私のもう一人のお兄様がなんか変人 (杉山杉崎杉田)
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入学編(もしくは「冬也お兄様ってこんな人」)
変なお兄様


私は司波深雪。今日から達也お兄様と一緒に魔法大学附属第一高校に入学します。そのために、今は制服に着替えて準備中です。

なのですが、入学するにあたって不安が二つあります。一つは、達也お兄様が二科生であること。そしてもう一つは、

 

着替え中の私の真後ろで腕を組んで仁王立ちしている、もう一人のお兄様の事です。

 

……この人は何をしているんだろう。一応、私と達也お兄様の一つ上の年齢で、国防陸軍第101旅団独立魔装大隊所属の軍人さん。

私はこの人のことは嫌いではないし、むしろ魔法師としては尊敬もしている。けれど、何を考えているか、何をしているのか、何がしたいのか、これらがさっぱり読めない人だ。

今私の後ろで突っ立って何を考えているか何をしているのか何がしたいのかさっぱり分からない。鏡越しに見えている表情を読もうとしても、まったくの真顔。というか、実兄でも堂々と着替えを見られるのは少し恥ずかしいのだけど……。少し文句を言ってやろうかしら……。

 

「あの、冬也お兄様?」

 

声を掛けると、小首を傾げるお兄様。

 

「何をしてらっしゃるのですか?そんな所で……」

 

「…………」

 

聞くと、お兄様は携帯を弄り始めた。ツイツイと弄ると、すぐにしまった。直後、私の携帯が震える。メールが来た。言うまでもなく冬也お兄様だ。

 

『気にするな、着替えを続けろ』

 

いやなんでメール?発声すればよろしいのでは?が、まぁそんな所を指摘してもこの人の奇人っぷりは治らない。

 

「あの、とにかく出て行ってもらえませんか?」

 

また携帯が震えた。

 

『やーーーだよーー∩(・ω・)∩ーーん』

 

やだちょっとイラッとした。でもダメよ。こんな事でいらっとしちゃ。どうせ兄妹なのだから、見られて恥ずかしいことなんてないの。ほとんど。

 

「はぁ……もういいです」

 

無視すればいいのよ私。そう心に決めて、制服を羽織ろうとした時、カシャッというシャッター音が聞こえた。

 

「っ!? と、撮りましたね今!?」

 

「ッ!? ………!」

 

急に焦ったような顔をして首を横に振る冬也兄様。無駄に演技が上手いのが腹立つ。額に汗まで浮かばせている。

 

「嘘です!その手の携帯は何ですか!?」

 

『これは会話用だ!』

 

知るか!ていうかなんで喋らないのよこの人!腹立つ!

 

「知りません!撮ってないというのなら携帯を見せてください!」

 

『プライバシーの侵害だ!』

 

「知りません!てかメールやめて下さい!」

 

『とにかく携帯は渡さねぇ!』

 

今度はどこから持ってきたのか、ホワイトボードで書いてきた。

 

「いや発声して下さいよ!どうして寡黙に徹するんですか!」

 

「…………」

 

注意すると、一度黙った後冬也お兄様は口を開いた。

 

『なーんちゃってー(・Д・)ノ喋るとでも思った?www』

 

今のはダメだ。ハイパーイラっとした。私はCADを取り出して魔法を使おうとした。が、いきなり土下座し始めたので止めた。この兄、達也お兄様と違ってほんとヘタレね。

 

『すいませんでした。調子に乗ってました』

 

「そう思うならメールでもホワイトボードでも、ついでに手話でも身振り手振りでもジェスチャーでもなく口でお話しして下さい」

 

「だって俺が話すとお前固まるだろ?」

 

「…………」

 

卑怯だ。こんなよく分からない人でも、声とついでに顔だけは俳優並みにカッコいい。これだけはお兄様に勝るのかもしれない。まぁ性格とかその他諸々は劣るのだけれど。

 

「ほら、固まってる」

 

「うっ……!か、固まってないですよ!」

 

『だから俺はこうして会話をするのだ』

 

「そのホワイトボードはしまって下さい不快です」

 

まったく、本当にこの人の考えてることや行動が理解できない。……って、しまった!

 

「そんな事より写真消してください!」

 

「おっと」

 

私は冬也お兄様の携帯に飛び付いた。しかし、ひょいっと自分の頭上に携帯を逃すお兄様。

 

「やだよ。これは達也に売るんだから」

 

「消ーしーてー!」

 

「はーっはっはっはっ!届かないだろう!」

 

お兄様にだけは見せられないわ!背中だけとはいえ下着姿なんて……!

 

「あ、ちなみに鏡のお陰で、こう……いい、いい具合にお前の正面の裸も映ってっから」

 

「尚更返して下さい〜!」

 

ピョンピョンと冬也お兄様の頭上に手を伸ばしてジャンプするが、届くはずもない。でも、それでもあの携帯だけは奪わないとダメ!

 

「こんの……いい加減にして下さい!!」

 

怒鳴りながら、より一層大きく飛んだ。

 

「ちょっ、あぶねっ……!」

 

だが、私はバランスを崩し、冬也お兄様を押し倒してしまった。

 

「うおっ」

 

よし、これで後は携帯を奪えば……!そう思った直後だ。ガチャッと扉が開く音がした。

慌てて振り返ると、達也お兄様がいた。

 

「深雪、もうすぐ入学し……」

 

「」

 

「いやん!深雪ったら大胆♡」

 

余計なことをほざく冬也兄様にツッコミを入れることもできずに私は固まった。一番見られてはならないところを、一番見られたくない人に見られた。心の中で滝のように汗を掻いていると、達也お兄様がドアを閉めながら言った。

 

「………邪魔したな」

 

閉じられたドアが立てたパタンという音は、私とお兄様の仲を割くように聞こえた。

ほとんど放心状態でそのドアを眺めていると、私の下にいる冬也お兄様が呟いた。

 

「………腹減ったな」

 

とりあえず、この人を兄と呼ぶのは今日までにしよう。

 

 



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総代です

 

 

「……と、いうわけで誤解なんです。アレもコレもすべて冬也お兄様が悪いんです」

 

今は登校中。私は何とか今朝の事を達也お兄様に説明した。ああ、まったく……朝から恥ずかしい……。

 

「ああ、分かってるよ深雪。おれは何も勘違いしていない」

 

「お兄様……!」

 

深雪、感激です!やっぱり達也お兄様は私の最愛の……!と感動していると、お兄様の携帯が震えた。

 

「? なんだ。冬也兄様か?」

 

「いやまだ続けてたんですか⁉︎」

 

冬也お兄様の方を振り返ると、何故か真顔でピースをしていた。本当に腹立ってるのをなんとか抑えてお兄様の携帯画面を覗き込んだ。普段ならこんな失礼なことをしないが、このタイミングで冬也お兄様からのメールなんて大抵はロクなことが書かれていない。

 

『「邪魔したな」とか気まずそうな顔で言ってた癖に何言うてんのキミwww』

 

ほら見たことか。………でも、確かに今思えばそうかもしれない。とすると、今達也お兄様が謝ったのは私を落ち着かせるため……?誤解は解けてないし子供みたいな扱いされて……はぁ……。

 

「まて深雪」

 

ため息をついてると、お兄様は落ち着いた声をかけてくださった。

 

「俺は本当に誤解してないよ。あの時は流石の俺にも動揺があったかもしれないけど、ちゃんと深雪から説明を受けて、納得した。だから落ち込むな」

 

「お、お兄様……!」

 

『シスコン乙』

 

「あの、冬也お兄様。ほんと黙ってて下さい」

 

『黙ってますけど?』

 

開いた口が塞がらない……。いやこれを言っても『口は開いてませーんwww』的なことを返されるに決まっているわ……。もう無視しましょう。

 

 

学校に到着して、私はずっと前から思っていたことを口にしてしまった。

 

「……納得できません」

 

「まだ言ってるのか……」

 

私が何に対して納得していないのか、達也お兄様は察したのか呆れなような声を出した。

 

「何故お兄様が補欠なのですか?入試の成績はトップだったじゃありませんか!本来ならばわたしではなく、お兄様が新入生総代を務めるべきでふのに!」

 

「お前が何処から入試結果を手に入れたのかは横に置いておくとして……魔法科学校なんだから、ペーパーテストより魔法実技が優先されるのは当然じゃないか。俺の実技能力は深雪もよく知っているだろう?自分じゃあ、二科生徒とはいえよくここに受かったものだと、驚いているんだけどね」

 

………ムッ、この人は!少なくとも私より劣っているということはないはずなのに……いつもいつも謙遜ばかり!

 

「そんな覇気のないことでどうしますか!」

 

「覇気の無さなら冬也兄様も同じだろう」

 

「あの人は手遅れです!勉学も体術もお兄様に勝てる者などいないというのに!魔法だって本当なら」

 

「深雪!」

 

普段からは考えられない強い口調でお兄様は私を叱咤する。

 

「わかっているだろ?それは口にしても仕方のないことなんだ」

 

「……申し訳ございません」

 

項垂れる私の頭に、お兄様はポンと手を置いた。私の黒髪をゆっくりと撫で、その度に私の鼓動は大きくなる。それを知ってか知らずか、優しい声で言った。

 

「……お前の気持ちは嬉しいよ。俺の代わりにお前が怒ってくれるから、俺はいつも救われている」

 

……ズルい。この人は。ちょっと拗ねてみようかしら。

 

「嘘です」

 

「嘘じゃない」

 

「嘘です。お兄様はいつも、わたしのことを叱ってばかり……」

 

言うと、お兄様はさっきより優しい声音で言った。

 

「嘘じゃないって。でも、お前が俺のことを考えてくれているように、俺もお前のことを思っているんだ」

 

えっ?想っている……?

 

「お兄様……そんな、『想っている』だなんて……」

 

周りに人もいるのに何を言い出すのかしらこの人は……。紅潮した顔を見られたくなくて、思わずお兄様に背中を向けてしまった。が、真後ろにはカメラを構えた冬也お兄様がパシャパシャパシャッと連写している。

 

「………何やってるんですか」

 

「………深雪のデレ顔ゲット」

 

「け、消しなさい!」

 

「瞬身の術!」

 

「あっ……!」

 

に、逃げられた……!

 

「お兄様!私はあの冬也お兄様を捕獲して参ります!」

 

「ダメだよ深雪。お前は今日の答辞だろう?」

 

うっ……そうだったわ。

 

「冬也兄様のことは俺に任せて、お前は準備しろ」

 

「いえ、こんな事でお兄様の手を煩わせるわけにはいきません!」

 

「いいから。こういう時には俺に任せておけ」

 

「……申し訳有りません。では、深雪は行って参ります」

 

私はお兄様にぺこりと頭を下げると、小走りで講堂に向かって行った。

 

 

 

「……いやー、麗しき兄妹愛」

 

「あなたも兄でしょうが。それで冬也兄様、お話があります」

 

「今のは200円、今朝の着替え写真は500円な」

 

「3枚ずつで」

 

「毎度」

 

 



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お兄様伝説

 

 

入学式が終わり、私は講堂から出ようとした。だが、その前に声を掛けられた。

 

「司波深雪さん」

 

振り返ると、身長は低めだけれど綺麗な女性が立っていた。この方は確か……、

 

「生徒会長の七草真由美です」

 

「司波深雪です」

 

名乗られたので、私も名乗り返した。そう名乗った七草先輩の後ろには男子生徒が一人控えている。おそらく、その方も生徒会の方なのだろう。生徒会の方が何か御用なのかしら……。

 

「あの、何か?」

 

「ご挨拶をと思って。少しお時間はいただけるかしら?」

 

「申し訳ありません。お兄様と待ち合わせしていますので……」

 

「そうですか。なら、歩きながらでもいいので、よろしいですか?」

 

「構いませんが」

 

七草先輩は私の隣に来た。生徒会が私に用……心当たりがまったくない。もしかして、答辞の事かしら?確かに、自分でも少し「みんな等しく」「一丸となって」「魔法以外にも」などと際どい事を多く入れ過ぎてしまったかもしれないけれど……でもそれは達也お兄様の為ですし……。

と、考えていると、予想外の質問が飛んできた。

 

「司波冬也くんの妹さんでお間違いないかしら?」

 

「ッ⁉︎」

 

な、なんでここであのアホお兄様が……!

 

「あ、あの……もしかして冬也お兄様が何か……?」

 

盗撮、盗聴、奇声、奇行……心当たる節が多過ぎる……。問題児を抱えた母親の気持ちを初めて感じながらおそるおそる聞いてみると、これまた予測外の答えが返ってきた。

 

「とーやくんにはとてもお世話になってるのよ。去年、首席で入学してきて、急にホワイトボードを持って生徒会室に入って来て、『創部申請』をして来たのよ」

 

あの寡黙キャラは去年から続いてたのか!一年見ない間に何やってんのあの人⁉︎

 

「しかも『スケット部』とかいうよく分からない部活で」

 

丸パクリしてるし⁉︎

 

「それより生徒会に入らない?って勧誘しても聞いてくれなくて、話してもくれなかったのよ」

 

「も、申し訳ありません!うちの兄が……」

 

「ううん。とんでもないわ。仕方ないから教室の一室を貸してあげたのよ。最初は誰も『新入生主席が変なことやり出した』って誰も近付かなかったんだけど……」

 

そりゃそうだろう。私でも近付かないどころか関わらない。全力で他人のフリするでしょうね。

 

「ある日、バスケ部大会当日に欠員が出ちゃってね。その助っ人で私が呼んでみたんだけど、もうビックリよ。奇跡の世代バリの活躍で一人で50点取ってきちゃったのよ」

 

「ふぁっ⁉︎」

 

嘘だ!あの人、バスケの経験なんてない癖に!

 

「それからもうスケット部は大人気ね。今じゃ伝説になってるのよ」

 

「あ、あの他にうちの兄は何を……?」

 

「うーん、あとはねぇ……そうそう、伝説になってるのが九校戦の時ね」

 

九校戦⁉︎九校戦でいったい何をしでかしたのあの人⁉︎

 

「九校戦って実は懇親会みたいな感じで開会前と閉会後に軽いパーティをやるんだけど、その時に厨房で一人、体調を崩した方がいたらしくて……。いつの間にか料理のお手伝いをしてたのよ」

 

今度は料理⁉︎

 

「あの時は凄かったらしいわね。軽く10人分の働きはしていたみたいだったから」

 

「あ、あはは……」

 

本当に何がしたいんだろう、うちの兄は……。偏頭痛に襲われて、こめかみを指で抑えていると、ようやく講堂の出口が見えた。

出口の所には、達也お兄様が待っている。さて、この後はお兄様方と帰宅するだけ……と、思ったのだが、私は一発で不快になった。

お兄様が、女性の方と一緒に待っていたからだ。

 

「お兄様、お待たせ致しました」

 

若干、不愉快になりつつも、それでもお兄様のクラスメートとの交友は大事にしなければと思い、私はなんとか笑顔で声を掛けた。

私の声に気付いたお兄様が私の方に振り返って口を開きかけたその時、私の隣の七草先輩が先に声を掛けた。

 

「こんにちは、司波くん。また会いましたね」

 

………また?聞き捨てならない言葉が聞こえたわね。私のお兄様は入学早々から生徒会長サンにナンパしたのかしら?

私はわざとお兄様に抗議の視線を突き付けると、お兄様の周りには女子生徒が二人ほど並んでいた。

 

「…………」

 

これは、問い詰める必要があるわね。

 

「お兄様、その方達は……?」

 

「こちらが柴田美月さん。そして、こちらが千葉エリカさん。同じクラスなんだ」

 

後ろめたくなく、むしろ堂々と答えやがった。私はさらに攻撃に出る。

 

「そうですか……早速、クラスメイトとデートですか?」

 

小首を傾げて、他意はありませんよ?といった表情で私は質問した。それでも、お兄様は表情を変えずに言った。

 

「そんなわけないだろ、深雪。お前を待っている間、話をしていただけだって。そういう言い方は二人に対して失礼だよ?」

 

……どうやら、本当にナンパというわけではなかったみたいだ。とりあえず、お兄様の前で失礼な私を見せるわけにはいかない。

 

「はじめまして、柴田さん、千葉さん。司波深雪です。私も新入生ですので、お兄様同様、よろしくお願いしますね」

 

「柴田美月です。こちらこそ宜しくお願いします」

 

「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。貴女のことも深雪って呼ばせてもらっていい?」

 

「ええ、どうぞ」

 

改めて自己紹介してくれる二人。もしかしたら、余り悪い人達ではないのかもしれない。

 

「深雪。生徒会の方々の用は済んだのか?まだだったら、適当に時間を潰しているぞ?」

 

「大丈夫ですよ」

 

お兄様からの質問に答えたのは七草会長だった。

 

「今日はご挨拶させていただいただけですから。深雪さん……と、私も呼ばせてもらっていいかしら?」

 

「あっ、はい」

 

七草先輩に声をかけられ、頷いた。

 

「では深雪さん、また日を改めて」

 

七草先輩は軽く会釈して講堂を出て行った。が、すぐ後ろの男子生徒がその七草先輩を呼び止める。

 

「しかし会長、それでは予定が……」

 

「予めお約束していたものではありませんから。別に予定があるなら、そちらを優先すべきでしょう?」

 

正論を返す七草先輩は、なおも食い下がろうとする男子生徒を目で制して、また微笑みながら言った。

 

「それでは深雪さん、今日はこれで。司波くんもいずれまた、ゆっくりと」

 

再度会釈して立ち去る七草先輩。その背後に続く男子生徒は、お兄様の方を見て、一瞬舌打ちのようなものをした後、すぐに七草先輩のあとを続いた。

 



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入学祝い

 

 

翌朝、私とお兄様達は朝早くに起きて、家の前に出た。これから達也お兄様は朝練で、九重先生のお寺へ走るのだ。

意外というかなんというか、冬也お兄様も継続していて、お兄様の横でストレッチをしている。……ほんとにこういう所だけ見ると、妹の私でもカッコいいと思うんだけどなぁ……。

 

「………インド風アメリカカレーとかどうだろうか」

 

ほんと、黙っていれば……。というかインドなのかアメリカなのかハッキリしなさいよ。

心の中でツッコミを入れつつも、出発。私はローラーブレードで移動し、その後を達也お兄様がランニングで、冬也お兄様は欽ちゃん走りで付いてくる。端から見たら完全に不審者だ。

 

「……違うな、もっと、こう……」

 

今更過ぎるわよ。スタートから間違っているのよ。というかそもそも、その走り方でなんでついて来れるのよ。

 

「達也お兄様、もう少しペースを上げましょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

少しイラついたので、さらにペースを上げることにした。それでも、ほとんど表情を変えずに付いて来る達也お兄様と、欽ちゃん走りからヒゲダンスに変えた冬也お兄様。

………なんか、腹立ってきたわね。

 

「お兄様、もう少しペースを上げましょうか?」

 

「えっ?も、もう?」

 

返事を待たずに私はさらにローラーブレードの速度を上げる。懸命について来る達也お兄様と、ツクダンズンブングンの走り方を始める冬也お兄様。というか、さっきからチョイスが古い。

 

「……こんのっ」

 

「お、おい待て深雪……!」

 

さらに速度を上げてやった。その直後だ。ズリッと後ろで滑ったような音がした。ふんっ、ふざけた走り方をしてるからよ、ザマァ見なさい。そんなことを思いながら後ろを見ると、転んでいたのは達也お兄様だった。

 

「た、達也お兄様⁉︎」

 

『ヒデェ奴だな深雪』

 

「誰の所為だと思ってるんですか!あとメールで会話やめて下さい!」

 

はぁ……達也お兄様に恥をかかせてしまうなんて……あんなダメ兄貴(冬)なんて無視すれば良かったのに……。

 

 

ようやく目的地の九重寺に到着。ここには、お兄様お二人のお師匠様がいらっしゃる。今日もその朝練だ。

階段を上がり、門をくぐると、そこから先はお兄様達の手荒いお出向かいが始まる。九重先生のお弟子さん達がお兄様二人に稽古を挑んでくるのだ。

流石は達也お兄様です!どんな相手でも臆することなく落ち着いて対処しています!ああ、素敵です。お兄様……。

一応、いや別に達也お兄様の方をずっと見ていたいのだけれど、達也お兄様ばかり見ていては何となく悪い気もするし、冬也お兄様だって同じように一生懸命頑張って稽古しているのだから贔屓は良くないわよね。

そう思って私は冬也お兄様の方を見ると、ビデオカメラを達也お兄様の方に向けながら攻撃をすべて躱していた。

 

「真面目にやりなさい冬也お兄様!何をやってるんですかあなたは⁉︎」

 

ツッコミを入れた私の携帯が震えた。

 

『一本2000円』

 

「な、何をバカなこと……!」

 

怒鳴りながら私は返信した。

 

『三本買います!(怒)』

 

 

朝練を終えて家に帰ると、私は先程の映像(計6000円、入学祝いで半額にしてもらいました)を早速確認したあと、お兄様達と一緒に学校へ向かった。

今はその電車の中。聞きにくいことだったのだが、とても気になってしまったので、私は達也お兄様に聞いた。

 

「お兄様、実は……昨日の晩、あの人たちから電話がありまして……」

 

「あの人たち?ああ……それで、親父たちがまた何かお前を怒らせるようなことを?」

 

「いえ、特には……。あの人たちも、娘の入学祝いに話題を選ぶくらいの分別はあったようです。それで……お兄様には、やはり……?」

 

「ああ、そういうことか……いつも通りだよ」

 

……やっぱり。これだからあの方達は……!

 

「そうですか……いくらなんでも、と儚い期待を抱いておりましたが、結局、お兄様にはメールの一本もなしですか……あの人たちは、あの……」

 

「落ち着けって」

 

声を掛けてきたのは、お兄様を越えるイケメンボイスの冬也お兄様だ。

 

「相手にある程度の器があれば怒ってもいいけど、無いんじゃ仕方ないだろ?」

 

こ、この人はイケメンボイスでなんて黒い事を言うんだろう……。というか、てっきりこの人はあの人たちのことを別に好きでも嫌いでもないと思っていたのだけれど……。本当に何を考えているのかわからない人だなぁ。

 

 



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スケット部

 

学校。まだ教師の来ていない教室内で、私の席の周りに女子生徒の二人が集まって来ていた。

 

「ねっ、司波さん」

 

「……貴女は?」

 

「あっ、ごめんなさい。私、光井ほのかっていいます」

 

「私は、北山雫」

 

これは、お友達になるために声を掛けてきた、ってことでいいのかしら?まぁ、そんなことを一々確認するのもおかしな話よね。

 

「その、少し気になることがあって……」

 

「気になること?」

 

「ええ。スケット部の事なんだけど……」

 

「ブフッ‼︎」

 

「司波さん⁉︎」

 

な、なんでここでもあのアホ兄貴の事が……!

 

「な、なんでもないわ。スケット部がどうしたの?」

 

「その……カッコイイと思わない?」

 

「へっ?」

 

「クールで主席で冷静で伝説がいくつもあって……去年の九校戦の新人戦で男子が優勝できたのもスケット部の人のお陰なんでしょう?」

 

「それは知らないけど……詳しいのね?」

 

「うん!昨日、噂を聞いてから雫に手伝ってもらって一生懸命調べたんだから!……あー、どんな人なんだろう、スケット部さん……」

 

この子、将来的にストーカーになりそうで心配だわ。

 

「それで、調べてる時に知ったんだけどね?その人って全然喋らなくて、声を聞いたことがある人って誰もいないんだって!」

 

ああ、お願い……これ以上身内の恥を私に知らせないで……。私はおそらく赤面してるであろう顔を俯かせて隠しつつ、聞いた。

 

「それで、私に何か?」

 

「そうそう!だから今度の部活見学期間に、一緒にスケット部の見学にいかない⁉︎」

 

えっ……。

 

「私、本当は今すぐにでも会いに行きたいんだけど、せっかくだから見学期間中に行きたくて……」

 

だ、ダメよ……!こんな目をキラキラと輝かせている子にあの人の実態を知られちゃダメよ!

 

「え、えーっと……私は部活に入るつもりはないから……」

 

「見学だけでもダメかなぁ?」

 

「うっ……」

 

そう食い下がられると、下手をすれば友達ができなくなるかも知れない。学校で生活するにおいて、友達は必要だってお兄様も仰っていたし……。

 

「分かったわ。見学だけなら一緒に行きましょう?」

 

「やった!」

 

気が重いわ……。

 

 

放課後。私の眼の前ではすごい面倒ごとが起きていた。そもそもの発端は、今日のお昼の時と専門課程見学の時。

お昼の時は私が達也お兄様とそのお友達と一緒にお昼を食べようと思い、食堂に向かったら、クラスの子達も一緒について来た。そこまでは良かった。だけどお兄様達が座っていた、お友達だけで埋まってしまっていた。そこで私のお友達とお兄様たちで一悶着あった。

専門課程見学の時は、三年A組の七草先輩の遠隔魔法の実技が行われていた。当然、一科生に遠慮してしまう二科生も多いのだが、お兄様達は堂々と最前列に陣取っていた。それが気に入らなかった私のクラスメートが何やらイチャモン付けていた。

それらのことがあってか、今は目の前で口論が起こっている。

 

「お兄様……」

 

不安になって、私はお兄様の顔を見上げる。

 

「謝ったりするなよ、深雪。一厘一毛たりとも、お前の所為じゃないんだから」

 

「はい、しかし……止めますか?」

 

「……逆効果だろうなぁ」

 

「……そうですね。それにしても、エリカはともかく、美月があんな性格とは……予想外でした」

 

「……同感だ」

 

その美月は、堂々とした口調と態度で啖呵を切っていた。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか?深雪さんはお兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挿むことじゃないでしょう」

 

今回のことは、私を待って下さっていたお兄様に、私のクラスメートが難癖をつけたのが発端だ。

 

「別に深雪さんはあなた達を邪魔者扱いなんてしていないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか」

 

ちょっと美月……。そんな引き裂くだなんて……。夫婦じゃあるまいし……。

私が照れている一方で、口論はヒートアップしていた。

 

「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」

 

「そうよ!司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

「ハン!そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが」

 

「相談だったら予め本人の同意を取ってからにしたら?深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。それがルールなの。高校生になってそんなことも知らないの?」

 

「うるさい!他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

あっ、この流れはまずいわね……。下手をすれば喧嘩になる。見た感じの印象だと、美月はともかくエリカとあの男子生徒はプライドが高そうな感じするし、私のクラスメイトは言わずともベジータ並のプライドを持つ。

プライドが高いの同士がブツかるというのは、極上のバカ同士がぶつかり合うのより面倒だって冬也お兄様が昔言ってた。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなた達ブルームが、今の時点で一体どれだけ優れてるというんですかっ?」

 

「………あらら」

 

美月の台詞に達也お兄様が声を漏らす。まずいことになった、みたいな感じで。嫌な予感は的中し、一科生の一人の男子生徒がニヤリと口を歪ませた。

 

「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

 

「ハッ、おもしれぇ!是非とも教えてもらおうじゃねぇか」

 

まさに売り言葉に買い言葉状態。A組の男子生徒がCADを取り出し、E組の男子生徒に向けた。

 

「だったら教えてやる!」

 

これはマズイ。

 

「お兄様!」

 

私がお兄様の方を見上げると、お兄様は右手を突き出した。お兄様がその魔法をキャンセルさせようとしたのだ。だが、お兄様の魔法は発動されることはなかった。

ガギンッ!とエリカによってCADが弾かれたからだ。

 

「この間合いなら身体を動かしたほうが速いのよね」

 

「それは同感だがテメェ今、俺の手ごとブッ叩くつもりだったろ」

 

「あ〜ら、そんなことしないわよぉ」

 

「わざとらしく笑って誤魔化すんじゃねぇ!」

 

「本当よ。躱せるか躱せないかくらい、身のこなしを見てれば分かるわ。アンタってバカそうに見えるけど、腕の方は確かそうだもの」

 

「……バカにしてるだろ?テメェ、俺のこと頭からバカにしてるだろ?」

 

「だからバカそうに見えるって言ってるじゃない」

 

ほとんど漫才になってるものを繰り広げる前の二人に、誰もが呆気に取られていたが、いち早く我を取り戻したのは、今朝声を掛けてきた光井さんだった。

素早く汎用型CADに指を走らせ、組み込まれたシステムが作動し、起動式の展開が始まる。

だが、外部から別のサイオンの塊が打ち込まれ、魔法は霧散した。

 

「やめなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」

 

警告してきたのは生徒会長、七草先輩だった。昨日までの和かな雰囲気とは違い、威圧的な雰囲気を放っている。

 

「あなたたち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きます。ついて来なさい」

 

さらに続いて、風紀委員長の渡辺摩利さんが冷たい声で言った。入学前に公式サイトで見た覚えがある。

ここで抵抗すれば、実力行使されることも想像に難くない。さっきまで好戦的だったエリカもE組の男子生徒も言葉なく硬直している。

その直後だ。私達を睨み付けていた渡辺先輩の口の中にたこ焼きが詰め込まれた。

 

「あっふ!」

 

「! 摩利⁉︎」

 

いつの間にか、七草先輩と渡辺先輩の前にはエプロンに三角巾を装備した冬也お兄様が立っていた。そして、ホワイトボードに文字を書き始め、それを二人に向けた。

 

『ままま、落ち着いてくだせぇ』

 

「! とーやくん」

 

「あっふ!……でも美味っ!な、なんのつもりだ!というかなんだそのたこ焼き!」

 

『調理部のお手伝いなうwww』

 

腹立つ文面ね……。

 

『あそこの二科生と主席いるでしょ?あの二人、俺の弟と妹なんですよ。だからここは俺に任せてもらえませんかね?』

 

「………君の?」

 

『イエース☆』

 

「……そうか、そういうことならここは君に一任しよう」

 

……冬也お兄様の名前を出すだけで一任されるなんてどこまで信用あるんですか。というか本当に一年間で何してたんですか。

 

「それより、今からでも風紀委員に入るつもりはないか?」

 

「ちょっと摩利、抜け駆けは禁止よ。生徒会だって、いやそれ以外の部活や委員会もとーやくんを狙ってるんだから」

 

ど、どこまで人気あるのよ本当に……!けどまぁ、この人のおかげで大事にならずに済んだ。

 

「……ありがとうございます。冬也お兄様」

 

『別にいいよ。じゃ、俺は調理部に戻るから』

 

「はい」

 

校舎の方に消えていく冬也お兄様の背中を、誰もがポカンとした様子で眺めていると、光井さんが私の袖を引っ張った。

 

「あ、あの……司波さん」

 

「んっ?」

 

「もしかして……あの人が、スケット部の……?」

 

あっ……ヤバッ。

 

「お話、聞かせてくれないかな?」

 

少年のように目を輝かせた光井さんのお願いを断る術は私には持ち合わせていなかった。

 

 



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生徒会と風紀委員会

 

翌朝。「第一高校前」という便利な駅に到着した。その名の通り、駅前の一本道を歩けば私達の通う学校に到着する駅で、ほとんどの一高生がここを利用している。

私は二人のお兄様の他に、美月、エリカ、西城くんといった、E組のメンバーと一緒に登校していた。

 

「……ってことは、スケット部の噂はほとんど本当なんすか?」

 

西城くんが尋ねると、冬也お兄様は頷きながらホワイトボードに文字を書き始める。

 

『まぁ、多分ね。絶対いくつか盛られてるけどね』

 

「でも、スゲェっすね。完璧超人じゃないですか」

 

『そんな事ないよ』

 

……まともだ。ホワイトボードで会話してるところ以外は普通に良い先輩をしている。いや、まぁ別に元々、悪い人でもないんだけど……。

改札から出て、高校に向かって歩き出し始める。ホワイトボードが引っかかって改札から出れなくなってる冬也お兄様を無視して、高校に向かっていると、後ろから「達也くーん」と声が聞こえた。

 

「……達也さん。会長さんとお知り合いだったんですか?」

 

「一昨日の入学式の日が初対面……の、はず」

 

美月の疑問に達也お兄様も一緒になって首をかしげる。

 

「そうは見えねぇけどなぁ」

 

「わざわざ走ってくるくらいだもんね」

 

西城くん、エリカと呟いた。確かに、私にも知り合ったばかりの態度には見えない。

 

「……深雪を勧誘にきてるんじゃないか?」

 

「……お兄様の名前を呼んでいらっしゃいますけど」

 

……今、明らかに誤魔化そうとしてたわね。人が誤魔化そうとするときは、何か隠し事があるときだって、冬也お兄様は仰っていたわ。あとで問い詰める必要があるわね。

 

「達也くん、オハヨ〜。深雪さんもおはようございます」

 

「会長、おはようございます」

 

「とーやくんは一緒じゃないの?」

 

「冬也兄様なら、あそこで……おっと、やっと改札から出て来たみたいですね」

 

達也お兄様の視線の先には、冬也お兄様がホワイトボードを抱えて小走りでこっちに来ているのが見える。

 

『ななちゃん、おはようございます』

 

「とーやくん、オハヨー」

 

『ななちゃん⁉︎』

 

私だけでなく、お兄様を含めたその場にいた全員が声を荒げた。上級生、それも生徒会長になんて口の聞き方をするのかしら!

 

「いいのよ。それより、深雪さんと少しお話ししたいこともあるし……ご一緒しても構わないかしら?」

 

「はい、それは構いませんが……」

 

「あっ、別に内緒話するわけじゃないから。それとも、また後にしましょうか?」

 

そう言って七草先輩は一歩離れたところで固まっている三人の方を見た。

私は会長に声を掛けた。

 

「お話というのは?」

 

「ちょっと生徒会のことです。一度、ゆっくりご説明したいと思って。お昼はどうするご予定かしら?」

 

「食堂でいただくことになると思います」

 

「達也くんと一緒に?」

 

「いえ、兄とはクラスも違いますし……」

 

昨日のことを思い出しながら、私は若干俯きながら呟いた。会長も昨日のことを思い出したのか、何度も頷いた。

 

「変なことを気にする生徒が多いですものね」

 

美月がウンウンと頷いていた。昨日の一件を結構引きずっているようだ。

 

「じゃあ、生徒会室でお昼をご一緒しない?ランチボックスでよければ、自配機があるし」

 

「……生徒会室にダイニングサーバーが置かれているのですか?」

 

「入ってもらう前からこういうことはあまり言いたくないんだけど、遅くまで仕事をすることもありますので。教室に自配機があるのは生徒会とスケット部室だけですよ」

 

冬也お兄様……。

 

「生徒会室なら、達也くんが一緒でも問題ありませんし」

 

「……問題ならあるでしょう。副会長と揉め事なんてゴメンですよ、俺は」

 

お兄様が言っているのは、おそらく入学式の事だろう。私が冬也お兄様の話をしながら達也お兄様と合流した時に、去り際のあの男子生徒の視線は、どうやら本当に達也お兄様に向けられたもののようだ。

 

「副会長……?ああ、はんぞーくんのこと。なら気にしなくても大丈夫。いつもお昼は部室だから」

 

「……そうですか。分かりました。深雪と冬也兄様とお邪魔させていただきます」

 

「あら、とーやくんは来ないと思うわよ?」

 

「………へ?」

 

「いつも部室でお昼食べてるみたいだから。お昼も部活してるのよね?」

 

『ええ』

 

意外と働き者なのね冬也お兄様……。

 

 

私とお兄様は生徒会室に到着した。招かれたのは、一応私なので、私がインターホンを押した。「どうぞ」と声が聞こえたので、私とお兄様は生徒会室に入った。

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

正面、奥の机から声が掛けられた。随分と楽しそうな笑みで七草先輩が手招きしている。

中には、生徒会役員が二人に昨日の風紀委員長さんがいる。

 

「どうぞ掛けて。お話は、お食事をしながらにしましょう」

 

七草先輩に言われて、私と達也お兄様は椅子に腰を掛けた。

 

「お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」

 

書記の中条あずさ先輩が自配機の前に立った。お兄様が精進を選んだので、私も同じものを頼み、中条先輩が機械を操作する。あとは待つだけだ。

 

「入学式で紹介しましたけど、念の為、もう一度紹介しておきますね。私の隣が会計の市原鈴音、通称リンちゃん」

 

「私のことをそう呼ぶのは会長と冬也くんだけです」

 

冬也お兄様……。

 

「その隣は知っていますね?風紀委員長の渡辺摩利。通称マリリン」

 

「そう呼ぶのは冬也だけだがな」

 

冬也お兄様…………。

 

「それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん」

 

「会長……お願いですから下級生の前で『あーちゃん』はやめて下さい。私にも立場というものがあるんです」

 

「ちなみにとーやくんもあーちゃんって呼んでるよ」

 

冬也お兄様………………。

 

「もう一人、副会長のはんぞーくんを加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」

 

「私は違うがな」

 

「そうね。摩利は別だけど。ちなみにとーやくんは、はんぞーくんを『ふくべ』って呼んでます」

 

冬也お兄様……………………。というかなんで冬也お兄様の呼び方を一々、紹介するんだろう。

 

「あっ、準備できたようです」

 

ダイニングサーバーのパネルが開き、無個性ながら正確に盛り付けられた料理がトレーに乗って出てきた。こんな便利なものを冬也お兄様は独り占めにしていたのか……。

出てきたトレーは合計五つ。一つ足りない……思わず、私の頭の中にはこの人達も達也お兄様を差別するのか、と思ったのだけれど、渡辺先輩が鞄から弁当箱を取り出したのを見て、少しホッとした。

 

「そのお弁当は、渡辺先輩がご自分でお作りになられたのですか?」

 

「そうだ。……意外か?」

 

「いえ、少しも」

 

「……そうか。冬也の奴には去年『オッさんのスク水姿くらい似合いません』と言われた、というか書かれた?んだ」

 

「………申し訳ありません。うちの兄が」

 

「いや何、アレからだよ。私が奴を気に入ったのはな。アレだけ気を使わずに物をハッキリ言える奴はそういない。……少しは気を使え、ってのもあるがな」

 

……やっぱり申し訳ない。というか、オッさんのスク水は少し言い過ぎではないだろうか。

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

七草先輩が少し唐突に語り出した。

 

「当校は生徒の自治を重視しており、生徒会は学内で大きな権限を与えられています。これは当校だけでなく、公立高校では一般的な傾向です。当校の生徒会は伝統的に、生徒会長に権限が集められています。大統領型、一極集中型と言ってもいいかもしれません。生徒会長は選挙で選ばれますが、他の役員は生徒会長が選任します。解任も生徒会長の一存に委ねられています。各委員会の委員長も一部を除いて会長に任免権があります」

 

「私が務める風紀委員長はその例外の一つだ。生徒会、部活連、教職員会の三者が三名ずつ選任する風紀委員の互選で選ばれる」

 

「という訳で、摩利はある意味私と同格の権限を持っているんですね。さて、この仕組み上、生徒会長には任期が定められていますが、他の役員には任期の定めがありません。生徒会長の任期は十月一日から翌年九月三十日まで。その期間中、生徒会長は役員を自由に任命できます」

 

……そろそろ話が見えてきた。

 

「これは毎年の恒例なのですが、新入生総代を務めた一年生は生徒会の役員になってもらっています。趣旨としては後継者育成ですね。そうして役員になった一年生が全員生徒会長に選ばれる、というわけではありませんが、ここ五年間はこのパターンが続いています」

 

「……でも、冬也お兄様は……?」

 

「とーやくんは、去年新入生総代を辞退したのよ」

 

えっ、どういうこと?聞いてないんだけれど……。

 

「声を発したくないとか言って……」

 

め、名誉あることをそんな下らない理由(おそらくキャラ付け)で辞退するなんて……!

 

「それでも主席なんだから私はあの子にお願いしたんだけど……何故か断られちゃって、それどころかむしろ変な部活の申請までされるし……」

 

あ、会長も変な部活だとは思ってたのね。

 

「でも、結果的には正解だったのよねぇ。色んな部活や委員会、事務員から引っ張りだこだから」

 

「事務員も⁉︎」

 

「まぁ、そんな話はともかく……」

 

気を取り直すように、コホンと咳払いして七草先輩は真面目な表情で聞いてきた。

 

「深雪さん、私はあなたが生徒会に入って下さることを希望します」

 

やっぱり、私がさっきなんとなく察した通りの事を言ってきた。

 

「引き受けていただけますか?」

 

勿論、去年冬也お兄様のした通り、断るという手もある。まぁ、私は別に断る理由もないし、むしろ少しやってみたい気もしている。けど、その前に確認を取っておきたいところがあった。

 

「会長は、兄の入試の成績をご存知ですか?」

 

「っ?」

 

予想外だったのか、お兄様が私の方を見たが、構わなかった。

 

「ええ、知っていますよ。すごいですよねぇ……去年のとーやくんの点数でも私は自信を無くしたのに、それをさらに上回って来るなんて……」

 

「成績優秀者、有能な人材を生徒会に迎え入れるのなら、私よりも兄の方が相応しいと思います」

 

「おいっ、み……」

 

「デスクワークならば、実技の成績は関係ないと思います。むしろ、知識や判断力の方が重要なはずです。ですから、兄も一緒というわけには参りませんか?」

 

「残念ながら、それできません」

 

しかし、私の願いは市原先輩によって打ち砕かれた。

 

「生徒会の役員は第一科の生徒から選ばれます。これは不文律ではなく規則です」

 

淡々と、どちらかといえば申し訳なさそうに市原先輩はそう告げた。

 

「……申し訳ありませんでした。分を弁えぬ差出口、お許し下さい」

 

私は素直に頭を下げた。おそらく、市原先輩も現在のブルーム・ウィードと差別している体制にネガティヴな考え方を持っているんだろう。

 

「ええと、それでは深雪さんには書記として、今期の生徒会に加わっていただくということでよろしいですね?」

 

「はい。精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願いします」

 

七草先輩の確認に、私は再び頭を下げる。これからは生徒会。お兄様(達)は一緒ではないけれど、頑張りましょう。

 

「具体的な仕事内容はあーちゃんかとーやくんに聞いて下さいね」

 

「ですから会長……あーちゃんはやめてくださいと……」

 

「というか、何故兄が?」

 

「結構、手伝ってもらってるんです。あーちゃんよりも優秀よ」

 

「うう……自信をなくしちゃいます……」

 

泣きそうな顔で俯く中条先輩。ああ……なんとなく同情してしまう……。大丈夫ですよ、私は「あーちゃん先輩」なんて呼びませんから。

心の中で慰めていると、さっきから黙っていた渡辺先輩が口を開いた。

 

「……昼休みが終わるまでもう少しあるな。ちょっといいか。風紀委員会の生徒会選任枠のうち、前年度卒業生の一枠がまだ埋まっていない」

 

「それは今、人選中だと言ってるじゃない」

 

七草先輩が言うが、渡辺先輩はあまり気にせずに続けた。

 

「第一科の縛りがあるのは生徒会の会長、副会長、書記、会計だよな?」

 

「そうね」

 

「つまり、風紀委員会の生徒会枠に、二科の生徒を選んでも規定違反にはならないわけだ」

 

「摩利、貴女……」

 

そこから先は全員理解できた。ようは、渡辺先輩は風紀委員にお兄様を入れようとしてるのだ。

 

「いやぁ、冬也の奴に間に合わなかった時のために頼みに行ったら、達也くんを紹介されてな」

 

ナァーーーイス‼︎冬也お兄様ッ‼︎私は心の中で全力のガッツポーズと冬也お兄様への称賛を贈る。

 

「ナイスよ!」

 

七草先輩も同じことを考えていたのか、同じことを言った。

 

「そうよ、風紀委員なら問題ないじゃない。摩利、生徒会は司波達也くんを風紀委員に指名します」

 

「ちょっと待ってください!俺の意思はどうなるんですか?大体、風紀委員が何をする委員なのかも説明を受けていませんよ」

 

そう言った直後、達也お兄様の携帯が震えた。直後、苦々しい顔をするお兄様。そして、辺りを見回し始める。

 

「どうかなさいましたか?お兄様」

 

聞くと、お兄様は携帯の画面を机の中央に置いた。

 

『風紀委員は校則違反者を取り締まる組織。風紀、といっても服装違反とか遅刻とかは自治委員会がやる。

風紀委員の仕事は魔法使用者に関する校則違反者の摘発と、魔法を使用した争乱行為の取り締まりになる。

風紀委員長は、違反者に対する罰則の決定をして、生徒側の代表として生徒会長と共に懲罰委員会に出席し意見を述べる。まぁぶっちゃければ、警察と検察。兼ねた組織だな。

頑張ってねー。 親愛なるお兄様より』

 

このタイミング……何処かから見てたんじゃないでしょうねあの人……。

 

「……渡辺先輩。この説明は正しいのですか?」

 

「ああ。そうだな」

 

「では、この説明によると風紀委員は喧嘩が起こったら、それを力ずくで止めなければならない、ということですね?」

 

「まあ、そうだな。魔法が使われていなくても、それは我々の任務だ」

 

「あのですね!俺は、実技の成績が悪かったから二科生なんですが!」

 

とうとう大声を出してしまう達也お兄様。

ど、どうしよう……普段の私なら魔法を使ってでもお兄様への失礼は止めるところなのだけど、今の私には止められない……。風紀委員としてのお兄様を見てみたい……。

 

「構わん」

 

達也お兄様に言われても、シレッとした様子で渡辺先輩は答えた。

 

「何がですっ?」

 

「力比べなら、私がいる……っと、そろそろ昼休みが終わるな。放課後に続きを話したいんだが、構わないか?」

 

「……わかりました」

 

時間になったのなら仕方ない。ああ、どうなんだろう……喜んでしまっていいのかなぁ……。

 

 



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いつの間にか録音

 

時早くして、放課後。達也お兄様と一緒に生徒会室へ向かった。ここで何か声をかけたいのだが、お兄様自身はあまり気が進まないご様子なので、黙っていた。

 

「失礼します」

 

達也お兄様が生徒会室に入った。その後に続いて私も中に入る。敵意をハッキリと感じた。だが、それは私に向けられたものじゃない。お兄様に向けられたものだ。その敵意も、私が入ったことで霧散したのだが。自意識過剰なのではなく、その敵意が関心に変わって私に向けられたのだ。

その視線の主が立ち上がって私達に近付いてくる。そして、私達の前に立って手を差し出してきた。

 

「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、生徒会へようこそ」

 

入学式の日、兄に舌打ちをした人。その上、たった今お兄様を無視した人。私的には余り第一印象は良くない。思わずムッとしてしまったが、何とか自制した。

服部、と名乗った男の人はそのまま達也お兄様を無視して席に戻った。………本当にどいつもこいつもこの学校の人は……!

……あと、どうでもいいけど生徒会室の隅っこの冬也お兄様。なんでお好み焼き焼いてるの?しかも、のれんぶら下げてお手製の鉄板まで作って、まるでプチ屋台の様になっていた。

 

「よっ、来たな」

 

「いらっしゃい、深雪さん。達也くんもご苦労様」

 

既に身内扱いしている渡辺先輩と七草先輩から気楽な声が聞こえた。

 

「あの、どうして冬也お兄様が?」

 

私が冬也お兄様に聞くと、コテで壁をコンコンと叩いた。

 

『只今、調理中。ご用の方は後ほどお伺い致します』

 

店か!と、喉まで出掛かったが、生徒会室でいつものノリでツッコむわけにはいかないし、何より口を挟める空気ではない。それだけの気迫で冬也お兄様はお好み焼きを作っていた。

……良い香り………。お腹空いてきちゃったわ……。思わず、とろ〜んとした表情をしていると、パシャッと音がした。冬也お兄様がいつの間にか首に一眼レフカメラを下げられていた。

 

「って、調理中だったんじゃないんですか⁉︎」

 

間髪入れずにツッコむが、再びコンコンとコテで壁を叩く。ああ……腹立つ。

…………っあ、人前でツッコんじゃった。恐る恐る周りを見ると、意外なものを見る目で生徒会の皆さんと渡辺先輩は私を見ていた。窓に映った私の顔を見ると、みるみると赤くなっていっていた。

恥ずかしさで俯いて、達也お兄様の後ろに隠れたタイミングで、ちょうどお好み焼きが焼き上がったのか、冬也お兄様がお好み焼きを皿に移していた。

 

『皆さん食べます?』

 

ホワイトボードにそう書いて尋ねると、全員頷いた。皿に移したあと、冬也お兄様は綺麗に八等分し、小皿に盛り付けた。

お好み焼きを盛り付けてもらった渡辺先輩が、お好み焼きの列に並んでる達也お兄様に声を掛けた。

 

「じゃ、達也くん。行こうか」

 

「どちらへ?」

 

「風紀委員会本部だよ。色々と見てもらいながらの方が分かりやすいだろうからね。この真下の部屋だ。といっても、中で繋がっているんだけど」

 

「……変わった造りですね」

 

「あたしもそう思うよ」

 

言いながら達也お兄様もお好み焼きを受け取り、部屋を出ようとした。だが、そこに制止が入った。

 

「渡辺先輩、待って下さい」

 

「何だ。服部刑部少丞範蔵副会長」

 

「フルネームで呼ばないで下さい!」

 

「じゃあ服部範蔵副会長」

 

「服部刑部です!」

 

「そりゃ名前じゃなくて官職だろ。お前の家の」

 

「今は官位なんてありません。学校には『服部刑部』で届が受理されています!……いえ、そんなことが言いたいのではなく!」

 

「お前が拘っているんじゃないか」

 

「まあまあ摩利、はんぞーくんにも色々と譲れないものがあるんでしょう」

 

お好み焼きを食べている七草先輩がそう言うと、全員から「お前が言うな」的な視線が送られるが、本人はさほど気にした様子はなかった。

 

「渡辺先輩、お話ししたいのは風紀委員の補充の件です」

 

「何だ?」

 

聞き返すと、服部先輩は気を取り直した表情で言った。

 

「その一年生を風紀委員に…」

 

言いかけたところで後ろから肩を叩かれた。振り返ると冬也お兄様がホワイトボードを持っていた。

 

『青のり掛ける?』

 

「ああ、頼む。で、話を戻…」

 

答えて振り返った所でまた肩を叩かれた。

 

『ソースは?』

 

「頼む。で、話を戻」

 

『マヨネーズは?』

 

「頼む。てかソースと一緒に聞けよ。で、話を戻」

 

『ソースとマヨネーズの割合は?』

 

「いや知らん。お前に任せる。で、話を」

 

『福神漬けは?』

 

「そこまで用意してんのかよ!せっかくだから貰うわ。で、話」

 

『ご飯は一緒に食べる?』

 

「関西人か俺は!いらない!昼休みからそんな時間経ってるわけでもないし!で、話」

 

『ご飯いらないの?』

 

「いらないよ。で、はな」

 

『本当にいいの?』

 

「いいって。で、は」

 

『後悔しない?』

 

「いやしつけえええええ‼︎てかなんなんだよさっきから‼︎」

 

キレてようやく冬也お兄様はホワイトボードを引っ込めた。コホンと咳払いをしてようやく服部先輩は自分の言いたいことを言えた。

 

「話を元に戻します!その一年生を風紀委員に入れるのは反対……」

 

「おかしなことを言うな、服部」

 

「最後まで言わせてくださいよ!」

 

「司波達也くんを生徒会選任枠で指名したのは七草会長だ。例え口頭であっても、指名の効力に変わりはない」

 

『ふくべ、冷めないうちに食え。殴り飛ばすぞ』

 

「あ、すいません。……あむっ、何これ美味っ。ふぉんいんは受諾してふぁいと……ゴクッ、聞いています。本人が受け容れるまで、正式な指名にはなりません」

 

「ふぉれは、ふぁつやくんのふぉんだい……ゴクッ、だな。……本当に美味いなこれ。生徒会としての意思表示は、生徒会長によって既になされている。決定権は彼にあるのであって、君にあるのではないよ」

 

………食べながら話すのやめなさい。いや、美味しいからそうなる気持ちも分かるんだけどね?というか、やはり服部先輩はお兄様が風紀委員に入るのは反対なのね……。二科生というだけでそんな扱いを受けなければならないなんて……。

 

「過去、ウィードを風紀委員に任命した例はありません」

 

「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会による摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとはいい度胸だな」

 

「取り繕っても仕方ないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?ブルームとウィードの間の区別は、学校制度に組み込まれた、学校が認めるものです。そしてブルームとウィードは、区別を根拠付けるだけの実力差があります。実力の劣るウィードに風紀委員は務まらない」

 

「確かに風紀委員会は実力主義だが、実力にも色々あってな。力づくで抑えつけるだけなら、私がいる。この学校で私と対等で戦える生徒は七草会長と十文字会頭だけだからな。君の理屈に従うなら、実践能力に劣る秀才は必要ない。それとも、私と戦ってみるかい、服部副会長」

 

今の渡辺先輩の台詞に、私は若干違和感を感じた。『私と対等に戦える生徒は七草会長と十文字会頭だけ』。私の知っている実力が今もあるなら、冬也お兄様の相手になる人など、この学校にはいないはずだ。入学したばかりの達也お兄様の実力が知られていないのはまだ分かるが、冬也お兄様は一年以上この学校にいる。

上手く一年間実力を隠していたのか、それとも三巨頭は冬也お兄様以上の実力者なのか。

そこまで考えた所で、私の思考は服部先輩の台詞で遮られた。

 

「私のことを問題にしているのではありません。彼の適性の問題だ」

 

この服部先輩は自分の主張が正しいと確信している。だが、それは渡辺先輩も同じだった。

 

「実力にも色々ある、と言っただろう?達也くんには、展開中の起動式を読み取り発動される魔法を予測する目と頭脳がある、そうだ」

 

「……なんですって?」

 

「つまり彼には、実際に魔法が発動されなくてもどんな魔法を使おうとしたかが分かるらしい。冬也が言っていた」

 

渡辺先輩がそう言うと、疑わしそうな目で達也お兄様を睨み付ける服部先輩。その直後だ。ドンドンドン〜パフパフパフ〜♪と懐かしい喧しい音が聞こえた。

全員、その方向に振り返ると、これまた何処から用意したのか、安っぽそうな大太鼓とトランペットを構えた冬也お兄様が真顔で立っていた。

そして、カチッと録音機のボタンを押した。その録音機からは、

 

『第一回!お兄様の技術はホンモノか診断大会ィィイイイイッッ‼︎』

 

と、私の声で聞こえてきた。って、私の声⁉︎

 

「ち、ちょっと!何ですか冬也お兄様これは!私こんなもの録った覚えありませんよ⁉︎」

 

私が聞くも、冬也お兄様は親指を立ててすぐに録音機を鳴らす。

 

『さぁーやって参りましたぁ〜。第一回お兄様の技術はホンモノか診断大会。通称天下一武道会!』

 

「いや何処から来たんですかその通称は!」

 

『司会進行役は私、雪見だいふくがお送りします!』

 

「誰が雪見だいふく⁉︎」

 

『はい。ここで本日のゲストをご紹介したいと思います』

 

「ラジオですか!」

 

『スィンガーソングライターの、セブングラス・真由美さん!』

 

「イェーイ!」

 

「俄然ノリ気ですか七草先輩!」

 

『いやーどうですか最近、お仕事の方は?』

 

「そうですねぇ〜。最近は」

 

『では!ルールの方をご説明しておこうと思います!』

 

「聞かないのかよ⁉︎」

 

『では、助手のワトソンくん!説明お願いします!』

 

言いながら出てきたのはホームズのコスプレをした冬也お兄様だ。多分、ワトソンのコスプレが分からなかったのね……。

冬也お兄様はホワイトボードを全員に見せた。

 

『全員で魔法を発動し、起動式の構築中に達也が当てられたら達也の勝ち。正解は魔法を発動しようとした本人と達也にしかわからないので、答えはキチンと正直に答えるように』

 

なるほど。これでお兄様の技量を平和的に教えようということね。……でもこれ本当にいつの間に録ったんだろう。

 

『と、いうわけです!みんな、理解してくれたかな⁉︎』

 

『ガチャッ』

 

『冬也お兄様!ご飯ですよー』

 

『あっ、ヤベッ』

 

プツッとそこで録音機は切れた。しばらく流れる沈黙。これ、録ったの昨日だ……。ワトソンの格好から普段の服装に着替えている冬也お兄様を除いで全員が黙り込んでいたが、一人楽しそうにしている七草会長がポンッと手を叩いた。

 

「いいじゃない。面白そうだし、やりましょう?」

 

とのことで、全員で魔法使用可である演習室へ向かった。

 

 



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部活勧誘期間

 

 

 

あの後、達也お兄様は魔法をピタリと当て、無事に風紀委員となった。お兄様が風紀委員になったのは、結果的には私としても嬉しいことだし、お兄様にとっても決して悪いことではなかったと思う。

けど、それでも分からないことが二つだけあった。

 

「あの、冬也お兄様」

 

今は、達也お兄様が風紀委員会から戻って来るのを校門の前で冬也お兄様と待っている。その二人きりの時間を利用して聞いてみた。

 

「何?」

 

この人が学校で声を発したのには、若干驚いたが、私は続けた。

 

「えっと、まずは何で生徒会室にいたんですか?」

 

「達也を推薦したのは俺だからね。俺がいないわけにはいかないでしょう」

 

そういうところは律儀なのね……。それと、もう一つ、こっちが本命。

 

「どうして、達也お兄様を風紀委員に入れたのですか?」

 

「どうしてって、たまたまそういう流れになったんだろ?」

 

「渡辺先輩からは、冬也お兄様から達也お兄様を薦められたと聞きました」

 

「…………」

 

今回の件、私にはどうにも冬也お兄様が仕組んでいたように思えてならない。達也お兄様を推薦し、服部先輩が反対するのを見越した上で、あの様な魔法当てゲームを開催した。そう考えれば全て辻褄が合う。だとすれば、なんで達也お兄様を風紀委員に入れようと思ったのかが分からない。

 

「……まぁ、アレだ。達也は委員会に入れておくべきだと思ったんだよ」

 

「だからその理由を……」

 

「面白そうだからに決まってんじゃん」

 

……ああ、そうよね。こういう人よね、この人は。例え遊びでもやるからには全力でってタイプだもんね。

 

 

部活動勧誘期間が始まった。私は生徒会室に顔を出したあと、ほのかと雫とスケット部の部室に顔を出す約束をしていたので、行くことになった。

………あー、気が重い。この前の達也お兄様もきっとこんな感じだったのね……。

 

「あ、深雪。行きましょう」

 

ほのか達と合流して、スケット部の部室に向かった。

 

「それで、深雪。お兄さんなんだよね?どんな人なの?」

 

相当憧れているのか、目をキラキラと輝かせてほのかは私に聞いて来た。………言えない。妹の着替えシーンをカメラに収め、生徒会室でお好み焼きを作って、遊びのために嫌がる弟の退路を絶つように風紀委員に入れる変人だなんて言えない。ていうか、これただの性格悪い奴じゃね?

