OVER PRINCE (神埼 黒音)
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一章 流星
いつもと違う最終日


初投稿です。


ユグドラシル最終日。

ヘロヘロがログアウトし、部屋の中が静寂に包まれる。

もう誰もログインして来ない事を悟ったモモンガは、怒りのあまりテーブルに手を叩きつけそうになった。振り上げた腕が、だらりと力無く垂れる。

 

 

(怒っても、しょうがないんだよな………いや、俺に怒る資格があるのか?)

 

 

誰もがリアルでの生活がある。

食っていかなきゃならない。

大体、12年も一つのゲームを飽きずにやっている方が異常なのだ。

 

 

でも。

それでも。

考えてしまう。

 

 

自分がもう少しうまくやっていれば、仲間はもう少しここに居たんじゃないかと。幾らなんでも、最終日にたった一人になるような事は避けられたんじゃないのか?

ギルドマスターである自分の力不足を、最後の瞬間になってひしひしと痛感する。

皆を纏めていく魅力が、自分には圧倒的に足りていなかったのだ。

考えれば考える程、思考はド壷にハマっていく。

 

 

壁に掛けられている、ギルド武器まで酷く虚しく見える。

この杖は自分と同じだ。

忘れ去られ、誰からも思い出される事もなく、使われる事もなく。

ただ、空気のように壁にかかっているだけ。

 

 

 

(もう良い。行こう………)

 

 

 

モモンガは無言で杖を手に取ると、玉座の間へと歩みを進める。

杖を手に取った時、様々なエフェクトが現れたが………それらに対し、モモンガは何の感想も持たなかった。この杖がどれだけの力を持っていようとも、秘めていようとも。

 

 

 

 

 

―――――中身が空っぽな事に、何も変わりはしないのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

玉座に座り、天井に並ぶ仲間達の旗を見上げる。

その数は41。

しかし、ここには自分しか居ない。

誰も居ないのだ。

胸を打つような苦しい静寂の中、モモンガはまるで仲間達の旗に押し潰されそうになった。

 

 

「たった一人で、そんな所で何をしているんだ?」

「まだやってたの?」

 

と、笑われているような気がしたのだ。

 

 

(力不足のギルマスには………似合いの結末なのかもな………)

 

 

これ以上、玉座の間に一人で居る事に耐え切れず、モモンガは指に嵌めたリングを作動させる。

サービスの終了日に、誰一人として仲間のいないナザリックに居る事が耐えられなくなったのだ。

廊下にも玉座の間にも、NPC達は居たが……あれらは作られたAI。

今の自分を慰めてくれる存在ではない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

墳墓の外に出ると、切っていたチャット機能を繋ぐ。

途端、チャット欄が堰を切ったようにログを流しはじめる。

まるでお祭り騒ぎのように、INしているプレイヤー達が騒いでいるのだ。

 

 

 

「あけみー!愛してるぞー!」

「運営氏ね!」

「ウチのNPCが激しこなんじゃ~^」

「もう終わるんだし、18禁行為しても大丈夫だよな!?」

「誰だよ、街にソウルイーター放った奴は(笑)」

「ウチ、屋上あんだけどさぁ…………花火上げていかない?」

「ちくわ大明神」

「誰だいまの」

 

 

 

最後だからと別れを告げる者、卑猥な言葉を叫ぶ者、誰かへの愛の告白、運営への感謝や罵倒、

意味不明な言葉の羅列………。

皆、其々の形でユグドラシルに別れを告げているのだ。

中にはおかしな事を口走ってるのもいるが、まぁユグドラシルではいつもの事だ。

むしろ、最近は閑散としていたチャットが、これだけ盛況だというだけで嬉しくなってしまう。

 

 

 

ふと、自分の装備を見る。

全身を神器級で固めた姿、全身を飾る”超”が付くレアアイテム達。

それも、あと数十分もしたら全てが消える。

これらは形あるものではなく、単なるデータにしか過ぎないのだから。

ゲームが終われば、全てが無に帰すのだ。

まるで自分の人生が全て消されるような………無駄だったのだと言われたようで泣きたくなる。

 

指に嵌めている、一つの指輪。

これなど、夏のボーナスを全て課金ガチャに注ぎ込んでまで手に入れた物だ。

それも、全ては0になって消えうせる。

 

 

「ははっ………あは、、ははっ!」

 

 

笑う。

もう笑うしかない。

全身の装備……一体、幾ら掛けたんだ?

このゲームに……何百、何千時間を費やしてきたんだ?

なのに、何で俺はここに一人で居る?

こんな<墓の中>で一人、俺は何をしてる?

俺は何なんだ?

 

 

 

「もう………なんもかも、終わりだ…………」

 

 

 

ダメだったんだ。

リアルでも、ここでならと思ったユグドラシルでも……自分はダメだったのだ。

もう、全てがどうでも良かった。

どうでも、、、、、、、良くなった。

 

 

 

「I wish………」(我は願う)

 

 

 

あれだけ大切にし、後生大事に抱えていた《流れ星の指輪》を無造作に使用する。

もう、こんな物に意味はなく、

何の価値もないのだから。

 

 

 

 

 

「どうか俺を………

 

 

 

 

 

人を惹きつけてやまない………

 

 

 

 

 

魅力溢れる人間に……

 

 

 

 

 

して………下さ、い…………」

 

 

 

 

 

まともな状態の時に見たら、頭を抱えて転げ回るような痛い願いだ。

当然、指輪の効果の中にそんな選択肢がある筈もなく。

上空に浮かんでいた幾つかの選択肢が消えると同時に、指輪に刻まれていた流れ星のマークが一つ消えた。

 

 

「ははっ……ボーナス、、、消えたな…………」

 

 

何かが吹っ切れたようにモモンガは《飛行/フライ》を唱えると、

墳墓から高く飛び上がり………勢いをつけて遠くへと移動を始めた。

視線の先に見えるのは……様々な光。

異形種は人間の街へ入るのには様々な制限があるが、逆に異形種しか入れない街やバザーも沢山あるのだ。

 

 

 

 

 

せめて最後は、

 

誰かと。

 

 

 

 

 

このユグドラシルを共に遊び、懐かしみ、楽しんだ人達の中に混じって終わりたい。

墓の中で、来る筈もない誰かを待ちながらなんて………余りにも寂しすぎるじゃないか。

全身を包んでいた神器級の武装を外し、体中に着けられたレアアイテムを覆い隠すような茶色いローブを身に纏う。

見知らぬ大勢の中に入るなら、普段の格好だと見せびらかしているようで気が引けたのだ。

 

飛行を続けていると、目に飛び込んでくるのは遠くからでも派手に打ち上げられている花火。

そして、花火代わりのつもりなのか、次々と空に向って放たれている色取り取りの大魔法。

自分も、あそこに混ざってMPが尽きるまで魔法を撃とう。

泣こうが喚こうが………。

 

 

 

 

 

12年にも及ぶ俺のユグドラシル生活は―――――終わったのだ。

 

 

 

 

 

23:59:59

 

 

 

 

 

0:0:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《使用者の願いを受託しました》

 

 

 




最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!


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異世界と不具合

眩い光が視界を覆う。

光が収まると、《飛行/フライ》中のモモンガの体がグラリと揺れた。

 

 

(ん!?………変だな)

 

 

飛行中にバランスを崩すなんて初心者じゃあるまいし……。

何度も練習を重ねて、今では空中で弓や魔法を回避しながら攻撃するのもお手の物だ。

一旦、地表に降りて空を見上げると――――そこには驚愕の光景があった。

 

 

 

―――――満天の星空。

 

 

 

余りの光景にモモンガは目を見開き、息を呑む。

何だこれ……何だこれ??

自分の居るワールド《ヘルヘイム》は死の世界……星空どころか、空さえ見えない筈だ。

空には常に暗雲が立ち込め、大気は瘴気に満ち、地表は荒れた大地が延々と続く。

であるのに、何かの冗談なのか、地表は荒野ではなく一面の豊かな草原となっていた……。

数瞬、思考が止まり………一つの結論に達する。

 

 

(やりやがった……運営め。運営めっ!散々、クソだと言って来たけどグッジョブ!!)

 

 

まさかサービス終了の最後にこんな《サプライズ》を用意してくるなんて!

周囲も自分と同じ気持ちなのだろう。

さっきまでのお祭り騒ぎが嘘だったかのように静まり返っている。

それも無理ないだろう。

こんなリアルではありえないような……まるで宝石箱のような圧巻の星空を見せられては。

 

 

さっきまで自分の心を覆っていた暗雲も、一緒に吹き飛んだような気分だ。

やっぱり……ユグドラシルを続けてきて良かった。

我ながらテノヒラクルーにも程があると思ったが、しょうがない。

今はただ、ただ、運営への感謝の気持ちが湧いてくる。

 

 

(この光景、ブループラネットさんにも見せたかったな……)

 

 

彼が最終日にINしてくれていたら、この光景を見せられたのかと思うと少し切なくはある。

だが、いまさら言っても詮無い事だ。

今はせめて、この感謝の気持ちを運営へと伝えたい。

12年も遊ばせて貰った事に、最後にこんな素敵なサプライズまで用意してくれた事に。

 

 

 

そして、気付く。

視界が普段と違う事に。

 

 

 

エリア名が、時刻が、HPが、MPが………表示されていない。

表示バグだろうか?

いや、これだけの星空を展開すれば処理や負担はとんでもない事になっているだろうから無理もない事かも知れない。

 

ナザリックの第6階層の星空でさえ、とんでもない時間と苦労を重ねて僅かな面積を空っぽく変えられたに過ぎないのだから。

世界の全てを覆うとなると、それはもう想像を絶するような負担に違いない。

 

当然のようにGMコールも効かず、そもそもコンソール自体が出ない。

仕方がないので腕時計で時刻を確認する。

幾らなんでも、そろそろサーバーダウンの時間だろう。

時計を着けた腕をローブから出すと、そこには見慣れた骨ではなく、普通の手があった。

 

 

(おいおい………アバターまで表示不具合が出てるのか?)

 

 

これはちょっとマズイだろう。

良いサプライズだったとしても、セットでバグがてんこ盛りともなると人間、現金なもので感動も薄れるものだ。

 

 

《0:02:58》

 

 

と言うか、サーバーダウンの時間過ぎてるよね??

この分だと処理落ちやら何やらで、バグだらけになってそうだ。

今日はサービス終了日という事で、普段の過疎が嘘のように何万人ものプレイヤーが来ていたのだから、今頃街では大騒ぎになっているだろう。

 

 

(俺も明日、4時起きなんだけどなぁ………会議の資料も纏めないと……)

 

 

さっきまで自分の心を覆っていた暗雲が、また立ち込めて来る。

やっぱり、さっさとユグドラシルを引退した方が良かったんだろうか?

我ながらテノヒラクルーにも程があると思ったが、しょうがない。

今はただ、ただ、運営への怒りの気持ちが沸いてくるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――よぉ、良い夜だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇から突然、掛けられる声。

見ると、重武装に身を包んだ女戦士のようだ。

人間種と言う事で、一応警戒する。

まさか最後の最後でPVPを仕掛けてくるとは思えないが、愉快犯と言うのはユグドラシルではいつだって居たのだ……。

どうせ終わるのだから何をしても良い、と考える幼稚なプレイヤーも居るだろう。

 

 

「えぇ、良い星空ではありますが……これからの事を考えると頭が痛いですね」

 

「ま、これだけ明るいとな。お前さんらにとっちゃ、仕事に差し障りが出るってもんか」

 

「うん………うん?」

 

 

 

あれ、何か会話が繋がっていないような気がする。それとも、俺が何かを見落としているのか。

何やら口元が動いているようなありえない挙動を見た気もしたが、それもバグですと言われれば、そうですか、としか言いようがないのだが……。

それよりも女戦士が出てきた方向……もう一人のプレイヤーが隠れている方が気になる。

木々に上手く身を溶け込ませているようだが、自分の《闇視/ダークビジョン》は誤魔化せない。

こいつら……やっぱり仕掛けてくるつもりか?

 

 

 

「最後の最後に、こんな事をするのは止めませんか?良い気分で終わりたいですし」

 

「おめぇさんが何を言っているのか分かんねぇけどよ……止めろって言いたいのはこっちの方だっつーの。こんな何もねぇ所で黒粉の取引たぁ、泣ける努力じゃねぇか。えぇ?」

 

「……??それと、言い辛いんですが………後ろの人、もう気付いてますからね」

 

「!?」

 

 

 

女戦士が飛び上がるように距離を取り、後ろから忍者の格好をした女性プレイヤーが出てくる。

前衛と、阻害系のキャラか……。

魔法詠唱者である自分には、ちょっと面倒な組み合わせだ。

 

 

 

「ガガーラン、こいつヤバイ」

 

「八本指で間違いねぇな。リーダーの言った通りってわけか」

 

 

 

二人とも視線はこちらへ固定したままでコソコソとしゃべっている。

おかしい……会話がまるで通じてない気がする。

もしかして、何かのロールなのだろうか?

自分も魔王ロールをしているのだから気持ちは分かるが………もうゲームは終わったんだぞ?

と言うか、不具合の真っ最中でしょーが。

 

 

 

「すいませんけど、明日4時起きなんです。お二人からもGMにコール入れて貰えませんか?こっちのコンソール、バグってるみたいで出ないんですよ」

 

「ガガーラン!何かの信号か暗号っぽい」

 

「野郎…………援軍を呼ぼうったってそうは行かねぇぞ!」

 

 

 

二人が繰り広げる迫真のロールプレイに絶句する。

そりゃ、普段なら乗ったさ。喜んで乗ったよ!

でも、今はロールプレイしてる場合じゃないって事ぐらいわかると思うんだけどな……もしかして、今日でサービスが終わるって事に気付いてないのか??

 

このままじゃ、とてもではないが会話が成り立つ気がしない。

つか、明日4時起きなのに何で俺はこんなのに絡まれているんだ??

最後ぐらい綺麗に締めさせてくれよ……もうお願いしますから。

 

頭のフードを脱ぎ、月光の下に歩みを進める。

フードを取った時、二人が何やら息を呑んだような気がしたが、何なんだろうか………。

とにかくここはもう、頭を下げて謝ろう。

最後の最後で殺し合いなんて真っ平だ。せっかくのユグドラシルの思い出に汚点を残したくない。

 

 

 

 

 

「あの、最後に暴れたいってのも分かるんですが、自分は………」

 

「ヤバイ。超絶格好良い」

 

「おいおい、何処の王子様だよ、おめぇは!」

 

 

 

 

 

「は??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――人を惹き付けて止まない、魅力溢れる人間。

モモンガの職業スキルが更新されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《流星の王子様/プリンス・オブ・シューティングスター》:15lv

 

 

 

 

 




モモンガさん、ナザリックに居ないのでNPCがおらず、
ここが異世界だと言う事に気付くのが非常に遅れています。




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流星

淡い月光に照らされ、その姿が浮かび上がる。まるで神話から飛び出してきたような美しい横顔。

ローブから解放された、濡れたような漆黒の髪。

こちらに向けられたエキゾチックな黒い瞳に魂ごと吸い込まれそうになった。

馬鹿馬鹿しい事に、その背景には七色に輝く流星まで見えたのだ。

魅了………なんてレベルじゃない。

 

 

次元が違う。

違いすぎた。

 

 

命も、魂も、目も、意識も、心臓も、何かもかも―――――全てを一瞬で奪われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《星の王子様Ⅴ》

ユグドラシルでは単なる一発ギャグ系の背景エフェクト。1つの星を50円で購入する。

Ⅰ~Ⅴまでの課金レベルがあり、Ⅴまで極めると七色の流星を出す事が出来る。

無論、何の意味もない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ガガーランとティアが暗闇に身を潜め、幾らかの時間が過ぎた。

泣く子も黙るアダマンタイト級冒険者「蒼の薔薇」の面々だ。

モンスターに圧迫され、常に弱者としての位置に立たされている人類において、切り札とも言える存在でもある。

そんな二人は今回、王国に蔓延る犯罪者組織「八本指」の取引を抑えるべく、

この名も無い平原に赴いて来た。

 

 

「黒粉」

 

 

麻薬の一種であるこれらの蔓延が、王国内を蝕むようになって久しい。

生産地を叩き、都市内での貯蔵場所を襲撃し、取引を妨害し、常に攻撃を加えてはいたのだが、悲しいかな彼女達は全員を併せても5人しかいない。

どれだけ死力を振るおうとも、まるで焼け石に水のような状況であった。

 

それでも一定の効果はあったようで、八本指は都市内で堂々とやっていた大きな取引を控えるようになり、今ではこのような何もない平原や、時には何の変哲もない農家など、人目に付きにくい場所で細々と商売をするようになったのだ。

全体的な流通量は減ったとはいえ、四散し、細かく分散してしまったような形となり、襲撃や妨害が難しくなりつつある………痛し痒しであった。

 

 

今回、リーダーであるラキュースから示された地点は3箇所。

黄金とも呼ばれる王女、ラナーが幾つかの情報から組み立てたものであるらしい。

何処の地点であっても襲撃を掛けられるよう、彼女らも分散して事に当たる事となったのだ。

本来なら各個撃破の危険を避けるべく人員は一極集中すべきだが、

八本指に真っ向から抗えるような存在が彼女達しかいない為、全員であらゆる可能性を潰すしかない、と言う結論に至ったのだ。

 

 

 

A地点にはラキュースとティナが。

B地点にはイビルアイが。

C地点にはガガーランとティアが。

 

 

 

其々、分散して当たる事に決定し、彼女達は息を潜めて待っていた。

そして、目標はC地点に現れたのだ。

全身を覆い隠すような、怪しげな茶色のローブ。

冒険者か旅人という線もあったが、夜だと言うのに明かりも持たず、野営の準備をする訳でもない。この時点で、疑いが濃厚である。

 

更に、こんな何もない場所で佇むようにじっと夜空を見上げている。

当然、取引相手を待っているのだろう……クロだ。どうしようもなく、クロだ。

 

ガガーランが後ろを見ると、とっくにティアは気配を潜め、木々に溶け込むようにして身を殺していた。ティアは一流の暗殺者であり、数々の術を行使する一流の忍者でもある。

そこに居る、と初めから確信していなければ……見つかるような事はない。

最初にガガーランが出て、そのまま制圧出来るならそれで良し。

相手に伏兵や罠があるようなら、ティアが暗闇から不意打ちして片付けるという手堅い戦法だ。

 

 

 

 

 

「よぉ、良い夜だな」

 

 

 

 

 

いま思えば、本当に良い夜だった。

―――――いや、奇跡の夜だったのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

一方、モモンガは困惑していた。

迫真のロールプレイを繰り広げていた二人が、突然ロールを別の方向へとシフトしだしたからだ。

「王子か!?」とか「流れ星!」とか意味不明な言葉を発している。

もしかすると、麻薬中毒者なのかもしれない。黒粉とか何とか口走ってたしな………。

せめて酔っ払いぐらいであってくれれば良いのだけれど。

 

とにかく、明日の為にも早くログアウトしよう。

この二人はもう放っておいて、さっさと他の場所に行くべきだ。

この辺りだと、ヘラン荒野のバザーがあった筈。異形種が集まる小さなバザーだが、あそこなら自分を暖かく迎えてくれるだろう。

同じようにログアウト出来ずに困っているプレイヤーも多いだろうし。

 

 

 

「あの………それじゃ、自分はそろそろ行きますね………」

 

「ガガーラン、捕まえて。逃がすな。いや、逃がさない……絶対にだ」

 

「あったぼうよ!おめぇにゃぁ、たっぷりと体に聞く事があんだよ。八本指がどうこうなんて、もう関係ねぇ。アダマンタイト級の権限でお前を捕縛させて貰う。おまえさんが何の罪も犯してねぇ単なる一般人であってもだ」

 

 

 

堂々たる犯罪宣言であった。

彼女らは八本指?というギルドのメンバーのようだが、どうやら拉致や誘拐を楽しむロールプレイをするギルドなのだろう。

自分達のギルドも大概ではあったが、ここまでの犯罪臭はなかった筈だ。

本当の悪のギルドというのはこう言うものなのかもしれない。

 

 

 

「ガガーラン。そんな権限、初耳」

 

「ったりめぇだろ。今作ったんだよ」

 

「ナイス捏造」

 

 

 

ダメだ、この二人は。

黒粉とやらで完全に頭がやられているらしい。

げに恐ろしきは麻薬である。

自分は頑張って死の支配者となったが、麻薬には反対の立場だ。小市民な死の支配者なのだ。

そんな事を考えていたら、両足に強い衝撃を受け、気がつけば押し倒されていた。

見ると女戦士と忍者が其々、自分の足に張り付いている。

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと……何してるんですか!こんな状況でPVPやる気ですか!?」

 

「ん?3Pだぁ?何だなんだ、王子様もやる気じゃねぇか」

 

「くんずほぐれつ」

 

「ちょっと、運営さん!18禁行為しようとしてますよ!これアウトでしょ!最終日に18禁行為とか、国の法律的にもマズイですって!」

 

「なぁーにがクニだ!クンニしろオラァン!」

 

「ガガーラン、野生的。だが、それが良い」

 

「誰かぁぁ!いたいけな骸骨が襲われてますよー!助けて下さーい!!」

 

「くんかくんか。王子、良いにおひ」

 

「何この忍者コワイ!」

 

「ティアって呼んで。貴方の恋人」

 

「怖っ!何言ってるんですか!どうせ中の人はおっさんでしょ!?」

 

 

 

 




あぁ、すれ違い……。
例えどんな世界線であろうとも、モモンガ様は馬乗りになって襲われる。
私はそう信じて疑いません。




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蒼の薔薇

「どうやら、この地点ではなかったようね」

 

 

どれだけの時間が経っただろうか。

ラキュースとティナはようやく、と言った感じで溜め込んでいた息を吐き出した。

気配を隠し、ひたすらに対象を待ち続けるというのは根気と集中力が要るものだ。

イビルアイに関しては問題ないだろうが、ガガーランとティアが担当しているC地点の方が心配だ……ガガーランは直情型であり、ティアは気分屋だ。

 

 

「ガガーランとティアは大丈夫かしら……」

 

「心配ない。二人ならちゃんとヤる」

 

「そうね……うまくヤッてくれれば良いんだけど」

 

 

二人は遠くにいるチームメンバーにそっと声援を送る。

その向こうでは悲鳴を上げている元骸骨が居るのだが、今の彼女達には知る由もない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

一方、イビルアイの足元には三人の男どもが転がっていた。

二人は黒粉の運び人、一人はそこそこの規模の商会で働いている商務員だった。

このような取引に本人が出てくるような事はまず、無い。代理人を立てて、自らは安全な場所で成果を受け取るのが常である。

 

それで良い。

今回は「常に監視しているぞ」と脅しをかけるのが目的なのだから。

どれだけの武力があろうとも、これは一挙に解決出来るような類の問題ではない。千里の道も一歩からと思うしかないのだ。

 

 

 

「さて、この分だと他の地点は待ちぼうけか。リーダーとティナはともかく、ガガーランとティアの方はナニをして遊んでいるやら」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「暴れんなよ……暴れんなよ……」

 

 

猛牛と化した女戦士が足を押さえ込んでいる。

彼女が本気になってホールドしなければならないほどに、相手の力が強いのだ。

 

 

「心配ない。星を数えてたらすぐ終わる。けど、終わった後も離さない」

 

 

女忍者の方は様々な拘束具を惜しげもなく使い、足を押さえ込んでいた。

本来ならモンスター用に使う高価な拘束具であり、決して冗談に使えるような安い物ではない。

 

 

 

控えめに見ても地獄絵図であった。

モモンガは思う。何故、こんな事になったのだ―――――と。

自分はユグドラシルを楽しんだ人達に混じり、最終日をにこやかに終わろうとしていただけであったのに。

あれだけ息苦しさを感じた玉座の間すら酷く懐かしく思える。

あそこに居たら、自分はこんな事になっていなかったのではないのか??

 

 

「あ、あんたらっ!垢BANどころか、これ電子犯罪になりますよ!わかってます!?」

 

「バンバン……?遠慮すんなって事か?安心しろ、遠慮なんてねぇよ」

 

「あんたの耳、どうかしてんのかよっ!」

 

 

もはやモモンガ―――――とか言ってる場合じゃない。

鈴木悟として本気で貞操の危機を感じてきた。

ここが電子空間であるとか、もうそんな問題じゃない。

こいつらはゲーム内だとか、プログラムだとか、ダイブ空間だとか関係なく、次元の壁を侵食して襲ってきそうなのだ。

 

 

そりゃいつかは童貞を捨てたいとは思っていた。思っていたさ!

でも、相手が酷い……酷すぎるだろ!

おっさんのようなゴツイ女戦士に、中身がおっさんの女忍者―――――ダブル・おっさんである。

ワールドチャンピオンも裸足で逃げ出すだろう。

 

 

 

「ぐ……こんのっ………離れろッ!」

 

 

 

モモンガが渾身の力を込め、右足を蹴り上げる。

ボールは友達、と言わんばかりに女戦士が跳ね飛ばされ、木々に頭から突っ込んで転がっていく。

何やら凄い音がしたが、あの女戦士なら大丈夫だろう。

ナザリックの黒棺(ブラック・カプセル)に放り込んでも平気で生還してきそうなのだから。

 

 

 

「ガガーランは死んだ。私が独り占め」

 

「あ・ん・た・も・離・れ・ろ」

 

 

 

ガシっと音が出る勢いで女忍者の顔を掴み、アイアンクローの体勢に持っていく。

太ももの辺りで頬をスリスリしていたのが強烈に気持ち悪かったのだ。

 

 

「王子の手。良い匂い。ふんすふんす」

 

「匂いを嗅ぐな!本気でへ、変態じゃないか!」

 

「変態じゃない。変態という名の忍者」

 

「いいから、離れろ!」

 

 

顔を掴み、そのままの勢いで遠くへと投げ捨てる。

慈悲は無い、と言わんばかりに女忍者が跳ね飛ばされ、木々に頭から突っ込んで転がっていく。

何やら凄い音がしたが、あの女忍者なら大丈夫だろう。

逆に餓食狐蟲王に卵でも産み付けそうな勢いだったのだから。

 

 

 

身の安全を確保し、付けられていた拘束具を即座に解除する。

拘束無効の指輪をしていたのだが、あの二人がしてきたのはそういう類の拘束ではなく、何かもっと、邪悪なモノがほとばしっていたのだ。

ペロロンチーノさんが言っていた「だいしゅきホールド」という単語が頭に浮かび、背筋にゾッとしたものが走る。

なんてものを、なんて時に思い出したんだ。

 

とにかく1秒でも早く、この場所を離れよう。

ワールドエネミーと戦った時ですら、これ程の緊張感や恐怖感はなかった。

咄嗟に《飛行/フライ》を唱え、かつてはよく訪れていたバザーの方角へと飛ぶ。

離れれば離れる程、安全になる。そう信じて飛ぶしかない。

そして、この地には二度と戻らない。そう堅く決意したモモンガであった。

 

 

 

(あれ、そういえば……コンソールが出ないのに、どうやって飛行を………)

 

 

 

そして、これまで考える余裕すらなかった事柄に……

ようやく気付くのである。

 

 

 

 




果てない死闘を制し、遂にワールドエネミー2体を撃破したモモンガ様。
でも気を付けて!
この世界の女性キャラは全部ワールドエネミーになる可能性があるよ!


PS
沢山の感想や評価など、本当にありがとうございます。
初投稿で右も左も判らないままですが、地道に更新していこうと思います!





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星が降る草原

どれだけの距離を飛んだだろう。

自分が目指している小さなバザーは影も形もなく、どんどん見覚えの無い地形になっていく。

ヘルヘイムの隅から隅まで冒険した自分に、見覚えのない地形などありえないのだが……。

探索を諦めて一旦、地表へと降りる。

 

 

 

―――――違和感が、無視できないレベルに達しつつある。

 

 

 

まず、飛んでいる最中に感じた「風」だ。

それに、あの女忍者も言っていた匂い………変態か、と切り捨てたのだが、確かに今も風に乗って豊かな草の香りがするのだ。

こんな事はユグドラシルではありえない。

いや、他のどんなフルダイブ型のゲームでもありえない事だろう。

基本、人間の五感や内臓機能などに著しく干渉するようなものは法で禁止されている。

人体にどのような影響を与えるか、医学的に分からないからだ。

 

 

(それに、あいつらが口走ってた王子って………)

 

 

自分のアバターは骸骨だ。間違っても王子なんて単語はひねり出せない。

骸骨を「耽美なる、白磁の顔(かんばせ)」などと言うような美醜感の持ち主でもない限りは。

アイテムは……出せるのだろうか?一度、自分の姿を確認しておきたい。

どう見ても、手は普通の人間の手になってるんだよなぁ……。

体も細マッチョみたいな感じだし。

 

コンソールが出ないので、アイテムを出そうと四苦八苦する。

頭に等身大の鏡を浮かべながらワタワタしていると、手が妙な異空間に入り込んだ。

 

 

(怖ッ!)

 

 

暗闇に手が飲み込まれたようで思わずビクリとなる。

何が何だか分からないが、どうやらアイテムはこの空間に収納されているらしい。

異空間の中は要る物や要らない物がごちゃ混ぜになっているようで、普段から綺麗に整理しておけば良かったと後悔してしまう。

そして、苦労して取り出した鏡に映ったのは……とんでもない姿であった。

 

 

(誰だ、これ……俺の愛しいアバターは何処に行った!?と言うか、この顔………)

 

 

鏡に映っているのは一人の青年。

鈴木悟という人物を極限にまで、究極にまで神が美化したらこうなるであろう、という顔だ。

少女漫画によく出てくるようなクール系な王子っぽい外見に言葉を失う。

 

 

ぼくのかんがえた さいきょうに かっこいい じぶん

 

 

という言葉が頭に浮かび、モモンガは誰も居ない草原で転げまわった。

誰か助けてくれ。この痛々しさから自分を救って欲しい。

どうせ変わるなら、まるで別人にしてくれよ!中途半端に何処か自分を感じるから余計に胸に突き刺さるじゃないか!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「我が身が寒すぎて風邪を引きそうだ…………」

 

 

あれから様々な実験をし、自分のスキルであろう背景エフェクトを何とか切る事に成功する。

こんな物を背景に着けてたのか、と再度草原を転げまわり、モモンガは一種の賢者タイムへと突入していた。

頭には、とりとめのない事が次々と浮かぶ。

 

 

アイテムだけじゃなく……《飛行/フライ》のように魔法の使い方まで違った。

コンソールから選ぶ形ではなく、頭に浮かべて使うのだ。

消費するMP。そして、自動回復するMP。再詠唱時間(リキャストタイム)………

それらが数値ではなく、感覚で分かるのだ。まるで、初めからそう使っていたかのように。

 

 

(ゲームの世界に閉じ込められた……?異世界転移?ははっ)

 

 

まるでアニメかラノベの世界だ。

だとしても、自分のような一般人が巻き込まれるのはおかしい。こう言うのはもっと、主人公っぽい人間がやるものだろう。自分のようなモブキャラがやるような役目ではない。

 

そう思ったが、鏡に映る自分の姿を見て冷や汗を流す。

(主人公だよ、これ!外見だけは!)

何処から見ても外見だけは完璧に主人公っぽいのである。

むしろ、進んで背景に流星とか薔薇とかを背負いそうな勢いだ。

 

 

「あぁぁぁ………何でこんな事に………」

 

 

草原を転がりながら、キラキラと星を振りまく自分の姿に泣きそうになる。

四苦八苦してようやくスキルを切ったのに、

何か別のスキルもあるようで、強い感情に支配されると勝手に出るようだ。

どう考えても罰ゲームである。

何処の世界に星を纏いながら生きたい、などという人間がいるのだろうか。

 

 

 

 

 

《星の幻想Ⅴ》

流星の王子様を会得時、自動的に取得する付属スキル。

ユグドラシルでは全身に細かな星を纏う一発ギャグ系のスキルであった。

この世界では強い感情に支配されると自動的に発動する。

カンストであるⅤに達すると、星の色がグラデーションとなり大変綺麗。

無論、ステータス的には何の意味も無い。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「どうなっちゃうんだろうな、俺………」

 

 

実験も兼ねて、八つ当たり気味に《魔法の矢/マジックアロー》を撃ったりしたが、

格好良さについ興奮し、体中がキラキラと光ったのを見て、またしても賢者タイムに入る。

人生とは興奮と賢者を繰り返していくものなのかも知れない。

 

 

「こうして、人は大人になっていくんですね………たっちさん……」

 

 

もう自分が何を言っているのかよく分からない。

少なくとも……そう、ここはゲームではないのだろう。

理解……した、つもりだ。余りにもリアルすぎるじゃないか。

体温や心臓の鼓動、感じる風や匂い………ここで今、「生きている」という事を全身が否応無しに突き付けてくる。

 

 

そして、頭に浮かぶのは先程会った二人。

てっきりプレイヤーだと思っていたが、いま思うとこの世界の住人なのだろう。

まさかとは思うが、本当にまさかとは思うが……この世界の住人が全てあんな感じだとしたら、

とてもではないが自分は生きていけない。

一分一秒ごとに貞操の危機と戦わなくてはならないだろう。

 

 

《拉致監禁陵辱アヘ顔逆レイプEND》という不吉な文字が頭をよぎる……。

ペロロンチーノさんがやっていたエロゲにはそんな結末がよくあったのだ。

在りし日の、二人で交わした会話が蘇る。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

「でもある意味、男の夢でもあるENDっすよねー。モモンガさん」

 

「ははっ。相手から口説いて貰える、という意味ではそうかも知れませんね」

 

「っかー!幼女に監禁されてー!」

 

「あははっ。人として崖っぷちに立ってますね、ペロロンチーノさんは」

 

「ひどっ!モモンガさんってたまに笑顔で毒吐くよね!?」

 

 

あぁ、回想までロクでもない……。

ここにあの友が居たら、どうするだろうか?何と言うだろうか……?

 

 

 

《骸骨から王子に転職っスかwwクッソワロタwww》

 

《パねぇwwモモンガさん、まじモモンガwww》

 

《名前も「派根江」に変えましょうよww》

 

《光りすぎィ!www》

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

ダメだ、どう考えても大笑いして転げ回るのが関の山だろう。

むしろあの鳥アバターを殴りたくなるに違いない。

この姿を、かつての仲間に見られずに済んだ事に救いすら感じる。

 

 

(しかし、この転移は俺だけなのか……本当に、他のプレイヤーは来てないんだよな?)

 

 

一応、《伝言/メッセージ》は全て送ったが誰にも繋がる事はなかった。

ギルドメンバーだけでなく、フレンドリストに居た名前も浮かべて使ったが、ダメだったのだ。

むしろ、この姿を思うと繋がったとしても会うのに相当な勇気が要るだろう。

この転移が自分だけであった事にホッとする。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

空を見上げると、あれこれ考えていたせいか既に夜明けを迎えようとしていた。

それに、眠い……強烈に眠い。お腹も減った。

ユグドラシルではアンデッドであった自分には睡眠や疲労、空腹などを無効化する能力があったので、それらに対応する指輪などは付けていなかったのだ。

 

それらの指輪を着けようとして……止める。効果があるかも分からない。

何より、そんなもので眠気や食欲を抑え込むのが酷く不健康に思えたからだ。

 

リアルでは眠気を抑えるドリンクなどを飲んで時には不眠不休で仕事していたが、あれらは一時的な効果であってむしろ、その後にくる反動が凄い。

適度にその都度、解消するのが長い目で見れば一番良いという事を社畜生活で学んだのだ。

 

 

 

そう、この世界が何なのか未だに分からないが………。

 

ここが腐りきって何もないリアルとは違うなら。

 

本当に異世界だと言うなら。

 

 

 

(眠い時には寝て、食べたい時に食べれば良いんじゃないのか?)

 

 

何を当たり前の事を、とも思うがリアルではそうじゃなかった。

それらはとても贅沢な範疇に入る。

睡眠時間を削っては出勤し、お腹が空いても手に入る物は粗悪な合成食材。

家族とはとっくに死別し、恋人も居ない。

考えれば本当に酷い環境の中で生きていた。

 

 

(あのままリアルで生活していたら……俺の人生はどうなったんだろう)

 

 

賢者タイムの所為か……ふと、そんな事を考える。

過労死か、環境汚染による病死、と言ったところだろうか?

今の地球―――2138年の世界はガスマスクを着けなきゃ外も歩けない世界だったのだから。

病気になれば金もないので、ロクな治療すら受けられないだろう。

 

貧富の差は何処までも広がり、富裕層は特権階級となり、貧困層は奴隷のような底辺生活を余儀なくされる。貧困層は学費の問題から小学校に通う事すら困難であり、学ぶ事すら出来ず、這い上がるチャンスさえ与えられない。

 

改めて思う。

リアルとは、まるで死の世界と言われた《ヘルヘイム》が世に顕現したようなものじゃないかと。

暗雲に覆われ、空から太陽が消えた世界。枯れた大地。瘴気に満ちた空間。

ヘルヘイムはリアルをイメージして作られていたんじゃないのか?と思う程だ。

 

 

ここがどんな世界かは分からないが、リアルに比べればよほどマシだろう。

空には白い雲が流れ、太陽が昇ってくる。

思いっきり空気を吸い込んでも肺を痛める事もない。

それだけで、よほど人間らしく生きられるじゃないか。

何の因果か、星を纏う変な人間にはなってしまったが………。

 

 

少なくとも、キラキラしても死にはしないんだしな……。

ある意味、死よりも重い恥ずかしさにも思えたが、そこは考えないようにする。

もう考えないったら考えないっ!あーあー聞こえなーい!見えなーい!

最後に目と耳を塞ぎながら草原をゴロゴロと転がり回り、ローブに付いた草や埃を叩きながら立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

(何にしても、街でも探してみるか……)

 

 

食べるにせよ、寝るにせよ、こんな草原に居たんじゃどうしようもない。

ユグドラシルの金貨は使えないだろうから、何かアルバイトでも探そうか。

異世界にきて真っ先に仕事探しが頭に浮かぶ自分の小市民さよ……。

 

 

(でも、このままの外見じゃな……)

 

 

色々とマズい事になりそうだ……さっきの騒動で懲りた。

外見だけじゃなく、何か魅了効果でも与えられているんだろうか……。

むしろ、狂奔とか狂騒と言っても良いかも知れない。

あの二人だけが変だったのなら良いんだけれど……色んな意味で酷すぎた。

 

そこで、取っておきのアイテムを取り出す。

ユグドラシルでクリスマスにログインしていると、強制的に配布される仮面。

自分にとっては辛いアイテムでもあったが、まさかこんな所にきて役に立つとは……人生、何があるかわからないものである。

装着しようとした手から、ポロリと仮面が転げ落ちる。

 

 

(ん……?)

 

 

何度付けようとしても、顔から仮面が剥がれ落ちる。

何でだよ……お前はいつも俺と共に歩んできた友だっただろう?

もしかして、この異世界ではアイテムの効果や内容に変化でも出るのか……。

 

 

「こんのっ……《道具上位鑑定/オール・アプレイザル・マジックアイテム》」

 

 

魔法を使い、仮面を調べる。

アイテムの由来などが頭に流れ込んできたが、特にユグドラシル時代からの変化はない。

ただ、最後の一文にはこう記されてあった。

 

 

 

 

 

《リア充には装備出来ません》

 

 

 

 

 

「俺、童貞ですけど?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 -流星- FIN

 

 

 

 




5話にしてようやく異世界転移に気付いたモモンガ様。
今作では仲間の存在は切実なものではなく、
その多くがギャグ時空の中での登場となっています。

寂しがってる暇もないでしょうしね……色んな意味で(謎





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モモンガ様の状態

ようやく異世界転移に気付いたと言う事で、状態公開。
ワールドアイテムと、失効した弱点の項目を追記しました。



名前:モモンガ

種族:人間

年齢:?(18ぐらいの外見)

LV:115(ステータス的には100の時と変化なし)

 

 

 

種族の変更

流れ星の指輪により、種族がアンデッドから人間に変化している。

人間なので普通に寿命も存在する。

 

 

 

容姿

鈴木悟の究極美化Ver。

この世界では珍しいエキゾチックな黒髪黒瞳を持つ、クール系な王子のような容姿となっている。

その顔を目にした時、スキルと相俟って強烈な効果を発動する。

 

 

 

性格

ありのままの人間であり、偉大なる支配者のフリをする必要にもかられていないので、

アインズ様でもなく、ギルドマスターのモモンガでもなく、殆ど素の状態。

鈴木悟そのもの。

(個人的には「ぷれぷれぷれあです」の状態が一番近いと思ってます)

 

 

 

仲間

今作ではかつての仲間の存在は切実な存在ではなく、主にギャグ時空で登場してくる。

むしろ、今の姿を見られずに良かったとホッとしているフシも。

 

 

 

魔法・スキル

取得している魔法やスキルは消失しておらず、そのまま存在。

とは言え、今作でまともに使う時が来るかどうか。

 

 

 

ワールドアイテム

「○○○○・オブ・モモンガ」を体内で装備中。

但し、他のワールドアイテムは一切、所持していない。

 

 

 

どーでもいい原作との差異

原作ではネーミングセンスの無さを自覚しているが、

鈴木悟そのものの所為か、自分のネーミングも捨てたものではない筈だ、と思っている。

当然、センスの欠片もない。

 

 

 

*失効した能力(アンデッドの基本的な特殊能力)

クリティカルヒット無効、精神作用無効、飲食不要、毒・病気・睡眠・麻痺・即死無効、

死霊魔法に耐性、肉体ペナルティ耐性、酸素不要、能力値ダメージ無効、

エナジードレイン無効、負エナジーでの回復、闇視(後述)

 

 

 

*失効した弱点(人間種になった為)

正・光・神聖攻撃脆弱Ⅳ、殴打武器脆弱Ⅴ、

神聖・正属性エリアでの能力ペナルティⅡ、炎ダメージ倍加

 

 

 

 

 

☆新たに手にした能力

 

《流星の王子様/プリンス・オブ・シューティングスター》15lv

人を惹き付けて止まない、魅力的な人間となる。

主に顔を見られる事によって能力が発動。

1lvでもかなりの性能を持っており、カンストである15lvともなると、

それは「魔性」や「化生」と言った類に近い。

尚、人間種以外には効果はない。

 

 

《星視/スタービジョン》

星の輝きにより、暗闇の中でも正常な視界を保つ事が出来る。

盲目などの状態異常も無効化。

本編でモモンガ様が無意識に使っていたのは闇視ではなく、これ。

 

 

《星の王子様Ⅴ》

自分のバックに様々な流星を出現させる。

カンストであるⅤは七色に輝く流星を出す事も可能。

見る人を驚かせ、強烈に惹きつける事だろう。

 

 

《星の幻想Ⅴ》

全身に細かな星を纏う事が出来る。

強い感情に支配されると自動的に発動。

カンストであるⅤに達すると、星の色がグラデーションとなり大変綺麗。

あらゆる人間の目を奪い、虜にする。

 

 

《???》

他にも様々な派生スキルがあり、本編で登場予定。

但し、ステータスがUPしたり、戦闘面で役立つものなどは殆ど無い。

 

 

 

*ペナルティ(顔面部装備不可)

それを隠すなんてとんでもない!

「王子」や「スター」の宿命として、顔を隠せない。

フードなどを《被る》のはかろうじて可能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

くぅ~w疲れましたw

これにて状態説明、終了です。

 

全体的な能力として見れば、アンデッド特有の能力が失効しているので弱体化しています。

と言っても、今作はシリアスなバトル物でもないので、

余り気にせずにいて貰って大丈夫です。

シリアスだったのは1話だけで、後は我ながら酷い展開ですからね。

モモンガ様が幸せになる事を祈っています……(目逸らし

 

 

PS

感想や評価、お気に入りへの登録など、ありがとうございます。

モチベが上がったり、保たれたり、と本当にありがたいです。

何かを書く、と言うのは随分と久しぶりで、

投稿サイトに何かをアップするなど生まれて初めての経験なのですが、

楽しみながら書いて行きたいと思ってます。

 

尚、この作品ではオバロには余り似つかわしくない(?)

パロディネタや、危険球が多々出てきますが、

何卒、ご了承下さい。

(タグにも追加しておきました)

 

 

 

 



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二章 銀河
ニヤニヤ


「本当に助かりましたよ。ニニャさんは命の恩人です」

 

「もうっ、大袈裟ですよ。モモンガさんって面白い人なんですね」

 

 

そう言って()がクスクスと笑う。

モモンガは今、ニニャと言う男の子と木陰に座り、平穏な時間を過ごしていた。

本来はそれなりに人見知りするモモンガではあったが、異世界で会った初めての同性という事で、今ではリラックスして話している。

さっきの二人が酷すぎた所為か、ことさら同性には安心感があったのだ。

 

少しばかり時を遡ろう―――――

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「何処に街があるんだ………」

 

 

街を探そうと思い立ったものの、地図もなければ、土地鑑もない。

折角の自然に溢れた世界なんだから、とピクニック気分で歩いて行こうと思ったのが運のツキだった。あの時の自分はどうかしていたのだろう。

共に歩んできた仮面から突き放されたのがショックだったんだろうか?

 

何とか顔を隠そうと魔法で戦士化し、全身鎧を創造したりもしてみたのだが、

何故か頭部だけが生成されず、顔が剥き出しになってしまうのだ。

そのクールな外見と相俟って、漆黒の鎧は実に似合っていた。

似合いすぎていて、穴でも掘って隠れたくなるほどの恥ずかしさである。

 

 

(俺じゃない……あんなのは俺じゃない……)

 

 

必死でそう思い込みながら結局は何の効果もない茶色いローブを纏い、

深々とフードを被って誤魔化している。

顔を隠せないなら、魔法で全身鎧を纏っても30lv程度の強さにダダ下がりするし、

おまけに魔法も5つしか使えないようになるので、デメリットしかない……。

 

指輪も目立ちすぎるので、必要なもの以外は外した状態だ。

杖も腰に挟めるようなコンパクトな物にしている。

これ以上、悪目立ちしたくない……少しばかり人間らしい生活が出来るなら十分なんです………。

 

醒めない悪夢に苛まれるアンデッドのようにフラフラと歩き続け、

遂に空腹と喉の渇きに耐え切れず、木陰に座り込んでいたところに彼から声を掛けられたのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「あの、だ、大丈夫ですか……モンスターにでも襲われたのですか?」

 

「い、いえ……ちょっと空腹で……」

 

 

と答えながら、モンスターが居るのかと驚く。

そりゃ、魔法が使える世界だもんな……居てもおかしくない。

色んな事がありすぎて、いきなり襲われて、星が降り注ぐわで、本来なら最初に考えてもおかしくないモンスターの存在なんて欠片も浮かばなかったよ……。

 

 

むしろ、人間に襲われたじゃないか!しかも性的な意味で!

 

 

一般人である自分の処理能力を遥かに超える事態が、余りにも多すぎる……。

それにしても、この人……随分と中性的な顔をしてるけど、どっちだ??

髪こそ短くて男っぽいけど、顔が整いすぎてる気がする。

かと言って、いきなり性別を聞く訳にもいかないし……。

 

 

 

「く、空腹ですか………えと、干し肉ぐらいしかありませんけど、良ければ」

 

「肉ですか?!」

 

「えっ……!あ、はい。すいません、保存食ぐらいしか今は……」

 

 

いかん、肉と聞いてつい興奮してしまった。肉なんて最後に食べたのはいつだろうか。

ゴムのような食感しかない合成肉だったけれど、リアルじゃあれも贅沢な類だったしな……。

靴底を食ってるようなもんだ、と会社の先輩が愚痴ってたっけ。

 

 

「少し塩っ辛いですけど、どうぞ」

 

「あ、その、今は持ち合わせが………」

 

「気にしないで良いですよ。旅の道中は助け合いが基本ですし」

 

「あり………がとう……ございます」

 

 

凄く親切な人だな……警戒していた事に罪悪感が湧いてくる。

やっぱり、あの二人が異常だっただけで、この世界の人は普通なんだよな?

差し出された干し肉を受け取ると、濃厚な肉の香りがした。

 

 

(天然モノの、肉だ………)

 

 

思わずゴクリ、と喉が鳴る。

思い切って噛り付くと、口の中にこれまで経験した事もない芳醇な肉の味が広がった。

余りの美味さに目を見開く。天然の肉とは、これほど野性味溢れる味だったのか。

贅沢に使われている塩が、疲れ切った体に染み込んでいくようだ。

夢中で噛り付いていると、水の入ったコップを差し出されていた。

 

 

「堅いし、喉が渇くと思って」

 

「す、すいません……何から何まで……」

 

 

こんな年下の子に気を使われるなんて、ダメな大人だなぁ……俺は。

大体、水なら《無限の水差し》を持っていたじゃないか。

考える事が多すぎて、自分の足元すらちゃんと見れてない。しっかり、しなきゃな……。

色々とこの世界について聞いてみたいけど……その前に一つだけ確認させて貰おう。

 

今こそ、営業職で培ったスキルで……。

さり気ない会話の中で、相手の性別を探るのだ!

 

 

「本当に助かりました。えと、私はモモンガと言います」

 

「僕はニニャと言います。モモンガさんは……その、お一人で旅をしているのですか?」

 

 

よし、まずは僕という一人称を聞き出せたぞ。高確率で男だろう。

だが、世の中には僕っ娘という存在も居るからな………

まだ油断は出来ないか。

 

 

「えぇまぁ、男の気楽な一人旅ですよ……ははっ。ニニャさんも、そうなのですか?」

どうだ?さりげない会話の中で聞いてみたつもりだが。

 

「今日は所用で一人ですが、普段は男だけのチームで冒険者をしていますよ」

よし!男だけ発言頂きました!

 

 

ふぅ……これでやっと本題に入れるぞ。

と言うか、やっぱり異世界では冒険者という職業があるんだな……。

そりゃありますよね、と思ってしまったのはラノベの読みすぎだろうか?

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「実は遠くから旅をしてきまして……良ければ、この辺りの事を聞かせて貰えませんか?」

 

「えぇ、良いですよ。と言っても、僕の知っている事なんてたかが知れていますけどね」

 

 

こうして、さりげない会話の中でこの世界の様々な事を聞いていく。

モンスターの事、冒険者の事、近くの街や周辺の国の事。

ユグドラシルに非常に似ている部分もあるが、まるで違う部分も多い。

 

 

(魔法は第三位階を使えれば一流、か……)

 

 

第二位階を使えれば十分に一人前であり、

第三位階ともなれば魔法詠唱者として大輪の華を咲かせ、大成した者として扱われるようだ。

 

第三位階の魔法って、プレイを始めた頃に使ってた魔法だったっけ……?

12年もやってる廃人プレイヤーだったので、使わなくなって久しい魔法だ。

なら、第十位階や超位魔法まで使える自分は、この世界ではどうなるんだろう……化け物のような存在だと言う事だろうか?

 

ロール重視で死霊系に特化した身ではあるが、通常の100lvプレイヤーが会得する魔法が300付近である所を、自分は700近くを会得してたりする。

下手をしたら国から化け物認定されて、討伐とかされかねない気がしてきた……。

やはり、目立つのは良くない。絶対に良くない。

 

 

(それに、《武技》とか《タレント》とか……ユグドラシルにない力も怖いな)

 

 

未知の相手と戦う事は、どちらかと言うと得意ではある。

PVPでも相手の力を探り、能力を見極め、弱いと見せかけて調子に乗ってきたところを、最後には魔王として叩き潰す、というプレイを何年もしてきたのだから。

むしろ日課であった、と言っても良い。

 

だが、相手の力を探る前に一撃で意識を奪われたり、

魔法を使えなくされたりしたら、流石にどうしようもない。

出来る限り、戦闘自体を避けるべきだろう。

何が悲しくて異世界に来てまで殺し合いをしなきゃならないのか。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「本当に助かりましたよ。ニニャさんは命の恩人です」

 

「もうっ、大袈裟ですよ。モモンガさんって面白い人なんですね」

 

 

いや、本当に恩人なんですけどね。

右も左も分からないまま放浪する訳にもいかなかったし。

自分はこう見えても受けた恩は忘れないタイプだ。必ず恩返しをしよう……。

仕事を見つけて、給料でも貰ったらご飯でも奢らせて貰おうかな。うん、この世界での最初の目標としては実に良いんじゃないだろうか。

男同士、のんびりお酒を飲むってのも良いかも知れない。

 

 

(実際、後輩に慕われる先輩とかって憧れてたんだよなぁ……)

 

 

そんな風に考えていると、木々の奥から何かの気配を感じた。

(まさか、あの二人じゃないだろうな………!)

思わず身構える。

 

 

 

「モモンガさんっ、オーガのようです……!すいません、油断して《警報/アラーム》を唱えておくのを失念してました……!」

 

「あぁ、何だ……オーガですか。つい、あの二人かと思いましたよ」

 

「二人??」

 

 

 

ゴブリンと並ぶ、初心者エリアでよく見かけるモンスターだ。

プレイを始めた頃に草原や森林エリアでよく狩ってたっけ。

 

 

(しかし、警報って何だ……この世界の特有の魔法かな?)

 

 

オーガなどより、そっちの方が余程気になる。自分も新しく会得出来たりするんだろうか。

《武技》などは魔法詠唱者である自分には難しいだろうけど、魔法ならワンチャンあるか?

何にしても、少しでも恩を返すのに良い機会だ。サクっと退治してしまうか。

 

奥から出てきたオーガをまじまじと見る。

緑色をした大きな胴体、丸太のような太い腕。

その両手には何も持ってはいないが、その腕力そのものが武器なのだろう。

リアルでこんなのを見たら、小便を洩らしてもおかしくないような存在なんだろうけど……。

何故だろうか……全く負ける気がしない。

 

 

 

―――――いや……相手の攻撃など、自分には1ダメージも通らない。

 

 

 

強く、そう確信する事が出来た。

胸に手を当て、その圧倒的な防御力を確認する。

 

 

《刺突武器耐性Ⅴ》

《斬系武器耐性Ⅴ》

《上位物理無効化Ⅲ》

《上位魔法無効化Ⅲ》

《冷気・酸・電気属性攻撃無効化》

 

 

 

長い戦いの果てに《死の支配者》を極め、

会得してきた数々のスキルが今も自らの中でありありと息づいているのを感じる。

この体は、自分の歴史だ。

 

12年にも渡り、数々の魔法を会得し、自らを磨いてきた。

最後には一人になっても、ギルドの名を背負い、戦い続けてきたのだ。

そんな自分が、こんな雑魚モンスターに負けるだろうか?

 

 

 

 

 

否。

答えは断じて―――――否、である。

 

 

 

 




と言う事で、モンスターとの初遭遇です。
でも、本当のモンスターになるのは隣に居る子かも知れないよ!




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2828

「ニニャさん、後ろに下がっていて貰えますか。私が片付けますので」

 

「ぇ……、オーガですよ!?僕も魔法を―」

 

「いえ、ほんの…………そう、肩慣らしですから」

 

 

実際に魔法のダメージを実験してみようじゃないか。確か、第三位階が一流だったか。

空腹でへばってたり、情けないところを見られたからな。

ズバっと第三位階の魔法でも放って、少しは格好良いところを見せてみるか。

年下の子から格好悪い大人だと思われたままなのは辛いしなぁ……。

取りあえず《火球/ファイアーボール》でも撃って牽制してみるか。

 

 

 

腰から杖を取り出し、魔法を頭に描いた時―――――()()()()()()()()

心臓の鼓動が大きく響き、体の奥から踊るようなリズムが溢れ出す。

 

 

(あれ、体が………勝手に……!)

 

 

流れるように相手に半身を向け、左手で顔を覆い、右目だけを相手に向けたのだ。

厨二病で検索したら真っ先に出てくるであろうポーズ。

まさにキング・オブ・厨二あるあるポーズである。

 

 

(何だこれ……何だこれぇぇぇ!!)

 

 

そして右手に持った杖を相手に突き付け、口が勝手な言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

 

 

「闇に抱かれろ―――――《火球/ファイアーボール!》」

 

 

 

 

 

(何だこの台詞はぁぁぁぁ!やめてぇぇぇぇぇぇ!)

 

 

モモンガの心の絶叫と共に火球が放たれ、オーガの全身が炎に包まれる。

カンストプレイヤーであるモモンガの放った火球はオーガを一瞬で炭化させ………

分子レベルで溶解したのか、後に残ったのは僅かな液体のみである。

火球と言うより、豪炎と呼ぶに相応しい威力はオーガどころか後ろにあった森の一部まで吹き飛ばし、プスプスと黒煙を上げさせていた。

 

これだけでも大変な惨事であると言うのに、この口はまだ勝手な台詞を紡ごうとしていた。

モモンガが必死に歯を食い縛り、口を閉じようとするが、

まるで「そうする事が自然である」と言わんばかりにスラリと言葉が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――燃えたろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂が、世界を包む。

 

 

モモンガは余りの事態に、そして自分に何が起こったのか分からず呆然としていた。

斜め後ろに居たニニャも目を見開き、口を半開きにして自分を見ている。

 

ち、違うんです……これは、俺の意思じゃない……!

ヤバイ……ヤバ過ぎるだろ……!こんなの、どんだけ痛い人だって思われるか……!

「いい歳して厨二病ですか(笑)」とかって、笑われるじゃないかぁぁぁ!

俺の、後輩に慕われる先輩計画が………。

 

 

 

 

 

《銀河の鼓動Ⅴ/ギャラクシービート》

流星の王子様からの派生スキル。

適応されている魔法やスキルの使用に対し、入力したポーズと台詞をランダムで発動する。

攻撃時や、ダメージを負った時なども適用範囲内であり、バリエーションは実に豊か。

レベルと共に登録可能数が増加し、カンストになると7777の登録が可能となる。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ち、違うんです……ニニャさん、これは勝手に……」

 

「――――ヵ」

 

「……蚊?」

 

「格好良い!!!!」

 

「え゛っ」

 

 

気付くと、トテトテと走ってきたニニャさんが目の前に居た。

両手の指を組んで見上げるように自分を見つめてくる。

やめて……今の俺を見ないで!

 

 

「い、今のは……!その、自分の意思ではなく、ですね………」

 

「凄いですっ!こんなの凄すぎますよ!」

 

「いや、凄いというか……魔法じゃなくて、ポーズというか……」

 

 

ダメだ、頭が混乱してうまく言葉が出ない……!

どうすればいいんだ、こんなの……つか、ニニャさんが何か近い……近いよ……。

誰か俺にこの状況を説明してくれ………!

 

 

 

「モモンガさん………本当に格好良かったです!特に最後の台詞なんて、」

 

「もうやめてぇぇぇぇぇ!」

 

 

 

別の意味で大惨事となったモンスターとの初遭遇。

モモンガは思った。

もはや、魔法を使いたくない………と。

 

 

 

 




原作でバンドラにあれだけポーズや台詞・変身などを設定していましたからね。
今作では自分でやって貰う事にしました(無慈悲)





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その後の二人

「この鎧がなきゃぁ、死んじまうところだったな」

 

 

ガガーランがそう言いながら自らの鎧をバシバシと叩く。

《魔眼殺し/ゲイズ・ベイン》の名を持つ、超一級品の鎧だ。

その圧倒的な防御力だけでなく、様々な状態異常を防ぐ効果も持っており、冒険者からすれば、どれだけの大金を積んでも惜しくない垂涎の鎧である。

 

 

「NINJAじゃ無ければ死んでいた」

 

 

ティアは両手の指を合わせ、変な形に印を結んでいる。

恐らく、特に意味はないであろう。

 

 

 

 

 

ガガーランとティアが歩いているのはエ・ランテルの街である。

目指す目標は、バレアレ薬品店。

多くの職人が鎬を削る、王都の店にも負けないポーションがあると評判だ。

普段は遠くて来る機会がなかったのだが、今回の任務で近くまで来たのでこれ幸いと品定めするつもりらしい。

 

 

「あの蹴りは効いたわなぁ。この体が片足で浮き上がる日が来るなんざ、夢にも思わなかったぜ。ドライブっつーか、空中で軌道が変わって錐揉みしながら林に突っ込んでったしな」

 

「愛の鞭。愛はドライブ」

 

 

愛の鞭どころか、そのせいで二人は手持ちのポーションを使い切ったのだが、何処か楽しげである。むしろ頬を紅潮させて興奮している素振りさえ見せた。

やはりアダマンタイト級ともなれば、その性的嗜好もアダマンタイト級なのだろう。

「一物からも星が出んのか?」とか「きっと七色に光る」など、交わす言葉もアダマンタイト級に相応しい野太いものであった。

 

 

 

「ここが噂の店か。工房と一体化してるたぁ……随分と本格的じゃねぇか」

 

「ポーションは青色。私の友達」

 

「言われてみりゃぁ、同じイメージカラーだわな」

 

「ズッ友」

 

 

 

ティアとティナは双子であり、その容貌も声も、体格も何もかもが一緒である。

故に区別しやすいようにティアは青を基調にした扇情的な忍者コスチュームを着ており、ティナは逆に赤を基調にした装備をしているのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ガガーランが「邪魔すんぜ」と勢いよく店の扉を開け、のっしのっしと店内に入る。

傍から見れば凶悪な強盗が入ってきたとしか思えなかった為、この店で働くンフィーレア少年は悲鳴を上げそうになった。

ぐっ、と声を堪えたのは一流のポーション職人としての意地であろう。

その体格と重厚な鎧で圧迫感を振りまくガガーランであったが、店内をぐるりと見回すと、意外と静かに一つ一つの品を手に取り、丁寧に品定めをはじめた。

 

 

―――――ガガーランは“超”が付く程の優秀な戦士である。

 

 

戦闘時の攻防だけでなく、咄嗟の状況把握にも優れているし、相手を見て上手く戦い方も変える器用さも持っている。また、弱者を踏みにじる強者に対しても、恐れずに立ち向かう勇気がある。

味方として、これ程に頼もしい存在は居ないであろう。

 

その豪快とも言える外見とは裏腹に、多くの冒険者がその面倒さを嫌って適当に処理しがちな装備品の手入れも彼女は欠かさない。

 

当然、いざと言う時に使うポーションや各種の薬草にも一切の妥協はない。

彼女が一つも文句を言わずに見ているという事は、置いてある品を気に入ったからだろう。

彼女を知る者からすれば、これは大変珍しい光景であった。

 

王都では客となる冒険者が多い分、ふざけたまがい物や、表面だけ取り繕った物、

品質の悪い物を高値で売るような店が後を絶たない。

当然、そんな物を売りつけてくる店主は彼女に半殺しにされてしまう訳だが。

ガガーランは周囲の騒音を意識的に遮断し、真剣な目で品定めを開始した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

一方、ティアは空いた扉の前でじっと突っ立っていた。

彼女はその職業上、嗅覚に優れている。

そんな彼女にとって、雑多な薬品や薬草を使うこの店の刺激臭はちょっと耐え難い。

大人しく、ガガーランが出てくるのを待っていた。

 

 

―――――ティアは黙っていれば“超”が付くほどの美少女である。

 

 

何処か物憂げな横顔、純度の高い氷のような青色の瞳。扇情的なコスチューム。

道行く誰もが彼女の美貌に足を止め、盗み見するように店先を歩いていく。

放っておけば、黒山の人だかりになりかねない。

そんな姿を見て、ンフィーレア少年が勇気を振り絞って声をかけようか、かけまいかと必死に頭を回転させていた。

 

彼は思春期真っ最中であり、女性との接触や会話が苦手だ。

しかし、苦手といっても仕事なのだからそんな事を言ってられないのも事実。

少年はありったけの勇気を振り絞り、遂に声をかけた。

 

 

 

「よ、良かったら……な、中に入って見て下さい」

 

「臭そう」

 

「う゛ぅ……た、確かに匂いはキツイかも知れませんが、その分、効能は……」

 

「臭そう」

 

「し、新鮮で質の良い物を使っているので、薬効のある汁や樹液が新しくてですね……」

 

「臭い(確信)」

 

「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!何なんですか貴方はぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

遂にンフィーレア少年が泣きながらカウンターに突っ伏す。

その体は生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。

せっかく勇気を振り絞ったのにこの結末である。少年の心はズタボロだ。

しかも、100人いたら100人が振り返るような、とんでもない美少女が真顔で言うのである。

少年は泣いていい。

 

 

 

「何だなんだぁ?こんな童貞坊主を泣かせてどうすんだっつーの」

 

「ガラスの十代」

 

「まぁーた訳のわかんねぇ事を。それより坊主、今度慰めてやっから先に会計を済ませてくれや」

 

「えっ、は、はい………ポーションが6本で、金貨が……」

 

「細けぇ計算はいいからよ。こんだけありゃ足りんだろ」

 

 

 

そう言って投げ出された金貨は20枚以上あった。明らかに貰いすぎだ。

これだけで一般庶民ならどれだけの生活が出来る事か。

 

 

 

「ま、初見だしな。挨拶代わりみてぇなもんだ。坊主、この店は王都に配達も頼めんのか?」

 

「は、はい……定期馬車に頼めば運ぶ事も出来ます。ですが、結構な輸送料がかかってしまうので正直、余りお勧めは………」

 

「構わねぇよ。良いポーションはいざって時の命綱だしな」

 

「ガガーランが気に入った。なら、私も買う」

 

 

そう言って投げ出された革袋にも金貨が20枚以上入っていた。

少年は仕事上、これまで色んな冒険者を見てきたが、ここまで羽振りのいい冒険者を見たのは初めてである。

二人は王都での宿泊場所を告げると、風のように去って行った。

 

 

(オリハルコン級……いや、まさかと思うけどアダマンタイト級とか………?)

 

 

カウンターの上に投げ出された小山のような金貨を見て、少年は唖然とするのであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「んじゃ、そろそろ王都に戻るとすっか。他の連中も戻ってる頃だろうしな」

 

「私は少し、仕事が残ってる」

 

「ん、何か依頼でも受けてたのかよ?」

 

「忍者は執拗」

 

 

二人が小声で何かを話し、お互いが納得したのか頷き合った。

 

 

「そりゃあ良い。やって来たところを落とし穴……って寸法か」

 

「忍者の十八番」

 

「しかし、穴か……王子にも穴はあんだよな」

 

 

腕を組み、ガガーランが野獣のように目を光らせる。

それが何を意味しているのか、余りにも恐ろしくて考えたくない光景だ。

 

 

「穴と穴。ガガーラン、哲学的」

 

「だろ?こう見えて学があるって言われんだよ」

 

「奇遇。私も」

 

 

ドッ、と二人が笑い声をあげる。

傍から見れば果てしなく頭の悪い会話であったが、二人とも学があるらしい。

アダマンタイト級冒険者に突っ込める者など居る筈もなく、二人は何処までもゴーイング・マイウェイだ。

 

 

「んじゃま、王都で朗報を待ってっからよ」

 

「任務を遂行する」

 

 

こうしてガガーランは王都へと帰還し、ティアはこの街で暗躍を始めた。

 

 

 

 




前話は沢山の応援、本当にありがとうございました!
私は最新刊が出るまでの間、オーバーロードに飢え過ぎて、
先月から二次小説を読むようになったタイプでして。
色んな素晴らしい作品のお陰で、オバロ充電(?)する事が出来て本当に救われてきました。
お馬鹿な作品ではありますが、少しでも楽しんでくれる人がいれば嬉しいです。

尚、この作品をはじめてから集中する為に一切、ネット小説を読まなくなったので、
読んでいた色んな作品がどうなっているのか非常に気になってます。
私、気になります!!





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芸術は

城塞都市として名高いエ・ランテルには高名な文化人がいた。

娯楽の少ない時代である。

吟遊詩人や紙芝居、手品師などは庶民の娯楽であると言えたが、王国で持て囃されるのは何と言っても高名な文化人であろう。

 

晩餐会や社交界では欠かせない一流の演奏家や、美しい壷や触るのが躊躇われるような美術品を作る者、そして―――――画家。

これらは貴族からこぞって邸宅へと招かれ、それらに可愛がられる事となる。

見得や自負心の強い貴族らにとって、高名な者をどれだけ自分の傘下に、影響下に置けるか、と言うのはある種の死活問題でもあり、欠かす事の出来ないステータスでもあった。

 

 

ここ、エ・ランテルで名高い文化人とは?と聞かれたら誰もがこう、答えるであろう。

―――――それは、ジェット氏であると。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

白亜に塗られた貴族のような邸宅で、一人の男が鏡の前で入念なチェックを行っていた。

彼は南方から流れてくるスーツの亜種、タキシードを着ており、

その色は何と、輝くような白一色であった。

口元には丁寧に整えられた八の字髭があり、毛先のカール具合を見て満足したのか、一つ頷く。

毎朝の恒例となっているチェックだ。

それらが終わった事を察したのか、女性使用人が声をかける。

 

 

 

「旦那様、今日は特別な方からの依頼が来ております」

 

「馬鹿者……我輩への依頼者はみな、やんごとなき高貴な方々である」

 

「も、申し訳ありません!モレソージャン様……あうっ!」

 

「たわけっ!我輩の事はジェット様と呼べと言っておるだろうが!」

 

「申し訳ありません!モ……ジェット様!」

 

 

 

―――ジェットストリーム・モレソージャン。

エ・ランテルが誇る文化人であり、いずれは王都へ招致され貴族位を授かるのではないか?

とも言われている高名な画家である。

が、その性格は傲慢であり、庶民を見下すステレオタイプの鼻持ちならない男であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「ふむ、アダマンタイト級の冒険者か………なるほど」

 

「はいっ、モ……ジェット様。うら若き女性の方でありました」

 

 

王国に二つしかないアダマンタイト級冒険者。

それも、うら若き女性のみで構成されている「蒼の薔薇」のメンバーであるという。

ジェットの口元が思わず、ニヤリと上がる。

 

 

(これでまた、貴族位へと一歩近づいたか………)

 

 

彼の胸には秘めた大望がある。貴族位を受け、自らの名を改名する事であった。

先祖からの大切な名ではあるが、ジェットは気に入らない。

誰もが瞠目する天才であり、高貴な自分には相応しくないのだ。

子供の頃に名前のせいで「ゲリピー」と笑われたトラウマが蘇る。

 

 

(あの連中め……今に貴族位を授かって身分の違いを思い知らせてくれるわッ!)

 

 

恐らくは名誉的な一代限りのお抱え……騎士(ナイト)か、最高でも準男爵ぐらいが関の山ではあろうが、貴族位を授かったともなれば名を変える事も可能だ。

この才に相応しい、高貴な響きを持つ名へと変えるべきであろう。

ジェットの頭に改名するであろう、様々な名が浮かぶ。

 

 

ジェットストリーム・ダイヤモンド

ジェットストリーム・オーシャン

ジェットストリーム・エメラルド

ジェットストリーム・アタック

 

 

どれもが高貴で良い響きを持っている。

特に、最後のは貴族としての力強さも感じさせる良い名だ。

 

 

(それにしても、アダマンタイトか………少し予想外ではあったな)

 

 

ジェットからすれば最高峰とも言えるアダマンタイトであっても、野蛮人でしかない。

あんな夜盗まがいの連中に自分の絵が理解出来るとは思えないのだ。

まぁ、受けたとしてもアダマンタイトから依頼された、という事で名が上がる。

断ったとしても、アダマンタイトをも袖にした、と社交界で持て囃されるであろう。

どちらにしても自分には損の無い話である。

 

 

「それで、どのような依頼内容なのだ?」

 

「はいっ、モ……ジェット様。こちらとなっております」

 

 

何度言っても直らない使用人にキレそうになりながらも、依頼書へと目を通す。

冒険者からの依頼と言って真っ先に浮かぶのは、犯罪者の手配書であろう。

この顔見たら詰め所まで、と言うのはよくある張り紙でもある。

だが、依頼内容は犯罪者でも何でもなく、《尋ね人の似顔絵》であった。

 

 

「何だ、この描かれてある容姿は………」

 

「とても素敵な方なんでしょうね……文字からも伝わってくるようです!」

 

 

やはり、蒼の薔薇だの何だの言っても、所詮は女という事か。

まるで吟遊詩人が歌う、居る筈もない美麗な王子のようなモノを描いてほしいらしい。

下らん。実に下らん。

アダマンタイトともなれば、多少は依頼内容に興味もあったのだが、それも消えた。

 

 

 

ともあれ、一度高名な「蒼の薔薇」とやらのメンバーを見ておこう。

ジェットは依頼人が待つ部屋へと足を向けた。

 

 

 

 




記念すべき10話目に、こんなキャラをブチ込んでいく無謀なスタイル(挨拶)
原作では名前に姓や名、洗礼名や領地名、貴族位などがあり、国によっても色々と違うようなので今作では単純に「名前」や「名」としています。





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氷結だ

ジェットが優雅な仕草で部屋の中へと入り、依頼人を見る。

青を基調とした、目のやり場に困るような扇情的な格好をした美少女であった。

貴族を目指すジェットは、下賎の者のように感情を顔に表さない訓練をしている。

それでも、相手の氷のような美しさには密かに息を飲んだ。

世界の何処かにあると吟遊詩人などが謡う、永久に溶けない氷結晶のようではないか。

 

 

蒼の薔薇。

アダマンタイト級冒険者、ティア……だったか。

確かにこの美しさならば、王国内の男達がこぞって騒ぐのも頷ける話だ。

 

 

相手が椅子から立ち上がり、こちらへ向ってくる。

年甲斐もなく、ジェットは思わず心臓を高鳴らせてしまった。

 

 

「絵。描いて」

 

 

一瞬、それが言葉なのだと判らない程に短いものであった。

ジェットは思う。台無しだ、と。

やはり野蛮な冒険者などという輩には優雅な挨拶や礼法、マナーなどがないのであろう。

 

せっかくの美しさも片手落ちである。

それに、断られるなど夢にも思っていないのであろう。その顔は平然としていた。

この氷のような顔を歪める事が出来れば、さぞ愉快に違いない。

暗い愉悦が胸から込み上げてくる。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「尋ね人を描く依頼……でしたな」

 

「そう。私の王子。婚約者」

 

 

馬鹿だ。どうしようもなく、馬鹿だ。

やはり、冒険者というのは夢見がちな馬鹿がやるのであろう。

最高峰と言われるアダマンタイトでこれなのである。ジェットは思わず噴き出しそうになった。

この夢見がちな馬鹿に教えてやらねばなるまい……《現実》というものを。

いずれ王都へ呼ばれ、貴族位を受けるであろうジェットストリームという男の偉大さを。

 

 

「栄えあるアダマンタイトからの依頼ですな………だが、断るッッ!」

 

「ん」

 

「このジェットが最も好きな事の一つは、自分で強いと思ってる奴にNOと断ってやる事だ!」

 

「ほぅ」

 

「良いか、小娘!アダマンタイトなどと持ち上げら、ぁひっ!」

 

 

スパーン!と、古式ゆかしい高らかな音が部屋内に響き渡る。

何処から出したのか、依頼人である女忍者の手には青色のスリッパが握られていた。

無造作に「トイレ用」と書かれた文字を見て、ジェットの血管がブチ切れそうになる。

 

 

「き、き、貴様……我輩の高貴な頭をトイレ用スリッパではた、ぉぶっ!」

 

 

言葉を言い終わる前に腹部へ強烈な衝撃が走り、ジェットが思わず膝をつく。

何処から出したのか、女忍者の手にはバネで出来たようなカラクリが握られており、

その先端には闘技場などで野蛮なボクサーが着けている青色のグローブが付いていた。

能天気に「だいなまいとぱんち」と書かれた文字を見てジェットが逆上しそうになる。

 

 

「時間の無駄。早く描け、チョビヒゲ」

 

「だ、誰がチョビヒゲか!我輩の優雅な八の字カールの」

 

 

そこまで言ってハッ、とジェットが身構える。

このクソ野蛮な女が、無防備にしゃべっている最中にまた攻撃してくるかも知れない。

二度も三度も同じ手に乗ってたまるか!

 

 

「ふざけた小娘が!衛兵に引き渡して牢屋に叩き込ん、ぁぶ!」

 

 

頭部へ衝撃が走り、ジェットが再び膝をつく。

いつの間に握られていたのか、女忍者の手には天井から垂らされている青い紐があった。

足元には金物で出来たタライが転がっており、これが落ちてきたらしい。

可愛らしい丸文字で「ばか」と書かれた単語にジェットの神経が逆撫でされる。

 

 

「時間差攻撃。時間対策は必須」

 

「が、、、ぐ、、」

 

「私の忍道具は108式ある。試す?」

 

「ヵ、か、、、描かせて頂きます……」

 

「良い返事。チョビヒゲ」

 

(このクソ女がぁぁぁぁ!我輩のは優雅な八の字カール髭と言っておるだろうがぁぁぁ!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「こ、これで如何ですかな………」

 

 

衛兵を呼ぼうと思ったが、このクソ女にはまるで隙がない。

普段は窓の外などを能天気に見ている癖に、

部屋から逃げようとすると、キッと氷のような視線を向けてくるのだ。逃げるに逃げられない。

いっそブン殴って屋敷から叩き出したかったが、流石にアダマンタイト級に勝てるような腕力は一般人である自分にはない……用心棒でも雇っておくべきであったと後悔するがもう遅い。

 

 

「ダメ、流星が足りない」

 

(流星とは何だ……この野蛮人め………!)

 

 

画家としての意地で、リテイクを出されれば描き直してしまう自分が恨めしい。

それに、言っている事が意味不明すぎて自分にはイメージが掴めないのだ。

流星とか、七色とか、王子とか、良い匂いとか、前世からの恋人だとか、もう意味不明である。

相手がアダマンタイト級の冒険者でなければ黒粉の末期患者だと疑っただろう。

とにかく、今は絵を完成させて一秒でも早くこいつを追い出す事だ!

 

 

 

「この絵。陵辱が足りない」

 

(何を言っとるんだこいつは!)

 

「小宇宙を感じない」

 

(コスモ……忍者用語なのか?!そうなのか?!)

 

「ガッツが足りない」

 

(足りないのは貴様の頭だ!!)

 

「二人はイジャニーヤ」

 

(あぁぁぁぁぁぁ!もう何を言っとるんだ……我輩にはわからない……)

 

「ドキドキで壊れそう。1000%LOVE」

 

(早く帰ってくれぇぇぇぇぇ!!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ジェットは今、部屋の中で大の字になって転がっていた。

無限に続くと思われたリテイクの中、「ん。合格」と聞いた時にバタリと倒れたのだ。

その後の「二つ前ので実は合格だった。てへぺろ」と言う台詞を聞いた時には相手の首を絞め殺そうと思ったが、もう立つ気力もなかったのだ。

 

横に転がっているのは、大きな皮袋。

報酬であるらしい……人の頭ほどある大きさだ。

手に持つとズシリとした重みが伝わってくる。

庶民に比べ、裕福なジェットではあるが、これほどの重みというのは中々感じる事はない。

貴族というのは金払いが良さそうに見えて、何かと理由を付けては支払いをケチったり遅らせたりしてくるものだ。

貴族連中からすれば「目をかけてやってるんだから十分だろう」と言ったところか。

 

 

(あのクソ女の事だ……どうせ中身は全部銅貨だろう)

 

 

皮袋を引っくり返してみると、山のような金貨が音を立てて落ちてきた。

 

 

(馬鹿な……そんな馬鹿な!全部、金貨だと!?)

 

 

控えめに見ても300枚以上はある……思わずゴクリと喉が鳴る。

小さなキャンバスへの絵は自分ほどの高名さがあっても、精々が金貨20枚~30枚程度の支払いだ。こんな、その日の内に描いて仕上げるようなものは1/3ぐらいの支払いになるだろう。

文字通り、桁が違う………。

 

 

(絵の出来は……認めてくれた、という事か………)

 

 

最高に苛立つ女ではあったが、仕事を認められるというのはいつだって嬉しいものだ。

そこに、大きな報酬まで付いてくれば更に喜びは深くなる。

これ程の金貨があれば、非常に高価な画布や筆を更に揃える事も出来るだろう。

常に頭を痛めてきた、一本で金貨が何枚も飛ぶ絵具も多彩に揃えていく事が出来るのだ。

 

 

(ふんっ……これが、アダマンタイト級か………)

 

 

少しは認めてやらんでもない、と誰得なツンデレをするジェットであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ジェットストリーム・モレソージャン(フルネーム)の邸宅を出たティアは、

城門や詰め所、冒険者組合や主な店舗などを絵を見せながら回り、

この人物を見つけたら連絡をくれ、と言付けて行った。

その際、心付けとして銅貨や銀貨をバラ撒く事も忘れない。

 

この手の工作や情報収集はティアの十八番である。元イジャニーヤの頭領三姉妹の本領発揮だ。

全員が、かの高名な蒼の薔薇から声を掛けられただけでも大喜びしていたのだが、更に少なくない心付けまで貰い、全員が鼻息を荒くしながら必ず連絡する、と確約していく。

 

 

冒険者組合などは下にも置かぬ接待を行い、「捜索の依頼を出そうか?」とまで言ってきたが、

ティアはそれを断る。

迎えに行くのは自分の役目だ、とだけ言葉を残して組合から音も無く去って行った。

 

 

本来、流星とは瞬きしている間に消えるものであろう。

しかし、彼女はその星を掴もうと果敢な一歩を踏み出した。

忍者とは執拗であり、標的を逃がさない。そして捕まえたら―――――必ず喉元に喰らいつく。

 

 

(今度は……私の虜にしてみせる)

 

 

ティアはその特徴的な青のマフラーを口元まで上げると、別の街へと飛び去っていった。

 

 

 




ジェットさん、お疲れ様でした!
次回から視点がモモンガ様に戻ります。




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二つの波紋

アダマンタイト級冒険者であるティアが去った後、

冒険者組合長であるプルトン・アインザックと、魔術師組合長であるテオ・ラケシルが膝を詰め合わせ、防音を施した部屋であるにも拘らず、辺りを憚るような小声で話をしていた。

 

 

「ラケシル、率直に聞くが………ティア殿の話を、どう思う?」

 

「分からん……あの絵の人物が何なのかも、な」

 

「恋人だとか、婚約者だとか言っていたではないか」

 

「もしそうなら何故、その人物はいまティア殿と一緒に居ないのだ。何故、探す?」

 

「うん……?確かにそう、、だな」

 

「恋人などと言うのは、我々を煙に撒く為の口実なのではないのか?」

 

「どういう事だ?」

 

 

ラケシルは一つ息を吸い込むと、自分の考えた推測を口にする。

相手は最高峰のアダマンタイト級冒険者である。

彼女の言葉をそのまま受け取っていては、何か齟齬が生まれるのではないか、と思ったのだ。

 

 

「遠国の王子か、王族か……それに連なる人物であるように思う」

 

「王族だと……?!」

 

「彼女は……いや、蒼の薔薇が、かの王族の捜索か、護衛を依頼されたのではないのか?」

 

「なるほどな……確かにその方が遥かに納得出来る。秘匿性を考えて、か」

 

「安易に恋人探し、などと考えていては大きな火傷を負いかねんぞ」

 

「これは……本腰を入れる必要がありそうだな。大至急、都市長にも連絡しておこう」

 

 

こうして、ティアの王子探しは思わぬ波紋を広げていく事となる。

一方、そんな事を知る由もないモモンガは―――――

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ば、馬車って結構揺れるもんなんですね……ニニャさん」

 

「はい、長時間乗っていると結構、お尻も痛くなっちゃうんですよね」

 

 

そう言って、恥ずかしそうにこちらを見ながら笑うニニャさん。

モモンガはその笑顔を見ながら、内心で冷や汗を流していた。

 

 

あれから不眠不休が祟ったのか、眠気に耐えられなくなったモモンガは少し休みたいとニニャに伝え、まだ夕方に差し掛かるぐらいの時間であるのに野営の準備を整えて休む事となったのだ。

その際、《警報/アラーム》を見せて貰ったモモンガが興奮したり、

普通なら面倒としか思わない野営の準備をまるでピクニックみたいだ、と嬉々として手伝ったり、眠気は何処に行った?と言った感じで二人は賑やかな時間を過ごしていた。

 

ニニャが持っていたテントを立てた時など、「おぉ!」と興奮の声を上げた程だ。

徹底してインドア派であったモモンガには、アウトドアに関する全ての事柄が目新しく映る。

「色々あったけど、異世界のこういうところは最高だな」などと現金な事を考えていた。

その後は交代でテント内で休む事となり、先にモモンガが休む事となった。

 

 

(これがテントか……外で寝るなんて考えたら凄い事だな)

 

 

ユグドラシルでも睡眠という一種のバッドステータスがあった。

飲食も同じで、一定期間の行動を行うと飲食や睡眠を取らなければステータスがダウンするのだ。

ある意味、リアルでもあり面倒でもあり、賛否の分かれるシステムではあったが……。

腕時計をセットして横になると、これまでの疲れが押し寄せてきた。

 

 

(とにかく寝よう……今はもう、何も考えずに寝よう……)

 

 

寝て起きたらリアルの世界に居るかも知れない、とはモモンガは考えない。

今の自分に取っては、もうここがリアルなのだから。

ここまでやっておいて、今更戻された方が困る。

ここに来てからの苦労はそんなに安くないんだぞっ!とモモンガは誰に言えば良いのかも分からない文句を浮かべながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ニニャはテントに入ったモモンガを見て、一人考える。

最初に見た時は野盗かと警戒した。

弱った旅人のフリをして、怪我を負ったフリをして、近づいてきた者を狩るというのは野盗の常套手段だ。旅慣れたニニャに、その手の警戒は強い。

 

しかし、見れば見るほど本当に弱っているように見えるのだ。

何か深い絶望を背負っているようにすら見える。

周辺を探るも人の気配はないし……思い切って声をかけて見るべきだろうか?

今日に限って、仲間が居ない事が悔やまれる。

 

ニニャが一人で訪れていたのは、とある寒村。

そこに貴族の館から暇を出された女性が放り出された、との情報を聞いたからだ。

僅かな可能性にも縋りたい一心で向かったが、やはり家から出てきた女性は姉では無かった。

 

 

(姉さん……)

 

 

貴族に僅かな金を恵むように放り投げられた後、姉は連れ去られた。

そして、そのまま帰って来なくなった。

今、生きているのか死んでいるのかも判らない。貴族の館で死んでも、骨すら帰ってこないなど連中との関わりでは日常茶飯事だ。

金も力もない自分ではあるが、冒険者として少しずつ力を付け、僅かな金銭も惜しむようにして必死にお金を貯めているのは姉を取り戻す為だ。

 

どれだけの金貨が必要になるか。どんな難癖を付けて来るか。

下手をしたら自分まで玩具として捕らえようとしてくるかも知れない。

この世界では貴族が圧倒的な立場であり、庶民などいくら抜いても生えてくる雑草のような扱いなのだから。

 

 

(まるで先が見えなかった……。これまでは………)

 

 

いま、テントで眠っているであろう男性の事を考える。

途端、顔が赤くなっていくのを感じた。

姉を取り戻すまでは捨てると決めた筈の、女としての心が騒ぐのだ。

男装をして、仲間達にまで嘘の性別を言って、嘘だらけの中で生きてきた自分だというのに……。

 

自分も冒険者の端くれだ。それなりの数の男達を見てきた。

が、あの人は何だ?違う、違う、違いすぎる。何もかもが違う。

あの圧倒的な魔法!測る事すら出来ない魔力!

《火球/ファイヤーボール》を放つ魔法詠唱者は見た事があるが、次元が違うじゃないか。

何よりも自分の心を騒がせるのは…………

 

 

あの凶悪なオーガを前にして、小揺るぎもしない颯爽たる姿。

魔を切り裂くようなあの詠唱時の姿勢!

何もかもが格好良すぎた。

あれを見て、興奮しない女は女ではないだろう。

 

 

世界の闇ごと焼き払うような炎が消えた後、彼は言った。

「燃えたろ?」と。

あの瞬間、自分の心臓を鷲掴みにされた。

これまでの自分が、死んだのだ。

嘘まみれの自分を、その残骸すら残らぬ程に燃やし尽くされた。

 

 

新しくなった自分に、代わりとなるように灯った、小さな火がある。

 

 

彼は……あの人は……

こんな自分を、どう思うだろうか……。

まだ彼には性別を明かしてはいない……女だと告げたらどんな顔をするだろう?

驚かれるだろうか、困惑されるだろうか、嫌われるだろうか……。

 

自分の事を嫌いになられても、せめて………

姉を救出するのに力を貸して欲しい、と強く思った。あれだけの力を持つ人が味方となってくれるなら、姉の救出も現実的なものになりうる。

 

 

彼からすれば、厄介事であり、面倒事でしかないだろう。

お金を積んだら済むような話ではない。

な、なら………

自分の……か、か、体を……………

 

 

(あぁぁぁぁ!無理だよ!そんなの恥ずかしくて言い出せないよ!)

 

 

ニニャが頭を抱えながらゴロゴロと転がる。

自分のはしたない姿に我にかえり、慌てて立ち上がった。

 

 

(こんな無様に転がる姿なんて見られたら……あの人は絶対、こんな事しないだろうし……)

 

 

ニニャは改めて気持ちを落ち着け、周囲の警戒へと気持ちを切り替えた。

随分と疲れているようだったし、出発は明日にした方が良いかも知れない。

この辺りの事や、常識と言えるような事まで根掘り葉掘り聞いてきた程だ……それらを考えると、余程の遠国から旅をしてきたのだろう。

 

 

(それにしても、何で顔を隠してるのかな……)

 

 

彼は常にローブを深く被り、顔を殆ど見せなかった。

とは言え、それに対し何かを言うつもりはない。冒険者として「詮索」などはご法度だ。

誰もが、何らかの事情を抱えて生きている。自分だって、そうだ。

なら、彼の方から見せてくれるまで、自分は何も言うべきではない。

そう思った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

交代でゆっくりとした睡眠や休息を取り、明け方になってから二人は街道へと出た。

通りがかった行商人の馬車へ乗せて貰い、一番近いエ・ランテルの街へ向かう事となったのだ。

 

エ・ランテル―――――この辺りでは一番大きな城塞都市。

モモンガは初めて行く異世界の街に内心、ワクワクしていた。

これから行く街はニニャさんのホームタウンでもあるらしい。

 

馬車の旅というのも、堪らなく新鮮だ。

リアルで考えれば、中世の時代の乗り物だろう。

馬車の中には農村から運んできたのか、麦や野菜などが積まれている。

逆に街から農村へ向かう時はロウソクや紙や服、農具などを載せて商売をするらしい。

 

 

のどかな馬車の旅……ではあるのだが、モモンガには疑問があった。

先程から何度も感じている事だ。

 

 

(近い……何か近くない?)

 

 

馬車の中には人は居なかった為、それなりのスペースがある。

なのに、ニニャさんは自分の隣に座っているのだ。

何か妙なものを感じながらも、馬車などに乗った事がないモモンガは、そういうルールがあるのかもな……などと考えて納得しようとしていた。

 

車や電車やバスなど、大体の乗り物というものには其々のルールやマナーがある。

馬車内でのルールなど全く知らないモモンガは、体を硬くさせながら座っていた。

 

 

「さん、なんて要らないですよ。モモンガさんより僕の方が年下でしょうし」

 

「い、いえ……そういう訳には……」

 

「そのまま呼んで欲しいんです。何か壁を作られてるみたいで……」

 

 

そう言って俯く顔は、妖しげなまでに整っている。整いすぎだ。

パチリとした大きな目、栗色の淡い髪。何処か清潔感を感じる香り。線の細さ。

本当に男なのかとモモンガは内心で葛藤していた。

異世界ではこれが普通なのか……?男もみな、綺麗な顔をしているという事だろうか。

いや、馬車を引いている初老の男性は普通だったよな……。

モモンガは揺られながら、益体もない事を考える。

 

 

「これは自分の癖のようなもので……それに、ニニャさんは恩人ですから」

 

「モモンガさんって……結構頑固な人なんですね」

 

「ははっ、こう見えて我儘でもありますよ」

 

 

そう、自分は頑固であるし、我儘でもある。余り表面には出さないだけだ。

かつての仲間達に対してさえ、自分は常に丁寧な言葉で話していた。

踏み込んで拒絶される事が怖い。距離感を間違う事が怖い。嫌われたくない。

だから、仮面を被る。自分を抑え込んででも。

 

 

嫌われたくないから、常に一緒に居て欲しいから、自分をも殺す。

怒りを感じても抑え、悲しい事があっても忘れ、何度だって殺し続ける。

そして、待ち続ける。相手の変化を。相手からの変化を。

それはとても我儘で、自分勝手な事だ。

 

 

「モモンガさん………」

 

「はい?」

 

「僕も、こう見えて執念深いんですよ。きっと、モモンガさんが思ってる以上に」

 

 

その言葉には今までと違う、何かが篭められている気がした。

そういえば、この世界の事は沢山聞かせて貰ったが、彼自身の事は殆ど聞いていない……初対面で個人的な事をあれこれ聞くのも躊躇われたし、分かっているのは冒険者をしている事ぐらいだ。

こんな綺麗な顔をした男の子が、なぜ危険な冒険者をしているのか。

何故、チームを組んでいると言っていたのに一人で居たのか。

自分は、何も知らない。

 

 

「本当の僕は……結構、ドロドロとしてるんです。そういう部分を知られたら、きっとモモンガさんには嫌われちゃうでしょうね」

 

「い、いえ……そんな事は………」

 

「でも、いつか………いつか、僕の話を聞いて貰えますか?」

 

「……………えぇ。私で良ければ」

 

 

あれ、何か会話が変な方向に………。

と言うか、これ、男同士の会話なのか……なんか変じゃないか??変なのは俺なのか??

そんな事を考えていたら馬車の揺れが収まり、ゆっくりと車輪が停止した。

 

 

「おい、お二人さんよ。街に着いたぜ」

 

「は、はいっ!ありがとうございます!」

 

 

助かった……何か空気が変だったしな。

行商人のおやっさん、あんた商売人だけあって空気の読める男だよ!

馬車から降りると、そこには見上げるような……圧巻の城塞都市があった。

 

 

 

 




最近、機能が判ってきたので投稿予約と言うのをしてみました。





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エ・ランテル

見上げるような城門へ、大勢の人が列を作って並んでいた。

街へ入る際には簡易なチェックを受け、入場料を払う必要があるらしい。

身元不詳の旅人などは金を上乗せして払うか、街で何かあった時に責任を負ってくれる保証人を立てなければならないとニニャさんから聞かされていた。

 

 

「心配しないでいいですよ?僕が保証人になりますから」

 

「何から何まで、すいません………」

 

 

保証人だけじゃなく、この国の通貨を持っていない俺は入場料までニニャさん頼みである。

頼りになる先輩どころか、年下にタカるダメ男になってないか?

