴である。そのまま、俺は彼女に手を引かれて歩き続ける。そして、街の外に出ようとした所で、一旦彼女を止めた。

 

「今日はどこに行くんだ? いい加減教えてくれよ」

 

「ふふっ、出来れば内緒にしたかったのですが、仕方ありません! カズマさん、今日はピクニックに行きますよ!」

 

「ピックニック……? 天気良いしな。というか、そのための弁当か」

 

「そうです! お弁当の中身はついてからのお楽しみです!」

 

 微笑むゆんゆんに手を引かれながら、俺達はゆっくりと散歩を続けた。そして、彼女の目的地、かえる平原の中央に佇む大きな岩にやってきた。ゆんゆんはバッグからレジャーシートを取り出すと、岩の傍にさっと敷いた。一足先にシートの上に座るゆんゆんの横に俺も腰を下ろす。どうやらここで食べるらしい。時間帯はちょうどお昼。ゆんゆんはてきぱきとお弁当を広げ、俺におしぼりを渡してきた。なんだかワクワクとした気分になり、自然とお腹が空腹で鳴った。

 

「さて、準備完了です! さっそくお昼にしたいんですけど……カズマさん、私との約束覚えてます……?」

 

「約束……? あの一日一回は絶対に撫でろって奴か? どうした、撫でて欲しいのか?」

 

「ち、ちがいますよ! カズマさんのゴタゴタが起こる前に約束したじゃないですか! ピクニックに行きましょうって……!」

 

「ああ、そういえば約束したなー」

 

「忘れてたんですか!? もう、密かに誘われるのを期待してたのに……! やっぱり私から誘って正解でしたね」

 

 少し頬を膨らませるゆんゆんに苦笑する。そういえば、そんな約束をしていた。本当に色々なゴタゴタがあったので忘れてたのは勘弁してほしい。

 

「確か、お弁当を食べてくれとも言っていたな。お前の料理の味は毎日食べてるからもう分かっているけど……うん……楽しみだ!」

 

「ふふんっ! 今日のは本当に腕をかけて作ったんです! ちゃんと味わって食べてくださいね?」

 

 少し得意げな表情がしたゆんゆんが、重箱のふたを開ける。そこにはたくさんのおかず……唐揚げ、肉巻き、ほうれんそうの和え物、それに煮物……

 

「なんか全体的に茶色くね?」

 

「う、うるさいですね! カズマさんの好きなもの詰め込んだらこうなっちゃったんです! いいから、食べてみてください! 味には自信があるんですから!」

 

「ういうい……」

 

 俺は期待の視線を向けるゆんゆんを前に、唐揚げを一つ取って口に含む。お弁当というだけあって、唐揚げのパリパリとした食感は失われている。しかし、お弁当の冷めた唐揚げというのは何故か分からないが非常に美味いのだ。もちろん、ジューシーさはそのままだ。

 

「うん、美味い! 滅茶苦茶上手いぞゆんゆん!」

 

「えっと……もうちょっと詳しくお願いします」

 

「はっはっは! 美味いもんは美味い! 何よりゆんゆんが作ったから美味い! それじゃダメか?」

 

「あぅ……! もういいです……カズマさんが喜んでくれるのが一番ですから」

 

 クスリと笑ったあと、ゆんゆんも小皿を手に取ってお弁当を食べ始める。そして、お弁当を一緒に突く和やかな時間を楽しんだあと、一緒にシートの上で横になる。俺と彼女に間に流れるだらけた空気は、非常に居心地のいいものだった。

 

「あ~食ったな~」

 

「食べましたね~」

 

「どうする……なんかするか? フリスビー的な奴?」

 

「それもいいですけど……私はちょっとゆっくりしたい……カズマさんと一緒に静かな時間をすごしたいです……」

 

「そうかい……ならだらだらするかー」

 

 俺はゆんゆんの要望通り、だらける事にする。季節的にジャイアントトードはいない。だから、この草原には俺たち以外の人影はなかった。そのまま、しばらくゆんゆんと一緒に心地いい日差しとさわやかな風を満喫した。

 そして、満腹と風の気持ちよさ、時間帯が合わさって、強力な眠気を俺に呼び起こす。ウトウトとした気分でこのまま昼寝をしようかと思った時、ゆんゆんが体を起こした。

 

「カズマさん、私、やりたい事思いついちゃいました!」

 

「なんだ……?」

 

「膝枕ですよ膝枕! ピクニックって言ったら膝枕です! ほら、きてください!」

 

 満面の笑みを浮かべて膝をポンポンしてくるゆんゆんに、俺は吸い寄せられるように転がる。そして、彼女の膝に後頭部を置く。柔らかくて暖かい感触に、俺の眠気は更に強くなった。

 

「私、友達とピクニックに行くことに憧れてたんです。でも、それ以上に大好きな男の人とピクニックでゆったりとした時間を過ごす事に憧れていました。だから、こんな風にカズマさんと過ごす事が出来て夢みたいです! でもでも……! 私にはもっと憧れの……!」

 

「んっ……」

 

「あっ……カズマさん眠いんですか? それなら構いません。いいですよ……ゆっくりしてください……」

 

「すまん……この眠気はやべぇ……膝借りるぜ……?」

 

「ええ、存分に。お休みなさいカズマさん……」

 

 ゆんゆんが小さく笑った後、俺の頭を撫で始めた。その心地よさと気持よさで、俺の意識は埋没していく。うん……悪くない……いや……最高だ……!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「んおっ……! おおう……寝ちまったなぁ……」

 

「あ、起きました? 随分とぐっすり寝てましたね」

 

「おう……って夕方か……ごめんなゆんゆん……」

 

「いいんですよ。私も色々と楽しませてもらいましたから……」

 

 朗らかに笑うゆんゆんも見て、俺も思わず笑ってしまう。ここは素直に甘えとくとしよう。そして、膝から起き上がろうとする所を、そっとゆんゆんに止められた。

 

「カズマさん、そのままで聞いてほしい……大事な話があるんです……」

 

「なんだ……?」

 

「それは……!」

 

少し訝し気にゆんゆんを見つめている中、彼女は微笑みながら俺の頭を撫でる。そして、嬉しそうに……幸せそうに俺の耳元で囁いた。

 

 

 

「赤ちゃん。出来ちゃいました」

 

 

 

 俺は彼女の言った事がしばらく理解できなかった。でも、意味がわかった瞬間、俺は飛び起きた。こ、これは……!

 

「お……あ……マジか……! 冗談じゃないよな!?」

 

「ええ、本当です。その……少し気になってお医者に診てもらいました。そしたら……出来てたみたいです」

 

「そうか……子供……子供かぁ……!」

 

 俺は優しくお腹をさするゆんゆんをじっと眺める。目立った変化はお腹には現れていない。しかし、最近彼女は体調が悪い日が多かった。今思えば、それが前兆だったのかもしれない。

 

「触ってみますか……?」」

 

「ああ、じゃあ失礼して……」

 

 おっかなびっくり、ゆんゆんのお腹に手を伸ばす。もちろん、いつもと変わらない彼女の柔らかい感触。でも、何かは分からない……分からないけど何かいつもと違う気がした。

 

「あれだ、こういう時何て言ったらいいか分からないけど……一緒に幸せになろうな!」

 

「ふふっ、ありがとうございます! 私は今も幸せです。だから一緒に頑張りましょう! それで家族一緒に……うぐっ……ぐすっ……!」

 

「な、泣くなよ……」

 

「だって……嬉しいんです……嬉しくて幸せで仕方がないんです……! 私……カズマさんと……ううっ……!」

 

 そんな事を言いながら、涙をポロポロ流すゆんゆんをギュっと抱きしめる。本当にしょうがない……しょうがねぇ奴だ。

 

「ゆんゆん、今夜は帰ってお祝いだ。弁当のお返しに美味いの作ってやる。ほら、帰るぞ。俺達の家に」

 

「はい……はい……って……きゃっ……!?」

 

「あ、あぶねぇ!? こけそうになるなよ! お前妊娠中なんだぞ……!」

 

「だってずっと膝枕してて……ううっ……足が痺れちゃいました……」

 

 

そう言って足をさするゆんゆんに俺は申し訳なく思った。俺のせいだったか……

 

俺は手早く荷物をまとめると、ゆんゆんに背を向けてしゃがみこんだ。

 

 

「ゆんゆん、おんぶいるか?」

 

「あっ……嬉しい……嬉しいですけど……おんぶはいいです……」

 

 

 ゆんゆんはフラフラと立ち上がると、俺の腕を取る。そして、俺に寄りかかりながら微笑んだ。

 

 

「私はあなたの隣にいます。これからもずっと……だからおんぶはいいんです……」

 

「そうかい」

 

「でも、腕は貸してください。私を一生支えてくださいね?」

 

「もちろんだ。腕なんか何本でも貸してやるし、一生支えてやる」

 

 俺はゆんゆんが転ぶ事がないように、しっかりと彼女を支える。ゆんゆんは嬉しそうに笑ったあともう片方の俺の手を、彼女自身の頭に置いた。

 

「カズマさん、こっちの約束も忘れちゃダメです。撫でてください……優しく……乱暴に……いっぱい撫でてください!」

 

「どっちなんだよ。まぁいいか……」

 

 淡い夕日で照らされる中、俺は彼女の頭を撫で続ける。ゆんゆんはそれを堪能するように頬を緩ませた。そして、しばらく撫でたあと、彼女はゆっくりと目を開いた。終わりの合図だ。

 その瞬間、ゆんゆんが俺にギュっと抱き着いてくる。ホント、抱き着き魔だなコイツは……

 

 

 

 

「カズマさん、また約束してください」

 

「おう」

 

「今度のピクニックは私とカズマさん……そして子供の家族全員で行くんです。私の夢の一つでもあるんです」

 

「ああ、そうだな。約束する」

 

 

ゆんゆんの体を俺もぎゅっと……ぎゅーっと抱きしめる。

 

 

「約束、忘れないでくださいね?」

 

「分かってる。絶対忘れないさ」

 

 

 

抱き着きながら、ゆんゆんが俺の口軽いキスを落とす。

 

 

 

そして、耳元で小さな……本当に小さな声で囁いた。

 

 

 

 

「カズマさん、愛しています」

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピローグ

蛇足です。
また、誤字報告を頂いた方に感謝を申し上げます。


 

 

 

 

私の家族はちょっとおかしい。

 

 

 

 そんな事を最近考えるようになった。家族について、頭をうんうん唸らせる。そうすると、なんだか賢くなった気分がしてきて少し良い気分になる。

 

 まぁ、私の良い気分の事はどうでもいい。それより家族の事だ。

 

 私のお母さんは“常識”について非常に熱心に教えてくれる。お父さんとお母さんと私の三人で里の外に遊びに行ったり、旅行したりした時に、それはもう……うるさいくらいに“常識”について教えてくれる。

 

 里の外の世界じゃこれが普通だ、あれが常識だと。確かに里とお外の街では違う所がたくさんある。

 でも、私は今住んでいる里の事が大好きだ。もしかして、お母さんは紅魔の里の事が嫌いなのだろうか? 気になった私は里の事が嫌いなのかと聞いてみた。そうすると、お母さんはしょんぼりした顔で違うと言っていた。良くわからない……

 そんな様子を、お父さんは笑いながら見ている。お父さんは、お母さんが言う“常識”から外れた事をよく教えてくれる。でも、それが里にとっては“常識”だったりする。うん、本当に良くわからない。

 

 

でも、私にとっても、「これはおかしい」と思う所がいくつかある。

 

 

 まず、お家が大きい事だ。私の家と、お爺ちゃん、お婆ちゃんの家は里の中の他のお家と比べて明らかに大きい。それに、家政婦さんという人たちがお爺ちゃんの家にいるし、私のお家にもメイドさん(家政婦さんとの違いは良くわからない)がいる。

 お父さんに、何故みんなと違うのかと聞いたら、「ん? それは族長の家系で尚且つ金持ちだからだ。要するに、お父さんは偉いんだ! はっはっは!」とムカツく顔で言っていた。

 その事を、友達のざっとはるてちゃんに話したら、喧嘩を売っているのかと蹴られたし、持っていたお菓子を巻き上げられた。ざっとはるてちゃんは、それ以降、定期的に変な勝負を持ちかけてきては、敗者となった私のお菓子を奪っていく……

 まぁ、ざっとはるてちゃんは私の大切な友達だし、一緒にいて楽しい。そんな大切なお友達の事をお母さんに話したら、何故か涙目になっていた。お母さんはいつも、お友達は大切にしなさいと言っている。多分、嬉し泣きって奴だと思う。

 

 

そして、私の家族(?)の一番おかしい事。

 

それは――

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「これから私はカズマの所に行くわ。だから、あなたはお母さんをカズマの所に来ないように足止めしてちょうだい。もちろん報酬は出すわ」

 

「ほうしゅう……?」

 

「そうよ! 報酬は……飴ちゃんを瓶一本、丸ごとあげちゃうわ!」

 

「ア、アクアお姉ちゃん……それ本当なの!?」

 

「もちろん、本当よ! ほら、どうする~?」

 

 なんだか、嫌らしい顔で手をワキワキさせるのは、私のお家の“メイドさん”であるアクアお姉ちゃんだ。彼女は私の家族(?)の一人である。

 小さい時から私と遊んでくれたり、家のお仕事の手伝いをしている人だ。お爺ちゃんの家にいる家政婦さんとやっている事は同じだが、彼女はずっと“家政婦じゃなくてメイドさん!”と言っている。

 確かに、お爺ちゃんの家にいる家政婦さんと比べると、とても若いし、綺麗だ。それに白と黒を基調にしたヒラヒラした可愛いエプロンドレスを着ている。ともかく、家政婦とメイドさんとでは何かが決定的に違うそうだ。

 

 そんなアクアお姉ちゃんが、私の手のひらサイズの小さな瓶を持って先ほどのような事を言ってきた。瓶の中に入っている飴玉は、私にとって特別なものだ。

 私がお家のお仕事を手伝ったたり、何か褒められるような事があった時、アクアお姉ちゃんの機嫌がいい時にくれる飴玉だ。

 この飴玉はアクアお姉ちゃんのお手製らしく、本当に美味しい。下手にとっておくと、ざっとはるてちゃんに巻き上げられる可能性が高くなるので、すぐに食べるようにしている。そんな飴玉が、瓶の中に何個も……10個以上は絶対に入っている。思わずよだれが出そうになって、私は慌てて口をぬぐった。

 

「アクアお姉ちゃん。飴玉じゃ私は買収できないよ!」

 

「買収って……アンタ難しい言葉知ってるのね……」

 

「私は来月から小学生だから、それくらい知ってるもん! それに、アクアお姉ちゃんは何か悪い事しようとしてるんでしょう? 私はそんな事には……」

 

「じゃじゃーん! 子供用メイド服~! 私の服に興味津々なのは知ってるんだから! 今ならこのメイド服もつけちゃうわよ! この服で掃除のお手伝いとかしたら、お父さんとお母さんは大喜びで感謝! なでなでしてくれるかもよ?」

 

「…………」

 

 

 

 

私は買収された。

 

 

 

 

 お母さんから貰ったポーチに飴玉の瓶を入れてから私は居間に向かう。今は太陽の光が気持ちいい朝の時間帯。案の定、お母さんが台所で朝食を作っていた。お腹が減っていたのでグットタイミングである。そんな私に気付いたのか、お母さんが微笑みながら朝の挨拶をしてきた。

 

「おはよう、さより」

 

「おはようお母さん。朝ご飯もうできてる?」

 

「もちろんよ。さ、席について」

 

 そんなお母さんの言葉に頷き、私は座布団を持ってちゃぶ台の方へ行く。そして、ちゃぶ台の上に朝ご飯が並べられる。うん、今日はパンとハムエッグか……

 

「さより、お父さんとアクアさんを見かけなかった?」

 

「うえっ!? お、お父さんはまだ寝てたよ!」

 

「そう。まぁ、昨日は里の寄り合いでかなり飲んでましたからね。二人ともこのまま寝かせてあげましょうか」

 

「うん、そうした方がいいと思う! お父さん二日酔いって奴らしいよ!」

 

「また変な言葉覚えて……」

 

 苦笑するお母さんと一緒に朝食を食べ終える。しかし、私は少し焦っていた。お母さんは少しイラっとするくらいお父さんに甘える人だ。恐らく、このままだと寝ているお父さんのベッドに飛び込んで一緒に甘えよう、みたいなアホな提案をしてくるに違いない。

 だが、私はアクアお姉ちゃんに買収された身だ。お母さんの足止めをして飴玉に釣り合う働きをしなくては……!

 

「ねぇ、さより。せっかくだからお父さんの所に一緒に甘えに……」

 

「私、お母さんと二人で過ごしたい!」

 

「え……? あらあら……うふふ……! そう、なら仕方ないわね!」

 

 ニコニコと微笑むお母さんの腰に抱き着きながら、私はさりげなくソファーの方へ引っ張る。お母さんも、昨日の里の寄り合いでお酒を飲んでいる。少し眠たそうにしているのだって私には分かるのだ。

 

「お母さん、私はまだちょっと眠いの。一緒に寝よう?」

 

「もう、仕方ないわね。少しだけよ? あまり、ぐうたらするのは良くないんだから」

 

 クスクス笑うお母さんと一緒に私はソファーに横になる。そこでしばらく、お母さんとお話をした。私は友達のざっとはるてちゃんとの遊びについて話した。この前、カードゲームで彼女をコテンパンにしてしまい、最後には泣かせてしまった。それ以来、彼女はお外でしか遊んでくれなくなった。

 その事について、お母さんは「お父さんに似たのね」と言っていた。これが、“いでん”って奴らしい。そして、私のお話のお返しに、お母さんはすこーし昔の話をしてくれた。なんでも、私の「さより」という名前を決める時、夫婦その他を交えて大喧嘩したらしい。

 私は自分の名前は気に入っていると言ったら、私もあなたの名前、大好きになったのと嬉しそうに微笑んだ。その一言で私は何となく分かった。お母さんは多分反対派だったな……

 

 そんなお話をしているうちに、お母さんが静かな寝息を立て始めた。やっぱり、眠かったのだろう。うん、これでよし。

 

「お父さんがいつも言ってるけど、お母さんってちょろいね……」

 

「んっ……んふふ……カズマさん……さよりに嫌われたんですか……くふっ……泣いちゃだめです……」

 

「変な寝言……」

 

 私は幸せそうに寝言を言うお母さんの腕の中から脱出する。私はちっとも眠くなんてないのだ。

 しかし、私はお父さんもお母さんも、アクアお姉ちゃんも眠っているという事実に今気づいた。何というか、すごく暇である。だからといって、起こすのも可哀相だ。

 そんな時、カーテンの近くで太陽の光を浴びている大きな黒い毛玉が目に入った。我が家のペットその1だ。

 

「じゃりめー遊んでー」

 

「ガルッ……」

 

「ねー起きて起きてー!」

 

「…………」

 

 私は寝そべった姿勢のじゃりめを揺する。しかし、この毛玉は生意気にも私を無視するように動かない。ムカついたので、毛を何本か抜いたのにまったく無反応だ。

 

「そうだ! 散歩行こう! じゃりめ、お外好きでしょ?」

 

「グルルッ……」

 

「わひゃっ!?」

 

 突然、視界が真っ暗になる。私は慌てて目に押し当てられた毛深い尻尾を振り払う。しかし、じゃりめは寝そべりながら、私に尻尾攻撃をペシペシと続ける。なるほど、この毛玉は私に喧嘩を売っているみたいだ。

 イライラを募らせつつ、私は窓を開けて庭に飛び出る。そして、庭で草を突いていたペットその2であるゼル帝を抱き上げて居間に戻った。

 

「ゼル帝、あの毛玉をこらしめて!」

 

「コケッ……コッコッコ……!」

 

「!?」

 

 ゼル帝の出現に、じゃりめが驚いて飛び起きる。そして、逃げ回るじゃりめに、ゼル帝が羽ばたきドロップキックを決めた所で決着がついた。アクアお姉ちゃん曰く、ゼル帝の正体はすっごく強いドラゴンらしい。

 どう見てもニワトリにしか見えないけど、実際にゼル帝に対してじゃりめは凄く弱い。じゃりめはたまに大きな鳥を咥えて持って帰るくせにこれだ。本当に謎である。

 

「じゃりめ、散歩行くよ!」

 

「ガウ……」

 

「文句言わない! ゼル帝も一緒に来る?」

 

「コッコッコ!」

 

 近寄ってきたゼル帝を抱き上げ、一緒にじゃりめの背中に飛び乗る。そして、お尻を叩いて面倒臭そうなじゃりめを前進させた。さぁ、お父さんたちが起きるお昼頃まで、お外で暇つぶしといこう。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 家を出てから半刻ほど、木陰で小休止を取っていると、見慣れた人物が現れた。艶やかな黒髪をロングストレートにし、紅魔族ローブに身を包んだ女性……お母さんのライバルで、お父さんの親友(?)でもあるめぐみんさんだ。

 

「おや、さよりじゃないですか。朝から遊んでるなんて、子供ってのは本当に良い身分ですね」

 

「うわ、ニートのめぐみんさんだ……」

 

「いやいや、ニートじゃありませんから! あなた、またこめっこに変な事を吹き込まれましたね!」

 

 プンスカ怒るめぐみんさんに、私は少し気圧される。この人は里でも有名な“キレたら何をするか分からない人その1”だからだ。そんな私の様子に気付いたのか、彼女は苦笑しながら私の隣に腰を下ろした。

 

「私はあなたのお父さん……カズマの商会の用心棒や交渉人として働いているんです。決してニートじゃありませんよ」

 

「でも、こめっこちゃんが、“お姉ちゃんは仕事とか言ってヤクザまがいの脅迫と不倫を狙う悪辣なニート”だって言ってたもん」

 

「さより、商会にとって時に“交渉”が重要な事があるんです。脅迫とは言っていけません。あと、もう一度言いますが決してニートじゃありませんから!」

 

「ふーん……? 所で不倫ってどういう意味なの? こめっこちゃんが教えてくれなくて……」

 

「あなたにはまだ早いですよ」

 

 そう言って笑うめぐみんさんに私は少しぶーたれる。こめっこちゃんも同じような事を言って意味を教えてくれなかったのだ。

 

「意味は教えられませんが……そうですね。さよりは私があなたのお母さんとして家族に加わるとしたら、どう思います?」

 

「やだー!」

 

「な、なぜですか……?」

 

「うーん、おっぱい小さくなりそうだから……? こめっこちゃんが言ってたけど、おっぱい大きい人は魔力が大きくなるんだって! あと、お母さんがおっぱい大きい人ほど、“いでん”って奴で色々と大きくなるんだとか……」

 

「こめっこは後でぶっ殺しましょう」

 

 何やらぶつぶつ呟きだしためぐみんさんを放置して、私はゼル帝の羽毛をいじくる。でも、めぐみんさんが家族になるのはちょっと良いかもしれない。この人いじるとおもしろいし。

 そして、私が休みを終えてじゃりめに飛び乗った時、めぐみんさんが私の行く手を塞いできた。

 

「さより、おっぱいは小さくても私の魔力を里で一番です。今からそれを見せてあげましょう」

 

「えー面倒臭い……」

 

「こら、そういう悪い所をカズマから受け継いじゃダメです! ほら、行きますよ!」

 

 何やら興奮気味のめぐみんさんに追い立てられ、私は里のとある民家にやってきた。そして、めぐみんさんが民家に突撃してから待つ事数分、彼女は別の女性を引きずりながら外に出てきた。

 

「めぐみん、今日は休日なんだから勘弁してくれないかい……」

 

「うるさいです。黙って私のアシになってください。家で変な小説書いているよりかは健全です」

 

「いやいや、変じゃないよ! 私、これでも有名な作家なんだよ? 私の作品を心待ちにしている読者だって……」

 

「不倫小説作家のあるえさん。協力してくれませんか?」

 

「ちょ……! さよりちゃんの前ではやめてくれ!」

 

 あたふたと私の前で佇まいを直しているのは、あるえさんだ。この人はお父さんの秘書をしているので何度も顔を合わせた事がある。お母さんと同じ、もしくはそれ以上のおっぱいを持った私の憧れの人である。

 

「さぁ、今からいつもの採石場にテレポートしてください! この娘っ子に私の凄さをもう一度見せてやりたいんです!」

 

「めぐみん、あんたゆんゆんから娘の前での爆裂禁止令出されてなかったかい?」

 

「そんなものは知りません! ほら、早くしてください!」

 

 溜息を吐いているあるえさんを、めぐみんさんがパシパシ叩く。あるえさんは、しぶしぶ杖を取り出すと転移魔法をゆっくり唱え始めた。

 

 

 

 転移魔法によって、周囲の風景が豊かな自然に囲まれた紅魔の里から殺風景な岩山へと変わる。それから、めぐみんさんが嬉々として杖を取り出し、長い長い詠唱を始めた。私とじゃりめをかばうように立つあるえさんの背中に隠れながら、その様子をじっと眺める。

 そして、“エクスプロージョン”という言葉をめぐみんさんが発した瞬間、目の前の岩山の一部が爆炎とともに消え去った。これがめぐみんさんがいつも自慢していた爆裂魔法か。なるほど……なるほど……

 

 

「す、すごいね! 岩山を跡形も無くなっちゃったよ!?」

 

「ええ、凄いでしょう! ほら、おっぱい無くても魔力は高くなるんです! だから、これからはめぐみんさんなんて他人行儀じゃなく、お母さんと……!」

 

「ね、ね! 私にも爆裂教えて! 私も何もかもふっ飛ばしたいから爆裂魔法覚えたい!」

 

「おっと、これは嬉しい誤算ですね。といっても、さよりが3歳の時にも一度見せたんですがねぇ……」

 

「それにこの娘が影響されたから禁止令出されたんじゃないかい……まったく、社長にどう説明したらいいのやら……」

 

 

 

 それから、私はめぐみんさんをお母さんと呼ぶことを条件に、爆裂魔法の極意を教えて貰った後、里に帰還する。私は第二のお母さんに別れを告げ、さっそく爆裂魔法の練習をする事にした。

 そして、さっき拾った愛杖のりぼるけいんで蟻の巣を爆裂させていた時、私の前にまたも見知った人物が現れた。今日は知り合いと良く会う日だ……

 

「やぁやぁ、久しぶりだね! 元気にしてたかいさよりちゃん!」

 

「うん、元気だよ。でも、一か月前にも会ったから久しぶりじゃない気がする……」

 

「あたしは君に一日でも会えないと本当に辛いんだよー!」

 

 そう言って駆け寄ってくるのは、銀髪ショートになんだか肌の露出が多い恰好をしたクリスさんだ。しかし、その突撃から私を守るようにじゃりめが威嚇をしながら立ち上がった。

 

「ガルルルッ……!」

 

「ありゃ、まだ慣れないのか。ほら、ビーフジャーキー上げるから許してよう……」

 

「ガウッ!」

 

 クリスさんが差し出したジャーキーをじゃりめがパンチで弾き飛ばし、威嚇を続ける。私はそんなじゃりめを見て溜息をついた。何故か、この毛玉はクリスさんをいつも警戒している。普段は温厚な毛玉がこんな態度を見せるのは、クリスさんとたまに家に来るエリス様だけだ。

 二人ともとっても優しくて、頼れるお姉ちゃんなのに……本当に不思議だ。これはしつけって奴がなってないんだろう。お父さんもそう言っていた。

 

「ゼル帝、じゃりめにお仕置きしといて」

 

「コケッ!」

 

「!?」

 

 ゼル帝に足先を突かれて逃走するじゃりめを尻目に、私はクリスさんに向き直る。彼女は涙目で地面に散らばったジャーキーを袋に戻していた。うん、じゃりめは本当に悪い子だ。今日の昼ごはんは、のり一枚にしてやろう。

 

「クリスさん、ごめんね? じゃりめがこんな……」

 

「ああ、いいのいいの! それより、今日はさよりちゃんに真実と重要な事を伝えるためにきたんだよ!」

 

「真実?」

 

「そう、真実だよ! 君も今度から学校に通うでしょう? それはさよりちゃんが分別のつくお年頃になったって事を意味してるんだ。だから……耳貸して……?」

 

 クリスさんは私を木陰に連れ込んでから、内緒話をするように私の耳元でそっと囁いてきた。その話の内容に私はとっても驚いた。

 曰く、クリスさんはたまに家に現れるエリス様と同一人物らしい。性格はまるで違う気がするが、確かに雰囲気は似ている。姉妹か何かではないかと思った事はあるが、まさか同じ人だとは……

 

「でも、何か……何か違う気がする。なんていうか……オーラ……?」

 

「そりゃ本体は神性があたしと比べものにならないからねぇ……」

 

「でも、本当に同一人物なんですよ。混乱させて、ごめんなさいね」

 

「うぇっ!? エ、エリス様!?」

 

 いつの間にか、私の隣にエリス様が腰かけていた。でも、同一人物なのに、何故二人同時に……んっ……意味が分からなくなってきた。もしかして、この二人はお父さんが話していたニンジャなのだろうか。ニンジャ……ニンジャなんで……

 私が混乱した頭をポンポン叩いていると、エリス様がそっと撫でてくる。そうすると、何だか穏やかな気持ちになって心も落ち着いた。

 

「さよりちゃん、私は神様なんです。だから二人同時に存在するなんてよくある事なんですよ」

 

「神様……アクアお姉ちゃんも神様らしいけど……神様って凄いんだね……」

 

「そうです。私、凄いんです!」

 

 そう言って微笑むエリス様を見て、私は何故か自然と納得してしまった。確かにエリス様は里の人達とは存在からして違う気がする。この前アクアお姉ちゃんと第28次メイドバトルを繰り広げていた人とはとても同一人物とは思えない。でも、納得してしまう。神様って凄い。

 

「そして、私はこの世界の神でもあるんです。だから、私はここに住む人間たちの母親みたいなものなんです」

 

「この世界の母親……」

 

「そう、母親なんです。だから、さよりちゃん。私の事はお母さんと呼んでください。さぁ……さぁ……!」

 

「う……? お母さん……!」

 

「もっと強く!」

 

「お、お母さん!」

 

「抱き着きながら!」

 

「お母さん!」

 

 気が付いたら、私はお母さんの胸の中に飛び込んでいた。気持ちいい……私はお母さんに抱きしめてもらうためにこの世に……はっ!? 私は何を……!?

 

「お母さん……じゃなくてエリス様! 私のお母さんは……ゆんゆんお母さんなの……」

 

「ふふ、分かっていますよ。でも、私の事もそう呼んでくれると嬉しいです」

 

「う、うん……」

 

 

 

私に第三のお母さんができた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 エリス様が光柱に消えて天界へと帰ったあと、私は引き続き重要な事を話したいというクリスさん……もエリス様だけど……ともかく彼女に連れ回されていた。

 そして、クリスさんは大きな家の前に立ち止まる。私がこんな所にお家あったかなと頭を悩ませていると、クリスさんが庭先で休んでいる女性を見て慌てたように駆け出した。

 庭先にいる女性は金髪碧眼の美しい人だった。黒髪紅目が多い里からすると、ちょっと珍しい。

 

「ダ、ダクネス、お外に出ちゃダメでしょう!? 今は安静にしなきゃいけない時期なの!」

 

「そう言うなクリス、やっと引っ越しが終わったんだ。新居の庭先で一息つくくらい勘弁してくれ」

 

「ダメなものはダメ! ほら、家に……ひゃぁ!」

 

「ふん、身重でも貴様には力では負けん。しばらく私の好きに……って君はもしやカズマの……さよりちゃんか……大きくなったなぁ……」

 

 突然、金髪の女性に話しかけられて私は困惑する。少し不安になってじゃりめに抱き着いたが、この毛玉は彼女に警戒した様子を見せない。ゼル帝にいたっては、まるで久しぶりとも言いたげに、彼女の足元に歩いていった。

 

「おばちゃんだれ……?」

 

「お、おばちゃん!? まぁいい、覚えてないのも無理ないか。君には三歳のお祝いの時に里で顔を合わせたのだが……やっぱり記憶にないか?」

 

「うぅ……分からない……」

 

「そうか。なら、初めましてだ。私はダスティネス・フォード・ララティーナ。気軽にダクネスと……いや、お母さんと呼んでくれ」

 

 急に意味不明な事を言い出した女性を私は警戒する。そんな私を見て、彼女は残念そうに苦笑した。そして、クリスさんが私に耳打ちをしてくる。なんでも、重要な話というのはこの金髪の人と話して欲しいという事だった。

 私がすこーし警戒しながら金髪の人に向き直ると、彼女は小さく手招きをしてきた。ちょっとずつ近づいてから、私は金髪の人が普通とは違う事に気が付いた。お腹が大きい……

 

「ねぇ、これって……」

 

「ふふっ、妊娠しているんだ。ちなみにもうすぐ生まれる」

 

「赤ちゃん産むの……?」

 

「そうだ。しかも……君の……弟……そう、弟が生まれるんだ」

 

「えっ……? でも、私はお母さんから生まれて……んんっー?」

 

 エリス様の時以上に、頭が大混乱を引き起こす。子供はお父さんとお母さんが愛し合うと生まれるらしい。だから、私はお母さんから生まれてきて……んっ? なら、何故この金髪の人が私の弟を生むのだろう。ん………んっ!?

 

「赤ちゃんってどうやったらできるの?」

 

「それは……ううっ! クリス、後は任せた!」

 

「そこで私に振るの!? でも、やっぱり混乱しちゃったか。うん、ごめんねさよりちゃん。きっと今のうちに話さないと余計受け入れがたくなっちゃうから仕方ないの……」

 

 そして、ポツポツとクリスさんが語り出す。この金髪の人……ダクネスさんと、お父さんとの間でできた子供を産むらしい。だから、ダクネスさんが生む赤ちゃんは私の弟になるらしい。理屈はなんとなく分かった。でも、なんだかモヤモヤする……

 

「すまない、さよりちゃん。私をいくら軽蔑しても構わない。でも、生まれてくる子供とカズマ……お父さんには普通に接して欲しい」

 

「…………」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

本当になんだかわからないし、とっても心がモヤモヤする。でも、こんな暗い雰囲気は赤ちゃんに良くない。それに、改めて考えるとこれってとても嬉しい事なのかもしれない!

 

「ダクネスさん、顔を上げて? 赤ちゃんが生まれるのってとても良い事だよ。里の皆でいつもお祝いだってしてるよ?」

 

「ああ、うん……私も嬉しい……嬉しいけど君に……」

 

「私も嬉しいよ! だってお姉ちゃんになれるんだもん!」

 

 

そう言った私を見て、ダクネスさんは静かに微笑んだ。

 

 

 それから、私はお腹を撫でさせてもらったり、ダクネスさんから、昔のお父さんやお母さん、アクアお姉ちゃんやめぐみんさんの話を聞いた。

 そして、お昼の鐘が鳴ったのを合図に、私はダクネスさんと将来の弟にさよならをした。嬉しさと期待感、モヤモヤを募らせながら帰宅する。ちなみに、帰り道はじゃりめもゼル帝も私を慰めるように身を寄せてきた。私は落ち込んでない……でも、お昼ご飯をのり一枚はやめてあげよう……

 

 

 家に帰ると、居間ではお母さんが相変わらずの様子で眠っていた。私はそんなお母さんの上に飛び乗って、ぎゅっと抱き着く。良くわからないけど、そんな気分なのだ。

 

「んっ……さより……? ああ、私寝てたんだ……ってもうお昼じゃない。ちょっと時間を無駄にしちゃったかなぁ……」

 

「お母さん起きたの……?」

 

「うん、あなたのおかげで気持ちよく眠れたわ。さて、お父さんも起こさないとね。お昼ご飯を……」

 

「あっ……! えと、お父さんはこのまま寝かせてあげた方が……!」

 

「なんでそんな必死に……もしかして……!」

 

 お母さんがソファーからむくりと起き上がった。私は怒り気味なお母さんに気圧される。お母さんは里でも有名なキレたら何をするか分からない人その2だからだ

 

「さより、私はお父さんの所に行ってくるわ。だから、ここで大人しく待ってて。寝室に来ちゃダメよ? いい?」

 

「う、うん……」

 

 コクコクと頷く私を見た後、お母さんは寝室へ向けて走り出した。そして、私もこっそり寝室へ向けて歩き出す。来ちゃダメと言ったら行きたくなるものなのだ。それに、お父さんもアクアお姉ちゃんも、こういうのは“ふり”だって言ってた。

 私は寝室につくと、扉を開けて中をこっそり伺う。そこには、ベッドの上でいびきをかくお父さんと、そんなお父さんに絡みつくように抱き着いて眠るアクアお姉ちゃん、お父さんの股を何故かクンクン嗅いでいるお母さんがいた。

 

「お母さん何してるの……?」

 

「ひゃあっ!? 来ちゃダメって言ったじゃない! あと、何もしてないわよ……うん!」

 

 狼狽えているお母さんに首をかしげながら、私は寝室に入る。お母さんはなんだか動きが怪しいが、今も怒っている事は分かる。何がそんなに気に入らないのだろうか。

 

「お母さん、なんで怒ってるの?」

 

「それは……お父さんとアクアさんが一緒に寝てるからよ……」

 

「寝てるだけじゃない」

 

「ええ、本当に一緒に寝てる“だけ”。だから、余計にたちが悪いのよ」

 

 溜息を吐くお母さんを私はじっと眺める。もしかして、やきもちという奴かもしれない。そんなお母さんは見ていてちょっと可愛い。

 

「さより、寝ているお父さん達を起こすわよ! 一緒に突撃しましょう!」

 

「うん!」

 

「じゃぁ……はい!」

 

お母さんの合図と共に、私はお父さんの上に飛び乗った。急な事態と寝起きで混乱しているお父さんに、私はちょっと溜まっていたイライラをぶつける事にした。うん、全部……全部お父さんが悪い……!

 

 

 

「おおう、朝からなんだお前ら!? こ、こら、さより! そこを殴っちゃ……ぐああああっ!?」

 

「ああ、ダメよさよりちゃん! それ以上やったらカズマが女の子になっちゃううっ! って、痛い!? や、やめて! ゆんゆんやめ……いたいっ!」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 台所から、トントンと野菜を切る包丁の音が響く。夕ご飯を作っているのはお母さんとアクアお姉ちゃんだ。お昼は激しく喧嘩していたのに、今は仲良くご飯を作っている。そして、私はというと、何かを一生懸命工作しているお父さんをじっと眺めていた。

 

「よし、できたぞさより! 新しいおもちゃだ!」

 

「これが……?」

 

「おう、凄いだろ! 見てろよ……!」

 

 そう言うと、お父さんはおもちゃ……カエルの人形にチューブを取り付けた何かをいじり始めた。チューブにつながったポンプを手で押すと、カエルの人形がぴょんぴょん動く。それだけだった。

 

「ほら、さよりもやってみな」

 

「うん……」

 

私はお父さんから受け取ったおもちゃのポンプを押す。カエルがぴょんと跳ねる。うん……うん……

 

「ごみ……?」

 

「ひでぇ! 一生懸命作ったのに!」

 

「ガラクタ……?」

 

「フォローになってねぇからなそれ!」

 

いじけたお父さんを放置し、私は隣で寝そべっていたじゃりめの顔にカエルのゴミをぴょんぴょんさせた。そうすると、じゃりめはうざそうにおもちゃにパンチをしてきた。もちろんガラクタは壊れた。

 

「あっ……」

 

「ああ、粉々じゃねぇか!? うう、俺の三日間の努力の結晶が……!」

 

涙目になっているお父さんの背中を撫でる。少しだけ、悪い事をした気がする。

 

 そんなこんなのうちに、夕食の時間になる。今日は煮込みハンバーグだった。美味しい夕ご飯を食べながら、私は何故か安心してしまう。やっぱり、私のお母さんはお母さんだし、お父さんはお父さんで、アクアお姉ちゃんはアクアお姉ちゃんだ。自分でも、何を考えているか良くわからないけど、何故か納得できた。

 

 

でも、私の中の疑問は解消されない。やっぱり、素直に聞く事にしよう。

 

 

「お父さん、お母さん、うちってちょっとおかしいと思うの」

 

「なんだ、さより。家の事で誰かにバカにされたのか?」

 

「違うのお父さん。ただ……ただ……」

 

「……? お母さんに詳しく話してみなさい」

 

「私もいるわよー!」

 

笑顔の三人に囲まれて、私は気分が楽になる。うん、やっぱり素直に話すのが一番だ!

 

 

 

 

「なんで私にはお母さんがいっぱいいるの……?」

 

 

 

お父さんが味噌汁を噴き出した。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 夕ご飯の後、私は早く寝なさいと部屋に入れられた。そして、そんな私にアクアお姉ちゃんが付き添っている。

 部屋の外……居間の方からは、お父さんとお母さんがボソボソ話す声が聞こえた。話の内容は分からない。でも、良くない話の気がする。

 

「アクアお姉ちゃん、お母さん達喧嘩してるの……?」

 

「ええ、でも二人の問題よ。あなたは何も心配する必要はないわ」

 

「でも……」

 

「よくある事よ……さぁ寝なさい……」

 

 そう言われて、私はアクアお姉ちゃんと一緒に布団の中に入る。そして、今までの事を思い返していた。確かに、お父さんとお母さんはたまに喧嘩する。でも、翌日には仲直りしていて……むしろ気持ち悪いくらい仲良くなっていたりする。だから、本当によくある事と言えるかもしれない。

 そうして、私がウトウトとしてきた頃、居間の方から怒鳴り声が聞こえてきた。私はアクアお姉ちゃんにギュっと抱き着いた。

 

 

『ゆんゆん、お前が良いって言ったんだ。だから、俺は……』

 

『ええ、言いました。でも、現に目にするととても気分が悪いんです! それにさよりの教育にも悪いでしょう!? 今はいいかもしれない、でも、成長して事態を理解できるようになったら、カズマさんの事を嫌いになっちゃうかもしれないんですよ!』

 

『うっ……それは……』

 

『それにダクネスさんの事だけじゃない。めぐみん達もさよりに何か吹き込んでいるそうじゃないですか! これ以上何かしたら……!』

 

 

 私の頭をアクアお姉ちゃんがそっと撫でてくる。私はもっともっと、抱き着く力を強くした。

 

「アクアお姉ちゃん、お母さん達、大丈夫かな……?」

 

「ええ……きっと……多分……大丈夫よ……」

 

 少し頼りないアクアお姉ちゃんに私は頭突きをした。そして、しばらく怒鳴り声が続いた後、またボソボソとした会話に戻った。少し気になった私は耳をよーく澄ました。

 

 

『ごめんなゆんゆん。懇願するダクネスと、アイツの親父を見て俺は折れたんだ。アイツもけっこうな年だろ? プレッシャーに加えて精神的にキてたみたいでな。しかも、何度も想像妊娠してるアイツの姿を見てられなかった。だから、俺はお前にダクネスとの間に作っていいかなんて、バカな事を聞いてしまった。本当に、最低最悪の男だよ……』

 

『ええ、最低最悪です。でも、それを許可してしまった私にも責任があるんです。悩むあなたと、女としての情けをダクネスさんに感じて許してしまった。これは、私の中にあった余裕と優越が原因です。ここは情けをかけるのではなく、さよりのためにも鬼になるべきだった。実際にダクネスさんとさよりの様子を見てから気付くなんて私は……ううっ……』

 

『謝っても許されない。でも、ごめんな……』

 

 

 お母さんの泣き声がかすかに聞こえてきた。なんだか、私まで悲しくなってきた。そんな時、アクアお姉ちゃんがこっそり話しかけてきた。

 

「さより、お父さんみたいな男を好きになっちゃダメよ。それに、お母さんみたいになってもダメ。そして、私みたいになってはもっとダメ。これ、覚えておいてね?」

 

「なんで……?」

 

「なんでもよ」

 

 撫でられながら、布団の中で丸くなる。なんだか良くわからない。けど、アクアお姉ちゃんが言うなら覚えておこう。少なくとも、お父さんがダメな男ってのは分かる。何故か里でももの凄く頼られてるし、人気があるけど……

 

 

 

『カズマさん、私の事を滅茶苦茶に抱いてください……愛してください。それで、今回の事は見逃してあげます』

 

『俺なんかを許してくれるのか……?』

 

『いいえ、許しません。一生恨みます。でも、あなたなりの事情は理解しています。それに、私の……ひゃんっ!?』

 

『ゆんゆん……ゆんゆん……!』

 

『んっ……本当にカズマさんは最低です……最低……ひゃあああっ!?』

 

 

 

居間からドタバタした音と、お母さんの変な声が聞こえてきた。

 

「アクアお姉ちゃん、お母さんたちは何を……」

 

「寝なさい」

 

 私はアクアお姉ちゃんに耳をふさがれ撫でられる。なんだか、急に眠くなってきた。今日はもう寝よう……

 

 

 

 翌朝、私はツヤツヤとして機嫌がいいお母さんと、ゲッソリした様子のお父さんを見て安心した。どうやら、仲直りは出来たようだ。

 それからは、昨日と同じような日々を過ごした。散歩したり、爆裂したり、弟の様子を見に行ったり……

 

 そして、その日の夜は私の学校へいくお祝いとかいって、家でパーティをする事になった。テーブルの上には、お父さんが作った豪華な食事が並ぶ。普段はお母さんたち食事を作るけど、こういうお祝い事の時には何故かお父さんが作るのだ。そんな、お父さんはパーティが始まってからも私の傍を離れなかった。ちょっとうざい。

 

「お父さん、どうしてそんなにひっつくの?」

 

「見て分からないか? 俺以外女性で肩身が狭いんだ。まったく、ぶっころりーとかの男の社員にも招待状出したのに……今度は社長命令にしよう……」

 

 ぶつくさ言っているお父さんを少し慰める。確かに、ここにいる女性……めぐみんさんやエリス様の目はギラついていてちょっと怖い。

 ただ、パーティは順調に進み、最後に私がプレゼントを貰って終わりとなった。パーティに来てくれたみんなから、文房具や何やらを貰って私の手の中はプレゼントでいっぱいになる。本当に嬉しくて、私は皆にお礼を言う。そんな私をお父さんが撫でてくれた。

 

「よし、さより! お父さんからのプレゼントは“何でもしてやる”だ! 言葉通り、なんでもしてやるし、欲しいものがあるなら言え!」

 

「本当に何でもいいの?」

 

「おう、お前が欲しがってた変な杖とか、行きたいところがあるなら旅行にだって連れてってやる! どうだ?」

 

 微笑むお父さんを見て私は何だかワクワクしてきた。今、お父さんは何でもするって言った。それならば私は……!

 

 

 

「私、早くお姉ちゃんになりたい!」

 

「ん……? どういう意味でせうか……?」

 

「弟か妹が欲しい!」

 

 

 

 何故か会場が一気に静かになった。そして、お父さんは何故か爆笑している。私、変な事を言ったのだろうか? でも、弟か妹は本当に欲しい! お姉ちゃんになりたいのだ!

 

 

「はっはっは! なら、お父さん、頑張っちゃおうかなー!」

 

 

 お父さんが、変な事を言った。その瞬間、周りの人たちがお父さんにずいっと近づいた。なんだか、怖い……

 

「そうですか、ならダクネスの次は私ですね」

 

「何言ってるのめぐみん! 次は……なんでもないです……」

 

「あら、アクア先輩はいいんですか? それなら女神として私が……!」

 

「本体と同時に妊娠したらどうなるのかな……」

 

「小説を書くためにそれはいい経験かもしれないね。社長と不倫を……ふひひっ……!」

 

「んっ……早く産まねばな……」

 

 急に騒がしくなったお父さんの周りを、お母さんがしかめっ面で眺めていた。それを見て、私は理解した。お父さんって何だか良く分からないけど最低だ!

 

「ねぇねぇお父さん!」

 

「おう、どうしたさより!」

 

 

 

 

 

「お母さん泣かせたら怒るよ?」

 

「す、すいませんでしたぁ!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 私は、ベッドの中で静かな寝息を立てる娘の頭をそっと撫でる。この子は今日、カズマさんを泣かせたり、近づいてくるめぐみん達を追い払ったりと大活躍だった。素直には喜べないけど、私のためだと思ったらとても嬉しいものだ。

 

「はぁ、でかくなったなさよりも……」

 

「ええ、本当に。もう義務教育を始める年齢ですもんね。あんなに小さかったのに……時が経つのって早いですね……」

 

「そうだなー」

 

 適当な返事をするカズマさんに、私は苦笑する。さっきから、娘の頭を撫でながら、私の方をチラチラ見てくるのだ。何というか、分かりやすい人だ。

 

「カズマさん、何か言いたい事があるんですか?」

 

「えっ? まぁ、ちょっとな……」

 

「いいですよ、話してください」

 

 少し挙動不審な動きをしてから、大きく深呼吸をする。そして、少し落ち着いたカズマさんが私に小声で話しかけてきた。

 

「ゆんゆん、お前は俺なんかと結婚して良かったのか……?」

 

「昨日の話を蒸し返すんですか?」

 

「そうじゃない。本当に気になってるんだ。俺は……はっきりいってダメ男だからな」

 

 落ち込んでいるカズマさんを見て、私は思わずクスクス笑ってしまう。確かにこの人は本当にダメな人だ……

 

「そうですね。あなたは最低なダメ男です」

 

「うっ……」

 

「でも、そんなカズマさんと一緒にいようと思ったのは私なんです。あなたは最低です。でも、私はそんな所を含めてあなたが好きなんです。愛しているんです」

 

「無理しなくていいんだぞ……」

 

「無理なんかじゃありません!」

 

 私は娘ごと、カズマさんの事を抱き寄せる。二人の間で身じろぎする娘を起こさないようにしながらも、ぎゅーっと抱きしめた。

 

「カズマさん、あなたと娘と一緒に過ごす日々はとっても賑やかです。退屈なんてありません。もちろん、嫌な事もいっぱいありますけどね……」

 

「そうか……ごめんな……」

 

「謝らないでください。確かに嫌な事もあります。でも、私は嫌な事が吹き飛ぶくらいとっても幸せです。もうカズマさんとさよりがいない生活なんて考えられない。考えたくもない! 私はあなたと結婚して本当に良かったと思います!」

 

「そうかい……」

 

 娘を撫でていた手が、私の頭の上に移った。私は、撫でられながら改めて実感する。やっぱり、私は幸せだ。カズマさんは気の多い最低な人だけど、私と娘に尽くしてくれているのも分かっている。もちろん、ダクネスさんとの事は許さないけど……ああダメだ。めぐみん達の事を可哀相だと思い始めている自分がいる。これではまた変な事になってしまう。うん、自分も甘くなってしまったものだ。

 

「とにかく、私はカズマさんと一緒にいれて幸せですよ」

 

「そうか……おう……そうか……」

 

「まさか、泣いているんですか?」

 

「泣いてねえよ……」

 

 グスグス言っているカズマさんを私は微笑みながら見つめる。本当にダメだ。この人はやっぱり私が傍にいてあげないとダメだ。私以外の女性は娘以外は許さない。本当に本当にだ……

 

「さよりに変な気を使わせてしまいましたし、明日は三人で遊びに行きましょうか。うん、ピクニックとかいいと思います!」

 

「お前も好きだな……」

 

「お外で食べるご飯は美味しいんですから仕方ありません! そして、帰ったら夜には……分かっていますね……?」

 

「お、おう! 俺は今からでも構わんぞ!」

 

 そんな事を言ってくるカズマさんに、私はデコピンする。今日はさよりが一緒にいるからダメだ。まぁ、私もうずうずしていますけどね。

 

「二人目、頑張りましょう!」

 

「はっはっは! 任せろー!」

 

 そう、二人目だ。娘も大きくなって生活は落ち着いた。だから、今回の事はちょうど良い機会だと思う。ふふっ、また幸せが増えてしまいますね。

 

「カズマさん、もっと賑やかに…幸せになりますね……」

 

「そう思ってくれるなら、俺も幸せさ」

 

「大丈夫ですよ。私は幸せです。カズマさんも娘も……これから生まれてくる赤ちゃんも絶対に離しません!」

 

 申し訳なさそうに苦笑するカズマさんをもっと抱き寄せる。胸の方から、むぎゅっとした声が聞こえた。ごめんねさより……でもちょっとだけガマンしてね……?

 

 

「カズマさん、私はあなたと……娘と……家族とずっと一緒です! だから……カズマさんの事……!」

 

 

ぎゅーっと、ぎゅーっと強く抱きしめる。

 

そして、私の思いを込めた一言を最愛の男性に……カズマさんの耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んでも離しませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~てぃーちんぐゆんゆん~  <完>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




てぃーちんぐゆんゆん、これにて完結です!

IFルートはゆっくり書いていきます。

ともかく、ゆんゆんのお話はこれで終わります。
今まで、本当に……本当にありがとうございました!



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IFルート(エリス):ありうべからざる選択
鬼の居ぬ間に


書店に寄ったら10巻売っててビビりました。

時系列は最終話から約半年後です。
今回に限り、本編の後日談的な話になっています。


 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん、お前はあとちょっとで臨月なんだ。だからじっとしてろ」

 

「でも……お夕飯を……」

 

「でもじゃない! そんなの全部俺がやるからお前はゆっくりするんだ! これは命令だからな!」

 

「むぅ……!」

 

 頬を膨らませるゆんゆんを俺は強引にソファーに座らせる。そして、彼女の頭をポンポンと撫でてから台所へと向かった。

 普段は俺の食事を毎日作ってくれるゆんゆんだが、彼女はもう臨月に差し掛かっており、日常動作も危うい時期であるため、一か月程前から俺が食事を作っていた。それなのに、ゆんゆんは何かと俺を手伝おうと身重の体を動かすことが多い。嬉しくはあるのだが、俺としては彼女にはじっとしてもらいたいのだ。

 当然、今日も俺が家事全般をしていた。まぁ、俺も商会の仕事がほとんど片付いているため、ぶっちゃけ暇なのである。

 

「うーし、何を作ろうっかな~」

 

 夕ご飯は何を作ろうかと鼻歌を歌いながら食材を漁っていると、昨日お義父さんに貰った鶏肉があるのが目についた。ふんふむ……長ネギもあるし……

 

「カズマさん、鳥の甘煮とかどうですか?」

 

「おう、それでいっかー」

 

「了解です! じゃあ、私が鶏肉を切りますね!」

 

「うい、俺は長ネギ切るわ……って!? ゆんゆんのアホ!」

 

「あいたっ!? 私の事過保護にするくせに頭叩くんですか!?」

 

「うるせー! 座ってろって言っただろうが! まったく……」

 

 俺はゆんゆんの手を引いて再びソファーに座らせる。不満そうなゆんゆんはとりあえず無視する。こいつはゆっくりしていろという言葉の意味が分からないのだろうか。

 

 そして、俺が料理を始めてから数十分後。ふと、ソファーの方へ目を向けてみるとソファーで毛玉をつっついていたゆんゆんの姿がない。

 慌てて隣の和室に向かってみると、彼女は洗濯物を取り込んで畳んでいた。嬉しい……嬉しいけど……ゆんゆんって奴は……!

 

「おい」

 

「なんですか? いいじゃないですかこれくらい」

 

「本当にお前はよう……ちょっとじっとしてる事くらいできないのか……」

 

「だってカズマさん大変でしょう? 見栄を張ってかなり大き目の家を建てたせいで掃除だって間に合ってないじゃないですか。あ……お庭の手入れも……」

 

「だってじゃない! 頼むから飯作るまで大人しくしてろっての!」

 

 若干のイラつきを抑えながら俺はゆんゆんをまたソファーへ強制連行する。そして、毛玉にゆんゆんの監視を頼んで俺は台所へと戻った。

 それから僅か数分後、毛玉が俺の足元に寄って来てガルッと泣いた。ソファーにはもちろんゆんゆんの姿はない。毛玉は俺を導くように歩き、俺もその後に続く。辿り着いたのはこの家の二階へと続く階段だ。

 

「ゆんゆん……何してるんだ……?」

 

「ふぅ……ふぅ……ふぇ……? ああ、カズマさん! ちょっと運動不足の解消に上り下り運動をしているんです!」

 

「ほう、俺はゆっくりしてろっ言ったはずなんだがな? しかも階段は危ないから俺が見てるところで使えって言ったはずじゃ……」

 

「カズマさんは本当に……うん……うざいです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああっ!」

 

「ひゃあああああああっ!? きゅっ、急に何ですか!?」

 

 俺は聞き分けのないゆんゆんをお姫様抱っこで持ち上げるとそのまま凄い勢いで走り出し……歩き出した。毛玉には随伴を命じ、ゆんゆんを抱っこしたまま家を飛び出す。 そして4軒隣にある彼女の実家である村長宅の玄関扉を強くノックする。待つ事数十秒後、出迎えてくれたお義母様に俺はゆんゆんを差し出した。

 

「娘さんをお届けに参りましたよお義母様!」

 

「あらあら、少し予定より早くありませんか?」

 

「そこを頼みます! コイツ家だと無駄に張り切っちゃうんですよ!」

 

「ふふっ、そういう事だと思った。なら娘をそのまま運んでちょうだい。部屋はもう準備できてるわ」

 

「流石ですお義母さま!」

 

 腕の中で疑問や不満の声を出すゆんゆんを無視して部屋に彼女を運び込んで布団をかける。そこでやっと一息ついたと俺は額に流れる汗を拭った。本当に世話が焼ける。

 

「カズマさん、いきなり何をするんですか!? それにどうして実家に……!」

 

「前々からお前らの親御さんと相談して決めてたんだよ。臨月入ったら念のためにお前をここに移すってな。その予定を少し早めただけだ」

 

「でも、私がいないとあなたが……」

 

「大丈夫だ。普通に生活できる。だからお前は安心して残りの期間を過ごしてくれ。なぁ、分かってくれるだろうゆんゆん?」

 

「むぅ……」

 

「だから膨れたってダメだ」

 

ゆんゆんが膨らませた頬を俺は指でつついて直す。そうすると、彼女も一つため息をついてから大人しくなった。どうやら、ついに観念してくれたようだ。

 

「カズマさん、本当に大丈夫なんですか……?」

 

「大丈夫だっつの! ともかく、お前は子供が生まれるまで安静にしてくれ。ちょこまか動かれると心配なんだよ」

 

「もう、過保護ですね。でも、その方がいいのでしょうね。お母さんやめぐみん、里の皆まで私に何かと気を遣ってくるんです。私のためというより、皆のために受け入れることにしましょう……」

 

渋々といった感じのゆんゆんを撫でてやる。そうすると、彼女は更に大人しくなった。これでやっと俺も一息つける。過保護なのは否定できないが、仕方のない事だろう。

 

「ゆんゆん、俺も毎日顔を出すし毛玉もお前につけてやる。だから今までと大して変わらないさ」

 

「はいはい。私としては夫婦二人の最後の期間をあなたと楽しみたかったのですが、しょうがないですね」

 

「うっ……そんな事言うなよ……! たまには親子水入らずで過ごしてみろ。お義父さんも近くに住んでるのになかなか顔を合わせてくれないって悲しんでたぞ?」

 

「それとこれとは話は別です! というか、あなたって私の両親と変に仲がいいですよね……」

 

 それからは、ゆんゆんと今後の予定について話し合った。庭の水やりをきちんとやる事、お昼の散歩には必ず付き合う事、撫でる回数を増やせなど様々な取り決めをした。

 ついでに、毛玉にはゆんゆんの守護を厳命しておいた。そして、半刻ほど経った頃にお義母様が割烹着を着て俺達の前に現れる。うん、ゆんゆんのお義母様なだけあってかなり可愛い……可愛い……

 

「カズマさん、今から夕食にするつもりですが食べて行かれますか? この部屋で二人で食べてもらっても構いませんよ」

 

「うーむ……それなら遠慮なく頂かせて貰います。お義母様の料理は本当に美味しいですから!」

 

「ふふっ、嬉しい事を言ってくれるわね。たくさん用意してますからたっぷり食べてください」

 

「そうですか! いやー楽しみで……あだだだっ!? なんで抓るんだよゆんゆんっ!」

 

何故か涙目で頬を抓ってくるゆんゆんを落ち着かせながら、俺はそっとため息をつく。

 

 

なんだかんだあるけど、今の生活はやっぱり幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「ただいまーって、誰もいるわけないわな……」

 

 時刻は深夜に近い時間帯、俺は一人で家に帰宅した。あの後、ご両親からお酒を進められて結構飲んでしまい、結局寝る間際まで居座ってしまった。泊りを勧められたが、それだとゆんゆんが翌朝から俺の世話を焼きだすので場所を移した意味がない。後ろ髪を引かれながらも俺はゆんゆん達に別れを告げたのだ。

 

「ふむ、そういえば一人は久しぶりだな……」

 

 そんな事を呟きながら俺はソファーに横になる。そう、今はこの家には俺一人しかいない。寂しくもあるが、何だか久しぶりにワクワクとした気分になってきた。俺は作って放置していた夕食と酒を用意して晩酌の準備をする。そして、仕事用の作業机からゆんゆんに隠して保管していたシガーケースと秘蔵のえっちぃ本を持ち出した。

 

「おおう。そうだよな。この家で堂々と煙草が吸えるわけか。うん、よいぞ……よいぞ……!」

 

 自分でも妙な事を呟きながらも、俺はシガーケースから葉巻を取り出した。ゆんゆんが妊娠して以降は自粛していたため、実に半年ぶりくらいの煙草である。しかも、これは王都で購入したお高い奴である。煙草じゃなくて葉巻な所に俺は何故か妙に興奮していた。

加えて、傍らには秘蔵のえっちぃ本! ゆんゆんは浮気オッケーみたいなアホな発言をしたくせに、以前、俺が隠し持っていたえっちぃ本を見つけた時は物凄く怒って3日間も口を聞いてくれなくなったのだ。その後、ゆんゆん帝によって俺の本は焚書されたのだが、コイツはその凶行の生き残りである。

 

「さて、せっかくだし久しぶりの一人を楽しみますか!」

 

葉巻に火をつけながらも、俺は勢いよくパンツを脱いだ。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、俺は味噌汁のいい匂いで目覚める事になった。顔に乗っかっていたエロ本をどかし、ふと台所の方を見てみるとエプロンを着て朝食を作っている黒髪の女性がいた。俺は慌てて飛び起きると台所に走り寄った。本当に懲りない奴だ!

 

「おい、ゆんゆん! お前、昨日俺が言った事全然分かってねぇのな!」

 

「何のことですかカズマ?」

 

「はあ!? おま……ってめぐみん!?」

 

「はいはい、私ですよ。というか、カズマはその下半身をどうにかしてください。はしたないですよ?」

 

「おっ……? おおう!?」

 

 俺は慌ててソファーの隅に落ちていたトランクスを身に着ける。慌てていたのでフルチンで寝ていたのを忘れていたのだ。ゆんゆんじゃなかった事にとりあえず安堵しながらも、早くも簡素な朝食が並び始めた食卓へと向かう。うむ、なかなかうまそう……ってそうじゃない!

 

「なんで、めぐみんがいるんだ!? というか、なぜ家に入れた!?」

 

「あなたが戸締りをきちんとしてないからです。私がいるのは、ゆんゆんが実家に帰ったと風の噂で聞いたので来たのですよ」

 

「風の噂にしては早すぎじゃないか!? あと、寝起きはいつもビンビンな息子がシナシナだし、なんだかスッキリした気分なんですけど! 寝てる間に何か変なことしてないよなめぐみん!」

 

「うるさいですね。そんな事はどうでもいいじゃないですか。ほら、席についてください」

 

 めぐみんに強引に席に押し込まれ、俺は色々と諦める。それに食事に罪はない。ありがたく彼女の朝食を頂き、ついでに食後のコーヒーまで貰った。めぐみんはそんな俺を見てニコニコとした微笑みを浮かべている。なんだか変な気を起こしてしまいそうなので本当に勘弁して欲しい。

 

「カズマ、本当に仕事は大丈夫なんですか? 2か月も休みなんて普通の商会なら倒産ものですよ?」

 

「子供がいつ生まれるか分からないのに仕事なんてしてられるか! それに取引先も少ないし話の分かる奴らだからな。2か月分を先に納品したら納得してくれたよ。というか、お前は何もしなくても給料貰えるんだから最高じゃないか。あるえやぶっころりーも嬉々として休暇に入ったぞ?」

 

「お金はどうでもいいんです。カズマの殿様商売がちょっぴり心配なのと、あなたと過ごす時間が減るのが嫌なだけです」

 

「おいおい……」

 

 妙な事を真顔で言ってくるめぐみんに俺は顔を俯かせる。里に引っ越した時についてきた事からめぐみんがまだ俺を諦めてないのは知っている。しかも、俺の元カノだとかゆんゆんが俺を寝取ったなどの情報を流したせいで割と苦労することになった。

 ゆんゆんが“紅魔族随一の腹黒”の称号や“紅魔族随一の「あの子って大人しそうに見えて意外と……」”というわけの分からない称号を授与されたし、俺も鬼畜とスケコマシ、おまけに“紅魔族キラー”という称号を認定書付きでお義父さんから貰ってしまった。

 この事態は裏でゆんゆんとめぐみんの両親が話し合う事で決着となったが、そこで何があったのかは俺もゆんゆんも分からない。ただ、その数日後に俺はお義父さんとめぐみんの親父と、何故かダクネスの親父も加わっての集団リンチを受けたことは思い出したくもない。特に王国の懐刀と呼ばれていたダクネスの親父が武勇の面でもやばかった。ジェネラルとウィザード二人はもう相手にしたくない……

 

「何を呆けた顔をしているんですか? ともかく、ゆんゆんがいないので私がカズマの面倒を見ます。よろしいですね?」

 

「うん……とでも言うと思ったか! 却下だ! ただでさえ里公認の不倫相手だとか噂されているんだ。誤解されるような真似は勘弁なんだよ!」

 

「誤解も何もそれが里の公式見解です。それにカズマ、逆に考えるのです。事実にしてしまえばいいじゃないですか」

 

「めぐみんのアホ!」

 

「うひゅっ!? 頭突きはやめてください……ってこら! 放しなさい……やめっ……やめろー!」

 

俺はバタバタと暴れるめぐみんを家からつまみ出し、きちんと鍵を閉める。しばらく玄関をバンバン叩く音が響いたが、無視をし続ける。そのうち、扉の外から泣き声が響きだして俺の心も折れた。急いで玄関先に出て、泣いているめぐみんの涙を拭ってやる。女ってのはやっぱり卑怯だと思う

 

「めぐみん、泣くな。余計に誤解されるだろ! でも、俺も悪かった。朝食は嬉しかったし、美味かった。ありがとうな」

 

「ぐすっ……それなら家に入れてください……」

 

「お前な……」

 

 呆れている俺の姿を見ても、彼女の態度は変わらない。これだけ俺に冷たくされてるのに彼女は決して諦めない。その姿に俺の心もグラグラだ。しかし、今……特にゆんゆんの妊娠中に変な事を起こしたくない。アイツも一見穏やかに見えて妊娠中だけあって割とイライラしてる時もあるし、ヒスると非常に面倒臭いのだ。

 

「あれだ、めぐみんってこの1年で変わったよな」

 

「急になんですか?」

 

「まぁ、聞けよ。お前ってさ、俺の中じゃ妹枠に近いロリ枠だったわけだ。それが気が付けば色っぽいスレンダー美人にいつの間にか変化してるんだぜ? お前とその……そういう関係になるのは深みにハマリそうなんだ……」

 

「いいじゃありませんか。我が深淵にカズマを……ひゃっ……!?」

 

 アホな事を言いそうになっためぐみんをギュッと抱きしめる。そうすると、めぐみんは一気に大人しくなり、彼女も俺の事を抱きしめ返してくる。相変わらず胸は小さいが、腕に触れる彼女の長い黒髪と鼻孔をくすぐる女性特有の甘い匂いが俺を狂わせそうになる。だが、必死に耐えた。どっちにしても今の期間は非常にマズイのだ。

 

「めぐみん、今は勘弁してくれ。でも、いつかお前の元に行くかもしれん。だから……な……?」

 

「んっ……」

 

 めぐみんは何も言わずに俺に抱きしめられ続け、しばらくして俺が抱きしめ拘束から解放すると、彼女は何故か顔を真っ赤にして逃げるように家を去った。案外アイツもちょろい。希望を持たせるようなクズ発言をしたのは良心を傷つけたが、これしか方法はない。まぁ、めぐみんにキツイ事を言えない俺の覚悟がダメダメなのだろう。

 ともかく、めぐみんの撃退には成功した。内心で勝鬨をあげながら俺は勝利の煙草を味わう。うむ、今日もこれで一日頑張れそうだ。

 

「社長、朝から煙草なんていけないよ」

 

「ん? おう、あるえか。そっちこそ朝から俺に何か用か?」

 

「用って程はないんだけどね。社長……カズマ君が一人で過ごしているって風の噂で聞いてね。私が君のお世話でも……」

 

「帰れ」

 

「即答は悲しいよカズマ君!」

 

「うるさい帰れ」

 

「はぅ……ふぇ……!」

 

 

 

女って奴はやっぱり卑怯だと思う。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「へぇ、そんな事があったんですか。ふふっ、カズマさんも大変ですね。別に私はちょっとくらいの浮気なら構わないと思っているんですよ?」

 

「そうは言ってもお前は俺がそんな事したら絶対怒るだろ」

 

「ええ、怒ります。それは妻として当然でしょう? でも、怒るだけなんで安心してください」

 

「全然安心できねぇよ……」

 

「本当に怒るだけなんですけどね」

 

 そういってクスクス笑うゆんゆんから俺は目を逸らす。口ではこう言っているが、いざ浮気を目にしたら俺がどんな目に会うか分かったもんじゃない。さっきまで日課であるゆんゆんとの散歩中にも、俺が道行く紅魔族の女性の胸元やら太ももに視線を移しただけで軽く抓ってくるような奴なのだ。

 

「あ、せっかくですし家の整理をしてあげましょうか? 多分、散らかっているでしょう?」

 

「だめだっつの! 今は絶対安静! 大人しく花でも愛でてろ!」

 

「庭の土いじりをさせてくれないくせに……」

 

「ああ、もう分かったよ! 水やりくらいはやっていいさ!」

 

「その言葉を待ってました!」

 

 ゆんゆんは小休止を取っていた自宅の庭のベンチから立ち上がると、物置からじょうろを引っ張り出して草木に水をやり始めた。嬉しそうに水やりをする彼女の姿に、俺もなんだかほっこりしてしまう。思わずポケットのシガーケースに手が伸びそうになったが、我慢する。バレたらゆんゆんの笑顔が般若になる事間違いなしだからだ。

 

 その後は家の中の植物にも水をあげると言い出したゆんゆんに、押し負けて家への侵入を許してしまい、結果的にはまた彼女の気遣いを受ける事になってしまった。こうなると、自分が情けなく思えてくる。

 若干気落ちしながらも、家でゆんゆんとの時間をしっかり楽しみ、夕方には彼女と彼女が無源増殖させている多肉植物の鉢を何個か抱えて族長の家に向かった。ちなみに、夕食もまた頂いてしまった。申し訳なく思う一方、まぁいっかという思いも湧いてくる。何というか、俺ってやっぱりダメ男かもしれない。

 

 そして、気持ちのいいほろ酔い気分で帰宅してから簡単なつまみを作り、もう一杯酒をひっかけた。良い感じに酔いが回ってソファーに横になってウトウトしていた時、玄関の扉が数回ノックされた。めぐみんの可能性が高いために無視して眠る事にしたのだが、鍵を回す音と扉が開けられる音がした。ゆんゆんだったら叱ってやろう、クリスだったらセクハラしようと心に決めて寝たふりをしていると、居間に件の人物が現れた。俺は薄目でチラリと確認して……

 

「なんだよアクアか……」

 

「ん? 起きたのカズマ? しかし、本当に散らかってるわね。お昼に掃除したんじゃないの?」

 

「少しくらいはいいだろ……っていうか何でお前が家に入れたんだ? ピッキングでも覚えたのか?」

 

「失礼ね! アンタの事が心配だからってゆんゆんに鍵を渡されたのよ! はい、あの子の手紙!」

 

 そういって突き出された紙切れには、長々とゆんゆんの思いが書かれていた。要約すると、昼に部屋の惨状を見てダメだと思ったし、めぐみん達の怪しい動きを牽制するためにもアクアを送り込む事にしたらしい。何かが決定的に間違っているような気もするが、これがゆんゆん様の判断だそうだ。

 

「おいアクア、お前はいいのか? ゆんゆんに俺の世話しろなんて言われて素直に従っちゃうのかよ! 女神の威厳はどうした!」

 

「別に問題ないわよ。私はアンタとずっと一緒に過ごすために色々と考えてるの。これもその作戦の一環と言った所ね」

 

「おふ……そうですかい……」

 

 真顔でそんな事を言われて俺もたじろぐ。アクアもめぐみんと同じように俺を諦めていないらしいが、めぐみんのように毎日接触してくる事はない。その代わり、里に建てたアクシズ教会を拠点として何やら熱心に活動しているらしい。

 アクシズ教会の隣に建てられたエリス教会との信徒同士の抗争は里の風物詩にもなっており、両方の信徒は里の住人からおもちゃ扱いを受けているが、コイツとエリス様はいつの間にか里の住人全員と仲良くなり、頼られる存在や一種のアイドル的存在として受け入れられている。流石の女神と言った所であろうか。

 

「しかし、ゆんゆんも余計なお世話をしてくれるぜ。せっかく久しぶりの一人を満喫してたのに……」

 

「まぁ、単に女を連れ込まないかちょっと心配なだけらしいわ。ゆんゆんのためにも諦めなさい!」

 

「ええ……あいつはお前なら連れ込んでオッケーって事かよ……」

 

「バカねカズマ。私はゆんゆんに信頼されてるし、私もそれを裏切るのは今後に影響すると理解してる。だから私からアクションを起こすつもりはないわ。アンタから求めてくるなら私も見て見ぬふりするけどね!」

 

「そんな事しねーよ」

 

「そう、なら大人しく私にお世話されなさい!」

 

 そう答えるアクアは少し寂しそうに笑っていた。なんだか可哀相な気もするが、俺も割り切る事にする。そんな時、アクアはそっぽを向いている俺の胸元に飛び込んでギュっと抱きしめてきた。突然の行動に驚くが、抱き着きながらスンスンと鼻を鳴らすアクアを見ると怒る気も失せる。

 

「んっ……めぐみんとあるえの匂いが強いわ……変な事してないでしょうね……?」

 

「なっ……! し、してねーですぜアクアさん! 本当に!」

 

「ふーん……確かにえっちぃ匂いはないわね。メモメモっと……」

 

「マジでゆんゆんの差金だな。浮気調査とか勘弁してくれ!」

 

「大丈夫、これは私の趣味よ。ほら、私が浄化してあげるわ」

 

 俺の体にグリグリと体を押し付けてくるアクアを見て、俺はやっぱりゆんゆんはおかしな選択をしたもんだと溜息を吐く。それに、アクアにも悪い気がする。今じゃゆんゆんの夫となった俺の世話をするなんて、彼女としてはどういう心境なのであろうか。めぐみん含めて謎である。

 そして半刻ほどたってやっとアクアが離れ、彼女は俺が散らかしていた酒瓶や食器を片付け始めた。俺はソファーで寝るなと蹴り出されたため、大人しく寝室へ向かう。しかし、ゆんゆんのいないダブルベッドはなんだか物寂しくて中々寝付けない。俺はこっそり部屋を抜け出して庭に行き、そこにあるベンチに腰を下ろした。真っ暗な庭をしばらく眺める。そうしていると、口寂しくなって自然と手がポケットに伸びていた。さっと取り出したのは今日買った安物の煙草である。ライターで火を灯して俺はしばらくぼけーっとした時間を過ごした。

 

「ふっ……夜風が染みるぜ……」

 

「そんなギザなポーズを取ってもアンタには似合わないわよ」

 

「あん……? ああ、アクアか。別に良いじぇねぇか。こういうのは雰囲気重視で……」

 

「“クリエイト・ウォーター!”」

 

「のああああっ!? い、いきなり何すんだお前!」

 

「ちょっとアンタにはお仕置きが必要ね。夜中だし外で騒ぐのは近所迷惑になるわ。だから家に入って」

 

 体をびしょ濡れにされたのに、その態度はなんだと若干怒りが湧いてきたが、アクアの方を見てそんな気もなくなった。彼女は暗闇の中でも分かるくらいの怒りのオーラを発している。大人しく玄関に入り雰囲気的にその場で思わず正座をしてしまった。そんな俺をアクアが冷たい目で見下ろしてくる。こんなにも怒っているアクアは俺自身初めて見るかもしれない。

 

「ねぇカズマ、アンタは煙草やめたって言ったわよね。どうして吸ってるの?」

 

「いや、本当に昨日まで禁煙してたんだ。でも、ゆんゆんがいないからつい吸っちゃっていいかなーみたいな……」

 

「へぇ、アンタの意志はその程度なの。カズマが欲望に忠実なクソニートだってのは私もよく知ってるけど、ちょっと幻滅よ」

 

「すいません……」

 

 アクアの気迫に飲まれて俺は渾身の土下座をする。彼女は大きなため息をついた後に俺の頭撫でる。なんだか俺が下に見られているようで少しイラっとしたが、今回は俺が全面的に悪いので大人しくする事にした。決してちょっと気持ちいいなんて思っちゃいない。

 

「禁煙したのは誰のためかを思い出して。ゆんゆんと赤ちゃんのためでしょう? その決意を出産間際になって反故にするなんてだめよ」

 

「はい……」

 

「もうカズマも父親になるのよ。今までと同じではいけないの。ちゃんと父親としての自覚を持ちなさい」

 

「はい……」

 

 再びため息をつくアクアに連れられ、俺は寝室へと押し戻された。どうやら、さっさと寝ろという事らしい。そして、先ほどからそわそわしている俺の様子を見て、アクアはまたため息をついた。

 

「大丈夫、ゆんゆんには内緒にしてあげるわ」

 

「おおう! マジか! アイツ怒ると滅茶苦茶怖いんだよ! いや、本当に内緒にしてくださいアクア様!」

 

「こんな時だけ調子がいいんだから」

 

 苦笑するアクアを見て俺は安堵した。とりあえず、これで般若ゆんゆんを見ずに済みそうだ。その後、色んな意味で安心してすぐに眠りにつく事ができた。ちなみにアクアは自ら俺とは別の部屋にいって睡眠をとった。当り前の事と思うかもしれないが、押し入れの中からめぐみんが出てきたリ、ベッドの下にたまにクリスが潜伏してる我が家にとっては珍しい対応と言えるかもしれない。

 

 そして、怠惰と緊張がごちゃまぜになった日々が始まった。時期的にいつ子供が生まれてもおかしくない時期である。日中はゆんゆんと共に散歩をしたり二人で適度なスキンシップを楽しみ、夜中は陣痛の知らせが来ないだろうかというドキドキとした気持ちで眠りについた。その間、アクアは健気に朝食を作ってくれたり、いまいちよく分からないゆんゆんの植物や庭の管理をしてくれていた。

 アクアが家に来て二週間が経過した頃、俺も流石に彼女にこんな事をしてもらうのは悪いのではという思いが湧き始めた。ゆんゆんの家で夕食を頂いた帰り、ちょっと高めのお酒とつまみを買い込んで帰宅する。出迎えてくれたアクアに俺は酒が入った袋を渡して彼女を晩酌に誘ってみた。アクアはきょとんとした顔でそれを受け取った後、中身を覗いて満面の笑みに切り替わった。早く早くとグイグイ手を引っ張るアクアに俺は小さく苦笑した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「おおっ、この酒はちょっと辛目だが枝豆とめっちゃ合うな」

 

「……………」

 

「ふむ、外部に売る時に紅魔の里の酒っていうブランドをつけるのも……」

 

「…………」

 

「アクア……?」

 

 俺は隣に腰かけているアクアに軽く呼びかけてみる。しかし、彼女は全く反応を示さない。先ほどからアクアはソファーの上で膝を抱えて酒の入ったグラスをじっと見つめる作業に没頭していた。軽く頭を小突いてやると、アクアは驚いたように体をビクりとさせた後、こちらをチラリと見てからグラスを見つめる作業に戻ってしまった。こういうアクアの姿を見るのも何だか久しぶりだ。

 

「何か悩み事でもあるのか?」

 

「別にアンタが気にするほどの事じゃないわよ」

 

「いいから話してみろ。思えばお前と二人でゆっくり話すのは久しぶりだしな。愚痴でも何でも聞いてやるぞ」

 

「愚痴……ね……」

 

 アクアが大きなため息をついた後、グラスを置いてこちらをじっと見つめてくる。俺はそんな彼女を、酒を舐めながら見つめ返した。そうするとアクアは諦めたようにまたため息をついてから語り始めた。

 

「カズマって私の望みって何か知ってる?」

 

「そりゃな。“あの時”に嫌と言うほど思いしらされたからな。あれだ、皆とずっと一緒にいたいって奴だろ?」

 

「正解よ。だとすれば、私が少し落ち込んでる理由も分かるでしょう」

 

「ほーん…まぁ分からなくもない。でも、どうにもできねぇな」

 

 俺はそう言ってから、グラスの酒を一気に飲み干した。アクアが何を言いたいかは何となく分かった。皆と一緒……ダクネスの存在がこの里にない事で寂しい思いをしているのかもしれない。そう考えると、少し可哀相に思えてくる。コイツは結構、いや、かなり仲間思いな奴なのだ。

 

「そんなにダクネスと会いたいなら今度俺の仕事についてこいよ。あいつの家は重要な取引先でな。今後も御贔屓にって思いも込めて、仕事終わりに毎回アイツと飲んだり、街に出て遊んだりしてるんだ。お前が来たらアイツも喜ぶぞ?」

 

「アンタってバカね」

 

「あーん? なんでバカにされなきゃいけないんだよ! やっぱ今の話はなしな!」

 

「別にいいわよ。というかそうしなさい」

 

 表情を一つ変えないで罵倒してきたアクアに俺は怒りを覚える。腹いせにアクアが少しかじって放置しているげそ焼きを食ってやった。彼女はそんな俺の行動に苦笑をすることで応えた。

 

「カズマはダクネスが里に移住しなかった理由を知ってる?」

 

「いや知らん。でもアイツは領地持ちの貴族だ。そうそう離れるわけにはいかないんだろう」

 

「残念。それだけではないわね。それにダクネスはアンタが引っ越しした当初はここに家を建てるかどうか悩んでだしょう? あの子も本当はここに住みたかったのよ」

 

「そんな事は知るか。俺にもここの生活が……事情ってのがあるんだ。それにアイツは仲間ってだけだ。ゆんゆんよりアイツを優先するわけにはいかない」

 

 俺は少し語気を強めて言い放った。結婚した身である俺にとって、この手の話は正直迷惑なのである。もちろん、めぐみんやダクネスが嫌いなわけではないし、本心では一緒に生活したいとも思っている。しかし、それは決して許されない事なのだ。

 

「そう言わないであげて。アンタの仕事の一番の取引先はダクネスでしょう? あれはカズマと会うための口実作りよ。きっと毎月アンタが来る日を楽しみに待っている。彼女にとっての幸せを私達は邪魔するわけにはいかないのよ」

 

「そりゃあ……まぁ……その事については薄々分かってたけどよ……」

 

「それなら結構。私は皆の……カズマとめぐみん、ダクネスの幸せを願ってるの。皆と一緒に過ごせない日々だからこそ心配になってくるのよ。まぁ、私の勘ではそのうちダクネスもこっちに来そうだけどね!」

 

 そう言って笑うアクアを俺は少し複雑な表情で見つめる。こいつにとっての“皆”にはゆんゆんは入っていないのだろうか。俺の思いを察したのか、アクアは慌てて「ゆんゆんもよ!」と言ったが、その行動からコイツが言外に何を思っている分かってしまった。それとも、本当にコイツがアホで忘れていたのかは現状では俺に判断できかねない。まぁ、深く考えないようにしておこう。

 

「おっと、そんな話は置いておいてだな。お前が落ち込んでる原因を教えろ。それだけが理由じゃないんだろ?」

 

「なんで分かるのよ……」

 

「何年一緒に過ごしたと思っているんだよ。ほら、聞いてやるから言ってみな」

 

「でも……あまりカズマには話したくない事で……」

 

 俺は放置されたグラスに酒を注ぎ、アクアに突き出す。少し困った顔をしたアクアは酒を受け取り、一気に飲み干した。そして、彼女はグラスを突き出し、俺はそこに酒を注ぐ。そんな作業を4,5回繰り返した後に、アクアはポツポツと語り出した。

 

「ダクネスが移住を諦めた理由はね、私とダクネスが“よそ者”だからなの。その事で苦労した事を最近思い返す事が多くてね……ちょっと気分が落ち込んじゃってるの……」

 

「はぁ? そんなの初耳だぞ? それに里の人を悪く言うのはあまり感心しないな」

 

「だから話したくなかったのよ。でも安心して? 別にいじめとか村八分とかそんな事は起こっていないわ。それに紅魔族の住人は皆とってもいい人だしね」

 

「なら、何が“よそ者”なんだよ」

 

「ごめんなさい。ちょっと言い方が悪かったわ。でも、簡単に説明するとね……」

 

 それからアクアが語った内容に俺は閉口する事になる。曰く、里の住人は俺とゆんゆん、めぐみんの関係に対してとても寛容らしい。めぐみんを第二夫人に迎えてしまえという意見や、さっさと子供作れだとか裏で言われている。同じようにあるえも一緒に孕ませてしまえという意見もあるのだとか。要するに、里の連中は俺達の関係を面白おかしく見守っているそうだ。

しかし、アクアやダクネスに対してはそうはいかない。まず初めに、“こいつは誰だ”、“何故ここにいるんだ”という視線を浴びてしまう。そして、俺との仲を疑う視線、俺がゆんゆん達を捨てて里からいなくなるのではという不安。そんな思いを里の人達から感じる事があったそうだ。

 

「いや、めぐみん関連は何となくは知ってたけど、お前とダクネスがそんな事に……里の奴らはそういう事はしないと思うがな」

 

「当り前よ。紅魔族の人達はそんな事を態度や口に出すような事はしないもの。むしろ好意的に接してくれるわ。でも、私みたいな女神やダクネスみたいに人の思いをくみ取ることが上手な子は分かっちゃう。だからダクネスは身を引いたのよ。まぁ、余所者云々より先に私達が結婚したアンタを“諦めてない”事の方が常識的に考えて異常よ」

 

 愚痴るような口調になったアクアは、枝豆を凄い勢いで食べ始めた。酒を飲みながらバカ食いする彼女に俺は少し安心感を覚える。やっぱり、こいつに暗い顔似合わない。

 

「あ、勘違いしないでねカズマ。里の人達は人間として当たり前の反応を示しているだけよ。よく知っている人なら安心できる事でも、まったく知らない人だと少し不安になる事ってあるじゃない。例えば私が魔剣の人と遊びに行くのは100歩譲って許せても、カズマが知らない男と私が飲みに行くって言ったら不安でしょう?」

 

「別に」

 

「なんでよーっ! そ、即答はひどいと思うの!」

 

「知るか」

 

 一言で切って捨てた俺の胸に、アクアが弱めのパンチを浴びせてくる。そんな彼女を見ながら、俺も少しだけコイツの言いたい事が分かる気がした。そんな事、ゆんゆんを嫁にしてから何度も思っている。アイツってちょろいから簡単に……いやなんでもない。

 

「ダクネスはそんなプレッシャーに負けて移住を諦めたけど私は違うわ。“よそ者”っていうレッテルを外すために里で困っている人がいたら積極的に助けたし、子供のお守りや遊び相手を引き受けたりしたわ。他にもちょっとした仕事のお手伝いから宴会における盛り上げ役や酌の相手……まぁ色々やったのよ」

 

「お前……」

 

「もちろん、その時にちょっとずつ私の思いを伝えたわ。なんだか私って子供や年配な方に人気あるみたいでね。色々とお世話になったり、カズマなんか寝盗っちゃえっていう応援の言葉もたくさん貰ってる。つまり、私は晴れて“よそ者”を脱出したってわけよ。まぁ、私の人徳ならぬ神徳は相当なものと自負してるわ。当然の結果ね!」

 

 悪い笑みを浮かべながらクスクス笑うアクアを俺は半眼で見つめる。アクアはアホでバカな駄女神だが、人と仲良くなる事と人に慕われる事についてはかなりの熟練者……いや天性の才か、それとも天然というべきか……いわばコミュ力チートだ。ゆんゆんが泣いて羨むほどのものをコイツは持っている。ゆんゆんが以前、アクアにお爺ちゃん盗られたと意味不明な事を言っていたが、つまりはそういう事なのだろう。

 

「それでね、族長が子供も生まれるし、家政婦でも雇ってみてはどうかって奥さんに相談してたってとある筋から聞いたの。それに私は真っ先に立候補したわ。族長の家で短期間だけどお手伝いさんの経験もあるし、もう里の人にすっかり信頼されちゃってる私はすんなりオッケーを貰ったわ。ゆんゆんは寝耳に水だったみたいで勝手に決めるなって親と大喧嘩してたけどね。とにかく、私はアンタとずっと一緒にいるための可能性にありつけたわけよ」

 

「親父さんも勝手にそんな事を……でも、それならお前が落ち込む要素はないんじゃないか?」

 

「そうでもないわ。こうやって願いが叶いそうになると今までの自分をつい思い返しちゃうの。私って里の人を騙してるんじゃないかって。それに私は尊き水の女神様よ。アンタと私のためとはいえ、私は何やってるんだろうって変な気持ちになる事が多いわ」

 

鼻をふんっと鳴らすアクアを俺はじっと見つめる。こいつは結構プライドの高い女だ。そのプライドを捨てて俺と一緒にいようとする理由は分かりはするが、正直理解できないものである。

 

「そして何より、私がゆんゆんを裏切っているんじゃないかって罪悪感が凄いの。あの子はね、私ならって家政婦の話にオッケー出しちゃったのよ? あの子は私の事を信頼してるし、友達だと思っているわ。実際アンタの愚痴だって私によく相談してるしね。そんな子に私は自分の欲を満たすために近づいたって考えると……」

 

「おう、女神失格だな」

 

「改めて言うのはやめてちょうだい! でも、事実だから……あう……」

 

 再び膝を抱えて丸くなったアクアを見ながら、俺はげそ焼きを齧り続けた。今までの話を聞いた上で、俺がコイツに助言してやれる事はない。本来ならコイツを遠ざけるのが夫としての責任であるが、俺は自他ともに認めるクズでヘタレなので何も言う事が出来ない。やっぱり、俺はどうしようもないダメ男だ。そんな俺をアクアはチラリと見てくる。そして囁くように話しかけてきた。

 

「カズマ、私は皆と一緒にいたいの。でもね、たまにめぐみんにもダクネスにも会わないでアンタと二人きりで生活を続けていたらどうなるかってつい考えちゃう。色々と大変だけど、割と充実した日々を過ごせる気がしない?」

 

「さあな」

 

「まぁ、こんなアホな妄想の最後には結局めぐみん達が出てきて私達の邪魔をしてくるの。あの子達って私の頭の中でも出しゃばってくるなんて相当よね」

 

「そうかもな」

 

「…………」

 

 気のない返事を返していると、アクアはいじけたようにまた膝を抱えた。俺はそんなアクアを放って酒を舐める作業に戻る。俺にはどうしようもできないし、するべきじゃない。だからこそ、無視する事にした。

 

 

 

「また皆と一緒に暮らしたいな……」

 

 

 

 気付けば、俺はテーブルにグラスを叩きつけていた。割れはしなかったが、つまみのミックスビーンが地面に散らばった。何というか、非常に酒がまずくなる雰囲気になってしまった。そのまま、しばらくピリピリとした時間を過ごしていると、アクアがソファーに座る俺の膝の上に腰かけてじっと顔を覗き込んできた。俺は胡乱気な目つきを彼女に返す。コイツは何がしたいのだろうか。

 

「どけ駄女神」

 

「そうはいかないわ。アンタ自分が何をしてるか気づいてないの?」

 

「なんだよ……」

 

 別に俺はイラっとする話を忘れるためにもう一本酒を開けただけだ。別にこれくらいは問題ない。この程度で俺は二日酔いにはならないのだ。だから、腹いせにちょっとムカツくアクアの顔に煙を吹き付けてやった。

 ケホケホと咳込む彼女を見て、俺は下卑た笑いを浮かべる。コイツを家から蹴り出す勇気がない俺にとってこのくらいの嫌がらせが精一杯の……お……おおっ……?

 

「俺っていつから煙草吸ってた?」

 

「まさか無意識で吸ってたの!? アンタが大人げない事した直後からよ。まったく、イライラして煙草に走るなんて呆れるわ」

 

「くっ……! こ、これは煙が出るお菓子でだな……!」

 

「流石にその言い訳は苦しすぎよ」

 

 冷たい視線で睨み付けるアクアは、俺から煙草を奪ってまだ酒が入っているグラスに放り込む。楽しみを二つともダメにされて落ち込んでいると、彼女はため息をついてから俺の頬をぺちぺち叩いてきた。

 

「アンタって本当にダメね」

 

「そっすね……」

 

「あら、自覚あるの。でも、もう完璧にニコチン中毒ね。治せない事はないけど。アンタのためにならないし……」

 

 膝の上でぶつぶつ呟きだしたアクアを放置し、俺はポケットから安物の煙草を取り出す。ちょっと前にこれと同じ銘柄の煙草と秘蔵の葉巻をアクアに没収されたばかりだ。そこで改心して辞めるつもりであったのに、どうやら酒とつまみを買った時に無意識に購入していたらしい。俺って奴は本当に……

 

「まったく、もういいわよ。処置なしね。もうアンタの好きにしなさい。間接的には私たちが原因で煙草の味を覚えちゃったわけだし……」

 

「おおっ、マジか! って違う! 俺は煙草なんて辞めるぞ! うん……辞めます……!」

 

「そんなに必死になってももう遅いわよ。まぁ、ちょっと口をあーんしてみなさい。カズマの汚れ具合を見てあげる」

 

 急に妙な事を言い出したアクアに従い、俺は口を開ける。喫煙を再開してまだ二週間ほどだ。流石にまだヤニが染みつくような事は……そういえば最近鏡を見てねぇな……

 

「うわっ、歯が若干黄ばんでるわよ。それに息がちょっと臭い! アンタ最低よ!」

 

「ぐっ……!」

 

「まったく……私が浄化してあげるから大人しくしてなさい」

 

 そう言ったアクアに俺はコクコクと頷く。そうすると、彼女は突然俺の事をぎゅうっと抱きしめてきた。そして、半開きになっている俺の口に柔らかな唇を押し付けてくる。俺はたいした抵抗も出来ないまま口内に侵入され、そのまま蹂躙される。

 振り払おうと思いはしたが、抱き着くアクアを無下に出来ない俺のヘタレ具合と、まさに浄化とも言うべき柔らかくとろけるようなキスに対する満足感が合わさってしばらく彼女のされるがままになっていた。

 

「んっ……ちゅ……はむっ……・じゅるっ……!」

 

 優しく口内を舐るアクアの舌は俺の歯茎をなぞるように蠢き、時節ジュルジュルと唾液を吸引する。浄化であるらしいので決して舌を絡ませる事はなかったが、焦れた俺が絡めとると彼女もそれを受け入れた。

 そして、俺の理性が色々と限界になってきた頃にアクアは勢いよく吸い付いてからゆっくりと唇を離す。荒い息をついて呼吸を整えるアクアと、やっちまった感でいっぱいになる俺との間に少しの沈黙が降りた。

 

「んっ……カズマ、別に煙草をいくら吸っても構わないわよ。でもね、吸ったら私の“浄化”を絶対に受けてもらう。それが嫌なら頑張って禁煙しなさい」

 

「お前なぁ……」

 

「文句なら受け付けないわよ。それにちょっと脂っぽいものを食べたくなったわ。今から追加で作るからカズマはもっとお酒を持って来なさい。アンタがお高い酒を隠してるのは知っているんだからね」

 

 そう言ってキッチンに引っ込むアクアを俺は無言で見送った。なんだか妙にスースーする口を確認するために、ゆんゆんがよく使う手鏡を棚から引っ張り出す。鏡には案の定、以前に増して真っ白な歯がそこにあった。おまけに歯石も全部取れている。なるほど……なるほど……

 

「なぁ、アクア。なんでお前はそこまでして俺と一緒にいようとするんだ?」

 

「アンタは私が傍にいてあげないとダメだからよ。カズマには私が必要なの」

 

 アクアはチラリと振り返りながらそう答えた。俺はというと、なんだかもうどうでもよくなってきたのでソファーに深く体を預けて心身を休める。そして、キッチンで揺れる青髪を眺めながら、俺は煙草もう一本口に咥えた。

 

 

 

「浄化なら仕方ねぇな」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう! アイツ本当に大丈夫なのか……!? エ、エリス様に救援要請を……」

 

「落ち着くんだカズマ君。私達に出来る事は母子共の無事を祈るだけだ。私は家族だけでなく里の住人のお産にもよく立ち会うからね。私の落ち着きっぷりを見習いなさい」

 

「うっ……分かりましたお義父さん……」

 

「ふっ、私程度の熟練者になると全く動揺しなくなるものさ。ほら、煙草を吸う余裕すらある。君もいるかね?」

 

「あっ……一本貰います……」

 

「素直でよろしい! その代わりと言ってはなんだが、君が前にくれた葉巻を仕入れて欲しいんだが……」

 

それからは、親父さんと落ち着いて雑談する。確かに俺が慌ててもしょうがないしな。そんな風に気ままに過ごしていると、隣にいた親父さんが突然何者かに蹴り飛ばされた。下手人の正体を見ると、笑顔を張りつかせたお義母さんである。慌ててブツを後ろ手に隠すが、何者かに肩を叩かれて観念したように振り返る。もしかしなくてもアクアであった。

 

「カズマ、これから赤ちゃんと会うって時にいい度胸ね。流石に死んだ方がいいんじゃないかしら?」

 

「ぐっ……これは……お……お義父さんが無理やりにだな……」

 

「ああっ!? 裏切るのかいカズマ君! くそっ! 君なんか……あだっ!? やめっ……やめるんだ母さん……ほぐっ!? ばわっ!」

 

 背後から男の悲鳴と暴力の音が聞こえてくる。しかし、そんな事はどうでもいい。今は目の前の危険物を排除しなければならない。

 

「アクア、ここでの浄化は勘弁願いたいというか……」

 

「アンタは何を言ってるの? 大人しくしてなさい。適切な処置をしてあげるから」

 

「おいアクア、その右手に宿る凶悪な光はなんだ……?」

 

「…………」

 

 異常な輝きを放つ光に恐れをなし、俺はすぐさま土下座をする。しかし許される事はなかったらしい。彼女はその謎の光球を俺に向かって射出した。その瞬間、微かな産声が耳に届く。俺の中に深い安堵が広がる。ああ、よかった。これで安心して逝ける……

 

 

「浄化してあげるわ! 神技“エーテルストライク!”」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 俺はバキバキに緊張しながら件の部屋の扉を軽くノックする。数秒後、入室を許す声を聞いてゆっくりと扉を開けた。部屋の中にある質素なベッドで上には半身を起こしているゆんゆんの姿がある。そして、彼女の腕の中には生まれたばかりの小さな命が抱かれていた。

 

「カズマさん、何であなたはボコボコのビショ濡れになっているんですか? まぁ。いいでしょう。ほら、早くこっちに来てください」

 

「お、おう……! 姿の方は気にすんな! ちょっと身を清めてただけだよ」

 

 苦しすぎる言い訳にゆんゆんは苦笑を漏らす。しかし、深く追求する気はないようだ。それならばと、俺は彼女にそっと近づいた。

 

「とっても元気な女の子です。撫でてあげてください」

 

「ああ、分かったよ」

 

 お互いにクスクス笑いながらも、俺はゆんゆんの腕の中で眠る赤ちゃんに手を伸ばす。改めてこの子の親になったのかと実感しつつ、不思議な興奮と緊張を持ちながら優しく頬を撫でてやる。これといった反応は見せないが、何だかとてつもない喜びが沸き上がってきた。

 

「名前は……女の子なのであっちですね……」

 

「ああ、この子は“さより”だ。なんだよ、まだ不満があるのか?」

 

「いいえ、私も色々と思い直したんです。その時にいい名前だなって気づきましたから……」

 

「本当か? それなら俺も嬉しいぞ!」

 

「もう、本当ですよ!」

 

 そう言って笑うゆんゆんを見て少し安心した。実は妊娠が分かってから子供の名前を事前に決める事にした時、俺とゆんゆんのご両親は紅魔族的名前をつける事に賛成だったのに対し、ゆんゆんは普通の名前をつける事を主張。

これが原因で半端ない大喧嘩をした。身重の身で家出された時は里中がパニックになったものだ。

 ちなみに、ゆんゆんの両親が提案した“まるぼろ”と“ぴあにっしも”は俺が却下した。最終的に、プチ家出から帰ったゆんゆんと話し合って俺の故郷……和名っぽい名前にする事にしたのだ。そもそも俺が両親派に回ったのも和名が紅魔族的センスによれば合格点を得るものと知っていたからである。

 

「あ、そのあたりしてください。赤ちゃんの肌ってとても弱いんです」

 

「すまんな! こう、何というか可愛くてたまらないんだよ!」

 

「あなたの気持ちはすっごく分かります!」

 

 テンション高めなゆんゆんは、さよりを優しく抱きしめる。そして、俺は我が子をゆっくり確認する事にした。まだ生まれたばかりなので、これといった特徴は分からないが、紅目である事は確認できた。彼女も紅魔族として生を受ける事ができたようだ。

 

「おっ、ナンバーもきっちりあるな……」

 

「ええ、紅魔族は血が強いと言われているのですよ。でも……」

 

「ああ、まさかゆんゆんと同じ場所にあるとはな。さよりも将来は魔性の女になるぞ!」

 

「も、もう変な事言わないでください! ここにあると色々大変なんですからね!」

 

 血が強いというのは、恐らく遺伝的な優劣の事だろう。自分が劣勢というのは少しムッとしないでもないが、女の子ならゆんゆんに似てくれるなら安心だ。

 俺はぷんぷん怒るゆんゆんをいなしながら自然と微笑む。色々とあったけど、ゆんゆんと眠る我が子を見ていると全てが報われた気がする。俺はこの光景を見るために今ままで生きてきたのかとすら思い始めた。

 

「あの……その……カズマさん……私も……」

 

「ん? 撫でろって事か? お前も分かりやすい奴だな」

 

 何やらそわそわしているゆんゆんの頭を少し強めに撫でる。ゆんゆんは俺の愛撫をにへらっとした、だらしのない笑顔で受け止め、俺はそんな彼女を見て撫でる力を更に強めた。

 

「ふふっ、これからも私とさよりをよろしくお願いしますね“お父さん”!」

 

「もちろん、こちらこそよろしく頼む。とにかく、お前はよく頑張った。今日は安静にな“お母さん”」

 

 若干恥ずかしいやり取りをしながらも、俺達は笑い合った。そして数十分後、我慢を爆発させたご両親とめぐみん及び里の住人が部屋になだれ込んできた。まぁ、適度な接触なら問題とその場を離れて俺も客室の方へ移動する。今日は一応ここで泊まらせてもらう事にしたのだ。

 その後、ちょくちょくとゆんゆんとさよりの様子を見に行って今後の予定を相談し、明日からゆんゆんは早くも家に戻る事になった。まぁ、俺的にも少し寂しかったので大歓迎だ。そんな嬉しさと期待感、緊張と不安をを持ちつつも俺はゆっくりと眠りについた。

 

 

 翌日、我が家にゆんゆんがさよりを伴って帰還する。前もってベビーベッドなどの必需品は運び込んでいるため、彼女達を迎える準備もばっちりだ。

 

「ゆんゆん、お前体調は本当に大丈夫か?」

 

「もちろんです! アクアさんとエリス様に無理やり回復魔法を嫌と言う程浴びせられたので元気いっぱいですよ!」

 

「そうかい。なら……お帰りゆんゆん」

 

「はい! ただいまカズマさん!」

 

 意気揚々と家に入る俺達には、“さより”という新たな家族がいる。色々と大変な事はあるだろうけど、もっと幸せになれる。そんな予感がした。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 色々と大変な事はあるだろうけど、もっと幸せになれる。確かにそうだ。今も幸せだし、もっと幸せになれる予感はもうビンビンだ!

 

 

でも……!

 

 

 

 

『うびゃああああああっ!』

 

「お、落ち着けさより! おっぱいか!?  おむつか!? 怖い夢でも見たか!?」

 

『うえええええええっ!』

 

「お父さんが悪かった! そりゃ、聞いてもわかんねぇよな! 毛玉、ゆんゆん呼んで来い!」

 

「ガウッ!」

 

 隣で俺と同じようにオロオロしていた毛玉がすっとんでいく。そして、家中にゆんゆんの悲鳴が響き渡った後、バスタオルを毛玉に引っ張られながらほぼ裸で水浸しなゆんゆんが居間に現れた。そういえば入浴中だったな……

 

「な、なんですかカズマさん! 一体何が……」

 

「いや、さよりが突然泣き出してな。原因分かるか!?」

 

「えと……おっぱいでしょうか……?」

 

俺からさよりを預かったゆんゆんが授乳を始める。そうすると、泣き叫んでいたさよりが静かになった。その事に安堵して、俺も腰を下ろす。これでやっと一息つけそうだ。

 

「ゆんゆん、子育てって大変だな……」

 

「ええ、覚悟はしてましたけど思った以上ですね」

 

「もう今月も仕事なしでいいかな……」

 

「ダメです。ニート更生って裏の使命もあるんです。これ以上休ませたらまたぶっころりーみたいな廃棄物が生まれてしまいますよ」

 

「かーっ! 体裁と道楽で始めたのになんでこんな事に……」

 

 俺は背中から倒れ込む。そういえば最近納期が近いとあるえから仕事再開の催促を受けていた。こんな事なら商人以外の自営業にしとけばよかったかもしれない。気が付いたら族長に変な役割押し付けられてるし……

 

『うえええええええっ!』

 

「あわわっ! どうしたのさより!? おっぱい足りない!? おむつ!? お風呂!?」

 

「おおお、落ち着けゆんゆん! こういう時は……!」

 

 

 

 

 それから一週間後の深夜、俺達は憔悴しきっていた。この期間で分かった事は子育てというのは、そりゃあもう大変なのであるという事だ。赤ちゃんは泣くか、寝るかのほぼ二択だ。当然、赤ちゃんには昼も夜もない。だから、俺達は慢性的な睡眠不足に悩まされていた。

 

「おい……また泣き出したぞ……? さっきお前が寝かしつけたんじゃなかったのか……?」

 

「私のせいにしないでくださいよ。もう一度私が……あうっ!?」

 

「おおう!? 大丈夫かよ!? 何もない所でこけんなよ!」

 

「し、仕方ないじゃないですか! 私も睡眠不足で……ふみゅっ!?」

 

「このバカ!」

 

 俺は頭からすっ転んだゆんゆんを慌てて抱き起す。それから、フラフラなゆんゆんを連れてさよりの元に向かった。愛すべき我が子は深夜だというのに、滅茶苦茶元気に泣いていた。喜ばしい事かもしれないが、こっちはもうクタクタである。

 

「さより~泣き止んでくれ~」

 

「そうよさより。お母さん達もう眠くて……んっ……」

 

「寝るなバカ!」

 

「あいひゃっ!?」

 

 それから、さよりと俺達の攻防戦が始まった。結局、彼女が眠りについたのは朝方になっての事だ。その間、ほぼ寝ずに奮闘していた俺達はベビーベッドの近くでぶっ倒れていた。今日もなんとか勝利出来たが、こう毎日となると正直キツイものがある。

 

「なぁ、睡眠魔法はダメなのか……?」

 

「ダメです! 紅魔族の赤ちゃんは魔力制御が上手くできないんです! 私たちが見守っていられる日中はちょっとくらいはいいですけど、下手したら目を離したスキにボンッってなっちゃうかもしれないんです。魔力安定の産着だけでは完全とは言えないので見守りと泣く事で魔力の発散を……」

 

 要するに無理だという事だろう。こうなってくると、少しだけ不満に思っていた事がふつふつと湧き出てくた。ああ、ダメだ。自分で分かるほどイライラしている。

 

「なぁ、ゆんゆん。なんでお義母さんの援助を断ったんだよ。おかげで滅茶苦茶大変じゃねーか……」

 

「それは……その……! そうしないとあの人が派遣されて……!」

 

何やらもにょもにょしているゆんゆんにイラっとした時、再びさよりが泣き出した。ああっ、赤ちゃんの眠りは浅いんだったな……

 

「多分朝飯だろう。おっぱいを……」

 

「さっき栄養補給とか言ってカズマさんが……」

 

「すんませんでした! 粉ミルク準備してきます!」

 

 慌ててキッチンに引っ込んだ俺は粉ミルクを探す。しかし、買っておいた奴がない。その時、今日の昼の事を思い出す。そういえば毛玉がイタズラして粉ミルクをダメにしたのだった。それなのに、新しく買ってくるのを忘れていた。ゆんゆんがアホみたいに母乳が出るから俺自身、慢心していたのだろう。

 

「ゆ、ゆんゆん! 揉んでやるから母乳出せ!」

 

「そんな事言われても在庫は全部カズマさんが……んっ……ひゃっ!?」

 

「おらおらおらおらっ!」

 

「あう……!」

 

 俺はゆんゆんに搾乳マッサージをするが、全く持って出てこない。普段は垂れ流しに近い状況なのにこんな時に限ってこのおっぱいは!

 何だか理不尽な怒りが湧いてきて、ゆんゆんの胸を揉みながら俺は思った。頼むから誰か助けてくださいと。

 

 

 

 そんな時、玄関の扉がズパーンと勢いよく開け放たれた。そこから現れたのは、ドヤっとした表情を浮かべたアクアだ。しかも、黒のワンピースのエプロンドレスという日本人にとってはある意味馴染み深いメイド服を着用していた。そういえば、家政婦がどうたらとか言っていたな……

 

「ふふんっ! そろそろ子育てに疲れてくる頃だと思ったわ! 安心しなさい! 族長の要請を受けて派遣されたこのアクア様は全てにおいて完璧な頼れる女神様よ! 大人しくお世話されなさい!」

 

「アクア……いや……今はどうでもいい。手を貸してくれるならありがたい!」

 

「くっ、お父さんもお母さんも……!」

 

 俺はぶつぶつ言っているゆんゆんに毛布をかけ、ズカズカと家に入ってきたアクアと共にさよりの様子を見る。すると、彼女はふむふむと頷いててゆんゆんに向き直った。

 

「さよりちゃんお腹が空いてるみたいよ? おっぱいあげれば解決ね」

 

「やっぱりですか。でも、今は母乳が出なくて……」

 

「そうなの? 噂ではすっごい出るって話だったけど」

 

「噂になってるんですか!? と、とにかく今は出ないんです!」

 

そう言ったゆんゆんから俺は目を逸らした。そして、心の中でさよりに懺悔する。すいません許してくださいと……

 

「まったく、しょうがないわねぇ。それなら私がおっぱいあげましょうか」

 

「おい、子供産んでないのに出るわけないだろ」

 

「バカねカズマ! 女神っていう存在自体がいわば母性の象徴なの! 出そうと思えば母乳くらい出るわよ!」

 

「マジか!? 女神って最早なんでもありだな!」

 

 驚く俺の前で、アクアは大胆にも胸をはだけさせる。そして、形のいいピンク色の乳首にさよりの口をあてがうと、さよりがゴキュゴキュと物凄い勢いで吸い始めた。ほほう……

 

「んひっ……!? さ、流石はカズマの子ね……」

 

「おい変な事を言うなよ! しかしすげぇな! ゆんゆん、アイツの乳首はピンク色なのに母乳が……あたたたたたっ!?」

 

「カズマさんいい加減にしてください」

 

 何やらドスの効いた声でゆんゆんが俺の脇腹を抓ってきた。そして、ついでとばかりに毛玉も俺の足を齧ってきている。確かにデリカシーない事を言ったと即座に土下座をした。

 

「アクアさん、私もやっと復活しました。さよりを返してください」

 

「そう? なら、たっぷりとあげて。この子まだ欲しいみたいよ!」

 

仏頂面のゆんゆんが、笑顔のアクアからさよりを受け取る。そして、授乳を再開したのだが……

 

『ぺっ……』

 

「あっ……」

 

 さよりがゆんゆんのを吸い始めた途端、嫌そうな顔で口を離した。その光景を見てゆんゆんは真っ白になり、アクアは気まずそうに顔をを逸らした。一体どうしたというのだろうか?

 

「おう、さよりが吐いたぞ! もういらねえのか……?」

 

「これは……ごめん……さよりちゃんが女神の味覚えちゃったみたい……」

 

「そ、そんなに美味いのか!?」

 

「なんでカズマさんが興味津々なんですか! バカ! カズマさんとアクアさんのバカ!」

 

 それから泣き始めたゆんゆんを二人でなんとか慰める。アクアはというと、「こうなったらゆんゆんのお乳を女神級にするわよ!」とか言ってゆんゆんと共にキッチンへと引っ込んだ。今もキッチンではそんな二人が何か言い合っている喧騒が聞こえてくる。

 

「あんたねぇ、カズマに甘すぎなのよ! カズマの好みに合わせてたら油っこい食事ばかりになるわよ!?」

 

「でも……」

 

「でもじゃない! 母乳の味は普段の食生活で決まるのよ! だからこのバターはポイよ!」

 

「ああっ!? バ、バターって結構高いんですよ!?」

 

そんなギャーギャーとした声を聞きながら、俺は苦笑する。そして腕の中で眠っているさよりにそっと語り掛けた。

 

「はっはっは! お母さんが二人いるなんてさよりは贅沢だな!」

 

俺の言葉に、さよりは体をくねらせる事で応えた。その姿に思わず頬が緩む。確かに大変だけど、幸せな事には変わりない。それに、アクアが来たことで何とかなるような気がしてきたのだ。

 

 

 

「どしたのゆんゆん? 手が止まってるわよ?」

 

「なんでも……ええ……なんでもないです……」

 

 

 

ゆんゆんが向ける視線に俺は全く気が付かなかった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 それから二週間ほどの間にアクアが八面六臂の働きを見せた。おかげで俺達も大助かり、睡眠不足になる事もなくなった。今もさよりの事は少しアクアに任せてゆんゆんと二人でお茶を飲んでいた。しかし、肝心のゆんゆんの方はというと、なんだか元気がないように感じられた。

 

「どうしたゆんゆん? まだ寝不足が続いているのか?」

 

「別になんでもありません……」

 

「嘘つけバカ。いいから言ってみろ」

 

俺の言葉を受けて、ゆんゆんはプイっと顔を逸らす。少し拗ねている彼女の頭を撫でてやる。そうすると、チラチラと俺の方を見ながら彼女が囁いてきた。

 

「カズマさん。実は少しお話ししたい事があるんです」

 

「ああ、聞いてやる」

 

「じ、実はですね……アクアさんを……その……」

 

 

 

 

 

「カズマー! 曲者よ! 曲者が出たわ! 早く撃退するの手伝いなさいよ!」

 

「な、なんだよ急に……?」

 

「ゆんゆんも、はやくきてーはやくきてー!」

 

「ええっ!? 本当に何ですか!?」

 

 俺とゆんゆんの疑問に答える事無く、アクアはさよりの元へ引き返していく。慌てて俺達も後を追うと、何とも言葉にしがたい光景が飛び込んできた。

 ベビーベットの近くには、毛玉に首筋を噛まれて泣き叫びながら床にのたうち回るクリスと、そんなクリスを無視してさよりに手を伸ばすめぐみんの姿があった。

 

「観念しなさい曲者! そこまでよ!」

 

「くっ! 高級あんみつで誘き出したのにもうバレてしまいましたか……!」

 

「バカねめぐみん! 私が食べ物なんかに釣られるわけないでしょう!?」

 

「アクアさん、口元にあんこがくっついてますよ……」

 

「!?」

 

 ゆんゆんの指摘にアクアが慌てて口元をゴシゴシ拭く。その仕草で釣られた事は確定だが、今はめぐみん達の事だ。別に普段通りなら問題ないのだが、めぐみんは何故か露出の多い盗賊っぽい衣装を着こんでいた。何というか非常に怪しい。

 

「めぐみん、何やってるの……?

 

「うっ……!? ゆ、ゆんゆん落ち着くのです! 誘拐しようなんて、ちっとも思っていませんよ!」

 

「めぐみん、素直に話したら許す事を考えてあげます」

 

「ひっ!? 実は今から王都に行こうと思ってましてね! その……下っ端に“私”の子供を見せて心をへし折ってやろうかと……!」

 

「“ライトニング!”」

 

「あびゃびゃびゃびゃあああああああっ!?」

 

 何やら女の子が上げてはいけないような声でのたうち回るめぐみんに、ゆんゆんが杖による更なる追加攻撃を開始した。俺とアクアはそんな姿を見て溜息を吐く。流石に今回は少し冗談ではすまないぞ……

 

「わあああああっ! た、たすけて助手君! ちぎれちゃう! ちぎれちゃダメな所がちぎれちゃうぅっ!」

 

「はぁ、しょうがないッスねお頭……ほらっ……」

 

「ひゃうんっ!? なんでお尻撫でるのさ!? ちょっと本当に……ん……ひゃ……!」

 

「ガルルルッ!」

 

「ちょっとじゃりめちゃん!? そろそろ洒落にならない事に……待って……それ以上強くしたら……いびゅっ!?」

 

 

「アクアー!? クリスが大変なことになった! 早く回復魔法をかけろ! いやこの場合は蘇生か!?」

 

「アンタ達、目を離したスキに何やってるの!? うわっ……ヒール! ヒール!」

 

 

 

 こうして騒がしい毎日であるが、何とか過ごせている。はっきり言って楽しい毎日かもしれない。当初はドジっ娘メイド枠になりそうなアクアであったが、どういうわけか家事は完璧にこなしていた。これが彼女なりの努力の結果ということだろうか。

 その後も、アクアが考案した「水をグルグルーっとやってシュバッ!」で洗濯がアホみたいに楽になったり、食事改善でゆんゆんの母乳が女神級になり、“色々”と助かった。

 

そして、何より楽になったのが……

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「んっ……また夜泣きか……さっきゆんゆんが寝かしつけたはずなのにな……」

 

「ごめんなさい……」

 

「いや、謝るなよ。まぁ、アクアがいるから大丈夫だろう」

 

「っ……!」

 

 一瞬、ゆんゆんの顔が歪んだ気がするが、俺は寝ぼけているのだろうと目を擦る。そうこうしているうちに、寝室にアクアが現れた。その事に安堵して、俺はベッドに寝転ぶ。今日は面倒な仕事を片付けたので疲れているのだ。

 

「まったく、さよりちゃんってよく泣くわね! 何々……怖い夢を見た? なら、しょうがないわね! 私がいるからもう安心よ!」

 

 そんなアクアの明るい声が聞こえた後、彼女は子守歌を美しい声で歌い始めた。途端にさよりは泣き止み、俺まで半端ない安心感と眠気に襲われた。ふと、横を見てみると、ゆんゆんがそんなアクアの様子を無表情でじっと見つめていた。

 

「ゆんゆん、お前も寝ろ。もうこれはアクアに任せてしまおうぜ……」

 

「…………」

 

「ゆんゆん?」

 

 

 

 その後の事はよく覚えていない。でも、俺が眠りにつくまでの間、ゆんゆんはアクアとさよりの事をずっと見つめ続けていた。

 

 

 

 それから、一週間後。俺とゆんゆんは忙しい一日を送っていた。アクアは今日は非番……というか住み込みでメイド仕事をやっているのだが、最近ダクネスの様子が気になると言っていた彼女を、休みも兼ねてアクセルに送り届けてきたのだ。

 

 特に何も考えないで暇を出したのだが、久しぶりのアクアなしの子育ては色々と大変だった。加えて、最近少し機嫌の悪いゆんゆんに余計な事を言ってしまって何度か喧嘩になってしまう。とは言っても、初期に比べたら俺達も少し子育てに慣れてきていたため、特に大きな問題が起こる事もなくその日は終わった。

 

 

 

『ふ……あぅ……ううううううううううっ!』

 

 

 しかし、こればっかりは慣れるものではない。さよりの声で深夜に起きた俺とゆんゆんはのっそりとベビーベッドに移動する。本当に良く泣く子だと俺達はため息をついた。

 

「どしたさより~怖い夢みたか~」

 

「おむつ……は違いますし……うーん……おっぱいじゃないみたいですし……」

 

 それから、静かになったり、急にぐずったりするさよりに翻弄されながら夜は更けていく。若干イラッとするし、大変なのだが。さよりの顔を見ているとそんな思いもなくなっていく。しかし、大変である事には変わりない。そして、眠気も混じっていたからだろうか、俺はつい余計な一言を言ってしまった。

 

 

「アクアなら簡単に寝かしつけられるんだけどな……」

 

「っ……!」

 

 言ってから、俺は思わず手で口を塞ぐ。しかし、もう遅い。チラリと隣を見ると、ゆんゆんが無表情で俺を睨んでいた。ああ、やっちまった……

 

「カズマさんはそんなにアクアさんがいいんですか?」

 

「ち、違うっての! これは子育て的な意味で……!」

 

「違わないでしょう?」

 

 ゆんゆんの静かな一言に、俺の身も心も凍り付いた。そして何とか許してもらおうと頭を下げた時、寝室の扉が開け放たれる。そこにはメイド姿ではなく、いつもの羽衣と青を基調とした服を着たアクアがいた。

 

「まったく、やっぱり帰って来て正解だったわね。さよりちゃんって夜泣きっ子だからねぇ……」

 

「アクアさん……」

 

「ま、貸してみなさいな」

 

「あっ……」

 

 アクアは泣いているさよりをゆんゆんから少し強引に受け取ると、そっと頬を撫でた。そうすると、途端に泣き止んですーすーと寝息を立て始める。彼女はそんなさよりをベッドに優しく置いてから、俺達の方へ振り返ってジロリと睨んできた。

 

「アンタ達ね、子供って特に感受性が高いのよ? 親がイライラしているようじゃ、さよりちゃんも安心して眠れないでしょう?」

 

「それは……すまん……」

 

「…………」

 

「まぁ、いいわ。アンタ達も寝なさいな」

 

 呆れたように言うアクアに俺は素直に引き下がる。イライラしていたのは確かだ。そこは素直に反省する所だと項垂れていた時、突然小さな悲鳴が上がる。

 何事かと慌てて顔を上げると、アクアが壁に叩き付けられて崩れ落ちる姿が見えた。そして、いつの間にか立ち上がっていたゆんゆんは、はぁはぁという大きな息遣いと共に背を揺らしていた。

 

「いっ……痛いじゃない……突然何よ……?」

 

「お、おいゆんゆん急にどうしたんだ? 何が……」

 

「そうよ……一体……ひゃっ……!?」

 

 俺が慌てて抱き起したアクアを、ゆんゆんが再度突き飛ばす。流石にやりずぎだと怒ろうと彼女の方へ振り返ったのだが、そこに浮かぶ表情を見て俺は何も言えなくなった。

 そして、動けない俺を放置してゆんゆんは床に転がるアクアに詰め寄って大声で……いや涙声で言い放った。

 

「今すぐ出て行ってください!」

 

「えっ……?」

 

「出ていけって言ってるんです!」

 

「あぅ……!」

 

 またも突き飛ばされるアクアを俺は見守る事しかできなかった。助けを求めるような視線を俺に送ってくるアクアだが、何もする事はできない。これは全面的に俺が悪い。そして、アクアにも少しだけその咎があるのだ。

 

「な、なんで……? ゆんゆん……私何か悪い事した……?」

 

「いいえ、感謝すらしています。でも出て行ってください」

 

「だから……なんで……あぅ……!?」

 

 とうとう部屋から蹴り出されたアクアの胸倉をゆんゆんは引っ掴む。そして、壁に押し付けるようにしながら叫んだ。

 

「さよりは私の子供なんです……! カズマさんは私の夫なんです……! 私の大切で大事な家族なんです……! 決してアクアさんのものじゃありません!」

 

「そんなの分かって……」

 

「いいえ、分かっていません! なんで当り前のように家族面しているんですか!? なんでさよりを私より上手くあやす事ができるんですか!? なんで、あなたがカズマさんに頼られているんですか!? なんで私達家族の家にずっといるんですか!? なんで……ねぇなんで!?」

 

「ひぅっ……!」

 

 萎縮しきったアクアが両目から涙を流し始める。そして、そんなアクアを見てゆんゆんも涙を溢れさせる。彼女はアクアから手を離すと、今度は縋り付きながら、懇願するように話しかけた。

 

「アクアさん出て行ってください……お願いです……お願いだから出て行ってください……! お願い……お願いお願いお願い……!」

 

「ひぐっ……うぅ……」

 

 

 

「私の居場所を……家族を奪わないでください……」

 

 

 

 その一言を言ってから、ゆんゆんはぐしぐしと膝を抱えて泣き始めた。俺はそんな彼女を抱き起し、ベッドに横たえる。その間に、アクアはフラフラとした足取りでこの場を去った。俺はどうしようもない怒りを自分に感じながらゆんゆんの頭を撫でる。そして謝った。

 

「今回の事は後で話そう。でも、今はアクアと話をつけてくる。少しだけ待っていてくれ」

 

「っ……!」

 

「ダメな夫ですまんな……」

 

 俺は部屋からそっと抜け出す。そして、数分後には玄関先で膝を抱えて泣いているアクアの姿を発見した。どうやら遠くには行っていなかったらしい。その事に少し安心した。

 

「なぁアクア、話があるんだ」

 

「何よ……」

 

「ゆんゆんの言葉を聞いたなら分かるだろう? お前には本当に感謝している。でもな、ゆんゆんが色々と限界なようだ。考えてみれば当たり前の話なんだよな……」

 

「分からないわよ……」

 

 顔を伏せるアクアに俺はため息をつく。嫌な役回りではあるが、仕方のない事だ。俺はアクアの前にしゃがみ込み、涙を拭ってやりながら静かに語りかけた。

 

 

「アクア、出て行ってくれないか?」

 

「っ……!?」

 

「ヒドイ事を言っているのは分かるさ。でもな、出て行けって言っても“今は”って事だ。だから……」

 

「カズマのばかああああああああああっ!」

 

「おおうっ!?」

 

 物凄い威力のビンタを喰らって俺は吹っ飛ぶ。しかし、怒りは湧いてこない。まぁ、当然いえば当然だろう。そして、アクアはというと涙で顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっていた。ああっ、鼻水まで出てる……

 

「かずまが……かずまが使用人扱いになるけど一緒にいさせてくれるって言ったんじゃない……! だから私は頑張って……いつかめぐみんもダクネスも一緒にって……!」

 

「話を聞け! ゆんゆんは産後で精神的に一番不安定な時期なんだよ。とりあえず、今は距離を置こうって話だ。あいつも本当にお前を嫌っているわけじゃないんだ。ただ、少し俺達の配慮が足りなかったというか……」

 

「変わってないじゃない! 出ていけって事じゃない!」

 

「はぁ……まぁそうなんだけどさ……」

 

 なんだか、説明する気力がなくなってくる。こいつはこいつで精神的に不安定……錯乱状態とも言えるかもしれない。もう少し落ち着いてくれれば俺達の過ちにも気付いてくれるはずだ。そのためにも、やっぱり一旦距離を置くべきだろう。

 

「アクア、頼むから一旦出て行ってくれ。それでゆんゆんが落ち着いた頃……半年後くらいに……」

 

「ばか……ばかばかばーか!」

 

「あーん……?」

 

「バカって言ってんのよ! このクソもやしヒキニート! 私がいないとポンポン死ぬカズマさんが私に出ていけですって!? ならいいわよ! 出て行ってやるわよ! アンタが土下座して、“アクア様帰って来てください!”って泣いて謝るまで絶対に……ぜぇったいに許してあげないんだからあああああああああああ――!」

 

 そんな捨て台詞を残してアクアは突然空から出現した光柱に飲まれて消えた。恐らく、天界に帰ったか、ダクネスの所へ行ったのだろう。そうであるならば、はっきり言って都合がいい。それに、アイツも落ち着けば分かってくれるはずだ。

 アクアを泣かせた事には半端ない罪悪感を覚えたが、最後に悪口を言っていたあたり、アイツは精神的にも余裕があるのだろう。だからもう……

 

 

「はっはっは……しーらねー!」

 

 

とりあえずアクアは後回しにする事にした。

 

 

 

 そして、俺はゆんゆんの元へ戻る。彼女はベッドの上でさよりを抱いて静かに涙を流していた。こいつも色々と面倒臭い嫁さんであるが、今回は俺が悪かった。それは間違いないだろう。

 

「ゆんゆん、アクアは出ていくってさ」

 

「そう……ですか……」

 

「まぁ、今回は俺が全面的に悪い。だからアクアの事は許してやってくれないか? アイツが85%程は善意で行動していたのは知っているだろう?」

 

「残りの15が気になりますが……そうでしょうね……本当に助かりましたから……」

 

 さよりを抱くゆんゆんの隣に座りそっと彼女を抱き寄せる。たいした抵抗もせず、素直になっている所から、彼女の熱もいくらか引いたのだろう。

 

「出て行ったといっても、アクアはいずれまた来るだろう。いつになるか分からないが、その時は受け入れてくれないか? 見栄張って無駄にデカイ家を建ててしまったのは本当だからな。人手が足りないってのは実感しているだろう?」

 

「はい……」

 

「まぁ、それは一先ず後回しだ。今はお前の事だ。もう一回じっくり話し合おう」

 

「…………」

 

 ポツポツと喋り始めたゆんゆんの話を、ひたすら聞き続ける。家での仕事をアクアに取られてイラ立った事、さよりの扱いをアクアの方が上手くやっていて悔しかった事、俺がアクアを頼りにしている姿を見て悲しかった事、日常的な会話でアクアと楽しそうに話していたり、アクアと俺にしか分からない事に関して話しているのを聞いて嫉妬した事……

 はっきり言って愚痴みたいなものを聞き続けた。ゆんゆんの思いを一言にしてしまえば単純に“嫉妬”であろう。ただ、ゆんゆんの立場からしたら、その思いと怒りは当然のものである。だから、思いっきり抱きしめた。そして謝りまくった。

 

「ゆんゆん、お前の気持ちはよく分かった。そうだとしたら、答えは一つだ。お前が俺やさよりを奪われたなんて思えないほど家族でイチャイチャするんだよ!」

 

「イチャイチャって……もう……」

 

「ああ、言い方が悪かった。家族の“絆”って奴を深めよう。それであの諦めの悪い奴らに見せつけてやろうぜ!」

 

「……!」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは徐々に笑顔を取り戻す。そして、気が付いたらくつくつした嫌な笑いを浮かべていた。そんなゆんゆんに俺は苦笑する。でも、この笑顔を見ていると何故か安心できる。何というか、この方がゆんゆんらしい。

 

「そうですね。つい弱気になってしまいましたが、さよりが私の子供でカズマさんが私の夫である事は変わりないんです! こうなったら、アクアさんやめぐみんが今度来ても、もう嫌って自分から逃げ出すほど私達の仲が良い所を見せつけてやりましょう!」

 

「やっと調子が戻って来たか……そうだな! やってやろうじゃねぇか!」

 

「はい! やってやりましょうカズマさん!」

 

 それから、俺達は夜通しで「女神も泣いて逃げる幸せ家族計画」について話し合った。その間、何度かさよりが夜泣きを開始したが、二人で何とか鎮める事に成功した。アクアの言っていた、“親の感情に影響される”というのは恐らく本当の事なのであろう。いつもより簡単に寝付いてくれた。そんな気がする・

 

「カズマさん、私とさよりにじゃりめ……“家族”皆で幸せになりましょうね!」

 

「ああ、この俺に任せな!」

 

 

 

 明るく笑い合いながら朝を迎える。そして仲良くぶっ倒れた。多分じゃない、絶対に大変だ。でも、幸せになる……いや、幸せにしてやる!

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「ふっ、下界の風は染みるわね」

 

 そんな事を言いながら、私は紅魔の里の近くの森に降臨する。そして背負っていたリュックサックの中身を確認し、忘れ物が無いことを確かめる。私こと“麗しき水の女神アクア”は半年前に惨めな逃走をしてしまった。

 当初は悔しくて悲しくて仕方なくて、天界の自室に引きこもっていた。そうしていれば、カズマが私を迎えに来てくれる。そんな気がしたのだ。しかし、二週間経っても彼は私の所へやってこない。気になった私は、ちょろっと彼の様子を覗いてみた。

 そこには、忙しそうに、大変そうにしながらも、家族三人と一匹で生活しているカズマ達の姿があった。しかも、胃もたれがして吐きそうになるほどイチャイチャというか……まぁ幸せそうに暮らしていた。それから私は再び引き籠ったのだが、その間にいくらか冷静になる事ができた。

 

 カズマは出ていけとは言ったが、正しくは“距離を置こう”と言ったのだ。そして、半年後くらいにまた来いと……

 あの時は意味が分からなかったが、冷静になったら少しだけ意味が分かった気がする。そして今までの自分を客観的に見る事が出来るようになって、ゆんゆんの思いが当然である事を理解した。

 

 私はカズマと一緒にいられる事、彼に頼られてる事、騒がしくも楽しい毎日に酔って若干ハイになっていたのだ。だから、少し出過ぎたマネをした気がする。

 良かれと思って行動した事であるが、ゆんゆんへの配慮が足りなかったと言わざるおえない。彼女にとって、私は友達である事は変わりないが、それ以上にカズマの元カノのような存在と認識しているのだろう。

 そんな奴が、我が物顔で家に居座り、子供と夫を手懐けているとなれば、母親にとってはたまったものではない。不安になって私を追い出そうとするのも当然だ。

 それに、産後のイライラや精神不安定、独占欲、母性の強化はあの時期に当然起こるものだ。メイドや子育ての勉強を必死でした時に覚えたはずなのに……やっぱり私は抜けているらしい。

 

 

しかし、私も諦めるわけにはいかない。

 

 

 あの男は私がいないとダメなのだ。そして、いつか実現させたい事……また“皆”で一緒に暮らすために、私は何としてもあの場所を確保する必要がある。そして、ちょろいゆんゆんを少しずつ思考誘導してもっと“寛容”になって貰わないと困るのだ。

 そのためにも、私は引き際を見極め、彼女を立ててあげよう。それはメイドとしても当然のことだ。ちょっと手遅れ感は否めないけど、頑張ってみようと思う。何より、私だって離れたくない。だから、私は再び行かなくてはならないのだ!

 

 もちろん手ぶらというわけではない。ゆんゆんにはカズマの日本での生活と成長が詰まったアルバムを、さよりちゃんには少し早いけど、私が選んだ数冊の絵本を、じゃりめちゃんには高級猫缶とマタタビをお土産に持ってきたのだ。

 カズマには、続きを読みたがっていた漫画本……に加えてとっておきのお土産がある。それはこの半年の間に身に着けた“お袋の味”だ。神の力を使って半ば強引にカズマの実家にホームステイした私は、彼のお母さんからたくさんの家庭料理を習ったのだ。付け焼刃かもしれないけど、きっと喜んでくれる気がする。

 

そして紅魔の里に到着して私は気合を入れる。今度こそ絶対に負けるわけにいかないのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに見たカズマの家は、跡形もなく焼け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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真・女神覚醒

割と普通の回なので問題なくよめると思います。
次回から胸糞らしいですよ


 

 

 

私はカズマさんの事が好きだ。

 

 

 そんな自分の秘めた思いを自覚したのは全てが手遅れになってからの事である。しかし、彼を気にかけていたのは私が最初だと自負している。

 私の下着を盗った時、ダクネスを誑かした時は油断ならない相手として気にかけ、彼が死んでアクア先輩と関係のある人と知ってからは彼の事が心配で気にかけていた。

 私はアクア先輩の事が苦手だし、大嫌いである。でも、同じくらい大好きで無視できない先輩女神だ。

 

 カズマさんに対して私はアクア先輩と一緒で苦労しているだろうという同情と、同じくらい面倒臭いダクネスに振り回されてないかと心配をするようになったのだ。

 気が付いたら、私はカズマさんが冒険をする時、仕事を放り出して彼らの冒険をハラハラドキドキ見守ったものだ。そして、カズマさんが不幸にも死んでしまった場合、彼が一番気にする仲間の心配と状況を即座に伝えて安心させてあげる。これが私にできる精一杯の事であり、ちょっとした楽しみでもあった。

 そして、クリスの正体が私であるとバレてしまってからは、彼ともっと親密になった。私が神であると知りながらセクハラしてきたり、際どい発言をしてくる事には困ったが、当時はそれすらも楽しんでいた。

 

 この辺りから私の気持ちも変化し始める。とは言っても、最初はただの知的好奇心、言い方を悪くすると出歯亀根性と言った所であろうか。カズマさんはこの時期、めぐみんさんやダクネスと関係を持ちそうになっていた。

 堂々と二股宣言をするような外道であるが、色恋沙汰である事には変わりない。彼がダクネスに相応しい相手であるか確かめなきゃ! という思いから私は“監視”を始めた。

 彼らが“営み”を始めるのではないかという期待と不安がごちゃまぜになった何とも形容しがたい心理状態に私はあったのだ。

 そんな彼の状況を本人から聞くために、私は彼が一人でいる時を狙って食事や飲みに誘ったものだ。私にセクハラしてくる事も多かったが、それすらも楽しむようになった自分自身に少し呆れていた時期でもある。

 

 そんな事をしているうちに、気が付けばこの世界に渦巻く問題のほとんどをカズマさん達が解決してしまった。これには本当に驚いた。自分が解決できなかった事を恥じ入る一方で、ずっと支援してきた彼らが名実共に英雄とも呼べる存在になった事をどこか誇らしく思った。

 そして、平穏な世界……言い方を変えれば、暇な世界になって仕事が激減した私はよりいっそう“監視”に熱中した。しかし、マンネリ化とも言える現状に私はヤキモキしていた。

 基本的に、カズマさんはヘタレである。そして、めぐみんとダクネスも同じくらいの超絶ヘタレだ。今度こそ最後までヤるのかと期待して見ていたら有耶無耶で終わり、ついにヤッってしまう直前まで行った時は必ず邪魔が入る。いえ、彼女たちは意識して邪魔を入れていた。

 

 しかし、ここで私にとって予想外な事が起きる。なんと、あのアクア先輩がカズマさんを意識し始めたのだ。もちろん、彼女自身はその感情を正確には理解していない。しかし、薄らとんかちで恋愛に関してはさっぱりなあのアクア先輩がよりによってカズマさんに……!

 私はこの時、ちょっと期待していた。もしかしてドロドロの三角関係になるのではないかと。見ている分には非常に面白かったのである。

 しかし、あの先輩の意識が変わったのは何故かが気になった。だから私は屋敷内だけでなく、カズマさんとアクア先輩の行動全てに“監視”の幅を広げる事にしたのだ。この頃は、カズマさんは基本的に屋敷で好き放題に堕落した生活を送っていた。そんな彼も週に何度か外出の機会がある。

 

 アクア先輩はそんなカズマさんに私も連れて行ってと毎回お願いしていた。しかも、断られた場合はこっそり後をつけるという、今まででは考えられない執着ぶりである。カズマさん自体はアクア先輩の事など我関せずといった感じで行動していた。

 そんな時、私は自分の意識の何もかもが変わる光景を目にしたのである。なんと、街に出た彼がたくさんの女性に言い寄られているのだ。端的に言えば“モテモテ”だった。別に、彼が今までモテなかったというわけではない。

 

 彼の良さを知っているめぐみんさんとダクネスには当然思われていたし、刷り込みに近い手法とはいえ、一国の王女すら惚れさせている男だ。

 しかし、彼は不特定多数の女性に好かれるような男性ではない。彼の意地が悪い性格や噂として先行しているイメージはあまりいいものではない。もちろん、深く関われば彼の性格の良さや、真意に気付ける。言ってしまえば、彼はツンデレだ。仲間思いな所や、素直じゃない正義感は彼の良い点であり、その事を気付く女性は少ない。何より彼はイケメンじゃない。

 

 それなのに、何故かモテた。理由は単純明快、彼の持つ金の匂いに寄ってきたのである。彼女達が持つ薄汚い欲望が私は許せなかった。あなた達のような人間はカズマさんに相応しくない、触れないで欲しい。そんな思いで頭がいっぱいになった。

 しかし、カズマさん自身はそんな事を理解しながらも、女性がすり寄ってくる状況を楽しみ、時には誘惑に負けそうになっている姿を見てしまった。

 

 

この時、私の心の中の何かがぷっつりと切れてしまった。

 

 

 そして自分の気持ちを理解する。そう、私は“嫉妬”しているのだと。薄汚い欲望を持った女が彼に近づく事、そのような女でも彼の心を動かせる事にどうしようもない怒りと嫉妬の感情を持ってしまったのだ。

 以前にも、このような感情が湧き起る事はあった。しかし、明確に嫉妬であると自覚するのは、恐らくこの時が初めてであろう。

 私はその嫉妬の感情に支配されながらも、アクア先輩に変化が起きた理由を理解する。彼女も私と同じような事を思って苦しんだはずだ。

 カズマさんは、私が長い間気にしていた相手であり、“私の”英雄なのだ。めぐみんさんやダクネスが彼と良い関係になる事は許せる。しかし、それ以外の女が彼に近づく事は許せない。今になって彼に近づく女なんて言語道断だ。

 

 

何故なら私の方が先にカズマさんの良さに気付いていたのだから。

 

 

 私の心に宿った嫉妬の感情。それは、私の見ていた世界と価値観を一気に塗り替えた。今まで見ていた世界との違いに、私は動揺する。しかし、もう後戻りはできなくなっていた。

 

 今まで大切な親友であり、密かにヒロインレースでの勝利を応援していたダクネス。それが、私にとっては敵であり、ライバルであり、イラつきの対象になった。もちろん、親友で大切な人であるという思いは変わっていない。しかし、彼の傍にいながら何故今まで勝負を決めなかったのかという思いと、今の関係に甘んじている彼女の事にイラつきと敵意、羨望の感情を抱いた。

 

 パーティーのトラブルメーカーであり、ダクネスの敵、しかし不思議な魅力と大人びた誘惑で私とカズマさんの心を乱しためぐみん。彼女は私にとって決して許せない相手となった。彼女は自分がカズマさんの一番であると自惚れ、気取った態度でカズマさんを翻弄し煙にまく。その態度が許せなかった、憎らしくて仕方がなかった。

 

 そして、私が苦手で大嫌いな、でも大好きでちょっぴり憧れていたアクア先輩。彼女は私にとって一番の憎しみの対象になった。私は彼女の立場が羨ましかった。それは運命というものに対する憎しみにも繋がる。

 何故アクアさんのいるポジションに私がいないのか、何故カズマさんを地球から一番最初に見初めた相手が私ではなかったのか! 女神としては私の方が頑張っているのに先輩の方がいい思いをしている。

 そんな逆恨みともいえる思いが私の中に渦巻いていた。加えて、カズマさんがこの世界の問題を解決していったのは成り行きという他ない。ダクネスのため、めぐみんのために行動した結果としてそうなったのだ。

 特にアクア先輩のために彼が成し遂げた事は……もう考えたくもない。彼には“私のため”にという思いなどなかっただろう。そんなものは“ついで”でしかない。その事を考える時、私はいつも狂いそうになる。いや、すでに何度も発狂した。何より……

 

 

カズマさんは“私のため”に自分の命を賭けてくれるのだろうか?

 

 

 この疑問に私は常に悩まされるようになった。もちろん、私は彼を試すような事は絶対しない。そのような事をした時点で私はアクア先輩に負けた事になる。だから、私なりの推測を立てて何とか心を平常に保っていた。

 彼は私に対して好意と信頼を持ってくれている。彼にとっての仲間の範疇に私が入っているはずだ。だから、文句を言いつつも私を助けるためならば命を捨てる事も厭わない。そう思う事にした。

 

 しかし、私は自分の中に宿る恋心を自覚するのが余りにも遅すぎた。状況はすでに詰みの状態である。また、薄汚い欲望を持った女共に対する思いは、めぐみんやダクネス達からしてみれば私にも当てはまる事だ。彼女達より後に思いを自覚した私が、カズマさんに言い寄る資格はない。だから、私は身を引き、この思いを秘める事にした

 だが、そう簡単に諦められるものではない。私の心は彼の事をどうしようもなく求めていた。そして、彼の事がもっともっと知りたくなった。

 

 

だから、私は彼の監視……いや、“観察”を強化する事にした。

 

 

 情事を覗きたいというゲスな監視は深夜帯に2時間ばかり行っていた。それを24時間の観察に変更。観察の範囲も寝室だけでなく、屋敷全域、及びカズマさんの外出中に行動した範囲全てとした。まぁ、言ってしまえば彼の全てを観察する事にしたのだ。彼に思いが伝えられないなら、せめて彼の一生をずっと見守り続ける事にしよう。私はこの事に至上の喜びと諦観に似た思いを抱いていた。

 それからの日々は正直言ってとても楽しかった。私は彼の全てを観察したのだ。トイレ中だろうがお風呂中だろうが睡眠中だろうが関係ない。徹底的に観察しつくした。彼の挙動や癖、日常生活動作における基本的なスタンスを私は理解した。

 そして、それをノートにまとめ上げるのが本当に楽しく、優越感に浸れた。あの三人もここまでの事は知らない。世界で一番カズマさんの事を知り、理解しているのはこの私だ。そんな自負が私に芽生えた。

 

 また、カズマさんの外出を観察中に見逃す事が出来ない事にも気付いた。下級悪魔共が悪魔公爵の庇護を得ていたのだ。私は以前から街に下級悪魔共がいる事は知っており、冒険者との関係を考慮すると負の側面だけではない事も理解している。

 だからこそ、私は敢えて見逃したのだ。もちろん、カズマさんが下級悪魔達を重用している姿も見ている。そして、アクア先輩がいながら街に下級悪魔がのさばっている理由も理解していた。私も彼に嫌われるような、怒られるような事はしたくないのだ。

 

 だから、私は人間達に処断を任せる事にした。今は共存関係を維持しているが、いずれ破綻する関係だと私は理解していた。だからこそ、あの悪魔公爵の庇護を受けている状況が許せなかった。いつか、良心に目覚める者たちにとってあの悪魔は邪魔すぎる存在だ。

 あの大悪魔がいる限り、悪魔討伐に向けてのやる気を戦う前から削いでしまう可能性がある。しかし、私はそんな状況を打開する事ができなかった。やっぱり、カズマさんに嫌われる事はしたくない……

 

 しかし、お咎めなしというのも私の女神の信条として相応しくない。だから、奴らを有効に利用させて貰う事にした。カズマさんは奴らの夢で発散をする時、事前にそのお相手や状況を紙に書いて伝えている。奴らはその紙を新人教育用の教材やキャリアアップ、サービス向上のための情報源として保管していたのだ。

 私は一匹の下級悪魔を捕縛し、命令に従うようにお願いした。当初は牙を向いて反抗的な態度を示したのだが、触れるだけで残機を0にするという文字通りな神技を披露したら大人しくなった。

 こうして、私は貴重なデータを手に入れた他、カズマさんの夢に私とクリスを登場させる頻度を高くするように調整してもらった。現実でできないのならば、せめて夢の中くらいは私として欲しいという純粋な思いからである。

 また、私は淫夢スキルの有用性にも気づかせて貰った。この技術に独自のアレンジを加えたものを開発したのもこの頃だ。

 もちろん、下級悪魔共に対する対策もしておいた。いくら人殺しをしていないとはいえ、出生率の減少など人間にとって害を与える存在である事には変わりない。現在の利用者の中から、良心の呵責に苦しんでいるものを事前にマークしておいた。これで私の好きなタイミングで少なくとも下級悪魔共は殲滅できるだろう。

 

 そんな観察を続けていた私であるが、カズマさんの事をもっともっと知りたいという思いはどんどん強くなっていった。そして、とある日の昼下がりに、私はとんでもないものを見つけてしまった。

 

 

それは、彼が脱いで放置したシャツである。

 

 

 ベッドの上に無造作に置かれたシャツを見て、私は爆発するように湧き上がる知的好奇心を抑える事ができなかった。どんな感触がするのか、どんな匂いがするのか! 

 

 気付けば、私はクリスとなって屋敷に潜入していた。そして、私は貴重な“資料”を手に入れる事にあっけなく成功したのだ。その日は、この資料の“調査”で観察が続行不可能になるほど色々と没頭してしまった。

 結果として、彼の匂いは素晴らしいものであるという事と、この匂いを嗅いでいるだけで心が落ち着き、心地よく眠りにつける事が判明した。

 この日以降、屋敷は貴重な資料……宝の山である事に私は気付いてしまった。彼が使ったコップに歯ブラシ、脱ぎ散らかした下着にゴミ箱の中身。その全てを拝借し、代わりの新品を置く作業に邁進した。

 

 しかし、この調査は突然行き詰まる事になる。なんと、アクア先輩が「不穏な気配がする……」という意味不明な理由で、屋敷に多数のトラップを仕掛け始めたのだ。ほとんどは、対悪魔、邪悪な心を持つ者に対するものであったが、そのうち、“屋敷の住人以外”に反応する警報装置や侵入者撃退トラップが僅かに混じり始めた。

 調査のためとはいえ、少し後ろ暗い事をしているのは私自身も理解していた。しかし、調査を辞めるなんて考えられない!

 

 私は様々な試行錯誤の結果、女神本体と分霊(クリス)との意識の分離、同時操作、それぞれの体に置ける独立した思考と行動に成功した。これは潜入において第三者の視点と作戦指示を行うHQが欲しいという思いからであった。結果として、クリスという優秀な潜入工作員と女神本体という理想的な司令塔を手に入れたのだ。

 

 そして、とうとう調査の対象にカズマさん本人が含まれるようになった。もっと彼の事を知りたくて仕方がない! 正直、我慢の限界であった。とは言っても、彼を襲うなんて恐れ多い事は決してしなかった。

 せいぜい、彼の眠っているベッドにこっそり入って添い寝したり、眠っている彼の体の匂いを全身隈なく嗅いだり、ちょっと顔や足やお腹や脇をペロペロしたりしただけだ。

 これは無防備に眠っているカズマさんが悪いのであり、私は決して悪くない。また、彼の外出に合わせて積極的に遊びに誘い、少し露骨に肌を押し付けたりして見せた。そんな私にドギマギする彼が可愛く、色んな意味を含めて本当に楽しかった。

 

しかし、そんな幸せで楽しくて苦しい日々は唐突に終わる。あの女……ゆんゆんの出現だ。

 

 彼女はたった一日で、カズマさんとイケナイ関係になったのだ。流石にこれには私も大きなショックを受けた。冗談抜きでしばらく寝込んでしまった。

 何とか気を落ち着けてから、私はとてつもない憎悪と羨望の感情に支配されていた。彼女が以前からカズマさんと友達関係にあった事はしっている。しかし、たった一日で何故こんな事に……!

 

 すぐさま彼女を消してしまおうと地上に降臨したが、寸前の所で踏みとどまる。こんな事をしても意味がないからだ。私は冷静になった頭で彼女と最近のカズマさんの動向を考察する事にした。

 まず、カズマさんは生殺し状態であった事は理解している。幾度も続けられためぐみん達の寸止めと、私の意地悪、薄汚い女共の精神攻撃で彼は限界であった。これに関しては、いずれダクネスかめぐみんさんに“解消”してもらえるだろうという諦観を含めた思いで私は放置していた。

 

 そして、ゆんゆんであるのだが……正直言ってこの女は存在自体があり得ない女性だ。というのも、彼女は優れた容姿と恵まれた肢体を持っていながら“ウブ”であったのだ。

 性的に優れた特徴を持つ彼女がここまで純真でいられたのは奇跡という他ない。普通は、彼女のような女性は社会に出た時点ですぐに男性の餌食になる。または、嫌な思いをして性格に多少の歪みや影響が出るものだ。しかし、彼女は純真でいられた。

 そもそも、純潔を保てるのはダクネスのような貴族としての高潔な意志、信仰による固い信条、男女の情を理解して善悪の判断をする能力と理不尽に抗う武力、私のような友人の助けがなければ厳しい。

 性格と状況からして、本来ゆんゆんは今の年齢に至るまでに純潔を散らしているはずだ。それが、どういうわけか純潔を保っているだけでなく、心まで純真でいられたのだ。めぐみんのような友人に恵まれたとは言え、やはり奇跡という他ない。

 そんな、童貞の妄想の塊のような女性であるゆんゆんは、餓狼であるカズマさんに簡単にこまされた。タイミングの悪いことに、ゆんゆんが性に関心を持ち始めた時期と重なり、二人は“ハマって”しまった。もちろん、カズマさんも都合が良すぎる女が手に入った事で見事に深みへ引きずり込まれる事になる。

 

 私の後から急に現れ、カズマさんを奪っていったゆんゆんは最低最悪の“薄汚い女”であり、彼女に対する私の憎しみと羨望は尋常ではなかった。加えて、そんな女にハマってしまったカズマさんに怒りと失望を覚えたものだ。しかし、これがカズマさんの選択であるなら私は大人しく身を引こう。そう思う事に……

 

 

私はここで目が“覚めた”

 

 

 そして、今までなんと愚かな事をしてきたのだろうと激しく後悔する事になった。何故私はダクネス達に遠慮したのか! 何故、押せば落ちるカズマさんと最後までしなかったのか! あれだけの時間と余裕があって、私は何一つカズマさんを手に入れようという努力しなかったのか!

 

 こんな事に、カズマさんを奪われてから気付かされた。私にとってゆんゆんは憎しみの対象でありながら、多大な感謝を持つ相手であり、希望でもあった。もうダクネス達に遠慮する必要はない。

 

 

私もカズマさんを手に入れよう。 

 

そう決意したのだ。

 

 

 とは言っても、すぐに意識を変えられるものではない。その間に、カズマさんは早くもゆんゆんをこました事に責任を感じ始めていた。この点において、彼はもっと外道であって欲しかったと思ったほどだ。そして、私自身の愚かさを再確認する。私は“初動”が遅いせいでいつも出遅れるのだと。

 このカズマさんとゆんゆんの爛れた関係にいち早く気付いたのはアクア先輩だ。しかし、彼女は目立った行動を取る事はなかった。アクア先輩はこの時点ではまだ自分の感情を正確に理解していなかったのだ。だから、“他人事”と思うようにしたのであろう。

 

 しかし、毎日のようにゆんゆんの“匂い”をつけて帰ってくるカズマさんに不安感を抱いたに違いない。お酒に逃げたり、ちょっとだけ露骨にスキンシップを取る程度はしていたようだ。また、この事をダクネス達に話すこともなかった。これはアクア先輩がダクネス達とゆんゆんの諍いが起こるのを本能的に察したのと、肝心の相手がゆんゆんだったからであろう。めぐみんとゆんゆんとの間に不和を起こしたくなったのかもしれない。

 これが全く知らない女性の匂いであったならば、すぐさまカズマさんを問い詰め、ダクネスやめぐみんに相談していた可能性が高い。ともかく、アクア先輩は見て見ぬふりをして問題を先送りにするという判断をした。これはアクア先輩にとってはとんでもない悪手であったが、私にとっては都合が良かった。

 

 次に気付いた……とは言い難いが、疑いを持ったのはダクネスだ。屋敷での出来事に疑問を持った彼女は後に諜報員を紅魔の里に送る事になる。基本的にダクネスは愛してくれるなら愛人でもいいというスタンスであった。そんな戦う前から負けている考えを持っている時点で彼女がカズマさんの一番になる事はない。

 だから、彼女の事はとりあえず放置という選択を取った。ただし、彼女の諜報員に有力な情報を与えたり、ゆんゆんとカズマさんの生々しい情交の盗撮写真集を送り付けた所、ダクネスは面白い変化をする事になった。やっぱり、彼女も“女”であったのだ。

 

 そして、最後まで気付かなかったのがめぐみんである。彼女は自分が一番カズマさんに好かれているという自惚れで見事に足元をすくわれた。自業自得という他ないが、彼女の存在のおかげで私はカズマさんを手に入れる“作戦”を立案する事ができた。彼女なしでは、ゆんゆんからカズマさんを奪うのはすでに難しい状況だったのである。

 

 さて、肝心の「カズマさんを手に入れる方法」についてだが、私が一番最初に思いついたのはカズマさんに好意を持つ女性を全員殺害するという単純すぎる方法だ。しかし、私がゆんゆんを衝動的に殺害しそうになった時に、これではカズマさんは手に入らないと気付く事ができた。

 何故なら、殺害しても冗談抜きで生き返ってしまうからである。これはアクア先輩と私という存在がある限り起こってしまう現象だ。また、彼らが死後の世界の存在を知っている事がネックになる。

 私が殺害した場合、すぐさまアクア先輩経由でその事が露見し、私はカズマさんに嫌われてしまうだろう。また、第三者によって彼女達を消したとしてもカズマさんは私を頼り、尚且つ復讐に生きる道を選ぶであろう。

 そこに私が求めるカズマさんとの幸せはないし、万が一私が関与した事が露見した場合全てが終わる。

 そして、この方法の一番ダメな所は現状ではアクア先輩を確実に消し去る手段がないという事だ。アクア先輩がいる限り、この物騒な手段は絶対に取れない。

 

 次に思いついたのは、カズマさん自体を何らかの方法で消す事だ。しかし、これも先ほどと同じような理由で却下だ。それに私自身、彼を殺害するという手段は取りたくなかった。彼には生きて幸せでいて欲しい。そして、第三者に殺されるのも嫌であった。第三者が殺すくらいなら私が殺したい。でも、カズマさんを殺すなんてしたくない。考えれば考えるほど頭が混乱する。ともかく、この方法もアクア先輩がいる限り不可能だ。

 

 

何より、私は彼らを殺害なんてしたくない。

 

 

 これが私の本心だ。嫉妬や怒りから物騒な考えについつい至ってしまうが、アクア先輩、ダクネス、めぐみんは私にとっても苦楽を共にした相手という認識があるし、少し一方的かもしれないが“大切な仲間”であると思っている。カズマさんの事をずっと気にかけていたように、彼女達の事も見守っていたのだ。

 

 

だから私は自分の求めるものを明確にし、目標を立てる事にした。

 

 

第一目標は「カズマさんに好意を持ってもらい、男女の契りを結んで現世で共に生きる」

 

第二目標は「カズマさんの一番愛する女性、できれば現世でも夫婦となる事」

 

最終目標は「カズマさんと契約し、私と永遠を共に過ごす相手になって貰う事」

 

 

 

第一目標はこれを達成できなければ何も始まらないというもの、第二目標は達成できれば最終目標にも繋がる目指すべきもの。そして、最終目標は何があっても絶対に果たすべき目標だ。

 

 これらの目標を果たすためにも、私はカズマさんに対しての肉体的接触を解禁する事にした。しかし、ゆんゆんが好き放題に体を貪られている姿を見ているため、少しだけ尻込みしてしまった。どうせなら、女としてカズマさんを虜にし、主導権を握りたい。そんな思いから、私は自主練を行う事にした。

 そこで役に立ったのが、下級悪魔共から押収したものと日頃の監視で得た情報だ。それらからカズマさんの性的な好みを把握したのだが、やっぱりというか豊満な女性とのえっちぃ夢が非常に多かった。加えて、時々首絞めセックスだとか、泣き叫ぶ女性を手籠めにするレイプ、飲尿プレイなど鬼畜でインモラルなえっちぃ夢があって少し怖い思いもした。

 

 しかし、これもカズマさんをモノにするためと割り切り、どんな要求をされても平然としていられるようにイメトレをした。そして、監視中に得た情報を元にカズマさんの“カズマさん”の張形を作って口淫の練習をしたり、彼が大好きなパイズリというものも色んな意味で泣きながら練習をした。

 その結果、何とか自信をつけた私はゆんゆんに取り入って協力体制を築き、ついでに先にカズマさんと性的関係を持って横から奪う事を計画したのだ。軽いジャブとしてゆんゆんにカズマさんの風俗通いの証拠を見せつけましたが、あまり動揺する事はありませんでした。

 これは彼女がカズマさんのダメな部分も受け入れている事を意味している。非常に面倒なライバルと実感しながらも、私は彼とオーラルセックスに持ち込む事に成功したのだ。

 

 ある程度は覚悟していたものの、私はそこで彼にいい様に遊ばれてしまった。イメトレでは完璧だったのだが、実戦はやはりとても恥ずかしいものだ。羞恥で固まる私が少々乱暴なカズマさんに勝てるわけがない。それに、練習をした事で多少は自信のあった口淫も彼にとっては物足りなかったようで、強引にペニスを突き入れられる強制フェラというものを体験する事になった。

 

 ただでさえ、彼のものを口に含んでいるという興奮とむせ返るほどの雄の匂いで発狂しそうだったのに、それを強制的に喉奥に突き込まれて味わわされるなど性交渉初心者の私にとってたまったものではない。しかも、精液をそのまま口に出されてしまった私は快楽と苦しみを伴いながらあっけなく気絶した。

 しかしながら、この程度では私は諦めない。私は彼に対する好意を伝えた後、ダンジョン探索の報酬という建前で関係を迫った。カズマさんに好意を持たれている事を自覚していたし、女神として現世の女性とは隔絶した美しさを持つ私なら彼を虜にできる自信があった。最後の一線をギリギリ越えていないゆんゆんより先に彼と男女の契りを結び、肉体、精神共に私しか考えられなくする。哀れ、ゆんゆんは無残にフラれる。

 

 

完璧な計画だった。

 

 

 私の誘いにカズマさんはのり、彼の愛を受ける事になる。興奮している彼は乱暴な前戯を終えた後、性器を私の秘所にあてがった。これで勝った! カズマさんは私のものだ! そんな思いはすぐさま粉砕された。

 何を思ったか分からないが、彼が私の不浄……じゃなくてお尻の穴に性器を突き込んできたのだ。情報からそのような性行為もあると知っていたが、彼はなんだかんだで初めては優しく、普通のセックスをしてくれると思っていた。

 

 しかし、彼は嗜虐的な微笑みを浮かべながら私のお尻の純潔を奪ったのだ。初めて感じる異物感と強烈な痛みで私は尋常ではない苦痛を経験する。でも、暴力的なまでに私を求めてくれるカズマさんにどうしようもない愛しさと歓喜を覚えたのだ。その瞬間、私の苦痛は一気に反転し、“暴力的な快感”になった。

 私が好きで好きでたまらない……愛している男にこんな事をされたら快楽を覚えてしまうのも仕方のない事なのだ。そして、彼の精を体の中で受け止めると、私の理性も限界を迎える。

 肉体、精神共に“処女”であったのに、私は卑しくもお尻の穴で絶頂をしてしまったのだ。ビクビクと脈打つ私に彼は更なる追撃を加え、何度も何度も絶頂してしまう。そして、嗜虐的かつ女をモノにした歓喜の表情を浮かべる彼の表情を見て、私は女としての悦びを覚えた。

 蕩けた表情を浮かべる私は、とても信徒に見せる事が出来ない恥ずかしいものになっていた。でも、彼にそんな私を見て貰うのはたまらなく嬉しかった。だが、その快楽に私は耐えられず気絶してしまった。

 

 しかし、彼は水魔法や電撃魔法を私に浴びせ、強制的に意識を覚醒させると、再び性器を突き込まれて快楽に叩き落される事になった。あまりの鬼畜さに私は戦慄しながらも、一方で新たな境地に至る事になった。

 カズマさんになら、虐められても構わない、むしろもっと甚振って女神としての尊厳を彼に踏みにじって欲しい。そんな事を願ってしまった。

 でも、単に乱暴されるのが好きというわけではない。カズマさんは、私を凌辱しながらも痛みを和らげようとキスをしてくれたり、頭を撫でてくれたり、私のえっちぃ姿を小声で褒めてくれた。それが、たまらなく嬉しかったし、精神的快楽で頭の中が蕩けそうになった。少し苦しくても、その先には甘美なご褒美があるなら頑張れる。むしろ、ご褒美を味わうためにも、もっと甚振って欲しい。私は快楽に震えながら、ダクネスの事を思い浮かべていた。ここで、私は初めて彼女と真に分かり合えた気がする。愛する人になら、多少乱暴にされても嬉しいのだと。

 

 それから何度も気絶した私を、カズマさんは容赦なく抱いた。流石に体の限界を迎えた私は、クリスを使って止めようとしたが、その体すら貪られてしまった。感覚共有していたせいで、受ける快楽は増え、理性もぐちゃぐちゃに崩壊した。最後に覚えているのは、彼が動けない私の口に性器を突き込んで乱暴に喉奥を犯した事、その時に口で受けた精液を私は下品な音を立てながら何度も反芻していた事、「よくやった、可愛かった」と耳元で囁かれながら頭をそっと撫でられて絶頂を迎えてしまった事だ。こうして、私は幸せに意識を落とした。

 

 

しかし、私が気絶から復帰した時、状況は地獄と化していた。

 

 

 気絶していた間に、カズマさんがゆんゆんと一線を越えてしまったのだ。激しい憎悪と殺意に吞まれながらも、自分自身に対する不甲斐なさでいっぱいだった。私の作戦は失敗した所か、逆に決着を早めるという材料にもなってしまったのだ。ここで、私の敗北は決定となった。

 だが、もう後には引けない。彼を愛する嬉しさを、彼に愛される悦びを知ってしまった。彼の隣に私がいない事、彼の一番が私でない事が許せない。多少、卑劣な手段を使ってもカズマさんが手に入るなら何でもしよう。

 

 

私は女神の尊厳を守る事より、愛する男を手に入れる道を選んだ。

 

 

 こうして、私は第二の作戦を立案し、即座に実行した。この作戦は非常に複雑であり、尚且つ残酷なものであった。この作戦の立案において、私が注目したのは“殺意”である。女神である私をも振り回した忌まわしき感情を、ゆんゆんとあの3人に植え付ける事にしたのだ。

 例え、彼女達が殺意に呑まれて感情に身を任せて誰かを殺害してしまってもどうせ生き返る。それならば、意味はないと思われるかもしれないが、作戦の本質はそこではない。

 

 私は人間なら誰もが持っている“殺人に対する禁忌”を利用させてもらう事にしたのだ。例えば、彼女達が不可抗力、もしくは衝動的に犯してしまった殺人に対してカズマさんはどう思うだろうか? 恐らく、彼は怒った上でその罪を許し、できるだけ今までと同じように過ごすだろう。“それくらい”の事を許し合える絆を彼らは持っているのだ。だが、それでも僅かに……ほんの僅かに心にスキマができる。

 

 

では、憎しみと嫉妬の感情が混じった故意による殺人はどうであろうか?

 

 

 そんな事が起こっても、カズマさんなら最終的に許してしまうだろう。しかし、元通りの関係には絶対に戻れない。殺人とは、人間にとって最も忌むべき禁忌だ。そして、悪意ある殺人は必ず“狂気”が宿っている。それを彼に見せつけるのだ。

 例えば、ゆんゆんがめぐみんを殺害する現場をカズマさんが目撃してしまったとしよう。カズマさんは、自分のせいでこうなったと自責し、ゆんゆんに寄り添うかもしれない。

 そして、覚悟を決めて彼女と贖罪の日々を決意するかもしれない。しかし、そんな幻想はすぐに壊れる。感情次第で殺人を犯した人間が隣にいる。また、何かよからぬ事を起こすかもしれない。そんな疑念が常に付きまとうはずだ。彼女の“狂気”を目撃しているなら、その思いもより強くなる。そして、遅かれ早かれその関係は破綻する。周りを巻き込みながら、全てが壊れて行くのだ。このような、殺人という禁忌を利用した私の作戦は、突き詰めると実に単純なものだ。

 

簡単に言うと……

 

 

ゆんゆんとあの3人が殺し合うように煽り、その結果引き起こされる“狂気”をカズマさんに見せつける。

 

 

 彼女達の薄汚い欲望と狂気は、今までの関係を容易く壊し、致命的な心の溝を生んでしまうだろう。当然彼は彼女達を遠ざけるだろう。そこで、哀れにも傷心の身になったカズマさんを、彼と同じように狂気を目撃した私が癒してあげるのだ。彼にとって、私は同情と共感を持つ相手であり、唯一今まで通りで昔と変わらない関係を持てる相手だ。そして、彼の愛した穢れなき幸運の女神様でもある。こうして、彼も私との真実の愛に目覚めるのだ。

 

 この作戦を考えた時、私は自分の事が怖くてたまらなかった。でも、この結果によって得られる幸せに私は抗えなかった。だから、実行する事にしたのだ。

 

 そして、私はこの作戦の一人目のキーパーソンであるめぐみんの狂化に着手した。彼女は意志が強く、あの3人のまとめ役でもある。「カズマが私の元に帰ってくるなら、浮気をしても構わない」なんて事をいうほど超然とし、余裕を持っていた女性だ。

 しかし、私は彼女が3人の中で一番精神的に脆い事を把握していた。第一に、彼女は想定外の事態に非常に弱い。今までの冒険を見ていた私は、その事をよく知っていた。

 第二に、彼女の余裕はカズマさんに対する信頼と一番愛されているという自惚れによって成り立っているという事。これは、仲間としてならカズマさんは信用できる相手なのは私も理解しているが、恋愛事にまでその信頼が及ぶのは幻想にすぎないと彼女は理解していなかった。

 もし、彼がめぐみんと夫婦関係にあったり、子供まで作っているならその信頼も当然のものといえよう。しかし、今の彼とめぐみんの関係は、ギリギリ恋人といった所。フリーで持つべき責任のないカズマさんは、餓えに餓えており、ゆんゆんのような女に容易く寝盗られる。そんな可能性を彼女は現状に酔っている事であまり考慮しなかった。

 第三に、彼女の“浮気”の想定範囲がひどく限定的だった事。彼女は浮気相手の仮想敵をダクネスやアクア先輩に絞っていた。その上で、第三の敵に対してはダクネス達と協力する事で容易く撃退できるとも思っていた。このように、めぐみんの余裕は良くも悪くもカズマさんとダクネス、アクア先輩に対する信頼の上に成り立っていた。

 

 だからこそ、私は彼女に挽回不可能で想定外、しかも致命的な一撃を叩き込む事にした。信じていた男と信じていた親友が愛し合う姿を見せつける。めぐみんの余裕を根底から打ち崩すこの光景を前に、彼女の精神は容易く崩壊した。

 精神的ショックを受け、弱り切った彼女に“狂気”の種を植え付けるのは実に簡単な事であった。しかし、下手すると自殺すら選択しうる精神状態は好ましくない。私は彼女に“決して諦めるな”という呪いの言葉を囁き、洗脳……ゲフンゲフン! エンパワメントを施したのだ。

 

 そして、私はカズマさんに純潔を捧げ、甘い言葉を囁いた。少し強引だったとはいえ、二人の美女と関係を持ったカズマさんは調子にのった。もちろん、私の囁きと、実は割と寛容なゆんゆんの存在も、彼を“女たらしのクズ”へと変化させる手助けとなった。だが、その方が私にとっては都合がいい。私は歯を食い縛りながら、自分自身にそう言い聞かせた

 

 次にターゲットをゆんゆんに移そうとした所で、私はダクネスの面白い変化を目にする。彼女はめぐみんの狂気に引きずりこまれる事を想定していたのだが、彼女自身はすでに狂気を抱えている事に気付いたのだ。

 ダクネスはめぐみんに対して、一度敗北している。その悲惨な現実を前に、彼女は二番でも構わない、隙があればめぐみんからカズマさんを奪い取るという思考に至った。 勇ましくも諦めない事を決意したダクネスだが、そこのは一種の諦観の感情があった。どちらにしろ、三人一緒なら幸せになれる。そんな、甘美な希望を前にして彼女は今まで通りでいられたのだ。しかし、彼女の奥底にはすでに狂気が芽生えていた。それは、ゆっくりと、じっくりと時間が経過するほどに育ち熟成されるものだ。

 

 そして、ダクネスが頼りにしていた「三人一緒」という希望に陰りが見えた時、彼女の狂気に変化が現れた。元々、彼女は貴族としてある程度の寛容さを持っていた。しかし、同じくらい“乙女”であったのだ。彼女が思い描く男女関係の理想は、実はゆんゆんより高い。メルヘンの領域にまで入る理想を、彼女は現実という無慈悲な光景と理性によって抑え込んでいた。

 しかし、彼女が乙女である事は変わりない。好きな男に自分だけ愛される。愛した男の一番の女性になりたい。彼と過ごす幸せな結婚生活に、子供も含めた理想的な家庭。そんな夢が、もう叶う事はない。その事実は着実に彼女を蝕んだ。

 そして、私が送り付けた盗撮写真の数々を見て、彼女の狂気は一気に開花した。それでも、彼女は理性と信仰の力でそれを抑え込む。この姿には、私も流石に哀れに思った。

 

 だから、私は彼女にも呪いの言葉を囁いた。同時に抑え込む以外の狂気の発散の仕方を教え込み、彼女の狂気を肯定した。こうして、ダクネスという乙女が完成した。その身に宿す狂気は必ずやめぐみん達の手助けとなるだろう。

 こうした中で、私はアクア先輩には特に何もしなかった。それは彼女に狂気を植え付ける事の困難さを理解していたからだ。実は精神的に一番強いアクア先輩にそんな事をするのは実質不可能だ。しかし、彼女はカズマさんに強い依存心を持っているほか、流されやすい体質でもある。だから、私はめぐみんの狂化に専念し、彼女にアクア先輩を導かせるよう仕向けた。

 

 その後、平穏に見える日常を過ごす事で彼女達の狂気は増す。毎日のようにゆんゆんの元へ出向く彼に対する不満。関係を持つ事で見えてくる耐え難いほどの格差。仲間内の事ですら増幅してしまう羨みと憎しみ。植え付けた狂気が、ついに大輪の花を咲かせようとしていた。

 

 ある日、めぐみんが隠し部屋に彼を監禁するための機材を持ち込み始めた。それが、私にとっても決定的なチャンスに見えた。彼女は一人こそこそと準備を進め、妄想に頬を染めるだけであったが、狂気を宿した彼女ならすぐに実用に移す。私は静かに微笑んだ。

 

 そして、私はめぐみんにとどめを刺す事にした。すでに精神は狂気に蝕まれ、肉体的にも限界を迎えつつある。そんな彼女に、私はカズマさんとの“愛の営み”を見せつけた。もちろん、彼女は壊れた。でも、無理矢理に補修して狂気の渦に再び突き落としてやった。同時に、カズマさんにもささやかな贈り物をする。実験的な意味もあったが、いつか私の役に立ってくれるだろう。そう信じた。

 

 結果、めぐみんはダクネスとアクア先輩を巻き込みながらカズマさんを監禁するという選択をした。ダクネスの狂気とアクア先輩の不安を増幅させ、堕とす手際は流石めぐみんだとちょっと感心したほどだ。それからは、屋敷の内部は私でも見通す事ができなくなった。それでも、カズマさんが彼女達の狂気を身に受けて碌な目に遭っていない事は何となく分かった。

 

 これで準備は整った。私は第二のキーパーソンであり、全ての元凶であるゆんゆんにターゲットを移した。元々、彼女は独占欲が高かったのたが、根の部分は割と寛容で他人に対してかなり甘い女性だ。負けた恋敵達に対して可哀相という感情を抱きそうなほど甘い。それが、純粋な思いから、それとも独占者としての優越と情けから生まれる思い、どちらが作用しているのかはまだ分からない。

 どちらにしろ彼女は“甘い”のだ。それは男にとって実に都合の良い女性である事を意味している。しかし、この甘さが逆にカズマさんとの絆を深めていた。彼は甘さを享受する一方で、その罪悪感を減らすために更にゆんゆんと深みに堕ちる。気付けば、お互いに強固な絆と信頼を構築している。彼女もまた、男を虜にする魔性の女であった。

 

 また、彼女にとってカズマさんは全てを捧げ、全てを受け入れてくれた男性だ。生来の寂しがりな性格がその思いを強め、もう彼を手放したくないという思いが彼女をより魅力的な女性へと変化させていた。その分、カズマさんに対する依存心はアクア先輩と並ぶほどのものであった。その依存は一種の狂気であり、状況次第で多様な変化をする。言ってみれば、彼女は実に御しやすい相手であった。

 愛した男が傍にいないという彼女にとって未知の“孤独”、ダクネスの工作によって踊らされた人間達への“憎しみ”、愛する男に捨てられたのではないかという“不安”と“怒り”。

 

 ゆんゆんは私が何もしなくても、着実に狂っていった。そして、依存の対象を彼から貰った指輪に移し、幻覚と会話し始めた時、私は決意した。この女の精神を粉々に破壊してやろうと。

 だから、私は彼女の依存対象である指輪を盗みドブ川に葬った。当然、彼女は自責の念と依存対象を失った苦しみから正気を失う。そこに、私は不平等な契約を迫る一方で、彼女に救いの道を示した。

 カズマさんの居場所についての情報、一連の事件の黒幕の存在の示唆を行ったのだ。殺意と憎悪を募らせながら、彼女は私に縋り付いた。それでも、僅かに残る理性で無茶苦茶な契約を先送りする判断をしたのだ。しかし、これは想定内。私は彼女に二日間の猶予を与えて更なる狂気を植え付ける事にした。

 

 最後の仕上げは、この苦しみの中で彼女の心の癒しとなっていた小動物を無残に殺し、その死体を期日の朝に見せつける事であった。彼女が小動物と出会ったのは私の想定にない偶然だ。

 この小動物が彼女の狂気を和らげる存在となったのは少しムっとしたが、それをぐちゃぐちゃに破壊したら、むしろ精神を壊す一助になると私は歓迎した

 

 そして、カズマさんが行方不明となった事、指輪がなくなった事、小動物が無残に殺された事、これらを全てめぐみん達の仕業だと教え込む。疲弊しきった精神状態のゆんゆんはこの“希望”に縋り付くであろう。

 

 ゆんゆんとの契約が実現したら、私の勝利は確実である。カズマさんの救出作戦においては、彼女にめぐみん達の排除を担当してもらう予定であった。憎悪を募らせ、狂気を宿したゆんゆんと、半年以上かけて育てためぐみん達の狂気。この二つが衝突した場合、必ずや“狂気の沙汰”が引き起こされる。

 両者は憎しみと嫉妬心を交えて殺し合い、どちらかは凄惨な死に様を晒すかもしれない。そんな光景を、助け出したカズマさんと一緒に目撃するのだ。監禁で疲弊した心身にその光景はとても効くだろう。もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。そんな弱ったカズマさんを私は優しく抱擁し、そっと囁くのだ。

 

 

“大丈夫です安心してくださいカズマさん、私がずっと一緒にいます”

 

 

 カズマさんにとって私は紛れもない救いの女神であり、肉体関係すら持つ愛すべき女性だ。狂気を宿した女達より、穢れ無き私を選ぶのは必然であろう。こうして、私とカズマさんは永遠に結ばれるのだ。

 

 もちろん、彼女達の殺し合いが中途半端に終わる可能性はある。しかし、ここまで育てた狂気と憎しみ、お互いの敵対心は彼女達が生きている限り続く。例え蘇生したとしても、人間関係までは決して修復できない。遅かれ早かれその狂気は暴走し、その暴走は彼女達の寿命が尽きるまで続く。私に煽られたと喚くかもしれないが、人殺しの狂った言葉と穢れ無き私、どちらを信じるかなんて考えるまでもない。そんな愚かな女性達には、流石のカズマさんも愛想をつかすだろう。

 私は実現まで秒読みとなった幸せな生活に魂を震わせ、抑える事ができない興奮と愛の昂ぶりを、勝利の美酒とはしたない行為で自分を慰めた。

 

 

 

 

 

 こうして、私は最後の最後に慢心してしまった。そして、作戦は手痛く失敗する。その結果、カズマさんと彼女達の絆がより強くなるという本末転倒な事態となってしまった。全てが計画通りであった……私のやれる事はすべてしたはずだ! それなのに、何故こんな事になってしまったのか!

 

 

敗因は3つある。

 

 

 1つ目は「じゃりめ」というイレギュラーの存在。取るに足らない小動物であった毛玉が、指輪の奪還という奇跡を引き起こし、ゆんゆんの狂気を寸前で押しとどめた。この奇跡に私は崩れ落ちた。最後の詰めの段階、仕上げ間近に想定外すぎる事態の発生である。

 しかし、もう後戻りも出来なければ、新たな策を展開する時間もない。おまけに、この奇跡で彼女は今までの苦しみを肯定的に受け入れ、強固な精神を築きあげた。これも、一種の狂気と言えるが、私の求めているものとは違う。

 このイレギュラーな事態をリカバリーしようと、私は毛玉の殺害計画を実行する。今までは死体を送り付けるつもりであったが、今度は彼女の目の前で無残に殺せば、再び彼女を絶望に突き落とせるのではと思ったのだ。毛玉の正体が初心者殺しという事も分かっていたので、大義名分はこちらにある。

 元冒険者で弓の名手である警官を害獣駆除に派遣するように仕向けるのは愛すべき信者の協力がなければ実現しなかった事だ。しかし、咄嗟にしては十分な策とブレッシングの魔法まで使ったのに、矢は毛玉の脳天に命中せず、即死させる事ができなかった。 この小動物は二度目の奇跡を起こしたのだ。その後も、保険としてかけた呪いや猛毒もアクア先輩に解除され、彼女の助言でゆんゆんはより強くなる。ここまで来ると、私以外の意志が働いて作戦を頓挫させようとしているのではと、ありもしない疑心暗鬼に囚われた。

 

 2つ目はアクア先輩の存在だ。私は彼女が何を起こすか分からない事は熟知しているし、精神的タフさも理解している。しかし、弱点とも言える彼女の弱みは分かっていた。

 それは自分の存在が揺らぐ事。アクア先輩は「この子達には私が必要」という強い思いを持ち、女神として人に必要とされる事に喜びを見出している。それが否定された時、彼女の長所である“勢い”が衰える事はダークプリーストの一件から分かっていた。

 だから、めぐみんに煽られて彼女達の狂気に流される姿を見た時、これでアクア先輩は終わりだと思った。しかし、私はアクア先輩に対して一つの勘違いをしていたらしい。それは彼女が自称しているパーティの保護者というのが嘘ではなかったという事だ。

 女性陣のリーダーは確かにめぐみんかもしれないが、道を外れた時に正しい道に導くのは紛れもなくアクア先輩であった。意図的にそうなるように仕向ける事もあれば、彼女の何気ない一言や仕草が彼らを結果的に正しい道へ引き戻す。アクア先輩は彼らの裏のバランサーであり、3つ目の失敗の要因……カズマさんを動かす存在であった。

 

 そう、3つ目の敗因は私がカズマさんを侮った事。ずっと彼を見守り続けた私が、どうして彼の事をあまり考慮しなかったのか。髪の毛を掻きむしって死にたくなるほど後悔した。

 カズマさんは今まで様々な困難に打ち勝ってきた。絶望的な状況、詰んでるとしか思えない状況でも、機転とペテンと幸運、仲間の力で切り抜けてきた私の英雄だ。それは、今回の事とて例外ではない。監禁の憂き目にあっても、彼は抗ったのだ。しかし、私がめぐみん達に植え付けた狂気も生半可なものではない。いくらカズマさんでも、彼自身の力で切り抜ける事は不可能であった。

 

 

だが、アクア先輩がいた。

 

 

 一番の失敗は正にこれだ。カズマさんとアクア先輩、二人が揃ってしまったら、例えどんな困難、どんな理不尽な目に遭っても、それを容易く解決してしまう。正に最悪最強のコンビだ。その姿を、私はずっと見守っていたではないか! それなのに……私は……!

 

 

 

そして、悟ってしまった。

 

 

 

 カズマさんとアクア先輩がいる限り、私がどんな作戦を立てようと打ち崩される。今回の作戦も実は始まる前から失敗していたのだ。

 

 

 

カズマさんとアクア先輩が一緒にいる限り、彼らに乗り越えられないものはない。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 作戦失敗から、幾ばくかの月日が経過した。カズマさんとゆんゆんは無事に結婚式を終え、ゆんゆんのお腹には新しい命が宿っていた。

 当初は彼らの子供に悪意を向けてしまうのではないかと自分自身に恐怖していたが、彼女の妊娠が判明してからは、それも杞憂に終わる。とてつもない愛おしさを母子共に感じてしまい、ゆんゆんと子供を守らなくてはという使命感に燃えた。この思いはもはや女神としての本能かもしれない。それはアクア先輩にとっても当て嵌まる事であり、彼女と協力してゆんゆんに近づく危険は全て事前に排除した

 そして、祝福なんかしてやるかと、若干拗ねた思いを持っていたのだが、気付けば彼女達の事を盛大に祝福していた。特にさよりちゃんを抱かせて貰った時、自分の中の黒い感情は跡形もなく吹き飛んだ。愛おしい、守りたい、羨ましい。とにかく、私も“欲しい”と思うようになった。地上では様々なリスクが付きまとう……でも……

 

 そんなこんなで平和な日常は続き、アクア先輩の思惑が着実に進んでいる姿を見て私も諦めがついた。現世の事はもう諦めようと。

 ゆんゆんは生来の甘さをアクア先輩に押し広げられ、そのうちカズマさんの家に暮らす女性が増える事だろう。私も、その中に加わってしまえばいい。カズマさんと彼を愛する女性陣、それに彼女達の可愛い子供たちとの暮らし……

 

悪くない! むしろ、とても楽しみだ!

 

 現世の事は素直に負けを認めよう。でも、最後に勝つのは私だ。死後の世界はゆんゆん達には干渉できない場所だ。そこで、私はアクア先輩と決着をつける。そして、彼と永遠の契約を結ぶのだ。くふふ……その時が楽しみです……!

 

 

「うへ……うへへ……! カズマさんと一緒……ずっと……! んっ……!」

 

「お楽しみの所で悪いけど、チャンス到来だよ。はい準備準備!」

 

「ひっ!? え、ええ! 分かっていますとも!」

 

 私はクリスの声を受けて椅子から立ち上がる。そして、彼女との感覚共有でチャンスとやらを把握する。どうやら、ゆんゆんが買い物に出かけたらしい。そして、家にはカズマさんとさよりちゃんだけ。ふふっ、素晴らしい状況です!

 

「では、行ってまいります!」

 

「はいはい……」

 

 私はパタパタ手を振る自分の分身に笑いかけてから、下界へと通じる転移陣に飛び込む。周囲の光景が、殺風景な展開から、生活感溢れるカズマさんの家の中へと変化した。私の登場に、カズマさんは驚きもせず、にっこりと微笑みかけてくれた。

 

「エリス様、相変わらずですね」

 

「いいじゃないですか! それより……その……」

 

「分かってますって……ほら、さより~エリス様だぞ~!」

 

 そんな事を言いながら、彼が抱いていたさよりちゃんを私の方へ差し出した。私は彼女をゆっくりと受け取り、そっと抱き上げる。彼女は嬉しそうに体を動かした。そして、私がそっと指を差し出すと彼女は小さな力で握り返してくれた。可愛い……

 

「うーん……やっぱり女神は反則ですね……俺が抱いても無反応なのに……」

 

「ふふっ、カズマさんってば拗ねているんですか?」

 

「そ、そんなわけあるかい!」

 

 顔を真っ赤にしてそんな事を言うカズマさんであるが、全くもって説得力がない。まぁ、今は彼の事は後回しだ。数少ない時間でさよりちゃんを愛でる必要がある。ゆんゆんさんは嫉妬心丸出しで、中々彼女を抱かせてくれないのだ。

 

「ああっ……可愛い……本当に可愛い……!」

 

 腕の中にある小さな命は私に至福の喜びをもたらしてくれる。私に向かって小さなおて手を伸ばしてくる姿の何と愛らしい事か。ああ、可愛い……食べちゃいたいくらい可愛い……!

 

「うふっ……うふふ……ふへっ……!」

 

「エ、エリス様……? 涎垂れてますよ……」

 

「うひっ!? す、すいませんカズマさん! さよりちゃんもごめんなさい……!」

 

 慌てて謝りながら、だらしなくも垂れてしまった涎をドレスの袖でゴシゴシと拭く。でも、これも仕方のない事だ。可愛すぎるさよりちゃんが悪い!

 

「そういえば、カズマさん。何か困ってる事はありませんか?」

 

「ありませんって! エリス様も心配性ですね……」

 

「アクア先輩がいませんからね。私もあなた達が心配なんですよ」

 

 何気なく言った一言に、カズマさんは僅かに顔を歪ませる。そして、申し訳なさそうな顔をしながら私に頭を下げた。

 

「エリス様、実はアクアの事でお願いがあるんです」

 

「何ですか……?」

 

「アイツが出て行って1か月以上経過したんですけど、ちょっと心配で……」

 

「あなたって人は……」

 

「いや、仕方ないじゃですか。全くもって音信不通なんですよ? 俺も少し罪悪感がありましてね……だから、アイツがどうしてるか知りませんか?」

 

 そんな事をそわそわしながら言うカズマさんに私は呆れる。この人は本当にアクア先輩に甘い。ああっ……妬ましい……!

 

「知りません。でも、天界にはいないみたいですよ? どうやら本当に家出したみたいです」

 

「マ、マジっすか!?」

 

「別にいいじゃないですか。彼女も立派な大人です。それにどうせアクア先輩の事です。そのうち必ず戻ってきますよ」

 

「そりゃあ、俺も分かっているんですけどね。でも、アクアだし……」

 

 体をもぞもぞさせているカズマさんに私は殺意すら覚えた。何故この人はアクア先輩の事になると心配性で、尚且つ素直になれないんでしょうか! もう、思いっきり殴り飛ばしてやりたい! まったく……まったく……!

 

「カズマさん、私がアクア先輩の事を探し出して上げましょうか?」

 

「本当ですか!? いや、別に心配ってわけじゃないですけど! 腹空かして泣いてるなんて事もありえるわけでして!」

 

「はぁ……」

 

 なんだか、どうでもよくなってきた。私は腕の中のさよりちゃんを抱きしめる。本当に、素直じゃないお父さんですね。

 

「でも、カズマさん。天界にもこの世界にもいないアクア先輩を探すという事は、私があなた達の見守りが出来ない……この世界をしばらく不在にする事を意味しているんですよ? もしもの事態には駆けつけられませんし、女神権限を使って蘇生をする事もできない。本当にいいんですか?」

 

「構いませんよ。それに商人になって命の危険と接する事もなくなりました。俺の事なら心配ご無用です!」

 

「はぁ……」

 

 良い笑顔でサムズアップをするカズマさんを見て、私は大きな溜息を吐く。そこは、私としばらく会えなくなるのが寂しいと言って欲しかった。まったく……

 そんな時、カズマさんが私をそっと抱きしめる。もちろん、腕の中のさよりちゃんを考慮した優しい抱擁だ。これはダメだ! この程度でも私は幸せと理性が抑えられなくなった。

 

「エリス様、俺もあなたに会えなくなるのは寂しいですよ」

 

「あっ……その……」

 

「別にアクアを絶対見つけろなんていいません。それにエリス様も心配なんでしょう? それくらい俺も分かっていますよ」

 

「あうっ……」

 

 私はビクリと体を震わせる。別に、私はアクア先輩なんて心配していない。ただ、ちょっとだけ、ちょっとだけ気になっているだけだ。でも、カズマさんのお願いだというなら仕方がない。うん、仕方がない事なのです。

 

「しょ、しょうがないですね! もう、本当にカズマさんはアクア先輩に甘いんですから! まったく……!」

 

「エリス様も大概ですけどね」

 

 そう言って笑うカズマさんの顔を、私はまともに見れなかった。色んな意味で恥ずかしいというのもあるが、やっぱり私は彼が好き好きでたまらない事を再確認する。これが彼も口にしていた惚れた弱みという奴でしょうか……

 それからは、私の不在における注意点を教え込み、万が一の事態のために、王都最高のプリーストへの紹介状も書いた。そして、成果が得られなくても2か月後には必ず戻ると約束もした。でも、やっぱり心配は拭えない。アクア先輩も私もこの世界からいなくなるのだ。

 

ん?

 

だとすると……

 

 

 

「…………」

 

「エリス様?」

 

「っ!? な、なんでもありません!」

 

今、私は何を考えたのであろうか。だめだ……自分が怖い……! このままだと……

 

 

 そんな時、玄関の扉の先から獣の唸り声が聞こえてきた。そして、その獣の名前を呼ぶ女の声もする。私はさよりちゃんを急いでベビーベッドに戻してから、府抜けた顔をしているカズマさんの唇を強引に奪う。驚愕の表情を浮かべる彼の頬を撫でてから、唇を離す。それから、彼の耳元でそっと囁いた。

 

 

 

 

「大丈夫ですよカズマさん。あなたには私がついていますから」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 天界についた私は自分の愛用の椅子に深く座り込む。これから、アクア先輩を探す旅だ。カズマさんにあんな約束をしてしまった手前、やらないわけにはいかない。しかし、本当に妬ましい。私も彼に心配されたい。私の事に心を砕いて欲しい。

 

「…………」

 

 私はぶんぶんと首を振る。私は彼の頼れる女神様なのだ。だから、しっかりしないといけない。そして、あの駄女神の情報を絶対手に入れる。まぁ、ある程度の目星はついている。天界にいないならば、恐らく自分の……

 

 

「チャンス到来だよ」

 

 

 そんな囁きが、私の右方からした。顔を向けるとニヤニヤとした微笑みを浮かべた自分の分身がいた。胡乱気な目つきの私を彼女は気持ち悪い笑みで受け流す。そういえば、独立思考を解除していなかった。いくら私自身とはいえ、必要ない時に勝手に動かれては困る。

 

「クリス……あなたにはしばらくの休眠を……」

 

「チャンス到来だよ」

 

「何が……」

 

「チャンス到来だよ」

 

「…………」

 

「チャンス……うぐっ!?」

 

 気が付いたら、私はクリスを蹴とばしていた。自分自身に何をやっているんだと変な気持ちになったが、いくらかスッキリする。改めて椅子に座り直し、私は背もたれに体を深く預ける。なんだか疲れた。アクア先輩の事は明日からでも別にいい。今日はぐっすり休む。そうしよう。幸い、自分を慰めるために最高の素材を手に入れた。ふふっ、まだ彼の暖かさが残っている。

 

 

 

 

「チャンス到来だよ」

 

 

 

 

彼女の言葉に、私の我慢は限界を飛び越えた。さっきから一体どうしたというのだ!

 

 

「いい加減にしてください! あなたはさっさと休眠状態に入って!」

 

「だからさ……」

 

 その瞬間、クリスの姿が掻き消える。そして、私の首筋に冷たい刃が当てられた。ああっ、やめて欲しい。カズマさんの熱が逃げてしまう。

 

 

 

「チャンス到来って言っているでしょう?」

 

 

 

 もちろん、クリスのダガー程度では私に傷一つつけられない。でも、私は何故か怖くて仕方がなかった。だから、何も言えなくなった。

 

「何の事ですか?」

 

「しらばっくれないで。あたしとアクア先輩がこの世界にいない。これが意味する事を分からないはずがないよね」

 

 押し黙る私をニヤニヤとした表情でのぞき込むクリスに私は嫌悪感を覚える。自分の分身……私自身はこんなにも醜い姿をしていたのだろうか。いや違う。私は穢れ無き女神だ。これは私じゃない……私じゃ……

 

「ねぇ、“私”は決して諦めていない。違う?」

 

「ええ、違います。私は現世の事は諦めました。私の戦いは彼の死後です。現世はダクネス達と共に平穏に過ごすのです」

 

「へぇ、じゃあ何で今も彼を手に入れる準備を続けているのはなぜ?」

 

「…………」

 

「諦めなよ。“あたし”は“私”なんだよ。全ての考えが筒抜けだし、あたしの思う事は私が思っている事でもあるの」

 

 クリスが溜息を吐きながら、ダガーの腹で私の頬をペチペチ叩いた。その冷たさが、私を冷静にさせる。やっぱり、クリスは私じゃない。クリスは穢れに……狂気に取り憑かれている。こんなの絶対に私ではない!