 

「え、えっと……カッコイイ人、かしら?」

 

顔と声だけ。というか、顔と声と戦闘力以外私は冬也お兄様の事を知らない。小学生の時、誕生日のために「欲しいものなんですか?」って聞いたら、「未来に羽ばたくための翼」って言われた事がある。

 

「だよねー!すごいイケメンさんだもんね!ジャニーズとかに入れそうだもんね!」

 

「あ、あはは……」

 

あの人がジャニーズに入ったら、ジャニーズはどうなっちゃうんだろうか……。イケメンの集まりじゃなくてヘンジンの集まりになるんじゃないだろうか。

 

「中身は?」

 

今度は雫からの質問だ。中身……変人の一言で片付けることも出来るが、それでほのかの憧れをブチ壊すわけにもいかない。えーっと……どんな人、どんな人……、

………ダメだ、変な人っていう感想しか浮かばない……。

 

「み、深雪?」

 

「えっと……なんていうか……見たほうが早いというか……」

 

「そっか。それもそうだね」

 

ふぅ……なんとか誤魔化せた……。でも、これは先延ばしにしただけで解決には繋がってない。

あ、でも一つだけ私でも知ってる事があるわね。しかも、達也お兄様も認めてる特技が。

私がちょうど思い出したタイミングで、スケット部部室に到着した。

 

「失礼しまーす」

 

昨日の生徒会室に入る時に比べて、明らかに緊張感なく私は部屋の中に入った。直後、目に飛び込んで来たのは、

 

 

『おかえりなさいませ、お嬢様』

 

 

メイド服を着た真顔の冬也お兄様がホワイトボードを抱えて立っていた。しかも、内装も完璧で、机がいくつか置かれていて、おそらく部活見学中の生徒達がみんなで座ってお茶をしていた。

 

「……何これ」

 

「冬也お兄様、何の騒ぎですかこれ?」

 

私が聞くと、ホワイトボードを見せて来た。

 

『今は冬美お姉様』

 

「…………はっ?」

 

ど、どういうことかしら?と、心の中で惚けつつも、私は嫌な予感がしていた。この人の特技を持ってすれば……。

嫌な予感がしている私の手を、冬也お兄様は掴んで自分の胸を触らせた。………あれっ。や、柔らかい……。何これ……大胸筋のはずの癖に肉まんみたいな柔らかさがある……。これって……、

 

「胸ぇ⁉︎」

 

『ばっ!声デケェよ深雪!』

 

「あっ、ごめんなさ……ていうか前から思ってましたけど、ホワイトボードに文字書くの早くないですか⁉︎」

 

大声で言うと、周りのお客さんがこっちを振り返ったので、私は小声で冬也お兄様……いや、本人が言うには冬美お姉様?の耳元で聞いた。

 

「それで、どういうことなんですかその格好?」

 

『いや実はね〜、去年のちょうど今頃なんだけど〜、部室で余りにも暇だったからちょっと新しい魔法生み出してみたのよ〜。そしたらなんか性転換しちゃってマァジでウ〜ケ〜る〜www』

 

これだ、この人の特技。何をどうしてるのかは知らないが、勝手に役に立たない魔法を創り出す。中学の時なんてカンガルーとライオンをフュージョンさせて、最強の超生物作り出して問題になったこともあるんだから。

私は呆れ気味におでこに手を当ててため息をついた。口調についてはノータッチ。

 

「すみませーん!抹茶ラテお代わりお願いしまーす!」

 

『はーいただいまー♪』

 

二年生のポニーテールの二科生の女子生徒に呼ばれて、駆け足でそこに戻る冬美お姉様。………これ無料でやってるのかな。

一瞬、休んで行こうか迷ったのだが、ほのかと雫のことを忘れていた。雫はともかく、ほのかは一回も会ったことないのに冬也お兄様をすごく尊敬している。恐る恐るほのかの方を見ると、キョトンとした顔をしていた。

 

「ねぇ、深雪。冬也さんは?」

 

「………へっ?」

 

この子……もしかして、気付いてないのかしら……。そりゃまぁ普通の人じゃ魔法で性転換なんて出来ないし……。

つまり、ほのかにまだ冬也お兄様の変態的変人的奇人的部分は知られていないということになる。

いや、でもだからって真実を教えないのは……、

でもここでほのかの憧れを壊すのも……、

いや、でも、しかし……!

10秒間、腕を組んで悩んだ結果、私は言った。

 

「と、冬也お兄様はいないみたいね!」

 

………言ってしまった。

 

「だね〜、じゃあまた今度いる時に来ようか。今日はもう席埋まってるし」

 

「へっ?ま、また来るの?」

 

「うん。だって冬也さんに会ってないもん」

 

「…………」

 

最近、本気で思う。どうして私ばかり疲れなきゃいけないのかしら。

 

 



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スケット部見学

 

その日の夜。晩ご飯を食べている最中に私は冬也お兄様に声を掛けた。

 

「あの、冬也お兄様」

 

「んー?」

 

「実は、私のクラスメイトがスケット部に興味を持っていまして……」

 

「へー」

 

「明日、見学に行ってもよろしいですか?」

 

「今日来てたじゃん。何でまた?」

 

「いえ、今日は何やら忙しそうだったので何もしないで帰ってしまったんですよ。ですから、また明日……」

 

「別に来てもいいよ。でも明日はメイド喫茶やらないよ」

 

あ、それは好都合。ほのかに冬也お兄様に会わせて上げることが出来る。……いや、油断はよくないわね。明日は猫耳メイド喫茶なんて言われたら困るし。

 

「あの、男としての姿でいてもらえませんか?」

 

「それは元々そのつもりだったし、いいよ」

 

よし、これで確実ね。ほのかも一回会えば満足するなり幻滅するなりしてくれるだろうし、ふぅ……明日はようやく生徒会の仕事に戻れそうね。

 

 

翌日、私はほのかと一緒にスケット部部室に向かった。何人かの生徒と私とほのかは入れ替わりでスケット部部室に入った。

………一番後ろのポニーテールの人、昨日もこの教室にいたような……。

 

「深雪?どうかしたの?」

 

ぼんやりポニーテールの人の後ろ姿を見ていると、ほのかに声を掛けられたので、「なんでもないわ」と短く答えて教室に入った。

 

「失礼します」

 

「し、失礼しましゅ!」

 

私の後にほのかが続き、挨拶すると、冬也お兄様はホワイトボードをこっちに向けた。

 

『いらっしゃい』

 

何か作っているのか、胡座を掻いたまま下を向いて手をモゾモゾと動かしている。

 

「あ、あの……!」

 

ほのかが緊張気味に声を掛けた。そこでようやく顔を上げる冬也お兄様。

 

「わ、私!光井ほのかっていいます!い、妹さんの……深雪のお友達で……!それで……!」

 

「ほのか、落ち着きなさい。そんな緊張するに値する相手じゃないわ」

 

「で、でも……!」

 

や、でもも何もないんだけど……。私が苦笑いでほのかを見てると、冬也お兄様は急に立ち上がって、部室に備え付けられている冷蔵庫を開けた。ていうか、なんで冷蔵庫あんの?

冷蔵庫の中から、缶ジュースを2本取り出し、ほのかと私に放った。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

「わ、私もいただいて宜しいのですか?」

 

『当たり前だろ』

 

………優しいところあるのね。少し見直したわ。いや、上から目線になるつもりはないけれど。

 

「飲まないの?」

 

ほのかに聞かれた。というか、ほのかは既に開けて飲んでいる。私もせっかくだからありがたく頂いた。カシュッと音を立てて缶を開けた直後、缶の中からゴム風船が膨らんできた。

 

「………えっ」

 

思わず声を漏らした直後、その風船が破裂し、さらに中から水が弾け飛んだ。当然、私に直撃する。

 

「…………」

 

ポタポタと前髪から水が滴り落ちる中、私はギロリと冬也お兄様を睨んだが、まったく気にした様子もなく、無表情でホワイトボードを向けてきた。

 

『ドッキリ☆大成功!』

 

……へぇ、ドッキリ。ねぇ?この兄貴、ブッ殺す。そう思ってCADをポケットから出そうとした直後、

 

「すごいですね!」

 

ほのかが冬也お兄様の両手を握った。

 

「これ、手作りですか⁉︎」

 

『まぁね』

 

「普段はこんなの作ってるんですか?」

 

『ああ、スケットの依頼が来ないと暇だからね。ほらあそこにある木製の机、アレも俺が作った』

 

「へぇ〜!なんか物作り部って感じですね〜」

 

『まぁ基本的にこの教室にあるものは俺が作ったものばかりかな。自配機と冷蔵庫とエアコン以外』

 

「ちょっと見て回ってもいいですか?」

 

『お好きに』

 

こうもはしゃがれると怒るに怒れないわね……。仕方ない、仕返しは今日の夕飯の時にしておきましょう。

それに、私もこの部屋にあるものは少し興味があるかもしれない。ほのかと一緒に部室にあるものを見て回った。

………改めて見ると確かにすごいわね。この前の大太鼓やトランペットも自作ということになる。

 

『ほのかちゃん』

 

「な、名前呼び⁉︎は、はいなんでしょう!」

 

呼び、というか書きだけど。

 

『そこの椅子のボタン押してみ』

 

「へ?こ、これですか?」

 

『そうそれ』

 

言われて、ほのかはボタンを押す。その直後、椅子が変形して、車輪が付いた。

 

「おお!すごい!」

 

『手元のレバーで車輪の向き変えられるよ』

 

む、無駄な技術力……。というかこんなの作れるなんて何処まで暇だったのよこの人。

やや呆れ気味ながらも、私は部屋の中を引き続き見て回った。

 

 

それから、一週間。達也お兄様は走り回っていた。風紀委員として活躍するお兄様は大変素敵だったのだけれど、私は私でほのかに冬也お兄様=冬美お姉様を隠すのが大変だった。

勧誘期間も終わり、達也お兄様もようやく肩の荷が降りたように落ち着いていた。

今は放課後、いつものように私は生徒会室で仕事をしていた。その時だ。コンコンとノックの音がした。

 

「失礼します」

 

入って来たのはどこか見覚えのある二年生のポニーテールの先輩。ああ、そうだ。スケット部の部室と部室の前で見た人ね。その後ろに数人の生徒がいる。

 

「……あなた達は?」

 

「二年の壬生紗耶香です」

 

名乗って一礼してから、壬生先輩は口を開いた。

 

「私達は学校の差別撤廃を目指す有志同盟です」

 

「………は?」

 

「生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します」

 

「……? どういう事ですか?」

 

七草会長が聞き返した。私もそう思う。いきなり過ぎて何のことだかすら分からなかった。

 

「そのままの意味です。この高校では、明らかに一科生、二科生での扱いが違います。その差の撤廃を、私達は要求します」

 

「差別?」

 

「そうです。学校側による扱いは私達も納得して入学したわけですが、生徒達にまで差別されるいわれはありません」

 

い、いきなり現れて何を言っているのかしらこの人達は……?確かに、差別意識は多少なりともあるかもしれないけど、それは一部の生徒の事でしょう。

何より、差別意識が最も高いのは差別を受けている者の方なのよ?私はすぐにでも反論してやろうと、口を開きかけたが、七草先輩が先に声を発した。

 

「いいわよ。では後日、討論会を開きましょう」

 

「会長⁉︎」

 

私は思わず七草会長の方を振り返った。だが、よく分からないウィンクによる返事で黙らされた。

 

「では、後日改めて」

 

七草先輩がオーケーしたのを確認すると、再び一礼して壬生先輩は出て行った。

 

 

「……と、いうことがあったんです」

 

夕食後、私はさっきのことを達也お兄様に相談した。

 

「……有志、ね」

 

「どう思われますか?」

 

聞くと、達也お兄様は難しい顔をして顎に手を当てた。

 

「……今の段階じゃなんとも言えないな。だが、堂々と生徒会室に宣戦布告してくるという事は、何か勝算があるんだろうな。ちなみに受けた方の会長は何か言っていたか?」

 

「それが、『元々は言いがかりに過ぎないんだし、ハッキリ反論しといたほうがいいと思った』だそうです」

 

「……なるほどな」

 

相槌を入れると、達也お兄様も真面目な口調で言った。

 

「……実は、俺も部活動勧誘期間にエガリテのメンバーと思われる生徒を見つけた」

 

「エガリテ……?」

 

「ブランシュは分かるかい?あの下部組織だよ」

 

ブランシュって……確か政治的に魔法師が優遇されている行政システムに反対して、魔法能力に対する社会差別を根絶したがってる反魔法国際政治団体、だったかしら?

 

「それの下部組織が何故……」

 

「分からない。だが、奴らのシンボルマークである赤と青の線で縁取られた白いリストバンドが見えた」

 

これはまた……面倒な事になりそうね。

 

「奴らの目的も魔法を使える者と使えない者の差別の撤廃……このタイミングで一高でも同じような事が起きたのはとても偶然とは思えない」

 

「確かに……とすると、一高生の生徒……少なくとも今日、生徒会室に来た方々はブランシュと何か関係があるという事に……」

 

「まだ確定的な証拠はないけどな。とにかく、これから少しずつ情報を集め……」

 

「必要ない」

 

私とお兄様の会話に別の声が入って来た。相変わらず顔と声だけカッコイイ冬也お兄様が現れた。今回は壁にもたれかかり、腕を組んで片方だけ膝を折り曲げるというカッコいいポーズもしていた。ただし、血盟騎士団副団長のコスプレで台無し。というか、前のメイド服といい、この人女装趣味でもあんの?しかも全部似合うのが腹立つ。

 

「必要ないとは、どういうことですか?冬也兄様」

 

まったく動じない達也お兄様もどうなんだろう……。というか、女装してるだけで冬美お姉様じゃないのね。

 

「お前らは気にしなくていいってことだよ。それより、討論会の対策しとけよ。一筋縄じゃいかないと思うから」

 

「………?」

 

どういう意味なんだろう……。質問しようと思ったのだが、質問する前に自室に引き返してしまった。

 

 



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答え合わせ

 

 

数日後。討論会が開かれた。七草会長の『せっかくだから全校生徒に見てもらいたい』という意見の元、講堂を使って大きく開かれることになった。

万が一、暴動になった時に取り押さえられるため、風紀委員も動員されている。

 

「意外に集まりましたね」

 

「予想外、と言ったほうがいいだろうな」

 

「当校の生徒にこれ程、暇人が多いとは……学校側にカリキュラムの強化を進言しなければならないのかもしれませんね」

 

「笑えない冗談は止せ、市原……」

 

私、達也お兄様、市原先輩、渡辺先輩の台詞だ。現在、舞台袖から場内を眺めている状態だ。

 

「……しかし、本当にどうするつもりなんでしょうね、あの有志同盟の方々は。会長を言い負かすなんて、本気で出来ると思っているのでしょうか……」

 

「確かに、真由美の成績を知らんわけでもないだろうし……」

 

「何故、あんなに余裕あるんでしょうか……」

 

市原先輩と渡辺先輩が、ヤケに落ち着いた様子の壬生先輩達を見て呟いた。確かにその通りだ。言っていることはほとんど言いがかりなのだし、具体的な実例を上げるのは不可能だ。

 

「始まるぞ」

 

達也お兄様に言われ、私はステージの方を見た。討論会の進め方は、同盟が意見を言って、それを生徒会が返すと言った形だ。

 

「生徒会長、今季のクラブ別予算配分について質問します。私達が手に入れた資料によりますと、一科生の比率が高い魔法競技系のクラブは、二科生の比率が高い非魔法競技系のクラブより、明らかに手厚く予算が配分されていますが、これは一科生優遇が授業のみならず課外活動においてもまかり通ってる証ではないんですか!」

 

「クラブ別の予算配分は在籍人数と活動実績を考慮した予算案を元に、各クラブの部長も参加する会議で決定されています。魔法競技系クラブに予算が手厚く配分されているように見えるのは、各部の対外試合実績に反映した部分が大きく、また非魔法系クラブであっても全国大会で優秀な成績を収めているレッグボール部などには魔法系競技部に見劣りしない予算が割り当てられているのは、お手元のグラフでお分りいただけると思います。クラブ予算配分が一科生優遇の結果というのは誤解です」

 

「二科生はあらゆる面で一科生より劣る差別的な取り扱いを受けている。生徒会はその事実を誤魔化そうとしています」

 

「ただいま、あらゆる、とのご指摘がありましたが、具体的にはどのようなことを指しているのでしょうか。既にご説明した通り、施設の利用や備品の配布はA組からH組まで等しく行われていますが」

 

……やっぱり、大した反論は考えてきてないのね。この様子だと、この討論会は七草会長が速攻論破して早く終わりそうね。

そう思って少し退屈そうにその討論会を眺めていた。だが、そう簡単にはいかなかった。

 

「ですが、この学校で『ウィード如きが』というフレーズを何度か聞いたことがあるのですが、その事に関してはどう思いますか?」

 

「ッ」

 

具体的な例を出してきた。少しだが、七草会長に動揺が見えた気がした。

 

「……それは一部の生徒の言動であって」

 

「一部であっても生徒は生徒です。生徒会はその一部の生徒によるの差別的な扱いを『一部だから仕方ない』と誤魔化すつもりですか?」

 

「勿論、そういう扱いをする生徒を一人でも少なくするために努力はしているつもりですし、これからもそうするつもりです」

 

「そうでしょうか?これは私達の協力者から得た一例なのですが」

 

そう言うと、壬生先輩は手元の紙を眺めて言った。

 

「少し前の生徒会室で、一人の男子生徒が『ウィード』という禁止用語を使っていたそうですね」

 

! 覚えがあるわ。私の思っていることが正しければ、それは服部先輩と渡辺先輩の事だと思う。しかも、その時に服部先輩は「取り繕っても仕方ない」と開き直っていた。

 

「その男子生徒の名前は伏せますが、役職上、そのような言動が許されていいことではないと思われます。生徒会室での出来事なんですから、生徒会長も当然知っていらっしゃいますよね?」

 

「ええ、知っています。ですが、その場にいた風紀委員の生徒に指導を受けていました」

 

「今のはほんの一例に過ぎません。私達が一番気にしているのは『ブルーム』『ウィード』といった差別用語とも取れる言葉が平気で使う生徒が多いという事です」

 

………思っていたより鋭い反論が来たわね。

 

「私達も完全に平等になるなんて思ってはいません。自分達の努力不足を棚にあげるつもりもありません。ただ、『ブルーム』『ウィード』などといった蔑称を使われるだけで、私達には劣等感などを感じてしまいます。私達がこの場で要求するのは、そういった呼び方による差別の撤廃です」

 

明確な要求が来た。これには七草会長も従わざるを得ない。ここまで目的を持って討論会を始めるなんて、予想外過ぎた。

 

「分かりました。私達生徒会もそういった蔑称の撤廃に協力します」

 

直後、講堂の客席、特に二科生から大きな拍手が聞こえた。

完全に予想外の結果に、私も市原先輩も渡辺先輩も、一瞬ポカンと口を開きっぱなしになった。

しかしさっき、協力者、という言葉が聞こえたわ。その協力者が気になるわね。

 

「達也お兄様、協力者というのは……?」

 

「……そういうことか」

 

「? お兄様?」

 

何かを察したように達也お兄様は呟いたが、それ以上は説明してくれなかった。

 

 

夜。お風呂から上がった私は自分の部屋に向かった。その途中、随分と真面目な話し声が聞こえた。

 

「……やっぱり、冬也兄様が同盟の連中を唆したんですね」

 

「ーーーッ⁉︎」

 

聞き捨てならない言葉が聞こえた。私は盗み聞きをするように扉に耳を近付けた。

 

「いや、唆したってお前……人聞きの悪い言い方すんなよ」

 

「おかしいと思ったんですよ。前半と後半の同盟側の主張は明らかに差がありましたから。前半は同盟の奴らに言わせて、後半は冬也兄様の考えた内容ですよね?」

 

「あーまぁな。あいつらが思ったより何も考えてなくてなぁ。あいつらから急に『有志に協力して欲しい』と連絡が来てさぁ。仕方ないから協力してやったんだよ。差別があんのは俺も知ってたしさぁー」

 

「協力したはいいけど、バックにエガリテとブランシュが付いていたと?」

 

「ああ、よく分かったね」

 

「ッ⁉︎」

 

それを聞いて、私は少なからず驚いた。と、いうことはつまり、この人はブランシュと繋がっていた、ということに……いや、そう決めつけるのはまだ早い。

 

「いやーマジ焦ったわアレは」

 

「嘘つかないでください。あなたが焦るところなんて見たことないですよ」

 

「いやいやいや、俺だって焦るって。てかお前に言われたくねーんだよ」

 

「それで、ブランシュとエガリテを叩き潰した」

 

「そう」

 

「俺を風紀委員に入れたのは、その殲滅戦に巻き込まないため」

 

「そう」

 

そういう事だったの……!と、いうことは壬生先輩が何度もスケット部の部活見学に来ていたのって、今日の打ち合わせのため?

 

「冬也兄様……」

 

「ははっ、『僕のために無理するのはやめてください!』って?残念ながらそれは女の子に涙目上目遣いで言ってきて初めてときめく台詞だ。『僕』はボクっ娘属性でなんとかなるにしても、それ以前にお前はキンタマ付きの人種だ問題外」

 

「俺の手を汚させないでいただき、ありがとうございます」

 

「うわあい素直ぅ……」

 

達也お兄様が一礼して出て行こうとした。私は慌ててその場から離れて自分の部屋に隠れた。自分の部屋の前を通るお兄様の足音を聞きながら、ベッドの中に隠れる。

……そうだったんだ。冬也お兄様は何を考えてるのか分からなくて、頭の中は銀河の彼方のブラックホールだと思っていたけれど、そんなことはなかった。

そのブラックホールの中でも、自分の護るべき物はしっかりと見えている。

………何よ、それ。ちょっとカッコイイじゃない。達也お兄様ほどではないにしても、少しは自分の兄として誇ってもいいかもしれない。そう思えた。

 

 



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九校戦編(もしくは「士気の高め方」)
自作映画


 

 

冬也お兄様を兄と呼んでもいい、そう思っていた時期が私にもありました!

あれから2ヶ月くらい経ち、少し見直したので、お昼くらいは一緒に食べようとして、私はほのかと雫と一緒にお昼休みにスケット部の部室に行きました。

ですが、そこで見たのは、部室の天井からスクリーンを吊るし、自作映画を見ながらポップコーンを食べている冬也お兄様だった。

呆れを通り越して恥ずかしさすら芽生えたので、私はすぐにでも教室に引き返したかったのだけれど、ほのかと雫が見たいというものだから仕方なくそこでお昼を食べた。

映画の内容はこれまた無駄にクオリティが高く、スパイ映画アクションモノだった。登場人物は基本的に全て冬也お兄様の変装した姿なり性転換した姿なのだが、いつの間に撮られたのかヒロイン役に私が出て来ていた。しかもベッドシーンで。

本来なら、いつ盗撮したのかを吐かせた上でボコボコにしたかったのだけど、内容があまりにも面白いものだからつい見入ってしまい、気が付けば昼休みどころか午後の授業は終わって放課後になっていた。

 

「………というわけで、あの人をお兄様とお呼びするわけにはいきません」

 

その愚痴を生徒会でぶちまけた。流石に達也お兄様に愚痴をこぼすわけにはいかないわ。

 

「……それって、深雪さんの自業自得な気が……」

 

引きつった笑みで七草会長がそう言った。

 

「違います!あの人があんな長編映画作ってた上に私のことを盗撮して、べ……ベッドシーンに使ってたあの人が悪いんです!」

 

「それは……うん、まぁ……」

 

頬を膨らませて腕を組む。あーまったく!思い出しただけでも腹が立つわ!

 

「でも、面白くて見入っちゃったんでしょう?」

 

「うっ……それはっ、」

 

そうなのよね……本物の戦場を知ってたり、そういう経験があるから、ヤケにリアリティがあって面白かったのよね……。そういう所もムカつくのよ。悔しくて。

 

「……面白かった、ですけど……!でもムカつくんですよ!」

 

「そんなに面白かったのなら、私も一枚焼いてもらおうかな〜」

 

「会長⁉︎」

 

「うん、そうしましょう。リンちゃん、私ちょーっと出て来るわね」

 

「待って下さい。私も行きます」

 

「あっ、わ、私も行きます〜」

 

「俺も行きます」

 

「……………」

 

全員行きやがった。この学校はもうダメかもしれないわね。

 

 

それからさらに数日後、学校では『スパーク』の話題で持ちきりになった。スパークとは、冬也お兄様の自作映画が生徒会を通してバカ流行りしたからだ。

中でも、主人公の柴咲冬馬(役:司波冬也)と敵のボスの大芝ウィンター(役:司波冬也付け髭装備)が黙々と廃ビルの中で戦うシーンはすごく盛り上がり、中には真似をして骨折する学生も現れた。

あと、任務を受けた時のおきまりの台詞「ヤェス、マムッ」と、言いながら、右手親指を立てて左胸に刺す流れは流行語大賞レベルで流行っている。冬也お兄様曰く、「ヤェス」という発音が重要らしい。

他にも色々と流行っている台詞はあるらしいのだが、私はなんかこの流行に乗るのは負けた気になってしまうので、あまりしないようにしている。

で、今は学校。放課後。

 

「どうしてくれるんですか!」

 

私はスケット部部室にいた。

 

『何が?』

 

「あなたの超大作のお陰で学校に変な言葉が流行ってしまったじゃないですか!」

 

『知らん。そもそも俺こんな売るつもりなかったんだけど』

 

おそらく予約がたくさん入って来ていたのだろう。昨日は徹夜だったようで、目の下にクマが見えている。

 

「まぁ、確かにそうかもしれないですけど……」

 

『大変だったんだよお前あれ作んの。俺しばらく寝て過ごすわ。というわけで、おやすみz〜……』

 

「ホワイトボードでいびき掻かない下さい。フラストレーション大暴発します」

 

『……それでなんだよ。俺に何の用だよ。今日は依頼が入ってんだから邪魔すんなよ』

 

「依頼?」

 

『ああ、そろそろ……』

 

と、冬也お兄様が言った直後、ガラッと部室のドアが開いた。

 

「し、失礼します……」

 

『ほら、アレ』

 

立っていたのは二科生の男子生徒。大人しそうな外見で、片目の下にホクロがある。

 

「って、司波さん……?」

 

『これ、俺の妹の司波深雪。で、あっちが依頼者の吉田幹比古』

 

言われて、私と吉田くんはなんとなくお互いに会釈した。私の名前を知っていたのは、新入生総代を見ていたからだろう。

 

「よろしくお願いします、司波さん」

 

「こちらこそよろしくね、吉田くん」

 

『ちなみにヨッシーは達也と同じクラスだから』

 

「ものすごくよろしくね吉田くん!」

 

「え?う、うん?」

 

俄然、友達になる気上がってきた。

 

「それで、どうして司波さんがここに?あ、もしかして、何か相談中だったのかな」

 

「いえ、私はお兄様に苦情を言いに来ただけだから、気にしないで」

 

『で、ヨッシー。前と同じ相談か?』

 

「はい。でもヨッシーはやめて下さい」

 

『どうも前みたいに魔法が使えなくなってるんだよな?ヨシヨシ』

 

「ヨシヨシもダメです」

 

『ヨシヒコ』

 

「略さないでください」

 

『勇者ヨシヒコ』

 

「誰が勇者⁉︎てか懐かしいですね!」

 

『勇者エミリア』

 

「連想ゲーム⁉︎性別変わってるし吉田幹比古の『み』しか被ってない!」

 

『太郎』

 

「結局何一つ関係ないところで落ち着いてるし!」

 

「いい加減にしなさい冬也お兄様」

 

静かに私が終止符を打たせ、相談に入る。というか、私ここにいていいのかしら?

 

「前に冬也先輩に教えてもらった方法も試してみたのですが、全部ダメでした……」

 

「一応聞くけど、前に試した方法って?」

 

「頭の中で『自分は出来る!』って思い込みながらやってみるんです」

 

「子供へのアドバイス⁉︎」

 

『バッカ深雪お前そういうことよくあるだろ。何事もまずモチベーションの回復からだ』

 

まぁ、確かにそういう部分もあるかもしれない。まぁ、吉田くんがどれくらい魔法が使えなくなっているのかを知らない私には、なんとも言えない部分もあるけれど。

 

『それより深雪、お前生徒会の方はいいのか?』

 

そうだった。少し文句を言うだけのつもりが長居してしまったわね。

 

「では、失礼します。吉田くん、頑張ってね」

 

「うん、ありがとう」

 

魔法の事と、兄へのツッコミ役、二つの意味で「頑張ってね」と言って、私は生徒会室に向かった。

 

 



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エンジニア問題

 

 

翌日のお昼休み。私は生徒会の皆さんとお昼を食べていた。だが、会長はなんだか箸が進んでいないご様子。どうしたのかしら、と思っていたら丁度いいタイミングで会長が呟いた。

 

「……エンジニアは本当にどうしましょう」

 

「まだ数が揃わないのか?」

 

その呟きに渡辺先輩が反応する。

 

「ウチは魔法師の志望者が多いから、どうしても実技方面に優秀な人材が偏っちゃってて……。今年の三年生は、特にそう。魔法工学関係の人材不足は危機的状況よ。二年生はあーちゃんとか五十里くんとか、それなりに人材がいるんだけど、まだまだ頭数が足りないわ……」

 

「冬也お兄様はどうですか?」

 

思わず聞かれてもいないのに口を挟んでしまった。だが、これと言って気にした様子もなく七草先輩は返答した。

 

「それが微妙なのよね……。あの子、意外とCADの調整苦手みたいなのよ……」

 

「嘘だ!」

 

「へっ?」

 

「も、申し訳有りません……取り乱しました……」

 

あの人がそんなはずない!性転換魔法なんて開発出来て椅子を変形させることのできる人にエンジニアの仕事ができないわけない!

 

「とにかく、私と十文字くんがカバーするっていっても限度があるし……」

 

「お前達は主力選手じゃないか。他人のCADの面倒を見ていて、自分の試合が疎かになるようでは笑えんぞ」

 

「………せめて摩利が、自分のCADくらい自分で調整できるようになっててくれれば楽なんだけど」

 

「……いや本当に深刻な事態だな」

 

どうやら渡辺先輩は見た目通りノーキンさんのようだ。しかし、エンジニアか……三年生にとっては三連覇の掛かった大事な九校戦だし……。

色々な意味で自分の身を犠牲にして冬也お兄様に頼もうかしら、と私が思った時、どういうわけか、天井からシュタッと現れたエゥーゴの制服を着た冬也お兄様がホワイトボードで会話に参加した。

 

『そこで名案があります』

 

「! とーやくん」

 

「おい、キチンと制服を着ろ」

 

『ずばり、そこで自分に白羽の矢が突き刺さらないように顔を俯かせている我が弟です』

 

渡辺先輩の注意を鮮やかに無視した冬也お兄様の台詞、というかホワイトボードを見て、全員の視線が達也お兄様に向いた。

 

『深雪のCADや風紀委員のCADの調整もあいつがやってます。適任かと思われますが』

 

「盲点だったわ……!」

 

獲物を見つけたような目で七草会長が達也お兄様を見る。というか睨む?

でも、私は何となく賛成できなかった。それは、冬也お兄様が推薦したからだ。入学式の時には、達也お兄様を風紀委員に推薦することで危険から遠ざけ、自分だけでブランシュの掃除をしていたからだ。

あの人がお兄様を推薦するのは、何か裏があるからではないかと思ってしまう。

達也お兄様も同じ事を思ったのか、反論した。

 

「CADエンジニアの重要性は先日委員長からお聞きしましたが、一年生がチームに加わるのは過去に例がないのでは?」

 

「何でも最初は初めてよ」

 

「前例は覆すためにあるんだ」

 

間髪入れずに会長さんと委員長さんから過激な反論が返ってきた。それでも負けじと反論する達也お兄様。

 

「進歩的なお二人はそうお考えかもしれませんが、他の選手は嫌がるんじゃないですか?CADの調整は、魔法師との信頼関係が重要です。一年生の、それも二科生の俺を選んでは、選手の反発を買うと……」

 

『信頼関係なら俺は妹と弟の間の信頼関係ほど硬い信頼は知らないんだけどなぁ』

 

「しかし、兄様。他の選手がですね」

 

『あと俺の分のCADの調整で二人。一人のエンジニアが担当するCADなんて多くて五人か六人だろ?で、そこの生徒会長と風紀委員長で四人、あとは俺が有る事無い事校内にばら撒けば大丈夫でしょ』

 

「………一応お聞きしますが、有る事無い事というのは?」

 

『俺の弟のCAD調整は、ザクがガンダムになるレベルで素晴らしい、みたいな?』

 

「それは調整ではなく魔改造です」

 

それでも嫌がる達也お兄様に、冬也お兄様は肩を組んだ。

 

 

「………実は深雪が入浴中に疲れによって寝てしまった時のレア写真があるんだけど」

 

「ヤェス、マムッ」

 

 

何を交渉したのか分からないけれど、とにかく了承した。

 

 



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飛行魔法

 

 

ある日の夜。達也お兄様の九校戦代表入りが決まり、私は心がピョンピョンしていた。

 

「お兄様、深雪です。お茶をお持ちしました」

 

「ちょうど良かった。入って」

 

お茶を持って、達也お兄様の使っている研究室に入る。

 

「ちょうど、呼びに行こうかと思っ」

 

そこで、お兄様の台詞は途切れる。私がフェアリー・ダンスのコスチュームを着ているのを見て、キョトンとしてしまったのだろう。初撃は成功。

続いて、トレーを片手で持ったまま、もう片方の手でスカートの裾をちょこんと摘んで、膝を折って一礼した。二撃目。

そこでようやく、達也お兄様は声を発した。

 

「……ああ、フェアリー・ダンスのコスチュームか?」

 

「正解です。よくお分かりですね、お兄様」

 

私はクルリと回って見せてから聞いた。

 

「如何ですか?」

 

「とてもかわいいよ。本当によく似合っている。それにジャストタイミングだ」

 

「ありがとうございます……?」

 

ジャストタイミング……?どういう意味かしら、と思ったら、達也お兄様は説明を始めた。

 

「あと、冬也兄様を呼んできてくれないか?」

 

「冬也お兄様を、ですか?先程、ご自分のお部屋で何に使うつもりか、刀を打っていらっしゃいましたが」

 

「少し、試して欲しいものがあってね」

 

「畏まりました」

 

とりあえず、話は呼んできてからにしましょう。私は少し小走りで呼びに行った。

 

 

「何の用だよ達也テメーコノヤロー」

 

不機嫌そうな顔の冬也お兄様を引きずって来た。

 

「お二人にこのデバイスのテストをしていただきたいのですが」

 

言いながら達也お兄様は椅子に座ったままの姿勢でこちらに接近してきた。これは……!

 

「……飛行術式……常駐型重力制御魔法が完成したんですね!」

 

私は達也お兄様のお手を取って歓声を上げた。

 

「おめでとうございます、お兄様!お兄様はまたしても不可能を可能にされました!私はこの歴史的快挙の証人になれたことを、その快挙を成し遂げたお兄様の妹であることを、誇りに思います!」

 

「ありがとう、深雪。空を飛ぶこと自体が目的ではなかったし、古式魔法では既に実現している飛行術式だが、これでまた一歩、目標に近づくことが出来たよ。……それを深雪と冬也兄様のお二人にテストしていただきたいのですが」

 

最後の方は冬也お兄様の方を見て言っていた。

 

「まぁ、やってやっても構わんけど?」

 

「どのスタンスで喋ってんですか、あなたは……」

 

そんなわけで、私と冬也お兄様は早速飛んでみることにした。

 

 

術式の説明を受けて、私は左手に握るCADに目を落とした。普段使っているのと同じ外見だが、これは特化型のデバイスだ。あまり使い慣れていないけれど、扱い自体は簡単なはずだ。

 

「始めます」

 

そう宣言して、早速飛行術式を使う。何も意識していなくても、自分の体から想子が吸い取られていくのがわかった。

起動式の変数部分にデータをインプットして魔法式を構成する。

とりあえず、天井まで浮き上がるイメージをしてみた。直後、自分の身体が浮き上がった。重力を感じない。不思議ではあったが、何より快感だった。

 

「どうだ?起動式の連続処理が負担になっていないか?」

 

達也お兄様の声で、ハッと自分の意識が戻った。そうだった、これは試験中だ。

 

「だ、大丈夫です。頭痛も倦怠感もありません」

 

「良かった。じゃあ次は、ゆっくり水平移動してくれ。慣れてきたら徐々にスピードを上げて、思うように飛んでみてくれないか」

 

「分かりました」

 

お兄様に言われた通りに自分の体を水平に移動させる。……すごい、私、本当に飛んでいる……。再び感動のあまり実験中であることを忘れそうになった時、私の真下を全く同じ速度で水平に移動する影が見えた。

デジカメを構えて連写してる冬也お兄様だった。無視しようと思ったのだが、冬也お兄様は急に速度を変えて私の真横に飛び上がり、再び連写する。というか、武空術を覚えた悟天バリに飛び回りながら写真を撮っていた。

この人、使いこなすの早過ぎるでしょ……。

 

「冬也兄様はどうですか?何か違和感はありませんか?」

 

「………むーかーしギリシャのーイカロースーはー……」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

勝手にイカロスごっこを始めた冬也お兄様を見て「異常なし」と判断したのか、達也お兄様はそれ以上、何も聞こうとはしなかった。

 

 



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慰謝料

 

 

私、達也お兄様、冬也お兄様はフォア・リーブス・テクノロジー、略称FLTのCAD開発センターにいた。

達也お兄様の作った飛行術式のテストをするためだ。と言っても、私や冬也お兄様がテストして完璧に作動していたので(冬也お兄様の方は完璧を超えていたけど)、ほとんど報告に来たようなものだ。

これによって、お兄様の(というよりトーラス・シルバーの)名は世界的に広まるわ。 そのことが嬉しくて、思わず鼻歌なんて歌いながら歩いてしまった。

 

「深雪……?」

 

「はい。何でしょうか、お兄様」

 

「……いや、すまない。何でもないんだ」

 

「はい………?」

 

何でしょう、変なお兄様♪今は上機嫌だからか、ヤケにシャッターを押している冬也お兄様も気にならない。

 

「達也、撮りたての『上機嫌な深雪』」

 

「そうですね、一枚300円で買いましょうか」

 

「空飛ぶ深雪とセットで1300円にしてやる」

 

「空飛ぶ深雪?」

 

「これ。ちなみに単品で1200円」

 

「5セット買いましょう」

 

「マイドッ」

 

何やらヒソヒソやってるお二人のお兄様も今は気にならないわ。不思議ね。

観測室に到着した。直後、すぐに声をかけられる。

 

「あっ、御曹司!」

 

「お邪魔します。牛山主任はどちらに?」

 

ああ、達也お兄様に敬意の眼差しが向けられている……。ここの人達だけよ、達也お兄様をそういう目で見て下さるのは。

 

「お呼びですかい、ミスター」

 

人の壁をかき分けて姿を見せたのは、灰色の作業服の牛山さんだ。

 

「すみません、主任。お忙しい中を、お呼びたてして」

 

「おっと、いけませんな、ミスター。腰が低いのも結構ですが、ここにいるのはアンタの手下だ。手下に謙り過ぎちゃあ、示しがつきません」

 

「そうだよ達也。お前はここのトップにも等しいんだから自信を持てバーロー」

 

「あんたは黙ってろイケメンの無駄遣い。いつもいつも下らない魔法考えては持って来やがって。こっちゃ暇じゃねーんだよ」

 

「へぇ?そういうこと言っていいの?今回の俺の魔法は性転換なんだけど……」

 

「おーいお前ら!試験場開けろ!」

 

「待ちなさい」

 

ちょっとイラッとしたので命令口調になってしまった。達也お兄様の歴史が変わるかもしれないデバイスより、冬也お兄様の下らない魔法を優先するとは……。

 

「じ、冗談っすよ。さ、御曹司、こちらです」

 

素直に牛山さんは従ってくれた。

 

 

実験は当然成功し、達也お兄様と牛山さんは少し改善点についてお話して別れた。

そのまま、研究所を後にしようとした時、バッタリと見たくない顔と顔を合わせてしまった。

 

「これは冬也様、深雪お嬢様、ご無沙汰いたしております」

 

「お久しぶりです、青木さん。こちらこそご無沙汰いたしております。ただここにおりますのは、私や冬也お兄様だけではありませんが。お父様もお元気そうですね。先日はお電話をありがとうございました。しかしたまには、実の息子にお声をかけていただいても罰は当たらないと存じますが?」

 

私はさっそく先制攻撃を叩き込んだ。この老害どもはいつもいつも達也お兄様を無視する。それが私にはどうしても許せない。

 

「お言葉ですがお嬢様、この青木は四葉家の執事として、四葉家の財産管理の一端を任せられている者にござりますれば、一介のボディガードに礼を示せと仰られましても。家内の秩序というものがございますので」

 

「私の兄ですよ」

 

キッパリと言い放った。

 

「畏れながら、深雪お嬢様は四葉家次期当主の座を皆より望まれているお方。お嬢様の護衛役に過ぎぬ其処の者とは立場が違います」

 

「えっ?俺は?俺もいるよ?」

 

冬也お兄様が声を上げた。いや、ぶっちゃけこの人に四葉を任せたら冗談抜きで雷雨が降ればドラゴンが降りてくる世界になる気がするので、皆さんの判断はそういう意味では賢明な気もするが、今はそんな事はどうでもいい。

 

「おや、青木さん。口を挟んで失礼かとは存じますが、随分穏やかならぬことを仰る」

 

達也お兄様が口を挟んだ。

 

「構わんよ。たかがボディガードとはいえ、君が深夜様のご子息であることは間違いない。多少礼儀ということを勘違いしても仕方無かろう」

 

「深雪が次の四葉家当主になることを、四葉家の使用人全員が望んでいる、と言われたように聞こえましたが、それは他の候補者の皆様に対して、余りにも不穏当ではありませんか?もし叔母がそのような意向を固めたのであれば、深雪にも色々と準備をさせなければなりませんので、良い機会ですから是非教えていただきたいんですが」

 

「あの、だから俺は?」

 

「………真夜様はまだ何も仰せになられていない」

 

「これは驚いた!四葉家内序列四位の執事が、次期当主候補者に、家督相続について自分だけの思い込みに過ぎない憶測を吹き込んだというわけですか?さて、秩序を乱しているのはいったいどなたなのやら」

 

芝居がかかった達也お兄様を、青木さんは赤い顔で睨みつけた。

 

「……憶測ではない。同じ家内に仕えていれば、何となく思いは伝わってくるものなのだ。他心通などなくとも、心を同じくする者同士、思いは通じる」

 

そして、次の一言で私の怒りの灯火にガソリンをぶっ掛けた。

 

「心を持たぬ似非魔法師ごときには分かりはしないだろうがな」

 

直後、結露を飛び越し壁に霜が張り付いた。私に「怒りゲージ」などというものが有れば、メーターなどとっくに振り切って、「バルス」などと言わなくてもラピュタをブチ抜いてぶっ壊していることだろう。

だが、その霜が全て綺麗さっぱり消えた。何が起きたのかと思い、辺りを見回すと、冬也お兄様が組んでいた腕の隙間から人差し指を一本立てているのが見えた。

たったそれだけで、私の事象干渉を抑えてしまった。

ボーッと冬也お兄様の方を見ていると、達也お兄様が私の肩を抱き寄せた。

冬也お兄様は青木さんの方へ歩き、耳元で何かを囁いた。

 

「………今すぐ達也と深雪に土下座しろ」

 

「ふんっ、何を……」

 

「じゃないと、あんたの部屋の床下のエロ本500冊とSMクラブ会員カード全部バラすぞ」

 

「申し訳ございませんでした、達也様、深雪お嬢様」

 

ええっ⁉︎な、何急に⁉︎何で土下座⁉︎それを見下しながら冬也お兄様はすごく悪い顔で続けた、

 

「おーおー、流石に言い過ぎたと反省したか?でも、深雪には深い深い心の傷が出来た。ついでにその死神みたいに顔面真っ白なのに汚い顔で俺の心も傷ついた。ってなわけで、とりあえず慰謝料10万」

 

いつの間に盗ったのか、財布からお金を抜いた。

 

「んなっ……⁉︎」

 

「それと、これお小遣い分で20万」

 

「おい!慰謝料より小遣いのが多いのですか⁉︎」

 

「あっ、今『おい』って言った。5万」

 

「いや細かくないですか⁉︎」

 

「ゴチャゴチャ五月蝿い、5万」

 

「〜〜〜ッ⁉︎」

 

「あとこれ、カツアゲ分で30万」

 

「結局カツアゲなんじゃねーか!」

 

その他にも「口臭料」だの「体臭料」だの「錦戸亮」だのドンドン金を堂々とスられた挙句、ペラッペラに薄くなった財布だけ返され、ほとんど涙目になってる青木さんだった。

 

 



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発足式、そして出発

 

 

学校。九校戦の発足式の日だ。私は舞台裏で達也お兄様に薄手のブルゾンを差し出した。

 

「これは?」

 

「技術スタッフのユニフォームよ。発足式では、制服の代わりにそれを着てね」

 

七草会長が代わりに答えた。達也お兄様は私からユニフォームを受け取り、ブレザーを脱いで袖に手を通した。

 

「よくお似合いです、お兄様……」

 

心から私はそう言った。全くこの人は何を着てもカッコいいんだから。うっとりと達也お兄様のユニフォーム姿を見つめていると、達也お兄様からお声が掛かった。

 

「お前は着替えなくていいのか?」

 

「私は進行役ですので」

 

「そうか、大役だな」

 

「プレッシャーを掛けないでください……」

 

気弱な台詞で心細げに瞳を揺らすと、達也お兄様は私の頭に手を置いてくださった。

 

 

発足式が終わり、九校戦への準備は009の加速装置を押したかのような勢いで加速した。

私も生徒会の仕事と九校戦への準備で慌ただしくなったのだが、冬也お兄様に、私が達也お兄様に徽章を付けるところをビデオとカメラに収めてもらい、それを5セット5万円で購入したので、やる気満々状態になって特に疲れは感じなかった。

九校戦の練習の途中、実験棟の方で何か見覚えのある人を見掛けた。そこでは、冬也お兄様と吉田くんが何かしていた。

どうやら、この前の依頼はまだ完了していないみたいだった。しかし、冬也お兄様も自分の仕事の時はあんな真面目な顔をするのね……。少し意外に思いつつも、邪魔しちゃ悪いとも思い、その場から離れて練習に戻った。

 

 

8月1日、いよいよ九校戦の会場へ出発する日となった。私はバスの中で、外で達也お兄様を立たせていることに苛立ちを感じつつも、なんとか平静を保って座っていた。

というか、冬也お兄様もいないし、どういう事なのよ一体……。すると、ようやく七草会長が到着した。

 

「みんな、ごめんなさい。遅くなったわ」

 

七草会長がバスの中に乗ってまず最初に謝罪をした。私は待たされたことには特に何も思っていない。怒ってるのは達也お兄様が暑い中、外で待たされていたことだ。けど、おそらく達也お兄様にもバスの外で謝られただろうし、気にすることないわね。さて、後ここにいないのは冬也お兄様だけ……と、思った時だ。バスの中のテレビが映った。

 

『魔法大学附属第一高校の皆様。本日は当バスをご利用いただき、誠にありがとうございます。今回、ドライバーを務めさせていただきます、司波冬也でございます。どうぞよろしくお願い致します』

 

と、文字が表示された。私は慌てて運転手の方を見ると、冬也お兄様が何食わぬ顔で運転席に座っていた。

いや、ほんともう何考えてんのあの人……。

 

『ここからホテルまで、退屈すると思われますので、こちらをお楽しみ下さい』

 

その文字のあとに出てきたのは『冬也プロジェクト』の文字。そして流れる映画は……、

 

「「「スパァァァァァァクッッ‼︎」」」

 

冬也お兄様の自作映画だった。全員がタイトルコールをし始めた。

あえてもう一度言います、ほんと何考えてんのあの人。

 

 

全員が上機嫌に映画を見ていた。主人公が任務を受ければ、全員で親指を胸に刺して、「ヤェス、マムッ」と唱和し、アクションシーンになれば変に盛り上がっていた。

別に盛り上がることが悪いこととは言わないけれど、この中学生みたいな空気は何とかならないのかしら……呆れつつ、私は窓の外を見た。その直後、頭が一瞬ヒヤッとした。

 

「危ない!」

 

思わず反射的に叫んだ。

 

「大丈夫だよ深雪、この後は主人公の仲間が……」

 

「そっちじゃないわよ!外!」

 

ほのかにそう言うと、ほのかの顔色も青くなっていく。対向車線を近付いてくる大型車が傾いた状態で火花を散らしていた。

その車はいきなりスピンし始めて、ガード壁に激突し、宙返りをしながらこのバスに向かってきていた。全員が焦った。ブツかる!と誰かが悲鳴を上げた時、映画が中断され、文字が浮かんだ。

 

『皆様、シートベルトをご着用下さい』

 

こんな時に何を!と思ったが、その直後、視界が回転した。乗っていた私には何が起きたのかわからないが、バスが急に回転したように感じた。

そして、バスは華麗なサッカー選手のドリブルのように、回転しながら、大型車の落下点を回避して、バスを横向きに停車させた。

………何事?と、私が頭を上げた時には冬也お兄様はバスを出ていた。自分のCADを抜いて、突っ込んできた車の方に向けた。

だが、後ろのバスの前には既に壁のようなものが張られていた。十文字先輩も、バスの外で魔法を発動していたのだった。

 

「司波、車の火を消せるか?」

 

『ヤェス、ゴリッ』

 

「えっ?ゴリ?」

 

十文字先輩の声を無視して冬也お兄様が魔法を発動し、大型車の火を消した。車は後ろで急停止したバスの前で十文字先輩の障壁魔法に阻まれ、ガシャン!と地味に派手な音を立てて煙を上げながら静かになった。

 

 



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目的地到着

 

 

「みんな、大丈夫?」

 

七草会長がバスの中の全員に声を掛けた。バスの中の生徒は全員、ヨロヨロと椅子の隙間から顔を出す。

 

「ほのか、大丈夫?」

 

「うん、何とか」

 

私の隣に座ってたほのかに声を掛けた。おデコを前の椅子にぶつけたこと以外は大丈夫そうだ。

 

「二人とも平気?」

 

雫が声を掛けてきた。

 

「うん。それより、何が起こったの?」

 

「車が突っ込んで来たのを、冬也お兄様が何とか回避したのよ」

 

言いながら私は窓の外の冬也お兄様を見た。

 

『いやー危なかったですね』

 

「危ないのはお前だ。よくあんな危ない運転したものだな」

 

『いや実際アレ躱すしかなかったっすよ。どうでした?俺のハンドル捌き』

 

「いやまぁ見事だったが……。まぁ、結果的に助かったから良いか。良くやってくれたな」

 

『いえいえ、ゴリラ先輩こそ良くあのタイミングでバスから降りて障壁魔法出せましたね』

 

「あれ?今、ゴリラって言った?ゴリラって言ったよな?」

 

『流石っすわゴリラ』

 

「おい、一回タイマンするか?ん?」

 

「十文字くん、とーやくん」

 

二人がタイマンを始めようとした時、七草会長が声を掛けた。

 

「ありがとう、助かったわ」

 

「いや、礼は俺ではなく司波に言え。荒い運転だったが、俺たちのバスが無事だったのはこいつのおかげだ」

 

『さっき文句言ってたくせに。ツンデレか?ツンデレゴリラなのか?』

 

「そういう種族っぽく言うな。あとほんと腹立つお前」

 

うちの兄は十文字先輩を相手によくあんなこと言えるわね……。

 

「他のみんなも、怪我をした人はシートベルトの大切さを噛み締めて、次の機会に役立ててね」

 

会長が言うと、ホッと緩んだ空気になる。しかし、大型車の運転手はどういうつもりだったんだろうか。

 

 

目的地に到着し、私はバスから降りた。アクシデントはあったものの、何とか無事に到着できた事にホッとしてしまった。

 

「深雪」

 

後ろから達也お兄様に名前を呼ばれた。

 

「大丈夫か?」

 

「はい。問題ありません」

 

「冬也兄様は無事か?」

 

「はい。ここまで運転してくれました」

 

「そうか、良かった」

 

「………ということは、達也お兄様は冬也お兄様が運転することを知ってたわけですね?」

 

「…………あっ」

 

「後でお話をお聞かせ願えますか?」

 

「……………」

 

黙り込んでしまった達也お兄様と私は一緒にホテルの中に入った。

………というか、なんで冬也お兄様は運転出来るんだろう。今年で17歳のはずでは?私はジロリと遠くにいる冬也お兄様を睨んだ。

私の視線に気付くはずもなく、冬也お兄様は桐原先輩と服部先輩とホワイトボードでお喋りしていた。へぇ、冬也お兄様にも同学年の友達いるのね。少し意外だわ。てっきり自分の頭の中の摩訶不思議アドベンチャーに閉じこもってるのかと思ったわ。

そんな事を思ってると、ソファーから見覚えのある顔が立ち上がったのが見えた。

 

「一週間ぶり、元気にしてた?」

 

「ええ、まあ……それよりエリカ、貴女何故ここに?」

 

「もちろん、応援だけど」

 

私の質問にあっさりと答えた。

 

「でも競技は明後日からよ?」

 

「うん、知ってる」

 

………何か企んでる顔ね。エリカの意図を探ろうとしてると、達也お兄様からお声が掛かった。

 

「深雪、先に行ってるぞ。エリカ、また後でな」

 

そうさっさと見切りをつけた達也お兄様は、機材を乗せた代車をエレベーターホールへ運んだ。

 

「あっ、うん、またね……って、挨拶くらいさせてくれても」

 

「ごめんなさい。スタッフの先輩方が待っていらっしゃるのよ。それで、何故2日も早く来たの?」

 

「今晩懇親会でしょ?」

 

「……………」

 

「……………」

 

「…………それで?」

 

ダメ、私は達也お兄様や冬也お兄様ほど洞察力はないため、意図なんて分からない。

 

「念の為に言っておくけど、関係者以外は生徒であってもパーティには参加できないのよ?」

 

「あっ、それは大丈夫。あたしたち関係者だから」

 

「えっ?それは」

 

「エリカちゃん、お部屋のキー……っと、深雪さん?」

 

さらに現れたのは美月だった。私の謎は深まるばかりだった。

 

「美月、貴女も来ていたの?」

 

「こんにちは、深雪さん……どうしたんですか?」

 

………どうしてここに。まぁ考えてもわからないものを考えても仕方ないわね。話題を変えましょう。そう思って口を開こうとした時、後ろから私の後頭部にガンッ!と何かが直撃した。

 

「あっ」

 

「えっ」

 

怒りを髪の毛の先まで浸透させながら振り返ると、冬也お兄様と桐原先輩と服部先輩のおふざけが度を超えたのか、3人が「やっちまった……」みたいな顔をしてこっちを見ていて、床にはバレーボールが転がっていた。

 

「………ごめんなさいエリカ、美月。私、用事ができたわ」

 

「そ、それなら仕方ないね……」

 

「それより、ここクーラー効きすぎじゃないですか?なんか寒っ……」

 

美月の台詞が終わらないまま私は3人に襲い掛かった。

 

 

そんなこんなで、パーティの時間になった。九校戦参加者の懇親会というものだ。

私は警戒心ビンビンにして辺りを見回していた。去年、冬也お兄様はここで料理を作っていたらしいから、今年は私がそれを止めなければならない。恥ずかしいし。と、思って周りを見回していた。

 

「………いない」

 

まさか、もう厨房に⁉︎慌てて料理が運び出されている所へ向かおうとしたら、その前に冬也お兄様が何食わぬ顔で普通に桐原先輩と服部先輩と一緒にご飯を食べていた。

 

「……………」

 

なんか一人で騒いで馬鹿みたい私……。まぁ、偶にはあの人だって普通の人の時だってあるんだろうし、こういう時はそっとしておきましょう。

と、思えたのもつかの間だった。桐原先輩の声が響いた。

 

「おーっし!じゃあ早食い競争な!負けたやつは女子の部屋行って『やぁ、愛しのハニー』な⁉︎」

 

「オーケー!」

 

『上等』

 

なんかもう疲れちゃったんだけど。今日は放っといていいや。

 

 



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懇親会

 

来賓の方々の挨拶が始まった。ほぼ全生徒が耳を傾ける中、二年生の三馬鹿は相変わらず飯を食ってる。もう知らん。

だが、司会者から九島老人の名前が出れば、さすがにその手を止めた。全員、九島老人の登壇を待つ。

そして現れた人物に私は思わず息を呑んだ。出てきたのは、パーティドレスを纏い髪を金色に染めた、若い女性だった。

ざわめきが広がった。私も動揺している。……どういうことなの?と、思わざるをえない。何かトラブル?

………いや、違う。そこに立っているのはこの女性だけでは、と気付き掛けた時、おそらく九島老人と思われる老人が女性の後ろから現れた。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のはチョッとした余興だ。魔法というより手品の類いだ。だが、手品のタネに気付いた者は、私の見たところ6人だけだった。つまり、もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なり仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことが出来たのは6人だけだ、ということだ」

 

その台詞で、会場の学生達はさっきまでとは別の静寂に包まれた。

 

「魔法を学ぶ諸君。魔法とは手段であってそれ自体が目的ではない。そのことを思い出して欲しくて、私はこのような悪戯を仕掛けた。私が今用いた魔法は、規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。魔法力の面から見れば、低ランクの魔法でしかない。だが君たちはその弱い魔法に惑わされ、私がこの場に現れると分かっていたにも拘らず、私を認識できなかった。魔法を磨くことはもちろん大切だ。魔法力を向上させるための努力は、決して怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。明後日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に、魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてもらいたい。私は諸君の工夫を楽しみにしている」

 

聴衆の全員が手を叩いた。当然、私もだ。だが、中には散文的な拍手をする者もいる。

だが、私は良い言葉を聞けた、と少なからず思えた。

 

 

その後、私は七草会長の部屋にいた。これからの事を生徒会で決めようということになり、市原先輩やら渡辺先輩やら中条先輩やらが集まっていた。まぁ、ほとんど建前で、完全に夜中のパジャマパーティーみたいになっているけど。

すると、突然ガチャッと扉が開いた。立っていたのは冬也お兄様だった。

 

「ちょっと、冬也お兄様⁉︎ノックくらい……!」

 

と、文句を言おうとした私を無視して、冬也お兄様は渡辺先輩の前に立った。全員がキョトンとした顔を浮かべる中、渡辺先輩の顎を人差し指と親指で下から摘み、キメ顔で言った。

 

 

「やぁ、愛しのハニー」

 

 

やりやがった!本当にやりやがった!

