色を無くしたこの世界で (黒名城ユウ@クロナキ)
しおりを挟む

第一章 ハジマリ
第0話 プロローグ


 よく晴れた青空の下、新緑が映えるグラウンドの上。

 楽しそうに走り回る人だかり一つ。

 

「天馬ー!」

「あぁっ!」

 

 その中心にいるのは茶色い翼の様な髪型をした、さわやかな少年。

 ここ、雷門中サッカー部キャプテン『松風天馬』だ。

 彼はボールを蹴りながら全力で、それでいて楽しそうにグラウンドを走り抜ける。

 仲間達もそれにつられて、楽しそうにサッカーをする。

 ここではごく当たり前な日常的光景。

 

 彼等はそんなごく平凡な日常に満足し、幸せだと感じていた――

 

 

 

 場所は変わって謎の場所。

 白と黒の濃淡で染められただけの世界。

 空は先ほどの青空とは打って変わってどんよりとした黒い空に。

 新緑が映え、青々しい芝生が植えられた地面は白と黒のみのタイルに。

 

 『彼』はそんな白黒の床を全力で駆けていく。

 モノクロ色で染め上げられたこの空間には不釣合いな黄色い髪をなびかせながら、前だけを見てひたすら走る。

 後ろから迫ってくる何かから必死に逃げる様に。

 

「ハァ……ッ………早くッ……」

 

 そう呟きながら塔の外へと続く扉を目指して螺旋状の階段を下りていく。

 瞬間。

 

「っ……!?」

 

 彼の頬に何かがかすった。

 それは鋭利な物なのか皮膚と肉を切り、血が飛び散る。

 それと同時に彼はバランスを崩し、長い螺旋階段の下へと落ちていく。

 

「! あ……っ!?」

 

 ずどどどどっという音を鳴らしながら、長い長い階段を転げ堕ちて行く。

 予想外の展開に彼、そして『彼を追っていた男』の思考も停止する。

 

 男はハッと我に帰るとすぐさま後を追いかけようとする。

 が、すでに彼の姿は無く。目の前には、ただひたすら黒い階段だけが続いている。

 

「……逃げられちゃったか……」

 

 男はそう呟くと踵を返し暗闇の中に消えていった。

 

 一方彼は、長い階段を未だ転げ落ちていた。

 身体中に痛みが走る。思考は止まり、自分が今どうなっているのかさえ分からない。

ただただ自由の利かない身体が早く止まる事だけを祈っていた。

 すると。

 

「…………!?」

 

 突如として自分の身体が宙に浮く感覚に襲われる。

 と、そのまま真っ逆さまに下へ落ちていった。

 階段を転げ落ちた拍子に塔の中心に吹き飛ばされたのだ。

 手すりも囲いも無いこの階段は一歩踏み外せば数m先の地面へと叩き落される。

 

「嘘……っ」

 

 身体は一切のブレを起こさず真っ直ぐに落下していく。

 やっと動き出した思考回路が最悪の結末を導き出す。

 

 ――“死”――

 

 自分に存在するはずの無いソレが、もの凄く恐ろしいモノだと心が訴える。

 

――いやだ

 

 そんな言葉が脳内をよぎる。

 

――このまま何も出来ずに終わるなんて

 

 今までの記憶が走馬灯の様に蘇る。

 地面がすぐ近くまで迫る。

 もうすぐ自分の一生が終わる。自分が消える。

 やりたかった、叶えたかった願いも叶えられずに終わる。

 

「そんなの…………ボクが望んだ終わりじゃない――――!!」

 

 そこで意識は途切れた。




お初にお目にかかります。@クロナキと申します。
本日は多数の作品の中からこの小説を閲覧してくださってありがとうございます。
以下はこの小説を読む際の注意・禁止事項になります。
御一読の方、お願いします。

・この作品は長編です。
・イナズマイレブンGOの物語を舞台に、作者が考えたオリジナルストーリー、及びそれに伴うオリキャラ、化身等の新システムの登場。
・あくまで主人公は公式同様『松風天馬』です。
・試合描写あり。
・雷門メンバーの離脱描写あり。
・暴力、自傷行為、超能力描写あり。
・この小説に記載された設定、文章の無断使用・転載は禁止します。
・この小説はフィクションです。作中に登場する人物・団体・名称等は架空であり、またそれらに関係する事柄を誹謗中傷・差別・侮辱する意図は全くありません。
・pixiv、暁でも同タイトルで投稿しています。

上記の記載を無視したと思われるコメントは、対応いたしかねますのでご了承ください。
ご理解の程、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 日常

「みなさーん! 三十分、休憩でーす!」

 

 休日の昼下がり。

 雷門中のグラウンドに響いたのはマネージャー『空野葵』の声だった。

 彼女の声を聞き、今まで練習をしていたサッカー部のメンバー達がゾロゾロとベンチに戻っていく。

 

「はぁーつかれたぁー!」

 

 そう叫びながら勢いよくグラウンドに倒れたのは、ここの選手でありキャプテンの『松風天馬』だ。

 

「でも楽しいねー」

 

 彼の隣に同じく寝転がったのは、水色のバンダナが特徴の小柄な少年、『西園信助』。 

 二人は入学式をキッカケに知り合い、今では互いに親友と呼び合う程仲良くなった。

 天馬はスゥ…と息を吸い込むと「はぁー」と大きく吐きだす。

 と、とても満足そうな顔になった。

 

「あー、天馬。幸せそうな顔してる!」

 

 信助は「よいしょ」と身を起こすと満足気な天馬の顔を見て笑う。

 そんな信助の言葉を聞いて「だってさ!」と大きめな声で天馬は答える。

 

「最近、ゆっくりサッカーをする時間も無かったから、なんか嬉しくなっちゃって! 俺って幸せ者だなぁ~!」

「フフッ、天馬は相変わらずだね」

「!」

 

 そう寝転がったままの天馬を覗きこんだのは、両手にドリンクを持ったウサギの様な髪型をした少年『フェイ・ルーン』だった。

 彼はクスッと笑うとしゃがみこみ、持っていたドリンクを信助と天馬に渡した。

 身を起こし、フェイにお礼を言った天馬は貰ったドリンクを一口飲み、「フェイだって」と言葉を続ける。

 

「少し会わない内にまた強くなってるじゃん!」

 

 天馬の言葉にフェイはふふんっと自信ありげな表情をして言う。

 

「ボクだって未来でSARU達と一緒にサッカーしてたからね。今なら天馬のスピードにだって負けないよ!」

「じゃあ、競争してみれば?」

 

 ちょこんっと立ち上がると、天馬とフェイの間に入って信助は言った。

 その言葉に天馬は目を輝かせると、「良いね!」とフェイの方を向く。

 天馬の反応にフェイも「良いよ」と快く賛成する。どうやらフェイもノリ気の様だ。

 フェイの言葉を聞き、天馬は勢い良く立ち上がると「じゃあさっそく」とすぐさま行動を起こそうとする。が。

 

「まった!」

 

 突然の制止の言葉に天馬の動きが止まる。

 なんだと後ろを向くと、呆れた様子の葵が天馬達の方に近づいて来るのが見えた。 

 葵は近づいてくるなり天馬に人指し指を立て、「今はダメ」と言い放った。

 葵の言葉に「なんで」と、さも不満げな声で天馬は尋ねる。

 

「今は休憩中よ! 競争なら休憩が終わってからにしなさい!」

「えー」

 

 天馬の言葉に葵は「でもじゃない!」と強気に返す。

 葵の迫力に負けたのか、天馬は「ぅ…」と喉まで出かかっていた言葉を飲み込むと、「はい…」と萎縮した声で呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 拾い物

「じゃあ皆さん、また明日ー」

「ああ」

「じゃあな」

 

 午後五時過ぎ。

 練習も終わり、天馬は他の部員達に別れを告げ部室を後にする。

 帰り道。進行方向が同じな信助と葵、それにフェイと一緒に他愛も無い話をしながら歩いて行く。

 

「それにしても天馬に勝てなかったのは残念だったなぁ~」

 

 フェイがそう呟く。

 

「でもフェイ、凄い強くなってたじゃん! 俺ちょっと焦っちゃったもん」

 

 結局、天馬とフェイはあの後勝負をしたが、結果は引き分け。

 だが天馬が言う様に、フェイの能力は前会った時と比べ格段にレベルアップしていた。

 天馬の言葉にフェイは「ありがとう」と照れくさそうに笑う。

 そんな時、ふと葵がフェイに問いかけた。

 

「そう言えばフェイはこれからどうするの?」

 

 「未来に帰るの?」と言う葵にフェイは「ううん」と首を振る。

 

「今日は天馬の家に泊まらせてもらう事になったんだ」

 

 フェイの言葉に葵は「え」と驚きの声を上げると同時に、怪訝そうな顔で天馬を見た。

 

「天馬、ちゃんと秋さんに許可はとったんでしょうね?」

「ちゃ、ちゃんととったよ~……」

 

 葵の言葉に天馬は後ずさると、自分と一緒に暮らしていて親の様な存在の『木野秋』にちゃんと許可をもらった事を彼女に伝える。

 「フェイともっと話したい事もあったし」と続ける天馬に、葵は納得した様子で「だったら良し」と笑って見せた。

 そんな光景を見ていたフェイは「仲が良いね」なんて言って、隣で一緒に見ていた信助と顔を見合わせる。

 

「あ。そういえば、天馬達はあれから何があったの?」

 

 フェイの言葉を聞いて天馬と信助は「そうそう!」と声を上げる。

 

「それがもう凄かったんだよ!」

「僕達、日本代表かと思ったら地球代表になっちゃって!」

「信助は密航しただけでしょ」

「え? どう言う事?」

 

 葵に適格に痛い所を突かれ「ぅ…」と落ち込む信助を横目に、天馬は今まであった事をフェイに話してあげた。

 

 日本代表だと言われ集められた選手が全員、初心者だった事。

 なぜ、初心者ばかりが集められたのか。その理由の事。

 地球の運命をかけた宇宙の大会、グランドセレスタ・ギャラクシーの事。

 そしてそこで出会った色んな人の事。

 

 他にも色々話しながら、夕暮れの街を歩いて行く。

 曲がり角で信助、葵と別れ、今度は二人でお互いにあった出来事を話しながら木枯らし荘まで歩いて行く。

 

「へぇ……そんな事があったんだ……」

 

 一通り、天馬の話を聞き終わったフェイはとても不思議そうな表情で呟いた。

 

「相変わらず天馬達は色々な事件に巻き込まれるね」

「あぁ。でも、俺楽しいんだ」

「え?」

 

 天馬の言葉にフェイは意外そうな表情で歩みを止める。

 

「だって、その分だけ新しい仲間やサッカーと出会えるだろ?」

 

 そう、天馬はフェイの前に立って笑顔で答えてみせた。

 そんな彼を見てフェイはさっきの様にクスクスと笑い出して言う。

 

「君は本当、相変わらずだね」

「そうかなぁ?」

「うん」

 

 少し恥ずかしくなったのか、天馬は「ところで」と話題を変えてみる。

 

「未来ではあれからどんな事があったの? SARUやアルファ達はどうしてる?」

「そうだなぁ…………!」

 

 するとフェイは急に言葉を止め、眉をひそめながら天馬

 正しくは天馬の背後の風景を見つめ出す。

 

「……どうしたの? フェイ」

「天馬。ねぇ……あれ、何かな……?」

 

 天馬の言葉に少し低めな声でそう言うと、彼は天馬の後ろを指差す。

 振り返り、フェイの指差す先を見るとそこには見慣れない……黒い塊が落ちていた。

 それも道のど真ん中に。

 

「本当だ……なんだろ……」

 

 二人は恐る恐る近づいてみる。

 

「布……?」

 

 遠目で見たら分からなかったが、どうやら黒い塊の正体は布で

 しかもその下には何かがあるみたいだった……

 

「捨て犬……とかかな……?」

 

 フェイに「見てみようよ」と言われ、天馬は布をまくってその下の物体に目をやった。

 

 瞬間、心臓がドクッと鳴り、止まる。

 布の下に居たのは――――黄色い髪をした人間だった。

 

「え、人っ!?」

「怪我してる……あ、あの! 大丈夫ですか?!」

 

 天馬は慌てた様子で黄色い髪の少年の体を揺する。

 すると「んっ……」と言う声が聞こえた

 

――よかった……生きてはいるみたいだ……

 

 ホッと胸を撫で下ろすと、フェイが困った様に天馬に尋ねる。

 

「天馬、どうしよう……」

 

 フェイの言葉に天馬は悩み出す。

 怪我をしてる人をこのままにしておく訳には行かない。

 天馬は悩んだ末、「とりあえず」と倒れていた少年を家まで運ぶ事にした。

 ここから、天馬の住む【木枯らし荘】までは歩いてすぐの距離だ。

 何にしても、こんな道のど真ん中で待つよりはよっぽど良いだろう。

 フェイも天馬の言葉に「分かった」と頷くと、黄色い髪の人に肩を貸して立ち上がらせる。

 見た目的に彼等と同い年位の少年は「ぅぅ…」とうめき声をあげながら、二人の肩に掴まり、歩こうとする。

 よく見たら顔色が悪い……

 

「急ごう!」

「うんっ」

 

 そう言うと二人は木枯らし荘まで急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 途中、背後から視線を感じた気がした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 初めまして

「とりあえず、コレで大丈夫よ」

 

 秋の言葉に、心配そうな様子で少年を見ていた二人は「よかった」と胸を撫で下ろす。

 少年の怪我は対した事は無いらしく、秋が手当てをし、今は天馬の部屋のベッドで寝息を立てている

 

「怪我も頬の切り傷だけみたいだし……ビックリしたわ、二人がこの子を連れてきた時は」

 

 秋は「ふぅ」とため息を吐きながらそう呟く。

 彼女は部活から帰ってきた天馬が見知らぬ、しかもグッタリとして目を開けていない少年の姿を見て心底ビックリしただろう。

 

「ごめん……でも急いでいて……」

 

 天馬の言葉に、彼女は先ほどの表情とは一変、いつもの様な微笑みを浮かべる。

 

「フフッ。天馬はそういう時ほっておけない性格だからね。もう慣れました」

 

 そう笑う秋の反応に、天馬は「自分はいつもそんな感じなんだろうか……」と恥じらいと申し訳無さの混じった、複雑な気持ちになる。

 と、少年にかかっていた毛布がもぞ…と動いたのに気付いて急いで視線を戻す。

 

「ん…………っ……」

「!」

「あら、目が覚めた?」

 

 見ると少年は目を覚ましていた。

 彼はしばらくボーッと天井を見つめていると、突然目を見開き起き上がる。

 かと思うと不思議そうな表情でキョロキョロと周りを見渡し初めてた。

 少年の不自然な行動に、天馬が声をかける。

 声に気付いた少年は一瞬ビクッと肩を震わすと、不安げな表情を浮かべながら天馬の方を見た。

 

 どうやら見知らぬ場所にいて警戒しているようだ。

 

「大丈夫? えっと……その……君、道で倒れてたから……」

「ぇ……」

「? 記憶に無いのかい?」

 

 フェイの言葉を聞くと、少年は「いや…」と少し戸惑った様に二人から目を逸らす。

 そんな少年の態度に天馬は思う。

 

――ここまで運ぶ時にも、ゲームに出てくるような黒いローブを着てたし、不思議な子だな……

 

「あ、そうだ。俺『松風天馬』! こっちは友達のフェイ!」

「『フェイ・ルーン』だ。よろしくね」

「えっと……とりあえず君はなんて名前なの?」

 

 今だ不安げな彼を少しでも安心させようと、天馬は尋ねた。

 と、目の前に座る秋に止められる。

 

「天馬、あまりしつこく聞いちゃ駄目よ。まだ目が覚めたばっかりなんだから」

 

 秋の言葉に天馬は「あっ」と声を上げると、慌てて少年に「ごめんなさい」と謝った。

 「まだ目が覚めたばかり……それも知らない場所にいて混乱している君の事を考えず、質問攻めにしてしまって」と言葉を続ける天馬に「大丈夫だよ」と少年は微笑んでみせる。

 そんな少年の表情を見て、天馬はホッと一安心する。

 

(って……俺が安心させようとしたのに逆に安心させられちゃった……)

 

 そんな天馬の心情を知ってか知らずか少年は話を続けた。

 

「ボクの名前か………………そうだな。『アステリ』……って言うんだ」

「アステリか! よろしく!」

 

 天馬の言葉にアステリは「よろしく」と微笑むと、「えっと」と話を戻す。

 

「天馬君にフェイ君。キミ達が助けてくれたんだよね?」

 

 「そうだよ」と頷くと、フェイが「何故あんな場所に倒れていたのか」と尋ねる。

 瞬間、アステリの表情が曇り出す。と首を横に振った。

 

「……ごめん。覚えてないんだ……」

 

 その言葉に天馬の中でハテナマークが浮かび上がる。

 

――覚えてない……?

――それってどう言う事だろう……

 

「まだ目が覚めたばかりで頭が回らないんだね……」

 

 フェイの言葉に「あぁ……なるほど」と納得すると「ゴメン。色々聞いちゃって」と天馬は再度謝った。

 彼はそんな天馬に「気にしないで」と呟くと、改めて部屋の中をぐるりと見回す。

 と、ある一点で視線が止まった。

 

「あ。ねぇ、キミもサッカーやるの?」

「え?」

 

 突拍子も無く言われた言葉に、天馬はまぬけな声を上げる。

 ふとアステリの視線の先を見てみると、そこには薄汚れたサッカーボールが飾ってあった。

 

――あぁ……これを見たのか……

 

 天馬はそのサッカーボールを手に取ると「そうだよ」と頷いた。

 何度も使われたのだろう、少し空気の抜け柔らかくなったそのボールは、天馬がまだ小さい時。

 木材の下敷きになりかけた所を助けてもらった思い出の品だ。

 このボールがあったから自分はサッカーを好きになれたし、雷門に入って大切な仲間に出会う事が出来た。

 

 そんな懐かしい気分に浸っていると「そっか」とアステリの嬉しそうな声が聞こえて来た。

 

「キミにとって、そのボールはずいぶん大切な物みたいだね」

「あぁ。俺にサッカーの楽しさを教えてくれた……大切な宝物なんだっ」

 

 そうアステリに笑顔で答える。

 

「そう言えば、どうして急にサッカーなんて言い出したの?」

 

 そう天馬が尋ねると、アステリは「ボクもサッカーが好きだからさ」と微笑む。

 その言葉を聞いて、見る見る内に天馬の表情が明るくなっていく。

 

「そっか! 俺、嬉しいなっ!」

「え?」

 

 天馬の言葉にアステリが不思議そうな顔で呟く。

 すると天馬はいつもの様に笑顔で、それでいてとても楽しそうに「だってさ」と言葉を続ける。

 

「初めて会った人がサッカーを好きだなんて、なんかさ! 凄く嬉しいんだ!」

 

 天馬がそう言うとアステリは驚いた様に瞬きをした後、クスクスと笑い出した。

 それを見た天馬は困惑した様子で「何か変な事でも言った?」と焦り出す。

 そんな彼を見ながらアステリは「違う違う」と笑いながら言葉を続ける。

 

「キミって面白い人だなぁって思って」

「そ、そうかな?」

 

 「自分の素直な気持ちを言っただけなんだけど」と続ける天馬に「それが面白いなぁって思ったの」とアステリは笑う。

 すると、隣で二人の会話を聞いていた秋やフェイまで「天馬らしい」と笑い出す。

 そんな皆の様子を見て、天馬は複雑な気持ちで考える。

 

(いつも思うけど俺ってそんな変かなぁ……?)

 

 そんな事を考えてると、さっきまで笑っていた秋がポンッと手を叩き「そうだっ」とアステリに話しかけた。

 

「アステリ君。もし良かったら今日、家に泊まっていかない?」

「え?」

 

 秋の発言にアステリは驚いた顔をする。

 アステリだけでは無い、天馬とフェイも互いに顔を見合わせて驚いた様な表情を見せる。

 秋はそんなアステリに向かって笑顔で話を続けた。

 

「賑やかな方が楽しいし、それに体調もまだ万全じゃないでしょう?」

 

 確かに彼は今さっき目覚めたばかりで体調も、それに記憶だって未だ思い出せないでいる。

 そんな状況で見知らぬ場所にほっぽり出されたら、迷子になるのは容易に想像出来た。

 「でも」と不安そうな顔をしたままアステリは秋の顔を見る。

 

「良いんですか? 怪我の手当てをしてくれた上、泊まらせていただくなんて……」

 

 「それも、こんな見ず知らずの怪しい奴を」と続けるアステリの顔は、だんだんと俯きがちになって行く。

 そんな彼を安心させる様に「大丈夫」と笑うと、秋は後ろで見ていた二人の方に顔を向ける。

 

「天馬もフェイ君も大丈夫よね?」

 

 秋の問いに二人はもちろん賛成した。

 天馬も、アステリともっと仲良くなりたいと思っていた所だったし

 それにフェイ自身も、天馬とは別の意味で彼の事は気になっていた。

 二人の言葉に秋が「ね?」と笑いかける。

 彼等の言葉や態度に不安も薄れたのか、アステリは少し考え込んだ後……

 

「……じゃあ、お世話になろうかな」

 

 と微笑んだ。 

 




【アステリ】
ある日、道端で倒れていた所を天馬とフェイに助けられた不思議な少年。
怪我をしており体調も万全では無い事を配慮した秋の提案で、天馬の部屋に泊まる事になる。

『容姿』
髪色:鮮やかな黄色
髪型:肩までの短髪。後ろ髪が横広がりに裂けており、頭部の髪が犬耳の様にはねている。
瞳色:水色のつり目

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 夢

 あれから天馬達はアステリと共に夕食を食べ、テレビを見たり、お互いの話をしたりして時間を過ごした。

 稲妻町からずいぶん離れた場所から来たらしいアステリの為、天馬とフェイはこの町の事や、雷門中の事。

 それに天馬やフェイ自身の事を話して聞かせてあげた。

 

 そして午後十時過ぎ。

 夜も更け、三人は眠る為の準備をしている。

 

「ねぇ……天馬」

「何? アステリ」

 

 床に布団を敷く天馬を見ながらアステリは尋ねる。

 

「ボク、本当にここで寝て良いの?」

 

 そう言うアステリが座っているのは天馬のベッド。

 

 言ったら悪いが天馬の部屋はお世辞にも広いとは言えない。

 そんな所に布団を二組敷いて眠るのだから、それなりに窮屈な思いはしなければいけない。

 「具合の悪い人をそんな所では寝かせられない」と天馬は、自分は床で眠るからアステリはベッドで寝てくれと話したのだ。

 天馬の提案は、体調が万全では無いアステリにとってはとてもありがたい事だったが、今さっき会ったばかりで怪我の手当てに宿泊、それに加えベッドまで占領してしまうのはさすがに気が引きすぎるモノだった。

 

「アステリは具合が悪いんだから、ベッドでゆっくり寝ててよ。俺は別に布団でも平気だから」

 

 「でも……」と遠慮がちに続けるアステリの言葉に、天馬は「うーん」と悩むと「それに」と話を続けた。

 

「俺、寝相悪いんだよね」

「え?」

「いつもベッドから落ちちゃって、大変なんだ。今日なんかベッドで寝たら、フェイの上とかに落ちちゃうかも」

 

 天馬の言葉に「それはボクも安心して眠れないなぁ」とフェイは笑う。

 

「だから、アステリはベッドで寝てよ。ね? 俺からのお願いっ」

「…………分かった……。ありがとう」

 

 そう頷くと天馬はニコッと笑って敷いた布団に寝転がる。

 アステリはまだ言いたい事があったけど、自分を気遣って吐く天馬とフェイの優しい嘘を前に、胸がつまって何も言葉が出なかった。

 

「じゃあ、電気消すねー」

 

 フェイはそう言うとカチッと部屋の電気を消す。

 アステリは心の中で何度も「ありがとう」と呟くと、ベッドに横になって目を瞑った。

 ゴソゴソとフェイが布団に潜る音を背にしながら天馬は考える。

 

(それにしても……)

 

 ふと夕食の時のアステリの様子を思い出す。

 今日の夕食は「フェイ君とアステリ君もいるんだし」と秋が得意な家庭料理を披露してくれた。

 どれもとても美味しい物で、フェイもアステリも美味しい美味しいと食べてくれていたのだが……

 

(秋姉の料理にあれだけ驚くって事は……もしかしてアステリって外国から来たのかな……?)

 

 なぜそんな風に考えるかと言うと、彼は秋の料理を前に「初めて見る」と驚いていたのだ。

 別に秋の料理が創作料理だったとか、珍しい物だった訳では無く。

 肉じゃがや鶏の唐揚げ……挙句の果てには白いご飯やお味噌汁を見ても同じ様に驚いていた。

 天馬の想像する様にアステリが外国から来た人間であれば、そう言った日本の料理に驚くのもなんとなく分かるが……

 

(外国の人だったとしてもどうしてあんな場所で倒れていたんだろう……)

 

 そんな事を考えながらも、昼間の練習の疲れからか天馬はすぐに考えるのを止め、やがて夢の中へと落ちていった。

 

 

 

 

「…………え……」

 

 目が覚めると、天馬は見知らぬ場所に立っていた。

 そこは色の無い、壊れたモノクロ色の建物が建ち並んでいる、変な場所。

 まるでアニメや漫画に出てくる様な……廃都市と言えばいいのだろうか……。

 そんな異様で異質な雰囲気を醸し出す街に、天馬は一人、立っていたのだ。

 不気味に思いながら街の中を歩いていると、あるモノが天馬の目に留まった。

 

「なんだ……あれ……」

 

 目に留まったのは黒い影の様な……人型の塊。

 目や口は無く、小さい物や大きな物、細い物から太い物まで様々な形のソレがウヨウヨと動き回っている。

 不思議に思ってしばらくその光景を眺めていると、塊は一箇所に固まり、あろう事かバリバリムシャムシャと生々しい音をたてながら互いを食い始めたのだ。

 

「っ……!」

 

 辺りには黒い液体がとび、腕であったであろうモノがピクピクとうごめいている。

 恐怖のあまり、すぐさまソレから目を離す。

 

――気持ち悪い……っ

 

 未だ聞こえる生々しい音から逃げるように、天馬は咄嗟に後ろを向く。

 と。

 

「ぇ……っ……」

 

 瞬間、天馬の身体がビクッと跳ねる。

 さっきまでは誰もいなかったハズのそこには、黒い衣服を纏った男が立っていたのだ。

 男は周りのモノクロ色の中で唯一違う、暗い黄色の髪をなびかせながら、こちらをジッと見ている。

 誰だろうと視線を上の方に移す……が、なぜかモヤの様なモノがかかっていて見る事が出来ない。

 天馬がその場で動けずにいると男は突然、無機質な感情のこもっていない声で

 

「助けて」

 

 そう囁いた。

 

 その言葉を最後に、天馬の目の前は真っ暗になった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 真夜中の出来事

 

「待って!」

 

 そう、飛び起きた天馬の目に映ったのは

 

「………………あれ……」

 

 見慣れた自分の部屋だった

 

「………………はぁ……」

 

 一つ息を吐きだすと、目覚めたばかりで朦朧とする頭を抑えて、天馬は考え込む。

 

――今のは……全部夢……。

――でも、それにしては妙にリアルで……今でもハッキリと覚えている。

――あの男の声だってまだ……。

 

「天馬……?」

「!」

 

 そこまで考えると隣から自分を呼ぶ声が聞こえ、天馬は振り返る。

 と、そこにはまだ眠そうな目をこすりながら彼を見るフェイがいた。

 どうやらさっきの天馬の声で起きてしまった様だ……

 

「どうしたの……? 大きな声出して……」

 

 まだ眠気の混じったダルそうな声でそう尋ねるフェイに、「なんでもないんだ」と天馬は謝る。

 それを聞いて「なら良いけど……」と言うと、フェイは再び布団に潜ってしまった。

 アステリにも悪い事しちゃったな……と思い隣を見る、が。

 

「……あれ」

 

 瞬間、天馬は気付いた。

 ベッドで眠っているはずのアステリの姿が無い事に。

 不思議に思い、狭い部屋の中をぐるりと見回すが。

 やっぱりいない……

 布団の中で寝返りをうちながらもう一度寝ようとするフェイに、天馬は尋ねる。

 

「ねぇフェイ。アステリがどこに行ったか知らない……?」

 

 天馬の声に「え」と驚きの声を上げると、布団から顔を出してキョロキョロと周りを見回すフェイ。

 

「本当だ……どこ行っちゃったんだろう……」

 

――フェイも知らないのか……。

 

 「どこに行ったんだろう」と心配そうに話す天馬に、フェイは「すぐ戻ってくるよ」と安心させる様に言い放った。

 フェイの言葉に天馬も「きっとトイレか何かだろう」と自分の中で片づけ、もう一度布団の中に入る。

 部屋の中ではカチカチと時計の針が進む音だけが響く。

 その中で天馬はさっき見た夢について考える。

 

――あの世界は一体なんだったんだろうか……。

 

 未だ鮮明に覚えている夢の風景を思い出しながら天馬は考える。

 あの世界も、そこにいた黒い塊の様な奴等も……

 それに、あの黒い服を纏った男も……

 他人からしてみれば、全部『夢』で片づけられる様なモノばかりだったが……天馬は、気になって仕方が無かった。

 

 部屋の中では相変わらず、時計の針が進む音と、後ろで眠るフェイの寝息だけが響いていた。

 

――それにしても遅いな……アステリ……。

 

 あれから十分近く経過した。それでも、一向にアステリが帰ってくる気配は無い。

 トイレにしては遅すぎる。

 「もしや慣れない場所で迷子になっているのか?」なんて考えたが……

 家はそんなに広くないし……トイレならこの部屋を出て左にまっすぐ進めばある。

 じゃあどうして……

 

 瞬間、天馬の中に言い表しようの無い不安が生まれる。

 

(まさか……何かあったんじゃ……)

 

――やっぱり捜しに行こう……。

 

 そう考え出すと天馬は居ても立ってもいられず、隣で眠っているフェイを起こさない様に部屋を出た。

 部屋を出て、木枯らし荘の中を全て捜してみたがアステリの姿はどこにもなかった。

 まさかと思って玄関を見てみると……

 

「やっぱり……ない……」

 

 そこにはあるはずのアステリの靴が無く。代わりに、なぜか開いているはずの無い玄関の鍵が開いていた。

 それはアステリが外に出た事を証明する、何よりの証拠だった。

 

(どうしてこんな夜中に……)

 

 天馬はより一層強い不安を抱きながら、誰にも気づかれない様に家を出た。

 

 

 

 

 外は夜中なだけあって、人っ子一人歩いておらず。いつも近所の人達で賑やかな公園や住宅街も静まりかえっていた。

 まだ少し肌寒い夜の町を一人、歩いていく。

 

 木枯らし荘の周りには……いない。

 近くにある公園にも…………いない。

 

「アステリ……どこにいるんだよ……っ」

 

 夜の雰囲気も合わせて彼の不安はどんどん強くなってくる……。

 

「あと近くで言うと……河川敷……くらいかな……」

 

――胸騒ぎがする。

――早く、アステリを見つけないと。

 

 天馬は走り気味に河川敷へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 不気味な男

「! いたっ!」

 

 河川敷に行くとそこに彼の姿はあった。

 アステリは橋の下でしゃがみこんで辺りを見回している。何やら周囲を警戒している様だ。

 彼の姿を見た天馬はホッと胸を撫で下ろして、アステリの傍へと駆け出す。

 

「アステリ!」

 

 天馬がそう叫ぶとアステリはキョロキョロと辺りを見回した後、驚いた顔で駆け寄る彼を見た。

 

「天馬……!?」

 

 傍まで走ってきた天馬にアステリは「どうしたの?」と驚いた表情をする。

 アステリの言葉に、走った事で乱れた呼吸を正しながら天馬は口を開く。

 

「どうしたの? じゃないよ! 心配したんだから……っ」

 

 少し強い口調でそう言う彼に、アステリは目を丸くして驚いた。

 

「心配……? ……ボクを捜しに来たの?」

「当たり前だろ!」

 

 少し怒りぎみに天馬が言うとアステリは申し訳なさそうな顔をして「ごめん……」と謝る。

 天馬自身、本当はそんな強く言うつもりはなかったんだろう。

 けれど凄く心配していた分、アステリの態度につい声を荒げてしまったのだ。

 

――それにしても無事でよかった……。

 

 天馬は一つ息を吐きだして安堵する。

 「帰ろうか」……そう天馬が言おうとした途端、アステリが沈み込んだ暗い声で呟いた。

 

「キミ達に、迷惑をかけちゃいけないと思って……」

 

 その言葉に天馬は首を傾げる。

 迷惑とは何の事だろう……?

 今の状況や口ぶりからして、急に姿を消した事に対しての"迷惑"では無い気がして、天馬は「どう言う事?」と聞き返そうとした。

 その時。

 

「お話し中、失礼するよ」

 

 背後から声が聞こえた。

 

「!?」

 

 突然聞こえた声に驚いて振り返ると、赤い髪の男がこちらを見ていた。

 

 その男を見て、天馬は驚愕する。

 男の顔は右半分が包帯で隠れており、着用した黒いコートにはいくつもの鎖が巻かれている。

 そんな風貌も常人とは思えない異様さを醸し出す要因の一つだったが、何より天馬が驚いたのは彼の"状況"だ。

 

「人が、飛んでる……!?」

「! ……っ」

 

 上空から突如として現れた男の姿を見て、唖然とする天馬とは裏腹に、アステリは眉を潜め顔を強張らせる。

 男はそんなアステリを見るとニタリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「こんな所に隠れて、僕から逃げたつもり……?」

「! アステリ……知ってる人……?」

 

 男は天馬の言葉を聞くと、一瞬キョトンとした顔をした後、すぐさまさっきの様な不敵な笑みを浮かべ話し出した。

 

「アステリ? ……へぇ、なるほど。裏切り者はこの世界でそんな名前で動いているんだ……」

 

 そう呟く男を見て先ほどよりアステリの表情が曇っていく。

 男の言葉に天馬の中で疑問が生まれる。

 

――“裏切り者”って……どう言う事だ……?

 

 すると男は地面に着地し「申し遅れたね」と天馬の方を見て話し出す。

 

「僕の名は『カオス』。この汚らわしい世界を変える四大親衛隊【モノクローム】の一員さ」

「は……?」

 

 天馬はカオスと名乗った男の言う言葉が理解出来なかった。

 

――“汚らわしい世界を変える”……?

――“四代親衛隊モノクローム”……?

――さっきから一体何を言っているんだろう……

 

 訳の分からないまま混乱し始める天馬の心情を知ってか知らずか、アステリが口を開く。

 

「カオスは元々ボクが住んでいた世界の住人で、逃げ出したボクを追って、この世界に来たんだ……」

 

 そう辛そうな表情で俯くアステリを見ながら、天馬の頭はますます混乱状態へと陥っていく。

 

――アステリやカオスが言う“世界”とは何の事だ? 今自分達がいる世界の事じゃないのか?

――それに逃げ出したとか裏切り者とか……

 

 グルグルと頭を巡る色々な疑問や言葉に頭を悩ませる天馬を置いて、二人は話を続ける。

 

「僕は我が主の命によって裏切り者……僕等の世界から逃げ出した彼を連れ戻しに来ただけさ」

「ボクはあんな所になんか戻る気はない! あの世界を変える為にも、ここで立ち止まる訳には行かないんだ!」

 

 聞いた事も無い程強い言葉で叫ぶアステリに、カオスは少しムッとした態度で「あぁそうかい」と吐き捨てる。

 かと思うと最初の時の様に地面から足を放し、空中に浮遊し始めた。

 

「人がせっかく優しく接してやったのに、その態度かい。残念だなぁ、僕は」

 

 そう語るカオスの表情は笑顔だ。

 だけど、その言葉の裏にはアステリに対する呆れとイラ立ちがこもっているのが感じとれた。

 そして最後に浅く息を吐くと、

 

「じゃあ、もういいや」

 

 そう、笑みの無い声で呟いた。

 不意に、カオスの傍で何かが光った気がして天馬は目を瞬かせる。

 瞬間。

 

「! 危ないッ!」

 

 慌てた様子のアステリの声を聞いたのもつかの間、彼は天馬の頭を掴み、あろう事か地面にその頭を叩きつけたのだ。

 急の出来事に天馬の思考は追い付かず、ただ地面に打ち付けられた額の痛みに悶えるしかなかった。

 天馬はアステリが頭を抑えているせいで何が起こったのかすら分からない。

 

「チッ……」

 

 カオスの舌打ちと共に、アステリが頭から手を放す。

 天馬は急いで頭を上げると、アステリの方を向き「急に何!?」と混乱した様子で叫んだ。

 アステリは「ごめん」と一言謝った後、すぐさま天馬の後ろを指差す。

 天馬が混乱した頭のまま、振り返ってみる。と…

 

「!? ひっ……!?」

 

 目の前には鋭く光るナイフが数本、壁に深々と突き刺さっていた。

 どう言う事だとアステリの方に向きなおすと今度はカオスの方を指差す。

 青ざめた表情で。

 

「!? ッ……なっ……!」

 

 そこには機嫌の悪そうなカオスと、その周囲に無数に浮かぶ銀色のナイフがあった。

 

――あれは……さっき壁に突き刺さっていた……

――じゃあ、あれはカオスが俺等に向かって……

 

 瞬間、感じた事も無い程の寒気が天馬を襲った。

 アステリが助けてくれなければ自分は確実に、あのナイフに貫かれていただろう。

 

――カオスは、確実に潰すつもりなんだ。

――俺等を……

 

「外れたか……最近、狙いが定まらないな。あの時も君の顔にかすっただけだし……」

 

 そうさっきよりもワントーン低い声でカオスは語る。

 “あの時も君の顔にかすっただけ”……?

 ふと天馬の脳裏にアステリの怪我の事がよぎる。

 秋曰く、あの怪我は何か鋭利な物で切られた様な……そんな傷だと言っていた。

 まさか……と天馬は声を上げる

 

「アステリの頬の切り傷はお前が……!?」

 

 天馬の言葉に反応したカオスは「傷?」とアステリの方を見て「あぁ」と不敵な笑みを浮かべる。

 

「その顔の絆創膏か……。その通り、僕の鋭き刃によってつけられたモノさ」

「……!!」

 

 そう誇らし気に笑うカオスに天馬は目を見開く。

 それと同時にカオスに対する、恐怖とはまた別の感情が込み上げてくるのを感じた。

 

「ッ……んでそんな事……ッ」

「は……?」

 

 その言葉にまた不機嫌そうな表情に戻ったカオスがそう言う。

 と、天馬はキッとカオスを睨み、激しい口調で叫んだ。

 

「なんでそんな、酷い事が出来るんだっ!」

「!」

「! 天馬……?」

 

 天馬の突然の大声にカオス――それに隣にいたアステリも驚いた様に目を丸くして彼を見る。

 

「俺は、アステリとお前の間に何があったのかは知らない。けど……例え何があっても俺の友達を傷付けるなんて許さない!!」

 

 感情のままそう叫んだ。

 カオスの事はまだ怖い。

 下手をすればさっきの様にナイフで刺されてもおかしく無い。

 普通の人ならそんな奴を目の前にしたら、恐怖から何も言わないだろう。

 それでも天馬は友達を――アステリを悪く言ったり傷付けるなんて許せなかった。

 

 そんな彼の言葉を聞いたカオスは少し黙った後「フッ」と小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、話し出す。

 

「友達? 君とそこの裏切り者が、かい?」

「アステリは裏切り者なんかじゃないっ!」

 

 カオスは「チッ」と舌打ちをすると「君に何が分かる」と天馬を睨み付ける。

 その瞳にハッキリとした怒りの色が見え、天馬の肩がビクッと震える。

 カオスに対する恐怖。それを確かに感じながら、それでも天馬は怯まず声を上げ続ける。

 

「何も分からなくても、アステリは訳も無くそんな事をする奴じゃないって事だけは分かるんだ!」

「何それ」

 

 明らかに面倒くさそうな態度でそう吐き捨てると、「はぁ」と深いため息を吐いて目を閉じる。

 と思うとカッと目を見開き、周囲に浮いていたナイフを天馬目がけて投げ飛ばして来た。

 

「ッ……!?」

「! 天馬っ!!」

 

 ナイフは天馬のすぐ脇を通り、後ろの壁に突き刺さる。

 幸いにも外れ……いや、正確には"わざと外された"の方が正しいのだろう。

 

「君、気に入らないね。僕に歯向かうなんて何様のつもり……?」

 

 そう言うカオスの機嫌は、さっきより明らかに悪かった。

 カオスは周囲に禍々しい赤黒いオーラを発しながら天馬とアステリを睨み続ける。

 オーラは怒りの感情を纏いながら、その大きさを拡大していく。

 それは天馬やアステリの元まで届き、二人の心をザワザワと揺さぶる。

 

「今のは威嚇だけのつもりだったけど……。君等には少しお仕置きが必要みたいだ」

「!? ぐっ!?」

 

 瞬間、天馬の首に人に掴まれた様な感覚が襲う。

 と同時に身体は地面から離れ、河川敷の橋の壁に勢いよく叩きつけられた。

 

「がはっ……っ!!」

「ッ……ぅぐ……っ!」

 

 背中に激痛が走り、一瞬の間、息が止まる。

 身体は急いで呼吸をしようと口を開ける、が。

 

(息が……出来ない……ッ!?)

 

 見えない何かで首を絞められているせいか上手く呼吸が出来ず、むせ返る。

 橋に叩きつけられた身体は自由を失い、壁に貼り付いた状態のまま動かない。

 唯一自由の利く目を動かし隣のアステリを見る。

 

「ッ……て……まっ……!」

(! アステリ……!)

 

 アステリも天馬と同じ様に身体が動かないのか、苦痛の表情を顔に浮かべ、こちらを見ている。

 呼吸困難から起こる苦痛に身を悶えさせていると、前方からはカオスの笑い声が聞こえて来た。

 その声はとても楽しそうで、苦しむ天馬達にとっては不快そのモノだった。

 

「あれ~? さっきまでの威勢はどうしたんだい? 裏切り者とその友達くん」

 

 カオスは二人に近付くと、そう嫌らし気な態度で尋ねる。

 

「ッ……カオ……ス……ッ」

 

 そう絞り出した声で呟くと同時にカオスを睨み付ける。

 それが天馬の今出来る精一杯の抵抗だった。

 天馬の目つきに気付いたのかカオスはさっきまでの笑みを消し、言う。

 

「あれ。まだ歯向かうんだ。生意気だね。でも、身体の方はもう限界じゃない?」

「ッ……」

「カ……ォス……ッ!!」

 

 酸欠で天馬の頭は朦朧とする。

 そんな状態の頭の中には、アステリの苦しそうな声とカオスの笑い声が反響する。

 視界がボヤけ、意識がハッキリしない……

 恐怖も、怒りも、何も無くなった天馬は思う。

 

――俺……死ぬのかな……

 

 意識が完全に途切れる。

 その寸前。

 

「っ……ぇ……っ?」

 

 ボヤけた視界の中で天馬の目の前を何かが横切った。

 とカオスのうめき声が聞こえ、先ほどまであった圧迫感が消える。

 壁に押さえつけていた力が消えた二人は地面にドサッと倒れ、蹲る。

 

「ごほっ……ッげほっ……!」

 

 急速に肺へと入ってきた酸素に思わず咳込むと、天馬は、目の前に転がってきた物体に目をやる。

 

「サッカー……ボール……?」

 

 さっき目の前を横切った物もこれだったらしい。

 でも一体どこから……

 すると、蹲った天馬の頭上から聞きなれた少年の、心配そうな声が聞こえてきた。

 その声に驚いて頭をあげると、天馬の良く知っている"彼"が立っていた。

 

「! フェイ……!?」

「大丈夫? 二人共」

 

 そうフェイは天馬とアステリに手を差し伸べる。

 それを掴んで、立ち上がるとアステリが不思議そうな声で訪ねた。

 

「どうしてここに……」

「物音がして起きてみたら二人がいないから捜しに来たんだよ! そしたらこんな事になってて……」

 

 「ビックリしたぁ」とフェイは一つ息を吐きだす。

 

「じゃあさっきのボールもフェイが……」

「おい」

「!」

 

 一時の安心もつかの間、怒気を含んだカオスの声に天馬達はハッとする。

 振り返るとそこには、ポンポンッと服についた土を落としながら「痛いじゃないか」と砕けた調子で話すカオスがいた。 

 カオスはその砕けた口調や表情とは裏腹に、発する言葉にはハッキリとした怒りの感情がこもっていた。

 そんな彼を見てフェイがツカツカと前へ出る。

 

「誰だか知らないけど。ボクの友達を傷つけるなんてどう言うつもりだい」

 

 敵を見る様な鋭い目つきでフェイは言葉を並べる。

 カオスはそんなフェイを嘲笑する様に「嫌だなぁ」と砕けた口調で続けた。

 

「そんな怖い顔しちゃって。僕はただそこの裏切り者を始末しちゃいたいだけなのに、彼が邪魔するからさ……」

 

 「面倒くさいから一緒に始末しようと思って」と笑うカオスにフェイは眉を潜め睨みを強くする。

 フェイの顔を見たからか、カオスは顔から笑みを無くし「でも」と低い声で続ける。

 

「君まで邪魔するつもりだったら容赦しないけど。どう? 茶髪の彼と一緒に見逃してあげるからさ、退いてくれない? そこ」

「断る」

 

 フェイは強い口調でそう言い放つと、天馬と一緒にアステリの目の前に立ち、身構える。

 「アステリは渡さない」。口に出さずとも二人の思いは同じだった。

 それを感じ取ったのか、カオスは言葉だけでなく、その表情にも怒りの色を見せ始める。

 

「はぁ……君達は僕に潰されたいみたいだね。……さすがにちょっとイラッて来ちゃったなぁ……」

 

 カオスの言葉と視線にズシッと肩にのしかかる様なプレッシャーを感じる。

 三人の身体に自然と力が入る。

 

「良いよ。今回はかなりキレちゃったから、特別だ……

 ――――――君達の大好きな物で潰してあげるよ」

 

 そう言うとカオスは周囲に漂っていた赤黒いオーラを密集させる。

 カオスから発されるオーラはどんどん巨大化し、姿形を変えていく。

 

「何をするつもりだっ!」

 

 フェイの問いにカオスはフッと不敵な笑みを浮かべると不思議な事を言い始めた。

 

「僕は君達、“ただの人間”とは違って、選ばれた存在だ。それ故、特別な力を持っている」

「特別な力……?」

 

 カオスの周りに密集したオーラは徐々に濃くなっていきカオスや、その周辺を濃い霧の様に覆っていく。

 濃い霧と化したオーラは天馬達の視界を奪い、赤黒い空間を作り出す。

 

(ッ……何も見えない……ッ)

 

 辺りの見えない、そんな状況でもカオスは喋るのを止めない。

 

「特別な力……それは、重力を操り物体を自由自在に動かす力。空間や次元の狭間に出入り口を作り、移動する力。――――それに『想像した物を具現化する力』……!!」

 

 瞬間、辺りに漂っていた霧が晴れる。

 と、三人の目に思いもしない物が飛び込んだ。

 

「!? え……!?」

「なっ……ここって……」

 

 目の前に広がるのは広大なサッカーフィールド。

 それを取り囲む様に上へと伸びた観客席。

 

 それはまさに彼等がよく知っている、サッカースタジアムその物だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 戦いの舞台

 突如現れた巨大なサッカースタジアムを前に、三人は唖然とする。

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事を言うのだろう。

 そんな彼等をしり目にカオスは満足そうな声で話す

 

「うーん、いっちょあがり。我ながらこの完成度には惚れ惚れするねぇ」

 

 自分が創り出したスタジアムを見回しながら、ウットリとした様子で話すカオス。

 そんな彼を――正確には"彼の力"を見て、フェイは歯をギリッと軋らせる。

 

「なんて力だ。SARU達だって一から全て創るなんて力……持ってなかったのに……」

 

 フェイの言うSARU達とは、二百年後の未来に存在する優秀なサッカー遺伝子を持った、いわば“超能力軍団”の事。

 そしてフェイもその内の一人だった。

 彼等は天馬達の活躍によって、自分達の力を捨て、今こそ普通の人間として生きているが、力を捨てる前は念動力で瓦礫を動かし、今の様に巨大なサッカースタジアムを作った事もあった

 

 だけど、カオスは違う。

 スタジアムとなる素材も何も無い所から全てを作ってしまった。

 それもたった一人で。

 

「これも……アイツの力なの……? アステリ」

 

 天馬がそう尋ねると、アステリはコクリと頷いて話し出す。

 

「アイツの得意技だよ。想像した物をその名の通り具現化――実態化させるんだ」

「具現化って……ここまで出来る物なの?」

 

 「想像力が豊かな彼が一番この力を使いこなせるんだ」とアステリは複雑な表情を浮かべる。

 未だ現実を飲み込めず混乱する彼等をよそに、カオスは腕を大きく広げ興奮した様な口調で語る。

 

「舞台は完成した。ここ【カオススタジアム】で君達を虚空の彼方に葬ってあげるよっ!」

 

 そう少し興奮気味に叫ぶも、すぐさま冷静さを取り戻し「でもまぁ」と言葉を続けた。

 

「僕は優しいからね、準備する時間くらいは与えてあげるよ」

 

 余裕綽々なカオスの表情に一同の顔付きが険しくなる。

 

「やるしか……ないみたいだね……」

 

 そう小さく話すフェイに天馬は「あぁ」と頷いて、両チームに用意されたベンチへと歩を進める。

 ベンチに着くと、天馬は混乱しっぱなしの頭の中を整理する。

 突然現れたカオスの事。

 その彼の常人とは考えられない力の事。

 そして試合の事。

 

――カオスはアステリを狙っている。

――でも、あんな奴にアステリを渡す訳には行かない。

――渡したら最後、アステリに待っているのは……

 

 そこまで考えて天馬は首を振った。

 

――止めよう。そんな事を考えるのは。

――とにかく、この試合は絶対勝つ。

――それだけを考えていればいいんだ。

 

 ふと、後ろから天馬を呼ぶアステリの声が聞こえる。

 どうしたのかと振り向く……と、アステリは辛そうな声で話し出した。

 

「この試合……ボクも参加させてもらえないかい……?」

「アステリが?」

 

 アステリの言葉に天馬……それにフェイも驚きの声を上げる。

 正直、メンバーの少ない今の状況で一緒に戦ってもらえるのはとてもありがたい。

 だけど、天馬はアステリの体調の事が気がかりだった。

 そんな状況で試合なんてして大丈夫なのだろうか……

 

「キミ達をこんな目に会わせたのはボクのせいだ……だから、責任をとりたい」

 

 天馬の心配をよそにアステリはそう言葉を並べる。

 その声は暗く、二人に対してだろうか……表情も申し訳なさそうな、悲しそうな風に見える。

 自然と顔も俯きがちになる彼に「アステリのせいじゃない」と元気付ける様に天馬は言った。

 その言葉にアステリは「え」と俯いていた顔を上げる。

 するとフェイも「そうだよ」と言葉を続けた。

 

「何があったのかはよく知らないけど……あのカオスって奴がいきなり襲ってきたのが原因なんだから」

「それに俺達は仲間だろ? 仲間が困ったり悩んでたりしたら助けるのは当たり前だ!」

「二人共……」

 

 二人の言葉に、アステリは心の中に抱える不安を……罪悪感を悟られない様、「ありがとう」と微笑んで見せた。

 

「よろしくな、アステリ!」

「うんっ」

 

 アステリの気分も変わった所でフェイがパチンッと指を鳴らす。

 するとフェイと似た八人の選手が姿を現した。

 と同時に天馬達の服も大きく『天』の字が描かれた赤いユニフォームへと変わる。

 

「! 彼等は……?」

 

 出現したデュプリ達を見てアステリがフェイに尋ねる。

 それに対しフェイは「あぁ」とデュプリの説明を始めた。

 

「化身ってのは知ってるかな?」

「あ、うん」

「彼等はデュプリと言って、化身と同じモノさ。今、メンバーはボクと天馬とアステリしかいないから、足りない分を補ってもらおうと思って」

 

 「化身に変わりは無いから長時間の使用は大変だけど……」と苦笑するフェイに、天馬は「申し訳無いな」と思いながらフェイの話を聞くアステリを見る。

 そこで天馬は気づく。

 

「デュプ……リ……」

(……アステリ……?)

 

 アステリがデュプリとフェイを交互に見ながら、不思議そうな顔をしているのに。




【カオス】
『裏切り者』であるアステリを捕まえる為、天馬達の前に現れた不気味な男。
想像したモノを一から創りあげる等、人類を超越した力を持ち、その力に相当の自信を持っている。
目立ちたがり屋で自信過剰。ナルシスト気味でプライドが高い。
その為、煽り耐性が無く、分かりやすい挑発にもすぐ乗ってしまう。

【容姿】
髪色:赤色。右側に根元から前髪にかけて黒いメッシュ
髪型:肩までのストレートショート。
瞳色:左目は黄緑色、右目は赤のつり目

会話のふしぶしや行動、容姿から分かる通りに厨二病を患っている。
その影響か、右目と左手首に包帯を巻いている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 不安

 深夜三時過ぎ。

 薄ら寒い夜空の下、天馬は立っていた。

 一足早くフィールドで待つ、『カオス』と戦う為。

 ギュッと左腕の黄色いキャプテンマークを握りしめる。

 正直、彼の心は不安でいっぱいだった。

 

――カオスはあの、SARU達。セカンドステージチルドレンさえも上回る力の持ち主だとフェイは言っていた。

――油断をすれば一瞬で潰されてしまうだろう……

――それに……アステリだって……っ

 

「天馬」

 

 そんな天馬を見かねてか、フェイが心配そうな声で尋ねて来た。

 その声にハッとして顔を上げる。

 フェイは不安そうな天馬の表情を見たからか、彼の肩をポンポンッと叩くと「リラックス、リラックス」と微笑んだ。

 フェイの突然の行動に、天馬は不思議そうな顔で彼を見つめる。

 

「フェイ……?」

「天馬。そんな顔をしていちゃダメだよ。君はキャプテンなんだろ?」

 

 そう左腕についたキャプテンマークを指さす。

 

――ああ、そうだ。確か前にもこんな事……

 

 天馬の脳裏に浮かぶのは、彼――フェイと初めて出会ったあの日の光景。

 未来からサッカーを消す為にやってきたプロトコル・オメガにボコボコにやられて、もうダメだって時、フェイが助けに来てくれた事。

 そのプロトコル・オメガと試合する事になって、真面目な場面なハズなのに【テンマーズ】とか安直なチーム名をつけた、フェイの少し抜けた性格の事。

 そして、自分にキャプテンマークを差し出して言った言葉も……

 

――あの時も確か、今みたいな笑顔で「君はキャプテンなんだろ?」って言ったんだっけ

――そうだ俺、あの時も今みたいに不安でいっぱいで……

――でも、フェイがいてくれたから……一人じゃなかったからプロトコル・オメガを追い払う事も、結果的に未来を救う事も出来たんだ。

 

 スゥと息を大きく吸い込み、吐きだす。

 と、自然と胸のつっかえも消えて行った。

 

「ありがとう、フェイ。そうだよね……どんな時でも信じてればきっと……」

「「なんとかなるさっ!」」

 

 と、互いに声を合わせて唱える。

 それを聞き天馬の表情も普段の様な明るい、前向きな物に変わった。

 その顔を見たからか、フェイも安心した様に笑い出す。

 

 そんな笑顔の中、ふと天馬の目はアステリの方に向けられる。

 彼もさっきまでの天馬の様な不安そうな表情で、グラウンドで待つカオスを見ていた。

 

――やっぱり……アステリも不安なんだな……

 

「……アステリ」

「! 天馬……」

 

 そんな彼の傍に行くと、天馬は声をかけた。

 声に気付いたアステリは天馬の方に顔を向ける。

 天馬は見逃さなかった。その瞳が、不安で揺れている事に。

 「大丈夫?」と尋ねる天馬に、アステリは「大丈夫だよ」と微笑んで見せる。

 天馬に心配かけまいとしての行動か、その表情はどこか無理をしてる様に見えた。

 

「アステリ」

「何?」

 

 そんな彼に天馬は持っていたサッカーボールを差し出す。

 唐突に差し出されたボールを前に、アステリはキョトンとした顔で天馬を見る。 

 

「なんとかなる」

「!」

「絶対、なんとかしてみせる。俺、思い出したんだ。どんなに相手が強くても、怖くても、仲間がいれば絶対何とか出来るって事。だから、アステリも独りで不安と戦ってないで。俺等だってもう仲間なんだから。な?」

 

 そう笑顔で天馬は言った。

 その言葉は、アステリを元気づけさせる以外に、自分に言い聞かせる意味もあったのだろう。

 試合の結果がどうなるかなんて分からない。

 カオスの力だってどれ程の物か分からない。

 百パーセント不安じゃないって言ったら嘘になる。

 そんな彼だからこそアステリの感じる不安も、恐怖も、緊張も、痛い程分かったのだろう。

 だから、彼は尚の事「きっと」や「多分」なんて不確かな言葉より「絶対出来る」って言った。

 そう言えば本当に出来る気がしたから。

 

 そんな彼を見るとアステリはゆっくり息を吐きだし、目を閉じる。

 と何かを決心した様な声で「そうだね」と呟き、差し出されたボールを受け取る。

 

「……ボクもキミ達の"仲間"なんだ……いつまでも不安だなんて思ってられないね」

 

 そう囁く様に話すアステリの眼差しは強く、先ほどまであったであろう不安の色も、どこかに消えていた。

 

「ありがとう。天馬。ボクも、天馬達の力になれる様、頑張るよ」

「あぁっ、一緒に戦おう。アステリ」

「うんっ」

 

 アステリは強く頷いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 血

「やぁ、遅かったじゃないか。待ちくたびれちゃったよ」

 

 そう宙にフヨフヨと浮かび上がるカオスの前に【テンマーズ】は並び立つ。

 辺りに緊張した空気が張り詰める。

 そんな緊張を打ち破ったのは"彼女"の叫び声だった。

 

「ちょっと待ってくださぁーいっ!!」

「!?」

 

 そう頭上から聞こえて来たのは場違いな程明るく、騒がしい声。

 何事かと辺りを見回してみると、空から少女が降ってきた。

 

「うわっ!?」

 

 目の前に現れた少女は、オレンジ色の髪に黄色と黄緑色のパーカーを着て、頭にインカムをつけていた。

 彼女は地面に着地すると何事も無かったかの様に「どうも!」と天馬に挨拶をする。

 と、唐突に天馬達に問いかける。

 

「皆さんっ! 今から試合なさるんですよね?」

「そ、そうだけど……」

 

 少女は天馬の返答に目を輝かせると、「そうですよねっ!」と嬉しそうにその場をグルグル回り始める。

 突然。しかも空から降って来た少女に、動揺を隠せずにいると、"彼"が口を開いた。

 

「誰……? 君等の知り合い?」

 

 未だ嬉しそうに回っている彼女を見て、カオスが訝しげな態度で訪ねる。

 「どちらかと言うとカオスの知り合いではないのか?」と思う天馬とは裏腹に、少女は「いえ!」と声を張り上げて話し出す。

 

「私、実況者『アル』と申します! サッカー勝負と聞いて、遥々やってきたのです!」

 

 そう『アル』と名乗る少女は「よろしくお願いします」と近くにいた天馬にお辞儀をする。

 

「えっと、よろしく…………って、え……? 実況……?」

 

 アルのテンションに危うく流しかけたが、実況とはどう言う事だろうか。

 天馬の言葉に、アルは相変わらずのテンションと大声で話し続ける。

 

「サッカーには実況が必要不可欠だと聞きまして、私がこうして舞い降りてきたのです!」

 

 それを聞いて天馬は驚いた。

 実況って……この試合を?

 彼女は天馬の腰程度の身長しか無く、かなり幼く見えるが……こんな子が実況なんて出来るのだろうか……

 

――てか実況より審判の方が必要じゃないの……?

 

「どうでも良いけど……試合、始めないの?」

 

 明らかに機嫌の悪そうなカオスが口をこぼす。

 自分のペースを崩され、かなりご立腹の様だ。

 が、アルはそんな事等気にせず「ですが」とカオスに顔を近づける。

 その行動にますますカオスの眉間のシワが濃くなって行く。

 

「カオス選手のチームのメンバーが揃ってないみたいです。これでは試合は出来ません!」

 

 彼女に言われ天馬達はハッとする。

 そう言えばカオスは試合をすると言いながら、一行にチームメンバーを連れてこようとしない。

 まさか一人でやるつもりなのだろうか

 アルの言葉にカオスはフフッと笑うと、地面に着地する。

 

「メンバーなんていらない……って言いたい所なんだけど……それじゃあルールに違反しちゃうから……」

 

 そう言うと、カオスはどこからか不気味な瞳模様の付いたカッターナイフを取り出した。

 何をするのかと自然と身を構える天馬達をフッと嘲笑うと、カオスは「そんなに身構えないでよ」と持っていたカッターナイフの刃を出す。

 

「コレで危害をくわえたりしないよ。君等へのお仕置きは試合で……今は、僕の仲間を呼ぶ為だから」

「仲間……?」

 

 そう左手首に巻いていた包帯を外していくカオスを天馬達は見つめる。

 シュルシュルと包帯が外れ、今まで隠れていた左腕があらわになる。

 瞬間、天馬の全身から血の気が引く。

 彼等が見たのはカオスの左腕。

 ――――それも、無数の切り傷を付けた。

 

「っ……!?」

 

 カオスの左手首は両手で数えられない程の量の切り傷が並び、傷のせいか手首自体が赤黒く変色してしまってる。

 初めて見る酷い傷跡に言葉が出せないでいると、カオスが「ビックリした?」と問いかけてきた。

 青ざめた顔のままカオスを見ると、彼は不敵に笑いながら「でも、これ位で驚かないでよね」と呟き、右手で持っていたカッターナイフを左手首に押し当てる。

 瞬間、とても嫌な予感が天馬を襲い、そこから連想される情景に身を震わせる。

 

「! やめっ――」

「じゃあ……紹介するね……。僕のもう一つの力を――――」

 

 そう言うとカオスは押し当てたカッターナイフで

 ――――手首をおもいきり切り裂いた。

 

「なっ……!?」

「ひっ……?!」

 

 その場にいた全員が驚愕の声をあげる。

 切り裂いた手首からは血が溢れ、カオスの腕を流れていく。

 それがグラウンド上に落ち、生々しいシミになる。

 それなのにカオスは苦しそうな顔一つせず、不敵に笑い続ける。

 

「何をして……っ!?」

 

 フェイが動揺した声で叫ぶ。

 よく見るとアステリも驚きのあまり自分の手で口を覆ってるし、アルに至っては恐怖からか天馬の後ろに隠れてしまっている。

 カオスはフェイの問いには答えず、流れる血を見ながら笑い続ける。

 それを見て、天馬の背筋は凍った。

 

 誰しもが聞いた事くらいあるだろう“リストカット”。

 自分に対する嫌悪感や不安、周囲に対しての怒りや寂しさから逃げる為――耐える為、自分で自分の身体を傷付ける自傷行為。

 傷付ける部位は人によって違い、その部位によって名称も変わっていく。

 最近ではニュースや学校授業でも取り上げられる程、世間に知れ渡ってしまったその行為の事を天馬も知っていた。

 きっかけは学校での授業だった。

 当初は「なぜ痛い思いまでしてそんな事をするのだろう」と疑問に思ったが、それもその時だけで、結局は自分に関係の無い事。

 今の今まで気にさえ止めていなかった。

 だけど……

 

(まさかこんな間近で見る事になるなんて……っ)

 

 カオスは大きく天を仰ぐと「さてと」と息を吐きだし、呟く。

 地面にはカオスが流した血で小さな血溜りが出来ていた。

 

「じゃあ、僕の仲間を紹介するね……っ」

「!」

 

 そうカオスが囁くと小さな血溜りがグツグツと煮え立つ様にうごめき出す。

 

「!? 何!?」

 

 グツグツとうごめき出した血は複数に分裂し、大きさを変えると、二対の手足や人の頭部の様な物を生やす。

 呻き声をあげながら最後に色を変えたソレは、まさに天馬達と同じ"人間"そのモノだった。

 

「これが僕のチーム。【ジャッジメント】のメンバー達だ」

 

 狂った様に目を見開くカオスの後ろには、血から変化した十人の男女が立っていた。

 男女の姿は様々で、共通で皆、異様な装飾品を顔や頭につけている。

 

「血が人に……っ」

 

 「血が人に変化する」そんな異常な光景を見続けた天馬は真っ青な顔をしながら、震えた声でそう呟く。

 

「これなら文句はないだろ? 実況者ちゃん」

 

 出血も治まった血だらけの左腕に包帯を巻くカオスは、天馬の後ろに隠れるアルに向かってそう言い放つ。

 

「! あ、は、はいっ! 問題ないですっ!」

 

 そう、慌てた様子で天馬の後ろから出てきたアルの顔色は悪かった。

 そりゃそうだ。天馬達でさえこの状況。

 彼等より明らかに幼いであろう少女が、こんな残酷で狂った光景を見て平気でいられるはずがない。

 それでもやはり実況に対してのプロ根性か、「大丈夫?」と心配する天馬をよそに、アルはスタジアムに設置された実況ルームへと走っていった。

 

「さぁ、五月蠅い子もいなくなったし試合を始めようか」

「っ……」

 

 不敵な笑みを浮かべるカオスを相手に、天馬は、さっきまで薄れていた不安がまた強くなるのを感じた。




【アル】
突如、空から降って来た少女。
自称『実況者』であり、試合になるとどんな場所でも必ず空からやってくる。
あくまで『実況者』であり、審判では無い。

『容姿』
髪色:オレンジ
髪型:外側にはねた肩までの短髪。頭の天辺が犬耳の様にハネている。
瞳色:黄色がかったオレンジ色。
常に頭にインカムをつけており。背がかなり低い。(天馬の腰程度の背丈しか無い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 VSジャッジメント――試合開始

『さあ!! いよいよ、テンマーズVSジャッジメントの試合を開始します!! 試合の会場はここ、カオススタジアムから、実況者アルがおとどけしますっ!!』

 

・【テンマーズ】メンバー&ポジション・

FW:フェイ・ルーン

FW:キモロ

MF:松風天馬★

MF:アステリ

MF:マント

MF:ドリル

DF:スマイル

DF:ストロウ

DF:ウォーリー

DF:デブーン

GK:マッチョス

 

      フェイ キモロ

 マント アステリ  天馬★ ドリル

スマイル ストロウ ウォーリー デブーン

       マッチョス

 

『【テンマーズ】のポジションはこうなっております。メンバーの大半がフェイ選手の人型化身、デュプリで構成されたチーム。新加入のアステリ選手がどのような活躍を見せるのか、期待です!』

 

 

・【ジャッジメント】メンバー&ポジション・

FW:カオス★

FW:ボイド

MF:デルタ

MF:シータ

MF:リーズン

MF:リンネ

DF:ファントム

DF:マリス

DF:リグレット

DF:シェイム

GK:アビス

 

     カオス★ ボイド

 リーズン デルタ シータ  リンネ

ファントム マリス リグレット シェイム

        アビス

 

『続いてカオス選手率いる、チーム【ジャッジメント】のポジションです。カオス選手以外のメンバーが、血によって生成されたと言う前代未聞の異質で異常なチーム。果たして実力はどれ程の物なのか、必見ですっ』

 

 スタジアム中に響くアルの声を聞きながら、テンマーズはポジションにつく。

 胸に抱える不安を誤魔化す様に深呼吸をして、天馬はチームの皆に聞こえる程の大声で言う。

 

「よーしっ! 頑張ろう! 皆っ!!」

 

 天馬の声にテンマーズの皆が「おぉーっ!」と力強い声をあげる。

 その声を聞いて、天馬は「……よしっ!」と小さく呟くと、気を引き締める様に自らの頬を叩き、前を向く。

 目の前には不敵な笑みを浮かべるカオスと、不気味なガスマスクをつけた選手が立っていた。

 

――始まる。

――カオス達……ジャジメントとの試合が。

 

『両チーム、ポジションにつきました! テンマーズのキックオフで試合開始です!』

 

 アルの声と共にスタジアムに試合開始のホイッスルが鳴り響く。

 ボールを持ったフェイがFWのキモロと一緒に攻め上がる。

 相手は見た事も聞いた事も無い、謎の多すぎるチーム。

 どんな戦いをするのか、どれ程の力の持ち主なのか、皆目見当が付かない。

 そんな天馬達が取る行動はただ一つ。

 

――まずは一点だ。

――それで、こちらに追い風を吹かせる……!