 

 

 

「助手君、あたし達の“部屋”にこないねぇ……」

 

「っ……!?」

 

 

 何故か、力が抜けて膝から崩れ落ちてしまった。そして、冷たい床にうつ伏せに倒れ込む私を、クリスが無表情で見下ろしてくる。なんだか、全てが見透かされたような気がして、体の震えが止まらなくなった。

 

「クリス、私はその選択は絶対に選びません! 私はカズマさんが幸せならいいんです! 彼の幸せを壊す事は、さよりちゃんの幸せを壊すことになるんです! だから、絶対に……絶対に……!」

 

 震える唇で何とか紡いだ言葉を、クリスは興味なさそうに聞き流したす。そして、ヤレヤレと肩を竦めながら歪んだ微笑みを浮かべて私の耳元でそっと囁いた。

 

「それはカズマさんの幸せじゃなくて、ゆんゆんの幸せだよね?」

 

「あうっ……」

 

「確かに、このまま諦めてもあたし達は幸せになれる。でも、“私”の理想の幸せじゃないよ」

 

 私は思わず耳を塞ぐ、そんな事は聞きたくない。私だって、泣きながら妥協したのだ。でも、これでいい。私は最終的に勝つのだ。だから、現世の事はもう諦めていいんだ。

 そんな時、頭部に痛みが走る。どうやら、クリスが私の髪の毛を引っ掴み、無理やり頭部を持ち上げられたらしい。何が何だか分からず混乱している私の頭を、クリスは固い床に思いっきり叩き付けた。

 

「自惚れんな!」

 

「いあっ……!?」

 

「“私”の癖に自惚れんな!」

 

「あぎっ……!? やめ……痛い……それは痛いです……」

 

「うるさいこの負け犬!」

 

「ひゅぎっ!? いや……違う……痛い……負け犬じゃない……やめて……いぎゅっ!?」

 

 それから、何度も何度も床にたたきつけられた。女神として頑丈な私でも痛いものは痛い。何より体以上に、クリスから発せられる言葉が私を縫い殺すように突き刺さる。違う……私は自惚れてなどいない……負け犬なんかじゃ……

 

「私が負け犬……?」

 

「そうだよ。やっと分かったの? めぐみんを自惚れなんて言ってバカにしてたけど、“私”の方がもっともーっと自惚れてる。真のバカで負け犬なのは“私”なんだよ」

 

「いやっ……違う……! 私は負け犬なんかじゃ……! いぎゃっ!? やめて……もうやめてよう……!」

 

「いい加減に認めなさいよ負け犬」

 

「ちが……私は勝つんです……最後にカズマさんと……契約して……あがっ……!?」

 

 そこで、ふと気づく。本当にカズマさんは私と契約してくれるのだろうか? もしかしたら、ゆんゆんと転生や天国へ行く道を選ぶかもしれない。そんな事は許されない。彼は私のものだ。絶対に死後は引き離してやる。いや、めぐみん達も……

 

「違うでしょ……」

 

「何がです! もしかしたら、彼の魂が他の世界に……!」

 

 

 

 

「このままだとアクア先輩に負けるよ」

 

 

 

 

 

 その瞬間、私は全てを理解した。なるほど、こんなにも長々と思考しておいて、そんな事に気付かないとは本当に私は自惚れが過ぎた負け犬だ。思わず、自嘲の笑みを浮かべてしまう。でも、目が覚める思いだ。もしかして、これが“覚醒”というものだろうか。スッキリとした思いの私を見て、クリスが満足気に頷く。そして、手を私の方へ差し出した。

 

「“私”の敵はゆんゆんじゃない。アクア先輩だよ。それなら、奪っちゃおうよ。アクア先輩の居場所を……助手君の隣を……!」

 

「ええ、そうですね。そこが私がいるべき場所ですから」

 

 

クスクスと笑いながら、クリスが差し出した手を私はギュっと握る。もう、私は諦めない……“容赦はしない”

 

 

「それじゃあ、一世一代とも言える大博打に!」

 

 

 

それは私が言うべきセリフだ。

 

だから、私は――

 

 

 

 

 

 

「いってみよう!」

 

 

 

 

 



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復活する狂気

この話以降は観覧注意ですよー


 

 

 

 新人冒険者の街アクセル。普段は夢と希望に満ちた新人達で賑わう場所であるが、現在は苛烈な戦場と化していた。

 当初はとある冒険者の密告により始まった小規模な悪魔討伐作戦は、背後にいる大悪魔と不死王リッチーの存在が確認されて以降は大規模な作戦へと変化した。そんな争いも3日目にして終わりが見えてきた。

 サキュバス達の親玉である大悪魔バニルと召喚された眷属、及び堕落して悪魔の味方となった男性冒険者達を討伐隊がアクセル中央広場にて完全包囲する事に成功したのだ。

 

 

 

「という事で滅んでくれませんか悪魔さん?」

 

「何がということでだ。卑怯者め」

 

「卑怯で結構。あなた達のような悪魔の傲慢さを逆手に取ったのです」

 

「むう……」

 

 目の前で薄ら笑いを浮かべる女の言葉を受け、悪魔公爵であるバニルはしばしの間考え込む。今回の事は、はっきり言って完全に手玉に取られた。どのような手段にしろ、騙される方が悪いのだ。これは普段は騙す側の悪魔においても常識のようなものだ。少し平和ボケしていたかもしれない。

 

「うむむ……ここで滅ぼされるのも悪くない気がしてきたな……」

 

「いい心がけです。どんなに強力な怪物や悪魔でも、最後は非力な人間の知略と団結によって滅ぼされる。古くから続くお約束じゃないですか」

 

「うむうむ、そうであるな! よし、こうなったら我輩を一息に……!」

 

「いい加減にしてくださいよバニル様!」

 

「む……」

 

 女を前にして腹を向けて横たわったバニルに、配下である悪魔たちのツッコミが炸裂した。彼らは自分たちの主の姿に涙目になっていた。この人はこんな所で滅ぼされるべきではないと。

 

「バニル様、いい加減に“人間を殺すな”なんて命令は解除してください! それがなければ私達は人間なんかに負けません!」

 

「それはどうでしょうか?」

 

「あぎゃっ!? えっ……あっ……?」

 

 乾いた音が辺りに響いた後、バニルに詰め寄っていた悪魔が府抜けた表情を浮かべながら突然灰になって消えた。下級とはいえ、それなりの力を持っていた悪魔が滅ぼされる光景に配下達に僅かな動揺が広がる。そんな悪魔達を見て、女は笑みを深くした。

 

「私達は対悪魔用の道具を複数所持しています。例えば、私が今使った回転式拳銃は闇に属するあらゆる存在を倒せる武器……の贋作です。まぁ、下級悪魔程度なら問題なく滅ぼせるようですけどね」

 

 女はそんな事を言いながら、回転式拳銃を手の中でくるくると弄んだ。その彼女の横に、今度は神官服の男が現れる。彼の姿に悪魔達は恐怖した。アイツは目の前の聖女よりヤバイ奴だと……

 

「道具を使わなくても、あなた達はどの道終わりですな。この完全包囲……エリス教徒とアクシズ教徒の連合討伐隊に敵うとお思いで?」

 

「ひぃっ!?」

 

 男の言葉に悪魔達の一部から悲鳴が漏れた。世界を平定し力を増したエリス教、悪魔の中でも悪名高いアクシズ教の信者数百名に包囲されているのだ。できるだけ考えないようにしていたが、正直この状況は悪魔にとって詰んでるとしか言いようがない。

 

「此度の協力には感謝していますよゼスタ司教」

 

「いえいえ、悪魔を滅ぼすためなら我らアクシズ教団も喜んで協力致しましょう! お礼ならその薄い胸でパフパフして頂ければ……!」

 

「死ね」

 

「びゃひっ!? ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 女に蹴られながら悶えるゼスタに悪魔達はさらに恐怖した。やっぱりアクシズ教団って頭がおかしいキガイ集団だ。もう魔界に帰りたいという泣き言が悪魔達から漏れ始めた。

 そんな戦意喪失した悪魔達に変わって、今度は男性冒険者達の一団が現れる。彼らは鎖で繋がれた聖職者達……人質を確保していた。

 

「なぁ、エリス教にアクシズ教の皆さんよぉ! 俺達はもう戦う理由が無くなっちまった。ここの悪魔どもは滅ぼしてもいいけど、バニルの旦那とウィズさん、サキュバス達は見逃してやってくれねぇか? こいつら解放するからよ」

 

 冒険者たちのリーダーの発言には力がなかった。当初はサキュバスを逃がすために立ち上がったのだが、多くのサキュバスは滅ぼされるか捕縛された。逃がす事ができたのは数名の新人サキュバスのみだ。彼らは自分たちの力の無さを痛感していたのだ。

 そんな彼らの前に、討伐隊側が確保した人質が同じく鎖に繋がれた状態で引き出された。それは10名程のサキュバスと項垂れる不死王……ウィズだ。

 項垂れる不死王の姿を見て、今まで沈黙を保っていたバニルが僅かに体を動かした。女はその仕草を見逃さない。すぐさま回転式拳銃をウィズの頭部にあてがって薄笑いを浮かべた。

 

「冒険者の皆さん。すぐさま人質を解放し、悪魔達を討伐しなさい。これから5分毎にサキュバスを一人ずつ滅します。それが終わったら、この不死王も……さぁ時間はありませんよ?」

 

「ちょっ!? 鬼畜すぎるだろ! あんた本当に聖職者かよ!」

 

「悪魔は人類の敵です。この行いもエリス様はお許しになるでしょう」

 

「くそっ……! こっちも人質を殺すぞ!」

 

「それをしてしまったら、あなた達は終わりです。全員残らず火刑にします。それに、彼女達はすでに神に殉じる覚悟は出来ています。私達には人質など通用しません」

 

「ああもう! どうしろってんだよ!」

 

 冒険者達の間で内輪もめが始まる。もちろん、悪魔達にもだ。彼らは一斉にバニルに詰め寄り、命令の解除や逃亡の方法を話し合う。肝心のバニルは項垂れるウィズをじっと見つめていた。そんな視線に気づいたウィズは少し無理がある笑顔をバニルに浮かべて見せた。

 

「バニルさん、私はリッチーになってからこうなる事は覚悟していました。ですから、私はもういいんです。でも、バニルさんは違うでしょう? ダンジョンを作って人を馬鹿にしながら滅びる夢はどうしたんですか? あなたはここで滅びるべきではないんです!」

 

「ウィズ……」

 

「あれ!? 今名前を呼んでくれました!? も、もう! 私の事はいいから早く逃げてください!」

 

「急に興奮し始めるな貧乏店主よ」

 

 顔を赤くしながら興奮しているウィズを見て、バニルはため息を吐く。何やら彼らの間で緩い雰囲気が流れ始めた時、一発の銃声が響き渡る。そして、一人のサキュバスが灰となって消えた。

 

「5分経ちましたよ?」

 

それから、悪魔と冒険者達の言い争いの声が大きくなった。

 

 

 そして、6発目の銃声が響いた時、ついに下級悪魔の一部が痺れを切らした。彼らは人質の中から女性を連れ出し、汚らわしい性器を取り出して下卑た笑みを浮かべた。その凶行に、男性冒険者達も静かになる。

 

「おい、エリス教の女! 俺達はこいつを殺せない! でも、純潔を奪って死にたくなるほどのトラウマを植え付ける事はできるんだぞ! やめて欲しければ俺達を見逃せ!」

 

「彼女達は全員非処女なんで純潔なんてないですよ?」

 

「はぁ……って本当だ!? 穢れてやがる! お前ら聖職者として恥ずかしくないの!?」

 

 下級悪魔の声に、人質の女達がブーブーと文句を言い始める。そんな時、人質の中から一人の女性が前に進み出た。彼女は覚悟の決まった表情で悪魔に近づくと、その足元に跪く。彼女のしようとしている事を察した信者達はその高潔さに涙し、人質達はよっしゃと内心でガッツポーズを作っていた、

 

「犯すのは私だけにしてくれ。だから他の人質には手を出さないで欲しい……」

 

「ほう? 殊勝な心がけじゃないか! それならお前を初めに犯してやろう! おら! どうするエリス教の女!」

 

 下級悪魔は人質の女性を片腕で抱きながら、拳銃を握る女を睨み付ける。そして、今まで超然としていた女は、ここで初めて動揺した。その姿に下級悪魔はしてやったりと微笑んだ。

 

「あなたは……ダクネスでしたよね! そんなバカな真似はよしなさい!」

 

「いいんです旅の聖女様。私の事は気にせず己の使命を全うしてください」

 

「でも……!」

 

「いいんです……」

 

 何やら今までと違ってひどく動揺している女に下級悪魔はほっと息を吐いた。これで少しは交渉の余地が生まれた。自分はもうダメかもしれないが、主人のバニル様とお気に入りのリッチー娘を逃がすくらいはできるかもしれない。だから……

 

「ひゃぎっ……!? さよなら……バニル……様……」

 

銃声と共に、一匹のサキュバスがまた灰になった。

 

 

「5分経ちました……」

 

 

 顔を俯かせ、声を震わせながらも女の声は強硬な姿勢を見せた。その光景を前に下級悪魔はついに限界を迎えた。

 

「ふざけんな! もう、後悔しても知らねぇからな! おら脱げ!」

 

「ひぃっ!? やめ……やめてくれ……やだ……!」

 

「おいおい、さっきまでの威勢はどうした女!」

 

 ダクネスが下級悪魔に服を破り捨てられた。その光景を討伐隊は歯噛みしながら見つめ、男性冒険者は黙り込む。そして、他の悪魔達はこのままではマズイと理解してバニルに詰め寄った。

 

「バニル様! どうするんですか! このままじゃ私達滅ぼされますよ……!」

 

「我輩達は敗者だ。それならば、大人しく滅びるのが悪魔としての美学であろう」

 

「ああもう! 滅びるならバニル様だけにしてくださいよ!」

 

「おい、我輩の眷属としてそれは言っちゃダメだろ」

 

 バニルの周りが騒がしくなるなか、男性冒険者達は沈黙を保っていた。彼らの視線の先にはダクネスの姿がある。冒険者の間では変態貴族で通っていた彼女なら、凌辱されても喜ぶのではと割と楽観的であった。しかし、衣服を破られて本気で泣き叫ぶ彼女を見て、自分たちの行動に疑問を持ち始める。俺達は一体何をやっているのだろうと。

 

「ヒッヒッヒ! おい、まずはその口でして貰おうか!」

 

「うっ……くっ……いやっ……! あっ……うぶうううっ!?」

 

「おう……人間の女にしてはなかなかの……おっ……?」

 

それが下級悪魔の最後の言葉であった。首を剣で切り飛ばされ、まるで最後の置き土産を残すように大量に射精する悪魔を見て、男性冒険者達は己の武器を握りしめた。やっぱり、こいつらこそ自分たちの敵だ。

 

「サキュバス以外は死ね!」

 

「滅べ人類の敵!」

 

「なっ……貴様ら裏切り……ぐぅぅっ!?」

 

 反旗を翻した男性冒険者達の姿を見て、討伐隊も一気に殲滅戦を開始する。ついに均衡が崩れ、決着がついたのだ。バニルの命令を無視して本格的な反撃を始める悪魔もいたが、もはや多勢に無勢。多数のプリーストの支援を受けて正に不死隊となったクルセイダーやパラディンがバニルの配下を討ち取っていく。

 女はその光景を見て、深く安堵する。これで予定より長引いた悪魔討伐は終わりだ。後はしぶとく生き残る大悪魔との交渉だけである。ほっと息をつきながら、彼女は残るサキュバス達を拳銃で撃ち殺した。

 

「あの……」

 

「なんですかゼスタ司教?」

 

「交渉した手前、流石に男性冒険者も怒るのでは……」

 

「手が滑りました」

 

「ああ、手が滑ったなら仕方ないですな!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 結局、半刻程立った頃には悪魔は殲滅され、残るはバニルだけとなった。彼はこの状況にため息を吐く。自分だけなら助かる事はできそうだが、ウィズを救出するのは難しい。

 彼らがいなくなるまで憑依を繰り返そうとも思ったが、憑依者ごと容赦なく攻撃してくる。おかげで憑依先の人間が一人死んでしまった。これには悪魔としての美学を重んじる自分の自尊心が少し傷ついた。正直言って万策尽きたと言っていい。

 

「悪魔バニル。すべての“抵抗”をやめて、大人しく滅びなさい。そうしたら、彼女だけは助けて上げましょう」

 

「バニルさん! 私は本当にもういいんです! というかバニルさんって私の事が好きすぎてそんな態度をとっているんですか!? あっ……その……嬉しいですけど……やっぱり……もう……うふふっ……!」

 

 妙な勘違いをして不気味に笑うウィズを見ながら、バニルは思考の海に沈む。今回の事は見通す悪魔である自分にとっても奇襲と言えるものであった。しかし、発端となった事件はいつか起こるであろうと危惧していた事であるし、彼ら討伐隊の一連の動きもその理に適っている。

 しかし、目の前で薄ら笑いを続けている女は実に不気味であった。まったく持って見通せない思考に、謎の魔道具や悪魔を街に閉じ込める大規模魔法陣の作成。おまけにウィズを使って自分の本体すら魔界から引きずり出す交渉と駆け引きの手腕。

 この女のせいで、悪魔討伐は非常にうまく“いきすぎて”いる。恐らく、何処かの神の息がかかっている可能性が高い。だが、彼女は確かに人間であった。それとも、これが神の分霊という奴であろうか。なるほど、それならば“色々”と納得がいく。だが、何故こんな事を? 単に悪魔が目障りだったのか、それとも別の目的があって……

 

しかし、これは単なる推測にすぎない。物的証拠も証言も全くない。

 

うむ、これはしてやられたな……

 

 

そんな時、女の前に男が跪いた。

 

 

「ゼスタ司教、また何か?」

 

「はい、聖女様! このリッチーの裁きはもう少し待って頂けませんか?」

 

「理由を言いなさい」

 

「おおう……その私を見下す目は実にいいですな……! おっと、理由はですね……」

 

 それから、ゼスタの無駄に長い説明が始まったが要約すると、“ウィズはアクア様の友人であるから少し待ってほしい”との事だった。現在、彼らの主神であるアクアは諸事情により不在。彼女から直接意見を聞いてから裁きを行って欲しいという事であった。

話を聞いたエリス教の女は不機嫌そうな顔になったが、仕方がないとばかりに肩を落とした。そして、少しだけ羨ましそうにゼスタ達アクシズ教徒の事を眺めた。

 

「甘いですね……」

 

「アクア様を甘やかす事も我らがアクシズ教の使命です!」

 

 はっきり言い切ったゼスタを見て、女も苦笑した。ここまで、言われてしまったら彼女にある大義名分も少し薄れてしまう。それに、この悪魔公爵は色々と不確定要素が多すぎる。それならば、討伐するよりも確実な手段をとってこの悪魔を制御しようと女は考えた。

 

「悪魔公爵バニル、不死王ウィズ。私達の使命は不貞を働いていたサキュバスを討伐した時点で終わりました。あなた方が今まで秘匿されていた理由は住民やギルドからも伺っています。それに、眉唾な情報ですが魔王討伐の手助けもしたそうですね。これらの事から情状酌量の余地があります。ですが、今更になって見逃す事はできません。ですから……」

 

女は懐から2枚の紙を取り出し、バニルとウィズに渡す。

 

そして、にっこりと微笑んだ。

 

 

 

「エリス教の名のもとに、この“契約”に従いなさい」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 天界にて待機していた私は、帰還した女の表情を見て安堵した。どうやら、上手くいってくれたらしい。修道服で身を包んだ女はすぐさまそれを脱ぎ捨て、私の施術を受ける。そして、いつも通りの姿を取り戻して彼女は疲れたとばかりに床に転がった。

 

「ああっ……聖職者なんかやりたくなかったよ……」

 

「ふふっ、実に似合ってましたよクリス」

 

「いや、アンタにそんな事言われてもねぇ……」

 

 頬をポリポリかくクリスを見て私はクスクス笑った。彼女は一時的に“別人”となって聖職者として活動してもらった。それが本意ではない事を私自身把握している。しかし、これはカズマさんを手に入れるために必要な事なのだ。

 だが、クリスはとても落ち込んでいた。私は感覚共有を行って思いを共にする。そして、私自身も落ち込む事になった。

 

「ダクネスがちょっと……」

 

「ええ、分かっています。しかし、これは私にとって想定外です。彼女はいずれこちらに引き入れます。ですから、それまでは私の役にたってもらいましょう」

 

「うん……」

 

 落ち込みながらも、ほとんどの準備を終えた事を理解する。不確定要素の排除はこれで完了だ。そして、必要な使い捨ての人材も確保済み。

 

私の第三の作戦

 

これは色んな意味で後戻りができないものなのだ。だが、やるしかない。

 

 

 

「待っていてくださいカズマさん」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 アクアさんが家出をしてから一カ月半。私は紅魔の里で平穏な日々を過ごしていた。少し蟠りのあった両親との関係も修復し、子育てもいくらか楽になった。

 さよりの成長を夫のカズマさんと毎日のように発見する喜びはとてつもないものだ。そして、夫婦の営みも恥ずかしながらも、本格的に復活した。このまま二人目を作る気かというカズマさんの勢いに私はちょっぴり不安だったりする。でも、幸せな毎日である事には変わりない。うんうん……私って本当に幸せだ……!

 

「こんな幸せがずっと続くといいね……ねぇ、さより?」

 

「!?」

 

「あうっ!? 急にどうしたのさより? お腹減ったの!?」

 

 腕の中で暴れ始めたさよりを私は何とか落ち着かせる。そして、彼女の頭を撫でながらほっこりした気持ちになっていた時、お昼の鐘がなった。今日のお昼は実家で頂く予定であった。だから、約束の時間までにお昼の散歩をしよう。そう考えて、私はさよりを抱いてカズマさんのいる書斎へと向かった。

 部屋に入ると、カズマさんと秘書のあるえが忙しそうに動いていた。やっぱり遠慮すべきかと思ってゆっくり扉を閉めようとした時、私に気付いた彼がこちらに足を運んできた。

 

「どうしたゆんゆん? 何か用か?」

 

「いえ、何やら忙しそうなので少し気になったんです」

 

「ああ、ちょっと商会で面倒な事が起こってなぁ……」

 

「まったくだよ! ぶっころりーに任せたのはやっぱり失敗だったね!」

 

 少し面倒臭そうなカズマさんと興奮気味なあるえの愚痴が始まった。曰く、ぶっころりーさんとめぐみんに任せた商隊が国境で足止め。そこまではしょうがない事なのだが、その足止め中に積み荷の一部を盗まれてしまったようだ。盗まれた商品の補充するために現在カズマさん達が奔走中との事。これには私もぶっころりーさんに対して同情する。基本的に盗む方が悪いのだ。

 

「まぁ、仕方がないって事で……ってよく見たら昼じゃないか。もしかして散歩の誘いか?」

 

「ええ、でも忙しそうなので私一人で行ってきますね」

 

「しかしだなぁ……」

 

「社長! 早く終わらせないとお昼の約束に間に合わないよ!」

 

「そうですよカズマさん。仕事が終わってから、ゆっくり食事を頂きましょう?」

 

「うむむ……」

 

 結局、カズマさんは私の説得で折れた。彼もお母さんの食事が楽しみらしい。そして、私は仕事に励む彼の姿に胸が高鳴った。こういうカズマさんも実にいい。今日の夜は凄い事をしてあげようと意気込んでいると、彼が心配そう耳打ちしてきた。

 

「ゆんゆん、国境の警備が急に厳重になったのは、どうやら王都の地下牢獄から犯罪者が脱獄した事が原因らしい。お前も気をつけろよ?」

 

「もう、心配しすぎですよ。こんな田舎に犯罪者なんてきませんよ」

 

「なんでお前はまたフラグになるような発言をするんだよ! まったく……おい毛玉! ゆんゆんとさよりを頼むぞ」

 

「ガゥ!」

 

 書斎の窓際で日向ぼっこをしていたじゃりめが、カズマさんの声で飛び起きる。そして、任せろと鳴いた後、私の隣に陣取った。思わず、その真っ黒な毛並みの頭を撫でてしまう。ゴロゴロとした声をあげるじゃりめに私は笑みをこぼす。この子は本当に頼りになる子なのだ。

 

「それじゃあ行ってきますねカズマさん!」

 

「うい、行ってらっしゃい……」

 

 脱力気味に手を振るカズマさんの頬に軽いキスをした後、私は気分よく家を出た。お決まりの散歩コースは紅魔の里をぐるっと一周する単純なもの。道中話しかけてくる里の奥さん達や住人と適度に会話しつつ少しの運動と日光浴を楽しんだ。

 そして、木陰で小休止を取ってゆったりとした時間を過ごした。気持ちいい風を受けながら、さよりの体温とじゃりめの毛並みをモフるのは本当に幸せだと言える。

 

「これでカズマさんがいれば完璧でしたね……」

 

 そんな馬鹿な独り言を言いつつ、私は立ち上がる。そろそろお昼の約束の時間だからだ。服についた草や少しの砂を払い落とし、実家へ行こうと歩き出した時、私の前に困った顔を浮かべた女性が現れた。彼女はエリス教の修道服に身を包み、ベールからのぞく髪は赤色であった。おまけに首からは巡礼者の証をつけている。それだけで、最近増えた里外の観光客だと私は察した。そして、私の姿を見つけた彼女は助かったとばかりに駆け寄ってきた。

 

「あの……すみませんがちょっと手を貸して頂けないでしょうか……?」

 

「私にできる事なら……」

 

「ガルル!」

 

「ひゃぁ!?」

 

 突然、じゃりめが女性に唸り声を上げた。女性は尻餅をついて目を白黒させている。私はというと、普段は大人しいじゃりめの変化に驚いた。こんな態度を取るのはエリス様やクリス、明確に私に危害を加えようとする人間に対してだけだ。

 だが、じゃりめはエリス様だけでなく盗賊衣装や修道服の女性にも苦手意識を持っている事は私も把握している。どうやら、彼女の巡礼服に過剰反応をしてしまったようだ。

 私は宥めようと頭を撫でるが、じゃりめは私の服の裾をに噛み付いて引っ張ってくる。その光景を見て、女性はガクガクと震えていた。私はしょうがなく奥の手を使う事にした。

 

「じゃりめ! ハウス!」

 

「ガウ!? ガ――」

 

 じゃりめは私の影の中に沈んでいった。これでよしと手を叩いた後、私は女性を助け起こして優しく微笑みかけた。

 

「すいませんね。ウチの子が驚かせちゃいまして……困っている事があるならお聞きしますよ?」

 

「え……!? ああ……ありがとうございます! その、本当に少し困った事が起きちゃいまして……!」

 

 それから、私は巡礼者の女性の話を聞きながら移動を開始した。なんでも、彼氏と二人の旅行で紅魔の里に来たのだが、里の入り口付近で小さなモンスターに荷物を奪われてしまったらしい。夫はそのモンスターを追いかけ荷物を取り返したのはいいものの、手傷を負ってモンスターの毒で軽度のマヒも発症してしまったそうだ。

 彼女は魔道具店の場所を聞いてきたのだが、私は直接助けようと申し出た。幸い、治癒ポーションはいくつか持ち歩いている。

 

 彼女は私に感謝の言葉を述べた後、やっぱり紅魔族がとても親切だという噂は本当だったのですねと微笑んだ。私は笑顔の彼女に苦笑を返す。

 というのも、紅魔の里にあるアクシズ教会とエリス教会はとても豪華であり、尚且つ女神達が自ら建立したものだ。おまけに常に地上にいるアクアさんと、毎日のように降臨するエリス様のおかげで紅魔の里はアクシズ教、エリス教、両方の聖地に認定されていた。

 無論、巡礼者という名の観光客は大幅に増えた。お金を落としていく巡礼者には優しくしろというのはすでに里の掟になっていたりするのだ。

 しばらく歩き続けた後、巡礼者の女性の案内で魔獣の蔓延る森へ侵入する。少し危険かと考えたが、5分程で件の男性が木陰で倒れている姿が見えた。慌てて駆け寄る女性の後に、私も続いた。

 

「あなた大丈夫!?」

 

「ああ、大丈夫だよ。それより解毒ポーションは……?」

 

「それは……お願いしますゆんゆんさん……」

 

「任せてください! あっ、少しさよりの事をお願いできますか?」

 

「もちろんです! ふふっ……可愛い……!」

 

 巡礼者の女性にさよりを預け、私は男性の様態を確認する。どうやら本当に軽度の麻痺らしく、治癒ポーションを口に含ませるとすぐに回復した。自分の体をチェックするように動かしながら男性は私に感謝の言葉を述べる。そんな男性に謙遜しつつも、内心は嬉しかった。やっぱり、人に感謝されるというのはいいものだと思う。

 

「すいません! なんとお礼を申し上げてよいやら……」

 

「いえいえ、その感謝の言葉だけで十分ですから」

 

「ああ、本当にありがとうございます奥さん!」

 

「あっ……ふふっ……そんにゃ……」

 

 思わず口がもにょもにょしてしまう。他人に“奥さん”と呼ばれるのは少し嬉しい事だったりする。なんだか、カズマさんの妻になった事を実感できる言葉なのだ。そんな私を見て、男性は少し興味深そうな目つきになった。視線の先は私の左手……指輪があった。

 

「指輪が気になるんですか?」

 

「え? ああ、そうなんですよ! 私も結婚を考える時期でしてね……」

 

 男性の言葉と、若干顔を赤くする彼女を見て納得する。つまりはそういう事なのだろう。なんだか、見ていて微笑ましい。

 

「高そうですねその指輪」

 

「えっ……」

 

 男性の言った一言に少しムッとする。この人は少しデリカシーがない人のようだ。適当に苦笑いを返しつつ、そろそろ別れを告げようとした時、男性が私の左手を掴んできた。流石に腹が立った私は男性の手を強く振り払った。

 

「もう、急に……あれ……?」

 

 私を突如として違和感が襲う。それを確認するために私自分の左腕を見た。別にいつもと変わらない自慢の白い肌だ。でも――“手首から先が綺麗に無くなっていた”

 

 

「えっ……うぅ? あっ……ああああああああああああっ!?」

 

 

 

 遅れたようにやってくる激痛を受けて、私はのたうち回る。意味が分からない。どうしてこうなった? 急に何故……いたい……痛い痛い痛い! なんでこんな……痛い……なんで……!? 私の手は……どうして……どこに……! 

 

「うし、手とバックも持っていけ立派な戦利品だ」

 

「はいよ。あんたも遊ばずに早く来なさいよ? 私はさっさと逃げたいの……だから……ほいっ!」

 

「ああっ!? 何しやがるクソアマ!」

 

 地面に崩れ落ちていた私に何かの液体が振りかけられる。その瞬間、体の節々が痛くなったどうやら何かの毒液のようだ。手首の痛みと出血による視覚的ショックに毒の痛みが加わり、私は声にならない悲鳴を上げながら地面にのたうち回る。

 そんな時、私のお腹にドスンという鈍い衝撃が加えられる。どうやら蹴り飛ばされたらしい。他人事のように自分の状態を確認しつつ、私はこの事態の原因となった人物を見上げる。修道服に身を包んだ男性は下卑た笑いを浮かべながら、両手にダガーを持っていた。

 

「奥さん、犯されながら死ぬのと切り刻まれながら死ぬの、どっちが好み?」

 

「なんでこんな事を……!」

 

「口答えはするな」

 

「あうっ……!?」

 

 太ももに、ダガーが突き立てられた。その痛みでまた悲鳴を上げてしまうが、蹴り飛ばされる事で無理矢理黙らされる。そして、地面に横たわる私に馬乗りになってきた。気持ち悪いってものじゃない……今まで受けた苦痛……それが霞むほど気持ち悪くて痛くて苦しかった。

 

「答えがないなら犯す事に決定だ奥さん! いやー娑婆に出てこんな上玉とヤレるなんてな!」

 

「この……!」

 

 

その男の言葉で私は理解した。こんな屑野郎は早く死ぬべきだと。

 

 

「さーて、それじゃあそのデカいおっぱいを……」

 

「じゃりめ!」

 

「ん? 何が……がああああああああああっ!?」

 

 私の言葉と共に、陰から漆黒の獣が飛び出した。じゃりめはすぐさま男の首筋に噛み付き、一気に食い千切る。私よりも無様な悲鳴と血しぶきを上げながら、男は地面に崩れ落ちた。仕事を終えたじゃりめは、私に心配そうにすり寄ってくる。少し安心した気持ちになったが、そんなものはすぐさま消えた。

 

 

「さよりは……?」

 

 

 気付いた。さよりがいない。なぜ……? そういえば、あの女性に預けたままだ。女性は……!

 その瞬間、先ほどレイプされそうになった時の恐怖と痛みを超える苦痛と不安に襲われた。さよりが……さよりが攫われた!

 

「じゃりめ! あの女を追って!」

 

「ガウ……」

 

「私はいいから早く! お願い! さよりを助けてじゃりめ!」

 

「……!」

 

 じゃりめは森の奥へと駆け出した。その姿を見て私は少し安心する。でも、さよりへの心配はその程度では無くならない。死にそうになるほどの不安で私は……

 

「あう……?」

 

 地面に血だまりが出来ていた。当然だ。今も手首からは溢れるように出血しているからだ。冗談ではなく、このままだと死んでしまう。しかし、治療する手段がない。治癒ポーションが入ったカバンは盗られてしまった。

 私は出せる限りの大声で助けを求めたが、一向に人が来る気配はない。だから、私は腰に付けていた短杖を取り出してテレポートの魔法を詠唱する。しかし、何故かテレポートの魔法は不発に終わる。試しにクリエイト・ウォーターを唱えてみたが、問題なく発動した。どうやら、この辺りはテレポート阻害が施された場所らしい。

 

「なるほど……全部……全部罠だったんですね……」

 

 自分に呆れる。私はあの男女の狩場に誘い込まれ、あっけなく全てを奪われた。注意力が足りないなんてものじゃない。やっぱり、私はカズマさんがいないとドジで屑で間抜けなぼっちなんだ。ふふっ、ここまま……このままだと私は死ぬ……?

 

「し、死にたくない!」

 

 当り前だ。死にたくない。まだ幸せを掴んだばっかりなのだ。こんな所で……カズマさんとさよりを残して死にたくなんかない!

 何とか這って自力で体を動かそうとするが、ナメクジ程度のゆっくりした動きしかできない。助けが得られないというなら、自力で治療するしかない。私は急いで現状を確認すると、すぐさま対処すべき箇所を見つける。

 それは出血を続ける手首だ。このままだと出血多量で死ぬ可能性がある。私は急いで袖をまくりあげ、手首に向かって魔法を唱えた。

 

「“ファイアボール”……がっ!? ぐうううううっ!」

 

 腕が炎に焼かれる痛みを私は袖を噛んで耐える。自分の肉が焼け、血が焦げる不快な匂いに吐きそうになりながらも私は耐えた。

 そして、処置が終わった自分の腕を見る。そこには無残に焼けただれた左腕があった。肝心の手首は大量の出血はないものの、にじみ出るように出血は続いていた。どうやら火力が足りなかったらしい。付け焼刃の知識でこんな事をするんじゃなかったと少し後悔した。

 そして、今更になって体に走る鈍痛のような痛みの危険性を知る。これはさっき女にぶっかけられた毒だ。幸いにも致死性ではなく、ジワジワと生命を削り取る毒であり、私の高レベルな肉体と耐性が毒をかなり軽度に抑えてくれているようだ。しかし、このままだと着実に体を蝕み、出血と合わさって自分は死んでしまうだろう。

 

「もう、死んでもいいかな……」

 

 思わず、そんな言葉が口から出てしまった。アクアさんとエリス様はいないが、蘇生が使える高位プリーストの居場所をカズマさんが知っているらしい。恐らく、2時間も経過したら、不審に思ったカズマさんと里の住人が捜索をしてくれるだろう。その時に死体を見つけて貰えばいい。私はなんだか寒くてたまらない体を抱きしめながら、そう思った。

 

 

『―――――!』

 

 

 それほど遠くない場所で、獣の遠吠えが聞こえた。そして近くの茂みがガサガサと揺れ、何処かから狼か犬の鳴き声と、ハァハァという獣の息遣いが聞こえてきた。

 

 

「死にたくない……死にたくない死にたくない死にたくない!」

 

 

 死体が“無くなった”ら蘇生出来なくなってしまう。私はまだ死にたくない! 幸せだって足りないし、さよりの無事を確認できなければ死んでも死にきれない! こんな所で……こんな理不尽な死を受け入られるはずがない!

 

「死にたくない……!」

 

だから私は――

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくした後、私は自力で立ち上がった。そして、自分の足に突き刺さったままのダガーを引き抜き、草むらに投げ捨てる。滲むような出血はあったが、それはすぐに止まった。左手に目を向けると、そこは相変わらず焼けただれているが出血は完全に止まっている。そんな自分の状態を確認した後、私は近くに転がる男に近づいた。

 男はじゃりめに首筋を食い千切られ、血だまりに沈んでいた。肉片と血にまみれた男の姿に私はざまあみろという感情しか浮かんでこない。

 

「ねぇ、さよりをどこへやったの?」

 

 私の質問に反応はもちろんない。試しに男を強く蹴とばしてみたが、ピクリとも反応しない。どうやら死んでしまったらしい。でも、まだ使い道はある。死んでいるなら、このクズに道案内してもらえばいい。短杖を取り出し、私は覚えたばっかりの呪文を詠唱した。

 

 

 

 

 

「“カースド・ネクロマンシー”」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「遅すぎる!」

 

「過保護だね~社長~」

 

「いや、もう約束の時間になっているんだぞ!」

 

「どうせ、その辺の奥様方と話してるんじゃないかい?」

 

 呆れたようにこちらを見るあるえに、俺は少しイラつく。ゆんゆんはこういう約束はきっちり守るタイプだ。仕方なく遅刻する場合は、相応の事態に巻き込まれている可能性が高いのだ。

 

「社長、もしかしたらここじゃなくて直接実家に行ってるかもよ」

 

「ああ、その可能性もあるか。どうする、お前も食っていくか?」

 

「いいのかい?」

 

「ああ、めぐみんが毎度のように突撃しくるからお義母さんが毎回余分に作っているんだよ。お前なら歓迎してくれるさ」

 

「むむっ、少し行きたくなくなったけど、今回はお言葉に甘えるよ。ゆんゆんのお家のご飯は豪華で美味しいんだよね」

 

 笑いながらそんな事を言うあるえにチョップをしつつ、俺は彼女を連れて族長の家へと向かった。そこに、ゆんゆんの姿はなく、どうやら本当に遅刻している事を悟った。そして、予定時刻から30分経過した時、流石におかしいと俺はゆんゆんを探す準備をし始めた。

 そんな時、俺とあるえ、ゆんゆんの家族が待つリビングに、一つの人影が音もなく現れた。人影がゆんゆんである事に俺は一先ず安堵したが、その姿を見て驚愕する。

 服は大量の血と泥で汚れ、左手は痛々しい火傷の跡が広がっていた。何より、左手の手首の先がない。慌てて俺とお義父さんがゆんゆんの元へ駆けつけるが、彼女は力なく俺の方を見た後、ギュと抱き着いてきた。

 

「カズマさん……カズマさんカズマさんカズマさん!」

 

「おい、ゆんゆん! 一体何があった!?」

 

「ひっ……うっ……カズマさん……」

 

 ぐずるように抱き着いてくるゆんゆんを俺は引き剝がす。彼女は絶望したような表情を浮かべて涙を流し始めたが、頭を撫でてやると少しだけ落ち着いた様子を見せた。そんなゆんゆんに、俺は聞かねばならない事を質問した。

 

「さよりはどうした?」

 

「さより……?」

 

「そうだ。一緒にいただろう?」

 

「さより……さよりは……うっ……あああああああああああああっ!」

 

「おい!? 落ち着け、落ち着けゆんゆん!」

 

 急に狂ったように暴れ出すゆんゆんを俺達は必死に抑え込む。そして、俺はなんだか非常にマズイ事態が起こっている事を把握した。近くで怯えるようにこちらを見ていたあるえを引き寄せ、家にある武器と道具を取ってくるように命じる。慌てて家を飛び出した彼女を見届け、俺はゆんゆんに向き直った。

 

「ゆんゆん、暴れてる場合じゃねぇ! はっきり言え! さよりはどうした!?」

 

「ひぃ!? いやっ……うっ……あぅ……その……」

 

「すまないゆんゆん。これもさよりのためなんだ。だから教えてくれ。さよりはどうした?」

 

錯乱状態にあるゆんゆんは俺の顔を見て、おろおろした表情を浮かべていたが、しばらく俺の顔をじっと見つめた後、俯きながら小さく呟いた。

 

「カズマさん、さよりが攫われました……」

 

「……!? それは本当か?」

 

「本当です。私も殺されかけて……でも……さよりが……さよりが……!」

 

 再び暴れ出すゆんゆんを抱きしめながら、俺はお義父さん達に目配せする。彼らも無言で頷き、武装や外出の準備を始めた。

 そんな中、あるえが俺の刀と冒険者カバンを持って帰還した。しかし、その顔には焦りと恐怖、不安に満ちていた。それだけで察してしまう。どうやら、もっと面倒臭い事が起こってしまったらしい。

 

「社長! 外に……家の外にエリス教徒とテンプル騎士団の連中が集まってるよ!」

 

「はぁ!? なんでだよ!?」

 

「知らないし、こっちが知りたいよ! でも、この家の住人は全員出ろだってさ! 指示に従わないと家に火を放つって……!」

 

「ああもう、こんな時に……!」

 

 何の思惑があるか知らないが、指示に従わなければ余計面倒な事になるのは確かだ。家を出るあるえ達に続いて俺も出ようとしたのだが、ゆんゆんは動こうとはしなかった。当然と言えば当然だ。

 

「ゆんゆん、辛いだろうがここは一旦出るぞ」

 

「…………」

 

「ゆんゆん?」

 

「なんでもないです……」

 

彼女は俺に抱き着く力を強めた。

 

 

 そして、俺達は家の外に出る。そこにはあるえの言った通り、エリス教のプリーストとテンプル騎士団が包囲陣を築いていた。その異様な光景に俺も少したじろいだ。

 テンプル騎士団は聖地となった紅魔の里を守護するために派遣されたエリス教のエリート達だ。普段は街道警備や巡礼者の保護、アクシズ教徒とエリス教徒の諍いを仲裁する頼れる連中であるし、無骨なフルプレートの中身は割と気さくな連中である事を俺は知っている。そんな奴らが、無言で俺達を取り囲んでいるという事に嫌な気持ちになった。

 訝し気な俺達の視線を受けて、一人の女性が包囲網から現れた。彼女の事は俺も見知っている。慈悲深くて貧乳なこの司祭は、確か教会の責任者だったはずだ。そんな彼女が、俺達の事を敵意に満ちた視線で見つめてきた。

 

「なぁ、司祭さん。これはどういう状況なんだ? 今はとっても忙しいんだ。大した用事じゃないなら蹴り飛ばすぞ!」

 

「そう怒らないください。私達はこのアンデッドについて少しお聞きしたいんです」

 

「アンデッド?」

 

 俺の疑問を無視して司祭は手を軽く叩いた。そうすると、包囲の中から鎖でゾンビを捕縛したテンプルナイトが現れる。ゾンビは喉元を食い千切られ、悲惨な姿になっていた。それを見て、ゆんゆんが俺を抱きしめる力を強くした。

 

「このゾンビは驚くべき事に村の中央で発見されました。侵入を許したのは私達の不手際ですが、不思議な事にこのゾンビは村人や私達に襲ってくるような事はなく、族長の家の前で体を揺らすだけだったのです。これが何を意味するか、あなたは分かりますか?」

 

「知るか!」

 

「なら教えてあげましょう。人を襲わないのはこのゾンビは自然発生ではなく誰かに作られた可能性が高い事。そして、この作ったゾンビを使役する存在が家の中にいる可能性がある。少し、邪推が入っているとはいえ、そう思うのは当然です」

 

「知るかって言ってんだよ!」

 

 俺はゾンビの首を刀で切り飛ばした。面白いように飛んで行った生首は一人のエリス教徒の服を盛大に汚した。その光景を見て、ゆんゆんは震えながら俺の背に身を隠す。そんな彼女の様子を司祭はジっと見守っていた。そして、小さな小瓶をこちらに差し出した。

 

「すみませんが、あなた方の家族全員にこの聖水に触れて頂けないでしょうか? もしかしたら、あなた達に化け物が潜んでいる可能性が高いのです。何も反応がなければ素直に非礼を詫び、相応の誠意は見せましょう。ですので、何卒お願いします」

 

「断る」

 

「何故ですか?」

 

「嫌だからだ」

 

 俺の言葉を聞いて、司祭は呆れたように溜息を吐いた。そして、突然小瓶の中身を俺達にぶっかけた。聖水であるため、俺は単に濡れて不快になるだけであった。しかし、ゆんゆんはそうはいかなかったようだ。

 

「あっ……カズマさん……違うんですこれは……いや……あう……」

 

 ゆんゆんに触れた聖水は、ジュっという音と共に煙になって消えた。その光景を見て司祭は表情を険しくし、テンプル騎士団の連中にも動揺が走った。

 肝心の俺はというと、諦観の境地にあった。ゆんゆんは俺の愛する嫁さんだ。ずっと彼女と過ごしてきた俺だからこそ、この違和感に気付いていた。抱き着かれた時、頭を撫でた時、ギュっと彼女を抱きしめた時、その違和感は俺を苦しめた。ゆんゆんが隣にいる時、一緒に喋っている時、愛を育む時……どんな時でも彼女はとても“暖かかった”。

 

 

でも、今のゆんゆんには暖かさがない。

 

 

 俺は確かめるようにゆんゆんをギュっと抱きしめてみる。彼女も負けじと抱きしめ返してくれたが、やはりダメであった。冷たい……まるで死人のように冷たい! 

 

「あの聖水を無効化するとは……やはり不死王リッチー! 総員、攻撃開始!」

 

 なだれ込むように殺到するエリス教徒とテンプル騎士団達に、様々な魔法の嵐が炸裂する。ゆんゆんの家族……そして姿を消す魔法で続々と集まっていた里の住人が反撃を開始したのだ。

 魔法が炸裂する轟音に騎士達の怒声、敵味方から聞こえる悲鳴によって、穏やかだった紅魔の里は苛烈な戦場となってしまった。

 そして、この戦いはすぐさま乱戦となった事で防御と回復、近接戦闘に秀でたエリス教徒が優勢になっていた。このままここで過ごしていたら滅ぼされるのは確実だ。

 

「ゆんゆん、逃げるぞ」

 

「さよりは……お父さん達は……?」

 

「安心しろ。さよりも見つかるし、お義父さん達も大丈夫だ。だから一旦逃げるぞ。いいな?」

 

「…………」

 

 ゆんゆんはコクリと頷いて俺にしがみつく。そんな俺達の前に、紅魔族の反撃を切り抜けた司祭が現れた。彼女は物騒な十字槍を俺に向けてくる。本当に、勘弁して欲しい。俺も刀を引き抜き、彼女の攻撃に備えた時、突然、司祭が黒い影にふっ飛ばされた。その黒い影を見て俺は小さく溜息を吐いた。

 

「ガルルッ!」

 

「毛玉……」

 

「ひっ……あっ……なんで……なんでなのじゃりめ! だめよ……そんな……怒らないで……あなたに責任はないの…十分頑張ったでしょう……! だから自分を責めないで……自分に怒らないでよう……!」

 

 錯乱しだしたゆんゆんを、毛玉はじっと見つめていた。俺は毛玉とのリンクが切れている事に再び溜息を吐く。そして、奴の様子を観察した。黒い毛並みには何本のもダガーやボルトが突き立ち、裂かれた腹からは臓物がこぼれ出ている。どう見ても致命傷だ。恐らく死んだ事で魔獣契約が切れたのだろう。しかし、魔獣契約が切れても毛玉の意志は何となく分かった。

 再び現れたテンプルナイト達に跳びかかる毛玉を見届けながら、俺は地面に崩れ落ちていたゆんゆんを抱き起した。

 

「逃げるぞ」

 

「いやっ……さよりが……じゃりめが……!」

 

「“テレポート”」

 

 

 

 

 周囲の光景が苛烈な戦場から切り替わり、俺にとっては馴染み深い場所になった。今だ錯乱状態のゆんゆんと、彼女をあやす俺を見て目の前にいた門番たちが駆けつけてきた。

 

「サトウカズマ殿ですね……?」

 

「そうだ。少し急用でな。悪いが勝手に入らせて貰う。ダクネスにはいつもの離れに来てくれと伝えてくれ」

 

「分かりました」

 

 目の前の豪邸……ダスティネス家の門を勝手にくぐった俺は、錯乱状態のゆんゆんを引きずるようにしながら屋敷の離れへと急いだ。そして、扉を合鍵で開けて寝室のベッドに彼女を横たえる。ゆんゆんは焦点の定まらない目をしながら何かをぶつぶつ呟き続けている。俺はそんな彼女を抱きしめながら頭を撫でてやった。

 

「カズマ……さん……?」

 

「ああ、落ち着いたか?」

 

「はい……その……うぅ……ああっ……!」

 

「まだみたいだな。いいか、よく聞けゆんゆん。お前も色々あって疲れただろう? とりあえず今は眠るんだ」

 

「うぅ……カズマさん……」

 

「大丈夫だ。眠るまではずっと一緒にいてやるから」

 

 そのまま、俺はゆんゆんを抱きしめ続けた。すると、数分もしないうちに寝息をたて始めた。やっぱり、心身共に疲れていたのだろう。しっかりと布団をかけてやり、俺は部屋を出た。そして、離れのリビングのテーブルにはすでにダクネスが席についていた。彼女は俺の姿を見つけると、嬉しそうに……本当に嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「カズマ! 二週間ぶりだな! 次に会えるのは一か月後だと思っていたのだが……もしかして私に会いに来てくれたのか?」

 

「そうだ……と言いたい所だが違う。少し厄介な事態になってな。お前の力を貸して欲しい。それと、この離れに俺とゆんゆんをしばらく泊めてくれないか?」

 

「ゆんゆん……? とりあえずその厄介な事態とやらを話せ。私もお前に伝えねばならない事があるからな」

 

 満面の笑みだったダクネスが、無表情に切り替わる。そんな彼女と共に席につき、俺は現状を彼女に伝えた。諸事情によってゆんゆんがリッチーになった事、さよりが何者かに誘拐された事、アクアもエリス様も不在で頼れる存在がいない事……

 俺の話を聞いたダクネスは難しい顔をして押し黙った。俺だって、こんな話を真に受けたくない。でも、ゆんゆんのリッチー化はもう否定できない事だ。

 

「ダクネス、すまんがウィズとバニルに連絡をつけてくれないか? お前以外じゃ、あいつらくらいしか頼りにできないんだ」

 

「ウィズか……悪いがそれはできない……」

 

「はぁ!? なんでだよ!」

 

「私がお前に伝えたい事はそれだ。ウィズとバニルは討伐されたんだ」

 

 ダクネスが言った事が理解できなかった。あの二人が討伐された? 反則級のチート野郎たちが誰かに負ける姿が思い浮かばない。しかし、沈鬱な表情を浮かべるダクネスを見て嫌でも理解させられる。あの二人は本当に討伐されたのだろうと。

 

「始まりはサキュバスの討伐が目的だったんだ……」

 

 ダクネスは沈鬱そうな顔のまま語り出した。事の始まりは一人の冒険者だったらしい。アクセルの街でそこそこ経験を積んだ彼は、いよいよ街を離れる決心をした。その時、彼はエリス教会にて自分の罪を告白したそうだ。悪魔の誘惑に負けて姦淫にふけってしまったと……

 当初はホラ話だろうと信じなかったエリス教だが、その冒険者が何者かにリンチを受けた事で一斉に調査に乗り出した。そうすると、観念したように同じ罪を告白した神官職の冒険者が多数出たらしい。

 

「サキュバスの事をバラしたのか。この街の男性冒険者にとってそいつらは裏切り者だな」

 

「そう言ってやるなカズマ。賢いお前ならこうなる可能性はあると理解していたんじゃないか?」

 

「それは……そうだがなぁ……」

 

 内心納得は行かないが、理解はできる。あの施設を使う事に対して、俺ですら抱いた感情がある。それは罪悪感だ。俺は仲間の笑顔の裏で風俗に通うような事に罪悪感を覚え、悪い事をしているのではと思った事がある。俺の場合はそんな罪悪感を振り切り、完全に開き直る事ができたが、それができない奴がいてもおかしくない。

 

 人類の敵である悪魔の誘惑に負けて悪魔を見逃す。俺のような無宗教な奴や、気持ちがよければいいと思っている奴らにとっては何て事はないが、頭の固い神官職や真面目な冒険者はその罪悪感に悩んだ事だろう

 

 しかし、サキュバスのサービスは男にとって魅力的すぎる。そのままズルズルと性欲に負け続けてしまう自分に対して罪悪感をより抱いてしまう事は間違いない。それに耐えきれず、罪を告白してしまう冒険者がいてもおかしくはないのだ。

 今まで、秘密をバラしそうになる奴にはリンチが行われたり、出所不明の忘却の薬を飲ませた事がある……という噂を聞いた事がある。今回はそれが裏目に出てしまったようだ。

 そして、サキュバスの討伐の過程でバニルやウィズの情報もバレて大規模な討伐へと発展。とあるエリス教の女性の尽力もあり、各地から高位神官が招集され、アクシズ教も協力するという異例の事態になったそうだ。おまけに、漁夫の利を得ようとするならず者や、怪しい魔法使いの一団も集まって街は大騒ぎに。

 ダクネスはというと、討伐対象にウィズが加わった時点で、バニル達に逃げるように警告を行ったそうだ。しかし、サキュバスのために集まっていた男性冒険者達に捕まってエリス教に対する人質に取られてしまったらしい。

 

「事態が終結したのは昨日だ。お前に連絡を出来なかったのはすまないと思っている……」

 

「いや、仕方ないだろ。とりあえず、お前が無事なら俺は安心だ」

 

「私が無事……? ああ、そうだな……」

 

「もしかして何かされたのか?」

 

「別に何もされてはいないさ」

 

 こちらを見ながら無表情で答えたダクネスを俺は見つめ返す。恐らく嘘だ。でも、今は彼女の好意を受け取ろう。そして、ダクネスが何かして欲しいというのなら、できる限りやってやろう。そう、心に決めた。

 それから、ダクネスに滞在の許可を取り今後の予定を話し合う。お互いに沈鬱な表情であったが、とりあえずの目標はたてられた。それは、さよりを探しつつエリス様の帰還を待つ。これ以外に出来る事は、今は何も思い浮かばなかった。

 

 そして、俺はダクネスに別れを告げてゆんゆんの様子を見るために部屋を出る。そんな俺の服の裾を彼女は無言で引っ張ってきた。何か用かとダクネスに向き直ると、彼女は不安気で泣きそうになっている表情で俺を見つめてきた。

 

「なぁ、カズマ。私にキスをしてくれないか? お願いだ……それだけで私は救われるんだ……」

 

「分かったよ。理由は聞かないでおいてやる」

 

「あっ……カズマ……んっ……」

 

 顔を寄せてくるダクネスの唇を俺は優しく受け止める。彼女は嬉しそうに啄むようなキスをした後、苦笑しながら顔を離した。そんな彼女に俺は何を言っていいか分からなかった。

 

「ありがとう、カズマ……」

 

「ああ……」

 

 ダクネスの感謝の言葉に俺はぶっきらぼうに答える。何だか、ゆんゆんに対して物凄い罪悪感を得た。しかし、ダクネスの事も放っておけない。そんな考えの自分に対して、俺は無性にムカついた。そして、彼女から逃げるように寝室へと急いだ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 一人リビングに残されたダクネスは震える体を抱きしめて何とか気分を落ち着かせていた。そして、言い聞かせるように何度も呟いた

 

「大丈夫……大丈夫だ……私は穢れてない……」

 

 震える手で、そっと唇を撫でる。カズマの感触が残るその部分に、彼女は安心と寂しさを感じた。しかし、彼が私にキスをしてくれた事実は変わらない。嬉しい……本当に嬉しかった。

 

「穢れてない……カズマだってそう思ってくれるはずだ……」

 

 一人でリビングのソファーに座り込む。そして、今まで嬉しかった事をいっぱい思い出した。この離れは、一か月に一度訪れるカズマのために作った特別な場所だ。離れ離れであったけど、月に一度は二人っきりで楽しく過ごしたものだ。そこに彼が住んでくれるというのなら、嬉しいに決まってる。嬉しい……嬉しい……?

 

「…………」

 

思わず拳を握りしめてしまった。

 

そうか、あの女がいたか。

 

まぁ、いい。それでもカズマがここにいてくれるという事実は変わらない。私は再び震え始める体を抱きしめた。

 

 

 

「大丈夫だ……私は穢れていない……あの“腐った女”よりかは穢れてない……!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 俺はダクネスに別れを告げて寝室へと入る。そこには、左腕をガリガリと引っ掻いているゆんゆんの姿があった。俺がベッドに近づくと、ゆんゆんが何をしていたか嫌でも分かってしまった。白いシーツには血潮が広がり、その上には皮と肉片が散らばっている。少しだけ覚えてしまった嘔吐感を首をふって消し飛ばした。

 

「ゆんゆん、何をやっているんだ……?」

 

「あ、カズマさん。ちょっと腕が治らなくて……」

 

 そう言いながら、彼女は腕を引っ掻き続けた。焼けただれてケロイド状になった肌を彼女は爪で肉片と血をまき散らしながらこそぎ落とす。しかし、数秒後にはジワジワと焼けただれた肌が復活していった。それをゆんゆんは再びガリガリと削り始めた。

 

「ふふっ……失敗しちゃったのかな……リッチーなのにこんな傷が治らないなんて……」

 

「ゆんゆん……」

 

「ごめんなさいカズマさん……こんな私……醜いですよね……」

 

「そんなわけないだろう!」

 

俺は思いっきり彼女を抱きしめた。ゆんゆんはきょとんとした表情を浮かべた後、嬉しそうにギュッと抱きしめ返してきてくれた。

 

「ゆんゆん、お前は醜くなんかないさ。今でも俺の可愛い嫁さんだ」

 

「でも……私……リッチーですよ……?」

 

「構わねぇよ。お前はお前だ」

 

「私のせいでさよりが……」

 

「それも大丈夫だ。俺が絶対に見つけてやる。言っただろう? 家族皆で幸せになるってな!」

 

 ゆんゆんは俺の言葉を聞いて、涙を流しながら微笑んだ。そう、まだ何も終わってはいない。さよりを取り返し、家族の幸せだって掴んでやる。そう決心した。

 

 

 その後、俺はゆんゆんを再び寝かせた後、一人で部屋を出た。向かうはこの離れのバルコニーだ。そこで、思いっきり息を吐き、外の空気を体に取り入れる。そして、ここから見える綺麗な庭園を見ながら一息ついた。

 

「頑張らねぇとな……」

 

 そう呟いて、大きく息を吐いた。今何が起こっているのかよく分からない。ゆんゆんが何故リッチーになったのか、何故さよりが誘拐されたのか、分からない事が多すぎる。そして、余りにも突然すぎて、正直言って実感がない。もしかして、これは全部夢だったりしないだろうか。俺は思いっきり頬を引っ張てみたが、やはりというか痛かった。そして、今更ながらアイツの言葉を理解した。

 

「アクア……確かに俺にはお前が必要かもな……」

 

 アクアと一緒なら、こんな事態も笑いながら解決できた気がする。しかし、アイツはいない。もう少し、優しくしてやればよかった。思い返せばアイツの“存在”自体に助けられてきた事は一度ではすまないのだ。

 そして、もう一人の女神様の事も俺の頭に浮かんでいた。彼女の笑顔と時節見せるお茶目な一面に心身共に助けられたものだ。冗談ではなく、ずっと俺を見守り、助けてくれた彼女もいない

 

「助けてくださいエリス様……」

 

 もちろん、反応はなかった。そして、こんな弱音を吐いている自分に苦笑する。彼女達がいないというなら、俺自身でやってやるしかない。

 

 

“大丈夫ですよカズマさん。あなたには私がついていますから”

 

 

 

そんな優しい女神様の言葉が脳内に響いた気がする。なんだか、元気付けられた。彼女達は存在しなくとも、俺の事を助けてくれている。そんな気がした。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 私はカズマさんが部屋を出ていくのをベッドに横になりながら見送った。そして、決意に満ちた彼に対して、私はどうしようもない罪悪感を覚えた。私は現実を受け入れたくなくて……カズマさんをこれ以上悲しませたくなくて……だからつい……

 

「さより……」

 

 愛した子供がいない。これから平穏で楽しく幸せな日々を過ごすつもりだった。でも、さよりは……私の子供は……!

 

「ひぃ……あう……うう……カズマさんカズマさん……」

 

 カズマさんの温もりが欲しい。この体は寒くてたまらない。それに怖くて悲しくて不安で仕方なかった。早く帰って来て欲しい。彼は何処にいったのだろうか? もしかして醜悪な私の姿を見て嫌気がさしたのか……いやそんなはずはない。彼は私に約束してくれた。幸せにしてくれるって……

 

「カズマさん……」

 

それでも、寂しい事には変わりない。もうどこにも行かないで欲しい。私の事をギュっと抱きしめて安心させて欲しい。

 

ずっと一緒にいて欲しい。

 

大丈夫だ。カズマさんは私の夫だ。私を一番愛している。見捨てたりなんか絶対しない。私に残る彼の体温を確かめるように体を丸くする。

 

そして、自然と左手に手を這わせて……今更ながら気付いた。

 

 

 

 

「私の指輪……」

 

 

 

 

 

 

 





旅の聖女様
サキュバス討伐隊結成時にふらりと現れた旅の神官。アクシズ教の協力を取り付けたり、悪魔を街に閉じ込める大規模魔法陣の作成をしてエリス教に貢献。自らも出所不明の魔道具を駆使して悪魔と戦った。一体何者なんだ……?

聖女の拳銃
超凄い拳銃……のレプリカらしい。
とあるエリス教徒が、どこでそんなものを手に入れたのかと聞いたら「通販で買った」というお言葉が返ってきた。
13発の銀の弾丸のおまけ付き



次回はエリス降臨編

もうここまできたら自己責任で


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内緒

結構長いです
後、誤字報告ありがとうございます!


 

 

 

 

「うっし、じゃあ行ってくるなゆんゆん」

 

「ええ、行ってらっしゃいカズマさん」

 

「おう」

 

 右手で軽く手を振る私を、カズマさんは軽く抱きしめてくれた。そして、私の背中をポンポンと叩いてから離れの玄関の外へ消えた。あの騒動の結末と情報を求めて、カズマさんは紅魔の里へと向かうのだ。

 もちろん私も行きたかった。お父さん達の無事を確かめたかったし、事情だって直接話したかった。でも、私が行った所で余計に話が拗れる事は目に見えている。それに私のせいでお父さん達をまた危険な目に遭わせるのはごめんだ。

 また、今のカズマさんに私のような邪魔者を意識して欲しくない。何より、私は彼にとてつもない負い目がある。何故なら……

 

「ひぅ……あっ……さより……じゃりめ……」

 

 涙が止まらない。自分の中に渦巻く悲しみはちっともなくなっていないし、受け入れ難い現実を前にして私は精神も着実に腐っていくのを感じる。ダメだ。思い出すな。それをカズマさんに伝えたら私は終わる。

 でも、いつかは話さなければならない。ああ、私はバカだ。何であの時、あんな判断をしてしまったんだ。それが余計にカズマさんを苦しませる事になるというのに……

 

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……!」

 

 懺悔の言葉を呟きながら、私はソファーの上で横になる。そして、毛布に包まって丸くなる。この体は寒くて寒くてたまらない。カズマさんがいなければ、私に“暖かさ”などない。だから、彼に抱きしめて貰った時に貰った体温を保つ必要がある。そうしないと、頭がおかしくなりそうだ。

 

「大丈夫……カズマさんは私とずっと一緒にいるんですから……」

 

 言い聞かせるように私は呟く。そう、私にはカズマさんがずっと一緒にいてくれる。彼なら私の事も全部……さよりの事も……

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 ふと、意識を取り戻す。私は今まで何を放心していたのだろうか? 時計を見ると、カズマさんが出て行ってから3時間近く経過している。氷のように冷たい体をさすりながら、私はソファーから身を起こした。無為な時間を過ごすのは本意ではない

 

「とはいっても、私って何もやる事ないんだよね……」

 

 思わず、そんな独り言が漏れてしまう。カズマさんはいない。それに、このダクネスさんの離れには私物もなければ、顔見知りも全くいない。彼が帰ってくるまで時間を潰す手段が何一つ思いつかなかった。

 とりあえず、私は今いる離れを探索してみる事にした。貴族の離れにしては規模が小さい。でも、内装は華美であり二人か三人くらいで過ごすならとても快適と言える場所であった。リビングに寝室……なんだか、王都のスイートルームのような間取りだ。カズマさんがこの離れの合鍵を持っている事に今更ながら違和感を覚える。彼はここで誰とどのような時間を過ごしたか、気になって気になって仕方がなかった。

 そんなモヤモヤとした気分を持ちつつも、離れの探索は早くも終わりになった。手持無沙汰となった私は窓から入る暖かい光に誘われるように離れの外へと出た。そして、太陽の光によって体が温まるのを感じる。その心地よさを堪能しながら、私は目の前に広がる庭園の美しさに見惚れた。

 美しく手入れされた花々に、綺麗なアーチ。なんと、噴水まである。私がいじっていた庭は良くも悪くも雑多であった。近所の人から貰った花の苗を植えたり、安売りで手に入れた種や球根、散歩中に入手した綺麗な野草など統一感があるとはとても言えない庭になっていた。

 だから、雑誌などでしか見た事ない綺麗なお庭に私のテンションも自然と上がる。そんな少しウキウキとした気分で、私は今も庭の手入れを楽しそうにしているメイドさんに頑張って話しかける事にした。このアーチを彩るお花の事が非常に気になるのだ。

 

「あ、あの! 少し質問してもよろしいでしょうか!」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「えっとですね! このアーチの……!」

 

「あっ……うわっ……ひぃ……!」

 

 突然、メイドさんが怯えた表情をしながら逃げ出した。そこで、私は自分の迂闊さに気付いた。今の私は随分とラフな格好をしている。おかげで醜い左手が丸見えだ。こんなものを見てしまったら、逃げ出すのも当然と言える。私は急いで離れに戻ると、応急箱にあった包帯を取り出して左手に巻き付け、念のために体を覆い隠せるローブを身にまとった。

 そして、姿見で異常がない事を確認してから私は再び庭園に出た。作業をしているメイドさんは他にもいる。知識欲を満たすためにも、私は水やりをしているメイドさんに近づいた。

 

「あの、質問よろしいですか?」

 

「…………」

 

「あの……!」

 

「…………」

 

 メイドさんは私がまるで存在しないかのように扱った。そして、こちらをチラリと見てから足早に歩き去る。その反応を見て、嫌でも理解させられる。どうやら私はダスティネス家の使用人に避けられているらしい。恐らく、私が不死者である事を知っているのだろう。それならば仕方がない事だ。

 私は暗く重い気持ちと、自分に対するどうしようもない嫌悪感を抑えながら離れに戻ろうとする。そんな時、一人のメイドさんが無表情で離れから顔を出し、私の前に現れた。少しだけ身構える私を、彼女は首を傾げながらじっと見てきた。

 

「何かお困りな事でもあるのでしょうか? ゆんゆん様」

 

「えっ……? あ……その……アーチを彩るお花がどんな品種なのかなって、気になっちゃって……」

 

「あれはツルバラの一種ですよ。ダスティネス家が開発した品種なので詳しい事は機密となっています。ご了承ください」

 

「いえいえ、それだけでお教え頂ければ十分です。ありがとうございます!」

 

 私の感謝の言葉をメイドさんは一礼して受け取る。その姿を見て、少しだけ安堵した。あまり悲観的になりすぎるのもよくない。私は人間ではなくなってしまったが、会話はできる。それならば、私の事も理解してくれる人がいる。そんな気がした。

 

「ゆんゆん様、これは余談でありますが、あなたはあのアーチに近づかない方が賢明だと思われます」

 

「毒でもあるんですか?」

 

「いいえ。ただ、あの花は美しさだけでなく侵入者撃退にも効果がある特殊な品種です。邪悪なる存在に対してトゲを射出して攻撃する習性があるのです。ゆんゆん様は特に注意した方がよろしいかと……」

 

 そんな事を言ってから、無表情なメイドさんは離れを去って行った。人との会話に疎い私であっても、彼女の言った事の意味くらい分かる。つまり、彼女は私を暗に邪悪な存在であると言ったのだ。

 そこで、やっと私は気付けた。私はリッチーだ。普通の人間にとっては私なんて邪悪で忌避すべき存在としか思えないのだろう。どんなに言い繕っても私は“歩く死体”である事に変わりない。私は邪悪な存在……それを否定する事などできなかった。 

 だから、私はこれ以上庭園にいるべきではない。内心では納得していても、いざそれを現実として突き付けられるのは嫌だった。アーチを彩るツルバラは遠くから眺めるだけにしよう。そう言い聞かせながら、私は離れへ逃げるように駆け込んだ。

 そして、どうしようもない怒りと悲しさを抑えながらソファーに身を投げ出した。そのまま、無為で苦しい時間を過ごしている時、私はリビングのテーブルに食事が準備されている事に気が付いた。どうやら、さっきの嫌味なメイドさんが食事の準備をしてくれたのだろう。

 

「サンドイッチですか……」

 

 テーブルの上にはサンドイッチと紅茶が準備されていた。あまり食欲がない私にとって、これはありがたいラインナップだ。少しだけ嬉しい気持ちになりながらも、私は何の警戒もせずにサンドイッチを口に運んだ。

 そして、数回咀嚼した時に何とも言えない違和感を覚える。何故なら、サンドイッチから全く味がしないからだ。おまけに、ぬめぬめとした嫌な食感とぐねぐねと口の中で何かが動く不快感で気分も悪くなる。そこで食べるのを辞めて、私は具に何が入っているのかを確かめた。

 

「えっ……? う……うぶっ……うええええええっ!」

 

 気付けば私は激しく嘔吐していた。なるほど、味がしないのは当然だ。塩なんかかけてしまったら、あのウネウネと動く具が死んでしまう。そして、そんなものを口に入れてしまった事を現実として受け入れたくなかった。

 

 半刻程経過して気を落ち着けた後、私は自分がぶちまけた吐瀉物の掃除を始めた。こんな嫌がらせをしてきたメイドを焼き殺してやりたいと思ったが、そんな物騒な思いは杖と一緒に投げ捨てる。

 それに、私はリッチーになったが、心は人間のつもりだ。こんな事で人殺しをするほど私は人間をやめていないのだ。

 

 でも、辛い事には変わりない。行き場のない怒りと悲しみが私の心の中で荒れ狂う。早くカズマさんに抱きしめて貰いたい。私に暖かさと安心を伝えて欲しい。でも、我慢だ。今、彼は私やさよりのために頑張っている。だからそれまでは……

 

「あっ……」

 

伸ばした右手が宙を切った。

 

 

 

 そして、私はまたソファーで毛布にくるまった。それしかする事がないからだ。ただひたすらに寒い。カズマさんに会いたい。じゃりめに……さよりに……

 

「具合が悪いのかゆんゆん?」

 

「え……ああ……ダクネスさん……具合は大丈夫です。すみませんね……はしたない姿を見せてしまって……」

 

「気にするな。それより、私も暇になってな。お茶にしないか?」

 

「はい……」

 

 苦笑しながらそんな提案をしてくるダクネスさんを見て、私は少しだけ安心する。そして、ダクネスさんが準備した紅茶とお茶菓子を片手に、他愛もない会話をしたのだが、それだけで何だか泣きそうになってしまった。やっぱり、私は弱っているらしい……

 

「ダクネスさん、改めて感謝します。そしてごめんなさい……私の騒動に巻き込んでしまって……」

 

「気にするな。困った時はお互い様と言うだろう? それに、今の状況を覆す方法があるかもしれない。それが判明するまで、ここで過ごすといいさ」

 

 私を安心させるように微笑んで見せたダクネスさんに思わず見惚れる。彼女が私を匿う理由はカズマさんのためというのもあるだろう。しかし、おかげで私は非常に助かっている。ダクネスさんには感謝してもし足りないのだ。

 

「おっと、それはさておきだ。ゆんゆん、ここでの暮らしに不満はないか?」

 

「不満……? な、ないですよ! こんな立派な所に住まわせてもらうだけで十分です!」

 

「本当に不満はないのか……?」

 

「う……ないです……そんなものありませんよダクネスさん……」

 

 少しだけ言いよどんだ私を、ダクネスさんはじっと見つめる。そして、大きな溜息を吐いてからぽつぽつと喋り出した。

 

「ゆんゆん、私の家系は全員が熱心なエリス教徒なんだ。そのせいか、家臣達にも熱心な信者が多い。そして、お前がリッチーである事もすでに屋敷に広まっている。だから、お前に対して辛く当たる家臣が今後出てくるかもしれない。そんな時は私に遠慮なく相談して欲しい」

 

「そんな……大丈夫ですよ! ダクネスさんがそこまで気を回す必要はありません! 私はここで匿ってもらえるだけで十分ですから!」

 

 落ち込み気味なダクネスさんを元気づけるように、私は明るく振舞った。本当はすでに嫌がらせを受けている。でも、それはダクネスさんのせいではない。これ以上、彼女のお世話になるのは心苦しかったし、はっきり言って“嫌”だった。だから、私は強がって見せたのだ。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です! 私にはカズマさんがいますから!」

 

 

 ダクネスさんは私の言葉を聞いてクスクスと笑った。その笑顔を見て、私は安心……できなかった。何だか、体の体温がもっと下がった気がする。私は暖かい紅茶を飲み干し、冷たい両手を擦り合わせた。

 

 

 

「そうか、大丈夫か」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 あの波乱の一日の翌日、俺は精神不安定のゆんゆんをたっぷり一日かけて落ち着かせ、断片的に彼女の身に起こった事を聞き取った。そして、真実を知るためにも俺は次の行動を開始する。

 ゆんゆんの事をダクネスに任せ、一番最初に向かったのは紅魔の里だ。あの戦いの結末や住人の安否が気になるだけでなく、彼らならゆんゆんのリッチー化や、さよりについてすでに情報を掴んでいるのではと思ったからだ。

 そして、彼らにとっても俺の来訪は承知していた事なのであろう。転移先であるグリフォン像前に俺が姿を現した途端、数名の紅魔族と共にめぐみんが出迎えをしてくれた。彼女の様子は非常に暗く、俺にかける言葉に覇気もなかった

 

「カズマ……その……」

 

「元気出せめぐみん。お前こそ大変だったろう? 里に帰ってきたらこの急展開なんだからな」

 

「はい……でも泣き言は言ってはいられません。カズマの話を聞かせてください。こちらも、現状分かっている事をお話しますから」

 

 そう答えた彼女に頷き、共に話し合いの場となる族長の家へと向かう。道中、里の様子を確認してみるが、住人もエリス教徒もいつもと変わらない様子であった。所々に魔法の痕跡は残るものの、一昨日の激しい争いなど無かったように過ごす住人に俺は少し違和感を覚えた。

 族長の家につくと、俺はすぐさま客間に案内される。そこにはすでに項垂れた様子のお義父さんがいた。俺とめぐみんはそんなお義父さんに軽く会釈しつつ席につく。そして、俺は彼らにゆんゆんから聞いた今回の事件の事について話した。

 

 彼女が巡礼服を着た人間達に殺されかけ、さよりを奪われた事。このままでは死ねないと思い、知り合いの悪魔から教わった秘術によってリッチーになった事。作ったゾンビにさよりがいるであろう場所に案内してもらい、そこで衝撃的な光景を目にしてたまらず逃げ出した事……

 

 俺の話にお義父さんは塞ぎ込んだのに対して、めぐみんは真剣な表情でこちらを見てきた。

 

「カズマ、ゆんゆんの見た衝撃的な光景とはどのようなものですか?」

 

「俺も断片的にしか聞いてないんだけどな。ともかく、ゆんゆんはゾンビの案内でさよりを誘拐した連中の野営地に辿り着いたらしい。だけど、その野営地はすでにモンスターか何かによって壊滅、数人の人間の死体を犬型モンスターが貪り食ってる光景を目にしたみたいだ。それだけなら良かったんだが、そこで毛玉の死体を見つけちまったらしい。肝心のさよりも行方不明。だから何もかも嫌になって逃げだしたらしい」

 

「なるほど……」

 

 めぐみんは俺の言葉に納得いった様子で頷くと、こちらに向かって数枚の写真を差し出してきた。それは凄惨な光景を写したものや、なんだか気に入らない顔をした人間の写真であった。

 

「この写真は……?」

 

「現場写真という奴です。紅魔族とエリス教、王都から派遣された調査員でゆんゆんが見た野営地とやらと同じ場所を特定、現場検証を行いました。こちらが、その結果から得られた情報を記した資料です。しっかり目を通してください」

 

 めぐみんは写真を見て顔をしかめる俺に、追加の資料を渡してきた。そして、そこに書かれている情報を見て俺は更に顔をしかめる事になった。

 ゆんゆんが発見した野営地で合わせて5人の人間の死体を発見。遺体の損傷は激しかったものの何とか身元を判明させる事に成功。結果、5人全員が王都の地下監獄から脱獄した犯罪者であると分かったようだ。

 

「カズマ、この死体の中に女性は一人だけでした。そして、彼女の犯罪経歴は誘拐と窃盗です。恐らくこの女がさよりちゃんを誘拐した実行犯の可能性が高いです」

 

「なぁ、めぐみん。コイツらは誘拐なんかしてどうする気だったんだ? 身代金でも請求する気だったのか?」

 

「その可能性もあります。でも、この女は過去に起こした誘拐事件で手に入れた子供や赤ん坊を、後ろ暗い連中に売る事で利益を得ていたようです。とにかく、どうしようもない理由で犯行に及んだのでしょう……」

 

 めぐみんは暗い表情のまま、赤子をどんな事に利用するかという聞きたくない話をしてくれた。誘拐された赤子は、よくて子のない家庭に売られる他、性奴隷、戦闘奴隷、邪教や悪魔崇拝者の儀式における生贄として使用されるらしい。特に、紅魔族の赤子は普通の人間より魔力量が高く見目麗しいものが多い事から、実に様々な利用方法があるとの事。

 もちろん、そんな不埒な事を過去に実行した下手人には里の住人全員でこの世の地獄を味合わせ、赤子も取り返したらしい。こんな事は、紅魔族に喧嘩を売るという事が何を意味するか理解できないバカが時たま引き起こすらしい。さよりはどうやらそのバカに当たってしまったようだ。

 はっきり言って、さよりの生死は絶望的だ。しかし、現場検証の結果によるとさよりの死体は発見されていなかった。加えて、野営地には人間同士が争ったような形跡があり、結界石も人為的に破壊されていたようだ。

 また、王都から脱獄した犯罪者は7人であり、ゾンビ化した男を入れても一人足りない。野営地には金品は一切なく、ゆんゆんの“左手”が見つからなかった事から、犯罪者達の間で内輪もめ発生し、金品やさよりを持ち逃げした奴がいる可能性を王都の調査官が指摘している。この死体が見つかってない7人目の脱獄犯は現在指名手配中だそうだ。

 そうであるならば、さよりが生きている可能性を信じる。7人目の脱獄犯に連れ去られ、今も怖い思いをしているかもしれない。俺は絶対に助けてやるという思いをより強くする。そんな俺に、お義父さんは力のない笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「カズマ君、私達はエリス教からリッチーを匿うなら敵対するという連絡を受けている。そして、紅魔族はエリス教に完全にマークされてしまった。いくら里を移しても奴らはついてくるだろう。だから、私達ではゆんゆんに安全な暮らしを保証できない」

 

「分かっています」

 

「7人目の脱獄犯の居場所、娘のリッチー化を治療する方法を紅魔族の住人全員で捜索する。だから、君は今後もあの娘を支えてやって欲しい。お願いできるかな?」

 

「もちろんです。あいつを幸せにするってあなたに誓ったじゃないですか……」

 

「ありがとうカズマ君……娘の事を頼むぞ!」

 

 泣きながら土下座して懇願するお義父さんに別れを告げ、小さな話し合いは終わりになった。そして、家に必要なものを取りに行く俺の後ろにめぐみんは機嫌が悪そうな顔でちょこちょこついてきた。そんな顔をされると、俺まで気が滅入る。

 

「めぐみん、なんで不機嫌そうな顔をしているんだ?」

 

「不機嫌になって当然です! 族長の判断は自分の娘を里のために切り捨てる事を意味しているんです。カズマは納得できるんですか?」

 

「そりゃな、俺とゆんゆんを匿うにはリスクがありすぎる。あの人は紅魔族の族長としての責任を果たしただけだ。それに、もしどうにもならなくなったら、もう一度ゆんゆんと来てくれとも言っていた。いざとなったら里も何もかも捨てる覚悟を感じたぞ」

 

「それでも、今は娘を捨てた選択をした事実は変わりません!」

 

「捨てたんじゃない、俺に任せたんだ。そこは間違うなよ」

 

 凄んでいためぐみんが、俺の方を見てビクリと体を震わせた。そして、顔を俯かせて押し黙る。俺はそんなめぐみんを放置して必要な物や衣服をカバンへ放り込んでいく。そして、パンパンに荷物を詰めたカバンを持って家を出た。

 この前のように、エリス教徒に包囲されているような事はなかったが、何だか嫌な視線を多数感じる。そして、その視線に顔をしかめる俺に近づいてくる人影がいた。

 

「しばらくぶりですねカズマさん。ゆんゆんさんの様子はどうですか?」

 

「まったく、嫌味で言ってるのか?」

 

「いいえ、純粋に気になるのですよ」

 

 無表情でそう答えるのは、エリス教会の司祭様だ。彼女は敵意を隠しもしない俺を見て、そっと溜息をついた。

 

「大丈夫ですよカズマさん。私はあなたに危害は加えません。エリス様の大事な人ですからね」

 

「それなら、俺の嫁の事も見逃してくれよ……」

 

「それは無理です。教義に反しますから」

 

 なんだそれはと、今度は俺が溜息を吐く。どうやらこの司祭様は頭がお固いようだ。でも、俺に対して無害だと言うなら、これ以上コイツに関わる必要はない。

 

「それじゃあ、司祭様。また今度という事で……」

 

「お待ちなさい。私はあなたに忠告をしにきたのです。きちんと聞いていかれた方が賢明です」

 

 彼女の言葉と共に、嫌な視線が俺に多く注がれる。これ以上、面倒事を起こされるのはごめんだ。だから、俺は彼女の忠告とやらを聞いてやる事にした。そんな俺の態度を察したのだろう。彼女は俺の方へ、ズイっと近づいて来た。

 

「それではカズマさん。あなたに対しての忠告です。あのリッチーは早めに浄化すべきでしょう。自ら不死者になるような人間は、その時点で相応に精神を“病んで”いるのです。そして、不死者にとってこの世は生き辛い環境です。早めに浄化してあげる事が彼女の真の幸せにつながる事だってあるのですよ……」

 

「本心はアンデッドが憎いだけだろう?」

 

「ふふっ、私自身はそうですね。でも、エリス教、アクシズ教共に不死者を浄化せよという教義があるのは何も神の敵だからという理由だけではないのです。迷える不死者の魂をこれ以上の苦しみから守るには浄化してあげるのが最善の道なのです。その事を神々はご存じなのでしょう」

 

 キラキラとした目でそんな事を言う司祭様に俺はイラっときた。正論過ぎて言い返せないが、ムカツク事には変わりない。それに、コイツのせいでゆんゆんの正体がバレたのだ。ちょっとくらい仕返ししたって、エリス様は許してくれる。うん、そうに違いない!

 

「“スティール!”」

 

「へ……? ん……あっ……ひゃあああああああっ!? パ、パンツ……私のパンツを返してください!」

 

「うっせえバーカ! なんだよ、真っ黒でスケスケじゃないか。こんなエロイ下着履いて司祭なんかやってたのかよ。エリス様に申し訳ないと思わないの?」

 

「仕方ないでしょう! 紅魔の里で売ってる下着はこんなのばっかで……って何言わせるんですか!」

 

 顔を真っ赤にしながらプンスコ怒る司祭を見て、少しだけ鬱憤が晴れる。めぐみんがジト目で俺の事を見てくるが、そんな事は知らない。

 

「おっと、しかも染みつきかよ。しょうがねぇ、ここは俺が淫乱司祭パンツの味見でもしてやるか」

 

「わあああああああああっ!? やめ、やめてぇ! なんでこんな男に……エリス様はなぜ……あううううっ!」

 

「いい加減にしてくださいカズマ! あなたが面倒事を起こしてどうするのですか!」

 

「おふっ……!?」

 

 めぐみんにひっ叩かれて俺は正気に戻る。どうやら、パンツを剥いたせいでエリス教徒に再び敵認定されたらしい。奴らに以前のように取り囲まれながらも、俺は冷静に逃げる判断をした。今回は司祭の泣き顔を拝めただけで十分だ。

 そして、テレポートの魔法を唱え始めた俺に、めぐみんが抱き着いてくる。これはついてくるという意思表示だろう。それは俺にとってもゆんゆんにとってもありがたい。司祭の下着を奴の小さな口に突っ込みつつ、俺はテレポートで紅魔の里を逃れた。

 

 

 

 ダクネスの屋敷に帰ると、俺は真っ先にゆんゆんの元へ向かった。離れに入ると彼女がソファーの上で毛布に身を包み小さな手帳をじっと見ている姿が目に付いた。驚かしてやろうと、彼女の背後にそっと忍び寄る。そして、手帳の中身をチラリと見て、俺の悪戯心は霧散した。

 

「何見てるんだゆんゆん?」

 

「え……? ああ、お帰りなさいカズマさん。その……見ているのは写真です。手帳に入れっぱなしだった事を思い出したんです……」

 

 そう言って、ゆんゆんは手帳に挟まれた家族写真を愛おしげに撫でた。写真に写る俺とゆんゆんは満面の笑顔であり、さよりも無邪気な寝顔を晒している。ほんの一昨日まで当り前だった光景が、なんだかとても懐かしいものに思えた。

 

「ゆんゆん、大丈夫だ。俺が家族の幸せを取り戻してやるさ」

 

「っ……!」

 

 抱き着いてくるゆんゆんを俺はしっかり受け止める。全ての可能性が潰えたわけではない。それならば、精一杯あがいて見せる。彼女の冷たい体を抱きしめながら、その思いは深く……強くなっていった。そんな俺の前に、めぐみんが姿を現す。どうやら、ダクネスへの挨拶を済ましてきたらしい。

 

「まったく、幸せ者ですねゆんゆんは……」

 

「めぐみん……なの……?」

 

「ええ、めぐみんです。まったく、あのぼっちが私の見てないうちにリッチーになるなんて本当におったまげたのですよ?」

 

「めぐみん……めぐみん……!」

 

 抱き着きの対象を俺からめぐみんに移した事に少しだけ寂しく感じながらも、俺は深く安堵する。めぐみんやダクネスが俺達の味方をしてくれるというのは非常にありがたいし、俺も救われた気分になるのだ。

 

「ふみゅ……ねぇめぐみん少しだけ血生臭いけど、何かあったの……?」

 

「血……? ああ、さっき気まぐれで庭のアーチをくぐったのですが、何故か植物から攻撃を受けましてね。割と痛かったですよあれは……」

 

「そうそう、俺もめぐみんもトゲでハチの巣にされてな。ムカツいたから燃やしてやったぜ!」

 

「燃やした!? ふふっ、そうですか! カズマさんもめぐみんも、相変わらずですね……」

 

 そう言ってクスクス笑い出したゆんゆんを見て、俺は何だか嬉しくなる。彼女の心からの笑顔はしばらくぶりな気がしたからだ。

 その後は、荷物をゆんゆんに渡したり、めぐみんの寝床を作ったり、花を燃やした事をダクネスに怒られながら、少しだけ気の抜けた日常を過ごした。ゆんゆんも、夕食の時に少し挙動不審だったくらいで、昨日よりかは随分と表情が豊かになっていた。やはり、めぐみんの存在はありがたい。俺はめぐみんにゆんゆんの事を任せて、ダクネスが待つ屋敷へと向かった。

 

 そして、俺は屋敷のテラスでワイングラスを傾けているダクネスの姿を見つけた。屋敷の窓から漏れる光と月明りしか光源がない薄闇は彼女をより魅力的にさせている。俺は湧き起る欲望を抑えつつ、ダクネスの対面の席へと腰を下ろした。

 

「カズマ、状況どうだった?」

 

「かなり厳しいな。でも、希望が全部潰えたわけじゃない。最善は尽くして見せるさ」

 

「そうか……」

 

 ダクネスは小さく頷いてから、俺にワインが入ったグラスを差し出す。せっかくなので、ありがたく頂く事にした。酒の火照りと夜風の気持ちよさの誘惑には勝てるわけがない。

 

「屋敷の使用人は皆ゆんゆんの正体に気付いている。何とか外部に漏らさないように“お願い”しているが、正直言って時間の問題だ。それは覚悟しておいて欲しい」

 

「分かっているさ。まぁ、一か月後にはエリス様が帰還する。そうしたら、何かしらの変化があるはずだ。それまではどうか頼む……!」

 

「まったく、頭を上げろ。私はそこまで薄情じゃないさ。ただ、相応の対価を貴様には払ってもらうからな」

 

 頭を下げる俺の顎を、彼女は無理矢理持ち上げる。そして、俺の口ににチーズを突っ込んできた。おまけにワインまで流し込まれる。まぁ、美味い事には変わりないので素直にお高い味を楽しむ事にした。

 

「貴様に要求する対価は晩酌に毎日付き合う事だ」

 

「んぐっ……そんな事でいいのか?」

 

「他愛もない会話をお前と毎日する。“そんな事”に私は一年以上も恋い焦がれていたんだ」

 

「お、おう……そっすか……」

 

 切なげな視線で見つめられて、俺は非常に危ない気分になるが何とか気を落ち着かせる。彼女がそれを対価として望んでいるなら、喜んで受け入れよう。ただ、それだけだ。

 

「カズマ、お前は明日からどう過ごすつもりだ?」

 

「日中はできる限り外に出てさよりとリッチーについての情報を集めるつもりだ」

 

「ん……、何か当てがあるのか?」

 

「いいや、全くない。でも、探さないわけにはいかないからな……」

 

「そうか。まぁ、私ができる限りの事は協力しよう。ともかく、今はお前も飲んで疲れを癒してくれ」

 

そう言って、ダクネスは俺のグラスにワインを付け足す。

 

結局、俺は深夜になるまでダクネスと共にチビチビと酒を舐め続けた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

何かがおかしい。

 

 

 そんな違和感に気付いたのは、傷心のゆんゆんを慰めるためにダクネスの家に来て3週間ほどが経過してからの事だ。

 生活サイクルはほぼ固定化しており、日中、カズマは外で情報収集、私とゆんゆんはダスティネス家の蔵書をあさったり、ダクネスが仕入れるリッチー関係の本を調べたり、もしくは寝転んで無為に時間を過ごしていた。そして、夜中にはそれぞれの調査報告と団欒を楽しむ。そんな毎日であった。

 

しかし、時間が経てば経つほど、皆が“おかしく”なってきた。

 

 カズマは日に日にやつれ、どんどん覇気がなくなっている。それでも、彼は私達に対しては気丈に振舞い、落ち込むゆんゆんや私達を励ます。だが、彼の調査は上手くいっていないらしく、さよりちゃんの居場所の糸口すら掴めていない状況だ。このままではいけないと、私は彼を何とか労えないか苦心したが、ゆんゆんや頑なな姿勢のカズマを前にしてその思いも霧散してしまった。

 そして、ダクネスは一見普段通りであるのだが、ふとした瞬間に私達は彼女から敵意を向けられている。そんな気がするのだ。思えば、ダクネスは最初の頃と比べたら私やゆんゆんと会話をする機会が随分と減った。政務が忙しい事もあるのだろうが、それだけが理由ではない事くらい何となく分かった。

 

 だが、一番おかしいと言えるのはゆんゆんであろう。彼女は、基本的にカズマがいない日中は塞ぎ込んでいる事が多い。彼女に悪意を向ける人間はこの屋敷には少なからずいる。それらの人間には私が相応の仕返しをしたり、ダクネスに密告してお仕置きしてもらっている。しかし、彼女に一番効いているのは使用人達の内緒話のようだ。嫌がらせでそんな事をする連中のほとんどは私が駆除したが、それでも全てが無くなったわけではない。リッチーとなって、優れた五感を手に入れたゆんゆんは悪意ある内緒話をたまに耳に拾ってしまうそうだ。それが嫌なのか、彼女は引きこもりがちだ。

 

 ここまでなら仕方ないとも言える事だ。でも、仕方がないと言えない行動もしている。その一つとして、私の目が離れたスキになめくじや小さな昆虫といったものと楽しそうに会話をし始める事だ。最初はついに精神的におかしくなったのかと心配したが、どうも違うようだ。これでも、リッチーの事については最近多くの文献で調べているのだ。その知識から類推すると、ゆんゆんは虫達を眷属にしている可能性が高い。しかし、私が眷属化したのかと聞いてもゆんゆんはひたすら白を切るのみだ。どうやら、眷属を後ろ暗い事に使っているらしい。

 

 そして、一番おかしいと言えるのはゆんゆんがカズマに対してどこかよそよそしいという事。そんな気がするのだ。カズマの帰りを待ち望み、彼の優しさと暖かさを享受する姿に偽りはないし、彼がダクネスとの夜会を終えて帰ってくるのを彼女は歯ぎしりしながら耐えている。しかし、肝心な場面でゆんゆんはカズマに対して一歩引いている。思えば、ここ三週間ほどゆんゆん達と一緒に過ごしているが、カズマとゆんゆんは一度もセックスをしていない。

 

 辛い状況だからこそ、お互いを慰め合うのはむしろ健全と言える。しかし、こればっかりは私の邪推とも言えるかもしれない。カズマとゆんゆんの精神状態と状況を考えると、性交をしていない事も別におかしい事ではないのだ。ともかく、ゆんゆんはカズマに対して一歩引いている。そんな“気”がするのだ。

 

 

 というような事を、私は離れの玄関前で考えていた。部屋の中からは、ゆんゆんのボソボソとした声が聞こえる。どうやら、また虫達と会話をしているようだ。

 

『ふふっ……そう……カズマさんがそんな事を……』

 

『…………』

 

『私もあなたを通して見てたから知ってるわ……あの人は相変わらずなんだから……』

 

『…………』

 

『あのメイドに仕返し? そうね……今度は……』

 

 何だか嫌な予感がしたので、私はさっさと扉を開ける事にする。ゆんゆんは部屋に入った私の方を見てハッとした表情を見せる。そして、目の前に置かれていたお皿をサッと後ろ手に隠した。そんなバレバレな動作を私は見逃さない。素早くゆんゆんの背後に回り込んで、お皿を奪い取ってやった。

 

「ああっ!? め、めぐみん返して! 私のあいちゃんとなめちゃんを返して!」

 

「名前までつけてるのですか……うわっ!? 今日はなめくじですか。塩かけときましょう」

 

「やめてぇ! こう見えて結構可愛い所あるんだから! 返して……返しなさい!」

 

 私が塩を手に取ろうとした時、ゆんゆんになめくじが乗ったお皿を奪い返される。そして、彼女は素早く窓を開けてなめくじ達を外に逃がした。くっ、少し油断しましたね……

 

「ゆんゆん、流石になめくじを眷属化なんてやめた方がいいですよ? ここは闇の存在らしく蝙蝠とかにしましょうよ……」

 

「け、眷属じゃないから! あいちゃんとなめちゃんはただのお友達だから!」

 

「その方が余計にまずいと思うんですがね……」

 

 呆れる私の前で、ゆんゆんは下手糞な口笛を吹き始めた。誤魔化すにしても、これはひどい。しかし、これでゆんゆんの眷属だという事はほぼ確定した。最近、屋敷の使用人達を震え上がらせている害虫達を操っているのもゆんゆんであろう。彼女の気持ちは分からなくもないが、眷属化の事が私以外にばれるのは非常にマズイ。下手したら、これを討伐の大義名分に利用される事もありうるのだ。

 

「ゆんゆん、あのゴキブリの名前はなんでしたっけ?」

 

「めじろちゃんの事? 彼女は産休中で……って、今のは冗談だからね! ゴキブリって何の事かしら! まったくめぐみんは……!」

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息が出る。こんな風に、彼女が秘密をうっかり喋らないか心配だ。ちょろあまな性格はリッチー化してからもあまり変わっていない。少し楽観的な彼女に、私は少しだけイラっとした。

 

「ねぇ、めぐみん。虫の事はひとまず忘れましょう? それより、あなたにお願いがあるの」

 

「なんですか?」

 

「少しだけ、買い物がしたいの。あと、ついでに外の様子を見られないかなって……」

 

「つまりは外出がしたいって事ですね?」

 

「それもあるわ。本音としては、カズマさんに私の手料理を久しぶりに食べて貰いたいの。昨日の夜、ダクネスさんが彼に手料理をご馳走したみたい。私もカズマさんに手料理で喜んでもらいたいなって……」

 

 もじもじとそんな事を言うゆんゆんの姿を見て納得する。ようはダクネスに対抗意識を燃やしているらしい。しかし、外出に関してはカズマとダクネスが禁止している。それを破る事になるのは心苦しい事だ。

 

「ゆんゆん、外はあなたにとって危険な場所です。何か策はあるのですか?」

 

「認識阻害と隠蔽魔法に関しては新たに習得してるわ。それと、バニルさんから教えて貰った神魔の目を欺く秘術も使うつもりよ」

 

「うむむ……」

 

 それならば多少の外出は問題ないかもしれない。正直、部屋に引きこもってなめくじと会話しているのは健全とは言えない。ちょろあまである事に変わりはないが、ゆんゆんは一応魔法を極めたリッチーという人を超えた存在だ。滅多な事ではゆんゆんの魔法を看破され、正体がバレるなんて事はないだろう。

 

「はいはい、分かりましたよ。久しぶりに外出しましょうか。でも、魔法はきっちりしてもらいますし、私から離れたらダメですからね?」

 

「めぐみん……ありがとね……!」

 

 涙目になりながら、ゆんゆんは私に抱き着いて来る。ひんやり柔らかな胸に顔を押しつぶされながらも、私自身も少し楽しみだった。街に出るのは私にとっても久しぶりなのだ。

 そして、各種魔法と体を隠しやすい厚手のローブに身につけて、ゆんゆんの転移魔法でアクセルの街へと向かった。

 私とゆんゆんは、アクセルの街に来るのは約一年ぶりだ。少しだけ変化した街の様相に驚いたり、屋台で売っている食べ物を食べまくったりと楽しい時間を過ごした。

 そして、ゆんゆんは目的のものである食料品を買い始める。気分良さそうに買い物をする彼女の姿は、ちょっと前まで私にとっても当り前の姿だった。懐かしい気分になりながらも、無事買い物を終えて喫茶店で小休止をとる事になった。

 

「めぐみん、アクセルの街も見てない間に随分と変わっちゃったね……」

 

「そんなものですよ。何せ一年ぶりですからね。屋敷の近くにあった喫茶店が潰れていたのはちょっと悲しいですけどね」

 

「ふふっ、確かにそれは悲しいわね」

 

 クスクスと笑うゆんゆんの表情は、少しだけ暗い。まぁ、街を見てきたなら当然と言えるかもしれない。気まぐれで潰れた魔法具店にも寄ってみたのも、彼女が暗い原因の一つだろう。

 

「それにしても、私って500万エリスなの? 少し安くない?」

 

「見てしまいましたか……」

 

「当然よ。掲示板に似顔絵つきであったんだから」

 

 そう答えるゆんゆんの瞳は潤んでいた。実は、ゆんゆんの手配書はこの国のほとんどの街に出回っている。カズマ達がゆんゆんの外出をさせたくなかったのは、これを見られるのが嫌だったのであろう。しかし、いずれ知る事になる事実だ。今知っておいた方がいいと、私自身は思っている。

 

「あの手配書はアンデッドに個人的な恨みを持っている連中が、あなたの事を聞いて作ったものです。つまりは、逆恨みですから気にしなくてもいいと思いますよ?」

 

「私は何も悪い事やってないつもりなんだけどな……」

 

「言ったでしょう? 逆恨みです。手配書を作った連中にとっては、あなたがどれだけ無害かなんて関係ないんです。“アンデッド”だから滅ぼしたいのでしょう。魔王軍のアンデッド兵やデュラハン、その他吸血鬼のようなアンデッドに殺された人間は結構いますからね。積み重なった恨みはかなりのものですよ」

 

「…………」

 

ゆんゆんは居心地悪そうに紅茶を飲み始めた。私も、そんな彼女を見ながらミルクティーをすする。口に広がミルクの甘味が今は非常にありがたかった。

 

「エリス教やアクシズ教はあなたに対して消極的対立の姿勢を取っています。この二つに手配されていたら外出なんて絶対出来ません。そう考えたら、あなたは恵まれている方なのですよ?」

 

「私が恵まれている……?」

 

「そうですよ。カズマがアクアとエリスのお気に入りである事、あなた自身がアクア達の友人だから手配はされていないのです。ですが、悪さをするなら滅ぼす、女神の裁きは大人しく受け入れろという通達をしてきています。ですから、ゆんゆん。あまり、“悪さ”をしない方がいいと私は言っておきましょう」

 

「わ、私は悪さなんてしてないから……!」

 

「白々しいですね……」

 

 ゆんゆんの小さな仕返しは屋敷をそこそこ騒がしている。眷属の事がバレたら屋敷を追われる可能性があるのを彼女は理解しているのだろうか。そこだけが、少し心配であった。

 

「さ、それじゃあ帰りましょうか」

 

「うん、私もカズマさんのお夕飯作りたいしね……」

 

 私達のささやかな外出はこれで終わった。そのまま、何事もなければよかったのだが、そうはいかなかったらしい。問題が起こったのは屋敷の離れにから帰ってからだ。怒りの表情を浮かべて私達を出迎えたダクネスを見て、嫌でもそれが分かってしまった。

 

「めぐみん、ゆんゆんどこに行っていた?」

 

「ちょっと街に出かけただけですよ……」

 

「ちょっと……ちょっとだと……!? ふざけているのかめぐみん! お前らがいなくなった事で、屋敷がどれだけ騒ぎになったか分かっていないのか!?」

 

「お、落ち着いてくださいダクネス! バレてはいませんから……!」

 

「そういう問題じゃないだろうが!」

 

 ダクネスが、手をテーブルにバンッと叩き付ける。その衝撃音に私とゆんゆんは萎縮する。私達が悪いという認識はやっぱりあるのだ。

 

「頼むから勝手な行動はやめてくれ! お前達に不信感を持っている使用人は多いんだ! ここにいる事や、変な事をエリス教やギルドに密告されたら、お前たちは本当にお尋ね者になるんだ!」

 

「あの、ごめんなさいダクネスさん! 私がわがまま言ったせいなんです……だから……!」

 

「何……?」

 

 ペコペコ謝るゆんゆんの胸倉をダクネスが引っ掴んで持ち上げる。軽々と宙に持ち上げられたゆんゆんは足をバタつかせて抵抗していた。私はというと、どうしていいか分からずおろおろするばかりだ。何というか、思わず漏れそうになるほどダクネスの気迫は恐ろしいものなのだ。

 

「実行犯はめぐみんだと思っていたのだがな。まさかお前だったとはな」

 

「うっ……ごめんなさい……!」

 

「謝って済む問題じゃないんだ。これで、不信を募らせた使用人が密告する可能性が上がったのだぞ? それに、私はカズマにお前の事を任されている。外で何かあった時の責任は私が被る事になるんだぞ? それが分かって……ぐっ!?」

 

 突然、ゆんゆんがダクネスの喉元を蹴り飛ばした。ダクネスは思わず倒れ込むが、すぐさま起き上がってゆんゆんに剣を向ける。対するゆんゆんも、杖をダクネスに向けていた。いきなりの修羅場に私も驚く。何より、こんなバカげた事での対立なんてゴメンだ。私は二人を刺激しないようにゆっくりと二人の間に入った。

 

「二人とも落ち着いてください! 私達が対立するなんてバカバカしいじゃないですか!」

 

「うるさいめぐみん。私はコイツに言いたい事がいっぱいあるんだ。正直に言ってやるのがコイツのためにもなる」

 

「私だって、ダクネスさんに言いたい事があるんです。めぐみんはお願いだから黙ってて」

 

 二人に睨まれて私は動けなくなる。こうなったら、どちらかが引くまで言い争いをさせるしかない。しかし、何だかとても嫌な予感がして私はゆんゆんに目線を送る。しかし、彼女の両目は真紅に輝いていた。こうなった紅魔族は話を聞かないのだ。それは、自分自身がそうであるからよく分かっている。どうやら、もう後戻りはできないらしい。

 

「ゆんゆん、私がお前に言いたいのはリッチーとしての自覚を持てという事だ。お前はもう人間じゃなくて人類の敵だ。正体も割れているからウィズのような隠遁暮らしもできない。下手したら、全世界の人間がお前の敵になる事だってあるんだ! その事をきちんと理解しているのか!?」

 

「それは……もちろん理解してます!」

 

「いいや、していない。お前はどこか楽観的だ。もしかして、カズマが何でも解決してくれるなんて思っていないだろうな? アイツだって相応に……!」

 

 ダクネスの言葉が止まる。ゆんゆんから放たれる威圧感が、カズマという言葉を聞いて増したのだ。だが、ダクネスもその程度では怯まない。むしろ、ゆんゆんに一歩距離を詰めてきた。

 

「なるほど、お前が言いたい事というのはカズマの事か。まさか、私がカズマを奪おうとしてるなんて思っていないだろうな? そうだとしたら、お前は相当なバカだぞ?」

 

「っ……!」

 

「肉体的接触も一切ない。ただ、アイツを労ってやってるだけだ。毎日草陰で私を監視しているお前らもその事はよーく知っているはずだ。むしろ、私こそお前に問いたい。カズマは強気に振舞っているが、お前と同じく壊れかけだ! そして、アイツを慰めるのはお前の役目だ! それを放棄していたらそのうち取返しのつかない事になるぞ!」

 

 ダクネスの怒気にあてられて、ゆんゆんの威圧は霧散する。彼女は唇を噛んで俯くのみだ。それを見たダクネスが再びゆんゆんに詰め寄って胸倉を掴む。いつの間にか最初の構図に戻っていた。

 

「なぁ、ゆんゆん。あの男を本当に愛しているなら身を引く事も考えたらどうだ? お前は災厄の塊なんだ。エリス教やアクシズ教だけでなく、お前の知識を狙ったバカな人間だってお前を狙っている。はっきり言って、世界中の人間がお前の敵だ。それに付き合わされるカズマやめぐみん、いずれ見つかるかもしれない子供すら不幸に巻き込むんだぞ?」

 

「…………」

 

「聞こえなかったのか? それならもう一度はっきり言ってやる! 死人は大人しく土に還れ!」

 

「ダクネス!」

 

 私はダクネスを突き飛ばしてゆんゆんを解放する。ゆんゆんは、いつも以上に青白い顔で震えていた。そんな彼女を胸に抱きながら、私はダクネスを睨み付ける。ダクネスは私の事など意に介さず、憮然とした表情で佇んでいた。

 

「いくらなんでもいいすぎです!」

 

「ほう、やっぱりお前はそうなんだな……」

 

「何がですか!」

 

「そのまんまの意味だ」

 

 しばらく睨み合いが続く中、ダクネスは再びこちらに距離を詰める。彼女に威圧されて私もゆんゆんの事をギュっと抱きしめた。それが気に食わなかったのだろうか。ダクネスが、こちらに敵意を込めた視線を向けてきた

 

「ゆんゆん、カズマを奪うとしたら私よりもめぐみんに気をつけた方がいい。油断していると足元をすくわれるぞ。めぐみんは狡猾な女だからな」

 

「ダクネス、それ以上は私も本当に怒りますよ……」

 

 私はダクネスを再び睨み付ける。もはや、ダクネスの瞳には狂気が宿っていた。何が彼女をここまで狂わせているのかは今いち分からない。ただ、ゆんゆんにとっては明確に敵になる存在である気がする。そして、ゆんゆんは私に抱き着くのをやめて少しだけ距離をとってきた。その行動にどうしようもない怒りが湧きおこった。

 

「そうだゆんゆん、以前カズマが行方不明になった事があるよな。お前はその原因を知っているか?」

 

「知りません……」

 

「ほう、めぐみん、知らないそうだぞ?」

 

 そう問いかけてくるダクネスに私はすぐさま杖を振りぬく。しかし、逆に押さえ込まれてしまった。そんな私を、ゆんゆんが不信の目で見てくる。それが嫌で嫌で仕方がなかったし、このタイミングであの事を言おうとするダクネスに対してはらわたが煮えくり返った。だが、ダクネスに体と口を押えられ、私はみじめにバタつく事しかできなかった。

 

「めぐみんと私はな、あの時カズマを屋敷に監禁したんだ。そして、恋敵であるお前を排除するために色々やったのさ。どうだ? そう考えると色々納得できる事があるんじゃないか?」

 

「…………」

 

 ゆんゆんが私の事をじっと見つめてくる。その視線に耐え切れず、私はつい顔を逸らしてしまった。そんな私を見て、彼女は諦めたように溜息をつく。そして、無言で寝室へと立ち去った。ダクネスから解放された私は崩れ落ちそうになる足を何とか奮い立たせて彼女に向き直る。ダクネスは相変わらずの表情であった。

 

「あなたは何がしたいのですか? 私とゆんゆんの関係を壊して楽しいとでも言うのですか?」

 

「別に私は言いたかった事を言っただけだ。それに、これはゆんゆんのためにも言うべき事だ。今の状況はいずれ破綻する。彼女を取り巻く現実を知ってもらいたいのさ」

 

「単なる腹いせでしょう?」

 

「それは否定しないが、そういう面もあるんだ」

 

 そう言ったダクネスの瞳には理性が宿っていた。どうやら、まったくの嘘ではないらしい。でも、私達に悪意を向けた事には変わりない。少しだけ、ダクネスの事が信じられなくなった。そんな私の思いを察したのだろうか。彼女が初めて弱気な表情を見せた。

 

「めぐみん、私はゆんゆんとはお前ほど親しくない。彼女を元気づけるのは私には無理だ。代わりにカズマを精一杯元気づけてるつもりだが、アイツが真に求めているのはゆんゆんだ。それを無視してカズマを女として慰める事はできるかもしれない。でも、そんな事をしたら全て破綻してしまう。私は“何にも”できない女なんだよ……」

 

「ダクネス……」

 

「私はお前達が羨ましい。カズマが私に求めているものと、お前達に求めているものは全然違うんだ。それでも、私は役目を全うしているつもりだ。それなのにあの女は……! このままだと、あいつ自身だけじゃなくカズマまで壊れるかもしれないんだぞ!」

 

 ダクネスの言葉に、私は何と返していいか分からなかった。納得できる部分もあるが、彼女の邪推や憎しみが多く混じっている。肯定もできなければ、否定もできない。そんな感じだ。

 

「正直言ってゆんゆんの状況は詰んでいる。現状から一歩踏み出すには、子供の事をきっぱり諦めて二人で新たな人生を歩むか、彼女に潔く死を受け入れてもらって私達がカズマを支えて生きるかのどちらかだ。めぐみん、お前はどちらがいいと思う?」

 

「…………」

 

「答えられないか? それなら、この一年ずっと知りたかった事をお前に聞こう」

 

 言い淀んでいる私にダクネスが詰め寄る。そして、私を真正面から睨み付けて言い放った。

 

 

「お前は私の味方じゃないのか?」

 

 

 私は、再び無言で返した。その反応を見て、彼女は諦めたように溜息を吐く。そして、彼女も無言で部屋を出て行った。残された私は、ソファーに倒れ込んでぐるぐるとした思考を整理する。それでも、分からない事だらけだ。

 

「私に何をしろというのですか……!」

 

 行き場のない怒りが荒れ狂う。それでも、思考や行動を放棄するのは悪手でしかない。私はソファーから起き上がると、寝室の扉を開け放つ。そこには、府抜けた表情で手帳を見つめるゆんゆんの姿があった。彼女は、私に気が付くと少しだけ距離をとる。でも、そんな事では私は怯まない。逃げるゆんゆんを私は思いっきり抱きしめてやった。

 

「ゆんゆん、カズマを監禁したのも、あなたを排除しようとしたのも全て事実です。でも、私は謝りませんよ? あなたからカズマを奪い返すにはそれしか方法がなかったんです! 愛する人を手に入れるためなら、何だってしてしまう。あなたにだって分かる事でしょう!」

 

「…………」

 

「でも、これには決着がついたじゃないですか。あなたが私達に勝ったんです! それ以降も私はカズマの事を諦めていません。もちろん今も。あなたがずっと弱気でいるというのなら、私は本当にカズマの事を奪います。それでもいいのですか?」

 

 私に抱かれるゆんゆんはふるふると首を振った。そして、ポタポタと涙を流し始める。カズマが彼女にやっているように、私はゆんゆんの頭を撫でてやった。

 

「ダクネスの言った事はほとんど滅茶苦茶です。でも、カズマとその……セックスしていないのは私も疑問です。こういう時だからこそ、お互いを慰め合う事も必要だと思うんです。いつもカズマにべったりなくせに、どうして……」

 

「…………」

 

「答えてくださいゆんゆん。このままだとカズマとあなた、双方に溝が出来てしまいます。理由くらい教えてください」

 

 ゆんゆんは不安そうな顔で私を見上げてくる。そんな彼女を安心させるように、私は再び彼女を撫でた。そして、半刻程経過した時、彼女は諦めたようにポツポツと語り出した。

 

「私はそういう事をするのが怖いのよ。だって、今の私はリッチーでしょう? 体を重ねると、カズマさんに冷たい体だって事を改めて実感させちゃうの。どんなに誤魔化しても、根本的な所は変えられない。私が死体である事は変わりないの……」

 

「それは悲観的に考えすぎです。カズマはそんな事を気にしないと思います。それに、あなた達は愛し合っている関係なのですから、お互いにその事を受け入れるのは容易でしょう?」

 

「そうかもね。カズマさんは気にしないかもしれない。でも、私が気にするのよ。それに原因は他にもあるの……」

 

 そう言ったゆんゆんは、私の腕を取って自分のお腹に当てる。意図が分からず困惑する私を、彼女は悲しみの表情を浮かべながら見つめてきた。

 

「ねぇ、めぐみん。私はもう赤ちゃんを産めないの。体は冷たいし、心臓だって動いてない。ずっと夢見てた幸せな生活も、さよりが奪われて叶えられそうにない。私はもう女として、母親として終わっているの……」

 

「それは……」

 

「体は冷たい、心臓だって動いてない。それなのに、体の機能は生きている時とほとんど変わらない。涙だって出るし、吐き気に襲われる事もある。女としての機能だってまだあるの! これが、どういう事か分かる!?」

 

 私に縋り付きながら話すゆんゆんは大粒の涙をこぼしていた。そして、助けを求めるような目線で私を睨み付ける。だが、私はどうする事もできないし、何も言う事が出来なかった。一つだけ分かるのは、彼女はリッチーとしての自覚をきちんと持っているという事だ。

 

「今の私から生まれてくるものは何……? 死産? それとも生まれながらのゾンビやリッチー? いや、そもそも機能は生きてるだけで妊娠なんかしないかもしれない! そんな事が頭に浮かんでしまうの! だから、今はそういう事をするのがたまらなく怖い……! 今の私には無理……ダメなのよ……!」

 

「ゆんゆん……」

 

「何より、カズマさんはさよりをまだ諦めてない。それなのに、私はこんな事で落ち込んでる。そんな自分が嫌で嫌で仕方ないのよ……」

 

 泣き続けるゆんゆんを、私は抱きしめる事しかできなかった。本当に、私ではどうしようもできない。こればかりは、カズマと話し合って貰うしかないだろう。いや、それも彼女にとって難しいだろうか。重い……私には荷が重すぎる。

 

「めぐみん、私はこんな状態だから、カズマさんに甘える事しかできない。だから、必要ならあなたやダクネスさんが“慰めて”あげて? 私はそれでいいと思っているの。あなた達ならカズマさんを任せられるの……」

 

「それは本気で言っているのですか?」

 

「もちろん、本気よ。このままじゃいけないって事は私も分かっているから……」

 

 諦めたように笑うゆんゆんを見て、私は溜息を吐いた。そんなお願いをされても、私達は受けられるはずがない。それを受けてしまったら最後、別の形で破綻してしまうのは目に見えているからだ。

 しかし、これでゆんゆんの心境がよく分かった。体を重ねる事が辛いのも嫌なほど理解させられた。それでも、まだ納得行かない点がある。それは彼女がカズマに一歩引いているという事。体を重ねるのが辛いという理由だけではない気がする。邪推であるかもしれないが、彼女の話はどこか言い訳臭く感じたのだ。

 

「ゆんゆん、参考までに聞いておきます。何か、カズマや私達に隠しているような事はありますか? もしあるのだとしたら、早く話しておいた方があなたにとっても良いと思いますよ?」

 

「隠し事なんてないわ……本当よ……!」

 

「そうですか。変な事を聞いてすみませんね。ただ、悩みがあるなら私にどんどん言ってください。聞く事くらいはできますから」

 

「めぐみん……うん、ありがとう」

 

 そう言ったゆんゆんの瞳は少しだけ揺れていた。恐らく、彼女が何か隠しているという事は何となく分かる。だが、無理に問いただす事もできない。その事が非常に歯痒かった。

 

「ねぇ、めぐみんってカズマさんの事本当に監禁したんだよね? その事、ちょっと詳しく教えてくれない? 私だって、あなたに聞きたい事あるんだからね」

 

「長くなりますよ? それに、余りあなたにとってはいい話ではないです……」

 

「いいから聞かせて?」

 

 私の顔を見上げるゆんゆんの顔から涙は引いていた。その代わり、子供のような好奇な目を浮かべている。そして、その瞳は紅黒く濁っていた。

 

 

 

 

 

「ちょっと興味あるの」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 さよりを探し始めてどれくらい経ったであろうか? そんな事も分からなくなるくらいに、俺はひたすら彼女の痕跡を追っていた。しかし、得られた情報は全くなかった。逃走した犯罪者の足取りも不明。俺の今までの調査は全て無駄という事だ。

 そうすると、屋敷に帰るのが嫌になってくる。期待の目で出迎える彼女達に、何の成果も報告できない事が悔しかったし、嫌であった。何より、時間が経てば経つほどさよりの生存が心配になってくる。

 

もうダメかもしれない。

 

 そんな思いも湧いてくるようになった。鬱々とした気分を何とか振り切っているが、もちろん今日も成果なし。調査を行っていたギルドの椅子から立ち上がる気力すら湧いてこなかった。

 

「元気出してくださいカズマさん、私がいますよ」

 

「そんな事言われても無理ですよ……」

 

「大丈夫、私はあなたの味方ですから」

 

 ギュっと誰かに抱きしめられる。その暖かな感触と安心できるいい匂いで、俺はとても心が安らいだ。そして、思わず眠くなってきた時、ふと異常に気付く。景色が辺境の街から薄暗い空間に変わっていたのだ。何より、俺の事を抱きしめる女性は……!

 

「エリス……様……?」

 

「はい、私ですよカズマさん。やっと帰ってこれました……」

 

「エリス様……!」

 

 俺は彼女の事をキツく抱きしめる。そして、希望や安心感も湧いてくる。なんだか、彼女という存在自体に救われた気がした。ずっと、彼女の事を待っていたのだ。

 

「カズマさん達の状況はすでに把握させて頂きました。私がいない間に、本当に大変な目にあいましたね。ごめんなさい……私がいないばかりに……! 本当にごめんなさい……!」

 

「エリス様……あなたのせいではありませんよ。だから、泣かないでください」

 

「でも……」

 

 泣きじゃくるエリス様を俺は抱きしめ続ける。俺の事を思って泣いてくれている彼女の事をとても愛おしく感じた。そして、彼女はそんな俺に涙を擦り付けてきた。何というか、エリス様も相変わらずだ。

 

「そうですね。私が泣いていたら意味がありません! カズマさん、今後の事を話し合いましょう!」

 

「ええ、よろしくお願いしますよエリス様」

 

 それから、俺は彼女に今までの事を改めて話し、そしてこれからの事を話し合った。その結果は落胆すべき事が多かった。特にこの二カ月で結局アクアの居場所が掴めなかったという報告には落胆したし、ゆんゆんの事に関しても厳しい答えが返ってきた。それでも、少しだけ希望の見えてきた。

 

「やっぱり、ゆんゆんは治せませんか……」

 

「ごめんなさいカズマさん。浄化をする事はできても、もう人間に戻すことは私ではできません。あの秘術は魂の在り方を歪めるものです。煉獄で途方もない時間をかけて浄化する事で、いつかは人間に転生させる事ができるかもしれない。女神である私でもその程度が限界なんです」

 

 そう言って謝るエリス様をぶん殴って、使えない女神だと罵ってやりたい気持ちに少しだけなる。しかし、これはある程度は覚悟していた。めぐみん達の調査でも、不死者を治療する手段は見つからなかったし、アクアですらウィズを放置する事しかできないのを見てきたからだ。

 

「ですが、ゆんゆんさんはまだ悪い事はしていませんし、同情の余地があります。エリス教には神の裁き与えるまで、少しばかりの猶予を与えると伝えましょう。これで、しばらく彼女は無事のはずです。反発はあるかもしれませんが、それくらいは言い包めて見せますよ」

 

「エリス様……! 本当にありがとうございます!」

 

「女神としてダメダメな判断ですけどね、本当に、この事は内緒ですよ?」

 

 クスリと笑うエリス様の姿を見て、俺はとても安心させられた。少なくとも、いきなり滅ぼされる可能性は減ったのだ。これでゆんゆんは不自由すぎる生活から脱却できるかもしれないし、ダクネスにこれ以上迷惑をかけなくて済むからだ。思わず、手を合わせて彼女の事を拝んでしまった。

 

「それと、さよりちゃんの事は私にも協力させてください。エリス教に協力要請をしますし、私自身も探そうと思います。これからは、あなたの事を全力で手伝わして頂きます」

 

「マジですか……!?」

 

「ええ、マジです。カズマさん、一緒に頑張りましょう!」

 

 そう言って微笑むエリス様に、俺は本当に感謝の思いでいっぱいになった。これで、希望は見えてきた。それに、エリス様と一緒ならどこまでも頑張れる。そんな気がした。

 

「それじゃあ、エリス様! 俺はこの事をゆんゆんやめぐみん達に伝えてきますね!」

 

「待ってくださいカズマさん。彼女達への説明はすでにクリスが行っています。ですから、報告の必要はありません。それより、私はあなたの事も心配なんです。あまり、焦らなくてもいいのですよ?」

 

 エリス様が再び俺の事を抱きしめてくる。彼女にこうされると、本当に気持ちが良いのだ。そして、俺自身もいくらか冷静になる。まだ、彼女と話したい事はたくさんある。俺はしばらく、彼女の暖かさに身を任せる事にした。

 

「カズマさん、ゆんゆんさんがリッチーになってからどう過ごしてましたか?」

 

「そりゃあ色々と頑張りましたよ。アイツをこれ以上悲しませたくありませんからね」

 

「なるほど、それじゃあカズマさんもきちんと悲しみましたか? ゆんゆんさんは理不尽な目に遭ってリッチーに、さよりちゃんは今も行方不明。あなたも悲しかったでしょう?」

 

 優し気な目つきで、エリス様が俺の頬を撫でてくる。何だか、俺の中で行き場のない感情が荒れ狂いはじめる。だが、それを表に出すわけにはいかない。いかないはずで……

 

「カズマさん、私には強がる必要はありませんよ。ゆんゆんさん達を心配させないために必死だったんですね。でも、あなただって相応に苦しんでいるんです。ここは私とあなただけの空間ですから、大丈夫です。あなたの弱さも私は理解していますから」

 

「俺は……強がってなんか……」

 

 言葉が続かなかった。だが、慈しむように俺を撫でるエリス様を見て何だか我慢が出来なくなった。俺だって苦しくて……悲しくて……! このまま幸せに終わると思った人生がこんな理不尽に……突然に……!

 

「大変でしたね。そして、よく頑張りました。あなたは素晴らしい男性です。でも、今くらいは泣いていいんですよ?」

 

「俺は……俺は……!」

 

「大丈夫、私が全部受け止めてあげますから……」

 

 それから、俺は何をしたかよく覚えていない。でも、エリス様にとても無様な姿を見せた事は理解している。そして、心がとてもスッキリしたし、これから頑張ろうという気力も湧いてきた。エリス様と一緒ならどこまでも頑張れる。改めて、そう思った。

 

 

「大丈夫ですよカズマさん。あなたには私がついていますから……」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 結局、俺はあのまま寝てしまったらしい。エリス様の暖かくて気持ちのいい膝枕に名残惜しくも別れを告げて立ち上がった。

 

「はぁ……何というかすみませんねエリス様……」

 

「いいんですよ。あなたのケアをする事も非常に重要ですから。それより、まだ時間はあるでしょう? お茶でも飲んでいってください!」

 

「そこまでお世話になるのは……」

 

「いいんです! ほら、席についてください!」

 

 何やらテンション上がり気味なエリス様に押されて、俺は半ば強引に椅子に座らせられる。そして、いつの間に準備されていたテーブルには湯気の立ったコーヒーが置かれていた。

 

「カズマさんの気分転換は今後のためにも必要なんです。屋敷では、あなたは常に気を張っていますからね。でも、私には愚痴でも何でも言って構いませんよ。泣き叫んだっていいんです!」

 

「まったく、エリス様は俺をなんだと思っているんですか……あんな姿はもう見せませんよ……」

 

「とにかく、あなたも十分にリフレッシュしてください。アクアさんは見つけられませんでしたが、お土産はいっぱい持ってきましたから」

 

 エリス様がパチンと指を鳴らすと、テーブルの上に様々なものが出現する。お菓子にお酒に、煙草、ちょっとしたテーブルゲーム。そのどれもが、なんだか懐かしいものばかりであった。

 

「私はアクアさんを探しに日本に行ってきたんです。カズマさんが喜ぶと思って適当に買ってきたのですが……迷惑でしたか?」

 

「いや、迷惑するわけありませんよ。でも、お酒や煙草を進めるのは女神的にどうかと思いますよ」

 

「それは……カズマさんに喜んで貰いたくて……」

 

 シュンとした表情を見せるエリス様は、何というか反則だ。それに、最近はワインばっかりであったため、缶ビールはとても魅力的だ。なんだか、久しぶりにワクワクとした気分になってきた。

 

 そして、気が付けば俺は飲んだくれていた。エリス様がお酌をしてくれるのだから、止められるはずがない。おまけに、スナック菓子も食い散らかす。安っぽくてジャンキーな味は本当に懐かしかった。

 

「うっく……それでダクネスの奴が毎回思わせぶりな態度でしてね……まったく……ぶち犯すぞあの野郎……!」

 

「あの娘も結構したたかなんですね。でも、後一歩が踏み出せない。ふふっ……可哀相……」

 

「アイツは可哀相なんかじゃないですよ! それより、ゆんゆんなんかいつも落ち込んでて……あいつに元気出して貰いたいけど……さよりは……ううっ……エリス様……もう一杯……」

 

「ダメです。今日はここまで。悪酔いはあまりよくありませんから」

 

 頬を指でつんと突かれる。それだけで、不思議と酔いは醒めた。長々と管を巻いていた事を恥ずかしく思いながらも、心は随分とスッキリしていた。やはり酒の力……ではなく女神の力は偉大という事だろうか。

 そして、コーヒーを口に流し込んでいる時、俺の手は自然と煙草に伸びていた。どうも欲望に素直になっている自分自身に呆れながらも、エリス様がいいと言うなら頂こうという大義名分を立てて煙草を口に咥えた。そんな俺を見てエリス様はクスクス笑う。そして、懐からジッポライターを取り出して火を灯した。

 

「火はいりますか?」

 

「もちろん……って女神のくせにこんな事して……日本で変な知識を仕入れてませんよね?」

 

「別にこれくらいは許容範囲ですよ。それに、このジッポは昔から持っているものです。あなたが最初期に魔法具店に納品したものの一つなんですよ。私の大事な宝物です!」

 

 そう言って微笑むエリス様は、本当に女神そのものであった。一瞬でも、ホステスみたいだなんて思った事をこちらが恥ずかしく思う程だ。

 

「でも、ジッポの初期生産品は結構人気ですぐ売り切れたんですよ? よく入手できましたね。もしかして、あの時から俺を尾行してたんですか?」

 

「ふふっ、違いますよ。後からどうしても欲しくなりまして、だから……って何言わせるんですか!?」

 

「はぁ……? いや、もしかしてエリス様……」

 

「ぬ、盗んでないですよ! ええ、まったく! そんな事私がするわけありませんよ!」

 

 聞いてもないのにそんな事を言い出すエリス様がおかしくて、俺は思わず爆笑してしまう。本当に悪い女神様だ。

 最初は顔を赤くしながら否定していたが、諦めたようにエリス様も笑った。そして、今も爆笑している俺に、再び抱き着いてきた。

 

「やっと笑ってくれましたね……」

 

「いや……くふっ……仕方ないでしょう! こんなの笑わずにいられませんよ!」

 

「もう、本当にカズマさんは……まぁ、いいでしょう。カズマさん、もうすぐ時間です。こっちを向いて?」

 

「何ですかエリス様? もしかして別れのキスでも……んむっ!?」

 

 そのまさかだったらしい。押し付けられた柔らかな唇は俺の全てを溶かしつくすほど甘美なものであった。そして、府抜けている間にたやすく彼女の侵入を許してしまう。薄闇の空間に唾の絡み合う音が響いた。

 

「んじゅ……んはっ……んっ……これで大丈夫ですよカズマさん」

 

「にゃ、にゃにがでひゅか……?」

 

「ふふっ、呂律が回っていませんよ。もっとしゃっきりしてください。“浄化”はこれで終わりましたから……」

 

 妖艶に微笑むエリス様をこれ以上は直視できなかった。それに、とてつもない興奮に襲われて自分自身が制御できない。だから、俺は慌てて中腰で逃げ出した。そして、溢れてくる罪悪感を振り払い、言い聞かせるように呟いた。

 

 

「浄化なら仕方ねぇよな……!」

 

 

 

 

 結局、転移魔法でダスティネス家に帰り着いたのは夜に差し掛かった頃であった。そこには、いつもよりかは元気そうな顔を浮かべたゆんゆん達が出迎えてくれた。その事に、また罪悪感を覚える。まぁ、あれだ。切り替えて行くしかない。

 そして、夕食はゆんゆんが作った料理を久しぶりに食べる。それが、また俺の気力を向上させるのに役立った。ただ、少しだけ気になる事があった。ダクネスと、めぐみん達の仲が少しだけよそよそしく見えたのだ。だが、そこは新たに仲間に加わったクリスが上手く取りなしていた。本当に女神様様である

 

 

 だが、その間も俺の中に燻っていた欲はどんどんと膨らむ。ダクネスや、ゆんゆんがいつもより積極的なのも原因の一つだろう。思えば、処理は一人でしていた。希望の見えた今夜くらいは、しても許されるかもしれない。そう自分を正当化しつつ、俺はベッドに入ってからべったりくっついているゆんゆんに話しかけた。

 

「な、なぁゆんゆん……」

 

「何ですか……?」

 

「その……久しぶりにしてもいいか……?」

 

 俺の言葉を聞いて、彼女は驚いたように目を見開く。そして、申し訳なさそうに顔を伏せる。その両目には、大粒の涙が浮かんでいた。それを見て、俺は自分の失態を悟る。浮かれすぎていた。そうとしか言えなかった。

 

「ごめん……なさい……! 私はまだ……ひぅ……!」

 

「ああー泣くなっての! 俺が悪かったから……! でも、一緒に寝るくらいは構わないんだよな? それなら、もっとこっちに寄ってくれ。暖めてやるからさ……」

 

「ふぐっ……あうっ……カズマさんカズマさん……!」

 

 結局、その夜はゆんゆんをあやし続けた。どうも、俺のデリカシーがなかったらしい。まぁ、当然と言えば当然か。ともかく、頑張ろう。そう、心に決めた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 エリス様降臨からはや一か月、俺は順調にさよりの情報を掴んでいた。非常に断片的、かつ信憑性は微妙なものだが、何も情報が得られなかった今までに比べたら大進歩だ。それも、エリス教の協力とエリス様の協力のおかげである。

 また、移住場所をダクネスの離れから移す事に成功した。とはいっても、拠点をアクセルの街の屋敷に移しただけである。それでも、エリス教の監視下であるならば、ゆんゆんも自由を少しだけ手に入れる事ができた。もちろん、彼女の立場が微妙である事は変わりない。エリス様の裁きの猶予も、アクア降臨の時までとされている。両方の宗派も、神に浄化されるのが最善として今の所は表立った動きはない。だが、絶対安全とは言い切れない。

 手配書は両宗派の要請と、協力をお願いしたアイリスのおかげで取り下げてもらう事はできた。しかし、半ば強引な手段を使ったため、反発も予想される。この点に関しては今も警戒中だ。

 

 

 それでも、希望は見えてきた。いずれは、さよりも見つかるかもしれないし、アクアとエリス様が揃えばゆんゆんの事もさよりの事も何とかなるかもしれない。そんな思いから、俺の心にも余裕が少しできる。おかげで、今まで悩みもしなかった事に悩むことになった。

 

 ぶっちゃけて言うと、性欲だ。エリス様が降臨して以降、彼女との気分転換は日課になっていた。そして、毎回のように“浄化”を受けるため、俺の心身は色んな意味でボロボロ。ゆんゆんは相変わらずであるため、そういう事はできないし、サキュバスはいないため発散はできない。実際の風俗に行くには、リッチー化したゆんゆんが怖すぎる。だから、俺の相棒は久しぶりに右手になっていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「んっ……んじゅっ……今日もお疲れ様でした。残念ながら成果はありませんでしたが、明日は情報にあった裏ギルドに潜入します。今日はゆっくり休んでくださいね?」

 

「了解ですよエリス様。それじゃあ、今日はここで……!」

 

「待ってくださいカズマさん。最近、帰るのが早い気がします。何か急ぎの用事でもあるのですか?」

 

「な、ないですよ! ただ、そんな気分なんです。それじゃあ、また明日……!」

 

 俺は逃げるようにエリス様から背を向ける。別に急ぎの用事はない。ただ、早く帰ってヌきたいだけである。中腰でヒョコヒョコ逃げ出し、転移魔法を唱え始めた時、俺の背中にエリス様が抱き着いて来た。そして、両手を……

 

「ちょっ!? エリス様、何やってるんですか!? それはマズ……マ……おほっ!?」

 

「なるほど、そういう事でしたか。あなたの性事情は恥ずかしながら把握しています。私に任せてください。大丈夫、手でするだけですから……」

 

「でも……俺にはゆんゆんが……その……!」

 

 混乱した思考の中で俺は否定の言葉を紡ぎ出す。これはどう言い繕っても不貞という他ない。何より、罪悪感が凄いし、もしバレてしまったら大変だ。そんな思考も、首筋をエリス様に舐められる事で脆くも崩れ去っていく。そして、彼女の囁きがトドメとなった。

 

「大丈夫ですよ、絶対にバレません。それに手でするだけですから……」

 

「本当ですか……?」

 

「もちろんです。この空間は私とあなただけのもの。最後には浄化してあげますから、アフターケアもバッチリです」

 

「いやしかし……それでも俺は……」

 

「えいっ!」

 

「ふぁっ!?」

 

 気付けば、ズボンをずり下ろされていた。そして、バッキバキに勃起したペニスが解放されてしまった。右手以外の刺激が久しぶりに得られそうな事を感じ取っているからであろうか、ペニスはもう、今までにないくらいビンビンでいらっしゃった。

 

「ふふっ、こんなに大きくして……溜まっていたんですね……」

 

「エリス様、本当にそれ以上は!」

 

「大丈夫ですよ? これもカズマさんのためですから……」

 

 口からは否定の言葉が出る。でも、逃げようという気にはならなかった。そして、エリス様が俺の腰を左腕でがっちりホールドする。背中に、彼女のふにふにとした胸の感触が押し当たり、腰が砕けそうになる。もちろん、右手は俺のペニスに添えられていた。

 ひんやりとしながらも、確かな暖かさがあるエリス様の右手は、自分のものと比べたら非常に小さく柔らかかった。

 

「それじゃあ擦りますね……んしょ……!」

 

「おふぁっ!? おおっ……!?」

 

「ふふっ、情けない声ですね……せっかくですから、私も少し……んっ……んちゅっ……!」

 

「うっ……本当にエリス様は……くっ……!」

 

 エリス様のきめ細やかな手が、俺のものをしごき上げる。同時に首筋を舐め上げられて、情けない声をあげてしまう。だが、これは仕方ない事だ。本当に久しぶりなのだ。

そして、背中にふにふにとした感触に混じって、コリコリとした感触が擦れるのを感じる。どうやら、ノーブラであるらしい。しかも、乳首は明らかにたっている。その事が、何だか非常にムカついた。

 

「んひゅっ……あぅ……んっ……凄いビクビクしてる……もう出しちゃうんですか……?」

 

「そりゃ……久しぶりで……おふっ!? も、もうちょっとゆっくり……!」

 

「なるほど、速くですね?」

 

「おおおおおっ!?」

 

 ペニスに絡みつく手のスピードが一気に上がる。すでに、彼女の手は亀頭から溢れたガマン汁に濡れている。おかげで、ぬちゅぬちゅという淫靡な水音鳴り響き、それが更なる興奮の材料となった。もうダメだった……我慢の限界であった……

 

「エリス様……俺もう……!」

 

「どうぞ……いっぱい出して……んぐっ……!」

 

「おっ……おおっ……! おおおおおっ!? おうっ……う゛っ!」

 

「ひゃあっ!? 白いのいっぱい出ましたね……うふふっ……!」

 

「おおおおおおっ……」

 

 俺のペニスはあっけなく爆発した。とてつもない気持ちよさに半ば放心しながら、床に飛び散った精液を見る。何というか、本当に大量であった。だが、精液はすぐに霧散する。この部屋の浄化機能が働いたのであろうか……

 

「カズマさん、私の手を見てくださいよ。おかげで精液濡れです。本当に凄い匂い……」

 

「いや、実は言うと本当に溜まってましてね? しかもエリス様が……」

 

「んっ……じゅる……んぁっ……んふっ……!」

 

「エリス様……!?」

 

 右手についた俺の精液を、エリス様が丁寧に舐めとっていく。そして、しばらくちゅぱちゅぱとした音を響かせた後、妖艶な微笑みを浮かべた。その顔を見て、俺の足はフラフラと彼女の方に向く。止めようと思っても、足が止まってくれないのだ。

 そんな俺を見たエリス様は、微笑みを深くする。そして、いつの間にか出現していたベッドの上に腰かけた。

 

「どうします? 最後までしちゃいますか……?」

 

「……………」

 

「ゆんゆんさんに悪いと思うのですか? それなら安心してください。彼女なら許してくれます。あなたも聞いたのでしょう?」

 

 ぼやけた意識の中で、俺はゆんゆんの言葉を思い出す。あの後、俺は何回か彼女を誘ったのだ。その時、否定の言葉と共に言われたのだ。“めぐみん達を抱いても構わない”と。あの言葉を聞いた時、俺は非常に悔しかったし、悲しかった。だから、彼女以外は……

 

そう決めたはずなのに、俺の足はエリス様の下へ一歩近づいた。

 

「絶対にバレませんよ。今後もあなたと私だけの秘密です。あなたが非常に頑張っているのは私も見ています。少しぐらいは私が許しましょう。ふふっ、女神のお許しが出たのですよ? さぁ、カズマさんこっちにきて……?」

 

 フラフラとした足取りで、俺は彼女の目の前に辿り着く。今だ葛藤を続ける俺の心はぐっちゃぐちゃだ。そんな俺の状態を知ってかしらずか、彼女は無邪気に微笑んでスカートをたくし上げる。

 エリス様の純白の下着は、すでに濡れそぼっていた。そして、彼女の綺麗なふとももには、とろりとした愛液が垂れていた。

 

「カズマさん、私と浮気しませんか……?」

 

「…………」

 

「ああっ、失言でした。今のはなしです……だって……」

 

彼女が、妖艶な微笑みを浮かべながら、俺の耳元でそっと囁いた。

 

 

「バレなきゃ浮気じゃないですから」

 

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

「きゃっ!?」

 

 俺はエリス様を突き飛ばしていた。こんな時に、そんな事を言う彼女の事が許せなかった。だから、俺は彼女を拒絶したのだ。もうここにはいたくなかった!

 

 

そう思ったはずだ。

 

 

 そう思ったはずなのに、俺は真逆の行動を取っていた。エリス様をベッドに突き飛ばし、その上に覆いかぶさる。そして、ギンギンに勃起したぺニスを彼女の熱く濡れた秘所へ下着越しに擦り付けていた。

 

「いいんですよカズマさん。私が“許し”ます。だから、あなたの好きにしてください。私の事を滅茶苦茶に犯してください……」

 

「ぐっ……うっ……!」

 

「落ち着いて……ここに挿入したいのでしょう……?」

 

 エリス様の手が、俺のペニスに添えられる。そして、ずらした下着のスキマから覗く濡れた秘所に俺のものを誘導する。亀頭が熱くて柔らかくて気持ちの良いものに包まれる。その瞬間、俺は反射的に腰を深く突き込んでいた。

 

「あああああっ!? 深い……きてる……カズマさんのが……いっぱい!」

 

「っ……!?」

 

「ひぁっ!? 突いて……もっと私を突いてくださいカズマさん!」

 

「ぐっ……このっ……くそっ……ぐっ……!」

 

 もう、抵抗らしきものはできなかった。気持ちがいい……目の前の存在を犯しつくしたい。その事だけに支配される。そして、彼女の足が俺の腰に絡みついて来た時、頭の中で何かが切れた。

 

「この……この淫乱女神がああああああああっ!」

 

「ひゃあああああああっ!? 深い……深すぎで……うぁ……!?」

 

「何が、“ひゃああああっ!?”だゴラアアアッ!」

 

「ひゃぐっ!? ひぎっ……いやっ……これ以上は本当に……!」

 

 俺は、全体重をかけてエリス様の事を押し潰していた。もちろん、ペニスは彼女のコリコリとした最奥に到達している。苦し気な悲鳴をあげるエリス様だが、それすらもムカツいた。もう、彼女の事を無茶苦茶にぶち壊してやりたい。そんな思いに支配されていた。

 苦し気にしているエリス様は、背中をペチペチと叩いて反抗してくる。それもまた、非常にムカついた。だから、俺は彼女の首に両手を回して締め上げてやった。同時に、ペニスを締め付ける力が強くなる。そんな彼女にまたムカツいて……尚且つ愛おしかった。空気を求めるように口をパクパクさせている彼女の唇に、思いっきりむしゃぶりつく。そして、腰を強く突き上げた。

 

「かっ……ひっ……んぁ……んじゅっ!? みゅっ……んんんんんんっ!?」

 

「んぐっ……! ごめんなさいエリス様……! 苦しいですよね……ほら、今手を離しますから……」

 

「はひゅっ……!? んぅっ……か……かじゅましゃん……! ちょっとひどすぎる気が……ぐうううううっ!?」

 

「案外余裕そうですね。それならもっとしてもいいですよね?」

 

「ぐっ……んんんんんんんっ!」

 

 顔を赤くして、ぶんぶんと首を振るエリス様が、憎くて可愛くて仕方がなかった。だから、もっと締め上げる。そして、ペニスを擦り上げる膣内の感触に脳が痺れる。あまり使い込まれていない膣穴は、俺にとっては少し久しぶりだ。それに、締め付ける力が尋常ではない。俺はまた、早くも限界を迎えそうになっていた。

 

「ああ……イきますよエリス様……! 中でいいですよね……?」

 

「ひぎっ……うぁ……! いいですよ……いっぱい……乱暴に犯しながら……んっ……全部出して……!」

 

「エリス様……!」

 

「んっ……あぐっ……ひぃいいいいいっ!? やっ……んんんんんっ!」

 

 エリス様の腰がガクガクと震える。そして、暴力的なまでの締め付けで俺のペニスを蹂躙する。どうやら、軽くイッてしまったらしい。こんなにもヒドい目に遭っているというのに絶頂するなんて、本当に女神は謎だ。でも、それは俺にとって非常に都合がいい。

 ガンガンと腰を動かしながら、エリス様の首を締め上げる。そして、コリコリとした小さな乳首を服越しに齧りついた。その瞬間に、エリス様の腰が再びはねる。どうやら、彼女はマゾヒストの気があるらしい。

 

「イキますよエリス様……!」

 

「ひぐっ……あうっ! むぐっ……ううううっ!」

 

「ああ出る……おおっ……う゛っ!」

 

「ひぎっ!? んぐぐっ……ふぁっ……んんんんんんっ!?」

 

 彼女の膣内に、俺は遠慮なく射精する。ビクビクと動くペニスを彼女は確かな締め付けで受け入れてくれた。そして、射精の瞬間には彼女の首から手を離す。代わりに、蕩けた口内に舌を突き入れて深く口づけを交わした。そのまま、射精の余韻をエリス様の口を蹂躙しながら楽しみ続けた。

 

「んぐっ……エリス様大丈夫でした? その、首とか……」

 

「んっ……ちっとも大丈夫じゃないです! 死ぬかと思いました!」

 

「でも、イッてましたよね?」

 

「それは……!」

 

「まぁ、でもおかげで滅茶苦茶気持ちよかった…エリス様も頑張りましたね……」

 

「あうっ……!」

 

 俺は、色んな意味で赤くなっているエリス様の顔を唇で啄んだ後、頭をゆっくり撫でたやった。そうすると、彼女は嬉しそうな顔を向けてきた。

 

「えへへ……それなら……そのよかったです……! でも、次は優しくお願いしますね?」

 

「もう、二回戦の催促ですか? 相変わらずの淫乱女神なんですね」

 

「ふふっ、あなたにもっと抱かれたいんです。それに、カズマさんだってまだまだ満足していないでしょう?」

 

無邪気に微笑む女神様を見て、俺の理性は再び切れた。

 

 でも、今度は彼女の要望通りだ。甘く切ない声を上げるエリス様をたっぷりと蹂躙した。そして、彼女の喜ぶ顔がもっと見たくなった。結果として、俺は久しぶりの十連戦をする事になる。気持ちが良かった……エリス様の事が愛おしくて仕方がなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食時も過ぎた頃、俺は屋敷に帰りつく。玄関では笑顔を浮かべたゆんゆんが待っていた。その姿を見て、俺は今更ながら罪悪感に苛まれた。そんな俺の事を知ってか知らずか、ゆんゆんはぎゅーっと抱き着いて来た。

 

「もう、遅いですよカズマさん、何かあったんですか?」

 

「いや、ちょっとな。でも、明日にはまた新たな情報が手に入るかもしれない。期待していいぞ」

 

「そうですか。それなら、今日はもう寝ましょうか。カズマさんも疲れたでしょう?」

 

「あ、ああ……」

 

 いつもより、優し気な目をしたゆんゆんに連れられて、ベットに向かう。そのまま、俺は彼女と一緒に横になった。そして、彼女は俺の服をはぎとり、暖を取るようにピッタリくっつく。少し火照った体に、彼女のひんやりした感触はとても心地よかった。

 

「おいゆんゆん、風呂入ってないから結構汚いぞ俺?」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。むしろ匂いを付けちゃいたいくらいです!」

 

 そう言って彼女は、俺の体に自分の体を擦り付けてきた。しばらく、布団の中でモゾモゾと体を動かす音が部屋に響く。そして、満足した表情で布団から出ると、彼女は俺の事を強く抱きしめてきた。

 

「ごめんなさいカズマさん。私のわがままのせいで……」

 

「気にするな。さよりが見つかったら、嫌って言っても抱いてやるからな」

 

「ふふっ、そんな時が来たならば、是非お願いしますね」

 

 クスクスと笑いながら、彼女は俺にキスをする。ひんやりとしているが、心は熱くなった。そして、罪悪感も強くなる。こんなゆんゆんを俺は……

 

 

「カズマさん、あなたって、とっても綺麗ですね」

 

 

「何だよそれは……そんな事初めて言われたぜ……」

 

 

「そのままの意味ですよ。だから、私が穢しちゃいます!」

 

 

そう言って、彼女は俺の事を一晩中離さなかった。

 

 

 

 







うーんなんだこれは……


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懐かしい味

長くなったので分割しました。続きは3~4日後くらいに投稿します。



 

 

「んっ……はむっ……んじゅっ……んはっ……ちゅるっ……!」

 

 薄闇の空間に女の熱い吐息と下品な水音が鳴り響く。俺はそんな状況を呆けた表情で受け入れていた。ここは、天界にある秘密の部屋。外界から隔絶された空間は、彼女との爛れた関係を続けている要因の一つとなっていた。

 

「んくっ……ふみゅ……んっ……んっ……んんっ……」

 

 いや、それはひどい言い訳だ。単に俺の意志が弱いだけである。椅子にどっかりと座りながら、俺はそう思った。

 そして、座っている俺の下半身に無我夢中でむしゃぶりついている女は、この世界の神であるエリス様だ。彼女は犬のように四つん這いになり、俺の勃起した逸物を貪るように口に含んでいる。その光景は男として、人間としての支配欲や優越感に浸れる蠱惑的なものだ。

 俺はそんなエリス様の姿を見ながら、新たに口に咥えた煙草に火を灯す。灰皿の上には、すでに吸い殻で満杯になっていた。

 

「んぶっ……! んっ……その……気持ちよくありませんか?」

 

「いや、後ちょっとでイける気がする。エリス様、この煙草を吸い終わるまでに俺をイかせる事が出来たら豪褒美上げますよ?」

 

「……! んんんんっ!? んじゅっ……んぶっ……むぐっ……んはっ……!」

 

「おふっ!?」

 

 ご褒美という言葉を聞いた瞬間、エリス様がペニスを両手で掴み、自ら狙いを定めて喉奥まで咥え込む。そして、先ほどよりも激しく頭を上下に動かした。彼女は一心不乱でありながらも、舌を裏筋や亀頭に絡めるようにきちんと動かしている。

 思えば、エリス様とこのような爛れた関係になってから数か月が経過した。稚拙だった彼女のテクニックもかなり上達している。調教の成果でもあるのだが、これは自然と技術が上がってしまうほど体を重ねている事も意味していた。

 

「ふぅ……エリス様、煙草はもう半分ほどになりましたよ。女神のくせにこの程度なんですか?」

 

「んぶっ……! むぅ……! んぐ……んひゅっ……!」

 

「はっはっは! その怒り顔は可愛いですよ。でも、それだけじゃイけないなぁ……」

 

 俺のモノを口に含みながら睨んでくるエリス様に俺は思わず下卑た笑いを浮かべてしまう。そして、そんな彼女を見ながら俺は残り短くなった煙草をゆっくりと吸って燃焼させた。

 性的な快楽と、体に浸透する煙の旨みで俺の我慢が切れ始める。早い話が、射精感がこみあげてきた。俺も随分と情けなくなったものだ。

 

「あー……前言撤回ですエリス様……もうイキそうです……」

 

「……! んっ……いいんですよカズマさん……ガマンしないでいっぱい出してくださいね……んぁ……じゅる……はみゅ……!」

 

「ああー……」

 

 なんだか、全てがどうでも良くなってくる。今はこの快楽をもっと味わいたい。そして、俺の顔を上目遣いで見ながら口淫を続ける女神様の事を可愛がりたい。そんな思いでいっぱいになる。

 だから、俺は目下で揺れるエリス様の頭をそっと撫でた。彼女は目を細めながら愛撫を受け入れ、俺のモノを更に強く責め立てる。暖かい吐息と亀頭に絡みつく舌と唾液は最高に気持ちが良かった。仕方ない……こんなに気持ちいいなら射精しても仕方ない。そんな意味不明な事を自分に言い聞かせながら、俺は快楽に身を任せる事にした。

 

「あっ……あー……」

 

「んっ……はむっ……んじゅっ……んはっ……ちゅるっ……!」

 

「おっ……あー出る……あー……う゛っ!?」

 

「んぶっ!? んっ……んっ……んんんんんんっ……!」

 

「おふっ……」

 

 ドクドクと脈打つ性器から溢れ出る精液をエリス様の口内に構わずぶちまける。そして、彼女は口内で暴れる竿を口と手で押さえ、射精が続いている亀頭に強く吸い付く。おかげで、俺の精液は残らずエリス様に吸い取られた。快楽と倦怠感に思考に深く沈む中、彼女が淫靡な水音を響かせながら、ゆっくりと性器から口を離す。

 そして、エリス様は頬を真っ赤に染めながら俺を見上げて口を大きく開ける。もちろん、露わになった彼女の口内はぷるぷるとした白濁の液体で満たされていた。

 

「最高でしたよエリス様。女神なのに随分とフェラが上手くなっちゃいましたね」

 

「んっ……んんっー!」

 

「照れてる姿も可愛いですよ。じゃあ、残らず飲んでくださいね……」

 

「んっ……んくっ……ん……! んぁ……全部飲みましたよ……今日のはとても苦くて濃ゆかったです……!」

 

 口を開けて精液を残らず飲んだ事を俺に見せつける。そして、どこか誇らし気に微笑んだ。そのまま、彼女は俺の腰に強く抱き着いてくる。そんなエリス様の頭を撫でながら、俺は煙草を吸って灰皿に吸い殻を押し付けて放り込む。射精後の快楽と倦怠感の余韻を楽しみながら、俺は天井に向かって大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

「何やってるんだろう……俺……」

 

「んっ……いきなりどうしたのですかカズマさん?」

 

「いや、状況的に最悪ですよこれ! ゆんゆんがいるのに俺はこんな……」

 

「ふふっ、カズマさんってば射精しちゃって冷静になったんですね? これが賢者タイムというものですか。ふむふむ……」

 

「それを言わんといてくださいよエリス様!」

 

 我ながら、自分のクズさ加減が嫌になる。全てが終わって出すモノ出してからこんな思いになるなんて、非常に浅ましい。思わず、頭を抱えてしまう俺の事を、エリス様は強く抱きしめてきた。

 

「大丈夫ですよカズマさん、絶対にバレたりしませんから。それに、あなたはとても頑張っています。少しくらいの息抜きは必要不可欠なんです。そうしないとあなたが壊れてしまいますよ」

 

「でも……俺は……」

 

「でもじゃありません。あなたが壊れてしまったら、ゆんゆんさんも、めぐみんさんも、ダクネスも……私だって不幸になってしまいます。だから、いいんです。後悔するのは、さよりちゃんを取り戻してからでいいのですから……」

 

 俺の顔に白くて肌触りの良い彼女の羽衣と、小さいながらも、ふにゅりとして柔らかい胸が押し当たる。その気持ちよさと安心感に思考が鈍る。気が付けば、俺はエリス様を掻き抱いていた。

 

「カズマさんの罪はこの女神エリスが許します。それに、あなたの頑張り続けている姿が、ゆんゆんさんの心の支えにもなっているんです。ですから、今は一緒に頑張りましょう?」

 

「…………」

 

「大丈夫ですよカズマさん。あなたには私がついていますから……」

 

 耳元でそう囁かれて全身から力が抜ける。結局、いつもこうなってしまう。ゆんゆんやさよりへの罪悪感は非常に大きいのだが、今の俺にとってエリス様の存在は手放せないものになっていた。

 彼女の存在が絶望に呑まれそうになる俺を奮い立たせてくれる。エリス様の支えと頑張りが、もはや俺の頑張り続ける理由の一つとなっていた。

 そして、空振りに終わる捜索や、落ち込むゆんゆんを支える時に抱いてしまう心労を彼女が優しく癒してくれる。自分でも分かってしまうくらい、俺はエリス様の優しさと与えてくれる安心感と快楽に依存していた。

 

「エリス様、今日の捜索も結局失敗でした。あなたと……クリスと一緒に潰した裏組織にさよりの姿はなかったし、情報すら何も掴めなかった……!」

 

「そうですね……でも多くの人を救う事が出来ました。カズマさんに感謝している人はたくさんいます。エリス教の信徒達も、ようやくあなたの事を認めるようになってきたのですよ?」

 

「そんなの俺の柄じゃない。それに、さよりが救えなきゃ意味がない……!」

 

 さよりが行方不明になってもう数か月が経過している。見守れて当然と思っていた彼女の成長が見られない。それが、悔しくて悲しくて、頭がどうにかなりそうだった。溢れ出そうになる熱いモノと、爆発しそうなほどの感情が荒れ狂う。エリス様はそんな俺を慰めるように撫でながら、耳元にそっと囁いて来た。

 

「カズマさん、あなたの行き場のない感情は私にぶつけてください。そして、泣きたいなら私は喜んで胸を貸します。あなたの弱さも悲しみも私は理解していますし、全て受け入れます」

 

「…………」

 

「大丈夫、大丈夫ですから」

 

「エリス様……!」

 

「きゃっ!? んんっ……そう……全部私が受け入れますから……!」

 

 気が付けば、俺は彼女の事を押し倒していた。そして、力の限り抱きしめる。そこで、彼女に対してどんな事を言ったかについて、はっきりとした記憶は残っていない。

 

でも、女々しい泣き言を言った事だけは何となく分かる。

 

 結局、俺はまた流されてしまった。でも、もう後戻りはできない。俺はエリス様の事が必要だ……そして――

 

 

 

 

 

 ふと、目を覚ます。後頭部に感じる柔らかな感触から起き上がると、微笑みを浮かべたエリス様と目があった。そして、彼女はまたクスリと笑ってから俺の唇を奪う。ぼやけた思考が、また鈍ってしまう。でも、この柔らかくて気持ちのいい感触から離れたくはなかった。

 

「んっ……浄化は終わりましたよカズマさん」

 

「…………」

 

「カズマさん?」

 

「うぇっ!? ああ、すいませんね本当に……」

 

 思わずペコペコ謝ってしまう俺の頬を彼女は優しく撫でてくる。エリス様にこうされると、俺は何もできなくなる。だから、しばらく彼女の柔らかくて暖かい愛撫を受け続けた。そして、いくらか気分を落ち着けたあと、俺は天界を後にする。名残惜しいと思ってしまう自分自身に深い嫌悪感を覚えた。

 

でも、もうどうしようもできない。

 

 若干重い足取りで、俺は夕暮れ時のアクセルの街を歩く。屋敷に帰り、玄関の扉を開けるとすぐさまゆんゆんが俺の胸に飛び込んできた。何やら体を擦り付けるように体を揺する彼女を軽く抱く。そうすると、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「お帰りなさいカズマさん。もうお夕飯、出来てますよ?」

 

「ただいまゆんゆん。夕飯か……毎日ありがとな」

 

「ふふっ、急にどうしたんですか? まぁ、お礼は素直に受け取っておきますね」

 

 そう言ってからゆんゆんは再び体を擦り付けながら、俺の首筋をクンクンと嗅いでくる。その犬っぽい姿に、俺は少しだけ懐かしくなった。あの駄女神も、こんな感じの時があったなと。

 そして、俺に引っ付いて離れない彼女を引きずりながらリビングの席につく。そこでやっと体を離したゆんゆんが、てきぱきと食事の準備を始めた。テーブルに並べられたのは白パンとハンバーグだ。ゆんゆんも席に着き、頂きますという食事の挨拶をした時、彼女の視線に気づいた。こちらをじっと見つめてくる彼女に俺は観念した。

 

「ゆんゆん、今日は前々から言ってた裏組織を潰したんだ。でも、さよりは見つけられなかった」

 

「え……? あっ……はい。その……ご苦労様です……」

 

「大丈夫だ。まだ他にアテはある。それに、もうすぐアクアが帰ってくるかもしれない。アイツとエリス様と俺が揃えばもう怖いものなしだ。さよりは絶対見つけるし、お前だって何とかして見せるさ」

 

 顔を俯かせて落ち込むゆんゆんを元気づける。気休めにしかならない言葉だが、彼女にこれ以上の心労は与えたくない。それに、二人の女神が揃えば本当に実現するかもしれない事なのだ。ともかく、今は彼女を元気づけようと決心して俺は席を立とうとする。その時、彼女は俯いた顔をすっと上げた

 

「私は大丈夫です。カズマさん、今は食べましょう? 頑張っているあなたに、私はこれくらいしかできませんから」

 

「そうか……なら俺も遠慮なく頂くよ」

 

 先ほどから一転して、ゆんゆんは微笑みを俺に向けてきた。そして、目を紅く輝かせながら俺を再び見つめる。彼女の無言の催促に負けて、俺はハンバーグを口にした。

 

「美味しいですかカズマさん?」

 

「…………」

 

「カズマさん?」

 

「ああ、すまんな。美味しすぎて我を忘れてた」

 

「本当ですか!? ふふっ、丹精込めて作ったのでその言葉は嬉しいです!」

 

 屈託のない微笑みを浮かべるゆんゆんの目の前で更に食事を口に運ぶ。そして、笑顔のゆんゆんを見ながら、俺は罪悪感と心配で頭がいっぱいになった。

 

「ゆんゆん、俺はお前の夫だ。俺にして欲しい事、して欲しくない事、なんだって頼んでいい。悲しみや怒りも全部俺が受け止める。だから、辛い事があるなら俺に相談してくれ。できる限りの事はやってやるさ」

 

「やっぱり今日のカズマさんはおかしいです! 大丈夫です。私はあなたと一緒にいるだけで幸せですから。だからもっと食べてください。あなたのために作ったんですから」

 

「本当に大丈夫なのか? 俺も人間だからな。言葉にして貰えないと分からない事もある。何か嫌な事があるなら一人で溜めこまないで、俺をどんどん頼ってくれよ……」

 

「心配性ですね。私は大丈夫ですから」

 

 ニコニコと微笑むゆんゆんに何故か気圧される。そして、彼女が見つめる中、俺は食事を再開した。彼女の料理の腕は確かだ。もちろん、このハンバーグも非常に美味しい。料理の味に関して全く不満はない。でも、俺はゆんゆんの事が心配で堪らなかった。ここは、はっきりと言うべきだろうか。しかし、それで彼女の気分を害するのは……

 

「カズマさん、美味しいですか?」

 

「ああ、美味いさ」

 

「どんな風に美味しいんですか?」

 

「これまた難しい質問だな」

 

 俺はハンバーグを口に更に放り込む。溢れる肉汁といい、焼き加減に加えてデミグラスソースによる味付けも完璧だ。文句なしに美味しい。でもこの味を例えるとするならば――

 

 

「懐かしい味だ」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 エリス降臨から数か月、私の生活も当初とは変わっていた。カズマとゆんゆんは居住地を私達が昔使っていた屋敷に移し、ダスティネス邸の離れの利用者は私とたまに訪れるクリスのみとなった。

 それでも、私の心は少しだけ穏やかであった。悔しい事だが、エリスの登場によりゆんゆんの状況と、さよりちゃんの捜索状況は少し好転した。そして、覇気がなかったカズマも毎日精力的に活動している。おまけに、そろそろ家出をしたアクアが帰ってくるかもしれないのだ。もしかしたら、元通りの生活に戻るのも夢じゃない。私は割と楽観的な思考になっていた。

 

だが、この数か月、私は毎日不快な夢を見るようになった。

 

 夢の詳細は全く思い出せない。ただ、夢の中の私はいつも激しい憎悪と怒りに支配されていた。そして、“何か”を思いっきり殴り、切り刻み、考えうる限りの苦痛と恥辱を与えた。もちろん、夢の中の私も最初は躊躇いや、自制心というものがあった。

 でも、“何か”を排除しないと、奴は私の大切なモノを奪っていくのだ。それはどんな悪夢よりも辛く苦しいものであった。代わりに、“何か”を排除出来れば私の大切なモノは無事であるし、どんな夢よりも幸せで気持ち良くなれる。

 

『怒りなさい……憎みなさい……恨みなさい……! そして、思い出しなさい! あの女はあなたを裏切った……騙した……大切で愛する男を奪った……!』

 

『奪った……』

 

『そうです! あなたから奪ったんです! 許さない……許せない……許したくない……! 心の奥に沈めたといえども、その感情はあなたの中に今もあるのです! さぁ、思い出しなさい! あなたの狂気と殺意と憎悪を!』

 

『う……あっ……』

 

『あの女に怒りなさい! 彼女を許した覚えなどない! あの女を憎みなさい! 彼女はあなたを裏切った! あの女を恨みなさい! 彼女はあなたの愛する男を奪った!』

 

 何かが私の頭の中で語りかけてくる。それは私の心をぐちゃぐちゃに踏み荒らす……私の中の思いを塗り替えていく……! それが嫌で嫌で仕方がなかった。そんな事を私が思うはずがない! 私はもう変わった……乗り越えた……! だから私は……!

 

『あの女はあなたの事を嘲笑しながら見ていますよ』

 

『え?』

 

『だって、あなたは惨めな負け犬ですもの。ふふっ、かわいそう……!』

 

 急に“何か”が私の目の前に現れる。そいつの表情は愉悦に歪み、くつくつと私を嘲笑う。

 

『そんな事、あなたは思ってないですよね……?』

 

『負け犬』

 

『嘘です……! 私とあなたはやり直せたんです! あなたは私の大切な……!』

 

『負け犬』

 

 “何か”の嘲笑と言葉を受けて、私は心の奥底に沈めていた感情が這いあがってくるのを感じる。ダメだ……そんな事を思っては……! でも、私の行き場のない感情は抑える事はできない。そして、私の右手にはいつの間にか宝物であるダガーが握られていた。折れた剣を鍛えなおし、護身用として彼にプレゼントして貰ったのだ。この大切な剣を、こんな事には……!

 

 

『あの女を殺せ!』

 

 

頭の中に響く声に、私は――

 

 

 

 

「っ……!」

 

 朦朧とする頭を抑えながら、私はベッドから起き上がる。また、夢を見ていたらしい。だが、心はスッキリとして、気持ちよさと幸せでいっぱいだった。窓から見える光景はまだ暗闇。下着に感じる違和感に思わず赤面しつつ、寝汗やら何やらをもう一度シャワーで流そうと立ち上がる。

 そんな時、離れの扉をノックされた。私は右手にいつの間にか握られていたダガーを鞘にしまい、ベッドの下に置く。寝ている間に私は随分と危ない事をしていたらしい。

 やっぱり、刃物と一緒に寝るのはあまりよろしくない。でも、カズマのダガーがあると“アレ”も非常に気持ち良くて……

 

 私は頭をぶんぶんと振って変な気持ちを吹き飛ばす。扉越しに聞こえる声は、カズマのものである。彼にこんな姿を見せるわけにはいかない。まさか夜這いなのかと若干ドキドキしながら、急いで下着を履き替える。そして、期待しながら扉を開けたのだが、それは杞憂に終わる。彼は私に情欲を込めた視線など、まったく送ってくれなかった。

 ただひたすらに暗い表情である。こうして、私は深夜に突然訪れたカズマの相談を聞く事になった。

 

 

「という事でめぐみん、助けてくれ。それとなく、アイツの憂いの原因を探って欲しい。絶対に何かを思い煩っているはずなんだ」

 

「あのですねカズマ、それはあなたの役目でしょう? 面と向かって聞けないのですか?」

 

「聞いたさ。でも、ゆんゆんは俺を心配させないように意固地になっている。もしかしたらこれ以上俺に迷惑かけたくない……そんな思いもあるのかもしれん。とにかく、俺だけじゃ彼女の憂いは把握しきれない。なぁ、めぐみん、心当たりはないか?」

 

「そう言われましてもねぇ……」

 

 私はベッドの上で頭を唸らせる。心当たりはないわけではない。しかし、リッチーの体になった事で今後は子供を産めないかもしれない……なんて事を私はカズマに言いたくなかったし、この事を伝えるのはゆんゆん本人であるべきだと思う。だが、いつかは話すべき事だ。やはり私が伝えるべきかと悩んでいると、カズマは小さく溜息をついた。

 

「今日の夕食はな、ゆんゆんの“愛”がたっぷり入ったハンバーグだったんだ……」

 

「なんですか、惚気のつもりですか?」

 

「ちげーよ。ぶっちゃけて言うと、ゆんゆんの血液たっぷりだった。お前なら、これが意味している事が分かるだろ?」

 

「はぁ……答えにくい事を聞いてきますね……」

 

 私もカズマの言葉を聞いて溜息をつく。曰く、二月程前から食事にゆんゆんの血が混じり始めたらしい。しかし、混入している血液がかなり少量であった事、リッチー化の前である結婚生活における食事にもたまに混じっていた事はあったので、あまり気にしなかったらしい。

 しかし、ここ一か月程でだんだんと血液が食事に混じる頻度と量が倍増。今までは料理スキル持ちじゃなければ気付かない程度の量であったのに、今日のは一口食べて血の味だと分かるくらいに混入していたそうだ。なんだか、聞いていてとても耳に痛い話だ。

 

「実は紅魔の里でゆんゆんのお母さんとか、ゆいゆいさんと話す機会があってな。彼女達も、昔は血液入り料理を夫に食べさせた事があるらしい。紅魔族の風習の一つとは理解しているんだが、やっぱりあの量は異常で……」

 

「いやいやいや! カズマは何を言っているんですか!? 紅魔族にそんなおぞましい風習なんてありませんから! というかあの人達も何をやっているんですか…!」

 

「そりゃあ、紅魔族は頭おかしいしな。お前だってやってたし……今思えばお前のあれも風習の一つだったのか……」

 

「ぐっ……うぐぐっ……!」

 

 そんな風習なんてありはしないのだが、過去の自分が拗らせて実行済みであるため完全否定する事はできない。モヤモヤとした気持ちで頭を唸らせながら私は地団太を踏みたくなった。ともかく、今はゆんゆんの事だ。カズマの話が確かなら、彼女に何かしらの心境の変化があったと考えるのはおかしくない事だ。

 

「なぁ、めぐみん、お前が血液を入れた時ってどんな心境だったんだ?」

 

「それは、あの時言ったじゃないですか。私は自分を傷つける事で何とか心を安定させていました。そして、カズマに私がこんなに痛い思いをしていると気付かせたかった……大丈夫かって心配されたかった……要するにあなたに構って欲しかったんです……」

 

「なるほどな。でも、今回のゆんゆんの行動はめぐみんのパターンとは違う気がするんだ」

 

 そう言って力なく笑うカズマを見ながら、私も思考をめぐらせる。確かに、ゆんゆんがカズマに甘える頻度は相変わらずだ。彼女のかまってちゃんな所は今も昔も変わってはいない。そうであるならば、なぜ血液を入れたのかという根本的な事に帰結する。

 私の場合は血液を入れる事より、自分に傷をつけて痛みを感じる事に意味を見出すようになった。しかし、ゆんゆんのようなリッチーの場合は物理的な痛みはほぼないと言われているし、傷も残らない。私の話の影響を受けた事も原因の一つだろうが、恐らく、彼女は自分の血をカズマに入れる事を重要視している。それは私にもあった原初的な思い……

 

「カズマ、ゆんゆんは血をあなたに入れる事で、自分をあなたに“刻みつけよう”としている可能性が高いです」

 

「刻み付ける……?」

 

「ええ、そうです。私の事をカズマに感じて欲しい……例え離れていても、他の女と関係を持っていようとも、私はあなたの傍にいる……そんな思いを刻み付けているんです。そして、カズマは私のモノだと誇示したい……なんて事を考えているのかもしれません」

 

「なっ……!」

 

 カズマの表情が一瞬強張った気がした。しかし、彼はすぐさま暗い表情に戻り、私に深く頭をさげてきた。

 

「めぐみん、日中のゆんゆんの行動を今後も見守って欲しい。それと、何か気付いた点があったら俺に報告してくれ」

 

「分かってますよ」

 

「ありがとな、めぐみん。アイツはお前に対しては結構本音でぶつかる奴だからな。本当に……本当に頼む……!」

 

「はぁ、分かりましたから頭を下げるのはやめてください。カズマには似合いませんから」

 

 私は低姿勢なカズマに了承の返事をしつつ、自分の心の奥底で再び渦巻き始めた暗い感情を必死に抑え込む。私があの精神状態にあった時、カズマはこれほどに心配してくれただろうか? 私の事だけを考え、愛し、心配する。この表情が欲しかった。

 そして、不安げなカズマにあなたが傍にいてくれるだけで私は安心だと囁いて、彼もそんな私の願いを聞き入れてくれて……

 

ダメだ……考えるな! これはもう終わった事だ! 大丈夫、私の心はもう大丈夫!

 

 彼の頼まれ事であるし、私自身だってゆんゆんは心配だ。だから問題ない……全くもって問題ないのだ……!

 

「ゆんゆんは幸せ者ですね」

 

「その言葉だけはアイツには当てはまらないな」

 

 

苦々しい顔でそう言い放つカズマに、私は閉口した。

 

 

 

 

 という事で、私はゆんゆんの様子をそれとなく窺う日々を開始した。何だか、昔もこんな事していたなぁと懐かしい思いになりつつ、私はいつもどおり“役目”を遂行する。だが、日中の彼女の動きに目立った変化はない。これでも、数か月は彼女と共に過ごしているのだ。

 それでも、いくらか不審な動きを確認する事はある。建前としては、ゆんゆんはエリス教の監視下にあるのだが、その監視をしているのは私なのだ。

 彼女は数日に一度、30分ほど屋敷から完全に姿を消す事がある。どこに行っているのかは知らないが、私に隠れて何かをやっているのは確かであった。まぁ、この点については深くは聞かないし、エリス教にだって報告はしていない。ゆんゆんが人に仇なす行為をするはずはないという、彼女に対する信頼があったからだ。

 また、私が監視をしている事に対する負い目を償う気持ちもある。それに、ゆんゆんは謎の30分間から帰還した後は随分と機嫌が良さそうなのだ。何か、彼女なりの息抜きをしているのかもしれない。

 

 そして、もう一つの不審な動きと言えるのは屋敷での独り言だ。しかし、これには私も慣れてしまった。小虫やなめくじ、サボテンと楽しそうに会話をする姿も慣れてしまえば、微笑ましいとすら思う。

 最近では、屋敷に住む幽霊少女と友達になったと私に嬉しそうに話してきた。これも、ゆんゆんなりの楽しみなのだと受け入れる事が出来れば、不審な動きとは言い切れないだろう。

 少々おかしい所を見せつつも、割とのんびりとした生活をしているゆんゆんはやっぱり異常なし……と言いたかった。でも、やはりおかしな点はある。

 件の数か月前から、彼女は私を夕食に呼ばなくなった。「カズマさんとの時間を邪魔しないで」という強い言葉に負けた私は、これを受け入れていたのだが、カズマの話を聞いた後だと話は違ってくる。

 恐らく、ゆんゆんは私を帰らせた後に、“仕込み”をしているのだろう。そして、その時に大きく感情を発露してしまう事を私自身良く知っている。だからこそ、やる事は単純。屋敷に潜伏して“仕込み”の時間帯に何をしているかを観察するのだ。

 

 こうして、私のゆんゆん観察会が始まった。屋敷の事は熟知しているし、以前に穴を開けた監視ポイントは健在だ。私はゆんゆんに別れを告げるフリをして、リビングの隣室に待機した。視界は良好、彼女に気付かれる事もなかった。

 それから半刻程経過した時、ゆんゆんが料理を開始した。気分よく食材を切り分けて行く姿に別段おかしな所はない。しかし、窓に西日が差してきた時、彼女は突然料理を中断して天井をじっと睨み付け始めた。

 まさか私の気配を察したのかと少し焦ったのだが、どうやら違うようだ。ゆんゆんは、脱力したように床に崩れ落ち、膝を抱えて何かをぶつぶつと呟き始めた。

 

『ああっ……なんで……どうして……? カズマさん……カズマさんカズマさんカズマさん! 私を愛しているって言ったのに……! いや……お願いやめて……私はこんな事を望んでいなくて……うぐっ……ひっぐ……どうして……どうしてそんな表情を浮かべるんですか……? それは私だけにしか見せちゃいけないんです……だからやめて……やめ……あっ……あああああああああああああっ!』

 

 囁きのようだった小さな呟きが悲痛な叫びへと変化する。ゆんゆんは瞳から大粒の涙を流して床を力なく叩いていた。私はそんな彼女の様子を見て少しばかり心を痛める。慰めてやりたいが、今は私の出る幕ではない。彼女の発狂のトリガーとなったものや、この事態の行方を探る方が優先だ。

 

『違うんです……違うんですカズマさん……! 私はあなたを拒否したんじゃないんです……! あの言葉を真に受けないでください……そんな事を本心から望んでいるわけありません……! だから……ねぇ……やめましょうカズマさん……それ以上はやめて……やめて……やめて……やめて……やめてやめてやめて!』

 

 金切り声をあげながらゆんゆんは体をばたつかせる。彼女の体が床や壁にぶつかる音、引き倒される椅子の音、そのどれもが私の罪悪感を刺激する。やはり、助けに入った方が良いだろうか。そう、思ってこの場を離れようとした時、彼女は膝を抱えて急に静かになった。ひとまず様子見を続行した私の視界の中で、ゆんゆんはぶつぶつと懺悔を始めた。

 

「分かってます……私が悪い事は全部分かっています……ごめんなさい……ごめんなさい……あなたもとっても辛いのに……甘えてばっかでごめんなさい……! 何より私はあなたに最低な事を……! ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……嘘をついてごめんなさい……うぇ……ひっぐ……ごめんなさいカズマさん……」

 

 それから半刻程、ずっと彼女はぶつぶつと呟きながら泣き続けた。私はその様子を見ても、彼女が発狂した原因が分からなかった。だが、断片的ながらも聞き取れた単語から、いくつかの推論が生まれる。しかし、どれも決定的な証拠もなければ根拠もない。そもそも、発狂した状態のゆんゆんの言葉を真に受けていいのだろうか。

 結局、私は彼女の精神不安定の理由が分からなかった。そもそも、彼女は子供を失い、左手を亡くし、尚且つリッチーになってしまったのだ。まともな精神状態でない事は最初から理解している。ゆんゆんが突然発狂するのも、おかしくない状況に彼女は置かれているのだ。

 

『ああっ……やっぱり……やっぱり二重に……これは……つまりはそういう事なんですか……? もしそうなら……私が……私がいる意味はあるの……? これ以上あなたを苦しませたくないし不幸にさせたくない……それなら私は大人しく……うっ……うぁ……いやよ……やっぱりいや……! 死にたくないもの……カズマさんとずっと一緒にいたい……あなたは私の……!』

 

 ぶつぶつ呟いていたゆんゆんが、フラフラと立ち上がって料理を再開する。そして、包丁を何かに叩き付ける嫌な音が聞こえてきた。私からは、彼女が台所に向かっている後ろ姿しか見えない。むしろ、見えなくてよかったと少し安心した。

 

『カズマさんってば本当に綺麗好きなんですから……いくら匂いをつけたってすぐ消えちゃう……寝ている時にこっそりつけた噛み跡だって……! でもこれなら……ふふっ……カズマさんは私の……私の男なんです……! 私が彼に選ばれた女性で……一番愛されているんです……! もちろん私もあなたを愛しています……だから私をもっと感じて……もっと愛して……私の痕跡を消したりしないで……!』

 

 肉を切る鈍い音と、何かが飛び散る嫌な音が部屋に響く。それ以上は見ていられなくなった私は、屋敷をそっと後にした。分からない事だらけではあるが、分かってしまった事もある。あの精神状態は私にとっては馴染み深い……というか経験したものだ。ゆんゆんは必死に我慢し、思いを溜め込んでいる。そして、経験しているからこそ分かるのだが、あれはいつか“爆発”する。誰が起爆スイッチを押すかは不明だ。しかし、何か良くない事が起ころうとしているのは確実だ。

 

 屋敷を後にした私は、そのまま門前に待機する。程なくして、両手をポケットに突っ込んで気分良さそうに口笛を吹くカズマが現れる。彼は私の姿に気が付くと、若干緩んでいた頬を引き締めて駆け寄ってきた。

 

「随分とご機嫌ですね?」

 

「言ってくれるな。少し良い事があっただけだ。それより、ゆんゆんについて何か分かったか?」

 

「いいえ、具体的には全く。でも、ゆんゆんの精神状態はかなり危険、いわゆる末期の状態です。このままだと爆発するのは確実です」

 

「爆発……か……」

 

 難しい表情を浮かべながら思案するカズマを私はじっと見つめる。断片的に聞き取れた単語の中でも、最も頻度が高かったのは“カズマさん”という言葉だ。彼女の精神不安定の原因に彼が絡んでいる事は間違いない。内心、心苦しく思いながらも私はカズマに質問を投げかけた。

 

「カズマ、ゆんゆんに何か隠し事をしていませんか?」

 

「なっ……なんでそう思うんだよ!?」

 

「ゆんゆんが思い煩う原因なんて、カズマかさよりちゃんのどちらかにあると思うのが当然ですからね。何より、彼女はあなたの名を呼びながら泣いていました。何か、彼女を泣かせるような事をしているのではないですか?」

 

「…………」

 

 私の言葉にカズマは口を不機嫌そうに黙り込む。何故このような役回りを私がしなくてはいけないのかと、少し腹が立った。でも、カズマのためにも、ゆんゆんのためにも必要な事なのだと怒りを必死に抑えこんだ。

 

「心当たりはあるのですか?」

 

「いいや、ない。ない“はず”だ。でも、原因が俺にあるとするならば、どうしたらいいんだ? 俺に出来る事はないのか? 教えてくれめぐみん……」

 

 不安な表情を浮かべるカズマに私は嘆息する。そんな事、私に分かるわけがない。直接ゆんゆんに聞いて欲しい。でも、こんなカズマはほっとけない。私も、随分と都合の良い女なんだなと自分自身に少し呆れた。

 

「とにかく今はゆんゆんと一緒にいてあげてください。あなたが傍にいるなら彼女もこれ以上おかしくはならないと思います。それに、あなたも休みなしでさよりちゃんの捜索をしていますよね。その時間を少しゆんゆんに使ってあげる事はできませんか?」

 

「でも……さよりが……」

 

「ええ、分かっていますとも。あなたの心配と焦りは当然です。しかし、進展はほとんどありませんよね? それに、もうすぐアクアが帰ってくるかもしれないんです。本格的に探すのは彼女が帰って来てからでいいと私は思います」

 

 私の提案にカズマは再び黙り込む。彼がさよりちゃんの捜索に心血を注いでいるのはもちろん理解している。しかし、結果が伴っていないのが現実だ。そもそも……いや、こんな事は私も思ってはいけない。例え私にとって“他人事”であったとしてもだ。

 

「カズマ、夫婦関係や、ゆんゆんが壊れてしまっては意味がないんです。そんな状態でさよりちゃんを取り戻しても彼女を余計に不幸にさせるだけです。だから、お願いします。ゆんゆんと一緒にいてあげてください……!」

 

「めぐみん……」

 

 頭を深く下げているため、カズマの表情は読み取れない。むしろ、私の顔を彼に見せたくなかった。こんな事を言っておきながら、私の顔は嫉妬の感情で歪んでいたのだ。

 

「ありがとな。めぐみんのおかげで色々と気付く事ができた」

 

「はい……」

 

「今は俺が出来る限りの事をアイツにやってやるつもりだ。めぐみんも少し待っててくれ。今回の埋め合わせは必ずするつもりだ」

 

「期待しないで待っていますよ」

 

 私はぶっきらぼうに言い切って、カズマから顔を見せまいと背を向ける。そして、小さく溜息をつく。後は、当人同士の問題だ。私に出来る事はもうない。だから、帰路につく事にする。私のような“お邪魔虫”は不要だ。

 

「ああ、カズマ。一つ言い忘れていた事がありました」

 

「なんだ?」

 

「夕食のビーフシチューはおかわりしない方がいいですよ」

 

 

カズマの返事も聞かずに私は歩き出す。何だか一人になりたい気分だった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「おいこら、起きろめぐみん。夕食の時間だぞ」

 

「うぐぐっ……それはもう血じゃなくて……あううっ……!」

 

「何をほざいているんだお前は」

 

 ソファーでふて寝をしていた私はダクネスに揺り起こされる。そして、彼女に軽々と抱っこされながら強制的に食事の席につかされた。寝惚け眼をこすりながらテーブルに並べられた料理を見る。それは、よだれが出るほど香ばしい匂いを発する分厚いステーキであった。

 

「うっぷ……起き抜けに何てものを見せるのですかダクネスは……」

 

「どうした、食欲がないのか?」

 

「いえ、ちょっと思う所があっただけです。まぁ、これとそれとは別。焼き立てはきっちり頂きますとも」

 

 私はさっそくステーキの切れ端を口に放り込む。うむ、美味い。やっぱり肉といったら牛肉だ。そんな当たり前の事を再確認しながら、なんだか泣きたくなった。私はおかしくなっていた時に相当ヒドイ事をしていたのだと今になって気付けた。

 カズマも良く許してくれたものだ。例えば、カズマが自分の血液を入れた料理を食べさせようなんてしてきたら……絶対に許さ……? あれ……それはそれで嬉しい……むしろ食べたい……!

 

「さっきからどうしためぐみん? 今日は何か良い事でもあったのか?」

 

「良い事? むしろ逆です! 悪い事の連続でしたよ!」

 

「ほぉ? まぁ、アイツらのお守りは骨が折れるからな」

 

 こまごまとした愚痴を吐きながら、私はステーキを口にどんどん放り込んでいく。そんな私の話をダクネスは苦笑しながら聞いていた。そして、料理を平らげた後、未だに半分ほどしか減っていないダクネスのステーキに目をつけた。

 

「まったく……私の分はやるからその野獣のような眼光はやめるんだ」

 

「むっ、くれるというなら貰ってあげますよ」

 

「はいはい。でも、余り食べ過ぎない方がいいぞ。この後、お前に見せたいものがあるんだ。それがちょっとグロテスクなものでな。下手したら吐いてしまうかもな」

 

「ひゅろへふく? ふぁんてもひょみへるんふもりなんへふか」

 

「食べながら喋るな」

 

 私は呆れた様子のダクネスの前で彼女のステーキを口に詰め込んで食事を終える。そして、食後のデザートもきっちり食べた後、彼女の案内でダスティネス邸にある倉庫へと赴いた。グロテスクなものなんて見たくはないが、ダクネスがかなり機嫌が良さそうであるという事と、私自身暇で尚且つ好奇心が刺激された事から素直に従った。

 こうして、私はダクネスの「見せたいもの」とやらと対面する事になる。倉庫には微かに腐乱臭が漂っており、思わず顔をしかめる。そして、倉庫の作業台の上に置かれているものを見て私は更に顔をしかめた。

 

「棺ですか……嫌な予感しかしないのですが……」

 

「いいから開けてみろ。ふむ、浄化がまだ足りないか。匂いが染みつくのはゴメンだ」

 

 そういって、周囲に浄化ポーションを振り撒くダクネスを背に私は棺を開ける。そこには、やっぱりというか人間の死体が入っていた。エリス教の巡礼服に身を包んだ死体は、泥と何かの汚液で不気味に変色している。先ほど食べた肉を戻しそうになるが、私は必死に堪えた。

 

「それでこの死体は何ですか? 私にはこんな奴は見覚えありません。まぁ、男か女か分からなくなるほど腐ってますけど」

 

「おっと、随分と余裕そうだな。まぁいい、聞いて驚け! コイツはな、私達の“探し人”なんだよ!」

 

ダクネスは興奮と喜びで頬を染めながら、この死体を発見した経緯を語り出した。

 

 エリス降臨後、ゆんゆんは私達の計らいで居住地を屋敷に移した。その結果、ゆんゆんの見守りは私に、カズマの支えは私達全員とエリスが行っていた。その中でもダクネスの役割は薄い。だから、彼女は独自に捜索隊を組織して、逃走したと思われる7人目の犯罪者を追っていたらしい。

 

 そして、三日前にこの死体を発見する事に成功したそうだ。見つけたのは紅魔の里へ至る街道近くの土の中。身元は王都の検死官によって判明。しかも、エリス様からも同様のお墨付きを貰ったそうだ。

 

「つまり、これが7人目の犯罪者というわけですか……」

 

「そういう事だ」

 

「よく居場所が分かりましたね。しかも死体の」

 

「まぁ、地道の調査の結果……と言いたい所だが、正確には違う。何だかここに死体がある……そんな直感が働いたんだ」

 

 複雑そうな表情で、ダクネスは死体を見つめる。もし、本当に直感で見つけたというのなら、凄い事だ。さじを投げた紅魔の里の占い師、ひいてはエリスより凄いと言える。どちらかというと、脳筋な彼女が超能力でも発揮したのだろうか。そうだとしたら、随分と笑わせてくれる。

 

「ダクネス、寝ている時、夢は見ますか?」

 

「いきなり何だ?」

 

「いいから答えてください」

 

「ふんっ……夢なんてここしばらく見ていない。眠れない毎日でな」

 

 腕を組んで、不機嫌そうに答えるダクネスをしばらくじっと見つめる。私は、何でこんな事を聞いたのだろうか? それは……うっ……? 私は今、何を考えて……

 

「とにかく! 重要なのはそんな事じゃない! こいつが7人目の犯罪者だと言う事実だ」

 

「ふむ……」

 

「しかも、目立った外傷はない。コイツの死因は持病として患っていた心臓病だ。おまけに、検死官やエリス様によると死亡時期はあの事件の前だ! これがどういう意味か分かるか?」

 

 興奮気味のダクネスから聞いた言葉を、私はよく考える。つまり、逃亡したとされた7人目の犯罪者は事件時にはすでに土の中。という事は……

 

「うーむ……これってかなりマズイ気がします……」

 

「その通りだ。これでカズマに話した“希望ある推論”の前提が崩れた。お前も紅魔の里の住人も、意図的にそうしていたのが裏目に出たな。カズマのためを思うなら、“希望がない推論”も話しておくべきだった」

 

「…………」

 

 希望がある推論。それは王都調査官の立てた仮説であり、後にエリスによって補強され、カズマが頑張り続ける根拠になっていたものだ。

 曰く、王都地下監獄から脱獄した7人はエリス教の聖地巡礼者に扮して逃走。他の聖地巡礼者と同じように各地でエリス教の支援や市民の施しを受ける。そして、聖地である紅魔の里に流れ着いたとされている。紅魔の里は聖地ではあるものの、今も治外法権と噂される旧魔王領に近い立地だ。

 

 旧魔王領は一種の無法地帯と化しており、後ろ暗い連中の取引場所としても利用される事があるらしい。7人の犯罪者は身を隠しやすい魔王領に逃亡するため、もしくは裏取引をするために紅魔の里に来たとも考えられている。さよりちゃんの誘拐は、今後の生活のための資金を得るため、もしくは行きがけの駄賃として行われた可能性が高い。そして、7人の中で内輪揉めが発生。さよりちゃんと金品を奪って7人目の犯罪者が逃亡したとされるのが、この“希望ある推論”だ。

 

 だが、王都の調査官は“希望がない推論”も仮説として打ち立てている。それは、犯罪者は内輪揉めなどしておらず、モンスターによって全員殺されたという説だ。そもそも、5人の死因は、初心者殺しで2人、犬型モンスターで1人、短刀で2人だ。そして、この短刀が死因となった二人が原因で”希望ある推論”が生まれたのだ。

 むしろ、根拠はそれしかないと言っていい。奪った金品というのも、ゆんゆんの“左手付きの指輪”と革製の小さなカバンだけである。持ち去ったのが必ずしも人間だとは限らないのだ。これが、“希望がない推論”。こちらを前提にして動くことを、私達が出来るわけがなかった。

 

「でも、エリスはこの仮説が正しい可能性があると言っていたではないですか! だってさよりちゃんの……!」

 

「そうだな。しかし、それはそもそも論に繋がる。さよりちゃんの行方を捜す方法はエリス様にとって実は簡単な事だ。あの犯罪者共の魂を拷問して聞きだせばいい。でも、それが出来なかった。何故なら、彼らの魂も行方不明なんだからな」

 

「くっ……!」

 

「彼らは重罪を犯した他に、一つだけ共通点がある。それは悪魔崇拝者であった事。彼らの魂は地獄か、もしくは悪魔に今も弄られているか、それとも悪魔に喰われてしまったか……真相はエリス様も知らない闇の中だ」

 

 私は目の前の死体を睨み付ける。こいつのせいで、“色々”と破綻してしまう。推論だけじゃない! カズマ、ゆんゆん、希望、私達の関係! それが全てこの一つの腐乱死体で壊れてしまうのだ。頭も心も、視界すらも暗くなった。そんな私を見ながらダクネスは悲しそうに笑った。

 

「エリス様はこの事実をまだカズマに伝えないで欲しいと私に懇願してきた。この意味が分からないとは言わせない」

 

「…………」

 

 もう何も考えたくない。ふらふらとした足取りで倉庫を出ようとする私を、ダクネスが抱きしめるようにして止める。精一杯もがくが、彼女の力に私は敵わず逃げる事は出来なかった。

 

「めぐみん、重要なのはここからだ。ゆんゆんはカズマに甘えるくせに、どこか彼に対してよそよそしい。深い悲しみと絶望を抱えているのに、カズマと情交して慰め合わない。事件後のゆんゆんはおかしな点が目立つ。そうは思わないか?」

 

「その点についてはあなたにも話したはずです。ゆんゆんはもう普通の女性ではないんです」

 

「そうだな。それを聞いて私も一時は納得したよ。でも、あの死体が見つかってから、色々と思い直したんだ。結果、私はやっぱりアイツはおかしいと思い直した」

 

 ダクネスが、私の顔を透き通るような碧眼で見つめてくる。その瞳を前にして、私は何も反論することが出来なかった。やっぱり、ゆんゆんはどこかおかしい。以前語ったような理由だけでは説明しきれない部分があるのだ。

 

「なぁ、めぐみん。私は大貴族のお嬢様だ。宮廷での行事や貴族の務めも嫌々ながら果たしてきた。そこで、私は様々な人間を見てきたつもりだ。私に取り入ろうとする人間、媚びを売る人間、嫉妬と憎悪に満ちた人間。彼らは私の観察眼の鍛え、良い反面教師になった。今では彼らにも感謝している」

 

「…………」

 

「知っての通り私の観察眼はあまりあてにならない。お父様のようにはまだいかないんだ。でも、そんな私でも一目見て分かるくらいゆんゆんは分かりやすい奴だったよ。アイツはな“嘘つきの目”をしている。どうだめぐみん? お前も何か心当たりがあるんじゃないか?」

 

 そんな事を言われても私は分からない……分からない方がよかった。残念ながら、ダクネスの言う通り、いくつか心当たりがある。ゆんゆんが私達に何か隠し事をしているというのも、その心当たりの一つだ。そして、今日の観察で私は聞いてしまったのだ。

 

「確かにそうかもしれません。今日の観察で、ゆんゆんはカズマに嘘をついてるって、独り言で言ってました」

 

「ふむ、それならば奴は黒だ。めぐみん、その独り言の時にゆんゆんは誰かに対して懺悔の言葉を吐いていたか?」

 

「ええ、断片的にしか聞き取れませんでしたが、どうやらカズマに対してごめんなさいと繰り返し呟いていたようです」

 

 私の話を聞いたダクネスは背中をよくやったとばかりにバンバン叩いて来た。思わず不満顔になると、ダクネスは私の頭を撫でながら押し殺すような笑いをあげた。

 

「めぐみん、そいつは大当たりだ。今のゆんゆんみたいな奴はエリス教会で多く見かけたさ。嘘つきの一歩先を進んだ人間……“嘘をついている自分に罪悪感を持っている人間”だ。彼らはその罪を許してもらおうと、もしくは裁いて欲しいと神に懺悔する。でも、根本は変わらない。罪悪感を持っていても、嘘をついているという事実は消えないんだ」

 

「なるほど、ダクネスの言っている事は少しだけ理解できます。でも、結局何が言いたいのですか? 嘘くらい私だってつきます……」

 

「むしろ、まだ理解できないのかめぐみん? ゆんゆんは事件について深く語らない、カズマとセックスしない、嘘をついている、その事に罪悪感を持って懺悔している。これらは一本の線で繋がっているんだ。そこに、見つかった7人目の犯罪者という事実を加える。そうすると、見えてくるんじゃないか? ゆんゆんのついた嘘って奴がな」

 

「分かりません……分かりたくありません……」

 

「なら言ってやろう。アイツは――」

 

 ダクネスは得意気にゆんゆんのついた嘘とやらを語る。私はそれを聞いて溜息をついた。彼女の話には邪推と言える類のものだ。しかし、きっぱりと否定する事は出来ない状況となっている。頭を唸らせる私を、ダクネスは再び抱きしめてきた。

 

「めぐみん、明日は一緒にゆんゆんに会いに行こう。もちろん、拒否権はなしだ」

 

「…………」

 

「無言は肯定と受け取る。それじゃあ、お休みめぐみん。お前も早く寝るんだぞ」

 

 そう言って倉庫を出ようとするダクネスを、今度は私が抱きしめて引き留める。ついでに、眼前にある豊かな双丘に頭突きする。なんだか、むしゃくしゃしているのだ。

 

「あなたは、ゆんゆんが本当に嘘をついているとしたら何をする気なんですか……?」

 

「滅ぼすに決まっているだろう」

 

「そんな……」

 

「まさか、まだ躊躇っているのか?」

 

 呆れた表情のダクネスに私は敵意の含んだ視線を向ける。むしろ、彼女に躊躇いは一切ないというのだろうか。彼女は私のライバルで、カズマの大切な人で……

 

「めぐみん、あの事件からもうすぐ半年だ。もしかしたら、アクアが帰ってくるかもしれないんだ。アクアがどう動くかなんて、お前でも予想はつくだろう?」

 

「…………」

 

「アクアはお人好しで、肝心な所ではカズマに甘い。あの状態のゆんゆんを浄化しようなんて決してしないだろうし、ましてカズマの懇願があるなら言うまでもない。覚悟の決まっているエリス様との対立は避けられないだろうな」

 

 うんざりとした様子のダクネスに私は無言で答える。確かにアクアはお人好しであるし、身内に対してかなり甘い。彼女がゆんゆんを率先して浄化するなんて姿は全く想像できなかった。

 

「私達がゆんゆんを滅ぼすべきなんだ。彼女の状況は詰んでいる。今は大丈夫でも、いずれは争いや不幸が降りかかる。そんな人間の化け物が行きつく先はいつも同じ。カズマが語っていたリッチーのように、最後は人間に追いつめられてダンジョンにでも引きこもるんだ」

 

「確かにアクアが降臨した後、泥沼化は確実ですね。彼女はカズマとゆんゆんを庇う可能性が高い。もしかしたら、逃亡の手助けだって……」

 

「よく分かっているじゃないか。そして、それが何を意味するか分かるだろう? このままゆんゆんを放置しておくと、何処かに逃げるかもしれない。もちろん、カズマを巻き込んでだ。そうなったら、私達はカズマを失う事になる。そう……“永遠”にな!」

 

 怒気の込められた視線に耐え切れず、私は目を背ける。しかし、私の心の中には不覚にも怒りがふつふつと湧き上がってしまった。ゆんゆんは不死王であるリッチーだ。彼女にカズマを連れていかれたら、私は愛する男を正に“永遠”に失ってしまう。今後の人生で……死後の世界で……来世でさえも彼に会えない。そんなのは嫌だ……絶対に嫌だ……! 

 

「めぐみん、私は正直言ってお前を恨んでいた。カズマを奪い返そうと……ゆんゆんを排除しようと一緒に頑張ったのに、結局お前はあの女を許した。そこまでは、私も仕方ないと思っているし、納得はした。でも、紅魔の里に帰ってからのお前は許せない。お前はカズマの周りでうろちょろする事だけで満足していた。カズマを奪い返そうという、気力が感じられなかったんだ」

 

「うっ……」

 

「それに、アクセルに残った私に会おうともしない。私に罪悪感を覚えていたのか? それとも、自分の負け犬面を見せたくなかったからか?」

 

「わ……私は負け犬なんかじゃ……!」

 

「いいや、お前は負け犬だ! お前に以前のような強さはない! 現状に甘んじて尻尾を振りまくる哀れな負け犬だ!」

 

 怒鳴りつけるダクネスにビクリと体を震わせながらも、私は理解する。彼女は、あの時から何も変わっていない。むしろ、より“歪んで”しまっている。だが、考えてみれば当然かもしれない。彼女は一人残されていたのだから……

 

「そんな負け犬なお前でも、カズマを永遠に奪われる事は許せないはずだ! だから思い出せ! あの時の怒りと憎しみと強さを!」

 

「うあ……あぅ……」

 

「あの女はお前の親友か? いいや、違う! お前の憎き“敵”だ! 私達三人の平穏と幸せをぶち壊し、ずっと一緒に過ごすはずだった私達をバラバラにした! そんな奴が今度はカズマを永遠に自分のモノにしようとしている!」

 

「ひぅ……!」

 

 意識が朦朧とする。そして、ダクネスの声が二重に聞こえる気がする。頭の中でも、同じような事を囁いている奴がいるのだ! 何かが……何かがおかしい……!

 

 

こんな――

 

 

「めぐみん、アクアがいないうちにゆんゆんを滅ぼすんだ」

 

「…………」

 

「アイツはカズマに残酷な嘘をついている。もし、嘘をついている事が本当ならば許してはならない。このままだと、カズマを深く傷つけるだけでなく、永遠に失う事になるかもしれない。そんな事は絶対にさせない。そして、傷心のカズマを私とお前で支えるんだ。最初はお互い気まずいかもしれない。でも、きっと幸せになれる。だってカズマとずっと一緒なんだから……!」

 

 興奮と陶酔で頬を染めながら、ダクネスは体を震わせる。かく言う私も、ダクネスの語る未来を夢見て頬を染める。きっと、ゆんゆんを失ったカズマはきっと悲しみ、壊れてしまいそうなほど落ち込む。

 そんな可哀相な彼を優しく包み込み、心と体を使って癒してあげるのだ。そして、いつかは持ち直してくれる。その時は、私もダクネスもアクアも一緒。もう叶えられないと諦観していた4人での幸せな生活……賑やかな日常……

 もちろん、カズマが立ち直ってくれない可能性もある。そんな可哀相な彼に私は提案するのだ。『もう、一度ゼロからやりなおしましょう』と。そして、私はカズマとベットを共にして……!

 

「めぐみん、これはあの女からカズマを奪い返す最後の“チャンス”だ。そして取り戻そう。私達の幸せと平穏を……」

 

「…………」

 

「もう一度協力しないか?」

 

 

 

 

 

ダクネスがそっと差し出した手を、私は迷わず握り返していた。

 

 

 




という事でエリスールートという名のめぐみんアンソロな話でしたね
今回活躍しためぐみんのアンソロジーコミックが絶賛発売中だぞ! 買わなきゃ!

次回はドロドロ……ではなく割とほのぼのな話らしいです



そんでもってここでステマ(露骨な宣伝)のお知らせ

 なんと熱心なアクシズ教徒であり、ここでも新人サキュバスのお話を投稿している「あるい椋」さんが、この「てぃーちんぐゆんゆん」の挿絵(くつくつ笑いのゆんゆんとか、ゲロってるめぐみんとか、えっちぃシーンとか)を描いてくださったそうです!

 あるい椋さんは今年の年末にあるコミックマーケット91でゆんゆんとのえっちぃ漫画を発売予定だとか! これはもう買うしかねぇなぁ!
 そして、てぃーちんぐゆんゆんの挿絵集もコピー本としておまけとしてついてくるんだとか……
 コミックマーケットに元々行く予定の方、もしくはこの作品の挿絵がみたいなんて頭のおかしな人は、是非、あるい椋さんのサークルに寄ってみてください!

詳細は活動報告にてお知らせしています
という事で、メリークリスマース!




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あなたの傍にいる

 

 

 

 

 翌日、私はダクネスと共に屋敷に来ていた。時間はお昼。ゆんゆんは庭のベンチで日向ぼっこをしていたため、すぐに見つける事が出来た。彼女は、私とダクネスを見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。そんな呑気そうな様子が無性にムカついて仕方がなかった。

 

「めぐみん遅いじゃない! えっと、ダクネスさんはお久しぶりですね!」

 

「遅くなったのは素直に謝ります。それにしても、随分とご機嫌ですね……」

 

「ふふっ、良く分かったわね。実はカズマさんがこれからは三日に一回は捜索を休んで私と一緒に過ごしてくれるそうなの! だから明日はカズマさんと一日中一緒に……」

 

 気が付いたら、私はゆんゆんの頬を思いっきり叩いていた。頬を手で押さえて唖然とした表情を浮かべる彼女を見て、何だか私の心もスッキリする。

 

「そんな話、今はどうでもいいんです。私とダクネスはあなたに聞きたい事があるんですよ」

 

「いきなりどういうことよ! 友達でも怒りたい時が……!」

 

「うるさいですね。とにかく、私の質問に答えてください。あなたは、カズマに嘘をついているのではないですか?」

 

「っ……!?」

 

 私の質問に、ゆんゆんは驚愕の表情を浮かべて固まった。そんな彼女の様子に私とダクネスは確信する。彼女は“嘘”をついていると。自然と、笑いがこぼれてしまう。もう、こんな奴に遠慮する必要はないのだ。無自覚な惚気話に付き合う必要もなければ、カズマとコイツの関係を見せつけられて歯ぎしりする事もない。この瞬間から、ゆんゆんは友達でも親友でもライバルでも恋敵でもなくなった。

 

 

この女は醜くて嘘つきでカズマを傷つけた私達の敵……人類の敵だ!