一発ブン殴ろうと思ったのだが、どうもそんな雰囲気ではない。全員、あんぐりと口を開いて冬也お兄様を見ていた。そうか、一高では無言キャラで通してたからこのイケメンボイスを聞くのは初めてなんだ。

つーか、罰ゲームのためにあっさりとキャラ放棄しやがったこの人……。

一方、突然の告白に渡辺先輩は顔を真っ赤にして、ボフン☆と煙を上げる。

 

「なっなっなっ……⁉︎なっ、ななな何をっ⁉︎」

 

その真っ赤になった顔をカシャッとデジカメに収めると、冬也お兄様は部屋から出て行った。

 

 

翌日。私はチームメイトとお風呂に入った後、少し外に出た。今日のお昼に冬也お兄様がテーブルクロス引きを始めたり、他校の選手と九校戦の準備そっちのけでバレーボールを始めたり、ついさっきのお風呂の時だって冬美お姉様になって一緒に入って来たりと、勝手なことばかり始められていたので、夜辺りには「九校肝試し大会」でも開催されそうな勢いだったからだ。

警戒しながら外を歩いていると、達也お兄様と吉田くんが話しているのが見えた。

 

「ブラインドポジションから、複数の標的に対して正確な遠隔攻撃。捕獲を目的とした攻撃で、相手に致命傷を与えることなく、一撃で無力化している。ベストな戦果だな」

 

それを聞いて、私は少なからず驚いた。側に転がってるテロリストと思われる賊についてもそうだが、達也お兄様がそこまで誉めているのに、それだけの魔法の腕があるのに、吉田くんは冬也お兄様に相談していた。どういう事なのだろう。

その答えは、次の吉田くんの台詞で理解できた。

 

「………でも僕の魔法は、本来ならば間に合っていなかった。達也の援護が無かったら、僕は撃たれていた」

 

「アホか」

 

「………えっ?」

 

達也お兄様の台詞に、吉田くんは本当にアホっぽい声を上げた。

 

「援護がなかったら、というのは仮定に過ぎない。お前の魔法によって賊の捕獲に成功した、これが唯一の事実だ」

 

「……………」

 

「現実に俺の援護があって、現実にお前の魔法は間に合った。本来ならば?幹比古、お前はいったい何を本来の姿と思っているんだ?」

 

「それは……」

 

「相手が何人いても、どんな手練れが相手でも、誰の援護も必要とせず、勝利することができる。まさかそんなものを基準にしているんじゃないだろうな」

 

お兄様の言葉は容赦ない。

 

「もう一度、あえて言おう。幹比古、お前は阿呆だ」

 

「達也………」

 

「何故それ程までに、自分を否定しようとする?何故それ程、自分を貶める?何がそんなに気に入らないんだ?」

 

「達也に言っても分からないよ。君のお兄さんにも相談していたけれど、分からなかったんだから」

 

「冬也兄様に相談したのか?」

 

「うん。夏休み前からね。夏休みの間も僕の特訓に付き合ってくれていたけど……」

 

「魔法の発動スピードは上がらなかった、と?」

 

「えっ?」

 

達也お兄様は吉田くんの悩みを一発で見抜いていた。

 

「どうしてそれを……」

 

「お前の術式には無駄が多過ぎる」

 

「……なんだって?」

 

「お前自身の能力に問題があるのではなく、お前が使用している術式そのものに問題がある、と言ったんだ。魔法が自分の思うように発動しないのはその所為だ」

 

「何でそんなことが分かるんだよ!」

 

吉田くんは怒鳴った。あの術式に何かあるのかもしれないけど、私には分からない。

 

「無理にわかってもらう必要はない。それより、コイツらの処置だ。俺が見張っているから、警備員を呼んできてもらえないか?それとも俺が呼びに行こうか?」

 

「あ、僕が呼びに行くよ」

 

吉田くんはその場から離れた。私は姿を現して達也お兄様の方へ歩いた。

 

「あの、達也お兄様……」

 

「深雪か。聞いていたのか?」

 

「気付いていらした癖に。意地悪なんですから」

 

「まぁな……」

 

「そうだな。随分容赦のないアドバイスだったな、特尉」

 

さらに姿を現したのは風間さんだ。軍人さんで、九重先生の教えを受けた、冬也お兄様と達也お兄様の兄弟子さんだ。

 

「他人に無関心な特尉には珍しいのではないか?」

 

「無関心は言い過ぎです」

 

少佐の言い草に私は少し頬を膨らませる。

 

「しかし、そういうことか。ついこの前、冬也特尉から『術式を変える以外で魔法の発動スピードを上げる方法』についての悩みを相談された所だったんだ」

 

「! 冬也兄様が?」

 

「ああ、吉田家の術式を崩したくないだろうからとか何とか」

 

意外ね。私の思っていた30倍くらい依頼には真面目な人みたいだ。

 

「それより、この者達をお願いしてもよろしいでしょうか」

 

達也お兄様が倒れた侵入者を見下ろして、話題を変えるように言った。

 

「引き受けよう。基地司令部には俺の方から言っておく」

 

「お手数をおかけします」

 

「気にする必要はない。余計な仕事をさせられたのは貴君も同じだ」

 

「はい。しかしこいつら、何が目的なのでしょう」

 

「さてな。犯罪者の相手は我々の仕事ではないが……この連中、予想以上に積極的だな。達也、とばっちりには十分気をつけろよ」

 

「ええ、ありがとうございます。それでは、失礼します」

 

「ああ、またな」

 

二人は微笑み合った。その顔は、部下と上官の顔から、兄弟弟子の顔になっていた。

 

「深雪」

 

「はい、何でしょう?」

 

「今のことは誰にも言うなよ。特に、冬也兄様には」

 

「分かっております。また私達に隠れてコソコソ何かされるのは嫌ですからね」

 

 



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九校戦初日

 

 

九校戦開幕。1日目はスピード・シューティングとバトル・ボードだ。スピードシューティングは予選から決勝までやって、バトルボードは予選のみ。

 

「お兄様、会長の試技が始まります」

 

「第一試合から真打登場か。渡辺先輩は第三レースだったな」

 

「はい」

 

私と達也お兄様とほのかと雫は、スピード・シューティングの競技場へ移動した。

雫なんかは、自分も新人戦で同じ競技に出るからか、私達より真剣な表情をしている。

 

「ヤッホー、達也くん」

 

そんな私達に気さくな声をかけたのは、エリカだった。他にも、西城くん、美月、吉田くんが並んでいる。

 

「エリカか。もっと前の方が空いてたんじゃないか?」

 

「達也くん達の姿が見えたから。それにこの競技は離れた所から見ないと分からないでしょ」

 

「まあな」

 

だが、それでも最前列に人がたくさん集まっている。理由はおそらく、七草会長の活躍を見たがる生徒が多いからだろう。

 

「馬鹿な男どもが多い所為ね」

 

「青少年だけではないようだがな」

 

「お姉さま〜って奴?ホント、嘆かわしいったら」

 

「そう言うな。確かにあれは近くで見る価値があるかもしれん。毎日のように顔を合わせていた俺でも、別人かと思ってしまうくらいだからな」

 

「うわっ!深雪、どうする?浮気よ、ウワキ」

 

いやどうすると言われても……。苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

会長は無事にというか当たり前にというか、勝ち上がり、次はバトル・ボード。渡辺先輩の出る競技だ。この競技は新人戦でほのかの出る競技でもある。魔法だけでなく身体能力も必要だそうだ。

 

「ほのか、体調管理は大丈夫?」

 

「大丈夫よ。冬也さんに付きっ切りで見てもらってたんだから」

 

九校戦が迫るにつれて、スケット部の部室には人がたくさん集まったようだ。特に一年生は初めて競技に出る人も多くて、色々とコツを聞くのにしょっちゅう出入りしていたらしい。

お陰で冬也お兄様は、家では奇行に走ることなく疲れて寝てることが多かった。

 

「ねぇ、深雪。冬也さんは?」

 

「え?さ、さぁ……」

 

そういえばあの人何処にいるんだろう。探しに行った方が良い気もするが、もうバトル・ボードの競技は始まってしまう。

 

「もしあれなら、呼び出そうか?」

 

達也お兄様が携帯を取り出した。だが、ほのかは首を横に振る。

 

「いえ、もしかしたら忙しいのかもしれませんし、大丈夫です」

 

「そういえば、冬也センパイは明日試合だったな」

 

西城くんが会話に参加した。それに目を輝かせながらほのかは過剰に反応する。

 

「そうなのよ!楽しみだなぁ……冬也さんのカッコいい姿……」

 

「えっ、お、おう……」

 

「確か、棒倒しだったわよね。絶対に見なきゃ!」

 

「ちなみに、冬也お兄様が忙しいなんてことはないわよ。大抵いつでもどこでも暇潰しによく分からないことしてる人だから」

 

本当にどこで何してるのかしらあの人は。会長の試合も見に来てなかったみたいだし……。まぁいいわ。私があの人のことを考えると、必ず私が疲れるトリックになってるんだから。

すると、バトル・ボードの会場に選手が並んだ。他の選手が膝立ち、または片膝立ちでバランスを取ってる中、渡辺先輩は何故か体育座りしていた。

 

「……なんだ?」

 

「どうかしたのかしら……」

 

「試合前になって緊張で吐きそうになってるんじゃない?」

 

ザマァーと言いたげなエリカ。私は双眼鏡で渡辺先輩の顔を見ると、真っ赤な顔で唇を高速で動かしていた。

 

「………愛しのハニーって言われたいやでも私にはシュウがいるししかしあのイケメンとイケメンボイスのキチガイ超人だししかしシュウだって声以外基本完璧超人だしいやでもあれは余りにも別格のいやしかし……」

 

………なんかブツブツ言ってるわね。呪いの言葉でも羅列してるのかしらってレベル。それとも本当に緊張?

 

「おい、あれ本当に大丈夫か?」

 

西城くんが心配そうに声を漏らした時、試合開始のカウントダウンが始まる。

 

「おいおいおい!このまま始めんのかよ!」

 

「いいのよあんな女、ほっとけば」

 

「そうはいかないでしょ。ちょっ、待っ」

 

だが、ここで騒いでいても意味はない。レース開始の合図が鳴り響いた。

その直後、バビュンッ!と音を立てて渡辺先輩のボードはものすごい速さで動き出した。体育座りのまま。コーナーやら下りやらといったコースを速度を維持したまま、いやむしろ加速してこなしていく。

ぶっちぎりの一位で終わらせてしまった。その様子を見て達也お兄様を含めた私達はポカンと口を開くしかなかった。

 

 

1日目が終わり、いつもの生徒会メンバー+1は七草会長の部屋に集まっていた。

 

「会長、おめでとうございます」

 

スピード・シューティングの女子部門で優勝した七草会長に中条先輩が言った。

 

「ありがとう。摩利も無事、準決勝進出ね」

 

「……………」

 

「摩利?」

 

「えっ?ああそうだな。やはりドラベースは最高だな」

 

「いや何の話?」

 

会長が眉をひそめた。

 

「どうしたのよ摩利。なんからしくないんじゃない?体育座りで競技に挑むなんて」

 

「い、いや何でもない。大丈夫だ。次からは胡座で行く」

 

「本当に大丈夫?」

 

本当に大丈夫なのかしら。何か顔色もギロロより赤いし……。

 

「と、とにかく平気だ!そ、それよりまずは予定通りでいいじゃないか」

 

「そうですね。少しヒヤッとしましたが、三馬鹿二ご……服部くんも勝ち残りましたし」

 

強引に話題を逸らした渡辺先輩に、市原先輩が同意する。

 

「CADの調整が合ってなかったみたいです。試合が終わってからずっと、木下先輩と二人で再調整してましたけど」

 

「まだ終わっていないようですね」

 

中条先輩の言葉を受けて、市原先輩がスタッフの作業報告を確認した。

 

「木下くんも決して下手じゃないんだけど」

 

「残念ながら、名人とも言えないな」

 

「あの、木下先輩の所為とばかりも言えないと思います。服部くん、なんか冬也くんと桐原くんとつるむようになってからアホが移った気がします」

 

「そういうのをひっくるめてアジャストするのがエンジニアの腕だ」

 

バッサリ切り捨てる渡辺先輩。

 

「それは、そうですけど……」

 

俯く中条先輩。

 

『ままま、そう言わんでやって下さいよ。渡辺先輩だって精神的に不安定だったじゃねーですか』

 

「いや私の場合は冬也の奴の所為で………んっ?」

 

聞き慣れた、というか見慣れた文字が飛び込んできて、そっちを見ると冬也お兄様が中条先輩を膝の上に乗せて座っていた。

 

「と、とととと冬也⁉︎」

 

『おっとっと冬也?何それちょっと気に入った』

 

突然顔を赤くして、腰を抜かしたように後ろにひっくり返る渡辺先輩。

 

「にゃ、なんでお前がここにいりゅ!」

 

『女子会に一回参加してみたかったんでさぁ』

 

「〜〜〜ッ!あ、あたしちょっと日課のアルゴリズム体操してくる!」

 

随分と動揺した様子で渡辺先輩は走って部屋を出て行った。今のやり取りを見て、私は何故渡辺先輩の様子がおかしかったのか一発で分かった。

 

『………? なんだ一体』

 

「オメーの所為ですよ」

 

『今お前「オメー」って言った?』

 

「いいから出て行って下さい。ここ女子部屋です」

 

私が言うと、冬也お兄様は出て行った。

 

 



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2日目

 

 

九校戦は2日目となった。アイス・ピラーズ・ブレイクとクラクドボールの日だ。

冬也お兄様はアイス・ピラーズ・ブレイクの予選に出場なさるので、それも兼ねて私はほのかと雫と見に行った。さっきから、ほのかがソワソワしてる。

 

「ほのか?」

 

「え?な、何?」

 

「少し落ち着きましょう?楽しみなのは分かるけど……」

 

「う、うん。落ち着く、落ち着くよ……」

 

いや落ち着いてる人の表情じゃないんだけど……。まぁ気持ちもわかる。変態的変人的なのに魔法の技術は性別を変えるほどの人の競技だ。私だって楽しみだ。

でも、なんていうのかしら……なんか不安なのよね。負ける心配なんかではなくて、それ以前の問題のような気がして……。

その不安は的中した。目の前で千代田先輩の試合が始まった直後、私の携帯が震えた。達也お兄様からだ。

 

『控え室に冬也兄様がいらっしゃらないんだが、何処にいるか知らないか?』

 

ほらこれだ!私は慌てて立ち上がった。

 

「深雪?」

 

「ごめんなさい二人とも!ちょっとバカ兄しばいて来る!」

 

観客席を降りて行った。

 

 

しばらく走り回ること数分、全然見つからない。下手したら、まだホテルにいるのかもしれないと思い、そっちに向かった時、長蛇の列を見かけた。ザッと見ても100人以上は並んでる。

 

「…………?」

 

何となく気になったので、その列の最先端まで走ると、冬也お兄様がどっかで見た『世紀末の魔術師』という名のたこ焼きの屋台をやっていた。

 

「…………もうやだ」

 

涙が出そうになったが、なんとか堪えて屋台の店主に声をかける。

 

「あの、」

 

『並んでるんで御用の方は列の最後尾へ』

 

………イラッとしてはダメよ私。というか、よく見たら最後尾で『↓こちら最後尾』の看板持ってるの服部先輩だ。最近のあの人、本当にどうしたんだろ。

 

「あの、冬也お兄様!」

 

『並んでるんで御用の方は列の最後尾へ』

 

「いやそれいいから!もう競技始まりますよー!」

 

『えっ、マジ?』

 

「マジですよ!てかどんだけ繁盛してるんですかこの列!」

 

『いやーついエキサイトしちまって』

 

相変わらずホワイトボードに文字を書くのが早い人だ。

 

「とにかく、早く来てください!じゃないとマジで負けますよ⁉︎」

 

『わーったよ。今焼いてる分で終わらせる。深雪、そこのボタン押せ』

 

「へっ?」

 

わけがわからないながらも、私はボタンを押した。直後、キュピーンというニュータイプの音が聞こえた。

 

「呼んだか冬也」

 

直後、空から桐原先輩が降ってきた。え、何これどういうシステム。

 

『お店一時閉店のお知らせしてくれ。再開は30分後』

 

「ヤェス、マムッ」

 

桐原先輩は説明を始めた。すると、冬也お兄様がCADを取り出した。

魔法を発動した直後、今たこ焼きを焼いてる鉄板から香ばしい香りが漂って来た。

 

「〜〜〜ッ⁉︎」

 

身体中になんとも言えない快感が走る。いけない……お腹が空いてきちゃった……。ハッ、よだれ拭かないと。

私が食欲を抑えてる間に、冬也お兄様は鉄板の裏のペダルを踏んだ。直後、すべてのたこ焼きが空中に舞い上がる。

 

「っ⁉︎」

 

「たこ焼きが……!」

 

お客様の一人が切なそうな声を上げる。私も同じことを思った。だが、心配は無用だった。冬也お兄様の腕は千手観音像の如く増え、たこ焼きの落下速度が早い順にパックに詰めて行く。

いや、手が増えたわけではなかった。高速で動かして全てキャッチしているようだ。空中に飛んだたこ焼きを全てパックに詰めると、桐原先輩に『任せた』とボードで言って会場に向かった。

私はそのあとを慌てて追い、横に並んで歩いた。

 

「深雪、あと何分後?」

 

「5分もありません。それより、さっきの魔法は何ですか?」

 

「たこ焼きフレア。たこ焼きを程良い焼き加減に焼き上げる魔法だ」

 

うおお……また無駄な魔法を……。

 

「では、腕が増えた奴は?」

 

「あれは魔法じゃない。俺のスキルだ」

 

「……………」

 

身体能力の無駄遣いもいいとこだった。

 

「それで、その……たこ焼きっていくらなんですか?意外と、いや意外とですからね?意外と美味しそうだったので後で食べてみたいのですが……」

 

「無料」

 

「へっ?」

 

「無料、タダ、ご自由にお取りください」

 

「そ、それじゃあ儲からないじゃないですか!」

 

「俺は他の学校の奴とも仲良くなるためにあの屋台始めたんだ。別に金儲けのためじゃない」

 

青木さんからは清々しいほど大っぴらに取ってた癖に……本当にこの人の考えてる事は読めない。

でも無料じゃ行列が出来るのも無理ないわね……。私が買えるのは何時間後になるのかしら……。思わずシュンッとしていると、私の前にたこ焼きが3パック差し出された。

 

「へっ?」

 

「ほれ、お前が呼びに来てくれなかったら、試合に出れなかったからな。応援に来てくれてる奴らがいたら、そいつらと一緒に食ってていいぞ」

 

「……いいのですか?」

 

「ああ。そもそも妹なんだし、少しくらい贔屓してもいいだろ」

 

「…………ありがとう、ございます」

 

カッコイイ………。

ハッ!今私何考えてた⁉︎ありえない!ありえないから!確かに器の大きさ的にはかなりカッコイイと思うし、顔も声もイケメンだけど……でもありえない!ありえないったらありえないんだから!

強い意志を持たないと!私はキッと冬也お兄様を睨みつけた。すると、ニヤニヤした表情でこう言われた。

 

「………今、カッコいいって思ったろ?」

 

「〜〜〜ッ!ありえません!自惚れないで下さい!」

 

「あっはっはっはっ、照れるな照れるな」

 

横から冬也お兄様をポカポカと叩く。ホンッッットに悔しい!いつか見返してやるんだから!

そんな事を思ってると、いつの間にか選手控え室に到着した。

 

「司波冬也選手ですね?急いで下さい」

 

『了解』

 

冬也お兄様は係りの人に誘導されて、会場へ向った。

 

 



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並行して魔法

 

 

「深雪、こっちこっち!」

 

観客席に戻ってきた私に手招きするほのかが見えて、そっちに駆け寄った。

ほのかと雫だけではなく、達也お兄様、エリカ、西城くん、美月、吉田くんも一緒だった。

 

「ごめんなさい、いきなりいなくなって」

 

「ううん。それより、そのたこ焼きは何?」

 

「冬也お兄様が焼いていたのよ。試合前だというのに……」

 

「それ知ってる。昨日、私も食べた」

 

「………知ってたの?雫」

 

「うん。美味しいよ」

 

あれ?昨日、私と一緒に行動してたはず……。そりゃ四六時中一緒にいたわけではないけれど。

 

「あ、それ俺も食った」

 

「俺も」

 

「私も」

 

「私もいただきました」

 

「僕も」

 

………ほのかと私以外みんな知ってたのね。何プチ流行してんの?

 

「まぁ、これ食べながら観戦しましょうか」

 

1パック8個入りが3パック、ちょうど1人3個ずつ回る。流石にそこまで読んでたわけじゃないんだろうけど、この偶然も冬也お兄様クオリティなんだろうなぁ。

そんな事を思ってると、アナウンスが流れた。

 

『第一高校、司波冬也選手』

 

短い紹介と共にステージに上がってきたのは、複数の鳩と共に現れた怪盗キッドのコスプレをした冬也お兄様だった。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

私達は思わず真顔になってしまった。だが、観客はそうでもない。鳩まで出すなんて本気出しすぎでしょう……。というかあの短時間で着替えたんですか?

 

『レディース&ジェントルマァーン!』

 

大声でマイク越しにそう叫ぶと、さらに会場は盛り上がる。

ああ、だからたこ焼き屋が「世紀末の魔術師」なのね。

 

「……うわっ、初めて聞いたわ冬也さんの声」

 

「違うわよエリカ。冬也お兄様は127種類の声音を使い分けることができるの」

 

「………何それ人間?」

 

「私も同感」

 

しかも、地声でも普通にカッコイイし。ほんと、才能の無駄遣いな人なんだから。

そんな事をしてる間に、試合は始まった。冬也お兄様が魔法を発動する。直後、紫色のオーラが冬也お兄様の周りから出現し、地面の魔法陣からは鎖のようなものがジャラジャラと音を立てて出て来て、冬也お兄様をハートのような形で包む。

直後、相手の氷柱が一つ崩れた。

 

「! いきなり本命?」

 

「すごそうな魔法ね」

 

「冬也さん!カッコイイ!」

 

「いや、あれはただの演出だな。見掛け倒し、ハッタリ、虚仮威しだ。実際に使ってるのは簡単な振動魔法だろう」

 

「……………」

 

興奮した吉田くん、エリカ、ほのかの台詞を一発で打ちくだく達也お兄様。気持ちは分かるわよ3人とも。

すると、相手の選手も攻撃を開始した。冬也お兄様は魔法を並行して使用する。直後、今度は冬也お兄様の身体が薄緑に発光した。その後、氷柱の周りに黄色いドーム状の膜が現れる。

 

「! あれはすごいんじゃねぇの?」

 

「そうだね。ロボットアニメでも出てきそうだもん」

 

「冬也お兄様!」

 

「いや、あの薄緑の発光とドームもただの演出だ。実際に使われてるのは簡単な防御魔法だな」

 

「…………」

 

西城くん、雫、ほのかの幻想をぶち殺す達也お兄様。というかほのか、冬也お兄様は私のお兄様よ。

すると、冬也お兄様はさらに並行して魔法を発動。今度はハート型の鎖が出てきた魔法陣から、巨大な魔王っぽい奴の上半身を出しながら、相手の氷柱を砕いていく。

 

「あれも演出だな。攻撃も簡単な振動系魔法……」

 

「達也お兄様、みんなガッカリしてます。やめてあげてください」

 

「えっ?」

 

全員、膝に肘をついて下を向いていた。いや、本当に気持ちは分かるけど……。

落ち込んでるみんなに達也お兄様が真顔で言った。

 

「何を落ち込んでるのか知らないが、これは凄いことだぞ」

 

「そんなフォローはいらねぇよ達也……」

 

「よく考えてみろ。あの鎖も魔法陣も全部、並行して魔法を発動してるんだぞ?」

 

その言葉にハッとする全員。私も同じ反応をした。

 

「あれは一回戦目にのみ使うつもりなのかもしれないけどな、オーラで相手をビビらせて魔法を使いづらくさせると共に観客に魅せる事もしている」

 

それを聞いてからは、落ち込んでいたエリカ達も目を輝かせて観戦するようになった。

その後も、冬也お兄様の魔法は続いた。74層のボスにスターバーストストリームを叩き込むキリトの後、

「俺の最強はちっとばかし響くぞ」のそげぶ。

ルルーシュがゼロに刺され、ナナリーの横に転がり落ち、

お次は終末の谷で少年ナルトとサスケの螺旋丸と千鳥がぶつかり合い、ぶつかり合ったまま、いつの間にか青年になった二人の尾獣玉とインドラの矢がぶつかり合う。

今度は親子かめはめ波とセルの太陽系を消し飛ばす威力のかめはめ波がぶつかり合い、

ルフィのゴムゴムの斧がアーロンパークを堕とし、

次はゴジラが出てきたと思ったらそれを追うようにウルトラ兄弟が夢のコラボレーション、

ア・バオア・クーのMS戦、その中でも一際激しくぶつかり合うガンダムとジオング、その後はアクシズをνガンダムが押し返し、

飛鳥文化アタックが法隆寺の中で暴れ回って、

監獄男子達が副会長と腕相撲をして、

銀さんと土方さんが手錠で繋がれたまま大暴れして、

どういうわけか富士山と鷹とナスが出て来て、鏡餅が出てきた後、鬼に豆をぶつけまくる子供の後に、ひな祭りの映像で、次は桜並木の絵……って、やり過ぎでしょ。ただのMADになってるし、途中でただのカレンダーになってるし。敵選手も勝負そっちのけで次に登場するの楽しみにしてるし。

気が付けば試合は終わっていた。

 

 



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三日目

 

 

あの後、さらに冬也お兄様はまったく本気を出すことなく敵をフルボッコにしていき、三回戦進出を決めた。

その日の男子クラウドボールも桐原先輩が優勝した。後で聞いた話だが、冬也お兄様が練習に付き合っていたかららしく、優勝候補である三高のエースをストレートでフルボッコにしたらしい。

他の一高の選手も楽々と勝ち上がっていき、予定以上の戦果をあげていた。

 

「……すごいですね、今年は」

 

市原先輩が感動したような声を漏らした。

 

「そうね。特に男子。何してたのかしら?」

 

「聞いたところによると、冬也お兄様がアドバイスしていたそうですよ」

 

「そんなこと知ってる。去年もそうだったからな」

 

「えっ?そ、そうだったんですか……?」

 

渡辺先輩に言われ、私はうろたえた。

 

「だが、去年は『一年の手なんか借りるか』と言った奴が多くてなぁ。新人戦にしか奴の手腕は振るわれなかった。けど、今年は『スパーク』があったろ。あれに影響された奴らが多くてなぁ……」

 

確かに、スパークではテニスのシーンもあるし、戦闘シーンも激アツだから感化される気持ちは分からなくもないけど……。

 

「あと『頑張れ』って言うと『ヤェス、マムッ』って言われるわね」

 

まだ流行ってたのそれ……。まぁそれで士気が上がるならいいんだけど。

 

「とにかく、このまま行きましょう。今のままなら優勝は確実です」

 

「そうね。勝てるに越したことはないわ」

 

と、今後の方針が決まった時だ。バタン!と扉が開いた。何事かと思ったら、服部先輩だ。

 

「ちょっとはんぞーくん⁉︎ノックくらい……!」

 

文句を言いかけた七草会長の顎を服部先輩は摘み、言った。

 

「やっ、やややや、やぁ、愛しのハニー……」

 

「」

 

絶句する七草会長と顔を真っ赤にする服部先輩と渡辺先輩。渡辺先輩はこの前のこと思い出したようね……。

さっさと逃げてください服部先輩。七草会長が絶句してる間に。私の願いは通じず、七草会長の思考回路は復活してしまった。

 

「………えーっと、あの、はんぞーくん?」

 

「は、はひっ」

 

「ごめんなさい」

 

ペコリと真顔で頭を下げられ、涙を流して逃走した。

 

 

翌日。3日目になり、アイス・ピラーズ・ブレイクとバトル・ボードの決勝が行われる。

まずは、バトル・ボードから決勝開始。

 

「服部先輩が男子第一レース、渡辺先輩が女子第二レース、千代田先輩が女子第一試合で冬也兄様が男子第二試合、十文字会頭が男子第三試合か」

 

組み合わせ表を見た達也お兄様も私も悩まされた。

 

「なんで冬也兄様と十文字会頭を同じ競技に入れたのか」

 

「さ、さぁ……?」

 

(メタ文章、または、神の視点の文章は入れない方が良いでしょう)

 

「まぁ、とにかく見守るしかないな」

 

「そうですね」

 

「あ、達也くーん」

 

七草会長から声が掛かった。

 

「会長、何かご用ですか?」

 

「チョッと手伝って欲しいのよ」

 

問答無用で達也お兄様は会長に引き摺られて行った。

 

 

「お兄様、もうすぐスタートですよ!」

 

レースが始まる直前、達也お兄様はギリギリで客席に到着した。準決勝は1レース3人の2レース。それぞれの勝者が一対一で決勝レースを戦うことになる。ちなみに冬也お兄様も試合には興味があったのか、今回は屋台を閉めて見に来ている。

そして、スタートが告げられた。

先頭に躍り出たのは渡辺先輩だ。だが背後には二番手がピッタリついている。

 

「やはり手強い……!」

 

「さすがは『海の七高』」

 

「去年の決勝カードですよね、これ」

 

激しく波立つ水面は、二人が魔法を撃ち合ってる証だ。

二人はそのままスタンド前の長い蛇行ゾーンを過ぎ、ほとんど差がつかないまま、鋭角コーナーに差し掛かる。

ここを過ぎれば、スタンドからは見えなくなるので、スクリーンによる観戦になる。

 

「むっ?」

 

達也お兄様が声を漏らした。直後、七高選手が大きく体勢を崩した。

 

「あっ⁉︎」

 

「オーバースピード⁉︎」

 

誰かが叫んでいた。私も叫びそうになった。七高選手はこのままではフェンスに突っ込むしかない。

前に誰もいなければ。目の前には渡辺先輩が立っていた。自分に七高の選手が迫ってるのに気付いた渡辺先輩は、受け止めるべく魔法を二つマルチキャストした。

だが、不意に水面が沈み込み、渡辺先輩の魔法にズレが生じた。

結果、渡辺先輩に七高の選手が衝突した。そのまま二人はフェンスに突っ込む。だが、二人ともフェンスには当たらなかった。

突っ込む直前にフェンスの前に突如、黄色い閃光が現れ、そこから冬也お兄様が出現した。

 

「あれ⁉︎」

 

いつの間にか隣の冬也お兄様の姿はなくなっていた。

 

「……フラッシュ・ムーブか。久し振りに見たな」

 

隣で達也お兄様が声を漏らした。冬也お兄様は、二人の選手を両脇に抱えてキャッチして、フェンスにギリギリぶつからないように耐えていた。

全員がポカンとした表情を浮かべる中、レース中断の旗が振られた。

 

 



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冬也お兄様vs十文字会頭

 

 

「………な、なんで、冬也……おまっ、どうやって……」

 

『今の魔法、内緒ですよ。まぁ、内緒もクソもないでしょうけど』

 

「あ、あわっあわわわっ……」

 

顔を真っ赤にしてる渡辺先輩と冬也お兄様が何か話してる。そこに私と達也お兄様、七草会長が慌てて駆け寄った。

 

「摩利!大丈夫⁉︎」

 

「! ま、真由美⁉︎オイ、降ろせ冬也!」

 

言われてパッと手を離す冬也お兄様。渡辺先輩はペタンと尻もちをついた。

 

「き、急に手を離すな!」

 

『いや離せって言うから』

 

「ちょっと摩利!大丈夫なの?」

 

「あ、ああ……。それより、七高の選手は……?」

 

達也お兄様が七高の選手を見た。

 

「目立った外傷は無さそうですね。気絶してるだけのようです」

 

「良かった……」

 

ホッとする渡辺先輩。レース再開の準備をするため、私たちは一度その場から移動した。

 

 

再レースで、渡辺先輩は危なっかしいながらも決勝に進み、優勝した。でも終始顔を真っ赤にしていた。

ちなみに服部先輩も優勝。流石三馬鹿、と言わざるをえない。

そして、アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝。千代田先輩は優勝し、男子は今大会一番の注目カードとなった。

暇な一高生は、ほぼ全員この試合を見に来ていた。当然、私もいつものメンバーと観戦に来ている。

 

「冬也さん対十文字先輩……」

 

「どっちが勝つと思う?」

 

「そりゃ十文字会頭じゃねぇの。なんたって十師族だぜ?」

 

「でも、冬也さんだってとんでもないわよ」

 

と、それぞれが感想を漏らす中、私も同じことを達也お兄様に尋ねた。

 

「達也お兄様はどちらが勝つと思われますか?」

 

「どちらが克人?そりゃ、十文字会頭だろう」

 

「達也お兄様、バカが移ってます」

 

「どちらが勝つか、と言われても俺には分からない。けど、もしかしたら冬也兄様は負けるかもしれないな」

 

「何故、ですか?」

 

「簡単な話だ。冬也兄様は去年、実力を隠していた。それを九校戦で曝け出す理由はないだろう」

 

「つまり、わざと負けると?」

 

「可能性はある」

 

確かにあり得る。そんな話をしていると、アナウンスが流れる。

 

『第一高校、十文字克人選手』

 

ワァッと盛り上がる会場。流石と言わざるをえない人気だ。

 

『第一高校、司波冬也選手』

 

ヤェス、マムッと盛り上がる会場。他の高校の方々は頭の上に「?」を浮かべていた。そりゃそうだろうね。

二人の選手が会場に上がってきた。直後、会場がシンッと静かになる。

理由は、二人の服装だ。ゼロとナイトオブセブンの格好をしていた。

 

「………なんでそのチョイス」

 

特に十文字先輩。スザクが完全にただのゴリラになってる。全員がボーッとしてる間に、試合は開始した。

冬也お兄様が早速魔法を発動する。今までとは違い、演出はしないで、効果のある魔法のみを発動するんだろう。相手は十文字先輩だ。

直後、キュウィィンッという、甲高い音が上空から鳴り響いた。見上げると、真っ白な玉がドックン、ドックンと成長していくように大きくなる。

 

「えっ、ちょっ……」

 

「嘘だろオイ……」

 

誰かがそう呟いた。直後、その光が照射された。カッと大きく光を放ち、会場を包み込むように迫って来る。そして、十文字会頭の氷柱どころか、会場を大きく巻き込んだ。

 

「これは……」

 

達也お兄様がそう呟くと同時に、十文字先輩も冬也お兄様も防御魔法を慌てて張った。

全員、あまりの眩しさに目を隠した。会場が光に飲み込まれた。

数秒後、薄っすらと目を開くと、シュウゥゥウ……ッと音を立てて会場から煙が上がっていた。

私は目を疑った。フィールドにはすべての本数の氷柱が残っていた。

 

「! しまった……!」

 

遠くからでも十文字先輩がそう言ったのが分かった。その隙に冬也お兄様は魔法を発動した。

 

「火の鳥」

 

その通り、全身から炎の鳥が10匹出現し、不規則な動きで十文字先輩の氷柱に飛んで行く。

 

「グッ……‼︎」

 

対物障壁を連続で発動し、6匹弾いたものの氷柱は4つ破壊された。

 

「………なるほど。さっきのは『俺をニートにする世界など滅んだ方がマシビーム』ではなくただの閃光魔法だったのか。その隙を突いて十文字会頭の氷柱を砕くのが目的だった、と」

 

冷静に分析する達也お兄様。でも待って、今恐ろしい言葉聞こえたわよ?

 

「あの、達也お兄様?その俺をニート……ナントカビームとは?」

 

「ああ、万が一にも自分がニートになって五年以上経過してしまった時の最終手段らしい。試した事はないらしいが、冗談抜きで地球が滅ぶレベルのビームらしいぞ」

 

「試されてたまりますかそんなビーム!」

 

あの兄貴って……本当はかなり危ない人なんじゃないのかしら……?

 

「まぁ、とにかく主導権は完全に冬也兄様が握った。ここからどうなるか、見ものだな」

 

私は色んな意味でハラハラしながら試合を見守った。

 

 



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試合終了

 

試合はすでに一時間を経過。十文字先輩のほぼ絶対とも言える防御魔法を持ち前の魔法のブラフによって何度かブチ抜くも、重たい一撃を防ぎ切れずに氷柱を幾つか壊された冬也お兄様の戦いは、観客の誰一人飽きることなく見守っている。

だが、試合も永遠に続くわけではない。十文字会頭の氷柱は2本、冬也お兄様の氷柱は3本と、お互いに残り僅かとなった。

 

「試合も終盤だな」

 

「ああ……マジで映画見てるみてぇだ……」

 

「冬也さん、こんなにすごい人だったんだ……」

 

達也お兄様、西城くん、吉田くんと呟いた。確かにかなりのハイレベル戦だ。お互いに一歩も譲っていないし、会場がほとんど戦争状態になっている。だが、それと共に一つ思ったことがある。

………新人戦でアイス・ピラーズ・ブレイク超やりづれぇ……。

ここまでハイレベルな上に、私は冬也お兄様の妹。これでは観客に変な期待をさせても応えることはできない。あっ、やべっ、吐きそっ。

 

「どうかしたか?深雪」

 

「いえ……その、新人戦のアイス・ピラーズ・ブレイクはやりたくないなぁと思いまして……」

 

「そんな事気にすることないよ。冬也兄様は冬也兄様、深雪は深雪の試合をすればいいんだ」

 

「とう……達也お兄様……」

 

「あれ?今冬也お兄様って言いかけた?いいこと言ったのに名前間違えかけなかった?」

 

頭を撫でてくれた達也お兄様をキラキラした眼差しで見つめてると、フィールドからものすごい音が聞こえた。

耳に嫌に響く電気の音。冬也お兄様の右上斜め後方に稲妻が集中している。私達もあの中に引き摺り込まれると思うほどだ。

 

「………! アレは、」

 

「知ってるの?達也くん」

 

「グングニルの槍、流石に威力を抑えているようだが、冬也兄様の電気を使った魔法で最大の威力のものだ」

 

「………アレで威力抑えてんのか」

 

当然、放たれるわけにもいかず、今の大きな隙の間に十文字会頭はファランクスで氷柱を押しつぶそうとした。

だが、冬也お兄様は魔法を並行して使用。フィールドから濃い緑色の植物が生え、鎧のように氷柱を覆った。

 

「プラント・プロテクト」

 

「ッ!」

 

そして、冬也お兄様は右手を前に突き出した。グングニルの槍が真っ直ぐに十文字会頭の氷柱に向かう。

 

「ヌゥンッ‼︎」

 

太い雄叫びと共にファランクスを張る十文字会頭。それにグングニルの槍が直撃した時、意外にもあっさりと槍は霧散した。

 

「なっ……⁉︎」

 

「学ばないな、十文字センパイ」

 

直後、冬也お兄様は新たに魔法を発動。冬也お兄様が紫色の円盤を出すと、それを飛ばして十文字会頭の残り2本の氷柱に向かう。

 

「ッ……‼︎」

 

直後、十文字会頭は冬也お兄様の氷柱の上のファランクスに力を込めた。

プラント・プロテクトに亀裂が入り、打ち砕かれた。お兄様の円盤とファランクスがほぼ同時にお互いの氷柱を全て打ち砕き、試合は終了した。

結果、十文字克人、司波冬也、同時優勝。

 

 

「凄いじゃない!とーやくん!」

 

七草先輩が冬也お兄様の手を握ってブンブン振るう。

 

『会長、痛いです。腕取れます』

 

「それくらいすごかったってことよ!何あなた、あんなにすごかったの⁉︎」

 

周りには女子や生徒会だけでなく、男子も何人か「スゲェスゲェ」と囲んでいた。

 

「……………」

 

「どうしたんだ深雪?何怒ってるんだ?」

 

「怒ってません」

 

………うー、なんだろうこの感じ。なんかもやもやする。不愉快だわ。何よ、あのバカアホクソオタンコナス兄貴。デレデレしちゃって。

ふんだ、もう冬也お兄様がボケても突っ込んであげないんだから。

そんな事を思ってると、同じようにつまらなさそうな顔をしている渡辺先輩を見かけた。あの人も余程イライラしてるのか、貧乏ゆすりがハンパじゃない。

すると、冬也お兄様が魔法で花火を上げた。全員その花火を見上げる。

 

『あの、すみません』

 

どうやら、今は人数が多いから花火にしたようだ。

 

『あそこで妹がかまって欲しそうな顔してるので少し離れてください』

 

「ブッフォ‼︎」

 

思わず噴き出してしまった。直後、何故か全員納得したようで、さざ波のように引いていく。

 

「ち、ちがいますからね!私は、別に……!」

 

私は慌てて否定するが逆効果のようだ。全員、明らかに面白がってニヤニヤしている。私の顔はみるみる真っ赤になっているだろう。すると、達也お兄様がポンッと私の背中を冬也お兄様の方に押した。顔を見れば、若干楽しそうな顔をしている。

あ、ダメだ。限界

 

「お、お兄様のバカァーッ!」

 

涙目で逃走した。

 

 




今回はギャグが少なめになってしまいました。
次からはまたゆるゆるギャグを入れていこうと思います。決してネタ切れとかではありません。


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ザ・シュール

 

 

歴史的とも言える快挙によって、一高の優勝はほとんど100%となりつつあった。だが、それでも明日からは新人戦がある。油断は出来ない。

 

「でも、この調子なら大丈夫そうですね〜」

 

中条先輩がほんわかした表情でお煎餅を齧りながら言った。

 

「そうね……。それにしてもビックリしたわ。とーやくんがあんなに強いなんて。十文字くんと引き分けるなんてね〜」

 

会長から「とーやくん」の文字が出た直後、ピクッと肩が震え上がる渡辺先輩。それを見逃さなかった市原先輩が小首を傾げた。

 

「どうかしたのですか?渡辺さん」

 

「い、いや、何でもないぞ。……何でもない、そう、なんでもないハズ……」

 

「…………」

 

ニヤッと七草会長が微笑んだ。

 

「あ、とーやくん」

 

直後、部屋に備え付けのクローゼットの扉を突き破って中に隠れる渡辺先輩。中条先輩はビクッとして、七草会長、市原先輩、私はその渡辺先輩の奇行を冷ややかに見下した。

 

「………何してんの?摩利」

 

聞かれて、頭から血を流しながら渡辺先輩は言った。

 

「い、いやこれは……アレだ。次元の裂け目が見えて…」

 

「あっ、冬也くんが窓に張り付い……」

 

今度は市原先輩だ。直後、布団の中に潜り込んだ。

 

「ちょっと摩利、血だらけの頭で人のベッドに入らないで」

 

「いや、ちょっとホームベースが」

 

「いや意味わかんないし、わかりづらいし」

 

というか、市原先輩も意外とそういうの好きなのね。

 

「というかなんだお前ら!何処にも冬也なんていないじゃないか!」

 

ベッドから出てきて当然の文句をブチまける渡辺先輩。

 

「知ってるわよ。というか毎回引っかかってる方が凄いわよ」

 

「そ、それはだな……!」

 

「あっ、冬也くんがベッドの中に!」

 

直後、渡辺先輩はベッドを圧斬りで叩き斬りながら大きく飛びのいた。

市原先輩、一々話を遮らないで下さい。

 

「ちょっと摩利?」

 

「う、うるさい!いい加減にしろよ市原!」

 

「あっ、あんな所に!」

 

「ッ⁉︎」

 

「蚊」

 

「蚊かよ!あんな所って……何処にでもいるわ!」

 

………なんか、アレね。渡辺先輩が可哀想になって来たわね。でもそれ以上に可愛く見えるのが不思議。

 

「もう次からはやめろよ本当に!」

 

「分かりました。もうやめま……」

 

言いかけた市原先輩の口がピタッと止まった。何事かと私も七草会長も中条先輩も、その視線の方を見る。

……………あっ、

 

「なんだよ」

 

その視線の先は渡辺先輩の真後ろだ。自分が見られてると思った渡辺先輩が片眉を上げた。

 

「もう引っかからないぞ。子供じゃない、一度二度やられれば学習する」

 

「あー、冬也くん」

 

そう言ったのは中条先輩だ。

 

「なんだ?お前まで私をからかうか中条?」

 

「へ?からかう?」

 

「良い度胸だな。風紀委員長の権限で今からお前を」

 

「や、後ろですよ」

 

「はぁ?」

 

振り返る渡辺委員長。後ろでは冬也お兄様がイケメンフェイスで立っていた。

 

「んなっ……⁉︎」

 

後ろに飛び退こうとした渡辺先輩の手を冬也お兄様は掴んだ。

 

「…………摩利」

 

「はっはわわわっ……⁉︎」

 

「今夜は、月が綺麗ですね……」

 

「…………い、いきなりっ、にゃにをっ⁉︎」

 

『では失礼しました』

 

頭を下げてホワイトボードでそう言うと、冬也お兄様はその場から去った。顔を真っ赤にして噴火前の山みたいに湯気を上げる渡辺先輩。……なんで私にはしてくれないのよ。あっ、いや別にしてくれなくてもいいけど。

 

 

翌日、新人戦初日。スピード・シューティングの予選からだ。雫の応援に来た私は、一緒にいる冬也お兄様に言った。

 

「冬也お兄様、あまり渡辺委員長を虐めないで上げて下さいよ」

 

『おりょ?いきなりどうした?』

 

「昨日、会長の部屋に来たでしょ?罰ゲームだかなんだか知りませんけど、渡辺委員長は彼氏持ちなんですから」

 

『えっ、何。嫉妬?』

 

「違います!」

 

『分かったよ。今夜はお前にアレやってやる』

 

「ですからそういう問題じゃなくてですね!」

 

やった!今日は私の日だ!

 

『それより、そろそろ試合始まるし見ようぜ』

 

そう言う通り、雫はすでにフィールドに立っている。

 

『まぁ、達也がこの競技の担当になった時点でオート照準ハイマットフルバースト選手権になるのは目に見えてるけどな』

 

 

そう言った通り、スピード・シューティングの女子は1位2位3位を一高が独占する形になった。続いて、ほのかのバトル・ボード。

ほのかは毎日のようにスケット部に行って冬也お兄様にアドバイスを受けていたので、私自身は余り心配はしていない。「試合は性格の悪い人が勝つんだって!」と笑顔で言って来た時は別の心配が浮かんだけど。

 

『まぁ、心配いらないだろうな。俺が「性格の悪いレース」をあいつに叩き込んだから』

 

「お前は一体何を教えたんだ……」

 

今度は何故か、冬也お兄様の反対側には渡辺先輩が座っている。

 

『渡辺先輩、会長と一緒に居なくて良いんですか?』

 

「いつも一緒に居るわけじゃない。良いんだよ」

 

『そうすか。じゃ、俺は桐原と服部と一緒に見る約束してるんで』

 

「えっ」

 

すっごく悪い顔をしながら冬也お兄様は立ち上がり、本当に服部先輩と桐原先輩の元へ向かった。

その後、私と渡辺先輩は気まずい時間を過ごした。

 

 

その日の夜。私は若干ウキウキしながら七草会長達の作戦会議に同席していた。今日の結果は、バトル・ボード女子は二名、男子は一名の予選通過。男子のスピード・シューティングは森崎くんが準優勝した。

 

「男子と女子で逆の成績になっちゃったわね……」

 

「そうとも言えません。三高は一位と四位ですから、女子で稼いだ貯金がまだ効いています。あまり悲観しすぎるのもどうかと」

 

「………そうだな。市原の言う通り、悲観的になりすぎるのも良くない。元々、女子の成績が出来過ぎだったんだ」

 

七草会長、市原先輩、渡辺先輩と呟いた。あー、まだかな冬也お兄様。まだかなー。

すると、ガチャッと扉が開かれた。来たッ‼︎ガバッ!とドアの方を見ると、十文字会頭が私の前に立った。

 

「やぁ、愛しのハニー」

 

「」

 

そおおおおおおおおおおいう意味じゃねえええええええええよクソバカ兄貴がぁああああああああッッ‼︎‼︎

お前が来なきゃ意味ないでしょうがぁッッ‼︎

私の心のツッコミを無視して、十文字先輩は悠々と部屋を出た。

 

「……………えっ、何今の」

 

「……………」

 

生徒会役員と渡辺先輩も全員ポカンとしている。というかあの人、三馬鹿に参加したんか。しかも負けたんか。どうやったら負けんのあの巨体で?

私の疑問は尽きることはなかった。

 

 



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解体

 

 

翌日、いよいよ私の競技の日だ。新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク。もう一つは明後日のミラージ・バット。

まずは雫の試合が先。冬也お兄様vs十文字会頭の試合が未だに印象的なので、少しやりづらいというのもあるけど、達也お兄様に言われた通り、私は私の試合をするだけだ。

そういえば、最近は屋台をやってるのも見ないし、冬也お兄様何してるんだろう。試合、観に来てくれるかな。

そう思って、少し会場内をウロウロしてると、ホテルの近くに冬也お兄様が立ってるのが見えた。

声を掛けようと思って、小走りで近付く。だが、その足が止まった。随分と真面目な表情で藤林少尉と話していたからだ。

 

「………?」

 

少し気になって、私は物陰からその様子を覗き見る。

 

「………これですか?藤林少尉」

 

「ええ。この資料が奴らについて」

 

「ありがとうございます。これはお礼です」

 

言うと、冬也お兄様は藤林少尉の顔に自分の口を近付けた。

 

「っ⁉︎」

 

私は少なからず動揺した。今、何をしようとしたのか。だが、藤林少尉はその冬也お兄様の唇に人差し指を当てて止める。

 

「ダメよ、司波特尉。こんな所でそんな渡し方は。普通にちょうだい?」

 

「了解しました」

 

了解した冬也お兄様は、藤林少尉の手を握った。渡すって、何を……⁉︎私の中で動揺が広がっていく。そして、不覚にも、近くの枝を踏んでしまった。

 

「しまっ……!」

 

直後、冬也お兄様は特化型CADを空に向けて引き金を引いた。そして、銃口から出て来たのはUFOキャッチャーのアーム。私の真上まで伸びて来て、服の襟を摘まれ持ち上げられた。

 

「っ⁉︎」

 

「なんだ、深雪か……」

 

相変わらずよく分からない魔法を持ってるわね……。

 

「あら、深雪さん」

 

「おーろーしーてー!」

 

「ダメだよお前。盗み聞きなんてする悪い子にはお仕置きだよ」

 

「あ、謝りますからぁ!」

 

「どうする?藤林さん」

 

「盗み聞きしてたのは確かに褒められたことではありませんね。けど、酷過ぎるのも深雪さんが可哀想ですし」

 

良かった。藤林少尉は軍人さんなだけあって思考回路もまともなはずだ。

 

「ここでパンツを脱がしてアイス・ピラーズ・ブレイクはノーパンで挑んでもらうのはどうでしょう?」

 

どうでしょう?じゃない!この人もダメだ!変態度数は冬也お兄様より上だ!

 

「ああ、いいですね」

 

「えっ、ちょっ、冗談ですよね?お二人とも……私15歳ですよ?まさか本当にこんな九校戦を……」

 

何とかやめさせようとする私に、冬也お兄様は二丁目の特化型CADを向けた。

何をするつもりなの?と、思った直後だ。何の前振れもなく、冬也お兄様は引き金を引いた。そして、

 

私のパンツは霧散した。

 

「……?……っ?ッ⁉︎」

 

「相変わらずの腕ね、冬也くん。下着解体」

 

「解体って……まさか、本当にやったんですか⁉︎」

 

「いえいえ。大したことはしてませんよ」

 

「ホンットに大したことしてないでしょうが‼︎な、何してくれてるんですか⁉︎」

 

「でもその魔法、昔と変わってないのね。術式解体以上のサイオンを必要とする所」

 

「こんなアホな魔法がそれほどのサイオンを⁉︎」

 

「そーなんすよねぇ。中々改良しても意味なくて。一回、改造して東京で使ったらその人、アンダーウェアどころか着てるもの全部吹き飛ばしちゃって」

 

「なんてことしてるんですかあんた!」

 

「まぁ、殺傷性ランクは全くないから問題はないだろうけど……」

 

「心の殺傷性はSSランクですけどね⁉︎」

 

な、なんて事……!ハッ、ガンガンツッコンでる場合じゃない!とりあえず、パンツを取りに行かないと!今から行って間に合うかしら……。不安に思って時計を見ると、あと10分で雫の競技が始まってしまう。

 

「走れば間に合うかも……!」

 

そう思ったのだけれど、私はUFOキャッチャーのアームに摘まれてる状態だ。

 

「降ろしてください!」

 

「だが断る!」

 

「お願いですからぁ!初陣がノーパンなんて嫌ですよぉ!」

 

「えーだって盗み聞きしたじゃん」

 

「反省してないわけではありませんが、罪重すぎないですか⁉︎盗み聞きだけでアイス・ピラーズ・ブレイクをアンダー・ウェアー・ブレイク状態で挑むなんて!」

 

「バレればミユキ・ライフ・ブレイクだな」

 

「喧しい!」

 

腹立つ!この人と話してると本当に腹立つ!

 

「冬也くん、言い出しておいてなんだけど、バレたら私達達也くんに殺されちゃうんじゃない?」

 

「あー……それもそうっすね」

 

すると、ドサッとアームが開き、私はお尻を地面に強打した。

 

「っ痛ぅ〜……」

 

「ほら深雪、急げ」

 

「誰の所為だと思ってるんですか!」

 

ツッコミながらも私は走って自室にパンツを履きに行った。結局、冬也お兄様が藤林少尉と何をしていたのかは聞き出せなかった。

 

 



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提案

 

 

その日の競技は普通にパンツを履いて出場し、予選突破。客席でファンネル・カメラで私を四方八方から撮ろうとして摘み出された冬也お兄様とかいたが、私は無視した。

ちなみに雫もエイミィも勝ち抜いた。

今は夕飯の席。私は今日ほど席を取るのにもっと早く行動しておけばよかったと思った日はない。

何故か、それは相席してるメンバーだ。冬也お兄様、桐原先輩、服部先輩、十文字先輩、そして私だ。

 

「……………」

 

どうして今日に限って私はベッドで少し睡眠をとってしまったのか。心底後悔してるうちに、冬也お兄様がホワイトボードを取り出して言った。

 

『じゃ、食おうか』

 

「そうだな。俺もお腹が空いた」

 

『桐原、お前音頭取れ』

 

「はぁ?なんで俺なんだよ。服部、お前やれ」

 

「やだよ。十文字会頭、上級生でしょ?お願いします」

 

「断る。冬也、言出屁だろ。やれ」

 

………誰でもいいから早くしてくれないかなぁ。でも上級生の方達が音頭をとると言ってる中で私だけ勝手にいただくわけにもいかないし……。

 

『じゃ、深雪に頼もう』

 

「え、なんでそうなるんですか」

 

気が付けば白羽の矢が刺さっていた。

 

『ほれ、早くしろ深雪。あー面白くしろよ』

 

「は、はぁ!?面白くって……!」

 

や、まぁ本当の男子高校生っぽいこの四人ならそういうノリもあるんでしょうけど……。うー、面白く……おもしろく……。

 

「い、いーたーだーきーまーすー!おはーでマヨちゅちゅ!」

 

直後、四人とも固まって私を見た。まぁ、アレね。一言で言うとあれね。やらなきゃよかった。

 

 

翌日、いよいよアイス・ピラーズ・ブレイク本戦。私も雫もエイミィも勝ち上がり、1〜3位まで一高で独占した。

そんな中、私達はホテルのミーティングルームに呼ばれていた。

 

「時間に余裕があるわけじゃありませんから、手短に言います」

 

呼んだのは七草会長だ。

 

「決勝リーグを同一校で独占するのは、今回が初めてです。司波さん、北山さん、明智さん、本当によくやってくれました。この初の快挙に対して、大会委員会から提案がありました。決勝リーグの順位に関わらず学校に与えられるポイントの合計は同じになりますから、決勝リーグを行わず、三人を同率優勝にしてはどうか、と」

 

それを黙って聞く私達。真面目な話をしてるのは分かるんだけど、七草会長の後ろで陶芸をしてる冬也お兄様のせいで集中出来ない。

 

「大会委員会の提案を受けるかどうかは、皆さんの意思に任せます。ただし、あまり考える時間はあげられません。今、この場で決めて下さい」

 

「あ、あのっ」

 

すると、エイミィが手を挙げた。

 

「私は、今のお話を伺う前から、棄権でも構わないって思ってました。さっきから調子が悪いのは確かだし、司波くんに相談して決めようって」

 

「そうですか」

 

微笑みながら七草会長は頷き、雫と私に視線を向けた。

 

「私は……」

 

先に口を開いたのは雫だった。

 

「戦いたい、と思います。深雪と本気で競うことのできる機会なんて、この先何回あるか。私は、このチャンスを逃したくないです」

 

「分かりました。深雪さんはどうしたいですか?」

 

「………えっ?わ、私もそれでいいです」

 

しまった、冬也お兄様の所為で生返事をしてしまった。

 

「わかりました。では、明智さんは棄権、司波さんと北山さんで決勝戦を行うと大会委員会に伝えておきます。決勝は午後一番になるでしょうから、試合の準備を始めた方が良いでしょうね」

 

と、いうわけで、決勝では雫と戦うことになった。

 

 

試合の準備中。私は椅子に座っていた。

 

「…………」

 

『ちゃおっす』

 

「うえっ!?」

 

後ろからニュルッとホワイトボードが目の前に出てきた。

 

「と、冬也お兄様!?」

 

『よっす、何してんの?』

 

「これから試合の準備なんです」

 

『………試合って何か準備することある?』

 

「……あのですね、普通の人はちゃんとCADを調整するものなんです。みんなあなたみたいに、未調整だったり試作機だったりのMSでも乗りこなせるアムロみたいにいかないの」

 

『おい、人をそんな人外みたいな扱いするなよ』

 

「直前までたこ焼き焼いてて勝った人が何言ってるんですか」

 

『いやあれちゃんと調整してたかんな俺』

 

「いつ?」

 

『俺が最後にCADを調整したのは4ヶ月前かな』

 

「化け物ですか。本当に」

 

『じゃ、俺観客席戻るから。じゃーね』

 

何しに来たのか分からないうちに帰ってしまった。一瞬、応援に来たのかと思ったけど、あの人にそんな気遣いは出来ないだろうと思い直した。

 

 



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替え玉

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイク決勝、私は雫を倒して優勝した。手加減は無用だった。さすがにフォノンメーザーには驚いたけど、それでも高校1年生レベルの魔法師が私の相手になるはずもなかった。いや、自惚れてるわけじゃなくて。

夕飯の時間になり、私は達也お兄様と冬也お兄様と一緒にティーラウンジに足を踏み入れた。明日、私はミラージ・バットに出るので出番はまだ終わってない。心の中で気を引き締めていると、ツンツンと後ろから突かれた。振り返ると、冬也お兄様がゴリラのお面を被っていた。

 

「っ⁉︎」

 

『ドッキリ☆大成功』

 

「ば、馬鹿な真似はやめて下さい!」

 

この人は本当にどんな場所でもブレない。例えガンダムの世界に転生しても何食わぬ顔でマジンガーZで出撃しそうだ。そんな事を思ってると、ほのかと雫がやってきた。

 

「優勝おめでとう、ほのか」

 

「ありがとう」

 

言ったものの、ほのかの意識は冬也お兄様に行っている。多分、優勝おめでとうと言って欲しいんだろう。

私は冬也お兄様の脇腹を肘で突いた。直後、私の携帯にLINEが来る。

 

司波・ウィンター『何?』

 

司波深雪『ほのかにおめでとうって言ってあげて下さい』

 

司波・ウィンター『なんで?』

 

司波深雪『いいから!』

 

すると、パッタリLINEが来なくなった。冬也お兄様は少し考え込んだあと、納得したように手を打ってホワイトボードに文字を書き始めた。

 

『Happy Birthday ほのか』

 

と、無駄に達筆な文字で書いた。

 

「はい?」

 

いやそうじゃねぇですよ!