 

 ボールを持ったフェイが天馬にパスを出す。

 それを受け取り、ゴール前へと走り出す。

 

「フフッ……」

「……?!」

 

 瞬間、天馬のすぐ横を笑みを浮かべたカオスが通り過ぎた。

 それも、凄まじいスピードで。

 カオスに気を取られた、その時。

 

「はぁぁぁぁ!」

「! っあっ?!」

 

 ほんの一瞬の出来事だった。

 ボールから目を離した、その瞬間を狙ったかの様に繰り出されたスライディングに足を取られ、天馬は勢いよく地面に倒れてしまう。

 

「! 天馬!」

『デルタ選手、強力なスライディングで松風選手からボールを奪った! そのまま前線へと上がっていきます!』

 

 スタジアムに響いた実況の声にハッとして後ろを見る。

 すると、先ほど自分からボールを奪った男がドリブルでゴールに向かって走っているのが見えた。

 

――しまった……っ

 

 天馬の中で焦りが生まれる。

 すぐさま立ち上がり、守備に回る為走り出す。

 デルタと呼ばれた男はデュプリ達のディフェンスを次々に交わすと、ゴール前へとパスを出す。

 パスを出した、その先にいたのは――

 

「っ……! カオスっ!」

『カオス選手、ゴールキーパーと一対一だぁ!! これはテンマーズ、大ピンチ!』

「見せてあげるね。僕のシュートを……」

 

 ボールを持ったカオスは天高く飛び上がると、周囲に赤黒いオーラを発動させる。

 ボールは、カオスから発せられたオーラを吸収し、歪に膨らんでいく。

 

「! マズイっ……!」

「!? アステリ!?」

 

 瞬間、アステリがゴール前まで走っていく。

 その間にもボールは膨らみ続け、ついにはボコボコと変形し始めた。

 変形したボールを前にシュート体勢へと入ったカオスは、何やら呪文の様なモノを唱え始める。

 

「神に抗いし者よ、死をもってその罪を償え! インフェルノ!!」

 

 そう叫ぶとパンパンに膨れ上がったボールを蹴り落とす。

 カオスの蹴りによって破裂したボールは、溜めていたオーラを一気に吐きだすと、キーパーのマッチョスに向かって降り注ぐ。

 

『カオス選手、必殺技を発動!! 凶悪な光線と化したシュートがマッチョス選手へと突き進んでいきます!!』

「入れさせないっ!」

「!」

『おっと!? アステリ選手、なんとゴール前まで戻ってきていた!! まさか、あの凶悪なシュートを止めるつもりなのかぁ!?』

 

 アステリは意を決して飛び上がると、その身体で光線と化したカオスのシュートを受け止めた。

 シュートはアステリの身体にぶち当たると、一瞬は動きを止めた様に見えた。

が。

 

「っっ……!! っ……うわぁっ!?」

「! アステリ!」

 

 キーパーでも無い丸腰の人間が止められるはずも無く、アステリは黒い光線と化したシュートに吹き飛ばされ勢い良く地面に叩きつけられた。

 シュートはアステリの制止の甲斐なく、そのままの勢いでゴールへと突き進む。

ゴールキーパー、マッチョスは大きく息を吸い込み、胸を張りシュートを受け止める。だが…

 

「ぐわぁっ!!」

 

 デュプリ……しかも目で見て分かる程力の差があるシュートを止める事は出来ず、シュートはマッチョスの身体ごと、ゴールへと突き刺さる。

 瞬間、スタジアム内に甲高い笛の音が鳴り響いた。

 

『ゴォォォォォルッ!! カオス選手の必殺技《インフェルノ》が見事、テンマーズのゴールを揺らしたぁぁ!』

 

 興奮した様子のアルの声がスピーカーから聞こえてくる。

 天馬は慌てて、先ほど落下したアステリの傍に駆け寄る。

 傍まで行くと、彼は苦しそうな表情で蹲っていた。

 

「アステリ、大丈夫か?!」

「天馬……。ごめん……シュート、止められなかった……」

 

 そう弱弱しい声で呟くアステリに、「アステリのせいじゃないよ」と励ましの言葉をかける。

 天馬の言葉を聞いたアステリは俯いていた顔を上げ、彼を見る。

 

「点を取られたなら取り返せばいいんだ! 時間はある。まだまだこれからだよ」

「……うん……そうだね」

「それより怪我は無い? 凄い高さから叩き落とされてたけど……」

 

 天馬の問いに頷くとアステリは「ありがとう」と微笑んだ。

 アステリの答えにホッと胸を撫で下ろす。と、突然目の前が薄暗くなる。

 何かと思い上を向くと、笑みを浮かべたカオスが二人を覗き込んでいた。

 

「! カオス!」

 

 天馬達を見下げるカオスに、アステリは噛み付く様な視線でそう叫んだ。

 それを見てカオスはクスクスと楽しそうに笑う。

 

「どう? 僕のシュートは。君も無茶な事するんだね。技も使わず僕のシュートを止めようとするなんて」

 

 「あぁそれとも使えないのかな」と憎たらしい態度で続ける。

 その態度にアステリ、それに天馬も、睨み付ける力を強くする。

 

「試合はまだまだこれから。ま、せいぜい楽しませてよね。裏切り君」

 

 そう笑うとカオスは自分のポジションに戻っていった。

 

「気にしない方が良いよ」

「! フェイ……」

 

 カオスが去ってすぐ、後ろからフェイの声が聞こえ、二人は振り返る。

 

「聞いてたのか……」

「うん。言いたい奴には言わせておけば良いよ。ボク等はボク等のサッカーをすれば良いんだから」

 

 フェイの言葉に「そうだね」と頷くと、天馬は自らのポジションに向けて歩きだした。

 ふとスタジアム内に設置されたスコアボードを見る。

 そこには0-1の文字。

 その数字を見ると、トゲの様な鋭い痛みがズキリと天馬の胸を襲う。

 

――……アステリには「大丈夫だ」なんて言ったけれども、さっきのゴールはハッキリ言って俺のせいだ。

――俺があの時、カオスに気を取られずにいたら、ボールを奪われる事も……シュートを決められる事も無かった。

 

 罪悪感にも似た痛みが、天馬の胸をキリキリと締め付ける。

 

(っ…………今度こそ……しっかりしなきゃ……)

 




《インフェルノ》
カオスの必殺技。
ボールと共に飛び上がり、赤黒いオーラを発動。
オーラを吸収して膨らんだボールを蹴りで破裂させ、中に溜まったオーラを一気に解放するシュート技。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 VSジャッジメント――覚醒するソウル

『さぁ! テンマーズのキックオフで試合再開ですっ!』

 

 ホイッスルの音と共に、キモロからパスを受けたフェイが上がっていく。

 が、すかさずジャッジメントの選手がディフェンスに入る。

 

「行かせません!」

「っ……天馬っ!」

 

 進行方向を阻まれたフェイは、後方の天馬にパスを出す。

 パスを受け取り、前へと進む天馬の目に、先ほど自分からボールを奪った男が映った。

 男は天馬からボールを奪わんと、こちらに向かって走ってきている。

 

「行かせないっ」

「っ……」

 

 さっきと全く同じ状況に、天馬の頭に嫌なビジョンが浮かぶ。

 ボールを奪われ、点を決められるビジョンが。

 天馬の中で様々な気持ちが乱雑する。

 恐怖。

 不安。

 緊張。

 焦り。

 自然と息が荒くなり、動機がする。

 

――でも、だからこそ……

 

「負けられないっ……!!」

「!」

 

 瞬間、天馬の周りに柔らかい風が吹き始める。

 

「そよかぜステップS!」

「な……っ!?」

 

 周りに吹いた風を纏い、天馬は身軽なステップで相手を抜き去る。

 

「よしっ!」

「くそ……っ!」

『松風選手、得意の《そよかぜステップ》でデルタ選手を抜き去ったー! そしてそのままゴール前で待つフェイ選手にパスだぁー!』

 

 天馬からのパスを受け取ったフェイはオレンジ色のオーラを発すると、その姿を青い髪と褐色色の肌を持つ少年へと変化させた。

 

「来い」

「いくよっ!」

 

 シュート体勢に入ったフェイの背後には、白と青の胴体を持つ巨大な恐竜が出現し、大きな唸り声をあげフェイのシュートと共にゴールへと食らい付いていく。

 

「真・王者の牙ッ!!」

『ミキシトランスをしたフェイ選手の必殺技が炸裂っ!! アビス選手に向かっていきますっ!!』

「いっけぇー!!」

 

 青い牙の形のオーラを纏ったシュートが、ジャッジメントのゴールに向かって突き進む。

 フェイのシュートは前見た時よりもかなり威力が増している。

 「これなら……」と思ったのもつかの間。

 アビスと呼ばれた女性ゴールキーパーは退屈そうに息を吐きだし、言い放つ。

 

「なんだ。こんなモンか……」

「!」

「見せてあげるね。僕達、『Blood irregular(ブラッドイレギュラー)』の力」

 

 そう笑うとアビスは両手をXの形にクロスさせ、シュートに向かって駆けだす。

 

「ゴッドハンドX!!」

 

 アビスは赤いイナズマを帯びた巨大な手を発動させると、そのままフェイのシュートを抑え込む。

 最初の内は勢いがあったシュートも段々とそれを失い、ついには完全に停止してしまった。

 

『アビス選手! フェイ選手の強力なシュート《王者の牙》を難なく止めてしまったぁ!! テンマーズ、同点ならず!』

「くそっ!」

 

 悔しがるフェイを嘲るように笑うと、アビスは中盤のデルタにロングパスを放った。

 そこを見逃さず、天馬はブロックへと入る。

 

(よしっ。ここは《スパイラルドロー》で……)

「先ほどの様に行くと思うなよ」

「!」

 

 まるで天馬の心を見透かしたかの様に囁いた直後、デルタは黒い光に全身を包み込む。

 光が弾け、そこから姿を現したのは一匹の巨大な《黒い豹》だった。

 

「!? ソウルまで……?!」

 

 ソウルを発動したデルタは、脅威的なスピードで天馬を――そしてブロックに入った他のメンバーを切り裂くように突破していく。

 

『ソウル《クロヒョウ》を発動したデルタ選手! 凄まじいスピードでテンマーズ陣内へ切り込んでいきますっ!!』

 

「くそっ…! 早すぎてデュプリの操作が追い付かないっ……!」

「こんな攻撃くらいでバテちゃうなんて……しょせん、そこが君達"人間"の限界って事だったんだよ」

 

 焦りの表情を見せながらそう言葉を発するフェイを、カオスは馬鹿にする様に笑っている。

 

――? “人間”……?

 

 不意に天馬の中である疑問が浮かんだ。

 

――もしかして、カオスは“人間”では無いのか……?

 

 今までのカオスの発言や行動を振り返ってみると、明らかに常人とは考えられない様なシロモノばかりだ。

 特にジャッジメントのメンバーを生み出した時の行動。

アレほどの怪我と出血をしながら、今彼はピンピンしている。

 

――でも…人では無いとしたら一体何だ……?

 

「カオス様っ!」

「!」

 

 そんな事を考え始めた所で、天馬は我に返る。

 目の前ではパスを受け取ったカオスが猛スピードでゴールに向かって走っていた。

 

――マズイ……っ

 

 咄嗟に守備に回ろうと走り出す、が。

 

「カオス様の邪魔はさせない」

「! っ……」

 

 目の前に現れた二人の選手に行く手を阻まれ、身動きが取れない。

 こうしている間にも、カオスはどんどんゴールへと近づいていく。

 デュプリ達も必死にカオスを止めようと動くが、次々に吹き飛ばされ倒れてしまっている。

 グラウンドの反対方向を見ると、フェイも同じ様に二人の選手にマークされてしまい、動けないでいた。

 

「くそっ……!」

 

 どうにか、抜け出せないモノかと動いて見るが、二人の選手がピッタリと張り付き、一瞬の隙も見せない。

 ふと、天馬の視界にカオスの前に立ちふさがるアステリの姿が映った。

 アステリはカオスからボールを奪おうと食らい付くが、実力の違いからか簡単に吹き飛ばされ、突破されてしまう。

 自然とアステリの身体に、吹き飛ばされた時に負ったであろう傷が増えていく。

 

――このままじゃ…っ

 

 焦りの色を見せる天馬に、目の前で彼の行く手を阻む男が話しかけてきた。

 

「松風天馬」

「!」

「お気づきですか……? アナタ方のチームの"弱点"」

「弱点……?」

 

 突然何を言い出すのかと思っていると、男は「えぇ」と暗い口調で続ける。

 

「アナタのチームのほとんどは、あの兎の少年の分身でなりたっている。分身自体は対した力は持っていないので、アナタと兎の少年さえ抑えてしまえば無力も同然。あの裏切り者に関しては例外も良い所。いくら基礎が出来ていても、技を持っていなければ話にならない」

 

 そう語る男は、光の入っていない瞳で天馬を捕らえると「そうでしょ?」と不気味な笑みを浮かべた。

 そんな彼を強い眼差し睨みつけると、天馬は「違う」とハッキリ口にした。

 天馬の発言が意外だったのか、そもそも反論してくるとは思っていなかったのか、彼ともう一人の選手が目を丸くして天馬の方を見る。

 

「そんなの全然弱点なんかじゃない! デュプリ達だってアステリだって、皆それぞれの強さを持ってるんだ! 技がなくたって、化身が使えなくたって関係無い! 最後まで諦めないで食らい付いて行くのが、俺達の強さだ!」

 

 天馬の言葉に圧倒されたのか、二人は押し黙ってしまった。

 瞬間、アレほど徹底していたマークにも隙が生まれる。

 その隙を天馬は見逃さなかった。

 

(今だっ……!)

「!?」

 

 二人の間を走り抜け、カオスの元へと急ぐ。

 

『松風選手! ジャッジメントの二人がかりのディフェンスから脱出! カオス選手の元へと走っていきます!』

「へぇ……ファントムとリグレットのマークから逃げれたのか……でも、少し遅かったね」

「!!」

 

 すでにゴール前まで来ていたカオスはそう笑うと、シュート体勢に入ろうとする。

 全速力で走ってもこの距離では間に会いそうもない。

 DFのデュプリ達もカオスによって倒され、ゴールキーパーと一対一の状況。

 

――マズイッ……このままじゃ…っ

 

「そんな事……させないっ…!!」

 

 苦しそうな声と共にカオスの目の前に現れたのは……

 

「! アステリ!」

 

 その声にカオスは呆れた様に「また君か」と呟くと、機嫌が悪そうにアステリを睨みつける。

 

「いくら何でも往生際が悪すぎない? いい加減諦めて負けを認めてよ」

「ボクも……天馬達の仲間なんだ。だから、絶対諦めない」

 

 アステリはそう、強い口調で言い放つ。

 それに対し、カオスの表情がどんどん険しくなって行く。

 

「へぇ……じゃあ、見せてもらおうかな。君達の“強さ”ってヤツ!!」

 

 そう叫ぶとカオスは再び天高く飛び上がり、周囲に赤黒いオーラを発生させる。

 オーラを吸収したボールは歪に膨れ上がり変形する。

 カオスはそんなボールを前に、蹴り落そうと片足を上げて構える。

 

『カオス選手、またもや必殺技の体勢に! テンマーズ、またしても大ピンチっ!』

「行くぞ。インフェルn……」

 

 その時。

 

「止めてみせるっ!!」

「!」

 

 アステリはカオスと同じ様に――いや、それよりも高く飛び上がると、全身を水色の光に包み込む。

 すると、先ほどまでとは違う、白い羽根に大きな翼、黄色いクチバシをたずさえた、巨大な《白鳥》へと姿を変えた。

 

「なっ……!?」

「あれって……!」

『なんとアステリ選手! こんな土壇場でソウルを発動! 美しい《白鳥》へと変身だぁぁ!!』

 

 その場にいた全員が驚きの声をあげる。

 白鳥へと姿を変えたアステリは、その大きな翼を羽ばたかせると、周りに激しい風を巻き起こす。

 風は小さな竜巻の様に変化すると、カオスに衝突し、その体を吹き飛ばした。

 

「ッ……ぐっ!!」

「! カオス様っ」

「! チャンス!」

「!」

 

 突然のソウル発動に、フェイをマークしていたジャッジメントの選手達にも隙が生まれた。

 フェイがそこを見逃すはずも無く、二人のマークを離れ、前線へと上がる。

 

「アステリ、パスだっ!」

「うんっ! フェイっ!」

 

 ソウルを解除したアステリは空中でフェイにパスを出す。

 突然現れた反撃のチャンスに天馬も攻め上がろうとする。

 その時。ふと、今まで悔しそうな顔をしていたカオスが胸を抑えてしゃがみこんだのが見えた。

 カオスの異変に傍にいたデルタが駆け寄る。

 

「っ……くそ……」

「大丈夫ですか…? カオス様」

「あぁ……大丈夫……。まだ……平気だ…」

 

(? ……なんだ……?)




《ソウル:白鳥》
アステリのソウル。
水色の瞳に白く大きな翼を持った白鳥へと変身する。
持前の巨大な翼を羽ばたかせ出来た暴風で、敵を吹き飛ばす。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 VSジャッジメント――違和感

『ボールを持ったフェイ選手! そのままジャッジメント陣内へ切り込んで行くっ!!

 テンマーズ、反撃開始かー!?』

 

 相変わらず、ジャッジメントは手強い。

 守りも攻めも、一筋縄ではいかない……が。

 時間が経過するにつれ、選手の一人一人の動きが変化していくのを天馬達は感じていた。

 

(? ……なんか……最初の頃より動きが鈍くなった……?)

 

 「疲れたのだろうか……」と思ったが、選手の顔色を見る限り、どうもそうではない様だ。

 天馬の中で言い表し様の無い違和感が生まれる。

 でも、今は試合中。余計な考えは振り払い、フェイから送られたパスを受け取り、シュートに持ち込む為攻め上がる。

 

「ぶっとばすっ!!」

「!」

 

 瞬間、赤い目をした選手が天馬の目の前に立ちふさがった。

 彼は身体中に力をこめると、背後から紫色のオーラを発動させる。

 

――化身か……っ

 

「来い、破壊神デスロス!!」

 

 紫色のオーラの中から姿を現したのは、二丁の機関銃を持った黒い化身だった。

 化身は二丁の機関銃を天馬に向けると乱射し、巨大な弾幕を作り上げる。

 

「っ……!?」

「ぶっとべぇっ!!」

「!? うわぁっ!」

『松風選手、弾幕の爆風に吹き飛ばされたぁ!! ファウルでは無い物のとても危険なプレーです! でもマリス選手、そんな事はお構いなしにシータ選手へとパスだー!!』

 

 天馬は上手く受け身を取り地面との衝突から身を守ると、すぐさま体勢を立て直し、ボールを追う。

 シータと呼ばれた少女は黒い光に身を包むと真っ白な《イルカ》へと姿を変えた。

 真っ白なイルカは空中にバブルリングを生成すると、そこを潜りながら前線へとボールを運んでいく。

 

『シータ選手もソウルを発動! 空中に生み出したリングを潜りながら、華麗な動きでテンマーズを翻弄していきますっ!』

「ボクが止めるっ!」

 

 空中を泳ぐ様に進んで行くシータの前にアステリは立ちふさがる。

 アステリは先ほどの様に全身を水色の光で包む込むと、巨大な白鳥へと姿を変えた。

 二体のソウルが一つのボールを奪う為、互いにぶつかり合う。

 

『ソウルVSソウルの熱い攻防戦が繰り広げられます! 果たしてボールを奪うのはどちらだ!?』

 

 アステリのソウルは大きく翼を羽ばたかせると空中でバック回転を行い、相手から距離を取る。

 と、相手のソウルに向かって急降下をし、凄まじいスピードで相手のソウルに衝突。吹き飛ばした。

 

「きゃぁっ!」

『アステリ選手! 相手から一旦距離を取った後の体当たりで、見事シータ選手のソウルを打ち破ったー! そのまま前線の松風選手へと繋げていきます!』

 

 アステリからパスを受け取る為、一瞬天馬の動きが止まった。

 その瞬間を狙ったかの様に、マリスと呼ばれた化身使いが天馬の前に現れる。

 パスを受け取ろうと動きを止めたせいで瞬時の対応が出来ない。

 

――マズイ……っまたボールを奪われる……っ

 

「今度もぶっとばしてやる! 破壊だn…………!?」

(…………ぇ?)

 

 突如として、マリスの背後に出現していた化身がその姿を消す。

 それと同時に、彼の動きが鈍くなるのを天馬は感じ取っていた。

 

――! 今だっ

 

「ミキシトランス! アーサー!!」

「!!」

 

 天馬はオレンジ色のオーラに全身を包むと、逆立った金髪の少年へと姿を変える。

 それと同時に手をかざすと、握りしめた手の中から黄金色に輝く剣を出現させた。

 黄金に輝く剣を天高く掲げると両手で構え、マリス目掛け走り出す。

 

「王の剣! だぁぁぁ!!」

「! なっ!?」

 

 天馬は両手で構えた剣を思いっきり横に薙ぎ払うと、マリスを吹き飛ばし隣を走るフェイへとパスをつなげる。

 

『松風選手、ミキシトランスからの《王の剣》でマリス選手のディフェンスを突破! そのままフェイ選手へパスをすると、ゴール前まで上がっていきます!』

「天馬、行くよっ!」

「あぁっ」

「……!」

 

 フェイの声を合図に二人はお互いに交差しながら飛び跳ねる。

 と、さながらサーカスの空中ブランコの様に天馬が空中でフェイの腕を掴み取ると、ボールに向かって振り下ろした。

 

「「エクストリームラビットっ!!」」

 

 フェイによって蹴り落されたボールは三つに分裂し、凄まじいパワーを纏いながらゴールへと突き進む。

 

「今度も止める。はぁぁっ!」

 

 アビスは先ほどの様に両腕をクロスさせながら、迫りくるシュートに向かって駆けだす。

 

「ゴッドハンドXッ!!」

 

 赤いイナズマを纏った巨大な手が二人のシュートを抑え込む。

 強力な必殺技を相手に、シュートはみるみる勢いを落として行く様に見えた。

 

「こんなシュート、僕の敵じゃ――――」

 

 が。

 

「――――ッぅ……!?」

(!! また……)

 

 突然、アビスが顔をしかめその動きを止めた。

 瞬間、さっきまで勢いを落としていた天馬達のシュートが猛スピードで回転し始める。

猛スピードで回転し始めたボールは、まるでドリルの様にゴッドハンドXに突き進み、その壁にヒビを入れていく。

 

「なっ……!?」

 

 天馬とフェイのシュートによってヒビが入ったゴッドハンドXはついにはバラバラに砕け散り、その姿を消す。

 技が破壊され唖然とするアビスの脇を通り抜けたシュートは、ゴールネットへと突き刺さり、停止する。

 瞬間、甲高い笛の音がスタジアム内に鳴り響いた。

 

『ゴォォォォルッ!! アクロバティックな動きから繰り出された松風選手とフェイ選手の必殺シュート《エクストリームラビット》が見事アビス選手の守りを破壊! テンマーズ、同点ですっ!』

 

 アルの言葉と共にスコアボードには1-1の文字が刻まれる。

 「やっと追いついた……!」そんな安堵と嬉しさから、自然とガッツポーズをする天馬。

 後ろを向くと、フェイとアステリが嬉しそうな様子で駆け寄ってきていた。

 

「フェイ、アステリっ!」

「やったね、天馬!」

「二人共凄い連携だったよ。さすがだねっ」

 

 そうアステリにおだてられ、天馬は嬉しい様な恥ずかしい様な笑顔を浮かべた。

 フェイも「いや~」と照れ笑いをしている。

 

「そんな事で喜べるなんて……」

 

 不意に聞こえた嫌味たっぷりのその言葉に振り返ると、その声の主はいた。

 

「ずいぶんオメデタイんだね、君達」

「……カオス……」

 

 瞬間、天馬達はキッと眉をひそめカオスを睨みつけた。

 そんな彼等の表情を嘲笑いながら、カオスは言葉を続ける。

 

「たった一点でそんなに喜んじゃうなんてさ。よかったねぇ、“まぐれ”で入って」

「なんだと……っ!」

 

 その言葉を聞き、アステリは今まであったカオスへの怒りが増していくのを感じ睨みを強くする。

 

――コイツはどれだけ他人を見下せば気が済むんだ……っ

 

 そんな彼の心情に気付いたのか、フェイがアステリの肩を叩く。

 振り返るとフェイは首を横に振り「相手のペースに乗ってはいけない」と耳打ちをして、カオスの方を見つめた。

 

「たかが一点、されど一点だよ。そんな風に言っていると、今に足元すくわれるよ?」

 

 フェイの言葉にカチンと来たのか、カオスは一瞬眉をひそめるとすぐに「あぁそうかい」と後ろを向いた。

 

「まぁ、君等が何をしようと僕の勝ちは揺るがないから良いけどね……」

 

 そう吐き捨てると、カオスは仲間の元へと歩いていく。

 その途中、チラッと見えたカオスの顔色が悪いような気がして、天馬は首を傾げる。

 

(…………気のせい……かな……)

 

 自分達もポジションに戻ろうとした時、スタジアム内に笛の音が鳴り響いた。

 どうやら前半が終わったみたいだ。

 

「前半終了か……じゃあ、ボク等もベンチに戻ろうか」

「……そうだね」

 

 そう歩きだそうとした時、ベンチに向かって歩くカオス達を見つめるアステリに気づいて声をかける。

 

「アステリー? どうしたのー?」

「! なんでも無いよー! …………」

 

 天馬の声にそう返事をすると、アステリは駆け足でベンチに向かっていった。

 

――何か気になる事でもあるのだろうか……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 VSジャッジメント――ハーフタイム

 無事、前半を終了した天馬達はベンチに戻ると、一つため息を吐く。

 それは同点で終了出来た事からの安堵か、それとも後半戦への不安からか……

 フェイを見てみるとかなりの体力を消耗している様で、地面に腰を下ろして下を向いてしまっている。

 それもそのはず。デュプリ八人を操作しながらの試合……それも、これまでとは明らかに違う強さを持った相手との試合だ。

 

「フェイ、大丈夫……?」

 

 天馬の言葉にフェイは「大丈夫だよ」と俯かせていた顔を上げて笑って見せる。

 気持ち面ではまだまだ平気なのかも知れない。けれど、体力面はかなり削られている。

 それは傍目から見ても分かる程だった。

 

(このまま後半戦までとなるとキツイな……)

 

 そう考えながら、ふとアステリの方が見る。

 アステリはさっきの様にカオス達を見つめ、何かを考えている様だった。

 

「アステリ……?」

「! 何……? 天馬」

 

 心配になり声をかけると。アステリはなんでも無さそうな笑顔で返事をした。

 その裏には何か考えがある気がして、天馬は尋ねる。

 

「さっきからカオス達を見てるけど……どうしたの……?」

 

 彼の言葉にアステリは一瞬困った様な表情をした後、天馬とフェイに近付いて話を始めた。

 

「天馬とフェイは試合中……特に前半の終わり辺り、ジャッジメントのメンバーに対して何か違和感を感じなかった?」

「違和感……?」

 

 アステリの言葉に「うーん」と口元に手を当てながら天馬は考え出す。

 頭の中では前半のジャッジメントの行動がよみがえる。

 カオスの使う力も、言う事もおかしかったけど……他の違和感と言われると……

 そこまで考えた所で「あ」と、フェイが何かを思い出したかの様に声を上げた。

 

「そう言えば、前半の終わり辺りでジャッジメントのメンバーの動きが急に悪くなった気がしたなぁ……」

 

 フェイの言葉で天馬も思い出す。

 

――そうだ……あの銃を持った化身を使う奴も

――ゴールキーパーも

――それに、カオスだって

――前半戦の終わり辺りから急に動きが止まったり、力が弱まったりしていた……

 

「……天馬も気付いていたみたいだね……」

「あぁ……その時は俺の気のせいかとも思ったけど……振り返って考えてみると、確かに……」

 

 二人の言葉を聞いたアステリは目を瞑ると一度コクリと頷き、「そうだね」と自分の中で何かを片付けた様な口ぶりで話を続ける。

 

「せっかくだから二人には話しておこう……あのね。キミ達が感じた"違和感"……それは気のせいや偶然では無く、ちゃんと理由のある物なんだ」

 

 アステリの意味深な言葉に、二人は互いに顔を見合わせると首を傾げた。

 「理由のある物」とはどう言う意味だろうか

 それに「二人には話しておこう」って言うのも……

 

「ジャッジメントのメンバー……カオスも、なんだけど……。彼等の突然の能力低下は、この世界に溢れる『色』のせいなんだ」

「色?」

 

 その単語に天馬は先ほどよりも不思議な顔をする。

 色とは“あの色”の事だろうか。

 今、自分達の目に映っている空の紺色やグラウンドの緑色とか……?

 

「二人には前、『ボクが遠くの場所から来た』って事を話したよね? 天馬には、『カオスは、逃げ出したボクを追ってここまで来たんだ』って事も……」

「うん……」

「え……? どう言う事……?」

 

 アステリの言葉にフェイは困惑した表情で問いかける。

 

――そう言えば、あの時フェイはいなかったっけ……

 

「ねぇ、アステリ。どう言う事なの……? 『追われてる』とか『色のせい』だとか……」

 

 天馬の言葉にアステリは一つ頷くと「わかった。一から全部話すね」と語り始めた。

 

「ボクとカオスはこの世界では無い、別の世界から来た。

 色の存在しない世界、【モノクロ世界】から――――」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 VSジャッジメント――違和感の正体

「モノクロ……世界……?」

 

 【モノクロ世界】。

 それを聞いて天馬が思い出すのは、さっき部屋で見た夢の風景。

 あの時は夢だったから色が無いのも、変な内容なのも理解出来た。

 

――でもまさか……それが現実になるなんて……

 

「その世界は文字通り色が無く、黒と白……その濃淡だけで染められた、様々な町や国が歪に繋がれて出来た異質な場所。そしてその世界を管理し、支配するのが『モノクロの王』」

「王……」

「彼はモノクロ世界を一から創り上げ、そこに住む色も顔も無い存在『イレギュラー』を生み出した絶対的な存在」

「イレ……ギュラー……?」

 

 不思議そうな表情で首を傾げるフェイを見ながら、アステリは言葉を続けた。

 

「イレギュラーとは、モノクロ世界に住む存在……種族って言えば良いのかな? キミ等で言う所の“人間”とか“犬”とかって言うのと意味は一緒さ」

 

 その言葉に、天馬は「えっ」と声を上げると「ちょっと待って」と困惑した様子でアステリに尋ねた。

 

「カオスとアステリは同じ世界から来たんだよね? って事は、アステリは人間じゃ……無いの?」

 

 天馬の問いにアステリは「あぁ」と困った様子で頷いた。

 その反応に二人は衝撃を受ける。

 実際の所……カオスについては、その異質な能力で「人間ではないのでは?」と言う考えが二人の中には存在した。

 そんな時に『実はカオスは人間ではありませんでした』なんて事を言われても、ビックリはするだろうが、『あぁ、やっぱりか』と言う思いの方が先に出るだろう。

 

 だけど、まさかアステリが……自分達と一緒に戦っていた彼までが、人間では無いだなんて思いもしなかった。

 

「……二人共、大丈夫……?」

「! あ、あぁ……」

「ごめん……続けて?」

 

 アステリの声にハッとして、フェイはそう返事をする。

 二人の返事を聞くと「わかった」と彼は話を続けた。

 正直、天馬の頭は混乱しっぱなしで、アステリの口から発せられる言葉の意味すら、理解出来そうも無かった。

 それでも、理解しなければならない。

 アステリの今までの言動からして、少なくとも自分達にも関係のある事だろうから。

 

「『イレギュラー』には基本、色と顔が無い。まぁ、一部特殊なのはいるけどね…………カオスやボクの様に色も顔も、両方あったり……どちらか片方しかなかったりとかさ」

 

 顔や色が無い……

 そんな生物が本当に存在するのだろうか……

 アステリの言葉を理解しようとするたびに、天馬の頭の中にグシャグシャに絡まった糸が増えていく。

 

「で、その『イレギュラー』の弱点って言うのが『色』。色の無い環境に適して生まれて来てしまった存在は……大体は、色のある世界や、色がついた物に触れると消滅してしまう性質を持っているんだ」

「消滅って……? 死んじゃうって事……?」

 

 そうフェイが尋ねると、アステリは「ううん」と首を横に振った。

 

「イレギュラー……もとより、色の無い【モノクロ世界】には『命』と言う概念が存在しない。だから、『死ぬ』と言う表現は正しくないんだ。」

「命が……無い……?」

 

 命が無いとはどう言う意味だろうか。

 命が無ければそこに存在する事自体出来ないだろうに……

 話を聞けば聞く程、困惑した表情を見せる天馬とフェイに、アステリは「ごめん。難しいよね」と苦笑いをする。

 

「とりあえず、そんな難しい話はあとでゆっくりするとして……今は、本題に戻ろうか。ハーフタイムも十五分しか無いしね」

 

 本題とは、『なぜカオス達の動きが急に鈍くなったのか』の事だろう。

 

「ボク等、イレギュラーにとって色と言う存在は毒と同じモノ。ボクやカオスの様に、色のある世界でも存在出来る“特別”なイレギュラーは、毒に対する免疫力を持っているから大丈夫……なんだけど……」

「だけど……?」

「……いくら免疫力があるから大丈夫だって言っても……長時間、色――毒に触れ続けていれば身体はジワジワとダメージを受け続ける」

「! じゃあ、カオス達の動きが鈍くなったりしたのって……!」

 

――長時間、色のある世界にいたせい……

 

 天馬の次の言葉を感じ取ったのか、アステリは頷くと「キミが想像している通りだよ」と言葉を並べた。

 フェイも同じ事を考えていたのだろう、一瞬、目を見開いて驚いた様子を見せると、すぐさま複雑な表情をして何かを考え込んでしまった。

 と思うと、今度は「あれ」と怪訝そうな顔をする。

 

「フェイ。どうしたの?」

「うん……あのさ。カオスも君も、そのイレギュラーって言う種族で、しかも同じ特別な部類に入るんだよね?」

「うん」

「じゃあ、カオスと君は全く同じ種族の存在って事だよね?」

「まぁ、全く同じって訳でもないけど……大体は一緒かな……」

 

 「そんな事聞いてどうしたの?」と尋ねるアステリに「じゃあさ」とフェイは言葉を続けた。

 

「……どうして、君は平気なんだい?」

 

 フェイの問いに天馬も「あっ」と何かに気付いた様な声を上げた。

 アステリの話を聞く限り、カオス達の様子が可笑しいのは色のある世界に長時間いたせいだと言う。

 だったら、同じ種族……ましてやアステリはカオスよりも先にこの、色のある世界に来ていた。

 時間にしてみればアステリの方が多少だが、その『色』に触れている時間が長いはず。

 それなのにアステリは試合中、普通にプレーをしていた。

 今もどこも可笑しい様子は無い。

 「どう言う事だ」とアステリの方を見る。

 

「………………」

(……え……?)

 

――アステリ……?

 

「カオスは試合する前から力を使いまくってたからね……力を使っていない分、ボクの方が影響を受けにくいんだよ。ほら、身体が疲れていると病気になりやすいでしょ?」

 

 「それと同じだよ」と笑うアステリに、フェイは「そこは人間と同じなんだ」と困った様な笑みを浮かべる。

 そうやって普段通りに笑うアステリの表情が一瞬……ほんの一瞬だけ、いつもと違って見えて……天馬は不思議そうに眉をひそめる。

 すると、スタジアム内にまだ幼い少女の元気な声が響いた。

 

『選手の皆さんっ! ハーフタイムもそろそろ終了です! 後半戦に向けて、ポジションについてくださいっ!』

 

「! そろそろ後半戦が始まるみたいだね。…………今話した様に、カオス達の力は弱くなっている……前半程、苦戦はしないと思うよ」

「それでも、油断はしない方が良い事に変わりは無いね」

 

 「あぁ」と頷くと、天馬はアステリやフェイと一緒にグラウンドに向かって歩きだした。

 さっきのアステリの言葉は、未だ全て理解出来た訳じゃない。

 それでも、試合が始まればそんな事を考えている暇等無くなってしまう。

 

(さっきのアステリの様子も気になるけど………今は試合に集中しなくちゃ……!)

 

 そう気合いを入れると、天馬は自らのポジションについた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 VSジャッジメント――狂気のソウル

 後半戦開始間近。陣営を交代した両者はポジションに着く。

 カオス達の足元にセットされたボールを一瞥すると、天馬は上へ視線を移す。

 そこには、最初会った時よりも顔色が悪くなっているカオスやジャッジメントのメンバーが立っていた。

 

――本当に、色のせいで調子が悪いみたいだな……

 

 自分達にとってごく当たり前の様にソコにある『色』と言う存在。

 そのせいで調子が悪くなったり消滅してしまうなんて、話を聞いている時には信じられなかった。

 が、カオス達の様子を見た今なら、それもなんとなく理解出来る。

 

 自分を見つめる視線に気付いたのか、カオスは不快そうに眉をひそめ天馬を睨み付けた。

 「見世物じゃ無い」。青白い顔をしたカオスの口がそう動いた気がして、天馬は目線をそらす。

 

『両者ポジションに着きました! ジャッジメントのキックオフで試合再開ですっ!』

 

 アルの声と共に、試合開始を告げる笛の音がスタジアム中に鳴り響く。

 その音を合図に、駆けだしたボイドは背後のリンネへとパスを繰り出す。

 そのボールを颯爽と奪い去ったのはフェイだった。

 同点に追いつき、相手は自分達の力を出し切れない状況。

 追い風に乗ったテンマーズは前半とは裏腹に、ジャッジメントの選手を圧倒していた。

 

『テンマーズ! 前半戦とは打って変わって巧みな動きでジャッジメントを翻弄していますっ!!』

「通しませんっ」

「!」

 

 ジャッジメント陣内。ゴールへと突き進んでいくフェイの前に、前髪で片目を隠した男が立ちふさがる。

 男は全身を黒い光で包み込むと、こげ茶色の針を持った《ハリネズミ》に変身した。

 ハリネズミは身体を丸めると、まるでタイヤの様に回転し、フェイに向かって突き進む。

 

「うわっ!?」

「フェイ!」

『ソウル《ハリネズミ》を発動したリーズン選手! 強烈なアタックでフェイ選手からボールを奪取! ジャッジメント、反撃かぁ!?』

「リーダーッ!」

「! マズイ……ッ!」

 

 フェイを吹き飛ばし、ソウルを解除したリーズンは中盤を走るカオスへとロングパスを繰り出す。

 パスを受け取ったカオスは猛スピードでデュプリ達を追い抜いていく。

 

「もう一点、頂くっ!」

 

 そう叫ぶと、カオスの身体が赤黒く光り出す。

 弾けた光の中からは今までのソウルとは違う、異様な雰囲気を醸し出す一匹の《オオカミ》が出現した。

 

『カオス選手! ここでソウルを発動!! あれはオオカミと言うより、神話に登場する《フェンリル》の様な出で立ちですっ!!』

 

 顔と身体に鎖を絡ませた、巨大な赤いオオカミがテンマーズの選手達を次々になぎ倒していく。

 なぎ倒されたデュプリ達はあまりの衝撃ですぐに立ち上がる事が出来ない。

 

『カオス選手! 単独でテンマーズ陣内へと突撃だぁ!! これは、前半戦の最初の頃と同じ!! テンマーズ、またもや点を決められてしまうのかぁ!?』

「俺が止めるっ!!」

 

 興奮した様子のアルの声に混じって、そう叫ぶ天馬の声が響いた。

 カオスの猛進を見て危険を察した彼は、ゴール前まで下がってきていたのだ。

 天馬はカオスの目の前に現れると、身体を水色の光に包み込み、真っ白な翼を携えた《ペガサス》へと姿を変えた。

 

『松風選手、ここでソウル《ペガサス》を発動!! テンマーズゴール目掛けて猛然と突き進むカオス選手に立ち向かっていきます!!』

「……あれが、天馬のソウル……」

 

 禍々しい黒いオーラを発するフェンリルとは対照的に、神々しい白い光を発するペガサスがフェンリル目掛け、突き進んでいく。

 互いはぶつかり合うと、激しい爆風を生み出し、周りの選手達を圧倒する。

 

《っっっく…っ!!》

《貴様の様なただの人間に……この僕が負けるモノかっっ!!》

 

 そう叫ぶと同時に、フェンリルも大きな遠吠えを上げ、天馬のソウルを圧倒していく。

 

――力は前半より劣っている。そのハズなのに……っ!

 

 ボールを挟んで伝わってくるフェンリルの凄まじい力に、ペガサスはズリズリと後ろに下がって行ってしまう。

 

『激しい神獣同士の対決が繰り広げられております!! フェンリルの方が力が上なのか!? ペガサス、押され気味です!!』

 

 ソウルVSソウルの激しい戦いを前に、フェイ達は、二体のソウルから発せられる爆風に飛ばされない様に必死に耐える事しか出来ない。

 

「っっ……!!」

「天馬ぁーっ!!」

 

 フェイが大きく声を上げる。

 その瞳は真剣で、ペガサスに変身した天馬の瞳を真っすぐに見据えていた。

 

《! フェイ……! ぐっ……ぅぅぅっ!!》

 

――そうだ……ここで負けたら、また点を決められてしまう……

――フェイとアステリ達が頑張って繋げてくれたボールが……頑張って取った一点が……全て無駄になってしまうんだ

――皆の頑張りを、希望を踏みにじってしまう……っ

 

 激しい爆風と音が響く中、フェイの声が届いたのか、天馬のソウルが一歩ずつ、前へと進み出した。

 

「! 天馬っ!」

《!? 何……っ!?》

 

 力では何倍も上だったハズのフェンリルを相手に、今度はペガサスがズリズリと押し進んで行く。

 カオスは一瞬驚いた後、すぐさま先ほどの様に圧倒しようと力を入れる。

 が。

 

《!? なぜだ……僕が押し負けてるなんてっ……!?》

 

 先ほどは圧倒出来たハズ。

 いくら前半戦と比べ力が劣っていると言っても、天馬達を圧倒出来ないまでに劣った訳では無い。

 

――そのハズなのに……ッ

 

《これ以上、点は決めさせない……っ! 絶対に止めるんだぁっ!!》

《馬鹿な……っ!?》

《はぁぁぁぁぁっ!!》

 

 ペガサスは最後に大きくいななくと、体当たりでフェンリルを跳ね飛ばした。

 跳ね飛ばされたフェンリルはカオスの姿へと戻り、地面を転がっていく。

 直後、ペガサスは大きく翼を広げ、空を駆けるように飛び出していった。

 

『激しいソウル同士の戦いの末、勝ったのは松風選手だぁ!!』

「くそっ……!!」

「さすが天馬っ!!」

 

 元の姿へ戻ったカオスはそう、悔しそうに眉をひそめた。

 そんな彼とは裏腹に、フェイは嬉しそうな声を上げる。

 

『松風選手! 美しくジャッジメントの選手達の頭上をを駆け抜けて行く! そしてそのまま、前線へとボールをつなげていきます!』

「アステリっ!!」

 

 ジャッジメント陣内、ゴール前。

 ソウルを解除した天馬は、前線を走るアステリへとパスを繋げる。

 アステリはパスを受け取ると、真っすぐにゴールキーパーのアビスを見据える。

 

『松風選手からパスを受け取ったアステリ選手! ゴールキーパーと一対一だぁー!!』

「愚かな……まだ、我等に逆らうつもりか! この裏切り者が!!」

「ボクは裏切ってなんかいないっ! ボクは、ボクが正しいと思う道を走るだけだっ!!」

 

 憎しみの混じった瞳で睨み付けるアビスに、そう強い言葉で言い放つと、アステリはボールと共に天高く飛び跳ねる。

 

――ボクを仲間だと言ってくれた天馬やフェイの為。

――彼等が必死に繋げてくれた、このボールだけは……

 

「絶対に、決めてみせるっ!!」

『アステリ選手! これはシュート体勢だ!!』

 

 蹴り上げたボールは天高くで、星屑の混じったオーラを吸収し、一つの大きな星の様な輝きを発する。

 

「スターダスト……! いけぇぇっ!!」

 

 銀色の輝きを発していたボールはアステリに蹴り落とされると、数百の粒子の光線へと姿を変え、ゴール目掛け突き進んでいく。

 

「あれがアステリの必殺技!」

「止めるっ! ゴッドハンドXッ!!」

 

 アビスは前半同様、赤いイナズマを纏った巨大な手を出現させ、アステリ渾身のシュートを抑え込む。

 が。

 

「――――!! ぐぅっっ……っ!!」

 

 直後、アビスの顔が苦痛に歪む。

 すると、今までアステリのシュートを抑えていた赤い手がコナゴナに砕け、消え去ってしまう。

 自らを抑える壁が無くなったシュートは、そのままの勢いでアビスの脇をすり抜け、ゴールネットへ勢いよく突き刺さった。

 

『ゴォォォォルッ!! アステリ選手の必殺技、《スターダスト》が《ゴッドハンドX》を玉砕!! テンマーズ、ついに追い抜いたぁぁぁー!!』

 

 アルの声と共に、スコアボードに2-1の文字が刻まれる。

 その文字が、カオスの瞳に嫌でも映り込む。

 

「2-1……僕達が、負けている……っ!?」

 

 「あり得ない」……そう言いたげにカオスは俯くとギリッと歯を噛み締める。

 不意にズキッと痛み出す左胸を抑え、天馬達の方に視線を移す。

 

――僕はカオス。

――イレギュラーの中でも特殊な、選ばれた人材。

――なのに、あんな普通の人間に負けているなんて……

 

 ズキズキと胸の痛みが酷くなる。

 それと同時に、怒りも恨みも根強くなる。

 

「許さない……この僕が負けるなんて……。そんな結末、あってはならないっ……!!」

 

 その痛みが、思いが、自らの分身であるジャッジメントのメンバー全員にも伝染して行く。

 

 そんなカオス達の事なんてつゆ知らず。シュートを決めたアステリは「ふぅ……」と安堵の息を吐きだして、嬉しそうに顔をほころばせていた。

 と、後ろから自分の名前を呼ぶ天馬とフェイの声が聞こえ、振り返る。

 

「天馬、フェイっ!」

「やったな、アステリ! さっきのシュート、凄かったよっ!!」

「本当ビックリしたよ! あんな凄いシュートを隠し持ってたなんて!」

「えへへ……ここまでボールを繋げてくれた、皆のおかげだよ」

 

 興奮した様子の二人からそう言われ、アステリは照れ笑いを浮かべる。

 その顔はどこか誇らし気で、幸せそうな笑顔だった。

 

「さぁ! 相手も疲れてる! この調子でドンドン攻めて行こうっ!」

「あぁ!」

「うん!」

 

 天馬の言葉に、テンマーズの士気が再び高まるのを感じた。




《スターダスト》
アステリの必殺技。
天高く蹴り上げたボールに星屑のオーラを吸収させ、大きな一つの星の固まりへと変化。
変化したボールを蹴り落とし、数百の粒子の光線を放つシュート技。

《ソウル:フェンリル》
カオスのソウル。
顔と体に鎖を絡ませた、巨大な赤色の狼へと変身する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 VSジャッジメント――消滅

『さぁ!! 逆転に追い込まれてしまったジャッジメント! 選手達にも疲労の色が見えてきますが大丈夫でしょうか!? ボイド選手のキックオフで試合再開です!!』

 

 試合再開のホイッスルが鳴ると同時にボイドからパスを受け取ったカオスは、ギロリと自分の前に立つ天馬達を睨み付ける。

 不気味に光る鋭い目つきに、天馬達は一瞬ビクッと肩を震わせた。

 具合が悪いのか、青白い顔をして左胸を押さえる彼は、それでも荒くなった声を上げる。

 

「僕が負ける。そんな結末は、あってはならないっ!」

 

 そう叫ぶと、カオスは赤黒い光で自らの姿を包み込む。

 弾けた光の中から出現したのは、先ほども見たソウル《フェンリル》だった。

 

『カオス選手、試合再開直後でソウルを発動!! これは一気に攻め上がるつもりかぁ!?』 

 

 フェンリルはそのまま、ゴールに向かって真っすぐに突き進んでいく。

 なんとか止めようとするデュプリ達も、ソウルを発動しようとしたアステリをもなぎ倒し、突き進んでいく。

 

《貴様等ごときに止められるモノかっ!!》

「っっ…………時間は稼いだ……天馬、フェイお願いっ!!」

《何……? ……!!》

 

 カオスのソウルに吹き飛ばされ、地面に倒れ込むアステリがそう叫ぶ。

 その声の先にはカオスの行く手を阻む為、並んで立つ。天馬とフェイがいた。

 

『おぉぉと!! 松風選手にフェイ選手! カオス選手を止める為、ここまで下がってきていたぞー!!』

「デュプリや裏切り者で、あそこまで戻る為の時間を稼いだのか……」

《構わん、突破してやるっ!!》

 

 黒縁のメガネをかけた選手の言葉に、ソウルを発動したカオスがそう叫ぶ。

 と、先ほどよりもスピードを上げ、天馬とフェイに向かって突進していく。

 

『カオス選手! スピードを上げたぁー!! 行く手を阻む松風選手とフェイ選手に向かって突き進んでいきます!!』

 

――アステリもデュプリ達も、身を挺して俺とフェイが戻るまでの時間を稼いでくれた……

――今度は俺達が頑張る番だ……!

 

「行くよ、フェイっ!!」

「あぁっ!!」

 

 そう言い放つと二人は身体中に力を入れ、背後から同時に紫色のオーラを発動させた。

 オーラの一つは、ウサギの様な長い耳を持った戦士の姿に。

 もう一つは白い翼を携えた強靭な肉体を持つ魔神の姿に変化する。

 

「光速闘士ロビンっ!」

「魔神ペガサスアーク!!」

《化身……ッ!?》

『テンマーズゴール目掛け猛進するカオス選手の前に、二体の化身が立ちふさがるーっ!! 化身VSソウル、果たして勝負は!?』

 

 「これ以上、点はやらない」。そう決意した天馬とフェイの気持ちに呼応するかの様に、二体の化身は同時に拳を突きだす。

 突きだされた拳はフェンリルの動きを封じるだけでは無く、その身体をボールごとフィールドの外へと吹き飛ばした。

 

「ぐぅっ!?」

「やった!」

「よしっ!」

『息のあった二体の化身を前に、さすがのカオス選手のソウルも歯が立たず!! ボールごと、ピッチの外へと吹き飛ばされたぁー!!』

 

 そう叫ぶアルの声を聞きながら、ソウルが解けたカオスは立ち上がる。

 目の前には激しい衝突の末、黒く傷ついたサッカーボールが転がっている。

 

――この僕が、二度もあんな奴等に負けた……!?

 

 信じたく無い現実がカオスを襲う。

 それと同時に、先ほどから自身を襲う胸の痛みが……より一層強くなるのを感じた。

 まるで心臓を握りしめられている様な、重く……耐えようの無い苦痛に顔を歪ませる。

 

――まだ、まだだ……

――試合はまだ終わっていない……

――僕が負ける……? そんな事は、絶対にありえない。

――いや、ありえてはいけないんだ。

――今のはきっと、何かの間違い。

――そう、何かの間違いだ。

――間違い……。

 

――間違いなら……そうだ。

――正さなければ

 

 そう、頭の中で言葉が巡る。

 胸の痛みもどんどん酷くなる。

 胸だけでは無い。頭もだ。

 様々な部位が、重く、響く様に痛み出す。

 それは、カオスだけでは無い。

 カオスの分身であるジャッジメントのメンバー全員が、その痛みに顔を歪ませていた。

 

――痛い。

 

『さぁ、カオス選手のスローインで試合再開です!! 後半戦もまだ始まったばかり! ジャッジメント、追いつけるのかっ!?』

 

 アルの元気な言葉が、声が、カオスとジャッジメントメンバーの痛む頭に突き刺さる。

 

――五月蠅い。

 

 カオスは痛む身体を引きずる様に一歩ずつ歩いて行くと、目の前で転がるボールを掴み、勢いよく振り上げ、目の前で待つ自らの分身に向かって投げ込む。

 ハズだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ぇ…………ッ」

 

 突如。カオスの鼓膜に何かが破裂した様な音が突き刺さった。

 どこかで何かが壊れたのかと周囲を見回す。

 だが、その考えはすぐに誤りだと悟った。

 

 突然訪れた破裂音は、カオスの身体の中から発せられたのだ。

 

 それを理解したのと同時に身体中から力が抜ける。

 自らの意志とは反して、身体は前方に倒れ、地面に叩きつけられる。

 倒れた彼を押しつぶすかの様な、強い圧迫感が体を襲う。

 

――一体……何が…………ッ!?

 

 混乱する頭の中、唯一動かす事の出来る瞳で辺りの状況をうかがい知る。

 フィールドには、次々と地面に倒れていくジャッジメントの選手達と、それを見て動揺するテンマーズの姿があった。

 続いて、驚いた様子のアルの声がスタジアム中に響く。

 

『ど、どうしたのでしょう!? カオス選手を含めたジャッジメントのメンバーが次々に倒れていきますっ!! これでは、試合が続行出来ないぞっ!?』

「何……!? どうしたの!?」

 

 突然の事に、天馬もフェイも動揺の色を隠せないでいる。

 試合も止まり、実況者であるはずの彼女さえも、オロオロとフィールド内を見回す事しか出来ない。

 

「! 天馬、カオスの身体が……ッ」

「え……。……なっ……?!」

 

 震える声でそう告げるフェイの視線の先に、天馬は目をやる。

 そこには、色の影響なのか、腕の半分が溶けかかり、苦しそうな顔をするカオスが倒れていた。

 

「腕が……っ」

「カオスだけじゃ無い……他のジャッジメントの選手達もだよ……」

 

 そう、比較的冷静なアステリに言われ、天馬は後ろで倒れているメンバー達の方に視線を移す。

 すると、彼の言う通り。ある者は腕が、そしてある者は足が……

 カオスと同じ様に溶け、黒いヘドロへと変貌していた。

 

「これも……色のせい……なの?」

 

 目の前で起こった異様すぎる光景に、天馬はそう言葉を零した。

 その言葉にアステリはコクリと頷くと、口を開く。

 

「いくら特別とは言え、色の長期接触、力の過激使用……限界が来たんだよ」

「限界……って……」

「このまま彼がこの世界に居続けたら、確実にその身体は消滅する」

 

 アステリの話に、天馬とフェイは絶句した。

――消滅……

 話には聞いていたその現象について、天馬もフェイも冗談半分に聞いていた。

 体調が悪くなっていたのも、力が弱まっていたのも事実。

 だったら"消滅"と言う言葉も、真実であるはずなのに。

 天馬とフェイは先ほどまで信じられずにいた。

 

 だけど、今自分達の目に映っている現状がそれを『本当の事』なんだと訴えている。

 

「どうする? 今はまだ部分的な消滅しか起きていないから……モノクロ世界に行けば……外的な消滅だったらすぐに再生する事が出来る。それとも。自分の身体を犠牲にして、ボク達を潰しにかかる?」

「くっ……ッ」

 

 そう、自分を見下す様に見るアステリの顔を悔しそうな……恨めしそうな瞳で睨み付けると、一呼吸置いて、カオスは「仕方無い」と声を発した。

 

「力を得る為には他の物を犠牲にしなければならないが……不便な身体だ。こんなの、僕らしくないが…………今回は一時、退散しよう」

 

 「試合の勝敗は君達で好きにしてくれ」と吐き捨てると、カオスは一瞬の内にその姿を消した。

 ジャッジメントの他メンバーも同じ様で、後ろを向いてもそこにはもう誰もいなかった。

 

「消えた……」

「モノクロ世界に帰ったんだよ……一旦帰ってしまえば、溶けた身体も元に戻るからね……」

 

『ジャッジメントは体調不良を理由に試合を放棄した!! よって、この試合はテンマーズの勝利だぁ!』

 

 そうスピーカーから聞こえるアルの声に天馬はハッとする。

――そうか……俺達、勝ったんだ……

 

 瞬間、カオスが創り出したスタジアムも姿を消し、元の河川敷に天馬達は立っていた。

 アルの姿も無くなっていた。

 

(一体、今のはなんだったんだろう……)

 

 真夜中の河川敷で起こった、不思議で不気味な試合は

 相手側の棄権と言う事で幕を下ろした。

 最後まで試合が出来なかった事からか……天馬の表情はすぐれない。

 薄ら寒い風が頬をかすめ、天馬はふと空を見上げる。

 先ほどまで紺色の闇が包んでいた空は、赤い衣を纏ったかの様に明け、白い太陽が顔を覗かせていた。

――もうすぐ朝か……

 

「とりあえず、一旦木枯らし荘に戻ろう。……アステリにも、色々聞きたい事があるし……」

 

 フェイの言葉に「そうだね」と頷くと天馬は二人と一緒に河川敷を後にした。

 

 

 

 

「…………………」

 

 そんな自分達を見つめる瞳に

 

「………………カオス……」

 

 天馬達はまだ、気づかない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 世界の危機

 あれから木枯らし荘に戻ってきた三人は、天馬の部屋でアステリの話を聞こうとしていた。

 先ほどまで試合をしていたカオスの事。

 そのカオスが来たと言っていた【モノクロ世界】の事。

 そして、アステリ自身の事も……

 

 ハーフタイムのあの時……アステリは、少なからず自分達にも関係のある素振りを見せていた。

 だったら、聞かなければならない。

 それがどんなに滅茶苦茶で非・現実的な事だったとしても。

 

「えっと……こう言う時、どこから話せばいいのかな……」

 

 そう、少し困った様な表情をすると彼は「とりあえず」と、自分とカオスが住んでいたと言う【モノクロ世界】の事を話し始めた。

 

「モノクロ世界は、ボクやカオスが元々住んでいた……その名の通り、色の無い世界。そこには『イレギュラー』と呼ばれる、キミ達人間とは姿の異なった種族が住んでいる」

 

 「ボクやカオスもその一人さ」とアステリは、ハーフタイムにした話をもう一度簡単に話してみた。

 つい先ほど聞いた話に天馬もフェイも何も言わず、ただ黙って耳を傾けている。

 二人の反応を一瞥して質問が無い事を確認すると、アステリはそのまま言葉を続けた。

 

「そんなモノクロ世界やイレギュラーを創り出したのが『クロト』――――ハーフタイムに言った『モノクロの王』の名前だよ」

「クロト……」

「そんな彼に従い、仕えるのが四代親衛隊【モノクローム】」

「さっきの、カオス達の事だね」

 

 フェイの言葉に「あぁ」と頷くと、今度はその【モノクローム】について話を始めた。

 

「四代親衛隊【モノクローム】はその名の通り、四つのチームによって成り立つ、一つの組織の事。さっき戦ったカオス達【ジャッジメント】もその内の一つで、組織のメンバーは全て顔と色のあるイレギュラーで統一されているんだ」

 

 アステリの話は続く。

 イレギュラーには……

 1(通常)色も顔も無く、容姿も様々な黒一色の存在

 2(変異)色は無いが顔があり、容姿も人に近い姿をしている存在

 3(特殊)色も顔も両方持ち、人間と変わらない姿をしている存在

 の3種類があり。特に最後の、色と顔を持つイレギュラーは"特殊"の部類に入り、通常や変異イレギュラーと比べ強い力を持つ事。

 

 そしてモノクローム達が従う、クロトの事も。

 

「クロトは"王"と言う肩書を持つだけあって、どんな存在よりも強く、絶対的な力を持っている」

「確か……モノクロ世界やアステリ達イレギュラーを創ったのも、その、クロトって人なんだよね?」

 

 天馬は自分でそう言いながら、未だ信じる事が出来なかった。

 それもそうだろう。世界を創るとか……自分達と見た感じ変わらない姿を持つアステリ達を生み出したとか……

 明らかに夢物語レベルの話をパッとされても、いかんせん信じられる訳がなかった。

 

 アステリの事を疑っている訳では無いし、頭では理解しているつもりだ。

 でも理解は出来ても納得が出来ないのが人間。

 どうしても、いまいち現実味がないのだ。

 

「クロトはその力を使って自らが望む『理想郷』の為、あらゆる世界線から『色』を奪い続けている……。『色』を奪われた世界は一つの『街』へと変換され、彼が暮らすモノクロ世界の一部になってしまうんだ」

 

 そこまで聞いて、天馬は気になっていた質問をアステリにぶつけた。

 

「あのさ……その、クロトって言う人はどうして世界から色を奪っているの?」

 

 色と言うモノは自分達にとってごく当たり前にソコにあって、特別害を与えるモノでも無い。

 それなのに、話を聞いている限り、クロトと言う男は『色』と言う存在自体を極端に嫌っている様に聞こえる。

 それは何故なのか……アステリは『理想郷』がどうのこうのと言っていたが……

 そのクロトが望む『理想郷』と『色』には何の関係があるのだろうか?

 天馬……そしてフェイも、それが気になっていた。

 

「あのね。この世に存在するモノにとって、『色』はとても大切なんだ」

「どう言う事……?」

 

 アステリはそう言葉を並べると、傍にあった紙に何かを描き始めた。

 何を書いているのだろうか……天馬とフェイはそれを覗きこむ様に見つめる。

 「これを見て」とアステリは何かを書き終わった紙を二人に見せた。

 そこには黒で『色、心、生、死』の文字が、まるで相関図の様に書いてあった。

 

「何? これ」

「これはね、この世の全てを支える大切な存在達。キミ達は知らないだろうけど、世界はこの『色、心、生、死』の四つの概念で成り立っているんだ」

 

 そう言うとアステリは、紙に書かれた四つの文字を丸で囲う様な素振りをしながら話し続ける。

 

「『生』と『死』、『色』と『心』……これらは全て共存関係にあるんだ」

 

 アステリはキュッとマーカーのフタを取ると『生』と『死』、『色』と『心』の間に、それぞれ矢印を書いた。

 矢印は両者を差す様な形で、二つの言葉の間に書かれている。

 これで何となく、『生』と『死』、『色』と『心』が共存関係だと言うのが図を見て分かる様になった。

 次にアステリは、そんな四つの言葉を今度は大きな丸で一纏めにして見せた。

 

「そしてこの四つの概念が揃うと初めて“世界”が成り立つ。機械に埋め込まれたネジの様に、どれか一つが抜けただけで全てが台無しになってしまう。……それがキミ達が今存在している、世界の仕組みなんだ」

 

「『生』と『死』は何となく分かるんだけど、どうして『色』と『心』が共存関係なの?」

 

 そう尋ねるフェイの言葉にアステリはしばらく考え込むと「例えば」と口を開いた。

 

「二人が普段食べている、野菜だとか果物だとかが、キミ達の良く知る綺麗な色では無く、黒と白の濃淡だけだったら……どう思う?」

 

 アステリの問いに天馬は頭を働かせる。

 

 例えば……秋がよく作ってくれるケーキの上に乗っかっている苺。

 あれがあんな美味しそうな赤では無く、真っ黒だったら……?

 苺だけじゃ無い。

 普段、自分達が口に運ぶ野菜や飲み物までもが黒や白の濃淡のみだったら……?

 

「美味しそうには……見えないね」

「て、言うか。口に運ぶのにも躊躇しそう……」

 

 そう、苦笑いをしながら話す二人の言葉に「そうだよね」と笑うと、アステリは例え話を続けた。

 

「じゃあ次はキミ達が好きな景色……なんでも良いよ。自分が感動したり、見たら元気になる様な景色を想像して……」

 

 “自分が好きな景色”

 それを聞いて天馬が真っ先に思い出すのは、熱い戦いや様々な仲間と出会える、鮮やかな緑色のグラウンド。

 小さい頃から慣れ親しんだ沖縄の海や……この稲妻町がずっと遠くまで見える鉄塔。

 どれも見たら心の底から力が沸いてくる様な……明るい気持ちにさせてくれる大切な場所だ。

 

 そんな景色達を思い出してか、天馬の心もホッと温かくなって、自然と頬が緩んでしまう。 

 が、アステリの口から発せられた次の言葉で天馬は現実に引き戻されてしまった。

 

「その、自分にとって大切で大好きな景色が……ただのモノクロ色だったら。黒と白しか無い、無機質で何の個性も無い景色だったらどう思う? 感動する?」

 

 アステリの言葉を聞いて二人は顔を見合わせると、揃って首を横に振った。

 想像する必要もないだろう。

 そんな景色を見ても、きっとなんとも思わない。

 いつも見てる景色が、モノクロ色だけだったらなんて……

 

――なんだか……凄く寂しい気分になる……

 

「色はね、この世で生きている者に様々な思いを抱かせてくれる。楽しかったり、嬉しかったり、寂しかったり、悲しかったり……そんな様々な思いを生み出すのが色。そして、そんな色を見て感じる様々な感情の事を、ボク等は総じて『心』と呼ぶ……」

 

 その言葉を聞いて初めて天馬は、確かになと妙な納得をした。

 

 例えば、赤い炎の絵を見て熱いと思うのも、青い氷の絵を見て冷たいと思うのも、あくまで見る側のイメージでしか無い。

 実物がある訳でも無いのにそう思うのは、アステリの言う通り『色』のお陰だ。

 これがもし黒白の炎と氷の絵だったら……熱い寒いは愚か、それが炎や氷だと言う事すら分からないかもしれない。

 そう考えると『色』と言う概念は自分達の感情や心にとって、とても大切で無くてはならないモノなんだと天馬は改めて感じた。

 

 そんな天馬の心情を知ってか知らずか、アステリは言葉を続ける。

 

「色が存在しなければこの世の全てから感情と言う概念が無くなってしまう。感情は心の一部。この世界から『色』と言う一つの概念が消えると、それに伴った感情や心、生や死と言う世界を成り立たせる為に必要な存在までもが芋づる式に消えてしまうんだ」

「え……っ」

 

 『色が消える=心(感情)が消える』……?

 

――そんな事が現実で起こってしまったら……

――サッカーをやって楽しかったり、勝負に負けて悔しかったりとか……

――そう言う事も無くなってしまうんじゃ……っ

 

 天馬にとって、最も大切な『仲間とのキズナ』。

 それも元を辿れば、その様な感情を抱く『心』から来ている。

 もし、世界中から色が……心が消えれば……

 そんな『友情』や『キズナ』までもが一瞬の内に消えてしまうだろう。

 

 自分の頭で導きだした最悪な結末に、天馬の視界が薄暗くなる。

 ハッと我に返ると、頭を横に振り、気を持ちなおそうとする。

――駄目だ……こんな悪い方にばかり考えちゃ……

 

 そう、辛そうな難しい顔をする天馬を見て「大丈夫?」と尋ねたアステリに「平気だよ」と言うと、天馬は彼の話へと意識を戻した。

 

「じゃあ、続けるね。さっき言った四つの『色、心、生、死』が無くなった街、人、動物……挙句の果てには世界までもが本来果たすべき機能を果たさなくなる」

「四つの概念は機械を動かす為の大切な部品……それが消えれば、当然『世界』と言う機械は動かなくなっちゃうもんね」

「あぁ。そうして世界を廃化させ、自らが理想とする新たな世界を創る為の材料にする……それがクロトの狙いだよ」

 

 その言葉を聞いて、「そんな勝手な理由でっ」と天馬は感情を露わにした大きな声を発する。

 それと同時にハッとした表情で慌てて口を両手で抑え、黙り込んだ。

 現在の時刻は早朝の四時近く。

 管理人の秋はもちろん、木枯らし荘に住んでいる他の人達もまだ眠っている時間だ。

 周りの人を起こさない様に、静かにしていなければいけない。

 もちろん、大声など絶対にダメだ。

 

 「ふぅ」と息を吐いて心を落ち着かせると、改めてアステリの方を向いて口を開いた。

 

「そんな勝手な理由で無関係な人達の心を……世界を壊して良い訳ないよ……!!」

「うん。そんなの、絶対にやめさせなくちゃね」

 

 天馬の言葉に続いて隣に座っていたフェイもそう言葉を発する。

 自分達にとって、大切な感情が……心が消えた世界なんて絶対にあってはならないのだ。

 

「クロトのせいで廃化になった世界は、すでに十箇所にも及ぶ。そして次のターゲットは……キミ達が住む、この【色彩の世界】だ」

「!!」

 

――次のターゲットが、俺達が今いる……この世界……?!

 

 アステリの言葉に天馬の身体はブルリと震え、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 不意に感じたソレが不快な冷風の様に自らを襲う。

 “恐怖心”

 天馬を突如として襲ったソレは、クロトに対するモノか……

 それとも大切な仲間やサッカーを失うかも知れないと言うモノか……

 分からない。

 でも、ただ一つだけ、天馬にも分かる事があった。

 

 『自分が何をすれば良いのか』が……

 

「ボクはそんなクロトを止める為、力を貸してくれる仲間を探す為、この【色彩の世界】に来た。この世界には今、危機が迫っている。天馬、フェイ。こんな事、急に言われても戸惑うと思うけど……ボクに、力を貸してくれないかな……」

 

 「カオス達を倒したキミ達にしか頼めないんだ」と頭を下げるアステリ……

 そんな彼の様子を見て、天馬とフェイは互いの顔を見合わせる。

 二人の目に映った互いの瞳。それは困った様な表情でも、迷惑そうな表情でも無い。

 強く、真っすぐな眼差しだ。

 二人の気持ちは、すでに決まっていた。

 

「アステリ。顔を上げて」

 

 フェイに促され、アステリは下げていた頭を上げて二人を見る。

 アステリの表情は真っすぐな瞳をする二人とは反対に、心配そうな表情だった。

 きっと、天馬とフェイから返ってくるであろう言葉に不安を抱いて居るのだろう。

 そんな彼の心配と不安を打ち払う様に、天馬は笑って見せる。

 

「アステリ。俺達も大切なモノを……世界を守る為、一緒に戦いたい」

「えっ」

 

 天馬の返答が意外だったのか、アステリは目を丸くして天馬を見つめた。

 そんなアステリに笑顔を向けながら天馬は言葉を続ける

 

「だから、アステリに力を貸すよ!」

「ボクも。あんな話聞いて放ってなんておけないしね」

「…………本当に、良いの……?」

 

 自分から頼んだくせに、アステリは真剣な表情で天馬とフェイに言った。

 クロトの野望を止めると言う事は、自分達が今いるこの世界とは全く別の【モノクロ世界】に行かなくてはいけない。

 それにクロトは今日戦ったカオスなんて非じゃない程の力を持っている。

 自分の知る限り、クロトは自らの理想の為なら手段を選ばない……非道な奴だ。

 そんな奴に逆らえば……天馬達、人間は殺されてしまうかも知れない。

 ……それでも本当に良いのか……

 命をかけてまで、自分を信じて着いて来てくれるのか……

 

 アステリは天馬とフェイに尋ねた。

 それでも二人の答えは変わらなかった。

 

「大丈夫。覚悟は出来てるよ」

「あぁ。バッチリだよ」

「でも……っ」

「それにこのまま、ここでずっと何もしなさずにいたら……俺、きっと後悔すると思うんだ。だったら、少しでも前に進める道を歩みたい。それで結果的にどこかで倒れたとしても……きっと、何もしないで死ぬよりはマシだと思うんだ」

 

 「それに楽しいが無い世界なんて嫌だし」と天馬は笑って言葉を続けた。

 その笑顔がとても心強く見えて、先ほどまで強張っていたアステリの表情も自然と緩んでいく。

 

――凄いな。この人間は

 

 まだ出会ってから一日も経っていない。

 それでも分かる。彼、『松風天馬』の凄さが。

 試合の時も思ったが……普通「死ぬかも知れない」なんて言葉を聞いたら、どんなに意志の強い人間でも動揺して、すぐに決断するなんて事は出来ないだろう。

 それなのに彼は……まだ中学生だと言うのに、自分の大切なモノを守る為ならば真っすぐ前だけを見つめ、進み続けようとする。

 

――この子なら……クロトの野望も……

 

「? アステリ?」

「! あ、あぁ……ごめん。それじゃあこれからも、よろしくね。天馬、フェイ」

 

 そうアステリは二人の前に右手を差し出す。

 

「あぁ!」

「うんっ」

 

 そう言うと、二人は差し出されたアステリの手に自らの片手を重ねて、笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 単色世界にて

 世界を覆う程に広く、黒く不気味な空。

 そんな空に煌々と光る灰色の満月。

 

 ここは色の無い、単色世界――通称【モノクロ世界】。

 黒と白の濃淡で染められた不気味で不思議で異質な世界。

 

 そんな世界の奥深くに佇むは、黒い外壁を持った巨大な塔。

 空に浮かんだ満月を突き刺さんばかりに上へと伸びたその黒い塔は、この世界を統べる強大な力を持った男の住処。

 

 この、異質で異端な世界を創り出した"主"であり"王"……。

 そして、今回の騒動の元凶。

 

「……ただいま、戻りました」

 

 黒の塔、最上階。

 おぼつかない足取りで部屋へと入ってきたのは、先程まで天馬達と戦っていたカオスだった。

 色のある世界に長時間いた影響で身体が溶けかかり動く事もままならなかった彼は、身体こそ元に戻ったが、未だ具合の悪そうな白い顔をしている。

 そんな彼を見て微笑んだのは、この世界では見慣れないアンティーク調の玉座に座る、毛先に黒いメッシュの入った白髪の男。

 

「おかえり、カオス」

「……クロト、様……」

 

 『クロト』と呼ばれた男は怪しく光る赤い瞳にカオスの姿を捕らえると、持っていたティーカップを傍のテーブルに置き怪訝そうに眉根を顰めた。

 

「……顔色が悪いね。その様子からするに、あちらではずいぶんと苦戦を強いられたように見える」

 

 「苦戦」……その言葉にカオスの胸がドキリと高鳴った。

 

――マズイ。

 

 カオスは、自分の犯した失態を思い出す。

 今まで身体の苦痛のせいで忘れかけていたが、自身はクロトの命令を果たす事が出来ず試合に負け、ノコノコとこんな所まで帰ってきた。

 自分は、彼の望みを叶えられなかった。彼の期待を裏切ったのだ。

 

――どうしよう。

 

 全身から血の気が引く。

 心臓がバクバクと大きく跳ねる。

 この世界に戻ってきて、体調もある程度回復したはずなのに、なぜだかとても息苦しい。

 室内の空気が重い。

 恐怖のあまり上げる事が出来ない頭の中で、言葉がぐるぐると巡回する。

 

(どうしよう、どうしよう……)

 

 せっかく僕に期待して、僕を信じて、任せてくれたのに。

 何も出来なかった。負けてしまった。ただの人間に。それもあんな醜態を晒して。

 今まで、頑張ってきたのに。色々と教えてもらったのに。

 全部、無駄だったって思われる。

 ガッカリさせてしまう。

 失望させてしまう。

 

――また、嫌われる。

 

「何があったか、聞かせてもらえるかい。……カオス」

 

 一行に口を開こうとしない彼に痺れを切らしたのか、クロトが言葉を投げかける。

 普段とあまり変わらない穏やかな口調の裏にイラ立ちや呆れと言った負の感情が混じっていそうで、カオスは瞼をギュッと強く瞑り息を吐いた。

 

「ッ……実、は……」

 

 カオスは先程あった事を全て話した。

 裏切り者を追って色彩の世界へ行った事。

 そこで出会った『松風天馬』と『フェイ・ルーン』の事。

 裏切り者をかけて人間達のチームと試合をした事。

 そしてその試合で……負けた事も。

 

 一連の話を、クロトはただ黙って聞いていた。

 賛成も否定もせず、相槌すら打たず、ただずっと黙り込んだまま。

 それが余計に怖くて、カオスは泣き出しそうになるのを必死に堪える事しか出来なかった。

 

「なるほど……とりあえず、キミの働きは分かった」

 

 クロトの言葉は相変わらず、鋭い刃物の様にカオスの胸に突き刺さっては恐怖を掻き立てる。

 四代親衛隊【モノクローム】。

 自らを生み出してくれた親であり主でもあるクロトの望みならば、自分達は何であろうとソレを聞き入れ、叶えなければいけない。

 

「キミは、私の言った『逃げたアノ子を連れ戻せ』と言う命令を果たす為に色彩の世界にまで行って、結局負けて帰ってきたんだね」

 

 クロトから伝えられた『逃走した裏切り者を連れ戻す』と言う命令。

 ソレを果たす事の出来なかった自分に待っているのは――――

 

「カオス。顔をあげなさい」

「は、い……」

 

 恐る恐る下げていた頭を上げ、クロトの方へ視線を向ける。

 

「お疲れ様。よく頑張ってくれたね、ありがとう」

「…………え」

 

 予想外の言葉に、カオスは自分の耳を疑った。

 一体今、彼はなんと言った? 「ありがとう」?