 

 

 ゆんゆんはというと、私達の方を見て困惑の表情を浮かべて狼狽えている。その顔がおかしくてたまらなかった。

 

「た、確かに私はカズマさんに嘘をついているわ! でも、そんな事は当たり前の事でしょう!?」

 

「そうですね。でも、ついてはいけない嘘というものがある事は分かっていますよね?」

 

「そんなの分かってるわよ! というか、めぐみんはさっきから何のつもり? 昨日のめぐみんと雰囲気が全然違うわ!」

 

「覚悟を決めた女は今までとは違うものなんですよ。まぁ、それは一先ず置いておきましょう。本題はあなたがカズマについた嘘の事。実は、私達は追っていた7人目の犯罪者の死体を先日発見しました。死亡時期はなんと事件前。聡明であるあなたなら、これが何を意味するか分かりますね?」

 

「えっ……?」

 

 彼女は何が何だか分からない様子であったが、数十秒後には青白い顔を更に青白くする。そして体をぶるぶると震わせながら後ずさる。私達はそんな彼女にゆっくりと詰め寄った。

 

 

 

「ち、違うの! 私はカズマさんのためを思って……! そもそも私がどんな嘘をついたかなんてめぐみんには分からないでしょう!?」

 

「いいえ、分かりますよ? あなたはカズマに―――という嘘をついたのでしょう?」

 

 ゆんゆんが転ぶようにして膝から崩れ落ちた。そして、涙を流しながら私達を見つめてくる。恐怖と絶望に歪んだ表情は私に暗い喜びと上位者としての優越感、彼女に対する嗜虐心を与えてくれた。私がそんな感情で表情を歪ませている間に、ダクネスはゆんゆんに素早く蹴りを入れる。軽々と蹴り飛ばされ、近くの木の幹に体を叩きつけられる彼女の姿は見ていて本当に滑稽だった。

 

「がふっ……けほっ……! なんで……なんでこんな事に……」

 

「何をほざいているんですか? 全部あなたのせいでしょう?」

 

「うっ……あっ……違うの……私のせいじゃない……私のせいじゃないの……! ねぇ信じて……信じてめぐみん……!」

 

「白々しい。全部あなたのせいです」

 

「いやっ……! いっ……ああっ……!」

 

 縋り付いてきた彼女を躱した後、勢い余って倒れ伏すゆんゆんの右肩を私はグリグリと踏みつける。そして、彼女はうわ言のように同じ言葉を繰り返し始めた。私はそんな彼女を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。そう……私はこんな彼女の姿を見たかったのだ。

 まぁ、これで“証拠”が得られた。私達の推論に確証はなかったが、ゆんゆんの表情と様子を見れば推論が正しかったという事は分かる。推論が正しいという事は、カズマは深く傷つくに違いない。そして、私達は彼を癒し、立ち直らせ、新たな幸せを教えてあげるのだ。そうするためには、ゆんゆんはやっぱり邪魔だ。いらない。彼女を滅ぼす理由になるのならば最早なんでもいい。

 こうして私が幸せな未来について夢想している間に、ダクネスはゆんゆんに大剣の切っ先を向けていた。

 

「まぁ、そういう事だゆんゆん。大人しく死を受け入れろ」

 

「ダクネス……さん……」

 

「安心しろゆんゆん。お前がカズマと体を重ねなかったのは、自分の事が許せなかったからだろう? 罪悪感は人に躊躇いを覚えさせ、自らの罪を自覚させる。そして、罪人である自分が幸せになる資格はないと悔い、一方で罪がバレてしまった時の周囲の反応が怖いと恐怖する。罪悪感というものは時に自分自身を幸せから遠ざけようとするんだ。その姿勢は罪人としては称賛するが、事実は取り消せない。お前は最低の嘘つき女だ」

 

「あぅ……」

 

 諦めたように体を伏せるゆんゆんの首筋に、ダクネスが大剣の切っ先を向ける。どうやらゆんゆんにトドメを刺すつもりのようだ。だからこそ、私はそんなダクネスの服を引っ張って止める。これ以上はやるべきではないと思ったのだ。

 

「何故止める?」

 

「これ以上の独断行動は禍根が残ります。殺すとしても、カズマや証人の前でやるべきでしょう。一番良いのは私達が手を汚さない事です」

 

「ふむ……」

 

「ここは私に任せてください」

 

 剣を鞘にしまうダクネスを見届けてから、私は地に伏せるゆんゆんの前にしゃがみこむ。そして、頭を撫でながら言い聞かせるように語り掛けた。

 

「ゆんゆん、一日だけ猶予を与えます。そして、カズマに真実を自分で伝えるのです」

 

「無理……私には無理よ……!」

 

「いいえ、出来ます。これはあなたが伝えるべき事です。そして、全てが終わった後は大人しく死を受け入れてください。そうするべきだと私も思います。まぁ、事実を告げずカズマとの最後の一日を過ごすという選択をしても私は別に構いません」

 

「…………」

 

「逃げる事は絶対に許しませんよ」

 

 項垂れるゆんゆんの肩を優しく叩いた後、私は彼女から背を向ける。そしてダクネスと共に帰還した。足取りは思った以上に軽い。表情も自然と笑顔になってしまった。

 

 

 

 その日の夜、私はなかなか眠りにつく事が出来なかった。帰宅した私が一番最初にした事は下着を履き替えた事だ。そんな自分が気持ち悪くて仕方がない。私はゆんゆんを傷つける事に悦びを感じた。彼女が弄ばれる姿に私は興奮すら覚えてしまったのだ。もっと、彼女に責苦を与えたかった……もっと……!

 

「私は何を考えているのでしょうか……」

 

 自分自身に呆れて溜息をつく。今日の自分は何かおかしかった。自分に対する違和感に吐き気すら覚える。確かに、ゆんゆんはもう許せない相手だ。でも、私の大切な人の一人であった事は変わりない。当初は彼女に優しく死を受け入れるように説得するというプランも頭にあった。でも、彼女の呑気な顔を見た途端に怒りと憎悪で頭がはじけ飛びそうになった。気が付いた時には、彼女の頬をはって辛くあたっていた。しかも、そんな彼女を見て私は“性的興奮”すら覚えてしまったのだ。

 

「違う……私は違う……」

 

 自分でも、何を言っているか分からなくなってきた。とにかく、寝てしまったら、私が“私”でなくなるかもしれない。意味不明の恐怖心に囚われて、ちっとも眠る事が出来ない。

 

 そんな時、ノックもなしに私の部屋に侵入してくるものがいた。それはバスローブ姿のダクネスだ。彼女は頬を染めながらゆっくりと私の元へ歩いてくる。そして、謎の危機感を反応させ、ベッドの上で身構えていた私の上に覆いかぶさってきた。

 

「ちょっ……!? 何をするんですかダクネス!? いきなりその……!」

 

「めぐみん……私と一緒に寝てくれ……」

 

「うえっ……!? えと……あの……あなたとそういう事をするのは……嫌じゃないですけど……準備とか色々……!」

 

「お前は何を勘違いしている」

 

 ぐちゃぐちゃになった思考回路が、ダクネスのチョップによって修正される。そして、ジト目で睨んでくるダクネスを私はまともに見る事が出来なかった。何だか、とんでもない勘違いをした上に、変な事を口走った気がする。

 

「まぁ、落ち着けめぐみん。実は最近眠りが浅くてな。お前と一緒ならぐっすり眠れる気がしたんだ」

 

「そうならそうと言ってくださいよ! まったく……!」

 

「変な勘違いをしたのはめぐみんだろう?」

 

「う、うるさいですね!」

 

 クスクスと笑うダクネスを小突きつつ、私は恥ずかしさでいっぱいになる。私は別にそっちの気はない。変態のダクネスに勘違いして貰っては困るのだ。それからぶつくさ文句を言う私の話を、彼女は苦笑して聞き入れる。そして、会話がふと途切れた時、彼女がぽつりと話しかけてきた。

 

「なぁ、めぐみん。私にどこかおかしい所はないか?」

 

「妙な質問ですね。ダクネスはいつも通りですよ」

 

「そうか……そうだよな。私がどうかしていた。その質問は忘れてくれ」

 

 悲しそうに笑うダクネスをじっと見つめる。もしかして、彼女も自分に対して何か違和感を覚えているのだろうか。そうだとすると――

 ふと、胸元に違和感を覚える。チラリと視線を送ると、ダクネスが私の胸を大胆にも揉みしだいていた。思わず呆気にとられる私を見て、彼女は微笑んだ。

 

「そうだな。めぐみんもいつも通りだよな」

 

「ちょっと待ってください!? 何を見ていつも通りですって!?」

 

「胸」

 

「ぶっ殺しますよダクネス!」

 

 反撃とばかりに私もダクネスの胸に手を伸ばすが、一揉みしてやめる。なんだか、むなしくなってしまったのだ。そんな諦観の気持ちの私を、ダクネスは押し倒すようにして胸をまさぐってくる。じわじわと嫌な予感がし始めた。

 

「めぐみん……お前可愛いな……」

 

「なななっ!? なにを言っているんですか!? 私は決してそっちの気は……ひゃあああああああっ!?」

 

 思わず体がビクリと反応してしまう。それもそのはず、ダクネスの膝がいつの間にか私の股の間に侵入し、軽く小突いてきたのだ。これは生理的反応だ。だから仕方ない……仕方ない……!

 

「ほぉ、随分と“熱い”な。もしかして感じているのか?」

 

「バカですかあなたは! ただの生理的な反応です! だからこれ以上は……やめっ……やめろーっ!」

 

「めぐみん、大丈夫だ……大丈夫だからな……」

 

「ちっとも大丈夫じゃありません! 今すぐ離れないと……ふみゅっ!?」

 

 何かで口が塞がれる。必死に抵抗していたのに、力がどんどんと抜けていく。何だか、もうどうでもよくなってきた。このまま、彼女に身を任せてしまおう。ダクネスの事は嫌いじゃない。だから別に……うん……

 

 

 その後の事は、ほとんど覚えていない。確かな事は、“ぐっすりと眠ってしまった”という事だけだ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ええっ!? 明日から来ないって本当ですか!?」

 

「そうッスよエリス様。この爛れた関係はもうやめましょう」

 

「そんな……!」

 

 泣きそうな表情であるエリス様が体を震わせる。俺はそんな彼女を見ながら、吸い終えた煙草を灰皿に突っ込む。非常に悪い事をしている気分になるが、今後に必要な事なのだと割り切った。

 

「そんなに悲しそうな顔をしないでくださいよ。俺はエリス様に何度も救われました。もちろん、滅茶苦茶感謝してます。でも、こんな関係を続ける事はよくない。めぐみんに忠告を受けて、今更になって実感しました」

 

「カズマさん……私は……あなたのために……ひぅ……!」

 

「泣かないでくださいエリス様」

 

 ぐすぐすと泣き出したエリス様を俺は強く抱きしめる。腕の中の彼女は暖かくて柔らかい。そして、とても小さかった。こんな女性に俺は支えられていたわけだから、随分と自分が情けなく思える。まぁ、それも今更な事だろう。

 

「今のゆんゆんは爆発寸前です。俺に出来る事は彼女と一緒にいてやる事だけ。彼女を不安にさせる要因はできるだけ排除したいんです」

 

「っ……!」

 

「それに、もうすぐアクアが帰ってくるかもしれないんです。きっと俺と女神二人の力を合わせれば、さよりもゆんゆんも何とかなります。だから、アクアが来るまではゆんゆんに時間を割くつもりです」

 

「カズマさんは楽観的すぎます……」

 

「これくらいで楽観的でいいんです。きっと何とかなります。俺はエリス様と……まぁ……アクアの事も信じていますから」

 

 エリス様は俺の顔を上目遣いで見つめてくる。そんな可愛くて健気な姿に、ぶち犯したくなる気持ちが湧き起る。それを必死に我慢して冷静を装った。そして、覚悟を決める。何故なら、俺は今からいつも以上に最低な事を提案するからだ。

 

「エリス様、浮気はいけない事なんです。だから、今日でこの関係は終わりです。でも、あなたという女性を離したくない」

 

「えっと……はい……?」

 

「まぁ、ぶっちゃけるとですね。俺はエリス様の事が好きです。何というか……こう……愛してる……愛していますエリス様……!」

 

「ええっ!? う、嬉しいですけど……いきなりそんな……!」

 

 俺のスカスカに軽い愛の言葉に、彼女は顔を真っ赤に染めて体をもじもじとさせる。ああ、本当にこの女神様は可愛くて可愛くて仕方がない。彼女との関係をここで終わらせるなんて無理な話だ。こうして俺は自分の思いを再確認する。エリス様の事が好きだと……愛おしくてしょうがないと自覚させられてしまった。

 

「今の俺はゆんゆんとさよりの事で手一杯です。でも、全てを取り戻して平穏になったら、またエリス様の事を愛したい……また抱いていいですか……?」

 

「もちろん構いませんよ! でも、カズマさんってもの凄く最低な事を言っているって自覚しているんですか!?」

 

「そりゃあ自覚してますよ。なんせ、俺は鬼畜のカズマですから」

 

「そんな事は自分で言うものじゃありません……!」

 

ジト目で睨んでくるエリス様に俺は悪びれもせずに言い切った。むしろ、最低のクズじゃなければ、ゆんゆんとさよりとエリス様、全てを手にいれる事はできないのだ!

 

「今までの俺は世間体とか、ゆんゆんが怖いとか、色々あって大胆な行動は出来ませんでした。でも、覚悟を決めます。ゆんゆんもエリス様も、めぐみんもダクネスも……ついでにアクアも俺の女だ! 他の男なんかに今更やれるか!」

 

「ええ……ハレーム宣言ですか……」

 

「いいじゃないですかハーレム! 本物のファンタジー世界なんだから許されるよな! ええおいっ!?」

 

「なんで私に逆ギレするんですか!」

 

プンスコ怒るエリス様を抱きしめながら、俺は極度の興奮と羞恥心を抑える。ついに、言ってしまった。でも、本心である事は確かだ。全員、俺の女にする。これはもう決定事項だ。

 

「つまりは逆転の発想ですよエリス様! ハーレムだったら別にあなたと愛し合っても浮気じゃないんです! よかった、これで解決ですね!」

 

「そんな無茶苦茶な!」

 

「うるせぇ! 無茶苦茶じゃないとハーレムなんかやってられるかバーカ!」

 

「だからなんで私に逆ギレするんですか! 流石に私にも許容限界というものがありますよ!」

 

 思わず口が悪くなってしまう。しかし、悪態をつかなければ本当にやってられない。ゆんゆんとさよりに対して申し訳ないし、話すのが非常に怖い! だが、やると決めたからにはやり通すつもりだ。全部を手に入れ、取り返した上で俺も彼女達もさよりも幸せにする。これが俺の目標だ。

 

「エリス様、俺はさよりを取り返し、ゆんゆんをどうにかして幸せにする。そして、平穏を取り戻したら、あなたを迎えに行きます。その時まで待っていて貰えますか?」

 

「はぁ……カズマさんは本当に最低ですね……」

 

「最低じゃすまない気がしますけど、俺は謝りませんよ」

 

 俺の言葉に彼女はクスリと笑う。そして、ギュっと抱きしめ返してくれた。そんな彼女の反応に深く安堵する。どうやら、了承してくれたらしい。

 

「ええ、私はあなたの事を待ち続けます。何日、何か月、何十年、何百年でも……私もカズマさんの事を愛しているんですから……」

 

 エリス様が俺の唇を優しく奪う。“浄化”ではない、本当のキスが彼女との爛れた関係の終止符となった。いつか、彼女を再び愛せる機会が訪れる事を願いながら、ゆんゆんの待つ屋敷へとまっすぐ帰宅した。

 

 

 帰宅したのはまだ日の高い時間帯、ちょうどおやつの時間といった所だろうか。少しだけ新鮮な気持ちになりながら玄関の扉を開ける。いつもなら、すぐさまゆんゆんが突撃してくるのだが彼女が来る様子はない。

 そして、リビングに辿り着いた時、ソファーで虚ろな目をして横たわるゆんゆんの姿を見つけた。これほどにまで落ち込んだ様子の彼女は久しぶりだ。俺はゆんゆんがいるソファーに腰を下ろし、彼女をそっと抱き上げた。

 

「カズマ……さん……?」

 

「おう、カズマさんだぞ。どうした? また暗い顔して?」

 

「別にいつも通りです。私、いつも暗い顔してますから……」

 

「スネるなバカ」

 

「いたいっ!? ひ、ひどいですカズマさん! 今の私は……私は……」

 

 俺に元に体当たりする勢いでゆんゆんが飛び込んでくる。そして、俺の胸元に縋り付きながら泣き始めた。ある意味いつも通りとも言える彼女をあやし続ける。幸いにも、時間はたっぷりとある。彼女の好きなようにさせる事にした。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ゆんゆんさーん? そろそろ離れる時間じゃないかー?」

 

「嫌です。今日は絶対に離しません」

 

「腹が減ったから夕食作りたいんだが……」

 

「ダメです。一食くらい私のために我慢してください」

 

 頑なに離れようとしないゆんゆんに少し呆れつつ、俺は彼女を引きずりながらキッチンへと移動する。そして、さっさと夕食を作る事にした。野菜を切ったり、肉を煮込んでいる間も彼女は俺の背中に顔を埋めてクンクンしたり、首筋に甘噛みしたりとやりたい放題だ。そんなひっつき虫なゆんゆんの妨害を乗り越え、何とか夕食を完成させた。

 

「カズマさん、昨日ビーフシチューを食べたじゃないですか……」

 

「コイツはクリームシチューだから問題なし! なんだ? いつもみたいに隠し味が入れられないのが不満か?」

 

「……!? か、隠し味なんていれてません!」

 

「お前も分かりやすい奴だな。まぁ、この料理に隠し味を入れるとしたら、母乳が一番だな! 久しぶりに搾ってやろうか?」

 

「っ……!」

 

 顔を真っ赤にして頭をペチペチ叩いてくる彼女に俺は安心する。少しだけ気力を取り戻してくれたようだ。そして完成したシチューをテーブルに並べたのだが、彼女は対面の席ではなく俺の隣の席に腰を下ろした。それからは、じーっとこちらを見つめ始めた。

 

「おい、せっかく作ったのに食べてくれないのか?」

 

「今日は食欲がないんです。だから、カズマさんの食事風景を見てお腹をいっぱいにします」

 

「また、わけのわからない事を……」

 

 真剣な表情でこちらを見つめるゆんゆんを、ひょいと持ち上げる。そして、俺の膝の上に彼女の体を乗せた。ゆんゆんは目を白黒させていたが、状況を理解してからは、いそいそと俺に背を預けてくる。そんな彼女に、俺はシチューの乗ったスプーンを差し出した。

 

「今日のゆんゆんは、いつにもまして甘えん坊だな。ほら、あーんだ」

 

「はむっ!」

 

「おっ、素直なのは良い事だ」

 

「んっ……やっぱりカズマさんは反則です……色んな意味で自信なくしちゃいます……」

 

「大丈夫だゆんゆん。お前が自信を持ってないと、めぐみんとかエリス様がなくぞ?」

 

「ひゃんっ!? そんなに胸をいじらないでください……私が言っているのはその自信じゃなくて……んっ……!」

 

 俺はそのまま、彼女の素晴らしいおっぱいを揉みに揉んだ。彼女はぶつくさ文句を言ってくるものの、以前のような拒絶反応はない。なんだか、目が覚めた気分だ。

 実はゆんゆんに拒絶された事は俺にとって結構なトラウマになっていた。それが原因で彼女に性的接触を行う事に苦手意識を持つようになった。でも、穴に突っ込む事だけがセックスではない。

 そんな当たり前の事を思い出させてくれた。拒絶の原因は今も分からないが、俺は苦手意識を理由にして彼女の心を解きほぐす努力を怠って、すぐに快楽が得られるエリス様へ逃げたのだ。そんな事はもう許されない。しっかり、ゆんゆんと向き合おう。そう、強く決心した。

 

「よし! そうと決まればセクハラだ!」

 

「何が、“よし”なんですか!?」

 

「いいから久しぶりにおっぱい飲ませろ! どうせ有り余ってんだろ!」

 

「だからってそんな……ひゃっ……だめっ……! 私があなたとそんな事する資格は……んひぃっ!?」

 

 それからは、膝の上に乗せたゆんゆんを逃がさないようにガッチリ抱きしめ、色々と吸いまくってやった。そして、ほのかに甘くてのどごし爽やかな味を楽しみながら、ひっそりと願った。どうか、早くさよりが見つけられますようにと。そうしないと、お父さんがお前の分のおっぱいを全部……

 

「おぶぁっ!? な、なにすんだゆんゆん! 急に蹴るなよ!」

 

「なんだかヒドイ悪寒がしたんです! 今のカズマさんはキモいです……最低です……!」

 

「男は皆そんなもんさ。という事で次は腋を舐めさせろ。リッチー化によって新陳代謝がどのように変化したか調べなきゃな……」

 

「ひぃっ!」

 

「こら、逃げるな!」

 

 脱兎のごとく逃げ出したゆんゆんを捕獲し、欲望の限りを尽くす。残念ながら最後の一線はまだ超える事は出来なかったが、確かな手応えを感じた。ゆんゆんも途中から俺の要求に素直に答えてくれたのだ。人を超えた存在になった彼女だが、本質的には何も変わっていない。ゆんゆんは俺の可愛くてエッチな嫁さんなのだ。

 

 

 

 

 数刻後、俺とゆんゆんはまったりとした時間を過ごしていた。夕食もお風呂も済ましたが、眠る時間にはまだ早い。俺はソファーに座って意味もなく暖炉の火を見つめ、ゆんゆんはそんな俺にピッタリくっついてホットミルクをちびちび飲んでいた。

 

「お前とこんな時間を過ごすのは久しぶりかもな」

 

「そうですね……カズマさんはさよりの捜索で毎日ヘトヘトになっていましたからね……」

 

「結局、さよりの手がかりはほとんど掴めてないけどな」

 

「そんな事……ないですよ……カズマさんはすっごく頑張ってます……」

 

 ゆんゆんが俺の肩にもたれかかってくる。暖炉の前にいるからだろうか? 彼女から感じる暖かさでとても癒された。

 

「なぁ、ゆんゆん。俺は正直言って家に帰ってお前に会うのが辛かった。なんせ、さよりの捜索の成果はほとんどない。お前の落胆の顔を見るのが嫌だったし、そんなお前に気を遣わせるのが申し訳なかった」

 

「カズマさん……」

 

「つまり、俺はお前から逃げていたんだ。それで寂しい思いをしたというなら謝る。本当にすまない。これからはきちんとお前と向き合う。そして、良い夫婦関係をもう一度構築するんだ。これに関してはエリス様やめぐみんから忠告を受けていてな。俺達がちゃんとしてなければ、さよりを取り戻しても不幸にするだけだとよ」

 

 暖炉の火を見つめながらゆんゆんの言葉を待つ。しばらく、居心地の悪い沈黙を過ごした後、隣にいるゆんゆんがクスリと笑った。そして、俺の腕にぎゅっと抱き着いてくる。そんなゆんゆんの反応に安心を覚えた。

 

「私はそんな事は考えもしませんでした。こうやってカズマさんに甘えてばっかりでしたからね。謝るべきなのは私の方かもしれません。だから、私も謝ります。ごめんなさいカズマさん……」

 

「謝るのはやめてくれ。とにかく、お前とはもう一度健全で幸せな関係を築く。そして、さよりを取り戻して全てを元通りにする! まぁ、今までと同じだ。一緒に頑張ろうな!」

 

 ゆんゆんは俺に抱き着く力を強くする事で応える。それからは暖炉の前で再びまったりとした時間を過ごした。俺自身に渦巻いていたモヤモヤは、この時に綺麗さっぱりなくなった。そして、絶望に対する覚悟も決める。アクアが戻ってきたら全てが明らかになる可能性が高い。どんな結果になっても、俺は全てを受け入れよう。

 そのまま怠惰な時間を過ごし、夜も深まっていく。隣にいるゆんゆんは俺に抱き着きながら首をこくこくと揺らしている。そろそろ眠る時間のようだ。

 

「なぁ、お前に言い忘れていた事があるんだ。そのまま聞いてくれ」

 

「んっ……なんでひゅか……?」

 

「実はエリス様とちょっと浮気してたんだ。ごめんな」

 

「んみゅっ……いいですよーそんなこと……」

 

「そうかそうか。よし、じゃあさっさと寝ような」

 

 俺はゆんゆんをそっと抱き上げる。これで後顧の憂いもない! 明日は久しぶりの休日(?)だ。彼女の事をもっと可愛がってやろう……うん……そうしよう……!

 

「んっ……ん……んっ……!? カズマさん、今なんて言いました?」

 

「さっさと寝ようなって……」

 

「その前です」

 

「よし!」

 

「誤魔化さないでください。ぶっ殺しますよ?」

 

 即座に土下座をする。やはり誤魔化し切れなかったようだ。チラリと彼女の表情を伺うと、今までに見たことがないような凄い顔をしていた。どうやら、俺はここまでの命らしい。ごめんなさより……悪いお父さんでごめ……

 

「えいっ」

 

「がはぁっ!?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 あれから、どれくらいの時間が経過したかはよく分からない。ただ、俺はずっと土下座をし続け、ゆんゆんの折檻を何とか耐えていた。

 

「私にあんな事を言っている裏でエリス様と……へぇ……ふーん……」

 

「すんません……性欲が抑えられずにエリス様を襲っちゃいました……それからずるずると爛れた関係に……」

 

「…………」

 

 無言の彼女に頭を足で小突かれながらも、ひたすら土下座を続ける。なんだかんだ言っても、浮気をした方が100パーセント悪い。俺には謝る事しか出来なかった。そんな俺に彼女は大きな溜息をつく。本当に生きた心地がしなかった。

 

「もう俺には謝る事しかできない! こんなクズな俺だけど、お前への気持ちは変わらない! 好きだ……愛しているんだ……だから……!」

 

「ふーん……」

 

「うっ……すんませんすんませんすんません……!」

 

 冗談抜きで涙が出てきた。こうなる事が分かっていたのに、なんで俺は誘惑に負けてしまったのだろうか。一瞬、エリス様に対して理不尽な怒りが湧いたが、即座にその感情を否定する。彼女は、俺を救おうとしてくれたのだ。それに縋った俺の意志が弱かっただけで、エリス様は全く悪くないのだ。

 

「はぁ……カズマさんが浮気をしていた事は知っていましたけど……改めて口にされると結構へこみますね……」

 

「ひょっ!? 知ってたっていつから!? いや、エリス様は絶対にバレないって……!?」

 

「屋敷に帰ってくるカズマさんの表情を見ていれば簡単に分かります。私はあなたの奥さんなんですよ?」

 

「うぐっ……!」

 

「それに隠蔽工作があだになりましたね。私がカズマさんにこっそりつけた噛み跡も綺麗さっぱり消えていますし、私の匂いも毎日リセット。まぁ、それがなくても私はあなたを“ずっと見て”いましたから……」

 

 クスクスと笑うゆんゆんが、俺の前にしゃがみ込む。そして、土下座をする俺の頭をゆっくりと撫でる。俺はというと、冷や汗をだらだら流していた。彼女はエリス様との浮気を知っていながらも俺と接していたのだ。今思えば、あの“愛”のこもった料理は彼女なりの抗議の証だったのかもしれない。

 

「浮気をした事には当然怒っていますけど、素直に話してくれた事には感謝しています。色々と思い悩んで……怒りと苦しみで頭がどうにかなりそうでしたけど……カズマさんの情けない姿を見たら、何だかどうでもよくなっちゃいました。本当にカズマさんは最低ですね……」

 

「はい……最低のカズマさんです……」

 

「ふふっ、私が奥さんでよかったですね。普通なら即離婚です。でも、あなたがえっちな事に弱い事は理解していましたし、私にも原因がないとは言えませんから……」

 

 笑い続けるゆんゆんを見て俺は顔を上げる。どうやら、最悪の危機は去ったようだ。土下座したら許してくれるじゃないかという、クズな打算もあったのだが、本当に生きた心地がしなかった。決して、やったぜとか、ゆんゆんはやっぱちょろいだなんて思っていない……思ってない!

 

「その……あれだゆんゆん。俺は最低の隠し事をしていたクズ男だ。お前も何か思い悩んでいる事があるなら俺に遠慮なくぶちまけてくれ。俺の浮気に比べたら、お前の悩み何て些細なもんさ」

 

「あっ、さりげなく話を逸らしましたね。本当に口が上手いです! まぁ、そうですよね。カズマさんが真実を話してくれたなら私も……私……も……」

 

「ゆんゆん?」

 

 彼女がポタポタと涙を流し始めた。俺は少しビクビクしながらも彼女に手を伸ばしたが、拒絶される事は幸いにもなかった。だから、遠慮なく彼女を抱きしめる。ゆんゆんが何を思い悩んでいるかはまだ分からない。この様子を見た限り、俺の浮気以外にも原因がありそうだ。でも、きっと何とかなる。

 

「浮気をした最低のクズだけど、出来る事があるならなんでも言ってくれ。サンドバックくらいにはなれるさ」

 

「浮気の事はもういいんです……私を愛して……抱きしめてくれるらなら“それくらい”構いません……」

 

「お前って奴は……まぁ俺にとっちゃ都合がいいけどな。よーしゆんゆん、愛してるぞ~」

 

「本当にカズマさんって人は……んっ……」

 

俺の腕の中にすっぽりおさまる彼女の体をギュっと抱きしめる。そして彼女がこれ以上不幸になるような事はしないと固く決意した。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌朝、俺は朝日で気持ちよく目を覚ます。隣にゆんゆんの姿はなかったが、朝食でも作っているのだろうと思って気にもとめなかった。しかし、彼女の姿がリビングにも洗面所にもない。買い物にでも出かけたのかと思い、二度寝をしようか思い始めた時、外から何か言い争うような声が聞こえた。

 慌てて庭先に出てみると、そこには涙を流して蹲るゆんゆんと、そんな彼女に杖と剣を向けるめぐみんとダクネス、無表情で立つエリス様とクリスの姿が確認できた。状況は理解出来なかったが、俺は即座に彼女達に駆け寄っていた。

 

「おい、なにしてんだお前ら!」

 

「ああ、ようやく来ましたかカズマ。あなたを待っていたのですよ?」

 

「別に進んで見せたいってわけじゃないんだが、この光景はお前も見るべきだと、めぐみんがうるさくてな」

 

「めぐみん、ダクネス、寝起きサプライズにしては全く意味がわからんぞ……」

 

 寝起きのぼやけた意識の中で、俺はめぐみんとダクネスに疑問を投げかける。しかし、彼女達は暗い微笑みを返すのみだ。その表情を見て思わず息をのむ。彼女達の瞳に光がないのだ。これと同じ微笑みと瞳を俺は経験している。それは彼女達の感情が爆発した時に見せた“狂気”の表情。まさに狂人の微笑みだ。

 

「それじゃあカズマ、今からゆんゆんを滅ぼします。しっかり見届けてくださいね」

 

「滅ぼすだって!? 何の冗談だ!」

 

「冗談じゃありません。それに、これはゆんゆんも望んでいる事なんです」

 

 クスクスと笑うめぐみんは杖でゆんゆんの頬をゆっくりと撫でた。その瞬間、どうしようもない怒りが湧きおこる。拳をギリギリと握って力を振り絞る。そして、いけ好かない微笑みにドロップキックを喰らわせてやろうと駆け出した。しかし、そんな無様な突撃はすぐさま阻止された。

 

「“バインド!”」

 

「なっ、急に何するんですかエリス様!?」

 

「ごめんね助手君……」

 

「こうなってしまったのならば、私は女神としての仕事を全うするしかないんです……」

 

 俺をバインドで簀巻きにしたクリスは、居心地悪そうに答え、エリス様は悲しそうな表情で俺を見つめる。本当に意味が分からない。エリス様は無表情ながらも、瞳には理知的な光が宿っていた。だからこそ、俺は彼女に説明しろという視線を送る。この場には、彼女くらいしかまともな人物がいないのだ。

 

「カズマさん、見ての通り非常にマズイ事態になりました。あなたはゆんゆんさんが爆発寸前だとおっしゃっていましたが、それはダクネスとめぐみんさんにも言える事だったようです。そして先に爆発してしまったのは……見ての通りですね……」

 

「もう経験済みなので、その事は彼女達の表情を見れば何となく察せます。でも、エリス様まで俺に敵対的な理由が分からない……俺の味方じゃないんですか?」

 

「私は今でもあなたの味方です! でも、彼女達の事情と要請を加味すると、私はダクネス達につくべきなんです。女神として……カズマさんを愛するものとして……こうするしかないんです……!」

 

 エリス様は涙を流しながらも俺から体を離す。そんな彼女の様子を見て、めぐみん達はニッコリと微笑んだ。そのおぞましさに耐えながら、今度は項垂れるゆんゆんに視線を向ける。彼女は、俺の視線に気づくと涙を流しながら見つめ返してきた。

 

「カズマさん、私の事はもういいんです……」

 

「はぁ? だから何言ってるんだよお前は!」

 

「混乱するのも無理ないですよね……でも……これでいいんです……」

 

「ふざけるな!」

 

 朝起きたら、ゆんゆんが突然死ぬ覚悟を決めていた。そんな事を受け入られるなんて到底できない。バインドロープから何とか脱出しようと体を動かすが流石は本職による捕縛スキルだ。どれだけ頑張ってもビクともしなかった。そして、もがく俺の前にダクネスが現れる。俺はというと、彼女を睨み付ける事くらいしか出来なかった。

 

「カズマ、お前にとって突然の事態になった事は謝罪しよう。でも、ゆんゆんはお前に許す事ができないヒドイ嘘をついているんだ。お前が混乱しているという事は、ゆんゆんは真実を話さなかったようだな」

 

「だから意味が分からないって言ってんだろ! 本当に突然すぎるだろ! それにヒドイ嘘って……真実ってなんだよ!? 言え! 分かるように説明しやがれ!」

 

「突然ではない。私達はきちんとゆんゆんに猶予を与えたんだ。真実については……本人に直接聞くがいい」

 

 そう言ってから、ダクネスは再び剣を構える。俺は今も続く混乱状態の中、視線をゆんゆんに戻す。何でもいいから説明して欲しかったのだ。ゆんゆんはそんな俺から目線を逸らす。何とも分かりやすい行動だ……

 

「ダクネスさんの言う通り私はヒドイ嘘をあなたにつきました……」

 

「俺が昨日話した隠し事よりもヒドイとでも言うのか?」

 

「ええ、そうです。ある意味、もっと残酷でヒドイ嘘です。きっと、あなたは絶望に顔を歪めますし、私の事が許せなくなるはずです。そんなカズマさんを見るくらいなら……私はここで人生を終えたいんです……」

 

 諦観に満ちたゆんゆんの表情に俺は二の句が継げられなかった。これほどにまで彼女を追い詰める嘘とは一体何であろうか。だが、例えどんな理由があったとしても、彼女の人生を終わらせる理由にはならないのだ。

 

「大丈夫ですよゆんゆん。カズマは私達が支えます。安心して死んでください」

 

「死はお前に真の平穏をと安らぎを与える。これはお前のためでもあるんだ」

 

「ゆんゆんさんが望むなら、私は躊躇しません。死後の世界でも、最大限の便宜を図ります」

 

 めぐみん、ダクネス、エリス様の言葉を受けて、ゆんゆんはそっと目を閉じる。だが、俺は彼女が無理をしている事は当然分かっていた。何が人生を終えたいだ。勝手に諦めるなんて許さない。俺を残していくなんて許したくない!

 

「おい、ゆんゆん! 何を諦めているんだ!? 俺にはお前が未練タラタラに見えるぞ。本当はここで人生を終わりになんてしたくないんだろう? わがままなんて誰も言わないさ。だから、お前の本心を語れ!」

 

「私は……私は……まだ死にたくない……カズマさんと離れたく……」

 

「全く、しょうがないですね。それなら私が真実を話しましょう」

 

「えっ……? いや……だめっ……! お願いめぐみん……やめて……やめてやめてやめっ!? むぐっ!? んんっ!」

 

 ダクネスがゆんゆんの口を塞いで黙らせる。そして、めぐみんが再び俺の前にしゃがみこんだ。めぐみんの表情は愉悦に歪んでいる。それが気に食わなかった俺は、彼女に唾を吐きかける。しかし、めぐみんはそれを嬉しそうに受け止め、ぺろりと舌で舐めとった。

 

「いずれは話しておくべき事なんです。ゆんゆんが話せないというのなら、私がその役目を継ぎましょう」

 

「いいから真実とやらを言え。お前達の様子からろくでもない事なのは察しがついてる。でも、知らないままでいるよりかは真実を受け入れる事の方が楽さ」

 

「そうですか。なら、遠慮はいりませんね。ゆんゆんも構いませんよね?」

 

「んーっ!? んっ……んっー! んっ……んっ……!」

 

「では、話しましょか。ゆんゆんのついた嘘……真実を……それは――」

 

 涙を流しながら首をぶんぶん振るゆんゆんを、俺は視界にいれないように努める。そして、顎を引いてめぐみんに言葉を促す。彼女はコクリと頷いてから、そっと耳元に囁いた。

 

 

 

「さよりちゃんはもう死んでいるんです」

 

 

 

 その言葉を聞いた時、一瞬わけが分からなかった。さよりは生きている。それは俺にとって当り前の事であった。でも、それがゆんゆんのついた嘘であるというのならば、めぐみんの言う通りさよりが死んでいる事が真実となる事を意味していて……

 

「めぐみん……こんな時に冗談はやめてくれ……」

 

「冗談じゃありません。これが真実です」

 

「嘘だ……そんなの嘘だ……!」

 

「嘘であったら良かったですね」

 

 彼女の言った真実とやらを理解した瞬間、俺の心が何かに引き裂かれるような悲鳴をあげる。とめどない感情の爆発を抑えながら、ゆんゆんに視線を向ける。彼女はすでにダクネスの拘束から解放されていた。その表情は絶望に歪み、俺に対して恐怖の視線を送りながら滂沱の涙を流していた。そんなゆんゆんの姿を見て、俺の怒りや色んな感情が霧散する。怒りがなくなったというわけではない。むしろ、もうどうにでもよくなった。

 

「カズマ、実は探していた7人目の犯罪者の遺体が見つかりました。死亡時期は事件の一か月前。これにより、私が紅魔の里で話した仮説は破綻してしまいました。そして、同時にゆんゆんに対する疑いが生まれたんです。彼女が嘘をついているのではと……」

 

「どうしてそんな思考に飛躍したんだよ……」

 

「事件後のゆんゆんの様子は私から見てもおかしいものでした。でも、それらの不審な行動も、“カズマに娘が生きていると嘘をついた”と仮定すると納得できる点が多かったんです。試しに鎌をかけてみたら、あっさり薄情しましたよ。この嘘つき女が」

 

「ひゃぐっ……!?」

 

 ゆんゆんがめぐみんに軽く蹴り飛ばされた。でも、そんな暴挙を見ても怒りが湧いてこない。そんな事より、この話が真実かどうかが重要だ。俺は助けを求める視線をエリス様に再び向ける。縋れる相手は彼女くらいしかいなかったのだ。

 

「エリス様、こんなの絶対嘘ですよね? さよりの魂は天界にない……だから死んでいないって……言ったじゃないですか……」

 

「ええ、確かに天界にはありません。でも、ゆんゆんさんが確かに娘の死を見たと言うのです。そして、事件現場では犯罪者達の魂は何者かに回収されていたようです。それにさよりちゃんが巻き込まれた可能性は否定できません……」

 

「…………」

 

 顔を俯かせて肩を震わすエリス様を見ていられなかった。俺は彼女と一緒にさよりを探し続けていた。さよりの事を実の娘のように心配し、落ち込んでいる自分を後回しにして、俺の気力回復をしようと奉仕してくれた。そんな彼女の悲しむ様子は俺だって見たくない。だから、俺は涙を流し続けるゆんゆんに無様に這いよった。

 

「なぁ、ゆんゆん……本当にさよりは死んだのか……?」

 

「うぅ……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 

「謝らなくていい。だから嘘だと言ってくれ」

 

「ひっ……!? あっ……怒らないでカズマさん……私はあなたのために……ごめんなさい……!」

 

 泣きながら縋り付こうとしてくるゆんゆんが、ダクネスに張り倒される。それでも、涙と泥に汚しながら、彼女は這いよってくる。そんな彼女の姿を傍目に俺はやっと現実を受け入れ始める。どうやら娘の生死は本当に絶望的らしい。ある程度の覚悟はしていたものの、こうして事実として娘の死を突き付けられるのはキツイものがある。何だか、鼻の奥がツンとしてきた。どうやら俺も限界らしい。ゆんゆん達の前だってのに、溢れ出る涙が止まらなくなってしまった。

 

「カズマ……いえ、そのままにしていてください。それより、ゆんゆんの処遇を決める方が先です。さよりちゃんが亡き今、あなたの存在は人類とカズマにとって害悪でしかありません。大人しく死を受け入れなさい」

 

「ひぐっ……うぐっ……ごめんなさい……でも私は……」

 

「言い訳は無用だ。これ以上カズマを苦しませたくないなら、さっさと死ね」

 

「ひぅ……! うぁ……カズマ……さん……」

 

 体は思うように動かない。バインドロープで身動きが取れないだけでなく、いつの間にかクリスが俺の事を抱きしめていた。彼女から離れようなんて思いも薄れていく。だが、ゆんゆんの嘆きの声が聞こえてくる。どうにかして彼女の嘆きを止めたかった。

 

「ゆんゆんさん、死を受け入れる事も一つの道です。死後の世界での安寧は、女神である私が保証しましょう」

 

「いや……やっぱりカズマさんを残していくなんて考えられない……!」

 

「大丈夫です。いつになるか分かりませんが、あなたも天国、もしくは転生の輪に戻れます。それまで私に彼を任せてください。あなたに憂いは残させません」

 

「大人しく死を受け入れるべきだって、本心では分かってます……でも、私の憂いはあなたの存在そのものよ……! 使い魔越しにあなたを見た時、何かの見間違いだって思うようにしてた……! でも今ならはっきり見える……! あなたに任せる事だけは絶対に嫌……あなただけは嫌なの!」

 

「ゆんゆんさん……」

 

 視界の隅で、ゆんゆんがゆらりと立ち上がる姿が見て取れた。彼女の周囲には巨大な魔力が渦巻き始め、めぐみんやダクネス達も戦闘態勢へ移行する。クリスは俺を更に抱きしめるのみだ。残念ながら、この場にはストッパーになる人物がいない。このままでは大惨事になってしまう。俺はクリスにそっと目配せしてみるが、彼女はふるふると首を振るだけであった。

 

「めぐみんやダクネスさんも許さない! 私の友達や味方の振りをしといて、結局は虎視眈々とカズマさんを奪う機会を窺っている……! 本当は私が殺す理由が出来て嬉しくてたまらないんでしょう? そんな奴らにカズマさんは絶対に渡さない……渡すもんですか! 我が呼び声に答えよ!“サモン・アンデットナイト!” あなた達も力を貸して! “サモン・サーヴァント!”」

 

 ゆんゆんの周囲を数十体の武装したスケルルトンが取り囲み、数えきれないほどの昆虫やなめくじがわき出るように出現してゆんゆん達を黒く染める。彼女の憎しみのこもった表情と合わさって見た目は完全に悪の魔法使いだ。対するめぐみんとダクネスはそのおぞましい光景を見ても不敵な微笑みを全く崩していなかった。

 

「へぇ、やっとあなたの本音が聞けました……この泥棒猫! 私達からカズマを奪っておきながら、よくそんな事が言えますね!」

 

「泥棒猫なんて可愛いものじゃない……お前は豚だ……醜くて役立たずの豚だ! カズマの為にもここでぶっ殺してやる!」

 

「っ……!」

 

 アンデットナイトが剣を抜き、ゆんゆんも魔法の詠唱を開始する。そんな一触即発の状況はあっけなく終わってしまった。めぐみんが何かの呪文を呟いた瞬間、虫達は逃げ出し、アンデットナイトは跡形もなく浄化され、ゆんゆんも地に倒れ伏す。残るのはクスクスと笑うめぐみんとダクネスの笑い声だけであった。

 

「ふふっ、アクアの置き土産は効果抜群のようですね。かつてこの屋敷は私達の愛の巣でした。邪悪な者の動きを阻害する仕掛けは今も健在なんですよ。まぁ、この仕掛けがあるからこそ、貴方をここに移住させたのですけどね」

 

「許さない……絶対に許さない……! ずっと友達だと思っていたのに……味方だと思って……ふぇ……えっぐ……ひっぐ……ひゃぐっ……!?」

 

「ああっ……その表情が見たかったんですよ……! そのまま惨めに死んでくださいね?」

 

「ねぇやめて……もうやめてよめぐみん……殺すなら早く殺して……もう疲れちゃった……がふっ!?」

 

 めぐみんとダクネスがゆんゆんを楽し気に踏みつけた。その光景には俺も言葉を失う。おかしいという言葉だけではすまない。笑いながら動けないゆんゆんをリンチにするなんて狂っているという他ない。俺はめぐみん達に対する嫌悪感で胸がいっぱいになってしまった

 そして、自分の中の感情に整理はついていないが、俺が何をすべきかはもう分かっていた。だからこそ、俺はこの状況を打破できる奥の手を使う事にした。

 

「エリス様! めぐみん達を止めてください!」

 

「っ……! 女神としてそれは出来ません! ゆんゆんさんはここで浄化されるべきなんです!」

 

「お願いしますエリス様! 俺はここでゆんゆんの人生を終わらせたくないんだ!」

 

「でも……!」

 

「助けてくださいエリス様!」

 

 エリス様は、俺の言葉を受けてそっと溜息を吐く。そして、悲しそうな微笑みを浮かべながら小さく指を鳴らした。その瞬間、俺を拘束するバインドロープは消し飛び、ゆんゆんの周囲に浮かび上がっていた魔法陣も力を失ったように光を失った。どうやら、俺のお願いを叶えてくれたらしい……流石は俺の愛する女神様だ!

 

「本当にカズマさんは……今回だけですよ?」

 

「エリス様……!」

 

 クスリと笑うエリス様に心の中で盛大に感謝しつつ、俺は仏頂面のクリスから抜け出してゆんゆんの元へ駆け寄る。彼女は全身をボロボロにされながらも、俺の姿を見て安堵の表情を浮かべた。そして、めぐみんは憎しみのこもった表情で、ダクネスは茫然とした表情でエリス様に向き直る。その姿に俺はざまぁ見ろという思いを抱いてしまった。

 

「女神エリス! ここで……こんな所で裏切るのですか……!

 

「エリス様……? 何故……何故ですか!」

 

「簡単な事ですよ? これがカズマさんの望みなんです。それに今の貴方達は正に“狂人”。狂気に堕ちてしまった貴方達を救うのも私の仕事です」

 

 新たに発生した修羅場を放置して、俺は倒れ伏すゆんゆんを抱き起こす。そして、覚悟を決めて彼女の頭をそっと撫でる。ゆんゆんは不安気な表情を浮かべ、俺はそんな彼女に思わず苦笑した。

 

「ゆんゆん、一緒に逃げるぞ」

 

「でも私は……カズマさん……本当にいいんですか……?」

 

「詳しい話は後だ! とりあえず、めぐみん達からさっさとトンズラすっぞ! 逃げる場所は……お前に任せる!」

 

「っ……! 後悔しても知りませんよ……?」

 

 期待に満ちた表情を浮かべるゆんゆんをギュっと抱きしめる。そして、テレポートの魔法で歪む周囲の光景とエリス様を眺めながら、俺は自分に言い聞かせた。

 

これが俺の進むべき道だと……

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 バインドロープで地に転がされて気絶しているめぐみんさんとダクネスを見ながら、私は胸をほっと撫でおろす。これで私の出来る事はなくなったのだ。

 

「ねぇ、本当に良かったの? 運否天賦に任せるのは好みじゃないなぁ……」

 

「これでいいんです。ここまでやって天に見放されるようなら、私は幸運の女神の役目なんて放棄しますから」

 

「そう言われてもねぇ……」

 

 不満げに足元の石ころを蹴るクリスを私は苦笑しながら見守る。彼女も“私”なのである。つまり、私も心の中では彼女と同じ思いを抱えているようだ。でも、今回ばかりは仕方がない。運に左右される事は最初から覚悟していた事だ。それに、ゆんゆんのリッチー化という“想定外”の事態を乗り越え、ここまで臨機応変に対応した事には自画自賛したい気分だ。

 この賭けに勝つ事が出来たら、私はカズマさんの全てを手に入れる。逆に言えば、賭けに負ければ私は全てを失ってしまう。もちろん、私が勝てるように最善は尽くしたし、保険もかけている。それでも不確定要素は除去しきれない。何より……

 

「これで“二人”に私が望んでいる幸せを与える事が出来なくなりました……でも、絶対に幸せにしてみせますからね……」

 

 幸運の女神は私自身だ。だから、絶対に大丈夫。そう信じて祈りを捧げ続ける。次にカズマさんと会えるのは何年後……それとも何百年後かも分からない。でも、出来るだけ早く再開したかった。

 

 

「待っているのは私だけじゃないのですから……」

 

 

そう独りごちながら、私はそっとお腹を撫でた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 ゆんゆんのテレポートの魔法によって、周囲の光景が屋敷から謎の空間へと切り替わる。薄暗い空間内には、質素なベッドや衣装棚などの家具が並び、サボテンやら多肉植物が並べられていた。見覚えのない場所ではあるが、一休みくらいはできそうだ。少しだけ体をふらつかせるゆんゆんを支えながらベッドに腰を下ろした。

 

「さて、色々あって辛いだろうが……話してくれるか? さよりの事を……」

 

「はい……」

 

 彼女についた泥を拭いながら、俺は真実とやらをじっくりと聞いた。曰く、彼女はゾンビの案内で到着した野営地で地獄を見たらしい。散らばる肉片と、それを食い漁る犬型モンスター、じゃりめの死体……

 彼女はすぐさま犬型モンスターを追い払ったが、奴らの口からこぼれ出たものを見て何も考えられなくなったらしい。そして、アンデッドとして蘇ったじゃりめの負の感情を読み取って何もかもが嫌になってしまったようだ。

 

「じゃりめは私が関与していない自然発生のアンデッドです。死した体を動かす力は自分に対する激しい怒りと、守れなかったという深い悲しみの感情でした……それに犬型モンスターからはこれを……」

 

「…………」

 

そう言って、ゆんゆんは懐からボロ切れを差し出す。血に汚れた布の破片は俺にとっても見覚えのあるものであった。

 

「これはさよりの産着だな……」

 

「そうです……これをモンスターから取り返した所で、私の心は折れちゃいました……」

 

 声を震わせる彼女をギュっと抱きしめる。俺自身も頭がどうにかなりそうであった。さよりはまだ生まれてから二か月くらいしか経っていないのだ。そんな小さな子供には残酷すぎる運命ではないだろうか。

 

「そして貴方にさよりの事を聞かれて思わず嘘をついてしまったんです。あの時は私自身、さよりの死を受け入れられませんでしたし、私の姿を見て絶望するあなたをこれ以上苦しませたくなかった。だから私は嘘をついた……楽な方に逃げたんです……!」

 

「ゆんゆん……」

 

「そのまま、私の嘘は真実として押し通ってしまいました。毎日さよりの事を報告するカズマさんが見ていられませんでしたし、月日が経つ事で嘘をついた自分がどんどん許せなくなる。あなたに対する申し訳なさと、真実が明らかになった時の周囲の反応が怖くてたまらなかった……」

 

「そうかい……」

 

 ぶるぶると体を震わせるゆんゆんが嗚咽を漏らし始める。不思議と彼女に対する怒りは湧かなかった。むしろ、今までのゆんゆんの様子に納得がいった。事件後の数か月、彼女はひたすら塞ぎ込んでいた。恐らく、この期間はさよりを失った事をひたすら悲しんでいたのだ。

 そして、俺との性的接触を嫌がったのは自分を許せないという葛藤が根底にあったのだ。でも、本心では俺に慰めてはもらいたい……何とも不器用な感情表現だ……

 

「そんな私も数か月後にはさよりの死を当然のものとして受け入れた。そして、カズマさんだけはもう奪われたくないと貴方の監視をし始めた。こんな浅はかな自分が嫌で嫌で仕方がなかったんです……」

 

「そんな事はないさ。俺も似たようなもんだからな」

 

 浮気をして快楽を貪っている時だけは、俺は何もかもを忘れる事ができた。ヒドさでいったら、俺の方が上だ。何より、ゆんゆんの苦しみに俺が気付けなかった事が悔しくてたまらなかった。

 

「なぁ、ゆんゆん。もう一度言うが、俺はお前に対して怒ってなんかないさ。俺のために仕方なく嘘をついたって理解してるし、あんな状況に置かれていたんだ。仕方がない事なんだよ。だからこそ教えて欲しい。お前を幸せにするために俺は“どうしたら”いい?」

 

「そんな……やっぱり私は死んだ方がいい人間で……!」

 

「いいから言ってみろ」

 

 ゆんゆんが流す涙を片手で拭いとる。そして、もう片方の手で彼女の頭を優しく撫でた。彼女はチラチラと俺の顔を見て、何度も躊躇って口を閉ざす。そんなやり取りがしばらく続いた後、彼女はぼそりと呟いた。

 

 

 

「カズマさんとずっと一緒にいたい……」

 

 

 

「そうか。なら、ずっとに一緒いようぜゆんゆん」

 

「え……? でも……私は最低な嘘つきで……さよりにも……んむっ!?」

 

 彼女の口を自分の唇で無理矢理塞ぐ。これをすると、俺に好意を持ってくれている女性は押し黙って受け入れる。そんなスケコマシスキルを駆使しながら、ゆんゆんの唇をひたすら貪る。ちょっとだけ冷たいが、この感触は間違いなく俺の嫁さんで愛を誓った相手だ。だから問題なんて何もない。彼女とずっと一緒にいよう……改めて心にそう誓いなおした。

 

「安心しろ。俺はお前を幸せにするって誓っただろ?」

 

「っ……!」

 

「おふっ!? まったく、お前も相変わらずだな……」

 

 彼女が俺の胸に飛び込んでくる。その勢いでベッドに押し倒されながらも、俺は彼女を撫で続けた。

 

そうだ。

 

 俺は彼女を幸せにすると約束した。だからこれでいい。出来れば、ここにさよりがいる事が理想であったし、そうであって欲しかった。でも……もう……

 

 

「カズマさん……ずっと一緒にいましょうね……?」

 

 

「ああ、そうだな。お前が望む限りは一緒にいてやるさ」

 

 彼女を抱きしめながら、俺はそっと目を閉じる。ちょっとくらい一休みしても構わないだろう。なんせ、時間はたっぷりある。ずっと……ずっと彼女と同じ時を過ごすのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと目を覚ますと俺は薄暗い空間で椅子に腰かけていた。そして、目の前には愛しい女神様の姿があった。一瞬焦りを覚えてしまったが、状況を理解して深く溜息をついた。自分が情けなく思えて仕方がなかったのだ。

 

 

 

「カズマさん、“お久しぶり”ですね」

 

 

 

 

 

 

 






今年最後の投稿
今日はコミックマーケットの日でもありますし、リゼロとこのすばのコラボ雑誌の発売日でもあります。いやー買わなきゃなー!(エミリア衣装のアクア様は必見。可愛い)



また、あるい椋さんから頂いた挿絵の一部を公開しておきます。
件の挿絵は『愛憎渦巻く紅魔の里:結婚報告と名誉紅魔族への道』に掲載しています。


エリスルートもやっと消化試合ですねぇ……


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女神アクア降臨

非常に長いです
おまけにアクシズ教徒、エリス教徒共に観覧注意!


 

 

 

 

 

 毎日のように通いつめ、最早座りなれたと言っていい長椅子に俺は体を深く預ける。そして、こちらを慈愛の表情で見つめる女神さまの視線を受けながら頭を抱えた。

 

「一応、聞いておきますけど……俺って死にました?」

 

「いいえ、死んではいません。現実の貴方はぐっすりお休み中です。私とこの空間は寝ている間に見る夢のようなものと思ってください。まぁ、以前にも“私”とお会いしていますし、ある程度の事はご存知ですよね?」

 

「ええ、覚えていますよ……」

 

「そうですか! 私自身はちょっぴり嬉しいですが、貴方の事を考えると“私”が現れるのは不本意な事ですし、残念な事ですよね……」

 

 エリス様が悲しそうに微笑んだ。俺は“彼女”の事はよく知っている。以前会ったのは、とち狂っためぐみん達に監禁されていた時だ。曰く、彼女はエリス様の記憶と思考をトレースしたものであり、俺が精神的に参ってしまった時に起動する一種のプログラムのようなものらしい。

 頭の中に勝手に精神的ファイアーウォールを植え付けられるのは少し思う所があるが、彼女には実際に救われている。詳しくは覚えていないが、荒んだ心を優しく癒してくれた事は確かだ。

 

「エリス様、やっぱり俺ってそんなに精神的にキテますか? 現実世界ではゆんゆんと一緒にいると決心したばかりなんです。だから俺は……」

 

「無理しなくていいんですカズマさん。私の前では遠慮する必要はありません。さよりちゃんの事で苦しんでいるんですよね?」

 

「…………」

 

 言葉が続かない。さよりの事はもう考えたくなかった。彼女は死んでしまったらしい。最初は全く“自分の子供”という実感がなかったのだが、ゆんゆんと一緒に彼女を育て、苦労しながらも父親としての自覚と子供に対する愛情を持つようになった。その矢先にあの事件の勃発だ。本当に、理不尽で仕方がない。ずっと続くと思っていた日常と幸せはあっけなく木端微塵に砕け散ってしまった。

 ふと、両頬に熱い液体が滴るのを感じる。どうやら、夢の中だというのに俺は涙を流しているようだ。情けないとも思ったが、それ以上に悲しくて苦しくて仕方がなかった。そんな俺を、エリス様が優しく抱きしめてくれた。ふわりとした羽衣と微かに感じる柔らかな胸の感触に包まれながら、しばらく慟哭した。

 

「カズマさん、貴方はとても頑張りました。“私”が今まで姿を現さなかったのは、貴方が強い心を持っていたからです。あのような状況にありながら、ゆんゆんさんとさよりちゃんの事だけを考えて行動した……」

 

「買い被りすぎですエリス様。俺は現実の貴方にとても助けられました。今の状況とあまり変わっちゃいない」

 

「いいえ、カズマさんは本当に強い心の持ち主だと思いますよ。さよりちゃんを失い、ゆんゆんさんに欺かれても、貴方は彼女との愛に生きる道を選んだ。ええ……素晴らしい素晴らしいですよ……」

 

「エ、エリス様?」

 

 何やら体を震わせているエリス様に抱きしめられながらも、今朝の事を振り返る。さよりの死、壊れかけのゆんゆん、狂っためぐみん達。なんだか、全て夢の中の出来事のように思えるが、残念ながらそれが現実であった。

 とっさの判断でゆんゆんと逃げる事を選択したが、これからどうしたらよいか先行きが全く分からなかった。そんな暗い思考に陥った時、エリス様の暖かな優しさが非常にありがたかった。

 

「エリス様、俺はさよりを取り戻せば全部上手くいくって信じてた。もう一度幸せな家族としてゆんゆんや、さよりとやり直せる……いつもの日常に戻れるってずっと思っていた。でも、もう何もかもがダメな気がするんです……」

 

「さよりちゃんがカズマさんの希望であった事はよく知っています。彼女を失う事は貴方にとって何を意味するかも知ってます。でも、貴方はまだ諦めていない。ゆんゆんさんを幸せにするって言ったじゃないですか」

 

「それも半ばヤケクソに言った言葉ですよ。狂っためぐみん達に弄られる彼女が見ていられなくて、一緒に逃げる事を決めたんです。だから、これからの事なんて全く考えていない。ゆんゆんを幸せにするなんて俺には……」

 

「悲観的になっちゃダメですよ? ゆんゆんさんは貴方と一緒にいられるだけで幸せを感じてくれるはずです。もっと自信を持ちましょうカズマさん!」

 

 優しく微笑む女神様のご尊顔を見つめながら、しばらく呆ける。それを言われたらどうしようもない。ゆんゆんの俺への依存度はかなりのものだ。だから、ずっと一緒にいてやるというのが彼女の幸せとなるのは間違いないと思う。

 

「大丈夫ですよカズマさん。貴方はゆんゆんさんを幸せにする事だけを考えてください。そして、何か苦しい事があったり、辛い事があるのなら、遠慮なく私を使ってください。私が貴方の心の支えになります!」

 

「エリス様……」

 

 別の意味で涙が出そうになった。一連の事件で辛い思いをした時、エリス様が俺の心の支えとなっていた。彼女にここまで言われたのなら、俺も頑張るしかない。

 確かにヤケクソの判断であるし、不安はいっぱいであるが、ゆんゆんを幸せにしたいという気持ちは紛れもない俺の本心だ。ゆんゆんのためにも、頑張ろう。そんな気力が少しだけ湧いて来た。

 

 

 

「大丈夫ですよカズマさん。あなたには私がついていますから……」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「うーん……ママ……おっぱい……」

 

「カズマさん、その寝言はキモイですよ!」

 

「ふへへ……その小さなおっぱいで……んんっ……? すまんなゆんゆん、寝ちまったみたいだな」

 

「いいんですよ。逃げてきたのは早朝ですしね。それにこれからずっと一緒にいる予定なんですから!」

 

「お、おう……」

 

 寝起きである俺の腹の上に、割とハイテンションなゆんゆんが飛び乗ってくる。そんな彼女の様子に苦笑しながらも、抱きしめかえそうとして――

 

「おわっ!? なんだよこれ!? どうして俺の手に手錠が……!」

 

「えへへ……」

 

「笑っても誤魔化せねーよバカ! 何のつもりだゆんゆん!?」

 

 気まずそうに笑うゆんゆんの傍で俺は必死に手錠を取り外そうとするが、ガチャガチャとした金属音を鳴らすだけで全く取れそうにない。そして、妙な違和感を覚えて壁や天井を眺めてみると、何やらチラホラと屋敷の地下室で見た事のある記号や魔法陣が目に付いた。

 

「おい、この壁に刻まれてる記号って天使避けか?」

 

「よく分かりましたねカズマさん! 正解ですよ! この他にもリッチーになってから文献で得た知識、バニルさんに教えてもらった魔法陣なんかも……!」

 

「いや、大体分かった。つまりお前は俺を監禁したいと?」

 

「違います! ま、まだ監禁じゃないです! この手錠についてはこれから説明しますから!」

 

 あたふたとしながらも、ゆんゆんは正座で俺に向き直る。そして、コホンと咳払いをしてから俺の事を真面目な表情で見つめてきた。

 

「カズマさんは私にずっと一緒にいてくれるって先ほど言いました。でも、本当にそれでいいんですか?」

 

「何が言いたいんだお前は? そりゃ良いに決まってる。俺はお前を幸せにするって誓った身だしな」

 

「そうじゃないんです! カズマさんならこの部屋を見て大体分かったでしょう? 私はもう貴方を離したくないし、めぐみん達に触れさせたくもない。だから、カズマさんとずっと一緒にこの場所にいたい。そのためなら監禁だって厭わない……そんなおかしな精神状態に私はなっているんです!」

 

 ゆんゆんは目を真紅に輝かせながらそう言い放った。自ら頭のおかしい人間と主張するのは中々の度胸だが、ゆんゆん含めて俺に好意を持つ連中が少しおかしいのは当然知っている。俺にとっては、何を今更としか思えなかった。

 

「頭のおかしい私と一緒にいたいというなら、私は嬉しすぎて貴方に変な事をするかもしれないんです。もし、カズマさんが嫌というなら、すぐに手錠を外して地上に送り返します。私の夫だからってここまで付き合う必要ないんですよ?」

 

「お前は相当なアホだな。別にお前に変な事されるのなんか大歓迎だし、ずっとお前と一緒にいたいというのも俺の本心だ」

 

「カズマさん……! それじゃあこのままで構いませんよね? ふふっ、縛られて動けない貴方に私の……いひゃいっ!?」

 

「流石に手錠は外せよバカ! 緊縛プレイは好きだけど、縛られるのは嫌なんだよ!」

 

 俺の若干怒り気味の声を受けて、ゆんゆんは渋々と懐から鍵を取り出した。そして、鍵を手錠に差し込もうとした所で彼女の手が止まってしまった。

 

「カズマさんが私と一緒にいたいというのは凄く嬉しい言葉です。でも、私はまだ貴方の事を心の底から信じられません。だから、この手錠を外すには条件があります」

 

「はあ? お前は俺の事を信じれれないのか? 少し悲しいんだがな」

 

「私だってカズマさんの事を信じたいです! でも、浮気してましたし……」

 

「っ……!? すんませんすんませんすんません!」

 

 口を尖らせてスネるゆんゆんに俺は以前と同じく渾身の土下座をした。それを言われたらどうしようもない。どう言い繕っても俺に非がある事は確かだからだ。今までなら彼女に色々とゴリ押せたのだが、浮気の話題を出されると敵わない。そういう意味では俺は夫としての地位を失ってしまったようだ。

 

「それじゃあカズマさんの“経験”を私にください」

 

「経験って……もしかしてお前!?」

 

「ええ、そうですよ。だって、カズマさんって本当に色々出来ちゃうでしょう? 私が完璧に作り上げたこの場所からも貴方は脱出してしまうかもしれない。そんな不安でいっぱいですし、そんな事で疑心暗鬼になりたくないんです……」

 

「だから脱出なんてしないのに……ああっ……もうどうでもいい! やるならさっさとやっちまえ!」

 

 ヤケクソ気味に俺はベッドに倒れ込む。別にここで彼女とずっと一緒に過ごす上では不必要なものだ。そう自分に言い聞かせながら俺はクスクスと笑いながらにじり寄ってくるゆんゆんの表情を見つめた。まぁ、これで彼女の不安がなくなるのならいいか……

 

「ふふっ、カズマさんが私を本当に愛しているのなら、一回で成功するはずですよね? それじゃあ……“不死王の手”」

 

「おっ……おおう……力が抜ける……もったいねぇ……」

 

「あっ! 一回で成功しましたね! やっぱりカズマさんは私の事を愛してるんですね!」

 

「へいへい、愛してますとも! だから、早く手錠を外してくれ。なんか、これすらも重く感じるんだよ」

 

 再びベッドに崩れ落ちながら俺は力の出ない体にため息を吐く。これで俺はまたレベル1に戻されてしまった。スキルポイントが増えたと前向きに取れれば良いのだが、魔力量が初期値に戻ったために今まで簡単に使えた魔法にも苦労する事になる。

 確かにゆんゆんとの生活ではもう使う事はないのだが、鍛えた体が弱くなるというのは嫌な気分であった。この世界の住人がレベルドレインを嫌うのに改めて納得がいった。

 

「はい、これで手錠は外しましたよ。ふふっ、なんだか今のカズマさんは弱っちく見えて可愛いです!」

 

「可愛いとか勘弁してくれ! というか、そろそろ説明してくれゆんゆん。ここは一体どこなんだよ?」

 

「ここの事ですか? そうですよね……気になりますよね! それじゃあ紹介しちゃいます! ここは私がもしもの時に備えて作った愛のシェルター! とあるダンジョンの奥地にひっそりと作っていたんですよ」

 

 よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑顔になるゆんゆんに腕を取られ、愛のシェルターという何とも言えない施設の説明を受けた。なんでも、ゆんゆんは屋敷から度々抜け出してはこの施設を建設したり、家具などを運び込んでいたらしい。

 そして、そもそもの事の発端はめぐみんから俺の監禁話を聞いたからだそうだ。あの事がバレていた事に血の気が引いたが、ゆんゆんは朗らかに笑うだけであった。

 

「めぐみんからあの話を聞いた時、不謹慎な事ですけど少し憧れちゃいました。もし、カズマさんと一緒に追われる身になったらこのシェルターに逃げ込もう。そんな不埒な妄想をしながら作った場所がここなんです。作っている時はとてもいい気分転換になりましたし、楽しいものでしたよ。誰にも邪魔されない私とカズマさんだけの場所だって……まさか本当に使う事になるとは思いませんでしたけどね」

 

「はぁ、お前はすぐに変な事に影響されやがって……まぁいい、暇だし案内頼む。しばらく……いやずっとここで過ごすかもしれないんだからな」

 

「お任せください! えっとここの扉の先が“食糧庫”で……こっちが各種野菜などの“栽培室”、地下室には“ネロイド繁殖場”や、拷問……じゃなくてプレイルームとかその他にも色々ありますよ!」

 

 嬉々とした表情のゆんゆんに連れられて俺はシェルター内の説明をじっくりと受けた。内装は簡素なものであるが、実用性のありそうな部屋が多く作られていた。そして、内心で少しげんなりする。この施設なら、本当に何十年も過ごす事が可能であるかもしれないのだ。

 

「なぁ、ゆんゆん。お前は残りの人生を本当にここで過ごすつもりなのか? もう一度外に出ようとは思わないのか?」

 

「はい、外に出ようなんて私は微塵も思っていませんよ。正直にいうと、もう疲れちゃったんです。外の世界ではめぐみん達が私の事を血眼になって探している。多分、今度捕まったら死ぬよりヒドイ目に会う気がするんです。そんな恐怖に怯えて暮らすのは絶対に嫌……ここにずっと引きこもっていたいです……」

 

「めぐみん達は……まぁ……そうだよな……」

 

 ゆんゆんの体は恐怖によって震えていた。確かに、俺も今のめぐみんとダクネスとは仲良くできる気がしない。彼女達はもう俺達の明確な敵になったのだ。あの事態を引き起こし、ゆんゆんをいたぶって殺そうとした事を二つ返事で許せる気はしなかった。

 でも、エリス様の事は心配だった。結果的に狂っためぐみん達の元へ置き去りにしてしまったのだ。それに、アクアの事も……

 

「私はさよりを失ってからは、カズマさんの事ばっかり考えるようになりました。愛した娘はもういない。心を許せる友人も失った。もう私にはカズマさんしかいないんです! 私からもお願いします……ずっと一緒にいてください!」

 

「分かったから泣くなアホ。俺の答えは変わらねーよ」

 

「っ……!」

 

 俺の胸に満面の笑みで飛び込んできたゆんゆんを適当に撫でる。実際、俺に出来る事は彼女と一緒にいてやるくらいだ。それで彼女が幸せであるならば問題ない。前向きに考えれば、全くもって老いない完璧美少女な嫁さんと一緒に一生引き籠るという事だ。そう考えると、別に悪くはない気がしてきた。

 そうやって自分自身を納得させている時、ゆんゆんが俺のおでこをつんと突ついた。レベルが低いせいであろうか、その衝撃だけで俺はベットの上にふっ飛ばされた。そして、少し目を回している俺の上にゆんゆんがそっと乗ってくる。彼女の瞳には久しぶりともいえる情欲の炎が灯っていた。

 

「えへへ……それじゃあカズマさん、えっちな事をしましょう?」

 

「おおっ!? いや俺は嬉しいんだけど、お前は大丈夫なのか?」

 

「いいんです……大丈夫なんです……もうどうでもいいんです……!」

 

 全然大丈夫じゃなさそうな事を言いながら、ゆんゆんは俺のズボンを下着ごと一気に脱がしにかかった。そうしてあっけなく丸裸にされた俺の肌に、彼女の柔らかくもヒンヤリとした太ももの感触が押し当たる。思わず、ピクリと反応してしまった俺にゆんゆんは悲しそうに目を伏せた。

 

「すいません……冷たいですよね……」

 

「いや、これは体の反射行動だ。別に冷たさなんか関係ねえよ」

 

「無理しなくていいんです。今すぐ暖めますから……んしょ……!」

 

「おふっ!? やっぱゆんゆんはゆんゆんしてるなー」

 

「もう、意味が分かりませんよ。でも、この体でもカズマさんは反応してくれるんですね……とっても固いです……」

 

 雪のように白いゆんゆんの顔が性的興奮によって赤く染まる。リッチーの身体的構造はどうなっているんだろうかという事を頭の片隅で考えつつも、俺は快楽を味わうために力を抜いた。

 ゆんゆんはというと、俺の勃起した逸物に自分の秘所を下着越しに擦り付けていた。以前のような熱は感じないものの、下着からは愛液が滴ってお互いの性器を淫靡に濡らしていた。そして素股による摩擦熱のせいだろか、秘所に懐かしい熱が戻って来た。

 

「んっ……あったかい……あぅ……カズマさん……もっと私をあっためて……?」

 

「そー言われてもな……じゃあ、いつも通りにするか。ほーら来~い!」

 

「んへへ……はいっ!」

 

 嬉しそうにギュっと抱き着いてくるゆんゆんを優しく受け止める。彼女のひんやりとした体は少し火照り始めた体にはちょうど良いものであった。ゆんゆんはしばらく俺の体温を享受した後、穏やかなキスをし始める。適度に舌を絡ませる甘やかなキスは彼女の愛を感じられ、俺を少しだけ幸せな気分にしてくれた。

 

「んちゅ……ふふっ、えっちな事をしてる時のカズマさんって幸せそうな表情をしてますよね……」

 

「男は皆そんなもんだ! お前も……うん……思ったより良い表情をしてるじゃないか」

 

「確かにそうかもしれません。私はカズマさんとえっちな事をするのは大好きですから……」

 

「やっぱり、ゆんゆんはえっちだな」

 

「もう、そんな事言って……もっと気持ちよくさせちゃうんですから!」

 

 ゆんゆんがキスを終え、興奮気味に顔を上げる。そして、またも倒れ込むように俺に抱き着いて来た。だが、彼女の頭は先ほどより低い位置にあった。少し不審に思った瞬間、謎の衝撃が胸に走り、思わず変な声が出てしまった。

 

「もひゃっ!? こらっ! 男の乳首を吸う……おひょっ……! 吸うなボケ!」

 

「んっ……ちゅるっ……! カズマさんも喜んでるくせに……んじゅ……はふっ……!」

 

「おうっ!? もう好きにしやがれ!」

 

「んはっ……カズマさんって本当はこういうの好きなんでしょう? はみゅっ……じゅる……!」

 

 ゆんゆんに執拗に右乳首を吸われながらも、俺はせりあがるムズ痒さとくすぐったさ、快感を我慢した。別にこういうのが嫌いなわけではない。ただ、されるよりは、する方が好きだ。それに、一方的にされるのは少し癪である。

 俺は股の上で揺れるゆんゆんのお尻をひっつかんで思いっきり揉みしだき、勃起したペニスを彼女の秘所に深く押し付けた。彼女のぷにぷにとした陰唇はとろりとした愛液と合わさって物凄く気持ちが良い。その快楽を堪能しつつ、彼女を俺の体に押し付けるようにお尻を掴んでいた手に力を籠め、大きく前後に揺り動かした。

 

「あむっ……んひっ……ちゅるっ……はぐっ……!?」

 

「うひぃっ!? 噛むなバカ! 乳首はデリケートなんだからもっと優しくしろ!」

 

「んっ……私にはいつも乱暴にしてるくせに……んぁ……ひゃうっ!?」

 

 俺の逸物がコリコリとしたゆんゆんの陰核に擦れる度に彼女は小さな悲鳴をあげる。ゆんゆんも負けじと乳首に吸い付いてくるが、快楽によってビクビクと痙攣して半端な愛撫となっていた。だが、素股による刺激は着実に快感として蓄積しており、ゆっくりとした射精感がこみ上げて来ていた

 

「うっ……そろそろイきそうだゆんゆん……!」

 

「ひゃっ……あうっ……私もだめ……もうだめです……んぁっ!?」

 

「そうか、なら一緒にイクぞ!」

 

「んっ……私もカズマさんと一緒に……ひぅ……あふっ……!」

 

 だらしなく舌を出し始めたゆんゆんを眺めながらガンガンと腰を動かしまくる。俺はというと、少し懐かしい気分になっていた。さよりの出産後は割とノーマルな性関係だったので、素股で絶頂までするのは久しぶりなのだ。最後に素股をしたのはさよりがまだお腹の中の時で……

 いや、今は何も考えないようにしよう。とにかく、気持ち良くなればいい。そうしたら、少しだけ気が晴れるのだ。

 

「あ゛~きたきた……このまま出すからな!」

 

「はい……! 私も……んひっ……あううううううううっ!?」

 

「おいこら! フライングしてんじゃねーよ! またっく……う゛っ!」

 

「ひゃっ!? 熱い……カズマさんの熱いので私も……ふふっ……」

 

「おふっ……」

 

 気持ちの良い絶頂に酔いしれながら、俺は体から力を抜いて脱力モードになる。ゆんゆんはというと、俺の腹上にぶちまけられた白濁の液体に体をビクビクと痙攣させながらも吸い付いていた。そうして彼女は満足気に“お掃除”を終えた後、色々な液体でベドベトになったショーツを脱ぎ捨て、絶頂でまだ半勃起状態である俺のペニスをギュっと掴んできた。

 

「おひっ!? 何すんだ!」

 

「何って次は本番でしょう? セックスしましょうよカズマさん……」

 

「おいおい、焦んなくていいだろ。時間はたっぷりあるし、今は余韻を楽しもうぜ? いつからそんな痴女に……」

 

「えいっ!」

 

「ほあっ!?」

 

 ほんの一瞬のうちに、俺の逸物はゆんゆんの秘所へと挿入されていた。久しぶりに味わう彼女の膣は以前と変わらない柔らかさがあった。もちろん、少しだけひんやりするが、俺の熱く勃起したものにとってはちょうどよいものである。

 

「お……ああっ……ゆんゆんはえっちだな……」

 

「ふふっ、私がえっちだというのは否定しません。でも、今はとにかくカズマさんが欲しいんです……それにお腹もすいてますし……」

 

「お腹が空いてるってなんだよ? あれか、俺を性的に食べるって事か?」

 

「まぁ、そのようなものです。リッチーですから食事は必要ないのですが、栄養を取らないと骨になっちゃう気がするんですよ。だから、私は“カズマさん”で栄養を補給したいんです。貴方の血で……精液で……皮膚で爪で髪の毛で……ふふっ……!」

 

「こえーよゆんゆん!? 爪とかはマジで勘弁してくれ!」

 

 クスクスと笑いながらも、上気した顔で俺を見つめるゆんゆんに少しだけゾっとした。血を吸われるくらいなら構わないのだが、エスカレートすると監禁中のめぐみん達みたいにアレを口にしかねない。それだけは本当に勘弁である。そんな俺の心配をよそに、ゆんゆんは嬉しそうに下腹部を撫で始めた。

 

「えへへ……カズマさんのおちんちん……本当に久しぶりですね……やっぱり熱くて固くて……大きいです……んっ……」

 

「ああ、俺もなんか感動的だ。まぁ、それはそれとして、血と精液以外はご勘弁を!」

 

「まだ、その話ですか? ふふっ、考えておきますね。でも、精液は絶対に頂いちゃいます!」

 

 痴女を通り越して淫魔みたいな事を言い始めたゆんゆんは俺の逸物をより深く挿入した。そして、クスクスと笑いながら俺の首筋をチロリと舐めた。その瞬間、何故か頭の中が真っ白になる。そして意識が戻った時には……

 

「ほああああっ!? う゛っ……うっ!? ありゃ!?」

 

「んっ……! あったか~い……中で出しちゃいましたねカズマさん……」

 

「ちょっと待てゆんゆん! 俺になんか変な術でもかけたのか!?」

 

「そんな事してませんよ。でも、リッチーになってから感覚が鋭くなったというか何というか……とにかく自分の体を完全に制御出来るようになったんです。例えばこんな風に……」

 

 突然射精した事により混乱状態である俺をゆんゆんは優しく撫でる。そして、「もっと気持ちよくなってくださいね?」と耳元で囁く。その瞬間、またも強烈な快感が襲ってきた。何とか意識を保ちながら原因を探ると、快楽の原因はすぐに分かった。

 それは、ゆんゆんの秘所であった。何だか、今までのゆんゆんの秘所とは別物になっていた。彼女は挿入しているだけで腰を全く動かしていないのに、膣内は俺の精を搾り取ろうと生き物みたいに激しく脈動しているのだ。彼女の膣は出産以降、ゆるふわ系にシフトしていたというのに、これは……!

 

「あっ……やばい……また出る……う゛っ……はふぅ……」

 

「んぁっ!? また熱いのがいっぱい……! ふふっ、どうでしたかカズマさん?」

 

「ああ、ビックリだ。まさかゆんゆんのマンコが女神級の名器になるとはな……」

 

「女神級……もしかして誰かと比較しましたか?」

 

「ソンナコトナイヨ!」

 

 目を紅く輝かせるゆんゆんにビクビクしつつ、俺は気持ちのいい余韻を楽しんだ。別に名器かどうかなんて些細な問題である。重要なのは誰とシているのかと、えっちの時の雰囲気だ。

 

 

うん、やっぱりゆんゆんとするのは最高だ。

 

 

「何を満足げな表情をしているのですか? まだ、始まったばかりですよ?」

 

「えっ……?」

 

「普段は何十回も私をイかせて、貴方も私にたくさん注いでくれたでしょう? だから、もっと気持ちよくなりましょうカズマさん……」

 

「待て、待つんだゆんゆん。 あれは……当時は若かったというか、女神の助力があったというか……とにかく今はそんな気分じゃなくて……」

 

「んっ……! ひゃっ……あぅ……うっ…はひゅ……!」

 

「あああああああああああっ!?」

 

 

 それからの事は天国であり、地獄であった。確かに滅茶苦茶気持ちが良かった。でも、滅茶苦茶苦しかった気もする。ゆんゆんに完全に主導権を握られ、とんでもない事もさせられた。

 やめてと懇願しても、「それってフリって奴ですよね?」と言って彼女は止まってくれなかった。ああ、そうか。これがレイプされるという事なのだろうか。うん、レイプってのは良くない行為だな。うん……

 

 

 

 

「んっ……! ご馳走様カズマさん。ふふっ、今まで出来なかった分を一日で取り返しちゃいましたね」

 

「はひっ……はひっ……! 水……水と食べ物をくれ……! 死ぬ……死んでしまう……!」

 

「まったく、カズマさんは大袈裟ですね。まぁ、お食事はすぐに準備してあげますね」

 

 そう言ってパタパタと隣の部屋に駆け込むゆんゆんを半死半生見送った。喉の渇きを我慢できず、少ない魔力を振り絞って水を生成し全身に浴びた。今回は本当にゆんゆんに好き放題されてしまった。どうやら、リッチーになったせいか彼女自身の耐久力も上がっているらしい。

 女神の聖水もゆんゆんが緊急用として保管している数本しかない。ドーピングも不可能となると主導権を奪い返すのは正直厳しい。逆転なしで受けに回るのは割と未体験なため、不安に思う一方で少しだけワクワクしてきた。

 そして、数分後にゆんゆんが料理を乗ったお皿を持ってやってきた。料理はパパッと作った野菜炒めであった。とにかく、何でも良いから腹に入れたい俺にとってはありがたいものだ。さっそく、ゆんゆんから皿を受け取って野菜炒めをかっこむ。その時、魔力や体力が急速に回復していくのを感じた。同時に違和感を覚えた。もしかしなくて、これは“あれ”かもしれない。

 

「ゆんゆん、この野菜炒めに入ってるこれって何だ……?」

 

「うひゅっ!? た、ただのネロイドですよカズマさん! そんなに気にしなくても良いじゃないですか!」

 

「おい、顔に玉汗かいてるぞお前」

 

「うっ……! カズマさんのをいっぱい注がれて暑くなっちゃったんです! もう、本当に貴方は……」

 

 そう言って露骨に話を逸らしたゆんゆんをじっと睨み続ける。そうすると、彼女は観念したように俺にギュッと抱き着き、涙目で謝って来た。

 

「ごめんなさいカズマさん。ここを作った時の私はイケナイ妄想をいっぱいしていたんです。その妄想通りに作っちゃったので、食料を確保する施設が少なくて……」

 

「ほぉ?」

 

「妄想の中では私はカズマさんにこう言う予定だったんです……! その……嫌いにならないでくださいね……? ふへっ……ふへへへへ!」

 

 ゆんゆんはハァハァと息をつきながら、興奮で目と顔を紅くしながら俺の事を見つめた。そして、意を決したように息を大きく吸ってからポツりと呟いた。

 

 

 

「食料がない……? 安心してくださいカズマさん、私が“ある”じゃないですか……! 」

 

 

 

 何やら満足げな表情を浮かべて頬を緩めるゆんゆんを半目で見つめた。何だか、本当に今後が不安になってきた。そして、自分に起こっている変化に呆れる。もう俺はめぐみんとゆんゆんで“慣れて”しまったのだ。最早、美味しければいいやという考えが頭の片隅に浮かび、人間として何かが終わった気がするのを悟った。

 

「ゆんゆん、俺はこれから少し寝る。死ぬほど疲れたんだ」

 

「そうですか! それじゃあ一緒に寝ましょう!」

 

「ああ、そうだな……」

 

 

 抱き着いてくるゆんゆんを受け止め、俺は目を閉じる。そして、次に目を開けた瞬間にすぐさま駆け出していた。今は彼女の癒しが欲しいのだ。

 

 

 

「助けてくださいエリス様ああああああっ!」

 

「ふふっ、大丈夫ですよカズマさん♪ あなたには私がついていますから!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 カズマと喧嘩別れしてから約半年後、私は楽しかった日本での生活を終え、紅魔の里へと戻って来た。カズマとゆんゆんに会う事に対する不安は少しあるけれど、お土産もバッチリ準備してきたし大丈夫に違いない。

 そう自分に言い聞かせながら、私はカズマ達の家に赴いた。でも、家があるはずの場所に到着した時、私は茫然とする事しか出来なかった。何故なら、カズマの家が跡形もなく焼け落ちていたからだ。炭と化した木材の破片や、真っ黒に焦げた何かが散らばっている。もし火事で全てが焼けてしまったのなら大変な事だ。二人は……さよりちゃんは無事なのかと心配でいっぱいになった時、私にぼそりとした覇気のない声がかけられた。

 

「君……アクアさんじゃないか?」

 

「あっ、族長さん! ねぇ、これは一体どういう事なのよ!? カズマ達は無事なの!?」

 

「落ち着きなさい。詳しい話は私の家でしよう」

 

 トボトボと歩く族長さんに連れられ、私は彼の家へと向かった。そして、族長さんと同じく覇気のない奥さんにお茶とちょっとしたお菓子のおもてなしを受ける。美味しそうなお菓子は非常に気になるが、今はカズマ達の事だ。私が話を催促すると、族長さんはぽつぽつと語り始めた。

 

「娘の家は昨日の晩に何者かに焼かれてしまったよ。まぁ、幸い死者もけが人も出なかったがね」

 

「なんだ、心配して損したわ。怪我人がないなら問題なしよ。家なんてまた建てればいいわ。それより族長さん、カズマやゆんゆんはどこにいるの? 火事があって大変かもしれないけど、私は早く会いたいのだけど……」

 

「カズマ君はここにはいないさ。ちょっと前にアクセルに移住したんだよ。まぁ、今はアクセルにもいないみたいだけどね」

 

「うん……? それならカズマ達はどこに……」

 

「それを話す前に、君がいない間に起きた出来事について話さないとな。長くなるが、構わないかな?」

 

 無理矢理作ったような笑顔を浮かべる族長さんに私は無言で頷いた。そして、彼から聞いた話は、とうてい信じられないものであった。ゆんゆんが命を落としてリッチーとして蘇った事、さよりちゃんが誘拐されて行方不明である事……

 

「嘘よ……そんなの嘘よ……」

 

「ああ、この情報は古いものだから確かに嘘だな。実は先日、エリス様からお話があったんだ。彼女によると、ゆんゆんはどうやら私やカズマ君に娘の死の事実を隠していたようだ。それをひょいさぶろーの所の娘に問い詰められたみたいでね。ゆんゆんは耐え切れずにカズマ君と何処かに駆け落ちしたそうだ」

 

「え……? さよりちゃんが死んだ……?」

 

「その可能性が高いとエリス様も言っていたよ。私も信じたくないが、現実は厳しいものだね」

 

 何処か他人事のように話す族長さんの目は虚ろになっていた。私は族長さんの話を信じたくはなかったが、彼が嘘を言えるような精神状態でない事は話していて分かる。だとすれば、この話は全部、事実であるらしい。

 知らず知らずのうちに私の頬には涙が流れていた。当り前だ。カズマ達がこんなにも辛くて悲しい目にあっているなんて、さっきまで思ってもみなかった。軽い喧嘩くらいはするかもしれないけど、また仲良くしようと……一緒に暮らそうと思っていたのに!

 

「ふぇ……あうっ……ううーっ……!」

 

「泣かないでくださいアクアさん。貴方はちっとも悪くない。恨むべきはバカな犯罪者達と運命くらいでしょうか。とにかく、貴方がここに来た場合はダスティネス家の屋敷へ送ってくれというのがカズマ君やエリス様から伝言だ。表に屋敷へテレポートできる紅魔族を準備しておいた。貴方はそこに向かうがいい。詳しい話はそこで聞いてください」

 

 そう言って、族長さんはふらふらとした足取りで部屋の奥に引っ込んでしまった。私は涙を拭いながら家を出る。今はめぐみんやダクネス、エリスに会いたかった。そして、これらの話が本当なのか私は知りたかった。

 私はすぐさまテレポートでダクネスの屋敷へと向かった。門番さんとひと悶着あったものの、何とか屋敷に入る事はできた。門番さん曰く、ダクネスは病に伏せって面会謝絶中であるらしい。だから、まずは彼女を治療してあげようと思ったのだ。そして、彼女の部屋に向かう途中、懐かしい顔……クリスに遭遇した。

 

「アクア先輩! 戻って来られたのですが!?」

 

「ええ、戻って来たわ。でも、何だか大変な事が起こっているみたいね……」

 

「そうですね……詳しい事情は女神本体がお話します。今はダクネスに食事を届けるのが優先事項です」

 

「ねぇ、ダクネスが病気って聞いたけど大丈夫なの? アンタがいるならパパっと治せるじゃない」

 

「魔法で治せるならどんなに良かったか……ダクネスの病気は精神的なものです……」

 

 悲しそうに目を伏せるクリスの言葉に私はため息をつきたい気分であった。精神病の治療は治癒魔法ですぐに回復できるものではない。地道なケアが不可欠な難しい病だ。とにかく、ダクネスの症状がどんなものであるかを確認するために、私はクリスと共に彼女の私室へと入った。ダクネスの姿はすぐに見つかった。彼女は椅子に座り、穏やかな表情で本を読んでいる。精神病を患っているようにはとても見えなかった。

 

「むっ……アクアじゃないか! こっちに戻って来たのか!?」

 

「ええ、そうよ。私がいない間にカズマは大変な事になっちゃったみたいだけど、ダクネスは大丈夫なの?」

 

「ああ、確かに大変だったな。今となっては全てが夢の中の出来事ように思える。まぁ、私は大丈夫だ。むしろ、めぐみんの方が心配だ。離れにいるから彼女に会ってやって欲しい。アクアの顔を見ればアイツも安心するさ」

 

 クスリと笑って見せたダクネスにおかしな所はない。私がクリスにジロリと視線をやると、彼女は無言で首をふるふると振った。

 

「おっと、そうだアクア。実はお前にいい知らせがあるんだ」

 

「なになに? 明るい話なら大歓迎よ! このアクア様にどんどん話しちゃって!」

 

「ふふっ、実はカズマの子を妊娠したんだ。この子がいるから私は大丈夫さ」

 

「えっ……? 妊娠……?」

 

「しかも、男の子な気がするんだ。この子は私がダスティネス家の跡取りとして立派に育てる。そしてカズマが帰ってきたら……ふふっ……アイツは子供の教育には悪いだろうな」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら、ダクネスは自らのお腹をゆっくり撫でた。確かにダクネスの下腹部は少し膨らんでいるように見えるが、私の曇りなき眼はそこに新たな命の輝きがないことを見抜いている。どうやら、彼女はカズマの子を妊娠していると思い込んでいるらしい。クリスの言う通り、確かに精神的に病んでいるようだ。

 

「どうだ、触ってみるかアクア? 最近、元気にお腹を蹴ってくるんだ。お前に触られる事はこの子にとっても良い影響がありそうだ」

 

「えと……ど、どうすればいいと思うクリス!?」

 

「慌てないでアクア先輩! 今は彼女に合わせ……ゲフンゲフン……ダクネスの言う通りにしてあげて!」

 

 クリスの声を受けて私はゆっくりとダクネスに近づく。今の彼女に余計な刺激を与えるのは確かに逆効果になりそうだ。だが、こんな時に限って私の不運が発動してしまった。足元にあった本につまずいてしまい、綺麗にすっ転んでしまったのだ。そして、転んだ勢いのまま、ダクネスのお腹に頭から飛び込む。彼女の柔らかなお腹を頭でえぐるようにしてしまっため、思わず血の気が引いた。

 案の定、ダクネスは顔面蒼白となって自分のお腹を見下ろしていた。そして、ポチャリという音とともに、ダクネスの服の中から水枕が落下する。もちろん、彼女のお腹の膨らみは跡形もなく消えていた。

 

「あっ……あああ……ああああああああっ!? 私の……カズマの子が……! ひっ……あっ……そんな……うっ……ううっ……カズマ……カズマカズマカズマ!」

 

「泣かないでダクネス……その……あの……何て言ってあげたらいいと思うクリス!?」

 

「そこであたしにフらないでくださいよ! とにかく、ダクネスの面倒はあたしが見ておきますから! アクア先輩はめぐみんの所に行ってあげて!」

 

「そ、そうさせて貰うわね!」

 

 私は脱兎のごとくこの場から逃げ出した。泣き叫ぶダクネスと宥めるクリスの声は精神的にクるものがあった。ダクネスはクルセイダーの名に恥じず、精神的にもかなり強い子だ。そんなダクネスが、あそこまで弱っている姿は正直見ていられなかった。

 だからこそ、これからめぐみんに会うのが少し心配であった。彼女は精神的に意外と弱い子なのだ。そして、メイドさんの案内でめぐみんがいるという離れに辿り着く。私は物怖じしても仕方ないと割り切り、離れの扉を勢いよく開けた。

 めぐみんの姿は、ダクネスと同じく簡単に見つける事が出来た。彼女はテーブルに分厚い本をうず高く積み、それらを読みふけっている。私の登場にも気づかず、彼女は熱心に読書に勤しんでいた。

 

「ちょっとめぐみん、私が帰って来たのよ? 顔をあげなさいな」

 

「んっ……うぇ!? アクアじゃないですか!? 戻ってきたのですか!?」

 

「ええ、ついさっきね。アンタはその……大丈夫?」

 

「見ての通り、大丈夫ですよ。恐らくダクネスと会ったのですね。彼女は何というか……ついに壊れてしまったみたいで……」

 

 言い淀むめぐみんの隣の席に座り、私は彼女の事をじっと見つめる。ぼさぼさになった髪は少し油っぽいし、着崩した服にはコーヒーか何かのシミがつき、少しほこりがつもっていた。精神病を患っているようではないが、彼女も何か心に傷を負っていそうである。

 

「ねぇ、めぐみん。貴方が何かに必死になっている事は分かるわ。でも、それも含めて私がいない間に何が起こったか教えて? どんな事を言ってもいいから、私に話してみなさいな。そうしたら、貴方も少しは気が楽になるはずよ」

 

「そうですね……アクアだって知りたいですよね。言っておきますが、私の個人的な愚痴も混ざりますから覚悟しておいてくださいね?」

 

「いいから話して。私は分からない事だらけなの」

 

 めぐみんは催促する私に一つ溜息をついてから今まで起こった事を話し始めた。大まかな事は族長さんから聞いた話と変わっていないが、リッチー化したゆんゆんと過ごした日々について詳しく聞く事ができた。

 そこまでは、めぐみんも穏やかに語っていたのだが、段々と彼女の雰囲気が剣呑なものになり、語気も荒くなっていった。そして、ゆんゆんを排除しようとした話に差し掛かった時、彼女は憎しみと後悔が織り交ざった複雑な表情になっていた。

 

「私は嘘をついたゆんゆんが許せなかった……というのは建前です。私はあの時が、カズマを取り戻すチャンスだと思いました。だから、私はゆんゆんを追い詰めた。もう彼女は終わりだと思って執拗に甚振りもしました。ずっと友達、いえライバルであった彼女は私の事を最後まで信じていたようです。そんなゆんゆんを私は裏切った……本当に最低ですよね……」

 

「うっ……確かにヒドイかもしれないけど、あまり自分を卑下するのは良くないわ……」

 

「いいえ、最低です。結局のところ、私は何も変わっていない。乗り越えたと思っていただけで心の奥底ではゆんゆんに対する憎しみ、羨望、殺意が渦巻いていました。所詮、私はその程度の人間なんです。むしろ、今回の事で逆に吹っ切れましたよ。カズマを私達の元に戻すにはあの女が邪魔です……この世から抹消すべき存在なんです……!」

 

「め、めぐみん!?」

 

 瞳を紅黒く濁らせためぐみんがぶつぶつと怨嗟の言葉を呟き始める。私は彼女の様子を見て深く溜息をつく。恐らく、カズマがゆんゆんと駆け落ちした事が相当なショックであったのだろう。そのひび割れた心を、彼女は逆恨みとも言える復讐心で穴埋めしている。ある意味、彼女も心を病んでいるようだ。

 そして、私は彼女が熱心に読んでいた書物の正体に気付いた。悪魔召喚術や契約についての指南書、吸血鬼やリッチーについての本ばかりであった。そのどれもが、禁書、もしくは外法の書ばかりであった。

 

「ちょっとめぐみん、何を読んでいるのよ! いくらゆんゆんを恨んでるからって悪魔と契約なんて絶対だめよ! あの木っ端悪魔は特殊なだけで、悪魔なんて人間に害を与える連中ばかりなの! 特に願いを叶える代わりに魂を要求する十字路の悪魔って言われてる奴らは本当に狡猾で……!」

 

「落ち着いてくださいアクア。悪魔に関しては最終手段として調べていただけです。本命はこちらのリッチーと吸血鬼に関してですよ。私が欲しいのは“永遠の命”、もしくは“不老長寿”です」

 

「どっちにしてもダメよ! アンデッドなんかになったら魂が腐っちゃうわ!」

 

 女神として、親友としてめぐみんに外法の手段を使わせるような事はさせたくなかった。魂への冒涜は禁忌とされるものだ。下手をしたら、地獄行きの可能性もある。めぐみんはそんな私の忠告に対して不機嫌そうに溜息をつく事で答える。そして、私の胸倉を掴むようにして、じっと睨みつけてきた。

 

「ゆんゆんを相手取る以上、こちらも永遠の命を得る他は対抗手段がないんです。ゆんゆんの捜索が上手くいかない場合、下手をするとカズマと再会できるのは何年、何十、何百年後になる可能性があるんです。だからこそ、私は再会するまで生きる必要が……愛してもらうために若さが必要なんです! 女神であるアクアには無縁の話ですけど私には重大な課題です!」

 

「めぐみん……」

 

「私は自分の憎しみを優先して、ゆんゆんを甚振りました。カズマに嫌われちゃった事も薄々は分かっています。でも、生きてさえいれば挽回のチャンスはある。だから私は生き続ける必要があるんです! 私だってゆんゆんの二の舞を演じるのは嫌です! でも、生き続けるためにはそれしか……うぐっ……なんとかしてくださいよアクア……ひぅ……!」

 

 ポロポロと大粒の涙を流し始めるめぐみんに揺さぶられながら、私は頭を抱えたくなった。めぐみんもダクネスと大して変わらない。むしろ、正気を保っているからこそめぐみんの方が悲惨と言えるだろう。私は、ぐずるめぐみんを宥めて一緒にソファーに座らせる。

 そして、彼女の頭を撫でながら気を落ち着かせていた時、私のウエストポーチから小さな黄色い毛玉がひょっこり顔を出した。毛玉はめぐみんの膝に乗り、彼女の服をツンツンと啄む。その様子は見ていて癒されるものであった。

 

「ほら、ゼル帝も頑張れって言ってるわ。とりあえず今は泣き止んでちょうだい。カズマやゆんゆんの事はまた後で考えましょう?」

 

「…………」

 

「めぐみん?」

 

 めぐみんは膝に乗ったゼル帝をじっと眺めていた。そして、最近生えてきた白い羽毛をひっつかみ、ぶちりと抜き取った。当然、ゼル帝は悲痛な鳴き声をあげ、再び私のウエストポーチに引っ込んでしまった。

 

「ちょっとめぐみん! いくら辛くてもゼル帝に当たるのは良くないと思うの! あやまって! 今すぐゼル帝にごめんなさいして!」

 

「いいじゃないですかちょっとくらい! それよりいい考えが浮かびました! 名案……これは名案ですよ!」

 

 ゼル帝の羽を握りながら、めぐみんがガバリと顔を上げた。目には確かな理性の光が戻り、血色も少し良くなっている。そして、私の手を両手でがっしりと握ってキラキラとした微笑みをこちらに向けてきた。

 

 

「アクア! 私を天使にしてください!」

 

 

 ニコリとした笑顔を浮かべ続けるめぐみんに私は内心でそうきたかと少し感心した。でも、私は自然と溜息をついてしまった。

 

 

 

「何日間もお風呂に入ってなさそうな人はちょっと……」

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああっ!」

 

「ひゃあああっ!? やめてめぐみん! 引っ掻かないでえええええっ!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 離れから退室し、くたくたになった体を伸ばして体を癒す。それから、目に付いたバルコニーのベンチに腰を下ろした時、隣にまばゆい光が降り注ぐ。そして、私と同じようにベンチに腰かけるエリスを見てほっと一息ついた。

 

「エリス、ダクネスはあの後大丈夫だったの?」

 

「ええ、問題ありません。どうやら、息子が生まれてしまったらしく、今はくまさんの人形相手に世話を焼いていますよ」

 

「ちっとも大丈夫じゃない気がするんですけど……」

 

 思わず脱力してしまう私にエリスはクスリと笑いかけてくる。そして、心配そうな表情で私の頬を撫でてきた。癒しの光に当てられ、少しだけヒリヒリしていた痛みは跡形もなく消え去った。

 

「アクア先輩こそ大丈夫なんですか? 頬に大きな引っかき傷をつけて……」

 

「大丈夫、大丈夫! めぐみんはさっきお風呂に入れてベッドで寝かせたわ。そしたらすぐに眠っちゃったの。あの子、何日も寝てなかったみたいね」

 

「そうですか。彼女も随分と思い悩んでいましたからね。でも、アクア先輩が来たなら大丈夫ですね」

 

「あんまり当てにされすぎても困るけど……まぁ、この私に任せなさいな」

 

「ええ、そうさせてもらます。でも、ダクネスについては私にも頑張らせてくださいね」

 

 クスクスと笑うエリスを半目で見ながら、私は今日の事を振り返る。帰ってきたら、カズマやゆんゆんにごめんなさいをして、彼らを連れてご飯でも食べに行くつもりであった。それがこんな事になってしまって……

 

「はぁ、浦島太郎になった気分よ。半年……“たった”半年留守にしてるだけでこのありさまよ。いまだに信じられない気分だわ」

 

「あら、アクア先輩なのに案外平気そうですね。私はてっきり号泣すると思っていたのですが……」

 

「こっちに来た時にちょっと泣いちゃったけど、問題ない……問題……ないのよ……!」

 

 問題ない。そう自分に言い聞かせているのに両目からは涙が溢れてきた。当り前だ。いくらなんでも突然すぎる。帰ってきたら、カズマとゆんゆんは行方不明、めぐみんとダクネスは心に傷を負い、ウィズと木っ端悪魔に至っては討伐されていたのだ。

 そして、カズマとゆんゆんの娘も死んだのだという。私が第二のお母さんとして、お姉ちゃんとして可愛がろうと思っていたあの子がいない。その喪失感はとてつもないものであった。

 そんな時、エリスが私の事をギュっと抱きしめて涙を拭ってくれた。彼女の慰めが嬉しくて御礼を言おうかと思った時、私は全身に怖気が走るのを感じた。そして、エリスを突き飛ばそうとして……やっぱりやめて彼女から勢いよく体を離した。

 

「ちょっとエリス! アンタは一体どういうつもり!? そんな……そんな事して許されると思ってるの!?」

 

「ふふっ、いきなりどうしたのですかアクア先輩?」

 

「しらばっくれないで! 私は女神よ! アンタの状態に気付かないわけないでしょう!」

 

 クスクスと笑うエリスを私は強く睨み付ける。そして、拳をぎりぎりと強く握り込んだ。私の頭は彼女に対する怒りでいっぱいになっていた。いや、これは怒りというより“嫉妬”だ。彼女の事が憎くて恨めしくて許せなくて……羨ましいと思ってしまった……

 

「女神である私が気付けるのなら、きっとリッチーになったゆんゆんも気付いたはずよ! アンタは本当に最低よ! ゆんゆんがカズマと逃げたのも、アンタが原因かもしれないのよ!?」

 

「ああ、それは否定できませんね。カズマさんと私の浮気はゆんゆんさんにバレていたようですしね」

 

「浮気……!? そういう事……やっぱりアンタは最低だわ……女神失格よ……!」

 

「それは聞き捨てなりませんよアクア先輩。こちらにも事情というものがあるのですから」

 

 エリスは不敵な笑みを浮かべながら、私の顔を至近距離で見上げてくる。後輩だと言うのに彼女は私に一歩も引かない態度であった。

 

「アクア先輩は知らないでしょうが、カズマさんの心はボロボロだったんです。そんな彼を元気づけるために私は何だってしました。もちろん、体を使っての“癒し”と“慰め”もしました。だってカズマさんには“私”が必要でしたから……」

 

「そんなわけないわよ……! どうせアンタが……!」

 

「何も知らないアクア先輩に口を出す権利はありません」

 

「この……!」

 

 クスクスと笑い続けるエリスに私は上手く言い返す事が出来なかった。確かに、ゆんゆんのリッチー化とさよりちゃんの行方不明はカズマの心理状態に悪い影響を与えた事だろう。だからと言って、エリスの行為を正当化するわけにはいかなかった。

 

「むしろ、こちらが聞きたいです。もし、カズマさんがそのような状態になったら、アクア先輩だったらどのような行動を取っていましたか?」

 

「それは……一緒になって慰めて……」

 

「愛するカズマさんが壊れていくのを放っておけますか? そして、ゆんゆんさんとのセックスレスに悩むカズマさんが体を求めてきた時、アクア先輩は断れますか?」

 

「うっ……でも、ダメなものはダメよ!」

 

「私だって心の中ではダメだと思っていました。でも、断れません。だってカズマさんが私を必要としてくれているのですから。アクア先輩でも、ゆんゆんさんでもなく“私”を頼ってくれた。ふふっ、あれはいいものですね……」

 

 恍惚とした表情を浮かべるエリスに私は呆れる。やっぱりこの子は女神失格だ。確かに彼女の言い分は痛い程に分かってしまう。あのカズマに頼って貰うのは実に気分が良いものだ。でも、それも時と場合によると私自身思うのだ。

 

「やっぱりアンタは……」

 

「はぁ、いい加減うるさいですよアクア先輩。それにさっきも言ったじゃないですか。その時の状況もカズマさんやゆんゆんの事も全く知らない貴方にとやかく言う権利はありません」

 

「アンタね……そもそもの問題はそこじゃないのよ! これからのめぐみんやダクネスにも悪い影響を与えるわ!」

 

 私の言葉にエリスは初めて余裕そうな表情を崩して顔をしかめる。めぐみんやダクネスに今のエリスの事を話せば彼女達は絶対に怒るに違いない。いや、いずれは気付かされる。私はエリスに対して優位を取れた事を悟って胸を張る。この堕落女神には少しお仕置きしてやろうと思った時、エリスは私を見てクスリと笑ってポツリと呟いた。

 

 

「私が羨ましいですかアクア先輩?」

 

 

 その瞬間、私はエリスの事を張り倒してやろうと手を振り上げていた。しかし、寸前で思いとどまる。こんな事をしても何の意味がない。それに今の彼女に暴力なんて手段に出るのは気が引けた。

 でも、彼女に対する怒りは一向に消えてくれない。だからであろうか、私の心の中で押しとどめていた思いがふつふつと溢れだす。そして、表に出すまいと言葉を口に出してしまった。

 

「そんな態度を取れるアンタの気がしれないわ。そもそも、こんな大変な事になったのは全部アンタのせいでしょう?」

 

「それはどういう意味ですかアクア先輩?」

 

「そのままの意味よ。今回の事は全部……全部アンタに責任があるのよ!」

 

 私はエリスに向かってビシリと人差し指を突き付ける。エリスはというと怯えた表情で狼狽え始めた。その姿を見て私は確信する。彼女も自身に責任がある事を自覚しているのだろう。

 

「族長さんやめぐみんの話を聞いた限り、アンタはカズマ達を救うどころか、より事態を悪化させてるじゃない! アンタにはその自覚があるの!?」

 

「あっ……なんだ……そんな話ですか」

 

「何をほっとした顔をしてるのよ! 私が言っている事の意味が分からないの!?」

 

「はいはい、お話を続けてどうぞ。アクア先輩?」

 

 怯えた表情から、再び不敵な微笑みに変わったエリスを睨み付ける。この子も随分と生意気になったものだ。それに、エリスの引き起こした事を考えると、以前めぐみんが言っていた通り、彼女は相当な腹黒なのかもしれない。いや、それ以上に邪悪な何かだ。

 

「私から見ればアンタはダメダメよ! カズマの励まし方もゆんゆんへの対応も、めぐみんやダクネスへの配慮も全部ダメ! アンタは事態を余計に引っかき回してより悪い方向に行かせただけだわ!」

 

「まぁ、今思えば至らない点も多くありましたね……」

 

「ほら、やっぱり自分がダメだったって自覚があるみたいね! 特に、ここ最近のアンタの対応は最悪最低だわ! めぐみんとダクネスが暴走するのを放置したんでしょう? 女神なら彼女達の危険な兆候を察知して事前に暴走を止める事が出来たはずよ! それなのにアンタは自分の幸せを優先して……浮気なんかしちゃって……! どうせカズマの事で頭がいっぱいでめぐみん達に注意を向けてなかったんでしょう!」

 

 私の指摘にエリスは苦笑しながら肩をすくめる。その私を挑発するような態度に余計に腹が立つ。やっぱり、一発くらいビンタしてやろうかと身構えた時、彼女は素直に頭を下げてごめんなさいをした。

 

「私は女神ですが、アクアさんもそうであるように全知全能とまでは言えません。私はカズマさんやゆんゆんのケアに集中してめぐみんさんを疎かにしていた事は認めます。でも、それは彼女にある程度の信頼があったからです。彼女は計算高くて狡猾な女性です。暴走するなんて思いもしませんでした……」

 

「バカねエリス。めぐみんは私のパーティの中でも一番感情的になりやすくて喧嘩っ早いの。リーダー気質も持ってるし、行動力もあるから放っておくとバカ事をやりかねない子だわ。何で彼女達をもっと見てあげなかったの?」

 

「それは……以前からの確執でめぐみんさんとは仲が良いと言えませんし……ダクネスは私が見ている時は普通でしたから……」

 

「アンタねぇ……」

 

 居心地悪そうにそっぽを向くエリスに私は再び呆れる。この子はこの子でまだまだ未熟な部分がある。でも、私はそんなエリスにしょうがないと思う一方で少しだけ、優越感を感じてしまった。

 先ほどの会話で散々にバカにされた気がするので、そのような思いを持ってしまうのも仕方がない事だろう。

 

「まったく、エリスじゃなくて私だったらもっと上手くやれたはずだわ。少なくとも、めぐみんとダクネスの暴走とカズマ達の逃亡は止められたはずよ。はぁ、アンタの事を含めてこれから気が重くなる事ばかりだわ……」

 

「…………」

 

「ちょっと、聞いてるのエリス?」

 

 エリスは私の事を強く睨み付けていた。そして、そんなエリスの顔を覗き込んだ私に彼女はイラついたように眉をピクリと動かした。

 

「私に至らない点があった事は認めますし、謝りもします。でも、私だって出来る限りの事はやっていました。ですから、アクア先輩なら上手くやれたなんて事は聞き捨てなりません。注意すべき相手はたくさんいたんですよ? 良かれと思ってゆんゆんさん討伐なんて勝手な行動を起こそうとする信徒達、弱い立場にあるカズマさん達にろくでもない事をしようとする犯罪者予備軍、噂などを耳にしてゆんゆんさんに敵対的な態度を取る一般市民……アクアさんに彼らを制御、監視する事はできるのですか……?」

 

「それは……できたはずよ……」

 

「いいえ、アクア先輩は何も分かっていません。彼らはエリス教、アクシズ教の教義的に間違った事はしていません。そんな信徒たちを諫めるのにどれだけ苦労した事か……それに宗教の怖い面だってアクシズ教の主神であるアクア先輩ならご存じなはずです。人間の中には宗教のため神のためという大義名分を理由に恐ろしい事を平気でやってしまう人もいるんです。ある意味、信徒達ですら私の敵でした。本当にアクア先輩なら上手くまとめられたのですか?」

 

「うぐっ……それは……大変……でしょうね……」

 

 怒った様子のエリスに気圧されて私は上手く言い返す事が出来なかった。それに、彼女の言った事は耳が痛い話である。私の信徒達は信仰心が厚い良い人達ばかりなのだが、それ故に過激な行動に出るものも少なくない。

 しかも、今回はゆんゆんがリッチーになってしまったため、彼女を排除する側に教義的な正義があるので対応に苦慮する事になるのは確実だ。何より厄介なのは、都合の良い時だけ神の教義や教えを持ち出す“一般人”だ。彼らのような人間達に苦労している神々がいるのは天界でも有名な事であった。

 

「あら、先ほどの自信はどうしたのですかアクア先輩? というか、段々と腹が立ってきました。貴方ならうまく出来たなんて“もしも”は存在しないんです。それに、私に全ての責任を押し付けるのも納得いきません!」

 

「お、落ち着いてエリス! 私もちょっとは謝るからそれ以上言うのはやめて!」

 

「いいえ、言わせてもらいます! 今回起きた事は全部……!」

 

 エリスが私の顔にビシリと人差し指を突き付けてくる。その瞬間、全身の血の気が引く。それ以上は絶対に聞きたくなかった。でも、耳を塞いで後ずさる私をエリスは指を突き付けながら離れの壁際へと追いつめる。これ以上後ろに下がれなくなった私はぺたんと腰を落とした。そして、エリスは私が一番聞きたくなかった事を言い放った。

 

 

「アクア先輩のせいでしょう?」

 

 

 私の心の中の何かにピシリとひびが入る。エリスに何か反論しようとは思うのだけど、言葉が全然出てこない。そして、私の両目からは涙が出て止まらなくなった。ひたすらに耳を塞ぐ。もう何も聞きたくなかった

 

「アクア先輩が逃げた事が全ての発端なんです! 貴方が行方を眩ませなかったら、私はカズマさん達を見守っていられた! 女神の庇護がない空白期間が出来る事はなかった!」

 

「ち、違うの……! 私は逃げたんじゃない! それに私のせいじゃないの!」

 

「いいえ、結果的には同じようなものです。今回の事件は全部、アクア先輩のせいで起こったんです」

 

「いや……違う……違うのよ……! 私は関係ない……私は……ひゃぐっ……!?」

 

 耳を塞いでいた両手をエリスに蹴り飛ばされる。そして、お腹を彼女に踏まれて身動きを取る事が出来なかった。そんな私の眼前にエリスが再度、指を突き付けてくる。私はグスグスと涙を流す事しか出来なかった。

 

「何もかも、アクア先輩のせいです」

 

「ひぅ……!」

 

「ゆんゆんさんがリッチーになったのも、カズマさんが辛い目にあったのも、めぐみんやダクネスが暴走したのも、ウィズさんが討伐されたのも、全部が全部、アクア先輩のせいです」

 

「うっ……あっ……ううっ……!」

 

「そして、さよりちゃんが亡くなったのもアクア先輩のせいです。全ての事は元を正せばアクア先輩悪いんです。これまでの事も、これからの事も全部アクア先輩のせいです!」

 

 そんな事、言われなくても分かっている。族長さんの話を聞いた時から、その事は自覚していた。私はあえて考えないようにしていたのだ。誰かのせいにして逃避したかった。自分のせいじゃないって思いたかった。でも、もう逃げられない。私が悪い……全部私のせいで起きた事だ……

 

「ダクネスや、めぐみんさんだって心の中ではこう思っているかもしれませんよ? “何で一緒にいてくれなかったのか”、“全部アクアのせいだ”ってね」

 

「やめて……お願いやめて……」

 

「もしかしたら、カズマさんだって……」

 

「だからやめてよエリス……!」

 

 溢れる涙を手で拭いながら、そんな事は絶対ないと自分に言い聞かせる。確かに私が悪いし、全部私のせいかもしれない。でも、あの子達は私にそんな事は思わない……思わないはずだ。

 

「ちなみに、私はアクア先輩のせいだと思ってますよ」

 

 そんな事をエリスに言われて、何だか全てがどうでもよくなる。本当にどうしてこんな事になってしまったのだろうか。やる事を全て終え、カズマ達が天寿を全うするまでこの世界に住むと決めた時は幸せな未来を信じて疑わなかった。

 実際、毎日が幸せだったし、これからも4人で……いずれは彼らの子供たちと過ごすつもりであった。でも、カズマはゆんゆんを選んだ。その結果、私達はバラバラになってしまった。それに、あの子いなかったら私がカズマの元から半年も姿を消す必要はなかった! あの子が……!

 

「私は何を考えて……?」

 

「へぇ、アクア先輩もそんな最低な事を思ったりするんですね。結構驚きです」

 

「ちがっ……! ううっ……私はただ……!」

 

「ただ?」

 

「あうっ……!」

 

 何も言えなかった。私はまた、人のせいにしようとした。しかも、あの子になんて逆恨みにしても見苦しすぎる。私も女神失格の最低女神だ。だから、私はエリスにしがみつく。もう、考えるのも辛かった。

 

「ねぇ、エリス……私はどうすればいいと思う?」

 

「何ですか急に?」

 

「私が全部悪いのは嫌というほど分かってるわ。だからこそ、償いがしたいの……」

 

「殊勝な心がけですねアクア先輩。それなら、まずは謝ってもらいましょうか。私に、皆に」

 

 クスクスと笑いながらそんな事を言うエリスに私は何の感情も湧いてこなかった。でも、謝る事が大事なのはよく知っている。だから、私は謝った。

 

「ごめんなさい」

 

 それから、ひたすら懺悔の言葉を口にした。エリスの笑い声が少し耳障りだったけど、怒る気にもならなかった。だって私が悪いのだから。それに、謝ると少しだけ気が楽になった気がした

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「んっ……」

 

「ああ、起きましたかアクア先輩?」

 

「あれ……私寝ちゃったの?」

 

「いえ、少しだけ気絶していただけですよ。多分、あまりに懺悔の言葉を言いすぎて、疲れてしまったんでしょう」

 

「そうなの……」

 

 いつのまにか私はベンチでエリスの膝枕をされていた。柔らかな膝から身を起こし、軽く頭を振る。そんな私を、エリスは先ほどと違って穏やかな表情で見つめてきた。

 

「何よエリス……私に言いたい事があるの?」

 

「ええ、そうですね。先ほどの事は私も謝ります。私は責任が自分にある事が嫌で、貴方にそれを押し付けようとした。私も最低ですし、女神失格です……」

 

「いいのよ別に……全部私が悪いんだから……」

 

「私は先ほど貴方にそんなヒドイ言葉を言ってしまいましたが、冷静になった今なら分かります。今回の事は“誰も”悪くないんです」

 

 そんな事を言いながら、エリスが私の両手をギュっと握ってくる。それだけで、何だか救われた気がした。先ほどまでは彼女に対しての怒りでいっぱいだったのに……不思議なものだ。

 

「アクア先輩も女神として死後の人間の管理をしているならご存じなはずです。人間というのは儚い存在です。そして、時には実な理不尽な事で……不幸によってその命を散らします。いくら注意深く見守っているつもりでも、不幸は突然に彼らを襲うのです」

 

「確かにそうね。でも、私が……エリスがいたらカズマやゆんゆんの不幸を振り払う事が出来たはずだわ」

 

「確かにそうかもしれません。でも、“私達”はいなかった。これも含めて不幸な事であり、悲しいですが運命というものです。ですから、今回の事は誰が悪いとか関係ありません。ただ、不幸であった。それだけなんです!」

 

 エリスがじっと私の顔を覗き込んでくる。抱いた怒りも嫉妬も羨望の思いもすでに消え去っている。残っているのは今後への不安と罪悪感だけであった。

 

「ねぇ、エリス……改めて聞くけど、私はどうしたらいいと思う?」

 

「決まっています。今はダクネスとめぐみんさんを元に戻しましょう。そして、いつになるかは分かりませんが、カズマさんとゆんゆんさんの帰りを待ちましょう。私にだってそれくらいしかできません」

 

「そう……うん……そうよね! まずはめぐみん達を元に戻さないとね!」

 

 闇に包まれていた未来が少しだけ明るくなる。そう、私が落ち込んでいても意味がない。今は、めぐみん達を治すのが最優先だ。彼女達は強い子だから、立ち直るのも時間の問題であろう。でも、できるだけ早く、かつ変な歪みが残らないようにサポートすべきだ。

 そして、皆で一緒に“待つ”のだ。今はカズマ達に会えないけれど、また再会できると女神の勘が告げていた。そんな時、エリスが私の服の袖を掴んで、ちょいちょいと引っ張って来た。

 

「アクア先輩、私の事は今後問題になる事は確実です。ダクネスやめぐみんとこれ以上険悪な仲にはなりたくありません。だから、一緒にいてくれませんか……?」

 

「まったく、しょうがないわねぇ……」

 

 私は不安そうな表情のエリスの頭を撫でる。この子には許せない事はあるし、実際に私の内心は複雑だ。でも、今は彼女を祝福しよう。何せこれからは“色々と”大変な身だ。だから、彼女の事は私が精一杯支えるべきなのだ!

 

 

「大丈夫よエリス! このアクア様に全部任せなさいな!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 薄闇の空間で、俺は日々の生活についての愚痴や思いのほか楽しかった出来事について気楽に話し続ける。対するエリス様はそんな俺の話を真剣に聞き、適度に笑って適度に怒ってくれた。聞き上手な女神様に関心しつつ、俺は深く溜息をついた。

 

「エリス様、俺達が地下に引きこもってからどれくらい経ちました?」

 

「ふふっ、毎日のように聞いていますね。経過時間ですが、204日と16時間7分46秒。ここでの生活は約半年以上経過しているようですね」

 

「ああ、そんなに! 毎日好き放題にぐうたらしてますし、普段は時間なんて全く気にしないんですけど、やっぱりここに来ると気になっちゃいましてね……」

 

 俺とゆんゆんの生活に時間の概念はない、ひたすらに怠惰をむさぼり、体を求め、遊び呆けていた。随分と爛れた生活だが、お互いに属性が少し似ていたのだろうか、引き籠り生活を全力で楽しんでいた。

 

「カズマさん、私は貴方とゆんゆんさんが幸せそうなら結構です。でも、もしここから出たいと思うようになったら、私にお申し付けください。すぐに出してあげますから……」

 

「んっ……? そんな簡単に出られるんですか? ゆんゆんの張った結界や魔法陣はかなり強力なものですよ?」

 

「ええ、そうですね。ですが、私の“本来の機能”を使えばそれも可能です。前回は試験段階であった事、女神アクアが存在していた事、貴方の精神に比較的余裕があったために発動を見送っていました。まぁ、以前の私は体験版のようなもので、今回の私は製品版と言った感じでしょうか。前回からあっぷでーともしていますし、実は色々と進化しているんですよ?」

 

 見ているだけで癒される女神スマイルを振り撒きながら、エリス様はそうおっしゃった。確かに、以前も本来の役割ではないとか何とか言っていた気がする。そうなると、俄然興味が湧いてくる。この監禁状況を打破できる方法を知っておいても損はないと思ったのだ。

 

「エリス様、本来の機能って奴を教えてくださいよ」

 

「ええ、もちろんいいですよ。貴方の精神状態もレッドゾーンスレスレですし、いい機会です」

 

「そんなギリギリですか? 俺としては毎日が結構楽しいんですけど……」

 

「それは本当の事ですね。貴方は毎日を楽しんでいる。でも、知らず知らずのうちに押し込めている不満や不安が貴方の心の底で溜まり続けているんです。他の機能を使う必要も出てきましたね」

 

 そう言ってからエリス様がパチンと指を鳴らす。その瞬間、周囲の光景が薄闇の天界から、緑豊かな草原に切り替わった。鳥のさえずりや風の音、草や花の爽やかな香りは俺にとって懐かしくいものであった。何だか、心も体も癒される……

 

「さて、こうして貴方の心を洗浄しつつ私の本来の役割をお話しましょう」

 

「お願いします! あと、ついでに膝枕してもらっていいですか?」

 

「もちろんです。おいで、カズマさん?」

 

「よろこんで!」

 

 飛び込むようにエリス様の膝に突撃して横になる。そして彼女の膝の柔らかさと愛撫を堪能しながら話を促した。

 

「さて、私の正体ですが、いわゆる“神の恩寵”というものです。女神本体の神力をカズマさんにほんの僅かに注入していたんです」

 

「神の恩寵? いつの間にそんなものを?」

 

「少しお恥ずかしいですが、キスする度にほんのちょっとずつ注入を繰り返していました。アクア先輩にも秘匿できるくらいにちょっとなんです。気持ち悪いなんて、思わないでくださいね?」

 

 クスリと笑うエリス様にそんな事は絶対ないと小声で返す。しかし、神の恩寵か。物語でよくあるパターンだと、何か超人的な力を得られたりする場合が多い。もしかして、強くなっているのかと彼女に問うと、苦笑しながら首を振った。

 

「いいえ、恒常的な身体機能の上昇はありません。しかし、私の本来の機能……“代行契約”を行えば一時的にですが神力を行使する事が可能です」

 

「代行契約……」

 

「ああ、カズマさんは契約とか嫌いでしたよね。でも、大丈夫です。私との契約はあくまで“仮契約”なんです。もちろん、本当の契約を私はいつでもお待ちしていますよ!」

 

 顔を赤らめながら、そんな事を言うエリス様に苦笑する。確かに契約についてはバニルの忠告でしないようにしていたが、今となってはどうでもいい。エリス様やアクアが契約したいというのなら、別に構わないと思っている。

 

「でも、問題が一つあります。仮契約時、貴方に神気を譲渡すると同時に、術式破壊と破邪の光を周囲に振り撒くように設計されています。それにゆんゆんさんが巻き込まれるとマズイ事に……」

 

「ああ、大丈夫ですよ。元から使う予定ありませんし」

 

「そうですか! なら問題ない……って、どうして使わないんですか!?」

 

「いや、だってゆんゆんの元を離れる予定はありませんしね。単に聞きたかっただけです。とまぁ、そういう事で今日はこの辺でお暇しますね。お休みー……」

 

「ちょっとカズマさん! 私の存在意義を否定しないでくださいよ! 大丈夫! 先っちょだけでいいから私と契約――」

 

エリス様の膝を撫で回しつつ、俺は意識が遠のいていくのを感じる。起きたら、ゆんゆんをいじくり倒そう。そう心に決めて、夢の中で眠りについた。

 

 

 

 

 

 目を覚まし、瞼を擦りながら周囲を見回す。ゆんゆんはというと一人で巨大トランプタワーの建設に勤しんでいた。その姿に呆れつつ、俺は背後に回って彼女の耳元にそっと息を吹きかけた。

 

「ひゃううぅ~!? って、ああああああっ!? わ、私の努力の結晶が……!」

 

「そんなもんはまた作り直せばいいだろ。それより、今はほら……えっちな事しようぜ」

 

「またですか? まぁいいですよ! でも、終わったら一緒にこれを作り直してもらいますからね!」

 

「へいへい……ほら来い!」

 

「はい!」

 

 飛び込んでくるゆんゆんを受け止めてギュっと抱きしめる。俺が外に出る時はコイツが望んだ時だけだ。一瞬でも、外に出ようかなんて思った事を反省する。彼女は今の生活を幸せそうに楽しんでくれている。それならば、やる事は変わらない。ずっとゆんゆんと一緒にいよう。

 

「じゃあ、今日は24時間耐久イマラチオな!」

 

「ええっ!? あれって物凄くキツいんですよ!?」

 

「せいっ!」

 

「んぶぅ!? かひゅましゃん……ひゃめ……んぶっ……んっ……んぁ……!」

 

「あ゛~よいぞ……よいぞ……!」

 

「んぶううううううううっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 とある歓楽街の路地裏に俺はとぼとぼと歩いていた。そして、馴染みとなった和風居酒屋に足を運ぶ。横開きの扉を開けると、ガラガラで人っ子一人もいない店内が出迎えてくれた。そして、カウンターの向こうには俺だけのおかみさんが笑顔で待ってくれていた。

 

「いらっしゃいカズマさん。今日は何にします?」

 

「とりあえず生一つ! あと、今日はガッツリ行きたいから焼き鳥盛り合わせと、鳥雑炊でお願いしますエリス様!」

 

「はい、かしこまりました!」

 

 カウンター席に腰を下ろしてから、笑顔のエリス様からビールジョッキを受け取って一気に半分ほど飲み干す。それからは炭火で串を焼き始めたエリス様をじっーと眺めた。

 彼女は落ち着いた色の着物の上に真っ白な……でも随分と使い古した感じのする割烹着を着ている。その何とも愛らしい姿を楽しみながら、俺は残りのビールを腹に流し込んだ。

 

「エリス様、生おかわり」

 

「はいはい……どうぞ。ちょっと溢れそうなので気をつけてくださいね?」

 

「へいよっと……げふっ!」

 

「あら、はしたないですよカズマさん」

 

「大丈夫、大丈夫。俺以外に客はいないしな……」

 

 そう言いながら、ジョッキを受け取る。何だか、今日は少しだけ気分が良い。焼き鳥の焼ける美味しそうな匂いを堪能しながら、俺は口笛を吹いた。

 

「ご機嫌ですねカズマさん。何か良い事でもあったのですか?」

 

「いいや、別に大した事はありませんよ。ただ、思えば俺も結構ここに通い詰めたなーって……」

 

「そうですねぇ……ここに拠点を移してから1116日と4時間22分17秒が経過しています。つまり、三年近くになりますね。ちなみに地下にゆんゆんさんと一緒になってから約5年です」

 

「へ~もうそんなに経つんですか~」

 

「はい、それだけ経ちました。さて……焼き鳥盛り合わせですよ」

 

 コトリと目の前に皿に盛られた焼き鳥に思わず唾をのむ。そして、ゆっくりと口にする。うむ、やはりエリス様の作った焼き鳥は最高だ。そして、このジューシーさに涙が出そうになる。ああ、美味い……

 

「現実でもきちんと食べないとダメですよ?」

 

「分かってますって……とりあえずねぎまと皮を一本追加で」

 

「はい……雑炊はもうちょっと待ってくださいね?」

 

クスクスと笑うエリス様を眺めながら、俺は今日はエリス様も頂こうと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「はいカズマさん! キンキンに冷えたネロイドのしゃわしゃわですよ! 後……もやしと謎肉の胡椒炒めです!」

 

「うーい……もやし炒めはいらねー」

 

「ダメですよカズマさん! 最近、痩せてきている気がするんです! もっと食べてください!」

 

 涙目になりながら料理を突き出してくるゆんゆんに適当に返事を返す。そう言われても謎肉はあまり食べる気がしないのだ。ゆんゆんのアレではないようだが、出所不明の“謎肉”とやらは口に入れるとしゃわしゃわして何とも言えない気分になる。味は美味しいのだが、食感が最悪だった。

 

「ダメです……食べないとカズマさんが……死んじゃいます……!」

 

「ならおっぱいだな!」

 

「えっ……? でも、あの時のカズマさんって気持ち悪くて苦手なんです。私の血じゃダメですか?」

 

 おっぱいと血だったら、男はおっぱいを選ぶに決まっている、そんな事を何年も一緒にいて理解出来ないのだろうか……まったく……

 

「うっ……あっ……! 死ぬ……ゆんゆんが腹が減って俺……!」

 

「分かりました……分かりましたから……! 飲んでいいですから! もう……ひゃうっ!?」

 

「んちゅ……はむっ……おっぱいおいちいよままー」

 

「ひいいいっ!? だから気持ち悪い事しないでくださいよカズマさん!」

 

 

うーん……マーベラス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は人気のない住宅街の通り道をタバコを吹かしながらゆっくり歩く。そして、大して特徴もない普通の一軒家の鍵を開けて帰宅した。リビングではエリス様がソファーでに寝転びながら、せんべい片手にテレビを見ている。彼女は俺の姿に気が付くと、コリコリとせんべえを素早く食べてから、俺の方へパタパタと駆け寄ってきた。

 

「ず、随分とお早いお帰りですね。カズマさん、何かありましたか?」

 

「ああ、話したい事があってな」

 

「そうですか……ちょっと待ってくださいね。今お茶を準備しますから」

 

 電気ポットでお湯を沸かし始めたエリス様より一足早く席につく。そして、しばらくしてからお茶を入れた湯呑とせんべいを持ったエリス様が俺の対面の席についた。いつもより重い雰囲気である事を察したのか、彼女は心配そうな顔で俺を見つめてきた。

 

「エリス様、実は最近になってゆんゆんが急に落ち込み始めたんだ。セックスボードゲームとかの遊びをやっても気力が少ししか回復しない。原因はちっとも分からない。どうしたらいいかお手上げ状態だ……」

 

「そうですか……何かゆんゆんさんに変わった様子は?」

 

「うーむ……最近、俺に隠れて何かをこそこそと見ている姿は見かけるな」

 

「なるほど、だいたい分かりました」

 

 エリス様はそういうと、懐から小さな手帳を取り出し、とあるページを開いて俺の方へ見せてきた。そこには笑顔の俺とゆんゆん、さよりが写った写真が挟まれていた。

 

「恐らくこれを見ていたのでしょうね」

 

「ああ、そういえばアイツはさよりの写真を持ってたもんな……」

 

「ええ、つまりはそういう事なんでしょう。地下に貴方達が移住してから7年1カ月と14日、8時間12分55秒経過しました。ゆんゆんさんにも“潮時”が来たみたいですね。ふむ……予想してたものより数十年もはやい……」

 

 何やらぶつぶつ呟き始めたエリス様を傍目に俺は写真をじっと見つめる。そうか、あれから7年も経ったのか。何というか、そんな実感は湧いてこない。でも、精力が少しだけ減衰した事には年を感じた。なるほど、俺も20代後半か……

 

「カズマさん、時というものは残酷なんです。女神である私にはあまり理解できない概念なのですが、時は人間に良くも悪くも影響を与えます。恐らく、ゆんゆんさんは今までの時間を貴方と幸せに過ごした事でしょう。しかし、ふとした瞬間に人間は“時”を意識させられます。リッチーになったとはいえ、ゆんゆんさんの心は間違いなく人間です。彼女も現実を見つめる時期に差し掛かったのでしょう」

 

 そう言ってお茶をすするエリス様の話を、俺は半分以上理解する事が出来なかった。でも、このままではいけない事くらいは分かる。だから、エリス様の次の言葉をじっと待った。

 

「しかし、これはゆんゆんさんが善人である証拠。どうやら、彼女は開き直る事が出来なかったようですね。それくらい、貴方を深く愛し、私達の事を思ってくれたのでしょう。やはり、彼女は甘い……甘すぎます……本当に良い子なんですね……」

 

「エリス様、貴方の話が全然分かりません。とにかく、今のゆんゆんの状態を何とかしたい。いい方法を教えてくださいよ……」

 

「それなら簡単ですよ。彼女に“時間”を忘れるくらい楽しくて幸せな思いをさせる事。そして、将来に向けた希望を見せる事です」

 

 彼女の話を聞きながら、ゆっくりとお茶を口に含む。確かに今の停滞した暮らしには未来がない。これからどうなるのか、ふとした瞬間に考えるようになった。俺と同じような思いをゆんゆんもしているという事だろう。

 

「つまりは、今の状況を何らかの手段で打破し、明るい未来を彼女に見せてあげる事。それが解決法です」

 

 微笑みながらそうおっしゃったエリス様の声を聞いて、俺は椅子から立ち上がる。やっぱり、この女神様は卑怯だ。実は、過去に何度も俺は気が狂いそうになった事がある。でも、彼女のせいで狂う事が出来なかった。

 そして、理性があるのなら、俺はゆんゆんの幸せため、エリス様の励ましに報いるために頑張らなくてはいけないのだ。

 

「いってきます! エリス様!」

 

「はい、いってらっしゃいカズマさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はむくりとベットから起き上がる。そして部屋の隅で何かをじっと見つめているゆんゆんにそっと話しかけた。

 

「さよりの写真を見てるのか?」

 

「えっ……? ああ、バレちゃいましたか……」

 

「ああ、バレバレだ。最近、お前が元気ないのはその写真に理由があるのか?」

 

 ゆんゆんは写真を引き続き見つめながらため息を一つ吐く。そして、俺の隣へと腰かけて写真をこちらに渡してきた。

 

「カズマさんはさよりの事をどう思っています?」

 

「どうって……そうだな。正直言っていまだに死んだって事が信じられない。そのうち、ひょっこり俺達の元に戻ってくると心のどこかで思っているんだ」

 

「そうですか。私はその……目の前で色々と見てしまったのでそうは思えません」

 

 ゆんゆんの言葉に俺は何も言い返せなかった。そんな俺の肩に彼女は体を預けてくる。俺は彼女にそっと腕を回した。

 

「さよりを失って、数か月は本当に悲しかった。部屋でずっと泣き続けていたし、カズマさんに嘘をついていたからその苦しさもあった。だけど、死を受け入れてからしばらく経った時に私の中の“さより”は終わってしまった。そして、生きている貴方に執着し、嫉妬に狂ったり、甘えたりした。そんな自分がふと嫌になって私は写真を時々見返していたの。その時だけは悲しみに暮れる事が出来たから……」

 

 ゆんゆんは、俺に渡した写真をそっと撫でる。何度も見たせいであろうか、色素も随分と薄れ、ボロボロになっている。それでも、写真の中の俺達の笑顔は変わっていなかった。写真の中のゆんゆんは今と全く変わりないが、俺は約7年も時を過ごしている。そういえば、鏡何て全く見ていない。今、俺はどんな顔をしているのだろうか。

 

「でも、最近になって気付いたの。私はさよりがどんな姿だったか思い出せない。だから、何度も写真を見返すのだけど、あの子の声がどんな風だったか、笑った時の顔が……泣き顔がどんなものだったかが思い出せない……全く思い出せないのよ……!」

 

 涙を流し始めたゆんゆんが俺の腕にギュっと抱き着いてくる。そんなゆんゆんの頭を撫でながら、俺は溜息をつきそうになる。そんな事は思いもしなかった。俺はさよりが死んだと悲しむ一方で、まだ生きているんじゃないかという幻想も抱いていた。

 それが、彼女との意識の違いを生んだのだろう。そして、エリス様の言っていた事も少しだけ理解できた。彼女はさよりの事を忘れつつあるのかもしれない。辛い記憶を思い出さないようにするのは人間なら誰もが持っている精神的防衛機能の一つだ。

 

「それが一つのきっかけになって私は今の自分が嫌になってしまった。カズマさんの人生を何年も私のためにこの“牢獄”で無駄にさせた……貴方を愛していためぐみん達の幸せを奪った……! そして、エリス様と……ひっぐ……ううっ……! 最低……私は最低よ……カズマさんより最低なの……!」

 

「そこで俺を引き合いに出すなまったく……」

 

 大粒の涙を溢れさせるゆんゆんに俺は苦笑する。そんな事を今更になって思い始めるなんて、こいつはお人好しを通り越した何かだ。エリス様の言葉を借りれば、本当に甘い奴だ。

 

 

でも、これで覚悟は決まった。彼女はやっぱり幸せにすべき俺の嫁さんだ。

 

 

「なぁ、ゆんゆん。そんなお前に一つお願いがある。聞いてくれるか?」

 

「ぐしゅ……ううっー……何ですか……」

 

「簡単な事だ。俺をリッチーにしてくれ。そうしたら、本当に“永遠”に一緒にいられるだろ? おっと、ゾンビはもちろん嫌だからな!」

 

 ゆんゆんはきょとんとした表情で俺をじっと見つめる。そして満面の笑顔になったが、その笑顔はすぐに消えてしまった。

 

「だめです! こんな事は言いたくありませんけど、カズマさんは才能がないし魔力も低くて……」

 

「そんな事は分かってる。だからレベル上げをして魔力を上げるぞ! そんでもって薬漬けになるくらいドーピングするさ」

 

「でも……レベル上げはここでは厳しいですし、外に出ると恐らく私は……」

 

 暗い表情で落ち込むゆんゆんを放置して、俺は物置部屋に駆け込む。そして以前に見つけたブツを持ち出し、そのうちの一本をゆんゆんに手渡した。

 

「カズマさん……これは……?」

 

「見ての通り“つるはし”だ! たまに地中から変なモンスターが出てくる事あったろ? そいつらを見つけるために穴を掘るんだよ!」

 

「ええ……そんな地道な事するんですか……?」

 

「嫌そうな顔すんな! レベル上げのためには必要な事だ。でも、はっきり言ってレベル上げは二の次だ! 真の目的は他にあるんだよ!」

 

 俺はつるはしを高らかに掲げ、そう宣言する。今の生活がつまらないなら、結婚前のように楽しい冒険をしてしまえばいい。希望がないというのなら、目標と将来への道筋を決めればいい。ゆんゆんの幸せと、俺の幸せを勝ち取るために俺はつるはしを大きく振り上げた。

 

 

 

 

 

「ゆんゆん、ダンジョン作るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





いやー二期が始まりましたね~
動いているアクア様はやっぱりお美しい

そしてゆんゆんはエロイ……さば読んでないこの子?
めぐみんと同年齢ってやっぱり犯罪っすね……

さて話は変わりますが、アクシズ教徒にも大満足の薄い本や小説を書いているあるい椋さんから、すんばらしい挿絵をたくさん頂きました! いやーホントいい……よいぞ……!
本当にありがとうございました!

ちなみにエリスルートは次回が実質ラストかも(?)
エピローグもつけるかも(?)
まぁ、次の投稿は2月中ですね


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幸せ

※少し長め
 ダンジョン要素はありません
 オリキャラ注意



 

「んしょ……んしょ……!」

 

 カンカンという音と共に私はつるはしで固い壁を叩き続ける。こんな事をしているのは、カズマさんの突然の一言が原因だ。彼はダンジョンを作りたいらしい。そして、その過程でレベル上げをしてリッチーになりたいそうだ。

 カズマさんがリッチーになるという事は私自身、とても嬉しかった。この地下に来てから何年経過したかは曖昧であるが、付き合った当時のカズマさんと比べると少しだけ老けた気がする。でも、このままいけばナイスミドルなおじ様になるので、ちょっとドキドキもしている。

 しかし、彼は人間だ。そのうち、おじいちゃんになっていずれは死を迎える。彼に先立たれる事なんて考えたくなかった。一人残されるなんて想像したくもない。一方でカズマさんがリッチーになる事に抵抗を覚えている自分もいる。だって……いや、これも考えたくない。今はダンジョンを作る事に専念しよう。

 

「んしょ……んしょ……!」

 

 ライトオブセイバーで切れ込みを入れた岩盤は、思いのほか簡単につるはしで掘れた。私にとってダンジョン作りは希望であり、かけがえのない娯楽であった。彼が語った壮大な計画によると、世界一大きくて、世界一難易度の高いダンジョンにするそうだ。

 私はリッチーであるし、女神エリスやめぐみん達の恨みを買っている身だ。いずれは地下から引きずり出されて生き地獄を味わう事は理解している。そんな彼女達や私を探すもの達に、どんなモンスターを差し向けるか、どんな罠を仕掛けるのか、そんな事をカズマさんとの寝物語で話すのは本当に楽しい事であった。だから、私は地面を掘り続ける。それがカズマさんの望みであり、私の楽しみであるからだ。

 

「ゆんゆん、作業は順調か?」

 

「はい! 結構掘り進めましたよ! それに、もう少し石材を集めればストーンゴーレムをもう一体作れそうです!」

 

「おう、そうかそうか。頑張れよゆんゆん!」

 

「お任せくださいカズマさん!」

 

 汗を拭いながら、私は元気よく答える。カズマさんはというと、私の近くでマットを敷いてネロイドのしゃわしゃわ片手にだらしなく寝転がっている。私は予定している作業を完了させるためにも、再びつるはしを手に取った。

 

「おーい、ゆんゆん。シャワシャワ切れたからおかわり~」

 

「またですか? もう……カズマさんは……」

 

 差し出されたコップを受け取り、近くのカバンから自家製しゃわしゃわの入った瓶を取り出す。一緒にいれていた氷袋のおかげでキンキンに冷えているそれをコップに注ぎ、カズマさんへと手渡した。

 

「はい、どうぞ。次からは自分で注いでくださいね?」

 

「へ~い」

 

 生返事を返す彼に苦笑しつつ、私は再び作業に取り掛かる。後ちょっとで強靭なストーンゴーレムを作る石材が手に入りそうなのだ。だから、私は壁を掘り続ける。カズマさんの思い描く未来のためにも、もう少し頑張ろう。

 

 

 

「んしょ……! んしょ……!」

 

 

 

 そして、私が新たなストーンゴーレムを作り上げた時、カズマさんが欠伸をしながら拠点へと帰ってしまった。私もそれを合図に作業をやめて帰還する。お風呂にも入らずにベットに倒れ込んだ彼をそっと撫でてから、私はお風呂でしっかりと汗を洗い流した。こうして体を綺麗にした私は、躊躇いもなくカズマさんの体に抱き着いた。少しだけ汗臭いカズマさんの体の匂いをスンスンとかぎながら体をリラックスさせる。そんな私の頭を彼は乱暴に撫でてくれた。

 

「ん……カズマさん……その……しちゃいます……?」

 

「お前は色々と元気だな。今日は疲れたからまた今度な」

 

「ええっ!? カズマさんってば今日はずっとぐうたらしてたじゃないですか! どこに疲れる要素があるんですか!?」

 

「あのなぁ、俺はまだ人間なんだよ。疲れが溜まったら一日しっかり休む。別に無理する必要はないしな。なんせ、時間はたっぷりある」

 

 ドヤっとした表情でそんな事を言うカズマさんに私は軽く頭突きをする。それは確かに納得できる答えなのだが、最近のカズマさんを見ていると素直に首を縦に振る事が出来なかった。

 

「ちょっと前は凄く一生懸命でカッコイイって思ってたのに、最近のカズマさんはだらけている気がします……」

 

「はいはい、悪かったよ。なんだかんだで怠惰な生活は嫌いじゃないんでな。明日から本気出すさ」

 

「あなたが言うと信用できませんね……」

 

 私の言葉を彼は鼻で笑ってから目を閉じる。どうやら、本当に寝てしまうらしい。彼の愛撫を頭に受けながら引き続き胸いっぱい彼の匂いを吸い込んでいると、かすかな寝息が聞こえてきた。

 すぐさま頭に乗っかっているカズマさんの手をどかし、仰向けになっている彼の腹の上に跨る。そして、彼の首筋にそっと吸い付いた。ほのかな塩味と汗の匂いに思わず興奮してしまう。だが、それは仕方のない事。カズマさんの匂いは私にとって媚薬に等しいものなのだ。

 

「んっ……んっ……んみゅっ……!」

 

 カズマさんの首筋に私の痕跡をたくさんつけていく。これは結婚前から続く私の習慣。彼が私のモノである事を周囲に示すためにも必要な行為と言えた。もちろん、私なりの愛情表現という意味もある。

 

「ん……はぅ……んぐっ……!」

 

「うぎっ!? うっ……ゆんゆん……お前って奴は……」

 

「あっ! 起こしちゃいましたね。ふふっ、ごめんなさい」

 

「まったく……」

 

 眠そうに欠伸をする彼の首筋をそっと撫でる。ついつい、勢い余って歯が当たってしまった。首筋への噛み付きは彼の気が乗っている時しか許してくれない。カズマさん曰く、首筋は本当に痛いらしい。だから、私は許可が出ている肩の方にカプリと噛み付く。彼の肌の感触と暖かさ、匂いを同時に堪能できるこの瞬間は私にとっては至福の時間だ。

 

「んぅ……んっ……」

 

「あだだだっ!? ゆんゆん、俺を寝かせる気はないのか!?」

 

「んんっ……んはっ……んっ……ふへっ……ふへへへ……!」

 

「ちくしょう! 発情してやがる!」

 

 発情なんて下品な言葉はやめて欲しい。これは……えっちな気分になっているだけだ。どうにも我慢出来そうにない気持ちをぶつけるため、私は服をはだけさせる。カズマさんはそんな私を抱きしめて布団の中に引きずり込む。やっとその気になってくれたのだろうか?

 

「勘弁してくれゆんゆん! 俺の疲労の原因は毎日お前に搾り取られてるからだよ! 明日から嫌と言うくらいえっちな事してやるから今日は寝させてくれ!」

 

「むぅ……それじゃあ今日は撫でるだけで勘弁してあげます……」

 

「へいへい、撫でてやるから大人しく寝ろよ?」

 

 カズマさんが私の頭を適当に撫でてくる。そして、ちょっとだけ反省した。確かに、最近は彼を求めすぎたかもしれない。ダンジョン作成で体力や魔力を使うようになったため、今まで以上に“エネルギー”を求めるようになった……という大義名分を持ってカズマさん成分を必要以上に補給したのは確かだ。やっぱり、私はえっちなのかもしれない……

 そんな事を悶々と考えているうちに、再びカズマさんの寝息が聞こえてきた。今度は起こさないように注意を払いつつ、彼の胸板に顔をうずめる。優しい暖かさと彼の匂いを身に受けながら私は改めて実感した。

 

 

カズマさん、大好きです!

 

 

 

 そして、ダンジョン作成を始めてから幾ばくかの月日が経過した頃、カズマさんが“何かの洞窟”を掘り当てた。伝令役のアースゴーレムからその知らせを聞いた私は急いで彼の元へと向かう。現場に到着するとカズマさんは得意げな顔で私にグっとサムズアップしてきた。そんな彼に笑顔を返しつつ、私は自分の右手の人差し指を嚙み千切った。

 

「うおおいっ!? 急に何やってんだよゆんゆん!? 自傷行為は絶対に許さんぞ!」

 

「違います! それよりカズマさんはその穴の近くから早く離れてください!」

 

「どうした? 何かの危険でも感じ取ったのか?」

 

「そのようなものです。えっと……神魔避けの魔法陣は……こうやって……こうで……」

 

「なんだそれか。血文字なのは知ってたが、随分とエグイ方法だな」

 

「どうせ数分後には指は元通りに再生しますし、痛みもそれほどありませんからね。んっと……完成です」

 

 最早私にとっては描きなれた魔法陣を自分の鮮血でダンジョンの壁に刻み付ける。ここから先の未調査エリアに彼がいる事がアクアさんやエリス様にバレるのは私にとって非常に都合が悪い。彼女達が今も彼の場所を探っているかは不明だが、出来るだけ探知されないようにするのが得策であろう。新しく切り拓いた区画に魔法陣を描くのは私の必須作業ともいえる。

 

「なぁ、ゆんゆん。アクアやエリス様と会うくらいは良いんじゃないか?」

 

「ダメです……それだけは絶対にダメです……そんな事したらカズマさんが私の傍から離れちゃいます……!」

 

「あーあー分かったから涙目になるなっての! ずっと一緒にいてやるって言ったろ? だから大丈夫だ」

 

 ギュッと私の体を抱きしめてくれるカズマさんに、私はどうしようもないほど大きな罪悪感を覚える。結局の所、私は彼をこの閉鎖空間に監禁しているという事実は変わりない。彼だって、私以外の顔を見たいはずだ。でも、それはダメだ。特に、あの女神二人は論外である。

 カズマさんがあの女神達と再会したら、きっと彼の心は私だけを考えてくれなくなる……離れてしまうのだ。それに、カズマさんに“アレ”を見せるわけには行かない。それを目にしてしまったら、私はめぐみんとダクネスから受けたような仕打ちを彼から受ける可能性すら出てくる。それだけは嫌であったし、そうなってしまうのがたまらなく怖かった。

 

「ごめんなさいカズマさん……こんな悲劇のヒロイン気取りの女は嫌ですよね……」

 

「実際に悲劇のヒロインみたいなもんだけどな。まぁ、この状況は俺自身も結構楽しいと感じているんだ。そんな湿っぽい話は後にして、さっさと掘り起こした謎の洞窟の調査をしようぜ? さっきから俺の敵感知もビンビンに反応してるんだ。久しぶりの経験値だぞ!」

 

「そうですね……久しぶりのモンスター退治と行きましょうか」

 

「おうよ! サポート頼むからな? もちろん経験値は全部俺のもんだ!」

 

 意気揚々と未開の洞窟を進むカズマさんの背中を私は苦笑しながら追いかける。なんだかんだで、私もこの状況を楽しんでいる。何より、彼を独占出来ている事がいい。楽しい冒険も、ダンジョン作成も全部私とカズマさん二人だけのもの。やっぱり、私は悲劇のヒロインなんてものじゃない。もっと最低で邪悪な何かだ。自分自身の醜さに吐き気すら覚えてしまう。

 

「おい、ゆんゆん。足が止まってるぞ? どうした、手でも繋ぎたいのか?」

 

「えっ……? ああ、それじゃあお願いしちゃいましょうか!」

 

 私は彼の腕に自分の腕を絡ませる。もういい、開き直ってしまおうか。カズマさんはずっと私と一緒にいる。彼の心も体も温もりも優しさも全部私のもの。誰にも渡さないし、渡したくない。カズマさんは私の男で大事な夫……“家族”なのだから……

 

「ふふっ、私って本当に“悪い魔法使い”ですね……」

 

「いきなりなんだよ? あと、お前はどっちかっていうとエロイ魔法使いだろ」

 

「んぐっ!」

 

「あだだっ!? こら! 腕を噛むなバカ!」

 

 

そう、カズマさんの全ては私の“もの”だ。

 

 

 

 

 

 というようにじゃれ合いながら探索を続けて半刻程経過した時、ついに念願のモンスターとの遭遇に成功した。この天然洞窟を住処としているのだろうか? 1体のモグラ型モンスターが姿を現した。こちらを警戒するようにギチギチと声をあげるモンスターに対し、カズマさんは不敵な笑みを浮かべながら私が貸した銀製のナイフを構えた。

 

「カズマさん、本当に大丈夫なんですか?」

 

「安心しろ。レベルはなくとも“戦闘経験”は豊富だ。モグラ1体なんかに負けるか!」

 

『ギギッ!』

 

「さっさと経験値になりな! “不死王の手”!」

 

『ギュッ!?』

 

「おっ、麻痺なら当たりだ。うーむ、このスキルも久しぶりだな……」

 

カズマさんは何やら感慨深げ呟きながら、麻痺したモグラ型モンスターの首をナイフで掻っ切る。私はというと無事に戦闘を終えた事にほっとする。実は手ひどくやられるのではと内心では危惧していたのだ。

 

「カズマさんって結構強かったんですね……」

 

「今更何を言っているんだか。俺は魔王すら倒しちゃったカズマさんなんだぞ?」

 

「そうですね……惚れ直しましたよカズマさん!」

 

「はっ! 当然だな!」

 

偉そうに胸をはるカズマさんに若干イラっとしたが、そんな彼の姿も含めて私は好きだった。今夜は彼に押し倒してもらってワイルドに激しくヤってもらおうと妄想をしていた時、洞窟内に地鳴りのような音が響く。そして、洞窟の地面や壁から無数のモグラモンスターが這い出て来た。

 

「いっぱい来ましたね! 流石に私も援護を……ってカズマさん?」

 

いつの間にか、彼の姿が消えていた。クンクンと匂いを嗅いでみると、壁際から彼の匂いがする。その部分をよーく見てみると、壁に張り付いて潜伏しているカズマさんがいた。

 

「あなたって人は……」

 

『うるせー! これは戦略的撤退だ!』

 

 やっぱり、今夜は押し倒していっぱい搾り取ろう。そう考えながら、私はモグラの大群に魔法を炸裂させた。

 

 

 

 

 私が大軍を全滅させた後、散発的になったモンスターの襲撃をしのぎつつ洞窟の奥を目指す。この間にカズマさんのレベルは10を超えて安定的に経験値を得られるようになった。そして、道中で出会った数匹のモグラモンスターや、大きなミミズっぽいモンスターを魔獣使いスキルで手懐ける事に成功した。ダンジョン作成などに利用するそうだが、私はじゃりめの事を思い出して憂鬱な気分になった。

 そんな未開の洞窟探索も、私達が洞窟の最奥に辿り着いた事で終わりを迎える。もちろん、宝箱や財宝のような気の利いた物はなかったが、お約束は守ってくれたらしい。 何というか、グロテスクで巨大なイソギンチャクみたいなモンスター……ボスっぽいものがいた。カズマさんはというと、そんなボスモンスターを見て目を輝かせている。もちろん、彼が何を考えているかは嫌と言うほど理解していた。

 

「お~見事な触手生物だな! ゆんゆん、アイツを仲間にするぞ!」

 

「カズマさん……えっちなのはいけないと思います……」

 

「そ、そういう目的じゃないから! 単にダンジョンボスとして使えそうなだけだから!」

 

「へー」

 

「何だよその目は……まぁいい、ちょっくら交渉してくる!」

 

 意気揚々と駆け出したカズマさんを私はジト目で見送る。そして、触手生物と会話を始めた彼を見て溜息をついた。何だか、ろくな事にならない気がする。しかし、数分後には彼は笑顔で戻って来た。まさか交渉に成功してしまったのだろうか。

 

「ゆんゆん、やったぞ! 成功だ! 暇だからオッケーだってよ!」

 

「えー」

 

「だから何だよその目は……ダンジョンに必須のボスモンスターを手に入れたんだからもっと喜べよ」

 

 ボスモンスターはダンジョンのお約束だが、カズマさんの事だからろくでもない事に触手生物を使うに違いない。そういえば、寝物語でダンジョン経営のお約束を彼から聞いた気がする。確か、探索に来た女冒険者は残らず捕まえて……ああ、なるほど……そういう事ですか……

 

 

 

「“インフェルノ”!」

 

「あ゛あ゛あ゛ああああっ!? 男のロマンがあああああ!?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 ダンジョンを作り始めてどのくらい時間が経ったのであろうか? 詳しい事は相変わらず分からないが、現在は5階層に渡る巨大なダンジョンとなっていた。私の周囲では今でもストーンゴーレムやミミズっぽいモンスターが周囲の壁を切り拓いている。

 ちなみにカズマさんも、新天地を求めてどこかで採掘中だ。彼は持ち前の幸運のおかげで今まで幾多の天然洞窟やよく分からない埋蔵物を掘り当ててきた。その度に使役するモンスターが増え、彼のレベルも上がっている。このペースでいけば、カズマさんがリッチー化に必要な魔力と強靭な肉体を手に入れるのも時間の問題だ。

 そして、私はというと主にダンジョンの設計や仕掛けを任されていた。私が当初作った設計図は5階層で完成だが、8階層になるように設計し直した。今回はカズマさんも納得してくれているが、これ以上の再設計は厳しいかもしれない

 

「完成したら終わっちゃいますもんね……」

 

 そう、完成してしまったらこの楽しい時間は終わる。彼とダンジョンの設計やモンスター配置について一緒に悩むことも、最下層についた冒険者に口上を言うか言わないかで喧嘩をする事もない。お互いの疲れた体を癒すように激しく体を重ねる事も、私のためにと頑張るカズマさんの姿を見る事も出来なくなるかもしれない。

 いっその事、一生完成しない方が良いと私は思っている。でも、もう終わりが目の前に見えて来てしまった。

 

 そんな時、伝令役のアースゴーレムが私の元へ訪れる。どうやらカズマさんがまた何かを掘り当てたらしい。新しい冒険に期待する一方、ダンジョン作成の終焉へ向けてまた一つカウントダウンが進む事が嫌で嫌で仕方がなかった。

 

 現場につくと、カズマさんは得意気な様子でつるはしを肩に担いでいた。そんな姿に苦笑しつつ、彼が掘り当てたものをのぞき込む。私は鍾乳洞のような綺麗な場所ならいいなと期待していたが、予想外とも言える光景を目にして私は息をのんだ。

 

「これは天然洞窟でもありませんし、モンスターの巣でもありませんね……」

 

「おう、つまりは人工物という事だ。多分だが、何処か別のダンジョンと繋がったみたいだな」

 

「なるほど、今回はダンジョン探索という事ですね……」

 

「そういう事だ。経験値も稼げそうだし、お宝も期待できそうだ。根こそぎ奪ってやろうぜ!」

 

 盗賊みたいな事を言いながらダンジョンへ突撃しようとする彼の背中を私は引っ掴んで止める。少し、気になるものを見つけてしまったのだ。

 

「カズマさん、壁を見てください。薄っすらとですが神魔避けや悪魔封じの魔法陣が張り巡らされています。どうやら、ここはダンジョンというよりは魔術に造詣が深い方の隠れ家と言った方がいいと思います」

 

「なるほど、危険度はどれくらいだ?」

 

「かなり危険です。致命的な魔術トラップが仕掛けられている可能性もあります。私から離れちゃダメですよ? 念のために私と手を繋いでください」

 

 私は彼の腕を半ば強引に抱きしめる。彼を失うのは考えたくもなかったし、これから遭遇する可能性のある隠れ家の家主に会う事に不安を覚えていた。長い間……恐らく10年近くは彼としか顔を合わせていないし会話もしていない。私と彼だけの世界に新たな住人が増えるのはごめんであった。

 

「まぁ、慎重に探索する事に越したことはないのは同じだ。でも、探索しなきゃ何も得られない。というわけで行くぞ!」

 

「はい……」

 

 カズマさんに引きずられるように隠れ家探索が始まってしまった。しかし、予想に反してトラップの類は全くなく、モンスターの姿もなかった。そして、とある扉の先にあった小部屋の光景を目にして私達は閉口した。

 

「うーん……ゆんゆん……これってどう見てもトマト畑だよな……?」

 

「そうですね……ふんふん、土も大分いい感じですね……何だかお家のお庭が懐かしくなってきました。カズマさんも私が家庭菜園で作った野菜は好きだって言ってましたよね……」

 

「ああ、お前って庭いじり好きだから野菜を育てるのも上手かったんだよな。でも、とうもろこしは最悪だったな」

 

「あれは土が悪いのもありますけど、とうもろこしって本当に難しい野菜なんですよ?」

 

 もう今となっては懐かしい話をカズマさんとしながら私達は探索を続ける。その後もたくさんの種類の野菜栽培場や食料貯蔵庫を発見し、もしかして“単なる世捨て人農家の隠れ家説”が浮上し始めた時、私達は生活感溢れる小部屋を見つけた。

 そして、その小部屋でくつろいでいた女性と目が合った。私達は久しぶりの“話せそうな人間”との遭遇に思わず固まってしまい。対して、小部屋にいた女性は若干驚いた表情ながらも気さくに話しかけてきた。

 

「お~……こんな所に人が来るなんて初めてだよ。とりあえずお茶でも飲んでく?」

 

 

 

私達はそんな女性の言葉にコクコクと頷いた。

 

 

 

 それから数分後、カズマさんは件の女性と楽しそうに会話していた。上手く話に介入できない私は、彼女がお茶請けとして出してくれたトマトケーキをつつく。久々に食べる他人の料理の味は、ちょっぴり涙が出そうなくらい美味しかった。

 

「いや~地下深くでダンジョン作っていてラニアさんみたいな良い人と会えるなんて思ってもいませんでしたよ」

 

「まだ良い人判定はしない方が良いと思うよ。なんせ、あたしは吸血鬼だ。突然襲い掛かって君の血を吸いつくしちゃうかもよ?」

 

「はっはっはっ! 血も含めて体液は横にいるゆんゆんに毎日吸われて慣れちゃいましたよ!」

 

「そ、そうなの!? へぇ……君って大人しそうな子だけど意外と……」

 

 何やら私を興味深げに見つめてくる女性から顔を背ける。彼女はラニアという名の吸血鬼だそうだ。肩ほどまで伸ばした美しい金髪と、血のように赤い瞳も合わさって何処か蠱惑的な美貌を持つ女性だ。

 そんな彼女はこの隠れ家的な場所で穏やかな隠遁暮らしをしていたらしい。外部から侵入出来る方法も用意していないため、物理的に掘り進んでここに辿り着くものは想定外らしく、実際に私達が初めての“お客さん”だそうだ。

 

「しかし、ダンジョン制作ねぇ……あたしも手伝ってもいいかな?」

 

「マジですか!? いや、それはありがたい事ですけど本当に良いんですか? ラニアさんには何のメリットもないんですが……」

 

「見ての通り、あたしは物凄く暇なんだよね。それに君たちの事をもっとよく知りたいっていう気持ちもある。こんなところで人間と“不死王”が仲良くダンジョン制作なんて普通じゃないからね。あたしともっと仲良くなったら……友達といえる関係になったら話してくれないかな? 正直、かなーり気になってるのさ」

 

「俺はこっちから土下座してお願いしたいほどですけどね。ゆんゆん、お前はどうだ?」

 

「ふぇっ!? えと……えーと……その……!」

 

「お前も相変わらずだな」

 

 苦笑しながら私の頭を撫でてくるカズマさんを私は少し睨む。こうやって急に話をフラないで欲しい。初対面の人に対して私がこんな反応になるのは彼もよく知ってるはずなのに……

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、私達のダンジョン制作に新たなメンバーが加わった。最初はカズマさんの血を吸ったりしないか、変なモーションをかけてこないかと心配していた。そんな事をしたら消してやると意気込んでいたのだが、それは杞憂に終わる。彼女は楽しそうにつるはしを振るい、カズマさんには私が作ったものより経験値が豊富な食材を提供してレベルアップに協力してくれた。

 そして、彼女は私を積極的にお茶会に誘ったり、話しかけてくれた。彼女の気さくな性格は私にとっても心地よく、今では普通にお喋りを楽しむ間柄となっている。何より、彼女と私は趣味が合った。園芸関連の話題は尽きなかったし、野菜作りや花の栽培を一緒にやる事は本当に楽しかった。地下生活を始めて、もう得られないと思っていた“友達”を私は手に入れた。

 

 こうして、私達はダンジョンを作り続ける。楽しくて穏やかなこの暮らしも、終わりが見えて来てしまった。カズマさんからダンジョンの拡張はもういいと言われ、今は彼が最後の一室の作成に一人で取り掛かっている。手持無沙汰となった私達はそんな彼の様子をお茶を飲みながら見守る。この穏やかな時間があと少しで終わってしまう事に、私はどうしようもない寂しさを感じた。

 

「ねぇ、話をちゃんと聞いてるのゆんゆん? ほら、あたしの傑作ポエムをもっと見てよ。今回のはかなり良いと思うんだよね!」

 

「ええ……? ああ、すいません。少し呆けてました。えっと……これですね……うーん……ふひゅっ!? ううっ……確かに素晴らしい出来だと思いますよ……ふひっ……!」

 

「えへへ、そうなの? いやーちょっと照れちゃうな!」

 

 顔を赤らめて喜ぶラニアさんから顔を背けながら、私は必死に笑いをこらえていた。彼女は園芸外にもポエム作りが趣味なのだが、作品をこうやって私達に笑顔で見せてくる。内容は正直臭いものばかりで笑いを堪えるのが必死になるレベルだ。例え大爆笑してしまっても、めげずにポエム集を見せてくるため、ある意味では彼女も頭のネジが一本飛んでいるのかもしれない。

 嬉しそうに今回のポエムのコンセプトを話す彼女に私は適当に相槌をつく。彼女の趣味の話を聞いてあげるのも友達としての務めだからだ。そんな会話を続けているうちに、視界の隅で大きな岩相手にハンマーを振るっていたカズマさんが岩を枕に居眠りを始めてしまった。

 私はそんなカズマさんに毛布をそっとかけ、枕も岩からふわふわなものに変える。それから再びお茶の席に着くと、ラニアさんが私の事を興味深そうに見つめてきた。

 

「ねぇねぇ、あたしと友達になってもう3年近く経ってるよね。そろそろ事情を話してくれないかな? もう、気になって気になってしょうがないんだよね!」

 

「友達……ふふっ、そんなに興味がありますか? 言っておきますけど、長いうえに暗い話ですよ?」

 

「いいからお姉さんに話して御覧なさい! あっ、お茶とお菓子のおかわり持ってくるね!」

 

 パタパタと楽しそうにお茶の準備をする彼女を見て苦笑する。そして、私は期待感に目を輝かせる彼女に今まで私達に起こった出来事をたっぷりと話して上げた。

 

 

 

 

 数時間後、話を終えた私はやり切ったとばかりに息をつく。対して、ラニアさんは何とも言えない表情でこちらをじっと見つめていた。

 

「いやいや、正直信じられないよ。あのカズマ君がエリス教とアクシズ教の女神に愛されてる男? 何というか……冗談だと言ってよ……」

 

「残念ながら冗談じゃありません。今もあの女神達は彼の事を探しているはずです。私達がここにいる理由の一因になっているんです」

 

「うわぁ、どうやら本当に冗談じゃないみたいだね……確かにちょい悪系でいい感じにダメ男な所は女心をくすぐられるけどさ……まさか女神に愛されるなんて……」

 

「んっ……彼を狙うなら友達とはいえ容赦はしませんよ?」

 

「わあああっ!? そう思っただけで手を出そうなんて思ってないよ! だから銀のナイフを構えるのはやめてよ! 当たるとすっごく熱いんだから!」

 

 わたわたとするラニアさんをじっと睨み付ける。牽制は女の戦いの基本だ。そして、ついに土下座を始めた彼女を見て私はナイフを懐に戻す。少しやりすぎたと自分自身でも反省した。

 

「でも、事実だとするとゆんゆんはかなり苦労したんだね……それにこれ以上の詮索は君を傷つけたり、嫌な思い出を蘇らせそうだからやめておくよ。まぁ、これからを楽しめばいいんだよ。あたしもカズマ君も一緒にいるしね!」

 

「ラニアさん……」

 

 涙が出そうになった。いや、もう涙を流していた。私自身、これまでの事は誰かに話してみたかったのだ。何だかスッキリとした気持ちになりながら、私自身も気になっていた事を彼女に聞いてみた。

 

「さて、私の話はこれで終わりです。次はラニアさんのお話を聞かせてくださいよ。貴方だって愛している人がいるんでしょう? あんな大規模な“愛のシェルター”を作っていたのですからね」

 

「ありゃ、中々鋭いねゆんゆん……」

 

「だって、貴方の隠れ家は私が作った施設と似すぎていますからね」

 

「おおう、そういう事か。まぁ、かなり昔の話だしあたしも話しちゃおうかな! それに、愛した人がいたというのが正しいね。今じゃ気持ちも醒めて苦い思い出の一つだよ」

 

 そう言ったラニアさんから語られた内容は興味深いものであった。どうやら、彼女は吸血鬼の男に恋慕して何とか気を引こうと色々やったらしい。でも、全く振り向いてもらえず、私と同じように妄想をたぎらせながら隠れ家を作ったらしい。

 

「それでね、彼ったら死んだ奥さんに固く操を守っていてね。何やってもダメだったの。無理矢理襲ったら返り討ちにされたし、あたしの傑作ポエム集を送っても反応なし! 仕方なく彼の事をじっと見守り続けていたら、警察にストーカーとして通報されるはで散々だったよ! 普通、吸血鬼が警察なんか頼らないよね!? あれはちょっと幻滅したなー」

 

「あ、はい……」

 

「ダメ押しとして綺麗な処女数人を誘拐して彼にプレゼントしたんだけど、滅茶苦茶怒られてボコボコにされて、おまけにこっぴどくフラレた挙句、誘拐何てしたせいでエリス教とかから睨まれちゃって……彼は行方を晦ますしあたしは追手に追われて……気が付いたら地下で寂しく植物ちゃん達を育てる隠遁暮らしだよ……」

 

 苦笑しながら語るラニアさんに私も苦笑を返す。本当に人生色々という奴である。私も彼女も状況は違うとはいえ様々な苦労があった事だろう。まぁ、彼女に同情する事は正直言って出来ないけれど。

 

「こんな事言うのは良くないと思うけど、あたしはゆんゆんが羨ましいよ。好きな人が貴方を選んで一緒に過ごしてくれて……おまけに彼もリッチーになるって話じゃないか。愛されてるねぇ……」

 

「ふふっ、なんせカズマさんは私の男ですからね」

 

「いいなぁ……本当に羨ましいよ! あたしみたいな生まれながらの化け物にとっては永遠に一緒にいられる存在や、一緒に滅んでくれそうな人は本当に貴重だからね!」

 

 キラキラとした羨望の目で見られて私も得意な気持ちになる。今の私にとってカズマさんは“全て”であった。彼は全てを投げ捨てて私を選び、本当の意味で永遠を共に過ごしてくれると誓ってくれた。妻として、女としてこれほど嬉しいものはない。本当に私は――

 

「よう、何楽しそうに会話してんだお前ら」

 

「カズマさん、もう起きたんですか?」

 

「いや、結構長く寝てたぞ? ともかく、これで“ダンジョン制作”終わりだ。今から盛大にドンチャン騒ぎするぞ! ラニア、秘蔵の酒と食料をありったけ持ってきてくれ!」

 

「まったく、しょうがないなぁ! いますぐ料理も準備してあげるから待っててね! ゆんゆん行こう? 君にも手伝ってもらうからね!」

 

「はい、お任せください!」

 

 勢いよく部屋を飛び出すラニアさんを私は笑顔で追いかける。長きに渡ったダンジョン制作もついに終わってしまった。

 

 

でも、私に憂いはもうなかった。

 

 

そう、これで終わりだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 ダンジョン完成式典と銘打ったどんちゃん騒ぎが終わった後、私はカズマさんと共に彼が作った最後の部屋にいた。彼はお酒でほどよく赤くなった顔に笑みを浮かべながら私の肩を抱き寄せる。ほろ酔いの私はそれを気分よく受け入れた。

 

「ついに完成したな!」

 

「ええ、そうですね。何だか感慨深いです……」

 

「そりゃあ5年にも及ぶ大作業だったしな。まぁ、ここに座ってくれ。これからの事はゆっくり話そうぜ?」

 

 カズマさんに促され、私は彼が最後に作った豪華な椅子に座る。そして、彼も隣の椅子にゆっくりと腰かけた。

 

「ゆんゆん、この玉座はどうだよ? 結構な自信作なんだが……」

 

「ええ、見た目はとっても凄いです。でも、石製だからお尻がちょっと痛いです」

 

「それは言っちゃあいけない。まぁいい、そのまま腰かけて聞いてくれ。大切な話だから聞き逃すなよ?」

 

「ふふっ、分かってますよ……」

 

 私は固い椅子に背中を深く預ける。地面より一段高い場所に作られた玉座からの眺めは、普段とは何かが違った。そう、私はカズマさんという王の王妃だ。そんなバカな事を考えながら私はクスクスと笑った。

 

「明日から、このダンジョンを解放する。地上への通路はお前に任せてたろ? そこを開けるんだ」

 

「本当にいいんですかカズマさん? きっと、冒険者より先に“あの人達”が来ると私は思うのですが……」

 

「その時はその時だ。まぁ、すぐには来ないだろうし、それまでは冒険者相手に遊んでやろう。どちらにしろ、何が来ようと全力で迎え撃つ。そして、精一杯に抗って、最後には仲良く滅びよう。きっと楽しいぞ!」

 

「随分と破滅的なプランですね。でも、楽しそうなのは確かです」

 

「そうだろう? それに、俺もリッチーになって滅んで二人で一緒に泣いて謝れば、あの駄女神達も少しくらいは便宜を図ってくれるかもしれない。もしそれがダメで地獄行きになったとしても、お前と一緒なら問題ないさ」

 

 そんな事をカズマさんは朗らかに笑いながら語った。例え本当の意味で“死んだ”としてもカズマさんとずっと一緒。本当に魅力的だ。そして、そんな道を選んでくれたカズマさんが愛おしくて仕方がなかった。

 

 

「だからゆんゆん、俺をリッチーにしてくれ」

 

 

カズマさんの声を受けて、私は玉座からそっと立ち上がる。

 

 

私も、やっと覚悟を決める事ができた。

 

 

 

 私は玉座に座る彼の膝の上に正面から腰かける。そして、彼の顔をじっとのぞき込んだ。レベルも十分、魔力も必要最低限は備わっている。これなら、問題なくリッチー化する事ができそうだ。でも、今はそんな気分じゃない。だから、私は彼の事をぎゅっと抱きしめた。

 

「カズマさん大好きです」

 

「ああ、俺も好きだ」

 

「カズマさん愛しています」

 

「もちろん、俺も愛してるさ」

 

 私の頭を、カズマさんが優しく撫でてくれる。その事に頬を緩めながら、私は彼にずっと言いたかった言葉を口にした。

 

 

「カズマさん、私は幸せです」

 

 

 そう、私は幸せだ。いっぱい辛い思いはしたけれど、私にはカズマさんがいる……いてくれる。さよりを失った時、もう感じる事はできないと思っていた気持ち。幸せな気持ちに私はなっている。その事が、私自身嬉しかった。

 そんな私の言葉を聞いたカズマさんは、ほっとしたように大きく息を吐く。そして満足そうに微笑んでくれた。

 

「そうか……幸せか……」

 

「はい、カズマさんと一緒にいる事が出来て本当に幸せです!」

 

「その言葉が聞きたかったんだよ……」

 

静かに笑う彼の事を私は更にぎゅっと抱きしめる。そして、そっと耳元で囁いた。

 

 

 

「カズマさん、愛してください」

 

 

 

こうして、私は彼と愛し合う。

 

 

本当に私は幸せ者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、私は静かに服を整える。そして、満足そうな笑みを浮かべて眠るカズマさんの頬をそっと撫でた。

 

「んぉ……もう起きる時間か……? まだ、ねみぃ……」

 

「起こしちゃいましたか。大丈夫ですよ。まだ眠っていても構いません」

 

「そうか……」

 

 寝ぼけた様子で私を見るカズマさんを私は苦笑しながら見守る。でも、私はそろそろ行かなくてはならない。だから、私は彼の唇を静かに奪う。甘くて柔らかくて幸せなキスは私の心を癒してくれた。

 

「カズマさん、私は幸せです」

 

「ああ、俺のおかげだな」

 

「ええ、貴方のおかげです。でも、カズマさんはもっと幸せになれる。私はそう思うんです」

 

「んっ……? どういう意味だ?」

 

「そのままの意味です。カズマさん、私よりもっと“幸せ”になってください。だから――」

 

 カズマさんの体をぎゅーっと抱きしめる。彼の体温を忘れないように、彼の匂いを忘れないように、彼の愛を忘れないように抱きしめ続ける。

 そして、小さく魔法を唱える。それから、私自身が彼を忘れないように、彼が私を忘れないために、もう一度、優しいキスをした。

 

 

 

 

「カズマさん、さようなら」

 

 

 

 

背後から、微かな彼の声が聞こえてくる。でも、もう振り返る事はしなかった。

 

 

 

 そして、私は何十年かぶりに愛のシェルターから出た。地上に出た私を、太陽と心地よい風が暖かかく迎えてくれる。何だか清々しい気持ちになりながら、私は両手を合わせて“神”に祈った。

 その瞬間、私の前に光柱が現れる。こんなにもはやく応えてくれた事に苦笑しつつ、光柱から現れた女性の言葉をじっと待った。

 

「お久しぶりですね、ゆんゆんさん」

 

「はい、お久しぶりですエリス様」

 

 再会の言葉を言い終わると、エリス様も私の事をじっと見つめてくる。そして、私の方へ一歩足を進めた。

 

「あなたの願い、聞き届けました。本当に“浄化”をお望みなんですか?」

 

「そうですよ。もう、一思いにやってください。覚悟は出来てますから」

 

「……分かりました」

 

 エリス様はそっと頷いてから私の足元に魔法陣を書き込んでいく。その光景を見守りながら、私は今までの事を思い返していた。そして、この選択に間違いがない事に自分自身で納得した。もう思い残すことはない。

 

「魔法陣は完成です。最後に何かやり残した事や言い残したい事はありますか?」

 

「そうですね、それじゃあこの手紙を私の両親に届けてください。きっと迷惑かけたし、もう会えないから……」

 

「承知しました。必ず届けます」

 

「お願いしますね? さて、私のやり残した事はこれで終わりです。言い残す事もありませんよ」

 

 私は覚悟を決めて目を瞑る。しかし、エリス様はそんな私の手を取ってぎゅっと握る。そして、優しく言い聞かせるように語り掛けてきた

 

「無理に自分にを抑え込まないでください。未練なく浄化するためにも、貴方の思っている事は全て現世で吐き出してください。私が受け止めますから……」

 

 まさに、女神といった微笑みを受けて私は頭を悩ます。確かに言い残す事はもうないが、ずっと聞きたい事があったのだ。だから、思い切って聞いてみよう。そう決心した。

 

 

 

「エリス様、お子さんはお元気ですか?」

 

 

 

 私の質問にエリス様は驚いた表情を浮かべる。しかし、すぐに申し訳なさそうな表情で小さく頭を下げてきた。

 

「ご存知だったのですね……」

 

「当り前です。私はリッチーですからね。貴方に新しい命の輝きがあった事には嫌でも気づいちゃいました。まぁ、それはともかく、写真とかはお持ちじゃないんですか? ちょっと見てみたいです」

 

「ゆんゆんさんが望むならお見せしますよ」

 

 エリス様は虚空から一枚の写真を取り出すと、微笑みながら手渡してきた。私はその写真を受け取ってじっくり眺めた。

 

「女の子なんですか。髪色はエリス様譲りですね」

 

「ええ、随分と生意気に育っちゃいましたけど、根は優しい子ですよ」

 

「ふふっ、確かに少し勝ち気そうな子ですね。それに、目元がカズマさんそっくりです」

 

「やはり、お気付きですか」

 

 クスクスと笑い合った後、私は写真をエリス様に返す。実は、ずっとこの子の事が気になっていた。地下に逃げてからも、頭の片隅でこの子の事を考えていた。どんな生活をしているのか、どのような容姿なのか。幸せに暮らしているのか……父親がいなくて苦労してないだろうか。

 そんな心配を私は考える事があった。時間が経てば経つほどその思いは強くなる。でも、写真を見た限りでは幸せそうに過ごしているようだ。まぁ、アクアさんもいるでしょうし、めぐみん達は……まぁ多分大丈夫だろう……

 

「エリス様、私は貴方をとっても最低で女神失格な人だと思います。それに私はカズマさんと逃げた事を謝るつもりはありません」

 

「当り前です。むしろ、私が謝ります……ごめんなさい……」

 

「謝らないでくださいよ。確かに貴方は女神失格ですけど、私だって人間失格です。私はめぐみん達に嘘がバレた時、死を受け入れる覚悟がありました。でも、私が死んだら貴方は彼と新たな家庭を築いて幸せになる。私が手に入れる事が出来なかった幸せを、貴方が手に入れようとしている。その事が許せなくて……どうしようもなく嫉妬して! 貴方の幸せをぶち壊したくなった! だから、私はカズマさんの申し出を喜んで受け入れたんです。そして、貴方のお子さんの存在が彼にバレないように監禁しました」

 

 エリス様のお腹に新たな命の輝きが宿った時、全てが許せなくなった。カズマさんを私だけのものにして私だけが彼の愛を享受できるように画策した。それは今となっても後悔していない。この選択がなければ、私は幸せにはなれなかったからだ。

 

「でも、私はこの子の父親であるカズマさんを、貴方達の家族としての幸せを奪った! だから、貴方のお子さんには謝ります。ごめんなさい」

 

「ゆんゆんさん……」

 

「エリス様、私は幸せでした。だから、今度は貴方達が幸せになる番です。随分と時間が経って、お子さんにとっても最早受け入れがたい事かもしれないけど、カズマさんと一緒に幸せになってください……私が得られなかった家族としての幸せをあの人には感じて欲しいんです……! もっと幸せになって欲しいんです……!」

 

 気付けば、私の両目からは涙が溢れていた。これが何を意味する涙なのかは自分自身でも分からない。でも、私の心の中は驚くほどスッキリとしていた。

 

 

 

私は幸せだ。

 

だから、カズマさんにはもっと幸せになって欲しい。

 

 

 

 エリス様は私のお願いを聞いてコクリと頷く。どうやら、了承してくれたらしい。彼女が家族としての幸せを手に入れる事は素直に羨ましいし、妬みもするが、私の人生も幸せであった事には変わりなかった。小さい頃から思い描いていた幸せとは違うかもしれないけれど、これも一つの幸せの形。本当に、人生色々あるものだ。

 

「神の理を捨て、自らリッチーとなったゆんゆんさん。幸福の女神エリスの名においてあなたの罪を許します。貴方はしばらく魂の浄化を受けて貰います。その身に宿した穢れを完全に浄化できた時、貴方は再び彼と会う事ができるかもしれません。もし望むなら深く願いなさい。彼に会いたいと」

 

 自然と、私は両手を合わせて跪いていた。もし、許されるのならばカズマさんと再び一緒になりたい、幸せな家庭が築きたい。

 

 

いつになるか分からないけれど、そんな時が来たらいいな……

 

 

 

ふふっ、カズマさん。お先に行って待ってますよ。

 

そして、今行きますからね。さより……!

 

 

 

 

「“セイクリッド・ターンアンデッド”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つの魂が天に昇っていく。

 

 そんな魂を女神エリスは掴み取る。手の中にある魂は赤く光る咎人の魂だ。しかし、その魂から未練は全く感じられなかった。どうやら、本当に彼女が語った事は本心からの言葉であったようだ。

 

「ゆんゆんさんは良い人すぎます……甘い……甘すぎます……」

 

 私は賭けに勝った。でも、ここまで上手く、且つ早く終わるとは思っていなかったし、数百年、数千年は覚悟していた。彼女はカズマさんと私と私の愛する子供の幸せを願ったのだ。こんな選択ができるのは人間の中でも極めてわずかしかいない。彼女がプリーストならば、まさに聖女と呼ぶにふさわしい人間であろう。

 

「不思議ですね。こうなったら貴方を盛大に嘲笑してやろうなんて思ってましたけど、そんな気も失せちゃいました……」

 

 彼女には本当にヒドイ事をした。私も子を持ったからこそ分かる。彼女の絶望と苦痛は耐えがたいものだ。だから、私は決して笑えなかった。笑ってはいけなかった。

 

 

 

 

 

 

「くふふっ……!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

ゆんゆんが俺の元を去った。

 

 

 その事が受け入れられずに放心する事数十分……俺はパラライズの魔法で麻痺した体をのろのろと動かしていた。そして、休憩室の一室を押し開く。そこには、酒瓶を抱いて気持ちよさそうに寝ている吸血鬼がいた。

 

「あぐっ!」

 

「あだぁ!? な、なにっ!? なにごと!? おおう!? なんであたしの柔肌を噛むのカズマ君! もしかしてグールに……!」

 

「らに……ちりょう……ぽーしょん……!」

 

「うぇ? どったのカズマ君? なになに……ああ、ポーションね!」

 

 俺の言葉を察してくれたラニアが戸棚から治癒ポーションを取り出して俺に振りかける。麻痺の取れた体をグルグルと動かして軽くリハビリした後、呑気な表情の吸血鬼にぐっと詰め寄った。

 

「ラニア、ゆんゆんがここを去った。何か心当たりはないか?」

 

「去った……? 夫婦喧嘩でもしたの?」

 

「喧嘩じゃない。でも、アイツが俺の元からいなくなったのは確かだ。何でも良いから話してくれないか?」

 

「うーん……ああっ……そういえばゆんゆんから預かってるものがあったんだ」

 

 そう言って、ラニアは自室へと駆け込む。そして、小さな封筒を持ってきて俺に手渡してきた。俺は急いで封筒を開封し、中身を確認する。封筒には、便箋一枚と魔法のスクロールが一枚入っていた。

 

「ちょうど今から一か月くらい前に、あの子が“私に何かあったらこれをカズマさんに渡して欲しい”っ言ってあたしにこの封筒を手渡してきたんだよ。彼女も人外の化け物だからいつ滅ぼされるか分からない。そのための遺書か何かだと思うんだけど……」

 

「どうやらその通りのようだ。本当にアイツはバカだな……!」

 

 便箋にはこのダンジョンからの脱出方法が記されていた。そして、ゆんゆんの思いも書かれていた。“この手紙を読んだ時、すでに私はこの世にはいないと思います”……そんなベタな書き出しから始まる彼女の手紙には、今までの事の思い出が語られ、俺への愛と感謝の言葉に溢れていた。そして、締めの言葉は先ほど聞いたものと同じような事が書かれていた。

 

 

“貴方はもっと幸せになって欲しい。それが私にとっての幸せでもあるんです”

 

 

「お前がいなきゃ意味ないだろうが……」

 

「カズマ君……? その……本当にマズイ状況なの……?」

 

「ああ、かなりな。俺は今から外に出る。可能ならアイツも回収するさ。まぁ、外に出るためにも準備は必要だ。手伝ってくれるか?」

 

「うん、任せてよ。出来ればゆんゆんを連れ戻してね? 友達に挨拶なしに滅ぶなんて人外の化け物として自覚が足りないよ!」

 

「分かったよ。出来ればな」

 

 最低限の装備を持ち、ラニアから外出用の荷物を受け取る。そして、ゆんゆんの手紙に記された愛のシェルターの一画に向かい、テレポートの魔法のスクロールを発動させた。

 そして、周囲の光景が薄暗い地下から光あふれる地上へと切り替わる。久しぶりに味わう本物の太陽の光は正に最高であった。周囲は森林地帯であり、ここからどうやってゆんゆんを探すかと思案する。そんな時、俺にとっては聞き慣れた、でもどこか懐かしい声がかけられた。

 

「カズマさん……」

 

「っ……! エリス様!」

 

「はい、私ですよ。夢や幻じゃありません。幸運の女神エリスです」

 

 微笑むエリス様に俺は一歩近づく。思いっきり抱きしめたい衝動に駆られたが、今は我慢だ。無断で俺の元を去ったあのバカを見つける必要がある。

 

「エリス様、実はゆんゆんのバカが家出しちゃいまして……アイツの事、何か知りませんか?」

 

「知っているも何も、先ほど私がゆんゆんさんを浄化させて頂きました」

 

「っ……!?」

 

「これが彼女の魂です。咎人の魂ゆえに少し禍々しい色をしていますが、彼女は未練なく“死”を受け入れたようです。絶望や恨みもなく安らかに眠っています」

 

 エリス様が差し出した両手の上に紅く輝く光球がのせられていた。そこで、俺は何もかもが遅すぎた事に気付く。ゆんゆんの肉体はもうこの世にはない。本当の意味で“死”を迎えたのだろう。

 

「まったく……こんなに小さくなりやがって……」

 

「カズマさん、浄化はゆんゆんさんの“願い”でありました。だから、私はそれを叶えた。でも、私が彼女を浄化した……殺した事実は変わりません。私を恨んだりしないのですか?」

 

「少し思う所はありますけど、決してエリス様を恨むことはありませんよ。それに、彼女に別れの言葉を告げられた時、実は薄々こうなるんじゃないかと悟ってました。でも、何故このタイミングなのか俺は分からない……後少しで俺も……」

 

 俺が思考の渦に取り込まれそうになった時、エリス様が俺の額にそっと手を当てた。そして、コクリと頷いてから落ち込む俺の頬を優しく撫でてくれた。その暖かな手に、俺は自然と手を重ねていた。

 

「今、貴方の中の“エリス”と同期、経験を共有しました。私達の元から離れて、本当に様々な事があったんですね。ふふっ、ダンジョン制作なんてやっていたのですか……」

 

「ええ、色々ありましたよ。それも、エリス様が一緒にいてくれたから出来た事です。ゆんゆんだってそれで幸せになってくれた……幸せだって言ってくれた! それなのにアイツは……! 俺がもっと幸せになれるって何だよ!」

 

「カズマさん、落ち着いて? 私がずっと傍にいますから」

 

 つい感情を荒げてしまう俺をエリス様が優しく抱きしめる。それでいくらか落ち着いた俺は今一度冷静になる。そう、ゆんゆんは自ら浄化を望んだ。彼女が幸せだと言ったのは本心からの言葉だと感じたし、俺への別れの言葉も同様に気持ちのこもったものであった。彼女が“死”という選択をした事。それは、紛れもなく彼女の願いであった。

 

「ゆんゆんさんは様々な思いの果てに自らの浄化を望むようになりました。その原因の一つとして貴方の“リッチー化”があるようです」

 

「なんでだ……? ゆんゆんの望みは俺とずっと一緒にいる事じゃないって事か……?」

 

「いいえ、ゆんゆんさんは貴方の申し出を聞いてとても喜んだことでしょう。愛する人にそこまで言われて嬉しくない女はいません。貴方を愛する私もその気持ちをよく理解できます。ですが、深く愛しているが故に許せなかったのでしょう。カズマさんが“人ならざる者”ものになる事が……」

 

「…………」

 

 エリス様の言葉を聞いて俺は黙り込む。そんな事は考えもしなかった。リッチーになればゆんゆんと一緒にいてやる事ができる。その事しか頭になかった。

 

「ゆんゆんさんは自ら進んでリッチーになったわけではありません。“仕方なく”リッチーになる道を選んだのです。本当は彼女だって人間でいたかった。人間として普通の幸せを享受したかったのです。カズマさんをリッチーにするという事は、貴方を“人間”ではなくし、人間としての幸せを奪う事を意味しています。何より、辛く厳しい自分自身と同じ境遇へ貴方を引きずり込むのが嫌だった……」

 

「…………」

 

「そして、自分自身が幸せになる事よりも、カズマさんが幸せになる事……外に残された私達が幸せになる事を願いました。自分の幸せより他者の幸せを願うのは常人ではできる事ではありません。それだけ深く貴方の事を深く愛していたのでしょうね」

 

 ゆんゆんは俺と別れる時、朗らかな微笑みを浮かべていた。そして、彼女の事を俺に刻み付けるように抱きしめ、キスをした。あの時、俺が何か声をかければ彼女の死を止められたのだろうか。考えれば考えるほど頭が痛くなり、胸が苦しくなる。むしろ、俺がゆんゆんの死を引き留めたら、彼女は幸せになってくれただろうか?

 ゆんゆんはリッチーになってから寒がりになった。そんな彼女のお気に入りの行為は俺の体で暖まる事。もし、俺がリッチーになったら彼女を暖めてあげる事はできない。一緒にいればその程度は些細な問題だと俺は思う。でも、ゆんゆんは……

 

「カズマさん、貴方にはこの“ゆんゆんさんの魂”を預けます」

 

「そう言われても……」

 

「臆さないでください。ゆんゆんさんの運命は貴方に託します。肉体も消滅し、不死の刻印まで入っている魂ですが、未練なく浄化できたので今は安定状態です。ですから、外法の類ならば彼女を復活させる事も可能かもしれません。もちろん、人としては無理ですが……」

 

 エリス様が俺の手の上にゆんゆんの魂を手渡してくる。ひんやりとした冷たさを感じる彼女の魂を優しく手で包み込みながら改めて思った。本当にコイツはバカでちょろあまな奴だ。

 

「カズマさんがいない間……約12年の月日で“私達”の状況も随分と変わりました。今の貴方にその事を話すのは酷な事です。ですから、貴方が決めてください。ゆんゆんさんを生き返らせたいならこの場を去ってください。私達はもう貴方達を追いません。そして、私と共に歩みたいのならば、私に魂を預けてください。その後に貴方がいない間に起きた事をお話します」

 

 エリス様はそうおっしゃってから俺の前から一歩下がる。そして静かに目を閉じた。そんな彼女を抱きしめたい思いもあるが、俺の手の中にはまだゆんゆんの魂がある。どちらを選ぶか、今すぐに決める事などできるわけがなかった。

 

「すみませんエリス様。俺はここを去ります。でも、まだ決心がついたわけじゃない。少しだけ一人になりたい……俺に時間をください」

 

「分かりました。カズマさんにとって悔いの残らない選択をしてください。私は貴方の思いを尊重します」

 

 そう言ってから、エリス様は光柱の中に消えた。その光景を見届けてから、俺はゆっくり歩きだす。行く当てなんかないし、目的地もない。だから、俺は森林を意味もなく歩き回る。地下とは違う綺麗な空気と穏やかな光を堪能しながら心の整理をつけていく。俺はどちらを選べばいいのかと。

 そして、ふと思い立ってテレポートの魔法を発動した。周囲の光景は森林からより太陽を感じられる綺麗な砂浜へと切り替わる。視線の先には広大な海原が広がっている。その光景を眺めながら、腰をゆっくりと下ろした。

 

「ゆんゆん、覚えてるか? ここは新婚旅行で言った海だ。あの時はお前がキスマークを俺につけまくったせいで恥ずかしい思いをしてなぁ……さよりが生まれてからも気分転換を兼ねてよく来たじゃないか……」

 

 そんな独り言に答えるものはもちろんいない。思わず、自分自身に苦笑してしまう。そして、海原をぼーっと見つめながら過ごしている俺の前に二人の女性が現れた。一人は長い金髪をポニーテールにして、純白のワンピースを着た美しい碧眼の女性。もう一人は、腰まで伸ばした艶やかな黒髪と血のように紅い瞳を持ち、何故か薄汚れてぶかぶかのトレンチコートを着た女性。どちらも、記憶の中よりも大人びた容姿と雰囲気をまとっているが、彼女達の事を見間違うわけがなかった。

 

「久しぶりだな。めぐみん、ダクネス」

 

「ええ、随分と待ちましたよカズマ」

 

「んっ……本当に久しぶりだ」

 

 トレンチコートのポケットに両手を突っ込んだ仏頂面のめぐみんと、朗らかに笑うダクネスを俺はじっと見つめる。別れる時は、それなりに怒りの感情を抱いていた。でも、今はもうそんな感情もほとんどない。俺自身、色々あったからであろうか。

 

「カズマは随分と老けた気がします」

 

「そうだな。確かに昔に比べると肌のハリがないし、何よりも昔のような覇気がない。でも、なかなか味のある顔になったじゃないか。ふふっ、もう少し老けたらナイスミドルなおじ様になるぞ」

 

「言われて見れば確かに……ほほぅ……ふむふむ……相変わらず性欲は強そうですけど……これはこれで……」

 

「それがまたいいんじゃないか。きっとテクの方も熟練で……はぅ……!」

 

 何やら興奮しながら俺の顔をじろじろとのぞき込む二人に、俺はため息をつく。何というか、こいつららしい姿に少し安心してしまった。

 

「さっきからうるせえんだよババア共」

 

「バっ……!? 失礼な! 私はまだギリギリ20代ですから! それにジジイのカズマにそんな事を言われたくありません!」

 

「そうだぞ! 私は……私は20代ではないが、体の方は20代の時で固定化されている。つまり私は20代だ。うん、何も問題ないな!」

 

「そうですね。私達はもう老いる事はありませんからね。むしろ、何だか若返った気もします。ですから、私達は17歳……永遠の17歳です……!」

 

 何やら頭のおかしい事を言い始めた二人に再びため息をつきつつも、俺は彼女達が聞き捨てならない事を言ったのを聞いた。曰く、もう“老いる事はない”と。ある程度は予想は出来ているが一応聞いておく事にした。

 

「もしかしてお前らもリッチーになったのか?」

 

「そんな事はアクアが許してくれませんよ。今の私は“天使”です。死を超越したという事に関してはリッチーと同じかもしれませんね」

 

「同じく、私も“天使”になった。エリス教を見守り、守護する側となる事が出来たのは今でも夢のような事だ」

 

 そう言って微笑むめぐみんとダクネスの背中に、白くて美しい羽が出現する。聖なる輝きを放つ彼女達は正に天使であった。だからこそ、再びため息をつく。こいつらは本当にめげない奴らだ。

 

「カズマ、私は貴方の事が好きです。そのために私は死を超越しました」

 

「私だってそうだ。お前がいつ帰って来てもいいように、お前に幻滅されないための容姿を保つために……そう考えると私達は随分と欲深い天使だな」

 

「いいじゃないですか。天使が欲を持ってはいけないなんて事、ありませんし」

 

 クスクスと笑う二人を俺はじっと見つめる。何だかんだで、俺をいまだに好きで居てくれることは嬉しかった。そして、そんな事を思ってしまった自分自身に腹が立つ。それに、ゆんゆんの幻影に脇腹を抓られたような気がした。

 

「それで、お前らは何の用で来たんだ? ただ会いに来たってわけじゃないだろ?」

 

「ええ、もちろんです。私達はゆんゆんの魂を回収しにきました」

 

「私の主であるエリス様からは待機命令が下っている。だが、今回ばかりは命令を素直に聞くわけにはいかない。これはカズマのためでも、ゆんゆんのためでもあるんだ」

 

 苦い表情をするめぐみんとダクネスから、ゆんゆんの魂を守るように懐へと入れる。エリス様ならまだしも、めぐみん達には預けたくなかった。

 

「カズマ、過去に私達がヒドイ事をしたのは確かですし、深く反省しています。でも、この12年で状況は随分と変わりました。だからこそ私はゆんゆんを生き返らせるような選択をカズマにして欲しくありません。それでは誰も幸せにならない」

 

「そうだぞカズマ。これは単に私達がお前を手に入れたいからというわけではない。エリス様からゆんゆんの死は穏やかなものだったと聞いている。出来るならそのままにしてやれ。下手をしたら、彼女をもっと苦しませる事になるかもしれないんだ」

 

 天使の囁きはゆんゆんの本当の死を望んでいる。もちろん、彼女達の瞳に狂気は宿っていない。本当に俺とゆんゆんを案じているからこその言葉なのだろう。でも、まだ決心はつかなかった。

 

「めぐみん、ダクネス。頼むから俺に時間をもう少しくれ」

 

「カズマ……」

 

「んっ……確かにこれ以上は無粋かもな。悔いのない選択をしてくれ。もう私達は何も言わない」

 

「ちょっとダクネス!? 私はまだ言いたい事が――」

 

 ダクネスが不満そうなめぐみんを引きずりながら光柱へと消える。その光景を見届けた後、しばらく海原を見つめる作業に戻る。そして、気まぐれにテレポートの魔法を使用した。

 周囲の光景は、海から街中へと切り替わる。まばらの雑踏の中に見知った顔はいないが、目に見える範囲の光景は記憶にあるものとほとんど変わっていなかった。

 

 そのまま、当てもなくぶらつき、気が付けば馴染み深い喫茶店へとたどり着いていた。どうやら、12年経過した今でも潰れる事無く経営していたらしい。ラニアから金を持たされていた事を思い出した俺は、店内に入ってコーヒーを注文する。そして、運ばれてきたコーヒーをそっと口に含んだ。

 何だか、本当に美味しくて懐かしい味であった。このままここで待っていれば笑顔のゆんゆんが現れるかもしれない。そんなバカな妄想をして思わず苦笑してしまった。

 

 そして、喫茶店の窓ごしに人々の雑踏を意味もなく見つめ続ける。それから3杯目のコ-ヒーを口に含んだ時、通りかかった一人の少女の事が妙に気になった。腰まで伸ばした綺麗な銀髪をツインテールにし、人並み外れた美しさを持つ少女が困り顔でトボトボと歩いていたのだ。それなのに、周囲の人間は彼女の事を見向きもしない。

 

 俺は急いで清算を済ませてそんな少女の後を追う。やっている事は単なるロリコンストーカーであるのだが、第六感とも言える部分が告げているのだ。彼女を助けてやれと……

 

「よう、お嬢ちゃん。何か困っている事でもあるのか?」

 

「はぁ? 急に何よアンタ? ちょっとキモいんですけど!」

 

「キモイはねーだろキモイは! 俺が親切に助けてやろうかって聞いたのに!」

 

「不審者に話しかけられても何も答えないわよ。あたしの前からはやく消えてよおっさん」

 

「おっさん……!? いや、確かにもうおっさんに片足突っ込んでるのか……」

 

 その事実に若干へこんでいるうちに、視界から少女の姿が消える。俺は慌てて彼女の姿を追いかけて引き留めた。少女は険悪な表情で警戒しながらこちらを見ている。当り前と言えば当たり前の姿を前に俺は少したじろいだ。

 

「ちょっと、いい加減にしてよ! 警察呼ぶわよ!」

 

「待て! 警察は待て! 俺はただアンタの助けになりたいだけだ! なんか困ってる事があるんだろ? 迷子になったガキみたいな表情してるからな」

 

「失礼な! あたしはもうガキでもないし、迷子じゃないわよ!」

 

「安心しろって……俺はエリス様に認められた優しさの持ち主だぞ?」

 

 少女は俺の言葉を聞いた後、何故か鼻をスンスンと鳴らす。それから、険悪な表情を驚愕の表情に変えて俺の事をじっと見つめてきた。

 

「嘘……! おか……女神エリスの恩寵持ち……!? こんな人間初めて見た……アンタって見かけによらず聖人か何かなの……?」

 

「似たようなもんさ」

 

 俺はフフンと胸を反らした。聖人では決してないが、勘違いしてくれたのなら都合がいい。というか、俺が貰った恩寵に気付けるとは、この少女もたいしたものだ。そういえば、この子はエリス様に随分と似ている子だ。

 この銀髪といい、人を超越したような美貌といい……ん……んっ……!? いや、そんなわけはない! 偶然だ……偶然に決まってる!