異世界に来て、最初の一歩がヒモみたいになってるってどういう事だ……。

こんな情けない姿をかつての仲間に見られたらと思うとゾッとする。

 

 

(何にしても、まずは仕事探しだな……営業の仕事はあるのか?)

 

 

早くまともな職に就いてお金を返さないとな……これ以上のイメージダウンは避けたい。

オーガとの戦闘後は妙に褒め称えてくれていたが、

余りの痛々しさに気を使ってくれたんだろう……。

まるで年下の子に厨二を慰められる大人の図であった。

 

 

(くぅぅぅぅ!死にたい!)

 

 

余りに恥ずかしさにこの場で転がりそうになった。

ヤメロ!あれはもう思い出すな!何も無かった!そう、何も無かったんだ!

俺達はオーガなどに会ってない……いいね?いいよなぁ?!

 

そんな現実逃避をしていると、

横ではニニャさんが「保証人………責任……僕が……えへへ」とか嬉しそうに呟いている。

何でこの子は責任を負わされるのを喜んでいるんだろうか………。

と言うか、街で俺が何かやらかすと思われてるのか……一応、社会人だったんですよ?

 

 

「よーし、次のー」

 

「モモンガさん、僕達の順番が来ましたよ」

 

「えぇ、行きましょう」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「あんたは銀級の冒険者か……ん、横のは?」

 

「この人は遠国からの旅人でして。僕が保証人になります」

 

「そうかい。なら、詰め所に行って氏名と宿泊先を記してくれるか」

 

 

案外スムーズに進むもんだな……などと思っていると、衛兵が俺を見て何かを言っている。

やっぱり、身元不明の人間など街に入れるな!ってなるんだろうか……。

こちらを見て「似顔絵のローブ」「アダマンタイト」「薔薇」など、よく分からない単語を並べているみたいだが……彼らは一体、何を言ってるんだろうか??

 

しまいに「流星」「小宇宙」「ゲリピー」とか電波な単語まで飛び交っている。

大丈夫なのか、こいつら……。

ニニャさんも不安そうにこちらを見ている。

やがて話が終わったのか、衛兵の中でも一番立場の高そうな人がこちらへ来た。

一瞬、何もしてないのに逮捕でもされるのかと思ったら、酷く丁重な姿勢で頭を下げられた。

 

 

「失礼、貴方様は蒼の薔薇、ティア様のお知り合いの方ではありませんか?」

 

「は??薔薇?」

 

「実はティア殿から見かけたら連絡を欲しいと言われておりまして……」

 

「いや、すいませんけど、そんな人を知らないんですが……」

 

 

一体、何の話だ?誰かと間違えてるんじゃないのか。

この異世界に知り合いなんて居る訳もない。

もし居たとしても、変わり果てた自分の姿に気付く筈もないんだから。

そんな事を考えていると、横からローブが引っ張られた。

見ると、ニニャさんが何か思いつめたような目で下から見上げてくる。

 

 

「モモンガさん……アダマンタイト級の方とお知り合いだったんですか?」

 

「いえ!私にも何がなんやらで………」

 

「蒼の薔薇の皆さんって、凄く綺麗な方ばかりだって………」

 

「いやいや!そもそも、蒼の薔薇っていうのが分かりませんよ!」

 

「本当ですか?僕、信じて良いんですか?」

 

「ニ、ニニャさん……?何か違う話になってませんか?」

 

 

衛兵長とも言うべき中年の男が、こちらの様子を見て訳知り顔で頷く。

うんうん、と腕を組んで「わかるよ、あんた」とでも言いたげな表情だ。

こいつはこいつで、何か勘違いしてないか??

衛兵長はこちらに両手を優しく向け、まるで痴話喧嘩を仲裁するようなポーズを取った。

 

 

「えぇ、えぇ、勿論事情がおありなのでしょう。同じ男として気持ちは分かりますとも」

 

「………えと、衛兵長さん?何の話を」

 

「肉ばかりではなく、時には野菜や甘い物だって欲しくなる。そうでしょうとも」

 

「いや、何でここで食べ物の話が……」

 

 

「何もおっしゃられますな!我々もそれぐらいの融通は利かせて貰いますとも。我々は何も見なかったし、聞かなかった。貴方様はここに「一人」で来られた、そうですな?」

 

 

ダメだ、こいつ……勝手に納得して、勝手に話を進めちゃってるよ!

このままじゃ埒があかないじゃないか……。

それに、後ろの行列から「早く行け」と物凄い目で睨まれてるし……すいません!

 

 

「と、とにかく!衛兵長さん……街の中に入れて貰えますか?後ろの方に迷惑なので」

 

「おぉ、これは失礼しました!ささ、どうぞ中へ!」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「では、宿まで案内させて頂きます。そちらでごゆるりとご滞在下さい」

 

「や、宿まで……ちょっと待って貰えますか。ニニャさんと話をしたいので」

 

「えぇ、勿論ですとも。貴方様も大変ですなぁ……」

 

 

こいつ、その訳知り顔を止めろ!大体、何だ……その蒼の薔薇というのは。

その名前を聞いてからニニャさんの目が何か怖いし……さっきから無言だし。

……ずっとローブを握られたままだし。

 

 

「モモンガさん………」

 

「は、ふぁい……!何かの人違いでしょうけど、誤解を解いてきますよ」

 

「これ………僕の宿泊している宿のメモです。落ち着いたら……連絡を下さい」

 

「わ、分かりました」

 

「漆黒の剣のニニャと言って貰えれば、伝わりますので……」

 

 

何かさっきから俯いたままだし、泣きそうな表情に見えるんだが……。

俺がこのまま何処かに行って……そのまま消えるとでも思っているんだろうか。

お金も借りっ放しだし、恩を受けたまま消える程、薄情ではないつもりだぞ。

 

 

(何か、トラウマでもあるんだろうか……)

 

 

どうしてだろうか。

その心細そうな姿が酷く、一時の自分に重なって見えたのは。

 

 

俺はそっとニニャさんの肩に手を置くと、安心させるようにポンポンとその肩を叩いてやった。

自分でやっといて何だけど、これ凄く先輩っぽいな。

 

 

「心配せずとも、何処へも行きませんよ」

 

「モモンガさん……!」

 

 

ニニャさんがやっと顔を上げ、こちらを嬉しそうに見てくる。

うん、やっぱりこの子はこういう優しい笑みが似合うな。

………いや、男の子に対する評価としては何かおかしいか?

かつての仲間じゃあるまいし、俺はノーマルだ……断じて、おかしな性的嗜好などない。

そう、だよな……?

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

ぶくぶく茶釜

「やっと男の娘の良さに気付いたの?モモンガさん」

 

 

ペロロンチーノ

「黙れ、姉」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

あれ、何か今の回想シーン変じゃなかったか?台詞とか立場が逆だったような……。

いや、まぁそれは良い。

ニニャさんも分かってくれたようだし、さっさと面倒な事を終わらせてくるとするか。

早く仕事も見つけないといけないしな……。

 

 

「それじゃ、衛兵長さん。案内して頂けますか?」

 

「素朴ですが、心にグッと来るテクでしたな。良いモノを拝見させて貰いました」

 

(こいつ……さっきから俺達の事を何だと思ってるんだ!)

 

 

衝動的にその口を縫い付けてやりたくなったが、かろうじて堪える。

街へ来て早々、揉め事を起こしたくない。

 

 

「それじゃ、行ってきますね。ニニャさん」

 

「………はい、待ってますね」

 

 

こうしてニニャさんに別れを告げ、衛兵長に案内されながら宿へと向う事となった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ニニャは宿に戻りながら、じくじくと痛む心の悲鳴を聞いていた。

彼が去った後、これまで感じた事もないような寂寥感が自分を襲ったのだ。

喪失感、と言って良いかも知れない。

姉が連れ去られた時と同じような寂しさと、痛み。

 

 

(蒼の薔薇………)

 

 

自分達のチームが目標として掲げる「魔剣」すら所持する最高峰のチーム。

恐らくは王国史上、最も煌びやかで知らぬ者など居ない集団。

その乱れ咲く華のような絢爛豪華なメンバー達は、人類の最高峰であり、人類の切り札とも言われるアダマンタイト級冒険者に相応しいものだ。

 

それに比べ、自分は駆け出しからようやく抜け出した銀級の冒険者である。

地を這う虫と、天空を駆ける大鷲ほどの差があるだろう……。

人生の最終目標として出てくるような壁が、いきなり目の前に出現したのだ。

神というものが居るなら、それは自分にとって敵に違いない。

 

 

(目的は……あの魔力、なんだろうな……)

 

 

蒼の薔薇がどうやって彼を知ったのか?

どうやってその魔力を知ったのか?

アダマンタイト級冒険者ともなれば、その情報網は国中に広がっているのか……。

 

 

(知れば当然、無視なんて出来ないよね……)

 

 

どれだけ誇張しても言い過ぎではない、と思えるほどの威力だった。

あれだけ優れた魔法詠唱者なら、アダマンタイト級冒険者が直接スカウトや、協力などを要請しにきたとしても全く不思議ではない。

かの蒼の薔薇が仲介をするとなれば、国から招聘される事だってありうる。

貴族だって見栄を張る為に、優れた者を傍に置きたがるだろう。

どちらにせよ、彼は自分のもとから大きく離れて行ってしまう。

 

 

彼は何処にも行かない、と言った。

でも、それは彼がこの国の貴族や国の傲慢さを知らないからだとも言える。

国や貴族から良いように使われ、必要がなくなれば捨てられる。

彼にそんな想いをさせたくない。

 

 

「自分に出来る事は何だろう……」

 

 

ニニャは宿に戻りながら、必死に考えていた。

 

 

 

 




こいつら中学生のカップルか……!(歯ぎしり
次回はクレなんとかさんがチラっと出てきます。





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二つの襲撃

「はっろぉ~。君がンフィーレア君かなー?」

 

「は、はい?」

 

 

昼下がりのバレアレ薬品店。

美少女に臭そうと言われた事がショックだったのか、あれから少し換気が良くなった店に妙な客がやってきたのだ。頭以外の全身をローブで隠した女性。

冒険者としては珍しい格好ではないが、その目は凶悪につり上がっていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

エ・ランテルの街を歩く、一人の女戦士……クレマンティーヌは最高にイライラしていた。

数日前に神殿の通路で兄……あのクソとすれ違ったのだ。同じ空間に居るだけで八つ裂きにしたくなるというのに、近い距離ですれ違うなど拷問に等しい。

何日経っても一向にイライラが消えやしない……。

別にクソが口を開いてクソを垂れ流してくる訳ではない。ただ、あの目が語ってくるのだ。

 

 

「家の面汚し」

 

「全てに劣る屑」

 

「劣等種」

 

 

目は口ほどに物を言う。まさにその通りなのだろう。

あの目を抉り出して食ってやりたい。本人の目の前で、だ。

それはどんなステーキより美味であり、どんな美酒にも勝る味に違いない。

 

 

イライラする。

誰かを殺したい。

誰かを刺したい。

道行く能天気な通行人の頭を軒並みカチ割りながら歩きたい。

 

 

(まだ明るい、か……夜なら良いか…………)

 

 

だが、夜までどうやって時間を潰す?こんなイライラした状態で。

イライラし過ぎて、墓地に居るカジットをからかいに行く気すら起きない。

あんな誰も居ない墓地にいたら、気が狂って墓石を全て粉々にしてしまいそうだ。

何か昼でも出来る事……出来る事、昼でも……昼でも!昼でも!今すぐに殺れる事!

 

 

(あはっ!名案浮かんじゃった~♪やっぱ、クレマンティーヌ様ってば天才よねー)

 

 

頭に浮かんだのは、いずれ何かに使うであろう駒。

あらゆるマジックアイテムを使用可能という、反則的なタレント持ちの少年。

名前は知っているが、まだ顔を見た事がない。いざと言う時に備え、相手の顔を確認しておくべきだろう……何の努力もせずに、生まれながらに優れた能力を与えられたその存在を。

それはあのクソに重なるようで、神経が音を立ててギシギシと痛んだ。

 

 

 

殺したい。

顔の皮を剥いで、悲鳴を上げさせてやりたい。

生まれ持った異能とやらが、自分の振るう暴力に抗えるか?

是非、試して欲しいものだ。

その時がきたら、生きながらゆっくりと目を切り裂く事にしよう。

カジット風に言うなら、それは崇高なる生贄というやつだ。

ここはいずれ死都へと堕ちる、奈落の街。

なら、少しばかり自分が遊んでも問題ない。

 

 

今までのイライラした気分が嘘だったかのように、

クレマンティーヌは浮き浮きとした足取りで店へと向かった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

一方、モモンガは案内された宿で暇を持て余していた。

恐らくはかなりの高級宿なのだろう。いかにも「金を掛けています」と言った家具やら調度品やらが並んでいる……正直、余り居心地が良い部屋ではない。

道すがら聞いた話では蒼の薔薇というのは、この国でも最高峰と言われる冒険者チームらしい。

そんなチームが何故、自分を?

この世界に来て間もない自分には、予想が付かない。

 

ただ、その相手がかなりのVIPである事。

余程の影響力、権力に近い何かを持っている事は察する事が出来た。

衛兵の態度もそうだし、宿屋の主人など漫画で見るような揉み手までしていた程だ。

 

 

(まさか、何らかの手段で異世界人である事がバレているとか……?)

 

 

正確に言うなら、ユグドラシルのプレイヤーか。

鈴木悟は魔法なんて使えない。単なる営業職に就いているサラリーマンなのだから。

だが、このユグドラシルのプレイヤーであるモモンガなら話は別だ。

自分はきっと、この世界では化け物のような力を持っている。下手な行動や言動は、自分の命を危険に晒す事になりかねない。

 

もしかしたら、国の為に働けとか言ってくるつもりだろうか?

ラノベで読んだ「勇者召喚」とかではそんな展開が多かったよな……。

自分は勇者どころか、ユグドラシルでは魔王ロールをしていたキャラなんだが……。

 

念の為、外していた指輪を一つ一つ指に嵌めていく。

拘束や睡眠、毒や麻痺など、各種のBADステータスを完全無効化する指輪を嵌めていき、その効果が確かである事を確認する。

いきなり襲ってくる事はないだろうが、用心に越した事はないだろう。

 

 

(しかし、本当に暇だな……街の中を色々と散策したかったのに……)

 

 

折角、異世界の街へ来たというのに、いきなり宿屋にカンヅメとはどういう事だろうか。

そりゃぁ、確かにインドア派ではあるが、どうせ引き篭もるならもう少し狭い、落ち着く部屋にして欲しいものだ……ベッドなんて透明なカーテンみたいなのが付いてるぞ。

まるで王様や貴族が寝るようなベッドじゃないか。

見るからにフカフカで……真っ白で……フッカフカじゃないか。

 

 

(少し……少しだけ、座ってみるか?)

 

 

真っ白なフカフカに、吸い込まれるようにしてベッドの縁に腰掛ける。

中には何が入ってるのか、溶け込むようにして自分の体が沈んだ。

家のせんべえ布団とは大違いだ……こんなベッドで寝たら、もう起きるのが嫌になるだろう。

する事もないので、《無限の水差し》を出して水を飲む。

そしてニニャさんから余分に貰った干し肉を齧った。

癖になる味だ……こんな豪華な部屋の中で無言で干し肉を齧っている姿はシュールだろうけど。

 

 

(ここに来てから色々あったな………でも、やっと街にも着いた)

 

 

ここから、俺の生活が始まるのか。

この世界に来てやっと落ち着いて。しかも、今は一人で……。

必死に抑えようとはしていたが……正直、浮き浮きした気持ちを抑えきれない。

しょうがないだろう。無理もないだろう。

憧れだったユグドラシルのような世界で生活が出来るのだから。ともすれば、部屋の中で叫び出したい程の興奮がこみ上げてくる。

 

どんな仕事をしよう?それに、どんな宿に泊まろうか?この世界での食べ物やお酒はどんな味がする?どんな人達がいて、どんな生活を営んでいるんだ?

海はあるのか?山はあるのか?遺跡やダンジョンがあったりするのか?失われた古代文明があったり、天空に浮かぶ城とか、古代に海底へと沈んだ神殿とかは?

頭に浮かぶのは未知へのドキドキだ。

まるでユグドラシルにはじめてログインした時のような興奮と緊張がある。

 

 

(くぅぅぅ……俺はいま、ファンタジー世界に居るぞ!)

 

 

なんて馬鹿っぽい叫びだろう。

一体、それは誰に叫んだ言葉だったのか。

 

我ながら子供っぽいと思ったが、今ぐらいは良いじゃないか。

リアルは最低な生活で、ユグドラシルでもここ最近はずっと一人で。

楽しい事なんて何も無かった。

なら、何の因果かこの訪れた世界で、少しぐらいは楽しんでも良いだろ。

姿が変わった事や、変なスキルとか、考える事はまだまだあるけど、暗い事ばっかり考えず、この世界の事を少しは前向きに考えて行こうじゃないか。

 

 

(薔薇ってのはよく分からないけど……取りあえず、話ぐらいは聞いてみようか)

 

 

そんな事を考えながら、ベッドの上で大の字になって寝転がる。

最高に気持ちが良い。

テントの中でも寝れはしたが、下は固い地面であり、これ程の快適さはなかった。今までの疲れを全てベッドが吸い取ってくれるかのような感覚すらあった。

 

 

(会社にも行かず、高級ベッドで大の字か………まさか自分の人生にこんな日が来るなんて)

 

 

そんな事をぼんやりと考えていると、天井から音もなく青い影が降ってきた。

それは気配もなく、空気すら動かさず。

気付いた時には、全身で抱き付くようにして密着されていた。

 

 

「あ、あんたは………!」

 

「やっと会えた」

 

 

そこには転移早々に出会った女忍者がいた。

 

 

 

 




原作と同じく、一人になると子供っぽくなるモモンガさん(笑)
そして襲撃される二人は童貞……大丈夫か!
嫉妬マスクさんがじっと見ているぞ!





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童貞の壁

ティアはエ・ランテルを出て別の街へ向かっている最中、《伝言/メッセージ》を受け取った。

内容を聞いて、即座にエ・ランテルへと引き返す。

発信者は都市長から直々に命じられた魔法詠唱者。

何でもエ・ランテルに入ろうとしていたところを衛兵が見かけたとの事だ。

 

 

(一番近い街。網を張って正解)

 

 

エ・ランテルで捕まらないなら、他の街にも情報網を敷こうと考えていたが、どうやらその必要性もなく一発目の網に引っかかってくれたようだ……ツイている。

走る。走る。全力で走る。これまでの人生でも最高速度だろう。

サラマンダーより速い。

 

同時に忍術を行使する。

《闇渡り》《影潜み》

躊躇しない。慈悲もない。遠慮もない。

 

彼は暗闇の中でも視界を保つ術を持っているようだった。

なら、気配を消して天井をこそ「壁」とするしかない。

音もなく宿屋の天井裏に忍び込み、彼が居る部屋を覗き見る。

 

 

(少し遅かったか……)

 

 

出来れば部屋に入る前から観察したかったが、既に椅子に座っているようだ。

あの時に着ていたローブ。彼に間違いない。

 

 

(もう、失敗は出来ない)

 

 

高速で頭を回転させる。

相手の思考を読み、性格を分析し、日常を観察し、趣味嗜好の全てを把握し、相手を丸裸にしていく。そして、最後には丸裸になった相手の息の根を止める。

 

暗殺者として、幾度となくやって来た事だ。

短い接触ではあったが、彼の人となりはそれなりに把握は出来た。

最初に会った態度から見るに、その性格は温厚であり、常識人であろう。

時には自分に非がなくとも、争いを避ける為に頭を下げる事も厭わないタイプだ。

 

 

《最初に誠心誠意、謝罪し……その後、あくまで仕事上の嫌疑の話として持っていく》

 

 

そして、彼は女性に対して免疫がない。

女性との接触にも殆ど経験がない。

 

 

《泣き落としも有効。過度に密着し、冷静に考える時間を与えない事も大事》

 

《かと言って、がっつき過ぎない事。彼は踏み込まれたら引くタイプ》

 

 

最初の出会いからして不幸だったのだ。

不意の遭遇であり、勘違いから始まったもの。

なら、関係の再構築をする為にも、一度リセットして白紙に戻さなくてはならない。

 

 

考慮すべきは、彼にはあらゆる拘束が通じないと言う事だ。

恐らくは何らかのマジックアイテムを有している。

そして……特筆すべきは、あのガガーランすら上回る腕力があるという事。

 

単純に考えても英雄級か、その領域に片足を踏み入れている。

強さや魔力を全く感じないのも妙だ。気配を遮断しているか、偽装する類のマジックアイテムも身に着けているのだろう。

 

何故、隠す?

隠さなければならないほどに、強大だからだ。

 

あの、魂ごと奪われそうな美貌に。

ガガーランを凌駕する腕力。

マジックアイテムで隠さなければならない程の、強大な何か。

 

仮にもアダマンタイト級である自分とガガーランが、まるで子供扱いであった。

ありえない。

こんな底知れない人物を自分は見た事がない。

 

 

欲しい。

どうしても欲しい。

彼が、欲しい。

 

 

ティアの頭は高速で回転しつつも、その視線は冷静に観察を続けている。

彼は何処から出したのか、綺麗な水差しを出して水を飲み始めた。

あれもマジックアイテムだろう。

そして、懐から何故か干し肉を取り出して食べ始めた。何で干し肉?

 

ガジガジと齧っている。

夢中だ。

可愛い。

 

 

ベッドに大の字で転がった。

あの態度から察するに、富貴な物に慣れていない。

こういった部屋に居るのも本来なら落ち着かないのだろう。

仕掛けるか?仕掛けよう。下に降りよう。

あの胸に飛び込もう。

 

 

 

―――――今日からそこは、私の場所だ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……!」

 

「え゛っ」

 

 

いきなり天井裏から降ってきた忍者に謝られる。

どういう事だ?と言うか、まさかこの子が蒼の薔薇っていうのか??

八本指とか言ってなかったっけ??

 

 

「あの時は、貴方を八本指の運び人だと勘違いしていた」

 

「八本指って、そりゃあんたらの事なんじゃ……!」

 

「違う。私達は蒼の薔薇、この国の正式な冒険者。犯罪者の組織を追っていた」

 

「そ、その前にちょっと離れて貰えますか……!近い、顔が近い!体もくっつきすぎ!」

 

 

無理やり投げ飛ばしそうになったが、あの時とは違う……。

この子はこの世界の住人で、女の子だ……とてもそんな乱暴な事は出来ない。

と言うか、あの時はよく見てなかったけど物凄い格好だ。ユグドラシルのド派手な格好にも負けてないほどのコスチューム……肌とか露出しすぎでしょ!

 

 

「貴方が許してくれれば離す。それまでは離れない」

 

「わ、分かりましたよ!だから、離れ………」

 

「本当にごめんなさい。貴方に迷惑をかけました」

 

「ちょ………っ」

 

 

青い、透き通るような綺麗な瞳から涙がポロポロと零れる。

余りの光景にいたたまれなくなった。

女の子に泣かれるとか、どうすりゃ良いんだよ……童貞にはハードルが高すぎるでしょ?!

何なんだ、これ……俺が悪いみたいじゃないか。

俺って確か被害者だったよね……??

 

 

女忍者は自分の胸に顔をうずめるようにして泣き続けている。

誰か助けてくれ……。

異世界に来て早々、年下の子にたかるヒモのような状態になって、挙句に女の子に泣かれるとか、何か傍目から見たら俺、クズのような男になってないか………?

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

たっち・みー

「見損ないましたよ。クズンガさん」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

違う!違うんです!これは誤解なんです、たっちさん………!

自分にも何がなんやら……。

回想の中ですら仲間に責められるなんて……と言うか、仲間からの俺の扱い酷くないか?!

どうやって声を掛けようかと頭を悩ましていたら、心臓から鼓動が響き………

勝手に口が動くのを感じた。

 

 

(まさか………!)

 

 

「もう泣くな―――――“お前の全てを許そう”」

 

 

(ちょっと待て待て!勝手にほざくな!)

 

 

 

「許して、くれるの……?」

 

「あぁぁぁ……えぇ、はい、、そうですよ!もう許しますから!勘弁して下さいよ!」

 

「嬉しい」

 

 

そう言って更に抱きついてくる女忍者。

やめて!そんな服で密着しないで!

と言うか、何だよ今の台詞は……!死の支配者ごっこか!

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介する。私はティア」

 

 

そう言って、女忍者が可憐な笑みを浮かべた。

花が咲くようなそれに、少しだけ胸が高鳴る。あぁぁぁ、恋愛経験値低すぎだろ俺……。

しょうがないじゃんか、ロクに出会いもなかったしさ……!

会社とユグドラシルの往復の日々だったしさ……こんな美少女に微笑まれたらドキっともするさ。

あぁ、もう俺は誰に言い訳してるんだ……。

 

 

 

「モ、モモンガ………です」

 

 

そんな俺の口からかろうじて出た言葉は………

何の機転も利かない、名前を告げただけのものだった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「そ、それじゃ、話も終わったようですし、自分は行きますね……街を色々と見たいので」

 

「なら案内する。モモンガにお詫びがしたい」

 

「いえいえ!もうお詫びは十分ですよ……」

 

「こう見えて一流の冒険者。色んな店を知ってる」

 

「ん………それは、まぁ……」

 

 

街と言っても、右も左も分からないのは事実だ。それに、かなり大きい街だった……。

三重の壁に囲まれた、人口が何十万の都市とかニニャさんが言ってたっけ。

地図も土地鑑も無ければ、迷ってしまうかも知れない。

 

 

「じゃ、じゃぁ………お願い出来ますか」

 

「任せて欲しい」

 

 

断ってまた泣かれたりしたら大変だ。

餅は餅屋とも言うし、ベテランの冒険者だと言うなら案内して貰うとするか。ユグドラシル時代には古参プレイヤーに最初は色々と教えて貰ったしな。

宿を出ると、あの衛兵長がこちらを見て笑顔で親指を立てていた。

 

 

(だから、お前は何を誤解しているんだ!)

 

 

この街の防衛は大丈夫なのか?あんなのが偉い立場に居るなんて平和ボケしてそうな……。

 

 

女忍者に連れられ、ようやく異世界の街に躍り出る。

雑多な人込み。行き交う馬車。

露店に並べられた様々な野菜や果実……行き交う髪の色も様々な通行人達。漂ってくる香りまで雑多で、何が何の匂いなのかすら分からない。

 

 

「珍しい?」

 

「えぇ、まぁ……と言うか、手は離して貰って良いですか……」

 

「ダメ、迷子になる」

 

「子供じゃないんですから………」

 

「………迷惑?」

 

「いや、また泣きそうな目で見ないで下さいよ!」

 

 

大の大人が、どちらかと言えば小さい女の子に手を引いて貰ってる図。

普通に恥ずかしいんですけど……!

道行く人らも皆、ニヤニヤと見てくるしさぁ……と言うか噂の的になってないか!?

 

 

「薔薇の……」「あれが似顔絵の」「七色の一物」「イケメン氏ね」「婚約者ね」

「光るらしいぞ、ナニが!」「キャー!」「ローブ脱いで欲しいわねぇ」etc……

 

 

雑踏の中から聞こえくる様々な単語に頭が痛くなる。

どうしてこうなった……!

何もしてないのに、なんか犯罪者みたいじゃないか!

 

 

「モモンガ、ここが連れ込み用の宿屋。あそこは強壮剤の店。向こうは大人の玩具店」

 

「偏りすぎでしょ!普通の店行って下さいよっ?!」

 

「なら、前に行ったポーション屋」

 

「ポーション……」

 

 

代表的な回復薬だ。

ゲーム時代にはアンデッドだったから逆にダメージを負うアイテムだったけど、今は人間だし一度見ておくべきだな……。と言っても、アイテムBOXには下級中級上級までの各種ポーションがMAXの数で揃っているから使う機会があるかどうか分からないけれど。

 

 

「ただ、店が臭い」

 

「そうなんですか?」

 

 

ポーションの匂いなんて嗅いだ事ないしな……匂いなんて実装もされてなかったし。

むしろ、どんな匂いがするのか嗅いでみたい気がする。

 

 

「モモンガが居るなら香りが相殺されて大丈夫」

 

「ちょ、ちょっと!ローブに顔をうずめないで下さいよっ!」

 

「着いた」

 

「………っと、ここですか」

 

 

大きな店だ。

店舗部分と、後ろには工房だろうか……かなりの大きさの建物が繋がっている。

ゲームではなく、実際にポーションを作っている店っていうのはこうなるのか。

RPGの道具屋を目の前で見たかのような奇妙な感動があった。

 

店に入ると、確かに微かな刺激臭はしたが……言うほど匂いはしないような?

と言うか、店に誰も居ないのは何でだ……無用心だと思うんだが。

店内をチラチラ見ていると、奥の工房から大きな音が聞こえてきた。

思わず見に行くと、そこにはまだ若い少年と、それに馬乗りになっている女が居た………。

 

 

 

 

 

「へ、変態だぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

思わず叫ぶ俺。

 

 

「衛兵さん、こいつです」

 

 

そして、後ろの忍者から間の抜けた声がした。

 

 

 

 




童貞じゃクノイチには勝てなかったよ………(絶望)
原作での名台詞も何気なく登場。
この魔法の言葉さえあれば、大抵は何とかなる!(強弁)





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遭遇戦

「へぇ~、ここが有名なバレアレさんの店ってわけねぇー」

 

「えっと、いらっしゃいませ……」

 

 

駒を見る。

随分と若く、中性的な顔をしている。虐めたら良い声で鳴きそうだ。

ゾクゾクする。

若い身でありながら第二位階の魔法を使えるとも聞いている。自分にとっては何の障害にもならないが、随分と色んなものを与えられた存在だ。

 

その反則級なタレントだけではなく、

ポーション職人としても、名人と言われる祖母をいずれ超えるであろうと言われている逸材。

まさに勝ち組。明るい未来が約束されている少年と言って良いだろう。

生まれながらに黄金の馬を与えられ、それに乗って軽く鞭をあてるだけでバラ色の未来へと疾駆出来るのだ。いずれ使う駒でなくとも、この世の絶望を全て与えながら殺したくなる。

 

 

「意外と地味なんだね~。何か面白い物は置いてないのー?」

 

「ウチは余り、余計な品は置かないようにしていますので………」

 

 

店は随分と堅実な経営をしているらしい。

本来なら有名店や人気店というのは本命の品だけでなく、様々な関係無い品まで置いて抱き合わせのように販売して利を稼ぐ。武器屋なのに土産屋のような品まで置いているなどザラだ。

それらに比べ、実に真っ当な店と言えるだろう。

だからこそ。

 

 

―――その堅実さが小賢しい。

 

 

衝動的に、置いてあるポーション瓶を全部カチ割りたくなる。

これまで積み上げてきたもの。何十年とかけて築いてきた客との信頼。

その全てを暴力でメチャクチャにしたくなる。

 

 

「お姉さんさぁー、もっと面白いものが見たいなー。ここって有名な店なんでしょ~?」

 

「そ、そう言われましても……」

 

「後ろにあった工房を見ても良いかにゃー?いいよね?うん、ありがと!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい……お客さん!」

 

 

慌てふためく姿を無視して、奥へと足を運ぶ。

別に工房になんて興味はない。

ただ、このクソガキの顔を歪ませたかっただけだ。てめぇのツラはずっと歪んでいれば良い。

もうじき、まともに笑ったり泣いたり出来なくしてやる。

 

 

(あーっ!またまた名案っ!このガキを巫女にしちゃおっか♪)

 

 

頭に浮かんだのはスレイン法国の秘宝、叡者の額冠。

アレを奪ってこのクソガキに被せ、死を呼ぶ巫女にしてしまうのというのはどうだ?

カジットの儀式も前倒しになり、その規模は更に拡大するだろう。

自分が逃走するのにも都合が良い。

 

 

(こんなガキ、死なんて生温過ぎるもんね~っ。うんうん、私ってば天才だぁー)

 

 

顔のニヤニヤが止まらない。もうヨダレまで出そうだ。

服を着せよう。半透明の巫女服を。

このクソガキは自我をも失い、全裸に近い姿を晒しながら生きていくのだ。

考えうる中でも最も悲惨な人生だろう。

 

 

「うぷぷぷ。大爆笑じゃん!今日は良い日だね、少年っ」

 

「お、お客さん!奥に入られるのは困ります……!」

 

「奥に入りたい~?うわー変態ー。少年のえろすけべー」

 

「な、な、何言ってるんですかっ!」

 

 

このクソガキ、こんなので顔を赤くしてやがる。

だぁけど、残念。お前は女の体も知らずに死んじゃうんだよ~ん。

 

 

「こ、ここには貴重な薬草や実が沢山あるんですっ!素人の方が……うわわっ」

 

「…………ッ。てめ」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「…………」

 

 

余程慌てていたのか、クソガキが転び、自分のローブを掴みながら倒れる。

奇しくも、クソガキに馬乗りになったような格好だ。

なんでこんな体勢にしちゃうかなぁ。自分がもっとも好きな体勢なんだよー、これ?

衝動的にそのツラへ拳をブチ込みそうになる。

あァ……殺したい。この顔面をベッコベコにへこませたい………。この場で殺したくなる衝動と、儀式に使う狭間で頭が激しく揺れる。吐きそうだ。

 

何で、このクレマンティーヌ様が「我慢」なんてものをしなきゃならない。

英雄の領域に踏み込んだ自分が、こんな地虫に………。

怒りが頂点に達しようとした時、背後からの気配に振り返る。

そこには全身を隠すようなローブを着た胡散臭い男と、女忍者がいた。

 

 

(あァん……?あの忍者……まさか………風花から聞いた……)

 

 

蒼の………とまで浮かんだところで絶叫に掻き消された。

 

 

 

「へ、変態だぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「衛兵さん、こいつです」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

モモンガは余りの光景に驚愕していた。何処かで見た事のある光景……。

奥ではまだ年若い少年に馬乗りになっている女がいたのだ。

少年の顔を見ると、今にも泣きそうな表情をしているではないか……。

かつてのトラウマが蘇り、頭が痛くなってくる。

 

 

 

「もうヤっだなー。変態なんて言わないでよぉー。事故だよ~、事故~。ね、少年?」

 

「どう見ても痴女じゃないか!馬乗りになられるのがどれだけ怖いか知ってるのか!」

 

「逆レは犯罪。許すまじ」

 

「お前が言うなっ!」

 

 

いかん、後ろから聞こえた声に素で突っ込んでしまった。

また泣かれたら困るからもうこれ以上は言わないけど、この子、ほんとに反省してるのかよ……。

とにかく、この少年を早く救ってあげないとな……。

同じ痛みを持つ、自分にしか出来ない事だ。

 

 

「少年から離れろ。あと、匂いを嗅いだりするのも止めろよ?」

 

「匂いだぁ?あんたさぁ~、さっきから何を言っちゃってくれてるわけぇー?」

 

 

女がそう言いながら立ち上がる。顔以外は全部ローブで包んだ怪しい姿だ。

こんなローブで全身を隠している奴なんて怪しい奴に決まってる。

クロだ。

完全に性犯罪者だろう。

 

 

「いい加減、笑えないにゃ~。薔薇まで居るしぃー。もう我慢しないでも良いよねー?」

 

「我慢って……全然出来てないじゃないかっ!獣欲が剥き出……ぅわっ!」

 

 

気付けば、女の突き出した武器が目の前にあった。

それが横から忍刀で止められている。

ティアさんが庇ってくれたのか……助かった……。と言うか、いきなり刺してくるか普通?!

こいつ、ガチモンの犯罪者だ!

 

 

「誰の男に手を出してる。ブチ殺すぞ駄女」

 

「いやいや、勝手に男にしないで下さいよ!」

 

「あっりゃ~。やっぱ薔薇ってそこそこやるんだぁー?聞いてたより楽しめそうじゃ~ん♪」

 

「私のモモンガに手を出すなら1000回殺す」

 

「ちょっと、勝手に所有物にしないでくれます!?」

 

 

何だこれ、どういう状況なんだ……レイプ犯がいきなり襲ってきたって事で良いんだよな?

二人の会話聞いてると何がなんやら分からなくなってきたよ……。

 

 

「法国の人間。この国で何をしてる?」

 

「へぇっー、流石は薔薇の忍者。私の事を知ってんだー?有名人ってばつらーい」

 

「私達の情報網を舐めるな。漆黒聖典」

 

「やだなー、何か悪者扱いで私かわいそー。頑張って仕事してきたんだよー」

 

 

法国ってのはニニャさんから聞いたけど、漆黒聖典?何だ、その厨二っぽい単語は……?

ちょっと格好良いと思ってしまったじゃないか。

そんな暢気な事を考えていると、二人は既に打ち合いをはじめていた。

ちょっと、あんたら血の気多すぎでしょ!?

 

痴女が軽々と突き出す刺突武器を、忍刀が弾く。

一閃、二閃、三閃。

自分の目から見ても結構速い。自分は純粋な戦士職ではなかったが、かつての仲間の戦闘を間近でずっと見てきたのだ。二人とも、随分と小慣れた動きであるように見える。

最高峰のアダマンタイト級冒険者……だったよな。それと打ち合える相手は何者だ?

 

 

(でも、良くて25~30lvぐらいの戦闘だよな………)

 

 

ユグドラシルでの駆け出しの時代が終わり、

次のフィールドで戦っていた戦士職がこんな感じだったような。

 

目の前で女の子二人が斬り合ってるというのに、頭の何処かで冷静に見ている自分が嫌になる。

戦力の分析や、調査、相手の力量を測るのは自分の病的なまでの癖だ。

この分だと一生、治りそうもない。

そんな事をぼんやり考えていると、倒れていた少年が立ち上がり大声で叫んだ。

 

 

「や、止めて下さい!工房が壊れちゃいますよっ!」

 

 

ぁ………ここ、店の中でしたね。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「あっはっは!楽しいじゃん楽しいじゃーん!でぇもぉ、腕がブルってきてんじゃなーい?速さだけは大したモンだけどさー。後衛が私と打ち合うとか舐めんなっつーのッ!」

 

 

痴女の武器が轟音を立てながら横薙ぎにされる。ティアはそれを忍刀で止めつつ、その勢いを利用するかのようにフワリと体を上空へ回転させた。

まるで曲芸のような身のこなしだ。その顔は無表情のままである。

 

 

「イカレ駄女。豚の精液でも舐めてろ」

 

「てめ、楽には殺さねぇぞクソ薔薇ァ……一本一本歯をへし折って全部飲み込ませてやる」

 

「蜘蛛の巣女。蛙相手にファックしろ」

 

 

物凄いヒートアップしてるな……と言うか、女の子の会話かよ……これ……。

聞きとうなかったよ、こんな会話……。

取り敢えず、これ以上やってティアさんが怪我をしたら大変だし、そろそろ止めるべきか。

 

つか、言っても止まりそうもないし、強引に外へ連れ出すか?

後は衛兵さんに引き渡すなり、牢屋に入れて貰うなり………。

このままじゃ店が壊れてしまうだろうしな。

俺はわざと、大きめに手を叩いて全員の注意をこちらに引き付ける。

 

 

「はい、騒ぐのもそこまで。こいつは俺が連れて行きますんで、後の事はティアさん、お願い出来ますか?」

 

「ん……。付いて行きたいけど我慢する(行かないとは言ってない)」

 

「あァ?誰が誰を連れて行くってぇ……?おめぇ、頭がおかし、ッ!」

 

 

瞬時に痴女の懐に飛び込み、その腕を掴む。

こいつ、俺のボロいローブ姿を見て油断していたんだろう。

別に速さに自信がある訳ではないが、侮ってる戦士職を捕まえる程度は出来るんだぞ?相手の職業や格好、武装などで侮るのはユグドラシルでは絶対してはいけない事の一つだ。

 

自分はその慢心を突き。

転ばせる戦いをずっとしてきたのだから―――

 

 

(さて、街に入る時に見かけた“あそこ”で良いか……)

 

 

 

《上位転移/グレーター・テレポーテーション》

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――共同墓地。

 

 

そこは自分には見慣れた風景。酷く懐かしい感じすらした。

ここなら人も来ないし、少々騒がしくしても問題ないだろう。どうも、この痴女は手癖が悪いみたいだからなぁ……衛兵さんを呼んでも素直に捕まりそうもない。

 

 

(それにしても、変なポーズやら台詞が出なくて良かった……)

 

 

流石に空気を読んで緊急を要するタイプや、移動系のには出ないんだろうか。

色々と実験したくもあるが、あんなの誰も居ない空間じゃないと出来そうもないしな。

実験してる間に俺の心が先に死ぬかも知れん。

 

 

「てめぇ……てめぇ!何をしたぁ……何でこんな場所にいる?!それも一瞬で……!!」

 

「うん……?転移の魔法を見たのは、はじめてか?」

 

 

痴女が驚愕しているが、俺にはあんたの格好の方が驚きだよ。

そのローブの下には金物のプレートがビッシリと付いていたのだ。

痛車ならぬ、痛服と言う単語が頭に浮かんだが、そこからは何か……血生臭い怨念めいたものを感じたのだ。自らの持つ、アンデッドを探知する《不死の祝福》に微かに引っかかるような感覚。

 

 

(怨念を自ら纏ってる……?いや、それを誇示してる?)

 

 

ただの痴女どころか、ホラーに近いような気がしてきた………。

七日後に死ぬ呪いとか持ったりしてないだろうな。

体にブルリと悪寒が走る。

怖ッ!

怖すぎだろ、この女。

どちらかと言えば顔は猫っぽくて可愛いと思うんだけどな……化け猫の類って事だろうか?

 

 

「まさか、第三位階の次元の移動……いや、でも、こんな離れた距離になんて………」

 

「そんな事はどうでも良いでしょ。それより、大人しく捕まる気はある?」

 

「………はぁ?てめぇさっきからムカつくんだよ。誰に上から目線でモノ言ってやがる。クソが口からクソを垂れ流してんじゃねぇぞ、この腐れ蛆糞野郎がッ!」

 

「ペロロンチーノさんなら興奮したかも知れないけど…………俺は普通にドン引きだよ」

 

 

ニニャさんの方がよほど女の子っぽく思えてしまうのはヤバいんだろうか……。

俺は普通にノーマルだと思って生きてきたんだが……。

異世界にきて性的嗜好が変わったとか無いよな?流石に心配になってきたぞ……。

 

 

「大体、てめぇは何者なんだよ………クソ薔薇の男娼かぁ?そのローブの下はさぞかし綺麗なお顔があるって事かなぁ~?………ここでズタズタにしてやったら面白そう~っうひひ」

 

「重症だな……どうしてこんなになるまで放っておいたんだ………」

 

 

もう歩くサイコパスにしか見えんよ……早めに片付けて牢屋に放り込んで貰おう。

カチリ、と頭を切り替える。もう説得なんて無理だ。

どうせやるなら、この世界の戦力を測るデータ収集に役立って貰おう。

 

 

「一つだけ聞いておきたいんだけど……君はこの世界でも、強い女戦士なのかな?」

 

 

イライラしていた女の顔からストン、と表情が落ちる。

鳩が豆鉄砲を食らったような感じだ。

そして、ゲラゲラと腹を抱えて笑い始めた。………うん、やっぱり怖い。怖いよ?

 

 

「あーっはっはっ!あんたさぁ……今頃、何をほざいてんだか……ウケる!悪いけど、上から数えた方が早いよ~ん?なになに、今更後悔しちゃってる訳ぇ~?でも許してやんなーい♪」

 

「そうか。なら、良い勉強になりそうだ」

 

 

相手の全力を引き出して、その箪笥の中身を全部見せて貰おうじゃないか。

魔法を使ったら、加減出来なくて殺してしまいそうだしな……。

軽く能力上昇の魔法でもかけて、暫くは様子を窺うとしよう。

 

 

 

 

 

「―――――見せて貰おうか。この世界の女戦士の実力とやらを」

 

 

(またこの口はぁぁぁぁ!)

 

 

 

 




最後の台詞はCV:池田秀一さんでお楽しみ下さい(待

遂にクレマンさんとの遭遇です。
普通、異世界物って「First kissから始まる ふたりの恋のHistory」なんですけどねぇ……。
何故かこの作品では馬乗りから始まってばかりで……ナニが始まるんでしょうか(白目)


それと、こんな作品ですが2000を超えるお気に入りへの登録をして頂けたようでして……深くお礼を申し上げます。
いつも感想を書いて下さる皆様にも深く感謝しています。
お陰さまでモチベを切らす事なく、ここまで書いていく事が出来ました。





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蹂躙

「ばっかだなー。魔法詠唱者ごときが私に勝てる訳ないじゃーん。それとも、さっきの転移系の魔法で強気になっちゃってる訳ー?うぷぷ、大爆笑なんですけどー」

 

 

そう笑いながらも、クレマンティーヌは相手を油断なく見ていた。

転移系は確かに面倒ではある。

が、自分には幾つもの武技がある……いきなり背後を取られようが回避する事は可能だ。

英雄の領域に踏み込んだ自分には《疾風走破》や《超回避》といった武技があるのだから。

それでも足りないなら《能力向上》《能力超向上》を重ねて使う。

その状態の自分なら、転移してきた瞬間を狙って10回は刺せる自信がある。

 

そもそも、転移系のような《大魔法》は魔力の消費も凄まじい。すぐに魔力が尽きるだろうし、転移魔法に魔力の殆どを割く事を考えれば、他の攻撃魔法を使う余裕すらなくなるだろう。

イージーな相手だ。

前衛が居れば厄介だっただろうが、一人なら問題ない。

 

恐らく、こいつは《次元の移動/ディメンジョナル・ムーブ》を使ったんだろうが………。

マジックアイテムか何かで相当な強化をしているのか?

あれは精々、距離を開けたり詰めたりするものであって、こんな遠距離を飛ぶような内容ではなかった筈だ……それに、発動にまるで時間を掛けた様子も無かった。

 

蒼薔薇と遊んでいた時から準備していたという事か……?

ほんの少し、自分の迂闊さに苛立つ。

 

 

(どっちにしろ、最後は魔力が尽きてカカシ状態……スッといってドス!で終わりー)

 

 

つまらない展開だ。

魔法詠唱者とやり合うと、大体こうなる。

せめて、相手を細切れにして楽しむか?だが、薔薇か、衛兵がいずれ来るだろう。

適度な時間で楽しむしかない。

 

相手を見ると左手で顔を覆い、その指の隙間から見える右眼でこちらを睥睨していた。

何だ、あの構えは……。

辺りの空気が……少し、変わった気がする。

 

 

あの、心臓を貫いてくるような眼は何だ………?

 

何かを必死に「抑え付けている」ような、あの鬼気迫る空気は……。

 

背筋に、嫌な汗が流れた―――――

 

 

アレは………

この魔法詠唱者は、危険じゃないのか?殺せ、すぐ動け。

戦士としての直感が叫ぶ。

だが、この足が動く前に、相手の右手が切り裂くように水平に伸び………。

 

 

 

絶望が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

《体は剣で出来ている―――――上位硬化/グレーターハードニング》

 

《血潮は鉄で、心は硝子―――――天界の気/ヘブンリィ・オーラ》

 

《幾たびの戦場を越えて不敗―――――竜の力/ドラゴニック・パワー》

 

《ただの一度も敗走はなく―――――上位抵抗力強化/グレーター・レジスタンス》

 

《ただの一度も理解されない―――――超常直感/パラノーマル・イントゥイション》

 

《彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う―――――不屈/インドミタビリティ》

 

《故に、その生涯に意味はなく―――――加速/ヘイスト》

 

《その体は、きっと剣で出来ていた―――――上位全能力強化/グレーターフルポテンシャル》

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…………ァ………………ひ………」

 

 

自分の口から漏れたその呻き声は、何を意味していたのか。

息が、苦しい。呼吸をする度に肺が痛む。

頭が、痛い。何だ、これ……なんだこれ!なんだ、、、この目の前の存在は?!

吹き出すような大魔力にローブがはためき、相手の姿が蜃気楼のように揺れている。

その体は淡い光に包まれ、目を奪うような七色の発光までしているではないか。

 

自分は、こんなおかしな存在と戦おうとしていたのか………?

イヤだ。

こんなのはイヤだ!

死にたくない……死ぬ!

圧迫感と威圧感だけで、今にも体と魂が弾け飛びそうだ。

 

 

「ふざ、ふざけんな………お前みたいな、お前、みたいな化け物が………人の世界に……」

 

「本当に恨むよ、この力を………」

 

 

何を言ってる……何を恨むんだ……これだけの力があって……。

だが、相手の雰囲気は打ちひしがれているような空気すらあった。

それは、幼い頃の自分に重なるような深い絶望を背負った姿。

 

 

(そっ、か……そういう、事……か………)

 

 

その姿を見て、不思議な程に。

ストン、と胸に落ちてくるものがあった。

 

自分も含めた、英雄級や逸脱者、神人などと呼ばれる存在達が幸福なのか?と言えばかなりの疑問がある。時には危険視され、時には幽閉され、一般的な幸福などからは程遠い存在だ。

死ぬまで国に飼い殺され、下される指令に命を磨り減らし続ける日々。

 

こいつも自らの力に弄ばれ、人生をメチャクチャにされてきたという事だろうか?

もしそうならば、気持ちは分かるような気がした。

自分もまた、優れた兄と生まれた時から比べられ、天才である事を、英雄になる事を否応無しに求められ続けた。人生が、毎日が、地獄でしかなかったのだ。

 

自分よりも遥かに大きな力を持つこいつは………。

もっと大きな何かに人生を翻弄され続けてきた、と言う事か………。

 

 

「そう、あんたも苦しんできたんだね………」

 

「…………まるで、呪いさ」

 

 

やはり、か。その吐き捨てるような言葉は、非常に重みがあった。

こんな相手とまともに戦っても勝てる訳もないし、もう戦う気力すら消え果てた。

完敗だ。どうしようもない程の惨敗だ。

戦う前から兜を脱がされた。

 

この男は、自分の敵ではなく、どちらかと言えば………

自分と痛みを分かち合える存在ではないのか?

同じ痛みを背負い、そして、自分より遥かに強い力を持つ者。

 

ほんの少し。

そう………ほんの少しだけ。

自分は、孤独ではなかったのだと思った。

 

 

「ねぇ、私はクレマンティーヌって言うの。あんたの名前も聞かせてくれない?」

 

「へ゛っ…………モモンガ、です、けど?」

 

「へー、モモちゃんか……可愛い名前じゃん」

 

「は??えと、さっきから何を……」

 

 

この街から手を引こう。キッパリとそう思った。

カジットには悪いが、モモちゃんが居て、計画が成功するなど到底思えない。

かなりのアンデッドを呼び出すつもりらしいが、今のモモちゃんを見ていると素手ですら数千の軍勢を砕きそうな気がする。勝ち目なんてない。皆無だ。

それに、この人が住んでいる街を壊して…………嫌われたく、ない。

何となく、そう思った。

 

 

「私、この街から手を引く事にしたよ。モモちゃんが住んでる街だもんねー」

 

「街……?街から出て行くって事ですか??」

 

「うん、でもね?また会いに来ちゃっても良いかなー?いいよねー?同じ身の上だもんねー」

 

「また会いにって、もうあの少年に手を出すのはダメですよ!」

 

 

その言葉に心臓を貫かれた。

彼はさっき浮かんだ自分の企み……額冠を使おうと考えていた事にすら気付いていたというのか。

 

 

「へー、そんな事まで見抜かれてたんだぁ……モモちゃんってば凄いや。最初から勝ち目なんてなかったんだねー。あははっ、いっそここまで行けば清々しいかもー」

 

 

これだけの力を持つ彼だ。

恐らくはカジットが地下で行っている儀式にも気付いているのだろう。二度と潜伏させず、表に出てきたところを根こそぎ叩くつもりに違いない。今思えば、蒼の薔薇の女忍者が居たのは既に調査を入れているという事を裏付けているではないか。

 

 

(なーんもかも……負けちったー。でも意外と悪い気はしてない??何だろ、これ)

 

 

どれだけ巧妙に隠そうと、アダマンタイト級まで動いているともなれば、計画の殆どが既に露呈しているに違いない。カジットが哀れではあったが、別に同情はしない。

彼とは互いに必要な時だけ利用しあっていた仲なのだから。

 

 

いずれ漆黒聖典を抜け、この街で事件を起こして追っ手を撒き、他国へ逃げて暮らす。

それが自分の計画であった。だが、大幅に計画を変更せざるを得ない。

一度、国へと戻って今後の事を考える必要があるだろう。

 

 

「それじゃ、私はもう行くよー。モモちゃん、また会おうねっ!」

 

「へ………?アッハイ」

 

 

この遭遇により、幾つかの悲劇が未然に防がれる事となるのだが………。

モモンガには全く、知る由もない事であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(どうしてこうなった………どうしてこうなったっ!)

 

 

クレマンティーヌが去った後、モモンガは頭を抱え、墓地の中心で一人身悶えしていた。

自分は軽く、そう……戦士職に対する強化をしよう、と考えただけだったのだ。

それが、フルブーストに近い強化を開始し、ギアスを使って皇帝に反逆でもしそうなポーズを取り、国民的ともいえる厨二全開の詠唱を始めたのだ。

余りの恥ずかしさに感情が高ぶり、発光が抑え切れなかった……。

 

そりゃ、あの詠唱は好きだよ?!百数十年前から今も伝えられている詠唱だもんね!

格好良いと思うよ!でもさ、あれは見る方だから良いんだよ!

自分がやるなんて無いだろ!無いでしょ!

大事な事だから二回言ったよ?!

このスキルは……一体、何処まで俺に試練を与える気なんだ?!

 

 

(いつの間にか、痴女も行っちゃったし………!)

 

 

まぁ、あの痴女は街から出て行くと言ってたから、それはそれで良いのか??

あの少年にはもう手を出すなとちゃんと釘も刺しておいたしな……。

この国の衛兵でも何でもない俺が、追いかけて捕まえる程の義理はないだろう。

 

 

(それにしても、このスキルの適用範囲はどうなってる??)

 

 

転移系には出なかったのは、緊急時という事だろう。

《魔法の矢/マジックアロー》などで出なかったのは、恐らくは第一位階魔法だから格好付ける必要がないって判断してるのか??

入力と設定した奴、ほんとに出てこいよ!神か?悪魔なのか?

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「モモンガ、超絶格好良かった。惚れ直した。添い遂げたい」

 

「い゛っ……」

 

 

振り返ると、ティアさんが居た。

まさか………。

 

 

「いつ、から………見てました?」

 

「ポーズを決めた辺りから」

 

「嘘でしょっ?!あの店からここまでどれだけ距離が………」

 

「匂いを嗅いで忍者の秘術で追った」

 

「怖ッ!」

 

 

ダメだ、もうこの忍者の性能にはついていけないよ………。

と言うか、あんな姿を見られたら、恥ずかしすぎてもう顔を見れない……。

 

 

「モモンガ。あの詠唱も最高に格好良かっ……」

 

「もうやめてぇぇぇぇぇ!」

 

 

違うから!あの詠唱は赤い人がやるものだから!

モモンガのそんな叫びは誰に伝わる事もなく、墓地での戦い(?)は終わったのであった。

 

 

 

 




遂に戦う事なく、クレマンさんを蹂躙してしまったモモンガ様。
無限の剣製までしてしまったからには…………もう何も怖くない(フラグ)

次回で第二章も終了です。
これまで出してなかった情報も纏めて載せる予定。





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新星

ティアがモモンガの手を引きながら、街中へと戻る。

見慣れた街ではあるが、彼が後ろに居ると何故か気分が良い。景色も違って見える。

迷子にならないよう、その手もしっかりと握って離さない。

 

いつもの彼ならそれに対して何か言うだろうが、今はそんな気力もないようだ。

無理もない。あれだけの大魔法を連発して身に纏ったのだ……普通なら魔力も尽き果て、意識を失うか、全身を酷い倦怠感が襲って歩く事すら困難になるだろう。

 

 

(途方も無い大魔法だった……それも、ごく自然に連発していた……?)

 

 

強大な何かを隠している、とは思っていた……だが、それは自分の想像すら遥かに超えるモノ。

彼は、かのフールーダ・パラダインすら凌駕するのではないか……?

それ程の魔法詠唱者でありながら、ガガーランを超える膂力すら持っている。

 

頭に浮かぶ文字は只一つ―――――「英雄」である。

古より謡われる「十三英雄」の再来であるとしか自分には思えない。

 

彼は何処から来たのか?

どうやってその力を身に付けたのか?

聞きたい事は沢山ある。

 

だが、焦りは禁物だ。

これに関しては、もっと時間を掛けて聞いていくべき事だろう。

自分はまだ、彼からそこまでの信頼を得ていない。

じっくりと腰を据え、長期的なプランを立てて考えていくべきだ。

 

 

(それにしても………彼は無用心……)

 

 

自分の力を、特別な存在である事を、自覚しきれていない。

彼は本来、慎重な性質であると思うのだが……何処かチグハグな印象を受ける。

あんな何もない平原を一人でうろついていたり、自信があったのか危険な法国の人間と二人きりになったり、街に入る時も身分を証明するものすらなかったと聞いている。

まるで、突然この世界に放り込まれたような……いや、それは自分の考えすぎか。

 

 

「モモンガ……これからどうするの?」

 

「早めに仕事を探そうと思ってますけど………営業職とか……」

 

 

彼の口から出るのは実に平凡な言葉。

ティアはそれを聞いて内心で眉を顰めた。これだけの、圧倒的な力を持ちながら、彼は普通の仕事に就こうとしているらしい。見た目や力とは裏腹に何処までも素朴ではある……。

だが、そんな事が出来る筈もない。

彼は早急に自分の立場を確保し、確立しなければならない。でないと、とても危険だ。

 

今の彼を冷静に見ると、あくまで身元不明の旅人なのである。

それは「流人」や「難民」などと何も変わらない。

彼を危険視した何かから、闇から闇に葬り去られても何処からも苦情が出ないのだ。

 

身分も戸籍も何もない存在……それは「居ない人間」と変わりがない。

元から居ない人間が居なくなったところで、何の不都合もないのだから。

 

 

「モモンガ。身元が確かでない人が、普通の仕事に就くのは難しい」

 

「まぁ……それは、そうでしょうね」

 

 

実際、次男や三男などが田舎から街へと出て様々な商会や、建築・土木などの仕事に就くケースは多いが、あれとて身元が確かだから雇えるのであって、身元も分からない旅人などを雇う無用心な所はないだろう。そのまま店の金を持ち逃げなどされては目も当てられない。

 

 

「私は冒険者として登録する事を勧める」

 

「冒険者……ですか……」

 

 

冒険者ならば、身元が不明であろうが、何であろうが登録する事が出来る。

彼に冒険者という仕事や、そのシステムを説明していく。

そして、その「裏側」にあるものも。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ティアさんの意見を纏めると……冒険者というのは「消耗」や「損耗」が激しいから身元なんて問わずに常に募集している、という事ですか?」

 

「そう。命を張ってくれる盾は、多ければ多いほど良い。為政者からすれば、そうなる」

 

「高額の報酬や、一攫千金の「夢」を与えて……命を賭けさせる訳ですか」

 

「それだけじゃない。ならず者や犯罪者に堕ちる者を掬い上げる、最後の救済機関でもある。学も力もない人間でも冒険者になれば、かろうじて食べていく事は出来るから」

 

 

 

真面目に冒険者として仕事をやっていれば、少なくとも飢える事はないだろう。

その毎日が生死の境を潜る事にもなるが。

冒険者の組織とは、こういった底辺層が犯罪組織へ流れて行く事を防いだり、治安を一定に維持する側面もある。これらも全て、王城に居るラナーの知恵だ。

 

 

自分としては珍しく長い言葉で話していく。

彼は聡明だ。

隠すよりも、何もかもを話した上で納得して貰った方が良い。

 

 

「モモンガ。まずはちゃんとした身分を作るべき」

 

「それは確かに、そうでしょうね……今の自分は不法滞在者みたいな扱いでしょうし」

 

 

彼は暫く思案していたようだったが、最後には頷いた。

これで、とりあえずは身元不明の「存在しない人間」から脱却する事が出来る。

この都市で登録して貰えるのも大きな点だ。

少なくともある程度、立場を固めるまでは王都などの権力筋からは離れていた方が良い。

 

 

「もし、仕事をするのが嫌なら私が養っても良い。三食昼寝付き、オヤツも出す」

 

「止めて下さいよ!完全にヒモじゃないですかっ!」

 

「こう見えて甲斐性はある。もっと私を頼って、甘えてくれて良い」

 

「じ、自分はちゃんと仕事をして生きていきますから……大人なんですし」

 

「私と居れば毎日好きなだけ寝れる。美味しいご飯を食べて。美味しいお酒が飲める」

 

「う゛……何ですか、その悪魔の囁きは!」

 

「大きな家を買っても良い。私の事も毎日食べられる。幸せを約束する」

 

「ちょ、ちょっと!登録の話は何処に行ったんですかっ!」

 

 

いけない、つい暴走してしまった。

でも彼の顔も赤くなっている。可愛い。

また脱線してしまいそうだ……ひとまずは組合に行って登録しに行かなければ。

今後の事を考えるに………一番良い道筋はどれだろうか。

 

 

その1、彼にアダマンタイト級にまで上り詰めて貰う。

これは理想ではある。あれだけの力があれば、それは決して夢物語ではない。

私達と同じように替えがきかない存在として、時に国や貴族とも対等以上の立場に立てる。

 

 

その2、登録だけして私が養うパターン。

これも良い。全力で甘やかして、骨まで溶かしてみせる。

難点は、彼個人としての立場の重みを得られない事。

やはり、彼自身も重んじられる立場となった方が様々な面で安全だ。

 

 

その3、蒼の薔薇へ加入して貰う事。

これは仲間の了承も要るし、他にも問題があって中々に難しい……。

イビルアイが加入した時も、彼女との圧倒的な実力差に戦術も戦闘体制も、全ての変更を余儀なくされた。彼が入るとなると、更に一から再構築する必要が出てくるだろう。

普通の冒険者チームならそれでも良いだろうが、私達が相対する相手は国を揺るがすレベルの存在ばかり……下手な連携不足は、全員を死に追いやる。

ただ、時間と余裕さえあれば、彼の加入は飛躍的な戦力増加となる………。

 

 

全ての可能性を模索しつつ……まずは王都へと早急に戻り、仲間へ相談しなければならない。

ティナと私は一心同体、問題ない。彼の実力を知るガガーランも問題ないだろう。

だけど、リーダーやイビルアイはチームワークの点から、決して良い顔をしない筈。

何処かでモモンガと直接会う場を用意しなければ。

頭を高速で回転させていると、いつしか組合の扉の前に到着していた。

 

 

「モモンガ、ここが冒険者組合」

 

「随分と立派な建物ですね……」

 

 

モモンガが小声で「ブラック企業の本社って大抵、立派だもんな」などと言っているのが聞こえたが、ぶらっくきぎょうとは何だろうか……彼は時折、変な事を言う。

扉を開けると、中にいた者たちの視線が一斉にこちらへと向けられた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(これが冒険者組合か…………)

 

 

モモンガはティアの後ろを歩きながら、視線が集中してくるのを感じていた。

自分に向けられる視線は胡散臭い者を見る目であったが、前を歩くティアに向けられる視線は憧憬や尊敬の篭ったものであり、実に熱っぽい視線であった。

 

 

(最高峰冒険者、か……こんな小さな子が………)

 

 

この国の男は何をしてるんだろう?なんて偉そうな事が頭を微かに過ぎったが、

自分はそれ以下のヒモ状態である事を思い出して気分が落ち込んだ。

俺こそ何をしてるんだよ、と言われる立場だったよ……。

かつての仲間に呆れられないよう、今日からちゃんとした社会人生活を送らなきゃな……。

 

 

各種の視線を浴びながら受付に行くと、ティアさんが要領よく説明してくれた。

字が読めないし、助かったな……確か全ての文字を読めるマジックアイテムがあったから、後であれを出して試しておく必要があるだろう。字が読めないままだと色々とマズイ事になりそうだ。

取り敢えずは、最下級の《銅/カッパー》という位置からのスタートになるらしい。

会社で言うなら、新入社員といったところか。

 

 

《お一人での登録、チームですか……危険なのでは?》

 

《私が推薦する人物。問題ない》

 

 

二人が何やら小声で話しているが、ちゃんと登録出来るんだろうか?

むしろ、面接とか無い方が落ち着かないんだが……。

面接も何もないという事は、裏返すとそれだけブラックな環境でもあり、いつ死んでも替えがきく、どうでも良い存在でもあるという事かも知れない。

何か大規模な派遣会社みたいだな……。

 

 

「モモンガ、チーム名はどうする?」

 

「チーム名……一人でも必要なんですか?」

 

「覚えて貰いやすいチーム名をつけたり、特色をチーム名にしたりする」

 

 

なるほど……言わば、個人の会社名みたいなもんなのか?

ならば、何と名付けようか。

かつてのギルド名が浮かんだが、あれを一人で名乗る事は憚られる。

あれは全員のものであって、自分個人のものではない。

 

 

(そういえば、仲間達からはネーミングセンスがないって散々、からかわれたよなぁ……)

 

 

「安直すぎww」「センスナッシング大帝」「ダサすぎンゴwwwンゴwww」

などと、散々煽られたものだ……あれ、何か凄い腹立ってきたぞ。

仲間達からは不評であったが、自分のネーミングセンスも捨てたものではないと思う。

むしろ、密かにセンスがあるんじゃないか?と思っている程だ。

ここらで一つ、この世界の人達が瞠目するようなチーム名を考えて汚名返上といこうじゃないか。

 

 

《モモンガ・ザ・ダーク・マジックキャスター》と言うのはどうだろう?

中々に勇壮な響きがあって良い。

暗黒っぽい魔術師は自分の望むところでもある。

 

 

《鉄十字・千年帝国》というのもどうだ?

実はアイテムBOXの中には幾つかの軍服っぽいのが入っていたりする。

パンドラに着せる為、と言い訳しながら作っていたが、実は自分も少し着てみたかったり……。

ゲーム後半ではやる事もなかったし、貯め込んだデータクリスタルを湯水のようにぶち込んで、希少金属も散りばめた逸品だ。

 

ユグドラシルでは恥ずかしくて着れなかったが、誰も自分の事を知らないこの世界でなら……。

ともあれ、ここらのチーム名でティアさんに打診してみるか。

 

 

「モモンガ・ザ・ダーク・マジックキャスター、はどうでしょう?」

 

「ダサい(直球)」

 

「う゛ぅ……な、なら、鉄十字・千年帝国と言うのは………」

 

「ダサい。長い。臭い」

 

「ちょ、、何なんですかぁぁぁぁ!これでも必死に考えたんですよ?!」

 

 

余りの酷評に、カウンターに突っ伏す。

受付のお姉さんも、何処か乾いた愛想笑いを浮かべていた。後ろからは「プッ!」と噴き出す声まで聞こえる始末だ……そんなに変か?変なのか??

 

 

「モモンガ、センスない」

 

「う゛ぅ……ここでも俺はセンスがないと言われるんですか………」

 

「でも、そんなところも可愛い」

 

「そんな慰め、聞きたくありませんよっ!」

 

 

どうしてだ……何故、俺のネーミングは誰にも理解されないんだ……。

まさか異世界に来てまでセンスを否定されるなんて……。

こうなったら、他の候補も挙げて意地でも格好良いと言わせてやる。

 

 

「なら、モモンガ・ザ・スペシャル……「流星、で登録して」」

 

「ちょっと!勝手に決めないで下さいよっ!」

 

「はい、《流星》で承りました」

 

「待って、受付の人!」

 

「モモンガにピッタリ。私が保証する」

 

 

流星って………確かに変なスキルの所為で星を纏ったりしてしまうけど……。

それこそ、まんまじゃないか??安直じゃないのか??

後ろを振り返ると、「さっさとしろや」と既に順番待ちが出来ていた。くそー!

俺のネーミングセンスが認められる絶好の機会だったのに………。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「モモンガ。私は仲間に会いに、一度王都へと戻る」

 

「そ、そうですか……あの、色々とお世話になりました。登録料も貸して頂いて……」

 

「気にしないで欲しい。当面の生活費も渡しておく」

 

「そんな事までして貰う訳には……!」

 

「今日の宿屋代は?ご飯代は?」

 

「うっ……な、無い、ですけど………」

 

 

ティアさんから、お金の詰まった小さな皮袋を渡される。

組合での登録を済ませ、夕暮れを迎える街で俺はヒモになっていた。

空を往くカラスの声が身に染みる。

今日を過ごす金すらないなんて……一体、俺の人生はどうなっているんだろうか……。

 

冒険者組合への登録料すら払えずにティアさんに借り、

あまつさえ生活費すら借りる始末だ……ヒモである。どうしようもなく、ヒモであった。

もはや、言い訳すら出来ない。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

たっち・みー

「見損ないましたよ。ヒモンガさん」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

えぇ、そうでしょうね!言われると思って構えてましたよ、たっちさん!

もう幾らでも責めて下さいよ!

貴方達のギルマスは今、異世界でヒモになってますよ!悪いですか?!

Re:ヒモから始まる異世界生活ですよ!

情けなさが頂点に達し、完全に開き直り状態になってきた……俺、疲れてるんだろうか……。

 

 

「いつか返してくれれば良い。モモンガは出来る男。きっと出世する」

 

 

ティアさんの暖かい言葉に胸が詰まる。まるっきりダメ男が励まされているような光景であったが、今の自分にはありがたい言葉だ……頑張って働かないとな。

あぁ、ニニャさんにもお金借りてたよな……。

借金してヒモになるって、こんな異世界転移があって良いのか。

俺の知るラノベにはこんな展開は無かったんだがな……。

 

 

「それじゃ、モモンガ。またね」

 

「は、はいっ!色々とありがとうございました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、最下級である《銅/カッパー》の冒険者が一人誕生した。

 

 

このみすぼらしいローブを纏った男が。

 

 

後に「流星の王子様」と王国中の女性を虜にしていく事になるのだが………

 

 

それはもう少し、後のお話―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章 -銀河- FIN

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

状態が公開されました。

 

【感情の変移】

ティア(八本指の運び人 → 運命の人 → 不変の愛 → 永久不変の愛)

ガガーラン(八本指の運び人 → 極上の童貞 → 至高の童貞)

ニニャ(旅人 → 頼りになる強い人 → 愛情)

クレマンティーヌ(最低 → 友人)

ンフィーレア(助けてくれた人?)

 

 

 

ティアが王都へ帰還した事により、ラキュースとの遭遇フラグが立ちました。

ティアが王都へ帰還した事により、イビルアイとの遭遇フラグが立ちました。

ティアが王都へ帰還した事により、ティナとの遭遇フラグが立ちました。

度重なる取引の妨害に、八本指が苛立っています。

エ・ランテルの地下で、何かの儀式が進んでいるようです。

 

クレマンティーヌの漆黒聖典からの離脱フラグが消失しました。

クレマンティーヌの持ち帰った情報により、スレイン法国の一部に動揺が走っています。

スレイン法国が《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》の情報に神経を尖らせています。

 

トブの大森林で森の賢王が孤独な生活をしているようです。

カルネ村は今日も平和です。

リザードマンの村は今日も平和です。

 

 

 

 




これにて、第二章終了です。
オバロの二次としては変化球どころか、死球に近いような今作でしたが、
驚く程、多くの方に読んで頂けた事に感謝します。
オバロファンの暖かさと、心の広さに救われました。

毎日更新を続けていたので、第三章の開始は何話か書き溜めしてからになると思われます。
沢山の感想や、評価、お気に入りへの登録など、本当にありがとうございました!





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三章 火花
神の残光


王都でも最高級と言われる宿屋の一つ。そこに備え付けられたBARで二人の女性が飲んでいる。

イビルアイとティナだ。珍しい組み合わせ、と言って良いだろう。

ティナはチェリーの入った赤色のカクテルを飲んでおり、イビルアイの前にはグラスの縁にカットされたメロンが付いたカクテルが置かれていた。

 

 

「英雄を超える男、ね………ティアは女にしか興味が無かったのではないのか?」

 

「遊びは卒業したと言っていた」

 

 

アダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇が座るテーブルはいつも決まっている。

どれだけ混雑していても、そのテーブルだけは必ず空けられており、これに座るようなモグリは周囲から「とんだ田舎者」と笑われる事となるのだ。

 

冒険者が使う施設には大抵、幾つかの慣習やルールがあるが、これもその一つだ。

有名な所で言えば、《銅/カッパー》になりたての冒険者に先輩冒険者が絡み、その対応を見て能力を推し量るというものがある。

大小様々な慣習があるが、それらに共通している事は一つ。

浮ついた気持ちに水を浴びせる、という事。

 

登録したばかりの冒険者が、いよいよ最高級とも言われる宿屋に泊まれるようになった冒険者も、其々の慣習やルールによって冷や水を浴び、身を引き締めさせられる事となる。

乱暴で、実に野蛮な風習ではあったが、これらによって冷静に自分達を見られるようになった者も多い。それでも見られない者は―――――いつの間にか“居なくなっている”。

それもまた、ごくありふれた日常の一幕だ。

 

 

「まさかとは思うが、妙な魅了でも食らっているんじゃないだろうな?」

 

「ガガーランはあの鎧。私とティアは忍者」

 

 

返って来た返答はシンプルなもの。それ以上の説明が要るのかと言う表情だ。

イビルアイとて、別に本気で言った訳ではない。

ガガーランの着ている《魔眼殺し/ゲイズ・ベイン》は状態異常を防ぐ超一級品の鎧であり、一体で、街一つを滅ぼすと言われるギガントバジリスクの《石化》すら防ぐのだ。

ティアとティナも幼い頃から厳しい訓練を経て、魅了や支配などに対する体質を作り上げている。

これも当然だろう―――――忍者が“口を割って”いたら話にならないのだから。

 

 

「純粋に惚れたと言うのなら……尚更、性質が悪い」

 

「そう?二人とも馬鹿になって面白かった」

 

 

馬鹿は元からだ、と言いかけて口を噤む。困った面もある奴らだが、大事な仲間には違いない。

ガガーランは《童貞食い》《童貞好き》を公言しており、

ティアは《元レズビアン》であり、目の前のティナに至っては《少年好き》である。

イビルアイは思わず頭を抱えたくなった。

 

 

(どうして、こう………おかしな性的嗜好持ちばかりが集まったのか)

 

 

ラキュースはかろうじて普通であると思いたいが、そもそも自分はラキュースと男の話などロクにした事がないので分からない。男などに興味はないからだ。

250年という悠久の時を生きる《吸血姫/ヴァンパイアプリンセス》である自分に、恋愛などまるで不要であり、世間の女が騒げば騒ぐ程、馬鹿らしくなる。

 

 

(そもそもが、男に守って貰おうとする性根が気に食わん)

 

 

人間の女は種族としての脆弱さからか、楽をしたいのか分からないが……とかく、男に守って貰いたいという気持ちが強い。笑止であった。

己が弱いのであれば、強くなれば良い。身を守りたいのならば、自分を鍛えれば良い。

少なくとも………自分はそうやって生きてきた。

男が居なければ自分の身も守れないなど、お笑い種ではないか。

 

自分達、蒼の薔薇の面々だけは………

それら世間の愚かな女と一線を画す存在であると思っていたが。

 

 

(その男、危険かも知れんな)

 

 

たかが、男一匹………とも思うが、いつの時代もチームや集団を壊すのは異性である。

楽観せず、早めに対応を考えておく必要があるかも知れない。

確か、エ・ランテルに居ると言っていたか………自分が転移先の設定をしていない街だ。

エ・ランテルは巨大な城塞都市だが、帝国との戦争に備える兵糧貯蔵庫・兵站の維持地点としての意味合いが強く、自分達にはまるで縁の無い街であった。

これを機会に、《転移/テレポーテーション》の設定をしておくのも悪くないかも知れない。

 

 

「会いに行くの?ぶちのめすの?」

 

 

相変わらず、鋭い女だ。

仮面で覆った自分の事を、よく察する。

 

 

「フン、そんな労力を割くだけの価値があるのやら……」

 

 

ただ一言、それだけを口にした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

スレイン法国。

周辺国家最強の戦力を有する、人類至上主義の国家である。

圧倒的強者であるモンスターから脆弱な人類を守るべく、ありとあらゆる手段を以って人類を守る為に奮闘している国でもあった。

また、600年前に降臨した“ぷれいやー”、六大神を国を挙げて信仰する集団でもある。

 

 

「英雄を超える存在だと……?馬鹿馬鹿しい」

 

「しかし、可能性は常に考慮すべきだ」

 

「報告者がクインティアの片割れではな。情報の精度を疑わざるを得んよ」

 

 

ステンドグラスから多彩な光が差し込む聖堂で、六人の男が顔を並べ議論していた。

一部は眉間に皺を寄せて考えているようであり、一部は鼻で笑ったりと、その表情は様々だ。いつもは静謐な空間である聖堂だが、今日ばかりは少々騒がしい。

 

無理もない。

彼らの立てている計画の一つに、思わぬ支障をきたすかも知れない情報が入ってきたからだ。

珍しく六大神官長の全員が顔を揃えていたが、その表情は決して明るいものではない。

 

 

 

「例の男を消しても、そやつが新たに登用されては意味があるまい」

 

「馬鹿な事を。あの頑迷な国がそのように大胆な登用など出来るものかよ」

 

「風花は破滅の竜王の調査に、陽光は竜王国への救援に、其々が仕事を果たしておるが……はて、漆黒の面々は何をされておられるのかな?このような下らん情報をもって仕事をしている、と我々に訴えられたいので?」

 

「それは侮辱のつもりかね?」

 

「止めんか、話の主旨がズレてきておるぞ」

 

 

 

―――――彼らは苛立っている。

 

 

 

これ程に人類の為に奉仕しているのに。

迫り来るモンスターの脅威に対し、ただ一国、孤独な戦いを続けているというのに。

何故?どうして?

我々にはいつまで経っても、救いが舞い降りないのか、と。

 

神が……“ぷれいやー”が、この地に降臨されるのはいつなのか。

どれだけ待てば良いのか。

降臨されたのはもう、600年も前なのである。

あと何年待てば良いのか。それとも、あと600年待てと言うのか。

それとも………この世界は、この国は、人類は、神から既に見放されているのか。

 

 

彼らは知っている。

いつか来るであろう、崩壊を。

ほんの少しの油断で、間違いで、人類の生存圏が一瞬で飲み込まれる事を。

全ての人類が奴隷となり、食料となり、獣以下の存在に成りはてる事を。

 

 

彼らは知りすぎている。

この世界における人類が、余りにも脆弱でか弱い存在である事を。

 

 

故に、彼らは必死に祈る。

歯を食い縛り、待ち続けている。

 

 

人の世界を覆わんとする闇を切り払い、光を齎す神の降臨を。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

一方、その“神”は―――――空腹で倒れそうになっていた。

 

 

(仕事がない………)

 

 

おまけに、神には仕事も無いようだ。

 

 

(金もない……)

 

 

渡されたのは借りた金であり、神のものではない。

 

 

“神”は余りの惨状に笑いたくなった。

あの最終日の悲しみすら、この惨状に比べれば子供騙しではなかったか、と。

 

毎日のように組合に出掛けるものの、まるで仕事がないのだ。正確に言えば、銅級でも出来る仕事がない。最初こそ、「新入社員に任せられる仕事なんて、そりゃ少ないよね」などと思っていたのだが、こうも貼り出されている仕事がないと、胸に絶望が圧し掛かってくるようである。

神のその姿は完全にハローワークに通う、失業者のおっさんであった。

 

 

「金もない、仕事もない、彼女もいない、友達もいない、か………ははっ!」

 

 

遂に神はブツブツと独り言まで言い出したようだ。

ボロいローブを着た男が、独り言をブツブツと呟いては突然笑い出す姿に、周囲に居た住人達は目を合わせないようにして距離を取っていく。

もし、スレイン法国が“神”のこのような現状を知ったのならば、国の総力を挙げて古今東西の美食と美酒を用意し、国中の美女と金貨を揃えて献上し、神の下に平伏した事であろう。

 

しかし、悲しいかな……両者はまるで互いの事を知らないのである。

ちなみに、神がどれだけ組合に行っても仕事がないのにも当然、理由があり、それは都市の上層部……いや、都市長直々による指令であった。

ティアが動いた結果、都市長は神を「少なくとも、遠国の貴人であろう」と判断し、銅級がやるような雑務をやらせるなどトンでもない事であると指示を下したのだ。

 

下手をしたら都市間の外交摩擦になりかねず、

まして、その遠国から「非礼である」と難癖まで付けられる可能性があった。

そうなった時、王国を牛耳る大貴族達は決してこの都市を庇うような事はしない。むしろ、喜び勇んで国王派である都市長を叩き下ろし、自分達の影響下にある人間へと首を挿げ替えるに違いない。

 

当然、そのような政治的判断を神が知る由もなく………。

足繁く組合に通っては、宿屋に戻るという日々を繰り返しているのである。

 

 

(毎日、水と干し肉だけじゃなぁ………)

 

 

神は《無限の水差し》からの水と、纏めて買った干し肉を齧ってここ数日を過ごしていたのだ。

借りた金を使えばもっと普通の食生活を送れるのだが、神は借りた金を使うのを良しとしない。

何処までも小心で、謙虚な神なのである。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「あの………もしかして、あの時の………!」

 

「はい?」

 

 

アンデッドのように街を彷徨っていた神に、救いの声がかかる。

声の主は中性的な顔をした少年、ンフィーレアであった。

 

 

「あの時は、その、ありがとうございました!」

 

「い、いえ、こちらこそ店の中で騒ぎを……」

 

「冒険者の方、だったんですね」

 

 

少年が相手の着けている銅級のプレートを見て、少し驚く。

少なくとも彼は、少年の目の前で姿を“消した”のだ。それも人を連れて、である。

自身も第二位階の魔法を行使出来る身であり、仕事柄、数多くの冒険者を見てきた少年からすれば仰天すべき事であった。

 

アレがマジックアイテムによるものか、それとも噂だけで聞く伝説の転移の魔法なのか。

少年はあれ以来、ずっと考え込んでいたのだ。

出来る事なら聞いてみたい、と思っていたのだが、自身の能力や所持するマジックアイテムを他人にペラペラと話すような馬鹿な冒険者など当然、居る筈がない。

 

下手に情報が出回ったりなどすれば、それが自分の命取りになるであろう。

情報とは秘するものであり、冒険者にとってはハッタリも一種のステータスなのである。

それでも、少年は知りたかった。

大袈裟に言えば、転移とは”人類の夢”であろう。

一瞬で違う場所へ、思い描いた場所へ行く………それがどれだけ便利で、価値のある事か。

万金を積んででもその能力を得たい、知りたい、と思うのは当然であった。

 

 

「あの、冒険者の方であるなら………し、仕事を依頼しても宜しいでしょうか?」

 

「仕事ですか?!」

 

 

少年は、この冒険者に接触してみようと思った。

到底、教えて貰えるとは思えないが……長い付き合いともなれば、ほんの少しは漏らしてくれるかも知れない。そんな淡い期待を抱きながら。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「実は、先日の騒ぎで薬草や薬剤がかなりダメになってしまいまして………」

 

「あぁ………それは………」

 

 

ンフィーレアはあの日の事を思い出し、思わず溜息をつく。

実際、あの二人の大立ち回りで薬草は踏まれるわ、ポーション瓶は割れるわ、で後始末が大変であった。何か危険な感じがする女性であったから、そこから助けて貰えた事には感謝しているが、損害も大きかった。

薬草や薬剤などは、早急に補充しなくてはならない。

 

 

「そこで、トブの大森林へ行こうと考えていまして。護衛を依頼したいんです」

 

「トブの大森林、ですか………」

 

「勿論、そんな奥地に入る訳ではありません。あそこには森の賢王がいますしね」

 

「森の賢王………」

 

 

トブの大森林と言ったのはマズかっただろうか?あそこは危険な地域だ。

人類未踏の地、と言っても良い。

奥地へは立ち入らない、と言っても多くの冒険者が尻込みする場所なのだから。しかし、何らかの方法で転移が出来るこの人ならば、と思ったのだが……。

 

 

「行きましょう。その依頼、私にお任せ下さい」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 

やはり、この人には自信があるのだろう。

うまくすれば、普段は入れない奥地へも入れるかも知れない……森の賢王が出てきても転移で逃げれるとすれば、あそこには貴重な薬草や実、薬効の高い木皮や植物の蔦や蔓など、素材の宝庫であり、それらが取り放題なのだから。

 

 

「挨拶が遅れました。僕はンフィーレア・バレアレと言います」

 

「私はモモンガと言います」

 

 

 

遂に“神”が名乗りをあげ、伝説となる一歩を踏み出した。

 

 

 

 




暫く書き溜めすると言ったが……ありゃぁ嘘だ。
一話が出来たと思った時には、もう既に投稿しているんだッ!

って事で、三章開始です。
スレイン法国と神(?)の温度差は縮まる事はあるのか……。





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森の賢王

冒険者組合の上層部は今、時ならぬ大騒動の中にあった。

「例の貴人」があろう事か、バレアレ家から「名指し」で仕事を受けたというのだ。

バレアレ家といえば、エ・ランテルが誇る薬剤店であり、近隣どころか時には他国からもポーションの買い付けに来る程の店である。都市を代表する名物店と言って良いだろう。

無下に却下する事など難しい、対応に苦慮する相手であった。

 

組合の二階では組合長であるアインザックと、今日は会議で組合へと来ていた都市長であるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが苦渋に満ちた顔で話し合っていた。

 

 

「………都市長は、どうお考えで?」

 

「よもや、金に困っている、などという事はありえぬだろうしね………」

 

「ティア殿から、少なくない金貨を渡されていたとの情報もありましたな」

 

 

そんな情報がなくとも、アダマンタイト級冒険者にあそこまで手厚く保護されている相手が、金に困っているなどと二人が考える筈もない。彼らの中ではモモンガは最高峰冒険者の庇護下にある遠国の貴人であり、まさか“真面目”に仕事を探しているなど思考の片隅にも浮かばない。

 

 

「貴人は貴人であっても、亡命者である……という線も高いと私は考えているのだよ」

 

「なるほど……最近では政変やら粛清やらで落ち延びてきた帝国貴族も多かったですな」

 

「南方では冒険者組合などは存在しないとも噂では聞いている。異国人特有の、物珍しさから組合に来ているとも考えていたが……」

 

 

組合への登録、これは分かる。

いかに祖国で身分があっても、他国では屁のツッパリにもならない。手っ取り早くこの国での身分を手に入れるには、冒険者として登録しておけば良いのだから。

亡命者というのであれば、目立たぬように身を隠すという意味においても組合への登録は中々に良い方法でもある。木を隠すなら森というように、多種雑多な人間で溢れている冒険者の中に混じれば、個人など砂粒のようなものである。

 

しかし……本気で“仕事”をするとは、どういう事なのか。

二人は頭を抱えたくなった。

アダマンタイト級冒険者からあれ程手厚く保護され、十分な金を持ち、“森”の中へと身も潜めた。

後はのんびりと、安全な異国で羽を伸ばせば良いではないか。

現に落ち延びてきた帝国の元貴族らは、それなりに悠々自適の生活を送っている。

 

二人にはわからない。わからない。

モモンガが遠国の貴人でも何でもなく、単に借りた金を返そうと張り切って仕事を探しているなど、夢にも思わない。神ならぬ人の身である。

 

 

「いずれにせよ、バレアレ家が名指しで指名してきた話を拒否するのは難しいですぞ。あそこは古くからの付き合いもありますし、多くの依頼を出してくれる大切な店です」

 

「うむ……ここらで腹を括るべきなのかも知れんね」

 

 

パナソレイが太った体を揺らし、胸の前で組んでいた腕を下ろす。

そこには見た目とは裏腹の、立場ある男の気迫が満ちていた。

聡明な彼は、この話に潜む奥の奥の事まで予測を立て、決断したのだ。

 

 

―――――貴族派の何らかの工作であると考え、対応を練っておくべきだ、と。

 

 

遠国の貴人を使っているのか、それともうまく利用しているのか、どちらにせよ自分に何らかの失態を演じさせようとしているのであろう。それに対し、待ってましたと非を鳴らす。

連中の打ってくる手はいつも陰険であり、手が込んでいる。その無駄な策謀能力を国政に費やせばどれだけ有意義な事か。

 

連中の狙いは自分を蹴落とす事により、帝国との“最前線”とも言える都市を手中にする事にある。

国王陛下の影響力は更に落ち、戦争の継続すら危ぶまれる事となるであろう。

貴族派は飽きもせず、四六時中あの手この手で国王に忠誠を誓う人間に対し攻撃を加えていたが、近年は更にそれが激化している状態であった。

内乱一歩手前である、と言っても過言ではない。

 

無論、彼は「蒼の薔薇」が貴族派に与した、とは考えていない。

冒険者とは権力や政争とは関わらず、関わらせず、が原則なのだから。

あるとすれば、本人達がまるで気付かぬ内に、貴族派にとって都合の良い行動を取らされている可能性だ。貴族は裏側から人を動かす事が巧みであり、それのみが仕事と言っても良い。

 

 

(陛下へ、前もってこの話を知らせておくしかあるまい)

 

 

自分が蹴落とされるのはまだ良い。

しかし、最前線が戦う前から陥落するような事になれば……。

いや、もっと最悪なパターンは戦場から帰還した時、城門を閉ざして兵達が帰る場所を無くす事だ。そうなれば逃げ場のない挟撃となり、徴用された民はなすすべなく屍を晒す事になるだろう。

自分の去就如何で、10万、20万という民が死ぬ……。

 

パナソレイは額に浮かんだ汗を拭い、静かにペンを手に取った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(良い天気だな……ンフィーレア君も良い子だし……)

 

 

出発の時こそ、何故か組合が大慌てになり奥で偉い人達が話してきたのか、「名指しで、バレアレ家の仕事であるなら……」と苦渋に満ちた顔でようやく許可を出してくれたのだ。

そんなに信用がないのかと軽くモモンガが凹む一面もあったが、ともあれ初仕事である。

 

そんな騒動を抜きにすれば、二人はのんびりとした旅路を楽しんでいた。

既に途中で一泊を挟んでいる。

最初こそ互いに堅い口調で話していたものの、今ではそれなりに近い距離で接していた。

営業職に就いていたモモンガにとって「お客」との「会話」は日常であり、また慣れてもいた。

客相手にだんまりを決め込んでいるようでは仕事にならない。

 

 

(お陰で、この世界の事を更に深く聞く事が出来たな)

 

 

モモンガは自らを「遠国から来た」と説明し、大小様々な事を少年に質問した。

それは普段の天気の事であったり、街の名物や慣習やルール、冒険者の事であったり、薬草の種類やポーションの事、流行の服や、ぼったくりの店、まずい料理屋。

客を程々に楽しませながら、トークを展開していくのは営業職にとって最低限のスキルであるとも言えるだろう。その点、モモンガはその能力を過不足無く備えていた。

 

 

「モモンガさんって、何だか凄く話しやすい方ですよね」

 

「そうですか?単なる聞きたがりの田舎者ですよ」

 

 

そう言って、モモンガはのんびりと馬をうたせるンフィーレア少年に笑う。

フードを深く被っているので顔の全ては見えないだろうが、雰囲気は伝わっているだろう。

ンフィーレアはかなり大き目の馬車を用意しており、モモンガはその横で周辺の敵の気配を探りながら徒歩で付き従っている。

道中、一度だけゴブリンが襲撃してきたが、問題なく撃退した。

 

 

「その杖、凄かったですね……」

 

「いえいえ、古いだけが取り得の骨董品ですよ」

 

 

ンフィーレアがそれを聞いて「また冗談を」と笑っているが、事実骨董品なのである。

ユグドラシルでは《遺産級/レガシー》に分類される武器であり、12年物の熟成廃人プレイヤーであるモモンガには全く使い道のない武器であった。それでも持っていたのは、どんな物であれ一種類は置いておきたいというコレクター魂に他ならない。

 

 

《黒蛇の杖》

効果は僅かにMPを消費し、物理攻撃力をUPさせるというもの。

駆け出しの頃、魔法防御力が高い敵などに何度か使った事があるだけで、その後はアイテムBOXに封印されていた骨董品である。物理UPと言っても、精々が30lv~35lv程度の戦士の攻撃力になるだけであったが、この世界ではかなり強い武器と認識されるようだ。

 

 

「杖でゴブリンの半身が吹き飛ぶなんて初めて見ましたよ!」

 

 

ンフィーレアが興奮したように話し、モモンガがそれに苦笑いで応える。

モモンガは、妙な違和感を生じさせていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(この世界におけるモンスターの認識。人が弱いから強く見えているのか?)