 自分は失態を犯した、彼の期待を裏切って、失望させたはずだ。

 それなのに、どうして。

 動揺するカオスをよそにクロトは穏やかな表情を崩さずに言葉を続ける。

 

「今回キミが彼等に負けてしまったのは、キミならあちらの世界でも大丈夫だと過信していた私の責任だ。キミには辛い思いをさせてしまっただろう……すまないね」

 

 そう言って心底申し訳なさそうな表情で自身を労わってくれるクロトに、カオスは気まずそうに視線を下に向けた。

 ……どうして、そんな優しい言葉をかけてくれるんだろう。

 悪いのは全部、自分なのに。

 

「今日はもう疲れただろう。ゆっくり自分の部屋で休むと良い」

「……分かりました」

 

 未だ釈然としない心のままカオスは頷くと、部屋の出入り口の方へと足を伸ばす。

 

「……クロト様」

 

 扉の前まで歩いた所で、突然何かを思い出したのか。カオスが呟いた。

 「どうしたんだい」と尋ねるクロトの方へと向きを変えると、彼は少しだけ強い口調で言葉を発する。

 

「今回は取り逃しちゃったけど、あの人間達はじきにこの世界にもやってくる。その時は今度こそ絶対、絶対……僕が仕留めてみせるから。……だから」

「"だから"……?」

「………………いや、何でもないです」

 

 最後に「失礼します」とだけ告げて、カオスは部屋を後にした。

 無機質な扉の開閉音。

 一人、取り残された静かな部屋でクロトは先程の彼の言葉を思い出す。

 

 『今度こそ絶対、絶対……僕が仕留めてみせるから』

 『……だから』

 

(あの時……)

 

 カオスの瞳が、包帯で隠れているはずの右目が。

 ほんの一瞬だけ、赤く光った様に見えた。

 ふと思い出したのは、彼――カオスと初めて会った時の光景。

 

 錆びたフェンスの感触。

 空を赤く染めた夕焼けの暑さ。

 見るも無残な程、黒く汚れた手首の色。

 泣きはらししゃがれた彼の声から綴られた、願い事。

 

 『お願いします。ぼくは、どうなっても良いから。だから、だから――』 

 

「クロト様」

 

 不意に聞こえた声にクロトは視線を向ける。

 そこには空中に展開したモニターに映る、黒い獣のような姿のイレギュラーがいた。

 

「『スキア』か。どうしたんだい?」

 

 影の様に黒い体。

 不気味に見開かれた単眼。

 色と顔の無い『通常』とも、両方ある『特殊』とも違う。

 この世界でも珍しいその異様な姿を持ったイレギュラーは、クロトの言葉にニコッと笑うと、口を開いた。

 

「いえ、どうという程の用では無いんですけどね。ただ、カオス様の事が気になりまして」

「カオスの事?」

「ええ。なんでも、例の裏切りさんを追いかけて色彩の世界まで行ったそうじゃないですか。……まあ、どうやら作戦は失敗に終わっちゃったみたいですけど」

 

 「お気の毒です」と、髪を弄りながらスキアは同情の言葉を投げかける。

 その表情は並べた言葉とは裏腹に、楽しい事でもあった様な無邪気な笑顔だ。

 

「お気の毒、ね。私には、そのセリフがどうも嘘臭く感じるんだけど?」

「あれ、そうですか? おかしいですね。私は、素直な気持ちを言っただけなんですけど」

「へぇ」

 

 そう笑顔で話すスキアに、クロトはからかう様な笑みを浮かべると玉座の肘掛けに腕をかけ頬杖を突く。

 そんな彼の様子を見てスキアは「こほんっ」と一つ咳払いをすると、先程とは違う、少し低めの真面目そうな口調で話し始めた。

 

「それより、これからどうするんですか? 例の裏切りさんの事」

 

 カオスは顔も色も持ち、尚且つ色の存在する【色彩の世界】でも自由に行動出来る、特別な存在だった。

 しかしそんな彼も、裏切り者――『アステリ』を連れ戻す為の戦いで大きく体力を消耗し、今はこの塔から離れられない状況。

 

 こうなってしまえば、次にクロト達がアステリと接触出来るのは『カオスが完全に回復する』か『アステリがモノクロ世界に戻ってくる』まで待つしか無いのだ。

 カオスは大分体力を消耗してしまっている……回復にはまだ時間を要するだろう。

 無論だが、わざわざ逃げ出した様な存在が自らの意志で戻ってくる訳は無く、もし戻ってきたとしてもそれはクロトの理想を壊す為の仲間を集め、戦いの準備を十分に終えた時だ。

 

「色による体調不良が原因とは言え……裏切りさんと共に戦った人間は、モノクロームの一角であるカオス様を負かした。それも、実体は二人だけ。残りのメンバーはその内の一人から生み出された分身だと言うでは無いですか」

「おや、耳が早いね。私はカオスと戦った子達については何も話して無いはずだけど?」

 

 不思議そうな表情で尋ねるクロトに、スキアは「あぁ」と頭をかくと、ばつが悪そうな表情で話し出した。

 

「実は、クロト様とカオス様のお話を聞いちゃいまして。あ、別に盗み聞きするつもりは無かったんですよ?」

 

 「誤解しないでくださいね」と焦り気味に唱えるスキアに、クロトは「分かってるよ」と笑いかける。

 

「まあ、聞かれてマズイ話でも無いしね。そんな事で怒ったりなどしないさ。それと、そんな遠回しな尋ね方をしなくても分かってるから」

「え」

 

 クロトの言葉にスキアは驚きの声を上げると、普段から大きい瞳を更に大きく見開いた。

 

「今度は、キミが行きたいんだろう? あの子とその子供達の元に……」

 

 何もかも見透かした様な赤い瞳を細め、クロトはモニター越しの黒い我が子を見据える。

 少しだけアンバランスな体を持つソレは、男か女か分からない中性的な声で「さすがはクロト様」と呟くと、ニタリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「私には秘策がありますから。クロト様の期待にも、応えてみせますよ」

 

 スキアの言う"秘策"。

 色を持たず、パーツの足りない極めて不自然な顔を持ち、尚且つクロトに使える者達の中でも力の弱い分類に入るスキア。

 そんな彼だけが持つ、他には決して真似する事の出来ない特殊な力。

 スキアにとってはカオスが倒され、モノクロームのメンバーも動けない今だからこそ、自分の本来の力を見せる事が出来る。

 主であるクロトの役に立つ事の出来る、絶好の機会だった。

 

「それじゃあ、スキア」

 

 無邪気な笑顔を浮かべている我が子をモニター越しに見つめながら、クロトは親として、主として命を下す。

 

「カオスが負けたと言う子供達の相手、今度はキミに任せるよ。手段はあくまで『サッカー』で。それ以外は……全て、キミの思う通りにやると良い」

 

 静かに微笑みながら、王としての威厳を含んだ言葉がスキアの耳に届く。

 黒い容姿に中性的な声を持つそのイレギュラーは、最後に一つ頷くと――――

 

「ハイ。クロト様」

 

 怪しく笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 心配

 アステリの話から数時間後。

 天馬の通う雷門中学校は4時限目も終わり、昼食に入ろうとお弁当を広げる女子達や、購買部へ向かおうとする男子生徒などで賑わっている。

 それは昨夜、自らに起こった不思議な出来事が嘘なのでないかと思わせる程に、平凡で日常的な光景だ。

 席についたままボーッと窓の外を見る天馬は、今朝のフェイとアステリとの会話を思い出していた。

 

 

『敵は強大だ。今回みたいに、フェイ自身の体力を使ってしまうデュプリに頼っていては勝てないだろう。もっと沢山の人達が協力してくれたら、心強いんだけど……』

『だったら、サッカー部の皆にも声をかけてみるよ!』

『でも、そんな簡単に協力してくれるかな……何しろ難しい事情だし』

『大丈夫だよ。ちゃんと説明すれば皆協力してくれるさ!』

『そうだと良いけど……』

『じゃあ、雷門にはボクが案内するね。時間はー……放課後の練習前で良いかな?』

『うん。その時間なら皆、集まってると思う』

『それじゃあ、ボク等はサッカー棟前の階段下で待ってるね』

 

 

(『ちゃんと説明すれば大丈夫』だなんて……朝は言っちゃったけど……)

 

 朝の会話を思い出す内に、天馬は自分の発言が軽率であった事に気付く。

 アステリの話は、まだ納得行かない所もあるが、大部分は理解出来ているつもりだ。

 だから今朝の天馬は「説明すれば大丈夫」と言ったのだろう。

 だがそれは、アステリの説明のお蔭でもあるが……大部分はあの『カオス』と言う男の影響だ。

 

 一瞬の内に巨大なサッカースタジアムを出現させたり、自分の流した血から人を生み出したりと言う特殊能力。

 それに試合をしている時に感じた、自分達のやってきたサッカーとも、今まで戦ったどんな強敵とも何かが違う……あの感じ。

 何が違うのかは分からない。

 でも同じフィールドで、同じ一つのボールを奪いあっていて確かに感じた。

 『雰囲気』とでも言うのだろうか。

 不確かで目には見えない……けれどもその身に感じた不思議な威圧の様なモノ。

 それが天馬の頭に「この話は事実なんだ」と言う事を刻み付けた。

 

 でも、他のメンバーはどうだろうか?

 突然現れた少年が『世界の危機』だとか『色』がどうのこうの言った所で、不審者扱いされるだけで信じてくれ無いのではないだろうか……?

 

――もしそうなったら、どうすればいいんだろう……

――どうしたら皆に分かってもらえるかな……

 

「てーんまっ!」

「わっ!?」

 

 突然背後から声をかけられた天馬は、廊下にまで聞こえそうな程の驚きの声を上げる。

 教室中の人がクスクスと笑う中、何が起きたのかと振り返ると楽しそうに笑う信助と葵がいた。

 

「天馬、ビックリしすぎ~」

「なんだぁ……葵と信助かぁ……」

 

 ホッと胸を撫で下ろし「ビックリしたぁ」と顔をほころばせると、二人も笑顔で「ごめんごめん」と謝る。

 

「天馬が何か考えているみたいだったから、珍しくてつい」

 

 信助の言葉に「ついって何」と笑う天馬に、葵が少しだけ心配そうな声で何かあったのかと訪ねて来た。

 その言葉に天馬の動きが一瞬だけ止まる。

 

――マズイ……

 

 今、この場で二人に「アステリが~……」とか「モノクロ世界が~……」と言った所で、葵と信助は首を傾げ「寝ぼけてるの?」と言って、信じてくれるハズがない。

 

「あはは……別になんでもないよ~。ただ、早く放課後にならないかなぁって考えてただけ」

 

 天馬の笑顔とその言葉に、葵も納得した様に「天馬らしいね」と笑う。

 その笑顔を見ながら、天馬は再度、ホッと胸を撫で下ろした。

 

――良かった、何とか誤魔化せたみたい……

 

「あ、そうそう。天馬、お昼一緒に食べない?」

「狩屋と輝も来るって! ……剣城には逃げられちゃったけど」

 

 二人の言葉に「行く!」と笑うと、天馬は秋が作ってくれたお弁当を持って先を歩く二人と共に教室を出た。

 

――フェイとアステリは大丈夫かな……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 木枯らし荘の昼下がり

 暖かい日差しの差し込む、木枯らし荘の昼下がり。

 まだ梅雨時のこの時期には珍しく連日の快晴を誇っていた稲妻町は、今日も穏やかな風を吹かせては一人眠る少年の髪を揺らしていた。

 少年は一人、床に寝そべると幸せそうに寝息を立てている。

 そんな彼を覆いかぶさる様に見下す影、一つ。

 影は彼が揺すっても起きない事を知ると、大きく息を吸い込み……

 

「フェイぃー!! 起きろぉー!!」

「うわぁっ!?」

 

 大声を発した。

 

「な、何っ!?」

 

 心臓が飛び出るかと思う程の大声に飛び起きると、声のした方向に身体ごと向き返る。

 するとそこには自分の肩程の高さを持つであろう、水色のクマが睨む様な視線で自分を見つめながら立っていた。

 

「ワンダバ……」

 

 未だキンキンと響く頭を抑えながらクマのぬいぐるみ――の形をしたアンドロイド『クラーク・ワンダバット』……通称『ワンダバ』を見つめる。

 ワンダバはその短い腕を胸の前で組むと「フンッ」とフェイの前に仁王立ちをして、話し出した。

 

「人を呼んでおいて自分は昼寝だなんて良いご身分だな、フェイっ!」

「ワンダバぁ……起こす時はもっと静かに起こしてよぉ……」

「揺らしても起きないフェイが悪いんだぞっ!」

 

――一応、普通に起こしてはくれたんだ……

 苦笑いを浮かべながらそんな事を考えていると、突然何かを思い出したかの様にワンダバへ詰め寄り。声を上げた。

 

「それで、頼んでいた事は調べてくれた?」

 

 フェイの言葉に「あぁ」と呟くとその場に腰を下ろし、ワンダバは話を始める。

 普段のおちゃらけた雰囲気とは少し違うワンダバの声に、フェイも真剣に話を聞く。

 

「それが、フェイの調べてほしいと言った【モノクロ世界】と言ったか? 未来で調べてみたんだが、そんな世界線はどこにも存在しなかったぞ」

「そう……じゃあ、『パラレルワールド』って言う訳でもないのか……」

 

 ワンダバの言葉に少し俯き気に考え込むフェイ。

 彼がワンダバに頼んだと言うのは、アステリの言っていた【モノクロ世界】の事。

 アステリは【モノクロ世界】とは、クロトと言う男が創り出した"特殊な世界"だと言っていた。

 

 その話を聞いて、タイムスリップやパラレルワールドと言った『時空関係』の事情に他人よりも多く関わっているフェイは

 ソレが「クロトと言う男が干渉した事で新たに生まれた、どこかの時間軸のパラレルワールドなのでは?」と考えた。

 そこで、200年後の未来にいるワンダバに事情を話し、調べてもらっていたのだ。

 ……残念ながら結果は違ったモノだったらしいが……

 

「パラレルワールドでも無いって事は、本当にボク等のいる世界とは全くの別物って事なのか……」

 

――だけど……そんな事が本当にあり得るのだろうか……

 口元に手を当てながら考えるフェイを見て、ワンダバはキョロキョロと周りを見渡し始めた。

 一通り部屋を見回した後で、ワンダバは首を傾げながら不思議そうな声でフェイに尋ねる。

 

「ところで、話に聞いた『アステリ』と言う少年はどこにいるのだ?」

 

 ワンダバの言葉に「え?」と目を丸くすると、「アステリなら」と自分の後ろに設置された勉強机を指さす。

 自分が眠ってしまう前は、確かあの机に付いた椅子に座って外の様子を見ていたハズだったから。

 しかし……

 

「……アレ、いない」

 

 ぐるりと部屋中を見回して見る。

 だが、どこを探してもあの特徴的な黄色い髪は無かった。

 

「どこに行っちゃったんだろう……」

「散歩じゃないのか?」

 

 ワンダバはそう、お気楽そうに答えてみる。

 普通の人が相手なら「そっか」の一言で終わったのだろう。

 だが、彼――アステリの場合は事情が違った。

 彼は"裏切り者"と言うレッテルを張られた、狙われた身だ。

 昨夜もそんな彼を狙う男に出会い、戦う事になってしまった。

 勝負は、相手側の棄権と言う事で一応勝つ事は出来たのだが……

 

――もしその男が、またこの世界に来ていたとしたら……?

 

「ボク、ちょっと捜してくる……!」

「え、おいっ! フェイ!」

 

 昨夜出会った……あの、『カオス』と言う男。

 アイツが自分達の前から姿を消して数時間……

 そのたった数時間で体力を回復し、今またこの世界に来ていたとしたら……

 彼等の思惑を潰そうと動いている、アステリの身が危ない。

 そう考えたら居ても立ってもいられず、フェイはワンダバの制止の言葉も無視して部屋を飛び出した。

 

「あら、フェイくん。そんなに急いでどうしたの?」

「あ、秋さんっ」

 

 アステリを捜そうと外に出ると、門の前で掃き掃除をしている管理人の『秋』に声をかけられた。

――そうだ、秋さんなら……アステリが出ていった事を知ってるかも……

 

「あの、アステリを見ませんでしたか? ちょっと前から姿が見えなくて……」

 

 そう尋ねるフェイの不安気な表情に気付いたのか、秋は安心させる様に「大丈夫よ」と笑って答えた。

 

「アステリくんなら……ちょっと前くらいに「河川敷に行ってくる」って出掛けて行ったわ」

 

 「もうそろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」……

 そう笑う秋の言葉を聞いて、フェイはホッと胸を撫で下ろす。

 と、後ろからゼェゼェと息を切らしたワンダバが駆け寄ってきた。

 

「ワンダバ……大丈夫?」

「ハァ……ッ……フェイが突然、飛び出すからだろう……ハァ…………っで、アステリくんはどこに行ったのか分かったのか?」

「うん。なんか、河川敷に行ったみたい……」

「河川敷? どうしてまた……」

「わかんない……」

 

 そんな話をワンダバと共にしていると、ふとフェイの視線の端に黄色いモノが映り込んだ。

 なんだと目を凝らしてみると、それは姿を現した。

 

「……? あれ……フェイ……?」

「! アステリ!」

 

 アステリは家の前で立ち話をしているフェイを見つけると、キョトンとした表情で自身の傍に駆け寄ってくるフェイを見詰める。

 

「良かったぁ……」

「? "良かった"……? …………あ」

 

 フェイの安堵の言葉にアステリはそう呟くと、悲しそうな申し訳無い様な声色で言葉を発した。

 

「ボク、また何か困らせる様な事しちゃったかな……?」

 

 「だとしたらごめん」と謝るアステリを見て、フェイは「気にしないで」と笑って見せた。

 その表情を見て安心したのか、アステリの表情も明るい物になる。

と。

 

「おぉ! 君が噂のアステリくんかっ!!」

「わっ! ちょっとワンダバ……ッ」

 

 ワンダバは突然大声を上げると、フェイの後ろから出て、アステリの前へと姿を見せた。

 突然現れた喋るクマを見て、さすがのアステリも目を丸くして固まってしまっている。

 そんなアステリの様子を見て、フェイは必死にワンダバを止めようとするが聞く耳持たず。

 フェイの制止の言葉も押しのけて、ワンダバは自己紹介を始めてしまう。

 

 いつもの事。

 目立ちたがり屋なワンダバは、自分をクマのアンドロイドだと認識していないのか……他人の反応なんてそっちのけでこうして喋りまくる。

 もちろん相手はそんな喋るクマを見て驚くか、固まるか、逃げ出すかのどれかなんだが……

 それでもワンダバは懲りずに同じ事を繰り返す。

 天馬や雷門の人達と初めて会った時と全く同じワンダバの言動に、フェイは半分呆れ気味にため息を吐き、「もう!」と大きめの声を発した。

 

「ワンダバっ! いつも言ってるじゃん! ボク等の時代ならともかく、タイムジャンプした先の人に急に喋りかけたりしたらダメだって!」

「なぜなのだ!」

 

 ワンダバの問いにフェイは「うっ」とばつの悪そうな表情をする。

 

「だって……ワンダバはその…………他の人から見たら……クマのぬいぐるみ、なんだから……」

「私はぬいぐるみなんかじゃない!! いつも言ってるだろ!」

「いや、そんな事は分かってるよ! けど今は――」

「プッ………ハハハ……」

 

 そんな言い争いをしていると、突然アステリが笑い出した。

 アステリの突然の笑い声に「どうしたのか」と二人は揃って同じ方向を向く。

 彼はよほどフェイとワンダバのコントの様な言い争いがおかしかったのか、目に涙まで溜めて笑っている。

 それはフェイが初めて見た、アステリの本気の笑顔だった。

 

「あ、アステリ……?」

「アハハハハハ……! はぁー、おかしいッ」

 

 アステリは目に溜まった涙を手で拭うと、乱れた息を整えワンダバに近付いて行く。

 と、ワンダバの頭や頬、耳や身体と言った様々な部位を触り始めた。

 

「お、おい……っ!」

「へー……触った感じもぬいぐるみみたいだねー……」

「私はぬいぐるみでは無い!」

「……アステリ……驚かないの?」

 

 アステリの言動に驚きながら、フェイはそう不安気に尋ねる。

 そんな彼を安心させる様にニコッと笑うと、アステリは「そうだねぇ」と話し出した。

 

「確かに、喋って動くクマのぬいぐるみなんて初めて見たけれど……ボクにとってはこの世界の全てが初めて見るモノばかりだから、そこまでビックリはしないかな」 

 

 「だから平気だよ」と笑うアステリの笑顔を見て、フェイは「そっか」と安堵の言葉を零した。

 

「それにしても、この世界は凄いね。ボクの世界のぬいぐるみは喋ったりしないよ!」

「いや、この世界でも普通は喋ったりしないよ……」

 

 無邪気な笑顔のまま冗談なのか、素なのか分からない調子で話すアステリに、フェイは苦笑いを浮かべながらそう告げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 見せたいモノ

「それじゃあ三人共、行ってらっしゃい」

 

 そう見送る秋の言葉を背にアステリ、フェイ、ワンダバの三人(二人と一体?)は天馬が待つ雷門中へ向い歩きだす。

 十五時ちょっと過ぎ。

 授業が終わり、天馬達が部活に向かうのが大体夕方の十六時頃……。

 天馬と約束していた時間には大分早くて、アステリはフェイに尋ねた。

 

「ねぇフェイ、どうしてこんなに早く出たの? 天馬の言っていた時間には大分早いみたいだけれど……」

 

 そう不思議そうな顔をするアステリにフェイはニコッと笑うと、彼の腕を引いて駆け足気味に歩き出した。

 不意に前へと引っ張られる身体に戸惑いながら、アステリは声をあげる。

 

「ちょっ、フェイ……!?」

「アステリに、見せたいモノがあるんだ」

「見せたいモノ?」

 

 フェイはそれ以上は何も言わず。アステリの腕を引きながらただひたすら歩き続ける。

 フェイの隣を歩くワンダバも、先程までのお喋りとは打って変わって大人しい。

 

(一体どこに行くつもりなんだろう……)

 

 一人答えの出るはずの無い考えを巡らせながら、アステリは黙ってフェイの後ろを着いて行った。

 

 

 

「アステリー、大丈夫ー?」

「う、うん……」

 

 カンカンと金属で出来たハシゴを上りながら、返事をする。

 あれからどれ程の距離を歩いただろう。

 昨夜、カオス達と戦った河川敷を通り、賑やかな商店街を過ぎ去り、人の手を加え作られた町の片隅にソレはあった。

 辺り一面を緑で包み込み、この稲妻町をはるか昔から見守り続けたその塔は、この町を象徴する巨大なイナズママークを掲げては今日も平和な稲妻町を見守っていた。

 

「よいっ、しょ……と」

「アステリ、ほら見てごらんよ!」

「うん……」

 

 フェイに促され、アステリは恐る恐る柵の隙間から周りを見る。

 

「うわぁ……」

 

 目の前に広がる光景にアステリは感嘆の声を漏らした。

 どの建物よりも高い場所に建設されたこの塔の上では、木枯らし荘も、河川敷も、雷門中だってあんなに小さく見える。

 

「すごい……」

「ここね。前、天馬に教えてもらったんだ」

「天馬に?」

 

 この世界に来て初めて見た素晴らしい景色に感動しているアステリの隣でフェイが語りだす。

 

「ただ遠くまで見えるって言うだけなのに、この景色を見ると不思議と何でも頑張れるような気がするんだ」

「……フェイ」

「今日ここに来たのはね、アステリにも一度この景色を見てもらいたくて。……ボクが天馬にそうして貰ったみたいに」

 

 そう笑うと、フェイは再度目の前の景色へと視線を移した。

 仲間が集まり、準備が揃えばアステリの故郷であるモノクロ世界に行かねばならない。

 その前に、フェイはどうしてもアステリにこの景色を見せたかった。

 この世界には素晴らしい物が沢山ある事を、アステリに知っていてもらいたかったのだ。

 

「そうだぞ。アステリ君!」

「クマさん……」

「クマではなぁーいっ!」

 

 アステリの言葉に興奮気味に叫ぶと、ワンダバは「フンッ」と胸の前で腕を組んで続けた。

 

「君の事情を深くは知らないが、この世界には良い物が沢山ある! 決して、そのクロトと言う奴の様な悪いモノだらけでは無いと言う事を覚えておいてほしいのだ!」

「……もちろん、分かってるよ。ボクもこの世界が大好きで、ずっと憧れてたんだから」

 

 そう嬉しそうに笑うと、アステリはポケットから何やら二つに折りたたまれた一枚の紙を取り出した。

 

「それは?」

 

 フェイが不思議そうに尋ねる。

 アステリは二つに折り畳まれた紙をフェイに手渡し、そこ描かれている物を見せてみせた。

 

「写真?」

「だいぶ古いモノみたいだな……」

「でも、綺麗な写真だよ」

 

 色あせ、端の方などボロボロになりかけた古い写真はそれでもハッキリと青く、透き通る様な綺麗な空を映し出していた。

 

「その写真……だいぶ前に、あっちの世界で見つけたんだ」

「モノクロ世界で?」

 

 フェイの言葉にアステリは頷くと懐かしそうに目を細め語り出した。

 いつだったかは忘れてしまったが、色の無い世界で読んだ古い本。

 この写真は、その本に挟まっていたと言う。

 白と黒の濃淡しか見た事がなかった彼にとって、この写真の青空は強く印象に残った事だろう。

 

「この写真があったから、ボクはキミ達の住む世界がとても素晴らしいモノなんだと言う事を知る事が出来た。今ボクがここにいるのも、全部この写真のおかげなんだよ」

「そっか……アステリにとって、この写真はとても大切なモノなんだね」

 

 「はい」とフェイは持っていた写真をアステリに渡す。

 アステリは受け取った写真を大事そうに見詰めると、「うん」と呟き、少し照れくさそうな笑顔を浮かべた。

 

「この写真はボクにとって大切な宝物なんだ」

 

 アステリの屈託の無い笑顔に、目の前のフェイとワンダバの表情も自然と綻んでいく。

 

「そっか。じゃあ、大切にしないとね」

「うん」

「良いですね~、まさに青春真っ只中!って感じで」

「!!」

 

 愉快そうに笑う中性的な声。

 突然聞こえた聞きなれぬ声に驚くと、三人は一斉にその方向へと目を向ける。

 

「やあ。やっと見つけました、アステリさん」

 

 三人が聞いた声の先。

 そこにいたのは、黒い日傘をさし宙を浮遊する

 黒い獣の様な人間の姿だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 獣の様な男

 

「な、何者だ!」

 

 手に持った日傘をクルクルと回しながら、こちらに手を振る存在を異形さにワンダバは驚愕したように声を上げる。

 

「あの姿……アイツもモノクロ世界の……」

「ああ。昨日のカオス達と同じ。クロトに仕えるイレギュラーだよ」

「あれが例の……」

 

 珍しいものでも見るかのような目で宙に浮く異形を凝視するワンダバにジロリと一瞥をくれてやるスキア。

 薄く開かれた単眼から発せられた眼光が、なんとも言えない不気味さを醸し出していてワンダバは咄嗟に視線を逸らした。

 

「お久しぶりですね。アステリさん」

「スキア……」

 

 眉を顰め吐き捨てるアステリの真剣そうな表情にスキアはケラケラと不敵な笑顔を向け続けている。

 

「いやだなー、そんな警戒しないでくださいよ。私はただお迎えにあがっただけなんですから。クロト様も心配されておりましたよ? さあ、共に元の世界へ帰りましょう」

「断る。ボクはまだここでやるべき事がある。それを成し遂げるまでは、あの世界に帰る訳には行かない」

「やるべき事とは、クロト様の野望を壊す為のお仲間捜しの事でしょうか?」

「ああ」

 

 相変わらず敵意をむき出しにしたまま頷いたアステリの反応に、スキアは困った様に眉尻を下げる。

 

「左様ですか。困りましたねぇ……クロト様からはアナタを連れてくるように言われてますし……このまま手ぶらで帰っては、私がクロト様に叱られてしまいます」

「そんなの知らないよ。なんと言われようが、ボクは帰らない」

 

 その言葉にスキアは落胆したように肩を落とすと「わかりませんね」と腕を組み、言葉を続ける。

 

「何故、そこまでしてクロト様に歯向かおうとするのですか? クロト様はアナタにとって生みの親にあたる存在です。……親の望み、それに応えるのが子供である我々の役目では?」

「そんな事は関係無い。アイツは、自分の欲望の為に様々な人達の色を、心を奪おうとしてる。ボクは、それが許せないだけだ!」

 

 スキアに向かい強く真っすぐに言い放つアステリの真剣さとは裏腹に、スキアは不敵な笑みを浮かべ続けている。

 

「弱りましたねぇ……反抗期ですか? クロト様が聞いたら悲しみますね、きっと。まあ、それも親の宿命と言えばそうですが……」

「さっきから聞いてたけど、君、ふざけてるの?」

「おや、バレましたか」

 

 鋭く目を尖らせ、自らを睨み続けるフェイの言葉に「スミマセン」とからかう様に笑うスキア。

 その笑い声が緊張状態に入った三人のカンに障り、不快にさせた。

 

「でも、そうですねぇ。本当に帰らないと述べられるのであれば――――こちらも、強行手段に出るしかありません」

 

 スキアはそう呟くと、今まで閉じていた瞳を開く。

 バランスの合わない大きな頭に付けられた、獣の様に大きな瞳の不気味さにフェイ達三人が言い表し様の無い恐怖に駆られた

 次の瞬間。

 

「………………え」

 

 ほんの一瞬。たった一瞬の瞬きの後に見えたその光景に、三人は目を見開き、絶句した。

 今まで自分達がいた、稲妻町とは違う。

 

 ざわめく灰色の木々。

 怪しく光る白い太陽。

 黒く沈んだ土の地面。

 

 自分達が見た事も無い様な……それでいて、見覚えのあるこの景色……

 

「何だコレは……」

「町が…………」

 

 そこは色が抜け、モノクロ色で染め上げられた

 稲妻町、その物だった。

 

「スキア、お前……ッ!」

「良いですねぇ、その反応。そこまで驚いてくれると、頑張って造ったかいがありましたよ」

「"造った"……?」

 

 スキアの言葉にフェイが反応する。

 

「そうですよ。ここは私の力で生み出した影の世界……アナタ方の良く知る、稲妻町に良く似せた、全くの別空間でございます」

「何だと!?」

 

 今度はワンダバが、スキアに向かい声を上げる。

 その声は明らかに動揺が混じった、荒げた声だった。

 

「この世に存在する全ての物について回る影と言う概念……私はそれを意のままに操る力がありましてねぇ。この空間は力によって造り出した本物ソックリの偽物……云わば"模造品"でございます」

 

 そう言われ、フェイは再度周りの光景を良く見てみる。

 言われてみれば確かに……見た目こそソックリではあるが、温度や触感までは作り込めないのか、金属特有のひんやりとした冷たさやツルツルとした手触りすら、感じ取ることが出来ないでいる。

 

(何だか……変な感触だな…………)

「さて…………」

「!」

 

 スキアの声に、フェイは再度上空へと視線を移す。

 スキアはと言うともう必要が無くなったのか、差していた傘を閉じ、空中を歩く様にしてこちらに近づいて来た。

 

「言わなくても分かると思いますが、元の世界に戻る為には私と勝負してもらう必要があります」

「勝負?」

「サッカーバトルって事か……」

 

 そう、少し不思議そうに唱えたアステリの隣でフェイがそう呟く。

 その言葉に目の前の黒い存在はその大きな頭を縦に振り「えぇ」と笑って見せた。

 

「選手は五人ずつ。ルールは二点先取にしましょうか。早く決まってしまうのも面白く無いですし」

 

 まるでゲームを始める前の子供の様に無邪気に笑うと、スキアは再度空中に浮遊し、フェイ達を見下げる様にして話続ける。

 

「準備が出来たら声をかけてください。私は下の方でお待ちしておりますので。ただ、覚えていただくように……時の流れは本来の世界と共にあります。それに、この世界に人間が長居するのもあまりオススメ出来ません」

 

 チラリと細めた単眼でフェイの事を一瞥すると、最後に「では」とだけ呟いて、スキアは塔の下の方へと飛んでいってしまった。

 去っていく黒い後ろ姿を見ながら、アステリは先程彼に言われた言葉を思い出していた。

 

 『クロト様はアナタにとって生みの親にあたる存在です』

 『親の望み、それに応えるのが子供である我々の役目でしょうに』

 

 ギュッと両の拳に力を籠め、握り絞める。

 

――親……アイツがボクの……。

 

 噛み締めた口の中から、ギリッと歯の軋む音がした。

 

「アステリ?」

 

 不意に背後から名前を呼ばれ、ハッとする。

 少し慌ててその方向に視線をやると、自分の事を心配そうに見つめるフェイとワンダバがいた。

 

「ぁ……何、フェイ」

「大丈夫? 何か、考えていたみたいだけど……」

 

 そう、心配そうに尋ねるフェイ。

 そんな彼の隣にいるワンダバも「大丈夫か?」と気使いの言葉をかけてくれた。

 

「あぁ……大丈夫だよ」

「そう……」

「うん…………ごめん、心配かけてばかりで」

「いいんだよ」

 

 「気にしないで」と言い笑うと、フェイはアステリの後ろ……スキアの去って行った方向を見詰め、真剣そうな表情で言葉を発する。

 

「行こう、アステリ。行って、勝たなくちゃ。元の世界に戻る為にも」

「うん」

 

 フェイの言葉にそう頷くと、三人はスキアの待つ広場へと歩き始めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 サッカーバトル

 鉄塔から下り、少し歩いた先にスキアはいた。

 河川敷程の広さは持たないが、5vs5と言う比較的小人数で出来るサッカーバトルをするには十分な広さを持ったこの場には

 スキアが設置したのだろうか、二つの白いサッカーゴールが堂々たる存在感を放っている。

 

「あぁ……来ましたね」

 

 現れた三人の姿を見て、スキアはそう微笑む。

 よく見てみると、彼のチームメンバーだろうか……スキアの後ろに四人の人影が見えた。

 皆、人の形を成してはいるものの、やはり何処かおかしな姿をしており、フェイは息を飲む。

 

「……それが、キミのチームのメンバーかい……?」

 

 後ろの四人を見据えたまま、アステリが尋ねる。

 アステリの問いに「あぁ」と背後の四人を一瞥すると、得意の営業スマイルでスキアは答えてみせた。

 

「そうですよ。彼等が私と共に戦ってくれる【ザ・デッド】のメンバーです」

 

 「よろしくお願いしますね」と笑うスキアとは反対に、【ザ・デッド】と呼ばれた他の四人はフェイ達と口をきく所か、目すら合わせようとしない。

 

「所で…………アナタ方のメンバーさん達は何処でしょうか? もしかして、そちらのぬいぐるみさんが……?」

「私はぬいぐるみではなぁーいっ!」

「おや、それは失礼しました」

 

 こんな状況でも『ぬいぐるみ』と言うワードに過剰反応するワンダバを少し困った様に見詰めながら、フェイは指を鳴らした。

 パチンッと言う軽快な音の後に現れたのは、大きく天の字が書かれたユニフォームを着た三人のデュプリ達。

 そして、デュプリ達が出現するのと同時に、フェイとアステリの服装も赤いユニフォームへと変化した。

 

「おや、それが噂に聞くデュプリですか…………良いですねぇ、人間にしては中々個性的な力を持っている様で」

 

 そう笑うスキアの言葉は昨夜のカオスとは違って、おちょくっているのか本心なのかすぐに読み取る事が出来ない。

 スキアの言い方にフェイは少しムッとした表情を浮かべたが、だからと言ってわざわざ突っかかる様な事を言う必要もない。

 言いたい奴には言わせておけば良い……そう、自分で自分の心を抑え、スキアの方へと向き直った。

 

「それでは……準備も出来た様ですので、そろそろ始めましょうか」

「あぁ……」

 

「ちょっと待ってくださぁぁぁいっ!!」

「!?」

 

 突然、辺りに響いた声にその場にいた全員が驚きの表情を浮かべる。

 それは、どこかで聞いた事のある様な、場違いな程明るく、騒がしい声。

 そしてフェイ達【テンマーズ】とスキア達【ザ・デッド】の丁度境目に"彼女"は降ってきた。

 

「あ! 君は……」

「どうも! 昨日ぶりでございますね!」

 

 目の前に降り立ったのは、カオスとの試合の時に『実況者』として突然現れた少女だった。

 

「確か……アルちゃん……だっけ? 昨日も空から降ってきたような……」

 

 そう、眉を下げ苦笑するフェイの言葉に「覚えていてくださったんですか!」と無邪気に笑う彼女の表情は

 目の前のスキア達や世界とは正反対な程に明るく、眩しいモノだった。

 

「おやおや……これはまた、ずいぶん個性的な方ですね。お友達ですか?」

 

 尋ねられた言葉に「いえ」と返すと、アルはスキアの方に身体ごと向き直り話し始めた。

 

「私は実況者『アル』と申します! サッカーバトルと聞いて、急いで駆け付けて来たのです! 今回のサッカーバトルの実況、ぜひ私にお任せください!」

「実況ですか……別に構いませんが……」

 

 突然の提案に、さすがのスキアも困惑の声を漏らすも、表情だけは崩す事無く笑顔を浮かべる。

 昨夜のカオスの様に感情をすぐ表に出さないだけ、スキアの方が大人なのだろうか

 ……逆にそれが、フェイ達の警戒心を強める要因ともなっているのだが……

 

「では! これより、5対5のサッカーバトルを開始いたします! ルールは二点先取。サッカーバトルなので、オフサイド等の面倒なごたごたは無しでよろしいですね?」

 

 アルの説明に双方が承諾の声を発する。

 両チームの承諾も受け、早速バトルを開始しようとした矢先、持っていたデジタル端末を見たアルが「あの」とフェイの方へと話しかけ始めた。

 

「チーム名は【テンマーズ】と言う事ですが……キャプテンである松風選手がいませんよ?」

 

 「これではバトルを開始出来ません」と言うアルの言葉を受け、フェイが「あ、そうか」と目を瞬かせた。

 

「天馬がいないと自然的にキャプテン不在になっちゃうのか……」

「じゃあ、フェイがキャプテンをやれば良いんじゃない?」

「え、ボクが?」

 

 アステリの提案にフェイが間抜けな声を上げる。

 続いて傍にいたワンダバも「そうだな」と同意の声を上げた。

 

「デュプリの操作で大変だとは思うが、入ったばかりのアステリ君に任せる訳にもいかないしな……」

「ごめんねフェイ……キミに全てを背負わせてしまう形になってしまって……」

 

 アステリの申し訳なさそうな言葉に「大丈夫だよ」と笑うと、「分かった」とワンダバから黄色いキャプテンマークを受け取り左腕に付けた。

 

(天馬のチームだからテンマーズだったのに、これじゃあ"フェイーズ"だなぁ)

 

 そう一人、苦笑いを浮かべると傍にいたアルに準備が完了した事を告げた。




【スキア】
天馬達の戦いにより動けなくなったカオスの代わりに『裏切り者』であるアステリを連れ戻しに来たモノクロ世界の住人。【ザ・デッド】のキャプテン。
一人称は『私(わたくし)』等、比較的丁寧な口調で話すモノの、どこか毒吐いている様な印象を受ける。
『影』を操る力を持ち、その力で天馬達の住む稲妻町の『模造品』を造り出し、フェイ達を驚かせた。

【容姿】
髪色:真っ黒
髪型:頭頂部がケモ耳の様にハネ上がったショートボブ
瞳色:黒。左目だけで右目は無い

『影』そのモノの様な存在。
他のイレギュラー同様『色』が弱点な他に、日の光も苦手らしく、普段は黒い日傘を差している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 VSザ・デッド――試合開始

『ただいまより、チームテンマーズVSザ・デッドのサッカーバトルを開始いたします! 勝負の会場はここ、色の抜けた稲妻町から! 実況は、私アルが勤めさせていただきます!』

 

・【テンマーズ】メンバー&ポジション・

FW:フェイ・ルーン★

MF:アステリ

DF:スマイル

DF:ストロウ

GK:マッチョス

 

     フェイ★

    アステリ

 スマイル ストロウ

   マッチョス

 

『前回同様、チームの大半がフェイ選手のデュプリにより形成されているこのチーム! チーム名の由縁にもなったキャプテン松風選手が不在なのが気にかかる所ですが、前回と比べ必要メンバー数が減った事により、デュプリを操作するフェイ選手への負担も減った事でしょう。良いプレイを期待しています!』

 

・【ザ・デッド】メンバー&ポジション・

FW:マッドネス

MF:スキア★

DF:オスクロ

DF:ヴァイス

GK:アグリィ

 

   マッドネス

    スキア★

 オスクロ ヴァイス

    アグリィ

 

『前回のジャッジメント同様、モノクロ世界からやって来た不思議な存在イレギュラーで形成されたチーム。過去の試合データも存在しない謎の多いチームですが、一体どの様なプレイを披露してくれるのでしょうか? 注目です!』

 

 腕についたキャプテンマークを握りしめ、フェイはポジションにつく。

 アルの持っていたデジタル端末から放射された光は空中に映像を展開し、両者のエンブレムが描かれた得点ボードを映し出した。

 

『今回のサッカーバトルは先に二点獲得した方の勝利。最後まで気の抜けない戦いになりそうです!』

 

 アルの声を聞きながら、フェイは足元にセットされたボールを一瞥し前を向く。

 目の前では両目、鼻、口が無い、まるで仮面をつけているかの様な顔を持った選手と、その隣で笑顔を浮かべるスキアがいた。

 

「フェイ・ルーンさん……でしたっけ」

「! 何……?」

 

 ツカツカと自分の目の前にまでやって来たスキアに、そう訝しげな声を発する。

 そんな彼の様子をよそに、スキアは満面の笑顔のまま自らの左手をフェイの目の前に差し出した。

 突然の行動に、フェイは一瞬目を見開き驚いたが、すぐさま顔を強張らせ「どう言うつもりだ」とスキアを睨み付ける。

 

「おや。サッカープレイヤーと言うものは勝負の前に握手をするものだと伺っていたのですが……」

 

 フェイの言動にスキアは「何か間違っていますかね?」と小首を傾げた。

 確かに様々なスポーツ事には、試合前に「良き試合を」の意味を込めた握手をする習わしがある。

 その事はサッカープレイヤーであるフェイも勿論知っているし、何度も行ってきたから今更不思議に思う事は無い。

 これが『普通の試合なら』の話だが。

 

「君達にとって、ボク達は敵…………そんな相手に握手なんて……」

「あぁ……警戒していらっしゃるのですか」

 

 フェイの言葉にスキアは「なるほど」と納得した様に呟くと、閉じていた瞳を開きその大きな単眼にフェイの顔を映し出した。

 間近で見る獣の様な大きさの瞳に、フェイは思わず息を飲んだ。

 

「安心してください。今回のゲームはサッカーバトル……アナタ方に直接危害を加える様な事は致しません。この握手も『正々堂々戦いましょう』と言う気持ちの表れにございます」

 

 そう目を細め笑うスキアにフェイはしばらく差し出された左手を見詰めた後、ゆっくりと自らの左手をスキアに差し出した。

 

「…………ボク達は絶対に負けないから」

「はい。……楽しいゲームに致しましょう」

 

 睨みを効かせながらそう吐き捨てるフェイにスキアは目を細めそう唱えた。

 握手を終えポジションに戻るスキアを見詰めるフェイに、後ろにいたアステリが囁く。

 

「フェイ。アイツの言葉……信じない方が良いよ」

 

 「どうせ嘘だ」と続けるアステリにフェイも一つ頷いた。

 『左手での握手は敵意や挑発の現れ』……一般に知られている握手の常識。

 「楽しい試合にしよう」……そう唱えた時のスキアの表情を見る限り、彼はそれらの常識を知っていてわざと左手での握手を求めて来たのだろう。

 その行動は彼の口から発せられる様々な言葉とは反対に、フェイ達の事を明らかに嘲弄しているのが嫌でも分かった。

 ギュッと拳を握り絞め、力を籠める。

 

「負けてたまるか……」

 

 そう一人呟き、目の前の景色へと視線を投げた。

 

『両チーム、ポジションに着きました! テンマーズのキックオフで、試合開始ですっ!!』

 

 アルの声と共に、試合開始を告げるホイッスルの音が響き渡る。

 それと同時にフェイは背後のアステリにパスを出し、ザ・デッド陣内へと走り込んでいく。

 

『試合開始早々、テンマーズFWのフェイ選手がザ・デッド陣内へと斬り込んでいく!! それに続いて、ボールを持ったアステリ選手も前線へと上がって行きます!!』

 

「フェイっ!」

 

 そう叫び、アステリはゴール前まで上がっていたフェイにパスを出す。

 DFを振りきり、ゴールキーパーと一対一の状況。

 フェイは真っすぐにキーパーの姿を見据えると、キッと強く相手を睨み付けた。

 

「力の出し惜しみはしない。一気に行くよっ!」

 

 そう言い放つと、フェイはボールと共に飛び上がり全身に力を籠め始める。

 直後、フェイの背中から紫色のオーラが発動し、大きな兎の耳を持つ化身が姿を現した。

 

「光速闘士ロビンっ!!」

 

『フェイ選手! ゴール前にて化身を発動! そしてそのままシュート体勢だぁー!!』

 

「満月ラッシュ!!」

 

 青い満月の夜空をバックに、ロビンとフェイが互いに向き合う様な形で、ロビンは拳打を、フェイはキックを一つのボールに向かって何度も繰り出す。

 両者の激しいの連撃を受けたボールは一つの大きな満月と化し、強力な隕石の様なシュートとなってゴールへ向い突き進んでいく。

 

『出たぁー! フェイ選手の化身シュート技、《満月ラッシュ》! 巨大な満月と化したシュートがザ・デッドゴールを襲います!! このまま、テンマーズ先制点なるか!?』

 

「おやおや、初っ端から飛ばしますねぇ…………」

 

 フェイの後ろで、スキアがそう愉快そうに呟く。

 その間にも、フェイの繰り出したシュートは青いオーラを纏いながら猛スピードで、ザ・デッドのゴールに向かって突き進んでいく。

 

 不気味な敵、不気味な世界……

 その中で行われるサッカーバトル……

 言い表し様の無い不安感を抱える中、ここで取る一点はチームにとって大きな支えとなる。

 大半がデュプリで形成されたこのチームで、メンバーは自分とアステリだけだけど……

だからこそ、この一点は大切だ。

 

 強く蹴り落としたシュートを見詰め、そう言葉を巡らす。

 青い光を放つシュートがゴールキーパー、アグリィの正面目掛けて飛んでいく。

 

「……………………ぇ……ッ」

 

 瞬間、フェイは自分の目を疑った。

 ゴール目掛け突き進んでいったシュートは、アグリィの横脇をかすめると

 あっけなくゴールに突き刺さってしまった。

 

『ご……ゴォォォルッ!! アグリィ選手! フェイ選手の繰り出した強力なシュートに身動きがとれなかったのか!? ザ・デッド、テンマーズに先制点を奪われてしまいましたぁー!!』

 

 得点を知らすホイッスルの音とアルの声が響きわたる。

 空中に映し出された得点ボードに刻まれた、1-0の文字を見詰めるフェイの表情がだんだん険しくなっていく。

 

「フェイ」

「! アステリ……」

 

 名前を呼ばれ振り返ると、同じく険しい表情をしたアステリが立っていた。

 アステリは空中に映し出された得点ボードを一瞥すると不快感からか眉間に薄くシワを寄せ、ザ・デッドのゴールへと視線を移し口を開いた。

 

「さっきのシュート…………わざと、止めなかったんだよね…………あのキーパー……」

「あぁ……恐らく……」

 

 フェイの繰り出したシュートは文字通り誰にも阻まれる事無くゴールへと突き刺さった。

 あのキーパーはシュートを前に"わざと"ゴールを許したのだ。

 ふとポジションに戻っていくスキアと目が合う。

 スキアは二人の様子に気付くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、自らのポジションへと戻っていった。

 

「……今の表情…………最初からこちらに先制点を取らせるのは決まっていたみたいだね……」

「…………ここからが本番って事か…………」

「どんな手で来るか分からない。気を引き締めて行こう……」

「あぁ……そうだね」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 VSザ・デッド――攻撃

『さぁ、テンマーズに先制点を奪われてしまい後の無くなってしまったザ・デッド! 追いつく事は出来るのでしょうか!? ザ・デッドのキックオフで試合再開です!!』

 

 試合再開を告げる笛の音が響き渡る。

 直後、フェイはスライディングでボールを奪うと体制を立て直し前線へと駆けあがって行く。

 

『フェイ選手、マッドネス選手からボールを奪い一気に駆け込んで行く! このままシュートなるか!?』

 

 一人、また一人とブロックに入ったザ・デッドメンバーを交わし、ゴールを目掛け一人猛進していくフェイ。

 その最中、フェイの神経は自身の後ろで棒立ちを続けるスキアに向いていた。

――なぜだ、なぜ動かない

 スキア以外のメンバーは全員、自分からボールを奪おうと何らかのアクションを見せている。

 それなのに、チームのキャプテンである彼だけは一切動こうとしない。

 ただ静かに、周囲の状態を見つめ微笑んでいるだけ。

 

――何を企んでいるんだ……

 

 答えの出ない考えを一人巡らせながら、それでもフェイはゴールを目指した。

 

「これ以上は行かせない!」

「フェイ!」

「! アステリ!」

 

 背後から迫ってくるザ・デッドDFに追いつかれる前に、フェイは左サイドから走り込んで来ていたアステリにパスを繰り出す。

 先制点を決めた事からか、マークされていたフェイとは対照的に、アステリには誰一人として相手選手がついていなかった。

 フェイの繰り出したパスはすんなりと通り、今度はアステリがキーパーと一対一の状況になる。

 

『あぁーと!! アステリ選手、キーパーと一対一! ザ・デッド、5対5と言う少ない人数の影響で他選手への注意が上手く払えていなかったかぁ!? これはテンマーズ、大チャンスだぁぁ!!』

 

「時間が無い……これで決めるよ!!」

 

 そう、ゴールキーパーを睨み付けるとボールを宙高く蹴り上げ、自身も天高く飛び上がる。

 蹴り上げたボールは銀色の光を吸収しながら強く輝く一つの星へと変化した。

 

「スターダスト!!」

 

 銀色に輝く星はアステリの蹴りにより破裂すると数百の粒子の光線となってゴールへ向かう。

 

『銀色の光線と化したシュートがアグリィ選手を襲う!! テンマーズ、勝ち越し点なるかぁ!?』

 

 そうアルが声を張り上げた、刹那。

 

「なるほど、これがアナタ様のシュートですか。綺麗な物ですねぇ」

 

 フェイとアステリはゴール前に突如として現れたモノに、目を見開き、凍り付いた。

 嫌に丁寧で落ち着いた声。

 先程まで自分達の後ろにいたと思っていたその男は、ゴール目掛け突き進むシュートの先に音も無く姿を現していた。

 

「ですが……まだ荒い!」

 

 目を見開き、歯を剥き出しにして、スキアは叫ぶ。

 先程の冷静さ等無かったかの様なその歪んだ笑みに、アステリとフェイは言い表し様の無い恐怖に足がすくんだ。

 瞬間、スキアはゴール目掛け突き進むアステリのシュートを右足で受け止めると、難なくシュートを止めてしまった。

 

「なっ……」

 

 目を丸くしたまま、アステリは信じられないとでも言いたげに声を漏らす。

 スキアは受け止めたボールを地面に下ろすと、片足で踏み目の前のアステリ達へと視線を戻した。

 

「おや、何を驚いた表情をしているんですか? まさか、あんなシュートで点を取ろうだなんて考えていた訳じゃ無いですよね?」

「ッ……スキア……!」

 

 スキアの言葉にアステリは歯を食いしばり、眉をひそめる。

 

「いけませんよ、アステリさん。必殺シュートと言う物は、こうやって撃つモノです」

 

 そう薄く笑みを浮かべた直後、スキアは空高くボールを蹴りあげ、自身も天高くジャンプした。

 テンマーズを圧倒する程の跳躍力を前に、アステリとフェイも急いで自陣ゴール前目指し走っていく。

 

『スキア選手! 凄まじいジャンプ力でテンマーズを圧倒! これはまさか、シュート体勢か!?』

 

 スキアは両足に黒い闘気を纏わせると、ボールに向かい何度も強力な蹴りを食らわす。

 

「ビーストラッシュ!!」

 

 スキアの力を得、蹴り落とされたボールは黒い猛獣の咆哮にも似た轟音と共にテンマーズゴールに向かって飛んでいく。

 

「!! 速いっ!」

 

 天空から繰り出された超絶シュートは凄まじいスピードで突き進む。

 それは、FWポジションから守備へと走り戻ろうとしたフェイとアステリを無情にも置き去りにし、ゴールキーパーマッチョスの身体ごとゴールネットへと突き刺さった。

 

『ゴォォォル!! スキア選手の繰り出した超絶シュートがゴールに突き刺さったぁぁ!! 両チーム、これで同点です!!』

「……なんて威力だ……」

「……っ」

 

 今まで全く動こうとしなかったスキアが繰り出した凄まじい威力のシュートに、フェイは呟いた。

 スコアボードを見て、苦虫を噛み潰した様に顔を顰めるアステリにスキアが笑いかける。

 

「いかがでしたか、アステリさん。……アナタもイレギュラーなら……これ位のプレーはして頂かないと…………クロト様の子供として、失格ですよ」

「っ! ボクはあんな奴の子供じゃないっ!!」

 

「! ……アステリ……?」

 

 『クロトの子供』と言うワードに強く反発するアステリ。

 いつもの穏やかな様子とは違う強く大きな彼の言葉に、ポジションに戻ろうと離れた場所にいたフェイが反応した。

 

「ずいぶんな言われですねぇ…………まぁ、反抗するのは勝手ですが……アナタ様も、少し自分の立場をわきまえるべきですね」

「……どう言う意味だ……」

 

 荒げた声を元に戻しながら、アステリは問いかける。

 

「アナタには、彼等の仲間として一緒に行動する資格が無い……と言う意味ですよ」

「……資……格……?」

 

 スキアの口から発せられた言葉にアステリの思考は一瞬停止したが、すぐさま動き出し、スキアの言葉の真理を探った。

――突然、何を言い出すんだ……コイツは……

 

 確かに、自分は彼等と知り合って日が浅いし、種族も違えば生きてきた世界すら違う。

齢十三程の幼い彼等に世界の危機をどうにかしてほしいと頼むのも、お門違いな事を薄々気付いてはいた。

 世界を護る……そんな大義名分を彼等に背負わせた、そう言う身勝手な部分では確かに自分は彼等の"仲間"としてはふさわしく無いのかもしれない。

 

「確かに……」

「……!」

「キミが言う様に……ボクは彼等の大切なモノに対する思いを利用している…………かも知れない……」

 

――だけど……

 

「けど、どんなに言われようとボクはこの……色のついた世界を護りたい……この世界はボクにとって夢であり大切な宝物なんだ。……だから、ボクはお前達なんかには絶対に負けない…………あの世界にも、帰るつもりはない」

「…………」

 

 そう強く言い放つとアステリは踵を返し、スキアを追いて自らのポジションへ向かい駆けていった。

 

「……何かあった……?」

 

 ポジションに戻って来たアステリに対し、訝しげな態度で尋ねるフェイ。

 そんな彼に「なんでも無いよ」と一言返し笑いかけると、アステリはすぐさま視線を目の前のフィールドへ向けた。

 

「…………スキア、どうした」

 

 視点は少し変わり、ザ・デッド陣内。

 ポジションへ戻ってきたスキアの態度に、ザ・デッドFWのマッドネスが声をかけた。

 全体白塗りの仮面そのモノの様な彼の顔を一瞥すると、「いえ」と組んでいた腕を解き囁いた。

 

「なんでもありませんよ」

 

 そう、感情のこもって無さそうな営業スマイルにマッドネスは呆れた様な溜め息を吐くと、影の世界をぐるりと見渡し、フェイ達に聞こえぬ様、小さく囁いた。

 

「…………そろそろ、危ねぇみてーだけど……」

「大丈夫ですよ、時間にはちゃんと間に合わせますから……」

「チッ……」

 

 少しイラ立った様なマッドネスの舌打ちにスキアは一瞬ムッと眉を顰めたが、すぐさま冷静さを取り戻しいつもの様な穏やかな口調で言葉を発する。

 

「楽しい試合をしたいのなら…………私の言った様に……お願いしますよ」

「あぁ…………分かってるよ」

 

 甲高い、試合再開の音が鳴り響いた。




《ビーストラッシュ》
スキアの必殺技。
両足に黒い闘気を纏わせ、蹴りあげたボールを空中で何度も蹴り込む。
力が加わり黒く変化したボールを蹴り落とし、黒い獣の演出と共にゴールに突き進むシュート技。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 VSザ・デッド――勝負の結末

 テンマーズのキックオフで試合は再開した。

 先程シュートを決めたスキアを警戒してか、テンマーズはフェイからアステリ、スマイル、ストロウとパスを繋げていく。

 

――うかつに攻め込めば先程の様にボールを奪われ、カウンターを決められる。

 

 もう一点の失点も許されない状況で、フェイはパスを回しながら得点の機会を伺っていた。

 キャプテンと言う立場や非現実的な世界での戦いがプレッシャーとなりフェイを焦らせる。

――あと一点……ッ

 

「おやおや、いけませんよ。フェイさん」

「ッ!?」

 

 ストロウからパスを受け取り、ドリブルで攻め込んでいた最中。

 突如として目の前に黒い影が現れ、フェイは瞳を瞬かせた。

 ハッと視線を上げると、いつの間に走って来ていたのか、スキアはフェイに覆い被さるかの様に彼の行く手を阻止していた。

 

「そんなに難しい顔でサッカーをしては……」

「っ……!」

 

 フェイは何とかスキアのマークから外れようとするが、双方を二人のDFに囲まれてしまい思う様に身動きが取れない。

 

「くっ……」

「おや、辛そうなお顔をしますね。サッカーは楽しい物なのでしょう? だったらもっと笑顔でプレイしないと……」

 

 動き回るフェイを三角形状に包囲しながら、スキアは茶化すように言葉を発する。

 ザ・デッドの包囲網は固く、破る事が出来ない。だからと言ってうかつにパスを繰り出せば、ボールを奪われてしまうだろう。

 

『あぁと! フェイ選手!!  ザ・デッドメンバーの繰り出した強力なマークから中々抜け出す事が出来ません!!』

「デュプリと言いましたよね……」

「!」

「アナタの能力……」

 

 目の前で腕を組みながら、スキアは尋ねた。

 なおも睨み続けるフェイを嘲笑うかの様に目を細め、言葉を続ける。

 

「昨夜のカオス様との試合……そして今、私達がしているゲームでも、チームのメンバーはほとんどアナタの力で補っている。体力的に中々お辛いでしょう……」

「何が言いたい!」

 

 スキアのまどろっこしい遠回しの言い方にフェイは叫んだ。

 

「……ハッキリ申しますと……………邪魔なんです。その力……」

「!?」

 

 瞬間、一流れの風が黒い獣の形を成してフェイの横を通り抜けていく。

 すれ違い様、先程アステリのシュートを止めた時のあの、歪んだ笑顔がフェイの目に映った。

 

『あぁ! フェイ選手! ザ・デッドのマークから逃れられず!! スキア選手にボールを奪われてしまった!!』

「ッ! スマイル、ストロウ!」

 

 ボールを奪い、ゴールに向け走るスキアの行く手を阻む様、フェイは自らの分身に指示を出す。

 そんな様子を見てスキアは地面を強く蹴ると、突進してくる二人のデュプリの頭上を舞いかわした。

 

「やはり、体力の消耗が激しいみたいですね。デュプリさんの動きもトロくなってますよ」

「ッ!」

 

 昨夜の試合の疲れも出ているのだろう、この短時間で著しく体力を消耗したフェイを嘲笑うかの様にスキアは口を動かす。

 テンマーズゴール前。スキアは自分とゴールの間に立ちふさがる少年の姿を見ると再度笑みを浮かべ、話し出した。

 

「待ってましたよ、アステリさん」

「…………」

 

 目じりを吊り上げ、目の前の敵を睨み付けるアステリ。

 スキアはそんな彼の表情に小さく笑みを零すと、いつもの様な穏やかな口調で再度アステリに尋ねた。

 

「一応、お尋ねしますが…………私達と共にクロト様の元へ戻るつもりは……無いのですね?」

「あぁ」

 

 スキアの問いに対し、アステリは突き放すように声を上げた。

 例え何十、何百回聞かれたとしても彼の答えは変わらない。変える事等出来ない。

 それ程までに強い思いが彼、アステリを突き動かしている。

 アステリの答えにスキアは深いため息を吐くと、ゆっくり瞳を閉じ「そうですか」と小さく囁いた。

 

「……ではその決意、見せていただきましょうか」

「!」

 

 瞬間、スキアは力を込めてボールを蹴り上げた。

 そして自身も天高く跳躍すると、必殺シュートの構えをとる!

 

『スキア選手!! 必殺技の体勢に入った!! あれは、先程テンマーズから一点を奪取した必殺シュートか!?』

「アステリさん、見せてくださいよ。カオス様をも打ち負かした、アナタの素敵な獣の力!」

「!!」

 

 そこで見たスキアの目は

 まるで楽しいオモチャでも見つけた子供の様な

 現実味や真面目さも無ければ、裏も表も無い。

 どこまでも純粋で、それでいて底知れない狂気を感じさせる様な

 そんな瞳をしていた。

 

「ビーストラッシュ!!」

 

 両足に溜まった黒い闘気をボールに叩きつけ、蹴り落とす。

 スキアの力を得て発生した黒い咆哮は、ゴールでは無くその目前に立ち塞がるアステリに向かい突撃していく。

 自分に向かい進んでくる強力シュートを前に、アステリはキッとその猛攻を見据えると、強く地面を蹴り上げ、高く、高く跳躍した。

 スキアの言葉に反発するように、アステリは上空で水色の光に身体を包み込むと、純白の巨大な翼を持った一羽の白鳥へと姿を変え、黒い咆哮を受け止める。

 

『アステリ選手、ここでソウルを発動!! 白い大鳥と黒い猛獣の咆哮がぶつかり合い、フィールドに激しい爆風を発生させています!!』

 

《……く……ッ……!》

 

 スキアの放った強力シュートはソウルを発動したアステリの体にぶち当たっても尚、その威力を落とす事は無く。

 黒い猛獣のような影を纏いながら、アステリを圧倒していく。

 

『あぁーと、アステリ選手! ソウルを発動しても尚、スキア選手の繰り出した強力なシュートに押され気味です!! もう一点の失点も許されないテンマーズ! このまま勝負はついてしまうのか!!』

「アステリ!」

 

 フィールドに響くアルの興奮気味な言葉と、自分の名前を呼ぶフェイの声が聞こえてくる。

 まるでドリルのように旋回しながら突き進むシュートを受け止めながら、アステリは思考を巡らせる。

 もう一点の失点も許されない……

 ここで自分が防げなければ、確実に試合に負ける。

 そんな、自分達の先にあるのは…………"破滅"の未来。

 自らにとっても、彼等にとっても、最悪な未来。

 大事なモノが全て消えた、無彩色の未来。

 希望もなければ絶望も無い、平凡で平等の未来。

 そんな未来が――世界が、また創られてしまう。

 

――嫌だ

 

 アステリの脳裏に始めて見た、あの、色鮮やかな青空がよぎる。

 何の変化も無い、平凡で退屈な日々の中で見つけた、あの色鮮やかな青色。

 ずっと見たくて、思い願っていた、宝物。

 

――やっと、見つけられた

――やっと、触れる事が出来たんだ

――それなのに……こんな所で消えるなんて……

――失うなんて……

――そんなの…………

 

《そんなの…………絶対に、嫌だっ!!》

「!」

 

 そう叫んだアステリの思いに呼応するかのように、白い翼を携えたソウルはその清んだ水色の瞳に禍々しい黒い咆哮を見据えると、大きく、それでいて激しく羽ばたいた。

 

《絶対に、止める!!》

 

 白鳥は大きく甲高い声を上げると、目の前のシュートを圧倒し、前進し始める。

 先程まで白鳥を圧倒していたスキアのシュートは、旋回するスピードを落とすのと同時に徐々にその禍々しい気を失っていき

 停止した。

 

『と、止めたぁぁ!! アステリ選手、スキア選手の超絶シュートからゴールをなんとか守り抜いたぁ!! ザ・デッド、得点ならず!』

「フェイ!!」

 

 アステリはソウルを解除すると、そのままフェイへとパスを繰り出す。

自らの頭上を通過してフェイの元へと飛んでいくボールを見詰め、スキアは呟く。

 

「さすがです、アステリさん…………やっぱり、私の思った通りだ……」

 

 そう笑う彼の言葉を聞く者は誰もいなかった。

 

『アステリ選手からパスを受け取ったフェイ選手! 軽やかなステップで、ザ・デッドメンバーを交わしていきます!』

「ミキシトランス、ビッグ!」

 

 ザ・デッドゴール前。

 フェイは全身に力を入れると、オレンジ色のオーラにその身を包み込み、褐色色の肌に青い髪を携えた勇ましい姿へと変身する。

 

「こい、人間っ」

「いくよ!」

 

 シュート体制に入ったフェイの背後に現れた恐竜は地響きの様な鳴き声を上げると、フェイの放ったシュートと共にゴールへ食らい付いていく。

 

「真・王者の牙!!」

『フェイ選手、ここでミキトランスを発動! 青い牙のオーラ纏ったシュートがゴールキーパー、アグリィ選手へ向かい進んで行く!!』

 

 フェイの放った渾身のシュートは猛スピードでゴールへ向かい、突き進んでいく。

 青い光を発しながら向かうボールを見据えると、アグリィは腰を落とし下半身に力を入れる。

 

「かげつかみ……!」

 

 黒い気を集め出来た影の腕は、ボールの進行方向に出現すると、青く輝くシュートの行く手を阻もうとする。

 影の腕に掴まれたシュートは一瞬、そのスピードを緩めたかに見えた……が

 

「――――っ!」

 

 一瞬だけスピードを緩めたシュートはすぐさまその勢いを取り戻し、黒い腕をかき消しゴールネットに突き刺さった。

 瞬間、グラウンド中に甲高い笛の音が鳴り響く。

 

『ごぉぉぉぉぉる!! フェイ選手! ついにザ・デッドから二点目を奪取!! テンマーズ、勝ち越しだぁぁ!!』

「やった……!!」

「おぉぉ!! よくやったぞ二人共!!」

 

 興奮した様子でそう叫ぶアルの声を聞きながら、アステリ、それにベンチで応援していたワンダバも嬉しそうにフェイに駆け寄っていく。

 ワンダバは興奮のあまりか、体がピンク色に変色してしまっている。

 

「…………2-1………………私達の負けですね」

 

 得点ボード見詰めながら、スキアはそう一人静かに呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 思惑

 稲妻町、鉄塔前。

 モノクロ世界から来た刺客、スキアとの勝負に見事勝利したフェイ、アステリ、ワンダバの三名は、スキアの造ったこの模造品の世界に立っていた。

 

「負けてしまいましたか…………さすがはモノクロームの一角であるカオス様を負かしただけの事はあります」

 

 そう、スキアは静かに唱える。

 最初に会った時のように、黒い日傘をさしながら宙に浮遊する彼を見詰め、アステリは眉を顰める。

――なんだ……?

――勝負に負けたのに……どうしてこんなに余裕そうなんだ……?