 

「へぇ、認めたくないけどエリス教の聖人なのは確かね。それなら別にいいか。実はあたし、落とし物を探してるのよ。大切なものだから早く見つけたいの。一緒に探してくれない?」

 

「あ……ああ、任せろ」

 

「何よ、府抜けた顔しちゃって? もしかしてあたしの美しさに見惚れちゃった? いくら聖人のおっさんでも、あたしの体に触れたらぶっ殺すわよ?」

 

「何言ってんだマセガキ! そんな事はもう少し育ってから言え。とにかく、困ってるなら助けてやるさ」

 

「だからガキじゃないから! 学校だってもうすぐ卒業するんだからね!」

 

 ぷんすか怒る少女を微笑ましく思いつつも、彼女の落とし物とやらについて詳しく聞く。探しているのは銀製の小さな指輪、ステータスアップの魔法が刻まれたかなり高価なものらしい。それは俺にとっても馴染み深い指輪であった。これもまた偶然。そう言い聞かせながら、俺は地面に落ちていた木の枝を手に取った。

 

「よし、この木の枝の倒れた方向に進むぞ」

 

「ちょっと、もしかしておっさんって頭がかわいそうな人なの?」

 

「バカみたいに見えるがこれも立派な捜索方法だ。なんせ、俺は運が良いからな!」

 

「なるほど、恩寵持ちのエリス教徒だし幸運なのは確かね。それに運に頼るにしてもこんな原始的な方法は盲点だったわ……」

 

 何やら感心している少女に、俺は真面目な表情で頷く。決して、捜索方法何て分からず、運頼りのヤケクソに出たわけではないのだ。

 そして、銀髪の少女とともに木の枝が倒れる方向に進む作業が始まった。周囲から少しだけ変な目で見られはしたが、気にしてなんかいられない。そのまま運任せの方法を続けて半刻ほど経過した時、木の枝がとある方向にしか倒れなくなった。

 

「おっさん、どうやらこのドブ川の中みたいだよ?」

 

「おう、そうだな。というわけだから取ってこい!」

 

「はぁ……!?」

 

「分かった! 俺が行くからその顔はやめろ! 何故か滅茶苦茶心にダメージ受けるんだよ!」

 

「まったく、初めからそう言いなさいな」

 

 微笑みながら生意気な事を言う少女にピキリと来たが、手を出すのだけは勘弁しといてやった。でも、次にそんな態度を取ったらチョップしてやろう。そう心に決めて俺はドブ川へと降りる。

 

 そこからは、泥だけになりながら川の底をさらう。途方もない時間がかかるのではいかとげんなりしていたが、件の指輪は僅か5分程で見つかった。そのまま、しばらく指輪を眺め続ける。俺がゆんゆんに渡したものと全く同じものだ。懐かしさで俺の疲れた心も暖まる。彼女はこれを本当に大切にしてくれていた。

 

 そんな穏やかな気分になりながら、俺は川から這い上がる。そこには、申し訳なさそうな顔をした少女が待っていた。そんな彼女に見つけた指輪をそっと手渡した。

 

「その……本当にありがとうございました……」

 

「なんだ? さっきの生意気な態度とは随分違うじゃないか」

 

「すみません。実は貴方が本当に見つけてくれるか半信半疑でした。それに、貴方は認識阻害を潜り抜けて私に近づいた。さっきまで凄く警戒していたんです。でも、ここまでされたら御礼を言わないわけには行きません。本当にありがとうございます」

 

「うんうん、素直に御礼が言えるのは良い事だぞクソガキ!」

 

「もう、そんな事言わないでください! 学校はもう少しで卒業するから私は大人です!」

 

 顔を赤くしてプンスカ怒りながらも、少女は俺にピュリフィケーションの魔法をかけてくれた。泥だらけになったズボンや靴も新品同然に綺麗になる。どうやら、彼女はプリーストでもあるようだ。

 

「こんな事が御礼になるか分かりませんが、少し面白い事を話して上げます。実は、私はあの女神エリスの娘……見習い女神の“レイカ”と申します。以後お見知りおきくださいね」

 

「はっはっは! そうなんだ凄いねー」

 

「ふふっ、はしたない姿を何度も見せましたし、流石に信じてもらえませんか。でも、この事は内緒ですよ?」

 

 片目を瞑り、こちらに向かって満面の笑みを浮かべる少女から俺は目を離せなかった。女神エリスの娘……その事を疑ったりなどしていない。彼女の無意識に放つ神気と神々しさは正に女神という他なかった。それはアクアやエリス様と深く関わって来た俺だからこそ感じられるものだ。

 何より、彼女の容姿や雰囲気はエリス様の面影が多くある。そして、俺の中の何かが彼女はエリス様の娘だと訴えている。だから、聞きたかった。

 

“父親は誰なのか?”と。

 

 でも、聞く事なんてできない。俺の名が出る事が怖い……俺の名が出ない事が許せない……!

 

 

だから――

 

 

 

「やっと見つけた! 随分探したんだよレイカちゃん!」

 

「あっ……ごめんごめん。そういえば放置しちゃってたね……」

 

「もう! 私のために探してくれたのは嬉しいけど、心配したんだから!」

 

「うん、ごめんね。でも、落とし物はちゃんと見つけたよ! はい、もう落としちゃダメだからね!」

 

「っ……! 本当に私の……! ありがとう……ありがとね……!」

 

 

 レイカと名乗るエリス様の娘が指輪を別の少女へと手渡す。その光景を目にしながら、俺は放心していた。これから先、俺はどう生きれば良いのだろうか?

 

「お礼ならこっちのおっさんに言ってあげて。彼が見つけてくれたのよ」

 

「そうなんですか!? えと……その……あっ……ありひゃとうほひゃいまひゅ!」

 

「ちょっと何言ってるの!? ほら落ち着いて、目線は相手の目より少し下を意識して……目を見たらアンタは上がっちゃうんだから……」

 

「うん……改めて御礼を言いますね。お兄さん、私の落とし物……大切な母の形見を見つけてくださってありがとうございます!」

 

 満面の笑みを浮かべながらペコリと頭を下げる少女に俺はどう答えていいか分からなかった。でも、目が離せない。この二人から視線を逸らす事が全くできない。

 

「お姉ちゃん、いきなりの事でおっさんも放心しちゃってるよ? ほら、ちゃんと自己紹介して……」

 

「そ、それを先に言ってよ!」

 

 顔を真っ赤にしながらレイカに掴みかかる少女を俺はじっと見つめる。ああ、似ている。どうしようもなく似ている。これはもう言い逃れが出来ない。こんな事が許されるのか……そんな事があっていいのか……

 

 

「えと……レイカの姉である“さより”です。今回は姉妹共々お世話になりました。御礼は言葉くらいしか差し上げられません。ですから、もう一度言います。本当にありがとうございました!」

 

「そうか……“さより”か……珍しい名前だな……」

 

「変な名前って思わないでくださいね? 私は見ての通り紅魔族なんです」

 

「そういう事だから、お姉ちゃんの名前に関してツッコミ入れないでね? それと、あたしとお姉ちゃんの事を聞くのも禁止! まぁ、見ての通り複雑な家庭事情って奴よ。という事であたし達はもう行くわね。縁が合ったらまた会うかもねー」

 

 そう言って小さく手を振るレイカと、ペコペコ頭下げるさよりという少女は楽しそうに会話をしながら俺の前から消えた。残された俺はふらふらとした足取りでその場を去った。

 

 

 そして、どれくらいの時間が経ったのであろうか。気が付けば周囲は夕焼けに染まっていた。夕日を浴びながら、俺は大きな木の根元に深く座り込む。目の前には懐かしき屋敷の姿があった。そこで、懐からゆんゆんの魂を取り出して眺める。穏やかに揺らめく姿が少しだけ羨ましかった。

 

「なぁ、ゆんゆん。俺のせいか?」

 

 ぼそりと呟いた俺の言葉にもちろん反応はない。でも、ぐちゃぐちゃとしてパンクしそうな頭は収拾がつかないほど混乱していた。何でも良いから、吐き出して楽になりたかった。

 

「俺がお前と逃げたから……お前を外に連れ出さなかったから……ダンジョン作ろうなんて言ったから……エリス様の恩寵を意地をはって使わなかったから……だからお前は……! ごめん……ごめんな……!」

 

 謝罪の言葉にも反応はない。当り前だ。もう彼女は死んだ。でも、彼女を蘇らせようという気も起きなかった。彼女が事実を目にしたら確実に壊れる。俺のせいにするなら、俺に怒ってくれるならいい。でも最悪の場合……

 

 

 

 

 

「なぁ、ゆんゆん。俺はどうすればいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単よ。私に任せなさいな」

 

 

 

 

 突然かけられた声に俺は顔をゆっくりとあげる。そこには、見慣れた青髪を風になびかせるアクアの姿があった。彼女の顔を見て、俺はついに我慢ができなくなった。今まで溜め込んだ感情や何もかもがボロボロと流れ落ちる。いくら拭っても止める事ができなかった。

 

「何泣いてるのよ」

 

「うるせぇ……!」

 

「もう、アンタは相変わらずなんだから」

 

 アクアは苦笑しながら、俺の目から流れ出る何かをハンカチで拭く。そして、優しく背中を撫でてくれた。それでも、止まらないものは止まらない。彼女は小さく溜息を吐いた後、俺に右手をそっと差し出した。

 

「ねぇ、カズマ。ゆんゆんの魂を私に預けてくれない?」

 

「っ……!」

 

「大丈夫、私が何とかしてあげるから」

 

 優しく囁くアクアに俺は抗えなかった。もう、あまり考え事はしたくない。アクアやエリス様に抱きしめて貰いたい。安心感と癒しに包まれながら一休みがしたい……

 

「ん、確かに預かったわ。安心しなさいな、悪いようにはしないわ」

 

 気が付けば、俺はアクアにゆんゆんの魂を手渡していた。そして、アクアはゆんゆんの魂を両手でそっと包み込む。そのまま祈るように目を瞑った後、彼女は手をゆっくりと開いた。

 アクアの手の中にはもう何もなかった。何が起きたか理解できず、アクアを問いただそうとした時、彼女は俺の目をまっすぐ見つめながらぽつりと呟いた。

 

 

「ほっとしたでしょう?」

 

 

 そう言われて初めて、俺の心の中に広がる感情の正体に気付いて自分自身に怖気が走る。そして、ここに来て必死に抑えつけていたゆんゆんを失った喪失感と悲しみが一気に押し寄せる。もう何もかも限界であった。

 

 

「カズマさんカズマさん、泣かないで? 私もエリスもめぐみんもダクネスも貴方の傍にいる。これからはずっと一緒よ……」

 

 

 俺の事をアクアが優しく抱きしめてくれる。俺自身も彼女に必死に抱き着きながら荒れた感情を慰める。なんだかんだで、アクアの傍は安心できる。

 

 

「大丈夫……大丈夫よカズマ……」

 

 

 彼女が与えてくれる安心感に身を包まれながら俺は疲れた体を癒していく。本当にたくさんの事があった。絶望して、希望を見出して、再び絶望して……それでも這い上がって俺は幸せを手に入れた……彼女に幸せを感じさせる事ができた。それに、嘘偽りはない。俺は出来るだけの事をやった。

 

 

だから俺は――

 

 

「もういい……もういいのよカズマ……」

 

 

アクアが俺の事をぎゅーっと抱きしめる。そして、耳元でそっと囁いた

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう頑張らなくていいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はエピローグ

夢の女神、エンジェルハーレムですねぇ……


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エピローグ

長いです
展開上オリキャラ(カズマの娘)多めなのでオリキャラ注意!

そして、胸糞注意! 観覧注意! 今更過ぎるけどNTR注意!



胸糞注意! 観覧注意! NTR注意! 




 

人は愛する者を失った時、どのような反応をするのだろうか?

 

 

 むせび泣く者、茫然自失となる者、自分を責め続ける者、後を追う者、穏やかに微笑む者、先に行って待っていてくれと思う者、これも運命だと受け入れる者。実際にどのように死を受け取るかは個々の性格と状況によって様々だ。

 

 私は女神としてそんな人間達の“死”を見守って来た。正確に言えば、死んだ本人を案内する事を職務としているため、実は現世に残された人間の事は管轄外と言える。

 しかし、お節介と少しの興味本位から愛する者を失った人間に接した事は過去にあった。

 とは言っても、彼らの悲しみを観察したり、エリス教徒を使っての宗教勧誘程度しかしていない。まぁ、宗教は一種の救いになる事は私自身理解しているので、この事に関して決して疚しい気持ちなどはない。ないったらない。

 とにもかくにも私は女神という役割上、人の死についてよく知っていた……専門家を自称してもいいぐらいには経験を積んでいたのだ。

 

 

 では、カズマさんが愛する者を彼にとって後腐れなく消すにはどうすればよいだろうか?

 

 

 すぐさま殺して悲しむカズマさんを慰める。それが一番楽な方法であることは間違いない。しかし、これにはデメリットも多くある。突然の死、理不尽な死で愛するものを失った人間はその悲しみを引きずりやすい。人間の中には自分の天寿を全うするまで悲しみを持ち続けるものは多くいたし、中には操をたてるという者もいた。

 もう一つは、復讐という狂気に囚われる者。理不尽を押し付けた人間や組織、社会に自分の命や人生を削ってまで仕返しをする。成功しても失敗しても、この考えに至った人間は救われない。その多くは悲惨な末路をたどる事になった。

 これらのものと同じような事にカズマさんがなってしまうのは私自身嫌であった。彼がどのような反応を示すかは未知数であったが、基本的にやられたらやり返すを信条とするカズマさんは復讐にはしる可能性がないとは決して言えなかった。

 私は彼との幸せな生活を……出来れば結婚を望んでいる。私より亡くなった人間の事を考え続けるなんて許せるはずない。カズマさんには死んだ人間より、今を生きる私の事を考えて欲しいのだ。

 

 このような突然の死は人間達にとって受け入れにくく、後に引きずりやすい。だが、理不尽な死であったとしても受け入れやすく、悲しみを乗り越えやすい“死”がある事を私は経験上知っていた。

 そんな死は病死や老衰と言ったもので起きやすい。それらの死には時間的猶予があり、残される配偶者などは死にゆく者に幸せや思い出を残して上げようと頑張り続ける。その間にお互いが死にゆく運命を悟り、死を受け入れる。そして、穏やかな死を与える事が彼らの幸せとなり、悲しみに対する立ち直りも比較的早い。

 もちろん、これらの死であっても悲しみを引きずるものは多いが、孤独を求めるような事はしない。愛する者に幸せを与えようとする過程で人に頼ったり、援助者の力を借りるからだ。むしろ、“慰め”や“新たな幸せ”を与える余地が生まれる。

 そんな考えを頭において私はゆんゆんさんを消す作戦について考え続けた。疫病をゆんゆんさんに植え付ける事も考えたが、怒りの矛先が私やアクア先輩に向く可能性があったので却下。ゆんゆんさんを他の男に惚れさせるという案もカズマさんの動向がまったくもって予測できず、下手したら彼も狂気に染まる可能性もあったため却下。色々悩んだが答えは出なかった。だが、私が求めているものは最初から分かっている。

 

 

ゆんゆんさんの存在をこの世から消し去りたい。

 

 

 長々と考えても私がやるべき事は変わらないのだ。しかし、最善は尽くすべきだろう。カズマさんにとって後腐れなく、悲しみを引きずらず、私との新たな幸せを受け入れやすい状態にした上でゆんゆんさんを殺す。考えるだけでは簡単だが、実行に移して成功させるなんて、とてもじゃないが無理だ。でも最終目標は定まった。

 

 

カズマさんの中でゆんゆんさんを“終わらせる”

 

 

 愛する人を失った時、残された者には愛する人の思いや記憶が残る。その記憶は美化されたり、時間を経過すればするほど思いは熟成される。場合によっては、死んだ者の記憶や思い出が誰にも塗り替えようがない愛へと変わる事がある。そんな事を私は絶対に許さない。今をカズマさんと生きる私より、死んだ者の方が愛されるなんてごめんだ。私は彼の一番になりたい。だからこそ、ゆんゆんさんをただ殺すのではなく、“終わらせる”必要があった。

 

 そのような事を踏まえて私の作戦は実行された。まずは、ゆんゆんさんの殺害とさよりちゃんの誘拐。下手人はどうしようもないクズを使い、実行後は存在を抹消した。これでカズマさんの復讐心の行き場を無くして復讐鬼となる事を抑制。私自身も彼を援助して心の安定を与え、“慰め”と“安らぎ”を提供して私への愛を更に深めさせる。

 ちなみに彼女がリッチーになる事は想定外とも言えるし、想定内とも言える事だった。彼女が禁呪を熟知している事は把握していたが、それを使うかどうかは運頼みであった。もちろん、私の“飼い犬”を使って使うように誘導したのだが、結果的にそれは成功したと言える。

 

 そして、さよりちゃん捜索の安定期に私は一気に仕掛けた。特に、ゆんゆんさんが娘の死をカズマさんに隠した事は私にとって僥倖と言えた。ゆんゆんさんは思いを溜め込むようになり、私とカズマさんの愛し合う姿をあえて見せつける事で精神を狂気へと駆り立てる。ここで発狂してカズマさん殺害や、私への傷害行為に発展した場合は最短で彼を手に入れる事も可能だった。

 だが、ゆんゆんさんは耐えた。どうやら、自分を責める事で心の安寧を何とか維持できたようだ。もちろん、ここで私は止まるわけがない。作戦初期から行っていた“夢”でめぐみんさんとダクネスの狂化に成功。ある程度のマインドコントロールが効くようになり彼女達は私の駒となった。同時期に私はカズマさんとの“愛の結晶”を授かった。

 

 これは私の夢であり希望であった。私の子供には様々な思惑が含まれているが、一番の理由は私も子供が欲しかったという単純な理由だ。例え彼を永遠に失う事になっても、彼との子供がいるならば私は幸せになれると確信していた。

 だが、私はその愛する子供を最大限に利用した。本当に最低な女神でもある。しかし、そんな事をしてまでも、私はカズマさんを……全てを手に入れたかったのだ。最低な私は身重となった体と彼との浮気をゆんゆんさんに見せつける。案の定、彼女は現状に気付いて精神的に病み、そこに狂化しためぐみんさんとダクネスをけしかけた。

 

 めぐみんさん達の狂った姿と、女神として救いの姿勢を貫いた私とではカズマさんの受けた印象も大分違うだろう。ともかく、カズマさんはゆんゆんさんとの逃亡を選択して作戦の第一段階は完了となった。思い返して見ても、どれもこれもが運に左右されやすく、想定外が起こりやすい無茶苦茶な作戦だ。

 しかし、それを私は乗り切ってほぼ予定通りに成功させる事ができた。勝因の一つは正に私が幸運だったことであるが、もう一つは彼らの事を熟知していたという事だろう。私は彼らをずっと見守って来た。カズマさん、ゆんゆんさん、めぐみんさん、ダクネス……全員の行動予測がある程度できたからこそ、この結果が得られたのだ。

 

 そして、作戦の第二段階。これは無限とも言える分岐があり、私の望み通りには決していかない事は私自身が理解していた。まず、ゆんゆんさんの逃亡場所を特定出来ていなかった事が不安要素の一つであった。彼女が何処かに監禁用具や食料など、様々なものを運び込んでいたのは把握していたし、以前のめぐみんさんと同じように監禁施設の建造をしているのは分かっていた。

 しかし、強固な精神プロテクトで彼女の脳内も覗けず、肝心の施設も秘匿されて場所を特定できない。それでも、彼女がそこに逃げ込む事は予想がついていた。下手をすると何百、何千年もカズマさんを待つ事を覚悟していたのはこれらの事が原因の一つと言える。

 そのような事にならないために、私はカズマさんとの子供の存在をゆんゆんさんに暗にアピールした。彼女の気質は基本的には善人だ。娘の死を隠して自らを追い込んだように、私の子供の存在を彼に隠して破滅へと向かう可能性は考慮していた。私の子供から父親と家族としての幸せを奪う事の負い目と後悔は彼女の精神を着実に蝕んだようだ。上手く行けば彼女を自殺に追い込む事やカズマさんを自発的に解放させる事ができる。

 もちろん、カズマさんにも保険はかけていた。閉鎖空間での暮らしにおいての精神的安定と、私への愛を更に深めてもらうために女神の恩寵を彼に与えた。何か最悪の事態が起こったとしても、“代行契約”によって自分で窮地を脱出できるようにもした。このように出来るだけの事はやったつもりだ。

 

 それでも、これらの策はゆんゆんさんが“開き直れば”全て無に帰す。私の子供の事やカズマさんの気持ちをかなぐり捨てて“自分の幸せ”を求めていたら、私が彼女の居場所を見つけるまでは勝利者となるのはゆんゆんさんであった。

 ゆんゆんさんの善性と自分の分身に望みを託す。こんなにも、運頼みで分の悪い賭けは本来なら絶対にすべきではない。しかし、この賭けに勝ったら私は“全て”を手に入れる。その誘惑に私は負けてしまった。

 

 作戦が上手く行ったらどうなるか……それは私が何度も夢見た光景だ。まず、カズマさんにはゆんゆんさんと穏やかな日々をしばらく過ごしてもらう。そして、ゆんゆんさんが私の子供の存在を隠している事やカズマさんを監禁している事に負い目を感じ始める“潮時”になった時、カズマさんに彼女を幸せにするように働きかける。

 カズマさんの頑張りと愛で幸せを手に入れたゆんゆんさんは、カズマさんをこちらへ引き渡し、私達“家族”にとってもはや邪魔者となった自分自身の死を受け入れる。そして、カズマさんはゆんゆんさんに穏やかな死を与える事が出来た事に満足し、悲しみをあまり引きずる事無く私達と幸せになる道を選ぶ。こんな夢物語を私は夢想していた。

 もちろん、これが実現できるように私の分身を最大限に活用する事にした。実は私の分身の真の使命は代行契約などではなく、カズマさんがゆんゆんさんに幸せを与えるように働きかける事、彼がゆんゆんさんの元を離れないように精神的なサポートと一種の誘導を行い、彼が彼女を幸せにするまでの時間を稼ぐ事にあった。

 

 

だが、こんな夢物語が上手くいくわけがない。

 

 

 精神を病んでしまったゆんゆんさんがカズマさんを永遠に監禁する可能性、想定よりも早く外界へと出る可能性、カズマさんを巻き込んでのヤケクソの自殺をする可能性、カズマさんをリッチーなどのアンデッドにして私と敵対する可能性……考えれば考えるほどキリがない。

 

でも、終着点は変わらない。

 

私は全てを手にれる。

 

 

 だから、私は祈った。どうか、カズマさんが私の元に戻るように、ゆんゆんさんが彼に痕跡を残さずに綺麗に死んでもらうように。愛する“子供達”と共に私は祈り続けた。

 

 

 

「まさか、夢見ていたものより良い結果になるとは思いもしませんでした」

 

 

 

 私は祈りを止めて一人ほくそ笑む。無人のエリス教会には私の行為を咎めるものはいない。そのまま、くつくつと笑いながら懐から一通の手紙を取り出す。それは、ゆんゆんさんが家族に向けて書いたもの。

 その手紙に魔法的な仕掛けや小細工がないか神眼を駆使しながら確認し、手紙の内容も改めて読み込む。そこには、カズマさんと過ごした楽しくて、ちょっぴり憂鬱な、それでも幸せだったという逃亡生活の内容が綴られていた。そして、自分を育ててくれた両親への感謝の気持ちと、先に天に召される事への謝罪の言葉があった。

 何より重要なのは、カズマさんが地上に出た後の行動について怒らないで欲しい、彼の好きにさせて干渉をしない、私の事で彼を責めないで欲しいという注意や、彼が別の女性と結ばれる事になっても祝福して欲しいという嘆願が記されていた。ゆんゆんさんはカズマさんの更なる幸せを願ってこのような手紙を書いたのだろう。

 まさか、こんなにも私が有利となる置き土産を残してくれるとは驚きだ。想定外すぎるアフターケアに満足を通り越して滑稽にすら思えてくる。あの女は本当に善人で尚且つ甘すぎると私自身思う。まぁ、そんな彼女の善性を利用した私にとやかく言う資格はない。

 

 それでも、この手紙は私にとって本当に僥倖といえた。実は、紅魔の里のゆんゆんさんの両親との関係は良好とは言えない。ゆんゆんさんの逃亡後、エリス教、アクシズ教の両宗派が彼女を“神敵”として指名手配したのも原因の一つだが、さよりちゃんが見つかった際に親権争いで揉めに揉めたのだ。

 さよりちゃんの“母親”に私がなる事はカズマさんを手に入れる事と同程度に重要な事であった。本来なら、恋敵の子供という憎むべき対象を私は深く愛してしまっていた。ゆんゆんさんの留守の合間に私は彼女に接触し、我が子のように愛撫したし彼女の母親が自分でない事が苦しくてたまらなかった。

 ゆんゆんさんを殺す覚悟はあっても、彼女を害するなんて考えられない。だから、私は彼女をゆんゆんさんから奪った。この選択をした事に後悔はない。

 だが、私も自身の子供を授かった事で、女神的にも人間的にもどうしようもない事をしている事を嫌でも理解させられた。それでも、後悔はやはりない。あの子は“私の子供”だ。

 それでも、私にだって罪悪感はある。さよりちゃんは我が子として育てたが、自分が本当の母親ではない事は話していたし、産みの母の形見としてあの指輪を持たせた。もちろん、ここには語るに尽きない苦労があったが、アクア先輩とめぐみんさん、ダクネスの協力で彼女は今も不自由なく幸せに暮らしている。

 

 そんな、さよりちゃんの親権争いは実に苛烈なものになった。当然、法律上も心情的にもゆんゆんさんの両親が引き取るのが当然であった。しかし、私は“保護”を名目に彼女をエリス教の預かり……もとい私が引き取れるように画策した

里の住人やゆんゆんさんの家族を“善良な一般人”や私が準備した“どうしようもないクズ”に犯罪ギリギリの陰湿な嫌がらせをさせて、さよりちゃんを養う環境や資格がない事を強制的に理解させた。

 また、エリス教やダスティネス家の力を使って公的機関にも圧力をかけたりと、かなり後ろ暗い手段を使っている。おかげで紅魔の里とは敵対中であるし、ゆんゆんさんの家族との関係は最悪だ。

 そんな親権争いの切り札にこの手紙は成り得る。実の娘からのメッセージは彼らにも大きなダメージとなるだろう。おまけに、カズマさんとの仲まで応援してくれるとは、本当に至れり尽くせりだ。

 私はその手紙をしっかりと元の状態に戻し、先ほどから目の前をそわそわと行ったり来たりしていた天使に手渡した。

 

「ダクネス、この手紙を今すぐ届けてください。その後は私と同じ場で待機です」

 

「分かりました。しかし、待機命令ですか!? 貴方様の話が本当ならそれはできません! 私もカズマに……!」

 

「焦る事はありません。時間はたっぷりとありますし、私と待てばいいのです。カズマさんは必ず私の元に来るのですから」

 

「エリス様……それでも私は……!」

 

 ダクネスは手紙を受け取ると、私の元から逃げるように飛び去った。まぁ、彼女も場をわきまえない妙な行動には出ないはずだ。放置しても問題ないだろう。そんな事を浮かれた心で考えながら私は再び祈りを捧げた。彼に私の子供達の事を話したら、彼はどのような反応を示すだろうか……私が彼を求めたらきちんと応えてくれるだろうか……!

 作戦は最終段階へと移行した。正直言ってもはや消化試合。後は彼の心の中にあるゆんゆんさんを“終わらせる”だけ。

 

 

「待っていますよ……カズマさん……」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 窓から淡い光が差し込む夕暮れ時、俺はアクセルの街の屋敷のソファーに深く腰掛けていた。懐かしい屋敷の室内はなんだか生活感溢れるものになっていた。昔と大まかな部分は変わっていないが、小物や本棚の数が増えている気がする。アクア達は相変わらずこの屋敷で暮らしていたようだ。

 そして、リビングから見える台所に目を向けると、艶やかな青髪が機嫌良さそうに揺れていた。物凄く情けない話なのだが、俺はアクアの姿を見て安堵してしまうらしい。ほっと息をつきながら、俺はソファーで小さくなって彼女を待つことにした。

 

「はい、紅茶淹れたわよ。熱いし私がふーふーしてあげよっか?」

 

「いらねーよアホ……」

 

「素直じゃないんだから」

 

 ヤレヤレといったように苦笑するアクアを半目で見つつ、俺は彼女の差し出したティーカップを受け取ってゆっくりと口に含んだ。暖かな液体が体に染み渡るように浸透する。その懐かしい味に俺は嘆息した。

 

「お湯なんだが……」

 

「あれ!? そんなはず……あっ……ああっ! あれよ! アンタの気分を和ませるためにわざとやったのよ! なんだか懐かしい気分になってきたでしょ?」

 

「そうかい……まぁ確かに懐かしい気分だ……」

 

「ふふん、そうなの。私は気遣いが出来る女神よ! それに弱ったアンタを慰めるのは私の役目だからね!」

 

 俺はアホな事を言い出したアクアをしばらく見つめる。彼女はそんな俺の視線に気づいたのか朗らかな笑顔を浮かべて見せた。俺はアクアに聞きたい事や話したい事がたくさんある。悩んだ末に、俺は最初に聞くべき事を口にした。

 

「なぁアクア……ゆんゆんの魂はどこにやった……?」

 

「アンタには教えられない。とにかく、“ゆんゆん”として蘇る事や転生する事はもう不可能よ。静かに眠らせてあげるのが彼女にとっての安らぎ。それはアンタ自身も分かっているでしょう?」

 

「でも俺は……」

 

「自分を責めるのはやめなさい。私も事情はめぐみんから少し聞いてる。エリスはゆんゆんの処遇をカズマに任せたそうね。でも、それはアンタの自己決定を尊重しているようで、実態は全然違う。どちらの道を選ぶかなんてあの女神にはお見通しよ。むしろ自分を選ぶように心理的誘導もしているわ。アンタ自身に選ばせれば誰も文句が言えない……本当にあの子は腹黒な女神ね……」

 

 アクアの話を聞いて俺は押し黙る。事実として、ゆんゆんの魂はアクアの管理下にあるらしい。そして、蘇生なども決してできない事も理解する。俺は人の生き死にに関してはアクアとエリス様に絶対の信頼を置いている。彼女達が不可能だと言うのなら本当に不可能なのだろう。

 胸がギリギリと痛むような悲しみが俺を襲う。ゆんゆんは俺の嫁で……妻で……家族で……愛した女性だ。今でも、脳裏には彼女と過ごした幸せな日々や思い出、去り際に残した儚い微笑みが鮮明に焼き付いている。昨日まで言葉を交わし、愛し合った女性と二度と会えないという事実が本当に辛くて悲しくて仕方がなかった。

 でも、心の片隅で少しだけほっとしている自分がいるのも分かる。この悪辣な感情の事など考えたくなかったし、正体を知りたいとも思わない。だから、俺はひたすらに悲しむ事だけに専念した。

 

「アンタがゆんゆんの魂を私に託した事は英断よ。以前も言ったと思うけど、迷っている時に出した決断はどっちを選んだとしても後悔するものなの。だからこそ、楽な方に……この慈悲深くて優しいアクア様に頼っていいのよ」

 

「っ……!」

 

「また泣いてるの? まったく、アンタにはやっぱり私がついてないとダメね」

 

「泣いてねぇよ……バカアクア……」

 

「虚勢はらないの」

 

 袖で顔をふこうとする俺の手を制し、アクアがハンカチで顔を拭いてくる。俺はしばらくされるがままになった後、もう一つ聞かなければならない事を口に出そうとして言い淀む。自分自身、あの事を聞くのが怖くてたまらなかった。それでも、意を決して言葉を口にした。

 

「アクア、もしかしてさよりは……そしてエリス様の子供は……!」

 

「それは私からは言えない。いや、私が言うべきじゃないわ」

 

「…………」

 

「カズマも落ち着いたようだし、私の役目もとりあえずは終わり。だから、エリスの所に行きなさい。そこでアンタの知りたい事も全部わかるわ」

 

 穏やかな表情を浮かべながら、アクアはティーカップを片付けてから、俺の顔を軽く濡れたタオルで拭き、俺の髪と服装をテキパキと整えていく。そして、満足げに頷いてから俺を押し出すようにして屋敷の外へと追いやって来た。

 

「エリスの場所は言わなくても分かるでしょう?」

 

「ああ……」

 

「そう、ならいいわ。落ち着いたら、また話しましょう? 私だって、聞きたい事がいっぱいあるんだからね」

 

「俺だってお前には色々と話したい事があるんだ。覚悟しておけよ?」

 

「ふふっ、そうしておくわ。それじゃあ……いってらっしゃいカズマ」

 

 元気そうなアクアの声に対し、俺は後ろ手に手を振って答える。向かうはエリス様が待っている場所。彼女の居場所はなぜだか自然と分かってしまう。これも恩寵の効果なのかとぼんやりと考えながら歩き続けた。

 そして、アクセルの街のまばらな雑踏を抜け、割と豪奢なエリス教会へとたどり着く。教会の扉を押し開くと、いつかの逢引の時と同じように祭壇の前で人間離れした美貌と美しい銀髪を誇る女神……エリス様が待っていた。

エリス様は俺の姿を見て、満面の笑みを浮かべる。そんな彼女に吸い寄せられるように俺は足を進めた。

 

「カズマさん、私を選んでくれたのですね」

 

「…………」

 

「私とした事がお恥ずかしい……ゆんゆんさんの魂の処遇の方が先ですね。では、魂をこちらに……」

 

「アイツの魂ならアクアに渡しました。エリス様のお手は煩わせませんよ」

 

「アクア先輩に!?」

 

 驚いた表情を浮かべるエリス様は何やら俺の事をじっと見つめてきた。そして、安心したようにほっと息をついてから俺の手を両手で包み込む。俺はというと彼女の真剣な眼差しを真っ向から受け止めていた。そして、彼女は何かを察したようにコクリと頷くと、俺と共に近くの長椅子へと腰かけた。

 

「アクア先輩に魂を渡した事は想定外でしたが、ゆんゆんさんとの別れは済ませたのですね。きっと、貴方の心の中では今回の事は一つの節目となるでしょう。だからこそ、これからの事を考えてください。過去の思いやお話は私が後でしっかりと聞きますから」

 

「エリス様……」

 

「カズマさんが極度の混乱状態にあるのは見ていて分かります。私に聞きたい事があるなら何でもおっしゃってください。全てお答えしますよ」

 

 優し気な微笑みでこちらを見つめるエリス様に俺はたじろぐ。あの子供たちに関して、俺ははやく真実が知りたかった。緊張と不安で破裂しそうな心を宥めつつ、彼女にゆっくりと問いかけた。

 

「昼頃、見習い女神のレイカって女の子に会ったんだ。自称エリス様の子供らしいけど、本当なんですか……?」

 

「っ……!? そんな偶然が……! いや、今はそんな事は置いておきましょう。とにかく、レイカとはもう会ったのですね。あの子は私の子供……愛する我が子です」

 

 エリス様は笑みを更に深める。彼女の表情はいつか見たゆんゆんと同じもの、母親としての表情を浮かべていた。俺はそんなエリス様に思わず見惚れる。夢の中で出会う彼女がこのような顔を浮かべた事はなかったからだ。

 思わず伸ばしそうになった両手を引っ込め、俺は頭をぶんぶんと振る。まだ重要な事を聞いてないからだ。

 

「あの子の……レイカの父親は誰なんですか……?」

 

「そんな事はもう心の中でお分かりでしょう? カズマさん、貴方が父親です。レイカは私とカズマさんの愛の結晶です」

 

 俺が父親。その言葉を聞いて俺は心から安堵する。そんな自分に対しての嫌悪感や罪悪感はとてつもないものであるが、あの子の父親であった事の喜びの方が勝っていた。

 もちろん、エリス様がいつ妊娠したかは察しがついている。彼女との不倫をしていた時、俺は随分と好き放題な事をしていた。そんな自分の屑さに我ながら怖気が走る。あの時はエリス様が女神だからという意味不明な理由で避妊なんて全く考えていなかった。

 

「俺とゆんゆんが逃げる時、すでに妊娠していたって事ですよね。何で言ってくれなかったんですか?」

 

「私だって言いたかったです! 本音を言えばゆんゆんさんから貴方を奪い取りたかった! でも、それは貴方とゆんゆんさんの幸せを破壊する事を意味しています。言えるわけないでしょう……」

 

 辛そうに目を伏せる彼女の姿を見て俺の心が悲鳴を上げる。あの時の俺はゆんゆんだけでなく彼女をも悲しませた。そして、自分の子供……レイカに申し訳がなかった。

 でも、俺はまだ聞くべきことがある。レイカと一緒にいた“さより”という少女。あの子の正体は分かっている。分かっているけど、聞かないわけにはいかなかった。

 

「エリス様、もう一つ質問です。俺はレイカと一緒にいたさよりっていう紅魔族の女の子にも会った。あの子はもしかして……!」

 

「ええ、そうです。貴方とゆんゆんさんの子供であるさよりです。カズマさん達が失踪した後、私達が保護しました」

 

「そうですか……」

 

「カズマさん……落ち着いてください……私がいますから……」

 

 震える体を、エリス様が優しく抱きしめてくれる。安堵と安心を覚える自分を再び情けなく思いつつも、彼女からさよりを保護した経緯を聞いた。俺達が失踪した後、エリス様とアクアはめぐみんとダクネスの治療に専念していたそうだ。

 一方でゆんゆんによる死亡報告で絶望的となったさよりの生死だが、エリス様はせめて魂だけでも回収しようと、クリスに捜索及び悪魔狩りを続行させていた。そして、失踪から約半年後、旧魔王領を旅していた女神官と遭遇したそうだ。彼女は一人の赤ん坊を抱いていた。それがさよりであったらしい。

 

「旅の神官によると、さよりは犬型モンスターを討伐した後、彼らの住処で発見して保護したそうです。つまり、あの子は犬型モンスターに連れ去られ、僅かな期間ですが彼らによって育てられた。そして、保護した神官とともに旧魔王領を旅していたそうです」

 

「そんなアホな……」

 

「事実なんですから仕方がありません。ゆんゆんさんが死を誤認した事も仕方のない事でしょうね。誘拐犯を襲ったモンスターがさよりを保護しているなんて思ってもいないはずです。ちなみに、ゆんゆんさんの左手もモンスター達が持ち帰ったようです。さよりちゃんと一緒に銀製の指輪も発見したそうですから……」

 

 想定外すぎるさよりの生き残り方に思わず嘆息する。やはり、事実は小説より奇なりという事であろうか。それでも、さよりが生存していた事は確かだという事だ。その事実は俺に多大な喜びと安堵をもたらした。そう、あの子は生きていた。それだけで今は十分だ。

 

「さよりは旅の神官から引き取った後、私がレイカと一緒に育てました。だから、さよりも私の子供……愛する我が子なんです……!」

 

「そうですか……こんな時に何を言っていいか分かりませんけど……ありがとうございますエリス様」

 

「あの子を育てるのは私が進んでやった事です。でも、その言葉は素直に受け取っておきますね」

 

 自分に対する不甲斐なさでいっぱいになっている俺をエリス様は優しく抱きしめてくれる。爆発しそうな感情や、ボロボロの精神を彼女がもたらす安心と安堵と愛情が癒してくれる。そのまま、しばらく抱き合った後、俺のお腹が鳴る音がした。

 それを聞いたエリス様はクスリと笑い、俺の手を引っ張って隣の部屋へと向かう。その部屋は休憩室のような場所になっており、そこのテーブルの上にはすでに温かい湯気をあげる食事が準備されていた。

 

「カズマさん、明日は肉じゃがを食べたいって言っていたでしょう? どうぞ、熱いうちに召しあがってください」

 

「あっ……ああ……美味そうだ……」

 

「実はお料理はそれほど得意というわけではなかったのですが、私も母親ですからね。いっぱい勉強したんです!」

 

 得意気な表情のエリス様を見て何だかほっこりしつつ、俺は彼女と共に席について“いつものように”食事を楽しんだ。そして、『ちょっと臭いです』と言われてシャワー室に叩き込まれ、気が付けばエリス様と共に質素なベッドの上で横になっていた。ここまでの行動を、何の疑問も持たずに実行した事に大きな溜息をついた。

 

「今日はゆんゆんさんの命日と言っていい日です。それに、カズマさんも色々あってとても疲れたでしょう? だから、今日はゆっくりと休んでください。でも、貴方だって話したい事や溜め込んでいるものがあるはずです。それを私にお話ください。全て、私が受け止めますから……」

 

 そんな事を耳元に囁かれて俺は全身の力が抜けていくのを感じた。そして、エリス様に今までの事をゆっくりと話す。ゆんゆんと過ごした日々、地下に逃走してからの怠惰な日常、ゆんゆんの幸せのために奮起して作り上げたダンジョンと幸せだと自信を持って言えた彼女との生活、話題が尽きる事なんて決してなかった。

 相変わらず聞き上手なエリス様に促され、ついにはゆんゆんの魂をアクアに託した時の事まで話は進む。つい先ほどの事なのに、なんだか昔の出来事のように思えた。

 

「俺はゆんゆんの蘇生を諦めた。成り行きってのもあるが、やっぱりアイツにさよりの姿を見せるのが酷だと思ったからだ。ゆんゆんはさよりが死んだと思っていた。でも、実際はさよりは生き延びていた。その事に関して、俺を責めるならいい。でも、ゆんゆんはきっと自分を責める。そして、さよりがエリス様に育てられた事を知ったら、アイツがどんな行動に出るか分からない。蘇生させても、また自ら死を選ぶ可能性だってある。それなら、もうこのまま安らかに眠らせてやるのが良いと俺は思ったんだ……」

 

「彼女の死が安らかであった事は女神エリス、女神アクアの両名が保証します。カズマさんの判断ですが、私はとやかく言うつもりはありません。ですが、貴方がゆんゆんさんを幸せにした事は事実です。それは貴方も誇りに思うべき事……“幸せな死”を迎えられる人間は少ないのですから」

 

 暗闇の中で、俺は天井を見つめ続ける。そしてエリス様はそんな俺に体を寄せていた。優しく慰めるような彼女の声と、時節触れてくる彼女の手と鼻孔をくすぐる女神特有の甘やかで安心できる匂いに全てが溶かされていく。

 だが、脳裏でかすめるゆんゆんの笑顔が俺を苦しめる。今日は彼女が死んだ日だ。それなのに俺は何をやっているのだろうか。そんな自分自身に嫌になる一方で、何故こんな思いをしなければならないのかという理不尽な怒りさえ覚える。だからこそ、俺は彼女に話してみる事にした。

 

「エリス様、俺はアクアにゆんゆんの魂を渡した時、心のどこかで安心してしまった。こんな最低な事を思う人間に幸せになる権利が……生きる資格があるのか?」

 

「まったく……それは人間としての当然の感情ですから深くは考えないでください。貴方はゆんゆんさんを幸せにするために頑張り続け、それを実現させた。彼女が幸せに逝く事が出来たのは貴方にとっては努力の結果であり、安心と喜びをもたらしたはずです」

 

「そうだとすると嫌な努力の結果と言えるな。でも、俺が安心したのはそれだけなのか? 本当は……」

 

「それだけです。無理に考え込んで思い悩む必要はありません。例えば、死にゆく人を最後まで支えた家族は今わの際には深い悲しみに包まれます。でも、葬儀の時には笑って故人の思い出を語る事が出来る。彼らは故人に“幸せな死”を迎えさせた事に対しての喜びと達成感があるからこそ、笑えるんです。貴方も彼らと同じような境地に至ったのでしょう」

 

「本当にそうなのか……そんな高尚な事を俺は考えていたのか……?」

 

 自分自身に自問する。ゆんゆんを失った悲しみはアクアとの会話で痛感したが、それで随分とスッキリしてしまった。エリス様を前にしてからは彼女の事とレイカ、さよりという子供達の事で頭が支配され、気が付けばゆんゆんの事を頭の隅へと追いやっている。そう考えると、俺は随分と薄情な奴のようだ。そんな自分に……!

 

「カズマさん、自分を責めないでください。後悔だってしてはダメです。貴方はゆんゆんさんを幸せに逝かせた。その事実だけで十分じゃないですか。あの絶望的な状況を切り抜けて、愛する人を幸せにできるなんて、やっぱり貴方は凄い人です!」

 

「俺が凄いわけない。でも、俺だって頑張ったんだ……アイツが幸せだったって言うなら俺はもう……」

 

「いいえ、カズマさんはとっても凄いです! ひとまず、今日はゆっくりと眠りましょう? そして、明日は娘達に会うんです。 今から貴方に娘達の成長記録を夢という形でお見せします。貴方と一緒に過ごす事ができなかった幸せな日常を、せめて夢の中でも一緒に過ごしましょう?」

 

「アイツらの成長記録か……夢でしか見れないのが残念だ……」

 

 心の中でこみ上げてくる悔しさを癒すように、エリス様が俺の事を抱きしめてくる。気が付けば、俺は彼女の事を抱きしめ返していた。ゆんゆんに対する罪悪感もこみあげてくるが、これはもう耐えられない……

 

「むぎゅっ……少し力が強い気がします……でも嬉しいです……! カズマさん、“無理”に悲しまなくてもいいんですよ? 悲しみを私と一緒に乗り越えましょう!」

 

 暗闇の中では彼女の表情は分からない。でも、笑っている事くらいは分かる。俺はそんな可愛いエリス様を抱きしめ続ける。そして、確かめるように何度も力を込めて抱きしめた。10年近く、寝食を共にしたゆんゆんとエリス様は何かが違う。その違和感の正体に気付く前に俺は無意識のうちに言葉を口にしていた。

 

 

 

「暖かい」

 

 

 

 もう深く考えるのはやめた。だからこそ、俺はその暖かさを得るために彼女を抱きしめ続ける。そして、安堵と柔らかい暖かさに包まれながらゆっくりと意識を落としていく。微睡んだ意識の中で彼女がクスクスと笑う声がした。

 

 

「ふふっ、可愛い寝顔……でも今までのお話と“私”の記憶から嬉しい事実を発見しちゃいました。貴方が私の元へ帰って来たのは決して運が良かったからじゃないんですね。嬉しい……嬉しいですカズマさん……! 貴方は“私”と毎日会っていた。そして、夢の中でありふれた幸せの日々を私と過ごしてくれた。そして、ゆんゆんさんと永遠に一緒になるためにリッチー化を選んだ。でも、それ以降の貴方の行動ってよく考えたら矛盾していますよね?」

 

「…………」

 

「ずっと一緒にいるならダンジョンはわざわざ解放しなくていい……永遠にダンジョン作成を続けたっていい。それなのに、貴方はダンジョンを解放した。そして、貴方に根付いていた破滅願望……それは貴方の無意識が生み出した真の望み……」

 

 

 ボソボソとした声が俺の微睡みを妨害する。だから、目の前の柔らかな体躯をギュっと抱きしめる。もう、深くは考えたくない。明日の事に対する不安と期待でいっぱいいっぱいだ。

 

 

「カズマさん……本当は私に……むぎゅっ!?」

 

 

ああ、暖かい。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 教会内に響く大きな鐘の音でおれはのっそりと目を覚ます。そして、何十年ぶりかの朝日を浴びながら、軽く口をゆすいだ。昨晩までの陰鬱な気持ちはほとんど忘れてスッキリとした気分になっていた。それくらい、夢の中で過ごしたエリス様と娘達の日々は良いものだった。

 冗談抜きで何十年にも感じた夢の余韻を伸びをして楽しみつつ、昨晩まで隣にいたエリス様の姿がない事に気付く。しかし、謎の第六感で彼女は教会内の祭壇前にいる事は分かっていた。俺がそこに足を進めると、彼女は何かの祈りを捧げるように跪いていた。そして、俺が来たことを察すると、笑顔でこちらへと振り返った。

 

「カズマさん、夢はどうでしたか?」

 

「最高だった。出来れば目覚めたくなかった」

 

「そんな事言わないでください。あれはあくまでも“夢”。娘達と小さな時から一緒にいたら、あのような幸せを得られたというもしもの世界。でも、カズマさんがこれから会うレイカとさよりは父親という存在に12歳という難しい年ごろで初めて触れるのです。受け入れてもらえるのでしょうか……うーん……さよりはまだしもレイカは……」

 

「ちょっと!? 不安になるような事言わないでくださいよ!」

 

 この世界では彼女達の年齢は成人間際、一部の地域では成人と見なされる年齢だ。まだ、子供である事は変わりないが、子供から大人になる過程の時期であり、人間関係について色々と察し始める難しいお年頃だ。今まで幸せだった家族に、知らないおっさんが父親とかいって急に入ってくるなんてたまったものではない。俺だったら絶対そう思う……思春期じゃなくてもそう思うはずだ。

 

「カズマさん、親の役目は子供のご機嫌取りではなく、立派に育てる事です。でも、今の貴方の役目はご機嫌取りかもしれません。一応、私の夫はいずれ帰ってくるとあの子達に説明していますが、その……色々と口裏合わせを……」

 

「へいへい、夢でだいたいの事は分かってますけど、こっちも頼みますよ」

 

 俺の言葉に、エリス様は笑顔で頷いた。そして、娘たちに会うための身支度を始めようとした時、ふと自分自身に対して嫌悪感を覚えた。俺はゆんゆんの事を忘れたかのように行動していた。でも、娘達に会いたいという事、エリス様と共に歩んでいきたいという気持ちは本心からのものだ。しばらく、ちぐはぐな内心について頭を悩ませていると、エリス様が俺の手をぎゅっと握って来た。

 

「私とした事が、浮かれていたせいですっかり忘れていました。カズマさん、貴方にお願いがあるんです」

 

「なんですか……?」

 

「私が何を望んでいるか、貴方もご存知でしょう? 私と共に歩むなら絶対にしなきゃいけない大切な儀式です」

 

 エリス様の表情が朗らかな笑顔から真剣な表情へと変わった。俺はそんなエリス様の前に立ち、以前と同じようにじっくりと彼女の言葉を待つ。そして、エリス様が俺の目を見据えてあの言葉を口にした。

 

 

「私と契約しませんか?」

 

 

 予想通りの言葉に俺はしばしたたずむ。バニルの忠告なんてはるか昔に忘れた。むしろ、恨みに近い感情すら抱いていた。俺がアクアかエリス様と契約していたら、あの悲惨な事件も防げたかもしれない。だからこそ、エリス様との契約はむしろ俺からお願いしたい事でもあった。でも、俺にそんな資格があるのだろうか。

 

「俺は……俺はこのままエリス様と一緒に……幸せになってもいいんですかね……」

 

「何を言っているのですかカズマさん。そんなネガティブにならないでください。貴方が幸せになって恨む人も怒る人もいません。私もアクア先輩もダクネスもめぐみんさんも……愛する子供達だってきっとカズマさんの幸せを望んでいます」

 

「…………」

 

「カズマさんはゆんゆんさんを幸せにする事を成し遂げました。次は、そんな頑張り続けた貴方が幸せになる番です。私と共に永遠を歩む“家族”になってください……私と一緒に幸せな日々を過ごしましょう?」

 

 泣きそうな表情で俺を見つめるエリス様に手を伸ばす。柔らかくて暖かい彼女の体を抱きしめながら、自分自身を納得させる。俺はエリス様と一緒に過ごしたい。夢のような幸せな日々をおくりたい。ゆんゆんは、俺に幸せになれと言い残してこの世を去った。俺の幸せは彼女にとっての幸せでもあるはずだ。

 

 

そうだ、これでいい……これでいいんだ……!

めそめそしてるなんて、誰も……ゆんゆんだって望んじゃいない!

だから俺は――

 

「“汝、如何なる時も幸福の女神エリスと共に過ごし、死してなおも私に永遠の愛を誓いますか?”」

 

「ああ、誓うさ」

 

「その言葉、忘れないでください。これで貴方は私とずっと一緒……ふふっ……ふふふっ……!」

 

 堪えきれずにクスクスと笑うエリス様を俺は苦笑しながら見守る。彼女が俺を愛している事、俺と契約がしたかったという事は随分前から承知している。喜んでくれるなら、俺にとっても嬉しい事だ。

 そして、天から俺に光が降り注ぐ。俺の体に特に変化はないが、俺の中の魂に何かが刻み込まれたような感覚がした。加えて、エリス様との繋がりが以前より比べものにならないくらい強くなっているのを感じた。今なら、彼女がどこにいようと、会いたいと思うだけで彼女の元へ転移できる……そんな気がした。

 エリス様はというと、しばらく変な笑い声をあげた後、俺にぎゅっと抱き着いて来た。彼女の突撃を受け止め、俺は彼女と共に近くの長椅子に倒れ込む。そして、エリス様はキラキラとして目つきで俺の顔を覗き込んできた。

 

「カズマさん! 貴方は永遠を私に誓った男……女神エリスと対等な存在になったんです! だから、今までのような固い口調はやめてください! そして、私の事も“エリス”とお呼びください!」

 

「了解しましたエリス様」

 

「違います! エリス様じゃなくてエリスです! はいもう一度!」

 

「へいへい、わかったよエリス」

 

「あっ……! ふふっ……エリス……」

 

 エリスは満面の笑みを浮かべながら俺の胸に顔を擦り付けてくる。そんな可愛らしい女神様の頭をそっと撫でる。今後、彼女と共に生きる事は俺自身も望んでいる事だ。彼女の支えがなければ、俺の精神は容易く崩壊していた。今の俺は彼女の存在があったからこそ生き続ける事が出来たと言っていい。

 だからこそ、彼女に報いなければならない。辛い時も苦しい時も一緒にいてくれたエリスが望むと言うなら、喜んで彼女の望みに応えよう。それに、彼女と過ごす日々は悪くない……いや最高だ。

 

「んっ……カズマさん……愛しています……」

 

「…………」

 

 

彼女の愛の囁きに、俺はまだうまく言葉を返す事は出来なかった。

 

 

 それからは、まだ落ち込みを気味な俺を彼女は笑顔と会話によって癒してくれた。流石は女神という事だろうか、気が付いたら自分の中の思いをスルスルとほとんど引き出されてしまった。適度な相槌とタッチングは不安を和らげ、自分自身の思いの自覚にも繋がる。

結局の所、俺はゆんゆんを言い訳に使っているだけだ。それは今までやってきたクズ行為の中でも一番やってはいけない事だ。だからこそ、俺は自分の気持ちを自覚する事にした。そこにもはや後悔はない。

 

 

 

 そして、ついに子供達と再会の時となった。正直言って受け入れて貰えるわけがないという諦観の思いでいっぱいだが、エリスは機嫌良さそうに、『事前説明してきます!』とすでに子供達が待つ屋敷へと突入してしまった。

 屋敷のリビングでは何やら言い争うような声が聞こえてくるが、もう知ったこっちゃない。

 

「へぇ……なかなかスーツの似合うお年頃になったみたいね。ほら、ネクタイが少し曲がってるわよ……後でエリスにもネクタイの絞め方教えなくちゃね……」

 

「おお、すまんなアクア。というか何でお前がいるんだ?」

 

「バカねカズマ。私もエリスと一緒に暮らしてるからに決まっているじゃない。言っておくけど、私もあの子達の母親であり、姉であるの。あの子達を悲しませるような事をしたら実の親といえどもタダじゃおかないわよ」

 

「善処はする。でも、ただでさえ気まずい再会なのに、昼頃に偶然にも顔を合わせたせいで余計に気まずいんだよ……」

 

「まぁ、安心しなさいな。ダメな時は私もフォローするわよ」

 

 なんだか頼もしい言葉を言ってくれたアクアは、ネクタイを整えた後、俺の背中をバシンと叩いた。そして、彼女に促されてリビングへと足を運んだ。そこには、ニコニコと微笑むエリス様と、母親譲りの美しい銀髪をツインテールにし、仏頂面で佇むレイカ、ゆんゆんの面影を多く残し艶やかな黒髪を腰まで伸ばした紅目の少女……何やら二人に挟まれておろおろしているさよりがいた。

 真っ先に俺の事に気付いたレイカは表情を驚愕へと変化させ、俺の元へとツカツカと寄ってくる。そして、ジロジロと睨んできた。

 

「アンタ、お昼に会ったおっさんじゃない! なんなの、この人がお母さんの“会わせたい人”って奴なの!?」

 

「そうです俺がエリスの……」

 

「お母さんを呼び捨てするな! もう怒った! 喰らいなさい!“ゴッド……むぎゅっ!?」

 

「とりあえず落ち着こうレイカちゃん、ほらお兄さん涙目になってるよ?」

 

 背後からレイカの口を塞いで羽交い絞めにしたさよりが、彼女をソファーへと押し戻した。俺は緊張から止めてしまった息を吐いた後、横でクスクスと笑っていたアクアに小声で話しかけた。

 

「おい、事前説明はどうなってるんだよ!?」

 

「エリスの大好きな男とは説明したけど、真実は話してないわ。それはアンタが自分の口で言うべき事よ。でも余計に面倒臭い事なっちゃったかもね」

 

「面倒な事を……!」

 

 それを言うくらいなら初めから父と伝えて欲しいものだ。というか、さりげなく外堀を埋められている。だからであろうか、肝心のエリスはなんだか心ここに在らずといった様子でニヨニヨとした微笑みを浮かべてトリップしていらっしゃった。いまいち頼りにならない女神達はとりあえず置いておき、俺はレイカ達の対面の席に腰を下ろす。そんな俺に、レイカがテーブルに体を乗り上げるようにして顔を近づけてきた。

 

「ちょっと、おっさん! お母さんをどうやってこましたの!? お母さんってば今は亡き私のお父さんにゾッコンなのに……!」

 

「勝手に殺すな! レイカ、エリスは昔も今も俺にゾッコンだ。それにエリスはこましてなんかねぇ!」

 

「ひぃっ!? あたしの名前を呼び捨てしないでよ! 冗談抜きで鳥肌たったわ! それに……ひゃぐっ!?」

 

 隣に座っていたさよりがレイカの首筋を手で軽く打ち据えてダウンさせる。代わりに、ペコペコと小さく頭を下げながらレイカをどけて俺の正面に座り込んだ。でも、目だけは俺の事を強く睨んでいた。うんうん、随分としたたかに育ったんだなぁ……

 

「すいませんお兄さん。貴方がとても親切な人だとは承知しています。でも、事が事ですので私も遠慮はしません」

 

「どんとこい。さより達もいきなりで受け入れがたいだろうしな。聞きたい事があったら何でも言ってくれ」

 

「分かりました。でも、まだ名前呼びはやめてください。後、私達の事をじろじろ見ないでくれますか? 気持ち悪いです」

 

「おふっ……」

 

 なんだろう、心にひびが入った。顔立ちがゆんゆんと似ているせいか、あの世のゆんゆんからも責められた気がする。すんません……エリスと一緒になる事になってすいません……でも許してください……俺は……

 

「それで、ご職業は何を? レイカちゃんは司祭か何かだって言っていたのですけど……」

 

「いきなり厳しい質問だな。昔は冒険者と商人をやっていたが、今はあれだ……フリーランスというか……」

 

「はい?」

 

「うっ……わけあって無職です……」

 

「そうなんですか」

 

 さよりはニコリと微笑んだ後、昏倒していたレイカをゆり起こす。そして、懐から取り出した華美な装飾が施されたダガーをレイカの手に握らせた。

 

「レイカちゃん、この人は殺して埋めましょう。大丈夫、私も見守っててあげますからヤっちゃっていいですよ」

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「おいこら、ちょっと物騒すぎるだろ! 俺はそんな子に育てた覚えはもちろんないぞ! もしかして、遺伝か遺伝なのか……!?」

 

 何やらヤバゲな目つきで見てくる彼女に心底ビビる。この堪え性のなさは紅魔の血族が関係しているのだろうか。少し、俺の血も関係していそうで変な気分になる……

 とにかく、もうこれ以上話を拗らせる気はない。それなら、さっさと真実を話してしまおう。俺は彼女達の前へ立ち、静かに言葉を口にした。

 

「俺の名前は佐藤和真だ」

 

「っ……!?」

 

「へぇ、おっさんの名前はサトウカズマって言うんだ。ふんふん、カズマって言ったらお母さんの……お母さんの……えッ……嘘……」

 

 表情を固まらせるさよりと、驚愕の表情でダガーを取り落としたレイカを、俺は思わず満足げな表情で見てしまう。なんだか、してやったりな気分だ。少し、精神的なダメージは受けたが、彼女達の反発的な態度も当然なものだと理解している。それに、俺が彼女達の親だという認識が改めて芽生える。そう考えるとこれも悪くない。

 ちょっと物騒な所はあるけど、エリスは子供たちにこんなにも愛されている。彼女は本当に立派な母親なのだろう。だからこそ、エリスに対してまた一つ思いが強くなる。もう、どんなに取り繕っても、言い訳しても無駄だ。

 まぁ、そんな自分の思いはひとまず置いておく。重要なのは子供たちに受け入れてもらえるかだ。俺は固まっている彼女達に真実を告げた。

 

 

 

「I am your father……」

 

 

 

二柱の女神からドロップキックを受ける。

 

 

ふっ飛ばされながらも、俺は満足感で胸がいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 それから半刻後、気まずい夕食が始まった。顔を俯かせておかずをつついているさよりと、こちらをチラチラ見てくるレイカを俺は無言で見つめる。そんな俺の隣ではエリスが甲斐甲斐しくお世話してくれていた。「これ私が作ったんです!」と嬉しそうに俺の小皿におかずを移す彼女は、何というか若干空気が読めていない。危惧していた家庭崩壊スレスレの食卓に俺はため息をついた。

 そんな俺のため息を見て、レイカが体をビクリと震わせる。そして、横目でさよりを見た後におずおずと口を開いた。

 

「ねぇ、おっさん……アンタって本当にあたし達の父親なの?」

 

「ああ、本当だ。俺がお前らを見たのはほんのちっちゃい時だけだ。それでも、お前らと血の繋がりがあるってのは何故だかわかるもんさ」

 

「そういうものなの? というか、おっさんってあたしの小っちゃいころ見た事あるの? お母さんはあたしが生まれる前に父親は……その……旅に出たって……」

 

「ちょっとだけだが俺はさよりを育てたし、レイカは……昔も可愛かったぞ。なんせ、こんなにちっちゃかった」

 

 親指と人差し指をちょろっと開けて小ささを表現する俺を、レイカはポカンとした表情でみつめる。それから会話が止まって数分経過した頃、彼女は顔を真っ赤にしながらテーブルをバンと叩いた。

 

「さっきの発言ってもしかしてセクハラですか!? 実の娘にそんな事するなんていけないと思います!」

 

「セクハラ……? ああ、何となく分かった。やっぱりお前はマセガキだな。実はお前の存在はつい最近知ったんだ。適当な事を言ったのは謝る。すまんな……」

 

「そ、そうなのですか? 私はてっきり……!」

 

「おい、さよりが頭の上に疑問符をいっぱい浮かべてるぞ。そんな発想に至ったお前は相当なアレだけど、理解できた自分もアレだな。やはり俺の子か」

 

「変な所で納得しないでください!」

 

 何故か女神モードの口調で、顔を真っ赤にして怒るレイカを俺はニヤニヤとした表情で見守る。なんだかんだで、コイツとは家族的な意味でいい関係を取り戻せる気がする。そして、そんな状態の俺の肩をエリスはちょんちょんとつついてきた。隣へ視線を向けると、顔を赤くし、少し怒った様子の彼女がいた。

 

「カズマさん、セクハラはいけませんよ」

 

「おう、その言葉も久しぶりだな。」

 

「お母さん……! それは私の早とちりで……!」

 

「ふむ、やっぱりレイカは俺とエリスの子だな。なんていうか、お母さんそっくりだ」

 

「っ……!」

 

 今にも爆発寸前といったほど顔を赤くしたレイカは、おかずのお刺身をつつきながら縮こまる。代わりに、今度はさよりがこちらをチラチラと見始めた。何だか、上手くいきそうな流れに俺も嬉しくなる。うん、変に遠慮するよりかはグイグイいった方がいいかもしれない。

 

「えっと……おと……かしゅっ……い゛っ……かひゅまひゃん」

 

「おう、どうしたさより?」

 

「んっ……んっ……こほんっ! レイカちゃんは何をそんなに恥ずかしがっているの?」

 

「ああ、お前の妹は俺のジェスチャーを思春期のマセガキ思考が妙な解釈をしちまったわけだ。指で表現した『こんなにちっちゃい』をおたまじゃくし……つまりはせびゅっ!?」

 

「せびゅっ?」

 

 両脇にいる女神達から脇腹をつねられる。ちょっと調子に乗っていたかもしれない。いまだに疑問符を浮かべるさよりが、隣にいるレイカにこそこそ話しかけて彼女の顔をより赤くさせる。そんな状況にアクアが溜息をつき、初めて口を開いた。

 

「アンタ達もこの男に遠慮する必要はないのよ? 聞きたい事があるならすっぱり言っちゃいなさい」

 

「そうですねアクアさん。私もそれがいいと思います。という事でお母さんからの提案です。さより、レイカ、明日はカズマさんと三人で外に出かけてください。そして、聞きたい事はお父さんから全部聞きなさい」

 

 アクアとエリスの言葉に、娘たちはコクリと頷く。俺はというと、三人でお出かけというフレーズに期待と不安でいっぱいになっていた。そんな俺を癒すようにアクアが背中を撫で、エリス様が膝をぽんぽんとタッチングしてくる。なんだか情けない気分に少しなりながらも、俺は娘達に両手を差し出した。

 

「まだ受け入れがたいと思うが……今後ともよろしくな」

 

「ふんっ……!」

 

「よろ……よろしくです……」

 

なんだかんだで俺の手を取ってくれた娘達に泣きそうになった。というか泣いた。

 

 

 その日の夜、娘達が寝静まってから俺とエリスとアクアは少しだけお酒を楽しんでいた。両隣にいる女神達と俺の距離は密着状態であり、色々と悪い気がするのだが、極度の安心と癒しを与えてくれる女神達に抗う事は出来なかった。

 

「カズマさん、明日は娘達に何を語るかは貴方におまかせします。娘達には貴方とゆんゆんさんの事を大半はぼかして伝えています。ですから、これだけは言っておきます。真実だけがあの子達のためにはなるとは限りません。情報の取捨選択は慎重に行ってください」

 

「まぁ、そこまで気負う必要はないわ。それに、これはアンタのためでもあるの」

 

「アクアさんの言う通りです。カズマさん、自分の過去を人に伝えるという事は自分を見つめなおす事を意味しています。今一度、自分と向き合ってみてください。疲れたなら、私が癒してあげますから……」

 

 二人の女神の甘い囁きに、脳が揺らされる。そして、視界の隅で光柱が出現し、中からめぐみんとダクネスが現れる。彼女達も天使のような穏やかな笑みを浮かべながら俺の膝上に身を乗り出してきた。

 

「カズマ、私達だっています」

 

「嫌だと言っても離さないからな」

 

「おふっ……」

 

 このまま死んでしまいそうなほどの安心感に包まれながら、俺は目を閉じる。ゆんゆん、現世にも天国はあるらしいぞ……

 そんなバカな事を思ったせいであろうか、首筋がズキリと痛んだ。プンスカ怒った様子のゆんゆんに俺は噛まれてしまったらしい。そんな幻視を見て、小さく苦笑した。

 

 

 

「大丈夫ですよカズマさん。あなたには私が、“私達”がついていますから」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌日、屋敷の正門前で俺とレイカ、さよりが向き合っていた。レイカはホットパンツにパーカーとなんだかきわどい恰好で相変わらずの仏頂面を浮かべ、さよりは馴染み深い紅魔族ローブを羽織って小さく萎縮していた。対する俺は、エリスから受け取ったガマ口財布の中身を確認中である。いつかのめぐみんと同じように、ポイントカードや買い物メモが入った財布を見て非常に申し訳ない気分になるが、一方では彼女も母親なんだなぁというほっこりした気持ちになった。

 

「うっし、それじゃあ出かける前にお前たちに一つ頼みがある。今日一日は俺の事を“お父さん”と呼んでくれ。もちろん、俺もお前らの事は呼び捨てだ。いいな、レイカ、さより」

 

「はぁ?」

 

「あぅ……」

 

 反抗的な目を向けるレイカと真っ赤になるさよりを見て俺はうんうんとうなずく。もう心の中では覚悟は決まっていた。今日以降も絶対お父さん呼びさせてやる。そんで持って、家族って奴をもう一度手に入れる。お父さん……うん……悪くない響きだ……

 

「さより、お父さんだぞー」

 

「ひぅっ……」

 

「うへへへ! さぁ言うんだ! お父さんって!」

 

「えと…その……」

 

 もじもじとするさよりを見て、俺は少しだけ安心する。どうやら、本気で嫌がってはいないようだ。これならゴリ押せばいける気がする。それに、彼女の様子は俺にとっては馴染み深いものだ。良いか悪いかは判断できないが、さよりもゆんゆんの形質を遺伝しているようだ。

 

「さより、ちょっと突っ込んだ話をするが、友達はいるか?」

 

「っ……!? いっ……いっぱいいます! サボテンのいしふぐちゃんとか、近所の三毛猫のするめちゃんとか……!」

 

「人間の友達は?」

 

「人間……? えと……その……あっ……クリスっていう私のお姉ちゃんみたいな人が私の事を友達だって……!」

 

 どうやら、我が娘にはきちんと友達がいたらしい。なんだか、安心する一方で少しだけ寂しく感じた。だが、クリスという名前に引っ掛かりを覚える。何だか、馴染み深い名前だ。

 

「そのクリスって人はもしかして盗賊か?」

 

「まさか知り合いなんですか!? 私が小さい時からお世話になってる人で、たまに家に来ては冒険話とかしてくれるんです!」

 

「おう……」

 

「私が変な人に絡まれた時も助けてくれたり、お母さんに内緒で冒険に連れてったりもしてくれたり……!」

 

 いかん。それはやっちゃダメでしょうエリス様。ダクネスとは状況が違うんだ。何というか、色んな意味で教育に悪すぎる。帰ったらエリスにはお仕置きだ。そんな俺の内心も知らず、さよりはキラキラとした表情でクリスについて語っている。レイカの方に目を向けると、彼女は必死な表情で人差し指を口の前に立てていた。なるほど、お前もグルか……

 

「さより、友達を簡単に作る方法を教えてやろう」

 

「そ、そんな方法があるんですか!? 私には別に必要ないですけど、聞いてあげなくもないです!」

 

「安心しろ。お前は少し人と接する勇気が足りないだけだ。自分の発言を恥ずかしがって、自ら他者に話しかける事をやめたら友達なんていつまでたってもできない。それに、どもったり、舌を噛んだりするのは自分に自信が持てないからだ」

 

「なるほど……!」

 

「それが分かったら後は簡単だ。自分に自信を持て、自分の発言を恥ずかしがるな。脳内で相手の反応を勝手に決めつけて発言を止めるな。だからこそ、特訓だ。恥ずかしい事言うのに慣れるんだ! そうすれば、もし自分が友人や初対面の人におかしな事を口走っても、動揺せず“冗談だ”と軽く流せる余裕を持てるようになるんだ!」

 

 俺の言葉に、さよりはキラキラとした目線をを送ってくる。我が娘ながら、少しだけ悲しくなる。でも、こっちだってチャンスを逃す気はない。

 

「分かりました! 私、頑張ります!」

 

「よし、その意気だ! それじゃあ俺が今から言う言葉を後に続けてもう一度言うんだ! はい、“私のお母さんはPAD”」

 

「わ、わたしのお母さんはPAD!」

 

「“お母さんより胸大きくてごめんなさい!”」

 

「お、お母さんより胸大きくてごめんなさい!」

 

「“お父さん!”」

 

「お父さん」

 

「“お父さん大好き!”」

 

「お父さん大好き!」

 

 

 おお、心に染みるいい言葉だ。思わず笑顔になってしまう俺に対して、さよりは顔を赤くして縮こまる。そんな彼女に俺は歩み寄る。そして、優しく問いかけた。

 

「さより、頭撫でてもいいか?」

 

「ええっ……その……」

 

「そうか、ごめんな。でも、一度でいいから自分の子供の頭を撫でてみたかったな……残念だ……」

 

「……! いいです……それくらいはいいですよ……」

 

 ゴリ押ししたら、オッケーを貰ってしまった。本来はいけない事だが、今日くらいは許して欲しい。そんな事を心の中で謝りつつ、手を艶やかな黒髪へと伸ばした。

 

「よく言えたなさより。偉いぞ!」

 

「っ……!」

 

「もう一度お父さんって言ってくれないか?」

 

「……お父さん」

 

「よし、これからは俺の事を出来ればそう呼んで欲しい。無理にとは言わないけどな」

 

 さよりは顔を赤くしながらもコクリと頷いた。そして、俺の愛撫を目を細めながら享受する。何というか、こいつは本当にゆんゆん似だ。ちょろい……ちょろすぎる……! 物凄く将来が不安になってきた。ろくでもないダメ男に騙されないためにも、俺も頑張るとしよう。そのためにも、ジト目でこちらを見ているレイカの協力は必要不可欠だ。

 

「おっさん……」

 

「レイカ、今後もさよりを頼むぞ」

 

「それはあたしも分かってる」

 

 神妙な顔で頷き合う俺とレイカの間に、確かな絆ができた気がする。とにかく、これで最低限の関係性は構築出来た。後はこれをより深めるだけだ。何だか蕩けた表情になり始めたさよりに、俺は優しく話しかけた。

 

「さより、今のお前なら言えるはずだ。俺に……お父さんに聞きたい事を言ってみろ」

 

「…………」

 

「大丈夫だ。遠慮せずに言ってみろ」

 

 俺の事をさよりは無言で見つめてくる。そして、ネックレスとして身に着けていた銀製の指輪をぎゅっと握った。

 

「お父さんの事を教えて欲しい……ゆんゆんっていう私を生んだお母さんの事も……何で私達を放っておいたお父さんが今になって現れたのかも含めて全部教えて欲しいの……」

 

「分かったよ。それじゃあ、今日は俺の思い出語りツアーだ。年とると長話になるんだ。そこは覚悟しておけよ? まぁ、とりあえずは昼飯だな。行きつけの店があるんだ」

 

 無言で頷く娘達を連れて、俺はアクセルの街へ繰り出す。向かったのは馴染みの喫茶店だ。とりあえず席につき、彼女達にメニューを渡す。二人とも無難なランチセットを頼んだので、そこにパフェなどの甘味を無理矢理追加してやった

 こうして、昼食を取りながらの会話となる。俺は現状把握として彼女達が俺とゆんゆんについてどの程度の情報を持っているかを聞いた。

 

 曰く、カズマという男が父親であり、自分達姉妹の母親は別であること。ゆんゆんというさよりの母親は事故によりリッチーになり、悪意ある人々から逃れるために俺と旅に出た事。その時、俺とゆんゆんは自らの娘に被害が出ないように女神エリスにさよりを託した事。以後、アクアとエリスが、さよりに危害を与えるかもしれない存在を出来るだけ排除し、自らも宗教改革をした事。エリスが二人にとっての母親であり、アクア、めぐみん、ダクネスはお姉ちゃんみたいな存在だとい言う事……

 エリスとの口裏合わせで聞いた事と、ほとんど変わりない。だが、彼女によるとレイカやさより達は過去に起こった事件について気になり始めたお年頃。大半の情報を封鎖しているが、今まではぐらかしたツケがまわってきたらしい。自分で調べる力がついてきた彼女達が真実を知る日はそう遠くはないそうだ。過去の詳細をさよりとレイカに話すかどうか、アクアとエリスの間でも意見が別れている。

 俺自身は話してもいいと思っている。後からボロが出て関係が拗れるよりかは、ここで真実を話した方が良いと思うからだ。それに、本当の事を全て話さなくてもいい。必要な事だけを話せばいいのだ。

俺はコーヒーを飲んで、一息つく。そして、ホットサンドをぱくぱく食べている二人にゆっくりと話しかけた。

 

「まぁ、結論から先に言う。ゆんゆんはもうこの世にいない」

 

「そんな……」

 

「へぇ……」

 

「知っての通り、アンデッドとなって居場所を追われていたのはゆんゆんだ。俺が今になって帰って来たのは彼女が本当の意味での死を迎えたからだ。悪い言い方をすれば、俺は色々と自由になっちまったんだよ」

 

 さよりはしょんぼりとした表情で顔を伏せ、レイカは無表情でストローに口をつけてじゅるじゅると飲み物を飲む。俺はというと、今の状況を再認識して胸が痛くなった。

 

「つまり、おっさんはゆんゆんさんが死んだから、過去の女であるお母さんの元へ転がり込んだんだね?」

 

「う゛っ……! 状況的にはそうだが、これに関しては複雑な事情ってのがあるんだ。それに、エリスは過去の女じゃない。彼女は何というか……その……心の支えというか……」

 

「お父さん最低……」

 

「さ、さより!?」

 

 レイカだけではなく、さよりまでもが俺に絶対零度の視線を送ってくる。胃がキリキリと痛むし、そう思われるのは当然だが、ここで躊躇っては修復不可能な溝が出来てしまう。頭をぐるぐると悩ませた結果、彼女達の興味を引きやすい話をする事にした。

 

「いいかお前ら……俺とゆんゆん、エリス、ついでにアクア、めぐみん、ダクネスとの間はそれはもうドロドロとした関係だったんだ。俺とお母さん達との“恋愛事情”って奴を聞きたくないか?」

 

 半ばヤケクソに言った事なのだが、レイカとさよりは体をピクリと反応させた。そして、どことなくソワソワしながら、少しだけ席をこちらへ寄せてきた。

 

「お母さんの恋愛事情は正直言って気になる……それにアクアお姉ちゃん達までもおっさんにゾッコンなのは見ていて嫌になるくらい見せつけられたからね。し、しかも朝から……!」

 

「お母さんとアクアお姉ちゃん達はあまり語らないけど……私の産みのお母さん……ゆんゆんって人が恋愛的な意味で凄い人だったというのは伺っています。うん……凄く気になる……」

 

 興味津々と言った様子の彼女達を見て、やはり思春期の女の子なんだなと実感する。恋愛に興味を持ち始めるお年頃という事だろう。俺自身は親の馴れ初めなんて生々しくて聞きたくないが、それは男と女の違いという奴かもしれない。とりあえず、興味をこっちに移せたのなら万々歳だ。

 

「よし、それじゃあ俺とお母さん達との話をする前に確認だ。お前ら学校とかで性教育は受けたか?」

 

「ま、またセクハラですか!?」

 

「っ……!」

 

「なるほど、言わなくても分かった。ともかく、ちょっぴりそういう話もあるから覚悟しておけ」

 

 二人はグビリと固唾をのみ込み、コクコクと頷く。とてつもなく恥ずかしいが、もう彼女達からは逃げられない。昔を思い返しながら、俺はぽつぽつと語り始めた。

 

「お父さんは昔冒険者でな、アクア、めぐみん、ダクネスとパーティを組んで一緒に暮らしてた。彼女達と世界の危機とやらを救い、お金もたんまり。イケメンで気遣いが出来る俺はアクア、めぐみん、ダクネスから好意を寄せられていた。俺自身も結婚するならあの3人……うん……3人の誰かとだと思ってたなぁ……」

 

「イケメン……まぁ、そこは突っ込まないであげる。でも、お母さんも一緒に暮らしてたんじゃないの?」

 

「エリスはその時はまだ天界にいたぞ? まぁ、エリスとの付き合いもアクア達と同じくらいはあったよ。彼女は何というか正に女神って感じで俺の憧れの女性だった。昔から交流はあったけど、彼女との関係が深くなるのはもっと後だ」

 

「でも、お母さんが私達におっさんとの惚気話を話してくれた時、最終的には頭が痛くなるような話ばかりしてたよ? ずっと一緒に暮らしてないと気付きそうにないようなおっさんの趣味とか嗜好とか……」

 

「アイツは俺への好意を自覚してからはストーカーになってたらしいからな。正直言って、エリスは俺より俺の事について詳しいぞ」

 

 ストーカーという言葉を聞いてピキリと体を固まらせる二人だが、彼女達は何やらヒソヒソと話し始めた。何やら思い当たる点でもあるらしい。というか、エリスは二人に一体どんな惚気話をしていたんだろうか……

 

「ともかく、俺とアクア達の関係は恋人以上、嫁さん未満だったな。それでも、肉体関係はなかった。まぁ、長い間一緒にいたから逆にそういう関係になるのを躊躇していたんだよ。そんなじれったい関係の時にさよりの母さん……ゆんゆんが登場したわけだ」

 

「ほほぅ……!」

 

「あぅ……」

 

 顔を赤くしながら、彼女達はよりいっそう俺に席を近づける。とんだマセガキどもだが、何だか俺も気分が良くなってきた。まぁ、女関係は男の武勇伝のようなものだ。見ず知らずの女なら俺を蹴とばすほどウザイ話でも、彼女達には身近で気になる話らしい。

 

「ゆんゆんはレイカなら分かると思うが、今のさよりをそのまま成長させたような性格……うーん……性質だったんだ。詳細は割愛するが、俺がナンパみたいな事をしたらすぐ落ちた。彼女にとって、俺みたいな一緒に遊んでくれる奴は貴重だったらしい。そんでもって、スタイル抜群で超かわいいゆんゆんに俺は手をだした。男を知らない彼女はそのまま俺にズブズブに依存してなぁ……」

 

「ええ……」

 

「レイカちゃん、私ってお母さんと似てる性格だったそうですよ!」

 

「お姉ちゃん、そこは喜ぶ所じゃないよ! 心配、あたしもっと心配になってきたよ!」

 

 レイカは喜ぶさよりの胸倉を掴んでグラグラ揺らす。やはり、さよりはゆんゆんの血を引いているなと、とある部分を見つめて謎の実感を得る。まぁ、今思い返しても昔の自分はヒドイ。当時は若かったという奴だ。

 

「それで、俺とゆんゆんは二人で毎日のようにデートしてた。ちなみに、この喫茶店は彼女との待ち合わせスポットだった。それから冒険したり、お互いの家で遊んだり、宿屋でイケナイ事したり……遊び気分だった俺も、彼女を本気で意識するようになったんだ。そんな時に俺は指輪をプレゼントした。今、さよりが持ってる奴だな」

 

「お父さんの贈り物……お母さんは喜んでました?」

 

「そりゃな。ずっと大切にしてくれていたからこそ、今もさよりが持っているんだ。今思えば、一昨日指輪が見つけられたのも、俺に見つけて欲しかったから……もしくはお前達と俺を会わせるためにゆんゆんが働きかけてくれたのかもな」

 

「おっさんがポエミーな事言ってる……」

 

 さよりは嬉しそうに指輪を撫で、レイカは俺にジト目を向けてくる。あの指輪はキーアイテムだったと自分自身思う。ゆんゆんがあの指輪を撫でたり、見つめたりしながら笑顔を浮かべていたのは何度も見た光景だ。結婚というものを意識し始めた時、彼女のそのような様子は俺の意志を固める遠因となった事は間違いない。

 

「そうしてゆんゆんとの絆を深めて、俺は彼女と結婚する事を決めた。アイツも泣きながら喜んでくれてなぁ……でも、俺がゆんゆんとの関係をアクア達に秘密にしていたせいでこの後ヒドイ目に会った。そもそも、ゆんゆんはめぐみんの親友なんだ。めぐみん達にとっては、俺を親友に奪われたわけで……めぐみん含めてあの3人は精神的に病んでしまってな。ここから女同士のドロドロな戦いが始まったんだ。いやぁ、モテる男はツライね」

 

「滅茶苦茶ムカつくけど、おっさんから嘘の気配がしない……やっぱり聞くべきじゃなかった……! アクアお姉ちゃんが恋心で病むなんて……!」

 

「めぐみんさんも、ダクネスさんも……何だか気分が高揚します……!」

 

 なんだかんだ言いながらも、二人は興味津々で俺の話を聞いていた。レイカですらも、目を輝かせている。親の馴れ初め話でこんなに興奮するなんて、少し意外だ。良くも悪くも、俺との関係性が薄いから楽しめているのだろうか。

 

「そして、俺が好きすぎて病んだアクア、めぐみん、ダクネスがついにとんでもない事をしでかしたんだ」

 

 俺の言葉を二人は身を乗り出しながら待つ。心なしか、喫茶店全体がシーンとした気がした。改めて周囲を見渡すと、他の客もこちらをジッと見つめている。しかも、今まで気付かなかったが、俺の背後に顔を赤くして息を荒げるウェイトレスさんの姿があった。

 

「という事で続きは店を出てからだな」

 

「ちょっとお客さん! 物凄く良い所で止めないでくださいよ! なんですか!? とんでもない事ってなんですか!?」

 

「部外者が首つっこんでくんな! お前ら逃げるぞ! “フラッシュ!”」

 

 店中から、悲鳴が上がるが盗み聞きしていた仕返しだ。俺は娘達の手を引いて、喫茶店を抜け出す。冒険者や、警官っぽい奴らが追ってきたが潜伏を駆使して逃走に成功した。そのまま、一応次の目的地としていたアクセル近郊の川へと向かう。そして、整備された堤防へと腰を下ろした。娘達は、そんな俺の両脇に躊躇なく腰を下ろす。あの話の続きが余程気になるらしい。

 

「おっさん、その後どうなったの? まさか三人でゆんゆんさんに怒りの宣戦布告!? それとも、三人でお……おそっちゃうとか……!」

 

「レイカちゃん、それじゃあ甘いと思う。アクアお姉ちゃん達は必死なんですよ? ゆんゆんお母さんの暗殺とか、お父さんを社会的に抹殺して自分達以外に頼れる存在を無くすとか……」

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

 目を紅く光らせて、ぶつぶつ呟きながら手帳に何かを書き込むさよりを、レイカはドン引きしながら見守る。どうやら、さよりは俺とゆんゆんのダメな部分を遺伝してしまったらしい。というか、子供の性格は環境や教育で変わるものだ。ぼっちとかは遺伝するようなものではないと思うのだが……

 

「さより、お前の予想は少しだけ合ってる。俺はあの三人に社会的に抹殺された後、屋敷の地下に監禁された。もちろん、ゆんゆんとは離れ離れになったし、監禁中に俺はすんごい事をされた。天国のような地獄だったな」

 

「すんごいこと……」

 

「監禁……そういうのもあるんですね」

 

 顔を赤くする二人に内心、楽しんでいる自分がいる。ダメだ。実の娘にセクハラして楽しいと思うなんて父親失格だ。エリスにチクられたら、いくら俺でも絶縁されると思う。まぁ、娘達は本気で嫌がっているわけではないので、今はまだ大丈夫だろう。

 

「その後の話は大幅に割愛する。俺はアクアの協力とエリスの精神的な支え、外部からの支援で監禁から脱出。その後、ゆんゆんはめぐみん達と修羅場ってなんやかんやあって仲直り、俺とゆんゆんは結婚してさよりを授かる。だいたいそんな感じだ」

 

「おっさん、そのなんやかんやが知りたいんだけど……それにやっぱり信じられない話かな。アクアお姉ちゃん達は優しいし、小さいころからお世話になってるし……」

 

「俺は事実を言ったまでだ。詳細が聞きたいなら、本人に聞け。というわけでカモーン!」

 

 俺が軽く指を鳴らすと、目の前に光柱が出現。そこから、大荷物を持っためぐみんが現れた。元々、荷物を届けるように手配しておいたのである。

 

「まったく、天使である私を宅配に使うなんて、カズマもいい御身分ですね」

 

「今日くらいは勘弁してくれ。それと、アイツらの相手を頼むぞ」

 

「別にそれは構いませんけど……今日はカズマの……」

 

「めぐみんお姉ちゃん、おっさん監禁したって本当!?」

 

「ほわぁっ!? ま、まさかアレをレイカ達に話したのですか!? こ、こら! 放しなさいレイカ! 私は今から天使のお茶会があるんです!」

 

 娘達にはりつかれて質問攻めに合っているめぐみんを放置して、荷物から釣り具を取り出して準備をする。借金まみれの時は食糧確保の手段としてやっていた釣りだが、生活が安定してからは娯楽の一つとなっていた。

 釣り糸を垂らし、風と日の光を浴びながらほのぼのとした時間を過ごす。そして、隣にはいつの間にかさよりが腰かけていた。俺は釣り竿を彼女に渡し、もう一つ竿の準備をした。

 

「どうした、めぐみんに詳細を聞かなくていいのか?」

 

「レイカちゃんが質問責めしてるので私が入るスキがありません。それより、話の続きをお願いできますか?」

 

「続きも何も、そこからはお前が生まれて幸せな生活を過ごしたさ。でも、ある日それは突然終わる。あの事件については暗い話だから少し間をおく。今は休憩タイムだ……俺より多く魚を釣ったら頭撫でながら褒めてやる」

 

「が、頑張ります!」

 

 意気揚々と仕掛けを川に投げ、勢い余って釣り竿ごとぶんなげて慌てふためくさよりを見てほっこりする。結構、俺に懐いてくれているのだろうか。流石ゆんゆんとの娘……ちょろいちょろい……

 それからは、さよりに釣りのコツを教えていく。物覚えのはやい彼女は早速魚を釣り上げて無邪気な笑顔を俺に見せてくれた。横目でレイカを見てみると、なんだか真っ白になっているめぐみんの体を揺すっていた。あの様子だと、めぐみんは洗いざらい吐かされたのだろう。

 

「そういえば、さよりは自分の名前が魚と関係あるって知っていたか?」

 

「ええ……やっぱりあのサヨリって魚と関係あるんですか?」

 

「まあな、紅魔族に文句を言われない上に女の子っぽくて語感が良いってのが大半の理由だが、名前の意味も考えてある。さっきも言ったが、お前の母親であるゆんゆんは友達を上手くつくれない奴でな。そんで、サヨリって魚は美しい体躯の上に岸辺に仲間同士で寄り集まる習性を持っている。将来はいっぱい友達を作れるような子に育って欲しいって思って名付けたんだ」

 

「そうなんですか。そんな意味が……」

 

 さよりは感心したように小さく頷く。これを聞いたゆんゆんは一度納得してくれた。でも、余計な事を言ったせいで昔は喧嘩になったのである。そんな事も、今となっては懐かしかった

 

「ただ、サヨリって魚は美しい外見だけど腹膜は真っ黒なんだ。だから別名、ハラグロって呼ばれる魚なんだよ……って冗談で言ったらゆんゆんと大喧嘩になってな。アイツの両親が賛成しちゃったぶん、それはもう凄い怒りようで……」

 

「…………」

 

 だまりこくる彼女を見て、俺はまずったと心の中で叫ぶ。同じ過ちを二度繰り返してしまったのだ。ビクビクとしていた俺なのだが、さよりは嬉しそうにクスクスと笑い出した。

 

「なるほど、名は体を表すっていいますもんね……くふっ……!」

 

「さ、さより……?」

 

 なんだか、背筋にうすら寒いものを感じながら、クスクスと笑う彼女の事を見守り続けた。その後は、めぐみんから尋問を終えたレイカも合流し、一緒にほのぼの釣りタイムを楽しむ。そして、夕日が顔を覗かせた頃、釣りを切り上げる事にした。数釣りが期待できる小物釣りとだけあって、さより、レイカ共に釣果は大量だ。嬉しそうに姉妹で、釣果を自慢しあう娘達を見て、俺は再び癒される。もちろん、さよりの頭は撫でさせて貰った。

 

それから、俺達は最後の目的地へとテレポートで向かう。周囲の光景が薄暗い石壁に変わった事で、彼女達は不安そうな表情をしていた。俺はそんな娘達を先導しつつ、馴染み深いダンジョンの道を進んだ。

 

「さて、ここからは話の続きだ。俺はゆんゆんと結婚してさよりを授かる。無事産まれて幸せな生活を送っていたよ。でも、ある日ゆんゆんが散歩中に脱獄した犯罪者に殺された上に、さよりをそいつらに誘拐されたんだ。ゆんゆんはさよりを犯罪者から取り返すためにその場でリッチーになって復活。だから、彼女がアンデッド化したのは事故じゃない。さよりを救いたい故の行動だったんだ」

 

 静かに耳を傾けていた娘達も暗い雰囲気になる。今思い返しても、あの一連の事件について考えると憂鬱になる。だが、過去を変える事はできない。これも一つの事実として受け入れるしかないのだ。

 

「そして、ゆんゆんは犯罪者のアジトに突入したが、そこでモンスターの餌食になった犯罪者と当時飼っていた“じゃりめ”っていうペットの死体を発見する。しかも、さよりの姿がそこにいなかったせいか、アイツは娘が死んだっていう悲しい勘違いをした。彼女の報告を受けた俺やエリスもそれを事実として受け取った。状況的に、生きているとは考えられなかったからな……」

 

「お父さん、それじゃあ私はどうやって助かったの……?」

 

「犯罪者を襲った犬型モンスターがお前を巣まで持ち帰って育ててたそうだ」

 

「ええっ!? そんな……私が犬好きなのはそのせいなのかな……」

 

「驚く所そこかよ!」

 

 何やら自分自身で妙な納得をしている娘に逆に驚かされる。本当に、この子は色んな意味で心配だ。ここは口をあんぐりと開けて驚くレイカを見習って欲しい。

 そんなこんなで、俺の思い出語りも佳境に差し掛かる。ここからはある程度の嘘も入れていく。知らなくていい真実も、確かに存在するのだ。

 

「そんな中でも、エリスはさよりを諦めていなかった。何せ、天界にはお前の魂が来なかったらしいからな。そして、意気消沈して壊れる寸前だった俺の心の支えになってくれてな。一緒にさよりの捜索だってしてくれた。だから俺はそんなエリスが……その……な……?」

 

「うわ……最低……」

 

「お父さん……」

 

 再び浴びる絶対零度の視線にダメージを受けながら、ダンジョンを進む。少しだけ俺との距離をとった娘達の姿に心がめげそうになるが、仕方がない事だ。全部、俺が悪いのだから。

 

「ゆんゆんはさよりを失って精神を病んでな。おまけに、アンデッドを快く思わない人達に居場所を追われた。だから、俺は彼女と一緒に逃げた。せめてゆんゆんだけでも幸せにしたかったんだ。その時の俺はさよりの事を死んだと諦めていたし、レイカの存在は知らなかったからな……」

 

「ええ……もしかしてあたしって不義の子……」

 

「ま、まぁ状況はそうだが、お前はエリスに望まれて生まれてきた子だ。でも、エリスは妊娠した事を俺に話さなかった。お前の存在を知っていたら、俺はゆんゆんと逃げるなんて選択をしなかったと思う。それを知っているからこそ、彼女はお前の事を内緒にしたんだ」

 

 押し黙るレイカは複雑そうな顔をしていた。自分の出自を知って、内心ショックなのかもしれない。後でエリスと一緒にケアしていく事を心に決めた。

 

「そして、ゆんゆんと一緒に俗世を逃れた俺は、女神ですら発見不可能な地下にもぐって彼女と少し退廃的だけど、幸せな生活を過ごしていた。精神を病んだゆんゆんも、心を持ち直し最終的に笑って幸せだと言ってくれるようになった。そんなゆんゆんと気慰みに作ったのが今歩いてるダンジョンだ」

 

 顔を俯けていた娘達が、途端に周囲をキョロキョロと見始める。そんな彼女達の期待に応えるように7階層を守るストーンゴーレム達を俺の目線だけで動かしてみせる。ゆんゆんが居なくなっても稼働し続けるコイツらの姿はなんだか感慨深かった。

 

「ゆんゆんは俺との生活で心を取り戻した。でも、それで満足しちまったんだ。さよりもレイカの存在も知らないアイツは、自分が居なくなる事で俺が自由になれると考えた。だから、自らの体を浄化してこの世を去ったんだ。言っておくが、あれは自殺なんかじゃない。自ら望んだ尊厳死という奴だ。アイツは最後まで笑っていたし、さよりの事を思っていたよ……」

 

 自然と俺の力が抜けていく。そんな俺をレイカとさよりが横から支えてくれた。その事がとても嬉しかった。そして、こんなに良い子に育ってくれた娘達をゆんゆんに会わせられなかった事が残念で仕方がなかった。

 

「俺はゆんゆんを看取ってしばらく経った後、久しぶりに地上に出た。そこで、エリスと再会したんだ。さよりの生存と、レイカの存在を知った時、混乱しながらも内心は喜びでいっぱいだったし、彼女から一緒に暮らさないかと言われた時は嬉しくてたまらなかった。ゆんゆんの遺言は“家族の幸せを貴方に感じて欲しい”っていう妙なものでな。だから、彼女の励ましもあってこうしてお前たちに臆せず会う事に決めたんだ」

 

 娘達は俺の顔をじっとのぞき込んでくる。そんな彼女達に俺は頭をさげた。もう、恥も外聞もない。遅すぎたとしても、彼女達の父親になりたかった。

 

「こんな俺だけど家族として受け入れてくれないか?」

 

 さよりは、微笑みながらコクリと頷いてくれた。レイカは相変わらずそっぽを向いているが、俺の手を励ますように握ってくれた。その姿に俺は目頭を熱くする。どうやら、年をとったせいで涙もろくなったらしい。それに、何だか肩の荷が下りた気がした。

 

「これで話は終わりだ。また何かあったら聞いてくれ。喜んで長話してやる。後、今から最近まで俺とゆんゆんと一緒に暮らしていた奴に会いに行く。そいつに夕食たかるついでにゆんゆんの話でも聞いてやってくれ。多分、面白い話をいっぱい聞けるぞ。という事で少し、ここで待っててくれ。奴と話をつけてくる」

 

 そう娘達に言い残して、俺はラニアの部屋へと入る。そこには、お鍋を頭にかぶり、おたまを装備してガクブル震える吸血鬼がいた。彼女は俺の姿を見て泣きながら駆け寄って来た。

 

「カ、カズマ君どうしよう! なんだか、物凄く神聖な気配を漂わせた何かと膨大な魔力を持った何かがすぐそこにいるの! それに、ゆんゆんはどうなったの!? もしかして、外の奴に……!」

 

「落ち着けアホ、外にいるのは俺とゆんゆんの娘と、俺と女神エリスの子供だ。お前に危害は加えないから安心しろ」

 

「ほぁっ!? 女神エリスと君の子供……!? それにゆんゆんの子供は……」

 

 極度の混乱状態の彼女を落ち着かせ、事情を大まかに話す。彼女はゆんゆんの死に泣きながらも、俺との口裏合わせに付き合ってくれた。どうやら、彼女もゆんゆんの死は覚悟していた事らしい。せめて、アイツの話を娘に聞かせて欲しいという俺のお願いを、彼女は快く受け入れてくれた。

 

「あたしみたいな化け物の最後は皆悲惨なものなんだよ。ゆんゆんが笑って死ねたなら、あたしはそれを祝福する。本当に彼女が羨ましいよ……」

 

そんな事をポツリと言う彼女の表情はとても印象深かった。

 

 

 そして、俺はラニアを伴って娘の元へ行く。そこには、ふしゃーっと威嚇するレイカと、杖を持って身構えるさよりがいた。

 

「落ち着けお前ら、コイツはヴァンパイアだが決して悪い奴じゃない。それに、ゆんゆんの友達だ。よくしてやってくれ」

 

「ど、どもーラニアです! あたし、悪いヴァンパイアじゃないよ! だからそこの銀髪のお嬢さん! どうか、その呪文はやめ…ひゃああああああああっ!?」

 

「こ、こらレイカ! さより、一緒に取り押さえるぞ!」

 

 ヴァンパイアを前に暴走するレイカを、さよりと共に取り押さえる。こうして、割と最悪な出会いと言えるものであったのだが、半刻が経過した今ではラニアと娘達は何やら楽しそうに会話していた。流石、ゆんゆんと自然に友達になった女である。案外、コミュ力が高いのかもしれない。そんな彼女と娘達が会話する様子が、ゆんゆんとかぶって見えた。

 

「いやーさよりちゃんは本当にゆんゆんそっくりだねぇ~」

 

「ほ、本当ですか? あまり実感が湧かないのですが……」

 

「顔が可愛い系じゃなくて、綺麗系なところはちょっと違うけど、雰囲気はゆんゆんそっくりだよ! なんだか虐めたくなっちゃう!」

 

「は? お姉ちゃんを虐めたら冥府に送って差し上げますよ」

 

「す、すいませんレイカお嬢様! 今のは冗談です! いたっ!? なんで髪引っ張るの!? いたたたっ! すいませんすいません!」

 

 俺が入るスキがない彼女達の様子を見て、少しだけ嫉妬する。また、俺とゆんゆんの爛れた地下生活をラニアからの視点で聞くのはとても恥ずかしい事だった。それでも、悪い気はしない。ゆんゆんと過ごすここでの生活は俺にとっても幸せといえる暮らしだったからだ。こうして、ゆっくりとした夕食の時間も過ぎていく。そんなこんなでそろそろ帰る時間だ。

 帰宅をラニアに告げると、彼女は少し待って欲しいと言ってから、部屋に引っ込み、ゴチャゴチャとしたものを持ってきた。

 

「それじゃあ、帰る前にあたしからはプレゼントをあげよう! はい、まずはさよりちゃん!」

 

「これは……サボテンと多肉植物ですか……?」

 

「そうだよ。このサボテンはゆんゆんが一番大切に育てていた植物なんだ。貴方に育てて貰えば、ゆんゆんもこの子も喜ぶはずだよ。多肉はあたしからのプレゼントだよ!」

 

「そうなんですか……ありがとうございます……大切に育てます……!」

 

 少し涙ぐみながら、さよりが鉢を受け取る。あの植物群は俺にとっても見覚えあるものだ。さよりが育ててくれるなら、ゆんゆんも本当に喜んでくれるはずだ。

 

「そして、レイカ様はこのクリスという花の鉢をお受け取りください!」

 

「あっ……それは……」

 

「貴方様の瞳の色によく似た美しい花でしょう? さよりちゃんと一緒に育てて見てね? 植物はいい……いいぞぉ……!」

 

「ま、まぁ頂いておくわ……ありがと……」

 

「へへぇ……! 喜んで頂けたなら幸いです!」

 

 へこへことへりくだるラニアから鉢を受け取った鉢をレイカは嬉しそうに受け取る。そういえば、あの花はエリスのお気に入りでもあったはずだ。そうか……エリスのお気に入りか……

 

「そして、これはカズマ君にあげよう!」

 

「これは……愛のポエム集……お前のなんかいらねえぞ……」

 

「違うよ。これはゆんゆんが書いた奴だよ。あたしの趣味に付き合って書いてくれた奴をまとめておいたんだ。ほんと、愛されてるねぇ~」

 

 彼女から受け取った本を、俺は少し開く。そして、すぐさま閉じてカバンへ放り込んだ。なんというか、恥ずかしい内容だった。思わず、顔が赤くなる俺を、三人はニヤニヤしながら見ていた。まぁ、悪い気分ではない。

 

「それじゃあ俺達は帰る。またな、ラニア」

 

「うん、バイバイ! いつ帰ってきてもいいからね。ここはキミとゆんゆんのダンジョンなんだから……」

 

 小さく手を振るラニアに三人で別れを告げ、脱出ポイントからテレポートで屋敷まで帰る。月明りが夜を照らす中、屋敷のカーテンから漏れる光を見てひどく安心する。帰ってきた。そういう思いで胸がいっぱいになった。

 そんな時、レイカがさよりに小さく耳打ちした。さよりは、コクリと頷いて一足早く屋敷へと帰る。そして、レイカは俺に一歩足を近づけた。

 

「サトウカズマさん、私と二人でお話しませんか?」

 

「喜んで」

 

 もちろん、断るわけがなかった。そして、彼女と共に、庭に設置されたベンチへと腰を下ろす。少し肌寒い夜風が心地良かった。

 

「まず一つ、謝罪いたします。今日、貴方に生意気な態度をとり続けてごめんなさい。嫌でしたよね……」

 

「そんな事はない。あれは当たり前の反応だろ」

 

「いいえ、私自身は貴方を好ましく思っております。まだ、女神修行中で審美眼も未熟な私ですが、貴方が良い人だという事は分かっております。それに、自分を偽らず、真摯に私達と向き合ってくれた。貴方が私達とお母さんを思う気持ち……言わずとも感じ取れました」

 

 クスリと笑いながら、そんな事を言うレイカに素直に驚く。まさかの、好感触だったらしい。彼女については、エリスと一緒にゆっくり打ち解けようと思っていた。あの生意気な態度の裏でそのように思っていてくれたのなら、なんだか余計に可愛く見えてきた。

 

「私が真っ先に貴方を受け入れたら、きっとお姉ちゃんは何も言えなくなってしまいます。だから、私は反抗的な態度をとってお姉ちゃんの味方をする事にしました。まさか、あんなにも早く陥落するとは思いませんでしたけどね……」

 

「そりゃあ、アイツはゆんゆん似だからな。ちょろいちょろい。可愛いし、俺にとっては嬉しい事だけど、やっぱり心配だな」

 

「ええ、本当に心配です。お母さんに、あの子に寄ってくる人間を見て審美眼を鍛え、人間というものについて学べと指示されるほど、お姉ちゃんには悪意ある人間がホイホイ寄ってくるんです。本当にもう……」

 

 額を手で押さえてうつむくレイカと共に、俺も溜息をつく。どうか、俺みたいな男に引っかからないで欲しい。娘という立場だと、ゆんゆんより防ぐのが大変なのだ。本当に、レイカがいてくれて良かった。きっと、ゆんゆんにおけるめぐみん枠なのだろう。

 

「お姉ちゃんは学校では学年1位の成績と、魔法の腕でみんなの憧れなんです。でも、いまだに友達が出来なくて……」

 

「おおう……まさかイジメとかは受けてないよな……」

 

「一時期、やっかみで陰湿な事をした子がいるんですけど、お姉ちゃんは穏やかそうに見えてやられたらやり返すタイプの人なんです。口で言うのも憚られるような物凄く陰湿な手段で仕返しして、その子を大泣きさせた事もあるんです。それ以降、お姉ちゃんにそういう事をしようとする人はいませんよ。憧れでもありますけど、怖がられてもいますから。一部では鬼畜のさよりと噂されて……」

 

「そ、それは聞きたくなかった情報だな……」

 

 やっぱり、おかしい。性質は遺伝しないはずなんだが、俺とゆんゆんの子だと考えるとなんだか妙に納得出来てしまう。レイカにも変な遺伝が為されていないか少しだけ心配になって来た。

 

「おっと、話が逸れてしまいましたね。とにかく、私は貴方を受け入れます。でも、その前に条件があります。貴方がつけている指輪を母のいる所では外してもらえませんか?」

 

「それは……理由を聞いてもいいか?」

 

「ええ、私がとても失礼な事を言っているのは承知しています。ですが、私は母の味方です。母はお姉ちゃんが首から下げている指輪を、時節羨ましそうに見ていました。そして、今、貴方がつけている指輪も……貴方と再会してからの母はずっと嬉しそうな様子でした。だからこそ、母と一緒になるなら、ゆんゆんさんと同じくらい……いえ、それ以上に愛してください!」

 

 必死な様子のレイカに俺はたじろぐ。俺すら存在を忘れかけていた指輪をそこまで意識する事はなかった。だが、指輪というものに女性が持つ思いの強さは知っている。ゆんゆんだけしか経験はないのだけれど……

 

「レイカ、悪いがこれはまだ外せない。でも、いつか向き合わなくちゃいけない事だろうな」

 

「…………」

 

「納得はしなくていいが、受け入れてくれ。でも、俺もお前のおかげで重要な事に気付けた」

 

 俺は指輪を外す代わりのアイデアとして、一つの方法を示す。それを、彼女は苦笑しながら受け入れてくれた。

 

「お母さんを泣かせたら、許しませんからね……」

 

「分かってるよ」

 

「ふんっ……」

 

 少しだけ、生意気な雰囲気が出てきた。女神としてのレイカと、昼間のようなレイカ、どっちが本物なのか少し困惑していたが、これで理解できた。どっちも、本当のレイカなのだろう。

 

「それじゃあ、最後のお願いです。私の頭を撫でてはくれませんか?」

 

「はぁ? お前はいいのか……?」

 

「ええ、実は少しお姉ちゃんが羨ましかったんです」

 

 顔を真っ赤にしながら、素直に頭をこちらへ近づける彼女にそっと手を伸ばす。くしゃりと触れる柔らかな銀髪はなんだかとても手に馴染む。レイカは静かに目を瞑りながら手を受け入れてくれる。そして、手を放すと彼女は心からの微笑みを俺に向けてくれた。

 

 

「今後もよろしくお願いしますね。お父さん」

 

 

 

 俺は夜空を見上げながら彼女の言葉に答えた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 そろそろお風呂に入ろうか。そんな事を考え始めた時、さよりが家に帰って来た。彼女は機嫌良さそうに植物の鉢をテーブルの上に置くと、ソファーで惰眠を貪っていた私の元へ笑顔でやってくる。どうやら、カズマさんは上手くやってくれたようだ。

 

「さより、どうだった?」

 

「楽しかったです。それに、いっぱい色んな話が聞けました……」

 

「ふふっ、良かったわね」

 

 さよりは私の隣へと腰を下ろす。それから、彼女は今日聞いた事をさらっと話してくれた。その内容に思わず赤面する。カズマさんは少し赤裸々に話しすぎだ。それでも、娘が喜んでくれるなら嬉しいものだ。

 

「お母さん、私、ゆんゆんっていうお母さんの事を聞いてとても悲しかった……」

 

「ええ……」

 

「でも、同時に嬉しくもあったの」

 

「え?」

 

 自分が言うのもなんだが、それはどうかと思う。彼女には悲しんで欲しかった。それが、人間としての普通の反応だからだ。

 

「別に変な意味じゃないの。私は、お父さんとゆんゆんって言う産みのお母さんに捨てられたと思ってた。お母さんやアクアお姉ちゃんが違うっていっても心の中でそう思ってた。でも、お父さん本人から事情を聞いてやっと理解できた。私は本当に捨てられてなんかいなかった。それが嬉しかったの……」

 

「あっ、だから嬉しいのですね」

 

「うん、そういう事なの。でも、もう一つ嬉しかったのはこれで私も本当に家族になれたって気がしたの」

 

 さよりは、首から下げていた指輪を外してポケットに入れる。私はそんな彼女の事をじっと見守った。何やらスッキリした様子の彼女を見て、何か心の変化があったのだろうと私は自然と察した。

 

「私はお母さんやレイカちゃんみたいに銀髪でもないし、目が紫色じゃない。それに、胸だってお母さんみたいに小さくないし……」

 

「さ、さより!? 今のは嫌味ですか!? 胸が小さいお母さんへの当てつけなんですか!?」

 

「ち、違うから落ち着いて。私はお母さんの実の子じゃないって言われた時、とてもショックだったって事が言いたいの」

 

「それは……でも、やはり事実は言うべきだと私は思ったんです。それに、ゆんゆんさんは貴方をとても愛していましたからね。彼女の存在は貴方に伝えたかった。でも、今のさよりのお母さんは私なんですからね?」

 

 私の言葉を聞いて、彼女はクスクスと笑う。思わず、ぷるぷると震える胸部に目がいってしまうが、さよりは私の子だ。決して羨ましいとか思っていない。うん……お母さんにも分けて欲しいな……

 

「ゆんゆんお母さんには感謝してる。私を産んでくれたし、とっても私の事を愛してくれていたみたい。お父さんも、ラニアって人もそう言ってた」

 

「ええ……私もゆんゆんさんを見ていましたから……」

 

 さよりとゆんゆんさんを引き離した事。それは私の永遠の罪過だ。当時はそんな思いはなかったが、今は私の中にその認識がある。私とゆんゆんさん、さより、レイカ、カズマさんが一緒に笑い合える世界もあるのではないかと……

 

「お母さん、顔をあげて? 言いたい事があるの」

 

「なんですか……?」

 

 顔をあげた私に、さよりは抱き着いてくる。昔は私の胸の下にあった頭の位置が、今では私の顔の前。実は、身長をつい最近越されてしまったのだ。その事が悲しくもあり、嬉しい事でもあった。本当にもう……こんなに胸を大きくさせて……

 

 

「私のお母さんは、お母さんだからね」

 

 

何だか、涙が止まらない。

 

でも、一つだけ分かる事がある。

 

さよりは私の子供だ。

 

 

 

 

 

 

 さよりとお風呂に入った私は牛乳を一気に飲む。そして、娘のおっぱいの前で祈りながらカズマさんとレイカの居場所を聞いた。なんでも、まだ外で喋っているらしい。明日は学校だからもう寝るというさよりにお休みを言って、私は窓から庭を眺める。そこには、楽しそうに会話をしている親子の姿があった。どうやら、私に入るスキはないらしい。

 良い気分でリビングに戻ると、そこにはアクア先輩の姿があった。それを見て、私は顔を引き締める。彼女には話すべき事があるからだ。

 

「アクア先輩、短刀直入に申し上げます、ゆんゆんさんの魂を渡してください」

 

「それは無理ね」

 

「何故ですか? まさか、何か企んでいるのですか?」

 

「違うわよ。私だって知らないの。彼女の魂は私が“消した”。消したものがどこにいくかなんて、私は知らないわ」

 

「アクア先輩……?」

 

 まさかと思って私はアクア先輩の瞳をじっくりと見る。しかし、彼女の目は濁っておらず、強い意志がこもっていた。私は少しだけ安堵する。どうやら、私に隠れて何かしようというわけではないようだ。

 

「では、何故そんな事を?」

 

「簡単な事よ。ゆんゆんがいると、めぐみんもダクネスも壊れちゃう。あの子達のあんな姿はもう見たくない。もちろん、私だってカズマと離れたくない。多くの憂いと問題を産む彼女はもういらないの」

 

「そうですか。でも、それだけではないのでしょう?」

 

 私がアクア先輩にそう問いかけると、彼女はバツが悪そうにそっぽを向いた。私はやっぱりそうなんだと内心安堵する。彼女がそのような思いだけで動くはずはない。アクア先輩は私の大嫌いだけど、大好きな先輩女神だからだ。

 

「ゆんゆんはこのまま魂の浄化の時をしばらく過ごすわ。それが終わって転生したとしても、それはカズマの愛したゆんゆんじゃない。姿形も違うだろうし、性別だって違うかも……それでも、いつになるか分からないけど、カズマと再会できる可能性はある」

 

「ええ……そうですね……」

 

「でも、そこで目にするのは魂レベルで絆を深めたアンタとカズマよ。今のカズマの気持ちがどう傾いてるかなんて、契約者であるアンタなら分かるでしょう?」

 

「…………」

 

 それについては黙秘させて頂く。それでも、契約はカズマさんの心に迷いがあるのなら結ぶことはできない。だからこそ、嬉しかったのだ。彼が私と契約した事が……

 

「でも、それは100歩譲って許せる。問題は、さよりちゃんよ。あの子はアンタを母親だと心から思っている。それはどう抗おうと変える事ができない。そんな娘の姿をゆんゆんに見せるなんてしたくない。そんなのあんまりよ……」

 

「…………」

 

「ゆんゆんの魂の浄化を終えた時には、おそらくさよりちゃんが人間でいた場合はもう天寿を全うしてる。そして、天国に行けば、自分より人生経験を積み、エリスを母と慕う娘が待ってる。安らかに死んだあの子を私はもう苦しませたくないの……」

 

 アクア先輩の目には大粒の涙が溜まっている。やっぱり、アクア先輩は慈悲深い人だ。追い打ちをしようとしていた私が随分と浅ましく思える。本当に、私は女神失格だ。

 

「この世界から消えてもらうのが、あの子にとっての安寧よ。それでも、彼女の思いに、私の思いも込めて送り届けた。もしかしたら、彼女の願いがどこかで叶うかもしれない……そう信じてるわ……」

 

 グスグスと泣き始めた彼女の背中を私は撫でる。彼女に重荷を背負わせた事は心苦しいが、やっぱり私は良い判断をしたと思う。彼女が味方でいてくれて本当に良かった。それが、今回の私の作戦の妥協点。

 

 

絶対に勝てない敵がいるのなら、味方にしてしまえばいい。

 

 

 アクア先輩、めぐみん、ダクネスはカズマさんがいなくても十分に脅威となり得る存在だ。その恐怖に怯えるよりかは、私も彼女達の輪に入ってしまえばいい。アクア先輩の考える“私達”に私を受け入れてもらうのだ。もちろん、カズマさんは渡さない。いや、契約したのでもう渡す事もできない。それを、アクア先輩、めぐみんさん、ダクネスは許容した。

 まぁ、それでも完全な独占状態というわけではない。特定の日には、カズマさんを彼女達と“共有”する事を約束している。私自身も、それは納得している。だって、彼女達がいなかったら、私もカズマさんの良さに気付けなかったのだから……

 そして、いつの間にかアクア先輩を慰める手の数が増えていた。めぐみんさん、ダクネス、その両方が苦笑しながら彼女の傍に立っていた。それを受けて、アクア先輩は袖で涙をゴシゴシと拭いて、満面の笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

「これで、私達もずっと一緒だね!」

 

 

 

ゾクリという怖気が私の背中に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数か月の時が過ぎた――

 

 

 

 

 

 さよりとレイカは学校の最終学年となり、自分の将来に頭を悩ませている。進学するか、冒険者となるか、教会に勤めるのか、どこかのギルドや国の職につくのか……

 そんな子供達を私はカズマさんと一緒に見守っている。ちなみに、今住んでいる場所は屋敷ではない。この世界のとある片田舎、そこに家を買って穏やかな暮らしをしていた。まぁ、毎日のように現れるアクア先輩とめぐみんさん、ダクネスのおかげで少し穏やかではない気もするが、楽しい毎日である事は変わりなかった。

 そして、私は小高い丘の上に作られたお墓の前に来ていた。そこには、多肉植物が並べられ、私の好きなクリスの花まで添えられている。それはカズマさんが自らのけじめのために作ったゆんゆんさんのお墓だ。

 

 

「ゆんゆんさん、お久しぶりですね」

 

 

 反応はもちろんない。それから私は懐から一枚の写真を取り出す。その擦り切れてボロボロになった写真には、笑顔を浮かべるカズマさんとゆんゆんさん、さよりの姿があった。そして、右手には私の愛用の品を握る。傷つき、メッキが剥がれたそれを私はしばらく眺めた後、フリントを指で勢い良く回す。

 そして、ざらついた音と共に暖かい炎が灯る。その炎を私は写真にかざした。勢いよく燃える炎が、全てを焼き尽くす。その姿を最後まで見届けた。後には何も残らない。全ては風と共に消え去って行った。

 

 それから、私は懐からもう一枚の写真を取り出す。その写真を眺めながら、私は自然と笑顔になってしまう。だから、私はお墓の前にその写真を置いた。

 

 

写真には、私達“家族”の笑顔があった。

 

 

 

「ありがとうございます。ゆんゆんさん。私は幸せです」

 

 

 

 

 心からの感謝の言葉を述べてから、私は丘を下る。そこに、愛すべき“家族”がいるからだ。そして、庭先にカズマさんの姿を見つけて、私は小走りで駆け寄った。

 

「カズマさん、何をしているんですか?」

 

「うっ……買い物に行ったんじゃなかったのか?」

 

「今帰って来た所です。それより……また三日も持ちませんでしたね?」

 

「しょ、しょうがねえだろ? また悪魔の囁きがあってだなぁ~」

 

「まったく、適当な事言って……」

 

 私はカズマさんから、タバコを取り上げる。中毒はいけないと思う。でも、たまにならいい。だって、それを理由にキスが出来るから……

 

「んっ……んむっ……んぅ……」

 

 彼に、躊躇なく唇を押し付ける。ちょっとたばこ臭い……だから全部浄化する。私の匂いと香りで彼を満たしてあげる。そんなものより、私の方が良いものなんです。

 そのままカズマさんの口を堪能し、ゆっくりと顔を離す。名残惜しそうな彼の顔が可愛くて仕方がなかった。

 

「カズマさん、それじゃあお昼にしましょうか。家に入りましょう?」

 

「ああ、分かった。でも、その前にお前に渡すものがあるんだ」

 

「なんですか?」

 

 振り返った私の左腕を彼がゆっくり持ち上げる。そして、白金のリングを私の薬指へと通す。最初は意味が分からず、きょとんとしていたが、理解してからは体が震え始めた。

 

「遅くなったな」

 

「っ……!」

 

「エリス、俺と結婚してくれないか?」

 

 彼の言葉に体が、心が震える。そして、嬉しさと喜びで全てが満たされる。私がずっと欲しかったその言葉。出来れば一番最初に言って欲しかったけど、そんな些細な事はもうどうでもいい。今は、私が彼の“一番”だ。

 

「はい……その申し出……喜んでお受けいたします……」

 

「そうか、ありがとうなエリス」

 

 朗らかに笑う彼へ私はぎゅっと抱き着く。嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しい! 彼が私を求めてくれる。彼のお嫁さんになれる。その実感がじわりじわりと湧いて来た。だから、私はずっと聞きたかった事を訪ねた。

 

「私は今とっても幸せです。あなたはどうですか?」

 

「ああ、もちろん幸せだ。お前と……家族と一緒に過ごせて俺は幸せだ。もう絶対に離さないからな」

 

「はい……はい……!」

 

 カズマさんが私の事をぎゅっと抱きしめ返してくれる。彼が幸せを感じてくれた。それは、私の幸せ。他の誰のものでもない。“私”の幸せだ。でも、私はもっと幸せになれる。だから、言って欲しい。心からの言葉を私に囁きかけて欲しい。

 

「カズマさん、私……」

 

 

 

 

 

「エリス、愛してる」

 

 

 

私が一番欲しかった言葉を、一番欲しい時に言ってくれた。

 

本当に私は幸せだ。

 

 

 

 彼を抱きしめながら、自分の左手に存在する指輪の感触を確かめる。私は、ゆんゆんさんから“全て”を奪った。でも、この指輪は奪ったのではない。

 

 

カズマさんが私にくれたもの。

 

 

 私に囁いてくれた愛の言葉も、幸せも、“家族”も、全て私にくれたもの……“私だけ”のもの。

ぎゅーっと抱き着きながら、彼との繋がりを確かめる。もう絶対に離さない……誰にも渡さない!

 

 

 

 

「カズマさん、貴方は私だけのものです」

 

 

 

 

彼の事をぎゅーっと、ぎゅーっと強く抱きしめる。

 

そして、私の思いを込めた一言を最愛の男性に……カズマさんの耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んでも離しませんから」

 

 

 

 

 

 

 



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すたんどばいみー! (ハーレム&アクアルート)
あっけない失敗(大幅に加筆修正しました)


オリキャラ(元ネタはギリシャ神話の女神)が出てきます
ご注意を!

大幅に加筆修正しました

(カットした第一次メイドバトル追加)


 とある片田舎の廃村内を女神エリスはゆっくりと歩き回る。周囲の安全と、自らが施した隠蔽の魔法陣や仕掛けを確認した彼女は村内にある崩れかけの教会へと足を運んだ。

 そんな崩れかけの教会の床には強固な悪魔封じの結界が張られている。そして、結界の中央に置かれた椅子には両手と体を後ろ手に縛られた上に猿轡をつけてもがいている女性がいた。私はこちらを睨み付けてくる女性の頬を一度はった後、猿轡を外す。彼女は酸素を求めるように大きな呼吸を繰り返し、相変わらずの視線をこちらに向けていた。

 

「あたしみたいな下っ端を捕まえて何がしたいのさ! そんなにも女神ってのは暇なのかい!」

 

「うるさいですね」

 

「ひっ……! 聖水はやめっ……ぐああああああああああああっ!?」

 

「下品な声ですね。まぁ、悪魔なんて存在そのものが下品ですけど」

 

「ふざけんな……! 復讐してやる……ここから出たら必ずお前を殺す……!」

 

「えいっ」

 

「ああああああああああああっ! くそっ……くそくそっ……!」

 

 瓶に入れた聖水を頭から振りかけられ、椅子の上の女性はもがき苦しむ。聖水は彼女の顔の上で泡立つように沸騰し、軽度の火傷となった。女性は顔を苦痛に顔を歪めながら、目の色を綺麗な青色から赤黒い色へと変化させる。これはこの女性が悪魔に憑依されている事を意味していた。

 

「私は貴方に少しお願いがあるだけです。それが済んだら貴方を解放しますよ」

 

「ハッ! 女神様が悪魔にお願い!? 冗談にしても面白いな! もしかして邪神の類か?」

 

「私の正体に気付いていないとは言わせません。むしろ、自分の状況をしっかり把握してください。本来の私であれば貴方のような薄汚い木っ端悪魔はすぐに滅ぼします。でも、“お願い”があるからこそ貴方を生かしている。理解できましたか?」

 

「糞っ……! お願いってより脅迫だろうが! なんであたしがこんな目に……!」

 

 赤黒い目を濁らせ、ぶつぶつと呟き始める悪魔を私は冷めた目で見つめる。こんな悪魔風情とは少しも関わりたくもないのだが、カズマさんを手に入れるためには必要な事だ。浄化魔法でぶっ飛ばしたくて震える手を理性で押さえつけ、私は懐から数枚の紙を取り出し床に並べる。その紙には男女の写真が貼られ、それぞれの経歴が記されていた。紙を見た悪魔は怪訝そうに少しだけ眉を動かした。

 

「何かと思えばあたしの契約者達じゃないか。くくっ、コイツらからは良い悪感情をたっぷり頂かせて貰ってるよ……!」

 

「ええ、そうです。だからこそ、貴方に彼らとの契約を破棄して頂きたいのです。もう十分堪能したでしょう?」

 

「ふざけるな! これからが一番楽しい時期なんだよ! しかも監獄なんかに逃げやがって……絶対に代償は払ってもらう……コイツらの魂はあたしのもんだ! 代償を貰ってないのに契約破棄なんて絶対するか!」

 

 歯茎をむき出しにして怒る悪魔に私は呆れる。やっぱり、すぐにでも浄化してやろう。悪魔払いの詠唱を唱えながら、顔面に聖水を浴びせていく。奴は恨みの言葉と苦悶の声をあげながらもだえ苦しむ。簡単には殺さない。私の手を煩わせた報いを受けて貰うのだ。そして、詠唱が完成しそうになった時、悪魔は急に態度を変えて懇願の声をあげる。悪魔の目は赤黒いものから、綺麗な青色へと戻っていた。

 

「お願い! やめてくださいエリス様! 私はある日この悪魔に突然憑依されたんです! そこからはずっと地獄……体を奪われ……家族とも離れ離れになりました! 悪いのは全部この悪魔です! 私は悪くない……! でも、この悪魔が私の体が離れたら限界まで酷使された私の体は崩れちゃうんです! 私はまだ死にたくない……! 夫や子供の顔だってもう一度見たい……!」

 

「残念ながら、貴方の救いの道は最早“死”しかありません。それと、貴方の旦那さんは再婚して子供共々幸せな日々を送っています。再会しても、彼らに不幸しか与えません。大人しく天国で彼らを待ちなさい。そうすれば、彼らの中の貴方は死ぬまで“素敵な思い出”でいられるのですから」

 

「あっ……そんな……それじゃあ私は……」

 

 悪魔は意識を失ったようにかくりと顔を俯かせる。数秒後、再び顔を上げた時には、彼女の目は再び赤黒い色へと変化していた。

 

「おい、この女を精神的に殺しやがったな? アンタそれでも女神か?」

 

「貴方が肉体を酷使し、心も壊れかけとあってはどのみち長い命ではありません。それに、体を乗っ取られ、精神的に限界であった彼女を救うには最早安らかな死しかありません。憑依され続けて生き地獄を味わうよりかはいくらかマシです。何より、助かってから“現実”を見ないで済むのですから」

 

 悪魔はイラつきながら体を揺すり、顔をしかめる。この木っ端悪魔が持っていた人質……憑依先の人間は交渉の道具としての価値はなくなった。そして、再び呪文を唱えようとする私を悪魔が大声で制す。その表情は、屈辱にまみれたものであった。

 

「分かった……コイツらの契約を破棄してやる。でも、私を必ず解放すると契約しろ!」

 

「いいでしょう。本当に契約を破棄してくださるならば、貴方をここから解放し、私のような女神、天使、及びエリス教徒に討伐を指示しませんし、アクシズ教徒などに情報を流したりもしません。それを“約束”しましょう」

 

「約束じゃない、契約しろ! ちゃんと悪魔契約の書類にその旨を記載させて貰うからな! そして、拘束を解け! どうせ、悪魔封じの結界のせいでここから出られないんだしよ! 分かったら……いぎいいいいいいいいいっ!?」

 

 気が付いたら、彼女の肩に悪魔払いのナイフを突き立てていた。危ない危ない……当たり所が悪ければ殺してしまっていた。私はナイフを抜くと、怯えた表情を浮かべる悪魔の顔を数度切り付ける。鼻と頬を削ぎ取られ、無残な姿になった悪魔を椅子ごと蹴り倒し、首元を踏みつける。奴は涙を流しながら、懇願するように私に救いを視線で求めた。悪魔の癖に情けない……まぁ所詮は人間に巣食う寄生虫以下の存在という事でしょうね。

 

「いいですか、貴方がどう駄々をこねようと選択肢は二つしかありません。契約を破棄して彼らの魂を解放し、自分も自由の身になるか、ここで拷問されながら死ぬかのどちらかです。貴方はどっちにします? 私もいい加減飽きてきました。元より、救う価値のない人間の魂にここまで……」

 

「待て! 全部破棄する! だから命だけ勘弁してくれ! あたしはまだ死にたくない!」

 

「では、今すぐ契約破棄を」

 

「分かった……分かったからナイフをこちらに向けるな!」

 

 悪魔は名残惜しそうに指を鳴らす。どうやら、今のが契約破棄の合図らしい。私は契約者達の元に派遣していたクリスと同期をとる。どうやら、無事契約は破棄できているようだ。私はため息を一つ吐くと、悪魔の拘束をゆっくりと解き始める。その間、悪魔は契約した者達がいかに救いようのない人間かを偉そうに喋っていた。それを聞き流して拘束を解き、ついでに床の結界の一部を足で擦ってかき消す。そうして、私は結界の外に奴を蹴り飛ばした。

 

「いたた……それじゃあ逃げさせてもらうよ! 今後二度と会う事がないのを祈るさ」

 

「ええ、大丈夫ですよ。それは絶対ありませんから」

 

「はははっ……あたしだってそう思いたいけど……はぐっ……ぐぼっ!?」

 

 背後からダガーの刺突を受けて悪魔が口から血ごぽりと吐き出す。そして、バインドで簀巻きにされ床に転がされた。恨みがましい目で私を見つめながら、悪魔は吐血を続ける。そんな悪魔に、姿を現したクリスが液体を振りかけた。

 

「裏切ったな……約束と違う……! この嘘つき女神!」

 

「約束は破っていませんよ? 彼女はクリス。純粋で善意ある人間です。ちなみに、今はエリス教徒でもありません。私もこんな所に知り合いの悪魔祓いが突然現れるなんて驚きです。貴方、運がなかったですね……」

 

「くそっ……くそっ……こんな……悪魔のあたしが騙されるなんて……恐怖に呑まれるなんて! おい……それにこれは聖油か……? やめろ……それだけはやめろ……! ああっ……ああああああああああああああっ!?」

 

 クリスが、火のついたマッチを悪魔に投げつける。奴は恨み節と断末魔の悲鳴を上げながら全身を炎に包まれてもがき苦しむ。悪魔から教会の廃材へと延焼し、奴が息絶えて“この世界”から消えたのを見届けた私は、燃え盛る教会をゆっくりと後にした。

 私は、作戦の事前段階が終わった事をクリスから報告を受けて少し気を楽にする。これで、使い捨ての人材は何とか確保できた。しかし、そのためとは言え下賤な悪魔と関りを持った事には怖気が走る。でも、神である私ですら使い捨ての人材を手に入れるのにこれだけ苦労した事が少し滑稽だった。

 あの悪魔……いわゆる十字路の悪魔と呼ばれる奴らは悪魔の中でも最低な奴らだ。彼らは、契約した人間の願いを出来るだけ叶える代わりに、代償として10年後に命と魂を差し出すという方式を契約の基本としている。今の事だけしか考えていない愚か者は10年の間に己の欲望を満たし、それよって豊かになった人間は、10年後の代償のを支払う時期になって初めて契約した事を激しく後悔し、絶望する。つまりは最初に人間を満足させ、それで得た幸せを奪う事で悪感情をより稼ぐという方法だ。悪魔達は代償の期日が迫ると、契約者に恐怖の幻覚を見せる他、地獄の猟犬で追い回してより悪感情を得る。本当にどうしようもない奴らだ。

 救いようがないのは、契約した人間もまた悪である事だ。中には、他人の幸せを願ったり、経済的、社会的困窮からやむを得ず悪魔召喚に手を出すものもいる。彼らは私の救いの対象であるが、今回悪魔との契約を破棄させた人間達は違う。

 彼らは、殺人、強姦、詐欺、窃盗、様々な犯罪を隠蔽し、自分の快楽を得るために他者を傷つけた者達だ。悪魔との契約で代償を払う期間が迫った犯罪者達は、どうやら悪魔と猟犬から逃れるために自分から王都地下監獄へ入ったようだ。しかし、悪魔との契約は生きている。死んだら、私の元へは向かわず、魂は直接悪魔の手の中。後は悪魔の玩具か、食べ物……地獄より悲惨な目に会う事は確実だ。

 こんなどうしようもない人間達だからこそ、私は使い捨てと割り切る事ができる。むしろ、感謝して欲しい。悪魔の手から救い、浄化と死後の反省次第では、天国や転生への道が開かれる可能性がなくはないのだから。まぁ、更生の余地なしと判断した場合はすぐに“消滅”してもらうが……

 

『ワンワンッ!』

 

「あら、この子は新入りですか?」

 

「そうそう、あの悪魔が使役してた奴だよ。せっかくだから貰ちゃった!」

 

「なるほど、貴方も悪魔より女神である私に使役される方がいいですよね?」

 

『ク~ンッ……』

 

 少し、物悲しそうに鳴く地獄の猟犬の頭を撫でる。この子の他に、3匹の猟犬が尻尾を振りながら私の傍に待機していた。この子達には重要な役目を任せている。これから、この子達には犯罪者達の周囲をうろついて不安を煽り、適度に危害を加えてもらう予定だ。

 悪魔信奉者の面白い所は、代償を支払う間近になると、命惜しさに今までけなしていた神に救いを求める事だ。そんな彼らをクリスが悪魔から救う代わりに、作戦のための兵士として働く事を誓わせるのだ。熱心な信者というのは、実は過去に後ろ暗い事やっていた……なんて事はよくある事だ。過去の行いを悔い改めたものほど、宗教に傾倒しやすい。

 まぁ、彼らが信心をするかなんてどうでもいい。悪魔はまだ貴方達を狙っていると、飼い犬を使って一芝居をうち、クリスとの取引に彼らが応じるように追い込むだけだ。

 

「クリス、貴方はこのまま猟犬の調教を行いなさい。私はカズマさんと会ってきます」

 

「またあたしをのけ者にして……」

 

「何を言っているのですか。貴方も私じゃないですか」

 

「違うよ……全然違うよ……!」

 

 何やら不満そうなクリスを見て私は苦笑する。意識を分離するというのはやはり不思議な感覚だ。でも、彼女は“私”である事は変わりない。いつでも、同期できるのだから考えるだけ無駄というものだ。

 私は廃村から天界へと帰宅し、手早く身支度を整える。お風呂に入って悪魔臭と返り血などを洗い流し、新しく綺麗な洋服へと着替える。そして、私は愛しのカズマさんの元へ降臨した。

 降臨場所はカズマさんの家の玄関前。軽くノックをすると、何やら真剣な表情を浮かべたカズマさんが私を出迎えた。彼は私に気付くと、表情を綻ばせる。私も釣られて笑顔になってしまう。さっきから続く嫌な気持ちも、カズマさんを思えば綺麗に霧散するのだ。

 

「なんですかエリス様、またさよりに構いに来たんですか?」

 

「そんな所ですよ。上がってもいいですか?」

 

「エリス様なら顔パスですよ。さよりだって喜びますし、俺も喜びます!」

 

「ふふっ、またそんな事言って……」

 

 お互いに笑顔を浮かべながら私はさよりちゃんが待つ部屋へと向かう。ベビーベッドでスヤスヤと眠っていた彼女を、彼の許可を貰って抱き上げる。この世界に生を受けてまだ数か月の彼女はとても小さくて儚い。それでも、確かな暖かさと小さな息遣いが彼女の存在と命を感じさせている。そんなさよりちゃんを抱きながら、私は近くのソファーへ腰かけてカズマさんと談笑する。

 こんな何気ない瞬間が、私にとてつもない“幸せ”を感じさせてくれる。ああ、やっぱり私はカズマさんが欲しい……さよりちゃんが欲しい……私の子供が欲しい!

 この子と私の子供はきっと仲良くなれる。早く欲しい、今すぐにでも手にいれたい。でも、まだその時じゃない。だから、私は彼女をゆっくり撫でる。私が貴方の母親になるんですよ……そう心の中で語りかけた。

 

「カズマさん……私も赤ちゃん欲しいです……」

 

「おひょっ!? い、いきなり何言うんですかエリス様!?」

 

「ダメですか? カズマさんとの赤ちゃん欲しいです」

 

「ちょっ……まっ……さ、さよりの教育に悪いですよエリス様!」

 

 顔を真っ赤にしてはぐらかすカズマさんを私はクスクス笑いながら見守る。どうやら、満更でもないらしい。本当に気が多い人だ。でも、悪い気はしない。私にも気がある事は確かだからだ。それならば、後は私が彼の一番になればいいだけだ。ただ、今はこの穏やかな時間を楽しもう。

 そうして、もう少しカズマさんの事をからかおうかと思案し始めた時、隣の部屋から何やらドタバタとした音が響いた。気配は3つ、ゆんゆんさん、めぐみんさん、あるえさんが隣の部屋で何かやっているようだ。

 

「おっと、ゆんゆん達も読み終えた時間帯かな」

 

「……? 何か面白い本でも手に入れたのですか?」

 

「いや、あるえが新しく本を書いたんですよ。今までファンタジー物を書いていたのに、突然ドロドロとした恋愛物を書き上げましてね。それの評価をゆんゆんとめぐみんに頼んでるいるんです。エリス様も読みます? 今、自費出版して商会で売るかどうか検討中なんで、少しでも多くの意見や感想が欲しいんですよ」

 

 玄関で会った時のような真剣な表情のカズマさんにしばし見惚れる。冒険者のカズマさんも好きだけど、商人として働く彼の姿も好きだった。いずれにせよ、真剣に物事に取り組む男性というのは女性の心を引き寄せる。女神である私だって例外ではないのだ。

 

「なるほど。それなら私も喜んで協力します! 実は私、人間の作った娯楽作品って結構好きなんですよ!」

 

「確かにエリス様って案外そういうの好きですもんね……」

 

「ふふっ、否定はしませんよ」

 

 苦笑する彼を軽く小突いてから、私はさよりちゃんを抱きなおす。そして、彼と共に隣の部屋へと向かった。部屋に入ると、予想通り紅魔族三人娘の姿が目に入った。椅子に座り、上気した顔で本を熟読しているゆんゆんさん、机に突っ伏して虚ろな目でぶつぶつ言っているめぐみんさん、同じく机に突っ伏して頭をかき乱しているあるえさんがいた。

 

「あっ、カズマさん! って、エリス様!? いついらっしゃったんですか!?」

 

「つい先ほどです。さよりちゃんを抱っこする許しはカズマさんから貰いました。ごめんなさい……まずは貴方に許可を取るべきでしたね……」

 

「そ、そんな事ないですよ! エリス様ならいつでも歓迎ですし、さよりを抱っこするのに許可なんていりませんよ!」

 

「そうですか、なら毎日来ますね」

 

「えっ……それは……もう……!」

 

 ゆんゆんさんに睨まれたカズマさんは軽く肩をすくめた。どっちにしろ、私はほぼ毎日来ている。もちろん、彼女のスキをついてだが、今度からは見つかっても堂々とする事にしよう。ふふっ、今のゆんゆんさんを見ていると、少し寂しい気がしました。だってもうすぐ彼女の全てを私が奪うのですから……

 

「まぁ、落ち着けゆんゆん。今は本の方が優先事項だ。どうだ、売れると思うか?」

 

「売れるかどうか言われると正直微妙ですけど、女性のイケナイ気持ちを刺激する魅力はあると思います! 私みたいな主婦の方達に受ける予感もしますよ!」

 

「主婦受けねぇ……まぁジャンルが似てる昼ドラも主婦層向けだし、あながち、間違った指摘ではないかもな」

 

「それに略奪愛って何だか燃えるものを感じますよね! それに不倫って凄くいいものだと思います……うん……いい……!」

 

「お、おい! お前が言うと洒落にならないんだから勘弁してくれ!」

 

 うっとりした表情を浮かべるゆんゆんさんの体を、カズマさんが顔面蒼白になって揺らしている。そんな彼らを横目に私はめぐみんさんへ近づいた。そうすると、彼女は怯えた表情で椅子から転げ落ち、私の元からから這いずるように逃げ出した

 

「ひっ……あっ……私はもう恐怖を乗り越えたんです……だいじょうび……私は強い……!」

 

「どうしたんですかめぐみんさん?」

 

「うぷっ……ゆんゆんこわい……エリスもいやだよぅ……!」

 

「め、めぐみんさん!?」

 

 何やら、膝を抱えて泣き始めためぐみんさんをどうしたものかと私は狼狽える。幼児退行したとも言える姿から、過去のトラウマを激しく刺激されたようだ。だが、めぐみんさんのトラウマをこれほど刺激する物語とは、正直気になる。

 私はワクワクとした気持ちになりながら、めぐみんさんが放置した本を手にしてソファーに腰を下ろす。そして、左手でさよりちゃんを抱っこしながら片手で本を読むことにした。だが、そんな楽しみな気持ちも本を読めば読むほどなくなっていく。それから半刻程経過してすべてを読み終えた時、私は全身を嫌な汗でぐっしょりと濡らしていた。こんな事はあってはならない……体の震えが止まらない……!

 

「うふふっ、主人は浮気ばっかりで……でもあの人は私だけを愛してくれる……」

 

「おい、やめろ! マジでやめろ!」

 

「なら、私が寂しい思いをしないように私をもっと愛してください! そんな気が起きないように貴方だけの女にしてください!」

 

「こ、こら! 急に盛るなバカ! エリス様もいるし、さよりも……おいおいおい!」

 

「えへっ……えへへへっ……カズマさんカズマさん!」

 

 カズマさんがゆんゆんさんに押し倒されてもがいているのを傍目に、私はめぐみんさんを抱き起す。そして、彼女の腕の中にさよりちゃんを預けた。めぐみんさんは怯えた表情を浮かべていたが、さよりちゃんを受け入れてからは理性的な瞳を取り戻した。

 

「何をするか知りませんが、教育に悪いので私はこの子を寝かせてきます……」

 

「そうしてください。私は少しあるえさんを借りますね?」

 

「好きにしてください……うぷっ……!」

 

 口元を抑えながら部屋を後にするめぐみんさんを見送り、私は机に突っ伏しているあるえさんを掴み、二階の一室に引きずり込む。そして、彼女をソファーへとぶん投げた。それでも、相変わらずな様子のあるえさんの頬を私は仕方なく張った。すると、彼女は意識を取り戻し、私の方を見て不安気な表情を浮かべた。

 

「ええっ、エリス様……!? わ、私なんかに用事でもあるのかい……?」

 

「あの本を書いたのは貴方だと聞きました。貴方は何を参考にあのお話を作ったのですか?」

 

「えと……盗作とかオマージュじゃなくて私のオリジナルで……」

 

「嘘をつかないでください! 貴方はあれをどこで……! どうしてこんな……!」

 

「ひっ!? すいませんすいませんすいません! 気がついたら無意識のうちに書いてたんだよ……だから私の作品って感じが全然しなくて……ううっ……ひっぐ……カズマ君に認められた最初の話が私が考え抜いた作品じゃなくて……あんな……あんな……!」

 

 ボロボロと泣き始めたあるえさんの言葉に嘘はない。だからこそ余計にイラだった。そして、全てがガラガラと崩壊していく音が頭の中に響く。そのおかげだろうか、却って冷静になる事が出来た。

 驚くべき事にあるえさんが書いた本の内容は、私が実行しようとした作戦を忠実に再現している内容だった。主人公はとある天使。彼女がひょんな事から愛してしまった冒険者の男を手に入れたいと願った結果、その身を堕天使と変えてまでも彼の全てを奪う物語。その天使が男を奪うための手段があまりにも私の作戦と似すぎている! 男と妻の子供を奪うための凶行、魔法使いの妻のリッチー化、男との不倫……とても偶然とは言えない!

 このあるえという女、もしくは彼女に乗り移った“何か”が私の作戦を知っている。そんな事は許されるはずがない……許してたまるものか!

 

「あるえさん、すぐさま精神プロテクトを解除して私に全てを委ねなさい! 貴方の全てを覗かせて貰います」

 

「ええっ……!? いくらエリス様でもそれは……」

 

「従わなければ宗教裁判にかけたのち、必ず処刑しますよ! さぁ解きなさい! 今すぐ解くんです!」

 

「ひぇっ……分かりましたから処刑はやめてぇ……がひゅっ!?」

 

 私は怯えた表情のあるえさんのお腹に渾身の一撃を叩き込んで気絶させる。許可が出たなら遠慮なく見させてもらおう。それに、頭の中を“弄る”のは苦痛を伴う。意識をなくしてもらった方がこちらも楽なのだ。

 そして、彼女の頭の中を隅々まで覗かせて貰った。その結果、彼女の言葉が真である事の確証を得る。どうやら、あれは本当に“何も考えず”無意識のうちに書いてしまったらしい。だからこそ、原因となるものを隈なく探す。

 その結果、一つだけ不審な点を発見した。アクアさんが家出してから約2週間後に、何者かに精神を乗っ取られた痕跡があるのだ。その正体を探り当てた所で私は力なく崩れ落ちる。

 

悪魔などではない……これは私の“同類”だ……!

 

 絶望を前に私は放心する事を選ぶ。私の作戦はもはや本当に単なる夢物語となってしまったのだから……

 

 

 

 そんな時、気絶していたあるえさんが、ゆらりと立ち上がる。髪の隙間から覗く両目には黄金の輝きを放っていた。どうやら、彼女に憑依した“何か”のお出ましらしい。

 

『私は古の時代において結婚と貞節を司った女神。そして今では信仰心を失い、天界にて隠居暮らしをしている旧神の一人です。今回の事は素直に謝ります。ごめんなさい……私は傍観に徹するつもりでしたのに……』

 

「私の先輩ですか……貴方は何が目的なんですか?」

 

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!』

 

 へこへこと謝る古の女神とやらを私は睨む。彼女はそんな私にビクビクしながら事のあらましを語ってくれた。発端はアクア先輩が逃亡した日にまで戻る。なんでも、アクア先輩は日本に逃げる前に、一人の天使を捕まえて泣きながら愚痴をこぼしていったらしい。

 それを聞いた天使は、アクア先輩を相手するのは苦労したという話と共に、あの女神アクアが失恋し、人間の女を相手に惨めに逃亡したという話を伝え、その話が一部の界隈で噂になったという。

 そんな噂を聞きつけた旧神の一人である彼女は、久しぶり旦那と暮らす家を出て噂が本当かどうか一人でこの世界にお出かけして噂を確かめにきたそうだ。

 

『最近の神々ってあの四文字の影響を受けたせいかお堅いのばっかりですよね? でも、アクアちゃんは昔の“私達”みたいに自由奔放で自分勝手、正に神らしい神でしょ!』

 

「はぁ……」

 

『それに同じ地球担当だから少し気にかけていたのよ。そんなアクアちゃんが下等な人間の女になんか泣かされたそうじゃない! それに、貴方の事も前々から少し気になってたのよ。天界で“正に女神”と噂され、そのせいか面倒事を押し付けられてる新米女神が人間の男にイカれちゃったっていうのが、貴方の直接の先輩女神……運命を司る女神達の間で噂になってたの! これはもう自分の目で見に行かなくちゃって……!』

 

 黄金に光る瞳を更に光らせ、上気した顔でハァハァと荒い息をつく旧神に私は溜息をつく。彼女の様子は自分にとっても懐かしいものだ。つまりは出歯亀根性、井戸端会議で聞いた噂が気になって自ら足を運んでしまった近所のおばちゃんのようなものだ。

 

『それで、私は素質がある上に件の男に好意を抱いているこの女に憑依した。それでお堅い女神である貴方が女になってる姿を目にしたり、歪ながらも幸せな関係を見させて貰ったわ』

 

「…………」

 

『それに、件の男も人間にしては中々良い男じゃない。私の旦那が真正クズだから分かっちゃう。あの男の根はとても優しい良い子よ。きっと彼と一緒になれたらアクアちゃんも貴方も幸せになれるわよ』

 

 偉そうにカズマさんの事を語る彼女の事が許せなかった。そんな事、私だって知っている。彼は私が愛した運命の男性。そこらの男とは比べるのもおこがましい!

 

『そこで満足した私は天界に帰ったわ。でも、どうしても貴方達の未来が気になった私は知り合いの運命の女神から一つの“可能性としての未来”を聞いた。それ以降、私は貴方達には干渉していないわ』

 

「では何故こんな事に……?」

 

『だから謝っているじゃないですか! どうやらこの子は私との相性が抜群だった上に預言者や占い師としての素質があったみたい。だから私の記憶を電波……“神託”として受け取り、無意識のうちに預言書を書いちゃったみたい……』

 

 申し訳なさそうに目を伏せる旧神を見て、私は大きく溜息をつく。なんだか、どうでもよくなってきた。私の計画は、こんな奴のせいで始める前から失敗してしまった。怒りや悲しみよりも、脱力感の方が大きい。

 

『ですが、私は貴方を応援していますよ。この本の記憶の事なんて“弄って”なくせばいいのです。結婚を司る女神が略奪愛を勧めるのは少し気が引けますが、相手は下等な人間の女ですし問題ありません。“神”らしく全てを奪ってやりなさい。この世界の管理者である貴方にはその権利があるのですよ!』

 

「はぁ……」

 

『ああ、人間と結ばれる事を私は別に反対しませんよ。私の時代の神々も、お気に入りの英雄を天界にあげたものですから』

 

 昔を懐かしむように目を瞑る旧神を私は無言で睨み続ける。そんな言葉はもはや意味がない。作戦は失敗したと言っていい。それは変えようのない事実だ。でも、あの本に関して私は一つだけ納得がいかない事があった。せめて、その事についてぐらいは聞いておこう。

 

「先輩、あの本の結末に関して私は納得行きません。あれが本当に運命の女神が示した未来だと言うのですか……?」

 

『いえ、運命の女神から聞いた未来は“永遠の幸せを家族全員で得る”でした。ですが、私自身が納得行かなかったので、結末を変えて妄想で補完して無理矢理納得させたのです。それまでこの人間にトレースされたのは驚きでしたけどね』

 

「なるほど、それなら納得です。私はあんな事は絶対しませんからね……」

 

 あんな結末が自分の未来と言われて鳥肌が立っていたのだが、旧神の妄想であるというのなら納得だ。肝心な本の結末はというと、奪った子供が成長するにつれて謀殺した男の前妻に容姿が似てきた事に、天使は嫉妬と恐怖を感じるようになった。そして、前妻の娘の殺害を計画する所で物語は終わる。なんだか、続編を匂わせる内容だった。

 まぁ、私の場合はそんな事は絶対しない。さよりちゃんも、カズマさんの血を分けた大事な“子供”だ。前妻の子供に嫉妬するなんて惨めな事はしない。私はカズマさんの全てを愛し、全てを受け入れるのだから……

 

 こうして、私が夢物語となった未来に思いを馳せていると、旧神が物騒なオーラを発し始めた。表情も見てすぐに分かるほど怒りに歪んでいた。

 

『そうです……私はこの事について貴方に忠告したかったんです! その思いが強くてこの少女に神託が下ったのかもしれませんね……』

 

「先輩にこのような事を言うのは気が引けますが……“余計なお世話”です」

 

『まぁまぁそう遠慮しないでいいのです! それでは先輩女神である私から忠告……助言を与えましょう!』

 

 私の嫌味を謙遜と受け取った旧神には苦笑するしかない。流石はアクア先輩の先輩だ。そんな呆れる私に、旧神はどうしようもない助言を言い渡した。

 

 

『あの子供は殺しなさい! 愛する男と自分以外の女の血が混じった奴なんて存在すらいらないでしょう?』

 

 

 私は旧神に対して無言を返す。そんな助言、受け入れられるわけがない。しかし、旧神は無言を肯定と受け取ったのか、得意気な表情で聞きたくもない自分語りを始めた。

 

『私の旦那はどうしようもない浮気男でしてね。各地に女を作っては孕ませる……はっきり言ってクズ……自称全知全能を名乗る神としてもあまりにもヒドイ旦那だったの……』

 

「はぁ……」

 

『でも、旦那は悪くないのよ? 旦那を誘惑した女が悪いの! だから、私は浮気相手の女には罰を与えたの。本当にバカな女達だったわ……苦しんで死ぬもの……汚らわしい化け物になるもの……当然の報いよね。もちろん、彼女達の子供も殺してやったわ!』

 

 表情を嫉妬と愉悦に歪ませながら語る旧神に私は閉口するしかない。私にとっても昔話となる神々の所業は随分苛烈なものだったと私自身も記憶している。だが、それは反面教師として語られる場合が多かった。

 昔の神々は人間を支配下に置いているという驕りと、生贄を求めていた事が信仰心を失うきっかけになったそうだ。その結果、彼女のように隠居の身となったり、邪神や悪魔に身を堕とす者もいたという。それを反省したという事であろうか。それ以降に創造神様が作った神々は秩序と救済を重んじるものが多くなった……という噂がある。

 

『ある時、私は旦那を誘惑したとある女の子供全員を、彼女の目の前で惨たらしく殺してやった。そして、奴の下半身を蛇に変えて、おまけに子供を失った悲しみを永遠に味わうように不眠の呪いをかけたの! その後、女はどうなったと思う?』

 

「…………」

 

『信じられない事に、発狂した彼女は他人の子供を攫っては喰う本物の化け物になったの! プークスクス! 超ウケルんですけど!』

 

 何がおかしいのか、口元を手で押さえて体を震わせながら笑う旧神を私は目に入れないようにする。コイツとは関わるだけ無駄だ。手っ取り早くお帰り願おう。

 

『とまぁ、私の助言はこれで終わり。だから、それを肝に銘じて行動しなさい。ああ、それとお詫びとして貴方にプレゼントがあるの! 受け取って頂戴!』

 

 旧神が軽く指を鳴らすと、私の目の前に大きな箱が現れる。その箱の中には無骨な鎖が箱いっぱいに入っていた。

 

『これは私の不細工な息子が作った特別製の鎖。自称全知全能の旦那も拘束できる優れものよ? どうしようもなくなった時はこれを使いなさい。私も夫に手を出すのは嫌だったけど……私だって我慢の限界があるの……』

 

「参考程度に聞いておきますが、耐用年数はどれくらいでしょうか?」

 

『流石にそれは私も分からないけど、旦那が私の名前以外の言葉を喋らなくなるくらいには拘束できるわ。それにこれって天界の裏の人気商品なの。昔と違って天界が落ち着いているのもこれのおかげかもね! もし不安なら、私の所に後で訪ねなさい。ストックもいっぱいあるし、不細工な息子にすぐ作らせるわ! という事で私はそろそろ帰らせて貰うわね? 旦那も寂しがっているだろうし、私も限界だから……縁が合ったらまた会いましょう!』

 

 その言葉を最後に、あるえさんの瞳から黄金色の輝きが消える。嵐のように苛烈だった旧神の来訪も、こうしてあっけなく終わった。そして、うめき声を上げながらあるえさんが身を起こした。

 

「ありゃ……? エリス様、私は何やってのかな……」

 

「急に貴方が倒れたのです。記憶にないのですか?」

 

「そうだったの!? と、とにかく私はこうしちゃいられない! 私が考えぬいた作品でカズマ君を認めさせる……あのわけわかんない本より良い作品を書くんだ! よーし書くぞー!」

 

 決意新たに奮起するあるえさんは、ドタバタと部屋を出て行った。そして、入れ替わるように無表情のクリスが部屋に入ってくる。私は彼女にため息で応える事にした。

 

「残念ながら作戦は失敗です……」

 

「どうしてさ!? もう準備は全部整っているんだよ!」

 

「言わなくともご存知でしょう? 作戦実行は不可能です」

 

 私の声にクリスは仏頂面で押し黙る。そう、もうこの作戦実行するにはリスクがありすぎる状況となった。代替案もないし、アクア先輩が帰還するまでに今の作戦以上のモノを立案、準備、実行する事も到底できない。

 それを無視して作戦を決行しようとしても、カズマさん達は本の内容を知っているために真実に辿り着きやすい。記憶を消すのも一つの手であるが、精神誘導と違って頭を弄った“痕跡”も残りやすい。帰還するアクア先輩や、その他悪意あるもの達の事を考えるとリスクが高い行動となる。

 何より、あの旧神が事情を知っているのに作戦を実行するなんて論外だ。口が軽そうであるし、これ以降も余計なちょっかいをかけてくる可能性もある。依り代なしに降臨できず、神気も私より少なかったため、謀殺も一つの手であるが、流石に女神殺害はリスクが高すぎる。ゆんゆんさんを謀殺するのにこれだけ苦労しているのに、信仰心を失ったとはいえ神を殺害するのはそれ以上の苦労をすることは確実だ。

 こんな状況では未来永劫に続くカズマさんとの関係を築くにはこの作戦は不適格となる。つまり、私はまたも振り出しに戻ってしまった。しかも、ゆんゆんさん優勢という最悪の状況で。

 正直、始める前から失敗してしまったので、悔しさや悲しみはそんなにない。でも、単なる徒労に終わってしまったという脱力感と虚しさが私を苦しめる。私は確かに幸運だ……でも悪運は少しもないらしい……

 

「ううっ……なんでこうなるかな……あたしいっぱい頑張ったのに……!」

 

「そうですね……」

 

「助手君をあたしだけのものにって……ぐすっ……もうどうでも良くなっちゃった……」

 

 トボトボと部屋を出ていったクリスを私は無言で見送る。それから意味もなく放心する。気が付けば、私の両目からはとめどない涙が溢れていた。この涙は自分じゃ止められない。カズマさんに傍にいて慰めて欲しい……!

 そんな思いが通じたのだろうか、服を乱したカズマさんが私の部屋に現れた。そして、こちらの顔を心配そうにのぞき込んでくる。私は思わず彼の胸の中に飛び込んでいた。

 

「カズマさんカズマさん……!」

 

「急にどうしたんですかエリス様!? まさか、めぐみんに虐められでもしたんですか!?」

 

「違います……でも今は思いっきり抱きしめてください……それだけでいいですから……!」

 

「エ、エリス様? それくらいは構いませんけど……」

 

「ふわぁ……あうっ……カズマさん……」

 

 カズマさんが私をギュッと抱きしめてくれる。情けない声が出てしまうが、これも仕方のない事。ゆんゆんさんの匂いは不快と言えるが、それ以上に彼の体臭と体温をより強く感じられる。だから、もっと抱きしめて欲しい!

 そんな時、彼の首筋にキスマークがついているのを見つける。ああ、こんな事は許されない……許さない……!

 

「んっ……ちゅっ……はむっ……んんっ……!」

 

「のあああっ!? それ以上はマズ……ああ……ああ゛~!?」

 

「んぁ……諦めません……私は諦めません……!」

 

 彼の首筋を吸いながら、思考は恐ろしいほどクリアになっていく。私はこのチャンスを生かして彼を手に入れる事は叶わなかった。でも、諦めるわけにはいかない。それならば、方針を作戦前へと戻すだけだ。

 私もカズマさんの“家族”の一員となる。そして、しばらくは彼を支える妻の一人となればいい。何しろ、時間が経てば経つほど私は有利になる。ゆんゆんさん達の天下はもって数十年、老いを知らない私とアクアさんがいずれは彼の一番となる。後は死後の契約を勝ち取ればいいだけ……それだけはアクアさんにも絶対譲らない……!

 

「うっ……!? エリス様、ゆんゆんが俺を呼んでます! また後で話しましょう! み、見られたらマズイ!」

 

「ふふっ、いいじゃないですかーいいじゃないですかー!」

 

「おふっ!? 変な所に手を入れないでください! もしかして酔っぱらってます!?」

 

「ちょっとした冗談ですよ。ほら、彼女の所に行ってあげてください」

 

 私の声にカズマさんは訝し気ながらも素直に従った。残された私は緩んだ頬を引き締めながら立ち上がる。想定外すぎる事態で私の夢は砕け散ったが、まだ全てが終わったわけではない。

 

「ふふっ、最後に勝つのは私です!」

 

 こうして、決意を新たに私は歩き出す。そう、一番最後に勝利の微笑みを浮かべるのはこの私なのだ。そして、気分よく部屋を出ようとした時、あの旧神から貰った箱がある事を思い出した。

 

「こんなものに私は頼りません! だって、真にカズマさんを愛し、愛されているのは私なのですから……!」

 

 

だから、こんな道具なんて必要ない!

 

 

 

 

 

 

「ま、まぁ貰っておいて損はありませんね! 絶対に使いませんけど!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 あの騒動から3日後、私はアクア先輩が下宿していた部屋を漁っていた。ガラクタや様々な本が積まれた収納の奥に、隠すように置かれたクッキー缶のふたを開ける。そこには、数冊の小説が入っていた。

 私はそれを手にベッドに転がり、ゆっくりと読んでいく。そして、窓の外の景色が青空から夕焼けに変わる頃、小説をクッキー缶に放り込んで元に戻し、思いっきり伸びをしながら立ち上がった。

 

「先輩も可愛い所があるんですね。メイドとご主人様との恋愛小説なんて……ふふっ……!」

 

 クローゼットから、漆黒のワンピースと純白のエプロンドレス、ホワイトブリムを取り出して身に着ける。ドレッサーで確認してみると、そこにはどこからどう見てもメイドさんな私の姿があった。少しぶかぶかな気がするし、胸の部分がすかすかしているが、そんなの些細な問題だ。

 そして、女神である私がこんな姿をしているという屈辱と、これからカズマさんに仕えるのだという期待感で思考が鈍くなる。私も、あの小説のような秘め事をカズマさん……ご主人様としてしまうのだろうか……!

 

とにかく、私の基本方針は決まった! 私“も”カズマさんの家族になる!

作戦期間はカズマさんの人生の終わりまで……それまでゆっくりじっくり事を進めよう。

 

最後に微笑むのは私だ!

 

だからこそ、私は手始めにアクア先輩のポジションを奪ってやることにした。

 

 

 私は軽快な足取りで一階へと赴き、リビングの扉を開ける。さよりちゃんを抱きながらソファーに座るカズマさんは私に好奇の目を向け、台所で料理をしていたゆんゆんさんは驚きの表情で私を見てきた!

 

「ふふっ、私は今日からカズマ家のメイドとなったエリスです! 以後お見知りおきを……ってひゃあああああああああっ!?」

 

「い、いりません! 私のお家にメイドなんていりません!」

 

「ひゃん……ひゃぐっ……あうっ……!」

 

「こら! 落ち着けゆんゆん! 味噌汁かけるな……! ちょっ……蹴るのはよせって!?」

 

 

こうして、私の前途多難なメイド生活が始まった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 メイド生活も気が付けば数か月経過していた。当初は良いプランだと思ったのだが、予想以上にキツかった。やはり、メイドに対してはゆんゆんさんも嫌な思いがあったのだろう。少し嫌な方向で覚醒してしまったゆんゆんさんに少し虐められてしまった。

 掃除では典型的な、『あら、こんな所に拭き残しが……そんな事もできないのですかエリス様?』に始まり、屋敷中をじゃりめちゃんに追いかけられたリ、洗濯物をダメにされたりと散々であった。

 まぁ、カズマさんにチクってゆんゆんさんにお仕置きしてもらったり、ちょっとしたイタズラでの仕返しも私個人でやっていた。それでも、ゆんゆんさんの様子も段々と落ち着き、今では割と仲良くやっている。アクアさんの反省点でもあるさよりちゃんとカズマさんへの過干渉も、彼女の見ている所ではやっていないのでこのような関係を築けたのだろう。

 もちろん、ゆんゆんさんが甘くてちょろいというのもある。料理がそれほど得意と言えなかった私を懇切丁寧に指導して、カズマさんが笑顔で美味しいと言ってくれるレベルにまで私の料理の腕を上げてくれた。

 

 

だけど、ゆんゆんさんはやっぱり意地悪だ。

 

 

 そんな事を、私はカズマさんの寝室前で再確認した。その日、さよりちゃんのお守りをクリスに任せ、私はアクア先輩が書き残したお手製レシピブックを片手に料理の練習をしていた。

 そして、いい感じに出来た料理を私はいそいそと箱に包む。今日作ったのは苺のショートケーキ。まだ夜も更けていない今の時間帯なら、カズマさんもデザートとして食べてくれるだろう。きっと、美味しいって言ってくれる。お茶を持って行って、彼らとゆっくり談笑するのも楽しみだ。

 そんな淡い期待感を胸に、私は彼の寝室へと赴く。しかし、扉の前で私は足を止める。中から、ゆんゆんさんの艶やかな声が聞こえてきたからだ。

 

『おい……今日はデザートの試食をして欲しいってエリス様が言っていただろう……うくっ……!』

 

『んっ……あっ……はう……! そんな事言ってるくせに……腰が止まってないじゃないですか……んあっ! そこ……そこいいです……!』

 

『し、仕方ねえだろ!? お前が誘うから……おらっ……本当にお前はえっちぃ奴だな!』

 

『ひゃんっ!? んっ……もっと……もっと私を愛して……あんっ……んっ……ちゅるっ!』

 

 気が付けば、私は床にへたりこんでいた。取り落としたケーキはもうぐちゃぐちゃだろう。そんな事、箱を開けなくても分かる。そして、暗闇の廊下を僅かに照らす寝室の光の元……隙間から中を覗く。もちろん、中では予想通りの光景があった。私は唇を噛みながらその光景を耐える。だが、私の手は自然と下着へと向かっていた。

 

「んっ……はぅ……カズマさんは私の方が好きなんです……あうっ……」

 

 情事の嬌声を聞きながら、私は目を閉じる。時節聞こえる彼の愛の言葉も、興奮の息遣いも全て私に向けられたもの……そう考えると頭が蕩けそうになる。そんな思考に引きずり込まれていた時、急に背後から何者かに抱きしめられる。そして、私以外の手がショーツの中へと侵入してきた。

 

「こんな事をしてるなんて、やっぱり負け犬だね」

 

「違います! 私は負け犬じゃ……ぁ……んふぅ……!」

 

「助手君の情交を見てオナニー? 天界でやる時より間近に見れて実は嬉しいんでしょう?」

 

「そんな……私はそこまではしたない事は……」

 

「これを見てそんな事言えるの?」

 

 否定の言葉を出す私の前に、クリスは私の秘所から引き抜いた指を眼前に持ってくる。彼女の中指と薬指には、熱くてとろとろとした愛液がぐっしょりついている。言い逃れはできない。どうやら、私はいつも以上に興奮しているらしい。

 クリスはそれをゆっくりと舐めとってから、再び私の秘所へ指を突っ込んでくる。そして、くちゅくちゅとしたいやらしい音を立てながら私を責めてきた。流石、“私”だ。敏感な所を的確に擦ってくる。だから、私は必死に声を抑える事しかできなかった。

 

「情けない……本当に情けない……」

 

「ふぁ……! んあ……うぅ……ふみゅ……あうっ……!」

 

「助手君を奪うなら、今からでも行動するんだよ。結婚するのは何年後でもいい! とにかく、彼と関係を持ってあたしから逃れられないようにしないと……」

 

「ひぅっ……やぁ……んっ……ふぅーうぅ! んっ……ひっ……はぅ……!」

 

「子供を作るのも、次にゆんゆん以外が孕まされたタイミングでいい。重要なのはその時まで彼と良好且つイケナイ関係を維持する事。ゆんゆんと同じくらい愛してもらう。これはあたしが勝つための最低条件……」

 

 私のダメな所を撫でるように指で押す。思わず、腰が少し浮く。そして、指を出し入れする際の音もくちゅくちゅとしたものから、ぐちゅぐちゅとした下品な音に変わっていた。

 同じくして、部屋の中からゆんゆんさんがはてる嬌声と、カズマさんの押し殺すような声が聞こえてくる。もうダメだった……

 

 

 

「んぁっ―――――! っ―――!」

 

 

 

 口を手で押さえ、絶頂による嬌声を打ち消し、もう片方の手で体を抱きしめてビクビクと震える体を必死に押しとどめる。そんな私に突然の衝撃が襲った。咳込みながら床に這いつくばる私を、クリスは容赦なく踏みつけてきた。

 

「もう理解しているでしょ? このポジションはあたしが求めるものじゃない」

 

「うぐっ……!」

 

「分かったなら即行動。こんなポジション、アクア先輩に押し付ければいい……そして適度に座を狙ってここに彼女を押しとどめるの。うん、それがいいよね!」

 

 

 

くつくつと笑うクリスを見上げながら、私はゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

それから数日後、私の因縁の相手が降臨した。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 エリス様が俺の家にメイドとして住むようになってどれくらい経ったであろうか? 当初は彼女にそんな事をしてもらうのは恐れ多いと思っていたし、ゆんゆんがしょうもないメイドいびりをするという事もあって、エリス様にはとても不快な思いをさせていると自己嫌悪に陥っていた。

 しかし、意外と頑固な彼女は仕事をこなしながら家事を覚え、ゆんゆんのいびりにも耐えて気が付けば家族として溶け込んでいた。最初は拒否反応を示していたゆんゆんも、今ではエリス様と楽しそうに会話をしたり、料理を教えたりと割と良好な関係を築いているらしい。つまりは、エリス様に篭絡されてしまったようだ。

 俺は一般的な労働者の半分程しか働いていないし、一週間のうち半分は休業なお気楽商売だが、日中は留守にしている事は変わりない。めぐみんは従業員として、ストーカーとして俺に付き添うため、実は日中を暇にしているゆんゆんを訪ねる人はほとんどいない。

 そんな彼女の家事手伝いと話し相手としてメイドというポジションは思いのほか重要なのかもしれない。少し早めに帰る事があった時、ゆんゆんとエリス様がエセ貴族ごっこをしている様子を目にしたり、テーブルの上に広げた大量のお菓子をバタバタと片付ける様子を見たことがある。

 ゆんゆんの家事の負担軽減という意味もあるが、役割としては彼女の話し相手といえる。何より俺自身もゆんゆんとさよりを家に一人にしないという安心感を得られる。本当に、彼女達を家に残すは不安な事なのだ。

 

 そんな事をぼんやりと考えつつ、俺は朝食後のコーヒーを楽しむ。台所ではゆんゆんとエリス様がてきぱきと洗い物を片付けていた。俺が家事を手伝う事はほとんどないし、やっても大抵の場合蹴り出される。だから、家事は子育て以外ゆんゆんとエリス様に丸投げ。

 なんだか、着実にダメ亭主の道を歩んでいる気がするが、自分の気持ちには逆らえない。本当に楽なのだ……ゆんゆん達には感謝の思いで頭が上がらない……

 

 

 そして、俺が空になったティーカップをゆんゆんに渡そうと立ち上がった時、玄関から呼び鈴が鳴る。パタパタと駆け寄ってくる彼女達を目で制し、来客に応える。まためぐみんかじゃないかと内心思いながら、俺は躊躇なく玄関の扉を開いた。

 

「ぁ………」

 

「おおっ!?」

 

 しかし、扉の前に立っていたのはめぐみんではなかった。淡く透き通った水色の長い髪、髪と同色の瞳と羽衣……その懐かしい姿に俺は何故だか自然とニヤニヤとして笑みを浮かべてしまった。

 

「久しぶりだなアクア!」

 

「う、うん……」

 

「なんだよ? 久しぶりに見た俺のイケメンフェイスに見惚れたか?」

 

「ちっがうわよヒキニート! ただ……ちょっと……その……あぅっ……!」

 

 アクアが目尻に涙をため、潤んだ瞳で体をもじもじさせて俺の事を見つめてくる。その姿に不覚にもドキリとした俺は、何だかアクアの事を無性に抱きしめて撫でてやりたくなった。

 

「カズマ……言われた通り半年も距離を置いたわ……だから、また私を傍に置いてくれる……?」

 

「そうだな。俺は――」

 

「あら、アクア先輩じゃないですか。メイドなら間に合ってるので天界に帰っても構いませんよ? というか帰れ」

 

「へっ……?」

 

 いつの間にか、俺の横にはエリス様がいた。そして、メイド服姿の彼女を見てアクアの目が点になる。それから、再び目尻に涙をためはじめる。ああ、これはさっきとベクトルが違うダメな奴だ……

 

「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ!」

 

「うるせえ! その泣き方はやめろ!」

 

「だって、久しぶりに家に来てみたらエリスが……私の居場所が……!」

 

「アクア先輩の居場所なんて元々ありませんよ?」

 

エリス様はそう言い放ってから、アクアの胸をドンと押し、彼女はよろめきながら数歩下がる。少しの間、唖然としていたアクアだが涙目を怒りの表情に変えてエリス様に掴みかかってきた。

 

「あ、ああ、ああああ……! わああああああ、このPAD女神、とうとう私の聖域にまで手を出し始めたわね! 先輩である私を貶すだけでは飽き足らず、苦労して手に入れた私の居場所まで奪うつもり!? いいわ、掛かってらっしゃい貧乳女神! 今こそ決着を付けてあげるわ!」

 

「ふふっ、もう今更遅いのです」

 

 エリス様が玄関の扉をパタリと閉め、ガチャリと鍵を閉める。しばらくは罵詈雑言と扉をバンバンと叩く音が響いていたが、そのうちぐしゅぐしゅと鼻をすする音と、泣き声が聞こえ始めた。

 

『ねえ開けて……開けてよかじゅましゃん~! 私が悪いのなら謝るから……ぐすっ……ひっぐっ……開けて開けて!』

 

流石に可哀相だと顔を歪める俺に対し、エリス様は何故かさらに笑みを深めてクスクスと笑っていた。その姿にゾワリと鳥肌が立つ一方で、少しだけドキリと胸が高鳴った。

 

「ふふっ、泣いてるアクア先輩って可愛いですよね」

 

「その気持ちは少し分かりますけど、流石に可哀相ですよ……」

 

 今だにクスクスと笑っているエリス様をとりあえず放置して扉を開ける。そこには、案の定、膝を抱えてめそめそ泣いているアクアがいた。警戒するようにこちらを見るアクアを抱き起し、軽く涙を拭ってやる。そうすると、アクアは表情をくしゃりと崩した。

 

「わああああああーっ! カズマさんカズマさんカズマさーん!」

 

「へいへい、よく帰って来たな」

 

「当り前よ! まさか、この私が無様に逃げ帰ったとでも思ってるの? あれは戦略的……いたいっ!? いたっ! やめっ……はぅ!」

 

 頭を押さえてうずくまるアクアにビシバシと箒で追加攻撃を加える奴がいた。隣を見ると、無表情で箒を振るうゆんゆんがいた。そして、ちりとりをぶんぶんと振りながらアクアに近づくエリス様を見て、流石に俺もピキリときてしまった。

 

「いい加減にしろお前ら!」

 

「はうっ!?」

 

「がひゅっ!?」

 

渾身のダブルラリアットが二人に炸裂した。

 

 

 

 それから数十分後、リビングは何とも言えない沈黙に包まれていた。アクアは俺の座るソファーの後ろに身を隠し、時節俺の肩口から顔をちょこんと覗かせる。対するゆんゆんは仏頂面でソファーに座り、ボロボロのエリス様も無言を貫いていた。

 さっき、流石に首はまずいと腕の位置を下げ、セクハラの意味も込めて俺は胸にラリアットをかました。ゆんゆんは軽く尻餅をつくだけであったが、エリス様は残念ながら面白いように吹っ飛んでしまった。まぁ、彼女も悪いと言う事で謝りはしないが……

 

 そうして、そのまま沈黙の時間を続いた後、アクアが意を決したようにソファーの後ろから出てきた。そして、まっすぐとゆんゆんの事も見つめた。

 

「まず最初に謝るわ。ごめんねゆんゆん。あの時、私は浮かれてて貴方への配慮を忘れてた……本当にごめんなさい!」

 

「アクアさん……」

 

「これからは、身の程をわきまえて行動するわ。だから、もう一度私をこの家に置いて欲しい……メイドとして雇ってもらいたいの……!」

 

 アクアの言葉を受けて、ゆんゆんが再び黙り込む。俺は健気なアクアを援護するためにゆんゆんに優しく話しかけた。

 

「ゆんゆん、半年前言ったよな? アクアはいずれ帰ってくるから受け入れて欲しいってな」

 

「はい……」

 

「実はこのアクアのメイド待遇は以前からコイツと約束してた事なんだ。だから、出来るだけ受け入れて欲しい。それに、今更コイツがメイドとして加わったぐらいで、俺とお前の仲は崩れないだろ?」

 

 ゆんゆんは、警戒するようにアクアとエリス様をちらりと見る。それから、大きな溜息を吐いてから朗らかな微笑みを浮かべた。

 

「そうですよね……私とカズマさんはいちゃいいちゃで心の底から愛し合ってますもんね! だから、メイドくらいは構いません! 逆に、見せつけセックスを遠慮なく毎日出来ると思うとテンション上がってきちゃいました!」

 

「ゆんゆん!?」

 

「ふふっ、私とカズマさんが愛し合う横でメイドさんに待機を命じるんです! 居ても立っても居られないメイドさんは、自分の秘所につい手を伸ばしちゃうんです……そこで私がはしたない事をしたメイドに罰として焼きゴテを……くふふっ……もうこれで女として生きては……!」

 

 何やらトリップしてしまったゆんゆんを俺は放置する。季節は春、ゆんゆんも盛ってしまう季節なのだろう。うむ、それならば満足いくまで犯してやるまでだ。まぁ、今はアクアの事だ。少し怪しいが、ゆんゆんの許可はこれで得る事ができたのだ。

「つーわけでアクア、これからもよろしくな」

 

「当然よ! アンタには私がついてないとダメなんだから!」

 

ツンと顔をそらすアクアの表情は、態度と言葉と真反対の満面の笑みを浮かべていた。

 

「それじゃあ、ゆんゆんとエリスにお土産よ! ほら、カズマがちんまい頃からのアルバムよ! 興味あるでしょう?」

 

「あります! 見せてくださいアクアさん!」

 

「アクア先輩、私も是非!」

 

 さっきまでの対立が嘘のようにわーきゃー騒ぐ彼女達を見て俺は苦笑する。出来る限り、彼女達には仲良くやってもらいたい。俺だって、結婚前のようなドロドロとした関係を繰り返したくないのだ。

 それに、メイドとしてアクアやエリス様がゆんゆんとさよりの傍についてくれるのは嬉しい事であるし、合法的にセクハラできる楽しみも増えるというものだ。

 

「見て見てー! このカズマの写真、とっても無様でしょう?」

 

「これは失禁してるんですか……? んっ……はぁはぁ……!」

 

「アクア先輩……この写真のカズマさんはもしかして死んでるんじゃ……」

 

「おい、アクア! お前は何を見せてんだバカ!」

 

「あいたっ!? これ手に入れるのに苦労して……いたいっ!?」

 

 写真を取り上げ、アクアにお仕置きチョップを喰らわせながらも、俺はしみじみと感じた。やっと俺の日常が戻ってきたと……

 

「あ、カズマさん。言い忘れてましたけどメイドは1人までです。なので、どちらか解雇します」

 

「おい、ゆんゆん! いきなりそんな話は……!」

 

「だって二人も必要ないでしょう?」

 

「でも……」

 

「必要ないでしょう?」

 

「うっ……はい……」

 

 

 

そういう事になった。

 

 

 

 

 その後、仲良くやっていたアクアとエリス様の間で強烈なキャットファイトが始まり、流血沙汰に発展した時には流石に止めた。こうして、いがみ合う二人のうち、どちらかがメイドに相応しいのかを決めるため、正々堂々とした決闘が開始される事になった。

 そして、何やら楽しそうに計画を立案したゆんゆんの合図で『メイドバトル』とやらが開始される事になった

 

「という事で、ついにメイドバトルが始まってしまいましたね! 解説のめぐみんさん、二人の対決についてどう思われますか?」

 

「いきなり呼び出されて、アクアの帰還に驚く間もなくこれですか。というか、私もメイドに立候補したいのですが……」

 

「はい、解説ありがとうございました! という事で、全五回戦のうち、第一回戦は私が問題を考えてきました! 題して、メイドさんなら必須スキル!? 『あらやだ! メイドさんは見ちゃった!』です!」

 

 何やら一人で大盛り上がりしているゆんゆんに俺とめぐみんは気圧される。アクアとエリス様はそんなものはどうでもいいと言った様子で押し黙っていた。

 

「という事で今から私がカズマ家の秘密について質問するので、二人は正解をできるだけ早く答えてください! 三問正解した方が一回戦の勝利者です!」

 

どうやら、早押しクイズのようなものらしい。そして、コクリと頷く二人の女神を見て、ゆんゆんは満面の笑みを浮かべる。その瞬間、何だか嫌な予感がじわじわとしてきた。ゆんゆんは何かを企んでいる……そんな気がしたのだ。

 

「それでは第一問……カズマさんが煙草を隠している場所はどこですか?」

 

「ふん、そんなの簡単よ! カズマの書斎の事務机の3番目の引き出しにある筆箱の中!」

 

「残念ながら違いますアクアさん。その場所はすでに見つけました」

 

「ええっ!? 半年前はそこに……」

 

 無表情のゆんゆんを見て、血の気が引く。俺は今更になって気付いてしまった。どうやらゆんゆんは、二人の女神を使って俺の秘密を暴くつもりらしい。だからこそ、俺は勘弁してくださいという視線をエリス様におくる。そうすると、彼女はニコリとした笑みをかえしてくれた。

 

「冷蔵庫の上にありますよ、ゆんゆんさん」

 

「なるほど……めぐみん、行ってきてください!」

 

「私はパシリですか……まったく……」

 

ブツブツと文句を言いながら家に入っためぐみんを、俺はガクガク震えながら見送った。だって、ゆんゆんが笑顔をこちらに固定したまま微動だにしないのだ。それに……!

 

「ゆんゆん、エリスの言っている事は本当みたいです。煙草4箱とジッポを見つけました」

 

「ほう……身長が届かないうえに掃除も大してしない冷蔵庫の上は盲点でした。という事で第一問はエリス様に1ポイントです。では、次の問題ですが……」

 

 俺に対して一言も文句を言わないゆんゆんに逆に恐怖が増す。次は何を問題として出すのか俺は聞きたくもなかった。

 

「カズマさんが隠しているえっちぃ本の場所を答えなさい」

 

「ええっ!? 流石にそれは私も知らないわよ……」

 

「はい! 救急箱の中です! 実は上げ底になっているんです!」

 

「なるほど……めぐみん……」

 

「はいはい……」

 

 数分後、めぐみんが数冊のカラフルな本を持ってきた。それをゆんゆんが受け取り、エロ本のタイトルをジロジロと確認する。それを見て、俺を覚悟した。

 

「『義母寝取り』……『女神の母性に包まれたい~アクア&エリス編~』……何ですかこれ……?」

 

「うっ……それは……その……!」

 

「めぐみん、燃やしなさい!」

 

「ま、待て! それだけはさせるか! 後生だからそれだけは……!」

 

「“エクスプロージョン!”」

 

「やめっ――」

 

 里の上空に、爆裂魔法が炸裂する。もちろん本はその中に投げ込まれた。思わず、膝から崩れ落ちる。こんなの、あんまりだ……

 

「塵も残らないだけ、ゴミよりマシな本でしたね。という事で第2問もエリス様の勝利です。続いて3問目、このラブレターを送った人物の名を答えなさい」

 

 ゆんゆんが無表情で取り出したのは、くしゃくしゃになった紙だ。そこには、『今夜家で待ってます♡』と一言書かれたメモ書きだった。それには、俺自身見覚えがある。でも、あれはゴミ箱にきちんと捨てたはずで……!

 

「ああ、それならこの子ですね」

 

 エリス様が指をパチリと鳴らす。次の瞬間、紅魔族の少女が突然俺達の前に現れた。それを確認したゆんゆんとめぐみんは、青筋を浮かべながら彼女に近づき、アクアとエリス様もゆらりとにじり寄る。

 件の少女は突然の事態に困惑しながらも、俺の姿を見つけて途端に笑顔を浮かべた。ああ、今はその反応はマズイ! 本当にマズイ!

 

「あっ、カズマ君! えへへ、また私のウチの宴会に……ひゅぐっ!?」

 

 

 その後、事情をくまなく聴かれ、誤解を解いた所で1回戦はエリス様の勝利という事で決着した。なんだか、どっと疲れた……

 ちなみに、あの少女に関しては、店先で値下げ交渉も含めて適当にナンパしたら、一人で舞い上がってしまっただけの子である。流石にちょろすぎたため、俺は紅魔族の未来を心配したほどだ。

 

「誤解だなんて絶対嘘です! 普通、好きでもない男を夕食に誘いますか!? しかも、両親がいない日に!」

 

「私もそう思いますよゆんゆん……ねりまきには後でお仕置きです。それにしても、カズマ。きちんと誘いを断ったのは英断でしたね」

 

「あ、当り前だろ! 家ではゆんゆんが食事を作って待ってるんだからよ……」

 

「カズマさん……!」

 

 険悪な雰囲気が、少しだけ和らいだ。その事に安堵する一方で、もし俺が誘いに乗っていたらどうなったかを想像して体をぶるりと震わせた。そして、ゆんゆんは機嫌よさそうにアクア達に近づいた。

 

「これで私がやりたい事はやっちゃったんですけど、第二、第三回戦の内容は決まってます。第二回戦はアクアさんが考えた決闘方法を、第三回戦はエリス様が考えた決闘方法で戦ってくださいね?」

 

「むぅっ……一回戦は負けたけど私はこれから完勝して見せるわよ!」

 

「はいはい、私自身疲れてきたので、手早くやって欲しいですね」

 

「そう、なら早く決闘しましょうか。私が考えたのはこれ……漏斗とコインを使ったものよ!」

 

 嬉々として懐から漏斗を取り出したアクアを、エリス様は首を傾げながら見つめる。何故そんなものが懐に入っているのかという疑問もあるが、それらを見てゆんゆんは顔を赤くし、めぐみんは嫌そうな顔をしていた。そういえば、俺もどこかでこの二つの組み合わせをみたような……

 

「やり方は簡単よ! ほらゆんゆん、手本を見せなさいな! 妨害がなかったら、めぐみんに絶対勝てる方法だって昔自慢していたじゃない!」

 

「ひえっ……それは……」

 

「早くしなさい!」

 

「わ、わかりました!」

 

 ゆんゆんはアクアから漏斗とコインを受け取ると、自分の胸の谷間に漏斗を突っ込んだ。そうして、見事に胸の谷間に固定された漏斗を確認した彼女は鼻の上にそっとコインを乗せた。

 

「えと……胸で漏斗を固定して、このお椀の部分に鼻の上に乗せたコインを落とすだけっていう勝負なんです。ね、簡単でしょう?」

 

 エリス様とめぐみんの二人から、ビキリとした謎の音が響いた。ゆんゆんはというと、自分の失言に気が付いたのか、両手をぶんぶんと振って言い訳しだした。

 

「ち、違うんです! これは誰でも出来るって意味で……あっ……そうじゃなくて……えと……女の子なら簡単に……うん……?」

 

「ゆんゆん、それ以上墓穴を掘るのはやめろ! しかし、アクアも大人げないなぁ……」

 

「カズマ、アンタも墓穴掘ってるわよ……」

 

 口元を手で押さえた時にはすでに遅かった。エリス様が目に見えるレベルで暗黒オーラを体から吹き上げている。そんな俺達を尻目に、アクアは早速漏斗とコインを受け取り、ゆんゆんが示したお手本通りにコインを胸元の漏斗に入れて見せた。

 ドヤっとした表情を浮かべながら、アクアはエリス様に器具を渡す。はっきりいって、結果はやる前から見えていた。

 

「エリス様、その……気が進まないなら辞退しても……」

 

「くっ……カズマさんは私がこの程度も出来ないと思っているんですか!? 私だって女の子……女神なんですよ! これくらい出来ます! 出来なきゃいけないんです!」

 

「お、おおう……」

 

 自ら死地に飛び込んでいくエリス様を、俺は見守る事しか出来なかった。紅魔族でもないのに、目を真っ赤にしている彼女を宥める手段はもはやないのだ。

 

「それじゃあ行きます! これくらい、私だって……!」

 

エリス様が不自然に前かがみになり、両手を前に突き出す。もう死語になってしまったが、俗にいう『だっちゅーの』の姿勢を取って、必死に谷間を作ろうとする彼女の健気な姿に、俺は色んな意味で泣きそうになった。

 

「それ……あっ……固定できました……固定できましよカズマさん!」

 

 エリス様が、満面の笑みを浮かべながら顔をこちらに向ける。その瞬間、胸元にあった漏斗が、服の中に消えた。そして、服の下から現れた漏斗が、カランという無機質な音と共に地面に落ちる。

 

「ぁ…………」

 

 絶望の表情を浮かべるエリス様を、俺はなんだか見ていられなくなった。だから、視線を宙へと逸らす。しかし、アクアが爆発したように笑いだした。

 

「ぷっくっ……! あはははははっ! カラン……カランですって! いひひひひひっ……ちょっ……笑いすぎてお腹痛いんですけど!」

 

「アクアさん、そんな事は……うひゅっ……うくっ……! カラン……ぷふっ……!」

 

 ゲラゲラと笑い転げるアクアと、顔を真っ赤にし、口を押えながら体を震わせるゆんゆんも俺は見ていられなかった。彼女達は命が惜しくないのだろうか……

 めぐみんは無表情で佇み。エリス様は涙を浮かべながら体をぶるぶると震わせていた。俺はこんな時、何を言えばいいか見当がつかなかった。

 

「いいでしょう……いいでしょういいでしょう! それならば、第三回戦はじゃんけんで勝負ですアクア先輩!」

 

震えながら言葉を発したエリス様を、アクアとゆんゆんは少し冷たい目で見てきた。

 

「じゃんけん……大人げないわねエリス……」

 

「それはちょっと……」

 

「なんですかっ! さっきの勝負は大人げある勝負だと言うのですか!?」

 

「だって……ねぇ……?」

 

「むぐっ……むぐぐぐぐっ……むきーっ!」

 

 奇声を発しながらアクアに跳びかかったエリス様を俺は慌てて抱きしめて止める。そしてさっき必死で考えた甘い言葉を囁き、なんとか宥める事が出来た。ちなみに、PADでも構いませんよって言ったら頬を引っ掻かれた。今後、これは禁句らしい。

 

「分かりました! それなら、運の関係ない勝負をしましょう! ほら、あそこに二軒の家がありますよね! その家の間……壁と壁の間をどちらが早くすり抜けられるかで勝負です!」

 

 目を真っ赤にさせながらそう語ったエリス様に、俺はため息をつく。無意識のうちに自分が勝てる勝負を挑んだようだが、自ら死地に飛び込んでいる事には変わりなかった。

 

「じゃあ私から行きます……突撃!」

 

 

 エリス様が鋭い身のこなしで、家と家のスキマをすいすいと通り抜けていく。そして、僅か9秒というタイムで俺達の下へ帰還した。アクアは、そんなエリスを鼻で笑いながら出迎えた。

 

「ふん、私は脱出マジックが得意なの! 狭い所での身のこなしで私に勝てると思ったら大間違いよ! 見てなさい!」

 

 アクアが、勢いよく家と家のスキマに体を滑り込ませる。しかし、半分ほど言った所で彼女の動きが止まってしまった。

 

「な、なにこれ!? お尻がつっかえて……うっ……胸もこれ以上へこまないし……ありゃ、戻る事も出来なくなちゃった!? うぐぐっ……カズマー! ゆんゆんー!助けてー! 私の負けでいいからー!」

 

予想通りの結果に、俺は黙る事しかできない。そして、助けてやろうと顔を上げた時には、すでにスキマにゆんゆんが突撃している最中であった。

 

「アクアさん、今助けに……あうっ!?  お尻が……はぅ……あれ……? 挟まっちゃった……!?」

 

 何故自分の起伏ある完璧な躰を顧みずに突撃するのか……ズキズキと痛む頭を、俺は額を押さえながら労わった。

 

「カズマー? カズマさーん? はやく助けて欲しいんですけどー」

 

「ひゃああああああああっ!? む、むかでいやあああああっ!? そこ入っちゃ……ひっ……あふっ……!?」

 

俺は助けを求める視線を隣に向ける。そこには、無表情で佇むエリス様とめぐみんがいた。助けるためには、あのスキマに軽々入れる人物が望ましい。だから……

 

「エリス様……めぐみん……その……」

 

「…………」

 

「やっぱなんでもないです……」

 

 

こんな事、任せられるはずがない!