 

 

ゴブリンが弱いのはユグドラシルでも同じであったが、改めて聞くと他のモンスターも基準というか、自分の認識とンフィーレア少年で大きな隔たりがあったのだ。

オーガのような雑魚モンスターもそれなりのモンスターと認識されているようだし、トブの大森林で出てくるという、《跳躍する蛭》や《巨大昆虫》などは明らかに危険な敵であるという。

《絞首刑蜘蛛》や《森林長虫》などに至っては、撤退を前提にした戦いで挑むらしい。

 

 

(やはり、下手に力を見せるのはマズイ……)

 

 

そう思うのだが、あのふざけたスキルの所為で自分の考えを無視されるのだ。

前回もフルブーストに近い強化を勝手にしてくれたばかりである。

一体、何処の《レイドボス》と戦うつもりだと言いたい。

 

 

「モモンガさん、一つだけ聞いても良いでしょうか?」

 

「どうしました?」

 

「あの時の、“アレ”は………て、て、転移の魔法なのですか?」

 

 

どう答えるべきか。一瞬、迷う。

《転移/テレポーテーション》とは第六位階に位置する魔法であり、第三位階が一流であり、限界とも言われているこの世界では、とても公言出来る類のものではなかった。

しかも、自分が使ったのは更に上位の《上位転送/グレーターテレポーテーション》である。

使用者本人だけでなく、複数人を纏めて転送させるタイプの魔法だ。

少し考えた後、無難なものを口に出す。

 

 

「あれは故郷の知人から譲り受けたマジックアイテムでして。一日に使用回数が決まっているんですよ。補充にも莫大な魔力を使うので、使い勝手としては正直、余り良くはありません」

 

「なるほど!そうでしたか……やはり、あれだけの効果ともなると様々な制限があるのですね。いえ、むしろ制限があって当然ですよね……」

 

 

ンフィーレア少年を見ると、納得したのか何度も頷いている。

その表情にはむしろ、ホッとしたものすら浮かんでいた。

徒歩や馬車などで移動するのが当たり前のこの世界で、この魔法がもし一般的となったとしたら……流通から何から何までが滅茶苦茶になる事だろう。

下手をしたら、戦争の形態すら変わるかも知れない。

 

 

「こんなぶしつけな事を聞いて申し訳ありませんでした。ですが、絶対に口外はしませんので」

 

「えぇ、ここだけの話という事で。それに、こちらも色々と聞かせて貰ったお礼でもありますので。特に、ンフィーレア君が教えてくれた不味い料理屋の話などは助かりましたよ」

 

 

そう言ってモモンガが笑う。それを見てンフィーレア少年も、はにかんだような笑みを浮かべた。

実に良い雰囲気の二人である。一部の女子が見たら悶々としそうであった。

 

 

「そろそろ、トブの大森林の入り口ですね」

 

「えぇ、行きましょうか」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

馬車を森の入り口に繋ぎ、ンフィーレア少年が盗難防止の為か様々な仕掛けを馬車の周囲に設置する。糸に鈴が付いたような物を張り巡らせたり、何か魔法も唱えている。

ニニャさんが使っていた《警報/アラーム》のようなものだろうか。

その様子は妙に手馴れており、少年は幾度か一人で来ているのではないか……?と思わせるものであった。

 

 

「モモンガさん、お待たせしました。行きましょう」

 

「はい、周辺の警戒は任せて下さい」

 

 

《敵感知/センスエネミー》《感知増幅/センサーブースト》

 

 

魔法を唱え、モンスターに備える。……ポーズは出なかった。

まぁ、どうせ出てきても自分には傷一つ付けられない雑魚モンスターだが、今回は護衛である。

周囲の警戒には万全の態勢であたらなければ。

出来る事なら、その《森の賢王》とやらを一度見てみたくはあるが……

お客……いや、依頼者を危険に晒す訳にはいかないだろう。

 

勝手知ったる何とやら、と言った感じでンフィーレア少年が危なげなく歩を進め、その道中でも様々な物を背負った籠へと放り込んでいく。

自分には何を摘んでいるのか分からないが、何か使える物なのだろう。少年は鼻歌でも歌い出しそうな程に上機嫌な様子で森のあちこちに視線を向け、歩を進める。

生産職が森や鉱山に入り、生き生きとしている様子によく似ていた。

 

 

(何処の世界も、こういうところは同じか)

 

 

微笑ましいような、放って置けば何時間でも採取してそうな、生産職特有のノリである。

モモンガは、こういう職人気質な人間が決して嫌いではない。

熱中する余り、周囲への気配りが疎かになったり、特定の分野では相手の意向など気にせず夢中で話し込んでしまったり、要するに不器用なタイプの人間である。

かつての仲間にも、そういったタイプの人間が結構いた。

 

 

「ンフィーレア君は、随分とここが好きなんですね」

 

「そうですね……僕からすれば、ここは宝の山です。近くに住みたいくらいですよ」

 

 

あんな大都市に立派な店まで構えているというのに、純朴というか………。

職人気質な人間や、研究肌の人間には、都会よりも熱中している分野に関わる場所にこそ住みたい、と思うのかも知れない。

 

 

「あの、モモンガさん……もう少しだけ奥へ行っても良いでしょうか?」

 

「問題ありませんよ。何かあれば例のマジックアイテムを使いますので」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

奥へ歩みを進めると、巨大昆虫や絞首刑蜘蛛が二度ほど出てきたが、魔法を使うまでも無く杖で撲殺した。こんな弱いモンスターと戦うなんて10年以上前だろう……。

ユグドラシルの初期で見た敵の姿に、何だかレトロな図書館にでも迷い込んだ気分になってくる。

ンフィーレア少年がその度に「凄いですっ!」とか褒めてくれるんで、何だかいたたまれない気分になってくる程だ……カンストしたプレイヤーが初心者エリアで暴れてるような気恥ずかしさに包まれてしまう。

 

 

「この辺りになると……森の賢王の縄張りの近くですね……」

 

「森の賢王、ですか……一体、どのようなモンスターなんです?」

 

「深い叡智を持ち、白銀の毛に包まれた魔獣であると言われています」

 

 

そう言われて頭に浮かんだのは。ギルド武器に仕込まれた様々な召喚獣や精霊であった。

《根源の火の精霊》などの80lv後半の精霊から、20lv程度ではあるが、高い素早さと群としての統率力を持つ《月光の狼》などだ。白銀の毛と言うなら、狼に近いような魔獣かも知れない。

 

 

(欲しいな……魔獣を使役する能力はないけれど………)

 

 

コレクターとしてはユグドラシルに居なかったモンスターなら、是非見たいと思うし、使役出来るなら連れて帰りたいとすら思う。

もしくは、それを倒して名を挙げるというのも良いかも知れない。

このまま街に戻っても、仕事がない状態ではいい加減、生活に支障が出てくるだろう。

 

 

(ん?もしかして、これは………)

 

 

濃厚な気配。

暫くすると、地面が揺れるような大きな振動を感じた。

これは、もしかせずとも相手の方から出向いて来てくれたのかも知れない。

 

 

 

―――――人間、ここを某の縄張りと知って足を踏み入れたでござるか?

 

 

 

ござる??

 

 

 

 




いよいよ賢王()との出会いです。
そして、都市上層部との温度差よ……あれ、前回もこんな事を言ってたような。
単に薬草取りの簡単なお仕事を受けたら、あら大変。
何故か周囲が勘違いし、知らぬ間にどんどん事が大きくなっていくオバロ世界。


デミえもん
「流石は至高の御方。薬草取りと見せかけて、その実、都市長の首を取るおつもりであったとは……その皮肉と深き叡智に(以下略」

モモンガ
「え”っ?」


デミえもんが居たらこうなったんだろうなぁ(笑)
ではでは、二人のまったり旅路でした。





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隣のハムスケ

「ヒ………ッ!」

 

 

ンフィーレア少年から悲鳴が漏れ、その前に立って背後に庇う。

森の奥から出てきたのは……。

大きな鞭のような尾を持つ、超巨大なジャンガリアンハムスターであった。

 

 

「お、お前が……森の賢王………なのか?」

 

「ふふ、某の偉容を見て動揺しているでござるな。フードの下から伝わってくるでござるよ」

 

「じゃんがりあんはむすたー、じゃないか………デカいけど、可愛いな」

 

「むむ?!某を可愛いとは……それに、某の仲間を、種族を知っているのでござるか??」

 

 

色々な面でビックリだ。ユグドラシルでもしゃべるモンスターは居たが、あれらはあくまで入力されたものであり、ちゃんとした「会話」が出来るモンスターなど存在しなかった。

当たり前だ、あれらはデータなのだから。

この世界のゴブリンやオーガも何か口走っていたが、片言の獣のようであり、これとは違った。

 

 

(しかし、完全にハムスターだな……尾だけは鞭みたいだが………)

 

 

どう見ても賢王という姿ではないと思ったが、後ろのンフィーレア少年は恐怖を感じているようだ。やはり、図体がデカいからか??

 

 

「種族というか、こう、手に乗るような小さなハムスターだったけどな……」

 

「それは……ツガイとしてダメでござるなぁ……某はずっとこの森で一人だった故、同じ種族の仲間も居らず、子孫を残す事が出来ないのでござるよ………」

 

 

ハムスターが子孫を残せない、と凹んでいる姿は妙なシュールさがあった。

むしろ、同じ種族が周囲に一杯居るのに童貞で、子孫を残せていない自分は……。

………止めよう。

何で俺が森の真ん中で落ち込まなきゃならないのか。

 

 

「も、モモンガさん……逃げましょう……危険です……ッ!」

 

「少し待って貰えますか?会話が出来る相手のようなので。ちなみに聞いておきたいんですが、この魔獣を街へ連れ帰る事は可能ですか?」

 

「森の賢王を、ですか?!こ、こんな恐ろしい魔獣を………確かに、魔獣を使役する冒険者の方は居ますけどっ……これは、余りに別格すぎますよ!」

 

「なら、可能は可能なのですね」

 

 

怯える少年を宥め、ハムスターに話しかける。

うまく行けば、このハムスターを使役して連れて帰れるかも知れない。どうも恐れられているようだし、ペットにでもしたら自分の名が大きく上がりそうだ。

 

 

「某を使役など、寝惚けた事を……恐怖で錯乱しているのでござるか?」

 

「ふむ………ならモンスター戦らしく、力で服従させるとするか」

 

 

事実、ユグドラシルでも殴りながらテイムし、力で服従させる方法が一番ポピュラーであった。

アイテムを使ったり、好む餌を用意したり、と他にも様々な方法があるがビーストテイマーではない自分には、そのようなアイテムもないし、スキルも所持していない。

 

 

「いくでござるよ、人間っ!」

 

「ハムスターを殴るとか、動物虐待っぽくて嫌だけどなぁ………」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ハムスターの尾が鞭のようにしなり、それを首を捻って回避する。

横にあった巨木が貫かれ、地響きを立てて倒れた。

かなりの威力があるらしい。

それを見たハムスターが瞬時に自分へと飛び掛ってくる。何だか大きな犬にでもジャレつかれてるような気分だ。

 

振り下ろされた爪を杖で弾き、その刹那―――杖を相手の横っ腹へ叩き込む。

これで終わるかと思いきや、まるで金属でも叩いたような硬質の音が跳ね返ってきた。

見た目とは裏腹に、随分と硬い毛のようだ……。

 

 

「中々やるでござるな……しかし、これはどうでござるかな……《盲目化/ブラインドネス!》」

 

 

相手の毛に刻まれた文様の一つが光り、魔法が発動される。

どうやら、このハムスターは魔法も使えるらしい……マジック・ハムスターだ。可愛い。

そんな事を考えていたら、体が七色の発光に包まれ、優雅な仕草で右手を天に掲げた。

まるで星を掴もうとするようなポーズを取り、口が勝手に言葉を囀りだす。

 

 

 

「我が往くは星の大海―――――《星視/スタービジョン!》」

 

(ひぃぃ!やめろぉぉぉぉぉ!)

 

 

 

スキルが自動的に発動し、相手の盲目魔法を無効化した。

いや、もう無効化しないでいいわ!真っ暗でも良いから!

いっそ気配だけで戦うわ、もう!

 

 

「むむ?!面妖な……しかし、綺麗な光でござるなぁ……」

 

 

ハムスターに感心されるとか、何の罰ゲームだよ……もうさっさと終わらせるぞ!

俺の心が死ぬ前に、だ!

こいつを殴ったり、魔法で攻撃するのは何か可哀想だし……獣なんだから恐怖系で責めてみるか?

 

でも、出るんだろうな……出るだろうな………。

こんな美味しいスキル、出ない筈がないもんな……絶対、格好付けたポーズが出るぞ。

もう、覚悟を決めよう………!

 

 

 

「《絶望のオーラⅠ》」

 

(出ないのかよッ!ふざけんなよ!)

 

「こ、降参するでござる……某の負けでござる……!」

 

 

ハムスターに向けて黒い波動が放たれ、それを受けたハムスターがひっくり返る。

お腹を見せて服従(?)のポーズを取っているようだった。

はぁ、もう何でも良いよ……戦闘よりずっと疲れてしまった………。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「某、これからは殿に忠誠を誓うでござるよ!」

 

「そ、そうか……?まぁ、適当に頼むよ」

 

「モモンガさん、凄いですよ!森の賢王を従えてしまうなんてっ!」

 

「凄い、んでしょうかねぇ………」

 

 

何かジャレてる内に、いつの間にかひっくり返ってお腹を見せていたような……。

大体、このハムスターを連れて帰っても名が上がるどころか、見世物になるんじゃないのか?

女の子や子供には可愛いと評判になりそうだけど。

 

 

「これ程の《大魔獣》、見た事も聞いた事もありませんよ……街で大騒ぎになると思います!」

 

「某の姿が殿のお役に立つなら嬉しいでござるな!」

 

 

何故かはわからないが、ンフィーレア少年にはこのハムスターが立派に見えるらしい。この世界の住人の審美眼というか、価値観というか……うーん……。

 

 

「ぁ、ですが……森の賢王が居なくなると、森の均衡が崩れるんじゃ……この近くに、僕もよく知る村があるんです」

 

「森は最近、トロールの勢いが盛んでござってなぁ……某が居ようと、居まいが、どちらにしても拮抗は崩れるでござろう」

 

「ンフィーレア君、ご心配なく。近い内に代わりとなる者を私が置いておきましょう」

 

「へ……モモンガさんは他にも使役している魔獣がいるのですか?!」

 

「い、いえ、譲り受けた良いマジックアイテムがありまして。中々のものですよ」

 

 

流石に自分の都合で魔獣を連れ出して、森の生態系やら近隣に被害を出す訳にはいかないしな。ンフィー君を街まで送ったら、実験も兼ねてスキルの《創造》を試そうじゃないか。

それをこの地に配置し、モンスターが外に出ないように見張らせよう。

人類未踏の地らしいし、ここで大きな発見などをすれば名も上がるかも知れない。

 

その後はンフィー少年が奥地で目を輝かせながら植物や薬草を採取し、籠が一杯になれば馬車へ戻り、また奥地へ戻るという行動を繰り返した。

森の賢王が居る所為なのか、モンスターは逃げ散って気配すら感じさせず、安全に往復する事が出来た。このハムスター、モンスター除けに良いかも知れないな。

 

 

「しかし、いつまでも森の賢王だと言いにくいし、名前でも付けるか………」

 

「おぉ、殿が某の名を考えてくれるのでござるか!」

 

 

そうだなぁ……どんな名前が良いだろうか。

ゲレゲレ、大福、もょもと、とっとこハム太郎、丸大ハム……

色々と浮かぶが、センスが無いと散々言われたからなぁ……何とか汚名を返上したいものだ。

 

 

「よし、今日からお前はハムスケだ!」

 

「ハムスケ!良い名でござるな!某は嬉しいでござるよ!」

 

「そ、そうか!?そうだよな……俺のセンスは間違ってないよな?!」

 

 

一人と一匹が抱き合うように森の中で騒ぐ。

それを聞いたンフィー少年は苦笑いしていたが、口に出す事はなかった。

時に優しさとは残酷でもある。

 

 

 

 




ねんがん の はむすたー を てにいれたぞ !

と言う事で、皆様のお陰で20話を超える事が出来ました。
今更ですが、ツイッターで創作垢を作成したので、
そちらでも何か垂れ流して行こうと思います。





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凱旋門

「ニニャはまだ、あの様子であるか」

 

「ったく、どうしたもんかねー」

 

 

宿屋のロビーで安酒を飲みながら、ダインとルクルットが溜息をつく。

銀級冒険者《漆黒の剣》の面々だ。

木製の安いテーブルには一つだけ皿が置かれてあり、中には豆を炒ったようなものが入っている。それを噛み砕きながら安酒を胃に流し込む。

 

 

「遅くなった」

 

「遅いじゃねぇか、ペテル」

 

 

そこにリーダーのペテルが加わり、3人がテーブルを囲んで酒を飲み始める。

ニニャはカウンター席に座り、何かを熱心に記していた。

何か書き物をしている時のニニャは近寄られるのを嫌がる為、終わるまではこうして3人で飲むのがいつもの光景であった。しかし、今日は3人の雰囲気が少し違う。

 

 

「狩りは順調だったが……何処かボーッとした様子だったな」

 

「ありゃ、恋する女の顔だ。俺にゃわかる」

 

「ルクルットのその手の話はアテにならんのである」

 

 

そう、彼らはニニャの性別にとうに気付いている。かと言って、別にそれを暴き立てる気も、責める気もない。誰だって、何らかの事情を抱えながら冒険者として生活しているのだ。

命を預けて戦う仲間に、今更性別ぐらいでどうこう言うつもりはない。

それに彼らは貴族に連れ去られた姉の話も聞いているのだ。ニニャがどれ程必死に、性別すら捨て、覚悟を決めて戦っているのかを知っている。

 

 

「狩りに行く日を、延ばして欲しいと言っていたな」

 

「大方、あのローブ男の面倒を見るつもりだったんじゃねぇの?」

 

「であるな」

 

 

3人は先日、ニニャから紹介されて全身にローブを纏った男と会ったのだ。

フードを深く被った、顔も見せない妙な男。

せめて自己紹介の時ぐらいは兜を脱いだり、フードを取るのが常識であろう。

その態度は決して横柄ではなく、むしろ礼儀正しいものであったので、誰も文句は言わなかったが、ルクルットのみは少し、不満を抱えていた。

 

 

「ふん……顔を隠すなんざ気に入らねぇよ」

 

「そう言うな……何らかの事情があるのだろう。戦傷とかな」

 

「恐らくは、そうであるな」

 

 

冒険者をやっていれば戦傷など付き物だ。

浅い傷であったり、すぐに適切な薬があれば、傷も残さずに治す事も可能だが……。

大きな怪我や、酷い火傷、毒物による変色や変形、酸などによる溶解ともなってくると、神殿に莫大な寄付金を払って魔法を使って貰わなくてはならない。

 

それも、月日が経ったものは完全な治癒が難しくなる。

それらがすぐに払えるような裕福な冒険者など、ほんの一部であろう。

多くの冒険者が金を払えぬまま、貯められぬまま、月日だけが経っていく………。

 

 

「ケッ、ツラぁ見せたらニニャが引くってか?そりゃニニャを馬鹿にしてんのと同じだろうがっ。俺ぁそこが気に入らねぇんだよ」

 

「声が大きいぞ、ルクルット」

 

「言いたい事は分かるが、かの御仁の気持ちも察するべきである」

 

 

片目が潰れた者、耳がない者、頬を切り裂かれた者、冒険者には色んな戦傷を負った者がいる。

片腕を落とされた者だっている。まともに歩けなくなった者もいる。

だが、それらを馬鹿にしたり笑ったりする者など居ない。

それらは全て、「明日は我が身」なのだから。

 

ようやく書き物を終えたのか、ニニャが近づいてくるのを見て3人は話題を変え、店員を呼ぶ為に手招く。

4人でテーブルを囲み、乾杯をしたところで外から異様な地響きがした。

大勢の人間が、何かを叫びながら走っている。

漆黒の剣の面々が、他の客が、マスターも何事かと表へ出た。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

エ・ランテルの街は今、時ならぬ祭りのような喧騒に包まれていた。

先日、トブの大森林に出掛けた銅級冒険者があの《森の賢王》を従えて凱旋したと言うのだ。

手の空いている者は一目それを見たいと駆け出し、飯を食っていた者も、その飯を作っていた者も、老若男女がこぞって城門へと走り出したのだ。

噂は人の口を伝って次々と伝わり、街全体に広まった頃には既に城門から中央部まで黒山の人だかりとなっており、まるで何処ぞの将軍が凱旋してくるかのような雰囲気と化していた。

 

人々が固唾を飲んで見守る中、いよいよ城門から一台の馬車が現れる。

その横に付き従うように、途方もない《大魔獣》と、それに騎乗する男が現れた。

それらを見た人々から大歓声が上がり、どよめきが都市全体を包んでいく。

 

 

「登録したばかりだってよ!」

「アダマンタイト級冒険者の推薦らしい」

「何て凄い魔獣だ!」

「あのバレアレ家が、どうしてもって名指しで指名したらしいぞ」

「深い叡智を感じさせる目ね……賢王と呼ばれるのも納得よ!」

「あんな立派な魔獣、見た事がないわ!」

「見ろよ、あの杖!とんでもない逸品だぞ!」

「あのローブの男性、顔が見たいわねぇ……!」

 

 

次々と挙がる称賛の声と大歓声に、男は戸惑った様子であったが、その手がおずおずと上げられ歓声に応えるように振られると人々から大きな喝采と共に、万雷の拍手が送られた。

完全にお祭り騒ぎである。

エ・ランテルでは様々な祭りがあったが、これ程の騒ぎは近年でも稀であろう。

彼が慣れない仕草で手を振っていると、バランスを崩してフードがスルリと後ろに落ちた。

その様子に街が一瞬静まり返り………。

 

 

 

 

 

―――――集まっていた女性達が、爆発した。

 

 

 

 

 

それは爆発、としか形容出来ないものであった。

耳が割れるような黄色い大歓声が上がり、それは絶叫となり、遂には悲鳴となった。

明日には確実に声が枯れるであろう絶叫。

中には赤面し胸を押さえる女性や、駆け出そうとして衛兵に取り押さえられる女性まで出てくる騒ぎとなり、街全体に津波が広がるようにして声という声が都市を包んでいった。

 

 

 

「なに、何なの……あの美形は?!」

「格好良すぎる……」

「あんな格好良くて、あんな大魔獣まで従えているなんて……」

「南方から来た王子だってさ!」

「あの流れるような黒髪に、黒い瞳……あぁぁぁぁ!」

「遠国の王子らしいわよ!」

「キャー!!王子様だって!」

「絶対、王子よ!」

 

 

 

その声に応えるかのように男の全身が淡い光に包まれていき、その七色に輝く星光が女性達の目を釘付けにした。しかも、その光がまるで何かに導かれるようにグラデーションを描いていく。

女性達の歓声と絶叫が頂点に達し、遂に失神する者まで現れた。

もはやお祭り騒ぎどころではなく、都市機能の麻痺である。殆どの者が仕事を投げ出してここに集まっていたのだから。

 

 

衛兵達が総出で騒ぎを収めようとするが、声は一向に止む様子がなく、馬車と大魔獣に騎乗していた男はその場から逃げるようにして去って行った。

衛兵達の怒鳴り声が飛び交い、騒ぎの余韻を残したまま、ようやく人々が仕事へ戻っていく。

女性程ではなかったが、男達も憧れを含んだ目や、眩しい目を向け、何か尊い者を見る目で男を見ており、仕事場や家で話題は完全に男の事で持ちきりとなった。

 

 

 

この日―――――

流星の王子様、と人々から熱狂される英雄が誕生したのだ。

 

 

 





遂にプリンス・オブ・シューティングスターの爆誕です。
原作での「漆黒の英雄モモン」とは別の形で英雄となってしまったモモンガ様。
エ・ランテルはどの道、こうなるんだよなぁ……(笑)


モモンガ
「ナザリックが無いんだから敬われたり、崇められる事はない……
そう考えていた時期が僕にもありました(刃牙顔)」





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騒動後

「あ、はは………な、何かえらいもんを見ちまったな………」

 

 

ルクルットが軽い口調で言ったが、その声は震えていた。

それを聞いたペテルとダインも黙り込んでいる。ニニャに至っては馬車と大魔獣が去った方向をじっと見つめたままであり、ロクに言葉が耳に入っていないようだった。

 

 

「せ、戦傷なんざ無かったじゃねぇか!こ、こうキレーなお顔っつーか、なぁ?」

 

 

何とか空気を変えようとするルクルットであったが、他のメンバーの顔色は変わらない。

自分も、彼らも、大魔獣に騎乗していた男と以前に一度会っているのだ。

その分、衝撃は他の観衆らより遥かに大きいだろう。

 

 

(まぁ、無理もねぇか……)

 

 

ルクルットは頭をガシガシと掻きながら深く息を吐いた。

あれほどの《大魔獣》を屈服させ、使役する事に成功したと言うだけで英雄扱いだろう。

ここ数年、この国には暗い話題ばかりが満ちていたのだから。

住人からすれば、「自分達の街から新たな英雄が誕生した!」と諸手を挙げて熱狂したくなるのも当然だろう。ここ数年でも、一番大きいニュースかも知れない。

 

かくいう自分も、あの大魔獣に堂々と騎乗している姿を見て興奮した。

いや、気取った言い方をするのは止めよう……本当は、叫び出したかった。

周りに仲間が居なければ、みっともなく大声を上げて叫んでいただろう。大観衆のど真ん中を、颯爽と大魔獣に乗って歩き、それを人々が賞賛と万雷の拍手で包む……あの姿を見て久しぶりに昔、憧れて憧れてどうしようもなかった英雄達の物語を思い出したのだ。

 

恐らく、自分以外の連中もそうだ。

御伽噺に過ぎなかった物語を、サーガを、目の前で見せられたのだから。大昔から、英雄と呼ばれる存在に男は快哉を叫び、女は熱い視線を送る。今も、昔も変わらない。

ここ数年、いや、数百年ぶりに誕生した英雄。その熱狂を目の当たりにして、自分は遠からず、あの男がアダマンタイト級冒険者として自分達の頂点に立つだろう、と確信した程だ。

 

 

(それだけでも十分すぎるってのに………)

 

 

更にフードの下にある顔を見た時、強烈に惹き付けられたのだ。

男の自分でも、だ。女達なら尚更だろう。

自分は女が大好きだし、そっちの気など全くない。これからもないだろうが……何か、こう、尊くて、眩くて……途方も無く、魅力的に見えてしょうがなかったのだ。うまく言葉に出来ない。

あれが「カリスマ」というなら、間違いなくそうなのだろう。

 

 

(昔、何かの記念祭で見た国王や王子より、よっぽど………)

 

 

自分は元々、根無し草の冒険者であり、王族や貴族なんてモンに尊敬など抱いてはいない。

むしろ、身勝手なあの連中をはっきり嫌いだと言える。

冒険者を支持し、様々なシステムを作り上げてくれた黄金姫には敬意はあるが、彼女の為に死ねと言われれば即座に断るだろう。自分にとっての王族ってのはそんな扱いだ。

 

だが、彼が自分達の頂点である“王”であったなら………?

もしくは、あの光り輝く英雄が戦場に立ったなら……?

自分も、いま熱狂していた連中も、勇気百倍となって敵に突撃するんじゃないか?

 

思わず首を左右に激しく振る。自分は今、何を考えたのか………。

それに、そろそろ固まってる仲間達を起こしてやらなければ。

 

 

「ほれ、ペテルも。そろそろ戻ろうぜ」

 

「ぁ、あぁ……そうだな」

 

 

店にはまだ酒を残したままだし、このまま消えたらマスターからブン殴られるだろう。

ダインも一つ頷き、ペテルと共に自分達のいた宿屋へ足を向けた。

ニニャにも声をかけようとしたが、今は放っておいた方が良いのかもしれない。ニニャほど力を、英雄の存在を待ち望んでいた女は居ないのだから。

 

 

「先に戻ってんぞ、ニニャ」

 

「えぇ」

 

 

ニニャは視線こそ変わらず固定されていたが、声は至って平淡であった。

少しは落ち着いてきたんだろうか?

そんな事を考えながら、自分も宿屋へと足を向ける。

 

ようやく人も疎らになってきていたが、まるで地面が熱を持っているような気がして、ルクルットには長年住み慣れた街が、何か別の街になったような気がした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

場所は変わって―――――竜王国。

 

 

ビーストマンの脅威に晒されている地で、陽光聖典40名が死闘を繰り広げていた。

一つの村を中心とした散発的な遭遇戦から始まり、今では熾烈な撤退戦へと戦況が変わりつつある。陽光聖典を手ごわいと見た敵が次々と新手を繰り出してきたのだ。

 

ビーストマン。

 

人間を食らい、完全に食料として見ている凶悪極まりないモンスターである。

幼い子供を食し、子を宿した母を食い、快哉を叫ぶ化け物達。

その凶悪な力は到底、人間が抗えるようなものではなく、それとの遭遇は死であった。いや、死ならば良い……彼らは生きながら人を食らう事を好み、その悲鳴を調味料としているのだ。

 

 

「やめてぇぇぇぇ!その子を食べないでぇぇぇ!!」

 

「ゲッゲッゲゲゲゲ!」

 

 

今もまた、母親から子供を取り上げ目の前でそれを食らおうとするビーストマンが居る。

竜王国では決して珍しくない光景だ。

 

 

「お願いします……その子だけはぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」

 

 

ビーストマンがその絶叫に酔いしれるような笑みを浮かべた時、その頭が爆散した。

その周囲にいた三体のビーストマンが何が起こったのかわからず、呆然としていると、更なる攻撃が次々と飛んできた。その一撃一撃が、痛い。痛い。

何故、人間ごときの攻撃が……痛い?痛い痛い痛い痛い!

 

 

 

「総員、信仰を神に捧げよ」

 

 

 

周囲の粉塵すら静めてしまうような声が響く。

それと同時に、ビーストマンへ向けて次々と魔法が放たれる。

陽光聖典―――――

入隊にするにあたり、最低でも信仰系魔法の第三位階を使えなければならないエリート集団。

予備兵を入れれば約100名にもなる、人類側の切り札とも言える巨大な戦力集団である。

 

 

《衝撃波/ショックウェーブ》

《衝撃波/ショックウェーブ》

《混乱/コンフュージョン》

《恐怖/フィアー》

《呪詛/ワード・オブ・カース》

 

 

生き残ったビーストマンへ一糸乱れず放たれた《それ》が次々と命中し、ビーストマンが堪らず後退する。その隙に子供を抱いた母親が陽光聖典の下へ逃げる事に成功した。

母親の泣きながらの感謝に、隊長と思わしき男は一つだけ頷くと、更に声を上げた。

 

 

「戦線を押し上げる。獣どもを檻に閉じ込めよ」

 

その声を聞いた隊員達が次々と両手を合せ、天使を召喚する。

 

 

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

 

 

召喚された《炎の上位天使/アークエンジェル・フレイム》が次々と周囲へ散らばり、村を襲っていたビーストマン達を中央へと追い立てはじめる。

邪悪なる存在を焼き滅ぼす、炎の剣を持った天使達の前にビーストマンは逃げる事も出来ずに次々と村の中央部へと集められた。

 

 

「―――――《監視の権天使/プリンシパリティ・オブザベイション!》」

 

 

隊長が一際大きな天使を召喚した時、周囲の天使達が淡い光に包まれ、手に持った剣が激しく燃え始める。監視の権天使は周囲の天使を強化する能力を持っており、更に隊長の所持するタレントがそれを加速させる。陽光聖典の必勝体制である。

 

二重に強化された天使の軍勢の前では凶悪なビーストマンであっても、ただの獣と化す。

次々と突撃する天使達を前にビーストマンは醜悪な叫び声を上げ、骸を晒していった。

最後の一体が力尽きたように倒れ、ようやく戦闘が終了する。

村のあちこちから黒煙の上がる様を見て、隊長が眉間に皺を寄せた。

この村は……いや、この周辺はもうダメだ、と。

人の生存圏が失われていく。砂時計から砂が落ちるようにして、残された時間もなくなっていく。

 

 

(ケダモノどもが………!)

 

 

戦いが終わった後も泣き叫ぶ声が方々から聞こえるのも同じ。

畜生以下であるビーストマンの死体から漂ってくる、鼻の曲がりそうな悪臭も同じ。

何かもかもが同じ。

今日も、明日も、明後日も、何年先も―――――何一つ変わらない!

 

こんな小さな村を救っても、誰か一人救っても、大局には何の影響もない。

それが分かりすぎる程に分かるが故に、この胸に押し寄せてくる絶望に何もかもが無駄に思えて、泣きたくなってくるのだ。自分は、この地で、何をしている?

 

ここ数年、竜王国への救援へ赴き、ビーストマンとの死闘を続けているが、戦況は一向に好転しない。むしろ、年々悪化し、激化していく一方だ。

どれだけ打撃を与えても、あのケダモノどもの繁殖力は減らした数より強く、何万、何十万とケタ違いの数で増えていく。それに比べ、こちらは……。

 

ロクに休息も取れない隊員達は疲れ果て、人員の補充など全くない……。

当たり前だ。

陽光聖典に入隊出来る程の才能の持ち主など、全人類を総ざらいしても稀なのだから。

 

もし、自分達が敗れればどうなるか……それは人類生存圏の一角が食い破られるという事。

そこから生まれる《綻び》は法国も王国も帝国も何かもを飲み込んで、生きとし生ける全ての人類に破滅を齎すであろう。

そして、復活が予言されている《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》の存在……。

一体で世界を滅ぼすと言われている脅威すら迫っているのだ。

 

こんな状況下であっても王国は二つの派閥に分かれ、醜い保身と権力争いを繰り返し、

帝国では若い皇帝が己の独裁権を得る為に貴族の粛清を得意顔で繰り返している。

愚かだ、余りにも愚かだ。

 

人間という種の危険が迫っているというのに、王国と帝国は戦争までしている始末であった。同種族で飽きもせずに殺し合い、毎年勝った負けたと子供のように騒いでいる。

救えない。救いがない。

 

 

もはや、どの国に頼る事も、期待する事も出来ないだろう。

法国ですら“滅び”までの時間を精一杯引き延ばす事しか出来ないのだから。

 

 

(神よ……どうか、どうか、力を……《私》に力を……!)

 

 

陽光聖典の隊長、ニグン・グリッド・ルーインは慟哭したい気持ちでただ、それだけを祈った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

某所―――――

 

 

(何で……どうしてこんな事に……!)

 

 

モモンガはあの後、逃げるように冒険者組合へ駆け込み、任務達成の事務処理を終えた後、そのままハムスケの背中に乗って街から逃げ出した。とてもじゃないが、あのまま宿屋に戻れる気がしなかったのだ。

 

 

(ンフィー君から報酬はかなり貰えたけど……)

 

 

普段は絶対に入れない奥地へと入り、薬効の高い木皮や、その効果から森の金塊とも言われる植物の蔓などを大量に確保出来た為、薬草集めの報酬としてはありえない金貨7枚という報酬を渡されたのだ。本来の報酬以外の、別途ボーナスともいえるものらしい。

 

 

(お金が入ったら、アレを食べよう、アレを飲もうとか考えてたのに……!)

 

 

何かの肉を焼いた串揚げや、揚げ物、貴重な野菜や新鮮な果物、飲んだ事のない色取り取りの酒……全てがリアルでは口に出来なかったものばかりだ。

それらの誘惑から必死に耐えていたというのに………!

 

 

「殿、これから何処に行くのでござるか?」

 

「も、森に……森に戻ろう」

 

「何と?!今、その森から出てきたばかりではござらんか」

 

「いやいや、とにかく戻ろう!な!」

 

 

背中からハムスケの硬い毛を引っ張り、猛スピードで都市から離れていく。

とにかく、今は一人になりたい……。

 

 

「それにしても、凄い歓声でござったなー。某も鼻が高かったでござるよ」

 

「お前の姿は……余程立派に見えるらしい、な………」

 

「某の事よりも、殿の事でござるよ!某が忠義を尽くす主君があれ程の歓声で迎えられるというのは嬉しいものでござるなー。人間達も捨てたものではないでござるよ」

 

「ただの最下級冒険者、なんだけどな………はぁ………」

 

 

数日前まで仕事もなく、金もなく、街をほっつき歩いてた身だったというのに……。

戻ってみればいきなり大騒ぎだ。今時、ロックスターでもあそこまで歓迎されないだろう。

一体、どうすれば良いんだ……まさか、このまま森で暮らすってオチか??

大昔に見た、森で二匹の狼と暮らす少女の物語を思い出す。

 

 

(冗談じゃないぞ……またモモンガ姫とかって回想で笑われるじゃないか……)

 

 

今後の事はさておき、まずは森に戻って予定通りにアンデッド創造を試してみよう……。

こういう行き詰った時は、立てた予定を消化するしかない。

そこから先の事は、あぁぁぁ……もう考えたくない。考えたくないぞ!

 

 

 

夕暮れに近づいてきた草原を大魔獣が走る。

その背中に乗った男は、この先に運命の出会いがある事を未だ知らない―――――

 

 

 

 




キャー!ニグンさーん!!
竜王国への救援に行き過ぎて原作より悲壮感マシマシになっているニグンさんと、
騒動後の一幕でした。


クレなんとかさん
「なんかあいつさー、裏切んじゃね?(笑)」

法国
「「お前が言うなっ!」」





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鈴木悟の休日

―――――エ・ランテルからの逃走後

 

 

トブの大森林。

その森の中でも最奥の、森の賢王と呼ばれる存在の縄張り内―――

人類未踏の地である筈の場所に、あってはならない物体があった。

それは大きなコテージ。丸太で組まれたような外観をしており、かなり大きなモノである。

 

《グリーンシークレットハウス 》

 

ユグドラシルで言う、拠点作成系アイテムであった。

外観や内装などは幾つか種類があるのだが、今回は森という事で雰囲気を併せてコテージタイプを選んだのであろう。当然、設置したのはモモンガである。

これは魔法で作られた建物なので、魔法の装備と同じく入る者のサイズを問わない。

大きなハムスケでも悠々と入る事が出来るのだ。

 

 

「殿ー。そろそろ焼き上がるでござるよ」

 

「楽しみだなー!」

 

 

コテージの中ではモモンガとハムスケが囲炉裏にくべられた火を囲み、キノコを焼いていた。

草で編んだような籠には山のようにキノコや食べられる野草、木の実などの山菜が入っている。横の籠には新鮮で豊富な果物まで入っていた。

さながら、森のコテージで優雅なキャンプファイヤーのようである。

無論、これらは全てハムスケが森から採ってきたものであった。実に有能なハムスターである。

念の為、各種状態異常を防ぐ指輪を着け、モモンガが出来上がったそれらに齧り付く。

 

 

「美味い!これが野生のキノコの味なのか!」

 

「某は生で食べていたでござるが、焼くともっと美味しいでござるなー」

 

「ちょっと待ってろ。無駄に調味料も完備してた筈だからな……あった、醤油だ」

 

「ショウユ??殿、その黒い液体は何でござるか?」

 

「うん。これは俺の故郷の味ってところかな……おぉ!かけると風味が!」

 

「んほーっ!香ばしい匂いがするでござるなー!味もグンと良くなったでござるよ!」

 

 

一人と一匹がワイワイと食事を楽しんでいた。

ハムスケは口一杯に山菜や木の実を頬張り、口を膨らませながらご機嫌そうな様子だ。モモンガも久しぶりのまともな食事に舌鼓を打っていた。

 

焼いたキノコを食い、木の実を蒸して食べ、新鮮な果物を頬張る。

一人と一匹が「んほー!」「らめぇぇぇ」などと言いながら食べる姿は実に怪しいものであった。

籠にあった食材があらかた無くなった時、モモンガがようやく手を止める。

 

 

「はぁー……もう食えないや………」

 

 

遂に大の字になって寝転がる。

ここ数日分を取り戻すかのような食べっぷりであった。それもリアルでは口に出来ない《超高価》なものばかりである。リアルでは限られたアーコロジー内でしか食料が生産出来ないので、貧困層に《本物の食材》が回ってくる事など滅多にない。

 

 

「生きてる内に森の幸なんてものが食べられるとはなぁ……」

 

「殿ー。風呂が沸いたでござるよ」

 

 

無論、コテージには風呂やベッド、冷蔵庫や空調機器なども全て用意されている。

ユグドラシルではただのデータであったが、この世界では全て本物として機能しているようだ。

ハムスケはコテージに入って早々、物珍しそうに全ての物に目を向け、モモンガに説明をせがんだのだ。今では風呂沸かしから、空調のボタン管理、冷蔵庫に入ったジュースを取る事まで出来る。

実に有能なハムスターであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「はぁ……生き返るな………」

 

 

コテージ内の贅沢な《檜風呂》へ身を沈める。

浴槽の窓から見える、大きな月が何とも言えない風情を醸し出していた。

リアルでは風呂や温泉などというものは富裕層のものであり、貧困層は外での有害物質を落とす為に、蒸気を浴びるだけのスチーム風呂であった。それらは風呂というより《作業》である。

 

エ・ランテルの宿屋でも追加料金でお湯を貰って体を拭くのが精々であり、モモンガとしては何としても一度、まともな風呂に入りたかったのだ。

 

 

(くぅ~………)

 

 

お湯の中で目一杯、体を伸ばし体のコリを取る。疲れが湯の中に溶けていくようだった。

お湯を掬って顔に掛けると「ふぅぅー……」とおっさんのような声が自然と出た。

今、異世界にきて一番寛いでいるかも知れない。

 

 

(それにしても、ハムスケの世話になりっぱなしだな……)

 

 

ご飯から風呂の支度まで……ようやく初仕事も終えて、ヒモから抜け出したと思ったのに。

まさか、今度はハムスターに養われるなんて。

と言うか、獣に養われるなんて前代未聞、世界初の男なんじゃないのか、俺って?

 

 

(ははっ、世界初か……これもワールドチャンピオンの一種かも知れないな……)

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

ウルベルト・アレイン・オードル

「貴方には失望しましたよ。ケモンガさん」

 

たっち・みー

「おめでとうございます、新チャンピオン(笑)」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

違う、違うんです!ウルベルトさん!

俺だってこんなチャンピオンになりたくなかったんです!不可抗力なんです……!

後、たっちさんはそろそろ黙ろうな?!な!

 

 

せっかくの風呂だって言うのに回想で不意打ちを食らうとか……。

一体、何処で俺は気を休めれば良いんだ。

 

 

「殿ー。某が背中を流すでござるよー」

 

「いやいや、自分で洗えるから!」

 

 

これ以上、ハムスケの世話になっていたら何を言われるか分からんぞ……。

その後は全身をくまなく洗い、風呂場を後にした。

体を拭き終わると途端、これまでの疲れが出たのか眠気が襲ってくる。

 

 

(もう寝るか……)

 

 

コテージには大きなベッドが設置されているので、今日はそこで寝る事にする。ハムスケは何処から持ってきたのか、大きな葉を何枚か重ねて寝床を作っており、そこで丸くなっていた。

自分も大きなベッドで大の字になって寝転がる。

流石に拠点用として設定されてあるだけあって、最高級宿屋に負けてない弾力と柔らかさだ。

横では既にハムスケが鼾をかきながら寝ている……寝るの早ッ!

 

 

(ふぁ……明日は、良い事がありますように………)

 

 

こうして、森での穏やかな一日が終わった。

 

 

 

 




幕間ともいえる、平穏な一幕でした。
タイトルはモモンガではなく、あえて「鈴木悟」としています。
精神無効化もないし、せめて休日がないとね!
原作でもこのコンビで居る時が、実は一番平穏なんじゃないのかなって思ってたり。





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運命

ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

隠れもなきアダマンタイト級冒険者の集まりである「蒼の薔薇」のリーダーである。

最高峰冒険者でありながら、王国貴族アインドラ家の令嬢であるという異色の経歴の持ち主。

ここ、王国において彼女ほど煌びやかな存在は居ないだろう。

 

その肩書きだけで「アダマンタイト級冒険者」「アインドラ家の令嬢」であり、本来ならこの二つだけで女神から恩寵でも受けているのかと、思われる程である。

 

加えて、持って生まれた美貌。

 

抜けるような白い肌にピンクの唇、黄金を溶かしたようなブロンドの髪、翡翠を思わせるような深い緑の瞳。その美貌に王国中の男が熱を上げていると言って良いだろう。

 

更には、その身を包む武装。

 

かつて英雄が使っていたとされる《魔剣キリネイラム/無属性全体攻撃可》

背中には攻防自在である6本の《浮遊する剣群/フローティング・ソーズ》

処女しか身に纏えない《無垢なる白雪/ヴァージン・スノー》

移動・敏捷・回避力を上げる《ネズミの速さの外套/クローク・オブ・ラットスピード》

 

そのどれもが万金を積んでも手に入らない物ばかりであり、これらの目を覆うような眩い輝きが彼女の身をより一層際立たせている。

そして王国で唯一、《死者蘇生/レイズデッド》を使用出来るという稀代の神官。

英雄として、後世にまで謡われる存在であろう。

 

 

「闇の気配を感じるわね………もう一人の私が反応している?」

 

 

ただ一つの欠点は………この世界では珍しい《邪気眼》という癒せぬ病にかかっている事だった。

普段は出ないが、思い出したようにたまにこれが出る。

何やら内側にもう一人の“闇の人格”が存在しており、それと戦っているらしい。

時折、右手を押さえ何かに抵抗するように、苦悶の表情を浮かべているところを幾度か目撃されている。仲間達からは魔剣の影響ではないかと大真面目に心配されているが、特に危険はない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

そんな彼女は今、トブの大森林でとある依頼を遂行中であった。

事の発端は何とも下らないモノである。

若い貴族の子弟が集まり、誰が言い出したのか酒を飲んだ勢いで度胸試しとしてトブの大森林へと入ったのだ。当然、護衛の人間はいたが、8人いた護衛の内、5人が殺され、子弟の二人が行方不明。残りは這う這うの体で逃げ出した。

未だ行方不明となっている二人の捜索を頼みたい、と泣き付いてきた顛末である。

 

 

(国がこれだけ大変な時期に度胸試し、ね……馬鹿みたい)

 

 

それだけ度胸を試したいと言うなら、帝国との戦争の際、最前線に立てば良い。

森に入って、何の度胸を試そうと言うのか。そして、その度胸を誰が褒めるのか。

考えれば考える程、馬鹿らしくなってくるのだ。

 

 

―――とは言え、いつもの事ではある。

 

 

このような家の醜聞に繋がるような問題は、その殆どがラキュースの許へと来るのだ。

蒼の薔薇ではなく個人に、である。

ラキュースならば貴族特有のルールや慣習なども熟知しており、また依頼した内容が他の家に漏れる心配もない。貴族にとって醜聞や恥と言うのは文字通り、命取りになるのだ。

この手の貴族が関わってくる問題はラキュース個人か、その叔父へと行く。

 

依頼した方も本気でまだ生きているなど思ってはいない。

ただ、死体に家がバレるようなものがあるなら回収してきて欲しい、と言うだけだ。

そして、それこそが本当の依頼なのである。

既に内々で病死として処理する事となっているらしい。

 

 

(まるで、亡霊でも探しにいくようなものね……)

 

 

死体を求めて森を歩く。さながら、オペラのホラー劇のようであった。

気分を入れ替えるように一つ息を吐き、この森のモンスターについて考える。

まず、著名な森の賢王であろう。これは縄張りに入らなければ余り危険はないらしい。

そして、モンスターに襲われたという森の東。ここにはオーガなどが生息していると聞いている。

何の問題もない相手ではあるが、今回は一人。油断は禁物だ。

 

 

(この手の醜聞に関わる依頼には、他のメンバーを連れていけないのが辛いわね……)

 

 

蒼の薔薇は非常に多忙である為、個々に受ける依頼も多い。

逆に全員で動かねばならない事態など、国を揺るがしかねない相手が出現した時くらいである。

今もガガーランは鉱山から運ばれる鉱石輸送の護衛についており、ティアとティナは交代で複数ある八本指のアジトの割り出しにかかっている。

イビルアイは王都に何か起きた時、いつでも対処出来るようにしており、基本自由だ。

 

 

(この依頼が終わったら、全員で一度集まってゆっくりしたいわね……)

 

 

ガガーランとティアが言っていた、面白そうな男性の事も気になる。

王子だとか、流れ星だとか、愉快な事ばかり言っていた。あの二人は元々、愉快ではあったが今回のは特に傑作であったと思う。

この依頼が来た為、余り詳しい話は聞けなかったが、戻ったら紅茶でも飲みながらゆっくりと聞いてみたい。ラナーにも聞かせたらどんな顔をするだろうか?

 

 

(ん。オーガ、か………)

 

 

前方に目を向けると、何かを食べている最中のオーガがいた。

その足元には、ゴブリンと思わしき死体が幾つか転がっている。

 

 

「ニンゲン!ニンゲン!マタクワレニキタ!」

 

「また、ね……なるほど、犯人は貴方達って訳か」

 

 

そこには二体のオーガと、2メートル後半はあろうトロールが一体居た。

どうやら、このモンスター達に食べられたようだ。遊び半分でやった度胸試しだったのであろうが……随分と高くついたものだと思う。

むしろ、そのような貴族の子弟達が成長し、国の重臣になっていくのだから、それこそ国民にとって度胸試しであり、恐怖であろう。

 

 

「ここで殺された人間……5人と2人が居た筈だけど、覚えてる?」

 

「クウ!オレ、コイツクウ!ウマソウ!」

 

「ダメね、これは………」

 

 

オーガが頭の悪そうな声を上げるのを聞いて、頭痛がしてきた。

会話が出来る程の知性があれば、まだ交渉の余地もあったけれど………。

 

そんな事をぼんやり考えていると、オーガが手に持った棍棒を振り下ろしてくるのが目に入った。その場を動かず、背中の剣を発射する。

瞬間、相手の額に剣が突き刺さり、地響きを立ててオーガが倒れ込んだ。

 

 

「別に戦うつもりはないのだけれど………」

 

「コイツ、ツヨイ!テキ!」

 

 

一匹のオーガが走り去り、横に居た大きなトロールが棍棒を横薙ぎに振るってくる。

背中の剣を動かし、それらを盾にして防ぐと同時に、魔法を放つ。

 

 

「闇に還りなさい―――――《聖なる光線/ホーリーレイ》」

 

 

聖なる光線が腕から迸り、それに触れたトロールの頭が爆散した。

音もなく横倒しになったトロールの体が何度か痙攣し、再生を試みようとしていたが、流石に頭部の全てを吹き飛ばされては再生も難しい。

トロールはその腕力もオーガを凌駕するが、何より特徴的なのはその再生能力だ。切ろうが刺そうが、吹き飛ばそうが、体力の続く限り再生を繰り返す。

のたうつ体に近づき、心臓へ魔剣を突き刺すと、ようやくトロールは生命活動を停止させた。

 

 

(参ったわね……他にも来るの……?)

 

 

地響きがする方向に目を向けると、そこには10体程のオーガと、5体のトロールがいた。

その内の一体は動物の皮を重ねたような革鎧を着ており、驚くほど巨大なグレートソードを手に持っている。その刀身はぬらぬらとした液体が流れており、何らかの魔法効果が付与されている事が見て取れた。

 

 

「何をしに来た、人間!」

 

「物の回収に……と言っても、残ってる様子もないわね、これじゃ」

 

「愚かな人間!食われに来たのか!」

 

「あのね………貴方達はそれしか言えないの………?」

 

 

口を開けば食う、食うと………野蛮極まりない。

見た目もそうだが、知性には期待しない方が良さそうだ。かろうじて鎧や剣を装備しているから会話ぐらいは出来るかと期待したけれど……。

 

 

「食う前に東の地を統べる王である、グ、に名乗る事を許してやる!」

 

 

グ?グ??

一瞬、頭の中を空白が走ったが、それが名である事に気付く。

随分と短い、何と言うか分かりにくい名だ。と言うか、食べる前に名乗れってどういう了見をしているのだろう……。とは言え、名乗れと言われたからには名乗らなければなるまい。

栄えあるアダマンタイト級冒険者として、アインドラ家の者として。

 

 

「私は、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラよ」

 

「ぐわぁっはっはっはっ!」

 

 

名乗った瞬間、グが大爆笑する。

周りのトロールや、オーガまで口を揃えて大笑いしている………何が可笑しいのだろう?

グに至っては腹を押さえながら笑っており、本気で笑っている姿である。

 

 

「そんな臆病な名など聞いた事もない!力強さがない!情けない名だ!」

 

「えっと………」

 

 

名を侮辱されるなど、普通の貴族なら怒るところかも知れないが、自分はそこにわざわざ目くじらを立てようとは思わない。ただ、彼らの価値観が気になった。

もしかすると、彼らは貴族名などを馬鹿にしたり蔑む傾向があるのだろうか?

 

 

「ねぇ、何故わたしの名は臆病になるの?」

 

「長き名は勇気無き証!人間、お前は臆病者だ!」

 

(えぇぇ………)

 

 

その返答に思わず脱力する。価値観が違うのではなく、逆なのだ。

王国などでは名が長いと言うのはそれだけ地位の高い、重んじられる人間でもある。名の中に家柄や身分、領地名などが入り、どんどんと長くなっていくからだ。

彼らは短ければ短いほど、勇敢で勇気があるという事になるらしい……。

 

 

「もう一度名乗れ、人間!」

 

「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラよ」

 

「ぐわぁっはっはっはっ!ぶぁーふぁふぁっげっはっはっ!はぶぁっふぁふぁっ!」

 

「あ、あのね…………」

 

 

グが耐え切れない、といった様子で呵々大笑し、遂には膝を突いて地面をバシバシと叩く。

はふーはふー、と荒い息を繰り返し、また笑いが込み上げてきたのか、遂に横倒しになって腹を押さえて苦しみだした。完全にツボに入ったらしい。

 

 

「人間!貴様、俺を笑いっふぉふぉ!卑怯ぶぁっはっはっはぁふぁふぁ!」

 

「死ね―――――《聖なる光線/ホーリーレイ》」

 

「熱ッ!はっヴぁっははは!痛ばぅはっふふふ!」

 

「こいつ…………ッ!」

 

 

聖なる光に焼かれながらも、まだ笑っている姿に思わず血管がキレそうになる。

しかも、再生速度が異常に速く、焼かれた傷がまるで巻き戻るようにして塞がっていく。

これまでも何度かトロールは見てきたが、これは完全に別格であろう。

ようやく笑いを収め、本気になったのか、グが立ち上がり剣を振り上げる。

 

 

「人間!臆病者の癖にこの偉大なるグに逆らうとは何事だ!」

 

「何がグ、よ。私からすれば貴方の名の方が優雅さがない、品もない、野蛮そのものね」

 

「臆病者の人間!五体をバラバラにして頭骨をバリバリと噛み砕いてやる!」

 

「頭の悪そうな発言ね」

 

 

グが剣を振り下ろし、大きく後ろへと距離を取る。

剣が振り下ろされた時の轟音は凄まじいものであった。内心、冷や汗を流す。

アレをまともに受けたら自分でさえ危ないだろう。

 

浮遊する剣群を次々とグへ向けて発射し、牽制する。

グはそれを避けようともせず、うるさそうに蝿を払うような仕草で手を振った。こいつには防御や回避というのは頭にないのだろうか?

それが頭の悪さからきているのか、自身の再生能力への自信なのかはわからない。

 

 

「お前達!この臆病人間を叩き潰せ!」

 

「オォォォ!」

 

 

周りのオーガやトロールが一斉にこちらへ向ってくる。

その足元を縫うように走りながら、一閃、二閃と魔剣を振るう。彼らの腕力は大したものだが、速さはなく、その防御力に至っては実にお粗末である。

魔剣を振るう度にオーガの骨が断ち切られ、トロールの肉を切り裂いていく。

振り下ろされた棍棒を避け、その腕を切り落としながら詠唱を開始する。

 

 

《集団標的/マス・ターゲティング》

 

 

「内なる闇を滅せよ―――――《善の波動/ホーリーオーラ!》」

 

「オ、ォォォ………ウゴケナイ!ドウジデェェェ!!」

 

 

動揺した敵に向け、拘束魔法を放つ。

衝撃を受けたようにオーガやトロールが身を震わせ、そこに更なる追撃を落とす。

 

 

「破・邪・滅・殺―――――ッ!《正義の鉄槌/アイアンハンマー・オブ・ライチャネス!》」

 

 

空中から光のハンマーが振り下ろされ、身を動かせないオーガが押し潰され絶命する。

トロールも頭から上半身が潰され、次々と身を大地に転がした。

だが、あのグと名乗ったトロールだけは血を流しながらも衝撃に耐え抜いたようだ。怒りからか身を震わせ、大声で何かを叫んでいるが、言葉になっていない。

 

 

「……しつこい男は嫌われるわよ」

 

「ギ、貴様ァァァァ!臆、病、人ゲン!このグに傷ヲ付けタなぁぁぁ!」

 

 

そう言ってる間にも既に拘束魔法を力ずくで抜け出し、傷を負った箇所が泡立つようにして塞がっていく。反則だろう……これは。

しつこいとか、そういうレベルじゃなくなっている。

 

もはや、我が内に眠る―――――“もう一人の自分”を使うしかない。

魔剣キリネイラムの柄を握り締め、刀身に全ての力と魔力を篭める。我が内の“闇”と“魔”が重なる時、無属性の衝撃波が生まれ、全ての敵は死に絶える。

青き刀身から輝きが放たれ、その力の奔流に耐えるように左手で右手を押さえ込む。

 

 

「右手よ……どうか、あと少しだけ耐えて………」

 

 

今日は周囲に誰も居ないし、もうノリノリだ。

遠慮しない、するつもりもない、こんな絶好の機会を逃せない。

全力で“私の戦い”をする―――――!

無属性の力に満ちた刀身を振り上げ、それを横薙ぎに一閃する。

 

 

 

「超技!―――――《暗黒刃超弩級衝撃波/ダークブレードメガインパクトォオ!!》」

 

 

 

刀身から放たれた黒き奔流がグの全身を吹き飛ばし、その周辺で転がっていたオーガやトロールの体を一瞬で四散させていく。黒き奔流が収まった時、ようやく森に静寂が戻った。

 

 

(フフ、今日は良い感じで“私の戦い”が出来たわね………)

 

 

余り周囲に人が居ると、ちょっとやり辛いのだ。………何となく。

内なる闇は、余り人に見せるものではないだろう………うん、そう思う。思う。

 

 

(さて、後は一応この連中のネグラを探索して………)

 

 

そこまで思った時、口から何かが溢れてきた。

体の中心から頭に抜けるような衝撃が走り、口が開く。血だ。

それを認識した時、大量の血を吐き出した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(何、コレ………)

 

 

「良い働きじゃったよ、人間のお嬢ちゃん。ワシはこうした漁夫の利を拾う機会をずっと待っちょったんじゃよ。グとぶつかるのは賢王かと思っちょったが、まさか人間とはのぉ」

 

 

声はするのに、姿が見えない。気配もない。

体に痺れが走り、うまく体を動かせない。目が痛い。視界が歪む。

剣を振るうが、見えない敵があざ笑うように再度、何かを体に刺し込んで来た。背中から肺を貫いたそれは、紫に光るダガーであった。

 

 

(麻痺……痺れ効果……?)

 

 

遂に体が横倒しに倒れ、胃から込み上げてくる血を大量に吐き出す。

肺がやられて詠唱が出来ない……まずい……。

 

 

「後は賢王じゃが、あれは出て行ったと思ったらまた戻ってきたしのぉ……厄介な事じゃて」

 

(アイテムを………)

 

 

まずは麻痺を解除しなくてはならない。その後にポーションだ。

詠唱さえ出来るようになれば、何とかなる……。

痺れる手を何とか動かし、腰に挟んだ様々な道具へと手を伸ばす。

 

 

「おやおや、まだ動けるとは大した人間じゃの。じゃが、お前さんはここで終わりじゃよ」

 

 

透明の敵が腰に挟んでいた道具を取り上げ、粉々に打ち砕く。

まずい、まずい、本格的にまずい……。

 

 

「さて、お前さんは蛇どもの餌にで…………ギヒャッ!」

 

「透明になって女の子を襲うとか、何処のエロゲーだよ」

 

「な、なんじゃ、お前さんは?!何故、ワシのことがわかる!何故見える!」

 

「愚問だな―――――この身に不可視化や透明化などの小細工は通じんよ」

 

 

声のした方向に目を向けると、そこには全身にローブを纏い、フードを深く被った男が居た。

その手には、軽く見ただけでも超一級品と判るような杖が握られている。

そして、森の奥から途方も無い《大魔獣》が現れ……何と、彼の足元に跪いたのだ。

 

静謐な森の中……争いさえなければ木漏れ日が差し込むような神聖な空間で。

途方も無い大魔獣を従え、颯爽と現れた彼の姿に目を奪われる。

一体、彼は何者なんだろうか……。

まるで敵など眼中に入っていないような風情で彼がこちらへ振り向く。

 

 

瞬間、予感が走ったのだ。

この日―――人生が変わると―――

 

 

 

 

 

「―――――問おう。貴女が俺のマスターか」

 

この日、私は運命と出会った―――――

 

 

 

 




遂に邪気眼の黄金騎士、ラキュースの登場です。
会わせてはいけない二人が、遂に会ってしまった……。

それにしても、この女騎士ノリノリである。
ここから物語も怒涛の展開となっていきます。





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火花

「殿、森が騒いでいるでござるよ」

 

「確かに、何か聞こえるな………」

 

 

森での平和な一日を切り裂くような、遠くから聞こえる轟音。そして魔力の波動。

朝食もそこそこに、現場へ向かう事になった。

もしかしたら、モンスターに誰かが襲われているのかも知れない。猛ダッシュで駆けつけてみると、そこには透明の敵に襲われている女の子がいた。

 

 

(透明化………種族はナーガ辺りか……?)

 

 

自分には透明化や、不可視化など通用しない。《魔法的視力強化/透明看破》のパッシブスキルを持っており、隠密行動してくる相手とは非常に相性が良いのだ。

下半身は蛇、胸から上は老人のような醜悪なモンスターに、音も無く杖を振るう。

それほど力は入れずに殴ったつもりだったが、モンスターが激しく吹き飛び、血を撒き散らした。

それと同時に透明化が解け、その姿を露にする。

 

 

「な、なんじゃ、お前さんは?!何故、ワシのことがわかる!何故見える!」

 

 

その問いに答えようとした瞬間、目の奥で火花が散った―――――

そして、自分の意思とは裏腹な台詞が飛び出す。

 

 

「愚問だな―――――この身に不可視化や透明化などの小細工は通じんよ」

 

(ちょっと待て!何を気取った言い回しを………!)

 

 

 

 

 

《シリウスの火花Ⅴ》

銀河の鼓動に連動し、強化してくれる支援スキル。

膨大な貯蔵データ内の中から、その場に適した仕草や台詞をランダムで行う。

一定パターンを組んだ「なりきり」プレイなどにも使用出来る為、その汎用性は高い。

レベルの上昇と共に銀河の鼓動との連動力もUPしていく。

双方のスキルがカンストしているならば、隙のないプレイが約束されるだろう。

 

 

*シリウス

全天21の1等星の1つ。

太陽を除けば、地球上から見える最も明るい恒星。

ギリシャ語で「焼き焦がすもの」「光り輝くもの」を意味する。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「―――――問おう、貴方が俺のマスターか?」

 

 

その言葉にラキュースの心臓が貫かれる。

言っている内容は分からない。ただ、背中を見せ、軽く振り向いた姿勢で言われた《それ》が、余りにも格好良かったのだ。ほんの少し、鼓動が早くなる。早く、なっていく。

 

 

「ふむ………まずは、怪我を治さなければな」

 

 

彼は近づいてくると、懐から赤い液体の入った瓶を取り出し、それを飲ませてきた。

得体の知れない液体。本来ならそんな物は絶対に口にしないだろう。

だが、自分を救ってくれた恩人である上に、これ程の颯爽とした男性から差し出された物が、妙な物だとはとても思えなかったのだ。

 

 

そして、奇跡が訪れる。

 

 

あれ程に深く刺された傷が、痛みが、一瞬で消えたのだ。

ありえない。ありえる筈がない。

どれだけ即効性の高いポーションであっても、これ程の傷を一瞬で治すなど………。

 

 

「―――――ッ!《麻痺治癒/キュア・パラライズ》」

 

 

考えるのを止め、まずは状態回復魔法を詠唱し、麻痺を取り除く。

今の液体が何であれ、そんな事は戦闘が終わった後で考えるべきだ。透明の敵だけでなく、吹き飛ばしたグの体も異様な程の早さで再生していっているのだから。

 

 

「ワ、ワシの透明化が見破られるなど……お主は何者じゃ?!」

 

「フン―――――卑劣な蛇に名乗る名など持ち合わせておらんよ」

 

「そ、それに何故、賢王が人間などに従っておる!一体、どういう事じゃ!」

 

「殿は某が忠誠を尽くす主人なのでござるよ!」

 

「ば、馬鹿な……!お主程の魔獣が人間に従うなど………!ワシらは森を分割し、それを統べておった王なのじゃぞ!人間に使役されるなど!」

 

「永遠に支配する側で居たかったか?―――――その理想を抱いて溺死しろ」

 

 

ヤバイ、ヤバイ!格好良い!この人、ヤバすぎる!

言う事の一つ一つがいちいち格好良い………!

彼が発言する度、心臓に甘い痛みがくる。その痛みは、決して嫌なものじゃない。

刺された傷は治ったというのに、むしろさっきより体が熱くなってきてる……。

 

 

「さて、時間が惜しい。ハムスケ、そいつを任せる」

 

「了解したでござる!殿の一撃で弱ってるようでござるなぁ……悪いけど一撃でござるよ!」

 

 

途方も無い大魔獣が蛇のモンスターへ飛び掛り、暴力そのものである巨大な爪を振り下ろす。醜悪な蛇のモンスターが真っ二つに断ち切られ、噴水のように血を噴き上げた。

 

何という強力な大魔獣だろうか……!

これが、これが………かの森の賢王……?!

私の見通しすら甘かったと言わざるを得ない……。

 

これと戦うならば、イビルアイも含めた総出でなければとても倒せないだろう。

自分達が居なければ、国が総力をあげて討伐軍を組まなければどうにもならないレベルである。

 

 

だが、さっきのグと言うトロールもまた、別格だ。

あれ程の再生能力を持った個体は見た事も聞いた事もない。近隣の街から魔法詠唱者を掻き集め、朝から晩まで継続的にダメージを与え続けなければ滅ぼせないだろう。

 

 

「待って下さい……そこのトロールは異常個体です! すぐに近隣から魔法詠唱者を集めてきますので、どうかそれまでの間、この場でその個体を抑え込んで貰えないでしょうか!」

 

 

そう言っている間にも吹き飛んだグの体は巻き戻るように再生され、もうじき動き出す気配を見せていた。危険だ、余りにもこの個体は危険すぎる。

しかし、彼はその言葉には答えてくれず、背中を向けたままであった。

助けて貰った上、こんな身勝手な願いをするなんて厚かましいとは分かっている……でも……っ!

 

 

 

「なるほど―――――だが、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 

 

(格好良いいいいいいいいいいいいいっ!)

 

 

死んだ!私、いま死んだ!

心臓が爆発する音がはっきり聞こえた!

止めて……もう止めて!これ以上、格好良い事を言わないで!

鼻血が………。

 

数々の格好良いと思われる台詞や、技名、詠唱などを思いつく度に記してきた魔本。

《ラキュース・ノート》に、この人の台詞全てを書き込みたくなってしまう。

そして、背中を向けたままの彼から……爆発的な魔力の波動を感じた。余りの大魔力に彼のローブが揺らめき、周囲に激しい風が巻き起こる。

 

 

(何、これ………)

 

 

アダマンタイト級冒険者であり、稀代の神官と謡われた自分が………。

その《背中》に、完全に圧倒されていた。

 

 

 

 

 

「地の底に眠る星の火よ 古の眠り覚まし 裁きの手を翳せ―――――《獄炎/ヘルフレイム!》」

 

 

 

 

 

彼の指から放たれた小さな黒き炎。

赤ではなく、黒の炎………まるで宝石のようにキラキラと輝く《それ》がグの体に触れた時。

 

 

―――――蒼天を焦がす豪炎となり、グの体を焼き滅ぼした。

 

 

(嘘……でしょ……)

 

 

再生能力なんてレベルの話じゃない。

一片の肉片すら残らず、あの異常個体が完全に消滅してしまった………。

もしかすると、私はいま、とんでもない英雄を目の当たりにしているのではないのか?それこそ、古に謡われる十三英雄や、数々のサーガを彩ってきた英雄達のような……。

 

 

(鼓動が、止まらない………)

 

 

呆然とする思いだった。

恋や恋愛など、自分には遠い話だと思っていたのだ。

 

英雄に憧れ、家を飛び出して冒険者になってしまった程の自分である。

おてんば姫だのじゃじゃ馬だの、当初は散々に笑われたものだ。

だが、アダマンタイト級冒険者となった途端、掌を返したように次々と社交界へ呼ばれるようになり、多くの貴族から引っ切り無しに求愛されるようになった。

 

言葉は悪いが、自分には彼らが《男》であると認識出来ない。

家名に驕り、民を虐げ、自分の手では銅貨一枚すら稼ぐ事も出来ない存在……それは男だろうか?

そんな貴族の馬鹿息子や道楽息子ばかり見てきた自分は男に絶望し、次第に興味すらなくなっていったのだ。だが、今、目の前に居る彼は………。

自分がずっと、無意識下で求め続けていた男性ではないのだろうか?

ふと、仲間と交わした会話が蘇る。

 

 

《ラキュース、お前さんは小難しく考えすぎなんだよ。男と女の事なんざ、理屈じゃねぇんだ》

 

大柄で、とても情の深い大切な仲間の言葉を思い出す。

 

《良い男に会った時ってのはな、頭じゃなくハートが教えてくれんだよ》

 

あの時は心臓が何を教えてくれるのよ、と笑ったものだ。

 

 

だが、今なら分かる。

確かに自分のハートが、鼓動が、それを教えてくれているのだ。

何故、自分はあの時のガガーランの話をもっと真面目に聞いておかなかったのか……。

好意を持った男性に、好きになってしまった男性に、どう接すれば良いのか、どんな話をすれば良いのか、分からない―――――何も、何一つ自分は知らない。

 

剣や魔法だけでなく、恋の駆け引きやテクニック、男性の好みや、好かれる女性像……

そんな事を何一つ学んでこなかった自分の迂闊さを悔やむ。

恐る恐る彼を見ると、こめかみに指を当て、誰かと会話しているようだった。

あの様子は……《伝言/メッセージ》か。

 

 

「あぁ、分かっているさ……心配するな。天秤の傾きは修正された。“機関”の連中が何を考えているのかは知らんが、こちらも早々、思い通りにはさせんさ」

 

 

………機関?!何なの、それは!?

不思議と、胸がドキドキしてくるような単語だった。

どうしてこう、彼の放つ言葉に、挙動の一つ一つに引き寄せられるのか……。

私の内に眠る、もう一人の闇の自分が魂から呼応しているような気がするのだ。

 

 

「フン……それが“世界の選択”か。ならば、是非もない」

 

世界の選択!?

何その心震わすフレーズは……世界に一体、何が起きているの!?

 

 

「あぁ、健闘を祈る………ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 

何、いまの?!合言葉なの??秘密の暗号なの?!!

やめて、これ以上、私の心臓を震わすのは止めて…………!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

その後、彼は激しく咳き込み、何かに耐えるようにじっと空を見上げていた。

恐らくはその“機関”との戦いを想っているのだろう。

その重圧と脅威に只一人立ち向かっている男の、悲壮な姿がそこにはあった。

思わず駆け寄り、その背中を支えてあげたくなる。

 

あれ程の大魔獣を従え、信じがたい程の大魔力の持ち主である彼がこれほどに重圧を感じる相手など、自分には想像も付かない。だが、その敵とやらがこの世界に悪意を持ち、何かをしようとしているのは間違いないだろう……そして、彼はそれと戦っている。

 

命を救ってくれた恩人が、生まれて初めて好きになった男性が。

世界を揺るがす敵と、孤独に戦っている。

私はその姿を見て、即座に決断した。冒険者に迷いは禁物だ。

まして、自分はアダマンタイト級冒険者である。

 

 

「私はラキュースと言います。まずは、命を助けて下さった事に深く感謝を」

 

「え”っ?ぁ、あぁ……いえ、お気になさらず………」

 

 

何だろうか?

先程より、随分と雰囲気が柔らかくなったような……。

戦闘時以外は、穏やかな人柄なのだろうか。益々、魅力的だ。

 

 

「私もその“機関”との戦いに助太刀します!どうか協力させて下さい!」

 

「ええええええええ?!」

 

 

 

 




スキルと勘違いが相乗効果を生み、更に追い詰められていくモモンガ!
次話も二人はフルスロットルです。

では、良い土曜日を!





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陰謀論

(あぁぁぁぁ………何が機関だよ!)

 

 

今、自分の前では美しすぎる女の子が目を輝かせていた。それも、覚悟と決意を秘めた表情で。

綺麗な緑色の瞳がキラキラとこちらに向けられている。

本当なら嬉しいシチュエーションの筈なのに、俺の心は滝のような汗を流していた。

 

 

(また余計なスキルの所為で……邪気眼そのものじゃないか!)

 

「ぃ、いえ、その……無関係の方を巻き込む訳には………」

 

 

そうだ、とにかくこの場は誤魔化そう。

まさかさっきの《伝言/メッセージ》が”誰かとしてたフリ”でした、なんてとても言い出せる雰囲気じゃない。と言うか、そんな事がバレたら俺は死ぬ。心が破裂して死を迎えるだろう。

《心臓掌握/グラスプ・ハート》なんてレベルじゃない。

 

 

「私はこう見えてアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇の一員です。必ずお力になれます!」

 

「蒼の薔薇って……ティアさんのチーム!?」

 

「………っ!」

 

 

ヤバイ、余計に誤魔化し辛くなってきた気がするぞ………。

と言うか、連鎖的にティアさんにまで厨二病をこじらしてると思われてしまう!

しかも今回は邪気眼付きとか……もはや癒せぬ病を抱えていると病院に担ぎ込まれるレベルだ。

彼女を見ると「そっか、彼が言っていた……」「これは運命ね」とか不穏な事を呟いている。何か分からんが、余り宜しくない予感がする。うん、しかも、きっと当たってる。

 

 

「貴方がモモンガさん、だったんですね」

 

「え”っ。は、はぁ……まぁ、そうですが………」

 

「やっぱり!」

 

 

何が嬉しいのか、その場でピョンと跳ねた彼女に驚く。

見掛けは物凄いお嬢様っぽいけど、意外とアクティブな感じなんだな……と言うか、この子は一体なんだ?これまで生きてきて、こんな絢爛豪華な雰囲気を漂わせてる女の子なんて見た事ないんだが。この国の姫君とか言われても納得してしまいそうだ。

 

身に着けている武具も、この世界で見てきた中では飛び抜けているように思える。

顔もスタイルも良すぎるし……確実にリア充であると確信出来るものがあった。

ただ、彼女のは息の詰まるような美しさではなく……うまく言えないが、そこに居るだけで周囲を明るく照らすような、生命の輝きを感じさせるような美しさだった。

正直、見惚れてしまうレベルだ。

 

ぶっちゃけ、こういう正統派な美少女ってタイプだったりするんだよなぁ……。

非リア充の童貞には眩しすぎる存在だけど……。

 

 

「ティアやガガーランからも話は聞いています。是非、私達も協力させて下さい」

 

「い、いや、その敵は強大で、蜃気楼のようで、つ、掴めないと言いますか………」

 

 

蜃気楼どころじゃねーよ!そんなもん、影も形もねーよ!

いっそ開き直って叫びたくなったが……

その時から俺の名は「架空の相手と空メッセージを行う厨二王子」として大陸全土に響き渡る事になるだろう。もはやこの異世界にすら住む場所がなくなる。

 

どうにかしてこの場を……何とかしてハムスケに……と思ったが、ハムスケは高い木に登って上に生っている果実を美味そうに頬張っていた。お前……後で俺にもくれよ?

じゃなくて、こういう時こそ助けてくれよ!

 

 

「なるほど、私達が戦っている八本指も似たような構成をしていますね……」

 

 

確か八本指って、麻薬とか誘拐とかしてるヤバイ組織だっけ?

彼女はそういう組織と本当に戦ってるから、こんなに必死に、真面目に考えてくれてるんだろうか。だとしたら、そんな気持ちをからかっているようで罪悪感が湧いてくる……。

もう、いっそ言ってしまうか?でも、あぁぁぁぁ………死ぬだろ、これ!

 

 

「モモンガさん。一つだけお聞きしたいのですが……敵の首領は掴めているのでしょうか?」

 

「しゅ、首領……ですか……?」

 

「はい、八本指との長い戦いの経験から、下部組織をどれだけ叩こうとも、余り効果が望めないと分かったのです。組織の”頂点”を叩かねば、連中は何度でも復活します」

 

「しゅ、首領は………悪の…………ん”ん”っ………世界の………」

 

 

彼女が目を輝かせ、ごくり……と唾を飲み込む。

いやいや、居ないんですよ!

そんな組織もないんですよ!ごめんなさい!

 

 

「せ、世界征服を企む……悪の魔法使い………う、ウルベルト……さん、だ……」

 

「世界征服ですって?!ウルベルトサンというのが敵の首領なのですか?」

 

「ぁ、いや、さんは敬称というか……う、ウルベルニョ、だったな……う、うん」

 

「そ、そんな……世界征服だなんて途方もない事を考える巨悪が居たなんて……まさかとは思いますが、そのウルベルニョはモモンガさんより強いのですか?」

 

「へっ?そりゃ、強いですよ。自分なんて足元にも及ばないです」

 

「そ、そんな……ッ!」

 

 

あぁぁ……ウルベルトさん、ごめんなさい!

つい、勝手に名前を変形させて使っちゃいました!

悪の首領とか、悪の組織とか言われたら、真っ先に浮かんだのが貴方の名前だったんですよ!

しょうがないじゃないですか!いつも世界征服したいとか言ってたし!

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

ウルベルニョ(?)

人を勝手に世界征服を狙う悪役にするなんて………マジでやりたい………

じゃなくて、許さないんだからねっ!

な、何だったら、そっちに呼んでくれても良いんだからねっ!

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

いやいや、この回想おかしいだろ!

ウルベルトさんはこんな気持ち悪いキャラじゃないし!

いや、この世界に居たら案外ノリノリで悪の魔法使いをしてる……か?何か世界に災厄を齎すとか、新世界の神になるとか、本気でやりそうな気がしないでもない。

 

 

「モモンガさん、そんな強力な首領を頂点にした“機関”というのは一体………」

 

「―――――ラキュース」

 

 

手が勝手に動き、彼女のピンク色の唇に人差し指が当てられる。

ちょっ、何を勝手な事してやがる!

 

 

「みだりに“その名”を口にするな―――――連中の手は長く、その耳は小さな音も拾う」

 

「は………はひっ………」

 

 

あぁ、もう!

いきなり唇に触ったりしたから、顔真っ赤にして怒ってるじゃんか!

これ、セクハラとかで国に訴えられたりしないだろうな……何かお嬢様っぽいし……。

俺、貧乏なのに所持金が吹っ飛ぶぞ……。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「殿ー。何かを呼ぶとか言っていたのはどうなったでござるか?」

 

「ぁ、そうだったな………」

 

 

おかしなスキルの所為で予定がグチャグチャだよ………。

番人にするなら、《死の騎士/デスナイト》辺りが適任だろうか。

アンデッドだから、疲労や睡眠とか気にせずに働けるだろうし。

 

ユグドラシルでは盾役としてよく使っていたデスナイトだけど、この世界準拠で言えばそれなりに強い部類になるだろう。ゲームでは雑魚モンスターでしかなかったけど、皆から聞いた話を元に考えると……ダンジョンのシンボルエンカウント型の中ボスとか?

いや、大きく言ったらフロアボス辺りになるかも知れない。

この世界のモンスターとまだロクに戦ってないしな……後でラキュースさんに聞いてみるか。

 

 

「新たな森の番人でござるかー。楽しみでござるなー」

 

「元々が対象を守る盾役だしな……“警備員”としては優秀だと思うよ」

 

 

いずれにせよ、ラキュースさんの目の前で呼び出す訳にはいかない。

何とかして、彼女にお引取りして頂かなくては……。

 

 

「モモンガさん、一定時間で消滅する召喚ではなく、世界へ留める召喚を行うのですか?!」

 

「ぇ、いや、まぁ……」

 

「お一人で、ですか??その、数百人で、大規模な儀式を組む、などではなく……?いえ、それですら、私は伝承などでしか聞いた事がありませんが………」

 

 

えぇぇ!こっちの人ってそんな面倒な事をしてるの?

スキルでポンポン作れるんですけど?!

 

 

<上位アンデッド創造/1日4体>

<中位アンデッド創造/1日12体>

<下位アンデッド創造/1日20体>

 

 

改めて自身のスキルを確認し、変な汗が出てきた……これ、何とかして誤魔化さないとマズイな。

ユグドラシルでは一定時間で消えたけど、あれはあくまでゲームだ。

この異世界だと消えない可能性もある……ンフィー君にもマジックアイテムを使う、と説明したし、それで行くか?

 

この世界はどうも、マジックアイテムです、と言えば誤魔化しが効き易いみたいだし。一定時間で消えようが、この世界に残り続けようが、マジックアイテムの所為にしよう。

 

 

「このマジックアイテムを使います。故郷の知人から譲り受けたものでして」

 

 

懐から出したのは……俺の友情を裏切った、あの嫉妬マスクだった。

12年の付き合いだったというのに……お前も少しはアイテムとして働け!こいつに関してだけは、どう扱おうが俺の心は痛まない。

 

 

「な、何とも……恐ろしい負の力を感じるマスクですね……」

 

「いえいえ、ただの裏切りも……ガラクタですよ」

 

 

今後も、こいつを使って適当に誤魔化して行く事にしよう。こいつもアイテムBOXでホコリを被っているより、アイテムとして使われる方が嬉しいだろうしな。と言うより、自分はこれだけ苦労してるのにこいつだけ楽に過ごしているのが気に入らない。

 

俺はいかにも、このアイテムを使っているかのようにして創造をはじめる。

実際、泣いてるのか笑ってるのかよく分からない表情してるしな。何か呪術めいた怨念みたいなものを感じさせなくもないから、召喚の触媒とかには向いているのかも知れない。

 

更に“それっぽく”思わせる為、近くに転がっていたゴブリンの死体も持ってくる。

こういう召喚とかって、死体を生贄に……とか漫画でよく見たしな。

ゲームじゃなく、実際にやるとなると黒魔術とか死霊術そのものか……。

 

 

「………《天候操作/コントロール・ウェザー》」

 

 

え?? ちょっと待て、俺がしたいのはアンデッド創造だよ?

何で天候を操作すんだよ!しかも、周りに聞こえないようにメッチャ「小声」で詠唱してるし!

魔法の所為で辺りの気温がグンと下がり、周辺に霧が立ち込めてくる。

森へ差し込む日差しと、立ち込める霧が周囲に幻想的な空間を作り出していく。

 

ハムスケは何が起きたのかと落ち着かない様子で周りをキョロキョロと見渡し、ラキュースさんは何故か目を輝かせ、こちらに身を乗り出していた。

そして、当然の如く―――口が勝手な言葉を紡ぎ出す。

 

あぁ、そうでしょうね!そうでしょうとも!

もう分かってましたよ!

今日は朝からメチャクチャだし、もう存分にやっちゃって下さいよ!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(一体、何が始まるの………?)

 

 

ラキュースは空気が変わった事を感じた。

いや、感覚ではなく、本当に変わったのだ。

肌を刺すような冷気と、静謐な空間に満ちる白い霧……遂に、儀式が始まるのか。

 

彼の足元に巨大な青い魔法陣が浮かび上がり、その圧巻とも言える美しさに息を飲む。その魔法陣は一秒たりとも同じ紋様を描かず、目まぐるしく刻まれた文字と紋様を変貌させていく。

 

大気を震わせるような大魔力が吹き荒れる中、彼はその中心で何かを耐えるように、左手で顔を覆い、右目だけで魔法陣を睨みつけていた。何て心震わせる格好良いポーズなんだろうか……。

私もしたい……出来れば、彼と並んで一緒にしたいとすら思った。

 

晴れ渡っていた空には暗雲が立ち込め、豪雷が鳴り響く。

この召喚は一体、どれ程の大魔力を使い、必要とするのだろうか?まるで世の理(ことわり)を捻じ曲げるかのような大儀式ではないか……これを一人で行うなど、想像するだけで震えがくる。

 

そして、いよいよ彼の口から宝石のような詠唱が零れだす。

私は、この日を生涯忘れないだろう。

自分の人生を決定付けた―――この瞬間を―――――

 

 

 

 

 

――――告げる。

 

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

《仮面》の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者。

我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天。

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

 

 

「顕現せよ―――――ッッ!《死の騎士/デスナイト!》」

 

 

 

彼の右手が突き上げられ、雷雲から稲妻を落とすように振り下ろされる。

瞬間、視界が轟音と白光に包まれた。

そして、青き魔法陣から一際強く放たれた光がゴブリンの体へと収束し………

 

 

―――――巨大な盾と長大な剣を持つ禍々しい騎士が、世に顕現した。

 

 

 

(ぁ、あぁぁ……………)

 

 

見ているだけで魂を削られそうな程の凶悪な怪物。

ともすれば、失禁しかねない程の強烈な威圧感。かの賢王ですら毛を逆立てて震え、遂には高い木に登って尻尾を尖らせている。

彼が呼び出した、と知っていなければ自分も即座に逃げ出しただろう。

イビルアイならば抑えられると信じたいが、自分では無理だ。

台風や雷などの“天災”と同じ規模であろう………人間に対抗出来るような存在じゃない。

 

 

(間違いなく”国家非常事態宣言”が出されるレベルの……伝説級モンスター……)

 

 

いや、そんな宣言に何の意味があるだろうか?

そんな宣言を出した頃には、国は既に壊滅的な損害を蒙っているのではないか?

そして、そんな彼が自分より強いと言わしめるウルベルニョという魔法使いと、機関。

余りのスケールの違いに、自分が酷く小さく思えた。

アダマンタイト級冒険者は頂点でも何でもなく、井の中の蛙でしかなかったのだ。

 

 

(でも、ショックでも何でもない……むしろ、胸がドキドキしてる……!)

 

 

彼は一体、どんな冒険をしてきたのか。どんな戦いをしてきたのか。

何処から来たのか。敵の規模は?機関の手は王国にも伸びているのか?帝国には?

彼に恋人は居るのだろうか?女性の好みは?胸は大きい方が良いのだろうか?

何でもいい、少しでもいいから、彼の事が知りたい!そして、共に戦いたい!

 

 

(私がアダマンタイト級冒険者になったのは、全て、この日の為にあった……!)

 

 

そう確信する事が出来た。

全ては運命だったのだ。

こうなる事が、決められていた。

 

彼と共に戦い、恐らくは後世に英雄譚として語り継がれるであろう、世界の命運を決する戦いに身を投じる為、これまでの日々があった―――!

繰り返す日常、愚かな貴族からの依頼、王国を覆う暗雲、八本指の暗躍、派閥間の対立。

暗いものばかりだった日々に、いま―――光が差し込まれた。

 

彼と一緒ならどんな試練も必ず、切り払う事が出来る!

もう迷わない。

私の人生は、彼と共にある―――――

 

その彼を見ると、水差しのような物を取り出して森の賢王に飲ませていた。

召喚した騎士にも「飲む?」とコップを差し出し、あの恐ろしい騎士が雷に打たれたように盾と剣を投げ出し、恐縮しきったように何度も頭を下げていた。

一体で国家を滅ぼしかねない恐ろしい騎士が、まるで彼の前では仔犬のようではないか。

 

 

「折角だし、お前にも名前を付けてやらなきゃな………」

 

 

彼はあの呼び出した恐ろしい騎士に、名を与えるようだ。

あれ程の騎士である。

名を与えるとなると非常に難しいだろう………何せ、伝説級の怪物だ。

 

 

「デスナイト、デス、ナイト……デスノート………よし、お前は今日から”デコスケ”だ!」

 

「おぉ!!良い名でござるなー!」

 

「オォ!オォォォ♪」

 

(ええええええええええええ?!)

 

 

どういう所からそんな名前になったのかサッパリ分からないが、あの騎士は感動したように何度も頷き、嬉しそうな叫び声を上げていた。

やはり、伝説級ともなれば私の常識の範疇では測れないのかも知れない。

 

 

 

 




適当に言った言葉が撤回出来なくなり、
どんどん深みに嵌っていくモモンガ……いや、悟君。
これ原作のアインズ様と同じだな(笑)

そんな訳で、今月はほぼ毎日更新していたので、また書き溜めに戻ります。
沢山の感想や評価、本当にありがとうございました!





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恋を止めないで

まずは呼び出したデコスケに様々な指示を与える。

森から出て近隣の村に行こうとするモンスターが居たら止めるように、人間が入ってきても殺さないように、余り奥地に入ってくるようなら威嚇して追い出すように。

その他、細々とした指示を与える度、デコスケは頷き理解を示した。

 

やっぱりゲームと違って生き物だからある程度の知性はあるようだ。ユグドラシルだと周囲から離れず、盾になって攻撃を引き受けるだけだったしなぁ……。

 

 

「今後はデコスケ殿が森の全てを支配するのが一番良いでござろうなー。実力者が誰も居なくなったでござるし、残りは北のゴブリンの部族ぐらいでござるよ」

 

「ゴブリンか……そいつらはデコスケに従いそうかな?」

 

「あの部族は強い者に従う習性がある故、見ただけで降伏するでござろうなー」

 

「なら、問題ないか」

 

 

さて、森はこれで良いとして……問題はラキュースさんだな。

苦し紛れに色んな事を口走ってしまったし……どうやって誤魔化していくか……。

何か今もキラキラした目でこっちを見てるし……。

どう考えても彼女、ウルベルニョやら機関やらと本気でやり合うつもりですよね………そんな敵、何処にも居ないのにどうすれば良いんだ??

 

 

「モモンガさん、これからどうするのですか?」

 

「えっ……そ、そうですね……まずは、家に戻ろうかと………」

 

「家、ですか?この森の中に?」

 

 

森に家って……どう聞いても不審者だよな……何処の妖精だよ、俺は!

とにかく一度戻って、落ち着いてから考えよう。

焦ったまま話してると余計にこんがらがっていきそうだ。もう手遅れな気がしないでもないけど。

 

 

「一度、マジックアイテムを使って家に戻りますので、手を貸して頂けますか」

 

「は、はいっ………」

 

「殿ー、某はご飯を調達がてらデコスケ殿を連れて森を案内してくるでござるよ」

 

「そうだな。森はハムスケの方が詳しいだろうし……任せた!」

 

 

遠慮がちにラキュースさんの手を掴み、短い杖をマジックアイテムとして使ってるようなフリをして詠唱する。実際、ンフィー君が言うにはこの世界では武器などに魔法を篭めて使うらしい。

かなり高価な武具限定のようだが、それらはユグドラシルには存在しなかったものだ。何と言っても、物に何かを篭めて使うといえば、魔法を篭めたスクロールだろう。

もしくは、魔法が使えない戦士職などが《蘇生の短杖/ワンド・オブ・リザレクション》などを緊急に使う、ぐらいだろうか。

 

あぁぁ……しかし、ヤバイ。

ラキュースさんの手、スベスベなんですけど……この子、人間じゃなくて、実は女神とかそういうオチはないよな?外見がそれっぽいし、ファンタジー世界だからありそうで困るよ。

そんな益体もない事を考えながら―――杖を振った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(見慣れた我が家……って程、滞在してないけど)

 

 

森の奥に設置した、コテージタイプのシークレットハウスの前に転移する。

家というより、場所が場所なだけに別荘って感じか。魔法で作られた家なので耐久性にも優れてるし、拠点用と設定されているので、モンスターも近寄ってこない。

ゲームの設定がそのまま現実に反映されているなんて、よく考えたら凄い事だよな……。

 

 

「私の仲間にも転移を使う者が居ますが、複数人の転移とは凄いですね………」

 

「こ、故郷ではマジックアイテムの発掘が盛んでして……その一つですよ」

 

「では、先程の……あの、とんでもない力を持った仮面もそうなのですか?!」

 

「いえ、あれはガラクタですよ」

 

「え”っ……ぁ、そ、そうなのですか………」

 

 

扉をあけ、中に入ると快適な涼しい風が迎えてくれる。

外の気温に合わせ、自動的に温度を調整してくれるので暑い日や寒い日にも活躍してくれそうだ。ラキュースさんは物珍しそうにしていたが、ハムスケのように説明を求めてくる事はなかった。

やっぱり、そういう所はお嬢様っぽく慎み深い感じなんだろうか……。

 

 

「この家の全てから魔力を……いえ、魔力で“編まれている”感じがします……」

 

「その通りです。設置や回収も一瞬でして……サイズも自由に変わるので、ハムスケのような大きな生き物も中で楽々と過ごす事が出来るんですよ」

 

「な、なるほど………国宝級の品、ですね………」

 

「ま、まぁ……貴重な物ではありますが……。とりあえず、飲み物でも」

 

 

そう言って冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して渡す。食材は腐ると判断されたのか、何も入っていなかったがジュースは無事だった。

でも、飲み物と調味料だけじゃなぁ……ご飯は相変わらずハムスケ頼みになりそうだ。

 

 

(しかし、冷蔵庫、か………)

 

 

帝国という国には、冷蔵庫などがマジックアイテムとして売られているらしい。

科学ではなく、魔法が発達している世界だからあっても不思議ではないが、ニニャさんの話では“口だけ賢者”と言われる英雄が発案したようだ。

あの時は考える事が山ほどあって、余り深く追及しなかったけど……。

 

まさかとは思うが、現代人だったりとかはしないよな……いや、数百年前って言ってたしなぁ。

ラキュースさんに不審がられない程度に色々と聞いてみるか?

アダマンタイト級冒険者なら、物知りだろうしな。

 

 

「ラキュースさん、貴方から見てデコスケは……どう見えましたか?」

 

「伝説級の……一体で、国を滅ぼしかねないモンスターかと」

 

「え”っ………ぁ、あぁ、そうですね。た、確かにデコスケは強力なモンスターです……」

 

 

あれ、うん……うん??

 

 

「あれ程の存在を召喚出来るなんて!モモンガさん、本当に凄かったです!」

 

「ぁ、いえまぁ………」

 

「やはり、魔力だけではなく、あの触媒となった仮面が大きな働きをしたのでしょうか?」

 

「いえ、あれはガラクタですよ」

 

「え”っ……ぁ、そ、そうなのですか………」

 

 

何気ない顔をしながらオレンジジュースを飲み、ごくりと唾を飲み込む。

ちょっと待って……デスナイトって、ここじゃそんな扱いなの?!

この世界準拠で考えたら、それなりに強い部類に入るだろうとは思ってたよ?自分なりにかなり強めに見積もってたけど、まだ足りてなかったって事か………。

と言っても、自分が自重してもスキルの所為で勝手な行動する時があるしなぁ……。

とにかく、折角の機会だ。ラキュースさんに他にも色んな事を聞いておこう。

 

 

「ティアさんから聞いているかも知れませんが、私は遠国から来た者でして……」

 

 

そう切り出し、これまで聞いてこなかった事を質問していく。

最高峰冒険者と言われるだけあって、モンスターの種類や生態などに相当詳しいようだ……これは助かる。強さの基準はざっと、ユグドラシルでのデータを3倍にしたようなものだろうか。

ここでは難度という数値で敵の強さを示すようだが、3倍にするとおおまかに感覚が合うのだ。

 

35lv程のデスナイトが、こちらでは難度100以上に跳ね上がり、逆に人類の最高峰と言われる存在でもユグドラシルのlvに換算すると25~30lv程度の強さでしかないようだ。

人間のlvがそこまで低ければ、モンスターに苦戦するのも頷けるし、魔法も第三位階を使えれば一流と言われるのも納得だ。感じていた妙なチグハグさがようやく晴れた気分になる。

 

 

「その……モモンガさんは、故郷からウルベルニョを追って来られたのですか?」

 

「ま、まぁ……そうですね。や、奴は今、この近辺を狙っているような………」

 

「近年、八本指の活動があそこまで活性化してきたのは………」

 

「と、とと、当然、奴の影響ですよ……ほ、本人達も気付かぬ間に、でしょうがね」

 

 

うぉぉぉ……ヤバイ!話が変な方向に……!