 

「やはり私などでは太刀打ち出来ませんでしたか……これではクロト様に怒られてしまいますね……」

「…………嘘吐き」

「……!」

 

 悲しそうに話すスキアの言葉を遮るように、アステリは呟いた。

 アステリの突然の言葉に、スキアも、そして隣にいたフェイやワンダバまでもが訝し気な顔でアステリを見る。

 

「お前は勝負に負けた…………このまま帰ればクロトに罰を与えられるはずだ。それなのに、どうしてそんなに余裕そうなんだ」

「そんな……嫌ですね…………アステリさん」

 

 「余裕、だなんて」とスキアは目を細め笑って見せると、アステリを見詰め、言葉を返す。

 

「そんなモノ、ありませんよ。私もクロト様の事は怖いですから。それに――――試合はまだ、これからですよ……アステリさん」

「!?」

 

 スキアの言葉にアステリは目を丸くする。

 隣にいたフェイも、同様に驚きの表情を浮かべると「どう言う事だ」と声を張り上げ、スキアを睨み付けた。

 そんな彼等を嘲笑うかのように、スキアは微笑むと、穏やかな口調で言葉を続ける。

 

「質問にお答えしたい所ですが……残念です。そろそろ時間切れ、なので…………」

「時間…………? …………!」

 

 眉を顰め、怪訝そうにスキアを見詰めてたフェイは、直後自分の目に映った風景に思わず目を疑った。

 スキアの言葉を合図にしたように、影で出来た世界がボロボロと崩れ、その姿を消していく。

 まるでパズルのピースが抜け落ち消えていくように、崩落し穴の開いた空間の先に、鮮やかな色彩が見え隠れする。

 

「私はクロト様の部下の中では力の弱い部類に入ります…………なので、あまり長時間、影の世界を維持する事が出来ません。……お約束通り、アナタ方を元いた世界にお帰しいたします」

 

 そう、言葉を並べるスキアは崩落していく影の世界に呑まれるように、その身を消していく。

 

「待て、まだ話は……!」

「ご安心を…………また近々、お会いする機会があります」

「え…………」

 

 アステリの言葉にスキアはそう、笑いかけると最後にその大きな単眼を見開き

 

「その時に、嫌でも質問の答えが分かりますよ」

 

 そう囁いた。

 

「っ………………」

 

 次の瞬間、三人が目を開くと見慣れた風景が映った。

 

「…………どうやら、帰ってきたみたいだね……」

 

 周囲を見渡し、フェイがそう言葉を零す。

 あの異様な影の世界もスキアもいない。

 ただただ見慣れた、稲妻町の風景がそこにはあった。

 

「……」

「……アステリ、大丈夫?」

 

 暗く、曇ったような表情で立ち尽くすアステリにフェイは声をかける。

 自分の名を呼ぶ声に気付き、振り返ったアステリは心配そうに自分を見詰めるフェイとワンダバを見ると、「うん……」と不安そうに目を伏せた。

 

「さっきの言葉が気になっているのか……?」

 

 ワンダバの問いに、小さく頷く。

 

「"近々会う機会がある"…………一体、どう言う事なんだろうね……」

「分からない……けど。……多分、近々また何か仕掛けてくるんだと思う」

「全く……しつこい奴だな!」

 

 腕を組み、呆れた様にワンダバは唱える。

 そんな彼とは裏腹に、アステリは沈みこんだ表情のまま、強く右手を握り絞めた。

 

「…………アステリ」

「大丈夫…………行こう。天馬が待ってる……」

「うん……」

 

 そう言葉を返したアステリの瞳は、それでも揺れていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 「友達」

 午後四時近く。

 授業が終わり、部活動へと向かう学生達の横を走り抜け、天馬はサッカー棟前の階段へと向かう。

 あれから、どうすれば皆に分かってもらえるのか考えてみたけれど、結局何も浮かばなかった。

 「もし、アステリの話を信じてもらえなかったら」……そんな一抹の不安を振り払うように天馬は首を振り、前を見据える。

 

――考えたってどうにもならない

――例え、皆がアステリの話を信じてくれなくても……

 

 「なんとか、しなくちゃ」

 

 そう一人呟くと、天馬は走るスピードを上げた。

 待ち合わせの場所に到着すると、フェイ、アステリ……そして朝はいなかったワンダバが天馬の到着を待っていた。

 

「天馬!」

 

 天馬の姿を見つけたフェイはその名前を呼ぶと、大きく右腕を振ってみせる。

 「遅れてごめん」と謝る天馬に「平気だよ」と微笑み返した彼の顔が、なぜだかとても疲れているように見えて、天馬は首を傾げた。

 ふと視線を横にずらすと、アステリまでもが怪訝そうな表情で何かを考えているようだった。

 

「二人共どうしたの? まさか、何かあった?」

 

 心配そうに尋ねた天馬に、二人は互いに顔を見合わせると口を開いた。

 クロトの部下であるスキアと言う男に襲われた事。

 5対5のサッカーバトルを行う事になった事等……

 先程、自分達が体験した出来事を出来る限り簡略的に、それでいて分かりやすいように天馬に説明してみせた。

 

「……と言う事があってさ」

「なんとか試合には勝てたけど……フェイには、デュプリの操作で大分無理させちゃったね……」

 

 いつもの様に謝ろうとしたアステリの言葉を遮って、フェイは「気にしないで」と笑いかけて見せるが、顔に出た疲労の色は隠せず、話を聞いただけの天馬から見ても無理をしている事は一目瞭然だった。

 

「フェイ、無理はするな。いくら敵に勝つ為だからと言って、お前が倒れては意味がないんだぞ」

「ワンダバ……」

 

 大切なモノを守る為なら自分の身など顧みない正義感の強さも、その優しさ故、周りに気を使い一人で抱え込んでしまう性格の事も

 この中の誰よりも長くフェイと共に同じ時を過ごしてきたワンダバには、よく分かっていた。

 自分の事を心配そうに見つめるその瞳に、フェイは口の先まで出かかった言葉を飲みこむと、口を噤んだ。

 普段のおちゃらけた表情とは違う。見た事の無い悲しそうなその顔をフェイは少しの間見詰めると、ゆっくり口を開き、微笑む。

 

「分かった……もう無理ー! ってなったら、ちゃんと言うから」

「本当だな?」

「うん、約束する」

 

 そこまで言って、やっとワンダバの表情も明るくなり、いつものように歯を見せフェイに笑いかけている。

 そんな二人の様子を見て微笑むと、天馬は隣のアステリへと視線を移し、その右腕を掴んで軽く引っ張ってみせた。

 突然の事に今まで俯かせていた顔を上げると、アステリは丸くなった目で天馬の顔を見る。

 

「えっ、天馬……?」

「アステリも、いつまで暗い顔してるの?」

「!」

「サッカー部の皆に協力してもらうんでしょ? それなのに、肝心のアステリがいつまでも元気無いままでどうするんだよ」

「天馬……」

 

 天馬の言葉にアステリはしばらく顔を俯かせていたと思えば何かを決意したのか、真っすぐとした瞳で目の前を見詰め、言葉を発した。

 

「そう、だよね……ごめん天馬。また、面倒かけちゃって……」

「いいんだよ! 俺達は友達なんだから、このくらい」

「え」

 

 天馬の発した言葉にアステリは先程より目を大きく見開くと、とても驚いた様子で目の前の少年を凝視する。

 

「……ん? どうしたの?」

「いや…………友達……に、なって良いの……? ボク……」

 

 たどたどしくそう言葉を返すアステリに天馬も同様に目を丸くすると、すぐさま笑顔を浮かべ「何を今更」と掴んでいた彼の右腕を両手で優しく握り直した。

 

「当たり前じゃん! 俺も、フェイもワンダバも、もうアステリの友達だよ!」

「……とも……だち……」

「だから、ボク達に迷惑かけてるとか……そんなの気にしなくて良いんだよ」

 

 そう、不安そうな様子のアステリを元気づけるように、天馬とフェイは笑いかける。

 アステリはそんな二人の表情を交互に見詰めると、一呼吸置き「ありがとう」と笑い返した。

 

「よーし! 全員の気持ちもまとまった所で、そろそろサッカー部の部室に行こうじゃないか!」

「うん!」

 

 ワンダバの声に三人は頷くと、サッカー部のメンバーが待つ部室へと走り出した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 協力要請

 無機質な自動ドアの開閉音を背にサッカー棟へと足を踏み入れると、広々としたサロンがあり。そこにはすでに天馬とフェイを除いた部員全員が揃っていた。

 

「やっぱり、皆もう来てた」

「ここが、サッカー部……」

「あ、天馬ー!」

「遅いぞ、天馬!」

「!」

 

 恐らく初めて見るのだろう。物珍しそうに部室内を見回すアステリの呟きに覆いかぶさるように、二つの声が響いた。

 声の方に視線をやると、そこには水色のバンダナを付けた小さな少年と、ウェーブのかかった髪を携えた少年が立っていた。

 

「すみません、神童先輩!」

 

 そう、天馬はウェーブの髪の少年に謝罪の言葉を返す。

 端麗な顔立ちを持った彼は、ここ雷門中サッカー部の元キャプテンであり『神のタクト』の異名を持つ天才ゲームメーカー、神童拓人だ。

 神童は天馬の様子に「まったく」と半分呆れ気味に唱える。

 ここでは日常的な光景なのか、誰一人としてその状況を気にする者は無く。アステリだけがその光景をジッと見詰めていた。

 

「あんまり遅いから、今日は来ないのかと思ったよー」

「ごめん。信助」

「…………天馬。アイツは……?」

 

 訝し気な態度でそう天馬に尋ねたのは、色白の肌に特徴的な髪型をした少年、剣城京介だった。

 彼の切れ長の目が、入口付近で立ち尽くしているアステリに向けられる。怪訝な顔をする剣城に傍にいたフェイが言う。

 

「この子は、昨日友達になったアステリって言うんだ。サッカー、好きなんだって」

「おぉ、そうか! もしかして、サッカー部を見学しに来たのか?」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「天馬」

「! アステリ……」

 

 フェイの言葉を聞き三年生の三国がハツラツとした声を上げる。慌てて否定しようとした天馬を止めると、アステリは他の部員に向け一つお辞儀をし、口を開いた。

 

「雷門中学サッカー部の皆さん、始めまして。アステリと言います。……突然ですが、今日は皆さんにお願いがあって来ました。難しいお話だとは思いますが、よく聞いていてください」

 

 その言葉を皮切りに、アステリの顔から笑顔が消えた。

 そして、真剣な面持で昨夜天馬とフェイに話した内容を説明してみせる。

 何も知らないメンバー達にも分かりやすいように細かな部分はカットして、所々例え話等を加えながら、アステリは皆に『この世界の危機』を伝えていった。

 そんなアステリの話を、部員達は困惑した顔で黙って聞くしかなかった。

 

「……と言う事なんです」

「い、一体どう言う事ですかぁ……? モノクロ世界だとかイレギュラーだとか……」

「僕、頭がこんがらがって来ちゃった……」

「何がなんだか、さっぱりぜよ」

 

 速水、信助、錦の順番でそう言葉を並べる。

 他の部員も、各々眉間にシワを寄せ困惑したような、怪訝そうな表情を浮かばせていた。

 

「すみません、いきなりこんなお話をしてしまって……。でも、今話した内容は嘘でも、冗談でもありません。この世界に今、危機が訪れようとしている……お願いです、ボクに力を貸してくださいっ」

 

 そうアステリが頭を下げるも、やはり皆、急の事に信じられないのか……誰一人として頷く者はいない。

 アステリは下げた頭をゆっくり上げると、周りの状況をぐるりと見回し「やっぱり……」と諦めたように一つ呟いた。

 そんな状況に居ても立ってもいられなくなったのか、天馬は困惑している部員達に向かい声を上げる。

 

「皆、アステリの言葉を信じてください! 確かに混乱しちゃいますけど、このまま何もしないでいると、俺達のサッカーに対する気持ちが全部なくなっちゃうんです!」

「信じろって……んな話、急にされてもよ……」

 

 天馬の言葉に、倉間が困った様に言葉を返す。それでも尚、言葉をかけようとした天馬に傍にいた神童が口を挟んだ。

 

「天馬。俺達も信じたいが、突然の事でみんな頭が追い付かないんだ。少し、理解する時間をくれないか……?」

「神童先輩……」

「……皆は、ボク達とは違って実際にモノクロ世界の奴等に会った訳じゃ無いから……仕方無いよ」

 

 そう小さく零したフェイの言う事はもっともだった。

 昨夜の自分達も、あのカオスと言う男に会ってさえいなければ全く同じ反応をしていたはずだ。

 だから「時間をくれ」と言った神童や他の部員達の事を責める訳にはいかず、部屋には沈黙が残った。

 「どうしたら、みんなに分かってもらえるのか」……静まり返った部屋の中で、天馬の頭は必死でその方法を模索していた。

 いつもは賑やかな部室の、慣れない重苦しい空気。

 そんな沈黙を打ち破ったのは……マネージャー、葵の悲鳴だった。

 

「きゃあ!!」

「!?」

 

 突然の悲鳴に、その場にいた全員が声の主の方向を向く。

 傍にいたマネージャー仲間の水鳥や茜、幼馴染の天馬が慌てて葵の傍へと駆け寄ると、その身が微かに震えているのに気が付いた。

 

「葵、どうしたの!?」

「天馬……。か……壁が…………」

「壁?」

 

 震える声でそう唱える葵の指さす先を見る。瞬間、その場の全員の表情がゾッとした驚愕の色に染まる。

 全員が見詰める先。震える葵の視線の先には――――色の抜けた黒色の壁があった。

 

「これって……!」

 

 予想外の出来事に驚き戸惑う一同をよそに、アステリ、フェイ、ワンダバだけはそう声を上げた。

 壁から始まり、天井や床、設置されていた観葉植物やソファ等、その場にある全て物から徐々に色が抜け落ちていく。

 瞬く間に様変わりしていくその異様な光景が、つい何時間前に自分達が見た光景と酷似していて、アステリはギリと奥歯を軋ませる。

 

「みんな! とにかく外に逃げるぞ!!」

 

 混乱でどよめきだしたメンバー達にサッカー部監督である円堂が声を上げた。

 どう考えても異常なこの光景に、身の危険を感じたメンバー達は円堂に誘導されるがまま、サッカー棟の外へと急ぐ。

 だが……。

 

「なんだ……これは……」

 

 サッカー棟の外へと出たメンバー達を待っていたのは、色の抜けた、モノクロ色で統一された雷門中の校庭だった。

 自分達が良く知る学校も、グラウンドも、空も、見る物全てが生気の無いモノクロ色で染め上げられている。そもそもサッカー棟から出て雷門中の校庭に直接繋がっていると言う事自体、おかしな話だ。

 今まで様々な出来事に出会ってきた雷門メンバーも、世界から色が消えるだなんて摩訶不思議な体験はした事が無く、目の前に広がる異様な世界にただ唖然とした表情を浮かべる事しか出来ないでいる。

 

「どうなっているんだ……」

 

 困惑した様子で呟いた神童がある事に気付いた。

 今、自分達はなぜだか知らないが校舎前の校庭にいる。そのハズなのに

――どうして、誰もいないんだ……?

 

 この時間帯はいつも、部活動に勤しむ雷門中の生徒達で賑わっている。

 それ以前にこんな出来事が起こっているのに、騒ぎが起こっていない所か誰一人としてここにいないなんて……

 

「一体、どう言う事だ……」

「アステリ! これってまさか……」

 

 未だ状況を飲みこめないメンバーをしり目に、天馬は状況を知り得るだろうアステリに尋ねる。

 すると、アステリが青ざめた顔で目の前の……グラウンドの中心を見ている事に気が付いた。

 

「? アステ……」

「天馬、アレ!」

「!」

 

 突然声を上げたフェイにつられ、天馬は二人の視線の先にあるグラウンドを見た。

 色が抜け、暗い灰色に染まった芝生のグラウンドの中心。

 そこに『ソイツ』はいた。

 

「おやおや……皆様、お揃いで……。これはお迎えにあがる手間が省けましたねぇ」

 

 獣の耳の様にハネ上がった髪。

 体に比べ巨大な頭部に比例するように見開かれた、大きな単眼。

 黒一色に染め上げられたその異形の姿は、ソイツが"人間では無い何か"である事を嫌でもその場の全員の脳に焼き付けた。

 

「やっぱり、お前の仕業か……スキア」

 

 再度現れた敵を前に目を鋭く光らせ、アステリはそう言葉を吐き捨てた。

 怒気を含んだその言葉に、目の前の異形__スキアは目を細め、嘲るように笑って見せる。

 

「嫌ですよ、アステリさん。言ったではありませんか……『近々、お会いする機会がある』と……」

 

 瞬間、スキアの背後に10人の男女が姿を現す。現れた男女は全員人間の形を成してはいるが、目や口等、顔を形成する為の部位がことごとく欠如していた。そしてリーダーのスキア同様、皆色が無い。

 

「前回のはただのゲーム…………試合はこれからですよ、アステリさん」

「ッ……!」

 

 微笑みを浮かべるスキアに対し、より一層睨みを鋭くするアステリ。

 その様子を隣で見ていた天馬は必然的に、先程フェイやアステリを襲った敵もこのスキアと言う男なんだと言う事に気が付く。

 状況を察知するや否や、天馬は何が起きても瞬時に対応出来るよう、全身に力を込め、警戒体制をとる。

 

――こいつもモノクロ世界のイレギュラーなら……

――昨日のカオスみたいに、直接攻撃を仕掛けてくるかも知れない……

 

 そう思考を巡らす天馬の脳裏には、昨夜自分とアステリが河川敷で味わった苦痛が場面として蘇っていた。

 そんな天馬の心情等つゆ知らず。スキアは目線をアステリから周囲の雷門メンバーへと投げ、口を開いた。

 

「雷門中学サッカー部の皆様、始めまして。私の名前はスキアと申します。そこの裏切りさんからもうご説明があったと思いますが、色の無き世界【モノクロ世界】からやって参りました、イレギュラーでございます」

 

 両手を広げ、高らかに声を上げたスキアに天馬、フェイ、アステリを除いた全員が驚いた様に目を見開いた。

 

「モノクロ世界だと……」

 

 戸惑いを隠しきれず神童が呟く。

 口では「信じたい」なんて事を言っていた彼だが、今日会ったばかりの少年から告げられる聞いた事も無い単語や存在に、内心は疑いの眼差しを持っていた。

 それは他の部員達も同様であり、中にはアステリ自身を疑う者もいた事だろう。

 だが、目の前に存在する男の存在が、今自分達の目に映る光景全てが、アステリの告げた話が真実だと嫌でも証明していた。

 

「お前達の目的はなんだ」

 

 目の前の異形に向かい、比較的冷静に言葉を投げかけたのは監督の円堂だった。

 彼は態度こそ冷静だったが、その言葉には自分の大切な学校をこんな風にしたスキア達に対しての怒りの感情が感じ取れた。

 そんな彼の怒気を確かに感じながら、スキアはにっこりと笑顔を浮かべ言葉を返す。

 

「私達の目的ですか、そうですねぇ……。強いて言えば、そこの裏切りさんを連れ戻す事。それにアナタ方、雷門メンバーを潰す事……ですかね」

「なんだと……」

 

 飄々と返された言葉に、円堂の顔つきがさらに険しくなっていく。

 それと同時に傍で二人のやり取りを聞いていた雷門メンバーも、強張り、緊張した面持へと変わる。

 

「私達の邪魔となり得る存在は早めに潰しておく。例えそれが、どんなに小さな芽であろうと……」

「ッ……!」

「……と言う訳でして。もちろん試合……お受けしていただけますよね?」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、その場の全員にそう告げるスキア。

 柔らかな言い回しで放たれたその言葉には、天馬達、雷門メンバーに拒否権等存在しない事を知らしめていた。

 円堂は拳を強く握ると、自身の後ろにいるメンバー達の方へと振り返る。

 振り返ったその先には困惑や不安の色を隠せずにいるものの、それでも目の前の異形と戦う覚悟を決めた。真っすぐで真剣な瞳を持った少年少女達がいた。

 「試合を受ける」……皆の表情から汲み取った決意に強く頷くと、円堂はスキアの方へと視線を戻し……

 

「……分かった。その勝負、受けて立つ」

 

 真っすぐ、言葉を返した。

 

「それでは、準備と行きましょうか」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 再戦VSザ・デッド――試合開始

「天馬。アイツ等が話に出てきたモノクロ世界の奴等か……」

 

 雷門中サイド、ベンチにて。ユニフォームに着替え、赤色のキャプテンマークを左腕に付けた天馬に、神童が問いかけた。

 対し真剣な眼差しで「はい」と頷いた天馬。それに続いて、神童の傍にいた霧野が口を開く。

 

「なんだか、不気味な奴等だな……」

 

 緊迫とした面持で語った霧野が見つめる先――――ザ・デッドのベンチにはスキアのメンバーであろう。

 いずれも色を持たず、人間と言うのには明らかに不出来な、異形の姿を持った数名の存在がうごうごと蠢いていた。

 

「異世界からの刺客……写真に撮らないと…………」

「アンタは大人しくしてるんだよ!」

「水鳥ちゃんのケチ……」

 

 こんな異常な出来事を前にしても、いつものように目を輝かせカメラを構える茜の頭を掴み水鳥は声を上げる。

 そんな二人の様子を見て苦笑いをするアステリの背後から、円堂が声をかけた。

 

「アステリ、今回お前も試合に参加してくれ」

「……! はい!」

「アステリ! 頑張ろうな!」

 

 ハツラツとした笑顔を向ける天馬の言葉にアステリも強く頷き、答えた。

 そして、今回の試合にも当然の如く姿を現したのが……

 

『サッカーある所、私あり! いつでも元気がモットー! 実況者、アルです!』

 

 不穏な雰囲気の漂うこの場には不釣り合いな程明るく、弾む様に少女は叫ぶ。

 突如として聞こえたその声の先にはあの小さな実況者が当然の如くマイクを持ち、両チームのベンチエリアの間に佇み、天馬達が立つフィールドを見詰めていた。

 

「ちゅーか、誰? あの子」

 

 雷門ベンチに座る浜野がアルの姿を見詰め、口を零した。

 他の控えのメンバーやマネージャー達も、彼女を訝しい目で見詰めている。

 フェイは困った顔のまま愛想笑いを浮かべると、アルの事を怪しむメンバーに彼女が自称実況者だと言う事と、一応悪い人では無い事を話した。

 まぁ、未だ謎の存在なのには変わりはないが……

 

「また変なのが現れたなぁ」

「あはは……」

 

 ディフェンスエリアに立った狩屋が呟いた言葉に、天馬とアステリは苦笑いを浮かべた。

 そんな彼等の事等気にせず。自称実況者の彼女は、いつものように両チームのメンバー紹介を始めた。

 

・【雷門】メンバー&ポジション・

FW:剣城京介

FW:倉間典人

FW:松風天馬★

MF:神童拓人

MF:錦龍馬

MF:速水鶴正

MF:アステリ

DF:天城大地

DF:霧野蘭丸

DF:狩屋マサキ

GK:三国太一

 

   剣城    倉間 

      天馬★

      神童

 アステリ      錦

      速水

  狩屋  霧野   天城

      三国

 

・【ザ・デッド】メンバー&ポジション・

FW:グリード

FW:マッドネス

MF:スキア★

MF:チェーニ

MF:シャッテン

MF:フォンセ

DF:ヴァイス

DF:オスクロ

DF:エラトマ

DF:ズロー

GK:アグリィ

 

  グリード     マッドネス

       スキア★

  チェーニ      フォンセ

       シャッテン

ヴァイス オスクロ エラトマ ズロー

       アグリィ

 

『松風選手率いるチーム雷門! 前回の試合とはチームメンバーを大幅に変更しての今回の試合! 対するザ・デッド。その存在も、実力も未だ謎の多すぎるチームですが! 一体どのような試合になるのでしょうか!!』

 

 アルの快活とした声が灰色の世界に響きわたる。

 不気味な世界で行われる、見た事の無い異形の者達との試合。

 その場のメンバー全員が様々な思いと不安を抱える中、雷門対ザ・デッドの試合が始まる。

 試合開始のホイッスルが高らかに鳴り響く。先攻は雷門だ。

 倉間はボールにタッチすると、剣城に送り出しつつ前進を開始する。

 剣城は後続の天馬にバックパスを送ると、一気に敵陣に向けて走り始めた。

 

「よし、みんな! 攻め――――――!」

 

 ボールを受け、いざザ・デッド陣内に攻め上がろうとした時。天馬はある異変に気が付いた。

 それはザ・デッドイレブンの挙動。

 試合開始のホイッスルからまだ数秒だが、彼等は初めにポジションについた位置から一歩も動いていないのだ。

 

「なんだ……?」

 

 ザ・デッド陣営に上がった雷門イレブンはパスワークを重ねていくものの、ザ・デッドの理解しがたい挙動に困惑しきってしまっている。

 それはベンチにいるメンバー達も同じで、特にフェイは、先程自分達が戦った時とは違うスキア達の行動に、訝し気な表情を浮かばせていた。

 

『どうした事でしょう。ザ・デッド、全く動きません! 雷門イレブン、ブロックされる事も無く、一気にザ・デッドゴール前だァ!』

「『撃って来い』って事か……」

「ッ……ナメやがって……」

 

 微動だにしないザ・デッドイレブンを見て呟いた神童の言葉に倉間は舌打ちをすると、両足にボールを挟み込み、バク転をしながら自身もろ共高く跳躍した。

 

「サイドワインダー!!」

 

 空中に蹴り出されたボールは倉間の二度蹴りによって緑色のオーラを纏うと、まるで大蛇の様な変則的な動きを見せながらゴール目掛け突き進んでいく。

 

『倉間選手! ここで必殺シュートを繰り出したァ!! まるでゴールを飲みこまんばかりに口を開けた巨大な蛇が、ザ・デッドゴール目掛け、猛進していきます!』

 

 大きなエネルギーを蓄えたボールが、地面をうねりザ・デッドのゴールを狙う。

 その強力なエネルギーを確かに肌で感じながら、スキアは静かに笑みを零した。

 

「オスクロ。お願いします」

 

 そう、落ち着いた抑揚の少ない声音が聞こえた瞬間。倉間の放った必殺シュートの目前に、黒く長身な影が立ちふさがる。

 オスクロと呼ばれたその男は、尾羽の様に扇状に広がった髪を揺らすと猛進してくる倉間渾身のシュートを見据え、軽々と受け止めてみせた。

 

『倉間選手、渾身の必殺シュート《サイドワインダー》をオスクロ選手が見事にブロック! 雷門、得点ならず!!』

 

 声高々に叫ぶアルの言葉に「くそっ」と悔し気に拳を握る倉間。それを見て、受け止めたボールを器用に足先で操りながら、オスクロが囁く。

 

「今のが必殺シュート、ね…………なるほど。粗末な物だな……」

「なんだと……」

 

 嘲笑う様にして発せられた言葉に、剣城が険を含んで応じた。

 

「こんなぬるま湯プレイに負けたんだ、あの男。……さすが、"出来損ない"だ」

「……!」

「さっきから、何を言ってる!」

 

 オスクロの意味不明な言葉に、語気を強めて言い放つ神童。

 目や口と言った一切のパーツが無い彼の顔から表情を読み取る事は出来ないが、発する言葉や話し方から神童達、雷門イレブンのサッカーを馬鹿にしている事は一目で分かり、フィールドに立つメンバーの誰もが怒りの色を顔に浮かべていた。

 

「オスクロ。お喋りもそこまでにしましょう。クロト様に怒られてしまいます」

「了解……フォンセ!」

 

 静かな声でたしなめたスキアに返事をすると、オスクロは前方で待機するMFフォンセへとパスを出した。

 

「行かせない!」

 

 すかさずブロックに入った天馬はボールを奪取する為、必殺技の構えをとる。

 

「ボール、欲しいの……?」

 

 前方から迫ってくる天馬の姿を見つけると、フォンセは低く沈んだ声で囁き、あろう事か持っていたボールを敵である天馬に渡してしまった。

 

「え……」

 

 不意に渡されたボールを反射的に胸でトラップする天馬。

 目の前の男の行為の意味が分からず困惑した、瞬間。

 

「なーんちゃって」

「――――!」

 

 ズガァァッ!と言う衝撃音が天馬の鼓膜を揺らす。

 一瞬、自分の身に何が起きたのか分からなかった。が、直後に襲う激しい痛みに『自分の体がボール越しに蹴られた』のだと気が付く。

 

「ジャッジスルー! オラァッ!」

「うわああ!!」

「天馬!」

 

 自分の身に起きた出来事を理解するのと同時に、天馬はフォンセの激しい蹴りにより吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。その様子に傍にいた神童とアステリが声を上げた。

 

『なんと言う激しい攻撃だぁ!! フォンセ選手の激しい蹴りに吹き飛ばされた松風選手!! かなりのダメージの様ですが、大丈夫でしょうか!?』

 

 突如として動きだしたザ・デッドの激しい攻撃に、アルもたまらず声のボリュームを上げる。あまりの衝撃に起き上がる事が出来ない天馬に、神童とアステリが駆け寄り、声をかける。

 

「天馬、大丈夫!?」

「あ…………あぁ……っ」

「立てるか?」

「平気、です……それより、ボールを追わないと……っ」

 

 天馬はそうか細く唱えると神童の腕を借り立ち上がる。ズキズキと痛む腹部に顔をしかめる天馬の横顔に、アステリはキッとザ・デッドの面々を睨み付けた。

 

「リーダー!」

 

 フォンセの蹴り上げたボールは雷門イレブンの頭上高く舞い上がり、放物線を描く様に前線に上がっていたスキアへ飛来していく。

 

「させんぜよ!」

 

 飛来するボールをスキアにキープさせてはならない。錦は宙に舞うボールを瞳に捉えると、地面を強く蹴りあげ、高く跳躍した。

 

「おや、空中戦ですか……? あんまり、高い所は好きじゃないんですけどねェッ!!」

 

 そう叫んだ言葉とは裏腹にその表情からはこの状況を至極楽しんでいる様な、嬉々とした感情が溢れんばかりに露呈していた。宙を舞うスキアの体は一切の抵抗を受けず、まるで弾丸のようなスピードで飛来するボールの元へと辿り着く。

 

「マッドネス!」

「しまった!」

 

『スキア選手! 空中でキープしたボールをマッドネス選手にパス! 雷門、これには意表を突かれたか! 絶好のシュートチャンスだぁ!!』

 

 スキアの繰り出したパスは雷門ディフェンス陣の頭上を越え、FWマッドネスの元へ真っすぐに飛んでいく。

 白塗りの顔とは呼べない頭部ゆっくり上げると、目の前のゴールキーパー三国を見据えた。

 間近で見る異形の姿に三国は息を呑むと、グローブをはめた両手を強く何度も叩き合わせ「来い!」と声を上げた。

 三国の言葉にマッドネスは空気を吐き出す様な不気味な笑い声を発すると、全身に力を込め、背中から赤黒いオーラを発生させる。

 

「この光って……ッ」

「化身……!!」

 

 マッドネスの体から発せられた赤黒いオーラは一つに固まり、人工的な光を放つ巨大な兵器の様な外見を持った化身へと変貌する。全体像を現したその化身の姿に、雷門は目を見張り驚愕した。

 

「あれは、パーフェクト・カスケイドの……!!」

 

 ベンチにいたフェイ、そしてワンダバが声を上げる。

 かつて、雷門イレブンが戦ったチーム【パーフェクト・カスケイド】。

 メンバー全員がアンドロイドで構成されたと言う前代未聞のそのイレブンで、選手達が使用していた化身がこの《人工化身プラズマシャドウ》だった。

 今まで見てきたどの化身と比べても異質なその外見に、当時の天馬達は驚き恐怖した。

 それが今また、自分達の目の前にいる。

 

「どうして、あいつ等があの化身を……」

「ん……? おいおい。思い違えるなよ、人間。今はそんな事、問題じゃあねぇだろ」

 

 予想だにしない出来事に困惑する一同に、化身を発現したマッドネスが呆れた様に声を上げる。

 

「俺がどんな化身を使おうが、そんなのアンタ等にはどうでも良い事。それより今重要なのは……テメェ等が俺のシュートを止められるかどうか。ただ、それだけだ!」

 

 叫ぶマッドネスの声に反応する様に《人工化身プラズマシャドウ》はその体を電子の欠片に変化させ、彼の体に赤黒い電子の鎧として纏わりついた。

 

「化身アームドまで出来るのか……!」

「最初から化身ですか。相変わらず、堪え性がありませんね」

 

 化身アームドと言う離れ業まで軽々とやって見せるマッドネスに、眉をひそめ呟いた天馬。裏腹にスキアはため息交じりに言葉を吐き出した。

 化身の鎧を身に纏ったマッドネスはボールを蹴り上げ、自らもまた高く跳躍する。

 三国がマッドネスとボールの軌道から目を離さず、腰を落として身構える。

 雷門イレブンが期待を込めて三国を凝視する中、マッドネスは強力なボレーシュートを打ち込んだ。

 空気を裂く程の回転が与えられたシュートが雷門ゴール――正確にはゴールキーパーである三国に襲い掛かる。

 三国は咄嗟に必殺技の構えを取ろうとする。が、化身の力が与えられた超高速シュートはそれを許さず。三国の体ごと、ゴールへと突き刺さってしまった。

 

『ゴォールッ!! マッドネス選手の化身アームドシュートが先制点を決めたァ!!』

 

 興奮気味に叫んだアルの声が、雷門ベンチに座っていたメンバーの鼓膜に突き刺さる。

 他の控え選手と混ざって試合を見守っていたフェイは、悔しそうにスコアボードに記された0-1の文字を見詰めた。

 

「くそっ……!!」

「今のシュート、なんてパワーだ……っ」

 

 悔しさのあまり握りしめた拳で地面を叩く三国の傍で、神童は呟いた。

 ギリッと歯を食いしばり、シュートを止められなかった事に対して謝罪の言葉を並べた三国に、天馬は「大丈夫です!」と元気付けさせる様に笑って見せる。

 

「試合はまだまだこれからです!! 取られた分、俺達が取り返します!!」

「天馬……」

 

 明るく真っすぐに言い放たれた言葉に、三国は自身の頬を一度強く叩くと「よしっ」と気合いを入れ、前を見据えた。

 

「…………取り返す……ですか」

 

 ポジションに戻っていく天馬を見詰めながら、スキアはそう小さく呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 再戦VSザ・デッド――不穏な空気

 試合再開のホイッスルが鳴り響くのと同時に、剣城は後続の天馬にバックパスを送りザ・デッド陣内へと攻め上がる。

 腰を落とし、ボール目掛け突進してくるグリードを視界に捉えると天馬は踵を返し、走りこんで来ていた神童へとパスを繰り出した。

 

「行くぞ! 神のタクト・ファイアイリュージョン!!」

 

 高々と声をあげる神童。まるで指揮者の如く動かされた腕から放出される赤い炎は、ボールの軌道を描く様に伸び、パスが繋がる最善のコースへと味方を導いていく。

 今までの壮絶な戦いから会得した《神のタクト》の強化版。《神のタクト・ファイアイリュージョン》の発動だ。

 神童の蹴り上げたボールは赤い炎と共に錦の元に渡ると、次々と選手の間を渡り、ザ・デッドイレブンを翻弄した。

 

『神童選手の代名詞《神のタクト》の進化版。《神のタクト・ファイアイリュージョン》の発動で、雷門、次から次へとパスが繋がって行きます!』

「アステリ!」

 

 霧野から繰り出されたパスを胸トラップするアステリの前に立ち塞がったのは、壁の様に巨大な体を持つDFズローだ。

 

「裏切り者が……ここは通さんッ!」

 

 荒々しく声を上げたズローは、両足にと力を込めるとまるで獰猛な野獣の様な凄まじい勢いで突き進み始める。

 

「雷門の皆が繋いだこのボールだけは…………絶対に、渡さないッ!」

 

 睨み付ける程真剣な目付きでアステリは叫ぶと、ボールと共に高く跳躍し、その体を巨大な翼を携えた白鳥へと変身させた。

 

「アステリもソウルを使えるのか!」

 

 純白の羽根を舞い散らせながら、ズローの頭上高く飛行するアステリを見詰め、神童が驚いた様に呟く。

 雷門ベンチでもアステリと言う、正体不明の少年の突然のソウル発動に、皆が驚きの声を上げていた。

 

「やるじゃねーか! あのアステリって奴!」

 

 ザ・デッドDF陣の頭上を飛行するアステリに向かい力強い声を上げた水鳥。その隣で、茜は忙しそうにカメラのシャッターを切りまくっている。

 

「アステリ、剣城にパスだ!」

「はいっ!」

 

 ソウルを解除したアステリは神童に指示されるがまま。ゴール前まで上がってきていた剣城へとパスを繰り出した。

 

「はあああああああッ!! 剣聖ランスロット!」

 

 ゴール前。アステリからのボールを受けた剣城は全身に力を込め、溢れんばかりの気を解放した。

 彼の全身から放たれたオーラが、剣を、盾を、鎧を結晶させていく。兄・優一への強い思いが築き上げた、鋼の騎士ランスロット。

 

「アームドッ!!」

 

 握り絞めた拳を突き上げ、吼える剣城の思いに呼応するかの様にランスロットは六つのオーラの塊へと分散し、発動者の体に鎧として纏いつく。

 

「決めるッ!」

 

 ゴールキーパー、アグリィの姿を見据えると剣城はボールを踵側に回し上空へと蹴りあげた。飛ばされたボールに追随して、自らも天高くへと跳躍する。

 赤色のマントをはためかせ宙を舞う剣城。そして、黒いエネルギーを纏った強力なシュートを蹴り落とした!

 

「デス……ドロップッ!!」

 

 化身の力が加わった強烈なシュートがザ・デッドゴールに襲い掛かる。

 以前より格段に威力の増した剣城の必殺技に、天馬達はそのシュートから目を離さずにいた。

 

『剣城選手の放った強烈なシュートがゴールキーパー、アグリィ選手に襲い掛かる!! チーム雷門、同点なるか!!』

「化身…………ならば……!」

 

 剣城のアームド姿を見ると、アグリィは魚の様に前方へと伸びた顔を歪ませ、全身から黒色のオーラを立ち昇らせる。

 オーラは一つの塊となり、中から赤色の胴体に四本の腕を生やした魚人の化身が姿を現した。

 

「猛蛇ヴァリトラ……ァ!!」

 

 アグリィの発動した化身、《猛蛇ヴァリトラ》は剣城の放った必殺シュートを視界に捉えると凄まじい勢いで回転する水の束を口から放出し、強力なエネルギーを纏ったシュート目掛けぶつけた。

 ボールは超高速で回転する水流に飲みこまれると、あっという間にそれまでの勢いを失い。アグリィの手中で停止してしまった。

 

「なっ……」

『あぁーと!! アグリィ選手、化身必殺技で剣城選手の強力シュートを見事にキャッチ!! 雷門、得点ならず!!』

「そんな……剣城の必殺シュートが、あんな簡単に……」

 

 ザ・デッドゴールキーパー、アグリィの力に天馬は唖然として呟いた。他の雷門イレブンも、自軍のエースである剣城の化身アームドからの必殺シュートをいとも簡単に止めたアグリィに対し、驚きを隠せずにいる。

 そんな彼等の顔をぐるりと見渡すと、アグリィは顔を歪ませて愉快そうに言葉を発した。

 

「いいねぇ、その顔。さては『自分達は強い』だなんて、思い違ってた口だな?」

「なんだと……ッ!」

 

 眉間にシワを寄せ、剣城が噛み締める様に呟く。煽る様に囁かされた言葉。それが雷門イレブンの感情を乱した。

 アグリィは睨み付ける雷門イレブンに向かい、不敵に顔を歪ませ笑うとフィールドに向けボールを高く蹴りあげた。

 

『さぁ、試合続行です! 前半時間も残り僅か。雷門、追いつけるのか!』

 

 グラウンドに響くアルの言葉を聞きながら、天馬は考えていた。

 

――前半戦は残り僅か……

――このままザ・デッドに先制されたままでは、ただでさえ不安で下がっているチームの士気がまた下がってしまう……

 

「なんとか一点……とり返さなくちゃ……!!」

 

 ボールはアグリィからオスクロ、シャッテン、チェーニと次々に繋がって行く。

 右サイドからドリブルで攻め上がるチェーニ。それを止めようと走り込む速水をチェーニは一瞥すると、突如、ボールを踵側に回しバックパスを放った。

 そのボールの先には同じくMFのシャッテンがまるで待ち構えていたかの様に、走り込んで来ていた。

 

「行くわよ、チェーニ」

「えぇ、シャッテン」

 

 互いにそう言葉を交わすと、シャッテンは持っていたボールを両足で踏み付け、三つの分身を生み出した。

 

「ジャッジスルー3!!」

 

 息を合わせ互いに声を上げた瞬間、チェーニは自身の元へと旋回してきた三つのボールを、速水目掛け力の限りシュートした!

 強烈なキックにより飛ばされたボールは速水のその細い体に激突し、無情にもその体を吹き飛ばしてしまった。

 

『あぁと!! 速水選手! 息の合った合体技に吹き飛ばされたぁーッ!』

「速水!」

「ッ……テメェ……!」

 

 地面に叩きつけられ、動けなくなった速水の元へ神童が慌てて駆け寄る。同じ様に声を上げた倉間は速水の様子を遠目から確認すると、怒りのこもった目でチェーニとシャッテンを睨み付けた。

 

「あら嫌だ、怖い顔しちゃって……」

「シュートもまともに決められないクセに……」

「ッんだと……!!」

 

 クスクスと顔に出さずとも分かる二人の嘲笑に、倉間はついに我慢出来なくなったのか声を荒げ、憤慨した様子でチェーニとシャッテンに向かい駆け出して行った。

 

「止めろ! 倉間!!」

「倉間先輩!」

 

 天馬や、速水の傍から倉間の言動を見ていた神童が叫ぶ。

 だが、頭に血が上ってしまった彼には何を言っても無駄であり、倉間は二人の言葉等聞かず、目の前の二人の異形に向け突き進む。

 

「……あーあ。カッカッしちゃって……」

 

 ボールを持ったシャッテンに向かい、チャージをかけようとした刹那、顔に風圧を感じ倉間は目を瞬かせた。

 視界に映る白と黒の球体の意味を理解する前に、ドシュッと言う何かが潰れる様な聞き苦しい音が響き、倉間の顔面に激痛が走った。

 あまりの痛みに倒れこむ倉間の視界に映ったのは、血のついたサッカーボール……。

 

『な……なんと言う事でしょう!! シャッテン選手、ボールを奪わんと攻めてきた倉間選手の顔面に向かい、強烈なシュートを放ったぁーッ!! 速水選手に続き倉間選手までもがその場に蹲り動けない状況ですが、大丈夫でしょうか!?』

 

 倒れた速水、そして倉間の元へ向かう雷門イレブンの様子を見ながら、アルは叫んだ。

 雷門ベンチからは浜野や信助、一乃や青山といった控えの選手がその光景を愕然と見詰めては、ザ・デッドの選手達に対しての強い憤りを覚えた。

 

 クスクスと異形の笑い声が響く中、ホイッスルが鳴り、前半戦が終了した。

 




ごめんよ、速水と倉間……。
別に君達の事が嫌いな訳じゃないんだ……こういうお話だから……。
本当、上記の二人のファンの方々にも申し訳ないです……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 再戦VSザ・デッド――潰し

 ベンチに戻る雷門イレブンの足取りは重かった。

 他のメンバーに支えられ戻ってきた倉間と速水に、マネージャーの葵と水鳥が手当てに向かう。

 

「二人共、大丈夫か?」

 

 サッカー部の中では比較的二人と一緒に行動している事が多い浜野が、心配そうに尋ねる。

 そんな彼に心配をかけさせまいと強がりを見せた倉間と速水に、円堂は「ダメだ」と一蹴すると、地面にしゃがみこんだ二人を見詰め言葉を続けた。

 

「倉間と速水はベンチで休んでいろ。後半からは代わりに、影山と浜野が出てくれ」

「! ッ…………」

 

 円堂から告げられた言葉に倉間は一瞬悔しそうに顔を歪ませるも、すぐさまその表情を消し去り影山と浜野の方へと視線を移す。

 

「影山、浜野。あとは任せる」

「はい!」

「おぅっ!」

 

 倉間、影山、浜野のやり取りを見ていた天馬はふと、視界の隅に映ったアステリへと視線を映す。

 何やら深刻そうな面持で相手チームのベンチを見詰める彼に近づくと、天馬は声をかけた。

 

「アステリ?」

 

 名前を呼ばれ振り返った彼は、先程までの表情とは一変。普段の様な優しい表情で天馬を見ると「何?」と言葉を返した。

 

「どうしたの? 深刻そうな顔をして……」

「いや……。……この試合、絶対勝たないと……って思ってさ」

 

――何だ、そう言う事か

 

「あぁ、世界を護る為にもこんな所で負けていられないね」

「うん、それもある…………けど」

「……他にも何か気になる事があるのか?」

 

 天馬の言葉に意味深に答えたアステリを神童が問いただす。

 

「アイツ等は、ただボク等を潰そうとしているんじゃない。きっと、ボク等を心身共に壊そうとしているんだ。……二度とサッカーが出来ないくらいに……」

 

 低くハッキリとした声で告げられたアステリの言葉に、天馬は目を見開いた。

 

「確かに……前半の奴等のプレーを見て、そうじゃないかと思っていたが……」

「ッ……」

 

 スキア達の行動を思い返し言葉を吐いた神童。態度こそ冷静な彼だったが、その言葉の裏にはスキア達の卑劣な行為に対する不快感が滲み出ていた。

 『二度とサッカーが出来ない』……過去、足の怪我により大好きなサッカーが出来なくなってしまった兄の不遇を思い出させるその言葉に、あまり感情を表に出さない剣城も眉間にシワをよせ、憤りの表情を浮かべている。

 

「ここで負けたら、クロトの野望を阻止出来なくなる……皆がサッカーをやって『楽しい』と言う思いも、負けて悔しいと言う思いも、全部……世界に溢れる色と共に消えてしまう。……だからこの試合は、必ず勝たなきゃいけない」

 

 両の拳を強く握り言葉を並べるアステリ。

 誰よりも真剣なその表情からは、彼の中に何を持ってしても動かす事の出来ぬ程の堅固な決心がある事をうかがわせた。

 

「アステリ……」

 

 

 

 後半戦は倉間の代わりに影山が、速水の代わりに浜野が、それぞれのポジションに入り開始された。

 試合開始直後、ザ・デッドからボールを奪った影山が天馬に向けパスを放とうとした時。マッドネスは猛然と走り込んでくると、強烈なタックルを繰り出した。

 

「うわあッ!!」

「輝!」

 

 容赦の無いその攻撃に影山の体は宙を舞うと、勢いよく地面に叩きつけられる。

 叫ぶ天馬の言葉をよそに、マッドネスはボールを拾うと強力なシュートにも似たパスを放つ。

 衝撃波を纏いながら飛ぶボールはディフェンスに入った神童を打ち倒し、激突の反動で跳ね返ったボールは今度は錦を激しく打ち付けた!

 

「あの野郎!」

「ついに仕掛けて来たか……!」

 

 ディフェンスエリアで怒気を含んだ様に声を上げた狩屋。それに続き、アステリが眉をひそめ吐き捨てる。

 フォンセは自身の元に渡ったボールを一瞥すると、突っ込んできた天馬、浜野に目掛け思いきり蹴り込む。二人を吹き飛ばしたボールはザ・デッドイレブンの間を目まぐるしく飛ぶのと同時に、雷門イレブン一人一人を攻撃し、その肉体を少しずつ傷付けていく。

 天馬達の顔を、腕を、腹を、胸を、背中を、足を、サッカーボールと言う凶器を駆使し、容赦なく潰して行くザ・デッド。

 衝突した部位に痛みが走り、筋肉が悲鳴を上げても雷門は立ち上がる事を止めなかった。皆、轟然と突き進むボールに食らい付き、なんとか奪おうと挑み続けるも、そのたびに体は傷付き、体力は削がれていく。

 途中、怪我の酷い天城が交代し、車田が入るも、すぐさまザ・デッドの猛攻に襲われ、倒れていった。

 

 技を出す事も、立ち上がる隙すら与えない。ゴールを狙うつもり等、毛頭無い。

 ただ雷門イレブンを倒す為。その為だけに、ザ・デッドはボールを蹴り続けた。

 

「悲しいですね……」

 

 ゴール前、ボールを持ったスキアが退屈そうに呟く。視線の先には、傷付いた雷門イレブンが倒れ、動けないでいる。

 

「カオス様を負かした方達だから、どれくらいのモノかと思いましたが……とんだ期待ハズレです」

 

 先程までの嬉々とした表情等微塵も無い。まるで天馬達を軽蔑するかの様な冷めた感情の無い瞳を持ったスキアは、ぐるりと視線を三国の方へと移し囁いた。

 

「なので、さっさと終わらせましょうか」

 

 スキアは強く地面を蹴り上げるとボールと共に高く跳躍し、必殺技の構えをとる!

 

「ッ、やめろォ!」

「ビーストラッシュ!」

 

 アステリがたまらず叫んでいた。

 蹴り落とされたボールは黒い獣の影を纏わせ、唸りを上げながらゴールキーパー三国の元へと迫っていく。

 迫りくる超必殺シュートを見詰めると、三国は両手を強く打ち鳴らし自身の闘気を高めた。

 

「うおおおおッ!! 無頼ハンドッ!!」

 

 高まった闘気を集約し具現化した《無頼ハンド》。

 禍々しいエネルギーをはらんだその巨大な手は、スキアの放った超絶シュートを受けるのと同時にその力を失い、木っ端微塵に砕け散ってしまった。

 

「三国さぁーんッ!!」

 

 痛む体を無視し、天馬は叫んだ。

 ザ・デッド、2点目。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 再戦VSザ・デッド――影の力

 ザ・デッドが2点目を得点した直後。試合は一時中断し、天馬達雷門イレブンはベンチへと戻っていた。

 皆、ザ・デッドのラフプレーにより負傷し、歩く事すらままならない状況。途中交代した影山、浜野、車田は特に怪我が酷く、マネージャーの葵、水鳥、茜が手当てを行っている。

 そして、キーパーの三国も……

 

「三国さん……」

「ッ……そんな顔するな。天馬ッ……キャプテンであるお前がそんな顔をしていたら、メンバー全員が不安になる」

 

 腹部をおさえ、苦痛の表情を浮かばせながら三国は不安そうに自分を見詰める天馬に言葉を返した。

 かつて、雷門のキャプテンをしていた事もある三国。こう言う不安な状況だからこそ、群れのリーダーであるキャプテンがしっかりしなければいけない事を身を持って知っていた。

 

「信助。三国と交代だ。フェイ、青山、一乃も。準備をしてくれ」

 

 円堂の言葉に影山、浜野、車田は「まだやれる」と訴えるように円堂を見たが、彼の厳しい顔付きに喉まで出かかった言葉を飲みこんだ。

 自分達の痛みを、彼等自身よく分かってもいたのだろう。

 苦痛と悔しさで顔を歪める三人を一瞥すると、三国は「ゴールは任せたぞ」と信助を見上げ、言葉を吐いた。

 

「さっきのシュート……ゴールでは無く、キーパーの三国さんに向けて放たれていた……」

 

 地面に座り苦しそうに息をするメンバー達を見詰め、アステリが囁く。

 「どう言う事」と尋ねる天馬に、はなからスキアはゴールを決めるつもりは無かった事。キーパーである三国を負傷させる為だけにシュートを放ったんだと言う事を説明してみせる。

 アステリの言葉に天馬は顔をしかめると、湧き上がる怒りに握った拳がワナワナと震え出した。

 

「許せない……サッカーは人を傷付けるモノじゃない!! こんなの……サッカーが泣いてるよ……ッ!!」

 

 天馬の悲痛の叫びはグラウンド中に響き渡ると、ザ・デッドそしてスキアの耳にも届き、聞こえていた。

 

 

 

 

『さぁ負傷者続出の雷門、メンバーを交代し後半戦へと臨みます。現在、ザ・デッドが2点をリードし雷門を圧倒中! はたして、このまま勝負はついてしまうのでしょうか!』

 

・【雷門】フォーメンション・

 

  剣城      フェイ

      天馬★

 神童  錦  青山  一乃

 

狩屋    霧野   アステリ

      信助

 

 負傷した影山、浜野、車田、三国に代わりフェイ、一乃、青山、信助が入り、アステリはDFに下げられての後半戦再開。

 後半戦2度目のキックオフ、フェイがボールを蹴り出し前進する。

 この流れを変えなければ……フェイは心で強く唱えると、迫ってくるザ・デッドイレブンの攻撃を軽やかに飛び跳ね、交わした。

 

『フェイ選手! 軽やかなステップでザ・デッドイレブンのディフェンスを突破していきます!!』

 

 「自分が点を決めなければ」……その思いから地面を踏みこむ足にも自然と力が入る。

 パスを繋いでゴール前に上がっていくフェイ。駆けあがるスピードを上げて真っすぐに突っ込んでいった途端、視界が黒く染まる。

 ハッと顔を上げたフェイの目の前には、あの単眼の影の姿があった。

 

「こんにちわ、フェイさん」

「ッ……!」

 

 不意をつかれ、前へと駆ける足が停止するフェイ。

 すぐさま後ろの選手にパスを送ろうと視線を映すが、皆一様にザ・デッドイレブンにマークされておりパスを出す事は出来ない。

 ならばと目の前の異形を抜き去ろうとフェイが懸命に動くも、自身の動きに合わせ移動するスキアを簡単に抜き去る事は出来ず、彼の顔に焦りの色が見えてくる。

 

「おや、まだそんな機敏な動きが出来ますか……なかなか頑張りますね。__もう、力も無いクセに」

「――!」

 

 耳元で囁かれた言葉にフェイはカッと顔を紅潮させると、目の前の男を睨み付けた。

 それと同時に先程から痛み出していた頭が、更に強く響く様に痛み出すのを感じ、フェイは顔を歪ませる。

 

「お前、ボクに何をした……ッ!」

 

 語気を強め尋ねたフェイを一瞥すると、影の世界を見上げスキアは話し出す。

 

「……この世界は人間の持つ"影"に干渉し、乱す力がありましてね」

「影……?」

 

 怪訝な顔で呟くフェイにスキアは言葉を続ける。

 

「古くから、影と言う物は多かれ少なかれその生物の魂が宿るモノ。この世界に長く滞在しますと、影を通じだんだんとその魂が乱れていき……感情の起伏が激しくなったり、力を過剰に失ったりするのです」

 

 スキアの言葉にフィールドに立つ雷門イレブン全員が驚きの表情を浮かべる。

 

――「……それに、この世界に人間が長居するのもあまりオススメ出来ません」――

 

 一番初めにこの影の世界に連れてこられた際にスキアに言われた言葉。

 その言葉の真意を理解するのと同時に、頭の痛みはより一層激しくなっていく。

 

「他のメンバー以上にアナタが力を失っているのは、前回のゲームでデュプリや化身等、力を大量に使う行為ばかり行っていたから……今も、立っているだけでやっとのハズなのに……試合に出るだなんて――――バカですねぇ」

 

 大きな単眼を歪ませ、侮辱の意を込め唱えるスキア。耳元で囁かれたその笑い声が、過敏になったフェイの神経を余計に刺激した。

 

「違う……ッ!! ボクはまだ、戦える!!」

 

 叫ぶのと同時にフェイはスキアのマークを振り切ると、ゴール目掛け勢い良く駆けだした。

 

『フェイ選手! スキア選手のマークを振り切り、ゴール目掛け一目散に走り出す!!』

「フェイ!」

「ボクがやる!!」

「な……フェイっ!」

 

 スキアのマークから外れ猛進するフェイの元に、同じくFWの剣城が駆け込んで来ていた。

 剣城は前方からブロックに入る二人のDFを確認すると、自分の元にパスを送る様にフェイに声をかける。

 だがフェイはそんな彼の言葉に強気な声を上げると、走るスピードを上げ、目の前のDF目掛け突っ込んでいった。

 

「どうしたんだ、フェイ……」

 

 いつもと違うフェイの様子に、天馬は走る足を進めながら呟いた。

 そこに横から同じ様に走ってきたアステリが、複雑な表情で言葉を返す。

 

「天馬。スキアの言った言葉が本当なら……多分今、フェイの心は不安定になっている」

「え?」

「ただでさえ、こんな異質な場所に連れてこられ、こっちは0対2で負けている……『自分が点を取らなければ』と言うフェイの思いが焦りに繋がり、心を不安定にする要因になっているんだ」

 

 昨夜のカオス戦であれ程冷静に努めていたフェイ。

 そんな彼も、一点も取れず、負傷者ばかり相次ぐこの状況に焦りと苛立ちの感情を露呈させてしまっている。

 アステリの言葉に、天馬は前方を走るフェイの姿を苦しそうに見詰め続けた。

 

『フェイ選手! 次々にザ・デッドイレブンを抜き去って行きます! 雷門、このまま一点を取り返す事は出来るのでしょうか!?』

 

 次々に飛び交うディフェンスを交わし、フェイは必死にボールをキープする。

 最中、フェイは先程の敵の猛攻を思い出していた。

――ボールを渡せばザ・デッドによる猛攻が始まる。

――独りぼっちだった自分に居場所をくれた、天馬や……大切な仲間が、また傷付いてしまう。

――そんなの、もう。見たく無い

 

「これで、決める……ッ!」

 

 ゴール前。フェイはボールと共に高く跳躍すると、背後から紫色のオーラを出現させる。

 オーラはフェイと同じ緑髪に長いウサギの耳を生やした戦士の姿へと変わると、その体を六つの塊へと分散させた。

 

「光速闘士ロビンっ! アームド!」

 

 フェイの声に合わせ、分散されたオーラの塊は発動者の身に纏い、鎧として変化した。

 恐らく体力的に限界が近づいているのだろう。青白い顔をしたフェイは、それでもゴールを狙う。

 

「バウンサーラビットッ!!」

 

 空中で放たれたフェイ渾身の必殺シュートは、確かな威力を纏いながらザ・デッドのゴールに向かい突き進んで行く。

 

『フェイ選手の強力な必殺技がザ・デッドゴールを襲う!! 雷門、同点なるかぁ!?』

「いっけぇー!」

「決まれーッ!!」

 

 実況者アルの興奮した声に混じって、ベンチエリアに座っていた葵、水鳥、茜も立ちあがり、たまらず声を上げた。

 このシュートが決まれば、雷門イレブンにとって強い追い風となる。

 皆の希望が乗ったそのシュートを、その場の誰もが目を離さずに見ていた。

 

 

 

 

 だけど。

 “希望のシュート”なんてモノが決まるのは。

 例えばそれが、弱者も強者も関係無い。

 結末の決まった物語だったらの話で

 

 天馬達の置かれている今この状況では。

 

 そんなの。

 

 無力に等しい程の、弱者の悪あがきに他ならなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 再戦VSザ・デッド――圧倒的な力の差

「……な………………ッ」

 

 フェイの放った渾身のシュートはゴールへ向かい真っすぐに突き進むと、キーパーアグリィの手中に吸い込まれる様におさまり、その動きを停止させた。

 残る力を全て注ぎ放ったシュートを技も使わず……しかも片手だけで止められ、フェイは愕然とその光景を見詰める。

 

「なんだァ、今のシュート」

 

 シュートを止めたアグリィは、その魚の様な顔を不気味に歪ませると唖然とした表情で立ち尽くす雷門イレブンに向かい、言葉を吐く。

 

「……化身アームド状態の必殺シュートまで効かないなんて……ッ」

 

 雷門陣営から信助が愕然と声を漏らす。

 その瞳は揺れており、不安から、自然とキャプテンである天馬の方に視線を映してしまう程だ。

 苦痛に顔を歪ませ、荒く息をつくフェイは立っているのもやっとなのか、地面に膝を付き悔しそうに顔を上げる事しか出来ない。

 

「今のが全力…………なら。もう、終わらせるか」

 

 DFオスクロが静かに呟く。刹那、空気をつんざく発射音にも似た衝撃がザ・デッドゴールエリアから炸裂した。

 シュートを止められた……それはつまり、ザ・デッドの手中にボールが渡ってしまったと言う事。

 それはフィールドに立つ雷門イレブン達に、あの猛攻が再び開始されると言う事を意味していた。

 アグリィの蹴り込んだボールは弾丸の様に真っすぐに飛来すると、ゴール前で膝をつくフェイの横を掠め、背後の剣城と天馬を直撃し吹き飛ばした。

 

「天馬、剣城ッ!」

「ッ……来るぜよ!!」

 

 吹き飛ばされた二人の身を案じる神童は、叫ぶ錦の声に我に返る。

 目の前では天馬と剣城の体に衝突し、跳ね返ったボールを胸トラップしたスキアが立っていた。

 スキアは受け取ったボールを右足で軽く踏み付けると、身構える神童達にジロリと視線を移す。

 

「……もう、結構です。そう言うありきたりの反応は……」

 

 ボールを右足で弄びながら、抑揚の無い声で囁くスキア。

 自分達を見据える感情の無い冷たいその目に、神童は何とも言えない恐怖を感じ得た。

 途端、スキアの周囲が光り輝きだし、雷門イレブンはたまらず目を瞑る。

 黒い光は勢いよく弾けると、中から、燃えるような赤い瞳を持つ巨大な"黒色の獣"を出現させた。

 

「!?」

 

 突如現れたその黒い獣の姿に、雷門イレブンは目を丸くし驚く。

 

「何だよあれ……」

「黒い、犬……?」

 

 ベンチエリアで水鳥と葵が震える声で言葉を発する。

 獣は低い唸り声を上げると、真っ赤なその瞳に雷門イレブンを捕らえ、進撃を開始した。

 地面を踏みしめるたびに散る火花は燃え盛る炎へと変わると、進撃を阻止しようと動く雷門イレブンに襲い掛かり、軽々とその防壁を破壊、突破して行く。

 

「うわあああっ!!」

 

 何度目かの悲痛の叫びがメンバー達から発せられる。

 

『ソウル《ヘルハウンド》を発動したスキア選手!! 圧倒的な力で、雷門イレブンの防御を突破していきます!!』

 

 ボールを持った獣《ヘルハウンド》は、ゴール前までたどり着くと突如進行方向を変え、倒れる雷門イレブン目掛け再度進撃を開始した。

 まるでブレーキを失った暴走車の如く、雷門イレブンを容赦無く叩き伏せるスキア。

 ゴールを狙う事はせず、後半戦開始直後の様にただただ天馬達を痛めつける事を目的とした行為は、ピッチに立つ雷門イレブンがいなくなるまで続けられた。

 ピッチ上の選手達の苦しむ姿を見る事しか出来ない雷門ベンチの空気は重く、皆一様に苦しそうに顔をしかめ拳を強く握っていた。

 

 何も出来ない自分が悔しく、嫌になる。ベンチで痛む体をおさえながらその光景を見る三国達の心には、どす黒い自己嫌悪の様な物がぐるぐると巡り始めていた。

 

「あーあ……無様だなぁ……」

 

 ヘルハウンドの爆走により立ちのぼった土煙が晴れていく様を見詰めながらマッドネスは呟く。

 フィールドに流れる不快な風に眉をひそめ、ソウルを解くスキア。その周りには全身傷だらけで倒れる雷門イレブンの姿があった。

 

『な…………なんて事でしょう!! スキア選手の発動したソウルに全く歯が立たない雷門! 倒れたまま動きません!! 大丈夫でしょうか!?』

「天馬ッ!」

 

 その場の光景に目を見張り驚愕するアルの言葉に、葵……それにゴールキーパーの信助も悲痛の声を上げた。

 右足でボールを踏み付けながら、スキアは退屈そうに伏せる視線をぐるりと一周すると、動かない雷門イレブンに向かい話し始めた。

 

「悲しいですね……こんな物なんですか。雷門のサッカーと言う物は……」

 

 問うスキアの言葉に、天馬は「違う」と否定の言葉を吐きたかった。

 だがダメージが大きすぎるのか、声をあげる事はおろか、息をするので精一杯な彼等は、見下すスキアに対し悔しそうに顔を歪める事しか出来ない。

 返ってくる事の無い答えを待つスキアに痺れを切らしたのか、マッドネスが声をかける。

 

「スキア、いつまでそうやってんだ。もう勝負はついた…………さっさと、終わらせようぜ」

「…………えぇ。そうですね――――全部、終わりにしましょう」

 

 瞬間、スキアの周りに黒い波紋の様なモノが発動する。

 波紋はフィールドに倒れる天馬達を初め、ベンチで待機する他の雷門メンバーの体を通り抜けると、影の世界全体に広がっていく。

 目視出来る程色濃く出たソレを目で追いながら、何が始まったのかと困惑する一同。

 すると突如、視界がガクンと激しく揺れ、巨大な重りがのしかかる様な圧迫感と目を開けている事すらままならない程の脱力感が天馬達を襲った。

 

――なんだ……これ…………ッ

 

 天馬はどうにか立ち上がろうと全身に力を入れる……が、体はびくとも動いてくれない。

 唯一動く目を動かし周りを見ると、近くで同じ様に倒れていた剣城や神童までもが同様に困惑の表情を顔に浮かべている事に気が付いた。

 そんな天馬をしり目にスキアは呟く。

 

「必殺タクティクス《影縫い》――――」

 




《ソウル:ヘルハウンド》
スキアのソウル。
大きく黒い体と燃えるように赤い瞳を持った犬へと変身する。


♯17/10/23 
アステリくんの立ち絵出来ました。
第3話にも挿絵として投稿しています。

【挿絵表示】


【挿絵表示】


【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 再戦VSザ・デッド――必殺タクティクスと謎の化身

「必殺タクティクス《影縫い》――――」

「ッ……スキア、何をした……!!」

 

 ボロボロになった体を引きずりながら叫ぶアステリに向かい、スキアはクスりと笑うと、最初に出会った時の様な不気味な微笑を浮かべ、言葉を返す。

 

「ご安心を、アステリさん。私はただ……彼等の影を操っているだけですから」

「…………は……?」

 

「今、発動した黒い波紋は生物の影を支配し、操る力がありましてね。彼等は私に影を操られている以上、自由に行動する事は出来ません。……まぁ……それだけではありませんが……」

「な……ッ!」

 

 意味ありげに囁いたスキアの言葉に、アステリは背後の雷門イレブン達の方へと振り返る。

 苦痛と困惑の表情を浮かべるメンバー達の影に……微かに光る透明な糸の様な物が見えて、アステリは瞳を瞬かせた。

 

「動きを封じられるだなんて……」

「アイツ等……卑怯な手を……」

 

 呟いた円堂の言葉は、明らかに怒気を含んでいた。

 サッカーが暴力の手段になっている事も、天馬達のプレイを『粗末』だと侮辱するのも……

 今こうして、卑怯な手で皆の動きを封じているのも……全てが許せない。

 拳を強く握り、悔しそうに顔を歪めた円堂の隣でワンダバがふと言葉を零す。

 

「だが、どうしてアステリだけは動く事が出来る」

「……イレギュラーはもとより、生死の概念が無い世界の存在……そしてこの波紋は生物のみに有効な物……」

 

 「我々に効果が無いのは当たり前」と続けるスキアは静かに笑みを浮かべると、「さて」と地面に伏せる天馬達の方へと視線を移した。

 

「ここで雷門の皆様に一つご提案がございます」

「……?」

 

 意気揚々と弾んだ声で"提案"なる物の説明を始めるスキア。

 先程までの冷徹な態度とは一変、温和で紳士的なその口調に困惑する一同をよそに彼は言葉を続ける。

 

「簡単な事です。もう、我等に関わらないで頂きたい」

「……!!」

 

 語られた提案の内容に一同は目を見張る。

 

「アナタ方も、今回の様な辛い目にあうのは嫌でしょう? 自分達の大切な物を傷付けられ、壊されるのは嫌でしょう。自分達の信じて来た力を『粗末だ』と侮辱され、惨めな気持ちになるのは嫌でしょう。……だったらもう、我等の目的を邪魔しないでもらいたいのです」

「スキア……ッ!」

 

 雷門イレブンの目の前で演説をするかの様に言葉を続けるスキア。そんな彼に対し反射的に動いたアステリを、ザ・デッドの面々が取り囲んだ。

 「外野は黙っていろ」……そう笑う白い面の様なマッドネスの顔を睨み付けると、アステリは不安そうに天馬の方へと視線を流した。

 

「アナタ方は個性溢れる素晴らしい人材です。こんな突然現れて世界がどーだの、心がどーだの言う訳の分からない男に協力し、わざわざ危険に身を投じる必要は毛頭ありません。アナタ方がこの一件から大人しく手を引いてくださると言うのなら、我等もこれ以上アナタ方と関わる事はしないと約束しましょう」

 

 手を広げ語るスキアの表情は試合中に垣間見えた、あの嬉々とした笑顔と同じ物だった。

 スキアは彼等がこの一件から手を引くと確信している。

 

 大人びてはいても彼等はまだ中学生。

 こんな意味の分からない場所に連れてこられ、人とは言い難い異形の存在と戦わされ……

 挙句の果てには自分達のフィールドである"サッカー"で手も足も出せない程に痛み付けられ……

 不安定な彼等の心は再起出来ない程にボロボロになっているはず。

 こうなれば後は簡単。彼等に逃げ場を与えれば良い。

 ここまで力の差を見せれば例えアステリが何を言おうが、その言葉を信じ、命を投げ出す様な馬鹿はいないだろう。

 

「それに……例えアナタ方が歯向かい続けた所で、その程度の力では我等に潰されるのがオチですよ」

 

 「今ならまだ引き返せる」「自分達の事は忘れ、普段通りの生活に戻りなさい」……

 心身共に弱り果てた雷門イレブンの心を見透かしたと言わんばかりに、スキアは優しい言葉をかけ続ける。

 彼の発する言葉は拡張していく波紋と共に、雷門イレブンの耳に確かに届き、聞こえていた。

 もちろん、天馬の耳にも。

 

――"今ならまだ、引き返せる"……

 

 力が抜け、何かに押しつぶされる様な感覚を味わいながら、天馬は思う。

 

――ここで俺等が諦めれば……これ以上、誰も傷付かずに済む……?

――痛い思いも……辛い思いもせずに済む……?

――いつもの様に……皆とサッカーがやれる……?