 

 

翌日、私はミラージ・バットで無事に優勝した。二位はほのか、3位はD組の里美スバルと続いている。この様子なら、新人戦の優勝も固い、私はそう思っていた。だが、そうもいかなかった。

私と雫と冬也お兄様が見に来ていたモノリス・コードで、事故が起こった。内容は、市街地フィールドの廃ビルの中で「破城槌」を受けて、森崎くん達が瓦礫の下敷きになったのだ。

 

「深雪!」

 

声が聞こえた。振り返ると、達也お兄様がやって来た。

 

「何があったんだ?モノリス・コードで事故か?」

 

「はい、事故といいますか……」

 

「深雪、あれは事故じゃないよ」

 

隣の雫が強い口調で口を挟んだ。

 

「故意の過剰攻撃。明確なルール違反だよ」

 

「雫……今の段階で滅多なことを言うものじゃないわ。まだ四高の故意によるものという確証はないんだから」

 

「冬也兄様と一緒にいたんだろ?何か言ってなかったか?」

 

「それが……ニヤリと微笑んだと思ったら、私も雫も寒気に襲われて、気が付いたら居なくなっていました」

 

「…………そうか」

 

あれは、私なんかよりよっぽど強い事象干渉。あの人の魔法力は相変わらず底知れない。

 

「で、モノリス・コードに出てた奴らは無事なのか?」

 

「全治二週間、三日間はベッドの上で絶対安静だそうです」

 

「………なるほど。けど、大丈夫だろう」

 

「どういう意味ですか?」

 

「これ以上は何も起こらないって事だよ」

 

どういう意味なんだろう。私はそう思ったが、達也お兄様は説明を加えようとしなかった。

 

 

ホテルのブリーフィングルーム。そこで集められたのは私、七草会長、十文字会頭、渡辺先輩、市原先輩、中条先輩、服部先輩、そして、冬也お兄様。

 

「一応、十文字くんのお陰でモノリス・コードに出られることにはなったけど……」

 

「誰を替え玉にするか、だな」

 

会長と渡辺先輩が呟いた。

 

「正直、他の一年男子はパッとしないからな……。しかも三高から『クリムゾンプリンス』と『カーディナルジョージ』だもんな」

 

『あまり面子は関係ないでしょう。相手がどんなに優れてても、ルールが存在する以上は戦い方だと思いますが』

 

冬也お兄様が、今は会議用の大きなホワイトボードに文字を書いた。

 

「でも、正直この二人が出て来るのは反則級だろう」

 

『それをあなたが言いますかゴリラ』

 

「それをお前が言うか冬也。あとお前、今日くらい本気で殴り合うか?ん?」

 

「しかし、あの二人に勝てる替え玉を用意する必要がありますよゴリ文字先輩」

 

「移った!」

 

服部先輩の意見に、思わず十文字先輩は声を上げた。

 

『………ま、どうしても出るなら一人だけ候補が居ますよ』

 

「………誰ですか?」

 

『選手以外でいいならね』

 

そう言うと、冬也お兄様は指を二本咥え、ピュイッと鳴らした。直後、窓ガラスをブチ破って吉田くんが現れた。

 

「お呼びでしょうか」

 

どうやら、私達の代にも馬鹿が移ったようだ。

 

『彼が候補です』

 

「彼は?」

 

『吉田幹比古、精霊魔法の使い手ですよ。E組の生徒ですが、良い腕をしています。流石に「クリムゾンキングダム」程ではありませんが、かなり良い腕をしていますよ』

 

「クリムゾンプリンスな」

 

どう思う?みたいな顔で七草会長が十文字先輩を見た。

 

「まぁ、吉田家の喚起魔法は有名だし、他の一年よりはいいかもしれんが……」

 

「あの、何の話ですか?」

 

『ヨッシー、お前新人戦モノリス・コードの選手だから』

 

「ええっ⁉︎ぼ、僕がですか⁉︎」

 

『お前ならやれんだろ。どうしても無理っていうなら達也とレオも付けてやるから』

 

「…………」

 

「しかし、彼は選手ではないのでは?」

 

服部先輩が意見を出した。

 

「その程度は俺が何とでもするが……」

 

『まぁ、俺が推薦するんだから間違いないでしょう。これで優勝できなかったら……そうだな。女の服が透けて見える魔法を教えますよ』

 

「よし、決定だ」

 

「ちょっと、十文字くん?」

 

ニッコリ微笑んで止める七草会長。

 

「って、待て冬也!お前そんな魔法を使えたのか!?」

 

渡辺先輩が当然の反応を示す。

 

『はい。ついでに俺の目は見ただけでその人のスリーサイズが分かります。例えば渡辺先輩なら上から……』

 

ホワイトボードを蹴り倒して止める渡辺先輩。当然の反応だ。

 

『じゃあアレで。女性の先輩方にはオッパイが大きくなる魔法を教えますよ』

 

「決定だな」

 

本当に思う。そろそろ転校を考えたほうがいいのでは?と。

 

 



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モノリス・コード

 

 

そんなわけで、達也お兄様と西城くんと吉田くんはモノリス・コードに出ることになった。

 

「なあ、幹比古……マジ?」

 

ホテルの一室、吉田くんが二人にそのことを言うと、西城くんから引いたような声が出た。

 

「マジだよ。冬也さんがね……」

 

「またあの人か……」

 

達也お兄様がおでこに手を当てる。

 

「でもよ、俺も……つーかお前もだろ。何も準備してないぜ?」

 

「大丈夫、七草会長達が準備してくれるみたいだからさ」

 

「まぁ、CADなら俺が準備しよう。一人10分あれば終わる」

 

達也お兄様が頼もしすぎるにもほどがある台詞を言った。

 

「作戦とかも俺に任せてくれ。ぶっつけ本番になるが、構わないな?」

 

「ああ、俺にゃそういうの向かないからな」

 

「僕も達也にお願いしたいな」

 

まぁ、達也お兄様が出るんだし、何とかなるだろう。私は自分の試合以上に、達也お兄様の試合が少し楽しみだった。

そういえば、冬也お兄様は今日部屋に来なかったけど、何処へ行ったんだろう。押し付けたら必ず面倒見る人なのに、どうしたのかしら。

 

 

翌朝。ニュースを見ていた私の目に飛び込んできたのは、横浜グランドホテルの一室が消滅したらしい映像。まるで、そこには元々何もなかったかのように。

 

「…………」

 

私は一発で誰の仕業か分かった。そんな事が出来るのは一人しかいない。

 

「また、先を越されたな」

 

私の隣で達也お兄様が呟いた。

 

「はい……」

 

「あまり気にするなよ深雪。入学間もない時と全く同じ手をやられたとか思うな」

 

「分かっています」

 

「さて、じゃあ俺はモノリス・コードの準備をして来る」

 

達也お兄様はそう言うと、何処かへ行ってしまった。私は歩いて会場へ向かう。その途中、話し声が聞こえた。

 

「……僕が、ですか?」

 

『ああ、タダでさえ練習なしの即興チームなんだ。誰一人欠けちゃいけないが、特に重要なのがお前だ。緊張感持って挑めよ』

 

「…………はい」

 

『大丈夫、幹比古の本来の力が出せれば勝てるよ』

 

「分かりました」

 

『勝ってこい、いいな?』

 

「ヤェス、マムッ」

 

『え? マム?』

 

吉田くんは元気に走って達也お兄様の方へ向かった。

 

 

モノリス・コード一回戦目。八高相手に森林ステージ。普通なら不利かもしれない。だけど、達也お兄様にとってはその程度は不利のうちに入らない。

ものすごい勢いで森林を移動すると、八高選手の魔法を術式解体で吹き飛ばし、モノリスを開く。

 

「やった! モノリスが開いたわ!」

 

その様子を見て、ほのかが嬉しそうに声を上げた。

 

「……おかしい」

 

「雫、何がおかしいの?」

 

「モノリスが開いたのに何故離脱するんだろう」

 

「そう言えば……ねっ、深雪はどう思う?」

 

「いくらお兄様でも、敵の妨害を前にして五百十二文字の打ち込みは難しいわ」

 

モニターではさらに試合が続く。西城くんが小通連で敵を吹き飛ばし、もう一人は吉田くんの罠に見事に掛かっている。

無類の強さを誇るこのチームはあっさりと八高を倒してしまった。

 

「勝った! 勝った!!」

 

「すごいすごいすごい! 完勝ですよ、完勝!」

 

「おめでとう、深雪!」

 

「お兄さん、やったじゃない!」

 

まるで優勝したような騒ぎだが、私からすればこの程度は「お兄様なら当たり前」だった。

 

 

二回戦目も勝利し、私は達也お兄様とお昼を取りに向かった。その途中、ヤケに人が集まっているところを見掛けた。行ってみると、そこは縁日だった。

 

「……………」

 

冬也お兄様と桐原先輩と服部先輩が、誰の許可を得てるのか勝手に飯を作っていた。メニューを見ると、焼きそばたこ焼き綿あめあんず飴かき氷……etc。

 

「………すごい繁盛だな」

 

「一つの屋台でよくそこまでやれるもんだ」

 

「三人でまわしてるのもすごいですよね」

 

「いや、四人だぞ」

 

吉田くんも参加してた。あの子モノリス・コードに参加するの忘れてないでしょうね。

 

 




ぶっちゃけ、この辺って達也無双だからギャグ入れにくいですね。上級生の出る幕なんてまるでないし。
とりあえず、モノリス・コードが終わったらもっとギャグ入れたいですね。


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幻覚

 

 

決勝戦。一高対三高。私は、というより全員がその試合を見に来ていた。私はほのか、雫と一緒に見に来ていた。

ちなみに、観客席の後ろの方には、藤林さんと山中さんと冬也お兄様が3人で並んで座っている。何の話をしているのかは分からないけど、おそらく真面目な話をしているのだろう。冬也お兄様がホワイトボードを使ってないのが証拠だ。………いや、証拠にならねーなそれ。

ぼんやりと冬也お兄様を見てると、「じゃっ」みたいな事を言って冬也お兄様はその場を離れた。まぁ、軍の人といつまでも一緒にいるのはマズイだろう。

少し離れて、冬也お兄様は一人で見ていると、その隣に誰かが座った。

 

「ブフォッ!」

 

おもわず吹き出してしまった。

 

「どうしたの?深雪」

 

「な、なんでもないわよ」

 

な、なんで……なんで冬也お兄様の隣に、九島老師が……。

しかも、かなりフランクに二人は話してる。何を話してるか俄然気になるが、そこにはあまり行きたくない。なんとなく。

マジマジ見てると、今度はお互いにジャンケンを始めた。えっ、ちょっ、何やって……。

今度はあっち向いてホイをした。ほんとに何やってんの!? 相手が誰だか分かってんの!?

その直後、九島老師にシッペ、デコピン、ババチョッ……そこで私の身体は自動で動き出す。

そこで、試合が始まった。ババチョップが直撃する直前で止まり、二人は試合を見始めた。私はホッと胸を撫で下ろして、とりあえず自分の兄貴を後で殴り飛ばすことに決めた。

試合のステージは草原。一条のプリンスが相手なら、まず間違いなく不利なステージだろう。

達也お兄様と一条選手は、お互いにCADを向けて、引き金を引きながら近づいて行く。

始まった。おそらくこの大会で一番ハイレベルな戦闘が。

 

 

試合が終わった。いや早くね? とか思わないように。だが、もちろんただでは済んでいない。達也お兄様は「再生」を使うハメになっていた。

もちろん、活躍したのは達也お兄様だけではない。あのカーディナルジョージは吉田くんが倒したし、最後の一人は西城くんが小通連で仕留めていた。

今は夕方。七草会長の部屋。新人戦もモロに優勝し、またまた作戦会議という名のお菓子パーティだ。

 

「いやー良かったわね。新人戦も優勝できて」

 

「そうですね。流石に決勝戦はヒヤッとしましたが」

 

「というか、アレだな。今年の一年の男子は二科生の方が強いかもしれないな」

 

「確かにね。西城くんと吉田くんも随分と実戦慣れしてるみたいだったし……というか、吉田くんはどうして二科生なのかしら……」

 

「試験で緊張し過ぎたんじゃないか?」

 

「摩利」

 

「冗談だよ」

 

そんな話をしていると、ガチャッと扉が開いた。現れたのは達也お兄様だ。達也お兄様はズンズンと中へ入って来て、私の顎をクイッと摘んだ。

 

「? 達也くん?」

 

お兄様……。まさか……!?

 

「やぁ、愛しのハニー」

 

「ーーーーッッ!!!?」

 

その後、どうなったかは私は覚えていない。

 

 

翌日。ミラージ・バットの決勝とモノリス・コードの予選だ。モノリス・コードの出場選手は、十文字会頭、冬也お兄様、服部副会長と三馬鹿最強の3人。これはもうね、負けようがないというね。

ミラージ・バットの方も、渡辺先輩だから負けようがないだろう。

そんなこんなで、モノリス・コード。私は冬也お兄様達の試合をもはや無気力に見ていた。だって勝ちが約束されてるようなものだし。

ステージは市街地。

 

『じゃ、いってらっしゃい』

 

ホワイトボードで冬也お兄様は言うと、モノリスの前で座り込んだ。どうやら、ディフェンスのようだ。続いて、十文字先輩と服部先輩が行動開始。

モノリスを探し回る中、冬也お兄様だけ一人で盆踊りの練習をしてる。嗚呼……お願いします。身内の恥をそれ以上晒さないで……。

すると、敵の選手が冬也お兄様の前に現れた。それでも、未だ盆踊りに夢中である。

 

「! もらった!」

 

敵選手は何か叫ぶと、魔法を使おうとした。だが、一瞬目を見開くと、すごく目を輝かせて盆踊りに参加した。

 

「…………は?」

 

私の隣のエリカが声を漏らした。私もそう思う。反対側の達也お兄様が口を開いた。

 

「……なるほど、幻覚魔法か」

 

「へっ?」

 

「あれは一定以内の範囲に入った人に幻覚を見せているんだ。今頃、あの選手の目には縁日が見えていて、ドラえもん音頭が聞こえていることだろう」

 

「……………」

 

驚けばいいのか笑えばいいのか分からないんだけど……。そんな事をしている間に、十文字先輩が残り二人を倒し、服部先輩がモノリスを開けコードを打ち込んで勝ち上がった。

 

 



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後夜祭

 

 

翌日、モノリス・コード優勝。勝利に対する安心感はあっても人格的に安定感のないこのチームは、ほとんど十文字無双だった。ディフェンスの間、ずっと盆踊り大会による鉄壁の守りも、敵が来なければ意味がない。決勝は冬也お兄様はモロに寝ていた。寝言までホワイトボードだった辺り、侮れない。

優勝は言うまでもなく一高。もちろん、出場選手の腕もあったんだろうけど、みんなスパークに影響されすぎでしょ。「頑張れよ!」って言われると、「ヤェス、マムッ」ってみんな返すんだもん。

今は後夜祭合同パーティ。私は他校の生徒に囲まれていたが、市原先輩になんとかガードしてもらっている。

私は声をかけてくる人に生返事をして目線だけで冬也お兄様を探した。他校の生徒も巻き込んで「美味しいたこ焼きの焼き方教室」をやっていた。最終日くらいは無視でいいや。どうせ最後にはたこ焼きフレアでしょうし。

すると、管弦の音が流れ始めた。生演奏が流れ始め、それに選手たちはすぐに答えた。男の子の方が女の子の手を取ってダンスを踊り始める。あ、あの子振られた。可哀想。

そんなことを思って見ていると、達也お兄様が私の横に来た。

 

「大丈夫か、深雪?」

 

「はい」

 

………ああ、達也お兄様と踊りたい。でも兄妹だし……。そんな事を考えてると、達也お兄様が口を開いた。

 

「2日ぶりだな、一条将輝」

 

「むっ、司波達也か」

 

達也お兄様の前にいるのは、大会とはいえ、達也お兄様に再成を使わせたクリムゾン・プリンス。

 

「耳は大丈夫か?」

 

「心配は要らんし、お前に心配される筋合いもない」

 

「そりゃそうか」

 

社交辞令という言葉を知らないのかしら、と思ったが、多分この前の敗北が悔しくて仕方ないのだろう。いくらクリプリ(クリムゾン・プリンスの略)でもその辺りは年相応のようだ。

そんな事を考えてると、クリプリがこっちを見た。

 

「えっ、あ、……あっ? 司波!?」

 

急に素っ頓狂な声で叫ぶ。大丈夫かしら、この人。

 

「もしかしてお前、彼女と兄妹か⁉︎」

 

「……今まで気付かなかったのか? 本当に?」

 

呆れ声で言う達也お兄様。

 

「と、いうことは……十文字を下した『司波』も……」

 

あの、司波にいくつも種類があるみたいな言い方やめません? と思ったら、見覚えのあるホワイトボードが近付いてきた。

 

『うぃーっす』

 

「! 司波冬也!?」

 

『んだコラ、クリプリてめぇ呼び捨てかアン?』

 

「……さん」

 

『2』

 

「一条将輝!」

 

いや、なんの呪文?

 

「一条さんには、私とお兄様達が兄妹に見えなかったのですね」

 

なにそれちょっと嬉しい。上のバカ兄貴はどうでもいいけど、達也お兄様とは兄妹に見えなかったっていうのはつまり……。

 

「えっ、いえ、その……ハイ」

 

言い訳を断念して項垂れる一条さん。すると、ニヤニヤした表情の冬也お兄様が一条さんにボードで言った。

 

『プリプリ、お前深雪と一曲ヤッてこいよ』

 

「変な言い方しないで下さい!」

 

「あとプリンセスプリンセスじゃなくてクリムゾンプリンスです!」

 

二人の息の合ったツッコミの後、一条さんは大きく深呼吸をした後、私に手を差し出した。

 

「是非……一曲お相手願えませんか」

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

私と一条さんはダンスの中に入って行った。

 

 

ダンスを終えて、私は壁際に寄った。達也お兄様は大変そうだった。エイミィ、雫、七草会長と3人と踊っていた。

………羨ましい。でもダメよ。私達は兄妹なんだから。そんな事を思ってると、冬也お兄様の斜め後ろでモジモジしてる影が見えた。というか、ほのかだ。

 

「ほのか?」

 

「! み、みみ深雪!?」

 

「何してるの?」

 

「な、何でもないよ! あ、あはは……」

 

分かり易すぎる。ちょっと可愛い。私は「そう」と短く言うと、冬也お兄様の元へ歩いた。

 

「ウィンター=バーボタージュ……間違えた。冬也お兄様」

 

『いやどんな間違えた方? つーかわざとだろお前』

 

「ほのかと一曲踊って来たらどうですか?」

 

『は? なんで?』

 

「いいから。お願いします」

 

『俺ブレイクダンスとタップダンスとフラダンスとダダダダンスは得意だけど、この手のダンスは苦手なんだよね』

 

「聞いたことあるダンス羅列してるだけでしょそれ。というかダダダダンスって何? 遊戯王にありそうですね」

 

一回ため息をついてから、冬也お兄様の手を引いた。

 

「いいから、」

 

『いやあのちょっと?』

 

「お願い、します!」

 

引っ張って自分の前に冬也お兄様を配置すると、背中をドンッと押してほのかの前に押し出した。

 

「っ!? と、冬也さん!?」

 

『いやーどうもどうも。冬也さんです』

 

「なっななななんですか!? 私に何か……!」

 

いやテンパりすぎでしょほのか……。これは失敗するかな、と私が思った時、

 

 

「俺と一曲どうだ?」

 

 

予想外のイケメンボイスが聞こえた。私やほのかだけではなく、その場にいた女性陣が冬也お兄様の方を一瞬見た。

顔を赤くしてぽーっとしてたほのかだが、すぐに復帰した。

 

「へっ? あ、あの、その……はいっ」

 

「じゃ、いくか」

 

ニコッと微笑んで冬也お兄様はダンスの中に入って行った。

本当に、ズルイ人だ、あの人は。

 

 

ほのかと冬也お兄様が踊ってるのを見つつ、私はぼんやりと壁際で雫とお話ししていた。

 

「……冬也さん、踊り下手だね」

 

「ブレイクダンスとタップダンスとフラダンスとダダダダンスは得意らしいけどね」

 

「ダダダダンス? 走って踊るの?」

 

「さぁ?」

 

そんな事を思ってると、曲が終わり、ほのかと冬也お兄様が戻って来た。

 

「冬也お兄様」

 

『ん、おお。ディープスノーか』

 

「英語呼びやめて下さい。不快です」

 

『深いんじゃん』

 

「いやそっちの『ふかい』じゃないです!」

 

『腐海?』

 

「ホワイトボードだとそういうボケもできて楽しそうですね」

 

私は深いため息をついた。

 

『それより、達也と踊んないのお前?』

 

「いいですよ、兄妹ですし」

 

『あんま関係なくね? 行って来いよ』

 

「いや、でも、」

 

『行って来いって』

 

「や、でも」

 

『行けばそれ録画しといてやる』

 

「行きましょう」

 

こうして、九校戦は幕を閉じた。

 

 



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夏休み編(もしくは「男子高校生の夏休み」)
司波家の土曜日


 

 

九校戦が終わった翌日、6月頃のジメジメした暑さとは違い、全力の暑さが私達を襲う。それでも、私も達也お兄様もダラけることなく、キビキビと動いていた。

ところがどっこい、うちには一人だけグータラバカがいる。これから私はそのバカを起こしに行く。

 

「冬也お兄様、起きて下さい」

 

無反応。想定通りだし、さほどイラッともしない。

 

「冬也お兄様」

 

静かなものだ。まぁこれも想定内。

 

「入りますよ」

 

私が中へ入ると、ムアッと暑苦しい空気が纏わりついて来た。私の顔からは一瞬で滝のように汗が流れ落ちる。

 

「……………」

 

予想外にも、冬也お兄様は起きていた。そして、これまた予想外なことに、冬也お兄様は部屋の中でガラス細工の人形を作っていた。

本人も、滝と言ってもナイアガラの滝レベルで汗を流してるが、それ以上の集中力で人形作りに没頭している。

 

「…………」

 

このアホヤお兄様に、ツッコミを入れる術も、どういうつもりか、何を考えているかを聞く術も私は持ち合わせていなかった。

 

 

一時間後。クーラーの効いたリビングで、私は寝転がっている。あの熱気をモロに喰らった私は、人造人間に襲われたかのように気を奪われ、ソファーに寝転んでしまった。

すると、やり遂げた表情の冬也お兄様が部屋に入ってきた。

 

「おーい、二人共」

 

「どうかされましたか?冬也兄様」

 

達也お兄様が冷えた麦茶を三つ分持ってきて、机の上に置いた。

 

「おお、サンキュー達也。見てこれ」

 

冬也お兄様が持ってきた人形は、モノリス・コードで一条さんの魔法を術式解体によって破壊する達也お兄様と、アイス・ピラーズ・ブレイクで氷炎地獄によって相手の氷柱を全てまとめて砕いた時の私の人形だった。

 

「おお……」

 

「すごいですね……」

 

私も達也お兄様も感嘆の声を漏らす。

 

「手作りっ」

 

フンスッと、胸を張る冬也お兄様。かなり細密に作られてるけど、こんな技術をどこで身に付けたんだろうか……。

 

「それで、どうする?一応、二つずつ作ったけど」

 

「「1セット1万円でどうでしょうか?」」

 

私はこの時知った。アホなのは冬也お兄様だけじゃない。私と達也お兄様もなのだ、と。

 

 

冬也お兄様のお陰で、朝食とお昼が一緒になってしまった。さて、明日は達也お兄様とショッピング。二人きりだ。冬也お兄様には悪い気もするけど、こればっかりは譲れない。

お忙しい達也お兄様とお出掛けなんて滅多にないのだから。その点、冬也お兄様は普段から家でゴロゴロ……してないや。何か意味不明なものを作ったりしてて暇人だし、一緒に出掛けようと思えばいつでも出掛けられる。まぁ、出掛けることなんてまずないケド。

 

「深雪、ごっそさん。俺、五十里に頼まれてる『千代田花音フィギュア1/10スケール〜ver.ZENRA☆〜』作ってくるから」

 

何を注文してるんですか五十里先輩。九校戦ではあまり冬也お兄様と接点の無かった方だからバカは感染してないと思ったんだけど……。今度千代田先輩に密告しておこうかしら。

 

「あと、ちよちゃんから頼まれた『五十里啓×服部刑部フィギュア1/10スケール〜あんな女と別れて、俺と付き合っちゃいなよ〜』も作んないといけないんだった」

 

あの二人は別の意味でバカップルなのね。よくわかった。あと、冬也お兄様って千代田先輩のこと「ちよちゃん」って呼んでるんだ。

少し羨ましいかも。例えば、深雪だから「ゆきちゃん」とか……って、何考えてんの私!? 最近、自分の心の中に矛盾が出てる気がする。私が好きなのは達也お兄様……いやもちろん兄妹として。

 

「ゆきちゃん、『達也×深雪フィギュア1/10スケール〜俺はお前を妹ではなく、一人の女性として見ている〜』も、作ろうか?」

 

心を読まれた! 私の人生史上で一番読まれたくない心の中を! 恥ずかしさに思わず悶えながらも、私は携帯を弄った。

 

『3セットお願いします』

 

 

明日、私は達也お兄様とデート。と、いうわけで次回は私はお休みします。

 

 



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冬也お兄様の夏休み1

 

 

スケット部部室。そこで、特に待ち合わせもしていないのに集まった男が五人、司波冬也、服部刑部、桐原武明、十文字克人、吉田幹比古の五人だ。

それぞれがダラけたり、漫画を読んだり、飲み物を飲んだりしていると、冬也が立ち上がり、全員の前に立った。

 

「おい」

 

珍しく発声した。それほどイラついてるのだろう。

 

「なんでお前らこの部室を漫喫みたいに使ってんだよ。帰れ」

 

「仕方ねーだろ」

 

真っ先に答えたのは桐原だ。

 

「俺たち全員彼女いねーし。夏休みなんて暇なだけなんだよ」

 

「知らねーよ。てかお前、壬生はいいのかよ」

 

「は、はぁ!? なっななな、なんで壬生が出て来るんだよ!」

 

「「「「…………」」」」

 

その桐原の反応を見た直後、服部が携帯を取り出した。

 

「もしもし、壬生か? 服部だ。今からスケット部の部室に来てくれ」

 

「はぁ!? お前、何勝手に……!」

 

「うい、待ってる」

 

「オィイイイイ!! 話聞けよ!」

 

桐原の渾身のツッコミを無視すると、冬也が桐原に言った。

 

「いいか、今からお前がすることはさやちゃんをデートに誘うことだ」

 

「はぁ!? な、なんでいきなりそうなるわけ!?」

 

「桐原先輩は来年受験でしょう? 実質、楽しめる夏休みは最後なんだから、思い出作りましょうよ」

 

「うぐっ……!」

 

歳下に言われ、何も言い返せなくなる桐原。

 

「ま、そういう事だな。チキンなよ」

 

「デートに誘うのが遅くなるほど、顔面ファランクス一回だな」

 

「じ、十文字会頭!? そんな顔面シュークリーム一回みたいなノリで……!」

 

「いいね、とりあえず許容範囲は5分。6分以降は1分につき1ファランクス」

 

「1ファランクスってなんだ! どんな単位?」

 

なんてやってると、コンコンとノックの音がした。

 

「あの、すみませーん」

 

「! 来たぞ!(小声)」

 

「どうするんですか? 僕達がいたんじゃとても告白なんて……!(小声)」

 

「任せろ」

 

言うと、冬也は服部と十文字と幹比古と自分にCADを向けて撃った。直後、全員透明になる。

 

「! すごいなこれ……」

 

「必殺『スケルトン』。これの応用が、女の服が透ける『スケルトンブラジャー』」

 

「あ、それ後で教えてもらっていい?」

 

なんてやってると、壬生が部室に入ってきた。中には桐原しかいないように見える。

 

「あれ? 桐原くん? 服部くんは?」

 

「あ、ああ……あいつなら屋上で全裸でバタフライしてるよ」

 

「えっ……」

 

直後、桐原は後ろから本気で蹴り上げられたように天井に減り込んだ。

 

「っ!? き、桐原くん!? 大丈夫!?」

 

「あ、ああ……大丈夫だ……」

 

頭から血を流しながら桐原は脱出。

 

「………頭から血を流しながらデートのお誘いか。中々斬新だな(小声)」

 

「斬新過ぎますよ、ゾンビの恋ですか(小声)」

 

「二学期に俺が露出狂になってるみたいな噂流れたら桐原殺さないとな……(小声)」

 

「落ち着け、服部。チキンの桐原なら三回は顔面ファランクスだ(小声)」

 

「あの、会頭。顔面ファランクスもしかして気に入ってます?(小声)」

 

「少し(小声)」

 

好き勝手言われてる桐原は話を進めた。

 

「あ、あのさ、壬生……」

 

「何? どうしたの?」

 

「そ、その………」

 

「?」

 

本当にチキンだった。顔を赤くして口がパクパクしたまま、声が出ていない。テンパってるのは明らかだった。

 

「え、えっと、あれだ。綺麗だな!」

 

「えっ……?」

 

カアッと赤くなる壬生。

 

「い、いや! すまん、違うんだ! え、えっと……つまりだな……」

 

「5分(小声)」

 

十文字によるカウントダウンが始まった。

 

「え、えっと……それで、壬生……」

 

「どうしたの? らしくないよ? 桐原くん」

 

「あ、ああ……その、えっと……」

 

えっと、が4回出たところで、秒針が一周回った。

 

「よし、一回(小声)」

 

幹比古がそう呟いた。

 

「あ、あのさ……壬生、えっと……夏祭りの日、暇か?」

 

おお、と透明男子達から声が上がってる(気がする)。夏祭りとは、近くの公園でやるイベントで、割と大規模なものだ。

 

「うん。まだ誰とも約束してないよ?」

 

「そ、そうか……、よかった。なら、もし良かったらでいいんだが……えっと、」

 

「2分経過(小声)」

 

顔面ファランクス二発決定。

 

「そ、その……もし、良かったら……一緒に……」

 

「一緒に?」

 

「………………」

 

「3分(小声)」

 

「い、一緒に、行かないか?」

 

おおー! 言い切った! そして3回ピッタリ! みたいなことを言ってる気がする。すると、壬生はニコッと微笑んで言った。

 

「うん。いいわよ」

 

「! ほ、本当か!?」

 

「もちろん。夏祭りの日に駅前に17時集合ね」

 

「わ、分かった!」

 

「じゃ、私屋上で服部くん通報して来るから!」

 

「わ、分かった!」

 

壬生はそのまま走って部室を出た。ホッ……と息を吐く桐原。直後、後頭部に服部の跳び蹴りが炸裂し、思いっきりガラス窓をぶち破った。

 

「分かったじゃねぇだろおおおおお!! 何を言ってくれてんだテメェは!!」

 

「うるせーよ! お前たちが俺にしでかしてくれた事を考えりゃマシだろうが!!」

 

「どこがぁっ!? これで本当に通報されたら俺逮捕だよ! 副会長も服部も刑部も全部ティッシュに包んでダストシュートだよ!」

 

「落ち着けよ」

 

「「ゴフッ!」」

 

二人の間に入った冬也が、二人の頭を掴んで思いっきりかち割った。

 

「とりあえず桐原、お前は顔面ファランクス三回だ」

 

「待て、なんでお前に俺頭やられたん?」

 

「それより、今から桐原の恋愛成就大作戦の会議を始める。だから全員席に着け」

 

冬也はそう言うと、机と椅子を並べ、でっかいホワイトボードを出した。

 

「じゃ、会議を始める。意見がある奴は手を挙げろ」

 

「はいっ!」

 

「はい、ゴリラ会頭」

 

「まぁ、まずは祭りの最後の花火で告白だな」

 

「はぁ!? ふざけんなゴリラ!」

 

直後、顔面にファランクスが直撃した。

 

「誰に向かって口聞いてんだ桐原」

 

「いやいやいや! 目の前のエセ司会者!」

 

「こいつはもういい」

 

諦められていた。

 

「でも、桐原先輩。僕も早めに告白しといたほうがいいと思いますよ」

 

「なんでだよミキ」

 

「僕の名前は幹比古だ!」

 

「タメ口?」

 

「早めに恋人になれれば、その分残りの夏休みは恋人として二人きりでいられる機会も増えますし、原作でもこの時期には本来すでに桐原先輩は壬生先輩と……」

 

「それ以上はいけない!」

 

「うし、じゃあこの日に告白決定、と。あっ、この時も告白チキッた時間だけ顔面ファランクスな」

 

「ざけんな! アレいてぇんだぞ!」

 

「じゃあ、けつファランクスで」

 

「かわらねぇよ!」

 

と、こんな感じで会議は進んで行った。

 

 



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冬也お兄様の夏休み2

えー、今回で分かるように、私がオリジナルをやるとダメダメになることがわかりました。
次の話が終わったら、原作沿いに戻ります。


 

夏祭りの日。駅前で桐原はヤケに落ち着かない表情で貧乏ゆすりをしていた。

 

「うーわ……」

 

「あいつガッチガチだよ。初めてエロ本読んだ小学生の股間並にガッチガチだよ」

 

「これ壬生先輩来たら白いの出るんじゃないんですか?」

 

「おい、壬生が来たぞ」

 

十文字の言う通り、壬生が浴衣を着て小走りで桐原のもとに来た。

 

「ごめんなさい! 待った?」

 

「いや、今生まれたところだ」

 

((((何言ってんのあいつ))))

 

全員で呆れる中、壬生はあははっと笑った。

 

「何それ〜。ほら、早く行こ?」

 

「お、おう」

 

二人は出発した。

 

 

桐原は壬生と二人で出店が並ぶ通りを歩いていた。

 

「ね、桐原くん。何食べよっか」

 

「え、えっと……壬生の好きなものでいいぞ。奢るよ」

 

「本当? やったね。じゃああれ食べたい!」

 

壬生の指差す先にはりんご飴の屋台がある。

 

「オーケー。確か、ピンボールで当たりに入れれば二つだったよな」

 

「うん。頑張ってね」

 

てなわけで、桐原は金を出した。

 

「おっちゃん、二回」

 

「誰がおっちゃんだクソガキテメェこの野郎」

 

服部がホワイトボードを持って立っていた。直後、殴り飛ばした。

 

「どうしたの?桐原くん」

 

「何でもない。店変えようぜ。りんご飴ならなんでもいいんだろ?」

 

「ええ……?」

 

「おいおい待てよ。ここのりんご飴屋はただのりんご飴じゃないぜ?カップル専用イベントってことで、彼氏にスペシャルメニューがあるんだ」

 

言いながら服部はホワイトボードを出した。

 

『カップルメニュー 一回500円

・当たりに入れればりんご飴が5個の上、料金を丸々キャッシュバック』

 

「おいおい、マジかよ!? そんなんやっていいの!?」

 

「当たり前だろ。そもそも誰のために協力してやってると思ってんだ」

 

「服部……」

 

感動して涙を流しそうになる桐原。

 

「やるか?」

 

「あ、ああ。やらせてもらうぜ」

 

冬也に500円渡すと、桐原はポキポキと鳴らす。

 

「よっしゃ、見てろよ壬生。5個手に入れてやるからな」

 

「うん」

 

「じゃ、これカップル専用のピンボール」

 

服部に出されたピンボールのボードは、いかにもオーソドックスな、右端からスーパーボールくらいの球を打って一番上まで飛ばした後、途中にある杭に打たれながら、下の十ヶ所の穴の中から、当たりと書かれた穴に入れる感じだ。ただし、当たりの穴は一つ。

 

「いや確率ゲー過ぎるだろ!! 500円払わせといて10分の1!?」

 

「それを乗り越えるからこそ、愛があるんだろうが」

 

「愛は運で決まっちゃうのかよ!!」

 

「でももう金払っちゃったから。頑張れよ」

 

心底イラつきながら、桐原はスーパーボールを受け取って、セット。

 

「桐原くん、頑張って!」

 

壬生に応援され、仕方なさそうに玉をセットした。

 

「行けッ!!」

 

桐原がボールを射出。直後、ボールはピンボールの壁を突き抜け、思いっきり屋台も突き抜けて空へ舞い上がり、パァンッと花火になった。

 

「た〜まや〜」

 

「いやどんな仕掛け!? ふざけんな! 500円返せ!」

 

「落ち着けよ。今のは当たりだ。セカンドステージへ以降する」

 

「セカンドステージ?」

 

言われて冬也が出したのは、高さ20メートルにも及ぶ巨大なピンボールだった。

 

「いや難易度上がり過ぎだろ‼︎」

 

「まぁまずはボールを20メートルまで上げることだな」

 

「出来るわけねぇだろ‼︎」

 

「安心しろ、これで当たりに入れたらあんず飴10個の上、250円キャッシュバックだ」

 

「あんず飴10個もいらねーしキャッシュバック減ってんじゃねぇか!!」

 

「桐原くん頑張って!」

 

「頑張るの!? これでも頑張らなきゃいけないの!?」

 

だが、頑張れと言われた以上はやらなきゃならない。桐原は自分の全身全霊の力を振り絞って玉を打った。突き抜けて花火が出た。

 

「サードステェェェジッ!!」

 

「もういいわ!」

 

 

結局、外したものの、オマケでりんご飴を二つもらった。

 

「悪かったな壬生……。いきなり変なとこ連れて来ちまって」

 

「ううん。りんご飴美味しいし、いいよ」

 

「そっか、次は何する?」

 

「うーん……あれ! 金魚すくい!」

 

壬生の指差す先には金魚の絵の後に「すくい」と書かれた旗が見えた。

 

「おお、いいぜ」

 

「やった! 行こう」

 

二人はその屋台の列へ。

 

「いらっしゃい」

 

幹比古がいた。

 

「今度はお前か……」

 

「あ、桐原先輩。あと、壬生先輩。いらっしゃい」

 

「………? 君は?」

 

「初めまして。吉田幹比古です」

 

「あ、うん……」

 

今のやり取り的に、まともだと思った桐原は金を出した。

 

「ほら、二人分」

 

また500円玉を差し出した。

 

「毎度あり。じゃ、これ」

 

幹比古に渡されたのはお札のようなものだ。

 

「? 何これ」

 

「はい、頑張ってください」

 

さらに不可解なことに、水の中に金魚の姿はない。

 

「おい、金魚はどこだよ」

 

「? なんでうちに金魚が?」

 

「決まってんだろ! 金魚すくいだからだよ!」

 

「何言ってるんですか。うちは『精霊すくい』ですよ」

 

固まる桐原と壬生。

 

「いや、見えるわけねぇだろッ!!」

 

「え? 見えない? おっかしいなぁ……。でも、そこのお客さんは……」

 

幹比古の指差す先には美月が高速でお札を動かしていた。

 

「見えてるみたいですよ?」

 

「いや知らねぇよ! 付き合ってられるか! 行くぞ壬生!」

 

「待って、桐原くん。ここ、普通の金魚すくいもやってるみたいよ?」

 

「え?」

 

壬生の視線の先には、高速で金魚をすくう冬也の姿があった。

 

「こっちは一回200円ですよ」

 

「なんだよ、あるなら先に言えって」

 

言いながら桐原は二人分の値段を払った。

 

「壬生、どうせならどっちが沢山掬えるか競争しないか?」

 

「いいね! 負けないわよー!」

 

で、二人して金魚を見た。直後、固まった。水の中で渦潮が出来ていた。

 

「だから難易度高過ぎるだろ!こんなん掬えるか!」

 

「掬う? 何言ってるんですか? ここは『金魚救い』ですよ?」

 

「分かりにくいわ‼︎」

 

「でも出来ないことないでしょう。冬也さんは何匹も救ってますし」

 

そう言う通り、冬也のお椀は金魚が大漁で溢れていた。

 

「いやあれ別の意味で死に掛けてるからな⁉︎」

 

「桐原くん! 頑張って!」

 

「えっ、壬生? やれって言ってる?」

 

「頑張って!」

 

「いや、こんなんあのアホしか出来な」

 

「頑張って!」

 

「頑張ります……」

 

ポイを渡され、仕方なく桐原は金魚を救う。

 

(めげるな、俺。やる以上は全力を出せ。水の流れを読むんだ。かならず付け入る隙があるはずだ)

 

必死に水の流れを見た。直後、カッと目を見開く。

 

「そこだ!」

 

ポイを入れた。直後、折れた。

 

「いや水強すぎるだろ! こんなん出来るか!」

 

折れたポイを叩き付け、桐原は壬生を連れて出て行った。

 

 

その後も、邪魔してるとしか思えないアシストによって、桐原はツッコミまくりながらも、なんとか壬生と祭りを楽しんだ。

 

「ちょっと、休憩するか」

 

「そだね」

 

二人は祭りから離れて、森の中を進んだ。

 

「ったく、あいつら……余計なことばっかしやがって……」

 

「そんな事ないよ。みんなの屋台、楽しかったわよ?」

 

「気を使わなくてもいいんだぜ、壬生」

 

「…………」

 

「それより、花火って何時からだ?」

 

「あ、えっと……確か9時から、だったかな?」

 

「あと30分か……今のうちに場所取りするか」

 

「そうだね」

 

そんな事を話しながら歩いてると、ザンッと四人が目の前に現れた。

冬也の魔法によって完璧な偽装にも関わらず、何故かバレバレの冬也、服部、十文字、幹比古だ。

 

「二人とも、随分とアツアツじゃねぇの?」

 

「俺たち祭りで金使い過ぎちまってよぉ」

 

「だから金貸してくれや?」

 

「断りゃしねぇよなブフォッ⁉︎」

 

最後の台詞の幹比古の顔面に飛び膝蹴りが炸裂。

 

「テメェらァ! いい加減にしとけよクソッタレがぁっ!!」

 

と、バトルロワイヤルが始まる。この時、桐原は気付かなかった。壬生がこの時、本当に攫われてしまっていることに。

 

 



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冬也お兄様の夏休み3

 

 

「大体お前らなぁ! サポートってかむしろ邪魔してただろ!」

 

「誤解だ、桐原。最後にお前に綺麗に勝たせてやる予定だった」

 

「会頭も! つーか今更だけど十師族がこんな所で遊んでていいのかよ!」

 

「仕事だ。さっきまで『十文字焼き』をやっていた」

 

「十文字家はもうだめだな」

 

「んだとコラァッ‼︎」

 

なんてやってると、「あの……」と幹比古が声を上げた。

 

「どうした? 吉田」

 

気付いた服部が聞き返す。

 

「あの、壬生先輩は?」

 

「………あっ、そういえば」

 

直後、ヒラッと紙が降って来た。

 

「なんだこれ」

 

『司波冬也とそのお仲間の全力ボケナス様

貴方達のお姫様は預かりました。返して欲しければ、指定の場所まで来てください。 エガリテ残党より』

 

「! ど、どうしますか!?」

 

「エガリテか……生き残りがいたのか」

 

焦った様子で幹比古が言うが、残りの四人はニヤリと微笑んだ。

 

「いいじゃないか、是非とも行ってやろうぜ」

 

「そうだな。どちらにせよ、取り返すには変わりない」

 

「懲りてないみたいだし、次は息の根を止めてやるか」

 

「この面子に喧嘩売るとは、バカな奴らだ」

 

(あっ、これは……)

 

頼もしすぎてダメになりそう、と思った。

 

 

指定の場所、廃倉庫。

 

「ち、ちょっと! 私をどうする気!?」

 

「はっ、お前はどうもしねぇよ」

 

「俺たちが狙ってんのは司波冬也だ」

 

「冬也くん……?」

 

「ここをあいつの処刑台にしてやる」

 

ニヤリと笑う男達。何とかして脱出したい壬生だが、魔法が苦手で何も出来ない。

 

(助けて……誰か……)

 

直後、倉庫の扉が吹き飛んだ。

 

「っ!」

 

「なんだっ?」

 

「来たようだぜ」

 

現れたのは五人の男達だった。しかし、何故か首から下はタイツだ。

 

「まずはレッド、桐原武明!」

 

「そしてブルー、司波冬也」

 

「ブラック、十文字克人」

 

「イエロー、吉田幹比古!」

 

「ぴ、ピンク……服部刑子……」

 

「「「「「五人揃って!」」」」」

 

ドカァーーーン!

 

「「「「「マホレンジャー!」」」」」

 

ポカーンとするエガリテ残党と壬生。

 

「………あのさ、やっぱ性別まで変えることないと思うんだよね」

 

「いや、そこは拘ってこそだろう」

 

「そうですよ、せっかく性転換魔法もあるんですし」

 

「………ひどい」

 

直後、エガリテ残党が言った。

 

「おい、ふざけてんのか?」

 

「それより動くなよお前ら。動いたらこの小娘……」

 

直後、桐原が壬生に向かってダッシュした。

 

「話聞いてた!?」

 

「おい、殺せ!」

 

一人の団員が壬生にナイフを突き付けた。だが、その男は大きく吹き飛ばされた。

さっきの恥ずかしがっていた様子と大きく変わって、服部の魔法だ。さらに、別の奴を雷童子で幹比古が撃破。

 

「このっ……!」

 

反撃してきたが、十文字がガードする。

 

「オォォォラアァァァァッッ‼︎」

 

木刀を構えた桐原が気合一閃、敵をブン殴った。そして、壬生の横に座った。

 

「大丈夫か? 壬生!」

 

「桐原くん……!」

 

「良かった……」

 

ギュッ、と抱き締めようとした桐原だが、その横をドドドドッと走り去る冬也、服部、十文字、幹比古。四人は容赦なく敵を袋叩きにした。

 

「桐原! じゃないレッド! あとは俺たちに任せろ!」

 

「お前は壬生を連れて逃げろ!」

 

「ちゃんと決めろよ! 時間まであと5分ないぞ!」

 

「吉報、待ってますからね!」

 

桐原は、壬生の手を引いてその場から離れた。

 

 

「ち、ちょっと桐原くん! あの子達いいの!?」

 

「あいつらが負けるところを想像できるか?」

 

「………ごめん」

 

で、桐原が逃げた先は小さな公園だった。

 

「ここは……?」

 

「………間に合った」

 

一息ついて、二人はブランコに座った。直後、ヒュ〜……という音の直後、ドォンッという風流な音がした。花火の音だ。

 

「綺麗……もしかして、この為にここに……?」

 

「あ、ああ……」

 

「ありがとう、桐原くん……!」

 

二人でそのまま花火を見る。花火の光によって見える壬生の横顔を見て、桐原はため息をついた。

 

「? 桐原くん?」

 

「あー、ダメだ。もう抑えらんねぇ」

 

「? 何が?」

 

「壬生……」

 

「な、何?」

 

「好きだ」

 

「………へっ?」

 

「壬生、俺は、お前が好きだ」

 

「………………へっ?」

 

かあっと顔が赤くなる壬生。

 

「付き合って、くれるか?」

 

「……………」

 

真っ赤な顔をしたまま、目をパチパチする壬生。すると、プッと噴き出した。

 

「ふふっ、やっぱらしくない。いつも馬鹿やってるくせに」

 

「う、うるせっ」

 

「ふふふ……。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

壬生は喜んで受け入れた。

 

 

「桐原先輩、末長くお幸せに」

 

「それより冬也、こいつらの始末どうすんだよ」

 

「焼いとく?」

 

「過激だな。まぁ俺に任せろ。十師族だし」

 

四人はその場で退散した。

 

 



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海水浴

 

『海に行かない?』

 

発端は雫のそんな一言だった。

 

「海って、海水浴?」

 

『うん』

 

雫、ほのか、私でテレビ電話中だった。

 

『あっ、もしかして?』

 

『うん、そう』

 

「もしかして……って、なに?」

 

カァーンカァーンカァーン!

 

『えっと、小笠原にね、雫のお家の別荘があるのよ』

 

「えっ?雫のお家って、プライベートビーチを持っているの?」

 

『うん……』

 

カァーンカァーンカァーン!

 

『父さんが、「お友達をご招待しなさい」って。どうやら深雪と達也さんと冬也さんに会いたいみたい』

 

『今年はおじさまがご一緒なんだ……』

 

『安心して。顔をみせるのは最初だけ』

 

カァーンカァーンカァーン!

 

『深雪、これ何の音?』

 

「バ……冬也お兄様が温泉を作ってる音よ」

 

『温泉……?』

 

「それより、私は構わないけど、何時にするの?」

 

『決めてない。達也さんの都合のいい時で、って思ってる』

 

「じゃあ、お兄様の都合を伺って来るわね」

 

 

そんなわけで、海当日。他にエリカ、美月、吉田くん、西城くんも連れて、合計9人。

 

「わぁ……素敵なクルーザーねぇ」

 

エリカが白い船体を見上げる。

 

「エリカのお家でもクルーザーくらい持ってない?」

 

「船は持ってるけど、あれはクルーザーとは言えないよねぇ……てか言いたくない」

 

「……もしかして、訓練のため?」

 

「そうよ」

 

「徹底してるのね……」

 

思わず呆れ顔で呟いてしまった。

 

 

私と達也お兄様が北山潮さんに挨拶したあと、出発。途中、嵐に会うこともなくプライベートビーチのある島に到着した。冬也お兄様が「何か起こらないと面白くない」とかなんとかで竜巻を起こそうとしていたが、なんとか止めた。

そのお兄様は、吉田くんと西城くんを連れて潜水をしている。生の魚を見に行った。

 

「ねぇ、深雪」

 

「? どうしたの?ほのか」

 

「冬也さんは?」

 

「あそこで沈んでるわよ」

 

「沈……⁉︎」

 

「や、今のは比喩表現で……」

 

思ったより深刻な顔をされてしまい、慌てて弁解しようとしたけど遅かった、ほのかは海に突撃した。

 

「深雪、ほのかは泳げないよ」

 

「ええっ⁉︎」

 

雫の爆弾発言で、私も慌てて海へ突入。しようとした時、海が持ち上がった。直径10メートルくらいの水の球が持ち上げられ、中に吉田くんと西城くんとほのかがいる。

 

「へ?」

 

冬也お兄様が海面から顔を出して、超能力を使ってる人みたいに両手を開いて動かしていた。

まさか……あれ、冬也お兄様が……?

 

「と、冬也お兄様!」

 

声を掛けた直後、冬也お兄様の前に水の文字が浮かぶ。

 

『話しかけるな、集中力途切れる』

 

いやそんな魔法使えてる時点で割と余裕あるのでは?と、思ったが割と本気で大変そうだ。

 

「あーもう無理」

 

冬也お兄様は一気に脱力した。直後、水球は海の中にリバース。

 

「ッハァー!最高だぜ」

 

「冬也さん、もっかい!もっかい!」

 

西城くんと吉田くんが子供みたいにはしゃぐ中、冬也お兄様は黙って潜った。何をしてるのかと思い、私も潜って海中の様子を見ると、ほのかの腕を掴んで背中に乗せて上がってきた。

 

『おーい、無事か光井さん』

 

文字通り水性ペンでそう言うと、ほのかはゆっくりと目を開いた。

 

「んっ……んんっ⁉︎」

 

冬也お兄様におんぶされてる現状に気付き、顔を真っ赤にするほのか。可愛い。

 

「とっとととと冬也しゃん⁉︎」

 

『人の名前を北斗神拳みたいに呼ぶな』

 

「なっ、なんっ……なんでっ……⁉︎」

 

『いや、沈んでたから』

 

「沈ん……?はっ、そうですよ!何てことするんですか!」

 

『いや、幹比古とレオがどうしてもって言うから』

 

「危ないですよ!」

 

『でも楽しかったでしょ?』

 

「ま、まぁ、スリルはありましたけど……」

 

なんか、仲良くなってる……。別に私は達也お兄様一筋(もちろん兄妹的な意味で)だから良いんだけど……気に入らない。

 

『もっかいやるか』

 

「へっ?」

 

「おーい!冬也さん、あたし達も混ぜて!」

 

エリカやら雫やら美月やらが集まって来た。直後、マジで?みたいな顔をする冬也お兄様。

そっか、人数が多いとその分負担が掛かるんだ。

 

「冬也お兄様、私もお願いします」

 

『深雪、テメェ……』

 

で、二回目。今度は一回り大きな直径12メートルほどの水球を作って、私達ごと持ち上げた。

………確かに楽しいわねこれ。水の中なのに浮いてるって感覚が中々。なんていうか、冬也お兄様の無駄な技術でも役に立つことがあるのね。ほんのり感動してると突然視界がブレた。ドッボォォオンッと水の中から水の中に落ちた。あ、この感覚も中々新鮮で楽しいかもしれない。

 

「ぷはっ」

 

海面から私は顔を出す。続いて雫、エリカ、西城くん、吉田くん、美月と顔を出す。

………一人足りない。だが、心配いらなかった。冬也お兄様がすぐにほのかを海面に上げる。

 

「ちょっ、待って!お願いですから!」

 

様子がおかしい。ヤケにほのかは抵抗している。不審に思った私は、潜って海中を見ると、ほのかの上半身のビキニが無かった。

 

「ッッ⁉︎」

 

私は慌てて冬也お兄様にやめさせようとした。ほのかの裸が周りに晒されるのももちろんだが、何より冬也お兄様の手はほのかの胸に当たりそうな位置だ。

 

「冬也お兄様!ストッ……!」

 

『誰かほのかちゃんのEカップくらいのビキニ知らない?』

 

「」

 

その場にいた女性陣は言葉を失い、吉田くんと西城くんはおデコに手を当てて顔を背けた。

直後、みるみる顔を真っ赤にしていったほのかは、手を開いて大きく振りかぶった。

 

「もうっ!本当に死ねッ‼︎」

 

パァンッと拳銃より心地よい軽快な音が、小笠原の海に響いた。

 

 



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謝罪

 

「ヒック、ヒック、エグッ……」

 

泣いちゃったほのか。そりゃ泣くだろう。自分の胸のサイズを晒された上に好きな人に見られたのだ。私でも泣くだろう。

その泣かした本人である冬也お兄様は、一人で砂浜で1/1スケール江戸城を作っている。

 

「冬也お兄様」

 

「んー?」

 

「謝ってください。今回は冬也お兄様が悪いです」

 

「なんで」

 

「デリカシーってものがないんですか?」

 

「デリカシーならこの前鼻水と一緒にティッシュでチーンしてトイレに流した」

 

「最低………」

 

「冗談だよ。まぁ少しは悪いと思ってるよ。ちょっとキューピッド最近やったからって調子に乗ってたわマジで。女心 イズ マインだと思ってたわ」

 

「キューピッド?」

 

「いや、なんでもない。こっちの話。つーか、桐原の話」

 

「桐原先輩に何したんですか?」

 

「マホレンジャー」

 

「アホレンジャー?」

 

「一番間違えちゃいけないところ間違えたな。とにかく、ほのかに謝ればいいんだろ?」

 

「そうです」

 

「ごめんねー!」

 

「雑過ぎでしょ!」

 

「練習だよ」

 

「まぁ、謝ってくるよ」

 

言うと、冬也お兄様は江戸城の屋根から飛び降りた。いつの間にか、砂の江戸城は本物のような外見になっていた。内装も。あの人本当に凝り性なのね……。

 

 

『ほのかちゃん』

 

水で名前を呼ぶと、ギロッと涙目で睨むほのか。当然だろう。

 

『悪かったな。まぁ、俺が悪かったよ』

 

「………胸の大きさまでバラすのは悪かったじゃすまないと思います」

 

『うん、分かる。ゴメンなさい』

 

………意外とキチンと謝ってるわね。流石に謝るときは真面目なのね。

 

「まぁ、今回は許して」

 

『体の事に関しては本当にデリケートな問題だ。ごめんで済むことではない』

 

「えっ?あのっ、冬也さん?」

 

『だから、俺の命を持って償おうと思う』

 

「…………はっ?」

 

私もポカンとする中、冬也お兄様は自分のコメカミにCADを向けた。

 

「ちょっ、冬也さ……」

 

直後、一切のためらいも無くCADの引き金を引いた。頭から血が噴き出て、パタリと倒れる冬也お兄様。

 

「き、キャアァああああッッ‼︎」

 

悲鳴をあげるほのかと美月。私と達也お兄様は冬也お兄様の元へ駆け寄った。

 

「脈がない……」

 

「まさか、本当に……!」

 

こ、こんなことで自殺するなんて……!嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!