つか、八本指とかいったな!しょっちゅう名前聞くけど、お前ら何してくれてんだよ!

マジでいい加減にしてくれ!

 

 

「やはり、そうでしたか……“機関”が連中を知らぬ間に操っ………」

 

「―――――ラキュース」

 

「あっ……」

 

 

また勝手に手が動き、ラキュースさんの唇に人差し指が当てられる。

またかよ!二回目かよ!そろそろ本気で訴えられるんじゃないのか………。

ラキュースさんは顔を赤くしながら、俺の指を両手で包み「ご、ごめんなさい」と頭を下げてきた。いえいえ、謝るのはこっちですからセクハラで訴えないで下さいね?!

 

あ、後……そろそろ手を離して貰って良いですかね………。

あれ……もしかして、このまま話すんですか……?

 

 

「私達は今、王国を蝕む八本指と命を賭けて戦っています。ウルベルニョが関わっているなら、尚更放っておけない敵となりました」

 

「た、確かに……けしからん組織のようですね……犯罪は、良くないですし……」

 

「私の事を心配されているようですが、これ以上、隠さないで下さい………」

 

「え”っ」

 

 

ヤバイ、何の話をしているんだ??

何か良くない流れが来ている気がする。

しかも、自分のこういう時の勘って結構当たるんだよな……。

 

 

「モモンガさんがティア達と会ったのは、八本指が黒粉の取引を行う予測場所の一つだったと聞いています。既に、モモンガさんはウルベルニョと関わる八本指と、裏で熾烈に戦っておられるのではないですか?」

 

 

その言葉に軽い眩暈を感じた。

どうやら俺は、八本指という意味不明の組織と既に戦ってる事になっているらしい。

あくまで彼女の中にある俺の像は、八本指などの組織も含めた世界征服を企む“機関”という巨大な敵と戦い、立ち向かっている孤高の男なのだろう。

今もそのキラキラとした目には強い憧れのようなものが含まれていた。

外見がどストライクな女神のような美少女からそんな風に思われて、これ以上、とても否定するような事は出来そうもなかった。

誰がこの状況で「八本指ってタコかイカの親戚ですか?」などと暢気に問えるだろうか。

 

 

「さ、流石はラキュースさん。み、見抜かれてしまいましたか………」

 

「やはり!なら、私もその戦いに加わります!必ずお役に立ってみせますから!」

 

「そ、そ、そうですね……そ、そこ、までの覚悟がおありなら………」

 

 

うぉぉぃ!話が斜め上に行き過ぎて、収拾が付かないじゃないか!

どうするんだ、これ!どうすんだよ、これ!

こう言う時こそスキルでパパっと上手い言い訳を出してくれよ!

 

そう思った瞬間、手と口が勝手に動き出す。

いや、やっぱ無し!今の嘘です!

そんな思いも虚しく、俺は包まれていた指を解くと、あろう事か……ラキュースさんの腰を抱いて強く引き寄せた。近い、近い、ヤバイ!

 

 

「ならば、共に上がろう―――――この国を救う舞台へ」

 

「は、い………!もう絶対離れません……!」

 

 

おぉぉぉぉい!

俺は何を口走ってんだよぉぉぉ!

 

 

 

 




勘違いと童貞特有の見栄っ張りが重なり、恋の速度が加速していく!
ブレーキの無い二人はもう止まらない!

がんばれ、ももんがさま(他人事)





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MESSAGE

「ただいまでござるよー」

 

「お、おかえり!ハムスケ!」

 

 

良いタイミングでハムスケが帰宅し、冷や汗に包まれた時間が終わる。

ナイスだぞ、ハムスケ……あのまま居たら色々とヤバイ事に……。

帰ってきたハムスケは手に籠を持っており、そこには色んな食材が入っていた。現金な事に途端に空腹感が湧き上がってくる……さっきまでが緊張の連続だったから余計にお腹が空いたよ……。

 

 

「ぁ、北のゴブリンは某とデコスケ殿を見て、すぐ降伏したでござるよ」

 

「早ッ!いや、その方が楽で良いけどさ……」

 

 

東西の実力者が消え、ハムスケとデスナイトが来たらそりゃ降伏するか……。

どっちも伝説級のモンスターとかになるんだろうしな。この世界の非力なゴブリンでは勝ち目がないだろう。ユグドラシルではそれなりに強いゴブリンも居たが、この世界では見かけないらしい。

 

 

「ほ、本当に森の賢王が従っているのですね………」

 

「殿は某の主君でござるよー」

 

「こんな大魔獣から忠義を示されるなんて……モモンガさんは本当に凄いです」

 

「いや、まぁ………あはは………」

 

 

デコスケは早速、ゴブリンを従えて森のパトロールに出掛けているようだ。

自分が呼び出したアンデッドだからか、デコスケとの間に確かな繋がりを感じる。《伝言/メッセージ》のように会話も出来るし、知識の一部や視界すら共有出来るようだ。

これなら何かあっても、すぐに対応出来るだろう。

 

 

(しかし、《伝言/メッセージ》か……)

 

 

ハムスケが早速、食事の用意をはじめたのを見て、俺はラキュースさんに伝言の魔法について聞いてみる事にする。この世界に来てから、使ってる人を殆ど見た事がないんだよな……。

電話やメールなんてモノがない世界では、どう考えても便利だと思うんだが。

 

 

「この辺りでは、余り《伝言》は使われていないのですか?」

 

「そうですね……距離が離れれば内容が不明瞭、不鮮明となって誤った内容として伝わる事が多いんです。術者の力量や魔力に左右される部分も多いので、信用度としては低いですね」

 

「なるほど………」

 

 

ユグドラシルではフレンド枠などに居る人にはどれだけ離れていても、相手が通信機能をOFFにしてない限りは幾らでも届いたが……電波が全く安定してない電話のような扱いなのだろうか?

続けて聞いていくと、一つの情報に対し、伝言の他にも伝書鳩や早馬など、複数の連絡手段を取って、それらを全て見比べてからようやく一つの情報として受け取るようにしているらしい。

この世界の人も良く考えているんだな……と変な所で感心してしまう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「モモンガさん、まずは王都へ行きませんか?仲間にも会わせたいですし」

 

「王都、ですか………」

 

 

キッチンに立ち、焼いたキノコを齧りながら応える。

ラキュースさんもハムスケに感謝を伝え、ナイフとフォークで綺麗に切りながらそれらを口にしていた。このキノコはトブの大森林でしか採れないらしく、王国では結構な高級食材らしい。

やたら美味しいと思ってたけど、やっぱり良いキノコだったんだな。

 

採ってきた他の食材も王国では普段手に入らないものが多いらしく、この森がいかに人を寄せ付けて来なかったのかが、よく分かった。

 

ハムスケは醤油が気に入ったのか、何にでも醤油をつけて食べているようだ。

こいつ、結構なグルメハムスターなのか?それとも、口調からして日本食が合うのか?

時折「ぉほー!」なとど言いながら頬を膨らませている巨大ハムスターの姿はシュールだった。

 

俺もハムスケが採ってきた見た目も味もタマネギそのもののような野菜を薄く千切りにし、水で洗って塩をふりかけ、もう一品作成する。

ハムスケにばかり用意させていると、余りにも外聞が悪すぎるもんな……。

「この人、ハムスターに養われてる?!」なんて思われたらイメージがガタ落ちだ。

いや、人として失格の烙印を押されてしまうだろう。

 

次にアスパラガス(?)のようなものを水で洗い、適度に切ったものをゴマ油をひいたフライパンに放り込んで炒める。軽く塩・コショウを振って出来上がり……男料理なんてレベルじゃないな。

しょうがないじゃんか……ずっと彼女も居なかったしさ……。

手に入る食材なんて精々が「もどき」ばっかりで、味も最悪だったしな……。

 

 

「とても美味しいですね。ついワインが飲みたくなってしまいます」

 

「ぁ、冷蔵庫に入ってるんで少し飲んでみますか。味は余り保証出来ませんけど」

 

「わいん??殿ー、某も飲んでみたいでござる」

 

「ハムスターってお酒飲めるのか………??」

 

 

冷蔵庫からワインを取り出し、適当なグラスに注いで乾杯する。

ワインはよく冷えていたが、飲食不要なアンデッドの身であったので、デフォルトで入っている効果も薄いワインしか入っていなかった。こんな事なら、もっと良いお酒を入れておくべきだったか。

流石にこんな綺麗な子と、巨大ハムスターとワインを飲むなんて想像もしてなかったしな……。

 

代わりとは言っては何だが、適当に作った酒のつまみとしか思えない料理は個人的には十分美味しかった。タマネギのシャキシャキと、アスパラガスの噛み応えが堪らない。

自分にとっては、滅多に口に出来ない高級食材だ……リアルだと給料が飛ぶだろう。

こんな料理とも呼べないようなものを出してどうなるかと思ったが、ラキュースさんもハムスケも嬉しそうに食べてくれてるし、まぁ良しとするか。

 

 

「王都に着いたら、今度は私がお二人をディナーに招待しますね」

 

「それは楽しみでござるなー!」

 

「はい、期待していて下さいね!仲間もハムスケさんを見ればきっと驚くと思います……私も含め、仲間とも仲良くして貰えると嬉しいです」

 

「某はずっと一人であった故、知人や友人が増えるのは嬉しい事でござるなー」

 

 

あれ、何時の間にか王都へ行くのって決定になってるの??

と言うか、二人って……ハムスケが完全に人扱いになってないか……?

いや、ハムスケに養われてる現状を見ると、こいつは俺よりもっと上等な生物なのか?!

いかん、頭が混乱してきた……。

 

 

(それにしても、王都か………)

 

 

行くのは、悪くない。

いや、正直に言うなら一度行ってみたいとすら思う。いわば、国の首都のようなものだろう。

今後の為にも行っておくべきだ。むしろ、主要な都市を通りながら《転移/テレポーテーション》が出来る地点を増やしていかなければならないだろう。

 

 

(行く前に、一度ニニャさんに伝えておきたいな……黙って行く訳にもいかないし)

 

 

いや、でも……とっくに忘れられてたりしたらどうしようか………。

「えと、誰でしたっけ?」とか言われたら、その瞬間に俺の心臓は凍結するだろう。

かつての仲間達にメールを送るだけでも、相当な勇気が必要だったと言うのに……。

 

 

(じ、実験と思えば………!)

 

 

あくまで《伝言/メッセージ》の実験だと考えれば、相手から冷たい態度が返ってきても何とか耐える事が出来る……かも知れない。そうあって欲しい……。

くそー!何で男同士なのにこんな緊張しなくちゃいけないんだ……。

 

 

「すいません……少し、知人と話してきます」

 

 

楽しそうに話している二人(?)に声をかけ、コテージの外に出る。

夜の森に明かりはないが、コテージから漏れる光と、スキルのお陰で不便さはなかった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(よ、よし………た、試すぞ!行くぞ、俺!)

 

 

まるで片思いの女の子へ初めて電話をかけるような心境で伝言の魔法を使う。

飛ばした魔力が相手へ繋がるような感覚がした後、戸惑ったようなニニャさんの声が聞こえてきた。何か声を聞くの久しぶりな気がするな……。

 

《と、突然すいません。モモンガです……》

 

《モモンガさん!?あれから探し……今、何処に居るんですか??》

 

《今は訳あって、トブの大森林に居まして……》

 

《そ、そうですか。あの騒ぎでしたしね……無理もないですけど……心配、してました》

 

 

こんな俺を心配してくれてたなんて……やっぱり良い子だなぁ。

それに、お互いの声も鮮明に聞こえてるみたいだし、電話代わりに使えそうだ。消費する魔力も微々たるものだし、自動回復していく魔力の方が遥かに大きい。

 

 

《実は明日から、王都へ行く事になりそうでして。その前にお金を返したいと思っていたんです》

 

《……!お金なんて良いんで、どうして王都へ行くのか聞かせて貰えませんか??》

 

《いや、まぁ……その、ちょっとした、悪人退治と言いますか……ははっ……》

 

 

ダメだ、自分で言ってて怪し過ぎる。悪人退治って何だよ!

たっちさんなら喜んでやりそうだけど、自分のキャラじゃないよなぁ………。

全部、自分の自業自得だからしょうがないけどさ。

 

 

《蒼の、薔薇の、皆さんからの要請ですか………》

 

 

あれ……ラキュースさんと一緒に居る事を何でニニャさんが知ってるんだ??それに、何か声のトーンが驚く程低かったような……。

得体の知れない寒気が走り、思わず体が震える。

 

 

《僕も、一緒に行って構いませんか?》

 

《えっ!?いや、何があるか分かりませんし、そんな事は出来ませんよ……》

 

《行きたいんです。とても大切な用事もありますし》

 

《用事、ですか……?》

 

《はい、とても大切なものです。絶対、他に渡せないものなので》

 

 

何だろうか、言ってる内容は普通なんだけど……背筋に走る寒気が止まらない。

何故か、この会話をしてるニニャさんの目がレイプ目になっているような気がしたのだ。

い、いや……そんな訳ないか……多分、色々ありすぎて俺は疲れてるんだろう。

頭にはペロロンチーノさんが良くお勧めしてくれた、ヤンデレゲームに出てくる女の子の姿がチラついてしょうがなかったが、ニニャさんはそもそも男の子なんだしな………。

 

 

(は、ははっ………機関だのウルベルニョだの、色々ありすぎたんだな……)

 

 

今日はもう遅いし、ゆっくり風呂にでも入ろうか!

リフレッシュしないとな!身も心も!

 

 

《モモンガさん……王都へ出発する前に、エ・ランテルに寄って貰えませんか?》

 

《わ、わかりました……明日にでも、またメッセージで時間などを伝えます……》

 

《ありがとうございますっ!》

 

《いえいえ……恩人の頼みとあれば、聞かない訳にもいきませんし》

 

《優しいんですね、モモンガさんは………大好きです》

 

《えっ》

 

 

あれ??何か最後の一言が………。

思わず聞き返しそうになったが、既に伝言は切られているようで繋がりが消えていた。

ど、どういう意味なんだ………。

 

 

(し、親愛の情みたいなものなのか……?)

 

 

それとも、これが今の若者のノリなのか?

この異世界では、男同士でもそういう挨拶や風習みたいなものがあったり……。

う、うん……ありえる事だ。何と言っても、異世界だしな!

ファ、ファンタジーの世界に鈴木悟としての世知辛い常識なんて持ち込んじゃいけない!それは夢を壊すような事だろう。うん、してはいけない事だ。

 

 

(でも、好き、か……)

 

 

たとえこの世界のノリなのか、挨拶めいたものなのかは知らないけど、そんな事を言われたのなんて、もしかしたら初めてなんじゃないだろうか。目立たず、波風を立てないように……。

そうやって生きてきた自分にも、そんな風に言われる時がくるなんて。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

タブラ・スマラグディナ

「ただし、オトコである」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

あぁぁぁぁ!せっかく感動してたのに台無しじゃないですか、タブラさん!

一言で全てを台無しにするその癖、いい加減止めて下さいよ……!

良いじゃないですか、別に男同士の友情って事で……。

恋人どころか、男の友達だってユグドラシル以外では居なかったんですし……。

あぁ、言ってて死にたくなってきたな……。

 

遠くからハムスケの「風呂が沸いた」と言う声が聞こえたので、思考を打ち切ってコテージへと戻る事にする。気が付けば結構長い時間話してしまったか。

こうして波乱含みの、初メッセージは終わりを告げた。

 

 

 

 




ニニャのターン!
おぉっと!踏み込んできたぁぁ!モモンガ選手、かわせない!
派手にぶっ飛ばされたー!

と言う事で、次回で第三章が終了となります。

これまでの情報を纏めたものも掲載予定。
今まで殆ど描写してこなかった生活魔法(第0位階)や貨幣の話も出てきますが、
それらは書籍版・WEB版の設定を併せて、独自見解+捏造設定も入れたものとなっています。
(ストーリーには全く関わって来ないですが)

尚、今作では鈴木さんは切る・焼くぐらいは出来るようにしています。
一人だし、ロクに旅も出来なくなるんで……勿論、本格的な料理は無理ですが。





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漆黒と薔薇

(はぁ……生き返るな……)

 

 

あれからコテージに戻った俺は疲れを癒すべく風呂に入っていた。

先にラキュースさんに入るように言ったのだが、彼女は自宅以外では《清潔/クリーン》の魔法を用いるのが常らしく、遠慮されてしまった。

まぁ、ロクに知らない男が居る家で風呂なんて入れないよな……。

 

まして、何度も唇に触れたり、抱き寄せたり……これ完全に犯罪一歩手前じゃないのか?

王都へ行くって、まさか裁判にかけようとしてる、とかはないよな?

無いと言って欲しい……。

 

 

(それにしても、生活魔法なんてモノもあるのか……)

 

 

ラキュースさんから聞いたものだが、名称自体はラノベでもよく聞くものだ。

正確に言えば、第0位階とも言うべき魔法。ユグドラシルには存在しなかった為、自分には使う事が出来ない魔法だ……内容は微妙なものが多いが、まさに生活に関する魔法らしい。

 

指先から小さな火を出したり、冷めた煮込み料理を温めたり、中には香辛料を生み出すモノまであるらしい。どういう原理かは分からないが、複製のようなものなのだろうか?

とは言え、流石に魔法で生み出された香辛料と本物の方では値段がガラリと変わるようだが……。

 

 

(養殖物と天然物……とでも言うのか?リアルなら合成食材と天然食材の違いか)

 

 

この世界に来て、人と出会う度に色んな事を知っていく。そして学んでいく。

まだまだ分かっていない事も多いので、未知に対する恐怖もある。

反面、知り尽くしたユグドラシルとは違い、知らない事への強烈な好奇心も。

そして、知れば知るほど感じていく……この世界への愛着。

 

 

(俺はリアルより……明らかに、この世界のほうを愛している)

 

 

今更か、とも思うし。改めて驚愕すべき事だとも思う。

ここはユグドラシルではなく、かつての仲間も居らず、ナザリックも存在しない。

ただ、一人。自分しか居ないのだ。

 

であるのに―――もう、自分は元の世界に全く戻りたいと思っていない。戻れたとしても、もうそこにはユグドラシルは存在しないのだから。

これは、ある種の決断でもあり、旅立ちでもあるようにも感じた。

 

自分しか居ないのだから、自分だけで生きて行かなきゃならない。

社会人としては当たり前の事か。

 

 

(こんな風呂に入れるのも、この世界ならでは、だしな……)

 

 

湯の中で体を伸ばし、全身の関節を伸ばす。

固まっていた血液がスムーズに流れ出し、体の隅々にまで行き渡るような感じがした。

いつも何だかんだで騒がしくなるから、風呂に居る間に色々と考えておこうか。

 

まず、所持金。

ンフィー君から貰った報酬、金貨7枚が俺の全財産だ。

ユグドラシルの通貨なら異空間とも言えるアイテムBOXの中に億か兆かと言える単位で転がっていたが、ここでは使えないだろうし、不審がられる結果しか生まないだろう。鋳潰して金塊にする事は出来るかも知れないが、本格的に出所を問われたり、調べられたりすると困る。

勿体無い事だが、これらの出番はないだろう。

 

ユグドラシルでは金貨しかなく、それが最低の単位でもあったが、この世界での通貨は黄銅板、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、と言うので形成されているらしい。

おおまかに現代の価値に換算すると……。

 

1/4銅貨である黄銅板は250円

銅貨 千円

銀貨 一万円

金貨 十万円

白金貨 百万円

 

 

ぐらいの価値であるらしい。

それを考えると、ンフィー君が渡してくれた報酬がいかに破格であるかが分かる。

まぁ、トブの大森林の奥地は超危険地帯らしいから、銃弾飛び交う戦地へ派遣されたようなものか?それに付随する危険手当(?)みたいなものも含まれているかも知れない。

ンフィー君は採った物で相当な利益を生み出せると言っていたから、彼からすれば戦地で大きなダイヤでも拾ったような感覚なのかも知れない……。

 

 

(お金を返しても、当面の生活は出来る……問題はこれからだな)

 

 

湯船から出て、頭を洗う。

八本指という組織がどういうものかはよく分からないが、ギャングや暴力団みたいなものだろう。

それの中世ファンタジー版か?

どんな連中かは分からないが、自分が手に負えないような相手は居るのだろうか。

 

森で一番大きな物だとハムスケに言われた大岩があったが、自分はそれを軽々と片手で持ち上げる事が出来た。魔法で調べたら重さは2トンぐらいだったが、それを野球のボールのように剛速球で投げる事が出来たのだ。はっきり言って、異常な膂力と言って良いだろう。

 

 

(魔法詠唱者というより、ゴーレムに近いんじゃないのか………)

 

 

片手で、軽々、で2トンである。「本気」でブン殴れば、この世界の大抵のモンスターと素手でやり合えるんじゃないか?とすら思える程だ。

まして、自分はステータスを爆発的に上げる数々の魔法も習得している。

頭に浮かぶのは大昔の電子書庫で見た、顔中が疵だらけの喧嘩師や、筋肉で背中に怒りの面を作れる地上最強の生物だとか、そんなのだ。

 

 

(魔法詠唱者なのに、素手喧嘩(ステゴロ)って………)

 

 

出る作品間違えた漫画のキャラみたいになってないか、俺??

八本指というのが、どういう人らなのか知らないが……どうか大人しく捕まって欲しいと思う。

スキルの事を思うと、加減が出来るかどうかも分からない。

気が付けば上手に焼けました、と言わんばかりに相手が黒焦げになっていた……という光景すらありえるのだから。

 

 

「殿ー、某が背中を流すでござるよー」

 

「いやいや、自分で洗えるってば!」

 

 

お前、過保護か!

ハムスターに背中を洗わせるってどんなシチュエーションだよ。

風呂を出た後は堅く固辞していたラキュースさんを何とかベッドで寝かせ、俺は隣の部屋でハムスケのお腹を枕にして寝る事にした。こいつ、お腹の毛はちょっと柔らかいんだよな……。

 

 

「殿ー、そのドングリはZz……某のでござるよ……Zzz」

 

「お前、俺をどんな風に見てるんだ……」

 

 

ハムスケのふざけた寝言を聞きながら、俺も目を閉じる。

やっぱり人間、疲れてると寝るのも早いよね……。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

翌朝、身支度を整え、朝食を食べた俺達はエ・ランテルへと向かう事にした。

朝食を食べながらニニャさんの事を話し、王都へ同行する事を伝えたのだ。最初は不思議そうに聞いていたラキュースさんだったが、自分の恩人だと伝えるとすぐさま納得してくれた。

 

 

「先程、伝言を飛ばしたのでエ・ランテルの城門近くまで転移します」

 

「街の中には入らないのですか?」

 

「え、えぇ……今はちょっと、余り入りたくないと言いますか……」

 

 

この前の騒ぎを思い出す。

着てるローブを変えたりしても、ハムスケが居たら即行で自分だとバレるだろう。まして、横に居るのがこんな絢爛豪華な女の子だなんて、大騒ぎになるのが目に見えてる。

 

 

「あの街の人間はみな、殿に夢中でござったなー」

 

「な゛、なにを言うんだい……ハムスケ君。余計な事を……」

 

「夢中、ですか……その話、とても気になりますね」

 

「いえいえ!ハムスケは寝惚けているだけですよ……ほら、ドングリやるから行くぞ!」

 

 

この話が進むときっとロクな事にならないだろう。さっさと出発してしまうに限る。

大体、この顔は中途半端に自分を感じるが、美化されすぎている。

そんなので騒がれても、嬉しくも何ともない。

 

逆に、オーバーロードたるアンデッドの姿であったとして………。

その姿を見たモンスターや異形種からモテモテになったとしても、自分は嬉しくなんて思わないだろう。それも当たり前だ。

骸骨姿を美しいとか格好良いとか言われても、反応に困るしかない。

まぁ、骸骨姿を見て「至高の美」であるとか、「耽美なる白磁の~」なんて言い出すような美醜感の持ち主なんて異形種の中にも居ないだろうけど。

 

 

(片や王子面で、片やアンデッドの王たる骸骨面か………)

 

 

どちらも、自分の顔でも姿でもない。

この世界で自分がどれだけ強かろうか、人より魔法が使えようが、自分は何処まで行っても、あくまで鈴木悟でしかないのだから。

臆病で、小心で、何処にでも居る普通のサラリーマンだ。

間違っても自分を見失うような事だけは避けたい。

 

最後にデコスケへ細かい指令を送り、コテージを畳む。

今後もこのコテージにはお世話になるかもな。

 

 

「では、転移しますのでこちらへ」

 

 

エ・ランテルの近くを頭に浮かべながら―――杖を振った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「モモンガさんっ!」

 

「ニニャさん、お久しぶりです。これ、借りていたお金です」

 

 

懐から金貨1枚を取り出し、ニニャさんに渡す。彼には干し肉を貰ったり、水を分けて貰ったり、入場料を払って貰ったり、保証人になって貰ったり、世話になりっ放しだったからな。

少しでも多めに返しておきたい。

 

 

「こんなに……多すぎですよ!とても受け取れません……」

 

「ダメです。これは私の気持ちでもありますので」

 

 

渋るニニャさんを粘り強く説得し、何とか受け取らせる事に成功する。

受けた恩は必ず2倍、3倍にして返さないと気が済まないのだ。勿論、お金を返してお終いにするつもりもない……彼は何か、自分に相談したい事がありそうだったしな。

 

 

「相変わらず、頑固なんですね……モモンガさんは……」

 

「そして、我儘でもありますよ」

 

 

昔、交わした会話をそのままなぞり、二人して軽く笑う。

本当に良い子だ。

会社にこんな後輩がいたら、さぞかし毎日が楽しかっただろうに……。

 

オホン、と咳が聞こえたので振り向くと、ニコニコとしたラキュースさんが居た。

凄く眩い笑顔なのに、同時に怖さも感じたのは何故なんだろうか……。

 

 

「はじめまして、私は蒼の薔薇のラキュースといいます」

 

「……漆黒の剣のニニャです。どうか宜しくお願いします」

 

 

二人が口を開いたのを見て、自分はそそくさとハムスケの横に並び、その毛を撫でる事にする。何故かは分からないが、妙な圧迫感を覚えて落ち着かなかったのだ。

 

 

 

「ニニャさん、隠さずに伝えておきたいのですが、私達は王都で八本指と交戦する可能性が非常に高いのです。王都までは貴女の身をアダマンタイト級の名に賭けて守ってみせます。ですが、王都へ着いてからはとても保障出来かねるのです……」

 

「ご心配下さり、ありがとうございます。ですが、僕も銀級冒険者のはしくれです……自分の身は自分で守りますので、どうかご心配なく」

 

「王都で用事があると伺いましたが、それらはすぐに終わるものなのでしょうか?」

 

「申し訳ありません。それはモモンガさんと後ほど相談しますので」

 

 

 

二人の背後に何か虎や竜が見えた気がして、俺はそっと目を逸らす。

 

 

 

何だろうか……凄い圧迫感を覚える。今までにない、何か熱い圧迫感を。

逆風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺の方に。

中途半端はやめよう、とにかく最後まで目を逸らそうじゃん。

回想電波シーンの中には沢山の仲間がいる。決して一人じゃない。

信じよう。そして共に逃避しよう。

氷のような視線を向けられるだろうけど、絶対に流されるなよ。

 

 

 

「「モモンガさん」」

 

「ひゃ、ひゃい!何でしょうか……!」

 

 

現実逃避していた俺に、二人から氷のような声が刺し込まれた。

熱い決意は即座に消え果て、剥き出しの鈴木悟が反応する。

 

 

「私は蒼の薔薇のリーダーとしても、そしてアダマンタイト級冒険者としても、王都へ着き次第、《用事》が終わればニニャさんを巻き込まぬよう、すぐに送り帰す事を勧めます」

 

「た、確かに……戦闘に巻き込まれては大変ですしね……」

 

 

ラキュースさんの言っている事は確かに正しい。

無関係なニニャさんが巻き込まれて怪我なんてしたら大変な事だ。

恩を返すどころか、仇で返すような事になってしまう。

俺は腕を組み、何度か頷く。

 

 

「モモンガさん、僕は以前から王都へ行って調べたい事が幾つかあったんです。何の罪もない民を虐げ、人を人とも思わぬ《貴族》について調べるのは王都が一番ですから」

 

「な、なるほど……都会の方が調べ物はしやすいのでしょうね……」

 

 

ニニャさんの言っている事は確かに正しい。

田舎の三年、京の昼寝……なんてことわざもあったしな。

草深い田舎で勉強しているよりは、都会で昼寝でもしていた方が勉強になる、だったか。

俺は腕を組み、何度か頷く。

 

 

う、うーん……困ったぞ。

と言うか、今すぐにここから逃げ出したい。何でこの二人は雰囲気が険悪なんだ?

この場に居るぐらいなら、その八本指とかいうのと一人で戦ってくる方が遥かに気が楽なんだが。相手が20万人居ようが、それと戦う方が楽な気がする。

 

 

「殿ー、早く王都とやらに行ってディナーを食べるでござるよ」

 

 

この耐え難い空間を切り裂いたのは、ハムスケの一言だった。

ナイスだぞ、ハムスケ!このまま二人に挟まれていたら……

俺は青のオーラと黒のオーラで窒息死していたかも知れない……。

 

 

「よ、よし!王都へ行きましょう……!皆で仲良く、ね……!」

 

 

この空気から早く逃げ出したくて、声を上げる。王都でも何でも良いから、とにかく出発だ!

危険そうな相手が居るなら、皆を逃がして自分が何とかしよう。

ユグドラシルでも殿を務め、仲間の背中を守るのは自分の仕事だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして一行は紆余曲折を経て、王都へと向かう事となった。

 

 

王都とは名ばかりの、醜い争いが吹き荒れる空虚な街。

 

 

この先で待ち受けている数々の事件と出会いが、この国に大きな混乱を齎していくのだが………

 

 

それはもう少し、後のお話―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章 -火花- FIN

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

状態が公開されました。

 

【新たに入手したスキル】

《銀河の鼓動Ⅴ/ギャラクシービート》

適応されている魔法やスキルの使用に対し、それに応じたポーズと台詞をランダムで発動する。

7777パターンに達するそれらは見る人を瞠目させ、時に感動さえ与えるだろう。

発動時には心臓が大きく鼓動し、溢れるようなリズムが全身を包み込む。

 

《シリウスの火花Ⅴ》

銀河の鼓動をサポートする支援スキル。

膨大な電子データ貯蔵空間から、その場に適した台詞や仕草を選び、ランダムで行う。

洗練された台詞や仕草から、もう目を離せない。

発動時には目の奥で火花が散る。

 

《童貞独身生活》

料理と呼べるものは出来ないが、

かろうじて食材を切る・焼く・煮るなどと言った簡単な事は出来る。

当然、味は保証出来ない。

 

 

 

【感情の変移】

ティア(永久不変の愛 → 会いたい → 邪魔する八本指マジ殺す → 全てが欲しい)

ガガーラン(至高の童貞 → むしろ、童貞を死守させるべきか!?)

ラキュース(英雄 → この人しか見えない)

ニニャ(愛情 → また目の前から消える? → 殺してでも奪い取る)

漆黒の剣(ニニャの知り合い → 英雄 → 尊い人)

クレマンティーヌ(友人 → モモちゃん、今頃何してるんだろ?)

ンフィーレア(英雄 → 憧れの人)

ハムスケ(侵入者 → 主君 → 優しい主)

 

 

王都でイビルアイと遭遇するのが確定となりました。

王都でティナと遭遇するのが確定となりました。

度重なる妨害活動に、八本指が本格的に争う事を決意しました。

エ・ランテルの地下で、儀式が地道に進んでいます。

 

スレイン法国が英雄誕生の情報に戸惑い、ガゼフ・ストロノーフ暗殺計画を完全に中止しました。

スレイン法国が《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》の動向に注意を払っています。

竜王国において、陽光聖典とビーストマンの死闘が続いています。

 

カルネ村は今日も平和です。

リザードマンの村は今日も平和です。

 

 

 

 




これにて、第三章終了です。
沢山の感想や、評価、お気に入りへの登録、サイトで紹介してくれた方、
いつも誤字脱字の修正を送って下さる方々に、改めて深い感謝を。
twitterのフォローをしてくれた方々もありがとうございます。

投稿をはじめて丁度、一ヶ月。
皆さんのお陰で、無事30話まで来る事が出来ました。





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四章 国堕とし
マルチビジョン


―――エ・ランテル

 

都市長のパナソレイは何度も書き直した手紙を再度、早馬に託して王都へと走らせる。

訓練された伝書鳩にもそれらを括り付け、窓から放つ。

そして、問題の「彼」の下へも馬を走らす。先程、馬車を借りていったという情報が入ったので、急いで後を追わせる事にしたのだ……《新たなプレート》を持たせて。

 

 

(貴族派などの手に負えるような人物ではない……)

 

 

頭に浮かぶのは遠国の貴人。

当初は貴族派に良いように使われているのかと思っていたが、とんでもない話であった。

彼は―――異常だ。

あの森の賢王を力で従えたというだけでもその異常さが分かるというのに、凱旋してくるや否や、瞬く間に街の英雄となったのだ。いや、あの熱狂は英雄どころではない。

自分は幸い、仕事でその姿を見る事はなかったが、見た者が口を揃えて言うのだ。

 

 

―――――あんな魅力的な人物を見た事がない、と

 

 

無論、森の賢王を従える程の力の持ち主だ。英雄として崇められるのは当然だろう。

だが、軽く数万人は居たであろう群集を一人残らず熱狂させるなど、そんな事がありえるのだろうか?最初に浮かんだのは何かの魔法かマジックアイテムだったが、そんな広範囲に無差別に、その上、どれだけ時間が経過しても薄れないものなど、聞いた事もない。

 

 

そんなものがあるなら、この国はとっくに一つに纏まっているだろう。

それどころか、あらゆる国家が統一されるではないか。

 

 

そこまで考えて、パナソレイは思わず笑ってしまう。

余りにも国が長く停滞し、二つに割れてしまっているからだろう……。

すぐ都合の良い英雄などを求めてしまう。自分でさえこうなのだから、疲弊しきった民衆からすれば尚更だ……下手をすれば、彼を担いで反乱すら起きかねない。

 

馬鹿馬鹿しい、と笑うのは簡単だ。

だが、何十万という民の命を預かる者としては、あらゆるケースに備えなくてはならない。

 

 

(せめてもの救いは、彼にその手の野心は薄そうだという事ぐらいか……)

 

 

彼に本当にその気があるなら、あの場から消えたりせず、悠々と街に滞在していれば良い。

それだけで、この街は彼のシンパだらけになっていたかも知れないのだから。

 

 

(もしくは、あの熱狂には何か条件があるのか?)

 

 

日時、秒数、太陽の位置、星の場所、魔力、何らかの儀式、一度しか使えない………

分からない。分からない。

ただ、自分の知る限りの事は書いた。

 

 

(そして、蒼の薔薇との関係……)

 

 

ティア殿だけではなく、門番の話では何とリーダーであるアインドラ家の令嬢と共に居たと言う。

彼女はラナー殿下と非常に親しい為、国王派であると断言出来るが、一緒に居る彼まで果たして、そうであるかは断言出来ない。もしくは取り込もうとしている最中なのかも知れない。

 

現状では余りにも情報が不足し、打てる手が少なすぎた。

自分に出来たのは冒険者組合の長・アインザックと相談し、大幅にランクを上げる事を決定した事ぐらいである。

周囲の冒険者から反発が生まれるかも知れないが、彼を敵に回すのはもっと恐ろしい。

少なくとも、立てた功績にはきっちり報いる、という事だけは伝えておかなければ……。

 

 

(これ以上の政治的な判断は、陛下のお考えに委ねるしかあるまい)

 

 

パナソレイはハンカチで汗を拭い、コップに入った水を勢い良く飲み干した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――リ・エスティーゼ王国 王城

 

 

「クライムの好きな英雄、と呼ばれる方なのかも知れませんね」

 

「是非、そうあって欲しいと思います」

 

 

王城の一室で、ラナーとクライムがゆったりとした時間を過ごしていた。

見た目は可憐な姫と、純朴な従者と言った風の二人だが、可憐である筈の姫の頭は忙しく回転している。エ・ランテルから何度も送られてくる連絡についてだ。

黄金と呼ばれるラナーを以ってしても、その男が何者なのか見当がつかないのだ。

 

 

(その男は一体、何―――?)

 

 

父から、メイドから、噂から、僅かに入ってくる情報を纏め上げ、一つの情報としていく。

王城に閉じ込められている自分には情報源が余りにも少ない。

遥か南方の国から来た王子などと言われているらしいが、当然そんな話に信憑性などない。

むしろ、人の皮をかぶった悪魔である、と考える方が余程合点が行く。

 

数百年を生きる大魔獣を力ずくで従え、何万とも何十万ともいわれる観衆を熱狂させる。

それも、一瞬で。

それは果たして、簡単に英雄などという言葉で括って良い存在か?

違う。

違うだろう。

それはむしろ、王や皇帝、時には悪魔と呼ばれる存在に近い。

危険だ。

 

 

 

―――――この国にとっては。

 

 

 

が、自分にとって危険かどうかは別だ。

どれだけの延命策を施しても一向に纏まらず、崩壊の亀裂が深まるばかりの現状。

このままでは自分と、鎖に繋いで一生飼いたいと思っているクライムが幸福に暮らしていくには難しいだろう。現状のままでは大貴族の誰かに嫁がされ、自分の未来は闇に落ちる。

 

幾許かの時間を稼ぐ為にも………

いっそ、その悪魔のような男を使って現状という壁にぶつけてしまうのも良いかも知れない。

流石に破壊する事は無理でも、多少の穴でも空けば掘り出し物ではないか。

 

 

「クライムも、英雄になりたいのですか?」

 

 

クライム用に作った無邪気で、何処までも明るい笑顔を作りながら聞いてみる。

数え切れない程の表情パターンを作ってきたが、この表情は特別だ。

彼が最も好むであろう表情だからこそ、気が抜けない。

そして、この表情を信じ、太陽のように明るく、民に何処までも慈愛の目を向ける姫、という彼が自分に抱いているイメージを想う時、愉悦が背筋から込み上げてくるのだ。

 

 

(そんな者は何処にも居ない……目の前に居る私は全て嘘なんですよ、クライム?)

 

 

そんな都合の良い、御伽噺に出てくるような姫が何処に居るのだろうか。

居るならば是非、そう―――私が見てみたい。

余りの可笑しさに笑い出したくなる。

いけない、いけない……顔の表情を保たなくては。

 

 

「い、いえ……!英雄なんて、自分にはそんな大それた………!」

 

 

顔を真っ赤にして左右に振っている。可愛い犬だ。

この純朴な瞳が、自分の本当の姿を知ったらどのように歪むのであろうか。

 

 

(英雄、か………)

 

 

その男を何らかの悪に仕立て上げ、最後にはクライムが討つ、というシナリオを描くのも悪くないかも知れない。ただ、そのシナリオで行くと蒼の薔薇が敵に回る可能性がある。

この短期間で、百戦錬磨の彼女達からこれ程の信頼を得るとは一体………。

ともあれ、数少ない味方、それもアダマンタイト級冒険者を敵に回すのは愚の骨頂であろう。

うまく味方につけ、働いて貰わなければならない。

 

 

「私のクライムなら、きっと英雄になれます」

 

「………ラナー様の恥にならぬよう、粉骨砕身努めます」

 

 

さりげなく《私の》と言った部分を強調して言葉にしておく。

そう、比喩でも何でもなく。

クライムという存在は、私の《所有物》に他ならない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――スレイン法国

 

20名近くの様々な人間が集まり、会議が行われていたが、その報告は余りに衝撃的であった。

エ・ランテルにおいて「英雄」が誕生したと言うのだ。はじめは一笑に付していた重鎮達であったが、その人物が先日、クレマンティーヌが報告してきた人物と同一であるという。

以前、念の為に12名を以って構成される最高会議にまで議題を上げ、そこで例の戦士長暗殺の計画を延期とし、様子見を決めたばかりであった。

だと言うのに、次に入ってきた報告ではもう「英雄」となっているのだ。

 

何があった?

何がどうしたら、そうなる?

これまで数百年という長きに渡り、人類を裏から支えてきたスレイン法国の中枢部であっても、何が何やら分からない……といった状況である。

故に、今回は法国の各部門の頂点とも言える12名だけでなく、更に広く人を集め、知恵を絞っていたが、未だ結論は出ない。

 

英雄。英雄である。気軽に使って良い言葉ではない。

それが人類の為に振るわれるなら、どれだけ大きな力となる事か。

そんな英雄が、愚かな争いを繰り返す王国に現れたという。

 

馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑いたくなる想いと。

もしかすると、という相反する想い。

 

少なくとも現状として分かっている事は……その人物が、かの著名な大魔獣「森の賢王」を力ずくで服従させ、使役する事に成功したという事だ。そして、何万とも何十万とも言われる観衆から熱狂をもって迎えられた人物である、という事。

 

そして、性格や素行に大きな問題があるものの、確かに英雄の領域に踏み込んでいるクレマンティーヌをまるで子供扱いにし、戦う前から兜を脱がせたという、いわくつきの人物。

法国の重鎮達からすれば見当も付かない相手だ。

いや、この世界における誰からしても理解し難い人物であろう。

 

 

「ともあれ……《次元の目/プレイナーアイ》で偵察、監視を行う事を提案したい」

 

「無難ではあるが、それしかあるまいな」

 

 

叡者の額冠を装備した巫女を中心に、多数の魔法詠唱者から魔力を注ぎ込む大儀式。

これを以って一時的に第八位階の魔法を行使する……これこそがスレイン法国の防衛や監視、時には攻撃など、国家の安寧を保ってきた必勝のシステムであった。

これによって、幾度もの危機を辛うじて乗り越えてきた、と言って良い。

 

が、参考人としてこの場に呼ばれていたクレマンティーヌが声を上げる。

珍しい事だ。彼女がこんな場で、発言をした事など滅多にない。

何故なら、彼女はこの国などどうでも良いと思っているし、可能ならば、この場に居る全員を自分の手で縊り殺したいとすら思っているのだから。

 

 

「止めておいた方が宜しいかと。彼は、見た事もない魔法を行使する人物です」

 

 

普段の口調を知る者からすれば、この言葉だけで目を見開くであろう。

法国の重鎮、と呼ばれる存在が全て集まっているこの会議では、彼女も口調を改めざるを得ない。当然、その内心では狼狽している連中を見てざまぁ、と大笑いしているのだが。

生まれた時から、今日に至るまで……自分を苦しめ続けてきた連中。

その親玉どもが慌てふためいている。

これだけでも彼女の心には愉悦が走り、笑いを堪えるのに必死であった。

 

 

「それは例えば、フールーダ・パラダインのように、という事かね?」

 

「いいえ、それ以上かと」

 

 

帝国が誇る逸脱者、フールーダ・パラダイン。

あの人物が居る所為で、帝国には殆ど手が出せない状況にある。過去、軽く手を出し、何度か手酷い目に遭ってきた、という苦い経験があるからだ。

 

 

「フールーダ以上だと!?いい加減な事を言うな!」

 

「ここは普段、お前が管を巻いている酒場ではないのだ。発言に気を付けよ」

 

「懸命に働いている兄に恥ずかしいとは思わんのか」

 

 

それらの声を聞いて、彼女は遂に耐え切れなくなった。

もう我慢する必要はないだろう。

ないに決まっている。

こんな国、こんな連中、勝手に死んでしまえ。―――むしろ、死ね。

 

 

「―――――騒々しいのぅ。これが会議と言えるのかぇ?」

 

 

クレマンティーヌが感情を爆発させる刹那、静かな声が聖堂に響く。

法国の中でも特に尊敬と畏敬を持って知られる、カイレの声であった。

この場に居る者も、年齢的に長老とも言うべきカイレには襟を但し、頭を下げる。

良くも悪くもスレイン法国は純然たる「人間国家」である為、功ある年長者には立場や地位を越え、敬意を示す風潮が強い。

 

 

「お主ら、その人物が“神の子”であったとしたら、どうするつもりかぇ?勝手に一方的な監視や覗き見をして、その不興を買った場合、一体誰が責任を取るんぢゃ?」

 

 

その声に、聖堂が雷に打たれたように静まり返り……。

―――その後、爆発した。

 

 

「ま、まさか……カイレ様は、かの人物が“神人”であると?!」

 

「ワシらが知らぬ間に神が降臨され、子を残された可能性を誰が否定出来るというんぢゃ」

 

「し、しかし……我等はここ数百年、大陸全土へ常に“目”を広げておりました!」

 

「神人どころか、“神そのもの”である、という可能性を何故、お主らは考えんのぢゃ」

 

「か、か、神ですと!?」

 

「い、幾らカイレ様と言えど、冗談にも程がありましょうぞ……!」

 

「神が、神が……しかも、我が国ではなく、他国に!?」

 

 

カイレが口に出した“単語”に対し、一同の間に激震が走る。

クレマンティーヌも横目でカイレをチラ見し、流石に絶句していた。

 

 

(確かにモモちゃんはハンパなかったけど……へ?!もしかすると、もしかしちゃう訳!?)

 

 

クレマンティーヌの中に、生まれて初めてと言って良い奇妙な感情が生まれる。

これは喜びか?それとも恐怖か?嬉しさか?

目の前の慌てふためいている連中を見ていると、今すぐにもモモちゃんに抱き付いて熱烈なチューでもしたくなる。嬉しくて、楽しくてしょうがない。

自分は、ここの連中なんかよりよっぽどモモちゃんを知っている。会っている。言葉を交わしている!彼の声も知っている!あのトンでもない大魔法も!

 

 

(モモちゃんはなんもかんも、ブチ壊しちゃうのか!常識も風習も慣習も、何もかも!)

 

 

思わずガッツポーズをしてしまいたくなる。

何がそんなに嬉しいのか、愉快なのか、自分にもわからない。

ただ、ただ、愉快なのだ。

息が詰まるようなこの国を、大騒ぎさせているなんて笑い出したくてしょうがない。

 

 

 

「ともあれ、例の戦士長などに関わっておる場合ではないな……」

 

「いつまで愚かな派閥争いなどをしているのやら……」

 

「まずは然るべき人物を派遣し、その新たな英雄殿に接触を図るべきであろう」

 

「悪神や魔神とも言える存在であったらどうするつもりだ。八欲王を忘れた訳ではあるまい!」

 

「国こそ違えど、《人間》から崇められる程の英雄が悪しき存在である訳がなかろう」

 

「幸せな《夢》を語るのも良いが、陽光聖典への補充はどうするつもりだ?」

 

「予備兵を出せば良かろう!何なら風花を出せば良い」

 

「風花は破滅の竜王を探るのに、既に手一杯なのは知っておろう……」

 

「目の前に迫っている、ビーストマンの危機も忘れてはなるまい」

 

「いっそ、漆黒聖典か水明聖典を竜王国に出しても良いのでは?」

 

「神殿の守りをどうするつもりだ……狡猾なエルフの連中が何をしてくるか分からんぞ」

 

 

 

会議は更に騒がしさを増していく。無理もない。

突然「海外の宝くじ一等1000億円」が当たった可能性があります、などと言われてもそれをいきなり信じる者は居ない。疑って当然である。

むしろ、そんな夢のような話より今日を、まずは足元を、考えるのが人間だ。

それが人間という種の美徳でもあり、限界でもあり、モンスターとは違う所でもある。

 

結果的には法国の慎重さが“神”との接触を遅らせる事となったが、その結果が良いものになるのか悪いものになるのかは、まだ誰にも分からない。

そう……彼らは神を信じ、仕える者ではあっても、あくまで人間だ。

未来を完璧に予知し、最善最適の道を選ぶなど、誰にも出来ない事である。

 

何せ彼らの信じる“神”こそが、ウルベルニョや機関などの“架空の敵”を追うと言う、一番、ハチャメチャな道を歩み出しているのだから。

 

 

 

 




いよいよ第四章の開始です。
各地からの過大評価と、様々な思惑が鈴木悟を襲う!
そして、迫り来る(存在しない)機関の影……!

……がんばれ、さとるさま。(笑顔)





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女帝

―――アゼルリシア山脈

 

 

獰猛なモンスターが数多く住み着き、竜さえ生息している危険地帯。

ここは主にドワーフ族が地下で生活している勢力圏ではあるが、数え切れない程の鉱脈が存在している為、王国と帝国も多数の鉱夫を出し、何とかその恩恵に浴しようとしていた。

が、強力なモンスターに多くの作業場が襲われ、死傷者が絶えなかった。

 

いつ襲われるか分からない場所での作業など、まともな神経でやれるものではない。

まして、坑道を掘り進むというのは只でさえ命がけの作業である。誰も手を挙げない仕事は結局、大貴族が無理やり掻き集めた民の群れが負わされる事となる。

ここ、王国が二つの派閥に分かれ、どうしようもない迷走を続けているにも拘らず、未だその命脈を保っていられているのは、ひとえに鉱山からあげられる収入が大きい為だ。

 

ここで発掘される銅や銀などは通貨や武具、日常の製品などに加工され、今日も王国の財政面を支えている。その裏には無数の民からの搾取……そして、数え切れない程の悲鳴や死傷があったが、貴族の誰もそんな事は気にも留めないし、これからもしない。

 

故にどの鉱山でも士気など皆無であり、死んだ魚のような目で作業しているのが殆どである。

 

 

―――ただ、一つの作業場を除いて。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

とある大鉱脈―――「マッシヴ」の作業場

 

 

余りにも危険地帯であるが故、何処の貴族も商会も数百年前には撤退し、投げ捨てた地である。誰も権益を持っていない空白地帯・無主の地である為、王国に一定の税こそ納めるものの、基本掘った物は鉱夫の収入となる為、ここで働く者達の士気は高い。

無論、いつ死ぬか分からない……文字通り、一か八かの仕事である。

 

 

鉱夫。坑道。砂煙。土砂。

そんな中で、筋肉と筋肉がひしめき合っていた。

男達の全身からは湯気が立ち昇っており、その姿はここでの力仕事がいかに大変であるかを窺わせるものであった。あちこちから怒鳴り声や、大声で指示を出している声などが響いており、本来なら静寂である筈の山が、荒々しい雰囲気に満ちている。

 

削られた山肌から見える、幾つもの坑道。

そこで働いている男の数、何と―――514人。

114人からスタートした小さな鉱夫の集団であったが、ここ数年でその規模は膨らみに膨らみ、もはや大貴族でさえ軽く口を出せない程の一大勢力に伸し上がった集団である。

 

ひしめきあう筋肉と、何十本と掘られた坑道を全て見渡す高所に、一人の女が居た。

アダマンタイト級冒険者、ガガーランである。

高く組まれた櫓のような台には立派な椅子とテーブルが置かれており、そこには山のような肉や果実、そして幾つもの酒樽が豪快に置かれていた。

 

坑道から出た男達は胸一杯に新鮮な空気を吸い込み、そして櫓に鎮座するガガーランを見て破顔する。そして気を引き締めなおして再び坑道へと潜っていく。

彼らにとって、ガガーランは女神なのだ。

手も足も出ない凶悪なモンスターから自分達を救い、守ってくれる、文字通り……女神。

 

大自然の驚異と、モンスターの脅威に挟まれながら生きる彼らにとって、その二つをまるで歯牙にもかけず、寄せ付けないガガーランは憧れの対象であり、ここに居る誰もが彼女を慕い、強烈すぎる程の恋慕の気持ちを抱いていた。

 

この作業場には勿論、他の冒険者も山ほど雇われており、作業場を広く囲むようにして万全の態勢がとられていたが、それらに対してはあくまで金で雇い、雇われるビジネスの付き合いである。

それらとは違い、ガガーランに対するものは一種の信仰でもあり、やはり恋慕であった。

 

 

一度、この集団は竜に襲われた事があるのだが、まだ成長していない仔竜であったにも拘らず、雇っていた冒険者達はたちまち殺され、逃げ出し、遂には最後に一人だけ残ったガガーランが血だらけになりながらも、仔竜を討ち取る事に成功したのだ。

 

この事件が決定打となり、それ以降は鉱夫の誰もがガガーランに対し、親しみを篭めて「姉御」と呼ぶようになり、彼女に少しでも格好の良い所を見せようと躍起になって命懸けで働くようになった為、この集団は異常な程の成長を遂げてきたのだ。

評判が評判を呼び、国内の有力な職人達が次々と入ってきた為に、更に集団としての力を増していくという、巨大なプラスの連鎖を生み続けている集団でもあった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「おめぇらもよぉ、俺っちの世話なんざしてても退屈だろうが」

 

「とんでもないですよ、姉御。ここに居る事が、自分達の誇りなんす」

 

 

今も彼女が座る椅子の横には二人の世話役の男が付いているが、この場所は「姉御当番」と呼ばれ、熾烈な争いによって選抜される。昔はそれこそ、血の雨が降っていたものだ。

 

今回の当番に選抜された二人は街を歩けば女性がつい、振り返ってしまうような偉丈夫であり、誰から見ても実に良い男達であった。そんな二人が恭しく傍に仕え、熱い視線をガガーランへ注ぐ。

まさに514人の男を従える女帝そのものであった。

 

 

「……ん、何処か崩れたか」

 

「本当ですか、姉御?!」

 

 

そう言った時には既にガガーランは櫓から飛び降りていた。

発言と行動が同時―――まさに冒険者である。

ガガーランが向った先の坑道は大勢の男達が大声を張り上げ、名状しがたい混乱の中にあった。坑道の入り口が崩落を起こし、大岩が道を塞いでしまったらしい。

 

 

「こんな大岩どうすりゃいいんだ!」

「岩多スギィ!」

「とにかく突っ込め!中に人が!」

「あっ、おい待てぃ(江戸ッ子)」

「二次災害が危険って、それ一番言われてるから」

「ツルハシを!!」

「おぅ、あくしろよ」

「“バール”持ってこい!“バール”ゥ!」

「誰か、魔法詠唱者を呼んでこい!」

「馬鹿野郎!こんなもん、魔法でどうにかなるかよ!」

 

 

そんな混乱の中、ガガーランの姿を見た誰もが口を閉ざし、道を空けていく。

大岩の前では只一人、まだ若い少年が必死に岩を退けようと懸命にツルハシを振るっていた。

 

 

「坊主、良く頑張ったな。こっから先は俺に任せな」

 

「ぇ……貴女は……!」

 

 

少年の目が大きく開かれる。

そこには自分の、いや、自分達が憧れて止まない女性が居た。

 

 

首が太い。

身体が太い。

足が太い。

腕が太い。

指が太い。

眉も、鼻も、放たれる眼光も太く、吐きだされる吐息さえ太い。

ガガーラン……その名まで太い。

 

 

「で、ですが、姉御!幾ら姉御でも、こんな岩……!」

 

 

ガガーランは今にも泣きそうになっている少年に対し、笑みを浮かべる。

濃い笑みであった。

見る者に安堵感と安心感を与える、太い笑みでもあった。

 

 

「坊主……石ころなんざよぉ、こいつで十分だろ?」

 

 

そう言って突き出された拳。

丸い、コロリとした拳であった。

そして、何処までも太い拳。

 

大木であろうが、岩石であろうが、そこを砕かずにはいられない拳であった。

それを見た少年の目が瞬きした瞬間、《それ》が突き出された。

否―――突き出し終えていた。

次に目を開いた時、目の前にあった岩石が粉々に打ち砕かれていたのだ。

 

 

「あ、姉御………!」

 

 

少年が感極まったように涙を流す。

にいっ。

と、ガガーランが笑った。

 

 

「言ったろ。何が襲ってきても、守るってよ―――」

 

 

匂い立つような漢気。

たまらぬ女であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

その夜は514人の男達が繰り広げる、盛大な宴となった。

近隣の大小様々な貴族や商会から驚く程の酒肴が届けられている。何とか彼らの機嫌を取り、掘り出した物を少しでも安く、多く売って貰おうと必死なのだ。

中には抜け目無く、帝国の商人からも酒肴が届けられている。

 

彼らは只の鉱夫集団ではなく、アダマンタイト級冒険者がバックに着いている厄介な集団でもあった。騒ぎを起こせば最悪、蒼の薔薇繋がりでアインドラ家が嘴を突っ込んでくる可能性もある。

王家にも大きな富を齎している集団でもあるので、これ幸いと仲裁に入る体で更に権益に食い込もうとしてくる危険性もあり、多くの貴族が珍しくこの集団に対しては手を付けかねていた。

 

 

「姉御、今日も何人か“男”にしてやって頂けやすか」

 

「おいおい、連日休む暇もねぇじゃねぇか」

 

 

ガガーランの童貞好きは有名であり、ここで働く誰もがその初めての相手をガガーランにして貰いたいと熱望しているのだ。少年達はまだ良い、可能性がある。

しかし、壮年の鉱夫や、既に妻子持ちの鉱夫などは可能性がない為、血涙を流していた。

 

 

「「お、お願いします姉御ッ!」」

 

 

そう言って輪から出てきたのは3人の少年。

その誰もが若く、力に満ちている。鉱山で働く少年特有の負けん気の強さが顔に漲っているようであり、世の女性達がとても放っておかない少年達であろう。

 

 

「おめぇらもよぉ、街に出りゃ幾らでも相手が居るだろうに……」

 

「街の女なんてどうでも良いんです!俺は、ずっと姉御に……姉御だけにッ!」

 

「わ、わぁーったよ。そんなにムキにならねぇでも、ちゃんと相手してやっからよ」

 

「お願いします!!」

 

 

周りの鉱夫達も「男になってこい」「めでてぇ!」と声を上げているが、その顔には隠せない悔しさも滲んでいた。何故、自分達は童貞を捨ててしまったのか、と。

あの日、あの時、童貞を捨てなければ……自分も姉御と夢のような一夜を過ごす事が出来たかも知れないのだ。それを思うと、後悔してもしきれない。

 

 

「そんじゃ、飯も食ったし行くか?」

 

「ヨロシクお願いしますっ!」

 

 

ガガーランの後ろに3人の男が続き、やがてその姿が見えなくなる。

残された男達はヤケ酒を飲みながら管を巻いた。

 

 

「俺も姉御に抱かれてぇよ……」

「ふざけんな、てめぇみたいなヘボが姉御に釣り合うかよ」

「姉御の大胸筋、何度見ても堪らねぇな」

「そんな腐った目で姉御を見んじゃねぇよ、穢れるだろうが!」

「なぁ……魔法で童貞に戻れないのかよ……」

「そんな方法があるなら、ここの銀を幾らでもくれてやんよ」

「違いねぇ」

 

 

こうして男臭い鉱山の夜は更けていく。

翌日、男になった三人は晴れがましい顔でウキウキと仕事し、それを見た周りの鉱夫達は嫉妬で悶え苦しむ事となった。

鉱夫達は今日も、童貞に戻りたいと願いながらツルハシを振るう。

 

 

(相変わらず、凄ぇ集団だな……ここは……)

 

 

それらの光景を、同じく護衛についている他の冒険者らが何とも言えない表情で見ていた。

 

 

 

 




ガガーランがモテモテの二次って見た事が無かったんで、フルスイングで書いてみた。


見た事がない。
ならば、書こう。
そう思った。
思った時には書き終えていた。

馬鹿な―――誰得だ。
そう思う。
まっとうな神経じゃない。


「ガガーランで丸々一話?これは酷い―――」


誰かの呻き声が聞こえた。
この作者、何を考えているのか――
そういう思いが、声に滲んでいるのがわかる。
にいっ。
と。笑った。


「ガガーランがモテる二次があっても、良いじゃないか――」
「ぬぅっ!?」


馬鹿な――
こんな事がありえるのか。
このようなことが、出来るのか。

たまらぬオバロ二次であった。





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静かな包囲網

(モモンガですが、馬車内の空気が最悪です………)

 

 

あの後、借りてきた大きな馬車に乗り込んだのは良かったものの、空気は最悪だった。

頼みの綱とも言えるハムスケはその図体の大きさと重さから馬車には乗れず、今は機嫌良さそうに鼻歌交じりに外を歩いている。

自分もハムスケの背に……と言ったのだが、二人が強引に自分を乗せたのだ。

 

 

「モモンガさんと馬車に乗るのは、これで二回目ですね」

 

「そ、そうですね……」

 

 

自分の左隣に座ったニニャさんが上目遣いで自分を見つめてくる。

この子、以前に会った時より可愛くなってないか?いや、男の子に対して褒め言葉になるのかどうかはわからないが、おでこを少し出して余計に女の子っぽくなったような?名前も相まって、何だか猫みたいに思えてしまう……。

 

 

「ここから私達の戦いが始まるなんてドキドキしますね」

 

「そ、そうですね……」

 

 

自分の右隣に座ったラキュースさんが輝くような笑顔を向けてくる。

黄金のような長い髪が肩にかかり、深い緑の瞳に胸が高鳴ってしまう。シチュエーション的にはまるで夢に見たような光景である筈なのに……どうして俺はこんなにも息苦しいんだろう。

 

 

(降りたい……今すぐにでも馬車を降りたい……)

 

 

まるで両脇から鋭い剣でも突き付けられてるような心境だ。

何より二人から漂ってくる険悪なムードがそれに拍車をかけている。

 

 

「ニニャさんの用事、早く終わると良いですね。王都では闇を払う聖戦が始まりますし」

 

「僕には貴族の闇を払う方が先決に思えますけどね」

 

(良い天気だ……空が青いや……)

 

 

二人から目を逸らしつつ、辺りの景色をしっかり視界に収める事は怠らない。

転移の条件には一度見た事のある景色、というのが必要なのだ。

だが、こんな事なら魔法を使って《遠隔視/リモート・ビューイング》やアイテムBOXに転がしてる《遠隔視の鏡/ミラー・オブ・リモート・ビューイング》で主要都市を確認した方が良かった気がする……作業感ありありになるだろうが、こんな空気のままで王都まで行くよりは遥かにマシだろう。

 

 

「随分と貴族に恨みがあるようですね………貴女の用事は貴族に深く関わる事なのでしょうか?」

 

「そうですね……言うべきか迷っていましたが……むしろ、今言うべきなのかも知れません」

 

「………拝聴させて頂きます」

 

「攫われたのですよ。僕には姉が居たのですが、貴族が使い捨ての玩具にする為、慰み者にする為、適当に楽しんで、ゴミのように捨てたと聞いています」

 

「そ、れは………」

 

 

気が付けば重い話が展開されていた……馬車内の空気が一層重くなる。

もはや物理的な重力すら感じる程だ。

何も着けてないのに肩が重い。

 

 

「犬か猫のように貴族間で遊ばれては捨てられて、を繰り返して……今では、何処に居るのかも」

 

「そ、れは………ごめんなさい。貴女の用事を軽く見ていた非礼を詫びます」

 

「いえ………別に貴女がした訳ではありませんし……」

 

 

ラキュースさんが深々と頭を下げ、それを見たニニャさんが軽く目を見開き、何か落ち込んだように下を向いて動かなくなった。

両脇から感じていたギスギス感は多少薄れたが、代わりにどんより感が漂ってくる。

 

 

(ど、どうすれば良いんだ、こういう時は……)

 

 

こんな事ならもっとペロロンチーノさんが勧めてくるギャルゲーやエロゲーをやっておくべきだったか……自分の経験がないのだから、ゲームやら漫画から持ってくるぐらいしか……。

 

 

「モモンガさん、迷惑をかけるのを承知でお願いしたいんですが……僕の姉を探すのを、手伝って貰えませんか?お礼なら、モモンガさんが望む何だってします……」

 

「えぇ、私で良ければ力になりますよ」

 

 

ニニャさんが縋るような目を向けてきたが、自分の返答は実にシンプルだった。

良かった……助けを求めているなら、早くそう言ってくれれば戸惑わずに済んだのに。

考えるまでもない。

困っている人が居れば助けるのが当たり前……とまでは言わないが、自分は恩人からの必死な頼みを断る程、世知辛くも冷たくもないつもりだ。

 

 

「ニニャさん、私も協力させて下さい。貴女には不本意かも知れませんが、貴族ならではの機微や抜け穴なども一応、知識として持っています……少しでも力になれるなら……」

 

「あり、がとう……ございます………」

 

 

とは言え、自分もアテのない探偵ごっこのような事をするつもりはない。

対象を追ったり撒いたりする盗賊系ではないのだから。

第六位階の《物体発見/ロケート・オブジェクト》でも使って、一気に調べるのが良いだろう。それでも見つからないなら容赦なく《支配/ドミネート》を使って口を割らせる事も頭に入れておかなければ。

 

外道には、こちらもそれなりの対応を取らざるを得ないだろう。

恩人や仲間と呼べる存在と、それ以外の存在は自分の中で均等には並ばない。

その天秤は大きく傾き、片方は重く、片方は軽くなる。

 

こうして微妙な空気を孕みつつも、馬車の旅は続き………。

自分は転移用に様々な景色を納めていくのであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

あれから暫しの時が経ち、モモンガは馬車を降りた。

空気が重い、と言うのもあったが、それ以上に地図へ様々な事を書き記していきたかったのだ。

ゲームのように地点を登録出来る訳でもない。視界に収めるだけではなく、より鮮明に思い出せるように、特徴的な場所や地形などを記していく。

最初は二人も付いてきて横を歩いていたが、自分が意識を集中し、余り反応を返さないのを見て、今は二人とも馬車に戻っている。

 

 

(ここは大きな水車があるから、それを書いておくか)

 

 

ゲームで言うなら“マッピング”作業であろう。

ハイテク化が進んだリアルであっても、やはり最後は手作業である。仕事で大事な事を忘れないよう、注意すべき事など、何だかんだで人はメモ帳にそれらを書く事から離れられない。

 

 

(木とかじゃ、伐られたりする可能性もあるしなぁ……)

 

 

ラキュースさんから貰った周辺地図には、既にビッシリと文字が書き記されている。

自分は元々、マメな性質ではあったが、これ程に何かを書き込んだのは久しぶりだろう。何せ、この世界にはナビも何もないのだから、この作業は遊び感覚では出来ない。

必要な仕事であると思って、真剣に取り組まなければならないだろう。それに、万が一にも転移が使えないような状況になった時にも備え、地形や地理を把握しておくべきだ。

 

 

こうしてモモンガは持ち前の集中力と凝り性を全開にし、地図やメモ帳にペンを走らせ続けた。

その横ではハムスケがチョウチョを追いかけており、何ともいえぬ牧歌的な光景である。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

一方、馬車の中でも真剣な表情を浮かべている二人が居た。

 

 

攫われた姉を探す、という点では協力体制を取る事が出来た二人である。

が、ニニャから言われずともラキュースは元々、人攫いのような事を平然とする貴族など、貴族の面汚しであると常々考えている、貴族としては異端の人物だ。

当然、女性を物のように扱い、獣欲の捌け口にする男も大嫌いである。

 

ラナーと何度も相談し、遂には奴隷制度を廃止にまで追い込んだというのに、未だ王都には奴隷制度そのものであるような売春宿が残っており、今すぐにでも踏み込んでそこに居る屑どもを殺したいくらいに思っている程だ。

ラキュースからすれば、ニニャもその姉も貴族から一方的な理不尽を押し付けられた被害者であり、貴族である自分が嫌われるのも致し方ない、とそこは納得していた。

彼女が“男装”しているのも、深い理由があっての事だろうと口には出さない。

 

―――ただ、譲れない点はある。

 

 

一方、ニニャはその生い立ちを考えると貴族を嫌うのも当然ではあるが、少なくともラキュースを他の貴族と同じように糾弾し、一方的に嫌悪感を抱く、と言う事は無くなった。

彼女ほどの大貴族の御令嬢が、深々と庶民に頭を下げる事などありえないからだ。

貴族の傲慢さを骨の髄まで知っているニニャだからこそ、余計にその衝撃は大きかった。

 

本人の前では絶対に言わないであろうが、漆黒の剣というチーム名も十三英雄の一人が所持していたとされる4本の魔剣をいつか手に入れよう、という夢のような目標の為に掲げたものだ。

その夢である魔剣の一つを、ラキュースは持っている。

まるで悪魔に仕組まれたかのように、何もかもが噛み合わないのだ。

 

自分が嫌う《貴族》どころか、王城へ登り黄金姫と会える程の《大貴族のご令嬢》であり、

自分達のチームの目標である魔剣すら所持し、貴族に対抗する力を求め続けた自分の前に、まるであざ笑うかのようにアダマンタイト級冒険者という人類最高位の実力を持って現れた人物。

単純な嫉妬などを超えた、もっと複雑なものをニニャとしては感じざるを得ない。

現段階では、全てにおいて負けている。負けすぎている。完敗だ。

 

―――ただ、譲れない点はある。

 

 

 

「見た事のない文字だったわね………」

 

「……そうですね」

 

 

 

二人は其々考えていた思考を打ち切り、先程見た光景へと頭を切り替える。

二人の表情に浮かんでいるものは其々違ったが、思いは共通している。

―――知りたい、である。

あの文字は何なのか?彼は何処から来たのか?聞きたい事、知りたい事が多い。多すぎる。彼女達からすれば、一晩中でも聞きたいくらいだろう。

 

だが、長い間冒険者として活動してきた事がそれらを抑制する。

出身や出自、過去を調べたり問う事は余りにも大きなマナー違反なのだ。人によってはそれで激昂し、殺傷事件になる事もあるし、それらが原因でパーティーが解散する事だってよくある。

嫌われて良い相手ではない。万が一にも、嫌われたくない。

そういった想いから、二人はその辺りの事に関しては出来るだけ問わないようにしていた。

 

 

「仲間からは、王子だとか言われていたけど……本当なのかしら」

 

「モモンガさんは、モモンガさんです」

 

「あら、相手の立場や境遇なんて関係無い、と言いたいのかしら?」

 

「王子だろうが、旅人だろうが、何だろうが僕は気にしません」

 

「気が合うわね、私も同じよ」

 

 

先程よりはギスギスした空気は薄れたものの、今度は新たなギスギスが出てくる。

一番悲惨なのは、馬車を引いている御者のオッサンであろう。

彼は逃げたくても逃げられない。仕事だから。

 

 

「少なくとも、南方の出身という事には間違いなさそうね」

 

「そう、ですね……髪の色や文字を考えると……」

 

 

見た事のない文字を見て、二人の頭の中では南方出身の情報が確定となって埋め込まれる。

元々、この辺りでは黒髪の者は滅多に居らず、居ても茶色が混じったようなものであり、純粋に真っ黒というのはまず見ない。

 

 

「僕達のチーム名は漆黒の剣と言いますが……モモンガさんと“色”っていう共通点があったようで嬉しいです」

 

 

ニニャが「えへへ」といった表情ではにかみ、それを見たラキュースは笑顔を浮かべたまま、こめかみにピキリと血管が浮かび上がらせる器用な仕草で応えた。

 

 

「………黒と漆黒は、厳密には違うと思うんだけど。ううん、全然違う。違いすぎ」

 

「近い事は良い事だと思います。例えば誰とは言いませんが青色なんて、凄く遠い色ですし」

 

「近すぎて見えない、って事もよくあるわよね」

 

 

「「…………」」

 

 

(誰か助けてくれぇぇぇぇ!)

 

 

馬車を引く御者のオッサンは内心で悲鳴を上げていたが、その声が誰かに届く事はなかった。

現実は非情である。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――スレイン法国 某所

 

一人の女がルビクキューを手に遊んでいる。

別段、楽しそうではないが、意識は集中しているようだ。

その様子を見て、男が何とも言えない表情になる。

 

 

「……英雄、出たんだって?」

 

「眉唾ものですよ」

 

 

短く、だが、ハッキリと男が告げる。

妙な気でも持たれて、ここから飛び出されては敵わない、そんな感情が透けて見える。事実、彼女はこれまで何度かそういう素振りを見せた事があるのだ。

まさかとは思うが、本当にここから離れられては笑い話で済まなくなる。

 

 

「そうかな……そうなのかな?強いと良いな」

 

「貴女より強い存在など、この世界の何処にもいやしませんよ」

 

「そうかな……そうなのかな?居ると良いな」

 

「居たとして、どうなさりたいので?」

 

 

内心うんざりした気持ちを抱えながらも、表情だけは取り繕い、男が言う。

たられば、もしも、そういう仮定の話は好きではない。非現実的な事より、着実に目の前の事を片付けていく……そうでなければ大勢の命を預かる隊長という役目は果たせない。

 

 

「貴方、いつ結婚するの?」

 

「……質問に質問で返されるのは困るのですが」

 

「そうだな……そうだね。そんな存在が居たとしたら、結婚する」

 

「なるほど、先程の問いに答えるなら、結婚するのはこちらの方が早くなるでしょうね」

 

「そうかな……そうなのかな?私の方が早ければ良いな」

 

 

男は苦笑を浮かべ、返事はしなかった。

女の方も別に返事など求めていないのであろう。その視線はルビクキューに向けられたままであり、会話を楽しんでいるといった風ではない。

 

 

「揃った。一面」

 

 

女がようやく顔を上げる。

その表情は別に嬉しくもなさそうだが、色が揃った面をどうだ、と言わんばかりに見せてくる。

しかし、他の面の色はバラバラのままだ。

 

 

「おめでとうございます」

 

 

男も短く、それだけを告げた。

 

 

 

 




黒猫と邪気眼がぶつかり合う中、
某所では”もう一人のオーバーロード”の姿が。

モモンガさん、勝手に結婚式()の予約入れられてますよ!





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王都の長い夜

王都を目指す一行に様々な贈り物が届く。

それは酒であったり、新鮮な野菜や果物であったり、時には高そうなアクセサリーなどだ。

近隣の領主や代官に命じられた者達がご機嫌伺い、といった様子で毎日のように訪れる。

最初こそ驚き、恐縮していたモモンガであったが、今では少々、うんざりしていた。まるで自分が大企業の会長にでもなり、中小企業の営業から引っ切り無しに名刺を次々と渡されているような状況なのだ。

 

 

(俺はそんな偉い人間じゃないってのに……)

 

 

最初こそ、良い所のお嬢さんらしいラキュースさんへのご機嫌伺いかと思っていたが、標的が自分であると知った時の驚きと言ったら………。

ハムスケを従えてから、すっかりヒーロー扱いと言うか、何と言うか……。

ばっさり言ってしまえば、所謂《コネ作り》なのであろう。

営業職であった身なので理解は出来る。但し、それに応える事なんて自分には出来ない。

 

そもそも王都へ行くのも、自分の見栄から出た錆なのだ。

今でこそ、ニニャさんのお姉さんを探すという真っ当な目的も出来たが、とても知らない人達からの期待やお願いに応えられるような状況にはない。

向こうに着けば、八本指というギャング(?)と戦闘になる可能性も高い。

そんな中で名刺だけ次々貰っても、重荷になるだけである。

 

 

「気にしなくて良いですよ、モモンガさん。彼らは彼らなりの思惑や目的があってこうしてきているだけで、モモンガさんが別に気に留める必要なんてないですから」

 

 

ラキュースさんはあっけらかんと無視しろ、と言うが小市民の自分には中々難しいものがある。

そもそも、自分は名刺を貰う側ではなく、相手に受け取って貰う側であったのだから。

 

 

「貴族からのご機嫌伺いなんて、本当に気持ち悪いですよね。全部燃やしちゃいましょうか。僕、モモンガさんのあの魔法、また見たいです!」

 

 

ニニャさんは一点の曇りもない良い笑顔でそう言うが、食べ物を燃やす趣味は流石に無い。

と言うかこの子、マジで貴族が嫌いなんだな……無理もないだろうけど。

 

 

(それに、新たなプレートか……出世したって事で良いのか??)

 

 

胸からブラ下げているプレートを見る。

先日まで銅だったのが、今では《白金/プラチナ》のプレートへと変わったのだ。

鉄、銀、金、と三段飛ばしの抜擢である。会社ならいきなり新入社員が課長クラスになったようなものか?そう考えると空恐ろしいものがある。

そんな人間が周りからどんな目で見られ、内心でどう思われるか……。

 

 

「あの街の都市長は中々、肝が据わった方なんです。モモンガさんの英雄性をいち早く見抜き、抜擢したんでしょうね。私としては早く同じアダマンタイト級にして欲しいのですが……」

 

 

いやいや!アダマンタイト級って、いわば社長みたいなもんでしょ……新入社員からいきなり社長って、訳が分からないにも程がある。

ラキュースさんもそうだけど、蒼の薔薇の人達って俺を過大評価しすぎじゃないだろうか……。

 

 

「僕も、モモンガさんならアダマンタイト級になれるって信じてます。いえ、これまでのアダマンタイト級なんて塗り替えて、“過去の遺物”にしてしまうって信じてます」

 

 

ニニャさんが指を組んで、キラキラとした目を向けてくる。

組合に登録して、まだそんな月日も経ってない新入社員に何を期待してるんですか……。と言うか、過去の遺物って……その現アダマンタイト級の方が横にいらっしゃるんですが。

 

 

「アダマンタイト級を過去の遺物扱いに出来るなんて、将来有望な“銀級”の方ですね」

 

「僕達のチームなら、時間はかかっても必ず上へ登れると信じています」

 

(せ、切磋琢磨しあう良い会話なんだよな……うん、そうに決まってる……)

 

 

にしても、プレートの色や素材か……。

今は《蒼の薔薇》と《朱の雫》で、王国では青と赤の二種類が有名な色になってるんだよな?

でも《流星》って何色なんだ??

いや、その前に自分がアダマンタイト級とかになれるのかどうかも分からないけれど……。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

そんな微妙な空気を漂わせる一行に、十騎ほどの集団が近づいてくる。

全員が鎧を着用した、随分と本格的な騎兵集団だ。

 

 

「皆さん、馬車の中へ。ハムスケ、前へ出るぞ」

 

「了解でござるよ!」

 

 

念の為、二人を馬車の中へ入れ、ハムスケと前に出て身構える。こんな広い街道で何かをしてくるとは思えないが、来た事もない場所だしな。

近づいてきた騎兵の集団が馬から降り、先頭に居た男性が一人だけ近づいてくる。

 

 

「警戒させてすまない。私はリ・エスティーゼ王国の戦士長、ガゼフ・ストロノーフという………失礼だが、モモンガ殿であられるか?」

 

 

俺よりもむしろ、横に居るハムスケを見て確認してくるような言葉だった。

道中はハムスケのお陰で全くモンスターが寄って来なかったが、逆にこいつが居ると、どんな相手からもバレバレになるって点もあるんだよな……。

 

 

「戦士長が自らお出迎え?それって独断なの?指示なの?気になる所ね」

 

「これはラキュース殿。息災そうで何よりです」

 

 

ラキュースさんの声に、ガゼフと言う男が呼応する。どうやら旧知の間柄のようだ。

しかし、俺に何の用だろうか……?

 

 

「エ・ランテルの英雄殿が初めての王都で不自由せぬよう、案内役を仰せつかってな。それに、それ程の大魔獣を連れて歩くとなると、各所に連絡なども必須となる」

 

「な、なるほど……お手数をおかけします」

 

 

英雄殿と言われるのは何やら背中が痒くなるが、ハムスケを連れて街中を歩くとなったら、確かに大変な騒ぎになりそうだと思った。ライオンを連れて首都を歩くようなものか?

何の連絡も無しにそんな事をしたら、パニックになりそうだ。

飼い主の自分まで自動的に牢屋へ叩き込まれるだろう。

 

 

「しかし、聞きしに勝る大魔獣ですな……正直、こうしている今も冷や汗が止まりません」

 

「拙者も今は殿の家臣、命令がない限り人間を襲う事はないでござるよ」

 

「そ、そうなんです……慣れれば可愛いものですよ……」

 

「可愛い、ですか……私は何年一緒に居ようが、ドラゴンを可愛くは思えんでしょうな」

 

 

そう言ってガゼフさんが渋く笑う。

ハムスケってドラゴンみたいな扱いなのかよ……ハムスターなんですけど……。

その後は全員で軽い自己紹介をして王都へと向かう事になった。ガゼフさんは平民出身らしく、随分と気さくな感じの男性だった。

ニニャさんもガゼフさんとは笑顔で話している……何だかホッとするな。

またギスギスしないか少し心配だったが……ちょっとだけ会話を聞いてみるか?

 

 

「戦士長様は凄いですね……平民からその立場にまでなられるなんて」

 

「ガゼフで構わんよ。英雄殿の友人から様付けで呼ばれるなど、ゾッとする話だ」

 

 

何だか普通に話してるみたいだし、大丈夫そうだ。

それにしても英雄、ねぇ……。

じゃれてきたハムスケが、気が付けばお腹を見せてた記憶しかないんだが。

 

でも平民出身で、良い立場にまで出世するなんて、この人は凄い人なんだろうな……聞けば聞く程、この国はリアルに似ている気がするのだ。

平民は貧困層であり、貴族は富裕層と言えるだろう。

貧しい者は教育もロクに受けられず、人権も殆ど省みられないって点も酷似している。

流石にリアルでは身分制度までは設けられてはいなかったが、あからさまじゃないというだけで、歴然とした立場の違いは随所にあった。

 

 

(この人は、自分の力で“今”を掴み取ったのか……)

 

 

それは、自分には出来なかった事だ。

成す術もなく、ユグドラシルの最終日を一人で迎えた事を思い出す。自分がこの人のように強ければ、また違った展開があったのだろうか。

そんな事を考えていると、ラキュースさんが小声で囁きつつ、袖を引いてきた。

 

 

「モモンガさん、戦士長は王国きっての剣の使い手です。それに、弱者を身を挺して守る立派な戦士でもあります……八本指との戦いに、彼も巻き込むのはどうでしょう?」

 

「巻き込むって……」

 

「えぇ……巻き込む、です。現状、王国に味方は少なく、敵ばかりの状況です。モモンガさんもご承知の通り、八本指は体制側に完全に食い込んでおり、真っ当な手段では追い込めません」

 

 

ご承知の通りって、全然知らないんですけど?!

と言うか、体制側に食い込んでるギャングって何だよ!それもう、ギャングじゃないじゃん!

反社会勢力が行政側って……一体、どういう集団なんだ……。

身から出た錆とは言え、とんでもない連中と戦う事になってしまったなぁ……。とは言え、何の関係もない人を巻き込もうとは思わないが。

 

 

(いや、ちょっと待て!)

 

 

関係ないどころか、大いに関係あるのか??

言わば、この国の軍隊とか警察のお偉いさんなんだよな……。

むしろ、そんな連中の取り締まりとかは、この人達の仕事だとも言えるんじゃ……。

そんな事を考えてる間に、遠くに城壁が見えてきた。あれが王都なのか?

 

 

(はじめての首都、か……)

 

 

まさか、こんな大勢の人に囲まれながら首都へ入る事になるとは。少なからぬ騒ぎが待っているであろう都市……好奇心と、緊張で半々といったところか。

何が起こるか分からないし、ちゃんと気を引き締めないとな。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ねぇ、戦士長?何でモモンガさんが私達、蒼の薔薇と同じ宿屋じゃないのよ?」

 

「ん?い、いや……私が懇意にしている宿屋でな。それで部屋を取ったのだが」

 

あれから城門で様々な手続きや各所への連絡などを終え、ようやく王都の門を潜ったのだが………泊まる宿屋についてラキュースさんがガゼフさんに噛み付いていた。

 

 

「取り消して!今すぐ!ハリー!ハリー!」

 

「待て、仮にも王城からの手配で予約を取っているのだ。簡単に取り消しなど出来ん」

 

「……ぁ、あの、私は別に何処でも構いませんよ。出来れば安い方が良いですが」

 

「そんな……!モモンガさん、私達と同じ宿屋にしましょう……ね?」

 

 

そうは言われてもなぁ……キャンセル代とか請求されたら堪ったものじゃない。それに、蒼の薔薇の人らが泊まってる宿屋って絶対に高いだろうしな……貧乏人には辛すぎる。

 

 

「それと、モモンガ殿。滞在費は全てこちらで精算するので安心して貰いたい」

 

「本当ですか!?」

 

 

ラッキー!

ラキュースさんには悪いけど、奢りだと言うなら遠慮なく受け取ろう。

ろくに金を持ってない現状では、少しでも節約出来る所は節約していかないとな。

思わぬ申し出にホクホクしていると、周囲からの視線が痛い程に突き刺さってくる。道行く人が見てくるというより、海を割るような形で人が左右に分かれていく……。

 

 

(凄い注目度だな……仕方ないけどさ)

 

 

殆どの人がハムスケを見て驚いているが、先に連絡を走らせていた所為か混乱にはなっていない。だが、それだけじゃなくアダマンタイト級冒険者や戦士長などといった有名人まで一緒に居るから、余計に注目を集めているような気がする……。

横を歩いていたニニャさんも、下を向いて観衆の目から隠れるようにしていたが、そろりと遠慮がちに口を開く。

 

 

「ガゼフさん、僕もモモンガさんと同じ宿屋に泊まれるのでしょうか?」

 

「無論だ、其々に個室を取ってある。支払いもこちらがさせて貰う」

 

「ありがとうございます!でも、出来れば同じ部屋が良いのですが……」

 

「相部屋か?男同士とはいえ、窮屈であろう」

 

「いえ、大切な“税金”ですから……少しでも節約出来たら、と」

 

「ははっ、君は若いのに随分としっかりしているのだな……流石は英雄殿の友人だ」

 

 

相部屋??

節約という点では頷けるけど……何だろうか、妙に落ち着かないと言うか。

でも仕事でホテルに泊まる時も大体、先輩・後輩関係なく大部屋だったよな……。

何やらショックを受けていたラキュースさんだったが、今の二人の会話を聞いて猛然と顔を上げ、ニニャさんを睨み付けた。

 

 

「そこの黒猫さん?王宮は宿屋代に困る程、困窮はしていないの……遠慮なく個室で寝てね」

 

「いえ、僕は一市民として税を無駄使いしたくないんです」

 

「なら、猫らしく路地裏で寝るなんてどうかしら?」

 

「流石はアダマンタイト級冒険者の方ですね。王都でも野宿の心得だなんて」

 

 

思わずごくりと唾を飲み込み、そっと視線を外す。

外した方向に、ガゼフさんが居た。彼も何やら複雑な表情をしている。

どちらともなく、視線だけで会話が出来た気がした。

―――早くこの場を離れよう、と。

賛成だ。全くもって大賛成だ。

 

 

「モ、モモンガ殿……では宿屋に案内する。無論、魔獣も預ける事が出来る宿だ」

 

「そ、それは助かりますね!行きましょう!えぇ、すぐに!」

 

 

ハムスケの背に乗り、宿屋へと急ぐ。

いやー、ハムスターの背に乗るなんて最初は恥ずかしかったけど、今じゃ全然平気だな。むしろ、外部から隔離されたような安心感すらある程だ。

 

 

「一つだけ聞いても良いだろうか?モモンガ殿は何故、王都へ?」

 

 

遠慮がちに、だが、自分の目をしっかりと見ながらガゼフさんが聞いてくる。

馬鹿正直に答えて良いんだろうか?

でも、誤魔化したところで戦士長なんて偉い立場に就いてる人なら、すぐにバレてしまうしな。

 

 

「八本指ですよ」

 

「……!?」

 

 

短く、だが、はっきりとこっちも答える。

ニニャさんのお姉さんの事はプライベートな話だし、流石に言えないしな。

本来なら部外者である俺が八本指がどうこうなんて言い出したら、遠回しに「あんたらも仕事しろ」と言ってるようで気が引けるけど……。

 

 

「エ・ランテルの英雄殿は、随分と豪気なお人のようだ……だが、余り褒められる事ではないな。迂闊に口を滑らせると、何重もの罠にかけられるのが王都だ……気を付けられた方がよい」

 

「ご安心を、(そんな怖い集団に)余り時間を掛けるつもりもないので。そういう(PK)集団への対処(逃げる事)も慣れていますから」

 

「待…っ…、……連中の……上層部への浸透具合は尋常ではないのだ……ッ!」

 

 

あれ?何か絶句してるな……。

もしかして、言葉を省略しすぎただろうか。何か戦士職の男の人と話すのなんて久しぶりだから、ついたっちさんみたいな感覚で話してしまってたかも知れない。

戦闘中は略して話すのが普通だったからなぁ……これは改めなきゃマズそうだな。

もう少し、分かりやすく言った方が良いだろうか。

 

言い直そうとした時―――――目の奥で派手に火花が散った。

ちょっと待て!待ってくれ!相手が相手だし、ヤバイだろ!

 

 

 

 

 

「諦めたら―――――そこで試合終了ですよ」

 

「な゛っ………」

 

 

 

 

 

おぁぁぁぁ!何て台詞を吐きやがるんだ!

余りの危険球に今度はこっちが絶句する。

 

 

「私だけかね―――――?まだ勝てると思っているのは」

 

「君は……いや、待て!モモンガ殿、貴方は一体、何をしようとしているのだ!?」

 

「そろそろ自分を信じて良い頃だ。今の君はもう、十分あの頃を超えているよ」

 

「………!?俺、は……、……」

 

 

何言ってんだ、この口は!

大体、“あの頃”って今日会ったばっかりだろうが!

 

 

「……俺は、……………」

 

 

何かよく分からんが考え込んでるみたいだし……

今の内に適当に誤魔化して宿屋に入り込んでしまおう!このまま会話を続けてたら、絶対ロクな事にならんぞ!

 

 

「い、行くぞ!ハムスケ!」

 

「殿ー、寝床には藁や草をたっぷりお願いするでござるよー」

 

「あっ、待って下さい!僕も行きます」

 

 

逃げるように案内された宿屋へと駆け込む。

王都へ着いて早々、心臓に悪すぎだろ!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

呆然と佇むガゼフの背中に、ラキュースが拳を軽くぶつける。

ゴツン、と金属の鎧と篭手がぶつかる無骨な音が響く。

ガゼフはそれに対し、振り返りもせずに弱々しく口を開いた。

 

 

「俺は、気付かぬ内に“傍観者”になっていたのか……?教えてくれ……」

 

「はっきり言えば、そうね。いや、貴方だけじゃない……この国の全てが傍観者だった」

 

「この剣は陛下を守り、陛下に捧げるべきものだ……俺の考えは間違っていたのか?」

 

「さぁね、そんな事は自分で考えたら?私は、私の為すべき事を為すだけ」

 

 

その台詞の後に「愛する人と一緒にね」と付け加え、ラキュースが一人で身悶えする。顔を赤くしたり、首を振ったり、キャァァァ!と叫んだり、実に目まぐるしい。

ガゼフはその醜態すら目に入らないような有様で、腰に佩いている剣を見つめていた。

そして、群集に紛れ、そんな一行を見つめる影もいる……八本指の中でも、特に隠密能力に長けた者達だ。殺気も何も出していないので、流石にラキュースやガゼフであっても気付くのは難しい。

 

 

《あれがエ・ランテルの英雄か……何の強さも感じなかったが》

 

《だが、あの大魔獣はマズイ……危険すぎる。人間が勝てるような存在ではないぞ》

 

《本人は弱いが、魔獣を使役する異常なレベルのタレント持ちと見た》

 

《あの魔獣……六腕の連中ですら危ういと見たが、お前はどう判断した?》

 

《勝てん。勝てる訳がないだろう。論外だ》

 

《それは、“闘鬼”でも……と言う事か?》

 

《相性の問題もある。不死王ならば………あるいは……いや、これも希望的観測に過ぎん》

 

《そうか……。ともあれ、一度報告に戻ろう》

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「同じ部屋に居ると……な、何だか照れますね。モモンガさんっ」

 

「え、えぇ……」

 

 

あれから宿屋へと入り、副官のような人が様々な手続きを取ってくれた。

自分もハムスケを小屋に連れて行って贅沢な寝床を作ったり、取ってくれた部屋で旅塵を落としたりと瞬く間に時間が過ぎていく。

ちなみに、ちゃんと其々個室を取ってくれる事となった。

一通りの整理を済ませ、晩飯はどうしようかと考えていると、ニニャさんが部屋に来たのだ。

 

 

(個室で良かったかもな……)

 

 

男二人だというのに、何故か緊張感とドキドキが凄い……。

仕事で先輩や後輩達と大部屋で寝るなんてザラだった筈だ。

残業で帰れなくなり、会社で雑魚寝した事も数え切れない。だが、何か違う。違う。

 

ベッドに腰掛け、落ち着かない素振りで辺りに視線を漂わせていると、こちらをジッと見つめているニニャさんと視線がぶつかった。

大きくおでこを出した、可愛い顔。とてもじゃないが、男とは思えない。

俺は……もしかして、そっちの気でもあるんだろうか?

ハムスケの背に乗って見られるのも慣れてきたし、Mっ気があるのかと驚愕していたが、まさか……本当にそっちの気まであるというのか。もうペロロンチーノさんを笑えない。

 

落ち着かなくて、ガゼフさんから貰った王都の簡略地図を出して広げる。

地図や記号を見ていれば気も紛れるだろう……うん、そうに違いない。

王都って広いなー、ははっ……。

 

 

「地図……モモンガさん、僕もそっちのベッドに行っても良いですか?」

 

「えっ……」

 

 

その言葉を、拒絶出来ない……もう、視線を外せない。

隣に腰掛けてきたニニャさんの腕が、自分の腕とぶつかる。近い。近い。近い。

それに、柑橘系のレモンのような香り……なんで男の子からこんな香りがするんだよ?!

 

 

「僕、嬉しかったんです……力になりますって言って貰えて……」

 

「と、当然の事ですよ。恩は返すべきものだと私は、」

 

 

そっと、手が重ねられた。

ニニャさんの顔が真っ赤だ……。

ぇ……これマズくないですか。男同士なのに……でも、嫌じゃないな……。

いやいや!そっちの方がマズいですよね!どう考えても!