 

――違う

 

「ですので、アナタ方は…………」

「違う」

「………………は?」

 

 突如として聞こえた声に、スキアは言いかけた言葉を飲みこむと声の主の方向へと視線を移した。

 

「違……う…………違うん、だ……。確かに、辛いのも苦しいのも……皆が傷付いて、倒れていくのも……全部嫌だ……嫌だけど…………ッ」

 

 天馬はググッと体に力を込めると、顔を上げ、目の前で自分を見下す様に見詰めるスキアに対し射抜くような視線を向け、叫ぶ。

 

「だけど! だからって、失うと分かっているモノから目を逸らして、逃げる事なんか出来ないよ!!」

「――!!」

 

 自身を貫く、強く鋭い目がスキアの目に留まる。

 一変の陰りも無い真っすぐな青い瞳の奥底で、スキアが"壊れている"と確信していた心は確かに生きていた。

 

「ッ、はあああああああああっ!!」

 

 灰色の空を打ち消さんばかりに天馬は吼えた。

 同時に再度全身に力を込めると、自身を縛る黒いオーラを吹き飛ばすように力の限り腕を振るう。

 瞬間、オーラは弾ける様に飛散すると天馬の体にあった圧迫感や脱力感と共にその効果を消し去ってしまった。

 

「な…………ッ」

 

 目を剥き驚きの表情を浮かべるスキア。アステリを取り囲んでいたザ・デッドイレブンも、予想外の事態に愕然と声を上げる。

 それは今まで飄々と余裕の態度を示していたスキアを初めて怯ませた瞬間だった。

 

『松風選手!! ザ・デッドの必殺タクティクスを気合いで跳ね飛ばしたぁ!!』

「天馬……!!」

 

 もうダメかと思われた天馬の再起の瞬間に、アルは叫び、フェイや神童達雷門イレブン、それにアステリも嬉しそうに彼の名前を呼んだ。

 痛む部位をおさえながら、天馬はゆっくりと立ち上がると、目の前のスキア目掛け言葉を続ける。

 

「俺はお前達になんかに負けたりしない! 諦めたり、逃げたりしない!! 何かを大切だと思う気持ちや、皆との間に生まれた絆がなくなっちゃうなんて……そんなの俺、絶対に嫌だから!!」

 

 そう叫ぶ言葉は天馬の思いだった。

 "怖い""辛い""苦しい"……そんな負の思いを打ち消す程の強い決意が、ボロボロになった天馬の体に力を与えていた。

 

「自力で私の力を振り払い、打ち消した……たかが人間が、私の力を……? そんなの……そんなのって…………ッ」

 

 顔を俯かせ、ワナワナと震える声で呟くスキア。

 自分の力が破られた事に対し、怒りの感情を露呈し始めたと誰もが思った。

 だが、そんな彼等の予想とは裏腹にそこで見た彼の表情は――

 

「そんなの、すっごく個性的じゃあないですかぁ……ッ!!」

 

 狂気を感じさせる程の、歪んだ笑顔だった。

 

「!?」

「あぁ……やはりクロト様の下について良かった。こんな絶望的な状況でなおも力を振るえる、"平凡"では無い"特殊"な方と出会えたんですから」

「何、言って……」

 

 困惑する天馬をよそに口角を引き上げ、興奮した様にスキアは続ける。

 自分の力が打ち消された事を嬉しそうに語る彼からは、先程までの冷静な態度は消え失せていた。

 恍惚と顔を歪ませ自身を見詰めるスキアの瞳に、天馬は寒気にも似た恐怖に一歩、後ずさってしまう。

 その動作をスキアは見逃さなかった。

 

「おや、怖がらないでください。私はただアナタ様のような他人とは違う"個性"を持つ存在が好きなだけなんです」

 

 天を仰ぐように向けられた頭を戻し、こちらを凝視するスキアに天馬はとっさに身構えた。

 そんな彼の姿に一つ笑みを浮かべると、舐めるような視線のままスキアは呟く。

 

「良いですね、とっても個性的で………………壊したくなる」

 

 直後、スキアは足元に転がるボールを拾うと、そのまま全身を黒い光に包みこみソウルを発動させた。

 

「ッ……! 天馬!!」

 

 アステリ、そして動きを封じられ地面に倒れこむ雷門イレブンが声を上げる。

 自身目掛け猛進してくる黒い獣の姿に、天馬は咄嗟にかわそうと体に力を込めるが、上手く動く事が出来ない。

 いくら気合いでスキアの力を弾き飛ばしたと言え、試合中の相手のラフプレーに体はすでに限界が来ていた。

 黒く巨大なソウルの猛進を目に、天馬は反射的にまぶたを強く瞑り歯を食いしばる。

 

――マズイ、このままじゃ……

 

 「潰される」……

 そう思った、次の瞬間。

 

 

 

「!? ぐあ……っ!?」

 

 まぶたを閉じた暗闇の中、強烈な衝撃音と共にスキアのうめき声が聞こえ、天馬は目を見開いた。

 

「…………化身……?」

 

 天馬達、雷門イレブンの目の前に突如として姿を現したのは『翠色の髪を持つ巨大な化身』だった。

 突然の事態に雷門イレブンはもちろんの事、ザ・デッドの面々も驚きの声を上げる。

 ふと天馬は巨大な化身の足元へと目をやる。

 そこには謎の化身の発動者だろう、真っ黒なローブを着た人物がいた。

 

「……!」

「? ……君は……?」

 

 その場の全員が混乱する中、力無く吐きだされた天馬の言葉。

 その言葉に答えるように、ローブの人物は背後に立つ天馬の姿を一瞥する。

 目深にかぶったフードのせいで顔はよく見えなかったが、その中で唯一見る事が出来た、緑色に光る瞳が天馬の脳裏に焼き付いた。

 

 ローブの人物はスキア達、ザ・デッドメンバーの方へと向き直すとグラウンド――いや辺り一面を緑色の光で照らし始めた。

 その光景にスキアは目を見開き驚くと、広がる緑色の光から身を守るように咄嗟に両腕で自分の顔を覆い隠す。

 

「っっ…………これ、は……っ……!」

 

 謎の人物の発した光に苦しそうな声を上げるスキア。

 色のある世界では消えてしまうと言うイレギュラー……

 スキアやザ・デッドイレブンもそうなのだろう。

 皆一様に光から逃れるように、顔を背けては苦しそうな声を漏らした。

 ようやく光が無くなり顔を上げたスキアは、目の前の光景に唖然とした声を漏らす。

 

「…………いない……」

 

 先程まで目の前にいたローブの人物はおろか、天馬達雷門イレブンの姿がどこにも見当たらない。

 

「逃げられちゃいましたか……」

「……どーすんだ、コレ。…………クロト様に怒られてもオレ、知らねぇからな」

 

 呟いたスキアの背後でマッドネスは呆れた様に言葉を放つ。

 あのローブの人物がいなくなったからか、辺りも自分が造った灰色の世界のまま、何も変わった様子はない。

 「だから早く終わらせろと……」と言葉を続ける彼を無視し、スキアは乱れた髪を右手で直しながら何かを考え込む。

 

「……チッ、聞いてんのかよ……スキア」

「えぇ、聞いてますよ。あまり大声出さないでください」

 

 スキアの態度に未だ何か文句を続けるマッドネスに一つため息を吐くと、スキアは踵を返し歩きだす。

 

「……もう戻りましょう、マッドネス。……疲れました」

「…………チッ」

 

 マッドネスはそう舌打ちをすると、先を行くスキアや他メンバーの後を追う。

 

(…………さっきの……どこかで見た気が…………)

 

 灰色の世界を見詰めながらスキアは考えを巡らせた。

 




17/11/01
ハロウィン過ぎたけどハロウィンイラスト描きました。

【挿絵表示】

圧倒的黒さ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 十三年の孤独
第36話 光の後


「――――! ――――!!」

 

――なんだろう……声が聞こえる……。

――俺……どうしたんだっけ……。

 

――そうだ、確かスキア達と戦っていて……。

――それで最後に覚えてるのは……。

――黒いローブと、緑色の……。

 

「天馬っ!」

「!!」

 

 不意に聞こえた言葉に天馬は目を覚ました。

 まぶたを開き最初に目に映ったのは、白い天井と見慣れた二人の心配そうな表情。

 

「…………葵……? 信助も…………」

 

 囁くように唱えられた天馬の言葉に、二人は椅子に腰を下ろし「よかった」と安堵の声を漏らす。

 そんな二人の様子を横目に、天馬はここがどこかを知る為、周囲をぐるりと見渡してみる。

 先程までいた灰色の空間とは一変した白い空間と独特な匂いから、ここが病院である事を理解する。

 

「葵、信助…………俺、どうして病院なんかに…………」

 

 自分達は先程まであの影の世界で試合をしてたはず。

 それがどうしてこんな場所に……

 そんな状況が読み込めない様子の天馬に二人は顔を見合わせると、静かに首を横に振った。

 

「私達にもどうしてここにいるのか分からないの」

「僕達もあの緑色の光に包まれたかと思ったらこの病院の前にいて……そしたら天馬達が倒れてたから、ここの人達と一緒に病室まで運んだんだ」

 

 そう説明する信助の言葉にハッと自分の体を見る。

 所々に手当てされたであろう形跡はあるものの、どうやらたいした怪我では無いらしく天馬はホッと胸を撫で下ろす。

 

――そうだ、他のみんなは……

 

「ねぇ二人共、他のみんなは? 姿が見えないみたいだけど…………」

 

 幸か不幸か、ザ・デッドの目的はフィールドプレイヤーである天馬達を潰す事だったようで。交代で入ったキーパーの信助や、選手ではない葵の身に怪我は無かった。

 だが、自分と共にフィールドに立っていた神童達は……

 不安そうな天馬の表情に葵は優しく微笑むと、安心させるように「大丈夫」と言葉を返した。

 

「みんな、比較的怪我は軽いらしいの」

 

 「一日安静にしていれば問題ないって」。

 葵の言葉に天馬は安心したのか徐々に表情を明るくさせ「よかった」と笑って見せる。

 

「じゃあみんなは別の病室にいるんだね」

「うん…………」

 

 ふと、葵の表情が暗くなった気がして天馬は首を傾げる。

 視線を横に流すと、葵と同じように元気無く俯く信助に気付き、天馬は口を開いた。

 

「……二人共、どうしたの?」

 

 尋ねた天馬の言葉に二人は顔を見合わせると、いままでつぐんでいた重たい口を開き話し出そうとする。

 瞬間、ガラガラと喧しい引き扉の音と共に一人の少年の声が病室内に響いた。

 

「あ! 目が覚めたんだね、天馬」

「フェイ、ワンダバ!」

 

 病室に入って来たフェイとワンダバの姿に天馬は言葉を発すると、元気そうな自身の姿に「安心したよ」と笑うフェイの表情へと視線を移す。

 その笑顔からは試合中見た、あの苦しそうな表情など嘘のように消えていて、天馬は少しだけ安心したように言葉を続ける。

 

「フェイこそ、体調はもう平気なの?」

「うん。ここに来て少し休んだからか、大分良くなったみたい。まぁ、怪我の方は安静にしてないといけないみたいだけど……」

 

 「軽いみたいだからすぐ治るよ」と笑うフェイ。その後ろでワンダバはその短い腕を組むと、「しかし」と思い悩んだような声を発する。

 

「試合中に現れたあのローブの人物……一体、何者なんだ……」

「うーん……ボク達を助けてくれたみたいだけど、どうしてそんな事してくれたのか……謎だね……」

 

 二人の会話に天馬達も同様に頭を悩ます。

 まるで自分の存在を他に分からせないように被られたフード。アレせいであの人物の顔はおろか、男か女かですら知る事が出来なかった。

 そもそも、あの影の世界にはスキア達と自分達、雷門イレブンしかいなかったハズ。

 それなのにどうして、ローブの人物はあの場に姿を現す事が出来たのか……

 考えれば考える程、天馬達の頭の中に黒いモヤのような物が広がっていく。

 考える天馬の記憶に唯一残っているのは、見た事の無い化身と、エメラルド石のように輝いた緑色の瞳だけ……

 

 天馬は「うーん」と低く唸るような声をあげると髪をかき、脱力したように天井を見詰めた。

 

「ダメだ、考えても分からないよ」

「うん……今は情報が足りないね」

 

 フェイの言葉にその場の全員が考えるのを止め、口をつぐんだ。

 数秒の沈黙の後、天馬は何かを思い出したかの様に瞳を瞬かせると、ベッドから体を起こしフェイに尋ねる。

 

「そうだ、フェイ。アステリは?」

 

 天馬がそう言うとフェイは一瞬目を丸くし、キョロキョロと周囲を見回し言葉を返す。

 

「ボクは見てないけど……」

「え」

「あ、アステリなら――――」

 

 

 

 

 「アステリなら屋上にいる」……その言葉を聞くと天馬は病室から飛び出し、屋上への階段を駆けあがる。

 ペンキが剥がれ粗末に見える白い扉を開くと、地面に座りながらボーッと空を見詰めるアステリの姿を見つけた。

 その背中に天馬は一つ、声をかける。

 突然聞こえた声にアステリは一瞬肩を震わせるも、すぐさまその声が天馬の物である事に気付き、驚いた様子で彼に駆け寄っていく。

 

「天馬……怪我の方は平気なの?」

「あぁ! へーきへーき!」

 

 ハツラツと答えた天馬の言葉に「よかった」と微笑むアステリだったが、すぐさま悲しそうに瞳を細め、顔を俯かせてしまった。

 

「……? アステリ……?」

「天馬。……キミに伝えないといけない事があるんだ……」

「え?」

 

 意味ありげに囁いたアステリの言葉に天馬は首を傾げた。そんな彼にアステリは「ついてきて」と言うと、病院内へと戻って行く。

 何が何だか分からないまま、天馬は彼の後を大人しく着いて行った。

 

――なんだろう……

――なんだか、とても嫌な予感がする……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 おかしな皆

 アステリに連れられ天馬がやって来たのは一つの病室だった。

 

「アステリ、ここは?」

「三国さんや他のメンバーの病室だよ」

 

 尋ねた天馬にそう返し、アステリが扉に手をかける。

 すると突然ガラッと扉が開きだし、中から三国達雷門イレブンが出てきた。

 

「三国さん! 皆も!」

 

 病室から出てきた三国達の姿を見て天馬は喜ぶ。

――良かった……皆、怪我も大した事ないみたいだ

 ホッと胸を撫で下ろし、三国達に言葉をかけようとする。

 が……

 

「邪魔だ」

「……!?」

 

 ドンッと言う音が響き、天馬の体が後方に倒れる。

 不意の事で受け身もとれず、地面に強く打ち付けた体が痛む。

 突然倒れた天馬を心配するアステリを横目に俯いた顔を上げると、病室を出ていく三国の姿が見えた。

 他のメンバーも同様に天馬を無視しその場を去ろうとしている。

 

「っ……皆さん、どこに行くんですか!」

 

 そう声を張り上げ通り過ぎていくメンバーを呼び止める。

 が、誰一人としてその言葉に反応する者はおらず、天馬はたまらず目の前を通る倉間の腕を掴んだ。

 

「ちょっと待ってください! 倉間先輩……一体どうして……」

 

 困惑した様子で尋ねた天馬。

 自身の腕を掴むその腕を一瞥すると勢いよく振り払い、倉間が口を開く。

 

 

 

 

 

「――――お前、誰」

「………………ぇ」

 

 天馬は自分の耳を疑った。

 何かの冗談だと思いたかった。

 だが去り行くメンバーの様子や目の前の倉間の表情から、それが冗談や嘘なんかではないのだと理解した。

 何も言えず、呆然と去っていくメンバーを見詰めていると、三国達が出てきた病室から自身を呼ぶ声が聞こえた。

 

 部屋の中を見るとユニフォーム姿の神童が立っていた。

 他にも剣城、狩屋、霧野、錦……それに監督とマネージャー二人も部屋にいる。

 彼等も先程の天馬と三国達の光景を見ていたのだろう。

 皆一様に辛く悲しそうな表情を浮かばせていた。

 

「神童先輩、三国さん達が……!!」

 

 訳も分からず尋ねた言葉に神童は静かに頷くと、低く、暗い声で言葉を返す。

 

「ああ、分かってる。…………俺達も同じ事を言われたからな……」

「え……」

 

 神童は言う。

 目が覚めたら三国達の様子がおかしかった事。

 自分達の事を「知らない」と言い、サッカーの事ですら「そんな事はしない」等と言っていた事。

 神童の口から告げられる言葉に、天馬の中に溢れていた困惑の思いが強くなる。

 「なんで」「どうして」……

 悲しみと混乱が入り雑じった感情の中、天馬の口から零れたのはそんな言葉だった。

 

「天馬!」

「! フェイ、ワンダバ……それに葵に信助も…………」

 

 声のした方向に視線を動かすと、フェイ、ワンダバ、葵、信助の四人が歩いてくるのが見えた。

 天馬達の元へ辿り着いたフェイは周囲の様子を確認すると、複雑そうな表情で天馬に尋ねる。

 

「天馬……三国さん達は…………」

「いなくなっちゃった…………俺等の事やサッカーを知らないって言って……」

 

 恐らく、フェイは知っていたのだろう。悲しそうに目を伏せ、「そうか」と呟く。

 隣を見ると、葵や信助までもが同様に苦しそうな顔で俯いている。

 その様子に、天馬は先程病室でメンバーの事を尋ねた時、葵と信助が暗い顔をしていたのもこの事が原因なのだろうと酷く納得した。

 

 重たい沈黙が部屋に流れる。

 もう対して痛く無いはずの体――特に胸あたりが酷く痛む気がして、天馬は顔を歪ませた。

 辛そうに沈む天馬達の様子に耐え切れなくなったのか、アステリが口を開く。

 

「……あのね、天馬。さっきの三国さん達の事なんだけど……」

「え……アステリ、何か知ってるの?」

 

 アステリの一言に一同は俯かせていた顔を上げ、一斉に彼の方を見る。

 

「うん。……さっきね、三国さん達がここから去る時に……"影"が無かったんだ」

「影……?」

 

 予想だにしなかったアステリの言葉にその場の全員が訝し気な表情を浮かばせる。

 三国達がおかしくなった理由……それとアステリが言う『影』に、一体どんな関係があると言うのだろうか?

 

「ザ・デッドが使った必殺タクティクス…………あれには影を支配する力があるってスキアは言っていたよね」

「うん……」

 

――そう言えばそんな事を言っていたな……

 

 アステリは言う。

 先程戦ったスキアの繰り出した必殺タクティクス《影縫い》には生物の影を支配する力がある。

 影とは古くからその生物の魂が少なかれ宿る不思議なモノ。

 そして魂とは生物の気力、精神、素質、記憶を司る……いわば生物の中枢――"脳"と言っても過言では無いモノ。

 三国達は影を通してそんな魂を支配されてしまっている……のだと。

 

「じゃあ、影を支配されたせいで……皆おかしくなっちゃったの?」

「うん……」

「でも、僕達には影があるよ!」

 

 自分達も三国達と同じフィールドに立っていた。

 それなのになぜ、自分達は無事なのか。

 声を上げ尋ねた信助にアステリは一瞬言葉を詰まらせるも、すぐさま言葉を返した

 

「それは……恐らく、色の力のおかげだよ……」

「色……?」

「それってあの変なローブの奴の?」

 

 アステリの言葉に今まで黙っていた剣城が静かに反応した。

 続いて狩屋がいつもの様なツンとした態度で言葉を発する。

 

「うん、それも影響しているけど……根本的な影響はもっと別にあるんだ」

「どう言う事だ」

 

 神童が聞くとアステリはしばらく考え込んだ後、首を横に振り「難しい話になるから、今は止めておく」と唱えた。

 ただでさえ混乱している彼等に説明した所で更なる混乱を生む事になるだけだろう。

 天馬達もそれを理解したのか、それ以上その事を追求する者はいなかった。

 

「ねぇ、アステリ。どうすれば皆を元に戻せるの……?」

「スキアを倒して、影の支配を解いてもらうしかない。でも、スキアが素直に従うとは思えないな……」

「そんな……」

 

 アステリの言葉に悲しそうに俯いた天馬に、今まで黙っていた円堂が口を開く。

 

「天馬、いつまで落ち込んでいるんだ!」

「円堂監督……」

「奪われたなら奪い返せば良い。俺達はそうやっていつも大切な物を守ってきただろ!」

「!」

 

 円堂の言葉に天馬は目を見開いた。

 

「そうだよ、天馬」

「こんな所で落ち込んでいるなんて、らしくないぞ」

「『なんとかなる』……だろ」

 

 信助、神童、剣城がそう言葉を続ける。

 俯かせていた顔を上げ、自身を見詰める皆の顔を見渡す。

 仲間を奪われ、自分達のフィールドであるサッカーでボロボロにされて……心が折れてもおかしく無いこの状況でなお、その瞳からは光が消えておらず、天馬は今まで落ち込んでいた自分が酷く情けなく感じた。

 両の頬を強く叩き、前を見据える。

 

――そうだ……いつまでもウジウジなんてしてられない……

――決めたんだ、大切なモノを守るって……

 

「皆を元に戻す為にも、こんな所で落ち込んでなんかいられない!」

 

 そんな、いつもの前向きな天馬が戻ってきた事に皆は安心したように笑みを浮かべた。

 

「でもよ、これからどうすんだ? そのスキアとか言う奴がどこにいるかも分からないんだぜ?」

「アステリくんの話からするに…………モノクロ世界にいる……」

「いや、場所は分かってても行く手段が無いだろ?」

 

 そう言葉を交わす水鳥と茜の会話に、天馬達も頭を悩ます。

 

「それなら大丈夫だよ」

 

 静まり返る部屋の中、不意に響いたのはアステリの声だった。

 

「アステリ、何か良い方法があるの?」

「うん。……今日戦ったスキアに影を操ると言う力があった様に、ボクにもキミ達人間には無い特別な力がある。モノクロ世界とこの世界――色彩の世界を行き来する事くらいならボクにも出来るよ」

「本当?」

 

 「だったら今すぐに」と声を上げた天馬に覆いかぶさるように霧野が静止の言葉を発する。

 窓際で腕を組み立っていた霧野は困ったように眉を下げると、不服そうに自身を見詰める天馬に向かい言葉を続けた。

 

「敵の領域に乗り込むんだ、焦る気持ちも分かるがまずは俺達の怪我を治す事が先決だろ」

「そーそー。それにさ、先輩達が抜けたせいでメンバーも足りないし」

「あ、そっか……」

 

 呆れるように放たれた狩屋の言葉に天馬は我に返る。

 三国達がいなくなった事でメンバーは天馬、フェイ、信助、剣城、狩屋、神童、霧野、錦そしてアステリの九人となった。

 モノクロ世界に行きクロトの野望を止めるとなれば、今回のようにサッカーで勝敗を決める機会があるかも知れない。

 そうなった場合、二人もメンバーが足りない状態で敵の懐に飛び込むのは自殺行為であると、天馬にも容易に理解が出来た。

 「まずはメンバー探しが先かぁ」と呟いた天馬。

 直後、何かを閃いたかのような表情でフェイが口を開く。

 

「それなら、ボクに良い考えがあるんだけど」

「良い考え?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 青空

 あの後、話合いは終わり。フェイの『考え』の事もあってモノクロ世界への出発は明日になった。

 幸いにも全員の怪我は入院する程の物では無く、円堂の「明日の為、家に帰り体を休めろ」と言う言葉に従い天馬達はその場で解散。

 用事があるからと言ってどこかに行ってしまったフェイとワンダバの事を考えながら、天馬は木枯らし荘への帰路をアステリと並んで歩いていた。

 

「ねぇ、天馬。怪我……本当に大丈夫?」

 

 道中、アステリが心配そうな顔で天馬に尋ねた。

 

「全然平気だよ! 試合中はもっと痛かったんだけど、なんだかもう平気なんだ」

 

 そう笑う天馬の様子にアステリは安心したように「よかった」と呟く。

 歩を進めながら、天馬はちらりと隣を歩くアステリの姿を見た。

 やはりイレギュラーと言うモノは人間に比べ丈夫に出来ているのだろうか。

 試合中はボロボロだった彼の体も今は治っているように見えて、天馬も安心する。

 

「そう言えばアステリ。屋上で何をしていたの?」

 

 天馬の言葉に、アステリは「あぁ」と微笑みを浮かべると立ち止まって上を見上げた。

 

「空を見てたんだ」

「空?」

 

 首を傾げ呟いた天馬にアステリは一つ頷くと語り出す。

 

「ボクの世界――モノクロ世界の空はね、灰色や黒色で……こんな綺麗な色の空……ずっと憧れだったんだ」

「アステリ……」

 

 そう言って空を見るアステリの顔はどこか寂しそうだった。

 自分達にとって当たり前のようにそこにある、青い空。

 それもイレギュラーの彼にとっては凄く珍しい事で

 憧れであり、夢でもあったのだろうと天馬は思った。

 

「あのね、天馬」

「ん?」

 

 ふと声をかけられ、天馬は視線を下ろす。

 移した視線の先には、先程空を見詰めていた時と同じ、寂しそうな瞳のアステリが立っている。

 どことなく深刻そうなその表情に、天馬の顔にも自然と陰りが出来る。

 「どうしたの?」と尋ねた天馬に、アステリは重たい口を開く。

 

「今まで、言わなかったんだけど……。ボク、無理矢理この世界に来たせいか昔の……モノクロ世界で暮らしていた時の記憶が、所々抜けてるみたいなんだ……」

「え?」

 

 重苦しそうに放ったその言葉に、天馬の脳裏に彼と初めて会った時の記憶が蘇る。

 

 ――「えっと……その……君、道で倒れてたから……」――

 ――「ぇ……」――

 ――「? 記憶に無いのかい?」――

 ――「いや……」――

 

 ――「君はどうして、あんな場所で倒れていたの?」――

 ――「……ごめん。覚えてないんだ……」――

 

 あの時は、目覚めたばかりで記憶が曖昧なだけだと思い、気にしなかった天馬。

 だが、もしアステリの言う様に、この世界に来たショックで記憶がなくなっているんだとしたら、あの時の会話も理解出来る。

 

「だけど、この空の事は忘れてない……。モノクロ世界で暮らしていた時、ボクは確かに見たんだ! こんな風に透き通るくらい綺麗な青空を」

「モノクロ世界で……?」

「うん。……本当はあの世界の空も、こんな風に綺麗な色をしていたのかも知れない……」

 

 モノクロ世界の主、クロト……

 色を奪い、廃化させた世界を自身の理想とする世界の材料にするとアステリは言っていた。

 もしそれが本当なら……アステリの故郷であるモノクロ世界も、元は色のついた世界であった可能性が高い。

 

「だったら! なおさらクロトの野望を止めて、モノクロ世界を元に戻さなきゃ!」

 

 拳を握り力強く叫んだ天馬。

 それにつられるように、アステリも強く頷くと同様に拳を強く握り絞めた。

 

「あぁ。絶対、クロトの野望を止めよう」

 

 そう決意を固め、二人は木枯らし荘への道を歩きだした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 翌日

 翌日、早朝六時ごろ。天馬は愛犬のサスケと共に河川敷を走っていた。

 今日、自分達はこの世界を離れモノクロ世界に行かねばならない。

 今まで様々な事件に巻き込まれて来た天馬も、今回ばかりは規模が違う。

 過去も未来も宇宙も、なにもかもをまたにかけた“世界を守る”為の戦い。

 齢十三の天馬にはとても重たい使命であり、正直の所、今にもそのプレッシャーに押し潰されそうだが。

 天馬にはそれ以上に仲間を奪われ、世界から心を奪おうとするクロト達に対する決意の方が強かった。

 

――スキア達を倒してクロトの野望を阻止しないと、世界中から色が……何かを大切だと思う気持ちがなくなってしまう。

――三国さん達、奪われた仲間達の為にも……

 

「絶対、勝たなくちゃ……!」

 

 グッと拳に力を込め、一人呟いた。瞬間、天馬は気付く。

 

――誰かに見られてる……?

 

 ぐるりと周囲を見回してみる。

 早朝のこの時間。河川敷にはウォーキングをする男性や、天馬と同じように犬の散歩をする老人などがたまに通り過ぎるくらいで、天馬の感じた視線の主とは一致しない。

 気のせいかと再度走り出そうとすると、サスケが「ばうっ」と低い鳴き声を上げた。

 

「サスケ? ………………!」

 

 歩みを止め、一点を見詰めるサスケの視線の先……河川敷の上に架かる橋の下。

 こちらを見詰める緑色の瞳と目が合い、天馬の脳裏に前日の試合の情景がよみがえる。

 

「あの人……!」

 

 言うが早いか。天馬は河川敷の階段を勢いよくかけおりると、橋の下へと急いだ。

 息を切らし目的の場所へと辿り着くと、先程よりもその姿がハッキリと分かる。

 黒いローブ、目深にかぶったフードから垣間見える緑色の瞳。

 それは前日のスキアとの試合で助けてくれた、あの人物だった。

 

「あの。君、昨日助けてくれた人だよね?」

 

 乱れた呼吸を整え、天馬は言葉をかける。が、返答は無い。

 背格好から見て天馬と同じくらいだろうか。目の前の人物は警戒した様子でこちらを見詰めている。

 

「昨日はありがとう。君が来てくれなかったら俺達……もっとボロボロにされてたかも知れなかったよ」

「…………別に、君達を助けた訳じゃ無い」

「え?」

 

 今まで黙っていた男の突然の言葉に、天馬は不思議そうに呟いた。

 

「あれが主人の指示だからね…………」

 

 『主人』……その言葉を聞いて思うのは世界から色を奪い、アステリ達イレギュラーを生み出したと言うクロトの事。

 カオスもスキアもクロトの事を『主』だと言い、アステリを連れ戻そうと襲いかかってきた。

 「まさかこの人も」。そう思い顔を上げると、さっきの男の姿は既に無くなっていた。

 

(さっきの人もクロトの仲間なのか……? でも、それじゃあなんで……)

 

 「アステリならなにか分かるかもしれない」……

 そう思い、天馬はサスケと共に木枯らし荘へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木枯らし荘へ帰ってきた天馬は、さっそく自室に戻りアステリに話を聞こうとした。

が……。

 

「あれ」

 

 自室の様子を見て天馬は首をかしげる。

 朝、出掛ける時には確かにいたアステリの姿がどこにも無い。

 疑問に思い天馬は部屋を出ると、台所で朝食の用意をしていた秋に尋ねた。

 

「秋姉、アステリ見なかった?」

「アステリ君? それなら用事があるって言って、天馬が出掛けた少し後に出ていったわよ」

「そう……」

 

 現在、モノクロームに追われている身であるアステリ。そんな彼を一人で放っておくのは危険ではないか

 そう思い、探しに行こうと踵を返して、天馬は足を止めた。

 よく考えてみれば、彼がどこに行ったのか自分は知らないし。そもそも用事があるのであれば、無理に連れ戻すような事は出来ない。

 「戻ってくるまで待っていよう」、そう一つ言葉を零して天馬は一人、朝食をとり始めた。

 

 朝食を終え、旅立つ為の準備をしていると、ガチャッと自室の扉が開く音が聞こえた。

 扉の方に目をやると、そこには昨日までいなかったフェイが立っていた。

 「ただいま」と言うフェイに「おかえり」と返すと、天馬は昨日からずっと気になっていた事を尋ねる。

 

「用事の方はもう良いの?」

「あぁ。上手くいったよ」

「? どういう事?」

 

 そう不思議そうな顔で唱えた天馬に、フェイは「あとでのお楽しみ」とイタズラな笑みで答えた。

 

「ところで、アステリは?」

「なんか、用事があるって出掛けたみたい」

 

 ふと、壁にかけられた時計を見る。

 あれからもう一時間程経過したが、一向に戻ってくる気配はない。

 そろそろ雷門に向かわなければいけない時間なのに……

――もしかして、何かあったのだろうか……

 

「もしかしたら、そのまま雷門に向かったのかもしれないね」

 

 心配そうに時計を見詰める天馬にフェイはそう言うと、「ボク等も向かおうか」と言葉を続けた。

 確かに、このままアステリが帰ってくるまで待っていては約束の時間に間に合わない。

 今はフェイの言葉に従う事にした天馬は、着替え等の荷物が入ったバッグを肩にかけた。

 

「じゃあ秋姉、行ってきます」

「えぇ。二人共、頑張ってね」

 

 玄関で見送りに来てくれた秋の言葉に二人は強く頷くと、雷門へ向かい歩き出した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 助っ人

 部室に行くと、そこには監督やマネージャーを含めた全員が揃っていた。

 その中にはアステリの姿もあり、天馬は一つ胸を撫で下ろす。

 

「おはようございます!」

「おはよー、天馬!」

「よし、これで全員揃ったな」

 

 メンバーの存在を確認し呟いた円堂に続き「さっそく」と口を開いた神童。その言葉を遮るようにフェイが突然声を上げた。

 途端に周囲の目線がフェイの方へと向けられる。

 フェイは全員の視線が自分に集まるのを確認すると、ニコッと笑顔を浮かべ話し出す。

 

「その前に、皆に紹介したい人達がいるんだ」

「紹介したい人?」

「入って来て」

 

 不思議そうに呟いた霧野の言葉を横目に、フェイが言葉を発すると、ウィーンと言う無機質な音と共に部室の扉が開いた。

 開いた扉の向こう側を見るや否や、一同の顔が驚きの色で染まる。

 ワンダバを先頭に部屋へと入ってきたのは、かつて天馬達と共に戦った仲間――白竜と黄名子だった。

 

「みんな、ちーすっ! お久しぶりやんね!」

「黄名子!」

「フッ」

「白竜、お前まで……」

 

 いつものような決めポーズで元気良く挨拶をする黄名子。

 腕を組み、静かに笑みを浮かべる白竜。

 予想外の二人の登場に天馬は満面の笑顔で出迎える。

 いつもは冷静な剣城も、かつてのライバルである白竜の登場に驚きを隠せないようだ。

 

「二人には今回、助っ人としてチームに加わってもらおうと思って来てもらったんだ。ね、ワンダバ!」

「うむ! 彼等であれば戦力に申し分無いと思ってな!」

 

 短い腕を掲げ意気揚々と話すワンダバの言葉に、天馬は昨日からフェイが出掛けていた『用事』の正体も二人に事情を説明する為だと理解した。

 一方黄名子は、以前より大分人数の減った部室内を見渡していると、少し離れた場所で、自分と白竜を見詰めるアステリの姿に気付き近付いていく。

 近付く黄名子に少しだけ警戒するアステリに彼女は人懐っこそうな笑顔で話しかける。

 

「あなたがアステリやんね? ウチは、菜花黄名子!」

 

 「よろしくやんね」と言葉をかけると、少しの沈黙の後、アステリも警戒を解き「よろしく」と笑って見せた。

 そんな二人の様子を見ていた白竜は周囲に視線を移し、「ところで」と話を始める。

 

「モノクロ世界……と言ったか。フェイから聞いた話によると、過去でも未来でも無い全くの異世界だと言うが、そんな所にどうやって向かうつもりなんだ」

 

 腕を組み訝しげに尋ねた白竜の言葉に周囲の視線がアステリに集まる。

 昨日、アステリは自分の力を使えばモノクロ世界に行く事が出来ると言っていた。

 具体的にどのような方法で行くかは分からないが、敵の企みを潰えす為には彼の力に頼る以外無い。

 アステリは周囲の様子を確認すると一つ頷き、「じゃあ」と言葉を発した。

 

「皆さん、準備は良いですか」

 

 静まり返った部屋に響いた彼の言葉に一同が強く頷く。

 両腕を胸程の高さに掲げ、深く息を吸い込む。

 吸い込んだ空気を外に吐き出すのと同時に、掲げた二本の腕からモノクロ色の気がオーラのように立ち上り、天馬達の足下を通りすぎていく。

 ひんやりとした冷気にも似た感覚を感じるのと同時に、ふわりと自身の体が浮遊する感覚に襲われた。

 

「え」

 

 直後、全身に風を感じ天馬は目を瞬かせた。

 足下を見てみるとそこに地面はなく。ブラックホールのような暗い空間が下へ下へ続いているだけだ。

 

「うわああああ」

 

 突然の事態に驚く天馬達に、アステリが声をかける。

 

「安心して。これはワープホールのような物。このまま落ちていけばモノクロ世界にも無事到着するから」

「そ、そうなの?」

「でもこれ……どうやって着地するんだ……」

 

 比較的冷静な様子で剣城が尋ねる。

 

「あ」

「え、『あ』ってまさか……アステリ……?」

 

 全員の頬に冷や汗が伝う。

 まさか、まさか、まさか……

 

「……着地の事、考えてなかった」

「ええぇ!?」

 

 しばしの沈黙の後告げられた言葉に、その場の全員が声を上げる。

 その間にも落下する速度は上がり続け、天馬達は黒い空間を落ちていった。




17/12/25
いつもこの小説を読んでいただきありがとうございます。
お気に入り登録やしおりなど挟んでいってくださる方もありがとうございます。執筆活動の励みになってます。
今回、クリスマスと言う事でイラストを描きました。
よければどうぞ
【挿絵表示】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 戦果報告

「申し訳ありません」

 

 そう言い、深々と頭を下げるスキア。

 天馬達が影の世界から姿を消した後、スキアはモノクロ世界に戻ると、自身の主人であるクロトの住む塔へと足を延ばし今回の一件を報告をした。

 黒い玉座の肘掛けに腕を置き頬杖をつくクロトは、一通り報告を聞き終わると今まで閉じていた瞼をゆっくりと開け、「そうか」と静かに呟く。

 その様子はいつもの温厚そうな表情とは裏腹に、何を思っているのか分からない程、冷たく虚無に包まれていた。

 

「とりあえずご苦労様、スキア。邪魔が入ったとは言え、あの子達の仲間を支配下に置く事が出来た……よくやってくれた」

「ありがとうございます」

「しかし……スキア」

 

 クロトの言葉に、スキアの肩がピクリと反応した。

 ゆっくりと下げていた頭を上げ、その表情を覗き見る。

 瞬間。その赤い瞳と目が合い、スキアは固まった。

 

「私は確か……あくまで彼等のフィールドである『サッカー』で勝敗を決めろと言ったはずだ」

 

 胃の辺りが冷たく凍るような感覚に襲われる。

 冷や汗が頬を伝う。

――らしくない。

 天馬達の前ではあれほど見せていた余裕もこの男の前では全てが無駄になってしまうと、スキアは心で思った。

 

「確かに、『キミの思い通りにやって良い』と言った私も悪いかも知れない。だが、それを暴力に繋げて良い理由にはならないよね。我等の望みを叶えるに当たって暴力などと言う野蛮行為は不要。……キミも、それは理解していると思っていたんだけど……」

「……はい。申し訳ありませんでした……」

 

 再度、頭を下げたスキア。

 クロトはそんな彼の様子をしばらく見つめると、玉座から腰を上げ近付いていく。

 

「頭を上げなさい、スキア」

 

 そう言われ、頭を上げるスキア。

 目の前に近づいたと言っても自身より高い身長のクロトを、少しばかり見上げるような形になりながら、スキアは口をつぐみ続けた。

 スキアの大きな瞳をしばらく見つめていると、クロトは薄い笑みを浮かべ、スキアの右肩をポンッと軽く叩く。

 

「分かってくれたなら良いんだ。私も指示の仕方が悪かった。すまないね」

「いえ……とんでもありません」

「相変わらず真面目だね。疲れただろう、もう部屋に戻って休みなさい」

 

 そう微笑むと、クロトはスキアの横を通り過ぎ、巨大な窓から外の様子を眺め始める。

 その姿をスキアは一瞥すると、一つ頭を下げ静かに部屋を出ていった。

 

 黒の塔、廊下。

 クロトのいた部屋から出ていったスキアは、下階にある自室への通路を歩いていた。

 名前の通り黒で統一された塔の内部は、壁にかけられたランプの灯りで灰色に光っており、どことなく不気味な印象を醸し出している。

 カンカンカンカン……

 右手に持った日傘の先端が床にぶつかり、軽快な音が通路に響く。

 先程怒られたばかりだと言うのに、こんな態度を取っていたらまた叱られてしまうだろうか。

 

――ま、後悔してないから良いけど

 

 そんな事を考えながら、一人長い廊下を歩いて行く。

 ふと前方から足音が聞こえ、スキアは歩みを止めた。

 閉じていた瞳を開き、音の正体を確かめようと目を凝らす。

 そうして見えた音の主に、スキアは薄い笑みを浮かべると静かに言葉を発した。

 

「ご機嫌よう。カオス様」

 

 色の無いこの世界には珍しい、赤髪の男にそう言葉をかけるスキア。

 男――カオスは微笑みを浮かべるスキアに気付くと、普段のような軽薄そうな笑みを浮かべ話し始める。

 

「やあ、スキア。門番である君がこんな所にいるだなんて、珍しいね」

 

 赤色の髪をなびかせ、カオスは言う。

 前回の天馬達との試合で受けた色によるダメージもどうやら回復したらしく、いつもの尊大な口調が自然と際立って聞こえる。

 

「君のチームメイトから聞いたよ。あの人間達に負けたみたいだね」

 

 恐らく、マッドネスあたりに聞いたのだろう。

 クロトに報告に行く際、「勝手な行動したお前だけで行け」とかなり立腹していた事をスキアは思い出す。

 

「もう知られていましたか。いやはや本当、情けない限りです」

 

 実際の所、試合には勝っていたが、目的である裏切り者の捕縛を成せなかったのだから負けと同じだ。

 肩をすくめ、スキアは残念そうに囁いた。

 

「……君は、嘘吐きだな」

「…………何がです?」

 

 先程までの軽薄な笑みを消し、カオスは言葉を紡ぐ。

 

「窓を見てみると良い。『情けない』と言うわりには、ずいぶん楽しそうな顔をしているから」

 

 そう言われ、ちらりと窓の方を見る。

 窓にぼんやりと映る黒い自身の顔は、確かに楽しそうな笑みを浮かべていて、スキアは「フフッ」と笑いを零す。

 能天気に笑みを零したスキアに、カオスは不快そうに眉間にシワを寄せ、「悔しくないのか」と言葉を投げかけた。

 

「そうですねぇ。クロト様には悪いですが、今回の件で個性的な方に出会う事が出来たので……私としては、喜楽の気持ちの方が強いですか」

「…………松風天馬の事か」

 

 スキアが静かに頷く。

 同時に、カオスの顔色が変わった。

 

「あの方は絶対絶命な状況で私の力を自力で振り払うと言う偉業をなさった。……興味を持って当然でしょう」

 

 目を見開き、嬉々とした表情で語るスキア。

 その顔を一瞥すると、カオスは不機嫌そうに顔を背けた。

 

「……僕は、嫌いだ。ああ言う奴……」

 

 そう囁き、黒く染まった壁を見詰めるその瞳は。

 鮮やかな黄緑色とは反対に、どこか恨みのような、憎しみに似た感情が混じっている気がしてスキアは目を細めた。

 

「……恐らく、彼等はもうすぐこちらの世界に来ると思われます。いかがなされますか、カオス様」

「……そんなの、決まってるだろ」

 

 逸らしていた視線を元に戻し、カオスは歩きだす。

 そして、スキアの横を通り過ぎるのと同時に彼は呟く。

 

「――今度こそ、潰してみせる」

 

 低くドスの効いた声は、天馬達への怒りで満ちていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 モノクロ世界

 長く、暗い空間を落ちていく最中、天馬は夢を見た。

 

 締め切られた窓。

 散乱した本の数々。

 

 先程まで自分達がいた、何もない空間とは違う。

 ただひたすらに暗く、寂しい場所。

 

 そんな場所に、"彼"はいた。

 

 黒く染まった髪に、どこかの学生服を纏う少年は

 部屋の隅でうずくまり、一人、泣いていた。

 

 どうして泣いているのかは知らない。

 彼が誰なのかも分からない。

 けれど、彼から発せられる言葉が、天馬を釘づけにさせた。

 

 苦しい。

 

 辛い。

 

 寂しい。

 

 行き場の無い感情が湯水のように溢れ、天馬の心まで支配する。

 目の前の少年と心でも繋がってしてしまったのだろうか。自分の事でも無いのに、なぜだか涙が溢れ、止まらない。

 ボロボロと流れた涙は床に大きな水溜りを作り、やがて二人を覆い隠す程に肥大していく。

 赤黒い、まるで血のような涙の海に天馬は飲みこまれる。

 息の出来ない苦しさに酩酊する視界。

 揺らぐ意識の中、天馬の頭に声が響く。

 

「否定しないで」

 

 それが、目の前の少年の言葉だと理解するのと同時に

 天馬の意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

「天馬」

「!」

 

 名前を呼ばれ目を覚ますと、特徴的な黄色の髪が映った。

 

「……アステリ」

「良かった……」

 

 そう安心したように息を吐きだすアステリの姿を横目にゆっくりと体を上げる。

 ツゥと頬に何かが伝い、天馬は不思議そうに目を瞬かせた。

 瞬きをする度頬を濡らすそれが涙だと気付くと、天馬は慌てて袖口で目をこすり拭う。

――なんで……

 ちらりとアステリの方を見てみる。どうやら先に目覚めた神童達の方を向いていた為、天馬の涙には気付いていない様だ。

 

「気がついたか、天馬」

「はい」

 

 立ちあがった自分に向かい声をかけた神童に、天馬は言葉を返した。

 あの後、無事モノクロ世界に着いたは良いもの、全員ワープの反動から意識を失っていたのだとアステリは語る。

 「ごめんなさい」と頭を下げるアステリを宥めると、天馬は改めて辺りを見回した。

 黒い木々に灰色の地面、どんよりとしていて夜なのか朝なのか判別が付かない黒い空……

 白と黒の濃淡だけで構築された世界が、天馬達の目前に確かに存在していた。

 

「ここがモノクロ世界……」

「なんだか、不気味な所ね……」

 

 話には聞いていたモノの、本当に色が無い事に唖然とする天馬。

 同様に、不安そうにざわめく一同に紛れ、アステリは久しぶりに訪れる故郷を悲しそうな目で見詰めていた。

 

「やっぱり……あの時と何も変わっていない……」

「ゲッ」

「? 狩屋、どうかした?」

 

 恐る恐る狩屋が指を指した先にいたのは、辺りを這うようにして動く黒い塊だった。

 手足が無く、はねるように動く者。地面に寝そべり動こうとしない者。

 大きい者、小さい者、細い者、太い者……様々な形の黒い塊が無数にうごめいていた。

 あれもイレギュラーの一種なのだろうか……

 顔をしかめ見詰める一同に、アステリが口を開く。

 

「あれが、この世界に住む異端な存在……イレギュラーだよ」

「あれが……」

「でも、僕達が戦った奴等とは違うよ?」

 

 尋ねた信助の言葉に、アステリはイレギュラーには三つの種類がある事、そして今自分達の前にいるのが通常のイレギュラーの姿だと言う事を伝える。

 

「顔も、色の濃淡もあるスキアやボクの方が、本当はイレギュラーとして特殊な存在なんだ」

「そうなんだ……」

 

 アステリの話に無理矢理ながらも納得したように信助は呟いた。

 未だ困惑の色を浮かばせているメンバーの中、黄名子が声を上げる。

 

「ウチ、あの人達に話し掛けてくるやんね」

「え、ダメだよ黄名子!」

 

 危険だと訴えるフェイの言葉をよそに、黄名子は黒い塊に駆け寄り声をかけた。

 しかし、黒い塊は話し掛けてきた黄名子の事など眼中にないかのように、彼女の横をずるずると這いずり去ってしまった。

 

「ありゃ……行っちゃったやんね」

「もう黄名子ってば。勝手に行動したら危険だよ!」

 

 通り過ぎていく塊を見詰め呟いた黄名子に、フェイが咎めるように言葉を発した。

 「ごめんやんね」と謝る黄名子。その姿を横目に、白竜がアステリに尋ねる。

 

「アステリ。アイツ等もお前や敵と同じイレギュラーだと言ったが、俺達に襲い掛かってきたりはしないんだろうな」

「あぁ。アレはキミ達に危害を加えたりはしない。絶対に」

「なぜ、そう言いきれる」

 

 疑り深く、警戒心が強い白竜らしい反応だ。

 傍で二人の会話を聞いていた剣城も、腕を組みアステリの言葉を待っているのか黙りこくっている。

 

「色が無い奴等には生物が持つ感情も、意識も、思考も、何もない。さっき菜花さんが話しかけた時、反応が無かったのが何よりの証拠だよ。……外見も中身も無い、不安定で無機質な存在。それが黒いイレギュラーの全てだから」

 

 怪訝そうな白竜の目を見据えながら、淡々とアステリは語る。

 その言葉に、白竜は納得はせずとも理解は出来たような、複雑そうな表情を浮かべた。

 

「……ごめん、難しいよね。でも、奴等がキミ達に危害を加えないと言う事だけは絶対だから。そこだけは、信じてほしい」

「…………分かった」

 

 白竜の返事にアステリは小さく微笑むと「ありがとう」と言い、歩きだした。

 

「疑っているのか」

 

 剣城が白竜に声をかける。

 

「当たり前だ。こんな得体の知れない場所も、アイツの事も、全てが信用ならん。敵の目的は世界から色を消すとかなんだか言っていたが、そんな事本当に出来る奴がいるのか?」

「……今、俺達がいる場所が答えだろ」

 

 そう言って剣城はグルリと周囲を見渡す。それに釣られて白竜も周囲の様子を再確認する。

 古い映画の中に入り込んでしまったかの様な、モノクロ色で包まれた世界。自分達の現実に確かに存在する、異様な世界の光景に白竜は眉を顰めた。

 

「もし本当に、色を奪うなんて力があるなら。なぜわざわざ俺達を襲う? こんな大それた事を可能にする力があるなら、サッカーなんて回りくどい事をせず、とっとと目的を果たしてしまえば良いだろう」

「それを今から知りに行くんだろ。少しは落ち着けよ、白竜」

 

 次第に熱を帯びていく白竜の言葉に、咎めるように剣城は言う。

 

「一つ、訊いても良いか」

「……なんだ」

「今回の騒動に関わる上でフェイから言われたはずだ。アステリの事も、この世界の事も。……お前はさっき全てが信用ならないと言ったが、それならばなぜ、嘘か本当か分からない今回の騒動に関わるようなマネをした」

 

 剣城の問いに白竜はハッと笑うと、腕を組み「愚問だな」と言葉を続ける。

 

「例え真実がどうであろうと、サッカーを失うかも知れない等と言われれば、断る事など出来る訳無いだろう」

「俺達も同じだ」

「!」

「俺も、他のメンバーも、未だ理解も納得も出来ない事ばかりで混乱している。アステリの事を疑う気持ちが無いと言えば嘘になるだろう。だが、今の俺達には進むしか選択肢が無いんだ。……いなくなった皆を元に戻すには、な」

 

 そう白竜を宥めるように吐いた剣城の言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようにも聞こえた。

 自然と伏し目がちになる彼の脳裏に浮かぶのは、先日の黒い異形との試合。

 あの場にいなかった白竜には理解しがたい、今まで培って来た自分達のサッカーが全く通用せず、ただ呆然一方に叩き伏せられる屈辱と苦痛は、剣城の心にトゲのように刺さり残っている。

 

「全てを信じろとは言わないが、今はアイツの言葉に従ってみようぜ」

「…………不本意だな」

 

 いつもの様に冷静に唱えた剣城の言葉に白竜は納得しない様子で吐き捨てると、先を行く仲間達の方へ向かい歩きだした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 険悪

 アステリを先頭にこのモノクロの世界を歩き続けて、どれ程の時間が過ぎたのだろう。

 分厚い雲で覆われた空は太陽や月の有無も分からない程、暗く沈みこみ。

 周囲を見回せば、上へ上へと伸びた背の高い廃ビルと頭上を埋める電線が目に映り、なんとも閉鎖的な印象を一同に与え続けていた。

 歩めど歩めど変わらない平坦な風景に、メンバーの足取りも自然と重くなり、口数も減ってしまっている。

 重苦しい空気の中、後方を歩く錦が口を開いた。

 

「ワシ等は一体いつまで歩き続けりゃええんじゃ」

「さっきから同じ風景ばっかりだけど、本当に進んでんのかよ」

 

 続いて狩屋が疲弊した様子で言葉を吐く。

 

「なあ、アステリ。さっきからこうやって歩いてはいるが、俺達はどこに向かっているんだ?」

 

 神童達、人間にとってこのモノクロ世界と言う場所は完全に未知の領域だ。

 どこに何があるのか、そもそも何を目的として自分達は歩めばいいのか。

 文字通り右も左も分からない状況で、この世界で生まれ過ごしたアステリに従いついて行くのは必然の行動だった。

 心の内ではなんと思っていようと、自身等の目的を果たすにはそれしか方法が無いし、それが最善の策だと分かっていたから。

 だが、いつまでも同じ風景ばかりが続く場所を歩き続け、さすがにメンバーの顔にも疲労と不安の色が見え始めている。

 背後で尋ねられた神童の言葉にアステリは体ごと向きを変えると、他のメンバー達にも聞こえるような声で話を始めた。

 

「ボク達は今、【黒の塔】と呼ばれる場所に向かっています」

「黒の塔?」

 

 アステリの口から告げられた言葉に天馬は首を傾げた。

 

「この世界の最深部に存在する、その名の通り黒く高い塔。そこにクロト達は住んでいます」

「それって敵の本拠地って事?」

 

 驚いたように声を上げた信助に続いて、神童が言葉を投げかける。

 

「その塔にはどうやって行くんだ? 地図のような物は無いのか?」

「この世界は日によって地形を変えるんです。だから、そう言う物は……」

「そうなのか……」

「ではお前はどうやってその塔に行くつもりだ」

 

 白竜が冷たい口調で言い放った。

 

「まさか、地図も無く。地形すら変わるような場所で、闇雲に歩き続けるつもりだった訳ではあるまいな」

「違うよ。……でも、どうやってその塔に向かうのかは、説明出来ない」

「ハッ、意味が分からないな。説明の出来ない行動など、闇雲な行動と同じだろう」

「それ、は……」

 

 まるで威圧するかのように吐きだされる白竜の言葉にたじろぐアステリ。

 何も言い返してこないのを良い事に白竜はそのまま言葉を続ける。

 

「俺達はお前と違って命があるんだ。今はしょうがなくお前の言う事を聞いているが、お前の勝手な行動でこちらの身が危険に晒されては――――」

「いい加減にしろ、白竜」

 

 先程よりも高圧的になってきた白竜を止めるように、剣城がその肩を強く掴む。その行動が気に入らなかったのか、白竜は振り返るとギロリと彼を睨み付けた。

 両者の間でピリピリとした空気が流れる。それを察して天馬が二人の間に入った時だった。

 

「おい、あれはなんだ?」

 

 緊迫した雰囲気の中、ワンダバがそんなノンキな声を上げる。

 傍にいたフェイが「どうしたの」とワンダバの視線の先に目をやると、先程から見慣れてきたコンクリートの道の先に白い石製のゲートのような物が見えた。

 先程まで険悪した雰囲気だった白竜達も同様にそのゲートの方に視線を向ける。

 

「こんなゲート、さっきまであったか?」

「いや……」

 

 神童の問いに一同は首を横に振る。

 確かに先程までは皆平坦な風景と疲れから自然と伏し目がちになっている者も多くいた。

 だが、これだけの人数がいて誰一人このゲートに気付かなかったなんて、あり得るのだろうか。

 

「……この先にも道があるみたいだな」

 

 ゲートの向こう側を見ると、同様に白い石製の道が続いているようで、先に進む事が出来る。

 アステリはゲートの先を見詰めると、少しの間まぶたを閉じ意識を集中させる。そしてゆっくり目を開けると一つ頷き、口を開く。

 

「行こう」

「大丈夫なの?」

「身の危険の心配は無いよ。……それに、どの道先に進むにはこのゲートの先に行かなくちゃいけない」

「行くしかないか……」

 

 神童はメンバーの顔をぐるりと見回し、反論が無い事を確認するとそう言葉を発した。

 先頭はアステリが、最後尾には未だ怪訝そうな様子の白竜を連れ一同はゲートをくぐり、先へ進み出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 出会い

「うわぁ……」

 

 白い石製のゲートをくぐり、大きな岩のような柱が建ち並ぶ道を進んだ一同を待っていたのは小さな街のような場所だった。

 先程まで空を覆っていた分厚い雲も晴れ、太陽のような物も上り、色こそ無いものの心なしか街中も明るく感じる。

 

「街、か?」

「今までとずいぶん雰囲気が違うな」

 

 剣城の言う通り、先程のコンクリートだらけの無機質な空間とは一変し、ここは明るく自然的な印象を感じさせてくれる。

 街中を心地の良い風が巡り、一同の髪や服を穏やかに揺らしていく。

 穏やかな風にその身に感じながら、ふと、天馬は以前アステリに言われた言葉を思い出していた。

 カオスとの試合の際。アステリはモノクロ世界の事を様々な町や国が繋がった歪な場所だと話していた。そして、その町や国が元々は自分達の住むような色のある世界だったと。

 では今自分達が立っているこの場所も元々は色のついたどこかの国や町だったのかも知れない。

 

 色を奪い廃化させた世界を自らの理想とする世界の材料にする……そんなクロトの身勝手さに改めて憤りを感じるのと同時に、天馬にある一つの疑問が浮かんだ。

 

――じゃあ、廃化した世界の人達はどうなっているんだ……?

 

 

「わあ! 外からのお客さんですか!?」

 

 突如聞こえた声に天馬の肩がビクリと跳ねあがる。

 聞いた事の無いその声の方向に、反射的に視線が向かう一同。

 そこには短いクセ毛に翼の形を模したペンダントをした顔と色の無いイレギュラーが一人、こちらを向いて立っていた。

 声からするに男だろう。ここに来るまでに見てきた異形のイレギュラーとは違う、人間に似た姿を持つソレに自然と臨戦態勢をとる天馬達。

 だが、ソレはそんな彼等を尻目に、話を続ける。

 

「お客さんなんて初めてだ! あ、どうぞ! ゆっくりしていってくださいね!」

 

 自分達を攻撃する訳でも、外にいた異形のように無視する訳でも無く、むしろ歓迎するような行動をとるイレギュラーに怪訝そうに眉を顰める一同。アステリも警戒心を強め、目の前のイレギュラーを睨み続けている。

 不穏と化した空気の中、最初に声を発したのは天馬だった。

 

「君、名前は……?」

「あ、すみません。僕、『カルム』って言います」

「そうなんだ。俺は松風天馬。よろしくね」

 

 警戒心を解き、穏やかな口調で自己紹介をする天馬。それに合わせてカルムと名乗るイレギュラーも「よろしくお願いします」と丁寧に会釈をした。

 

「えっと、松風さん達は人間ですよね?」

 

 その問いに「そうだよ」と言葉を返すと、先程のように嬉しそうに声を上げ「感激です!」と天馬の手を両手で握り絞めた。

 恐らく初めて人間と言う存在を見たのだろう。あまりにも無邪気に話すカルムに天馬も、そして一同も不思議そうにその光景を見詰める。

 嬉しそうにはしゃぐカルムの様子を見ていると、背後からワントーン低い男の声が聞こえた。

 

「カルム。作業の途中だろ。何をして――……?」

 

 そう言ってカルムの後ろから姿を現したのは、右サイドに流れたクセ毛にカルム同様、翼の形を模したペンダントを付けた男。

 男は天馬達を見ると少し警戒した声で「誰?」とカルムに尋ねた。

 

「あ、『ゲイル』! この人達ね、お客さんだよ! しかも人間! 僕、人間って初めて見て――」

「見れば分かる。……で、何の用で?」

 

 ゲイルと呼ばれた男はカルムの言葉を遮ると、浅いため息を吐き、天馬達に尋ねた。

 今まで出会った異形と同じく顔と色の無い彼だが、その口ぶりから天馬達に対し不信感を抱いているのは一目瞭然だった。

 目の前のイレギュラーに対し警戒心を抱きながら、でも決してそれを表に出さぬように、フェイが言葉を返す。

 

「ボク達は、この街の先に用があってこうして歩いてきたんだ。それで、出来れば少しの間この街で休ませてもらえたらと思って……」

 

 長時間の歩行でメンバー達の顔にも疲れが出ている。

 こうやって顔の無いイレギュラーと話す事が出来るだなんてフェイ自身思ってもいなかったし、不安もあるが、今は贅沢は言っていられない。

 フェイがそう説明すると、ゲイルは少し考え込んだ後「ではついて来てください」と天馬達を招き入れてくれた。

 

「入れてくれるやんね」

「俺等の事、警戒してるみたいだけどね」

 

 言われるがまま、二人について行く一同。

 街は砂地の地面にいくつもの石や岩が柱のように建ち、同じく石や岩で出来た家屋が立ち並んでいる。

 道中、街の様子を興味深そうに眺める天馬達にカルムが話しかけた。

 

「この街は【ヒンメル】と言います。皆、石を加工して家を作りそこに住んでいるんです」

「へぇー」

「全部、自分達だけで建ててるのか?」

「はい!」

「この家全部?」

「はい! あ、でも石の加工は機械でやってますよ」

「凄いな……」

「てか、なんでお前までついてくるんだよ」

 

 そう言うと、ゲイルは隣で歩くカルムをギロリと睨んだ。

 ……実際、彼等には顔が無いので睨むと言う表現は正しくは無いだろうが、そんな素振りをした。

 

「お前は作業中だろ。持ち場に戻れよ」

「少しくらい平気だよ。今は休憩時間だし、僕も久しぶりに"長"に会いたい!」

「長?」

 

 カルムの言葉に円堂が首を傾げた。

 

「この街の長に貴方達の事を伝えに行きます。外の……しかも色のついた存在ですし」

「結局疑ってんのかよ」

「まあまあ……」

 

 ぼそりと呟いた水鳥の言葉に傍にいた葵が宥めに入る。

 そんな事を知ってか知らずか、ゲイルは真っすぐに前を向いたまま歩みを続ける。

 

「すみません、ゲイルは心配性なんです。決して貴方達を嫌ったりしてる訳ではありませんから……」

 

 そう、ゲイルに聞こえないような声でカルムが謝るのを「大丈夫だよ」と天馬が優しく返した。

 

「それにしても、この街のイレギュラー達はずいぶん友好的なんだな」

 

 霧野が先程から抱えていた疑問をカルムに投げかけた。

 

「あぁ。それは長の教えなんです。"世界や見た目が違えど存在する者は皆同じ。だから怯えたり怖がったりする必要はない"って」

「ずいぶん変わった考えを持っているんだね、その子」

 

 少し離れた所でアステリが尋ねるように唱えた。

 

「まあ、イレギュラーとしては変わってますかね。でも、僕も街の皆もそんな長を強く慕っているんです」

「慕って…………」

 

 嬉しそうに語るカルムの言葉にアステリはそれ以上言葉を紡ぐのを止め黙り込んでしまった。

 思考や感情と言った生物特有の特性を持たないイレギュラーがこのように他者と会話をし、意思の疎通を行うなんて事は本来ならありえない。

 ましてやこんな風に自分では無い存在を理解し、慕うだなんて思考を持つのはイレギュラーの中でも特殊な色と顔を持つ者だけだ。

 それなのに、目の前の二人……否、この【ヒンメル】と呼ばれた街の住人達は黒一色の容姿とは裏腹に自我を持ち、互いを理解し、まるで色彩の人間と同じ生活を送っている。

 「理解出来ない」……自身の知識では到底ありえないはずの現実に、アステリは強く眉を顰めた。

 

「へぇ、俺も早く会ってみたいなぁ。その長って言う人に」

「きっと長も貴方達の事を歓迎してくれますよ!」

「どうだろうな」

 

 和気あいあいと言葉を交わす天馬とカルムにゲイルが静かに囁いた。

 その様子にカルムは「もう」と不満そうな声を上げる。

 

「ゲイルは本当、心配性なんだから!」

「……そうじゃねぇよ」

「え?」

 

 二人の会話を聞きながら長い柱で囲われた道を歩いて行く。

 「そうじゃない」とはどう言う意味なのだろう。薄灰色の空を見上げ、天馬は考えた。

 

 

 

 

 しばらくカルムとゲイルについていくと、長い柱で囲われた道とは一変。少し開けた場所に出た。

 

「つきましたよ」

 

 ゲイルの促す先に視線を向ける。

 そこには白い檻のような形をした巨大な神殿が天馬達を見下げるように佇んでいて、一同は息をのむ。

 

「うわあ……ゲームみたい!」

「長、来客をお連れしました」

 

 「すごいすごい」と興奮した様子ではしゃぐ信助を一瞥すると、ゲイルは神殿の中にも聞こえるような大きな声で言葉を発した。

 数秒の沈黙の後、入口の方からコツコツと石畳を歩く音が聞こえて来る。

 段々と近付いてくる足音に耳を傾けながら待っていると、神殿の中から白いローブにフードを被った一人のイレギュラーが姿を現した。

 

「あれが長……」

「やっと来たんだね。待ってましたよ、松風天馬」

「えっ?」

 

 白フードのイレギュラーから発せられた言葉に天馬は目を見開く。

 「なぜ自分の名前を」……そんな事を思考するより前に、イレギュラーは天馬の前まで近付き、被っていたフードをそっと外した。

 そうして露出されたイレギュラーの姿に

 

「――!?」

 

 一同は驚愕した。

 

「はじめまして。私……いや、アナタ達には"俺"……かな。【ヒンメル】の長を務める『シエル・ウィンド』と申します」

 

 そう言って不自然な程丁寧な言葉で挨拶をするイレギュラーの姿は。

 

「俺……!?」

 

 紛れも無い『松風天馬』だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 空の街【ヒンメル】

「はじめまして。私……いや、アナタ達には"俺"……かな。【ヒンメル】の長を務める『シエル・ウィンド』と申します」

「俺……!?」

 

 一同の目の前に現れたのは白と黒の濃淡のみで構成された天馬と全く同じ顔を持つイレギュラーだった。

 

「キャプテンにそっくりやんね!」

「おい、アステリ。これはどう言う事だ」

 

 困惑した様子で問いかける神童にアステリは首を小さく横に振ると、同じく困惑した様子で囁いた。

 

「ボクにも何がなんだか……天馬と同じ顔のイレギュラーなんて……」

 

 ざわざわと戸惑う一同の反応に、シエルと名乗る男は申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「突然この様な姿を晒し、驚かせてしまってすみません。俺はアナタ方のよく知る松風天馬と同じ姿をしていますが、全くの別人だと思ってください。そうした方が少しは戸惑いも解消されるでしょう」

「天馬と全然話し方違う……」

 

 天馬の見た目を模しながら、全く違う口調で話すシエルに葵が呟く。

 

「皆さんがこの街に来られる事は分かってました。アナタ方はあの人に会う為、黒の塔に向かっているのですね」

「! どうしてそれを……」

 

 核心を突いたシエルの言葉にフェイが驚いたように声を上げた。

 その反応に穏やかな笑みを浮かべたシエルは「信じ難い事だとは思いますが」と少し俯きがちに言葉を続ける。

 

「俺は世界中に吹く風からこの世界で何が起きているのか知る力があります。なので皆さんがこの世界に来た事も、その目的も、全て認知していました」

 

 この世界に住む種族が特殊な力を持っているのは、スキアやアステリの件で否が応にも理解出来ていた。そんな彼等だからか、今更シエルの言葉を疑う事などせず、淡々とその事実を受け止める事が出来た。

 

「じゃあ話は早いんだけど、少しの間この街で休ませてもらいたいんだ」

「ええ、構いませんよ。ちょうど街の東側に誰も使っていない大きな空き家があります。家具類も一応ですが揃ってますのでそこをお使いください」

 

 快く承諾してくれたシエルに礼を言うと、天馬達は案内役のゲイルに連れられ街の東側へと歩きだした。

 

 

 

 ゲイルの案内で空き家へと辿り着いた一同は各自振り分けられた個室に自身の荷物を下ろすと、大広間でこれからの事を話し合う事にした。

 

「それにしても、まさかこの街の長って言うのが天馬くんソックリな奴だったとはねー」

 

 木製の椅子に腰をかけながら、狩屋が言う。

 

「うん、ボクも驚いたよ」

「アステリも知らなかったやんね?」

「さっきも言った通りこの世界は日によって地形が変わるし、以前までのボクは自分が生まれた場所から出るなんて事しなかったから……」

 

 黄名子の問いにアステリは静かに答えた。

 

「とりあえず、この街を出た後どうするのか考えよう。アステリ、その黒の塔って言う場所にはあとどれ位で着きそうか分かるか?」

「ごめんなさい。正確には……」

「そうか」

 

 濁すように答えたアステリの言葉に神童が落胆したように呟く。

 その一言に少しの不安を感じ取ったのかアステリは「でも!」と椅子から勢いよく立ちあがると、強く言葉を続けた。

 

「確かにこの先にあの塔はあるんです! 言葉では上手く言い表せないけど……気配と言うか、そう言うのを感じるんです!」

 

 「だから!」と言葉を続けようとしたアステリの肩を叩くと、天馬は優しそうな表情で「大丈夫」と囁く。

 穏やかに自分を見詰める瞳にアステリはハッと我に変えると、「ごめん」と静かに椅子に腰を下ろした。

 それからも話し合いは続けられたが、これと言った収穫は無く。結局その日は体の疲れを癒そうと言う結論に至り、各々自由な時間を与えられた。

 

 

 

 その日の夜。天馬は宿泊する事になった空き家の外で空を見ていた。

 この世界に初めて来た時に見た、沈むような黒色では無い。自分達が見慣れた色のついた夜空とどこか似ている空の様子に、天馬の混乱しっぱなしの心は和んでいた。

 

「うわー、まんまるだ」

 

 空に輝く白く丸い月に向かい腕を伸ばすと、天馬はそう言葉を発した。

 以前、アステリはモノクロ世界には時間の概念が無いと言っていたが、やはり昼や夜の区別くらいはあるのだろうか。

 それともこの街だけが特殊なのか?

 

「天馬、こんな所にいたんだね」

「アステリ!」

 

 いつの間に宿から外に出てたのだろうか。アステリはその水色の瞳を細め微笑むと、天馬の隣に腰を下ろし尋ねる。

 

「何してたの?」

「空を見てたんだ。アステリも見てよ、あの月! まんまるでキレイだよ」

「わあ、本当だ。まんまるだね」

 

 空に浮かぶ白い月を見詰め笑うアステリに天馬は「だろ?」と笑い返すと、少し間を開け話し出す。

 

「あのさ、さっき白竜が言ってた事なんだけど……あんまり気にしないでね。アイツ、態度こそああだけど、悪い奴って訳じゃないんだ」

「……ああ、もちろん分かってるよ」

 

 天馬の言葉に、アステリは先程より少しだけ乾いた笑みを浮かべると、目の前の風景に視線を戻し言葉を続ける。

 

「白竜くんの言い分はもっともだった。キミ達があまりに良い人達だから、ボクも甘えていた。彼の言葉で思い出したよ。ボクとキミ達が違う存在だと言う事を」

 

 発する言葉と寂しそうに月を見上げる横顔に、天馬は言葉を詰まらせた。

 「それは違う」と否定すれば良かったのだろうか。だが事実。自分達人間とアステリ達イレギュラーとでは違う部分が多い。

 その証拠に、先日のスキアとの戦いで自分達は多かれ少なかれ怪我を負ったと言うのに、目の前の彼はそうではない。

 怪我をすれば痛みを伴い、最悪の場合命を落とす。自分達はそんな弱く脆い存在であると、あの時、動かない体と共に思い知らされた。 

 

「……ッ。アステリ――」

「こんな夜更けにお散歩ですか?」

 

 突如、静かな空気を破って響いた声に天馬は目を見開き驚くと、体ごとその方向に視線をやった。

 そこには先程出会ったばかりの、それでいてとてもよく見慣れた姿を持つ一人の少年が立っていた。

 

「シエル」

「こんばんは、今日は良い風が吹いてますね」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら二人の元へ歩み寄ってくるシエルにアステリが尋ねる。

 

「キミこそ、どうしてここに。ボク等に何か用かい?」

「用と言う程ではありません。アナタ達の事が少し気になりましてね。見回りがてら様子を見に来たんです」

「見回り?」

「えぇ。住人達の様子を見て回るのも、長として大切な仕事ですから」

 

 シエルの言葉に天馬が不思議そうに首を傾げた。

 

「でも、シエルは何でも知る事が出来るんでしょ? わざわざ見て回る必要なんてあるの?」

「確かに、俺には世界に吹く風から住人達の状況を知り得る力があります。ですが……やはり上に立つ者としては、実際に民と触れ合いその声を聞く事が必要なのです」

 

 凛とした口調で長としての在り方を語るシエルの姿に天馬は柔らかな笑みを刻むと「凄いね」と目の前の彼を褒めたたえる。

 そんな天馬の後ろで訝し気な視線を送るアステリ。自身に向けられる不信の眼差しに気付いたシエルは、目を細めると向かいの少年に穏やかな笑顔を返した。

 唐突に向けられた表情にアステリは一瞬目を瞬かせると居心地が悪そうに目を伏せてしまう。

 

――同じ顔で、そんな風に笑わないで。

――意味も無く、信用しそうになる。

 

「ん? アステリ、どうかした?」

 

 天馬と同じ顔を持つ得体の知れないシエルへの不信感に自然と無口になっていると、異変を察した天馬に声をかけられた。

 バッと下げていた頭を上げると心配そうに自分を見詰める灰色の瞳と目が合い、慌てて「なんでもないよ」と平然を装った。

 

 ふと空を見上げると先程まで見えていた満月にも雲がかかり、あたりを先程よりも暗く染め上げている。「そろそろ部屋に戻ろう」なんて言葉を交わす二人にシエルも別れを告げ自分の業務に戻ろうとする。

 そんな時だった。突如、大砲のような凄まじい爆音が三人の耳を劈いたのは。

 

「なんだ!?」

 

 まるで巨大な樹木が倒れたか如く響く爆音は地面を揺らし、三人の身動きをしばらく封じた後治まった。何事も無かったかのような静けさに天馬は瞳を揺らすと戸惑い気味に声を漏らす。

 

「今のは一体……」

「天馬、アステリ。怪我はありませんか?」

 

 傍にいたシエルが戸惑う二人の安否を確認する。「大丈夫だ」と言葉を返すも、未だ心臓の高鳴りは止まらず天馬は尋ねた。

 

「シエル、今のは一体……」

「分かりません……こんな事、俺も初めてです」

 

 眉間にシワを寄せ不安そうな様子のシエル。瞬間、天馬の背後の扉がバタンッと勢いよく開いた。

 

「天馬、アステリ! 大丈夫か!」

 

 開いた扉の先には円堂を筆頭に大半のメンバー達がこちらを見詰め立っていた。

 皆、先程の地鳴りと爆音を聞いたのだろう。一様に不安そうな顔をしている。

 

「何かあったのか?」

「わかりません。俺達も突然地鳴りに襲われて……」

「長ぁーっ!!」

 

 混乱する一同のざわめきを更に押し上げるかのような男の声に、一同は視線を走らせる。

 白い地面を蹴って見るからに慌てた様子で駆けてきたのは、昼間に出会ったカルムだった。

 

「カルム、どうしました。先程の音は一体なんです」

 

 緊迫した様子で尋ねるシエルにカルムは荒くなった息を整えると、必死な形相で声を上げる。

 

「長、今すぐ広場に来てください! 皆が……大変なんです!!」

「え!?」

 

 




【シエル・ウィンド】
天馬達が訪れた空の街【ヒンメル】で長を務める、顔のある変異イレギュラー。
天馬と同じ髪形、顔、背恰好を持つが口調や性格など若干違う面もあり基本的に敬語を用いて会話をする。
「世界や見た目が違えど存在する者は皆同じ」と言うイレギュラーの中では独特の考えを持っており、住人達にもその教えを説いている。
世界中に吹く風から、その場所で今何が起こっているかや、相手の気持ちを感じ取ることが出来る力を持っている。

【容姿】
髪色:灰色
髪型:天馬と同じ
瞳色:天馬と同じ。濃い灰色



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 黒い手紙

「酷い……」

 

 広場の惨状を見詰めながら、絞り出すように葵が呟く。

 カルムの言葉に事故のあった場所へとやって来た一同の目に飛び込んで来たのは、白い瓦礫の海と混乱に包まれた街の姿だった。

 街の広場と呼ばれる場所に建設された岩の柱はそのどれもが破壊されており、バラバラになった瓦礫が地面を無造作に埋め尽くし、他の家屋をも潰してしまっている。

 変わり果てた街の光景を呆然と眺めるシエル。そんな彼の姿に駆け寄って来たのはゲイルだった。

 

「長、大変です。倒壊した柱の下敷きになった住人が何人も。少数ですが家屋もいくつか倒壊しており、そこに閉じ込められている住人も何人か……」

「なっ……」

 

 ゲイルの告げる街の現状に天馬達は驚愕した。普段は穏やかなシエルも、あまりにも悲惨な現状に口元を手で押さえ瞳を揺らしている。

 

「現在、住人達の力を借り救助活動を行っていますが、皆混乱しておりそれどころではありません。長自ら指揮をお願いします」

 

 先程のカルムの慌てぶりとは対照的に比較的冷静に言葉を連ねるゲイルだったが、やはりこの惨劇に動揺しているのか、普段より早口で状況を説明する。

 ゲイルの言葉を最後まで聞いたシエルは「わかった」と頷き応えるも、その声は少しばかり震えていた。

 そんな苦しそうな彼の姿を見詰める天馬。瞬間、耳に突き刺さった住人の泣き声に天馬は反射的に視線を動かした。

 

 目に留まったのは子供だろうか。まだ小さな黒色のイレギュラーが「痛い」と泣きながら他の住人に担がれ運ばれていく様子だった。

 あまりにも悲痛なその声に「痛みは感じるんだ」と小さく呟くと「不便な物だよ」とアステリが皮肉に囁く。

 

「天馬。アナタ達は宿に戻ってお休みください」

「そんな事出来ないよ! 俺達にも手伝わせて!」

 

 ゲイルとの会話が終わるや否やシエルがそんな言葉を言い放つ。

 「こんな状況で」と思わず声を荒げた天馬に彼は静かに首を横に振ると、一枚の封筒を差し出す。

 

「これは?」

「壊された柱の近くに落ちていたそうです。……中を確かめてください。アナタ達がするべき事が分かるはずです」

 

 先程より落ち着きを取り戻したシエルの酷く悲しそうな言葉に天馬はそれ以上何を言えず、ただ黙ってその封筒を受け取った。

 

 

 

 大半の住人が救助活動に追われている中、天馬達一同は宿に戻っていた。

 皆、先程見た惨状に胸を痛めながら、シエルに渡された封筒に視線を向けている。

 黒い洋形封筒には宛名も差出人の名も何も書いておらず、シエルが読んだのだろう。開けた形跡があった。

 

「手紙、かな。何が書いてあるんだろう」

「分からない。シエルは俺達がするべき事が分かるって言っていたけど……」

 

 「とりあえず読んでみよう」。神童に促され封筒から一枚の紙を取り出す。

 出てきた黒い二つ折りの紙を開くと、そこには白い文字でこんな事が書かれていた。

 

___________

 

 色彩の世界の住人へ

 

 夜分遅くに失礼。

 空の街【ヒンメル】での演出は気に入ってくれたかな?