 

「っていう仮死状態を作る魔法を考えたんだけど……」

 

とりあえず、全員で蹴りを入れた。

 

 

結局、土下座したうえに、「今日一日なんでも言うことを聞く」のオプション付きで冬也お兄様は許してもらっていた。

けど、「今日1日何でもいうことを聞く」なんていうのは、冬也お兄様にとっては造作もないことだった。

 

「じゃあ冬也さん!私、カキ氷が食べたいです!」

 

ほのかはおそらく冗談で言ったのだろう。それに、エリカも雫も西城くんも私も冗談のつもりで「私も!」「俺も!」と言った。

直後、冬也お兄様は海から一辺1メートルの正方形を抜き取り、魔法で精製水にした後、凍らせて粉々に砕いて、更に氷の器まで作ってカキ氷を作って見せた。元々、カキ氷は食べる予定があったのか、シロップは雫の家が用意してあった。

 

「じ、じゃあボートに乗りたいです」

 

すると、島の森の中に入り、ズバッザザッカーンカーンと音がしたあと、木製のボートを持って来た。

 

「…………」

 

意地になったのか、ほのかは更に命令した。

 

「土星がみたいです!」

 

飛んでった。

 

 

ヤケにグッタリした様子で、ほのかが私の隣に座り込んだ。

 

「………すごいね、深雪。よく深雪はあの行動に間髪を容れずにツッコミ入れられるね」

 

「一緒に暮らしてればね……嫌なスキルだわ……」

 

「ちょっと、羨ましい……」

 

「はっ?」

 

「いや何でもない」

 

私の目の前では、吉田くんと西城くんとエリカと雫がビーチバレーをしていて、冬也お兄様は何処から持って来たのか、ビーチバレーの審判の服装で審判をしている。

美月と達也お兄様は副審なのか、コートの端にそれぞれ並んでいる。

 

「で、土星はどうだった?」

 

「声が出なかった」

 

「でしょうね」

 

 




正直なところ、夏休みさっさと終わらせたいです。なんか何も思い付かんです


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横浜騒乱編(もしくは「我らのスケット部」)
大喜利大会


 

 

生徒会室。新学期も始まって数日。私は気が重いながらも生徒会室に足を運んだ。

なぜ足が重いか。それは、現・生徒会長だ。

 

「………遅れました」

 

私はテンションだだ下がりで生徒会室に入った。

 

「あ、司波さんが来たよ」

 

生徒会会計:五十里啓さん

 

「お疲れ様、司波さん」

 

生徒会書記:中条あずささん

 

「深雪、遅かったけど、どうしたの?」

 

生徒会書記:光井ほのか

 

『お前新生徒会が決まってまだ数日なのに遅刻とかいい度胸してんなこの野郎。罰として廊下でスクワット200回』

 

生徒会長:バカ

 

『おい、一人だけ紹介おかしいだろ』

 

「遅れて申し訳ありません。何せ会長の顔を見たくなかったもので」

 

『目の前で言っちゃうんだ』

 

「では、始めましょうか」

 

『なんでお前が仕切ってんの。生徒会長俺。じゃ、五十里、会議進めろ』

 

「今日は光井さんの日だよ。お願いね、光井さん」

 

「分かりました。でも今日ちょっと喉の調子が悪くて……深雪、お願い」

 

「結局私⁉︎」

 

ああ、疲れる……。つーか、「光井さんの日」って何?会議って当番制?

 

『じゃ、会議始めんぞー』

 

しかも結局あんたが仕切るのか、まぁいいや。

 

『えーっと、今日はなんだっけ。10月の球技大会の話だっけ?』

 

「そんな行事ありません」

 

『じゃあ写生大会?』

 

「大会から頭離してください」

 

「論文コンペについてだよ、冬也くん」

 

五十里先輩が私の援護をしてくれる。

 

『はいはい、わーってるよ。じゃあ、その糖分ローテについて、お話ししまーす』

 

そもそも、何故うちの兄のダメな方が生徒会長になったのか分からない。どーせおもしろがってるんだろうけど。学校はどうなってしまうんだろうか。

 

『えーっと、確認するけど出場するのはリンちゃん先輩だよね』

 

「そうです。それと、五十里先輩です」

 

ほのかが五十里先輩を見ながら言った。

 

『磯野と……』

 

「誰が波平?」

 

『あと3-Cの平河先輩が退学したんだよね?』

 

「うん、そうだね。なんでか知らないけど、急に……」

 

『と、いうわけで今回の議題は代わりの人を探します。題して!』

 

言いながら冬也お兄様はホワイトボードに文字を書き始める。

 

『平河の代わりに論文コンペ出たい人選手権』

 

「いやなんの選手権ですか⁉︎というか、ここどこ⁉︎」

 

しかも、いつの間にか場所は講堂に変わっていて、冬也お兄様はスーツに着替えてほのかと司会のように立っていた。

 

『と、いうわけでやってまいりました。平河の代わりに論文コンペ出たい人選手権、通称平井堅』

 

「とんでもないところ略した!」

 

『司会進行役を務めさせていただきます、シバ冬樹です』

 

「モト冬樹みたいに言うな!」

 

「同じく司会進行の、光井ほのかです!」

 

「ほのかも俄然ノリ気⁉︎」

 

『審査員の方のご紹介をします』

 

すると、ステージの離れた場所にスポットライトが上がる。

 

『今回、論文コンペに参加していただく、リン・チャンナウさん』

 

「市原鈴音です。宜しくお願いします」

 

『同じく、先日千代田花音の全裸フィギュアを買った磯野カツオさん』

 

「いやそれバラす必要ある⁉︎」

 

『そして、2年生主席の小学生、赤毛のあーちゃん』

 

「あーちゃんって呼ばないで〜!」

 

「いやそこじゃないでしょ!」

 

『そして、ツッコミ役の司波深雪さんです』

 

「ツッコミ役って何⁉︎ていうか、それわたし⁉︎」

 

『今回の平井堅で一番重要な役をしていただきます。深雪さんには思う存分、手腕を発揮していただきたいですね』

 

「それツッコミなしじゃ成立しないってこと⁉︎ボケ倒すつもり満々ですか!ていうかそもそもいつ募集したんですかこれ!私聞いてませんよ⁉︎」

 

『おっ、早速ツッコミを連発しますね〜深雪さん1ポイント』

 

「ポイント制⁉︎あと私も参加者なの⁉︎」

 

『では、エントリーナンバー1。服部刑部さん!』

 

「もう始めるの⁉︎」

 

舞台に上がってくる服部先輩。というか、これを見に来てる観客の皆さんは一体何なんだろうか……。

 

「服部刑部です。一発芸やります」

 

「忘年会⁉︎」

 

すると、服部先輩は手をすっと控えめに挙げた。

 

「ミュージック、スタート」

 

だが、何も流れない。すると、放送が入った。

 

『すみません、音楽機器の故障です』

 

「いやグダグダァッ‼︎」

 

何だこれ!とても論文コンペに出る参加者を募るためのものとは思えない。

 

「冬也さん、どうなさいますか?」

 

『服部、アウトー』

 

直後、冬也お兄様はボタンを押した。服部先輩はステージの穴に落ちて消えた。

 

「いやどんな仕掛けですか⁉︎」

 

………結論を言おう。これはダメだ。あの人が生徒会長になると、学園が崩壊する。

 

 

結局、本日の大喜利大会は、出場者が服部先輩、桐原先輩、十文字先輩、吉田くんの冬也お兄様の率いる最強バカ軍団の茶番であることが判明し、終わった。

その分、見に来ていた生徒達のウケは良かったようだが、正直冬也お兄様が生徒会長でいいのかは疑問だ。仕事そっちのけでこんな下らない行事ばかりしている。一度、生徒会選挙をやり直したほうがいい気もする。

その事を、私は達也お兄様に話そうと、家で達也お兄様の部屋に入った。

 

「失礼します」

 

「? 深雪、どうした?」

 

「あの、達也お兄様……」

 

「ああ。もしかして、論文コンペのメンバーに俺が選ばれたってことか?」

 

「………へっ?」

 

「………もしかして、違った?」

 

「その話、聞かせてください」

 

「ああ、今日の放課後の講堂での出来事の後に、市原先輩と五十里先輩と冬也兄様と廿楽先生に頼まれたんだ。論文コンペのプレゼンに出てくれって」

 

「そう、だったんですか?」

 

「ああ。俺にもメリットのある話だったし、協力させてもらうことにしたよ」

 

………冬也お兄様は、キチンと仕事していた。

 

「でも、冬也お兄様が達也お兄様を何かに巻き込む時は大抵……」

 

「いや、どちらにせよ論文コンペはよく狙われる行事だからね。冬也兄様一人が避けさせようとした所で避けられるものでもないだろうから、心配いらないよ」

 

「そうですか……」

 

「しかし、あれだな。冬也兄様が生徒会長になってから行事が増えたな」

 

その通りだった。球技大会やらマラソン大会やら文化祭やらと先生方に話を掛け合っている。

 

「なんか、意外とやる気満々ですよね、冬也お兄様」

 

「ああ見えて責任感の強い方だからね。なるべく、魔法と関係ない行事を増やして、二科生と一科生の交流を図っているんだろう」

 

「………そういえば、入学式直後にいきなり差別用語を撤廃させていましたね」

 

「ああ。それに、風紀委員長のちよちゃんに取り締まりの強化を頼んでた」

 

あれ?今ちよちゃんって言った?

 

「お陰で、俺は忙しくなりそうだよ」

 

「そうですか……。頑張って下さいね。深雪は達也お兄様の味方ですから」

 

「頑張るのは深雪もだろ?ツッコミ頑張れよ」

 

「それはあんまり頑張りたくないんですけど……」

 

でも、私がやらなきゃいけないんだろうなぁ。

 

 



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サッカー

 

 

翌日の放課後。達也お兄様と冬也お兄様と家に入ると、見覚えのある顔が出迎えてきた。

 

「お帰りなさい、相変わらず仲が良いのね」

 

小百合さんだった。義理の母親だ。

 

「おーうマイマザー(仮)。久し振りにここに来たんじゃね?」

 

「あなたのことを仲が良いと言ったんじゃないわ」

 

「え、何。もしかして中学の時に金賞取った作文で、小百合さんは小6までオムツ履いてたことバラしたのまだ根に持ってんの?」

 

「そりゃ持つわよ」

 

「そりゃ持つでしょう」

 

「そりゃ持ちますよ」

 

小百合さん、達也お兄様、私と冷たい声で呟いた。

 

「すぐに夕食のお支度をします。達也お兄様、何か召し上がりたいものはありませんか?」

 

「お前の作るものなら何でも」

 

「俺はラーメンがいい」

 

「黙れ小僧」

 

「えっ?小僧?俺お前の兄……」

 

「着替えの方も何かリクエストがおありでしたら。お兄様がお望みなら、深雪はどのような格好でも致しますよ」

 

「じゃあ裸エプロンで」

 

「黙れ下郎。では、行って参ります」

 

私はまずは着替えに向かった。

 

 

私が戻って来ると、小百合さんの姿はもうなかった。

 

「お兄様、あの……子供じみた真似をして申し訳ございません」

 

「いや、むしろハシタナイだろ」

 

冬也お兄様の台詞を無視して、私は達也お兄様を見た。すると、達也お兄様は私の頬を撫で、私の顎をクイッと持ち上げる。

 

「えっ……?」

 

ま、まさか……。

 

「あ、あの……」

 

達也お兄様が私に顔を近づけてくる。あ、ダメだ……写真を連写してる冬也お兄様を気にすることもできない……。

私がうっとりと瞼を閉じたその時、

 

「にゃっ⁉︎」

 

いきなり鼻を摘まれた。

 

「な、何をなさるのですか!」

 

「お仕置き」

 

うっ……!このお兄様は……!

 

「もう、お兄様の意地悪」

 

拗ねた顔で私はプイッと背けた。すると、いつの間にか冬也お兄様はいなくなっていた。

 

 

翌日の放課後。私は生徒会の仕事。冬也お兄様も珍しく仕事している。ちなみに分身してスケット部の方も運営してるようだ。

最近聞いた話だけど、服部先輩も桐原先輩も十文字先輩も吉田くんもスケット部を兼部しているようだ。さらに、このバカ五人衆に紅一点の壬生先輩も加わったようだ。

 

「はぁ……」

 

どういうことなんだろう。何であの人の部活に人が集まってるんだろう……。しかも吸い込まれるかのごとく全員バカに染まって行っている。最近はほのかまであの部活に入りたいとか言い出してる始末だし……。それだけは止めないと。ほのかまでバカに染まらせるわけにはいかない。

そんな事を考えながら外を見ると、スケット部の皆様がグラウンドに立っていた。

 

「…………?」

 

何をしてるのかしら。冬也お兄様がホワイトボードで何か話しているようなので、私は双眼鏡を使って覗き込んでみた。

 

『はい、つーわけでスケット部で一番多い依頼は部活の助っ人です。皆さんにはなんでも出来るようになってもらいます』

 

いきなり無茶を言い出しわね。

 

『そういうわけで、今日はサッカーをやります』

 

いや遊びたいだけでしょそれ!

 

『まぁ、俺もキチンとサッカーをしたことあるわけではないので、コツとかは教えられません。感覚派です。それで、これからサッカー部と練習試合します』

 

他の部に迷惑を掛けるな!

 

「司波さん?窓の外見て何してるの?」

 

「えっ、あっ、いやっ……なんでもないです」

 

五十里先輩に言われてしまい、私は机に向かい直した。

 

 

30分後。やっぱ気になる。私はもう一度窓の外を見た。

十文字先輩が相手選手のシュートをカットし、桐原先輩の前に投げた。それを胸トラップし、足元に落としながらボールをインサイドで転がしつつ、ドリブルする桐原先輩。

相手の選手が目の前に迫って来たので、右斜めにパスを出した。それを吉田くんが受け取るが、目の前に選手が迫っていた。見越していたのか、吉田くんはヒールでパスして後ろに戻すと、桐原先輩がそのボールを大きく蹴った。

何人かの選手の頭を超え、服部先輩が胸トラップして足元に落とすと、センタリングを上げ、それを壬生先輩がもらってシュートした。

 

「……………」

 

め、メチャクチャ上手くなってる……!な、なんだこりゃ!ちょっと目を離した間に何があったの⁉︎相手の選手にボールを触れさせないとかどうなってんの⁉︎

冬也お兄様の出番なんて、まるでなくなってる!

 

「司波さん?」

 

「はっ、す、すみません!」

 

くうっ……!また怒られてしまった。全部冬也お兄様の所為よ……。覚えてなさいよ……。私は理不尽な怒りを燃やしつつ、オーバーヘッドシュートを放つ冬也お兄様をチラ見した。

 

 



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実験

 

 

数日が過ぎた。論文コンペには護衛というものが付くそうで、市原先輩には服部先輩と桐原先輩というバカコンビが付くそうだ。

もちろん、達也お兄様に護衛は付かない。必要ないからだ。そんなものはむしろ足手まといだろう。ちなみに、五十里先輩には千代田先輩が付くらしい。

それと、論文コンペ会場警備隊で総隊長として十文字先輩、それと冬也お兄様と吉田くんが参加している。

 

「………みんな色々やってるんだなぁ……」

 

思わず呟いてしまった。というか、私が何もしてないだけかもしれない。だが、生徒会の仕事がある以上は仕方ない。冬也お兄様が両立させてるのはありゃ例外だ。てかなんで分身できんのあの人。ナルト?そのうち螺旋丸とか使って来そうで心配だ。

ふと窓の外を見ると、今日はテニス部にお邪魔している。テニスの王子様みたいなテニスをしてテニス部を落胆させてるのを見た後、私は仕事に戻った。

 

 

数日後、何やらプレゼンテーションで使うデモ機の実験をするようだ。人が集まっていたし、私も気になったので見学に向かった。

中々に緊張感のある実験だったのだが、それをぶち壊しにする声が聞こえた。

 

「おーい、達也くーん」

 

知り合いの声だった。エリカが達也お兄様に手を振り、直後に西城くんと吉田くんは顔を背け、全力で他人のフリをした。

 

「エリカちゃん、邪魔しちゃダメだよ……」

 

美月がやんわりと止めようとしたのだが、まるで効果がない。達也お兄様も「仕方ないな」といった様子で手を振り返す。

 

「千葉……お前、ちょっとは空気読めよ」

 

護衛役として立ち合ってる桐原先輩が言うが、それでもエリカは無視して隣の壬生先輩に声を掛ける。

 

「あれっ、さーやも見学?」

 

「お前な」

 

「エリちゃん……」

 

脱力する桐原先輩と苦笑いする壬生先輩。なんか、エリカって私の思ってる20倍くらい自由な人なのね。

 

「エリカは見学というわけじゃ無さそうだな。何か用か?」

 

他の上級生が今にもキレそうだったのを察したのか、達也お兄様が声を掛けた。

 

「美月がお手伝いに呼ばれてたから、その付き添い」

 

美月が美術部の先輩の前でペコペコと頭を下げていた。

 

「エリカ、こちらへいらっしゃい」

 

私が横から手を伸ばして、エリカの手を引いた。これ以上はちょっとアレだからね。

 

「あれ、なんの実験してるの?でっかい電球みたいだけど」

 

「プレゼン用の常温プラズマ発生装置よ」

 

「常温?熱核融合ですよね?」

 

吉田くんが私に質問した。

 

「ごめんなさい、吉田くん。わたしも詳しいことは理解していないから、後でお兄様に聞いてみる方が良いと思うわ」

 

そう言っておいて、私は実験の方を見た。丁度いいタイミングで実験が始まった。

五十里先輩が市原先輩に合図を送った。達也お兄様がモニターしている据え置き型の大型CADへ、市原先輩がサイオンを注ぎ込む。

すると、デモ機が光り出した。

 

「やっぱり電球?」

 

エリカが漏らした失礼な呟きは、幸いなことに「やった!」「第一段階クリアだ!」という声によってかき消された。本当にかき消されて良かったと思う。

その時だ。ピクッと桐原先輩と壬生先輩と吉田くんが反応した。

 

『スケット戦隊マホレンジャー、至急集結せよ。繰り返す、至急集結せよ』

 

何が聞こえたのかは分からないが、3人とも走って何処かに走り去った。私はその後が気になって追いかけた。

 

 

途中、冬也お兄様と十文字先輩と服部先輩が合流したところで、私は追いかける気がなくなったのだが、まさか遊びのために桐原先輩が護衛を放置したわけではないと思い、我慢して追い掛けた。6人が追かける先には女子生徒がいた。

 

『待てェーーーイッ!』

 

そう書かれたボードを冬也お兄様が投げ付けて、女子生徒の前に浮かせた。ビックリしたのか、腰を抜かして後ろに座り込んだ。

おそるおそる後ろを見ると、そのメンバーに更に驚愕の表情を浮かばせた。そして、全員でポケットからよく分からない機械を取り出し、上に突き出した。直後、その場が光に包まれる。

 

「まずはレッド、桐原武明!」

 

「そしてブルー、司波冬也」

 

「ブラック、十文字克人」

 

「グリーン、吉田幹比古」

 

「イエロー、壬生紗耶香!」

 

「ぴ、ピンク……服部刑子」

 

『6人揃って!』

 

チュドオオオオオオオオオオンッッ‼︎‼︎

 

『スケット戦隊、マホレンジャー‼︎』

 

爆発で学内の森を吹き飛ばした。

 

「壬生が入ったのになんで俺がピンクなんだよ!」

 

「いやー6人ものだったら女隊員は二人必要だろ」

 

「そうね。5:1なんてバランス悪いものね」

 

おい、なんの話してんの。いいから捕らえろよそいつ。いや何したか分かってないんだけどね。

 

「あの、何かご用ですか?」

 

その台詞には冬也お兄様が答えた。

 

「お前の手に持ってるの、無線式のパスワードブレイカーだろ?俺もそれ持ってたんだ。改造してこの変身道具にした」

 

や、パスワードブレイカーをどう改造したら変身グッズになるわけ?

 

「それを俺たちに渡して投降しろ。悪いようにはしない」

 

直後、その女子生徒は袖口を冬也に向け、注射器を発射した。だが、その注射器は途中で止まり、下にカランと落ちた。

 

「っ⁉︎」

 

直後、6人揃って女子生徒に飛び掛った。

 

「やっちまえぇーーいッ‼︎」

 

「「「「「うおおおおお!」」」」」

 

「やり過ぎだろうがァアアアア‼︎」

 

私は冬也お兄様の足を掴んで、後ろから全員を殴り飛ばした。ちなみに一年生の子は殴り飛ばされた十文字先輩のフライングヘッドバッドで気絶した。

 

「一年生の女子生徒を相手に何やってんですかあんたら!台詞から何から何まで何処から何処まで悪人そのままじゃないですか!」

 

「や、トドメ刺したのお前……」

 

「こっちがあんた達を成敗したいわ!」

 

「いやもうしてるし……」

 

私はプリプリと怒りながらとりあえず一年生を捕獲した。

 

 



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論文コンペ前のバカ達

 

 

今更だが、冬也お兄様はハイスペックだ。バカみたいな魔法でも、色んな魔法を作れる技能と頭、魔法だけではなくなんでもこなす器用さ、イケメン、イケメンボイス、ハッキリ言ってここまで揃ってるのにモテない意味が分からなかった。

よって、例え論文コンペという大イベント前でも、私達の仕事が忙し過ぎて過労死しそうになることはなかった。だが、並ではあるが忙しいことに変わりはない。

だけど、この物語は私視点で動いているので、私が何かしないと他の事の状況が分からなくなる。

だからしばらく私はお休みするので、色んな人視点で行きます。

…………こういう注意書きは前書きに書けや。

 

 

僕、吉田幹比古は今、野外演習場にて、十文字先輩の会場警備の練習相手を務めることになった。

元々は10対1で、十文字先輩はその1の方だったはずだ。十文字なのに。だが、すでにこちらの人数は残り3人。まだ開始後30分なのに、だ。

さすが、十師族。どんなにバカでもこういう時は手を抜かないようだし、僕からすれば化け物なまである。

木の影から僕は十文字先輩の様子を伺う。やはりすごいプレッシャーを放っていた。普段のバカゴリラの時とはオーラが違う。

落ち着け僕、これは模擬戦なんだ。しかも危険な時にはちゃんと冬也先輩が見ててくれている。

今の3行をもう10回ほど心の中で繰り返していた。荒くなった息を慌てて押さえる。だが、その息遣いを聞かれたのか、十文字先輩は動きを止め、少ししてからこちらに向かって来る。やはりバレたようだ。

だが、それでも僕は心を落ち着けた。

3、2、1……今だ!

そうカウントした直後、魔法を発動。十文字先輩を取り囲むように四つの土柱が噴き上がり、地面を陥没させた。

古式魔法「土遁陥穽」。相手を落とし穴に落とし、目くらましと足止めにする魔法だ。

僕は自分の魔法が通用したかを確認することもなく走ってその場から逃げた。

 

 

結局、あの後、一時的に逃げることには成功したものの、壁際に追い込まれてやられた。けど、あの後も模擬戦は五回に及び、五回とも十文字先輩に叩きのめされた。

けど、こういう機会は滅多にない。僕は大方満足している。沢木先輩に声を掛けられ、夕食のお弁当を頂くことになった。

誰か知り合いはいないものかと、キョロキョロしてると、お弁当配布部隊の中に、柴田さんの姿もあった。ホッとしたのだが、目と目があった直後、目を逸らされてしまった。

………え、なんで?地味にショックを受けてると柴田さんがこちらに小走りでやって来た。そして、僕の隣に座ってお弁当を手渡してきた。どうやら、僕で最後だったようだ。

 

「ありがとう、柴田さん」

 

言うと、照れたような顔を浮かべる。何この子、ちょっと可愛い。

あ、やべっ。こんな時どんな話すればいいんだろ。元々、僕は柴田さんのことが少し気になっていた。いや、別に好きとかそんなんじゃないからね?ただ、その、なに……気になっていた。あれっ?二回目?なんて思ってると柴田さんが僕にお茶を注いでくれる。

その時、指と指が触れ合ってしまった。慌てて二人して手を引っ込める。

………なんか周りの視線が喧しいな。ヤケにこっちを眺めてきてる。てかなんか生暖かい視線があるな。

隣の柴田さんも、そわそわと落ち着かない様子。

 

「あの、私、ちょっと……」

 

遂に立ち上がろうとしてしまった。だが、正座をしていたからか、足が痺れていたのだろう。

 

「わわっ⁉︎」

 

足をもつれさせて転びそうになった。僕は慌てて手を出して、柴田さんの上半身を受け止めた。

とりあえず、転倒だけは回避できた。ホッと一息ついた僕の目の前には柴田さんの後頭部。息を吐いてる場合じゃねぇよ。後ろから抱きしめてんじゃん僕。いや、問題はそこではない。なんか手に触り心地のよくて柔らかい何かの感触があった。

 

「……………⁉︎」

 

顔が赤くなる柴田さん。あれ?これオッパイじゃね?

 

「! ご、ゴゴゴメン!」

 

慌てて手を離して後ろを向いた。やっちまった……!まさかのハートキャッチプリキュア……何やってんの僕。バカなの?死ぬの?頭の中で全力で後悔してると、顔を赤くした柴田さんは走って逃げてしまった。

嗚呼……警察に行ったのかな……。そんなことを考えながら、柴田さんの後ろ姿をぼんやりと眺めていると、知らない女子生徒から声が掛かった。

 

「何ボウっと見てるの!追いかけなさい、吉田くん!」

 

僕は慌てて立ち上がり、柴田さんのあとを追った。武道場を出て、僕は声の限り叫んだ。

 

「柴田さんごめーん!柴田さーん!」

 

後を追いかけてる途中、ガッと誰かが僕にぶつかった。

 

「あっ、ゴメンなさい。柴田さー……!」

 

再び追いかけようとした直後、後ろから肩を掴まれた。誰だよこのクソ忙しい時にクタバレバーカと思って後ろを見ると、今一番会いたくない人が立っていた。

 

「………あっ」

 

「……………」

 

真顔の冬也さんだ。しばらく見つめ合う。1秒経つごとに僕の顔に汗が流れる。15個程だろうか、汗が頬をつたって顎から流れ落ちた直後、冬也さんの顔は一変した。眉を全開に吊り上げ、目を見開き、口を歪ませ、夜神月のような表情になった直後、シュビッと忍びのような音を立てて僕より先に柴田さんを追い掛けた。

 

「待てエエエエッ‼︎あんた一体何するつもりだァアアアアッッ‼︎」

 

力いっぱいに叫びながら僕は後を追ったが、冬也さんは止まらない。というか速過ぎるんですけどあの人……。

あっという間に見失い、僕は息を切らしながら魔法を発動。すぐに辺りを探した。探すこと数秒、柴田さんと冬也さんが話してるのが見えた。

 

「………見つけた」

 

場所は森の中。この前、平河さんを捉えた場所だ。そこに僕は行って、木の陰から二人の様子を眺める。相変わらずホワイトボードで話してるのか、冬也さんの声は聞こえない。覗き込むと、とんでもない文字が見えた。

 

『と、いうわけで、うちの幹比古にその巨乳を揉み放題にされる関係になるというのはどうだ?』

 

「」

 

何を言ってるんだあの人は。

 

 



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論文コンペ前のバカ達2

 

とんでもないことを平然とブチまけた冬也さん。僕がおでこに手を当てる中、柴田さんはキョトンと首を捻った。

 

「あの、仰ってる意味がよく分からないんですが……」

 

僕は大きく息を吐いた。良かった、柴田さんはあの馬鹿どもに染まるべきじゃない。

 

『だーかーらー、要するに同じ布団の中に入ってアレをああしてああする仲にってこと』

 

それでも負けじと爆弾を放り投げる冬也さん。この人、今からでも殴って止めようかな。いやでも、ここで出て行ったら、柴田さんの胸を僕が揉んだ事がバレて柴田さんに恥ずかしい思いをさせてしまうんじゃ……。

 

「同じ、布団に……?」

 

しばらく考え込む柴田さん。すると、ボンッと顔を赤くする。

 

「あうう……」

 

『実はうちの吉田くんが君に好意を持ってるみたいで』

 

うおいっ!何をバラしてるんですか!

 

「えっ?吉田くんが……?」

 

『ああ。家だと毎日シコシコしてるし、学校でもたまにシコシコしてるし』

 

してねぇよっ!!

 

『この前なんて自分の二の腕でキスの練習してたからね』

 

してねぇってば!!マキマキか僕は!

 

『まぁ、俺としては自分の部員に恋人が出来るのも面白…いいと思ってるわけだから、お前さんと成功して性交して欲しいわけよ』

 

「は、はぁ……」

 

『だが、あいつはケンタッキーよりチキン野郎で魔人ブウより純粋なわけだから、柴田さんをデートに誘うなんて出来ないと思うんだ』

 

いやチキンも純粋もベクトル違いますよねそれ。

 

『それでここに二枚のチケットがある』

 

冬也さんはポケットから二枚の紙を出した。深雪さんのお風呂写真だった。

 

『あ、間違えた。こっちだ』

 

いや、見過ごせないんだけど今の……。この人、実の妹になんてことしてるわけ?

 

『これは遊園地のチケットだ。これで幹比古を誘ってやって欲しい。いけるか?』

 

「わ、分かりました……!頑張ります!」

 

いや頑張るの僕だと思うんだけど……。

 

『と、いうわけで、頼むわ。じゃあ俺はここで』

 

そう言うと、冬也さんは僕の方に歩いて来る。すれ違いざまにこう言った。

 

「と、いうわけだから、バッチリ決めろよ」

 

「………………」

 

「安心しろ。スケット部総出で手伝ってやる」

 

「いやそれ全然安心できないんですけど……」

 

デートする事になりました。

 

 

デートの日。僕は駅前で柴田さんを待っていた。……ダメだ、落ち着かない。つーか、総出でサポートするって言ってたけど全員そんなことしてていいのか。

冬也さんは生徒会長だし、桐原先輩と服部先輩は市原先輩の護衛のはずだ。十文字先輩に至っては会場警備隊の総隊長のはずだ。

………あれ、これつまりサポート無理なんじゃね?この前言ってたのはハッタリの可能性も……。

 

「あの、吉田くん?」

 

「ヒィンヤッホゥウッ!」

 

しまった!ビックリして驚いた声を上げてしまった。

 

「よ、吉田くん?」

 

「あ、ああ……ごめん。柴田さん……」

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

出掛けた。

 

 

遊園地に到着した。電車の中では冬也さん達の姿はなかった。

 

「じゃあ、入りましょうか」

 

「あ、うんっ」

 

チケットはあるから券を買う必要はない。僕は柴田さんと入場門に並んだ。

 

「楽しみですね〜」

 

「そ、そうだね。まずは何に乗る?」

 

「うーん…実は私、ジェットコースターって苦手で……」

 

「苦手なものに無理して乗ることないよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

良い感じで僕達は中へ入る。うん、良い感じだぞ。イケる……星座占いも今日はトップだったし、ラッキーアイテムも持ってきた。俺のシュートは落ちん!

そんな事を思いながら、二人で入園し、まずは何に乗ろうかキョロキョロと探す。その直後だ。なんか見たことある奴らが従業員専用の所に入って行くのが見えた。

前から、冬也さん、十文字先輩、桐原先輩、壬生先輩、服部先輩、そして市原先輩だ。

護衛対象を連れて来てまでここに来たよ……。

 

「柴田さん、なるべくあっちの方行こうか」

 

「へ?何でですか?」

 

「ちょっとね。ショッカーが現れる前に場所を移動しよう」

 

「は、はぁ……。じゃあ、とりあえずあっちに行きましょうか」

 

逃げた。………いやまぁ、逃げ切れるなんて思ってないけど。

 

 



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論文コンペ前のバカ達3

 

 

とりあえず、コーヒーカップに乗った。これなら周りは邪魔しようがないし、何よりさっきショッカーが入っていった従業員室からかなり離れている。

 

「じゃ、乗ろっか。柴田さん」

 

「はい。……でも、余り回さないでくださいね?私、酔っちゃいますから」

 

「うん、分かってるよ。僕もそこまで乗り物には強くないしね」

 

嘘です。イニシャルDバリの運転の中で4DSやっても酔わない自信があります。

柴田さんを連れて、コーヒーカップに乗った。辺りにバカどもはいない。よし、楽しもう、そう思った時だ。

 

「桐原くんっ!楽しみだネ☆」

 

「ああ、壬生。ベイブレード並みに回してやるから覚悟しろよ」

 

「わぁーいっ!」

 

バカが僕達のカップの横に乗ってくる声が聞こえた。冬也さんの魔法を使ってるのか、外見は隠しているが僕には分かる。

 

「……………」

 

「吉田くん?どうしました?」

 

「ううん……なんでもないよ……」

 

そうか……こいつらの攻撃は回避不能か……。まぁいいや、無視すればいいし。

何より、そう派手なことは出来ないはずだ。余りバカをやり過ぎると、市原先輩に止められるからだ。あの人は元生徒会だし、常識人だからバカ達の抑止力にもなってくれるはずだ。

 

『本日は、コーヒーカップをご利用いただき、誠にありがとうございます。本日、アナウンスを努めさせていただきます、市原です』

 

常識人なんてこの世にいない、はっきりわかんだね。

 

『今回のコーヒーカップは、特別使用となっておりまして、一番回らなかったカップルにはコーヒーになっていただきます』

 

は?何言ってんのあいつ、関係ない人を巻き込むんじゃねぇよ、と、思って辺りを見回すと、僕達と桐原先輩達しか乗ってなかった。なにこの手回しの速さ。

 

「吉田くん!負けられませんね!」

 

しかも柴田さんまで乗り気だし。

 

「う、うん。そうだね」

 

『では、スタート!』

 

直後、竜巻が起こった。振り返ると、桐原カップルが剣道部と剣術部の力を合わせて全力回転させていた。

 

「ッッ!?」

 

「わっ、早い!私達も……!」

 

んーっと頑張って柴田さんは回そうとするが、あそこまでの速さはいかない。すると、足元からコーヒーが流れてきた。

 

「ほ、本当にコーヒー!?」

 

いかん!このままでは柴田さんがコーヒーまみれに!僕はガシッとコーヒーカップのハンドルを握る。

 

「……ゥゥォォオオオオオアアアアアアアッッ!!!!」

 

全身の筋肉を振り絞ってフル回転させた。直後、タリララッタラ〜と足元で音楽が鳴り響いた。

 

「え?」

 

「ん?」

 

『はぁ〜い、ボーナスタァ〜イムッ』

 

気の抜けた声が聞こえたと思ったら勝手にカップが回りだす。

 

「は?」

 

「え?」

 

『ボーナスタイムにより、このカップはオート回転モードとなります。死ぬなよ、桐原』

 

「ちょっ、何今の捨台詞……えっ?桐原?」

 

直後、僕達のコーヒーカップの外側がぱかっと開き、そこからミサイルが発射された。

 

「」

 

「」

 

それが桐原先輩達に向かい、爆発炎上させた。えーっと、なんだこれ。

 

 

「さて、次は何処行こうか?」

 

さっきまでのことは綺麗さっぱり忘れることにした。

 

「うーんと……どうしましょうか……」

 

『やぁやぁお二人さん!』

 

そこでフランクな声と共に現れたのは、遊園地のマスコット、アイアンマンだ。明らかにマスコットには向いていないが、外見のかっこよさから子供には大人気である。

が、このタイミングで話しかけて来る時点でこいつの正体は明らかにあの中の誰かだ。

 

『素敵なカップルだね。美女、地味男。えっ?地味は余計だって?いや気にするな、本音が出ただけだ。どんな美男でも美女と並べば地味に見えるさ。な?マドモアゼル?』

 

しかもキャラ完コピしてるし……冬也さんかこいつ。

 

「で、何の用ですか?」

 

『そう邪険にするなよ幹比……少年』

 

名前呼びかけたよ今。

 

『僕は君達にオススメスポットを紹介しに来たんだ。例えば……そうだな、あそこのお化け屋敷とかいいと思うぞ?』

 

「そうですか。じゃ、お化け屋敷以外に行こうか、柴田さん?」

 

そういって僕は柴田さんの手を引いて真逆の方向に向かおうとする。その直後だ。後ろからキュインッと赤いレーザー光線が僕の頬を掠めた。振り返ると、アイアンマンの腕から出ていた。

 

『もう一度言う、あのお化け屋敷がオススメだ』

 

性能まんまかよそのスーツ……。

 

 



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論文コンペ前のバカ達4

 

と、いうわけで、僕達はお化け屋敷に向かった。

 

「うう……吉田くん。実は私、余りこういうの得意じゃなくて……」

 

「大丈夫、柴田さんは僕が守るから」

 

はっ、しまった!つい、男前な台詞を!引かれてないかなぁ、と思って横を見ると、笑いながら言った。

 

「ふふ、じゃ、頼りにしちゃいますね」

 

よし!頼られた!ちなみに僕もお化け屋敷は得意じゃない。つーか大嫌いだ。だが、今の僕なら何物にも負けない。柴田さんパワーがあるからな!

二人でお化け屋敷の門を潜ると、まず現れたのは服部先輩だった。あ、これ僕だから分かるんだけど、服部刑子ね。お化け版の。

 

「ようこそ」

 

あ、もはや微塵の照れもない。ていうか、少し可愛いと思えるレベル。この人、段々慣れてきたな。女装趣味に走らないかどうか心配だ。

 

「ここは恐怖の館『鉄アレイ』」

 

いやどういうことだよ。意味わかんねーよ。

 

「あれ、怖いから気を付けて」

 

しかもテキトーだし。手抜きが目立つぞ服部先輩。まぁ、この分なら大して怖くないでしょ。

 

「じゃ、行こっか柴田さん」

 

「は、はい」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。僕がいるし」

 

そう言いながら扉を開けた。直後、十文字先輩の白装束が現れた。

 

「うがあああああああああッッ‼︎‼︎」

 

「あーーーーーーーーーーッッ‼︎⁉︎」

 

すごい悲鳴が僕の口から漏れた。男女の壁を超えた甲高い声が響く。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫………」

 

まーだ心臓バクバク言ってる……お、驚いた……。けど今のはイレギュラー。ゴリラの幽霊がいきなり出てきたら誰だってびびる。

 

「行こう」

 

「は、はい」

 

さらに中へ進む。流石、冬也さんと言うべきか、中は中々に凝っていた。雰囲気も出ていて、マジで霊いるんじゃねぇの?ってレベル。

 

「よ、吉田くん……私……」

 

ギュッと僕の腕に指を絡めてくる柴田さん。ちょっ、それ反則……。あとオッパイ当たってるから。反則。

二人で慎重にゆっくりと中を歩く。これ、僕一人だったら間違いなく奇声を上げながらガンダッシュしてたな……。

そのまま歩くこと5分。

 

「………なんか、何も出ませんね」

 

さっきまでの緊張感はほとんどなくなっていた。確かにさっきから何も出ない。こっそりと精霊を使って索敵していたのだが、それでも何か出る気配はない。

どうやら、この雰囲気のまま最後まで行くつもりらしい。ふん、甘いよ冬也さん。その程度のこと、看破すればこっちのモン……と、思った時だ。

ズガンッ‼︎という轟音が僕らの真後ろから響いた。恐る恐る後ろを見ると、全身緑色で身体が肥大化した十文字先輩が天井から降って来たようだ。

 

『ヴオオオオアアアアアアアッッ‼︎』

 

「今度はハルクぅううううう‼︎⁉︎」

 

渾身のツッコミと共に僕は柴田さんの手を引いて逃げた。猛然と追いかけて来るハル文字先輩。

マズイ、このままじゃ追いつかれる。すると、出口の光が見えた。あと少し……!あと少しで………!

仕方なく、僕は柴田さんの手を引っ張って、無理矢理前に投げた。

 

「! 吉田くん……⁉︎」

 

結果、柴田さんは外に脱出成功。だが、僕とハルクの距離は1メートルもない。ダメか……!そう思った時、「大男さん」と声がした。市原先輩がハルクの前で子守唄を唱え始めた。

………えーっと、なんだこれ。

 

 

「というか、これ僕ツッコむ為にデートしてるんじゃないの?」

 

さっきからアホな三文芝居を見せられているだけな気がする。と、思いつつも僕は何とかスルーしながら柴田さんと昼食を取った。あの後も色んなアトラクションに乗らされ、僕はツッコミ回る羽目になった。

だが、それももう終わり。時間も時間なので、最後に観覧車に乗った。

 

「ふぅ……なんか、ごめんね柴田さん。アホな目にばかり合わせて……」

 

「いえ、楽しかったですよ?色んなアトラクションに乗れましたし」

 

ええ子や……。気を使ってくれてるのかは分からないけど、本当に良い子だと思う。

 

「………柴田さん」

 

言っちゃおう。元々、その為に最後に観覧車に乗ったんだ。

 

「何ですか?」

 

「その、さ……僕……」

 

緊張する。桐原先輩はこんな緊張することを乗り越えたのか。

 

「…………僕、柴田さんのことが好」

 

「私もですよ?」

 

「早っ⁉︎」

 

「というか、気付いてましたし。冬也さんに教えてもらってましたから」

 

「…………じ、じゃあ、僕達は……」

 

「はい、こ、ここ恋人同士、ですね……」

 

自分で言いながら照れる柴田さんマジ可愛い。

 

「じ、じゃあ……その、よろしくお願い、します……」

 

「は、はい」

 

こうして、僕達は交際した。

 

 




はい幹比古終わりー。
そろそろ本編に戻ったほうがいいかな。


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風邪

 

 

日曜日になった。今日は達也お兄様と牛山さんの所へ、この前小百合さんの持ってきた、なんか、石を持って行く。つまり、バイクで達也お兄様の背中に貼り付くことが出来るのだ。

そう思うと、身体中から変な液体が漏れ出すほど興奮するのだが、そんなわけにもいかない。ちなみに、冬也お兄様に邪魔される心配もない。今日はあの人はスケット部の特訓のはずだ。何があったのかは知らないけど、市原先輩も入部したようだ。

さて、着替えて朝食を作って冬也お兄様を起こさないと。

鼻歌を歌いながら陽気に着替え、テレビを付けて朝食を作る。すると、朝占いをやっていた。

 

『今日のビリはおひつじ座のあなた!』

 

! 私じゃない。今日は達也お兄様の背中でコアラになれるというのに。やっぱりテレビの占いなんてあてにならないわね。

 

『今日は楽しみにしていた予定が思わぬ伏兵に潰されそう!ラッキーアイテムはガンプラ』

 

……なんつー不快な番組よ。私の予定が狂うはずないわ。というかどんなラッキーアイテム?まぁいいわ。さて、朝食も作り終えたし、冬也お兄様を起こしに行きましょう。

 

「おはよう、深雪」

 

「あっ、達也お兄様。おはようございます」

 

本当にこの人は何もしなくても起きてくれるから助かる。

 

「只今、冬也お兄様を起こして参りますね」

 

「ああ」

 

短く挨拶をすると冬也お兄様の部屋に向かう。たまーに冬也お兄様は起きてる時もあるけど、そういう時は大抵何かしてる時だ。今日は恐らくそんなことはないだろう。昨日、吉田くんの恋の手助けだなんだで疲れて帰ってきたからだ。

返事が来る期待はしてないが、一応コンコンとノックすると、「あーい」と気の抜けた声がした。

 

「冬也お兄様、朝食のお時間です」

 

「うぇーい。今行くわ」

 

ガチャッとドアが開いた。何故か鉢巻きをしていた。

 

「何してたんですか?」

 

「漫画描いてた」

 

「ま、漫画?」

 

「スケット戦隊マホレンジャーの」

 

ほんと何してんのこの人。

 

「で、なんか用?」

 

「いえ、ですから朝食です」

 

「ああ、悪い悪い。今行く」

 

冬也お兄様はそう短く返事をすると、部屋に引き返した。私は先に下に降りて、達也お兄様と一緒に冬也お兄様を待つ。

 

「深雪、今日は一緒に行くんだよな?」

 

「はい。安全運転でお願いしますね」

 

「ああ、分かっている」

 

そんな話をしてると、くあっと欠伸をしながら冬也お兄様が来た。

 

「お待たせ〜」

 

「じゃ、いただきましょうか」

 

いつも通りの朝食の風景だ。軽い雑談を交えながら、朝食を終えると、達也お兄様は食器を流しに出して今日の準備に向かった。

 

「さて、俺も漫画の続きやるか」

 

「? 今日はスケット部では?」

 

「十文字先輩に一任した」

 

そう言って部屋に戻ろうとする冬也お兄様に私は聞いた。

 

「冬也お兄様?」

 

「ん?」

 

「大丈夫ですか?」

 

「………………」

 

そう聞いた直後、冬也お兄様は頭に手を当ててうずくまった。そのおでこに私は手を当てる。

 

「………やっぱり、熱ある」

 

「………良くわかったなお前」

 

「わかりますよそりゃ……。漫画なんて本当は描いてなかったでしょ」

 

「………おう。昨日の夜、頭痛いし体の節々痛いし気持ち悪いしで全然眠れなかった。二日酔いかと思ったけど酒飲んだ覚えないし……」

 

それ明らかに風邪じゃない……。まったくアホね。

 

「大人しく寝てて下さい。今日は私が看病しますから……」

 

「へ?いいの?」

 

「仕方なくですからね。私だって達也お兄様と出掛けたかったのにまったく……」

 

「だったら行けばいいじゃん」

 

この人は!

 

「俺は一人でも平気だし」

 

「そう言って放っとかれて一人でジグソーパズル『雲ひとつない青空』をやって熱が上がった中一の夏を思い出してください」

 

「………ほんとすいません」

 

「分かったら、大人しくしててください」

 

すごいわね、朝占い。思わぬ伏兵に邪魔されたわ。

 

 

 

 

私はお兄様に事情を説明し、一緒に行けないことを告げた。

 

「………」

 

「も、申し訳ありません」

 

「いや、それはいいんだが……よく気づいたな深雪。冬也兄様のソレを見抜くのは中々難しいぞ」

 

「毎日毎日ツッコんでれば気付きますよ」

 

「本当にそれだけか?本当は、冬也兄様のこと好きで毎日見ていたからじゃないのか?」

 

「んなっ……!」

 

何を馬鹿なことを……!

 

「あ、ありえません!私は達也お兄様一筋です!」

 

「うん、そう宣言されても俺としては困るんだけどね…」

 

まったく、そんな意地悪言うなんて……。というかあのお兄様の事が好きなんて冗談にしてもタチが悪い。

 

「まぁ、そういうことなら分かった。俺一人で行ってくるよ」

 

「はい、申し訳ありません……」

 

「深雪が悪いんじゃないよ。じゃ、行ってくる」

 

達也お兄様は、私の頭に手を置くと、家を出て行った。

 

 



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回復

深雪「はい、えー。うちのバカ作者の思い付きに投票してくださったみなさん。ほんとにありがとうございました。見事にナンバーワンのアホがうちの兄に決まったので、次回の話はアホをさらに重ねようと思います」


 

私は冬也お兄様の部屋に戻った。

 

「冬也お兄様、何かして欲しいことがあれば……」

 

中でラーメンの湯切りをしていた。全力で筋肉バスターした。

 

「グオアッ⁉︎ な、何しやがんだテメェッ‼︎」

 

「うるさい!何やってんですかあんた!」

 

「湯切りだよ!」

 

「風邪引いてるときに何やってんですか!」

 

少し離れたところに本格的に出汁を取ってる豚骨スープが置いてあった。

 

「風邪引いてるんだからこんなあったかいもん作ってないで下さい!」

 

「俺はジッとしてられないタチなんだよ!」

 

「知ってますよ!」

 

「なら言うなよ!」

 

「言いますよ!」

 

「なんで⁉︎」

 

「そりゃ言うだろ!大人しく寝てて下さい!」

 

「大人しくするのは大人のやることだ!俺はまだ子供だ!」

 

「そりゃ子供ですけども!」

 

「いや、大人だろ!」

 

「どっちですか!」

 

「どっちでしょーか!」

 

「腹立つ!あんたと話してるとほんと腹立つ!」

 

お互いに肩で息をする。すると、バタンと冬也が倒れた。

 

「あ、もう何やってんですか!早く寝て下さい」

 

慌てて私は冬也お兄様を起こそうとする。………重いぃ、流石腐っても、てか腐った軍人……。なんとか背負ってベッドの上に乗せようとした。

 

「きゃあっ!」

 

だが、私がベッドに崩れ落ちるように倒れこんだ。その上に冬也お兄様がのしかかる。

はっ、はわわわわ〜〜〜っっ⁉︎⁉︎⁉︎こ、このクソイケメンが……こんなに近くに⁉︎だ、大丈夫、落ち着いて……こんなのただの兄……落ち着いて、落ち着きなさい。

 

「深雪…………」

 

み、耳元で喋らないで!そのイケメンボイスで!

 

「すまねぇな……俺が、不甲斐ないばかりに……!」

 

やめてぇーーー!本当にやめてぇーーーー!

 

「明日には元気になっから、それまで頼むな」

 

分かった!わざとだ!こいつ絶対わざと!で、でも……カッコイイ……。悔しい……!

 

「さて、じゃあそろそろ治るか」

 

「お前今なんつった?」

 

「え?」

 

聞き返しながら冬也お兄様は自分にCADを向けた。

…………よし、殺すか

 

 

翌日、月曜日。私と達也お兄様とバカはいつもの電車に乗り、登校。電車から降りると、達也お兄様がジッと何かを見ていた。

 

「達也お兄様、何か面白いものでも?」

 

気になって聞きながらそっちを見ると、エリカと西城くんが別の車両から降りてくるのが見えた。

 

「………なぁ、何で今朝はこんな早いんだ?」

 

西城くんが不機嫌な声で聞いてきた。

 

「いよいよ今週一週間だからな。朝から色々と予定が入っているんだ。レオの方こそ、どうしてなんだ?」

 

「エリカも今朝は随分早起きね?」

 

「……あたしは大抵、早起きだけど」

 

「そう?じゃあ今朝は西城くんが早起きだったのかしら」

 

「ちょっと深雪!まるであたしが毎朝こいつを起こしに行ってるみたいな言い方、やめてくれない!」

 

「そうだぜ!どっちかっつうと、俺の方が起きる時間は早かったんだ!」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

………自爆した。無言でエリカが私と達也お兄様と冬也お兄様を睨んでくるが、私達はスルー。すると、冬也お兄様が私達の真ん中を通る。そして、紙を私達に渡した。

 

『避妊はしっかりするように。人生のお兄様』

 

「「余計なお世話だあああああ‼︎」」

 

二人は冬也お兄様を慌てて殺しに行った。

 

 



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冬也とほのかと深雪

冬也お兄様アホナンバー1記念
ちなみに、ちゃんと物語も進んでるので、この話の今頃は達也、元委員長、元会長の3人がトラさんを狩ってます。


学校。スケット部部室に今日は冬也はいない。よって、今は十文字、服部、桐原、壬生、幹比古の五人が暇そうにしていた。

 

「そういや吉田。最近、彼女とはどうなんだ?」

 

服部が聞くと、幹比古は少し疲れたような顔をする。

 

「それが……その、なんというか……」

 

「?」

 

「柴田さん、結構束縛の強い人で……。アレからあんま柴田さん以外の女子と話させてもらえないんですよね……。いや別に話したいというわけではないんですが……」

 

「ふむ……そうなのか?」

 

「他の子と話すとすぐに柴田さんも会話に参加してくるし、エリカと話す時なんて名前を呼んだだけで少し不機嫌そうな顔をするんですよ」

 

「………エリカ?」

 

壬生がピクッと反応する。

 

「あ、はい。ちばエリカっていうクラスメイトです」

 

「そりゃ怒るわよあんた」

 

「へっ?な、なんでですか?」

 

「だって、彼女の柴田さんは名字でさん付けで呼んでるのに、幼馴染の女の子には下の名前で呼び捨てだもの。そりゃ私でも嫌な気分にはなるわよ」

 

「安心しろ壬生。俺はお前にそんな思いさせねーよ」

 

「桐原くん……」

 

お互いに今にもキスしそうな雰囲気になったので、十文字が桐原をファランクス。

 

「あだっ⁉︎ ちょっ、会頭!なんでファラる(ファランクスする)んすか!」

 

桐原にそう言われても無視。幹比古が深くため息をついた。

 

「なるほど……そういうもんなのか……」

 

そんな事を話してると、コンコンとノックの音がした。

 

「し、失礼しまぁす……」

 

入って来たのはほのかだ。

 

「ん、光井さん。どうしたの?」

 

一応、知り合いの幹比古が立ち上がり、椅子を用意しながらカップにコーヒーを注いで前に置いた。随分と手慣れた動きだ。

 

「あ、ありがとう。吉田くん……」

 

用意された椅子に座り、コーヒーを一口飲んで、はふぅ…と、落ち着くと、口を開いた。

 

「あ、あのっ……生徒会室を抜け出して来たのでっ、あんま、時間ないんですけど……冬也さんのいないうちにって思って……」

 

顔を赤くして、途切れ途切れに言うほのかの様子を見て、5人とも依頼の内容を大体把握できた。

 

「と、冬也さんと……お付き合い、したいんですが……」

 

『詳しい話を』

 

全員口を揃えて聞き返した。それに若干ビクつきながらもほのかは語り出した。

 

「その……前から、冬也さんのことは気になってて……それでいて、スケット部の事とか、九校戦の時とか、カッコいい活躍してて……それで……」

 

純粋な恋に、壬生は手で顔を覆いながら、可愛いと思った。同時に、昨日桐原に初めてを捧げた時に「もうこんなに硬くしてるの?」と言ってしまった自分に今更後悔していた。

 

「まぁ、大体わかった。少し我々だけで話がしたい。生徒会室を抜け出して来たんだろ?だったら早めに戻った方がいい」

 

十文字に言われ、ほのかは急ぎ足で戻った。再び五人だけとなった教室で、服部が口を開いた。

 

「さて、どうするか。いや、その前に聞くけどさ、この中に冬也のこと知ってる奴、どのくらいいる?」

 

誰も手を上げない。冬也がどんな人間なのか、変人ということと仕事熱心ということ以外誰も分かっていないのだ。

 

「………正直、あいつの事はよう分からん」

 

「俺も」

 

「僕も」

 

「私も」

 

全員答えると、沈黙が教室を包み込んだ。

 

「……この依頼、無理くね?」

 

「いや、引き受けた以上はスケット部の名折れだ。まずは冬也を知ることから始めるしかないな」

 

「と、言っても……どうしましょうか」

 

「とりあえず、今日晩飯誘ってみようぜ。たまにはっつーことで」

 

「そうですね。食事は人間関係を円満にしますし」

 

「初めて聞いたわよそんな言葉……」

 

そのまま方針が決まりかけたとき、またコンコンとノックの音がした。

 

「失礼します」

 

入ってきたのは深雪だ。

 

「? どうしたの?司波さん」

 

同じように幹比古は椅子とコーヒーを用意する。それに「ありがとう」と、短く答えて深雪は言った。

 

「私の友達がクソバカアホチンカスお兄様に告白しようとしているんです。その、止めていただけませんか?」

 

正反対の依頼が来たことより、深雪の口から「チンカス」という言葉が出たことに、5人とも驚きを隠せなかった。

 

「え、えと……つまりどういう事?」

 

「つまり、私の友達がアホに告白して、仮に上手くいったとしても後悔する前に止めてあげて欲しいんです」

 

「何で後悔するんだ?」

 

服部が聞くと、深雪は勢い良く立ち上がった。

 

「決まってるじゃないですか!あの奇行!何がしたいのか、何を考えてるのか、何をどうしたらあんな子に育つのか、黒の組織のボスより謎に包まれてるあの人に告白しようとしてる人がいるんです!しかも私の友達に!そんなの止めるっきゃないでしょう‼︎」

 

力説する深雪に5人ともドン引きしていた。

 

「……申し訳有りません。取り乱しました。とにかく、よろしくお願いします。私は生徒会の仕事があるので、これで失礼します。詳細はまた後日」

 

深雪は教室を出て行った。

 

「………どうしようか」

 

「………どうしような」

 

五人はため息をついた。

 

 



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味見

 

 

「……………」

 

十文字、桐原、服部、幹比古、壬生の五人は黙り込んだ。どうするべきか悩んでいるのだ。どっちの依頼を優先すべきか。

 

「………どうする?」

 

年長者なだけあって、十文字が最初に切り出した。

 

「どうしましょうか……」

 

「やっぱり、無難に二手に分かれた方がいいんじゃないすかね」

 

「となると、光井の方に桐原、壬生、吉田に行ってもらうことになるが」

 

「? どうしてですか?服部先輩」

 

「だって、お前らはスケット部の助けによって付き合えたわけだろ?」

 

「まったく役に立たないサポートばかりだったけどな」

 

「なら、俺と服部が司波妹の依頼ということになるが……」

 

「そうですね。せっかく人数いますし、ばらけたほうがいいでしょう」

 

「けど、もう一週間もないうちに論文コンペよ?」

 

「それな。まぁ、本格的なサポートはその後からって事で」

 

『はーい』

 

方針が決まった。ちょうどその時だ。またまたスケット部のドアが開かれた。

 

『ちーっす、いやーめんごめんご。生徒会がちと長引いて……』

 

「「「「「お前しばらく出禁」」」」」

 

『なんでっ⁉︎』

 

 

いよいよ、論文コンペまで2日というところまできた。にも関わらず、スケット部の面々はそれぞれの仕事に夢中で、論文コンペなどどこ吹く風という状態だった。

スケット部部長である冬也は、スケット部から弾かれているため、しばらくは生徒会室でずっと仕事をしている。

論文コンペ会場で開く屋台のたい焼きを研究中だ。まぁ、大体出来上がっているため、あとは試食のみなのだが。

その試食をしてもらう為に、冬也は学校をサボってとある公園にいた。

 

「お待たせ、特尉」

 

その声で現れたのは、独立魔装大隊の風間、真田、柳、藤林の四人だ。

 

「すいません、わざわざ付き合ってもらって」

 

「本当だぞ、冬也。こっちは休み取ってまでお前に付き合ってるんだ」

 

「まぁまぁ、柳くん。冬也くんの料理は絶品なんだからいいじゃないか」

 

「とはいえ、こっちは九校戦のたこ焼きの時も付き合ってるんだぞ」

 

「すいませんね」

 

言いながら、冬也は紙袋からたい焼きを取り出した。

 

「どうぞ」

 

「あら、美味しそうね」

 

「いただきます」

 

礼儀よく四人は手を合わせて食べ始めた。直後、目を見開く四人。

 

「表面はカリカリで生地はモッチリ!」

 

「クセになる食感なのにそれでいてしつこくない!」

 

「中のカスタードクリームはまろやかな味わい!」

 

「生地とクリームの割合がうまい具合にバランスが取れてる!」

 

「「「「味の三千世界や〜‼︎」」」」

 

「あれ?まろやかなんじゃないの?」

 

全員が幸せそうな顔をし、冬也は当然のツッコミをした。

 

「ふむ、これなら毎日食べたいくらいだ。学校の部活帰りとかに」

 

「あーわかりますそれ。仲良い友達とジャンケン負けた奴奢りで」

 

「もしくは恋人と一緒に」

 

「「「リア充は死ね」」」

 

「酷くないですか⁉︎」

 

藤林がガビーンとした声を上げた。

 

「まぁ、満足してくれたようで何よりです。他にチョコ、あんこ、抹茶、それぞれの薄生地、もしくは黒糖生地などを用意してますが」

 

「無駄に本格的ね……」

 

「ご馳走様」

 

「お粗末!」

 

冬也はそう言うと、いつの間に服装をお食事処幸平の服に変えていたのか、頭の鉢巻を取った。

 

「ふぅ……いやー、いいものを食べさせてもらったよ。ありがとう、冬也くん」

 

「いえいえ、真田さん。俺の試食に付き合ってもらってるんですから、お礼はいいですよ」

 

「ふむ、ではまたな」

 

「藤林くん、先に行ってるよ」

 

「あ、はい」

 

真田、柳、風間は先にその場から立ち去った。残されたのは冬也と藤林の二人だ。

 

「しかし、バレないものね。私達の関係」

 

「あの3人にはバレてますけどね」

 

「もう、二人の時は敬語なんてやめてよ」

 

「そう?じゃあそうするけど」

 

「それより、論文コンペ近いのにこんな所にいて大丈夫なの?」

 

「平気だよ。どうせ俺何もしないし」

 

「そっちじゃなくて、いいの?なんか邪魔されそうな動きが見えるけど」

 

「いいよ。相手は大亜連合だっけ?そのくらいならなんとかなるでしょう」

 

「あなたがそう言うならいいけど……。でも、油断してると深雪さんとかが……」

 

「あの辺には戦わせませんから」

 

「言うねぇ、さすがお兄ちゃん」

 

「うるせっ。じゃ、そろそろ帰るわ」

 

「はーい。またね」

 

「んっ」

 

テキトーに挨拶すると、冬也と藤林は別れた。

 

 



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嫌なコンビ

久々過ぎてギャグが思いつかねぇ……。死にそう。


 

論文コンペ当日。深雪、復活しました!