 

 

 

 

 それから、俺が寝室からローションを持ってきて何とか二人を脱出させた後、すぐさま第四回戦が始まった。そして、勝負内容を俺が決めてもいいとのお達しがあった。それならばと、俺は考えに考え抜いたバトルを発表した。

 

「よし、それじゃあ四回戦は母乳比べだ! 審判はもちろん俺な! 直接吸って味を……あだっ!? あだだだだだだっ!?」

 

「んっ……んぐっ……んはっ……! やっぱりカズマさんに任せたのは失敗でした。でも、着眼点は悪くありませんね。という事で、第四回戦はさよりに決めて頂きましょう!」

 

 ゆんゆんに噛まれてヒリヒリと痛む首筋をさすりながら、会場を家の中に移す。そこでゆんゆんが抱いていたさよりをカーペットの上にそっと下ろした。

 

「実は、さよりも最近はハイハイをするようになりましたし、認知機能も上がりました。という事で、二人はさよりの名前を呼んであげてください。さよりが向かった方が今回の勝者です」

 

「なるほど、まぁ生まれたての頃は私が面倒を見たし、私の勝利は確実ね!」

 

「冗談はよしてくださいアクア先輩。私は半年も一緒にいたんです! 私がさよりちゃんの母親なんです!」

 

 エリス様の発言が何か一足飛び出ている気がするが、俺もエリス様に軍配が上がると思っていた。半年という期間で築いた絆は伊達じゃないのだ。でも、これでエリス様が勝ったら、メイドバトルの勝者はエリス様だ。そう考えると、アクアが可哀相になってきた。第一回戦もそうだが、アクアの方が不利な状況なのだ。

 

「じゃあお願いさより」

 

 ゆんゆんに背中をポンポンと叩かれて、さよりがハイハイを開始する。彼女の視線の先にはアクアとエリス様。何処か値踏みをするように二人をじっくりと眺めていた。

 

「さよりちゃん、私よ私! アクアお姉ちゃんよ! 覚えてるでしょー!」

 

「さあ、こちらに来るのですよさより。母親は私なんですから……!」

 

二人の掛け声と、手を叩く音に意を介さず、さよりは二人を見比べる。そして、ハイハイをして一直線に向かったのは、エリス様じゃなくてアクアの方であった。アクアは、それを受けて嬉しそうにさよりを抱き上げる。対して、エリス様は顔面蒼白となってガタガタ震えていた。

 

「ふふっー! やっぱり私の方がいいわよね! 久しぶりねーアクアお姉ちゃんですよー?」

 

「えぅっ……くっ……あう……そんなはずは……そんなはずは……!」

 

 頭を抱えてうずくまるエリス様に俺は合掌した。そして、さよりの真意に気付かなくてよかったと心から安堵した。何故なら、さよりがアクアのおっぱいをペシペシ叩いているのだから……

 

 

 

 こうして、波乱のメイドバトルも最終決戦に移行した。最後の決闘方法は料理バトル。なんだか、ここに来て初めてメイドらしいバトルになった気がした。

 

「という事で、アクアさんとエリス様には昼ご飯を作ってもらいます! そこに、私が作った料理を入れて3品をカズマさんに食べて貰い、一番おいしいって評価を貰った方が勝者です! ちなみに、私が勝ったら二人とも解雇です!」

 

「ええっ!? そんな事聞いてないんですけど!」

 

「ふふっ、望む所です!」

 

 それぞれの意気込みを胸に、三人は台所に駆け込んでいく。その姿を見送ってから、俺は隣にいるめぐみんにそっと話しかけた。

 

「なあ、めぐみん、もしかしてゆんゆんって結構ストレス溜めてるのか……?」

 

「私にそんな事聞かれても困りますよ。でも、昔より生き生きしているのは確かです。あのぼっちは寂しがりのかまってちゃんですからね。アクアやエリスみたいな根っからのお節介焼きとは案外相性がいいのですよ」

 

「そういうもんかねぇ……」

 

 キャーキャーと騒ぎながら、台所でドタバタしている3人を、頬杖をつきながら眺める。確かに、意外と彼女達の相性はいい。出来る事なら、彼女達には今後も仲良くやってもらいたいものだ。

 

「しょうがねぇ……さよりはお義父さんに預けて、久しぶりにデートでもしてやるか……」

 

「むっ、私も行ってもいいですか?」

 

「そこは、遠慮しとけよ……」

 

 それから、めぐみんと他愛のない話を続ける事数十分。俺とめぐみんの前に料理が運ばれてきた。コロッケと白パン、スパゲッティとコンソメスープ、卵焼きっぽいものと味噌汁という3セットが並べられた。

 そして、ゆんゆんがニコニコとしながら俺の対面の席へと座り、威圧するようにこちらを見つめてきた。

 

「カズマさん、この料理はそれぞれ誰が作ったかは後で発表します。ですから、純粋に美味しいと思ったものを選んでくださいね?」

 

「へいへい……」

 

「あ、私の料理を選んでくれたら、今日の夜は“凄い”事をしてあげますよ」

 

「す、凄い事……」

 

「まぁ、そんな豪褒美がなくても、私を選んでくれますよね? ねぇカズマさん?」

 

 背筋がゾクりと寒くなる。これは脅されているのだろうか、そして、アクアとエリス様も、固唾を飲んでこちらを見守っていた。まぁ、自分の気持ちに正直にいくとしよう。

 そして、俺は3品の料理に手をつける。ゆっくり、味わうように食べながら、俺は料理の甲乙をつけていった。

 そして、30分ほどたったころに、全ての料理を食べ終える。緊張した面持ちで俺の前に並ぶ3人は、判定を今か今かと待っていた。

 

「それじゃあ発表するからな! 俺が一番美味しいと思ったのは……これだ……!」

 

ビシリと俺が指さした料理を彼女達が見て、ゆんゆんとめぐみんは驚きの表情を、エリス様は屈辱の表情を……そして、アクアは満面の笑みを浮かべた。

 

「やった……やった……やったわ! も、もうしょうがないわねえカズマ! やっぱり私が一番好きって事よね! 本当に素直じゃないんだから! ツンデレ! カズマのツンデレ!」

 

「これお前のかよ!? まぁ、大体は分かっていたけど……おう……頑張ったな」

 

「ふぁっ……かずま……!」

 

 感極まったのか、俺の背中にギュっと抱き着いて来た駄女神をそのままに、俺は納得いかない様子の彼女達に説明をする事にした。

 

「カズマ、これは少しおかしいのではないですか? だって、卵の中に入ってたのはコンビーフですよ! とてつもなく貧乏くさくて私が親近感を覚えたほどのものですよ!?」

 

「そうです! アクアさんにだけは負けないと思ってたのに……カズマさんのバカ……! 私がいつも食事を作ってるのに……!」

 

「しゃーねーだろ! 美味かったから仕方ねーんだよ!」

 

 ゆんゆんが不満顔で頬を膨らます。これは、当分機嫌が直りそうにない。まぁ、明日からでもデートに誘ってやろう。久しぶりに、長期の旅行に出るのもいいかもしれない。

 そんな思いを馳せている俺に、エリス様が真正面から俺を見つめてくる。彼女の表情は、泣きそうな顔になっていた。

 

「カズマさん、私のスパゲッティとスープは美味しくなかったんですか……?」

 

「いや、無茶苦茶美味かったです。本当に三人とも甲乙つけがたいほど美味しかった」

 

「それじゃあなんで……!」

 

「んーそう言われるとなぁ……」

 

 俺がアクアの料理を選んだのは、俺の好みと直感に従った結果だ。それでも、この料理は他の二人にはない風味が混ざっていた気がしたのだ。

 

 

「なんだか、懐かしい味がしたんですよ」

 

 

 エリス様は、そんな事を言った俺をじっと見つめてくる。そして、顔を伏せて俺に背を向けた。そして、家の外に出現した光柱にパタパタと駆け寄っていく。途中、ズテンと大きく転びながらも、彼女は振り返りもせずに光柱に消えて行った。

 

「ふふん、ざまあないわね! 私の居場所を取ろうなんて考えるのがいけないのよ! ま、まぁ後で顔を見に行くくらいは……あいたっ!? 何すんのよカズマ!?」

 

「俺が行くさ。お前はダクネスにも顔を見せてやれ。会いたがってたからな」

 

「そ、そうだったわ! ダクネスの所にもお土産を持って行かなきゃ!」

 

 バタバタとカバンを漁り始めたアクアを尻目に俺はゆんゆんに少し頭を下げた。

 

「ちょっと慰めてくるわ……」

 

「もう……早く行ってあげてください……!」

 

そっぽを向くゆんゆんの頭を撫で、俺はテレポートの魔法を発動させた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 私は屈辱感と悔しさ、悲しみを抑えきれず地団太を踏む。私に勝って誇らしそうに笑顔を浮かべるアクア先輩を見て、悔しくてたまらなかったし、この半年の努力をしてもなお、アクア先輩との間に理解不能ながらも確かな差があるのを感じてしまった。でも、アクア先輩が勝負に勝って、正直ほっとしている。もし私が勝ちそうになったら、わざと負ける事だって考えていたのだ

 ああ、、アクア先輩は可哀相な人……何も、私がおかしいからこんな感情を抱くのではない。本当に、心の底から可哀相だと思っているのだ。

 恐らく、このメイドという座は彼女を長い間苦しめる事になる。それを、彼女は理解しているのだろうか?

 私の勘だと彼女はそれを理解している。めぐみんさん、ダクネスのためにその道を選ぶ彼女を私は少しだけ……ほんのちょっとだけ凄いと思った。

 

 

 

 

 

そんな私は、天界で大粒の涙を流していた。

 

そして、今か今かと待ち受ける……私のカズマさんを……!

 

 

 

 

 

 

「エリス様……その大丈夫ですか……?」

 

「カズマさん……!」

 

 ほら、やっぱり来てくれた! メイドバトルに負けて天界に逃げ帰った私を、カズマさんが慰めに来てくれた。その事実が私を熱くさせる。だからもう、逃がさない! 彼は私のもの……最後に笑うのはこの私……!

 

 自己暗示をするように、私は気分を高めていく。そして、心配そうな顔でこちらを見つめる彼の前で、私はゆっくりとスカートを持ち上げる。もちろん、私の下着はいやらしく濡れていた。

 とろりとした愛液は内ももを滴り落ち、純白のハイソックスにシミをつくっていく。そして、彼の視線はそんな私の下半身。見られている……その思いが私をより興奮させ、自然と荒い呼吸へとなってしまった。

 

「カズマさん、私を慰めてください……」

 

「いきなりどうしたんですかエリス様!? その……そういうのは困るというか……」

 

「貴方が胸に秘めた思いも、私なら分かります……――のでしょう? だから、私の誘いに乗れない……乗りたくても乗ることが出来ない……」

 

「なっ……なんでそれを!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるカズマさんが可愛くて、私は思わず舌なめずりしてしまう。これだけたくさんの女性に手を出しておいて、そんなしょうもない事を気にしているのか……私達の“愛”がそんなにも信用できないのだろうか? 

 

それならば、私が彼に理解させてあげましょう。

 

 私がカズマさんの心を溶かせばいい。アクア先輩だって、彼のため、めぐみんのため、ダクネスのために頑張っている。それならば、私もそれを手伝うとしよう。これは、アクア先輩達の助けにもなるのだから……

 

「大丈夫、ここは私と貴方だけの空間です。貴方の憂いも心配も、考える必要なんてない。私が全て上手くやってあげます……」

 

「ちょっ……まっ……エリス様……!?」

 

「ふふっ、私を好きにしていいんです。興味津々だった母乳でも飲んでみます? それとも、最近気苦労が多い貴方を、私という“母”が癒してあげましょうか? “懐かしい気持ち”にだってしてあげますよ……?」

 

 カズマさんに正面から抱き着き、私の熱く濡れた秘所を彼の太ももへと擦り付ける。しばらく葛藤していたカズマさんも、気が付けば私を抱きしめていた。そう、それでいい。今も……そしてこれからも……最後に微笑むのも私だ!

 

だから、そっと彼の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、私と浮気しませんか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 紅魔の里をあたしはトボトボと歩く。準備を重ねた作戦は、あっけなく終わってしまった。それでも、“私”は諦めない。勝利を求めて、自分が進むべき道を進んでいた。

 

「でも、あたしはもう全部終わりなんだよ……?」

 

 独り言に応えてくれる人なんて、もちろんいない。もし、あの作戦が完遂していたら、“私”は家族の幸せを享受し、“あたし”は助手君と二人の幸せを楽しむつもりでいた。

 あたし達だからこそできる両方の幸せの追求、一人不倫プレイ……色々な夢が詰まった作戦だった。でも、それは失敗に終わり、当初の予定通りアクア先輩達、ゆんゆん含めての幸せを求める道を目指す事になった。実は、この道に“あたし”の幸せはない。

 アクア先輩と同じように、今後は苦しむ事になるかもしれない。そんな恐怖と不安があたしを苛む。“あたし”だって“私”だ。あたしの事も愛して欲しい……一緒に幸せになりたかった……!

 

「…………!」

 

 そんな時、鼻孔に嗅ぎなれた……大好きな男の匂いを感じる。急いで周囲を見渡すと、200メートルほど先に顔を真っ赤にした助手君がいた。そこで、私は本体と同期を取った。

 

「んふっ!? んっ……あっ……流石は助手君だねぇ……!」

 

 どうやら、私の本体は自分から迫った挙句、助手君の指でイカされまくって気絶してしまったらしい。それでも、同期した本体越しに、濃厚な精臭を感じた。どうやら、気絶間際にお口に突っ込まれたらしい。本当に助手君は鬼畜だ。

 

「ふふっ……情けない……本当に情けないよ……」

 

 “あたし”は、不甲斐ない“私”にため息をついた。本当にダメダメだ。そんな事では、助手君の全てを手に入れる事なんて出来やしない!

 

 

 

「頑張ってね“私”! もっと頑張らないと――」

 

 

 

 

そうだ、あたしが遠慮する必要なんてない!

 

 

 日頃溜まった鬱憤を晴らすために欲望を解放するのが本来のあたしの役割なのだから……

 

 

 

 

「“あたし”が盗っちゃうんだから……!」

 

 

 

新たな決意を胸に、あたしは大好きな助手君の元へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元ネタ解説

旧神:元ネタはギリシャ神話の『女神ヘラ』
   結婚を司る女神ヘラは夫の浮気相手に文字通り地獄を見せて来た
   ラミアの話こわい……

自称全知全能の旦那:元ネタはギリシャ神話の『ゼウス』

息子が作った鎖に縛られ、昔みたいな女遊びも出来なくなったとか……
今はヘラの隠居部屋で楽しい余生を送っている
浮気はしまくるクズだが、なんだかんだでヘラを溺愛してる
愛人や、愛人の子供を殺されても、ヘラを天界から吊るしてお尻ペンペン程度の罰しか与えない

不細工な息子:元ネタはギリシャ神話の鍛冶の神『ヘパイストス』
両親から散々な扱いを受けたヘラの息子(無性生殖)
鍛冶の腕は確かで、神器を作ったりしてるかも?
嫁さんを兄貴に寝取られ、天界中の笑いものにされた元祖寝取られ男
          


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諦めの悪い女 前編

長いのと、諸事情で分割
今回は難産でした……


 

 

 

カズマがアクセルの街を離れた。

 

 

 

 そんな事をやっと事実として受け入れられたのは、家具も私物もほとんどなくなり、ガランとした寂しい屋敷に一人佇んでからの事である。それに、厳密に言えば私の親友達もこの街を去った。

 私の家で使用人の服を何着か購入したアクアはカズマの家でメイドに、めぐみんは彼が里に定住するなら私も実家に帰ると紅魔の里へ帰ってしまった。もちろん、私だって紅魔の里に住むことを考えていた。貴族が別邸を持つ事なんてよくある事だし、幸い金銭的にも不自由はしていない。だから、私の日常は住む環境とカズマが所帯を持った事以外は変わりない。そう自分に言い聞かせてきた。

 でも、私が紅魔の里で家を建てるための下見に訪れた時、そんな思いではいられなくなった。里の住人が私に向ける視線は好奇と不審、不安、恐怖が入り混じったものであったのだ。好奇だけなら構わないのだが、ほとんどの人達からマイナスイメージがこもった目で見られたのは辛かった。それでいて、表面上の表情と立ち振る舞いは好意的なものであるのが余計にたちが悪い。

 これは別に彼らが悪いというわけではない。彼らにとっては人間として当たり前の反応をしたと言った所だ。私が単なる村娘であったなら、彼らはそれほど警戒しなかっただろう。しかし、私は王国の懐刀という大層な名前がついた貴族の一人娘だ。

 だからこそ、彼らは私を警戒している。カズマは族長の娘の入り婿のような存在であり、他にもめぐみんとあるえという二人の紅魔族の女性をひっかけている。加えて、カズマは里が密かに欲しているという“新しい血”だ。別に紅魔の里に古臭い慣習が今でもあるなんて事は決してない。だが、カズマは紅魔族にとって族長の旦那であり、2人の少女の意中の相手であり、新しい血を持った男だ。おまけに、カズマは英雄と呼ばれる人間である事には変わりなく、二人の女神から現在も寵愛を受けている。言ってしまえば、紅魔の里にとってカズマは超がつく“優良物件”だったのだ。

 それに、私がカズマに思いを寄せる女性であるということはすでに紅魔の里では暗黙の了解になっていた。残念な事に、貴族というものは“庶民”にとっては畏怖すべき存在、関りを持ちたくない存在である。私の家は品行方正といえども、他所の悪徳貴族がやらかした事は庶民の間で広く、長く話が伝わる。つまりは、ダスティネス家といえども、そのような風評被害の対象となるのだ。彼らは、私がカズマを族長の娘から奪うのではないかと心配しているのだ。

 本当に勘違いも甚だしい。事実はその逆……貴族令嬢である私が単なる村娘に男を奪われたのだ。だが、紅魔族が懸念するような事を私は出来てしまう権力やコネを実際に持っている。それではカズマの心は決して手に入れられないし、手痛い仕返しをカズマやゆんゆん達から受ける事は確実なのでとてもそんなバカな作戦を実行には移せない。 しかし、実行できるだけの力を確かに保持している事に変わりなく、そんな手段を使わないにしても、私がカズマを正統な手段で寝盗った場合、彼を私の領地へ連れ帰ってしまうのではないかという懸念を彼らは持っている。

 

つまりは、私は彼らにとって歓迎されない相手という事だ。

 

 これに気付いて私は里に引っ越す事に関して怖気づいてしまった。里の住人は表面上優しくても、其の実視線は冷たい。とてもじゃないが、ここで暮らしていこう……ここでカズマに引き続きちょっかいをかけようなんて気にはならなかった。

 だから、私は里に引っ越すのはやめてアクセルの街……自分の領地に戻る事にした。幸いにも、カズマが定期的に私の下を訪れてくれると約束してくれたし、同じ“余所者”として苦労しているアクアから『安心しなさいな。ダクネスが過ごせるような環境になるように里を変えて見せるわ。だから、私に少しだけ時間をちょうだい?』と、何とも頼もしい言葉を貰っている。そして、アクアと相談して私のとりあえずの方向性は決まった。

 

曰く、カズマの心を出来るだけ引き、粘って粘って粘り抜けと……

 

 単純故に難しい。しかし、物理的な距離は心の距離にも繋がる。私がカズマの“愛”を受けるためには絶対にやらなければならない事だ。カズマは商人として品物を納品する……という事を名目にして月1回ほど私の家を訪れる。その1回に私は出来る限りの事をする必要があった。

 手始めに、私はカズマと二人で過ごすための離れを作った。彼と二人の時間を満喫するためにこだわった結果、かなり豪華な離れとなった。そして、私自身も彼の気を引けるように、または花嫁修業として料理や習い事をするようになった。そして、カズマと会う前は必ず気合を入れて化粧をするようになり、衣服についてもあれでもないこれでもないと頭を悩ませるようになった。

 

「ん……いい感じだな……」

 

 そんな私は、現在ドレッサーの前で髪をとかしていた。以前はポニーテールでまとめていた金髪をストレートヘアにし、密かにお気に入りだった真紅のドレスを身に着けていた。この姿は結構いいのではと満足する一方で、そんな自分に自嘲じみた思いを持ってしまい、大きく溜息をついた。

 

「あれだけ毛嫌いしていた“貴族のご令嬢”に気付けばなっているとはな……」

 

 鏡に映る自分は豪奢な衣装を着た金髪碧眼の貴族だ。その姿に抵抗はあるものの、この後に訪れる甘美な時を想像すると、そんな気分も吹き飛んでしまう。だから、私はお気に入りの香水と薄いルージュをそっとつけた。

 

 それから半刻後、私のいる離れの玄関扉からノックをする音が聞こえた。私ははやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと歩を進める。そして、内側の鍵を外す。そうすると、外にいた人間……カズマが勢いよく扉を開いた。

 

「うい~注文の品をお届けに参りましたよララティーナお嬢様!」

 

「ララティーナはやめろ! 後、久しぶりだというのに随分と軽い態度だなお前は」

 

「今更そんな事を気にする関係じゃ……おう……おおう!?」

 

「どうしたカズマ?」

 

「その……今日のお前はいつにもまして……うん……あれだな……」

 

 顔を少し赤くしながら言葉を濁すカズマを私はクスリと笑いながら見つめる。そうすると、彼は私から顔を逸らした。その反応が嬉しくて、私は内心は歓喜の思いで満たされていた。カズマが、私を見て顔を赤くしてくれる。それが嬉しくてたまらないし、可愛くて仕方がなかった。

 

「こういう時はなんて言ったらいいか分からないが……似合ってるぞ。なんだかんだで、お前がドレスを着ると様になるんだよな」

 

「その言葉は素直に受け取っておこう。まあ、とりあえずお茶でも飲まないか? 荷物は商品も含めていつもの場所だ」

 

「へいへい……」

 

 気だるげに大きなバックパックを背から下ろすカズマを横目に、私は紅茶の準備とお茶菓子の準備をした。そして、いつものように二人で隣り合わせに座る。少しだけカズマの体に寄りかかるように密着しても、彼はそれを無言で受け入れる。その事に安堵しながら、私は菓子をつまんでカズマの口元へと運んだ。

 

「ふふっ、このマカロンは私が作ったんだ。是非食べてみてくれ……」

 

「マカロンか……」

 

「ん……苦手なのか……?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだがな」

 

 どこか警戒するような表情をしているカズマは、私が差し出したマカロンを素直に口で受け取る。ポリポリとした咀嚼した後、彼はどこか安心したような朗らかな微笑みを浮かべた。

 

「おう、美味いじゃないか。何というか、ダクネスって普通だよな」

 

「それはどういう意味だ? そんな事を言われては素直に賛辞の言葉を受け取れないじゃないか。というか、何だかアイデンティティを失った気がするぞ……」

 

「気にするな。ちょっと昔を思い出しただけだ。それにしても、ここ最近のお前は変わったというか……あれだ……ポニーテールはやめたのか?」

 

「やめたというより、ポニーテールにする必要がなくなった。もう冒険に出るような事もないからな」

 

 苦笑する私を、カズマが悲痛な表情で見てくる。その事に対して、私は暗い喜びの感情を覚えた。あのカズマが、私の事を心配してくれる……私の事で心を痛めてくれている。もし私が、どうしようもない破滅を迎えた時も、彼はこのように心配したり、悲しんでくれるだろうか。そんなはしたない妄想をして、私は心の奥底が熱くなった。

 

「よし、今日は久しぶりに冒険にでも出てみるか? 今の季節だとカエルがいるぞ」

 

「いいんだカズマ。お前と過ごす時間を冒険なんかで潰したくない。今日は私とゆっくり話そう」

 

「ダクネスがそうしたいってなら俺は別に構わないけどな……」

 

 そんな事を言うカズマを私はギュっと抱きしめる。そして、彼の暖かさと体臭を確かめた。ああ、これだ。これが私の一番好きな匂い。昔はいつでもそれを確かめられたけど、今ではそうはいかない。だから、私は犬のようにクンクンと彼の匂いを嗅いだ。

 そして、首筋に嫌なもの……あの女のキスマークを見つける。この男は私のものだと無言で主張するそれを、私は唇を噛み締めながら見つめる。私がどれだけ望んでもできない事を、あの女は毎晩のようにやっている。その事が悔しくてムカついて仕方がなかった。

 

「んっ……」

 

「おほぅ!? ダクネスお前……! エリス様といいお前といい、何で首筋に……おふっ!?」

 

 首筋に吸い付いていた私の頭を、彼が両手で押し戻す。怒ったような顔つきのカズマを見て、胸がギリリと痛む。そんな顔をしないで欲しい。それほど私のキスは嫌だったのだろうか。

 

「あのなあダクネス、俺はもう既婚者なんだ。そういう事は勘弁してくれ」

 

「いいだろう? お前だって本当は私とこういう事がしたいんだろ?

 

「それとこれとは話が違うだろバカ!」

 

 若干キツめの言葉を飛ばしてくるカズマに私は怯む。あの性欲魔人のカズマが私の行為を真っ向から否定し、怒っている。その事実がたまらなく嫌で悲しかった。

 

「ゆんゆんは子供が生まれてから色々と怖くなってな。今浮気なんてしたら殺されるだけじゃ済まなくなる。だから、そういう誘いには当分乗らないからな!」

 

「いつかは誘いに乗ってくれるのか?」

 

「ま、まあお前の事は嫌じゃない……というか好きだ。色々と落ち着いて、まだお前が俺の事を好きだって言うなら俺だって覚悟を決めるさ」

 

「ふふっ、そうか……!」

 

 それなら、安心だ。いつかは、カズマと一緒に過ごす事ができるようになる。それを信じて私は身を引く。今は我慢の時だ。焦らず慎重に、時間をかけて粘り強くやっていこう。

 

 

 

だって、それくらいしかできないのだから。

 

 

 

 そのまま、ゆっくりとして静かな会話が続く。盛り上がりは少ないが、語る事は尽きない。カズマは紅魔の里での生活を、私は一人で過ごす貴族としての日常を話し合う。私はどこか嬉しそうに最近の出来事を語るカズマを諦観しながら見つめていた。そして、窓の外の景色が夕焼けへと変わっていく。そろそろ、この幸せだけど憂鬱な時間が終わってしまう。

 

「な、なあカズマ! 今日はここで夕食を食べていかないか? 実は私は最近料理を……!」

 

「んんー? また今度な。今頃アイツが食事作って待ってるころだからな」

 

「っ……!」

 

 咥え煙草に火をつけながら、カズマがゆっくりと腰を上げる。そして、私に背を向けて玄関へと歩き出した。彼に向けて伸ばした手は空を切る。そして、振り返りもせずにカズマは離れを出て行った。

 

「楽しかったぜダクネス。また今度な」

 

 それだけ言い残して、彼は離れの扉を閉める。残された私は、しばらく何も考えられずに放心していた。そして、ふと気がついた時には部屋の中は暗闇に包まれていた。そんな状況でも、私は戦利品……カズマが使っていたティーカップを見つけてしまった。私はそれをそっと手に取ると、カズマが口をつけた辺りを自分の唇に押し付ける。無機質でひんやりとした感触は、何故か今の私にとって心地が良かった。

 

 

「ふふっ、しょっぱいな……」

 

 

「そういう時はお酒しかないよね! 飲みに行こうかダクネス!」

 

 

 天井の魔力灯がつき、部屋が明るく照らされる。そして、いつの間にか、私の隣にクリスが座っていた。朗らかな微笑みを浮かべながら私の手を取る彼女を見て、私は少し救われた気持ちになった。

 

「ありがとう……クリス……」

 

「そう思うなら奢ってもらおうかな! 今日はたこわさを摘みながらクリムゾンビアを飲みたい気分なんだよね!」

 

「ああ……そうだな……私もそんな気分だ……」

 

 私は苦笑しながらクリスに言葉を返す。そして、もう一度カップに口をつける。さっきと違って少し甘い。そんな気がした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 カズマが何だか私にそっけなくなってから数か月後、私の屋敷に騒がしい声が響き渡る。最近、家に閉じこもり気味な私は今もベッドの中で惰眠を貪っていた。そんな私の部屋の扉を何者かが勢いよく開け放つ。毛布から扉へ目を向けると、少しだけ懐かしい姿がそこにあった。

 

「やっほーダクネス! 半年もいなくなってごーめんね!」

 

「アクアか……! 本当に久しぶりだな! 急に姿を見せなくなって心配していたんだぞ!」

 

「カズマに聞いたと思うけど、色々あったのよ。ダクネスも私がいなくて寂しい思いをしていたでしょ? でも、これからは大丈夫! 週に一度は絶対に来るから! 嫌って言っても来るからね!」

 

「別に寂しくなんかは……いや寂しかったな……」

 

「素直なのは良い事よ! 悪いけど、お茶を入れてくれる? お土産とかお茶菓子はいっぱい持ってきてからね! ついでに賑やかし要員も連れてきたから!」

 

そう言って、アクアは背中のリュックサックから疲れた表情を浮かべたエリス様をにゅるりと取り出した。リュックは明らかにエリス様が入れる大きさではないはずなのだが、アクアに突っ込んでいては埒が明かない。私は慌ててエリス様に駆け寄った

 

「エ、エリス様! 大丈夫なんですか?」

 

「だ、だいじょばないです……色んな物がごった返す変な空間でぶつぶつ呟くゆんゆんっぽい精神体に追いかけ回されたんです……蹴り飛ばしたらどっかに消えちゃったんですけど……あれは一体……?」

 

「エリス様!? お気を確かに!」

 

 何やら青ざめた表情を浮かべるエリス様に私も心を痛める。そして下手人であるアクアは横で嬉々としてお菓子を広げていた。彼女のマイペースっぷりに呆れる一方で、全く変わっていないとも言える姿を見て私は少し安堵してしまった。

 

「ダクネスー私コーヒーな気分なんですけどー」

 

「はいはい、エリス様もコーヒーでいいですか?」

 

「ううっ……お願いします……」

 

 それから、私は二人の女神様と共に穏やかだけど、少し騒がしいお茶会をして過ごした。アクアがカズマの故郷でもあるニホンという場所から持ってきたお菓子に舌鼓を打ち、同じくアクアが持ってきた昔のカズマの写真を見てお互いに笑い合う。

 そんな光景を目にしながら、私はつい目頭を熱くしてしまった。実は定期的に私に構ってくれるのはカズマとこの女神達だけである。そう考えると、私は随分と寂しい奴みたいだ。

 

「アンタ達にはゆんゆんにも見せていないとっておきを見せてあげるわ! ほら、これが寝盗られたって噂のカズマの幼馴染よ!」

 

「ほう……これが……まぁ状況的には寝盗られたというより、単に彼女がカズマさん以外の男性を選んだだけですよね。別に彼氏彼女な関係だったわけでもありませんし」

 

「だとしても、当時の豆腐メンタルなカズマには大ダメージだったそうよ! ふふっ……想像してみたら結構可愛いわね……」

 

「それは私も同意ですね」

 

 何やら鼻息を荒くして興奮した様子のアクアに、エリス様は苦笑を返しながらもうんうん頷いている。私はというと、写真の中の女を見ても別に何か感じ入るものはなかった。むしろ、私に現実を突き付けてくるようで少し嫌な気分になった。

 

「なあアクア、私はゆんゆんにカズマを盗られたと思っていたが、事実はそうじゃない。単に私がカズマに選ばれなかったというだけだ……」

 

「ダクネス、あれは立派な寝盗られよ? カズマは私達3人の男っていう暗黙の了解があったし、私達に対する愛情をあの男は持っていたわ。まぁ、おかげでお互いに牽制し合っているスキをゆんゆんに突かれたんだけどね!」

 

「本当にそうなのだろうか……」

 

 思わず気持ちが暗くなってしまう私の両隣に、アクアとエリス様が腰かけ、私の背中を優しく撫でる。まるで子をあやす母親のような愛撫に少し反発を持つ一方で、安堵と安らぎをもっと享受したいという気持ちもあった。

 

「カズマは今でもアンタの事を狙ってるし、手放す気はないはずよ。自信を持ちなさいな」

 

「そうですよ。カズマさんのハーレム願望は消えたわけではありません。私だって諦めていないのに、耐える事が得意なダクネスが先にめげるなんて許しません」

 

 別に、私だって諦めたわけではない。ただ、昔よりカズマとの仲は後退したと言える現状が嫌で仕方がなかったのだ。それに、どう挽回すればいいかも正直分からない。カズマが私に少し冷たくなった理由が分からなかったし、分かりたくもないのだ。

 

「ゆんゆんの“崩し”は順調よ。あの子の根の部分は善人だし、結構寛容な子なの。それに、子供が生まれてある程度丸くなったし、今までの行動や発言を考慮すると彼女が第二夫人や愛人を許容する可能性は高いわ」

 

「付け加えて言うと、カズマさんが私にセクハラをしたとしても、ゆんゆんさんは噛み付いて不満を表す程度ですし、『私にも同じことをしてください』ってわけの分からない要求をするほど“余裕”なんです。彼女に取り入る事はそう難しい事ではありませんね」

 

 そう言いながら、アクアが私の背中をポンポンと叩き、エリス様が私の両手をギュっと握ってくる。何も考えられなくなりそうなほど思考が鈍るが、私の不安はまだ完全に消える事がなかった。

 

「じゃあ、カズマが私に冷たいのは何故なんだ……?」

 

「うっ……実はゆんゆんよりカズマの方が少し面倒なの。あの男は、既婚者として……父親としての自覚を持ってしまったわ。本当に、変な所で真面目なのよね……」

 

「遊び人だった男が、家庭を持った途端に女遊びをやめて真面目になる。よくある事というよりは、当り前の事とも言えますね」

 

 そう語った女神達の表情も少しだけ暗かった。それからは、彼女達によるカズマ・ゆんゆん対策講座を受けた。カズマ達の意識改革はアクアとエリス様が今後も頑張り続けるそうだ。私はというと、人事を尽くして天命を待つ。それ以外の道はないそうだ。

 

「まぁ、辛気臭い話はこれで終わり! 再開を祝してパーッとやるわよ! 実はお酒もたくさん持ってきてるのよ!」

 

「ふふっ、たまにはそれも良いかもしれませんね。ほら、ダクネス。私がお酌してあげます!」

 

「エリス様……勘弁してください……!」

 

「クリスの時には遠慮なんてしないのに。本当に、貴方は不思議な子ですね。という事で……私のお酒が飲めないっていうのですかぁ!?」

 

「エ、エリス様!?」

 

 こうして、女神二人によるどんちゃん騒ぎが始まった。結局、私も記憶が混濁するほど酒を飲み、朝起きた時に部屋は酒瓶とゴミで埋め尽くされ、私自身も何故かエリス様の羽衣を着ていたり、エリス様とアクアが私のドレスを着て床にぶっ倒れていたりと意味不明な状況だった。二日酔いで頭もガンガン痛むし、胸は服のせいで息苦しく気分も悪かったが、不思議と心はスッキリとしていた。そして、改めて覚悟が決まる

 

 

 

絶対に諦めてたまるものかと。

 

 

 

 

 

 

 そんな鋼の意志も、時間が経てば経つほど錆びていく。最初の一年はまだよかった。定期的に会いに来てくれるカズマとアクアのおかげで寂しさは紛らわせる事ができたし、ほぼ毎日のように訪れるクリスのおかげで退屈する事はなかった。

 でも、二年目になるとこの状況に対する焦りが出てくる。カズマと二人っきりの時は精一杯のセックスアピールをしたし、実際に彼を襲ったり、逆に襲われたりもした。でも、カズマが私に挿入する事はなかったし、絶頂してくれる事もなかった。毎回のように私がカズマの指と舌で愛液と嬌声を絞り出され、イき狂わせられる。カズマはそんな私を見て満足してそれ以上は決してしてくれなかった。つまりは二年間もお預けを喰らっているのだ。

 そして、ついに三年目に突入してしまう。この頃になると、カズマはゆんゆんと娘についての惚気話を嬉々としてするようになり、私の精神も摩耗する。加えて、自分の置かれている状況の“惨めさ”を自覚してしまった。おまけに結婚適齢期も過ぎつつあり、再び父が縁談話を匂わせてくる事も多くなった。

 ゆっくりと……着実に私の“チャンス”は減っていく。もし、後十年もこの状況が続けば私はカズマだけでなく女を諦めなければならなくなる。そんなのは絶対嫌だった。カズマだって諦めたくないし、女として終わるのも嫌だ。でも、時間を止めるなんて私にはできない。

 

 そんなある日、アクアが里に来ないかと誘ってきた。なんでも、3歳になるカズマの娘の小規模な誕生会をするらしい。だが、彼女の意図は言わなくとも分かる。私は3年前から一度も紅魔の里には行ってない。おかげで私はカズマの娘は写真でしか見た事がないのだ。そして、めぐみんとも疎遠になっている。今では年に一度くらいしか顔を合わせてないし、事務的なやりとりしかしていない。何というか、“気まずい関係”なのだ。

 散々に迷って苦悩する事一か月、私は誕生会に行かない事を決めた。今更あの里に行っても意味はない。むしろ、誕生日に見知らぬ女である私が行けばカズマの娘は困惑するだろうし、ゆんゆんの気分を害したくない。だから私は行かない……行かないと決めたのに……!

 

「じゃじゃーん! 帽子の中から現れたのは、なんと貴族のお嬢様! ララティーナちゃんなのでした!」

 

「すごい! すごいねアクアお姉ちゃん! でも、なんでこの人は裸なの?」

 

「ええっ!? あっ……うん……ちょっとタイミングが悪かったわね……」

 

「おいアクア! お前は俺の娘に何を見せてんだ!? こういうのは俺だけに見せるもので……あだだだっ!? 違うんだゆんゆん! 今のは冗談で……ばわっ!?」

 

 目の前で繰り広げられる光景に私は閉口するしかない。私はさっきまで家の風呂で体を清めていたはずだ。しかし、頭上から伸びてきた謎の手に拉致られ、気が付けば紅魔の里のカズマの屋敷に転移していた。

 おかげで真っ裸な私にアクアは慌てて毛布をかけ、カズマはゆんゆんによってソファーに沈められる。そして、エリス様とめぐみん、あるえとかいう紅魔族の少女はこちらを唖然とした表情で見ていた。

 私は一度深く深呼吸して息を整え、滲み出てくる緊張を抑え込む。そして、できるだけの笑みを作りながら再会の言葉と初めましての挨拶を言った。

 

「久しぶりだな……そして初めましてだな……さよりちゃん……」

 

「……! はじめまして! 金色のおばさん!」

 

「お、おばさん!? お姉さんだろ!? お姉さん……だよな……? お姉さんと言え!」

 

「いひゃい!? やめへおばひゃん!」

 

「だからおばさんと言うな!」

 

 ゆんゆんの面影を多く残すチビっ子の頬を軽くつまむ。スポンジのように柔らかでスベスベな肌を羨ましく思う一方で、身をよじらせて私の手から逃れようとする彼女の事がたまらなく可愛く思えた。本当に子供……カズマの子供か……

 思わず思考の海に沈みかけた私のおでこにデコピンが炸裂する。見上げると、少しボロボロなカズマが私の事を苦笑しながら見ていた

 

「おいダクネス、うちの娘を虐めるのはやめろ。後、さよりも謝るんだ。コイツはまだおばさんなんて年じゃない」

 

「ん……ああカズマか……すまない……さよりちゃんもごめんな」

 

「私もごめんなさい……まだお姉さんなおばちゃん」

 

「おい、この娘は本当に3歳か!? 今私に嫌味を言った気がするぞ!?」

 

「子供の言った事をいちいち真に受けるなアホ」

 

 カズマだけでなく、アクア達まで呆れたような視線を向けてくる。納得いかないが、これ以上は大人げない。私はカズマの娘に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。そして、少しツンとした視線を向ける彼女の頭を撫でながら問いかけてみた。

 

「私の名はダクネス、カズマ達の友達だ。私も誕生日会に参加しても構わないか?」

 

「うん、いいよお姉さん!」

 

「そうか、ありがとな」

 

 私の言葉と愛撫を、彼女はくすぐったそうに受け入れる。嬉しさと共に、どうしようもない嫉妬心が湧き起る。こんなにも可愛い子供を産み、カズマと一緒に暮らせるゆんゆんの事が羨ましくてたまらなかった。ふと横目でゆんゆんの方を見てみると、彼女はカズマにべったりくっつきながらこちらを微笑みながらこちらを見ていた。

 

「んっ……ちょっと痛いよお姉ちゃん……」

 

「すまん……すまんな……」

 

 私は慌てて彼女の頭から手を離す。何にしても、この子に八つ当たりするなんて論外だ。

 

 

 

 それから数十分後、私はアクアの服を借りて身に着け、一息ついていた。カズマの娘は私がプレゼントした黒猫のぬいぐるみを抱きながらペットのじゃりめにじゃれついている。その面倒をアクアとゆんゆんが引き受け、それ以外の参加者はテーブルでお茶を楽しんでいた。

 とは言っても、私達に漂う空気は少し気まずい。カズマは視線が娘の方にいってこちらに関心があまりないし、めぐみんも私の方をあまり見ない。それほど交流がないあるえなんて以ての他だった。そして、エリス様はそんな私達を見ておろおろしている。それを見かねたのだろうか、カズマがポツリと呟いた。

 

「めぐみん、ダクネスとこっちで会うのは初めてなんだろ? お互い積もる話でもあるんじゃないか?」

 

「カズマ、別にそんなものはないです。半年前に顔を会わせてますし」

 

「ああ、私だって別にないさ」

 

「そうかい……」

 

 カズマはため息を吐いてからアクアをテーブルに連れ戻してきた。それからは、彼女が中心となって会話が弾み、楽しい会話となった。それでも、私とめぐみんが言葉を交わす事は一度もなかった。

 そして、カズマの娘がソファーで眠り始めた所で誕生会もお開きになる。私との会話もそこそこに、カズマはゆんゆんと娘を連れて寝室へ行ってしまった。なんでも、明日は娘の希望で家族一緒に動物園に行くらしい。

 私はズキズキと痛む胸を抑えながら家の外に出て、グリフォン像前に待機しているというテレポーターのもとへ向かう。しかし、そこに待機していたのは魔法帽を目深にかぶっためぐみんだった。

 

「二人だけで話しましょう? 積もる話はいっぱいあるんです」

 

「私もだ」

 

 短い言葉を交わした後、ゆっくりと歩き出しためぐみんの隣に並ぶ。辿り着いたのは小さな居酒屋だった。そこの座敷に二人で腰を下ろし、適当な安酒とつまみを注文する。それから、注文の品が届いてから数十分はお互い無言のままであった。そこで痺れを切らしたのだろう。めぐみんがお猪口をこちらにグイっと差し出してきた。それに、私も自分のお猪口をカツンとぶつけた。

 

「ダクネス、最近はどうですか?」

 

「どうもなにも、昔と変わらない。今もカズマの気を引こうとして四苦八苦してる」

 

「なるほど。私も似たようなものです」

 

お猪口に口をつけながらめぐみんが呟く。私も、割とキツめな酒を舐めるように飲んだ。値段の割に味は良い。だが、自分の中でふつふつと湧き出る悪感情は止められない。気が付けば、めぐみんをなじるような事を口に出してしまった。

 

「毎日カズマの後を追いかける生活は楽しいか? 三年もあったのに何も変わらないなんて驚きだ。このヘタレめ」

 

「その言葉は貴方にもお返ししますよ。カズマとの密会を続けてこのザマですか。早くしないと、カズマが言う“アラサー女”って奴になっちゃいますよ?」

 

「減らず口を!」

 

 テーブルを叩く音に、めぐみんが肩をビクリと震わせる。そして、彼女は魔法帽を更に深くかぶってから私と同じようにテーブルをバシンと叩いた。

 

「もしかして、私が里に残った事が不満なんですか? ダクネスにあまり会いに行かなかった事を怒っているのですか? そうだとしたら、勘違いも甚だしいです! 貴方が様々なしがらみで苦労しているのと同じくらい、私だって色んなしがらみで苦労しているんです!」

 

「ほお? カズマと一緒に過ごして毎日を楽しんでいるくせに、何を苦労していると言うんだ? 自慰に耽るための獲物探しにでも苦労しているのか?」

 

「ダクネス!」

 

 頬にパチリとした衝撃を受ける。どうやら、彼女に頬を張られたらしい。痛くも痒くもないが、心の奥底がズキリと痛んだ。私は仕返ししてやろうと、めぐみんが顔を必死に隠すようにかぶる帽子を奪い取ってやった。そして、彼女の表情を見てそんな感情も冷める。何故ならめぐみんが大粒の涙を流していたからだ。

 

「ダクネスだって本当は分かっているんでしょう? 一番辛いのは、傍にいても何も出来ない事……何も変えられない事……カズマとゆんゆんの幸せな日々を見せつけられる事なんです! それがどんなに辛いか想像ぐらいできるでしょう……?」

 

「くっ……!」

 

「それが嫌でダクネスは逃げたんです! 今まで一緒に頑張って来た私を置き去りにしたんです!」

 

「ち、違う! 私はそんな理由では……その……」

 

「でも、現実としてはそうでしょう?」

 

 二の句の継げない私の胸倉をめぐみんが引っ掴んでくる。彼女は相変わらず涙ぐんでいる。そして、彼女の顔が随分と大人びているのを改めて認識した。三年……あれから三年もの月日が経ってしまったのだ。

 

「ダクネスが私を羨ましく感じるのは当然だと思います。カズマにいつでも会えるというのは事実ですからね。でも、私だってダクネスが羨ましい! 彼と二人だけで密会を出来る女性なんて貴方だけなんです。私がカズマと会う時はいつも別の女性が傍にいるんです!」

 

「そうなのか……?」

 

「そうなんです! この前なんか、浴室の天井に隠れた時にクリスが……!」

 

 酒を呷りながらグチグチと語り出しためぐみんの話を私は静かに聞く。そして、冷静になった頭で私はめぐみんとのすれ違いの日々の事を考えた。私はてっきり彼女がカズマの傍にいられるという罪悪感から、私と会うのを躊躇っていたと考えていた。実際にそのような思いも少しはあるのだろうが、私に遠慮していたというのも事実だろう。

 確かに、カズマとの密会の日を邪魔された事はただの一度もない。今までの事を考えると、カズマとの関係において“邪魔が入らない”なんて滅多にない事であった。それに、めぐみんの思いも痛い程分かる。何も出来ない……見せつけられる事は本当に辛いのだ。でも、羨ましいものは羨ましい。私だって、出来るなら彼の傍に一緒にいたい。例え、見るだけだとしても。

 

「しかもカズマのシャツを盗んだ犯人にいつの間にかされていたんですよ! あれは絶対アクアで……聞いているのですかダクネス!」

 

「あ、ああ……聞いてる聞いてる……」

 

 めぐみんに適当な返事をすると、彼女は引き続き愚痴を語り出した。それを、枝豆をつまみながら聞き流す。やっぱり、私が思い悩んでいるのと同じくらいの苦しみを彼女が抱えているのは本当のようだ。

 そして、私はべろんべろんに潰れためぐみんを支えながら店を出る。当り前のように私に勘定を渡してきた彼女には苦笑するしかなかった。かくいう私も結構酔っている。酒で火照った体に、夜風が当たるのが心地よかった。そんな私に寄りかかりながら、めぐみんは懐から何かを出して私の手に握らせてきた。

 

「だくねすぅ~あなたにぷれぜんとあげまひゅよ~……ひっく!」

 

「なんだこの怪しげな小瓶は……」

 

「きせいじじつやく……つまりすいみんやくとびやく……こんすいれいぷ……」

 

「何を渡してるんだ! 酔いを醒ませバカ!」

 

「うにゃあああああっ!?」

 

 帰りがけに買った飲み水を全てめぐみんにぶっかけた。彼女は体をよじらせながらうーうー唸っていたが、いくらか理性のある瞳を取り戻した。

 

「だから、既成事実薬です。それでカズマを逆レイプするんです」

 

「お、お前はバカなのか!? そういうカズマの意志を無視した行動はダメだと学んだはずだぞ?」

 

「ええ、そうです。でも、そうは言ってられない状況になってきました。カズマが私達に好意があるのは確実です。でも、カズマも色々なしがらみがあって私達には絶対に手を出さない。それならば、もうこうする他ありません。カズマの意識を変えるには実力行使はやむを得ません」

 

「しかしだな……」

 

 それが失敗したせいで今の現状があるのだ。だが、それ以外の方法がないというのは私も分かる。三年間頑張っても私は何も変えられなかったし、むしろカズマの意志が強固になっていくのを感じていた。そして、このままではマズイという焦りもある。

 

「それはサキュバスが作った霊薬とも呼ばれ、貴族の間でも密かに取引があるという禁制品です。入手するのに苦労したんですから、大事に使ってくださいね?」

 

「お前は使わないのか……?」

 

「使おうとした時にエリスに感づかれて実行出来ませんでした。でも、ダクネスなら出来る。貴方には邪魔が絶対に入らない……入ろうとしませんからね」

 

 私は暗闇の中でも紫色に輝く小瓶をそっと懐へ入れる。心の中ではダメだと叫ぶ自分がいるのだが、そんなものは溢れ出る他の感情にかき消される。私は今、“発情”しているらしい。

 

「それじゃあダクネス、ここまでで十分です。 後は自分の足で帰ります。貴方はさっさとテレポーターの所へ行ってください。随分と待たせていますからね」

 

「んっ……そうするとしよう……」

 

「幸運を祈ってますよ」

 

 笑顔で手を差し出しためぐみんに、私も握手を返す。そして、小さく別れの挨拶を告げて私はめぐみんに背を向ける。そして、小走りで駆け出した。既成事実……良い言葉だ……! そんな浮かれた気分の私は、めぐみんが小さく呟いた言葉を聞き取る事なんか出来るわけがなかった。

 

 

 

「ごめんなさいダクネス……」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 あの紅魔の里の出来事から一か月後、カズマはいつものように私の屋敷に来ていた。今日は暑いなと呑気に語るカズマを私は興奮と罪悪感でまともに見る事が出来なかった。それでも、私は例の霊薬を入れた飲み物を、何食わぬ顔で彼の前へ差し出していた。

 

「喉が渇いてるだろう? アイスティーでも飲んでゆっくりしていってくれ」

 

「おっ、気が利くじゃねえかダクネス」

 

「私は気遣いが出来る女だからな」

 

「それを自分で言うのか……」

 

 ケラケラと笑いながらグラスに口をつけるカズマを私はねっとりと見つめる。それでも、彼は私の視線に気付かずに飲み物をに飲み干した。本当に油断しずぎだ。私は以前、お前を監禁した女だというのに……

 

「ああ゛~最高だ! 出来ればアイスティーより麦茶が……むぎ……うっ……!」

 

「よし! 効いたぞ!」

 

 パタリとテーブルに体を倒すカズマを見て私は勝利を確信する。しばらく私は彼の顔を抓ったり、軽く頬にキスをして反応を確かめた。当然、全くの無反応。その事に極度の興奮を感じ、私は息を荒くする。そして、眠りこけるカズマをベッドの上へ放り投げた。

 そして、私は見つけてしまった。若干顔を赤くしながら眠りこける彼の逸物が、はち切れんばかりに隆起していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……! 本当に効き目があるみたいだな! ここもこんなにも大きくして……!」

 

 私は大きくテントを張っているカズマのズボンを、勢いよく脱がす。そして、いきり立った勃起チンポがお目見えした。私はそれを思いっきり握る。熱くて硬いこの感触は本当に久しぶり……三年ぶりの感触だ。

 

「我慢汁もこんなにいっぱい……興奮してるんだろう……出したくてたまらないんだろう……? 大丈夫だ。今日は私の膣内にいっぱい出してもらうからな……!」

 

 ねちょりとしたカウパーを指で絡めとり、その匂いをクンクンと嗅ぐ。この生臭くて淫靡な匂いも久しぶりだ。自然と私の秘所が濡れていくのを感じる。もう、これ以上我慢する事は出来ない。私は衣服を全て脱ぎ、仰向けで寝るカズマの腹に跨る。そして、勃起ペニスを私の膣口へとあてがった。

 

「お前が悪いんだからな? 私を三年間も焦らしてイき狂わせて……! ずっと生殺しだった……お前のチンポが欲しかったんだ! 女だって性欲はあるんだからな!」

 

 ペチリとカズマの頬を叩いてみたが、彼は気持ちよさそうに寝息を立てて涎を垂らすだけだ。どうやら、カズマは無言の肯定という奴をしてくれているらしい。それならば仕方ない。仕方のない事だ!

 

「んっ……ふふっ……挿れるぞカズマ……遠慮なく一気に……んひっ……!」

 

 膣口にカズマの熱く硬い亀頭がにゅるりと入る。その感覚に思わず泣きそうになりながらも、私の興奮も最高潮に達していた。腰を下ろせば、三年ぶりのカズマチンポを感じられる。長い間ご無沙汰で蜘蛛の巣がはった私の膣にカズマの……! ダメだ! もう我慢できない!

 

「んっ……んぁっ!? いっ……んひっ……ひうううううううううううっ~! んっ……イクっ……イクうううううううっ! んへっ……はひっ……!」

 

 勢いよく腰を落とした私に、カズマの勃起チンポが突き刺さる。そして、ゴリゴリと私の秘所を貫いてくれた。その熱さと快感で私はすぐさま絶頂してしまう。やっぱりカズマは凄い……挿入しただけでこんなに気持ちいい……! 自慰で得られる気持ち良さなどこのチンポに比べたらゴミクズ同然だ。

 

「はぁ……んっ……私の膣内で更に硬くなってるぞ? 私の具合は良いか? 気持ちよくなってくれてるか?」

 

「うっ……」

 

「そうか、気持ちいのか。ならもっと気持ちよくしてやるからな! あうっ……いひっ……んっ……はぁ……もっと……もっと私を貫いてくれ……!」

 

 部屋に私の秘所を穿つぐちょぐちょという下品な音が鳴り響く。私の愛液で濡れたカズマのチンポは根元まで私の秘所に飲み込まれていた。その抽挿の一回一回に私はどうしようもない快感と“悦び”を得ていた。

 カズマの事など考えず、私はひたすらに腰を上下させて彼のチンポを味わう。そして、肝心なカズマも全くの無抵抗。いつも私を手玉に取って来た彼を私の意のままに扱う状況に更なる快感を得てしまう。こんな脳が痺れそうなほどの陶酔感に私は気が狂いそうになった。

 

「ひん……ふ……はふ……ぅ! ふふっ……正にレイプだな……んふっ……女に犯される気分はどうだ……んぅ……!」

 

「ううっ……すわてぃなーぜ……あくあ……へるぷみー……」

 

「お前はどんな夢をみているんだ!? 後、今は私以外の女の名を口にするな! この……んっ……じゅるっ……!」

 

 挿入しながらカズマの方へ倒れ込み、強引に彼の唇を奪う。甘い膵液をじゅるじゅると吸い上げ、動かない彼の舌を啄んで口内を蹂躙する。そして、規則的な熱い吐息を受けながら彼の唇を噛んだりもした。その物理的な快感と精神的満足で私はまたも体をガクガクと震わせる事になった。

 

「あはっ……! カズマ……気持ちいいぞ……だからまた……っ……! んっ……んひっ……! くひゅうううううううっ! あふっ……はう……カズマ……カズマカズマカズマ!」

 

 絶頂でガクガクと震える体をよじりながら、カズマの体にギュっと抱き着く。そのまま、私の愛液と潮でベッドと彼が汚れていくのを半ば放心しながら実感していた。無抵抗な彼を犯して汚すのは、やはりレイプという他ない。でも、止められるわけがない。あのカズマを好き放題に出来る機会など滅多にない事なのだ。

 カズマはというと、うっすらと汗をかいて寝息を少し荒げていた。寝ていたとしても、セックスをしているという事を体は自覚しているらしい。少し苦しそうな顔をしているが、アソコはバッキバキに勃起したままだ。

 そんな時、私の膣内でカズマのチンポがビクビクと脈打ちだす。そして、まるで爆発するようにビュルビュルと射精し始めた。もちろん、妊娠の準備満タンな私の子宮に精液がぶち当たり、熱くどろどろしたものが流れ込んでくるような感覚が下腹部に生じる。その事実に私は狂喜した。

 

「いひっ……! はふっ……やった……妊娠確実うううううっ! ははっ……危険日なのにお前はこんなにたくさん出して……!」

 

 微笑みながらカズマの頬を撫でると、彼は気持ちよさそうに頬を緩めた。それを見て、私はまた腰を上下に動かし始める。何故なら、カズマの勃起がまだおさまっていないからだ。それに、私自身もこれじゃ足りない。今まで出来なかった分の穴埋めと、既成事実を確実なものにするためにも、まだまだ足りないのだ!

 

「んっ……はっ……夜はまだ終わってないぞ…… ? 今夜はずっと繋がったままだ……! んひっ!? お前もその気で……やあっ……あぅ……くふふっ……!」

 

 そのまま、私はカズマに欲望を叩き付け続ける。その間に、私の膣にはカズマの精液が注がれ続けた。そして、窓の外が明るくなり始めた頃に私も限界を迎えてしまった。私はカズマの胸板に飛び込んで息を整える。彼はというと、相変わらず気持ちよさそうな表情でぐっすりと眠っていた。もちろん、彼の逸物も勃起したままだ。

 

「やっぱり、お前のチンポには勝てなかったな……」

 

「当り前だろ。俺は日々、修行を積んでいるんだ」

 

「っ……!? まさか起きて……!?」

 

「いや、数分前まで本当に寝てたぞ。全く……“ドレインタッチ!”」

 

「はにゃあああああっ!?」

 

 意識が落ちる。体の感覚も消えていく。最後に見たカズマの表情は恐ろしいほどの無表情であった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 意識が覚醒した時、私に激しい運動の後のような倦怠感と筋肉の疲労が体を襲う。そして、私は椅子に座った態勢で体をロープで縛りつけられていた。そんな私の前には、同じく椅子に座って頬杖をついているカズマがいた。しかも、彼の左手には武器を持つようにベルトが握られていた。

 

「カズマ! もしかしてそのベルトで私を打つのか……!」

 

「黙れ」

 

「んぅっ……! その表情と態度は実にいいぞ! そのまま私を思いっきり打ってくれ!」

 

「お前は状況が理解出来ていないのか?」

 

「あっ……」

 

 カズマは持っていたベルトをぽいっと手放す。私が名残惜し気にベルトを見つめていると、彼が私の顎を無理矢理動かす。そうして、カズマの無表情と向き合った私は何か言おうと口をモゴモゴさせるが、何も口に出す事は出来なかった。何故なら、私は“恐怖”を感じていたからだ。

 彼は明らかに怒っている。今までもキレるカズマというのは色んな場面で見てきたが、これは今までのものとはベクトルが違う。こんなカズマを見るのは、彼のえっちい本をアクアが鍋敷きに使った時以来だ。

 

「まさか、お前に昏睡レイプされるとは思っても見なかったな。あんな古典的で、しかも一度はめぐみんにヤられた手法にハマるなんて俺も油断してた……」

 

「こ、これは仕方のない事情があってだな! 少し新薬を試しかったというか……!」

 

「悪いが今はお前の言葉は聞きたくもない」

 

「っ……!」

 

 イラついたように舌打ちをするカズマを見て私は再び萎縮する。そして、今になって私はとんでもない事をしてしまったと実感し始める。ぶるぶるとした寒気と、ドロリとした嫌な汗が額に流れるのを感じた。

 

「ダクネス、俺はお前から散々誘いや悪戯を受けても断って来た。何故かは分かるよな?」

 

「ああ……」

 

「なら、何故やったんだ? 俺が怒らないとでも思っていたのか?」

 

「…………」

 

 押し黙る私を見て、カズマは呆れたような表情になる。そして、大きな溜息をついた。そんな彼の溜息で、私は体をビクリと震わせてしまう。怖い……本当に怖い。状況的に、彼の態度は普段の私にとって快楽と興奮の材料でしかない。でも、不思議とそんな気分には私の心はなってくれなかった。

 

「俺はエリス様にもこんな事をされそうになって未然に防いだ事がある。でも、彼女は俺の思いを知りながら仕掛けてきた。余計にたちが悪いとも言えるが、彼女はそれについてもきちんとわきまえている。俺のギリギリを責めてくる愛する女神様だ……」

 

「なら私も……!」

 

「いいや、お前には俺の思いなんて知らないだろう? だから、今後俺に何か仕掛ける時は今からいう事を肝に命じて実行してくれ」

 

「あ、ああ……」

 

 ぎこちなく首を縦に振る私を見て、彼もコクリと頷く。そして、私にしっかり目線を合わせて、静かに語り掛けてきた。

 

「ダクネス、俺はゆんゆんと結婚してるんだ。何を当り前の事をと思うかも知れないが、これには重要な意味があると思い始めてるんだよ。要するに俺はゆんゆんを裏切りたくない……愛想を尽かされたくない……彼女を別の男に盗られたくないんだ」

 

「その程度じゃあの女の愛情は無くならないぞ……」

 

「本当にそう思うか? 俺はゆんゆんに浮気をされるのは絶対に嫌だし、そんな事をアイツがしたら俺の今の愛情も怒りに反転する自信がある。 俺が嫌だと思う事を、同じ人間であるゆんゆんが嫌だと思わないはずがない! 少なくとも笑顔で歓迎するなんて事はないだろうな!」

 

「っ……! 分かった……分かったから少し声を抑えてくれ……」

 

 据わった目で私を睨むカズマの視線から、逃れるように顔を背けようとする。でも、彼の手は私の顎を掴んで離さない。目を瞑っても、彼の怒りの表情が脳内に浮かぶ。今の彼から逃れる手段を私は持っていなかった。

 

「今までは好き放題出来ると思っていたし、実際に好き放題やっていた。でも、結婚してから俺は“責任”って奴を自覚したんだ。アイツを幸せにするのは俺だし、彼女を悲しませるような事はしたくない。だから、浮気をしないと決めたんだ。まぁ、ゆんゆんも割と寛容な奴だから、セクハラくらいはしても許してくれる。でも、今回のは違う! もしかしたら、俺に愛想を尽かすかもしれないんだ!」

 

「ひうっ……!」

 

「俺はゆんゆんとさよりに嫌われたくない……愛想を尽かされたくない……家族を手放したくはないんだ。正直言って、あの二人のためなら俺は命を捨てられる。それほど大切な存在なんだ……」

 

 何も言えずに震え、いつの間にかボロボロと涙を流していた私の頭をカズマは優しく撫でる。そして、小さく苦笑してから呟くように私に言葉を投げかけてきた。

 

「この世界に来た当初はハーレムを作ってやるって息巻いてたし、お前ら全員に手を出した時もそんな思いもあった。でも、元の世界でも今の世界でも、ハーレムなんてやってる奴はほとんどいない。いたとしても、権力者の一部だけだし、ハーレムの女性全員と相思相愛何て現実では絶対にありえない。そう言い切れる自信がある。もしいるとするなら、そいつらは真正のキチガイだ」

 

「でもハーレムを作る貴族の中でも、実際に関係が良好な奴もいると聞いた事はあるぞ……」

 

「あのなあダクネス、表面的にはそう見えても裏で何をやっているかなんて分かったもんじゃない。後宮のドロドロはよく話の題材になるし、それによる争いは歴史が証明してきた。おまけに、お前達は以前にもそんな争いをゆんゆんとしている。上手くいくとはとても思えんな」

 

 それについては私も押し黙る事しか出来ない。実際、いわゆる後宮と呼ばれるもので起こった陰惨な事件や実情は貴族の間で有名だ。特に、跡目争いや莫大な遺産が関わると余計にドロドロとしてしまう。カズマにはそんなしがらみは少ないが、愛情の独占をめぐって面倒ないざこざが起きる事は確実だった。

 

「ぶっちゃけると、俺はお前が別の男と結婚して悔しいとは思うが止めはしない。俺にはゆんゆんを愛するだけで手一杯なんだ。だから、お前も俺を諦めてくれ。お前は俺という男に引っかかってたまたま引きずっているだけだ。他の男を知ったら、俺なんてカスみたいなもんだと気付けるはずだ」

 

「お前は何を言ってるんだ! それだけは絶対にない! 私はお前だけしかいない! お前じゃないと……カズマじゃないと嫌なんだ!」

 

「そう言われてもな……」

 

 面倒臭そうに頭を掻くカズマを見て、私の心がピシピシと割れていくのを感じる。カズマを襲う前は、こんな事になるなんて思いもしなかった。もちろん、私はカズマが結婚に責任を感じている事だって理解していた。でも、彼は建前さえあればとことんやってしまう男だ。

 私にレイプされているなら仕方ないと、下卑た笑いを上げながら私のされるがままになり、、逆に私を犯して滅茶苦茶にしてくれると少し楽観的に考えていた。実際、以前の彼ならそうだったはずだ。でも、今の彼は違う。カズマはもう、ゆんゆんの“夫”で、さよりちゃんの“父親”になっていた。

 

「この際だからはっきり言ってやる。ダクネス、よく聞いとけよ?」

 

「…………」

 

私の眼前に指を突き付けたカズマは、私にとっては致命の一撃となる言葉に言い放った。

 

 

 

「ダクネス、俺はお前と結婚する気はない」

 

 

 

 視界が歪む……思考が歪む。溶けて崩れ落ちそうになる意識の中で、カズマは私から背を向ける。手を伸ばそうとしても、決して届かない。呼び止めようとしても、口からは嗚咽しか出てこない。

 

 

 

もう、何もかもがダメになってしまった……

 

 

 

 

 それからどれほどの時間が経過したのだろうか。気が付けば、朝日が差し込んでいた窓からは、夕日が差し込んでいる。加えて、私を縛っていたはずのロープもいつの間にか解けていた。

 私は、重い体を動かして洗面所へと向かう。そして、鏡で自分の顔を見て思わず笑ってしまった。そこには、髪をボサボサにし、涙と鼻水で顔をドロドロにしている自分が映っていた。それに、涙でメイクが崩れたせいで、文字通り化け物みたいな姿になっている。本当に、笑うしかない。

 そして、心の中でカズマに言われた言葉を反芻する。ゆんゆんに愛想を尽かされたくない、家庭を壊したくない……今思えば、アイツの顔も少しだけ恐怖に歪んでいた気がする。つまりはそういう事なのだろう。本当にカズマは変な所で真面目な奴だ。

 

 

「私と結婚する気はない……か……」

 

 

 

 いざ言われるとキツイものがある。今までは、カズマも私の事を好きでいてくれるという自信があった。だから、決して諦めなかったのだ。でも、そんな自信はもう私にはない。おまけに、今回の事は私にとっては痛手だ。

 

「もしかしたら、私も嫌われてしまったかもしれんな」

 

 当り前だ。カズマの意志を無視して逆レイプしてくるような女を誰が好きになる。涙が止まらない。頭がガンガンと痛み、心と体が悲鳴を上げる。もう私はダメだ。本当に私はバカだ。バカのバカの大バカだ!

 

「これで……これで私も愛想を尽かされて……」

 

 

ふふっ……愛想を尽かされるか……

 

 

「嫌だ……嫌だよカズマ……私を捨てないでくれ……私を嫌わないでくれ……!」

 

 

 もう遅い。何もかも遅い。もう、生きる希望も理由もなくなってしまった気がした。疲れてしまったのだ。

 

 

「嫌なんだカズマ……! 私は幸せな結婚を……子供を産んで幸せな暮らしがしたいんだ……!」

 

 私が小さなころから思い描いていた結婚生活。好きな人と一緒に暮らして、愛する子供と毎日を楽しく過ごす。そんな夢のような光景を、そういえば一か月前に私はこの目で見ていた。なるほど、私という存在は、危うくあれを壊すかもしれなかったのか。そんな私はやっぱりこの世から消えるべきだ。

 

 

「嫌だ……カズマ……私は……お前を愛して…… う……うぶっ……うええええええっ! がふっ……げほっ……うぶっ……!」

 

 

 洗面台に、私の汚い吐瀉物がまき散らされる。私はよっぽど汚れた女のようだ。貴族の女性なのに、こんなモノを……こんなモノ……?

 

「まさか……まさかそういう事なのか……? そうだ……そうとしか考えられない! だって……だって……あはっ! ふふっ……くひっ……くひひひひ! そうじゃないと嫌だ!」

 

 私は汚れた手でゆっくりとお腹を撫でる。なんだか、少しだけ暖かい気がした。それも当り前の事。だってカズマにあんな大量に出されているのだから。こんな事になってしまうのは仕方のない……仕方のない事だ。

 

 

 

「こんにちは、私の赤ちゃん……えへっ……えへへへへっ! ひっ……ひぅ……ふぐっ……」

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、ダスティネス邸では女の狂笑と嗚咽が一晩中響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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諦めの悪い女 中編

the:説明会

相変わらずの難産




 太陽が真上にある時間帯、そんな真昼間から俺は人目を忍ぶように遠目で我が家を伺っていた。目立った動きがない事に少しだけ安心しつつ、俺は袖口を鼻に持って行って匂いを嗅いだ。

 

「よし、大丈夫……アイツの匂いはしないな……しないはずだ……」

 

 そう言ってから、俺は少しだけゴワゴワとした服の感触に顔をしかめた。そもそも、こんな目に会っているのはあの諦めの悪いお嬢様のせいである。前日の夜から今朝にかけて、不覚にもダクネスに逆レイプをされてしまったのだ。昔の俺であったら役得としか思えなかったが、今の俺にとっては不安でしかない。

 それもそのはず、俺はゆんゆんに無断で“朝帰り”をしてしまったのだ。もちろん、この事をゆんゆんに言い訳できるはずがない。浮気である事は変わりないし、よりにもよって逆レイプされたなんて、事実であっても言い訳としては苦しい。何より、男としてのプライドが傷ついた事を愛する嫁さんにわざわざ言いたくはなかった。

 だから、全ての証拠を隠滅した。前日に身に着けていた服は肌着も含めて廃棄して新品を着用、銭湯で体が赤くなるほど擦り洗いをして、のぼせる寸前まで風呂に入った。だが、ゆんゆんも言わずもがなだが、我が家には匂いに敏感なアクアがいる。念のために教会に寄付金を払って浄化魔法だってして貰ったのだ。

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟きながら、俺は我が家の玄関を開けた。家の中に入ると、ゆんゆんが作る美味しそうな料理の匂いが鼻孔をくすぐる。ちょうどお昼ご飯の時間帯なのであろう。そして、ドタバタと俺を出迎える音がして思わず頬が緩んだ。

 

「お父さんお帰り!」

 

「ただいまさより。良い子にしてたか?」

 

「うん、いい子にしてたよ! それより、お父さんは何で昨日帰ってこなかったの? 

夜に遊び歩くのは悪い子だってお母さん言ってた!」

 

 小首を傾げながらそんな事を言い放つ娘によって俺は心に深刻なダメージを受ける。しかし、娘にバレるような事はあってはならない。だから、俺はなるだけ平常を保ちながら買収アイテムを娘へ差し出した。

 

「うぐっ! 確かにお父さんは悪い子だったよ……まぁ俺と違っていい子にしてたお前には褒美としてこの買ってきたプリンをやろう」

 

「……! 今食べて良い!?」

 

「ああ、昼飯を食べた後に好きなだけ食べていいぞ? もちろん、ゆんゆんとアクアの分は残せよ!」

 

「うん!」

 

 満面の笑顔を見せた後、プリンが入った箱を持って小走りでリビングへ向かった娘の背を一足遅れて追いかける。リビングにつくと、さよりは箱を微笑むゆんゆんとアクアに向けて誇らしげに掲げていた。その光景を目にして、俺は再び心に深刻なダメージを受ける。大切な家族を裏切ってしまった自分自身にどうしようもない怒りを覚えてしまった。そんな俺にエプロン姿のゆんゆんが微笑みかけてきた。

 

「お帰りなさいカズマさん。昨日は大変だったみたいですね」

 

「す、すまんゆんゆん! 色々あって昨晩のうちに帰れなくてな……」

 

「ふふっ、変に言い訳しなくても大丈夫ですよ。事情はダスティネス家の使者に聞いています。酔っぱらってそのまま寝ちゃったんでしょう?」

 

「あっ……ああそうなんだ! いや、ダクネスの奴が高級ワインをどかどか出してきてな! つい飲みすぎちゃってなあ!」

 

「ふふっ、そうですか」

 

 苦笑するゆんゆんはいつもと変わらない様子だ。しかし、こちらを射抜くように見る彼女の紅い両目に何故か体がゾクリと震えてしまう。まるで全てを見透かされたような気分だ。

 

「カズマさんは本当にしょうがない人ですね!」

 

「だらしない奴ですまん……」

 

「いいんですよ! そんなだらしない貴方も好きなんですから!」

 

 

 屈託のない微笑みを浮かべるゆんゆんを俺はまともに見る事が出来なかった。それから、ゆんゆんは俺の分の昼食を追加で作り始める。とりあえずの危機を逃れた俺が視線を食卓へ移すと、そこには昼食をすでに終えて嬉しそうにプリンを頬張る娘と女神の姿があった。自然と緩んでしまった俺の視線に気付いたアクアはスプーンを置いてこちらをチラリと見てきた。

 

「カズマ、ダクネスは元気だった?」

 

「ああ、嫌なほど元気だったよ」

 

「ふーん……あんまりダクネスを悲しませる事はしないでちょうだいね?」

 

「どういう意味だ……?」

 

「別に、そのままの意味よ。あの子は純粋なんだから」

 

 そう言ってから再びプリンを突き始めたアクアをしばらく見つめる。どうやら、彼女にダクネスとの情事がバレた様子はない。少し意味深な事を言った気がするが、アクアとはこのような話を実は何度もしている。だから、多分大丈夫……いや……絶対大丈夫だ。

 そうやって気分を落ち着かせている俺の前に、ゆんゆんが昼食を盛りつけたお皿をコトリと置く。鼻孔をくすぐる良い匂いは苦い気分を少しだけ忘れさせてくれた。

 

「カズマさん、お昼出来ましたよ。炒飯……って料理なんですよね?」

 

「ああ、上手く出来てるじゃないか」

 

「貴方に教えて貰ったからこそですよ。それに、単純に炒めるだけの簡単料理じゃないですか。炒飯って食事を作る方にも優しい料理ですよね!」

 

 クスクスと笑うゆんゆんの姿は、本当に愛おしくて仕方がなかった。だから、彼女の唇を奪う事も仕方のない事だった。そんな俺の突然のキスを彼女は驚きながらも受け入れてくれる。やはり、俺なんかにはもったいないくらいの嫁さんだ。

 

「んっ……さよりの前なんですから……めっ! ですよ!」

 

「ちょっとくらいなら大丈夫だ」

 

「もうっ……!」

 

 顔を赤くしながらプンスカ怒るゆんゆんを眺めながら、私もちゅーしてと突進してきた娘を抱きとめておでこに軽くキスをする。そして、なら私もとキッチンの床下収納から突然出てきためぐみんとクリスを張り倒しながら自分の気持ちを再確認する。

 

 

家族をこれ以上裏切りたくない。

 

ゆんゆんとさよりの笑顔を曇らせたくない。

 

 

 

そう、固く決意した。

 

 

 

 という固い決意を胸に、俺は再びバックパックを背負ってダスティネス邸へと訪れていた。先月はダクネスに対してキツイ事を言ったのは理解している。もう、彼女の家に行かない事だって考えていた。だが、俺の本心はダクネスとの“友達関係”をここで終わらせたくないと訴えていた。そして、心の片隅に少しの不安と恐怖があった。もしからしたら、精神的にダメージを受けているダクネスが俺の家族に“何か”をするかもしれない。それを未然に防ぐためにも、彼女を完全に無視する事なんて出来ない。

 

「俺は何を考えてるんだろうな……」

 

 かつての仲間に対して俺が何を考えて接しようとしているのか。それを自覚して、自分に対する罪悪感や怒りが湧きおこる。でも、仕方のない事だ。知らないよりは“知って”いた方が良いと冷静な部分の俺が判断したからだ。

 

 そして、俺はダスティネス邸の離れに足を踏み入れる。落ち込んでいるのか、それとも監禁された時のように物騒な思考になっているのか。ある程度の覚悟をして俺は緊張しながら部屋で待っていたダクネスと対面した。

 

「んっ……カズマじゃないか。もうここには来てくれないのかと少し不安だったんだぞ?」

 

「お、おう、別にお前を仲間として大切に思ってる事は変わりないし、大事な取引先だ。というか、思ったより元気そうだな」

 

「ほう、分かるか? 実は、良い事があってすこぶる機嫌が良いんだ。まあ、今日もゆっくり話そうじゃないか。今お茶を用意する」

 

 そう言って、穏やかな笑顔を浮かべながらキッチンへ向かったダクネスを俺は内心で驚きながらも笑顔で見送る。自分が想定していたよりもかなり落ち着いた様子であり、正直拍子抜けした。

 そのまま、穏やかな様子のダクネスとお茶をしながら会話を楽しむ。途中途中で適度に探りを入れたが、彼女の機嫌が良くて穏やかな事に嘘偽りはなかった。もう、俺を諦めて次に進むことを受け入れたのか、それともまだ俺を諦めていないのかは分からない。でも、憂い事が一つ減って胸がスッとした気分になったのは確かだ。そして、ダクネスとの時間はゆっくりと過ぎて、窓の外が暗くなってくる。そろそろお暇する時間だ。

 

「それじゃあダクネス、俺はそろそろ帰るぞ」

 

「んっ……もうそんな時間か。それじゃあ最後に私がとっておきの話をしてやろう! 耳を貸してくれ!」

 

「へいへい……」

 

どうせ、また良い酒でも手に入れたっていう類の話だろう。そう思って適当に受け入れた俺に、ウキウキとした様子で顔を寄せるダクネスは聞き捨てならない事を言い放ってくれた。

 

 

「実は妊娠したんだ。もちろん、お前の子だぞ!」

 

「ほーん……それは……ひょ?」

 

 

 冗談はやめろ。そう言ってやりたかったが、残念ながら心当たりはある。一か月前、俺はダクネスに逆レイプされて、精液を搾り出された。しかも、事後の様子から、その全てを彼女の膣内に放った事も薄々分かっている。そんな事実を前にして、俺の脳内はパニック寸前の混乱と焦燥感でいっぱいになり、全身から嫌な汗が止まらなくなった。

 

「ふふっ、私もついに母親になったんだ! これで我がダスティネス家をお前との子に継がせる事が出来る!」

 

「ま、待て! まだ俺の子供とは決まったわけは……!」

 

「失礼だなカズマ。私はお前以外とは性的交渉を行っていない。それに、経緯がどうあれ、心当たりがないとは言わせないぞ?」

 

 ニマニマとして微笑みを浮かべるダクネスに、冗談抜きに“殺意”というものが芽生える。しかし、そんな物騒な思いは瞬時に捨てる。今はそれより優先すべき事がある。

 

「ダクネス、体は大丈夫なのか? ちゃんと医者には診てもらったのか?」

 

「ああ、病院には昨日行ったさ。私自身も半信半疑だったのだが、もしやと思って行ってみたら、祝福の言葉を貰ったんだ」

 

「なるほど……妊娠した事は俺以外に伝えたか?」

 

「いいや、お前が初めてだ。お父様にもまだ内緒にしているんだぞ? やはりカズマに一番最初に……」

 

「良い判断だ」

 

 俺の言葉に小首を傾げるダクネスの前で、嫌なほど冷静にこの状況を打破する手段を考える。とりあえず、打破できる可能性がある事は理解できた。それならば、後はひたすら行動に移すのみだ。

 

「いいかダクネス、この事は俺とお前だけの秘密だ。家族やエリス様、もちろんアクアやめぐみんにも話すなよ?」

 

「何故だ!? めぐみんはまだしも、お父様やエリス様に……!」

 

「正直言って俺も“家族”もお前を受け入れられる状況じゃない。下手したらお前の死体が出来上がる可能性だってある。そんな新たな争いの火種を作る前に俺がお前を受け入れる環境を確保する。だから、内緒……俺とダクネスだけの秘密だ」

 

「私とカズマだけの秘密……いいものだな……」

 

 顔を赤らめて俯くダクネスを、俺は優しく抱きしめる。そして、彼女の耳元でこれからの方針を囁いた。妊娠の事を誰にも話さない事、準備が出来たら皆にもちゃんと伝える事、政務などは辞めて離れで絶対安静にする事。そんな、こまごまとした事を伝えた後、彼女に軽く口づけする。そして、小さく手を振るダクネスから逃げるように離れを脱出した。

 そして、紅魔の里へテレポートしてから軽くお祈りする。そうすると、すぐさま光柱が現れて愛しの女神様が降臨した。

 

「どうしたのですかカズマさん? 何かお困りみたいですね」

 

「いや、さっきダクネスと会って来たんですけど、少し喧嘩になっちゃいましてね。アイツが言うには、俺との時間を誰かに見られている気がして二人の時間を楽しめないって……」

 

「ダクネスがそんな事を!? ですが、見られているなんて気のせいです! ダクネスとカズマさんの時間は絶対に邪魔しないというのが私達の暗黙の了解なんです! もちろん、彼女が祈りや助けを求めた時はその限りではないのですが……」

 

「なるほど、ありがとうございますエリス様。アイツにはその事をちゃんと説明しておきます。こんな事で呼び出してすいませんね……」

 

「そんな事ないですよ! 私は貴方のお役に立つ事が本望ですから!」

 

 満面の笑みを浮かべるエリス様に俺は再度感謝の言葉を告げ、次回の“お遊び”でスゴイ事をしてやると約束して彼女と別れた。何も俺に言って来ないという事は、どうやらエリス様にもダクネスの妊娠はバレていないらしい。これで作戦決行の最低条件は揃った。

 

 そして、俺は大量の酒を買いこんで我が家に帰宅した。家族はいつもと同じように俺を優しく出迎えてくれる。その事にとてつもない罪悪感を覚えながらも、俺は着実にやるべき事を行った。

 

 

 

 

 

 翌日、俺は商人としての仕事を元ニート共に任せていつもより一時間早く帰宅する。しかし、向かったので我が家ではなくダクネスの屋敷であった。離れの扉を押し開いた俺を、ダクネスは驚愕の表情で見てくる。しかし、数秒後には俺の胸元に勢いよく飛び込んできた。

 

「カズマ! 次来るのは一か月後じゃなかったのか!?」

 

「身重になったダクネスを放っておくなんてできるわけないだろ? これからは毎日来てやるからな」

 

「っ……! カズマ……!」

 

 目に涙を浮かべながら俺を抱きしめるダクネスの柔らかな感触が、俺の体を否応なしに刺激する。それを必死に耐えながら、俺は彼女との短いながらも二人だけの時間を謳歌する事にしたのだ。

 

 

 

「よし、完成だ!」

 

「おいカズマ、それは本当に祝福の魔法陣なのか? なんだか少し不気味な気がするぞ。というか、この魔法陣はどこかで見たような……」

 

「ふ、深く考えるな! ちょっとしたおまじないだから!」

 

「私のためにやってくれているなら嬉しいさ。それが少し怪しいモノでもな」

 

 穏やかに微笑むダクネスの前で、俺はカーペットの裏に書いた神魔から身を隠す魔法陣に誤りがないかを確認してそれを元に戻す。この魔法陣は昨夜アクアをベロンベロンに酔わせて聞き出したものである。これを壁にデカデカと書いてはダスティネス家の人間にいらぬ疑いをかけられるため、回りくどい手段を取る事にしたのだ。

 そして、バックパックから綺麗に包装された箱を取り出して目を輝かせているダクネスへと渡す。これも、昨夜に色んな所を駆けずり回って手に入れたものだ。

 

「ダクネス、この魔法陣の事も俺達の秘密。そんな事より、コイツを受け取ってくれ。妊娠したお前へのプレゼントって奴だ」

 

「カズマ……! 開けてみていいか?」

 

「いいぞ」

 

 嬉しそうに包装を剥がすダクネスを俺はじっと見つめる。俺が裏で何を考えてこれを渡したのかを彼女が知ったら、どうなるのだろうか。もしバレてしまったら、ダクネスだけでなくアクアやエリス様にも殺されてしまいそうだ。

 そんな俺の苦悩をよそに、ダクネスは包みから取り出した物を手にして満面の笑みを浮かべていた。俺がプレゼントしたのは2着の服である。彼女の好みはイマイチ分からないため、漆黒と純白の両方を用意したのだ。

 

「これはドレスか! なあ、さっそく着てみてもいいか!?」

 

「もちろん、そのためにプレゼントしたんだからな」

 

「ありがとうカズマ……! ふふっ、私のための贈り物か……!」

 

 ダクネスがニヨニヨしながら寝室に引っ込んでから数分後、彼女は純白の方のドレスを着て俺の前に現れる。いつもよりゆったりとしたドレスに身を包んだ彼女をなんだかんだで可愛く思ってしまった自分に内心に呆れてしまった。

 

「その……似合うだろうか……?」

 

「ああ、似合ってる。天使みたいだ」

 

「お、お前は急に何を言うんだ!? この私が天使だなんて……!」

 

「謙遜するな。むしろ、ダクネスは天使なんかより可愛くて綺麗だぞ」

 

「ひぅ……!」

 

 俺の臭い言葉に耳まで真っ赤にして俯くダクネスの頭を軽く撫でる。見た限りサイズは問題ない。これなら、2~3カ月は何とか誤魔化す事が出来そうだ。

 

「重ねて言うが、ありがとうカズマ……本当に嬉しいんだ……」

 

「感謝の言葉は素直に受け取れないな。そのマタニティドレスは他者の目を欺くためのものだ。そんな事をしなくてもいいように、俺の家族を説得して見せる。だから、少しだけ辛抱してくれ」

 

「お前の頼みなら断れないな」

 

 クスリと笑うダクネスは俺の腕をそっと手に取って俺を引き寄せる。彼女と唇を重ねられそうなほど顔を近くに寄せる事になってしまい、少しだけ情欲が鎌首をもたげるが慌てて振り払った。

 

「なあカズマ、私のお腹を撫でてくれないか? きっとお腹の中の子も父親であるお前の愛撫を待ち望んでいるはずだ」

 

「…………」

 

「だから……あっ……!」

 

 気付けば、俺はダクネスの手を思いっきり振り払っていた。驚愕と悲しみをごちゃまぜにしたような表情を浮かべる彼女の頭を俺は落ち着かせるように撫でる。何というか、今の俺は色々と危ない気がした。

 

「ダクネス、実は妊婦のお腹を撫でるのはやめた方が良い行為らしい。分かってくれるか?」

 

「むっ……それなら仕方ないか……」

 

 渋々引き下がったダクネスを軽く抱きしめてやる。そうすると、彼女は無言で俺の胸元に顔を埋めてきた。そのまま、一時間ほど同じ体勢で他愛もない話を楽しむ。それから、夕日が沈んだのを合図に俺は彼女に別れを告げた。明日もまたくる。そんな別れ際の一言に彼女は目元を潤ませていた。

 

 

 そして、ダクネスの家から帰って来た俺を家族はいつもと同じように笑顔で出迎える。一番に俺に飛び込んでくるさより、エプロンを着て美味しそうな匂いを漂わせながら労いの言葉をかけてくれるゆんゆん、無邪気にお土産はないのと騒ぐメイド姿のアクア、ボロボロのクリスとめぐみんを噛み噛みしているじゃりめ。

 笑顔で家族の輪に加わりながらも、心の中でドス黒いものが渦巻いている。こんな憂いは一刻も早くなくしたかった。だからこそ、俺は自分では手をつけなかった我が家の蔵書や売り物ように確保していた魔導書や、物々交換で手に入れた怪しげな本を読み漁る。俺が求めるものは決して人には聞けない。女神の目がある以上、悪魔にも頼れない。地道に調べるしか方法がなかったのだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 後ろ暗い事を調べ始めてから2か月が経過してしまった。あれから毎日ダクネスの所に密かに顔を出しているが、少しずつではあるが膨らみ始めたお腹を目にして愛着を持ちそうになるのを必死に堪える。しかし、調査の進展は全くないため焦りは最高潮に達していた。

 今日も今日とて調べもの。本がうず高く積まれた書斎机にイライラをぶつけるように頭を打ち付ける。族長の家や、里の図書館にあった本にも俺の求める情報はない。おまけに、残された時間も少ない。こんな事になるなら、ダクネスの精神を壊す覚悟で素直に思いを告げれば良かった。どうせ、最終的に彼女は……

 

「カズマさん、まだ寝ないんです?」

 

「俺は少し調べものがあるんだ。悪いが……先に寝ててくれ……」

 

「いいえ、今日はそうは行きませんよ。最近の貴方はずっとそう言って夜更かしするじゃないですか。人手がいるなら私も手伝います。それが嫌ならせめて傍にいる事を許してください。本当に心配してるんです」

 

「ゆんゆん……」

 

 ノックもせずに部屋に入って来たゆんゆんが心配そうにこちらを見つめてくる。俺は彼女に上手い言葉を返せずに黙り込むしかなかった。そんな俺を見て、ゆんゆんはクスクスと笑う。そして、椅子に座る俺を背後からギュッと抱きしめて、耳元で優しく囁いた。

 

「カズマさんがどんな事で悩んでいるかは分かりません。でも、辛いなら私を頼ってください。頼れないというのなら、せめて貴方の思いを楽にさせたい……癒してあげたいんです……だって私は貴方の妻なんですよ?」

 

 その言葉に俺は心身ともにノックダウンする。ゆんゆんが俺にくれた安らぎは正に女神級だ。全ては話せないにしても、今の自分の正直な気持ちを伝える事にした。

 

「うっ……分かった降参だ! 俺は悩んでいたというより不安でいっぱいだったんだよ。この世界には俺が元いた世界より格段に物騒だ。そんな世界で生き抜くために脅威となる術式や敵について知識だけでもできるだけ知っておく必要があるんだよ」

 

「なるほど、物騒な世界である事は同意です。数年前には実際に人類の存亡に関わる戦いをしてましたからね。でも、何故今になってそんな事を気にするんですか? カズマさんが用心深いのは知っていますけど、今更というか……」

 

 ゆんゆんは困惑気味に苦笑しながらも、安心させるように俺の頭を優しく撫でてくる。いつもとは逆の立ち位置になっている自分が本当に情けない。でも、精神的に参り気味な俺には彼女の愛撫に抗えるわけがなかった。

 

「俺は今の生活を心から幸せだと思っている。だからこそ怖い。俺はお前やさより……ついでに毛玉とアクアを絶対に失いたくない。家族の幸せを壊されたくないんだ! 正直言ってこんな情けない姿を家族には見せたくなかったんだがな」

 

「それこそ今更ですよ。貴方が臆病なのは前から知っていて……って痛い痛いっ!? なんでおさげを引っ張るんですかカズマさん!?」

 

「お、俺は臆病じゃないからな! 慎重なだけだから!」

 

 彼女のおさげを軽く引っ張りながら心がスッキリした事を自覚する。思えば、最近は調べ物や罪悪感のせいで家族から一歩引いていた気がする。ゆんゆんが俺に構ってきたのも納得だ。コイツはさびしんぼうの構ってちゃんだからな……

 

「いたた……とにかくカズマさんが心配しすぎなのは確かです! 危険なモンスターや術がこの世界に溢れているのは確かですけど、紅魔族に加えてアクアさんとエリスさんっていう女神まで私達を守っていてくれているんですよ?」

 

「うっ……それはそうだが……」

 

「だから心配する必要は多分ないです! それに、人に害為すモンスターなどについての知識をつけたいならいいものがありますよ! ちょっと待っていてくださいね!」

 

そう言って勢いよく部屋を飛び出したゆんゆんは大きな本を抱えて戻って来た。そして、彼女から受け取った本を見て少し驚いた。

 

「これは……図鑑か? なになに、『この怪物にパッと来たらお祈りを!』……なにこれ?」

 

「ふふっ、これはエリス様がさよりの教育に使って欲しいって、つい先日くれた図鑑なんですよ。内容は女神様が退治すべき怪物について紹介するっていうものなんですけど、怪物の特徴とかがかなり詳しく書いてあるんです。私もさよりと一緒に読んでいて感心したんですよ!」

 

「ほう……」

 

 パラパラとめくって絵本の内容を少し見てみるが、確かに怪物についての特徴や危険度、対策方法が美麗な絵付きで詳しく説明されていた。そして、何気なく開いたページに目が釘付けになる。そこには、白骨の山の上で凶悪な笑みを浮かべるウィズと、それに対峙するエリス様と俺っぽい冒険者の男の絵があった。

 

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怪物No66 “リッチー”

 

 禁呪の秘術で不死性と膨大な魔力を手に入れた墜ちた人間。強力な魔法とアンデッドスキルで人間達を弄ぶ。魔法の実験という名の虐殺を引き起こし、自らの魔力を高めるために人間の生命エネルギーを吸いつくして数多の屍を量産する。そして、死者をアンデッドにして死んだ者たちの尊厳すら奪う忌むべき背教者。

 要注意スキルは生命エネルギーを吸収する“ドレインタッチ”と様々な状態異常を引き起こす“不死王の手”である。これらのスキルで生きたままリッチーに捕縛された場合、死ぬより悲惨な目に会う事は確実である。

 

対策方法:救いを求めて神に祈りましょう! 貴方の願いは女神エリスに必ず届きます!

 

 

 

「うーむ、エリス様には悪いけどこの図鑑は物凄く当てにならない気がするぞ」

 

「いえ、確かにウィズさんの絵を使っているのは少しムッとしましたが、あの人が例外なだけでリッチーって本当は凄く恐ろしい怪物なのは紛れもない真実なんですよ?」

 

「俺が言いたかったのはそこじゃないんだが……まあいいか……」

 

 とにかく、この図鑑をのリッチーの項目を見て俺はある事を思いついてしまった。今まで必死に探していた外法に成り得るものを自分はすでに持っていたのだ。灯台下暗しというものだろうか。後は詳細を調べるだけ。的も絞れたので答えに辿り着く日も近いだろう。

 

「ありがとうゆんゆん。やっぱり、お前は最高の嫁さんだ」

 

「ふふっ、カズマさんも最高の夫ですよ!」

 

「そうか……」

 

 

それだけは絶対ない。そんな事を大声で叫びたかった。

 

 

「さて、今日の調べものはこれくらいにしてベッドに行きましょう? ちなみにさよりはアクアさんと一緒にぐっすりです。後は……分かりますね……?」

 

「まったく、しょうがねえなぁ……」

 

「しょ、しょうがなくないです! 夫婦の営みは家族円満の秘訣で……ふみゅっ!?」

 

 書斎机にゆんゆんを押し倒し、服を脱ぎ捨てながら俺は計画を頭で練っていく。そして、抱きなれた彼女の肉体と快楽に溺れながらゆっくりと意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 それから約一か月後、調査によって手に入れたいくつかの確証をもとに作戦を実行する事にした。この作戦の肝は俺がずっとお世話になっているアンデッドスキル“ドレインタッチ”だ。今まで俺はこのスキルで魔力を吸ったりめぐみんに譲渡したりと便利に使っていたが、アンデッド達はそんなせこい使い方ではなく、文字通り骨と皮になるまで魔力を吸うために使うのだ。これは加減しなければ人を殺せるスキルである事を意味している。

 そして、以前めぐみんからゼル帝にドレインタッチを使ってはいけないという注意を受けた事が作戦のヒントになった。

 

 

ダクネスのような生命力が強い人間はドレインタッチを受けても死にはしない。

 

でも、“ひよこ”が耐えられるとは限らない。

 

 

 のそりとベッドから起き上がった俺は両隣にいる温もりを確かめるようにゆんゆんとさよりをそっと抱き寄せる。そして、一息ついてからテレポートの魔法を唱えた。

周囲の光景は寝室から毎日通い詰めて馴染み深い場所となったダスティネス邸の離れへと変化する。そして、持っていた合鍵で扉を開けて一直線に寝室へと向かい、豪奢な天蓋付きベッドで穏やかに眠るダクネスの枕元に立つ。彼女の無防備な寝顔を目に焼き付けるようにしばらく眺めた後、彼女の毛布を取り払う。

 ダクネスは、俺がプレゼントした漆黒のドレスを着ていた。その事にひどく胸を痛めたが、背に腹は代えられない。今の幸せを維持するためにも、存在してはならないものだ。だから、俺は右手にドレインタッチを発動させた。後は、ほんの少し膨らんでいる彼女のお腹に手を直接押し当てるだけだ。

 

 

 

これで、全てが“無かった”事になる。

 

 

 

 だが、俺の手はなかなか動いてくれなかった。本当にこれでいいのかと叫ぶ俺と、早くやってしまえと怒鳴る俺が頭の中で言い争っている。おまけに、ドレインタッチを発動させるには彼女のお腹に触れるしかない。それは、俺がダクネスの妊娠が発覚してからずっと避けていた行為で……

 

 

「んっ……カズマ……か……?」

 

「っ……!」

 

「やっぱりカズマじゃないか。まさか私の寝込みを襲いに来たのか?」

 

 

 どこか期待するような表情でダクネスが、ゆっくりとベッドから身を起こす。そして、手を差し出した状態で固まっている俺を見て彼女は朗らかな笑顔を浮かべて見せた。

 

「ふむ、もしや私のお腹でも触りに来たのか? 私が触って欲しいって頼んでも、お前は頑なに触らなかったが、視線はいつも私のお腹。本当は触りたかったんだろう?」

 

「いや……俺は……!」

 

 思わずしどろもどろになる俺にダクネスは少し怪訝な目で見てくる。とにかく、彼女が起きてしまっては作戦どころじゃない。何か理由をつけてさっさと帰ろう。そう思って俺が手を引っ込めようとした時、ダクネスが俺の手をガッチリ掴んできた。慌てて彼女から逃れようとするが、元々力では敵わないうえに身重という事でつい力を入れる事を躊躇してしまった。

 

「カズマ、せっかくの機会だ。この事も含めて改めてお前とゆっくり話がしたいんだ。少しくらいの夜更かしは構わないだろう?」

 

 彼女の申し出に、俺は無言でコクコクと頷く事しか出来なかった。そして、二人でベッドに座ってしばらく無言の時間が流れる。横目でチラリとダクネスの様子を伺うと、彼女は目を細めながらお腹をそっと撫でていた。俺はというと、さっき自分がやらかそうとした事をダクネスにバレていないか不安であった。

 

「なあカズマ、私は妊娠が分かってからずっと浮かれていた。そのせいでお前への謝罪を忘れていた。だから改めて言う。すまない……ごめんなさいカズマ……」

 

「お、おう急にどうした?」

 

「分かっているだろう? お前を襲って挙句に妊娠した事を謝罪しているんだ。お前にとっては不本意な事だろう?」

 

「それに関して全てを否定はしない。でも、妊娠しちまったんもんはしょうがねえだろ……」

 

 俺の言葉に、ダクネスは苦笑を浮かべる。そして、自分のお腹を愛おしそうに撫でながらポツリポツリと語り出した。

 

「私はな、とても焦っていたんだ。意中の相手であるお前と仲が進展するどころかどんどん疎遠になっていく事に耐えられなかった。それに、最近は時間というものを意識するようになったんだ。お前と知り合ってから気が付けば7、8年経っている。そろそろ、私の“女”としての残り時間も少なくなってきた。だから、子供が欲しかったんだ……」

 

「相変わらずダクネスはバカだな。お前が女として終わる事なんか死ぬまでねーよ」

 

「きゅ、急に口説くな……! とにかく、経緯はどうあれ私は妊娠した事をとても嬉しく思っている。しかも、お前との子だ……私の夢だったんだ……」

 

 母親としての表情を見せるダクネスを俺はまともに見る事が出来ない。そして、さっきまで自分がやろうとしていた事の罪の重さを改めて自覚する。もし、作戦に成功していたら彼女がどのようになるかは未知数であったが、少なくとも精神的に壊れる事は今の彼女の様子を見て嫌でも分かった。それなのに俺は……

 

「子を産むことは貴族の女としての義務だ。でも、絶対というわけではない。我がダスティネス家にも親戚やいわゆる分家というものが存在している。中には、ダスティネス家の当主になっても問題ないし、むしろ適していると私自身思う者もいる。でも、ダスティネス家の血と伝統と歴史は私のかけがえのない誇りだ。その誇りある座に私の子供を……愛した男との子供につかせたいんだ……」

 

「ダクネス……」

 

「ふふっ、よく聞く後宮の跡継ぎをめぐっての女の争いもあまりバカに出来なくなったな。まだ生まれてもいないが、愛する子供が栄誉ある座につく事は私にとっての至上の喜びなんだ」

 

 ダクネスはそう言ってクスリと笑った後、俺の手をそっと手に取る。そして、俺の手を彼女のお腹へ押し当てた。ドレス越しに彼女の体温が伝わり、この中に俺の“子供”がいる事を嫌でも自覚してしまう。だから、彼女のお腹には触りたくなかった。俺の子供を殺すなんて事を思いたくなかったのだ。でも、もう逃れられない。この中にいるのは俺の子だ。

 

「ありがとうカズマ、お前の本意ではないだろうが私は幸せだ。この子は私一人で育てるから大丈夫だ。お前はゆんゆんとさよりちゃんを大切にするんだ……」

 

「ダクネス……! お前は何を言って……!?」

 

「無理をしなくてもいい……私はこれ以上の幸せは望まない……この子がいるならカズマだって……カズマ……かずま……」

 

 目に大粒の涙を溜め始めたダクネスが、俺の顔を上目遣いで覗き込んでくる。彼女の弱々しくて不安そうな表情が、俺の心を更に苦しめた。そして、心の奥底に沈めていた欲求が出てきそうになるのを必死に抑えた。

 

「カズマ、これだけは約束してくれ。この子をお前の子供として認知してくれ。そして、一か月に一回……いや、一年で一度だけでいいからこの子の父親として……私の夫として一緒に過ごしてくれないか……?」

 

「分かったよ。でも、一年で一度って提案は却下だ。これからも毎日来るからな……」

 

「かずまっ……!」

 

 ぎゅっと抱き着いて来たダクネスを受け止めながら、ここに来た当初とは真逆の思いが強くなっているのを自覚する。これからどうすればいいのか先の事は何一つ考えられない。でも、彼女の願いは出来るだけ叶えてやりたいと心から思った。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 虫の鳴き声と草木が揺れる音が静かに響く暗闇の中、俺は家の庭のベンチに座り、夜風で混乱気味の頭を冷やしていた。ダクネスの妊娠をこれ以上隠し通す事は厳しい。愚かな作戦も中止した以上、いずれはゆんゆんにも話さなくてはならない事だ。

 しかし、今すぐ話す勇気はなかった。彼女がどんな表情をするのか、俺に愛想を尽かすのではないかと考えると怖くてたまらない。ゆんゆんの浮気をしても構わない発言は、以前のめぐみんと同じような一種の強がりである事は理解している。ゆんゆんは俺の浮気を許してくれるだろうが、彼女の心に大きな傷を残す事も確実だ。それに、ダクネスと彼女の子供、との付き合いを考えると……

 

「どうすりゃいいんだ……」

 

 思わず頭を抱えて項垂れる俺の元に一つの足音が近づいて来た。顔を上げると、何やらニヤニヤとした表情のアクアが目の前に立っていた。

 

「なになにカズマ! 困っている事があるなら私を頼ってもいいのよ!」

 

「急に出てくんなよアクア。俺は色々と悩んでいるんだよ……」

 

「だからこそ私の出番でしょ! さあ頼って! 女神である私に助けてくださいアクア様って泣きながら縋り付きなさいよ! 女神よ! 私は女神様なのよ!?」

 

「分かったから落ち着け。助けてくださいアクア様……」

 

「ふふーん! 私に救いを求めるのは良い判断よ! でも、相談料として今度一緒に二人で……!」

 

「助けてくださいエリ……」

 

「待って! 変な対価は要求しないからそれだけはやめて! 私だけを頼りなさいよおおおお!」

 

 グスグスと泣きながら座り込んだアクアを見て俺は素直に驚く。何だか、アクアの様子も少しおかしい気がする。まぁ、コイツまで構っていられる余裕はない。それに、アクアの扱いは熟知している。とりあえず、適当に煽てておけばいいのだ。

 

「悪かったよアクア。困っているのは本当だ。正直どうすればいいか分からない……お前に泣きつきたい気分だ……」

 

「あら、思った以上に悩んでいるのは本当みたいね。いいわ、この私に話してみなさい。話すだけ楽になる事だってあるのよ?」

 

 俺の隣に腰かけるアクアは体を少し密着させてくる。その気持ちの良い体温と柔らかさを感じながら、色んな意味で重くなってしまった口を開いた。

 

「実はダクネスが俺の子を妊娠してしまってな……」

 

「なによ、そんな事で悩んでたの? それならこのアクア様に……んっ……? ごめんなさいカズマ、もう一回言って? よく聞こえなかったの」

 

「ダクネスを孕ませちまった……」

 

「…………」

 

 無表情で固まってしまったアクアに、俺は仕方なく今までの出来事を話す事にした。ダクネスに昏睡レイプされて中出ししまくった事、妊娠した事をアクアやゆんゆん達に内緒にして、これからどうするか一人で思い悩んでいた事……

 全てを話し終えてスッキリした俺は、気分がいくらか楽になる。対して、アクアは無表情ながらも顔中にダラダラと玉汗をつけていた。どうやら、彼女にとっても予想外の事態であったようだ。

 

「まったく、最初の威勢はどうしたんだよ? それとも、怒っているのか……?」

 

「ち、違うわ……アンタの話をよく理解出来なかったのよ……」

 

「お前……」

 

「ちょっと! その生暖かい目はやめて! 本当に理解出来ないのよ! そもそも前提がおかしいの! だってダクネスは……そんな……なんで……もしかして……!」

 

 言葉が尻すぼみになるアクアを思わず怪訝な目つきで見てしまう。そんな俺の表情を見たからだろうか、彼女は言葉を震わせながら言い放った。

 

 

 

「ダクネスは妊娠なんかしてないわよ……?」

 

 

 冗談はよしてくれと言ってやりたがったが、彼女から感じる焦りと恐怖は本物であった。俺は目線でアクアにそれは本当かと問いかける。そうすると、彼女はコクコクと首を前に振った。

 

「私でも忘れそうになるのだけど、私が女神である事は変わりようがない事実よ。女神は人間の宿す命の光を見る事だってできるわ。命の光が強いものには加護を、命の光が弱い者には救いを、新たな命の光には祝福をってね?」

 

「やっぱ女神って何でもありなんだな……お前の見間違いって事はないのか……?」

 

「それだけはないわ! 私のくもりなきまなこはダクネスの命の光しか見ていないの。妊婦になったら母体の光が強くなる上に新たな命が重なって強い輝きを放つの。でもダクネスの光は今までと変わらないし、二重に見えた事はない……もちろん昨日会った時もね……」

 

 悲しそうに語るアクアの声は相変わらず震えている。かくいう俺も、妊娠が嘘だったと分かって安心する一方で、それ以上の恐怖を前に思わず頭がクラクラしてしまった。

 

「なあアクア……これってかなりマズくないか……?」

 

「もうマズイってレベルじゃすまないわよ……」

 

 

二人して力なく夜空を見上げる。そして、仲良く大きな溜息をついた。

 

 

 

 

 そして、次の日は朝からダスティネス邸の離れへと赴いていた。玄関の前で、俺は息を整える。そんな俺を安心させるように、両隣にいた女神が背中を撫でてくれた。そんな二人の女神達の顔もかなり暗いものになっている。彼女達でさえ、確実な対処法を思いつく事が出来なかったのだ。

 

「朝から随分気が重い事を話してくれましたね。確かに、ダクネスがゆったりした服を着始めたり、どこか浮かれている様子だったのは知っていましたが……」

 

「仕方ないでしょ? もしかしたら私の見間違いって事もあるから女神であるアンタにも見て貰いたいの。それに、もし予想通りの結果だったら私一人じゃ正直キツいのよ」

 

「俺からも頼みますよエリス様。多分、アイツも貴方の言葉ならちゃんと聞いてくれると思うんです……」

 

「分かっていますよ。私だってダクネスの事は放っておけませんから……」

 

 小さく微笑むエリス様に俺は両手を合わせてお祈りする。それから、覚悟を決めて離れの扉を開け放った。件のダクネスはソファーに座って穏やかな表情でお腹を撫でていた。そして、そんなダクネスをアクアとエリス様は目を細めてじっくりと見る。俺はバクバクと跳ねる心臓を抑えながら、小声で真実を聞く事にした。

 

「なあダクネスは……」

 

「ううっ……!」

 

「ど、どうしましょう……」

 

「おう、言わなくても分かったぞ」

 

 

つまりは、そういう事らしい。

 

 

 この世界の妊娠検査はあくまで本人による自己申告……体温や妊娠の初期症状、生理不順を聞いて医者や神官が妊娠したかどうか判断を下す前時代的なものらしい。エコーや検査薬がないので当たり前と言えば当たり前なのだが、ゆんゆんが普通に出産したのであまりダクネスの妊娠を疑問に思う事はなかった。

 そして、アクア達によるとダクネスの症状はこの世界では“よくある事”らしい。子供を産むことに対するプレッシャーは地球の女性とは比較にならないという事だ。

 だが、実際に目にするとなるとどうしていいか分からない。こうして3人でおろおろしているうちに、ダクネスが俺達の存在に気付いてしまった。

 

「カズマ! それにアクアにエリス様も! 今日は朝から大所帯だな!」

 

「お、おう……お前にちょっと用があってな……」

 

「私に? ふむ、もしかして……ついに話すのか!?」

 

「いや、そうじゃなくてだな! その……どうすりゃいいアクア!?」

 

「うぇ!? そんな事言われても私も分かんないわよ! どうすればいいのエリス!?」

 

「アクア先輩、まずは落ち着きましょう」

 

 あたふたと責任の押し付け合いをする俺達を見てダクネスは訳知り顔でうんうんと頷く。そして、俺の横に並んで自慢するかのように自らのお腹を愛おしそうに撫でて見せた。

 

「すまないエリス様、そしてアクア。実は私はカズマの子を妊娠したんだ。正直、これからゆんゆんとどう折り合いをつけるか不透明だし不安でいっぱいだ。それでも、貴方達が協力してくれるなら私も安心だ。だから、この子を祝福して欲しい……」

 

「ダクネス……!」

 

「安心しろカズマ。この事についてはお前ではなく私に責任がある。ゆんゆんやアクア達にも真実を話してお前が無罪だと証明するからな」

 

「そうじゃなくて……ああもう本当にどうすりゃいいんだよ!」

 

 思わず髪を掻き毟る俺にダクネスが軽くタッチングをしてくる。彼女の表情は曇りなき満面の笑みだ。これを再び絶望に叩きこむのは俺であってもキツイものがあった。だが、狼狽えてる俺の横で、さっきまで同じく狼狽えていたアクアはいつの間にか覚悟を決めていたようだ。

 

「ダクネス、貴方には今からとても辛い真実を告げるわ。でも、、どうか今から私のいう事を落ち着いて聞いてちょうだい」

 

「ああ、罵詈雑言でも何でも受け止める所存だ」

 

「ならはっきり言うわ。ダクネス、貴方は妊娠なんかしてない。そう思い込んでるだけなの……」

 

 悲痛な表情で真実を告げたアクアをダクネスは不機嫌そうに見つめる。そして、大きな溜息を吐いてから彼女はアクアの手を取って自分のお腹へと押し当てた。

 

「アクア、悪いがその手の冗談は良くないな。この通り、私のお腹はちょっと膨らんでいる。妊娠三カ月……私の子供はここにいる!」

 

「人間の思い込みって良くも悪くも凄いものなの。貴方の心の変化に合わせて体が変化しただけ。実際は少しお腹が張っている“だけ”よ」

 

「ふふっ、お前がバカだと思う事は以前にもあったが今日ほどそう思った事はないな。もう生理だって来ていないし、つわりによって毎日のように吐いている。それに、最近は酸っぱいものも食べたくなってきたんだ。そんな私が妊娠していないとでも?」

 

「ええ、事実は変わらないわ。ダクネス、アンタは妊娠してないわ」

 

 妊娠してない。そう言い切ったアクアをダクネスは茫然と眺めていた。そして、ペタンと床に崩れ落ちる。彼女の両目からは大粒の涙が溢れ出ていた。そして、ソファー近くの籠を引き寄せて中身をぶちまける。そこには、俺にとって少し懐かしいもの……数多のベビー用品が詰まっていた。

 

「なあアクア、この産着は良く出来てると思わないか? 花嫁修業で裁縫だって出来るようになったんだ! だから、私の子供につける予定の名前だって事前に縫い付けたよ。私の第一子は男の子な気がするんだ。だから……」

 

「もういいのよダクネス」

 

「こっちは見様見真似で職人に作らせたでんでん太鼓だ。アクアが見せてくれたカズマの写真……カズマの母親が小さなカズマとこの玩具を持って笑顔を浮かべる写真が妙に印象に残ったんだ。私も、あんな幸せそうな表情をしてみたい……母親になりたいんだ……」

 

「もういいの」

 

 俺とエリス様が固まっている中、アクアはダクネスと一人で対峙している。微動だにも出来ない緊張感の中、ダクネスは自分の体を抱きしめるように縮こまる。そして、小さな嗚咽が聞こえてきた。

 

「それに、カズマが毎日来てくれるようになった。毎日が夢のようだったんだ。それに、私にこんな素敵な服をプレゼントしてくれた……嬉しかった……綺麗だって褒めてくれた……どうしようもなく幸せだった……!」

 

「心と体は正に一心同体。ダクネスの強い思いに体が応えてくれたの。でも、それは体にとっても良くない事、貴方の心にも良くない事。だから、私がその状態異常……“想像妊娠”を治療してあげるわ」

 

「待ってくれ! 本当に何かの間違いじゃないのか!? そうだ、実は嫉妬しているんだろうアクア! 私が妊娠した事が、お前より先に妊娠した事が憎くてたまらないだろう!? だから私の子供を……赤ちゃんを……!」

 

「“セイクリッド・ハイネスヒール!”」

 

 アクアがダクネスのお腹に手を当てながら回復魔法を唱える。強い光の中でダクネスは茫然とした表情を浮かべていた。そして、光が収まった頃にはダクネスの少しだけ膨らんでいたお腹がしぼんでいた。アクアは確認するかのようにダクネスのお腹を手で叩く。すると、コンコンという硬質な音が静かな部屋に響き渡った。

 

「ふうっ……土壇場でやってみたけど偽妊娠にも回復魔法は効くのね。ダクネス、辛いだろうけど……あうっ!?」

 

「返せええええええっ! 私の赤ちゃんを返せ返せ返せ返せえええええぇっ!」

 

「お、落ち着けダクネス! アクアはお前の為を思ってだな……!」

 

 憤怒の表情を浮かべてアクアを突き飛ばしたダクネスを慌てて羽交い絞めにする。彼女は怒りに任せて俺を振りほどこうとするが、比較的非力な俺の拘束にもがく事しか出来ていない。どうやら、力を入れる気力すら体の方にないようだ。

 

「妊娠してないなんて嘘だ! 私が羨ましかったんだろう!? だからお前は……!」

 

「ち、違うわよダクネス! そんな事は絶対ないわ! これは貴方のためなの!」

 

「いいや違う! お前は女神失格だ! 人でなしだ! 人殺しだ! 返せ! 私の赤ちゃんを……!?」

 

 パシンという肌を叩く音が暴れるダクネスを大人しくさせた。そして、彼女の頬が真っ赤に腫れる。手を出したのは、いままで固まっていたエリス様だ。彼女は小さく溜息をついてから、アクアを助け起こす。そして、俺の方へアクアをそっと押し出してから再びダクネスと向き合った。

 

「ダクネス、貴方の言葉を聞いて分かりました。貴方、全部分かっていながらやっていましたね?」

 

「っ……」

 

「否定はしないのですか? そんなにカズマさんが毎日来てくれる事が嬉しかったのですか?」

 

「…………」

 

 エリス様に顔を張られて茫然とするダクネスは、焦点の合わない目で虚空を見つめていた。それを見て、エリス様は再び大きくため息をつく。ダクネスの肩が、ビクリと震えた。

 

「昔の貴方は高潔で聡明で信心深い子でした」

 

「…………」

 

「でも、今では私と同じくらい“浅ましい女”になってしまいましたね……」

 

エリス様がそっとダクネスの頬を撫でる。そして、ダクネスは聞き取れないほど小さな声でぶつぶつと言いながら滂沱の涙を流していた。

 

「カズマさん、アクア先輩、この子はしばらく私に任せてください。出来る限りの事はしてみます」

 

 俺達に背を向けるエリス様の表情がどんなものかは分からない。でも、俺とアクアは彼女に頷きを返してから静かに立ち去った。玄関の扉を閉めるその瞬間、小さいながらも俺を呼ぶ声がはっきりと聞こえてしまった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 それから一か月後、俺は重い足どりでダスティネス邸へとたどり着く。離れに入ると、メイド服姿のクリスと俺のプレゼントした服を着て大きなお腹を撫でるダクネスがいた。ダクネスは、俺が来たことに対して子供のような無邪気な微笑みを見せ、妊娠したと報告してきた。

 そして、そんなダクネスにクリスが容赦のない腹パンをした。お腹に詰めていた水枕が床に落下し、ダクネスが泣きじゃくる。流石に可哀相だとクリスを諫めるが、ある程度の荒療治は必要だと突っぱねられた。その日は、ひたすらダクネスを撫でる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 三か月目、俺はまたもダスティネス家の門をくぐる。この頃のダクネスは俺が来ても無反応を示すようになった。だが、笑顔を浮かべながら一人で人形をあやし、お腹を撫でる彼女の姿はとても見ていられなかった。エリス様によると、今までのダクネスはいわゆる“演技”をしていたらしい。

 しかし、今の状態は本物。狂人を演じているうちに本当に狂ってしまったらしい。エリス様は、治療は順調だと言っていたが少し疑わしい。天井に血文字で書かれた複雑な魔法陣があったが、それが何かを彼女に聞くと秘密ですと言われた。可愛い……

 

 

 

 

 五か月目、ダクネスの親父さんが俺に土下座をしてきた。ダクネスを奴隷でもいいから引き取って欲しいという親にあるまじき発言をしてきた。曰く、あの子は私に似て随分と一途で頑固な性格になってしまったと……

 そして、ダクネスの親父さんはゆんゆん、めぐみんの父親と恐ろしい契約をしていた事を告白した。この契約のおかげで娘の幸せは確実だと思っていた。しかし、これによって幸せを手に入れるのは娘のプライドを傷つける。だから、発破をかけるつもりで年齢と跡目の事で少しプレッシャーをかけて結果的に追いつめてしまったと泣きながら謝罪する彼の事を、ダクネス同様まともに見る事が出来なかった。

 とりあえず、貴方が一途な姿勢をやめて、貴方が跡目を作ってしまえばいいと助言したらグーで殴られた。ムカツいたので、バインドで縛ってヤバゲな目つきをしたメイド達に親父さんを引き渡した。

 ズルズルと彼を寝室へ引きずっていくメイド集団の一人が言い放った「旦那様はまだ頑張れます! 大丈夫! 貧乏ですけど私も貴族なんですよ! 純血を産みましょう!」というセリフがやけに記憶に残った。

 

 

その日の夜、俺はゆんゆんにメイド服を着せた。

 

 

 

 

 八カ月目、焦点の合っていなかったダクネスの瞳に光が戻り始めた。俺を笑顔で歓迎し、食事を一緒に楽しむ余裕も取り戻してくれた。どうやら、エリス様の荒療治が効いたらしい。

 しかし、いざ会話をしてみると所々話が嚙み合わなかったり、ひたすら今までの自分の反省と謝罪を泣きながら繰り返すという事が何度もあった。

 そして、彼女が語る夢に心が打ちのめされる。幸せな結婚生活、子供につける予定の名前、家族との平凡な日常。私の分まで謳歌してくれと懇願するダクネスに、少しだけ苛立った。

 

 

 

 そして、とうとう一年が経過した。ダクネスは完全ではないものの人間としての生活を普通に営める程度には回復した。だが、完全に治ったわけではない。彼女が突然泣き出すのをどうしたら止められるのか。発作的に起こる偽妊娠を完全になくすにはどうしたらいいのか。

 

 

気が付けば、俺はエリス様に土下座しながら泣きついていた。

 

 

「ダクネスを完璧に治したい? まあ治療できない事はないですよ?」

 

「頼みますよエリス様! もうアイツのあんな姿を見るのはコリゴリなんですよ! ゆんゆんとさよりと過ごす幸せな日々に少しだけ後ろめたい気持ちを持つのも嫌なんです! だから、どうすれば……!」

 

「どうすればいいかなんて、カズマさんはよくご存知なはずですよ」

 

 慈しむように俺の頭を撫でるエリス様は困ったような表情を浮かべていた。それから、俺の事を優しく抱擁しながら、耳元でそっと囁いた。

 

「ダクネスは頑固な子です。カズマさん以外では幸せにする事はできません。本当に彼女を幸せにしたいなら、貴方が折れるしかないんです」

 

「でも、俺にはゆんゆんとさよりが……」

 

「私は許します。でも、ゆんゆんさんが許すかどうかは貴方次第。ダクネスを諦める事も一つの手ですよ?」

 

「俺は……」

 

 正直言ってダクネスは見捨てるつもりだった。でもここ数か月の彼女の姿を見て、俺の心も揺らいでしまった。でも、家族を失いたくはない……

 

「後は貴方次第です。別に深く考えなくてもいいんです。“餞別”を送って縁を切るという考え方だってあるんですよ?」

 

「…………」

 

「ふふっ、ハーレムなんて馬鹿げた関係に真の幸せなんてありません。でも、妥協はできる。悩んで悩んで悩み抜いてくださいカズマさん。そして覚えておいてください。私だって、貴方じゃないと幸せに出来ない女性の一人なんですよ?」

 

 

 

 

 

 

朗らかに笑うエリス様に俺は無言を返す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 そして、その日の深夜、俺はゆんゆんと少量のお酒を楽しんでいた。さっきまで、二人してさよりの無限ループ絵本読みに付き合っていたのだ。若干の疲労はあるもの、自然と朗らかな微笑みが浮かんでしまう。そんな気持ちの良い疲労だった。

 

「カズマさん、そろそろ寝ましょうか。えっちな事は……溜まっているなら口でしてあげますよ?」

 

「いやいい。それより、今から俺はお前に最低な質問をする。深く考えず、自分の気持ちに素直になって答えてくれ。いいか?」

 

「急になんですか? また、“ろーるぷれいんぐえっち”の話ですか?」

 

「ちげーよ! それより最低な話だ。いいか、即答しろよ! 考えるなよ!」

 

「はいはい」

 

 微笑むゆんゆんの表情を崩したくない。でも、聞かずにはいられない。だから、俺は最低最悪な質問を彼女に投げかけた。

 

 

 

「ゆんゆん、ダクネスとの間に子供を作っていいか?」

 

 

 

 

クスクスと笑うゆんゆんの笑い声が、静かな部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

「カズマさんは本当にしょうがない人ですね……」

 

 

 

 

 

 

言葉を告げる一瞬、彼女の顔が僅かに歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダクネスママ……だと……!?
最高の具材を前に手を出せない苦悩……!


次回こそエロとギャグ回ですよ!(多分)



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諦めの悪い女 後編

過激な描写注意!



ダクネスとの間に子供を作っていいか?

 

 

 そんな最低最悪な問いかけをした俺に、ゆんゆんは朗らかに笑いながら肯定ともとれる答えを返した。だが、言葉通りに受け取れるわけがない。言葉を告げる一瞬、彼女の顔が歪んだのを見てしまったからだ。それを“見なかった”事にするのも一つの手だが、嫁さんに対してそこまで非情になる事などできるわけがなかった。

 

「ゆんゆん、それは肯定という事か?」

 

「はい、そうです。貴方が悩んだ末に出した結論なら、私は受け入れます」

 

「お前は本当にそれでいいのか……?」

 

「いいですよ。こうなる事は貴方がダスティネス邸から朝帰りした時……1年前からダクネスさんと浮気をし始めた時から覚悟していましたから」

 

 変わらぬ笑顔でそんな事を言い放つゆんゆんに対して、俺は唖然とするしかなかった。今回の俺の最低発言はゆんゆんにとっては寝耳に水な事だと思っていた。しかし、どうやら彼女にとってはすでに既知の出来事だったようだ。

 

「あれは浮気じゃ……いや言い訳はよそう。まさかゆんゆんにバレてるなんてな。必死に隠していたっていうのに……」

 

「私は貴方の妻なんですよ? 貴方の表情を見れば何を考えているかなんて言わなくても分かります。一年前……カズマさんが私に無断で朝帰りをした時、貴方は罪悪感に苛まれた表情をしていました。それを紛らわせるためなのか、とってもお高い高級プリンのお土産まで買っていましたよね?」

 

「おおう、全部ばれてーら……」

 

 何だか力が抜けてしまう。ダクネスとの浮気の隠蔽工作には様々な気苦労と費用をかけていた。しかし、ゆんゆんは俺の表情で全てを察していたらしい。我が嫁さんながら、色んな意味で怖い女性だ。

 

「でも、浮気が分かったなら何故俺を責めなかったんだ? いくらお前が寛容だからと言っても限度があるだろ」

 

「ええ、私は内心怒り狂っていましたよ。でも、一方で嬉しくもあったんです。カズマさんの様子を見れば、浮気といってもダクネスさんの方から何かされた事は理解できました。それを必死に隠そうとするカズマさんが可愛かったんです。そして私を裏切った事で罪悪感に押し潰されそうになっている姿が愛おしくてたまらなかった……!」

 

 薄暗い部屋の中で、ゆんゆんの紅い両目が怪しく光り輝いていた。何やら少し興奮しているらしい。にじり寄るように近づいてくる彼女に俺は少し気圧された。しかし、彼女の瞳には興奮だけでなく不安も渦巻いている事を俺は見抜いていた。どうやら、俺も彼女の事については言葉にしなくても理解できる部分があるようだ。

 

「だから、浮気なんて私にとっては些細な事なんです。子供を作りたいっていうなら私は別に構いませんよ?」

 

「嘘をつけバカゆんゆん。悪いのは全部俺だ。お前が我慢する必要なんてない。殴ったり蹴ったりしても構わない。本当の思いを……お前の本心が聞きたいんだ……!」

 

「…………」

 

 そう言い放った俺を、ゆんゆんは無表情で見つめていた。しかし、徐々に彼女の顔に赤みがさし、手が震え始める。そして、ぴしゃりと俺の頬を叩いた。ひりひりと頬が痛むが、黙って受け入れるしかない。それで彼女の心が少しでも楽になるなら御の字だ。

 

「先ほどのカズマさんが可愛くて愛おしかったというのは私の本心です。ある意味では、私は貴方の浮気を楽しんでいました。貴方が家族に罪悪感を持ってとるぎこちなくて申し訳なさそうな態度、私とさよりを一番に考えているからこそ、ご機嫌を取ろうと必死に頑張る姿。私やさよりの笑顔を見て、我に返ったかのように心からの笑顔を見せるカズマさんの夫として……父親としての姿がたまらなく好きで……! 本当に浮気なんて私にとって些細な事でした」

 

「ゆんゆん……」

 

「でも、次第にカズマさんが一番に考える相手が私からダクネスさんに切り替わっていると感じました。それに、私とさよりと過ごしている時にも上の空になっている貴方を見るのが辛かった……とても悲しかった……!」

 

 俺に突きだそうとする手を自分自身で押さえ、唇をギリギリと噛み締めるゆんゆんの姿は見ていてとても心苦しかった。俺はゆんゆんにぎこちなく手を伸ばし、そっと抱き寄せる。彼女の体は生まれたての小鹿のように震えていた。

 

「カズマさん、私に愛想が尽きたというなら……死にたいほど嫌ですけど受け入れます。でも、ダクネスさんと一緒になっても私を傍に……さよりだけでも……いみゅ!?」

 

「そんな思いをさせて誤解させた俺が全面的に悪いが、やっぱりお前もバカだ。悲観的になりすぎだ。俺の一番はいつもお前とさよりだからな」

 

「う、うひょいはないでくらはい……あにゃたはだくねすひゃんを……」

 

 不安げな表情を浮かべるゆんゆんの頬をぐにぐに摘みながら、溜息を吐く。コイツの不安を取り除くには、今回の事を包み隠さず全て話してしまうのが一番だ。正直、気は進まないがこれもゆんゆんのため。そう自分自身を納得させながら、俺は重い口を開いた。

 一年前、ダクネスに昏睡レイプされた事、妊娠したと言い寄られた事、彼女の妊娠を“無かった事”にしようと必死だった事、不本意とは言え俺が新たに宿した命に愛情を持ってしまった事、ダクネスの想像妊娠が分かり全てが徒労に終わった事……こんなどうしようもない話を、ゆんゆんは最後まで真剣に聞いてくれた。

 

「少し信じがたい話ですけど納得は出来ました。一時期、カズマさんが必死に調べ物をしている姿を目にしましたけど、この世界が怖いとか言いながら妊娠を“なかった事”にするなんて物騒な事を調べていたんですね……」

 

「仕方がなかったんだ……お前にこの事がバレて愛想を尽かされるのがたまらなく怖かった! だから、必死に隠蔽しようとしたんだ!」

 

「それは嬉しい言葉です。でも、あの時の貴方はとても辛そうでした……妻である私を頼ってくれなかったのは悲しいです……」

 

「妻だからこそ頼れなかったんだ。分かってくれ……」

 

 渾身の土下座をかます俺に、ゆんゆんは呆れたように溜息をつく。まさか、本当に彼女に愛想を尽かされてしまったのかと全身の血の気が引き始めた時、ゆんゆんにそっと押し倒された。

 

「カズマさんは私にバカバカって言いますけど、貴方の方が私よりも数倍バカです! 私がどれだけ貴方を愛しているか今一度教えてあげます! あむっ!」

 

「いでぇっ!? 急に噛み付くな! いだだだだっ!?」

 

「んっ……今夜は寝かせません! でも、えっちな事もなしです! 私はカズマさんのモノです……でもカズマさんは私のモノでもあるんです! 貴方がそんな馬鹿げた不安を持っているというのなら、私がその不安を取り除くのが妻の務め……私の愛を刻みつけてあげます! んっ……ちゅるっ……!」

 

「おほっ……耳はやめっ……ほああああああっ!?」

 

 

 その日の夜、俺は全身のあらゆる所を舐められた挙句噛み付かれ、おまけに穴という穴も舌で弄られた。反撃しようとも考えたが、俺はゆんゆんの好きにさせる事にした。好き放題にされながらも、内心では安心してしまう。彼女の俺に対する愛を“痛い”ほど確認できた。それだけで俺は十分だった。

 

 

 翌朝、俺は全身に感じる痛みと寝不足による気怠さを噛み締めながら身を起こす。ゆんゆんはというと、俺が起き上がった姿を満足気に見た後、申し訳なさそうに苦笑した。

 

「ふふっ、全身に噛み跡と私のキスマークをつけてるカズマさんを見るのは、やっぱり気分が良いものですね……」

 

「そうかい……俺も慣れたもんだぜ……」

 

「私の変わった癖になんだかんだ付き合ってくれるカズマさんは好きですよ……大好きです!」

 

 俺の胸板に飛び込んでくるゆんゆんを受け止める。さらさらとして彼女の髪を弄びつつ、過去との決別をつけるために強く決意した。

 

「ゆんゆん、昨日の俺のバカ発言は取り消してくれ。俺はお前一筋で生きていくつもりだ。ダクネスとは男女の関係は今後一切なしだ」

 

「はい……? なんでそんな結論になるんですか? ダクネスさんと子供を作っても私は構いませんって言ったじゃないですか!」

 

「でも、お前は……」

 

「もう、私のスキンシップにどういう意味があったのか分かってくれなかったんですね? こういう時だけ察しが悪い人ですね」

 

 そう言ってクスクス笑うゆんゆんを俺はじっと見つめる。どう考えても、嫉妬や怒りも込められた噛み付きであったのに、それ以外の意味があったかと言われても良く分からない。だから素直に聞く以外の選択肢は俺になかった。。

 

「つまりはどういう事なんだ……?」

 

「簡単です! 私がカズマさんを愛しているって事です!」

 

俺の顔を上目遣いで見ながら力強く抱きしめるゆんゆんの瞳は相変わらず真紅に輝いていた。そして、俺の胸板に頬を擦り付けながら小さな声で言葉を紡いだ。

 

「カズマさんは私に愛想を尽かされるのが怖いって言っていましたよね? でも、そんな事は絶対ありません。貴方が浮気をしたとしても、とんでもない罪を犯してしまったとしても、私は貴方の傍を離れません。私の生ある限り、貴方に尽くします。もし道を踏み外したとしても、私が更生させてあげます!」

 

「おう……」

 

「だから、カズマさんが不安に思う必要は何一つないです。私の方から貴方の傍を離れる事は絶対にありませんから! それこそ、ダクネスさんと子供を作る……“その程度”の事で私は愛想を尽かしたりしません!」

 

 あまりに大胆な発言に呆気にとられて茫然とする俺に、彼女は更に強く体を押し付ける。それから、若干怒気が込められた視線で俺の事を見つめてきた。

 

「むしろ、その程度の事で私が愛想を尽かすとカズマさんが思っていた事に怒りすら覚えます。私がどれだけ貴方を愛しているか、それを理解してもらうために昨夜は貴方に“愛”を刻み付けたんです!」

 

「ええ……」

 

「なんで、困り顔なんですか? 不安ならもう一度……あうっ!?」

 

 ニヤつきながら口を開けたゆんゆんにチョップをかまして口を閉じさせる。それから、俺はため息をついた。彼女の言葉が本心からのものなのか正直分からない。しかし、全くの嘘というわけではないようだ。

 だからと言って、彼女の甘言を真に受けてダクネスとの間に子供を作るのは本当に許される事なのか。しばらく閉口して考えていた俺を見ながら、ゆんゆんは機嫌良さそうにクスクスと笑っていた。

 

「カズマさん、深く考える必要はありませんよ。私だって愛しているからという理由だけで貴方の提案を受け入れたわけじゃありません。言葉じゃ説明できない部分も多々ありますけど、一番の理由は貴方と同じ思いをダクネスさんに抱いてしまったからだと思います!」

 

「…………」

 

「私はカズマさんほどダクネスさんと親しいわけではないですけど、思いは同じです。妻である私がこう言っているのですから、もう躊躇う必要はありませんよ? だって……」

 

 

ゆんゆんが俺の頬に自分の頬を擦り付ける。それから、思っていたとしても言ってはならない思いを俺の耳元でそっと囁いた。

 

 

 

 

「かわいそうでしょう?」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「というわけでダクネス、俺の子を孕め!」

 

「なっ……急に屋敷に来ていきなり何を言うんだ貴様は!」

 

「そのままの意味だ! お前の想像妊娠とめそめそ構ってアピールには俺もいい加減に嫌気がさしてるんだよ! 本当に面倒臭い女だなダクネスは!」

 

「わ、私は構ってアピールなんて女々しい事はしてないぞ! それに面倒臭くなんてない!」

 

「いいや、お前は超絶面倒臭いお嬢様だよ……」

 

 ダクネスは困ったような表情をしながらも、俺の様子を伺うようにこちらをチラチラ見てくる。瞳の色は爛々と輝き、若干目尻を下げている。どうやら、口では否定しているものの満更でもないらしい。そんなダクネスをベッドへと押し倒すと、彼女は観念したようにベッドの上で体を広げた。

 

「なあカズマ、私をからかっているわけじゃないんだな? 本当に……本当に良いのか……?」

 

「ああ、構わない。もちろん、ゆんゆんも了承済みだ。むしろ、俺の方が良いのかと聞きたい。俺は単に完全に縁を切って壊れかけのお前を見捨てるって選択を選べないヘタレだ。それに正直言って、今の時点でお前には“愛情”なんてものはない! おまけにお前が壊れて変な事をする前に俺の制御下に置いておこう……そんな打算を持つような奴の子供を本当に産みたいのか?」

 

「愚問だな……私はカズマの子が産みたい……! カズマじゃないとダメなんだ……!」

 

 大粒の涙を浮かべながら、彼女はいやいやと首を振る。その姿に俺は呆れる一方で、原因不明の罪悪感に胸を苦しめられた。この世界に来てから彼女とは随分と長い時間を共に過ごした。数年前には、もしかしたら将来は俺の隣にいるかもしれない……そんな事を夢想した女性だ。だからこそ、ダクネスのこんな姿を見たくはなかった。

 

 

いや、見ていられなかった。

 

 

 心の中でこんな事はやめろと叫んでいる自分がいる。俺がゆんゆんの愛とダクネスという女性を踏みにじって手にれるものは安息という自己満足。楽な思いになりたいから逃げてしまおうという最低な選択。本来なら絶対にすべきでない選択のはずなのに、周囲はそんな俺を受け入れてしまった。そんな事を無意識に考えてしまった俺に我ながら吐き気を覚える。この選択を周囲の責任にするなんて、クズやカスという言葉では足りないほどの最低野郎だ。

 

「本当に良いんだな?」

 

「いいんだカズマ。お前は私を孕ませるだけでいい……それ以外の感情は不要だ。私を孕ませる……それだけを……っ……!」

 

「ダクネス……」

 

 ついに溢れてしまった彼女の涙を俺はそっと指でふき取る。そして、罪悪感に苛まれている心の奥底からこみ上げてしまった感情を抑えつつ俺はダクネスを抱きしめる。そして、ギュッと目を瞑ったダクネスを確認してから、俺は彼女の唇に顔を近づけて……

 

 

 

その瞬間、寝室に甲高い笛の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

「ダメですよカズマさん! 甘い雰囲気なんて絶対ダメです! はい、5m離れましょう!」

 

「おう、すまない。ちょっと我を失いかけちまった……」

 

 素直に反省してから、俺はダクネスから5m程の距離を取る。それから深く深呼吸して冷静さをいくらか取り戻す。うむ、これは作業……単なる作業……

 

「よしダクネス。子供作るぞ!」

 

「ちょっと待てカズマ! どうしてクローゼットの中からゆんゆんが出てくるんだ!? しかも何故それを当り前のように受け入れる!?」

 

「そりゃあお前……ゆんゆんに許可を取ったからって言ったろ……?」

 

「っ……!?!?」

 

 絶句しているダクネスにクローゼットから出てきたゆんゆんがおっほんと偉そうに咳払いをする。そして余裕が感じられる微笑みを浮かべながらベッド近くの椅子に腰を下ろした。

 

「つまりはそういう事ですダクネスさん。私は貴方と子をなしたいというカズマさんに“子作り”の許可を出しました。決して“セックス”の許可を出したわけではありません!」

 

「しかしだなゆんゆん……セックスをしなければカズマとの子は孕めないのだが……」

 

「私の話が理解できなかったのですか? 察しの悪いお嬢様ですね……このっ……このっ!」

 

「あいたっ!? こら、何故叩く!? うっ……んんっ……なかなかやるではないか……あうっ!?」

 

 ゆんゆんがどこからか取り出したおたまでダクネスをビシバシ叩き始める。それをどことなく嬉しそうに受けるダクネスを見て俺は小さく溜息をついた。この二人が仲良くなる姿はいまひとつ想像できないのだ。

 

「いいですかダクネスさん? 私は貴方とカズマさんの子作り監督官です! 子作りは新たな命を芽吹かせる神聖な行為です! ずこずこぱんぱん激しくやったり、いやらしい嬌声をあげるのも絶対にダメです! キスなんてもってのほかです! 絶対に許しません!」

 

「なっ……!?」

 

 再び絶句するダクネスに俺も気持ちは分かるとうんうん頷く。しかし、俺の最低な要求を受け入れたゆんゆんに文句など言えるわけがない。それに、彼女の主張も当然と言える。子作りの許可を貰えただけでも御の字というものだ。

 

「ゆんゆん、貴様の言い分は理解出来た。つまりは、見られながらシて良いという事だな? くっ……将来、我が子にどのようにして生まれてきたか説明する時困るではないか! ああっ、カズマ私はどうすれば……!」

 

「お前は自分の子に何故そんな事を説明するんだ……?」

 

 興奮で頬を染めてベッドに伏せるダクネスをゆんゆんが何故か嬉々としておたまでビシバシ叩いていた。何やら面倒臭くなりそうなので俺は彼女達には触れずにとりあえず準備だけでもしておこうと服を脱ぎ捨てた。その瞬間、ゆんゆんがまたホイッスルを鳴らした。

 

「“ピーッ!”カズマさん、裸でなんて許しません! これを着て行為をしてください! ほら、ダクネスさんも……!」

 

「おっ……おおう……なかなか刺激的な服だなこれは……」

 

「どうです、機能美に溢れているでしょう? 徹夜して作ったんですから!」

 

 えっへんと胸をはりながらゆんゆんが全身タイツのようなものを手渡してくる。青色タイツを受け取った俺と、赤色タイツを受け取ったダクネスはその機能美溢れるタイツを見て思わず引いてしまう。我が嫁さんながら、なかなかにキてるもの作ったものだ。しかし、これが俺に対する嫉妬の思いからであると考えると、途端にゆんゆんが愛おしくて可愛くてたまらない。ダクネスには悪いが、事実なのだからしょうがない。思わずご満悦な表情をする俺に対して、ダクネスは相変わらず戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「なあ、ゆんゆん……貴様が私を嫌う気持ちは分かる。しかし、このタイツの股間部に空いた穴はちょっと風情がかけるというか、神聖な行為にドロを塗るような気がするのだが……」

 

「あれ、そのおまんこ穴の大きさでは足りませんか? しょうがないですね。ガバガバなダクネスさんのためにもう少し穴を大きく……」

 

「っ……!? なんて卑猥な! というか私はガバガバではない!」

 

「いいからそれを着てください。私が許したのは子作りだけです。本当はカズマさんが私以外の女性と肌を重ねるなんて絶対に嫌なんですから」

 

「…………」

 

 不機嫌そうなゆんゆんの言葉を受けてダクネスは小さくなりながら黙り込む。それから、俺とダクネスはお互いに無言のままゆんゆんの特殊タイツを身に着けた。そして、装着が完了して向き合った時、全身を赤色タイツで包んで大事な所だけ丸出しなダクネスを見て俺は思わず吹き出してしまった。何というか、シュールすぎる光景なのだ。

 

「ぶふっ!? ひでー恰好だなダクネス! いひひひっ!」

 

「う、うるさい! 貴様も同じ服を着てるんだ! お互い様だバカ!」

 

「もう、二人ともイチャつかないでください! さっさと子作りしてくださいよ!」

 

 横っ腹にキレ気味なゆんゆんの頭突きを受けて俺は再び真剣モードに切り替える。これは笑いや愛とは無縁な儀式なのだ。俺は若干不機嫌そうなダクネスを軽く押し倒し、両足を開かせて彼女の膣口に愚息をあてがった。

 

「カズマさん! ガッとやってビュルっと出してパッと離れてください! 3分以上の挿入はダメです!」

 

「そう言われてもな……」

 

「どうしたカズマ? 私なんか色々と屈辱的すぎて逆に興奮してきたぞ! 早く挿入してくれ!」

 

 何やら興奮気味なゆんゆんとダクネスに、俺は我が愚息を堂々と見せつけた。そこにはふにゃりと力なく垂れている愚息が鎮座していた。それを見てダクネスは更なる屈辱と興奮で頬を染め、ゆんゆんは少し嬉しそうに溜息をついた。

 

「安心してくださいカズマさん! 私が応援します! ほら、がんばれ♡ がんばれ♡」

 

「おいやめろ」

 

「がんばれ♡ がんばれ♡」

 

「ダクネス……」

 

 ゆんゆんとダクネスの若干トラウマを刺激するワードに俺はげんなりしたが、愚息はビキビキにいきり勃っていた。別に俺が変な性癖だからといわけではなく、ぴょんぴょんジャンプするゆんゆんの乳揺れと、俺の腰をダクネスが両足でロックして陰唇を裏筋に擦り付けるという連携プレイによるものである。

 もう何もかもがどうでも良くなった俺は早くこのカオスな状況を終わらせるため、勃起した愚息をすでにぐしょ濡れとなっていたダクネスの性器にぶち込んだ。火傷しそうなほどの熱さと程よい締め付けは想像以上に気持ち良いものであった。

 

「おう……これはなかなか……あだぁ!? 叩くなゆんゆん!」

 

「カズマさんがだらしない顔をするからです! はい、ビュッと出してください! もちろん腰をスコバコ動かしたらダメですよ!」

 

「無茶言うなよ! 気を抜いたら今にも中折れしそうだってのによ!」

 

「んほおおおおっ!? しゅごい屈辱なのおおおっ! ララティーナおかしくなっひゃうううぅぅ~!」

 

 キレるゆんゆんと何故かアヘるダクネスに俺は頭がパンクしそうになる。もうどうにでも良くなった俺は、ダクネスのたわわなおっぱいを引きちぎるように鷲掴みにする。そして、ゆんゆんの指示を無視して力強くダクネスの膣を穿いた。

 

「うおおおおおおおっ!」

「いひいいいいぃぃぃ!? しゅごいのかじゅまああああっ! んひっあひっ!」

 

「いいからさっさっと孕めええええええええっ!」

 

「ひゃいいいいっ! ララティーナ孕んじゃいましゅううううっ!」

 

 ダクネスの子宮を正常位で強く穿つたびに結合部からは潮がピュッピュと下品に吹き出る。そして、だらしなく舌を出して涎を垂らす彼女は正にアヘ顔という他にないほど蕩けていた。俺はその姿に下衆な征服欲を覚えつつ、こみ上げる射精感に任せて腰を打ち付け続けた。

 

「あああああっ! 出るっ……! くううううう!」

 

「カズマさん、カズマさん……」

 

「なんだよゆんゆん!? 今良い所なんだよ!」

 

「カズマさん……」

 

 シーツをギュっと握って腰をくねらせて快感に酔いしれるダクネスの横で、ゆんゆんは顔を俯かせていた。だが、俺だってもう止まれない。この状況をさっさと終わらせたかったし、ここまで来たら射精したいというのが男の性だ。

 

「くっ……イクイクっ……!」

 

「あひっ……かじゅまあああっ!」

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 獣のような咆哮を上げながら、俺は快楽に身を任せる。無論、この一発で孕ませてやるという気合も入れる。

 

「カズマさん」

 

 視界の隅でゆんゆんがゆっくりと顔をあげる。その表情は悲しみで歪み、目元には大粒の涙が浮かんでいた。でも、もう遅い。俺は射精をするためにダクネスへ腰をぐっと強く打ち付けて――

 

 

「カズマさん、愛してます……!」

 

 

 狂乱に満ちたカオスな状況が一瞬で凍り付いて静寂に包まれる。床にペタリと座り込んでぐすぐすと泣くゆんゆんを俺はまともに見る事ができなかった。そして、愛しさと罪悪感と少しの怒りの感情が湧き起る。

 

「はぁ……このタイミングで言うか……?」

 

「うるさいですっ……! 何もかも全部カズマさんがいけないんですっ……!」

 

「そりゃあそうだけどよ……」

 

 正論すぎて何も言い返せない俺は頭をガシガシ掻いて誤魔化す他はなかった。そして、これからどうしたものかと考え始めた時、微かな悲鳴がダクネスから漏れた。思わず目を向けると、彼女は絶望に打ちひしがれたような表情をしていた。そんなダクネスの視線の先のものを見て俺も呻いてしまった。

 

「おおう……」

 

「貴様っ……! この私とセックスしてたんだぞ!? それなのに……!」

 

「あんな事言われたらしょうがないだろ」

 

「っ……!」

 

 目を伏せるダクネスを見て、俺は事態を余計に面倒臭い事にしたのではと自己嫌悪に陥る。ダクネスの愛液に濡れてぬらぬらと光りながらも、ふにゃりとして元気なく垂れさがる愚息が無言の抗議を送ってくるが、射精感など何処かに吹き飛んでしまった。ダクネスの膣からずるりと抜けてしまった性器の意味するものは一つしかない。ふむ、これが“中折れ”というものか……

 

「ようやく理解できた。やはり貴様らは私をバカにして遊んでいるのだろう!?」

 

「そんなつもりはないが、今更信じろって言っても無理だわな」

 

「当り前だ。茶番はもういいから帰ってくれ……帰れ……! お願いだから帰ってくれ……!」

 

 ダクネスまで泣き始めてしまっては最早埒が明かない。俺は謎タイツを脱ぎ去り、さっさと服を着る。そして、泣き続けるゆんゆんをそっと抱き寄せてテレポートで我が家へと帰還した。

 

 俺はリビングにつくとぐすぐす泣くゆんゆんをとりあえずソファーに座らせる。それから、ゆんゆんが作り置いていたハーブティーを火にかけて温めた。室内にはぼそぼそとした微かな話声が聞こえてくる。どうやら、アクアがさよりの無限ループ絵本読みの餌食になっているらしい。その事に思わず笑みを浮かべてしまいながら、温めたハーブティーをゆんゆんへと差し出した。

 

「なんつーか、色々とすまんな」

 

「私こそごめんなさい……あんな大口を叩いておきながらこんな……」

 

「謝んなよクソバカ。俺はむしろ嬉しいからな」

 

「バカじゃないです……」

 

 俯くゆんゆんの頭を優しく撫でながら、俺は胸の中に広がる幸福感を堪能する。それを噛み締めながら、移り気な自分に対して溜息をつく。今となってはダクネスの事なんかどうでもいいと感じてしまっている。彼女が精神的に病もうが、何処かで野垂れ死にしようが関係ない。愛すべき家族を犠牲にするほどの価値は全くないのだから。それに、アクアもエリス様もいる。ダクネスが本当に最低最悪な事態に陥る事もないはずだ。

 

「やっぱり俺は浅はかだったよ。ダクネスを孕ませて精神的に楽になりたかったクズ男だ。でも、お前のおかげで目が覚めたさ。勝ち気で余裕で中々にキテるお前に慣れて忘れていたけど、元々お前ってかなり嫉妬深くて夢見がちな女の子だったよな」

 

「別に私は嫉妬なんて……」

 

「今更何言ってんだよ。エロ本にまで嫉妬して燃やしたりするくせに」

 

「そ、それとこれとは違います!」

 

 ぷんすか怒るゆんゆんを抱きしめて背中と頭をゆっくり撫でる。そうすると、彼女は途端に大人しくなった。そして、誠心誠意の謝罪の言葉を口にした。

 

「今まですまなかったなゆんゆん。俺の嫁さんはお前だけだ」

 

「カズマさん……」

 

「さっきの返事だ。俺も愛してるぞゆんゆん」

 

 

彼女と俺とでは言葉の重みが違う。

 

でも、それは俺の紛れのない本心からの言葉である事に変わりはなかった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「んみゅっ……カズマさん、寝ちゃったんですか?」

 

「んー……」

 

「カズマさん?」

 

「…………」

 

 私がカズマさんの肩をはみはみ噛みながら抱きしめるという至福の時間を終えて顔を離すと、彼は小さく寝息を立てていた。あのダスティネス邸を離脱した後、私とカズマさんはお互いの愛を深めていた。とはいっても、ひたすらにキスをしたり頭を撫でて貰ったり、嫌がる彼を無理矢理噛んだりと甘えに甘えまくっていただけでえっちぃ事はしていない。

 彼が寝てしまって手持無沙汰になった私はとりあえず下着を履き替える事にした。えっちぃ事はしていないが、下着はもちろん悲惨な事になっていたのだ。まぁ、仕方のない事である。

 

「ふふっ……ふふふふふ……! カズマさんの愛を改めて感じられました! こうなった私はもう無敵です! だから安心してくださいねカズマさん! ちょっとダクネスさんを虐めてきますから!」

 

 私の宣言にカズマさんは寝返りをうつ事で答える。そんな彼に穏やかな気持ちにさせられながらも、私はクローゼットの奥の小箱から懐かしいモノを取り出してバッグへと入れる。それから、彼への書置きを残してテレポートの魔法を発動させた。

風景が我が家から先ほどまで過ごしていたダスティネス邸の離れ前へと切り替わる。少し緊張しながら玄関の扉を押し開けると、何ともヒドイ光景が目の前に現れた。

 

「かなり暴れたようですね……」

 

 壁や床、豪華な調度品には大きな裂傷が出来てバラバラになっていたり、中に詰まっていた羽毛などが宙に舞っている。まるで盗賊にでも入られたかのように滅茶苦茶な光景に内心で笑い声をあげながらも、ゴスゴスという破壊の音が聞こえる寝室へと足を向ける。そこには、やはりというかダクネスさんの姿があった。彼女は下着姿で大剣を構え、目の前に置かれた抱き枕を執拗に切り付けていた。

 そして、大ぶりの一撃が抱き枕に命中して切り飛ばされた一部分が私の傍にふわりと落ちてきた。その抱き枕の一部には、私とカズマさんとさよりの写真が貼り付けられていた。

 

「趣味が悪い事をしていますねダクネスさん……」

 

「なっ……!? 貴様! 何故戻って来た!」

 

「そんな事も分からないのですか? 貴方を嘲笑うためです」

 

「っ……!」

 

 大ぶりな大剣の一撃が私に襲いかかる。でも、彼女の攻撃の精度は悪い。足を半歩引くだけで、大剣での攻撃は容易く避けられた。そのまま追撃してくるダクネスさんの剣を私は苦も無く避け続ける。しかし、いつの間にか追いつめられていたようだ。私の背中に、固い壁の感触が押し当たった。

 

「はぁ……はぁ……! この性悪女め! ぶっ殺してやる!」

 

「あら、物騒ですね。そんな事をするとカズマさんに嫌われますよ?」

 

「はっ! 私はすでに嫌われている! それに、もう何もかもがどうでもいいんだ! お前が……お前さえいなければこんな事には……!」

 

 滂沱の涙を流しながら彼女は今までとは比べものにならないほど鋭い一撃を叩きこんできた。しかし、ダクネスさんの大剣は彼の思いと温もりという最大の支援魔法がかかった私を捉える事は出来なかった。彼女の一振りをかわし、脇の下をくぐるように背後へ回る。そして、無防備すぎる背中に私は渾身の蹴りを入れた。

 

「ぐっ……!? くそっ……くそっ……!」

 

「ふふっ、無様ですね。何だか興奮してきちゃいます」

 

「貴様っ……!」

 

 顔面を壁に強く叩き付け、床にうつ伏せで這いつくばるダクネスさんを見て不思議と気分が高揚する。憤怒の表情で私を見上げる彼女はまだ諦めないとばかりに取り落とした大剣へと手を伸ばす。その手を思いっきり踏みにじり、短杖を彼女の眼前へと突き付けた。

 

「貴方がヤケクソになる気持ちも分かります。女としてのプライドをズタズタに切り裂かれ、挙句に思い人は私への愛を貫き通した。もし、私が貴方の立場ならば今すぐにでも自殺しますよ」

 

「そんな事……言われなくても分かってるっ……!」

 

「私だって相応にイラついているんです。だから、ダクネスさんの無様な姿は見ていてとても溜飲が下がる思いです。貴方って本当に可哀相な人ですね」

 

 額に青筋を浮かべたダクネスさんが踏みつけられた手に力をこめる。私はそれに対し更なる踏みつけで対応し、短杖で彼女の頭に中々に強烈な一撃を叩き込んだ。そして、頭部から流れた一筋の血が彼女の目に入った時、ダクネスさんの全身から力を抜ける。その反応を見て、私は彼女の手から足を外す。そうるると、彼女は体を丸めて子供みたいにわんわんと泣き始めた。

 

「なんで……なんで私がこんな目に……こんなはずじゃなかったのに……」

 

「少しやりすぎましたか……」

 

「うるさい! 本当にお前さえ……お前さえいなければ私は……私達は……!」

 

 両手で顔を覆って恨み言を述べるダクネスさんを鼻で笑いつつ、私は彼女の横に腰を下ろす。そんな私の行動にビクリとする彼女に何とも言いようがない罪悪感と、優越感で胸が満たされた。

 

「ダクネスさん、私は貴方の事が許せません。大っ嫌いです」

 

「知ってるさ……」

 

「貴方は私の愛する人に執拗に迫り、挙句の果てに逆レイプをしました。めぐみんやエリス様と同じようですが、彼女達と貴方には大きな違いがあります。つまり、私に隠れて行動を起こした事、肉体関係まで無理矢理持った事……何よりカズマさんを苦悩させて精神的に苦しめたことが許せません!」

 

「…………」

 

「彼を愛しているのなら分かるでしょう? あの人は自分に非があると思った事はつい隠してしまおうとする悪癖があります。それに悩みを一人で抱え込みやすい人でもあるんです。そして、貴方の無残な姿と懇願を受けて見捨てられるほど非情な人ではありません。貴方がした事で彼が苦悩する事はやる前から承知していたのでしょう?」

 

 私の質問に彼女は目を伏せて無言で答える。その姿に苛立って、私は短杖で軽く床を叩いてしまった。バンっという衝撃音に体を震わせ、不安そうな表情でこちらをチラチラ見てくるダクネスさんが何だか可愛かった。もう一度床に杖を叩きつけてみようか……なんて変な気分を吹き飛ばして、私は愚痴るように話を続けた。

 

「そして、そんなカズマさんの苦悩を真に理解できなかった私に腹が立ちます。何より許しがたい事は、彼が私よりも先にアクアさんを頼った事。それを知った時、私がどんな気分になったか貴方は分かりますか?」

 

「知るか……」

 

「知らないはずないでしょう?」

 

「…………」

 

 ダクネスさんが沈黙した事で室内は静寂に包まれる。そのまま、しばらくの時間をお互いに無言で過ごしてから私はため息をついた。

 

「ダクネスさん、私は貴方の事が許せませんけどある意味感謝の念を抱いています。貴方のおかげで私はカズマさんの良い所を更に知ることが出来ましたし、愛を再確認する事が出来ました。何故、カズマさんが私に貴方との浮気を隠したのか、単なる後ろめたさや罪悪感からというのもありますが、私に愛想を尽かされるのが怖かったからなんて理由もあったんです。ふふっ、カズマさんってどちらかというと私を無理矢理引っ張っていくような強情で我を押し通そうとする人ですけど、そんな彼が私に愛想を尽かされるのが怖い、不安だと考えて悩んでいたなんて可愛いと思いませんか? いくら彼が下衆の鬼畜になっても私は彼を捨てませんし、更生してあげる。これは私がめぐみんからカズマさんを奪う時に立てた建前的な誓いですけど、私の本心でもあるんです。それほど、私はカズマさんを深く愛しているんです。それなのに、彼は私に嫌われる事、愛想を尽かされる事にとても恐怖しているんです。よく聞いてみると、私が他の男に靡いてしまわないか心配で仕方がないのだとか。ふふっ、本当に可愛い……私の思いも肉体も何もかもが永遠に彼のモノなんですよ? 私がカズマさん以外の男に靡く、そんな幻想に彼は囚われて悩みを抱え込んでしまいました。これには私にも少しばかり落ち度があります。カズマさんがそんな悩みを持たないようにもっともっと愛を伝えて体に刻み付けるべきでした。そんな心配性で可愛いカズマさんはダクネスさんの事が見捨てられない様子。だから、私は貴方との子作りに許可を出しました。別にカズマさんが私以外の女と肉体関係を持つ事は嫌ですけど決して許せない事でもありません。その“程度”、私は全然気にしませんからね。何故かって? そんなの私がカズマさんを愛して、カズマさんが私を愛しているからに決まっているからじゃないですか。とにかく、私はそんな思いを胸に許可を出したんです。それでも、全てが許せるわけじゃない。だから、私は彼に同行して貴方に嫌がらせをするつもりでした。子供を作るための愛の営み……とても甘美で思い返すといつでも幸せになれちゃう思い出を汚してやろうと思いました。でも、子作りまで否定するつもりはありませんでしたし、私にはそんな事をしない“余裕”がまだありました。でも、カズマさんが貴方を孕ませようとしている姿を見た時、思わず涙が出ちゃったんです。これには私自身驚きました。今までに無かった感情が急に溢れたんですからね。端的に言えば、私もカズマさんと同じ気持ちになってしまったんです。愛するカズマさんが、もしかしてダクネスさんに靡いてしまうかもしれない。カズマさんに愛想を尽かされるかもしれない。私より貴方の体が気持ちいいとか言って私を蔑ろにして貴方の体を求めるかもしれない。そんな不安が一気に溢れちゃったんです。こうして無様に泣く私を、カズマさんは優しく抱きしめて慰めてくれました。そして、私の不安を彼の愛情で吹き飛ばしてくれました。あのスケコマシで性欲の強いカズマさんが明確に私以外の女性と関係を持たないって言った上に心のこもった愛の言葉を囁いてくれました。ああっ、幸せすぎて死んでしまいそうです! やっぱり彼は私を一番に愛している。その事を再確認するきっかけを貴方は与えてくれました。だから感謝したいのです。ありがとうダクネスさん」

 

 

 私の感謝の言葉を、ダクネスさんは呆けたような表情で受け止めていた。その姿にイラつきながらも、私は彼女に手を差し伸べた。そんな私を今度は目を白黒させながらチラチラ見てくる。その姿に私は更にイラついた。

 

「そんな愛するカズマさんにも落ち度はあります。彼はダクネスさんを孕ませて精神的に楽になろうとしていた。だから、今回のようなお願いを私にしてきたんです。子供さえ与えて捨ておけば壊れた貴方を見なくて済みますし、私との家族も維持できる。そんな事を短絡的に思っていた節があります。先ほど、彼の口から私への愛と一緒に貴方を完全に捨てるという意味の発言を聞いてある程度の確信は持てました」

 

「っ……」

 

「カズマさんが私以外の女性に手を出す事は別に許せない事ではありません。彼に一番愛されているのは私です。だから、私にとって貴方がカズマさんと肉体関係を持つ事は、彼が気まぐれに売女相手に性処理をした事と何ら変わりませんからね」

 

 私の発言にダクネスさんは恨みのこもった表情で見上げてくる。それでも、最初程の勢いもなければ力もない。全身は虚しく弛緩し、瞳には諦観と悲しみが込められていた。その姿で私もいくらか溜飲を下げた。この姿を見て、彼女より私が優位にある。それを確信していないと、正直やっていられないのだ。

 

「でも、子作りは性処理とは違います。新たな命の創造であり、愛すべき家族を受け入れる大事な儀式でもあります。もしカズマさんが貴方との子を成したならば、貴方とその子供を家族として受け入れるという意味合いを持つんです」

 

「だが、カズマは私と子供を作って私達を捨ておくつもりであったし、私からもそうお願いした。別にそこまで深く考えなくとも……」

 

「貴方もカズマさんと同じくらい楽観的なんですね。あのカズマさんが、自分の子供とその母親を完全に捨て置けるなんて無理に決まってるじゃないですか。きっと、私の家族と貴方達の間をふらふらして自爆するでしょうし、それでは私も幸せになれる気がしません。それに、子供達の将来も考えてあげてください。さよりと貴方の子供がギスギスする姿は見たくありませんし、彼が持ってる莫大な遺産をめぐって争いをするなんて事もありそうですし、考えると嫌な気分になるんです」

 

 カズマさんが私に持つ愛に嘘偽りがない事は理解している。だからこそ、彼が私以外の女性と作った子供を蔑ろにするなんて想像も出来ないし考えたくもない未来だ。だからこそ、私はあの瞬間に涙してしまったのだ。もしかしたら、私との家族以外をもっと愛してしまうかもしれない。それが怖くて怖くてたまらなかった。でも、今の私にはカズマさんが与えてくれた愛と余裕がある。だからこそ、彼女を私の“家族”に受け入れる事に大きな抵抗は覚えなかった。

 

「ダクネスさん、貴方がカズマさんとの子供を持ちたいというのなら、私と“家族”になってもらいます。私達から離れて子供と二人で暮らすなんて絶対に許しません!」

 

「ゆんゆん……?」

 

「もちろん、奥さんと嫁さんの座は絶対に許しません! でも、家族として、カズマさんの子供の母親になる事は認めてあげます! それが受け入れられないなら、すぐさま彼以外の男と結婚して子供を作ってください。そうすれば、カズマさんも諦めが付きますから……」

 

 私が差し伸べた手をダクネスさんは驚愕と期待のこもった目で見つめている。そして、彼女はおっかなびっくりと言った様子で私の手をそっと握って来た。

 

「正直言って、何故貴様がそんな提案をしてくるのか理解が出来ない。だが、私にもチャンスが残されているというのなら逃しはしない。私はお前の家族になる……いや……してください……」

 

「本当に良いのですか? 正直言って貴方の事は嫌いですし、家族になっても陰湿に虐めてやるつもりです。そんな嫌な女である私の家族に、貴方は本当になりたいのですか?」

 

「そんな事はカズマの子供を産むという褒美を前にしては些細な事にすぎないし、虐めも私にとってはむしろご褒美だ。それより、お前こそ本当にいいのか? お前の言葉を信じるなら、お前はカズマの独占も可能だったはずだ。それなのに、何故私を受け入れる?」

 

 どこか警戒するような目で私を見るダクネスさんを軽く嘲笑う。確かに彼女の言う通りだ。私はカズマさんの独占が出来る立場にある。しかし、それで得た幸せは長くは続かないそんな気がするのだ。無論、“彼女達”を見ているからこそより強くそう思ってしまう。ああっ、今更になってまた怒りがぶり返してしまった。本当に、貴方達さえいなければ……!

 

 

「理由なんて大したものではありませんよ。私が“嫌な女”だからです」

 

 

 私の言葉を聞いて彼女はしばらく押し黙る。そして、不敵な笑みを浮かべながら私の手を振り払った。そんな彼女はしっかりと自分の足で立ち、表情にも彼女らしさが戻っている。本当にいけ好かない女性だ。

 

 

「ならば容赦はしない。私は“諦めの悪い女”だからな!」

 

 

 ドヤ顔でそう言い放ったダクネスさんに私はとってもイラついた。でも、今回だけは許すとしよう。だって、彼女は私の家族なのですから……

 

「ダクネスさん、私は貴方の事が嫌いですけど、家族になったこれからはそうは行きません。嫌でも仲良くしましょう!」

 

「そんな事を言われては、私は仲良く出来る気がしないな」

 

「安心してください。私もそう思います。でも、仲良くするしかないんです。だからこそ、今の険悪な関係を一旦忘れましょう! そして、初心というものに戻ってみませんか?」

 

 そう言いながら、私は持ってきたブツをダクネスさんに見せつける。彼女はそれを懐かしさと驚きが混ざったような表情で見てきた。彼女と私は正直言って友達の友達という微妙な関係だ。その関係をこれはほんの少しだけ動かしてくれた大切な品だ。

 

「ダクネスさんも、まだ持っているでしょう?」

 

「愚問だな。ふふっ、そうか……面白くなってきたじゃないか……!」

 

 私とダクネスさんは思わずクスクスとお互いに笑う。先ほどまで殺し合って憎み合って大嫌いだったこの女と、少しだけ仲良くなれた。

 

そう思う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 空が紅く染まる夕焼け時、俺とアクアはさよりと手を繋いで帰路へとついていた。どこか遊びにつれていってというお願いを叶えるため、俺はアクアとさよりを連れて寂れた森林公園に足を運んでいたのだ。むやみやたらに池ポチャさせようとするアスレチックに娘とアクアと毛玉は大はしゃぎであったが、俺は色んな意味で疲れてしまった。そんな俺を、娘は調子の外れた歌をアクアと口ずさみながらぐいぐいと引っ張っていた。

 

「お魚を焼く匂い~」

 

「晩御飯の……アクアお姉ちゃん! 今日のご飯はなに?」

 

「んーアンタは何が食べたい?」

 

「お肉が良い!」

 

「そうなの。それなら買い物して帰らなくちゃね!」

 

 更に速度の増した二人に引っ張られながら、俺はほっこりとした気分になる一方で、元気だなぁと素直に感心していた。かくいう俺は、娘達の遊びに付き合って疲労困憊である。本当に、どこからそのエネルギーが出てくるのだろうか。そんな事をとうとう娘に引きずられ始めて考えていた時、俺達の前によく見知った人物……ゆんゆんの親父が現れた。

 

「よう、カズマ君にアクアさん! そして、さより! 元気にして……ほぐっ!?」

 

「んーお爺ちゃん臭いー!」

 

「わははは! そうかそうかー!」

 

 我が娘は出会い頭に突進頭突きを叩き込み、それを腹で受けたお義父さんは呻きながらも嬉しそうにしていた。ちなみに、さよりはお義父さんの加齢臭をすんすんと嗅ぎ続けていた。誰に似たかは知らないが、匂いフェチの気があるらしい。早くも将来が心配な娘に俺は小さく嘆息した。

 

「なあカズマ君、今日はさよりちゃんをこのままウチで預かるつもりだ。というか、先ほどゆんゆんにお願いされてな!」

 

「そうなんですか? アイツってば朝から変な書置き残して行方を眩ませていたんですけど……」

 

「何だかかなり張り切っていたぞ。まぁ、二人目はいつでも大歓迎だぞカズマ君!」

 

 つまりはそういう事らしい。何だか気恥ずかしくてしどろもどろになる俺を、親父さんは満面の笑みで、アクアはジト目で見つめてきた。別にさよりが寝てからヤる事はやってる。しかし、娘を預けた時は割と過激なプレイをするのがゆんゆんの傾向だ。今夜が楽しみになって来たが、たまに妙なプレイも要求してくるので素直には喜べなかった。

 

「さより、そういうわけだから今日はお爺ちゃんの所にお泊りで構わないか? おばあちゃんも喜ぶぞー」

 

「んっ……いいよお父さん! じゃりめも一緒だし、お爺ちゃんの家には本がいっぱいあるもん! それに、老人と交流して喜ばせる事も子供の務めだってお母さんが言ってたしね!」

 

「ゆんゆんもキツイ事言うなー! 私はまだ老人って年齢じゃないぞ! まぁ、さよりのお爺ちゃんである事は確かだがな!」

 

 さよりの中々にヒドイ一言を受けても、お義父さんは相変わらずデレデレしていた。そんな有頂天な彼にさよりを預け、周囲の警戒を行っていた毛玉には遊び相手兼護衛の任を与えた。毛玉は面倒臭そうに鼻を鳴らしながらも、尻尾をふりふりしながらさよりを背に乗せる。なんだかんだで、この毛玉も面倒見が良い奴なのだ。

 そして、娘がいなくなって寂しくなった帰路をゆっくりと歩く。脳内では今夜ゆんゆんをどうしてやろうか、真剣に考えていた。

 

「つーかお前も来るのかよアクア。めぐみんの家に退避でもしたらどうだ? この前みたいに寝取られプレイにつき合わされたりするぞ?」

 

「何を今更って感じだわ。勝手にズッコンバッコンしてなさいな。私は編み物の続きをしたいし、ダクネスのために色々と作戦を練ろうと……って、この前の奴は私にとってプレイじゃないんですけど!」

 

「アイツも中々に意地が悪いからな。可愛いからいいけど」

 

「アンタも大概ね……」

 

 呆れるアクアを侍らせつつ、俺は目的地である我が家へとたどり着いた。そして、玄関扉を勢いよく開く。もしかしたら、前々回みたいに裸エプロンで迎えてくれるかもしれない。そんなワクワクした気分で帰宅した俺は、予想外の光景を前に唖然としてしまった。

 

「お帰りなさいませご主人様! ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……」

 

「新米メイドである私に貴様の種で新たな命を注ぎ込みますか?」

 

 

俺は扉を勢いよく閉めた。

 

 

 そして、この状況に頭を抱え込む。メイド服姿のゆんゆんが出迎えた事は想定内であった。しかし、その横に昨夜に事実上の縁切りをしたダクネスが同じくメイド姿で待っていたのだ。ダクネスを連れてきたのはゆんゆんで間違いないはずだ。昨日の今日で一体どんな心境の変化があったのか、全くもって理解が出来なかった。

 

「とりあえず入りなさいなカズマ。ダクネスとの仲が今より良くなるなら私は大歓迎よ。それに、メイドとしてあの二人の存在が許せないんですけど!」

 

「いや、しかし……うーむ……」

 

 俺が躊躇っているうちに、アクアが再び玄関の扉を押し開けた。そして、再び目の前に飛び込んできた二人を見た後、俺はゆんゆんに歩み寄る。彼女は、変わらない微笑みを浮かべていた。

 

「なあ、ゆんゆん。俺の覚悟は信じられなかったか?」

 

「いいえ、信じています。信じているからこそ、こうすべきだと思いました」

 

「今度ばかりはお前の考えてる事が全く分からねえな……」

 

「分からなくていいんです。いや、分からないでいてください。貴方は私達を愛して幸せにしてくれるだけでいいのですから」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべるゆんゆんに気圧されて俺は黙り込む。そして、今度は堂々とした態度で居座っているダクネスに胡乱気な目を向けた。しかし、彼女も一切動じないで挑発的な姿勢を崩さなかった。

 

「ダクネス、お前もいいのか? 俺やゆんゆんに散々な扱いを受けたはずだ。それなのに、俺の事がまだ好きだっていうのか?」

 

「もちろんだ。私は諦めの悪い女だ。貴様に愛してもらうチャンスがある限り私は屈しない」

 

 二人して余裕を崩さない姿に俺はどうしていいか分からず萎縮する。しかし、胸の奥底からふつふつと湧き上がってくる妙な感覚に、俺は懐かしい気持ちを覚えた。ああ、ダメだ。抑えが効きそうにない……

 

「おい、お前ら。俺は欲望に対しては素直な人間なんだ。やっていいと言うのなら、俺は本当に二人まとめて抱いちまうぞ?」

 

「いいですよ。カズマさんの欲望、全部解放してください!」

 

「んっ、思いっきりやってくれ。そして、私に新たな命を注いでくれ!」

 

 散々に苦悩して家族のためにと決意したのに、ゆんゆんの方からぶち壊されたのは正直いって少し頭に来ている。だが、二人の女性にここまで言われてしまったのならば最早引き下がる余地はない。何だか、何もかもがどうでも良くなってきた。もう、このまま快楽に身を任せる……そんなゲスな気持ちになってきた。

 そして、俺は上がり始めた口角をそのままに、ソファーの上にどっかりと座る。そしてどこか期待するかのように目を輝かせる二人を見据えて俺は退廃的な宴の始まりを告げた。

 

 

「おう、しゃぶれよ雌犬共」

 

 

「「はい、ご主人様!」」

 

 

 

 俺の言葉をうけたゆんゆんとダクネスの表情はだらしなく蕩けきっていた。そして、二人は四つん這いで俺に近づきズボンを脱がしてくる。無論、俺のペニスは勃起していた。色んな意味で準備万端なのだ。

 

「しかし、懐かしいものをつけてるじゃないか。ダクネスも捨てずに持っていたとはなぁ……」

 

「貴様が私にくれたプレゼントだ。捨てるわけないだろう? それに、今回の行為は私とゆんゆんの仲を深めるという意味もあるんだ。これをつけていたころは、割と仲が良かったんだぞ?」

 

「それに私はこのプレイを結構気に入っているんです。丁度良い機会ですし、私もこれを楽しみながら、これから長い付き合いになるダクネスさんと仲を深めるつもりです!」

 

 そんな事をのたまう二人の頭の上にはふさふさとした犬耳がついていた。おまけに、お尻からは尻尾が生え、首には犬用の首輪が取り付けられていた。これらは随分昔にやった犬耳メイドプレイをした際に俺がプレゼントしたものである。捨てずに持っていてくれた事は、俺としては素直に嬉しかった。そして、あの頃の退廃的な日常を思い返して少し和んだ。

 

「よし、それじゃあ先に俺をイかせた奴は撫でてやるぞ!」

 

 ご褒美という言葉を聞いた途端、二人は争うように勃起したペニスへの愛撫を開始した。ゆんゆんはちろちろと亀頭部を舐めながら、ちゅちゅうと鈴口を吸い、ダクネスは金玉を口に含んではむはむとしていた。何とも支配欲が満たされる光景に俺は高笑いをあげたくなった。

 

「おほっ! なかなかいいぞ二人とも!」

 

「んっ……ちゅるっ……れろっ……チンポおいひいですご主人様……んぶっ……!」

 

「んうっ……んはっ……ゆんゆん……そろそろ私にも竿を……あいたっ!? 抓る事ないだろう!」

 

 大好きなおもちゃを奪い合うように奉仕を行う彼女達を俺はソファーで大の字に座りながら見守った。そして、ダイニングテーブルに目を向けて不貞腐れたように足を組んでこちらを見るアクアに手招きをする。そうすると、彼女は途端に表情を明るくしていそいそと近づいて来た。

 

「何よカズマ。まさか私にもやって欲しいの? どうしてもって言うならやってあげなくもないのだけど……」

 

「おう、腹減ったから冷蔵庫から適当に食べ物持ってきてくれよ」

 

「っ……! っ……!」

 

 ピクピクと顔を引きつらせながらも、アクアは素直にパシリに応じた。長いメイド生活で彼女に丁稚根性が身についてしまったのかもしれない。そして、昨夜の夕飯の残りであるからあげが詰まったタッパーを持ってきた彼女に、食べさせてくれというアイコンタクトを送った。そうすると、彼女はため息をつきながらも、若干嬉しそうにソファーに近寄って唐揚げを指でつまんで差し出してきた。

 

「さんきゅーアクア……うむっ、あの時以来の酒池肉林だな!」

 

「アンタってばもう一児の父親でしょう? もう少し節度ってものを持ちなさいな……」

 

「うるせえ! 世の中のお父さんだってヤる事はヤってんだ! それに俺は誘われた方なんだ。もう、どうなったっていいだろうが!」

 

「ヤケクソになってるみたいね……んっ……」

 

 唐揚げの油と俺の唾液がついた自分の指をどこか恍惚とした表情で舐めとっているアクアは、ゆんゆん達の方をチラリと見る。それから、考え込む事数十秒後、彼女はパチンと指を鳴らした。

 

「カズマさん見て見てー私もケモミミ生えて来たんですけどー!」

 

「んっ!? ほぉ、中々似合ってるじゃないか」

 

「そ、そうなの!? えへへっ……それなら……ふぁっ……お尻ダメ……尻尾のお触りは禁止なんだから……んっ……」

 

 突如としてアクアの頭部に出現した狐耳を撫でながら、ふんわりもふもふとした尻尾にも手を伸ばす。軽く引っ張ったりしてみたが、どうやら紛い物ではなく本物のようだ。尻尾の根元をクニクニと揉み解し、狐耳を軽く口に含んでやると、アクアはビクビク痙攣しながら甘い吐息を吐いていた。か、かわいいじゃないか……!

 

「んぶっ……ちょっとご主人様!? なんでアクアさんとイチャついてる上にご褒美まであげているんですか!?」

 

「そうだぞ! というか本来は私がメインのはずだろう! 私も撫でて欲しいというか……その……!」

 

「いいからお前ら奉仕を続けろ。そうだな……次は二人でパイズリして貰おうか!」

 

 俺の一言に、二人は目線を合わせてからコクリと頷く。そして、二人して一気に服をずり下げてぷるりとしたおっぱいを丸出しにした。俺はそれを満足げに眺めながら、アクアの下着の中に手を潜り込ませた。そこはすでに熱く濡れそぼり、軽く指で突くだけで愛液がとろりと流れ出していた。

 

「んひっ……んぁっ……ダメっていってるじゃないカズマ……! あの子達が見てる……あうっ……!」

 

「ちょっ、カズマさん……!? ダクネスさん! 私達もやりますよ!」

 

「任せろ! これは私の物語なんだ!」

 

 ゆんゆんは俺の右ひざに形のいい巨乳を乗せ、ダクネスは俺の左ひざにだらしのない巨乳をどっしり乗せた。うん、素晴らしい。やはりおっぱいが大きい女の子が正義だ……

 

「ダクネスさん、このまま挟撃です! えいえいっ!」

 

「ふむ、いいだろう! そらっ……!

 

「ああっ……いいぞ……その調子だ……!」

 

 二つの巨乳に巨乳に押しつぶされて我が愚息も大喜びで硬度を増していた。柔らかいながらも張りのある巨乳がぎゅむぎゅむと押し当たり、時節擦れるコリコリとした乳首が新たな快感と彼女達の嬌声を引き出す。圧倒的な気持ち良さとは言えないが、ほどよい刺激と男を幸せにする光景を前にしてゾクゾクとした快感がせりあがってきた。

 

「はうっ……んふっ……ご主人様のえっちなお汁でおっぱいがテカテカしてきちゃいましたよ……!」

 

「ふふっ……良い表情だご主人様……このまま思いっきり射精するがいい。私達のはしたない胸をどろどろの精液で汚してくれ……んっ……んひっ……!?」

 

 上下左右にと巨乳が擦れて潰れ、それを一心に受けるペニスはビクビクと震えていた。その震えに合わせて彼女達が体をピクつかせる光景を見ていよいよ俺も射精感がこみ上げてくる。おまけに、悪戯していたアクアも横で声を押し殺しながら肩を震わせる。どうやら、俺の愛撫で気をやってしまったらしい。せわしなく動く狐耳がそれを如実に伝えていた。

 

「くっ……いくぞお前らっ……! おらっ! もっと激しくだ!」

 

「はいご主人様! んしょっ……んしょっ……!」

 

「ふむ……こうか……?」

 

「んっ……ひっ……もうやめてカズマ……! イッたばっかりで……んぁっ!? そこ……だめぇ……!」

 

「くっ……ふっ……イク……! う゛っ!?」

 

 彼女達の可愛い姿と、支配欲の満たされるこの光景が一押しとなって俺はとても気持ち良く射精した。勢いよくビュルビュルと放出された白濁はゆんゆんとダクネスのおっぱいを白く染め、一部は顔にまで飛び散る。二人はそれを嬉しそうに舐めとりながらも、少し納得いかないという表情で俺をジトっと見てきた。

 

「じゅるるっ……私達がイかせたのに、なんでアクアさんを可愛がっているんですか!」

 

「んっ……んむっ……私には散々躊躇ったくせにアクアとは気安く浮気するんだな」

 

「こ、これは悪戯だからノーカンなんだよ! 性器に挿入もしてないしな!」

 

「むぅ! 貴方にその変な価値観を植え付けちゃったのは私ですけど、ちょっと納得行きません……」

 

 むくれる彼女達に少したじろぎながらも、俺は引く気はない。俺にとって悪戯は趣味と実益を兼ねた重要な行為だ。悪戯の餌食になっているアクアやエリス様を散々にイカせたり、俺もイッたりしているのだが挿入していないのでノーカンである。うん、ノーカンノーカン!

 

「まぁ、それについて語るのはまた今度だ。それよか、ご褒美に挿入してやる。二人で抱き合いながら寝転べ」

 

「もう……まあいいでしょう。今日はダクネスさんの受胎が優先事項ですもんね!」

 

「受胎か……少し思い描いていた光景と違うが、悪くはない。それに、貴様も中々に良い趣味をしているな」

 

 そう答えた彼女達は俺の命令通り素直に抱き合って横になる。仰向けになったダクネスのマウントを取るように覆いかぶさるゆんゆん。そして、俺の目の前には重なるお尻と純白のパンツの下でヒクつく二つのマンコ……思わず歪んだ笑みが浮かんで涎がじゅるりと出てくる。正に、男のロマンを体現させた光景だ。

 

「さぁご主人様、どちらに先に挿入します……? 私……欲しいです……!」

 

「もちろん私が先だろ? なんせ私を孕ませるんだからな……!」

 

 ふりふりと揺れる二つの大きなお尻に自然とふらりと吸い寄せらせられてしまう。そして、どちらに先に挿入するのか、それとも間をとってW素股を楽しむのか、じっくりと悩んでから俺は復活して勃起しているペニスの狙いを定め、下着を横にずらして一気に挿入した。愛液で濡れそぼり、抵抗なく入ったペニスは最奥の子宮口近くまですぐさま到達する。締め付けの強さ、膣内のひだと挿入時の気持ち良さ、そのどれもがいつもとは違い非常に新鮮だった。

 

「ひぁ……んはぅ……! ふふっ、そうか私か! やっぱり私に挿入したかったんだろう? くうっ……いひっ!? その奥をゴリゴリするのは良い……んぁっ……ひゃんっ!?」

 

「むぅー!」

 

「怒るなゆんゆん。流石にこれ以上ダクネスを虐めるのは忍びないからな。代わりにお前には……んぐっ!」

 

「あうっ!? んふっ……んふふっ!  良いですよご主人様……もっと私を噛んで貴方だけの所有物だって刻み付けてください! んぁっ……痛いけど……嬉しい……!」

 

 俺が最初に挿入したのはダクネスだった。前回の逆レイプや種付け時は感情が乱れて気持ちよさなんて二の次であったが、今の余裕ある状態で彼女を抱いてゆんゆんとは違った気持ち良さがある事に気付いた。何気に、ゆんゆん以外の女性に挿入したのは5年ぶりとも言える。力強い締め付けと、最奥のコリコリ感がたまらなく気持ちがよかった。

 

「そらっ……オラっ……! くぅ~いい締まりだダクネス! 流石はお嬢様!」

 

「んひっ……あうっ……んっ……! お嬢様は……関係ない……あああああっ!?」

 

「あ゛あ゛~たまらんっ! やっぱお前には激しく……だよなっ……!」

 

「いっ……あひっ……!? んやぁ……激しすぎて……んっ……ふぁうっ……あっ……はうっ……!」

 

 俺はパンパンと子気味良い音を立てながら腰を前後に激しく振る。ペニスを叩き込むたびにゆんゆんとダクネスの尻が俺の腹と膝に触れるのがどうしようもなく気持ちが良かった。そのまま欲望のままに腰を振ってダクネスを喘がせ、余った手でゆんゆんを撫でながら優しく甘噛みする。

 こんな綺麗で可愛くておっぱいが大きくて俺を愛してくれる女性二人を同時に相手にする。そんな背徳的で夢のような状況に酔いしれた。しかも、片方は孕ませ希望ときたもんだ。理性よりか、本能的な部分が快楽と喜びの感情を後押しする。この迷惑お嬢様を孕ませて俺の女にしてやる。そんな支配的で獣染みた欲望が沸き上がってきた。

 

「オラッ! 孕めダクネス! それが望みなんだろ!」

 

「んひいいいいいいぃっ!? 奥にズンズン来るのいいっ……! もっと……もっとしてくれ……はひっ……あうっ!?」

 

「よし、ここかああああああっ!」

 

「ひゃああああああっ!? すごっ……んひっ……っ……!? んんんんんぅ! ひゃん……っ……んぅっ……!」

 

 正常位でガンガン突きながらも、彼女の反応が良い箇所を左右の動きをつけて抉るように刺激をする。それに対して、ダクネスは舌を出しながら嬌声をあげ、膣内と体をビクビクと痙攣させ、思いっきり体をのけ反らして深く絶頂をした。そんなダクネスに振り落とされそうになって慌てるゆんゆんにほっこりしつつ、俺もフィニッシュをするためズコバコとした激しいピストンを開始した。

 

「しゃあっオラ! 出すぞダクネス! 今から本当に孕ませてやるからな! 逃げるなら今のうちだぞ!?」

 

「おほっ……はひっ……あうっ……誰が逃げるか……子供……私の子供……!」

 

「せいやあああああああっ!」

 

「ひゃああああああああああああっ!?」

 

 

 最後の一押しをしながらも、俺はゆんゆんの首筋に顔を近づけてそっと囁いた。それに対して、ゆんゆんは苦笑しながら囁き返してきた。

 

「本当にいいのか……?」

 

「いいですよ。もう、彼女は私の“家族”の一員ですから」

 

「ふんっ、そうか」

 

 正直言って、ゆんゆんの思惑はいまだに分からない。だが、目の前の女を孕ませるという欲望を前に俺の憂いは快楽で霧散した。

 

「くあっ……出るっ……うう゛っ!?」

 

「んほおおおおおおおおおお!? 妊娠確実ゥぅうううううう」

 

「おいやめろ」

 

 盛大なアヘ顔を晒しながら体をビクビク痙攣させるダクネスから俺は逸物を引き抜く。そして、ヒクヒクとしている膣口からどろりと溢れるほど溜まっている精液を見て俺は満足げに頷く。そして、脱力してアヘるダクネスの上でこちらを振り返りながらお尻を揺らすゆんゆんに我慢が効くわけなかった。ゆんゆんは顔を蕩けさせ、眩しかった純白の下着も愛液で濡れて淫らな白色になっている。彼女の準備はすでに出来ているようだ。

 俺は再度フルチャージして硬度を取り戻したペニスをゆんゆんの秘所へと挿入する。いつものように俺を出迎えてくれたそこは、ペニス全体を優しく包み込むゆるふわゆんゆんまんこだった。

 

「あはっ……! ダクネスさんで出したばっかりなのに、まだ元気ですね……ひぅっ……!」

 

「当り前だ。少し衰えた気もするが、俺もまだまだ若いからな!」

 

「んひっ……んへへっ……やっぱりご主人様とのえっちは最高ですぅ……!」

 

「やっぱゆんゆんはえろい子だな!」

 

 俺の指摘に、彼女は困ったように表情になりながらも、ズンズンとペニスで突くたびに蕩けた表情に戻っていく。ゆんゆんが淫乱でおちんぽ大好きっ娘なのは最早否定出来ない事実だった。だからこそ少し心配なのだが……

 

「くっ、やっぱゆんゆんのアソコはゆんゆんだよな……!」

 

「意味……分かりません……! んっ……ふぅっ……ひゃんっ!?」

 

 ゆんゆんの締め付けは以前と比べれば少し落ちたし、膣内の硬さが取れて初期のような強すぎる刺激はない。だが、とろふわで全てを包み込む膣内は、継続的な気持ち良さと快感を与えてくれる名器に他ならなかった。何より、愛する子供産んでこのように膣内が変化したという事実が愛しくて仕方がなかった。

 

「ご主人様……もっと強く激しくしてください……! もっとっ……!」

 

「分かったよ……せいやあああああっ!」

 

「ひゃああああっ!? これっ……これが気持いんですううううっ! んぁっ……いくっ……っ……あうううううううっ!」

 

 精液を搾り取るように膣内を収縮させながら、ゆんゆんはダクネスの上に絶頂の快感と共に倒れ伏す。そんなゆんゆんに更なる追撃をしている時、視界の端で一人悲しくソファーの上で自分を慰めているアクアが目に付いた。そんな彼女に軽く手招きをすると、またもいそいそと近寄ってくる。そんな彼女を片手で抱き寄せ、有無も言わせず強引に唇へむしゃぶりつく。アクアは少しの抵抗を見せたもののすぐに口を開いて俺の舌を受け入れた。

 

「んじゅっ……じゅるっ……んっ……んんんんんぅ!?」

 

「ご主人様!? 私の番なのにアクアさんとキスするんですか!?」

 

「んむっ……いいんだよ! それに俺もそろそろ限界で……う゛っ!?」

 

「ひゃっ!? そんないきなり……んぅっ……暖かい……!」

 

 ドクドクと勢いよく射精された精液は全てゆんゆんの膣内へと注がれる。そして、ペニスを引き抜いてゆんゆんにもしっかり中出し出来ている事を確認する。二人の犬耳メイドが抱き合って精子を膣から垂れ流す光景は正に夢のようであった。

 

「さーて……おらっ!」

 

「んひいいいいいっ!? 妊娠確実ぅううううっ!」

 

「お前は壊れた玩具か……」

 

 俺は再びダクネスに挿入し、アクアをゆんゆんの上へと突き飛ばす。ダクネスとゆんゆんが押しつぶされてむぎゅっと鳴く声が聞こえたが、最早知った事ではない。そして、アクアの水玉綿パンツを無理矢理脱がして彼女の秘所にむしゃぶりつく。

 

 

もちろん、俺のペニスはすぐさま気力を取り戻した。

正に女神様様である!

 

 

「ヒャッハー! ダクネスが孕むまでエンドレスレイプだおらああああああああっ!」

 

「んほおおおおおおおおっ!? 孕むうぅ…! らぶらぶれいぷで赤ちゃん孕んじゃううううっ!」

 

「ご主人様……それは最早レイプじゃない気が……って私のおっぱい吸わないでくださいよダクネスさん!? ひゃあっ! まだ母乳が出てて……あぅ……!」

 

「ちょっとカズマ!? そこ吸っちゃダメで……んっ…もうっ!」

 

 

 

 

 

 

結局、この宴はアクアの口から直接受胎告知を受けるまで延々と続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、今となっては思い出深いダクネスの受胎からどれほどの時がたったのであろうか。さよりのお母さんいっぱいる問題が勃発したり、彼女が学校に行きはじめて日中が少し寂しくなったりと、実に様々な事があった。

 気が付けばダクネスも臨月を迎え、俺は新しい命の誕生を今か今かと待ち続けている。また、ゆんゆんとじっくり二人目仕込んでいる最中だ。そんなド畜生である俺は天界にあるエリス様のお部屋に御呼ばれしていた。色んな意味で騒がしい我が家や、同じく色んな意味で落ち着かないダクネスの傍で過ごしていると、こうしてエリス様とまったりしたり、アクアと一緒に隠れて酒を飲みに行くのが丁度良い気晴らしになるのだ。

 

「それでダクネスの奴が胎教って奴にどっぷりハマってしまいましてね。それにゆんゆんも影響された教育ママって奴になりかけてるんすよ……」

 

「いいじゃないですか。教育は将来の子供のためにもなりますからね。まあ、何事もやりすぎは良くないですよね」

 

「そうなんですよ! この前なんか子供に騎士の手本を見せるとか言って臨月なのに大剣振り回したんですよ? 全くアイツは……」

 

「ふふっ、ダクネスらしいです」

 

 クスクスと朗らかに笑うエリス様に俺は思わず見惚れる。そんな自分に呆れながら、俺はお茶を口に含む。もうすぐ子供が生まれるってのに気が多い奴だ。

 そして、そのような状態にある俺に彼女はすぐさま気付く。さり気なく椅子をずりずりと動かして、俺の隣へとやってくる。鼻孔をくすぐる女神特有の甘くて安心できる匂いが俺の疲れ気味な心を深く癒してくれた。

 

「ところでカズマさん、私とは子供を作らないのですか?」

 

「ぶふぁっ!? いきなり何を言うんですか!?」

 

「いきなりも何も、そろそろ頃合いじゃありませんか。ゆんゆんさんはダクネスを受け入れた。貴方もゆんゆん以外の女性を受け入れる覚悟が出来たでしょう? そこに私を入れるなんて簡単な事じゃないですか」

 

「いや、でも……そんな……」

 

 思わず考え込んでしまう俺にエリス様はそっともたれかかってくる。彼女の柔らかくて控えめな躰が密着して、どうしようもなく彼女を意識してしまう。しかし、俺はゆんゆんに言った覚悟を自分から壊すのはまだ躊躇いがあった。

 

「カズマさん貴方の不安はよく分かります。貴方はとても嫉妬深い男性です。絶対に奪われたくない女性が、一人から二人に増えた。その事で毎日気が気でないのですよね……?」

 

「っ……!」

 

「近頃は私やアクア先輩、あの色ボケ小説を書いている紅魔族の少女に“悪戯”をする時、随分と余裕がなさそうですよね? それほどにまで貴方は必死になっている。ゆんゆんさんやダクネスも貴方を心底愛しているというのに、報われないものですね」

 

 苦笑しながら俺に体を擦り付けてくるエリス様を俺は横腕で抱き寄せる。この女神様には俺の全てが筒抜けになっている。本当に敵わない思いであった。

 

「貴方はあの淫乱悪魔の手ほどきを受けた事があると聞きました。そして、あの淫乱共の親玉にも会った事があるそうじゃないですか。少し癪ですが、あの淫乱悪魔が言った事は真実だと思いますよ。“愛”に勝るものはないってね……」

 

「何故それをエリス様が!?」

 

「ふふっ、私はいつだって貴方を見ているのですよ」

 

 クスクス笑うエリス様に俺は本格的にお手上げだ。今は昔、ゆんゆんと懇意になる前に俺はサキュバス達から性技についての講習を受けていたのだ。その合格率1%以下とも言われる最終試験で俺はサキュバスクイーンと対峙したのだ。あの時の絶望的な戦いを切り抜けたのは正に幸運だったとしか……

 

「というか、見てたって事は……」

 

「大丈夫です。悪さをしない限りは淫乱悪魔と言えども手を出しませんよ。今は」

 

「良かったぁ……」

 

 流石に俺のせいでサキュバスのお店が潰れたらお世話になったアクセルの冒険者達に申し訳が立たない。その事に安堵しながらも、俺はエリス様にまともに顔向け出来なかった。

 

「カズマさん躊躇っていては悪くなる一方です。私だってこのままだと貴方に冷める可能性があるんですよ? 正直言って、愛人もちで二人の子持ちの貴方は普通に考えれば魅力がありません」

 

「なっ……!?」

 

「いいんですか? 私が貴方以外の女になっても? まあ良い機会ですし、貴方の事は諦めましょうか。私だっていいなぁって思う人は……きゃっ!?」

 

 気が付けば、俺はエリス様を思いっきり突き飛ばしていた。そして、彼女に覆いかぶさって動きけないように拘束する。自分自身の行動に驚いたが、体が動いてしまったのだからしょうがない。

 

「へぇ……私をレイプするのですか? それでは私の離れかけている心は取り戻せませんよ?」

 

「うるさい」

 

「うくっ……!? くふふっ……乱暴なのも悪くありませんね。それじゃあ、貴方には一つ助言を与えましょう。体を支配するのは最も効率的な束縛と言えるでしょうね。でも、真に自分のものにしたいのなら、心と魂を奪うんです。どうすればいいかなんて、分かっているでしょう?」

 

「くっ……」

 

 俺に押し倒されているというのに彼女の余裕は変わらない。おまけに、今の自分にとってとてつもなく突き刺さる助言をしてくれた。だが、それをしてしまったら俺は……

 

「カズマさんって本当に最低な人ですよね。無意識のうちにというものでしょうが、貴方は“順位づけ”をしている。一番奪われたくないのはゆんゆんさん。次に奪われたくないのは……私……それともアクア先輩?」

 

「っ……!?」

 

「哀れなのはダクネスやめぐみんさん達です。自惚れでなければ彼女達の優先順位は私より下、彼女達は他の男に奪われても受け入れる覚悟をしていた。とてつもなく、どうしようもなく、とんでもなく最低なとある優越感を持っていた事、ゆんゆんさんの存在があったからこそそう思ったのですよね?」

 

 思わず耳を塞ぐ。しかし、彼女のクスクスとした笑いは微かに聞こえてくるし、全てを見透かしたような瞳と笑顔が俺を逃がしてはくれなかった。

 

「でも、その優越感は私にもアクアさんにも持っているものですよね?」

 

「うぐっ……!」

 

「それならば、私とダクネス達の違いは何だったのでしょうか? ダクネスの優先順位が上昇した今だからこそ、理解できるのではないですか?」

 

エリス様にそう言われて、俺は観念したように力を抜く。やっぱり、この女神には敵わない。そして、俺の思いが分かっているからこそ、彼女はこれだけ強気なのだ。

 

「エリス様、正直俺はこの言葉があまり好きじゃない。それほど俺はこの言葉を口にして来た。それほど俺の言葉はスカスカで中身がないんだ……」

 

「それならば、心を込めて言ってみてください。大丈夫ですよ……私は女神。言葉に乗せられた思いの真偽は見抜けます」

 

 朗らかに笑いながら、エリス様は俺の頭を両手で抱き寄せる。仰向けになった彼女の額に、俺の額がコツンとぶつかる。俺の本能と理性の両方が今すぐにでもこの女性を自分のモノにしたいと訴えかけてくる。その欲望に俺は勝てなかった。他の男のモノになるくらいなら、俺のモノにして奪われる恐怖に震えた方がマシだ。ああ、我ながらクズすぎる。ゆんゆんはきっとなくだろうなぁ……

 

 

 

 

 

 

「エリス様……愛してます……」

 

「ふふっ、よく言えましたねカズマさん」

 

 

 

 

俺の全てが決壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 紅魔の里のとある家の外で、私はアクアさんと二人で一緒に佇んでいた。屋内からは、喜びの喝采と微かな産声が聞こえてくる。どうやら、無事に終わったらしい。心のどこかで失敗すれば良かったのに……なんておぞましい事を考えていた事実を闇に葬り去る。うんうん、無事でよかった!

 

「アクアさんは行かないのですか?」

 

「別に後でいくらでも見られるわ。それこそ、アンタはどうなのよ?」

 

「私はもう少し心を落ち着けてから行きます」

 

 ぶっきらぼうに答えた私をアクアさんは苦笑しながら見ていた。そして、心配そうな表情で私の下へ近寄ってくる。その姿が、何だかとてもイラついた。

 

「ねぇ、ゆんゆん。本当に良かったの?」

 

「今更何を言っても事実は変わりません。それにこれは私が選択した道ですから」

 

「そうなの……貴方は強いわね……」

 

 どこか羨ましそうに私を見つめてくるアクアさんに、私は少し得意げに胸を反らしてみる。それだけ、この道を選んだ事とカズマさんに対する愛に自信があるのだ。

 

「だって、私がカズマさんに一番愛されている女性ですからね! それに、妻の役目は夫に憂いではなく安らぎを与える事。カズマさんには思い悩むような事はして欲しくないんです!」

 

 そう宣言した私を、アクアさんが突然抱きしめてきた。まさかソッチの気があるのかとギョっとしたが、実はそうではないらしい。彼女は、まるで子供を愛撫するように私の背中を撫でてきたのだ。

 

「無理しなくていいのよゆんゆん」

 

「私は無理なんか……!」

 

「今まで貴方に負けた女性達……めぐみん、ダクネス、エリス、そして私。4人全員の狂気と異常性を貴方はよく理解してる。だから貴方は……」

 

 アクアさんの言葉に私は深く溜息をつく。なるほど、流石は女神。人望も高いし友達は私より遥かに多い。だから、私の秘めたる思いを理解できたのだろうか。ああっ、本当に虫唾が走る。

 

 

でも、私の体はアクアさんの事を抱きしめ返していた。そして、彼女の耳元でそっと囁いた

 

 

 

 

 

「貴方達なんかいなければよかったのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ちる前の夕暮れ時、私は再びとある家の玄関先へと来ていた。そして、ノックもなしに扉を開ける。扉の先には豪華な調度品と贈り物でごった返していた。そんな落ち着かない家の中央で、一人の女性が赤ん坊を抱いて幸せそうに椅子に座っている。

 

「んっ……ゆんゆんじゃないか。私の子を見に来たのか?」

 

「そんなところです。性別は……」

 

「カズマに聞いてなかったのか? ふふっ、元気な男の子だ! この子は将来大物になるぞ! なあカイズ!」

 

 ダクネスさんの呼びかけに、カイズという名前の赤ちゃんは鬱陶しそうに体を揺する。その姿を見て、私は思わず頬が緩んでしまった。

 

「それじゃあダクネスさん。我が家に帰りましょうか」

 

「……? 我が家はここなんだが……」

 

「そうですね。でも、私達“家族”の家はここではありませんよ」

 

 私の言葉にダクネスさんは困ったような表情を浮かべる。そして、申し訳なさそうに私に問いかけてきた。

 

「なあ、本当にいいのか? 私はここに居所を移してから声がかからないから、つまりはそういう事だと……」

 

「ああ、それは勘違いですよ。私も妊娠中は周りに構われすぎて鬱陶しい思いをしたんです。だから、貴方にはそんな事を思わず伸び伸びと過ごしてもらうつもりだったんです。でも、赤ちゃんが生まれたならそんな憂いともおさらばです。赤ちゃんって本当に大変なんですよ? それに、その子は家族の一員、私の子供でもあるんです。だから、帰りましょう? 私達のお家に」

 

 ダクネスさんは涙目になりながらコクコクと頷いた。そして、嬉しそうに子供に何かを囁いてから私の隣へと立つ。その姿を私はじっくりと眺める。まぁ、こういうのも悪くはない。そんな思いを私は持ってしまった。

 

「だから、ダクネスさん。家では私にしばらく好きにさせてくださいね? 家事を代わるとかもダメです!」

 

「ふふっ、どうした? さっそく虐めが始まるのか?」

 

「それもありますけど……私も鬱陶しい思いはしたくないんです」

 

 そう答えて、私は思わず愛おし気にお腹を撫でてしまう。その姿を見て、ダクネスさんは驚きながらも満面の微笑みを浮かべていた。そして、彼女を連れて愛すべき我が家へと帰り着く。カズマさんは驚きの表情で、アクアさんとさよりは笑顔で出迎えてくれた。

 

「なあ、ゆんゆん。本当にいいのか?」

 

「当り前です! ダクネスさんも、カイズ君も、父親がいるのに離れて暮らすなんてあってはならない事です! それに、彼女達も私の“家族”ですからね!」

 

「ゆんゆん……」

 

 申し訳なさそうにするカズマさんを私は小突く。彼はこの大きくて歪な家族の大黒柱だ。しっかりしてもらわないと私が困るのだ!

 

 

「それじゃあ今日は私がダクネスさんとカイズ君の歓迎会をしましょうか! ふふっ、料理は私が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ダクネスは歓迎するのに、私は歓迎してくれないのですか?」

 

 

 

 

 

 思わず声が止まる。いつの間にか、私のすぐ目の前にエリス様の顔があったのだ。そして、彼女は意味の分からない事を言い放った。

 

 

「だって、私も“家族”なんでしょう?」

 

 右手でお腹をさすりながら、右手で口元を抑えてクスクスと笑うエリス様に気圧されて私は押し黙る。そして、まさかと思って私はカズマさんの下へ振り返る。

 

それから、全てを理解した。

 

 カズマさんが、驚愕の表情を浮かべて体をガクガク震わせ、とてつもない量の冷や汗を流していたのだ。加えて、彼の横に控えていたアクアさんが強い嫉妬を瞳に宿らせていた。

 

 

気が付けば、私の両目からは涙が溢れていた。

 

 

 そんな私をカズマさんが悲痛な表情を浮かべて見つめてくる。そんな顔をするくらいなら、最初からしなければいいのに……

 

「カズマさん、私を抱きしめてください」

 

「いいのか……」

 

「いいから早くしてください!」

 

 彼にぎゅっと抱きしめられて、私のどうしようもない怒りや悲しみがいくらか霧散する。本当にこの人はどうしようもない人だ。でも、彼に愛想が尽きるなんて事はなかった。むしろ、より強い愛を心が渇望している。どうやら、彼はめぐみん達だけでなく私まで“狂わせて”しまったらしい。そして、彼の首元にある傷を指でなぞって安堵した。

 

 

 

今までも、そしてこれからも!