ニニャさんの縋るような目が自分の胸を撃ち抜く。唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。

 

 

「モモンガさん。僕、モモンガさんの、事が……」

 

「ニ、ニニャさん……!?」

 

 

 

 




これは夢なのか?現実なのか?
暑い真夏の夜、加熱した欲望は遂に危険な領域へと突入する。





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蒼の会議

ラキュースが見慣れた扉を開け、見慣れたテーブルへと足を進める。

周囲の目が一斉にこちらへ向けられ、ざわめきが強くなった。

いつものテーブルにはラキュースを除く、全メンバーが集まっている。道中で何度も連絡を出し、近況を伝えながら王都へ歩みを進めてきたのだ。

予想通り、真っ先に声をかけたのはティアであった。

 

 

「紹介する前に私のモモンガに会うなんて流石鬼ボス汚い。で、モモンガは何処?」

 

 

ラキュースは「私の」と言う部分に顔を顰めたが、まずは冷静に近況を伝える。個人的な感情より情報の伝達を優先する辺り、やはり彼女は天性のリーダーであろう。

 

 

「なるほどなぁ……最高級の宿屋の用意と、滞在費の全額持ち、ってか。剣以外は面白味のねぇ野郎だと思ってたが、案外ガゼフのおっさんも気が利くじゃねぇか」

 

 

豪快にジョッキを飲み干しながらガガーランが言う。

やけに肌がツヤツヤしている。鉱山の護衛仕事から帰ってくるといつもこうだ。

 

 

「この国にしたら上出来な判断。槍が降るレベル」

赤い果実の切れ端を口に放り込みながらティナが言う。

 

 

「同じ宿が良かった。ガゼフ無能。死すら生温い」

ストローから青いジュースを吸いながらティアがジト目で言う。

 

 

「フン、どうでも良い事だ。そもそも、そいつは“使える”のか?」

仮面を動かしもせずイビルアイが言う。

 

 

反応は其々だが、蒼の薔薇らしい何の遠慮もない発言であった。久しぶりに仲間の生の声を聞いて、ラキュースもつい笑顔になる。

 

 

「―――イビルアイ」

 

 

ラキュースの目配せに、「ふむ」とイビルアイが短く応え、懐に手をやり何かを呟く。

瞬時に、自分達のテーブルが透明な膜にでも包まれた感じが広がる。

認識阻害、聴覚への自然な妨害。

周囲の盗み聞き対策でもあるが、同時に酒場の雰囲気を壊さぬようにする配慮でもあった。

内密の話をする時はいつもこうだ。それらが完了した事を見て、ラキュースが口を開く。

 

 

「まず、彼を中心に据えて八本指との決着を付けるわ」

 

「おいおい、ラキュースよぉ。そりゃ、あの王子の了解は取ってるのか?」

 

「ガガーラン、思い出してみて。二人は“何処で”彼と会ったのか、を」

 

「そりゃぁ……連中の黒粉の取引現場の一つだったけどよぉ……」

 

「つまり、そういう事よ。彼は、私達と会う前から既に戦火を交えていた」

 

 

ラキュースの発言に、全員が息を飲む。

が、イビルアイだけは仮面を着けていて表情が分からない。

 

 

「それだけじゃないわ。彼は南方から大きな敵を追って、この国に来たの」

 

「敵って、何?私はそんな話知らない。鬼ボス、キリキリ吐け」

 

 

ラキュースの発言に苛立ったようにティアが言う。

ふふん、とラキュースが少々誇らしげな表情を浮かべ、ティアが露骨に舌打ちした。それを見て、ガガーランとティナが「クッソワロタ」と言わんばかりに笑う。

 

 

「世界征服を企む、巨大な敵よ―――ウルベルニョと、その配下である機関」

 

 

重々しく告げた内容に、全員が目を見開く。

ガガーランは飲んでいたエールが逆流したのか咳込み、忍者二人は果実を食べていた手を止めた。イビルアイは僅かに仮面をラキュースの方へと向け、首を傾げた。

 

 

「ラキュースよぉ。何だその、機関ってのは。俺ぁ、そんな話、」

 

「ガガーラン」

 

 

そっとラキュースがガガーランの唇に人差し指を当て、その言葉を遮る。

まるで待っていたかのような動作であり、なぜかドヤ顔であった。

 

 

「迂闊にその名を口にしないで。連中の手は長く、その耳は小さな音も拾うの」

 

「お、おぅ……」

 

 

その言葉より、自信満々で繰り出された動作の方に驚いたガガーランが口を噤む。

ラキュースは時折、妙な動作や独り言をしていたが、今日は特にそれが目立つ。と言うより、このテーブル周辺の声は外に漏れないってのに、どういう事なのかと全員の顔に困惑した色が浮かぶ。

 

 

「恐ろしい話ではあるけど、八本指も“機関”の組織の一つに過ぎないの。連中の活動が堂々と表面化し、活発化しだした事にも既に影響が出てる」

 

「確かに連中は八つの部門から成っているが……全員に《絶対的な命令権》を持つ長などは見当たらなかったな。そのウルベルニョというのが長であったという事か」

 

 

それまで冷静に話を聞いていたイビルアイも、呟くように言う。

八本指と言っても、一枚岩な組織ではない。むしろ時には敵対し、殺し合い、互いに妨害する、組織として考えると纏まりなど何もない、滅茶苦茶な暴力集団なのである。

だが、表面上の“利”ではぶつかり合っても、根本的な所では巧く手打ちし、何度もあった瓦解の危機をいつも乗り越えてきたのが不思議ではあったのだ。

イビルアイの頭に、ウルベルニョという存在がくっきりと刻み込まれた瞬間である。

 

 

「最近じゃ、帝国も定期的に戦争を仕掛けてくるしよぉ。国力もガタ落ちだわな」

 

「国王派と貴族派の争いも。国が滅ぶまで止めそうもない」

 

「王子二人の後継者争いもある。馬鹿ばっか」

 

 

ガガーランと忍者二人も続けて口を開いたが、内容は悲惨なものばかりだ。

何もかもが、悪い方向に行っている。それが偽らざる現状であった。

楽観できる要素が何一つない―――これが王国なのである。

まるで絵本に出てくるような、滅ぶべくして滅ぶ、愚かな国。

ここに居る全員が何とか崩壊を食い止めようと懸命に命を賭けて戦ってきたが、環境は何一つ改善されず、むしろ悪化の一途を辿ってきたのだ。

 

 

国王派と貴族派の、国を真っ二つに割った内乱状態。

加えて王子二人の後継者争い。

表に裏に、八本指という暴力集団の跋扈。

作物の収穫期を狙い、帝国という外敵が仕掛けてくる定期的な戦争。

疲弊していく民草。

 

 

この()()()()()()()()「裏で手を引いている」存在が居たと考えると、奇妙な程に合致してしまうのだ。いや、誰も居ないと考える方が無防備すぎるだろう。

彼女らはあらゆる可能性を考え、それに対処する最高峰のアダマンタイト級冒険者なのである。

 

 

「「「「ウルベルニョと、機関」」」」

 

 

蒼の薔薇の全員に、敵の姿がくっきりと浮かび上がる。

そして、それは《歓迎》すべき事でもあった。

これまで、誰を相手に戦えば良いのか?誰を倒せば改善されるのか?何をすればこの国を救えるのか?何の答えもないままに泥沼のような戦いを続けていたのだ。

元凶とも言える敵が居るのであれば、それは非常に分かりやすく、シンプルな答えが出る。

 

 

()る。私のモモンガの為にも。好感度の爆上げを狙う」

とティア。

 

 

「八本指は手強い。でも、元凶が居るなら話は変わる」

とティナ。

 

 

「巨大な敵、か………俺ぁ一向に構わんッッッ!」

とガガーラン。

 

 

「………“見える敵”が居るなら話は早い。ケリをつけてやる」

とイビルアイ。

 

 

「皆、ありがとう。彼は言ったわ―――この国を救う舞台へ上がろう、と」

気を引き締めた、リーダーとしての顔でラキュースが言う。

 

 

―――――この国を救う舞台。

 

 

何という煌びやかな言葉であろうか。

ロクに敵の姿さえ見えず、体に纏わりつく重い空気の中を懸命に泳いでいた5人にとっては、目の前に光が差すような言葉である。

 

 

「モモンガに会いに行く。抱き付いて匂いを嗅ぐ」

 

「私も会ってみたい。その王子さんに」

 

「待て待て、おめぇらが宿屋に押しかけたらせっかくの童貞が消えちまうだろうが」

 

「残念、私はモモンガさんとディナーの約束をしてるの」

 

 

全員が思い思いの事を口にする中、イビルアイが切り捨てるように言葉を吐く。

二の句を継げさせない内容であった。

 

 

「色気づくのは終わった後にしろ。私がそいつと会って今後の打ち合わせをしてくる」

 

「流石イビルアイ汚い。美味しい所を総取りか」

 

「忍者も真っ青な偸盗術」

 

「ま、今回はイビルアイが妥当だわな」

 

「うぅ……確かにディナーは完璧に準備を整えたいし……もう少し時間が欲しいわね……」

 

 

二の句を継げる者も居たが、八本指との戦闘という命懸けの内容であった為、流石に折れて結局はイビルアイが代表として赴く事となった。

仮面を着け、赤いローブを全身に纏った少女が席を立つ。

 

 

(どんな男かは知らんが……ウルベルニョという奴の情報を聞き出さんとな)

 

 

250年という、悠久の刻を生きる吸血姫との出会いがすぐそこに迫っていた。

そして―――この夜から王国の行く末が激変する事となる。

 

 

 

 




遂に35話にして、イビルアイさんが本格登場。
人気はあるのに中々メインヒロインになれない彼女……。
ヒロインに据えるとエタるとまで言われる曰くつきの存在だが……今作ではシュガれるのか!?





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集結の園へ

ドタバタ劇を繰り広げる一行が、王都へ向かう前後へと話は遡る………。

 

 

「で、わざわざ俺の所に来たのか」

 

「ゼロ様は幾らでも積む、と」

 

 

とある寂れた洞窟の中……見るからに精悍な男と、その筋の人間であると一目で分かる男が密談を行っていた。八本指の警護部門、六腕のゼロから出された使者と、かのブレイン・アングラウスその人であった。

ブレイン・アングラウス―――かつて御前試合で近隣諸国最強の戦士と名高いガゼフ・ストロノーフと決勝戦で刃を交え、後々の語り草になる程の名勝負を繰り広げた稀代の剣豪である。

 

 

「ストロノーフを仕留めろ、か……悪くない話だ」

 

「………では?」

 

「一つだけ条件がある……その勝負に、要らん茶々を入れるな。そん時は誰であれ殺す」

 

「承知しております。こちらも邪魔が入らぬよう、万全の態勢を整えております」

 

 

使者が厳粛な表情で重々しく頷く。その態度から、「その条件」を必ず出されるであろう事を予測していた事が窺えた。そして、それに対する準備も。

 

 

「万全の態勢ね……奴の子飼いは死に物狂いで歯向かってくるぞ」

 

 

ブレインが何処か遠い目をして、洞窟の天井を見る。

戦士長という役職の下には当然、大勢の部下が着く。そのどれもがブレインにとっては一刀の下に切り捨てる事が出来るが、それでは折角の勝負が台無しだ。

 

ブレインは知っている。

調べ抜いている。

他ならぬ、ガゼフ・ストロノーフの事ならば、何でも欲した。

どんな小さな情報でさえ金を払い、奴の周辺を、本人を、調べ倒した。

 

殺せる機会があるなら、いつでも仕掛けられるように。

自らの”武”を練りながら、虎視眈々と相手の隙を狙っていたのだ。

だが、調べた結果は……余り芳しいものではなかった。ストロノーフの子飼いの部下達はみな忠誠心が厚く、ストロノーフの為に死ぬ事も厭わない。

 

 

(一騎打ちなど望むべくもない、か………)

 

 

ストロノーフの日常は公務に追われる日々であり、常に周辺には屈強な部下達が存在していた。

趣味もない為、休日に外出する事もなく、王城に詰めて鍛錬といった具合である。

隙がない。無さ過ぎる。まるで鉄人のような人生であり、日常であった。

無理やり仕掛けようにも……

 

 

(奴の意思など無視して、必ず忠誠心過剰な部下達が邪魔に入る)

 

 

思い切って夜襲でも仕掛けようと思った事もあるが、即座にその考えは捨てた。自分は奴を真正面から堂々と打ち倒したいのであって、《暗殺》したい訳ではないのだ。

周囲の騒音を掻き消す為に、自分がいま所属している”死を撒く剣団”の連中を使おうと考えた事もあったが、ストロノーフから鍛えに鍛え抜かれた部下達の前では軽く一蹴されるだけであろう。

 

 

「ま、貴族連中からは奴が危機に陥ったとしても、誰も助けは来んだろうがな」

 

「えぇ、王国を担う戦士長殿は、高貴な方々からは好かれておらぬ様子で」

 

 

白々しく使者が言う。

貴族と平民の間には、簡単には拭えぬ程の階級の壁がある。平民でありながら声望高く、人望厚い戦士長など、忌々しい地虫に過ぎない。

ストロノーフを殺すとなれば、助けるどころか、むしろこちらを応援さえしてくれるだろう。

それも手弁当片手にワインを持って、だ。

 

 

「……で?万全の態勢とやらを聞かせろ。俺は口約束なんてもんは信用しない事にしてるんでな。納得が行かなければ、この話は無しだ」

 

「冒険者を使います」

 

「馬鹿か、お前は?ストロノーフを殺すのに協力する冒険者が何処に居る」

 

 

眉間に、危険なものが走る。時間を無駄にしたと思ったのだ。

こんな下らん話を持ち込む連中など、躊躇なく斬り捨てるべきだろうか?その結果、六腕とやらが敵になっても一向に構わない……むしろ、自らの武を練る絶好の機会。

歓迎すべき事ではないか。

 

 

「普通ならば、そうでしょうな」

 

「ほぅ……その口振りだと、普通じゃない相手だと言う事か?」

 

 

ガゼフ・ストロノーフは言うまでもなく、英雄である。

庶民の憧れであり、いつかは自分も、と思える輝く太陽のような存在。王国に住まう冒険者の中で、奴に憧れを抱かない人間など居ない。

王国に対しては忠誠心なんて無くても、ストロノーフが死の危機にあると分かれば、たとえどんな冒険者であれ、それを救おうと何らかの努力をするだろう。

 

 

「敵国の人間であれば、話は変わります」

 

「帝国の人間か……浅はかな考えだな。奴の声望は隣国にも響いている」

 

 

いや、敵国だからこそ、奴の名は雷鳴のように響いているのだ。

何せ、それが”敵”となって、自らに剣を向けてくるのだから。戦場でガゼフ・ストロノーフと遭遇するなど、帝国の連中からすれば悪夢でしかない。

戦争の度に奴の名は轟き渡り、帝国の連中の中にはトラウマとなって戦場に立てなくなった者まで居ると聞く。むしろ、王国よりも帝国の人間の方が、ストロノーフと敵対するような話になど乗って来ないであろう。

 

 

「ご安心を、アングラウス様。この話を、諸手を挙げて歓迎した者が居ります」

 

「ハッ……大方、金目当てのワーカーか何かだろう。そんなヘボが何百人居ても意味がない」

 

「………確かな実力があれば?」

 

 

男がブレインの耳に口を寄せ、何事かを呟く。

胡散臭そうに聞いていたブレインであったが、次第に眉間に寄っていた皺がほぐれていく。

 

 

「なるほど。ゼロというのは単なる力馬鹿ではないらしいな」

 

「我等の頭は力だけでなく、様々な選択肢を提示し、人を統御されます」

 

「面白ぇ。この話………乗った」

 

 

ブレインが腰の刀から親指を使って刃を押し出し、瞬間、強く押し込んで鍔元を鳴らす。

固い約束、誓いを表す―――金打であった。

その顔には凶暴な笑みが張り付いており、今にも走り出しそうである。

 

 

「王都へ―――――待ってろ、ストロノーフ」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――帝都アーウィンタール 某酒場

 

 

「ふふっ………あっははッ!ひっひっひ!」

 

 

”使者”が帰った後、エルヤー・ウズルスは酒場で哄笑をあげた。

もう耐え切れない。爆笑だ。

こんな美味しい話が転がってくるなんて。

 

 

「やはり……選ばれし者には、それに相応しい話が舞い込んでくるのですね」

 

 

痛飲といった勢いで飲んでいた為、ワインがもう空になる。

咄嗟に立たせていたエルフの頭に、グラスを投げつけた。派手な音が鳴ってグラスが砕け散る。

 

 

「使えんグズが。主人のワインが無くなる前に注文しろ」

 

「も、申し訳ありま……あぐッ!」

 

 

その言葉が終わる前に、腹へ蹴りを叩き込む。

グズでどうしようもないエルフが体をくの字に曲げ、苦悶の表情を浮かべた。

周囲の客がそれを見て眉を顰めたが、わざわざ苦情を言ってくる者は居ない。帝国ではエルフなどの亜人を奴隷とする事が法で認められており、誰に何を言われる筋合いもないのだ。

言ってきたとしても、「奴隷への躾だ」と言えば済む話である。

 

 

「くくっ……まぁ、良い。今日の私は酷く気分が良いのですよ」

 

「あ”、あり、がとう、ございます………」

 

 

グズエルフが涙を浮かべながら頭を下げる。

そう、貴様ら劣等種はそうやって頭を下げていろ。この人類史に名を残す、剣の天才であるエルヤー・ウズルスに仕える事が出来るなど、劣等種には過ぎた境遇である。

 

 

(それにしても、ストロノーフとアングラウスの一騎打ちか……)

 

 

”近隣諸国最強”の名を欲しいままにする戦士と、剣を取っては”海内無双”と名高い剣豪。

両人とも、目の上のたんこぶと言っていい存在である。

この両人の所為で、自分の名が一段低く見られている感すらあるのだ。いつかこの手で斬り捨て、その屍を晒してやろうと思っていたが、絶好の機会が訪れた。

 

依頼の内容は、自分に取っては実に簡単なものである。

両人の一騎打ちに必ず横槍を入れるであろう、ストロノーフ麾下の子飼い連中を抑える事。

天才である自分なら、片手で済ませられる仕事である。

奴の麾下にどれだけの部下が居るのか分からないが、自分は300を超える野盗の群れとすら対峙した事があるのだ。先頭に居る15人ばかりを斬り捨てた時、残りの連中は我先にと逃げ出した。

 

 

(凡人や、凡人の群れなど、そんなものだ……哀れではあるがね)

 

 

才がない故に、群れざるを得ない。

数に頼るしかない。

そうしなければ生きていけない哀れで、情けない生き物達である。

 

 

(いずれにせよ、どちらかが死にますね………)

 

 

あの両人が刃を交えるなら、それは間違いない。もしやすると、一瞬で勝負が決まるかも知れない……達人同士の戦いとはそんなものだ。

だが、残った方もタダでは済まない。

深手を負った”勝者”を一刀の元に斬り捨てれば、自分こそが、このエルヤー・ウズルスこそが最強の剣士の立場を手に入れる事が出来るのだ。

 

 

(いっそ、その場に居る者を全員殺し、口封じをしましょうか……)

 

 

さすれば、二人とも自分が倒したと公言出来る。

何せ、実際に二人の死体が転がっているのだ……誰がそれを否定出来ようか。

この世界では事の真偽など関係なく、大声で、堂々と吹聴したもの勝ちなのだ。

かの両人を倒したともなれば城へと招聘され、皇帝陛下への謁見すら許されよう。あの人材好きで有名な陛下だ……さぞや良い地位を提示してくれるに違いない。

 

 

(皇帝陛下直下である白銀近衛の隊長辺りか……?ふふっ……)

 

 

エルヤーは注がせたワインを飲み干し、自分の輝かしい未来に乾杯した。

 

 

「さぁ、王都へ―――――私の輝かしい伝説が始まる」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――帝都アーウィンタール 歌う林檎亭

 

 

腕利きのワーカーである「フォーサイト」のメンバー達が根城にしている店。

そこでアルシェを除くメンバーがテーブルを囲み、思い思いにグラスを空けていた。

 

リーダーである、仲間想いのヘッケラン・ターマイト。

エルフの血を半分引き、弓を巧みに扱うイミーナ。

多くの人々を救う為、神殿の教義に逆らってワーカーとなった神官ロバーデイク・ゴルトロン。

 

ヘッケランとイミーナは高いワインを空けながら、豚肉が入ったシチューを満足気な顔で口へと運び、酒が全く飲めない、下戸のロバーデイクだけは水を飲んでいた。

 

 

「で、この前の話だが……どう思う?」

 

 

ヘッケランの言葉に残りの二人が反応する。

 

 

「普通に考えたらパスね。普通に考えるなら、だけど」

 

「おや、含みのある言い方ですね。普通に考えないのであれば?」

 

「興味は、ある……とか言っちゃったりして?」

 

 

イミーナの言葉にヘッケランとロバーデイクが苦笑を浮かべる。

確かに、興味はあるだろう。

いや、誰だって興味があるに違いない―――かのガゼフ・ストロノーフとブレイン・アングラウスが、一騎打ちをすると言うのだ。

自分達への依頼内容は汚れ仕事を引き受けるワーカーに相応しく……その一騎打ちに横槍を入れてくるであろう戦士長の部下達を抑える事、であった。

 

 

「部下の皆様方はさぞかし、お強いだろうよ……栄誉も名誉もある騎士様方だ」

 

「そうね。だから普通に考えるならパスって言ったの」

 

「しかし、八本指と言うのは随分と物持ちなのですな。あれ程の報酬を示してくるとは」

 

 

依頼内容の危険さもあるだろうが、前に200、後ろに150という大金である。

決して、軽く出せる金額ではない。しかも、金だけではなく望む種類のマジックアイテムすら特別報酬で付けるとの提示すらあった。

あらゆる犯罪に手を染めている組織とは聞いているが、どれ程の悪事を重ねればそれだけの報酬を軽々と提示出来ると言うのか。

それも、自分達だけではなく、複数のチームへ打診したと聞いている。

 

 

「ちなみに、グリンガムの所は断るつもりらしい。その昔、ブレイン・アングラウスにこっぴどくやられたらしくてな。老公も例の慎重さが出て断ったらしい」

 

 

ヘッケランの言葉に二人が頷く。グリンガムが、かの剣豪と戦った事があるというのは驚きではあったが、一度戦って敗れているなら、こんな話を断るのは当然だろうと思ったのだ。

老公に関しては言うまでもない。

百ある依頼の中から、選びに選び抜いて一つを取るか、取らないか、と数ヶ月の時間を掛けて考える事すらザラであるのだ。

ほんの少しでも危険の匂いを嗅いだのなら、間違いなく断るであろう。

 

 

「付け加えるなら、天賦が参加するとの報告があった」

 

 

ヘッケランの言葉にイミーナとロバーデイクが顔を顰める。出来るなら、顔も合わせたくない相手だし、共に仕事をするには余りにも不安定で怖い相手だ。

 

 

「じょーだんでしょ。あんな馬鹿と仕事をするなんてゴメンだから」

 

「概ね、私も同意ですね」

 

 

二人の言葉に頷きながらも、ヘッケランは「だが」と言葉を続ける。

 

 

「剣の腕だけは確かだ。今回の依頼内容に限って言えば、有用な奴ではある」

 

「剣、ね……中身は屑じゃん」

 

 

高い金を払ってまでエルフを奴隷として買い込み、虐待を繰り返しては使い潰して廃棄する。イミーナからすれば、その首を捻じ切りたい程に怒りが湧く相手だ。

エルヤーは奴隷にしたエルフに暴力を振るうだけでなく、性の捌け口にも使っており、嘘か本当か、妊娠したエルフを斬り殺したとの噂すら流れている。

 

 

「だがな、アルシェの事を考えると、ここらで大きく稼ぐのも悪くないんじゃないかと思ってな」

 

「うーん……借金かぁ………」

 

「確か、金貨300枚でしたな」

 

 

先日、ここに借金の取立てに来た男とトラブルになり、アルシェ……いや、正確に言えば貴族位を剥奪されたアルシェの両親が浪費癖を止められず、借金に借金を重ねているとの話を知ったのだ。

フォーサイトのような腕利きのワーカーですら、金貨300枚というのはとんでもない大金である。文字通り、全員が命を賭けねば手に出来ない報酬だ。

 

 

「今回の報酬は偶然にも350枚ときてる。ちょっと運命を感じちまってな」

 

「ぷはっ……運命?似合わない台詞は止めて欲しいんだけど」

 

「ふむ……ですが、全額をそのまま渡すのは良い話とは言えませんよ」

 

「そりゃそうだ」

 

 

今度はロバーデイクの言葉に二人が頷く。当然の事だ。

自分達は全員が同じ立場であり、報酬も人数割りである。一人に報酬を傾けるなどありえない。

あくまで、ドライに。あくまで、ビジネス。

でないと何の保障もなく、法の加護もなく、守ってくれる権力もなく、ただただ自分達の力だけを頼りにして生きるワーカーとして失格であろう。

そんな甘い集団が生き残れるような、生易しい世界ではない。

 

 

「あくまで、貸すだけだ。その後、両親とは縁を切って貰う。法的にもな」

 

「ちょっと……幾らなんでも勝手に決めすぎでしょ!」

 

「些か性急では?アルシェはまだ子供です……親から離れると言うのは……」

 

「―――知った事か。俺達の妹が困ってる。泣いてる。だったら無理やりだろうが、嫌われようが、俺は俺のやりたいようにやる。そう決めたんだ」

 

 

ヘッケランの暴言(?)に、二人が黙り込み……遂に笑い出した。

散々、これまでビジネスとして話していたのは何だったのか、と。

 

 

「あんた、馬鹿じゃん?最後で台無しじゃん?」

 

「説得にも何にもなっていませんね。神も呆れるでしょう」

 

「うるせぇな!」

 

 

こうしてフォーサイトは様々な事情からその仕事を受ける事にし、その後は野次馬的な話で大いに盛り上がる事となった。力の世界で生きる者としては、やはり興味が尽きないのだ。

ガゼフ・ストロノーフと、ブレイン・アングラウスという両雄の戦いは。

武の極地、そう言いきっても過言ではない戦いである。

もしも、闘技場でそのカードが組まれたら全席が史上空前のプラチナチケットとなって即完売。皇帝陛下以下、四騎士すら来場してその戦いを固唾を飲んで見守るに違いない。

 

今回の依頼はある意味、その戦いの最前列に立つ事が出来る、と言って良い。

逆説的ではあるが、その戦いを見ようと思えば、本来ならこちらが金貨数百枚を払わなければならない立場であろう。闘技場でやれば一日で金貨が何十万枚動くか分からないカードである。

 

ヘッケランは思う。

今回の依頼を達成する時間で言えば、5分か10分か、その程度であろう、と。

自分達が騎士を押さえ込んでる一瞬の間に、その背後で決着が着く。

 

その勝負を見ている暇はないだろうが、どちらが勝ったかリアルタイムでその結果を知る事が出来るのだ。そして、恐らくは後世に伝説の一戦として語り継がれるその場に、自分達の名を残す事が出来る。

 

薄汚れたワーカーである自分達が、だ。

悪くない。全く以って、悪くない。

アルシェの事が無かったとしても、命を賭けるだけの価値は、十二分にある。

 

 

「でだ、お前らはどっちが勝つと思う?」

 

「ストロノーフじゃん?戦場じゃ、四騎士すら足元にも及ばなかったらしいし?」

 

「私はアングラウスを推しますよ。一度敗れた男が再び挑むのであれば、それ相応の勝算があっての事だと思いますので」

 

「剣だけで言えばエルヤーも戦士長に匹敵する、って噂だぜ?」

 

「馬っ鹿みたい。あんな屑が勝てるなら王国も終わりっしょ」

 

「王国と言えば、かの蒼薔薇の重戦士、ガガーラン殿もおりますな」

 

「ぁー!私はやっぱガガーラン推し!あの人ならストロノーフも捻じ伏せそう!」

 

「流石にそれは無いでしょう……試合形式では戦士長殿が勝ったとか」

 

「ちっがうの!ガガーランは何でもアリのストリートファイトでこそ本領発揮っしょ?ルールに守られた試合形式じゃ本当の力を出せないんだってば!」

 

「何でもアリと言えば、エ・ランテルで大魔獣を屈服させた男が居るとか聞きましたな」

 

「猛獣使いっしょ?適当に吹いてるだけで、尾ひれ付きまくってるってオチ」

 

「まぁ、冒険者やワーカーは吹聴してナンボの世界ではありますが………魔獣と言っても、大抵はゴブリンや荒鷹などですしね」

 

「俺が言うのも何だが……お前ら、ちゃんと仕事もするんだぞ……?」

 

 

もはや闘技場での賭博話と変わらない内容になってきたところでヘッケランが釘を刺したが、熱くなった二人は更に様々な冒険者や、はたまた魔法詠唱者の名前まで挙げ、イミーナが酔い潰れるまで話が終わる事は無かった。

 

 

「……遅くなった」

 

「おぅ、アルシェ。稼げる話が一つ来た―――――王都へ行くぜ?」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――エ・ランテル

 

 

「留守とはの……」

 

 

そう独り言ちたのは、世界に四人しかいないとされる英雄を超えた者―――逸脱者フールーダ・パラダインその人であった。帝国の最重要人物とも言える存在が何故、王国に居るのか?

それは、只一人の人物を見定める為であった。

 

 

「生まれながらの異能、か………本当ならば羨ましい話ではある」

 

 

嘘か真か、通常の二倍の速度で魔法を習得出来るタレント持ちの人間が居ると言う。

高弟達はみな、眉唾ものだと大笑いしていたが、自分は笑う事が出来なかった。

それが本当の話であるなら、自らの”魔”と”智”を超える可能性があるのだ。笑えない。笑える筈がない。首に縄を付けてでも、無理やり自分の弟子にしたい。

 

 

―――いや、しなければならない。

 

 

自分は禁術によって老化を停止させてはいるが、最近では緩やかに自分が老いていっている事を感じるのだ。堰き止めた水が少しずつ溢れ、零れているような状況。

いずれ堰き止めた水は抑え切れなくなり、遂には溢れ出すであろう。

その時にはこれまでの皺寄せと言わんばかりに、洪水のような《老い》が自らを襲うに違いない。何も残す事なく、一言も発する暇もなく、自らの体は朽ち果てるであろう。

数百年の時間が、一気に襲い掛かるのだ。肉も骨も、脳も、何もかもが残らない。

 

 

(見つけなければならない。育てなければならない)

 

 

その時が来るまでに。

自らを超える存在を。

居ないのであれば、自らを超えうる存在を育てるしかない。

 

 

自分はこれまでも若い人材であれ、名も無い人材であれ、魔法の才能があると評判を聞けば何処にでも会いに行った。面談した。遠国であれ、近国であれ、関係なくだ。

時には孤児院も見た、スラム街や暗黒街、思い余って浮浪者の群れすら見た。

だが、自分が思ったような存在など一人も居なかった……今居る高弟達も優秀ではあるが、天才でもなく、英雄でもなく、ただただ、優秀なだけなのだ。

自分を超え、魔の深遠を感じさせ、それに近づかせるような逸材とは遂に出会えなかった。

 

不幸である。何処までも不幸である。

人を導くばかりで、辿り着きたい魔の深遠にはまるで近づけない。徒労とも言える日々。

どれだけの時間をかけ、情熱を注いでも、毎日は繰り返すだけであり、変化などない。

 

 

―――数百年の停止、停滞である。

 

 

時に叫び出したい程の衝動に襲われ、世界に向けてありったけの呪詛を吐きたくなる。

何故、自分にはこれだけの試練が降りかかるのか。

何故、自分には師と呼べる存在が居ないのか。

何故、自分に匹敵する才の持ち主と出会えないのか。

自分はただ、魔法の深遠に近づき、それを感じたいだけだというのに……。

 

 

(そのニニャと言う人物のタレントが本物であれば………)

 

 

可能性は、ある。

そう考えたからこそ、高弟達の反対を振り切って一時、帝都より離れたのだ。

元より、帝都や帝国などより、自らが求める魔や、それに連なる存在の方が遥かに大事なのだから。あの帝都が滅びる事によって自らを超える存在が出てくるというのであれば、自分は喜んで帝都を火の海にでもするだろう。何の躊躇も、遠慮も無く。

その結果、億の人間が死のうが、百万のモンスターが死のうが、どうでも良い話である。

 

 

(それにしても、王都へ行ったとの事だが……)

 

 

転移を使えばいつでも行ける場所ではあったが、まるで興味がなかったのだ。

帝国は優秀なジルの下、その治世は安定してきたが、このリ・エスティーゼ王国というのは救いがたい程の病魔に侵されている。

ジルが手を下すまでもなく、木が枯れるようにして朽ち果てるであろう。

 

 

(なればこそ、早めにこの国から連れ出しておく必要があるの………)

 

 

戦争や混乱の中、その人物が死亡する可能性がある。

まして、冒険者という職業についているなら危険なモンスターとの戦闘もあるだろう。そんな下らないものに《可能性》を潰されては堪ったものではない。

 

 

「行くかの―――――朽ち往く国の、王都へ」

 

 

 

 




モモンガ、ハムスケ、蒼の薔薇、ニニャ、ガゼフ、ラナー、クライム、
八本指、六腕、ブレイン、天賦、フォーサイト、フールーダ……
様々な群雄達が、様々な思惑を秘めて王都へと集結し……いよいよ、華と嵐の国堕とし編へ突入!
この前代未聞の状況の中、生き残るのは誰だ!?





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感謝小ネタ 「電波時空の守護者達」





アルベド
「ねぇ、デミウルゴス。モモンガ様は一体、どうなされるおつもりかしら?」

デミウルゴス
「簡単な事ですよ、アルベド。王都ごと吹き飛ばし、全てを塵にすれば良いのです。むしろ、モモンガ様はその為に主要な人間を王都へと集めるように仕向けたのでしょうね……一撃で全てを無に、まさに神の叡智であると言えるでしょう」

アルベド
「くふー!流石は私の愛するお方!そのような深いお考えがあったなんて……!」

デミウルゴス
「手数を絞り、たった一撃で、最高のタイミングで放たれる広範囲殲滅魔法ですよ。あぁ……想像するだけで体がゾクゾクします……恥ずかしながら、私は勃起してしまいましてね……」

シャルティア
「私の下着もかなりまずぅい事になっていんすぇ。デミウルゴスには負けないでありんす」

アウラ
「あのさぁ、競う所が間違ってると思うんだけど………」

マーレ
「ぼ、僕もス、スカートの中が……(小声)」

セバス・チャン
「マーレ様、それは男としての成長でございます」

マーレ
「ほ、本当ですか!僕の”これ”が、モモンガ様のお役に立つんですね!?」

セバス・チャン
「勿論でございます」

コキュートス
「コノ御様子デハ、御子様ノ御誕生モ近イデアロウ……爺ハ、爺ハァァァァァ!」

悟くん
「こっちはこっちで酷いな!」





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ヴァンパイア・プリンセス

イビルアイは教えられた宿屋へと赴く途中、先程の話を反芻していた。

考える事は山程ある。調べたい事も沢山ある。聞きたい事もだ。

 

 

(そもそも、モモンガという男は何だ……?)

 

 

ティアとガガーランを子供扱いにして退け、嘘か本当か漆黒聖典の人間らしき女も戦う前から兜を脱がせて降参させたという。オマケに、トブの大森林に住まう森の賢王なる大魔獣まで屈服させたというではないか。

 

 

―――まるで、デタラメだ。

 

 

そんな存在が居る筈がない、と思う。

だが、ティアとガガーランは決して馬鹿ではない。この手の話で誇張したり、命を預けて戦う仲間に嘘を吐くような事はありえない。

トドメと言わんばかりに、あのラキュースですらその男に夢中になっているらしい。

益々、ありえない。

 

 

(まるで物の怪か、悪魔の類だな……)

 

 

真っ当な人間ではない。素直にそう思う。

これまでの長い人生の中で、時には人知を超越した存在を目の当たりにしてきたのだ。

その中には《魔神》と呼称される存在すら居た。

かと言って、そのモモンガという男が悪しき存在なのか?と聞かれると返答に詰まる。その男に何らかの思惑があるなら、個別の行動を取っていたメンバー達を殺す絶好の機会を逃しているのだ。

 

 

(やはり、直接会って見定めるしかないな)

 

 

それに、ウルベルニョという存在の事も気に掛かる。

機関という大きな組織を抱えているようだし、それこそ数百年前の魔神の再来かも知れないのだ。

もし、そうであった場合……。

王国は元より、近隣諸国にも壊滅的な被害が出る可能性が高い。

 

 

(本当にそうなら、八本指どころではなくなるな………)

 

 

思考を重ねていると、何時の間にか宿屋へ着いていた。

カウンターへ歩みを進め、主人に声をかける。そう言えば、いつもの宿以外に入るなど何年ぶりだろうか……自分は出不精だし、知らない人間と関わるのも余り好きではない。

そして、素顔を見られては騒動になる事も重なり、めっきり行動範囲が狭められていたのだ。

その事に全く不自由を感じない程に、自分は引き篭もりでもあった。

 

 

「こ、これはイビルアイ様……!本日はこちらへご宿泊ですか?」

 

「いや、モモンガという男に用がある」

 

「戦士長様のお客人の方ですな……蒼の薔薇の方であれば、問題ないでしょう」

 

 

部屋の番号を聞き、階段を上がる。

格調高い木を使った、何処か落ち着く良い宿だ。いつもの宿は酒場と一体化しており、暑苦しい程の熱気があって、あれはあれで嫌いではないが、たまにはこういう宿も悪くない。

 

 

(さて、鬼が出るか、蛇が出るか………)

 

 

扉をノックすると、「ひゃ、はい!」と妙に焦った声が返ってきた。

何だ、中で何かしていたのか?

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

妙な反応が気になり、扉を開けると……そこにはベッドに腰掛けた二人の人物が居た。

一人は部屋の中だというのに、フードを深く被った男の姿。これが例のモモンガという奴だろう。

その横には簡素なローブを纏った男がいた。妙に綺麗な顔をしているが、何だこれは?

面倒だから、男女(おとこおんな)とでも命名しておこう。

しかし、こいつらは何故、男同士でベッドに腰掛けて……と言うか、距離が近くないか?

 

 

(まさか、こいつも変態じゃなかろうな……)

 

 

変態や変わった性的嗜好の持ち主は、もうチームの仲間だけでお腹一杯だ。

ショタコンだのレズだの童貞好きだの……この上、更に男同士までプラスされた日には……。

ともあれ、さっさと情報を聞き出す事にしよう。長居は無用だ。

 

 

「私は蒼の薔薇のイビルアイだ。お前に聞きたい事があって来た」

 

「ぁ、私はモモンガと言います」

 

「……ニニャです」

 

 

二人が立ち上がり、深々と礼をする。

どうやら最低限の礼儀は心得ているらしい。冒険者の中には「力や実力だけが全て」と、わざと礼儀を無視したり、粗野に振舞ったりする輩が多いが、その手の連中ではないらしい。

 

 

「早速だが、話を聞かせてくれ。ウルベルニョという存在の事をな」

 

 

備え付けの椅子に座り、傲然と足を組む。

自分の礼儀こそ、どうなんだ?と思わなくもないが、自分は元よりこういう態度で押し通してきた。今更、変えようとも思わないし、変える気もない。

それこそ、《実力が全て》だからだ。

 

 

「そ、そうですね……何から話して良いのやら……」

 

「ぁ、ぁの……ぼ、僕は飲み物を頼んできますね!」

 

 

男女が真っ赤な顔をして部屋から出て行く。何だあの態度は……?

まぁ、自分は仮面を付けたままだし、声も変容させている。不気味がられる事も少なくはないが、そういった態度ではなかったような気がする。

………容貌だけでなく、態度までおかしな奴だ。

 

 

「で、そのウルベルニョという奴は何処に居る?八本指の長なのだろう?」

 

「い、いえ……奴は所在を晦ますのが巧みでして……私も探ってたりとか、して、ます……」

 

 

ふむ……まぁ、いきなり所在が掴めるとは思ってはいなかったが、こいつの態度も何だ?

妙にオドオドしてるというか、怯えているというか……もしかして、私の態度が悪いのか?最近は仲間以外と顔も合わさなかったし、口も利いていなかったから、どんな態度が普通なのか忘れてしまった。もう少しソフトに接するべきだろうか?

 

男も落ち着かないのか、オドオドしながら背負い袋のような物を取り出し、その中から綺麗な水差しのようなものを取り出した。

それらに篭められている魔力の大きさに一瞬、ドキリとする。

 

 

(マジックアイテム……それも、空間を捻じ曲げ……拡張する類の物か!?)

 

 

瞬時に、男の評価を改める。

こんな物を無造作に……この男、油断ならない。

仮面を付けていても尚、自分の強い視線を感じたのか、男が慌てたように説明を始める。

 

 

「こ、これは《無限の背負い袋/インフィニティ・ハヴァザック》と言いまして。様々な物を入れておく事が出来るんです。故郷の友人から餞別に持たされた物でして」

 

「随分と便利な物だな。その袋一つで豪邸が建つだろうよ」

 

 

皮肉でも誇張でもない。

実際、これを見たらどんな商会の者でも万金を積んででも欲しがるだろう。

むしろ、自分達が欲しいくらいだ。

だが、“友人”からの“餞別”などと言われれば、売ってくれとはちょっと言い出し辛い……。

 

男が更に袋から半透明のコップを取り出し、水差しから水を注ぐ。それらを飲み干し、男はようやく一息ついたように、「ふぅ」と親父臭い声を上げた。

自分にも勧めてきたが、要らんと即答する。毒が入ってるとまでは言わんが、得体が知れない。

 

 

「そのウルベルニョという奴を殺せば、八本指は止まるのか?それとも瓦解するのか?」

 

「ウルさんを……殺す?何を言ってるんですか、貴女は?無理ですよ」

 

「はぁ??」

 

 

何だこいつ?急に態度が変わったかと思ったら……妙な怒気すら漂わせている。

今の会話の、何処に怒る要素があった??

こいつが変なのか?それとも、自分の対人接触が不味すぎるのか?

もう、よく分からなくなってきたぞ……。

 

 

「………無理とは、どういう意味だ?」

 

「そのままの意味です。貴女じゃ勝てませんよ。逆立ちしても」

 

「貴様は強弱の区別も付かん程の愚か者なのか?それとも、敵が巨大であると言いたいのか?」

 

「ウルさんは世界最強の魔法使い、《ワールドディザスター》ですから」

 

 

おいおい、何でこいつはちょっと嬉しそうに話してるんだ??

鼻高々といった態度に頭がこんがらがる。

しかも、ワールドディザスターだと??

聞いた事のない単語、職業だが……意味としては世界に災厄を齎す者、といったところだろうか?

大袈裟と言えば、これ以上に大袈裟な名はないだろう。

自分もかつては「国堕とし」などと呼ばれた事があったが、それを遥かに超える規模だ。

 

 

「なら、お前は勝てないと思いつつ、何の勝算もなく戦っているのか?」

 

「いつかは、越えようと思って……いましたよ。いや、今でも……思っています」

 

 

何なんだ、次は泣きそうな声で!さっきからこいつの態度は一体、何だ!

自分を惑わそうとしているのか?何かの作戦なのか?

こちらのペースを乱そうとしているのなら、確かにその計画は成功しているよ!

だから、もう良いだろう!

その、子供みたいにコロコロ態度を変えるのを止めてくれ!

 

 

「た、只今です……ぇと、飲み物を貰ってきました」

 

 

良いぞ、男女!中々のタイミングだ!

こいつと二人だとペースが乱されて会話にならん。まさかこんな厄介な奴だったとは……。

下で貰ってきたのであろう、幾つかのジュースの中からメロンジュースを取る。

一時、ティアとティナが「吸血鬼にはトマトジュースだ」と毎日のように飲ませてきたので、馬鹿にするなと殊更に違う物を飲むようになったのだ。

トマトジュースが血の代わりになるとでも思っているのだろうか……。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

カラン、と氷の立てる音や、ストローから聞こえる微かな吸引音が部屋に響く。

全員が無言でジュースを飲んでいた……気まずい。

モモンガはもう、ベッドに飛び込んで頭を抱えながらゴロゴロしたかった。

 

 

(イビルアイさんか……また厄介そうなのが来ちゃったなぁ……)

 

 

只でさえ、さっきのニニャさんの言葉が気になって気もそぞろだったのに、そこにウルベルトさんの話が来るなんて……しかも殺すとか言うから、ちょっとカッときてしまったし。

そもそも、この世界に居ないんだから、殺すも何もないってのに。

絶対、変に思われたよなぁ……。

 

 

「そ、そのモモンガさん……姉の件なのですが……」

 

「え、えぇ!その話はとても大切です!重要ですよね!」

 

 

ニニャさんの言葉に乗っかり、即座に反応する。

問い詰められてボロが出る前に、別の話にすり替えるべきだ……。存在する筈もない機関の話なんて、とてもじゃないが正気ではしてられない。

 

 

「故郷から持ってきた秘蔵のスクロールがありまして。念じた物体を追跡するものです」

 

「物体を……追跡、ですか……?」

 

「ほぅ、それは……まさかとは思うが、伝承に聞く《物体追跡/ロケート・オブジェクト》か?」

 

「えぇ、その通りです」

 

 

キッパリと言い切る。

ここは言い切った方が、変に突っ込まれないだろう。《物体追跡》は第六位階の魔法だが、ラキュースさんは第五位階の魔法すら使えると聞いたし、持っていてもそこまで変ではないだろう。

 

南方から、故郷から、と言えば不思議と通る事が多いんだよな……。

この世界では“南方”というのが相当、不可思議で、エキゾチックな響きを持っているようだ。

大昔の、それこそ大航海時代の“東方”とか“アジア”とか、そんな感じなのだろうか?

ともあれ、自分にとってはありがたい話だ。徹底的に利用させて貰おう。

 

 

「何か、そうですね……お姉さんが持っている物などがあれば」

 

「姉が攫われた時、唯一持たせて貰えたのは親が買ってくれたヌイグルミだけでした……」

 

「なら、それを思い浮かべて使ってみましょうか」

 

 

王都や、貰った各種の地図を広げ、ニニャさんが所持していた王国の各種地図も広げていく。

もっと時間に余裕があれば、全都市のマッピング作業をしたかったんだけどなぁ……。

都市の地図に、美味い店や良い宿屋などを記していくのも楽しそうだ。かつての仲間にはそう言った地味な作業を嫌う者も居たが、自分は決してその手の作業が嫌いではない。

 

殆どのダンジョンを網羅し、その特徴や罠、出現するモンスターなどを書き記してデータとして頭に叩き込んでいく。それらを作業と取るか、冒険の記録と取るかの違いなのかも知れない。

 

 

(落ち着いたら、旅行記を書きながら旅をするのも悪くないかもな……)

 

「フン、まるで国宝級のスクロールだが……お前は随分と気軽に使うのだな」

 

「恩人の家族の為です。使うのに、躊躇する理由が何処にあるんです?」

 

「ん……い、いや、まぁ、お前がそう思うなら、良いんだろうな……すまん」

 

 

仮面を付けた少女が動揺したような声を上げる。

自分は何か変な事を言ったんだろうか?

例えるなら、ペロロンチーノさんが居なくなった茶釜さんを探すようなものだろう。仲の良い姉と弟の間を理不尽に切り裂くなど、許されるような事ではない。

赤の他人ならいざ知らず、ニニャさんはこの世界で自分を救ってくれた恩人なのだから。

 

 

「ほ、本当に良いんですか……モモンガさん?とても、貴重なスクロールみたいですけど……」

 

 

ニニャさんが俯いて、泣きそうな声で言う。

いや、実際こんな下位魔法のスクロールなんて幾らでも持っているから、そこまでありがたがられると、逆にこっちが恐縮してしまうんですが……。

アンデッド創造で呼び出した連中にも使えるのは居るしなぁ。

 

 

「構いませんよ。気にしないで下さい」

 

「あ、ありがとうございます……ッ!で、では………」

 

「ぁ、少し待って貰えますか」

 

 

袋から《発見探知/ディテクト・ロケート》や《探知防御/カウンター・ディテクト》などが篭められたスクロールを次々と出してテーブルに並べる。これだけあれば、ひとまずは安心か。

探知魔法を使用する時は、こちらも万が一に備える心構えと対策が必要だ。

ここらへんをケチると、思わぬ逆撃を受ける事になる。

 

 

「お、お前は……いや、もう何も言うまい……」

 

「え、えっと……こ、これを全部、使う、んですか?」

 

「えぇ、これらは基本となる物ですが、致命的な逆撃は全て避けられる筈です」

 

 

何度か息を吸い込み、深呼吸をしたニニャさんが意を決したようにスクロールを使い始める。

ニニャさんが優秀な魔法詠唱者で良かったな……使えないスクロールもあるかと思ったが、どうやら無事に発動しているようだ。

 

彼は通常の倍の速度で魔法を習得出来るという、反則に近いタレントを所持しているとも聞いた。

それが本当の話なら、将来は何処まで伸びるのだろうか……。

最後に《物体追跡》のスクロールが燃え尽きた時、王都の地図に反応が出た。

これは……ダメ元でやってみたが、ビンゴという事か!?

 

 

「これは……ここに姉さんが居るという事ですか!?」

 

「反応があるという事は、少なくとも、その物体はここにあると思って間違いないでしょう」

 

「いや、待て……お前達。この区画は………」

 

 

それまで黙って見ていたイビルアイさんが、地図に顔をくっつけるような仕草で反応があった地点を睨みつける。知っている場所なのだろうか??

 

 

「私は詳しい話は知らんが……そこの男女の姉が攫われた、という事で良いのか?」

 

 

男女って……確かに男とは思えないくらい可愛いけどさ……。

露骨というか、何と言うか、ネーミングセンスがないって言うか……。

 

 

「えぇ、そうです……。僕の姉は貴族に攫われて、それ以来、行方が知れないままで……」

 

「そうか……だが、ここは……」

 

 

イビルアイさんが絶句したように言葉を濁す。

そんな態度を取られたら余計に気になるんですけど……何があるんです??

 

 

「覚悟を決めて聞いてくれ。………ここは、八本指が仕切っている娼館だ。その、かなり……良くない、内容だと聞いている。何度か襲撃をかけようとしたが、政治的な圧力が強くてな……」

 

「娼館、ですか……貴族には捨てられたと聞いていましたが、娼館に売られていたなんて……」

 

 

娼館って……リアルでいう、風俗と言ったところか。

退廃したリアル世界であっても、そういう産業はあった。いや、あんな腐った世界だからこそ、そういう産業は根強く社会に残っていた。

自分は利用した事ないし、利用するつもりもなかったが、会社の先輩などは時折、垢落しだの何だの言って、決して多くもない給料を風俗で溶かしていたものだ。

 

 

「僕、ここに行きます」

 

「待て。お前は話を聞いていたのか?ここは八本指が経営している娼館だと言っただろう」

 

「何年も何年も、姉を見つける事だけを目標に生きてきたんです。ここに居るかも知れない、そうじゃなくても、手がかりがほんの少しでもあるなら、どんな場所にだって行きますよ!」

 

「この場所はな、王都に残された最後の……非合法が罷り通る娼館なんだ。その手の趣味嗜好がある輩の最後の砦とも言って良い……単純に力で奪還などしても、その後がどうなるか考えろ」

 

 

二人の話を聞きながら考える。

ラノベでは娼婦という人らを身請けというか、お金を払えば解放して貰えるようなシステムがあったけれど、この世界でもそうなのだろうか?

それが出来るなら交渉で何とかなるかも知れないけど、肝心の金が無いんだよなぁ……。

ユグドラシルの金貨じゃ、怪しまれるだけで、もっと騒動の種を振りまくだろうし。

 

 

()()()()、お前はどう考える?」

 

 

うわ、いきなり話を振ってこられたし!

こんな状況、リアルでもユグドラシルでも無かったのに、どうするのが一番良いんだろうか……。

ともかくは一度行ってみて、探るなり、本当にそこにお姉さんが居るのか聞いてみるのが一番だよな。向こうが素直に答えてくれるとは思わないけれど……最悪、そこの従業員を何処かへ連れて行って《支配/ドミネート》で口を割らすか?

 

 

「一度、そこへ行ってお姉さんの事を聞いてみるしかないでしょうね」

 

「居たとして、どうするつもりだ?こちらがその女を求めていると分かれば、足元を見られるだけだぞ。身請けの金額など、天文学的な数字になるが、それを理解して言っているのか?」

 

「お金なら僕が払います……!何年かかっても、必ず……!」

 

「男女、お前の心意気は買うが、連中相手には無意味だ。むしろ、お前も娼館で働かせて借金の棒引きをしようとしてくるのがオチだろうよ」

 

「ぼ、ぼ、僕は男ですよ……それに、ニニャという名前があるんですっ!」

 

「その手の連中に男も女も、子供もクソもあるか。だからこそ、あんな場所が存在するんだ」

 

 

そういえばリアルでもゲイバーとか、ニューハーフヘルスとか、ハッテン場とか、江戸時代にも陰間茶屋とか、そんなのもあったくらいだもんな……まして、ニニャさんなんて可愛い顔してるから本気で働かされそうな気がする。

 

 

「モモンガ、今の王都はあちこちに踏めば爆発するトラップが並べられているようなものだ。何がきっかけで、連鎖的に爆発していくか分からん。()()()()()()()()()()()()()それを理解しているのか?この話を発端として、たった今から連中と全面戦争になる可能性だってある」

 

 

仮面を付けた少女の声色に、真剣なものが混じる。

頭では理解はしている。理屈を並べられれば、分かりもする。

だが、ギャングや暴力団のような集団と本当の意味で揉めた事なんてある筈もない。

 

自分のように社会の片隅で、歯車の一つとして生きてきた身に、その問いは辛すぎた。

自分だけじゃなく、誰だって、そんな経験なんてある筈ないじゃないか。誰が暴力団と切った張ったの生活をしたり、ギャングと銃撃戦をするような経験があるっていうんだ?

 

そんな奴が居るなら見てみたい。

ふざけるな!と感情が高ぶるままに叫びそうになった。

 

 

「フン、迷っているなら止めておけ。勝算のない戦いをするのは単なる愚か者だ。その後の展望もなく、戦端を開く者はもっと愚かだがな。勝つという事は力を積み上げ、信頼出来る、裏切らない仲間を集め、」

 

「………るさいな」

 

「ん?」

 

「うるさいな、オマエ」

 

「………ガッカリだ。単なるガキだったらしい」

 

 

何故だろうか、酷くイライラする。

この少女の言葉が、どういう訳か、酷く胸に突き刺さるのだ。何の考えもなく、なすがままの自分を責め立てているようで苦しくなる。

 

 

―――――頭に浮かぶのは、一人ぼっちの玉座。

 

 

そして、誰もログインして来ないというのに数年間、たった一人で宝物庫とフィールドを往復するだけの乾いた日々。お前にもう少し知恵があれば、行動力があれば、「今」も「昔」も変えられたんじゃないのか?とでも言われてるようで胸が張り裂けそうに痛むのだ。

 

何が信頼出来る、裏切らない仲間だ。

ふざけるなよ。

お前、ふざけるなよ?

 

 

「………ニニャさん、行きましょうか」

 

「えっ……そ、その……い、良いんですか?」

 

「行きますよ」

 

 

後ろも振り返らず、部屋を出て行く。

もうあの部屋に、居たくない。この少女と居たら、自分の古傷が次々と開くような気がするのだ。

その傷が開いたら、もう―――そこから流れる血は止まらない。

 

 

「………馬鹿が」

 

 

二人が出て行った後、イビルアイが力なく呟く。

表情こそ仮面で覆われてはいたが、その姿は何処か寂しげでもあった。

 

 

 

 




原作と同じく、すれ違う二人。
原作と同じく、悪気はないのにナチュラルにモモンガさんの地雷を踏む。

二人の関係は、これからどうなって行くのか……?





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虐殺

今、思えば―――それは運命だったのか、それとも、必然だったのか。

いや、正直に言えばどちらでも良かった。

頭に血が上っているのに、胸は塞がっているという、気持ち悪い状況に吐き気がしていたのだ。

 

 

「こ、この辺りですかね……モモンガさん」

 

「………えぇ」

 

 

例の地図に載っていた娼館は、すぐに見つかった。

人気がない道を何度も曲がり、大通りからは完全に外れた、見た目からは分かりにくい区画ではあったが、地図で予め地点が分かっているなら見つけるのは容易い。

 

そして、まるで誂えたかのように娼館の裏口ともいうような鉄の扉が開き、大きな布袋が投げ出された。その後、無造作にその扉が閉められる。それは、ゴミ袋にしては大きすぎた。ちゃんと袋を縛る面倒すら惜しんだのか、そこからは人の一部がはみ出ていたのだ。

 

 

「嘘……でしょ……」

 

 

ニニャさんの様子がおかしい。

傍目から見ても分かる程に体が震え、目を見開いている。

瞬間、嫌な予感が走った。

フラフラと、まるで幽鬼のような足取りでニニャさんが袋へと近づき、姉さんと叫び声を上げた。

 

 

(あぁ、そういう事なのか………)

 

 

まるで世界が白黒になり、映画のワンシーンでも見ているようであった。

こんな事が実際にあるのか。いや、あって良いのか。

 

泣き叫ぶニニャさんの隣に立つと、袋に入っていた中身が否が応でも見て取れた。

ボールのように腫れ上がった顔面。骨と皮だけになっている腕。ボサボサの髪。干からびた皮膚。おかしな方向に捻じ曲がった指。剥がされた上、何年も経った事が窺える爪。ご丁寧に足の腱らしき部分は左右ともに切られていた。

 

 

―――死体だ。

素直に、そう思った。

 

 

だが、完全には死んでいないのだろう。袋から伸びた手がニニャさんの服を弱々しく摘んでいる。

ニニャさんが跪き、その頭を膝に乗せ、必死に手を掴んで何かを叫んでいた。

そんな光景を、何処か遠いものを見ているような自分が居る。

 

何だろうか、これは。

もはや女性であるとは思えない程に変形しきった体と、顔。

これを、同じ人間がしたというのだろうか……?ちょっと信じがたい姿である。

三流のホラー映画ですら、もうちょっとマシな死に方をするだろう。

大声で何かを叫んでいるニニャさんと、そのお姉さんらしき姿を見ていると、自分のよく知る姉と弟が頭に浮かび、胸が痛んだ。

 

何で、あの二人を思い出す?

さっきの話の所為だろうか?

何故か、ウルベルトさんからいつか聞いた両親の話まで頭を過ぎる。

 

 

―――――あんな危険な場所で働かされて、ろくでもない死に方をし、死んでも骨も戻ってこず、あまつさえ見舞金は雀の涙以下だった。

 

あの時のウルベルトさんの声は怒っているような、まるで泣いているような。

一言では言い表せない、「慟哭」を感じさせるものだった。

 

 

気分が、悪い。

不愉快というのは、こういう心境を指すのか。

 

 

「何だ、てめぇら。どっから湧いてきやがった」

 

 

鉄の扉が開き、中からいかにもな男が出てくる。

盛り上がった胸板に、太い両腕。その顔には明らかに刃物で切られたであろう傷まであった。

 

 

「おぅ、腐れローブ野郎。何見てやがんだ?」

 

「………」

 

 

男は返事を返さない自分に舌打ちした後、足元で蹲っているニニャさんに向けて声を荒げた。

 

 

「てめぇ、何してやがる。そのゴミに何か用か?」

 

「ゴミ……僕の姉さんを、ゴミと言ったんですか………」

 

「あぁ~ん?姉だぁ?」

 

 

男の顔が訝しげに歪んだ後、口元が別種類の歪みへ変わる。弱い者を見つけ、それを甚振ろうとする酷く嫌な表情だった。

この手の人間というのは学校にも会社にも、いや、社会というものに必ず存在する。

自分よりも弱い者を叩き、その生き血を啜るような人間だ。

 

 

「てめぇが弟ってか?なら丁度良い……そのゴミにゃ、借金がまだたらふく残っててなぁ。家族だっつーなら、てめぇに肩代わりして貰わなきゃな」

 

「これ以上、まだ奪うつもりですか……う”っ、……貴方達は、僕らをいったい……」

 

 

ニニャさんが滂沱のような涙を流す。

姉の変わり果てた姿を見て、心が折れてしまったのだろう。その姿は酷く弱々しい。

 

 

「おい、ローブ男。てめぇも関係者かぁ?なら、てめぇのも持ち金も置いていって貰おうか、そこの弟くんも綺麗なツラしてやがるからな……良い稼ぎになるだろうよ」

 

「良い稼ぎ、ね……それは、彼女のような姿にする、と言う事か?」

 

「あぁ?知らねぇよ、そんな事は客に聞け。こっちゃぁ、金次第でオプションを付けるってだけの話だ。殴ろうが、爪を剥ごうが、眼球を抉ろうが、好きにすりゃ良い」

 

「そんな事をされては、払い切る前に死んでしまうだろう。まして、彼女は無理やり攫われたと聞いている。借金など、お前達が無理やり押し付けたモノだろ?」

 

「ぶぁーか!この田舎モンが……俺らを誰だと思ってやがんだ?天下無敵の八本指様だぞ。この国の法も権力も、何者にも縛られねぇのが俺達なんだよ!」

 

「なるほど…………無敵、ね。一つ、確認したいんだが、お前の言い分を借りると、強者は弱者に対して何をしても良い、と言う訳か」

 

「当然だろうが、このドマヌケ野郎が!さっさと出すもん出して、そこに転がってるゴミの借金を払えッ!足りねぇ分は………」

 

 

男がそこで言葉を区切り、蹲っているニニャへ蛇のような視線を向けた。

 

 

「そこの弟くんに、じ~っくり払って貰うからよ」

 

 

―――路地裏に、酷く、嫌な気配が立ち籠め始めた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

モモンガの胸には、先程から触れたら爆発しそうな程の、決して簡単には消えそうもない怒りが湧き続けている。不愉快、などといった感情を遥かに超えた、ドロドロとした熱いものだ。

 

もしも、彼が死の支配者たるアンデッドであったなら。

精神作用無効のスキルが何度も働き、その怒りは収まっただろう。

 

もしも、彼を親のように慕い、偉大な支配者として仰ぐNPCが居れば。

彼はかつての仲間が残した大切なNPCの事を考え、その怒りを何とか抑えたかも知れない。

 

もしも、この場にかつての仲間が居れば。

それに嫌われないように、激怒するような姿を決して見せなかっただろう。

 

だが、幸か不幸か、この場にはそんな存在など居ない。

彼は、一人でこの世界に来た。

なら、彼を抑えるようなモノは何もなく、一度生まれた怒りを消すようなスキルもない。

 

唯一あるとすれば、彼に新しく与えられた、妙なスキルの数々。

それらに「乗る」か「流され」れば、また違った展開があったのかも知れない。

だが、それらも風前の灯であった。

 

現に先程から彼の心臓は大きな鼓動を鳴らし続け、目の奥では火花が散りっぱなしになっていたが、それらを無理やり抑え込んでいたのだ。

心臓は破裂しそうな程の激痛を訴え、眼は痛みの余りいっそ眼球を掻き出したくなる程であったが、それらを意思の力だけで耐え、抑え付けていた。

いや、それは正確に言えば体中を縛り付けていた最後の鎖であったのかも知れない。

 

 

―――その鎖が今、無残なまでに引き千切られた。

 

 

数年間、ただ一人でギルド拠点を維持し。

一つのゲームに執着し。

楽しかった記憶を頼りに、ただそれだけを想って、「12年」もの間、ログインし続けた男。

 

その姿は、その本質は、鈴木悟という人間の本質は―――――”狂気”であった。

 

 

 

 

 

「クゥ、クズがぁあああああああああ!」

 

 

 

 

 

―――――パキャン!と、形容しがたい音が鳴った。

 

 

 

 

 

無造作に振るった杖が、男の顔の右半分を吹き飛ばしたのだ。

吹き飛ばした《それ》が壁に張り付いて赤い染みを作った後、男の体がゆっくりと倒れ、木を転がしたような音を立てた。これ以上、不愉快な囀りを聞きたくない、というモモンガの意思がそのまま現れたかのような姿である。

 

その光景を見て、路地裏から切羽詰った声がする。

モモンガが振り返ると、そこには仮面を着けた少女が居た。

心配で後ろを付いてきていたのであろう。

 

 

「モ、モモンガ……お前ッ!何をしたか、分かっているのか………!?戦争になるぞ!」

 

「イビルアイさん、これは《大治癒/ヒール》という魔法が篭められたスクロールでして。神官であるラキュースさんなら使えると思いますので、ニニャさんのお姉さんに使ってあげて下さい」

 

 

酷く落ち着いた、まるで朝食でも渡してくるような声色だった。

イビルアイの背中に冷たいものが走る。

危険だ。こいつの状態も、この状況も、何もかもが、最悪だ。

 

 

「ま、待て!それは分かったが、まだ我々は八本指と全面的な戦争をする準備を整えていない!このまま市街戦などになると、どれだけの被害が出るか考えろ!」

 

「そうですか………でも、ここの連中は屑でしょう?」

 

返ってきた答えに、イビルアイが絶句する。まるで会話になっていない。

無理やり止めようものなら、この場で確実に殺し合いになるだろう。

 

 

「ニニャさんとお姉さんの事、宜しくお願いしますね。先程の宿に送りますので」

 

「ちょっと待て!モモンガ、」

 

 

 

《上位転送/グレーター・テレポーテーション》

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

娼館で働いていた者にとって、その日は悪夢となった。

いや、もう夢を見る事も出来ない。

外敵や急な衛兵の踏み込みなどに備えた、分厚い鉄の扉が突然、吹き飛んできたのだ。一直線に飛んできた《それ》に、二人の男がぺしゃんこに押し潰された。

 

カードやチェス、サイコロを使った賭けなどをして無聊を慰めていた男達が静まり返る。

裏口を見ると、何の冗談なのかローブを着た男が片足を上げた状態で立っていたのだ。その姿はまるで、あの鉄の扉を蹴って入りました、と言わんばかりの格好である。

人間という生き物は信じられないものを見た時、その思考は停止するらしい。

 

彼らは身構えもせず、ただ、その姿を呆然と眺めていたが、その男が無造作に杖を振り上げ、近くに居た男の頭にそれを振り落とした時、ようやく誰かが悲鳴を上げた。

振り下ろされた同僚の頭が、まるでトマトか何かのように破裂したのだ。悲鳴も上げるだろう。

 

 

「な、何だてめぇは!」

「トチ狂った冒険者か!?」

「だ、誰か下の連中を呼んでこい……!」

「サ、サキュロントさんが見回りに来てただろ!さっさと呼んでこいよ!」

「下のコッコドールさんに連絡を!」

「つーか、誰かあいつを殺せや!表の、」

 

 

その言葉の途中で、「へぎぃ!」と妙な声を上げながらまた一人、男の顔が吹き飛ばされる。

軽く横に払った杖が直撃し、鼻から上が消し飛んだのだ。

男達は思う。

一体、何の冗談だろうか、と。

触れたら吹き飛ぶような杖が、この世界には存在するのか??

 

 

「ま、待ってくれ……あ、あんたは一体、何なんだ!?誰に雇われた!」

 

ローブを着た男が一瞬、立ち止まり……その問いに対し、回答する。

 

「悲鳴と呪詛以外、もはや聞きたくないな」

 

 

その声と共に杖が振り下ろされ、男の頭骨が粉々に砕け散り、衝撃で背骨が折れたのか、上半身が紙でも折り曲げたように勢いよく足とくっ付いた。

遂にその、《ありえない姿》を見て、全員が絶叫を挙げ、我先にと逃げ出す。

 

 

「そのまま背を向けるなんて……芸が無いな」

 

《魔法の矢/マジック・アロー》

 

 

ローブを着た男が魔法を唱えた時、更に冗談のような光景が広がった。本来なら一つの光球が放たれる筈のそれが、十個浮かび上がったのだ。

逃げ出した先頭付近の男達にそれが次々と突き刺さり、大勢の客を出迎えてきた、光り輝くようなシャンデリアと、高級なカーペットが敷いてある受付は、赤いペンキでも一面にブチ撒けたように真っ赤となった。

 

それを見て、もう動く者が居なくなる。

動けば真っ先に殺される、そう確信したのだ。

 

 

 

「―――おいおい、何だこの状況は………」

「サキュロントの兄貴!」

「兄貴、ヤバイ奴が来たんです!助けて下さい!」

「兄貴がくればもう安心だ!」

「お、おれ、マジで怖かった……もうダメかと……」

「バッカ、兄貴が来りゃもう心配要らねぇよ」

 

「何だ何だ、こういう時だけ持ち上げやがって……おめぇら次からはサービスしろよ?」

「そりゃ、勿論でさぁ!」

 

 

 

男達が生き返ったような思いで次々と声を張り上げる。

八本指の警備部門、その中でも六腕と呼ばれるアダマンタイト級冒険者に匹敵すると言われる凄腕の六人の中の一人である。これまでも娼館で揉め事を起こす男は少なからず居たが、それらを子供の手でも捻るようにして片付けてきたのがこの男であった。

その圧倒的とも言える強さを知る従業員達からすれば、地獄に仏であっただろう。

 

 

「あんちゃんよぉ、ここが何処だか分かってんのかい?それとも、黒粉でも決めてんのか?」

 

「へぇ、用心棒かな?こういう店には本当に居るんだな」

 

「あぁん?」

 

 

サキュロントは胡乱げな目を向けながらも、相手の全身を観察していた。

杖やローブといった武装から、魔法詠唱者で間違いないだろう、と。

そして、手に持っている杖が途方も無い逸品であるとも。

何者かは分からないが、「あの杖はヤバイ」とサキュロントの長年の勘がひしひしと危険を伝えていた。魔法力も高めているのだろうが、それ以上に打撃武器として使っても、相当なものであろうと判断したのだ。

 

サキュロントは瞬時に気持ちを切り替え、油断無く幻術を展開する。

相手を侮り、痛い目を見る奴は馬鹿者である、と。

こう言った得体の知れない不気味な相手には、初手から最大の技をぶつけて、即座に殺した方が良いとサキュロントは優れた嗅覚で嗅ぎ分けたのだ。

その判断は間違っていない。間違っては、いなかった。

 

 

「幻と現実、見破る事が出来るかな―――――《多重残像/マルチプルビジョン》」

 

「一応、聞いておくが……それは幻術のつもりか?」

 

「カカっ、怯えちまったか?俺は戦士というより、幻術師に近いんでな。真っ当な戦いを望んでたのなら、先に謝っておくよ―――マヌケなあんちゃん」

 

 

その言葉と同時に、サキュロントの本体と幻術が踏み込む。

何重にも”ブレた”腕はどれが本物か分からず、混乱した相手へと突き刺さる。

………そうなる筈だった。

しかし、サキュロントが突き出した剣は、まるで何かに拒まれるかのように止まっている。

 

 

 

《上位物理無効化Ⅲ》

 

 

 

「まぁ、こうなるんだよな。あっちでは無意味だったけど、中々に便利だろう?」

 

「へ………はぁ??」

 

 

ローブを着た男が、まるで答えが分かっていた寸劇でも見たように言う。

当然だ。この男には、60lv以下の者が放つ物理攻撃など一切、効かないのだから。

まして、剣や投げナイフ、槍などの斬ったり、刺したりと言った武器などは、更に別種の強い耐性を持ち合わせており、ダメージを通すなど至難の業である。

 

 

「ちなみに、この世界準拠で考えるなら………殆ど魔法も効かない事になるんだよなぁ。ははっ、まるで本当に魔王みたいじゃないか。そういえば、表に居た男が無敵という表現を使っていたが、お前達の無敵と俺の無敵を是非、ここで試そうじゃないか」

 

「な、んだ、てめぇは………よ、寄るな……こっちに、ぎぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

ローブを着た男、いや……モモンガが、剣を突き出していた相手の手を両手で優しく包む。

まるで健闘を称えるように、慈愛が篭められた手付きであった。

 

 

《負の接触/ネガティブ・タッチ》

 

 

サキュロントの手首に信じがたい程のダメージが流れ、その手首から青黒い煙が立ち昇る。余りの激痛にサキュロントはモモンガを引き離そうと空いた手で殴り、引っ掻き、懸命に足で蹴ったが、そのどれもが相手に一発も届く事はなかった。

 

 

「あ、ぁあ!ぐぁぁぁぁああああ!」

 

 

ぼとり、と熱せられたチーズが溶けたかのように、サキュロントの手首が床に落ちる。

絶叫する相手にモモンガが無言で裏拳を放つと、そのまま首がボールのように飛んでいき、壁に赤黒い染みを作った。サキュロントは遂にまともに名前を覚えて貰う暇すらなく、その命を呆気なく散らせて逝った。

 

 

「さ、用心棒が居なくなったけど、どうしようか?」

 

「ま”、ま”って……わ、私達が悪かったわ……あ、貴方の要求を聞かせて……」

 

「要求、ねぇ………そうだ、一つだけあったな!」

 

 

モモンガが場違いとも言える明るい声を上げ、それを聞いた娼館の責任者でもあり、売春部門の頭であるコッコドールはようやく、愁眉を開く事が出来た。安心したのも無理はない。

誰もが八本指が経営していると承知の、この娼館に対しこれだけ堂々と襲撃を仕掛けてきたのだ。

当然、何らかの要求があると考えるのが自然だろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「そ、それで……貴方の要求は何かしら?出来うる限り、努力させて貰うわ」

 

 

相手のシナを作ったような仕草に、モモンガは反吐が出そうになった。

周りや本人の態度から、この娼館の主であろう事は窺えたが、実に醜いオカマである。性根の汚さが顔に、全身に溢れ出ている。これまで、どれだけの人間を食い物にしてきたのだろう。

これが、こんなのが、ニニャさんの姉をあんな状態にしたというのだろうか?

こんなのが、俺に、ウルベルトさんの辛そうな声を思い出させたのか?

 

 

―――――許せるか?

許せるものか―――――生まれてきた事を、これから後悔させてやる。

 

 

「ここは”何をしても良い娼館”なんだよな?」

 

「え、えぇ!その通りよ!貴方ならお金なんて取らないから、幾らでも好きにして頂戴っ!」

 

「なら、遠慮なく……そうさせて貰おうか」

 

「え”っ……ぉごっ、ぶぇびぃぃ!」

 

 

モモンガは満面の笑みを浮かべていた主に近づき、そのまま力一杯抱き締めた。

ミチミチと肉が潰される音がし、骨が異次元の力に耐えかねたように嫌な音を立てていく。

 

 

「ぐぶぃ……はが、はな、はがじでぇぇ……おべがいじまずぅぅぃう!」

 

「うん?《娼館》というのは相手を《抱き》に来る場所だろう?俺は何もおかしい事をしてない。なぁ、お前達もそう思うだろう?」

 

 

周りの男達にわざとらしく声を掛け、時間をかけてゆっくりと抱き締める力を強めていく。

問いかけられた周囲の男達が壊れた機械のように首を縦に振っていた。

 

 

「恩人の家族にあんな苦労をかけたんだから、お前もそれ相応の苦しさを味わうべきだ。何なら、蘇生させて同じ事を繰り返そうか?うん?レベルダウンの事なら心配するな。俺は便利なアイテムを沢山持っているし、お前達は知らない魔法だろうが、《真の蘇生/トゥルー・リザレクション》という魔法やスクロールもある。ここの悪事を伝える証拠や名簿を出させた後は、そうだな………生きながらケルベロスにでも食わせて魂ごと地獄に送ってやろう」

 

「はな、はが、はだじでぶびぃぎぇぇぇぇ!」

 

 

内臓が押し潰されたのか、主の口から色んな嘔吐物が溢れ、耳からは血が垂れ始め、眼球がカエルのように膨らんだかと思うと、遂にボトリと両目が落ちた。

最後に力一杯、両手に力を入れると、腹部が棒のような細さになり、上半身は膨らませすぎた風船のように破裂し、だらしなく後ろに倒れた。

 

 

「確かに、抱くという行為は悪くないな。さぁ、次は誰にする?俺の要求はたった一つだ――――存分に“娼館ごっこ”をしようじゃないか。そうだ、下の“お客様”も招待しないとな。彼らも抱くばかりじゃ、飽きてしまうだろう。たまには“抱かれる”良さも知った方が良い。そう思わないか?」

 

 

モモンガの言葉に全員が絶叫し、跪いて命乞いを始めたが、モモンガの笑みに変化はなかった。

むしろ、その笑みは深くなり、その細められた目には「()()()()()()()()()()」と宣言しているかのような、鈍い光が湛えられている。

 

 

 

 




《精神作用無効》がないモモンガさんが怒ったら、果たしてどうなるんだろう?
そんな事を考えた結果が、この話でもありました。
恐らくは落ち着くまで、誰も手を付けられないほどの大惨事になるでしょう。
千発の核ミサイルを持った独裁者がスイッチを押し続けるようなもので。

そう考えると、原作で激しい怒りが抑えられるアインズ様は常に理知的で居られるので、
そう言う意味では現地勢は救われている場面が多々あるのかも知れませんね。
今作では激怒すると、理性が飛んだままになるので、周囲には悪夢が訪れる事になります。

まぁ、今作の温厚な鈴木さんを怒らせる相手なんて、
相手が100%悪いので何の遠慮も要らないでしょうけど(笑)





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口直し 小ネタ





堕犬
「は~い、モモンガ様と娼館ごっこの列はこっちっスよ~。並んで下さいっス~」

男達
「いやだぁぁぁぁ!離してくれぇぇぇ!」

ナーベ
「…………(さりげなく並ぶ)」





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廃墟の果て

「ようやく、落ち着いたわね……」

 

 

ラキュースの言葉に、蒼の薔薇のメンバー達が頷く。

イビルアイとニニャが連れてきた女性の治療や介抱で、先程まで大騒ぎとなっていたのだ。

体を清め、スクロールを使って治癒し、意識が戻った途端に狂乱しだした女性を押さえ……今は《睡眠/スリープ》の魔法をニニャと女性にかけて、隣室で休ませている。

 

今は起きているより、眠っていた方が良いだろうと判断したのだ。

体は治癒出来ても、辛い記憶は消えたりはしない。

だが、それでも、緩やかに時間が……それを忘れさせてくれる事もある。

 

 

「やはり、踏み込むべきだったのね……私の判断ミスだった」

 

 

ラキュースがそう呟いたが、それには誰も頷かない。

これまでも散々、考え抜いて「襲撃しても無意味」「デメリットの方が大きい」と一段高い、戦略的な視点から判断し、八本指の別部門を叩いていたのだから。

 

王国という全体像で見れば、追い詰めに追い詰め、縮小され尽くした売春部門の優先度は低くなり、一番危険で、八本指の潤沢な運営資金となっている麻薬部門を叩くのは当然でもあった。

単純に後になるか先になるか、という話ではない。

 

 

「後悔なんぞ後だ。俺ぁ、今からでも踏み込むべきだと思う」

 

 

ガガーランが、目を真っ赤にして言う。

人一倍、情に厚い女だ。ツアレと聞かされた女性の状態を見て激憤しているに違いない。

 

 

「踏み込むには、準備が要る」

 

「あそこを潰せば、愛用してる貴族連中が黙っていない」

 

 

忍者二人は冷静である。

イジャニーヤという忍びの集団に居ただけあって、酸いも甘いも知り尽くした二人だ。

ツアレの境遇に同情はしても、それに流されはしない。

 

 

「踏み込む必要は―――無い」

 

 

イビルアイの言葉に、全員が振り返る。

椅子に座り、何かを考え込んでいた様子だったが、異様に静かだったのだ。

 

 

「イビルアイよぉ、そりゃどういう意味で言ってんだ?」

 

 

ガガーランが怒気を篭めながら言う。彼女が仲間に対し、こんな態度を取るなど珍しい事だ。

隣に居るラキュースも、鋭い視線をイビルアイに向けている。

 

 

「既に、モモンガが踏み込んでいる。恐らく、今頃はもう………」

 

「おいおい!おめぇはあの王子に、一人で行かせたってのか!?あそこにゃ、何人の男が詰めているか知ってる筈だろ!六腕の連中だって定期的に見回りにきてる場所だろうがッ!」

 

「誰が居ようが一緒さ。ラキュース、王城へ行ってラナーに伝えろ―――――娼館に居る人間は《死滅》した、とな。それと、今から戒厳令を敷くように、と。無差別な市街戦になるぞ」

 

 

イビルアイの言葉に全員が目を剥く。

今の台詞に、何箇所も突っ込み所があったからだ。

 

 

死滅?

戒厳令?

市街戦?

 

 

「イビルアイよぉ、一体、何の話をしてんだ?俺っちにも分かるように説明してくれ」

 

「イビルアイ、ガガーランには三行で説明するべき」

 

 

ガガーランとティアから苦情が上がり、イビルアイが多少の説明を始める。

 

 

・モモンガが踏み込んだ

・娼館の従業員は全員死ぬ

・自動的に八本指と戦争開始

 

 

「レッスン1、終わりだ。理解したか?あの男は随分と怒り狂っていたのでな……もう、今頃は誰も生きていないだろうよ。たった一撃を見ただけだが、あの男は強い」

 

イビルアイの最後の言葉に、全員が少し驚く。

彼女が、誰かの強さを認めるなど珍しい事だ。いや、皆無と言って良い。自らの圧倒的な強さを堂々と自負し、それを強い誇りとして生きているのをメンバー達はよく知っている。

 

 

「姫さんに伝えるって言ってもよぉ……ラキュース、どうせ貴族連中は動かねぇんだろう?」

 

「そうね……せめて戦士長に伝えはするけど、彼も動けるかどうかは分からないわ。むしろ、騒ぎになるなら王城へ詰めて、警護しなければならない立場だもの」

 

「やっぱり、ガゼフ無能」

 

「違法ではないが、不適切」

 

 

全員が言いたい放題だ。特に忍者二人。

メンバー達が思い思いの事を口にする中、イビルアイが席を立つ。

それを抜け目無く、ティアが見ていた。

 

 

「ラキュース、後を頼む。私は娼館の片付けに行ってくる」

 

「イビルアイ、モモンガは私が迎えに行く」

 

「ティア……これは遊びじゃないんだ」

 

「遊びとは心外。私はモモンガの事に関する限り、常に真剣」

 

「なら、余計に今はそっとしといてやれ。今の姿は、余り知り合いに見られたくはないだろうよ。私のような……《赤の他人》が一番良い」

 

 

その、吐き捨てるように言った言葉には妙な重みがあり、ティアが思わず身を引く。

ラキュースもそれを皮切りに、大きく手を叩いて全員に指示を出し始めた。こうなった時の蒼の薔薇の行動は素早く、迷いがない。

 

 

「ティア、冒険者組合に行って八本指が王都で暴れる可能性があると伝えて。ティナはそれに駆り出される冒険者への指示をお願い。ガガーランはここで二人の傍に付いていてあげて。私は王城へ行って、出来る限りの話を伝えてくる」

 

「「「了解」」」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(濃厚な、死の気配………)

 

 

イビルアイが先程の娼館へ転移すると、途端、血の匂いが鼻についた。

いつもなら野次馬として出てくるであろう、暗黒街の住人もまるで息を潜めるようにして、気配を殺している。聡明な者は既にこの辺りから逃げ出したようだ。

 

裏口を見ると、先程まで外敵を拒むようにして存在していた、分厚い鉄の扉が消滅している。

中を見ると、広がる一面の赤が目に入った。

鉄の扉も、その中で所在なさげに人を押し潰しながら壁にもたれ掛かっている。

 

 

(赤、赤、赤、血……骨、肉、臓物………)

 

 

まるで何処かで見たような光景に吐き気がした。

この赤は、良くない。

良くない、ものだ。

 

中に踏み込むと、もう一階の部分には生きている《生命》を感じなかった。

死体の中には、派手な服を着たコッコドールの死体らしきものもある。上半身は弾け飛んだのか、残っているのは下半身だけであり、豪華なズボンと靴だけが、彼の名残を残していた。

 

 

(サキュロント……)

 

 

要注意人物として、頭に入れていた六腕の一人。その死体もあった。

右手首が落され、首は何処に行ったのか見当たらない。

ホラーを主体としたオペラでもここまで酷い演出はしないだろう。

掻き分けても掻き分けても、死体と死体の間に、また死体があり、死体がある。

まるで邪教を信じる集団が魔術の生贄にでも使ったかのような惨状だ。自分はまだしも、やはり、ここには仲間を連れてこなくて良かったと思う。

 

 

(下か……)

 

 

何かで覆い隠していたのであろう、隠し階段が開いている。

下から微かに聞こえる声と呼吸、幾つかの気配。

常人なら降りるのを躊躇うであろう一歩。それを覚悟を決めて踏み出す。

その先に待っている光景を、何処かで予想しながら。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

真っ先に目についたのは、男に馬乗りになって狂ったように殴っている女。

その隣では小さいナイフを持って、もう死んでいるであろう男の顔に何度もナイフを差し込んでいる女。髪を振り乱しながら、狂ったような笑い声を上げている姿は、自分であっても直視しかねるものがある。

 

膝を抱え込んで石のように固まっている女も居れば、何かの呪詛を吐きながら壁を引っ掻き回している女もいた。もう、精神が完全に壊れてしまっているのだろう。

彼女らの足元に転がっているのは、幾つかのポーションと思われる空瓶。

 

 

(モモンガが、与えたのか……)

 

 

ほんの少し、希望が出た。

今も怒り狂った状態なら最悪、殺し合いになると思っていたのだ。

仲間を連れて来なくて良かった。改めてそう思う。

多少は落ち着いているなら、余計に知り合いには見られたくない姿であろうし、惨状だ。あの一種の堅物達からあれ程に愛され、信頼された男だ……彼女たちには、こんな光景を見せるべきではない。

 

ぼんやりとした明かりが漏れている部屋を覗くと、そこには木箱に座ったモモンガがいた。

着ていたローブは脱がれており、横に打ち捨てられている。

恐らくは《汚れた》為に、着ているのが嫌になったのだろう。その顔は噂で聞いた通り、恐ろしい程に整っていた。これなら、王子などと呼ばれるのも無理はない。

 

 

「………で、気は晴れたか?」

 

「いえ、残念な事に……むしろ胸は塞がっていますよ」

 

「だろうな。私もそうだった」

 

「へぇ、似たような経験があるんですね」

 

 

その言葉には答えず、自分も部屋の中に入る。

動物の脂肪を使った、原始的なランプで照らされている部屋だ。この金のかかった館に、こんな物が置いてあるという事は《敢えて》置いてあるのであろう。

何らかの雰囲気……重く、苦しい、暗い、そんな空間を演出する為に。

 

 

「………大勢、殺しちゃいまして」

 

「だろうな。ここに来るまでに存分に見せて貰った」

 

「牢屋入りですかね。それとも、縛り首ですか?」

 

「厳密に言えば、ここは存在しない事になっている。存在しない場所で起きた事に、罪などない」

 

「へぇ、そんな屁理屈が罷り通るんですか?」

 

「法が無言であっても、八本指は必ず報復手段を取ってくるさ。牢屋に入ろうが安全ではない」

 

 

八本指に歯向かった者が牢屋に入ろうが、その先の牢屋で必ず殺される。

看守や、囚人の中に彼らと通じている者が山程居るからだ。八本指の人間にとって、牢屋は鉄壁の檻でもなければ、何でもなく、監視の為に敢えて牢の中に入っている者も居るくらいだ。

 

 

「……怒るって、とても疲れるんですね。それに、何だか虚しいですし」

 

 

辺りには死体と狂人しか存在せず、その中で一人、座り込んでいるモモンガの姿に胸が痛む。

この光景は、かつての自分を思い出させる、辛い風景だった。

 

 

「ははっ、自分のような人間に怒る資格なんてあったんでしょうかね。それも、こんな大勢の人を容赦なく殺しちゃって……あぁ、リアルだと大量殺人鬼だなぁ。ニュースに乗っちゃいますね」

 

「何を言ってるのかよく分からんが、お前のした事は別に間違ってはいないさ」

 

 

事実、ここに居る連中は千回殺されても文句は言えない外道どもだ。

自分が踏み込んでいても、似たような状況にはなっただろう。まして、ラキュースやガガーランが踏み込んでいたら、怒り狂ってどうなっていたか分からない。

 

 

「お前のするべき事は一つだ。ここから動く状況に対し、責任を取る事。それだけだ」

 

「責任、ですか……ははっ、大量殺人鬼が取る責任ってなんですか。もっと殺せとでも?」

 

「端的に言えば、そうなる。ここまでの事を仕出かしたんだ。八本指は面子の為にも、その総力を挙げて襲ってくるだろう……この戦いは、我々と八本指のどちらかが滅ぶまで続く」

 

「まるで恨みの連鎖、ですね……”燃え上がる三眼”の時も相手が死滅するまで、だったもんなぁ。そう考えると、あははっ、何処の世界でもやってる事は同じなのかも知れませんね」

 

 

―――パン!と、殺風景な部屋に乾いた音が鳴る。

 

 

木箱に座り、何か遠いものでも語っているようなモモンガの頬をイビルアイが叩いたのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「現実逃避はそこまでにしろ。今話しているのは過去じゃなく、これからの事だ」

 

 

頬を叩かれる、という衝撃に頭の中が真っ白になる。

何処か虚ろだった世界が、急速に色彩を取り戻していく。

 

 

(ビンタされた……?女の子に……?)

 

 

そして頭に浮かぶのは、こんな時ですら―――――1つの事。

 

 

(そうか、“攻撃”じゃないんだ………)

 

 

これが攻撃であったなら、スキルによって防がれていた筈だ。

なら、今の行為は純粋に自分に向けられたもの。それが叱咤なのか、怒りなのか、心配なのか、呆れなのか、何なのかは分からない。でも、それは純粋に自分に向けられた“激しい感情”だ。

 

こんなのをぶつけられたのは、一体いつ振りだろうか。

いや、生まれて初めてかも知れない。

 

 

「辛いのは分かるが、立ち直れ。私もそうした……お前にだって出来る」

 

 

そう言って、イビルアイさんが自分の頭に両手を伸ばし、その胸元に引き寄せた。

赤いローブと、黒いシャツ、小さな胸、凄く良い香り。

色んな事が頭に浮かび、今度は別の意味で頭が真っ白になった。

 

 

「お前は私の信頼する仲間達から随分と愛され、心配されている……そんな良い男が、いつまでも呆けているな。凛々しい姿を、またあいつらに見せてやれ」

 

 

その言葉に赤面する。

ちょ、ちょっと待って欲しい……こんな風に女の子から包まれるとか、何か、もう……。

優しく撫でられる手付きと、胸に顔を埋めている状況に心臓がバクバクと高鳴る。

あぁぁぁ……何だこれ……この感情はなんだ……。

気付けば無意識に両手を伸ばし、自分も彼女の体を抱き締めていた。

ダメだ、何か泣きそうだ……。

 

 

「冷静かと思いきや、子供のようになったり、手に負えなかったり、何かこう、お前は私が今までに感じた事のない気持ちを湧き起こしてくれるな。これが”母性本能”というやつなのか」

 

「どう考えても、()の方が年上だと思うんですけど……」

 

「残念、私は250歳でな。お前の方が年上という事はありえんよ」

 

「250歳って、からかってるんですか……」

 

「……お前ほど《仲間》に信頼されているなら、構わんか。後から苦情を言われても困るしな」

 

 

そう言って、彼女が仮面を取る。

そこにあるのは、綺麗としか言いようがない少女の顔と、流れるような金の髪。

彼女の顔はとても美しく、その背丈に見合った可愛らしいものであった。

それに、心の奥底を見透かすような赤い宝石のような眼。

 

 

「何だ、驚かんのだな。下手をしたら殺し合いになるかとも思っていたんだが……まさかとは思うが、南方では吸血種が溢れているなんて事はないだろうな」

 

「ヴァンパイアですか?確かに見慣れてはいますが……それがどうしたんです?」

 

「う、うん……?いや、まぁ、慣れ?ているのなら良い、のか……?」

 

 

何だか離れがたく、眼だけを上へ向けて言った。

吸血種どころか、ゴーレムやらアンデッドやら、ナザリックは異形種の一大デパートだったしな。

正直、今更どんな種族を見ても驚かない自信がある。

 

 

「………で、モモンガ。そろそろ離れても良いんじゃないのか?」

 

「嫌です」

 

「ぁ、あのな………」

 

 

正直、離れがたいと言うのもあるが、いま対面で話をするのは辛すぎる。

小さな体に、細い腕。

俺は、こんな小さな子を相手に不貞腐れて、まるで子供のように感情を爆発させていたのだ……。

それも、最後には平手打ちのオマケ付きである。

 

 

(ぐっ……ぁ……は、恥ずかしすぎる………)

 

 

とてもじゃないが、まともに顔を見れん。

出来うる事なら、このままの体勢で顔を見られないまま会話をしたい。それに、誰かにこんな風に包んで貰いながら会話するなんて、これまでに一度も無かった事だし……。

 

 

(え”っ……ま、まさか……俺は、彼女の事を……)

 

 

そこまで考え、頭に血が昇った。待て待て!

どう考えても、この子は子供だぞ?!