私と達也お兄様は電車で会場に向かった。にしても、なんか頭痛いわね……。最近、冬也お兄様と話せてない。いや別に話がしたいとかではなくて、また何か余計な事をしてるんじゃないかと不安なだけ。

今日だって、横浜まで行くのに私や達也お兄様と一緒ではなかった。

何となく気に食わないながらも、会場入りするとエリカと千代田先輩が、またまた睨み合ってるのが見えた。

 

「………お兄様、そろそろ何とかしたほうがよろしいのではないでしょうか」

 

「俺が何とかしなきゃならないのかな……?」

 

「残念ですが」

 

言うと、苦々しい顔でそう返してきた。なんかすごく嫌そうだし、私が声をかけてみようかしら。

 

「どうかし……」

 

「「あっふ!」」

 

声を掛けたところで、突然二人が奇声を上げた。何事かと思ったら、二人の口の中にたい焼きが突っ込まれたのだ。

 

『はぁい、落ち着いて〜』

 

今回は古典的な黒板を手にした冬也お兄様が立っていた。

 

「と、冬也くん⁉︎」

 

「な、何するんですか……!」

 

不満げに千代田先輩とエリカが口を開きながら、たい焼きを咀嚼する。直後、二人とも目を見開いた。

 

「表面はカリカリで生地はモッチリ!」

 

「クセになる食感なのにそれでいてしつこくない!」

 

「中のカスタードクリームはまろやかな味わい!」

 

「生地とクリームの割合がうまい具合にバランスが取れてる!」

 

「「まいう〜!」」

 

いや、古すぎるにもほどがあるでしょうそれは。

 

「おはようございます。冬也お兄様。何をなさっているのですか?」

 

『おお、深雪。おっはー、冬ちゃんでーす』

 

「うん、いいから説明に答えよう?何してるんですか?」

 

『朝から屋台の準備。そしたら喧嘩してる二人が見えたもんだから』

 

「それでなんでたい焼きなんですか」

 

『食べ物は人間関係を円滑にする』

 

「はぁ……そんなトリコみたいな事で喧嘩が収まるならこの世界に紛争なんて起きな……」

 

「千葉さん!ごめんね!」

 

「こちらこそ!千代田先輩!」

 

「うそお⁉︎」

 

このたい焼きはGODにも匹敵するのか⁉︎いや、突然二人が手を繋いでスキップしながら何処かに立ち去った事から、GOD以上なのかもしれない。てか、アレだよね。GODって別に美味しくなさそうだよね。カエルだもんね。

 

「さて、じゃあ深雪。無事に収まったみたいだし行こうか」

 

「あ、はい」

 

「冬也お兄様、また後ほど」

 

『うい。あ、たい焼き食べる?』

 

「館内は飲食禁止です」

 

『えっ………?』

 

私はこの日、冬也お兄様の絶望した顔を初めて見た。

 

 

控え室。そこで、達也お兄様と私がデモ機を見ていると、誰かが入って来た。藤林少尉と、赤いアタッシュケースを持った冬也お兄様だ。

 

「深雪さん、お久しぶりね」

 

「うげっ……」

 

思わず変な声が出てしまった……。この人と冬也お兄様のコンビといえば、九校戦の時にアイス・ピラーズ・ブレイクをアンダー・ウェア・ブレイクで挑ませてミユキ・ライフ・ブライクを起こそうとしたバカ達……。

 

「? 深雪、どうかしたのか?」

 

「いえっ……ちょっとトラウマが……」

 

そう言いかけた直後、私のスカートの中に、突然風が吹いた。ヤケにスースーする。一瞬、「スティール」されたのかと思ったほどだ。

何が起こったのかと思ってると、冬也お兄様が抱えてる黒板にこう書かれていた。

 

『スティール』

 

そして、反対側の手には、私のパンツが握られていた。

 

「ッッッ⁉︎」

 

ま、まさか!

慌ててスカートの上から股間を抑えると、明らかに履いていなかった。

 

「本当にスティール⁉︎何してくれてんですか‼︎」

 

『スティール』

 

「いやスティールじゃなくて!……あれっ?」

 

今度は胸の辺りがスースーするような……。

 

「って、今度はブラジャー取られた⁉︎」

 

って、達也お兄様の前で大声でブラジャーと言ってしまった⁉︎

 

「か、返して下さい〜!」

 

慌てて冬也お兄様に飛び掛かる。だが、その隙を逃さず私の後ろに回り込んだ藤林さんが、私の斜め45度下から写真を撮る。つまり、スカートの下のダブルホールを撮られた。

 

「って、何してくれてるんですかぁ‼︎」

 

「絶妙なコンビネーション」

 

「ほんとだよ‼︎」

 

涙目になって二人に挑もうとするが、このクソバカ変態コンビに勝てるはずもない。

 

「た、達也お兄様!」

 

助けを求めたつもりで達也お兄様を見た。だが、

 

「な、何故だ……!身体が、動かないっ……⁉︎」

 

「達也お兄様ぁ⁉︎」

 

はっ、まさか冬也お兄様の魔法で⁉︎何処までも卑怯な……!

 

『このパンツ、どうしようかな。一枚10万円で売れるかな』

 

「高いですよ!てか売らないでください!」

 

「ブラとセットで20万円というのは?」

 

「何を言ってるんですか藤林さん!」

 

『しかし、こんな真っ黒な下着着けやがって。妹が大人の階段をジェット機で登ってるみたいでお兄ちゃんちょっと複雑』

 

「だ、だまらっしゃい‼︎ていうか黙っててお願い‼︎」

 

「達也くん、この写真いる?」

 

「40万円で……あっ、いや、俺はいつでも見れ……じゃなくて、いりません。大丈夫です。所で、後ほど交渉があるのですが」

 

「はーい」

 

流石、達也お兄様。そこのバカ二人とは違ってまともね。

なんとかパンツとブラは返してもらい、ようやく本題に入った。

 

「さて、前置きはこのくらいにして……」

 

「人の下着とダブルホールいろんな意味で盗っといて前置き扱い⁉︎」

 

「良いニュースと悪いニュース、両方持って来たんだけど、どっちを先に聞きたい?」

 

鮮やかに無視された。

 

「では、良いニュースから」

 

「例のムーバルスーツ完成したわよ。夜にはこちらに持って来るって真田大尉から伝言」

 

「そうですか……さすがですね。しかし明日東京に戻ってからでも……」

 

「明日、こっちでデモがあるのよ。もっとも、その予定をねじ込んだのは大尉だから一刻も早く貴方に自慢したかったんでしょうけど。昨日なんて『これでメンツが保てる』とか情けない事言ってたし」

 

「情けなくなんてないですよ。実際問題、こちらでは実戦に堪えるものを作れなかったんですから」

 

「その言葉、大尉に言ってあげてね。安心すると思うから」

 

達也お兄様と藤林少尉がそう話す中、冬也お兄様は赤いアタッシュケースを弄っていた。直後、そのアタッシュケースが起動し、冬也お兄様にまとわり付いてアイアンマンになった。

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

私も達也お兄様も藤林さんも黙り込んだ。

 

「………冬也くん。それ、大尉には見せないでね。多分本気で泣くから」

 

『ちーっす』

 

冬也お兄様は着地し、アイアンマンをアタッシュケースに戻した。

 

「じゃあ今度は……悪い方のニュース。例の件、どうもこのままじゃ終わらないみたい」

 

「何か問題が?」

 

「詳しい事はこれを見て」

 

藤林少尉は達也お兄様にデータカードを渡す。

 

「まぁ、冬也くんがいるから大丈夫だと思うけど……もしかしたらキナ臭いことになるかもしれない」

 

「分かりました。俺たちの方も準備だけはしておきます」

 

私も達也お兄様も頷く。それを見て、冬也お兄様も藤林さんも顔を曇らせるが、制止する言葉は出さなかった。

 

「何も起きないのが一番だけど……。もしもの時は、お願いします」

 

そう言うと、藤林さんと冬也お兄様は控え室から出て行った。

…………写真回収するの忘れた。

 

 



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論文コンペ会場にて

 

 

五十里先輩達と見張りを代わり、私は達也お兄様と控え室を出た。そのままの足で、客席へ向かった。

一高の出番は午後からなので、達也お兄様の出番はまだまだだ。

………ちょっとトイレ行きたいかも。私は席を立ってトイレに向かった。

廊下に出て、ロビーの前を通ると、冬也お兄様が誰かと話してるのが見えた。

 

「あ、冬也お兄様。こんな所でどうしたんですか?」

 

『あ、ディープスノウこと俺のベリーキュートなマイシスター深雪くんじゃないか』

 

「そのキャラ腹立ちますね。それより、何してるんですか?」

 

『ああ、ちょっとこいつと会ってさ』

 

冬也お兄様の黒板に書かれた矢印の方向には、一条さんがいた。

 

「! し、司波さんっ!」

 

「一条さん」

 

「お久しぶりです、司波さん。後夜祭のダンスパーティ以来ですね」

 

「………ええ、こちらこそご無沙汰しております」

 

「あっ、いえ、こちらこそ」

 

『おい、十条。テンパりすぎててキメェ』

 

「い、一条です!」

 

冬也お兄様の台詞に口を挟む一条さん。なんか、不思議な組み合わせね。

 

「どうしてお二人が?どういう組み合わせですか?」

 

『いやー、百条がいきなりお話ししたいとか言い出してさ。なんでも、スケット部に憧れてるとかなんとか。ほんとファン多くて参っちゃうわ』

 

「一条です!」

 

「一条さん、悪い事言いませんからこの人と仲良くなるのはやめておいたほうがいいですよ?バカになりますよ?」

 

そう、私はすでに5人の被害者を知っている。いや、5人どころではなかった気もする。

 

「へ?何故ですか?」

 

「私の兄のバカは感染症で尚且つ、不治の病です」

 

『おい、言い過ぎだろ深雪。千条も困ってんぞ』

 

「お兄様?いい加減にしてくれます?段々桁増えてますよ?次はマン……」

 

言いかけて私の顔は赤く染まった。一条さんもだ。私と一条さんの反応を見て、冬也お兄様はニヤリと笑った。

 

『うわあ、このムッツリどもが』

 

「「ち、違います!」」

 

『しかも息ぴったり。お前ら意外とお似合いなんじゃねぇの?』

 

「んなっ……⁉︎」

 

一条さんの顔がみるみると赤くなっていった。

 

『一条直也、お前なんだっけ……謎のプリンス?』

 

「い、一条将輝でクリムゾンプリンスです!」

 

「冬也お兄様、柔道一直線はさすがに通用しませんよ?」

 

『お前なら深雪を任せられる。よろしく頼む』

 

「なっ……⁉︎」

 

『なんなら、この後に深雪とデートすれば?横浜デート、ん?』

 

「……………!」

 

口をパクパクさせる一条さん。そして、とうとう、

 

「うわあああああああ‼︎」

 

悲鳴を上げて逃げてしまった。

 

「………冬也お兄様」

 

『ん?』

 

「思春期の男の子を虐めないで下さい」

 

『てへぺろ☆』

 

この人は……。………さて、はやくトイレ行かないと。

 

 

その頃、スケット部の桐原、幹比古、壬生はほのかとお話ししていた。

 

「つまり、俺たちですら冬也のことはよう分からんという事だ。だから、あいつがどんなのが好きだとかはよく分からない」

 

「なるほど……」

 

「だけど、確実に一つ、言える事があるんだよ」

 

幹比古はそう言うと、深刻そうに言った。

 

「………冬也さんは、アニメが好きだ」

 

「アニメ?」

 

「あとはアメコミかな。とにかく、そういうのが大好きなんだよ」

 

ふむふむ、と相槌をしながらほのかはメモをした。

 

「だから、冬也くんとデートしたいなら……そうね。ディズニーよりユニバの方がいいわよ」

 

「ちなみに、3人はどんなアシストを受けたんですか?」

 

ほのかの質問に、最初に口を開いたのは桐原だ。

 

「あー……俺は縁日に壬生と行ったんだが……玉が花火になるピンボール、精霊掬い、金魚救い………ロクなサポート受けてねぇな」

 

「確か僕の時は……コーヒーカップが吹っ飛んでハルクに追いかけられて……うん、僕もまともな思い出ない」

 

二人の思い出に、ほのかは頭の上に「?」を浮かべるばかりだった。

 

 

昼食が終わり、一高の発表時間。私は黙って市原先輩の発表を見ていた。隣にはほのか、雫と並んでいる。

 

「ねっ、深雪」

 

ほのかが私の袖を引っ張った。

 

「ん?何?」

 

「冬也さんの好きなアニメって何?」

 

「…………何?急に」

 

「実は、さっき吉田くんと桐原先輩と壬生先輩に話を聞いたんだけど……」

 

………ああ、ほのかは冬也お兄様への告白のサポートをスケット部にお願いしてたわね。

私もそれを阻止するために依頼したら、十文字先輩と服部先輩という豪華すぎる面子に相手してもらう事になったな。スケット部も随分と増えたもんだ。

……ってことは、ここでほのかに冬也お兄様の好きなアニメを教えたら、私はほのかの恋愛の手助けをしてしまう事になるわね。

 

「嫌、教えない」

 

「えっ⁉︎な、なんでっ⁉︎」

 

「なんでもよ」

 

できるわけないじゃない。ガンダムが一番好きなのは私と冬也お兄様だけの共通趣味……じゃなくて、こっちに不利益になる事を教えてどうするのよ。

 

「それより、市原先輩の発表を見ましょう」

 

私がそう言ったところで、ちょうど終わった。

 

「………………」

 

「………………」

 

まぁいいわよ。達也お兄様に聞けばいいし。次はラストの三高の発表、あのカーディナル・ジョージの発表という事で、私は少し楽しみだった。

だが、その発表は行われなかった。轟音と振動が、会場を揺るがしたからだ。

 

「深雪!」

 

ステージ袖から達也お兄様が降りてきた。

 

「お兄様、これは一体」

 

「正面出口付近でグレネードが爆発したのだろう」

 

直後、複数の銃声が聞こえた。会場に対魔法師用のハイパワーライフルを構えた男達が入って来た。

 

「大人しくしろっ」

 

そう叫ぶのはテロリストだ。すべての出入り口を封鎖した男達は、生徒達に銃を向ける。

 

「デバイスを外して床に置け」

 

言われるがまま、生徒達はデバイスを床に置く。すると、別の出入り口のテロリストが、何かを見つけたようにある一点に詰め寄った。

 

「おい、お前もだ」

 

冬也お兄様がいた。って、冬也お兄様⁉︎なんであんな……ていうか従ってよ!頼むから変に目立つ真似は……、

 

『え?俺?』

 

「なんで黒板?って、そんな事いいからデバイスを捨てろってんだ」

 

『捨てればいいの?』

 

「書くのはえーな。いいから早くしろ」

 

すると、冬也お兄様はうおりゃあ!とでも言わんばかりにデバイスを目の前の男に叩きつけるように投げ捨てた。

 

「ゴブッ⁉︎」

 

投げられたデバイスは、テロリストの頭に減り込むと、跳ね返って別のテロリストに飛んだ。そいつの頭にもメコッと減り込み、また跳ね返って別のテロリストに飛び、ピタゴラスイッチのように全員を怯ませた。

その隙に、テロリストの近くにいた生徒達が敵を取り押さえた。

 

『いやあ、すごい偶然だ』

 

そんな偶然があってたまりますか!

と、いうツッコミを思い付いたのだが、それより先に冬也お兄様は自分の元に戻ってきたデバイスを手にして、左手を上に挙げた。

………何をする気?そう思った直後、冬也お兄様の指がパチンッと鳴り響き、会場を光が包み込んだ。

光が会場を包んだのはほんの一瞬だ。いつの間にか、何事もなかったように元に戻っていた。

だが、おかしい。ザッと見回すだけでも、冬也お兄様と達也お兄様の姿がない。

 

「………! まさか!」

 

私は慌てて出口に向かった。

 

「⁉︎ 深雪⁉︎」

 

隣にいたほのかと雫が私の後を付いてくる。

そして、会場の外に出ると、目の前には第一高校の校舎があった。

 

「っ⁉︎あ、あれ⁉︎これって……!」

 

ほのかが驚いたような声を上げた。雫も普段の無表情とは考えられないくらい動揺した表情を浮かべている。

ああ、やられた……。フラッシュムーブ。冬也お兄様は、私達を論文コンペ会場ごと移動させたのだ。

 

「………また、やられた」

 

ため息しか出なかった。

 

 




次、ようやく冬也お兄様が戦います。今にして思えば、この人ロクな戦闘シーンなかったなぁ。


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開戦

今更ですが、オリ主の使う魔法は全部ギャグだと思って下さい。


 

冬也は横浜に残っていた。目の前には敵兵の大群。それに恐れる事なく、赤いアタッシュケースを装着した。

 

「何ですかそれは、冬也兄様」

 

『よお、兄弟。どうした変な顔して』

 

「そのキャラ捨ててください」

 

『てかなんでお前ここにいんの』

 

「俺だけではありませんよ」

 

そう言う達也の後ろには、一条と十文字、藤林、千葉和寿が立っていた。

 

「すごい魔法ですね、冬也さん。あの建物を丸ごとループさせるなんて……」

 

「まぁ、それでも一人で残るという判断は疑問だがな」

 

「まったく……どうしてこうカッコつけるんだか」

 

「エリカに持って来た大蛇丸が無意味になっちまったな」

 

そのメンバー見て、冬也は少なからず感心した。自分の魔法から逃れた者がこれだけいた、と。それと同時に次の行動に移った。

 

『じゃあ、みんなこれ着てみてくれ』

 

冬也はどこから出したのか、いやどうせ魔法で創り上げた空間にしまっておいたんだろうけど、コスチュームを六つそろえた。

 

「今だ!やれ!」

 

敵からの攻撃を謎の……というか、どうせ魔法のバリアフィールドで防ぐと、全員言われるがまま、着替え始めた。あ、藤林はちゃんと造られた異空間で。

結果、こうなった。

アイアン冬也、キャプテン・達也、ハル文字、カズトスィ・ソー、藤林・ロマノフ、一条・アイ。

 

『いやいやいやいや、待てお前』

 

全員が声を揃えて冬也に声を掛けた。

 

「何ですかこれ。着替える必要ありました?」

 

『お前は声優同じなんだし、いいだろ。似合ってるぞ』

 

「つーか、またハルクか俺。俺だけコスチューム破れたズボンなだけの上に緑色に塗っただけなんだけど」

 

『まぁ、ゴリラは一番ガタイいいですからね』

 

「カズトスィ・ソーって無理矢理すぎるだろ。ていうか俺と君、初対面で自己紹介もしてないよね?」

 

『司波冬也です。よろちくび☆』

 

「私は特に異存はないわ。強いて言うなら、着替え用の異空間に置いてあったビデオカメラかしら?」

 

『すみませんでした。今度ケーキ奢ります』

 

「俺に至っては接点ないですよね?完全に余ったからですよね?」

 

『じゃあお前、今日は攻撃1発も外さなきゃいいじゃん』

 

ことごとく論破になってない雑な論破を返し、冬也は咳払いをした。そして、達也……いや、キャプテン・達也に聞いた。

 

『どうする、キャプテン?』

 

「一条、屋上へ行って上から見張れ、敵の位置を知らせろ。冬也、君は外側だ。横浜から出る奴は押し戻すか灰にしてやれ!千葉警部、海を頼む。出てくる奴を君の雷で痺れさせてくれ。藤林少尉は僕とここで戦闘を続ける。ハル文字!………暴れろ」

 

『お前も完コピしてんじゃねぇか』

 

「屋上ってどこだよ」

 

「ていうか、俺雷なんて撃てないよ」

 

冬也、一条、和寿のツッコミ。すると、コスプレして少しハイテンションな藤林が言った。

 

「冗談はそのくらいにして、そろそろ戦うわよ」

 

『どうするキャプテン?』

 

「一条、屋上へ……」

 

「冬也くん、黙ってて。達也くんもノらない」

 

藤林に注意された時だ。ブロロロッと車が6人の前に止まった。出て来たのは風間と真田だ。

 

「………なんだ君たちは。どこのコスプレ集団だ?」

 

風間に聞かれた直後、藤林と達也の肩がビクッと震え上がる。

 

「少尉、特尉。君達はなんて格好をしてるんだ?ここは戦場だぞ?戦場のど真ん中でハロウィンパーティか?」

 

「ち、違うんです少佐!これは冬也くんが……!」

 

「そ、そうです。冬也兄様が勝手に……!」

 

「二人ともあとで話あるから」

 

その言葉に、二人ともガックリとうな垂れた。十文字も一条も、慌てて着替え始めてそれぞれの学校の制服に戻った。

 

「十文字家次期当主、一条家次期当主。国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」

 

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

「一条家次期当主、一条将輝です」

 

「さて、我々の状況を説明したいのだが、ここは思いっきり戦場のど真ん中だな……。特尉」

 

『了解キャプテン』

 

「キレるぞお前」

 

冬也は一度アイアンマンスーツを脱ぐと、CADを取り出した。引き金を引くと、まるで時空の穴のようなものが出て来た。

 

「この中で話をしよう」

 

全員、中に入る。中は炬燵に冷蔵庫にテレビと無駄な生活感があり、一応会議室のつもりなのか、ホワイトボードもあった。

 

「では、現状を説明する」

 

風間はホワイトボードで説明を始めた。

 

 

今後の方針が決まり、十文字と一条は魔法協会支部へ行く事になった。時空間から出て、3人は車を借りて出発した。

他の軍人達は敵の迎撃にあたる。

 

「では、大黒竜也特尉。君はムーバル・スーツを装着して柳の部隊と合流してくれ」

 

「了解」

 

そう言うと、達也は着替えて時空間から出て飛行魔法を使い、空へ駆け上がった。

 

「大黒ウィンター・エクゾディア・ルルーシュ・ランペルージ特尉、君の先ほどのスーツは実践で使用可能なのか?」

 

「可能です。最高速度はマッハ2。あと形がアイアンマンなだけでこれただの装着型CADですから、自己加速術式を使えばもっと出ますよ」

 

「なら、それを持って敵を迎撃しろ。横浜の街から敵を出すな。いいな?」

 

「了解」

 

言うと、全員時空間から出て、冬也はアタッシュケースを使って装着すると、飛び立った。

 

 



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戦闘

 

十文字と一条は、ある意味最強の盾と矛だった。

爆裂とファランクス、それの両方が上手い事重なり合い、敵を片っ端から片付けつつ、魔法協会支部へと歩を進める。

 

(俺、出番ねーな)

 

後ろでついていきながら、和寿はそう思った。

 

 

冬也は空中から敵の位置を把握していた。人や直立戦車などを上空から見下ろしながら、魔法を発動。

右手から焼却砲を出した。青白いビームのようなものが直立戦車に直撃し、一撃で燃やし尽くした。

 

「おい見ろ!アイアンマンだ!」

 

「うおお!マジかよ!」

 

「怯むな!奴はアタッシュケースからアイアンマンになった癖に飛んでいるぞ!偽物だ!」

 

大亜連合の面々が空中を自由に駆け回る冬也に集中砲火する。それを回避しながら冬也は新たな魔法を発動、すると、空中から紫色の魔方陣が出てくる。

その魔法陣から、金色のヤケに細いドラゴンが降りて来た。いつの間にか、青と赤の鎧に着替えた冬也が、そのドラゴンの背中に跨った。

 

「あ、あれは!」

 

「竜騎士ガイア!」

 

「懐かしい!」

 

そして、冬也は……いや竜騎士トウヤはランスを構えた。赤いランスを敵に向け、緑色のオーラを纏い始める。

 

「螺旋槍殺!」

 

そこから出た緑色の何かが敵の兵隊を全員叩きのめした。

 

「うおおお!」

 

「永続魔法じゃなかったっけあれ⁉︎」

 

「もうメチャクチャだよ!」

 

メチャクチャだった。

 

 

「………何をやってるんだあの人は」

 

遠目からその様子を見ていた達也は、思わずそう呟いた。

 

「どうした、特尉」

 

「いえ、大丈夫です。あちらは竜騎……ウィンター・エクゾディア・ルルーシュ・ランペルージ特尉に任せ、我々は別ポイントに向かいましょう」

 

「そうだな。奴の近くにいると我々の身が危ない」

 

直後、轟音と熱気が遠くから聞こえた。何事かとそっちを見ると、冬也の周りに魔法陣がさらに三つ出て来た。

一つ目から出てきたのは、真っ白の悪魔のようなモンスターだ。

 

「デーモンの召喚⁉︎」

 

「ほんと懐かしいチョイスだなオイ!」

 

さらに、二つ目からは何かが合体したようなロボットが現れた。

 

「マグネット・バルキリオン⁉︎切り札が勢ぞろいだ!」

 

「ということは、最後は一番の相棒とも呼べる……!」

 

三つ目、ブラックマジシャン・ガール。

 

「「お前の趣味じゃねえかああああ‼︎」」

 

二人の空中飛び蹴りが冬也の顔面に直撃した。

 

「痛っ!何するんすか!達也、やなぎん!」

 

「ブラックマジシャンじゃないんですか⁉︎そこまで面子を揃えておきながら!」

 

「てか、誰がやなぎんだ!女子高生でもないし異常でもねぇよ!」

 

「いいじゃん。かわいいじゃんブラックマジシャン・ガール」

 

「そんな、マスター……可愛いだなんて……」

 

「頬を染めるな!てか意思あるのかあんた!」

 

「そういうわけだから、達……竜也も黒柳徹子さんも持ち場に戻って下さい」

 

「だぁれが黒柳徹子だああああああ‼︎」

 

「柳大尉、行きましょう」

 

「お前あとでほんとマジ覚えてろ」

 

「あ、じゃあお二人にお守りってことで」

 

冬也はさらにモンスターを2体出した。達也と柳の周りに出て来るクリボーとビッグ・シールド・ガードナー。

 

「では、お気をつけて。大黒竜也特尉、柳の下に土壌」

 

「今日くらい本気で殴り合うか?ん?」

 

「あ、そいつら二人とも守備力八億くらいあるから」

 

達也と柳は持ち場に戻った。

 

「さて、戦闘再開」

 

冬也も敵との戦闘に戻った。

 

 

一高前。他の高校の生徒達は、バスなりヘリなりで帰って行った。残りは一高と三高の生徒だけだ。

深雪と七草が全員の人数を数えた。

 

「やっぱり、達也お兄様と冬也お兄様、十文字先輩の姿がありません……」

 

「将輝もいないよ」

 

「それと、私のバカ兄貴も」

 

吉祥寺とエリカが二人に言った。

 

「まったく……申し訳ありません。うちの兄が」

 

「いいのよ。私達が無事に帰って来れたのは冬也くんのお陰だから」

 

「まぁ、そうですね。横浜はもう終わりですから」

 

「ん?ど、どゆこと?」

 

エリカが聞き返すと、深雪は澄ました顔で答えた。

 

「んー……簡単に言うと、魔界になっちゃう感じ?」

 

「………へっ?」

 

「魔法協会支部は魔王城になって、城の周りを守る悪魔、空中を守るドラゴン、海を守る魔獣が彷徨くような世界に……」

 

「魔界⁉︎」

 

「まぁ、冬也お兄様に少しでも理性があれば大丈夫だとは思いますが……」

 

あの冬也だからなぁ……と、全員が全員思った。

 

 

横浜。気が付けば、ほぼ全ての敵が片付いていた。空中からの攻撃、やられても達也による蘇生、そもそも作品が違う悪魔達の無双、他にも十師族次期当主二人の参戦などで、大亜連合は押されていった。

 

「ふぅ……こんなものか」

 

ガース・オブ・ドラゴンと分離した冬也は、辺りを見回して呟いた。その冬也の耳元に声が聞こえた。

 

『ウィンター・エクゾディア・ルルーシュ・ランペルージ特尉。聞こえますか?』

 

「はい」

 

藤林からだ。

 

『魔法協会支部の背後から少数による奇襲を確認。フリーなら相手してくれない?』

 

「了解、キャプテン」

 

『引っ叩くわよ』

 

「…………なんでみんなこれ言うと怒るんだろう」

 

冬也は羽を生やして急行した。

魔法協会支部の背後に3秒で到着すると、ズダンッと音を立てて着地した。目の前には、呂剛虎とその部下が数人立っていた。

 

「………お前は、魔術師。大黒・ウィンター・エクゾディア・ルルーシュ・ランペルージ」

 

「あれ?虎じゃん。どうしたのこんなとこで」

 

 



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戦場に散った一輪の花

 

「全員気を引き締めて……!」

 

呂剛虎がそう言いかけた所で、呂剛虎の部隊を挟むように紫色の光の壁が出てきた。全員がその壁に目を奪われてる中、冬也が両手を前に突き出してパンッと手を叩き、敵部隊を全員、文字通り潰した。瞬殺である。

 

「藤林少尉?終わりました」

 

『あのさぁ……早くない?』

 

「まぁ、あんなのに時間かけていられませんし」

 

『相手、一応近接なら世界で五本指に入る相手なんだけど。何のために前話、二人が相対したところで切ったと思ってるの?』

 

「知りませんよ、そんな事。それより、魔法協会支部にもう一人誰かいますよ。ボスが」

 

『それ「誰か」じゃなくてボスよね』

 

「捕らえます?」

 

『お願い』

 

10秒後、捕らえた。

 

 

大体、というかもろ片付き、モンスター達も自分達の作品に帰った。残りは海の相手だけだ。

 

「逃げ遅れた敵兵は後詰めの部隊に任せて我々は直接敵艦を攻撃、航行能力を破壊する!」

 

柳はそう言うと、達也を含む部隊を連れて空中から迫った。その柳の耳に藤林の声が入った。

 

『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控え下さい』

 

「藤林、どういうことだ」

 

『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させては水産物に対する影響が大き過ぎます』

 

「ではどうする」

 

『退け、柳』

 

「隊長?」

 

突然、風間の声が入った。

 

『大黒ウィンター・エクゾディア・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが攻撃準備に入ってる』

 

「了解です」

 

『こちら、大黒ウィンター・エクゾディア・ルルーシュ・ランペルージ。攻撃準備整いました』

 

『よし、やれ』

 

すると、まだ目視出来る距離にいる敵艦隊の真上に、紫色の魔法陣が、無数に縦に並んだ。最上階は火星と木星の間まで続いている。

 

『軌道エレベーター、発動』

 

直後、敵艦はその魔法陣の跡を沿って、宇宙まで駆け上がったあと、爆発した。

 

「………前から思ってたけど、なんかあいつだけ魔法の種類が違うような」

 

ポツリと、柳が呟いた。

 

 

場所が変わって、対馬要塞。大亜連合艦隊が出撃準備に入っているからだ。

独立魔装大隊の面々はそこの作戦室にいた。

 

「本格的に戦争を始めるつもりでしょうか」

 

若い少尉から質問が飛んだ。

 

「彼らは三年前からずっと戦争中のつもりなのだろうな」

 

そう答えたのは、柳だ。

 

「そうだな。我が国と大亜連合の間では、講和条約どころか休戦協定も結ばれていない。艦隊の動員について一言も通告がないということは、我が国はこれを攻撃準備と解釈しても構わないと考えているのだろう」

 

風間の言葉に全員が耳を傾けた。

 

「既に動員を完了している敵艦隊に対し、残念ながら我が海軍は昨日より動員を開始したところだ。現状では敵の海上兵力に、陸と空の兵力で対抗するしかない。苦戦は免れないだろう」

 

全員の顔が一気に引き締まる。

 

「そこで、この現状を打開するため、我が独立魔装大隊は戦略魔法兵器を投入する。本件は既に統合幕僚会議の認可を受けている作戦である。ついては第一観測室を我が隊で借り受けたい。また攻撃が成功した場合、それと同時に……」

 

そこで、達也は説明を聞くのをやめた。戦略魔法兵器、と聞いた時点で自分のやることはそこで終わりだと思ったからだ。だが、違った。

 

「では、大黒ウィンター(以下略、つーか長ぇんだよ)特尉。頼む」

 

「了解。あ、せっかくだから試作機試してもいいですか?」

 

「構わん。確実に敵を仕留められるならな」

 

「第一観測室からじゃ狙えないんですけど……」

 

「なら、外で待機しろ」

 

あれっ?俺じゃないの?みたいな顔をした。当然だろう。

冬也は基地の外に出た。

 

 

第一観測室。独立魔装大隊の幹部たちは、ここから外の冬也をモニタしていた。冬也は異空間から超大型CADを取り出した。

15メートルほどの砲塔、二つのアホデカいマイクロミサイルコンテナ、大型集束ミサイルも二つ、長い二つのアーム、その他諸々の兵器が詰め込まれた前後に長いその姿は………、

 

『ただのデンドロビウムじゃねえかああああああ‼︎』

 

観測室から全員のツッコミが響く中、冬也はアイアンマンスーツを装着して中央に乗り込んだ。ある意味、夢のコラボレーションである。

 

『大黒ウィ……いや、コウ・ウラキ?攻撃は可能か?』

 

「いけるぞ、キャプテン」

 

『殴るぞおま……いや、もういいや。好きにして』

 

「了解。突貫します!」

 

冬也はそう言うと、デンドロビウムを出発させた。

10メートルほど進んだ後、爆発した。

 

『』

 

『』

 

『』

 

『』

 

全員が黙り込んで、モニターでその様子を眺めてると、爆発した所から、ポチャンとアイアンマンのマスクが落ちた。

 

『何してんのお前えええええええ‼︎⁉︎』

 

全員のツッコミが炸裂した。

結局、敵艦隊は達也のマテリアル・バーストで壊滅させた。

 

 



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追憶編(もしくは「冬也お兄様の野望」)
三年前


 

 

沖縄。私は夏休みを利用したプライベートな家族旅行に来ていた。お母様と私と冬也お兄様、そしてもう一人の兄と。

到着ロビーの会員制ティーラウンジを出ると、預かり手荷物を取りに行っていた兄が待っていた。

私はこの兄が苦手だ。家族でありながら使用人そのものの扱いを受けていて平気でいられるのは何故なのだろうか。一体、何を考えているのか分からない。

 

「深雪、ほーら」

 

冬也お兄様から声が掛かった。冬也お兄様はそう言うと、私に風船で作ったポニョをくれた。

 

「わあ!すごいです、お兄様!」

 

「知ってる」

 

「二人とも、行くわよ」

 

お母様から声が掛かった。昔から、色んなものを作っては私に見せてくれる冬也お兄様が、私は大好きだ。

 

 

今回、私たちが泊まるのは、恩納瀬良垣に買ったばかりの別荘だ。

お母様が人が多いところが苦手だから、という理由で急遽、父が手配した場所だ。

 

「いらっしゃいませ、奥様。冬也くんも深雪さんも達也くんもよく来たわね」

 

別荘で出迎えてくれたのは、お母様のガーディアンである桜井穂波さんだ。

 

「さあ、どうぞお入り下さい。麦茶を冷やしておりますよ。それともお茶を淹れましょうか?」

 

「ありがとう。せっかくだから麦茶をいただくわ」

 

「はい、畏まりました。冬也くん、深雪さん、達也くんも麦茶でよろしいですか?」

 

「俺はいらないです。部屋に篭ってるから放っといて」

 

冬也お兄様はそう言うと、足早に別荘に上がり込んだ。

 

「はい、ありがとうございます」

 

「お手数をお掛けします」

 

冬也お兄様の失礼な態度に私は呆れながらも、桜井さんに返事をした。続いて、兄も返事をする。

何故か、気にくわない。桜井さんが、兄を私の兄として扱うことが。

当たり前のことのはずなのに、気に食わなかった。

 

 

「お母様、冬也お兄様と少し歩いてきます」

 

別荘に閉じこもってるのは嫌だったので、散歩に行くことにした。

 

「深雪さん。達也を連れてお行きなさい」

 

「……わかりました」

 

兄を連れて行くのは本当は嫌だったのだが、余計な心配は掛けたくない。私は渋々、了承した。

 

「冬也お兄様、入りますよ?」

 

私はノックをしてから、冬也お兄様の部屋に入った。冬也お兄様は、中で何やら細かい作業をしていた。

 

「………あの、冬也お兄様?」

 

「ちょっと待って。あと30秒待って」

 

そう言われたので、私は30秒数えることにした。備え付けの時計で30、29、28……と、年末のようにカウントダウンを開始する。

 

「うしっ、出来た」

 

「? 何を作ってたんですか?」

 

「偽札」

 

「犯罪じゃないですか!流石ですお兄様!」

 

「さすがって……それで、何の用?」

 

「え?あ、ああ、そうでしたね。ちょっと、一緒に散歩でもと思いまして」

 

「………。いいよ、達也も誘ってやれ」

 

冬也お兄様はお母様と同じことを仰った。けど、ニュアンスは大分違うように感じた。

そういうわけで、私は二人の兄を連れて海岸を歩いた。

 

「知ってるか?二人共。海っていうのは人類の祖先なんだぜ。いや、人類どころか全生物の母なんだ。だから、海水浴に来てる時に海の中でオシッコするという事は、お母さんに小便引っ掛けながら遊んでるようなものなんだ」

 

「つまり、海でオシッコしちゃダメだってことですね!」

 

「いや、逆だ。だから、普段母親に怒られてるのを憂さ晴らしするためにガンガンオシッコしてやれ!」

 

「流石ですお兄様!」

 

「えっ?あ、うん」

 

なるほど、そういうものなのか……。今度実践してみましょう。……でも、私はあまりお母様には怒られないわ。冬也お兄様はお母様の化粧品を爆薬と入れ替えて怒られたりしてたけど。

つまり、私は実践できないわけね……。

 

「と、いうわけで俺はちょっとオシッコしてくる。達也、深雪を頼んだよ」

 

「了解しました」

 

「えっ」

 

この兄と二人にしないで……と、私は思ったが、冬也お兄様はすでにズボンのチャックからジョボボボボッとオシッコをしていた。

私は冬也お兄様は好きだ。だが、それと同時に、最近この人は変人なのではないか、と思い始めて来ていた。

 

 



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絡まれた

追憶編はほんの少しだけシリアスがあるかもです。というか、どちらかといえば深雪と達也メインになると思うので、少しのシリアス不可避。
まぁ基本は頭の悪いゆるゆるギャグなんですけどね。


 

 

兄とふたりきりにされてしまった。気まずい……。いや、兄妹なんだから気まずいと思う理由なんてない。でも、気まずい。

 

「ふぅ〜、お待たセーニョリータ」

 

冬也お兄様が用を足して戻って来た。だが、その途中、ガッと大人の方とぶつかった。軍服を着た男だ。

 

「あ、すんません」

 

バカにしてるにも程がある謝罪と共に冬也お兄様はこちらへ来る。

 

「おい待てクソガキ」

 

当然絡んで来た。けど、あの男は今、自分からぶつかりに行ったようにも見えた。

 

「ぶつかっといて礼もなしか」

 

「え?いや礼言ったじゃないですか」

 

「あんなバカにしたようなわびの仕方があるか!」

 

「うーん……じゃあこれは?」

 

そう言うと、冬也お兄様はキッと大男を睨んだ。

 

「俺は、ラウ・ル・クルーゼだ!」

 

「…………」

 

ぽかんとした表情になる大男。当然、私もだ。声、口調、トーンが似てたというのもあるが、この人は何を言ってるのかが分からなかった。

 

「テメッ、なめてんのか?ああ?」

 

「何だよ、何が不満なんだよ。『アムロ、行きまーす』のがいいのか?」

 

「謝れって言ってんだよ‼︎いい加減にしろよクソガキが‼︎」

 

「ごめりんこ」

 

「ああ、ダメだ。お前もう殴る」

 

何をしてるの!一概に向こうだけが悪いとは言えないんだから、謝ってよお兄様!

心の中でそう叫ぶが、冬也お兄様に聞こえるはずもない。

 

「そもそもテメェら恥ずかしくねーのかよ。お前ら軍人は中学生に喧嘩売るためにいつも訓練してんのか?」

 

お兄様ああああああ‼︎

 

「テメッ、今なんつったコラ」

 

「なめてんのか?」

 

「さっきからなめてるだのなんだの同じ言葉しか使えない。語彙力がない。ガキに正論を言われてすぐにキレる。沸点が低い。こんな軍人しかいないなら、世も末だな」

 

「おい。いい加減にしとけよ」

 

「だからそういう高圧的な言葉しか使えねーのかって言ってんだよ。理解力も皆無ですかコノヤロー」

 

相手を挑発しながら、冬也お兄様は私の隣の兄をチラチラと見ていた。まさか、助けを求めてる……?

私は心底呆れ、ため息をついた。情けない……煽っておいて人任せとは……。

 

「帰りましょう」

 

すると私の兄は、私の手を引いて別荘に戻ろうとした。

 

「へっ?ちょっ……!」

 

「冬也様からの御命令です」

 

違う、違うわよ!あれは助けを求めてるの!で、でも、この兄だってあの人に勝てるとは思えないし……!ああもう!どうすればいいのよ!

冬也お兄様は魔法の扱いが下手だし、多分魔法を使ってもあの人達には勝てない。

 

「ま、待って!」

 

私は兄に引き摺られながらも、大男に声を掛けていた。ジロリと私を睨めつける男。冬也お兄様はおデコに手を当てた。

私は心底ビビりながらも男に声を掛けた。

 

「そ、その人に手を出さないで!」

 

勇気を振り絞り、言わなければならない事を言った。すると、男が私の方に歩いて来た。

だ、ダメだ……殴られる……。私が覚悟を決めつつも体をカタカタと震わせていると、もう一人の兄が私の前に立ち塞がった。

 

「おいおい。ガキに用はないぜ?」

 

「…………」

 

「はっ、ビビって声も出ねえのか?」

 

「わびを求めるつもりはないから来た道を引き返せ。それがお互いの為だ」

 

「………なんだと?」

 

「聞こえていたはずだが?」

 

冬也お兄様に煽られ、相当頭に来ていたのだろう。男は兄に拳を振るった。

私は反射的に目を閉じた。文字通り子供と大人、それも中学生と軍人、喧嘩にもならない。

パシッという音のあと、おそるおそる目を開くと、兄が男の拳を片手で受け止めていた。それを見て、男はニヤリと微笑んだ。

 

「面白い……単なる悪ふざけのつもりだったんだが……」

 

そう大男は言うと、腕を引いて左右の拳を胸の前に構えた。

 

「いいのか?ここから先は、洒落じゃ済まないぞ」

 

「ガキにしちゃ、随分と気合の入ったセリフを吐くもんだ、な!」

 

そう言って、男は兄に殴り掛かった。兄も応戦しようとほんの少し動いた。

その直後、私も感じた程の寒気がその場の空気を支配した。何事かと思ったが、その中心にいるのが誰なのか一発で分かった。

男の後ろの冬也お兄様だ。普段の優しくてバカな冬也お兄様からは考えられないくらいの冷気を感じた。

 

「なんっ……⁉︎」

 

口を開きかけた大男を冬也お兄様が睨むと、それだけでそこから先の言葉は出なくなった。

が、すぐにその冷気は消えた。冬也お兄様が深呼吸したからだ。

 

「………っふぅ、俺も沸点低いな」

 

そう呟くと、冬也お兄様は懐から一万円札を出した。そして、大男に渡した。

 

「これをあげるから許してくれませんか?」

 

言いながら、男の胸ポケットにお札をたたんでしまった。

 

「いや、すまん……」

 

さっきまでの態度とは大きく変わって、大男は立ち上がると、去って行った。

さっきの寒気は何?魔法?まさか、私より魔法がダメで勉強と運動と器用さ以外に取り柄のない冬也お兄様に、CADもなしにそんな事、出来るわけない。

とりあえず、冬也お兄様を怒らせてはいけない、そう決めると、ザザッと誰かが私達の前に立ち塞がった。

 

「深雪さん。何かあったんですかっ?」

 

只事ではないような顔をした桜井さんだったが、私の姿を見るなり、ホッとした様子になった。てっきりさっきの大男の仲間が出て来たと思ったので、私もホッとしてしまった。

 

「ちょっと……、男の人に絡まれてしまって」

 

「まあ……!それで、その男は?」

 

「それが………」

 

私は冬也お兄様をチラッと見た。何と説明すればいいのか分からない。

 

「と、冬也お兄様がお金で解決しました?」

 

「お金でっ?」

 

「はい」

 

「深雪、人聞きの悪いことを言うな」

 

冬也お兄様はそう言って私の横に来る。

 

「本当の事じゃないですか」

 

「違うな。あれは金じゃない」

 

またまたこの人は、またわけのわからないことを言うのかしら、と思ってたら、冬也お兄様は懐からさっき渡していたお札にそっくりの紙幣を取り出した。

 

「偽札だ」

 

そう言った通り、そのお札には福沢諭吉の格好をした冬也お兄様が写っていた。

詐欺だ!と言いかけたが、そもそも向こうから仕掛けてきた喧嘩なので、詐欺ではない。何よりこちらは向こうから何かを得たわけでもない。

少し感心したように冬也お兄様を見てると、桜井さんが冬也お兄様に怪しげな視線を向けているのに気付いた。

 

 



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パーティ

 

 

今日はバカンスに来ているわけだけど、それでも世間のしがらみと縁を切れるわけではない。

黒羽貢さんにパーティーへ招待されたのだ。

 

「はぁ……」

 

思わず口からため息が漏れる。今晩くらいはゆっくりしたかったというのに……。

そんなことを思ってると、ノックの音がした。

 

「深雪さん、用意はできましたか?」

 

桜井さんの声だ。

 

「あっ、はい」

 

すると、桜井さんは部屋の中に入って来た。が、随分と冴えない顔だ。

 

「どうかなさったのですか?」

 

「いえ……その、奥様に冬也くんの見張りを頼まれてしまって……」

 

「それで、何故ため息を?」

 

「私、あの子アホっぽいから苦手なんです……」

 

ガーディアンの立場では普通、あり得ないことを言い出した。だが、冬也お兄様の小言はお母様お父様公認で許されている。

私には少し、気持ちは分かる。だって何を仕出かすか分からないもの。少し前のパーティでは、どういうわけかパーティ会場にガララワニ(捕獲レベル7)が現れ、それをトウヤコング(推定捕獲レベル78恒河沙)が倒すという茶番を見せられてすごい怒られていた。

 

「それは、大変ですね……」

 

「ええ。さて、では行きましょうか」

 

桜井さんの話を聞いて、自分の都合で悩んでいた私が随分小さく思えた。

 

 

パーティ会場。

 

「叔父様、本日はお招き、ありがとうございます」

 

私は頭を下げて型通りの挨拶をした。

 

「よく来てくれたね、深雪ちゃん。お母様は大丈夫かい?」

 

「お気遣い、恐れ入ります。少し疲れが出ているだけだと思いますが、本日は大事を取らせていただきました」

 

「それを聞いて私も一安心だよ。おっと、こんなところで立ち話もなんだな。ささ、奥へどうぞ。亜夜子も文弥も、深雪ちゃんと会うのを楽しみに……」

 

「うぃーっす、くそジジィ」

 

「………テメェは呼んでねぇんだが」

 

私の横から冬也お兄様が現れ、叔父様は不機嫌そうにそう言った。

 

「え?まじ?おーい、穂波さん!俺呼ばれてないらしいから帰っていい?」

 

「ダメです。お母様に長男らしくと言われたのでしょう?」

 

「俺もアレ、頭痛いから」

 

「そうだそうだ。お前なんか帰っちまえ」

 

何故、叔父様と冬也お兄様が仲悪いか、それは少し前に、冬也お兄様が叔父様の隠していた秘蔵コレクション(エロ本)5000冊を勝手に持ち出して、東京タワーを作ったからだ。そりゃキレるよね。

 

「るせーな、家族がありながらんなもん買ったテメーが悪ぃんだろうがチンカスジジィ。なぁにが『女子高生の薄っすらま○毛コレクション』だよ。マニアック過ぎんだろうが、完全に犯罪だろうが」

 

「お、おまっ……!あんまデカイ声で言わないでくんない?お願いだから。謝るから」

 

「ならお小遣いちょうだい?さもないとお命頂戴」

 

「分かった。分かったから。いくら?」

 

「8億」

 

「限度を知ろうね⁉︎多くて5億まで!」

 

いやそれ大して変わらないんじゃ……。

 

「と、冬也くん!失礼なこと言っちゃダメ!謝りなさい!」

 

「ごめりんこ」

 

「ごめりんこ⁉︎」

 

それ流行ってるんですかねぇ……。

大人げなく喧嘩する叔父様も叔父様だが、挑発する冬也お兄様も悪い。胃に穴が開きそうになってる桜井さんに助けを求められる前に、私は亜夜子さんと文弥くんに挨拶した。

 

 

翌朝。私は目を覚ました。本当はもっと寝ていたいのを押さえ込むように、起き上がると手足に力を入れた。

まずは空気を入れ替えることにした。パジャマのままベランダに出ると、下の庭で兄が冬也お兄様とトレーニングをしていた。

兄が攻撃を仕掛けると、冬也お兄様は落ち着いた動きでそれを捌く。二人のトレーニングはほぼ互角に見えたが、冬也お兄様は反撃していない。全て兄の攻撃を捌くだけだった。

攻撃を全部捌くと、流水岩砕拳のように手首を裏に返す。それによって、兄の体勢は大きく崩れた。

がら空きになった胸元に、冬也お兄様の鋭い一撃……かと思ったら、鼻の穴に人差し指と中指を突き立てて背負い投げをした。

 

「ぬおっ……⁉︎」

 

投げられ、地面に転がる兄。それを冬也お兄様は見下ろした後、手を差し出した。

 

「うしっ、ここまでな」

 

「ハァ……ハァ……ありがとう、ございました……」

 

「いいんだよ。可愛い弟の頼みだ」

 

可愛い?あの兄が?私はその感情が理解できない。無愛想で、何を考えているのかわからなくて、いつも後ろをついてくる兄が?そもそも、そんな台詞をお母様に知られたら……。

それに、心なしか兄の表情も、満足したような顔に見えた。まるで部活終わりの学生のような。

 

「鼻血出てない?鼻取れてない?大丈夫?」

 

「ええ。問題ありません」

 

「じゃ、続きはまた今度な」

 

「はい。ありがとうございました」

 

そう言うと、兄は別荘の中に入ってくる。

………冬也お兄様って、強かったんだ……。まさか、昨日襲われた時、本当に兄に私を逃がさせようとしていた?いや、もしかすると兄も逃がすつもりだったのかもしれない。

それを察した兄の事も気になる。この二人って、どんな関係なんだろう……。いや、それ以前に私のガーディアンって、どんな人なんだろう。

私は俄然、気になり始めた。

 

 



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魚雷

 

 

夕方になり、桜井さんが手配したクルーザーに、私達は乗っていた。午前中はビーチに出ていた。冬也お兄様は用があるとかいって一緒に遊べなかったけど、その代わりにガーディアンの兄が隣で座っていた。

それにしても、さっきたまたま聞こえてしまった、桜井さんと兄の会話は何だったのだろう。いや、何だったかは分かってる。

兄はおそらく、私がお昼寝している間、私を守ってくれたのだと。というか、あの人が他人に怒られてるところなんて、見るのは初めてだ。

 

「どした?深雪」

 

ぼんやり考えてると、冬也お兄様が声を掛けて来た。

 

「いえ、少し考え事を」

 

「なんかあったのか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

心配をかけさせるわけにはいかないわ。

 

「セーリングは久し振りなものですから……」

 

「ああ、そういえばそうだな」

 

クルーザーは北北西、伊江島の方角へと向かった。途中、冬也お兄様が「マグロが見える」とかいきなり言い出して、海に飛び込んでマグロを担いで来た時はどうしようかと思ったが、無事に帰って来て、お母様と桜井さんに怒られていた。

前から薄々気付いていたけど、あの人ホントはダメダメなんじゃないだろうか。今も船の上で「世界に一つだけの花」の振り付けを完璧にこなしてるし(ただし、声はオール中居ver)。

その時だ。その兄は踊って歌いながら、海岸の方を見ていた。目線の先には、潜水艦?のようなものが見えた。

 

「お嬢様、前へ」

 

私の前に兄が立ち塞がった。むっ、どうして私をそんな他人行儀な呼び方をするの?

 

「分かっています!」

 

八つ当たり気味に怒鳴り返してしまった。

桜井さんもお母様の前に立った。冬也お兄様は……未だに世界に一つだけの花。………ホントにあのお兄様はアホなのかしら?

 

「あのバカ息子を回収して」

 

「はいっ」

 

お母様に命令され、桜井さんはCADをスタンバイさせたまま、冬也お兄様の首に腕を巻き付けてクルーザーの床に叩き付けて回収した。いやそれはちょっとやりすぎでしょう。まぁ、お母様公認なのだろうけど。

すると沸き立つ泡の中から、二本の黒い影がこちらへ向かって来るのが見えた。

魚雷⁉︎何の警告も無しに⁉︎

硬直した私の前に立つ兄が、右手を魚雷に差し伸べた。その行為に何の意味があるのか分からないが、次の瞬間には魔法が放たれ、魚雷は海の底に沈んで行った。

 

「………?」

 

どういうこと?この人がやったの……?もしかして、私はこの兄の事、何も知らない?