 

彼の一番愛する女性はこの私だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がるるるるるるるうううううっ!」

 

「ぎゃあああああああああっ!?」

 

「わっ!? アクアお姉ちゃん! お母さんがお父さん食べてる!?」

 

「目を瞑って見過ごしなさい。あれはゆんゆんお母さんの一種の愛情表現で……」

 

「ちょっ!? アクア先輩!?  血が……血があんなに……!? カズマさん……? カズマさーん!?」

 

 

 

 

 

 

 

うん、おいしい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カイズ(仮名)
カズマさんとダクネスの子供。男の子
原作でもカズマとダクネスの子供が出る可能性はあるかもなので仮名だ!
名前の元ネタはやはりというか魚

穴あきタイツ
The Last Man on Earthという海外ドラマのパク……オマージュ
中々に面白い期待のドラマだ! オススメだぞ!


次回からはほのぼの一辺倒です!
やったね!




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諦めの悪すぎる女

 夢を見ていた。

 

 

 それは私が恋に恋していた甘酸っぱくて焦れったい時の記憶。夢の中の私はカズマの事が好きで好きでたまらない女の子。そして、恋敵であるダクネスやアクアもカズマと同じくらい大好きだった。あの頃は、ダクネスとアクアと恋で対立したとしても、楽しくて賑やかな生活がずっと続くと思っていた。もし、カズマが私以外の女を選んだとしても“私達”はずっと一緒。それだけは絶対に変わらないと信じていた。

 だが、現実にはそうはいかなかった。カズマはゆんゆんを選び、私たちの生活はあっけなく崩壊した。もし、カズマがゆんゆんではなく、ダクネスやアクアを選んでいたらこのような事にならなかったと今でも思っている。でも、現実はもう変えられない。カズマはゆんゆんを選んだのだ。

 

 夢の中の光景が甘酸っぱい思い出から、ドロドロとした愛憎の光景に切り替わる。当時の記憶を俯瞰的に見ていた私は思わず眉をしかめた。夢の中くらいは、楽しかった記憶だけを見たいものだ。

 

 そんな私の思いは全く考慮されず、私達の狂気と憎しみに満ちた記憶の再生は続けられた。思えばこの時、私は“女の子”から“女”へ変化した気がする。甘酸っぱい夢は否定され、男女の肉体関係や結婚という現実と向き合った。このままいけばカズマと結婚するのだろうと当たり前のように考えていた私にとって、それは信じられないほど辛いものであった。

 

大好きな男は私を見てくれない。大好きだった親友は私を裏切った。

 

 ゆんゆんはポンコツでちょろあまなぼっちだ。おまけに私がついていてあげないとすぐに騙される。そんな彼女が気づけば私からカズマを奪い、勝者の余裕と微笑みを携えて私に接してくる。だからであろうか、ゆんゆんに対しては今でも複雑な思いを持っている。

 ゆんゆんと私の性格的タイプは真逆と言っていい。私は普段……多分しっかりしているが土壇場の事態に弱い。ゆんゆんは普段はポンコツでも土壇場になると強い。私は強敵を前にした際はとりあえず逃走をしようとするが、ゆんゆんは立ち向かうタイプなのだ。

 そんな“ピンチに強い”というゆんゆんの特性が恋愛事、しかも略奪愛という嫌な状況で遺憾なく発揮された結果が今の現実だ。彼女はカズマへの愛と私への裏切りで板挟みになっていたが、狡猾且つ大胆に行動してカズマの心を奪い、私達に詰みの状況を突き付けてきた。少し前に自称していたが、ゆんゆんは本当に“嫌な女”なのだ。

 

 

そして、夢の中の光景が愛憎渦巻くものから、ほのぼのとした家族の様子に切り替わる。

 

 

 朗らかな微笑みを浮かべるカズマの家族は皆幸せそうであった。見ているこちらまで幸せになってくる光景を前に、私は頬を緩ませて彼らに歩み寄る。しかし、彼らは私を見て不機嫌そうな顔になって家へとそそくさと入ってしまった。それを追いかけた私は彼らの玄関の戸バンバンと叩く。そうすると、扉はゆっくりと開かれた。

 扉の先には、ゆんゆん、ダクネス、エリスがいた。彼女達は私を一蹴りして、玄関から遠ざける。それから、耳障りなクスクスとした嘲笑をしながら尻もちのついた私を見下ろしてくる。

 

その瞬間、目の前が真紅に染まる。

 

そして、私は愛用の杖を抜き放って――

 

 

 

 

 

 

 

「ジョン!」

 

「ほわぁ!? 何だいめぐみん! 急にどうしたのさ? というかジョンって何……?」

 

「ううっ……あるえですか。何だか今とてつもなく気分がムカムカするんです! それに頭もガンガンと痛くて……!」

 

「そりゃあ、あんだけ飲めばそうなるさ。ほら、お水は前もって準備してあるから……」

 

 あるえが水の入ったコップをそっと差し出してくる。私は素直にコップを受け取って水を一気に飲み干した。そして、くらくらとした視界の中で周囲に散らばる酒瓶と心配そうにこちらを見てくるあるえを目にして状況を把握する。昨夜、私は酒をしこたま持って彼女の家に行き、プチ宴会をしたのだ。そして、私はそのまま眠ってしまったという事だろう。我ながら、なんだか悲しい気分になってくる状況だ。

 

「あるえ、今は何時頃ですか……?」

 

「んー朝と昼の境目ぐらいの時間帯だね。まぁ、今日は休日だから好きなだけゆっくりしても構わないよ」

 

「なっ……こうしちゃいられない!」

 

「ちょっと、どこ行くのさ! 私の本を読んでくれるっていうから昨日の飲みに付き合ったのに……!」

 

「そんなものはまた今度です!」

 

「そ、そんなもの……!?」

 

 何やらショックな表情を浮かべるあるえを放置して私は家を飛び出す。そして、自宅へ飛び込んだ私は超スピードでお風呂に入って酒臭さと乾いた汗の匂いを洗い流す。それから、整容をしようと鏡に向き合った時、ふと今までの勢いが落ちてしまった。

 私はそっと自分の頬に手を這わす。カズマ達と出会ってから約十年、鏡を見ると自分の成長を嫌でも感じてしまうのだ。身長は彼らと出会った時から10cm程伸び、自慢の黒髪も腰まで伸ばしている。それに、顔立ちが昔とは明らかに違う。それぞれのパーツには変化はないもの、“少女”から“女”の顔立ちになっている。それだけの年数、経験、苦労を積んだのだ。それに胸も……

 

 

「…………」

 

 

う、うむ。身長が伸びた事で私はもはやロリ担当なんかではなく、立派なスレンダー美人さんなのだ! だから何も問題ない! でも、入浴後の胸部マッサージは忘れずにしよう!

 

「って、こんな事やってる場合ではありません!」

 

 葛藤しながらもマッサージを中止し、身支度を整える。それから、最低限の荷物を持って自宅を飛び出した。向かうはもちろんカズマ邸。もしかして置いて行かれるのではという不安があったが、庭先のベンチに座っているカズマ、アクアと子供達の姿を見て一安心する。どうやら、まだ出発はしていないようだ。そんな私に気づいたカズマは、子供を抱っこしながらゆっくりと手を振ってきた。

 

「よぉ~めぐみん~お前も来るのか~」

 

「当たり前です! カズマと正式には結ばれていなくとも、私はもはや家族の一員! ゆんゆんの週間ピクニックに付き合うのも家族の務めです!」

 

「ほ~ん」

 

 腑抜けた表情のカズマは腕の中にすっぽり収まっている子供を撫でながら興味なさそうな返事をする。その様子に、私は思わず額を手で押さえて俯く。この頃のカズマは完全に父親兼平和ボケ状態になってしまい、私のアプローチは押しても引いても効果なしという悲しい事態になっているのだ。おまけに、ゆんゆん達もやんわりとしながらも私に対する牽制をやめていない。本当にどうしたらいいのだろうか。こうして私が悩む中、カズマの子供達が騒ぎ出す。うーむ、この子達も大きくなったもんだ……

 

「ねぇ、お父さん! 一体何時間その子を抱っこするつもりなの!? 甘やかしすぎるのもあたしは良くないと思うな!」

 

「んー? なんだレイカ。お前も抱っこして欲しいのか?」

 

「ち、違うし! そんなんじゃないし! あたしはお姉ちゃんとしてこの子の将来を心配してるだけだから!」

 

 顔を真っ赤にしながらカズマの脇腹をぽかぽか叩いているのはエリスの子供である“レイカ”だ。エリス譲り紫色の瞳を持ち、美しい銀髪をツインテールでまとめている。そんな、彼女は3歳でありながらすでに大人顔負けの知識を備えたハイスペック幼女だ。流石は産まれながらの女神である。まぁ、感情の制御に関してはまだ年相応なので色んな意味で可愛い子だ。

 

「も、もう! お父さんがどうしてもって言うならあたしを抱っこしてもいいよ! ほら、アンタは少し奥につめて……うきゃああ~!?」」

 

「どうしたレイカ!? って何やってんだありさ! 目潰しはダメだろ! 目潰しは!」

 

「ぼうえい……せいこう……ここは……わたしのばしょ……」

 

「ふぁうっ……ぐすっ……別に抱っこされたいわけじゃないし! もう知らない!」

 

 涙目になりながらとてとてと逃げ出したレイカを見て私とカズマは一緒にため息をつく。そして、カズマ争奪戦の勝利者であるゆんゆんの第二子“ありさ”は眠たげな目を少し緩ませてカズマの胸に再び顔を埋める。

 彼女はさよりちゃんと同じく黒髪紅目という紅魔族の特色を受け継いだ女の子だ。だが、三歳にして大金が出来た時のカズマを思わせる気だるげな雰囲気を漂わせ、常に眠そうな目をしているダウナーな子だ。睡眠第一だったり、我儘だったりするのだが、逆に言えば子供らしい子供だった。三歳児なんて普通はこんなものなのである。

 

「まったく、後でレイカに一緒にごめんなさいするからな」

 

「うん……」

 

「おう、素直なのは良い事だぞ~」

 

 ありさちゃんを抱っこしてすっかりお父さんモードに入ったカズマにもはや付け入るスキはない。私は大きくため息をつきながら、レイカちゃんが逃げた方向に目を向ける。そこには、ゆんゆんのペットである初心者殺しをせっせとブラッシングするメイドアクアとカイズ君。そして、レイカちゃんに泣きつかれて若干頬を緩ませているさよりちゃんがいた。

 

「あ、めぐみんお姉ちゃん! やっぱり来たんですね!」

 

「こんにちはです。というか、やっぱりって何ですか!」

 

「そのままの意味ですよ。本当に、お父さんなんかの何処がいいんだか……」

 

「う、うるさいですね! 貴方みたいな子供にはまだ理解できない複雑な事情があるんです!」

 

「はぁ、そうなんですか……」

 

 泣きつくレイカちゃんの背中をポンポン撫でながら、さよりちゃんは私に呆れた視線を向けてくる。彼女の成長は私にとってもうれしい事なのだが、九歳の子供に呆れられるというのは中々にクるものがある。それに、彼女の発する謎の威圧感に私はたじろいでしまう。何というか、この子に対して私は苦手意識を持ってしまっているらしい。本当に色んな意味で自分が情けない。そんな私に、アクアはいつもの変わらない笑顔で話しかけてきてくれた。

 

「あら、めぐみんじゃないの。ゆんゆん達はまだお弁当を作っているわよ? アンタも一緒に作る?」

 

「いえ、遠慮しておきますよ。私はすでに作ってきてますから」

 

「そうなの。なら、出発までここでゆっくりしなさいな。あの子達はまだまだ時間がかかりそうだしね」

 

 アクアは私が懐から出したお弁当が入った包みを見て顔を綻ばせる。実は、今回のピクニックの参加条件は弁当を作ってこいというものであったのだ。いつもは皆で大きな重箱をつついていたので、私はタダ飯ついでに気軽に参加していた。

 ちなみに、先週はおかずのミートボールをレイカから奪って泣かせてしまっている。もしや、その事に対する対策をしてきたのかと少し戦々恐々としていたのだが、アクアの様子を見るにその線はないらしい。その事に少し安堵していた私にちっこい奴……カイズ君が駆け寄ってくる。彼は茶系の黒髪と綺麗な碧眼を持ち、ダクネスの良いところとカズマのマシなパーツを掛け合わせて誕生した将来が楽しみなショタだ。

 

「めぐみんお姉様、こんにちはであります!」

 

「ええ、こんにちは。この年齢できちんと挨拶ができるなんて、やっぱり貴方も早熟ですね……」

 

「そうじゅく……という言葉はよく分かりませんが、きちんとしないとお母様がうるさいのであります!」

 

「ふふっ、そうなのですか……」

 

 カイズ君の発言に私は苦笑する。彼は教育ママと化したダクネスの英才教育のおかげで言葉遣いや所作が馬鹿丁寧なのだが、行動に関してはまだまだ三歳児。見ていて微笑ましいタイプの子供だった。

 

「ねえめぐみん、暇なら私達と一緒にじゃりめちゃんのお手入れでもする? この子、お風呂嫌いだから結構汚いのよね」

 

「たまにダニもついているのであります! ほら、こんなに大きいのですよ!」

 

「うひぃ!? なんてもモノを持っているんですかアナタは! 変な病気をうつされる前に捨てなさい!」

 

「ああっ!?」

 

 私はカイズ君が笑顔で見せつけてきた手をぶっ叩き、彼が握っていた血を吸って大きく膨らんだダニを地面に叩き落として、思いっきり踏みつぶす。破裂して赤黒い血を飛び散らしたダニを彼は悲しそうな目で見つめていた。

 

「まったく、どうして子供ってのは虫とかが大好きなんですかね。理解できませんよ」

 

「そういうものなのよ。アンタも子供が出来れば分かるわ」

 

「アクアだって子供作ってないくせに何を偉そうにしてるんですか!」

 

「ふふっ、バカねぇめぐみん! 女神にとっては人間全てが……って痛い痛い!? なんで叩くのよ!?」

 

「イラついたからです!」

 

 少しドヤ顔だったアクアの脇腹を叩きつつ、私は改めて周囲を見渡す。カズマはありさちゃんを抱いたうえにレイカちゃんを肩車してご満悦な表情をし、カイズ君は私が踏みつぶしたダニを真剣な表情をしながら棒でつついていた。そして、さよりちゃんは初心者殺しを穏やかな顔で撫でている。

 その光景を見て、私は何とも言えない疎外感に苛まれる。私はアクアを捨て置いて家の中へ侵入した。ここにいるよりかは、ゆんゆん達の方がまだマシな気がしたからだ。だが、その認識も間違っていたらしい。台所で3人仲良く笑顔で料理している姿を見て、私は心が折れる。この世界は私に厳しすぎる。そんなことをつい思ってしまった。

 そんな私の出現に気づいたゆんゆんとダクネスがこちらに朗らかな微笑みを浮かべながら近寄ってくる。最初はギスギスした関係であったのに、今ではこの二人は大の仲良しなのだ。

 

「あっ、めぐみん! ちょうどいい時に来たわね。ねぇ見て見て! 結構上手く出来てると思わない?」

 

「今日は“きゃらべん”という奴をアクアに教わってな。アクアのものと比べるのもおこがましい出来ではあるが、私自身は結構上手く出来てると思うのだが……」

 

 彼女たちは私にお弁当を突き出してくる。そのお弁当はご飯の上に様々な具材を乗せて、何かの絵を表現したものであった。何かを期待するかのようにこちらを見る二人に、私はげんなりした。

 

「ゆんゆん、この犬は中々良く表現出来てると思いますよ」

 

「ち、違うわよ! これはじゃりめなの! そんな事も分からないの!?」

 

「……ダクネスは……んー……なんでしょうこれ……ゼル帝……?」

 

「なんで鶏になるんだ! どこをどうみても天使だろうが!」

 

 

 

まったく……

 

 

 

「なんだこんなもん!」

 

「あああああああああっ!?」

 

「なっ……なにをするんだ! このバカ!」

 

二人の弁当を床に叩きつけて私はいくらかスッキリする。彼女たちが青筋を浮かべてキレているが、最早どうでもいい。こうして、にじり寄ってくる彼女たちの前で目を閉じて覚悟を決めていると、私にとって耳障りな声が入ってくる。出来婚腹黒女であるエリスだ。

 

「何をやっているんですか貴方達は。それに、めぐみんさん。食べ物を粗末にするのはいけませんよ?」

 

「そんな事は百も承知です! だが私は謝らない!」

 

「はぁ……とにかく、お弁当は作り直しましょうか。これがなければピクニックも味気ないものになりますしね。貴方も手伝ってくださいよ?」

 

「うるさいです! もう、こんな催しぶっ壊して……おぶう˝っ!?」

 

 

視界が赤に染まり、暗転する。最後に見たものは、無表情で杖をこちらに振り下ろそうとするゆんゆんと、それを取り押さえるダクネスとエリスの姿であった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 ズキズキとした頭の痛みに耐えながら、私は気持ちのいいゆんゆんの膝枕から身を起こす。先ほどまでは紅魔の里にいたはずなのに、周囲の光景は見慣れた草原になっていた。ここは、ゆんゆんお気に入りのピクニックスポットの一つである。どうやら、私は意識をなくしたまま連れてこられたようだ。

 

「起きたのめぐみん? ごめんね……ついカッとなって叩いちゃったけど、まさかアレがボンッってなるとは思わなくて……」

 

「ひっ!? まさかそれ程の大怪我だったのですか!?」

 

「エリスさんが治療してくれましたから大丈夫です……多分!」

 

「多分って何ですか多分って……」

 

 冷や汗を垂らしながら謝るゆんゆんを見て、私は力なくレジャーシートに崩れ落ちる。そして、同じく腑抜けた表情で寝ていたカズマの方へ体を転がらせた。カズマはそんな私を軽く受け止めてくれた。少しだけ役得だ。

 

「カズマカズマ、毎週のようにピクニックに付き合わされて飽きは来ないのですか? 私は正直言って飽きましたよ」

 

「そうかい。俺はゆっくり出来るから嫌いじゃないんだがな。それに、子供達も喜んでるし別にいいじゃないか」

 

「めぐみん、カズマさんの言う通りよ。家は毎日大騒ぎですから、大自然の中で穏やかに過ごすっていうのは実は貴重な時間なんです。何より、子供達の方も週末のピクニックを楽しみにしているんですよ? まぁ、それは見れば分かるでしょうけどね」

 

 ゆんゆんはクスリと笑いながら草原の方に目をうつす。そこには思い思いに過ごす母親と子供の姿があった。その表情はもちろん笑顔だ。私は何だかばつが悪くなって押し黙るしかなかった。そして、ぽつぽつと談笑するゆんゆんとカズマの間に挟まれて居心地の悪い状態で過ごしていると、ダクネスとカイズ君がこちらに駆け寄ってきた。

 

「お父様! 大きいバッタがいたのであります! 捕まえたいのであります!」

 

「という事だカズマ。素早くて私達だけでは捕まえられなくてな。奴の捕獲に協力してくれ」

 

「まったく、しょうがねえなあ……うし、のろまなダクネスは置いてさっさといくぞカイズ!」

 

「了解であります!」

 

「のろまとか言うな! こ、こら待て二人とも!」

 

 風のように走り去った3人を私は無表情で見つめる。ゆんゆんはというと、相変わらずの微笑みを浮かべていた。私は再び転がってゆんゆんの膝を枕にした。

 

「いいのですか、カズマを盗られちゃいましたよ?」

 

「何を言っているのめぐみん。こんな事で盗ったも盗られたもないじゃない。むしろ、微笑ましいと思わない?」

 

「今の私にそんな事を思う余裕はありませんよ」

 

「ふーん……ねぇ、めぐみん。貴方は……」

 

 私達の間に沈黙が降りて空気が重くなった時、空気の読めない女神とありさちゃんが駆け寄ってきた。ゆんゆんは途中で言葉を止め、重い空気はアクアの登場で一気に霧散する。そして、ありさちゃんが相変わらずの眠たげな表情で、ゆんゆんに色とりどりの花で作られた花輪を渡してきた。

 

「お母さん……これ上げる……」

 

「ふふっ、ありがとう! これをありさが作ったの? 綺麗に出来てるじゃない」

 

「んっ……アクアお姉ちゃんに教えてもらった……」

 

「良く出来てるでしょう? この子ったら手先はかなり器用みたいなのよ!」

 

「そうなんですか? やっぱり貴方はカズマさん似の……んんっ!?」

 

 突然、ゆんゆんが受けとった花輪を見て素っ頓狂な声をあげる。それから、若干目をギラつかせながらありさちゃんの両肩を掴んで抱き寄せた。

 

「あ、ありさ! この花輪についている紫色の花……ねじ花をどこで見つけたの!?」

 

「あっち……いっぱい生えてた……」

 

「え、偉いわありさ! さあお母さんと一緒にこれを取りに行きましょう! 去年採取した奴は増やすのを失敗したのよ! アクアさんその場所に案内してください!」

 

「はいはーい! ねぇ、めぐみんも来る? あっちにある花畑は中々綺麗なのよ?」

 

 笑顔で誘いをかけてくるアクアに私は仏頂面で断りの返事をする。ゆんゆんとアクアはそんな私に苦笑を返しつつ、件の花畑へと向かった。おかげで、広々としたレジャーシートは私の独占状態となってしまった。

 

「ケッ、何がお花畑ですか……」

 

 捨て台詞を吐きながら私は立ち上がる。こんなところで一人で過ごすのは色々な意味でやっていられなかったからだ。しかし、カズマもゆんゆんもここにはいない。仕方なく周囲をきょろきょろと見渡すと、大きな岩の近くで本を読んでいるぼっちを発見する。私はため息をつきながらも彼女に近寄る事にした。

 

「おい、そこのぼっち。家族と遊びに来て読書って……陰気な子ですね……」

 

「ぼ、ぼぼぼっちじゃないです! なんですか急に!? 私にはじゃりめとゼル帝がいますから!」

 

「言ってて悲しくないですか? その言い訳」

 

「うぐっ!?」

 

 冷や汗を垂らし、目を潤ませながら本を取り落とす彼女に、じゃりめとゼル帝が身を寄せて慰める。その姿を私が生暖かい目で見つめていると、彼女は何を勘違いしたのか、私に期待の視線を向け始めた。

 

「あの……もし良かったら……」

 

「いやです」

 

「ちょっ!? まだ何も言ってないじゃないですか!」

 

「言わなくても分かります。“私と遊んでくれるのですか?”とでも言おうとしたのでしょう?」

 

「バカ言わないでください! わ、わたしはそんな子供みたいな事言いませんから!」

 

 涙目でプンスコ怒るさよりちゃんを見て、私は得体のしれない満足感を得る。この子は、本当に昔のゆんゆんそっくりだ。何というか、虐めるのが楽しいタイプである。そして、さよりちゃんは私の虐めに不貞腐れて、そっぽを向いて読書を再開してしまう。しかし、時節周囲をキョロキョロと伺う彼女の姿を見て、流石の私も憐れに思ってしまった。

 

「先ほどから何をチラチラ見ているのですか?」

 

「別にチラチラ見ていたりなんかしてないです! ただ、皆が何をしてるか気になるというか……!」

 

「へー」

 

 どもりながら喋る彼女の視線の先には、レイカちゃんとバトミントンで遊んでいるエリスの姿があった。私が顎をしゃくって行ってこいと指示を出すと、さよりちゃんは縮こまりながら読書に逃げた。

 

「何を躊躇しているのです? 私も混ぜてと一言いえば終わる簡単な話じゃないですか?」

 

「か、かんたん……!? でも、でもでも! 親子で仲良くしている所を邪魔しちゃ悪いというか……!」

 

「あーもう! じれったいですね!」

 

 私はいやいやと首を振るさよりちゃんを引きずり、エリス達の前に突き飛ばす。エリスたちは突然の私の凶行にキョトンとしていたが、どこか期待するような目でチラチラ見てくるさよりちゃんを見て生暖かい微笑みを浮かべた。

 

「さより、一緒にバトミントンをしませんか?」

 

「エリスお母さん……でも、ラケットは二本しかないから私は別に……」

 

「そんな事を気にしていたのですか」

 

エリスはクスリと笑ってから指を軽く鳴らすと、彼女が握っていたラケットが一本から二本へと増える……というか分裂した。そして、ラケットを手渡されたさよりちゃんに、ダメ押しとばかりにレイカちゃんが抱き着いた

 

「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう?」

 

「っ……! しょ、しょうがないわね! レイカがそう言うなら……うん……私も混ぜて貰って良い?」

 

「大歓迎だよお姉ちゃん! それじゃあ……えいっ!」

 

「もう始めるの!? わわっ……んしょっ!」

 

やっとこさバトミントンで遊び始めたさよりを見て、私とエリスは一緒にため息をつく。たったこれだけの事にとても苦労させられた気がしたのだ。

 

「全く、エリスが最初から誘っていれば苦労しなかったのですよ?」

 

「いえ、私だって最初は誘いましたよ? でも、断られちゃいましてね。何だかあの子は成長してから素直じゃなくなったというか、余計に拗らせちゃいましたね……」

 

「ええ、昔は遊んでほしい時は素直に遊んでと言える子でしたからね。でも、ゆんゆんのぼっち遺伝子の宿命には逆らえなかったようです」

 

「ゆんゆんさんも含めてですが、ぼっちというよりは高い知能とかなり思慮深い事が裏目に出て彼女達を孤独へと追いやっている気がします。本当に難儀なものですね……」

 

 こうして真面目にさよりちゃんの将来を心配している私達の元にバトミントンの羽が打ち付けられる。そして、レイカが指をくいくいとしながら挑発をしてきた。どうやら、私達もやれという事らしい。

 

「お母さん! めぐみんお姉ちゃん! あたし達姉妹と勝負よ! いくよお姉ちゃん!」

 

「う、うん……めぐみんお姉ちゃんなんかには負けない!」

 

「私なんかってどういう意味ですか!? いいでしょう! 売られた喧嘩は買うのが紅魔族ですからね! いきますよエリス!」

 

「ふふっ、了解ですめぐみんさん」

 

 私はレイカちゃんに全力のスマッシュを打ちつつ、何だか私自身もかなり腑抜けてしまった事を実感する。

 

 

 

 

まぁ、それもいいかと心の片隅で思っている自分は色々と終っている気がした。

 

 

 

 

 

 

 そして、バトミントン対決から半刻ほど経過した頃、私達全員が最初のレジャーシートへと集まっていた。子供達には、それぞれの母親が作った“きゃら弁”とやらが手渡されている。弁当の蓋を開けてわーきゃー騒ぐ子供達と、それを笑顔で見守る両親の姿を見て私は胸がズキリと痛む。やっぱり、来なきゃよかった……そんな事を思ってしまった。

 

 

「犬……かわいい……」

 

「ふふっ、そうねありさ。ちなみに、お姉ちゃんはカモネギよ」

 

「ほぉ~良く出来てるじゃないか。俺はトカゲだぞ!」

 

「どうして三人とも微妙に外すんですか! これはじゃりめとゼル帝とドラゴンです!」

 

 

 

拗ねたように言いながらも、どこか嬉しそうなゆんゆん。

 

 

 

「お母様! お父様のお弁当はドラゴンでカッコイイです! 僕のお弁当はちょうちょなのに……」

 

「そ、それは蝶じゃなくて天使だぞ? 分からないか? ほら、ここが顔で、ここが羽で……」

 

「でも……うーん……あっ……! て、天使にしか見えないのであります! 凄い凄い!」

 

「そうか!? 私は不器用でこういうものは不得意なのだが、今回は上手く出来ている気がするんだ!」

 

 

 

三歳児の息子に気を遣われている事に気づかず、無邪気に微笑むダクネス。

 

 

 

「ねぇお母さん、なんで悪魔の絵にしたの? ちょっと食べるのには気が進まないような……」

 

「いいですか、レイカ。悪魔なんてバラバラに引き裂いてしまえと常日頃から思っている事が、女神として大切なんですよ」

 

「なるほど! じゃあこの薄汚い羽根をもぎ取って……!」

 

「ふふっ、その調子ですよレイカ」

 

 

 

母子ともに不敵な笑みをうかべているエリス。

 

 

 

 彼女達の姿を見て、私は形容しがたい孤独感に苛まれる。それから、私が持ってきたお弁当の中身を覗き見て更に気分が落ち込んだ。そんな私の隣にいたアクアは、ゆんゆん達の様子を笑顔で見守ってから自分のお弁当の包みを機嫌よさそうに紐解いている。このままでは私が色々なダメージを受け続けるため、アクアを含めた母親勢に一つの提案をした。

 それは、お弁当をシャッフルして交換するというもの。それを快く受け入れたゆんゆん達は楽しそうにお弁当交換をし始めた。アクアの鼻歌と共にお弁当を横にいる人へ渡していく。そして、アクアの歌が終わった事でルーレットタイムは終わった。自分の手の中にあるお弁当が、私が作ったものでないことを確認して思わずガッツポーズをしてしまった。作戦成功である。そんな私の思惑を知らない彼女達は、笑顔でお弁当の蓋を開けた。

 

「うわっ! お弁当の具だけでカズマさんをこんなにもリアルに再現するなんて! 凄いを越えてちょっと不気味化ですよエリスさん……」

 

「むっ、ひどい事を言うのですねゆんゆんさん。まぁ、実は私も作ってから少し不気味だと思っちゃったんですよね。さて、私のお弁当は……わあ! 可愛いくまさんですね!」

 

「んっ、お世辞だとしても嬉しい言葉だな。ちなみに、私のお弁当はサボテンが描かれてるな。恐らくコイツはゆんゆんだろう。うむ、やはり私より良く出来ている……」

 

「うんうん! 皆私の教えた通りに出来てるわね! あんた達も含めて家族が喜んでくれるのは嬉しいものね!」

 

「はっ! なーにがきゃら弁ですか! どうせ食べるお弁当に装飾なんて……!」

 

 

 

 私の言葉は聞き流され、彼女達はクスクスと談笑を続けられる。どうやら、ナチュラルに無視されたらしい。なんだろう……目頭から熱いものが……

 

 

 

「さーて私のお弁当は……ってなんでお弁当の中にツナ缶が入ってるのよ!? しかもツナ缶だけでご飯もおかずもないんですけど! なんで私ばっかこんな目にあうのよおおおおお」

 

 どうやらアクアが私のお弁当の犠牲者になったようだ。でも、これも仕方のない事。寝坊したから弁当なんて作ってられなかったのだ。私は大泣きするアクアを横目に、お弁当の蓋を少しワクワクしながら開ける。そして、お弁当の中身を見た私は思わず息を呑んでしまった。

 

「アクア、このきゃらべんとやらは貴方が作ったのでしょう? このきゃらべんのモチーフは何ですか?」

 

「あっ! 私が作ったなんてよく分かったわね! ふふんっ! それは“家族”をテーマに作ったの! ねっ、良く出来てるでしょう?」

 

「ええ、良く出来てます……本当に……」

 

 アクアの作ったきゃらべんには、可愛くデフォルメされたカズマの家族が描かれていた。嬉しい事にその中には私の姿もあった。どうやら、アクアには私も家族の一員であると思われているようだ。不覚にも、私は先程とは別の感情がこみ上げて目頭が熱くなる。

 こんな事ですら嬉しいと感じてしまうほど今の私はダメダメだった。そんな私に、アクアは笑顔を鬼に変えて掴みかかってくる。どうやら、弁当交換の意図に気づいてしまったようだ。

 

「というかこのツナ缶弁当作ったのアンタでしょ! 返して! 私が一生懸命作ったお弁当を返しなさいよ!」

 

「嫌ですよ。そのツナ缶だって、私が苦労して手に入れた奴なんですよ? 価値としてはこのお弁当と同じです」

 

「この半額シールが苦労した証だっていうの!? しかも、賞味期限切れてるじゃないこれ!」

 

「あっ、どうりで安かったんですね……まったく、しょうがないですね。アクアには私のお弁当を分けてあげます」

 

「本当!? ありがとうめぐみん……って元々私のなんだけどね」

 

 若干ぷんぷんしながら落ち着いたアクアに、私は弁当の一部を取り分けて彼女の弁当へと移す。本当は全て自分で食べたいのだが、デフォルメされているとはいえ、自分で食べるのは少し箸が進まない気がしたのだ。

 

「はいアクア、これくらいで十分ですか?」

 

「うん……ってなんで首の部分だけなの!? しょうもない嫌がらせはやめなさいよ!」

 

「うるさいですね。ほら、これもあげますよ!」

 

「ねぇ、どうしてこの部分なの!? しかも、さよりちゃんのも混じってて……もしかしてアンタ……」

 

 何やら戦慄しているアクアを放置して、私は食事を開始することにした。さて、どれから食べてやろうか。首のないエリスか、首のないダクネスか、それともカズマかゼル帝でも……

 ふと、デフォルメされたゆんゆんが目に入る。ウインクした姿が不覚にも可愛く思えたため、アクア行きを逃れていたのだ。私はそんなデフォルメゆんゆんの顔の中心にお箸を突き立て、ねじるように箸を動かす。そして、無残にも爆散したゆんゆんの顔面を見てクスリときてしまった。

 

「現実でもこうなれば……あいたぁ!?」

 

「お前は何バカな事をしてるんだ」

 

「いいじゃないですかダクネス。それに、このお弁当ってこうやって楽しむものでしょう?」

 

「それは、絶対に違うと思うのだがな……はぁ……」

 

少し歯切れの悪いダクネスの視線の先では、私と同じようにきゃらべんを楽しんでいる者がいた。

 

「ふふっ、次はどこを食べようかな……腕……足……やっぱ首かな……? んっ、やっぱり本物の方が美味しいですね」

 

「……うわっ」

 

「お、お母さん……それどういう意味?」

 

「おい、ゆんゆん! 子供達の前で妙な発言はやめろ! まったく……!」

 

 

 

ゆんゆんの意味深な発言に呆れるカズマと困惑する娘達。

 

 

「いいですかレイカ、ここからは応用編です。堕天使は堕ちたとはいえ、元は天使。頭部に穴を開けて特殊な金属棒……今回はフォークで代用しますが、このあたりに差し込んでグリっとやれば耐え難い苦痛を与えられます。これが古来から使われている天使の拷問方法ですよ」

 

「ふーん、元は天使といえども悪である事は変わりないもんね。メモメモっと!」

 

「ちなみに、これを応用すれば天使の記憶改築と洗脳が可能です。末端とはいえ消すのは面倒なので……」

 

 

 

 

何やら親子して物騒な事を話し合っているエリス。

 

 

 

 

 

 これらに比べれば、私がした事なんて可愛いものだ。だから、私はちょっとした楽しみを続行する事にした。ふふっ……次は腕を引きちぎって……!

 

「めぐみんお姉様! 食べ物で遊ぶのは良くないのでありますよ!」

 

「むぅ……しょうがないですね……」

 

「おおっ! よく言ったカイズ! 流石は私の自慢の息子だ!」

 

「あだだっ!? お母様! 苦しいから抱きしめるのはやめ……むぎゅっ!」

 

 流石に三歳児に怒られては立つ瀬がない。私はぐちゃったゆんゆんを箸で頬張り、普通に食べる事にする。私にとっても見慣れた場所であるが、野外で食べるお弁当というのは何故か美味しく感じられるものだ。ゆんゆんのピクニックが好きだという思いも、少しだけ理解できる気がした。

 こうして、騒がしい昼食は終わった。それからは、レジャーシートで昼寝を始めたり、再び草原へと遊びに行ったりと思い思いに過ごしていた。私もゆんゆんと一緒に昼寝をしたり、さよりちゃんやカイズをからかってほのぼのと楽しんだ。そうしていると、何だか全てがどうでも良くなってきて……

 

 

 

 

 

 

 

「ああっ!? また一日を無駄に過ごしてしまいました!」

 

「うおっ!? 急にどうしたんだめぐみん?」

 

「どうしたもこうしたもありませんよ! ちくしょうめ!」

 

「めぐみんったら荒れてるわね~」

 

 私はのほほんとした顔で枝豆を摘まんでいるカズマとアクアに何とも言えない視線を向けた。結局、ピクニックは夕方まで続き、カズマ家に帰ってからは夕食もご馳走になってしまった。

 そして、お風呂まで頂いた後はそのまま晩酌まで共にしている。ある意味充実しているのだが、カズマを堕とすという本来の目的にはカスリもしていない事に歯がゆい思いをしているのだ。

 そんな晩酌を始めてからしばらく経過した時、2階から寝間着を来たゆんゆん、ダクネス、エリスが降りてくる。そして、酒を呷っていた私を見て彼女達は少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「ねえ、めぐみん。もう夜も遅いし家に帰った方が良いんじゃない? ひょいさぶろーさんも心配するよ?」

 

「ゆんゆん、私も今年で24歳ですよ? そんな心配は無用です。それより、貴方達もどうですか? このアクアが買ってきたお酒は中々美味しいですよ」

 

「お酒は今日はいらないかなって……元々そんなに飲めないし……」

 

「んっ、今日は私も遠慮しておこう。それとめぐみん、お酒の飲みすぎはあまり良くないぞ!」

 

 なんだか挙動不審で歯切れの悪い二人に私は首を傾げてしまう。そして、そんなゆんゆん達から逃れるように私とアクアの間に避難してきたカズマは、額からだらだらと冷や汗を流していた。そんな光景を黙って見ていたエリスが、ため息をついてから私の前に進み出た。

 

「めぐみんさん、ゆんゆんさん達が遠慮しているようなので私がはっきりと言ってあげます。今日はもう帰ってはくれませんか?」

 

「えっ……でもまだお酒が……」

 

「察してください」

 

 呆れたように言われて流石の私も深く傷つく。どうしたものかと少し狼狽えていると、エリスが苦笑しながらも、優しく言い聞かせるように言葉を発した。

 

「めぐみんさん、レジャーというものは子供に楽しんで貰う事、思い出を作る事、私達親も含めて“家族全員”で楽しむのが目的です。ですが、子供が大きくなった親達にとっては別の思惑も少しあるのです」

 

「…………」

 

「普段は寝つきが悪かったり、怖い夢を見た、喉が渇いた、お手洗いに行きたいと深夜に子供達が起きてくるなんてよくある事です。でも、今日はいっぱい遊びましたからね。おかげすぐに寝付きましたし、ぐっすりと深い眠りについています」

 

 子供達の寝顔でも思い出しているのだろうか、エリスは苦笑を穏やかな表情に変えてクスクスと笑っている。そのエリスの表情に私はドス黒い感情を抱いてしまうが、必死に抑え込む。下手な行動は私を余計に追い込むだけで利がないからだ。

 

「そして、カズマさんは明日もお休みです。だから今夜は……もう分かりますよね?」

 

「うっ、分かりません! 分かりませんとも!」

 

「はぁ、往生際が悪いですね。つまり、今夜はカズマさんと夜の営みを楽しむ日でもあるんです。レジャーの隠された目的は子供を楽しく“疲れさせる”事。そのおかげで、普段より少し激しめ致しても子供はぐっすり眠って気づかない。ねぇ、楽しみでしょうカズマさん?」

 

 上気した顔でそう言い放ったエリスから、カズマは目を背ける。そして、私の背中に隠れてビクビクと返事をしていた。

 

「きょ、今日は俺も疲れたかなーって! ほらっ、カイズに付き合って年甲斐もなく走り回ったからよ……!」

 

「おい、お前は弁当を食べた後は昼寝をしていただろ? それなら大丈夫だ! 本当はお前もシたくてしょうがないのだろう?」

 

「ダクネスさんの言う通りですよカズマさん。それに、三人と“一緒”にする機会は中々ないのですからね。ほら、妻である私が良いって言っているのですよ?」

 

 私の背中に隠れたカズマの両腕をゆんゆんとダクネスがぎゅっと掴む。そして、上気した微笑みを浮かべた彼女達に、カズマは連れ去られてしまった。

 

「ふふっ、今日こそ負けないぞカズマ!」

 

「そうですねダクネス。三人で頑張れば主導権を取れる可能性もありますからね!」

 

「なっ……馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」

 

「その意気ですよカズマさん。私達を楽しませてくださいね? んっ……」

 

「こらゆんゆん! いきなり首は……ちょっ……待って! 助けて……めぐみーん! あああああっ!」

 

 

 三人に引きずられて奥の部屋へと消えたカズマ達を私は唇を噛み締めながら見送る。防音仕様の部屋にこもった彼らの声はもう聞こえない。しかし、黄色い声をあげながらカズマの服を脱がせにかかっている事は嫌でも想像出来た。

 

「アクア、今から突入しても大丈夫ですかね?」

 

「それ以前の問題よ。あの部屋はエリスの手がかかった特別製よ。彼女達以外の侵入は出来ないわ」

 

「はぁ……アクア……このままお酒に付き合ってください……」

 

「もちろんよ。私だってそんな気分だしね」

 

 アクアは苦笑しながらグラスのお酒をちびりと飲む。私はテーブルに突っ伏してアクアの姿をぼーっと見ていた。私と同じく仲間外れにされている彼女はどんな思いを抱いているのだろうか。ふと、そんな事が気になった。そして、私がアクアに問いかけようと口を開いた時、悲しいお酒の席に乱入者が現れた。

 

「ありゃ、まだいたのめぐみん。それに、アクア先輩もいいの? 明日も早いけど……」

 

「別にいいわよ。少しの夜更かしくらいどうって事ないわ」

 

「それもそうだね! じゃあ私も宴会に混ぜてよ! あっ、私はしゅわしゅわね!」

 

「はいはい」

 

 突然現れたクリスに、アクアはグラスにしゅわしゅわを注いで手渡す。それを一気に飲み干した彼女は、ぷはーっと気持ちよさそうに息を吐いた。それからは、アクアとクリスと共に他愛のない話をする。その中でアクアとクリスの勤務形態についての話もした。アクアは日中の見守りと家事などメイド業をしており、クリスは護衛と夜間の子供達の対応と見守りをしているそうだ。

 

「いいのですかクリス、今の貴方はいわば夜勤者でしょう? お酒なんか飲んで……」

 

「大丈夫、大丈夫! 夜勤って言っても、大抵の日は何も起きないよ。まぁ、親の情事なんて子供達も見たくないだろうしね。そのためのちょっとした見張り兼子守り役があたしなんだ。もちろんアクア先輩と違ってお給金もないよ!」

 

「そういえば、貴方もエリスなんですし、現在の部屋の状況が分かるはずでしょう?」

 

「いやいや、そんな趣味の悪い事をする理由が分からないよ。それに、残念ながら本体との同期は切ってる。感覚共有なんてしたらあたしのみっともない姿をレイカ達に見せちゃうかもだしね!」

 

 そう言いながら、クリスはあたりめを美味しそうにはみはみしていた。その余裕そうな態度にむっとするが、どうしようもないので私もつまみに手を伸ばして力なく咀嚼するしかなかった。

 

「はぁ、なんでこうなってしまったのでしょうか……本来ならダクネスの次は私の番だと思っていたのに、どこぞの出来婚女神のせいで予定が大幅に狂ってしまいましたね」

 

「その心外な呼び方はやめてよ! でも、助手君がめぐみんよりあたしを選んだ事実は変わらないの! 文句があるなら……!」

 

「やめなさいな二人とも。今の私は静かにお酒を飲みたい気分なの」

 

 上がりかけたボルテージがアクアの声で不思議と収まる。そういえば、お酒を飲んでいる時はいつもバカ笑いしているアクアが今日は静かだ。何か変なものでも拾い食いしてしまったのだろうか。

 

「どうしたのですかアクア。何だか元気がなさそうですけど?」

 

「別にいつも通りよ。ただ自分自身が不甲斐なくて仕方ないの。私の目的は“皆で一緒に暮らす事”って言っていたでしょう? でも、めぐみんはカズマと一緒になれていない。その事が悔しくてね……」

 

「ほう、そんな事思われているのですか! 私にとってそんな心配をされている事自体が恥ずかしいですよ。まったく、正直言って余計なお世話です。カズマは私自身が堕とします。アクアの支援なんていりません!」

 

 私の言葉を受けてアクアは縮こまる。本当に全くもって腹立たしい。自分の不甲斐なさが原因でこのお気楽女神に憂いを与えるなんてごめんだ。アクアにはいつも笑っていて欲しい。それは私だけでなく、皆が思っている事だ。

 

「とは言っても、今のカズマが強敵である事は確かです。クリス、あの男を振り向かせる方法を何か知りませんか?」

 

「ええ、そこであたしに聞くの? まぁ、いいけどさ。とりあえず、助手君がめぐみんを迎え入れる事は恐らく当分はないよ。ゆんゆんがプレッシャーをかけてるし、子供も増えてかなり保守的になってるからねぇ」

 

「子供……ですか……」

 

 カズマはああ見えて案外子煩悩だ。私がどんなアプローチをしても彼は苦笑して対応してくる。しかも、一日のうちのほとんどを子供と一緒に過ごしているため、アプローチをすること自体も最近は出来なくなっているのだ。

 

「これも因果応報という奴でしょうか……」

 

 私は深くため息をつく。今から三年前、あの時もカズマは保守的になっていた。でも、彼が私やダクネスに気がある事は分かっていた。しかし、下手にアプローチをするとカズマに心無い言葉を浴びせられて振られてしまう。心にダメージを負いたくなかった当時の私は、ダクネスに媚薬を渡して彼女に犠牲になってもらおうと考えたのだ。

 カズマがダクネスに手をだして欲望に素直になってもらえば、私も後に続きやすいと考えたのである。しかし、そんな私の楽観的な思惑に乗ったダクネスは結果的に心を壊してしまった。あの時はダクネスへの申し訳なさと、自分への罪悪感で死にそうであった。

 しかし、ダクネスがカズマに受け入れられた遠因は私の働きだと言えるので、謝ったりはしていない。むしろ、感謝して欲しいとまで当時は思っていた。

 そして、ダクネスを受け入れた事で目論見通りカズマのガードが緩くなった。そこで私は猛アピールをして、カズマもそんな私に揺らいでいた。

 後ちょっと私も結婚! と思った時にエリスが妊娠した。あれには流石の私も泣きわめくしかなかった。カズマはゆんゆんにこってりと絞られ、それに懲りたのかカズマのガードは再びガチガチになってしまった。

 

 

 何より、カズマが私のアプローチを受けている裏でエリスに手を出していたという事実がとてもじゃないが受け入れられなかった。

 

 

 あの日以来、私自身も以前ほどのアクティブさがなくなってしまった。ふと、自分は何をしているのだろうと我に帰ることもある。

 

「アクア、もっとそのお酒をよこすのです……今日はもう何も考えたくありません……」

 

「今日だけよ。本当はお酒に逃げるなんてイケナイ事なんだからね」

 

「アクアが言っても説得力ないですよ」

 

私はアクアから受け取った酒をチビチビと舐める。いつもより静かな酒盛りは私の荒んだ心を少しだけ癒してくれた。

 

 

 

 

 それから、どれくらいの時間が経過したのだろうか。気が付けばアクアはテーブルに突っ伏してピクりとも動かなくなり、クリスも酒瓶を抱いてソファーで気持ちよさそうに眠っていた。私も、垂れてしまった涎がテーブルに小さな水たまりを作っているのを見て、今まで寝ていた事を自然と悟ってしまった。

 

「よぉ、起きたかめぐみん」

 

「ふぉあぁっ!? い、いたのですかカズマ!?」

 

「ああ、お前の寝顔をたっぷり眺めさせててもらったさ。まぁ、白目むいてたから若干キモかったけどな」

 

「女性の寝顔を見てキモいとは失礼な! というか、キモいといったら今の貴方も中々のモノですよ! 全身キスマークだらけでまだら模様になってますよ!」

 

「おう、やっぱキモイか。まぁ仕方ないさ。アイツらはヘロヘロに疲れさせてもゾンビのように起き上がってくるからな。ある程度の反撃は受けちまうんだよ」

 

 カズマはドヤ顔でそう語りながら、クリスの飲みかけのお酒が入ったグラスを手に取って呷る。そして気持ちよさそうに伸びをする彼を私はしばらく見つめる。そんな私の視線に気づいた彼はヘラヘラと笑いながら私の向かいの席へと腰を下ろした。

 

「どうしためぐみん? さかってるなら俺の新たな指技で処理してやろうか?」

 

「さ、さかってなどいませんよ! それに、今はそんな気分じゃないんです!」

 

「ほーん。ならまた今度だなー」

 

 私の拒絶をさらっと流して酒を飲む彼にとてもイラついた。だが、こんな事で怒っていてはまた話が有耶無耶になってしまう。私はしっかりと彼に向き合い、聞くべき事を問いただす事にした。

 

 

「カズマ、いつになったら私は貴方と一緒になれるのですか?」

 

 

 私の問いかけに、カズマはぴくりと体を止める。それから、砕けた雰囲気だった彼の態度が固くなり、場に流れる空気も重いものになった。カズマの視線は、私の顔をしっかりと射抜いている。私も、そんなカズマから視線が外せなくなった。

 

「めぐみん、俺の事を諦めていないのか?」

 

「当たり前です。私は絶対に貴方の事を諦めませんから」

 

「そう言われても、今の俺にお前を受け入れる余地がない。元々、俺はゆんゆん一人を幸せにするだけで手一杯だったんだ。それが、気が付けばダクネスとエリスも加わってた。だから、俺はアイツらと子供達を幸せにする事に“全て”を費やしている」

 

「そんな事……知ってます……」

 

「いいや、お前は分かってない。とにかく、今の俺は色々と手一杯だ。むしろ、こんな俺を冷静になって客観的に見てほしい。俺は三人も妻がいて、しかも子持ちだ。おまけにエリスの件で分かるように俺は浮気もする。こんなクズと一緒になるなんて、正気の沙汰じゃない」

 

 真剣な表情をしたカズマはどこか私に言い聞かせるように言葉を続ける。その事が悔しくて私は反論しようとするが、上手く言葉が出てこない。むしろ、私の頭の中の冷静な部分が、本当にカズマはクズだと判断を下していた。

 

「今のめぐみんは俺に執着してるだけで周りが見えていない。俺より良い男はたくさんいるし、結婚するだけが幸せじゃない。お前の好きな爆裂道を究める選択肢だってある。年齢もまだまだ若いし、少し将来を長期的な視野で考えて行動したらどうだ? 少なくとも、俺なんかに執着する事がお前の幸せにはならないと理解できるはずだ。まぁ、それでも俺がいいって言うなら5年後くらいに貰ってやるよ」

 

「カズマ……」

 

 彼の言葉を受けて、私は現在の状況を客観的に見つめなおす。そんな自分の思いの再確認を始めて数十分が経過した時、私はある事に気づいてしまった。いや、気づかないようにしていたという方が正しい。

 

 

 

「私って、なんで貴方みたいなクズ男に今でも執着しているのでしょうか?」

 

 

 

そんな私の心無い一言にカズマは――

 

 

 

 

「やっと気づいたか!」

 

 

 

 

 満面の笑みを返していた。そして、彼の微笑みに歓喜と慈愛が含まれている事に気づく。その表情は、私にとって見慣れたもの。それこそ、今日のピクニックの時にもそんな表情をいっぱいしていて……

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

 何もかもが嫌になって私は駆け出す。カズマはそんな私に声をかける事もしなかった。そして、近くの神社の境内で力尽きて涙を流す。

 

 

私はようやく理解することが出来た。

 

 

でも、理解出来たからこそ、私は悔しくて悲しくてたまらなかった。

 

 

 

「カズマ、私はもう立派な大人なんですよ……?」

 

 

 

 それでも、私は涙を拭いて立ち上がる。落ち込んでいても何の意味もないからだ。むしろ、どさくさに紛れてとんでもない言質を取った事に狂喜した。

 

 

 

「あの男は私の“拘り”を甘く見ているようですね」

 

 

 

我が名はめぐみん! 絶対に諦めない精神を持つ女!

 

 

 

 

 

 

 

「ふへへっ……後5年の辛抱ですね……」

 

 

 

 

 

 




抱き合わせ予定だったあるえ編はこの話と雰囲気変わって完全エロ回なので
手直し、書き足しをして改めて投稿予定
なので、次の更新は3日~1週間後くらいだと思います(多分)




【ありさ】
カズマとゆんゆんの第二子。ついにゆんゆんの意見が通って紅魔族っぽくない普通の名前がつけられたダウナー系幼女。


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狂気の小説家あるえ

遅くなってごめーんね!


 

 

 

 

 

 

 とある日の昼下がり、“紅魔族随一の小説家”である私は窓から外の眺めをそっと伺っていた。外は鬱蒼とした森林に囲まており、そのせいか若干薄暗い。私にとっては見慣れた場所であるのだが、この光景は私にとっては毒であった。条件反射的に自然とお腹の奥がジンと熱くなってきて思わず悶えてしまう。

 

「私も随分とはしたない女になっちゃったね……」

 

 そう独り言ちながら私はベッドへと身を投げ、適度に疲労した体を伸ばす。ここは紅魔の里から少し離れたの森にひっそりと建てられた山小屋だ。この小屋の存在を知っているのは私とカズマ君、この小屋のオーナーであった紅魔族の里で猟師として働いていたお爺ちゃんだけだ。そんな私にとっての秘密の場所と言えるこの山小屋には、月一回ほどの頻度で訪れていた。

 その目的は、もちろん狩猟をして得た獲物を解体するためだ。紅魔の里のポーション類が相場と比べてかなり安いのは、材料となるモンスターの素材をポーション製作者が現地調達している事が一因となっている。

 だが、これはポーションの生産量が少ないこと、製作者の気分次第で作られるポーションが変わる事を意味している。ポーション製作所に売れ筋である体力・魔力回復ポーションを作ってもらうため、安定した供給量を維持するために商会はわざわざ獲物を狩ってポーション屋に錬金術の材料を納品しているのだ。普段は元ニート達の仕事である材料集めだが、私とカズマ君も体を訛らせないためにこの仕事を月一回は引き受ける。もちろん、獲物を消し飛ばすめぐみんは参加させていない。おかげで仕事はカズマ君と二人っきり。何より、獲物を早く仕留めれば仕事はすぐに終わる。言い換えれば“自由”な時間を取りやすいのだ。

 

「あ゛~仕事終わりの風呂はたまらねえぜ! おう、あるえ! ビール持って来いよ!」

 

「ちょっとカズマ君! 今日は私の作品を見てくれる日だよね。お酒を飲みながらなんて許さないよ」

 

「えー」

 

「そんな顔しないで欲しいね。今では私の小説だってこの商会の売れ筋商品さ。ほら、今度の作品は自信作なんだ。しっかり目を通してくれるかい?」

 

 湯上りでガウン姿のカズマ君に、私は小説の原稿を押し付ける。彼はそれを渋々と受け取りながらも、素直にソファーに座って読み始める。私はそれをそわそわしながらと見守る。今回は私が出している『敏腕秘書官』シリーズの三作品目だ。怠け者で適当な商会運営をしている社長を超凄い秘書官である主人公“エルア”がサポートし、傾いた経営を建て直す笑いあり、涙あり、濡れ場ありの小説である。カズマ君からの評価は芳しくないが、女性陣に出版を薦められ、出してみたら結構なヒットになった作品だ。案の定、カズマ君は原稿を読んで微妙な表情をしていた。

 

「いつも思うんだが、何でこのクズ社長に主人公は入れ込んでるんだ? さっさと会社乗っ取って成り上がれよ。今回なんか主人公に泣きついてるぞコイツ」

 

「あのねえ、そのクズ社長ってダメ男だけどイケメンなんだよ! イケメンに泣きつかれるなんて最高じゃないかい? おまけに、ピンチの主人公のために本気を出した時は凄い経営力と強さを見せて……」

 

「あーそういうのいいから」

 

「どうしてさ! こう、女性にとってはグっと来るものがあるのだけど……」

 

 こればっかりは性差による考え方の違いがあるのかもしれない。まぁ、単純に女主人公というのに彼が慣れていないという可能性もある。彼がダメ女達を躾けてハーレムを作る小説を傑作だと以前言っていたが、その時点で色々とお察しだ。

 

「まぁ、今回の新キャラである新入社員は良い感じだと思うぞ。素直で可愛いし」

 

「はぁ!? その女は無能なくせに社長に取り入って気に入られちゃうムカつくライバルキャラなんだ! 可愛いとか見当違いすぎる感想だよ」

 

「うわっ、主人公って新人イビリするような奴なのか? それはツンデレを超えて単なる嫌な奴だな」

 

「ち、違うから! 世の真面目な女性にとってぶりっ子女は天敵なだけだよ! 全く、カズマ君って女の子の気持ちってものが全然分からないのかい!?」

 

 少しプンスコした私をカズマ君は微妙な表情で見てくる。もしかして、今回の巻はダメなのかと本気で心配し始めた時、彼は苦笑しながら原稿手渡してくる。そこには発行部数と発売日についてのメモ書きが添えられていた。

 

「俺が微妙って思う時は何故かゆんゆん達や購買層である女性達には人気だからな。という事で、さっさと刷って売り出していいぞ。出版費用は商会で出すが、出版までの手続きはいつも通りお前がやれよ」

 

「うーん少し嬉しくない反応だね。どうせなら、面白いから合格って笑顔で言って欲しいよ」

 

「はいはい、合格合格~」

 

「んむむっ……カズマ君、最近は適当で何だか府抜けてないかい?」

 

「失敬な。仕事終わりなんだから気を抜いてもいいじゃねぇか」

 

 私の言葉を聞き流しながら、彼は懐から取り出した煙草に火をつけて吸い始める。ちょっと前にゆんゆんに禁煙するって土下座して謝っていたのにもうこれだ。何かムカツクし今度チクってやろうか。まぁ、今はそれより優先すべきものがある。私はすでに色々と限界なのだ。

 

「ね、ねぇカズマ君! 私の小説は合格なんだよね? それなら、“いつも通り”ご褒美を貰えるかい?」

 

「おい、まだアレを続ける気が? 最近はさよりが俺を冷めた目で見てくる事も多いんだ。出来るだけ子供に呆れられる原因は作りたくない。何より、ゆんゆん達が怖くてな」

 

「大丈夫だよ。これは私達だけの秘密だからね。それに、私みたいな優秀な秘書を失いたくないよね? 今月もあんなに書類を貯めちゃって……」

 

「うぐっ……!?」

 

 私は少し息を荒くしながら彼の弱点をつく。書類仕事は主に社長であるカズマ君と秘書である私の仕事だ。しかも、カズマ君は書類仕事を面倒くさがって私に任せっきりだ。ここで私が仕事を辞めてしまったら、しわ寄せは全て彼に行ってしまうのである。

 

「私は今や人気作家なんだよ? おかげでお金にも苦労していない。私がここで働いているのは今更君と商会を見捨てられないし、君に構ってほしいから……接点を持ち続けたいからっていう単純な理由さ。それすら許されないというなら……」

 

「分かった分かった! 俺が何でもしてやるから辞めるとか言うな! 正直言って、お前がいないと商会は色んな意味で成り立たないんだ!」

 

「それならやる事は一つさ。さぁ、カズマ君、私に“天国”を見せて……?」

 

「まったく、お前もモノ好きな奴だな」

 

 呆れたような表情をしながらも、彼は口角を少し上げながらソファーにどっかりと座る。それから、私に向かって小さく手招きをしてきた。それに吸い寄せられるように私はゆっくりと彼に近づき、倒れるように彼の胸へ飛び込んだ。彼の匂いはお風呂に入った直後なのでフローラルなものであり、それが少し残念だった。

 

「えへへっ……カズマ君……キスしてくれるかい……?」

 

「キス? お前はこっちで十分だろ」

 

「んぶぅっ!?」

 

 キスのお願いをしたのに、私の口の中に侵入してきたのは彼の舌ではなく指だった。無造作に突っ込まれた二本の指は私の口内を好き勝手に蹂躙する。彼の指のほのかな塩味は、私に何とも言えない快感を与えてくれた。

 

「んぐっ……ひゅぐっ……んっ……んぁっ……んふっ……♪」

 

「おいおい、俺の指に舌を絡ませて蕩けた表情しやがって……いい趣味してるな」

 

「んむっ……君が先にやったんじゃないか……それにこういうのも悪くない……んっ……」

 

「ほーん」

 

「ぐぷっ……んっ……ちゅるっ……れろっ……んんんっ……!」

 

 私の口内に侵入してきた彼の人差し指と中指をゆっくり丁寧に舐めあげる。爪のスキマを舌でなぞり、指の股にじゅるりと吸い付く。すでにほのかな塩味も消えてしまったが、彼の指を私の唾液で汚すことに満足感を覚えていた。

 それから、もう噛みついてしまおうかという考えが頭によぎった時、カズマ君は私の口から指をちゅぷりと引き抜く。もちろん、彼の指は私の唾液でぬらぬらと濡れていた。

 

「よし、これくらいで十分だ。あるえ、俺の膝に座れ。背中を俺に預けるんだ」

 

「了解だよ……んしょ……あっ……んへへっ……!」

 

「ご機嫌だな」

 

「だって、こういうのも悪くないかなって……ひゃんっ!?」

 

 カズマ君が私の事を背後からぎゅっと抱きしめてくれる。男性特有のゴツゴツとした感触と彼の暖かな体温に包み込まれるのは心地良かった。それに、カズマ君の少し荒い吐息が私の首筋に吹き付けられるのを感じた。私に興奮してくれている。その事実が私にゾクリとした満足感と快感を与えてくれた。

 

「なぁ、あるえ。お前って最近新しくバイトとして入ったねりまきが気に入らないのか?」

 

「うぇっ!? 急に何さ! というかどうしてそんな事を思ったのかい!?」

 

「だって、あの新作小説の後輩キャラと主人公のやり取りを現実でも目にしてたからな。お前とねりまきで」

 

「ななな何の事かな!? カズマ君、小説と現実をごっちゃにするのは良くない事だよ!」

 

「今更何言ってんだよ。あのシリーズの主人公はお前がモデルだろ? 何故かエリス様と俺以外にはバレてないけどな。あんなにも分かりやすいのに……」

 

「わあああああああああっ! あああああああっ!」

 

 羞恥やら何やらで私は叫ぶ事しか出来ない。よりにもよってカズマ君にバレてしまったのが恥ずかしくてしょうがなかった。ああ、どうしよう……! 主人公の設定を盛りに盛って、おまけにカズマ君モデルの社長にはダメ男にした事も全部彼に筒抜けなのだ。

 

「今だから言うけどさ、小説のクズ社長の妻を事故で亡くした設定はどうかと思うわ。小説の中とはいえ俺の可愛い嫁さんを殺しちまうとは……」

 

「ち、違うんだよ! あれは影があるとか、悲しい過去を持ったイケメンはそそるっていうか……過去の女を忘れさせて男を自分だけのものにする女としての支配欲を満たすための……!」

 

「うわっ……」

 

「待って! これは小説の話だから! 現実ではそんな事思ってないから!」

 

 思わず涙目で否定してしまった私の頬を彼は軽くつまんできた。それから、彼が微かに溜息をついたのを私は感じ取り、体を強張らせてしまう。もしかして、今までもの小説も含めて私は彼を不快にさせてしまったのだろうか。

 

「ご、ごめんねカズマ君……もうこのシリーズはやめるからさ……」

 

「何でそうなるんだバカ。そもそも小説なんて全て作家の妄想の塊みたいなもんだしな。妄想にまで文句は言わねえよ」

 

「むっ、作家として今のカズマ君の発言は許せないよ。いいかい? そもそも文学というものは……」

 

「へいへい、難しくなりそうだからこの話はここで終わりだ。さぁ、あるえ。次は俺に何をして欲しいんだ?」

 

「むうっ……次のお願いも一緒だよ。キスして欲しいかなって……ってなんでおっぱい揉むのさ……んひっ!?」

 

 カズマ君はキスをしないで私のおっぱいをぎゅむぎゅむと揉んできた。でも、これはこれでいいものだ。実は里一番大きいのではないかと言われる胸を私は密かに自慢に思っている。そんな胸が、私の眼下で乱暴に揉みしだかれている。強すぎず、弱すぎず、手慣れた手つきでほどよく性感を刺激してくる。カズマ君はおっぱい揉みのプロなのかな……

 

「やんっ……はうっ……んぅっ……んふふっ……カズマ君って私のおっぱいは好きかい……?」

 

「蕩けた顔で何言ってんだか。まぁ、男でおっぱいが嫌いな奴はいない。特に巨乳は……なっ!」

 

「ひゃあああっ!?」

 

 私の服のボタンを引き裂くように強引に押し開く。今の蛮行でボタンがいくつか取れてしまった。後で付け直さなきゃと思う暇もなく、私の胸が外気に晒され、その勢いでお気に入りのブラも剥ぎ取られる。それから、カズマ君は私の乳首をきゅっと摘まみ上げてきた。

 

「んひいいいっ!? ちくび……いきなり……だめだよっ……あうっ……!」

 

「相変わらず綺麗な色してるなぁ……」

 

「そんなにやっても私は何も出ないよ……はうううぅっ!」

 

「おう、ここの開発も順調だな。いい傾向だ」

 

「ひゃうっ……んっ……もっと……もっといじって……!」

 

 私の口から自然と卑猥な懇願の言葉が出てしまった。そんな私をカズマ君が鼻で笑う音が背後から聞こえる。それから彼は私の敏感な乳首を、引っ張り上げるように抓り上げた。これ以上されたら、私は頭がどうにかなりそうだった。

 

「んひゃっ……あうううううううっ!? だめっ……それ以上はだめだからっ……!」

 

「弄れって言ったのはお前だろ? それに乳首をこんなにもカチカチにしてるくせによぉ……」

 

「はううっ! だめって言ってるじゃないか! そんなにコリコリしちゃっ……いひっ……!? なんで耳……いやぁっ……!」

 

「んぐっ……お前はいつもすまし顔なくせに、えっちの時は本当に可愛い顔をするな」

 

「ひいいいいいっ!? やめっ……くすぐったくて……ひゃわわわっ!?」

 

 可愛いと言われただけで嬉しすぎて漏れそうになる自分自身に内心呆れる。そんな私の耳をカズマ君は容赦なくしゃぶり、耳穴の中に舌先を入れて蹂躙する。まるで耳に水が入った時のような不快感とゾクゾクとした未知の快感が私に押し寄せる。もちろん、その間もカズマ君は私のおっぱいを虐めていた。自然と私の顔も快感に蕩けてしまう。こんな気持ちよさは“ひとりえっち”では絶対に味わえないものなのだ。

 

「あひっ……はひっ……! だめっ……なにか来ちゃいそうだよ……んっ……あうっ……!」

 

「大丈夫だあるえ。快楽に身を任せろ。」

 

「だめだめっ! おっぱい千切れちゃうからっ……やめっ……ひううううううっ!?」

 

「ヒャッハッハ! 本当にいい声で鳴くなお前は! おりゃっ! 止めの一撃!」

 

「いやああああああああっ!? 痛いっ……痛いよカズマ君……いたいっ……!」

 

 カズマ君が私のおっぱいを絞るように摘まみ上げる。そして、私の乳首に強く爪を立ててきた。先ほどまでは痛みより気持ちよさが勝っていたが、流石にこれは痛すぎて快楽が吹き飛んでしまう。眼下の光景は視覚的に痛みが伴うものであり、私は目を瞑ってしまう。もしかして、カズマ君は私に“本当”の意地悪をしているのだろうか。やっぱり、嫌がる彼に無理やりご褒美を求めたのがいけなかったのだろうか? それとも、単純に嫌われたのかもしれない。今まで、私は彼に取り入ろうとする女性従業員や取引先の悪女を事前に追い払ってきた。

 

 

やっぱり余計なお節介だったのかな……

 

 

 

「んっ……んぅ……んぁ……! はぅっ……んう……んうっ!?」

 

 

 

 私の口内にカズマ君の熱い舌先が突き入れられる。朦朧とする意識の中で私は彼にキスをされている事を理解する。ずっとやって欲しかった口付けをこんなにも力強く、強引にしてくれた。夢見るような甘いキスじゃないけれど、男らしくて彼らしいこのキスもいいものだ。そして、今まで感じていた痛みがなくなった事に気づく。むしろ、その痛みが反転して快楽となり、私に暴力的な快感を与えてくれた。ああ、もう我慢できない。こんな気持ち良い事に抗えるわけ……!

 

「んはっ……だめっ……んっ……ん……! んぁっ……やっ……んっ……んぅうううううううううっ!?」

 

「んぐっ……絶頂したか。胸だけでイくとか、お前も相当な変態だな」

 

「んっ……はふぅ……私は変態じゃ……ないよ……! えへっ……えへへっ……」

 

「おう、急にどうした?」

 

 私はカズマ君に背中を深く預け、彼の右腕を抱いて快楽の余韻に浸る。盛大に絶頂したせいか、私のパンツはどろどろに濡れて今も愛液が滴り落ちている。そんな濡れた下着に対する少しの不快感は彼に絶頂させられたんだという幸福感のおかげで吹き飛ぶ。今回のご褒美も、本当に気持ちがよかった。思わず笑みがこぼれてしまう。やっぱりカズマ君は私に“天国”を見せてくれる人だ。

 

「ねぇ、カズマ君。このまま私の処女を奪ってはくれないかい? イッたばかりのとろとろおまんこだよ……?」

 

「遠慮する」

 

「やっぱりダメかい? そんなに私って魅力ないのかな……」

 

「いいや、お前は十分魅力的だぞ~」

 

 適当に答えながら彼はまた懐から煙草を出して吸い始める。そんな素っ気ない態度が悔しくて私は彼の腕をきつく抱きしめて反撃した。本当にこの男は……本当に……!

 

「っ……っ……!」

 

「はぁ……泣くなよあるえ……」

 

「泣いてなんか……! ひぐっ……あぅ……!」

 

「はぁ……」

 

 面倒臭そうにため息をつかれて、私のプライドも何もかもがズタボロになる。カズマ君の腕を私の胸へ押し付けてみるが、すげなく振り払われる。どうやら、私が不機嫌のスイッチを押してしまったらしい。彼の機嫌をどう戻せばいいか分からず、気が付いたら私は無様に泣きついていた。

 

「ごめんねカズマ君……私って面倒臭い女だよね……」

 

「…………」

 

「私の事は抱かなくてもいいんだ。でも、この背徳的で少し淫らな関係は続けて欲しい。私はそれで十分なんだよ」

 

 できるだけカズマ君の重荷にならないような事を言ったつもりだが、彼はげんなりとした様子で私を見てきた。まさか本当に嫌われたのかと肩を震わせている私を彼は優しく抱き寄せてくれた。

 

「あるえ、お前はなんで俺なんかに執着してるんだ。いつからここまで拗らせちまったんだ?」

 

「いつからかは自分でも良く分からないよ……でも私が君を好きになる要因はいっぱいあったんだ」

 

「お、おう……好きか……」

 

「あっ、今思えば言葉にするのは初めてだったね。えへへっ、何だか照れちゃうよ」

 

 思わず頬が熱くなってしまう。言葉にして初めて理解できる事がある。それは、私が目の前のクズに好き放題された事、そんなクズに私が本当にどうしようもなく好きになってしまっているという事だ。

 

「私が君を好きになった理由は、やっぱり私の本を読んで認めてくれたって事かな。あの時に私が書いていた小説はどれもお粗末なものだったよ。それを、君は全部読んでくれてしっかりと感想までくれたね。本当に嬉しかったんだ……」

 

「あの時はお前が必要だったからな。単なるリップサービスだ」

 

「ふふっ、カズマ君も中々キツイ事を言うね。でも、当時の私はそれを真に受けた。気になっていた異性に自分が本気で取り組んでいる事を認められるというのは本当に嬉しいものなんだよ? そう考えると、私が君に惚れている理由はめぐみんと同じような理由なんだね……」

 

 めぐみんが上級魔法ではなく爆裂魔法を取得したことは里の住民にとってもあまり良く思われない事だった。そんなめぐみんと爆裂魔法の力を認めてくれた上に、魔王を倒して世界を救うという実にカッコよくて羨ましい事をめぐみんは彼の仲間としてやり遂げた。そんなの、惚れてしまうに決まっている。男日照りで耐性がない私の世代の紅魔族なら猶更だ。

 

「それに、私はあの時焦っていたんだよ。作家になるという夢を見ていた私は定職につかないニート。別に、就職先はいっぱいあったし、冒険者になる事も考えていた。でも、作家以外の職に就くのは夢を諦めるようで私のプライドが許さなかった」

「でも、お前は俺の日雇い秘書の仕事を受けたじゃないか」

 

「君は私の小説を認めてくれた男だからね。当時焦っていた私は君の元なら別にいいかって思ったんだよ。それに、仕事の合間に君に小説を見せた事で当たり前の事にやっと気づけたんだ。別に、他の仕事をしながらでも作家にはなれるってね……」

 

 たった数週間の職業体験だったけど、あの時の私は充実していた。外の人間なのに、紅魔族の里のために尽力している彼はカッコ良かったし、そんな彼のために働くのは言葉にできないほどの満足感があった。

 

「君と別れた後、私は働きながら小説を書き続けた。ニートっていう劣等感は私に想像以上のダメージを負わせていたみたいでね。ニートを脱却した私は執筆作業も以前より捗ったよ。そして、カズマ君がこの里に帰ってきた時、私はすぐに君の商会に転職したんだ。ゆんゆんと結婚してたのは私の想定外だったけどね……」

 

「普通だったらそこで諦めるだろ……」

 

「うん、最初は諦めた。でも、カズマ君はなんだかんだ言いながら私の作品をしっかり評価してくれた。不本意ながらも一番最初に認められたのは自分自身納得出来ない小説だったけど、無償で出版しておまけに売り込みだって一生懸命してくれたよね」

 

「べ、別に深い意味はねーぞ! 俺は売れると思ったからやっただけだ!」

 

 頭をガシガシ掻きながらそっぽを向く彼を私熱い視線でじっと見つめる。結局、あの本はあまり売れなかった。主人公である天使の非道と過激な内容は人を選ぶものであったし、天使を冒涜する内容だと、禁書指定の話まで出た曰くつきの処女作だ。

 

「あんな本でも買ってくれる人はいたし、ファンレターまでくれる人もいた。だから、自信をつけた私は今まで書き慣れたファンタジーや英雄譚だけじゃなくて、恋愛小説も書き始めた。そのおかげで、私は作家という夢を叶えられたんだ」

 

「それは俺のおかげじゃなくてお前の実力だ」

 

「いいや、違うさ。これは全部カズマ君のおかげだよ。君がいなければ、今の私は存在しないんだ」

 

 巷では“狂気の小説家”とも噂される私の最初のヒット作は夢も希望もないドロドロとした恋愛小説だ。主人公は単なる田舎の村娘。そんな彼女はひょんなことからとある貴族の青年と知り合う。村娘に淡い思いを寄せながらも、幼い時から何度も顔を会わせてきた許嫁を無下に出来ない貴族青年。そんな優柔不断な青年を村娘と婚約相手のお嬢様が奪い合うドロドロの三角関係モノだ。実は、これはカズマ君とゆんゆん、ダクネスさんの関係を見て思いついたものである。実際にカズマ君とゆんゆん達のやりとりを観察しながら書いたせいか、少し生々しい描写を取り入れている。ちなみに、小説では村娘が勝利した。大衆は立身出世……悪く言えば成り上がりモノを求めているのだ。

 

「ねえ、カズマ君って自分がなんで多数の女性に好かれている理由を知ってる?」

 

「いきなりなんだよ? 俺が好かれているのは……まぁ運が良かったのと金を持ってるからじゃないか? 後、イケメンだしな!」

 

「ふふっ、それもあるかもだね。でも、それは付加価値でしかないよ。君の魅力の本質は“適度にダメ男”だって所かな」

 

「ひでぇ魅力だな。それより、それもあるかもって……お前は俺がイケメンだって思ってるのか?」

 

「え? カズマ君、カッコイイじゃないかい」

 

「!!?!?」

 

 何やら顔を赤くしながら狼狽えているカズマ君に私は首を傾げる。何か変な事を言っただろうか。いや、単に照れているだけだろう。カズマ君のくせに可愛いじゃないか。

 

「君ってさ、仕事をしてる時もこうして友人として過ごす時も怠そうにしてる。何もかもがいい加減で普段はムカつくけど、いざという時には君は凄く真面目になる。才能ってやつなのかな。カズマ君の商才はこんな田舎で腐れるのはもったいないくらいだよ」

 

「それも俺の運の力だ」

 

「それだけじゃないよ。従業員のニート共の失敗のフォローは忘れないし、私の失敗だってカズマ君が解決してくれた。本当に君は“頼りになる”んだよ。君がいれば、何もかもが上手くいく。そう思えるくらい、君は頼もしい人なんだ」

 

 表情を固いものに戻していた彼は私の話を黙って聞いていた。それから、少し機嫌良さそうに溜息をつく。どうやら、満更でもないらしい。この男はおだてるとすぐに調子に乗ってしまうのだ。そんな部分も魅力的だけど。

 

「でも、普段の君はやっぱり怠け者としか言えない。だから、君を見てると、やっぱり私が一緒にいてあげないとダメな人なんだなって思うんだよ。私がいないと、書類整理は無茶苦茶にするし仕事も適当だし……」

 

「あのなぁ、あれは怠ける余裕があるから怠けているだけだ。なんせ、やる時は頼りになるカズマさんだからな!」

 

「本当に調子良いねぇカズマくんは……」

 

 ドヤ顔をしている彼を私はじっと見つめる。この人は本当にダメな人だ。でも、本当は私の助けなんてなくても何でも出来てしまう人だ。それに、私より能力が高くて美しくて可愛い人達が彼をしっかりと支えている。

 

 

彼にとって私は“必要のない女”なのだろう。

 

今まで目を逸らしていたが、それが現実というものだった。

 

 

 

 

 

「まあ、カズマ君への想いの暴露はこの辺でやめておくよ。それより、私はカズマ君の事が聞きたい。特に、ゆんゆん達への思いを聞きたいんだ。君は君で溜め込んでそうだからね」

 

「はぁ? 余計な気遣いはいらねえぞ」

 

「そんな顔しないで私に話してくれないかい? 部外者の私にだからこそ言える本音や愚痴があると思うんだ。それに、純粋に男の気持ちというものが知りたいし、ゆんゆん達の話も気になる。小説を書くにはそれ相応の知識や経験があった方がいいしね。取材みたいなものだよ」

 

「そう言われてもな~」

 

 再び煙草をふかしながら宙を見つめていた彼は、私の方をじっと見つめてからニヤリとした下卑た笑みを浮かべ、吸殻を灰皿へと押し付けて新たに煙草を咥えて火をつける。こういう時の彼はエログロで興味深い話をしてくれる事が多い。冗談抜きで彼らの話や普段の姿は私の創作活動において重要な情報なのだ。だから、私は彼の言葉を静かに待った。

 

「よし、それじゃあ俺がお前やめぐみんにしょうもないセクハラを続ける理由を教えてやろう」

 

「そんな事は聞かなくても知ってるよ。君が女好きのクズなのと私達の誘いを断れないダメ男だからだよね」

 

「女好きのクズなのは否定しないけど、誘いは断ってるだろ! これは浮気じゃなくて単なる遊びだ。俺はお前を何度もイかせたが、俺はイってもなければアレを触れさせてもないからな」

 

「むぅ……!」

 

 少し得意げな彼を私は睨む事しかできない。初期の性的悪戯では私も彼の性器に色んな奉仕をしたのだが、さよりちゃんが生まれてからは彼は自分が気持ちよくなる事はせず、ひたすらに私に天国を見せて来た。もう、何年も彼の性器に触れていないのは私も少し思うところがある。どんな誘いをしても、彼はセックスをしてくれないし、無理矢理おちんちんにむしゃぶりつこうと押し倒したらマジ切れされて泣かされた挙句、イキ狂わせられた。挿入したら浮気という謎理論を彼は頑なに守っているのだ。

 

「いいかあるえ、俺には超絶可愛くて最高の妻が3人もいる。はっきり言って俺はあの3人には釣り合わない男だ。1人でも釣り合わないのに3人だぞ。気が休まる日はねえよ……」

 

「カズマ君、そんなに自分を卑下するのは良くないよ」

 

「エリスにも昔そんな事を言われたよ。でもな、俺は自分がどうしようもないクズである事は自覚してるし、客観的に見ても反論の余地がないクズ男だ。そんな俺に彼女達がいつまでも好意を持ってくれると思えるほど自惚れちゃいない」

 

 自嘲するように笑うカズマ君を私はなんだか見ていられなくなった。そっと彼の腕を取ってぎゅっと抱き着いてみた。こうすると、男の人は安心するとどこかの雑誌で読んだのだ。そんな私の頭を彼は優しく撫でてくれた。

 

「だから俺は愛想を尽かされないように出来る限りの事をしてアイツらが幸せでいてくれるように日々奮闘しているんだ。おかげで、俺はなんとかアイツらから愛想を尽かされずにいる」

 

「ふむふむ、要するに君はゆんゆん達を盗られたくないんだね。でも、君へのベタ惚れっぷりは凄いものだよ? そんな不安は杞憂だと思わないかい?」

 

「まあな、でも油断は出来ない。特にゆんゆんはちょろいって言葉を擬人化したような女だからな。俺に騙されたように、他の男に騙されるじゃないかって心配でな……」

 

「うーん……」

 

 私は少しゆんゆんの事が不憫に思えてきた。確かに彼女はちょろいが、越えてはいけないラインというものをしっかり認識している。何より、ゆんゆんはカズマ君へ狂気を感じさせるほど愛を持っている。彼女には勝てない。自然とそう思ってしまうほどゆんゆんはカズマ君にイカれているのだ。

 

「エリスには同じような話をして怒られたんだ。私の愛が信用出来ないのかってな。でも、こればかりは仕方がない。俺はクズな上に独占欲と束縛が強い男なんだ。彼女達の無償の愛を受け取るだけじゃ不安で仕方がない。だから、俺はゆんゆん達を精神的だけでなく肉体的にも依存させる事にしたんだよ」

 

「肉体的……」

 

「アイツらの心と体は俺のもんだ。絶対に渡しはしないし、奪わせない。アイツらの心を束縛するのは相応の苦労が必要だし一筋縄ではいかない複雑さがある。でも、体に関してはひたすらに鍛えた性技で俺だけしか考えられないような快楽を与えればいい。単純で簡単な束縛の方法だ」

 

 相変わらずの下卑た笑いを浮かべながら、彼は右手をゆらゆらと嫌らしい手つきで動かす。それを見て、私はお腹の奥が熱くなるのを感じる。本当に、彼はイケナイ人だ。

 

「でも、性技に関しても慢心してはいけない。だから、俺は日々鍛錬を重ねた。そういう意味ではお前は実に良い女だったな。アイツらと違って痛い事は痛いって素直に言うし、嫌だと思ったら嫌と言ってくれる。気持ちよくなければ、これじゃご褒美じゃないと怒ってもくれる。何より、挿入以外の性技を極めたかった俺には処女だったお前は実に都合が良かったんだ」

 

「え……?」

 

「要するに、お前は俺の都合の良い肉人形……木偶って事だよ」

 

 カズマ君は邪悪な微笑みを浮かべながら煙草をふかしている。その姿は正にクズ男としか言いようがない姿であった。そして、私はカズマ君に投げかけられた言葉を時間をかけてゆっくりと咀嚼する。つまり私はカズマ君にとって単なる実験台ようなものだったという事だ。思い返せば、今まで受けた“ご褒美”全てが気持ちの良いものだったわけではなかった。鞭打ちされた時は普通に泣いたし、極太バイブで処女を奪われそうになった時はカズマ君を沼に沈めてやった。彼がダクネスさんとエリス様向けのご褒美だと言った時はヒドイものが多いので私はいつも身構えていた。最近は彼も飴と鞭の加減をマスターして私もそのようなマゾ向けのご褒美を楽しんでいるけど……

 

 でも、いくら何でも木偶扱いは酷過ぎる。私だって彼に好意を持つ女性の一人だ。そんな私を彼は女として扱うどころかモノ以下の存在として扱っていたようだ。自然と体に熱が泡立つように湧き起こる。

 

最低だ……本当にこの男は最低だ!

 

 

 

 

「えへっ……えへへっ……肉人形ってそんな……興奮するじゃないかい……!」

 

「ええ……」

 

 ドキドキとした胸の高鳴りと陶酔感を抑えながら私は彼に全身を擦り付ける。そんな私を彼は呆れと驚愕と蔑みが混ざったような表情で見てきた。その表情が私のお腹の奥を更に熱くさせた。

 

「あのさあ、ここは『この男最低!』って言いながら俺を殴って帰る場面だろう? こんな反応は考慮してねえよ……」

 

「確かに君は最低だよ。でも、私はそんな君が好きなんだ。ああっ、もしかして君の発言の意図は私に嫌われる事かい?」

 

「別にそんな思惑はねえぞ」

 

居心地悪そうに答える彼の姿を見てやっぱりそうだと確信する。最近、彼は私やめぐみんにいつも以上に冷たくなってきた。どうやら、私達を本格的に彼から切り離すつもりらしい。でも、そんな事は許されない、許さない!

 

「あるえ、お前もそろそろいい年なんだからさ、俺みたいなクズとは縁を切る時期だ。ほら、取引先で関わる奴とか従業員の中には明らかにお前に好意を持ってる男が……」

 

「カズマ君、最初に言ったよね? 私は今の爛れた関係を続けられるだけでいい。私の幸せについて君の指図を受けるつもりはないさ。私自身がどれだけ君が好きかなんて事も私にとってはどうでもいい。例え私が君の事が大嫌いだったとしても、私は今の関係を続けるよ」

 

 私は彼に真正面から抱き着いて火照った体を擦り付ける。見上げると、悔やむように顔をしかめているカズマ君の姿がある。そんな彼に私は体を押し付け続ける。服越しに擦れる胸が私に丁度良い快感を与えてくれた。

 

 

「だって、カズマ君は私に天国を見せてくれるから」

 

 

ついに頭を抱えてしまったカズマ君の頭を私の胸の谷間へ抱きいれる。そして、大人しくなった彼に私は言い聞かせるように囁いた。

 

「カズマ君が私の事が好きだとか、私がカズマ君の事を好きだなんて事は正直言ってどうでもいい。君は私を気持ちよくしてくれる。それだけで私は十分なんだよ。私だって、君の事は諦めるつもりだったんだ。でもね、体が疼いて疼いてしょうがない! 一人じゃ満足出来ないし、君以上の快楽を与えてくれる人もいないし受け入れたくもない! カズマ君の戯れのせいで私はこんなにも“淫乱な体”になったんだよ?」

 

「うぐっ……!」

 

 悲痛な声を上げる彼を私は更にギュっと抱きしめる。ああ、彼は本当にダメな男だ。クズならクズなりに開き直ってしまえばいいのに。そんな罪悪感を持っているような姿を見たら私は余計に諦められなくなる。その罪悪感は私にとってのチャンス。付け入るスキだ。だから、彼を慕う女性は皆すぐには諦められない。ダクネスさんやエリス様という成功例があるため、もしかしたら自分も……と考えてしまうのだ。

 

「もう私の体は君なしでは満足出来ない淫乱な体になったんだ。今更私との関係を改めるなんて事は許さないよ? もし、この関係を終わらせたいなら私とセックスして欲しい。そうすれば、見えてくるものもあるだろうし、諦めがつく可能性だってあるさ」

 

「それは事態を余計に泥沼化するから却下だ。しかし、俺もバカだったな。ダクネスとエリス向けの性技を続ければお前もすぐに音を上げると思っていた。それを気が付けばズルズルと……」

 

「ふふん、私も君のせいですっかりマゾヒズムの良さに目覚めてしまったよ。私の状況は正に快楽堕ちと言ったところさ。カズマ君、嬉しいかい?」

 

「うーむ、ダクネスのおかげで思い知ってるけど、ドMの相手は面倒臭いんだよなぁ」

 

そう言って、私を振り払ったカズマ君は新たに煙草を口に加えてから背を向ける。それから、ゆっくりとした足取りで外へ出るための扉へ歩き出した。

 

「カズマ君! 私のお話はまだ終わってないよ! それにご褒美だってまだ満足出来なくて……!」

 

「うーい、つまりは今の関係を維持しましょうって事でいいんだろう? 俺はそれでいいさ。優秀な秘書官をまだ失いたくないしな。ご褒美はまた別の機会に追加でやるよ」

 

「カズマ君さあ、私がここまでしてるのにその反応なの? 据え膳食わぬは男の恥って良く言うじゃないか」

 

「悪いなあるえ、お前の体より美味いものをゆんゆん達が作って待ってくれているんだ。つーわけで、またな」

 

 後ろ手に手を振って小屋の外へと消えた彼を呆然としながら見送る。流石の私も先程の発言は心にクるものがある。流石はカズマ君だ。最近の塩対応も含めて明らかに私を切り捨てに来ている。こんなひどい仕打ちをされたというのに、私の心と体は屈辱と快感で熱く火照っていた。そして、少しでも冷静さを失えば得体の知れない感情が爆発しそうであった。

 

 

「こういう時は小説を書かなきゃね……」

 

 

 その日、私は狩猟小屋の掃除をしてから一人で寂しく帰還した。自宅へ向かう途中、私は必然的に彼の家の前を通る。薄闇の中で彼の家の窓から漏れる灯りはとても暖かなものであった。賑やかな笑い声と、ドタバタとした音が外にまで少し響いていた。私はその場でしばらくたたずんでから、そっと目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 私の新作小説が発売されてから数か月後、商会が紅魔の里で運営している雑貨屋で私は気分よく商品整理を行っていた。私の新刊は安定の売り上げをみせ、貯金額も一生では使いきれないレベルになってしまった。最早、私は人生の勝ち組だ。働かなくても全く問題ない。でも、まだまだ小説は書きたいから執筆は止めない。無論、商会の仕事を辞めるつもりもなかった。

 

「ういーっす、おはようあるえ」

 

「おはようございます社長。5分の遅刻だよ?」

 

「俺は社長だからいいんだよ。それに、どうせ客なんて来ねえし」

 

 彼は眠そうに欠伸をしながらリクライニングチェアにもたれかかる。この雑貨屋は彼が片手間に開いた店だ。扱っているものは彼が何処かから仕入れた意味不明な工芸品や一部の嗜好品、彼が趣味で作っている発明品、聖地巡礼者向けの暴利なお土産だ。おかげで来店者は非常に少ない。これは既存の商店との軋轢を避けるためと言っていたが、私は単に彼が仕事をしてますアピールをするための店だと思っている。そんな彼に苦笑してから私は商品整理へと戻る。そして、内心ではどきどきとした胸の高鳴りを抑えていた。暇を持てあまして彼は私にセクハラしまくるからだ。その期待はすぐに果たされる事となった。

 

「んっ……ふっ……何してるのさ社長……」

 

「尻揉んでるだけだ」

 

「相変わらずだね……まったく……うくっ……」

 

「これくらい今更だろ。さーて、それじゃあ仕事するか。おい、こっちこいあるえ」

 

「ん、なんだい社長? 昨日の分の事務仕事が残ってるの?」

 

 私のお尻でぐりぐりと嫌らしく動いていた手の感触が消え、彼は椅子へと戻る。そして、こちらに向かって手招きをした。素直に彼の前へと来た私をじっくりと眺めた後、机の上にあった箱を開いて中身を見せて来た。ピンク色のどんぐりのようなものが3つ入っていた。それは、私にとって馴染み深いものであった。

 

「なにこれ、どんぐり……?」

 

「しらばっくれるなよ、あるえ! こいつはお前が夜な夜な自慰で使っているピンクローターだよ!」

 

「つ、使ってないから! それに私は自慰なんか……うぅ……!」

 

「流石にしてないとは言えないかこの淫乱!」

 

「はうぅ!? おっぱい叩かないで……ひゃああん!?」

 

 いきなり胸を叩かれた後、上着のボタンを高速で外されて私のブラが外気に晒されてしまった。思わず両腕で胸を抑えて、尻もちをついてしまった私を彼は下卑た笑みで見下ろしてきた。

 

「というわけであるえ、今日はこれをつけて一日を過ごすんだ。ほら、自分でつけろ」

 

「ひゃっ!? ローターを投げつけないでよ……壊れちゃうよ……?」

 

「いいから早くつけろ」

 

 急かす言葉を投げかけながらも、彼の瞳には情欲の炎が燻っていた。それに、ズボンの上から一目で分かるほど彼のペニスは大きく勃起していた。そんな姿を見せられては、調教された私が逆らえるはずがない。私は両方の乳首にローターを押し当ててテープで固定する。それから、すでに濡れはじめた性器のクリの部分に押し当てて固定する。体に冷たくて固いものが押しあたる不快感とゾクゾクとした期待感に私は思わず肩を震わせた。

 

「ほう、付ける場所に迷いがなかったな! やはりビッチか!」

 

「えっちだけど、ビッチじゃないよ! 社長の馬鹿!」

 

「同じようなもんだろ。まあいい、さっさと開店の準備を始めろ。開店5分前だぞ」

 

「もう、本当に容赦がなくなってきたね……」

 

「実験台でいいって言ったのはお前だしなぁ」

 

「むぅ……!」

 

 くつくつと笑いながら椅子へ戻った彼を見送ってから、私は店のプレートをオープンへと変える。少しぎこちない歩きで彼の元へ戻った私は身震いをしながらも平静を装った。

 

「あるえ、その顔は何故ローターが動かないのかっていう不満顔だな。安心しろ。そいつはお前の魔力をドレインしながら半永久的に稼働する優れものだ。初期充填が終わったらすぐに動き出す」

 

「別に不満に思ってないよ! ただ、魔力ドレインなんて複雑な機構をこんなしょうもない事に使う魔道具なんて初めてだよ……」

 

「それは誉め言葉として受け取っておこう。さぁ、お前は客が来るまで商品整理でもしてろ」

 

「もう、社長もサボッってないで少しは手伝ってくれないかい」

 

「へいへい……」

 

「なんでそう言いながらお尻触るのさ!?」

 

 素知らぬ顔で目を宙に泳がす彼に私はため息をつく。かなり冷たくなった上に鬼畜の塩対応なのに、セクハラは以前よりひどくなってる気がするのだ。本当に彼はとんでもないクズだ。

 

「ん、でもこういうのも悪くは――」

 

「すいません、このお菓子を一つください」

 

「うっ!? い、いらっしゃいませ!」

 

「わっ、何だか気合入ってますね」

 

 いつの間にかお客さんが来ていたようだ。こちらに王都で作られている高級砂糖菓子の箱を差し出しているのは見知った人物であった。この店の数少ない常連、アクシズ教徒に胸がエリス様そっくりだと煽られて里の中で槍を振り回している姿がお馴染みとなってしまったエリス教徒の司祭だ。

 

「おっ、貧乳司祭じゃないか。またそんなお高いお菓子を買っちゃって……」

 

「うっ……貧乳は余計ですし、何か文句があるのですかカズマ様! 私は聖職者ですが一人の人間なんです! それに、ちょっとくらい息抜きしたって構わないってエリス様本人から諭されたのですよ!」

 

「ほーん、エリスがねぇ……なら内緒でもうひと箱おまけしてやろう。他のシスターにも分けてやれ」

 

「なっ……うっ……こんな施しは受けちゃダメで……!」

 

「施し? これは神の恵みだ。ほ~れほ~れ」

 

「あうあう……!」

 

 カズマ君が菓子箱を持った手をゆらりと動かし、それを司祭が首を動かして追い続ける。この司祭が彼に遊ばれるのはいつもの光景だ。単にじゃれているだけだが、見ている方はイラっと来るので早めに退散してもらうとしよう。

 

「司祭様、一箱は社長の言う通りおまけしてあげます。ほら、包んでおいたのでお金を出してください」

 

「うっ……どうぞ……」

 

「はい、丁度頂きました。という事でさっさと……ひああああっ!?」

 

「ど、どうしたのですか!? どこか痛いところでもあるのですか!?」

 

「ちがっ……ひっ……違い……ます……!」

 

 突然局部につけたローターがぶるぶると震えだす。漏れ出そうになる嬌声と熱い吐息を我慢し、内股気味ながらも私は何とか立位を保つ。カズマ君の方を見るとニヤニヤとした表情を浮かべていた。くっ、今回は少し油断していた私が悪いか……

 

「あの、顔赤いですよ? 病気は治せませんが、回復魔法をおかけしましょうか? 気休め程度にはなりますし体力も回復出来ますよ?」

 

「だ、大丈夫だよ! 紅魔族じゃこういうの……ひぅ……は良くある事だから……んっ……」

 

「そうなんですか? やっぱり不思議な種族ですね」

 

 そこで納得するなという言葉を飲み込み、私は振動と押し寄せるじわじわとした快感に耐え続ける。そして、私が早く去れオーラを出している事も気づかず、彼女は私の事をチラチラと見てきた。

 

「あのこんな状態の貴方にお願いするは気が進みませんけど、あの……その……サインを貰えませんか?」

 

「は?」

 

「ひっ……すいませんすいません! 実は私、最近貴方の本を読んでファンになって……!」

 

「っ……本当かい!? それは嬉し……はうっ……あひゃっ……うん……嬉しいよ! サインなんて……うぅっ……どんとこーい!」

 

 落ち着け私。今、私の目の前には大事なファンがいるんだ。こんな所でカズマ君の遊びに屈してファンに無様な姿を見せるわけには行かない。平常心……平常心……!

 

「あるえ様、それならこの最新巻にサインをお願いします!」

 

「ちゃんと最近出した奴も買ってくれてるんだねぇ……」

 

「はい、私はこの秘書シリーズが読むきっかけだったんです! 本当にこの小説の社長はヒドイ人なんですけど、妙な所でカッコよくて……主人公の報われない行動と恋に――」

 

 嬉々として感想を言ってくれている司祭様は本当に有難い存在なのだが、状況が状況なだけに早く帰って欲しかった。そして、先程からしていた嫌な予感が現実となる。カズマ君がゆっくりと私のお尻を撫で始めたのだ。

 

 

「ふふっ、最初は見るのが嫌だったんですけど、女の子同士の修羅場は本当に変な気持ちになるというか……」

 

「ひぎぃっ!?」

 

「あるえ様……?」

 

「な、なんでもないよ! ただのしゃっくりだから! ほら、サインは書いたよ! だから、また今度に感想を……ひっ……あっ……ふぅっー……ふぅっー……!?」

 

「悪いな司祭様、コイツは久しぶりのファン登場で浮かれて上がってるんだ。あまり気にしないでくれ」

 

「そうなのですか! それじゃあ長居も悪いですね! サインありがとうございます! 続刊も期待していますね!」

 

 満面の笑みで手を振る彼女に私は力なく手を振り返すし、彼女が去ったのを確認してからカウンターに力なく突っ伏した。正直言ってもう限界だ……!

 

「社長……お尻に指入れるのやめて……!」

 

「なんだ、もう一本増やして欲しいのか」

 

「はぅっ!? ダ、ダメだから……はううううううう!?」

 

 あろうことか彼は私のお尻をあの司祭の前で弄っていたのだ。もし、司祭に事がバレたら小説家として終わるどころか、人間として終わってしまう。私が口を手で押さえて嬌声を止めていると、彼は私のお尻に異物を挿入してきた。

 

「何を入れたのかい……」

 

「感触で分かるだろう? お前も大好きなアナルプラグだ」

 

「あうっ!?」

 

 彼は私のお尻に栓をした後、気分よさ気に私のお尻をぺちぺち叩く。本当に痛いし、屈辱的だ。でも、乳首とクリにつけたローターの快感と、何より彼が私に“構って”くれているという嬉しさが痛みを快感へと変化させる。気が付けば、私は体を大きくのけ反らしていた。

 

「ひっ……あっ……いぁ……あぅ……」

 

「ふーん、あるえはそんなにファンの前で醜態を晒すのが好きだったのか?」

 

「ふうっー! ふぅっー! うぅっー!」

 

「話す気力もないか」

 

 私はぺたんと床に座り込む。愛液で出来た水たまりを踏んでしまい、下着が濡れる不快な感触がする。何だか、自分自身に笑えて来た。本当に、私はマゾヒストの変態だという事を否定できなかった。

 

「実はこのローターは振動の強弱を今俺が持っているリモコンで遠隔操作できるんだ。ちなみに今の振動の強さは最弱だ。これを最大値にしたらお前はどうなるかな?」

 

「へっ……!? 嘘だよね社長……これ以上強くしたら私が壊れちゃう……」

 

「別にいいだろ。実験体なんだし」

 

「っ……!」

 

 彼の冷めた目を見て私は今までにない恐怖を覚えた。そして、この男の眼中に私の存在などない事を改めて悟ってしまった。もうこれ以上は彼にとっても迷惑なのかもしれないう。

 

認めたくはない

 

でもやっぱり彼は……

 

 

 

 

 

「カズマさーん! 助けて! 今すぐ助けてくださいいい!」

 

「おふぁ!? いきなりどうしたゆんゆん!? ほら、落ち着け……」

 

「むぐっ!?」

 

 いきなり店に駆け込んできたゆんゆんをカズマ君は優しく抱きしめる。それを受けたゆんゆんはしばらくじっとしてから、音で分かるほど彼の匂いをすーはーと嗅ぎ始めた。

 

「ふぅ、やっと落ち着けました。ありがとうございますカズマさん!」

 

「へいへい、それで急にどうしたんだ?」

 

「それがですね、カイズ君が地下室で勝手にアレを繁殖させていたんです! アクアさんもエリスさんも余りの大量のアレを見て真っ白になって気絶しちゃって……今はダクネスさんが何とか地下室で押しとどめているんです! 早くしないと家の中までアレが……! 何とかしてくださいカズマさん!」

 

「まったく、しょうがねえなぁ……!」

 

 

 

 ゆんゆんに連れられてカズマ君が店を出た。残された私はへたり込んだまま彼らを見送る。一気に静かになった店内では、微かな振動音が響くのみであった。私は立ち上がって服についたほこりを軽く払う。今の私は何も感じることがなかった。羞恥も快感も屈辱も全て無となる。ただひたすらに寂しかった。それから、しばらく来客のない暇な時間を過ごし、一人で持ってきたサンドイッチをもそもそと食べる。やっぱり味も感じられなかった。

 

「なるほど、彼女もこれと似たような思いをしたのだろうか? いや、もっとかな……」

 

 あの金髪碧眼の女性。私では到底かなわない気品と優雅さを持つ彼女も、彼と一緒になるまではこのような孤独を味わっていたのだろうか。

 

「私と比べるのもおこがましいか……」

 

 

 サンドイッチを片付けた私は一人カウンターに立つ。いまだに振動している玩具が本当に煩わしかった。彼もいないし、もう外してもいいかもしない。そうして服に手をかけようとした時、久方ぶりのお客さんが現れた。そのちっこいシルエットはとても良く知っている。カズマ君の息子であるカイズ君だ。

 

「いらっしゃい……ってどうしたのさ、涙目になっちゃって」

 

「お母様からお尻叩きの罰を受けたのであります……」

 

「へぇ、何か悪い事したの?」

 

「そうらしい……のであります……」

 

 納得いかなそうな顔でカイズ君は顔を逸らす。その姿によだれが出そうになるのを堪えて私は冷静に接することにした。これも平常心……平常心……!

 

「この前、お父様がお母様の機嫌が悪い時はテキトウにモノでも渡せば大人しくなると言っていたのであります。というわけで、何かお母様の機嫌が良くなりそうなモノはありませんか?」

 

「うーん私も見当つかないね。こういうのは素直に……」

 

「お金ならあるのであります!」

 

 そう言ってカイズ君がポケットから取り出したのはエリス金貨2枚だった。これを見てしまっては流石に私も顔をしかめる。子供が持っていていい金額ではない気がしたからだ。

 

「あのね、カイズ君。このお金はどこから持ってきたの?」

 

「お手伝いをしたお駄賃なのであります!」

 

「あ、あれ、カズマ君の家ってお手伝いのお駄賃にこんなに払うのかな……うーん……」

 

「……? これはめぐみんお姉様のお手伝いをした時に貰ったであります」

「!?」

 

 一気に体中に寒気が走った。もしかして、めぐみんが越えてはいけないラインを越えてしまったのだろうか。そうだとしたら本当に最低だ!

 

「カイズ君、めぐみんになんか変な事されたりとか……!」

 

「簡単なお手伝いだったのであります。お父様の歯ブラシやパンツを新しいものに変えて古いものは捨てるっていう……」

 

「ん? んー……うわぁ……」

 

 どっちにしろダメだった。めぐみんは私刑決定だ。流石にまずいと思う。うん、まずいまずいよめぐみん……!

 

「カイズ君、モノを上げてご機嫌を取るなんてやっぱりダメだよ。素直にお母さんに謝るのが一番だよ」

 

「むっ……」

 

「という事で早く家に帰りなさい。きっと、お母さん達も心配してるよ?」

 

 私の言葉を受けて素直に頷いたカイズ君はトボトボと店を出ようとする。私はそんな彼にどんな言葉を投げかけていいか分からなかった。やっぱり、私にはまだ“お母さん”としての経験が全くない。子供、子供か……本当に純粋だな……

 

「ふへっ……えへへ……ねぇ、カイズ君」

 

「なんでしょうか?」

 

「私のお手伝いもしてくれるかな……?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「何やってるんだろう私……あー……んー……すんすん……んふっ……」

 

 私の手に中には少し汚れた白シャツが握られていた。やってしまった感と罪悪感でいっぱいになるが、そんな事は目の前のご褒美と復活した五感が感知する彼の匂いと温もりの前に霧散した。

 

「これからどうしようかな……」

 

 私は彼の匂いがする上に狭くて落ち着く場所。彼の事務机の下で膝を抱えて縮こまっていた。カズマ君は帰ってこない。それに、彼からの冷めた反応を受け続けて流石に私も辛くなってきた。でも、彼の快楽の呪縛から私の体は逃れられない気がした。きっと、時間が経てばまた彼の元へ戻ってきてしまう。それくらい、私は彼に“依存”していた。

 

 

何より……

 

 

 

「これがなきゃ、小説なんか書けないよ」

 

 

 

 今の私の体に纏わりつく不快感、地の底から湧き出るような得体の知れない感情。これがなければ、今の私は存在しないし、今までの作品もなかったと言っていい。これがなければ、私は本を書けない。これがなかったら、私は日々を怠惰に過ごすことしか出来ない売れない小説家にしかなれない。だから、これだけは譲れない。

 

「ふぃー疲れた。ああ、くそ、謎の体の痒みが収まらねえ。流石にあの量はな……カイズはなんたってあんなものを地下で……んー……あるえー?」

 

「っ……!」

 

 何故か私は咄嗟に息を潜めてしまった。机の下の暗がりで、私はジッとする。そして、彼の足音が私に近づき、目の前にあった椅子に腰かける。彼の両足は私の顔の数センチ先にあった。

 

「あー……流石に逃げたか。まぁ、ヒドイ事何度も言ったしなぁ……」

 

「…………」

 

「今後は俺みたいな男に騙されませんようにっと……」

 

キィっという椅子の音が鳴る。彼が椅子にもたれかかったのだろう。足先が私に眼前に来ている。ん、少し臭い。でも、嫌いじゃない匂いだ。

 

「って、秘書官どうすっかね。アイツいねーと月末がマジでやべえな。少しでも終わらせとくか」

 

 彼がリクライニングをやめて机に向かってペンを走らせ始める。恐らく、今できる範囲の事務作業を片付けているのだろう。彼は片足でぼすぼすと床を叩いて貧乏ゆすりしていた。その姿が私には微笑ましいものに見えた。しかし、出るに出られない状況になってしまった。そのまま、私は彼しばらくの傍でじっと息を潜める。なんだか、こういうのも悪くない。そう思ってしまった。

 

「ふぅ、これで今日までの帳簿は終わり! うーむ、コーヒー……ってあるえいないんだったな」

 

「…………!」

 

「なんだかんだで寂しいもんだ」

 

 今こそ私の出るチャンスかも知れない! そうしたら、きっと彼はお決まりのツンデレセリフを吐くに違いない。まったく、本当にしょうがない人だ。私を失ってから、私の大切さに気付く。うん、王道的だからこそいい展開だ。しかも、私は彼の秘書として長年鍛えたお茶くみスキルがある。ここで颯爽とコーヒーを出せば少しは仲を元に戻せるかもしれない。そうと決まれば行動あるのみだ!

 

「クリス、コーヒーいれてくれ」

 

「はいはーいっと、よくあたしがいるって分かったねぇ~」

 

「うおっ!? 床下から急に出てくんなよ! ビックリしただろうが!?」

 

「なんで助手君が驚くのさ? 分かっていてあたしを呼んだんでしょ?」

 

「いや、なんとなく気配を感じたから呼びかけたが、まさか本当にいるとはな。まあいい、コーヒーくれ」

 

「助手君は本当に怠け者だね。それくらいは自分でやってよね」

 

 お湯を沸かす音と食器が擦れるかちゃかちゃとした音が聞こえてくる。私は完全に出るタイミングを見失ってしまった。というか、急に出現したクリスさんの存在に私は何とも言えない恐怖を覚えた。

 

「はいどうぞ。味は保証しないけどね」

 

「おっ、ありがとう。んーっ……あー……普通だな!」

 

「そこは嘘でも美味しいっていう所でしょ!?」

 

「そんな事言う仲でもないだろ。やっぱりお茶くみはダクネスかあるえだな」

 

「むっか! そんな文句言うなら最初から自分で淹れてよ!」

 

「あだだだっ!? 悪かったっての……ほら、どうせだし一緒に飲もうぜ」

 

 私のすぐそばでカズマ君とクリスさんのお茶会が始まってしまった。彼の足しか見えないけれど、声のトーンと椅子の軋む音で全てが分かる。悔しくて仕方がないけど、心から会話を楽しんでいる。私の付け入るスキなんてあるわけなかった。

 

「ところでさ、今、商会の事務担当がいないんだよ。なんか、事務出来る奴に心当たりないか?」

 

「なんでそんな事をあたしに聞くかな。というかあたしに頼めばいいじゃんそんなの」

 

「えっ、お前事務仕事出来るの? わっかんねーとか言いながらペン投げそうなイメージあるんだけど」

 

「なにその変なイメージ!? あのさぁ、助手君。私は女神エリスの分身なんだよ? 事務仕事なんて天界で気が遠くなるくらい経験済みだよ」

 

「流石クリス! 結婚してください!」

 

「わああっ!? ちょっ……もう結婚してるでしょ!?」

 

 何かが砕け散った音が脳内に響く。それだけは……それだけはやめて欲しい。本当に私がいらなくなってしまう! 二度と彼に必要とされなくなってしまう。やだ、いやだ。聞きたくない……信じたくない!

 

「まっ、臨時ならいつでも引き受けるよ。でも、常勤は無理かな。あたしも色々とやることがあるからね」

 

「マジかー」

 

「だからさ……」

 

私の前にヌっと顔が現れる。美しい紫色の瞳がしっかりと私を射抜いていた。

 

 

 

 

「頑張ってね」

 

 

 

 

「どこ見ていってんだよお前は……」

 

「まあまあ、それより君に話がしたいって人がそろそろ来るからさ。あたしはここでお暇させてもらうよ」

 

「別にこのままずっと一緒にいても構わないだろ」

 

「んふふっ、それはまた助手君と“二人っきり”になれるときに言って欲しいな」

 

 ガチャリと窓が開けられる音がする。それっきりクリスさんの声は聞こえなくなった。店は再びペンの音と貧乏ゆすりの音だけとなる。それと、私が歯を震わせる音。本当に怖くて怖くてたまらない。クリスさんは私の存在に気づいていた。そして、私に向けてのっぺりとした笑顔を向けて来た。意味なんか分からないし、分かりたくない。一刻も早く、私は逃げ出したい。彼に思いっきり抱き着いて泣きわめきたかった。でも、それをする気力も恐怖を前に霧散してしまった。

 

「すまない、カズマはここに……ああ、いたいた」

 

「よおダクネス。何かようか?」

 

「いや、仕事中ならまた今度にする。邪魔してすまない」

 

「待てよダクネス。今を持ってこの雑貨店は営業終了だ。ほら、こっちこいよ」

 

「貴様は相変わらずのお気楽商売だな」

 

 ダクネスさんがため息をつく音が聞こえる。でも、悪い意味のため息じゃない。顔が見えなくとも、彼女の表情が笑顔である事は分かった。何だか、体が軋む。口の中に鉄の味が混ざる。

 

「なぁ、カズマ。私は一言お礼が言いたかっただけさ」

 

「あらま、急に殊勝な態度になったな。一体どういう風の吹き回しだララティーナお嬢様?」

 

「お嬢様と言うな。でも、お前に名前で呼ばれるのは悪くない」

 

「可愛い事言うじゃないかララティーナ」

 

「まったく、お前と言う奴は……」

 

 クスクスと笑い合う声に私は絶望的なほどの“差”を感じてしまう。口の中に広がる鉄の味が濃くなる。衝動のままに身を動かすことが出来たら私はどんなに楽になれるか、どんなに気持ちよくなれるか。でも、出来ない。私にはそんな勇気は……

 

「私はな、お前は父親には向いていないと思っていた」

 

「お前言ってはならない事を……」

 

 私の目の前に彼の両足があった。自然と、そこに吸い寄せられる。そして荒れ狂う感情の中で一つの共通する思いがある事に気づく。私は、カズマ君とダクネスさんの甘い会話をぶち壊したかった。だから、私はそっと手を伸ばした。

 

「ゆんゆんと結婚してぐうたらすると思っていたら、世間体が悪いからなんて俗っぽい理由で真面目に働いていた。まぁ、お前自身が仕事で手を抜いているのは分かっている。それでも、これだけの商会を維持した上に紅魔の里の住民全員から頼られている。お前なりの努力をしている事は私も理解しているさ」

 

「ほう、やっと俺の偉大さを実感できたか。ほら、もっと感謝していいんだぞ! カズマ様、毎日お仕事頑張ってありがとうって……いっ……!?!?」

 

 カズマ君のズボンのジッパーをゆっくり降ろす。彼のモノはもちろん通常モード。でも、パンツの上から擦ってあげるとすぐに大きくなった。奥さんの前なのに、私みたいな女の手で固くさせるなんて、カズマ君は本当にいけない人だ。

 そして、私にギラギラとした欲望と暗い感情が湧き起こる。彼に一矢報いる事が出来れば私は満足だ。そう考えた瞬間、私の体に活力が戻り、身を捩らせる。そういえば、私には玩具が取り付けられているのだった。思い出したと同時に快感が押し寄せる。私の秘所はすでにとろぐしょだ。

 

「そこで調子に乗るのがお前の悪い癖だ。でも、感謝は忘れていない。蓄えはあるに越したことはないしな。お前の稼ぎだけで私達家族は十分に暮らしていける。それに、私たち家族との時間も大切にしている事はこの身に感じている。だから、心から礼を言う。ありがとう、カズマ……」

 

「くっ……! 当たり前だろ…お前は俺の家族だ……っ……!」

 

 

 そっとチャックを降ろしガチガチのペニスを解放させる。彼の勃起したモノはビキビキと血管を浮かせている。その凶悪なペニスの先からはねっとりとした我慢汁が溢れていた。私は我慢できずに彼の亀頭に舌を這わせる。ああ、これだ。この雄臭くてどこか癖になる味。何年振りかのカズマ君のおちんぽ様!

 

「カズマは子供の教育に悪そうな父親になると思っていた。でも、実際はとても良い父親になっている。むしろ、私はダメな母親だ。ゆんゆんとエリス様と比べたら、私は母親として失格だ」

 

「そんな事は……うっ……ない! カイズはお前のおかげで立派に育ってる! アイツは俺に似てるからな! 教養がなかったら……くっ……ただの悪ガキになっちまう……」

 

「ふふっ、そうかもな。あの子は本当に腕白だからな」

 

 亀頭だけじゃ満足出来ない私は舌を伸ばして固い竿を弄り、自ら喉奥まで咥え込む。濃厚な雄の匂いと痺れるような刺激的な味が私の脳内を蹂躙する。こんなもの、しゃぶらないわけにはいかない。しゃぶって弄って思いっきり射精させてやりたい!

 

「がふっ……!? んむっ……はぶぅ……じゅるっ……んはっ……んふふっ……」

 

「んっ……? 何か変な音が聞こえないか……?」

 

「俺には何も……うぉ……聞こえねぇぞ……んっ……!?!?」

 

 じゅぷじゅぷと彼カズマ君のくっさいおちんぽを味わっていると、ぽすりと胸の当たりに蹴りをもらう。その瞬間、何故か彼の体がピンと張って動きが止まる。それを良い事に私は彼のおちんぽをじゅるりと吸い上げる。

 

「カズマ、少し顔が赤くないか? どうした、熱でもあるのか」

 

「アホ……お前に見惚れただけだ……うっ……今夜はお前を抱きにいくからな! 寝ずに待ってろよ……ぐぅ……!」

 

「そ、そうか……今日は私か……ふふっ……そうか……!」

 

 嬉しそうなダクネスさんの言葉を聞いて私は一瞬頭が真っ白になって硬直する。その硬直も、次の瞬間には暴力的な快楽に吹き飛ばされる。乳首とクリを刺激するローターが今までにないくらいに振動して大暴れし始めたのだ。突然の快楽に私の体は屈服した。ガクガクと激しく痙攣しながら私は絶頂してしまう。そして、蕩けた思考と抜けてしまった腰のおかげで、私の体は前のめりになり、カズマ君のおちんぽを危険域までぐっぽりと咥え込んでしまった。

 でも、カズマ君はやっぱり鬼畜だった。私の自慢の巻き髪を無造作に掴んで引っ張り上げ、更に喉奥へとおちんぽを突き立てる。おまけに、私のぐしょ濡れの股をぐりぐりと踏みつけて来た。玩具の振動がより強くクリトリスを刺激する。我慢なんて出来るわけがなかった。私が何度目かも分からない絶頂を迎える同時に、彼のおちんぽがビクンと膨らむ。それから、私の食道が熱いドロドロで満たされ、胃の中が重たくなる。どうやら射精したようだ。ツンとした胃液と共に強烈な雄の匂いがせりあがる。吐きそうだった吐瀉物は精液に流されて胃に戻される。

 

「……っ!? んごっ……んぐっ……!?!? んぐううううううっ!!!!!」

 

「うおおおおおおおおおおおっ! ララティーナ! 今夜は無茶苦茶に犯しまくってやる! スタミナのつく食事を作って家で待ってろおおおおおお!

 

「わかりましたぁ♪ ららてぃーな待ってりゅ♪ かじゅまにれいぷされるためにまってりゅう♪」

 

「おらっ、ならさっさと帰れ!」

 

「ひゃいいい♪」

 

 

 とたとたという足音と店の扉を強く開けた音が聞こえ、ダクネスさんの緩んだ声が消える。どうやら彼の命令通り家に帰ったようだ。静かになった店内には私が喉を鳴らす音、淫靡な水音だけが響いた。

そして、巻き髪を引っ張られて私は机の下の暗がりがら引きずり出されてしまう。顔をあげると複雑そうな表情をしたカズマ君と目が合った。私は彼のおちんぽを舌で綺麗にお掃除しながら喉奥から引き抜く。彼のアソコは、相変わらずガチガチに勃起していた。

 

「こんな事をするのはクリスだと思ったんだが、胸の大きさで分かったぜ。やはり、お前だったんだな。なぁ、あるえ?」

 

「はひっ……はふっ……あぅ……ふーっ! んっ……!」

 

「聞いてんのか?」

 

「ひぅ……!」

 

 彼の勃起したおちんぽで頬をベチベチと叩かれる。快楽の余韻が引かない私は、カズマ君に曖昧な返事しか返すことが出来なかった。

 

「まあいい、今日はもう営業終了だ。家に帰りな」

 

「んふっ……ごめんね社長……いやカズマ君。腰抜けちゃって立てないのさ……」

 

「まったく、ほらよ……」

 

 彼が私の両脇に手を入れて抱っこをしてくれた。苦笑する彼の顔がたまらなく愛おしかった。

 

「はうっ!? んっ……あっ……あうっ……!」

 

「うおっ!? お前何やってんだ!?」

 

 ぼやけた意識の中で、私は先程とは違う快感と開放感に満たされた。もう何もかもがどうでも良くなってくる。しばらくしてから、すっきりとした快感と共に思考がクリアになっていった。

 

「んへへっ、ごめんねカズマ君……おしっこ漏れちゃった……」

 

「はぁ……お前なあ……」

 

「だって、カズマ君が私を抱っこしてくれたのが嬉しかったのさ」

 

「うれションかよ。アクアみたいな事してんじゃねえよ……」

 

「アクアさんもするんだ……」

 

 押し黙るカズマ君は私を机の上へと突き飛ばす。机に腹ばいになった私は必然的に彼に向けてお尻を突き出すような姿になってしまった。そんな私のおしっこと愛液で濡れた不快な下着を彼はずるりと引き剥がす。濡れていたからだろうか、脱がされた瞬間に体がぶるりと震えた。

 

「なんで脱がすのかい……?」

 

「ここに挿入して欲しかったんだろあるえ」

 

「あっ……えっ……カズマ君……?」

 

「ケツ穴もヒクヒクさせやがって……ふんっ!」

 

「ひゃあん!?」

 

 お尻の中を占領していたアナルプラグを一気に引き抜かれて視界が白黒に明滅する。思わず致してしまいそうになったが、それだけは必死に我慢する。女として、それだけは譲れなかった。そして、私の秘所にカズマ君が勃起ちんぽをぐいぐいと押し付けてくる。くちゅくちゅという音と、秘書に触れる彼のモノのせいで頭がおかしくなりそうになった。

 

「どうするあるえ、おねだりしたら挿入することを考えてやる」

 

「えっ……!? んっ……カズマ君……あるえのえっちで……はしたないおまんこにいれて……! 君のおちんぽで無茶苦茶にれいぷして……!」

 

「よく言えました……おらああああっ!」

 

「ひぎゅううううううううっ!?」

 

 ズドンという衝撃と共に私の体に彼の勃起おちんぽが突き立てられる。それだけで私は天にも昇るような絶頂を迎えたが、何とも言えない違和感に包まれる。でも、気持ちがいいからどうでもいい。

 

「あうっ……やあっ……! 違うよカズマ君……そこおまんこじゃないよ……!」

 

「ん? 間違ったかな?」

 

「ひぎっ!? あひっ……はふっ……! んへへっ……違わないさ……あるえはお尻の穴もおまんこだから……♪ 突いて……もっと突いて……!」

 

 自分でも何を言っているんだと呆れてしまう。でも、私の体は彼に逆らうことなんてできるわけがない。性器ではなくアナルに挿入されているのだとしても、私は嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。冷たい態度の彼が、私を構ってくれる上に私の体で気持ちよくなってくれているのだ。

 

「まったく、お前はおっぱいだけじゃなくてケツもでけえよな! ああっクソ! このド畜生が! ふんっ……せいっ……!」

 

「ひんっ!? お尻叩かないで……! ふぁうっ……そこ気持ちいい……んひっ……んひいいいいいっ!」

 

「おう、ここがいいんだな。そりゃっ!」

 

「はううううううううううううっ!」

 

 私のお尻はとうの昔に彼によって開発済みだ。だから、私の弱いところは全て把握されている。そんな私の弱点を彼はカリ首でゴスゴスと刺激した。そして、私を机に押しつぶすようにのしかかって深く挿入してくる。ああ、たまらない。この私が彼に犯されている!

 

「せいっ……くぅ……! 気持ち良いじゃねえか! 喜べあるえ、お前のケツは最高だ!」

 

「んひっ……ひゃぐ……ううっ……私で……ひぅ……気持ち良くなってくれているのかい……?」

 

「ああ、最高だ……ぜっ!」

 

「あうううううっ!? そんな強く……あひっ……あひいいいいっ!」

 

 

 我が名はあるえ。里一番の偉大な作家にして、数多の魔法を操るもの。そして、カズマ君のアナル奴隷に身を堕とした淫乱秘書官。んふふっ……今度からこんな名乗りをしてみようかな。

 

「気絶してんじゃねぇ! “ライトニング!”」

 

「あぎいいいいいいいいっ!?」

 

「おまけに出力最大! リミットブレイク!」

 

「ひゃあああああああああああっ!?」

 

 体に走る電撃と、壊れそうなほど激しく震える玩具。そして、奥深くまで挿入されるおちんぽに私は全てを壊される。ただひたすらに、はしたなく嬌声を上げて涎を垂らす。私はどうしようもない女であった。

 

「くそっ……出るっ……ぐぅ……くうううっ!」

 

「ふわあああああああああああ!? あうっ……熱い……お腹熱いよカズマ君……!」

 

「あ˝あ˝~……えがった……」

 

「んひっ!?」

 

 彼が私のアナルから性器を引き抜くちゅぽんという下品な音が聞こえた。そして、荒い息をつく私をよそに彼は服を着て身支度を整える。甘い言葉もなければ、後戯もしてくれない。それが少し不満であった。

 

「くそ、勢いでやっちまったな……ああやべぇ……アイツの反応がこっちに……浄化スプレーは……あったあった」

 

「カズマ君……どこに行くのさ……?」

 

「家に帰るんだよ。お前はきちんと掃除してから帰れよ。残業代はつけとくからよ」

 

 

 自分の体にスプレーを振りかけたカズマ君が店を出ようとする。私はそんな彼の腕を掴んで止めた。面倒臭そうにしながらも、足を止めた彼に私はずっと聞きたかった質問をしてみる事にした。

 

「ねぇ、カズマ君。私とエリス様、ダクネスさんの差は何かな……?」

 

「はあ? 分かり切った事を聞くなよ」

 

「知りたいんだ。なんで私は……めぐみんは……」

 

「アイツらの事をお前より愛しているだけだ。理解出来たか?」

 

「っ……!?」

 

 素っ気なく言われて一瞬理解出来なかったが、つまりはそういう事だ。我慢しようと思っても、両目から溢れる涙は止まらない。やめて欲しい。そういう事は、面と向かって言わないで欲しい……

 

「それじゃあアクアさんは……? なんであの人は君の傍にいられるの……私じゃダメかい……?」

 

「…………」

 

 押し黙ったカズマ君は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。そして、私の耳元に顔を近づけて言い聞かせるように囁いてきた。

 

 

 

「アイツは俺の“モノ”だ」

 

 

 

 彼はそう言ってから私に背を向ける。それが悔しくて悲しくて、どうにか繋ぎ止めたくて仕方なかった。だから、あえて私は余裕を装う。こんな扱いをされても構わないだろうと自分を鼓舞する。だから、私は――

 

「カズマ君、また今度しようね。この背徳的な関係がたまらないのさ」

 

「へぇ……お前頭おかしいんじゃねえの?」

 

 恐怖と不安、蔑みを混ぜたような表情を彼は私に向けて店を出る。私はそんな彼を這うようにして追いかける。そんな態度はやめて欲しい。私だって……私だって……! 

 

 

私は何とか店の扉を開くことが出来た。でも、もう遅かった。

 

 

「あっ、カズマさん!」

 

「お父さん……」

 

「お、おう! 今仕事が終わった所だ」

 

 娘の手を引いて駆け寄ってくるゆんゆんに、カズマ君は満面の微笑みを返していた。知らない。そんな彼の顔を私は知らない。彼はもっと鬼畜でクズで冷たくて……

 

「今日の夕食のコロッケはありさと一緒に作ったんです! だから揚げたてを食べて欲しくて……!」

 

「ん、頑張った……」

 

「おう、そうか偉いぞありさ! 一風呂浴びてさっぱりしてから頂こうかな!」

 

「ふふっ、お湯は沸かしてありますからね。カズマさん、お仕事お疲れ様でした」

 

 

 

 仲良く手を繋いだ三人の背中が私から遠ざかっていく。その光景は私に様々な感情を呼び起こしてくれた。羨み、憎しみ、失望、無念、怒り、苦しみ、殺意! この全てを内包した感情。“嫉妬”を覚えた私は、唇を噛み締め、拳を床に叩きつける。ああ、羨ましい憎らしい妬ましい! 

 

でも、この感情は嫌いじゃない

 

 

「あはっ♪ これだよカズマ君……この感情は最高だねぇ……」

 

 ガリガリと胸を掻きむしりながら、私は先程見た光景をどのようにしてぶち壊してやるかを考える。様々な物騒な手段と計略が頭に思い浮かぶ。ああしたら、彼は破滅する。こうしたら、ゆんゆんは醜く死ぬ。彼を私のモノに出来る!

 

「ああっ……書かなきゃ……小説書かなきゃ……!」

 

 でも、実際にそんな事は出来るわけがない。だから、私はこの思いを小説にする。だって、小説の中の“私”は何だって出来る。彼を奪う事も、憎いあの女を破滅させる事も、冷たい態度の彼を満面の笑みにだって出来る!

 この荒れ狂う感情が私の創作意欲を刺激してくれる。だから、余計に諦められない。現実で彼に受け入れられた時、私はもっといい小説が書ける。そんな気がしたからだ。

 

 

「でも、涙は止まらないんだよカズマ君……」

 

 

小説の中の私は強い女だ。

 

現実の私はだめだめだ。

 

 

でも、どちらも同じ“私”だ!

 

 

「事実は小説より奇なり……か……」

 

 

 

 

 

 

さぁ、“小説”の続きを書こう。

 

 

 

 

 

 

 







皆さんはこのすばのゲームを買いましたか?
アクア様は相変わらず最高でしたね。そして、クリスが最高でした。ナチュラルにデートを継続させるエリス様マジ策士!
なんだかんだで、二人とも満更でもないんですね……


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ハーレム

遅くなってごめーんね!


 

 

 

 こじんまりとした部屋の中には使い古されたベッドといくらか年季の入った机、研究資料という名の蔵書が収まった本棚が所狭しと並んでいる。余ったスペースにはゴミと薬瓶が転がっていた。そんな汚い部屋が最近染みついてしまった私のメイド根性を強く刺激する。これはやりがいがありそうだ……

 

「それで、君……アクア様が私の所に来るなんて珍しいじゃないかい?」

 

「別に様付けしなくて結構よ。気安くアクアと呼んでちょうだいな。それで要件なんだけど、是非貴方の力が借りたいの」

 

「私の力かい? 私はしがない作家でしかないよ。女神様のお役には立てない気がするけど……」

 

 謙遜するあるえの前に、私はカバンの中身を机の上に広げて見せる。カバンから出て来たいくつのも本に彼女は肩眉をピクリと動かした。

 

「へえ、これは全部私の本だね。まさか、アクアさんって……」

 

「そう、私は貴方の……先生のファンなのよ! 毎夜のように先生の本を読み返しているし、新作をいつも楽しみにしてるわ!」

 

「そうなのかい? う、嬉しいじゃないか……」

 

「そんな先生の本の中でも、私はこれらの本……『どんと来い、ぶりっ子ぼっち娘』、『どんと来い、ドM痴女お嬢様』、『どんと来い、腹黒出来婚女神』、通称どんと来いシリーズに、最新作である『なぜ私を選ばないのか』には非常に感銘を受けたわ!」

 

「ふふっ、私も有名になったものだね。そのどんと来いシリーズはカズマ君の許可が降りなくて自費出版した奴さ。読んだ人は是非他の人に読んでもらおうと必ず古本屋に売るという素晴らしい本だよ! 通常出版された“なぜわた”共々、過激すぎて万人受けはしなかったどね」

 

 誇らしげに語る先生の姿に私は素直に尊敬の目を向ける。彼女は私にはないものを持っている。だからこそ、この停滞した状況を打破するためには先生のような人の力が必要なのだ。私は緊張しながらも、彼女へ協力の“お願い”をした。話を聞いた先生は神妙な顔をしながら腕を組む。そして、胡乱気な視線をこちらに向けて来た。

 

「アクアさんの話は分かったよ。でも、それに協力をするメリットは私にあるのかい?」

 

「ええ、協力するというなら先生にとって耳寄りな情報があるの。望むならそれについて協力だってするわ」

 

「ふむん、詳しく!」

 

 興味津々な様子の先生に私はとある情報を伝える。話を聞いた彼女はしばらく黙り込んだ後に悪辣な表情を浮かべて楽し気に嗤った。その表情と狂笑に私は背筋を寒くしながらも、ある意味頼もしかった。

 

「なるほど、そう考えるとカズマ君の行動について考えを改めるべき点や納得のいく点が出てくる。でも、まだまだ情報が足りないよアクアさん。私が今まで得た情報はあくまでカズマ君達から何とか聞き出したものさ。いつも話の断片しか聞けないし、フェイクも多く含まれている。だから、私に包み隠さず“全て”を話して欲しい。カズマ君のパーティとゆんゆんが歩んだ愛憎渦巻く歴史を!」

 

「分かったわ……」

 

 こうして、私は全てを話す。私達とカズマの馴れ初めから、世界を救うまで道のり。待っていた怠惰な日常とゆんゆんとカズマの関係の始まり。それから、彼を巡っての愛と狂気の応酬。結婚してからも続いた争いについて私は“全て”を話した。黙って話を聞いていた彼女はニヤリとした顔を浮かべてくすりと微笑んだ。

 

「ああ、なんだ……こんなにも簡単な事だったのかい……」

 

「どういう事……?」

 

「ふふっ、君には私の言う事に従って貰おう。後は全てに任せるがいい! この“狂気の小説家”あるえ様にね!」

 

「流石あるえ先生! あっぱれだわ!」

 

「はっはっはっ! どんとこーい!」

 

 

 

私は頼れる先生に思わず抱き着いてしまった。

 

 

 

 

 

この勝負は絶対私の勝ちよ!

 

見てなさいカズマ!

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

めぐみんが紅魔の里を去った。

 

 

 

 何がきっかけかは分からない。ただ、彼女が失踪したのは俺に“流石に愛想が尽きた”と言い放った翌日だった。彼女の失踪に里は大慌て……なんて事はなかった。騒いだのは彼女の両親とゆんゆん、アクア、ダクネスだけだった。それも、1か月、2か月と過ぎれば落ち着いてくる。

そして、半年経過した頃に両親にめぐみんからの手紙が届く。曰く私は無事だと。気が付けば、探しているのはアクアだけになった。便りのないのはよい便り。両親もダクネス達も無理に追及や捜索をしなかった。

 

 

めぐみんは年齢的にも立派な大人。当然とも言える対応だった。

 

 

 唯一、アクアだけがめぐみんを探し続けた。おまけに俺に執拗にめぐみんが心配じゃないのかと発破をかけたり、捜索に一緒にいかないかと誘われた。ダクネスはそんな不毛な捜索に付き合わされたようだが、俺は何もしなかった。別に探さなくてもどうせ向こうからやってくる。そんな諦観に似た思いを持っていたからだ。

 

 

 

 

気づけば、幾何もの月日が過ぎ去っていた。

 

 

 

「起きてー! 起きてお父さん!」

 

「んー……」

 

「お父さん……起きなさい!」

 

「ぐへっ!?」

 

 俺は突然受けた腹への一撃に驚き、何事かと周囲を見渡す。そして、窓から漏れる太陽の光に目を細める。どうやら、何者かに気持ちの良い睡眠を邪魔されたようだ。俺は腹の上にある重みに目線を移し、見慣れた紫紺の瞳と目が会った。どうやら、こいつが俺の腹にダイブしてきたようだ。俺はそんな下手人を布団で包んで抑え込む。これは俺の眠りを邪魔した罰だ。

 

「むぎゅっ!? 何をするのお父さん!? あたしは実の娘なのに……!」

 

「妙な事言うなバカ娘! 何度も言ってるが普通に起こせ普通に!」

 

「あのさあ、何度揺すっても起きないお父さんが悪いの! そんな事を言うならあたしに起こされる前に起きなさいよ! そんな事も出来ないのお父さんは?」

 

「ぐっ……!」

 

 思わず言葉がつまった俺を、布団から這い出て来たレイカが何とも生意気な表情で見てくる。しかし、彼女の正論を前に父親としては押し黙る他なかった。レイカはそんな俺の肩に気分よさげによじ登り肩車の状態になる。それから、俺の肩をペシペシ叩いてくる。さっさと行けという彼女の合図だ。

 

「レイカもデカくなったなぁ……よっこいせっと……」

 

「失礼ね。成長したと言いなさいよ」

 

「態度もデカくなっちまったな……昔はあんなに可愛かったのに……」

 

「あたしは女神よ? 今も可愛くて美しいに決まっているじゃない!」

 

「おい、アクアの真似をしてもいいことないぞ~」

 

 頭の上からレイカの得意げな声が聞こえてきて思わずため息が出る。主にエリスやアクアの女神的英才教育を受けたせいか、少し傲慢な性格になってしまった。だが、根っこの部分はエリスとアクアと同様に慈悲深くて優しい性格である事は確かだ。強い口調でなんだかんだ言いながらも、家族の世話を焼きまくっている。最近通い始めた学校ではすでにたくさんの友人を作り、兄であるカイズのフォローもしているらしい。彼女がさよりと年が近かったら色々と助かったのにと、ゆんゆんと一緒に涙を流したことは一度や二度ではすまなかった。

 そして、そんな女神なレイカを肩車しながら俺はリビングに到達する。出迎えてくれたのはエプロン姿のゆんゆんとエリスだ。彼女達は朗らかに朝の挨拶をしてから、料理へと戻る。レイカは俺の肩から降りると、次の獲物の場所へ駆け出した。手持無沙汰になった俺はゆんゆん達に手伝おうかと声をかけるが、やんわりと断られてしまった。仕方なく俺はソファーに横になる。我ながら本当に良いご身分だと呆れてしまった。

 

「はい、お父さん! ありさをよりしく~」

 

「へいへい……ほらこっち来いありさ」

 

「んっ……」

 

 レイカに叩き起こされたありさが寝惚けた表情でリビングへやって来る。俺はそんなありさを抱き寄せて一緒にソファーで横になる。子供特有の暖かさとちっこさは何ともいえない癒しを与えてくれた。そんな俺たちの姿を見て我慢できなくなったのか、レイカもソファーに飛び乗ってくる。こうして彼女達とじゃれているうちに、続々と家族が集まってきた。

 

「おはようカズマ! 外はいい天気だったぞ!」

 

「ぜぇ……はぁ……おはようございます……お父様……」

 

「ああ、おはようダクネス、カイズ。朝からよくやるぜ……」

 

「貴族と言えども、体力があるに越したことはない。それに騎士を目指すのであればなおさらだ」

 

「お父様、気遣いは無用であります! 僕は立派な聖騎士を目指しているからであります!」

 

 目を輝かせながらそんな事をのたまう息子に思わず頬が緩む。彼の汗に濡れた頭を撫でてやり、しっかり水分を取るように言い聞かせる。そして、ダクネスと一緒に腰に手を当てて水をグビグビと飲む息子の姿を眺めていると、外から洗濯かごを持ったアクアとじゃりめ達の餌やりに行っていたさよりが合流した。。

 

「おっはよー! 溜まりに溜まった洗濯物は全て片付けたわ! という事でさっさと朝ごはんを食べましょう! 私はお腹がすいたの!」

 

「お前も朝から元気だなぁ……うざいくらいに……」

 

「アンタねぇ、一言多いのよ。ここは素直に感謝しなさいよ。この麗しき水の女神に畏れ多くも洗濯なんかさせてごめんなさい、一生尽くしますアクア様って言いなさいよ!」

 

「はぁ? 仮にも水の女神なんだから水仕事がお似合いだろ」

 

「言ったわねこのスケコマシ!」

 

「カズマさん、アクアさん! 朝からしょうもない口喧嘩をしないでください! ほら、貴方達は早く朝食を食べないと学校に遅れますよ! カズマさんも急いで!」

 

 腰に手を当ててぷりぷりと怒るゆんゆんには逆らえず、俺とアクアは素直に食卓へと向かう。それから、家族全員が席について頂きますの合唱と共に朝食が始まった。俺はパンをかじりながらドでかい食卓を軽く見まわす。三人の超可愛い嫁さんに超可愛い子供達、おまけにアクア。いつ見ても壮観な光景だ。日本でニートをやっている頃はこんな光景を毎日目にするなんて想像すらしたことなかったのだ。そんな幸せな朝食の時間だが、ごちそうさまを言うのは各自のスケジュールに合わせてだ。ちなみに俺は真っ先に朝食を終える必要があった。

 

「ご馳走様! ほら、行くわよお兄ちゃん! ちゃんとカバンは持った? 忘れ物してない!」

 

「もちろん、準備万端であります!」

 

「もう、二人ともお弁当を忘れてます。はい、中身は昼食までのお楽しみですよ?」

 

「ありがとうお母さん!」

 

「感謝でありますエリスお母様!」

 

 エリスに頭を撫でられ、笑顔でカバンに弁当を詰め込むレイカとカイズを横目に俺は残りの朝食を口に詰め込む。それからこちらに駆け寄ってきた二人の手を取り、テレポートの魔法を唱えた。周囲の光景が我が家から王都の歴史ある学び舎前の広場へと切り替わる。周囲にはレイカとカイズと同じ制服を纏った学生や、俺と同じような親御さんと思われる大人の姿が多数あった。

 

「それじゃあ行ってくるねお父さん」

 

「行ってくるのであります!」

 

「おう、行ってこいレイカ、カイズ。帰りはゆんゆんかエリス送るからちゃんと待ち合わせ場所にいろよ?」

 

「分かってるわよ……」

 

「お父様心配いりませんよ。妹の面倒はこの僕にお任せあれ!」

 

 胸を張るカイズを撫でてやりながら、俺はレイカにじろりと目を向ける。コイツは寄り道と迷子の常習犯だったりするのだ。それから、一緒に学校の門へ駈け込んでいく二人を小さく手を振りながら見送った。ちょっと前まで不安そうにこちらを振り返りつつ学校へ行っていたというのに……嬉しい反面少し寂しかった。そして、無事学校へ入った事を確認すると俺は再びテレポートの呪文を唱えて我が家に帰宅する。ダクネスが淹れてくれたコーヒーを楽しみつつ出勤までの時間を優雅に過ごす。これが俺の朝におけるルーチンワークだった。

 

「むぅ、カイズが学校に行き初めてから、いつもあの子が心配でしょうがない。母親とは難儀なものだな」

 

「同感ですよダクネス。私もレイカの事が心配です。認識疎外の腕輪とエリス教徒の護衛を派遣していますが、やっぱり私が……」

 

「ふふっ、初々しいですね。私も昔はそうでしたけど、そのうち子供が学校へ行くと安心するようになりますよ。むしろ、早く学校に行きなさいと思うようになりますよ!」

 

 ゆんゆん達の会話に聞き耳を立てつつ、俺はうんうんと頷く。子供が学校に行ってくれるだけ安心。これは世の中の親達にとっての真理であった。そう考えると、過去の俺は両親に随分とヒドイ事をしたもんだ。そんな自責の念に駆られていると、玄関からノックの音ときゃぴきゃぴとした声が聞こえてくる。玄関の扉を開けると、俺にとっても見慣れた近所の子供達がいた。

 

「おはようございますおじさま~」

 

「おはようございます! ありさちゃんを迎えに来ました!」

 

「おう、おはよう。ありさ~友達来たぞ~」

 

 俺の声を聞いてソファーで伸びていたありさが鞄をもってこちらにやってくる。そして、二人の友達の姿を見て彼女はため息をついた。

 

「だる……」

 

「おい、お前その反応は……」

 

「いいんですよ~おじさま~! ほら、このハーブ飴食べてシャッキリして~」

 

「んっ……苦い……」

 

「でも、目が覚めたろ? あたしが鞄持ってやるから早く学校行こうぜ!」

 

 こうして、二人の友達に連れられてありさは家を出る。その光景を俺といつの間にか隣に来ていたゆんゆんと互いに穏やかな目をして見送った。何というか、ありさは意外と手のかからない子のなのだ。

 

「ちょっと心配だったけど、それも杞憂に終わったな」

 

「ええ、私の血を引いているとは思えないくらいで……いやボッチ遺伝子なんて……そんなもの絶対なくて……!」

 

「落ち着けアホゆんゆん。ともかく、アイツは“世話焼かれ上手”ってやつだな。お前とは性質的に真逆だな」

 

「これは喜ぶべき事なんですよね……うん……ひゃうっ……なんで撫でるんですか?」

 

 昔を思い出したのか、少しいじけたゆんゆんの頭を撫でる。コイツは二児の母だってのに可愛さは今も上昇中だ。エリスの露骨な咳払いが聞こえるまでゆんゆんを可愛がった後、俺は再び食卓について飲み干してカラになったコップをじっと見つめている娘にそっと声をかけた。

 

「なあ、さより。そろそろ学校行かないと遅刻するぞ?」

 

「だから?」

 

「いや、だからってお前……遅刻はいけない事だろ……」

 

「でも……」

 

 寂しげな表情を浮かべてひたすらにコップを見つめ続けるさよりを俺は何とも言えない不安感に包まれながら見守る。もしかして、“あの言葉”がついに出てしまうのだろうか。もしそう言われた場合、俺は父親としてどう接するべきであろうか。そうだ! 俺が引きこもった時の親父を参考にして……いや……あれは反面教師にすべき失敗例だ。だとしたら、やっぱりゆんゆんで経験を積んだお義父さんに……

 

「ねぇ、お父さん。私もこうして待っていれば、お友達が迎えに来てくれるかな……?」

 

「え……あっ……うん……あー……どうだろうなゆんゆん……?」

 

「ええっ!? そこで私にふるんですか!? うーん……私の経験上はそんな事一度も…一度も……ぐすっ……ひっぐ……大丈夫ですよさより! 家族はずっと一緒にいますから……いたいっ!? ひどいですカズマさん……!」

 

「このバカ! お前が泣いてどうする!? さよりまで涙目に……ああ泣くな泣くな! 大丈夫だから安心しろって!」

 

 チョップを喰らわせたゆんゆんと一緒に泣き出したさよりを見て、途方に暮れた俺はエリスとダクネスにチラリと助けの視線を送る。彼女達はそっぽを向いて下手な口笛を吹きだした。その白々しい程の不干渉の態度に呆れる。家族だって言うのに薄情な奴らだ。後でお仕置き決定だな。

 

「子供が学校に行った方が安心する。なるほど、全くもってその通りだな」

 

「ええ、こんな事が朝から何度も起きたら……想像したくもないですね」

 

「おいこら、こっち見ろお前ら! 安心出来ない状況が正に今起きてるだろうが!」

 

「薄情に見えるかもしれないが、私達に出来ることは正直言って何もないのだ。すまない」

 

「家族といえども踏み込めない領域ってありますよね」

 

 頼りない二人が遠巻きに見つめる中、俺はどうしたものかと頭を悩ませながら二人のぼっちの頭撫でて慰める。ゆんゆんは今では頼れる母親だが、ぼっち関連の事となると昔を思い出すのか一気に頼りなくなる。また、ゆんゆんは俺がいかようにも出来るのだが、さよりは我が子であるためどこまで干渉していいのか判断が難しいのだ。そして、さよりが涙を浮かべながら俺の事をじっと見つめてくる。とてつもなく嫌な予感がした。

 

「お父さん……私……」

 

「おう」

 

「学校行きたく……」

 

「あああああああああああああああああああっ!」

 

 俺の突然の咆哮に母子共に肩をビクリと震わせる。よし、俺は何も聞かなかった! 聞かなかったぞ! とりあえず、こうなったら最早実力行使しかない。俺はさよりの鞄を持ち、彼女の手を取った。

 

「まったく、こんな大きくなっても俺に送り迎えをして欲しいなんて、甘えん坊だなさより!」

 

「ち、違うから!というか、恥ずかしいから本当に辞めて! もう、お父さんなんかと行きたくないの!」

 

「お、お父さんなんか……?」

 

 さよりの言葉に致命の一撃を受けた俺は動けなくなる。そんな俺とつんとした表情をする娘の間でゆんゆんはおろおろしていた。そんな泥沼な状況に2階から降りて来たアクアが鼻歌混じりに乱入する。その呑気な様子が今の俺には輝いて見えた。

 

「さっきからうるさいけど、どうしたのよアンタ達?」

 

「いや、それがなアクア……」

 

 俺はアクアの耳元で事情を端的に話す。それをふんふんと聞いていた彼女はため息をついてから、さよりとゆんゆんの手を取った。

 

「二人ともこっちに来なさい。せっかく熟練ぼっちのゆんゆんがいるんだから腹を割って話しなさいな」

 

「わ、私はぼっちじゃないです!」

 

「ゆんゆん、貴方の娘のピンチなのよ? 変な意地張らないの」

 

「っ……! そうですね……ごめんなさい……」

 

 ゆんゆんとさよりがアクアに連れられて隣の部屋へ行く。彼女達のぼそぼそとした会話が微かに聞こえる中、俺は冷めたコーヒーを口に含んで力なく椅子に腰を下ろした。エリスとダクネスは苦笑しながら俺に寄り添う。おかげで、ほんの少しだけ安心出来た。

 

「ごめんなさいカズマさん。女神の私がこんなにも不甲斐なくて……」

 

「いいんだエリス。それより俺の方が……」

 

「いいや、カズマはよくやっているぞ」

 

エリス達と傷の舐めあいを続けること数十分、隣の部屋から決意に溢れた様子のゆんゆんとさより、疲れた表情を浮かべるアクアが戻ってきた。さよりはてきぱきと通学の準備をして、ゆんゆんはそんな彼女に弁当などを渡す。そして、ダッシュで家を出て行った娘を俺とエリス達は呆然と見送った。

 

「おいアクア、どんな魔法を使ったんだ?」

 

「簡単な事よ。あの子に軽い発破をかけただけ。あの子はアンタに似て臆病だけど、ゆんゆんの変な大胆さは受け継いでいるわ。きっと上手くいくわよ」

 

「ええ、そうですよね。あの子は私とカズマさんの子供……私なんかより、あの子は何百倍も強い子なんです!」

 

 何やら張り切っているゆんゆんを見たアクアは箒を片手に持ってリビングから去った。いつの間にアイツはあんなにも頼れる奴になったのだろうか。内心複雑な俺の肩をゆんゆんがポンポンと叩いてくる。ふと時計を見て、少し憂鬱な気持ちになった。

 

「カズマさん、そろそろお仕事の時間ですよ?」

 

「へいへい……分かったよ……」

 

「あ、今日はお弁当抜きですからねカズマさん」

 

「な、なぜに!?」

 

変わらぬ微笑みを浮かべるゆんゆんに俺はそれ以上何も言う事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 そんな騒がしい朝が終わり、数刻ほど経過して太陽が真上に来る時間帯となる。俺は眩しい日差しを横目に、机へ向かってカリカリと帳簿をつけていた。何故、俺がこんなにも糞真面目に働かなければならないのかという疑問を胸の奥にしまい、無言で仕事を片付ける。

 そして、帳簿をつけ終えて一息ついた時、傍で他の事務仕事を片付けていたあるえが熱いコーヒーを淹れてくれた。有難くカップを受け取った俺は一口つけてからぐっと伸びをする。ほんの少しだけ、憂鬱な気分と疲れを癒す事が出来た。

 

「社長、なんで私達って働いているのかな。社長も私もお金には一生困らないと思うんだけどね~」

 

「それを言うな。紅魔の里公認かつ、族長の意向によって商会は簡単にはたためないんだよ。ニート更生に外貨獲得……従業員の生活の糧を急には奪えないからな」

 

「ありゃ、社長らしくないセリフじゃないかい」

 

「仕方ねえだろ。成り行きとは言え責任ある立場になったんだ。それに、今では仕事に就いていて良かったと思う事も増えてきたからな」

 

「ええっ!? 本当に君は社長なの!? まさか偽物……あうっ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべて失礼な事を言うあるえの脳天にチョップを喰らわせる。昔の自分であったなら、自分自身に気でも狂ったかと思うが、時が経つにつれて考えは変化するもの。それも、今じゃ俺は一家の大黒柱という奴なのだ。

 

「あるえ、想像してみろ。自分の父親が無職で、学校から帰ってきたらそんな父親がソファーでゴロゴロしていたらどう思う?」

 

「とりあえず蹴とばす」

 

「加えて家事は全て母親任せ。そんな父親を母親は甲斐甲斐しくお世話した上に、愛人二人が当たり前のように家にいる。思春期にこんな父親と対面したらどうする?」

 

「とりあえずぶっ殺す」

 

「つまりはそういう事だ」

 

 ドヤ顔でそう言う俺をあるえは苦い顔で見つめてくる。恐らく、嫌な想像をしてしまったのだろう。俺だって、自分の父親がそんな奴だったらぶっ殺してしまう自信がある。反面教師となってニートの道に進まない真人間になる可能性もなくはないのだが……

 

「休日に子供に絡んでも、うざがられる程度で済まされるのは父親は仕事で疲れているんだろうという子供なりの気遣いや尊敬の念があるからだよ。だから、父親としての尊厳と威厳を保つためには仕事をして家庭を支えるってのは必要不可欠なんだ。まぁ、そんなペラペラな威厳も思春期の子供を前にすると無力になるけどな」

 

「ああ、休日の時の父親って妙に絡んでくるよね。私も昔はそれがウザくて無視してたなぁ」

 

「おい、やめろ……どうしても子供ってのは母親の方に懐くからな。それが悔しいし、悲しいし、普段は接する時間が少ないからどうしても構いたくなるんだ。だからと言って、仕事を辞めて子供と接する時間を増やしたとしても、思春期の子供には無職と軽蔑されるだけだ」

 

「まぁ、父親のありがたさと弱さを知るのは自分が社会に出てからだよ。子供の時は絶対に理解出来ない感情だねぇ……私もそうだったから……」

 

 

 あるえは嬉しそうな……でも少し悲しそうな表情を浮かべてクスリと笑う。俺も似たようなものだ。こうして、家庭を持って初めて見えてくるモノというのがあるのだ。

 

「何より教育に悪い! 俺の子供は全員良い子だからな! 変な歪み方はして欲しくないんだよ」

 

「ケッ……結局惚気になるんだね。それじゃあ、仕事大好きな社長にはこの決済簿をあげるよ」

 

「うぐっ……そいつは飯食ってからだな……」

 

「はいはい、でもお客さんも来てないしお昼にはちょうど良いかな」

 

 彼女は昼食の包みと水筒を取り出して気分よさげに紐解いていく。俺も弁当を取り出そうとして、今日は弁当抜きである事を思い出す。ああ、仕事に来る前に買えば良かった。

 

「ん? いつもの愛妻弁当を忘れたのかい?」

 

「そんなもんだ……」

 

「ふふっ、それじゃあ私のを分けてあげよう!」

 

 あるえが笑顔で俺の口元に卵焼きを持ってくる。その和風チックで素朴な美味しさを主張するだし巻き卵に俺は釘付けになる。腹が減っているため、猶更魅力的だ。

 

「はい、あ~ん♡」

 

「おい……」

 

「別にこれくらいは構わないだろう? ほら、口を開けて……あ~ん♡」

 

 甘ったるい声を出すあるえに少しイラっと来たが、これくらいはいいかと溜息をつく。無言で口を開けた俺を見て、彼女は頬を緩める。それから、俺の口内に卵焼きをお箸で放り込む。まるで餌付けされているような微妙な気分になりながらゆっくりと咀嚼する。味は何というか期待通りの味だった。

 

「おう、美味いじゃないか」

 

「えへへ、そうかい? こんな私でもこういう努力はしてるからね」

 

「ほ~ん」

 

 お箸を持ってもじもじとはにかむ彼女の姿は素直に可愛いと思った。そして、俺がお弁当に無言で伸ばした手を彼女は無慈悲にペシリと叩く。あーんはもう勘弁して欲しい。

 

「そんなにお腹がすいてるんだね……しょうがないね、おかずは君に全部あげるよ」

 

「マジか!? でも、お前は白米だけになっちまうぞ?」

 

「大丈夫だよ。キミがこの白米にほかほかどろどろで濃厚な精液をかけてくれれば私はおかずなんていらないよ」

 

「ええ……」

 

 笑顔でキチガイ染みた事を言い放ったあるえにドン引きする。変態クルセイダーを軽く凌駕するこのバカの変態っぷりに俺は匙を投げる。相手をするだけでも面倒臭くなった俺は必殺技を使う事にした。

 

「“スティール!”」

 

「ひゃっ!? あっ……いいよ社長……ついに私と背徳の世界に堕ちる気なんだね……」

 

「あれぇ? ダクネスには不思議と効かないのにコイツはパンツ盗れるのか……“スティール!”」

 

「んっ……ブラまでなんて……」

 

「いーらね」

 

「ちょっ!? 無表情でブラを床に捨てないでくれるかい!? 男として少しくらい興奮してもいいんじゃないかな!」

 

 少し涙目になっているあるえを苦笑交じりに見守る。俺は日々の努力と修行を積んで……というか慣れでこの程度で理性が切れるような事はないのだ。俺はまだ左手に握っていたあるえの真紅のパンティーをおもむろに頭にかぶる。そして、両手を腰に当てて股間を強調するように上半身を少し逸らした。

 

「わっはっは! 見て見ろあるえ! こんな事をしても俺のイチモツは無反応だ!」

 

「あっ……うん……そうだね……」

 

「どうだ悔しいか! ヒャーハッハッハ!」

 

「カズマさん、楽しいですか?」

 

「そりゃあもう……って……あれ?」

 

 ふと聞き慣れた声がして、顔を横に向けるとそこにはバスケットを持って笑顔で佇むゆんゆんの姿があった。楽しい気分は吹き飛び途端に嫌な汗が湧き出てくる。俺はすぐさま真紅のパンティーを床に投げ捨てて余裕の笑みを浮かべた。

 

「ゆんゆん、誤解だ」

 

「はい」

 

「誤解だ……誤解なんだ……」

 

「それは貴方の表情を見れば分かります。でも、30歳を過ぎてこんな事をしている貴方には少し呆れちゃいました。いいですか、私だったから良いものを、こんな姿を子供達が見たら……」

 

「すんませんすんませんすんません!」

 

 

 まるで子供に言い聞かせているような苦笑混じりの説教を正座しながら受ける。流石のあるえも変態性を抑えて素直にゆんゆんの説教を受け続けた。もちろん、俺の心は色んな意味でボロボロになった。

 

「だからそのような欲望は全部私にぶつけて……ってごめんなさいね。話が長くなりました。はいカズマさん、今日のお弁当ですよ」

 

「こんな俺にくれるのか……?」

 

「もう、落ち込まないでください。“誤解”だって事は本当に理解していますから」

 

「愛してるゆんゆん……」

 

「も、もう! 本当に調子が良い人ですね!」

 

「あの、ここで惚気はやめてくれないかな。というか、なんでゆんゆんはさっきから私の下着を踏みつけているのかい? あっ、ちょっ……靴裏擦り付けないでよ!」

 

 

 

 

 

 なんだかんだあったが、ゆんゆんは俺にわざわざ弁当を届けてきてくれたようだ。そして、せっかくなので彼女と一緒にお弁当を食べる事にした。それが許されるくらいこの雑貨屋は暇なのだ。

 

「カズマさん、本当に商会は大丈夫なんですか? さっきから、全然お客さん来てないですよ?」

 

「安心しろ。交易とかの商会としての仕事は別の従業員がやっている。ここは本部兼事務所みたいなもんだ。雑貨屋はスペースが余ってるからおまけでやっているんだよ」

 

「そうなんですか。それなら安心ですね!」

 

「うーん、やろうと思えばここでも儲けられるんだけどね。社長が変なモノしか置かないから変な客しか来ないんだよ。不良品をいっぱい買い取ってくれるリッチーとか、高級菓子を買い占める欲にまみれた司祭とか、社長が自作したモノを片っ端から買い占めていく謎のエリス教徒とか……」

 

失敬な。ここに置いてあるものは非常に厳選してある品物だ。商人として利益を上げて、且つ紅魔の里の他の店と対立しないようにするのは中々面倒なのだ。赤字でないだけ褒めて欲しいものだ。

 

「そういえばゆんゆん、なんで今日は突然弁当なしになったんだ?」

 

「ふふっ、実はさよりに渡したの。アクアさんとさよりと相談して、昔私が友達を作る事が出来たとっておきの方法を教えたのよ」

 

「あれ、ゆんゆんって友達がいたのかい?」

 

「い、いましたよ! サボテンちゃんとかめぐみんとか貴方とか!」

 

「え? 私とゆんゆんって友達だったっけ?」

 

「ひ、ひどいです! うぅ~!」

 

「こらあるえ、あんまりコイツを虐めるな」

 

 泣きついてくるゆんゆんを素直に抱き留めながら、少しニヤニヤとしているあるえにお仕置きチョップを放つ。まぁ、昔のコイツらが友達かどうかは判断出来かねないが、険悪な関係ではない事は確かだ。

 

「でもさあゆんゆん、つまりはめぐみんに使った餌付け戦法を自分の娘に教えたの? あんまりオススメ出来ないけどなぁ」

 

「ああ、そういえばめぐみんに昔の話を聞いた時に同じような事を聞いたな。うーんあれか~」

 

「カズマさん、だめなんですかこの方法……?」

 

「いや、めぐみんには通じたけどさ。つまりは少し貧乏な子を飯で釣るわけだろ? めぐみんは勝負形式を導入して何とかプライドを保ってたみたいだけど、場合によっては相手の尊厳を傷つける上にもっと険悪な関係になる可能性もあるぞ」

 

「昔、私も見ていて最初は良い気分じゃなかったかな。まぁ、それが貧乏なめぐみんとぼっちなゆんゆんならではの関係だって理解してからは微笑ましいものに見えたけどね」

 

俺とあるえの主張を聞いたゆんゆんは顔面蒼白になって震えだす。今になってあまり褒められた行為でない事を理解したのだろう。まぁ、さよりなら大丈夫だろう。ゆんゆんは本当に天然気質なのだが、あの子はああ見えてかなり狡猾だ。最悪の事態にはならないはずだ。

 

「というかさ、友達って気が付いたら出来ているものじゃないのかい? そんな策をめぐらせて作った友達とは長く続かない気がするね」

 

「少し黙れあるえ。ほら、落ち着けゆんゆん、大丈夫だ。子供の頃ならまだしも、そこそこの年齢になると友達は打算的に作るもので……」

 

「ふふっ……友達なんかいなくていいですよーだ……さよりも私みたいに素敵な旦那さんを見つけますから……」

 

「嬉しい言葉だが、俺みたいな男は勘弁して欲しいな」

 

 ついにいじけてしまったゆんゆんを俺はあやし続ける。結局、彼女はおやつの時間帯にやってきたエリス教のシスター達が現れるまで居座っていた。その後は事務仕事と商品整理を続ける。あるえは用事があると少し早めに帰宅してしまった。そして、夕暮れ時になると各地に行商へ行っていた従業員や材料収拾に行っていた従業員が続々と集まってくる。彼らの報告を受け、明日の指示を出してから俺はやっと家路につく事が出来た。

 帰宅途中、俺は隠し持っていた煙草に火をつける。それだけで、俺の今日の疲れが吹きとんだような気がした。そうして薄闇の空に向けて煙を吹いていた時、じとっとした視線を感じて俺は前を向く。そこには、毛玉とゼル帝を従えているさよりがいた。

 

「お父さん……お母さんにチクるよ」

 

「ぬおっ、これは違う! 違うんだ!」

 

「へえ、そうなんだ。まぁ、見逃して上げる。お父さん、いつも頑張ってるしね」

 

「へ……?」

 

 ニコニコとした顔でそんな事を言う娘に違和感を覚える。俺の悪行に厳しい彼女にしては甘い判決を出した上に労いの言葉もかけてくれたのだ。そこで、さよりの様子が随分と機嫌の良さそうなものであることに気付いた。

 

「さより、学校で何か良い事があったのか?」

 

「急に何? ま、まぁ少し疎遠になってた“友達”と久しぶりに話す事が出来たの。それだけよ……」

 

「友達か……そうか……良かったな……」

 

「なんで泣いてるの!? ちょっとやめてよ! 恥ずかしいでしょ!」

 

 ぽかぽかと俺の胸を叩いてくる娘の攻撃を歓喜しながら受け止める。彼女がゆんゆん式の方法でどうやって友達を得たが不明瞭だが、少なくとも大失敗というわけではないらしい。うんうん、これで明日の朝は少し気が楽かな……

 

「もう、私は先に行くからね!」

 

「なんだよ、俺と一緒に帰らないのか?」

 

「今日のお夕飯はダスティネス家の別荘で食べるみたいだよ? ダスティネス家のおじいちゃんも来てるみたい」

 

「なんですと!? 俺はそんな事聞いてないぞ!?」

 

「急に決まったみたいだからね。お父さんも早く帰って着替えてきたら?」

 

「ああ、皆にはちょっと遅くなると伝えてくれ!」

 

 娘の返事を聞かぬうちに俺は家へと走り出す。こういう急な来客というのは、まあよくある事だった。ただ、ダクネスの親父さんは貴族であるため、相応の恰好で出迎えるのが暗黙の了解になっているのだ。俺は我が家に戻り、堅苦しい礼服に着替える。それから、最低限の荷物を持ってリビングに再び到着した時、思わず体を震わせてしまった。

 

 それもそのはず、ボロボロのローブを着た人間が顔を伏せてリビングに佇んでいたのだ。どこから侵入してきたのか、賊か何かと警戒したが、薄汚れていながらも特徴的で見慣れた魔法帽を見て安堵した。

 

「随分と久しぶりじゃないか、めぐみん」

 

「ええ、そうですね。本当に久しぶりです」

 

「何か用でもあるのか? すまないが俺はこれから晩餐会だ。せっかくだしお前も来るか?」

 

「いいえ、遠慮しておきます」

 

 すげなく断られた俺は肩をすくめる事で返事をした。それから、俯く彼女を放置して家を出ようとする俺を彼女はダガーを抜いて制する。鈍色に輝くダガーの威圧感は俺の足を止めるには十分なものであった。

 

「カズマ、私の質問にいくつか答えてくれるだけでいいんです。だから、もう少し待ってください」

 

「穏やかじゃないな。まあいい、何でも聞いてくれ」

 

「そうですか。では質問です。私がカズマの元を去ってからどれくらい経ちましたか?」

 

「約一年ってところだな」

 

「正解です。それじゃあ、この一年の間に私を探そうとしましたか」

 

「してねえな」

 

 めぐみんが俯いていた顔を上げて俺を睨む。真紅に輝く瞳は涙によって濡れていた。ぽたぽたと涙を流し始める彼女を、俺はどこか醒めた目で見ていた。面倒な事になりそうだ。

 

「どうして探してくれなかったんですか……?」

 

「探す必要ないだろ」

 

「私の事、心配だって思ってくれなかったのですか……?」

 

「お前なら大丈夫だろ」

 

 俺の言葉を聞いて、めぐみんは右手で持っていた杖を床に打ち付け、左手で持っていたダガーをギリギリと握りしめる。静かな涙に、嗚咽が混じり始めた。俺はそんなめぐみんが見ていられなくて、そっと目を逸らした。

 

「一人で里を出た私が誰かに騙されるかもしれない……他の男と肉体関係を持つかもしれない……そんな事になっていたとしてもカズマは何も思わないのですか?」

 

「お前が誰とヤっただとか興味ねえし、俺が介入すべき事でもないな」

 

「そうですか……」

 

 めぐみんが杖を取り落とし、両膝をつく。嗚咽は大きくなり、俺を見つめる真紅の瞳には絶望と助けを求めている悲痛な光が宿っている。本当に、俺にどうしろというのだろうか。何だか、無性に腹が立った。しばらくお互いに言葉を交わさずに過ごし、俺が外に出てしまおうと一歩足を踏み出した時、めぐみんがゆらりと立ち上がる。彼女の瞳は理性の色を失っていた。そして、ダガーをこちらに向けいつの間にか装備していた鉄錆びたバックラーでこちらの動きを牽制してくる。何ともめぐみんらしくない姿であった。

 

「くひっ……もうどうでもいいです……私は貴方に相手にされない無価値な女……でも妬ましいという思いは消えません。だから、私はあの女達に復讐するんです! 本来なら私が貴方の一番だった! それなのに……!

 

「狂ったかめぐみん」

 

「ええ、狂ってしまいました。失うものなど最早ありません。だから……カズマなんか……ぶっ殺してやる!」

 

 ダガー片手に狂笑しながら突っ込んでくるめぐみんの攻撃を俺は難なく避ける。もちろん、それだけでは終わらずに彼女は鋭く素早い連撃を仕掛けてくる。それを避けながら、頭の片隅で何故こうなってしまったのかを考える。答えは簡単。俺はめぐみんを追い詰めすぎたのだろう。

 

「どうして……どうして避けるのですか……?」

 

「分かり切った事聞くなバカ。当たったら痛いだろ」

 

「くひっ、なら痛くしないようにしますよ! このダガーにはイケナイ薬がたっぷり塗ってあるんです……だから……えいっ!」

 

「っ……!?」

 

 途端に視界が苦痛に歪む。めぐみんがしてきたのは実に簡単な小細工。つまり、砂を俺の顔面に浴びせて目潰しをしてきたのだ。やるのは慣れているが、やられるのは慣れていない。思わず目を瞑り、回避能力が下がった瞬間を彼女は見逃がさなかった。

 左腕にピリピリとした痛みと熱い液体が流れるのを感じた。確認して見ると、左腕に10cmほどの切り傷が出来ている。どうやら、やっちまったらしい。

 

「ああ、やりましたやりました! 動けないでしょう? 強力な麻痺毒に狂乱状態になるとも言われる媚薬……どんな気分ですかカズマ?」

 

「最悪だ……!」

 

「私は最高です」

 

 仰向けに倒れ込んだ俺を、彼女はニヤニヤとしながら眺めてから俺の腹へ飛び乗ってくる。彼女はハァハァと息を荒げながら俺の頬をペロリと舐めた。どうしたものかと考えるが、思考がまとまらない。俺もヤケクソになりたい気分であった。

 

「さぁ、貴方を滅茶苦茶に犯してあげましょう。そして、お互い満足したら私の大好きな魔法で一緒に無に還るのです。体も、心も、魂も、私の爆炎で焼き尽くしてあげます。貴方の全ては私のモノです」

 

「…………」

 

「ずっと私と一緒ですよカズマ……」

 

「……はぁ~……」

 

「なんですかその大きな溜息は! カズマは私の……へうっ!?」

 

俺の渾身の頭突きを喰らってふっ飛ばされためぐみんが腹の上から消える。そして、難なく立ち上がった俺を見て彼女はカタカタと震えだす。俺はそんな彼女に首から下げていたアミュレットを少し自慢げに見せつけた。

 

「悪いが俺に状態異常、精神操作系は効かねえよ。エリスが密かにくれたお守りのおかげでな」

 

「そんな……!」

 

「いい加減俺も学んだんだよ」

 

 床にへなへなと崩れ落ちた彼女の顎を掴み無理矢理俺と目を合わせさせる。彼女は無気力な表情を浮かべていた。俺はどうしたものかと逡巡したあと、彼女を放置してつい先ほどがから少しうるさい玄関ドアを開け放つ。そこには焦った表情のアクアと物珍しそうに目を細めるあるえの姿があった。

 

「大丈夫なのカズマ! 私がアンタの身なりを整えてあげようとこっちへ帰ったら、鍵は開かないし、神魔避けの結界がって……めぐみん!?」

 

「ふーん、穏やかじゃない事態になってるねぇカズマ君?」

 

 めぐみんと俺の惨状を見て、アクアは心配そうな、あるえは興味深げな表情をして歩み寄ってくる。俺は腕の傷に触れようとしてくる女神を振り払い、彼女達を再び玄関まで押し戻した

 

「おう、アクア。俺達の事は良いからお前は晩餐会に行け俺は少し遅れる。それとあるえ、お前はここで何も見なかった……いいな?」

 

「カズマ……めぐみん……」

 

「ふんふん……行こうかアクアさん、ここは彼に任せようじゃないか」

 

 複雑そうな表情のアクアが楽し気に笑うあるえに連れられて外へと消える。残されたのは疲れ切った俺と床を見つめてぶつぶつ呟くめぐみんだけとなった。俺はそんなめぐみんの前に座り込んであぐらをかく。彼女の視線がチラリと上を向いた。

 

「もういいんですカズマ。流石にこの私への愛想も尽きたでしょう? もし私が貴方のような立場にいたとしたら、私みたいなキチガイ女なんてぶっ殺してます!」」

 

「自覚してるのか。それなら何故こんな事をした?」

 

「今の私にはそれしか方法がなかったんです。一緒に爆炎と共に消滅出来るのは本望です。それが叶わずカズマに殺されるとしても、貴方の心に少しでも傷を残して“私”で苦しんでもらえるのもいいかと思いましてね……くひっ……!」

 

「どうしよう、やべえなお前。うん、やべえわ」

 

 前々から頭がおかしい子であったが、こっちの方向におかしくなるのは勘弁願いたい。俺はどうしたものかと頭を抱える。このまま牢屋にぶち込むのもありな気がするが、それでは根本的な解決にはならない。だから、俺はここに至ってようやく覚悟を決める事にした。

 

「めぐみん、俺はお前の事は嫌いじゃない。むしろ、好きだぞ」

 

「言葉だけの慰めはいりません」

 

「まあ聞けよ。まったく、俺にだって色々あるんだぞ。それをいきなり強引な手段でよぉ……」

 

 内側から湧き上がる思いを鎮めるために俺は煙草に火をつける。煙を吸うといくらか気分が落ち着く。そして、項垂れためぐみんの頭をポンポン叩きながら長い溜息をついた。

 

「俺がお前を受け入れなかった理由は大きく分けて二つだ。まず一つはお前が幸せにならないという事、もう一つは俺達家族が不幸になるからだ」

 

「私が幸せにならない……それは絶対にありえませんね」

 

「本当にそう思うのか? 何度も言うが俺は妻子持ちな上に妻も三人、おまけに今では三十路越えだ。そんな男と一緒になって幸せになれるとは思えないな」

 

「その程度、カズマと一緒にいられるという幸せを前にしたら些細な事にすぎません。その程度の寛容さは私にもありますよ」

 

 俺の事をじっと上目で見つめながら言い放つ。分かり切っていた回答だが、呆れるほかない。どうして俺なんかに執着する女はこれを受け入れるのだろうか。もし、ゆんゆんが他の男と私を共有してくれなんて言い出したら流石に愛想が尽きて縁を切る。それが今でも信じられないし、今も続く俺の不安要素の一つだ。

 

「めぐみんの考えはとりあえず置いておいてだ。俺はお前を幸せに出来る気がしない。だから、お前をしばらく適当にあしらう事にした。ゆんゆんがいるからというのもあるが、俺としてもお前に幸せになって欲しかったんだ。俺よりもいい男はたくさんいるんだ。そいつはきっと俺よりお前を幸せに出来るはずだ。それこそ、めぐみんが作った家庭と家族ぐるみの付き合いというのも悪くはない……」

 

「もしそうなっても、結局カズマと浮気して私の家庭も無茶苦茶になりますので、そんな考えは問題外ですね」

 

「おいおい……」

 

 めぐみんは少し楽し気に笑う。重すぎる彼女の愛を前にしては俺の話も陳腐化してしまう。俺は理由その2の説明に入る前に、煙を吸って平常心を保った。

 

「そして、二つ目。お前を受け入れると俺の家族が不幸になる。それは理解出来てるな?」

 

「…………」

 

 めぐみんが体をぶるりと震わせる。流石のめぐみんもこの部分は承知していたのだろう。少しだけ体を丸めて目線を再び床へと移す。その頭を撫でながら俺は更に煙を吹かした。

 

「ゆんゆんはお前に対しての対抗意識があるようでな。アクアへのセクハラは笑って許すが、お前にするとニコリともしないで抓ってくるんだ。アイツがお前を受け入れてくれるかどうかは未知数だ」

 

「うぅ……」

 

「それに説得する必要があるのはアイツだけじゃない。エリスも二つ返事とはいかないだろう。何より面倒なのはお義父さん達とお前の親父の説得だ。ダクネスとエリスを受け入れた時、これが一番大変で実際死にかけた。好きだからって、相手の親御さんを無視して一緒になるのはバカだけがする事だからな。まぁ、俺もそんな上から目線で言えない立場だが」

 

「うぐっ!?」

 

 ビクビクしているめぐみんを見て俺も体を震わせる。お義父さん達もそれぞれの思惑があってある意味寛容だ。ダクネスを受け入れた時は奴らが勝手に結んでいた“契約”を逆手に取ったのと、ダクネスの状況を鑑みて受け入れて貰えたのだ。だが、エリスの時はそりゃあもうボコられた。しかし、相手がこの世界の主神とあっては彼らも身を引いた。ゆんゆんのお義父さんが利をとるタイプで良かったと感謝している。そうじゃなかったら、流石に離婚させられていた。

 

「おまけに、今の俺は三人の奥さん相手に毎日てんてこ舞いだ。体は一つしかないから当然三人の満足度は減る。四人に増えたら一人に当てられる時間も減る。今は奇跡的なバランスで仲を保っているが、俺と過ごす時間について三人で言い争う姿を見たのは一度や二度ではない……うっ……!」

 

「カ、カズマ……大丈夫ですか……?」

 

「大丈夫じゃねーよ! 俺だって頭空っぽでハーレムを楽しみてえよ! でもな、現実ってのはギスギスしまくってるから俺が上手く考えて行動しないと大変な事になるんだよ!」

 

「ヒイッ!?」

 

 思わず声を荒げてしまったせいか、めぐみんが少し怯えてしまった。彼女の頭をポンポンしながら俺も精神を落ち着かせる。どうやら、俺も少し溜まっているらしい。なんだか、サキュバスのお店で癒して貰いたい気分だ。エリスのアミュレットのせいでもう淫夢は見れないが……

 

「そして、何よりもだ。お前を受け入れたら、俺はさよりに絶対嫌われる!」

 

「思春期の女性が父親を嫌悪するのは誰もが通る道ですよ。大人になればそのうち……」

 

「その程度の嫌悪ではなく縁を切られるレベルだ! さより以外の子供達は生まれた時から母親が複数いて“価値観”もそれに合わせたものになっているからまだいい。でもな、さよりは途中からだ。ゆんゆんとさよりに割ける時間も減ってそれをよく思ってない事もよーく知ってる。それが今じゃアイツも12歳、一番ヤバイ思春期真っ只中だ」

 

 俺は震える手で煙草に新たな火を灯す。可愛い愛娘である事は確かだが、最近になって俺に対して更に態度が冷たくなった。思春期というのもあるだろうが、それだけではない事は察せられた。

 

「アイツは紅魔族のカリキュラム的にも性教育を受けた後だ。自分の体の変化も経験して戸惑っている所に、自分の親父が新しい女を連れてきたらどう思う? 軽蔑するに決まってるだろ!」

 

「逆に考えるのです。子離れする良い機会ですよ」

 

「そんな簡単に子離れできるか! それにな、ダクネスは見ての通り大人な女性で普段は良いお母さん、エリスはスレンダーだが溢れ出る母性と女神としての威厳があるから母親として受け入れやすかったんだ。だが、めぐみんはいつまで経っても安定の合法ロリ体型だし、さよりにとって一応姉みたいな存在だ。さよりからしたら、自分より色々とちっちゃい姉が親父の愛人とか到底許せるはずがなく……」

 

「な、なにおう! 私の何がちっちゃいと……ちっちゃ……ぐすっ……!」

 

 ぽろぽろと涙を流し始めためぐみんの頭をぺしぺしと叩く。悲しい事に今のめぐみんは昔より少しは大人びたが、さよりは12歳にして出るところが出て色々と大きく育ってしまった。流石は俺とゆんゆんの子というべきか、身長もめぐみんより伸びている。保有魔力と紅魔族の補正でめぐみんは今も若々しいため、傍から見たらさよりの方が姉と思われる事間違いなしだ。勿論、めぐみんだけでなくエリスも涙する成長っぷりだ。

 

「とまぁ、俺は様々な理由でめぐみんを受け入れるのを渋ってる。そんな打算的でクズな男にまだ執着する気か?」

 

「…………」

 

 携帯灰皿に吸い殻を入れつつ、めぐみんを諭すように語り掛ける。彼女は涙を袖でゴシゴシと拭いてから、俺の事をじっと見つめる。それから、熱を帯びた表情と声でぼそりと呟いた。

 

「そんなカズマでも構いません。私の心はあの時からずっとカズマのものですから」

 

「そうかい……」

 

「私は爆裂魔法に人生の全てを注いできました。私の命より大切にしている“誇り”と言えるでしょうね。私はこの魔法を撃って死ねるならば本望であると心から思っています」

 

 めぐみんが、俺の体へそっと抱き着いてくる。熱を帯びた彼女の体はやはり小さかった。そんな彼女の体に接すると、ついつい昔を思い出してしまう。家庭を持つ前の好き放題やっていた頃の楽しい思い出を……

 

「でも、爆裂魔法を捨てたら自信を持ってカズマと一緒にいられる。そう考えた時、人生の全てを注いだ爆裂魔法を捨てて普通の魔法を取る決意をしました。でも、カズマは“私”を選んでくれた」

 

「ああ、思い出深いな~」

 

「茶化さないでください。今のカズマならあの時の私の決意がどんなものか分かるはずです。私は貴方の事を——」

 

 俺の胸元にすっぽり埋まっていた顔を上げ、紅く輝く瞳で俺を上目遣いで見つめる。その瞳の奥、深淵には得体の知れない何かが渦巻いていた。同時にダクネスの時と同じような悟りを得てしまった。

 

 

 

「死ぬほど愛しているんです」

 

 

 

その一言は鉛のように重かった。

 

 

 

 

 お互いにしばし無言で佇んだ後、俺は自室のクローゼットから真紅のドレスを取り出してめぐみんへ渡す。渡されためぐみんはというと、目を白黒させて俺を見てきた。そんな彼女を俺は脱がしにかかった。

 

「い、いきなりナニをする気ですか!」

 

「晩餐会に一緒に行くだけだ。お前はそれを着ろ」

 

「このドレスをくれるのですか!?」

 

「欲しいならやるぞ。本当はさよりへの贈り物だったんだが、あっという間に大きくなって明らかにサイズがなぁ……」

 

「えぇ……」

 

 微妙そうな表情をしながらも、素直に着替え出しためぐみんを放置して俺は部屋を出る。それから、玄関先で暇を潰していると真紅のドレスに着替えためぐみんが焦った表情で現れた。それを確認して、俺は玄関から出る。そんな俺の後ろに彼女はちょこちょことついて来た。

 

「どこに行くのですかカズマ……?」

 

「だから晩餐会だ。皆待ってるぞ」

 

「…………」

 

 怖気づいたように歩みを止めるめぐみんを見て俺は苦笑する。先ほどまでかなりアグレッシブだったのに、今では借りてきた猫のように大人しい。俺はそんなめぐみんの手を取って抱き寄せる。彼女の瞳は綺麗な真紅の輝きを取り戻し、不安気に揺れていた。

 

「どうした? ずっと俺の傍にいるんだろ?」

 

「えっ……その……!」

 

「もう、俺の傍から離れるなよ」

 

「っ……」

 

 めぐみんは真っ赤な顔でコクリと頷き、俺の手をとる。ああ、ちょろいな。でも、俺だけに見せてくれる姿かと思うと、男としては嬉しいものだった。

 

 

 晩餐会の会場についた俺を、家族や親族が迎え入れてくれる。そして、俺の横で小さくなっていためぐみんも彼女達は暖かく迎え入れてくれた。ゆんゆんとダクネスに至っては涙を流してめぐみんに取りついている。そして、俺の事を無表情で見つめてくるさよりの視線に心から涙するほかなかった。

 

 

 

 

 

 

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 晩餐会は予定より遅くに終わった。子供達はすでに別荘に準備されたベッドで就寝しており、ゆんゆん達はお酒で火照った体を上機嫌に揺らしながら何処で寝るのかを話し合っていた。そして、俺は男だけの秘密の二次会へ呼ばれた。参加者は、ゆんゆん、ダクネス、めぐみんの親父さんだ。彼らを前に俺は余裕を崩さなかった。どうせ、殺られるなら清々しく行こう。親父さん達は、酒を舐めながらそんな俺をジロリと睨む。そして、覚悟を決めた表情でめぐみんの親父さんが話しかけてきた。

 

「カズマ君、娘の凶行についてはあるえ君から聞いている。すまなかった……わしもようやく理解出来たよ」

 

「アイツ……しかし良いのですか親父さん……」

 

「娘のためだと思っていたが、追いつめていたとはな。君にも私のせいで不本意な思いをしただろう。それに、ここまでするという事はよほど君の事が好きなのだな。娘は君に任せる他ないよ……」

 

 憔悴した表情で言う彼女に俺はつい目頭が熱くなる。彼の気持ちは非常によく分かるのだ。俺だって娘を持つ父親なのだ。

 

「お二人はいいんですか? めぐみんまで俺の妻って事になるんですよ?」

 

「大丈夫だカズマ君。ゆんゆんも納得するだろうし、最早君意外では娘を幸せには出来ないだろう。それに“予定通り”だ。少し早いし、エリス様という例外はあるがな……」

 

「私も同感だ。ララティーナは幸せそうにしているし、孫が可愛くて仕方がない。今日も政務の合間に何とか来たのだが、様々な気苦労が吹っ飛ぶほど癒されたよ」

 

「孫……めぐみんの子供も可愛いだろうなぁ……」

 

 親父さん達は感慨深げにふんふんと頷いている。どうやら、今回の説得は穏やかに終わってくれたようだ。前回のエリスの時は死が安らぎに見えるほどの目に会ったのだ。そうして胸を撫でおろしている俺の肩を、ゆんゆんのお義父さんがチョンチョンとつつき、にこやかな笑みでとんでもない事を言い放った。

 

「という事で、あるえ君も頼んだぞ」

 

「うぇ!? 何故急にアイツが!? というか、いきなりすぎますよ!」

 

「君にとっては急かもしれないが、私にとっては急じゃないんだ。それに、最近の彼女は非常に“まずい”のだ。これはもう、収まるところに収まってもらうしかないんだ」

 

 彼の言葉にダクネス、めぐみんの親父さんも冷や汗を垂らしながら頷く。知らないうちにアイツは謎の根回しをしていたらしい。俺は更に頭と胃を痛めたが、最早気分的にヤケクソだった。今更一人増えたくらいどうってことない。それに、俺だって彼女のまずい部分を何度も垣間見ているのだ。いずれこうなる事は何となく理解していた。

 

「まぁ、お話はこのへんにして、夜風でも浴びながら一本どうだね?」

 

「俺もそんな気分です」

 

 煙草を口に咥えた親父さんに連れ添って俺は居酒屋を後にする。そして、冷たい風を受けながら煙草に火を灯した時、異様な光景を目にする。ゆんゆんとめぐみんの親父さんが禍々しい杖を片手にこちらを憤怒の形相で睨み付けているのだ。おまけに、ダクネスの親父さんもいつの間に全身鎧を身に着け、大盾とハルバードを構えてこちらを睨んでいる。何というか、身に覚えのある光景だ。

 

「私達はカズマ君の事を認める……認めるしかない。打算的に君のハーレム結成に協力した私の罪もあるだろう。それに、娘がどれだけ君を愛しているか知っているからな。でも、怒りは忘れる事は出来ない!」

 

「めぐみん……本当にこの男で良かったのか……」

 

「ララティーナが幸せなら私は文句など無いよ。しかし、この者達の怒りも当然のものだ。貴公、こんな私達の鬱憤晴らしに付き合ってはくれないか?」

 

 三人の男達を前にして俺は笑うしかなかった。咥えていた煙草を吐き捨て、こんな事もあろうかと準備していた刀を抜き放つ。彼らの表情本気のものへと変わる。だからこそ、俺は盛大に顔を歪ませて嘲笑してやった。

 

 

 

 

「ヒャーハッハッハ! アイツら全員孕ませて子供産ませて一生離してなんかやるものか! てめえらはその光景を指咥えて見てろ! 全員俺の女だあああああああああ!」

 

 

 

 

 襲い掛かってくる彼らに跳びかかった時、俺は不思議とスッキリとした気持ちになった。

 

 

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 薄暗い部屋の中で、二人の女性が杯を交わしていた。一人は仏頂面で、もう一人はニヤニヤとした表情で酒を口に含む。二人の仲は、傍から見ても良好なものとは思えなかった。

 

「いやはや、今回は上手くいきすぎたね。あのめぐみんが私に感謝の言葉を言うなんてね。それに、久しぶりのめぐみんの乙女な顔を見たよ。いつも切羽詰まった表情してたしねぇ」

 

「結果的に上手くいったから感謝はしてるわ。でも、私が乗ったアンタの“押してダメなら引いてみろ作戦”と結末が大分違うし、めぐみんがあんな暴挙に出るなんて聞いてないわ! アンタの表情を見れば分かる……めぐみんがあんな事をしたのもアンタの作戦の想定内なんでしょう?」

 

「流石は女神様だね。私の表情で真実を看破するなんて……まぁ敵を欺くのはまず味方からと言うだろう? 今回の敵はカズマ君で、味方は君とめぐみん。仕方がなかったんだよ」

 

 下卑た笑いを浮かべながら酒を呷るあるえを、アクアは無言で睨み付けていた。あるえはつまみの柿ピーをポリポリしながら更に大きな声で笑い始めた。

 

「しかし、族長も食えない人だね。結果的に紅魔の里はダスティネス家の後ろ盾を得たし、エリス教の庇護地ともなった。他にも、里一番の魔力の持ち主にも世継ぎが期待出来るようにもしている。族長としての判断は正しいけど、少しゆんゆんが不憫に思えるよ」

 

「それに関しては私も同感ね。でもこの状況は私にとって好都合よ。それに、族長だって娘の意志を尊重しているわ。この状況は、ゆんゆんが望んだものでもあるのよ」

 

「へぇ、そうなのかい? でも、あの族長達のせいでめぐみんは散々に振り回されたんだ。三十路になるまでカズマ君を諦めず恋人もいない場合は彼の愛人にしていい……そんな馬鹿げた契約だったよね? これがカズマ君の態度が硬化した理由だと私は推理するよ」

 

「私だってその事に関してカズマがどう思っているかなんて知らないわ。でも、カズマが彼らに父親として共感している事は確かよ。後、ダクネスの父親とめぐみんの父親が族長と結んだ契約は同じ内容だけど、根本的な部分が違うの。ダクネスの父親はカズマに肯定的だけど、めぐみんの父親はカズマに対して否定的だったわ。否定的になるのが当たり前と言えば当たり前なんだけどね……」

 

 アクアはグラスの中の酒をぐびりと飲み干し、ほうっと息を吐く。彼女もつまみに手を伸ばし、二人の間に流れていた雰囲気が険悪なものから親しいものへとすり替わっていた。彼女達はぼそぼそと愚痴を言い合っていた。

 

「アクアさんももっと広い視野で今回の作戦を見て見なよ。つまりは、今回の作戦はカズマ君の甘さを最大限に利用したものさ。彼はダクネスさんやめぐみんに対して一度見切りをつけている。でも、甘い彼は彼女達と完全に縁を切る事はしなかったんだ。だから、ダクネスさんが“壊れた”時、カズマ君は彼女を受け入れた。今回もその先例に倣っただけだよ」

 

「なるほどね。正直褒められたものではないわ。でも、めぐみんも年齢的になりふり構っていられなかったのよ。カズマを騙す形になるのは良心が痛むけど、晩餐会でのカズマとめぐみんは悪い雰囲気どころか、むしろ良い雰囲気だったわ。私の理想の実現のためには受け入れるべきかもね。それにしても、めぐみんってば凄い演技だったわ。私の女神の勘も警戒域に振り切れていたもの……」

 

「そりゃあ、演技じゃないからね。めぐみんは私が“壊した”んだ」

 

 あるえの一言に場の空気が凍った。絶句するアクアをあるえは酒を舐めながらニヤニヤと見つめていた。顔を俯かせながらゆらりと立ち上がったアクアをあるえは杖を掲げて制する。あるえがここまでアクアに無遠慮に振舞えるのは、ある意味彼女達の仲が進展している事を意味していた。

 

「私のふざけた偽作戦を真に受けた君はめぐみんを半ば無理矢理彼から引き離したよね。まぁ、彼女も切羽詰まっていたしそんな希望に縋りたかったのだろう。でも、カズマ君は当然無反応。まぁ、彼だったらめぐみんに対して何らかの疑いを持ってあえて無反応だったのかもしれない。真相は闇の中だけど、事実は変わらない。君はめぐみんを“独り”にさせた」

 

「私だって彼女が昔みたいにおかしな発想になる事は危惧してたわ! だから定期的に会って励ましと継続的なカウンセリングを……!」

 

「へえ、すごいねえ。でも、めぐみんは私と一緒にカズマ君の家族との生活を遠目に見ただけで心が折れてたよ? 後はアクアさんが裏切っているんじゃないか、本当はめぐみんをカズマ君から引き離したいだけじゃないのかいって囁いただけで彼女は茫然自失。どうやら、彼女の“トラウマ”が狂気へのスイッチになってるみたいだね。後は実に御しやすかったよ」

 

 アクアとあるえの間に再び険悪な雰囲気が流れ出す。そして、見る者が見れば“あるえ”という女性の変化に驚いた事だろう。恋は人を変えるというが、彼女はダメな方向に変わってしまっていた。

 

「アンタ最低よ! めぐみんは今まで散々な目にあって何とか平常を取り戻したのよ! 結果的に上手くいったとは言え許せないわ!」

 

「うるさいな……これ以外の方法は余計にめぐみんを傷つけ、彼女の人生を無駄にするだけだ。大体、私は君にムカついているんだ。その上から目線の態度は実に腹が立つよ。皆と一緒になりたいから私に力を貸して欲しい? それって、すでに自分が彼に愛されている立場である事を自覚しているからこそ言える言葉だろう? 君は実に傲慢だ。いや、そもそも神とはそういうものか」

 

「私が傲慢……?」

 

 あるえは長杖で自分の肩を叩きながら思案する。アクアは下を向いて黙りこくってしまった。彼女にとっても何か思い当たる節があるのだろうか。しばらく、あるえがつまみを咀嚼する音だけが響く静寂に包まれた。

 

「自覚出来たかなアクアさん? 君はゆんゆんやエリス様と同じくカズマ君の方から望まれている女性だ。だけど、めぐみんやダクネスさん、私は違う。悪あがきを続けていなければ確実に見捨てられていた。実に妬ましいよ……!」

 

「私は……!」

 

「めぐみん、ダクネスさん、私のした事は本質的には同じことだ。カズマ君は子供達、ゆんゆんやエリス、君を含めた家族を愛している。こうした家庭を持つ者の“弱点”は私みたいな人間ならすぐに理解できる。つまり、彼に受け入れてもらう最も効果的な方法は……むぐっ!?」

 

 俺は潜伏を解除して、言ってはならない事を言いかけたあるえの口を手で塞ぐ。突然の登場をした俺を前に、アクアはあわあわと震えだし、あるえもバツが悪そうに目を逸らした。

 

「なるほど、全部聞かせてもらったぞあるえ。今回の事は色々な状況が整いすぎていた。やはり、お前が一枚嚙んでいたか」

 

「私だけじゃないさ。アクアさんも共犯だよ」

 

「ああ、分かっている。だが、親父さん達が急にお前を俺にあてがったのには驚いたぞ。一体どんな方法を使った?」

 

「私だって無為に時間を過ごしていたわけじゃない。外堀は出来るだけ埋めたし、地道で継続的な“嘆願”と有り余った資金で“寄付”を繰り返しただけだよ。後は君の家庭の“監視役”であるアクアさんの一声があってやっと実現したんだ。ふふっ、カズマ君がそんな事を言うとは、つまりは私の方も上手くいったみたいだね」

 

 クスクスと笑うあるえの胸倉を掴んで椅子から無理矢理立たせる。すると、心配そうな表情でアクアが近寄って来た。そんな彼女を軽く手でいなし、俺はあるえに向き直る。彼女は相変わらずの笑みを浮かべていた。

 

「ふふん、私に暴力でも振るうのかい? 望む所だよ。それに、そんな事をしても状況は変えられないさ」

 

「何を言っているんだアホ。お前はもう俺の“女”だ。それを改めてお前の体に教えてやる」

 

「っ……!? 俺の……女……かい……? もう一度言ってくれるかな……」

 

「あるえ、お前は俺の女だ」

 

「はぅ……!」

 

 面白いように顔を赤くさせるあるえを見て、俺は溜め込んでいたイライラが呆れと悪戯心へと変化する。無茶苦茶に犯してやろうかと思っていたが、今まで散々に虐めて被虐体質になった彼女をお仕置きするのは至難の技だ。それなら、今後の事を考えてここは少し抑えめでいってみよう。

 

「顔を上げろ」

 

「何かな……って!? んむっ……んっ……んちゅっ……!」

 

 俺はあるえの唇を少し強引に奪った。ぷにぷにとした唇を舌で舐り、適度に吸い付いて彼女の口内から甘い唾液を絞り出す。目を閉じてそれを受け入れた彼女は僅かに体が震えていた。そっと腰に手を回すと、安心したのか彼女の体の硬さが緩んでいく。それは俺からしても満足感を得られるものであった。

 

「んっ……ふっ……! んぁ……!? 凄いよカズマ君……こんなキス……私は初めてで……んうぅ!? んっ………んんんっ……」

 

 あるえの口内に舌を突き入れると、彼女はそれを味わうようにゆっくりと舐り、舌を絡める。そんな俺の力強いキスに押し負けたのか、あるえの足が一歩一歩と下がっていく。そして、彼女の背が部屋の壁に辿り着いた時、彼女はビクリと体を震わせ、背伸びをして俺の愛撫を受け入れる。そんな健気な姿に俺は素直に興奮した俺は彼女の舌と唾液を吸い上げながら唇を放す。あるえは潤んだ瞳で俺を見上げ、熱い吐息を吐きながら弛緩した口を半開きにして名残惜しそうにしていた。

 

「えへっ……こんなキスダメだよ……私おかしくなっちゃうよ……私はもっと無茶苦茶にされると思って……」

 

「あるえはどんなキスがいいんだ?」

 

「私は……カズマ君のキスなら何でもいいよ。だから、もっとシて……私にちゅーして……?」

 

「へいへい……」

 

「その面倒臭そうな顔は何さ。いいよ別に嫌なら……んふぅっ!? ふみゅっ……んっ……♡」

 

 俺はあるえの唇をむしゃぶりつくようにして奪う。そうすると、不安そうだった彼女の表情が途端に蕩けたものへ変わる。そんなあるえの可愛い反応を楽しみつつ、俺は彼女の足の間、スカートの中へ右足を差し込んだ。

 

「んっ……んんっ……んぁっ!? んひっ……んみゅっ……!」

 

 俺は自分の足の大腿部を、彼女の秘所にあてがって軽く揺する。下着越しに分かるほど、彼女の秘所は熱かった。そのままキスと秘所への愛撫を続けていくと唾液以外のくちゅくちゅとした淫靡な水音が混ざり始める。ふと唇を放して下に目を向けると、俺のズボンの一部は染みになっていた。そして、透明な糸が彼女のスカートの中へ続いている。流石の俺も、これには表情を下卑たものに歪ませざるを得なかった。

 

「んっ……止めないでカズマ君……もっとして……」

 

「ああ、もっとしてやる。俺だって今まで我慢してたんだ」

 

「んへへっ……そんな嬉し……いひゃぅっ!? いきなりそんな……ふみゅぎゅっ!?」

 

 蹴り上げるように膝を彼女の秘所へ押し付け、ガクガクと揺らす。そして、反論の言葉を打ち消すように唇を塞ぐ。彼女は少しの抵抗を見せたが、逃げられないと悟ったとのかされるがままになる事を受け入れた。

 

「んっ……ひっ……いみゅっ……んっ……んんんんんんっー!」

 

 彼女の体がビクビクと震えて、いやいやと体をよじらせる。そんな彼女に見て俺は足をグイっと上に上げる。その瞬間、彼女がピンと背筋を伸ばし、次の瞬間には力尽きたように俺の方へ体を預けてきた。口内もだらしなく弛緩している。どうやら、今ので絶頂してしまったらしい。俺はそんな彼女の秘所をもう一度膝で突き上げた。

 

「ひゃっ!? まだやるの……? いいよ……もっとして……ひゃううっ!」

 

 それならば遠慮なくと、俺は彼女に更なる快感を味合わせた。それから、彼女が3回目の絶頂を迎えた時、彼女はいきなり俺から逃れようと体を暴れさせ始めた。しかし、逃がしてなんかやらない。彼女の両肩を手で押し付けて壁へと抑え込み、口と足でも彼女を壁へと押さえつけた。

 

「ひみゅっ……! んっ……これ以上ダメだよカズマ君……! これ以上は……ふにゃっ……んうぅ……! ひっ……あっ……ああっ……んんっ……!?」

 