吸血種とか250歳とか言ってるけど、正直全然ピンと来ないし……

 

アニメやラノベとかで「ロリBBA」みたいなキャラも居たけど、あんなの見た目が子供だから子供じゃん!って素直に思ってたし……。

 

 

「なぁ、モモンガ。私は長く生きている所為か、多くの仲間を失ってきてな」

 

「は、はぁ………」

 

 

突然始まった話に、ドキリとする。

変な事を考えていた所為か、心臓に悪いんですが……。

 

 

「その中には、時に英雄と呼ばれる存在もいたが、それでも、いつかは別れが来る」

 

「それは、そうかも知れませんが………」

 

 

究極の話、自分だって、誰だって、そりゃいつかは死ぬ。

そうなれば強制的に、別れだって来るだろう。

それが寿命なのか、病気なのか、戦闘によってなのか、理由は幾つもあるだろうが……。

だが、自分は別れなんて経験したくない……心が耐え切れないからだ。

こういうのが彼女の言う、”子供”な所なんだろうな……。

 

 

「モモンガ、お前はとても強い力を持っている……だが、何の制御もないその力は、危険だ。お前は私のように、孤独にはなるな。お前は私と違って、大勢の人に愛される“人間”なのだから」

 

 

優しく撫でられながら言われたその言葉に―――遂に防壁が崩れる。

これまでずっと、何重にも、何百重にも自分を堅い殻で覆ってきた。

だけど、もう。これは、ダメだ。

何年もの乾いた日々と、リアルの孤独な日常、たった一人で放り込まれた異世界で。

彼女は、彼女が……自分の防壁を、粉々にしてしまった。

 

 

「ん”ん……上手く言えんが、その、まぁモモンガ、お前はだな、私を反面教師にして、」

 

「………とる」

 

「ん?」

 

「……………鈴木悟。俺の名前、です」

 

「えっ……」

 

 

自分の言葉に、彼女が動揺した声を上げる。

無理もないか、いきなりこんな事を言われても意味が分からないに違いない。でも、自分は言いたかったのだ。ここはもう、ゲームじゃない。ユグドラシルじゃ、ない。

 

 

―――――彼女の前では、もう、「モモンガ」で居られそうもない。

 

 

何故か、泣きたいような気持ちでそう想った。

上手く言えないけれど……これは、嬉しいのだろう。自分は今、確かに嬉しさを感じている。

彼女に取っては、迷惑な事かも知れないけれど。

 

 

「フン……よく分からんが、お前にとっては大切な事だったのだろうな」

 

「自分の、勝手な自己満足ですから。言っておいてなんですけど、気にしないで下さい」

 

 

何故だろう、酷く気分が晴れやかだ。

心を覆っていた暗い雲が晴れ、静かな夜に満天の星が静かに佇んでいるような気配。

この世界に来てから、いや、リアルでもこんな気分になった事はない。

 

 

 

 

 

―――キーノ・ファスリス・インベルン

 

 

 

 

 

「えっ」

 

「………わ、私の、名だ。お返しと言う訳ではないが、その、人前で呼ぶのは禁止だからな!」

 

 

 

彼女がそっぽを向き、見た目通りの子供のような態度を取って。

それを見て、俺も笑う。

彼女は、どんな孤独を過ごしてきたのだろう。

―――250年。

それはきっと、自分よりも重いものだ。

 

出来うる事なら、いつか、自分の話も聞いて欲しい。

大勢の仲間達の事を。

そして、仲間達と作り上げた、大墳墓の事を。NPC達を。

数々の、大冒険を。

 

 

 

 

 

「…………行くぞ、悟」

 

「自分の名前も、人前では呼ばないで下さいね?」

 

「ん”……な、何だそれは、私に対抗したつもりかっ!」

 

 

その言葉に思わず笑い、それを見たキーノが怒ったように目を細め、諦めたように笑う。

辺りは死体だらけで。

一面、真っ赤で。

部屋の向こうからは、狂ってしまった女性が叫んでいる。

 

まるで、この世の果てのような状況で。

ただ、世界には自分と彼女の―――――二人だけが居た。

 

 

 

 




悟君とキーノちゃん。
原作では数奇な運命を辿りそうな彼女ですが、
今作ではシュガールート一直線です。





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Can't take my eyes off you

―――娼館、であった場所。

 

 

鮮血の中、狂ってしまった女が声を張り上げている。

その声は泣いているのか、怒っているのか、分からない。ただ、同じ女として辛い光景であった。

叫ぶ女の隣では、ボロ布を胸に抱きながら何かを話しかけている女もいる。

 

 

(私も、一歩違えば……こうなっていた)

 

 

体のダメージはどうにかなったとしても、精神の傷を癒す事は難しい。そんな便利な魔法やアイテムなどはなく、本人と周りの環境こそが回復出来るか否かを決める事になるだろう。

 

 

「彼女、達は……」

 

「……高いポーションを与えてやったのだろう?十分すぎる処置さ」

 

 

事実、ここで働いていれば最終的には死ぬしかない。

それも、尊厳など何もない死である。

狂ったまま生きていくのが正しいのかどうかは分からない。ただ、悟はここの女性達を救済した。

それだけは、間違いない。

 

 

「彼女達は……その、どうなるんです……?」

 

「良くて、神殿で治療といったところか。家族が居ればもしかすると、引き取る事もあるが……」

 

 

言いながら自分を殴りたくなった。

まるで気休め、いや、ここまで来ると嘘の類であろう。

娼館に売られるような何らかの事情や……貧しさ、厳しい環境の中で生きている一家が、狂人を抱えてどうやって生きていくというのか。この重税に喘ぐ、王国の中で。

 

神殿での治療というのも、ほぼ望めない。

あの場所はあくまで支払われる金銭によって治療を行う場所であり、治癒する見込みもない無一文の狂人などを誰が治療するであろう。

今回ばかりはたとえ金があったとしても、お手上げの症状ではあるが……。

 

別に神殿が金に汚いのではなく、彼らは患者から支払われる金銭で魔法や薬の研究を進め、より多くの人間を救おうとしているのだ。金銭をしっかり受け取り、その経営を“清潔”にしているからこそ、彼らは世に存在する如何なる権力からも支配されない、独自組織として国家の垣根を越えた存在となる事が出来た。

 

 

(その“在り方”は賛否両論あるが……いや、やはり正しいのだろうな)

 

 

彼らがその運営を寄付などに頼る事になれば、一部の貴族や大貴族に組織ごと丸飲みされる事になったであろう。帝国なら皇帝直下の一部門になるに違いない。

一度権力に飲み込まれた組織は、もう二度と民の許には戻らない。そういうものだ。

 

 

「その神殿と言う場所で、彼女達は元に戻るのでしょうか……?」

 

「期待は出来んな。心の傷など、時間と……本人の気持ち次第でしかない」

 

「そうですか……実は、さっきまでの自分を見ているようで、苦しいんですよね」

 

「現状、我々に出来る事はここまでだ。ここから先は……って、おい!」

 

 

悟が女の許へ近づき、その手を優しく額へと当てた。

そして、自分でも目を見張るような大魔力が吹き荒れた。

 

 

《記憶操作/コントロール・アムネジア》

 

「な”っ……」

 

何だ、これは!?

これまでに感じた事もない程の、圧倒的な魔力の渦……もはや、それは“暴力”と言えた。

まるで竜巻のように吹き荒れる魔力に、体ごと飲み込まれそうになる。

 

 

(息が、出来ない……!)

 

 

「ぁ……ぎ………」

 

「お、おい……!悟、大丈夫なのか!?」

 

 

悟の様子がおかしい。その顔面は蒼白となり、全身からびっしょりと汗を流している。

その頭が木の葉のように揺れたかと思うと、遂に両手を突いて倒れこんだ。

 

 

「おい、悟!?一体、何をしたんだ!?」

 

「ほんの、おまじないですよ……辛い記憶が、少しでも消えればって……あははっ、でもこれ、きっついなぁ……ほんの《一行》か《二行》を消すだけで意識が飛びそうだ」

 

 

その言葉の意味は分からない。ただ、今のが途方もない大魔法である事だけは分かった。

いや、違う……これは人ならぬ領域。

世の理を捻じ曲げる、神の領域に手を突っ込んだ魔法であろう。

息を整えた悟が、再度女へと近づき、同じ魔法を発動させる。

その顔色は既に青色を超えて土気色となっていたが、その眼には強い光があった。

 

 

「悟、お前は……」

 

 

聞きたい事が沢山ある。知りたい事も、山程ある。

だが、それは今聞くべきものではないだろう……。

 

 

「少しでも、自分のした事に意味を持たせたいんです。これも子供だから、ですかね」

 

 

向けられた笑顔に一瞬、ドキリとする。

こ、こいつ……何て顔で笑うんだ……っ。不覚にもちょっと、だけ……そう、ほんのちょっとだけ胸が高鳴ったじゃないか……こ、これも母性本能というやつなのだろうか。

生意気だ……何か知らんが、生意気だ……ッ!

 

 

(全く……こいつは一体、幾つの顔を持っているのやら……)

 

 

溜息をつきながら、黙って首を振る。

こうも色んな面を見せられては、私でなくとも混乱するだろう。

悪いのは私ではなく、悟だ。

大体、こいつときたら最初に会った宿の時からコロコロと態度を変えて………。

 

 

「俺には尊敬する友人が居まして。その人が言ったんです―――“困ってる人が居たら、助けるのが当たり前”って。真顔で言うんですよ?イビルアイさんはどう思いますか?」

 

 

こ、こいつ……普通にイビルアイと言ったな。

それも、何が楽しいのか嬉しそうに笑っている。

こっちは悟と呼んでいるのに、何か負けたような気分になってくるのは何故だ?

別に呼んで欲しい訳ではないが……折角、数百年ぶりに名を教えたというのに、情緒の欠片もないじゃないか。せめて、一度くらい呼ぶのが礼儀というものではないのか?

 

 

(こいつめ………)

 

 

永遠ともいえる時間の中で、一度くらいはまともに“その名”で呼ばれるのも悪くないか、と思ったのだ。お返しという意味もあった。いや、その気持ちが大きかったのだ。誰が何と言おうとも。

それを……こいつは……っ!

 

いや、別に、こいつに特別な何かを感じたり、想ったりした訳ではない。

だから、構わないっちゃ構わないのだが……

どうしてか、眉間に皺が寄っていくのを止められない。

無意識に仮面に手を伸ばし、顔に装着する。

何だかムカムカして、不機嫌なツラを見せるのが嫌になったのだ。余計に負けた気がする。

 

 

「そういえば、その仮面って種族の気配を消す効果があるみたいですね。ぁ、実は俺も妙な仮面を持っていまして……後でイビルアイさんにも見せますよ」

 

「ぅ………」

 

「どうしました、イビルアイさん?」

 

「ぅ”………うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「な、何ですか!?何があったんです、イビルアイさん!」

 

「貴様……わざとかッ!わざとなんだな、悟!言え、わざとなんだろうがッ!」

 

「ちょ、ちょっと、後ろから首を絞めないで下さいよ!この魔法、凄く精密なんですからね!」

 

 

連発された《それ》に我慢できず、遂に物理的手段に出る。

殺す!ここで殺してしまおう!

こいつこそ、千回殺されるべきだったのだ!よくも私の気持ちを踏み躙ったな!

首にかけた力を強めようとした時、悟が気を失ったようにこちらへ倒れてきた。

 

 

「お、おい………」

 

 

汗が、酷い。呼吸も、荒い。

顔色は紫じみたものとなり、その姿は完全な魔力の枯渇を感じさせるものであった。

 

 

「す、すまん……つい、頭に血が昇ってしまって……時と場所を考えるべきだった」

 

 

無理もない……あの《おまじない》と称した魔法が、余りにも凄すぎたのだ。

これまで自分の魔力量には圧倒的な自信があったが、もし私があんな大魔法を行使したら一瞬で気を失い、恐らくは数日の間、ベッドから起き上がれなくなるだろう。

 

 

「良いんです……実を言うと、どんな態度で話せば良いのか、サッパリ分からなくて……」

 

 

悟が肩から力を抜き、こちらへ遠慮なく体を預けてくる。

自分もそれを黙って受け止めた。

 

 

「分から、ない?」

 

「怖いんです、大切な人に嫌われるのが。どうやったら好かれるのかも、こんな歳になって、まだ分からないんです……だから、知らない内に怒らせるような事をしてしまったのかなって……」

 

 

後半部分は悟の無神経さである、と断言出来たが、

前半部分に関しては……そんな事、自分にだって分からない。むしろ、異形の身でありながら、人に混じって生きている自分になど、その言葉に答える資格すらないのではないか?

 

自分とて、今の仲間達と数奇な出会いを果たしたが、それもここ数年の話である。

大体、好かれたところで自分は人間ではないのだ。素性を知られて嫌われるだけならまだ良い方で、多くの場合は殺し合いになってきたのだから。

 

そんな自分から言わせて貰えば、大切も何も……

……ん?

こいつは、今、さらっと私の事を大切な人と言わなかったか?

い、いや、そういう意味ではないのだろうが……。

 

 

「悟………暫くじっとしてろ」

 

 

悟を後ろから抱え込んだまま両手を伸ばし、魔力を流し込む。

 

 

「これは……魔力の譲渡、ですか?」

 

「本来なら神官系の魔法なのだが……私は魔力の《流動》には少々自信があってな」

 

 

受けたダメージを魔力へと流したりもするし、自分にとっては魔力こそが生命線なのだ。

今も本来なら畑違いとも言える神官系魔法を、アイテムも使って反則に近い形で行使している。

魔力を渡すと同時に、悟の顔色も少しずつ戻ってくる……冷えていた体温も。

こちらの手も妙に温かいと思ったら……悟がこちらの手に自分の手を重ねていた。

 

 

「一応、聞くが……何をしてる」

 

「な、何となく……です」

 

「何となくで、人様の手に勝手に触るな」

 

「良いじゃないですか……な、名前も教え合った仲なんですし……」

 

「き、貴様は一度も…………こんのッ!」

 

「いたたたた!痛い!痛い!何か魔力が痛いです!いや、マジで!」

 

 

フン、こんな馬鹿者に優しく譲渡などしていられるか。

魔力を瀑布のように叩き込んでやった。ざまぁみろだ……仮面の裏で舌を出す。

 

 

「酷い事しますね……下手したら心臓が止まりますよ」

 

「フン、知った事か………生憎と私の心臓は動いてないのでな」

 

「そうなんですか?凄く、その……温かい、ですけど」

 

 

見ると、悟が真っ赤な顔で俯いていた。そういえば、ちょっと密着しすぎな気もする。

幾らローブで身を包んでいるとはいえ、近すぎただろうか?

心なしか、悟の呼吸も荒いような……。

 

 

(ま、まさか、こいつ……私に欲情しているのではあるまいな!?)

 

 

そういえば、戦闘が終わった後などに男は興奮を引きずって発情する、などとガガーランから聞いた事があったが、まさかあの話は本当だったというのか?

い、幾らなんでも知り合ったばかりでそんな事を許す程、私は軽い女ではないぞ!

こいつは私の事を一体、何だと思っているのだ……!

 

 

「ありがとうございました。お陰で、もう少し頑張れそうです」

 

「えっ……」

 

 

あれ?

あっさり離れていったんだが……。

私の怒りやドキドキは一体……もしかして、ただの勘違いだったというのか?

 

 

(ぐっ………)

 

 

ガガーランの奴……嘘を教えたな!

私がその手の知識を持っていないからって!

帰ったらどうしてくれようか……!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(あ、危なかった……)

 

 

モモンガは人知れず、心の中に流れる汗を拭っていた。

幾らなんでも、距離が近すぎたのだ。

つい、手を重ねてしまったり、体を預けてしまったり、良い香りがしたり……

何というか体勢がリア充っぽかったというか……ちょっとだけ、恋人っぽかったような……。

 

 

(ま、待て!勝手に何を妄想してるんだ、俺は……!)

 

 

本当なら、出来る事なら、名前で呼んだりもしてみたかった。

だが……流石に勇気が出なかったのだ。

幾らなんでも、こういうのはもう少し慣れてからだろう。

教えて貰ったからって、いきなり呼んだりしたら、きっと厚かましい奴と思われて嫌われる。

 

折角、この世界で見つけた……その、色んな意味で大切な人なんだ。

万が一にも嫌われたくない。そんな事、あってはならない。そんな世界は、存在してはならない。

絶対に、ミスだけは避けなければならないのだ。

 

 

(せめて、彼女の前で格好悪い所を見せたくない……)

 

 

むしろ、何とかして格好良い所を見せたいとすら思ってしまう。

考えてみれば、昔もそんな事ばかり考えて、必死に死の支配者を目指していたのだ。

かつての仲間達が驚く姿を……喜ぶ顔を見たくて。

 

 

(狂人だと……狂乱だと?それが……、それが、どうしたッッ!)

 

 

こんなBADステータス如きに負けて、情けない姿を見せられるかよ!

秒単位で回復していくMPと。渡された―――大切な、魔力と。

俺は絶対、何ヶ月かけてでも、彼女らをどうにかして治してみせる……と決意を固めたのと同時に、心臓が激しく鼓動を鳴らし、体の中に踊るようなリズムが流れ込んだ。

 

 

(へ……ま、まさか……まだスキルがあるのか!?)

 

 

そして、そうする事が自然であると言わんばかりに、俺は瞳から光を失った女性に近づき……。

 

 

―――その“おでこ”に、恭しく口付けた。

 

 

(何してんだよぉぉぉ!って俺かよぉぉぉ!)

 

 

 

 

 

《魔女の断末魔Ⅴ》

流星の王子様からの派生スキル。

古今東西、どんな魔女の呪いも王子のキスの前に敗北する。

対象に唇で接触する事により、あらゆるBADステータスが消滅。

ユグドラシルの設定では「悪しき神々の呪い」さえも打ち消すと書かれていたが、

ワールドエネミーなどが放ってくる、特殊な異常を治癒する事は出来なかった。

 

余談ではあるが、ユグドラシルでは18禁行為が厳禁であり、

ゲーム内では相手の肩や手の甲などにするものである。

おでこや唇などにしようものなら、アラームが鳴って即座に運営から警告が入るだろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ぇ……わたし、は……」

 

 

女性の瞳に光が戻り、その後、疲れ果てたように気を失った。

正気には戻ったようだが、体力が持たなかったのだろう。

ふざけたスキルではあったが、確かにこの女性のBADステータスを消滅させたようだ。狂乱や自傷、強烈な呪いや石化すら治せる、と確信させるだけの強い力を感じた。

 

 

(たまには……役立つスキルもあるんだな……)

 

 

自分を苦しめてきた数々のスキルであったが、初めて使えると思ったスキルかも知れない。

唇ってのは問題がありすぎるが、せめて使える内容じゃないと話にならないのだから。

今後はどうにか接触の仕方を研究すれば、職業上、どうしても治癒系の多くを取って来れなかった自分にも、違う方向性が見えてくるかも知れない。

 

 

「………随分と楽しそうだな、悟」

 

「え”っ……違っ、違いますよ!今のは、スキルの一種で!」

 

「アハハッ、口付けをするスキルか。250年生きてきた私ですら、寡聞にして知らん内容だな!」

 

「いや、本当なんですって!幾らなんでも自分はそんな節操のない男じゃないですから!」

 

「フン、どうだかな……っ!どうだかなぁぁぁっ!」

 

「ちょ、ちょっと信じて下さいよ!()()()()()さん!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

こうして娼館だった場所では二人が大騒ぎしつつ、残された娼婦を治療していく事となった。

一人治す毎に仮面を着けた少女が叫んだり、男の頭を殴ったりしていたが、娼婦の皆さんだけは無事に正気へと戻され、外へ救出される事となった。

当然、治療が終わる頃には男はボコボコになっていたが、当たり前であろう。

 

 

 

これも余談だが……。

彼女達は一旦、王国戦士長の家に匿われる事となるのだが、帰れる家など無い者が殆どであり、その多くがそのまま戦士長の下で生涯を過ごす事となった。

 

寡黙で不器用な男ではあるが、ガゼフという生まれて初めて遭遇する“大きな漢”に彼女達は次第に惹かれ、その結果………彼は多くの“妻”を娶り、子を成す事となる。

後世にまで謡われるガゼフ・ストロノーフの美談、英雄譚の一つであるが、ここで全てを語るのは野暮であろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「さっき話した通り、彼女らは戦士長の家に一旦預ける。あそこが王都では一番安全だろうよ」

 

「………頭が痛いんですが」

 

「知るかッ!」

 

 

男の台詞に仮面を着けた少女が叫び、真っ赤であった世界が、今では妙なピンク色の世界になったかのような気配があった。娼婦らの意識が戻っていたら、きっと砂糖を吐いていたに違いない。

 

 

「行く前に……一度だけ、仮面を外してくれませんか?」

 

「ん……?何故だ」

 

「…………Ich würde gerne mit dir sein」

 

 

 

男が俯きながら小さく、《ナニカ》を言った。

 

 

 

「な、何だ……悟!いま、何と言った!」

 

「い、いえ!何でもないです……す、すいません!色々あって、どうかしてました!」

 

「嘘をつけ!なにか、とても大切な事を言った気配がしたぞ!」

 

「そ、そんな事より、早く外して下さいよ!」

 

「嫌だッ!お前の前では二度と外さないからなっ!」

 

 

 

 




遂に周りでもなく、勘違いでもなく、
当の本人が暴走気味になってきた滅茶苦茶な今作。
でもまぁ………「愛」も「憎」も激しすぎる人だから、しょうがないよね(諦め)

言葉の意味は……バンなんとかさんに聞いてみて下さい(笑)





PS
とうとう、今作も40話に到達する事が出来ました。
この作品を読んでくれた、全ての人に感謝を。
そして、誤字や脱字の修正をいつも送って下さる皆様に感謝を。

最後に、全てのオバロ二次を書いている作者の皆様方に深い感謝を。
皆さんのお陰で、私は10巻が出るまでの飢餓感から救われ、
自分も何かを書いて、オバロファンの方に届けたいと思う事が出来ました。

一円の儲けにもならず、酷評される事だって多いのに、
それでも何かを生み出し、届けようとする皆さんの心意気が私は大好きであり、尊敬しています。
今でこそ、影響を受けない為にオバロ二次を読むのを止めましたが、
今作が完結すれば、またのんびり読ませて貰おうと思っています。

そして、こんなふざけた今作ではありますが、
この作品を見て「俺(私)も何か一つ書いてみるか」と思ってくれる人が一人でも出てくれたら、
これに勝る喜びはありません。


ではでは……珍しく真面目に語ってしまいましたが、この辺りで!





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闘鬼と剣聖

―――緊急会議

 

 

王都の某所で、八本指の頭領が集合していた。

「消息不明」となったコッコドールを除く7人と、其々が連れてきている護衛である。

例の娼館は多数の衛兵が入り込んでおり、ここまでの大騒ぎとなっては、流石の八本指であっても表立って入り込むことは難しい……忌むべき事である。

 

 

「ゼロ……この体たらくは何だ?」

 

「あそこは《警備部門》の、定期的な見回り場所だったな……?」

 

「あんたの手下は何をしていた?まさか腰を振ってる間に殺されたんじゃあるまいな?」

 

 

その言葉に全員の失笑が漏れ、スキンヘッドの男へ視線が注がれる。

普段は苛立つ程に威圧感を加えてくる相手だ。当然、失態を演じた時にはその分の悪意と嘲笑をもって相手へ報いる。これが八本指である。

彼らに連帯感や、仲間意識など欠片もない。ある筈もない。あって堪るか。

むしろ、「さっさと死ね!」それが互いに抱いている、偽らざる本音である。

 

 

「お前達は………雑魚一人で、全てを判断するつもりか」

 

 

スキンヘッドの男……ゼロが腕を組み、重々しく告げる。

その言葉に全員が黙り込んだ。彼らの後ろに居る護衛達は全身を固くし、僅かに震えている。

護衛達は知っている。

この男が本気になって暴れたら、自分達では“足止め”にもならない、と。

これ以上、嘲笑するのは危険であると判断した頭領達は話を襲撃者へと変える。

 

 

「それで、襲撃してきた相手は誰だか分かっているのか?」

 

「蒼か、朱に決まっておろう」

 

「待ちなよ。襲撃者は戦士長の客人だってアタイは聞いたけど?」

 

 

麻薬取引部門のヒルマの声に、ゼロを除いた面々が表情を変える。

彼女は今でこそ部門の頭領にまで登り詰めた女性だが、元は娼婦出身であり、あの辺りで行われている数々の売春を熟知している。しかも、現役の娼婦達に今でも根強いネットワークを持っていた。下手をしたら奴隷部門の頭であるコッコドールよりも、だ。

 

 

「あんたらも承知の通り、あの辺りにはアタイの“知り合い”が多いんでね」

 

 

全員がヒルマの言葉に頷く。蛇の道は蛇、といったところだろう。

今も昔も、女達を使ったネットワークは思わぬ所から、思わぬ情報を稼ぎ出す。時には漏れ聞ける筈もない、高貴な人間達の醜聞すら手に入るのだから。

 

 

「例の猛獣使いか……」

 

「現場に潜り込ませた犬からは、魔獣が暴れたような形跡があると聞いたぞ」

 

「あんな化け物を使って、人間を襲わせたのかッ!」

 

 

頭領達の顔が青褪める。

人間では逆立ちしても勝てぬ程の大魔獣である。あれがその爪と、牙を剥いてきた時、とてもではないが生きていられる自信がない。

何と性質の悪い相手であろうか。

幾らなんでも魔獣が相手では金も女も、地位も権力も、何の意味もないのだから。

猛獣使い本人も、戦士長が客人として迎えている時点で、買収や懐柔など効きそうもない。

 

途端、現金な事に全員の目がゼロに対し集中した。

この男なら、この同じ“化け物”なら……あの魔獣に対しても勝ち得るのではないか、と。

 

 

「残念ながら、俺とは相性が悪いだろうよ……魔獣ってのはとびきり外皮が堅いと相場が決まっているんでな。俺の使う力も獣なら、相手も獣。千日手だ」

 

 

勝てもしないが、負けもしない、と分析しているのだろう。

他の頭領からすれば、安堵していいのか、悲嘆すればいいのか、反応に困る言葉であった。

 

 

「何をシケた面ぁしてやがる。俺の手下にも、《バケモン》が居る事を忘れたのか?」

 

 

ゼロが獰猛な笑みを浮かべ、怯える頭領達を睥睨する。

威嚇とも、不遜とも取れる態度であったが、全員がゼロの言葉に歓喜の声を上げる。

そうだ、そうではないか!

ゼロの手下には、あの大魔獣にも劣らぬ《バケモノ》が居たではないか!生命の危機を感じていた分、頭領達の喜びもまた、ひとしおであった。

普段は平然と殺し合いをする部門の頭領達が、肩を叩き合う珍しい光景すら見られた。

歓喜に包まれた会議は、遂にゼロを称える声に満ちる。

 

 

「流石だ……こういうケースを想定し、あのバケモノを飼っていたとはな」

 

「先見の明、という事か。私は君を力だけと侮っていた事を、詫びねばならん」

 

「い~ぃ男じゃないか、ゼロ。あんた、今日だけで男前具合が上がったんじゃないの?」

 

「今回ばかりは、君の存在に諸手を挙げて感謝したい」

 

「言葉だけではなく、我々は白金貨を並べて応えるべきであろうな」

 

「無論、涎が出るような美女もね」

 

 

見え透いたお世辞と、火事場ならではの感謝であったが、ゼロはそれも含めて満足そうに頷いた。今回の件を、全ての部門へ降りかかる問題とし、全員から金を取れる案件としたのだ。

サキュロントを失ったのは痛いが、結果で見れば御の字である。

 

結局のところ、ゼロからすれば“問題”と言うのは常に発生していた方が良いのだ。

“順風満帆”では、“警備”をする必要がない。

まさに、商売上がったりである。

そして、この国ではもう、余りにも問題が少なくなりすぎた。

跳ねっ返りの蒼を除く、全てが沈黙しているのだから。

 

 

「多少、騒がしくなるが……それに関して文句はねぇだろうな?」

 

 

ゼロが席を立ち、全員を見回しながら言う。

それに対し、誰からも異論はなかった。通りには既に多くの衛兵や冒険者が出て見回りなどが行われており、これらをどうにかせねば、其々の商売に支障をきたす。

 

 

「我々も、助力は惜しまんさ」

 

「部門の一つを潰されたままでは……面子が立たんよ」

 

「我々を怒らせるとどうなるか、今一度……この地に叩き込んでおくべきだな」

 

「ねぇ、ゼロ……獣と蒼はあんたに任せるとしてもさぁ……王国の至宝サンはどうすんのさ?」

 

 

ヒルマの声に、扉へ向けて歩き出していたゼロが立ち止まり、

やがて、ゆっくりとその口を開いた。

 

 

「心配するな……“良い剣”を借りてきたんでな」

 

「良い剣ねェ……悪いけど、具体的にお願い出来るかぃ?アタイは心配性なのさ」

 

「ふん―――“ブレイン・アングラウス”という剣だが、文句はあるか?」

 

 

その言葉にヒルマが目を見開き、他の頭領達からも呻き声が漏れた。

暗黒社会に住まう者なら、誰もが欲する“名剣”である。

常に生命を狙われる彼ら彼女らだからこそ、欲しい。その程の剣があれば、もはや身辺を脅かす敵などに対し、心配する必要がなくなるというものだ。

 

 

「ゼ、ゼロ……この件が終わったら、アタイとその剣を会わせて欲しいんだけど?」

 

「ま、待たんか!私が先だ!」

 

「金なら出す……望むだけだ!女もだ!先に俺と話をさせてくれ!」

 

「何度使いを出しても断られたのだがね……ゼロ、君はどんな魔法を使ったのかな?」

 

「あの男は―――てめぇらに飼い慣らせるタマじゃあねぇよ」

 

 

それだけ言い残し、ゼロは会議の場を後にした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

アジトに戻ったゼロは、通路で所在なさげに壁へもたれ掛っている男に目を向けた。

この男は剣を磨いているか、振っているか、そうでなければいつもこうだ。

その前を通るも、この男は何の反応も示さない。仮にも雇い主である自分にも、だ。

故に、自分も対面ではなく背中を向けたままで声をかける。

 

 

「金も、酒も、女も、何でも用意したつもりだが……気に入らんか?」

 

「悪くはないさ。興味がないってだけでね」

 

 

この男は、ストロノーフを“趣味なしの鉄人”などと笑っていたが、この男も同じである。

自分では気付いていないのだろうか?

武、のみに目を向けて走ってきた愚かな男とも言えるが、ゼロからすれば、どうにも悪感情を持てない困った男でもある。自分もまた、武に重きを置いて生きてきた男なのだから。

 

 

「他の部門から、熱烈なラブコールがあったが?」

 

「悪くない。興味はないが」

 

「ふん―――なら、参考までにストロノーフ以外の興味を教えてくれるか」

 

「そうだな…………」

 

 

アングラウスがそこで言葉を区切り、挑発的とも取れる視線を向けてくる。

肌に、突き刺さるような空気。

向けられる、強い視線。

 

 

自分の背に

痛い程に

突き刺さる“それ”を

前を向いたまま、受け止める―――

 

 

にぃっ、と

ごく自然に

無意識に

口端が吊り上がる

あぁ、アングラウス

愚かな男

剣しか目に入らぬ、まるで世で生きられぬ男

その言葉を

その先を

お前は

言って―――しまうのか?

 

 

 

「―――――ゼロ、“てめぇ”の“首”だと言ったら?」

 

 

 

視界が、通路が、捻じ曲がる。

飴のように、ぐにゃりと。

それはもう、気持ちが良いぐらいに、曲がりに()がる―――

 

 

弾けるように筋肉が盛り上がり、着ていたジャケットが弾け飛ぶ。

 

「―――ッ!」

 

同時に振り返り、剛の拳をアングラウスの顔面へ叩き込む。

 

「―――シャッ!」

 

腰から居合いの形で抜かれた音速の剣が、自分の拳を真正面から迎撃した。

 

 

瞬間、通路には有象無象を薙ぎ払うような豪風が吹き荒れ、互いが踏み込んだ足元には、衝撃によって隕石でも落ちてきたかのようなクレーター状の陥没が出来上がっていた。

 

 

「たはっ、悪ぃ―――これじゃ、あんたの屋敷が穴だらけになっちまうな」

 

「別に、俺は構わんが?」

 

「よせよ……軽い遊びじゃぁ、ないか」

 

「ふん……ストロノーフを殺る前に、随分と余裕があるものだ」

 

「あんたのお陰で、邪魔も入りそうもない。こう見えても、感謝してるんだぜ?」

 

 

その言葉には嘘がないのだろう。この無愛想な男が、驚く事に笑顔さえ浮かべている。

1対1で、邪魔なしで、何処までも、と言うのがアングラウスの要求であった。

一国で重きを成す重鎮に対し、素浪人とも言えるような立場の人間が一騎討ちを望んだのだ。

普通に考えれば、《狂人の戯言》である。

 

そんな事が、そんな状況が、ありうる筈もないのだ。だが、無理に無理を重ね、今回は強引にでもその状況に持っていく事に決めた。

これで、ガゼフ・ストロノーフが消えるのであれば、失う金穀より大きな実りがある。

 

 

「さて、良い運動も出来た……ゼロ、俺はいつでも出れるぜ」

 

「あぁ………ここ数日で全てが変わり、全てが終わるだろう」

 

「その後は、あんたらの天下ってか?」

 

「それは違うな、アングラウス。俺達は既に天下を取っている」

 

 

ゼロが珍しく笑みを浮かべ―――

 

 

「ハハッ、違いねぇ」

 

―――アングラウスも、それを見て笑った。

 

 

「この件が終われば……一献どうだ。アングラウス」

 

「ハハッ、その誘いは―――悪くねぇな」

 

 

 

 




おぁぁぁぁ!
前回はあんなシュガってたのに、オス臭い!すっごい塩としょっぱさだよ!
皆さんは砂糖と塩、どちらが好きなんでしょうねぇ……。


PS
誤字、脱字の修正などをいつも送ってくださる方に感謝を。
本当に助かってます!





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誰の為の剣

―――戦士長宅

 

 

その重い身分の割には質素な邸宅前で、ガゼフ・ストロノーフは静かに夜空を見上げていた。

先程までモモンガと、イビルアイの二人が彼の下を訪れ、幾人かの女性を匿って欲しいと伝えてきた為、時ならぬ騒ぎとなっていたのだ。

女性達はみな、八本指が経営する娼館で無理やり働かされていた被害者達。

 

大きな傷や怪我は治癒され、恐らくは《清潔/クリーン》をかけられていた為に汚れも少なかったが、着ている服と、その服の破れ具合から多くの事を察する事が出来た。

中には刃物による裂傷や、鈍器を叩き付けたような数々の痕跡も残っており、それらを見る度に、自分は言葉を失い、家に仕えている老執事も絶句したように立ち尽くしていたのだ。

 

 

(八本指は……ここまでの外道であったのか……)

 

 

いや、違う。

自分に、八本指を糾弾する資格はないだろう。

自分が。

自分こそが。

ある意味、彼らを見逃してきたのだ。

本来なら、彼女らを救出しなければならない立場であったのは―――自分だ。

被害者である彼女達からすれば、自分もまた、同じ外道であろう。

 

 

(俺は……一体、何の為に……剣を……)

 

 

何故、強くなりたかったのか。

何故、剣を握ったのか。

俺は。

多くの民を。

何の咎もなく、虐げられる民草を救う為に、剣を握ったのではなかったのか。

 

立場を気にし、向けられる視線に気を使い、部下の身を考え、陛下の為にと自重し……目の前に確かに存在する、八本指という巨悪に対し、いつからか自分は目を瞑るようになった。

陛下の為に、部下の為に、我慢するべき、自重するべき、自分が動けば多くの人間を巻き込む。

 

 

(そんなもの、今となっては単なる言い訳でしかない……)

 

 

現に、先程もラキュース殿が王城へ訪れた際も、自分は明確な返答を返す事が出来なかった。

八本指が城下で無差別に暴れる可能性がある―――協力して欲しい、と。

「陛下の命が無い限り、自由に動く事は出来ない」と断腸の思いで答えたが、そこには自分の想いの過多など関係なく、断ったという結果しか残らない。

 

 

そして今、目の前にもう一つの―――――“結果”がある。

並べられたのだ。

動いた者と、動かなかった者の差を。

 

 

「何が……戦士長か。なにが、平民の希望だか………我ながら滑稽な姿だな」

 

「隊長には、立場があります……彼ら、自由な冒険者とは考えも、行動も異なって当然でしょう」

 

「隊長が気を落とされては、これからの任務にも支障をきたしますぞ」

 

 

背後に居る部下達につい、弱音とも言える言葉を吐いてしまう。

普段なら、こんな甘えは許されるものではない。

だが、それ程に打ちのめされたのだ。

 

被害者の女性を運んできたエ・ランテルの英雄殿の姿は、先日見た時と大きく変わっていた。着ていた茶色のローブとは打って変わり、赤色のローブを身に纏っていたのだ。

恐らく、以前に着ていた物は戦闘で使い物にならなくなったのであろう。そして、フードを深く被っていても、その顔には殴打によるものと思わしき数々の“腫れ”が生々しく残されていた。

しきりに頭を押さえていた様子もあり、彼が一体、どれほどの激戦を潜り抜けたのか、想像するだけで胸が塞がったのだ。

 

 

《諦めたら、試合終了ですよ》

《私だけかね?まだ勝てると思っているのは》

《そろそろ、自分を信じて良い頃だ》

 

 

彼から言われた、様々な言葉が甦る。

彼は口舌の徒ではなく、本当にそう考え、信じ、そして―――実行した。

来たばかりの王都で、味方など全く居ないこの地で、たった一人……戦いを挑んだのだ。

本来なら、自分が……自分こそが、この策謀渦巻く魔境とも言える地で彼の味方となり、その隣に立っていなければならなかったのではないか?

 

 

(俺はまだ……この期に及んでも、目を瞑り続けるのか……?)

 

 

強く、剣の柄を握り締める。

月下の淡い光のもと。

誓いが生まれる。

否。

否、と。

もう目を瞑るのは、今日で終わりだと。

彼の身を捨てた行動により、自分が往くべき道が見えた。

 

 

「もう俺は―――諦めん事にした」

 

 

振り返り、部下達に告げる。

言葉こそ短かったが、幾つもの戦場で命を預けあった者達だ。自分が何を言いたいのか、すぐに伝わるだろう。そして、その言葉が彼らにとって非常に残酷なものである事も。

 

 

「―――“俺の為”に、死んでくれ」

 

 

これまで彼らに命を下す時は、必ず国の為に、陛下の為に、であった。

だが、これは違う。

自分の我儘、理想の為に死んでくれと言ったのだ。

彼らと自分は代々の主従でも無ければ、給金を自分が払っている訳でも何でも無い。ただ、戦士長と言う役職の下につけられた“部下”でしかなく、自分はその“上司”に過ぎない。

 

 

「何を今更。水臭いですな」

 

「我等が隊長殿はまだ寝惚けておられるらしい。とうの昔に預けた命であったが、お忘れか?」

 

「遂に八本指の連中とやり合えるのですか……!」

 

「この時を、どんなに……ッ!」

 

「隊長、連中に切り込むなら是非、私に先陣を命じてください」

 

 

何と頼もしき、そして何という馬鹿者達であろうか……。

この地で、この国で、連中に逆らうなど、死地に飛び込むというより、自殺行為でしかない。下手をすれば反逆者として処刑される恐れすらあるのだ。

それを……それを……ッ!

 

胸から熱いものが込み上げ、遂に剣を抜き放ち、天へと掲げた。

もはや、言葉ではなく……自分は剣をもって応えるべきだと思ったのだ。

部下達も戦場に赴く時と同じ顔で剣を抜き放ち、次々と天へ掲げていく。

鈍い銀色が辺りに乱反射し、その姿はまるで、王都を包む闇を切り裂くようであった。

 

 

「旦那様、女性の御客様を多数迎える事を考えますと、幾つか食材を買い込む必要がありますな。それと、多くの衣服や生活用品なども整えて差し上げるべきでしょう」

 

「む、そ、そうであったな………だ、大至急、それらも用意しよう!」

 

 

後ろから聞こえた、老執事の声で我に返る。

いかん、こういう所が俺のダメな所なのだ。

昔から一つの事を考えると、それしか目に入らず、他の事を考える余裕を無くしてしまう。

だからこそ、かの英雄は去り際にあんな言葉を残したのであろう。

 

 

 

《ガゼフ・ストロノーフ、覚えておけ―――――“左手は添えるだけ”だ》

 

 

 

常に全力で、目の前の事だけを見て、対処する。

これまで、両手一杯に力を込め、“力んで”事にあたり、失敗してきた事など数え切れない。自分の不器用さに泣いた事もあれば、その“力み”を野蛮で滑稽であると貴族連中に笑われた事も。

 

 

(まるで彼は、自分の欠点を知り尽くしているかのように金言を残していく……)

 

 

危うく、激憤するままに八本指の事だけを考え、女性達の事が疎かになるところであった。

八本指の事も大事ではあるが、傷ついた被害者の事を守れるのは、同じ平民である自分にしか出来ないだろう。他の人間などに任せると、何処で八本指と繋がっている存在が出てくるか分からないのだから。

 

最後に気休めでしかないが、王城へと使いを走らせ、陛下に事の顛末を伝える事にした。

どうかここ数日、城下の騒ぎを抑える為にこの身を自由にして欲しいと。そして、事が終わった後の処罰は全て、自分一人が負うと。

 

 

(最早、是非もない―――この心臓が止まるまで、連中を一人残らず斬り捨ててくれる)

 

 

「大至急、人数分の食材や衣服などを整えてくれ。尚、この邸宅を一時的な本営とし、24時間の警護態勢を敷く。八本指が奪還の為に仕掛けてくる可能性も高い、気を抜くな。各員―――――現刻より、状況を開始せよッ!」

 

「「「おおおおお!」」」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

それは偶然か、いや、必然であろう。

何せ目指すモノが、一つの場所に“在った”のだから―――――

 

 

不死王と呼ばれるアンデッドが、とある宿へと近付いていた。

彼に命じられたのは、「森の賢王」と呼ばれる魔獣の討伐である。ゼロは時に面白い指示を出してくるが、今回の指示はそれの極みであろう。

 

人間を焼くのも、雷撃で貫くのも、繰り返せば飽きるものだ。最初こそ人間が慄く様を見て時に嗤い、時に手を叩き、感情の赴くままに甚振ってきたが、最近ではそんな感情すら湧いてこない。

アンデッドには特有の、“精神の波”を抑える力がある。

 

その所為もあるのだろうが、最近は繰り返す日々に惰性を感じる事が多かった。

永遠に続く命と、惰性を感じる日々。

これこそが極まれば、“自らを殺す”のではないか?と思えるのだ。日々に飽いて“停止”した時が、アンデッドにとっての死なのかも知れない。

 

 

(その魔獣とやらが、私に潤いを齎してくれれば良いが………)

 

 

不死王は数年ぶりに感じる高揚と期待を胸に、闇に溶け込むようにしてその足を早めた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(匂いは、この辺りか………聞いた情報とも一致しとるの)

 

 

フールーダ・パラダインは地図を片手に、とある宿屋へ向っていた。

目指す“彼”が泊まっている宿屋は、随分と豪勢……いや、最高級に数えられる宿の一つらしい。

銀級の冒険者であると聞いていたが、何ともはや……。

 

城門に居た衛兵に何枚かの金貨を渡して鼻薬を嗅がせ、名簿を見せて貰ったが、どうやら彼は「エ・ランテルの英雄」と呼ばれる人物と行動を共にしているらしい。

この宿の宿泊代は、そちらが出したのであろうか?

著名な戦士長が、その英雄を直々に迎えたとも聞いている。

 

確かジルが、こちらの陣営に引き入れたいなどと言っていた存在だったと思うが、名すら覚えていない。自分は魔獣を巧みに扱うと言われている「エ・ランテルの英雄」にも、平民上がりの戦士長にも、これっぽっちも興味がないのだ。

自分が気になるのは、彼らによってニニャという《可能性》が毒される事である。

 

若い頃から最高級の宿屋などに泊まり、贅を極めた生活をしている者などに大成はない。

出来る事なら、その魔獣を使う英雄とやらを怒鳴りつけてやりたかった。

 

折角、数十年、数百年とかけて見つけた可能性である。

その考え無しの馬鹿者が散財するのは良い。後先考えぬ馬鹿者が破産しようが死のうが知った事ではない。だが、《可能性》が芽の出ぬままに潰えたらどうしてくれるのか。

 

弟子達や在野の中にも才ある者はいたが、大抵の者は少々名が上がると、入ってくる財で酒や異性に溺れ、魔道を追求していく姿勢を失い、俗世間に溺れていく。

一体、何度そのパターンに泣かされてきた事であろう。

 

考えれば考える程、そのエ・なんたらのふざけた愚者に苛立ちが増していく。

どうせ金と名声にしか興味がない馬鹿者であろうから、場合によっては、“魔道の敵”とさえ言えるその男を焼き払ってでも《可能性》を連れ出さねばなるまい。

 

 

(ん………この気配は……!?)

 

《生命隠し/コンシール・ライフ》

《溶け込み/カモフラージュ》

 

 

瞬時に自らの生命反応を消し、更に自分に模様をつけて闇の中へ溶け込ませる。

心臓が嫌な音を立て、背筋に冷たいものが走ったのだ。

否が応にも感じる、濃厚な死の匂い。

帝都の地下に封印されている、あの忌まわしき化け物と似た気配がしたのだ。

 

視線の先には漆黒のローブを身に纏い……

生者を憎み、呪われた叡智を持つアンデッド―――エルダーリッチが居た。

そして、そのアンデッドを見下ろすかのように、屋根から不敵な笑みを浮かべ、睨み付けている女がいる。身に纏っている武具は、自分でさえ目を見張るような逸品ばかりである。

 

その手に持った槌にも。

頭飾りにも。

鎧にも。

ベルトにも。

篭手にも。

靴にも。

マントにも。

数々の指輪にも。

全てに膨大な魔法効果が込められている事を、瞬時に理解した。

 

 

見上げるような月を背景に。

重武装に身を包んだ女が。

まるで、歌でも口にするように嘯いた。

 

 

 

 

 

「よぉ、良い夜だな―――――」

 

 

 

 




遂に始まる王都大戦。
各陣営による壮大な勘違いが事態を一層、カオスにしていく!


ハムスケ
「Zzzz………」

ニニャ
「Zzzz………」


あれ、騒ぎの本人ら寝てますけど………!?





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開戦

―――王都 酒場「33-4」

 

 

「ほぉ、邸宅ですか……」

 

 

エルヤーは使者の口上に片眉を上げた。

ゼロはあのガゼフを王城から誘き出す為にあらゆる工作をし、少なくとも襲撃予定地点を9箇所設定していた筈だ。その中でも邸宅は一番、可能性が低い場所であった筈。

 

 

「何か、不測の事態でも起きたようですね」

 

「恥ずかしながら、先手を打ってきた者がおりまして……」

 

 

エルヤーはその言葉に鷹揚に頷きながらも、内心で八本指の狼狽を嗤っていた。

何と愚かな連中か、と。

こちらが狙っている時は、相手もまた、こちらを狙っているのだ。

そんな当たり前の事にも頭が回らないとは。

所詮、犯罪組織などそんなものではある。搾取出来る弱者に対してのみ、強く在れるのだ。誰に対しても、どんな事象に対しても、完璧かつ優雅に対処出来る自分とは根本的に違う。

 

 

「ご安心を。何が起ころうと、この剣で道を切り開いて差し上げますよ」

 

「おぉ!何と力強い言葉か……かたじけない!」

 

 

出来る事なら王城からも見える、華々しい地点が好みであったが、仕方が無い。

どの道、この件が終われば否が応でも、王城にまでこの輝かしいエルヤー・ウズルスの名が響き渡るのだから。

 

 

「さて、行きますよ」

 

 

後ろのグズどもに声をかけ、外に出る。

淡い月の光と、街路に満ちる喧騒。

その襲撃者の影響なのか、かなりの騒ぎになっているらしい。物の役にも立たない衛兵や、銀や金のプレートをつけたマヌケな冒険者達が慌てふためいた姿で走り回っている。

 

それらを見ているとつい、声に出して笑ってしまう。

これらの騒ぎが。

走り回っている連中が。

その全てが、まるで自分を派手な舞台へと上げる役者達のようではないか。

 

 

「全く、私の為に大汗を掻いて下さり……うぷぷ、感謝しますよ……」

 

 

愚かな国と、無能な犯罪組織と、マヌケな衛兵や冒険者に乾杯しよう。

こうしてエルヤー・ウズルスは深い闇に包まれる街路へと、その一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「モモンガ成分が足りない」

 

「それ美味しいの?」

 

 

忍者二人が組合を出て、暫しの時間が過ぎた。

対・八本指対策として幾つかパターンを事前に考え、組合にも話していた為、大きな混乱もなくスムーズに事を進める事が出来た。この辺りの事前工作や根回しはガガーランやイビルアイは不向きであり、その種の能力もない為、忍者二人が請け負う事が多い。

逆にラキュースは貴族間の水面下での交渉やロビー活動などに優れた力を発揮していた。

 

 

「美味しい。それに良い匂いがする」

 

「育ち過ぎはいくない。少年の姿ならワンチャンあった」

 

「モモンガを見ても同じ事言える?それ、サバンナでも同じ事言えんの?」

 

「サバンナって何処」

 

 

忍者二人が無表情のまま屋根から街路を見下ろし、手配に間違いが無いか確認していく。

必ず複数で、時間差をつけ、大きな明かりを持って闇を照らしつつ、異変があれば即座に笛を鳴らすという見回りだ。重要な施設や建物には入念に《警報/アラーム》も掛けていく。

 

やる方は段取りが決まっていれば、それ程面倒もなく危険もない作業だが、これをやられる方は堪ったものではない。彼女らは敵地に侵入したり、騒乱を引き起こすプロであるが故に、自分がされると困る事を防御側に立って淡々と行っていく。八本指からすれば非常に嫌な相手であろう。

 

問題があるとすれば、衛兵達の士気が低いという事か。

彼らの多くは戦争に借り出されるのを避ける為に衛兵になったのであって、戦場から一番遠い王都で危険に巻き込まれるなど、真っ平御免であると思っているのだ。

金を受け取り、仕事として引き受けている冒険者達に比べ、甚だ心許ない存在である。

 

衛兵達のやる気無さそうな足取りに眉を顰めていると、空から羽ばたきと共に鳩が舞い降り、ティアはその足首に括り付けられた小さな紙をほどいた。

王都に配置している“草”からの連絡だ。

そこにはガゼフ・ストロノーフが動き、邸宅付近を拠点として、部下と共に固めていると記されてあった。娼館から運び込まれた女性を保護したようだ、とも。

 

 

「ガゼフ、有能」

 

「最初からやってくれると信じてました」

 

 

忍者二人が白々しい言葉を吐き、互いに少し笑う。

戦士長とその部下が動いてくれるなら、状況は少しマシになるかも知れない。

 

 

「モモンガの活躍を見れなかった事だけが無念」

 

「娼館……噂の魔獣を使って襲撃した?」

 

「むしろ、魔獣と化したモモンガに襲われたい」

 

「襲撃レイプ。魔獣と化した猛獣使い。これもうわかんねぇな」

 

 

二人が電波な会話を繰り広げる中、街路を歩く怪しげな集団が目に入った。

一人は見るからに剣士であり、後ろにいる三人は顔を隠すようにローブを纏っている。

こんな時間に、この騒ぎの中で、街を出歩く一般人など居るだろうか?いや、居ない。

 

 

「怪しい。それに……そこはかとなく馬鹿の匂いがする」

 

「後ろ三人の歩き方も変。足を痛めてる。先頭と距離も置いてる。まるで他人」

 

「八本指が雇った助っ人?ワーカーっぽい」

 

「あの服装……帝国の人間っぽい」

 

 

彼女達は自分の勘を信じる。そして、自分達の観察眼も。

それらは全て、長く苦しい修行の果てに一つ一つ身に着けてきたものだからだ。

既に二人の眼には、彼らが“敵”として映っていた。

 

 

「そこの四人、聞きたい事がある」

 

「八本指の人間なら青のマスへ。助っ人なら赤のマスへ」

 

「な、何だね……君達は……」

 

 

突然、屋根の上から掛けられた声に剣士が動揺した声を上げ―――

 

 

「何で八本指が私のカラーで、助っ人がそっちのカラーになる」

 

「情熱の赤は八本指には汚されない」

 

 

二人は剣士を無視するように話を続け、その傍若無人な姿に剣士が苛立ったように声を上げた。

忍者二人はそれを聞き流しながら、軽口を叩き、静かに両指を動かす。

彼女らは言葉だけでなく、手の動きでも会話をする。“忍”としての任務中、しゃべれない状況も多々あるし、これからもあるだろうからだ。

 

 

「私の青を侵食出来るのはモモンガだけ。八本指は臭そうだからNG」

《基本、後ろの三人はスルーでおk》

 

「半ズボンが似合う少年以外は私もNG」

《見た瞬間、スルー余裕でした》

 

「大体……貴様ら、この私を見下ろして話すとは何事だ!私を誰だと思ってる!」

 

「一流の剣士っぽい?ワーカーっぽい?ぽい?」

《あの特徴的な顔立ち、エルフだと思われ》

 

「腰に佩いてる刀、凄い」

《帝国のワーカーでエルフを奴隷にしてる、そこそこ有名なのが居た》

 

「ふふん、まぁ見る眼は最低限あるようだが……不快だから降りたまえ。第一、私は忙しい」

 

 

 

「「今、王都には戒厳令が出てる。貴方は八本指?」」

《まぁ、素直には吐かないだろうけど》

《どんな言い訳をするんだろね》

 

 

 

「幾ら雇われたとはいえ、あんな犯罪集団の一味と思われるのは心外ですね……良いでしょう!私は帝国が誇る最高のワーカー、天賦のリーダーであるエルヤー・ウズルスです!」

 

「デデーン。天賦~、アウト~」

《雇われた……アウト》

 

「ティア、台詞と手話が逆。いや、もうどっちでも良いや」

 

 

ここでも不意の遭遇戦が始まった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――戦士長 邸宅前

 

 

邸宅の周囲には無数の土嚢が並べられ、急いで構築された野戦陣地の前で、剣戟と弓矢が飛び交っていた。八本指の各部門から出された人員と、戦士長の部下達がぶつかったのだ。

陣地に拠り、一枚岩となって戦う騎士達と、ロクに統制も取れていない暴力集団。

その勝敗は明らかである。

 

 

「あんなもん、何の役に立つんだ?」

 

「犬っころを走らせる餌だ」

 

 

前者はブレイン・アングラウスの声であり、後者はゼロである。

あれらゴロツキは相手を疲弊させる為だけに用意したものであり、ゼロからすれば自分の部門の人間でもない為、容赦なく使い潰すつもりでいた。

 

 

「あのゴロツキらも、あんたのお仲間じゃないのか?」

 

「あんな屑どもに用はない。犬どもを疲れさせりゃ、上出来な類だろうよ」

 

「しかし、噂の剣士サンは来てないようだな」

 

「何処ぞで“蒼”に引っかかったんだろう。それはそれで、良い時間稼ぎになる」

 

 

その言葉にアングラウスは空を見上げ、喧騒に耳を傾けた。

暗闇の中、方々で燃え上がるような火の手が上がっており、このような騒ぎが王都全域に広がっている事を感じたのだ。言葉は悪いが、祭りのようでもある。

 

 

「あんたらも思い切るもんだな。ここまでの騒ぎにしちまうたぁ」

 

「今回で反対勢力を徹底的に潰す。昔から教育は拳と火でするのが一番手っ取り早いと相場が決まっている」

 

 

勿論、自分達に通じている貴族の館や、それに類する地域には手を出さない。

逆に自分達に反抗的な立場の連中には少々、痛い目を見て貰う。

それが八本指の会議で決められた事であった。今回は其々の部門が金を出し、資材を供出し、人員を出し、根回しに動き、最後の後始末にも動く。

 

八本指としても総力戦である。

ここで跳ねっ返りの蒼を消し、目障りなガゼフ・ストロノーフも消す。

自分達に反抗的な貴族や、王家にも“力”を見せ付ける。貴様らの膝元ですら、もう自由なのだと。

この騒乱が終わった後は、もうやりたい放題の“天下”である。

 

 

「さて、そろそろ俺は行くが……間違いないだろうな?」

 

 

ゼロの言葉にアングラウスが頷き、挑発的な顔で問いかける。

 

 

「それでゼロ、あんたの獲物に選ばれた不幸な相手は誰だ」

 

「連中も今頃、散らばって対処してるだろうよ。視界に入った蒼は、全員殺る」

 

 

それだけ言うとゼロは背を向け、残った部下達に次々と指示を下していく。

最後に信頼する六腕の一人、“千殺”に顔を向け、ゴロツキにとって冷酷な内容を告げる。

 

 

「マルムヴィスト、あのゴロツキらを徹底的に使い潰せ。逃げる素振りを見せれば、その場で殺して構わん。数だきゃぁ……幾らでも増えてくるんでな」

 

「承知。ですが、出来れば私も蒼の掃討に回りたいものですな……このような監視など」

 

「お前は万が一に備え、ストロノーフの部下を抑える役に回れ。とは言え、俺もお前の気持ちを全て無視したりはせんさ……一人はお前の為に残そう。どんな状態かは保障せんがな?」

 

「ありがたく。しかし、あの剣士め……奴さえ来ていれば……」

 

 

ゼロはそれには応えず、一度だけおざなりに手を振ると、闇の中へと姿を消した。

これらとは反対側で息を潜めているのが、フォーサイトの面々である。

アルシェが《溶け込み/カモフラージュ》を掛けた上で闇に潜んでおり、騎士達も彼らの存在には気付いていない。剣戟と嵐のような喚声の中で、全員がこの騒乱に其々の思いを抱いていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「うへー、あんな暑苦しい死兵らと戦うとか……ないわー。ないわー」

 

 

イミーナがうんざりしたような声をあげ、全員が苦々しい表情を浮かべる。

まさに、その通りなのだ。

目の前の戦いを見ていると、一目瞭然である。

騎士達は完全に命を捨ててかかっているのが分かるのだ。自分達が金に困り、闘技場で様々な化け物や魔獣と戦った時のように、死を覚悟して戦っている姿である。

 

 

「武人の再戦どころか、王都の全てを巻き込んだ騒ぎですな」

 

 

ロバーデイクが呆れたように首を振り、肩を落とす。

彼からすれば一騎打ちの介添え人や、敵討ちの助っ人に近い気分でこの依頼を受けたのだが、こうまで騒ぎが大きくなるとは思っていなかったのだ。

殆ど国に対する反逆、クーデターに近いような騒ぎである。

 

 

「かと言って、今更逃げる訳にもいかないしな」

 

 

ヘッケランが諦めたように笑う。前金で既に200という金貨を受け取っているのだ。

働かずにこれを持ち逃げなどしようものなら、今後フォーサイトへの依頼など一件も来なくなるだろう。前金は出す方も勇気が要るが、受け取る方にも同じだけの勇気が要る。

 

 

「最悪の場合、皆は逃げて。……私が何とかする」

 

 

アルシェの悲愴な声に、全員が手を伸ばし、その頭を撫でたり肩や背中を叩いた。

一番の年下が何を言っているんだ、といってるようでもあり、妹のような存在に心配させた事を恥じたようでもある。

 

 

「数だけは、こっちが圧倒的に多いみたいだけどね。援軍も次々来てるみたいだし?」

 

「逆に騎士らの方にはまるで増援が来ませんな」

 

「近くに王城があるってのに、この国の兵隊サンは眠りが深いらしい」

 

「……でも、あの人達は強い」

 

 

アルシェの言葉に全員が頷き、彼らの動きの一つ一つに瞠目していた。

一人一人を見れば、彼らは決して強い存在ではない。

だが、幾つもの戦場で培ったのであろう連携や、無言であってもごく自然に行っているチームワークを加味すると、そこらのゴロツキなどでは近寄る事も出来ないだろう。

戦場では時に、5百の兵が5千の兵を壊乱させたりするが、まさに彼らがそうであった。

 

 

(だが、いずれ疲労はくる……)

 

 

ヘッケランは冷静にそれを考え、アングラウスが出てくるタイミングを計っていた。

恐らくは5分か、10分。

一騎打ちが終わるまでの時間、自分達が最後の防波堤となって騎士達を抑える必要があるだろう。何も殺す必要などない……アルシェの魔法、イミーナの援護、ロバーデイクの回復をバックに徹底追尾、妨害に回る。優にそれぐらいの時間は稼げるだろう。

 

 

(どっちが勝っても時代が動く……この騒ぎは、歴史に残るだろう)

 

 

その事に静かな興奮を覚える。

普段、カッツェ平野でアンデッドの討伐などをしていても、誰が見向いてくれるだろうか。

確かに自分達はそれによって帝国領の平和を保つのに一役買っているというのに、薄汚れたワーカーの、薄汚れた金稼ぎとしか見て貰えないのだから。

夢と冒険に燃えていた日々は終わり、訪れたのはまるで“清掃業務”である。

 

 

(この戦いで、フォーサイトの名が上がれば……)

 

 

遺跡の捜索や、マジックアイテムの探索、古代文明の調査など、本来自分達がしたかった仕事などが舞い込んでくる可能性も高まるのだ。

自分達を“清掃業者”から、本物の冒険者へ変える事が出来る……運命の一戦。

仲間を見れば、其々思う所はあるのだろうが、最終的に辿り着いた答えは一緒なのだろう。全員が覚悟を決めた目で目前の戦いを見ていた。

 

自分達のような薄汚れたワーカーが浮き上がるには、何処かで“一発当てる”しかない。

出来なければ、誰に知られる事もなく、泥に塗れて朽ちていくだけ。

つまりは、そういう事なのだ。

 

騎士達の士気は高く、天を焦がさんばかりの勢いに達している。

その動きにも全く迷いがない。この手の連中と戦えば火傷では済まないだろう。

 

 

(あんたらも必死ってか……?だがな、こっちも死に物狂いなんだよ……!)

 

 

ヘッケランもまた、燃えるような視線で目前の戦いへと目をやった。

 

 

 

 




各所で次々と始まっていくバトル。
お祭り騒ぎの動乱編なので、週末は連日更新していく予定です。





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魔軍襲来

―――王都 郊外

 

 

モモンガは王都から離れた郊外、それも人気が全くない、大きな倉庫の中に居た。

人目については困る事を行うからだ。

入念に人が居ない事を確認し、監視の目がないか確認した後、彼は次々と魔法を唱え、この倉庫を誰にも感知されぬ“要塞”と化した。

完璧な準備を整え、覚悟を決めたようにモモンガが息を吸い込む。

 

話を少し遡ろう。

二人が戦士長の邸宅に娼婦達を預けた後―――

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「この騒ぎの中で単独行動……?何のつもりだ?」

 

「イビルアイさんは言いましたよね。これから動く状況に対し、責任を取れと」

 

「む……言ったが、それと単独行動に何の関係がある」

 

「真正面から向き合って、責任を取るって決めたんです。八本指とも、機関とも」

 

 

イビルアイが仮面の下でほんの少し、目を逸らす。

相手の視線の強さにたじろいたのだ。

 

 

(フン、妙に真っ直ぐな目を向けてきよって……)

 

 

そんなキリっとした目を向けてきても、先程までおでこに口付けしまくっていた姿は忘れん。

何をしようと、何を言おうと、あの事実は消えないのだ。

それに、今もまたイビルアイと言ったな?しっかり心のメモ帳に記しておく。

 

 

「向き合うのは良いが……どうするつもりだ?」

 

 

それには答えず、悟が静かに被っていたフードを取った。

月光の下に映るその顔は、自分から見ても非常に整った容貌である。

 

 

「俺の顔を見ても、本当に何ともないんですね」

 

「ん……何の話をしてる?」

 

「俺、自分の運はそこそこ良いんじゃないかと思ってるんです。あの日、あの時、たっちさんに出会えた事や、そこから仲間達に出会えた事。こうしてイビルアイさんに出会えた事も。もっと言えば蒼の薔薇の皆さんに会えた事も、ニニャさんやハムスケと会えた事も」

 

「ちょ、ちょっと待て、勝手に話を進めるな!」

 

 

今、またイビルアイと言ったな?更にメモ帳へ数値をプラスする。

一定数溜まったら、何かをしよう。そうしよう。

そうでもしなければ、今すぐ飛び掛ってしまいそうだ。

 

 

「だから、見ていて欲しいんです。キ……」

 

「……!?」

 

「キ、………き、気を付けて下さいね!では!」

 

「貴様ぁぁぁぁぁァァァ!」

 

 

《転移/テレポーテーション》

 

 

飛び掛かる前に消えるとは……!悟の奴……戻ったらどうしてくれようか……ッ!

大体、何だ!

責任だの、真正面から向き合うだの……

言葉だけ並べたら、まるで自分に愛の告白でもしているようではないか………!

 

 

(くそぉぉぉ……!いつもいつも、人の心を勝手に掻き乱して……!)

 

 

イビルアイから変な方向で怒りを買いつつあるモモンガであったが、幸か不幸か、今の彼は熱い気持ちで燃え上がっていた。勿論、斜め上の方向にである。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

倉庫の中では、何体かのアンデッドがモモンガの前で平伏と言っていい姿で並んでいた。

 

《死霊/レイス》

《骨のハゲワシ/ボーン・ヴァルチャー》

《血肉の大男/ブラッドミート・ハルク》

《死の騎士/デス・ナイト》

 

などである。

何故、これらを創造したのか?

もしかすると、「自分だけでは手が回らないかも」と思ったのだ。

 

 

(一石で二鳥に当てる……そうですよね、ぷにっと萌えさん!)

 

 

モモンガが考えたのはこうだ。

八本指という大きな集団と戦うにあたって、一人だと手が回らず、知人に危害が及ぶ可能性があると。それを守るにはどうしたら良いのか?

ここで“機関”の存在を余す事なく使おうとしたのだ。

 

 

「機関って、勝手に八本指の親玉にされてたし……別に良いよね?」

 

 

無能な組織が、上層部から粛清されるのはマフィア映画などのお約束だ。

ここは古き良き古典から、その手法に倣って存分に使わせて貰おう。

知人や友人を守り、八本指を殲滅しつつ、最後には自分が機関(アンデッド)を派手に倒す………何とも陳腐なストーリーだが、こんなものは複雑にするより、単純な絵面にした方が良い。

難解な“世界系”とかのエロゲーじゃないんだしな。

 

 

(うん、意外と良いんじゃないかな?)

 

 

一時はどうなるかと思ったが、機関も役立つものである。

出来る事なら、彼らに“共通のユニフォーム”を着せたりして統一感を出したかったが、流石に今回はそこまでやる時間がない。

 

こうなる事を見越して、デザインなどを考えておくべきだった……。

次にこんな機会があれば、共通のユニフォームとまでは行かずとも、共通のマークとかを付けたりするのはどうだろうか?自分にはまるで絵心などはないが、マークやシンボルなどを考えるのは結構好きなのだ。

 

そんな事を考えながら、最後の目玉とも言える存在を創造する。

この戦いのラスボスと称していいであろう《上位アンデッド》だ。

スキルを発動させると、心臓に重い鼓動が響き、目の前に禍々しい騎士が現れた。

 

70lvを超える《蒼褪めた乗り手/ペイルライダー》である。自分の場合は《アンデッド強化》などのスキルも持っている為、どのアンデッドも通常よりレベルが高くなる特典付きだ。

これなら、勝手に巨大化されまくった機関として相応しい存在だろう。

非実体化や飛行なども行える為、今回のような任務では非常に活躍してくれる筈だ。

 

 

「偉大なる創造主……ペイルライダー、御身の前に」

 

「えっ!?……う、うむ。楽にせよ」

 

 

ビックリしたぁぁぁ……急にしゃべるんだもんな。

ペイルライダーが蒼い馬から降り、胸に片手を当てながら恭しく頭を下げた。

何と言うか見た目は禍々しいけど、本物の騎士というか……実に立派な姿である。

ユグドラシルの設定ではどんなやつだっけ……?雄々しい騎士が死して死霊に、とかだったろうか?今となっては思い出せないが、この強さや見た目なら失態なく事を運べそうだ。

 

 

「えと、ペイルライダー……お前に頼みたい事があるんだ」

 

「頼みなど……矮小なる身ではありますが、全存在を賭けて御身の願いを果たしてみせます」

 

「え、えっと……あぁもう、知識を共有させた方が早いか」

 

 

ペイルライダーだけじゃなく、全員へ必要な知識や、自分の考えを共有させる。

こればっかりは言う手間が省けるから便利なんだよなぁ……。

要するに、自分の伝えたい事を纏めるとこうだ。

 

八本指は容赦なく殺していい。無関係の人間は殺すな。争いになってるだろうから多少、怪我をさせるぐらいは構わない、お前達は“機関”という、巨大で恐ろしい上位組織に所属している、その組織の主はウルベルニョという世界最強の魔法使いである、などなど……。

 

 

「万事、お任せを……全ては偉大なる創造主、モモンガ様の為に」

 

「う、うん………」

 

 

何か大袈裟と言うか……。

いや、騎士って主君に仕える存在だし、こんなものなんだろうか?

ぷにっと萌えさんも、「騎兵は優秀だけど、コストがかかる」とかよくボヤいてたもんな。

あれは別のシミュレーションゲームの話だろうけど。

 

 

「さて、王都はどうなってるんだろ……」

 

 

《遠隔視の鏡/ミラー・オブ・リモート・ビューイング》を取り出し、王都の様子を眺めた。

危ない所や、演出的に良さそうな所があれば“機関”の尖兵を送り込む予定である。

 

 

「その、お前達を最後には倒す事になっちゃうんだけど……」

 

「いずれ時が経てば消え往く身、創造主様の為に死ねるなど、これ程の喜びはありません」

 

「時で……消える……?」

 

 

向こうの知識や、実感の一部を覗き込む。

そう、か。

こいつらは生贄とも言える存在を元にしていないから、時間経過で消えてしまうらしい。

トブの大森林を警護させている、デコスケとはまた“在り方”が違うんだな……。

 

と言うか……この人(?)らが本当に喜んでるのがちょっと怖いんですが……。

いや、喜んでるなんてレベルじゃない。

何と言うか、嬉しくて“狂死”するとか、“喜死”するようなレベルの感情で、何だか怖くなってきた。慌てて相手の感情を遮断し、何事も無かったように振舞う。

 

 

「ま、まぁ……その、き、気楽に、ね………?」

 

「全ては偉大なる創造主、モモンガ様の為に―――」

 

 

いや、だから怖いってば!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ペイルライダーは不遜ながら、今日ほど喜びを感じた事はなかった。

偉大なる創造主に生み出されただけでなく、その尊い御身の為に“死ね”と命じられたのだ。

この数にもならぬ身に対し、自分の為に死ね、と。

余りの喜びに、地や壁に頭を打ちつけ、その場で死にたくなった程だ。

 

これ程の、これ程の喜びが他にあろうか?

いや、ない!ある筈がない!

思わず「どうか、御身の為に億兆の死をお与え下さい!」と詰め寄りそうになった程だ。

いや、多くの下位アンデッドの目が無ければ、自分はとうに泣き叫んでいただろう。

 

それ程に、

余りに、

御身が美しく、

尊く在りすぎた―――

 

泣きたい。

叫びたい。

あらゆる世界中の生物に喚きたい。

 

自分は、この身は、御方に生み出されたのだ!と。

たとえ相手がどれだけ偉大な悪魔であれ、天使であれ、自分は誰憚る事無く叫ぶだろう。そして……どんな存在であっても御身の偉大さの前には平伏し、その頭(こうべ)を垂れるに違いない。

 

 

(………御方こそ、“世界そのもの”である)

 

 

いや、違う。

世界などより遥かに重く、尊い存在である。

むしろ進んで世界の方が頭を垂れ、御方の慈悲を請わねばならぬであろう。

 

 

(その御方に対し、この八本指というダニは……)

 

 

怒りの余り、そのダニどもが住んでいる“巣ごと”粉砕したくなる。

一人残らず血祭りにあげたとしても、到底許されるような罪ではない。自らが乗る愛馬に括り付け、息が絶える寸前まで引きずり倒しては治癒をかけ、京(けい)の死を与えるべきであろう。

 

 

(死!死!死!死、あるのみ………)

 

 

沸き上がる怒りと同時に、共有して頂いた知識には感動で身が震える程であった。

あれらを想う時、自分の怒りなど泡のように消えていくのだ。

 

 

「あ、向こうに行ったらこいつらの指揮は任せるよ」

 

「ははっ……!」

 

 

御方の尊い声に頭を下げながら、耳に残る余韻に酔いしれる。

いと深き、深遠なる御方。万物の“生殺”を支配する、唯一無二の御方よ。

喜びに浸っていたいが、そうもいかない。まずは与えられた任務を完璧にこなす事である。

 

共有して頂いた知識の中には、大切に思っておられる存在がいた。これらを殺すのは当然の事であるが、厳禁である。但し、力を見せ付ける為に、多少の暴を振るうのは止むを得ないだろう。

むしろ、見せ付ければ見せ付ける程、最後にはそれが効果的となる筈だ。

 

 

(しかし、この存在だけは……)

 

 

御方の中でも、何か別種の強い気持ちを感じさせる存在が居たのだ。

自分ですらお目にかかった事のない、恐らくは《真祖/トゥルーヴァンパイア》であろうか?

吸血種の中でも極まった頂点の中の頂点、一にして原初の力を持つ希少な存在。

恐ろしい事に、その真祖すら超えるような高貴な姫君の気配すら感じたのだ。

 

 

(こ、この方に、かすり傷でもつけようものなら……)

 

 

考えたくはないが、この辺り一帯が焦土と化すのではないか?

それ程に何か、強い感情の波を感じたのだ。

そして、もう一つ考えなくてはならないもの…………機関という存在の事だ。

この存在の頂点であるウルベルニョ様の原型を見せて頂いたが、この方もまた、御方から非常に強く想われているようだ。御方の中では自分よりも上位の存在であるとの認識すらあった。

 

 

(確かに、世界すら優に滅ぼす“大悪魔”……規格外すぎる……)

 

 

御方の記憶にあるその姿は、世界に災厄を齎し、大魔法を次々に放つ超常の存在であった。

その上、言動や仕草、服装に至るまで、一つ一つに強いダンディズムや“こだわり”を感じさせる実に見事な、いや、“粋”な大悪魔なのである。

 

 

(この方……ウルベルニョ様の部下として、恥じぬ存在であらねばならぬ)

 

 

この方は只、暴力を振るうだけの下等な存在などを好まぬであろう。

典雅で、優雅で、何処までも知的に、そして最悪なまでに残酷で。

恐らくは、そんな存在を望まれる筈だ。

とは言え、一介の騎兵であるこの身に、その役は果たせぬであろう……。自分は智を以って戦う存在ではなく、何処までも武によって“翔ける”存在なのだから。

 

 

(救いは幾つもの“例”を与えられた事か……)

 

 

共有した時に流れ込んできた膨大な情報の中から、一部が焼き付いたのだ。

それらを巧くアレンジし、御方の為にこの大役を最後まで務め上げる―――ッ!

 

 

「ここは怪しいな……ペイルライダー。レイスを連れて行ってくれる?」

 

「は!」

 

「後、これも念の為に持って行って。相手の判別が付き易くなるだろうし」

 

「ありがたき幸せ。“機関”の名に恥じぬ働きをお約束致します」

 

 

御方の名に、と言いたいところを堪え、あえて機関の名を出す。

断腸の思いであったが、御方は「お、分かってるじゃん!いいね!」と破顔して下さった。

その遍く大地を照らす、太陽の如き笑顔に魂ごと浄化されそうになる。

偉大なる御方は笑顔一つで死霊すら殺してしまわれるに違いない。何という尊い存在である事か。

 

 

(御方の為に、我―――修羅とならん――!)

 

 

レイスと共に非実体化し、人間の巣へと向う。

気配を悟られぬよう、超高高度から人間どもの騒ぎを見下ろした。

幾つもの悲鳴と剣戟。流れる血。方々に上がる火の手。

悪くない戦場である。

このダニどもを血祭りに上げ、全ての名誉と栄光を御方へと捧げ尽くすのだ―――ッ!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――八本指 暗殺部門

 

 

流石に警備部門の六腕には劣るが、暗黒社会で恐れられる強者達の集団である。

首領が幹部連中や実行部隊へ鼓舞激励している最中、突然《悪夢》が訪れた。

あろう事か街で、この王都で、《死霊/レイス》が現れたのである。

最初は夢かと目をこすっていた面々であったが、何度目をこすろうとその《悪夢》が消える事はなく、それどころか霧のような姿を歪ませ、泣き叫ぶ顔となって襲ってきたのだ―――!

 

 

「れ、レイスだぁぁぁぁぁ!」

 

「化け物だぁぁ!誰か助けてくれ!!」

 

 

ユグドラシルでは単なる死霊系の雑魚モンスターであるが、この世界では強力な存在だ。

魂を歪ませる存在であり、非実体でもある為、通常の武器ではダメージすら与えられない。

その姿を見た面々が次々と発狂し、狂い出す。

恐慌状態に陥り、部屋の隅で動けなくなる者も続出した。中でも心の弱い者は狂ったように周囲の仲間へと斬りかかり、壮絶な同士討ちが始まったのである。

 

彼らは暗殺を得意とするプロの集団であったが、それはあくまで人間に対するもの。

よもや姿がなく、殺しようのない“死霊”を相手にする者など居る筈もない。それらは暗殺者とは全く反対の、神官の仕事であろう。

 

この騒乱で、大いにその力を見せつける事が期待されていた暗殺部門であったが、彼らは初動から大きく躓く事となり、更に乱入してきた騎兵によって短時間で壊滅する事となった。

最後に残された暗殺部門の首領は更に悲惨である。

 

ペイルライダーが手に持った小さな鐘を揺らすと、自らの意思を失ったのだ。

《支配/ドミネート》の効果を持つ、ユグドラシルではゴミアイテムであったが、この世界では凶悪極まりない代物である。《人間種魅了/チャームパーソン》の上位版とも言える魔法であり、この世界における対抗手段などほぼない。

 

ペイルライダーが何事かを告げると、意思を失った首領が言われるままに動き出す。

各部門の首領を、一箇所に集めるように指示されたのだ。

それを見て、ペイルライダーも姿を消し、大空へと舞い上がった。

 

 

「既に死んでいる死霊を“暗殺”など出来ない……流石は偉大なる御方、盛大なる皮肉ですな」

 

 

ペイルライダーが遥か天空で大笑いし、偉大なる創造主のブラックユーモアに酔い痴れる。

その姿は正に、世界に動乱と破滅を齎さんとする“機関”の尖兵に相応しい姿であった。

 

 

こうして、王都全域を巻き込んだ大戦に“機関”という新たな勢力が加わり、王都を包む暗雲と混迷はより一層、深まっていくのである………。

 

 

 

 

 

[八本指 ― 暗殺部門壊滅]

 

 

 

 




戦争の準備を着々と整えてきた八本指と、それを迎え撃つ各陣営。
そこへオバロ名物、マッチポンプ芸まで炸裂。
もはやこの戦いの行き着く先は……誰にも分からない。





★☆★☆★☆★☆★☆


小ネタ 「創造主」


パンドラズ・アクター
「父上……その騎兵は隠し子ですか……なら、もう一度“隠さないと”いけませんね(病み属性)」

モモンガ
「怖ッ!そんなノコギリ何処から持ってきたんだよ!」





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死都

―――王都 各所

 

 

冒険者や衛兵が、平和に見回りをしていたのも束の間……。

その平穏は一瞬で破られた。

何処から湧いてきたのか、無数のゴロツキがあちこちから現れ、自分達に襲い掛かってきたのだ。それだけではなく、手に持った松明で火を着けている者までいる。

最初こそ物取りや、その類かと思っていたがとんでもない事であった。

 

 

(本当に八本指が暴れ出したのか……!)

 

 

確かに組合ではそう聞いた。

だが、あくまで警戒や見回りの仕事として受けた人間が大多数であろう。

誰がこの王都で、王族だけでなく、多くの貴族も居る地で騒ぎを起こすなど考えるだろうか。

完全に不意打ちである。

 

ここだけではなく、気が付けばあちこちから悲鳴や叫び声が聞こえだし、騒ぎがどんどん大きくなっている。連中が遂に、本腰を入れて王都の制圧に乗り出したのか?

だが、多くの私兵を抱えている貴族の館などは何の動きも見せず、静まり返ったままである。

 

 

「おいおい、貴族様方はこんな時もダンスを踊ってるのか!?」

 

 

ゴロツキの剣を防ぎながら、大声で喚く。

そうでもしなければ、やってられない。

 

 

「城も煌々と明かりが点いちゃいるが……門はピッタリ閉じてやがる!」

 

 

チームメンバーが自分に負けないような大声で叫んだ。

それを聞いて余計に苛立ちが増す。

自分達は一体、何の為に高い税を払っているのかと。ここはお前達の膝元じゃないか。

何故、自分達が命を賭けて戦っている?

自分の足元に火を付けられているのに、何故、お前達は城や館に篭っていられるんだ?

 

 

「くそったれが!城の連中も、八本指も!何もかもがクソだ!」

 

 

叫びながら目の前の剣を払った時、足に強い痛みを感じた。

見ると、矢が深々と突き刺さっているではないか。

痛みにバランスを崩し、死を覚悟した時……不思議な事が起こった。

 

何処からか《骨のハゲワシ/ボーン・ヴァルチャー》が現れ、目の前のゴロツキらを容赦なく殺し出したのだ。高速で飛行するモンスターにゴロツキらは手も足も出ず、髪を振り乱しながら逃げていく。

 

 

「た、助かった……のか?」

 

「ハ、ハハ、上の連中からは無視されて、モンスターに助けられるなんてな……」

 

 

何という皮肉だろうか。

だが、少なくとも城の連中より、今日だけはあのハゲワシに乾杯したい気分になった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都 最高級宿

 

 

重戦士が屋根から飛び降り、手に持っていた戦鎚をエルダーリッチへと叩き付ける。

それを飛び下がって回避したエルダーリッチであったが、陥没した地表を見て、慌てた素振りを見せながら後ろへと何度も飛んだ。重戦士の放った一撃の威力に焦ったのであろう。

 

 

「お前さんが噂の、六腕が飼ってる化物か。良い子に“飼育”されてたのかい?」

 

「舐めるなよ、人間」

 

 

二人が距離を置き、互いに戦闘体勢を取る。

それらの光景を、闇の中から息を殺すようにしてフールーダ・パラダインが見つめていた。

 

 

(ふむ、興味深い)

 

 

エルダーリッチ。

生者を憎む、と言う所が難点ではあるが確かな知性を持つアンデッドだ。

迷宮などでは時に、利害が一致すれば冒険者と取引も行う存在である為、冒険譚などでは必ずと言っていい程、登場してくるアンデッドである。

 

エルダーリッチ……ある種、自分の理想であるかも知れない。

寿命もなければ、疲れもせず、眠りも不要であり、食事も要らないときている。

ただ、ひたすらに魔法の研究に没頭する事が出来るのだから。

 

 

(あのエルダーリッチは、この重戦士相手にどう戦う?)

 

 

中々の見物であるだろう。

そして、一人の魔法詠唱者として自分にも参考になる戦いに違いない。自分もいつ、何処で、前衛なしの単独の戦いが訪れるか分からないのだから。

 

 

「さぁて、遊ぼうかい……ッ!」

 

 

重戦士が驚く程のスピードで距離を詰め、エルダーリッチが杖を振るう。

杖の先から放たれた《火球/ファイヤーボール》が重戦士を包み、エルダーリッチはまるで限界など存在しないと言わんばかりに火球を連発して放った。爆撃を思わせる威力に街路が揺れる。

煙が晴れた後には黒焦げの死体が一体出来上がるかと思ったが……

 

 

《魔眼殺し/ゲイズ・ベイン》

《真紅の守護者/クリムゾン・ガーディアン》

《抵抗の上着/ヴェスト・オブ・レジスタンス》

《痛覚鈍化》

《肉体向上》

 

 

彼女の身に着けている多くの防具と武技が、それらのダメージを軽減したのであろう。

気が付けば、火球を突き抜けた重戦士がその手に持った巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を振り上げていた。エルダーリッチが慌てたように避けようとするが、もう間に合わない。

 

 

《剛撃》《戦気梱封:炎》

 

「………おらよッ!」

 

 

轟音と共にエルダーリッチの左肩辺りに戦鎚が振り下ろされ、骨の砕かれる音が響いた。

骸骨の顔が一瞬、歪んだように口を開けたが、そこから悲鳴は漏れず、出たのは呪詛である。

 

 

「貴様ぁぁぁァ……人間の分際でッ!」

 

「おっかしいな、てめぇらは火に弱いってのが定番だろうに。“火葬場”で鍛えたのかい?」

 

「舐めるなよ……その大口を今すぐ閉ざしてやる」

 

「おぅ、そりゃ嬉しいねぇ。こんな暑い夜は喉が乾燥しちまって大変だからよ」

 

 

見ると、エルダーリッチの装備しているアイテムの一つが赤い光を放っていた。

《クローク・オブ・ファイヤープロテクション》

 

 

(ふむ、あのエルダーリッチも弱点である火に対する装備をしているのか……)

 

 

戦いは当然、力量による所が一番大きいが、装備している武具や、マジックアイテムの能力や種類によっても劇的に変化する。特に重戦士の方は目を見張るものがあった。

 

 

《第四位階死者召喚/サモン・アンデッド・4th》

 

 

エルダーリッチが魔法を唱え、アンデッドを召喚する。恐らくは前衛とする為であろう。

盾となるように、《骸骨戦士/スケルトン・ウォーリアー》が次々と姿を現す。

それを見てつい、手で顔を覆ってしまう。

 

 

(その手、悪手よの……)

 

 

第四位階の魔法を使える事は中々に素晴らしい。恐らく、エルダーリッチの中でも優れた存在なのであろう。だが、《それ》を召喚してどうする?

あの重戦士の武器を見よ、と生徒を叱るような気分になった。

剣や槍には滅法強いスケルトン種ではあるが、殴打武器には極めて脆弱なのだ。あの重戦士が持っている途方もないウォーピックの前には足止めにもならないだろう。

 

 

(そこは殴打武器に強い粘体種などを召喚するべきであろうに……)

 

 

それでこそ、時間が稼げる。盾となる。

あのエルダーリッチは恐らく、まともな戦闘経験がないのかも知れない。

圧倒的な魔力を背景に、一方的に相手を嬲ってきた経験しかないのではなかろうか?自身の力が強くなりすぎて、まともな戦闘経験など積む場面がなかったのかも知れない。

 

 

「ははッ!大勢で歓迎してくれるたぁ、嬉しくなっちまうな」

 

 

自分の危惧が的中したように、重戦士が武器を無造作に振り回す度に骸骨戦士が無残に砕かれ、盾を構えるも、その盾ごと粉砕されていく。

それを見たエルダーリッチが遂に《飛行/フライ》を唱え、空中へとその身を逃す。

 

 

「一人で大空の旅ってか?寂しいだろうから、俺っちも付き合ってやるよ」

 

《飛翔の靴/ウイングブーツ》

 

 

重戦士がまるで羽でも生えたかのように宙へと飛び上がり、エルダーリッチに肉薄する。

 

 

(何と……!?)

 

 

これはたまげた……まさか、あのようなマジックアイテムまで装備しているとは。

飛行の力でも持っているのか、跳躍力を爆発的に高める物なのか、相当な逸品である。

まさか重戦士が飛んでくるとは想定していなかったのであろう。エルダーリッチの見せた狼狽が、決定的な隙となった。

 

 

「馬鹿な……こん、な、こんな事が……ッ!」

 

「あばよ、次はまともな人間に飼育されるこった」

 

《能力向上》《豪腕剛撃》《刺突戦鎚:局地地震》

 

 

重戦士が幾つもの武技を乗せて放ったのであろう。

戦鎚がエルダーリッチの頭骨を胸部に至るまで粉々に砕き、その体がゆらゆらと地に堕ちた。

力量差もあったが、戦闘経験の差も如実に現れた戦いであったと言えるだろう。

特に、最後の“空への奇襲”は自分も想定していなかった。

 

 

(一歩間違えば、自分があのエルダーリッチのようになっていたかも知れん……)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(やはり、戦いの場に安全地帯などは無いという事か……)

 

 

自分としても、得る所が多い戦いであった。

何かの進歩を感じさせる事など、ここ数十年無かった事である。それも、まさか自分とは正反対に位置する、武に拠って立つ重戦士に教えられるとは。

何とも皮肉なものである。

 

 

(塔に篭ってばかりでなく、少しは外に出るべきなのかも知れんな……)

 

 

自分もまた、あのエルダーリッチのように一種の固定観念に囚われる可能性がある。

重戦士が空を飛んでくる筈がない、と。

中には、剣を巧みに扱う魔法詠唱者だって居るかも知れない。

固定観念に囚われ、思考の空白を突かれた時には逸脱者などと呼ばれる自分とて敗れるであろう。

 

 

「くぅ、あの坊主め……良いポーションを作りやがる」

 

 

重戦士が腰からポーションを取り出し、豪快に瓶を傾けていた。

体を覆っていた火傷の痕が、時間と共に少しずつ消えていく。かなりの良品であろう。

 

その姿を見て、自分も魔法を解いて姿を現す。

自分を知ってる者が居るとは思えないが、念の為に顔へは幻術をかけておく。

そして、思うがままに拍手を送った。

この“脳”に、久方ぶりの刺激をくれた相手を称えたいと思ったのだ。

 

 

「美事……御美事……!」

 

「おや……?覗き見たぁ、趣味の悪い爺さんだな」

 

「すまぬの。じゃが、お主には助太刀は要るまい……《中傷治癒/ミドル・キュアウーンズ》」

 

「……っと。八本指って事ぁなさそうだが……爺さんは何者だ?」

 

 

爺さん、か。何とも新鮮な呼ばれ方であった。

思わず笑ってしまいそうになる。

帝国の最高位の魔術師として、逸脱者として、自分は余りにも特別な存在になりすぎた。今となっては、もう自分に親しみを込めて爺などと呼ぶのはジル一人である。

 

そして……そのジルも、いつかは死ぬ。

いや、全ての存在が自分一人を置いて死んでいく。ただ一人、世界に取り残されながら生きていく事、それが禁術を使って生きるという事でもある。

魔の深遠を覗き込むその時まで、自分は未来永劫、孤独と向き合って生きねばならない。

 

 

「ふむ、私は……」

 

 

流石に、戦争中の敵国で名乗るのは憚られる。

この戦いの最中も、周囲がやけに煩く、妙な喧騒に包まれていっているのだ。

大きな事件か、何かの襲撃でもあったのかも知れない。

下手をすれば、自分が騒ぎを起こしたとも取られかねない状況だ。

何か適当な偽名でも名乗ろうと思案していた時、辺りにおぞましい気配が溢れ、全身から滝のような汗が噴き出した。

 

 

「まさか……ッ!そんな馬鹿な……!」

 

「おい、爺さん……って、んだこりゃ!?」

 

 

見るからにゴロツキと思われる人間が、何かに追われているのか、悲鳴を上げながらこちらへと走ってくる。その形相に浮かんでいるのは絶望である。

壊乱、と言って良い彼らの後ろから現れたのは……忘れる筈もない、伝説の化物。

 

 

「デス・ナイト……!何故、こんな場所に!?何が起きているのだ!?」

 

「ハ、はは……な、何だありゃ……遂にお迎えが来たって事かよ」

 

 

重戦士の乾いた声が虚しく耳に響く。

何故、怨念の塊であるような伝説のアンデッドが人間の街などに!?

カッツェ平野などの怨念渦巻く地であっても、これ程の“伝説級モンスター”が生まれる事など数百年に一度あるかないか、なのだ。こんな場所に出てくるなど、あって良い事ではない!

 

 

「お主、早く逃げよ!それと、あやつに人を近づけてはならん!全員を街から追い出せ!」

 

「ちょ、ちょっと待てよ、爺さん!あの化物は何だ!?つか、人を追い出せって、王都にゃ何十万の人間が居ると思ってんだ?無茶言ってんじゃねぇよ!」

 

「馬鹿者ッ!死の騎士に殺された者は従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となり、それに殺された者は動死体(ゾンビ)となる!人が多ければ多い程、一瞬で“死都”となるぞ!」

 

「おいおいおい!冗談はやめろってば!……ま、まさか、これが言ってた機関って奴なのか!?」

 

「機関じゃと……何じゃそれは!それがこの伝説級モンスターを呼び出すような儀式でも行ったのか!?何を……何を考えておるのか、そやつらはぁぁぁぁ!」

 

 

こんな煩わしい会話をしている間にも、既に死の騎士に殺されたゴロツキがスクワイア・ゾンビとなり、他のゴロツキへと襲い掛かっている。完全に死の連鎖であった。

 

 

(あの時は周囲に何もない平野だからこそ、何とかなった……)

 

 

だが、多くの人間で溢れている“大都市”などに出てきたら手に負えない事になる。

そして、今、自分は一人だ……あの時のように多数の高弟が周りに居る訳ではない。

どうするべきか……自分は、どうするべきなのか。

こんな街は見放し、転移すれば自分は助かる。助かる、が……一夜経った頃にはこの王都は死の街へと様変わりしている事だろう。そして、溢れ出したゾンビが更に周囲へと襲い掛かる。

 

 

(国が、滅ぶ………)

 

 

一体で。たった一体のモンスターで、一国が壊滅的な被害を受ける。

ジルとしても頭を抱えるだろう。

これまで苦労して手に入れようとしてきた国が、廃墟とゾンビだらけになるなど、悪夢に違いない。そんな領土を獲っても苦労と無限に続く流血があるだけで、何の意味もないのだから。

 

 

「ったくよぉ。良い夜だと思ったんだが……ここが死に場所かねぇ」

 

「お主、人の話を聞いておったのか!?逃げよと言っておる!」

 

 

重戦士が武器を構え、一歩前に出たのを見て声をあげる。

この戦士は確かに強い。だが、死の騎士の前ではとてもではないが歯が立たないであろう。

誰より、それは本人が一番分かっている筈だ。

 

 

「俺っちはこう見えても、アダマンタイト級冒険者でな。逃げ出す訳にゃ行かねぇのよ」

 

「………つくづく、人の話を聞かん女子(おなご)じゃな」

 

 

(ジル……)

 

 

子供の居ない自分にとっては、ジルこそが子に近い存在であったかも知れない。その“子”が悲願としている地が、みすみす死の大地へと変わり果てるのを見逃す訳にもいかないだろう。

 

 

(それに、私とて“あの頃”とは違う……あれからの無数の年月は決して無駄ではない……)

 

 

それは願望であったのかも知れない。そう思いたかっただけなのかも知れない。

無為であったと思いたくないのだ。自分の研鑽の日々は、確かな前進があったのだと。

この“因縁の相手”を前にして、逃げる事は苦悩に満ちた無数の年月の否定であった。

顔へかけていた幻術を解き、自分も杖を構える。

もはや、小細工をしている余裕などない。

 

 

「うん?爺さん、その顔は……」

 

「我が名は―――フールーダ・パラダイン。この一時だけ、お主に手を貸そう」

 

「フールーダって、爺さん……おめぇ、帝国の……」

 

「この化物を前に、王国も帝国もない。違うかの?」

 

「………ん。そりゃ、そうだわな。精々、頼りにさせて貰うぜ?」

 

 

言いたい事は無数にあっただろう。だが、戦士は黙って武器を構えた。

話の早い相手で良かった。しみじみ思う。

この伝説の化物を前に、悠長な“話し合い”などをしてる余裕はない。

 

 

「まだ名乗ってなかったな―――俺っちはガガーランっつぅんだ。ヨロシクたのまぁ」

 

 

重戦士が濃い笑みを浮かべ、それと同時に無数のゾンビが襲い掛かってきた。

耳に響く喧騒はその騒がしさを増していき、既に王都全域を包みつつある。

燃え上がる火の手が夜空を紅く映し出し……

その不吉な色は、自分の未来を暗示しているかのようであった。

 

 

 

 

 

[不死王デイバーノック ― 消滅]

 

 

 

 




王都全域における同時多発バトル。
次々と戦端が開かれ、容赦なく退場していきます。





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悲しみの向こうへ

―――王城 城門付近

 

 

ラキュースがようやく王城から解放され、城門付近へと出てくる。

この騒ぎの説明に追われ、中々解放されなかったのだ。

八本指に通じている貴族はラキュースを引き止めようとし、そうではない貴族は王城に居て自分達を守れと言ってくる。正反対の集団であるのに、両者共に自分を王城へ留めようとしてくるのだ。

ラナーの言を背景に無理やり出てきたが、あれが無ければどうなっていた事か。

 

王城で説明していた時から、この騒ぎが尋常ではない規模であると思っていたが、その自分の見通しすら甘かったらしい。八本指が文字通り、総力を振るっているのだろう。

民衆にも、国王派の貴族にも、勿論王家にも、これだけの騒ぎを見せれば効果は計り知れない。

王家の求心力は極端に落ち、国王派の貴族も真正面から逆らう勇気を失ってしまうだろう。

 

 

(連中も、必死って訳ね……)

 

 

裏を返せば、それだけ自分達の攻撃が効いていたという事でもある。

特に麻薬部門への攻撃を執拗に続けていた為、その経済的損失に耐えかねたのであろう。

そこに、売春部門の壊滅。

連中が暴発するのも無理はない。もはや、どちらかが滅ぶまでの戦いである。

 

 

(それにしても、どうしてアンデッドやゾンビの気配が……)

 

 

八本指がモンスターでも紛れ込ませて騒ぎを起こしているのだろうか?