私はただぼんやりと兄の背中を見つめていた。

 

 

あの後、私達の元に防衛軍の方がお話を伺いたいとのことで、私と桜井さん、冬也お兄様、ガーディアンの兄と事情聴取を受けていた。だが、潜水艦を見つけたのは冬也お兄様なので、ほとんど冬也お兄様が回答していた。

 

「………では、潜水艦を発見したのは偶然だったんですね?」

 

「はい。世界に一つだけの花、の振り付けを完璧に踊ってたらなんか見えました」

 

「何か、船籍の特定につながるような特徴に気が付きませんでしたか」

 

「相手は潜航中だったのでそれも……。せめて浮上してれば分かったかもなんですけどね。俺、艦これやってるし」

 

「魚雷を撃たれたそうですね?攻撃された原因に何か心当たりは?」

 

「多分、俺の世界に一つだけの花の振り付けが完璧過ぎたんでしょうね。ファンの方から花火が上げられたんだと思います」

 

ホントにうちのお兄様は何なのかしら……何一つまともに答えるつもりはないようだ。いや、どれも一応マジメに答えてるもんだからどうしようもない。

 

「…………他に、気が付いたことはなかったかい?」

 

「ありませんね。なにせ、艦これやってるだけの素人なので。ちなみに嫁は古鷹と川内。あーでも最近は白雪と初雪も可愛いんじゃないかと思って来た」

 

「………本当に?」

 

「……………」

 

何故か、冬也お兄様を興味深そうに風間大尉は見た。だが、それでも冬也お兄様は「Nothing special」と超完璧な発音で答えた。

 

「君は、何か気付かなかったか」

 

おもむろに、私のもう一人の兄に目を向けた。

 

「目撃者を残さぬために、我々を拉致しようとしたのではないかと考えます」

 

「拉致?」

 

「クルーザーに発射された魚雷は、発砲魚雷でした」

 

「ほぅ……」

 

「しかもクルーザーの通信が妨害されていましたから。事故を偽装する為には、通信妨害の併用が必須です」

 

「……兵装を断定する根拠としては、いささか弱いと思うが」

 

「無論、それだけで判断したわけではありません」

 

「他にも根拠があると?」

 

「はい」

 

「それは?」

 

「回答を拒否します」

 

「…………」

 

「根拠が必要ですか?」

 

「……いや、不要だ」

 

今度は兄に質問した。あっさりと黙秘すると言った時は少し驚いた。

 

「大尉さん、そろそろよろしいのではなくて?私たちに大尉さんのお役に立てるお話は出来ないと思いますよ」

 

退屈そうにしていたお母様がそう言うと、大尉さんは立ち上がり、敬礼しながら、

 

「そうですな。ご協力、感謝します」

 

と言った。

帰り際、大尉さんたちのお見送りに私、冬也お兄様、兄の3人が玄関まで出ると、表に体格の良い兵隊さんが二人並んでいた。

そのうちの一人が、こっちを見て目を見張った。

 

「なるほど」

 

兵隊さんの驚愕の表情を見て、風間大尉は頷いた。

 

「君達が、ジョーの一撃を片手で止め、そして威圧だけで追い返したという少年たちか」

 

楽しげに大尉さんは微笑んでいた。

 

「いやいや、威圧だけなんてそんなサイヤ人みたいな事してませんよ。お金で解決しただけです」

 

「金?」

 

「いや金って!お前あれ偽札だったじゃねぇか!」

 

「騙されたお前が悪い」

 

鼻くそをほじりながら答える冬也お兄様に、ヒクヒクと頬を吊りあげる兵隊さん。その兵隊さんの肩に大尉さんが手を置いた。

 

「金とはどういうことだ?」

 

「……………あっ」

 

絶望の表情を浮かべる桧垣上等兵、大尉さんはこっちを見て、言った。

 

「昨日は部下が失礼をした。謝罪を申し上げたい」

 

「桧垣ジョセフ上等兵であります!昨日は大変、失礼を致しました!」

 

そして、大尉さんと共に深々と頭を下げた。それを見て、冬也お兄様はどのスタンスでいるつもりなのか、しばらく二人を見下ろした後、言った。

 

「とりあえず、偽札返せ。あれまだ使えそうだし。それでいいよ。達也は?」

 

「……謝罪を受け入れます」

 

「ありがとうございます!」

 

いや、その偽札何に使うつもりなの?私はそう思いながら、大尉さんに「お前あとでしばくから」と言われて大量に汗を流す桧垣上等兵に「御愁傷様」と心の中で敬礼した。

 

「えっと……司波冬也くんと達也くんだったか?自分は現在、恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している。都合がついたら是非、基地を訪ねてくれ。きっと、興味を持ってもらえると思う」

 

「マジですか!」

 

「マジだ」

 

冬也お兄様が目をキラキラ輝かせると、風間大尉はニコリと微笑んで車に乗り込んだ。

 

 



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見学

 

 

バカンス3日目は、朝から荒れ模様だった。空はどんどん曇っていて、強い風が吹いている。

 

「今日のご予定はどうなさいますか?」

 

桜井さんがお母様に焼きたてのパンを渡しながら尋ねた。

 

「こんな日にショッピングもちょっと、ねぇ……。どうしようかしら」

 

「そうですね……琉球舞踊の観覧なんて如何でしょうか?」

 

逆に聞き返された桜井さんは、壁に掛かったディスプレイのスイッチを入れ、コントローラーを操作しながら琉球舞踊公演の案内を呼び出した。

 

「衣装を着けて体験もできるみたいですよ」

 

「面白そうね。深雪さんはどう思いますか?」

 

「私も面白そうだと思います」

 

「バカは?」

 

「おい、娘と息子の扱い違い過ぎんだろ。クタバレバーカ」

 

「お前がクタバレ」

 

なんでお母様は冬也お兄様と話すときだけ男子高校生みたいになるんだろう……。

すると、桜井さんが意見をまとめるように言った。

 

「ではお車の手配をしておきます。ただ、一つ問題が…この公演は女性限定なんです」

 

「そう……。達也、貴方、今日は1日冬……バカ息子と一緒にいなさい」

 

「はい」

 

「おい、なんで言い直したチンカス女」

 

「確か昨日の大尉さんから基地に誘われていたわよね?良い機会だから見学して来なさい。もしかしたら訓練に参加させてもらえるかもしれないし」

 

「分かりました」

 

「しかも俺に意見聞かねーのかよ。マジでお前、俺の心のデスノート筆頭だからなコノヤロー」

 

なんか、私の知らない間に話が進んでる。

………このままいけば、私はお兄様たちと別行動をする事になってしまう。

 

「あの、お母様!」

 

気が付けば口が開いていた。

 

「私も、と、冬也お兄様と一緒に行っても良いですか?」

 

「深雪さん?」

 

「あっ、えっと、わたしも軍の魔法師がどんな訓練をしているのか興味がありますし、その、ミストレスとして自分のガーディアンの実力は把握しておかねばと思いますので……」

 

「そう……感心ね」

 

ミストレスというのは少し抵抗があったが、言い切った。

お母様は私の苦しい言い訳を信じてくれたようで、兄に言った。

 

「達也、聞いてのとおりです。基地の見学には深雪さんも同行します」

 

「はい」

 

「ついては一つ注意しておきます。人前で、冬也はもちろん、深雪さんに敬語を使ってはなりません。深雪さんの事は『お嬢様』ではなく『深雪』、冬也のことは『ウンコたれ』と呼びなさい」

 

「おい、お前ホントに俺と戦争するか?」

 

「二人が四葉の次期当主だと覚られる可能性のある言動は禁止します」

 

「……わかりました」

 

兄が頷くまで、少し間があった。

 

 

そんなこんなで、風間大尉の基地に訪れた。

冬也お兄様はやけに大荷物だ。

 

「あの、冬也お兄様?その荷物は……」

 

「ん?ちょっとね」

 

特に説明してくれない。すると、基地から人がやってきた。

 

「防衛陸軍兵器開発部の真田です」

 

基地で出迎えてくれた軍人さんはそう名乗った。

 

「兵器開発部?マジで?」

 

「はい、マジです」

 

冬也お兄様の台詞に、微笑みながら真田中尉は答えた。

目を子供みたいに輝かせてる冬也お兄様とは対照的に、兄はまじまじと真田中尉を眺めた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ……まさか士官の方にご案内いただけるとは思っておりませんでしたので。それにここは空軍基地だと聞いておりましたから」

 

「軍の事に詳しいんですね」

 

「格闘技の先生が元陸軍の方なんです」

 

「ああ、なるほど……。空軍の基地に陸軍の技術士官がいるのは、本官の専門が少々特殊で人材が不足しているからですよ。案内を下士官に任せなかったのは……君たちに期待しているから、ですね」

 

「………なるほど」

 

その笑顔に、兄は何故か身構えたように見え、冬也お兄様は若干、挑戦的に微笑んだ。

 

 

真田さんに案内された先は、天井の高い体育館のような場所だった。

そのビルの五階建てくらいありそうな高さの天井から、何本もロープがぶら下がっていて、兵隊さんたちが大勢、ロープを登っては天井近くから飛び降りる、を繰り返している。

その付近で、風間大尉は私たちの事を待っていた。

 

「早速きてくれたとは、軍に興味を持ってもらっていると解釈してもいいのかな?」

 

「はい!俺もう興味津々!」

 

さっきから冬也お兄様が五月蝿い。ついこの前、一緒にウルトラマンフェスティバルに行った時みたいだ。

一方、もう一人の兄も興味はあるのか、ロープの訓練をしている方をジッと見ている。前から思ってはいたけれど、この人もこんな人間的な反応をするのね。

思わずぼんやりしていると、いつの間にかロープ登りの訓練に参加してみないか、という話になっていた。

 

「いえ、僕は魔法がそれほど得意じゃありませんから」

 

兄の僕、という一人称を聞いて、少し背中がむずがゆくなった。

 

「あの、兄さんが、魔法師だと、なぜ分かったんですか?」

 

兄さん、と、口にするのに強い違和感を覚えながらも聞いた。

 

「何となく、ですかな。何百人も魔法師を見てると、雰囲気で分かるようになるのですよ。魔法師か、そうでないか。強い魔法師か、弱い魔法師か」

 

いけない、と思いつつ、動揺が顔に出るのを抑えられない。

 

「ところで、なぜそのようなことをお気になさるのですかな?」

 

私は目を逸らした。冬也お兄様なら、この危機を打開してくれるかも、と思ったからだ。

だが、冬也お兄様は、かなり仲良くなった真田中尉と何処かに行ってしまった。肝心な所で使えない兄だ。そう思った時だ。ガーディアンの兄が私の前に出た。

 

「すみません、僕が魔法の才に乏しいことを、妹は気遣ってくれていて、普段から少々神経質になっているんです」

 

焦るばかりでどうしたらいいか分からなくなってる私の盾になってくれた。

 

「そうですか。いや、良い妹さんだ」

 

「ありがとうございます。自慢の妹です」

 

「ははっ。仲が良くて羨ましい」

 

兄が私を助けてくれた、ということを遅れて私は把握した。

 

 



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基地見学

 

 

その後も基地の見学は続いた。冬也お兄様は真田中尉と何処かに行ってしまい、私は兄さ……兄と風間大尉さんと、組手訓練を見ていた。

けれど、私はあまり格闘技に興味はない。すぐに退屈してしまった。せめて、知ってる人の組手が見れればいいのだけれど……例えば、冬也お兄様とか隣の兄とか?

そんな事を思っていると、風間大尉が兄に声をかけた。

 

「司波くん、見ているだけではつまらないだろう?組手に参加してみないか?」

 

誘われた兄はチラリと私を見た。

 

「そうですね、せっかくですからお願いします」

 

今の……もしかして、退屈してたのを、完全に見透かされてた?

直後、カーッと頭に血がのぼる。この人は!意地悪、意地悪、意地悪っ!なんで気付かなくてもいいところも気付くのよ!

が、心の中で悪口を言っても、相手に聞こえるはずがない。兄さんは、軍曹さんの前に立った。

 

「司波くん、遠慮はいらないぞ。渡久地軍曹は学生時代、ボクシングで国体に出た実力者だ」

 

魔法抜きでも全国レベルの実力者、というとかしら?素人の私にはよく分からないけど、とにかくすごい人なんだろう。

が、試合はあっさりと終わってしまった。一瞬で兄さんは渡久地軍曹の懐に飛び込んで、右手を鳩尾に突き刺した。

 

「渡久地!」

 

見物していた軍人さんが慌てて駆け寄って、応急処置のようなものを始めた。

兄さんは最初の位置に下がって、軽く一礼する。

 

「これはこれは……」

 

風間大尉が私の隣で感心したように呟いた。

 

「南風原伍長!」

 

「ハッ!」

 

また別の軍人さんが威勢良く出てきた。さっきの人よりは痩せているものの、ひ弱な印象はなく、まるでシャープな刃物のようなイメージがある人だ。

 

「手加減など考えるな。全力で行け!」

 

「ハッ!」

 

答えると同時に、南風原伍長が兄に襲い掛かる。だが、兄は余裕を持って南風原伍長の攻撃を回避し、落ち着いて反撃して倒してしまった。

その後も、この前襲い掛かってきた桧垣ジョセフ上等兵と戦い、魔法を使われたにも関わらず、あっさりと勝ってしまった。

桧垣上等兵と握手をし、完全に仲直り(?)をして、二人は改めて自己紹介した。

ちょうどそのタイミングで、真田中尉と冬也お兄様が帰ってきた。

 

「いやあ、大尉。すごいですよ、彼の技術は」

 

「どうかしたのか?」

 

「見てくださいよこれ」

 

真田中尉は小さなカプセルを取り出した。それをポイッと投げると、ボウン!と煙が出て来る。そして、煙の中から出て来たのはバイクだった。

って、これポイポイカプセル⁉︎マジかあの人!

 

「これは……」

 

「すごいのはバイクもなんですよ!」

 

「ホントだ……!これサイクロン号だ!」

 

サイクロン号⁉︎仮面ライダーの⁉︎600馬力の⁉︎

 

「懐かしいなオイ!テンション上がるわ!」

 

「それな!ッベー!マジヤッベー!」

 

………なんだろう。冬也お兄様って関わった人を全員バカにする能力を持ってるのかしら。

 

「ちなみに性能も同じですよ」

 

「マジでか!………いや待て。君、中学二年生だろう。なんでバイク作ってんの?」

 

「……………」

 

「……………」

 

あーあ、私シーラネ。

 

 

バカンスはついに5日目となった。私は気が付けば、兄さんの部屋の前に来ていた。

私は自分で何がしたいのか分からなかった。苦手意識を持っているはずが、ついついここに来てしまった。

私の右手がノックをしようとするかと思えば、そのままノックをせずに元の位置に戻る。

………無理だわ。私は諦めて引き返そうとした。その直後、扉が開いた。

 

「何かご用ですか?」

 

兄が扉を開けたのだった。

 

「あっ、あの、えっと……」

 

「はい」

 

ど、どうしよう……。冬也お兄様にも一緒に来て貰えば良かった……!

兄は私のことをポーカーフェースで見てるだけだし……。あー、うー。

 

「中に入れてくれってよ」

 

後ろから声がした。冬也お兄様が私の後ろに立っていた。あまりのタイミングの良さに、見張られていたのではないかと思ったが、助かったので良しとしよう。

 

「畏まりました」

 

私は兄に部屋の中へ通された。

あれ、冬也お兄様は来てくれないの?私はそう思ったが、冬也お兄様は「うんこが出たい」とか頭悪そうなことを言ってトイレに行ってしまった。

今、部屋の中には私とガーディアンの兄だけ。

 

「それで、どのようなご用でしょうか?」

 

兄の問いかけに、私は答えることができなかった。

と、いうより私の意識は別のところに行っていた。部屋の中はまるでCADの開発ラボのようだった。

思わずボーッと部屋の中を見回してると、再び兄に声をかけられた。

 

「お嬢様?」

 

「お嬢様なんて呼ばないでくださいっ!」

 

怒鳴りつけた私に、兄はびっくりして固まった。私もだ。あ、ヤバい。この後どうしよう。やべっ、ホント泣きそっ。何か言い訳を探さなければ……。

 

「あ………」

 

「…………」

 

「あの、えっと……そうです!普段から慣れておかないと、思わぬところでボロを出してしまわないとも限らないでしょう?」

 

兄の表情が「驚愕」から「不審」に変わった。それでも私は気力を振り絞って言い訳を押し通した。

 

「だから私のことは、み、深雪と呼んでください!」

 

言い切った。でも、それが限界だった。目をぎゅっと閉じたまま、俯いてしまう。

 

「……わかったよ、深雪。これで良い?」

 

兄の答えは、優しかった。いつもの堅苦しさはなく、友達同士のような言葉遣い。

 

「……それで結構です」

 

それだけ言うと、私は部屋を出た。兄の部屋のドアを閉めると、目の前には冬也お兄様が立っていた。

 

『だから私のことは、み、深雪と呼んでください!』←録音機

 

私の顔が真っ赤になるのが、自分でも分かった。

 

「録ったんですか⁉︎」

 

「可愛いよ深雪」

 

「んもー!消してください〜!」

 

「あっふぁっふぁっふぁっ!」

 

 



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避難

 

さらに3日後。バカンス終了まで一週間、半分が終わってしまった。

ここ最近、兄の事で随分と悩まされている。冬也お兄様に相談しようにも、毎日のように基地に遊びに行っててほとんど別荘には帰って来ていない。あの人、入隊したんじゃないだろうな。

そんな中、すべての情報機器から緊急警報が流れ出た。

 

『西方海域より侵攻』

『宣戦布告は無し』

『潜水ミサイル艦を主兵力とする潜水艦隊による奇襲』

『現在は浮遊状態で慶良間諸島を攻撃中』

 

聞きなれない言葉ばかりだったが、ひとつわかったのは潜水ミサイル艦の文字。もしかして、この前のクルージングの時の相手はこの前触れだった?

 

「便宜を図っていただけるよう真夜様にご依頼します!」

 

「ええ、お願い」

 

桜井さんがそう言って、お母様も緊張気味に頷いた。

突然の戦争状態に誰もが焦りを見せたが、私はそれよりも冬也お兄様のことが気になった。今日も元気良く基地で遊んでるらしい、つまり軍の基地にいるのだ。

すると、私の携帯に電話が掛かってきた。

 

「も、もしもし?」

 

『司波家のアイドルぅ!冬ちゃんだよー!よっろしくぅー!』

 

「お父様ですか?」

 

『え?いや違う違う父ちゃんじゃなくて冬ちゃん。それよりさ、玄信さ……風間大尉が基地のシェルターに避難しないかって』

 

「!」

 

私はすぐにお母様に声をかけた。

 

「お母様、冬也お兄様が風間大尉に基地のシェルターに避難しないかって……」

 

直後、さらに桜井さんがお母様に受話器を手渡した。

 

「真夜様からお電話です」

 

それを聞いて、お母様は受話器を取った。

 

「もしもし、真夜?……ええ、私よ。……そう、貴女が手を回してくれたのね……でも、かえって危険ではなくて?……そうね、分かりました。ありがとう」

 

通話を終えたのか、受話器を桜井さんに返した。

 

「奥様、真夜様は何と?」

 

「国防軍のシェルターに匿ってもらえる様、話を通したそうよ」

 

「しかし、かえって危なくはありませんか?」

 

「私もそう言ったのだけど、明確な敵対状態ですらなかったのに、いきなり奇襲をかけて来るような相手に、ルールの遵守は期待出来ないそうよ」

 

「それは、そうかもしれませんが……」

 

「大した労力じゃないとはいえ骨を折ってもらったんだし、真夜の言う通りにしてみましょう」

 

そういうわけで、私達は車で迎えに来た桧垣ジョセフ上等兵に、シェルターまで送ってもらった。

 

 

基地に到着した。私達はシェルターへの案内を待っている状態だ。意外なのは、私たち以外にも民間人がいたこと。

でも、私はそんな事よりも、すぐに冬也お兄様を探しに行きたかったのだが、そんな勝手な行動は許されない。車の中での桧垣上等兵の話だと、最後に見た時は真田中尉と、「下着解体」とかいう魔法を発明して、藤林という人で実験しようとしていたらしい。ほんと何してんのあの人。

 

「奥様、冬也くんは……」

 

桜井さんも同じことを思っていたのか、お母様の耳元でそう言った。

 

「後でいいわ。あの子なら大丈夫でしょう」

 

あの子なら?どういう意味だろう、冬也お兄様は魔法は苦手なはずだ。お母様は冬也お兄様が心配ではないの?

なおさら、深まる不安にソワソワと体を動かし、キョロキョロと辺りを見回したりしてると、兄と目があった。

 

「大丈夫だよ、深雪」

 

兄は過去にないほどに優しい声でそう言った。

 

「俺がついてる」

 

………それ、反則………!

どんな顔をしていいのか分からない。だめよ、落ち着いて。落ち着きなさい。動揺してはダメ、そう自分に言い聞かすほど、落ち着かなくなっていった。

ええい!こんなのは吊り橋効果よ!ホラーハウスよ!私はISのチョロイン共とは違うんだから!

そんな事を思ってると、兄は急に椅子から立ち上がった。桜井さんもだ。

 

「達也くん、これは……」

 

「桜井さんにも聞こえましたか」

 

「じゃあ、やっぱり銃声……!」

 

「それも拳銃ではなく、フルオートの、おそらくアサルトライフルです」

 

「状況はわかる?」

 

「いえ、ここからでは……この部屋の壁には、魔法を阻害する効果があります」

 

「そうね……どうやら、古式の結界術式が施されているようだわ」

 

「部屋の中で魔法を使う分には問題ないようですが……」

 

私にはさっぱりわからないことを兄と桜井さんは話している。

 

「おい、き、君たちは魔法師なのか」

 

すると、別の男性が桜井さんと兄に声をかけた。

 

「そうですが?」

 

「だったら何が起こっているのか見てきたまえ」

 

………え、何言ってるのこの人。

 

「私達は基地関係者ではありませんが」

 

ムッとした口調で桜井さんは言った。

 

「それがどうしたというのだ。君たちは魔法師なのだろう」

 

「ですから私たちは」

 

「ならば人間に奉仕するのは当然の義務ではないか」

 

イラッとした。こいつ何言ってんの?冬也お兄様風に言うと、バカなの?死ぬの?

 

「本気で仰っているんですか?」

 

殺気とも言えるオーラを隠すことなく桜井さんは言った。

だが、お母様は全く意外なことを言った。その男性の言うことなどまるで耳に入っていなかったかのように、兄を呼んだ。

 

「達也」

 

「何でしょうか」

 

「外の様子を見てきて」

 

しかし、兄は珍しく、それに難色を示した。

 

「……しかし状況が分からぬ以上、この場に危害が及ぶ可能性を無視できません。今の自分の技能では、離れた場所から深雪を護ることは」

 

「深雪?」

 

お母様はそれを冷たい声で遮った。

 

「達也、身分を弁えなさい」

 

「………失礼しました」

 

私ですらゾクっとした声に、兄は一言謝罪し、それ以上反論はしなかった。

 

「……達也くん、この場は私が引き受けます」

 

桜井さんが横から口を挟んだ。

 

「分かりました。様子を見て来ます」

 

兄はそう言うと、部屋から出て行った。

 

 




冬也「あーらら、とうとうギャグとか思い付かなくて、俺の出番も電話で台詞一つしかなくなったよ」

深雪「リアルな話しないで下さい。とちうかなんですかこれ、後書きに何やってんですかこれ」

達也「ガンダムとアベンジャーズネタ多過ぎて飽きられてるのに気づいてませんからね」

冬也「と、いうわけで、今回はこんなネタをやっているんだが、どう思う?」

深雪「うぇ?こんなネタやってるって……現在進行形なんですか?」

達也「ゴッグ!」

冬也「ザク!」

深雪「いきなりモビルスーツの名前連呼しないでください!ていうか本当何やってんですか⁉︎」

達也「まぁ落ち着けよ深雪。それより本気で気付いてないのか?」

冬也「すごいバカな深雪だから仕方ない」

深雪「! 誰がすごいバカですが誰が!」

達也「これで完成ですね。ウェーイ」

冬也「ああ。イェーイ」

深雪「ち、ちょっと!結局何が……!」

達也「まだ分からないのか。全員の台詞の最初の文字を取ってみろ」

あ り が と う ご ざ い ま す !

冬也「スゲェだろ!」

深雪「無駄な努力!ていうか途中から雑になってんでしょうが!ていうか私もその中に組み込まれてたの⁉︎てかそれ誰に対してのお礼……ああもうっ!捌ききれない!」

達也「と、いうわけで雑な追憶編!」

冬也「あと少しで終わるから我慢してください!」

深雪「締め方も雑か!皆さん、すみませんでした!」

終わり



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ギリギリセーフ

お久しぶりです。


 

兄がいなくなってから数分。銃撃の音が私にも聞こえる距離になってきた。

銃撃音だけでなく、足音も。それに合わせて、桜井さんが私とお母様の前に立った。

 

「失礼します!空挺第二中隊の金城一等兵であります!」

 

入ってきたのは軍人さんだった。

開かれたドアの向こうには、四人若い兵隊さんがいる。

 

「皆さんを地下シェルターにご案内します。ついてきて下さい」

 

しかし、そうなると、外の兄さんと冬也お兄様と離れ離れになってしまう。なんとかそう言わないと……と、思った所で、桜井さんが口を開いた。

 

「すみません、連れが一人、外の様子を見に行っておりまして」

 

「しかし既に敵の一部が基地の奥深くに侵入しております。ここにいるのは危険です」

 

「では、あちらの方々だけ先にお連れくださいな」

 

意外にも、そう言ったのはお母様だった。

 

「息子を見捨てて行くわけには参りませんので」

 

私と桜井さんは無言で見合わせた。

 

「しかし……」

 

「キミ、金城君と言ったか。あちらはああ仰っているのだ。私たちだけでも先に案内したまえ」

 

さっきの男性に詰め寄られ、扉の近くの四人の兵隊さんたちは険しい表情で顔を見合わせ、小声で相談し始めた。

 

「………達也くんでしたら、風間大尉に頼めば合流するのも難しくないと思いますが?」

 

「別に達也のことを心配しているのではないわ。あれは建前よ」

 

桜井さんの質問に、そう冷淡に返すお母様に、私は膝がガクガクと震えるのを必死に抑えた。

なぜお母様は、実の息子であるあの人に対して、ここまで冷淡になれるの?

 

「では?」

 

「勘よ」

 

「勘、ですか?」

 

「ええ。この人達を信用すべきではないという直感ね」

 

たちまち、桜井さんが最高度の緊張を取り戻した。

すると、金城一等兵さんが戻ってきた。

 

「申し訳ありませんが、やはりこの部屋にみなさんを残しておくわけには参りません。お連れの方々は責任を持って我々がご案内しますので、ご一緒についた来てください」

 

そう言った直後、別の人物が入ってきた。

 

「ディック!」

 

あれは、桧垣上等兵?

直後、金城一等兵が桧垣上等兵に対していきなり発砲した。

桜井さんが起動式を展開した。が、キャストジャミングによって騒音が魔法式の構築を妨害する。

こちらではお母様が胸を押さえて蹲っている。

まずい……!

 

「ディック!アル!マーク!ベン!何故だっ?何故、軍を裏切った!」

 

「ジョー、お前こそ何故日本に義理立てする!」

 

銃撃戦の中、兵隊さんたちの会話が聞こえた。

 

「狂ったか、ディック!日本は俺たちの祖国じゃないか!」

 

「日本が俺たちをどう扱った!こうして軍に志願して。日本のために働いても、結局俺たちは『レフトブラッド』じゃないか!」

 

「違うディック、それはお前の思い込みだ!」

 

今の話だけで何が起こったのかは大体把握できたが、今更把握したところで何もならない。

すると、銃撃が止んだ。

そして、キャストジャミングのサイオン波が弱まった。

チャンスと見た私は、アンティナイトをはめた奴だけを狙って、精神凍結魔法「コキュートス」を発動した。

キャスト・ジャミングが止む。これで人間を止めてしまったのは三人目。

その時、他の相手が私に銃口を向けたのに、今更気づいた。桜井さんが魔法を発動したのと同時だった。桜井さんの魔法式は効果を現す前に霧散した。

マシンガンの一掃射が、私と、お母様と、桜井さんの体に穴を穿っ………、

 

「ぎ、ギリギリセエエエエフ‼︎」

 

たと思ったら、どっかで聞いたことある間抜けな声と共に、私の眼の前に光が現れた。

その光の中から、見覚えのある二人の兄が現れた。そのうちの片方、達也兄さんが私の肩を抱き寄せ、銃弾をキャッチした。

 

「ッッッ⁉︎」

 

頬が熱くなる。あまりのタイミングの良さに、この人がやけにかっこ良く見えた。

 

「深雪、無事か?」

 

微笑みながら、私に声をかけてくれる兄。

キャッチした銃弾をその辺に放り捨てると、兄は辺りを見回した。お母様と桜井さんが血を流して倒れていて、敵がこちらに銃口を向けていた。

 

「『鬼畜バリア』」

 

冬也お兄様がクソダサい名前を呟くと、地面に手を着いた。

自分と兄と私の足元に半径1メートルほどの魔法陣ができて、私達を包み込んだ。

直後、放たれる弾丸。それが私達に迫る。が、それは魔法陣の上を通ったところで砂のように粉砕した。

 

「はっ………?」

 

私から思わず間抜けな声を出した。こんな魔法は見たことがない。冬也お兄様は普通の魔法は苦手ではなかったの?と、今更になって思って来た。

 

「達也、桜井さんを頼む」

 

冬也お兄様はそう言うと、ゆっくりと敵に向かって歩いていった。

敵はマシンガンを乱射するが、それはことごとく砂になっていく。そして、冬也お兄様が魔法陣の中に敵を入れた直後、敵は砂になって消えていった。

 

「っ……」

 

その事に私が若干の恐怖を抱いていると、達也お兄様はCADを桜井さんに向けた。

それに向かって引き金を引くと、銃で撃たれた傷が消えた。服を濡らし床に飛び散った血の跡が消えた。私は慌てて桜井さんの元へ駆け寄った。

これは、撃たれたことがなかったことにされてる……?

さらに、同じようにお母様も蘇生させた。

 

「……………」

 

私は、いつの間にか何故か誇らしさで胸がいっぱいになっていた。

冬也お兄様だけではない、達也お兄様も私のお兄様だと思えた。何も知らなかった自分の愚かしさは、もう気にならなくなっていた。

 

 

桜井さんは、「信じられない」という面持ちで自分の体を見下ろしていた。

お母様はまだ意識が戻らないけど、呼吸は安定している。

 

「すまない。反逆者を出してしまったことは、完全にこちらの落ち度だ。何をしても罪滅ぼしにはならないだろうが、望むことがあればなんなりと言ってくれ。国防軍として、でき得る限りの便宜を図らせてもらう」

 

風間大尉は頭を下げて、達也お兄様と冬也お兄様に言った。

 

「ではまず、正確な状況を教えてください」

 

達也お兄様が質問した。

 

「敵は大亜連合ですか?」

 

「確証はないが、おそらく間違いないだろう」

 

「敵を水際で食い止めているというのは嘘ですね?」

 

「そうだ。名護市北西の海岸に、敵の潜水揚陸部隊が既に上陸を果たしている。慶良間諸島近海も、敵に制海権を握られている。那覇から名護に掛けて、敵と内通したゲリラの活動で所々において兵員移動が妨害を受けた」

 

………想像以上に酷い状態だわ。

 

「では次に、母と妹と桜井さんを安全な場所に保護してください。できれば、シェルターよりも安全度の高い場所に」

 

「………防空司令室に保護しよう。あそこの装甲はシェルターの2倍の強度を持つ」

 

……呆れた。民間人が避難するシェルターよりも、軍人が立てこもる司令室のほうが守りが硬いなんて。

 

「待て、達也。お前も司令室に行け」

 

そこに口を挟んだのは冬也お兄様だ。

 

「何故ですか?奴らは深雪に手を掛けようとしました。その報いを受けさせなければなりません」

 

「それは俺も同じだ。それに追加して、俺は一人の兄として弟を戦場に立たせるなんて真似はしたくない」

 

「俺自身が奴らを仕留めないと、気が収まりません」

 

「だから、それは俺も同じなんだって。あ、もしかして俺のこと心配してくれてる?大丈夫、俺こう見えて強いから」

 

「そんな事は分かっています。それでも、俺も参加させていただきたい。お願いします」

 

頭をさげる達也お兄様。冬也お兄様はその様子を見たあと、ため息をついた。

 

「………わかったよ。その代わり、お前は軍の方々と一緒に行動しろ。それが最低限の条件だ」

 

「ありがとうございます」

 

「ったく……深雪の護衛をやらせようと思ったのによ……。深雪、俺の分身置いていくから、なんかあったらそいつに言え」

 

「え、はい」

 

今なんて言った?分身?この人、本当に魔法が苦手なの?

そんな私の気も知らずに、冬也お兄様は髪の毛を抜いて息を吹きかけた。それが、冬也お兄様の分身になった。悟空なの?

 

「さて、じゃあ行くか」

 

冬也お兄様はそう言うと風間大尉、真田中尉、達也お兄様と戦場に出た。

 

 



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で、現在

グダグダした追憶編も終わりです。これからはアホアホゆるゆる下らないギャグを連投できればと思います。


 

それから、司令室に避難した私に、お母様は説明してくれた。達也お兄様は生まれつき、『分解』と『再成』の2種類の魔法しか使えないこと、人工魔法師計画によって感情が欠落てしまったこと、その手術をお母様自身がなさったこと、その中で達也お兄様に唯一残された感情が『兄妹愛』であるということ。

一方、外の戦闘はこちら側の圧勝だった。桜井さんは犠牲になったものの、達也お兄様のマテリアルバースト、冬也お兄様のハイパー・ナトリウム・クラッシャー・即死ミサイル(略してハナクソミサイル)によって日本は圧倒し、大亜連合をフルボッコにした。

何故、冬也お兄様は力を隠していたのか、それらは何一つわからなかったが、あの戦争のあとに生き延びた冬也お兄様が、私にこっそり耳打ちした言葉がこれだ。

 

「深雪……俺は決めたよ。俺は、将来世界を征服する」

 

意味がわからなかったが、当時は目の前で冬也お兄様の暴れっぷりを目にしていたので、あながち嘘ではないのではないか、と思っていた。

それなのに、それなのに……、

 

「あ、あのっ……皆さん、どちらさま、ですか?」

 

「」

 

病院で姿も中身も子供になっていた。事情は、試作型CADの誤作動による自爆らしい。

 

「それでなんでこうなんのおおおおおおお⁉︎」

 

風間大尉や藤林少尉、達也お兄様の前で思わず大声でツッコんでしまった。

 

「ちょっ……いきなり大きな声出さないでください……」

 

「いや出しますよ!あんたバカのくせになんて面倒な事になってるんですか⁉︎」

 

「うっ……バカって言わないでよぅ……」

 

やっぱりあの時の言葉はバカの妄言だったようね……。

はぁ、私本当にこの人のことがよくわからないわ。

 

「すまない、深雪さん。私が止めるべきだった。いやでもまさかあんな風に爆発するなんて誰が思うだろうか。ねぇ、藤林くん?」

 

風間少佐が隣の藤林少尉に声を掛けた。

だが、

 

「きゃああああ‼︎子供の冬也くん可愛い!お持ち帰りしたい!」

 

「だ、誰ですかあなた……あまり抱きつかないでよ……痛いです」

 

「響子お姉ちゃんって呼んで」

 

「………きょうこおねーちゃん?」

 

「グハァッ‼︎」

 

吐血して後ろにぶっ倒れた。うん、この人は放っておこう。

 

「……これは、もしかするとアレだな」

 

「アレ?」

 

達也お兄様がボソッと呟いたのに、風間少佐が反応した。

 

「いえ、前に言ってたんですよ。もし、自分が大怪我をするような不測の事態が有れば、自分の体が治るまで、自分自身を身体ごと小学生あたりまで退行させて、他人から自分の記憶を守る、と。まぁ、この人が大怪我なんてするはずないと思っていましたから、軽く聞き流していましたが」

 

「確かに、それは分かるが……。というかどんな魔法だそれは……。それはどのくらいの間、幼児退行するんだ?」

 

「自分の身体が治るまで、と仰っていました。この体になっている間、自分の体は高速で修復中、らしいですので、遅くても一週間くらいだと」

 

「ふむ……となると、私や藤林くんがここで彼と関わっているのはまずいのではないか?」

 

「そうかもしれませんね……。申し訳有りませんが少佐、兄が元に戻ったら報告しますので……」

 

「ああ、了解した。行くぞ、藤林」

 

「ああん待って!もう一回抱かせて!」

 

「冬也が作った仮想式拷問プログラム『鼻の穴に醤油を200リットルねじ込んでみた』というのがあるんだが……」

 

「帰りましょう」

 

「頼むぞ、特尉」

 

その言葉に、達也お兄様は敬礼した。

…………さて、ようは一週間この子を私達で育てなきゃいけないのよね。

 

「どうしましょう、達也お兄様」

 

「……学校には事情を話すとして、いや連れて行くしかないだろうな。幸い、学校にはスケット部の面々もいるし、家に置いておくよりはその方がいいだろう」

 

「そうですね」

 

「じゃ、世話は頼んだぞ。深雪」

 

「分かりました。…………えっ?」

 

最後、サラッとなんて言った?

 

 




次の第6章はオリジナルとなります。そんなに長くはやらないつもりです。


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幼児退行編(もしくは、深雪お母さん)
取扱説明書


 

と、いうわけで私は冬也お兄様の面倒を見ることになった。

年齢は大体、6歳くらいかしら?この頃の冬也お兄様って確か………一番クソガキだった気がする。

 

「ィヤッホーウ‼︎」

 

帰宅するなり、冬也お兄様……いや、冬也くんは家の中を駆け回った。

 

「こ、コラ!バタバタしないで下さい!」

 

「妹の癖に五月蝿い」

 

こ、このクソガキ……!ガチトーンで返してきやがった。

一瞬で私の怒りのボルテージが上がったのにも気付かず、冬也くんはソファーにダイブした。

ボフッと飛び乗ったあと、クッションを抱きかかえて、ゴロゴロ転がりだした。ソファーから落ちて、床に身体を強打しても御構い無しに転がり回り、机に頭をぶつけて止まった。

………も、もしかして、泣いてる?

 

「わ、わあああ!だ、大丈夫ですか⁉︎お、お菓子でもオモチャでも買ってあげるから泣かないで……」

 

「えっ?マジで?」

 

………ケロリと起き上がりやがった。クッ……!今回は泣いたかどうか確認せずに買ってあげると言ってしまった私の落ち度ね。

 

「え、ええ。だから泣かないで?ね?」

 

「泣くわけないじゃん。なめてんの?」

 

………ダメよ。イラっとしては。抑えて私。こんなの子供の言うことじゃない。心は広く、冷静に。

 

「それよりほら、早く行こう。お菓子とオモチャ買いに」

 

「へ?今?」

 

「うん」

 

「あ、あと両方はダメ!片方にしなさい!」

 

「はぁ?自分で『お菓子でもオモチャでも』って言ったんじゃん」

 

「そ、それは……!はぁ、仕方ないわね。いいわよ、両方で」

 

「やりぃ!」

 

というか、その無邪気な笑顔は反則よ………。

 

「あの、ところで冬也くん?」

 

「………お兄様は?」

 

「………冬也お兄様」

 

「何?」

 

「私や達也お兄様が冬也お兄様の妹や弟って、本当に信じるの?」

 

「え、うん。二人とも、嘘ついてないのは分かるし」

 

「どうして分かるの?」

 

「俺のサイドエフェクトがそう言っている」

 

「……………」

 

ぶっちゃけ、冬也お兄様ほどの才能なら、嘘を見抜く魔法くらい小学生のうちから作れそうだから、信じられるのよね。

 

「ま、まぁ分かったわ。じゃあ行きましょう?」

 

そう言って、私と冬也くんは外に出ようとした。すると、階段から達也お兄様が降りてきた。

 

「ん、どこか出掛けるのか。深雪?」

 

「はい。冬也くんがお菓子とオモチャが欲しいって……」

 

「それはいいけど……ああ、これ」

 

達也お兄様は紙を一枚渡してきた。

 

「7歳の冬也兄様の取扱説明書だ」

 

「へ?なんでこんなもの……」

 

「前、冬也兄様にもらった」

 

「………そんなものがあるなら、達也お兄様が面倒を見てあげればよろしかったのでは?」

 

「俺はそういうの向かないんだよ。じゃあな」

 

そう言うと、達也お兄様は足早に去って行った。

………逃げたわね。まぁ、いいわ。達也お兄様のすることですし、許しましょう。

 

「おい深雪!早く行くぞ!」

 

「はいはい……」

 

ま、これは歩きながら読めばいいわよね。

 

 

冬也くんと手を繋ぎながら、私は紙を読んだ。

 

『大黒・ウィンター・エグゾディア・ルルーシュ・ランペルージの取扱い説明書

・はじめに

まず、これを読んでるのは十中八九深雪でしょう』

 

見抜かれてる⁉︎

 

『・注意事項』

 

前置き終わり⁉︎

 

『1、ものすっごいカマちょです。何か声をかけてきたりちょっかいをかけてきた時は、なるべく遊んであげましょう。

2、頭は松田桃太のくせにプライドだけは夜神月です。なるべく、慎重に扱いましょう。

3、戦闘力は第一高校の三巨頭とタメ貼るかそれ以上です。喧嘩させるのはなるべく避けましょう。

4、目を離すと何をするのか分からないので、とにかく目を離さないようにしましょう。

5、万が一、見失ったときは騒ぎの起きた方へ行きましょう。

6、柔らかいものが好きです。俺が怒りそうになった時は、クッションでも枕でもオッパイでも構いません。もふもふさせてあげましょう(オッパイだと効果は2倍)。

7、さみしがり屋です。一緒に寝てあげましょう(女性限定)。』

 

………ようするに、ほとんど今と変わらないということね。後半、ほとんど欲望だし。

 

「………目を離さないように?」

 

私、今この紙を読んでて目を離してたわよね……?

ハッとして辺りを見回すと、すでに冬也くんの姿はない。

サァーッと顔が真っ青になっていくのが分かった。直後、遠くで女性の悲鳴が上がった。

 

 



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迷惑

勘が掴めない。久々だからだろうか。


 

 

女性の悲鳴の方へ急いで駆け付けると、卍解・大紅蓮氷輪丸のような姿をした冬也くんが、歩いてるほのかと雫の前に立ち塞がっていた。

 

「ちょっ、何やってるの!?」

 

「! 深雪!」

 

助かった!みたいな声を上げる涙目のほのか。ちょっと、高校生が小学生に泣かされそうにならないでよ……。

 

「お、来たな。袖の白雪!」

 

「誰がルキアですか!?」

 

「氷雪系最強は俺の物だああああ!!」

 

言いながら冬也くんは、斬魄刀(笑)を振るった。

 

「『氷竜旋尾』!!」

 

飛んでくる氷の斬撃。正直、これが冬也お兄様のものならやられていたかもしれないけど、冬也くんのなら大した威力ではない。

………おっと、なるべく構ってあげたほうがいいんだったかしら?なら、やってあげるわよ。

 

「『袖の白雪』」

 

私は、斬魄刀(笑)を取り出した。

最近ブリーチにハマった冬也お兄様のために、いつでも遊んであげられるように作っておいたのだ。

 

「『初の舞・月白』」

 

「!?」

 

そう言いながら、冬也くんの間合いに近付き、地面に切っ先を付けて円を描いた。

直後、冬也くんは凍った。

 

「……ふぅ、捕まえた」

 

「……あの、深雪?何してるの?」

 

気が付けば、ドン引きしたような表情でほのかと雫が私を見ていた。

 

「いやー……ちょっと、ね?」

 

この子を冬也お兄様だと言ってもいいのだろうか。

色々と面倒なことになりそうだから、回避したほうがいいかもしれない。

………なんて言おう。親戚の子?

 

「親戚の子が、遊びに来てて……」

 

「いや、遊ぶにしてもちょっとやりすぎじゃ……」

 

「大丈夫よ。どーせ……」

 

直後、氷はパキィンッと砕け散り、中から冬也くんが別の斬魄刀を持って出てきた。

 

「『卍、解!!龍紋鬼……!!」

 

「いい加減になさい」

 

私は今度は何も使わず、普通にゲンコツした。

 

「いだっ!?」

 

「まったく……ほら、やんちゃもそこまで。あんまり言うこと聞かないと、お菓子もオモチャも買ってあげませんよ?」

 

「うっ……それは困る……」

 

「はいはい。じゃあ、お店に着くまで、大人しく手を繋いでましょうね」

 

「うう……俺の方が兄ちゃんなのに……」

 

「じゃあほのか、雫。また学校でね」

 

「「え、あ、うん」」

 

深く聞かれる前に私は冬也くんの手を引いてお店に向かった。

 

 

近くのAEON。ここなら、まぁある程度のお菓子もおもちゃも買えるでしょう。

 

「じゃあ、オモチャから行こうか。何が欲しいの?」

 

「んーっとねー、ガンプラ!」

 

……そういえば、私が幼稚園の頃はよく冬也お兄様の作ったガンプラで遊んでいたっけ……懐かしいわね。

そういえば、あれからだっけ、私がガンダムに興味が出たのって。

 

「はいはい。何にしますか?」

 

「アンクシャ!」

 

また渋いのをチョイスしたわね……。私はアンクシャよりアッシマーの方が好きなのだけれど……。

 

「家にユニコーンとバンシィがあったから、サイコフレームの被害者にして飾るんだ!」

 

しかも飾り方が残酷なのであった。まぁ、冬也くんがそれでいいならいいけれど……。

 

「分かりました。ではお金を渡しますから……」

 

「あと、グレイズ・アイン」

 

「へっ?」

 

「それとゼーゴック」

 

「ち、ちょっと待って下さい。ていうか最後の知りませんしプラモ化されてるんですか!?」

 

「何?」

 

「多すぎますよ!一つまでです!」

 

「一つだけなんて言ってないじゃん」

 

………あっ、この顔。言い負かしたと思ってる顔だ。でも残念でした。

 

「それなら、二つとも三つとも言ってません。私が買うと言った以上、買う個数は私が決めます」

 

「ううっ……うー!」

 

「唸ってもダメ。どれにするんですか?」

 

「…………じゃあ、グフ・フライトタイプで」

 

「結局どれでもないんですか!?」

 

レジに運んだ。

 

 



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甘え

 

 

その日の夜。食事が終わったあとに、私は自室に入って、ベッドに寝転がった。

 

「………ふぅ」

 

あの後は大変だった。お菓子売り場でポテチ何袋もカゴに入れるし、ガチャポンには必ず飛び付くし、本屋の付録勝手に開けるし、私の体よじ登って肩車させられるし……。

子供の世話って大変なのね……そんな歳ではないのに母親の苦労を知ってしまった気がするわ。

 

「とっつげきぃぃぃい!!」

 

扉が開かれて、そこから冬也くんが入って来た。私のベッドの上に飛び乗ると、私の上をゴロゴロと転がりまくった挙句、真上でピタッと止まった。

胸の上に顎を置く形で停止する。このエロガキ……!

 

「………深雪のオッパイ、意外と柔らかいねー」

 

「意外とって何よ……。というか、ベッドの上で暴れないでください」

 

「ふへへー」

 

「ふへへーじゃなくて」

 

「今日はありがとね!ガンプラとお菓子買ってくれて!」

 

「へっ?」

 

「教育ママタイプだと思ったら、意外と優しいんだね!」

 

この子はどうしてこの歳で「教育ママ」なんて言葉を知っているのか。

 

「意外と、は余計よ」

 

言いながら、私は冬也くんの頭を撫でる。すると、嬉しそうな顔で微笑んだ。

…………ちくしょう、かわいい。

 

「ね、深雪」

 

「何ですか?」

 

「一緒に寝てもいい?」

 

「…………はっ?」

 

一緒に?私と?冬也お兄様が?本気?

 

「…………だめ、かな」

 

返事をするのが遅れると、少し残念そうな顔をする冬也くん。そういえば、取扱説明書に「一緒に寝てあげましょう」って書いてあった気も……あれ、本気だったの?

もし、仮にそうだとしたら、一緒に寝てあげないわけにはいかないかもしれない。そう、これはやましい気持ちなんてない。

 

「………い、いいわよ?」

 

「やりぃっ!」

 

ガッツポーズするときの笑顔がいちいちかわいい。……あの生意気な部分を除けば、素直で可愛い子なのね。

そんな風に思ってる間に、布団の中に潜り込んできた。

そして、スリスリと私の身体によって来る。

 

「ね、横向いて」

 

「へ?こう?」

 

「んーっ」

 

「なっ……!?」

 

このクソガキ……!私の胸に顔を埋めてきやがった。

 

「な、何してるの?」

 

「え、ダメ?お母さんとか桜井さんにはよくしてもらってたから……」

 

さ、桜井さんも!?

………落ち着きなさい、私。これが冬也お兄様ならスーパートルネードスローからのサイドスクリュースロー、トドメのローリングドライバーとパー技三連コンボだったけど、彼は小学生よ……落ち着いて。

 

「それに、3〜7歳くらいの子供だっけ?うろ覚えだけど、その辺りの子にはちゃんとスキンシップ取らないといけないらしいよ?」

 

「わ、分かったわよ」

 

「へへっ」

 

笑顔ではにかむと、冬也くんは顔を上げて言った。

 

「おやすみ、深雪」

 

「…………ええ」

 

頭を撫でて返してあげると、すでに寝息を立てていた。

………この子、本当生意気じゃなきゃかわいいわね。

 

 

翌日、学校。スケット部部室。桐原、服部、十文字、幹比古、壬生、鈴音(new!)の六人はいつものようにトランプをしていた。

 

「最近、冬也来ねーな。3」

 

「そういえばそうですね、どうしたんでしょうか。4」

 

「会頭はなんか知らないすか?5」

 

「ダウト」

 

「チッ」

 

「灼熱のハロウィンの時に大暴れして以来、俺も会ってないな。6」

 

「まぁ、あの人のことだから大丈夫だとは思いますけど……7」

 

そんな事を言ってると、こんこんとノックの音がした。

 

『あーい』

 

全員が全員、返事をすると、ガラガラッと扉が開いた。

扉の向こうに見えたのは深雪だ。

 

「ちょっと、ここで待っててね」

 

深雪は扉の奥の何者かにそう言うと、部室に入った。

 

「あ、司波さん。どうしたの?」

 

同級生ということもあってか、幹比古が応対した。

桐原はトランプを片付け、十文字はカップとお皿を重ねて鈴音の前に回し、その鈴音は紅茶を入れ、壬生はミルクと砂糖を用意し、服部は椅子を用意した。

完璧なもてなしだった。

 

「あ、す、すいません……」

 

それにドン引きしながらも、とりあえず深雪は座る。

 

「お砂糖とミルクは?」

 

「お願いします」

 

壬生がそれらを入れて、スプーンで混ぜる。

いただきます、と言ってから深雪は紅茶を啜った。一息ついてから、相談に入った。

 

「あの、これは皆さんを信用しているからこそできる相談です」

 

「え、うん」

 

「冬也お兄様の部活仲間として、みなさんは私からの信頼はなくても、冬也お兄様からの信頼は厚い、だからこそ相談できることです」

 

酷い言われよう、と思っても口にしなかった。

 

「今回のことはここにいる全員以外には内密に、それと防音の魔法を張ってください」

 

言われるがまま、張った。

 

「で、相談というのは?」

 

「この子です。……入ってきなさい」

 

深雪に言われて、扉から入って来たのは小さな男の子だ。どこかで見たことあるような顔の。

 

「あ?そのガキがなんだってんだよ」

 

「自己紹介しなさい」

 

「司波冬也、7歳です!」

 

全員吹き出した。

 

「と、ととと冬也!?」

 

「えっ、なんで?どゆこと!?」

 

「こ、これが冬也さん!?」

 

「はい。訳あって縮みました」

 

「いや訳あってって……」

 

どんな訳よ……と壬生がため息をつく。

 

「この事が他の魔法師などに知られたら、マズイことになります。事情は伏せますが、マジでマズイです。いやほんとマジで」

 

「分かったから続けろ」

 

「本当は私が生徒会室で面倒を見たいのですが……。その、端的に言いますと、クソガキです、こいつ」

 

「こいつって言うな!俺はお前の兄ちゃんだぞ!」

 

「うんありがとー。ですから、生徒会室に置いてしまうと、下手をすれば学校の情報がこのクソガキに良いようにされてしまいます」

 

「は、はぁ……」

 

「それと、ほのかに知れたらおそらく発狂します」

 

それは分かるわ、と見解の一致だった。

 

「そういうわけなので、放課後から帰宅までの間、宜しくお願いします」

 

「まぁ、生徒の依頼ならスケット部員としては無下には出来んが……」

 

十文字がそう答えると、深雪はホッと息を吐いた。

 

「では、皆さん。よろしくお願いいたします。これ、取扱説明書です」

 

全員にコピーした紙を配ると(一部訂正版)、深雪は部室を出て行った。

 

 



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斬魄刀

 

 

「十文字克人。三年だ」

 

「服部刑部。二年だ」

 

「桐原武明。同じく二年」

 

「吉田幹比古。一年だよ」

 

「壬生紗耶香。二科生の二年よ」

 

「市原鈴音。三年生です」

 

全員の自己紹介が終わった。そんな中、冬也はどこから持ってきたのか、ジェンガを組み立てていた。

 

「……………」

 

「あの、何してるのかな?」

 

「ジェンガ」

 

壬生に尋ねられ、しれっと答えて作業を続ける。その直後、「ああ、この子冬也だわ」と全員が察した。

まぁ、このまま大人しくしていてくれるなら、スケット部部員としては助かる。

全員、ホッとして息をついた時だ。バキューンとオモチャの銃のような音がした。その音の方を見ると、冬也が指からレーザーを出して、天井に穴を開けていた。

 

「」

 

「」

 

「」

 

全員が唖然とする中、冬也は休まずにジェンガを天井の裏まで続けた。いつの間にか脚立を取り出して。

全員、どういう事なのか説明書を見た。

 

『1、ものすっごいカマちょです。何か声をかけてきたりちょっかいをかけてきた時は、なるべく遊んであげましょう。

2、頭は松田桃太のくせにプライドだけは夜神月です。なるべく、慎重に扱いましょう。

3、戦闘力はそこらの人喰い虎とタメ張るかそれ以上です。喧嘩させるのはなるべく避けましょう。

4、目を離すと何をするのか分からないので、とにかく目を離さないようにしましょう。

5、万が一、見失ったときは騒ぎの起きた方へ行きましょう。

6、柔らかいものが好きです。俺が怒りそうになった時は、クッションでも枕でも構いません。もふもふさせてあげましょう。

7、さみしがり屋です。一緒に寝てあげましょう』

 

深雪によって改正されたその説明書を眺めた。

 

「多分、遊んでるだけ、なんだろうな……」

 

「というか、すごい集中力……」

 

「何このジェンガ。一個抜いたら終わりだろ」

 

服部、壬生、十文字と呟いたが、それらに一切目を向けずに冬也は続けた。

 

「じゃない!天井に穴空いてるんですよ!?早く止めないと……!」

 

「そうですね。上の階の天井も空けられたら迷惑ですし……」

 

「おい、冬也。もうその辺でいいだろ。つーか天井に穴空けんなよ」

 

桐原に言われるも、冬也は一瞬下を見た後、フンッと鼻を鳴らして無視した。

 

「なぁ、あのクソガキ殺していいか?」

 

「落ち着いて桐原くん!」

 

高周波ブレードを構えた桐原を止める壬生。

 

「そうだぞ桐原。お前じゃ勝てない。なにせ、あの人喰い虎より強いらしいからな」

 

服部が止めに入ったが、プライドの高い男子高校生には逆効果だった。

 

「はんっ、7歳のガキに負けてたまるかってんだよ!男子高校生をなめたらどうなるか教えてやるぜ」

 

「やだ私の彼氏小さい」

 

「うおら冬也ああああ!!死ねやああああああ!!」

 

斬りかかる桐原。それを視界に捉えると、冬也は呟いた。

 

「凍てつけ、『冬帝』」

 

直後、冬也の手元から白銀の刀が出てきた。

それと共に、外の天気が悪くなって来た。

 

「………えっ?雪?」

 

壬生が外の空を見て呟いた。その外の雪が集まり、冬也の「冬帝」に集まって行く。

カタカタと窓が揺れ出した。

 

「うおっ……なんだ、こりゃ……つーか魔法?魔法なのこれ?あいつほんと何者?」

 

「冬帝は、今がたとえ真夏だろうが強制的に真冬にする能力。………だが、まぁこれじゃあ俺にも『冬帝』にも大した能力は追加されない。精々、雪によって斬魄刀のリーチを自由に伸ばせるだけだ」

 

「何だその本当にありそうな能力!」

 

「そして、これが冬帝の真の力」

 

「え、ま、まさか……おいバカやめろ!」

 

「卍、か……」

 

直後、ゴチン!とゲンコツの音が響いた。

脚立の上の冬也に深雪がゲンコツした音だ。

 

「いっっってえ!?」

 

「何やってるんですか!!外が冬になったと思ってみれば!」

 

斬魄刀を慌ててしまう冬也。だが、深雪に見つかってしまった。

 

「まったく……また魔法でこんな他所の作品の真似して……」

 

「い、いーだろー!カッコいいんだから!」

 

「しかもオリジナルの斬魄刀まで作って……」

 

「袖の白雪作ってた深雪に言われたかない!!」

 

「とにかく、お説教です。生徒会室に来なさい」

 

「すいませんでした!ごめんなさい!」

 

「ダメ!今日はしばく」

 

連行される二人の姿を見て、全員思った。冬也ってほんとにどういう子なんだろう、と。

 

 



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テロリスト

 

「はぁ………」

 

下校中、私はため息をもらした。

結局、今日はかなり目立ってしまった。というか、冬也くんの自由っぷりが半端ではなかった。授業中だろうとなんだろうと、御構い無しにトランプタワーをトランプ10個分使って作り上げたり、校庭に魔法陣を書いたり、校長の髪の毛をゴッドフィンガーしたりするとは……。

 

「どーした?深雪」

 

「誰の所為のため息だと思ってるんですか、冬也お兄様……」

 

「………へっ?」

 

この人は……。人が胃に穴が開く思いだったことも知らないで……。

 

「俺なんかした?」

 

「卍解しようとしていたでしょう……」

 

「あー……それは怒られたじゃん……」

 

そうよね。一度怒ったことをむし返すのは良くないわよね。

 

「ねぇ、それよりお菓子買って帰ろうよ!」

 

「だーめ。帰ったらすぐご飯なんだし、我慢なさい?」

 

「えー!……あっ、じゃあ今日の晩ご飯唐揚げがいい!」

 

「ダメです。大人しくしていなさいと言ったのに大人しくできない子の言うことは聞けません」

 

「なんだよそれ!」

 

「明日、大人しくできたら唐揚げにしてあげます」

 

「むー」

 

「そうだな、冬也兄様。明日大人しくできたら、俺もお菓子買ってやるよ」

 

「マジで!?達也がそう言うならそうする!」

 

ちょっ、今のどういう意味?私の言うことは聞けないっての?

 

「明日は大人しくすればいいんだよね?」

 

「ああ」

 

………まぁ、釈然としないけどそれで大人しくしてくれるっていうなら……それでいいか。

 

 

晩御飯を終えて、私は食器を洗い始めた。すると、とてとてと冬也くんが歩いて来た。

 

「手伝う!」

 

「あら、ありがとう」

 

すると、冬也くんは背中から羽を生やして私と同じ高さまで飛んで、私の洗ったお皿を拭き始めた。

 

「ふふ、上手ね」

 

「ガキ扱いすんじゃねーよクソ妹」

 

こ、このガキ……!

 

「………んっ、これも」

 

「はーい」

 

あのっ、声を発するためにキャラ変わるのやめてくれませんかね?ギャップ萌えがすごいんで。

キュッキュッとお皿を拭いて、食器を置く籠の中に重ねていった。

冬也くんが手伝ってくれた為、すぐに終わった。

 

「ふふ、ありがとう」

 

「お礼はいいからお駄賃くれ!」

 

「………あげるわけないでしょう」

 

「ええー!」

 

「当たり前でしょう……?」

 

どこまで現金なのよこの子……。

お母様はこの子をどう育てたのかしら……。

 

 

今日も一緒に寝て、翌朝。登校中、達也お兄様が電車の中で携帯を見た後、ピクッと反応した。

 

「? お兄様?」

 

「どったの?達也」

 

「いや、何でもないよ」

 

電車を降りて、私達は第一高校の通学路に入った。

しばらく険しい顔をしていた達也お兄様だったが、すぐにいつもの表情に戻った。

 

「深雪、今日は冬也兄様から目を離すなよ」

 

「へっ?」

 

「ちょっと、連絡が入ってな。あとで話す」

 

「分かりました」

 

………何だろう。冬也くんを狙う奴だとしたら……あ、ダメだ。私が手を下さなくても冬也くんが仕留めてしまう未来しか見えない。

 

 

昼休み。私は達也お兄様と冬也くんと3人でスケット部部室でお昼を食べていた。

冬也くんは部屋の中の動く椅子などに興味津々だ。

 

「……深雪、電車の中で風間少佐から連絡があったんだが、なんか小さいテロリストがこの街に潜伏しているそうだ」

 

「! それは……」

 

「ああ。現段階では相手が何処にいるかも目的かも分からないが、冬也兄様を狙っている可能性もある。用心しておいたほうがいいだろう」

 

「………わかりました」

 

……冬也お兄様を狙う、か。もしその狙いがほんとに冬也くんなら、バカなことをする相手もいたものだ。

伝説のデュエリストの切り札を勢揃いで召喚できて、あのアベンジャーズの代表とも言えるスターク社のスーツを開発し、斬魄刀を入手した冬也お兄様に喧嘩を売るのは、冗談抜きで国1個以上の戦力に喧嘩を売るようなものだ。

今は子供だけど。

 

「そう、今は子供だ。だから、冬也兄様よりも強い魔法師は存在する」

 

「…………」

 

確かにそうかもしれない。

いつもの冬也お兄様なら、ぶっちゃけ3日で人類壊滅して、世界の中心に魔王城を建てられるかもしれないが、今は子供だ。勝てないかもしれない。

 

「そうなった時のために、俺たちが守るぞ」

 

「はい」

 

私は決心するように頷き、冬也くんを見た。冬也くんは、拳銃の薬莢に火をつけて爆発させ、大量のポップコーンを作り出していた。

………や、それでもそこらの魔術師よりは強い気がするんだけどね。

 

 

廊下。昼休みが終わりそうだったので、教室に戻った。

 

「あ、刀夜くん!」

 

クラスの女子が冬也くんに気付いた。ちなみに、「刀夜」というのはうっかり私が「冬也くん」と呼んでしまって、バレるのを回避するためについた言い訳した方法がこれだ。親戚の子、という設定になっている。

クラスの女子が冬也くんに気付いた直後、慌てて私の背中に隠れた。理由は一つ、いじりが尋常ではないからだ。

 

「おいで!とーやくーん!」

 

「かわいいー!」

 

「遊んであげるよー!」

 

「チッチッチッ」

 

完全にペット扱いであった。そりゃ冬也くんも恐れるわけだ。

正直、昨日授業中に遊び倒す理由はわからないでもなかった。まぁ、それでも恥ずかしいからやめて欲しいんですけどね。

すると、魔王が来た。

 

「ふわあああ!刀夜くんだああああ!!」

 

ほのか、だと思ったあなたは甘い。雫です。

ダッシュで雫が刀夜くんを抱き上げた。

 

「ひぃっ!?」

 

「ふっはー!刀夜くんペロペロペロペロペロ!!」

 

「な、舐めないで……!汚い……!」

 

「くんかくんかスーハースーハー!」

 

「吸わないで!」

 

「はああああああああああ!!」

 

「凍てつけ、『冬帝』!!」

 

「あっ」←雪だるまになった。

 

ちなみに、ほのかは冬也お兄様以外に興味はないのか、然程興奮することはなかった。

 

 



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喧嘩

 

冬也お兄様が冬也くんになって4日目になった。私はいつものように早起きをして、隣で寝ている冬也くんを起こさないように起き上がり、朝食を作り始めた。

昨日の晩御飯は、とりあえず約束通り唐揚げを作ってあげた。達也お兄様にもお菓子を買ってもらい、ニコニコ笑顔のまま、冬也くんは寝ていた。

…………かわいい。少しいつもより早く目覚めたので、私は冬也くんで遊ぶことにした。

頬をツンツンと突くと、わりと柔らかい。ぷにっぷにっと頬が膨らむ。

 

「んっ……」

 

ヤバっ、起きちゃった?