 

 やはりこう言う果たし状を送る時は少しばかりの演出も必要だ。

 まあ、ちょっと犠牲者が出ちゃったみたいだけど。

 

 明日、ヒンメルの太陽が真上を指す時。

 街の西側にあるグラウンドで君達を待つ。

 

 もちろん君達に拒否権など無い。

 まあ、受けなければ今度は柱だけじゃ済まないけど……

 

 四代親衛隊モノクローム カオス

 

___________

 

「! これって」

「誰だ?」

 

 『カオス』……手紙に書かれた名前に戦慄するフェイ、アステリとは対照的に、不思議そうに声を発した神童。

 無理も無いだろう。要所要所の会話でカオスと言う男の名前が出はしたものの、天馬、フェイ、アステリの三名以外は実際に彼と会った事が無いのだから。

 アステリはカオスを知らない神童達も話について来れるように、以前の試合の事を簡易的に説明した。

 

「じゃあこの手紙は、そのカオスと言う男から送られた果たし状と言う事か」

「手紙の一文を見るに、今回の事故もこの手紙の存在を俺達に知らせる為にわざとそいつが起こしたようだな」

「そんな理由であの事故を!?」

 

 手紙の内容を知り次々と発言する一同をよそに、剣城は手紙を持つ天馬の手が震えている事に気付いた。

 目線を上げたそこには今まで見た事も無い、激しい怒りと悲しみに満ちた天馬の姿があり、剣城は目を見開く。

 

「天馬……」

 

 驚き、声を零した剣城をよそに天馬は苦しそうに顔を歪め言葉を発する。

 

「許せない……そんな、そんな理由で関係の無い人達まで巻きこむなんて……ッ!!」

 

 絞り出すように叫んだ天馬の胸はカオス達に対する怒りと共に、シエルやヒンメルの住人に対する罪悪感でいっぱいになっていた。

 

 

 

 あれからどれ程の時間が経っただろうか。モノクロームとの試合を明日に迎えた天馬達は、試合の為にと早めの就寝についていた。

 明かりが消され暗く沈んだ部屋の光景を目に映しながら、天馬はベッドの中で浅いため息をつく。

 

「眠れないのか」

 

 暗闇から聞こえた声に驚き身を起こすと、パチリとベッド横の卓上ランプの灯りがつき、声の主の姿が浮かび上がる。

 

「剣城、狩屋……」

 

 ランプの灯りに照らされ映し出されたのは、同じ部屋に泊まる剣城と狩屋の姿だった。

 

「二人も?」

「まあね」

「今日だけで色々な事があったからな……」

 

 イレギュラーの事、ヒンメルの事、明日の試合の事……

 様々な事を考えては頭の中を整理していたのだろう。天馬と同様、二人も眠れずにいた。

 

「そっか。実は俺もまだ少し混乱してるんだ。でも、それよりも……」

「シエルの事か」

 

 剣城の言葉に天馬は頷く。

 二人と同じように明日の試合の事も気掛かりな天馬だったが、それ以上にシエルやこの街の住人達の事が気になってしょうがなかった。

 カーテンを開け窓の外を見ると、未だ作業が続いているのか、遠くで白い明かりがぼんやりと見える。

 

「まだ騒いでるみたいだね」

「……どうした、天馬」

 

 窓の外を見詰める悲しそうな表情に剣城がそう言葉をかける。

 

「いや、なんでもないよ。明日の試合、シエル達の為にも絶対勝たなくちゃ……って思って」

「ああ、そうだな」

「……だね」

 

 頷く二人の言葉を聞き薄い微笑みを返すと「もう寝よう」とカーテンを閉め、天馬はランプの灯りを消した。

 他二人と「おやすみ」と言葉を交わし布団に潜ると、閉じたカーテンの隙間から漏れる光に目をやる。

 

――俺達がここにいなければ、シエル達に危害が及ぶ事もなかったのかな。

 

「そう思ってしまった事は、二人には黙っていよう」と心で呟くと、天馬は静かに瞼を閉じた。

 

 

 

「ついに、奴等が動きましたね」

 

 場所は変わって一同の泊まる宿屋の前。

 ローブの男はそう言葉をかけると、特徴的な緑色の瞳に少年の背中を映し出す。

 

「そうだね……」

 

 高く築かれた柱の上に座り返事をするアステリは、男の姿を横目に捉えると言葉を続ける。

 

「この前はありがとう、天馬達を助けてくれて。キミの『色の力』のお陰で怪我も大事に至らなかったみたいだし」

「私はただ主人である貴方を助けただけです。……それに、あそこで彼等に倒れられては私の目的も果たせなくなる」

 

 淡々と語る男の言葉にアステリは「そっか」と小さく唱えると、目を細めじっと広場の方を見詰めだす。

 

「……明日は試合でしょう。いくらイレギュラーだからとは言え、休息はとった方が良いですよ」

「ありがとう。でも、もう少しだけここにいたいんだ」

「それは彼等への罪悪感故ですか?」

 

 男の言葉にアステリの動きが止まった。

 しばしの沈黙の後、男は視線を地面に落とすと「失礼」と謝罪をする。

 

「過ぎた事を言いました。……お互い、不干渉が条件でしたね」

 

 ばつが悪そうな声色で囁いた男に「構わないよ」と返すと、アステリは視線を男の方へと向け言葉を続ける。

 

「それより、これ以上の長居は危険だ。キミも行った方が良い」

「……ですね」

 

 フードを目深にかぶりながら男は腰を上げると、アステリの方へ向き直り頭を下げる。

 

「では私はこれで。くれぐれもお気をつけて、主人」

「ああ、キミも気を付けて」

 

 長いローブを風に揺らしながら男はそう言葉を残すと、その場を去っていった。

 白い柱の上で男の姿が見えなくなるのを確認したアステリは、まだ暗い空へと視線を投げると、悲しそうに目を細める。

 

「"罪悪感"……そうだね。きっと、それが原因だ」

 

 白い満月を目に映しながら一人、口を零した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 対話

「長、本当にありがとうございます!」

「いえいえ……」

 

 深々と頭を下げ感謝の言葉を述べる異形にシエルはそう笑いかける。

 昨夜の騒ぎから一変、日も昇り空も白くなってきた頃。街の長である彼は倒壊した柱の下敷きになった子供の元に来ていた。

 

「体の方はもう心配いらない。あとは安静にしておくんだよ」

 

 そう言って自分の腰程度の身長しかない少年の頭を撫でる。少年は顔こそ無いものの明るい口調で「わかった」と頷き、玄関前に立つ親であろう二人の異形の元に戻っていく。

 その光景を穏やかな気持ちで見詰めると、一家に別れを告げ街の広場へと歩を進める。すると、ふと自分を呼ぶ声が聞こえた。

 視線を向けた先に立っていたのはゲイルだった。

 彼は真面目で賢く、何かと長である自身の元に来ては進んで街の為に働いてくれる。シエルにとっては頼れる参謀のような存在である。

 意外にもカルムと仲が良いが、傍から見ている限り友人と言うよりも"おっちょこちょいなカルムの保護者=ゲイル"と言う関係性の様だ。

 

「ゲイル。どうかしましたか」

「長にお客です」

「お客……?」

 

 そう告げたゲイルに連れられ広場までやってくると、この世界には似つかわしく無い茶色の髪に、青と黄色の映える服を着た少年が立っていた。

 

「シエル……」

「やあ、天馬。こんな朝早くにどうしましたか?」

「街の様子を見に来たんだ。柱の下敷きになった人も沢山いるって言ってたし、心配で……」

 

 「大丈夫ですよ」。悲し気に目を伏せた天馬を安心させるように囁くと、シエルは言葉を続ける。

 

「聞いてると思いますが、俺達イレギュラーには生死の概念がありません。例え柱の下敷きになって大怪我を負ったとしても、しばらくすれば元に戻りますよ」

「でも、痛みは感じるんでしょう?」

 

 悲し気に唱えた天馬の表情にシエルは言葉を止めた。

 

「アステリから聞いたんだ。イレギュラーでも痛みは感じるって。だから昨日の子だって『痛い』って泣いていて……。俺達のせいで……」

「貴方のせいじゃない」

「でも……ッ俺達がこの街に来なければカオスが襲ってくる事も、あんな事件が起こる事も無くて……関係の無いシエル達が傷付く事も、きっと……!」

「天馬」

 

 だんだんと語気が強くなる天馬の言葉を遮るようにシエルが声をかける。ハッとして顔を上げる天馬に、彼は最初に会った頃のような柔らかな笑みを浮かべると一呼吸置き、穏やかな口調で言う。

 

「天馬。少し、俺に付き合ってくれませんか」

「え」

 

 

 

 シエルに連れられやって来たのは、この街に来た時に見たあの白い神殿だった。

 以前と変わらない巨像の傍には、いつの間に用意されていたのか、オシャレなガーデンテーブルと椅子が置いてある。

 手慣れた様子で椅子をひき座るシエルに「貴方もどうぞ」と促され、天馬は不思議に思いながらも向かいの席に腰を下ろした。

 自然と向かい合わせになる両者。少しばかりの気まずさの後、再度姿を現したゲイルの両手には何やらお盆のような物が握られている。

 「お待たせしました」と言いながら、両者の間に置かれたのは灰色の液体が入った二つのティーカップだった。

 

「これは……」

「安心して、ただの紅茶ですよ」

 

 そう言って右手でカップを持ち紅茶を嗜むシエル。その光景をしばらく見つめると、天馬は視線をカップの中へと移した。

 カップの中で揺れ動く灰色の液体は、ツヤツヤと光沢を放ち天馬の顔を映しこんでいる。

 恐る恐るカップを手に持ち、中の液体に口をつける。舌に絡み付く甘い感触に一瞬顔をしかめたが、よく味わってみるとなんて事は無いただの紅茶だった。ただあえて一つ言うならば、普通の紅茶では無くミルクティーだった事だけか。

 それでも慣れ親しんだ味に、天馬は心の中で安堵の息を漏らした。

 

「お味はいかがですか?」

 

 向かいの席で尋ねたシエルに「美味しいよ」と笑って答えてみせる。

 やはり色が無い物を口に運ぶのは躊躇いがあったが、一度飲んでみればそんな心配は杞憂であると分かった。

 だが、なぜだろうか。確かに味は美味しいのに、それでも普段自分達が飲んでいる物とはどこか違う気がする。

 

「シエル達、イレギュラーも紅茶を飲んだりするんだね」

「ええ。空腹になると言う事はありませんが、嗜好品として楽しむ事はありますよ」

 

 「まあ、それも俺達のような顔のある存在に限るけど」と自らの顔に触れ言葉を続ける。

 儚げに笑う彼の表情に「そう言えば」と、天馬はこの世界に来て空腹はおろか喉の渇きすら無い事に気付いた。

 時間の概念が無いとお腹も空かないのか。どこか違う味のように感じるのも、もしかしたら色が無い影響かもしれない。喉元を過ぎていく生ぬるい感触に、そう一人結論付けた。

 

「少しは落ち着きましたか?」

「え?」

 

 カチャリと持っていたカップを置き、シエルが唱えた。突然の言葉に天馬は間抜けそうな顔で首を傾げる。

 

「先程の貴方は俺達に対し強い罪悪感を感じ、冷静さを失っていた。だから俺はこうして貴方をお茶に誘ったんです」

「あ……」

 

 シエルが言うと、天馬は持っていたカップを置き目を伏せた。

 悲し気に沈むその表情にシエルは目を細めると、変わらぬ様子で話し続ける。

 

「貴方の他人を思いやる気持ちはとても美しい物です。それが貴方が沢山の人を惹き付ける所以であり、貴方自身の長所でもある。でも、強すぎる思いやりと責任感は、時に自分を縛る鎖にもなると言う事を理解してください」

 

 理不尽に今回の事故を起こしたカオスに対する怒り。

 自らの目的の為に無関係なシエル達を傷付けてしまった負い目。

 複雑に混ざり合った天馬の気持ちを、先程から今に渡る数分の間で全て見透かしていたのか、シエルは淡々と言葉を続ける。

 

「悩む事は良い事です。ですが、他人の事を思うあまり自分を殺しては意味がない。……天馬、貴方が今するべき事はなんですか? 貴方にしか出来ない事とは、何?」

「俺にしか、出来ない事……」

「貴方には、守りたい物があるんでしょう?」

 

 自分の事を射貫くように向けられた言葉に、天馬は心の底で渦を巻きながら濃くなっていた悩みの靄に一筋の光が差し込んだ気がした。

 それと同時にようやく思い出す、いつの間にか忘れかけていた、自分の成すべき役割を――

 

「そうだ、俺……忘れかけていた。自分が何をする為に、この世界に来たのか」

 

 椅子から立ち上がり、前を見詰める天馬の凛とした表情には先程までの曇りなど一切無く、どこかスッキリしたような印象を受ける。

――ようやく、分かってくれた。

 自分を見据える少年の姿にシエルは嬉しそうに目を細めると、何かに気付いたのか。神殿の外へと続く道に視線を移した。

 

「天馬。どうやら、お仲間達が貴方を捜しているようですよ」

「え、本当?」

「ええ、そろそろ戻った方が良い。神殿の外まではゲイルが案内します」

「ありがとう、シエル」

 

 穏やかに笑みを浮かべるシエルに別れを告げると、長い柱に囲まれた道をゲイルと共に歩きだす。道中、相変わらず無口な少年の後ろ姿にカルムやシエルとの性格の違いを感じながら歩を進めていくと、見慣れた二人の少年を見つけた。

 

「剣城。それに信助も」

 

 白と黒の濃淡だけで造られた世界では色のついた彼等は嫌でも目に留まり、遠目でも簡単に見つけ出す事が出来た。

 ゲイルに礼を言い、自身を捜しに来た二人の元へ駆けだそうとした時。ふと背後で名を呼ばれ、天馬は踵を返す。

 そこには顔さえ無い物の真っすぐに天馬の事を見詰めるゲイルが立っていた。

 

「……今日の試合、勝ってくれ。俺達の為にも」

 

 先程までの無口ぶりとは一変した彼の言葉に、天馬は驚きを隠しつつも一つ頷き「ああ」と強く言葉を返した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 混沌の記憶

 モノクロ世界、最深部。

 周囲の霧を纏い不気味に佇む、黒い巨塔。

 その内部に作られた無数の部屋の一角に、彼はいた。

 白と黒を基調に近未来的な印象を与える室内には、数冊の本が散らかり。壁には沢山の写真が飾ってあるが、その全てが黒く塗りつぶされ、どんな写真なのか知る事は出来ない。

 照明の落とされた暗い部屋の中央でベッドに横たわる少年は、どこか懐かしい空気を感じながら、視界の隅に映る自らの髪に触れた。

 この無機質な空間の中で唯一目立つ赤色に、少年は目を細めるとゆっくりとその瞼を閉じる。

 体中から力を抜き、ベッドに身をゆだねる。投げ出された左手首に巻かれた包帯は無造作に乱れ、隠していた傷跡を露呈させている。

 静寂に包まれた室内で少年が思い出すのは、昔の事。

 

 あれは一体いつの頃の話だっただろうか。もの凄く遠い事のようにも、ごく最近の事のようにも感じる。けれどそれは、永遠に彼の記憶から消える事は無い。

 

 辛く

 苦しく

 悲しい

 少年の話。

 

 大切な人達がいた。大好きだった人達が。昔の事すぎて顔は忘れてしまったけれど、自分にとってとても大切だったと言う事だけは、今でもはっきりと覚えている。

 二人もきっと同じ気持ちだったはず。これは自分の勝手な憶測でしか無いけれど、自分の事を愛し、大切にしてくれていると言う実感はあった。

 最初の頃は、確かに。

 

 八つ目のお祝いを迎える頃、社会が下した一つの決断により、少年の環境はガラリと変わった。

 今まで当たり前に得られていた物は無くなり、不自由な生活を余儀なくされた。

 それでも少年は平気だった。どんなに不自由でも理不尽でも二人がいればそれで良いと心の底から思えたから。

 だけど、二人は違った。

 社会が下した決断により、肉体的・精神的負担を何倍にも増やさねばならなくなった二人。

 余裕の無くなった心には将来に対する不安が強く宿り、優しかった二人を別人のように変えてしまった。

 「なぜ自分がこんな目に」。そんな負の感情は仲の良かった二人を徐々に壊していった。

 

 最初は些細な事が原因だった。虫の居所が悪かったのだろう。見た事も無い形相で怒声をあげる二人の姿を今でも酷く覚えている。日に日に繰り返され続けた口論は次第に暴力にまで発展した。

 怖かった。怒りに我を忘れる二人の姿が。

 だから、どうにか止めて欲しくて、少年は必死になって二人を止めようとした。

 今ならまだ間に合う。まだやり直せる。

 自分が二人を想うように、二人もきっと、まだ自分の事を想っていてくれているはずだから。

 

 今、思い返すとそれがいけなかったのだと思う。

 初めは理不尽な社会へと向かっていた怒りは、次第に互いへと向かっていき。そして最後には自分達の間に入る少年へと向き始めた。

 

 瞬間、頬に走る痛みに少年の思考は停止する。

 そして自らの身に起こった現象を理解する頃には、少年は与えられる痛みにただ耐えるだけになっていた。

 耳に突き刺さるヒステリックな声、重く響くような痛み、泣き疲れ朦朧とする意識の最中、少年は初めて理解する。

 

 

――ああ、そうか。愛してたのは、自分一人だけ。

 

 

「カオス」

 

 静かな部屋に響きわたった声に、少年――カオスは目を開けた。

 

「……クロト、様……」

 

 暗い部屋の中で浮かび上がる姿に言葉を零す。

 いつの間に来ていたのだろうか。クロトは穏やかな様子でベッドの端に座ると、寝ているカオスの顔を覗きこむ。

 

「おはよう。良い夢は見れたかい」

 

 問われた言葉に少し間を置いてから首を横に振ると、険しい表情を浮かばせる。その姿にクロトは「そう」と囁くと、静かな口調で話を続けた。

 

「そろそろ彼等との約束の時間だ。準備した方が良い」

 

 カオスはこくりと頷くと体を起こし、ベッドから降りる。

 それと同時に、天井から吊り下げられていた球体の灯りが点き、溢れた白い光が室内をぼんやりと照らし出す。

 

「クロト様」

「なんだい」

 

 ぐるぐると左手首に包帯を巻きながら、カオスはベッドに座り続けるクロトに話し掛ける。

 

「前回はすみませんでした。クロト様の言った事を、叶えられなくて」

 

 前回とは、一回目天馬達と試合をした時の事だろう。クロトは「気にする事じゃない」と言うと、優しく微笑み返す。

 その表情をチラリと横目で見ると、すぐさま視線を左手首に戻しカオスは続ける。

 

「今度こそ、クロト様の願いを叶えてみせます。人間達を倒して、逃げたアイツを連れ戻して……もう二度と、あんな無様な試合はしない……ッ」

 

 包帯の巻かれた左手首を見詰めながら、ブツブツと呪文のように唱えるカオス。

 その目はどこか虚ろで焦点があっておらず、クロトに向け発しているはずの言葉は、カオス自身に向けられているようにも感じられた。

 

「クロト様は、僕を救ってくれたから。あの場所から見つけてくれて、連れ出してくれた。……初めて、初めて認めてくれた。だから、だから僕は、ぼくは……」

「カオス」

 

 不意に肩に乗せられた手にカオスは顔を上げた。ゆっくりと視線を向けるとクロトの赤い瞳が目に留まる。

 その瞳が薄く細められたかと思うと、体がクロトの方へと引き寄せられた。突然の事にカオスは驚き抵抗するそぶりをしたが、次に発せられたクロトの言葉にそれも止めた。

 

「キミは良い子だ、今も昔も。例えキミが私の下した命令を成せなかったとしても、私はそれだけでキミの全てを否定したりはしない」

 

 自身と比べ頭一個分程背の高いクロトに抱きしめられ、自然と彼の胸元に顔を埋める形になりながら、カオスはただその言葉を聞いていた。

 

「キミが私を求める内は、私もキミから離れたりしない。もう二度と、キミを孤独にさせたりはしない」

 

 優しく告げられる言葉の数々にカオスは強張らせていた表情を緩めると、安心したように目を瞑る。先程まで苦しかった胸の突っ掛かりが嘘のように消えていくのを感じた。

 

「ありがとうございます、クロト様」

 

 クロトから体を離しカオスは礼を言う。その顔には先程までの不安な色など微塵も無い、いつもの自信家な表情へと変わっていた。 

 

「今回の試合はお任せください。この四代親衛隊モノクローム・カオスが、クロト様の理想を邪魔するアイツ等を叩き伏せてみせましょう!」

 

 胸に手を置き、意気揚々と言い放たれた言葉にクロトは目を瞬かせると口元に手を当て笑い出す。

 

「相変わらず、切り替えが早いね」

 

 クスクスと笑うクロトの姿に荒んでいた心が和んでいく。

――ああ、大丈夫だ。今の自分にはこの人がいる。

 

「じゃあ、期待してるよ。カオス」

 

 微笑むクロトの言葉に、カオスは強く頷いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 再来する赤

 空の街【ヒンメル】西側、風のグラウンド。

 薄灰色の地面を挟むように佇む二つのゴールを目に、天馬は左腕のキャプテンマークを強く握り絞める。

 グラウンドの外ではマネージャーや監督達に加え、今回の試合を一目見ようとヒンメルの住人達が集まって来ていた。

 その中にはカルムやゲイル、それに長のシエルも他の住人達とは違う、グラウンドを一望出来る高台でその光景を眺めている。

 街中に吹き巡る穏やかな風に髪を揺らしながら、カオスの到来を今か今かと待ちわびる一同。

 緊迫した様子で立ち並ぶ雷門の頬を、突如、鋭い冷気が掠めた。

 

 ぶるっと身を震わせ、不快感に顔をしかめる。途端、先程まで晴れていた空に厚く暗い灰色の雲が、渦を巻くように辺り一面へ広がっていく。

 

「……来ます」

 

 異変に眉を顰めたシエルの言葉を合図に、渦巻く雲の中心から赤黒い塊が落下して来た。

 塊は地面に衝突すると、辺りに砂埃を巻き起こし一同の視界を奪う。目を凝らすメンバーの耳に、あの男の声は響き渡った。

 

「これはこれは、有象無象おそろいで」

 

 砂煙の中から現われた男の姿に、天馬は力のある眼差しを向けるとその名を強く叫ぶ。

 

「カオス!」

 

 赤い髪をなびかせ現れたカオスは、天馬の姿を見つけた途端、口角を横に広げニタリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「やあ、松風天馬。それに色彩の人間達も。改めて、僕が四代親衛隊【モノクローム】の一角であり、ジャッジメントのキャプテン。カオスと言う」

 

 「以後、お見知りおきを」と馬鹿丁寧にお辞儀をする姿に、天馬は自然と身構えた。

 その姿にまたニヤニヤと笑みを浮かべては、ぐるりと一同の顔を見回した後、残念そうに肩を落とす。

 

「なんだ。新しく仲間が増えたって聞いたから期待していたけど、どいつもこいつも対した事なさそうだね」

 

 眉と口あたりを歪ませ、あからさまな嘲笑を浮かべるカオス。その言葉に、雷門イレブンの怒りが激しく刺激された。

 

「聞いたよ。君達、あのスキアにも負けちゃったらしいじゃん。動けないくらいボロボロにされて、仲間も奪われて、それなのに試合中に逃げだしたんだって? アッハッハッ! 惨めったらありゃしないな。そんなんでよく、クロト様の世界に来られたもんだ」

「キサマ……!」

 

 両の拳を握り締め、神童が声を上げた。他のメンバーも目を険しくつり上げ、怒りにグラグラと瞳を揺らしている。

 今にも飛びかからんばかりの様子で睨み続ける一同。そんな張り詰めた空気の中、口を開いたのは

 

「御託はそれだけかい、カオス」

 

 アステリだった。

 

「アステリ……」

「……何、裏切り者風情が逆ギレかい? 言っとくけど、僕はさっきから真実しか話していない。あの異形共にボコボコにされたのも、運に助けられ、惨めに試合から逃げた事も、仲間を奪われた事だって、全て、君達の弱さが招いた嘘偽り無い真実じゃないか。……止めてくれよな、自分の弱さも理解せず、現実から目を背けるなんて」

 

 一つ二つ三つと指を折りながら、カオスが言う。吐きだされる言葉の数々にスキア達との試合の光景がフラッシュバックし、天馬は悔しさで奥歯を軋ませた。

 だけどアステリは、そんな言葉など気にしないと言わんばかりに、カオスを真っすぐに見詰め、吐き捨てる。

 

「それなら、キミがボク等との試合で途中棄権をした事だって、嘘偽りない真実って事になるよね」

「……は?」

 

 アステリの言葉に、カオスの動きが止まった。

 

「確かにボク等はザ・デッドに負けた。でも、だからといって、一度負けたキミにとやかく言われる筋合いはない」

「ッ……!」

「弱いと罵ったボク達に、キミはもう一度負けるんだよ」

 

 普段の穏やかな表情を消し、鋭く、トゲのある声でアステリが言い放つ。

 毅然とした様子でカオスの前に立つアステリの姿に、天馬も怒りで血が上った頭を落ち着かせると、カオスを見据え声を張り上げた。

 

「俺達は絶対に勝つ! いなくなってしまった仲間や、傷付けてしまったこの街の人の為にも!!」

 

 拳を握りしめ、舌峰鋭く天馬が言う。

 射貫くように向けられたその瞳と言葉に、カオスの表情がみるみるうちに赤く、険しく歪んでいった。

 

「黙って聞いていれば好き放題言いやがって……」

 

 怒りに満ちた瞳をギラリと輝かせながら、カオスは腕に巻かれた包帯を勢いよく引き破る。

 露呈した手首に刻まれた無数の傷跡に、全員の顔が引きつった。

 傷跡をなぞるようにあてがわれる銀色の刃を目に、天馬の脳裏にあの時の光景が蘇る。――生々しい、血の光景が。

 

「こっちだって……これ以上、クロト様に無様な姿を見せる訳にはいかないんだよ!」

 

 そう叫ぶのと同時に、カオスは持っていたカッターナイフを思い切り引き抜いた。

 皮が裂かれ、肉が裂かれ、おびただしい量の血液が溢れ出る様に、目をふさぐ事さえ出来ない一同は、愕然と目の前で行われた光景を見詰めていた。

 天馬・フェイ・アステリの三人も一度見た程度で見慣れるはずも無く、出来るだけその様子から目を逸らそうとしている。

 そんな誰しもが恐れおののく状況で、唯一、カオスだけは不気味に笑みを浮かべては流れていく血を虚ろに見詰めていた。

 

「出ておいで……」

 

 零したカオスの言葉に呼応するかのように、血溜まりはぐつぐつと煮え立つように蠢くと、十体の人型のイレギュラーへと姿を変えた。

 あまりにも異常な現象に、信助が怯えた様子で後ずさる。

 

「血が人に!?」

「あれも、あの男の力なのか……ッ」

「痛そうやんね……」

 

 噛み締めるように吐き捨てた白竜の言葉に、震えた声で黄名子が言う。

 生死の概念は無くとも痛覚だけは存在する……その事実を昨夜の倒壊事故で目の当たりにした天馬は、黄名子の言葉に改めてカオスの方へ視線を向けた。

 傷だらけの腕を撫でながらカオスが言う。

 

「ご心配なく。痛みなんて、とっくの昔に忘れちゃったから」

 

 ぐるぐると出血の治まった腕に新たな包帯を巻きながら、囁くような声で言葉を続ける。

 

「……痛覚なんてあっても何の得も無い。泣こうが、喚こうが、誰も聞いちゃくれやしないんだから……」

 

 冷たく、乾いたカオスの瞳は深い怨恨を湛え、天馬達へと向けられている。

 反して、口から発せられる言葉は目の前の自分達では無い、この場にいない別の誰かに向けられているように感じて、天馬は眉根を顰めた。

 

「さて、そろそろ試合を始めよう。今度こそ、君達を虚空の彼方に葬り去ってあげるよ!」

 

 高々と指を鳴らし、カオスが叫ぶ。

 緊迫した両者の間を、冷たい風が吹き抜けていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 再戦VSジャッジメント――試合開始

『いつでも元気がモットー! 実況者、アルです! 今回は空の街【ヒンメル】から、お届けしていこうと思います!』

 

 快活な声を上げてお決まりの如くやって来たアルを目に、白竜が不信そうな声でフェイに尋ねる。

 

「何だ、あれは」

「あー……彼女はアルって言って、実況者なんだって。悪い子じゃないから安心して」

「女の子の実況者なんて、珍しいやんね」

 

 そう言って無垢に笑う黄名子の様子に「反応するのはそこなのか」と、白竜は呆れた表情を浮かばせた。

 

・【雷門】メンバー&ポジション・

FW:剣城京介

FW:フェイ・ルーン

FW:白竜

MF:アステリ

MF:松風天馬★

MF:神童拓人

MF:錦龍馬

DF:菜花黄名子

DF:狩屋マサキ

DF:霧野蘭丸

GK:西園信助

 

   白竜    フェイ 

      剣城     

アステリ 神童 天馬★ 錦

  狩屋  霧野  黄名子

      信助

 

 

・【ジャッジメント】メンバー&ポジション・

FW:カオス★

FW:ボイド

MF:デルタ

MF:シータ

MF:リーズン

MF:リンネ

DF:ファントム

DF:マリス

DF:リグレット

DF:シェイム

GK:アビス

 

     カオス★ ボイド

 リーズン デルタ シータ  リンネ

ファントム マリス リグレット シェイム

        アビス

 

『新しく白竜、菜花黄名子を仲間に加え試合に挑むチーム雷門! 新加入した二人がどんな活躍を見せるのか、楽しみです! 対して前回と比べメンバーの変更は無いチームジャッジメント! 以前の試合では、途中棄権と言う形で負けてしまった彼等ですが、今回はモノクロ世界での試合! 全力のプレイが期待出来そうです!』

 

 意気揚々と両チームの紹介をするアルを横目に、アステリが口を開く。

 

「今回はモノクロ世界での試合だ。前回みたいな色による体力消耗は起きないだろう」

「前回よりも強敵って事だね」

「それでも、負けられない。必ず勝って、三国さん達を元に戻すんだ!」

 

 息巻く天馬に、アステリは静かに頷いた。

 

 

 

 両チームの選手がポジションにつく頃、グラウンドを見渡せる小高い丘に立ち並んだ白い柱の陰に、あの黒ローブの男は立っていた。

 フードに隠れた黒髪を風に揺らし、誰にも悟られぬよう息を潜める男の目線の先にいるのは、天馬達雷門イレブンの姿だ。

 自らのポジションにつき、仲間に向かい鼓舞の声を上げる天馬。その声にイレブン全員が応じ、チームの士気を高めていく。

 ベンチにいる葵も同じ気持ちだろう。天馬達の動きを目で追いながら、自然と、祈るように手を胸の前で組んでいる。

 

 その光景を睨むように黙って見るカオスに、男は視線を向けた。

 先程まで不敵な笑みを浮かべていた唇は真一文字に結ばれ、鋭く尖った目からは、天馬達に対する怒りのような感情が伝わってくる。

 そんなカオスの姿を、何も言わず、何も行わず。静かに見詰め続ける男の瞳は、なぜか揺れていた。

 

 

 

 試合開始を告げるホイッスルが力強く鳴り響く。

 先攻はコイントスの結果、ジャッジメントになった。カオスがキックオフのボールを蹴り出す。

 

「行くぞ」

 

 そう低く声が響いたと思った刹那、カオスがまるで弾丸のようなスピードで雷門陣内へ斬り込んでいった。

 

『カオス選手! 試合開始早々、雷門ゴール目掛け猛然と走り込んでいきます!』

「ボイド!」

 

 カオスの号令にボイドが蹴り込んだボールは、ロケットのように高く舞い上がり、放物線を描いて雷門陣内を狙う。

 飛来するボールをカオスにキープさせてはならない。他メンバーが一斉に守りを固めようと走り出す最中、アステリは前線を走るカオスより前に、宙を舞うボールへ向かい、跳躍した。

 

「邪魔だよっ!!」

「!?」

 

 少し遅れて飛び上がったカオスは、空中でアステリの体を踏み付けると、更に高く跳躍してみせる。踏み台にされ、空中でバランスを崩したアステリが勢いよく地面に叩きつけられる。

 

「アステリ!」

「ッ……天馬、来るぞ!」

 

 落下したアステリの身を案じる暇も無く、天馬と神童はボールと共に舞い上がるカオスへと視線を集中させた。

 カオスは空中から天馬達の姿を見据えると、会心の笑みを刻み、必殺技の体勢に入る!

 

「神に抗いし者よ、死をもってその罪を償え! インフェルノ!!」

 

 迸るオーラを吸収し膨れ上がったボールは、カオスの一撃により破裂し、溜め込んでいたオーラを一気に吐きだした。

 赤黒い光線と化したシュートはゴールを守らんと構えていたディフェンス陣を吹き飛ばし、雷門のゴール目掛け突き進んで行く。

 ミキシトランスを発動し劉備の力を纏った信助が、ボールから視線を外さず、腰を落として身構えた。

 

「止める!」

 

 信助は果敢にボールに食らい付くが、インフェルノの放つパワーに押し切られ、自分ごとゴールネットに叩きこまれた。

 

「うわあっ!!」

「信助!」

 

 光線に吹き飛ばされ、転倒した状態のまま天馬が叫ぶ。甲高い笛の音と共に、アルの絶叫がフィールド中に響き渡る。

 

『ゴォール!! 試合開始わずか3分! 先制点を決めたのはジャッジメントだァーッ!』

 

「信助、大丈夫?」

「ごめん、天馬……止められなかった……」

 

 地面に転がるボールを見詰め、駆け寄った天馬に言葉を返す信助。腹部に受けた衝撃の痛みも相まってか、その表情は険しい。

 

「大丈夫、点は俺達が必ず取り返す! 試合は始まったばかりなんだ、焦らずに行こう!」

「天馬……」

 

 胸元に掲げた拳を強く握って、天馬は俯く信助に励ましの言葉をかける。

 こんな異常な状況でも変わらない澄み切った灰色の瞳に、信助は「うん」と強く頷くと転がるボールを拾い上げた。

 

 ぞわり。

 不意に走った悪寒に驚いて、天馬は視線を真後ろへと転換させた。

 瞬間、あの黄緑色の瞳が目に留まる。

 

「カオス……」

 

 話す、天馬と信助を遠巻きから観察するように向けられた瞳は冷たい。

 

――まただ。

 

 カオスの瞳を見て、天馬は先程感じた違和感を、もう一度感じ取っていた。

 確かに、彼の視線の先にいるのは自分だ。先程の痛覚の話の時も、今も、それは変わらない。

 だけど、その瞳に映っているのは――その瞳に宿る感情の向く先は、やはり自分では無い。

 この場所にはいない、別の何か。その物体に、カオスの“目”は向けられている。

 怒っている訳でも、悲しんでいる訳でも無い。一度目の試合の時には見る事のなかったカオスの不可解な表情に、天馬は妙な疑念を抱かざるを得ないでいた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 再戦VSジャッジメント――シュートチェイン

 ジャッジメント優勢の中、試合は再開された。

 キックオフは雷門から。ホイッスルと同時に、剣城が蹴り出した。

 さらに強く蹴ったボールがフェイへと繋がろうとした瞬間、ボイドとデルタがフェイを押しつぶそうとするように突っ込んできた。

 たまらず、左サイドから駆けて来ていたアステリへとパスを繰り出す。

 パスを受け、敵陣へと走り込むアステリの頭には、先程のカオスとの空中戦の光景が蘇っていた。

 

(あの時、ボクがボールを奪う事が出来ていたら、カオスに点を決められる事もなかった。どうにかボクが一点、取り返さないと……!)

「ボールを渡せぇッ!」

「!!」

 

 叫ぶリーズンは光に身を包むと、灰色の体に黒い斑点模様がついた一匹の《ハイエナ》へと姿を変えた。

 ハイエナと化したリーズンは前方から勢いよく突進してくると、荒々しいチャージでアステリを吹き飛ばし、ボールを奪取する。

 

『アステリ選手、リーズン選手の荒々しいチャージに吹き飛ばされたー!! そしてボールは前線のボイド選手へ渡されます!』

 

「そんな……!」

「はあああ!」

 

 リーズンによって蹴り出されたボールは前線で走るボイドの元にたどりつく事無く、天馬にカットされた。

 

「天馬……!」

「アステリ! サッカーは一人でやるスポーツじゃないよ!」

 

 訴える天馬の言葉にアステリがハッと目を見開く。

 

「一人でなんとかしようなんて思わないで、一緒に戦おう!」

「天馬……うん!」

 

 アステリはそう強く頷き返すと、再びゴールに向かい走り出した。

 一方……。

 

 

 

 

「……」

 

 他のメンバーが次々とボールを追って走る最中、カオスだけがフィールドの中央で立ちつくしていた。

 向かう視線の先にいるのは、ジャッジメントのゴールを目指し進む天馬だ。

 色鮮やかな仲間達に囲まれ、まるでそよ風を思わせるようにさわやかなプレイをする天馬の姿に、カオスの顔がどんどん曇っていく。

 

 ――「お前を見てるとイライラする」――

 

 ふと、誰かに言われた言葉が頭をよぎる。

 同時に浮かび上がるのは、いつかの記憶。

 その中に映った誰かの拳は強く握り絞めてあって

 勢いよく振り上げられた直後

 真っ正面の自分に向かい

 飛んでくる。

 

 忘れたはずなのに。

 消してしまったはずなのに。

 

――どうして今、思い出す。

 

 奥歯を強く噛み締め、嫌そうに顔を歪ませる。

 そんなカオスの姿を、高台に立つシエルが静かに見詰めていた。

 

 

 

 

『さあ、試合は先制された雷門がボールをキープ! ジャッジメントの選手達を次々に交わし、ゴールに向かっております!』

 

 天馬はフィールドを駆けながら、試合前、シエルに言われた言葉を思い出していた。

 

(今、俺がするべき事。それは、責任を感じて悩んで立ち止まる事じゃない。皆と一緒に、目の前の試合を全力で戦い抜く事だ!)

 

 真っすぐに前を向きながら、そう心で強く唱えると、天馬はアステリへパスを繰り出す。

 パスを受けとったアステリの前に、DFのマリスが立ちふさがった。

 

「潰す! 来い、破壊神デスロス!!」

 

 マリスの背後から姿を現した化身・破壊神デスロスは不敵な笑みを浮かべると、アステリのゆく手を阻まんと腕に携えた二丁の機関銃を向ける。

 

「天馬達が繋げてくれたこのボールだけは、絶対に渡さない!」

 

 黒い化身を発動させながら突っ込んでくるマリスを睨むと、アステリは眩いばかりの水色の光をボールに纏わせた。

 

「コメットアロー!」

 

 光の弾丸と化したボールは打ち放った矢の如く、瞬く間にマリスの頭上を通過し、ジャッジメントゴール目掛け飛来していく。

 

「何!?」

「白竜くん、お願い!」

「!」

 

 叫ぶアステリの声と飛来してきたボールを目に、白竜は小さく頷き返すと、自身の必殺シュートの構えをとる。

 街中に吹く風が、空気が、白竜の動作一つ一つに震わされ、力となる。

 

「ホワイトハリケーン!」

 

 右足に溜まった闘気をボールへと勢いよく叩きつける。そうして蹴り放たれたシュートはフィールドに白銀の暴風を巻き起こし、ジャッジメントのDF達の身動きを封じる事に成功した。

 

『白竜選手の必殺シュートが炸裂! あまりに強力な暴風に、ジャッジメントDF陣、手も足も出ない!』

 

「小癪な……だかこの程度の威力、僕の敵じゃ――」

「それはどうだろうな」

 

 不敵な笑みを浮かべた白竜の言葉に怪訝そうに眉を顰めた直後、アビスは気付く。

 白銀の暴風に紛れながら、同じく雷門中FW・剣城が、ここまで走り込んで来ている事に。

 

「まさか……!」 

 

 剣城は白竜のシュートに追い付くと高く跳躍し、白い光を纏ったシュートに黒い闘気を叩き込む!

 

「デスドロップっ!!」

 

 剣城の力を得た白銀の暴風はより一層その威力を上げ、禍々しい黒い火花を散らしながら、ジャッジメントゴールへ突き進んで行く。

 

「ッ、ゴットハンドX!」

 

 赤いイナズマを放つ巨大な手が白竜と剣城のシュートを抑え込む。

 しかし、シュートはアビスの手中で眩い閃光を放つと、ゴットハンドXを玉砕し、ゴールネットへ勢いよく突き刺さった!

 試合開始15分。雷門がジャッジメントから一点を取り返した瞬間である。

 

 雷門 1-1 ジャッジメント

 

 得点のホイッスルが鳴り渡る中、天馬は全身で喜びを表し、歓喜の声を上げていた。

 フィールドに立つ他の雷門メンバーも、ベンチで彼等を見守る葵達も嬉しそうにはしゃぎ騒いでいる。

 

「剣城、よく俺のシュートについてこられたな」

「あれくらい当然だろ」

 

 いつもの様にクールに返す剣城に「相変わらずだな」と白竜が静かに笑う。そうやって軽口を叩き合いながらも、ハイタッチを交わす二人の姿を、少し離れた所でアステリが眺めていた。

 

「すごいね、あの二人。会話もサインも何もなしに、あれだけ息の合った連携が出来るなんて……」

「剣城と白竜はライバル同士なんだ。それこそ、俺達と出会う前から。だからきっと、互いの考えてる事とか分かるんだと思う」

「おい、アステリ」

「! 白竜くん……」

 

 天馬から二人の関係性を聞いていると不意に名前を呼ばれ、振り返る。

 そこにいたのは、先程まで剣城と会話をしていた白竜だった。

 相変わらず怒ってるのかどうか分からない彼の無愛想な表情に加え、昨日の件もあり、少しだけ不安そうな顔のアステリ。

 隣に立つ天馬もそんな二人を心配そうに見つめ続けている。

 

「いい、パスだった」

 

 低い、彼の声が風にのってアステリの耳に届く。

 突然の言葉に目を丸くしたアステリに、白竜はそれ以上何も語る事はせず。踵を返し、自身のポジションへと戻っていってしまう。

 「素直じゃないな」。自軍に戻る白竜の後ろ姿に、剣城が呆れたような笑みを浮かべた。

 

「ほら、悪い奴じゃないって言っただろ」

 

 未だ驚いた様子のアステリに天馬が笑いかける。

 その笑顔にようやく今の状況を把握したのか、アステリは徐々に顔を綻ばせると「うん」と穏やかに笑い返した。

 

 




《コメットアロー》
アステリの必殺技。
高速で飛来する光の弾丸を打ち放ち、相手を抜き去るオフェンス技。
ドリブルと言うよりパス系統の必殺技に区分される。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 再戦VSジャッジメント――フラッシュバック

年末で色々ごたごたし、予定していた更新時間より大分遅れましたが、52話更新しました。
今回はカオス達モノクロームおよび、クロトが成し遂げようとする野望の内容が語られます。
それと、カオスの過去の話も……
お楽しみいただけると幸いです。



『ジャッジメントのキックオフで、試合再開です!』

 

 ホイッスルが鳴りカオスがボールにタッチする。受けたボイドが後方のデルタにバックパスを送った。

 すかさずボールを奪わんと駆けて来た雷門イレブンを冷ややかに見詰めると、デルタは全身から黒い光を発し、ソウル《クロヒョウ》を発動させる。

 黒檀のように輝く体毛を持った巨大な獣は、そのしなやかな動きで雷門イレブンの間をかいくぐると、前線を走るカオスへとボールを繋げた。

 

「君達は何も分かっちゃいない。君達の守りたがっているその心が、どれだけ世界に仇成すモノなのか」

「俺達の心が、世界にとって悪い物だとでも言うのか!」

 

 猛然とドリブルで進むカオスの言葉に、ディフェンスに入った神童が詰め寄るように言い放った。

 

「ああ、そうさ。そんな物があるから、世界はいつまでも醜いまま。世界中に色が、心がある限り、クロト様の望む『真の意味で平等な世界』は誕生しない!」

 

 叫ぶ言葉の勢いのまま、カオスが地面を強く踏み鳴らす。途端、地面に亀裂が入り、割れたフィールドから鎖に繋がった巨大なギロチンの刃が出現した。

 

「貫けッ! パニッシュメント!」

 

 振り下ろされた刃は、立ちふさがる神童に容赦無く突き進み、その身を打ち付ける。

 熱く、電流のようなダメージにたまらず顔を歪めた神童を、見下ろすようにカオスが笑う。

 

「痛いだろ、苦しいだろ、悔しいだろ……そうやって感じるのも全部、君等に心があるから。感情があるからなんだよ!」

 

 強く蹴り出したボールを追って、カオスは再度、進撃を開始した。

 

「怒り、悲しみ、憎しみ、痛み……ありとあらゆる負の概念を消した、全ての者達が平和に・平凡に・平等に存在出来る世界。それこそがクロト様の、そして僕等の理想卿! その理想を完成させるには、君等が必死に守ろうとしている心が、どうしても邪魔なんだよ!」

 

 サイドからスライディングをしかけた錦を軽く交わし、前方から向かってきたフェイを勢いよく吹き飛ばす。

 雷門の数々のディフェンスを物ともせず、自らの野望を流暢と語るカオスの瞳はギラギラと揺れ、輝いていた。

 

「だから、心と表裏一体である色を消そうとしているのか……!」

「だけど、そんなの間違ってる!」

 

 地面を転がったフェイの横を過ぎ去り、猛然と進むカオスに天馬が叫ぶ。

 風を纏い真剣な眼差しで自身の前に現れた天馬に、カオスは再度ギロリと目を尖らせた。

 

「なぜ、君は僕の邪魔をする。今言って分かっただろ! 醜い世界を変えるには、心を奪う以外方法はないんだ!」

「俺達の持つ心は、そんな悲しみや憎しみだけを感じさせるモノじゃない! 試合に勝って嬉しいとか楽しくて笑ったりとか、そう言う明るい気持ちを感じさせてくれる! 俺達にとって無くてはならない、大切なモノなんだ!」

 

 天馬はカオスの言葉を否定するように、強く自分の思いを口に出した。

 真っすぐに自分を見据える灰色の瞳に、カオスの脳裏に再び、過去の記憶が蘇る。

 

「黙れ……! そんな感情を得られるのは、君のような恵まれた存在だけだ!」

「そんな事は無い! 誰しもが皆、当たり前に持っている普通の感情だ!」

 

 顔を朱色に染め上げ、怒気を含んだ声でカオスは吼える。

 目の前でしつこく自分を追う天馬への感情が昂るたびに、脳裏によぎる記憶も鮮明な物に変わっていく。

 見慣れた誰かの姿が見える。何度味わっても慣れない痛みが、かつての自分を襲っている。

 

――嫌だ。

 

 脳裏にこびりつく記憶を振り払うように、カオスは激しく頭を振るった。

 

「君にだってあるはずだ、何かを好きとか大切だって思う気持ちくらい!」

「ッ、そんなもの――!!」

 

 感情のまま、天馬は叫ぶ。

 高くフィールド中に響くその言葉に、カオスの心が揺らいだ。

 

 

 

 ノイズまみれの光景が、ハッキリと色濃く蘇る。

 

 

 

 再生されていく映像の中で、かつての自分が力無く倒れている。

 頬から伝わる冷たい床の感触。

 ズキズキと痛む体。

 感覚が麻痺した右目から滴る赤色を横目に、目の前に立つかつて愛した人の姿を見る。

 

 怒りに顔を真っ赤に染め涙を流す彼女は、倒れた自分を見下ろしながら何かを言っている。

 

「どうして、私がこんな目にあわなくちゃいけないの」

「私だって、頑張ってるのに。それなのに、どうして」

 

 握り絞めた白い手がワナワナと震えている。

 頬に出来た真新しいアザに、心が痛くなる。

 ――『ごめんなさい』。

 床に横たわる、かつての自分が小さく言う。

 

「お前のせいだ。お前のせいで、私ばっかり、私ばっかり辛い目にあって」

 

 視界に飛び込んで来た拳に、咄嗟に目を瞑る。

 視覚が絶たれ、鋭くなった聴覚が、ヒステリックな彼女の声を嫌でもよく拾う。

 

「こんな目にあうなんて分かっていれば、お前なんて――」

 

 

 

 

 

 

「はあああ!!」

「……!?」 

 

 勢いよく突っ込んできた天馬の姿と、ボールを奪取される音にカオスの意識は現実に引き戻された。

 

『松風選手、カオス選手からボールを奪った!』

「ッ……リンネ、シータ!!」

 

 カオスの指示を受け、二人のMFがドリブルで進む天馬の行く手を阻む。それでも天馬は怯む事無く、必殺技の構えをとった。

 

「アグレッシブビート!」

 

 溢れんばかりに輝く緑色の光を胸に叫ぶ天馬は、素早い動きでMF達の間を抜き去っていく。瞬間、天馬の通った軌道に激しい衝撃が走り、二人のMFを弾き飛ばしていった。

 

「神童先輩!」

「神のタクト・ファイアイリュージョン!」

 

 進化した神のタクトが、天馬達の進むべき道を炎で導く。神童が放ったパスが霧野に繋がり、次々と雷門イレブンの間を巡っていく。 

 カオスの強襲から一変、今度は雷門がジャッジメントへ攻め込むチャンスだ。

 

「錦さん!」

 

 フェイが炎の軌道に沿って錦にパスを出す。

 ジャッジメントのディフェンスを交わしながらボールをトラップした錦は、すかさずゴールを睨みつけた。

 

「どぉりゃああ! 戦国武神ムサシ!」

 

 全身から沸き立つオーラは鎧兜を身に纏った荒武者の姿を形作ると、舞い散る紅葉の中、必殺シュートの体勢に入る。

 

「武神連斬!」

 

 携えた二刀流から繰り出される無数の斬撃を力に、唐紅色の弾丸と化したシュートは、強大なエネルギーを放ちながらキーパーのアビスを打ち倒し、見事ゴールに命中した。

 

『ゴォーール!! 雷門、化身のパワーで二点目を奪取!! ジャッジメントを追い抜きました!』

 

 実況のアルが興奮した様子で声を上げる。チームベンチからも試合を見ていた葵達が歓喜の声を上げはしゃいでいる。

 

「すごいすごい、逆転ですよ!」

 

 葵が水鳥と茜の手をとって満面の笑みを浮かべると、水鳥も歯を見せてにんまりと笑った。

 

「剣城と白竜のプレーで勢いがついたようだな! このままなら、いける! いけるぞ!」

「ああ」

 

 体をピンク色に染め叫ぶワンダバに円堂も強く頷き返す。

 そうして雷門サイドが歓喜に沸く一方で、カオスは愕然と目の前の光景を見詰めていた。

 

「……なんでだ。どうして、どうしてこうなる……」

 

 瞳に映る、1-2の文字にカオスはそう言葉を零した。

 ぐらり、眩暈のような感覚に、たまらず視線を地面に落とす。

 

 あり得ない。

 クロト様の力を受けた自分が負けているなど、あり得るはずがない。

 自分はあの時誓ったはずだ。

 「もう二度と、無様な試合はしない」と。

 それなのに、なのに。

 

――この様はなんだ?

 

 ぐるぐると巡る思考の中、前半戦終了を知らせる笛の音がフィールドに鳴り響いた。

 




《パニッシュメント》
カオスの必殺技。
地面を強く踏み鳴らし、呼びだした巨大なギロチンの刃を相手選手にぶつけ突破するドリブル技。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 再戦VSジャッジメント――激情

「申し訳ありません、リーダー」

 

 スコアを映し出すビジョンの前。俯くカオスに向かいアビスがそう頭を下げた。

 後ろを見やるとMFのリンネ、シータ、デルタまでもが同様に頭を下げている。

 その姿が、いつかの自分に似ていて、カオスは不愉快そうに眉を顰めた。

 

「なあ」

 

 低く気怠そうな声が響く。

 

「どうして、僕がこんな目にあわなきゃいけないんだ? どうして、こんな惨めな思いをしないといけない? 僕は頑張ってるのに、いつも、いつも……それなのに、どうしてお前達は、僕の望むように動けない? 分身のくせに、どうして僕の望む事が分からない……」

 

 冷たく、追い詰めるような口調でカオスは言葉を繰り返す。

 「どうして」「なぜ」。いくら問いかけても分身達は返事をする事は無い。下げた頭を上げる事もしない。ただ黙ってカオスの言葉を聞いているだけ。

 それが余計に、腹に立った。

 

 ドカッ

 

 鈍い何かを殴るような音に、天馬達は反射的にその方向に目を向けた。

 そこにあったのは、地面に倒れるアビスとそれを見下ろすように佇むカオスの姿。

 「一体なにが」そう目の前の状況を理解するより先に、カオスが倒れたアビスを強く殴りつけた。

 

「なんで、言われた通りに出来ない。怒られるのは嫌だって、痛いのも嫌だって、分かってるだろ? それなのに、どうして、わざわざ勘に障るような事ばかりするんだ……」

 

 馬乗りになって

 何度も

 何度も

 カオスは殴打を繰り返す。

 

 突如として起こったカオスの奇行に驚き固まる天馬達とは裏腹に、ジャッジメントのメンバー達は顔色一つ変えない。

 殴られているアビスでさえ、何も言わず。ただ黙って、その現状を受け入れている。

 

「全部、全部、お前のせいだ。お前達のせいだ。ああ、もう、こんな目にあうなんて、こんな惨めな目にあうなんて分かっていたなら」

 

 熱く激昂した思考のまま、カオスはアビスの胸倉を掴む。そして何度も、何度も、地面にその体を打ち付けると、握り絞めた拳を勢いよく振りあげた。

 

「お前なんて――」

 

 刹那、組み敷いたアビスと視線がぶつかる。

 痛いはずなのに、辛いはずなのに。涙一つ流す事の無い乾いた瞳は

 記憶に残る惨めな誰かとよく似ていた。

 

「やめろッ!!」

 

 叫ぶ声と共に、カオスの右腕を天馬が掴んで制止させた。

 突然の行動に雷門、ジャッジメント両者が目を丸くし、驚いている。

 

「ッ……またお前か……」

 

 先程までの虚ろな物とは違う、確かな殺意を孕んだ瞳が天馬を睨み付ける。

 その瞳の迫力に怯む事無く、天馬が辛そうな表情で口を開く。

 

「ダメだ、カオス。そんな事しちゃいけない」

「どうして邪魔をする。こいつ等は僕の分身だ。何をしようが僕の勝手だろ」

「例え分身でも、一緒に戦う仲間だろ。どんな理由があってもチームメイトを殴るなんて事、絶対しちゃダメだ!」

 

 発せられる言葉の強さと共に、腕を掴む手にも力が込められる。

 至近距離で映る天馬の真っすぐな瞳と、腕から伝わる確かな温度にカオスの感情が激しくかき乱される。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさい! お前には関係ない事だろ! そうやっていつもいつも僕の邪魔ばかりしやがって、いい加減ウザイんだよッ!!」

「うわっ!!」

 

 掴まれていた右腕を勢いよく振り払い、カオスが天馬をなぎ倒す。

 咄嗟の事に受け身も取れず、地面に叩きつけられた天馬を目に、神童達が慌てて駆け寄ってきた。

 

「天馬、大丈夫か!」

「お前……ッ」

 

 倒れた天馬を支え起こし、心配そうに声をかける神童の横で、フェイが珍しく険を含んだ目でカオスを睨んだ。

 その視線にカオスはまた苛立ったように髪をかきむしると、ぶつぶつと独り事を言い始める。

 

「ッ……どいつもこいつも、みんな、僕の邪魔ばかりしやがって。どうしてなんだ。どうして、どうして……」

 

 両手で顔を覆うようにしながら、俯くカオス。そんな彼の事を見詰める雷門イレブンの目は敵意と、怒気と、奇異の感情に包まれている。

 殺伐とした空気の中。天馬は倒れた体を起こすと、俯くカオスの表情を伺い知ろうと視線を向けた。

 

(え……?)

 

 瞬間、天馬は自分の目を疑った。

 目の前で俯くカオス。皆から一斉に非難の目を向けられている彼は――

 

 なぜか、泣いていた。

 

――なんで。

 

 初めて見るカオスの涙に、天馬は驚き、そして混乱した。

 なんで泣いているんだ? 自分達に負けて悔しいから? それとも怒りのあまり、自然と涙が出てしまっているのか?

 様々な疑問がふって湧いてくるが、目の前で落ちていく雫の理由は、そのどれとも違って感じた。

 

「……どうしていつも……ぼくを否定するの……」

 

 地面に落ちて行く雫と共に、小さく、誰にも聞こえないように吐きだされた言葉。

 今までのカオスとはどこか違う、幼い少年のような声。

 その言葉と声に、天馬は聞き覚えがあった。

 

 

 

 頭によぎるのは、つい先日見た夢の光景。

 

 締め切られた窓。

 散乱した本の数々。

 蹲って泣く少年の姿。

 

 夢から覚める直前に聞こえた、『否定しないで』と言う少年の声。

 

 あの時はただの夢だと思っていた。

 なんの脈略も理由も無い、ただの夢だと。

 いや……あの時だけじゃない。今の今までだってそう思って、夢の事自体忘れかけていた。

 それなのに。どうしてこうも、あの少年と目の前の彼が重なって見える――?

 

 混乱に揺れる瞳のまま、天馬はもう一度、カオスの姿を確認しようと目線を上げた。

 瞬間、目の前が暗くなる。何事かと目を瞬かせると、カオスとは違う、別の少年の声が聞こえてきた。

 

「……やめて」

 

 神童達が向ける非難の視線からカオスを守るように立ち塞がったのは、先程まで倒れていたはずのアビスだった。

 思いもよらない乱入者に驚く雷門イレブンを一瞥すると、アビスは背後のカオスに視線を移し、話し出す。

 

「……ごめんね、リーダー。僕が悪かったの、僕が役立たずだから。リーダーに迷惑をかけて……本当にごめんなさい。次こそはちゃんと、ちゃんと止めるから……」

 

 そう綴るアビスの声は優しく、それでいて穏やかで。例えるなら、そう。

 親が子供を優しく諭す時のような。

 そんな様子とよく似ていた。

 

「だから、もう落ち着いて……?」

 

 痣だらけの顔で平然と笑顔を繕うアビスに、カオスは当て所の無い苛立ちを飲みこむと、小さく舌打ちを残し去ってしまった。

 

「……どうして、止めた?」

「え」

 

 自軍ベンチに戻っていくカオスの姿を眺めながら、不意にアビスが天馬に尋ねた。

 

「自分が痛い目にあうかも知れないのに、どうして敵の僕をかばうようなマネをしたの?」

 

 地面に座り込む天馬に向かい、アビスは言葉を続ける。

 先程と比べ薄くなった顔の痣を目に、「イレギュラーって言うのはこうも怪我の治りが早いのか」なんて場違いな事を考えながらも、天馬は答えた。

 

「敵とか味方とか、そんなの関係無いよ。誰かが傷ついているのを見かけたら、助けるのが当たり前じゃないか」

「ふぅん……当たり前、ね」

 

 か細く消えうるような声で呟くアビス。

 自分にとっては当たり前の事。それをただ口にしただけなのに、どうしてそうも寂しそうな顔をするのか。

 カオスと良い、目の前に立つ少年と良い。彼等の気持ちを理解出来ない天馬は、不思議そうに眉を顰めた。

 

「ねえ、アビス……だったっけ。君達はいつもあんな事をされているの?」

「ああ。でも平気だよ。慣れてるから」

「ダメだ! あんな事、慣れちゃいけない。嫌な事は嫌だって、ダメな事はダメだって、ちゃんと言わなくちゃ!」

 

 「暴力じゃ何も解決しない」と激しく首を振る天馬に、アビスがクスッと小さな笑みを零す。

 

「いいんだよ、あれで」

「どうして……」

「僕達はカオスの一部だから。カオスが僕達を殴る事で少しでも楽になるなら……それで構わない」

 

 自嘲気味に歪んだ笑みを浮かべながら、アビスは言う。

 先程まで頬にあった痛々しい痣はいつの間にかその姿を消し、特徴的な白い肌がより映えて見える。

 

「……そろそろ戻らなきゃ。それじゃあね、雷門。後半戦、今度こそ君達のシュートを止めて見せるから。覚悟しててよ」

 

 カオスに似た尊大な口調でそう言い放つと、アビスは天馬達に軽く手を振り、カオスの待つ自軍のベンチへと戻っていった。

 

「アビス……」

「……天馬、ボク達も戻ろう」

「うん……」

 

 促すフェイにそう頷き天馬は立ちあがる。

 ふと、背後に視線を向けると、ベンチで項垂れるように座るカオスの姿が目に留まった。

 

(カオス……)

 

 天馬はこの試合が始まる前、カオスに対して敵意しか持っていなかった。

 カオスは、関係の無いシエル達を傷付けた。

 そして、世界から心を無くそうとしているクロトの仲間。

 自分達にとって敵以外の何者でも無い。言うなれば、悪。

 絶対に許せないと、そう思っていた。

 それなのに。

 

――どうして、こうも気になるんだ。

 

 揺れる心の中。天馬のカオスへの思いが、少しずつ変化しようとしていた。

 




年明け早々重たい話を書いていくスタイル。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 再戦VSジャッジメント――あか、アカ、赤

「シエル……」

 

 沈んだ気持ちのままベンチに戻ってきた天馬を待っていたのは、高台で試合を見ていたはずのシエルだった。

 

「お疲れさまです、天馬。試合は優勢だと言うのに、浮かない顔ですね」

「うん……」

「彼……カオスの事が気になるんですか?」

 

 相も変わらず他人の心を見透かしたようなシエルの発言に「どうしてわかったの?」と尋ねれば、「まあ、見ていましたから」と彼は微笑んだ。

 

「あんな事、続けさせちゃいけない。あのままじゃアビス達も……カオスだって、辛い思いをし続ける事になる……」

 

 灰色の地面を見詰めながら、天馬は言葉を零す。

 苦しそうに歪む表情と重なるように、ドリンクボトルを掴む両手にも力が入り、その証拠だと言わんばかりにボトルが“ベコリ”とへこむ音がした。

 

「伝えたい事があるなら、ちゃんと話し合えばいいのに……どうしてカオスは、あんな事をするんだろう……」

「……彼は、知らないのかも知れません。自分の思いを他者に伝える術を」

「え……?」

 

 驚いたように顔を上げた天馬に「これはあくまで俺の想像ですが」とシエルは続ける。

 

「俺達が当たり前に知っている他者への正しい接し方。その方法を彼が知らないのだとしたら。相手に自分を理解してもらおうとした時、乱暴な行動に走ってしまってもおかしくは無い。後にそれが『悪い行い』だと咎められたとしても、彼は理解が出来ない。……今までずっと、そうして生きてきたから」

「なぜ、そんな風に思うんだ」

 

 横でシエルと天馬の会話を聞いていた神童が訝し気に尋ねる。

 シエルは少しの間黙り込んだ後、今度は神童の方を向いて、その理由を語り出した。

 

「高台からアナタ方の試合を見ている時、感じたんです。カオスの記憶や感情が……フィールドに吹く風にのって」

「カオスの記憶?」

「はい。と言っても、その記憶は不思議な事にとても不鮮明で……ノイズにまみれ、俺の力をもってしても詳しい事を知る事は出来ませんでした。ただ、ひとつだけ。鮮明に感じ取れた事がありまして……」

「それは……?」

 

 先の言葉を早く知りたいと言わんばかりに前のめりになる天馬。気付けば雷門イレブン全員の視線がシエルに集中していた。

 

「鮮明に感じ取れたのは、声。その声の主は『否定しないで』と泣きながら言っていました……」

「否定……?」

「それって……!」

 

 シエルの言葉に怪訝そうに眉を顰めた神童とは裏腹に、はねるような勢いで天馬が立ち上がる。

 

「それ、俺も聞いたよ。シエル」

「天馬も?」

「ああ。俺、この世界に来る時に夢を見たんだ。その夢に出てきた子も同じように『否定しないで』って言っていて……それに、さっきのカオスも……」

「さっきって?」

 

 天馬は何も知らないメンバー達に、つい先程見たカオスの表情と言葉、それに自身が見た夢の内容を詳しく説明した。

 

「あのカオスが涙を?」

「天馬くんの見間違いじゃないの?」

 

 眉間にシワを寄せ呟いた霧野に次いで、狩屋が軽薄そうな口調で唱える。

 確かに、いつも自信満々で偉そうなカオスが何の理由も無く突然泣きだすなんて、普通だったら想像もつかない事だ。

 天馬だって何かの見間違いかと思った。だからこそあの時、もう一度カオスの表情を確認しようとしたのだが……運悪く、アビスに阻まれてしまった。

 

「いずれにせよ、シエルの聞いたカオスの声も、天馬が見た夢の中の声も同じ言葉を言っていたんだ。偶然で片づける訳にはいかないだろう」

 

 顎に手をあてながら冷静な様子で神童は言う。

 ふと宙に映し出されたビジョンに目をやると、『ハーフタイム終了まで残り四分』と言う文字が見えた。

 そろそろ後半戦が始まる。カオスの事で未だ頭を悩ます天馬に向け、円堂は監督として声をかけた。

 

「天馬、ここで悩んでいても答えは出ない。今、俺達がするべき事は、カオス達に真っ正面から正々堂々とぶつかる事だ」

「円堂監督……」

「俺達には守りたいものがある。気持ちで負けるな、天馬!」

 

 そう言って自分の胸を叩く円堂。ニカッと少年のように歯を見せて笑う彼の姿に天馬は「はい!」と強く頷いた。

 

 

 

 

 

 ジャッジメントベンチから少し離れた、柱の陰。観客からも天馬達からも目視されない場所で、カオスは独り蹲っていた。

 手に握るのは小さい箱型の何か。中心には不気味な瞳模様が描かれており、全体的に黒色でコンパクトな形をしている。

 これは、クロトに渡された小型の通信端末。ケーブルやアンテナを必要とせず、ただスイッチを押せば、即座にクロトが住む黒の塔・最上階に繋がると言う優れモノ。

 普段なら用があれば瞬間移動で直接会いに行けば済むのだが、仮にも今は試合中であり、それは出来ない。

 カオスは端末を地面へ置き早速スイッチを入れた。中心に描かれた瞳模様が白く光り、空中に映像を映し出す。

 

「クロト様……」

 

 荒くなる鼓動を押さえながら、未だノイズまみれの映像に集中する。

 早く、早く繋がってくれ。早く会いたい。会って、この苦しみをどうにかしてほしい。

 藁にもすがる思いとはこの事を言うのだろう。

 なんでも良い、「頑張って」でも「期待している」でもなんでも。あの時みたいに優しい言葉をかけて、自分を肯定してほしい。

 こうしている間にも脳裏にチラつくあの嫌な記憶を消す言葉を、かけてほしかった。

 ただ、それだけだったのに。

 

 やっとこさ鮮明になった映像に現れたのは

 クロトでは無い。別の人物だった。

 

「何の用だ、カオス」

 

 光を宿さない、冷たい瞳が自分を射抜く。

 端麗で中性的な顔立ちを持つその人物は、明らかに不機嫌そうな顔をしてはカオスを見詰めていた。

 

「……クロト、様は……」

 

 なんで今、なんでこいつに……頭に浮かぶ言葉を口には出さぬよう、カオスは男に尋ねた。

 

「クロト様はいない。用件だけ言え、内容によってはボクが伝えてやる」

「いや……いないなら、いい……」

「なんだそれ……対した用もないのにいちいち連絡してくるな。クロト様はお前なんかに構っていられるほど暇じゃないんだ」

 

 冷たく突け放すような男の言葉に、自然と伏し目がちになっていくカオス。

 この男は苦手だ。初めて会った時から、自分の事をゴミでも見るかのような目で見てきては、心無い言葉をなげつけてきた。

 その否定的な言動はあの時の彼等と酷似するものがあって、カオスは嫌で嫌でたまらなかった。

 

「そういえばお前。あの人間達と戦っている最中じゃないのか。まさか、負けている訳じゃないだろうな」

 

 男の言葉にビクリ、とカオスの肩が震えた。

 

「まだ、後半戦がある……だから、負けた訳じゃ……」

「その言い草だと、今は負けているんだな」

 

 小さく消えうるように返したカオスの言葉を遮るように、男は言う。

 先程から鳴りやまない鼓動が、尚も激しくなっていく。

 全身から血の気がひいて、体温が急激に下がる感じがする。

――ああ、そうだ。あの時もこんな風に。

 

「全く、本当に使えない……。これがモノクロームの一員だなんて……笑えない冗談だ」

 

 ため息まじりに男は言う。

 瞬間、ザザッとカオスの頭の中でノイズが走る。

 見慣れた誰かの姿が見える。

 聞きなれた誰かの声が聞こえる。

 

「頭も悪い、力もそれ程強くない出来損ない」

「……ッ……もう、いいから」

 

 男の口から発せられる否定的な言葉の数々。

 その言葉と共鳴するかのように、頭の中の声もハッキリと聞こえてくる。

 だから目を瞑って、耳を塞いで、どうにか“ソレ”から逃れようとした。

 

「クロト様に拾われた恩も返せない、ダメな奴」

「……黙れ、よ……ッ」

 

 頭を振って、唇を噛み締めても“ソレ”は消えず、どんどん鮮明な物に変わっていく。

 噛み締めた唇から鉄の味がする。激しく鳴る鼓動と共に、赤い髪がゆらゆらと揺らぎ出す。

 熱く、燃えるような衝動が胃の底で煮えたぎる。

 

 

 

「そんなんだから、実の親に『産まなきゃよかった』って言われんだよ」

 

 

 

 その言葉に、ゾッと、胃の底から何かが噴き上がるような感覚に襲われた。

 

「黙れって言ってんだろッッ!!」

 

 神経が張り裂けそうな程、熱く燃えるような衝動がカオスを襲う。

 視界は真っ赤に染まり、髪は逆立ち、衝動のままに放った絶叫は目の前の通信端末を木端微塵に砕き去った。

 

 端末が壊れ、誰もいなくなったその場所で、カオスは柱に背を預けながら空を見上げる。

 先程まで灰色だった空、白かった雲、その全てが何故か赤く染まっている。

 今度は薄灰色の地面に目をやる。地面も、粉々になった端末の欠片も全てが赤い。

 自分の腕も、服も、全てが赤。

 ただ、赤い。

 

 綺麗な、赤。

 いつだって、自分がここに存在している分からせてくれた色。

 

 先程まで聞こえていた声も、鼓動の音も、何も聞こえない。

 苦しい事も悩みも何も……

 あれ、そう言えば。

 

――そもそも何に悩んでいたんだっけ?