 激しく抵抗していた彼女の体がピタリ止まり、ぷるぷると震えだす。そして、彼女の秘所からは熱いものが一気に溢れ出た。最初は愛液か潮かと思ったが、俺のズボンが一気に濡れた事を不審に思い下に目を向ける。床には小さく水溜りが出来ていた。そっと彼女のスカートを上げると、そこにはびしょ濡れになっている真紅の下着からポタポタと水滴が垂れていた。

 

「なあ、あるえ」

 

「ばかっ……! ダメって言ったじゃないか……こんな……ごめんねカズマ君……」

 

「気にするな。可愛いじゃないか」

 

「なっ……!? ちょっ……えっ……!? あぅ……カズマ君何して……ひゃあああああああああっ!?」

 

 俺はしゃがみこんで、失禁して重くなったあるえの下着をずり下ろす。そして、むわりと広がる尿臭を気にも止めずに彼女の秘所へむしゃぶりつく。舌に広がるぴりりとした刺激としょっぱさは俺に何とも言えない気持ちにさせてくれた。

 

「ひゃあっ……だめっ……そこだめ……ほんとに汚くて……!」

 

「っ…………!」

 

「んひいいいいっ!? だめっ……そんな吸っちゃ……いひゅううううううううっ!?」

 

 俺の頭をどかそうとしていた力を失い、彼女の秘所からは絶頂を迎えたとろりとした愛液も流れ出る。それを一滴も残さずじゅるじゅると吸い上げてから俺は立ち上がる。そうすると、あるえは反対にずるずると床へ座り込んでしまった。そんな彼女を無理矢理立たせて、ベッドの方へ引きずって放り投げる。あるえは、四つん這いになって大きなお尻と秘所を曝け出していた。そして、潤んだ瞳で俺の方へ振り向いてくる。俺はそんな彼女に応えるように服を脱ぎ、ガチガチに勃起した逸物で彼女のお尻をベチリと叩く。そうすると、彼女は長く熱い吐息を漏らした。

 

「カズマ君……私とするのかい……?」

 

「嫌か?」

 

「そんな事はないよ。でも、嘘じゃないの? またお尻に入れたりするのかい……?」

 

 不安げな表情のあるえを見て俺も少し反省する。とは言え、謝る事でもない。俺は年のくせに閉じ気味な秘所に亀頭をめりこませる。そうすると、彼女は顔を真っ赤に染めて大人しくなった。

 

「いいかあるえ、挿入すっぞ」

 

「うん……来て……私に天国を見せてカズマ君……!」

 

「なら、お望み通り……せいっ!」

 

「いひっ!? あうっ……ううううううううっ!」

 

 あるえの膣内に、俺の勃起チンポが容赦なく侵入する。だが、意外とすんなりと根元まで挿入出来たし、彼女の表情もとろとろに蕩けているが痛みもなさそうだ。その姿を見て、俺は口角を釣り上げた。

 

「あるえ、お前は本当に処女なのかよ? 初めてでそんなだらしない顔をしてよぉ……?」

 

「んふっ……少し痛いけどこんなの気持ち良さと快楽の前に負けちゃうよ! それに……ああっ……君の熱いペニスが私の膣内に……これがセックスなんだね……」

 

 何だか感動しているあるえのでか尻を引っ掴み、俺はより深くへと挿入させる。彼女から、ひぐぅという声が漏れた後、容赦のないキツキツの締め付けが俺を襲う。その懐かしい感覚に俺は頬を緩ませた。流石は男の経験がない初々しいマンコだ。

 

「ああ、気持ち良いぞあるえ! 正直処女の相手は面倒臭くてしたくなかったが、これなら腰を振りまくっても大丈夫だよな!?」

 

「さ、さいてーだよカズマ君……でもいいよ。正直、興奮しすぎて気を失いそうなんだ。だから、そうなる前にもっと気持ちよくさせてくれるかい……?」

 

「そうか、ならもう遠慮はしない……」

 

「ひゃっ……うぁ……いひいいいいいいいいいいっ!?」

 

 あるえの許可は下りた。それなら、もう我慢の限界だ。俺は彼女の尻をぐっと握り、遠慮なしの高速ピストンを開始する。俺の腹に当たる彼女の尻が、ばちゅんばちゅんという下品な音を立てる。膣内のひだは逸物を否応なしに快楽へと導き、彼女のキツイ締まりも相まって想像以上の快楽を与えてくれた。

 

「おほぉ!? すげえぞあるえ! お前のマンコは最高だ! 最近遅漏気味の俺のペニスも大喜びだぞ!」

 

「ひぎっ……はうっ……! そうなの……気持ちいのかい……? えへっ……あうっ……もっと私で感じて……? ひゃうっ……!」

 

「健気じゃないか。まぁ、好きにやらせてもらおうか」

 

「ひゃうううううううううっ!?」

 

 力強くデカ尻に腰を叩きつけ、彼女の奥深くへ挿入し、亀頭が彼女のコリコリとした大事な部分に当たるまでめり込ませる。そして、彼女を抱きしめて一緒に仰向けになる。背面騎乗位の体勢となった俺は、彼女を容赦なく下から突き上げた。

 

「いぁっ……いひぃ……これ凄い……気持ちいい……はぅ……あうっ! ひにゃっ!? そこだめ……んんんんんっ!」

 

「良い反応だあるえ! 流石は淫乱秘書だな!」

 

「やっ……私は淫乱じゃなくて……あっ……淫乱で良いからもっと突いてカズマ君……!」

 

「せいやあああああああああっ!」

 

「あひゃあああああっ!?」

 

 嬌声を通り越して奇声になりそうな声を上げるあるえをズンズンと突き上げる。そして、彼女のぷるんぷるんと暴れまわるおっぱいをぎゅううっと揉みつぶした。その瞬間、彼女の体が跳ねてビクリと震える。そして、きゅうきゅうと締め付ける秘所からはどろりとした愛液が流れ出る。本当に快楽に素直な女のようだ。彼女はまたも絶頂してしまったらしい。おまけに、突き上げるたびに彼女は潮をぴゅっぴゅと吹いている。その姿は俺に満足感を与え、嗜虐心を刺激した。

 

「くそっ……俺もそろそろイキそうだ! ああっ……気持ち良い……おほっ……!」

 

「んひっ……ひゃっ……出して……カズマ君の白いのいっぱい出して……! えへっ……んっ……私がせっくすしてる……カズマ君喜んでる……ふきゅっ!?」

 

「途中で気絶すんなボケがあああああ!」

 

「あぎっ!? いたっ……痛気持ちいいよぉ~……んひいいいいっ!」

 

 一瞬意識が飛んだあるえを、爆乳を痛いくらいに揉みしだいて覚醒させる。彼女はというと、舌をだらしなく出して快楽によがっていた。俺はそんな彼女にラストスパートとばかりに高速の挿入を繰り返す。そして、ついに限界が訪れた。

 

「ああっ……いく……イクっ……!」

 

「あうううっ……来て来て……んっ……あっ……」

 

「あ゛~う゛っ……おおおおおお……」

 

「ひゃああああああああああっ!? 熱い……熱いよカズマ君……膣内でいっぱいでちゃってるよぉ……あうっ……」

 

 体をビクビクと震わせながらあるえは前のめりに倒れ込む。彼女の充血どろどろマンコから、こぽこぽと下品な音を立てながら精液が流れ出る。その姿に俺は早くも次発装填を整えた。

 

「もう、これで終わりにするか?」

 

「バカ言わないでよカズマ君……もっと天国見せてくれるかい……?」

 

「はい喜んでえええええええっ!」

 

「あひいいいいいいいいいいっ!?」

 

 

 

 

なんだかんだで、俺達はあるえで5回戦もしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 そして、窓の外が白み始めた時、俺は満足してゆったりとベッドに座っていた。あるえはというと、俺の股の間で半勃ちのペニスを奉仕している。そんな健気な彼女の頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。でも、その瞳に不安が宿っている事を俺は見逃がさない。ここまで来たら、なんでもござれだ。

 

「あるえ、何か不安な事でもあるのか? それだったら、隠さず言っちまえ!」

 

「んっ……それは……うん……この際だから言ってもいいかな」

 

あるえは、くすりと微笑んでから俺の膝上へと座る。そして、不安気な目で俺の顔をじっと見つめてきた。

 

「私の悩みは単純だよ。自分でも言うのも変カもしれないが、私は“普通の女”だ。他の女性達みたいに君と冒険を共にしたわけでもないし、女神達のような圧倒的な美しさもない。こうして、カズマ君に無理して受け入れてもらったけど……私は……ってこら! 私の眼帯を……やめっ……! いひゃあああああ!?」

 

 今も付けている眼帯を引っ張り上げ、容赦なく手を放す。目に眼帯アタックを喰らった彼女は目を抑えてうずくまった。そんな彼女の頭を俺は撫でまわす。何というか、健気な奴だ。本当に、なんで俺みたいな奴に執着しているのだろうか。

 

「安心しろ。お前とは何だかんだで10年以上の付き合いだ。それに、性格も性癖も、男好きするドスケベボディも俺の嫁さん達と張り合えるものを持っているさ」

 

「そうかい……うん……ふふっ……でも不安は消えないよ。だから、私のがどんな奴か教えてあげるよ。んふっ……!」

 

 クスクスと笑いながら俺の事をぎゅっと抱きしめる。それから、俺の耳元でそっと囁くように語り掛けてきた。

 

「私は小説を書くためにいっぱい勉強した。情報収集の大切さも知った。読心術にも、少し心得があるさ。そんな策士な私にとってこの薄氷の上にハーレムを壊す事は容易い。裏でひっかき回されたくなければ、私の事もしっかりと見張ってくれるかい?」

 

「分かったよ……俺もお前を手放すつもりはもうないからな」

 

「んふふっ……それでいい……それでいいんだよ……んっ……愛してるよカズマ君……」

 

そんな言葉を投げかけながら、あるえは俺の胸の中で寝息を立て始めた。俺は彼女をそっとベッドに横たえて起き上がる。それから、伸びをして首をゴキゴキと鳴らした後、壁際で小さくなっているアクアの下へ歩み寄る。彼女は俺の脱ぎ捨てた服を抱きしめながら、体育座りをしていた。

 

「さてアクア、お前の悪行は聞かせてもらった。知らなかったとはいえ、あるえの作戦の共犯者だ。お仕置きを受けてもらうぞ」

 

「うん……」

 

「素直だな。それじゃあパンツ脱げ」

 

「っ……! 分かったわよ……」

 

意外にも素直に応じたアクアは、水色のフリル付きパンティーを顔を赤くしながら脱ぎ捨てる。そんな彼女の手を取り、無理やり両手を壁につかせた。アクアの超絶素晴らしいお尻はこっちに向いている。ヤる事など一つだけだ。

 

「もっとケツを出せ」

 

「ふ、ふん! ま、今回は私も反省してるわ! でも、アンタのえっちぃお仕置きなんかには屈しないわ! 全く、女神がアンタ程度に負けるわけないじゃない!」

 

「ほぉ……」

 

「ひゃっ!? うっ……もっと力強く揉んだらどうよ!」

 

アクアの尻たぶをもみもみしていると、彼女は顔を真っ赤にしながら挑発の言葉を投げかけてくる。おまけに、少し尻がふりふりと揺れている。その姿にたまらないものが溢れ出ているが俺は抑えた。お仕置きはお仕置きだ。

 

 

 

「それじゃあアクア! 罰としてお尻ペンペン100回だ!」

 

「ええっ!? なんでそうなるのよ!? ちょっ……きゃあああああっ! いたいいたいいたーいっ!」

 

「ヒャッハッハ! もっと可愛い声を聞かせろアクア~!」

 

 

 

俺の中の鬱憤が、少しだけ晴れた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

朝の陽ざしが爛々と差し込むなか、俺は我が家へと帰宅する。玄関先には愛しの嫁さんであるゆんゆんの姿があった。彼女は俺にニコニコとして微笑みを向けてきた。俺も、屈託のない笑顔を彼女に返しつつ、背中で眠りこけていたアクアをその辺に投げ捨てた。そして、渾身の土下座をした。

 

「カズマさん、お帰りなさい。昨晩はお楽しみでしたね」

 

「はい、散々に楽しみました。いっそ殺してくださいゆんゆん様」

 

「ふふっ、おかしなカズマさんですね。私は怒っていませんよ? 顔をあげてください」

 

「そんな事言いながらなんで地面を蹴って砂を……ペっ……口に入った!」

 

 このままだと胃袋に石をつめられそうなので、俺はゆっくりと立ち上がる。そこに、間髪入れずに強めのビンタが飛んでくる。それが、何セットも続いた。

 

「ゆんゆん……絶対怒って……へぶっ!?」

 

「怒ってませんって」

 

「そうかい……ぐふっ……おうっ!? あべしっ!」

 

 しばらく彼女の鬱憤晴らしに耐え、疲労と蓄積ダメージの中で倒れそうな俺の胸に、ゆんゆんはぎゅっと抱き着いてくる。彼女の体はぶるぶると震えていた。

 

「すまんなゆんゆん、愛人二人追加だ」

 

「お父さんに聞いたから知ってます! それに、いつかこうなる事くらい分かってましたから……」

 

そう言って俺を見上げる彼女の顔は、仕方がないといった苦笑を浮かべていた。彼女も随分と丸くなったものだ。俺はそんな彼女の頭を撫で続ける。そうしているうちに、ゆんゆんは背伸びをして俺の首筋にカプリと噛み付いて来た。それから、俺につけた歯形を満足気に眺めた後、俺の事を再びぎゅっと抱きしめてきた。本当に、俺には勿体ないくらい良い女だ。

 

「カズマさん……」

 

「おう」

 

顔を上げたゆんゆんの表情は、屈託のない微笑みだった。

 

 

 

 

 

「めぐみんに襲われたのが、貴方で良かったです」

 

 

 

 

俺はゆんゆんの事をギュっと抱きしめ返した。

 

 

 








ハーレムルートは次回のゆんゆん回で最後です。
やっとアクアルートやれるんだなって……


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昔夢見た光景

次で最後と言いましたが、諸事情により1話増えました……



 

 

 

 

 

 

 夜を誰と共に過ごすのか。これは俺にとって悩みの種の一つであった。まだ、俺とゆんゆんとさより、アクアだけで過ごしていた頃の“夜”は実に穏やかなものであった。ゆんゆんといちゃついたり、親子三人で絵本を読んだり川の字で寝たり、時にはゆんゆんとさよりが寝静まった後にアクアと酒盛りをする事もあった。あの時は毎日が楽しいものであったし、睡眠時間が少し削れても不満などなかった。

 

しかし、今は違う。

 

 楽しくて気持ちの良い日は続くのだが、そこには昔のような自由と穏やかさがない。もちろん、決定権はこちらにないため基本的に受け身の姿勢しか取れないのだ。そんな俺の横に、パジャマ姿のクリスが歩み寄ってくる。彼女の艶やかな銀髪は少し水に濡れ、血色の良い肌をほこほこさせている。どうやら、お風呂上がりらしい。彼女は興味深げに俺の顔を見つめてから、続いて視線を俺と同じ場所へと向けた。

 

「どしたの助手君、冷蔵庫なんかじっと見つめて? あっ、あたしが冷やしてるクリムゾンビアには手を出しちゃダメだよ!」

 

「へいへい、お前の酒には手を出さねえよ。というか、俺は冷蔵庫に貼ってある例の月間スケジュールを見て少し憂鬱になってたんだよ……」

 

「まぁ、皆が助手君に飢えてるからね。ある程度のルールは必要なんだよ。それがなきゃ、君は死ぬまで犯されちゃうよ? それに、このハーレムは助手君が望んだ状況じゃないか。自業自得だね」

 

「そう言われると何も言えねえな」

 

 ツンとし表情を浮かべるクリスを前に、俺は頭をかきながらお茶を濁す他なかった。そんな俺を彼女はチラリと見てから、再び視線を冷蔵庫にはられた月間スケジュールへ向ける。ちなみに、今月はめぐみん・あるえ強化月間だ。何の強化月間かは察して欲しいところだ。

 

「あ、今日の予定では助手君ってばフリーなんだね。どうかな、この後、あたしと二人で飲みに行こうよ!」

 

「そういって前回飲みに行ったら、酔ってるところをめぐみんとあるえに制圧されて、お前は木に吊るされるわ俺は野外で犯されるわで大変だったろう……」

 

「うぅ……嫌な記憶を思い出させないでよ。うん、あの二人は色々と焦ってかなり狂気的になってるからね。今日はあたしから誘うのは遠慮しておこうかな。もちろん、助手君の方から誘ってくれるって言うなら別だけどね!」

 

「ああ、考えとく」

 

「気のない返事だね……さーて、ビールビール! 風呂上がりのお酒はたまらないんだよね!」

 

 クリスは冷蔵庫からクリムゾンビアを取り出し、気分よさげに俺の元を去る。去り際にチラリと目線を送ってきた彼女がこれまたいじらしい。確かに、今日は俺のフリーな日だが、それはめぐみん達も自由に動ける事を意味している。想定外の事態が起こるよりはクリスの誘いに乗った方が安全かと考え始めた時、背後から椅子を引く音が聞こえて身を固まらせる。振り向くと、ダイニングテーブルの椅子に座ってこちらを見てくるめぐみん、あるえと目が合った。俺はその視線から顔を逸らし、無言で立ち去る。案の定、二人も無言で俺の背後についてきた。

 俺は二人を引き連れたまま玄関を出て屋外へと出る。そして、家の近くにある大きな木の下で足を止めた。振り返ると、頬を染めている二人と目が合う。しかし、眼光は獲物を狙う鋭い目になっていた。

 

「カズマ、もしかしてここでするつもりなのですか……?」

 

「んふふ、カズマ君ってばこの前の野外プレイにハマっちゃったのかい?」

 

「青姦は嫌いじゃないが、俺は普通にする方が好きだ」

 

「そうですか。私はどっちも好きです」

 

「んふっ……外よりかは台所とかの方がいいねぇ」

 

 恥じらいもなく言い放った彼女達がにじり寄ってくる。その瞬間、近くのアクシズ教会とエリス教会から鐘の音が聞こえて来た。これはこの日最後の鐘の音であり、深夜という時間帯の始まりへの合図であった。

 

「“逃走”!」

 

「あっ…!」

 

「わっ!? 奥さんに対してその対応はないよカズマ君!」

 

 背後から何か不満の声が聞こえてくるが、知った事ではない。実はここ最近は連日ヤりまくってるせいで純粋に疲れているのだ。今日は早くベッドに入りたい。それが俺の望む“自由”というものであった。

 だが、逃走スキルを使用した俺ですら、彼女達を振り切る事が出来なかった。どうやら、あるえが補助魔法を行使しているらしい。こうなると、スタミナに劣る俺は成す術がないが、自由のために俺は手段を選んでいられない。俺は事前に準備していた地点に差し掛かると、強く地を蹴って跳躍する。そして、背後からめぐみんとあるえの情けない悲鳴が聞こえて来た。俺は勝ちを確信して足を止めて事件現場へと足を向けた。そこには、地面に大きな穴が空いており、中には困惑するめぐみんとピクリとも動かないあるえの姿があった。

 

「いたたた……落とし穴なんて古典的な! 流石にこの扱いはひどいですよカズマ! というか、この落とし穴に溜まってるネバネバはなんですか!?」

 

「うっせー! ヤるにしても限度があるんだよ! ちなみにそのネバネバはただのローションだ。全身ぬるぬるで思うように登れないろ? くっくっく…明日の朝には出してやるよ!」

 

「ううっ……カズマは相変わらずですね。それよりあるえ、しっかり……しっかりしてください! 貴方の魔法がなければ脱出が……!」

 

「ふきゅっ……!」

 

「あるえ……起きるのです……ってうぶっ!? 何をするんですかカズマ!」

 

「いや、この際だから埋めてやろうかなと……」

 

「バカですか貴方は!」

 

 落とし穴に向かって土を蹴りいれた俺を、めぐみんが本気の怒りの表情を浮かべて睨んでくる。これ以上は流石にマズイかと判断した俺は、二人を放置して我が家へと帰還した。こうして久方ぶりの自由を手に入れた俺はぐっと伸びをする。ダクネスが仕掛けてくる可能性もあるが、彼女は御しやすい上に俺が乗り気ではないときは素直にひいてくれる奴だ。だからこそ、今から何をやろうかという余裕も出て来た。

 ゆんゆんやエリスと一緒にぐっすり眠ろうか、子供達の寝顔でもじっくり眺めるか、それともクリスと飲むか、ダクネスの趣味に付き合うのか……

 とまぁ、優柔不断な思考になっていた時、俺の足はとある部屋の前で止まった。それは我が家のメイド女神であるアクアの部屋だ。そっと扉を開けて中を伺うと、見慣れた青い髪が机の前で揺れている。どうやら、机に向かって何か作業をしているようだ。悪戯心が芽生えた俺は忍び足でアクアに近づき背後から彼女の手元をのぞき込む。

 机の上に広げられていたのは安っぽいノートであった。左のページには今日の出来事が簡潔にまとめられ、右のページには今日の夕食であった寄せ鍋に舌鼓を打つ家族の様子が絵に描かれていた。

 

「へぇ、上手いもんだな。つーか随分と可愛らしい絵柄じゃないか」

 

「わひゃあ!? 急になに……ってカズマ!? 部屋に入る時はノックぐらいしなさいよ!」

 

「悪かったよ。それにしても絵日記を書いてるなんてなぁ……」

 

「なによ、文句でもあるの!? 後、人の日記覗き見るなんて最低よ! あやまって! 今すぐごめんなさいしなさいよ!」

 

「へいへい、ごめんなさいすいませんー」

 

「もう、まったくカズマは……!」

 

 アクアは恥じらいに頬を染めながらノートを机の中へしまい、こちらを睨んでくる。そんな彼女を見ながら俺は苦笑する。彼女と二人で話すのも悪くない気がしたからだ。

 

「アンタが夜に私の部屋に来るなんて珍しいじゃない。もしかして、私に手を出すつもりなの? ほんとカズマさんってば相変わらずの性欲モンスターね! まぁ、どうしてもシタいっていうなら今すぐ最高級シュワシュワを私に捧げて……!」

 

「ちげーよアホ。単に暇つぶしで寄っただけだ」

 

「そ、そうなの? へー……ふーん! まぁ、私も暇してるし、話くらいは聞いてあげなくもないわよ!」

 

「そうかい。なら、遠慮なく暇つぶしをさせてもらおうか」

 

「女神を暇つぶしの相手に使うとはいい度胸ね……」

 

 ベッドに座り、そっぽを向きながら足を組むアクアの隣に俺は腰かける。お互いにしばし無言で過ごしたか、気持ちの良い沈黙であった。それから、ぽつりぽつりとアクアが今日の出来事を語り始める。こう見えてアクアは面倒見が良いというか、家族全員の事をよく見ている我が家の事情通だ。俺が仕事や隠れ煙草で家を留守にしている間、家でどんな事があったのかを面白おかしく教えてくれた。大半がとりとめのない話なのだが、俺にとっては大切な情報であった。

 そして、気分よさそうに頬を緩ませ饒舌になっているアクアに、俺は少し前から聞きたいと思っていた質問をぶつける事にした。

 

「なあ、アクア。今の状況って、お前が望んでた“皆一緒”って奴だろ? そこのところ、どう思っているんだ?」

 

「ふふん、そんなの今の私を見れば分かるでしょう? 正に肩の荷も下りたってものよ。めぐみんもダクネスも、破滅の相が出てる色々と危うい子だったわ。少し不本意だけど、アンタと一緒にいた方があの子達は幸せになる。何より、私自身があの子達とその子供達と一緒に過ごしたいと思ってる……うん、今の私は幸せだって自信を持って言えるわ!」

 

 屈託のない笑顔を浮かべるアクアを俺はチラリと見る。彼女の言葉や思いは全て本心である事は分かる。しかし、俺はその姿に何故だか納得がいかなかった。納得できないという思いを持つ自分自身にも納得が出来ない。言葉には出来ない複雑な心境だった。

 

「アクア、お前は今の状況に満足しているのか? これ以上を望んだりはしないのか?」

 

「別にこれ以上なんて望んでないわ。皆が笑い合える関係が一番だもの! それに、二度とめぐみんやダクネスのあんな姿は見たくないもの……」

 

「そうかい。まあ、お前がこれで満足だって言うなら俺はこれ以上何も言わねえよ」

 

 なぜだかイラついた気分になった俺は部屋を去ることにした。そんな俺の背中にアクアは覇気のない声音で問いかけてくる。自然と足は止まっていた。

 

「ねえ、カズマは今の状況に満足してるの」

 

「さあな、でも俺の身に余る状況である事は確かだな」

 

「アンタは……この状況を望んでいたの……?」

 

「その質問には答えられねえな」

 

「もしかして……アンタは私の……」

 

「何を言いたいか分からねぇが、流石に自惚れがすぎるぞ」

 

 そう吐き捨てた俺にアクアは沈黙で答えた。部屋を出た時、肩に再び重苦しい何かがのしかかるのを感じた。この重い気分を吹き飛ばすために俺は廊下を進む。次に目についたのはエリスとダクネスの部屋の扉だ。時間が時間なので、そっと扉を開けて中の様子を伺う。部屋の中の光景を見た俺は、ため息をついてから薄暗い部屋の中へと侵入した。

 

「おい、子供はさっさと寝る時間だろレイカ」

 

「んっ……? ああ、お父さんか。別にちょっとくらい良いじゃん。それに、この本の続きが気になって眠れないんだよ」

 

「まったく……って、それはあるえのどんとこいシリーズじゃないか! お前にはまだ早いから没収!」

 

「ああっ!? まだ全部読んでないのに!」

 

ベッドの上でぶーたれるレイカの頭を軽くポンポンしつつ、色々と問題のある小説を懐にしまう。情緒面でもかなり早熟な娘だが、流石にこの年齢でこの手の書籍は良くない影響を与えそうだった。

 

「子供は子供らしく絵本とか読んどけばいいんだよ……」

 

「お父さん、その結果がこれだからね? お母さん達とお兄ちゃんには良い安眠効果があったみたいだけど、あたし消化不良で眠気が吹っ飛んじゃった!」

 

 ヤレヤレと肩をすくめるレイカの横には、気持ちよさそうに眠るエリスとダクネス、彼女達に挟まれて呻きながら眠っているカイズの姿があった。カイズは『伝説の勇者サトウの冒険』というタイトルの絵本を抱きかかえている。俺もこの絵本を何度か子供達に読み聞かせた事があったが、ストーリーは王道で悪く言えば単調な話であった。レイカにとっては物足りないと思うのも仕方がない気がした。

 

「よし、それじゃあお父さんと一緒に寝るか。面白い話ならたくさん知ってるぞ!」

 

「えーやだー」

 

「な、なぜに……? まさかレイカも反抗期か……」

 

「別に反抗期とかじゃないけどさ、お父さんってまだお風呂入ってないでしょ? 体の汚れを落としたら、一緒に寝る事も考えてあげる!」

 

「ああ、そういう事か。うし、俺もひとっ風呂浴びてくるか!」

 

「はいはい、さっさと匂いを消してねお父さん。お母さん達が起きる前に……ね……?」

 

 俺はダッシュで部屋を飛び出した。寝てるからと油断していたが、彼女達の探知能力は馬鹿にできないのだ。それから、俺は1階へと降りて脱衣室へと向かい、服を脱ぎ捨てて浴室へ突入する。そして、体を洗おうとかけ湯をした直後に俺の視界が暗闇へと染まる。ひんやりとした手が俺の目を塞いできたのだ。

 

「ふっふー、だーれだ?」

 

「はぁ……さっきぶりだなクリス」

 

「反応薄いよ助手君! というか、凄い汗だね。もしかして、びっくりした?」

 

「ああ、アイツらかと思ってビビったぜ。おかげで冷や汗ドロドロだ……」

 

 鏡には俺の背後でクスクス笑う一糸まとわぬ姿のクリスが映っている。これがめぐみんや、あるえだった場合はショック死していたかもしれない。そんな俺の背中を彼女はタオルでゴシゴシと擦る。一人で風呂に入った時、彼女がこうして体を洗ってくれるのは“よくある”事であった。

 

「んー……助手君も随分と堂に入ってるねぇ。昔は恥ずかしがったりしていたのに……」

 

「そりゃあ、お前らにこうして貰うのも日常の一部だしな。それに何年一緒にいると思ってるんだ。あらゆる意味で慣れてるって言えるんだよ」

 

「むぅ、ちょっと面白くないかな。それに、こっちも元気ないよ? もしかして枯れちゃった?」

 

「そいつも慣れだな。まぁ、年で性欲が減衰したのも否定できねぇけど」

 

 クリスが俺の陰部を弄るように洗ってくる。しかし、俺の陰部はふにゃったままであった。背中には彼女の控えめな胸がふにゅりと押しあたり、首筋には熱い吐息が吹きかかってくるが、これも慣れたものだ。今ではゆんゆん達の裸体を見ても無反応になるほど“慣れ”ている。昔はパンチラを目撃しただけでフル勃起していたのに、不思議なものだ。ちなみに、エロ本は昔と変わらず表紙を見ただけで勃起してしまう。男の性欲には謎が多いのである。

 

「んむっ…んっ……あっ……耳を舐めたら反応したよ? ここが弱いの助手君……?」

 

「まったく……俺はもう湯船に入るぞ」

 

「せっかく面白くなってきたところなのにー」

 

「へいへい、また今度な」

 

 泡を洗い流し、湯船に全身を浸して深く息をつく。クリスはというと、湯船につかった俺の股へと腰を下ろし、背中を俺に預けてくる。そんな彼女を俺はそっと抱きしめた。お湯の中で感じる人肌の暖かさと柔らかさは、安心できる気持ち良さなのだ。

 

「んー本日二度目の入浴だけど、やっぱり誰かと入った方が気持ちが良いねぇ……」

 

「そうだなー」

 

「気のない返事だね。どうやら本当に疲れてるみたいだね」

 

「睡眠不足と重なって疲れが中々取れなくてな……」

 

「ふふっ、お疲れ様助手君! あたしといる時くらいは気を休めてね」

 

 俺を労ってくれたクリスを更に強く抱きしめる。やはり彼女は女神だ。クリスという分霊体であっても、エリスの存在は俺の癒しであった。

 

「さてさて、実はお酒も持ち込んでるんだよね。ほら、一緒に飲もう?」

 

「いつの間にそんなものを……ありがたく頂こう」

 

「えへへ、かんぱーい!」

 

「お前は元気だな」

 

 湯船に漂っていた風呂桶の中には徳利とお猪口が置かれていた。それをクリスと酌み交わしてそっと口に含む。少し辛口な酒の味は俺の体と気分を体の中から温めてくれた。

 

「うんうん、幸せっていうのはこういうものだよねぇ……」

 

「ああ、本当に幸せだな……」

 

 酒を口に含み、眼下にあった彼女の濡れた銀髪を撫でる。俺が幸せであるという事を、疑うことなく実感した瞬間であった。

 

 それから、しばらく酒と風呂を楽しんでから湯船から上がる。クリスはというと、完全に出来上がっていた。とにかく緩んだ笑顔で抱き着いてこようとする彼女をいなし、どうにか服を着せた。やはり、風呂で酒を飲むのは悪酔いの原因だ。

 

「じょしゅくん、だっこ~」

 

「何言ってんだかお前は……ほら背中に乗れ」

 

「おんぶ……おんぶも嫌いじゃないよ……」

 

「へいへい」

 

 出来上がったクリスをおんぶして、俺は脱衣室を出る。最初はもぞもぞと動いていた彼女だが、2階へと上がる階段を昇り切った頃には静かな寝息を立てていた。そして、エリス達の寝室で全員の気持ちよさそうな寝顔を見て苦笑する。どうやら、レイカも寝てしまったらしい。随分と長風呂をしてしまったしな……

 そんなレイカの横に、むにゃむにゃと寝言を言っているクリスを転がし、掛け布団を5人全員にしっかりかける。元がダブルベッドなので、俺が入るスペースはありもしない。むしろ、翌朝には誰か床に落ちていそうな混雑っぷりであった。

 

「お休み……」

 

 それぞれの寝息を返事として受け取り、静かに部屋を出る。当初の行き場を無くした俺は、自室へと向かうことにした。その途中で、さよりとありさの部屋から出て来たゆんゆんとばったり出くわす。彼女の顔には、幾ばくかの疲労が浮かんでいた。

 

「どうした、随分と遅いじゃないか?」

 

「ええ、今までさよりの宿題に付き合っていたんですよ。それが中々に曲者だったんです……“自分の名乗りと演出を考えろ”って……」

 

「へえ、何とも紅魔族らしい宿題だな。で、どんな名乗りを考えたんだ?」

 

「ふふっ、悩んだだけあってカッコイイのが……って、違います! その……成績を下げない程度に無難なモノを考えたんです!」

 

「くくっ……そうかい」

 

 顔を真っ赤にしてあわあわするゆんゆんは相変わらずの可愛さだった。どうやら、今の今までさよりの名乗りを真剣に考えていたらしい。娘のためなのか、それとも彼女も楽しんでやっていたのか、真相は闇の中と言えるが、恐らく後者であろう。なんだかんだで、彼女も立派な紅魔族なのだ。

 

「その……カズマさんはこれから寝るんですか……?」

 

「おうよ。明日は休みだし、昼まで寝る覚悟だ!」

 

「ふふっ、それなら寝室に行きましょうか」

 

「そうだな! さーて寝るぞー!」

 

「妙にご機嫌ですね」

 

 クスリと笑うゆんゆんを引き連れ、俺は自室のベッドへ倒れ込む。少しひんやりとした毛布をひっかぶり、大きく息をつく。睡眠の時間は誰もが感じる幸せの瞬間だ。だが、いざ眠ろうとすると、なかなか寝付けない。意識せずにベッドへ入ると、数分で意識を落とせるのだが……

 

「ねぇ、カズマさん」

 

「おう、どうした?」

 

「私、嬉しいんです。自由な日まで私を選んでくれて……嬉しいんです……」

 

「んっ……? ああ、そういう事か」

 

 もぞもぞと身を寄せて来たゆんゆんを横目で見ると、彼女の瞳が暗闇の中で紅く輝いていた。彼女の言いたいことはよく分かっている。俺も、自由な日は意識的に彼女の元へは行かないようにしていたのだ。

 

「私は貴方の“正式な妻”ですからね。貴方と過ごす時間も、一番多くして貰ってるんです。だから、貴方が自由な日は私から誘わないように遠慮していました。めぐみん達も、良くは思わないでしょうしね」

 

「なんていうか、すまんなゆんゆん……」

 

「いえいえ、貴方の気持ちも理解していますから、謝らないでくださいよ。私はそんなカズマさんの表情を見れるだけでも満足ですから」

 

 

 微笑むゆんゆんをそっと抱き寄せ、頭を撫でてやる。それから、俺はゆっくりと目を閉じた。色々とあった一日もこれで終わり。明日はどのように過ごそうか、何が起こるだろうか、期待と不安に身を任せてゆっくりと体を弛緩させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁむっ……じゅるっ……んっ……相変わらず硬いですぅ……んぐっ……」

 

「何してるんでせうかゆんゆんさん……」

 

「ふぁえっ……? カズマさんの大好きな……その……口淫ですっ……!」

 

「いやいや、そうじゃない! 今の流れってエッチなしでゆっくり寝ようって流れだろ!? それなのに満面の笑みでフェラチオなんて言いやがって!」

 

「フェ……う、うるさいですね! 私だって我慢できない時があるんです! “強化月間”のせいであの二人ばっかりですし……むぐぐぐっ……! ぬ、ぬいでください! 大丈夫です! ちょっとだけですから!」

 

「全然大丈夫じゃないから! ちょっ……まっ……落ち着けバカ!」

 

 俺の懇願もむなしく、ゆんゆんは暗闇の中で真紅の瞳を輝かせて俺に襲い掛かってきた。ものの数秒でパジャマを脱ぎ捨ててのしかかって来たゆんゆんに俺は軽く押しつぶされた。どかそうと思えばどかせるのだが、流石にそこまで無下には出来なかった。せめて、夢で終わらせてやろうとドレインタッチを発動させようとした時、暗かった部屋にパっと灯りがつく。そして、扉の前にはネバネバしたローションと泥にまみれためぐみんの姿があった。

 

 

「何をしているんですか貴方達は……私も仲間に入れてくださいよ!」

 

 

 少しキレ気味なめぐみんの笑顔に焦りと後悔に体を硬直させた俺と比べて、ゆんゆんの判断は実に迅速であった。

 

「めぐみん、足を抑えて!」

 

「了解です! ほら、観念してくださいカズマ! こ、こら! 暴れないでください!」

 

「ああああああぁぁいやあああああああ女に犯されるうううううう!」

 

「そこまで!? そこまで嫌がりますか普通!? このっ……疾風刃!」

 

「ほわあああああああっ!? 俺の服が!?」

 

 めぐみんが素早くダガーを振りぬいた直後、俺の服が切り裂かれていともたやすく真っ裸にされてしまった。いつの間にか脱衣技まで習得しているめぐみんに戦慄を覚えていると、ゆんゆんが負けじと魔法を唱えた。

 

「“ロック”、“フリーズガスト”! 扉も窓も塞ぎましたし、観念してくださいカズマさん!」

 

「むっ、退路を断つとは、中々やるじゃないですかゆんゆん」

 

「ふふん、めぐみんこそ見事な手際ね。カズマさんをここまで簡単に制圧できるなんて……」

 

 ハイタッチをして笑い合うゆんゆんとめぐみんの姿を眺めて、流石の俺も諦めがついた。それに、ここまでして求められると素直に嬉しいという気持ちも出てくる。だが、睡眠時間が削れることについてはため息を吐くほかなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「それで、さっきまでの勢いはどうしたんだお前ら? ヤらないなら俺は寝るぞ?」

 

「そ、それはダメです! でも、めぐみんとはその……初めてというか……」

 

「正直、ゆんゆんと一緒にこの男と致すなんて想像もしたくない事です。別次元の私達にとっては王道とも言える組み合わせですが……って私は何を口走っているんでしょうか?」

 

 現在、仰向けに寝る俺の両サイドにはネグリジェ姿のゆんゆんと、真紅のブラとパンティーを着て犯罪的なボディを晒すめぐみんがいた。ゆんゆんは俺の右手を晒しつつ不安げにめぐみんをチラ見し、めぐみんはキツイ視線をゆんゆんに送っていた。何というか、非常に気まずい雰囲気だ。実はめぐみんの言う通り、今まで彼女達と二人一緒に同衾する事はなかったのだ。

 

「ねぇ、めぐみん。カズマさん最近貴方の相手ばっかりで疲れてると思うの。今日くらい遠慮してくれてもいいんじゃない?」

 

「ここまで来てヤらないわけないでしょう? それに、私だってその……家庭っていうか……んっ……カズマの子供が欲しいんですよ……」

 

「そうですか……でも貴方達はカズマさんをまるで種馬のような目つきで見ていませんか? 失礼です……ダメです……今日は私だけが愛されたいんです……!」

 

「最後に本音漏れてますよ? まぁ、カズマが里公認の種馬である事は事実ですし、問題ありません」

 

「おっと、めぐみん。その話はやめてもらおうか」

 

族長が貰った嫌な称号だが、残念ながら言い逃れは出来ない。3人の嫁に子供4人でお産も順調。おまけにめぐみんとあるえも加わってしまった。紅魔の里以外の街でも噂されるハーレム糞野郎とは俺の事である。

 

「あれだ、とにかくここで喧嘩するのは勘弁してくれ。まとめて愛してやるよ」

 

「えっと……なんで上から目線なんですか?」

 

「格好付けての発言だとしたら、死んだ方がいいですよカズマ」

 

「すんません……」

 

 実に面倒くさい奴らである。もう、彼女達を制圧して再びアクアの所に行こうかと思い始めた時、ゆんゆんがひざの上に置いた手をきゅっと握りしめて、めぐみんと真っ向から向き合う。彼女の表情は覚悟の決まったものであった。

 

「めぐみん……えっちなを勝負するわよ!」

 

「ほほう、いくつになっても生意気で空気の読めないゆんゆんがこの私に勝てるとでも?」

 

「挑発には乗らないからね! いざ尋常に、勝負よ!」

 

「受けて立ちましょう!」

 

 えっちな勝負。なんて、素晴らしい言葉の響きだろうか。久しぶりにわくわくしてきたぞ。うんうん、やっぱりこの二人はなんだかんだでお似合いな組み合わせだ……と感心していると、両者の視線がコチラに向いている事に気づく。なるほど、そういう事か。

 

「よし、それじゃあ。俺に触れずに勃たせてみろ」

 

「なるほど……先鋒はゆんゆんに譲ります」

 

「いいの? カズマさんが反応したらその時点で私の勝ちになるのに……ああ、その貧相な体では彼も反応しませんし、棄権ですか」

 

「いい加減に黙らないとぶっ殺しますよクズ肉」

 

「お前ら……」

 

 険悪な雰囲気を漂わせつつも、ゆんゆんは薄桃色のネグリジェをゆっくりと脱ぎ捨てる。それから、右手であふれ出たけしからんおっぱいを隠し……俗にいう手ブラをしながら俺に近づき、蕩けた表情でそっと囁いてきた。

 

「カズマさん、今日もいっぱいえっちしましょうね……」

 

「おう……」

 

「ふふっ、カズマさんのここもガチガチに……あれ?」

 

 ゆんゆんは勝ちを確信した表情で俺の逸物に視線をやり、首を傾げる。残念ながら逸物は無反応だ。悲しいかな、エッチ前の謎の冷静モードの際はその程度では反応しないのだ。

 

「うーん、なんか普通だなぁ……」

 

「ぷぷっ、普通好きのゆんゆんにはお似合いの結果ですね!」

 

「なっ……うぅ……カズマさんのバカ!」

 

「そんな事言われてもなぁ……」

 

「それじゃあ、次は私ですね。カズマのカズマなんて私の魅力で瞬殺出来ますから」

 

 めぐみんが得意げな表情で真紅のふりふりなブラを外す。そこから現れたのは相変わらずの控えめすぎるおっぱいだ。彼女は先程のゆんゆんのように手ブラをしてこっちに近づいてきた。まさか、ゆんゆんの二番煎じなのかと思っていると、彼女は顔を紅く染めてプイっと顔を逸らした。

 

 

 

「お兄ちゃんのえっち……」

 

 

 

これは勃起する。誰だってする。

仕方ないね……

 

 

 

「くっ……うっ……28歳のくせにそんな事して恥ずかしくないの!?」

 

「ふっ、負け惜しみは醜いですね」

 

「むぐぐぐっ……!」

 

「さて、勝者な私はカズマとべろちゅーするので、ゆんゆんはカズマの足でも舐めててください」

 

「次は私が勝つんだから……!」

 

 思いのほか素直に引き下がったゆんゆんを押しのけ、俺の腹の上にめぐみんが腰を下ろす。彼女はそのロリ体系にあるまじき妖艶な表情をしながらぺろりと舌なめずりをした。

 

「ふふっ、ちゅーしてくださいお兄ちゃん!」

 

「はいはい、ほらこっち来い」

 

「こなれていやがりますねお兄ちゃん? んむっ……!」

 

 実は妹プレイはエリスとダクネスで経験済である。それが脳内でリフレインした事も勃起した要因であろう。とまぁ、それはさておき、がっつくように舌を突き込んでくるめぐみんのキスを俺はゆっくり受け止める。俺の舌に強く絡ませたかと思えば、何かを探るようにせわしなく舌で俺の口内を探ってくる。俺はそんなめぐみんに応えるように舌を突き入れ、両手で彼女を抱きしめる。

 

「んぐっ、はぅ、じゅるっ……きもひぃでひゅかずま……んっ、んっ……」

 

 俺は喜んでくれているらしいめぐみんの尻を揉みしだいてから、右手の指を彼女の熱い秘所に侵入させる。すでに濡れていた秘所は俺の指をあっけなく受け入れ、めぐみんは体をぴくりと震わせた。

 

「じゅるっ……はうっ……だめですかずま……」

 

「んっ……いいから俺に任せろ」

 

 めぐみんはコクリと頷いてから再び俺に唇を重ねた。先ほどよりも優しい口付けを味わいつつ、彼女の膣を蹂躙する指を怪しく動かす。指で感じられるほど、彼女の膣はキツキツだ。俺がめぐみんの弱いところを指でノックすると、ぎゅうぎゅうと締め付けを強くし、彼女はの体がぴくぴくと震える。そして、指の腹で押し込むように刺激すると彼女の体は面白いくらい反応してくれた。

 

「みゃっ……じゅるっ、もうだめ……んっ……んっ……!?」

 

「いいぞ、イってしまえ」

 

「やあ、あうっ……きますっ……すごいのがきてっ……ひゃうっ!? かずま……かずま……!」

 

 泣きつくように俺の体に抱き着いためぐみんが、自ら口を抑えて嬌声を押しとどめようとする。もちろん、俺は容赦しなかった。えぐるように動かしていた指で彼女の膣内を軽く引っ掻く。それがとどめとなった。

 

「ふぁっ……やぅっ……! ひうっ……っ……っ……!」

 

「良い表情だめぐみん」

 

「んっ……はぅ……ちゅーだけのつもりが、イかされてしまいました……」

 

 少し悔しそうなめぐみんの頭を撫でながら、俺は指についたドロリとした愛液をめぐみんの控えめすぎる胸にすりつける。興奮で顔を赤くしながらも、ペシリと叩いてきた彼女に苦笑を返しつつ、俺とめぐみんは足元へと目を向けた。

 

「んっ……あむっ……これ……悪くないです……じゅるっ……!」

 

「おい、そこのマゾ予備軍。次の勝負の時間ですよ」

 

「んっ……? んむっ……次は負けません!」

 

 ふんすとガッツポーズをしたゆんゆんの胸がたゆんと揺れる。それを忌々し気に見つめつつ、再びめぐみんとゆんゆんが俺の前に並んだ。次にやる事はもちろんアレだ。

 

「それじゃあ、二人仲良く俺のチンポをフェラして貰おうか!」

 

「カズマさん、複数人を相手にする時はいつもそれですよね……」

 

「仕方ないですよゆんゆん。男はこういう支配的なプレイが好きなんですから」

 

「うっさいわ! さっさとしゃぶれ!」

 

 ジト目なゆんゆんとめぐみんに、見られ謎の快感を覚えつつ俺は寝ながらにしてふんぞり返る。そして、彼女達はゆっくりと俺の逸物に舌を這わせてきた。

 

「おう……いいぞっ……!」

 

「んふっ、カズマさんってば昔からお口でするの大好きですよね……はむっ!」

 

「くうっ……流石にこれは分が悪いです……んっ……ちゅるっ……」

 

 めぐみんがぎこちなく舌を竿に這わせ、ゆんゆんは笑顔で俺の亀頭をちゅうちゅうと吸う。睡眠のために我慢していた逸物も、流石にこの快楽には抗えない。何より、ゆんゆんとめぐみんがダブルフェラをしている事に素直に感動してしまった。

 

「ゆんゆん、交代です! 私がカズマをイかせて見せます!」

 

「ふーん……頑張ってめぐみん」

 

「言われなくとも……! んぐっ……んぐぅ……ちゅるっ、んごっ……!」

 

 めぐみんが両目をきつく瞑りながら、俺のチンポを自ら喉奥に突き入れる。それから、少々乱暴にストロークを始めた。稚拙ながらも、必死に頭を動かすめぐみんは非常に可愛いものであった。

 だが、そんな時間も長くは続かない。目じりにためた涙が彼女の頬に垂れた時、我慢できないといった表情でチンポから顔を離す。そんなめぐみんの表情は、実に嗜虐心を煽るものであった。

 

「途中で……やめるな!」

 

「むがっ!? んんっ!? んううううううっ!?」

 

「ヒャッハッハッハ! いいぞめぐみん! その顔だ!」

 

「んむっ!? んぐううううううううっ!?」

 

 逸物を口に含みながら、涙目で俺の腰をぺちぺち叩くめぐみんは実に最高であった。これから、本気で泣かせてやろうかと腰をグっと引いた時、ぼかりと頭を叩かれる。下手人の正体は、もしかしなくてもゆんゆんであった。

 

「だめですよカズマさん! めぐみんはエリスさんやダクネスじゃないんですよ? きっと吐いちゃいます!」

 

「いやー吐かせるのも良いというか……」

 

「鬼畜プレイは私だけの時か、あの二人にしてください! めぐみんはまだ慣れてないんですから!」

 

「すんませんゆんゆん様……」

 

ぷんすこ怒るゆんゆんに逆らえず、俺はめぐみんの頭から手を離す。拘束を抜け出しためぐみんは、涙目で咳き込んでいる。うーむ、良い表情だ……泣かせたい……

 

「げふっ……がふっ……! カズマがベッドの上でも鬼畜である事を忘れていました……! うぷっ、少し吐きそうです……」

 

「吐くのはやめてよねめぐみん……もうっ、私が手本を見せてあげるね?」

 

 ゆんゆんがクスリと笑いながら、めぐみんの唾液で濡れた逸物に舌を這わせる。そして、ゆっくりと口に含んで喉奥へと迎え入れる。この時点で、俺はすでに射精してしまいそうであった。ダクネスやエリスも今では熟練のフェラテクニックを身に着けているが、それでもゆんゆんのフェラチオの方が数倍気持ち良いのだ。そんな彼女の一撃を、稚拙といえ割と強めの刺激を与えられた後に耐えられるわけがなかった。

 

「んっ……んぐっ、あぐっ、んむっ……んっ……んっ……!」

 

「おう……おおう……!?」

 

「んっ……んっ……んっ……!」

 

 速いとも遅いとも言えない絶妙な速度で上下にしごき、ペニスをねぶる彼女の舌は亀頭と裏筋に絡まり、強い快感を与えてくる。おまけに、じゅっぽじゅっぽという下品な音まで響かせている。その快感に耐えられず、俺はゆんゆんの頭を押しやるが、絡みついた口と舌はペニスから離れない。こうなったゆんゆんからは逃れられないのだ。

 

「あ~イクイクッ……イクッ!」

 

「んっ……んぐっ……んぐっ……んぅ~!」

 

「ああっ……くっ……出る……う゛っ……!」

 

「んんんんっ……! んぅ……! ちゅるっ……んんんんんっ! んぐっ!」

 

「あ゛~たまらんっ!」

 

「んぷぁっ……相変わらず凄い量ですね……」

 

 勢いよく射精した俺は体を弛緩させ、ゆんゆんは逸物を咥えながら躊躇わずにごきゅりと精液を飲み込む。それから、口を大きく開いて精液を飲んだ事を見せつけてくる。そんなゆんゆんの頭を俺はゆっくり撫でる。フェラチオで抜いてもらった時のお決まりのやり取りであった。

 

「ふふっ、私の勝ちですよめぐみん」

 

「くっ、そうですね……でも勉強になりましたね……」

 

「カズマさんが短時間で抜いて欲しいって時はいつも私のお口を使ってるんですよ? めぐみんには当分無理な事でしょうね」

 

「ぐっ……」

 

「さて、勝者の私は……カズマさん、私からでいいですよね? 前戯も必要ありませんし……」

 

 クスリと笑いながら、ゆんゆんは黒のショーツを脱ぎ捨てる。露わになった毛一つ生えていないぷっくりとした膨らみから、とろりとした愛液が滴っている。そして、ゆんゆんは硬度を失っていない俺のペニスに躊躇なく腰を下ろす。ズプリと彼女の膣に根元まで入った俺の逸物は新たな快感にビクビクと反応している。飽きが来ない彼女の名器は、出産を経験して更に凶悪なものになっていた。

 

「んくっ……奥までずっぽりですよカズマさん……こっちは激しくが良いんですよね……?」

 

「ああ、搾り取るつもりで動いてくれ。俺も気分が乗ってきた。犯しつくしてやるよゆんゆん」

 

「カ、カズマさん……!」

 

 蕩けた表情で俺の手を取ったゆんゆんが口に含んだような嬌声を静かにあげつつ、体全体を上下に大きく揺らす。突き入れるたびにふにゅりと揺れる見事なおっぱい、快感を我慢しようしながらも、ちっとも抗えていない蕩けた表情。そのどれもが、俺の幸福感を満たしてくれる。やはり、ゆんゆんは“ゆんゆん”なのだ。そんな俺の視界を、めぐみんが体全体で遮ってきた。

 

「あうっ……ひぅっ……いいですカズマさんっ……気持ちいいですぅ……!」

 

「ちょっと、私を忘れて貰っては困ります! ほらカズマ、私のも舐めてくださいよ。ペロペロと犬みたいにお願いしますね?」

 

「ひうっ……んっ……カズマさんに変な事……させないでっ……ひゃぐっ!? おくぅ……奥に当たってますカズマさん……そこ……もっとっ……!」

 

「こら、肩を掴まないでくださいゆんゆん!? やめっ……体を揺らさないで………にひゃっ!?」

 

 アラサーだというのに犯罪的なロリ体系であるめぐみんは、秘書に至っても犯罪的であった。ぷっくりなめらかな恥丘はきめ細やかな純白の肌と相まって初々しく、この年齢にしては綺麗すぎるビラビラと、閉じ気味な膣口は彼女の初々しさを物語っていた。本当にヤってしまっていいのかと少し不安になるが、彼女もそれなりの年齢になっている。これ以上は失礼であろう。それに、俺の良心回路をオフにして考えると、めぐみんの体は非常に蹂躙してやりたくなる魅力的な体であった。

 だから、俺は遠慮なくめぐみんの膣口に舌を突き入れる。若干の尿臭に舌が痺れるが、却ってそれが興奮への一助となる。めぐみんの太ももを引っ掴み、貪るようにクンニを開始した。

 

「ひゃうっ……あひっ……んあっ……! わたし……もう……いくっ……いぁ……んんんんんんんぅ!」

 

「ひぁ!? だから揺らさないでくださいゆんゆん! 私も……ああっカズマ!? こんなに舐めてっ……犬以下……カズマは犬以下ですっ……んぁっ!? そこっ……ダメダメダメっ……! あうっ……!」

 

「えへへへっ……私はイッたのに……カズマさんはカチカチですね……だめです……そんなの許しません……んっ……んうっ……!」

 

 目の前には、めぐみんの恥丘しか見えない。でも、ゆるふわな締め付けで着実に搾り取ろうとしてくるゆんゆんまんこが与える快感、膣内を舌でなぞるたびにぴくぴく震えるめぐみんの体が俺の快感を刺激する。何より、耳が幸せであった。ゆんゆんとめぐみんの嬌声が、俺の快楽中枢を刺激して脳を震わせる。いつもは遅漏気味な逸物が、早くも発砲許可を求めて来た。

 

「ひああああっ!? いやっ……ちょっ……くうううううううっ!? あうっ……カズマは畜生です……」

 

「あっ……ああっ……出てる……熱くてドロドロしたのがなかにいっぱい……まだビクビクしてる……気持ち良いんですかカズマさん……?」

 

「あ゛あ゛~」

 

「ふふっ、カズマさんもダメな表情になってますね」

 

「カズマ、しかっりしてください。次は私の番ですから」

 

 精神がヴァルハラに向かっていた所を、めぐみんのビンタで引き戻される。そして、俺の上から降りためぐみんがベッドのヘットボードへと両手をつき、小ぶりなおしりをこちらに向ける。そして、ふりふりと誘うように揺らしてきた。

 

 

「畜生以下のカズマにはこの体制がお似合いです……だから早く私に種付けしてください……!」

 

 

 俺の弾丸が、再装填された。俺はゆんゆんから逸物を引き抜き一撫でしてからめぐみんの小ぶりなお尻を引っ掴む。彼女はビクリと体を震わした後、俺に期待の表情を向けて来た。

 

「なあ、めぐみん。本当に俺の子が欲しいのか……?」

 

「もちろんです。愛する人の子を孕みたいというのは女としての本能的欲求です。何より……私も愛する我が子と暮らしたい……少し歪ですけど、カズマの家族は幸せそうで……羨ましくて……!」

 

「なら、遠慮はいらないよな」

 

「えっ……?」

 

 

 俺はめぐみんのおしりを爪が食い込むほど強く引っ掴み、腰を落として狙いを定める。そして、大きく息を吐いて体の緊張をほぐす。そして、めぐみんの膣口……そこだけに精神を集中した。

 

「こいつを喰らいやがれ! “ソードパイル!”」

 

「ひにゃあああああああああああああっ!?」

 

「め、めぐみん!? カズマさん……それは……!」

 

「どうだこの野郎! “ボウリングバッシュ!”」

 

「はにゃあああああああああああああああっ!?」

 

 痛恨の一撃からの連続した強い叩きつけに、めぐみんが獣のような嬌声を上げている。ばちゅんばちゅんという、尻に腰が叩きつけられる音と共にめぐみんは勢いよくイキまくっていた。これらの必殺技はサキュバスから教えを受けて開発したいわゆる“反則技”である。この暴力的な快感には、下級とはいえサキュバスにも通用した技だ。

 

「いやああああっ!? ひいいいいいいいいいっ!? 頭がおかしくなりますかずまああああああっ!?」

 

「いいんだめぐみん。狂ってしまえ……!」

 

「めぐみん……あれはカズマさんが諸事象により封印した性技……凄いです……羨ましいですぅ……」

 

 よたよたと四つん這いで俺に近づいてきたゆんゆんの頭を再び撫でてやる。残念ながら、彼女にはこの技を今後も使う事はないだろう。俺自身が滅茶苦茶疲れるというのもあるが、彼女をこれらの“邪道な技”なしで繋ぎ止めたいというプライドがあったからだ。では、なぜめぐみんに使ったかというと、“ムカついた”からに他に理由はない。なんだか、めぐみんは無茶苦茶に蹂躙して快楽堕ちさせたい女なのだ。

 

「ひいいいいいいっ!? 壊れるうううっ!? はうっ!? だめだめっ……それ以上奥はひぎいいいいいいいいっ!?」

 

「ヒャッハー! 泣け! 叫べ! そしてイけ!」

 

「あああっ……はうううううううううっ!」

 

 あまりに面白い反応をしているめぐみんにテンションがハイになっていると、ゆんゆんが俺の体を真っ向から抱きしめてきた。その瞬間、俺の勢いは一気に霧散した。

 

「カズマさん、乱暴なのはいけませんよ? それに、こんな反則的なえっちはカズマさんらしくありません。カズマさんは乱暴だけど、どこかねちっこくてイヤらしくて……変態的で……でも優しさが混じる……そんなえっちぃカズマさんが好きです……!」

 

「ゆんゆん……」

 

「ちょっ……重いですよゆんゆん! 私の上にまたがらないでください!」

 

 思わず放心状態になっていた俺にゆんゆんは儚げな笑顔をおくってくる。そして、気づかされた。こんな事をしていてはいけないと……

 それに、これらの必殺技を封印したのは、これに頼ると基本的な性技への修練を怠るだけではなく、セックスが独善的になる事を忌避したからである。その思いを、ゆんゆんは思い出させてくれたのだ。

 

「ゆんゆん、すまない……」

 

「いいんです。でも、いっぱいキスしてください……」

 

「ああっ……んっ……!」

 

「ふぁっ……カズマさん!」

 

「ちょっと、私の上で何をしているんですか貴方達は! それにほんと重くて……うぎぎっ……でぶゆんゆん……あいたぁ!?」

 

 ベシーンとめぐみんの尻へのスパンキング音で目が覚める。今は、めぐみんとのセックス中だ。俺は彼女の両手を取って、手綱のように引き寄せる。俺の逸物は、めぐみんの子袋までを犯そうとしていた。

 

「ひぎっ……そこっ……あうっ……!」

 

「ほらカズマさん……ぱふぱふ~!」

 

「おういえーす! ぱふぱふ~!」

 

「だからさっきから私の上で何をしているんですか? これが寝取られですか!? 寝取られって奴なんですか!?」

 

 ぱんぱんとめぐみんのキツキツな膣肉を楽しみつつ、ゆんゆんのたわわなおっぱいで顔をぱふぱふされる。快楽と幸せに包まれながら、疲労感とこみ上げる射精感に身を任せる事にした。

 

「ああっ! さっきと同じくらい凄いですカズマっ……あんっ……ひんっ……!」

 

「いいですよカズマさん。射精しましょう? 精液いっぱいぴゅっぴゅしましょう?」

 

「あっ……あっ……」

 

 快楽と幸せで思考が鈍るなか、ゆんゆんが俺の首筋をカプリと噛む。そして、ゆっくりと口を離してから、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 

「カズマさん、愛してますよ」

 

そう囁かれた瞬間、俺は勢いよく射精していた。

 

「あああああああっ! 子宮に直接っ……熱い……流石は種馬……ふきゅっ!?」

 

「まさか……今のは……“チャームボイス”……!?」

 

「ふふっ、カズマさんもめぐみんも可愛いですね……」

 

 力なく倒れ込んだ俺と、膣口から精液を垂れ流すめぐみんを、ゆんゆんは変わらない微笑みで眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 枕元を照らすほのか灯りのもとに俺は仰向けで寝転がっていた。その両サイドには、ゆんゆんとめぐみんがいる。疲れた体と心に、彼女達の暖かさと柔らかさは嬉しいものがあった。

 

「カズマさん、私とめぐみん、どちらが上ですか?」

 

「もちろん私ですよねカズマ?」

 

「まだ続いていたのかよその勝負……どっちも最高だったから引き分けだな!」

 

「そういう答えはいけないと思います……」

 

「意気地なし……」

 

「そういうなよ二人とも」

 

 腕枕をしていた彼女達を思いっきり抱き寄せる。文句を言わずに俺に抱き着いてくる彼女達が、本当に愛おしくて可愛かった。

 

「なんだか、夢が叶った気分だ。こうして、お前ら二人と一緒に3p決める光景は何度も夢見たからなあ……」

 

「複数なんて……本当はだめです……嫌です……」

 

「最低ですねカズマ」

 

「まあ聞けお前ら」

 

 二人の頭を撫でながら、俺は天井を見つめる。まだ、サキュバスのお店に世話になっていた時、めぐみん&ゆんゆんの組み合わせにはお世話になった。こうして、十数年してから夢が叶ったと思うと、実に感慨深いのだ。

 

「昔はさ、お前らはなんだかんだで仲良かったろ? いがみ合いつつも、お互いを思いあっていてさ……それが今じゃ俺のせいでギスギスした関係になってなぁ……」

 

「…………」

 

「カズマ……」

 

 彼女たちを抱きしめつつ、俺は過去を振り返る。俺の優柔不断さと、曖昧な態度、女性関係のクズさで仲良かった二人は憎み合う関係になった。だが、紆余曲折あって今は同じベッドで肉体関係まで持っている。正直、“ハーレム”というものに嫌気がさしつつあったが、こうしてみるとそんな気分も吹きとぶ。ハーレム万歳だ!

 

「今度また三人で愛し合うぜ」

 

「言っている事は最低ですよカズマ。まあ、私は別に構いません。仕方なく! 仕方なくですけどね!」

 

「ふふっ……まあ……たまにならいいですよ……」

 

 

 

 

俺はクスクスと笑う二人を抱き寄せつつ、目を閉じる。

 

 

睡眠時間は削れたが、非常に満足いく時間を過ごす事ができたのだ。

 

 

 

 

 

だから、お休み――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をやってるのかな……私も仲間に入れてくれるかい?」

 

 ランプが照らす薄闇の中で、狂った微笑みを浮かべたあるえが扉の前に立っていた。これはマズイと立ち上がろうとする俺を、何者かが押さえつけてくる。無論、ニコニコと微笑むゆんゆんとめぐみんであった。

 

「引き分け……それならもうひと勝負よめぐみん!」

 

「ゆんゆんにしては良い考えです。今日は寝かせませんよ!」

 

 もちろん、俺は暴れた。しかし、必殺技使用により疲労した体は二人を振り払えない。ああ、結局こうなるのか……

 

「カズマさん暴れないで……暴れないでください!」

 

「ぐおおおおおお助けてエリス様アクア様レイカ様ああああああ!」

 

「ちょっと、今何時だと思っているんですかカズマ! 声抑えて……声抑えて……!」

 

「ねえカズマ君、今自分の子供にも助けを求めなかったかい? 情けないねぇ……そんな君は私達が蹂躙してあげるよ。紅魔族の女性3人に敵うと思うのかい?」

 

「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」

 

 

 

 

真紅の瞳を輝かせる三人に群がれつつ、俺は心の奥底でため息をついた。

 

 

 

 

まぁ、こういうのも悪くない。

 

 

 

 

 



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家族

 

 

 

 誰かが俺を呼ぶ声がする。苛立ちと不機嫌が混じったその声は泥のように濁った意識を揺り動かし、鉛のように思い体に活力を与えてくれた。だが、重い瞼に差し込んでくる朝日の光に思わず顔をしかめ、再びベッドに倒れ込む。本当に眠くてしょうがないのだ。倒れる瞬間に視界の隅で見慣れた青髪を見つける。もはや見慣れたメイド服姿のアクアが、俺を恨めし気な表情で見つめていたのだ。

 

「おう、どうしたアクア、昨日俺がお前を抱かなかった事が不満なのか?」

 

「はあ? アンタはいきなり何を言っちゃってくれてるわけ? 私は単にアンタ達が邪魔なのよ! 私はそのぐちょぐちょに汚れたシーツを洗いたいだけなんですけど!」

 

「…………」

 

「なによそのイラついた表情は? もしかして本当に私とえっちぃ事したかったの? 流石は性欲魔人のカズマさんだわ! 3人を相手して朝からなんて……どうしてもって言うなら高級しゅわしゅわとアンタが作ったおつまみを献上したら、考えてあげなくもないわよ?」

 

「そんな事はどうでもいいからシーツを変えてくれ。コイツらは俺が持っておくからよ」

 

 惜しげもなく裸体を晒し、おまけに気持ちよさそうな寝顔まで見せつけるめぐみんとあるえを俺は抱き起こして持ち上げる。彼女達は言葉にならない寝惚け声をあげながらも、俺から離れまいと必死に抱き着いてきた。アクアはそんな俺達を見て不快そうな顔をして、テキパキとシーツを取り換える。そして、嫌そうに汚れたシーツを持ちながら顎をしゃくった。

 

「着替えはその棚に入れてあるわ。出来ればお風呂に入ってから着てちょうだい。アンタ達は色んな意味でばっちぃわよ!」

 

「悪いがそこまでの気力がねーよ。だからアクア、すまんが浄化魔法をかけてくれ」

 

「はぁ……しょうがないわね……“ピュリフィケーション”」

 

「おおう、せんきゅせんきゅー」

 

「アンタね……」

 

 呆れ顔のアクアを尻目に、俺はベッドの上にめぐみんとあるえを放り投げる。彼女達は小さな悲鳴を上げた後、もぞもぞと毛布の中に姿を消していった。どうやら、俺と同じく眠いらしい。俺も毛布にくるまりたい所ではあるが、疲れた体は切実に栄養と水分を欲していた。

 

「そういえばゆんゆんがいないな」

 

「あの子ならキッチンにいるわよ。本当は私が朝食を作ってあげる予定だったのに、あの子が言う事聞かなくて……」

 

「ちょうどいい。ちょっと腹に入れてから寝るか~」

 

 どこか不満げなアクアの目の前で、俺はのろのろと服を着ようとする。すると、突然アクアが俺の胸元までにゅっと距離を詰めて来た。彼女の顔は相変わらずの不満顔であった。それから、俺の肩にヒンヤリとした人差し指を当ててスッと滑らせる。その何とも言えない感覚に、肌が粟立った。

 

「ここ、痣が出来てるわよ。この歯形は……ゆんゆんでしょう?」

 

「無茶苦茶やられて下手人が誰かなんて分からねえよ。まあ、痛みはあるが我慢出来ないほどではないな。正直言ってこの行為に関しては色々と諦めがついてるさ」

 

「ふーん……“ヒール”!」

 

「ん……? ああ、消してくれるのか」

 

「“ヒール”! ここにもあるわね……“ヒール”! ええっ!? こんなとこにも……“ヒール”!」

 

 ぶつくさ言いながら回復魔法を唱えるアクアを放置して、俺は着替えを再開する。確かに傷を治療してくれるのはありがたいのだが、ゆんゆん達は飽きずに俺の体に痕跡を残そうとするため、傷の治療は無駄な行為と言えるのだ。

 

「ねぇカズマ、ゆんゆん達が少し変なのは理解してるわ。でも、嫌な事は嫌って言いなさいな。どこかで歯止めをかけないと、そのうちとんでもない事をするかもしれない子達なのよ?」

 

「安心しろ。今のアイツらはいくらか理性的だ。俺がアイツら以外と浮気したらそれこそ食い殺されるかもしれないが、そんな事をしなければあんなのはただの愛情表現だ」

 

「そう……なんでか分からないけど、今のアンタを見てるとイライラしてくるわ……」

 

「知らんがな!」

 

 アクアにこれ以上絡むと色々と長引きそうなので、俺はさっさと服を着て1階に行くことにする。そんなジト目な彼女に見送られ、俺はリビングへとたどり着く。キッチンには見慣れたおさげと、魅力的なヒップが揺れていた。早朝というだけあって、彼女以外の人影はない。俺は椅子にどっかりと腰を下ろし、それに気づいたゆんゆんはこちらへチラリと振り返った。

 

「おはようございますカズマさん。随分と早いですね。昨日は眠い眠いと言ってたのに……」

 

「眠いのは変わらねえけど、腹減ったんだよ。というか、お前こそ早いな。ほとんど寝てないのは俺と一緒だろ?」

 

「私は昨日いっぱいお昼寝していたので大丈夫なんです。それに心地よい“疲労”ですしね」

 

「気楽そうでいいな……俺も専業主夫になるか……」

 

「ふふっ、気楽そうに見えますけど、結構大変なんですよ? カズマさんが仕事を辞める事には反対しませんけどね!」

 

「そうかい……まあまだ仕事を辞めるつもりはねーよ」

 

 笑顔で残念ですと答えるゆんゆんを俺は苦笑しながら眺める。ダメ男製造機である彼女の罠にハマったら最後、俺は本当のダメ男に堕ちてしまう。父親としてのプライドを保つためにも、子供達が成人するまではこの罠に引っかかるわけにはいかないのだ。

 そして、俺の目の前に食パン、半熟目玉焼き、ソーセージ2本というゆんゆんの手抜き朝食セットが並べられた。まだ彼女と婚約中だった頃に開発されたメニューであり、場合によっては1カ月連続で朝食がこのメニューだったりした伝説のメニューだ。不思議と飽きない組み合わせなのである。朝食作りにエリスやアクアが混ざるようになって、今では中々お目にかかれない朝食だ。具材を全て食パンに乗せ、ケチャップをつけてかぶりつく。うん、いつもの味だ……と何故だか気分的に癒されていた俺に、ゆんゆんは一枚の紙ペラを突きつけてきた。

 

「カズマさんお食事中にすみませんけど、このチラシを見てください! 今朝の新聞と一緒に入っていたんです!」

 

「んー? なになに……“ずぃーさぼてん公園”? たくさんの植物と自慢のさぼてんが貴方をお出迎え……」

 

「ふふっ、すごいですよね! このテーマパーク内には可愛いサボテンがいっぱい! 行きましょう! 絶対に行きましょう! 今すぐにでも行きましょうカズマさん!」

 

「疲れてるからまた今度な。じゃ、俺寝るから」

 

「なっ!? 今度っていつなんですか!? この前も同じような事行って隣国への小旅行の計画を有耶無耶にしたじゃないですか!」

 

 そんな事言われても眠いのだからしょうがない。ゆんゆん達のせいでほとんど寝ていないのだ。この状態で遊びに出かけるなんて無理に決まっている。俺は朝食を急いで平らげると、近くのソファーに倒れ込む。目頭が少し熱く、頭痛もある。典型的な寝不足状態だ。そんな俺にゆんゆんが猫撫で声ですり寄ってきたため、流石に少しイラついた。

 

「カズマさん行きましょう? 貴方の好きな“奉仕”にだって快く付き合ってあげますから……」

 

「アホか! その程度で俺が動くわけねえだろ!」

 

「そ、その程度……!? むぅ~! このチラシを見てくださいよカズマさん。ほら、“今なら来場者に多肉植物プレゼント!”ですって! 行きましょう行きましょう!」

 

「あ゛あ゛~」

 

 俺の上に馬乗りになりながら肩をガクガクさせてくるゆんゆんに辟易する。彼女は控えめな性格であるのは確かだが、このように非常にわがままになる時が昔からある。今回は彼女の趣味である園芸にどストライクな施設を見つけてテンションが振り切れてしまったのだろう。その姿に可愛いなと思ってしまいつつも、疲労度極限の今の俺の体は彼女の提案を良しとはしなかった。

 

「“ドレインタッチ”」

 

「ひあああぁ!? なっ……ずるい……カズマさん……ばかっ……!」

 

「はいはい、また今度連れて行ってやるからな~」

 

「うぐぐっ……私の多肉ちゃん……!」

 

 色々と活力が溢れているゆんゆんから体力を遠慮なく吸い取り、俺の体に活力が戻る。代わりにゆんゆんはぐったりと俺の上に崩れ落ちる。そんな彼女をぺいっと打ち捨てて再びソファーで微睡んでいると、リビングに新たな侵入者が現れる。お馴染みの紅魔族ローブに身を包み、麦わら帽子をかぶっているのは俺とゆんゆんの子供であるさよりだ。彼女は俺と床に転がるゆんゆんを見て少し眉をひそめる。だが、次の瞬間にはこちらに興味をなくしたように視線をそらして、リビングへ出ようとしていた。俺は思わず彼女に声をかける。朝の挨拶もしてくれないのは流石に悲しかった。

 

「おはようさより。こんな朝から外で何してたんだ?」

 

「おはようお父さん……何をしていたかなんて、私の姿を見れば分かるでしょう?」

 

 さよりは麦わら帽子のつばを指でくいっと上げて苦笑する。彼女の片手には鳥餌の袋が握られており、ゼル帝とゼル帝の子供たちに餌をあげていたのは明白だ。しかし、俺はそんな事は百も承知だ。単に話のきっかけになればと投げかけた言葉である。そんな期待もむなしく、彼女は小さなため息をついて俺に背を向ける。その瞬間、俺の何かにピシリとヒビが入った。自覚しないようにしていたが、どうやら俺は避けられているらしい。さよりの塩対応は年齢相応の親への反発もあるだろうが、それだけが理由といえないよそよそしさであった。

 早くも俺に背を向けて歩き出した彼女を、何とかして引き留めようと四苦八苦する。今更ながら休日にちょっかいをかけてくる親父の心理を理解しつつ、気づけば一枚の紙片を拾い上げて彼女へ突き出していた。

 

「待てさより、こいつを見ろ!」

 

「んっ……ずぃーさぼてん公園……?」

 

「そうだ! すごいぞ! このテーマパーク内には可愛いサボテンがいっぱい……らしいぞ! お前も好きだろこういうの? ゆんゆんも行きたいらしいし、行こうぜ!」

 

「んー……」

 

 少し面倒臭そうにしているさよりに、俺はゆんゆんにもおすすめされた文言を突き付ける。こうなりゃゴリ押しだ。

 

「ほら、チラシのここを見ろよ! “今なら来場者に多肉植物プレゼント!”ってキャンペーンもやってるらしいぞ?」

 

「ふーん、それなら私も行きたいかな」

 

「しゃっ! それなら外出準備だ!」

 

「なんでそんなにテンション高いの? まあいっか、それじゃあ着替えてくるね……」

 

 少し訝しげではあるが、俺に向けられた表情は肯定的なものであった。その事実に内心で嬉しの涙を流しつつ意気揚々と準備を始めようとした時、俺の足をガシリと掴む者がいた。視線を足元に向けると、ゆんゆんが幽鬼の様な表情でこちらを睨んでいた。

 

「何やってんだゆんゆん? 早く準備しろよ」

 

「カズマさん……貴方って人は……!」

 

「ん? ああ、そういえば俺のせいで……“ドレインタッチ”」

 

「んっ……」

 

 俺の魔力を注ぎ込んで復活したゆんゆんは、少し不満そうな顔であった。俺はというと疲労感が戻ってソファーへと座り込む。そんな俺にゆんゆんはピシリとデコピンをしてきた。

 

「いたっ!? 今の俺に攻撃するなんて鬼かお前は……」

 

「急にあんな事するからです! それより、私の誘いは断ったのに、なんでさよりにずぃーさぼてん公園に行くなんて提案をしたんですか? 私は嬉しいですけど……」

 

「俺は子供との触れ合いを求めているんだ。疲れぐらい我慢するさ。それと……お前はそろそろ年齢ってものを自覚しろ。年甲斐もなくあんなおねだりされると、例え行きたい場合でも断って……いだだだっ!?」

 

「っ……っ……! 私はまだ若いです!」

 

 ゆんゆんに頬を抓られながら、実はさっきから視界のすみでうろちょろしていたクリスに視線で助けを求める。彼女は俺の思いに応えてゆんゆんの攻撃を止めてくれた。彼女の攻撃から逃れた俺は痛む頬に軽くヒールを唱える。痛みの度合いからして、どうやらマジ切れしていたらしい。

 

「やぁ、ゆんゆん。今日はお出かけらしいね? “皆で”行くの? それとも、“君達”だけかな?」

 

「むっ……今回は“私達”だけでいきます。ですから、来週に関しては……」

 

「ふむふむ、それならあたしはこの日を……」

 

「なるほど。ではこちらの日は私の……」

 

 手帳を取り出してぼそぼそ議論している彼女達から俺は視線を外す。彼女達が何を議論しているかは承知している。だからこそ、俺は押し黙るしかなかった。そんな時にリビングへアクアがやって来た。俺が手招きをすると、彼女はトコトコと素直に近づいてきた。

 

「どしたのカズマ? 疲れているならさっさと寝なさいな」

 

「いや、急遽外出する事になってな。お前も行くか?」

 

「へぇ……私は遠慮しておくわ。これでも中々に忙しい身なの」

 淡々と答えたアクアの視線の先には取引をしているゆんゆんとクリスの姿がある。恐らく、アクアなりに空気を読んでいるのだろう。昔の彼女であれば、目を輝かせて二つ返事で同行を願い出たはずだ。その事が俺を何故か寂しくさせた。

 

「それなら、悪いが生命力を分けてくれ。疲れがマジでひどいんだ」

 

「アンタねぇ……分かったわよ。ほら、好きにしなさいな」

 

「恩に着る。“ドレインタッチ”」

 

「んっ……お土産買ってきなさいよね……」

 

 アクアのうなじに手を当て、しっかりと体力を回復された俺は軽く伸びをして疲労感をほぐす。そんな俺をいつの間にか取引を終えたゆんゆんとクリスがジトっとした目で見ている。別に何も悪い事はしていないのだが、少し後ろめたい気分になった。

 

「ゆんゆん、さっさと出かける準備をしてくれ。ただでさえ、最近化粧する時間が長くなってるんだしよ」

 

「カズマ……さん……?」

 

 

「っ!? じょ、冗談だよゆんゆん! ゆんゆん化粧しなくても可愛いから、余計なことに時間使うなって意味だから!」

 

「…………」

 

「無視はやめてくださいゆんゆん様……」

 

 その後、彼女達は各々の準備のため自然解散となった。外出前にトイレに入って大きい方の用を足した俺は、外出用の竜車に乗り込んだ時に娘を含めた3人から遅い遅いと責められた。これはゆんゆんなりの意趣返しなのだろうか。さよりによる『お父さんっていつもトイレ長いよね。しかも匂いがなくなるのに時間かかるし……』という呆れながらの一言が地味に心の深部へ突き刺さった.

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「いい天気ですねカズマさん! やっぱり今日外出して正解でしたね!」

 

「そうだな……ってあまり身を乗り出すなよ? 落ちたらシャレにならんからな?」

 

「それくらい分かってますよ……もう……!」

 

 少しプンスコしているゆんゆんと俺は普段は商会で活躍している竜車の御者台へと腰かけていた。荷車を引く竜は紅魔の里近郊で飼いならしたファイアドレイクである。一応は竜種の端くれであり、馬よりも速く、外敵も勝手にファイアブレスで撃退してくれる便利な乗り物だ。

 普段は紅魔の里をあまり出ないゆんゆんとありさは物珍しさからか、結構はしゃいでいた。俺の膝の上に陣取るありさも周囲をキョロキョロ見回しては気になったものについてあれこれ質問を投げかけてくる。そんな娘の姿に夫婦共々ほっこりさせられつつ、俺達は目的地である『ずぃーサボテン公園』とやらへと急いだ。

 

「ねえお父さん、なんでお姉ちゃんは荷台で引きこもって本なんて読んでるの……?」

 

「ああ、それはお年頃って奴だ。だから好きにさせてやれ」

 

「そうなんだ……そういえばお爺ちゃんがお姉ちゃんとお母さんは色んな意味でそっくりだって言ってた……“周囲の人達と一風違う私ってカッコイイ”って思ってるところとか、写真に写るのを異常なほど嫌がったりとか……」

 

「なっ……!? 私は別にそんな……というかお父さん達はありさに何を吹き込んでるの!?」

 

 顔を真っ赤にしながらボソボソ言い訳をし始めるゆんゆんをよそに、俺は荷台の中へを目を向ける。そこには、竜車の揺れを意に介さず読書を続けるさよりの姿があった。外の風景でも見ないかと声をけてみたが、『別に興味ない』という一言で断られてしまった。そんな娘の表情は少しドヤッとしたものであった。

 

「うん、やっぱりアイツはゆんゆんそっくりだな!」

 

「物静かで……孤高……お母さんそっくりだね……なかなか出来ることじゃないよ……」

 

「ありさ!? それって誉めてるの!? お母さんの事をバカにしてるわけじゃないよね!?」

 

「大丈夫……お母さん……大丈夫……」

 

 娘に煽られるゆんゆんという珍しいものを見ながら、俺は再び荷台へと目をやる。そこには興味深そうに窓の外の景色をじっと眺めるさよりの姿があった。彼女は俺の視線を気づくと、慌てたように目線を本へと戻す。母子共に捻くれた部分がある事に呆れつつも思わず笑ってしまった。

 道中にモンスターによる多少のちょっかいはあったものの、全てはゆんゆんの魔法とファイアドレイクの攻撃によって無力化された。アクアの存在、ゆんゆんのフラグ発言がなければ旅の道中も平和なものなのだ。

 

 

 そして、例の目的の施設へとたどり着く。入口で受け取ったパンフレットによると、とある植物好きな貴族が趣味でやっていた植物園を一般公開して出来上がった施設らしい。ついでにモンスターや動物も飼いならして放牧しているそうだ。寂れた園内には俺達と同じような家族連れが疎らに見受けられた。何故だか不思議な懐かしさを感じつつ、ゆっくりと園内を回ることにする。まず初めに異国の植物と鳥類が放し飼いにされたエリアに向かったのだが……

 

「カズマさんすごいですよ! こんな綺麗な鳥初めて見ました! ねえカズマさん、せっかくだから私とこの子の写真を撮ってください! ほら、さよりとありさも……!」

 

「わっ、私も一緒に!? 確かにそんな鳥珍しいし……ああっもふもふ!」

 

「可愛い……」

 

 魔道カメラに三人の姿を収めつつ、思わず苦笑してしまう。ゆんゆんを筆頭にして娘達のテンションも異様に高いのだ。娯楽に満ち溢れた世界で生まれた俺にとっては単なるレジャー施設の一つとしか考えていなかったが、そもそもレジャー施設というものがあまりない世界出身の彼女達にとって、この寂れた施設は未知のものが溢れる楽園に見えているのだろうか。ともかく、これだけ楽しそうにしてくれるなら来た甲斐があるというものだ。

 そして、ゆんゆんとさよりは次なる獲物を見つけて喜色満面で追いかけ始めた。無論標的となったピンク色のフラミンゴっぽい鳥は必死に足と翼をばたつかせて逃げていた。

 残された俺は、眼下で極彩色のオウムっぽい鳥と戯れるありさを見て心を癒す。ありさに弄くられている鳥は無抵抗である。どうやら、この鳥にとっても慣れた事のようだ。

 

「お父さん、この鳥はなんで飛んで逃げないの……? ここ、柵しかないのに……」

 

「んー……そいつ、割と翼の先の羽が貧相だろ? 多分、風切り羽を切られてるんだろう。鳥って風切り羽がしっかり生えてないと上手く飛べないからな」

 

「へえ……お姉ちゃんから借りた小説に似たような話があった気がする……好きな人が逃げないように……こう……ポキッて……」

 

「何のどこをポキッてするつもりだ!? 全く、アイツも含めて有害図書の取り締まりを検討した方が良いかもな」

 

 さよりはそこそこの年齢になったのでグレーゾーンとなるが、ありさに関しては流石に不適切な書籍と言える。まあ、児童書の類にもエグイ話は割とあるので微妙な所だ。例えどんな本でも読まないよりは、読んだ方が勉強になる事は否定できないからだ。

 

「カズマさーん! はやく来てください! 写真……写真撮ってー!」

 

「ゼル帝も可愛いけど、この子もいい……! いいな……!」

 

 相変わらずの謎テンションであるゆんゆんとさよりに苦笑を返し、ありさに右手を差し出す。彼女は抱っこしていた鳥を放して俺の手をギュっと握る。それから、とても不思議そうな表情で俺の方を見上げていた。

 

「お父さん、ここ楽しいね……どうして、お兄ちゃんとレイカちゃんは誘わなかったの?」

 

「うぐっ!? そ、それはだな……ん~……今日はここの下見に来たんだよ。流石に皆で得体の知れない所に行くのは気が進まないんだ。いつも口を酸っぱくして言っているように、紅魔の里の外は危険でいっぱいなんだ。安全だと確認できるまでは大所帯では行かないようにしているんだよ」

 

「ふーん……そういえば学校の先生も、里の外の世界は最低でも上級魔法を覚えてからじゃないと危ない場所だって言ってた……」

 

「おう、つまりはそういう事だ。まあ安心しろ。俺と母さんは超強いから、ありさとさよりは絶対守るからな!」

 

「うん……」

 

 ありさの答えにくい質問をその場しのぎの回答でもって何とか制する。そして、こちらを少し頼もし気に見つめるありさの手を引いてゆんゆん達の元へと向かった。子供を騙すのは気が引けるが、知らなくてもいい事である事は確かだ。

 俺は相も変わらず大はしゃぎしているゆんゆん達を引きずって次の施設へと向かう。下手すれば丸一日ここに張り付いていそうな彼女達はぶーぶーと文句を言っていたが、この手の施設でよくある“ふれあいコーナー”とかいう看板を目にした瞬間駆け出していた。この時、俺は何となく今日は疲れそうだという予感がした。

 

「見てくださいカズマさん! この子は小っちゃいころのじゃりめそっくりですよ! ほら、このぷにぷにの肉球とかつぶらな瞳とか……あっ……今のあの子にはない柔らかさが……はぅ!」

 

「お母さん……エビ……」

 

「ん? あら、随分大きいエビねありさ。でも、昔お父さんと釣ったエビとは種類が違うわね。そういえばめぐみんが食べてたエビがこんな姿だった気が……」

 

 黒猫を捕まえて嬉しそうに撫でるゆんゆんと、でかい水槽からザリガニを捕まえて何故か誇らしげなありさの姿を写真に収める。それはそれとして、さよりは先程とは打って変わって冷めた表情でふれあえる動物たちを見つめていた。行かないのかと指をクイクイ動かして合図すると、彼女は苦い顔をしながら首をふるふると振った。

 

「どうした? 触りに行かないのか?」

 

「さっきの鳥たちは珍しいから私もついはしゃいじゃったけど、ここにいるのは紅魔の里でもありふれた動物じゃない!」

 

「はぁ……」

 

「な、なんでため息つくの?」

 

「さよりもお年頃なんだなと実感しただけだよ。家族だから照れるのは仕方ねえけど、友達と一緒にいる時はバカみたいだと思っても、口に出さずに一緒にバカになって楽しめよ?周囲に合わせるのは何だかんだで重要な処世術だからな」

 

「ねえ何で私怒られてるの!? というか照れてないから!」

 

 顔を赤くしているさよりを撫でようとして思いっきり手で振り払われた。仕方がないので俺は近くのおがくず広場でちょろちょろ動いていたハムスターっぽいネズミを摘まみ上げて、軽く撫でてやる。そうすると、奴は目を細めながら丸くなった。ほう、中々可愛いじゃないか。

 

「さより、コイツ結構可愛いぞ。触ってみるか?」

 

「ひっ!? ねずみ!? お父さんやめて!」

 

「あっ、おい!?」

 

 予想したものとは真逆の反応をした彼女は、俺の元から逃げ去ってしまった。それでも俺はこのハムスターっぽい生き物の可愛さを共有したかったため、ゆんゆんやありさのにもコイツを見せたのだが何故か彼女達も目を背けるようにして去ってしまった。一人残された俺はハムスターっぽい生き物を置いて慌てて彼女達を追いかけた。

 

 

 その後、何故か震える彼女達と合流して昼食を取ることにした。まずくはないが、おいしくもない園内のレストランで食事を終え、サボテンや良く分からい植物を使ったゲテモノデザートをつついて少し休憩する。早々に食事を終えたゆんゆんはありさと一緒にレストラン近くの牧場エリアで馬への騎乗体験を楽しんでいた。俺はその光景を牧場外のベンチでぼーっと眺めていた。はしゃいでいるのは分かるが、こっちはもうへとへとであった。

 

「大丈夫お父さん? 何だか疲れてるみたいだけど……」

 

「おう、まだ大丈夫だ。それより、さよりは乗馬体験はやらないのか?」

 

「馬は里にもいるし、お父さんも仕事用で持ってるじゃない。別にここでお金払ってまで乗る必要はないと思ったのよ」

 

「そうかぁ、さよりは大人だなぁ」

 

「なんかバカにされてるような気がする……本当に怒るよ?」

 

 さよりはバカにされていると受け取ってしまったようだが、大人になったという事は俺自身かなり実感している事だ。昔はじゃりめやゼル帝に無茶な芸を仕込んだり、背中に乗って遊んでいたのをよく覚えている。どちらかというと、やんちゃなイメージな娘であったのだが、今ではかなり落ち着いた文学少女系になってしまった。環境によるものか、彼女生来の性格か、はたまたゆんゆんのぼっち遺伝子を受け継いだからなのかは分からない。確かなのは、身体的なものも含めて随分と成長したという事だ。

 

「そういえば、さっきのはどういう事だ? ゆんゆん含めてねずみが苦手なんて初めて知ったぞ?」

 

「それは……うぅ……あんまり思い出しくない事なの……」

 

「あれか、耳でも齧られたか?」

 

「手とか足じゃなくて、何で耳なの? まぁ、物理的と言うか、精神的に痛い目にあってね……」

 

 某猫型ロボットネタが通用しない事に異世界を感じつつ、件のねずみについての話を聴くことにした。何でも、発端は俺が開発したゴキブリホイホイによるものらしい。商人になってから金目になりそうなものを粗製乱造していたのだが、ゴキブリホイホイもその実験作の一つであった。その試作品を倉庫や屋根裏、ちょっとしたスキマの場所に仕掛けた事は俺自身良く覚えていた。

 

「ある日、ありさがあの粘着トラップに引っかかったネズミを家に持ってきたの。可哀そうだから取ってあげてって……」

 

「それじゃあトラップの意味ないだろ。あれは引っかかったゴキブリやネズミごとゴミに捨てるもんだ」

 

「そんな残酷な事は妹の前じゃ出来ないでしょう? だから私達はねずみを救おうと四苦八苦したの。それで、お母さんが少し強めにねずみを粘着トラップから引っ張ったら……うぅ……今思い出しても嫌な思い出……!」

 

「ああ、引っ張ったのか……」

 

 全てを察した俺は彼女達のトラウマに納得がいった。あの粘着トラップは捕らえた獲物を逃がさないように割りと強力な粘着力にしている。基本的には捕らえたものはそのままゴミに捨てるというのがあのトラップの役割だ。

 

「それで、お母さんがネズミを引っ張ったら……こう……皮がベロンってなって……血が噴き出して……一緒に臓物も飛び出て……!」

 

「ああ、分かったからもう思い出すなって」

 

「でも、まだ生きてて……バラバラなのに……きゅーきゅー鳴いてて……!」

 

 思い出し泣きをしてしまった娘の頭をそっと撫でる。撫でる事を拒否されなかった事に嬉しく思いながらも、以前あのゴキブリホイホイに何故か否定的だったゆんゆんに納得がいった。あの時は光を失った目で「夢で見たんですカズマさん。害虫や害獣は私の友達になってくれる存在なんです……」と意味不明な事を口にしたためアクアとエリスに精神鑑定をしてもらうほど心配したのだが、つまりはそういう事なのであろう。ちなみにゴキブリホイホイは虫よけの結界石などには敵わず微妙な売れ行きであった。

 

「お母さん含めてどうしたらいいか分からなくて、三人で泣くしかなかったのは今でも覚えてる……」

 

「ほう、ゆんゆんも泣いたのか」

 

「なんで嬉しそうなのお父さん……ともかく、あの後は駆け付けたアクアお姉ちゃんが回復魔法で治療してくれたの。ねずみ自体は可愛いと思うけど、あの光景を思い出しちゃうから苦手かな」

 

 体をぶるりと震わせて苦笑するさよりを、俺は落ち着かせるように軽く頭をポンポンと叩く。それを受けてはにかむように笑う彼女を見て確信する。見た目も性格も随分と大人びてしまったが、なんだかんだで彼女はまだまだ“子供”だ。そんな俺の思いを察したからだろうか、さよりは俺の手を捕まえて引きはがす。思わず少しの悪戯心が目覚めかけた時、ゆんゆん達が帰還した。

 

「カズマさん、さより、ただいま戻りました。ごめんね……なんだか私が一番はしゃいでるみたいで……」

 

「気にすんなゆんゆん。それに、ありさも楽しんでたみたいだしな」

 

 少し申し訳なさそうなゆんゆんの横でありさは興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせていた。子供が楽しんでいてくれる事は、親にとっては本当に喜ばしい事なのだ。

 

「楽しかった……お馬さんおっきかった……」

 

「そうかそうか、大きかったかー」

 

「うん……お風呂で見たお父さんの奴と全然違った……」

 

「ん?」

 

 娘の発言の意味を理解できずに思考停止していたが、大体の意図を察して閉口する。ゆんゆんはというと顔を真っ赤にしながら小声でありさに話しかけた後、手をわちゃわちゃしながら俺に対して謎の言い訳をしてきた。

 

「違うんですカズマさん! 私達が乗った時に何故かお馬さんがその……興奮しちゃって……!」

 

「何故焦っているかは理解出来ないが、仕方ない事だろう。相手は動物だからな」

 

「そ、そうですよね! とにかくこの話題は終わりです! ほら、メインの植物園に行きますよ!」

 

 娘たちの手を取って早足で歩きだす彼女の後をゆっくりと追う。散々俺相手に淫猥な事をしでかしてきたくせに、この程度の事で恥ずかしがるゆんゆんが非常に可愛らしかった。まあ、家族の前では恥ずかしいし避けたい話題だ。今度二人っきりになった時、またこの話題でおちょくってやることを俺は心に決めた。

 

 

 

 

 そして、俺達は園内でも最大規模を誇る植物園ゾーンにやって来た。綺麗に管理され、何らかの魔法で温度調節もされている地球にあるものと勝るとも劣らない施設であった。そこにはゆんゆんの大好きな植物達の楽園であった。

 鮮やかで綺麗な花をつけた多種多様な植物達にゆんゆんは感嘆と喜色に溢れた声を上げていた。また、ゆんゆんと同じく動植物が好きで園芸を趣味にしているさよりも一緒になって大はしゃぎしている。彼女達の様子は見ていて自然と笑みを浮かべてしまう光景だが、展示物の植物に対して俺は思わず糞ほども興味のない無表情を向けてしまう。どちらかというと、植物に興味を持っていないありさは、時節珍しい植物に興味を惹かれるものの、数秒後には興味を失って周囲をキョロキョロしていた。

 

「カズマさん、このお花すっごく綺麗ですよ! ほら、赤と青と白で…!」

 

「そうだなー」

 

「わっ、こっちはかなり貴重な種ですよ! この種の花は実がボンッてなって、種がしゅぱーんと……!」

 

「ほーん」

 

 満面の笑みで植物についての知識を語るゆんゆんに適当に相槌を打ちつつ、少し蒸し暑い温室内をゆっくりと進む。そんな俺たちの周りをありさは所在なくうろちょろし、さよりは少し先に行ってると言い残してズンズンと先に進んでしまった。

 そして、ゆっくりとさよりの後を追う俺の目に素人目に見ても珍しいと思える光景が飛び込んできた。この施設、さぼてん公園と銘打っているだけあって道中にも様々なさぼてんが珍しい草木に混ざって配置されていたのだが、この区画はさぼてんだけで構成された場所であった。しかも、そのさぼてんの大きさが10mや20m級の正に見上げるほど巨大なものだったのだ。案の定、ゆんゆんの目は爛々と輝いていた。

 

「はうっ! 凄いです! 感動です! すばらです!」

 

「ここまでデカいとなんだか禍々しいな」

 

「何を言うんですか! あの雄々しい立ち姿、瑞々しく鮮やかな緑色、鋭く美しい毛! 完璧です!」

 

「おおっ……そうだな……」

 

 蜜に誘われる虫のようにフラフラと巨大サボテンに近づくゆんゆんを俺はそっと送り出す。人の趣味にどうこう言うつもりはないが正直少し引いてしまった。そんな俺の服をくいくいと引っ張る奴がいた。無論、近くでうろちょろしていたありさだ。

 

「お父さん、そこの看板“サボテンに近づかないでください! ハチの巣にされます!”って書いてある」

 

「ハチの巣?」

 

「ほら、このサボテンの説明版に書いてある……“育ったサボテンは自衛目的で周囲の生物に針を射出します”って……」

 

「ほーん……ってマズイ!」

 

 俺は慌ててサボテンにおびき寄せられるゆんゆんの方へ走り出す。なぜこの世界の植物はこんなにもバイタリティに溢れているのかと呆れつつ彼女の肩に手をかけた。そして、俺に捕まって一瞬驚いた表情を浮かべた彼女は頬を緩めながら口の前に人差し指を立てた。

 

「しーっですよカズマさん、ここでは静かにしてなきゃダメですよ?」

 

「でも、このサボテンはヤバイって説明版にあったぞ!?」

 

「落ち着いてください。私がこの種のサボテンの特性を知らないわけないでしょう? ほら、この柵より内側にいれば大丈夫ですから」

 

「そう……なのか?」

 

「ええ、それに針を射出するのは敵対的な生物にのみです。こうして遠目で見るだけなら彼らも攻撃しようなんて考えませんよ」

 

クスリと微笑んだゆんゆんは、こちらに恐る恐る近寄ってきたありさを抱き寄せてじっくりと巨大サボテンを眺める。その表情にはどこか懐古的なものも混じっていた。

 

「ふふっ、大きくなったサボテンはきちんとした“心”を持つんです。育ててくれた人には針を射出するなんて事はしませんし、綺麗な花をつけて見る人を楽しませてくれるんです。私がありさみたいに小さな時は、いつか育てたサボテンと一緒にお話したり、遊ぶ事ができるんだっていつも考えていたんですよ?」

 

「なんだか、夢がある話だねお母さん……」

 

「そうでしょう? でも、後何十年かしたら夢じゃなくて本当になるかもって考えてるの。あの子達とも、何十年もの付き合いですしね!」

 

 微笑むゆんゆんを見ながら、俺は彼女がもっとも大切にしている鉢植えのサボテンを思い出す。なんだかんだで、俺もあのサボテンとは十数年顔を会わせている。もし奴が自我に芽生えたら、俺は攻撃対象になるのだろうか。そんなしょうもない事を俺は頭の片隅で考えていた。

 その後、先を言っていたさよりがベンチで項垂れている姿を発見する。彼女の頭からは数本の針が生えていた。どうやら、不用意にサボテンに近づきすぎて威嚇射撃を受けたらしい。思わず笑ってしまった俺とありさにさよりは顔を真っ赤にして怒り、ゆんゆんは苦笑しながらも彼女の治療をてきぱきと行っていた。それからは家族四人で残りの温室をゆっくりと散策する。ゆんゆんとさよりのテンションは相変わらず高いが、もはや何も言うまい。

 そして、温室エリアを無事通過し俺は少し冷たい外の空気に身を震わせる。だが、温室の生温い空気に比べればいくつかマシであった。ゆんゆん達は再びパンフレットを広げて次の目的地を探し始める。そんな時、ありさがふらっと一人で歩き出した。彼女はそこそこの人だかりが出来た場所にたどり着き、その人だかりの中心にあるものをジーっと見つめていた。釣られて歩き出した俺の腕を、ゆんゆんとさよりが顔を青くしてぶるぶる震えながら掴んできた。

 

「カ、カズマさん! あれはダメですあの黒い瞳は私に対する恨みと殺意が渦巻いて……ひっ……ごめんなさいごめんなさい!」

 

「そうだよお父さん! げっ歯類なんて雑菌だらけで狂暴だって! しかもあんな大きさは……!」

 

「分かった、分かったからお前らは別のとこで楽しんでこい。俺はありさ見てるからさ」

 

「そうですか! それじゃあ私達は植物販売コーナーを見てきますね! また後でカズマさん!」

 

「わっ、置いていかないでお母さん!」

 

 逃げるように走り去ったゆんゆん達をため息一つで見届け、俺はありさの元へ歩み寄る。彼女は件の動物を相変わらずじーっと見つめていた。その動物は1mほどの大きさの毛むくじゃらの奴だ。奴らは柵の中でのそのそと歩き、大半の個体は柵内のプール……に身を沈めて気持ちよさそうに漂っていた。近くの説明版には“カピパラ温泉”と書かれている。このげっ歯類は生意気にも温泉につかっていたようだ。

 

「ありさ、お前もネズミは苦手じゃなかったのか?」

 

「可愛い……」

 

「そうか? 俺にはデカいネズミにしか見えないけどな」

 

「可愛い……」

 

「……そうだな可愛いな」

 

 柵につかまってげっ歯類を食い入るように見つめるありさを一撫でし、俺は近くのベンチに腰かけて彼女とカピパラ達をぼんやりと眺める。俺自身はカピパラがこの世界にもいたことに少し驚いていた。まあ、牛や馬などの見慣れた家畜や、大きさや詳細は違えど地球と同じ動植物がいる世界だ。カピパラくらいいるだろう。そう思う事にした。

 それからは、ゆっくりと時間がすぎる。ありさはカピパラをじっくりと見つめ、俺はそんな彼女をぼんやりと眺めていた。30分後、ようやく動き出した彼女は俺の腕を引っ張って柵の前に立たせた。

 

「お父さん、写真とって」

 

「ああ、いいぞ! すいません、そこの旦那! 写真を一枚お願いしたくて……そう、スイッチはここで……出来れば後ろのカピパラも――」

 

 ありさが俺の腕をしっかりと握ってくる。いつもは割と感情を表情として出さない彼女が、今は満面の笑みを浮かべていた。自然と俺の表情が緩んでしまうのも仕方がない事であった。

 

 

 

 写真を撮って満足したのか、ありさはげっ歯類に小さく手を振って俺の横にちょこんとつく。どうやら、彼女の気が済んだらしい。俺はそんな彼女を連れだってお土産品が多数並ぶお店へと足へ運んだ。パンフレッットを見た限り、めぼしい展示物はすでに見ている。それに、空は紅く夕日が照っていた。そろそろお暇の時間だ。色々と面倒になった俺は、“ずぃーさぼてん公園に行ってきました!”とデカデカと書かれた菓子箱を手に取った。こういうのでいいんだよ、こういうので……

 

「お父さん……これ欲しい」

 

「うん? ああ、いいぞ。まったくすっかり気に入っちまったみたいだな」

 

「可愛い……」

 

「はいはい」

 

 ありさからカピパラのぬいぐるみを受け取り、買い物カゴに放り込む。そして、会計に向かおうとする俺を彼女は引き留め、同じようなカピパラのぬいぐるみを二つ追加でカゴに入れて来たのだ。

 

「流石に同じのは3ついらないんじゃないか?」

 

「いる」

 

「そうだ、あそこのさぼてんストラップとかどうだ?」

 

「あれはいらない」

 

 どうしたものかとそっと息をつく。まあ、たいした値段でもないので買ってやるのもいいかもしれない。だが、ここは教育的な意味でもしっかりしないといけない場面だ。そっとぬいぐるみに手をかけた俺の腕を彼女は掴み、じっと俺の目を見つめて来た。

 

 

「カイズお兄ちゃんとレイカお姉ちゃんのお土産……」

 

 

 その言葉に俺は押し黙ってしまう。むしろ、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。疲れていたとか面倒くさくなっていたなどの言い訳は出来ない。ダクネスやエリスなどはこの際はどうでもいい。だが、カイズとレイカは別だ。俺達がここに来ていることはあいつらにとっては事後の事だ。羨ましい、一緒に行きたかったと思っているかもしれない。もしかしたら、泣いている可能性だってあるのだ。

 

「よし……そうだな! レイカにはこの中にサボテンが入った琥珀石を買っていってやるか!」

 

「うーん……」

 

「カイズは……“聖邪剣ヴァルム”のストラップでいいか! 懐かしいな、俺も昔こんなのをお土産屋で買ったなぁ」

 

「うわっ……ださ……」

 

 ありさが横で何かぶつぶつ言っていたが、まあいいだろう。会計を終えた俺は決意新たに娘の手を取って歩き出す。色々あったが、ゆんゆん達はとても楽しんでいたようであったし、俺自身も楽しめた。今回はそれで良しとしよう。

 

「なあ、ありさ、楽しかったか?」

 

「うん……」

 

「また来たいか?」

 

「うん……カピパラまた見たい……」

 

「そうか」

 

彼女の手をぎゅっと握る。とても暖かい小さな手だ。

 

「今度は皆で一緒に行こうな!」

 

「うんっ……!」

 

 

 

ありさは俺の手をぎゅっと握り返して来た。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ガタゴトと揺れる竜車は周囲の暗闇をものとせず突き進む。手綱を握り、時節竜たちに指示を飛ばす。その時俺の肩にゆんゆんが頭を預けてくる。彼女は気持ちよさそうに寝息を立てていた。俺はそんな彼女のでこをペシリと引っ叩いた。

 

「あうっ!? 何するんですかカズマさん!?」

 

「バカ、お前は家まで俺の話相手になれ。俺が眠ったら居眠り運転だぞ」

 

「もう、しょうがないですね……」

 

 暗闇を駆け抜けながら、俺は彼女と今日の事についての話を続ける。やはりというか、彼女自身にとっても大当たりの施設であったらしい。笑顔で語る彼女の話を聞きながら俺は荷台に目線をうつす。そこには、気持ちよさそうに眠るさよりとありさ、ゆんゆんが購入した大量の植物達が乗っていた。こいつも相変わらずだな……

 

「ふふっ、さっきありさにも聞きましたけど、カピパラってそんなに可愛いんですか?」

 

「ああ、可愛いかはともかく、温泉につかっている姿を眺めているだけで癒されたな」

 

「癒し……鼠で癒し……温泉……」

 

 微妙な表情で考え込んだゆんゆんはパっと明るい表情を浮かべて俺の顔をのぞきこむ。もう三十路に突入した彼女だが、その笑顔は十代の少女と何ら変わらないものであった。

 

「カズマさん、今度は温泉行きましょう!」

 

「ああ、温泉か。いいかもな」

 

「そうでしょうそうでしょう! そうだ、昔行ったあの温泉街にいきませんか! 今度も家族風呂付きです!」

 

「あそこか……そういえばあの時以来だな……」

 

 嬉しそうに旅行計画を語る彼女に相槌を打ちつつ、俺は時の流れを改めて感じた。そして、しばらく旅行についての話をした後、コテンと再び肩にゆんゆんの頭がもたれかかる。どうやら、また眠ってしまったらしい。

 

 

「んみゃ……カズマさん……また皆で一緒に行きましょうね……」

 

 

 その言葉に俺は無言で頷いてから、近くにあったブランケットを彼女にかける。そして、手綱をしっかりと握り締めた。

 

 

 だが、俺は聞けなかった。“皆”とは俺とゆんゆん、さより、ありさの事なのか、それともエリス達を含めた“皆”なのか聞くことが出来なかった

 

 

 

聞くのが怖かった。

 

 

 

 そんな俺の憂いも我が家に到着する事で終わる。眠たげな子供達を先に行かせ、俺はゆんゆんの植物達の一部を庭へと運びこむ。本日の功労者である竜達にもたっぷりと餌をやってから、俺は疲れた体を伸ばしながら我が家の扉を開けた。

 リビングにはテーブルで談笑するゆんゆん含む大人な女性陣、ありさからぬいぐるみを受け取って笑い合う子供達がいた。俺は迷わず子供達の方へ歩み寄る。カイズは少しだけ、レイカはあからさまに不満そうな顔をしていた。

 

「ちょっと、あたしもカピパラ見たかったんだけど!」

 

「右に同じくですお父様……」

 

「悪かったって! また今度お前らも連れてってやるから!」

 

 誤魔化すようにカイズとレイカの頭を強引に撫でる。そしてポケットから買っておいたとっておきのお土産を手渡した。とりあえずはこれで機嫌を良くしてくれるだろう。

 

「えっ……何このさぼてん入りの石……うーん……ありがと……」

 

「聖邪剣……ありがとうございますお父様」

 

「おいなんだその微妙そうな表情は! すごいぞ! 石にサボテン入ってるし、聖邪剣だぞ!」

 

「わかった、わかったから」

 

「うん……すごいですねお父様」

 

 予想と違って思ったより不評のようだ。俺のお土産を手慰みながら、カイズとレイカはさよりとありさの話を興味深そうに聞いていた。それを見届けた俺は浴室へと足を運ぶ。今日はもう、寝よう……

 

 

 

「ちょっと、何よこの石……中にサボテンが入ってるじゃない! えっ、くれるの? ふふーん、いい心意気よレイカ! 先輩女神への贈り物なんてやるじゃない! アンタはエリスより優秀ね!」

 

「ほう、何だか禍々しいアイテムを持っていますねカイズ。聖邪剣ですか……そのアイテムはこのめぐみんお姉ちゃんに任せなさい。悪いようにはしませんよ」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 誰にも邪魔されず、ゆっくりとした入浴を終えた俺はベッドへと体を投げ出していた。そして、横にはゆんゆんも同じく疲れた体をベッドで伸ばしていた。今日は“ゆんゆんの日”だ。めぐみん達による襲撃もないため、俺の気分もいくらか安らいでいた。

 

「なあ、寝ても良いよな」

 

「ふふっ、別に許可はいりませんよ。お疲れ様です。ゆっくりと休んでくださいカズマさん」

 

「ああ、そうする」

 

 そっと抱き着いてくるゆんゆんの柔らかさの気持ち良さに目を細めつつ俺は目を閉じる。寝ようと思えばすぐに眠れる。だが、頭の中に渦巻くモヤモヤが俺を安眠へと導いてくれない。だから、俺はゆんゆんの方へ向き直った。

 

「なあ、ゆんゆんは今の状況に満足しているのか?」

 

「どういう意味ですか……?」

 

「そのままの意味だ。まだお前だけが妻だった頃と、今の状況は随分と違うだろう?」

 

「そう……ですね……」

 

 俺の視線から逃げるように顔を伏せたゆんゆんはしばらく沈黙を保っていた。そして、ゆっくりと顔を上げた彼女の表情はとても複雑なものであった。“複雑”であるとしか言い表せないのだ。

 

「思えば私がカズマさんと一緒になって結構経ちますよね。色々ありましたけど、私は今の状況に満足しています。もちろん、不満はいっぱいありますよ?」

 

「そうか……」

 

「もう、そんな顔しないでください」

 

 ゆんゆんは微笑みながら、俺の頭をぎゅっと抱きしめる。柔らかな胸に顔を埋めつつ俺はゆんゆんの事を抱きしめ返す。あまりこういう姿を彼女に見せたくはないのだが、仕方がない事であった。

 

「この際だからはっきり言いますけど、私とめぐみん、あるえ、ダクネスさん、エリスさんとの間にある溝はまだ埋まっていません。いえ、多分この先も永遠に埋まることはないでしょうね」

 

「…………」

 

「私がダクネスさんを受け入れたのは以前言った通り、“余裕”、“優越感”あったからです。でも根源には彼女への恐怖がありました。私がダクネスさんの部屋を乗り込んだ時、彼女の部屋は滅茶苦茶に壊されていました。私は超然と振舞いましたが、心の奥底でさよりが……私の家族がこんな風に“壊される”のではないかって怖かったんです……」

 

「…………」

 

「エリスさんにもダクネスさんと同じ恐怖を持ちました。でも、彼女を見てると別の恐怖も浮かんでくるんです。彼女の美しさと優しさは私と比べるまでもありません。私だってそこそこ容姿に自信があるんですよ? でも、彼女には勝てない……カズマさんがあの人に釘付けになって私に振り向いてくれなくなる事が怖いんです。今はまだいいんです……でも……十年、二十年後が怖くて怖くて仕方なくて……!」

 

「安心しろ。俺はお前の“妻”だ。容姿が良いから一緒になったわけじゃない。一緒に“いたい”から結婚したんだ……」

 

「でもでも……ぐすっ……私にはさよりとありさがいるからいいんです……カズマさんの好きにしていいんですよ……」

 

「ああもう!」

 

 気づけば立場が逆転していた。俺はゆんゆんを抱きしめながら頭を撫でて彼女を慰める。こういう卑屈な所は相変わらずだ。まあ、そこも彼女の可愛い所だ。

 

「めぐみんとあるえなんて最悪です! めぐみんは恐れていた凶行を実行しました。貴方がめぐみんに刺された時、私は安堵しました。別に悪い意味ではなくて私はカズマさんを信頼しているんです。その程度でどうにかなるほどカズマさんは弱くありませんから。でも、私の子供達にその凶行が及んでいたなら私は彼女に容赦はしなかったでしょうね」

 

「あれは……なあ……」

 

「彼女達はカズマさんの一番弱い部分……“私達”を狙う事を暗に示して貴方の思いに“諦め”をつけたんです。つまり“放し飼い”にするより、“鎖を繋いで傍に置く”選択を貴方に強要した。そうですよねカズマさん?」

 

「あ、ああ……」

 

 否定はしたいが、残念ながら決して否定は出来ない。色々と複雑な事情や思いはある。族長とめぐみん、ダクネスの父親との契約の件もあるが端的に言ってしまえば俺はめぐみんとあるえに屈した事になる。家族に害を為しそうな野良犬を家族にして、逆に屈強な番犬にした。流石に彼女達との関係をこれだけでは言い表せないが、間違ってはいない部分だ。

 

「でも、何より怖いのは“私自身”です。“余裕”、“優越感”は彼女達に対してまだ抱いています。私にそんな余裕はないのに、優越感なんていつまで続くか分からないのに、私は彼女達と違うと勝手に思い込んでいる」

 

「大丈夫、大丈夫だゆんゆん……」

 

「何より、私は彼女達の“思い”を理解できるし、否定が出来ないんです! もし私がカズマさんの“奥さん”じゃなかったら、私も彼女達にみたいに……!」

 

「落ち着け」

 

「あうっ!? た、叩かないでください!」

 

しょうがない事だ。こうなったら負のスパイラルに巻き込まれるのが彼女の悪い癖だ。というか、色々面倒になってきた。

 

「ゆんゆん、俺はお前を愛してる! これじゃあダメか?」

 

「もう、誤魔化す気満々ですね。ふふっダメですもっと言ってくれないとダメです許しません」

 

「分かった分かった……」

 

「面倒臭そうなのは減点ですよ」

 

 

 

 俺はゆんゆんの体を抱きしめ、愛を囁き続ける。許されようとは思わない。でも、これで彼女の気が楽になってくれるならそれでいい。

 

 

「ゆんゆん、愛してる」

 

 

「ええ、私もカズマさんの“全て”を愛していますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ベッドから起きた俺は体をぐっと伸ばす。誰にも邪魔されない自然な起床だ。おまけに体も調子が良い。たっぷりと睡眠をとった証だ。リビングに向かい、誰も姿がない事を確認した俺はそっと庭に出る。そこに、俺の“家族”の姿があった。

 

 昨日買ってきた植物達を庭に植え替えているゆんゆん、それを手伝うエリスとダクネス。じゃりめ、ゼル帝を侍らせて読書をするさよりとそんな彼女に話しかけるクリス。カイズ、レイカ、ありさと一緒になって遊ぶめぐみんとあるえ。

 

そんな姿を見て俺は自然と笑みを浮かべた。

 

 さて、何をしようか。そんな事を思いつつ俺は家の中へと戻る。寝起きで乾いた喉を潤したかったからだ。そして、リビングには箒を持って鼻歌を歌う水の女神の姿があった。俺は用意したコップで水を一気に飲み、アクアにそっと問いかけた。

 

「なあアクア、お前は今の状況に満足しているか?」

 

「急に何よ。今の状況に関しては見ての通りよ」

 

「アホ、分かんねえから聞いてるんだ」

 

「まったく……カズマ、窓の外を見て見なさいな」

 

「ん……?」

 

 箒のつかに両手を乗せ、そのうえに顎を乗せるアクアに促されて俺は外を見る。そこには、先程見た光景と全く同じ光景が広がっていた。

 

「そう、アンタも皆も笑ってる。私はそれで良いと思うわ」

 

「笑ってるか……」

 

「そうよ。アンタの小難しい質問に答える気はないわ。でも確かなのは皆“笑ってる”の。彼女達が裏で何を思っているか、どう考えているかなんて今はどうでもいいわ。女神の私だから分かるのよ。あれは本物の“笑顔”よ」

 

 クスリと笑ったアクアは俺の顔を覗き込み、そっと頬を撫でる。そして、満面の笑みを浮かべた。

 

「シワが出来てるわよ」

 

「うっせーよ。俺も年をとったんだよ」

 

「そうみたいね」

 

 クスクスと笑い続けるアクアは再び窓の外を眺める。その笑顔に俺は押し黙る。そして、彼女の姿にどうしようもない程の“違和感”を覚えた。だが、俺は何も言わない。アクアは俺達の家族に絶対に必要なのだ。

 

 

 

アクアという“緩衝地帯”の存在が。

 

 

 

「ねえカズマさん」

 

「どうした?」

 

「んと…うん……なんでもないわ。ただ、世の中を舐めた糞生意気でヒキニートだったカズマさんが……うん……」

 

「いきなり罵倒か」

 

「ふふっ、なんでもないわよ」

 

 逃げるように庭へ飛び出していったアクアを見送り、俺は勝手口から家の裏手へと出る。そこでポケットから煙草を取り出し、火をつける。慣れ親しんだ味に息をつきつつ俺はそっと呟いた

 

 

「似合わねえな」

 

 

ああ、やっぱり似合わない。

 

 

「アイツには似合わねえな」

 

 

吸殻を足で踏み消し、吸殻を携帯用の吸い殻入れへしまい込む。

 

 

 

 

そして、顔を上げた時、無表情のゆんゆんと目が合った。

 

 

 

 

 慌てて言い訳しようとした口を彼女がそっと塞ぐ。彼女のキスはとても甘く、何故か背筋を凍らせるほど冷たい。まるで俺についた煙の臭いを上書きするように執拗なものであった。

 

「んっ、ねえカズマさん」

 

「いや、これは、その……!」

 

「私が何も知らないとでも思ってましたか?」

 

 苦笑を浮かべるゆんゆんの前に俺は吸い殻入れを取り落とす。どうやら、俺は勘違いをしていたらしい。

 

「カズマさんが煙草をやめないのは中毒になっているからですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 震える俺の唇をゆんゆんがそっと指で撫でる。俺を見上げる彼女の瞳はとても鮮やかな紅に揺らめいていた。

 

「それとも……」

 

「っ……」

 

ゆんゆんの体をぎゅっと抱きしめる。そうすると、彼女も俺の事を抱きしめ返して来た。

 

「カズマさん、私が一番怖いのは……貴方ならご存知ですよね?」

 

「ああっ……」

 

「なら、はっきり言わして頂きます。私は絶対に負けません、渡しません、諦めません! 例え何があっても誰が相手でも永遠に!」

 

 

 

俺は彼女を抱きしめ続けた。

 

 

 

そんな俺に彼女はそっと囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んでも離しませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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存在理由

 

 

「揺れて貴方の……ふんふーんふーんー♪」

 

 うろ覚えの歌を歌いながら私はカゴに入ったシーツをばさりと広げ、物干し竿へかけて行く。空は爛々と輝く太陽に雲一つない青空。最早、私のルーチンワークとなってしまった洗濯にとても適したお天気だ。

 

「はぁ、なんだか毎日シーツを洗ってる気がするわ。あの子達も飽きないわね……」

 

 シーツのしわを伸ばしつつ、私はそう独り言ちる。別にホテルや旅館のように本当に毎日シーツを取り換えているわけではない。確かにカズマの家の家族は人数が多いが、それだけが理由ではない事を私は理解している。いくら洗濯してもあの淫靡な匂いは決して取れはしないからだ。カズマ達のような人間には分からなくても、女神である私にはそれが否応なしに分かってしまうのだ。

 そんな時、ふと洗濯カゴに入った一枚の白いシャツが目に入った。そう、これは洗濯したての何の変哲もない下着だが、女神の私には違ったものに見える。これはカズマが長年着用している白いシャツ。彼の面倒くさがりな性格のせいか、洗濯せずに何日も放置されたことを数えきれないくらい経験したのだろう。普通の洗濯では取れない黄ばみが随所についている。それに加え、彼がこれを着ながら彼女達を抱いた回数も数えきれないほどだろう。

 

「本当に汚いわね」

 

 ともかく、黄ばみは無視することは出来ない。そう思った私はゴクリとツバの飲み込み、そっとその黄ばみに口をそっと近づけて――

 

「あのーアクアさん?」

 

「わひゃあ!? 何よ! 私は何も疚しい事はしてないわよ! ほら、この黄ばみ……黄ばみを取ろうとしただけなの!」

 

「え? あ、はい……よくわかりませんが私は郵便を届けに来ただけですよ」

 

「そ、それなら安心ね……ってゆいゆいさんじゃない。めぐみんなら二階にいるわよ」

 

「別にめぐみんに用はないですよ。私も仕事中ですから」

 

 ゆいゆいさんはクスリと笑いながら私の手に封筒や手紙を手渡してくる。彼女はめぐみんの母親だが、浪費家の旦那のために日々様々な仕事をしているらしい。郵便配達員もその一つだそうだ。

 

「それと、この手紙に関しては受け取りのサインをお願いします」

 

「はいはい、承知しましたっと……なんだかこのやりとりも毎日してる気がするわね」

 

「そうですね。実際、毎日のように配達物を渡してますし、わざわざ受領印が必要な手紙が本当に毎日カズマさんに届いてますから」

 

「ふーん、そういえばこの見るからに高そうな封筒は毎日見てる気がするわ」

 

「かなり高度な認識阻害や封印も施されてるみたいです。きっとカズマさん以外には見られたく無いのでしょうね」

 

 恐らくはカズマの仕事関係の手紙だろう。私はゆいゆいさんの受領証にサインしつつ、封筒を懐に入れる。それを見届けたゆいゆいさんは、十数年前と全く変わらない美貌に笑みを浮かべつつ、小さくお礼を言って次の配達先へと駆けて行った。私は彼女に手を振って見送り、次の洗濯物へと手をつける。まだまだ干すべき服はいっぱいあるのだ。

 

「ふう、まあこんなものね」

 

 風に吹かれてそよぐ洗濯物に満足しつつ、私は額に浮いた汗を拭う。お天道様はまだまだ直上に位置している。カゴを片付け、箒とはたきを装備した私は屋敷へと勢いよく突撃した。 とはいっても屋敷内にはこれといって目立った汚れはない。それもこれも、毎日掃除している私のおかげなのだと自慢に思う。そうして数少ない汚れををサーチ&デストロイしているとカズマの書斎の方から話し声が聞こえる事を私の耳がキャッチした。

 

「うーむ相変わらずここは強敵ね」

 

 当たり前のように聞き耳を立てつつ、私は周辺の掃き掃除を実行する。メイドとは家庭の事情通だと私は日本のテレビドラマで学んでいる。自分のため、家族のために情報収集は実に理にかなった行動なのだ。

 

『カズマさん……本当に……――』

 

『いいんだ………どのみち――……』

 

『私は反対です――……家族……――彼女も……』

 

『俺は――……――……後腐れがない』

 

 カズマの書斎は商談や、えっちな事でも使うことが多い部屋だ。そのせいか防音性は屋敷で一番、女神の耳を持ってしても聞ける話し声は断片的でしかない。ただ、話が穏やかなものではない事は理解できる。巻き込まれないためにも立ち去ってしまう事にする。実はこの手の企みごとに関する密会は屋敷で毎日のように繰り広げられている。下手に関わると面倒なことになると経験上理解しているからだ。

 

「えと……抜き足差し足忍び足っと……」

 

「ようアクア、俺に何か用事か?」

 

「……っ!? カズマ、部屋の中にいたはずなのに!?」

 

「ああ、何となくアクアの気配がしたからな」

 

「ねえ、カズマさんって私に想像以上に執着してない? ちょっと嬉しいよりかは気持ち悪さを感じるんですけど……」

 

 若干引いてしまった私をカズマはニコリと笑いながら見てくる。余計に得体の知れない肌寒さを感じていると、彼は私の顔をじーっと覗き込んできた。

 

「なあ、もしかして今の話を聞いたか?」

 

「聞いてないわよ。全く、何を話してるか知らないけどあまり悪い事はしちゃダメよ」

 

「へいへい……」

 

「後、また手紙が来てたわ。はいこれ!」

 

 私が懐から出した手紙をカズマは一瞬躊躇するような苦笑いを浮かべた後、そっと受けとった。それから役目を終えてさっさと逃げようとする私をカズマは腕を引いて引き留める。そして、囁くような声で耳打ちをしてきた。

 

「アクア、お前は今から俺の部屋の掃除をしてろ」

 

「別にいいけど、何よ急に?」

 

「俺の部屋で待ってたら……いい事あるかもな」

 

「っ!?」

 

 カズマは私の頭を一撫でした後、再び書斎の中へ消えていった。残された私はカズマの言葉の意味を理解するのに手間取っていた。単に部屋を掃除しろという事であろうか、それとも言葉通り私に何かご褒美でもあるのだろうか。

 

「いい事って何よ……」

 

 思わず頬が紅潮してしまう。別に期待しているわけではないが、カズマが“ご褒美”と称するものはこれまで幾度となく覗き見たことがある。ゆんゆんやエリス対して行っていた甘い愛撫、ダクネスやあるえに行っていた過激な凌辱プレイ、クリスの義賊ごっこやめぐみんの爆裂マラソンへの参加。えっちぃお願いから個人的な趣味のお誘いまで、今回なら受け入れてくれそうだ。

 

「お、落ち着くのよ私。女神である私があんな元ヒキニートの言葉で一喜一憂するなんてありえないことなのよ」

 

 そうは言っても私の思考は随分と乱れてしまっている。残念な事に私もカズマに対して随分とイカレてしまっている事を自覚させられる。こうなってしまえば私などあのずる賢いカズマにいいように使われてしまう。むしろ、それもいいんじゃないかと思ってしまう自分に悲しくなる。しかし、メイドとしての“仕事”を頼まれたのであれば仕方ないだろう。私はそわそわとする体を落ち着かせつつカズマの私室へと向かった。

 だが、高揚した気分は部屋に入った瞬間に吹き飛んでしまう。部屋内は汚れなく、清潔感もあるが私はこの部屋にこびりつく匂いはあまり好きではなかった。

 

「んっ……昨日の相手はダクネスね。全くなんで私がこんな事……」

 

 匂いが染みついているシーツやカバーを剥ぎ取り、新しく清潔なものへ交換する。様々なものが“飛び散っている”床や棚を拭いていく。一通り掃除した私はすっかり綺麗になった部屋に満足しながらベッドへと腰かける。部屋で待っていろという事なので暇を持て余した私は部屋を物色する事にした。しかし、この部屋は端的に言ってしまえば“ヤリ部屋”だ。カズマの私物はあまりなく、女性陣が持ち寄った私物に美容品やアロマ用品、簡易的なロックのかかった引き出しの中には子供には見せられないものなどが入っていた。私はそんな物品の中から一冊の文庫本を手に取って読み始める。面白いわけではないが、投げ出すほどはつまらなくないSF物短編集を私は読み進める。そして、半分ほど読み終えたところ、部屋に軽いノックをした後に入ってきたカズマを見て私は本を元あった位置へ放り出した。

 

「待たせたなアクア」

 

「別にそれほど待ってないわよ」

 

「そうかい。まあ、大人しく待ってくれてた女神様にはご褒美だ。ほら、お前好みの酒とつまみを持ってきたぞ」

 

「お酒! ご褒美ってこれの事なの?」

 

「そういう事だ。俺にも“暇”が出来てな。丁度いい機会だからこの俺がアクアを労ってやろうていうこった」

 

「その上から目線はムカつくんですけどー」

 

 ドヤ顔を決めているカズマはムカつくが、彼が引いてきた台車の上には高級酒から私が好む安酒、それらを冷やす氷に数々のつまみを前に私の思考も蕩けてしまった。しかし、私の第六感は何かしらの嫌な予感を告げているのだ。

 

「ふーん、まぁ私を労おうなんて良い心がけじゃないの。でも急にどうしたのよ? パターン的に私がこのお酒に口をつけたら最後、ろくでもない事をやらせる気なんでしょう。それくらい分かってるんだから」

 

「信用ねえな。でも俺がアクアに日頃の感謝を伝えたいっていうのは本当だ。アクアに感謝の気持ちを伝えるのに一番分かりやすいのは酒しか思いつかなかったからな。そのついでと言っちゃなんだが、今この時間からしばらくのあいだアクアのお願いは“なんでも”聞いてやる。だから、少しは嬉しそうにしてくれよ」

 

 カズマは苦笑しながら私の頭をそっと撫でて来た。まるで自分の子供と接するような態度に少し思う所はあるが、胸がトクンと高鳴った事を嫌でも自覚してしまう。残念ながら今の私はゆんゆん並みにちょろくなってしまったようだ。

 

「今、なんでもって言ったわよね……」

 

「ああ、なんでも聞くぜアクア様」

 

「それなら私と一緒にお酒を飲みましょう。後、様付けも気取った態度もダメ。私はいつものカズマと飲みたいの」

 

「そんなお願いでいいのか? お前の事だから足でも舐めろとか言うと思ったんだがな」

 

「そのお願いは後にとっておくわ。とにかく、はやく私にお酒をついでちょうだいな! しゅわしゅわはきっちり7対3でいれるのよ!」

 

「へいへい」

 

 カズマは私のお願い通りにしゅわしゅわの瓶の栓をきゅぽんと開け、用意されていたグラスに注ぎ、お互いにそのグラスを手に取った。後はお決まりの言葉を言うだけだ。

 

「という事で、アクアに日頃の感謝を込めて……乾杯!」

 

「んへへ……何だか分からないけど……乾杯!」

 

 お互いに杯を交わし、グラスをグビリと傾ける。口に広がるのはスッキリとした辛さにほのかな甘み、喉を通る炭酸の刺激が私に“幸せ”という感情を呼び起こしてくれた。一足先に気持ちよさそうにぷはっと息を吐くカズマを私は横目に眺める。色々と言いたいことや思うところはあるけれど、やっぱりカズマと飲むお酒は美味しいのだ。

 

「ふふっ、じゃあ命令よカズマ。私に何か面白い話を聞かせなさいな」

 

「いきなりの無茶ぶりだな。そうだな……それじゃあカイズの初恋の相手の話でもするか!」

 

「あら、あの子も随分とおませさんなのね。でも想像してみたら何だか可愛いわね」

 

「いや、カイズは本当に俺の子にしては良く出来た子でな。あんな小さいのに将来の夢であるクルセイダー目指して学問も運動も頑張ってるんだよ。だから、この前エリス教のテンプル騎士団の所へ一緒に見学へ行ったら、『僕の守りたい人はエリス教じゃなくてアクシズ教なんだ』とか言い始めてな。あの日はダクネス交えて緊急家族会議を開くはめになってなあ……」

 

「ふーん、あの子も見る目あるじゃない。やっぱり、エリス教よりアクシズ教よね!」

 

 グラスを片手に私はおつまみに手をつける。そして、満面の笑みを浮かべて自分の子供について語る彼の様子を見守った。端的に言ってしまえば自慢話、いや惚気話に相槌を打ちながらしっかりと聞く。お酒を飲んでいるせいで聞いた話の一部は耳から滑り落ちてしまうが、出会った時は社会経験の浅いヒキニートだった彼が子供についての自慢話をしている事に感慨深いものがある。女神である私と人間である彼との間には到底埋める事の出来ない年月の差がある。

 しかし、今のカズマの顔つきは我が子を大切にする父親のものだ。あの生意気だったカズマと月日は十数年しか経っていない。でも、私は自然と彼を“年上の男性”として接している。出会った時は年下扱いしていたのに、いつからかこうなってしまった。その事に何とも言えない感動と胸の高鳴りを覚えるが、一方で心の奥底では表に出せない感情が渦を巻いていた。だからであろうか、私は饒舌に話す彼の頬にそっと手を這わせていた。

 

「急にどうしたアクア? 俺の柔肌が気になるのか?」

 

「別に……ただ全然柔肌じゃないわよ。肌はガサガサだし、少しねばっこい油でテカってるし……」

 

「おいやめろ」

 

「それに小じわが出き始めてる。でも良い顔つきになったわね……」

 

「俺は良いが、ゆんゆん達には肌の事で突っ込むなよ。巡り巡って何故か俺が怒られるはめになるからな」

 

 困った表情を浮かべるカズマの顔を私はなで続ける。彼と同じ苦楽を共にしてきたと思っていたのに、彼の顔は私が知らない苦しみと幸せの年月を刻んでいる。そのもやもやを振り切るように顔をふるわせ、私は目を閉じて彼の肩に頭を預ける。彼の暖かみと匂いは昔から私が知るものと全く同じであった。

 

「ねえカズマ、貴方は幸せなの?」

 

「どうだろうなぁ……確かに幸せだと思うけど、同じくらい苦悩してる事は確かだ。でも、それって当たり前の事じゃないかと思い始めたんだ。人生楽ありゃ苦もあるってのはよく言ったもんだ。むしろ、苦悩しているからこそ束の間の幸せを感じられるんだ。例えば、お前と酒を飲む事は俺にとっての幸せの一つだな」

 

「ふふっ、ありがと。でもその程度の口説き文句じゃこのアクア様は落とせないわよ!」

 

「口説き文句じゃないんだがな」

 

 カズマは朗らかな微笑みを浮かべながらお高いお酒をグビリグビリと飲んで行く。私もグラスに残っているお酒を口に流し込み、食べかけのおつまみを彼の口へ放り込む。そして、新しいお酒を注ぎながら彼の新たな“自慢話”に耳を傾ける。ゆんゆん達との他愛もない日常話、子供達に関する苦労話……どちらも落ちのないごく普通の家族の話。でも、自然と笑みがこぼれ幸せな気分にしてくれる。そんな話を私達は互いに飽きもせずお酒片手に語りつくした。気づけば窓から見えるお日様の位置もかなり下がってきた。そういえば本来なら夕飯の買い出しに向かう予定であった。ここは一度切り上げる事を告げ、ベッドから降りた私をカズマは腕を掴んで引き留めた。

 

「いいんだアクア。夕飯なんていらないんだ」

 

「何言ってるのよ。アンタはいらなくても子供達はお腹をすかしているはずよ」

 

「残念ながら子供達は今日からクリスと“天界見学ツアー”に出かけていない。ついでに、ゆんゆん達もせっかくだからこの機会にと皆で“息抜き旅行”とやらに出かけちまったよ。俺とお前抜きでな」

 

「ええっ!? 私は聞いてないわよそんなの!」

 

「聞いたら聞いたでお前はどっちかについて行こうとするだろ? だから俺がこうやって足止めしてるわけだ」

 

「何よそれ……」

 

 あたりめをもそもそ食べているカズマを見ながら私は胸中に広がる疎外感を抑え込む。ゆんゆん達も子供達も、私に一言も告げずに何やら気になる旅行に出かけたのだ。しかもカズマは私を引き留めるためにここにいるらしい。そう考えると、少し悲しい気持ちになった。

 

「何を勘違いしているか知らないが、これは俺からの提案でもあったんだよ。アイツらは1週間ほど家を留守にするらしい。だからこの期間はアクアもメイドなんて仕事は休め。ついでにこの期間中もアクアのお願いは“なんでも”聞いてやる」

 

「っ!?」

 

「もちろん、俺が出来る範囲のお願いだ。無茶ぶりはよせよ」

 

 まるで日常会話のような雰囲気だかカズマはすんごい言葉を口にしていた。彼は一週間も私のお願いを“なんでも”聞くと言ったのだ。しかも、この屋敷にはカズマと私だけしかいない。思わず、ゴクリとツバを飲み込んでいた。

 

「随分と安請け合いしたものね。その……ヘンなお願いしちゃうかもしれないわよ」

 

「アクアが本当にそれを望んでいるなら構わんさ」

 

 ニヒルに笑いながらそんな事をのたまう彼に自然と女神が抱いてはいけないような欲望が胸中で渦巻く。しかし、それを表に出すのもさとられるのも癪であった。だから、私は生意気な顔のカズマをそっと抱き寄せる。不可抗力ながら私の胸に顔を埋める形となった彼の顔にはお酒によるものではない赤みがさしている気がした。

 

「いきなりどうしたアクア?」

 

「ふふっ、私がこうしたかっただけよ。それと、昔じゃ考えられないくらい頑張ってるカズマを労ってあげてるの」

 

「そうかい。でも俺はお前のお願いを……」

 

「いいの。私のお願いは明日でも聞けるでしょ。それより、カズマの方が疲れた顔してる。家族のために毎日東奔西走して、おまけに私とのお酒にも付き合ってくれた。いい機会だからアンタもゆっくりと休みなさいな」

 

「俺は……」

 

何だかもの言いたげなカズマの頭を私はそっと撫でる。赤子をあやすような私の態度を少し不満げにしていたが、抵抗してこない時点で彼の思いは察せられた。

 

「ありがとねカズマ」

 

「…………」

 

 大人しくなったカズマは素直に私の愛撫を受け入れる。そして、どれくらいの時間が経ったのであろうか。気が付けばカズマはすうすうと気持ち良さげな寝息を立てていた。彼の安心しきった子供のような寝顔は久々に見た気がする。私は彼の頬を一撫でしてからベッドに横たえ布団をかぶせた。それから周囲の酒類などの片づけを行なってから私はお風呂場にて体を温めることにした。

 温かい湯船の中で私は今日の事を反芻する。そして明日から始まる日々に色々な妄想が膨らんでしまった。危うくのぼせかけた私は脱衣所で体を冷ましながら、冷静になった思考で改めて今の状況を把握した。カズマが説明してくれたこの夢のような状況は理解は出来るが何かの違和感が思考のすみにあるような気がした。何の確証もない“女神の勘”であるが、私が今こうしている間にも私の把握しきれない場所で進行している。そんな焦燥感に似た何かを燻らせつつ、私はいつもとは違ってしんとした静寂に包まれた屋敷内を歩く。

 そんな時、カズマの書斎の扉から光が漏れている事に気が付いた。部屋を覗くと机の上のランプが淡い光を発していた。恐らく消し忘れたのだろうと自然な足取りで部屋に入り、ランプのスイッチを切ろうとした時、私は机のうえにある手紙に気が付いた。それを無意識のうちに手に取り封が開けられている事を確認して、ふと中身が無性に気になった。仕事関係であろうか、それとも誰かからの恋文かもしれない。ワクワクとした思いと軽い気持ちに流されて中身を取り出す。中には一枚の写真と数枚の便箋が入っていた。

 

「何でこんな写真が入っているのかしら……?」

 

 思わず疑問が口に出る。写真に写っていたのは私と手を繋いだありさちゃんの写真であった。恐らく、一週間前に私とありさちゃんで買い物に出かけた時の姿を隠し撮りしたものであろう。頭の中に浮かぶ?マークに首を傾げつつ、便箋の中身を開き……この手紙を見てしまった事を遅まきながら後悔した。

 

「何よこれ……」

 

 手紙の内容を頭の中が拒否するというのは初めての経験であった。教養がありそうな美しい文字で書かれた5枚の便箋の内容は、その美しい文字に反するような呪詛の塊であった。内容に関しては理解する事を脳内が拒むため判然としないが、それがこの添付された写真に写った私とありさちゃんへの恨み、嫉妬、羨望、殺意に満ちていたことは嫌でも理解させられた。それから、残念な事に私の女神としての力が机の引き出しから手紙と同様の“邪念”を放っている事に気が付いた。やめとけばいいのに、私の手は自然と引き出しを開けていた。そこには、束になった私達“家族”の写真と多量の手紙が入っていた。

 

「ひぃっ!? 本当に何なのよこれ!」

 

 見なくても分かるほどの“邪念”を受けて私は思わず腰が抜けてしまった。急いで引き出しを戻した私は這うように書斎を抜け出した。そして、彼の部屋にたどり着いた私は思わず涙がこぼれる。気持ちよさそうにベッド眠るカズマの姿を見て安心してしまったのだ。気が付けば布団に潜り込んで彼に抱き着いてしまっていた。

 

「んぉっ!? どうしたアクア……泣いてるのか?」

 

「ばっ、馬鹿ね! 泣いてなんか……うぇっ……かじゅま~!」

 

「おう泣くな泣くな。よく分からねえが……俺は傍にいるからアクア」

 

 止まらない涙を流す私を抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩いてくる。先ほどとは立場が逆転してしまったが得体の知れない恐怖を前に安心できる彼からの抱擁はありがたいものであった。色々と言いたい事や聞きたい事はあるが、あの手紙の正体を知るのが怖い私はひたすら泣きじゃくる他なかった。そんな私をカズマは何も聞かずに慰めてくれた。

 そのまま眠ってしまったのだろう。気が付けば周囲は朝日に包まれて明るくなっていた。横には気持ちよさそうに寝息をたてるカズマがいる。私は欠伸をしながら起き上がると、簡単な朝食を作りにキッチンへと向かった。朝食を作りながら考えるのはやはり昨晩の手紙についてだ。差出人は私には見当がつかないが恐らくエリス達は知っているのだろう。タイミング的にも彼女達が不在というのが気になる。もしかして旅行というのも嘘なのであろうか。

 

「考えすぎかしら……」

 

 沸騰する味噌汁を眺めながら独り言ちる。あの手紙はカズマにとっての商売敵によるものの可能性がある。カズマはめぐみんと一緒にかなり危険な取引を行う事もあるという。また、商人というのはある種の恨みを買いやすい職業だ。だが、そういう輩に対してカズマは容赦ないし、どちらかというと自ら手を下す傾向にあるのは長い付き合いで知っている。今回の件は正に私の杞憂と思いたいところだ。そんな時、目をこすりながらもリラックスした表情のカズマがリビングに現れた。彼は私の方を見ると小さく嘆息した。

 

「うーい……何やってんだアクア……飯なら俺が作るってのに……」

 

「別に私が好きで作ってるからいいの。それより席につきなさいな。あつあつの出来立てよ」

 

「くそっ……お前のメイド根性は相当根深くなってるみたいだな」

 

「何今更な事を言ってるのよ。ほら食べて! しっかり食べて私においしいですアクア様って褒め称えて!」

 

「わかった……わかったから押すなっての!」

 

 私が強引に席につかせたカズマは並べられた朝食をもそもそと食べ始めた。同じく席についた私は味噌汁に口をつける。今日のは中々いい出来のようだ。

 

「どう? どうどう!? どうなのカズマ!? おいしい?」

 

「ああ、うまいけど絶賛するレベルじゃなく普通にうまいというか何というか……つーかお前が作る味噌汁はどこか懐かしい味がすんだよな。なんだろうなこの感覚……」

 

「ふふっ、答えは自分で見つけるのよ。食べたくなったらいつでも作ってあげるから」

 

 首をかしげるカズマを見てこちらも思わずにやけてしまう。今となっては懐かしいゆんゆんからの拒絶事件で私は半年ほど家出をしたことがある。その際に日本のカズマの実家にお世話になったのだ。その時、私は彼の母親が作る“家庭の味”を何とか伝授してもらおうと努力した。とはいっても流石カズマの母親というだけあってかなり大雑把な人であった。この味噌汁も液体タイプの味噌を目分量で入れて乾燥タイプの具をぶちこむだけのもの。この正しい意味での“適当に作った味噌汁”を会得するのにかなり苦労したものだ。

 

「ところでカズマ、このあとはどうするつもり? どうせアンタも仕事が休みなんでしょう?」

 

「そりゃあ大事な大事なアクア様に奉仕するんだから仕事なんかやるわけねえだろ。それよりお前の予定はどうなんだ? 買い物でも何でも付き合うぞ」

 

「そう言われても特に用事はないんですけど……」

 

「なら試しにお前がメイド仕事以外でどんな息抜きをしているか教えてくれ」

 

 コーヒーを飲んで一息ついたカズマがそんな事を言ってきた。同じくコーヒーを飲みながら普段の私がどんな事をしているかを思い出す。炊事、家事、洗濯、カズマの気まぐれに付き合ったり、ゆんゆんに誘われての庭いじり、めぐみんやダクネスが引き起こした面倒事の後始末、子供達に乞われて遊び相手になったり、紅魔の里の人達の悩みを聞いてあげたり、アクシズ教の教会に顔を出してみたり、エリス含めカズマの妻たちからの愚痴、相談……

 

「…………」

 

「おい嘘だろ……」

 

「ち、ちがうわよ! 私はにとってこの平和な日々が息抜きみたいなものなのよ! だから私に息抜きなんて必要ないの!」

 

「嘘をつけドアホ! こんな複雑極まる家庭であらゆる意味で因縁の相手だったゆんゆん達相手にメイドなんて下働きやってるんだぞ! ストレスがたまらないなんてあるわけねえだろ!」

 

「アンタがそれを言っちゃうの!?」

 

 そりゃあ普通に生活してればどんな環境であろうと多少のストレスは出てくるものだ。それを表に出さないのが大人というもの。特に今の私の立場上、外に向けたものならともかく、内に向けた不平不満は決して言わないようにしているのだ。そんな事を言ってもどうしようもないと思っているし、言う相手だってせいぜいカズマくらいしかいないのだ。

 

「とにかくお前の部屋に行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

カズマにズルズルと引っぱられて辿り着いたのは私の部屋だ。カズマは部屋にあった椅子にどっかりと座り、私はベッドへ投げ込まれた。それから疲れたように一回ため息を吐いた後、私の方をじっと見つめて来た。

 

「あれだ、流石に寝る前くらいは自由な時間を過ごしているはずだろ。普段はどうしてるんだ?」

 

「普段の……私……」

 

 私は本当に普段何をしているのだろうか。目を細めてゆっくりと思い出す。個人的には心地良い疲労感と共に部屋に入った私は、まずは日課の絵日記でその日の出来事についてまとめる。その他披露する可能性の高い芸事の仕込みを行なってベッドに転がる。それから……

 

「そうね、息抜きなら読書をしてるわ」

 

「お前からそんなつまらない息抜きの名が出るとは夢にも思わなかったぜ」

 

「私だって本くらい読むわよ! ほら最近読んでるのはこの“ルバイヤート”はイスラム教のスゴイ人がお酒片手に書いた本で……」

 

「アクアのくせに文字だけの本を読んでいるのか!?」

 

「アンタ本当に失礼ね!」

 

 私が差し出した本を見てカズマは驚愕していた。彼の中の私はどれだけアホに見られているのだろうか。まあ昔は漫画本しか読んでいなかったので否定できない部分があるのは残念ながら事実だったりする。

 

「というかこの本って日本語書かれてるじゃないか! 出版社もなんか聞いた事あるやつだぞ!?」

 

「あのね、私は昔みたいに能力制限されてないし天界にだっていけるのよ。地球のものを持ってくるなんて簡単に出来るわ」

 

「マジかよ……俺が読む事を諦めてた漫画の続刊も手に入るか?」

 

 少し真剣な様子でこちらを見てくるカズマに私は思わず得意げな顔をしてしまう。制限がなくなったという事は物資や装備品に関しても天界から持ち出せるようになった事を意味しているのだ。

 

「ちょっとまって……ほら、私のスマホ貸すから好きな物を頼みなさいな。プライム会員だから送料は気にしなくていいわよ」

 

「天界にもア〇ゾンがあるのか……つーかこのスマホくれ」

 

「一応スマホ型の私専用神器だからダメ。というかそれ持ったらカズマがスマホ太郎になっちゃうからやめときなさい」

 

「スマホはともかく太郎呼びはどっから来たんだ!?」

 

 頭に疑問符を浮かべながらもカズマがスマホを嬉々としていじりだした。その光景を見て思わず頬が緩んでしまった。年をとってしまったけれど、こういう子供じみた部分を感じられるのは少し嬉しいものであった。

 

「スマホがあるなら息抜きは出来そうだな。これってもしかしてネット使えたりするのか?」

 

「似たようなものはあるけど大分情報が偏ってるわよ。管轄世界の特殊な死亡事故を扱ったニュースとか、天使達が潜入して収集した下界の情報、他の神が管理する世界での創生と滅亡に関する実験報告とかあるわ」

 

「聞きたくない情報だったな。特に最後が……」

 

「天界での仕事に役立つ情報である事は確かよ。後は暇を持て余した神とか配下の天使が地球と変わらないような映像配信サービスとか通販をやってたりするわね」

 

「へえ……なんかもういいや……欲しいものはカート入れといたから決済よろしく……」

 

 テンションが下がって暗い表情をしながらスマホを私に突き返す。それから私のベッドに寝そべってそのまま寝息を立て始めてしまった。私はそんな彼に毛布をそっとかけてから読書を行なう事にした。いつもの静かな部屋で一人行う読書も良いものだが、こうして誰かが傍にいる中での読書も非常に良いものであった。 カズマは時折目を開けては私にちょっかいをかけ、今後の予定をぽつりぽつりと話し合う。そして、カズマが完全に起き上がった頃には『一緒に行きたい場所がある』と言って私は彼に連れられて自宅を後にしていた。

 辿り着いたのは最近紅魔の里に形成され始めた歓楽街にある建物であった。その建物はシンプルで一見何の変哲もないものに見えたが、入口に立っている警備員が重武装でしかもかなり高レベルな人間で固めていた。そんな物々しい雰囲気の入り口をカズマは顔パスで入り、しばらく地下への階段を進むとそこには私にとって胸躍る光景が広がっていた。煌びやかなネオンで包まれているのに漂うアングラ感、誰もが血走った目でお金をやりとりする悪魔の施設“カジノ”であった。

 

「ここは紅魔の里公営の“違法カジノ”だ。違法感ある方がカッコイイって理由で合法なのに違法カジノを名乗る変な施設だ」

 

「ふーん、でも少し納得出来ちゃう部分があって悔しいわね……」

 

「お前もそう思うか」

 

 二人で苦笑しながらも私はカズマから施設の説明を受ける。どうやらここはカズマも経営に一枚噛んでいるカジノらしい。ルーレットやカードゲームだけでなく、麻雀などを含めた世界中の賭博ゲームを揃えているらしい。もちろん、目的は巡礼者と言う名の観光客からお金をかすめ取るためであり、一方で人が増えた事で自然発生した本物の“違法カジノ”を取り締まるためのものらしい。

 私がカズマの説明を聞いて思わずうずうずし始めてしまった時、周囲に人が集まり始めて一斉に膝をついてこうべを垂れたり土下座をし始めてしまった。彼らの顔は私にとってもはや馴染み深くなって見覚えのあるものだ。彼らは紅魔の里に移り住んだり、教会騎士として赴任してきたエリス教徒の人達であった。

 

「まさかここにアクア様がお越しになるとは……」

 

「こんな施設で享楽に耽る私達をお許しください……」

 

「ごめんなさいごめんなさい……」

 

 一斉に懺悔し始めた彼らを前にして少なからず面倒臭いものを感じたが、そんな思いは脇に捨て彼らの懺悔に応える事にした。それが女神アクアとしての役割だと感じたからだ。

 

「皆さん、私は賭博のみならず人間にとって楽しみや嬉しさを感じさせてくれる“娯楽”を否定するつもりはありません。もちろん、体に害がなく日々の日常生活に支障が出ないものであるという前提はありますが……“娯楽”は人の人生を豊かにしてくれるものです」

 

私の演説を周囲は静かに聞き入っている。一方でカズマは私の方を見て何やら嘔吐をしているようなジェスチャーをしていた。本当に失礼な人である。

 

「むしろこのような場はある種の試練の場であるのです。貴方達はこれら娯楽によって人生を豊かに出来ますが、それに溺れてしまうというのはあってはならない事。何事も理性を保ち、節度を守って楽しむ事が大切です。あのエリスも私と同じ考えのはずです……という事で散りなさい貴方達! 私だってカジノで遊びたいの!」

 

 演説を聞いてむせび泣くもの達のお尻を叩いて私は周囲のエリス教徒を追い払う。後に残ったカズマは私の方を見て相変わらず変な顔をしていた。

 

「なんでアクアがエリス教徒達に慕われてるんだよ。つーかアイツらがお前を見る目がいくらか狂信的なものに見えたぞ?」

 

「前から言ってるように私はエリスの先輩だから彼らには受けがいいの。それに今のエリス教徒達は里での顔馴染みよ。私の魅力に堕ちてる人はいるだろうし、そのうち“転ぶ”かもしれない大切な子達ね」

 

「アクアのくせに意外としたたかなんだな。まあ、アイツらもお前に許されたっていう事に理由に堕落してるだけな気がするがな」

 

「彼らもカズマにだけは言われたくないと思ってるわよ」

 

「バカいえアクア、俺ほど勤勉で尚且つ里に貢献してる人間は他にいないし、節度だってきちんと守ってる偉大なるカズマさんなんだぞ?」

 

 煙草を咥え、偉そうにしているカズマの首にチョップを叩き込む。確かに今のカズマは非常に勤勉なのは否定できないが、今までの女性関係を考慮すると節度を守れる人間とは程遠い存在だからだ。

 

「アクアの言った事は俺も否定しないさ。なんだかんだで賭博行為ってのは楽しいものだからな。それに好き放題に散財することもストレス解消につながることがある。という事で……この200万エリスをお前にやる。好きに楽しんで来い」

 

「えっ……でも……こういうのはダメだと思うの……!」

 

「無理するなって……口角が上がってるし表情も女神と思えないほど悪い笑顔が浮かんでるぞ」

 

「はうっ!? 違うのよこれは!」

 

「いいから遊んで来い! 俺は俺でやる事あるしな。ちなみにその金は俺にとってはあぶく銭だし端金だ。何も考えず使い切ってしまえ! まあ最低限の節度は守って楽しめよ」

 

 私に金貨が詰まった袋を投げ渡した後、カズマは周囲のスタッフと一緒にどこかへ行ってしまった。残されたは私はこれから始まる享楽への期待感と一抹の寂しさを感じた。そのまま足は自然とルーレットへと向かっていた。技術や難しい確率論を考えなくていいので気軽に出来るのだ。いくらかの金貨をチップに変えた私は、何も考えずに10万エリスを24~36のダズンベッドへ突っ込んだ。くるくると回る円盤と小さな球を見ながら、私は周囲の様子を伺う。周囲にいる誰もが球が転がっているというしょうもない光景に熱中している事が何だか滑稽に思えたからだ。そして、球は28の数字へ転がり込んで止まった。私は一気に3倍に増えたチップを受け取り、今度は10万エリス分のチップを数字の15への一点賭けへ使う。再び回転し始めたルーレットの球はしばらくしてから数字の30へと落ち着いた。ディーラーに奪われるチップを眺めながら私は次の掛けを始める。まだ楽しい楽しい賭け事は始まったばかりだからだ。

それから幾ばくかの時間が過ぎたころ私は重い足取りでカズマの元へ向かった。彼はブラックジャックなどのカードゲームができるエリアの一角にいた。煙草を吹かしているカズマの周りには何故か生気を失ったように倒れ伏す人が多くいた。恐らくカズマに負けた人達であろう。このカジノでの彼の役割が何となく理解出来た瞬間であった。

 

「ようアクア楽しんでるか? 俺は賭場荒らし狩りがようやく終わったところだ」

 

「そう……こっちもまあまあ楽しんでいるわ。お金は50万も減っちゃったけどね……」

 

「ん?」

 

 何やら訝し気な顔をしながらカズマが私の顔を覗き込む。それから私の額をさすったり、頬をぐにぐにと弄ってきた。私がその行為を軽く手で払うと彼は小さくため息をついた。

 

「お前は本当にアクアなのか……? 博打で全財産失うのが女神アクアのアイデンティティだろ?」

 

「いい加減ぶっ飛ばすわよカズマ。流石の私も“節度”というものをわきまえているわ。まあ50万も負けてるから口を大きくしては言えないけどね。それよりアンタの用事が終わったなら一緒に楽しみましょう? アンタが傍にいた方がその……安心できるのよ」

 

「っ……! ああ、分かったよアクア」

 

「ふふっ、やけに素直じゃない」

 

「言っただろ。俺はお前の言う事は何でも聞くってな」

 

 近寄ってきたカズマの腕を取り、私は再び享楽の場へと歩き出す。その後はカズマと一緒にブラックジャックやポーカー、果ては麻雀やチンチロをも楽しんだ。一人で楽しんでいた時よりも数倍早くお金はとけて行く。カズマは大笑いしていたが、やはり私は素直に喜ぶ事は出来なかった。そして負けがこんで元金が約半分になった所で何だか体が震えて来た。たった数時間の娯楽のために私は100万エリスという大金を無くしてしまったのだ。今はかなり余裕のある生活をしているが、借金生活も経験している身だ。この金額の重さは十分に理解している。

 カズマはそんな私を見て苦笑した後、私から残金を奪い取って全てチップに変えてしまった。チップの束を渡された私は彼に連れられて先ほども楽しんだルーレットエリアに連れてこられた。

 

「よしアクア、一発勝負だ。次のルーレットで有り金全部賭けろ」

 

「ちょっ、待ちなさいよ! 賭けるにしてもルーレットなんて一番運否天賦に頼るものじゃない! もっと私のスキルを活かせるカードゲームとか……!」

 

「いいからさっさと賭けろ。どんなゲームだろうと勝負の結果がどうなるか俺は事前に分かってるんだよ」

 

 興味なさそうな顔で煙草を吹かす彼に流石の私もカチンと来る。半ばヤケクソ気味にチップの束を黒の2倍賭けに叩きつける。どうせ彼から貰ったあぶく銭だ。私は失うものなんて何もないのだ。

 しかし、ルーレット上で回り始めた球体を眺めていると後悔と憂鬱な気分が押し寄せて来た。カズマに挑発されるがままに私は大金を賭け事に費やしてしまった。私は“私”を良く理解している。この後どうなるかなんて火を見るより明らかであった。だから私は目を閉じた。脳裏によぎる光景を現実で見たくなかったからだ。

 

「おっ、黒に入った。やったなアクア。お前の勝ちだ」

 

「えっ……!? 本当だ……私が勝ってる……」

 

 周囲で勝ち負けに関する喜びと悔しさの声の中、私の前には2倍に増えたチップの束があった。喜びより先に驚きの方が大きかった。この手の勝負では必ずと言っていいほど負けて来た経験があるからだ。

 

「おうおう、良かったなアクア。つーわけでその金はそのままお前の臨時ボーナスだ。さてそろそろ帰るか。うるさすぎて耳が悪くなりそうだ」

 

煙草を灰皿に押し付けて席を立つ彼の後を私はチップを回収して慌てて追いかける。その背中を眺めながら彼の気遣いを理解する。恐らく私を楽しませる一環として先程のような事をしたのだろう。その不器用な優しさが少し嬉しかった。

 

「ふふっ、ありがとカズマ。でも、あんなイカサマみたいな勝ち方はあんまり好きじゃないわ。ギャンブルってのはこう……狂気の沙汰ほど面白いっていうか……」

 

「急に何を言い出すんだ。ルーレットにイカサマもクソもあるか」

 

「照れなくてもいいのよカズマ。アンタが運営側だってネタバラシしてたじゃない。私が結果を見るのが怖くて目を瞑ってる間にちょちょいと……周りの人は皆仕掛け人でしょ?」

 

「誓って言うが俺は何もしてない。あれはお前が掴んだ勝利だよ」

 

 疲れた顔でそう言う彼の顔に嘘の気配はない。そして、女神の勘が彼は嘘を言っていないと告げている。つまりはあの勝利は仕組まれたものではないという事だ。本来は喜ぶべき事なのだろうが、何故か寒気と得体の知れない気持ち悪さを感じずにはいられなかった。

 

「ねえ、なんで私が勝ったか理由が分かる? いつもの私なら絶対負けてたでしょう……なんだか気持ち悪くて……」

 

「そんな思考に陥るアクアの方が捻くれてるとおもうがな。まあ、俺はお前が勝つって分かってたぜ。なんせ、今のアクアは“女神”だからな」

 

「今って何よ今って……今も昔も私は気高く麗しい水の女神様なんですけど!」

 

「アホが、今のお前は本当に“女神”なんだよ。運気を落とし、ある意味でのお約束に繋がる強欲や傲慢もない。昔のお前は俺の……やべっ……何を言おうとしてんだ俺は……年とって俺自身も病んじまったか、ゆんゆん達にとやかく言う資格ねえな」

 

「ちょっ……待ちなさいよカズマ!」

 

 頭を抱えて足早に歩きだすカズマの腕を取り、一緒に家路へとつく。心の中に小さなしこりが残っている気がするが、久しぶりにギャンブルというものを楽しめた気がする。実は彼が家庭を持ってからはこの手の遊びからは手を引いていたのだ。

 

「ねえねえカズマ、また暇なときに一緒に行きましょ! 今度はもっと大勝ちしてみせるんだから!」

 

「ああ、暇な時にな」

 

 くすりと笑った彼の顔は隠し切れない喜びが混じっていた。その事実がたまらなく嬉しかった。私自身は心の何処かで彼に見捨てられてしまうのではないかという不安を持っている。でも、この表情を見る限りではまだ私を必要としてくれているようだ。

 その後はカズマから貰った臨時ボーナスでいつもよりワンランク上の食事処に行ってみたり、お高いお酒を何も考えずに大人買いした。そして、またしても自宅にて酒盛りをしてしまった。そのまま楽しくお酒を嗜み、今現在はお風呂に入って気持ち良く温まっていた。

肩までしっかり湯船に沈めつつ、ほうっと息を吐く。そして、ここ数日の事を思い出していた。ひょんな事からカズマと二人っきりになったわけだが、想像以上に私はこの現状を楽しんでいるようだ。それに、普段より体が軽くなったように感じている。何故かはこの私でも理解できる。一言で言うと、精神的に楽であったからだ。後先考えずにカズマと接する、遊びに身をやつす、お酒を好きなだけ飲む。思えば今までの私は無意識にこれらの事柄を避けていた。ゆんゆん達と余計な軋轢を作りたくない、子供達に尊敬されるようなお姉ちゃんでありたい。そんな思いが根底にある事は否定できない。だからこそ、今の状況は正に肩の荷も下りたと言った所だろうか。

 

 

「でも、今は私とカズマの二人だけ……」

 

 

 思わず体がぶるりと震える。改めてこの状況の危険性を肌身に感じる。普段は抑え込んでいる欲望が溢れてしまいそうなのだ。しかも彼は私のお願いを何でも聞いてくれるとの事らしい。入浴によるものとは違う火照りがじわりと体を包み込む。そういえば私も随分と“ご無沙汰”だ。私がカズマとその……愛を深める事は滅多にない。ゆんゆん達の情事に偶然居合わせたり、巻き込まれたりした時にえっちぃ事をされたりしたが本当に稀な事だ。それに、たいていは居合わせた女性達によって止められ途中で終わってしまう。あまり認めたくないがお預け状態と言うのが長く続いているのだ。

 

「ま、まあ性欲魔人のカズマさんだし、ゆんゆん達がいなくて困ってるわよね……」

 

 勢いよく湯船を出た私は体をしっかりと拭き、少し派手な下着とお気に入りのパジャマを身にまとう。鏡にうつる私は神の領域にある美貌を持つ女神だ。恐らく、少し優しくするだけであの男は私に獣の如く襲い掛かる事だろう。

 

「はぁ、全くしょうがないわよねぇ……でもいつも頑張ってるしね……」

 

 この私が様々な事を抑え込んでいるように、今のカズマも我慢をしている。そんな彼を癒すために女神として……女として人肌脱ぐ事にやぶさかではないのだ。身支度を整えた私は彼がいるであろう寝室へと足早に体を運ぶ。そして、寝室の扉の前で大きく深呼吸をしてからノックをしようとして――

 

『ねえねえ助手君、目的は達したんだしあたし達は帰ってもいいー? さよりちゃん達はまだまだ遊びたりないみたいだけど、レイカが飽きたみたいでさ』

 

『もう少し待てって、それにまだ絶対安全とは言えない状況だろ』

 

『さっき女神本体の情報を聞いたでしょ? これから何か起こるなんてありえないでしょ! もう、あたし達とは縁もゆかりないんだから』

 

 この瞬間だけは女神としての知覚機能が疎ましく思った。扉の中からは聞き慣れた声がうっすらとだが聞こえてしまった。今さらなにも知らないと装って部屋に入る勇気はない。すっかり冷めてしまった体をさすりながら私は扉を離れて自分の部屋へと赴く

 自室では静かな暗闇と暗闇の中でも存在を主張する大きなダンボール箱があった。何気なくその箱を開き、納得がいく。中には漫画本がたくさん詰まっていた。恐らくカズマがこの前頼んだ漫画本だろう

 

「まったく、嫌がらせみたいなチョイスね。私が代金払うからって好き勝手頼んじゃって……」

 

 私にとっても見慣れたタイトルの漫画本を手に取り、ベッドへと転がって読み進める。独りでに笑ったり、悲しんだりしながら本を楽しむ。さっきまで思考を支配していたどんよりとした気持ちが少しだけ晴れた気がした。それから夜もふける時間帯になった時、ノックもなしにカズマが部屋に入ってきた。彼は部屋に散らばる漫画本を見てニヤリと笑い、いくつかを手に取って私の横へ寝転がる。その姿を見て私も毒気が抜かれるというか……少し呆れてしまった。

 

「もう、こち亀全巻頼むのは流石に嫌がらせに近いわよ」

 

「いいだろ別に、終わるわけないと思ってたこち亀が終わってたんだぞ? 改めて読みたくなってな……」

 

「ベルセルクは……?」

 

「流石に終わってるだろうと思ってたのに終わってなかったからな」

 

「ふふっ、理解出来るところが悔しいわね」

 

 漫画を読みながら時折囁くような小さな声で会話を楽しむ。そのまま自然と微睡んでいく。思考の隅でだらけすぎではないかと思うが、まぁこれも悪くない。そっと彼の体に抱き着き目を閉じる。もし、私のお願いを聞いてくれたならどんな展開になるか……そんな妄想に身を預けた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌朝、私は強い衝撃を受けて身を起こした。隣には同じく目を擦るカズマがいる。そして、目の前には背負ったバックパックから溢れんばかりの物騒な代物を持ったレイカちゃんがいた。

 

「お父さん、何を呑気に寝てるの!? カチコミに行くんでしょカチコミに!」

 

「レイカちゃん……何を言ってるの……?」

 

「大丈夫だよアクアお姉ちゃん、実はお母さんの物置から色々と持ってきたの! はい、アクアお姉ちゃんにはこのランサーアサルトライフルをあげる!」

 

 目の前に無造作に置かれたのはチェーンソーが銃剣代わりについた自動小銃であった。理解が追い付かないが、エリスの物置にあったという点は納得だ。あの子はああ見えて結構なオタクなのだ。

 

「はい、お父さんにはこのサミュエルコルトのリボルバーをあげる! あらゆる存在を一発で撃ち殺せるんだって!」

 

「おいレイカ落ち着け。そんな物騒なものはいらねえっての」

 

「ふふっ、そしてあたしはこのストームブリンガーで……」

 

「教育的指導チョップ!」

 

「あうっ!?」

 

 カズマの手刀で黙らされたレイカちゃんを抱き上げ、彼は別の部屋へと消えていった。30分後、やけに表情の緩んだカズマと彼にしがみつく涙目のレイカちゃんが再び私の前に現れた。

 

「悪いなアクア、コイツ俺が恋しくてクリスの所から抜け出してきたみたいだ。ちょっとコイツ連れて外で遊んでくるわ」

 

「別にお父さんが恋しくて来たわけじゃないから! 単純に暇だったの!」

 

「はいはい……アクア、お前も一緒に行くか?」

 

 そう提案してきたカズマに私は苦笑しながら久々に家を掃除したいから一緒に行けないと答えを返す。目の前のカズマの表情はこの数日の中で一番明るく、喜びと嬉しさに満ちていた。ここまで来るとこちらも嬉しくなってしまうものだ。

 

 

でも、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ悔しかった。

 

 

 その後、彼は娘と手を繋いで外へ出かけてしまった。残された私は宣言通り家の掃除に身をやつした。たかが数日ではつもる埃も汚れもほとんどない。でも、掃除は無心になれる。だからこそ私はこの行為が気に入っていた。

ひと段落した私は再び自室で漫画を読んでいた。窓の外はとっくにお昼時を過ぎていたがカズマ達が帰ってくる気配はない。何かつまもうとリビングへ降りた時、あまり会いたくないと思っていた人物がカップラーメンを啜っていた。

 

「いやー悪いねアクア先輩、ウチの娘が聞き分けなくてさ。結構心配して迎えに来たんだけど……助手君と一緒なら問題ないよね。はい、お詫びとしてアクア先輩にもカップメンあげる!」

 

「あんがと……」

 

「くふっ、何だか表情が固いよアクア先輩?」

 

 私は目の前のいらつく後輩を無視して日本からの持ち込み品であろうカップ麺にお湯を注ぐ。そのまま無言で過ごしていると、クリスが大きなため息を吐いた。

 

「よくないなぁ……こういうのは……」

 

「え……?」

 

「こういう助手君と二人っきりていう状況は良くないよ。良くない……余計な事かんがえちゃうもんねぇ」

 

「…………」

 

 閉口する私の前で彼女は残ったスープを啜っていた。それから一息ついてから彼女は私の方を憎らし気に睨んでいた。

 

「アクア先輩、あまり調子に乗らないでくださいね?」

 

「な、なによ! 私は別に……!」

 

「この状況は様々な偶然が重なって起きてる事なんだよ。別に助手君が望んでいるからじゃない。だから変な気起こさないでね?」

 

「っ……!」

 

「アクア先輩には“このまま”で居て貰わないと困るんだよねぇ」

 

 向かいの席を立ったクリスは私の背後へ回り込む。クスクスとした笑い声が耳につく。いますぐこちらを立ち去りたい気分であったが、なけなしのプライドがそうさせてはくれなかった。

 

「これって嫌がらせで言ってるわけじゃないんだよ。今のあたしたちの関係を壊したくないならね……」

 

「アンタが何を言っているのか分からないわよ!」

 

「なら、教えてあげちゃおうかな。一から優しく」

 

 隣の椅子へ腰かけたクリスが私の顔をじっと覗き込む。私はその顔から逃れるように目を離した。

 

「まず始めにぶっちゃけるけど、あたしはレイカ以外の助手君の子供が大嫌いなんだ。正直言って内臓ぶちまけて殺したい」

 

「なっ!?」

 

「安心してアクア先輩。そうは思っても絶対にそんな事しないからさ。それに、これは“あたし”がそう思ってるだけ。“わたし”は女神としての本能に引きずられて嘘偽りなくレイカ以外の子供も愛してるけどね」

 

 そう言って嗤うクリスに私は思わず怒気が溢れる。前々から思っていたのだが、このクリスという分霊体は色々と欠陥がありすぎる。何というか、エリスのダメな部分をより濃く受け継いでいるし、何より非常に“人間的”なのだ。

 

「でもね、この思いはあたしだけじゃないと思うんだよね。多分、ゆんゆんもダクネスも、めぐみんもあるえもそう思ってる。度合いに差はあれど、似たような事を思っているのは確かだね」

 

「私は信じないわ……」

 

「その思いは尊重するけど、一つの事実としてあたし達は自分の子供は自分の元から離さない。自分以外の母親に触れられるのも嫌だし、預けるなんて事も論外。自分の子供が他人の母親に懐くなんて母親当人としてはたまったものではないからね。でも、一方で他の子供から頼られるのは大好きなんだ。相手方の母親より、自分が優れている気分になれるからね。何より自分の子供が他の女に懐くのが気に食わない」

 

「随分と認識が歪んでいる気がするわ」

 

「でも、この家の母親たちは自分の子供には厳しく、他の子供に非常に甘い。この歪んだ関係をよく思っていない助手君にアクア先輩は非常に頼られてるよね? 彼は子供全員に分け隔てなく厳しく甘い。そんな事が出来るのは全員の父親である彼と、全員の“姉”である先輩だけなんだよね」

 

「…………」

 

「もし、アクア先輩が子供達に姉ではなく母親として接していたら……もうこの家には居られなかっただろうね」

 

 否定したい……否定したいがこのクリスが言っている事は一部否定できない部分がある。正直言ってカズマ家において親としての“しつけ”については非常に歪んだ事になっているのだ。端的に言えば母親達は自分の子供しか叱れない。そして、自分の子供を自分以外の女性に預ける事を非常に躊躇っている。よっぽどの緊急時以外はそのような事はしないのだ。

 だからこそ私がいる。私が“しつけ”の一部を受け持っているし、彼女達が子供を預けるのを躊躇わないのは私しかいないからだ。

 

「悔しいけどさ、今の薄氷の上の関係はアクア先輩なしでは成り立たないんだよ。積み重なった関係性と利害の一致って部分で隠されてるけど、まだまだあたし達は心の奥底で憎み合ってる。だからこそ、アクア先輩はゆんゆん達に非常に頼られてるの」

 

「私が頼られてる……」

 

「もちろんだよアクア先輩。でも、同じくらい“下”に見られてるけどね。人間って誰しもが安心したい生き物だからさ、しょうがないよね」

 

「……どういう意味?」

 

「分からないならいいよ。とにかく、アクア先輩はこのままでいて欲しいんだよ。心の底から本当に……アクア先輩は皆の“緩衝地帯”なんだから……」

 

彼女が言っている事はあまり理解出来なかった。いや、理解したくなかった。それに、彼女が何と言おうと私だって信じている事があるのだ。だから私はめげないし挫けない。彼女の暴言程度で怯んでいる暇はないのだ。

 

「ん……ちょっと待ちなさいよ。アンタの言葉通りならこの状況はおかしいわよ。だって、アンタが子供達を預かってるじゃない。アンタの理論でいくならそれは私の役割なんでしょう?」

 

「だから最初にいったでしょ、偶然の結果だってね。それにあたしのポジションも少し特殊でね。まあ緊急時はアクア先輩の代役になるかもしれない。それくらいだよ。彼女達も、“あたし”と“わたし”が一筋縄では行かない関係だって気づいているからねぇ」

 

クリスは一通り笑った後、私に大きめのビニール袋を渡してどこかへと去っていった。袋の中には『残りの時間を楽しんでね』というメモ書きと手持ち花火セットが入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日の夜、遊びから帰ってきたカズマ達と私は庭先で夏の風物詩と言える手持ち花火を楽しんでいた。両手に花火を持ってはしゃぐレイカちゃんをカズマは嬉しそうに眺め、私はそんな彼を見つめていた。

 

「どうしたアクア、なんか暗いな!」

 

「夜中だからそう見えるだけよ」

 

「それもそうか! おっ、レイカ! 今度はコイツだ!」

 

「ちょっとテンションおかしくないお父さん!? ちょっ、花火振り回しながらこっち来ないでよ!」

 

「いや、俺自身懐かしくてなあ……」

 

 わーきゃー騒ぎながら遊ぶ親子を尻目に私も花火に火を灯す。一瞬のきらめき残して消えるそれが、少しだけ羨ましかった。

 

 

 それから手持ち花火が全てなくなった頃、私達三人は黙々と線香花火を消化していた。大きくなる線香花火に小さく感嘆の声を漏らし、地に落ちてため息を吐く。その繰り返しでった。

 

「ねえねえカズマさん……レイカちゃん」

 

「おう、どしたアクア?」

 

「私と一緒にいて楽しい?」

 

 思わずそんな事を聞いてしまった。後悔に埋め尽くされる思考の私に、小さな体がぎゅっと抱き着いてくる。そこには満面の笑みのレイカちゃんがいた。

 

 

「あたしはアクアお姉ちゃん一緒にいて楽しいよ!」

 

「ふふっ、そうなの……」

 

溢れてしまう笑顔を隠すのは不可能であった。そして、カズマと言えば私の方をじっと見つめていた。

 

「なあ、アクア」

 

「な、なによ……」

 

「俺はお前が一緒じゃないと楽しめねえよ」

 

そう言って照れ臭そうに頭を掻く彼の姿だけで色々と“充分”であった。

 

 

 

 

そして最後の線香花火が地に落ち、周囲は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

私は何故かカズマに蹴り倒されていた。

 

 

抗議の声を上げようとして私は異常に気付く。カズマはレイカちゃんを抱きしめながら地面に転がっていた。それだけなら別に良いのだが、彼の背中はえぐられるように肉が削げていた。

 

「カ、カズマ!? 一体何が!?」

 

「アクア! レイカ連れて家の中に逃げろ! あそこは“聖域”だ!」

 

「でもカズマが……!」

 

「いいから行け!」

 

 レイカちゃんを押し飛ばすように私に預ける。私は混乱しすぎてわけが分からなかったが、その足は家へと向かっていた。でも、腕の中の小さな存在はそれを良しとしなかった。

 

「お父さん……お父さん!」

 

「ちょっとレイカちゃん! 暴れないで!」

 

「アクアお姉ちゃんのバカ! お父さんってばとっても弱いんだよ! あたしが助けなきゃ!」

 

想像以上の力で私の腕を振り払った彼女は血だまりに沈むカズマに駆け寄った。しかし、その姿も一瞬で掻き消える。

 

 

 

 

残されたのは耳障りな鎖の音。

 

 

 

 

そして、月夜に浮かぶ見知らぬ“メイド服の女の姿”だけであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リゼロの更新が再開したぞ!

やべえ俺もやらなきゃ!


え? リゼロの更新が止まった!?