だが、そんなものを放てば、自分達とて危ういだろう。

 

そう……。

現に。

目の前で。

八本指と思わしきゴロツキが、途方もない大男に捻り潰されているのだから。

 

 

《血肉の大男/ブラッドミート・ハルク》

 

 

巨大な力を持つゾンビ。

その腕力はオーガなどとは比べ物にもならず、その突進力は簡単な砦すら破壊する。

何よりも血肉を好み、その性は残虐極まりない。

 

 

「我ラが、機関ノ未来に、光あレェェェイ……!」

 

 

大男が不気味な声を上げると同時に、持ち上げたゴロツキを無造作に引き裂いた。まるで紙か何かのように引き裂いた《それ》から、こぼれる血や臓物を嬉しそうに口を開けて飲み込んでいる。

 

 

「………機関ッ!」

 

 

その言葉を聞いて、両手に力を込める。

遂に来たのか、と思うのと同時に、何故このタイミングで、と頭を抱えたくなった。只でさえ大混乱だと言うのに、この上、機関まで敵として出てくるなんて想定外である。

 

 

(でも、こいつは……今、八本指の人間を……)

 

 

まるで餌でも捕まえるかのようにゴロツキを捕らえ、無造作に殺し続けている。

持ち上げては引き裂き、地面へ叩き付け、その拳を振るっては体ごと押し潰す。周囲の衛兵は振り払われるように吹き飛ばされ、近づく事すら出来ていない。

 

 

(仲間割れ……?単にこのゾンビの暴走?)

 

 

分からない。

ただ、チャンスではある。

連中が一枚岩でないなら、そこに付け込む隙がある筈だ。

 

 

「衛兵、こちらへ集まりなさい!城門前で無様な姿を晒すとは何事ですか!」

 

 

何の命令権もない彼らに対し、高々と指示を下す。

このように混乱した状況下では、誰かが指示を出さなければ混乱が増すばかりなのだ。

 

 

「冒険者の皆さんは距離を取って半包囲!八本指もゾンビも逃がさないで!」

 

「お、おぅ!」

 

「はいっ!」

 

 

ラキュースの指示の下、城門はいち早く混乱状態から回復し、瞬く間に騒ぎは鎮圧されていった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都 某所

 

 

「どうなっているんだ………これは……」

 

 

イビルアイは何度目かの溜息をついた。

先程から騒ぎを起こしている八本指の連中を見つけては薙ぎ倒してきたのだが、騒ぎは一層大きくなるばかりで、まるで静まる様子がない。

何より、王都のあちこちからアンデッドやゾンビの気配が漂っているのだ。

 

 

(ありうる事ではない………)

 

 

本来ならカッツェ平野のような大規模な戦争が行われる場所や、巨大な墓地などで発生するモンスターである。それらが発生せぬよう街は常に清浄を保ち、定期的に神官達が各所を祓うのだ。

 

 

(自然に発生するなどありえない……なら、何者かが送り込んだ?)

 

 

そこまで考えた時、遥か上空におぞましい《ナニカ》の気配を感じた。

かつて、これに似た気配を感じた事がある。

 

 

(………魔神!?)

 

 

かつて、あらゆる国家を焦土と化し、更地にしてしまった魔神戦争。

そこで現れた“超常の存在”………魔神に近い強者の気配を察知したのだ。

 

 

(冗談ではないぞ……一体、何が起きてる!?)

 

 

動く筈もない心臓が、悲鳴を上げているような気がする。震えを無理やり抑え付けながら《飛行》を唱え、上空へと飛ぶ。確認しなければならない。

最悪な事に、モモンガ達が泊まっている宿屋の方向からも強いアンデッドの気配を感じるのだ。

 

二方面から攻めてきたという事か?

誰が?

何の為に?

あの八本指が、こんな存在を扱える筈もない。

 

 

(そ、そんな……何という事だ………)

 

 

遥か上空には自分が思っていた通りの、いや、それ以上の―――悲惨な怪物がいた。

蒼き巨大な馬に跨った、禍々しい騎士。

その存在の全てが、他の生物を圧倒していた。この存在の気まぐれ一つで、幾つもの国が滅ぶ。

地図が、根こそぎ変わるのだ。

自分はかつて、それを経験している―――――!

 

 

「な”っ……き、后様………!」

 

「ん……んん!?」

 

 

何だ、今こいつは何と言った?

貴様と言ったのか……?何かくぐもったような、聞き取りづらい声だったが……。

やはり魔神の類か、それに関係する伝説の化物であろう。かつては虫の魔神と戦い、それらに対抗する魔術は作り上げたが、死霊系……それも騎兵に対する有効な手段は持ち合わせていない。

だが、せめて時間を稼ぐなり、こいつの目的を探らなければ。

 

 

「お前は何者だ……魔神の生き残りか?この地に何の用がある!」

 

 

騎兵は何かを考え込むようにしてジッとこちらを見つめていたが、やがてその重い口を開いた。

先程とは違い、腹と鼓膜に響くような威厳に満ちた声。

つい、聞いている方の身を固くさせるような“武威”に満ちたものであった。

モンスターにも様々な種類や個体が存在し、その行動や思考などは驚くほど多岐に渡る。魔神か、それに匹敵するような存在ともなれば、一廉の武人であるのかも知れない。

 

 

「我はウルベルニョ様が麾下の一人………《蒼褪めた乗り手/ペイルライダー》」

 

「なっ……お前が……機関という組織の……ッ!」

 

 

(馬鹿な……!)

 

 

その機関とやらには、こんな化物が存在していると言うのか!?

ありえない、ありえない!こいつは今、“麾下の一人”と言ったが、まるで自分より強い存在が居ると言っているようなものではないか!

 

 

(悟は、こんな化物連中と戦っているのか……?)

 

 

魔神戦争の時は多くの仲間が居た。英雄と呼ばれる存在も沢山居た。

だが、それらは全て“過去”となり、“歴史”となった後である。

今はもう、こんな存在と真っ向から戦えるような者など存在しない……。

騎兵が名乗りをあげた後、そのまま何処かへ立ち去ろうとする気配を見せた。

 

 

「ど、何処へ行くつもりだ……!」

 

「八本指…………無能なダニの粛清よ」

 

 

それだけ言うと騎兵の姿が煙のように消え、信じられない速度で気配が遠ざかっていった。

情けない事に、その背中を追う事が出来なかったのだ。

勝てない。自分一人では、とても。

いや、仲間達全員でかかっても、あれには到底及ばないだろう。無駄に死者が増えるだけだ。

 

 

(だが、粛清だと……)

 

 

八本指が何か失態を演じ、ウルベルニョという首領の逆鱗に触れたのであろうか?

連中のような暴力組織には、ままある事ではある。

粛清もあれば、その逆となる下剋上も。

 

 

(だが、この国の……いや、人間の敵である事は疑いようもない……)

 

 

イビルアイが慌ててその背中を追ったが、非実体化し、高速で消え去った相手を捕捉する事は出来なかった。当然であろう……騎兵は本気で、全力で逃げたのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都 街路

 

 

ティアが無言のまま、黒い糸で編んだ網を屋根から投げる。

捕縛、束縛用のアイテム。

力の強いモンスターであっても、これに絡めとられると動けなくなる逸品である。だが、エルヤーは片眉を少し上げ、面白くもなさそうに腰に佩いた刀を一閃させた。

 

 

「……つまらない手品ですね、お嬢さん?」

 

 

その言葉と同時にはらり、と網が真っ二つに分かれる。

当然、この網は簡単に斬れるような代物ではない。エルヤーの腕あっての事である。

だが、エルヤーが得意顔をしている間に、赤い忍者の姿が消えている事に彼は全く気付いていなかった。そして、背後から訪れた強烈な痛みに目を剥く事となる。

 

ティナが《影潜み》の忍術を使って闇へと潜み、相手が全く視認出来ないまま一気に短剣を刺し込んだのだ。それも只の短剣ではなく、ぬらりとした妖しい光を放つ赤い短剣。

《吸血の刃/ヴァンパイア・ブレイド》、刃が相手の血を飲む短剣である。

 

 

「がっ……ぁ……ひぁッ!」

 

 

エルヤーが苦し紛れに放った一閃を悠々とかわし、ティナが無表情のまま口を開く。

 

 

「前しか見てない。私のような“赤を渡る”時は周囲も見ないと」

 

「かと言って、青の私はもっと危険。安心してる所にわざと突っ込む」

 

 

二人の言葉にエルヤーが激昂する。言ってる意味は分からないが、とにかく馬鹿にされていると感じたのだろう。そして、それは全く正しかった。二人の顔は一見、無表情ではあったが、見る者が見れば「ありゃ、玩具を見つけた時の目だな」と評したであろう。

 

 

「何をボサっとしてるっ!魔法をよこせ!」

 

 

エルヤーが後ろに三人に声をかけるが、彼女らは狼狽するばかりで上手く動けない。

彼への嫌悪感もあったが、何よりも、今の一瞬の攻防についていけなかったのであろう。

それを見て余計に苛立ったのか、エルヤーが先頭にいたエルフを殴り付ける。

横にいたエルフの頬桁も全力で殴り飛ばし、倒れ込んだところに何度も蹴りを叩き込んだ。攻撃するには絶好の機会であったが、ティアとティナは動かない。

むしろ、興味深そうな目でそれを見ていた。

 

 

「はぁ、はぁ……使えんグズどもが。誰の慈悲で生きていられると思ってる!」

 

 

肩を揺らし、荒い息を吐くその姿は、二人の目にどう映っているのか。

ようやく魔法をかけられたエルヤーが怒りに燃える眼差しを二人へ向け、刀を構えた。

 

 

「お待たせしました。使えんグズのせいで中座させてしまい、申し訳ない」

 

「興味深い。エルフ、それも魔法を使えるエルフを奴隷として買うのはとても高い筈」

 

「貴方はお金持ち?」

 

「何を言うかと思えば……一流の人物は古より、武具に金を惜しまぬものですよ」

 

「「武具……」」

 

 

人どころか、生物ではない、と言う事なのだろう。

一種のマジックアイテムのような扱いなのだと二人は理解する。だが、別に同情はしない。

世の中には不幸と不公平が溢れており、そんなものをいちいち是正したり救済していてはキリがないのだから。彼女らは一流の忍として、あくまでリアリストである。

仲間の為を思えばこそ、八本指などという組織と戦っているのだ。

 

 

「さて、今度はこっちの番ですよ……」

 

 

エルヤーが武技、《縮地改》を使い、一気に二人へ接近する。

生半な戦士では到達出来ない、一流の武技。これで一気に距離を詰め、距離感を見失った相手を一刀の下に斬り捨てるのがエルヤーの得意技であった。

 

 

「ずっと私達のターン」

 

 

ティアとティナも忍術、《影渡り》を使い、影から影へと移動する。

短距離の転移とも言える術であり、ほぼ瞬間移動。

距離を詰めたり離したり、というのとは次元が違う。ジャンルも違う。

 

 

「ふん、所詮は小細工ですね」

 

 

だが、エルヤーの卓越した反射神経はそれにすら対応し、刀を縦横無尽に振るう。

無数の剣戟が街路に響くが、互いの姿は見えない。高速で動くエルヤーと、短距離の転移を繰り返す両者の動きが常人の目には追いつけないからだ。

無人の街路で金属音と、それに伴って方々で火花が散るという不思議な光景であった。

 

 

「さぁ、フィナーレと行きましょうか……私はこの後に仕事があるのでね」

 

 

エルヤーがとっておきの武技を発動させ、その肉体がみちみちと音を立てて膨らむ。

武技、《能力向上》《能力超向上》を発動させたのだ。特に後者は一部の英雄レベルの存在しか使えない、まさに天才の名に相応しい武技である。

この状態で《斬撃》などを遥かに超えるオリジナル武技《亜身刃》を放つ。

―――亜人の身に刃を、と名付けられたこの武技は、魔獣の固い外皮すら切り裂く。

これこそが、エルヤーをエルヤー足らしめる自信の根源である。

 

 

「さよならですよ、お嬢さん―――《亜身刃ッ!》」

 

「予言する。お前はこの後、何故だ!と叫ぶ」

 

 

ティアが印字を組み、忍術を唱える―――《不動金剛の術》

対象をダイヤモンドの如き硬度へと変える秘術である。

魔法攻撃には脆いが、物理攻撃には圧倒的に強い。

 

更にティナが刃がぶつかる瞬間を狙い、《大瀑布の術》をエルヤーの全身へと叩き付ける。

文字通り瀑布のような水がエルヤーの足元から噴き出し、その体と、刃の動きを完全に鈍らせてしまった。瀑布によって勢いを削がれ、更にその先に待っていたのはダイヤモンドである。

エルヤーの刃は虚しくも、ティアを傷付ける事は叶わなかった。

 

 

「な、何故だ……ッ!どうして私の英雄に達する一撃が!」

 

「予言通り。ぶい」

 

「一人でやれる事なんて高が知れてる。お前の限界は最初から見えていた」

 

 

ティアが無表情のままピースサインを作り、ティナは変なポーズで指を突き付けている。

特に意味はないのだろうが、エルヤーをからかっているのだろう。

 

 

そこから二人の動きは酷く速く―――迷いが無かった。

 

 

呆然としているエルヤーに一瞬で詰め寄り、ティアが刃を振り下ろす。

人参でも切るように、エルヤーの右手首が体から離れた。

ほぼ同時に、ティナが左足首を斬り飛ばし、エルヤーの体がぐらりと傾く。

 

二人が返り血を浴びる事すら拒否するかのように瞬時に距離を取った後、まるで二人が離れるのを待っていたかのように、鮮血が噴き出した。

 

 

「ひぁ……あ、ぁ……わた、私の腕が……腕ぇぇぇぇぇ!足ぃぃぃ!」

 

 

エルヤーが断末魔の声をあげたが、二人の表情は変わらず、酷く冷静な目でそれを見ていた。

まるで、路傍に落ちた虫が何秒で死ぬのかを観察しているかのようである。

 

 

「ち、ちゆ、ちゆをよこせ!はやくしろ!」

 

 

エルヤーの叫びに、三人のエルフが一瞬動こうとし、その動きを止める。

別に忍者二人が何かをした訳ではない。むしろ、何もしない方が良いと思ったのだ。

その顔に浮かんでいるのは、静かで、何処か歪んだ笑み。

気付けば、エルヤーは五人の女性から虫の死骸でも見るかのような視線で見下ろされていた。

 

 

「き、貴様ら……誰が買ってやったと思ってる!この天才である私を、」

 

「ゲスの極み。天賦」

 

「貴様は長く生きすぎた」

 

 

忍者二人がよく分からない事を呟き、次第にエルヤーの声が小さくなっていく。

最後の力を振り絞ったのか、

ロウソクの火が消える一瞬の輝きであったのか、悲痛な叫び声が街路に響いた。

 

 

「この天才の私が何故~~!」

 

「「……しつこい《爆炎陣》」」

 

「うわらばッ!」

 

 

最後の断末魔の悲鳴すら言わせず、二人が忍術を使ってエルヤーの全身を爆発させた。

げに恐ろしきは女性である。いや、この二人か。

そして、エルフ三人が自分達はどうなるかと怯えた目で忍者二人を見ていた。当然、只では済まないだろう……王国でも決して、亜人の扱いが良い訳ではないのだ。

 

 

「勝利のポーズ」

 

「決め」

 

 

ティアとティナが妙なポーズを取り、そのまま去っていく。

その姿に三人は狼狽した。

まさか、本当に立ち去る気なのか?と。

 

 

「ま、待って下さい……わ、私達は、どうすれば……」

 

「ん?帰ってよし」

 

「帰るまでが冒険。おやつは銅貨3枚まで」

 

 

二人はよく分からない言葉を残し、本当にそのまま立ち去っていく。

暫く事の真偽が掴めない三人であったが、我に返ったように涙を流し、互いに抱き合った。この地獄のような日々が終わった事を、ようやく実感出来たのだ。

 

戦いが終わり、エルフ三人は喜びを爆発させていたが、忍者二人の顔は次第に曇っていく。

遠くから見える空が……酷く、赤いのだ。

 

 

「ティナ、宿屋の近くがヤバイ。炎上しすぎワロタ」

 

「大炎上不可避」

 

 

通常では考えられない程の大火。それも、魔力で編まれた火である。

遠くから見ても冷や汗が流れるような大魔力。

今の二人は知る由もないが、遂にフールーダ・パラダインと死の騎士の戦いが始まったのだ。

 

 

「「ガガーランが踊り焼きになる」」

 

 

二人が軽口を叩きながら、最速の速さで宿屋へと向う。

あの大火の先に、得体の知れない存在を感じながらも、二人がそれを口にする事はなかった。

余りにもその気配がおぞまし過ぎて―――口にする事すら、憚られたのだ。

 

 

 

 

 

[エルヤー・ウズルス ― 死亡]

[エルフ三人 - 解放]

[血肉の大男 ― 消滅]

 

 

 

 




ブラッドミート・ハルクさん。原作でも何時の間にか消えていた存在。
今作でもいつ倒されたのか分からない、渾身の伝統芸を披露してくれました。
そして、天才の退場……君の事は忘れない!





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覇者の進軍

―――王都 中央通り

 

 

(どうなってやがる………)

 

 

ゼロは苛立っていた。

計画通りに事を進めた筈だが、騒ぎがそれ程広がっていないのだ。

それだけなら良い。蒼の妨害にあったのだろうと理解はしよう。

しかし、場所によっては想定している以上の騒ぎとなっているのだ。当初は各部門間で、連絡の使者を頻繁に送り合っていたが、それらも途絶えがちであり、状況が掴めない。

 

 

(デイバーノックも何をしてやがる………!)

 

 

まさかとは思うが、例の魔獣に返り討ちにあったのだろうか。

そうなると甚だ不味い事になる。本来なら、使役する張本人を殺して終わりの話だ。

そうすれば獣の多くが野に帰る。だが、知性の高い魔獣になると主人を殺された事に激昂し、息絶えるまで暴れまわるタイプも存在するのだ。

人間から「賢王」とまで称される魔獣なら、間違いなく暴れまわるタイプに違いない。

 

 

「見つけたわよ、元凶」

 

「ほぅ、こいつぁツイてる」

 

 

多くの冒険者を従え、通りの中心に立つ女……忌々しい蒼のリーダーだ。

こいつらの所為で何度、煮え湯を飲まされてきた事だろうか。

多少の問題やトラブルならば構わない、むしろ歓迎だってしよう。だが、こいつらの引き起こす問題はいつも想定を超え、襲撃箇所は壊滅に近い損害を蒙るのだ。

 

 

「女らしく、爪で引っ掻く程度なら……存在する事を許容してやったんだがな」

 

「貴方に許容されるなんてゾッとするわね。それと、お悔やみを申し上げるわ」

 

「………お悔やみだぁ?」

 

「どうやら機関の怒りを買ったようね。お仲間が化物の食事になってたけど?」

 

 

この女は何を言っている?

こちらを混乱させ、心理戦に持ち込もうとしているのだろうか。万能の才女と名高いこの女の事だ……自分には単純な武では敵わないと考えているのだろう。

実に浅はかな事だ。

 

 

「何を言ってるのか知らんが、貴様にはここで死んで貰う」

 

 

後ろにいる精鋭達にアゴで指図すると、一斉に連中へと襲い掛かった。

ここで、この女を仕留めれば大金星と言えるだろう。各所で鎮圧に回っている連中も、こいつが指揮をとっているだろうから、混乱をきたすに違いない。

 

 

「さて、周りがじゃれてる間に……俺達は俺達で遊ぼうじゃねぇか」

 

「貴方達も、機関も―――私達の“結婚式”の引出物でしかないッ!」

 

「は………はぁ??」

 

 

女が訳の分からない事を叫びながら斬り付けてくる。

慌ててそれを払ったが、この女はさっきから何を言っている……!

まだ心理戦を諦めていないのか?ここまで小細工を弄するようなタイプではなかった筈だが。

 

 

「普通に考えれば沢山のハードルがあるけど、貴方達や機関の壊滅という成果があれば、もう誰もあの人を無視出来ないと思うの。私はこれを、好機と考える事にしたわ」

 

「イカレ女が……」

 

 

言っている事はさっぱり分からないが、あの魔剣は少々、不味い。

自分の拳には自信があるが、更にスキル《アイアン・スキン》を発動させ、両拳を固める。拳がみるみる硬質化し、ミスリルを超えてオリハルコンに匹敵する拳となった。

これならどれだけ打ち合っても問題ないだろう。

 

 

「ふん―――ッ!」

 

 

一気に踏み込み、女の胴体へ拳をぶち込む。青い刀身が煌き、拳と派手にぶつかったが、こちらにダメージはない……これなら遠慮なくいけそうだ。

スピードを一気に上げ、嵐のようなラッシュを叩き込む。

こいつが神官戦士だという事を考えると、持久戦ではなく、早めに片付けた方が賢明だ。

更にギアを上げ、全身に刻まれた《呪文印/スペルタトゥー》を解放する。

 

 

《足の豹/パンサー》

《背中の隼/ファルコン》

《腕の犀/ライノセラス》

 

 

全身に巡る血が一気に熱くなり、口から燃え上がるような息を吐き出した。

一気に。

踏み出す。

左足を。

石で舗装された道が派手に割れた。

舞い上がる石の破片が。

まるでスローモーションのように―――視界の中で反射した。

 

 

 

「―――――猛撃一襲打ッッッ!」

 

 

 

振り抜いた右腕が女の剣と派手にぶつかり、女の身体が石ころのように吹き飛ぶ。

後ろの家屋にその《石ころ》が衝突した時……

壁一面へヒビが入り―――――家屋ごと大きな音を立てて崩れ去った。

 

周囲で争っていた連中が、静まり返る。

余りの一撃に、思考が奪われたのであろう。

自分にとってみればいつもの事であり、見慣れた風景でもある。

崩れた家屋から、少なくないダメージを負った女が、剣を杖のようにして立ち上がってきた。

 

 

「やってくれるじゃない……“力だけ”は大したものね……」

 

「まだへらず口が叩けるなら大したもんだ」

 

 

女の愚かしさに笑い出しそうになる。

自分はまだ、全力を出してないと知ったらどんな顔をするのだろうか?

この高慢ちきな女の顔が歪む様はさぞや見物だろう。

自分との実力差を思い知ったのか、先程まで威勢が良かった冒険者達も静まり返っている。その顔には驚愕と怯えしかなく、出来る事なら逃げ出したいというツラだ。

 

 

「どうしたどうした!この俺を殺せる者は居らんのかッ!」

 

 

存分に“戦気”を込めて威嚇すると、連中は二歩、三歩と、後退っていく。

こちらが後一歩でも踏み出せば、この腰抜け連中は壊乱して逃げ出すだろう。

 

 

「―――――ここに居るぞ!」

 

「あん………?」

 

 

声のした方を見ると……月を背景に、まるで中空に座っているような姿勢でこちらを見下ろしている女が居た。あれは確か、蒼の一人である魔法詠唱者だった筈。

 

 

「ほぅ、どうやって俺を殺してくれるのかな?お嬢ちゃん」

 

「フン、本来ならお前如きに私が出張る必要などないのだがな。ラキュースだけで十分だ」

 

「その女なら、先程吹き飛んでいたが?」

 

「視野の狭い男だ。魔法も使っていない神官相手に勝った勝ったと喜んでいるのか?」

 

 

何が魔法だ。自分が本気になれば、相手が魔法など使う暇もなく死んでいる。

蒼の連中というのも、所詮は言い訳ばかりの弱者であったと言う事か。

 

 

「イビルアイ、ここよりも宿屋の方へ向かって欲しいの。嫌な気配がする」

 

「そうしたいのは山々なのだがな……先程、機関を名乗る化物と遭ったのだ」

 

「そう、そっちも……遭ってしまったのね」

 

「あれは……マズイ。魔神戦争の再来になるやも知れん」

 

 

チッ……女が寄れば何とやら、だ。

長引きそうな会話を終わらせる為、拳を持ち上げる。

その瞬間、これまで感じた事もない―――――“地獄の気配”に包まれた。

 

 

「ぅ……ぁ………」

 

 

それは、自分の声だったのだろうか?それとも、誰かの声だったか?

体の奥底から来る震えと、絶対零度の温度に魂が凍りついた。

見上げると、そこには蒼い巨馬に跨った地獄の騎兵が居たのだ。見ているだけで寿命が削られそうな姿と、立ち昇る死の匂い……兜から微かに光る目がこちらを凝視していた。

 

 

 

 

 

「ゼロ―――――“天帝”がお怒りだッッッ!」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

王都 ― 上空

 

 

(何という事か………)

 

 

ペイルライダーは上空で途方に暮れていた。

自らに課せられた任の重さは承知している。重々、承知している。

だが、その前に……

あの姫君を守らなければ、自分は死よりも重い「失望」をされるだろう。

尊い御身から、あの尊い唇から、その言葉が発せられた時、自分は全ての存在意義を失う。地獄の業火で焼かれた方が遥かにマシであろう、永遠の暗黒に閉ざされるのだ。

 

ダニどもの首領は集めつつあるからまだ良い。

連中の情報は、頂いた至宝の力もあって思ったより多く集まりつつある。

だが、今は何よりも、あの姫君の安全を第一に考えなければ全てが終わるのだ。

 

 

そして―――自分の危惧が的中した。

 

 

あろう事か、ダニの一匹が姫君に対し、その薄汚れた手を振り上げているではないか!

 

 

(いかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっっっ!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

舞い降りてきた地獄の騎兵を前に、全員の呼吸が止まる。

息をする事すら、憚られたのだ。

一つでも物音を立てれば、即座に殺される。それ程に緊迫した空気であった。

 

 

「て、てめ、てめぇは………」

 

 

ゼロの声が震えている。

無理もない。

生物として、余りに違いすぎた。レベルが違う。次元が違う。存在自体が異常である。

この騎兵を前にして、声を出せた事を褒めるべきであろう。

 

 

「ゼロ、畏れ多くも天帝は貴様に賜死を命じられた―――自害せよ」

 

「な、何を……言って、やが……る……」

 

 

全員がその光景を、固唾を飲んで見守っていた。

動けない。声も出せない。

動けば、自分にあの視線が向けられるかも知れないのだ。誰もが絶対に拒否するであろう。

 

 

「これ程の慈悲を賜っても死ねんとは……所詮、下等なダニであるわ」

 

「ふざ、けるなよ………!」

 

 

ゼロが最後の希望に縋るように《呪文印/スペルタトゥー》を全解放する。

彼がこれら全てを起動させるなど、これまで滅多に無かった事だ。

それ程の相手など、居なかった。そこへ行く前に、相手はゼロの拳の前に沈んできたのだから。

 

 

《足の豹/パンサー》

《背中の隼/ファルコン》

《腕の犀/ライノセラス》

《胸の野牛/バッファロー》

《頭の獅子/ライオン》

 

 

全ての《呪文印/スペルタトゥー》が発動し、ゼロの身体が爆発しそうに膨れ上がる。

その場に居た者が、その圧倒的な“暴”に目を剥く。

あの状態から放たれる一撃は、一体どれ程の威力なのか?想像するだけで恐ろしい。分厚い鉄で作られた城門すら打ち抜くのではないか?と思われるほどだ。

 

 

破滅的な力を秘めたゼロが、その一歩を踏み出し

無造作とも言える姿で、その拳を“地獄”へと叩き付けた―――!

 

 

辺りに暴風が吹き荒れ、全員が顔を覆う。

ゴロツキや冒険者の中には、木の葉のように吹き飛ばされる者も続出した。だが、その暴を真正面から受けた騎兵は小揺るぎもせず、先程の姿勢のままである。

それどころか、酷く退屈そうな目で馬上からゼロを見下ろしていた。

 

 

「そんな柔な拳では―――――この身体に傷一つつける事は出来ぬわッ!」

 

 

騎兵の声に蒼き巨馬が嘶きをあげ、踊るようにその足を持ち上げる。

そして、その巨大な蹄をゼロの胴体へと叩き付けた。

まるで藁人形か何かのようにゼロの身体が水平に飛び、後ろにあった幾つもの家屋を吹き飛ばしながら、その姿を消す。

その後、衝撃を受けた家屋が次々と崩壊し、辺りに無残な倒壊音を響かせた。

 

一撃。

たった、一撃。

それによって、全てが停止した。

 

 

「貴様ごとき、黒王号の上で十分よ―――――」

 

 

つまらん余興であった、と言わんばかりに騎兵が呟き、その姿が煙のように消える。

まるで幻でも見たかのようであり、全員が悪い夢でも見たような気持ちであった。

糸が切れたように、ゼロの連れてきたゴロツキ達が力なく座り込む。

もう暴れる気持ちも、抵抗する気持ちも、何もかもを無くしたのであろう。その目は虚ろであり、逃げ出す気力すら湧いてこない状態であった。

 

 

「ねぇ、イビルアイ………貴女は、あれに勝てる?」

 

 

ラキュースが消え入るような声で呟いたが、それは良い返事が返ってこない事を察していたからだろう。誰があれを見て、勝てるなどと言うだろうか。

 

 

「モモンガが、居る。希望は……まだ、残されているさ……」

 

 

イビルアイも消え入るような声で返したが、その悲痛な声色が全てを物語っているようであった。

王都に広がる空はじき、夜明けを迎えるだろう。

だが、忍び寄る闇は一層深くなり、その暗雲を払う術など、誰も持っていなかった。

 

 

 

 

 

[ゼロ ― 死亡]

[警備部門実行部隊 ― 壊滅]

 

 

 

 




神人を除き、現地勢では最強に手が届くかも知れなかったゼロさんの退場。
単純な退場にするのは勿体無いキャラなので、前半で存分に活躍させてみました。
これ程の強者でも、ナザリック勢力からすればワンパンってのが恐ろしいですね。





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剣に生き

―――戦士長 邸宅前

 

 

(頃合か……)

 

 

ぬらりとブレイン・アングラウスが動く。

重さも、気配も感じさせない蜃気楼のような姿であった。

その顔にあるのは―――固い誓い。

 

 

「行くのですか?」

 

「邪魔が入らんように頼む」

 

 

千殺にそう返し、目の前の戦いの反対側へ。あの一番後ろでストロノーフが指揮を執っている。

姿こそ見えないが、奴がその位置に居るというだけで嬉しくなってしまう。

常に最前線に居る男が、今日ばかりは後方で指揮を執っている。感じているのだ、奴も。互いに姿は見えない筈なのに。互いの存在を―――何処かで感じている。

 

 

邸宅の反対側へ回ると、そこには雇われた帝国のワーカーが居た。

歴戦の、それも非常にバランスの良いチームだ。

例の剣士は来ていないようだが、彼らなら十分に時間を稼いでくれるだろう。これから始まる戦いに高揚していたのか、つい似合わない言葉を吐いてしまう。

 

 

「悪ぃな。あんたらにも俺の我儘に付き合わせちまって」

 

「貴方に、神の加護があらん事を」

 

 

神官の男が、真面目腐った顔で言う。

普段なら、「何を辛気臭い事を」と鼻で笑うような内容だ。何せ、自分は神も悪魔も何も信じちゃいない。自分が信じるのは己の剣のみである。

 

 

だが。

今日ばかりは。

その加護とやらに―――

 

 

「出る。後は任せた」

 

「……我儘なんかじゃないさッ!」

 

 

リーダーらしき男の声に、思わず振り返る。何か悲痛なものが混じった声だった。

周りの仲間達も驚いたように男の顔を眺めたり、声をかけている。

 

 

「男なら、あんたみたいに思うのが当然だろ……負けたまんまで、何も、先が見えないままで……そんなんで人生終われるかよッ!」

 

「そうだな。男ってのは、そういう馬鹿の集まりらしい」

 

「勝てよ……勝って、道を切り開いてくれよ。俺が絶対、邪魔なんか入れさせやしないから!」

 

 

思う所は沢山ある。こいつもワーカーとして、辛酸を嘗め尽くしてきたのだろう。

夢と希望に燃え、そして何処かで突き落とされた男の顔だった。

野盗にまで身を落とした俺に、何処かで自分を重ねているのかも知れない。男の顔にはうっすら涙すら滲んでおり、俺はそれに対して、かける言葉がなかった。

 

 

「どうせなら、こんな時には女に泣かれたいもんだが……どうにも女に縁のない人生らしい」

 

「なら、私が泣いたげよっか?嘘泣きだけど」

 

「……私も、泣いてもいい」

 

「ハハっ、良いチームじゃねぇか。大切にしろよ、そこの泣き顔」

 

「泣いてねぇよッ!」

 

 

軽く手を振り、騒ぎの中心へと近づく。

大きな松明が幾つも並べられた中で、まるで俺を待っていたかのように。

 

 

―――――その男が居た。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(ブレイン・アングラウス………)

 

 

忘れる筈もない。忘れようのない、男の顔。

数年ぶりに見たその顔は、あの頃より一層、精悍さが増している。一種の獣じみた凶暴性の中に、豹や獅子などの“しなやかさ”まで感じさせる、惚れ惚れとする姿であった。

 

 

「ブレイン・アングラウス………久しぶり、と言うべきか」

 

「あァ、久しぶりだな、ガゼフ・ストロノーフ。お前に、再戦を申し込みたい」

 

 

瞬間、アングラウスが隼のような速さでこちらへ踏み込み、腰の刀を一閃させた。

続けざまに放たれる剣閃をかわし、大きく距離を取る。

気が付けば、部下達から大きく引き離されている自分が居た。殺気も何もない剣だったが、つまりはそういう事か……。

 

 

「隊長!」

 

「構わん!お前達は目の前の八本指の事だけを考えろ!」

 

「バカな事をおっしゃらないで下さい!」

 

「みな、隊長を守れ!方円陣!」

 

「「おぉッ!」」

 

「―――――悪ぃが、そこまでだ!」

 

 

暗闇の中から矢のような速さで四人組が飛び出し、こちらへ駆け付けようとする部下達の前に立ちはだかった。双剣を持つ男、神官、弓兵、魔法詠唱者。

冒険者か、ワーカーであろう。その動きには無駄がなく、隙が無い。

 

 

「悪いな、ストロノーフ。今回ばかりは、邪魔立てされたくねぇんだわ」

 

「そうか……ならば、是非もない」

 

 

自分も剣を握り締め、アングラウスと対峙する。

この男が相手では、もう一瞬たりとも目が離せない。周囲を忘れ、完全に集中しなければ自分の首が瞬時に落ちているだろう。

御前試合で勝てたのも紙一重であったし、もう一度戦えば、負けていたのは自分かも知れない。

この男と、自分に、差など全くないのだ。

 

 

「お前に勝つ為に、俺はそこからの人生、全てを捨てた……今じゃ野盗の用心棒さ」

 

「アングラウス……お前程の実力があれば、いつでも俺はお前を王家に―――」

 

「よせよ、俺が宮仕えなんて出来るタマかよ。自由に、やりたいようにやって、何処までも気楽に、強さだけを求める人生……俺ァ、それで良いんだ」

 

 

アングラウスが刀を鞘へと戻し、居合いの構えを取る。

顔が引き攣ってくるような緊張感。汗を流す事すら我慢しなければならない空間へと突入した。

流れた汗が目に入れば、それだけで死ぬ。

 

 

「辛い日々でもあったけどよ……今思えば、案外悪くなかったのかもな。根が風来坊な俺には、あんな無頼な生活しか出来なかっただろうしよ」

 

「お前の身軽さが、羨ましくもある。だが、俺は目の前の一つ一つを捨てる事が出来なかった」

 

 

長い沈黙と、風を切るような音―――気付けば、互いの刃がぶつかっていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「今回ばかりは最初っから、全力で行く………ッ!」

 

 

ヘッケランが武技《限界突破》を発動させる。

全身の肉という肉が悲鳴をあげるように“捻れた痛み”を発したが、これにより、ヘッケランの力量を遥かに超えた武技の同時発動が可能となった。

 

《肉体向上》《痛覚鈍化》《豪腕剛撃》

 

ヘッケランがまるで弾丸のように飛び出し、目の前の大盾を持った男に剣を叩き付ける。

幾つもの武技が乗った一撃に耐え切れず、大盾ごと男がふっ飛ばされた。

 

 

「まだまだぁ―――ッ!《双剣斬撃》」

 

 

隊列が乱れた所にヘッケランが更に双剣を旋回させ、武技を叩き込む。次々と剣や槍が吹き飛ばれ、戦士長の部下達が無力化されていく。

イミーナもそれを見て次々と鎧の隙間を狙って矢を放つ。激しく動いている人間に対し、彼女の放った矢は狙いを外す事無く、狙った場所へ吸い込まれていく。

彼女も最初から幾つもの武技を発動させているのだろう。

 

アルシェが杖を振り上げ、何度か土壁を叩く。

フォーサイトのメンバーだけに通じる合図である。瞬間、全員が強く目を閉じた。

 

 

「………光よ!《閃光/フラッシュ》」

 

 

アルシェの放った魔法に、戦士長の部下達が目を押さえ、それを見たロバーデイクとヘッケランが次々と手から剣を叩き落し、遠くへと蹴っ飛ばしていく。実に泥臭い、しかし、堅実な戦い方であった。彼らが目を開けた時には、もう武器がないのだから。

戦場でこれ程に恐ろしい事はない。

 

 

「……強化!《鎧強化/リーンフォース・アーマー》」

 

「静謐なる神よ!《軽症治癒/ライト・ヒーリング》」

 

「……まだ!《下級敏捷力増大/レッサー・デクスタリティ》」

 

「深き眠りへ!《睡眠/スリープ》」

 

 

その合間を縫うように次々とアルシェとロバーデイクが補助魔法を唱える。

数は戦士長の部下達が圧倒的であったが、短時間に限定した戦いとなれば、完全にフォーサイト側が向こうの面子を押さえ込んでいた。

 

 

(アングラウス………)

 

 

ヘッケランは背後で行われているであろう戦いが気になったが、全力で時間稼ぎへと集中する。

自分達が死力を尽くせば、まだ時間は稼げる。

あの男にいつしか自分を重ねてしまっている事を恥じながらも、ヘッケランは剣を振るった。

 

自分達は負け犬だ。

何処かで世間からこぼれて、落っこちて。もう這い上がれなくなった人間の集まりに過ぎない。

ロバーデイクは将来有望な神官であったのに、弱者の救済を掲げて神殿から目を付けられ、エリート街道から突き落とされた。アルシェも愚かな両親に借金を背負わされ、エリートしか入れない帝国魔法学院を中退する事になったのだ。

 

イミーナに至ってはハーフエルフというだけで差別や蔑視の対象となり、どれだけ実力があろうと実績があろうと、認められる事のない生涯を強いられた。自分もまた、夢に燃えて冒険者になったは良いが、すぐに現実の壁にぶつかり、いつしか食っていくためにワーカーへと身を落としたのだ。

 

這い上がれない。

一度落ちると、もう戻れない。

現実の壁が。

余りにも分厚すぎて。

 

 

(アングラウス……俺達はずっと、負け犬のままなのか?)

 

 

違う。

どうか、違うと証明して欲しい。

その為に、自分もまた、ここで命を賭けるから―――!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

息が詰まるような狭い空間で、剣戟が響く。

アングラウスの居合いの構えは崩れず、既にその視線はこちらを見る事すらない。

その顔は地を見るようにして固定されており、こちらの気配や影を見て刀を振るっているのだろう。相手を見ずして刀を振るう―――既に完成された武の形であった。

 

 

(どれほどの修練を積めば、これ程に………)

 

 

ガゼフは奥歯が砕ける程に歯を食い縛った。

 

 

 

一方、アングラウスもストロノーフの隙の無さに歯噛みする思いであった。

既に半径3メートル以内の全てを把握し、対処する武技《領域》を展開させており、そこへ入ってくる剣を全て弾いている。

ストロノーフが踏み込んでくれば、高速で刀を振り抜く《瞬閃》も何度か放った。

虎であろうと、どんなモンスターであろうと、この構えに突っ込んできた相手は斬り伏せる自信があったし、現に斬り伏せてきたというのに……。

 

 

(国に、民に、両手一杯のお前が何故……)

 

 

余計なものを背負わず、強さだけに全てを捧げてきた自分の刀が何故、届かない―――?

アングラウスもまた、じわじわと炙られるような焦燥の中にいた。

 

 

膠着しつつあった勝負に、一つの転機が訪れる。

ここから離れた区画から、大きな衝撃音が響き渡ったのだ。地の底を割るような音を境に、二人の距離が近づき、更に剣戟の速度が増していく。

もはや常人には目で追う事も出来ない高速の剣戟。武の極地とも言える祭典であった。

 

ブレインの放つ《瞬閃》を、ストロノーフが《流水加速》で皮一枚を裂かれながら回避し、互いに《即応反射》を発動させ、体をぶつけるようにして一合、二合、三合と剣を叩きつけた。

辺りに火花が散る中、ストロノーフが満を持して、かつてアングラウスを破った《四光連斬》を放つ。そして、驚く事に見様見真似でアングラウスも《四光連斬》をぶつけてきたのだ。

 

 

「馬鹿な……何故……」

 

「ハハっ、威力はそっちが上だが、精度はこっちが上っぽいな?」

 

 

弾き返したのは良いものの、威力は流石に本家の方が上らしく、アングラウスがたたらを踏みながら笑う。酷く楽しそうな顔であった。

自分がかつて敗れた技を、同じように返したいとずっと思っていたのかも知れない。

 

 

「さて、こっちもお返しに“芸”を披露しようかね……」

 

 

アングラウスが居合いの構えに戻り、静かな笑みを浮かべた。

それに危険なものを感じたストロノーフは、疲労の色が濃くなってきた体に鞭を打ち、全ての武技を切って《可能性知覚》のみを発動させる。

第六感を強化するものであり、精神力を根こそぎ奪う大技であった。

 

 

アングラウスが《領域》を展開し―――

高速で刀を振り抜く《瞬閃》すら超えた《神閃》を併せて放つ神技を発動させる―――

 

 

 

「秘剣―――――虎落笛ッッ!」

 

 

 

ストロノーフの視界に白い線が流れるように走り、僅かにそれを避けるように首を捻る。

その後、左の肩当て部分が鮮血と共に吹き飛んだ。

 

 

「ぐ………!」

 

 

堪らずストロノーフが膝を突き、その姿が無防備となる。

アングラウスの放った秘剣は鎧を紙のように切り裂き、肉を深々と抉っていた。《可能性知覚》を発動させていなければ、その首はコロリと音を立てて落ちていたであろう。

 

 

「その首、貰い受ける―――ッ!」

 

「ま、だ……!」

 

 

アングラウスが更に《瞬閃》を放ち、体を捻りながら回避したストロノーフの右脇腹から派手に鮮血が噴き出した。もはや鎧が鎧の役目を果たしていない状態である。

ストロノーフの全身が鮮血で染まり、それを遠目から見た部下達が悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

(ここで倒れる訳には………)

 

 

自分がここで倒れれば、この国はどうなる?

いや、遠くで戦っている部下達など、今現在も危機が迫っている。

そして、邸宅に預かった傷付いた女性達。それらもまた、八本指が全員連れて行くだろう。見せしめとして、更なる過酷な環境で働かせるに違いない。

 

目の前のブレイン・アングラウスを見る。

この男は八本指と本質的には何の繋がりもないだろう。剣を見ていれば分かる。

これ程に剣を突き詰め、修練を重ねられる男が、あんな集団と折り合っていける筈がないのだから。だからこそ、自分はここで倒れる訳にいかない。

自分がここで敗れれば、この男は道に迷い、迷走するだろう。その先には悪名に塗れた、悲惨な暗い道が見えるような気がしたのだ。

 

負ける訳にはいかない。

この男の為にも。

 

全身から流れる血に意識が遠のく中、最後の力を振り絞って剣を構える。

アングラウスもまた、それを見て居合いの構えに戻った。

触れたら火を噴くような凶暴性の中に、完成された武の芸術性が矛盾せずに溶け合っている。

もうアングラウスは地を見ていなかった。

自分の、眼だけを見ている。その姿を―――――素直に、美しいと感じた。

 

 

(これ程の男が隣に居れば、どんなに……)

 

 

そんな甘い夢想が頭に浮かぶが、詮無き事である。

自分は自分の道を歩み、アングラウスはアングラウスの道を歩んだ。

そこに、《もしも》はない。

だからこそ、自分は大声で叫ぶ。アングラウスに聞こえるように。その耳に叩き付けるように。

 

 

「俺は王国戦士長!この国を愛し、この国を守護する者!この国を汚す八本指などに負けるわけにいくかぁぁぁぁぁぁ!」

 

「吼えたな、ストロノーフ―――――ッ!」

 

 

全身の力を全て使い、《四光連斬》すら凌駕する《六光連斬》の発動に入る。

余りの手数故に命中が定まらず、集団戦や乱戦の中でしか使えない大技だ。それを、あえてアングラウスという稀代の“個”へ叩き込む。

奇しくも、左腕にはもう力が入らず、まさに添えるだけの状態であった。

 

全ての景色がスローモーションになる中、やけにハッキリと音が聞こえる。相手の表情の変化も。遠くから響いている轟音も、何処からか聞こえる叫び声も。

振り上げた剣が、もどかしい程に遅い。アングラウスの動きも、酷く緩慢だ。

 

 

 

流れる景色の中、一つ一つの色彩が消え、風景がセピア色へと変化していく。

視界一杯に、緩やかに回る風車が映り。

その隣には麦穂が揺れていた。

その麦の中に隠れるようにして、一人の少年が必死に木の棒を振っている。

あれは、剣の修行だろうか

きっと、母親に見つかれば怒られるのだろう

あぁ

この少年は

自分であったのか

それとも

アングラウスであったのか―――――

 

 

 

横払 ― 弾かれる。

斜払い ― 弾かれる。

真っ向斬り ― アングラウスの右肩から胸までを切り裂いた

斜刀 ― 下から巻き上げた剣がアングラウスの右足首を斬り飛ばす

縦刀 ― 振り下ろした剣がアングラウスの左手首を落とす

横刀 ― 払った剣がアングラウスの左腿を深々と切り裂いた

 

 

 

六つの閃を振り抜いた時―――――全てが終わっていた。

アングラウスの身体がぐらりと揺れ、それを抱えるようにして自分も膝を突く。自分も酷いが、相手の出血も凄まじい。自分の胸元でアングラウスが目の醒めるような赤を吐いた。

 

 

「は、はハ……強ぇなぁ……ストロノーフ」

 

「アングラウス……」

 

 

体温が急速に下がっている。このままでは、すぐに死を迎えるだろう。

自分で斬ったというのに、アングラウスという男が死ぬという事に、改めて狼狽する。この男を、こんな男を本当に死なせて良いのだろうか?

 

 

「まだ、間に合う……すぐに、神殿の人間を呼んでやる……」

 

「ばァか野郎……お前は俺の武を、剣を、侮辱する気かよ………」

 

 

その言葉に胸が詰まる。

自分とて、全力を出して戦った結果が敗北であるなら、その死を受け入れるだろう。それを覆す事は、何よりも自分の半生を費やしてきた剣への侮辱であり、否定である。

 

 

「お前は、国も民も、王様も、何もかも両手一杯に抱えて……そのまま、強く、なっちまったんだな。俺にゃ、真似出来っこねぇよ……俺には、とても……」

 

「ア、アングラウス……もう、しゃべるな……」

 

 

何故だろうか。

両目から涙が溢れ、込み上げてくるものに耐え切れなくなった。

あの時、一瞬見えた風景は、あの少年は。

やはり自分であり、やはりアングラウスであったのだ。互いに平民で、何の変哲もない農家の倅として生まれ―――そして、ここに二人して立っていたのだ。

何度拳で涙を拭っても、視界がもう、歪んで戻らない。

 

 

「なぁ、あの四人、組は、関係ない奴らでな……見逃して、やってくれねぇか」

 

「わかった……分かったから、もう……」

 

「ハハ、何で、お前が泣いてんだか……今日はやけに、泣き虫ばかりに会うんだな……」

 

 

急速に冷えていく体温に、自分の脳も凍り付いていく。

この男は、アングラウスは……完全に自分の死を受け入れている。

その姿に、胸が張り裂けそうに痛んだ。

 

 

「ア、アングラウス……!死ぬな……死な、ないでくれ……頼むッ!」

 

 

とうとう愚かな言葉が口をつく。

こんな言葉は相手を侮辱しているに等しいものだと……誰よりも俺が分かっている筈なのに!

 

 

「お前に、もっと……早く会いたかったなァ―――――」

 

 

その言葉に、遂に感情が決壊する。

この気持ちを、説明出来ない。

まるで自分自身を失うような、この感覚を……。

 

その言葉を最後に、アングラウスの全身から力が抜け………

閉じられた目が開く事は、二度となかった。

 

 

 

 

 

[ブレイン・アングラウス ― 死亡]

 

 

 

 




彼がこの先、蘇生する事はありません。
本人も蘇生を拒否するでしょう。





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覇者の道

―――王国 戦士長邸宅前

 

 

「隊長!」

 

「ご無事ですか!」

 

「は、早く治療を……!だ、誰か!魔法詠唱者を呼んでこいっ!」

 

「それより早くポーションを!誰か持ってないのか!」

 

 

邸宅前で、慌しく部下達が動いている。

無敵とも言える強さを誇った自分達の隊長が、信じ難い程の深手を負っているのだ。それを見た全員の気が動転し、動きがぎこちない。

そんな騒ぎの中、フォーサイトの四人も体が固まったようにその場から動けずにいた。

 

 

(アングラウス……)

 

 

ヘッケランの胸に感じた事のない感情が満ちてくる。

戦士長の胸元で、眠るようにしてアングラウスが息絶えていた。

あれ程に勝利を願い、自分も死力を尽くし、全員が持てる力の全てを出し切った……と、思う。

だが、アングラウスは敗れた。

あれ程の稀代の剣豪すら、ガゼフ・ストロノーフという分厚い現実の前に散ったのだ。

 

 

(なのに、何でお前は……そんな満足そうな顔で……)

 

「勝ち負けじゃないんだよ、きっと」

 

 

横に来たイミーナが妙に哀しそうな顔で言う。その横顔には色んなものが含まれている気がして、いつものように軽口で返す事が出来なかった。

生まれた時からずっと蔑視の目で見られながら育ってきた彼女だからこそ、何か感じるものがあったのかも知れない。

 

 

「負けたけど、満足したんじゃん?きっと」

 

「負けて……満足、か」

 

 

分からない。そんなものが本当にあるんだろうか。

自分はずっと勝ち負けにこだわってきた。俺達を見下し、嗤って来た連中をいつか見返してやりたい一心で生きてきたのだ。そんな急に、悟りを開いたような心境にはなれそうもない。

 

 

「貴方の悪い癖ですよ、ヘッケラン。人生には勝ち組や、負け組なんてものはないのですから」

 

「何だよ、ロバーデイクまで。説教のつもりか?」

 

「こう見えて元・神殿の人間ですからな。説教はお手の物ですよ」

 

「………お布施しなきゃ。はい、黄銅板1枚(250円)」

 

「う、うーむ……この金額では神は納得しないでしょうな………」

 

 

ロバーデイクとアルシェのやり取りに顔がほぐれ、ゆっくりと肩から力が抜ける。

勝ちも、負けもない、か。

そう、だな……そうかも知れない。

じゃなきゃ、アングラウスの満足そうな顔に説明がつかない。

 

勝ちだの、負けだの、そんなものは他人が決めるんじゃなく、最終的に決めるのは自分自身なのだろう。俺は自分に自信が持てず、勝手に自分を負け犬だと決め付けていたのかも知れない。

 

 

(他の誰でもなく、自分が自分を“負け”に追いやっていたのか……)

 

「貴様ら、そこを動くなっ!」

 

「八本指に雇われた連中だな……只で済むと思うなよ」

 

 

そんな事を考えてる間に、大勢の騎士達に囲まれていた。ちょっとのんびりし過ぎたか。

だが、チームの皆を見ても誰も絶望はしていない。

ここからでも、どんな状況からも生き抜いてやるという気迫に満ちた顔だ。

 

 

(何て頼りがいのある仲間達なんだか……)

 

 

こんな悲惨な状況だというのに顔がニヤけてくる。

なぁーにが、勝ちも負けもないだ。

こんな最高のメンツとチームを組んでいる俺は……もう、既に最高の勝ち組だろうがッッ!

力を振り絞り、双剣を構える。絶対に誰一人、殺させやしない!

 

 

「全員、打ち合わせ通りに行くぞ!」

 

「あいよ!」

 

「えぇ、問題ありません」

 

「……了解」

 

 

全員の声を聞いて走り出す。

だが、意外な所から聞こえた声に自分達も騎士達も動きを止めた。

 

 

「よせ………その四人には、手を出すな!」

 

「隊長!?」

 

「どういう事です、隊長?」

 

「アングラウスとの………約束だ。君達が誰かは知らんが、あの男との約束を破る訳にはいかん」

 

 

その不意の言葉に、胸が詰まる。

たった一言か、二言の言葉を交わしただけだというのに、あいつは俺達の事を……。

 

 

「なるほど……なら、仕方ないですな」

 

「隊長の義理堅さは筋金入りさ。それこそ、アダマンタイトより固いときてる」

 

「お陰で貴族連中ともよく揉めたよなー。俺としちゃ大歓迎だわ」

 

 

戦士長の部下達が笑いながら次々と剣を収める。

この戦士長……いや、ガゼフ・ストロノーフという男には余程、人望があるのだろう。その言葉を聞いた騎士達が何も不平を言わずに次々と剣を下げ、その言葉に従ったのだ。

ついさっきまで刃を交えて戦っていた自分達を前にして、である。

 

人間を極限状態にまで追いやる戦場で、これは異常だと言って良い。威令なんてレベルじゃなく、殆ど《神通力》に近いのではないのか。

 

 

(帝国が……この男に戦場で負けっぱなしなんて、当たり前じゃないか……)

 

 

戦場でこの男が率いる部隊など、帝国からすれば悪夢の軍勢でしかないだろう。この男の指示に一糸乱れず、死も恐れずに火の中でも水の中でも突っ込むに違いない。

誰もが戦功をあげ、「生きて帰ろう」としている中で、こんな死兵集団とぶつかったら瞬時に溶けるか、壊乱するしかない。

 

 

「やれやれ、アングラウスも不甲斐ない事ですね……」

 

 

その言葉に振り向くと、“千殺”と名乗った男が酷く不機嫌そうな顔で立っていた。態度と良い、顔付きと良い、最初に見た時からどうも気に食わない男だったが……。

アングラウスや戦士長、その部下達を見た後だと余計にムカムカする面だ。

 

 

「では、手負いのストロノーフは私が頂くとしましょう。蒼を切り刻みたかったのですが、今回は我慢するしかありませんね……今頃、頭領が全員をミンチにしてしまったでしょうし」

 

 

その言葉に騎士達が色めき立ち、即座に戦闘態勢に入る。

人を揶揄する言葉で「忠犬」と言う言葉があるが、ここの騎士達は全員が忠犬らしい。

こりゃ、戦わずに済んで助かったかもな……。

 

 

「八本指が、生きて帰れると思うな!」

 

「我らの隊長には指一本、触れさせん!」

 

「ふん、雑魚が何匹集まろうと、我ら六腕に勝てる筈もない。そこの戦士長殿がお分かりでは?」

 

 

確かにいけ好かない野郎だが、こいつの実力は確かだ。

それに持っているレイピアも、かなりえげつない代物である。強力な魔法効果がエンチャントされているようだし、その先端には毒でも塗っているのだろう。

魔物の巣で何度か嗅いだ事のある、毒物を持つモンスターの匂いがするのだ。

 

 

「私に唯一勝てたかも知れないストロノーフがその有様ではね。私を倒せる者はもう居ない」

 

「―――――ここに居るぞ!」

 

「おやおや、これは勇敢な蒼のお嬢さん……歓迎しますよ?」

 

 

中空から魔法詠唱者と思わしき小さな少女が姿を現す。

アルシェよりも年下に見える、まんま子供だ。

しかし、あの自信満々の態度に、悠々と飛行しているところを見ると侮れない。魔法詠唱者の姿形に惑わされては痛い目に遭う……自身が経験してきた事だ。

ましてアルシェを若いと侮り、自爆してきた連中を何度も見てきたのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

――‐少し前

 

 

イビルアイはペイルライダーと名乗った魔神クラスの化物を追っていた。

その遥か上空で非実体化し、今度は気配を覚られぬように万全の状態でイビルアイを見つめているペイルライダーが居る。追っているのか、追われているのか、もうよく分からない。

 

 

(ダニどもはいつでも始末出来る……まずは、姫君をこの騒ぎから守らなければ)

 

 

ペイルライダーが優先順位を決め、一つ一つの行動をこなしていく。

集めた首領達はレイスに管理させている。今頃は地獄のような悪夢でも見ている事だろう。

御方を不快にさせるなど、当たり前ではあるが楽に死なせるつもりなどない。

先程は「緊急事態」ゆえに例外的にその場で始末したが、あのダニは実に幸運であった。

 

 

(他のダニは、如何にしてくれようか……)

 

 

殺し方なら万と浮かぶ。苦しめ方も億通りあるだろう。

だが、何よりも大事なのは《御方に喜んで貰う事》であり《御方の為に役立つ事》である。

怒りの余り、己の気持ちを優先させるなど、あってはならない事だ。

 

 

(あのダニどもを、どう始末すれば御方は一番喜ぶのか……)

 

 

当然、直接聞く訳にはいかない。

そのような下らぬ事を聞こうものなら、そんな判断すら出来ぬのかと「失望」されるであろう。

想像するだけで腹の底から震えがくる。

いずれにせよ、簡単に殺すのではなく、全てを絞り尽くしてから殺すべきだろう。

 

 

(しかし、あの姫君は……)

 

 

改めて、直接見た姫君の事を考える。

当初は真祖であると思っていたが、やはり少し違う。

真祖といえば超が付く希少種であるが、それすら超える何かを感じるのだ。言うなれば……それは王族とも言える気配であり、他とは一線を画した存在である。

 

 

(吸血種の……姫君……さしずめ、吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)といったところか)

 

 

偉大なる創造主様の后として、これ程に相応しい存在はいないであろう。他にも大切に思われている存在が居たが、自分は断然、あの姫君を推す。

 

 

実はペイルライダーの推測はあながち間違っておらず、確かに彼女は吸血姫であった。

世界でも10指に入るような超希少なタレントを持っており、その所為で彼女は人間から吸血姫となり、数奇な人生を歩む事となったのだ。その希少性もあって、彼女は平たく言えば、ペイルライダーが考える后候補的な意味での「推しメン」とも言える。

そして、そんな彼女に武器を向けようとするダニが再度、視界に入ったのだ。

 

 

(いかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっっ!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(魔神………!)

 

 

イビルアイが体を固くし、全員が舞い降りてきた“地獄”に身を震わせた。

酷い。酷過ぎる。

その気配が、力が、存在が、何もかもが圧倒的すぎた。

 

フォーサイトの面々が、まるで腰でも砕けたかのように尻餅をつく。立っていられないのだ。

騎士達は呆然とし、剣を握ったまま固まってしまった。体を動かす事も、思考する事すら出来なくなった状態であり、まさに放心状態である。

フォーサイトの面々は仕事上、危険に敏感であり、騎士達は命知らずで危機に対し鈍感だった。

 

が、ほんの少しのキッカケで、次は恐慌や錯乱状態に陥るだろう。

無理もない。

誰がこの地獄を前にして平静で居られると言うのか。

 

 

その“地獄”が千殺へと目を向けた。

既にその視線だけで万の人間の動きを止め、発狂させる事が出来るだろう。

 

 

「ゼロが飼っている地虫であったな―――天帝の名の下に、貴様ら八本指の誅殺を行う」

 

「………お、おた、お助けを……」

 

「―――せめてもの慈悲として、愚か者の名を聞こう」

 

「ま、マリュ、まる、ム………」

 

 

千殺が哀れな程に動揺し、声と体を震わせていた。

ヘッケラン達は千殺に対し、先程まではいけ好かない男だと思ってたが、こうなるといっそ哀れである。何があの化物の気に障ったのか、その視線は千殺に固定されているのだ。

 

 

「いや、だ……死にたくない!死にたくない!」

 

 

千殺が狂ったように叫んだが、それに応えてくれる部下達など誰も居なかった。

八本指のゴロツキ達は逃げる事も、立ち上がる事も出来ず、ただ視線を地面に固定させ視界に入らないように全身全霊でその身を小さくさせている。

 

 

「ひひゃぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 

死への恐怖感に耐え切れなくなったのか、千殺が目を見張るような速度でレイピアを突き出す。

彼の持つレイピア《薔薇の棘/ローズ・ゾーン》には恐るべき魔法効果が付与されている。

一つは《肉軋み/フレッシュグラインデイング》だ。周りの肉を捻りながら中へと食い込んでいく恐ろしい力。そして《暗殺の達人/アサシネイトマスター》の効果。

傷口を開く事で、ほんの少しの傷でもより深手となる魔法の力である。

 

そして、レイピアの先端には致死の猛毒がべったりと塗られており、その突き技は超一級品。

突きだけならばガゼフ・ストロノーフを超え、幾つもの武技が乗った閃光の突き技は、漆黒聖典の実力者であるクレマンティーヌに近い。

 

―――が。

その突きを受けた巨馬は不快そうに小さな嘶きを上げただけである。

肉を抉るどころか皮一枚すら引き裂けず、圧力に耐えかねたようにレイピアが撓み、ガラスが割れるような音を立てながら粉々に砕け散った。

 

 

「死にも誇りがある―――――が、うぬのようなカスには不要よッ!」

 

 

その声に巨馬が怒り狂ったように嘶き、その足を高々と振り上げる。

そして、地を這う地虫に雷でも落とすようにして、そのまま振り下ろした―――!

ベギャン!と形容しがたい音と共に、千殺の全身が巨馬の蹄に押し潰される。気が付けば千殺という男の姿は何処にも無く、赤黒い液体と染みだけが残されていた。

 

 

「拳を振るう価値もないわ」

 

 

圧巻であった。

今も尚。

目の前で起きた事が、夢のようで。

全員の目から光が消え去っていた。

 

 

「お前は、何者だ……この国に、仇なす存在なのか……?」

 

 

ただ一人、ガゼフ・ストロノーフが静かに立ち上がり、騎兵の目を真正面から見ていた。

その体からは今も流血が続いており、顔は青く、息も荒い。

 

 

「愚かな……この世界の全ては天帝の物であり、貴様らが所有している物など一つもない。大地も、木々も、空も、星も、生きとし生ける命も、大気も、石コロに至るまで、全てが天帝の所有物なのだ。貴様らなど、尊く寛大なる慈悲をもって《たまたま》生かされているだけに過ぎん」

 

―――尊き、至高なる御方の慈悲に咽び泣いて感謝する事だ。

 

 

最後にそう付け加えた言葉に、全員が絶句する。

違う。

余りに違いすぎる。その思考も、スケールも、何もかもが違いすぎて理解が追いつかない。

この大陸には幾度も王や皇帝と言われる存在が誕生したが、彼らとてよもや、星や空や大気まで支配しようなどとは考えた事もないだろう。

そんな存在がいれば、間違いなく狂人である。

 

が、その狂人が恐るべき力を持っていれば―――それは、現実のものとして動き出すのだ。

 

 

「この国に手を出すというならば……敵わぬまでも、一剣をもって抗うまでッ!」

 

「ほぅ……その言や良し」

 

 

傷だらけの体を引きずり、戦士長が《六光連斬改》とも言うべき、神技を放つ―――!

6つの煌くような閃光、その全てを騎兵が受け止める。

だが、その体は微動だにせず、いささかの衝撃すらも受けていないようであった。恐るべき眼光が戦士長を見据えた時、大勢の騎士達が我に返ったように立ち上がり、一斉に声を張り上げた。

 

 

「待ってくれ、隊長!」

 

「俺達はいつでもあんたと共に死ねる!一人では行かせない!」

 

「我らもお供する!」

 

「総員……隊長に続けぇぇぇぇぇ!!」

 

「「おぉぉぉ!」」

 

 

 

「意思を放棄した人間は人間にあらず―――ふん、猛き者どもよ」

 

 

 

騎兵が小さく呟き、緩やかに手を振るう。

同時に切り裂くような轟音が周囲へ広がり、騎兵を中心にして衝撃波が発生する。

騎士達が吹き飛ばされ、飛び掛かってきた戦士長に対し、騎兵が指一本をもってその胸を突いた。瞬間、戦士長の体が錐揉みながら吹き飛ばされ、地面へと転がる。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ―――――男なら強くなれ。強く、な」

 

 

余りの光景にフォーサイトもゴロツキも固まったが、イビルアイがとうとう声をあげる。

幾つもの魔法を唱えているのだろう。

その体が―――途方もない大魔力で青白く光っていた。

騎兵はそれに対し、何も言わずに背を向ける。まるで眼中に入っていないような態度であり、その背中は酷く無防備であった。

 

 

「待て、何処へ行くつもりだ………ッ!」

 

「我が剣と拳は、女に振るうものに非ず―――――!」

 

「何だと……貴様、私を馬鹿にしているのか!」

 

「ふん、女子(おなご)なら……戦うより、男を支える事を考えるのだな」

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

それだけ言うと巨馬が高々と飛び上がり、ゴロツキが集まっていた辺りに轟音と共に着地する。

巨馬の蹄によって五人余りが押し潰され、衝撃で数人の体がバラバラに千切れた。

そして、その両拳を腰に引き付け、恐るべき力を解放する。

 

 

 

「―――――北斗羅裂拳ッッッ!」

 

 

 

目にも留まらぬ数百発の拳が辺りに吹き荒れ、それに触れたゴロツキが一人残らず破裂した。

数瞬後―――周辺には血溜まりが溢れ、鎧や何処かの肉が無造作に散らばる地獄絵図が出来上がったが、それを見た騎兵は一つ頷いただけで、その姿を煙のように消した。

 

 

「くっそぉぉぉ!」

 

 

その場に残されたイビルアイが、後を追う気力を失ったように膝を突く。

誰もがその姿を見て、肩を落とした。責める者など誰も居ない。

ただ、その場を圧倒的な無力感だけが支配していた。

 

その後、残された八本指が次々と戦士長の部下達に捕らえられ、邸宅前は静けさを取り戻したが、そこには勝利の余韻はなく、明け方に近づいた空も未だ王国を照らせずにいた。

 

 

 

 

 

[ガゼフ・ストロノーフ ― 生存]

[戦士長部下 ― 怪我人多数]

[フォーサイト ― 生存]

[八本指実行部隊、増援部隊 ― 壊滅]

 

 

 

 




鼓動や花火、共有記憶の影響を受け、覇者の道を歩み続けるペイルライダーさん。
コキュートスのように煌きを放つ存在には少しだけ優しいです。

そして、次話はいよいよ、満を持してあの男が登場……!
記念すべき50話にて、動乱編の一部が収束します。
壮大な締めくくりとして、何と驚きの1万字超えでお届け。
お菓子や酒を片手に、週末のお供にでもなれば幸いです。





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闇を切り裂く者

王都 中央通り

騎兵が戦士長邸宅前に現れる、少し前―――

 

 

ゼロの部下達をあらかた捕縛し、ラキュースとイビルアイは短い打ち合わせを行っていた。

時間が惜しい。こうしている間にも、八本指の手下が一部で暴れており、ペイルライダーと名乗った魔神級の化物が王都を徘徊しているのだ。

 

 

「ラキュース、私は奴の気配を追う……そっちは宿へ向かってくれ」

 

「無理はしないでね……危ない時は、引く勇気も必要よ」

 

「心配するな、私には転移がある」

 

 

イビルアイはそれだけ言うと、軽々と飛び上がって屋根から屋根へとその身を移していった。

ラキュースも全力で最高級と謡われた宿屋へ向かう。

先程会った騎兵程ではないが、あの辺りからおぞましい死の気配が漂っているのだ。

それも、自分が一度感じた事のある気配。あれ程の気配の持ち主を自在に扱える機関と、ウルベルニョという存在にラキュースは改めて戦慄した。

 

 

(あの騎兵は、ウルベルニョの事を“天帝”と呼んでいたわね……)

 

 

―――――天帝

 

 

改めて、何と恐ろしい響きであろう。

天を支配する帝である、とでも言いたいのだろうか?

まさに神をも恐れぬ所業である。

そして……この国は、この世界は、その恐れを知らぬ怪物に虎視眈々と狙われているのだ。

 

 

(皆、私が行くまで無事で居て………!)

 

 

ラキュースはただ、祈るような気持ちで宿屋へと走った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都郊外 探知防御!要塞と化した倉庫先輩

 

 

「起きろ、ハムスケ!」

 

「うぅーん……某はまだ眠いでござるよぉ……」

 

「お前、あの騒ぎの中でよく寝てられるな………」

 

 

要塞と化した倉庫で、モモンガがハムスケを起こしていた。

転移で宿屋の魔獣小屋へと行き、寝ていたハムスケを連れて倉庫へとまた転移したのだ。まんま大きなペットを連れた引越し作業である。

王都での騒ぎを見ていて、そろそろ自分の出番が近いと思ったのだ。

 

 

(どうせやるなら、良い登場をしないとな……)

 

 

若干恥ずかしくもあるが、機関だの何だのを誤魔化しつつ、知ってる人を守るにはこれしかなかったのだ。普段、魔王ロールをしていたのだから、今回ばかりはその演技力を全開にするしかない。

ロールプレイをするコツは、1にも2にも、恥を捨てる事だ。

そして、自らのロールに周囲を巻き込んでしまう事。これは実際にユグドラシルでロールをやって掴んできた実感でもある。問題があるとすれば……。

 

 

(あれはゲームだから良かったけど、生身でやるって事なんだよなぁ……)

 

 

問題はまさに、それに尽きる。

只でさえ、変なスキルの所為で妙なイメージを持たれてるってのに、今回はトドメになるだろう。

だが、自分の撒いた種は―――自分で刈り取らなければならない。

それが、彼女とした約束だ。

 

 

「それで殿、某は何をすれば良いのでござるか?」

 

「あぁ、耳を貸してくれ」

 

「ちょ、殿!こそばゆいでござるよ!きゃふふっ!」

 

「コラ、笑ってないで真面目に聞いてくれよ!」

 

 

モモンガが何かを耳打ちし、ハムスケが理解したのか何度も頷く。

それにしてもまぁ、仲の良い(?)主従である。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都 最高級宿屋

 

 

古今稀に見る、死闘が繰り広げられていた。

伝説級モンスター《死の騎士/デス・ナイト》が現れた事により、王都全域に緊急避難勧告が出されたのだ。周辺からは完全に住人が消え、代わりに多くの衛兵や冒険者達が狩り出され、この地へと集められていた。

 

集められたと言っても、彼らが参戦している訳ではない。

力のない人間が参加したところで殺され、ゾンビとなるだけであり、実際無防備に現れた八本指の増援であろうチンピラ達は、一瞬で従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)と化した。

それらを見た冒険者や衛兵の面々は青褪めた顔で退き、今では周辺住人の避難誘導や、誤って人がこの周辺に入らぬように動いている。

 

 

懸命に仕事をしながらも。

それでも。

この地に集まった面々の誰もが。

目前で繰り広げられている、死闘に目を奪われていた。

 

 

―――《魔法三重化/トリプレットマジック》―――

 

《火球/ファイアーボール!》

 

 

上空のフールーダが三重化した火球を放つ。

視界一面が赤色に染まり、近くに居るだけで、肌に焼けるような温度が走る。圧巻ともいえる火力に周辺のゾンビが焼き払われ、デス・ナイトが不気味な唸り声を上げた。

 

 

「てぇしたもんだな、爺さんよぉ!」

 

 

ガガーランが大声で叫びながら武器を旋回させ、ゾンビを薙ぎ払う。

フールーダからすれば、彼女も大したものなのである。普通ならデス・ナイトを前にしてまともに体を動かせる者すら稀なのだから。

まして、《あれ》に近接戦を挑むなど、想像するだけで魂が凍り付くであろう。

 

 

「お爺ちゃん、激熱」

 

「火球だらけの熱帯夜」

 

 

忍者二人も周辺のゾンビを掃討しつつ、時にデス・ナイトへ遠距離攻撃を仕掛けていた。

接近するのは余りにも危険な為、彼女らは忍術を駆使して足止めに回っている。

 

 

「何の因果か、高名な逸脱者が居るなんてね……この場合は助かったけど!」

 

 

ラキュースも魔剣を振るい、隙を見て斬り付けるが、殆ど効果がない。

デス・ナイトの防御性能が非常に高く、殆どダメージが通らないのだ。かといってレベルが違いすぎて神聖な力を持つ拘束魔法などを放っても殆ど効果がない。

 

何よりも彼女が一番驚いたのは以前に見たデス・ナイトと、まるで「違う」という事だ。

その凶暴さ、滲み出る死の気配、圧巻の暴力。

以前に見たデス・ナイトは圧倒的な強さは感じたものの、彼の前ではまるで子犬のようであり、すぐに恐怖や威圧感などが消え去ったのだ。むしろ、最後の方は可愛さすら感じた程である。

 

 

「作り出す人間が変われば、こうも変わるのね……」

 

 

恐らく、この死の騎士はウルベルニョが作り出したのだろう。

あの、“天帝”を名乗る恐れ知らずの存在が。

 

 

「お嬢さん方、上位天使を召喚するぞッ!《第3位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》」

 

 

フールーダが炎の剣を持った上位天使を召喚し、デス・ナイトへと襲い掛からせた。

神聖属性を持つ天使と、炎に弱いデス・ナイトの組み合わせは悪くない。だが、このデス・ナイトは以前フールーダが出会ったのとは、厳密に言えば別種である。

 

その強さも、耐久力も、凶暴さも、何もかもが遥かに上なのだから。

何度か斬り合えばダメージに耐え切れず、上位天使すら瞬く間に消滅してしまうのだ。

だが、幾許かの時間は稼げる。この間に、全員が其々の最大攻撃をぶつける準備を整えた。

 

別に打ち合わせをした訳ではない。

戦い慣れた面々の、ごく自然な意思疎通であった。

だが、まるでそれを察知したかのように、デス・ナイトが地獄の咆哮をあげる。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

肌がビリビリする程の咆哮に、全員の動きが止まり、体の奥底から震えが込み上げてくる。まるで、生物として貴様らとは次元が違うのだ、と叫んでいるようであった。遠巻きに見ていた冒険者や衛兵の中には泣き出し、狂乱し出す者まで現れ、周辺は地獄のような有様となった。

 

 

「馬鹿者!心を強くもたんか―――ッ!《集団:獅子ごとき心/マス・ライオンズ・ハート!》」

 

 

咄嗟にフールーダの唱えた魔法に呼応するように、ガガーランが一気に距離を詰める。

 

 

「助かったぜ……あんがとよ爺さんッ!」

 

 

そして、複数の武技を乗せた最大の奥義を叩き込む。

 

 

 

「―――ぶっ飛べやッ!《超級連続攻撃》」

 

 

 

武技《要塞》すら突破する、一撃一撃が致死量の怒涛の15連撃。

巨大な刺突戦鎚が高速で旋回し、デス・ナイトの全身へと次々と叩き込まれた。

その霰のように降り注ぐ連撃には流石のデス・ナイトも防ぎきれず、鈍い音が響く度にデス・ナイトの顔が歪む。全ての殴打を叩き終えたガガーランが「ぷはっ!」と水から上がったような息を吐き出した時、その無防備な所へデス・ナイトが剣を振り下ろした―――!

 

 

「させない―――《不動金剛盾の術》」

 

 

ティアが忍術を展開し、七色に輝く六角形の盾を何枚もガガーランの前に出現させる。

デス・ナイトの剣が盾を次々と突破していったが、最後の一枚を破る事は出来ず、その剣が止まった。そこへティナがすかさず《爆炎陣》を叩き込み、デス・ナイトが炎に巻かれるようにして堪らず何歩か後退する。

 

 

「超技―――暗黒刃超弩級衝撃波《ダークブレードメガインパクト!》」

 

 

そこへラキュースが特に叫ぶ必要のない技名を叫び、無属性の衝撃波を死の騎士へと叩き込んだ。

衝撃波で周辺の瓦礫が吹き飛び、舞い上がった土埃で視界が茶色に染まる。

まさに、全員の総力を叩き込んだ総攻撃であった。

 

それを見たフールーダも体の奥底から湧き上がる深い息を吐いた。三重化した火球を放ち続け、全員へ補助や回復魔法を掛け続けた為、流石に魔力の大部分を使い果たしたのだ。

だが、土埃が払われた後に出てきたのは―――先程と変わらぬデス・ナイトの姿であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(こんな、馬鹿な………)

 

 

フールーダの胸に絶望がよぎる。

自分はあの時と同じように火球を叩き込み続けた。周りに高弟こそ居ないものの、彼女達はアダマンタイト級の名に相応しい実力者達であり、その力は高弟達を遥かに超えている。

であるのに、何故……何故、このデス・ナイトは平然としていられるのか。

 

 

(私の実力がまだ足りないという事なのか……)

 

 

帝都の地下に封印されている死の騎士を使役しようと四苦八苦する日々を続けていたが、この個体に至っては弱らせる事すら出来ていないではないか。

それどころか、死の気配は益々濃くなる一方であり、目の前が暗くなる。

 

その一瞬の隙を突かれたのであろうか。

視界に何か黒い物が見えた瞬間、これまで受けた事もない痛みと衝撃が全身を突き抜けた。

目に映った物、それは大きな盾であった。

ゴロツキの誰かが持っていた盾を、死の騎士が恐るべき膂力で投げつけてきたのである。

意識を保とうとするも、ダメージに耐え切れず、《飛行/フライ》が解かれ、地面へと墜落していく。フールーダの胸に過ぎったのは、自身への強い怒りであった。

 

何もない平野ならまだしも、ここは大都市である。

拾って投げる物など、無数にあるではないか。瓦礫やガラス、レンガや剣や盾。それこそ人もだ。

 

 

(安全地帯など無いと、学んだばかりであったのにな……)

 

 

地へ叩き付けられる衝撃に目を閉じた時、ふわりとした感触に包まれた。

忍者の装束を身に纏った二人が自分を受け止めてくれたのだ。

 

 

「ナイスキャッチ」

 

「親方、空からお爺ちゃんが」

 

 

何を言ってるのかよく分からないが、助かった……。

あのまま地に叩き付けられていたら、完全に意識を失っていた事だろう。だが、死の騎士は追撃の手を緩めず、こちらへ目掛けて信じられないスピードで迫ってきていた。

 

 

「おっと、こっから先は俺っちを倒してからにして貰おうかぃ!」

 

 

死の騎士と重戦士が互いの武器を振りかぶり、風を切る音を立てながら、ぶつかった瞬間――――驚くような光景が目に入った。

 

 

「人間を舐めるなよ、馬っ鹿やろうがぁぁッ―――――!《不落要塞》」

 

 

そう、驚いた事に死の騎士の剣が弾かれ、その体勢が僅かに崩れたのだ。

 

 

「灰は灰に、塵は塵にぃぃ―――ッ!《炎の雨/ファイヤーレイン》」

 

 

すかさず、そこへ神官戦士が強力な火の雨を撃ち込み死の騎士が唸り声をあげた。

 

だが。

 

それだけであった―――

 

 

「オォォ!」

 

 

死の騎士が巨大な盾を小枝のように振るうと、重戦士と神官戦士がまるで木の葉のように吹き飛ばされ、何度も地面をバウンドしながら石壁へと衝突した。

大きなダメージを負ったのか、二人が起き上がってくる気配は……ない。

 

 

 

戦いを見守っていた冒険者や衛兵、そして遠くから固唾を飲み、祈りながら見ていた聴衆らも、余りの光景に静まり返っていた。いや、絶句であったか。

人類の最高峰とも言える蒼の薔薇が、目の前で子供のようにあしらわれたのだ。

一体、誰がこんなものを信じるだろう。いや、信じたくない。

 

彼女らが敗れる事、それは即ち……

あの途方もない化物が、次は自分達に向かってくることを意味する―――!

誰かが小さな悲鳴をあげ、それが伝播していくようにざわめきが段々大きくなっていく。小さな悲鳴はいつしか、誰かの叫び声になり、群集の中から絶叫が響き始める。

 

“その声”が無ければ、

あと数秒で、王都中がパニック状態に陥っていたであろう。

 

 

 

「―――――そこまでだッ!死の騎士!」

 

 

 

人々がその声に導かれるように顔を上げると、屋根の上から眩い程の光が溢れていた。

何とそこには、目を見張るような“純銀の全身鎧”を身に纏った聖騎士が、同じく白銀の毛に包まれた大魔獣を従え、死の騎士を見下ろしていたのだ。

 

その、余りの神々しさに全員が息を呑み、呼吸を忘れる。

いや、呼吸どころではない。瞬きする事すら不遜である、と感じたのだ。

 

純銀の全身鎧の胸元には大きな蒼い宝玉が埋め込まれており、その左肩からは目の覚めるような赤いマントが風に靡いている。その颯爽たる姿は英雄以外の何者でもなく、誰もが胸から噴き上げてくる熱いナニかを感じていた。

 

そして、神秘的なまでの美しい顔に言葉を失う。

光り輝くような純銀の全身鎧と、漆黒の闇を思わせるような黒髪黒瞳の組み合わせが余りにも似合いすぎていたのだ。神が地に遣わした聖騎士である、と言われても誰もが頷いたであろう。

 

今やどれだけ居るかも分からない大観衆が息を呑む中、

聖騎士が“死”へと剣を突き付け、王都の命運を決するであろう台詞を言い放った。

 

 

 

「―――――貴様の陰我、俺が断ち斬るッ!」

 

 

 

その闇を切り裂くような台詞に――――

 

数万の大観衆が一人残らず拳を振り上げて絶叫し、女性達から黄色い大歓声が上がった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

王都郊外 倉庫先輩

 

 

この騒ぎが起こる、少し前―――

 

 

「よーし、はじめるぞ!」

 

 

モモンガが、ハムスケの体に奇妙なボールをぶつけ、体毛の色を変えていた。

魔法の染料である《マジック・ダイズ》だ。

高価な物になると酸や炎、冷気等に対する抵抗のボーナスが得られる物もあるのだが、これは単なる色を変えるだけの効果しかない。ユグドラシルには無かったアイテムなので、エ・ランテルで見つけた時に食事代を削ってこっそり購入したものである。

 

 

(まさか、コレクター魂がこんな所で役立つなんてなぁ……)

 

 

金が無かったので泣く泣く食事代を削って購入したものであったが、人生何が役立つか分からないものである。あの時はこんな風に使うとは夢にも思っていなかった。

 

 

「殿~、某の毛の色を変えてどうするのでござるか?」

 

「まぁ、見栄え的にお揃いにしようと思ってさ」

 

「ほぉ!殿とお揃いでござるか!」

 

 

ハムスケはちょっと嫌そうにしていたが、すぐに機嫌を直した。

自分が言うのも何だが、何でこいつはこんなに俺の事を好いてるんだろうか……。

今回のコンセプト的に、当然変える色は「銀」である。

元々、白銀の毛を持つ魔獣と言われてたんだから、それ程間違ってない選択だしな。

 

 

《上位道具創造/クリエイト・グレーター・アイテム》

 

 

そして、自分も魔法で見覚えのある全身鎧を製作する。

たっちさんの着ていた、ワールドチャンピオンの証である純銀の鎧。

機関、そして、ウルベルトさんと戦うという設定ならこれしかない!と思ったのだ。

 

この鎧に関しては化身(アヴァターラ)に着せる時に嫌という程見ていたので、細部に至るまで寸分違わず再現する事が出来た。いや、今でも瞼を閉じれば全員の武装が浮かぶ。

作ろうと思えば、かつての仲間の武装は何だって思い出して作る事が出来るだろう。

 

 

(問題は、頭部だけは作れない事なんだよなぁ……)

 

 

この美化されまくった顔を晒さないといけないのが最大の問題だが、今回の流れを考えると、この鎧は絶対に外せない。大切なポイントだ。

別に、一度着てみたかった、とかそういう訳ではない!断じて!

これは演出上、必要な事なのだ!

 

 

「これは……確かにお揃いの色でござるなー!その鎧も殿に似合っているでござるよ!」

 

「そ、そうかな……?聖騎士ってガラじゃないと思うんだけど……」

 

「某はローブなどより、“士”の魂を感じるような武具が好きでござるよー」

 

 

なるほど、ハムスケって喋り方とかも武士っぽいし、そういう性質(?)なんだろうな。

武人建御雷さんの鎧とか着たら、大喜びしそうだ。

 

 

「それで、デコスケ殿と似たモンスターと戦うのでござるか?」

 

「あぁ、さっき言った手順で進めていこう」

 

「了解でござるよ!某も立派な武勲を上げ、殿の出世を手伝うでござる!」

 

「いや、別に出世したい訳じゃないんだけどな……」

 

 

(さて、この状態だと使える魔法は5つだけ……厳選しないとな)

 

 

純銀の鎧を見て、改めて思う―――何故、この鎧を選んだのかを。

これから始まる戦い、壮大なファイティング・オペラとも言うべきものを前にして、少しでもあやかりたくなったのだろう。恥ずかしげも無く、真顔で正義のヒーローをやっていたあの人に。

強いダメージを受けた所為か、デス・ナイトの召喚制限時間も近い……。

彼が消滅してしまう前に、何とか全てを終わらせなければ。

 

 

《御身、早く斬って下さい!》

《我々の業界ではご褒美です!》

《こんな焦らしプレイ、もう辛抱たまりません!》

 

 

そして、デス・ナイトから恐るべき感情が伝わってくる。

確かに盾役としてのモンスターだったけど、こいつってこんなドMだったのか!?

ちょっと怖いんですが……っていうか、怖ッ!

こいつと衆人環視の中で戦うんだよな……大丈夫なんだろうか……。

 

 

(たっちさん……どうか、俺に力を貸して下さい……)

 

 

蒼い宝玉に手をやり、目を閉じる。

次に目を開けた時、飛び込んできたのは鏡に映る王都の状況。

ラキュースさんとガガーランさんがデス・ナイトの盾で吹き飛ばされていた。

 

 

「……って、デス・ナイト君!やりすぎ!やりすぎだからっ!」

 

 

王都の緊迫した雰囲気を見て、モモンガはハムスケを連れて大慌てで転移した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「―――――貴様の陰我、俺が断ち斬るッ!」

 

 

 

(たっはぁ、こりゃトンでもねぇ王子様が居たもんだ……)

 

 

余りといえば、余りな言葉に、ガガーランは心底から驚愕し……そして痺れた。誰があの“死”を目の前にして、あんな台詞を言い放てるだろう。

顔だの外見など、もはや何の関係もない。

あんな太い肝っ玉を持つ男など、この世界に二人と居ないと断言出来る。

まさに世界最高の―――至高の童貞であった。

 

ガガーランは優れた嗅覚で―――

あの白銀の流星を思わせる主従が、“死”を消し去るだろうと強く確信した。

 

 

 

「モモンガ愛してる。超絶格好良すぎ好き好き」

 

 

ティアが酔っ払ったような言葉を吐き、その足元ではフールーダが絶句していた。

彼はモモンガの顔など全く気にしてない。眼中にも入っていない。

そんな事はどうでも良すぎた。もっと気になる事がある。

 

 

 

「その鎧……その鎧ぃぉいィィィ!見せ……見せて下されェェェェエェイ!」

 

 

ダメージを受け、まだ立ち上がれない状態であるにも拘らず、這いずりながらあの主従の下へと近づいていく。あの鎧が恐ろしい程の魔力で編まれた物であると唯一、気付いたからである。

だが、ティナがフールーダの首の後ろを掴み、猫のように捕縛した。

 

 

 

「お爺ちゃん、暴走しすぎ。あの化物はまだ健在」

 

 

モモンガという人物を初めて見たティナは、冷静に彼を観察していた。

素直に「聞いていた話と違う」と、彼女はそこから入った。

話す人物が変わると、彼の姿もまた、変貌するのだ。普通に考えればおかしな事である。

今、目の前で見ている姿は紛うことなく聖騎士であろう。であるのに、猛獣使いと呼ばれているのは何故か?鬼リーダーから聞いた話では稀代の魔法詠唱者という話だった。

 

(聖騎士で、猛獣使いで、稀代の魔法詠唱者で、王子?)

 

そんな人間が居る筈がない。ちゃんちゃらおかしいではないか。

辛酸を嘗め尽くした超一流の忍であり、リアリストである彼女はハッキリと告げた。

 

 

「―――――結婚したいする」

 

 

やはり、彼女も酔っ払っていた。

 

 

 

(何て格好良い台詞なの……!それに、あの鎧!)

 

 

ラキュースは体を無理やり動かし、両手を忙しく突き上げていた。

死の螺旋を生み出し続けるあの騎士に対し、その陰我(因果)を絶ち斬るとは――!

余りにも格好良すぎるではないか。

彼女の中では既に結婚式の風景が流れており、指輪の交換が行われていた。

 

 

そんな各人の想いなど、まるで知る由もないモモンガは―――

 

 

中空から身を躍らせ……その白銀の剣を、死の騎士が持つ長大な盾へと叩き付けていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

その一撃の威力に、誰もが言葉を失う。

鎧を着用することにより魔法の大半が使用不能になり、魔法詠唱者にもかかわらず素の身体能力で戦わざるを得なくなっているモモンガであったが、その力は凄まじいものであった。

何せ、魔法詠唱者とは言えそのレベルはカンストであり、元々のステータスがとんでもないからである。

 

その上、鎧の下には数々の聖遺物級アイテムを装備しており、用心深くステータスを底上げしていた。振り下ろされた剣を盾で受け止めた死の騎士であったが、その身体が盾ごと沈み、足が地面へとめり込んだ。

 

 

「ハムスケ!」

 

「了解でござるよ!」

 

 

白銀の大魔獣が踊りかかり、その巨大な爪を振り下ろす。

その速度に死の騎士が対応出来ず、その鎧がへこむ程の強烈なダメージを負う。

大魔獣はそれだけでなく、鞭のようにしなる尻尾を振り抜き、死の騎士の頭部を強打した。

その圧倒的な暴力に、観衆が思わず「おぉ!」と叫び声を上げる。

 

 

「疾(はや)きこと風の如く―――――ッ!《加速/ヘイスト》」

 

 

その隙を縫うように聖騎士が魔法を詠唱する。

只でさえ、超速であった聖騎士の動きが目に見えて速くなり、もう目で追えなくなる。

そこからの剣戟は火花が散った後に、遅れて音が響いてくるようになった。

 

 

「おいおい……何だこりゃ……俺っちにも、殆ど見えねぇじゃねぇか……」

 

 

ガガーランが目をまん丸にして呟き、忍者二人も頷く。

その間も凄まじい剣の応酬が続き、見事な連携で時に白銀の大魔獣が踊りかかる。

古より「人馬一体」という言葉があるが、それを体現したような姿であった。

死の騎士が主従の連携攻撃に耐えかねたのか、恐るべき速度で剣を振るう。その速度は、まるで今までのは“遊び”であったと言わんばかりの悪魔的な速度―――!

 

 

「徐(しず)かなること林の如く―――ッ!《超常直感/パラノーマル・イントゥイション》」

 

 

全員がその光景に、絶句する。

聖騎士が“目を閉じ”、竜巻のような剣閃を紙一重でかわしていくのだ。

その姿は完成された芸術のようであり―――――もはや動く名画であった。

 

 

「侵掠(しんりゃく)すること火の如く―――ッ!《竜の力/ドラゴニック・パワー》」

 

 

聖騎士の体から爆発的な風が吹き荒れ、その風に吹き飛ばされぬよう、全員が自分の体を抱いた。

そこから横薙ぎに払った一閃が遂に―――死の騎士の左腕ごと盾を斬り飛ばした。

瞬間、白銀の大魔獣が自分の体を球体のように丸め、死の騎士の胴体へと突っ込んだ。その衝撃に押されるようにして、遂に死の騎士が数メートルも吹き飛ぶ。

 

死の騎士の体中から黒い霧が噴き出し、その口から断末魔の声が響いた。

 

それを見た誰もが、あらん限りの声を張り上げる。

遂に、あの純銀の聖騎士と白銀の大魔獣が死の騎士に打ち勝ったのだと―――!