と、思ったら寝返りを打っただけだった。

ふふ、面白い。しつこく頬を突いた。

 

「んっ……」

 

ゴロン。

ぷにぷに、

 

「んっ………」

 

ゴロン、

ぷにぷに、

 

「んんっ…………」

 

ゴロン、

ぷにぷに、

 

「んんんっ……………」

 

ゴロン

ぷにぷに、

 

「ふふ、可愛……」

 

「おい、何してんだてめー」

 

「へっ?」

 

へっ?

 

「砂にな〜あれ、『石波』」

 

直後、私は砂にされた。

 

 

登校中。私、達也お兄様、冬也くんの並びで歩いていた。

絶賛、喧嘩中である。………今回は正直、私が悪かったと思う。

けど、頬を突いただけで砂にされるのはどう思う?そもそもあれ人間に効かないでしょう。

達也お兄様が来なかったら死んでたわよ。

 

「………おい、深雪」

 

冬也くんを肩車している達也お兄様が声を掛けてきた。

 

「流石に今回はお前が悪いぞ……。ま、まぁ、冬也兄様もやり過ぎだが……」

 

「……………」

 

「いや、お前の気持ちも分かるんだが、な?先にちょっかい掛けたなら、謝るのも先の方がいいんじゃないか?」

 

…………確かに、ずっとこうしてても埒があかないけど。

…………確かに、冬也くんと喧嘩なんてしたかないけど。

…………確かに、今日から一緒に寝れないとツライけど。

 

「はぁ………」

 

私はため息をつくと、冬也くんを見た。

 

「冬也お兄様、ごめんなさい。言い過ぎました」

 

「うるせーバーカくたばれチンカスたぬき」

 

ち、ちちちチンカスたぬき?

プシュッと私の額の血管が切れて血が吹き出た音がした。

 

 

「あれ?深雪、今日は刀夜たんは?ハァハァ……」

 

雫がよだれを垂らしながら聞いてきた。

 

「………知らない。死んだんじゃない?」

 

雫が砂になってさらさらと流れていくのを無視してると、ほのかがキョトンと尋ねてきた。

 

「何かあったの?」

 

「何もないわ。なんかいきなり凍ってあそこの氷柱の中に放置しただけ」

 

私は窓から見える、そびえ立つ氷柱を指差した。

直後、雫が絶叫しながら窓から飛び降りて氷柱にBダッシュし始めるけど、無視した。

 

「本当に何かあったの?」

 

「何でもないわよ。チンカスたぬきって呼ばれただけ」

 

「ち、ちんか……?」

 

………まぁ、ほのかにはある程度話してもいいかもしれないわね。

 

「………と、いうわけで喧嘩しました」

 

刀夜くんの正体は伏せて、今日あった出来事だけを話した。

 

「あー……それは何とも……」

 

「私は謝ったわよ。でも、チンカスたぬきはないわよ。仮にも女の子に向かって……」

 

「あの、仮にも女の子がチ○カスって連呼しないほうが……」

 

む、それもそうね。

 

「でも、凍らせて放置は可哀想だよ。まだ小学一年生なんでしょう?」

 

「ふん、いい薬よ。たまには年上を怒らせたらどうなるか考えたほうがいいわ」

 

「そ、そんな大人げない……。刀夜くんも反省してるかもしれないよ?」

 

「ないわよ。あのクソガキに反省なんて人間しかできないこと、出来るわけないじゃない」

 

「ダメだよ、そんなこと言ったら。だって、親戚の子なんでしょ?達也さんが深雪を信じて深雪に任せた子だよ?」

 

「……………」

 

「ちゃんと叱って、ちゃんと仲直りしないと」

 

「……………」

 

正直、この小説でそんなまともな事言われるとは思わなかった。どうせ、この作者のことだから、解決方法なんて何も考えてなくて、気が付いたら仲直りでいいやとか考えてると思ったのに。

 

「………はぁ、分かったわよ」

 

「うん、いい子いい子」

 

「あ、頭をナデナデしないでよ!子供じゃないって言ってるでしょ!?」

 

「最近、深雪のテンションもおかしいような……」

 

そんな話をしてると窓からガシャアアアアアンという音が響いた。

雫が頭から血を流しながら、窓から飛び込んで来た。

 

「深雪いいいいいいいいいいい!!」

 

「きゃあああああああああああ!?」

 

「刀夜くんがいないいいいいい!!」

 

とりあえず、おしっこ漏らすかと思いました。

 

 

とある廃工場。

 

「ふふ、あと少し……あと少しだ……!」

 

そこで、一人のメガネをかけたいかにも三下臭い博士が微笑みを漏らした。

 

「あと少しで、『第一高校の中から一人人質にとって、なんか、こう……良い感じに世界を征服する作戦』を実行できる!そのためには、最近になって急に第一高校に出入りしているあのガキを捕らえれば、すべてが上手くいくはずだ!フハハハハ!!」

 

誰に説明してるのか知らないけど、そういうことである。

その時だ。部下の一人が入って来た。

 

「ボス!失礼します!」

 

「違う!町長と呼べ!」

 

「蝶々!我々の仲間に入りたいという男の子が来ております!」

 

「ふむ、通したまえ!」

 

ここに来て戦力増強、男の子という部分が少し引っかかるがまぁいいだろう、そう思って、部下の連れてきた男の子を見た。

最近、第一高校を出入りしている子供だった。

 

「よっ」

 

「えっ?」

 

「世界の征服に手を貸すぜ」

 

「……………えっ?」

 

 



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決着

 

あれから3日経った。冬也君は帰ってこない。私もほのかも達也お兄様もエリカも美月も西城くんもスケット部の皆様も探してくれたりしたが、見当たらなかった。

それもこれも、全部小さい子供にムキになって喧嘩してしまった私の所為……チンカスたぬきの所為……。

 

「はぁ………」

 

街を探している中、ため息が漏れた。

その時だ。私の前にアイアンマンが降りてきた。こんなものを使えるのは世界中探しても一人しかいない。

 

「! 冬也くん?」

 

『………………』

 

「どこに行ってたのよ!探したんですよ!?」

 

『………………』

 

「聞いてるの!?」

 

返事がないけど、私の心はホッとしていた。良かった……テロリストに捕まっていたりなんてしたらどうしようかと……。

そう思ってると、アイアンマンは私に右手の平を向けた。

 

「えっ?」

 

「深雪!」

 

いち早く気付いた達也お兄様が私を抱えてギリギリ回避した。

 

「きゃっ……!?」

 

転がりながら受け身を取り、CADをアイアンマンに向ける。

 

「待って下さい!中は冬也くんなのでは……!?」

 

「顔が見えていない。何者かは知らないが、冬也お兄様と同じようにスーツを開発した者だと思うのが妥当だろう」

 

「あんなもの作れる馬鹿は冬也お兄様しかいません!」

 

「た、確かに……!」

 

達也お兄様は攻撃を中止して、距離を取った。

すると、街の至る所からアイアンマンスーツが飛び上がり、横に並んだ。合計50体はいる。

 

「! なにあれ!?」

 

「いや、アイアンマンだろ」

 

「そういうことじゃなくて」

 

一緒に探してくれていた人たちが周りにわらわらと集まって来た。

すると、アイアンマンの一機から機械音声が聞こえてきた。

 

『あっあー、マイクチェック、ワン、ツー』

 

「…………?」

 

『我々は反魔法政治団体「町内会」』

 

えっ?どっち?反魔法政治団体なのか町内会なのか。

 

「貴様ら、何者だ?目的はなんだ?」

 

普段のバカやってる時とは大きく違う声で十文字先輩が聞いた。流石、十師族と思わせるオーラがある。

 

『我々の目的は、世界征服だ!』

 

反魔法でもなんでもない!というかどんだけザックリした説明してんの!?

 

「なら、ここで貴様らの野望は打ち砕かせてもらおう」

 

『やれるものならやってみろ』

 

「そうさせてもらおう」

 

『この中に一人、弟がいる!』

 

「………は?」

 

『司波冬也がこの中に一人いると言っているのだ。それでも貴様らに攻撃できるなら、やって見せてもらおうか』

 

「…………なんだと?」

 

『フハハハハ!攻撃出来るものならしてみろ!!』

 

確かに、まずいわね……。ボイスチェンジャーを使っているからどれが本物かなんて分からないし、冬也お兄様の作ったアイアンマンはどんな身長でも操れるのよね……。

万が一、一人殺してそれが冬也くんだったら……四葉の次期当主が死ぬ。冬也お兄様ならそんな簡単にはやられないでしょうけど、今は子供だ。

そこらの三流テロリストにここまで追い詰められるなんて……!

私達は奥歯を噛み締めた。その直後だ。

 

『んっ……』

 

一人のアイアンマンから声が漏れた。

 

『あれっ、なんで俺アイアンマンの中にいんの?確かデンドロビウムで爆発して、それで……あーもしかして幼児退行防衛モードに入ったのか』

 

あ、元に戻った。

 

『で、これなんの騒ぎ?』

 

『お、おーい冬也くん?君何してんの?頼むよ、ちゃんと打ち合わせ通りにやってよ。君の考えた作戦だろ?』

 

『誰だお前』

 

『』

 

『なーんか、みんな下に揃ってるし、よう分からんけどなんでお前俺のアイアンマン着てんの?』

 

お前があげたんだろ。

 

『さてはテメェら、泥棒だな?』

 

いえ、テロリストです。

 

『まぁ、俺のアイアンマンを盗み出したことは褒めてやる。だから、俺が引導を渡してやる』

 

言うと、冬也お兄様のアイアンマンは他のアイアンマンに手をかざした。

 

『ふん、寝返ったか!だが貴様とは違い、私達のアイアンマンは49体……この差に勝てるかな!?』

 

直後、アイアンマンのうちの一人が消えた。

私の隣の達也お兄様がCADを向けていた。

 

「敵は一人ではないぞ」

 

うふふ、そうね。どんな事情であれ冬也くんを誘拐した罪は償ってもらうわ?

うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。

 

『そういうわけだ、えと……変なオッさん達』

 

『グッ………!!』

 

『闇の炎に抱かれて消えろ』

 

そう言うと、本当に真っ黒な炎を手から出した。

 

『魔鳳炎閃波!!』

 

直後、敵のテロリスト達は出て来た黒い炎に次々と吸い込まれていった。

そうなのよね……うちの兄はあのアニメの妄想ぜんぶ実現出来るのよね……。

 

『あ、アイアンマンスーツは返せよ』

 

燃やした敵からアイアンマンスーツだけを取り出した。

もうなんでもありね。

 

 




卍解は出そうと思ったけどやめました。
次の来訪者編で出します。


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来訪者編
ペット


 

真冬。期末試験を間近に控え、それが終われば冬休みである。誰もが必死に勉強していて、生徒会室も真剣な空気に包まれている。

そんな中、我らが生徒会長は、

 

「………ッ‼︎」

 

ラーメンの湯切りをしていた。

ミニ屋台のようになっていて、真冬なのに半袖の真っ白いシャツを着て、無駄に本格的にラーメンを作っていた。

モワモワと湯気が生徒会室に充満し、真冬の中の暖房代わりにはなっているが、それ以上に勉強の邪魔だった。

 

「………あの、冬也お兄様」

 

『ゴメンね、順番で伺ってるから』

 

ホワイトボードでそう返してきた。売れてるラーメン屋みたいな台詞を何とかムカつかずに堪えた。というかそのホワイトボード久しぶりに見たわね……。

 

『はぁい、一番でお待ちのお客様、濃厚バリ黒豚骨と餃子のセット、お待ちどうさま』

 

「わぁい!」

 

「って、中条先輩⁉︎頼んでたんですか⁉︎てか、いつ注文取ったんですか⁉︎」

 

『はい、次のご注文は?』

 

「あ、じゃあ僕は焦がし醤油大盛りと炒飯セットで」

 

『はいよー。ちょっと待っててね』

 

「ていうか冬也お兄様‼︎勉強に集中できないのでやるなら外でやって下さい‼︎」

 

『ゴメンね、順番で伺ってるから』

 

こ、こいつ……‼︎いえ、ここで怒ってはダメよ私。それこそ冬也お兄様の思う壺。

 

「あの、勉強中ですのでもう少し静かに……」

 

『ゴメンね、順番で伺ってるから』

 

「もう少し他の方に気を使ってくださると……」

 

『ゴメンね、順番で伺ってるから』

 

「これでも私達勉強してるわけで……」

 

『ゴメンね、順番で伺ってるから』

 

「いえ、ですから少しは気を使っていただけると……」

 

直後、冬也お兄様は私にCADを向けた。

私がリアクションをする間もなく引き金を引き、銃口から何か白いばつ印のようなものが飛んできて、私の口を塞いだ。

 

「⁉︎」

 

な、何これ⁉︎息はできるけど言葉は発せない⁉︎ホンッッットに技術の無駄遣いね、あのダメ兄貴‼︎

ぐぬぬっ、と唸ってると、冬也お兄様はホワイトボードを向けて来た。

 

『ゴメンね、順番で伺ってるから』

 

「〜〜〜ッ‼︎」

 

ムカつく!ムカつくムカつくムカつく‼︎

結局、私は勉強に集中することはできなかった。

 

 

その日の夜。私は分からない箇所があったので、冬也お兄様の部屋に行った。本来なら、達也お兄様に聞きたいところだけど、おそらく私と一緒で勉強しているはず、邪魔するわけにはいかない。その点、冬也お兄様の邪魔なら全然心は痛まない。

 

「あの、冬也お兄様」

 

「………………」

 

無反応。寝てるのかな。

 

「失礼しまぁす……」

 

扉を開けると、中で冬也お兄様は勉強することなく、何か別の事をしていた。両手の汎用型CADを手に、何かこう……ハンドパワー的な事をしていた。この人の場合、本当にハンドパワーが使えるので困る。その証拠に、冬也お兄様の両手からは青白いオーラが出ていて、その中心で卵が浮いている。

 

「あのっ、冬也お兄様?」

 

「だーってろ。今忙しい」

 

「アッハイ」

 

怒られちゃった。いやそんな怒らなくても……。

そのまあ見守ること数分、卵がカタカタと揺れ出した。何か生まれるのかしら……?

 

「うしっ、終わったー」

 

直後、冬也お兄様は急に力を抜いた。青白い光も何もかも消えて無くなり、卵はそのまま落下、パッカァーンと割れた。

 

「いやちょっと!もう少し穏やかに置いてあげなさいよ‼︎」

 

「ヤダよ。卵が割れるまでって要は演出だろ?少なくとも俺の今作ってた卵はそう」

 

「そもそも、なんの卵を作っていたんですか?」

 

「これ」

 

何かしら、卵から生まれるということは哺乳類ということはないと思うけど……と、思いながら卵を見ると、耳が大きくて二本足で立っている薄緑と薄黄色の見た事もない生命体が立っていた。

 

「いや、何ですかこれ⁉︎」

 

「見りゃわかんだろ。謎の生命体だよ」

 

「だからその名称を聞いてるんですよ‼︎」

 

「んー……国分寺」

 

「嘘だね‼︎絶対に今命名したねそれ‼︎」

 

『ピピュウ……』

 

「ほら、ミドリちゃんも嫌がってますよ」

 

「おい、何さりげなく命名してんだお前は」

 

冬也お兄様は顎に手を当てた。少し考え込んだ後、人差し指を立てた。

 

「よし、ミカヅキにしよう」

 

「いや名前考えてたんですか⁉︎というか、何なんですかこの子は⁉︎」

 

「俺の助手」

 

「は、はい?」

 

「可愛いでしょ」

 

「は、はぁ……」

 

確かにかわいい。というか、ポケモンに出て来そう。

 

「気を付けろよ。そいつ超強いから」

 

「へ?」

 

「そいつの出す星の形した泡みたいなのに触れると拘束されるよ、泡の中に。色々と種類はあるけど、オーソドックスなのは星の形した泡の中で1日飲まず食わずで放置される上にアメリカに飛ばされるから気を付けて」

 

「……………」

 

「そんなビビるなよ。普段は良い子だから」

 

なんで、そんな恐ろしい物を作って……。

というか、この人の技術は相変わらずどうなってんの?

 

「よし、じゃあ俺はミカヅキと散歩してくるわ。じゃな」

 

「は、はぁ」

 

冬也お兄様は出て行ってしまった。

………あっ、勉強教わるの忘れた。

 

 



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アメリカへ

翌日、私は冬也お兄様を起こすために部屋に入った。

 

「冬也お兄様、失礼します」

 

直後、私の目に飛び込んだのは、冬也お兄様と一緒に眠っているミカヅキちゃんだった。

 

「……………」

 

ぺ、ペットの癖に私のポジションを……んんっ‼︎じゃなくて、何ペットと寝てるのよあのバカ兄は‼︎

ミカヅキちゃんが女の子かどうかは分からないけど、仮にも二足歩行してる生き物が冬也お兄様と眠るなんて……許せない‼︎

私はミカヅキちゃんの脇を掴んで、引っ張った。ミカヅキちゃんは冬也お兄様の脇腹にしがみ付いたまま動かない。

……どこまで懐いてるのよ。

私は更に引っ張った。でも離れない。少し、イラっとしたので、フルパワーで引っ張った。

 

『ピュウゥウウゥ………』

 

あれ、なんか唸り声が聞こえたような……。

直後、ミカヅキちゃんは片手で星の形を空中に描いた。そこから星型の泡が現れ、私に直撃した。泡は破裂したと思ったら、大きくなって私を包んだ。

 

「きゃあっ⁉︎」

 

な、なにこれ⁉︎動けない……‼︎まさか、これが冬也お兄様の言ってた……⁉︎

嫌だ!このまま1日放置された上にアメリカ行きは嫌だ‼︎で、でもこの拘束は流石にどうしようも……‼︎

 

「…………何やってんだオメー」

 

「⁉︎」

 

いつの間にか目を覚ましていた冬也お兄様が、私を子供を見る目で見ていた。

 

「何泣いてんだよ」

 

「な、泣いてません‼︎」

 

「何、出れないの?」

 

「で、出れません……」

 

「おーい、起きろミカ」

 

『ピュウ………』

 

オーガスみたいなあだ名ついてる……。

起こされたミカヅキちゃんは、目をこしこしと擦りながら、くあっと子猫のような欠伸をした。

………可愛い。不覚にもキュンときた。ああもう!卑怯よこんなの‼︎

 

「ミカ、これ解いてやれ。俺ならともかく、マイシスターじゃアメリカ行ったらすぐには帰って来れない」

 

あんたは帰って来れるのか、と思ったけど、無制限重量を無制限距離に1秒掛からず飛ばせるこの人のフラッシュムーブならそれも可能だ。

 

「おーい、寝ぼけてんのか?」

 

声を掛けられたミカヅキちゃんはしばらくぬぼーっとしていたが、すぐに眠気を払い、ぱっちりした目になった。

 

「ミカ、深雪の拘束解いてやれ」

 

『プイッ』

 

「あ?」

 

そっぽを向いた。なによこの子、と思ったら冬也お兄様の腕にくっつき、甘えるように頭をスリスリとくっ付け始めた。

 

「おいおい、なんだよ。それよりみゆきちの拘束を……」

 

『ピュウゥ……』

 

な、懐いてる姿も可愛い……。そうよ、この子はペット。動物よ、私の事を嫌ってるなんてありえない……。

そう思った直後、私を見てほくそ笑んだ。ムカッと来た。

 

「冬也お兄様、出して下さい‼︎その子しばきます‼︎」

 

「え、やだよ。こんな可愛い子」

 

「可愛くありません‼︎敵です‼︎」

 

「あ?テメッ、喧嘩売ってんのかコラ」

 

グッ……ダメだ。あの人溺愛してる……‼︎

 

「わ、分かりましたから‼︎謝りますからとりあえず出して下さい‼︎」

 

「じゃあ、助けて下さい冬也お兄様。そうすればなんでもしますからって言え」

 

「た、助けて下さい冬也お兄様‼︎そうすればなんでもしますから‼︎」

 

「言ったな?」

 

「はっ、必死すぎて私は何を口走った⁉︎」

 

「おし、助けてやる」

 

冬也お兄様は指をパチンと鳴らした。直後、私の周りの泡はパァンッと割れた。

 

「なっ……⁉︎」

 

そ、そんな簡単に割れるの……⁉︎

 

「よし、じゃあ早速言うこと聞いてもらうか。朝飯作れ。ミカの分な」

 

「み、ミカヅキちゃんは何を食べるのですか?」

 

「パン。好物はヨーグルト」

 

「わ、分かりました」

 

「ああ、パンって言ってもアレな。フランスパンじゃないと食べないから」

 

「ええっ⁉︎な、なんでそんな限定的なんですか⁉︎」

 

「いいから買って来いよ」

 

「う、うう!分かりましたよ‼︎」

 

大慌てで私はパン屋に走った。

 

 

早くも放課後。今日は雫の家で試験勉強。

ラッキーというかなんというか、冬也お兄様が講師をやってくれるというのだ。

吉田君を助手代わりにしたその説明を受けて、西城くんがポツリを呟いた。

 

「………なんかつい2時間前の100倍頭良くなった気がするぜ」

 

「確かに。あたしもそんな気がする」

 

同意したのはエリカだ。気持ちは分かる。実際、私もそんな気がするし。

教えるのまで上手いとか、どこまでオールラウンダーなのかしらうちの兄。そして、更に驚いたのが吉田くんだ。完璧なサポートで、上手く授業を回していた。流石、スケット部部員と言わざるを得ない。

 

「これなら試験まで余裕そうだね」

 

「ああん先生冬也さんも素敵スーハースーハー‼︎」

 

「なんか最近、光井さん人目を気にしなくなってきてるような……。普段はどうなの?北山さ………」

 

「刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん刀夜くん………」

 

「あ、こっちもダメだ」

 

………すごいわね、冬也お兄様って。人を破壊する天才なのかもしれない。

まぁ、他人の人間性は破壊しても他人の学力を創生する冬也お兄様のお陰もあってか、勉強会は早く終わり、段々とお茶会のような雰囲気になっていった。

……その後の雫の爆弾発言までは。

 

「えっ?雫、もう一回言ってくれない?」

 

「実はアメリカに留学することになった」

 

「聞いてないよ⁉︎」

 

「ごめん。昨日まで口止めされてたから」

 

血相を変えて詰め寄るほのかに、雫はしれっと答えた。

 

『留学するんですか。それでは、北山さんには特別授業で出発までの間、英会話教室を開いてあげましょう。他の生徒の皆さんも、興味があれば参加してよろしいですよ?』

 

「殺せんせーですか。というか黙ってて下さい」

 

冬也お兄様のホワイトボードを黙らせると、エリカが聞いた。

 

「でもさ、留学なんてできたの?」

 

「ん、何でか許可が下りた。お父さんが言うには交換留学だから、らしいけど」

 

「交換留学だったら何故OKが出るんでしょう?」

 

「さあ?」

 

美月のその質問に、冬也お兄様はほんの一瞬だけ難しい顔を浮かべたが、すぐにいつもの顔に戻した。

 

『期間は?』

 

「年が明けてすぐです。期間は三ヶ月」

 

「三ヶ月なんだ……ビックリさせないでよ」

 

ほのかはほっと胸を撫で下ろした。

しかし、私も達也お兄様も冬也お兄様もそうはならなかった。私達の常識では長過ぎる。……けど、まぁどうでもいいわね、そんな事。

 

「じゃあ、送別会しなきゃな」

 

達也お兄様はそう提案した。

 

 



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クリスマスデート

 

期末試験が終わり、雫の送別会の日。つまり、クリスマス。

冬也は分身に送別会に行かせ、自分は藤林と会っていた。

 

「こんばんは。藤林さん」

 

「もうっ、二人きりの時はいつもの呼び方でいいわよ」

 

「わかった、響子」

 

「…………」

 

「照れるなら提案するなよ」

 

「う、うるさいわね。ほら、行きましょう」

 

「はいはい……」

 

「なぁに?その返事、私とデートするのが嫌なの?」

 

「そんな事ありませんよ。ただ、いい年してなんでそんな純情なんだろうと、ふと思いまして」

 

「うるさいってば‼︎大体、一年前は冬也くんの方がタジタジだったじゃない‼︎」

 

「なに高一と張り合ってんの?」

 

「あーあ……あの頃の冬也くんは可愛かったのになぁ」

 

「可愛くなくて結構」

 

そういうところが可愛くないのよ、と藤林は思ったりしてみた。

 

「まぁ、俺はカッコいい男ではあるけどね。今日は響子の欲しがるものはなんでも買ってあげるよ」

 

「それは別のベクトルのかっこよさだと思うんだけど……。まぁそれはいいわ。それより、本当に買ってくれるの?」

 

「そりゃもう。金だって沢山ありますし。ほら」

 

言いながら冬也はジャンプ以上の厚さのある財布を取り出した。

 

「財布にいくら入れてるのよ‼︎」

 

「一億以上」

 

「そんなに買ってもらうつもりないからね⁉︎………まぁ、それなら少し高いのもお願いしちゃうかもだけど」

 

「良いっすよ。なんなら家でも」

 

「そんなのいらな……‼︎いや、いる、かも……」

 

頭に浮かんだのは、二人で同棲する為の家。それなら、仮に性交するにしても、わざわざホテルに行く必要はない。

 

(って、なに考えるの私⁉︎)

 

顔を赤くして左右にブンブン振ってると、ゴミを見る目で冬也が口を開いた。

 

「………や、俺にも立場とか家柄とかあるんで同棲とか言い出すのはちょっと……」

 

「な、何も言ってないわよ‼︎」

 

「いや、顔見りゃ読めるし」

 

「変態‼︎」

 

「や、どっちがよ」

 

「い、いいから行くわよ‼︎買って欲しいものたくさんあるんだから‼︎」

 

「え、コ○ドームとか?」

 

「そこから頭離しなさいよ‼︎」

 

プンプンと怒った藤林の後を、冬也は追った。

 

 

「どう?冬也くん」

 

セーターを自分の前に当てる藤林。

 

「や、どう?とか聞かれても……。着ないとわかんないっしょ」

 

「じゃあ、着て来るね」

 

試着室に向かう藤林と冬也。

 

「いい?覗いちゃダメだからね?」

 

「覗きませんよ。前にもっとあられもない姿見てるわけですし」

 

「そ、そういうこと外で言わないで‼︎」

 

顔を赤くしながら試着室に入る藤林。

が、当然冬也はただ黙ってるはずがないわけで。

 

「ファンネル・カメラ」

 

直後、冬也のコートのポケットとフードの中と、内側のシャツの胸ポケットから合計、五つのカメラが飛び出した。

それが、藤林の更衣室を囲む。

 

「いけ、ファンネル‼︎」

 

だが、当然藤林も黙っていない。更衣室にカメラが入った直後、更衣室のカーテンの隙間から腕が伸びてきて、粉々になったカメラの破片がサラサラサラッと落ちた。

 

「……………」

 

「後でビンタするから」

 

「すいませんした」

 

で、数分後、着替え終わって藤林はカーテンを開けた。

 

「どう?」

 

「うー……ん、良いんじゃないですか?セーターだと藤林さんの普段は着痩せして強調されない胸がある程度出てくるので、良いと思います。ただ、もうちょい明るい色がいいですかね」

 

「ありがとう。でも、胸の事を外で言わないでって前も言ったわよね?」

 

「いや、どう?って聞くから真面目に答えたんですが……」

 

「………まぁいいわ。それなら、明るい色のセーターを冬也くんが選んで来てよ」

 

「良いですよ。少し待ってて下さい」

 

数分後、冬也は水色とピンクの2種類のセーターを持って来た。

 

「どっちがいいですか?」

 

「ち、ちょっと待って。明る過ぎない?」

 

「そんな事ありませんよ。お似合いだと思いますよ?」

 

「そ、そうは言っても私、学生じゃないのよ?」

 

「関係ないよ。まだ大学生くらいにも見ようによっては見えるし」

 

「………それ、褒めてるつもり?」

 

「それに、普段軍人やってておしゃれとか全然気を回せないんだから、こんな時くらいは女性になって下さい」

 

「………………」

 

▼トウヤ の とつぜんのみぎストレート!キョウコ の せいしんに100000のダメージ!

 

「ず、ズルいわよ……そういうの……」

 

▼キョウコ は かおがまっかになった!

 

「普段は何考えてるか分からないアホのに、突然そういうこと言うんだから……」

 

「あれ?今俺、罵倒された?」

 

「まぁ、そういうことなら今日は甘えちゃおうかな」

 

「はい。そうして下さい」

 

「でも、冬也くんだってまだまだ学生なんだから。たまには社会人の私に甘えてね?」

 

「そういう事は一度でもベッドの上で俺に勝ってから言ってください」

 

「う、うるさいわね!ホントいつもいつも一言多いんだから‼︎」

 

 

結局、その後に藤林の欲しがったものと、冬也の選んだものを全部買った。

 

「悪いね、本当に全部買ってもらっちゃって」

 

「良いって。で、これから何処行く?」

 

「うーん……とりあえず荷物置きたいから穴開いてくれる?」

 

「はい」

 

「いや私の穴じゃないわよ‼︎ていうか、こんな街の真ん中でスカート捲らないで‼︎」

 

ゴチン☆とゲンコツされた冬也は今度はボケなかった。

指をパチンと鳴らすと、二人の眼の前に次元の裂け目のような穴ができた。その中に荷物を置く。

 

「うー……ん、どうしよっか。ていうか、冬也くんは何も考えてないの?こういう時は男の子がエスコートしないと」

 

「いや、俺の魔法なら何処でも0.5秒経たずに飛んで行けるんで別にいいかなって」

 

「そう……そうね、そういう子だもんね」

 

なんか呆れられた気がした冬也だが、耐えた。

 

「じゃあ、とりあえず水族館行こうか」

 

「? なんで水族館?」

 

「いいじゃない。行きましょう?」

 

「了解。じゃ、手」

 

「うん」

 

「あと、目閉じてて」

 

「え?う、うん」

 

直後、二人の姿は光と共に消えた。

 

 

「もういいよ」

 

冬也の声で藤林は目を開けると、海の中だった。

 

「…………は?」

 

「『水中歩行』『水中異空間』『絶対不可侵領域』の魔法の超空間。この中なら濡れないし、野生の魚を生で見れるし、向こうからこの空間に入って来ることはないよ」

 

「……………」

 

「ウィンター水族館へようこそ、とでも言っておこうか」

 

「…………あ、うん」

 

「じゃ、行こうか。響子」

 

二人は海の中を歩いた。

 

 



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ウィンター水族館のあとは、動物園、植物園、アマゾン、サクラダファミリア、グランドキャニオン、自由の女神の手のひら、スフィンクスの脳天、月、火星、木星、白亜紀、ジュラ紀、ナメック星、グルメ界、尸魂界、新世界などと回りに回った。ちなみに、晩飯はグルメ界で済ませた。

ホテルに着いて、風呂を済ませた二人はベッドに腰を下ろした、

 

「いやぁー、つっかれたぁー」

 

「そりゃそうよ。私も疲れたわ……」

 

「でも、楽しかったでしょ」

 

「うん。中々ね。………でも、これからのデートはなるべくハードル下げてね。後半、生きた心地しなかったから」

 

「大丈夫だよ。俺が絶対守るから」

 

「はいはい……」

 

「それで、明日は何処に行きたい?」

 

「明日は……そうねぇ。ディズニーランド、とか?」

 

「そんなのでいいの?」

 

「うん。今日みたいなのも楽しかったけど、私は正直冬也くんと二人で居られるなら何処でもいいの」

 

「………わかったよ」

 

「…………ね、冬也くん」

 

「はい?……んっ」

 

「………んちゅ」

 

「…………ぷはっ、何急に?」

 

「ごめんなさい。したくなっちゃったの。嫌だった?」

 

「嫌じゃないけど……。どしたの?」

 

「………ごめんなさい。シたくなっちゃったみたい。二人きりで泊りがけで二人きりなんて久しぶりだから」

 

「ゴムは?」

 

「それは着けるわよ。あなたがあと一つ歳上なら、なくても良かったかもしれないけどね」

 

「プレイは?」

 

「………普通に。ていうか、もう少し恥じらいとかそういうの無いの?ムードの欠片も……」

 

「了解。………んっ」

 

「んんっ……」

 

この後、メチャクチャセッ

 

 

翌日、先に目を覚ました藤林は、伸びをしながら目をこすりつつ、起き上がった。若干、寒さを感じる。自分の姿を確認した。全裸である。隣の冬也はしっかり寝巻きを着ている。

 

「……………」

 

今更になって恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら服を着た。すると、自分の枕元に何か置いてあることに気づく。

典型的なプレゼントボックスだ。

 

「………昨日、散々プレゼントしてくれた癖に」

 

微笑みながら、その箱を開けると、ビヨ〜〜〜ンッとボクシングのグローブが飛び出てきて、顔面に直撃した。

一発でイラリとした藤林は、拳を冬也に振り下ろした。

 

「起きなさい‼︎」

 

直後、冬也の頭上にビームシールドが現れ、拳を弾かれた。

 

「………ッ‼︎」

 

拳を抑えて悶える響子。起こされた冬也は、意外にもすんなりと起き上がる。

 

「んっ………。おはよ、響子」

 

「…………。おはようございます」

 

負けを認めた。そんな響子の気も知らずに冬也はのんきに聞いた。

 

「……ディズニーだっけ?」

 

「そうよ」

 

「あいっと」

 

寝惚けた表情で指を鳴らす冬也。直後、二人の周りを青い輪っかが覆った。

 

「これは?」

 

「1時間後にディズニーに飛ぶから。それまでに支度終わらせてテレポーターの中に集合な」

 

「ええ⁉︎もうっ、いつもいつも急なんだから‼︎」

 

慌てて藤林は支度を始めた。

 

「さて、俺も着替えるか」

 

 




短くてすいません。なにせ、ディズニー行ったことないのでネタが浮かびません。誰か助けて下さい。


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遊園地

ディズニーについて調べたのですが、イマイチよく分からなかったので、ギャグに逃げました。
意見出してくれた方、申し訳ありません。


 

1時間後、二人はワープした。

 

「んー、着いたわねぇ。ディズニーラン……」

 

伸びをしながら見上げると、『ウィンターランド』の看板が見えた。

 

「……………」

 

「? どうしました?」

 

「なんか違う」

 

「すみません。間違えました。つい癖で俺が経営してる遊園地に飛んじゃいました」

 

「へ?遊園地経営してるの?」

 

「へ?はい」

 

「いや、当然でしょ?みたいに言われても……」

 

だが、ウィンターランドにはかなり人が入っている。

一部ではだいぶ人気のようだ。

 

「すいませんね、ディズニーに飛びますね」

 

「……いえ、せっかく来たんだからここでいいわ。それに、冬也くんの作った遊園地って気になるもの」

 

「そう?じゃ、ここにしようか。あ、ここアメリカだけど大丈夫?」

 

「ええ。大丈………今なんて?」

 

「じゃ、行こうか」

 

行ってしまった。

 

 

遊園地、と言うだけあって中はかなり広く、ジェットコースターの音と客の悲鳴が良く響いていた。

 

「ところで冬也くん。ここってマスコットキャラクターとかいるの?」

 

「え?あーいるよ。俺は絵心ないから職員に任せてるけど」

 

「菱川師宣の見返り美人の贋作をシャーペンで描いて1億の値がついた人が何言ってるの?」

 

「お、ほらあれ」

 

冬也の指差す先には、白と薄い青のミ○キーマウスが歩いてた。

 

「…………あれは?」

 

「ウィンターマウス」

 

「パクリじゃない!」

 

「パクリじゃないよ‼︎うちの職員が一生懸命ディ○ニーランドのサイトを見ながら描いてくれたキャラクターだぞ‼︎」

 

「とどのつまりパクリよそれは‼︎」

 

すると、今度は白いクマが赤いシャツを着て歩いていた。

 

「………あれは?」

 

「あれはクマのウィンターさん」

 

「いやそれ無理ある!」

 

即、ツッコミである。

 

「ていうか、クマなのにウィンターって平気なの⁉︎冬眠してる時期でしょう‼︎」

 

「あれシロクマだから大丈夫だよ、多分」

 

「多分⁉︎あなた社長よねここの‼︎」

 

すると、今度は目の前を左腕が金属の男が歩いていた。

イマイチ、ピンと来なかったので聞いてみた。

 

「あれは?」

 

「あれはウィンターソルジャー」

 

「いやまんまァ‼︎ていうかなんでオッさんがマスコットやってんの⁉︎」

 

「なんか考えるの面倒になっちゃって」

 

「先陣切ってパクってるの冬也くんじゃない‼︎」

 

「でもいいだろ?ウィンターソルジャー。カッコよ強いよ?ウィンターソルジャー」

 

「そういう問題じゃないわよ‼︎つーか、そもそもどこから連れてきたのよあの人‼︎」

 

「企業秘密。あ、ちなみにあのミッ……ウィンターマウスは本物だよ」

 

「今、ミッキーって言いかけたし……ていうか、本物ってどういう意味?」

 

「だから本物。中に人いないよ。魔法で作った」

 

「あん……‼︎だから魔法で未確認生物作っちゃダメっていつも言ってるでしょ⁉︎」

 

「大丈夫大丈夫。みんな俺の言うこと聞くし、みんな俺より弱いから」

 

「基準が高過ぎるのよ‼︎冬也くんより強い化け物がこの世にいると思ってるの⁉︎」

 

「あれ?今、俺のこと化け物って言った?」

 

「あーもうっ……今更、私が言ったってここまで繁盛してたらもうどうしようもないけど、これからは謎の生物作らないようにね」

 

「は、はは……(これはミカのこと見せらんないわ)」

 

その時の冬也は知らなかった。このウィンターマウスが、交換留学のきっかけになっていたなんて。

 

 

二人がまず行ったのは、ジェットコースターのリバース・コースターだ。室内のアトラクションで、客は酒を飲み過ぎた人間が、酒を飲む前に食べたジャガイモという設定で、胃の中から吐瀉物の映像と共に口の中に上がっていし、最後は便器の中にダイブするという最低最悪のアトラクションだ。

が、中には人の身体の中を見れるだの、一度上がってから一気に下る感じが怖くて面白いだの、かなり人気がある。

ちなみに、もちろん嘔吐する客も多く、出口の近くに必ずあるものは便器だ。

 

「………なんてアトラクション作るのよ」

 

「コンセプトとしては面白くない?」

 

「最低最悪よバカ」

 

「と、言いつつ並ぶんだね」

 

「うるさい。こんだけ人気があったら気になるじゃない。そりゃ気になるわよ」

 

「じゃ、乗ろっか」

 

「そーね」

 

乗った。この後、藤林は目の前のトイレに駆け込んだ。

 

 

次のアトラクションはGBというガンシューティングアトラクションだ。

二人一組で夜の学校に潜む悪魔を、スリッパ型の銃で進みながら撃っていくゲームだ。

 

「なんでスリッパ型なのよ……」

 

「まぁ、色々とあってね」

 

「でも、まぁ銃はともかく、内容はまともそうね」

 

「え?マジ?」

 

「? 何よ」

 

「これ、女性に不人気なアトラクションなんだよね」

 

「へぇ〜、そうなの?こういうの、彼氏と二人で行ったら盛り上がりそうなんだけど」

 

「うん、まぁ悲鳴はよく聞こえてくるよ」

 

「ふっふーん、私を甘く見ないことね。なんて言ったって、軍人なんだから」

 

「そっか。まぁ、一応言っておくね、ごめん」

 

「へ?なんで謝って……」

 

「次の方、どうぞ〜」

 

係りのお姉さんに案内されて、二人は中に入った。

本当に夜中の学校、と言った感じで、月明かりが良い感じに不気味なオーラを出している。

二人は中に入って歩き始めた。

 

「ふふ、腕が鳴るわ。フルスコア出してやりましょう」

 

「ああ、そういえば一つ説明し忘れてた」

 

「へ?」

 

「GBが何の略か」

 

「何よ。後でいいじゃない」

 

「後で文句言われるの嫌だから今説明しとく。GBっていうのは、」

 

そこで言葉を切る冬也。

最初のステージの敵が現れた。直後、藤林の身体は硬直した。

 

「ゴキブリバスターの略だよ」

 

「」

 

数分後、失神した藤林を片脇に抱えながらフルスコアを叩き出す冬也の姿が見えた。

 

 

「もうっ‼︎こんな事ならディズニーの方がよっぽど良かったわよ‼︎」

 

プンプンと怒ってるのは言うまでもなく藤林だ。

GBの後も、『フルフルシェイカー』だの『サンダーファイヤーストーム』だの『心の声の館』だのわけのわからない名前のアトラクションに乗せられていた。つーか最後の、なんで日本語なんだよ。

 

「面白かったでしょ?」

 

「あんた私の感想聞いてなかったの?変なアトラクションばっかでウンザリよ‼︎」

 

「まぁ、何回か泣いてたもんねー。あと少しおしっこ漏らしそうになっ」

 

ビンタされた。

 

「もう帰るわよ‼︎……バカ」

 

「あー待ってよ。最後に観覧車乗ろうよ観覧車」

 

「嫌よ。どうせまともじゃないんでしょ?」

 

「まともじゃないね、確かに。世界一の観覧車だから」

 

「世界一?怖さが?それとも恐怖が?あ、もしかして畏怖が?」

 

「や、それ全部同じ意味だから……。とにかく乗ってよ。乗ってくれれば、次ヤる時は響子が俺の上に乗っていいから」

 

「…………し、仕方ないわね」

 

いつもいじられる側なので、たまには優位に立ってみたい藤林だった。

二人は観覧車に乗り、ホッと息をつく。

 

「いやー、楽しかったな」

 

「私は散々よ。いい歳して戻しちゃったじゃない」

 

「たまには自分の遊園地に客として入るのも悪くないな」

 

「あら、そういうものなの?」

 

「ああ、意外と。お陰で改善点がたくさん見つかった」

 

「私としては改善して欲しいところしかなかったけどね……。それで、ここの遊園地で魔法はどのくらい使ってるの?」

 

「まったく」

 

「へ?」

 

「マスコットキャラクター以外は全部、魔法無しだよ」

 

「あら、意外ね」

 

「そうでもないよ。俺は自分で作ると決めたものを魔法で作るのは好きじゃないんだ。前に食べてもらったたい焼き、あれも魔法なしだからね」

 

「へぇ〜……意外と信念?みたいなものがあるのね」

 

「まぁね。………っと、そろそろか」

 

「? 何が?」

 

「外、見てみ?」

 

「?」

 

言われて、外を見ると地球が見えた。

 

「……………は?」

 

「名付けて宇宙観覧車」

 

「…………………」

 

「すごいっしょ?」

 

ポカンとしてる藤林。だが、すぐに呆れたような笑みに戻った。

 

「まったく……呆れたわ」

 

「何事も、他人が呆れるまでやらないと面白くないからな」

 

「この際だから言うけど、綺麗ね。地球………」

 

「でしょ?」

 

もはや、諦めたしもうこの際楽しもう、と言った感じだ。

思えば、確かに今日も楽しかったのかもしれない、何せ普通は体験できないことをたくさんしたのだ。

藤林はポジティブに考える事にし、冬也に改めてお礼を言おうとした。

 

「ねぇ、冬也くん。ありが」

 

「あ、でもこの観覧車欠点があってね」

 

「へ?」

 

「もうすぐだよ」

 

直後、ガタン‼︎と観覧車が揺れた。何事か、と藤林が辺りを見回すと、燃え上がっているように真っ赤だった。

 

「な、何よこれ⁉︎」

 

「大気圏突入。こればっかりはしゃーない。超熱いけど我慢してね」

 

「ああもうっ‼︎やっぱり全然楽しくなかったわよ‼︎」

 

このあと、超熱くなった。

 

 



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元旦

 

 

元旦。随分と久し振りの登場な気がするので、一応言います。私は深雪です。アホなお兄様とイケメンなお兄様を持つ、妹です。

私は初詣のために、振袖を着ていた。

 

「………で、なんで私の後ろにいるんですか?冬也お兄様」

 

冬也お兄様は後ろでカメラを構えていた。もう慣れているので、私は無視して着替え始める。

 

「カメラ見りゃわかるでしょう。撮影だよ」

 

「もはや盗撮とも言わないのですね……。そもそも、実の妹にそんな事して恥ずかしくないのですか?」

 

「や、俺お前に欲情とかしないし」

 

カメラを下に向けて、ツイツイッと指で操作している。どうやら、撮った写真を確認しているようだ。

 

「………おしっ、じゃあ俺外出てるから。達也も待ってるし早くしろよ」

 

「分かってます」

 

冬也お兄様は部屋を出た。

唐突だけど、最近の悩み。冬也お兄様に裸を見られるのも慣れてくるどころか悪くないとか思い始めてる自分がいる。このままいけば新たな扉を開きそうですごく怖いのよね……。でも、こんな変態みたいなことは雫やほのかには相談できないし……。

 

「はぁ……まぁ、どうしようもないわね……。自分で何とか自制するしかないわ」

 

そんな事を呟きながら、私は部屋を出た。

多少、歩き難いながらも、階段を降りて玄関に向かった。外では、既にお兄様二人が待っていた。

達也お兄様も羽織袴を着ているのに対し、冬也お兄様は赤髪海賊団船長のような格好をしていた。新年早々、それでいいのかと思ったが、もうこのバカに何を言っても無駄なので無視した。

 

「お待たせいたしました」

 

「ああ、来たか。……ほい、二人とも」

 

冬也お兄様はマントの内側からお年玉袋を2枚取り出した。

 

「………これは?」

 

「経営がうまくいってるからね。二人にお年玉」

 

「よろしいのですか?」

 

達也お兄様が「俺も?」みたいな顔をする。

 

「いいんだよ。俺と一緒にいる限りはお前らはただの弟と妹だ。お前らのためなら例え世界がお年玉をやるな、と言っても俺は捻り潰してお年玉をやる」

 

「たかだかお年玉で世界を相手にしないで下さい……」

 

そう言いながらも、その少しかっこいい台詞が私は嬉しかった。何より、私達の家の中で達也お兄様を差別しない人がまだいる、それだけでこの人にはなんだかんだ感謝している。

 

「ありがとうございます」

 

私と達也お兄様はありがたくお年玉をいただいた。中々の厚み、こんなにいただいていいのかしら?と、思ってしまうほどに。遊戯王のデッキが作れそうなほどの厚さだ。

…………や、それ厚すぎじゃね?

 

「………あ、あの、冬也お兄様?開けてもよろしいでしょうか?」

 

「なんだ?楽しみなのか?仕方のないヤツだな、いいよ開けな」

 

その言い草に少しイラっとしたが堪えた。

中身を見ると、一万円札が60枚入っていた。

 

「いや多過ぎィイイイイ‼︎‼︎」

 

新年一発目のツッコミである。

 

「お、イイね。新年、明けましておめでツッコミ」

 

「おめでツッコミ⁉︎語呂悪っ‼︎ていうかどうしたんですかこの札束⁉︎」

 

「深雪、おめでツッコミ」

 

「た、達也お兄様……申し訳有りませんが黙ってて下さい……」

 

「何、去年深雪にはツッコミでお世話になったからな。今年も頼むぞ」

 

「い、いやいやいや!にしてもこれは多過ぎますよ!どうしたんですか?」

 

「ん、ちょっとウィンターランドでね。良いからもらってくれよ」

 

ウィンターランド?

 

「なんですか?それ」

 

「俺の経営してる遊園地」

 

「いつの間に⁉︎何それ行きた……ゲフンゲフン、何処にあるんですか?」

 

「アメリカ」

 

「アメリカ⁉︎」

 

「向こうにも許可もらってるから。元気玉見せたら許可してくれたよ」

 

「それ許可じゃなくて脅迫‼︎」

 

「アメリカ的にも悪くない話だったんだぜ?俺の技術を百分の一くらい教えてやったしな」

 

「………でも、こんなお金……」

 

達也お兄様と合わせたら120万円……と思って横を見ると、達也お兄様のお年玉袋には5万円しか入っていなかった。いや、5万でもおかしいけど。

私はキッと冬也お兄様を睨んだ。この人まで私と達也お兄様を比べるのか、と。

 

「冬也お兄様⁉︎これはどういう……‼︎」

 

「達也には別で、すでにお年玉をあげてるんだよ」

 

「別で⁉︎どういう意味で……‼︎」

 

文句を言おうとしたところで、達也お兄様の袖からごとりと携帯電話が落ちた。落ちた衝撃で画面がパッと映る。待ち受け画面は、ついさっき振袖を着ようとしてる私の写真だった。見ようによっては、振袖を脱ごうとしてるように見える。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「じゃ、行こっか」

 

「そっすね」

 

「ミカ、留守番頼むぞ」

 

初詣に行った。

 

 

冬也お兄様のどこでもドアによって、九重寺に到着した。

 

「明けましておめでとうございます、師匠」

 

「明けましておめでとうございます、九重先生」

 

『明けましておめでとうございます、マスターアジア。今年もよろしくお願いいたします』

 

若干一名、師匠間違いしてるヤツがいたが、3人揃って腰を折った。

 

「応えよドモン‼︎」

 

『師匠‼︎』

 

「流派‼︎」

 

『東方不敗は‼︎』

 

「『王者の風よ‼︎』」

 

「全新‼︎」

 

『系列‼︎』

 

「『天破挟乱‼︎見よ、東方は、赤く燃えているゥウウウウウウ‼︎‼︎』」

 

思いの外、ノリのいい師匠だった。というか、師匠と正面から殴り合ってる冬也お兄様スゴイ。

 

「先生、何をして……って、冬也くん⁉︎」

 

隣の小野先生が驚いたように声を上げた。

 

『小野伸二先生、あけましておめでとうございます』

 

「誰がサッカー選手よ‼︎」

 

『じゃあ、小野大』

 

「小野大輔でも小野友樹でも斧乃木余接でもないからね‼︎」

 

『さっすが♪』

 

「イラつくわボケェッ‼︎」

 

こ、この人……冬也お兄様のボケを先読みした⁉︎出来る‼︎

 

「すごいですね、小野先生。冬也兄様のボケを先読みするなんて」

 

達也お兄様も同じことを思ったのか、私の思ったことを言った。

 

「嫌な慣れよ……。冬也くんが一年生の時は私がずっとつっこんでたんだから」

 

こんな所で先輩に会えるなんて⁉︎

 

「あの、冬也お兄様とはどのようなご関係で?」

 

「ん?生徒と教師よ。強いて言うなら、顧問ね」

 

「へ?こ、顧問?スケット部の?」

 

「そーよ。顧問」

 

あ、あの部活……顧問なんていたんだ……。

 

「まぁ、それはともかくそろそろ行かないかい?」

 

「そうですね」

 

九重先生の提案で、私達はもっかいどこでもドアをくぐった。

 

 



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アメリカ

 

 

どこでもドアをくぐり、待ち合わせしてるメンバーと顔を合わせた。

 

「明けましておめでとうございます、冬也さん。良くお似合いです、少し意外ですけど」

 

ほのかが船長の格好をしてる冬也お兄様に声を掛けた。

 

「ほのか、少しどころじゃないわ。正月にこの格好は意外を通り越して奇抜よ」

 

私が憎まれ口を叩いた直後、その場は大きな緊張感に包まれた。周りにいた人たちは全員白目を剥いて倒れ、ほのかや美月も気絶しそうになるのを、なんとか達也お兄様が支えた。

 

「って、覇王色の覇気はやめて下さい‼︎軽いテロになってますよ‼︎」

 

『いやぁ、やっぱこういうのはキチンとしておかないとね』

 

「そんな礼儀は初めて聞きましたよ‼︎」

 

まったく新年早々このおバカさんは本当に……。

呆れてると、西城くんが達也お兄様に声を掛けた。

 

「しかし、冬也さんは赤髪なのに達也は普通に羽織袴か。そこは麦わらなり白ヒゲなりバギーなりあるだろ」

 

「そんな所でツッコまれてもな」

 

「でも、よく似合ってるぜ。何処の若頭かって貫禄だ」

 

「俺はヤクザか」

 

「別にヤクザには見えないけど、羽織袴がそこまで様になる高校生は珍しい、ってことだけは確かだわ」

 

「ヤクザ者、というより与力か同心のイメージだね」

 

一歩遅れて、小野先生と八雲先生が口を挟んだ。

 

「あれっ、遥ちゃん。明けましておめでとーございます」

 

「明けましておめでとうごさいます、小野先生。達也さん、こちらの方は?」

 

西城くん、美月と挨拶した後、八雲先生を見ながら質問した。

 

「九重寺住職、八雲和尚。俺たちにはもしかしたら、忍術使い・九重八雲師の方が通りが良いかな?俺と冬也兄様の体術の先生だ」

 

「なるほど、だから日枝神社にしようって話になったんだな」

 

『へぇ、意外と博識なのな』

 

冬也お兄様が言葉をホワイトボードに書いた。そんな話をしながらお互いに自己紹介をしつつ、私達は本殿へと歩き出した。

本殿に上がると、ズラッと露店が並んでいる。というか、どっかで見たことあるスケット部の屋台があるし。どうやら、今回は焼きそばの屋台のようだ。桐原先輩や服部先輩はまだしも、十文字先輩はそこにいていいのかしら。

ていうか、冬也お兄様の分身もあそこでせっせと働いている。まぁいいわ、この際無視しましょう。

特に寄り道することもなく、階段を上って神門をくぐり、拝殿前の中庭に入る。ふと達也お兄様の方を見ると、何処かを見ていた。

 

「お兄様、何をご覧になっているのですか?」

 

その視線の先には、金髪碧眼の少女がいた。私は一瞬、不愉快になる。

 

「……綺麗な子ですね」

 

「お前ほどではないけどな」

 

「……いつもいつも、その手で誤魔化せるとは思わないでください」

 

『深雪、ニヤケてるぞ』

 

「うるさい黙れカス」

 

『………最近、妹が冷たくてツライ』

 

金髪碧眼の少女は、冬也お兄様を見ていた。冬也お兄様は気付いてるのかどうかは分からないが、ホワイトボードをしまうと、いつの間に始めていたのか、ギャラガを再開した。

 

 

冬休みが終わり、学校が始まった。交換留学によって雫の代わりにクラスに来たのはアンジェリーナ=クドウ=シールズ、という金髪の女の子だった。なんやかんやで、私が学校内を案内したり、その他諸々お世話することになった。

 

『で、なんでここに連れて来たわけ?』

 

放課後、私はリーナを連れて生徒会室に連れて来た。流石の冬也お兄様も、海外の生徒の前で暴れられるわけがないと、私は踏んでるわけだ。だって下手をすれば国際問題になるでしょ?

私は若干、ドヤ顔になりながらも冬也お兄様を指して言った。

 

「リーナ、あそこにいるのが司波冬也。この学校のアホアホ生徒会ちょ」

 

「トーヤァ‼︎」

 

直後、リーナが飛びついて、冬也お兄様の顔に抱き着いた。私もほのかも五十里先輩も中条先輩も吹き出す中、リーナは冬也お兄様に頬擦りする。

 

「久しぶり!会いたかったわよ!」

 

『おい、離れろ。来年まで投げるぞテメェ』

 

「えへへー。この前の神社の時だって、抱き着かないようにするので精一杯だったんだから」

 

『話聞いてる?それとも去年に投げられたいの?』

 

「ち、ちょっと!」

 

ほのかが口を挟んだ。

 

「な、何してるのよリーナ⁉︎」

 

「え?アメリカでの挨拶よ」

 

「ここは日本よ!離れなさいよ!」

 

「嫌よ。私はトーヤに会いたくてここに来たんだから」

 

「そもそも冬也さんとどういう関係なの⁉︎」

 

「それは……そう簡単には言えない関係で……」

 

『おい、ややこしい言い方すんな。投げるよホント、白亜紀に』

 

「そうよ、落ち着きなさいほのか。それで、冬也お兄様?どう言うことなのか……詳しく」

 

『落ち着け深雪。氷河期になってっから。五十里が死んでるから』

 

冬也お兄様に生き返らせてもらう五十里先輩。

 

『アメリカに俺の作った遊園地があるのは知ってんだろ?』

 

「以前、聞きました」

 

「何それ知らない」

 

『リーナはそれの常連さんなんだよ。遊園地建設中から色々と手伝ってもらったりしてたから知り合いになったわけ』

 

「そういうわけなのよ、お二人さん」

 

ニヤリと口を歪ませるリーナ。私とほのかのおでこに青筋が浮かぶ。

…………へぇ、上等じゃない。よろしいならば戦争だ。

 

「…………あーあ、これ俺に彼女いるってバレたらどうなるんだろ」

 

冬也お兄様が何か言った気がするが、聞こえなかった。

 

 



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