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救出作戦

ひえええ原作完結しちゃううううう


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近くで必死に俺の名前を呼ぶ声がする。消えかけていた意識が少しずつ鮮明になり、そんな朦朧とした意識を刈り取る激痛も引いていく。うっすらと見える視界には半狂乱になって泣き叫ぶアクアの姿があった

 

「大丈夫なのカズマ!? 痛くない? ちゃんと私の事が分かる!?」

 

「うるせえアクア……少し黙れ……」

 

「気が付いたのカズマ! 死ななくて良かった……!」

 

 うるさいアクアから目を背けつつ、俺は先程まで腕の中に存在していた小さな温もりがどこにもいない事を認めたくないという気持ちでいっぱいだった。そのうちアクアもレイカがいない状況を理解して俺に泣きつき始めるが、むしろ俺が誰かに泣きつきたい気分であった。今回の事件は一言で言えば油断をしてしまったという所だ。

 自分自身の不甲斐なさを嘆きつつ、内面で荒れ狂い過ぎた感情のおかげで逆に冷静に思考する事が出来た。ここで初めて俺の右手の近くに、くしゃりと丸められた紙片がある事に気が付いた。その紙片を広げてみると見慣れた文字で文章が書かれていた。

 

 

『会ってお話しがしたいです。愛しのお兄様』

 

 

 紙片を投げ捨て、この襲撃の下手人が俺にとって予想通りの人物であった事に内心怒りを通り越して呆れが出てくる。おかげで頭の中にちらついていた最悪の事態は避けられたのではと思ったが、やはりそんな油断が出来る相手ではないと考え直した。

 そして、こうなってしまっては目の前で泣くアクアに事情を説明しないという選択肢はなくなってしまった。今回の件を彼女に秘密にしたのはやむを得ない事情がある。また、自分がやった事に対して後ろめたさがあるため、出来れば彼女には話したくなかった。恐らく俺達がやろうとした事にアクアは反対の立場を取り事態を混乱させる事が目に見えていたからだ

 ともかく、今必要なのは情報収集だ。泣きじゃくるアクアから彼女の見た最後の光景を何とか聞き出し、同時にエリスに帰還の“祈り”を捧げてから重い体を引きずりながら家の中へと入った。                                                                                                                                

 それから数分のうちに見慣れたメンツが集まってきた。不安そうな表情を浮かべるゆんゆんとダクネス、不機嫌そうなめぐみんとある意味予想通りな顔色であった。しかし、肝心のエリスとクリスは顔面蒼白で一言も発さず佇んでいた。エリスとクリスは明らかに“異常”であるが、状況が状況なだけに俺は情報共有を優先する。

ゆんゆんからは当初予定していた作戦が滞りなく行われた報告を聞き、俺は件の人物、もしくは関係者からの襲撃を受けてレイカを誘拐されてしまった事を伝えた。俺は奴から受け取った紙片をゆんゆん達に見せ、彼女達と同じく頭を悩ませる。そんな間にも必死に抑えてはいるがじりじりと迫る焦りと不安に俺は押しつぶされそうであった。逃げの煙草に手が伸びそうになるのを抑え、ない頭を振り絞って解決への糸口を模索した。

 

「ちょっと待ちなさいよアンタ達……」

 

「どうしたアクア? 何かあの襲撃者についての情報を知っているのか?」

 

「確証は持てないわ。でも、貴方達は心当たりがあるのよね?」

 

「ああ、残念ながらある。ぶっちゃけて言うと首謀者はすでに分かってる。ベルゼルグ王国第一王女”ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス”……それが奴の名だ」

 

「アイリス……あのこが……」

 

寂しげな表情を浮かべ、僅かに唇を噛むアクアの姿に少し驚く。彼女の事だから理解できずに泣く、そんなはずはないと怒るといった反応を予想していたのだが、事実はその逆であったようだ。

 

「あんまり驚かないんだな?」

 

「馬鹿にしないで。これでもアンタの家族を守るために交友関係の把握は怠っていないの。商人関係の商売敵の線が濃厚だと考えていたけど、あの手紙を見た限りはアンタへの個人的な恋慕とゆんゆん達への嫉妬に満ちていたわ。あまり考えたくなかったのだけど、脳裏ではあのコの事が浮かんだわ。消去法だけど あのコなら何かやる事もあるかもって……」

 

 ため息をつくアクアの肩を俺はそっと撫でた。ここまで俺の家族のために尽くしてくれる彼女に感謝の思いと得体の知れない不快感を覚えながら再び長考する事になる。この際、アクアがあの手紙を読んでいた事はひとまず置いておき、状況の整理とアクアへのこれまでの経緯の説明をする事になった。

 

 

 

 事の発端は十数年前、ゆんゆんとの結婚前に俺はアイリスから好意を伝えられた。しかし、その時は一応ゆんゆん一筋だった俺は彼女の思いは受け取れないと伝えた。その後、ゆんゆんとの結婚式に招待状を出したが彼女は来なかった。しかし、彼女からのお祝いの手紙は受け取っていた。そこには結婚式に事情により参加出来ない事への謝辞と屈託のない祝福のメッセージが込められていた。

 

 それからは彼女からの手紙が約半年に1回の頻度で届けられた。手紙には彼女の近況や王城への愚痴を記されており、俺自身笑顔を浮かべながら返信を書いていた。そんな手紙に変化が訪れるのはダクネスが俺と籍を入れてからの事であった。俺への手紙に誘惑の言葉……端的に言えば俺と結婚したいという旨が書かれていた。当初は冗談と受け取った俺は少しアイリスを茶化すような返信を送ったが、内容は次第に重くなっていった。王族と結婚する事のメリットに関するものや、ゆんゆんとダクネスで重婚してるため一人増えても今更だという諭すようなもの、俺に対する思いは今でも変わらないという愛の言葉、もう昔の少女だった頃とは違うといって彼女の自撮り写真を送ってきたこともあった。かなりの美女になっていたアイリスの写真を見て色々と傾きかけた俺だが、流石にしっかりと拒絶の意思を伝えていた。

 

 次に手紙の内容が変化したのはカイズがしっかりと会話を交わせるほど成長した時期だった。この頃になると手紙が来る頻度は1月に一回ほどになっていた。内容は当初の微笑ましいものから打って変わり、ダクネス達に対する妬みの言葉、これだけ愛の言葉を送っても反応してくれない俺への怒り、事実上アイリスと俺たちの接触させないように工作しているダスティネス派に属する貴族達への暴言などばかりであった。流石に返信するのも辟易していた俺は代筆をあるえに頼んでしまった。当初はしっかりとあるえが書いた返信を検閲していたが、そのうち全て任せるようになってしまった。結果的にこれがまずかったようだ。

 

 あるえ曰く、次に手紙の内容が変化したのは俺がめぐみんやあるえと籍を入れたあたりらしい。この時、あるえ自身も辟易して1週間に1回来る手紙に対し、二か月に一度の返信をしていたようだ。そうしているうちについに代筆がアイリスにばれてしまい、それを知ったあるえは今までの仕返しとばかりに彼女に対する暴言と煽り、果ては俺とあるえがにゃんにゃかしている写真を送り付けたらしい。そしてついに手紙は1日に1通届くようになり、あるえが俺に泣きついた事で返信も途絶えた。

 

「とまあこんな感じだ。何か質問は?」

 

「アンタ、何人の女をコマせば気が済むのよ……」

 

「ふざけんな。今回に関しては俺達は完全に被害者だ。確かに昔はアイリスとも仲が良かったが、手紙のやり取りだけで十数年は会ってもいない。今年の年賀状は流石に送らなくてもいいかと考えつつも、去年も送ってきてるし仕方ないから送るかってお互い惰性で続けてる小学校や中学時代の友人……以下の関係だ。むしろ何故俺が執着されてるのか理解に苦しむ。王族じゃなかったら手っ取り早く始末出来るんだけどな」

 

「っ……!」

 

俺の言葉にビクリとするアクアにイラつきながらも俺自身必死に冷静になろうとする。今は1分1秒が惜しいのだ。

 

「待ちなさいカズマ。それだけじゃ今の状況は説明がつかないわ。なんでアイリスちゃんが犯人って確証が持てるの? エリス達はいったい何を……まさかアイリスちゃんを……」

 

「流石にお前が考えてるような事はしない。でも、ここ最近になってアイリスが俺の子供たちと接触していた事が分かってな。軽く会話する程度だったらしいが流石にこれ以上は見過ごせない。簡単なのは彼女を始末することだが立場上難しい。だから、彼女の俺達に関する”記憶”を抹消する事にした。以前の薬とは違ってエリスが直接脳を弄って……とにかく二度と思い出せないようにな」

 

アクアは呆けたような表情を浮かべた後、深く考え込むように下を向きじっと俺を睨みつけてきた。博愛精神に目覚めた彼女にとっては忌避すべき行為だったかもしれないが、こちらとしては何が起こるか不鮮明なので早めに処理したい案件だったのだ。

 

「役割としてはエリス達が襲撃と記憶除去担当、俺は襲撃が事前にバレた時に真っ先に狙われる可能性が高い。だからお前と一緒に過ごしながらある種の囮役だ。クリスと子供たちは万が一に備えて天界に疎開させてもらった」

 

「ふん、私は囮役だったわけね。なるほど、ここ数日の事も色々と納得がいったわ」

 

「こうなった以上はもう何も言い訳はしねえよ。俺とお前なら襲撃者も制圧する自信があったからな」

 

「実際にはそうはならなかったけどね」

 

腕を組みながら呆れたように呟くアクアに俺は睨み返した。そんな時、小さな嗚咽が聞こえてきた。どうやらクリスがついに泣き出してしまったらしい。最悪の雰囲気になっているこの場において、彼女の涙は非常に重苦しいものであった。

 

「ご……ごめんね……あたしが油断してレイカを……」

 

「泣くな、俺自身も油断してた。お前は悪くないさ」

 

「ごめんね……ごめんね……」

 

 彼女を抱きしめてやりながら俺は自身を戒める。彼女からアイリスの記憶の抹消成功の報告を聞いた俺は、もう大丈夫だろうと油断してレイカを受け入れてしまった。本来ならば、安全をより確かめてから受け入れるべきだったのだ。そんな時、アクアが俺の方へ足を一歩進めてきた。

 

「なるほどね。事情は大体わかったわ。とにかく、アンタは今回の襲撃者はアイリスちゃんだって思ってるみたいだけど、多分彼女ではないわ……というより”本物”ではないと言った所かしら」

 

「もっと分かりやすく話せ」

 

「焦らないの。そうね……あの襲撃者の分かっている特徴はメイド服にボブカットにした黄金の頭髪……何より一番の特徴は……恐らく彼女は人間じゃないわ」

 

「何……?」

 

「確かに人の形はしていたけど、生気やアイリスちゃんの魂の輝きは感じられなかった。でも彼女の憎悪と彼女以外の怨念も感じられたわ。ああいう存在には少し心当たりがあるの。そうでしょうエリス?」

 

 

 

 アクアの見つめる先で、エリスは久方ぶりに表情を取り戻す。彼女は考え込むように指先を軽く噛んだ後、ハッとした表情でアクアに視線を返す。どうやら、エリスにも心当たりがあったようだ。

 

 

「まだ特定は出来ませんが、どういったものかについては納得行きました。前提として、私はアイリスさんの記憶を”生活に支障が出ない程度”抹消し、一部を偽の記憶で補完しました。その後の様子も観察して彼女の記憶の復活もなく、魂の分裂、他者への憑依がない事を確認しています。でも、現実としてアイリスさんらしき人物が襲撃に関わっている。なるほど……悪霊やそれに憑依された人間といった類という可能性はありますね」

 

「そういう事! まあ悪霊というよりは怨念集合体といった所かしら。こういう悪霊は死んじゃった当人の魂はとっくに天に旅立っているのに、その人の無念や恨み、後悔の念が現世に残って悪さをしちゃうっていうパターンね」

 

「おいおいアクア、確かにアイリスの記憶は消したけど別に死んだわけじゃないんだぞ。なんで悪霊になるんだよ」

 

「馬鹿ねカズマ、確かにアイリスちゃんの肉体は死んでないけど、アンタの記憶を持って十数年かけて人格形成されてきた”アイリスちゃん”は死んだも同然よ。記憶は消せても思いは残留思念という形でしばらく残るの。エリスはそれも懸念事項に入れて”焼却”したと思うけど……多分何か見逃してるわ」

 

 アクアにアイリスの記憶を消したことに突かれ、ほんの少しの良心の呵責に苦しむがすぐに割り切ることにする。流石に狂ったアイリスと今の家族とどっちを選ぶかなんて考えるまでもないのだ。それからアクアとエリスは小さく言葉を交わした後、めぐみんを手招きして呼び寄せた。

 

「ねえめぐみん、こういった怨念はその人の愛着がある品とか、肉体の一部が付着した物品に宿りやすいの。例えば愛用していたアクセサリーとか大事にしていた宝物、毛髪がついた服や血の付いたハンカチなんかが対象になるわ。アイリスちゃんの物品の処理は貴方がしたみたいだけど、何か見逃しはない? 良いものを見つけて懐に入れちゃったとか……」

 

「ちょっ!? 待ってくださいよ! 何気に凄い失礼ですねアナタ達! 確かにカッコイイなって思った短剣とか、欲しいなって思った魔道具もありましたけど全部まとめて爆裂魔法で塵一つ残らないように処理しましたよ」

 

「本当に? 少し拝借してお店に売ったりなんかしてないの?」

 

「そういうアホなやらかしは私じゃなくてアクアの担当です! 誓って言いますけど処理すべきものは全て爆裂しました。それを言うならエリスだって怪しいですよ! 父王が残してほしいと頼んだ品は彼女の担当だったじゃないですか」

 

「めぐみんさん、それは余計な心配というものです。私が預かった品は全て完璧に浄化して返却しています。誓って言いますが見逃しはありません」

 

お互いに薄い胸を張って反目しあう二人の間に今まで沈黙を保っていたダクネスが割り込む。そしてため息をついてからめぐみんの頭を片手で掴んだ。

 

「めぐみん、本当に盗んでないんだな? 嘘をついたらアイアンクローの刑だ」

 

「ダクネスまで…信じてくださいよ!」

 

「ん……本当に嘘はついてないようだな。それならば私から一つの可能性の話を示したい」

 

 ダクネスはゆんゆんの顔をチラリと伺った後めぐみんから手を放し、自分の片耳からイヤリングを取り外してそっとテーブルの上に置く。それから全員の注目が集まった所で、その金色に輝くイヤリングを一撫でした。

 

「今だからこそ言うが、私は以前カズマにねだりにねだって結婚指輪を買って貰ったんだ。でも、ゆんゆんがいる手前、堂々とつけるわけにはいかなかった。だから、普段は同じくカズマから貰ったイヤリングをつけて気を紛らわしていたんだ」

 

 ダクネスの告白に俺は少し冷や汗をかいた。実はゆんゆんに内緒でダクネスやエリスにはいくつか渡している品があるのだ。その中にはゆんゆんに言いづらい品が含まれているのは確かだ。

 

「このイヤリングにはかなり愛着があるが、ジュエリーボックスで眠っている指輪はもっと大切だ。推測でしかないが、アイリス様も一番愛着のある品をどこかに隠したという可能性はないだろうか」

 

「なるほどね。そういえばアイリスちゃんってカズマに玩具の指輪を貰ってた気がするわ。あれはちゃんと浄化したの?」

 

問いかけたアクアに対し他の女性陣は一斉に顔を背けた。これは実に分かりやすい反応だ。おそらく、アイリスに対してろくでもない事をしたのだろう。しかも、死体蹴りに等しい何かをやってそうだ。

気不味い雰囲気の中、ゆんゆんが何やら自信ありげな顔でダクネスと同じように自分の身につけていた指輪をテーブルの上に置いた。再び皆の視線がテーブルに集まった所で、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「私もダクネスさんの推測が正しい気がします。私が彼から貰った指輪は銀製なんですが、それ故に普段から身に付けているとお手入れの必要が出てきます。これが玩具の指輪となると、お手入れどころか壊れちゃう気がするんです。だから指輪を壊さないように普段使いはせずにどこかに大切に保管しているかもしれませんね」

 

ダクネスとゆんゆんの推論を聞いた後、話し合いの中で今回の事件のに対して大雑把ながら結論を出す事ができた。一つは記憶を失う前のアイリスの意志を宿した怨霊や憑依されて意識を乗っ取られた人間がいること。二つめは怨霊の発生源となりうる品が浄化されずにどこかに存在しているという事だ。今後の方針がこれにより定められた。

 

 

つまりはアイリス(怨霊)を見つけて浄化し、レイカを取り戻す。ただそれだけだ。

 

 

「ねえエリス、アイリスちゃんの心残りがカズマヘの恨みだけならわざわざレイカちゃんを拐ったりしないし、カズマや私の事も妥協なくあの時点で殺してると思うの。それにあんなメモ書きも残してる事だし、彼女の心残りが達成されるまではレイカちゃんは無事なはずよ。ほら、泣き止みなさいな」

 

「ごめんなさいアクア先輩……私が不甲斐なくて……私の事はどうでもいいんです。でもレイカはまだ小さい子供なのに……」

 

 アクアがエリスを慰める声を聞きながら、俺は武器やアイテムの準備をした。その他のメンバーも現在はそれぞれの準備をしに散らばっている。それから再びリビングに集結した時、改めて今後の動向について話し合ったのだがここで一つの問題が起きた。誰が”子供達”を守るために残るかで諍いが起きてしまったのだ。

 

「まさかここでお前らに反対されるとはな……何が不満なんだ? 現状としてはアイリス捜索には人手がいる。だからといってこちらの守りを手薄にするわけにはいかない。そういう意味ではエリスこそ適任だ。アクアに任せっきりにするのは正直言って安心出来ないし、エリスの精神状態を考えると引き続き子供達と一緒に天界にいてもらうのが一番だ」

 

「その私達の信頼を裏切って痛い目見たのは当のエリスさん本人でしょう? カズマさんには悪いですけど、私は任せるならアクアさんの方がいいですし、エリスさんに任せるなら私もさよりとありさの安全を優先して残ります」

 

「カズマには悪いが今回の事はゆんゆんの指摘するようにエリス様にも非がある。本来なら安全が完全に確保されるまで天界への疎開を続行する手筈だったのに、それを独断で破ってこんな事態になったのは彼女の責任だ。自分本位で悪いが私も子を持つ母親なんだ。カイズに二次被害が及ぶのは避けたい。無論、エリス様の事も心配だ」

 

 そう言って頑なな姿勢をとるゆんゆんとダクネスを説得するのは非常に骨が折れる。今回の件は客観的に見てもエリスの独断行動に多少の非があるためゆんゆん達を責めるわけにはいかないのだ。そんな俺の表情が見えていたからだろうか。ゆんゆんが小さく”ごめんなさい”という言葉をかけてきた。

 

「カズマさんには悪いと思っていますし、この状況でこんな性格の悪い事を言う私自身が嫌になってます。でも、子供たちが心配ですし、エリスさんに任せっきりにするのは怖いんです! だから、ごめんなさい……」

 

「すまない……昔みたいにバカをやるわけにはいかない状況なんだ。それにこんな事は非常に言い辛いのだが、カズマとアクアが一緒なら今回の事件も無事解決するはずだ。根拠はないが、私はそう思っている。むしろ、私がお前達の足を引っ張りかねない。アイリス様からはかなり恨みを買っている自覚もあるしな」

 

 そう言い残してリビングを去る二人に俺は何も声をかけられなかった。残されたエリスは相変わらず泣いていた。それを慰めるアクアの間に入り、そっとエリスの頭を撫でる。胸の中でじわりじわりと得体の知れない感情が広がっている事を俺は無視する事にした。

 

「エリス、安心しろ。全部俺が何とかしてやる。今までの敵に比べたら正直言って小物に等しいしな。レイカも絶対に取り戻す。だから泣くな」

 

「カズマさん……今からでもゆんゆんに謝ってきます……だからアクアさんに残ってもらった方が……」

 

「いつも超然としてるお前が、ゆんゆんに言い負かされて泣いてるんだぞ? 悪いが今のお前を戦いに出すのは俺自身が許さない。その点、アクアなら気軽に切り捨てられるし、囮役も得意だしな」

 

「ちょっと、今聞き捨てならない事が聞こえた気がするんですけどー」

 

「気にすんな。そうしても大丈夫だって思えるくらい信用はしてるんだよ」

 

 左手でふくれっ面のアクアを撫でつつ、右手でエリスの涙を拭う。今回の件は各自思うところがあるようだが、根本的な原因は俺にある。もう少し早めに対処していれば結果は変わっていただろうし、アイリスが精神的病んでしまってからの俺の対応は決して良いものとは言えないからだ。

 

「”ブレッシング”……カズマさんお気をつけて」

 

「任せろ。だから安心してここで待ってろ」

 

「信じてますよカズマさん……」

 

 それから子供達にために残ることを決めたゆんゆん、ダクネス、エリスに別れを告げてから玄関を出る。後ろをついて歩くアクアは久しぶりにメイド服ではなく、懐かしの青を基調とした羽衣を身に纏っていた。その姿を見た俺は、何故か内心かなり喜んでいる事を自覚してしまった。玄関先には紅魔族ローブの上にボロボロの外套を着こんだめぐみんが佇んでいた。彼女は背中にいつもの長杖をさし、腰には俺が作った短剣、左手ではバックラーといつか見た軽戦士スタイルであった。突っ込むと長くなりそうなので俺はとりあえず付いてきてくれためぐみんに小さく感謝を述べた。

 

「ふふっ、カズマも相当に参っているようですね。でも、私もアクアもいるので大丈夫ですよ。それより、ゆんゆんやダクネス達の事は悪く思わないでください。私は失うものもないですし、未来の私の子供のためにやらねばならない事ですからね」

 

「ああ、感謝してる。しかし、めぐみんからゆんゆんを擁護する言葉を出るとはな」

 

「当然です。ゆんゆん達は明言を避けましたが、状況的にはエリスがやった事はアクアへの嫌がらせ以外の何物でもありません。そんな事をするエリスを完全に信用できるわけないです。もし、レイカちゃんが”駄目”だった場合、最悪他の子供に何するか分からないあの女に自分の子供を任せるなんて無理ですよ」

 

「めぐみん、冗談でもそんな事は言うな」

 

「私は謝りませんよ? 事実ですから」

 

 そう吐き捨てためぐみんはぎゅっと俺にしがみついてきた。同じく、アクアも俺の背中に抱き着いてくる。色々と言いたいことはあるが、最優先事項はレイカの奪還だ。俺はテレポートの魔法を発動させ、周囲が見慣れた紅魔の里から王城前の転送スポットに切り替わった事を確認する。

 王城前でありながら紅魔の里とは比べ物にならないほどの人口密度と喧騒にげんなりしつつ、事前に父王から受け取っていた徽章と書類を門番に見せて合法的に王城へ登城した。それから事前に合流拠点として指定していた王城内の図書室へとたどり着いた。図書室内は現在父王の好意により貸し切りなので、室内には二つの人影しか存在していなかった。一人は俺達よりほんの少し早く出立していたクリスだ。彼女は山のように積まれた書類に切羽詰まった表情で目を通していたため、俺はもう一つの人影へ話しかけた。

 

「よう、あんまり元気なさそうだなあるえ」

 

「ああ、カズマ君……やっと来てくれたのかい? 悪いけど今は休憩中さ。ここまで私の作品のファンがいた事にたいしては素直に嬉しかったけど、やっぱり貴族の相手は疲れるよ」

 

そう言って机に突っ伏していたあるえの首筋を俺は優しく揉んでやった。彼女は気持ちよさそうに艶やかな吐息をつき、俺の手を掴んでしな垂れかかってきた。背後でアクアのため息やめぐみんの舌打ちが聞こえるが無視してあるえの頭を撫でた。彼女への労いも必要なのだ。

 

「それであるえ、記憶喪失後のアイリスの様子はどうだった?」

 

「できる限り監視はしたけど、おかしな様子はなかったよ。それにどうやら記憶喪失前から私のファンだったみたいでね。おかげで一応は食客扱いの私としても想定以上に彼女とお話出来たんだけど、君の話は出てこなかったし、その話題を何度かふったけど帰ってきたのは”昔少し会った事がある男” ”ミツルギ様の仲間の一人でこの世界の英雄”って多少の尊敬の念は見てとれたけどそれ以上の感情はなさそうだったね。記憶消去は成功さ。それより、君達の方が大変だったみたいだね。大まかにはクリスさんから聞いたけど……これ以上私から言える事はないよ」

 

「そうか、ありがとなあるえ。後は俺達に任せてくれ」

 

「うんうん、お任せするよ。もちろん、腕っぷしが必要な時はまた頼ってよ。私だって立派な上級魔法使いなんだからね」

 

 くすりと笑うあるえをもう一度撫でて労いつつ、俺は近場の椅子に腰を下ろす。記憶消去後の監視役として残ってくれていたあるえからの情報は期待していたより少ないものであった。しかし、これでアイリスが記憶を取り戻して今回の事件を引き起こしたという線は潰えたと言っていい。それならば、よりアクア達の推論が正しい可能性が出てきたのだ。

 

「クリスの方は何か進展があったっか?」

 

「残念だけどまだないよ。一応アクア先輩が作った犯人の似顔絵と特徴を元に王城の使用人やアイリスの関係者を調べてるけど、今のところは進展なし。不甲斐なくてゴメンね……」

 

「落ち込むな。クリスは十分よくやってるよ。俺達も手伝うさ」

 

「助手君達には他にやってほしい事があるから遠慮させてもらうよ。詳細は疲れてダウンしてるあるえにもう一回聞いてみてよ」

 

 力のない笑顔を浮かべながらクリスは資料の束をあさり始める。その姿に胸を痛めつつ、この状況を早く打破するためにあるえへと向きなおる。彼女は軽く伸びをしてから少し眠そうな目を頬を叩いて直し、お気に入りの眼帯を整える。そして少し得意気な表情で俺の手を引いてきた。

 

「実はこれから私のちょっとした講演会とサイン会を開く予定でね。自分で言うのも少し恥ずかしいけど、たくさんの王城関係者や貴族が来るだろうし、あの王女様も来ると思うんだ。まあゲストとして参加しつつ人探しと……カズマ君達に会って王女様がどんな反応するかが見たいのさ。一応は本来の目的である記憶消去がちゃんと出来てるかの確認を皆でしたいしね」

 

「なるほどな。しかしあるえの講演会か……本当に人が集まるのか?」

 

「失礼しちゃうなカズマ君……里では君に並ぶほどの資産家になるくらいのお金を本だけで稼いでるんだよ? ちなみに講演会の題材は『恋愛マスターあるえさんが教える意中の男の落とし方』さ。純粋な私のファン以外にもたくさんの人が来ると思うよ」

 

「恋愛マスターってお前なあ……」

 

少し呆れてしまった俺は同意を求めるようにアクアとめぐみんに顔を向ける。しかし、俺の予想と違って彼女たちは納得しているような表情であった。

 

「私はあまり認めたくないですが、昔のカズマならともかく妻帯して面倒になったカズマを落とせたのはあるえの策略による影響が大きいのは確かですから」

 

「あるえちゃんには色々言いたい事があるけど、”先生”のおかげで今の関係があるのだから私も否定は出来ないわよ」

 

 思ったより好意的な頷きを返すアクアとめぐみんを見てあるえは照れ臭そうにはにかみながらも自慢の胸をはって意気揚々と歩き出した。彼女に引きずられながら頭に浮かぶのはアイリスの事だ。彼女とどう接すればいいのか正直言って分からない。彼女の記憶を消した事への申し訳なさもあるが、同じくらいの怒りが胸中にある。とりあえず、刀で切りかかる事はしないように自分自身に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

『という事で私と同程度の容姿があると自信がある方にはこれらの方法が有用だけど、世の中はそれほど簡単じゃない。私の夫はそれはもう競争率が高くて……というか既婚者だし……ライバルのお嫁さんは里の権力者の娘で、愛人みたいな人はあのダスティネス家のお嬢様で……この経験はあのどんとこいシリーズの着想を……』

 

少し広めのホールの客席にはぎっちりと人が集まり、皆の前で偉そうに演説するあるえの話に聞き入っている。観客のほとんどは女性で占められ、その誰もが血走った目で聞き入っていた。ゲスト席に座っているアクアとめぐみんも少し得意気なのが少しイラっとくる。俺自身含め恋愛でこじれた事は確かだが、それも非常に狭いコミュニティでの出来事であり恋愛経験は浅いと言える。そんな彼女たちが偉そうにしている姿が非常に気恥ずかしかった。

 

『それじゃあゲストとして私の愛しのカズマ君と一緒になっている女性達の話を聞いてみようか。カズマ君は優しくてかっこいいのは説明不要だけど、魔王を打倒した英雄の一員でかなりのお金持ちだから悪い虫もいっぱい寄ってくる。そんな”悪い虫”でも何故彼女たちが選ばれたのか聞いてみようじゃないか。はい、たのんだよめぐみん』

 

『害虫筆頭のあるえから悪い虫呼ばわりは癪ですが……私が選ばれたのは”諦めいない強さと自分を曲げない”という事で……』

 

 

あるえに受け取った音声拡張の魔道具……マイクでべらべらと喋りだしためぐみんを見て思わず頭を抱える。もう心を無にするしかない。これはレイカとエリスのためだ。

 

 

『ふふーん! 私は彼の奥さんってわけじゃないけど、女神としてアドバイスしてあげるわ。ズバリ、その人にとって”かけがえのない人”になることが重要よ! このような繋がりは死後も魂との結びつきを……』

 

『ふーむなるほどなるほど……やっぱり正真正銘の女神が言う事には深いものがあるねぇ……それじゃあ次のゲスト……カズマ君からも恋愛アドバイスを聞こうじゃないか』

 

あるえからマイクを受け取った俺は思考が停止する。しかし、どこか期待をこめた目で見てくるあるえ達とっ観客席からのどろっとした気持ち悪い視線を浴びて観念する事にした。

 

『それじゃあ一言だけ……”男女の関係に情けは不要”』

 

『なんだか実に含蓄のある言葉だねぇ……という事で今日の講演はここまでだよ。この後の午後の部ではサイン会もあるからよろしくね~」

 

 観客からの盛大な拍手と共に俺はあるえ達と一緒にステージを降りる。なんとも言えない虚無感が身を包むが、次のサイン会こそ本命だ。自分の頬を軽く打ち身を引き締める事にした。アクアに目配せをすると彼女は小さく首を横に振る。あの会場には犯人やそれに繋がる可能性のある人物はいなかったようだ。こうなったら、記憶を無くしたとはいえアイリス以外からの手がかりは得られそうになかった。

 

 そして、講演会の後に開かれたサイン会には多数の女性で賑わっていた。あるえとの握手に喜びの声をあげるもの、感涙するもの、中には失神する人もいた。あるえのカルトめいた人気に改めて彼女が人気作家である事を実感させた。

 

 それから、サイン会場に最後の客が現れる。艶やかなブロンドの髪と無自覚に放つ気品と美しさで自然と彼女を王族として自覚してしまう女性。俺が最後に見た姿から身長は一回り伸び、肉体も少女から女のものへと変わっている。まだ幼さの残る瞳は歓喜に震えたようにあるえを見つめていた。思わずアクアの背へ隠れてしまった自分に、横にいためぐみんが軽く蹴りを入れてきた。

 

「やあやあ、王女様にも読んでもらってるなんて恐れ多い事だよ」

 

「そんな事ないです! 私はあるえ先生の大ファンで……是非サインをお願いします!」

 

「ふふっ、ありがとね。なるほどサインする本は『どんとこい刷り込み陰湿王女』……最新作も読んでくれてるのかい?」

 

「もちろんです! でも本当はあの本にサインして欲しかったんですけど今は持ってなくて……もちろん先生の本の内容は全て把握してますよ! 許されない事なのに主人公の天使に私も感情移入しちゃって……」

 

「ふーむ……作家冥利に尽きるね」

 

 嬉々としてあるえと会話するアイリスの姿を俺達はじっと見つめる。彼女の視界の中にはあるえだけでなく、俺やアクアの姿も入っているはずだ。しかし、目立った反応は全くない。文字通り、眼中にないのであろう。その事が彼女は記憶を失っているのだと実感させてくれた。

 その後、あるえと笑顔で会話と固い握手を交わしたアイリスは満足気な表情で部屋を退出しようとした。そんな彼女の前に俺はそっと立ちふさがる。自らの胸中は思いのほか冷め切っているようであった。

 

「申し訳ない王女様。一点だけ質問をよろしいでしょうか」

 

「貴方は……英雄の一人……あるえさんの旦那さんのカズマさん……でしたっけ?」

 

「ええそうです。それで質問は……この少女に見覚えはないでしょうか? 王都の学園にも通っているのですが現在行方不明なんです。もしかしたら王都に住む人ならしっているのではないかと藁をも掴む思いで聞いてまわっているのですが……」

 

俺が手渡したレイカの写真をアイリスはじっと見つめる。それから非常に申し訳なさそうな顔で首をそっと横にふった。

 

「ごめんなさい。残念ながらこの少女には全く見覚えがないです。もしかして……娘さんなんですか?」

 

「そういう事です。あるえとの娘じゃないですけどね」

 

「なるほど……あまり言いたくはないのですが貴方のろくでもない噂は結構聞いているんです。単なる迷子じゃなくて事件性があるものかもしれませんね。でも、娘さんには罪はありませんし、あるえ先生の力になれるなら私も力を貸します。少しお父様に此度の件を掛け合ってみますね」

 

 そう言って優雅な一礼を俺にしてアイリスは部屋を後にしようとする。緊張から解放された俺は正直落胆していた。結局アイリスからは何の情報も得られなかった。それが意味するのはここでレイカの居場所についての情報が途絶えた事を意味しているのだ。

 

「カズマ、落ち込まないでください。かくなる上は実力行使です……あるえ!」

 

「あいよ……”スリープ”!」

 

「っ!? あるえ先生何を……あびゃっ!?」

 

「流石武闘派王女ですね。あるえの魔法に耐えましたよ?」

 

「躊躇ないめぐみんの方が流石だよ。改めて……”スリープ”」

 

思考の海から帰った次の瞬間には、アイリスが床に転がって頭から血を流していた。一瞬の出来事であったが、あるえの魔法に抵抗したアイリスがめぐみんに杖で殴打されたのだ。抵抗力を失った彼女は血を流しながらすやすやと眠りについている。唖然とする俺を前にアクアがそっと治療を開始した。

 

「勘違いしないでくださいねカズマ。これはアクアの発案したものですから」

 

「あ……ああ……本当なのかアクア?」

 

「残念ながらね。正直言って神技についてはエリスより私の方が上よ。あの子が記憶を消した以上あまり期待は出来ないけど、残る情報はアイリスちゃんの頭の中にしかないの。こういう事はあまりしたくないけど……えいっ!」

 

ずぶりという何とも言えない不快な音と共にアクアの手のひらがアイリスの脳天に飲み込まれた。睡眠状態でありながらも悲鳴をあげて体をバタつかせるアイリスをめぐみんとあるえは慣れた様子でその手足を押さえつけていた。

 

「大丈夫ですよカズマ。エリスが脳みそを弄った時はもっと暴れてましたから」

 

「なんだか私自身もあまり見たくない光景だけど、心配しなくていいさ。だからカズマ君も足を押さえてくれるかい?」

 

「……分かった」

 

 暴れるアイリスの足を押さえ、しばらくはアイリスの悲鳴とアクアのため息の音を聞く。そして、10分が経過して流石に静止させようと考え始めた時、アクアがアイリスの脳天から手を引き抜いた。期待を込めた俺の視線を、彼女は真顔で受け止めていた。

 

「ごめんねカズマ。少しやる事が出来たから私はしばらくここを離れるわ」

 

「何も収穫がなかったのか?」

 

「そういう事にしてちょうだい。私はしばらくしたらここに戻るから、貴方達はクリス達と待っていて……くれぐれも先走った事はしないで」

 

「おいアクア、そんな答えで俺が納得すると思うか?」

 

「お願いカズマ……お願いだから……」

 

 アクアの瞳に浮かぶ感情の色を理解した俺はしかたなく追及の手を止める。彼女は身を引き締めるように息を吐いた後、そっと俺の額に口づけを施した。

 

「”ブレッシング”……無茶はしないでね」

 

「お前こそな」

 

 それからアクアは俺達にもう一度謝った後、彼女が出現させた光柱の中に消える。後に残された俺達は押し黙るほかなかった。

 

「アクアさんは天界に帰ったのかい? ずいぶん急だねぇ……」

 

「推測ですが、私達にすら言えない”何か”を発見したのかもしれませんね」

 

「そういう事だ。めぐみん、あるえ、この事はクリスには内緒だ。アクアがそう目で伝えてきたからな」

 

「カズマ、さりげなくとんでもない事言ってませんか?」

 

 胡乱げな目つきなめぐみんの視線から逃れ、こちらの息がかかった使用人を呼び寄せて今だ眠りについているアイリスを引き渡す。アクアの動きは正直言って分からない。しかし、事態がややこしい事になりそうなのは確かであった。

 その後、戻った俺達にクリスはやはりアクアの所在を聞いてきた。その質問に『何も分からなかったのでアクアは天界に何か捜索に使えそうな神器を探しに行った』と伝えた。いくらか苦しい言い訳であったが、彼女自身あまり余裕がないのだろう。素直に納得し、再び資料に目を通し始めた。

 それから手持ち無沙汰になった俺達はクリスの手伝いをしようとした時、あるえがそんな俺を手で制した。

 

「あの場では言えなかったけど、実はアイリス王女と話して少し気になる点があったんだけど聞いてくれるかい?」

 

「もったいぶるな……言え」

 

「ちょっ……怖い顔しないでよカズマ君。実はアイリス王女が私のファンだって事は彼女の私物を焼いて浄化する時に知ったんだけど、確かに彼女は私の既刊は全部所持していた。でも、あの本……禁書になっちゃった私の商業作家としての処女作『ありうべからざる選択』は持っていなかったんだよね」

 

「えーっと……つまり?」

 

「アイリス王女は禁書を持ってないのに、内容は知っていたんだ。誰かに本の内容を聞いたって可能性もあるけど、あの王女は本当に私の熱心なファンだったから、今思い返せばあの禁書を持ってないわけがないって思うんだよ。実際、今日のサイン会に来たほとんどの人があの禁書を所持して尚且つそれにサインが欲しいと頼んで来たしね」

 

片目を瞑り、少し自慢気な表情をするあるえを俺はじっと見つめ返す。つまりはアイリスの記憶と所持している物品に矛盾があるようだ。傍らで話を聞いていたクリスもこの話を聞いて手を止める。彼女にも何か心当たりがあるのかしきりに頷きながら話し始めた。

 

「なるほどねえ、王女の記憶を弄ったのはエリス……あたしなんだけど読んだ本についての記憶はあまり弄ってないんだ。しょうもない記憶と判断して雑に処理したことを反省しなきゃだよ助手君。でも、本で得た知識とか、それによって得られた感情の記憶は人格形成にも関わるから変に弄ると廃人になるから仕方のない事でもあるんだ。記憶操作はとても繊細で複雑だから、今回の記憶消去は王女とカズマ君との”エピソード記憶”を消した以外はあまり大きく変えてないの。あるえの本の記憶にしても、今回のサイン会みたいに消去後の監視を円滑にするためにあえて残してた……というかあるえが残してくれってお願いしてきたから」

 

「私の敵だけど、ファンは無碍には出来ないからね。とまあクリスの話を聞いて更に確信できたよ。アイリス王女は私の処女作を持ってた。でも、所持品にはない。これはその矛盾する物品に秘密が隠されてるっていうお約束の展開な気がするよ!」

 

盛り上がる二人を前にして頭の片隅にいる冷静な自分が随分話が飛躍しているなと突っ込むが、他に有用な情報もないため藁をも掴む思いでアイリスが所持していたであろう禁書の捜索をする事にした。王城内の地図を前に捜索場所を話し合っていた時、今まで大人しかっためぐみんがスッと立ち上がった。

 

「私は闇雲に探すのは意味がないと思います。だから……あそこに入って少し捜索に役立ちそうな本でも探しませんか?」

 

 ワクワクとした表情で彼女が指さした方向には『禁書庫 関係者以外立ち入り禁止!』と書かれた扉があった。一瞬、めぐみんをひっぱたいてやろうかと考えたが、”禁書庫”というワードを前に俺は頭の隅にあることわざがチラついた。

 

「めぐみんお手柄だ。アレだ”木を隠すなら森の中”って奴だ」

 

「単に私は禁書庫という場所に惹かれただけですが、そう言われると本当にあの禁書があそこにあるかもしれませんね。……」

 

 お互い頷きを返して俺達は図書室内に存在していた禁書庫に踏み入れる。幸いにも禁書庫の扉にかけられた封印処置はクリスにも解除出来るものであった。扉を開けるのと同時に走り出しためぐみんは素早く本棚にある禁書に手を伸ばしたが、その手をピタリと止めて顔をしかめた。

 

「なんですかこれ『王城レイプ! 肉便器と化したベルゼルグ王女』……エロ本じゃないですかこれ……」

 

「これは……『エリス教の腐敗と他宗教への弾圧の歴史』……実に不愉快な本だね助手君」

 

 一気に萎えているめぐみんと若干イラついているクリスを前に俺は近くにある本を手に取って嘆息する。『ベルゼルグ王族の功罪~対魔王軍の最前線、近隣諸国への侵略』……読まなくてもベルゼルグ王国にとっては都合の悪そうなものである事は理解できた。禁書庫の扉の封印処置がクリスがちょちょいと解ける程度のものであった事にも納得がいった。

 

「どうやら俺やめぐみんが無意識のうちにイメージしてた危険な魔導書だらけな禁書庫というより、国や国教であるエリス教会にとって都合の悪い禁書を収集してるみたいだな」

 

「禁書である事に間違いはないですが、何だか納得行きませんね」

 

「そう言うなめぐみん、おかげで期待値が高まった。あの本もエリス教に禁書指定された本だからな」

 

幸いにも禁書庫の広さは我が家のリビング程しかない小さなものだ。人海戦術でさっさと見つけ出そうとした時、部屋の温度が一気に下がり思わず身震いする。そして自分の吐く息が白くなっているのに気がついた。

 

「これは……何かやばい罠でも起動させたか?」

 

「落ち着いて助手君どうやらこの部屋に幽霊がいるみたい。急激な温度低下はその証拠。それにEMF探知機もすごい反応してるしね」

 

「……ツッコまないからな」

 

謎の赤く光る機械式探知機をピーピー鳴らしてるクリスのそばに俺達は自然とより集まる。そしてクリスはそんな俺達の回りを囲むように何か白い粉をまきはじめた。

 

「それは……?」

 

「ただの塩だよ。でも、幽霊みたいな存在に対しては簡易的な結界になるの。ほら、助手君の故郷にも清めの塩とか、盛り塩とかあるでしょ? 塩は古来から古今東西問わず不浄の存在に対して使われる対心霊アイテムなんだから」

 

 流石は女神の分身だけあって幽霊対策はよく知っているようだ。それから息を潜めて数十秒後、白い貫頭衣のような衣服を透けた身体にまとったいかにもな幽霊が現れた。くすんだ金色の頭髪に隠れて顔は見えないが、どうやら少女の幽霊である事は分かった。彼女はひたひたと不気味な足音を響かせて俺達の目の前で足を止めた。

 

「クリスどうすればいい?」

 

「とりあえず落ち着いて。塩の結界が有る限りいきなり襲われたりとかはしないから」

 

小さくそう告げたクリスの声を聞いて、先ほどから俺の身体にしがみついていためぐみんとあるえがほっとため息をついた。

 

「まったく幽霊ごときが驚かせてくれますね」

 

「ほんとほんと……まぁ結界があるなら安心だねぇ!」

 

「おい、そういうフラグになる発言は……ん?」

 

禁書庫内にピシピシとした音が響く。それは幽霊の背後にある窓からのものだ。窓は急激に霜を張りつかせて凍りつき、次の瞬間には砕け散っていた。窓の外から入り込む強風は俺達の身体をこごえさせた。

 

「クリス、流石にそろそろ何とかしないとマズイんじゃないか?」

 

「ごめんね助手君、あたしは女神本体ほどの除霊能力はないの。さっきみたいな除霊具を使っていくらかの対策はできるけど」

 

「それは知ってる。だからこそ……ってなんか塩の結界崩れてません?」

 

「そりゃあ窓からこんな強風が吹いてるからねえ」

 

 

 

 

 

 

なるほど……

 

 

 

 

 

 

 

「逃げるぞ……って早いなお前ら!」

 

「いいからカズマも手伝ってください! 扉がビクともしないんです!」

 

「ああっ! 私こういうのダメなんだよ! ゴーストは余裕だけど幽霊は勘弁してくれるかい!」

 

いつの間にか俺から離れためぐみんとあるえが図書室への扉にしがみついてバンバンと叩いている。どうやら幽霊がたいてい持ってる扉封じスキルが発動したらしい。

 

「おい、その扉は幽霊が俺達の眼前に来るまで開かないから諦めろ」

 

「カズマはこんな時に何を意味不明な事言ってるんですか! こうなったらもう爆裂魔法で……あうっ!?」

 

「だからなんでお前はすぐに自爆思考になるんだ!」

 

 馬鹿をやろうとしためぐみんをチョップで黙らせ、俺は再び例の少女霊と対峙する。だが、ゆっくりとした足取りでこちらに近づく彼女を止める手段を俺は持っていなかった。

 

「どうすればいいクリス……ゴースト系は魔法が有効だが……」

 

「待って助手君、こちらに害をなす悪霊はもっと邪悪な気配を出すはずなんだけどこのコはそんな気配がないの。意思疎通が可能かもしれないから攻撃はまだだめ。でも万が一に備えて刀は構えといて。霊は鉄が苦手だから一時的に遠ざけるくらいは出来るから」

 

クリスの言葉に頷きを返し、ちゅんちゅん丸を抜刀する。刀を向けられてなお霊の動きは止まらない。そのままこちらにに向けて腕を広げてしがみつこうとした所で俺は刀を大きく振りかぶる。しかし、その刀を彼女の眼前で止めてしまった。理由は単純、彼女が何者なのかを理解してしまったからだ。

 

「アイリス……?」

 

『…………』

 

ようやく見えるようになった彼女の顔は間違いなくアイリスのものであった。現在の彼女ではなく、十年程前の少女の顔をしているが、アイリスである事は不思議と確信が持てた。

 

『分からない……貴方が誰なのか分からない……でも嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しい!』

 

「お、おおう……」

 

『私が誰なのか……なんでここにいるのか……分からない事だらけだけど……貴方に抱きしめてもらいたいの』

 

 喋りだしたアイリスらしき幽霊に気圧され、俺は横目でクリスに助けを求める。しかしクリスは無言で頷きを返すだけであった。どうやら幽霊に従えという事らしい。若干の緊張はありながらも、俺は幽霊に対して腕を広げて見せる。彼女はそんな俺にそっと抱き着き顔をこすりつけてくる。尋常じゃない冷たさと体に走る怖気を感じるが、何だか俺の子供たちと触れ合う時のような暖かな気持ちになれた。

 

『ありがとう……なんだかお兄様の事思い出しちゃいました』

 

「そうか……」

 

『ふふっ、私が小さなときもお兄様がこうやって……あっ……どうやらここまでみたいですね……」

 

「他に何かして欲しい事はあるか?」

 

『私はこれで十分です……でも私の奥底は違うみたい……気を付けて……記憶にない愛しの人……」

 

 そう言ってアイリスらしき幽霊は満面の笑みを浮かべた後、煙ように霧散して消えてしまった。そして、禁書庫内に充満していた冷気と重苦しさもいつの間にか消えていた。全員が安堵のため息をついた後、視線は再びクリスの元に集中した。

 

「あれは一体なんだったんだクリス?」

 

「今の一連の流れで大体分かったよ。どうやらあれはここに染みついてた残留思念がアイリス王女の生霊に憑依したものだったみたいだね。記憶を失ってもここに思い入れがある事を魂が記憶していてここに生霊を飛ばしてたんだろうね」

 

 扉の前でへたりこんでいためぐみんとあるえも立ち上がってお尻についた埃を払う。彼女たちの表情はあまりよいものではなかった。

 

「今更ながら罪悪感が出てきましたね。アクアの言っていたアイリスを”殺した”って表現もあながち間違いではないみたいですね」

 

「同感だね。やっぱり彼女を”受け入れた”方が楽だった気がするよ」

 

 俺達はひとまず自分達の無事を確認した後、再び禁書庫内の捜索に手をつける。しかし、捜索をする必要がない程の変化を目にする事になった。なんと、本棚の一角が横にずれて新たな扉が出現していたのだ。それから、ずれた本棚の近くには例のあるえの禁書が落ちていた。

 

「どうやら禁書庫に仕掛けがあったみたいだね。ここまで来るとなんか笑えてくるね助手君……」

 

「この仕掛けは男のロマンだけど、この世界に来てから何度か目にしてるから正直言って興醒めだ。それに、この隠し扉に刻まれた刻印には嫌な思い出しかないな」

 

「天使避け……神魔避けの刻印だね。あたしに見逃しがあった事はこれで確定だね」

 

 黒ずんだ血で書かれた刻印はこの中の物を表に出したくない事を意味している。おれはそっと扉を押し開けて……飛び込んできた光景を前に閉口する他なかった。

 

「おおう……これは趣味が……良いかもねぇ……」

 

「いや、趣味が悪いですよこれは……」

 

「ふーむ……」

 

少し目を輝かせるクリス、嫌そうな顔をするめぐみん、何か考え込むように首をかしげるあるえ。三者三様の反応見せながら俺はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。

 扉の先にはワンルームほどの広さの部屋があり、中央にはアンティークの机と椅子が置かれ、その周囲にはゴミのように雑多な品が転がっていた。ここまでは別におかしな点はないのだが、問題は壁や天井にびっしりと張られた俺の写真だ。しかも、一緒に写っているゆんゆんなどにはご丁寧に黒塗りになっている。毎度思うのだが、めぐみん達のように俺に固執する女は何故ここまで重いのか詳しく説明して欲しい気分であった。

 呆れかえる俺をよそにめぐみん達はすぐに部屋を物色し始める。俺もとりあえず近くの品を漁り始めたが、なんだかどこかで見た事あるようなコップやスプーンなどの食器が転がっているのに気づいた。しかし、それをどこで見たものなのか頭を悩ませていると、クリスがコップを一つ取って匂いを嗅ぎはめた。

 

「ふんふん……助手君の匂いがするねえ……」

 

「やっぱ俺が関連してるのか」

 

「そりゃあねえ……ちなみにこれは里のレストランの食器だね。恐らく助手君達が去った後に店に交渉して買い取ったんだね。あたしも昔よくやってたよ」

 

「おいこら……全く、なんだかあの店に対しての俺の評判もガタ落ちだよ」

 

「でも我が家にある君の私物には手をつけてないみたいだね。パンツを盗んでるめぐみんほどの大胆さはないみたいだね」

 

「だからそういう嘘を言うのはやめてくださいクリス! ほら、件のパンツはここに転がって……すんすん……洗濯済みたいですから風で飛ばされたのを回収したのでしょうか。なるほど、確かに脱ぎたてを盗むほどの度胸はないみたいですね」

 

 変な納得をしているめぐみんに嘆息してから俺は再び物品を漁る。しかし、出てくるのは先ほどのようなゴミばかり。ここで何らかの手がかりを見つけなければアイリスやレイカの居場所につながる手がかりが潰えてしまう。そんな時、あるえが数枚の紙をこちらに渡してきた。

 

「カズマくんこれ……何か地図みたいのがあったよ」

 

「でかした! しかしここはどこの地図で……うーん? うーむ……」

 

 手渡された地図には書き込みや文字の類はどこにもなく、何処の地図であるかも分からない。しかし、記憶の奥底で謎の既視感を覚えたのだ。めぐみん達にも地図を見せたのだが、やはりどこのものかは分からない。そして、この他にはゴミしか見つからなかったため調査は行き詰まる事になった。

 クリスが掃除用バケツに散らばるゴミを突っ込み、炎で浄化させるのを見ながら俺は項垂れる。結局、新しい情報は謎の地図の他はない。これからどうすればいいのか、ストレスと無力感に包まれていた。そんな俺を、あるえがそっと撫でてくる。それだけで少しだけ気持ちが軽くなった。

 

「カズマ君、落ち込んでる所に悪いけど……質問に答えてくれる?」

 

「ああ、どうした」

 

「例えばの話だよ……もしゆんゆん含めた私達が君に失恋したとしよう。そうなった時……こうやって盗撮写真を集めたり、君から貰った物に執着したり、君が使った物をかき集めちゃう可能性が一番高いのは誰だと思う?」

 

「……全員だろ」

 

「そういう身も蓋もない事は事実でも言わないの。ほら、”一番”やりそうなのは誰?」

 

「…………」

 

 真っ先に頭の中に思い浮かんだのはエリスとアクアだ。二人とも前科があるので当然とも言えるが、彼女達は違うと脳内が判断を下す。変な話なのだが、エリスやアクアは冗談抜きに俺に好意を持ちすぎて純粋な気持ちでこういう事をやらかすのである。以前、天界でエリスと愛を深めた後、彼女の私室でコレクションの一部を見せて貰った事がある。俺が開発した発明品やゴミに捨てた物品を律義に集め、整理整頓された部屋に飾っていた彼女にドン引きしたのは確かだが、そこには何処か明るい雰囲気を漂っており、満面の笑みで物品の説明をするエリスを見て呆れながらも愛おしいと肯定的に受け取っていた。

 

 同様な事はアクアにもあった。元々物持ちの良い彼女はいまだに俺があげた財布を使っているし、ずいぶんと昔に渡したポーション瓶も大切にしている。彼女も俺が残したメモ書きを回収して保管していたりと何処かおかしい所はあるが、アクアのそれと違い、この部屋にはそれとは違う粘っこい負のオーラが充満していた。

 次にめぐみん、ダクネス、あるえだが彼女達はアクアとエリスと比べて優先度が落ちる事を俺は過去の出来事から学んでいる。彼女たちはこんな物品より先に俺自身を手に入れようとかなり大胆な行動に出るからだ。そうなると残りは一人しかいない。

 

「あまり言いたくはないが……ゆんゆんだな」

 

「うんうん、私もそう思うんだよね。ゆんゆんが君から貰った指輪に対して持ってる執着は知ってるからね。触れようとしただけで魔法ぶっぱなしてくるし……」

 

「確かに、こんな写真を集めて一人で悦に浸るような友達が一人もいなさそうな所とか、今回みたいに変な手紙を送り付けたり裏でカズマの物品集めるような陰湿さはゆんゆん特有のものですね」

 

「おう、俺の愛する奥さんをディスるのはやめろ」

 

 注意はしたものの、当てはまる部分があるのは事実だ。もちろん、頭のおかしさはめぐみん達の方が上であるし、エリスと比べて純情な部分もある。だが、ゆんゆんの”重さ”は彼女達の中では一番だ。何より、彼女はとても”粘っこい”のだ。彼女をヤリ捨てせずに妻に選んだのはそういう事情が少しでもないとは決して断言は出来ない。

 

「寝てるカズマに自分でつけた噛み後の瘡蓋を、恍惚とした表情で舌でそぎ落としていたゆんゆんには正直身震いしたね。しかも、真昼間のリビングで」

 

「カズマの散髪をした後、裏庭で広い集めた髪を燃やしてハイになってたゆんゆんには流石に爆裂魔法打ち込んでやろうか迷いましたね。後、カズマがいない時にヒス起こした時は冗談じゃなく怖いですし、平気で陰湿な嫌がらせしてきますよ」

 

「それは……ちょっと可愛いな!」

 

「助手君……?」

 

 そういうとこは少し引くが愛らしさを感じるのは何故だろう。ともかく、あるえの質問にはゆんゆんと答えるのが正確だろう。負のイメージが強いのは確かだが、ある意味めぐみん達とは違ってそれだけ理性的でなおかつ小心者なのだ。

 

「カズマ君の答えも聞けて確信が持てたよ……今回の件はゆんゆんに相談すれば何かヒントが得られると思うんだ。アイリス王女って何だかゆんゆんみたいに重くて陰湿で友達いなさそう……というよりは独特の”孤独”を感じるんだよね」

 

 そう得意げに答えたあるえに俺達は押し黙る。しかし、これといって手がかりがない以上はその僅かな可能性にもすがるしかない。俺がクリスに目配せをすると彼女は懐から輝く水晶玉を取り出した。普段は彼女がしょうもない事に使用しているらしいが、遠隔地への通信手段としても使える便利な神器なのだ。

 

「んーあーあー……こちらクリス。聞こえてる……どうぞ」

 

『わっ!? こ、こちらゆんゆん聞こえてます……どうぞ』

 

「むっ……本体はどうしたのゆんゆん?」

 

『それが泣きつかれて眠っちゃったみたいで……』

 

 水晶玉に写る光景には苦笑するゆんゆんと、その膝に頭を預けて眠るエリスの姿があった。その姿に俺だけでなくクリス達も少しあっけに取られる。エリスのこれほどまでに弱弱しい姿は中々に珍しいものであるし、どちらかというとエリスに苦手意識を持っているゆんゆんにしては優しい対応だからだ。

 

『それで何か手がかりでも見つけたのですか?』

 

「うーん、そういうわけでもないんだけど……あるえに代わるね」

 

「はいはいっと……ゆんゆん、少しリラックスしてくれるかい? 別に悪い知らせじゃないんだ。ただ、これからアイリス王女に関して見つけた痕跡を説明するね」

 

『ん……分かりました』

 

頷きを返してゆんゆんに、あるえはアイリス王女の情報を淡々と伝達する。そして、全ての情報を言い終えた後、あるえは少し額に汗をかきながらゆんゆんに質問した。

 

「もし、ゆんゆんが”アイリス王女”と同じ境遇に置かれたとしたら……君はどんな事をする?」

 

『それは……もしかして私に何か疑いの目を向けてるんですか?』

 

「そういう事じゃない。ただ、アイリス王女と君は似てる部分がある。そう感じた事はないかい?」

 

『本当に嫌な質問です……カズマさん達と一緒に行かなかった理由の一つなんですよ……彼女の事は何だか自分自身を見ているようで嫌だったんです。もしめぐみん達に競り負けたら私もこうなってたんじゃないかって気がして……』

 

うつむくゆんゆんの姿はあるえの言葉を肯定している事を意味していた。あるえはそんなゆんゆんに優し気な表情を見せつつ、もう一度質問をした。

 

「ゆんゆん、君は…どんな事をする?」

 

『ふふっ、確かにアイリスさんと同じような事をしちゃうかもしれませんね。私は友達も少ないし、明確に好意を持った男性もカズマさんしかいませんから。だから、きっと辛くなったらカズマさんを頼っちゃうかもしれません』

 

「そう、辛いから手紙を出し続けた。振り向いてほしくて、気づいて欲しくて……でも返信はどれもつれないものばかり。次はどうする……?」

 

『そうですね……手紙は出し続けちゃいそうですし、カズマさんに一目会いたくて彼の傍に行っちゃうと思います。でも声をかける勇気はないんです。手紙で酷い事言っちゃったし、そんな事してしまった私自身への罪悪感は自覚してます。だから遠目で見て……彼の姿を見るだけで心が軽くなるかもしれません。ほんの少しだけですけどね……』

 

 虚ろな目をしつつ、ゆんゆんは目に涙を貯めていた。そんな彼女を見てニヤリと笑っているあるえには戦慄するほかなかった。彼女のこの催眠じみた会話術は一体どこで身に着けたのであろうか。流石は里一番の巨乳だ

 

「ゆんゆんは健気だねえ。よし、それじゃあ彼の写真集めて、それで飽き足らず彼ゆかりの品を集めた。それからどうしたの?」

 

『多分、一時的には良い思いも出来たでしょう。でも、隠し撮りした写真じゃカズマさんは決して……私には下手な手段に出る勇気もなければ、それを抑える理性もある。それに周りは敵だらけで、きっとカズマさんに愛されてる人も狡猾に私に対しての対策と制裁をしてくるでしょう。だから、私は”妄想”に逃げるんです』

 

「妄想……?」

 

ここで初めてあるえが顔をしかめる。そして、ゆんゆんは恍惚とした表情でその妄想を語りだした。

 

『愛しのカズマさんが私に微笑んでくれる世界、誰にもその愛を邪魔されない世界……そんな世界を夢見るんです。現実は辛く厳しい。だから、私はずっと彼との逢瀬を夢見るんです。でも、そんな妄想には限界がある。だから形作って”本物”にするんです。その世界を……』

 

「…………」

 

『そういえばアイリス王女もあるえの本のファンなんですよね。私も貴方の本が好きなんですけど……特にあの禁書になっちゃった奴は怖いくらいに私の妄想と似てて不思議な気分を味わいましたね……」

 

 冷や汗をたらすあるえを前に、俺自身も頭の中に何かかすめるものがいくつもあった。もう少しで、その何かが頭から出そうであった。だから、俺は固まるあるえをどかし、ゆんゆんに質問を投げかけた。

 

「ゆんゆん、お前がどうしようもなく追いつめられた時の逃避先はどこだ?」

 

『ふふっ、多分あの本と同じく、理想郷を求めて自分でダンジョンを作っちゃうかもしれません。大変だけど、きっと作りながら楽しい夢に浸れるでしょうね」

 

「ダンジョン……?」

 

『そうです。でも、一日に僅かな時間を見つけて、尚且つ秘匿しながら作業するのは大変です。ですから、ある程度は勝手を知っていて……ダンジョンの下地があって、誰も来ないような場所に私の理想郷を作るんです」

 

「もしも……もしもの話だぞ? お前がダンジョンを作るなら、”どこ”に作る?

 

 嫌な汗が俺の顔に噴き出る。そして、恍惚とした表情のゆんゆんは少し顔を俯かせて思案した後、俺の方を見て微笑みを浮かべた。

 

「そういえば、あそこが丁度いい気がします。ほら、ダンジョンの下地もありますし誰も来そうにないですし……王都からも近いじゃありませんか」

 

「王都から近い……?」

 

「覚えてませんか? 昔、貴方とクリスさんと行ったじゃないですか。あの”放棄されたダンジョン”に」

 

「それだ……それだそれだそれだ! アイリスにもあのダンジョンの話をした事あるしな!」

 

 頭の中にチラついていた既視感がゆんゆんの言葉で鮮明に浮き出てくる。そう、あそこに違いない! 何故なら、さっき見つけた謎の地図はあの放棄されたダンジョンのものだからだ。今から約十年前、俺はあの地図を目にしていたのだ。

 

「おい準備しろお前ら! さっさとレイカを取り戻すぞ!」

 

『カズマさん!? 急にどうしたんですか!?』

 

 水晶越しにゆんゆんの驚いた声が聞こえるが俺達はさっさと荷物をまとめてから王城を抜け出していた。目指すは過去に訪れた事のある放棄されたダンジョンだ。あのクリスの神器回収に付き合った時に攻略した場所である。商会でもお世話になっているファイアドレイク達を陰から召喚し、それに飛び乗って道を急ぐ。そうして1時間もしないうちに俺は件のダンジョンへとたどり着いた。

 

 石を積んで作られた入り口には、コケや植物達が生い茂っている。だが、人が入れるほどの隙間は健在であった。すぐさま突入しようとした俺だが、それは入り口の前に立っていた人物を前に歩みは止まった。

 

「ゆんゆん……ダクネス……」

 

「ふふっ、実はこのダンジョン、さっきみたいな少し思うところがあってテレポート場所に登録していたんです。まあ、その存在もすっかり忘れかけてたんですけどね」

 

「戦力が必要なんだろう? それなら盾役の私が出ないでどうする。カズマ、助太刀するぞ」

 

 苦笑するゆんゆんとダクネスに俺は少し涙が出そうになった。しかし、あれだけ頑なに同行を拒んでいた彼女達が何故こちらに来たのか疑問であった。つまりは、彼女達は子供たちをアクアではなくエリスに預けているのだ。

 

「そんな顔しないでくださいカズマさん、クリスさん。私だってさっきは大人げない事を言ったのは自覚しています。それにエリスさんのあんな姿を見たら私だって思うところがあります。彼女がレイカちゃんを愛している事はよーく知ってますし、こんな時に意地を張っていた私の方が馬鹿だったんです。だから……一緒にレイカちゃんを助けましょうクリスさん!」

 

「え……あぅ……ゆんゆん……」

 

「助かる。正直言ってお前の戦力は喉から手が出るほど欲しかったんだ」

 

ゆんゆんは俺に微笑みを返してから、クリスの両手をとって力強く発破をかけた。対するクリスは困惑するような表情を浮かべていたが、次第にそれも崩れていき、最後には顔から色んな汁を出しながら大泣きしていた。

 

「ありがとう……ありがどね゛え゛えええええ! ゆんゆんっ……ゆんゆんゆんゆん!」

 

「ちょっ!? 泣かないでくださいよ……私も悪かったですから……」

 

「ううぅ~! ふぐっ……ごめんね……今までいっぱいイジワルして……ごべんねえぇ~ごめんなひゃいいいっ!」

 

「もうっほんとに……今回だけですからね! 今までの事も許すつもりはないです! だからほら、いつもみたいにクールに……」

 

「わああああああっ! ふわあああああっあああああああああ!」

 

「うわっ!? 涙と鼻水をこすりつけないでくださいよ……まったくしょうがいなんですから……」

 

 泣きながらゆんゆんに抱き着くクリスを俺達は物珍しそうに見つめる。俺はダクネスに視線を飛ばすと、彼女も呆れたように息をついた。

 

「ゆんゆんとエリス様はあまり仲が良いとは言えないからな。万が一の喧嘩になった時に備えて私も残ったのだが……落ち込むエリス様を見てられなくてゆんゆんが世話を焼きだしてな」

 

「なるほどな……まあゆんゆんはちょろいからな」

 

「そういう事だ。お前たちに同行するって言い出したのもゆんゆんだ。エリス様も今のクリスみたいにわんわん泣き出してな……まあゆんゆんや私の信頼を今更裏切る事はしないはずさ」

 

 

 微笑むダクネスと軽く再開のハイタッチを交わしつつ、俺は装備を整える。それから、苔むしたダンジョンへと足を踏み入れた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 ダンジョン内は十数年前とほとんど変わりはなかった。道中現れる雑魚敵はゆんゆんとあるえの魔法で吹き飛ばし、問題なく最深部へとたどり着く。そして、あのドラゴンゾンビのいたボス部屋の一画に見慣れた刻印があるのを発見したのだ。

 

「神魔避けの刻印……どうやらここがアイリスのダンジョンへの入り口みたいだな」

 

「うわっ……自分が言うのも少し変ですが……ここまで私の考えと一致してるとちょっと怖いです」

 

「ふふん、やっぱりアイリス王女はゆんゆんと思考が似てたみたいだね」

 

「今更ながら凄いお手柄だ。さんきゅーあるえ」

 

「お礼はまた今度してくれるかい?」

 

「当たり前だ」

 

 はにかむあるえの頭を撫でつつ、俺は石壁を押し開く。その先には怪しく光る苔が石壁で出来た通路が見える。そして、俺達はその通路へとそっと足を踏み入れた。しかし、すぐさまかなり広い大部屋に行き着く。そして、そこには魔物達がひしめいていた。

 

『ほお……あの王女の言うとおりだ。忘れもしないあの勇者パーティじゃないか……』

 

『魔王軍で死にぞこない……残党狩りにやってきた王女にも見逃されて服従の契約を結ばされ……だからこそ俺達はお前達を殺す……そしてお前達は俺達を殺せええええええええ!』

 

 目の前にいる魔軍はゴブリン、コボルト、鬼族、アンデッドの混成部隊。滅茶苦茶めんどそうな敵がいきなり出現したのだ。正直言って、今の自分を焦りすぎだと内心馬鹿にしたい気分であった。ダンジョンを攻略するなら、今は何処かに行ってしまったアクアの帰りを待つべきであった。しかし、この場にいる全員がレイカ救出に躍起になってそれを失念している。だが、今更引くに引けない。この奥には、レイカが待っているからだ。そうして刀を構える俺に流れた冷や汗を、隣にいたゆんゆんが優しくふいてくれた。

 

「大丈夫です……ここは私と……めぐみんに任せて先に行ってください!」

 

「そういう事ですカズマ! ここは任せて先に行け! 私も後で行きますから!」

 

「死亡フラグ……いや生存フラグだ! ここは頼んだ!」

 

「はい、お願いしますカズマさん! それと……エリスさんからの贈り物です。ダンジョン攻略に役立つはずだって……」

 

 そう言ってゆんゆんが俺に木製の杖を投げ渡してきた。見たこともない杖であったが、クリスがそれを見て感心するように目を輝かせた。

 

「助手君、それって”一時しのぎの杖”だよ!」

 

「なるほど! てりゃっ!」

 

 クリスの説明ですぐに納得のいった俺は正面にいたゴブリンに杖を振る。杖先から出た魔法弾はゴブリンに当たりその姿はどこかに消え去った。

 

『むっ……総員突撃!』

 

『ヒャッハーッ! ここは通さねえぜ!』

 

 一気に突撃してきた魔軍を前に俺は気配察知スキルを研ぎ澄ませる。そして遠くに光る敵性反応を感知してその方向へ走り出した。

 

「あるえ! 俺が走る方向に極大魔法!」

 

「りょうかい……地獄の炎よ荒れ狂え! ”インフェルノ”!」

 

『ほぎゃあああああああっ!?』

 

あるえの獄炎魔法は俺の指示通り進行方向の敵を焼き尽くした。そして駆け出した俺達に追いすがる魔物を、ゆんゆんとめぐみんが食い止める。正直言って不安だが、今は彼女達を信じるほかなかった。

 

「”カースドライトニング”! ここは絶対通しません!」

 

「”エクスプロージョン”……は使えないので”千刃天翔”! まったく、この私に前衛をさせるとは……」

 

 背後では魔物達の悲鳴とゆんゆんの魔法が炸裂する音が響く。そして、ゆんゆんに近づく魔物をめぐみんが全て切り伏せていた。案外大丈夫かもしれないと安堵しながら、俺はようやく次の階層への階段にたどりつく。そして、階段の前で固まっていたゴブリンを蹴り飛ばした。

 

「おいカズマ、その杖は一体なんなんだ?」

 

「今は急いでるから後にしろ! 巻きで行きたいんだよ! ググレカス!」

 

「ひっひどい!? しかし、いい罵倒だカズマ……あう!?」

 

 顔を赤くするダクネスを先に階段下に蹴り落とし、安全を確認した後に駆け降りる。興奮状態のダクネスを引きづりつつ次の階層へと足を踏み入れる。しかし、その先にはさっきと同じような大部屋が広がっていた。

 目の前にひしめく魔物はロックゴーレムや巨大ミミズ、鋼土竜の地味なメンツがほとんどだ。どうやら、このダンジョンを掘っていた魔物達のようだ。彼らは奇声をあげながらこちらに突撃してくる。会話をする知能もないらしい。とりあえず俺は近くにいたダクネスに一時しのぎの杖を振る。姿が消え去った彼女を気配察知スキルで探し出し、赤い光点が動いてるのを見て思わず舌打ちした。

 

「くそ、そういえばアイツは麻痺無効だった! でも大体の位置は分かった。 頼めるか? クリス、あるえ!」

 

「りょーかい! 先行っちゃって助手君! 娘を頼んだよ!」

 

「ふふっこういうのもお約束の展開だよね。 ”クリエイトアースゴーレム”! ”ライトオブセイバー”!」

 

『もひょおおおおおおおおおっ!?』

 

 俺の進行方向に巨大な光剣を振り下ろしたあるえにサムズアップし、彼女の周りの雑魚を片付けるクリスに目で感謝を伝える。それから追いすがってくる魔物に中級魔法を浴びせつつ、階段付近で右往左往していたダクネスを回収した。

 

「カズマ、流石に先を急ぎすぎじゃないか! 私達だけではアイリス王女には勝てないぞ!」

 

「そんな事は百も承知だ! でも、レイカの無事さえ確認できれば俺はいくらでも遅延戦術を取れる自信がある……だから行くぞ!」

 

「全く……久しぶりに見たぞ。お前が心の底からカッコイイと思える顔が……あうっ!?」

 

 何だか微笑んでいるダクネスを階段下に蹴り落とし、階下の安全を確認する。そして、顔を真っ赤にしながらこちらに掴みかかってくる彼女を回避して俺は次のフロアへと足を踏み入れた。そこはまたしても大部屋にモンスターが詰まったフロアであった。しかもそのほとんどが都合良く服だけ溶かしてくるスライムやデッドリーポズンスライムであり、中央には巨大な触手生物と、それに腰掛ける女性は血のように赤い瞳を持つ明らかに強そうな人外がいた。

 

「カ、カズマ! これはやばいぞ! 負けたら全身の穴という穴を犯されるほど醜悪なモンスターでいっぱいだ!」

 

「分かってる。明らかにそれを狙った部屋だな。ダクネス……任せていいか?」

 

 俺の言葉を聞いたダクネスは赤らめていた頬を引き締め、少し泣きそうな顔でこちらを見る。弱弱しい態度になったダクネスの頭を、俺はそっと撫でた。

 

「なあカズマ、もし私がこの後に大変な事になっても……お前は私を愛してくれるか?」

 

「当たり前だ。というかお前が本気出せばアイツらに犯されることなく足止めするなんて余裕だろ? だから……頼むぞダクネス!」

 

「了解だ! ここは私に任せて先に行けカズマ!」

 

 俺の言葉聞いたダクネスは再び紅潮し、大剣を抜き放った。そして、俺は近くのスライムに一時しのぎの杖を使って階段へと走り出した。

 

 

「レイカ待ってろよ! 必ず俺が助け出してやるからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『ふーん、女性を残して先に行っちゃうなんてヒドイ男だねぇ』

 

「ああ、ヒドイ男だ。だからこそ、私の最愛の男なんだ」

 

『ふふっ、まあどっちも年増で非処女非童貞だし、血を吸う価値はないね。 触手くん、ぐちゅぐちゅに犯しちゃって!」

 

 周りは都合良く服だけ溶かしてくるスライムに囲まれ、触手は私へと群がる。確かに私の心は汚れているが、この身は愛するカズマのものだ。アイツにかっこつけてしまったが、正直言って私にはなす術がなかった。

 

「くっ……殺せ!」

 

『ふひひふ! その心意気は結構! でもこの触手君に言葉は通じないよ……ってなになに……”その心意気あっぱれ。というか見たところ経産婦だよね? 俺は既婚女性寝盗って子供を悲しませる趣味ないんだよね。それよりさっきから俺の上にいる生意気な吸血鬼のメスガキ犯すわ”……ってコラ!? 敵は私じゃなくて……んほおおおおおおおおおっ!? お尻はらめえええええええええっ!?』

 

 

 

 

目の前でお尻の穴に触手を突っ込まれた女吸血鬼を見つつ、私は剣を取り落とした。

 

 

 

 

「くっ……犯せ! ここまで来て犯されず帰れるか! おいこらそこのスライム! 私を犯せ!」

 

『いや、経産婦の人妻に手を出す趣味ないし……そもそもここにいるスライムは皆地下に逃れたガチホモ穴兄弟ですから……』

 

「スライムごときが喋るな! この下等生物が!」

 

『理不尽!?』

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないダクネス……俺はお前を必ず取り戻す! 触手より俺のモノの方がいいって後で思い知らせてやるからな!」

 

 男泣きをしつつ、何故かギンギンに反応する股間を抑えつつ俺は階段下へと足を踏み入れる。そして、たどり着いたのはまたしても大きな空間のみで周囲に壁しかない大部屋。だが、ここが最深部である事は理解出来た。

 

 大部屋の中央には鎖に繋がれて項垂れているレイカの姿がある。その姿を見て俺の中の不安が吹き飛んでいく。ただただ、無事でよかった。それだけだ。

 

「無事かレイカ!」

 

「お父さん!? なんでここに……なんで……!」

 

「助けに来たに決まってんだろ! 俺はお前の父親だからな!」

 

「お父さん……お父さんっ……!」

 

 顔をくしゃくしゃにして泣くレイカに俺はすぐさま駆け寄りたかった。しかし、それが簡単には行かない事は分かっていた。暗闇から、メイド服を着た金髪ショートカットの女性が現れる。彼女の顔を注視するが、その顔は全く見覚えのないものであった。しかし、彼女の薬指でくすんだ輝きを放つ指輪には見覚えがある。あれは、俺がアイリスに渡したものだ。

 

「お久しぶりですお兄様。少し突貫でしたけど、結構難しめに作ったダンジョンをこんな短時間で突破してくるなんて……流石はお兄様です!」

 

「御託は結構だ! 俺はお前を倒す! そしてレイカを取り戻す!」

 

「そう焦らないでください。私がこんな姿になった理由とか気になりませんか?」

 

「そんなのはレイカを助けた後に聞けばいい。それとも、俺にレイカを返して会話だけで今回の事を終わらせる気があるなら話を聞いてもいいぞ」

 

「ふふっ、そんな事……あるわけないです♪ 戦いましょうお兄様」

 

 そう言ってアイリスと名乗る女性は懐からじゃらりと鎖付きの鉄球……所謂モーニングスターと呼称される武器を取り出した。対する俺は愛刀を抜き放つ。この勝負、勝てるかどうかは分からない。しかし、レイカのためにも、俺を先に行かせてくれたゆんゆん達のためにも負けるわけには行かなかった!

 

 

 

 

「アイリス、覚悟おおおおお!」

 

 

「ふふっ、来てくださいお兄様! 私といっぱい遊びましょう!」

 

 

「うおおおおおおっ! 喰らえっ! 超必殺――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次話に続く!

 

 




打ち切りじゃないから安心してね☆


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新たなる旅立ち

 期待をしていたのは血と汗が飛び散る本気の戦い。愛するものを奪った私を恨み、その瞳に”私”が焼き付くほど見つめて欲しかった。しかし、理想は現実とは違う。私の愛したお兄様はすでに虫の息だった。右腕はズタズタに引き裂かれて変な方向に曲がり、両足も幾度かの攻撃を受け肉は削げ落ちていた。そんな彼は膝を折り、こちらに向けて頭を地につける。正直言って私の胸中は失望に満ちていた。

 

「どうしたんですかお兄様? そんな悔しそうな顔をして」

 

「見りゃ分かるだろ。土下座だよ。こうなっちまったのは俺のせいだが、レイカは関係ない。俺はどうなってもいいから彼女は解放してくれ」

 

「まだ戦いをはじめて5分も経っていないですよ」

 

「……この通りだ」

 

 身体を地につけ謝る彼の姿なんて見たくなかった。私は彼に背を向けて、先ほどから泣きわめいている少女へと顔を向ける。神縛りの鎖で拘束は出来ているが、神力の無効化には至っていない。だが、彼女を汚す事はできる。目の前で娘が痛い目に合えば彼はとても悲しむ事であろう。そうすれば私の目的は達成できる。本当はあまりこういう事はしたくはないのだが、彼との戦いがここまで拍子抜けで終わってしまったのだから仕方ないのだ。女神の娘に取り付けるかは不明だが、私は触手生物の収用室を開けようとして……

 

「”不死王の手”」

 

「なっ……!?」

 

 私は首筋に触れる彼の手を掴み、一気に投げ飛ばす。彼は投げられながらも綺麗に着地してこちらを睨み付けてくる。彼の目にはまだ復讐の炎に燃えていた。そう、求めているのはこの表情とこの目だ。やっぱり、彼は私の愛しのお兄様なのだ。

 

「くそっ、手応えがないな」

 

「ふふっ、私は状態異常無効の装備を身に付けてますから。それより、なんで傷が全て治癒しているんですか? もしかして高等治癒魔法も使えるのですか?」

 

「さあな! ただ、俺の愛する女神達のおかけだ!」

 

 刀で斬りかかって来た彼に鉄球を打ち込むが、彼は自動回避スキルのおかしな挙動でそれを避ける。そんな彼に私は何度も回し蹴りを叩きこむ。彼の幸運依存のスキルは強力だが、回避できる確率は100%ではない。だからこそ私は執拗に蹴りを叩き込んだ。そのうちの一発が当たって吹き飛ばされた彼はすぐに口元の血を拭って立ち上がった。

 

「運頼みでは私の手数をさばけないみたいですね」

 

「そうみたいだな……だがこいつはどうだ! ”スティール”!」

 

「……!」

 

 

 お兄様の右手が大きな輝きを放つ。その光を前に私は目を瞑ってしまった。それはこうした器用な技を多く持つ彼の前では失策と言えるかもしれない。でも、私は動じない。これが彼の強さだと知っているからだ。

 

「パンツ……すら盗めないか……」

 

「当然です。だって盗み無効のアクセサリもつけてますから」

 

「状態異常と盗み無効って……お前はゲームのボスキャラみたいだな」

 

「ふふっお兄様をよく知ってるからこそ出来た対策です。ほらほら、盗み無効のアクセサリを私が身に着けているのですよ。だから私をいたぶって身ぐるみ剥いで盗ってくださいよ」

 

 挑発をする私を彼はとても強く睨みつけている。それが内心嬉しくてたまらなかった。すると、彼は突然上半身の服を脱ぎ捨て、懐から火を起こせる魔道具……確かジッポライターというものを取り出した。不敵な笑みを浮かべる彼のお腹には、私の手首程の太さをした筒状の何かがたくさん巻き付いていた。

 

「お兄様が服を脱ぐなんて、私を犯す気ですか?」

 

「軽口を叩けるのも今のうちだ。これは俺の故郷に伝わる最終手段。ダイナマイト腹巻き……通称”腹マイト”だ!」

 

 彼のギラつく目には見覚えがあった。ここ最近でもよく見た目……大切な物を守るために命を投げ出すもののが宿す狂気の目つきだ。

 

「喰らえ! ”クリエイトアース”、”ウインドブレス”!」

 

「くぁっ……目に砂が……!?」

 

 どうせ私には効果ないと余裕で突っ立っていたら顔面に砂を浴びてしまったらしい。どうやらこれは状態異常攻撃ではなく物理攻撃扱いのようだ。そして、私の両脇に腕が差し込まれ、抱きしめられる。目は見えない。しかし、愛しのお兄様が抱きしめてくれている事を全身で感じた。

 

 

「ふふっ、お兄様、嬉しいです」

 

 

 

 

 

私の背後からはカチンという金属音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 私の中に確かな自我が芽生えたのはいつか定かではない。しかし、私の一番古い記憶は大昔という事は確かであった。

 

「マスター、私の妹は動かないのですか」

 

「すまんがそうみたいだな。まったく、こんな事になるならエネルギー源をお前と同じにしておけば……しかし理論上の出力は……」

 

 何かの端末を弄る黒衣の男はぶつぶつ呟きながら思考の海に沈む。私はしょうがなく一緒の石室で眠りについている妹……姉妹機の頭を撫でる。彼女の無機質な顔は私とまったく同じであるが、髪色は私の桃色と対象的な鮮やかな青であった。そんな私達に天井から砂ぼこりが吹きかかる。部屋には何か巨大なものが動いているようなズシンズシンという揺れと重苦しい音が響いていた。

 

「よし、最終チェック完了。ライム……最初で最後の命令だ。ここで眠れ。そして勇者の血を持つものがお前と接触した時……そのものに助力し魔王討伐を成し遂げてくれ」

 

「私は……」

 

「安心しろ。お前はノイズで一番凄い呪術士であるワシが作ったんだ。人型ホムンクルスの発想はあの勇者の模倣だが、それ以外は全部ワシの手で作ったんだ!」

 

「マスター、魔法大国ノイズで一番凄い魔法使いではなく、呪術士と言う所に器の小ささが出てます」

 

「なんでそう酷い事を平気で言うんだ! やっぱ恨みとか妬みみたいな負の感情をエネルギー源にしたせいか!? 」

 

顔を真っ赤にして怒る男から身を守るため、私は動かない妹を抱き締める。彼はそんな私を見てため息を吐いた後、端末を弄る。そして、私と妹を包み込むように金属製の棺が動き出した。

 

「まさか私を閉じ込める気ですか? この淫乱ハゲジジイ」

 

「ハゲは関係ないだろハゲは! とにかく、お前は眠れ。勇者の血を持つものに反応して目覚めるように設定してある。だからお前はこの国の叡知の一部を後生に伝えるんだ」

 

「マスター……いやハゲジジイ……」

 

「おいこら……お前を後生に残すのが不安になってきたよ」

 

苦笑を浮かべた彼は杖を持ち荷物を背負う。閉じる金属棺にあわせて私の意識も落ち始めた。

 

「さて、機動要塞デストロイヤーの所に行くとしようか。ワシと同じように後生に希望を託した奴らが決死隊を編成しとるらしい。破壊は出来なくとも、ここから遠ざけねばな」

 

「……」

 

「ライム、もし後生でお前が魔王討伐の一助となったならば……ワシの名を歴史に刻んで欲しい」

 

薄れ行く意識の中、私は背を向けて離れて行く彼に呼び掛ける。しかし、もう声も出せなくなっていたのだ。

 

 

 

 

ごめんなさいマスター、貴方の名前知らないの。

淫乱ハゲジジイの事なんて興味なかったから……

 

 

 

 

 

 

 薄れていた意識がハッキリとして行く。私の眼前には、美しいブロンドを携えた少女がこちらを覗きこんでいた。まさかあのハゲがついに性癖を拗らせて性転換でもしたのかと思ったが、私の中の感知システムが彼女を勇者の血族だと告げていた。すぐさま、起き上がった私はそんな彼女に頭を垂れた

 

「はじめまして。私は戦闘用人型ホムンクルスのライムと申します。製造目的は、魔王討伐と魔法大国ノイズの技術継承です。勇者様、私をどうかお役立てしてください」

 

「うわっ喋った!? これはお宝発見ですね。でも……」

 

困った表情を浮かべる彼女を視界に収めつつ、周囲の状況を観察する。地下施設の壁は錆びに侵食され、植物が生い茂っていた。おそらく何百年も経過しているのだろう。幸い私の身体には傷一つないが、一緒に寝ていた妹は以前は感じられた僅かなエネルギーさえ失っていた。

 

「そのコは……貴方の妹さん」

 

「いえ、妹になる可能性があったガラクタです。ですが、解析すれば何か得られるものもあるでしょう。判断は勇者様に任せます」

 

「そうですか……とにかくわからない事だらけですが挨拶は大事ですね。私はアイリスと言います。勇者様だなんて今の私にとっては皮肉でしかないです」

 

「勇者様……いやお嬢様……!」

 

私は再び彼女に向けて頭を垂れる。そして、私の核に渦巻く力を強く全身に行き渡らせる。どうやら私の目的は達成できそうだ。

 

「お嬢様、私の感知システムは貴方をかなりの強者と認識しています。貴方と私の力があれば魔王討伐も夢ではなく……」

 

「あっ、魔王なら私のお兄様がもう倒しましたよ」

 

「わっつ?」

 

「ふふっ、一足遅かったようですねライムさん」

 

「……マジで?」

 

「マジです……ってわわっ!?」

 

何故か私のシステムが全てダウンして行く。慌てこちらに駆け寄るお嬢様を見ながら私は改めて実感した。やっぱハゲシジイよりかは美少女だなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の愛しの”お兄様”が魔王討伐を成し遂げてから早くも数年が経過していた。私の中でくすぶっていた初恋の芽は残念ながら枯れてしまった。私とも交友があった紅魔族のゆんゆんがめぐみんさん達を差し置いて彼を手に入れた事には驚いたが、近況を教えてくれる彼からの手紙には今もめぐみんさんやダクネス、アクアさんの影がチラついていた。その姿を想像して思わず笑みを浮かべてしまう。しかし、口惜しい事は確かだ。

 私は今になってもどこか期待している。笑顔を浮かべた彼が、『遅くなった』って言って私の手を取ってくれると。でも、現実はいつになっても厳しいものだ。彼からの手紙に同封された彼の家の族写真を前に私は閉口する。幸せそうな表情を浮かべるお兄様とゆんゆんさん、その間にいるさよりちゃん。その眩しい笑顔は私の恋の芽を焼き焦がし、一方で新たな生命の水を注ぎこんでくれた。愛しのお兄様……カズマさんに対する思いは少しずつ風化して”良き思い出”になりつつある。私はそれを肯定的に受け入れていた。だが、辛い現実はそんな私に容赦なくにじり寄る。一つはクレアとレインが私の元から離れたという事だ。レインは元々許嫁であったという王国内の貴族と結婚をした。時折私の元へ姿を現す彼女はいつも笑顔を浮かべていた。どうやら旦那が屋敷のメイドに結構なお手付きをしているようだ。そんな事を笑いながら話すレインには何とも言えない陰がまとわりついていた。もちろん、クレアと旦那の闇討ちを話し合ったが、派遣した内偵によると領地経営等に問題はなく、メイドへのお手付きも両者合意の上のものらしい。ここで無理やり迫られた、領民への手出しをしているとなれば天誅の対象であるが、残念ながらそういう事はしていなかった。むしろ、金払いの良さとアレの上手さはメイド達にも人気であるらしい。

 王女であるのに私は何も出来ない。その無力感に苛まれている間に、クレアの結婚が決まってしまった。お相手は隣国で商人から成り上がって貴族となった男であった。クレアが泣きながら見せてきた写真には、品のない金色のアクセサリを多数身に着け、丸々と肥え太っている豚男であった。どうやらその商人とのパイプを持ちたい実家や国の事情も絡んで断れないらしい。クレアは別れを告げる馬車の前であっても悲痛な顔で泣き続けていた。しかし、彼女は私に言い含めるように……自分に言い聞かせるように何度も口にしていた。”これが貴族の義務だ”と。時を同じくして、ダクネスが心を壊したとの噂が王宮内でひろがっていた。もちろん、私は彼女に会いにいった。出迎えてくれたダクネスは光のない瞳でお腹をさすっていた。それが決定打になったのであろうか……私は今の生活や”身分”、”立場”が非常に嫌になった。

 

 

 

 

 

 

 

 これ以降、私は嫌っていたお茶会や舞踏会にも足を運ぶようになった。ひとつは私の将来の伴侶にしてもいいと思える良い男を探すため、もうひとつはクレアやレインのように気軽に話せる”友達”が欲しかったからだ。だが、どちらも上手く行かなかった。私に声をかけてくる男はみな野心と下心を携えた者達であった。実はそのような強い意志を持つ男性は嫌いではないのだが、その誰もが私に少し怯えている姿を見ると正直言って幻滅してしまう。まあ、これは王女という立場でありながら武功を立てすぎた自分にも原因があるのだろう。彼らが他の貴族の女性には勇ましい武勇伝を語るのに対し、私に対しては押し黙るしかないのは滑稽だ。自分の経験が私の武勇と比べるとゴミみたいなものであるという自覚はあるようだ。

 そして、私の味方になる存在も得る事が出来なかった。他の貴族達は全員何らかの派閥に属しているし、最大派閥である第一王子派、それを支えるダスティネス派は私に対してどこか冷ややかであった。加えて、弱小派閥に属する下級貴族は私を遠巻きに見るだけだ。恐らく余計な政争には関わりたくないのであろう。

 

今になって振り返ると、私はこの時とても孤独に飢えていた。幼いころからの付き合いであるクレアとレインとは疎遠になり、新たに配属された近衛騎士はダスティネス派に属し必要最低限の言葉しか口にしない堅物であった。元々交友関係の狭い私にとってそれは辛い物であり……そんな時に届くお兄様の……カズマさんの手紙は非常に甘美なものであった。

 王族である私に対して心から優しく接してくれるし、私と幼い頃から交流があって気心もよく知っている。仲間のために魔王を倒す強さを持つ事も知っているし、そのくせコボルト程度のモンスターにも負けてしまう彼の弱さを知っている。おまけに資産家でお金にも困っていないとの事。改めて彼が私にとっては超のつくほどの優良物件である事に気づかされた。何より、彼との生活を想像すると自然と笑みがこぼれてしまう。

だから私は彼を王城で行うお茶会に招待した。手紙でのやりとりはあるが、直接顔をあわせるのは数年ぶりである。精一杯に着飾って、茶器や振る舞う茶菓子にもとことんこだわった。更にクレアやレインにも招待状を送った。彼女達の近況を聞きたかったし、心配だったのだ。こうして私主催のお茶会を盛大に開かれた。

 

 

 

でも、お茶会に来た客人は一人だけであった。

 

 

 

彼女は金髪碧眼のとても美しい女性であった。深紅のドレスは身につけているものの長身とスタイルの良さを際立たせている。口元は扇子で隠され表情は窺いしれないが、とても冷ややかなものである事は理解出来た。対する私は非常に居心地が悪かった。まさに悪事がばれた気分といったところであろう。

 

「お久しぶりですねララティーナ……」

 

「その名前はよしてくださいアイリス様。こちらこそお久しぶりです。私自身には覚えがありませんが、どうやら私の見苦しい所も見せてしまったようですね」

 

扇子をしまい、こちらに顔を見せるダクネスはこちらを無表情で見つめている。姿も口調も堅いおかげで彼女から感じる威圧感は5割増しだった。

 

「ダクネスもその口調はやめていつものようにしてください。それより……もう体は大丈夫なんですか?」

 

「もちろんそれは大丈夫です……いや本当に大丈夫だ」

 

私の質問に対し、ダクネスは満面の笑みを浮かべてお腹を撫でる。まさかまだ狂気に囚われいるのではないかと不安になったが、少し膨らみのあるお腹がそれを否定した。

 

「ふふっ、私は正式にカズマと婚姻を結んだんだ。立場的には第二夫人に近いが、国の書類上は私が正妻でゆんゆんは妾だ。ゆんゆんに対するちょっとした嫌がらせだがな」

 

「子供も身籠ったのですか……?」

 

「ああ、アクアとエリス様からも立派な男児を身籠ったと受胎告知をもらっている」

 

「そうですか……」

 

 はっきり言ってショックであった。ダクネスとはゆんゆんさんより近しい仲であった。それだけに、愛しのお兄様とダクネスが愛し合う光景を鮮明に想像出来てしまう。子供が出来るという事はやる事はやっているという証拠であった。

押し黙る私に対し、ダクネスは再び冷ややかな目で私を睨み付けてくる。その視線から私は逃れられなかった。

 

「それでは本題に入りましょうアイリス様。私からの要求はただひとつ。今後はカズマに近づかないでもらいたい」

 

「それは……」

 

「アイリス様、説明しなければ分かりませんか?」

 

どこか嘲笑するようなダクネスに向けて私は思わず拳を振り上げる。だが、もう片方の手で押さえつける。ここで手をだしても立場を悪くするのは私だけだからだ。そんな私にダクネスは言い聞かせるように話しはじめた。

 

「賢明ですアイリス様。聡明な貴方なら今のカズマに近づく事はあってはならないとすでに理解しているはずだ。ですが、私の口から改めて説明しよう」

 

「…………」

 

「まず第一に、カズマは紅魔の里族長の娘……ゆんゆんと結婚している。あの男がいずれは紅魔の里の実権を握る事は確実だ。元々王国内に小さいながらも自治領を持ち、住民全員が上級魔法使いで魔王軍と互角に戦える彼らは我々にとっても目の上のたんこぶだった。だが、紅魔の里の特権を奪って彼らがこの国を離れるような事はあってはならない。国にとっても大きな損失であるし、他国について敵になるなんて想像もしたくない。しかも最近はあの男のおかげで経済的にも発展し、すでに王国内の半分近い商業活動を彼の商会が牛耳っているんだ」

 

少し自慢気な様子のダクネスは若干頬を染めてお兄様について語っている。もちろんダクネスの言っている事は私自身十分承知している。しかし、それでもなお私は彼に会いたかったのだ。そんな私の意思を察したのだろうか。ダクネスはより強い視線でこちらを見てきた。

 

「二つ目はカズマがエリス教とアクシズ教に深いつながりを持っている事。すでに教会の最上層部はこの世界の主神であるアクアとエリス様が彼を見染めている事を把握している。これに関しては非常にやっかいな事になっている。つまりはあの男はやろうと思えばこの世界の人類ほぼ全てを国家の垣根を越えて動員できるだけでなく、様々な宗教的対立と内乱の火種を持っている。これにさっきの紅魔族関連の事情を考慮するとカズマは正に”火薬庫”、もしくは眠れる獅子と言ったところだ」

 

「それは私も理解できています! でも……!」

 

「でも……では済まないんだよアイリス様。すでに不穏分子やよからぬ輩というものがカズマ達に接触しようとしたんだ。だが、すでにそれらは当家が粛清しているから安心して欲しい。ダスティネス家はこの国の”盾”だ。すでに父王とダスティネス家はカズマと二人の神の同席のもとで契約をしている。カズマに近づく不穏分子を処罰し、カズマ自身が下手な考えを持った場合は当家と私の命を使ってそれを止めるとな。アイリス様、カズマも平和に暮らしたいんだ。だから、国は彼の一族を未来永劫何があっても動員しない。その代わり彼自身も下手な考えは起こさない。それで終わった話だったんだ」

 

「それでも……私は……」

 

「聞き分けがないなアイリス様。では三つ目に……貴方の実の兄である第一王子はすでに最前線で戦友だったという隣国の姫と近衛騎士でもあったベルゼルグ公爵家の女性と結婚し、子供も授かっている。魔王を打ち取った我が国はすでに覇権国家だ。面倒だった周辺諸国も魔王軍との戦争のどさくさに紛れて結んだ条約のおかげでほぼ血を流さずに手中に収めたと言っていい。だからこそ、貴方がカズマに近づくと不穏分子が国内外から湧いてくる。私もカズマも余計な政争には巻き込まれたくないんだ。もしこちらに害が出た場合にも、カズマは何もしないかもしれない。でも、エリス教やアクシズ教、紅魔の里の住人……特に人間戦略兵器のめぐみんが何をするか分からない」

 

 何も言えなくなった私は押し黙るしかない。そんな事は百も承知であった。だとしても私は彼に会って話がしたかった。もし彼が私の話を聞いてくれたなら、今の境遇と孤独を伝えたら、私を囲む壁を全て打ち破ってくれる。本当に救いようのない愚かな私を抱きしめ、一緒に過ごしてくれるかもしれない。そんな私の淡い期待をダクネスは知っているのだろう。だからここに招待していないはずの彼女がいるのだ。

 

「アイリス様、私は前々からアイツの障害になる出来事はなくしてやろうと奔走してきた。不穏分子を招きかねないアイツ個人の名声をゆんゆんや魔剣の勇者に押し付け、私の派閥にも理解を求めるだけでなく派閥の拡大を行った。よく調べている人間なら、カズマが余計な野心より自堕落な生活を望んでいる事は知っているし、私にも同志が出来た。それでも馬鹿な事を考える輩は後をたたない。ダスティネス家がカズマの権力を利用してクーデターを画策している……そんな事を吹聴して内乱を引き起こそうとした奴もいる。どちらも当家と父王とで対処してきて最近やっと落ち着いてきたんだ。それを乱したいのかアイリス様?」

 

「ダクネス、貴方も随分と変わりましたね。昔は貴方を友達だと思って……!」

 

「アイリス様、貴方が彼に近づくと良からぬ事が起こる。それを考慮すると私にとって貴方の存在は不利益の塊だ。今後はカズマや私に関わらないでもらいたい」

 

「っ……!」

 

 ああだめだ。やはり涙が出てしまった。私はどこかで期待していたのだ。ダクネスなら私の味方になってくれると……そんな甘い考えだった。しかし現実は違う。彼女は明確に私を拒絶した。それに彼女の言葉の裏に愛しのお兄様が関わっている事も分かってしまった。つまり彼も私の事を厄介者だと思って拒絶しているのだ。手紙の中での彼は昔と変わらない。でも、彼もダクネスと同じように変わってしまったようだ。

 そんな時、ダクネスがテーブルを強く叩いた。衝撃で床に落ちた茶器は割れ、茶菓子が床に散らばる。私は情けなくも体をビクつかせてしまった。彼女の表情は再び氷のように冷ややかで堅くなる。私はダクネスに怯える事しか出来なかった。

 

「アイリス様、友達なんてものは本当に欲しいものを手に入れたいときには邪魔にしかならない。それでも、私自身は彼女達も大好きなんだ。だから彼に近づく事を許容できるし、カズマを一緒に共に支えてきたという思いもある。だが、貴方はどうだ? 正直言って彼と過ごした時間も少なければ、彼に対する思いの動機も薄っぺらい。そんな貴方に……ゆんゆんと同じような輩にカズマを近づけたくない。あれは”私達”の男なんだ!」

 

「ひっ……!」

 

ダクネスのが私に向かってテーブルを蹴り飛ばしてきた。私は反射的にそれを腰から抜いた聖剣で切り飛ばす。だがそこで腕を止める。目の前の無礼者を切り捨てる事は私には出来なかった。彼女は扇子を開き口元を隠す。表情は窺い知れないが、先ほどとは違ってどこか暖かなものを感じた。

 

「アイリス様、貴方も大人になりましたね」

 

「ララティーナ……私は……」

 

「ふふっ、私自身も理解してます。カズマが私や貴方のような女性にとっては”劇薬”でしかないと。だからこそ、ごきげんようアイリス様。もう二度と会う事はないでしょう。もし次に会う事があるとしたら……それは私か貴方のどちらかが命を失った時です」

 

 

 

 

優雅な一礼をして去っていく彼女を、私は黙って見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 それからの私は着実に腐っていった。部屋に引きこもりがちになり、僅かな希望を託しお兄様に手紙を送り続けた。だが、返ってくるのは拒絶の言葉ばかり。時を同じくして、私のお茶会にダクネスを招いたのはお父様であると知ってしまった。父は私に謝りながら、これからは自由に過ごしてほしい、結婚なども強制しないと優しく語った。娘である私だからこそ理解できるのだが、お父様は私を手放したくないようであった。だが、そんな思いや言葉もお兄様の婚姻と跡継ぎに関する問題が上手くいったから出てきたものなのであろう。図らずも私が欲していた自由を手に入れたのだが、喜べるものではなかった

 この時期の私は後になって考えても歪んでいたと言わざるを得ない。溜まった不満とストレスのはけ口は手紙を書く事と、時折会いに来てくれたレインとお互いの愚痴を語る事、彼女が置いて行ったお勧めの本を読む時だけであった。

 

 そんな時期に私はあの作家の本に出会った。レインによると、作者は紅魔族の女性だそうだ。彼女の書いた本の数々には実に生々しい嫉妬と憤怒に感じられた。それと同時に、これでは終わらないという不屈の精神と野心も感じられた。だから私は再び立ち上がろうと決めた。私が彼の気を引くためにはどうしたらいいのか、何をしたら振り返ってもらえるのか。

 

 それから数か月後、王都にはとある噂が流れていた。旧魔王領にて魔王軍再編の動きがあると……王都では何度目か分からない魔王領への遠征を行う兵士を募集していた。それに私は飛びついた。彼が作ってくれた平和を汚したくなかったし、私がこれを解決に導く事でもしかしたら彼に褒めてもらえるかもしれない。そんな淡い期待があった。

 

 

 

 

 

 

 

それが間違いであった。

 

 

 

 

 

 

 

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「お前があの噂の”血染めの王女”か! 許さない……私は絶対に許さない!」

 

 

燃えるような赤髪を短くまとめた鬼族の女性が私に大剣を向け、憤怒の表情で睨みつけてくる。彼女の周りには、王国遠征部隊の兵士達の死体が山のように積み重なっていた。私はそれを涼しい顔で受け流し、何だか物騒な異名を自分につけられている事にため息をついた。

 

「落ち着いてください。私は貴方達を殺したくありません。ですから、崇拝する邪教を捨て、こちらが管理しているエリス教、もしくはアクシズ教居留地に投降してください。それから然るべく教育を……」

 

「ふざけるな! お前達は私の故郷を奪った……文化と歴史を否定し、誇りを奪った! そんな奴の言う事など聞くか!」

 

「落ち着いて……戦争は終わったんです。それに、その言葉は私達にも言える事です。私達人類を絶滅間際まで殺し、犯し、故郷や親を奪った。でも今はお互いにそれを忘れて……」

 

「死ね!」

 

 斬りかかってくる鬼族の女性はとても速かった。そして、一撃も重い。その斬撃を避けながら、私が前線に呼び出された事も納得が行く。確かに、遠征軍の兵士には荷が重い相手であった。

 

 

だが、私にとっては遅い。

 

 

 私は素早く聖剣を振りぬき、彼女の両腕を切断する。彼女は呆けたような表情を浮かべて、宙に舞う両腕とと大剣を見つめていた。そして、数秒後には諦めたように膝を落としていた。

 

「見事だ……殺すがいい……」

 

「諦めが早いですね」

 

「私も一端の戦士だから理解している。噛みついてでも反撃したいが、それも無理……がああああっ!?」

 

「元気そうなので足ももらいますね」

 

「ぐうううううっ……早く殺せ……!」

 

 切断した足を私は蹴飛ばす。残った胴体は呪詛のように殺せと泣き喚いていた。そんな私の周りに下卑た笑顔を張り付かせた男達が大勢集まってくる。足元からは怯えたような泣き声が聞こえてきた。

 

「ごめんなさい。遠征軍の皆さんは僅かな食糧しか出されないし、お給料も1エリスとして出されないんです」

 

「殺せ……殺せ殺せ殺せ!」

 

「だから、こうやって現地調達するしかないんです。この大剣は私が貰うので、後はこの人達にもお給料を支払ってあげてください」

 

「殺せ……殺してくれ……うぎゅっ!?」

 

私は近くに突き立っていた大剣を背負い、足元の物体を蹴飛ばす。そして周囲の男達に目配せをした。

 

 

「いや……私は……いああああああああああっ!」

 

 自軍の方へ引きづられていった彼女を見届ける。多くの下品な笑い声と粘ついた音、小さくくぐもった、悲鳴が聞こえてきた。同時に私は前方からいくつのも敵影が近づいてくるのを感じた。だから、私は周囲で指示を待つ男達に命令を出した。

 

「焼き払いなさい」

 

「承知! 者どもかかれええっ!」

 

 

 

 反乱軍の集落へと兵士達が蝗のように襲い掛かる。私もその群れに混じり、ストレスの解消を始めた。それから狂気の沙汰が始まった。

 次に気が付いた時には私は全身を血で濡らしていた。周囲の死体をいたずらに蹴飛ばし、周囲で倒れうめく者達を敵味方問わず首をはねて行く。そんな時、私の耳が小さな悲鳴をとらえた。私はその方向へ足を向ける。それは今だ燃え残っている家屋の一つからであった。扉を開けて中に入ると、10歳に満たないであろう鬼族の少女が小さな箱を大事そうに抱えていた。そして、そんな彼女を三人の男が取り囲んでいた。

 

「お嬢ちゃん、その箱を渡してくれや。命まではとらねえからよ」

 

「いやっ……いやっ……!」

 

「頼むよ。横の二人は君みたいな奴が好きな変態なんだ。それを渡せば、俺がこいつらを止めて君もアクシズ教居留地に送り届けてやる。変態は多いがアンタみたいな元魔王軍も信仰さえすれば受け入れてくれるぞ」

 

「いやっ……これはお姉ちゃんが買ってくれた大切な……あっ……」

 

 少女と男達の視線がこちらへ向く。男達は自然に一歩足を引いた。だから、私は少女の元へ行き優しく頭を撫でる。彼女は体をぶるぶると震わせていた。

 

「大丈夫怖くないから……だから目を閉じて……」

 

「やっ……あっ……!」

 

「貴方には見せたくない光景だから」

 

「ひぐっ……ひっく……なんで……」

 

「大丈夫」

 

 私はそっと少女の両眼を手のひらで覆う。しかし、小さな少女はそれを振り払った。そして、不思議そうに私の事を見つめてきた。

 

「なんでお姉ちゃんの剣を持ってるの……?」

 

「大丈夫、怖い思いはもうしなくていいの」

 

「なんで……あっ……」

 

 ゴトリと小さな首が地に落ちる。振りぬいた大剣を背負いなおし、思ったより切れ味が悪いことにため息をうつ。さっきから使用して分かったのだが、これは装飾は華美な代わり実用性が低い安物であった。同時に周囲の男達もため息を吐いた。

 

「おいおい……」

 

「貴重な幼女が……」

 

「もったいない……まあまだ使えるか」

 

二人の男のうち一人は胴体を、もう一人は転がっている首を拾って趣味の悪い自慰を始めた。残った一人は少女が持っていた箱を開け、顔をしかめてからそれを蹴飛ばす。そして、煙草をふかし始めた。私は何気なく目の前に転がってきた箱を手に取る。中には、煌びやかな装飾品が入っていた。だが、そのどれもが質の悪い玩具であった。その中から私は一つの指輪を手に取る。

 

 

それは私が彼から貰った物とそっくりであった。

 

 

 

「まったく、しけた家だ。金目のものがありゃしねえ……って姫様……?」

 

「…………」

 

「マジかよ……泣いてんのか姫様……いつももっとえげつねえ事……いやアンタも人間だもんな」

 

 何故だか分からないが涙が止まらなくなった。そんな私を目の前の男が軽く撫でた。だが、涙は止まらない。何もかもがどうでもよくなっていた。そんな時、家の扉が強く押し開かれる。そこには血相を変えた男の姿があった。

 

「おいお前ら撤退だ! どうやらここに作られた地下壕にまだ立てこもってる奴がいるらしい。だからめぐみんの姉御が全部まとめて爆裂するってよ! 死にたくなきゃ逃げろ! 爆裂は五分後だ!」

 

「おいおいまだ俺達は稼いでないってのに……姫様逃げるぞ! おいペド野郎どもお前らも姫様を運ぶのを手伝え!」

 

「うるせえ! 俺はこの肉便器を運ぶんだよ!」

 

「悪いが俺は先に逃げさせてもらう。まだ死にたくねえんだ!」

 

首を放り投げて逃げ出した男の後を、私をおぶってくれた男と胴体をおぶった男性とで追う。それから私達が野営地に帰り着いた時、あの集落は爆炎と共に塵も残さず消え去っていた。

 

 

 

 

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 その後、野戦病院に送られた私はすぐさま王都へと戻された。泣くだけだった私を、父は優しく抱きしめる。偉そうに負けた国はああなるんだとか語り始めた父の顔を私は殴り倒していた。それからはある意味吹っ切れてしまった。暇つぶしにダンジョンを踏破したり、賞金首をぶっ殺して金を街にばらまいた。また、お兄様への手紙はこの頃は客観的に見てもすでに嫌がらせの域に入っていた。それでも私の心は晴れない。結局、私は禁忌とされた愛しのお兄様のもとへ会いに行くことにした。しかし、彼の周囲の監視網を突破する事は厳しい。だから、私は旧知の仲を頼る事にした。

 

 

 

 

 

「という事から吾輩の所に来たのか壊れた娘よ」

 

「そんな所ですよハチベエ……いやバニルさん。それと私は壊れてなんかいません」

 

「おおう、自覚がない事ほど恐ろしいものはない。しかし、悪魔である吾輩を頼ったのは正解だな! あの男の周囲には女神の目がある。突破するには外法を使うしかあるまい。もちろんそれは吾輩という悪魔と契約をする事を意味している。それでも良いのか?」

 

「差し出せるものは何でも出しますよ。お金でも、体でも。魂でも」

 

「おっと、即答するとはこの吾輩でも予想外!」

 

さきほどからうるさいバニルさんを軽く小突く。私とて半端な覚悟でここに来たわけではないのだ。バニルさんはせわしなく動いて私の様子を見た後、そっとため息をついた。

 

「よかろう壊れた娘よ。吾輩が女神を欺く外法を教えてやろう」

 

「代償は?」

 

「心配しなくていい。吾輩は貴様の壊れた魂も身体も欲しくはない。吾輩が要求するのは……ダンジョンを作って欲しいという事だ」

 

「ダンジョン……?」

 

「そうだ! 吾輩が貯めたお金でこっそり作っていたんだが、何を思ったのかあの貧乏店主が爆裂魔法でダンジョンを壊し、おまけに吾輩のお金を勝手にガラクタへとつぎ込んだんだ! 『これで振り出しですね。さあ私とお店を続けましょう』と笑顔を見せるあやつは正に狂人で……」

 

 悪魔なのに何やら体を震わせているバニルさんの手を私はとる。その代償を受け入れるという意思表示だ。それから、私はバニルさんからいくつかの技を伝授してもらい、何個かのアイテムも頂いた。代わりに彼の望むダンジョン作成を引き受けた。ダンジョンの場所や内装は私が好き勝手に作っていい事、出来ればダンジョンに配置できるモンスターなどを集めて欲しい事。期限は無期限で最低でも一階層を作ってくれれば問題ないという事であった。はっきり言って悪魔の代償としては破格のものだ。

 

「なあ、壊れてしまった娘よ。また何かあったら吾輩を頼るといい。また代償は頂くがな」

 

「だから壊れてませんって……」

 

 それから数日後、私はしかるべき準備をして紅魔の里へと向かった。体に女神の目を欺く刻印を刻み、エリス教巡礼者達の間に混ざって紅魔の里へと侵入する。結果としてそれはあっけなく成功してしまった。そしてついに憧れのお兄様の元までたどり着いたのだ。だが、その歩みも彼を前にすると止まってしまう。彼は紅魔の里の小さな公園にいた。タバコを吸いながらベンチに座る彼は、ぼーっとした表情で砂場を見つめていた。彼の視線の先には紅魔族の少女と人間の男の子の姿がある。彼らは一生懸命に砂の御城を作っていた。

 

「お兄ちゃん、余計なものつけないで」

 

「いや、御城なんですから大砲は必要不可欠です。ほら、ここの塔の頂上にも大砲を……」

 

「えいっ」

 

「ぬあっ!? 砂かけないで貰えます!? うあ口に入った……ぺっ……ぺっ……!」

 

無表情で兄に砂を飛ばす少女はどことなくゆんゆんに似ている。あれが噂のありさちゃんであろう。そして砂をかけられて涙目になっている茶髪の少年はダクネスの息子であるカイズ君だ。彼は以前ダクネスと一緒にいるところを、舞踏会にて遠目で見た事がある。

 

「可愛いなあカイズ君……」

 

 思わずそんな言葉が漏れてしまった私の口を慌てて塞ぎ、私は公園の茂みからそっと魔道カメラを構え写真を撮る。そうしているうちに、公園にもう一人の少女が現れる。美しく長い銀髪をツインテールにまとめ、この世のものと隔絶した美貌を持つその少女からは私にとって得体のしれない威圧感を覚えた。あれがエリス様の娘であるとされるレイカちゃんであろう。

 

「お父さーん、そろそろご飯だってー!」

 

「へいへいって登るな登るなっての……」

 

「いいからいいから! 今日の夕食のコロッケはあたしが手伝ったの! 絶対おいしいから早く食べて!」

 

「おう、それは楽しみだな……ほらカイズとありさも帰るぞ」

 

 背中にレイカちゃんを乗せたお兄様のもとにありさちゃんとカイズ君は素直に集まり仲良く帰路へつく。結局私は話しかける事が出来なかった。だが、私の足は彼の跡を自然に追う。そうして、彼の家の玄関先まで来てしまった。そこでどうしようか迷って固まっている時に私は背後から話しかけられた。

 

「あの、ウチに何か御用ですか?」

 

「えっ……あっ……」

 

「巡礼者の方ですよね。道にでも迷ったんですか?」

 

 そうい言って話しかけてきたのは、紅魔族ローブに身を包み、私より長身でスタイルの良い体つきをした女性であった。しかし、彼女の顔つきにはまだ幼さが残っている。恐らく私より年下であろう。

 

「いやあの……教会はどっち方だったかなー!」

 

「あちらの角を曲がって右ですよ。案内しましょうか?」

 

「そそ、そんなとんでもない! うぇひひ……ありがとねばいばーい!」

 

 

 私はさっさとこの場所を離れる事にした。そして、転送屋を使用して王都へと帰り着く。結局はその日は興奮して夜も寝付く事が出来なかった。確かに私はお兄様と顔を合わせる事すら出来なかった。しかし、その姿を目にしただけで私は気分が軽くなったのだ。

 だから私は次の日も、その次の日も彼のもとへ通い詰めた。資金がつきかけたら片手間にダンジョンで金を稼ぎ、巡礼者の一部を買収しては彼が使った品を少しづつ集めた。気づけば、私の拠点には彼に関する品であふれていた。

 

「くふっ、お兄様がいっぱい……」

 

「お嬢様、相変わらず趣味が悪いですね」

 

「おほー……見てくださいライムさん。これはこの前の遠征で私の前に落ちてきたんです! これがお兄様のパンツ……んっ……」

 

「気持ち悪いですよ変態」

 

「ちょっ、相変わらず口が悪いですね!」

 

「これは客観的事実です。はあ……あのジジイが恋しくなる日が来るとは……」

 

 無表情ながらも心底嫌そうにため息をつくのは私の秘密の部屋の管理を任しているメイドさんである。彼女は資金調達のために踏破したダンジョンで見つけた古代のホムンクルスだそうだ。彼女は恨みと失意に満ちた数十人の人間の魂を圧縮して作られたというやば気な逸話を持ち、実際そのせいかかなり口が悪い。しかし、私の命令はしっかりこなす忠実な下僕だった。

 

「ダンジョンの方はどうですか?」

 

「貴方が指定した場所にすでに着工していますよ。途中で変な吸血鬼とか掘り起こしたりしましたが、今のところ順調です。後、お嬢様に向けて仕事の依頼も来てます。なんでも元魔王領アクシズ教居留地から逃げ出した奴らが夜盗と化してるとか……」

 

「そういう仕事は全部断っているんです! この前の遠征のせいで私に風評被害……というよりは余計な事をしてしまったせいでこんな目に!」

 

「いえ、お嬢様は立派です。魔族なんてさっさと民族浄化しちゃいましょうよ。この国がとっている同化政策は将来に禍根を残しますよ?」

 

「私は後の事なんてどうでもいいんです。明日より今日なんです! という事で私はちょっと自慰をするので隣の部屋で大人しくしていてください」

 

「頭おかしいよこの人……」

 

 そう言いながら退出したライムさんを見届けてから私は体を脱力させる。今の私には過去に例を見ないネタが手に入ったのだ。それは最近返信のあったお兄様からの手紙だ。そこには私への罵詈雑言と彼女から送られたお兄様との卑猥な写真が数枚ついていた。

 写真の中で下卑た笑いを浮かべる男は私の愛しのお兄様であり、アヘッている女性の正体は私自身も大ファンである本の著者、あるえ先生だった。どうやら最近の気のない手紙への返信は全て彼女のものらしい。その事実が私の脳をゆさぶる。得体の知れぬ喪失感、破滅的な未来への展望、屈辱と嫉妬に塗りつぶされ私はストレス解消に走った。

 あるえ先生は私が貴方の本を参考にダンジョンを作っている一方で、絶対に無理だと思っていたお兄様を落としたのだ。あのダクネスやめぐみん、女神達を打ち破って意中の男性を手に入れたのだ。それなのに、彼女よりは旧知の仲である私は王城で順調に腐り、彼のストーカーにまで落ちぶれた変態である。おまけに今はそんな状態の私をどこか客観的に見て、悲恋に酔い、どうしようもない屈辱で顔を熱くする。やはり私はどうしようもない人間になってしまったようだ。

 

「お嬢様、来客のお知らせです。ん、なんですかこの卑猥な写真は?」

 

「んへへっ……私の大切なお兄様……寝盗られちゃった……」

 

「お嬢様、やっぱり脳が壊れていませんか? きちんとお医者様に診てもらった方がいいですよ」

 

「君、素質あるよ」

 

「気持ち悪い!」

 

 衣服を整えられ、部屋から蹴りだされた私は仕方なく応接室へ向かう。恐らく、また賞金首モンスターや殺しの依頼だろう。さっさと断って部屋に引きこもろうとした私は、応接室で懐かしい人と顔を会わせる事になった。美しい金髪碧眼と、切れ長の目とクールで端正な顔立ちは何一つ変わっていない。だが、彼女から感じる雰囲気は、以前と比べてとても穏やかになっていた。

 

「お久しぶりですねアイリス様……」

 

「クレア!」

 

 思わず彼女に勢いよく抱き着いてしまう。彼女はそんな私を優しく受け止めてくれた。そして、お茶とお菓子を交えながら彼女の近況を聞いた。まったく連絡の取れなかった彼女の事は心配であったのだが、私自身も色々ありすぎてクレアとこうして顔を会わせたのはあの涙の別れ依頼である。

 

「とまあ、ウチのダメ夫が結婚早々に事業に失敗したんだ。同時期に領地で起きた飢饉にあのバカは財も投げ出してしまって……おかげでレインの家にまで借金したりと大変だったんですよ」

 

「クレア……私に言ってくれればお金も出したのに……」

 

「アイリス様には絶対頼れませんよ。貴方には迷惑はかける事は私の誇りにも傷がつきますから。とにかく、ようやく最近になって事業も持ち直して借金も全額返済、経済的な余裕も出来たのでこうして貴方に会いに来たんです」

 

朗らかに笑うクレアからはとても幸せそうな感情が溢れていた。これには流石に私も戸惑う。レインと定期的に催す愚痴大会には陰鬱で怒りに満ちたものが多かった。それなのに、彼女からはそのような思いは感じられなかったからだ。

 

「旦那さんとはうまくやっているのですか?」

 

「んっ……まああのバカのおかげで色々苦労したが、あいつ自身は決して悪い奴じゃなかった。服や装飾品の趣味は最悪だし、私が作る下手な料理さえ美味い美味いと言って全部平らげる大食いの豚だ。容姿だってかなり……いや少し常人より劣っている。でも、私にはその……優しくしてくれるし、私の全部を任せてもいいかなと思えるくらい時には頼りなる男なんだ」

 

「あー……なるほど……なるほどね……」

 

 正直言って聞いてるこっちが恥ずかしくなるベタ惚れっぷりであった。当のクレアも顔を真っ赤に染めてボソボソと旦那との惚気話を話し始める。今の私にとってそれらは実に耳の痛い話であった。

 

「クレア、変な催眠とか受けてないですか? それとも、旦那さんのモノが凄く大きかったとか……」

 

「なっ……! 流石に聞き捨てなりませんよアイリス様! あんな性欲強そうな見た目なのにかなり奥手で、こうやって経済的に余裕が出来てから私から何度も誘って最近ようやく……って何を言わせるんですか!」

 

「あーはいはいごちそうさま」

 

 まさかの性事情を聞いて思わず笑ってしまう。このクレアが男を誘う場面を想像するだけで笑えてくるのだ。色んな意味で顔を真っ赤にして怒る彼女を私は微笑ましい目で見る。あのレズの疑いすらあった彼女が、自分の男の事で顔を赤くしているのだ。それがとても滑稽で……とても羨ましく思えた。それからはひたすら彼女の惚気話を聞き続けた。気づけば、窓の外も随分と暗くなっている。彼女との楽しい時間もこれで終わりであった。

 

「今日は楽しかったですアイリス様。今度はレインも交えてお話をしましょう」

 

「ええ、レインも喜ぶと思うわ」

 

クスクスと笑いながら、私は彼女を帰りの馬車のもとまで送る。そして最後に一つだけ質問をしてみた。

 

「ねえクレア、貴方はいま幸せなの?」

 

「もちろんですよ。最初は私の運命を呪いましたが、結果的にあの男とめぐり合わせてくれた事に感謝しています。それじゃあアイリス様、また今度お会いしましょう」

 

「ええ、ごきげんようクレア」

 

 

 

 

 

その夜、私はクレアがお兄様のチ〇ポに屈して家庭崩壊する想像をしながら自分を慰めた。

 

 

 

 

 

 それから数か月の時が過ぎた頃、私は相変わらずストーカーをして日々を過ごしている。ただ、最近は彼を盗撮するだけでなく、彼の家庭環境も観察していた。私が言うのも変であるが、彼の家庭は軋むような妙な歪みが常に見て取れた。私はそんな歪みから逃れるように孤独に過ごす少女を見つけ、素早く設置していた望遠鏡を回収する。そして、彼女の方へ駆け出した。

 

「やあ、また会ったねさよりちゃん」

 

「あっ……イーリスさん……最近は毎日のように会いますね……」

 

「また一人で本を読んでるの?」

 

「そんなところです。ここはとても静かですから」

 

 そう言って微笑む彼女はやっぱり憎き恋敵に似ている。だが、それ以上に私は彼女の事が少し心配だった。何だか、彼女は今よりもっとダメな時の自分に似ているのだ。彼女の横に座った私を、近くの木の下で伏していた巨大な黒い獣がじろりと睨む。だが、すぐに興味をなくしたように目を閉じて眠り始めた。

 

「相変わらずじゃりめちゃんはおっかないですね……」

 

「ふふっ、でもあのコ何も反応を示さないという事は、イーリスさんが良い人だって証拠ですよ」

 

「う、うーんそういう事にしておこうか」

 

 変に墓穴を掘るような事はしなくていい。私はコクコクと頷きながらさよりちゃんがぽつぽつと語る話に耳を傾けた。家族の事、学校の事、今読んでいる本の事。お互いに笑いあいながら弾む話を楽しむ。彼女は私より10歳近く年下なのだが、不思議と仲良く話す事が出来た。それだけ、彼女が精神的に成熟し、私自身が精神的に幼かったのであろう。

 

「あのイーリスさん、貴方って冒険者なんですよね。その少し興味あるんです。学校を卒業したら私も冒険に出てみようと思うんです」

 

「ええっ……やめといた方がいいですよ? 痛いし血生臭いし、命の危険もあるし……」

 

「ふふっ、お父さんやお母さんと同じことを言うんですね。でも、私は負けないです! 絶対に成功して見せます!」

 

「おおう……どこからその自信が?」

 

「自信なんてありません。でも私がこのまま里にいたら、いつまでも今の自分を変えられない気がするんです。むしろ今よりダメになっちゃいます」

 

 

 

自嘲するように苦笑する彼女に私はそっと身を寄せる。彼女の身体はふるふると震えていた。

 

 

「私自身はこれでも努力をしてきたつもりなんです。魔法を学び、独学でモンスターテイマーのスキルだって習得しました。でも、人付き合いがダメで上がり症でそのくせ何処か他人を見下して……学校の同級生から嫌われるのは当然です」

 

「そんな事は……」

 

「私の妹のありさは、今の私より魔力が高くて人を引き寄せる生まれながらのカリスマを持っています。きっと次の族長になるのはあの子です。学校の先生もそんなうわさ話をしてました。カイズ君だって、小さいのに聖騎士を目指していっぱい努力して、今じゃ紅魔の里のアイドルです。それにレイカちゃんに至っては私自身が何度もお世話になっちゃって……」

 

 恨めし気に、でも何処か誇らしそうに語るさよりちゃんはもう涙目になっていた。どうしたものかと私が思案していると、彼女は涙を拭いて立ち上がる。その顔は希望に満ちていた。

 

「だから、私が冒険者で成功して……いっぱいお金を稼いで、お姉ちゃん凄いって言ってもらうんです!」

 

「さよりちゃん……」

 

「あと、お父さんを見返してやる。いつもちゃらんぽらんで面倒くさがりのクソ親父だけど、里の名声だけは無駄に高くて……だから私はあの人だけには負けない!」

 

 中々に手厳しい言葉だ。おそらくお兄様が今の言葉を聞いたらショック死するだろう。でも、私自身聞いていてどこかスカっとした。そんな私の手を、さよりちゃんはそっと握ってくる。彼女は耳まで真っ赤にしてうつ向いていた。

 

「だからその第一歩として……友達になってくれますかイーリスさん!」

 

「友達……」

 

 

 

その単語は私にとっても非常に嬉しいものだ。だから、私も彼女の手をそっと握り返した。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、私はとても気分よく転送屋までの道を歩いていた。この年になって、新たに友達が出来てしまったのだ。しかし、そんな私を小さな影が引き留める。彼女の表情はとてもイラついていた。

 

「最近お姉ちゃんが挙動不審だから後をつけてみれば……とんでもない奴に引っかかってたみたいね」

 

「貴方は……?」

 

「分かっているでしょう? 勇者サトウカズマと女神エリスの娘、レイカよ!」

 

 ばばーんと登場した小さな女の子を前に私はたじろぐ事しか出来ない。せめて話し合いで解決しようとしたが、彼女は聞く耳を持たなかった。

 

「言い訳しても無駄、貴方からはあたしの大っ嫌いな匂いがするの。めぐみんやあるえさんが興奮してる時によく出してる嫌な匂い……貴方もお父さんが狙いなの?」

 

「それは……」

 

「お父さんはとても疲れてるの。特にアンタみたいにみるからに面倒くさそうな女はお父さんに近づけたくない! アンタみたいな奴に構わなきゃいけないお父さんが可哀そうだし……あたしにかまってくれる時間が減っちゃうの。そんな奴がお父さんやお姉ちゃんに近づくのは許さない!」

 

急速に冷たくなっていく少女の瞳には私に対する怒りとネバつく何かが宿っていた。慌てて逃げ出そうとした私に彼女は何やら月を模した小さな短杖を取り出してそれに力を込め始めた。それには洒落にならない力が渦巻いている。私は半ば反射的に体を動かしてしまっていた。

 

「喰らいなさい! ”セイグリッド……”」

 

「しっ!」

 

「えっ……あっ……」

 

私が振りぬいた聖剣は、レイカちゃんが持っていた短杖を粉々に砕いていた。彼女は短杖であった棒切れをぎゅっと抱きしめた後、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「お、お父さんがあたしのために作ってくれた杖なのに……私の大事なものなのに……ひっぐ……」

 

 ついに顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を流す彼女を私はどうする事も出来なかった。そして、周囲に神殿騎士や紅魔族の住民が物騒な顔をして近づいてくる。私は慌てて逃げるほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、私にお茶会の招待状が届いた。主催者はダスティネス・フォード・ララティーナ。この時点で私は全てを諦めた。

 

 

 

 

 

「というわけでまた恥もせずに吾輩のところへ来たのだな壊れた娘よ」

 

「そういう事です。それで、私のお願いは叶えられそうですか?」

 

「それは無理だ。貴様の読み通りあの女神達は貴様の記憶を消去しにくるだろう。ここで貴様の脳を弄れば吾輩の悪事も女神にバレてしまう。そこでだ……貴様はどうしても残したい記憶があるそうだな?」

 

「ええ、今更お兄様への記憶には興味ないです。むしろ、あんな”劇薬”は忘れてしまった方が幸せになるはずです。変に怖がっても仕方がありません。クレアみたいに高貴な身分でも素敵な出会いがある事は理解出来ましたから」

 

 もちろん、お兄様に忘れられたくないという思いは今でも重く渦巻いている。しかし、いっそ彼の事を忘れてしまった方が、今の自分には良い気がした。私だって、いつまでも腐っているつもりはないのだ。

 

「お兄様の事はもう構いません。だから……!」

 

「善処しよう。今から貴様の記憶の一部をバックアップし、封印する。貴様が残したいもの、吾輩との契約を……」

 

 

 

 

 口元を歪ませるバニルさんに私は笑顔を返す。そして、彼も笑顔で契約の代償を要求してきた。

 

 

 

 

「それじゃあこのバニル様と契約を結ぼうではないか! 代償は……”貴様が二番目に大切にしているもの”だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、私は秘密の部屋でじっと彼との記憶を思い返していた。そして、大事にしまっていたジュエリーボックスから二つの指輪を取り出す。一つは彼との思い出の指輪。もう一つは、私の後悔が詰まった指輪であった。

 

 

私はそのうち一方を身に着け、もう一方をここまで尽くしてくれたメイドさんに託した。

 

 

 

そして、私は意気揚々とお茶会の場へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日のお嬢様はとても変であった。いつもよりヤケにテンションが高く、とても丁寧に化粧をし、衣装を整えていた。そして、以前は私が軽く触れただけで癇癪を起していたジュエリーボックスから指輪を一つ出して手渡してきた。彼女の命令は単純なもの。

 

 

 

この指輪を王都から遠く離れた場所で捨ててほしい。

その後は私の管理下から外れて自分の思うままにすごしなさいと……

 

 

 

「お嬢様も馬鹿ですね。首にされると分かってるんです。誰が貴方の命令なんか聞くもんですか」

 

 

 

 そう愚痴を言いつつ、私はお嬢様の帰りを待った。しかし、その日は帰ってこなかった。次の日、隣の禁書庫で足音がしている事に気づき、私は秘密の部屋を出る。そこには案の定、お嬢様がいた。

 

「お嬢様……何故昨日は……」

 

「はい?」

 

 振り返ったお嬢様の顔は、何か憑き物が落ちたような朗らかさであった。今までような陰鬱さや威圧的な感情を感じない。正に、王女様といったところだ。

 

「ごめんなさい。私、探し物をしてて……でも何を探してるのかも分からない状態で……」

 

「お嬢様、少なくともここにはないと思いますよ。ここはエロ本しか置いてないです」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

顔を赤くしながら扉へ急ぐ彼女を私はじっと見つめる。彼女は照れ臭そうに振り返った後、そっと私に尋ねた。

 

「あの……初めて見る使用人さんですね。お名前は何と言うのですか?」

 

「ふふっ、別に私の名前なんてどうでもいいじゃないですか。それより早くここを離れてください。変な噂がながれちゃいますよ」

 

「そ、それは勘弁して欲しいです。それじゃあ……ありがとうございました!」

 

朗らかな笑みを浮かべて去った王女様に一礼を返し、私は秘密の部屋へと引き返す。そこにはすでに行き場のない感情の渦が出来ていた。そして、それを、私が持っていた指輪がどんどんと吸い込んで行く。禍々しい指輪は完全に呪いの品と化していた。

 

「はあ、正直言ってお嬢様はあのハゲジジイよりやべーご主人でしたが……最後までお供しますよ」

 

 私はそっと手に指輪をはめる。それから、私と”お嬢様の感情と思い出”がぐちゃぐちゃに混ざり始めた。元々、私はあのハゲジジいが言う通り欠陥品だ。本来は私の未完成の妹のように人々の希望や夢と言った願いの力をこの体の動力源にするつもりであった。しかし、滅亡間際のあの国にそんな感情は残っていなかった。

 だから私が作られた。人々の無念、怒り、絶望を糧に作られたいわば戦時急造品。所謂、戦時設計の倫理観を無視して作られた欠陥兵器だ。でも、だからこそこの指輪は私に馴染む。お嬢様の……”私”の無念をはらすために私は行動を開始した。

 

「ああ、まったく……あの悪魔はどこまで先を見通しているのだろうな……」

 

 私はあの悪魔から渡され、使うはずがないと封印していたアイテムを取り出す。それは一見何の変哲もない鎖に見えた。

 

 

 

 

「神縛りの鎖か……バニルさんはエリスさん達には効果ないって言ってたけど……試す価値はある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 こうして、私は本懐をとげる気であった。しかし、いつまでたっても私が望む破滅は訪れない。さっきまで私の身体を抱きしめてくれていた愛しのお兄様は体を離してしまっていた。代わりに耳障りな泣き声が聞こえてきた。

 

 

 

「お父さん死なないで! 魔王だって倒したんでしょ! だから負けないでお父さん!」

 

 

 

 

振り返るとお兄様はダイナマイトと呼ばれるものを脱ぎ捨てていた。そして、再び刀を構えていた。

 

「どうしたんですかお兄様……私と一緒に死んでくれないのですか?」

 

「ああ、それはやめだ。俺の娘にはカッコ悪い所は見せられねえ」

 

「ふふっ、良い覚悟ですね。でも、私には適いませんよ」

 

 不敵に笑う彼はゆっくりと私に近づいてくる。私はそれに対し、再び手数で攻めた。しかし、飛ばした鉄球も、投げつけたナイフも、素早い蹴りも全て紙一重で躱していく。そしてついには彼の斬撃が眼前にまで迫っていた。慌ててモーニングスターの鉄球を刀にぶつけたが、おかしな事に鉄球は粉々に砕け散り、彼の刀は傷一つついていなかった。

 

「なぜ……こんな事が……!」

 

「あれだな、当たり所が悪かったんだろう。じゃあ武器の次は……」

 

 すかさず彼に無数の蹴りを叩き込む。しかし、その全てを避けられ、逆に私が彼の蹴りを受けていた。壁際まで吹っ飛ばされた私は頭の中で急激に彼が強くなった原因を探る。しかし、まったく分からなかった。

 

「これで終わりだアイリス……いやアイリスもどき! 俺の必殺技を受けて散れ!」

 

「私は諦めません……こんな事は偶然の産物……必殺技……どうせハッタリでしょう」

 

「それはどうかな? 喰らいやがれ! 超必殺……!」

 

 

 腕を突き出した彼に対し、私は体を引き締めて対処する。落ち着け、運とハッタりの強さが彼の強さの本質だ。だからこそ、こちらは気長に構えるべきだ。こんな幸運は何度も続かないのだ。

 

 

 

 

「”スティール”!」

 

 

 

 先ほども聞いたスキル名を前に私は思わず吹き出してしまう。しかし、何故か突然身体を動かせなくなった。そして、私は膝から崩れ落ちてしまう。不敵に笑う彼の手の中には、私の大事な指輪が握られていた。

 

「なんで……窃盗スキルは無効化したはずなのに……!」

 

「アホか、俺にはアクアとエリスの”祝福”がついてんだ。おまけに娘にも応援されちまったからな。だから今の俺に不可能はない!」

 

「どうして……そんな……ありえない……!」

 

「今の俺ならげんじのこても余裕で盗めるな!」

 

 彼は意味不明なことを言いながら錯乱する私をしばらく見つめた後、指輪を地面に投げ捨てる。私はそれを取り返すためにずるずると這うように体を動かした。あれは”私”という存在を定義づけるエネルギーの核なのだ。あれがなければ私はまともに動かない。頭部につけた”アイリスの髪を拾い集めて作ったかつら”だけでは身体を維持できないのだ。

 そんな私をあざ笑うように彼は投げ捨てた指輪にもう一つの指輪を添える。それは”私”が以前彼に盗まれてしまった王家の指輪であった。そして、その二つの指輪に、彼は何かの液体を振りかけていた。

 

「すまなかったな。だからこいつは返すぜ」

 

「私の……”私”の指輪……返して……返して!」

 

「欲しかったら自分で取りな。だが、それはお前の指輪じゃねえよ。俺の知ってるアイリスは、どんだけ狂っても、子供に手を出すようなことはしねえな。だから、お前は偽物だ……さっさと死にやがれ!」

 

「お兄様に……お前に”私”の何が分かる! ……ひぐっ!?」

 

 蹴飛ばされた私は地面を転がる。しかし、おかげで指輪により近づけた。視界の端で彼が娘の鎖を解いてこの場を離れる様子が見える。だが、今は彼より指輪だ。

 

 

「指輪……私の大切な指輪……」

 

 私は指輪にそっと手を伸ばす。そんな時、指輪の近くに彼の魔道具……ジッポライターが転がってきた。その淡い炎はあっという間に指輪を包み込んだ。その炎は”私”の全身に燃え移り、何もかもが燃えて行く。私の失意も”私”の無念も、この身体に宿る行き場のない魂も全てを優しく浄化する。今になって私は理解する。半信半疑であったのだが、私のお嬢様の思い人は確かに魔王を討伐せしめた勇者であった。

 炎に包まれながら、私はチリチリという音が聞こえるのを耳にした。目を向けると、そこにはお兄様が投げ捨てた変な服からひも状のものが私へと延びていた。ひもに炎が燃え移るのを目にしながら、私はそっとその服に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「お兄様、”私”の事……忘れないでくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 背中に背負う小さなぬくもりは、ぎゅっと俺に抱き着いてくる。その姿に俺は安心感を覚え、そっとため息をついた。

 

「ケガはないかレイカ?」

 

「もちろん! お父さんこそケガはないの?」

 

「アホ、見た目通りボロボロのクタクタだ」

 

「うん、そうだね……でもとってもカッコいいよお父さん!」

 

「あったりまえだろ! 俺は魔王も倒しちゃったカズマさんなんだぞ? あの程度雑魚だよ雑魚!」

 

 確かにギリギリの戦いであったが、俺の勝ちには変わりはないのだ。そんな俺にレイカは嗚咽を漏らしながら痛いくらいに抱きしめてきた。やはり、レイカもまだまだ子供なのだ。

 

「お父さん! 私将来はお父さんのお嫁さんになるね!」

 

「おいおいマジか! 俺は一生離さないからな~!」

 

 嬉しい事を言ってくれる娘を撫でつつ、俺はダンジョンの階段を上る。そこには裸でスライムや触手生物を追い掛け回すダクネスの姿があった。

 

 

「おいこら待て! 私を犯せ! 犯せと言っているんだ!」

 

 

 俺は走り回る痴女を見なかった事にして、新たに階段を上る。そこには疲れたように座っているゆんゆん、めぐみん、あるえ、クリス。そして彼女達を治療するアクアの姿があった。彼女達は俺とレイカの姿を見て駆け寄ってきた。俺はぐずるレイカをゆんゆん達に渡し、アクアにダクネスが再び心を壊してしまった事を伝える。そして、さっきまでこのダンジョンにいなかった珍客に顔を向けた。

 

「おいおい、なんでお前がここにいるんだバニル」

 

「それは吾輩の言葉だ小僧。まさか貴様があの状況から生きて帰るとはな……」

 

「馬鹿にすんな。レイカに親の死に顔を見せるにはまだ早いんだよ」

 

 そう吐き捨てた俺は、アクアに説明を求めた。こいつをここに連れてきたのはアクア以外考えられないからだ。

 

「あのねカズマ、さっきアイリスちゃんの頭を調べた時、コイツの封印処置が施されてたのを発見したの。しかも私への宛名つきでね……」

 

「おっと、変な事を言うな駄女神、吾輩とて今回の事は予想外だ。封印した記憶はそこのスケコマシのものではなく……」

 

 アクア以外の全員がバニルへと武器を向ける。ただ、こいつなりの思惑があるのだろう。それをゆっくりと聞こうと俺も地に尻をつける。そんな時、何処かから何か歌声のようなものが聞こえてきた。俺は首を傾げながらめぐみんを見る。しかし、彼女は首をふるふると振る。そして、上層の階段からこれまた懐かしい顔が姿を覗かせた。しかし、俺達は全員押し黙る事になる。彼女が纏う冷気と魔力が尋常ではなかったからだ。加えて彼女の瞳からは光が消えていた。

 

「ばっくれつばっくれつ……あっバニルさん。こんなところにいたんですか?」

 

「おい、お前には店番を頼んだはずだぞ貧乏店主」

 

「ふふっ、また私に内緒でこんなダンジョン作っちゃって……ダメじゃないですか! バニルさんは私とダンジョンを作るんですよね?」

 

「それはそうだが……吾輩にも悪魔なりに人生設計というものが……」

 

「はい、じゃあお疲れ様でした! ここはもういらないので爆裂しますね! さんじゅうーにじゅきゅうー」

 

「おいやめろ貧乏店主! 貴様は本当に何がしたいのだ!」

 

「にじゅはちーにじゅななー」

 

 

 気づけば俺達はバニルとウィズを残して慌てて逃げ出していた。しかし、途中でダクネスを忘れていたため俺は慌てて引き返す。すぐさま彼女を回収した俺は何とかダンジョンを脱出する事が出来た。直後にあのダンジョンは爆散して巨大なクレーターが出来上がった。荒い息をつきつつ、俺は皆の無事を確かめる。それから疲れたように呟いた。

 

 

 

「さあ、お家に帰ろうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

 そっと身体を起こした私はしばし宙を見つめた後、今の状況が理解できずに右往左往した。しかし、近くにあった。姿見には見覚えのある姿があった。スレンダーな体つきに、淡い青髪をボブカットでまとめた女性。”私”の記憶は確かにこの身体の事を覚えていた。

 

 

「なんで私がライムさんの妹さんに……?」

 

 困惑する私は近くのテーブルにあったものを物色する。バックパックや携帯食料、水筒やいくつかのダガー、鞘に納められたショートソードを私は無意識のうちに身に着けた。

 

「やっぱり、バニルさんなのかな……私はこんな事頼んでないのに……」

 

 ふと、私は屋敷から見える中庭に目を向ける。その光景を見て私は懐かしさがこみ上げる。ここは、アクセルの街にあったカズマさんの屋敷であった。そして、たどり着いた玄関先にはあのジッポライターという火の魔道具が落ちていた。そして、その魔道具の下に挟まれた紙切れには大きく文字が殴り書きされていた。

 

 

 

 

『君は自由だ! だから二度と俺に関わるな!』

 

 

 

 その言葉を見て私は小さく笑う。そして自由への一歩を踏み出した。もちろん様々な疑問は尽きない。

でも、私は自分で考え、地に足をつけて歩いている。それだけで十分であった。そして、私は夢にまで見た冒険者ギルドへの扉を押し開く。そこには私が求めていた人がテーブルにポツンと座っていた。それを見て私はそっとため息をつく。これも必然……いや”偶然”なのであろう。

 

「やあ、さよりちゃん! 元気にしてた?」

 

「貴方は……あっ……もしかしてイーリスさん!?」

 

「ふふっ、こんなにも姿が変わってるのに分かっちゃうなんて……へぶっ!?」

 

「今までどこに行っていたんですか……私……心配して……もしかして私が悪いんじゃないかって……」

 

 抱き着いてくる彼女をあやしつつ、私は胸中でも安堵の息をつく。唯一の心残りはこれで解消された。それならば私も新たな人生を楽しもう。そりゃあ、私の本体の事は気になるし、この身体にも疑問がつきない。それでも、私は体の中に渦巻く”希望”に身を任せる事にした。

 

「というか、凄いイメチェンですねイーリスさん! それとその仮面ダサいです!」

 

「おっと、これの悪口は許さないよ! これにはね私の夢や青春が詰まって……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はさよりちゃんと一緒に笑いながら歩き出す。

 

 

 

 

 

 

夢と希望の冒険への始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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女神との契約

短め


 

 

 

 

 

 

 私が自分というものの存在を自覚したばかりの頃、この世界は無限に等しい広がりを見せていた。私も憧れてしまうような偉大な先輩や、競い合うライバルや友達もいた。

 だからこそ、私は必死に働いた。先輩から様々な事を学び、たくさんの失敗をしてきた。そして、少ないお給料をやりくりして趣味に没頭したり、自分の技術を磨いたり、自分という存在の力を強くしていった。

 

 こうして、途方もない時を過ごしながら私の周りには一人、また一人とこの世界を去るものがいた。

 その理由は実に様々なものである。真実の愛を確かめるため、好きな人と一緒になるため、今の仕事が向かないと思ったから……そうやって満面の笑顔で去るものもいれば、自業自得で滅んだから、信仰心を失ったから、自分なんて必要ないから、この世の真理に気づいたからと苦笑をしながら去るものもいた。

 性質に多少の差異はあるが、彼らは笑顔でこの世界を去った。この動きはやがて一種の流行になった。自ら神格を捨てて神の役目を放棄する……”女神転生”とも称されたその行為は、それぞれの思惑をもとに自発的に行われたものであった。

 そうして、私の偉大な先輩達も、友達や同僚もどんどんと少なくなった。海の神、湖のの神、河川の神、泉の神、台所の神、トイレの神……たくさんの神がこの世界を去り、残る私に力を託していった。こうして私も一端の”水の女神”としての存在を確立させていった。

 しかし、そんな私も壁にぶつかる事になる。私が業務の一部を担当していた世界も、もはや”神”を必要としなくなっていたのだ。

 昔は信仰深かった信者達の末裔は、今では馬鹿を騙してウォーターサーバーを設置させる販売員に成り下がっていた。だから、かつての先輩達のようにまだ神を必要としている世界に私は自身を売り込んだ。結果的にそれは成功し、私のお仕事のお給料と合わせれば結構な信仰……人の魂から抽出したソウルと呼ばれるものだったり、生体マグネタイトだとかいうものを稼いだ。

 そうしているうちにふと気づくことがある。所詮は私も神というシステムの一部にすぎないのだと。創造神と呼ばれる真の上位者はいくつのも世界を作り、滅ぼしていく。そこには創造神の似姿とも、お気に入りとも言われる”人間”が配置され、彼らの魂を管理する”神”も配置された。私はその配置された神の一人にすぎない。やっている事はよく言えば中間管理職、悪く言えば人間の魂を啜って生きながらえる寄生虫にすぎなかった。

 そうして初めて理解できる。私の先輩達もが役目を放棄して人間の輪廻に入った事が、より良い破滅を迎えるために努力した姿が……とまあそんな私も今では立派な寄生虫に成り果てていた。日々を自堕落に過ごし、永遠に等しい時を過ごし、天国で”磨り潰されて”新しく生まれ変わった魂から余剰エネルギーを啜って生きながらえる。

 

 

 

 

そうして随分と閑散として静かになった天界に、また新たな寄生虫が生まれてくる。

 

 

 

 

 彼らは去った先輩達の代わりに必要最低限の仕事をこなす人員であり、私にとっての希望の象徴であった。そのうちの一人、エリスという新人の女神は私が教育を担当する事になった。美しい銀髪を伸ばし、白い羽衣を纏った彼女は最近の流行であるあのヤハ……四文字に影響されてかとても堅い性格だった。

 

「ど、どうしましょうアクア先輩! この前に一生懸命作ったストーンヘンジが一気に信仰の力を失っちゃいました……これも絶対悪魔の仕業です!」

 

「違うわよ。もうそんな石程度じゃ彼らの信仰は得られなくなったの……陳腐化ってやつよ。だから後は適当に頑張りなさい。私はたまってる漫画でも消化するから……」

 

「ちょっ、もうちょっと詳しく教えてくださいよアクア先輩! もう役立たず……ぐうたら女神……行き遅れババア!」

 

「なっ……!? うっさいわねこのパッド女神! 少しは自分で考えなさいな!」

 

「パっ……これはパッドじゃないです! お洒落の一つです!」

 

 顔を真っ赤にしてムキになって怒ったエリスともみ合いつつ、私はゆっくりと自分の中で止まっていた”時間”が時を刻み始めたのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、私はぼーっとしていた事に気づく。最近はこうやって意味もなく思案する時間が何故か増えていた。私はメイド服についた埃を払い、箒をくるりと一回転させた後、それを掃除用具箱に叩き込む。これで今日の業務は終了と言っていい。

 手持ち無沙汰になった私は良い匂いがしているリビングに足を踏み入れる。キッチンには、笑顔を浮かべて雑談しながら料理を作っているエリスとゆんゆんの姿がある。そして、レイカちゃん、ありさちゃん、カイズ君と一緒に野菜の皮むきをしているダクネスの姿もあった。私はそれを微笑ましく見つつ、そっと足を下げリビングを去る。時刻も夕暮れ時、私は外に足を運んだ。

 

 夕暮れ時の街中には実に様々な表情を浮かべる人で溢れている。仕事帰りで疲れた顔を受かべるもの、民家からかおる美味しい匂いに顔を綻ばせるもの……そんな人間達を目に収めながら私は小さなショットバーにたどり着いた。中に入ると、私の目的である人影があった。一つはグラス片手にテーブルに突っ伏しているクリス、もう一つはそんなクリスにくだをまいているカズマであった。

 

「俺はなあーさよりが本当に大事なんだ! だから商会の重要なポストも開けて色んな準備もしてたのに……なのに冒険者なんかになりやがって! あれは命の危険がある職業なんだぞ! それなのにゆんゆんの野郎がさより側に付きやがって……アイツはきちんと飯を食えてるんだろうか……」

 

「助手君その話はもう五回目だよ……ふにゃあ……」

 

「こら、寝るなクリス。まだたくさん愚痴りたい事が……!」

 

「ふきゅう~」

 

「マジで寝やがった……」

 

 私はそっとカズマに近づく。彼は私の方を振り返り、大きくため息をつく。そしてお金をテーブルに置いてクリスを背負い、店を出る私の後に続く。空に見える夕日は、もう半分以上隠れていた。そんな帰宅の道中、彼は神社裏のベンチに腰を下ろし、クリスを寝かせる。それから煙草に火をつけ始めた。私はそんな彼はじっと見つめていた。

 

「どうした、何か文句でもあるのか?」

 

「何もないわよ。ただ、幸せそうだなって思ったの」

 

「新手の皮肉みたいだな。まあ幸せなのは否定しないがな……」

 

 そこで会話はおわり、しばらくは彼が煙を吸う音以外はとても静かであった。私もベンチに腰を下ろし、寝ているクリスの頭を撫でる。彼女の寝顔は子供のように無邪気であった。

 

「なあアクア……」

 

「どうしたの?」

 

「お前こそどうだ……幸せなのか?」

 

 

 そう質問してきたカズマに私は苦笑を返す。答えは当然決まっていた。今ではゆんゆん、エリス、ダクネスの仲は非常に良好で、何やら心理的な変化があったのか彼女達は今までと違って協力して子育てを行っていた。めぐみんやあるえとはまだ少しの確執があるが、家族の仲はかなり良好。私も毎日を楽しく過ごしていた。

 

「…………」

 

「アクア?」

 

「えっ!? ああ、幸せよ幸せ! まあ近いうちに私の目標は達せられそうね!」

 

「そうかい……」

 

 笑顔を作る私を彼はじっと睨んでくる。そうしているうちに、彼は咳ばらいをしたり、体をソワソワさせたりと急に挙動不審になった。体調でも悪くなったのかと見るために伸ばした手を、彼はギュっと掴んだ。

 

「あれだ……この前のアイリスのゴタゴタのせいで……思うところも色々あって……とにかくお前に渡しそびれたもんがあるんだよ」

 

「何よ……まさか追加のお酒かしら!」

 

「ちげーよバカ! ほら、これだ!」

 

 カズマは顔を真っ赤に染めながら小さな小箱を私の前に突き出す。そこには、美しい水色の宝石がついた小さな指輪があった。突然の事に思わず固まってしまった私に対し、彼は非常に挙動不審になっていた。

 

「アイリスの事もあったし、こういうものは気軽に渡せなくなっちまった。それでも、こいつを受け取って欲しい。あれだぞ、これはマジで高い奴だぞ!」

 

「カズマ……」

 

「だからな……そのこれからもよろしくというか……あれだ……ずっと俺の傍にいてくれ……」

 

 目を逸らしながらそんな事を言う彼に私の表情も崩れてしまう。ゆんゆんと結婚してからかなり大人びてしまった彼であるが、久々に面白い姿が見られたのだ。

 

「ちょっとカズマ! 流石にくさすぎるわよ! なによずっと傍にいてくださいって……プークスクスクス!」

 

「おまっ……お前なああああああああ!」

 

 羞恥の赤に、怒りの赤が加わった彼を私は一しきり馬鹿にする。そうやって一息ついたころ、私はカズマに一つの質問をした。

 

 

「ねえカズマ、アンタは私が女神だから傍にいて欲しいの……必要としてるの……?」

 

 

 私の質問に対し、彼は呆気にとられたかのような顔をする。しかし、次第に彼の羞恥も引き、残っていたのは憤怒の赤であった。

 

「ああ、確かに俺はお前の女神の力に何度も助けられてきた。アホだけど、やっぱりお前の力は俺に必要不可欠だった」

 

「そう……よね……」

 

「だけどな、俺はお前のために魔王を倒そうと決めた……命を捨てても良いと思えたし、実際に自分の命を犠牲にして魔王を倒した。それもこれも全部”アクア”のためにやった事だ。女神だからとか関係ねえよ」

 

 そう言ってくれた彼を目の前にして、私は思わず笑みがこぼれてしまう。そして胸中にじわりじわりと暖かさと幸せと呼べるものが広がった。

 

 

 

だから、私は指輪の入った小箱を押し戻した。

 

 

 

 

彼はそんな私の様子を見て困ったように頬をかいた。

 

 

「アクア、俺は今酒に酔って非常に気分が良い。ゆんゆんとさよりの事で喧嘩して怒ってる最中だ。だから、こんな大胆な事が出来たんだ。これを逃したら、俺はもうこんな勇気は出せねえ……だから……!」

 

「だからこそ……でしょ? やっと安定してきたと思ったのに、余計な火種を持ち込まないの!」

 

「なあ、頼む……お願いだから……」

 

「ふふっ、一気に情けなくなったわね」

 

「アクア……」

 

 彼の手をさらに押し戻す。そして、下を向いてしまった彼の頭をそっと撫でる。それから、私は未だに眠り続けていたクリスをおんぶして、ベンチから立ち上がった。

 

「アンタは私を必要としてくれているんでしょう? それなら私も安心して続けられる……”今の私”を使い潰しなさい。アンタはもう立派な家の大黒柱なの!」

 

「…………」

 

「私は先にクリスと帰ってるから、きちんと酔いを醒まして頭も冷やしなさい。晩御飯にも遅れちゃダメよ?」

 

 私は彼を残して家路へとつく。気分は驚くほど軽いものであった。しかし、カズマから一歩、また一歩と離れるたび、足取りが重くなり、胸中に得体の知れない何かが広がった。

 

「ああ、似合わねえ……やっぱり似合わねえ……」

 

「…………」

 

「アクア……お前にその服は似合わねよ……」

 

 

 背後でカチリというライターの着火音が聞こえる。私はそれから逃げるように家路へついた。そうして、やっとの思いで家の玄関先にたどり着いた時、背後からため息が聞こえた。

 

 

 

 

 

「アクア先輩はどうしようもない馬鹿ですね」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜、私はずっと寝付けないでいた。頭の中は思ったより空虚であった。だが、封印していたはずの思いがどろりどろりとにじみ出るように湧いて出てくる。そして、それは一つの”願い”となった。めぐみんを、ダクネスを幸せにするためにずっと隠していた思いが、もう私には止める事が出来なくなっていた。だから、私はそっとベッドを出て、家の庭へと足を運ぶ。そこにはすでに私の求めていた人物が立っていた。

 

 

「こんな夜遅くに呼び出して……何か用ですかアクア先輩?」

 

「ええ、ちょっと頼みたい事が出来たのよ」

 

 

 少しこちらを警戒するように見てくるエリスに私は微笑みを返す。それから、私は彼女の手をとって一つのお願いをした。

 

「ねえエリス、私と契約しない?」

 

「は?」

 

「別に悪い事じゃないわ。ただ、私とカズマさん……”二人っきりで過ごす時間”が欲しいの」

 

「それは……」

 

 エリスは私の願いを聞いて驚いていた。しかし、聡明な彼女は次第に私の言葉が持つ言外の意味を理解したのだろう。彼女は顔を怒らせ始めた。

 

「何をいきなり言うんですか! それは妻である私にとっても非常に大切な時間です! 何を代償にされても契約なんかしません!」

 

「ちょっと落ち着きなさい。深夜なんだから……」

 

 口に指をたて、しーっとする私にエリスはとてもイラだった表情を向けてきた。だが私はここで引き下がらない。私は今まで、ゆんゆん、ダクネス、めぐみん、あるえ……エリスの事をずっと傍で見てきた。そんな彼女達は私に大切な事を教えてくれた。それは単純明快なもの。どうしても叶えたい願いがあるのなら、”相手の弱点”を突けという事であった。

 

 

 

私は虚空からそっと鎖の束を取り出した。

 

 

 

「これが何か分かる?」

 

「…………」

 

「そう、神縛りの鎖よ。これはかなり昔に天界で流行ったものなの。私の先輩が旦那を縛るために使ったのが始まりで、一躍天界の女神達に大人気の商品になったわ」

 

「知ってますよ……私だってそれを一つ持ってて……」

 

「でもね、これは”男性の神”にしか効果がないの。一つだけ女神にも使える鎖をヘパイストスおじさんが作って美の神に使おうとしたけど、彼は逆にそれを輝きの神に使われて天界で夫婦仲良く隠居暮らしをしてるわ」

 

 

 私の話を聞いてエリスの顔から汗がだらだらと噴出した。見ていた私も深くため息をつく。これで私の中の確証は得られた。

 

「レイカちゃんが男の子……なんてわけもなくあのコは立派な女の子よ。でも、まだ神格を持ってない。だから存在が安定していないレイカちゃんにこの鎖が中途半端に作用して偽アイリスちゃんに誘拐されちゃったのよ?」

 

「うぐぐ……!」

 

「やっぱり貴方は無許可で子作りしてたのね。それじゃあ創造神からの神格の授与も期待できないわね……」

 

 私はエリスの頭をペチリと叩く。彼女は肩を震わせながらうつむいている。その姿を見ていくらか留飲が下がる。それと同時に本当にこの後輩はしょうがないやつだという思いが生まれた。

 

「あのね、今のレイカちゃんはいわば巨大なソウルの塊よ。場合によってはカオスに傾いて悪魔になっちゃう可能性だってあるの。それに、彼女のソウルを狙う悪い奴が今後もいっぱい出てくるでしょうねぇ……」

 

「そ、そんな……」

 

「まあ、天界の神権研修をしっかり履修して自分の在り方を”定義”して神格を得る方法もあるけど……途方もない時間がかかるし、その間にレイカちゃんを守り抜くのは大変よ」

 

 すっかり項垂れてしまったエリスの事を私は優しく撫でる。彼女もやれることは全てやっていたのを私は近くで見ていた。しかし、この前のにアイリスちゃんの事件のようにイレギュラーは起こるものである。

 

「だから、私と契約しなさいエリス」

 

「でも……」

 

「大丈夫、代償はしっかり払うから」

 

 

 

 

 

私はエリスへ向けて両手差し出す。今の私に後悔は一つもなかった。

 

 

 

 

「私の神格……”水の女神”の神格をレイカちゃんにあげるわ!」

 

「…………」

 

「だから……お願い……お願いエリス……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神エリスは、そっと私の手を取ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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終焉に向けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡い薄暗闇の中に、私はポツンと漂っている。自分の意識はあるものの、肉体の感覚はない。ああ、これは夢なんだなと不思議と自覚する事が出来た。

 そんな時、周囲にいくつかの人影が出現する。めぐみん、ダクネスさん、あるえ……彼女達は私に少し微笑んで見せた後、私の傍から離れて行く。彼女達には負けていられない。だから私は感覚がない中でも腕を伸ばし追いすがるがまったく追いつけない。

 次に、いつの間にか出現したアクアさんとクリスさんが私に手を伸ばす。この手を握るかどうか、私は非常に悩んだ。何故かというと、私は彼女達の美しさを知っているからだ。この世とは隔絶した美貌、慈悲深く大勢の人を魅了する心。こんな女神達に私が敵うわけがなかった。

 それでも彼女達の手をとる。劣等感に苛まれて、嫉妬心が膨れ上がったとしても現実は変わらない。そして、何よりこんな私でも愛してくれている旦那がいるのだ。足の感覚はない。それでも、一歩、また一歩前に進む。

 もう少しでこの薄暗闇が抜けられそうだと感じた時、一人の女性が目の前の道をふさいだ。彼女は布面積の少ない扇情的な衣装を身にまとい、切れ長の目と艶やかな黒髪を背中の中ほどまで伸ばしていた。どこか蠱惑的な笑みを浮かべる彼女はアクアさんやエリスさんには劣るものの、それに負けないくらいの美貌を持っていた。だが、彼女は私の記憶に全く憶えのない人物であった。

 

『貴方、とっても美しいわ』

 

「えっ……」

 

『本当に美しく魅力的な女性とは惑わした男の数で決めるものではないわ。そう、”愛”が一番大切。千人の男を魅了するより、一人の男を魅了し続ける方が難しい。だから貴方には素質がある。こっちに来なさい』

 

 私にそっと手を伸ばす彼女を前に私は迷ってしまう。彼女もまた、非常に魅力的だったからだ。迷った末に私は……

 

『”ゴットブロー”!』

 

『へぶっ!?』

 

『近寄んないでよこのゴキブリ!』

 

 突然、隣のアクアさんが彼女を殴り飛ばす。吹っ飛ばされた彼女はそのまま霧のように消えてしまった。私はそんなアクアさんに苦笑しつつ、出口の光を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

ふと目が覚める。窓を見るともうお昼頃になっている事に気づいた。私はまだ寝起きで少し重い体を動かして整容をする。

そんな時、私は背後から何かの視線を感じた。ふと振り返ってみると、当然そこには誰もいない。だが、別に嫌な感じがする視線ではなかった。気のせいだろうと思いながら立ちあがり、リビングに向かう。

リビングについた私は見慣れたメイド服を身に付けたアクアさんと挨拶を交わす。彼女は私に満面の笑みを見せていたが、ほんの一瞬だけ曇った表情を浮かべた。

 それから私はキッチンへと足を向けた。そこには、お弁当を作っているエリスさんがいた。彼女は私の方へ振り返ったあと、しばし呆然と立ち尽くしていた。私が挨拶をすると、彼女は我を取り戻し苦笑しながらこちらに完成したお弁当を見せてきた。

 

「いつもありがとうございますエリスさん。とっても美味しそうです」

 

「いいんですよ。それより、ここに一品追加しましょう。せっかくですしゆんゆんさんが作りませんか?」

 

「それなら……からあげでも作りましょうか」

 

「ふふっ、お願いします」

 

 テキパキと材料の準備をしてくれたエリスさんの好意に甘えつつ、私は調理を行った。完成したからあげはいつもと同じく美味しく出来たと思う。そして、お弁当に詰める段階で先ほどよりお弁当の中身が減っている事に気づいた。

 

「むふぉっ……おいひいおいひい……」

 

「おっと、腹ペコ女神のアクアさんがつまみ食いしちゃいましたね。ゆんゆんさん、出来るだけ多くのからあげをお弁当につめちゃってください」

 

「急にどうしたんですかアクアさん……? からあげはいっぱい作りましたし、食べますか?」

 

「んっ……食べる……」

 

「私も一口いいですか?」

 

 アクアさんはともかく、エリスさんまで食べたいと言い出したのは驚いた。私は彼女達に作りすぎたからあげが乗った皿を差し出した。すると、二人ともいっせいに口いっぱいに詰め込み始めた。

 

「美味しい……やっぱゆんゆんの料理は美味しいわ」

 

「当たり前です。だって私の料理の師匠で……ううっ……美味しい……!」

 

「な、泣くほど美味しいのですか!? まあ悪い気はしないですけど……」

 

 からあげを食べながらぐすぐす泣き始める二人の女神を私は優しく撫でる。それから完成したお弁当を持って私は外に出た。目的地は私の友人の名が冠されるようになった巨大な湖だった。

 紅魔の里の森からほど近い場所にある湖であり、最近は訪れる人も増えているらしい。途中、私に付き添って歩いていた女神は用事があるらしく別の道へ歩いて行った。だから私は一人で道を進む。森の中に漂う清涼な空気と、暖かな木洩れ日は私の心と体を癒してくれた。

 こうしてたどり着いた湖のほとりに、私の愛する夫がいた。彼は折り畳み式の小さな椅子に座り、ボケっとした表情で釣り糸を垂らしている。ここ数年、彼は毎日のように、こうしてここで釣りをしている。私はそんなカズマさんに声をかけ、彼も朗らかな笑みを返してくれた。

 

 

 

「カズマさん、何か釣れましたか?」

 

「いいや、何にも……ここはいつも釣れねえんだ……」

 

「それならお昼にしましょう。お弁当持ってきましたから」

 

「いつも、ありがとな」

 

 

 私がしいたレジャーシートにカズマさんも腰を落とす。彼は私から弁当を受け取り、中身を見て苦笑する。その反応を見て少しカチンと来たが、これもまあいつもの事だ。

 

「今日の弁当はゆんゆんが作ったんだな。俺の好物しか入ってねえ……んぐっ……やっぱお前のから揚げは美味いな」

 

「はいはい、エリスさんのお弁当とは違って栄養バランスを無視したお弁当でごめんなさいね」

 

「拗ねるなよ。俺はお前の弁当が好みだ。そもそもこの俺が栄養バランスなんかを気にすると思うか?」

 

「ふふっ、それもそうですね……」

 

 お互い笑いあいながらゆっくりと食事を楽しむ。それから、しばしの休みを楽しんだ後、カズマさんは再び釣り竿を持って湖に糸を垂らし始めた。私はそんな彼の後ろ姿を眺める。暖かな日差しや、心地いい風が肌を優しく撫でる。そうしているうちに、眠くなってしまうのは仕方がない事であった。それは彼も同じだったのであろう。いつの間にかカズマさんも私の横に寝転がっていた。

 

「平和ですねえ……」

 

「そうだな……」

 

「このまま、こんな日々が続けばいいのに……あいたっ!?」

 

「だからなんでお前は昔からフラグになるような発言をするんだ」

 

 呆れながら私の頭に一発入れてきた彼を理不尽に思いつつも、これもいつもの事だと苦笑する。それから、ゆっくり、ゆっくりと私の意識は眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時、私は家のベッドの上であった。おそらくカズマさんが家まで運んでくれたのだろう。その事実に気恥ずかしさを覚えつつ、私は大きな姿見の前にある椅子に腰かける。そして、鏡に写った自分の顔を私はそっと撫でた。

 

 

 

 

 

「情けない姿……」

 

 

 

 

そこには、一人の醜い老婆が写っていた。

 

 

 

 

 昔は自慢だった白い肌も、今はくすんでしわだらけ。骨と皮しかないほど痩せ衰えた顔には、眼孔も浮き出るほど張りがない。紅魔族である証の一つである黒髪も、今では真っ白に染まっていた。何より自分の手を見ると自分自身の衰えがよく分かる。昔はしわ一つなかったのに、今はしわだらけで血管も浮き出ている。みずみずしさを失った肌はかさついたボロ布のようであった。そして、銀色の指輪と、白金の指輪はサイズがあわずぶかぶかになっていた。

 

 

 

だからこそ、私はアクアさんとエリスさんの事が妬ましかった。

 

 

 

 彼女達は私達人間とは隔絶した美しさを持っていた。それなのに、彼女達は老いることなく永遠の美しさで彼を魅了した。だが、私は日に日に魅力がすり減っていった。自慢の黒髪や肌は色を失い、くすんで行く。大きかった胸も、いまではしわに包まれて垂れ下がる肉塊になっていた。

 

 

 

「体が醜いと、心まで醜くなった気がするわね……」

 

 

 

 そう独り言ちて自嘲する私は鏡の中に違和感を見つける。三面鏡に写る老いた私のうち、右側の鏡には何故か私の若い頃の姿が写っていた。老いを知らない彼女は、自信にあふれた笑顔を浮かべていた。

 

「うわっ……幻覚を見ちゃうなんて……」

 

『ふふっ。貴方は美しいわ。だからこっちに来なさい……』

 

「幻聴まで……いよいよ私もダメね……末期のめぐみんみたいにはなりたくないわ……」

 

『そんな心配しなくても大丈夫よ』

 

 鏡の中の若い私が、こちらに手を伸ばしてくる。私はそれを無言で受け入れる。実は、このような予兆はすでにかなり前からあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『だって、あなたはもう死ぬのだから』

 

 

 

 

 

 

ふっと目の前の景色が真っ暗になり、意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めた時、私はまた自室のベッドの上にいた。だが、隣には涙目で暗い表情を浮かべているアクアさんとエリスさんがいた。私はそんな彼女達の頭を優しく撫でる。本当に、泣き顔すら美しい女神達だ。

 

「アクアさん、エリスさん、今までありがとうございます。生き汚い私のお願いを聞いて頂いて……おかげで痛みもなく、最後まで彼と日々を共に過ごすことが出来ました」

 

「何を言ってるの……まだ頑張らなきゃダメよ……」

 

「アクア先輩の言う通りです……貴方がいなくなったらカズマさんが悲しんじゃいますよ……」

 

 私は更に嗚咽を漏らし始めた彼女達を優しくあやす。実は、かなり前から私の身体は不調をきたしていた。しかし、私はこの女神達のおかげでこうして身体が限界を迎えるまで表面上はとても健康に過ごす事ができたのだ。

 

「アクアさん、エリスさん……後を頼みます。彼、ああみえてかなりの寂しがりやなんです……もうめぐみんも、ダクネスさんも、あるえさん、クリスさんもいませんから……」

 

 二人の女神は、私の手を握りながら大きく頷きを返した。こうして心が軽くなった時、私は何かが崩れて行く感覚がした。それを、二人の女神達が必死に繋ぎとめようとする。だから私は彼女達から手を離した。それから、私の部屋に愛する人が入り、その後にぞろぞろと人が続く。さより、ありさ、レイカちゃんにカイズ君、めぐみんとあるえちゃんの子供達も後に続いた。そして、そんな彼らの子供や孫達も入ってくる。

 そこそこの広さがあった私の部屋は、今では愛する人たちでぎゅうぎゅうになっていた。カズマさんは苦笑する私の両手をぎゅっと握り、こちらを睨みつけてくる。その姿に私はさらなる苦笑をこぼした。

 

「カズマさん、今から死んじゃうって人に怖い顔を向けないでくださいよ」

 

「アホか……お前まで俺を残して行くのか……」

 

「何を言っているのですかカズマさん。私は嬉しくてたまらないんです。昔、貴方とした約束を覚えていますか?」

 

「お前とはいっぱい約束していっぱい裏切ってきた。覚えちゃいねーよ……」

 

「まったくもう、それなら思い出させてあげます」

 

 

 

 彼の顔を優しく撫で、私はまだ心も体も若かったあの頃を思い出した。

 

 

 

「カズマさん、私を先に死なせてくれてありがとうございます」

 

「お前は何を……!」

 

「だって、貴方のいない世界なんて考えられないんです。だから、私は先に行って貴方を待って……いや”待ってて”くださいね」

 

 彼もまた、情けなく泣き始めた。しわを刻んだ肌も、薄くなった頭皮も、私にとってはとても愛おしい。だから彼の頬をそっと撫でる。彼がこうやって私のために泣いてくれる事が非常に嬉しかったのだ。そして、そんな私達を愛する子供達が見守ってくれていた。

 

「カズマさん、夢、適っちゃいました」

 

「ああ……」

 

「こんなにもいっぱいの”家族”に囲まれて……愛しの貴方や子供達に見送られて……」

 

 私のそばにたくさんの”愛する家族”が身を寄せる。そして、彼ら全員と言葉を交わした。悔いなど残るはずがなかった。それなのに、私の愛するカズマさんは彼らより情けなく私を抱きしめてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、私は彼の耳元でそっと囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆんゆんはその日の夜にこの世を去った。

 

 

 

 

 

 

 葬式を終えた後、皆が涙と笑顔を見せながら、彼女との思い出を語り合った。そして、一人、また一人と家を去って行く。当然だ、彼らにも愛する”家族”がいるのだ。最後まで残っていたさより、ありさ、カイズの三人も、俺を見て微笑みを返し、家を去って行く。そして、俺にとっての最後のお別れも訪れた。

 

 

「いやああああっ! いやだああああああああああっ! あたしはお父さんといるの!」

 

「まったく、貴方もいい加減に落ち着きなさい……それじゃあカズマさん、私も行きますね……」

 

「本当にいっちまうのか……?」

 

「ええ、私自身も断腸の思いです。でも、以前からお話ししていたでしょう。レイカのためにも……貴方の愛する彼女達のためにも……私もここで一旦お別れです」

 

 そう言って涙を浮かべるエリスは、片手で駄々をこねるレイカの首元をひっつかんでいた。実は、この件について彼女とは前々から話は済んでいる。何でも、レイカが女神になるためには天界での修行が必要らしい。そして、この世を去ったゆんゆん、めぐみん、ダクネス、あるえの魂の安寧を確実な物にするために彼女も一度天界に戻らなければならないそうだ。

 

「大丈夫ですよカズマさん。私との繋がりは死を超越していますから」

 

「それは分かっているが……」

 

「大丈夫、大丈夫です。必ずまた会いに来ますから……だから貴方もゆっくりと心を休めてください」

 

「いやああああああああああっ! お父さん助けてええええっ……えうっ!?」

 

 こぶしで娘を黙らせたエリスは俺にそっと手を振った。俺はそれをじっと見つめ返す。彼女の笑顔は相変わらず美しかった。

 

「カズマさん、また会いましょう」

 

「ああ、また会おうエリス、レイカ……」

 

 

 

 

天まで届く光の柱の中に、エリスとレイカは消えていった。

 

 

 

 

 そして、俺は我が家へと足を向ける。家の中はとても静かであった。家族みんなで過ごしたリビングにも、台所から美味しい匂いを漂わせ、笑顔を浮かべて料理をするゆんゆんの姿もそこになかった。

 

 

『カズマさん、ごはん出来ましたよ』

 

 

 そう言って満面の笑みを浮かべるゆんゆんの姿が脳裏に焼き付いている。でも、台所には誰一人もいなかった。その瞬間、俺は彼女が死んだのだと実感した。じわじわと胸中に広がる思いは止められるわけがなかった。しかし、そんな俺の背に急に暖かさが感じられた。背中から俺をぎゅっと抱きしめる両腕は俺を掴んで離さない。背中に感じる彼女の柔らかい身体は俺をまた奮い立たせてくれた。

 

「大丈夫よカズマ……私が傍にいるわ……」

 

「…………」

 

「貴方の愛する妻達がいなくなっても、この水の女神アクアは貴方の傍を決して離れない」

 

「ああっ……」

 

「大丈夫、私が傍にいる……私がいるじゃない!」

 

 

俺を抱きしめるアクアの手が、万力のように強くなる。思わずうめき、せき込んだ俺の耳元で、彼女は小さく囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと、二人っきりになれたわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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最終話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔族随一の爆裂魔法の使い手『めぐみん』

 

 

 

 

 

彼女は元々頭のねじが数本抜け落ちている頭のおかしい女であった。

 

 

 

 

 そんなめぐみんもある時を境に一気におとなしくなる。彼女も、二人の子を持つ母親となったのだ。あんなにも小さな体に双子を妊娠したのだ。それはもう大変な難産であった。そんな経緯もあり、彼女もかなりの親馬鹿になった。そして、二人の子供……兄と妹の教育に関してもそりゃあもう揉めた。彼女としては自分の命と等しい価値と誇りを持っている爆裂魔法を継いで欲しかった。だが、爆裂魔法を極めるのは修羅の道。自分自身がそれをよく知っていた。

 だが、ゆんゆんの娘であるありさが上級魔法のついでに爆裂魔法を習得した時、めぐみんは吹っ切れた。二人の子供に爆裂魔法がなんたるかをしっかり教え込み、案の定子供達も爆裂魔法に魅了された。そうして、紅魔族で一番頭のおかしいめぐみんの子供は、世界で一番頭のおかしい兄妹になった。

 

 

めぐみんは客観的に見てもとても幸せそうだった。

 

 

 自らの愛する爆裂魔法を最愛の子供達が受け継ぎ、そんな子供達も親となり子に爆裂魔法を継いでいった。まさにわが生涯に一片の悔いなしという所であろう。

 

 

 

 

 

だからであろうか、気が付けば彼女の頭のねじは全て抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

「行かなくては! 示さなくては! 天に地に、我が爆裂魔法が最強だという事を!」

 

「うんうん、めぐみんの爆裂魔法は最強だって私が誰よりも知ってるわ」

 

「貴方には見えないのですか……聞こえないのですか!? 私を望む声が、私を見定める地獄の王の視線が!」

 

「ああ、そうだな。それじゃあ示す前に私とトイレに行こうか」

 

「ああ、離すのですやめるのですダクネス!」

 

 

 アクアにあやされ、ダクネスにトイレに連れられて行くめぐみん。これが少女であったならまだ可愛さも感じられるかもしれないが、その正体は認知症にかかったおばあちゃんである。しかもまだまだ歩けるパワー系だ。こういうのは歩ける奴の方がやっかいなのだ。

 

「ダクネス……あの薄汚いジジイは誰ですか?」

 

「ふふっ、あれはカズマだ。アイツも老けたものだな」

 

「嘘です! カズマはもっと若くてカッコイイです。少なくともあんなに髪は薄くなかったと思います」

 

「まったく……ほら、トイレはこっちだ」

 

 ダクネスに連れられて行くめぐみんを、俺は遠目で見つめていた。彼女がボケてしまったから、俺は一歩引いた立場にいた。だからであろうか、めぐみんは自分の世話をしてくれるアクア、ダクネス、エリスと彼女の子供の事しか覚えていなかった。また、ゆんゆんの事は目にするだけで不穏になって暴れ出すので非常に手を焼いていた。なにより、彼女が爆裂魔法を習得しているのがまずかった。昔と変わらず爆裂魔法の虜である彼女は、スイッチがいつ押されるか分からない核爆弾と化していた。だから、彼女にいくつかの魔力的拘束具が着けられるのは致し方のない事であった。

 

 

 そんなある日の夕暮れ、俺が庭先で煙草を吸っていた時、めぐみんがふらふらと歩いて出てきたのを発見した。徘徊老人と化し、行方不明になりかけたのは今回だけではない。おまけに何かの拍子に爆裂魔法を詠唱されたら大惨事である。だから、俺は彼女を引き留めた。俺の方へ振り返った彼女は、虚空ではなく俺の目を見つめ返してきた。

 

「いい所に来てくれました。そこの薄汚いジジイ、我が爆裂魔法の凄さを見せつける時が来ました」

 

「馬鹿言ってないで帰るぞ」

 

「……お願いですカズマ」

 

 思わず口にくわえていた煙草を落としてしまう。めぐみんが、俺をきちんと認識していた。以前、認知症の症状が重くなる前はこうしてまだらに我に返った彼女を見た事がある。今回もそのパターンであった。

 

「カズマ、私は爆裂魔法が撃ちたいです」

 

「馬鹿言うな。撃ったら冗談じゃすまされない事になる」

 

「お願いですカズマ。私が”全て”を忘れる前に……」

 

 

 じっとこちらを見る彼女は今では醜い老婆である。しかし、俺にとって愛する女性である事は変わりない。俺は彼女の手をとって歩き出した。

 

 たどり着いたのは紅魔の里近くの森の中。俺は気配察知で周辺をくまなく探り、安全を確かめてからめぐみんに着けられた拘束具を外す。そして、使い古されて年季の入った杖を彼女へ渡した。

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

 めぐみんが爆裂魔法の呪文を詠唱し始めた。無詠唱で爆裂魔法を撃てる彼女であるが、こうして威力を高める時は必ず詠唱を行っていた。俺はそれを腕を組んで見つめる。俺自身も、こうしてめぐみんの爆裂魔法に付き合うのも何だか非常に久しぶりであった。

 

 

 

 

「これが人類最大の威力の攻撃手段! これこそが究極の攻撃魔法! その目に刻め!」

 

 

 

 

 

 めぐみんは魔力の込められた杖を掲げた。間違いない。これが彼女の人生の中での全力全開。

 

 

 

 

 

「“エクスプロォォージョンッ!”」

 

 

 

 

 

めぐみんの渾身の爆裂魔法は俺の記憶の中でも一番美しいものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ばたりと倒れるめぐみんを、俺は優しく受け止める。彼女はとても満足そうに、とても誇らしげに笑みを浮かべていた。

 

「カズマ、今のは何点ですか……?」

 

「それは……」

 

「ふふっ、点数をつけるのも大変なくらい美しい出来でしたからね。すぐに採点出来ないのも理解できます」

 

「めぐみん……」

 

「だから、採点結果は次の機会に聞きましょう……また今度……またこうやって……」

 

 

 

 

 

俺は彼女の小さな体ぎゅっとを抱きしめた。

 

 

 

 

 

それから、どれくらいの時間が過ぎたのであろうか。気が付けば、怒りの表情を浮かべたダクネスが俺の前に立っていた。

 

「カズマ! お前が何をしたのか理解しているのか!? めぐみんはもう魔力制御なんて出来ないんだ……だから……!」

 

「そうだな。だから文字通り自分の命全てをかけたんだ。この爆裂魔法にな」

 

「それを分かってて……!」

 

「ダクネス、めぐみんの顔を見ろ」

 

俺はダクネスの顔を、俺の腕の中で動かなくなっためぐみんへ近づける。そうすると、ダクネスが涙と嗚咽を漏らす声が聞こえてきた。

 

「ダクネス……ずるいと思わないか?」

 

「そうだな、本当にずるい奴だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にはあまりにも巨大なクレーターが出来ていた。クレーターの中ではいくつのもの場所から間欠泉のように地下水が噴き出ている。

 

 

 

こうして、”めぐみん湖”が出来上がった。

 

 

 

 

その馬鹿らしい名前にほくそ笑みつつ、俺は今日も釣り糸を垂らす。

 

 

 

 

 そんな俺を見ながら、近くにパラソル付きのテーブルと椅子を設置し、優雅にお茶を楽しむ女性がいた。落ち着いた物腰と、あふれ出る気品は周囲のものを平伏させる。彼女……ダクネスはふり帰った俺に小さく手を振り、目の前に広がる巨大な湖を一瞥して大きくため息をついた。

 

「何か釣れたかカズマ?」

 

「いいや、ここはいつも釣れねえんだ」

 

 お互い笑いあった後、俺はめげずに釣り糸を垂らし続ける。今日こそは、釣れる気がしたのだ。だが、そんな俺の決意を折るように、能天気な声が聞こえてきた。

 

「カズマさーん、今日はピクニックびよりですね~! わわっ!?」

 

「ちょっとゆんゆん、足元には気をつけなさい! 転んだら大変よ!」

 

「アクア先輩の言う通りです。骨でも折ったら、寝たきりになっちゃいますよ。ほら、あるえさんも!」

 

「う~外は勘弁して……まだ小説が完成してないのに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は苦笑しながら釣り竿のリールを巻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「…………」

 

「カズマー?」

 

「…………」

 

「カズマカズマーカズマさーん?」

 

「…………」

 

「えいっ!」

 

「うぇあ!? 急に何すんだアクア!?」

 

 

 私はぼーっとしていたカズマから釣り竿をひったくっていた。彼の視線はさっきまで近くにあった風化したパラソル付きのテーブルと椅子にあった。それが気に食わなかった私は彼にちょっとしたいたずらをしたのだ。

 

「ほら、竿を返せアクア」

 

「でも、ここってまったく魚が釣れないじゃない」

 

「バカいえ、今日こそ釣れる気がするんだ」

 

 そう言って私から釣り竿を取り返したカズマは再び湖に糸を垂らし始めた。私はそんな彼を全身を使って抱きしめる。彼から香る匂いはかなりキツくなったけど、私はそれが大好きだった。匂いを嗅ぎ、まるで彼に支配されたかのような感覚に酔いしれる。そうやって、カズマとの時間をゆっくりと楽しんだ。

 

「そろそろお昼にしましょうか」

 

「うーい」

 

 レジャーシートの上に、私は丹精込めて作ったお弁当を広げる。彼はそんな私のお弁当を無言で突ついている。その姿に私は苦笑した。

 

「どう、おいしい?」

 

「ああ、美味いな」

 

「ゆんゆんのお弁当よりも美味しい?」

 

「くくっ、それに関してはまだまだだよ」

 

「そっか」

 

 小さく笑う彼に対して少しむくれて見せながらも、楽しい食事である事は変わりなかった。それから食休みを終えた彼は再び釣り糸を湖に垂らし始める。私はお弁当を手早く片付けて、彼へとにじり寄る。そんな時、地面に小さな木片が落ちている事に気づいた。

 何気なくそれを手に取った私は、良い事をピコンと思いつく。懐から十徳ナイフを取り出し、木片を削って行く。そうして完成した品を、私はまたぼーっとしているカズマに見せつけた。

 

「見て見てカズマ、魚が釣れちゃったわ!」

 

「おう、なんだ……ってマジか?」

 

「ほうら、生きがいいわよ! ぴちぴち~!」

 

「くそっ! 俺が最初に……って偽物か……」

 

「ふふーん、よく出来てるでしょう?」

 

「ああ、お前の器用さも相まって本当に生きてるように見えたな……」

 

 私が手渡した木製の魚を、彼はまじまじと見つめていた。それから釣り具箱からドライバーか何かの工具を取り出し、突然その木製の魚にぶっさし始めた。

 

「ちょっっと、いきなり何するのよカズマ! せっかくいい出来だったのに!」

 

「まあ見とけって……」

 

 彼は木製の魚に穴を開け、やすりがけを行う。それから大きな釣り針取り付け、私が作った可愛い魚は今では完全武装していた。

 

「今日は趣向を変えてルアー釣りでいくか」

 

「うう、私のお魚ちゃんが……」

 

「これくらいで涙目になるなよ……ほら、お前が投げて見ろ」

 

 カズマから手渡された釣り竿を受け取った私は、彼に指示されるままに竿を投げる。リールを巻いてルアーが生きているように、トップウォーターが云々かんぬん言っているが、理解は出来ない。確かな事はこの湖に魚はいないという事だ。まだ形成されてから十年経つか経たないかといった所であるし、付近の川や池からの流入はない。彼がここで魚を釣っている姿は今まで一度も見た事なかった。そんな時、急にぐっと竿が引かれるのを感じた。根がかりでもしたのかと思ったが、リールからはどんどんと糸が出て行っていた。

 

「カ、カズマ!? 釣れてる……なんか釣れてる!」

 

「そんなわけ……立てろ! 竿をもっと立てろアクア!」

 

「わああああっ!? 手伝って、早く手伝って!」

 

 大きな引きにバランスを崩しそうになる私を彼が必死に支えてくれる。そうして、ゆっくりとゆっくりと獲物が岸へと近づいて行く。彼と一緒に大きく竿を引き込んだ時、獲物は岸に打ち上げられていた。木製ルアーのフックに引っかかっていたのは紛れもなく魚であった。

 

「やったじゃないカズマ! これ食べれるの!?」

 

「真っ先に聞くことがそれかよ……大きさは……尺はある。まあ形状とこの模様といいトラウト系なのは確かだな」

 

「じゃあ食べる?」

 

「食い意地はってるなお前は……今回はリリースだ」

 

 彼は針を外した魚を湖へと離す。その顔はどこか寂し気ながらも笑顔であった。逃がしたのは少しもったいない気がするけど、彼のこの表情を見れただけでおつりがくるくらいだ。

 

「そうか、この湖にも生命が根付いたか……」

 

「私はこの湖に魚がいないと思ってたからびっくりしたわ」

 

「多分、増水した時に他の川から流入してきたか、最近増えた観光客か紅魔の里の住人が放流したんだろうな」

 

「へー……まあ魚が釣れるなら今後も楽しめそうね!」

 

「そうだな……」

 

 彼はゆっくりと釣り具を片付け始める。そして、しばらく湖を見つめた後、彼はゆっくりと歩き出した。その姿を追いかける私は、彼の背中がなんだか小さくなったように見えた。

 

 

 

 

 

その翌日、いつも私より早く起きて釣りに出かけていたカズマが布団の中でまだ寝ていた。

 

 

 

 カズマを起こし、いつものように釣り具とお弁当の準備を始める私の手を彼は止める。次の日も、また次の日も彼は釣りに出かける事はなかった。釣りに行かない理由を尋ねると、彼は決まって”もういいんだよ”と力なく笑っていた。

 

 

 

 こうして、私は遅まきながら理解する。あの無意味に見えた湖での釣りは、彼にとっては正に”生きがい”になっていたのだろう。それを失った彼は次第に無気力になっていった。

 

 

 

 

「ほら、カズマ! ここをこうやってこうやって……はい、機動要塞デストロイヤーの完成!」

 

「相変わらずお前はすげえな。折り紙だけでよくそんなわしゃわしゃしたのを作れるもんだ」

 

「アンタにも作れるわよ! ほら、こうやって……」

 

「俺には無理だ」

 

「それじゃあ多兎を作りましょう? こうしてこうすると……ほら分裂した!」

 

「おう、マジで分裂してるじゃねえか……なるほどここをこうやって……」

 

「上手いわカズマ! 次にここをこうして……」

 

 

 それでも、彼はまだ生きている。毎日を私と一緒に過ごし、一瞬として彼から離れず日々を過ごす。誰にも邪魔されない二人だけの時間。それでも時は過ぎて行く。彼の状態は何だか死ぬ間際のダクネスに重なって見えた。彼女の生きがいの一つはめぐみんのお世話であった。それを失った彼女はめぐみんの後を追うようにこの世を去ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「カズマ、少し外に出ましょうか。ほら杖を持って」

 

「すまんなアクア……」

 

「ふふっ、いいのいいの! ほら、反対側は私が支えてあげるから」

 

 彼の手を引いて家の外へ散歩に出かける。家にこもりがちになった彼は私がこうして強制的に連れ出さないと布団から一歩も出ない日もあった。そんな彼も、私が誘えば素直に応じる。目的が何であるか知っている私はため息をついた。

 

「神社裏の喫煙所に寄っていいか?」

 

「はいはい……結局ニコチン中毒は死ぬまで治りそうにないわね」

 

「あのなあ、何度も言うが俺がこの味を覚えたのはお前達のせいだからな」

 

 こうやって責任転嫁して結局禁煙出来なかったのだ。だが、今更私が文句なんて言うわけがない。きっと、ゆんゆんが見たら凄く怒るだろうけど……

 神社裏のベンチに腰掛けた彼はそうやって煙草をふかし始めた。それでも離れない私の事をカズマはどこか嬉しそうに見ていてくれた気がする。

 

「なんで俺が残っちまったんだろうな。こうして身体に悪そうな事をいっぱいしてるってのによ……」

 

「当然の結果よ。アンタの身体は神が一から作った”完璧な肉体”よ。アンタ自身に変わりはないけど、元々あった遺伝的な”エラー”も、その年までに身体に蓄積した毒素も全部除去してるわ。それに、アンタってば生き意地が汚いし」

 

「言ってくれるな……」

 

「でも、安心してカズマ。私は貴方の傍にずっといるわ」

 

「あ、ああ……まったく……」

 

 苦笑するカズマに私は身を寄せる。彼の身体はまだ暖かく、生命の息吹が感じられる。でも、彼の事を近くで感じれば感じるほど、その火が弱くなっているのを感じた。

 

「それにしても薄情だなアイツらも……ゆんゆんが逝っちまってから顔も見せやしねえ……」

 

「きっと、気を遣ってくれてるのよ」

 

「誰にだよ……」

 

 呆れるカズマに私は素っ気なく返す。彼の所へ子供や孫が訪ねてこないのは私に原因がある。本当にありがたい事だ。

 

「寒くなってきた……帰るか……」

 

「そう、じゃあ夕飯はハンバーグと肉じゃが、どっちがいい?」

 

「肉じゃが」

 

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなある日の夜、カズマは珍しく書斎の椅子に座って何か書き物をしていた。ランプ片手に訪問した私に対し、彼はその手を止めなかった。

 

「何かいてるの?」

 

「あるえと一緒さ。死ぬまでに書いときたいものがあるんだよ」

 

「小説でも書いてるの? 見せて貰っていい?」

 

「だめに決まってんだろう。少なくともアクアには見られたくねえ」

 

 彼は急いで紙の束を引き出しに隠し始めた。そして、私に出て行けとハンドサインをおくる。それに素直に従い、自室まで戻った私は内緒でくすねた一枚の紙を広げようとした。しかし、それが小説ではなく手紙だと理解した私は読むのをやめる。宛名には”カイズへ”と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、カズマは日に日に弱っていった。今では生活の全てを私に頼っていた。

 

でも、そんな彼が愛おしくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

「ほら、あーんしてカズマ」

 

「…………」

 

「おいしい?」

 

「ああ……」

 

 私が差し出したスプーンを口に含む彼はまた一段と弱っていた。自力で食事を摂取する力もなくなってきた彼には、こうして私が食べさせてあげていた。

 

「ふふっ、可愛い」

 

「勘弁してくれ……」

 

「だーめ! まだいっぱい残ってるから食べなさい」

 

「食欲ねーんだよ」

 

 そんな事を言う彼に私はゆっくりと食事を差し出す。彼は観念したように一口、また一口と食べていった。

 

 

 

 入浴も私の仕事であった。もう立つ事すら出来なくなっていた彼だが、私が彼と一緒に毎日お風呂へ入っていた。昔とは違い、痩せてしまった彼の身体は私にとってはとても……とても軽いものであった。

 

 

 

 

そして、毎日同じ布団に一緒に入った。

 

 

 

 

 ふと、目を覚ますと隣で寝ていた彼が涙を流している事があった。私はそんな彼を優しく抱きしめた。

 

「すまん……漏れちまった……」

 

「知ってる。でも、今綺麗にしたから大丈夫よ」

 

「便利な女神だな」

 

「思ってもそんな事口にしないの!」

 

 カズマの頭を小突きながら、私は彼の涙を拭う。安心したように体を寄せてくるカズマの姿に私は得体の知れない快感を覚えた。

 

「めぐみんが羨ましいな……」

 

「何を言ってるのよもう!」

 

「お前には……お前だけにはこんな姿は見せたくなかった。こんな情けなくて……カッコ悪くて……」

 

「いいのよ。私はむしろ嬉しいわ。だから私を頼って……」

 

「…………」

 

 

彼の小さくなってしまった身体を私はぎゅーっと抱きしめた。

 

 

「私は貴方の傍にいるわ。どんなに情けない姿でも、どんなにかっこ悪い姿を見せたって、私は貴方を離さない」

 

「ああ……」

 

「大丈夫よカズマ。貴方には私が……私だけがいればいいの……」

 

 

 

 

 

私の腕の中で、彼は小さく咳き込んだ。

 

 

 

 

 

 そんな幸せな日々が続いたある日、私はいつものように布団で目を覚ました。それから愛する彼を起こそうとした時、気づいてしまった。枕元に全身を黒いローブに身を包みんだ死神が立っていたのだ。そして、そんな死神の横に漆黒のスーツを着た老紳士が立っていた。彼の姿はよく知っていた。

 

「死の騎士……」

 

「私を知っているのかね? だが、安心して欲しい。私はこの新人の付き添いだ。それにこの男は死神に運命を定められたものではない」

 

「ならなんでアンタみたいな大物がここにいるのよ……」

 

「それは貴様も理解しているだろう? 死は皆に平等に訪れる。人間も、化け物も……いずれはお前のような”神”にもだ。その理は崩してはならない。私がいるのは、貴様らが余計な手出しをしないように見守るためだ。神が施す延命はこの者の魂にとっても苦痛でしかない。」

 

 そう言って、慈悲深くカズマを見つめる死の騎士を前に、私は全身から力が抜けていくのを感じた。ついにカズマの寿命が来てしまったのだ。

 

 

 

それは、この愛すべき”二人だけの時間”の終焉を意味していた。

 

 

 

「お久しぶりですねカズマさん、アクアさん」

 

「お父さん……」

 

 

 

 

 

背後から、エリスとレイカちゃんの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと、俺は相も変わらず布団の上にいる事に気づいた。でも隣で俺を見守っていたのは、アクアではなくエリスとレイカであった。

 

「久しぶりだな」

 

「お久しぶりです、お元気でしたか?」

 

「こんな時に皮肉かよ……見ての通り死にそうだ。あれだ、俺の近くに死神がいるんだろう?」

 

「ええ、そうですね。しかも、今回は”死”そのものも来ていますよ」

 

「なんかやべー奴もきてるのか……」

 

「今も貴方の後ろで差し入れのハンバーガーを食べてます」

 

「何だか急に親近感が湧いてきたな……」

 

 久しぶりに見るエリスの微笑みに癒されながら、俺は腹にある重みに目を向ける。そこには静かに涙を流すレイカの姿があった。この世を隔絶した美貌と、ツインテールにしてまとめられた美しい銀髪は昔と変わらない。でも、その身体はもう大人の女性になっていた。だが、親にとっては子供はいつまでも”子供”なのだ。

 

「泣くなレイカ。その涙は俺が死んだ後に流してくれ」

 

「変な事言わないでよ……」

 

「いいや、変じゃない。俺はお前の笑顔を見ながら逝きたいんだ」

 

「も、もう……! 本当にお父さんは!」

 

 何やら顔を紅くしながらも、彼女はまぶしい笑顔を見せてくれた。そんな娘の頭を俺はそっと撫でる。おそらく、こうして俺がまともな思考でいられるのも、喋れるのも彼女達のおかげであろう。これほどまでの贅沢は他になかった。

 

「何か心残りはありますかカズマさん」

 

「ない……こともないな。アクアを呼んでくれるか?」

 

「分かりました」

 

 エリスが部屋の隅で不貞腐れたように膝を抱えて丸くなっていたアクアをこちらへと引きずってくる。俺がアクアへと視線を移すと、彼女は顔をプイっと横にそらす。そんな彼女の姿を見て苦笑した後、俺は素直に感謝の気持ちを伝えた。

 

「今までありがとうなアクア……」

 

「いいのよ別に」

 

「情けない姿をいっぱい見せちまった」

 

「そんな事ないわよ」

 

 グスグスと泣き出してしまった彼女の頭を撫でた後、俺はエリスに目配せをする。彼女は呆れたようにため息をつきながらも行動に移してくれた。流石は俺の愛する女神様だ。

 

「という事で脱げアクア」

 

「は? 急に何を……わひゃああっ!?」

 

 エリスが引き裂くようにアクアの服をはぎ取った。一気に下着姿になったアクアはベージュ色の下着を着こんでいまいち色気が足りなかったが、俺にとって非常に眼福な光景である事に変わりはなかった。それからアクアの痴態をゆっくり楽しんだ。

 

「アクア、お前はクビだ」

 

「えっ……?」

 

「この家の主人がいなくなるんだ。だからお前もクビ。エリス、服を着せてやれ」

 

「はいはい」

 

 エリスがパチンと指を鳴らすと、アクアはあの青色を基調とした羽衣を身に着けていた。今だ困惑しているアクアの姿を見て俺は懐かしさと満足感を覚える。やはり、メイド服なんてものはこの女神に似合わないのだ。こうして、安心したからであろうか。一気に身体が重くなってきた。かすれる視界の中で、俺は三人の暖かな影が優しく手を握ってくれたのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、ゆっくりとゆっくりと全てが色あせて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、本当に長い行列だ……」

 

 

 

 

 

 思わず、そんな愚痴を漏らしてしまう。目の前に見えるのは途方もない数の人間の列。そんな俺に励ましの声をかけてくれる奴がいた。

 

「大丈夫、一歩一歩確実に進んでる。だから、お話の続きをしてよ。あたしは興味あるなあ」

 

「お前も飽きねえな……まあいいさ。あれは魔王討伐後の事だ。いつもはうざさの塊みたいだったアクアが、急にしおらしくなってな。それがもう可愛くて可愛くて……」

 

「その話を聞くのは58654回目だね。まったく、口を開ければ女の子の話ばっかりだね」

 

「わははっ! 当時の俺はもてたんだよ!」

 

”老衰の方はこのまま前へ”と書かれた看板を首に下げる天使を一瞥し、俺は両隣にいる暇つぶしの相手を少しこちらへ引き寄せる。一人は白い装束を身にまとった女性。顔は他の人間達と同じく霞がかったように見えないが、お互い話も合うしこの行列に並ぶ間に様々な話をした。もう一人は黒い装束を身にまとった死神だ。何故か俺にだけコイツが付き従い、時折俺に向けて漂ってくる黒いモヤモヤを大鎌で切り払っている。そして、俺の話を静かに聞いてはたまにノートを開いてそこに何かを書き込んでいた。こいつも顔が霞がかって見えないが、何故か懐かしいものを感じられた。

 

 

 

 

こうして、俺は長い長い列を進む。

 

 

 

昔を懐かしみながら、ゆっくりと……

 

 

 

 

 そして、ついに受付が見えてきた。栄養ドリンクの山を横に築きながら、疲れた表情を浮かべる天使の姿に俺は苦笑した。そんな時、隣の白装束が俺に小さな袋を手渡してきた。中身を確認した俺は、思わず苦笑してしまった。そこには、いつか渡そうとどこかにしまい、気がつけばなくしてしまった物が入っていた。

 

「心残りがないようにね」

 

「ああ、ありがとうクリス」

 

「……気づいてたの?」

 

「気づかないわけないだろ」

 

「やっぱり助手君は……助手君だよ……」

 

 霞がかった彼女の顔が晴れ、そこには愛すべきクリスの姿があった。彼女は泣きそうな顔で俺に手を振ってきた。そして、黒装束が俺の手をとってクリスとは別の方向に歩き出した。

 

「君はこっちだよ」

 

「喋れたのか……」

 

「本当は私もいっぱいお話したかったけど、勘弁してくれるかい? この任務が終わるまでが新人研修なんだ。悪いね」

 

「別にいいさ」

 

 それから、俺は彼女に付き添い、二つの大きな扉がある場所に案内された。彼女はそこで身体を停止させる。おそらく、どちらかの扉を選べという事であろう。

 

「なんで右の扉は赤いんだ?」

 

「さあね……とにかく選んじゃってよ。君に選んでもらうのが公平だって、上司が言ってたよ」

 

「そうかい……それじゃあせっかくだから……」

 

 

 

 

 

 

 

俺はゆっくりと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い間、私は仕事に手がつかなかった。私の代わりを務める天使は何やらグチグチ言っていたが、どうでもよかった。そんなある日、私の部屋に来客を告げるベルが鳴った。私はすぐさま天使を部屋から蹴りだし、椅子に座る。そして、荒くなる息を整えながら小さくガッツポーズをする。どうやら私の小細工が効いたようだ。エリスには少し悪い気がするけど……

 

 

 

 

「久しぶりだなアクア」

 

 

 

 いつの間にか、私の前に一つの小さな魂が存在していた。吹けば飛ぶようなこの魂は、私にとっては何よりも大切だった。私は息を整えて定型句を告げた。

 

 

「ようこそ死後の世界へ。私はあなたに新たな道を案内する女神。佐藤和真さん、おめでとうございます。貴方は天寿を全うしました」

 

「ありがとよ」

 

「天寿を全うした貴方には、いくつかの選択肢があります」

 

 

 久しぶりに見る天界マニュアルを投げ捨てつつ、私は彼に向き直る。まっすぐとこちらを見る彼からは、すでに定まっているであろう決意を感じた。

 

 

「新しい世界で赤ん坊として生まれるか。それとも天国的な所でお爺ちゃんみたいな暮らしをするか……さあどっち?」

 

「聞くまでもないだろ?」

 

「…………」

 

「俺を天国に行かしてくれ」

 

 

 彼の目を見ていられなかった。それに涙が止められなくなる。こうなる事は分かっていた。それでも、現実を前にするとやはり動揺してしまう。しかし、ここで職務を放棄するわけにはいかない。私は誇り高く美しい”水の女神アクア”なのだから。

 

「本当に天国でいいの? あそこはカズマが想像している様な素敵な所ではないの。死んだんだからもう何もかもが必要ない。あるのは同じく天国に行った魂達だけ。彼らと永遠のように意味もなく、ひなたぼっこでもしながら世間話するぐらいしかやる事がないのよ?」

 

「前にも聞いた話だな」

 

「それに、途方もない時を過ごしていずれは何もかも忘れる。そうやって、磨り潰されて溶け合って……無垢の魂が生まれるの」

 

「それもまたいいもんだ」

 

「カズマ……」

 

 彼の魂がきちんとした人間の姿を形どる。そして、私の頭をそっと撫でてきた。そうされる度に私は涙がどんどんと溢れてくるのを感じた。

 

「本当に、子供達より先に死ねてよかった。だからこそ、俺は天国に行く。そこでアイツらを待つんだ。それにすでに俺の事を待ってる奴がいる」

 

「でもっ……!」

 

「泣くなアクア、まあたまには遊びにこいよ」

 

 そう言って苦笑するカズマの決意を私は無碍に出来なかった。それにここまで頑なになったカズマは一歩も動かせない事を経験上知っていたからだ。そんな時、彼が私の左手をそっととった。それから、薬指に昔見たことがある指輪がつけられていた。

 

 

 

「最後だ……結婚してくれアクア」

 

 

 

 朗らかに笑うカズマが本当に憎らしかった。それでも、あふれ出る歓喜を彼に隠せそうにない。気づけば、私は笑ってしまっていた。

 

「本当に浮気者ね。ゆんゆん達が泣くわよ?」

 

「もう泣かせてるよ。それに、死後の事だからこれは浮気じゃない。ノーカンだノーカン!」

 

「ふふっ、そうね……ありがとうカズマ。その申し出、受け入れるわ」

 

「マジか……よし! やっとハーレム完成だな!」

 

「やっぱり、アンタは最低の鬼畜男ね……」

 

「おいおい、褒めるなっての!」

 

 

 カズマと二人で一しきり笑った後、私は天国への門を出現させる。彼はそれを眩しそうにしばらく見つめた後、私の方へ振り返る。私は指輪を撫で、涙を拭う。最後は笑顔で送り出す。それが女神としての最後の務めであった。

 

 

 

 

「またな、アクア」

 

「ええ、また天国で会いましょう」

 

 

 

 

私は彼にそっと手を振る。彼はそれに軽く手を振り返しながら、天国への門を歩き出した。彼の背中は小さく、どこか頼りない。それでも、私の心と身体が知っている。彼はこの無限の世界で一番カッコ良くて頼りになる男だって事を。

 

 

 

 

 

 

「ばいばいカズマ」

 

 

 

 

私は、彼に永遠の別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな私の意思に反して、気づけば右手は彼の手を掴んでいた。

 

 

 

 

「行かないでカズマ……」

 

 

 

 

 ダメなのに、こんな事は許されないのに、私の手は彼を手放してはくれない。溢れ出る涙に濡れながら、私の口は自然に言葉を紡いでいた。

 

 

 

「お願い……お願いカズマ……行かないで……」

 

 

 大きくため息をつく音がする。振り返った彼はどこか呆れたように私を見ていた。そんな彼に私は恥も外聞も捨てて抱きすがるしかなかった。

 

 

「あのなあアクア、もうちょっと綺麗に行かせてくれよ」

 

「いや……いやなの……」

 

「ガキかお前は!」

 

 

 私だって女神らしく彼を行かせてあげたかった。でも、もう我慢が出来ない。私を捕らえ絡めていた心の鎖も全部なくなってしまった。そうなった私を、もう自分自身では止められなかった。

 

「私だって貴方と恋を育みたかった……もっとお話しを楽しみたかった……!」

 

「そうか」

 

「こうやって結婚して……毎日馬鹿みたいに平和に暮らして……!」

 

「ああ」

 

「私だって子供が欲しかった……カズマと私の子だからそれはもうやんちゃなの……だからいっぱい苦労して……家族一緒にお出かけしたかった……!」

 

 溢れ出る思いはもう止まらない。それを止める術を私は知らない。彼は私のそんな言葉をゆっくりと聞いてくれた。

 

「だからね……お願いカズマ……」

 

「まったく……」

 

 カズマが呆れたように私を見る。それが情けなくて……みじめで仕方なかった。だから、私は彼の顔を見れない。そんな時、彼が髪をガシガシと掻いて再び大きくため息をつく。それから、縋り付く私をそっと引き離した。

 

「なあアクア」

 

「なによ……」

 

「お前のわがまま、久しぶりに聞いたよ」

 

 

 

 そう言った彼は、私の顔を前に向かせる。そこにはとてもまぶしい笑顔を浮かべる愛しのカズマさんがいた。

 

「夫っていうのはなあ、妻のわがままにいつも振り回されるもんなんだ。こっちだって毎日必死に頑張ってるのにな」

 

「…………」

 

「それでも、それが夫の務めだ。だから、言ってみろ! お前の”わがまま”を……俺に出来る事は何でもしてやる!」

 

「カズマっ……」

 

 

 

 

 

 本当はダメなのに……女神としてあってはならない事なのに、私は彼が伸ばした手に両手を重ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえカズマさん……」

 

 

 

 

「どうした」

 

 

 

 

「これからも私の傍にいてくれる……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はまた大きくため息をついた。

 

 

 

 

でも、彼の浮かべる表情は私が一番大好きなものだった。

 

 

 

 

それから、私の一番好きな”言葉”を言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょおがねえなああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~てぃーちんぐゆんゆん~  アクアルート<完>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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蛇足なエピローグ

ヨシ!
綺麗に終わりましたね!

だから、そんな余韻を台無しにするのは……

見るか見ないかは今まで見てくださった方に任せましょう


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くふっ……くふふふ!」

 

「どうした、いきなり気持ち悪い笑い方をして……」

 

「ふふーんしてやったりよカズマ! 私はあのエリスを出し抜いたのよ! ざまあないわね!」

 

 アクアが俺の身体に全身を擦り付けながらそんな事を言う。少々イラっとするが、実は俺自身も嬉しくてたまらなかった。こいつがメイドとして俺に尽くしてくれるようになってから、彼女は生来の傲慢さやワガママを言わず、怖いくらいに慈悲深くなった。もちろん、このような女神としてのアクアも好きであるが、俺はこうやってわがまま放題で高慢ちきな女であるアクアも嫌いではなかったのだ。

 

「実はね、エリスに”水の女神”の神格をあげる契約を結んでるの。しばらくしたら、あのコが契約の代償を取り立てに来るわ。それを奪われたら、私は神様失格。人間の輪廻の中に入るしかないわ……」

 

「それは……よかったのか……?」

 

「いいのよ別に……だからカズマ、この”芸能”の女神であるアクア様と契約しなさい!」

 

「ん?」

 

 おかしな事を言い出したアクアを、俺はじっと見つめる。彼女はというとおかしくてたまらないという様子で爆笑しながら俺の背中を叩いてきた。

 

「あの子はまだまだ世間を知らない子供なのよ。確かに私は”水の女神”の神格を失うけど、先輩に貰った海の神、湖の神、河川の神、泉の神、台所の神、トイレの神の神格に、趣味が高じて創造神にもらい受けた芸能の神のとかその他にもいっぱい持ってるもんねー!」

 

「やっぱりお前はトイレの女神だったのか!?」

 

「そこだけ抜き出さない!」

 

 ぷんすか怒っているアクアの姿に苦笑しながらも、俺は彼女が差し出す手を握り返していた。別に、これくらいのわがままを聞くのわけもない事であるからだ。アクアはそんな俺に微笑みを返し、小さく呪文を唱える。それから俺の魂に何かが刻まれようとされるのを感じた。

 

「サトウカズマ……この芸能の神アクアと永遠に過ごす事を誓いますか?」

 

「ああ、誓ってやる」

 

「カズマ……嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しい!」

 

 

 

 

満面の笑みのアクアが俺にぎゅっと抱き着いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ピンポーン~

 

 

『サトウカズマ様の魂はすでに売約済みです。お問い合わせ、クレーム等は”神魔契約サポートセンター”まで直接お願いいたします。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急に部屋内に流れ始めた謎の機械音声に俺とアクアは固まる。

 

 

 

それからアクアは瞳から大粒の涙を流し始めた。

 

 

 

「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ!」

 

「い、いや俺は契約うんぬんは知らないからな!?」

 

「嘘つき! 嘘つき嘘つき……カズマの嘘つきいいいい!」

 

 

 わんわんと泣き始めたアクアをどうしたものかと途方に暮れた時、この部屋内に謎の地響きが響き渡る。それから俺達の前に巨大な空間の裂け目が出現した。

 

 

 

 

 そこには、懐かしい顔が立っていた。

 

 

 

 

 漆黒のローブとマントを身に着け、仰々しい杖を握ったアイツは大きな高笑いを上げていた。その艶やかな黒髪と、深紅の瞳……そしてロリロリしい見た目と薄い胸の女性を俺が見間違えるわけがなかった。

 

 

 

「我が名はめぐみん! 無限の世界随一の爆裂魔法の使い手にして、地獄の王を受け継ぎ、全ての悪魔を統べる者!」

 

「マジかよ……」

 

「ふーはっはっは! お久しぶりですカズマ! 採点の結果を聞きに来ましたよ! おっとついでに紹介しよう……我が下僕達を!」

 

 

 そういって、めぐみんがマントを翻すと、床に二つの魔法陣が刻まれる。そこから召喚された人物も俺の愛する女性達であった。

 

「まずは裏切りの堕天使にして我が右腕! ”堕天使ララティーナ”!」

 

「おい、私は堕ちてないぞめぐみん。それにララティーナと呼ぶな!」

 

 現れたのは長い金髪をポニーテールにして、純白のワンピースを着た美しい碧眼の女性。漂う気品と男をそそる爆乳を俺が忘れるわけがなかった。

 

「ダクネス……」

 

「ふふっ、久しぶりだなカズマ。まさかこうして死んでからもめぐみんの世話をするとは思わなかったよ」

 

「しかし、お前が天使か……くくっ……!」

 

「こら、何がおかしい!」

 

 頬を染めるダクネスであるが、そんな彼女にアクアが泣きながらがばりと抱き着く。このような光景も久しぶりに見た気がした。

 

「うえええんダクネスうう! カズマが私の事を裏切ったあああ!」

 

「いつもの事じゃないか」

 

「おい、人聞きの悪い事を言うなよ」

 

 苦笑する俺達をめぐみんはどこか嬉しそうに眺めていた。それから、もう一つの魔法陣からそっと黒い影が呼び出される。それを見た俺は思わず笑ってしまった。

 

「あまりに早い再開だなあるえ……」

 

「おや……まさか私の正体に気づいていたのかい?」

 

「当然だ。お前の話し方は特徴的だからな!」

 

「嬉しい事を言ってくれるねえ……やっと新人死神研修も終わって自由な時間が出来た所なんだよ」

 

「まさかお前が神になるなんてな……」

 

「いいや、死神と言われてるけど分類上は死告天使さ。ダクネスさんと同程度の天使だねえ」

 

 黒い装束を身にまとい、大鎌を構えた死神。その顔にかかっていた霧が晴れると慈悲深い微笑みを浮かべるあるえの姿があった。こうして、三人との再会に素直に喜んでいる俺に、めぐみんが邪悪な笑顔を浮かべて近づいてくる。

 

「それじゃあ、カズマ。この地獄の王めぐみんとあの日結んだ契約を果しましょう!」

 

「ああ、わかった……」

 

「それじゃあ……あの時の点数を……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ピンポーン~

 

 

『サトウカズマ様の魂はすでに売約済みです。お問い合わせ、クレーム等は”神魔契約サポートセンター”まで直接お願いいたします。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 再開を喜ぶ声が静寂に包まれためぐみんは呆気にとられた表情で固まる。それから、ダクネスとあるえの方へ振り返る。彼女達は小さく首を横に振った。当然、めぐみんの笑顔は崩れ、顔から色んな汁が噴出し始めた。

 

「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ!」

 

「お前もか!」

 

「わあああああカズマが裏切りましたあああああっ! どうしましょうダクネス!?」

 

「まったく、めぐみんもアクアも落ち着け」

 

 大泣きする二人に抱き着かれながら、ダクネスはやれやれとため息をつく。それから、彼女はピクリと眉を動かしてから天を見つめ始める。同じく俺も天を見上げると、そこには愛しの女神様が舞い降りる所が見て取れた。それを見たアクアは怯えた表情で後ずさりを始めた。

 

「な、なんでアンタが……!」

 

「私を出し抜けたと思いましたかアクアさん、でも残念。私にだって貴方以外の”先輩”と繋がりがあるのですよ? 幸運の女神改め……”運命”の女神エリス! カズマさん迎えに来ましたよ」

 

 この世と隔絶した美貌も、長い銀髪も俺の愛した女性のもので間違いない。しかし、彼女から感じる神の力が、以前とは比べ物にならないくらい強くなっていた。

 

「ふふっ、私が貴方の頭にちょっと仕込みをしているのはご存じですか?」

 

「まあ、薄々な……」

 

「それなら話は早いです。さあ、私と本命の契約を……!」

 

 こちらに手を差し伸べるエリスの手を、俺も握り返そうとした。しかし、そんな俺達に割り込むものが現れた。短くまとめた銀髪に、頬の傷は実に見慣れたもの。だが、彼女の背後からは漆黒の八枚羽が生えていた。

 

「あたしは”不和と争い”の女神クリス! 迎えに来たよ助手君!」

 

「おっと、流石の俺も脳が追い付かなくなってきたぞ」

 

「貴方は……!? 廃棄処分したはずなのに!」

 

「ぬるいねえエリス! だからこうやってあたしに契約を盗られて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ピンポーン~

 

 

『サトウカズマ様の魂はすでに売約済みです。お問い合わせ、クレーム等は”神魔契約サポートセンター”まで直接お願いいたします。』

 

 

 

 

 

 

 

「流石にしつこいなあ……そう思わないかエリス、クリス?」

 

 

 

 

 

 

 ため息をつく俺の前でエリスとクリス、二人の女神が崩れ落ちる。彼女達はお互いを睨んだ後、両方とも首を横に振った。

 

 

「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ!」

 

「裏切った……助手君が裏切ったあああ!」

 

「ああもう、うるさい!」

 

 

 

 

 泣きながらアクアに抱き着く二人の女神を眺めながら、俺はそっと歩き出す。目的地は俺の魂がよく知っていた。そうして、俺は無駄に広いこの宇宙空間みたいな部屋の一画に、新しい亀裂が出来ているのを発見した。そこから顔をちょこんと覗かせいていた彼女は、俺の姿を見て顔をひっこめる。しかし、しばらくするとまた顔を覗かせ始めた。

 

「どうした、こっちこいよ?」

 

「あの……貴方は誰ですか……?」

 

「しらばっくれるな、お前の事を俺が忘れるわけないし、お前も忘れるわけないだろう」

 

「ううぅ~!」

 

 彼女の顔が耳まで紅く染まった。その艶やかな黒髪おさげと、綺麗な深紅の瞳、それから可愛くてたまらない容姿を忘れるわけがなかった。彼女はしばらくう~う~唸った後、諦めたように俺に近づいてきた。そして、彼女の全盛期と言える20代後半頃のムチムチとしたスタイルととんでもない爆乳を惜しげもなく晒す扇情的な服装に俺は度肝を抜かれた。

 

「お久しぶりですカズマさん……あの……色々あってクイーンサキュバスになっちゃって……」

 

「ゆんゆんはエッチだなぁ……」

 

「エッチじゃないです!」

 

「うん、流石にそれは無理があるよ」

 

 顔を紅く染めて涙目になるゆんゆんを俺はぎゅっと抱きしめる。彼女はそんな俺におずおずと抱擁を返し、次第に表情をとろけさせ始めた。

 

「カズマさん、私との約束……覚えていますか……?」

 

「当たり前だ」

 

「それなら、私と契約しましょう?」

 

「もちろんだ」

 

「カズマさん……!」

 

 

 体の中に熱い何かが流れ込む。そして、太陽の光のように暖かく強い光が降り注ぐ中、俺の愛する嫁さんが耳元でそっと囁いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んでも離しませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ピンポーン~

 

 

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「くどい! 今度文句入れに行ってやる!」

 

「…………」

 

「あーゆんゆん、これには地よりも深く、天よりも高い事情が関係しててな……」

 

 

 

 

 

 ジャキンという金属音が聞こえる。ゆんゆんは深紅の瞳を死人の血のように黒く染め上げ、いつの間にか包丁を持っていた。

 

「カズマさん、浮気したんですか?」

 

「あのなあ、ここに来てそんな古典的な事するなバカゆんゆん!」

 

「ふーん……もうこうなったら貴方も殺して私も死にます!」

 

「落ち着け! 死んでる! 俺もう死んでるから!」

 

「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ! ふにゃっ!?」

 

 

 こちらに襲い掛かってきたゆんゆんが、何者かに蹴っ飛ばされる。そして、遠くでこちらを見つめていたアクアやエリス達にぶち当たり、ボウリングのピンのように倒れていく。それから、目の前に現れた人物を見て俺は頭を抱えた。

 

 

 

 

 この世を隔絶した美貌と、ツインテールにしてまとめられた美しい銀髪。スレンダーな体系に薄い胸は母親譲りであった。

 

「”幸運”の女神レイカ降臨! 迎えに来たよお父さん!」

 

「ああくそっ……レイカ……本当にお前は……」

 

「お母さんも馬鹿だねえ……あたしに神格譲っちゃうから事前の仕込みも全部あたしのものなんだから……ふんふん……ここをこうやって……はい、本契約成立! これでお父さんはあたしと永遠に一緒だね!」

 

「勘弁してくれ……」

 

「だーめ……だって将来はお父さんのお嫁さんになるって言ったじゃない!」

 

 俺はこめかみを痛めながら大きく頭を抱える。コイツは俺とエリスの娘だ。こうなる事も自明の理と言える事かもしれない。そして、こうなった以上、どうすればいいか分からない俺に、レイカは能天気な笑顔を浮かべて抱き着いてきた。

 

「ねえねえお父さん!」

 

「なんだよ……」

 

 

 レイカが満面の女神スマイルをこちらに見せてくる。俺は大きくため息をつきながら、そんな彼女の頭をそっと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんの事、死んでも離さないんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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