 

「ふふっ……はは、あははは……」

 

 カオスは一人、笑い出す。

 何がおかしいのか分からない。ただ、全ての事が一気にどうでもよくなった。

 何を悩んでいたのかはあまり覚えていないが。今は凄く気分が良い。

 

――なんだ、こんなに楽になるなら。

――もっと早くにこうするんだった。

 

 後ろではハーフタイム終了の知らせを告げるアルの声が聞こえる。

 もうすぐ後半戦が始まるようだ。

 カオスはくるりっと踵を返し、自身の分身である者達の元へ歩きだす。

 自分がやるべき事は、敵である雷門の排除。

 今は1-2で負けているが、対した問題ではないだろう。

 

「ぶっ潰そ」

 

 静かに呟き、笑みを零すカオス。

 先程まで赤く染まっていた視界は、いつの間にか普段のモノクロに戻っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 再戦VSジャッジメント――拒絶(前編)

 後半戦が開始される。先攻は雷門からだ。

 剣城が蹴り出したボールがフェイへと繋がり、バックの天馬の元へと渡る。

 ドリブルで前線へ進む天馬は、後半戦開始直前。シエルに告げられたある言葉を思いかえしていた。

 

 

「後半戦。例えどんな事が起きようとも、自らの意思を貫き続けてください。……彼の色に、決して負けぬように」

 

 

 神妙な面持で「これは忠告です」と語ったシエル。

 何故、自分だけにそんな事を言ったのか。その真意は分からずにいたが、円堂も「気持ちで負けるな」と言っていたし、それと似たような事なのだろうと天馬は無理矢理に自分を納得させた。

 

(とにかく、用心するにこした事はないよな……)

 

 心で唱えた天馬の視線は、自然と背後のカオスへと向けられている。

 前半戦の終わり頃と同様に、フィールドの中央で立ち尽くすカオス。ここからじゃ後ろ姿しか見えず、表情を確認する事は出来ない。

 ハーフタイム中の彼の奇行、夢に出てきた少年の謎……その全てが突然起きた事で、天馬自身、未だ理解も納得も出来ていない。

 でももし、あの夢の出来事が本当にカオスの記憶だとしたら。

 心はいらないと訴える思想も、暴力的な言動の理由も、全てがその過去が影響しているのだとしたら。

 

 カオスは本当に、自分が思っていたような、理不尽で身勝手な『悪』なのだろうか――?

 

「剣城!」

 

 ディフェンス陣を交わし、天馬はゴール前の剣城へとパスを繰り出す。

 更なる追加点を得る為、剣城はボールの動きを目で追いながら、ミキトランスを発動した。

 

「ミキシトランス! 沖田!」

 

 全身をオレンジ色の闘気で包みこみ、幕末の剣豪と謳われる武士『沖田総司』のパワーを全身にまとう。

 

「菊一文字!」

 

 一瞬の静寂の中、稲妻のように鋭い一閃がボールに力を与える。

 黄金色に輝く光の刃はまるで、大輪の菊が見事に開花し、そしてすぐに儚く散華するような演出を見せながら、ジャッジメントゴールを目指す。

 強力なシュートを前にアビスはキッと睨みをきかせると全身に力を込める。

 これ以上、点差が開かぬよう。これ以上、カオスに嫌な思いをさせぬよう。そんなイレギュラーらしからぬ“感情”を抱きながら、アビスは必殺技の体勢に入ろうと腰を低く構えた。

 だが――。

 

「もういいよ。アビス」

 

 静かに響いた声と共に、ゴール前にアビスとは違う影が現れる。

 それは、先程までフィールドの中央で立ち尽くしていたカオスの姿だった。

 いつの間に、と驚く周囲の事など気に留める事無く。カオスは向かってくるシュートを視界へ捉えると、自身の右足をボールに叩きつけた。

 剣城の放ったシュートの威力等ものともしないと言わんばかりに、カオスは無表情のままボールを見詰め続ける。

 ついにボールはその威力を無くし、そのままラインの外へと蹴り返されてしまった。

 

「リ、リーダー……?」

 

 アビスは困惑していた。

 血液を源として生まれた彼等『ブラッドイレギュラー』は、同時に複数人の思考を受け持ち、尚且つ常にオーラの消費を行わなければならないデュプリとは違って、発生者から完全に分断された存在である。

 感情や思考・行動原理等、その全てが生まれた瞬間に各々で確立されており、発生者の操作無しで勝手に行動してくれる。

 生み出す際に多少の流血が必要になるだけで、その他のデメリットは無く。発生者側からすれば理由も無く自分に従い行動してくれる便利な物なのだが。

 発生者の一部を源にしていると言う性質上、分身側は発生者の思考・感情・記憶全てを一方的に受け取る仕組みになっている。(簡単に言えばデュプリの逆バージョン)

 だからと言って分身側が発生者を操作する事は無いし。そもそも思考や感情を受け取れるからこそ、発生者の望むような行動が出来ると言える。

 

 その例に漏れずアビス達もカオスが望むならと理不尽な暴力に耐え、試合中もカオスを勝たせる為の行動をしてきた。

 今の今まで、カオスの事など手に取るように分かっていた。

 そのはずなのに、どうしてだろうか。

 今は、彼の感情や思考が全く分からないのだ。

 揺れる瞳でカオスからの返答を待つアビス。

 アビスだけでは無い。周囲の分身達も今まで見た事も無いような、不安そうな表情でカオスを見詰めている。

 皆、突然カオスの思いが分からなくなって困惑しているのだろう。そんな彼等の姿を見る訳でも無く、カオスは右腕を高々と掲げると大きな声でこう言った。

 

「ジャッジメントイレブンに告ぐ。この試合中、お前達は何もするな。――あとの試合は、僕だけで戦う」

「――!?」

 

『な……なんとカオス選手! ここに来てまさかの単独試合を宣言!! これを本当に行うのであれば、この後の試合はジャッジメント一人! 雷門十一人での戦いとなります! サッカーの試合でこんな展開アリなのでしょうか!?』

 

 カオスの告げた衝撃的なセリフにアビス達はもちろん、天馬達も驚愕した。

 実況者のアルも驚きに声を震わせては、はち切れんばかりの大声を上げている。

 

「アイツ、舐めてんのかよ!」

「自分達は1対2で負けてるのに……」

「それだけ、自分の力に自信があるって事なんでしょうか……」

 

 イラ立った様子で話す水鳥の隣で茜がスコアボードを見ながら呟く。

 そんな二人の声を耳に葵も不思議そうに首を傾げた。

 

「リーダー、お言葉ですがそんなの無茶です! ただでさえこちらは1対2で負けているのに……その上一人で戦うなんて――」

「それはさあ」

 

 ゆらり、振り返ったカオスの姿にアビスは硬直する。

 その目に留まったのは、赤。

 それも血のように黒く、赤い瞳。

 まるで自分達の源でもあるソレを模した瞳の色は、自分達を拒絶するように、冷たく乾いていた。

 

「お前達がいたからじゃないの」

「……え」

「お前みたいな使えない奴等がいなければ、2点も失点する事は無かったし、僕が惨めな思いをする事もなかったんだよ。分身のくせに、そんなのも分からないなんて……あーあ、本当に。こんなに使えないって分かっていたなら、お前達なんて生まなかったのに」

 

 笑うカオスの言葉と共にアビス――いやアビスだけでは無い、ジャッジメントのメンバー全員が同じように感じたもの。

 それは、強い拒絶。

 自分達には決して向く事は無いと思っていたその感情が、カオスの口から言葉となって零れている。

 

「なあ、お前もそう思うだろ?」

 

 にっこりと笑顔で同意を求めるカオス。

 その姿を愕然と見詰めると、脱力したようにアビスはその場に座り込む。それは他のメンバーも同じで、その様子に周囲の雷門はざわめいている。 

 その全てを隠すように両手で顔を覆えば、頭上から強い拒絶が伝わってくる。

 

 ああ、そうか。

 あの時のように、また壊れてしまわぬように。

 あの日の事は忘れて、大切に、大切に、守って、耐えていたはずなのに。

 それすらも、今は出来なくなってしまったんだね。

 

 顔を覆い隠していた手を下ろし、力無く顔を上げる。

 自分を見下ろすカオスの笑顔。その顔にアビスはにっこりと笑い返すと

 

「うん。そうだね」

 

 と、頷いた。

 




思ったより長くなったので、本日分の更新は前編・後編で分けます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 再戦VSジャッジメント――拒絶(後編)

 カオスの蹴り返したボールがライン外に出た事により、雷門のスローインで試合は再開する事になった。

 ボールを持った霧野が位置につく間、錦はカオスを見詰め怪訝そうな声を漏らす。

 

「あん男……こっからは一人で戦うなんて、一体どういうつもりぜよ」

「心配しなくても大丈夫じゃないっすか? こっちは未だリードしてるんですし」

「いや、油断は禁物だよ。アイツはこのまま勝てるような、そんな簡単な敵じゃない」

 

 余裕綽々と言う様子で応えた狩屋の言葉に、フェイが首を振る。

 前回の河川敷での試合。あの時感じたカオスの強大な力を、今回の試合ではまだ感じられない。

 「何か仕掛けてくる」そう睨むフェイの目付きに、狩屋と錦もグッと身構えた。

 

『さあ、雷門のスローインで試合再開です!』

 

 アルの声と共に霧野がフィールド内にボールを投げ入れる。

 それを胸トラップした白竜がドリブルで攻め上がろうとした刹那、目の前を赤色の何かが過ぎ去っていった。

 ハッとして足元へ目をやるとそこにあったはずのボールは消え、背後のカオスの元へと渡っていた。

 

「何だと!?」

 

 目を丸くし驚く白竜。その表情にニヤリと不敵な笑みを返すと、カオスは地面を蹴りあげ駆けだした。

 砂塵を蹴立てて雷門陣内へ深く斬り込んでいくカオス。先程宣言した通り単独で進む彼を遠くで眺めるアビス達は、何も言わずに立ち竦んでいる。

 予想だにしないスピードで雷門サイドへ進んで行くカオスを目に、剣城が口を開く。

 

「あいつ、本当に一人でやる気か……!」

「構うものか、全員で止めるんだ!」

 

 神童の指示に促され、雷門イレブンが果敢にカオスをブロックしにかかる。が、そのことごとくが交わされ、打ち倒され、突破されていく。

 その間もカオスは常に一人で、そして不気味な笑みを崩さずにいる。

 

「これ以上は行かせない!」

 

 全身を水色の光で包みこみ、アステリがソウルを発動した。

 純白の羽根を持つソウル《白鳥》は持前の巨大な翼をはためかせると、ボールを奪わんとカオスに向かい突っ込んでいく。

 だがカオスは焦る事無く、先程よりも口角を上げ、狂ったように叫び散らす。

 

「邪魔なんだよ!!」

 

 カオスの叫びに共鳴するかのように地面から現れたギロチンの刃。それは先程とは一変して二体に増え、カオスの周りを回転するかのように飛来し、向かってきたアステリを弾き飛ばす。

 ソウルが解除され、地面に叩きつけられたアステリを見下ろすカオス。その侮辱的に歪んだ目元を睨み付けてやろうと視線を向けた時、アステリは彼の左目が赤く染まっている事に気付いた。

 確か、カオスの目は黄緑色だったはずだ。

 それに、前半戦の時に見たカオスは思う様に行かない試合展開に焦っていた。

 だが後半戦に入った今はそれも感じない。それ所かまるで、人が変わったように……。

 そこまで思って、アステリの頭にある可能性が浮上した。 

 

――まさか、コイツ……!?

 

『カオス選手! 先程の宣言通り、たった一人で雷門陣内へ攻め込んでいきます!! このままゴールも決められてしまうのか!?』

 

「カオス!!」

「――!」

 

 雷門陣内最後尾。ディフェンス陣を突破しようと猛進するカオスの前に現れたのは、天馬だった。ジャッジメント陣内からここまで戻ってきていたのだ。

 

「カオス! サッカーはチームの皆と力を合わせて……心を一つにして戦うスポーツなんだ。だから楽しいし、心の底から熱くなれる! 今のカオスがやっているのはサッカーじゃない。こんなの、サッカーも悲しんでるよ!!」

 

 「サッカーが悲しむ」……サッカーと言うスポーツを、まるで一人の友人のように大切に思っている天馬らしい言葉。

 その言葉に込められた熱い思い。そんな思いに気付く事も無く、カオスは嘲るような笑みを頬に刻む。

 

「サッカーが悲しんでる? だったらなんだっていうんだ。僕が悲しんでいた時は、誰も僕の気持ちを理解しようとしなかったんだ。なのにどうして僕が、サッカーごときの気持ちなんかを理解しなくちゃいけないんだよ!!」

 

 先程までの表情とは一変、まるで噛み付くような勢いで怒鳴るカオスの気迫に、天馬は一瞬ビクリと肩を震わせた。

 それでも負けじと、ボールを奪う為天馬は立ち向かう。

 しつこく粘る天馬を睨み付けるカオスの瞳は先程よりも赤く染まり、周囲には赤黒いオーラのようなものが立ち昇り始めている。

 不意に、カオスが口を開いた。

 

「……松風天馬、お前達にチャンスをやる。今すぐこの試合を棄権するんだ。そしてもう二度と、僕達の邪魔をするな。――さもなくば、お前達はこれから地獄を見る事になる」

 

 突然の提案に天馬は戸惑った。

 「地獄を見る」……? 一体何を言っているんだ。

 いくらカオスが強いからと言っても、彼一人で。しかもこれから最低でも二点はとり返さなければ勝てないと言う今の状況で、一体何を不安がり棄権する必要がある?

 自らが勝つ為のハッタリか。そう思ったが、彼の表情を見る限りそうでは無いと察する。

 まだ何か力を隠しているのか? いや……例えそうだったとしても、ここまで来てしまった以上、今更後戻りなんて出来る訳が無い。

 自分は決めたのだ、戦うと。あの時「必ず勝ってくれ」と願ったゲイルとも、そう約束した事を天馬は思い返す。

 

「棄権なんてするわけがない。巻き込まれたシエル達の為にも、俺達は最後まで戦うって決めたんだ!」

 

 両の拳を握って、まっすぐに答える天馬。

 真剣でゆるぎないその表情を目に、カオスは静かに息を吐いて囁く。

 

「そうか……あくまでもそうやって、僕を否定をするつもりなんだな」

 

 『否定』……またもやカオスの口から零れたそのワードに、天馬は複雑そうに眉を顰める。

――やっぱり、こいつは夢に出てきた子と同じなのか……?

 

 ハーフタイムの時、シエルとの会話で生まれたある仮説。カオスと夢の中の少年が同一人物である可能性。

 もしそれが本当ならば、天馬の思う『カオスは本当に悪なのか?』と言う疑問も、ただの思い過ごしではないのかも知れない。

 今のカオスには先程のようなあからさまな怒気は感じない。今なら、もしかすると……そう思い、天馬はカオスに尋ねようとした。

 

「……カオス、君はやっぱり――」

「だったら、もういい」

 

 天馬の問いを遮るように短く、低い声でカオスが言う。

 瞬間、カオスから立ち昇っていたオーラが炎のように一気に噴き上がった。

 赤黒いオーラから凶暴なまでに伸びたスパークが、雷光のように突き刺さり、目の前に立つ天馬をおもむろに吹き飛ばした。

 

「天馬ッ!」

「アイツ、やっぱり……ッ」

 

 地面に叩きつけられた天馬の身を案ずるように声を上げた剣城も、何やら焦ったように呟いたアステリも、砂塵を噴き上げ炸裂するスパークから身を守る事しか出来ない。

 突然の衝撃にゴホゴホと咳こみながら、天馬が体を起こす。「一体何が」……痛む部位に手をあてながら、カオスの方へ視線を動かす。

 先程よりも高く、高く、天を突きささんばかりに伸びるオーラの中で立ち尽くすカオス。その髪はおどろに揺れ、瞳は先程よりも真っ赤に染まっている。

 

「カオス……ッ」

 

 痛む体をおして立ちあがる天馬。ユニフォームは土で汚れ、手足には吹き飛ばされた時に出来たのだろう、赤黒い擦り傷が出来ている。

 そんなボロボロになった天馬を見詰め、カオスは口を開いた。

 

「松風天馬。お前は何も知らない。お前の住む世界がどれだけ理不尽で、残酷で、どうしようも無い所なのか。お前の今まで感じた幸せが、どれだけの存在を犠牲にして成り立っているものなのか。あまりにも知らない、知らな過ぎるんだ。……だから、僕が教えてやるよ」

 

 直後。カオスから立ち昇っていたオーラはその姿を変え、三又の管のような形を模しながら彼の周りを旋回し始めた。

 そしてそのままカオスを足元に転がったボールごと飲みこむと、グロテスクな赤黒い球体へと変貌する。

 

「うっ……なにアレ……」

「まるで、心臓みたい……」

 

 雷門ゴール前、顔をしかめ呟いた信助に次いで黄名子が小さく唱える。他のメンバーも同様に気味が悪そうに顔をしかめ、ベンチエリアではマネージャー達が怯えたように手を握り合い、目を背けている。ついでに言うとワンダバも。

 だがシエル――それと陰で試合を見ている黒フードの男だけは、複雑そうな表情でソレを見詰めていた。

 ドクドクと妙に生々しい音を立てながら脈動する球体は、その内ボコボコと歪み始め、何かが千切れるような……これまた生々しい音を立てながら

 ――爆発した。

 

「ッ――!!」

 

 鼓膜に突き刺さる強烈な破裂音に、天馬達はとっさに耳をふさいだ。

 まるで水風船が割れるかのように球体は破裂すると、中に溜めていたオーラを液体としてグラウンド中に飛び散らしていく。

 グラウンドにシミとなった液体が蒸発していく様を眺めながら、天馬は首筋に伝う冷や汗を拭う。

 

「一体何がっ……」

 

 異様な状況に混乱する頭をどうにか落ち着かせながら、球体のあった場所へと目を向ける。

 そこには、爆発の影響で噴きあがった砂煙に紛れながら佇む、カオスの姿が見えた。

 ……だが、その様子は先程と比べ、明らかにおかしい。

 声をかけようと天馬が一歩前に踏み出た。その時、周囲に漂っていた砂煙が一瞬の内に消え去り、彼の姿がハッキリと見えた。

 

「――ぇ」

 

 思わず後ずさってしまう程の高圧的なオーラ。

 白い肌に映える逆立った髪。

 包帯が外れ、無残な傷跡が並ぶ左手首。

 そして何より露わになった右目には、白目も黒目も全てが赤く染まっており、黒い十字架の紋章が不気味に刻まれている。

 

 そこで見たカオスの姿は、先程までとは全く違う。

 狂気に溢れた『異形』そのものだった。

 

「これがクロト様に貰った、僕だけの自己色……!!」

 

 足元に転がるボールを踏み潰し、興奮に打ち震える少年。

 肌に触れる冷たい空気を感じながら、異形と化した彼は自らが解放した『自己色』の名前を叫ぶ。

 

「カルディア解放……『エリュトロン』……ッ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 再戦VSジャッジメント――『カルディア』

 冷たい。

 

 まるで身を切るようだ、と男は心で呟く。

 バサバサとやかましい音をたてながら、身に纏ったローブがはためいている。それを少しだけうっとおしく感じながら、男はグラウンドの方へと視線を向けた。

 

 目に映るのは数人の少年少女。黄色、茶色、青色、緑……そんなカラフルな色合いの中で揺らぐ、赤色一つ。

 幼い頃に遊んだ折り紙や、絵を描く時によく使ったクレヨンのような、あんな綺麗で単純な物では無い。

 もっと複雑で、それでいて記憶に深く残る、あの黒く生々しい色。

 その中心で不敵に笑みを浮かべ佇むは、クロトの配下の一人である少年・カオス。

 炎のように立ち昇るオーラに髪を揺らす彼の姿は、人の形を模していながらも、人らしからぬ姿をしていて。

 逆立った髪はおどろに揺れ、包帯が外れ露わになった右目は真っ赤に染まり、刻まれた十字架の紋章が不気味に光っている。

 

 何よりも大切に想っていた者達に自らを否定され、絶望の底に沈んだあの日。

 全てを棄てようと決めたあの場所で、王に見初められ、歪み、逆転した彼の色。

 どうしようもなく理不尽で残酷な世界から、自分自身を守る事だけに特化した心の力。

 

 何者も認めない、絶対的な拒絶。

 『エリュトロン』。

 

「なんなんだ、あれは……」

 

 グラウンドにて。愕然とする一同の中で剣城が言葉を発した。

 普段、誰よりも冷静につとめている剣城。そんな彼の放った声ですら、今はわずかに震えており。現在のカオスがどれほど異質な姿をしているかを物語っている。

 頬に触れる風が冷たく感じる。先程出来た擦り傷の痛みですら構っていられぬ程に、今のカオスの姿は天馬を釘づけにさせる。

 

「……本当に、カオスなのか?」

「フフッ……なんだ。さっきまではあんなにお喋りだったのに、今は驚きすぎて声も出ないのかい?」

 

 飄々とした態度で言い放つカオスに対し、青白い顔を強張らせ立ち竦む天馬。

 他のメンバーも先程までの強気な表情など消えて無くなり、ただただ目の前のカオスを見詰め続けている。

 その姿がとても滑稽に見えて。まるで自分が強大な力を持った独裁者にでもなったかのような気分になって、カオスは愉快さに目元を歪ませた。

 

「でも、驚くのはまだ早いよ」

 

 両の腕を大きく振り上げ、自身から迸る赤いオーラを一点に集中させる。

 辺り一面を吹き飛ばさんばかりに発せられるオーラの圧力に負けぬように踏ん張る天馬は、徐々に集約していくオーラの動きに見覚えがあった。

 それは、今までの戦いで何度も見てきた、自分達も持つ力の姿。

 

「時を司る神よ、今ここに! 不滅の時エターナル!!」

 

 高々と告げられた口上と共に姿を現したのは、赤色の髪を持つ巨大な化身だった。

 

「あれが、カオスの化身!?」

 

 その場にいる全員の視線がカオスの発動した化身へと注がれる。

 翠色の砂時計を浮かばせ、白い衣を身に纏うその化身は、神々しい女神のような風貌をしている。

 だが、その顔に感情は無く。まるで白い仮面をそのままくっつけたような、薄気味悪い顔をしていた。

 

「松風天馬、言っただろう。これ以上戦いを続ければ、お前達は地獄を見ると」

「!」

 

 無表情な化身の下、天馬の方を一瞥し、カオスは声を上げる。

 

「さあ、行くぞ! これが僕、カオスの力!」

 

 足元に転がるボールを拾い上げ、脱兎の勢いで駆け出すカオス。

 姿勢を低く構え、弾丸のように衝撃波をはらみながら走るカオスに対し、霧野、狩屋、黄名子のディフェンス陣が立ちはだかる。

 激突する両者。だが、カオスの先程とは比べ物にならないパワーとスピードに霧野達は弾き飛ばされ、ゴール前への進出を許してしまう。

 両手を打ち鳴らし睨む信助を嘲るカオスの頭上で、エターナルの掲げている砂時計にヒビが入り始めていた。

 

「宣言通り、見せてやるよ。血よりも赤い地獄をな!」

 

 カオスの言葉を合図に砕け散った砂時計から噴出された翠色のエネルギーは、浮かび上がるボールに吸着されると、巨大な岩塊へとその姿を変える。

 キラキラと宝石のような輝きを発し浮遊するボールを見据え、自身も高く跳躍すると、禍々しいオーラをこめた右足を旋回させ、叩きつけた!

 

「ブラッディフェイト!!」

 

 翠色の岩塊を打ち砕いて解放されたシュートは、赤黒いエネルギー体となりながら雷門ゴールに襲い掛かる。

 地面を抉り、荒れ狂うように突き進むカオスの超絶シュートはキーパーの信助に技を出させる暇も与えず、その小さな体を吹き飛ばしゴールに突き刺さった。

 

『ゴォォォル!! カオス選手、化身必殺シュートで一点をとりかえしたー!!』

 

 アルの絶叫がフィールド中に響きわたる。観客として見ていたヒンメルの住人達がざわざわと騒ぎ立てるのを、雷門ベンチに立つシエルがじっと聞いている。

 

「なんだ今のパワーは……」

 

 フィールドに立つカオスを見つめたまま、ワンダバが呟く。

 

「――『カルディア』」

 

 シエルとアステリがそんな言葉を口に出したのは、ほぼ同じ時だった。

 

「アステリ、知っているの?」

 

 グラウンドにて、アステリの言葉を聞きとめた天馬が詰めるように問いかける。

 

「……『カルディア』は、人間の中に秘められたその人本来の色の力の事。解放すれば通常の何十倍もの力を発揮する事が出来るんだ」

「それも、イレギュラーの力?」

 

 自身。化身やアームド、ミキシマックスやソウルと言った特殊な力を使う事が出来る天馬だったが、『カルディア』なんてものは今まで聞いた事も見た事も無い。

 クロトから力を貰ったと言うイレギュラーならではの力なのか。当然のように降って湧いた天馬の疑問にアステリは首を振った。

 

「いや、カルディアは化身と同じく心の力。だから、生死と色の概念が存在するキミ達人間ならば、誰しもが持っているはずの力なんだ。ただ、普通に生きている内はその力が覚醒する事は無いし、知らなくて当然さ」

 

 そんなアステリの言葉に「ちょっと待て」と割り込んできたのは、白竜だった。

 少し離れた所で二人の会話を聞いていたのだろう。神妙な面持でツカツカと近寄ってきては言葉を続ける。

 

「生死や色の概念がある『人間』なら持っている力だと言ったな。ならばなぜ、イレギュラーであるアイツがその力を使う事が出来ている?」

「そうだよ。それにアステリ、前に言ってたじゃないか。色はイレギュラーにとって毒だって。だから前に戦った時、カオスは試合を途中で棄権したのに……」

 

 あの時……河川敷でカオス達と初めて戦った時。色の影響で体が溶け、消滅寸前にまで陥ったカオス達を見てアステリは言っていた。

 「色はイレギュラーにとって毒である」と。

 カルディアは色の力……もしそれが本当ならば、イレギュラーにとっては猛毒に近しい力と言う事になる。

 アステリやカオスのように色も顔もある特殊イレギュラーは、毒に対する免疫力を持つと言っていたが。

 それにしてもあんな風に自ら毒を浴びるような行為をして平気なのか?

 

「カルディアには、二つの種類があるんだ」

 

 次々に湧いてくる疑問に頭を悩ませる天馬。そんな彼の姿を見て、アステリがこう綴る。

 

「一つは人間が生まれながらにして持ち、ボク達イレギュラーにとっては毒となる力。そしてもう一つはクロトが創った、イレギュラーに害を与えず、なおかつオリジナルよりも強い力を宿す、歪な力」

 

 天馬達、人間が持つ力を『オリジナル』。そしてクロトに創られた方を『レプリカ』とアステリは例える。

 

「じゃあカオスの今の力も、クロトに創られた力って事か……」

 

 世界を創り、イレギュラーを生み出し、そのうえ今度は自分達にとって大敵である色の力ですら都合の良いように改変してしまった。

 そんなクロトのまるで神のような力に、改めて驚きの感情を抱かざるを得ない天馬の視線は、自然とカオスの方へと向けられる。

 自身のポジションにつき静かに試合再開の時を待つ彼は、先程と同じ、赤く禍々しいオーラを放ち続けている。

 その影響か、辺り一面が薄ら寒い空気に包まれていて、天馬はぶるりと体を震わせた。

 冷たい空気と共に伝わってくる、強い拒絶。自分が今まで生きてきた中で感じた事も無い程の、冷たく攻撃的な感情。

 一体何に対して、そこまで強い感情を抱くのか。全てクロトに創られた力のせいだとでも言うのか。

 でも、それならあの夢は……。

 

(カオス、君は一体……)

 

 そんな天馬の言葉に出来ない問いは、誰にも聞かれる事は無く。その心に留まり続けた。




・『カルディア』
人間の中に秘められたその者本来の色の力の総称。
力を解放する事によって身体能力を通常時の何十倍にも飛躍させる事が可能。
この能力は普段平凡に暮らしている人間の中にもごく当たり前のように存在しているが、通常は覚醒する事無く一生を終える為、認知されていない。
性格やその人らしさの根源のような物。
例を上げると、短気な人間の場合は色濃くハデな色。穏やかな人間の場合は淡いパステルカラーのような色になる傾向がある。

身体能力の上昇とは別に特殊な力(以下ここでは特色と呼ぶ)を宿しており、その力の効果は様々である。中には超能力のような他と比べ飛びぬけた力を秘めた物も存在する。
特色はカルディアの保有者の思考・感情・行いによって変化・成長していく。
極端に言えば、善い行いをすれば善い力を宿し、悪い行いをすれば悪い力を宿す。

化身やソウル同様、何かの拍子に覚醒する事が多いが、明確な覚醒方法は不明。
カルディア解放時はその力にあった姿や色に変化し、体のどこかに紋章が浮かび上がる。

 ――黒の塔・記憶の間 Mのメモより抜粋


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 再戦VSジャッジメント――拒絶の刃

約2ヶ月程更新していない間に、お気に入り登録者が増えていて嬉しい作者です。
お気に入り登録してくださってる方やいつも読んでくださっている方、ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。
最近スランプ気味で更新が途絶えていますが、途中で投げたりはしないので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。



 先程のカオスの一撃で両チーム得点は2-2の同点。宣言通り、ジャッジメントのメンバーは動かず。文字通り異彩を放つカオスのみが雷門の敵として機能している。

 彼の発動した『カルディア』なる未知の力を前に、険しい表情を浮かばせる雷門イレブン。そんな彼等に「頑張れ」とエールを送るマネージャー達の表情も心なしか不安そうに見えた。

 敵の力に気圧されながらの試合再開。ボールを受け取りドリブルで前線へ駆ける天馬の背後から猛然と走り込んできたのは、やはりカオスだ。

 チーム一ドリブルを得意とする天馬も真の力を解放したカオスのスピードに勝つ事は出来ず、あっと言う間に前をとられてしまう。

 

「諦めが悪いんだな、お前達は」

 

 冷たく、静かな声でカオスが言う。

 

「未知の種族、未知の世界、未知の力……全てにおいて何も分からない状況で、世界の命運をかけて戦わなければならないなんて……酷い話だとは思わないか」

 

 激しいディフェンスに何とかボールを死守しようとする天馬。パスを出す暇すら与えぬその動きと比例して、彼の真っ赤な瞳は天馬を捕らえて離さない。

 

「自分達はただ、普通の暮らしがしたいだけなのに。たったそれだけなのに、どうしてこんなに辛い思いをしなくちゃいけないのか。なんで自分だけ、どうしてこんな目に。理不尽だ、不条理だ、ズルイ、ズルイ、もう嫌だ。そう思うだろ? だからなあ、いっその事――ラクになっちゃえば良い」

 

 「諦めろ」……そう訴える彼の言葉は、妙に流暢でいて、まるで何度も自身の中で反芻した事があるかのようだ。

 

「カオス、どうして君はそこまでクロトの野望に賛同するの」

 

 天馬の胸の奥底でずっと引っかかっては疼いていた言葉。

 激情に駆られた今のカオスに言っても、答えてはくれないかもしれない。

 それでも尋ねずにはいられなかった。

 

「……恩人だから」

「え」

「クロト様は僕を救ってくれた恩人。僕を唯一認めてくれる存在。だから従う」

 

 抑揚の少ない声でカオスが言う。

 

「でも……クロトのしている事は間違っているんだよ。自分勝手な願いで沢山の人から心を奪って、世界を変えようとしている」

 

 きっと答えてはくれない。

 そう半ば諦めていた問いの答えに、天馬は驚いた表情を浮かばせながらも彼の言葉に対して反論した。

 例えどんな理由があろうとそんな自己中心的な行動は許されるものでは無い。

 カオスはそんな事すら分からなくなってしまう程、クロトに妄信してしまっているのか。

 それともやはり、自分達人間とイレギュラーとでは考え方が違うのか。

 クロトやカオス達……彼等の間違いを正さねば。そんな固い意思の上で唱えられる天馬の言葉を、カオスは自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「正しいとか正しく無いとか、そんな事はどうだって良いんだ。僕はただあの理不尽な世界を変えたいだけ。……ぼくの願いを叶えるには、それしか方法が無いから……」

 

 口から零れ落ちた言葉に付随して

 激情に燃えていた瞳が、一瞬だけ悲しそうに揺らいだ気がした。

 

「だから、この試合。負ける訳には行かないんだよ!」

 

 天馬の足元にキープされていたボールを奪い、勢いよく駆けあがるカオス。

 沈んだ瞳を再びギラギラと輝かせながら、地面を踏みこむ足にも力を込める。

 

「再臨する! 不滅の時エターナル!」

 

 先程と同じように放つ口上と共に姿を現した化身・エターナルは、相も変わらず無機質な顔面を携えたまま、猛進するカオスと共に雷門陣内へ斬り込んでいく。

 

「止める! これ以上好きにさせるものか!」

 

 ディフェンスに入る雷門イレブンを次々になぎ倒しながら爆走するカオスの前に、剣城と神童が立ちふさがる。

 二人は全身に気を集約させるとほぼ同時のタイミングで二体の化身を発現させた。

 

「「アームドッ!」」

 

 二人の気合いに反応して、マエストロ・ランスロットの二体が光のアーマーへと変貌し、各々の発現者の体へ装着されていく。

 化身は発現するだけでも大幅な体力を労する。ましてやその化身を鎧として着用する化身アームドは持続時間では、ミキシマックスやその他の能力と比べ大きく劣ってしまう。

 だが、そのパワー。そして瞬発力はどの能力と比べてもぐんを抜いて高い。

 化身アームドで確実にカオスからボールを奪い、反撃のチャンスを掴もうと言う事なのだろう。

 

『カオス選手の猛進を阻まんと、神童選手、剣城選手が同時に化身アームドを発動だあ!』

「良いぞ! アイツのスピードについて行けてる!」

 

 いくらカオスの力が強力でもアームドを発動した二人が相手ならば、そう簡単に突破される事は無い。

 カオスの行く手を阻み続ける神童と剣城を目に、ベンチから声を上げる水鳥。そんな一同を嘲笑うかのようにカオスが口を開く。

 

「それぐらいで興奮しちゃうだなんて、本当にめでたい頭だね」

「!」

 

 口角をつり上げ、カオスは叫ぶ。

 

「見るが良い!」

 

 高々と振り上げられた左腕と共に、エターナルが光のアーマーへ変貌する。

 白を基調とした鎧の腰に吊り下げられた翠色の砂時計、胸元につけられた蝶番の装飾が鈍い光を放っている。

 全体的に女性的な印象を与えるアームド姿だが、そこから発せられるオーラは発現者を模すように強い威圧感を放っていた。

 

「ッ……やはりアームドを使う事が出来るのか!」

「そうさ! そしてこれがクロト様から授けられた色の力!」

 

 そう言って掲げた両腕から溢れた禍々しい光は、三日月のように湾曲した大鎌を形作る。

 傍から見てもかなりの重量感がありそうな大鎌をカオスは軽々と持ちあげると、行く手を阻む神童・剣城に目掛け力任せに薙ぎ払う!

 

「アダマスの大鎌ッ!」

 

 辺り一面を吹き飛ばさんばかりの衝撃が二人の体を打ち据える。

 あまりの威力にアームドを形作っていた二人の気力は断ち切られ、そのまま後方へ大きくふっとばされていった。

 化身アームドの力を得て更にスピードの上がったカオスは、漆黒に染まった鎌を手に、地面を滑るような勢いで駆け抜ける。

 

「行かせない!」

 

 水色の光に身を包み、ソウルを発動させたアステリがカオスを迎撃するべく突き進む。

 だがそれもカオスの手にした大鎌のひと振りで打ち倒され、ソウル《白鳥》は純白の羽根を散らしながら消散して行った。

 

「そんな粗削りなソウルで、そう何度もやられるものかッ!」

「ッ――!」

 

『カオス選手、強力なオフェンス技《アダマスの大鎌》で雷門イレブンの選手をバッタバッタとなぎ倒していく!!』

 

 目の前に立ち塞がる全ての者を容赦なく押し退け、斬り捨て、叩き伏せ。カオスがゴール前に辿り着いた時には、多くのメンバーが地面に突っ伏すように倒れていた。

 DFの霧野達もカオスの暴力的とも言えるプレーに倒され、信助の立つゴールを守る者は既にいなくなってしまった。

 手にした大鎌を消し、ボール共々天高く跳躍する。拳を打ち鳴らし身構える信助の姿に不敵な笑みを返すと、カオスは必殺シュートの体勢に入る!

 

「くらうがいい! インフェルノV2!」

 

 自身のオーラを蓄えたボールに、カオスは渾身の一撃を与えた。

 試合開始直後に放った物とは明らかに違う。今までの必殺シュートをはるかに超える、絶大なエネルギーの光線が雷門ゴール目掛け一直線に飛来する。

 信助はとっさに化身発動の構えをとるが、シュートはあっという間にその体を弾き飛ばし、ネットに深々と突き刺さった。

 ジャッジメント、3点目。




《エリュトロン》
カオスのカルディア。
特色は『拒絶』。保有者にとって苦痛となる感覚・感情・要素を排除し、心のバランスを保つ力。
専用技は『アダマスの大鎌』。
力の解放と同時に顔と左腕に巻いていた包帯が外れ、右サイドの前髪が逆立つ。
露出した右目は白目と黒目の境の無い赤眼に変わり、十字架の紋章が浮かび上がる。

《アダマスの大鎌》
カオスの必殺技。
自身のオーラを集約させ作り出した大鎌を振るい、敵を攻撃するドリブル技。
オーラの集合体だが、かなりの重量があるらしく両手で持たなければ扱えない。
カルディア《エリュトロン》解放時のみ使用可能。

《不滅の時エターナル》
カオスの化身。
ウェーブのかかった赤い長髪に、蝶番の装飾がついた白い衣を纏った女性型化身。
女神のような風貌とは裏腹に、石膏像のような無表情な顔を持ち、胸元に掲げた両手の中に翠色の砂時計を浮かばせている。

《ブラッディフェイト》
カオスの化身必殺技。
エターナルの砂時計から噴出したオーラをボールに吸着させ、巨大な翠色の岩塊を生成。
禍々しい闘気を込めた一撃を叩きつけ、岩塊を破壊。解放されたシュートが赤黒い光線になりながら地面を抉り進むシュート技。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 再戦VSジャッジメント――大切な二人

今回はいつもより長めのお話になります。最後までお付き合い頂けると幸いです。


「化身アームドも、ソウルも通用しないなんて……ッ!」

「アイツ、化け物か……」

 

 ジャッジメントの3点目が決まった直後、痛む体を引きずるようにして立ちあがった神童の言葉に、剣城が悔しそうに奥歯を軋ませる。

 二人の体は先程の一撃で相当なダメージを負ったのか、目で見て分かる程までに傷や痣が増えていた。ピッチに立つ他のメンバーも、荒く呼吸をついては痛みに顔を歪ませている。

 圧倒的な敵の力。後半戦で追い付き追い越されたスコア。少しずつ、そして確実に下がっていくチームの士気。

 それらを打破する案も浮かばず悩む天馬に声をかけたのは

 

「だから言っただろう、諦めろって」

 

 カオスだった。

 

「カオス、これ以上みんなを傷付けるのは止めてくれ!」

「何を甘えた事を言ってんだよ。これは立派な戦闘だ。傷付くのなんて当たり前だろう」

「俺達がしている戦いはそんなものじゃない! サッカーは人を傷付ける為の暴力じゃないぞ!」

 

 辛そうに訴えられた天馬の言葉に、さも当然と言いたげな態度で返したカオスに腹を立てたのか、神童がそう声を荒げた。

 天馬のように過度に表に出さないだけで、神童も剣城もそして他のメンバー達も、皆それぞれサッカーに対して思い入れがあり、歩んできた物語がある。

 そんな大切なサッカーと言うスポーツをこんな風に暴力の手段にされ、仲間を傷付ける為の道具として扱われている事がどうしても許せずにいた。

 

「ふんっ、吼えてればいい。どうせお前達は僕に対抗する術なんか無いんだから」

「ッ……」

 

 確かに、今の雷門にカオスの力に対抗する手段は無い。

 自分達のプレイも、化身やミキシマックス、ソウルまでもが彼一人の力で撃ち破られてしまっている現状。何も言い返せず悔しそうに眉間にシワをよせるだけの神童を鼻で笑い、カオスは言葉を続ける。

 

「この試合、例えどんな手段をとろうとも僕は勝つ。……お前等ごときに僕の願いの邪魔はさせない」

 

 口から放たれる言葉の強さとは裏腹に、カオスの瞳がまた悲し気に揺らいだのを、天馬は見逃さなかった。

――まただ。

 『願い』……その言葉を口にする度に揺らぐ、彼の瞳が気になって。

 この試合中に感じた疑問の答えを、一つで良いから知りたくて。

 どうして、そんな辛そうな顔をするのか聞きたくて。

 去ろうとする彼の腕を、天馬はおもむろに掴み、ひき留めた。

 

 その時だった。

 

(――え)

 

 カオスの腕を掴んだ瞬間。目の前が突如として暗転した。

 ザザザザッと言う砂嵐の音が鼓膜を揺らし、視界に映る暗闇すらも歪ませている。

 不意に起きた現象に驚き、反射的に目を瞬かせると、暗転した視界に光が戻り辺りの景色を映し出す。

 しかし、視界に映るのはさっきまでいたモノクロ色のグラウンドでは無い。

 色のついたどこかの部屋と、三人の見知らぬ家族の姿。

 きちんと整理整頓がなされた綺麗な部屋の中で、父親と母親、そして夢に出てきたあの少年が楽しそうに笑っている。

 テーブルには白くてまあるいケーキと、おいしそうなご馳走が並んでいて。

 その光景を見ているだけで、なぜか天馬の心から『嬉しいな』『楽しいな』と言う感情が湧き上がってくる。

 

(なんだ、これ……)

 

 無条件に湧き上がってくる感情と、自身に起きた不思議な現象に天馬は頭を抱える。

 今、自分が感じている気持ちはあの少年の物であって、自分の物では無い。

 それなのにまるで――そう、あの時見た夢と同じ。目の前の少年と心でも繋がってしまったかのような。そんな錯覚を覚える程、自分の心の底からどんどん沸き出てくるのだ。

 

(これも夢……?)

 

 カオスの腕を掴んだ途端にこんな光景が見え出したと言う事は、やはりあの夢の少年はカオス本人なのか。

 だとしたら、これはカオスの過去の記憶?

 でも、カオスはイレギュラーであって人では無いはず……。

 混乱する頭を振るい、どうにか落ち着こうとする。

 アステリと出会って、モノクロ世界に来て、自分の知識や常識では計り知れない事が山のようにあった。

 この現象もその一種。こんな事でいちいち驚いていられない。……なんて納得しようとしている時点で、自分も大分おかしくなって来ている事に気付き、天馬は苦笑した。

 ふと視線を前に向けると、楽しそうな少年の姿が目に留まる。

 これはカオスの記憶……そう思ってみれば、どことなく顔立ちが似ているようにも感じるが、子供の頃の記憶なのか。今の彼は幼く見える。

 

『――、誕生日おめでとう。ほら、欲しがっていたプレゼントだ』

『ありがとう! お父さん!』

『フフッ……――ももう八歳だなんて、時が過ぎるのは早いものね』

 

 そう言って微笑みながら母親が少年――幼いカオスの頭を撫でる。

 やはり彼の心と同調してしまっているらしく、天馬の中に穏やかで優しい気持ちが溢れてくる。

 母親にこんな風に頭を撫でられるなんて、中学男子……ましてや両親と離れて暮らしている天馬には不慣れな行為で、自分の事でもないのに少し恥ずかしく感じた。

 彼等の会話は所々ノイズが走り聞き取れない箇所もあるが、母親の『もう八歳』と言う言葉を聞くに、この光景はカオスが小学校二年生くらいの時の記憶なんだろう。

 

『わあ! すごい!』

 

 綺麗な翠色の瞳を輝かせて幼いカオスが手に持ったのは、真新しいサッカーボールだった。

 赤地に黒い模様と言う、なんとも派手なボールに気持ちが昂る一方。母は困ったような、呆れたような表情を浮かばせている。

 

『何もこんな派手なのを買ってこなくてもよかったのに……』

『でもこれ真っ赤でカッコイイよ! ぼく、この色すきー!』

 

 今とは比べ物にならない程、純粋無垢な笑顔を浮かべる幼いカオスに、天馬の顔も自然と綻んでいく。

 そう言えば自分も幼い頃、母にプレゼントで新しいサッカーボールを買ってもらった事があった。あの時は今の彼のように嬉しかったし、傷一つ無い新品のボールを見てワクワクしたっけ。

 

『ねえ、お父さん。今度さ、ぼくにサッカー教えて』

『ああ、いいぞ』

『やった! 絶対だからね!』

『フフッ、よかったわね』

 

(やっぱり……カオスもサッカーが好きだったんだ)

 

 幼い頃は誕生日にわざわざ欲しがる程、サッカーが好きだったのに。どうして今はただの戦う手段としか見ていないのか。

 胸に沸き立つ温かい彼の感情噛み締めながら、思考を巡らせていた天馬をザザザザッと砂嵐の音が襲う。

 そして再び視界に光が戻った頃には、天馬はまた別の空間に立っていた。

 今度は一体どこへ飛ばされてしまったのだろう。薄暗い……どこかの部屋のようだが……。

 

『いい加減にしてよ!!』

 

 バンッ!! と机か何かを叩く音とヒステリックな怒声に、天馬はびくりと肩をすくませた。

 辺りを見回すと少しだけ開かれた状態の戸ふすまを見つけた。今の怒鳴り声もその奥から聞こえて来た物らしい。

 何が起きたのか、恐る恐る隙間から外の様子を伺い知る。

 そこにはさっきまで幸せそうに笑い合っていたカオスの両親が、不機嫌そうな顔で睨み合っていた。

 二人共、少しだけ老けたように見えるのは気のせいだろうか……。

 

『私だって疲れて帰ってきてるのよ! 少しは手伝ってくれてもいいじゃない!!』

『こっちは一日中、汗だくになって働いてるんだ!! 家事はお前の仕事だろう! 少し働いたくらいで偉そうな口をきくなッ!!』

『何よそれ! そもそも誰のせいでこんな生活しなきゃいけないと思ってんのよ!!』

『俺のせいだって言うのか!!』

 

 鬼の形相とは今の二人のような事を言うのだろう。初めて聞く大人の怒号に息を詰まらせた天馬の心に、ぼこぼこと不安と恐怖の感情が湧き上がってくる。

 

『また、始まった』

「……!!」

 

 傍で聞こえた声に驚いて、天馬は咄嗟に視線を動かす。

 今の今まで怒鳴り合う二人の方ばかりに気をとられ気付かなかったが、薄暗い部屋の隅でカオスが蹲っていた。

 先程の光景から大分年月が経ったのか、目の前の彼は今の天馬とそう変わらない姿をしている。

 抱えた膝に顔を埋めながら、カオスは隣の部屋で喧嘩を続ける二人の姿を見ないよう、キツく瞼を閉じた。

 

『毎日毎日……顔を合わせれば喧嘩ばかり』

『前までは、あんなに仲が良かったのに』

『どうしてこうなっちゃったんだろう』

『嫌だ。怖い。二人には、仲良くしてもらいたいのに』

 

 立て続けに天馬の耳へ届く言葉の数々。

 それは決してカオスの口から発せられている訳では無く、彼の心から湧き上がってくる感情その物だった。

 

『どうしたら、昔みたいに戻ってくれるんだろう……』

「カオス……」

 

 つい数分前に見たあの純粋で明るい笑顔など無い。薄く開かれた翠色の瞳には、ただ悲しみの涙が溜まっていた。

 フィールドで対面した時とは一変、彼の抱える不安や孤独が痛い程によく分かる。その苦しみに少しでも寄り添ってあげたくて、天馬は手を伸ばした。

 だけど。

 

「あ……」

 

 伸ばされた天馬の右手は彼の震える腕に触れる事無く、無情にも空を切る。

 ああ、そうだ。これはカオスの記憶の中。 

 どれだけ彼の気持ちを理解して、胸を痛めたとしても

 自分はただの傍観者であって、当事者では無い。

 与えられた痛みも、不安も、苦しみも、全部。

 それは全て彼の物であって、自分の物では無い。

 触れる事も、声をかける事も出来ない。

 自分はただ、見ているだけ。

 今の自分には、それしか出来ないんだ。

 触れる事の出来なかった彼の腕に並ぶ無数の傷跡に、天馬の胸がズキリと痛んだ。

 

『きゃあっ!!』

 

 不意に響いた甲高い女性の悲鳴に驚いて、天馬は振り返った。

 今の声は、父と喧嘩をしていた母の声だ。飛び交う怒号と物音と、普通では無い異常な空気が室内を震撼させ、天馬とカオスの不安を煽る。

 慌てて戸ふすまの外へ目をやると、顔を真っ赤に染めた父が倒れた母の胸倉を掴み暴力を振るっていた。

 

 馬乗りになって

 何度も

 何度も

 父は殴打を繰り返す。

 

 組み敷かれたまま動けない母は断末魔にも似た悲鳴を上げ続け、その顔にはどんどんと生々しい痣が増えていく。

 目の前に広がる異常な光景に心臓が高鳴る。底知れない沼のような恐怖と不安が天馬の心をどんどん浸食していき、呼吸ですら上手く出来ない。

 「父さん、止めて」だなんて、自分の物では無い言葉が口から発せられるのと、戸ふすまが勢いよく開いたのは同じ頃だった。

 

『父さん、止めてッ!!』

「!!」

 

 震えた、それでいてハッキリとしたカオスの叫びが室内を反響する。

 彼は駆け足で二人の間に割って入ると倒れる母の傍により、心配そうに声をかけた。母の顔を見るとあちこちに赤黒い痣が出来、口の中でも切ったのか床には少量の血液が飛び散っている。

 カオスは父を見た。昔はあんなに優しかったのに、どうして今はこんな事をするのか。

 いや、理由はちゃんと分かっている。でも、分かっていても納得は出来ない。

 カオスの心に父に対する恨みや怒りは無かった。

 ただ悲しかった。自分を育てて愛してくれた父が、すごく遠い場所に行ってしまったようで。

 

『父さん……』

『お前まで、俺を悪者扱いか……ッ』

『え……』

 

 鋭い、自分を拒むような視線がカオスに突き刺さる。

 その視線が酷く冷たく感じて、カオスはふるふると首を横に振った。

 悪者扱い? 違う。そんな風に思った事なんて一度だって無いよ。

 思った事は無いけど、けど、しょうがないじゃないか。

 父さんは男で力も強くて

 反対に、母さんは女で弱いから

 だから、だから守らなきゃって。『男』のぼくが『女』の母さんを守らなくちゃって……。

 ただ、それだけで……。

 ただ、それだけなのに。

 

――どうしてそんなに冷たい目をするの。

 

 胸の中で何度も何度も同じ言葉が反芻する。

 口に出さなくちゃ、声を上げなくちゃ、目の前の父には届かないのに。

 父の冷たく威圧的な視線に、声が出なかった。

 

『どいつもこいつも馬鹿にしやがって』

 

 最後にそう言い捨てて、父は家を出ていってしまった。

 

『ッ……うわああああああああああっ!!』

『! 母さ……ッ』

『どうして、私がこんな目にあわなきゃいけないのよ!! 私だって必死に頑張ってるのよ!! それなのに、どうして……どうしてよぉ!!』

『母さん、大丈夫……大丈夫だから……ッ』

 

 まるで子供のように声を張り上げて、衝動のままに泣き叫ぶ。

 片づける暇も無く散らかったままの本を辺りに投げ散らかしながら、母は自分の不幸を叫び続ける。

 その声を、言葉を聞いていると、心に巣食った不安や恐怖がより強くなる気がして。

 それに父につけられた顔の傷も、早く手当てしないと酷くなってしまうと思ったから、カオスは「大丈夫」と母を必死に宥めようとした。

 それが悪かった。

 

『何が、“大丈夫”なのよ……!! 何も大丈夫じゃないのよ!!』

『ッ!』

 

 母の投げた本がカオスの腕に当たり、床に落下する。

 幸い頭には当たらなかったが、本がぶつかった場所が嫌に痛くうずいた。

 そしてそのままズカズカと近寄ってきた母に両肩を掴まれ、床に勢いよく叩きつけられる。母の長い爪が肩に食いこんで痛い。

 

『私の苦労も、何も知らない子供のくせにそんな事言って……!! 誰のせいでこんな苦労してると思ってるのよ!! アンタの為に、アンタのせいで私は――ッ!!』

 

 熱く激昂した思考のまま、母がカオスの胸倉を掴む。そして何度も、何度も、床にその体を打ち付けると、握り絞めた拳を勢いよく振りあげた。

 

『……あ……ッ』

 

 刹那、母親とカオスの視線がぶつかる。

 痛いはずなのに、辛いはずなのに。涙一つ流す事の無い彼の姿は

 ハーフタイムの時に見た彼等の姿とよく似ていた。

 

『……ぁ、ぁ……ご、ごめんなさい……お母さん……疲れていて……それ、で……あ、あああ……』

『……母さん』

『ごめんなさい……ッ違うの、違うのよ……お母さん、そんな風に思って無いからね……全部、嘘だから……嘘……ッああ、どうしてこんな事……ごめん……ごめんなさッ……』

 

 自分がやろうとしていた事の恐ろしさに気付いたのか、母はそう言って振り上げていた拳を下ろすと、目の前の我が子を抱きしめた。

 うわ言のように「ごめんなさい」と謝りながら、泣きじゃくる母の背をカオスはゆっくりと撫でてやる。

 

『いいんだ、母さん……悪いのは全部、ぼくだから……母さんの苦労も考えず、あんな事を言った、ぼくが……』

 

 肩を震わせて泣く母に体を寄せて、カオスは何度もそう言葉をかける。

 二人は自分にとって唯一無二の親であり、自分を産んで育ててくれた愛すべき存在。

 何よりも大切で大好きな二人。

 自分が産まれてしまったせいで、苦労をしている二人。

 そんな二人に、これ以上苦しんでほしくないけど。自分はまだ子供で、力も無くて、二人に対して何もしてあげられないから。

 だから、せめてこうやって殴られて、感情のはけ口になって、それで二人が楽になれるなら。

 自分だけが我慢して、まだこうして家族三人でいられるなら。

 

『ぼくは母さんの子供だから。ぼくを殴る事で母さんの気持ちが少しでも楽になるなら、ぼくは――』

 

 小さく狭い部屋で、呪いのように唱えられた言葉を、最後まで聞き終える事無く。

 天馬の意識は深い深い闇に閉ざされた。




カオスの過去回でした。何気にこう言う重たい話を書いてる時が一番楽しかったりします。
ジャッジメント戦だけで既に10話も書いていますが、試合はもう少し続きます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 再戦VSジャッジメント――決意

 プツリッと、唐突に映らなくなった視界。コンセントが抜けて映らなくなったテレビのように、なんの前触れも無く辺り一面が黒に染まる。

 カオスの記憶も、言葉も、感情も、何も聞こえず、見えず、感じなくなった世界で。突如、沼の奥底から引きずり上げられたように、天馬の意識が覚醒した。

 

「天馬!」

 

 聞きなれた声が自分を呼ぶ。ゆっくりと瞼を開き辺りの光景に目をやると、仰向けに寝転がる自分を覗きこむフェイとアステリの姿が見えた。

 近くにはさっきまで一緒に戦っていた神童達や監督の円堂、マネージャー達の姿もあって。皆、二人の上げた声に気付き駆け寄ってきた。

 

「気が付いたんだな」

「神童先輩……俺、一体。試合はどうなったんですか?」

「試合は少しの間中断してもらってる。お前、あの後急に意識を失って倒れたんだ。……覚えてないのか?」

 

 神童の言葉を聞いて、自分が今まで何をしていたかを思い出す。

 ああ、そうだ。ジャッジメントの三点目が決まった後、カオスの見せた悲しそうな目が気になって。

 どうしてそんな顔をするのか、その訳を知りたくて。

 立ち去る彼を引き留めようと、腕を掴んで。

 それ、で……。

 

「何はともあれ、無事でよかった。このままお前が目を覚まさなかったらどうしようかと――……天馬?」

「……天馬、どうしたの?」

 

 不意に溢れだした涙に驚いて、傍にいた神童やフェイが声をかける。

 目の奥が熱い。そう言えば、記憶の中の彼は一度も涙を流さなかったな。

 誰よりも大切で、大好きな人に、あんな事されて辛く無いはずないのに。

 汗みたいにぼろぼろと零れる涙を抑えるように、天馬は両手で自身の顔を覆った。

 

「どこか痛むのか?」

「大丈夫です……」

 

 身をかがませて心配そうに尋ねた円堂に返事をすると、天馬は頬に伝う涙をぬぐう。そうしてゆっくりと深呼吸をすると、少しだけ重怠い体を起き上がらせた。

 

「夢を、見たんだ……」

「夢?」

「まさか……」

 

 不思議そうに首を傾げた信助とは裏腹に、何かを察したように呟く剣城。勘の良い彼はもう気付いているのだろうか。天馬が見た夢が本来は誰のもので、どういう意味を持つものなのか。

 天馬は語った。自身が体験した不思議な現象、そしてそこで見た夢の内容を。

 皆、最初は天馬の話を半信半疑で聞いていた。「ただの夢だろう」と誰もが思っていた。だが、その内容は夢と語るにはあまりにもリアルで。話す天馬の表情と相まって、次第に皆「ただの夢」で片づける訳にはいかなくなっていた。

 

「俺、カオスの事はずっと、自分勝手な悪者だと思ってた。関係の無い人達やチームメイトであるアビス達の事も傷付けて、サッカーの事もただの暴力の手段としてしか見てなくて……でもカオスの記憶を見て、カオスと同じ気持ちを感じて分かったんだ。乱暴な行動をとるのも、クロトの野望に賛同するのも、全部ちゃんとした理由があるんだって。……カオスも、被害者だったんだ」

 

 ハーフタイムの時、シエルが言っていた。カオスが他人に暴力をふるうのは、自分の思いを伝える術を知らないからと。

 天馬はずっとその意味が分からなかった。『他人に暴力をふるってはいけない』なんて、そんな事、幼い頃から先生や両親に教えられてきた常識で、それを『知らない』だなんてあり得るはずがないと思っていたから。

 でも、記憶の中で幼い彼の姿を見て理解した。

 彼が伝えたい事を言葉ではなく暴力として伝えようとするのは、彼自身がずっとそうやって接せられてきたから。

 誰よりも大切で大好きな両親に、殴られ、傷付けられてきたからなんだと。

 

「俺、カオスを助けたい」

 

 涙で濡れた拳を握り、天馬が顔を上げる。

 

「助けるって、どうするつもりだ?」

「カオスに分かってもらうんです。自分のしている事は間違ってるって。でもだからって頭ごなしに叱って否定するんじゃなくて、アイツの気持ちとかそう言うの色々聞いて……全部受け止めた上で、正してやりたい」

「何を言ってるの、天馬」

 

 神童の純粋な問いに答える天馬。そんな二人の会話に入り込んできたのは、アステリだ。

 

「忘れちゃったの? アイツが今までどれだけ酷い事をしてきたのか。試合中だってアイツはキミの言葉なんて全く聞いてくれていなかったじゃないか。それなのに“分かってもらう”だなんて……そんなの危険すぎるよ!」

 

 人間はイレギュラーと違い、命がある。出来た傷や痣は簡単には癒えないし、それ相応の怪我を負えば死ぬ事だってある。

 そんな脆くか弱い彼等をこんな危険な戦いに巻きこんだ負い目と責任がアステリにはあった。

 これ以上、皆を傷付けぬように。天馬の無謀な考えを止めようと、アステリは声を荒げる。

 

「確かにカオスが今までやってきた事が許されるとは思わない。でも、分かりあえないと決まった訳じゃないよ」

 

 そうやって真っすぐに自分を見詰め言い切る天馬に、アステリは困惑した。

 今のカオスはこちらの言葉を聞く事ですらしようとしない。

 そんな普通の会話すらままならない状況で「分かり合う」だなんて、出来るはずがない。

 何を根拠にそんな事を言えるのか、問い詰めたアステリに天馬は少しだけ悲しそうな表情をすると、静かに答えた。

 

「それは、カオスが元は俺達と同じ、ただの人間だったから」

 

 冷たい、刺すような風がメンバーの間を通り抜ける。

 今、天馬はなんと言っただろうか。

 カオスが、人間?

 

「天馬、それ本当なの?」

 

 問う、信助の顔は怪訝そうだ。

 それもそうだ。今までのカオスの奇怪な言動や行動は、全て人間とはかけ離れた物ばかり。それでもここまで深く悩まずに来れたのは、カオスはイレギュラーであると言う前提があったから。

 天馬もあの夢を見るまでは、そうだと疑わずに信じて来た。

 でも夢の中で見た彼は、まぎれも無い自分達と同じ色のある人間だった。

 

「本当だよ。夢の中で見た小さい頃のアイツは、俺達と同じ命ある人間だった。だからきっと、きちんと話し合う事さえ出来れば分かり合う事だって出来るはずだ」

「……元は人間だったとしても今は違う。イレギュラーになった今のアイツに心は無いんだ。分かり合う事なんて、そんな事出来るはずが無い」

「じゃあ、アステリは?」

 

 唐突に投げられた言葉に、「えっ」と顔を上げたアステリに天馬が言う。

 

「アステリと俺達も、イレギュラーと人間だから、分かり合えないの?」

「……」

「俺はアステリと分かり合いたいな」

 

 ベンチに腰をかけこちらに微笑む天馬の表情はいつもより少しだけ寂しそうで、それを見ていると何故か無いはずの心が痛む気がして、アステリは視線を逸らした。

 その行為が自身の放った言葉に対する賛同なのか否定なのか分からないまま、天馬は仕方無く目を伏せる。

 微妙な距離感で黙り込む二人の様子を見かねたのか、ワンダバが天馬に声をかけた。

 

「だが天馬。いくら分かり合いたいと思っていても、向こうがこちらの言葉を聞いてくれないんじゃどうしようもないぞ」

「うん……。天馬の気持ちも分かるけれど、今のアイツが相手じゃまた乱暴に吹っ飛ばされるのがオチだと思う」

 

 確かに、今のカオスは自分達を拒絶している。

 まあ、それは今に始まった事じゃないし。相反する考えを持っている者同士、当然の行動だと思うが。

 それにしても今の彼の拒絶具合は異常な程で。こちらが不用意に近付けばあの巨大な鎌で弾き飛ばされてしまうだろう。

 フェイの言葉に「それはそうだけど」と唱える天馬に、沈黙を続けていたシエルが口を開く。

 

「彼の心は解放された力によって守られ、外部からの干渉を一切受け付けようとしない。このまま普通に声をかけ続けたんでは、彼と分かり合う事は出来ません」

 

 外部からの干渉を受け付けない。

 それではやはり、いくら頑張ってもカオスは自分達の声を聞いてくれないと言う事だろうか。

 カオスの記憶を見て、彼の事をようやく理解出来て。

 こんな風に互いを恨み合って拒絶し合うような戦いをせずに済むと思ったのに。

 

「じゃあ、やっぱりどうしようも無いって事……?」

「いいえ、策ならあります」

 

 「えっ」と、その場にいた全員の視線がシエルに集中する。

 

「天馬。あなたは試合中、一瞬でもカオスとまともに会話をする事が出来たでしょう? それは彼の心の壁にもわずかながらに隙間があると言う事です」

「そう言えば……」

 

 天馬は試合中にカオスと交わした会話を思い出す。

 

 『カオス、どうして君はそこまでクロトの野望に賛同するの』

 『……恩人だから』

 『え』

 『クロト様は僕を救ってくれた恩人。僕を唯一認めてくれる存在。だから従う』

 

 あの時、カオスは既に力を解放した後だった。にも関わらず、天馬の言葉を普通に聞き入れ、質問にも答えてくれていた。それ以降の会話では自分達の言葉を否定してばかりだったのに。

 

「俺の力をあなたに授ければ、そのわずかな隙間に入り込む事が出来る」

「そんな事が出来るの?」

「ええ。でも俺の力はあくまで心の隙間に入り込む事が出来るだけ。彼の心を解きほぐし、分かり合う事が出来るかどうかはあなたの力量次第」

「俺に……」

「難しく考える必要はない。あなたはただ、彼に思っている事をぶつければ良いだけ。あなたの持つ、あなただけの言葉で」

 

 シエルの力を使えば、カオスの心の隙間に入り込む事が出来る。端的に言うならば、こちらの言葉を頭から否定し続けているカオスに聞く耳を持たせる事が出来ると言う事。

 だが、分かり合えるかどうかは天馬次第。

 シエルは素直に思っている事をぶつければ良いと言っているが、自分の思いをカオスが素直に聞き入れ理解してくれる確証はどこにある?

 もし自分の放った言葉が原因で、ただでさえ暴走状態であるカオスの神経を逆撫でし、事態を悪化させてしまったら?

 この試合も、果てには世界の運命ですら消えて無くなってしまうかもしれない。

 アステリの言う通り、自分にとっても仲間達にとっても、そして世界にとっても危険で無謀な道だ。

 

 ――それでも。

 

「俺、やる」

 

 自分とよく似たシエルの顔を見詰め、天馬が言う。

 視界の端でアステリが酷く驚いたような、悲しそうな顔をしているのが見える。

 きっと自分の身を心配してくれているが故の表情なのだろう。

 

「ごめん、アステリ。でも俺、どうしてもカオスと分かり合いたいんだ」

「……優しすぎるんだ、キミは」

 

 目を伏せたまま離れていくアステリの背を横目に、ベンチから立ちあがる天馬に神童が声をかけた。

 見ると、マネージャーに手当てしてもらったのか頬や体に白い絆創膏を貼っている。……その傷はきっと試合中カオスによってつけられた物だろう。

 カオスの力と凶暴性を身を持って体験した彼の表情から言いたい事を悟ったのか、天馬は口を開く。

 

「分かってます。今のカオスと話し合おうだなんて無謀な事だって。アイツは俺達の敵だって事も、世界を壊そうとしている悪い奴だって事も全部。でも……」

「分かってる。お前は見たんだもんな、アイツの人間だった時の記憶を。……悔しいが、今の俺達じゃアイツの力に適わない。この状況を打破する為にも今はシエルやお前の言う通りにするのが一番だと、俺は思っている」

 

 そう言ってフィールドを見る神童に釣られ目線を動かす天馬。

 フィールドでは妖しく揺らめくオーラの中で佇んだままこちらを睨むカオスがいた。

 あの八畳半程の小さな部屋で感じた恐怖と不安は、感覚の途切れた今でもハッキリと覚えている。

 恐怖と不安で埋め尽くされた。自分達が当たり前のように感じた幸せ等何もない、鬱屈とした冷えた世界。

 

「シエル」

「……よろしいんですね?」

「うん。お願い」

 

 天馬の言葉にシエルは承知の意を込めた薄い笑みを浮かべると、静かに目を閉じ、意識を集中させる。

 街中に吹く風がシエルと天馬を包みこむように集約される。

 風に乗せられるように、ふわりと体が宙に浮く。

 

「目を閉じて」

 

 囁かれた言葉に従ってゆっくりと瞼を閉じる。

 視界が完全に闇に閉ざされる前に見たカオスの姿を思い出す。

 

 彼は今も、あの世界に囚われたままなのだろうか。

 あの暗い世界で幼い頃の夢を見続けて、日に日に壊れていく家族を必死になって繋ぎ止めようとしているのか。

 だとしたら、彼が叶えたい願いと言うのは、きっと――。

 

 天馬を包みこんでいた風が淡い水色の光を帯び、一つの球体へと変化する。

 次第に輝きを増す球体はより一層強い光を発すると勢いよく炸裂し、閉じ込めていた天馬の新たな姿を露わにした。

 

「おお! シエルの力がガッチリと天馬に合わさったようだな!」

 

 ガラス玉のように澄んだ瞳。風に揺らぐ水色の髪は襟足部分が伸び、変化前は無かったモミアゲが生えている。

 二つの個性のかけ合わせにより作り出されるミキシマックスとは一変、見た目に大きな変化がある訳ではないが、確かに今までとは違う力が湧いてくるのを天馬は感じていた。

 

「天馬、首のそれは?」

「え?」

 

 不思議そうに尋ねた信助に釣られ、自身の首を手で触れてみる。

 角度的に天馬からは見えないが、確かに首の右側に風を象徴したモノだろうか。水色に光るマークが刻まれている。

 

「それは力を解放した時に出る紋章です。天馬に授けた色の名は『ヘルブラオ』。対象の人物の感情や考えを読み取る力……要するに相手の心を読む事の出来る力を秘めています」

 

 心を読む力……。

 その言葉を聞いて天馬は、シエルが周囲の出来事を予知したり他人の考えを理解出来たのはこの力のおかげだったんだ、と納得した。

 吹き渡る風に乗って、周りの皆が今抱えている気持ちや考えを感じ取れる。

 シエルの力を得て姿が変わった天馬に対する驚き。カオスの驚異的な力に対する不安、試合に対する焦り。

 そんな様々な感情の中でも、誰一人として試合を諦めようとする者はいない。

 意識を集中させれば、もっと深くその人の心を読む事が出来そうだ。

 

 フィールドに向けた天馬の瞳が、カオスの持つ血色の瞳と衝突する。

 この力なら、カオスの心も――

 

「行こう、皆」

 

 左腕につけたキャプテンマークを強く握り、天馬は周囲の仲間達に檄を飛ばした。

 




《ヘルブラオ》
シエルが天馬に授けたカルディア。
特色は『共感性』。風を操り、周囲で起こっている事象や対象の感情を読み取る事が出来る力。
力の解放と同時に両目と髪が水色に変化し、襟足とモミアゲが伸びる。
風のような形を模した紋章が首筋に浮かび上がる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 再戦VSジャッジメント――反撃の狼煙

「やっと来たか」

「……カオス」

「散々人を待たせておいて、どんな切り札を用意してきたのかと思えば……そんな間に合わせな力で僕に勝つ気?」

 

 同じカルディアと言う力を発動した者同士、互いがどれ程の力を持っているのか語らずとも感じ取れるのだろう。

 フィールドに戻ってきた天馬の新たな姿を眺め、カオスは鼻を鳴らした。

 

「まあ、いいや。どうせ何をしても無駄なんだ。せいぜい無様に足掻けばいい」

 

 そう言って赤く濁った瞳で自分を見詰める。

 それはまるで、あの時の――あの夢の中で見た、父親の視線とよく似ていた。

 

「カオス。俺達はまだ諦めた訳じゃない。この試合にだって、絶対に勝つ」

「……あっそ」

 

 自分達になんの興味も持っていないような、中身の無い無機質な返答。

 ポジションにつく為去っていくカオスの後ろ姿を見ながら、ふとスコアボードに目をやる。

 現在の得点は2-3。

 自分達が彼より劣っている以上、彼は下位である自分達に関心を持とうとはしない。

 まずは一点だ。

 同点で並び、彼の関心をこちらに向ける。でなければシエルの言っていたカオスの心の隙間を突く事も出来ない。

 

「……よしッ」

 

『さあ! 後半戦、再開です! 果たして雷門、追い付けるかー!?』

 

 甲高い笛の音と共に剣城が蹴り出したボールがフェイの元へ渡る。そのままドリブルで攻め込もうとした直後、カオスの強烈なスライディングによってボールは奪われてしまった。

 

「完膚なきまでに叩きのめす!」

 

 掲げた両手に集約したオーラが禍々しい大鎌を形作る。カオスのカルディアに秘められた必殺技、《アダマスの大鎌》の発動だ。

 真っ赤に染まった右目に刻まれた十字架の紋章を輝かせ、カオスは進撃を開始する!

 

『カオス選手! 次々に雷門の守備を破っていく! やはり、覚醒した彼を防ぐ術は無いのか!?』

 

 進撃を阻止しようと立ちふさがったディフェンス陣を容赦無く叩き伏せ進むカオスは、試合が再開して幾分もしない内にゴール間近まで辿り着いていた。

 試合が中断する前と全く同じ展開。今度こそ守るとゴール前で構える信助を前に、カオスはボールごと天高く跳躍すると、強烈な必殺シュートを放つ!

 

「終わりだ! インフェルノV2!!」

 

 赤黒い闘気の光線が、雷門ゴールに襲い掛かる。

 2-3のスコア。残り時間も少ないこの状況で、更に一点を奪われればもう取り返しはつかなくなる。

 この一点だけは、なんとしても止めなくてはならない……!

 強力なシュートを何度も浴びて傷ついた体を奮い立たせ、信助が顔を上げた。

 その時だった。

 

「はああああああ!!」

 

 雄叫びをあげながら、赤黒い光線の前に立ち塞がり右足を叩きこむ。

 衝撃波が巻き起こす突風に、纏ったユニフォームと鮮やかな水色の髪がはためいている。

 天馬だ。

 ジャッジメント陣内まで上がっていた天馬がここまで戻ってきていたのだ。

 

「ぐぅッッ……!! ッうわ!?」

 

 天馬の決死のブロックを打ち破り、カオスのシュートが雷門ゴールに向かう。

 だが、その威力は先程と比べ格段に劣っており、信助は目を見開いた。

 

「今のでボールの威力は殺せたはずだ!」

「頼む、信助!」

 

 友人からの言葉に「任せて!」と返すと、信助は全身に力を込めミキシトランスを発動。三国志の傑物『劉備』の力を身に纏った。

 

「真・大国謳歌ぁ!」

 

 左手を大きく薙ぎ払い生み出した水墨画の世界を背景に、オーラで形作った巨大な手を向かいくるシュートに叩き下ろす。

 岩石の手に包まれたシュートは次第にその威力を無くし、ついには完全に動きを止め地面に落下した。

 

「と……止めた! やったぁ!!」

 

 自身の手の中で停止したボールを見詰めながら、信助が声を上げる。

 瞬間、フィールドに歓声が轟く。観客として天馬達を見ていたヒンメルの住人達が、ベンチで祈っていたマネージャーや監督が、そして何よりフィールドで共に戦っていた雷門イレブンが嬉々として声を上げ、笑みを浮かべている。

 

「な、に……ッ」

 

 興奮に沸く一同とは裏腹に、カオスだけが一人。動揺したように瞳を揺らしていた。

 信助が投げ飛ばしたボールを受け取ると、天馬は踵を返し、目の前のカオスへ視線を向けた。

 そのガラス玉のように透き通った瞳が自身に向けられるだけで、カオスは言い表しようの無いイラ立ちに苛まれる。

 

「ふざけやがって……ッ!!」

 

 赤い髪がおどろに揺れる。ギリッと軋ませた奥歯が鈍い痛みを訴えるのを無視して、カオスは目の前に立つ敵を睨み据えた。

 カオスから立ち昇る激情のオーラがより攻撃的な姿へ変化していく。まるで刃物のような形を成したオーラの圧力に負けじと、天馬はドリブルで突き進み始めた。

 

「通すものか!!」

 

 全身を赤黒い光で包みこみ、ソウルを発動するカオス。

 体に巻きつけた鎖を振り乱しながら猛り立つ巨大な獣《フェンリル》は、ドリブルで進む天馬を視界に捉えると、砂塵を蹴立てて驀進した!

 

「はああああ!」

 

 向かい来る力に対抗すべく、天馬も腹の底から声を張り上げソウルを発動した。

 弾けた光から現れたソウル《ペガサス》は、黄金に輝く翼をはためかせると大きくいななき、驀進するフェンリル目掛け強烈な体当たりを食らわせる。

 

「ぐっ!?」

 

 初めて対峙した時とは比べ物にならない程の威力を秘めた体当たりがフェンリルの体を吹き飛ばす。

 予想だにしない衝撃にソウルの姿を維持する事が出来なくなったカオスが宙を舞う。崩れた体制からかろうじて地面に着地した頃には、天馬はソウルを解き、ドリブルで攻め込んでいた。

 カオスの指示通り微動だにしないブラッドイレギュラー達の横を過ぎ去り、天馬はゴール目掛け走り続ける。

 確実にゴールに近付いていくその姿に、焦りの表情を浮かばせたカオスが脱兎の勢いで駆けだす。

 

「決める!」

「いけぇー! 天馬ぁー!」

 

 ベンチで見守る葵達が、同じフィールドで戦う神童達が同時に声を上げる。

 天馬はゴールを睨み据えるとボールを蹴り上げ、体ごと旋回させた右足を勢いよく叩きつけた!

 

「させるかぁぁッ!!」

 

 瞳をギラギラと輝かせ聞いた事も無い雄叫びを上げながら駆け込んできたのはカオスだ。

 雷門ゴール前から猛スピードで戻ってきていた彼は、自陣ゴール目掛け飛来するシュートを止めるべく、掲げた右足をボールに叩きつける。

 

「ぐぅぅぅッ……!! こんなものォ……ッ!!」

 

 歯を食いしばり、シュートを受けた右足に力を込める。

 淡い水色の光を纏った天馬のシュートはカオスの蹴りを浴びても尚、回転を止めようとしない。

 それどころか、ボールは徐々に回転を増していきカオスの体を後退させていく。

 

「くそッ! こんな、奴等にッ……!! ぐああッ!!」

 

 刹那、眩い光を放ったシュートが、カオスの防壁を打ち破る。

 アビスの横を通り過ぎネットへ深々と刺さったボールは次第に威力を無くし、力無く地面を転がった。

 雷門3点目。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 再戦VSジャッジメント――涙

『ゴォォォォル!! 松風選手、無敵を誇るカオス選手を打ち倒し一点をもぎ取ったぁぁ!! この土壇場でなんという快挙! 雷門、同点です!!』

「よっ……しゃあ!!」

「天馬ー!!」

 

 アルが唾を飛ばし、はち切れんばかりの大声を上げる。

 拳を振り上げ得点の喜びを表す天馬に、駆け寄った信助が抱きつく。それに続いて他のメンバーも天馬の元へ駆け寄って来ては、共に同じ喜びを分かち合った。

 興奮に震える空間でアビスは一人、傍で項垂れるカオスへ視線を向けた。

 

「…………して…………どうして…………こんな……ッ」

 

 まるで全身の力が抜けてしまったかのように地に両腕を付き項垂れる。力を酷使し続けていたのか、こうでもしていないと体を支えていられない。

 うるさい程に騒ぐ雷門や外野の声など聞こえない程に、カオスの感情は乱され、混乱している。

 ついさっきまで自分は雷門を圧倒していた。足手まといな分身を切り捨て、誰にも頼らず、絶対的な力だけを手にたった一人で。

 今の今まで、全部上手く行っていたんだ。邪魔な奴等を消して、クロト様の望みを叶えて。

 そうしたら、自分の願いもようやく叶うはずだったのに。なのに、これじゃあ意味が無い。また全部、やり直しだ。

 一体、どこで間違えてしまったんだ。考えれば考える程頭の中がぐちゃぐちゃになって、眩暈がする。

 不意に何かが近付いてくる音が聞こえ、カオスは顔を上げた。

 そこにいたのは天馬だった。

 

「カオス。もう、こんな事終わりにしよう」

「終わり……? ふざけるなッ! まだ勝負が決まった訳じゃない!」

 

 叫ぶ、カオスの表情は未だ敵意に溢れている。自分達を拒絶する意志も、何も変わっていない。

 でも、シエルの力を得た今なら彼とまともに対話する事が出来る。あの夢の中で見たような本当の彼の声が聞こえるかもしれない。

 険しい表情で自身を睨み付けるカオスに対し、天馬は話し続けた。

 

「分かってくれカオス! こんな戦い、続けていたって虚しいだけだよ!」

「黙れ! 虚しかろうが何だろうが、僕はお前達を倒す必要がある! クロト様の、そして僕の願いを叶える為にも!!」

「君が俺達を倒して、クロトの望みを叶える事が出来て、世界中から心を無くしても君の本当の願いを叶える事は出来ない!」

「なんだと……ッ!!」

 

 伸ばした右腕が天馬の胸倉を掴む。咄嗟の出来事で対応が遅れた天馬は、そのままの勢いでカオスに押し倒されてしまった。

 受け身が取れずモロに叩きつけられた背中が痛む。肺が圧迫されて咳き込む天馬の事など気に留めず、カオスは尚強く胸倉を掴む。

 その姿は、ハーフタイムに見たあの悲痛な光景とよく似ていた。

 やはり、アイツと分かり合うだなんて無謀な事だった。このままでは天馬すらもカオスの暴力の被害者になってしまう。そう思い立ったアステリは他の誰よりも早く、天馬を助け出そうと駆けだした。

 それを制止させたのは天馬だった。

 

「天馬……!」

「……大丈夫だよ、アステリ」

 

 アステリが「でも……っ」と困惑の声を漏らしても、天馬は小さく微笑むだけだ。

 この状況でどうしてそんな事が言えるのか。どうしてそんな優しい顔が出来るのか。

 理解が出来ないアステリはただ言われるがまま、立ち竦むしか無かった。他のメンバーも同じように。

 

「お前達を倒しても僕の願いは叶わないだと? そんな戯言、信じてなるものか!! クロト様は言ったんだ、自分の望む世界が完成すれば僕の願いも必ず叶うと! お前達のような邪魔者さえいなくなれば、僕の願いなんか簡単に……っ!」

「それは、君が本当に望むものじゃない」

 

 一片の曇りの無い瞳が告げた言葉に、カッと頭に血が上った。

 

「何を知ったような口を……!」

「クロトの望む色の無い世界が本当に実現してしまったら、君が大切にしていた二人も色の無いイレギュラーに変わってしまう」

「!」

「心の無い真っ黒な塊が、君が本当に望んだ二人の姿なの?」

 

 あの時と同じ透き通った瞳が自分を見詰める。まるで心の内を全て見透かされているような発言に、カオスの瞳が大きく揺れた。

 

「どうして、それをッ……」

 

 先程のような強さの無い、かすれた声が言う。

 刃物のように鋭い形を成していたオーラまでもが、カオスの動揺を表すように歪み、揺れている。戸惑うカオスの腕を、天馬はそっと掴み、優しく握りしめた。

 

「俺、知ってるよ。カオスが叶えたい願い事。君はただ、昔みたいな仲の良い家族を取り戻したかっただけなんだよね」

 

 そうやって優しく語り掛ける声音が、掴まれた腕から伝わるぬくもりが、カオスの心を波立てる。

 なんで、そんな事を知っているんだ。なんで、そんな優しい声で語りかけるんだ。

 彼にとって自分は敵であるはずなのに。憎むべき相手なはずなのに。それなのに、どうして、どうして。

 頭の中が混乱して、味わった事の無い感情が胸の奥から吹き上がって、口の中が乾いて。

 

 自分の全てを見透かしたような天馬の事が。

 途端に、怖くなった。

 

「――ッ!!」

 

 胸倉を掴む両腕に力を込めて、何度も、何度も、天馬を地面に叩きつける。

 瞬間、雷門イレブンの騒ぐ声が耳に突き刺さる。

 でも、そんなもの構ってられない。

 だって理解出来ないから。だって怖いから。

 胸の奥で渦巻く感情を処理する為に。自分を保つ為に。

 父さんや母さんがしていたように。相手を傷付けて、はけ口を作って。

 そうしないと、壊れてしまうから。他に、どうすれば良いかなんて分からないから。

 だから、だから、だから。

 

「ごめんね、カオス」

「…………………………え」

 

 刹那、聞こえた声にカオスは耳を疑った。

 腕を止め、恐る恐る天馬の顔を見る。

 地面に何度も何度も叩きつけられて、痛いはずなのに、怖いはずなのに。

 目の前の彼は泣く事も逃げる事もせず、ただ優しい目で自分を見ていた。

 

「意味が、わからない……どうして、『ごめん』なんて、言うんだよ……」

「カオスの事、ずっと誤解していたから。この試合が始まるまで俺は、カオスは自分勝手な理由で沢山の人を不幸にさせようとしている悪なんだって思っていた。君の事をよく知ろうとせず、『悪者だから』って理由だけで君の言う事全てを否定しようとした。でも試合中、君の記憶を見て、君と同じ気持ちを感じて分かったんだ。君は理不尽で身勝手な悪なんかじゃない。君が世界を変えようとするのは、ちゃんとした理由があったんだって」

 

 揺れ動く赤い瞳から目を離さずに、カオスの心に届くように。天馬は懸命に今までカオスに感じていた事を言葉にし続ける。

 

「理由があったって……それが分かったからなんだって言うんだ……ッ。お前達にとって僕は敵だ! 何があろうとそれは変わらない!! それなのに、どうして、そんな優しい事が言えるんだよ!!」

 

 例えどんな理由があろうとも、自分は彼にとって敵であり、悪であって。

 恨まれて、憎まれて、嫌われて当然の存在で。

 そう思われても仕方がない事を、今まで散々してきて。

 今だって、こうやって彼の事を傷付けようとして。

 それなのに、どうして。

 

「どうして、お前は、ぼくを否定しようとしないの……ッ」

 

 小さく、弱弱しい声が零れる。

 その口調は、今までのような激情に狂ったカオスでは無い。夢の中で見た、部屋の隅で小さく蹲って泣く非力な『彼』だ。

 不安と怒りと戸惑いでぐしゃぐしゃになった感情が、カオスの声を通して伝わってくる。

 固く閉じていた壁が少しずつ崩れていくように、彼の心の声が天馬の中に流れ込んでくるようだ。

 

「お前は、怖くないのか……。僕は今、お前を傷付けようとしてるんだぞ。叩いて、殴って、お前の事を殺すかも知れない。なのに、どうして、そんな平気な顔が出来るんだよ……ッ」

「昔の君と同じだよ。君がお母さんに殴られるたびに思っていた事と同じ。君の気持ちがそれで晴れるなら、俺はいい。でもね、カオス。俺を殴って、本当に君の苦しみは無くなるの?」

 

 優しく諭すように、天馬は尋ねた。

 

「君はずっと、自分の気持ちをどうやって伝えればいいのか、自分の感情をどうやって処理すればいいのか分からなかった。教えてくれる人もいなくて、誰に頼る事も出来なくて。だから君は一人でどうにかしようとした。心のバランスを保つ為に、他人を、そして自分自身を傷付けた。それってきっととても辛い事だったよね」

 

 カオスの事を怖がらせないよう。刺激しないよう。ゆっくりと、あの時触れる事の出来なかった傷だらけの左手首に触れる。

 今の自分は暗い部屋で見守るだけの傍観者なんかじゃない。彼の苦しみに寄り添い、想いを届ける事が出来る。

 こうやって目と目を合わせて、対等に話し合う事が出来る。

 

「ねえカオス」

 

 今にも泣きだしそうなカオスの顔を見詰め、天馬が言う。

 

「もう無理しなくて良いよ。一人で抱えて、頑張ろうとなんてしないで良い。君はもう十分、苦しんだんだから」

 

 穏やかな声が柔らかな風に乗ってカオスの心に響く。

 まだ会って数日もしない、今の今まで自分の願いの邪魔をする敵だと思っていた男の言葉が。

 何よりも強く、カオスの胸を締め付ける。

 

「ッ…………ぁ……」

 

 おさえていた感情が堰を切って溢れだす。

 目頭が熱くなって、透明な雫が一つ二つと頬を伝う。

 最初の涙が零れてしまうと後はもう止めどが無くて、カオスは体を二つに折って両手の中に顔を埋めて泣いた。

 

「カオス……」

「違う、違う……違うんだ……ッ。本当に苦しいのは、僕なんかじゃない……。母さんと父さんの方がよっぽど……ッ」

 

 駄々っ子のように首を左右に振って、震えた声でカオスは訴える。

 

「毎日、毎日、疲れた顔をして……朝から晩まで、何の楽しみも幸せもないまま、生きる為だけに働いて……。理不尽な世界に苦しめられて……ッだから、僕は、母さんと父さんの為に……ッ」

 

 絶望の淵に沈んだあの日。夕暮れの屋上で泣き腫らしていたカオスを見つけたクロトは言った。

 『自分の仲間になれば、願いを一つ叶えてやる』と。

 だからカオスは言った。父と母を苦しみから解放してくれ、と。

 理不尽で残酷で、金と力が無ければ生きていけない世界から救ってくれ、と。

 平凡で平等な世界を望むクロトは、その願いを聞いてこう言った。

 『君と私の願いは瓜二つ。私の望む世界が完成すれば、君の父と母も救えるだろう』と。

 その言葉を信じたからこそ、カオスはクロトの仲間になり、彼の望みを叶える為に躍起になった。

 それが結果的に二人を心の無い黒い塊に変える事だと知っていても、カオスは止まる事をしなかった。

 これは父と母を救う為。大切な家族を繋ぎ止める為の唯一の術なのだと言い聞かせて。

 

「黒くても、心がなくても、構わないと思った……二人が苦しまないなら、それで……ッ。もう僕に他に方法は無い。僕の家族を繋ぎ止めるには、クロト様の言う通りにするしか……ッ」

「それは違うよ」

 

 組み敷かれていた天馬が体を起こし、泣きじゃくるカオスの目を見詰め口を開く。

 

「世界を変えるとかそう言う事をする前に、カオスは今の気持ちをちゃんと二人に伝えたの?」

「母さんも父さんも変わってしまった。今の二人は、きっと僕の事を嫌ってる……。それなのに何を言ったって……」

「本当にそうなのかな。君のお母さんもお父さんも、昔はあんなに優しくて、君の事を大切にしてくれていたじゃないか。カオスがずっと二人の事を思っているように、二人だってきっと心のどこかで君の事を大切に思ってくれている。そう、俺は思うんだ。だからさ……勇気を出して言ってみなよ。言葉に出さなきゃ伝わらない事も、世の中にはいっぱいあるんだよ」

「……言葉にしなきゃ、伝わらない……」

 

 そう言ってまた涙が止まらなくなったカオスの背に手を置き、天馬は優しく微笑んだ。

 背中から伝わる手のぬくもりも、自分を理解して受け入れてくれる言葉も、優しく名前を呼ばれる事も、ずいぶん昔に味わったきりで忘れてしまっていた。

 これ以上辛い思いはしたく無いと、頑なになっていた心の壁がガラガラと音を立てて崩れていく。

 激情に狂い揺らめいたオーラの動きが徐々に収束していく。それと同時に逆立った髪も、血色に染まった瞳も、元の姿に戻っていくのを雷門イレブンは眺めていた。

 

「カオスの姿が……」

「天馬の言葉が、カオスの心を解いたのか」

 

 驚き呟いたフェイに続いて、神童が静かに唱える。

 傍で不安そうに二人の姿を見ていた他のメンバーも、確かに静まっていくカオスの姿に安堵の息を漏らした。

 

「リーダー」

「……アビス」

 

 組み敷いた天馬から離れ、立ち上がったカオスにアビスが声をかける。

 昔の自分によく似た黒い髪を携えた少年の姿に、カオスはバツが悪そうに視線を背けた。

 自らの分身だからと理不尽に彼を傷付けていた事実が、今更になって胸に突き刺さる。

 こんな時、普通ならどんな顔をすれば良いのか、どんな風に彼に謝罪すれば良いのか。

 分からない。

 

「……っ……アビス、僕……」

「大丈夫」

「…………え?」

 

 不意に耳に入ってきた言葉に、俯かせていた顔を上げる。

 向けた目線の先にいたのは、いつだって変わらない。自分の全てを見透かしたようなアビスの微笑だった。

 

「僕達はあなたの分身だから。何も言わなくて大丈夫」

「そうだよ」

 

 聞きなれた声に吊られて目をやれば、いつの間にか他の分身達も集まってきていた。

 皆、まるで何事も無かったような表情でカオスを見詰めている。

 

「だからさ、そんなに不安そうな顔しないで?」

「私達、みーんな。誰もリーダーの事恨んだりしてないよ」

 

 分身達はそう言って、穏やかな笑みを浮かばせる。

 彼等はいつからこんな、子供のように笑えるようになったのか。いつから、こんなに喋るようになっていたのか。

 いつだって彼等は大人しくて、自分に逆らう事はおろか、意見すら言ってくる事は無く。何を考えているか分かり難いくせにこちらの顔色ばかりを伺って、いつも何かを諦めたような暗い目をしていて――。

 

(ああ、そうか)

 

 そこまで考えて、カオスは気付いた。

 彼等が笑わないのも、話さないのも、無愛想な表情も、顔色を伺う癖も、何かを諦めたような目付きも。全部、かつての自分そっくりだ。

 笑う事も話す事も出来ずに常に他人の顔色を伺って怯えていたのは、自分の方で。そんな自分が、大嫌いで。

 生き写しである彼等に、八つ当たりをしていた。

 

「……アビス、ごめん。皆も……今まで、ずっと……ッ」

 

 彼等は自分の分身で、片割れで。でも、彼等にもちゃんと心があって意志があって。

 それを踏み躙ってきたのは、自分で。

 一人だけ、辛い思いをしてると。

 自分だけが不幸なんだと。

 誰も、自分の事など理解してくれない。受け入れてくれない。

 そう思ってた。

 でも、彼等はどんなに酷い事をしても無条件で傍にいてくれた。

 自分を信じ、愛してくれた。

 その愛を受け入れなかったのは自分。

 誰も自分を認めてくれなかった訳じゃない。

 傷付くのが怖くて、自分が先に全ての人間を否定していた。

 ただそれだけ。

 それだけの事が、今になってようやく分かった。

 

「もういいよ、リーダー。泣かないで」

 

 翠色の瞳から溢れた涙を指で拭って、震える体を優しく撫でる。そんなアビスの瞳にもいつしか涙が溜まり、はらはらと地面に落ちていった。

 

「ねえカオス。俺達としようよ、本当のサッカーを」

 

 地面に転がる傷だらけのボールを拾い上げた天馬の声に、流していた涙を拭いカオスは言う。

 

「本当のサッカー……?」

「そう! サッカーは勝敗を決めるだけの手段じゃない。自然と笑顔が溢れてきて、勝っても負けてもお互いの健闘を讃えあって、最後にはみんな友達になる事が出来る。そんな最高に熱くて楽しいスポーツなんだ!」

 

 ニカッと歯を見せて心底楽しそうに、自分の中にあるサッカーへの思いを言葉にする。

 サッカーをまるで一人の友人のように語るその思いは、試合中、一人で戦い出したカオスに対し訴えたものとよく似ている。

 あの時はたかだかスポーツ如きに何を言っているのかと、天馬を一方的に否定したが。

 今ならそんな事せず、素直にその言葉を受け入れられそうな気がする。

 振り返れば、自分と同じ翠色の瞳と目が合った。

 

「例えあなたが僕達をどう思っていても、僕達にとってあなたが大切な存在である事は変わらない」

「だからいつもみたいに指示して、リーダー。あなたが願うなら、どんな事でも喜んで叶えるから」

 

 自分は今まで、あんなに酷い仕打ちをしてきたと言うのに。彼等は自分を拒絶する事無く、発現者と言う理由だけで自分を信じて慕っていてくれている。

 体の中心を優しく締め付けられる。今まで感じた事の無い淡い痛みに胸が苦しくなって、深く息を吸いこむ。そうしてゆっくりと息を吐きだすと、カオスはいつものように自らの分身達に指示を出した。

 

「……ジャッジメントイレブンに告ぐ。この試合、必ず勝つ。クロト様やモノクロームの名は関係無い。正々堂々と彼等のプレイに恥じぬよう。最高に熱い、本当のサッカーをするんだ!」

 

 カオスの号令に合わせ、ジャッジメントイレブン全員が力強い声を発する。

 

「カオス!」

「松風天馬。ここから先は真剣勝負だ。僕と、僕の仲間達の力全てを振るって、必ず君達に勝利する!」

「俺達だって、負けられない! 勝負だ、カオス!」

 

 流した涙もすっかり乾き、どこかすっきりとした様子のカオスに、天馬も両の拳を握ると嬉しそうに声を上げた。

 一連の光景を今まで黙って見ていたアルは生まれ変わった選手達の姿に打ち震えると、少しだけ涙ぐんだ声でマイクに向かい叫び散らす。

 

『これは熱い展開になってきましたあ!! 両者同点のまま、後半戦残り時間もわずか! 一体どちらが勝利の栄光を手に入れる事が出来るのでしょうか!!』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 再戦VSジャッジメント――全力の試合

 3-3の同点のまま、残り時間は数分だ。

 

「よーし! 最後まで全力で行くぞ!」

 

 天馬はポジションについた雷門イレブンを見渡し、声を上げた。

 皆、激しい試合の疲労を感じさせない程凛々しく、闘気に満ち溢れている。

 目の前のカオスも、彼の後ろで立つジャッジメントイレブンも、それは同じ。

 後半戦再開のホイッスルが鳴る。 

 両チームの選手はボールを巡って奪い合い、ぶつかりあい、汗を散らした。

 今までのような一方的な展開など無い。互いの力が拮抗した、純然たる『サッカー』という名のゲームがそこにはあった。

 

「カルディア等なくても、僕は戦える!」

 

 戦いの均衡を先に崩したのはジャッジメントだった。シータが蹴り上げたボールを空中でトラップし、カオスはゴールを睨み据える。

 旋回した自身の右足をはち切れんばかりに膨れ上がったボールに向け、叩きこむ。

 

「インフェルノV2!!」

 

 カルディアを解放していた頃となんら変わらない。いや、むしろ力を増した必殺シュートが雷門ゴール目掛け突き進む。

 爆発的なパワーが込められた光線のように飛ぶシュートは、決まれば決勝点になる。

 

「やらせないやんね!」

 

 赤黒い光線と化したシュートの前に姿を現したのは、黄名子だった。

 可愛らしい見た目とは裏腹にどこか勇ましさを感じさせる彼女は、どこから取り出したのか巨大なきな粉餅を取り出すと向かい来るシュートに向け振り下ろした。

 彼女の必殺技は一瞬カオスのシュートを受け止めたかのように見えたが、完全に阻止するまでには行かず。黄名子の守りを破壊し、ゴール目掛け直進し続けた。

 

「天馬達だって頑張ってるんだ! 僕だって負けるもんかぁ!!」

 

 信助は全身に力を込めると化身を発動させた。そして両手を強く打ち鳴らすと、発現した化身を紺碧色のアーマーへ変貌させる。

 巨大な守護神の力を身に纏った信助は腰を低く落とすと、向かい来るシュートを受け止めた。

 

「ぐうぅ……ッ!! うわぁっ!?」

 

 進もうとする力とそれを阻止しようとする力。相反する力の衝突で、ボールは本来の軌道とは全く違う方向へ弾け飛ぶ。

 ゴールポストにぶつかり、空中を飛来するボールをキープしたのは剣城だ。

 雷門、反撃のチャンス。ドリブルで一気に攻め上がる剣城を阻止する為、カオスは仲間達に指示を飛ばした。

 ベンチで天馬達を見守るマネージャー陣が、周囲で試合を観戦するイレギュラー達が。立ち上がり、声を上げ、雷門とジャッジメントの戦いを応援している。

 一点を巡って全力をぶつけ合い、時間いっぱいにフィールドを走る彼等の表情は笑顔だ。

 それまでの苦しい戦い等、微塵も感じさせない。心の底から熱くなって、自然と笑顔が溢れてくる。天馬がずっと自分に訴えていた『本当のサッカー』の姿をカオスはその時、初めて見た気がした。

 ジャッジメントゴール前、神童からパスを受けたフェイはミキシトランスを発動させた。

 

「これで決める! 真・王者の牙!!」

 

 地響きのような鳴き声と共に、青い光を纏った必殺シュートがジャッジメントゴールを襲う。

 アビスはボールの軌跡を睨むが、そのシュートは駆け込んできた天馬によって更に強力なシュートへと繋がった。

 

「はあああッ!! 真・マッハウィンド!」

 

 シュートチェインが生み出す強力な一撃がジャッジメントゴールに向かい突き進む。

 

「勝利がリーダーの望み! ゴールはやらせない!」

 

 腹の底から声を張り上げ、背後から放った紫色のオーラが巨大な魚の化身を形作る。アビスの化身《深淵のアギラウス》の発動だ。

 アビスは化身必殺技を繰り出し向かい来るシュートを止めようとするもののあえなく突破され、ボールがネットに突き刺さろうとしたその時。雷門ゴール前まで上がっていたカオスが、アビスをフォローするかのように飛び込んで来た。

 

「今度こそ、止めるっ!!」

 

 いち早くゴールに飛び込んだカオスの右足が、天馬とフェイのシュートを受け止める。

 ジャッジメントの更なる追加点を阻止する為、カオスは力の限り打ち返した! 力の圧力に耐えかね、天高く舞い上がったボールを見据え、雷門が、ジャッジメントが、勢いよく駆け出した。

 大きな歓声がフィールドを包みこむ。誰もがボールの行方を案じ、勝利の女神がどちらに微笑むのか見守っているようだ。

 天馬も、カオスも、飛来するボールから目を離さず走り続ける。舞い上がったボールが弧を描いて落ち始めた時――甲高いホイッスルの音が鳴り響いた。

 

『試合終了ーッ!! 両チーム全力でぶつかり合い、試合は3対3で決着つかずーッ!!』

 

 叫ぶアルの声に雷門もジャッジメントも我にかえった。

 全力を尽くした試合を終え、雷門イレブンは息を弾ませ、汗をぬぐう。

 疲労する事を知らないイレギュラーであるカオスも、深いため息を吐き、空を見上げた。

 

「勝てなかったか……」

「でも、悔いはないね」

 

 スコアボードに映し出される3-3の文字に一人唱えたカオスに、アビスが声をかける。 

 不思議と、今のカオスにも試合に勝てなかった悔しさや憤りは無い。 

 ただ、暗く冷たい夜が明けてカーテンの隙間から朝日が差し込んでくるような、柔らかな温かみだけが胸を占める。

 ふと視線を前に向ければ、カルディアを解いた天馬が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「カオス、良い試合だったな!」

 

 そう言って相も変わらず快活な笑顔を向ける天馬の姿に、カオスは複雑そうな表情で目を伏せた。

 

「カオス?」

「……僕達は結局、試合に勝てなかった。それなのに何故か心は満たされているんだ。普通は悔しいって思うはずなのに……」

 

 沸き立つ熱い感情に戸惑ったように自身の胸に手をあて話すカオスに、天馬は再び口角を上げると「それはね」と語り出す。

 

「きっと“楽しかった”からじゃないかな」

「楽しい……?」

「そう! 短い時間だったけれど仲間で力を合わせて、全力でぶつかり合って、こんなに良い試合が出来て! 勝ったとか負けたとか関係が無くなる位、カオスはサッカーが楽しかったんだよ!」

 

 「サッカーもきっと喜んでいる」と続けた天馬の言葉をカオスは何度も心で反芻した。

 楽しい。楽しい。これが?

 今までずっと心なんて、不安や恐怖を感じさせるだけの存在だと思っていた。

 楽しいとか嬉しいとか、そんな事を感じられるのは限られた人間だけなんだって。

 でも自分の心は今、こうして満たされていて。

 この気持ちがもし、天馬の訴え続けてきた『本当のサッカー』をした結果だと言うなら。

 

「……そうだね」

 

 きゅっ、と胸に沸く感情を噛み締めて、カオスは伏せていた視線を上へ向ける。

 ようやく分かった、彼等が必死になって色を――心を守ろうとしている理由が。

 こんな感情。失いたいと思う方がおかしいや。

 

「凄く、楽しかった」

 

 そう言って、綻ばせたカオスの表情は

 今まで見た事が無い程に穏やかな微笑みだった。

 最初に会った頃のような皮肉げな物とも、狂気じみた物とも違う。彼の心からの笑顔に天馬は嬉しそうに自身の右手を差し出す。

 その行動にカオスは一瞬戸惑ったように目を瞬かせたが、すぐにまた優しい表情を浮かばせ差し出された右手を強く握り返した。

 

「松風天馬、ありがとう。お陰でようやく目が覚めた。……もう、誰かを傷付けたりなんかしない。父さんと母さんにもちゃんと気持ちを伝えてみる。分かってもらえるかどうかは分からないけど。それで、もし良ければ今日みたいにまた――――」

 

 握り絞めた手をほどき言葉を続けようとした瞬間。

 天馬とカオスの仲を断ち切るように、二枚の巨大な鏡が現れた。

 

「何だ!?」

 

 突如として現れた物体に驚く天馬達をよそに、カオスは自身を取り囲むように浮遊する鏡の姿に顔付きを一変させる。鏡に囲まれたカオスを助け出そうと天馬が一歩進み出た時、眩い銀色の光がフィールドを支配した。

 あまりの眩しさに思わず目を塞ぐ一同。徐々に小さくなっていく輝きの元へ反射的に視線を向ける。そこにはモノクロ色の衣装に身を包み、道化師のような不気味な仮面をつけた男が立っていた。

 

「『ペルソナ』……」

 

 予想通りと言った所か、カオスは特に驚くような事もせず男の名前を呟いた。

 人とは違う、異様な出で立ち。この男もクロトの仲間なのか。警戒したように体を強張らせる天馬達の事など構わず、『ペルソナ』と呼ばれた男は口を開く。

 

「カオス。クロト様がお呼びだ」

「ッ……」

 

 ペルソナが指を鳴らすと、カオスを囲んでいた鏡が光り出す。そして次の瞬間、光と共にカオスの姿は消えていた。

 

「な……!?」

「…………お前が松風天馬か」

「!!」

 

 そう言って、まるで値踏みをするような目付きで天馬を見詰めるペルソナ。

 抑揚の少ない声と顔につけた仮面のせいで、感情が読みにくい。向けられる視線から言葉に出来ない不気味さを感じて、天馬は息を呑んだ。

 

「お前、カオスをどこにやったんだ!」

「知る必要は無い」

 

 淡々とした機械的な返答。ペルソナは後ろ手を組むとフィールドに立つ雷門イレブンを見渡し、声を上げた。

 

「色彩の世界の住人に告ぐ。我が名は四代親衛隊【モノクローム】が一角、『ペルソナ・ミロワール』。次会った時は我等の力を見せつける。覚悟しておけ」

 

 その言葉を最後に、仮面の男・ペルソナはその姿を消してしまった。

 

「カオス……っ」

「……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 別れ

 空の街【ヒンメル】、白の神殿。

 ジャッジメントとの戦いから一夜明け。雷門イレブンは次なる場所へ進むために、お世話になったシエル達へ別れを告げに来ていた。

 

「シエル、昨日はありがとう。お陰でカオスとも分かり合う事が出来た」

「いえ、俺はただ力を貸しただけ。彼と分かり合う事が出来たのは、アナタ自身の想いの結果です」

「シエル……」

「アナタ達は行くのですね。王の下へ」

 

 穏やかな表情で尋ねたシエルに、天馬は頷き返す。

 敵はこれからもっともっと強くなる。クロトの野望を阻止し、世界を守る為にもこんな所で立ち止まってはいられない。

 それに新たに姿を現したペルソナと言う男。彼は近々戦う機会があるような事を言っていた。

 標的である自分達がいつまでもこの街に滞在していては、カオスの時のように住人達を危険な目にあわせてしまう。

 シエルの後ろで「寂しくなります」と残念そうな声で話すカルムに「また会えるよ」と天馬は微笑んだ。

 

「この神殿の奥深くに白く大きな石の扉があります。その扉の先に皆さんを導いてくれる存在が待っているはずです」

 

 「扉までは一本道なので迷う事は無いでしょう」と、神殿の入口を見詰めながらシエルが言う。

 

「ありがとう、シエル。俺達、絶対勝ってみせるよ! 大切な世界やサッカーを守る為に!」

「ええ。遠く離れていても我々はいつもアナタ達を応援しています」

 

 せっかく知り合って仲良くなれた彼等と離れるのはとても名残惜しい。だけど自分達にはまだやるべき事がある。シエル達と築けた絆を守る為にも、今は先を急がねばならない。

 そしていつか、全てに決着がついたら彼等とゆっくりお喋りをしたり、サッカーをして過ごせたら良いな。

 その時は、今ここにはいない三国達やカオス達も一緒に、なんて。いつか来る平和な世界を思い描きながら、天馬はシエル達に別れを告げ神殿の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「……アナタは行かないのですか。アステリ」

 

 一通りのメンバーが神殿内へと消えていった中、一人立ち止まったままのアステリにシエルは声をかけた。

 

「昨日の試合、どうして天馬に力を貸したんだ。彼がカオスと和解出来るって、確証でもあったの?」

「いいえ。そんな物はありません。ただ、天馬ならカオスを解放させる事が出来るような気がしまして」

「失敗したら、どうするつもりだったんだ」

 

 非難を含んだアステリの言葉に、シエルは何かを悟ったように目を細める。

 

「天馬の事が心配ですか?」

「……彼は、優しすぎるんだ。今回はたまたま上手く行ったから良い。けれど、次にまた同じ事があったとして、その時も上手くいく保証はない」

 

 いつでも前向きで他人の痛みを自分の事のように思える天馬の優しさ。それはとても素晴らしいし尊敬出来る部分だけど、これから先その優しさに漬け込み、利用しようとしてくる輩が出てくるかも知れない。

 過度な優しさがその人自身を不幸にする事を、アステリは知識として知っていた。

 

「ボクには天馬達を巻き込んでしまった責任がある。仲間を失わせてしまった負い目がある。もうこれ以上、彼等から何か失わせる訳にはいかない」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように、アステリは唱えた。真っすぐにシエルを見据える表情は真剣で、どこか鬼気迫る物を感じる。

 天馬達に対する負い目と責任感。なるほど、彼が他のイレギュラーと接する時に露骨に警戒心を張り巡らせていたのはそれが理由か。

 今までの彼の言動にそう理由をつけると、シエルは納得したように目を伏せた。

 

「……最後に聞いてもいいかい」

「はい」

「昨日、天馬に貸し与えた力。あれは一体なんなの」

「と、申しますと?」

 

 伏せていた視線を上げ、シエルはアステリの言葉に首を傾げた。

 

「……クロトが創りあげるレプリカの力は確かにイレギュラーに害を与える事はないし、キミみたいな変異体なら保有していてもおかしく無いかも知れない。けれど、レプリカはイレギュラーのみに扱える力。貸し与えたとて、天馬みたいな人間に扱えるはずが無い。だからと言って人間が持つオリジナルはイレギュラーにとって猛毒で、保有する事自体が不可能だ」

「…………」

「天馬と同じ姿と良い。キミは一体何者なんだ。どこでその力を手に入れたの」

 

 アステリの語り口は静かでありながら、詰問するような迫力があった。

 シエルからは何の反応も返ってこない。言いたくない事があるのか、それとも言葉を探している最中なのか。

 

「……私が何者なのか。そんなの事、アナタならば察しがつくのでは?」

「え」

 

 数秒間の沈黙の後に放たれたシエルの言葉に、アステリは目を見張った。

 確かに自分は天馬達と比べればイレギュラーに対する知識は持ち合わせている。

 だが自分と彼はほんの数日前に会ったばかりで、会話ですらまともに交わした事が無い。

 ましてや存在自体が稀な変異体の彼に関する情報なんて、何も……。

 

「どうやら、忘れてしまっているようですね」

「……ボクは、キミと会った事があるの?」

「いいえ。私とアナタは間違い無く初対面です」

 

 なんだそれは。結局話したくないって事か。

 以前、天馬に話したようにアステリは色彩の世界へ来た時のショックで記憶の一部を失っている。

 命の概念が無く、怪我をしてもすぐに治るような異形が記憶喪失だなんて、何だかおかしな気もするが。

 事実。自分はこの世界で普段何をして、誰と、どんな風に過ごしていたのか。

 自分の『アステリ』と言う名前は誰につけられた物なのか。ポケットにしまわれたこの写真はどこで見つけた物なのか。

 思い出そうとしても、思い出す事が出来ない。

 もしかしたら、その失われた記憶のどこかで既にシエルと出会っていたのかもしれない。

 そう思ったからこそ尋ねてみたのに。

 シエルの発言に少しだけむくれた顔をしながら「だったらどう言う意味」と言葉を発しようとした時。

 先に神殿内部に進んで行った天馬と信助がこちらに向かい走ってきている事に気が付いた。

 

「アステリー!」

「天馬、信助くん……」

「ここにいたんだ。姿が見えないから、心配したんだよ」

「こんな所で何してたの?」

「えっと、シエルと少し話を……」

「シエルと?」

 

 アステリの言葉に不思議そうに顔を見合わせる二人。

 怪訝に思い反射的に視線をシエルの方に向けるが、そこにあるのは白い岩石の柱と地面だけだった。

 

(あ、れ……)

 

 目の前の光景に驚いて辺りを見回すが、シエルの姿はどこにも無かった。

 ほんの数秒前まで確かにそこにいて、話をしていたのに。

 一体どこへ……。

 

「シエルと何を話してたの?」

「…………いや。対した事じゃないんだ」

「そう」

 

 はぐらかすような返答に天馬は少し納得がいかなかったが、アステリの強張った面持にそれ以上追及する事はよしておこうと思った。

 

「それじゃあ行こう。皆、待ってるよ」

「うん。……そうだね」

 

 結局、シエルから明確な質問の答えは得られなかった。それだけでは無い。彼の意外な言動のせいで疑問は増えるばかりだ。

 まるで狐につままれたような後味の悪い気分のまま、アステリは二人の後を追って神殿の中へ足を踏み入れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 アルカイックスマイル

「おかえり、カオス」

 

 ペルソナによって黒の塔へ返還されたカオスは、皇の間にてクロトと対峙していた。

 

「雷門との試合、お疲れ様。惜しかったね、もうすぐで勝てていただろうに」

 

 いつもと変わらない、感情の読みにくい静かな声が話す。

 

「実を言うと私も少し驚いたんだ。まさか、彼等が例の力を使うなんてね」

 

 玉座に腰かける彼を見上げるような形で見つめ続ける。

 張り詰めた冷たい部屋の空気に耐えるよう自然と体に力が入る。

 

「……何か、言いたい事があるようだね。カオス」

 

 先程から一言も発さない事に違和感を感じたのか。それとも天馬達との戦いで変化したカオスの心境を察しての事か。クロトの突然の問いかけに、カオスはうろたえるように視線を外した。

 今の今まで自分は家族を元に戻す為、恩人であるクロトの望みを叶える為、力を振るってきた。金も力も関係無い、皆が等しく平等に存在出来る世界を創り上げる為。心を、色を無くすために頑張ってきた。

 それが正しい事だと、それが一番良い選択だと、信じて疑わなかった。

 黒くても、心がなくても、まだ家族が家族としていられるなら、それで構わないと本気で思っていた。

 

 だけど。

 天馬達と出会って、全力でぶつかり合って、そんな心境にも変化が起きた。

 世界を変えなくても、何かを犠牲にしなくても、家族を救えるかも知れないと思うようになった。

 自分が今までどれだけのものを否定し、傷付けてきたのかようやく理解した。

 心や感情と言う物がどれだけ尊く、温かいものか思い出す事が出来た。

 もう、誰も傷付けたくない。

 もう、こんな思いを棄てる事はしたくない。

 逸らした視線を再びクロトに向け、カオスは口を開いた。

 

「クロト様。アナタはあの日、僕を見つけてくれた。声をかけて、話をきいて、父さんと母さんを救う方法を教えてくれた。こんな僕を理解してくれたアナタの力になりたくて、大事な家族を昔のように戻したくて、僕は人を止めイレギュラーとして力を振るってきました。平等な世界を創る事が最善で最適な唯一の道。どんな犠牲も、努力も、苦痛もその為にはしょうがない。そう信じて疑わなかった。でも、彼等と戦って気付いたんです。心の無い平等な世界が実現したとしても、僕の願いは叶わない。……父さんと母さんが救われる訳じゃないって」

 

 モノクロ世界に来て、こんな風にクロトに意見をするのは初めてだ。怖くないかと聞かれれば嘘になる。

 だけど、自分は彼に伝えなければならない。

 雷門との戦いで得た物、感じた思いを自分自身の言葉で。

 

「僕はずっと、自分の気持ちを二人に打ち明ける事が怖かった。本心を打ち明けて、否定されてしまったら……嫌われてしまったら。そう思ったら怖くて、いつしか何も言えなくなっていた。どうせ無駄だって諦めて自分の気持ちを押し殺していた。でも、言葉にしないと伝わらない事も沢山あるって教えてもらった。分かってもらえるかは分からないけど、僕は父さんと母さんに伝えたい。ずっと押し殺していた自分の思いを。けれど……クロト様の望む世界が完成してしまったら、それも出来なくなってしまう」

 

 一つ、深く息を吸いこんで、カオスは続けた。

 

「だから、僕はもうこれ以上アナタの為に戦う事は出来ません」

 

 強く真っすぐに放たれた言葉が室内に響いては消えていく。

 クロトからの反応は無い。ただ静かに瞼を閉じ何かを考え込む彼の白髪を、窓から覗く灰色の満月が妖しく照らしている。

 沈黙する両者。冷ややかな空気と威圧感にカオスは自分の顔が強張っていくのを感じた。

 

「なるほど、キミの考えはよく分かった。では、今度は私から一つ質問をしようか」

 

 閉じていた瞼を開き、赤い瞳でカオスを見据える。

 そして右の人差し指を立てると、クロトは“質問”を始めた。

 

「私の下を離れ、キミは一人でどうするつもりだい」

「……ぇ」

 

 語られた内容にカオスは両目を瞬かせた。

 

「私の望む世界が完成したら自分の願いが叶えられなくなるとキミは言った。ならばキミはどんな手を使ってでも私達を倒さねばならない訳だが、仲間のいないキミが一体どうやって私達に逆らおうというのかな」

「それ、は」

「まさかとは思うが、彼等の仲間になろうとしている……なんて事は無いだろうね」

 

 “彼等”とは天馬達、雷門イレブンの事だろう。

 先程の試合。クロトはこの部屋からモニターを通し全てを見ていた。

 カオスの容赦無い暴力的なプレイも、拒絶ばかりの発言も。

 松風天馬。彼の言葉によってカオスの力が解かれた事も。

 

「思い出してみなさい。キミは今まで散々、彼等に酷い行いをしてきた。今の今まで敵だった者を素直に仲間として迎え入れてくれると思うかい?」

「ッ……」

「まあ、彼ならばキミの事を受け入れてくれるかも知れないが……他の子はどうだろうね」

 

 クロトの発言は至極当然だった。

 自分は今まで、彼等の敵として行動して来た。ヒンメルのイレギュラーを巻きこみ、彼等を煽り、傷付けて来た。

 クロトから指示があった訳では無い。全て、自分の意志での行動だ。

 疎まれて嫌われて当然の自分に対し、松風天馬は理解を示してくれたが。

 それも今思えば、本当に心からの言葉だったのだろうか。

 それらは全て試合に勝つ為であり、自分達の大切なモノを守る為だけの行動であって、自分の事を思ってくれていた訳ではなかったかもしれない。

 いや、彼の真意など関係無い。

 どれだけ心境の変化が起きようが、自分が彼等を傷付けた事実は変わらず、決して許されるものではない。

 それなのに仲間にしてほしいなんて。虫の良すぎる話だと言われて当然だ。

 

「カオス」

「――!」

 

 すぐ傍で聞こえた声に我にかえると、先程まで玉座に座っていたクロトが目の前にまで移動して来ている事に気付いた。

 驚き固まるカオスを前にクロトはゆっくりと右腕を上げると、その白い頬に優しく触れる。

 

「人の心は移ろいやすい。一時の感情に任せ誰かに期待を寄せても、裏切られるのがオチだ。それはキミが一番よく分かっているだろう」

 

 特徴的な赤い瞳を細め、儚げな表情で言葉を紡ぐ。

 頬から伝わってくる革手袋の感触。強張った体のまま、恐る恐るクロトの表情を窺い知ろうと視線を動かす。

 

「キミが両親に本音を伝えたとして、上手く行く保証はどこにある? キミの言葉が原因で家族が離れ離れになってしまったら? ……キミは、辛い現実に耐える事が出来るのかい?」

 

 耳元から聞こえるクロトの言葉に、最悪なビジョンが浮かんでくる。

 全身を流れる血液が不快に脈打つのを感じる。

 両親に自分の気持ちを伝える。……それが上手く行く保証など無い事くらい、分かっていた。

 分かっていた、はずなのに。

 いざそれが現実になってみたら自分はどうなるのだろう。

 バラバラになった家族。

 先の見えない未来。

 誰の声も聞こえない冷えた部屋で、ただ一人孤独と向き合い続ける生活。

 そんなものに自分は耐えられるのか。

 家族がもう二度と、家族として機能しなくなるなんて。

 そんなの、自分はきっと――。

 

「キミに選択肢を与えよう」

 

 クロトは微笑んでいる。

 

「このまま私達と共にいるか」

 

 いつものように穏やかに。

 

「はたまた、一人で茨の道を歩み出すか」

 

 だけどもソレは、よく見てみれば心からの笑顔では無い。

 

「好きな方を選びなさい」

 

 口元だけが笑みの形をとっているだけの不自然なものだった。

 

「…………僕、は」

 

 いつもだったら穏やかで優しい微笑みだと思えるその顔が、何故か今はとてつもなく威圧的なモノに感じて、言葉が出ない。

 まるで首を強く絞められたように、喉が詰まって苦しくなる。

 先程から脳裏をよぎる嫌な想像に、ふつふつと胸の底から強い恐怖が湧いてくるのを感じる。

 彼は、言葉にしなくちゃ伝わらない事も沢山あると教えてくれた。

 だけど、伝えた事で壊れてしまうくらいなら、全て消えてしまうのなら。何も言わないままの方が良いのではないか。

 壊れてしまうなら、無くなってしまうくらいなら。

 我慢して、黙って、受け入れ続ける方が、よっぽどマシなのではないか。

 変な夢なんて見ず、今のままクロトの手下として動いた方が、自分にとっても、二人にとっても良いのではないか。

 

 ぐるぐると巡る思考に、頭が混乱する。

 何が正しくて、何が一番最善で、最適な選択なのか。自分が今、何をすればいいのか。今まで他人の命令をきいてばかりだった彼には、想像する事すら凄く困難な行為だった。

 

「…………部屋に戻りなさい、カオス」

「ぇ……」

 

 頬に触れていた手を離し、踵を返したクロトの発言にカオスは弾かれたように顔を上げた。

 

「話は終わりだ。部屋に戻って、休みなさい」

「で、でも……ッ」

「カオス」

 

 クロトの言葉の意図が分からずに不安気に瞳を揺らす。

 声が震える、嫌な汗が首筋を伝う。

 言いたい事や訴えたい事がまだまだあったはずなのに。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。

 

「キミは良い子だ、今も昔も。だから、分かるだろう?」

 

 いつもと同じ、穏やかで優しい声と言葉。

 でもそれはあの貼りつけた微笑みと同じ。自分の為を思って言ってくれている訳ではない。中身の無い、上っ面だけの言葉。

 昔、疲れた父や母が面倒くさそうに自分に対し言っていたものと同じその言葉に、カオスは目を伏せ、頷いた。

 ようやく決意したと思っていたものがガラガラと音を立てて崩れていく。

 いや、この程度の事で崩れてしまう決意なんて初めから意味なんて無かったんだ。

 それなのに、人を止めて、イレギュラーになって、力を持って、勘違いをしていた。

 自分はどこに行っても、何をやっても愚図でノロマな出来損ない。産まれてこない方がよかった存在。そんな自分が何かを変えようだなんて、おこがましいにも程がある。

 二人に思いを伝えたって、クロトの言うようにきっと何も変わらない。それどころか、もっと悪い事になっていたに違いない。

 失敗するのは怖い。変わってしまうのも、未来を想像するのも、全部怖い。

 どうせ何をしても無駄なんだ。

 

――だったらもう、僕は何も考えないでいたい。

 

 カオスはぎゅっと目を瞑ると、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

「放っておいて良いのですか、クロト様」

 

 カオスがいなくなった頃を見計らったかのようにそう言葉をかけたのは、先程の試合でカオスと通信をしていたあの男だった。

 玉座の後ろで待機していた彼は、クロトの横に並び立つと後ろ手に腕を組む。

 

「構わない。あの子には考える時間が必要だ。いずれ来る時まで、そっとしておいてあげなさい」

 

 クロトの返答に男は少しだけ不服そうに眉を顰めたが特に言い返すような事はせず、「はい」と短く返事をした。

 ふと見やった窓の向こうには相も変わらず巨大な満月が鈍い光を放っている。クロトはため息をもらすようにぽつりと「さて、どうなるものか」と呟いた。

 

 




#次回更新は4/17(金)17時30分です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 神が二人を分かつても
第66話 遺の街【ハルモニア】


 目の前に広がる、恐ろしい程の白色。

 風の音一つしない、しんと静まり返った純白の世界で、神童拓人は一人立ち竦んでいた。

 

――ここは、どこなんだろう。

 

 ほんの数分前。神童は仲間達と共に神殿の奥地にあるという扉を目指し歩いていた。

 シエルの言った『導く存在』というのが何なのかはよく分からなかったが、それでも他に行く宛ても無いし、今は彼の言葉に従うしかないのだろうと自分を納得させて。

 しばらく歩みを進めると彼の教え通り、その扉は存在した。皆の顔をぐるりと見渡した円堂が石で出来た両開きのソレに手をかける。重く引きずるような音をたてながらゆっくりと開いていく扉の先の光景に、自然と皆の視線が集中する。

 扉の隙間から差し込む白い光が眩しくて反射的に目を閉じる。そうして次に瞼を開けた時には、神童は既にこの場所で立ち竦んでいた。

 前も後ろも上も下も右も左も、見渡す限り白、白、白。

 壁も床も天井も存在しない。分かるのは自分の体と足元から伸びる灰色の影だけだ。

 先程まで自分は薄暗い神殿の中にいたはずなのに。仲間と一緒にいたはずなのに。まるでそれが全て嘘のように、辺りは一変していた。

 

「一体、なんなんだ……」

 

 この世界に来てから色々とおかしな体験はしてきたが、やはりそう慣れる物でも無く神童は深いため息を吐いた。

 兎にも角にもまずは仲間と合流しなくてはとメンバーの名前を呼んでみるが反応は無い。

 そもそも自分のいる空間のどこかに他の皆はいるのだろうか。また一つ大きなため息を吐いて、神童は天を仰いだ。

 天井が無いと、ここが室内なのか屋外なのか判断する事が出来ない。

 壁だって無いとなると、自分が今一体どちらを向いて立っているのかすら知る事が出来ない。

 ここがもしあの扉の先だと言うのであれば、シエルの言う『導く存在』というものがいるはずだが。

 現状を把握する為にも辺りを調べてみるか。

 不安で重くなる体を奮い立たせて、辺りを調べてみようと歩きだす。

 この世界は自分達が暮らしていた世界とは違って、奇妙で不思議な事ばかり起きる。

 そんな不思議な世界なんだ。こんな見るからに何もなさそうな空間でも、何か一つくらい今の状況を打破出来る物があるかもしれない。

 ……いや、むしろあってくれなければ困るのだが。

 

「っ!?」

 

 そんな事を考えながら歩いていると不意に額に衝撃が走って、神童は顔を歪ませた。

 どうやら見えない何かにぶつかったようだ。痛む額を片手で抑えながら、ぶつかった空間に手を伸ばす。

 伸ばした手の平に触れたのはツルツルとした凹凸の無い何か。

 

「壁、か……?」

 

 そこで神童はハッとした。

 どうやらこの空間は自分の目には見えないだけで、壁も床も普通に存在しているのだと。

 「ぶつかるまでよく気付かなかったものだ」と自嘲気味に心で唱えてから、神童は再び歩き始めた。

 右手を壁につき、左手で周囲に障害物が無いかを探りながら一歩一歩慎重に進んで行く。

 この空間では目と言う物は役に立たない。他の皆も、自分と同じ状況なのだろうか。

 少しずつ前へ進みながら仲間の名前を呼び、返答が無いか耳をすませてみる。

 何も聞こえない。そのたびにまた一つため息を吐いて、神童は歩みを続けた。

 

 

 白い空間を歩き始めて数分。

 何の変化も無い光景にいい加減嫌気がさしてきた頃、神童は何かに気付いたかのようにおもむろに顔を上げた。

 

「なんだ……」

 

 聞こえてきたのは、音だ。

 それも、人の話し声や風などの環境音では無い。

 

「ピアノの、音……?」

 

 静かな室内に響く、透き通った鍵盤の音。

 こんな場所で一体誰が、と疑問を抱くのと同時に神童はそのピアノが奏でる曲にやけに聞き覚えがあった。

 これは、この曲は、昔から自分がよく弾いていた曲だ。

 そのメロディーを作りあげる一つ一つの音の強弱も、合間合間に聞こえる癖も、間のとり方、その全てが自分が奏でるものと酷く似ていた。

 

 瞼を閉じ、耳を澄ませる。そうして聞こえる音の方向へと、神童は足を早めた。

 こんな何も無い空間で、一体誰がこの曲を弾いているのか。

 逸る気持ちを抑えながら、目に見えぬ障害物にぶつからないように慎重に、それでいて速足で進んで行く。

 ピアノの音色がよりハッキリと聞こえる方へと歩みを進めていると、突如として周囲を探っていた左手に堅い物が触れた。

 行き止まりか。進行方向を遮る壁を手に神童はそう考えたが、今も聞こえるピアノの音色は確かにこの壁の向こう側から聞こえてくる。

 

(もしかして……)

 

 行く手を阻む壁を注意深く探ってみる。すると、壁の右隅に棒のような突起物がある事に気付いた。

 やはり。今の今まで壁だと思っていた目の前のコレはどうやら扉だったようだ。

 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し込む。ギィ…と言う金具が軋む音と共に扉は開き、神童はその先の光景へと目をやった。

 

 今まで歩いて来た場所と変わらない白い空間。

 そんな空間で一際異彩を放つのは、部屋の中心に置かれた黒いグランドピアノとそれを弾く一人の人間。

 ……いや、姿形が人に見えるだけでアレもイレギュラーの一種なのだろう。ピアノの陰に隠れていて顔までは確認出来ないが、長い黒灰色の髪を一つに束ね、スーツを身に纏うソレには確かに色が無かった。

 体を左右に動かしながら鍵盤を弾いていたソレは不意に演奏の手を止めると、遠巻きに眺めていた神童の方へとその顔を向けた。

 刹那、神童は与えられた衝撃に目を丸くして驚いた。

 

「…………俺」

 

 小さく、掠れたような声で呟く。

 目の前でこちらを見詰めるモノクロの異形。その姿は、神童の十数年と言う短い人生において誰よりも見知り、馴染んだ、自分そのものだった。

 まさか、自分そっくりのイレギュラーがいるとは思わなかった。つい先日、空の街で天馬と瓜二つの顔を持つシエルを見た時と同じ、いやそれ以上に、神童を襲った衝撃は大きいものだった。

 

「驚いたか」

「……ああ」

 

 神妙な面持のまま返された神童の言葉に、異形は「まあ、そうだよな」と当たり前のような台詞を吐くと、椅子の上から静かに腰を上げた。

 

「俺は『エレジー』。ここは遺の街【ハルモニア】」

「街……?」

 

 エレジーと名乗る男の言葉に、自然と辺りの景色へと視線を移す神童。

 こんな何も無い空間が、"街"……?

 今まで見てきた場所とは大分違う、建物も草木も何もない殺風景な空間を街と形容され神童は怪訝そうに眉を顰めた。

 

「ハルモニアは二つの地区に分かれていてな。その中でもここは盲の地区と言って、視覚的情報が一切存在しない場所なんだ」

 

 盲の地区。だからこの街には目には見えない壁や扉が存在したのか。

 であれば、他の仲間達も同様に目に見えない街の仕組みに戸惑い、迷っているかもしれない。

 突然現れた自分を見ても驚いた様子も無いあたり、シエルが言っていた自分達を導く存在と言うのは、このエレジーの事で間違い無いようだ。彼ならば皆の行方も知っているかも知れない。

 

「天馬達は今どこにいるんだ。俺と一緒にこの街に来ているはずだ」

「それなら大丈夫」

 

 直後、エレジーの背後から物音が聞こえたかと思うと見慣れた茶髪の少年が姿を現した。

 

「あ、神童先輩!」

「天馬、信助!」

 

 神童を見つけるなり嬉しそうな声を上げたのは天馬だった。視線を少し下に下げれば信助の姿もあって、二人が同じ場所に飛ばされていた事が見て取れる。

 それを境に部屋のいたる所から扉の開閉音が聞こえては、続々と仲間達が集まってきた。

 どうやら皆、神童と同様に手探りでこの場所まで辿り着いた様だ。

 部屋につくなり「神童が二人いる」と驚く一同に、エレジーは先程神童にしたように改めて自己紹介をした。

 

「神童さんと同じ顔のイレギュラーか……」

「これもシエルの時と同じなのかな。ねえ、アステ――――――……あれ?」

 

 エレジーについて尋ねようとアステリの方へ目を向けようとした時、天馬は気付いた。

 大方のメンバーが集まった白い空間の中で、彼だけがいない事に。

 

「アステリ?」

 

 天馬の反応に、周囲の皆が自然と部屋の中を見回し始める。

 だが、どこを見ても捜してもあの特徴的な黄色い髪を見つける事は出来なかった。

 

「彼なら大丈夫だ。ちゃんとここへ向かっている。もう少し経てば、姿を現すだろう」

「アステリが今どこにいるか、分かるんですか?」

 

 アステリの事が心配なのだろう。不安気に顔をしかめる天馬の問いにエレジーは静かに答えた。

 

「俺は他人よりも耳が良いんだ。だからこの場所にいながらも全て聞こえていた。お前達が空の街でモノクロームの一員と戦っていた事も、そこの長にこの街を案内された事も、それよりずっと昔の事も」

「ずっと昔……?」

 

 刹那。バタンッと突然大きな音がし、焦った様子のアステリが姿を現した。

 

「天馬、皆さんも……!」

「アステリ! 良かった、心配してたんだ」

「ごめん、迷っちゃって…………」

 

 天馬に向かい申し訳なさそうに言葉を述べたアステリは、エレジーに気付くなり顔付きを一変させると、ギロリと険を含んだ目付きで睨み据えた。

 

「君が、アステリだな」

「…………変異体」

「そんなに警戒しないでくれ。俺はただ、君達に協力したいんだ」

「協力……?」

 

 イレギュラーに対し警戒心を露わにするアステリに反して、エレジーは至極穏やかに、そして静かに言葉を発した。

 

「ああ、人の中に秘められた色の力――カルディアについてだ」

 




♯次回更新は11/23(月)17時30分です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 エレジー

「お前達は今、あの人――――クロトの企みを阻止する為にモノクロームと戦っている。そうだな?」

「はい」

「単刀直入に言おう。今のお前達では彼等に勝つ事は出来ない」

「……!」

 

 ずばり、と言い放たれたエレジーの言葉に、一同がざわめく。

 

「今までの戦いで学んだと思うが、奴等の力は強力だ。特に先日現れたペルソナと名乗る男。あれはきっと、あのカオスをも凌駕する力を持っているはずだ」

 

 カオス。

 その言葉を聞いて神童が思い出すのは先日の試合での光景。

 あの狂気的な風貌も言動もその全てが印象的であったが、中でも強く記憶に残っているのは、やはりあの凄まじい力の事だろう。

 自分達が今まで培ってきたモノが一切通じない。全身を切り裂くような冷たい威圧感は試合の終わった今でも鮮明に思い出す事が出来る。

 そんな奴よりも強い力を持つのが、あの仮面の男。

 微かに痛む傷を抑えながら、神童は密かに眉根を顰めた。

 

「生死の概念の無いイレギュラーは、あらゆる面において人間より優位に立つ。だが、そんな彼等と比べ色彩の人間が勝てる力がただ一つだけ存在する」

「……それが、カルディアと言う訳か」

「ああ。これから先、モノクロームを打ち倒すつもりなのであればカルディアは絶対に必要な力だ」

「でもよ、そんなモンどうやって身に付ければ良い訳?」

 

 ため息交じりに吐きだされた狩屋の発言に、難しい表情で考え込む一同。

 イレギュラーであるアステリも力の覚醒方法までは分からないようで、困ったように眉を下げている。

 そんなしばしの沈黙の中、部屋に響いたのは――

 

「だったら特訓しましょう」

 

 いつも変わらない、天馬の明るい声だった。

 

「特訓?」

「ああ。時空を超えて、宇宙を超えて、どんな壁を前にしたって、俺達はいつもそうやって強くなってきた! 世界が変わっても、きっとそれだけは変わらないはずだ!」

「……確かにな。いつまでもこんな所で悩んでいる訳にもいるまい」

「やろうよ、特訓!」

 

 天馬の一言でその場の空気が一気に明るく変化する。

 相変わらず、彼は無意識に人を勇気付けさせる力がある。だからこそあの時、カオスと分かり合う事も出来たのだろう。

 初めて会った時と比べ、随分と頼もしくなった天馬の姿に、神童は誇らしげに微笑んだ。

 

「特訓、か……。世界が違っても、考える事は同じなんだな」

「え?」

 

 ぽつりと呟くように零れたエレジーの言葉の意味が分からず、天馬は反射的に目を向ける。

 そんな彼の訝し気な視線に対し何か言い返す訳でも無く、エレジーはにこりと微笑み、こう言った。

 

「特訓をするのならここでは些か窮屈だろう。ついて来てくれ」

 

 

 

 

 

 

「ああ、この先は階段だから気を付けて」

 

 先頭を歩いていたエレジーが後を歩く雷門イレブンにそう告げる。

 視覚的情報の無い場所を大勢の人間が一斉に移動するのは、本来ならば非常に困難な事である。

 だが彼――エレジーはこの白い空間の構造をよく理解しているようで、手に持った杖で少し辺りを探るだけでどこに何がどれ程あるのか完璧に認知していた。

 そんな彼の案内のお陰で、一同は見えない障害物に衝突する事も迷う事も無く先へ進む事が出来ている訳だ。

 まあ……とは言え、自分達が一体どこへ向かって歩いているのかは分からないままなのだが。

 

 コツコツと靴底を鳴らしながら、見えない階段を降りていく一同。

 一人で歩いていた時には気付かなかったが、この"街"と形容された白い空間はやはり四方が壁で囲まれているようで、音がとても良く響く。

 足音はもちろん。服の擦れる音や呼吸をする音と言った些細な生活音までもが、普段よりもハッキリと大きく聞こえる。

 そんな事を考えながら歩いていると、ふと前を歩いていたエレジーが足を止めた。

 相も変わらず何も無い白い空間。

 いや、目には見えないだけで、ここにも恐らく何かがあるのだろう。

 そんな神童の考えを決定づけるかのように、エレジーは何も無い空間に手を伸ばし、透明な何かを掴み回した。

 金属の軋む耳障りな音と共に見えない扉は開け放たれ、先の景色を映し出す。

 そこは、今まで見てきた白い空間とは違う。全くの別空間だった。

 

「ここは……」

「外、みたいやんね」

 

 ひび割れ、雑草が生える石畳の地面。

 誰にも手入れがされず、荒れ放題の庭。

 水は枯れ、崩れかけた噴水。

 見た所、ここはどうやら何処かの屋敷の敷地内らしい。

 先程の空間とは一変したその光景に、一同は怪訝そうに辺りを見回す。

 

「神童先輩?」

 

 ふと、視界の隅に留まった神童の姿に天馬は疑問気に声をかけた。

 神童は荒廃した外の景色から、おもむろに今自分達が通って来た扉――正確には扉の上。建物の外観全体――の方へ視線を向けると、目を見開き絶句した。

 そんな様子に戸惑い、天馬も同じように屋敷へと目をやる。

 白い外壁に灰色の屋根、洋館の様な風貌のソレに、天馬は見覚えがあった。

 

「おい、神童……これって……」

 

 傍で同じように気が付いた霧野が神童に言葉を発する。

 

「ああ…………家に、そっくりだ」

 

 震える声で唱えた神童の目に映っていたのは、自分が産まれ育った、我が家の姿であった。

 外壁の所々が剥がれ、窓は割れ、蔦も絡まり放題だが、間違い無い。

 良く見れば、あの水の枯れた噴水も、壊れた石畳も。視界に広がる全ての物が、自分の家にある物と酷似している。

 一体どうして。こんな世界にこんな場所が。

 あまりにも不可解な光景を前に、気味が悪い言わんばかりに神童は顔を顰めた。

 

「やはり、似ているんだな」

「……似ている所の話じゃない。なんなんだ、これは」

「記憶だよ、この街は。俺と、アイツの記憶から出来た」

 

 記憶? アイツ? 一体何の事だ?

 「どう言う意味だ」と聞き返す神童を背に、エレジーは黒い蔦の絡まる巨大な門扉に手をかけ言った。

 

「話は、後で。会わせたい人がいるんだ」




お久しぶりです。4月から更新出来ずに申し訳ありません。
更新が滞っている間に世間はコロナで大変な事になってますね。この作品に出てくるイレギュラー達は怪我は愚か病知らずではありますが、生身の人間である皆様は手洗いうがいを徹底してお体には十分お気をつけください。

ちなみに今知りましたが
『嗽』
↑これで『うがい』と読むらしいですね。
まあ、だからどうしたって話ですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。