だが、その歓声が悲鳴へと変わるのに、そう時間はかからなかった。噴き出した黒い霧が、まるで時間を巻き戻すように死の騎士へと寄り集まり、元の姿へと戻ったのだ。

 

あの死の騎士には、“終わり”がないのかと。

全員が絶望に包まれる。

それを証明するかのように、まるで何事も無かったと言わんばかりに死の騎士が邪悪な笑みを浮かべ、剣を振り下ろす。全員が絶望する中―――ただ一人、その男だけは違った。

 

 

「動かざること山の如し―――――ッ!《上位硬化/グレーターハードニング》」

 

 

その致命的な一撃を、盾で防いだ。

―――1mmの後退すら、許容しない。

巨大な剣を受け止めながら、その大きな背中と、死を射抜くような眼が語っていた。

 

 

聖騎士が叫ぶ。

あらん限りの大声で。

 

 

「守るに値する輝きを秘めた、無限の存在―――――それが人だッッ!」

 

 

死の騎士が一瞬、その気迫に気圧されたように後退る。

そして、聖騎士が最後の力を振り絞るように剣を突き上げ、横に払う。

瞬間、聖騎士の体が神々しいまでの光に包まれた。

 

 

 

「正・義・降・臨―――――ッ!《上位全能力強化/グレーターフルポテンシャル》」

 

 

 

死の騎士が地獄を思わせるような唸り声を上げ、剣を振り上げて突進する。

 

それを迎え撃つように、聖騎士が目も眩むような七色の星光を全身へと纏う。

 

 

 

「―――――《次元断切/ワールド・ブレイクッッ!》」

 

 

 

恐ろしい速度で死の騎士と聖騎士が真正面から激突し―――交差した。

 

 

無限とも、一瞬とも言える時間が過ぎ……死の騎士の体がグラリと揺れる。

巨木を斬り倒したような音が響き、やがて………その体が黒い霧と共に消滅した。

純銀の聖騎士は暫く剣を振り抜いた姿勢のままでいたが、ゆっくりと剣を鞘へと戻す。

 

 

「この俺が居る限り―――――貴様ら機関に、住む世界など無い」

 

 

その言葉を皮切りに、全員の感情が爆発する。

明け方という時間であるのに大観衆から声という声が上がり、耳の鼓膜が破れるような喚声が一角を包み、その声はやがて、王都全域へと伝わっていった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「モモンガさん……最高に格好良かったです!」

 

ラキュースがもう我慢出来ないと言わんばかりに、真正面から聖騎士に抱きつく。

 

 

「鬼ボス、離れろ。モモンガは私の」

 

ティアが聖騎士の右腕を全身で掴み、抱きつく。

 

 

「結婚しようした」

 

同じく、ティナが左腕に巻き付いた。

 

 

「こ、この鎧ィィい!……何という、何という魔力かぁぁッ!ひゃはー!」

 

フールーダが聖騎士の両足を這ったままガシッと掴む。

 

 

 

「ちょ、離し………怖ッ!って言うか、怖ッ!」

 

 

 

聖騎士が悲鳴をあげたが、そこから更に大きな悲鳴をあげる事になる。周りの人間を振り払うかのように、その視界が突然、持ち上がったのだ。

気付けば両足を軽々と持ち上げられ、何と肩車されていた。

 

 

「よぉ、久しぶりだな……王子さんよ。一丁、勝鬨でも上げてくんねぇか?」

 

「か、勝鬨……?」

 

「おぅよ、おめぇがやらねぇで誰がやんだよ」

 

「で、でも……まだ戦いは終わってないですし、自分なんかが……」

 

「っはは!バッカ野郎、勝鬨なんて縁起の良いモンはな、何度やっちまっても良いんだよぅ!」

 

 

その言葉に何か思う所があったのか、聖騎士が諦めたように頷く。

だが、その次に口から漏れたのは意外な言葉だった。

 

 

「………は、恥ずかしいな」

 

 

その言葉に全員が破顔する。

先程まで、あれ程の超級の戦いをしていた人物とは思えない初心さだ。

暫く迷った素振りを見せていた聖騎士であったが、ようやく覚悟を決めたのか、遂に剣を握り締め、勢い良く突き上げる。

 

 

「うぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 

次の瞬間、この戦いを見守っていた全ての大観衆が拳を振り上げ、勝利の雄叫びをあげた。

 

 

 

 

 

この日、「エ・ランテルの英雄」は―――――

 

―――――「王都の闇を払いし大英雄」とその名を変える事となる。

 

 

 

 

 

 




マッチポンプ 第一部 完ッッッ!

まさに突っ込み所しかない盛大な消火話でしたが、どうでしたでしょうか?
神の視点でなく、現地視点で見たらこうなるんですよね。
本人達はファイティング・オペラをやってるんですが、見る方からしたら神話状態で。

原作とはかなり違う動乱編でしたが、楽しんで貰えたなら幸いです。
この後は残った六腕やペイルライダーとの戦いになりますが、
今回ほど長い話にはならないので、それらは書き溜めが終わったら、また投下していく予定です。

連日の更新でしたが、読んでくれた方、感想をくれた方、
修正を送って下さる方々に、この場を借りて感謝を。
皆さんのお陰で信じられない程、多くの方に読んで貰える作品となりました。
50話まで来れたのも、皆さんの熱い&暖かい応援のお陰です。
ではでは、良い週末を!





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陽が昇る街

―――戦士長 邸宅前

 

 

「その男……お前にとって大切な人物なら、ラキュースに話を通すが?」

 

 

横たわるアングラウスを、静かな目で見つめるガゼフにイビルアイが声をかける。

だが、ガゼフは黙って首を振りその言葉を拒絶した。

男の遺言ともいえる言葉を無視し、勝手に蘇生を試みるなど侮辱であり、裏切りでもあるだろう。ガゼフ・ストロノーフという義理堅い男にそれは出来ない。

だが、そういう情に厚い男だからこそ、今も胸から溢れてくる悲しみを抑えきれずにいた。

 

 

(大したものだな……)

 

 

満身創痍と言って良い姿で立ち、時に戦士団へ細かい指示を出している姿に、イビルアイは素直に感心する。何せ、彼らは国や貴族の力など一切借りず、ほぼ独力で八本指の部隊を押し返してしまったのだ。

 

この地点に集められた八本指の数は王都の中でも一番多く、戦力的にも厚かったと言える。

だが、一つの戦士団が単独でその攻勢に耐え抜き、最後には制圧してしまったのだ。

この事を、イビルアイは暗い気持ちで受け止める。

 

 

(只でさえ浮いていた集団が、更に浮き上がるだろう……)

 

 

彼ら戦士団は貴族派の連中からは邪魔でしかなく、他の貴族からも国王にのみ忠誠を捧げ、自分達をまるで尊ばない不遜な存在であると見られている。

古来、こういった集団は戦功を上げれば上げる程に疎まれ、睨まれ、いつしか様々な難癖や不正や裏切りの罪などをでっち上げられ、権力者に粛清されるのが常だ。

 

 

(この男は……保身や、それに対する根回しなどをするタイプでもないしな)

 

 

戦場でどれ程に勇猛であっても、宮廷を泳いでいけるようなタイプではない。

本人も、泳ごうなどと考えていないだろう。

善人ほど早く死ぬ、を絵に描いたような姿であった。

 

 

「要らぬ忠告だが、全てを一人で背負おうなどとは考えぬ事だ」

 

「忠告、痛み入る……だが、俺はもう何かを背負う事から逃げない。この男の為にも」

 

 

その言葉を聞いてイビルアイは思う―――英雄になる男だ、と。

決して褒め言葉ではない。

どちらかと言えば、哀しみを持ってそう思った。

この男には多くの苦難と困難が待ち受け、大きな期待とそれに応え続けなければならない義務を背負う事になるだろう。そして、英雄ならではの絶望的な孤独も。

 

過去、それらの期待に押し潰された人物も見てきたし、孤独の中で自ら命を絶った者も居る。逃げ出す者も居たし、絶望的な戦いに挑んで命を散らした者も。

英雄とは古来、そういった悲劇的な結末を迎える者が余りにも多いのだ。

 

 

「では、私は行く。くれぐれも身辺には気を付ける事だ」

 

「暫し……エ・ランテルの英雄殿にお伝え願いたい。貴方の言葉で、生き延びる事が出来た、と」

 

「そうか……英雄はもう一人居たんだったな。お前達なら、あるいは……」

 

「イビルアイ殿……?」

 

 

そして、遠くから断続的に聞こえてくる大歓声。

それらは波のように次々と周囲へと波及し、今や王都全体が揺れはじめていた。

圧倒的、と言って良い人々の歓喜の声と、凄まじい熱量。

 

 

「さ……モモンガが、勝ったのだな!」

 

「……?そのようですな……あの騎兵ではないだろうが、他のモンスターであろうか?」

 

「もう一つ、巨大な死の気配があったが……完全に消えている!」

 

「俺もうかうか寝てられぬな……お前達、ここが片付けば王都全域の見回りへと行くぞ!」

 

 

その言葉を聞いた戦士団が目を吊り上げ、ガゼフへ怒りの声をぶつける。

何をほざいてるんだ、と言わんばかりの舌鋒の鋭さであった。

 

 

「見回りなんて俺らがやっときますよ……隊長は先に治療でしょうが!ご自分の傷を見てから物を言って下さいよ!脳筋なんてレベルじゃねーぞ!いい加減にしろ!」

 

「そんな姿で見回りなんてされちゃ、民衆に不安を与えるだけでしょうが!」

 

「おい!誰か隊長に縄つけて神殿に放り込んでこい!縄は三重に巻いとけよッ!」

 

「お前達、俺の傷なんて……お、おい!本当に縄を巻くな!ちょっと待て!」

 

「行くぞー!一斉に運べや、オラー!」

 

 

「「おぉぉぉ!」」

 

 

こうして、板に乗せられ縄でグルグル巻きにされたガゼフが運び出されていく。

その姿はやはり―――愛される英雄であった。

 

 

(案外、何とかなるのかも知れんな……)

 

 

イビルアイは軽く笑いながら宿へと向かい、フォーサイトの面々はこの後、ガゼフから意外な言葉を掛けられるのであった。

 

 

「君達はワーカーであったな。良ければ雇われないか?」

 

「雇うって、俺達は帝国の人間ですけど??」

 

 

ヘッケランが苦笑を浮かべたが、特別変な話と言う訳でもない。

厳密に言えば冒険者やワーカーに国境などはなく、自分達がホームと定めた地点が一時的に自分達の国となるだけだ。稼ぎや環境などで街を変えれば、所属する国だってコロコロと変わる。

 

 

「この有事だ、君達のように《即戦力で使える者》は万金の価値がある」

 

「なる、ほど………」

 

「報酬は望む額を約束しよう」

 

「え、えっーと……」

 

 

ガゼフの、交渉や商売っ気もへったくれもない言葉に、ヘッケランの喉が詰まる。

ここまであけすけに、サラリと腹を割ってこられると逆に対応に困るのだ。

本来、ワーカーへの交渉というのは用心深く、恐ろしい程に時間かけて行うものである。綿密な打ち合わせや細かい事項の確認など、数週間や一ヶ月に及ぶものだって珍しくない。

結局、彼らはガゼフの熱意に負け、この後に彼と一時、行動を共にする事になるが、それらは彼らにとって大きな幸運を齎す事となった。

 

何故なら、そこで板に括り付けられている男は将来、隠れも無き英雄となる男であり、後世、彼に関する書籍や伝記などは枚挙に暇がない程に出版される事になるのだ。

その中でも一番の人気となるブレイン・アングラウスとの死闘の項目には彼らの名前も必ず登場し、その後、英雄に一時雇われて行動を共にするワーカーとして、彼らの名もまた、歴史に残る事となる。

 

奇しくも、ヘッケランの願いは叶ったとも言えるが、数百年が経過した後の出版本などでは、彼の性別が変えられて勝手に女体化していたり、ガゼフに恋する乙女になっていたり、一部の女性陣によってロバーデイクとラブラブなどの設定が加えられたりと、色々と大変な目に遭う事になるが、それはまぁ余談である。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ニニャの姉であるツアレは何度も訪れる悪夢に苛まれていた。

隣のベッドに寝ているのが妹である事は認識しているのだが、今にもあのドアが開いて欲望に目をギラつかせた男達が乱入してきそうで気が気がではないのだ。

眠りの魔法を使ってもらっても悪夢は続き、断続的に目覚めが訪れてはまた睡眠、を繰り返す。

起きているのか、寝ているのか、これが夢なのか、現実なのか、何も分からない。

 

今すぐ部屋から飛び出したい衝動にかられるが、傷つき、弱りきった体が動かないのだ。

実際には奇跡とも言える《大治癒/ヒール》で全ての怪我や病気は一つ残らず治っているのだが、心が追いついていない。彼女の中では今も手が動かず、足の腱も切られたままなのである。

 

目を瞑っていても、両目から溢れる涙が止まらない。

何故、こんな目に遭っているのか。何故、こんな事になったのか。

自分達が貧しかったのが罪であったのであろうか。お金がなかった事が悪であったのか……。

分からない。分からない。

一つだけ分かっている事は、生きている限りこの悪夢は永遠に続くという事だけである。

 

宿屋のドアが静かに開き、その瞬間、ツアレが発狂したような声をあげる。

また、また、あの男達が来たと。

これから死んだ方がマシと言える地獄の時間が始まるのだ。

 

だが、入ってきた男は優しい笑みを浮かべると、ふわりとツアレの頭に手をやった。

逆光となって男の顔はよく見えない。暗い場所に何年も閉じ込められていた事もあって、目が光に慣れていないというのもある。

だが、ぼんやりとした目で男で見ていると、酷く心が落ち着いていくのだ。

 

 

「大変な苦労をされたみたいですね……でも、もう大丈夫ですから」

 

 

そう言って男が、優しくツアレのおでこに口付ける。

その瞬間、ツアレの体から震えと怯えが消え、脱力したようにベッドへと体を沈ませた。

男は優しい手付きでツアレの涙をハンカチで拭うと、静かに部屋から去っていく。

ツアレの目に焦点が戻り、眩いほどの純銀の輝きが入ってくる。ツアレはその輝きが酷く尊いものであると思い、動かない筈の手を動かし、一心に感謝と祈りを捧げた。

 

 

「ね、姉さん……起きたの?ここは……その、も、もう大丈夫な所だから安心して!」

 

「うん、王子様がね……来てくれたの」

 

「え?……ね、姉さん、えと、もう平気なのかな……」

 

「王子様が、悪い呪いを解いてくれたみたい……ふふ、まるで御伽話よね」

 

「え、えっーと……と、とにかく落ち着いたなら良かったよ……」

 

 

ニニャが安堵したように笑みを浮かべ、ツアレも笑顔で応えた。

数年ぶりともいえる姉妹の再会であったが、その平穏なひと時はすぐに破られた。

王都中の人間が集まってきたのか?と思える程に、この宿屋へ人々が押し掛けてきたからだ。姉妹は知る由もないが、この宿屋は今や王都の中でも一番ホットな場所として、物見高い連中が次から次へと訪れ、時ならぬ騒ぎの渦中となっていくのである。

 

 

 

 

 

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明け方の宿屋を出て、聖騎士が爽やかな笑みを浮かべる。

まさに大英雄に相応しい、見る人々を惹き付けて止まない笑顔だ。

 

 

「さて、行くか。ハムスケ」

 

「行くとは何処へでござるか??」

 

「森に……逃げるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「えぇぇぇぇ!?」

 

 

あの後、モモンガは「騎兵の気配を追う」と伝えて無理やり周囲から離れたのだ。

そうでも言わなければ騒ぎが収まりそうもなく、脱兎と言って良い姿で宿屋へと駆け込み、ニニャの姉を治癒して今に至るといったところである。

 

 

「さ、倉庫を片付けてから森へ行くぞ。ハリー!ハリー!」

 

「殿は街に入ると、すぐ森へ帰るのでござるなー」

 

「う”っ……き、気にしちゃいけない……」

 

 

こうしてモモンガは先程までいた倉庫を綺麗に片付け、トブの大森林へと転移した。

恒例となったコテージタイプの《グリーンシークレットハウス》を設置し、ようやく落ち着いたと言わんばかりに一息つくのであった。

 

 

「デコスケも呼んでやらないとな。ハムスケ、キノコはまだある?」

 

「万事、某にお任せあれ。沢山焼くでござるよー」

 

 

家に入った大英雄は早速、ハムスケに養われるヒモとなるのであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

早朝であるにもかかわらず、大勢の人々が復旧作業に勤しんでいた。

割られたガラスの片付けや嵌め込み、瓦礫の撤去、焦げた木材の入れ替え、怪我人への対応、八本指が起こした暴動の爪痕が各所に残されていたが、人々の顔には笑顔がある。

いつもは活気がなく、ただ大勢の人間が居るといった印象の王都であったが、久しぶりに活力と、誰かのあげる元気な声が街路に響いていた。

 

 

―――当然、活気と笑顔の元になっているのは、“あの男”の存在である。

 

 

貴族の傍若無人な振る舞い、重く圧し掛かる重税、定期的に仕掛けられる戦争、八本指の暗躍。

あらゆる要素が人々から笑顔を奪い、活気を失わせていたのだ。

だが、あの大英雄の登場がそれらを忘れさせる程に人々の心を鷲掴みにしてしまった。誰もが、これから起こるであろう何らかの“変化”に胸を躍らせているのだ。

大勢の大人達が笑顔で汗を流す中、広場では子供達が無邪気に遊んでいる。

 

 

「わーるど・ぶれいく!」

「ぐぁぁぁぁ!」

 

恐らくは、チャンバラごっこであろう。

子供が木の棒を持って叫んでいる。

 

「おれ、次はですないとな!」

「せこいぞ!ですないとは俺がやんの!!」

「ですないとは順番だっていったろ!」

「じゃあ、次は俺が聖騎士やる!せいぎこうりんー!」

 

子供がやるヒーローごっこでは正義役の取り合いになるのが常だが、敵役であるデス・ナイトの人気も非常に高い。何せ、人類最高峰の戦力を物ともせずに暴れ倒したのだから。

大人達からすれば伝説級の化物であったが、子供達は純粋に強い存在に惹かれるのだろう。

 

そして、大人達の話題といえば……当然、あの男の事で持ちきりであった。

年寄りから壮年の男、少女や奥様方も、夢中になって話し続けている。今日ばかりは多くの酒場が早朝から店を開き、大勢の人間が朝から酒を飲んでいる姿も見られた。

誰もが興奮覚めやらぬと言った姿であり、これ程の活気に満ちた王都は数十年ぶりであろう。

 

 

「何でも、南方から来た王子様なんだってよ」

「あの尊さとくりゃ……腰が抜けるかと思ったもんな」

「あの方が王族だなんて、むしろ当たり前じゃねぇか?」

「俺ぁ、今年で40にもなるが、昨日は興奮してガキみたいに喚いちまったよ」

「っはは!あんな痺れる姿を見て男なら黙ってられっかよ」

「でもよ、噂では化物がまだ一匹残ってるって聞いたぞ」

「どんな化物だろうとあの方が負ける訳ねぇよ!」

「そうだそうだ!」

「おい、店主!もっと酒持ってきてくれぇ!」

「こっちのテーブルには食いもんだ!パンと肉を頼む!」

 

 

「王子様なんだって!」

「ヤバイって!聖騎士で王子様とかヤバすぎだから!」

「恋人は?恋人は居るの?募集中!?」

「あの純銀の鎧、格好良かったわよねぇ………」

「星!星が見えたの!」

「つーか、イケメンすぎでしょ!何なのあの王子様は!」

「魔獣も凄くなかった?お揃いの色とか超格好良かったんですけど!」

「白銀の主従、流星の王子様……はぁぁ!」

 

 

何処の酒場も時ならぬ儲けにほくほく顔となり、多くの飲食店が朝から満員である。

活気も出ようというものだ。

そんな中でも一番の活気、いや黒山の人だかりとなったのは宿屋である。

 

王都でも最高級の一つとして数えられる宿屋には、朝から大勢の人々が詰めかけ、大英雄の姿を一目見ようと大騒ぎになっていたのだ。行商人達も抜け目なく、その辺りで商売を始め、軽食や飲料が飛ぶように売れていく。中には怪しげな占い師なども商売を始めているようだ。

 

王都中から届けられるプレゼントや手紙などで従業員はてんてこ舞いとなり、かの大英雄が泊まった宿という噂が噂を呼び、朝から予約の連絡や問い合わせが相次ぎ、部屋は数ヶ月先まで予約で埋まるという珍事に陥っていた。

 

戦いの跡地や、大魔獣が寝ていた魔獣小屋にも人々が詰めかけており、大英雄が泊まっていた部屋も実際にある為、この宿屋自体が英雄譚の一部となり、聖地となりつつあったのだ。

主人からすれば大英雄様々といったところだろう。一日、たった一日でこれである。

今後、時間が経てば経つ程、噂は更に広がり、聖地化が益々進むに違いない。

王都全域に巨大な「大英雄ブーム」が吹き荒れつつあった。

 

 

 

 

 

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冒険者やワーカー達が復旧作業を手伝っていたが、それらの手配や指揮を執りながら忍者二人が珍しく、にやけ顔を晒していた。彼女達の表情は忍として厳しい訓練を積んだ結果、どんな時でも無表情であり、それを崩すという事は本来ならありえない事である。

 

「やっぱりモモンガと私は運命で結ばれていた」

 

「何の話?」

 

「答えはあの鎧の宝玉。青色だった。私のイメージカラー」

 

「肩にかかってたマントは赤色。私のイメージカラー」

 

「「…………」」

 

 

微妙な沈黙が流れたが、二人は思考を止めているのではなく、高速で回転させている。

そして、時に非情であり、有能な二人の考えはやがて一つになっていく。

 

 

「ライバルは多い」

 

「凄く多い」

 

「この様子だと無制限に増えていく」

 

「王国中、いや、世界中に広がる」

 

「「……“区切らなければ”ならない。それ以外は―――殺す」」

 

 

彼女達の区切りとは何を指しているのか、何を考えているのかは分からない。

それが良い事なのか、悪い事なのかすらも……。

ただ、大英雄の胃が心配になるだけである。実際、かの大英雄は神にも等しい力を持っているが、その胃は鋼鉄製でも何でもなく、普通の胃なのだから。

 

 

 

 

 

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復旧作業の中でも一番の活気に溢れ、そして力強く作業を進めているのが514人の集団であった。

鉱山での仕事を終え、王都で派手に飲み食いしていた鉱夫達がガガーランの呼び掛けで全員が即座に集まり、無償での手伝いを申し出たのだ。

 

 

「おめぇらなぁ……ちゃんと金は払うっつってんだろうが」

 

「姉御から金を取るなんてとんでもねぇ!第一、困った時はお互い様でしょう」

 

「姉御の役に立てるなんて、こんな嬉しい事はないっス!」

 

「姉御……姉御ぉ………俺、姉御の事が好きだったんだよ!(迫真)」

 

「てめぇ、何を抜け駆けしてやがる!」

 

「ぶっ殺すぞ、若造が!(マジギレ)」

 

「姉御はてめぇ一人のもんじゃねぇぞ!オラァン!」

 

「そうだよ(便乗)」

 

「悲しいけど、これ戦争なのよね」

 

「鉱山以外でも姉御の姿が見られる……こんなに嬉しい事はない」

 

 

大勢の男達が騒ぐ中、復旧作業も急速に進んでいく。彼らの力や、その胆力は本物であり、いつもの危険極まる作業現場と比べれば、子供の砂場のようなものであろう。

無償で作業を行ってくれる鉱夫達に住民は感謝し、せめてものお礼にと温かい食事や冷えた飲料がそこかしこに並べられ、王都でも一番活気の溢れる場所となっていた。

 

 

 

 

 

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「最高のディナーを用意しなきゃ」

 

 

ラキュースは衛兵達を指揮しながら、甘い晩餐を頭に描いていた。

森の賢王からもディナーを期待されていたようだし、魔獣も入れるレストラン……いや、貸切にするべきか、などと忙しく頭を動かしている。

 

 

「そっちの資材は中央通りへと運んで。割れた石畳の補修も忘れないでね」

 

 

テキパキと指示を出し、次々と質問にくる衛兵達に答えながらも頭の中には甘い妄想しかない。彼女が非常に有能である為、傍目からは凛々しい姿でしかなく、頭の中が残念になっている事には誰も気付かなかった。

 

 

(私も、更に技名にこだわるべきね……モモンガさんを見習わなきゃ……)

 

 

彼女の肩書きや美貌に惚れ込んでいる男達は多く、著名な鎧の効果もあって殆ど王国中の男から熱をあげられているスーパーアイドルとも言える存在であったが、誰かさんの所為で彼女の厨二病が更に悪化していっている事には幸か不幸か、誰も気付いていなかった。

 

 

(くぅー!最後の必殺技とか格好良すぎじゃない……!)

 

 

実際のところ、只の斬撃だったのだが、傍目から見れば超速で放たれた大気を切り裂くような閃光の神技であり、確かに技名である「ワールド・ブレイク」を冠するに相応しい一撃ではあった。

だが、あれは只の斬撃である。念押しにもう一度言うが、只の斬撃である。

 

 

 

 

 

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《上位道具創造/クリエイト・グレーター・アイテム》

 

第七位階に位置する、この世界においては神の領域とも言える魔法の一つである。

大英雄が装備していた鎧は、その魔法によって作り出されたものであり、高純度の大魔力の塊ともいえる鎧に、本当の意味で目を奪われたのはフールーダだけであった。

 

 

(何という……何と言う佳き日か……ッッ!)

 

 

逸脱者などと言われているフールーダであっても、その使える魔法は第六位階が限界であった。

その領域を超える魔法詠唱者など、数百年生きてきて初めて見たのだ。

彼の興奮は収まらず、先程から道を行ったり来たり、時には人にぶつかったり、壁に向かってブツブツ話すなど、完全に狂人の姿となっており、誰もが彼に近寄れずに居た。

 

本来なら敵国の逸脱者が王都に居るなど、大騒ぎになってもおかしくないのだが、かの大英雄の存在が余りにもクローズアップされ、人々の心を根こそぎ奪っていた為、他の事には全く注目が行かなかったのが幸いであった。

 

 

(我、生涯で初の師を得たり……ッ!)

 

 

歳も忘れ、彼は大声で叫びたくなる衝動を必死で堪えていた。

ともすれば、踊り出したい程の気分である。

もう泣きたい。泣きたい。大声で子供のように泣き喚きたい。数百年の孤独と研究は、決して無駄ではなかったのだと今、証明されたのだ―――!

 

 

(しかし、聖騎士でありながら、恐らくは第七位階(?)の魔法を……)

 

 

フールーダの胸に過ぎったのは、まさに「固定観念に囚われてはならない」という自身が感じた戒めそのものであった。戦闘中も安全地帯などない、と学んだものを生かす事が出来なかったのだ。

今度こそ、学んだものを無駄にすまい、と彼の決意は益々、固くなる。

 

 

(輝くばかりの若者であったな……天が二物も三物も与えたのであろう)

 

 

あの煌くような存在の全てが、フールーダにとって天を往く星々のようでもある。

本来なら手を伸ばしても届かないであろう《それ》へ、彼は固い決意をもって手を伸ばす。

 

 

(そして、ニニャという可能性まである………)

 

 

「くっはは………!我がっ!人生!快なるわッッッ!」

 

 

遂にフールーダが大口を開けて哄笑し、それを見た人々は目を逸らし、足早に通り過ぎていく。

彼が帝国の最高峰魔術師であると知れば、腰を抜かした事だろう。

それにしても、ニニャという存在は実に驚くべきものであった。

彼女の存在がフールーダという存在を呼び寄せ、彼女の姉を探すというキッカケが、かの大英雄を動かし、遂には八本指の壊滅という結果に繋がったのだ。

 

彼女の存在がなければ、この暴動が王家に対し、致命傷を与えた可能性が高い。

この暴動での一番の功労者であったとも言えるだろう。

貴族を深く恨む彼女からすれば、皮肉でしかなかったであろうが……。

 

 

「おう、爺さん!おめぇも朝っぱらから酒かぁぁ?」

 

 

酔っ払いが千鳥足でフールーダに近づき、ガシっと肩を組む。

ありえない。ありえなさすぎる事だ。

だが、上機嫌の極みであったフールーダは怒らない。むしろ、喜びを爆発させたい気分であった。

 

 

「よぉ、爺さんも一緒に飲もうや!金がねぇから安いエールくらいしか奢れねぇけどよ!」

 

「そうじゃの……こんな日こそ、飲まねばの」

 

 

そう言ってフールーダが懐から財布を出す。

普段、「金を使う」という行為がそもそもない人物であり、帝国の全ての店などフールーダが来れば当然、金など取ろうとは思いもしないだろう。

まして、彼の財布の中に入っている金が余りにも凄まじすぎた。

王国も帝国も基本、同じ含有量の通貨を使っているが、財布の中身が全て白金貨だったのだ。

それは大商会の取引や、国家間のやり取りなどで使われる通貨であり、一般人は生涯見る事もなく終わるものである。それらを何十枚も無造作に投げ出し、フールーダが言う。

 

 

「数十年ぶりに飲みたいわい。誰でもよい、飲みたいものが居るなら全員連れてくると良い」

 

「おいおいおい!何処の鉱山王だよ、爺さんよぉ!おい、おめぇら!天下無敵の御大尽様が現れたぞぉ!呑みたい奴は全員、一人残らずついてこい!」

 

「はぁ、マジかよ!?」

 

「おーい!白金貨の大盤振る舞いだってよ!近所の連中、全員に声かけてこい!!」

 

「何百人ってレベルじゃねーぞ!本当に大丈夫か!?」

 

「バッカ野郎!この白金貨を見ろや!シャレになってねーぞ!!」

 

「ヤベぇ!パねぇぞ、この爺さん!!」

 

「とにかく声掛けろ!こんなもん、何千人来ても飲み切れねぇぞ!」

 

「おぉぉぉい!超特大の祭りがきたぞぉぉぉ!前代未聞の御大尽様だぁぁぁ!」

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉ!」」

 

 

こうして、フールーダは意図せぬまま活気の一因となってしまい、大盤振る舞いをしてしまう事となったが、その経済効果と人々に与えた笑顔の効果は本当に冗談にも何にもならない、洒落じゃ効かない規模となり、王都中の店がその恩恵に与る事となったのである。

 

改めて言うまでもないが、白金貨というのは一枚が現代の価値でいう百万円である。それを無造作に30枚も50枚も投げ出してしまったのだから堪らない。

王都中の店が嬉しい悲鳴を上げる事になり、フールーダは「大鉱山の持ち主であるご隠居」という訳の分からない人物へと祭り上げられる事となった。

 

 

 

 




宮廷魔術師
「へ、陛下、フールーダ様が王都で飲めや唄えやの御大尽遊びをしているとの情報が……」

ジルくん
「爺ぃぃぃぃぃッ!!」



そんな訳で騒動後の王都の様子でした。
オペラが終わっても、
各人に突っ込み所しかないのがOVER PRINCEの恐ろしい所。





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覇者の飛翔

―――グリーンシークレットハウス

 

 

モモンガがキノコに舌鼓を打ち、ヒモ時間を満喫していた。

隣の部屋では、ハムスケがデコスケ相手に昨夜の戦いを身振り手振りを交えて熱演しているようだ。二本足で立ち、忙しく手足を動かしながら、時折台詞も交えて演じている。

 

 

「そこで殿は言ったのでござるよ!正義降臨、と!」

 

「オォォォ!」

 

「何と、デコスケ殿は自分が斬られたかったとおっしゃられるのか!?どうも殿のシモベの方々は特殊な性癖をお持ちのようでござるなー」

 

「オォォォ♪」

 

「我々の業界ではご褒美です……なるほど、忠義にも様々な形があって然るべきでござるなー」

 

 

(あいつら何て会話をしてるんだ……)

 

モモンガは焼いたキノコ(王国では中々手に入らない高級品)を食い、隣から聞こえてくる声を遮断するようにベッドへ飛び込み、布団の中で丸まった。

肉体的には別に疲れてはいないが、精神的な疲労が酷い……。

と言うか、あいつら会話出来るのか……?多分、何となくのニュアンスで話してるんだろうけど。

 

 

「しかし、デコスケ殿がこの森を押さえ、平穏を保ってくれているからこそ、拙者らも外に出て働けるのでござるよ。領地を守るという任は先陣の功にも等しいものでござるぞ」

 

「オォォォォォ!」

 

「その通りでござる!家臣たる者、槍を振るうだけでなく、家を守る事こそ第一でござるよ」

 

 

ハムスケが意外と(?)良い事を言ってるっぽいが、思考がまんま武士だな。

それも、戦国時代とかあの辺のやつだ。

ここってファンタジー世界だから違和感が凄いんだが……。

 

 

(しかし、これからどうするかな……)

 

 

ベッドの中で凝った体を伸ばす。何だか今でも信じられない気分でもあった。

あれ程の大歓声や、絶叫、熱狂……夢のようでもあるが、あれは現実だ。

一石で二鳥に当てる、と頑張ってみたが、予想以上と言うか、王都全体がコンサート会場になったかのような雰囲気だった。ロックスターじゃあるまいしなぁ……。

 

 

(ガラじゃない、なんてレベルじゃないぞ……)

 

 

これから王都へ行く時はどうしたら良いんだ、と考えていたらペイルライダーから連絡が入った。

丁度良い機会だ。

向こうからの報告も聞いて、今後の方針を決めるとするか。

 

 

「宝石にも等しき時間を割いて頂き、誠に恐縮の極みであります」

 

「い、いや……結構のんびりしてたから気にしないで」

 

「では、手短に報告をさせて頂きます」

 

 

彼の話では、八本指の首領は全てアジトへと集め、幹部連中も含めて既に拘束しているようだ。

渡した《支配/ドミネート》の効果がある鐘を使い、彼らのアジトや人員、下部組織に至るまでのルートなどを全て資料として差し出させたらしい。

 

 

「凄いじゃないか、ペイルライダー!良くやってくれたよ!」

 

「……!あ、ありがたきお言葉……勿体無く………!」

 

「いやいや!ほんと凄いって!たった一日だってのに、流石だよ!」

 

「自分よりも、むしろレイスの働きによるところです……今のお言葉を聞けば、奴も歓喜に身を震わせ、より一層に“仕事”へ励む事でしょう。ありがたき配慮に感謝致します」

 

 

いやー、流石は上位アンデッドだ。

とてもじゃないが、自分がやっていても、こうは行かなかっただろう。更に話を聞いていくと、何度か出会った街中で暴れていた八本指はその場で始末したとの事。

その中には警備部門の首領や六腕という集団も居たようだが、特に問題はなさそうだ。

 

むしろ、自分が八本指の人間を直に見ていたら、と考えると恐ろしくなる。

娼館に居た悲惨な女の人達や、筆舌に尽くし難いニニャさんのお姉さんの姿を思い出して、何を仕出かしたか分からない。

 

 

「しかし、解せぬのは……あのみすぼらしい城の連中ですな。あの騒ぎの中、城門を堅く守るばかりであり、只の一度も動く気配がなかったように思われます」

 

「うん……まぁ何処の世界でも、上の人っていうのはそういうものだから」

 

 

実際、リアルでも貧困層がどれだけ苦しんでいても富裕層の人間や権力者達が動く事なんてなく、ただ安全で快適な高所から見下ろしているだけだった。

それに対し、怒りや義憤に燃える程に子供ではなくなったけれど、それは大人になったというよりも、一種の諦めや諦観であったのかも知れない。

 

大きな言い方をすれば、世界そのものがブラック企業であったとも言える。

別にヘロヘロさんだけじゃなく、全ての人が黒い環境に居たのだから。物心がついた頃からずっとそんな環境に居れば、誰だって偉い人への期待なんて捨ててしまう。

 

 

「城下で何かあっても、その人らには別世界での出来事なんだろうなぁ……ははっ、本当に自分の服に火が飛んでこない限りは、全て対岸の火事なんだろうさ」

 

「ご命令下されば、5分であの掘っ立て小屋(城)を更地にして参ります」

 

「い、いや……そ、それには及ばないよ……!」

 

「ですが、何らかの監視は必要かと思われます。古より小人は、事が終わった後に何食わぬ顔をして出てきては、功ある者を断罪する事すらあると聞きます」

 

 

その言葉には妙な重みがあって、少し考え込んでしまう。

彼は死霊系のモンスターだが、何らかの理由があって死霊と化した筈だ。

いや、それを言うなら全ての死霊系モンスターがそうだとも言える。

 

 

(騎兵、騎兵……か)

 

 

それは主に、中世の時代の存在だろう。

ハムスケとはまた違った価値観の持ち主だろうし、思考や性質もまた異なるに違いない。

彼の発言は、何か中世(?)の歴史に基づいたものだったりするんだろうか……。

 

 

「そっか……なら、その人らが妙な事をやり出さないか監視しといてくれるかな?」

 

「ははっ!非才の身ではありますが、全力を尽くします―――」

 

「そ、それと……」

 

「最後に一つ御報告が。イビルアイという女性は無事であり、傷一つ負っておりません」

 

「そ、そっか……それは、よ、良かった……あはは……」

 

 

こうしてペイルライダーとの連絡を終えたモモンガは安堵したように再度、布団の中で丸くなる。隣の部屋ではハムスケとデコスケが楽しそうに会話を続けていたが、それらを子守唄にしながら心地良い眠りへと落ちていくのであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――八本指 アジト

 

 

「喜ぶが良い、レイスよ!御方より直々に……うぬの働きをお褒め頂いたわッッ!」

 

「~~~~~~~~!」

 

 

その言葉にレイスの白い霧のような体が忙しく動き、歪み、形容しがたい形となった。

喜びの余り、形を作る事すら出来ないのであろう。

本来なら、そのような無様な姿を見ればペイルライダーは眉を顰めるであろうが、この時ばかりは深々と頷き、その目には慈愛とも言える優しさすら篭っていた。

だが、続いて出た言葉は……八本指にとって、更なる地獄の宣言である。

 

 

「御方に更なる深き喜びを!今のような責め苦では―――――手温いわッ!100倍の苦痛を与え、決して正気を失わぬよう責め上げいッッッ!」

 

 

その一喝に八本指の首領や幹部が泣き叫び、レイスは魂が削られるような絶叫を上げた。

ペイルライダーの耳には雄々しく、実に心地よい御方への忠誠を叫ぶ音響であったが、人間にとっては発狂したくなるような不快な音でしかない。

 

 

「少し出る。ここのダニ共には、御方を不快にさせた罪を魂にまで刻み込んでおけ」

 

 

レイスが猛々しい音を立て、その姿が邪悪に歪む。

これから始まるのは魂への攻撃であり、精神の破壊でもある。性質の悪い事に、死霊はそれらを一瞬でリセットし、正気へと戻して延々とこれを繰り返すのだ。

逆説的ではあるが、肉体的に死ねた連中は余程の幸運であったと言って良いだろう。

彼らの同じ立場であったゼロなどは、痛みを感じる間もなく地獄へと行けたのだから。

 

首領達の恨みは、まるで見当違いのゼロへと向けられる。

何故、あいつはここに居ないのか?

どうして同じ立場であるあいつは、この苦しみを味わっていないのか、と。

そして、こいつらの存在は一体、何なのかと―――!

 

その答えは、酷く単純なものである。

この世界では、只一人―――――決して怒らせてはならない人物がいたのだ。

 

それを知らなかった事が彼らの不幸でもあり、そして、自業自得でもあった。

一方的に罪なき人々を苦しめてきた事が、いま、億倍の力を以って自分自身へと返ってきた。

ただ、それだけの話であり、それ以上でもそれ以下でもない。

彼らの言葉を借りるなら、それは“弱肉強食”であったと言えるだろう。

皮肉な話である。まさか自らが弱者になって食われる事など、想像もしていなかっただろうから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

王城では朝から侃侃諤諤の議論が続いていた。

六大貴族と呼ばれる存在だけでなく、多くの力ある貴族が並び、昨夜起きた前代未聞の騒ぎに対し、其々が思い思いの言葉を述べている。王の横には二人の子息も並び、ラナーも静かにその隣の椅子へ腰掛けていた。

 

 

「それにしても、戦士長殿の職務放棄には驚きましたな」

 

「然り!彼の者は王城を守る立場であって、城下を守る立場ではないわ」

 

「第一、アンデッドが入り込むなど衛兵や神官は何をしておったのか!」

 

「一説では帝国のフールーダ・パラダインの姿があったとも聞くぞ」

 

「幾らなんでも与太話であろう。民衆とは何処までも愚かよの」

 

 

彼らの議論は今後の対応や対処などでなく、如何に“敵”を作るかに終始しているようだ。

貴族派の貴族連中はこの暴動を事前に知らされており、下手に詮議が深まると自分達にとって非常に都合が悪い。心に後ろめたい物がある者ほど、大声で的を叱責していた。

そんな姿を、レエブン侯と呼ばれる貴族が冷たい目で見渡している。

 

 

(事の元凶は八本指であろうに、他に敵を作る事に必死か……)

 

 

情けなくもあり、彼らの形振り構わぬ保身には感心したくもなる。

今回は蒼の薔薇や戦士長、エ・ランテルの英雄と呼ばれる存在によって辛くも暴動は抑えられたが、この暴動によって負った傷は必ず、後々に響いてくるであろう。

 

 

(王家や、貴族への決定的な不信という形で、な………)

 

 

いざと言う時に自分達を守ってくれない権力者など、一体何の役に立つと言うのか。

本来、払う税とは有事の際に民衆を守るという暗黙の了解があって成り立つものである。一方的に受け取り、搾取はするが、何も返さないなどという話に誰が納得するであろう。

今までは武力と権威で抑え込んできたから良いものの……今後もそれが通用するかどうか。

例えば、自分達よりも武力があって、権威もある存在が出てきた場合、民衆はどう動く?

 

 

(……“大”英雄か)

 

 

レエブン侯は城下に放った子飼いの連中からの報告を聞いて、薄ら寒いものを感じた。

まるで、自分達の足元が揺らぐような“地鳴り”が起きていると思ったのだ。

これまでも貴族への愚痴や、王家への軽い不信などはあった。幾らでもあった。

だが、今回の《これ》は何かが違う、と感じるのだ。何か、決定的な民衆との乖離のようなものを感じさせたし、民衆の変化を望む声が、かつてない程に強く思えたのだ。

 

 

(それに、“機関”というものが八本指を粛清したとの情報もあったが……)

 

 

これに関してはサッパリ分からない。

自然発生したアンデッドであるのか、本当に八本指の上位組織が送り込んだのか、中には伝説級のアンデッドが居ただの、それこそ帝国のフールーダ・パラダインが居ただの、情報が錯綜しすぎていて、何が何やらさっぱり分からない。

 

陛下を見ると、片手を挙げ、一同を静まらせているところだった。

その内容は陛下らしく、驚きこそないが、安心感のある内容である。

 

 

「まず一つ、戦士長の行動は余も黙認している事であり、罪はない。それに、八本指をここまでのさばらせてきたのは余の不徳でもあり、ここに居る全ての者の罪でもあろう」

 

「悪党がやらかした事を、まるで私共の罪のようにおっしゃられるのは如何なものですかな」

 

「陛下のお言葉とも思えませんな。それに、既に滅んだ愚かな集団などに時間を割くのも無駄と言うもの。ここは近衛兵を集め、我等で勝利を祝うパレードを為さられては如何でしょう?」

 

 

その言葉に多くの貴族が我が意を得たり、と言わんばかりに大きく頷く。

ここで派手なパレードをして、自分の存在をアピールしようとしているのだろう。当然、それが民衆から冷めた目で見られ、逆効果になる事など、ここに居る貴族は思いもしない。

レエブン侯は人知れず、深い溜息をついた。

 

 

「おぉ、それは良き案よな!」

 

「兵どもを華美に飾らせ、豪華なものとしようぞ!それを見て、民衆も安堵するであろう」

 

 

流石にレエブン侯が声をあげ、制止しようとした時―――不気味な声が上空から響くと同時に、天井の一部が派手な音を立てて落ちてきた。

多くの貴族が驚きの声を上げたが、その声が次第に泣き声へと変わっていく。

 

 

「やはり、愚かなる小人どもよな―――――」

 

 

瓦礫と土埃の中、気付けば地獄を思わせる騎兵……化物が立っていた。

誰かが腰を抜かしたように尻餅を搗き、悲鳴を上げる。立っていられる者がいなくなり、先程まで威勢よく声を上げていた貴族が次々と失禁した。

胸元を押さえて嘔吐する者も続出し、この国で最も静謐で豪華であるべき玉座の間は忽ち、異臭が立ち込める悲惨な空間と化した。

 

 

「我は天帝が麾下の一人、ペイルライダー。この国で王を僭称する、愚か者の名を聞こう」

 

「は……ゎ、た………」

 

 

化物は陛下を一瞥すると興味を無くしたように静かに近づき、その玉座へと手を伸ばしたかと思うと、最高級の石と金属で作られた玉座を、軽々と片手で持ち上げる。哀れにも陛下が玉座から転がり落ち、化物はまるで皿でも投げるようにして玉座を放り投げた―――!

目にも留まらぬ速度で投げられた《それ》が壁へ衝突し、鼓膜が破れるような轟音が響く。

 

 

「世に玉座へと座られる方は尊き御方のみ。うぬごときが烏滸がましいわッッッ!」

 

「「ひぃぃぃぃぃっ!」」

 

 

化物が怒号をあげた瞬間、全員が反射的に頭を地面へと擦り付け、土下座の形を作る。

当たり前だ。

誰がこの存在の怒りを前にして、頭を上げていられるだろうか。自分も、誰もが、視線を地面へと固定し、少しでも相手の視界に入らぬように命懸けとなった。

 

体中から吹き出る脂汗が止まらない。

死ぬ、死ぬ、こんな存在、絶対に無理だ。死ぬ死ぬ死ぬ嫌だ!

 

 

「貴方が、機関という組織の使者でしょうか?」

 

 

誰だ、この馬鹿は!レエブン侯は声を上げた人物を張り倒したくなった。

恐る恐る視線をミリ単位で上げていくと、豪奢なドレスが視界に入る。

それは、ラナー殿下のものであった。

 

 

「ら、ラナー殿下……」

 

「ひ、姫!」

 

 

誰かが悲鳴をあげる。誰が言ったのかも分からない。

あの女が……狂ったものを目に秘めた女が、何を言うのかとレエブン侯は固唾を飲む。黄金などと称されている知恵と美貌の持ち主だが、その精神は酷く捻じ曲がっており、レエブン侯はストレートに狂人であると思っていたし、その想いは正しかったと今、証明された。

 

誰がこの化物相手に平静に声を掛けられるというのか。

精神が狂っていなければ出来ない事である。

 

 

「貴方様の組織は、我が国へ如何なる要求がおありなのでしょうか?内容によっては、我が国は交渉のテーブルに着く用意が御座います」

 

 

レエブン侯は汗を流しながらも、悪くない言だと思った。

こんな存在に武力で来られてはひとたまりもない。まずは相手の要求を聞き、それに対して交渉のテーブルに着く、というのは必要最低限伝えておくべき事柄であろう。

今の発言において重要なポイントは、決して要求に応える、とは言っていない事だ。

 

交渉時は言葉の一つ一つが非常に重いものとなる。

言葉尻を捉えて、内容を掻き回したり、有利に運ぶのは鉄則だ。この点、ラナーの言は何も約束してないし、何よりも時間を稼ぐ事が出来る。

 

 

(やはり、この女は狂っているが、その頭脳だけは本物だ……)

 

 

この死地とも、土壇場とも言える状況で良くぞそこまで頭が回ったものだと感心する。

この女が男子であったなら、王国の未来をここまで悲観する事なく、自分も領地へと戻って愛しい我が子ともっと触れ合える至福の時間を増やせたであろうに。

だが、返ってきた化物の回答は―――想像を絶するものであった。

 

 

「戯けた女よ……うぬは獅子が蟻相手に“交渉”などすると、正気で思うておるのか?」

 

 

それだけ言うと化物がラナーの首を掴み、軽々と持ち上げながらその首を締め上げる。

たちまち、その顔が赤黒く変貌し、黄金とも称された顔が歪む。

 

 

「ラナー様ッ!」

 

 

末席で身を震わせていた王女付きの兵が果敢にも立ち上がり、化物へ向かって走る。

だが、化物が騎乗している馬が軽く尻尾を振るうと、それに触れた兵が竜巻でも巻き込まれたように派手に吹き飛び、その身を壁へと衝突させた。

その衝撃で石壁へ幾つもの亀裂が走り、無残な音を立てて石壁が崩れ去る。

余りにも悲惨なその光景を見て、もう誰も動けなくなった。

 

 

「余の、私の、命で満足するなら差し出そう……どうか、この国には」

 

「うぬらの命など、天帝の前では等しく価値がない。あの方がおられれば、うぬらのような愚かな連中は、全員皮でも剥がされて見世物になっている事であろう」

 

 

―――努々、愚かな事を考えぬ事だ。

 

 

化物はそれだけ言うと、ラナーを掴んだまま高々と飛び上がり、その姿を消した。

それを追う者など誰も居らず、誰もが声を上げる事すら出来ずにいた。

残ったのは異臭漂う空間だけであり、化物が消えた途端―――糸が切れるようにして次々と失神していく貴族の姿だけであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「お、おい……ありゃ、何だ!」

 

「ラナー様だ!」

 

 

勝利の余韻に浮かれる王都であったが、上空を我が物顔で悠々と飛翔する化物の姿を見て騒然となった。しかも、その化物が小脇に抱えているのは黄金とも称されるラナー姫である。

誰もが飲んでいた酒をこぼし、持っていた皿を落とす。

あちこちから悲鳴が響く中、地獄の騎兵が王都全域に聞こえるかのような咆哮を上げた。

 

 

「愚かなる八本指の粛清は終わった。天帝の名を称え―――喝采せよッ!」

 

 

騎兵の手に黒き怨念の塊が集まり、槍のような形を作る。無造作に投げた《それ》が王城の一角であった無人の塔に突き刺さり、塔は衝撃に耐えかねたように悲惨な音を立てながら倒壊した。

 

 

「我らが機関に歯向かいし末路は、“これ”よ―――――」

 

 

それだけ言うと騎兵は目にも留まらぬ速さで天を翔け、一瞬でその姿が見えなくなった。

後に残ったのは大騒動である。

誰もが興奮したように立ち上がり、叫び、走り出す。

噂されていた、もう一体残っているという化物が現れたのだ―――!

 

 

「ねぇ、ママ……お姫様も、この国もどうなっちゃうの……?」

 

「大丈夫よ……大英雄様が、きっと……」

 

 

母親が子供を庇うように強く抱き締め、涙を流す。

どうか、どうか―――この国をお救い下さいと。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ハッ……お次はお馬さんに乗ったバケモンってか?」

 

 

ガガーランが豪快に飲み干したエール瓶を地面に叩き付ける。

その姿を見て周囲の鉱夫達が焦ったように声を上げた。

 

 

「あ、姉御……幾らなんでもありゃない!ねーよ!」

 

「以前に見た仔竜より酷ぇじゃねぇか!あんなもん、どうにもなんねぇよ!」

 

 

鉱夫達の声は正しい。あの騎兵は仔竜などより遥かに強く、速く、強靭だ。

彼らは山脈で様々なモンスターと遭遇してきた為、あれがどれだけ危険か肌で分かる。

だが、彼女の態度は変わらない。

 

 

「相手が何だろうと関係ねぇよ。俺っちがやる事ぁ、こいつを振るうだけさ」

 

 

ガガーランはそう言いながら、自分の鎚を軽々と肩に担いだ。

その惚れ惚れとするような“漢立ち”に鉱夫達が興奮したように立ち上がり、一斉に声をあげる。

514人の男が叫び散らす光景は余りにも雄臭かった為、省略しよう。

一言で纏めるなら「姉御愛してる」に尽きる。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

忍者二人は上空に突如現れた化物を見て、目を尖らせていた。

彼女らはガガーランと違い、ラキュースから昨夜出遭ったという騎兵の話をしっかりと聞いていたのだ。情報収集は彼女らの職業病とも言えるものであったし、どんな状況でもそれは変わらない。

 

 

「ラナー逝った」

 

「流石に不敬。だが、それが良い」

 

 

彼女らはマイペースにトンでもない事を口走りながらも、冷静に化物の戦力を測っていた。当然、忍として考えるなら、戦うもクソもない「即座に逃走せよ」と全神経が叫んでいる。

昨夜の死を振りまく騎士が、まるで“子供”に思えるような破滅的な存在ではないか。

流石の二人も、もう笑うしかない。

 

 

「でも、私のモモンガなら何とかしてくれる。無理なら二人で愛の逃避行」

 

「逃避行は良いけど、二人はNG。これ正論」

 

 

軽口を叩きながらも、二人が感じているものは“破滅”であった。

あの存在は一国を滅ぼす、と確信した為である。

王国どころか、隣の帝国も“ついで”の感覚で滅ぼしてしまうのではないのか?

最悪の場合、仲間だけは連れて逃げなくてはならない。彼女達にとって大切なのはあくまで仲間であって、この国でも何でもないのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「遂に本格的に動き出したのね……」

 

「らしいな」

 

 

合流したラキュースとイビルアイが騎兵の消えた空を見つめていた。

自分達は昨夜、あの力の一端を垣間見ている。

冷静に考え、どれだけの策を施そうとも、結論は勝てないの一言に尽きた。王都の全戦力を挙げて総攻撃を仕掛けても死人が増えるだけであろう。

 

 

「でも、モモンガさんは逃げない……なら、私も共に戦うまでよ」

 

「あぁ、せめて露払いをしなくてはな」

 

 

昨夜、おかしなタイミングで騎兵が舞い降りては何も出来なかったイビルアイは固く決意する。

どれだけの強敵が立ち塞がろうとも………

自分が、モモンガをあの騎兵にまで辿り着かせてみせると。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(我、御方の為に最高の舞台を整えん………!)

 

 

ペイルライダーは上空を翔けながら、これからの行動に思いを馳せていた。

自分に残された時間はそれ程に長くないであろう。

改めて、御方から齎された、様々な“福音”を振り返る。

 

 

《妙な事をしないか監視せよ》

《自分の服に火が飛んでこない限りは、対岸の火事である》

 

 

恐るべき言葉であった。

この短い言葉の中に、幾つもの意味が隠されていたのだ。今頃になって気付くとは、自分の思考の浅さに苦笑いしたくもなるが、それすらも至高の智とも言える前では不遜でしかない。

 

畏れ多くも御方に共有して頂いた際に、流れ込んできた多くの知識と記憶と物語。

煌くような幾つもの輝きの中から自分に一つ、強烈に焼き付いた“設定”とも言えるものがあったが、自分はそれに準じて行動してきたつもりだ。

だが、それらの線が今、完全に一つとなって輝く“点”へと辿り着いた。

 

 

(全ては、御方の掌の上にあったのだな……)

 

 

御方の知識では「姫」と呼ばれる存在は須らく、攫われるものであり、光り輝く主人公という存在がそれを救出し、時に英雄となり、救世主となるのがお約束であり、鉄板であるとの事だった。

自分の設定は確かに高貴な存在を力尽くで奪い去り、最後には敗れる存在である。

 

 

(何と素晴らしき設定か……ッッッ!)

 

 

この放って置いても残り僅かな時間を御方の為に捧げ、その御役に立つ事が出来ようとは……!

そして、何もかもが御方の計画通りであった事にただただ、感動する。

自分は尊き指令を元に、そこへ自分の考えや思考に従って行動していたと思っていたが、とんでもない不遜な考えであった。自分の思考や考えすらも既に最初から考えの内であられたのだ。

自分は愚かなる小人どもが妙な真似をせぬよう、人質に取ったつもりだったが、それに至る思考へ既に導かれていた。

 

 

《自分の服に火が飛んでこない限りは、対岸の火事である》

 

 

まさにあの連中は今、自分の服に火が付き、対岸ではなくなった。

そして、自らに与えられた設定との見事な合致。

御方は連中から姫と呼ばれる存在を救出し、並ぶ者がいない至高の地位へと駆け上がられるのだ!

まさか数にもならぬシモベに、これ程の大役を与えて頂けるとは………。

 

 

(全身全霊を以って、御方へ忠義を為さん―――――!)

 

 

ペイルライダーに知らず与えられた設定と、勘違いと過大評価が良い具合に超MIXしていた頃、大混乱の王城へ更に驚愕すべき情報が齎されていた。送り主はエ・ランテルの都市長。

幾つもの早馬と、伝言、伝書鳩などが知らせる内容は……

 

 

 

《共同墓地から大量のアンデッドが出現―――大至急援軍を請う!》

 

 

 

 




然るべくして起きた要素が重なり……
風雲急を告げる王国で、いよいよ魔神バトルが始まる―――――!



PS
原作で明言はされていないのですが、
創造したアンデッドの顕現時間は今作では1~3日程度と想定しています。
ここらへんは時間が明言されても、修正が大変なので変更しません。

尚、ペイルさんが本編で語っている設定とは、原作でいう“NPC設定”に当たります。
白紙の所にスキルの影響でナニカが焼き付いたので、
時に原作とは似ても似つかぬシモベが爆誕する事に……(怯え)

ではでは、長くなりましたが良い連休を!





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巨悪と魔神

モモンガがベッドの上を転げ回り、忙しく左右に動いていた。

鉛筆が転がっているような何とも言えない姿を、ハムスケが木の実を頬張りながら見ている。

片方の表情は悲痛だが、片方の表情は何処までも暢気であった。

 

 

(何でお姫様が攫われてるの?ねぇ?何で!?)

 

 

ペイルライダーからの連絡を聞いて、幸せな昼寝から叩き起こされたモモンガである。

その頭は混乱の極みにあり、何処までも一般人である彼の頭脳は既に焼き切れそうな程にヒートしていたが、未だに現状を把握できずに居た。

 

 

(しかも、計画通りって何だよ!何の計画だよ!)

 

 

ペイルライダーの自信に溢れた報告内容を何度も思い返すが、まるで意味が分からない。

彼はこの国のお姫様(?)を攫う事が自分の立てた計画だと思っており、それどころか彼らを生み出した時から既にそれらの計画を全て立てていたという事になっているらしい。

正直、何を言ってるのかサッパリ分からず、曖昧な返事をして時間を稼ぐのが精一杯だった。

もう一度、もう一度だけ振り返ろう……何かヒントがあるんじゃないのか?

 

 

 

~~~~~~

 

 

「全ては御方の計画通りであります。何もかもを最初から計算しておられたとは……このペイルライダー、蒙を啓かれたような心地であります。改めて、至高の玉座に相応しき方かと」

 

「う、うん………」

 

「しかし、私程度の読みなど浅い事は承知しております。御方の深き叡智は更なる先を見通しておられる筈……この非才なる身に、どうか福音を授けて頂けないでしょうか」

 

「ちょ……し、暫し、待て。追って、連絡をする」

 

「ははぁぁぁ!」

 

 

~~~~~~

 

 

 

ダメだ!やっぱり何を言ってるのかサッパリ分からない!

あの後、慌てて彼の行動などを共有して見てみたが、更なる衝撃が自分を襲った。

 

(これ、世紀末を暴力と恐怖で支配しようとした人じゃん!)

 

恐らく、男なら誰でも知る著名キャラクターであり、そのロールでもしてるかのようだった。そして、すぐさま直感する―――あの妙なスキルが、また妙な事を仕出かしたのだと。

 

 

(あのスキルめぇ……何処まで俺を追い詰める気なんだ!)

 

 

ともあれ、このマズイ現状をどうにかしなくてはならない。

お姫様を攫うなんて縛り首なんてレベルじゃないだろう。何とか機関の魔の手から救い出した、的なノリで片付けるしかない……それにしてもベタだ。ベッタベタじゃないか。

攫われたお姫様の救出とか、古すぎて逆に新しいかも知れないけれど。

 

どうしようかと頭をフル回転させていたら、デコスケが自分の前に跪く。

何か言いたい事があるらしい。

 

 

「どうした……まさか斬ってくれ、とか言い出さないでくれよ?」

 

「オォォ」

 

「それは大歓迎ですが、違います?遠くから大きな死の匂いがする??」

 

 

スキルの一つ《不死の祝福》を使い周囲を探るも、別に気配はない。

少なくとも、この森にはアンデッドは居ない筈だ。だが、それこそ「本物」のアンデッドであるデコスケは、もしかしたら自分より生者や死者などに対する動物的な嗅覚や感覚が優れているのかも知れない。

 

本来、不死の祝福は大雑把な数と方角が分かるぐらいだが、余り遠距離になると精度が落ち、知覚能力も薄れていく。森より、更に遠い場所って事だろうか?

遠隔視の鏡を取り出し、知っている場所を調べていく。

 

 

「オォォ!」

 

「方角はこっちの方か……カッツェ平野って場所かも知れないな」

 

 

毎回、そこで戦争をしているらしく、アンデッドの温床になっていると聞いた。そこからは日夜、アンデッドが発生して時に強いアンデッドが自然発生する事もあるらしい。

怨念の染みついた場所を放置していると、より強いアンデッドが生み出されていくというのは、何やらユグドラシルの魔法にも通じる所があってちょっと面白いと思ってしまったものだ。

 

 

(あれ、何だこれ……)

 

 

地図を広げながらカッツェ平野を探していたが、そこへ行く手前にあった見覚えのあるエ・ランテルの街が鏡に映る。少し思い出に浸ろうかと思っていたら、様子がおかしい事に気付く。

 

 

「げぇ!」

 

 

鏡に映ったのは、共同墓地から外に出ようとしている大量のアンデッド。

そして、それを阻止しようと門を固く閉め、高い石壁の上から衛兵が懸命に槍で突いたり、冒険者達が必死で魔法を唱えたりしている姿だった。何だ、これ??

 

 

(どうして、こんな変な事ばかりが起きるんだよ……それも、同じタイミングで!)

 

 

この世界は一体、どうなってるんだ??

ユグドラシルもリアルも、大概メチャクチャだったと思うが、この世界も同じレベルじゃないか!

さっきは八本指が暴動を起こして、次はアンデッドの襲撃だって?

こんな大量のアンデッド祭りとか………うん??アン……デッド……?

 

 

 

その時、モモンガに電流走る―――――!

 

 

 

幾つかの線が伸び、それらが一つの点へと導かれていく。

電子回路があるべき道筋を辿り、故障していた機械が一斉に起動を命じられたかのよう。

 

 

「へへ……きたぜ……ぬるりと……」

 

 

思わず発した言葉に、ハムスケとデコスケが「ざわ…ざわ…」と言った様子でざわめく。

誰が起こした騒ぎか知らないが、これを利用して全てを丸く収めるしかない。ついでにエ・ランテルの街も救えるだろうし、一石二鳥だろう!

 

あの様子だと、余り時間がなさそうだ。

即座に組み立てた計画を実行に移すべく、ペイルライダーを呼び出す。

 

 

「ペイルライダー、今からお前にはエ・ランテルに行って貰う。何者かがアンデッドを呼び出して街を襲っているようだが、それらの主導権を“機関”が奪うんだ」

 

 

そう言いながら、自分が見たエ・ランテルの景色を彼へ共有する。

打てば響くような声で彼が頷いた。

 

 

「この騒ぎも全て御方の計算通りなのですな。矮小なる我が身など、至高の智の前に平伏するばかりであります」

 

「えっ……ま、まぁ、そういう事だね……」

 

 

苦しい。自分で言ってて苦しすぎる。

彼からの過大評価の極みが、一般ピープルである頭と胸に突き刺さるかのようだ。だが、この騒ぎを利用しない手はない……実際、放っておいたらあの街が危ないだろうし。

エ・ランテルは、この世界で初めて訪れた街だし、色んな思い出もある場所だ。

知ってしまったのに、何もしないなんて後味が悪すぎる。

 

 

「ペイルライダー、そこに居る面子を転移させるよ」

 

「ははっ!」

 

 

念の為、いつものローブを着てフードを深く被る。

今となっては、すっかりこの姿が板についてしまったな………。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

転移した小奇麗な部屋にはペイルライダーとレイス、骨のハゲワシの3体がいた。

3体が恭しく跪く中、攫ってきたというお姫様の姿もある。

完全に気を失っているようで、顔色も余り良くない。

 

 

(ごめんなさい……後で必ず帰しますので……)

 

 

今更、すぐに戻すのは不自然すぎて出来ない。なら、さっきの騒動と併せてお姫様救出ミッションを繰り広げるしかないだろう……エ・ランテルを救うんだし、何とか勘弁して下さい!

 

 

(にしても、お姫様とかって本当に居るんだな……)

 

 

流石はファンタジー世界だと変な所で感心してしまう。

豪華なドレスをまじまじと見ながら、ペイルライダーへ指示を出す。

 

 

「現地に着いたら、状況を把握してから騒ぎの首謀者を押さえてくれるかな。細かい事は現地での裁量に任せるけど、街に出来るだけ被害が及ばないようにして」

 

「はっ、全ては偉大なる創造主モモンガ様の為に―――――」

 

 

騒ぎは知らない所で勝手に起きてしまっている。

完全に被害を無くすというのはもう、出来ないだろう。出来るだけ押さえ込むしかない。

隣の部屋に居るという八本指の首領や幹部、その手下どもを放り込んでいるという大部屋などの情報を聞き、彼らをエ・ランテルの郊外へと転移させる。

ひとまず、これであの街への被害は極力抑えられるだろう……と思いたい。

 

 

(それにしても、八本指……か……)

 

 

正直、顔も見たくない集団だが、これを放置する事は出来ないだろう。

隣の部屋に入ると、六人の身なりの良い男女が気でも狂ったように何かを叫んだり、壁を引っ掻いたりしていた。それはまるで、あの娼館での焼き直しのようでもある。

 

幹部と思しき連中も、全員が頭を押さえてのた打ち回っていたり、嘔吐していた。

自業自得、因果応報などの単語が頭に浮かんだが、それ以上の事は何も浮かばない。この惨状を見たら少しは同情したりしても良さそうなものだが、驚く程に自分の心は穏やかだ。

 

足の腱まで切られ、完全に逃げられない状態でガリガリに痩せ細っていたニニャさんのお姉さんの姿が頭に浮かぶ。顔は幾度もの殴打によって腫れ上がり、破裂寸前のボールのようになっていた。

そして、完全に気が狂ってしまっていた女性達。

 

 

「悪を倒す都合の良い正義なんて無い……悪を倒すのは、より大きな巨悪なんだってさ」

 

 

誰も聞いていない部屋で、ポツリとこぼす。

こんな自分でも……もう、この世界には無視出来ない人達が沢山居る。

 

 

「なら、喜んで俺がその“巨悪”になってやる―――」

 

 

それは自然に口から出た言葉であった。

悲惨な娼館も、滅茶苦茶な暴動を起こしたこいつらも。

何の企みがあるのか、エ・ランテルの街を襲わせている連中も。

 

 

 

「なぁ、お前達の悪とやらは、仲間達と共に築いてきた“悪”に勝てるか?」

 

 

 

俺はこれっぽっちも―――――

 

負ける気がしない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

八本指のアジトであろう館を出て、戦士長さんへ伝言を飛ばす。

この大捕物と言うべき事態は、この国の公的な人達の手に委ねた方が良いだろう。一介の冒険者の身には余るというものだ。

 

彼らの組織や薬物のルート、関連する人物などは全て資料として差し出されている。

後はこの国が処断するだろうが……処断などの前に、もうあの連中は廃人になっているので、後は関連した人物や組織などが芋蔓式で捕らえられていくだけだろう。

 

程なくして、戦士長やその部下達、それに服装がまるで違う四人組が姿を現す。

この四人は格好からして、冒険者っぽいな。

 

 

「モモンガ殿!ここに八本指の連中が捕らえられているというのは本当か!」

 

「えぇ、まるで“用意”されていたかのようでしたよ……」

 

「よ、用意……とは?」

 

「見てもらえれば分かります」

 

 

館の中に入ると、当然の如く阿鼻叫喚の地獄絵図が待っていた。

自分は先程見ているので何とも思わないが、周囲からはどよめきと、困惑した声が相次いだ。それもそうだろう、散々悪事を働いていた連中が全員廃人となって、のた打ち回っているのだから。

 

 

「これは……八本指の資料か……何故、こんなものが……!」

 

 

戦士長さんが驚きの声を上げ、戦士団からも驚愕の声が次々と上がる。

執拗とも言える緻密さで書かれた内容は、自白などと言うレベルではなく、完全なる無条件降伏であり、それは形を変えた“自殺”とも言えた。

 

 

「からかっているんですよ……機関の連中は、こうした児戯を時にやる。自分達にかかれば、どんな組織も一日で“これ”だ、とね。周囲への見せしめの意味合いも大きいでしょうが」

 

 

これが連中の恐ろしさです、と言わんばかりに呟いてみたが、内心はちょっとドキドキである。

流石に捕縛と資料のダブルセットはやり過ぎだっただろうか?

 

 

「本当に恐ろしい連中ですな……こんな組織と、モモンガ殿は一人で……」

 

「別に、そう悪い事ばかりでもありませんよ」

 

「………と、言うと?」

 

「お陰で、多くの大切な人達と知り合う事も出来ましたし……ね」

 

 

何気なく言った言葉だったが、これは本音でもある。

とんでもスキルの所為で“機関”なんてものと戦う事になったけれど、これが無かったら自分はこれ程に多くの人達と知り合う事はなかっただろう。

 

それこそ、アテもなく顔を隠しながら放浪の旅でもするしか無かったんじゃないだろうか?

定住する事も出来ず、転々と街を移動する日々なんて想像するだけでゾッとする。

その点を思えば、流石に感謝こそしないが……完全に否定する事も出来ずにいた。

 

 

「やはり“大英雄”殿は大きいですな……」

 

「えっ?」

 

 

気付けば、周りから尊敬や畏敬の篭った熱い目で見られている自分が居た。

やめて!恥ずかしいとかいうレベルじゃないんですけど!?

この空気はダメだ!こういう時はさっさと話題を変えよう……。

 

 

「それより、戦士長さん。姫を攫った騎兵についてですが……」

 

「うむ、どうやら王城からの知らせではエ・ランテルでもアンデッドが突如出現し、街が襲われているらしい……これも奴の仕業だろうか?」

 

 

ナイス王城!説明が省けて助かったよ!

と言うか、もう城の方には知らせが届いているんだな……この国の伝達速度も侮れない。この世界では、伝言の魔法は使用者の魔力によって距離が決まる。必然的にこの世界では伝言の距離は短くなり、内容も不明瞭なものとなる為、余り重用されてはいない。

 

だが、短い距離で伝言をリレーのようにしていけば、その短所もカバー出来るだろう。

恐らくは、王城へと繋がるラインはそのようにしている筈だ。

じゃないと、国防も何もあったものじゃないもんな……。

 

 

「えぇ、間違いなく……機関の仕業でしょう。下部組織の粛清と、姫の誘拐、そして遠く離れた街への襲撃……こんな事を同時に出来るのは連中しかいません」

 

「ですな……では、我々はどう動くべきでしょう?」

 

「その前に、ここを綺麗に片付けませんか?大部屋にも多くの人間がいるようです」

 

 

向こうに行く前に、この連中をきっちり片付けておかないと落ち着かない。貴族連中にはこいつらと通じてるのも多いと言ってたし、全員が牢獄に入るまでは安心出来ないだろう。

いや、牢獄に入ってすら安心出来ない……と言っても、首領と幹部が全員廃人となっていたら、外に出てきても錯乱した病人が増えるだけであって、もはや何事も出来はしないだろうけど。

 

 

次々と資料が運び出され、首領や幹部連中が捕らえられていく。

縄や鎖で巻かれたり、手錠のようなものを着けられている者もいる。いつかテレビで見た一斉摘発の場面のまんまだ……警察官であるたっちさんも、こんな場面に遭遇した事があるんだろうか。

 

 

(たっちさん、俺は“困っている人”を助ける事が出来ましたかね……?)

 

 

つい、ここには居ない人へ語りかけてしまう。

先日、彼と同じ鎧を着ていた事もあって、何だか涙が出そうになった。

もしも、たっちさんがこの世界に居たらどうしただろうか。

あの娼館を見たら、きっと彼も自分と同じような、いや、もっと強い怒りを感じたんじゃないだろうか。そして、自分なんかより、もっとスマートに事を片付けただろう。

 

 

「ふ、ふざけるなぁ!俺は六腕の人間だぞ……てめぇら雑魚なんかにぃぃぃ!」

 

「アタイに汚い手で触れんじゃねぇぇ!外に出たらブッ殺してやるッ!」

 

 

大部屋から次々と縄をかけられて捕縛されていく中、飛びきり元気なのが二人居た。確か、六腕と呼ばれる人間の生き残りだったか?

殆ど興味なかったからスルーしてたけど……何て名前だったっけ?

タイミングの良い事に、隣に立っていた戦士長さんが重々しく口を開いて説明してくれた。

 

 

「踊る三日月刀・エドストレームと、空間斬のペシュリアンか」

 

(えっ……!?)

 

 

何、いま何て言った?空間を斬るだって……?

胸がトクン、と一つ高鳴る。

いま、たっちさんの事を考えていたからか、余計に胸を鷲掴みにされた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!そこの君……空間を斬るだって!?」

 

 

思わず大声を出してしまう。

自分の声に周囲が驚いたように動きを止める。変だと思われただろうか……いや、今はそんな些細な事を気にしてる場合じゃない!

 

 

「そ、そうだ!俺の剣は空間ごと斬り裂く魔技よ!本当ならてめぇらみたいな雑魚どもに」

 

「見せてくれ!今すぐ!早く!さぁ!ここで!そこの人、縄を解いて!」

 

「え、えっと……その、こやつは極刑間違い無しの犯罪者で……」

 

「自分が責任を取りますから!!早くッッ!」

 

「縄を……解いてやれ。罪は別として、戦士としては戦ってこそ本望であろうよ」

 

「戦士長まで……わ、わかりました………」

 

 

こうしてペシュリアンという男の縄が解かれ、全員が男と自分を中心に大きく距離を取る。

部屋の中を重苦しい空気が支配していったが、逆に自分の鼓動は高まるばかりだ。あの技を、世界でもほんの一握りしか使えないあの技を……この男が……?

流石にたっちさんには及ばないだろうけど、その片鱗でも見る事が出来るなら……。

 

 

「てめぇを殺して、俺は逃げるぜ……俺はこんな所で死ぬ存在じゃねぇんだッ!」

 

「お前の魔技ってのが本当なら……好きに逃げると良いさ」

 

「ハハッ!馬鹿が―――死ねぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

興奮と期待に満ちた視界の中……白い糸のようなものが走る。

何かの手品のように放たれた《それ》が、自分の前で障壁にぶつかったように弾かれた。

 

 

《上位物理無効化Ⅲ ―― 60lv以下の物理攻撃を無効化》

 

 

男の手にあるのは極限にまで細められた剣……いや、斬糸剣とでも言うべきか。

冷静に分析出来たのはここまでだった。余りにもお粗末な空間斬とやらに、身が震えてくる。

腹の底から溢れてくる怒りが止まらない。止められ、そうもない……。

視界が赤色に染まり、ついには全身が震えてくる。

気を抜けば何かを叫び出しそうだった。これは……良くない、自分は良くない事を、する。

して、しまう。

 

 

叩き付けてくるような胸の鼓動と。

目の奥で散りっぱなしの火花に―――急いで全感覚を委ねる。

瞬間、体の支配が何かに移り変わったように動き、左手が顔を覆う。

指の隙間から、目の前の男へ視線だけで殺すような《眼》を向けた―――奇しくも、自分の怒りとスキルが、不気味な程に一致している。

 

 

 

「な”……どういう事だ?!……どうして!何故、俺の攻撃がっ!」

 

 

「何故、と言ったか―――――たった一つ、シンプルな答えだ」

 

 

 

握り締めた拳を慣らすように、指をポキポキと鳴らしながら近づく。

残念な事に、両拳のコンディションは最高潮であった。

 

 

 

「く、来るな……こっちに来るなぁぁぁぁッ!」

 

 

「―――――テメーは俺を、怒らせた」

 

 

「ひぃぃぃ!!」

 

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァッ!」

 

 

 

 

 

全力で拳を叩き付けた。

2トンの石を軽々と持ち上げるこの《凶器》を、両拳を、激情のままに叩き付ける。一発、二発、三発、四十発、六十発、雨霰とラッシュを打ち込み―――気が付けば、相手が壁に埋まり、壁を突き抜け、最後には地に叩き付けるようにして放った拳が、相手をアジトの中庭にあった優雅な池へとド派手に叩き込んだ。

瞬間、池の水が全て枯渇するような噴流をあげ、派手な水飛沫が庭へと飛び散る。

 

静寂が支配する部屋で自分の体が悠々と横へ向き……

気取ったポーズを取りながら、親指でフードを跳ね上げ、呟く。

 

 

 

「やれやれだぜ―――――」

 

 

 

瞬間、戦士団から大きな歓声が上がり、後ろの冒険者四人が抱き付いてきた。

ちょ、ちょっと待って……むしろ、このポーズならフードを深く被り直すべきじゃないのか!?

何でフード脱いでんだよ!

 

 

「すっげぇよ!これが大英雄さんの力かぁぁぁ!」

 

「ヤッバイ!あんた、COOLすぎだってば!」

 

「聖騎士と聞いておりましたが、修行僧(モンク)でもあられたとは驚きですな!」

 

「……格好良すぎ。妹が二人居ますが、結婚を前提に結婚して下さい」

 

「ちょ、離し……!ってか、最後の人は何言ってんの!?」

 

 

大騒ぎの中、踊る三日月刀は抵抗する意欲すらなくし、その場にへたり込んだ。

ガゼフは自分もつい、勢いで抱き付きそうになっていたが、フォーサイトの面々がモモンガの全身を覆っていた事もあって、何とか自重する事に成功する。

大捕物はこうして、おかしな騒ぎと興奮の中で無事完了するのであった。

いや、無事かどうかは分からないが。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――エ・ランテル 共同墓地上空

 

 

ラナーは気絶から目を覚まし、驚きの声を上げた。

自分があの“地獄”のような騎士の小脇に抱えられ、その眼下に移る景色もまた“地獄”であった為である。信じられない数のアンデッドが遥か下で蠢いており、もしかしたら、あの中へ自分は放り込まれるのではないかと思ったのだ。

 

 

「ここは、何処でしょう?」

 

 

これ程の大規模な墓地……恐らくはエ・ランテルであろう。

それを知りつつも、自分を抱える騎兵に問いかけてみる。

当然の如く、相手からの返答はない。正確に言うなら、自分を生物として見做していない。

他者を同じように見ている自分だからこそ、このモンスターの中にある自分の位置や地位と言うものが分かるのだ。

 

 

生まれた頃より、周囲から「姫」と呼ばれる存在であった自分には非常な驚きでもあった。

確かに自分を軽んじたり、馬鹿にしたりする連中は居た。女中にもメイドにも、貴族の中にも、数え切れない程に存在した。だが、それらは自分が《あえて》そう仕向けたものであり、こちらを軽んじさせる事で相手の油断や隙を誘う為のものである。

 

 

《この“地獄”は最初から、自分を全く無価値だと断じている》

 

 

驚くべき事であった。

知性ある存在であるなら、自分はどんな存在とでも渡り合えると思っていたし、利用する事も、共存する事も可能であると思っていたのだ。だが、これは………

 

 

「随分と楽しそうな祭りですね。安全な場所から見ると、スケルトンも可愛く思えます」

 

 

返事も期待せずに、思った事をそのまま言う。

そして、これまで起きた様々な事柄へと思考を巡らせる。普段ならば並列して物事を考えるが、今回は一つ一つ、段階を踏んで考えるべきだろう。

余りにも不可解な事が多すぎる―――

 

まず、八本指が起こした暴動だが、これは前々から予兆もあり、既に手を打っていた。蒼の薔薇の忍者と打ち合わせも済ませており、最小限に被害を抑えるべく、冒険者組合への根回しも万全。

現に、暴動による被害は少ない規模で食い止める事が出来た、と言って良いだろう。

むしろ、自分にとってはあの暴動が成功しようが、失敗しようが、どちらでも良かったのだ。

 

問題は、その後に現れた“機関”という存在。

これまで、毛程もその存在を感じさせず、突如として現れた死の集団。

どんな組織にも方向性や理念というものがあるが、その点で考えると彼らは無茶苦茶である。八本指の暴動を彼らは粛清という形で殆ど力ずくで押さえ込み、壊滅に追いやったのだ。

その結果と利で考えると、これは間違いなく“王国に利する”ものである。

 

その次は、白昼堂々と王城へ乗り込み―――自分の誘拐。

その上、次は王城から遠く離れたエ・ランテルで死者の軍勢とも言うべきものを呼び出して襲わせている。何かの計算に従っているようでもあり、王国自体を“からかっている”ようでもある。

王国を利したり、害したり、その行動に一貫性がないのだ。

 

 

「不思議な事をするのですね。貴方の主は、この国に“興味がない”と見えます」

 

 

そう……この魔神ともいうべき存在の主は、王国に興味がない。

まして、攫った自分にすら興味がない。示威行動であるとするなら、無駄が多すぎる。

この魔神を理解し、紐解く鍵は一つしかないだろう。

彼の主とも言うべき存在。少なくとも、彼の主……いや、上位者は二人居る。

天帝と呼ぶ存在と、御方と呼ぶ存在。

 

前者には遠い憧憬や、畏敬が込められており、それこそ物理的な距離が感じられる。

逆に後者は近い。近いのだ。

玉座を放り投げた時に発した台詞が物語っている。

 

 

―――――その座は、“今すぐ”にでも御方が座るべきなのだ、と言いたげであった。

 

 

逆に天帝と呼ぶ存在は、やはり遠い。

 

 

―――――あの方が居られれば、皮でも剥がされて見世物にされているであろう、と。

 

 

この距離こそが、この地獄の魔神を紐解き、御する為の鍵となる。

だからこそ、自分は直感に従う。

そして、賭けに出る。

 

この現状を利用し、如何に自分に利するかを―――――

 

 

 

「……“御方”の話を、聞かせて貰えませんか?」

 

 

 

その単語を発した瞬間、“地獄”がはじめて自分を見る。

そこに物を言う生物が居たのか、と言うべきような視線であった。余りと言えば、余りな視線に、もう笑ってしまいたくなる……心の底から自分の事など蟻のような存在だと思っているらしい。

そしてある意味、予想に違わぬ返答が返ってきた。

 

 

「この矮小なる身に―――――偉大なる御方を語る口など存在せん」

 

 

それだけ言うと地獄が自分を宙へと投げ出し、骨で出来た鳥のようなモンスターが自分の胴体を掴んだ。まるで物のように扱われる自分が、いっそ小気味良い程である。

 

 

「口から生まれたような女よの……それ程にしゃべりたいなら、そやつをオウムか九官鳥のように思い、好きなだけしゃべり続けるが良い―――誰も止めはせん」

 

 

その言葉に、軽く顔が引き攣る。

会話が通じない、とかいうレベルを超えていた。

生まれてこの方、これ程に軽く扱われた事はないだろう。そして、今後も無いに違いない。

この“地獄”は自分を殺すつもりはないようだが、何一つ情報を漏らさないつもりだ。

 

相手の反応を探る為に御方と呼ばれる存在を侮辱し、挑発する案もあったが、それらは胸にしまう。どんな指令が下されていようとも、それをすればこの“地獄”は自分を八つ裂きにした後で己の命を絶つだけだろう。

 

 

「とても尊敬されているのですね、御方を……巨大な力を持つ貴方が、まるで“犬”のようです」

 

「御方の前に万物―――――悉く、塵芥である」

 

 

この“地獄”を挑発したつもりだったが、むしろそれを誇らしげに返された後、地獄が眼下へと急降下していく。その姿が一瞬で見えなくなり、酷いムカつきと殺意が胸に浮かんだ。

 

 

(殺してやる……お前も、御方と呼ぶ存在も……必ず……!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

カジット・デイル・バダンテール。

秘密結社、ズーラーノーンの12人の高弟の一人であり、卓越したネクロマンサーである。

5年にも渡る大規模な儀式を行い、着々と死者の軍勢を作り、集め、この街を死都へと変えるべく準備を進めてきた人物でもあった。

 

彼の願いは死の螺旋を作り上げ、自分の身を遂にはエルダーリッチへと変貌させる事。

永遠の命をもって蘇生魔法を極め、母を甦らせる事だけに人生を捧げてきた人物である。その思いと初志貫徹した人生は立派とも言えたが、彼の母親がこの光景を見れば何と言っただろうか。

 

ともあれ、彼は多くの弟子達と共に150を超えるアンデッドと、隠し球として魔法に絶対耐性を持つスケリトル・ドラゴンという破滅的な存在まで一体用意した。

万全の態勢を以てこの日を迎えたが、その“万全”が舞い降りてきた地獄によってまるで別種のものになるなど、誰が予測出来たか。

 

 

「児戯のような群れよな。御方を迎える舞台には、まったくもって事足りん」

 

 

地獄がそう言いながら、恐怖と恐慌に震える座の中を進み、カジットが持っていた死の宝珠を奪い取る。宝珠から悲鳴のような音が響いたが、地獄は意にも介さぬように《それ》を握り締める。

 

 

「―――無能がッ!この程度の雑魚で偉大なる御方を出迎えるつもりかッッ!」

 

 

握り締められた宝珠が絶叫を上げ、その力を振り絞る。

でなければ、即座に殺される、握り潰される、消滅させられる―――!

この“死霊の将”は、化物などという次元を遥かに超えすぎているではないか!

 

将から莫大な死霊の力が流れ込み、宝珠が妖しい紫色の閃光を放つ。

瞬間、墓地から次々とアンデッドが浮かび上がり、スケルトン種だけでなく、ゴーストやレイスなどの強力な存在が誕生し、上空には驚くべき事に新たに4体ものスケリトル・ドラゴンが呼び出されたのだ!

 

 

「下らぬ雑魚ばかり呼びよって……とんだ紛い物よ」

 

 

騎兵がゴミでも捨てるようにして死の宝珠を放り投げ、カジットの手元へ戻る。

先程までカジットを支配する勢いで負の力を発揮していた宝珠だったが、もはや絞り尽くされた老人のような気配すら漂わせ、力なくその手の中で転がった。

 

 

「あ、貴方様は一体……」

 

 

呻くようにしてカジットが言ったが、騎兵はまるで興味がなさそうに遠くを見ている。

事実、彼にはカジットやその弟子達など、まるで興味が無い。

その背後にあるズーラーノーンなど、ゴミ以下の群れであろう。命令があれば数分で全てを殺す。

彼が思いを馳せるのはただ、一つ。

 

 

いずれ、神々しいばかりの光と共に現れるであろう―――――

偉大なる御方の姿だけである。

 

 

 

 




かつての仲間を想い、つい☆殺っちゃったモモンガさんと。
黄金すら歯牙にもかけず、何処までもナザリック道を往く魔神。

大英雄と。
残り時間僅かな魔神との……最後の遭遇が近づいていた。





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救世主への道

数台の馬車がエ・ランテルへと近づいていた。

かなりの強行軍で進んできたらしく、馬の首が完全に上がってしまっている。

一団の指揮を執っているカイレが、老人特有のせっかちさで御者を急かすからであった。スレイン法国の中でも秘匿された集団である―――漆黒聖典の内の2名。

そして、風花聖典から15名の人員が出された計17名の集団である。

 

破滅の竜王を探るというのが名目になってはいるものの、本当の目的は新たに生まれた英雄なる人物を見極めることであった。唯一、英雄と遭遇したクレマンティーヌも一団の中に居る。

 

 

「カイレ様、少し急ぎすぎでは……?」

 

 

二人しか乗っていない馬車の中で、クレマンティーヌが遠慮がちに声をかける。

この老人は年齢と言い、国への長い貢献と言い、秘宝を託されている事と言い、周囲からの信頼が厚すぎて非常にやり難い相手だ。狭い空間の中で向き合っていたい人物ではないのである。

短い日程ながら、クレマンティーヌも既にうんざりしている。表情には出していないが。

 

 

「よぉもまぁ、数日堪えたもんぢゃの」

 

「え?」

 

「いつ本性を剥き出しにするか、わたしゃ楽しみにしておったんぢゃが」

 

「…………」

 

 

このババァ―――とでも言いたげに、クレマンティーヌの顔が僅かに歪む。

だが、そんな顔をしたのは一瞬であり、すぐさま笑顔を浮かべて取り繕う。この先がどうあれ、彼女は漆黒聖典からの離脱を一時、思い留まったのだ。

ここでこの老人と揉めるのは、先を考えると余り良い事ではない。

 

 

「もう、ワシの前では取り繕う必要はないぞ?はじめは愉快であったがの、今ではヌシの擬態を見ていると、さぶいぼが出るわい。有り体に言えば気色が悪いし、似合いもせん」

 

「ばばぁ……ん”ん”、いえ、何でも……ありません……」

 

「ふぁふぁふぁ!強情なもんぢゃのぉ……若い頃はの、素直なおなごの方が好かれるぞぃ。もっとも、ヌシを好いてくれるような男(おのこ)がおるかどうかは別ぢゃが」

 

「……ッ」

 

 

クレマンティーヌは見えない角度で両拳を握り締める。

戦闘は予想されていない任務である為、互いに本来の装備を身に付けていない。

秘宝は当然の事だが、漆黒聖典の武具とて軽々しく身に着けて表に出られるような類のものではないのだ。

 

本来の装備を身に着けていたら、我慢出来ずに老人へと斬りかかっていたかも知れないが、最後の一線で何とか踏み止まる。

が、これ以上、取り繕うのはもう我慢の限界に達したらしい。

 

 

「はっ………なら、もう好きにさせて貰おっかね。クソばばぁが」

 

 

クレマンティーヌが頭の後ろで腕を組み、馬車の中で仰向けに寝転がる。

完全に開き直った姿だ。

だが、カイレはそれを見て赤子が初めて両足で立った事を喜ぶように手を叩いた。

 

 

「よぉ似合うわい。さぞ、人から嫌われてきたんぢゃろうなぁ……そこまで行けば立派なものよ」

 

「あんたさぁ、喧嘩を売ってるなら買うけど~?秘宝なしってんならね~」

 

「ワシらが戦うのは人間の敵ぢゃ。ヌシはまだ、そこまでは行っとらん」

 

「へぇ、ならそっち側へ踏み込んだら私を殺す気なんだ~?やっだ、超怖いんですけど、このばばぁー。私、超かわいそ~!」

 

 

軽口を叩きながらも二人の目は笑っておらず、相手の心臓を射抜くような視線を交わしていた。指一本でも動かせば、何かが変わりそうな……そんな危うい気配が馬車を包んでいく。

 

 

「ふぁっふぁふぁっ!心配せんでもえぇ。今のヌシが死んでも、誰も泣かんぢゃろうよ」

 

「………ここで死にてぇのかよ、ばばぁ」

 

「ほぉ!ワシはこの歳になるまで死んだ事がなくてのぉ……殺せるもんなら是非、一度殺して貰いたいと思っちょったんぢゃよ。生憎と、ワシを殺せるような者がおらんでなぁ」

 

「へぇ……ここに居るって言ったらどうするー、クソばばぁ?」

 

 

カイレが挑発するように、飢えた虎のような目線を向ける。

クレマンティーヌの口端が上がり、耳まで裂けた。

前方では馬車を操る御者が歯を噛みながら、後ろの気配に身を震わせている。

 

 

 

息をするのさえ、忘れてしまいそうであった。

やるのか。

そう思う。

こんな狭い、馬車の中で。

やり合うつもりか。

できるのか。

やれるのか。

やれるのだと、二人の笑みが言う。

漂う色濃き気配に。

馬車が真っ二つに割れそうであった。

 

 

 

スレイン法国は本来、行儀の良い人間が多く、国ぐるみで礼儀正しい国民性を持つ集団であったが、後ろの二人は完全に猛女と呼べる類であった。間違っても客として乗せたいタイプではない。

彼女らは本来、専用の馬車や輸送部隊とも言えるもので移動するが、今回は一般人を装って街へと入る為、移動は民間の馬車を使った事が御者の不幸でもあった。

 

 

「お、お客様方……そろそろ、エ・ランテルへと、着き、やすぜ……」

 

 

救いを求めるように声を上げたが、二人の視線は微動だにせず、互いを見つめている。

寝そべっていたクレマンティーヌが、軽く声をあげた。

 

 

「この体勢は、ちょっと不利かな~?」

 

 

瞬間、クレマンティーヌが風のような速さでスティレットをカイレの顔面へと突き出す――!

カイレもまた、手に持っていた鉄扇でそれを見事に防いだ。

二人の動きに馬車が揺れ、馬が悲鳴のような嘶きを上げた。漂ってくる殺意に人に馴れた動物すら耐えられなくなったのであろう。

 

 

「ふぁふぁ!軽い突きぢゃのぉ……こんな貧相な腕でよぉこれまで生きてこれたもんぢゃて。よほど弱い相手ばかり苛めておったんぢゃろうなぁ……」

 

「べっつに本気出した訳じゃないし~。それに、死にたいってんならモモちゃんにでも頼めばー?あんたどころか、あのうっとおしい国ごと殺ってくれそ~」

 

 

御者は気が気ではなかったが、二人は“じゃれ終えて”満足したかのように武器を引き、クレマンティーヌはまた、馬車の中で寝転がった。行儀が悪い、なんてレベルじゃない。

カイレもまた、老人とは思えぬ力強さで馬車内を睥睨していた。もはやこの老人の鋭い眼光が何か得体の知れない念動力でも出し、この馬車を動かしているのではないか、と思える程である。

 

 

「新たな英雄殿ぢゃったの……ワシらの隊長殿より強いのかぇ?」

 

「知るかよ。あんなスカしたアホより、モモちゃんの方が100倍良いっつーの」

 

「ほぉ………何ぢゃ、惚れとるのか?」

 

「出たよ、ばばぁ特有の勝手なお節介……ぁー、さっさと死なねーかなー」

 

 

こうして馬車の旅は至って平穏に続いたが、エ・ランテルで起きている異変に、彼女らも否応なしに巻き込まれていく事となる。彼女らが街に着いた頃には、既に共同墓地と街の境で激しい戦闘が発生しており、人類の盾であり剣である法国の一団も慌てて戦闘へと参加する事となった。

 

 

(あちゃー。カジっちゃん、やっちゃったんだー………)

 

 

一団の中でクレマンティーヌだけは僅かに顔色を沈ませたが、即座に気持ちを切り替え、スティレットを目の前のスケルトンへと叩き付けた。

この街には英雄が居る。彼女はその実力の一端を見て、この件から賢明にも身を引いたのだ。

その上、カイレや風花の連中まで居るとなれば益々、勝ち目がないだろうとカジットへ僅かな同情を滲ませたが、それ以上の事は思わなかった。

 

互いに、利用出来る間は利用した。

相手の破滅にまで付き合う必要など、何処にもない。

 

 

(でもさぁ、カジっちゃん……額冠と、あのガキ無しで何処までやれんのさ……)

 

 

そんな憐れみを胸に抱いたクレマンティーヌだったが、そんな彼女を仰天させるような存在がその後ろに居るとは想像すらしていなかったのである。

 

 

その存在を、彼女達は魔神―――――そう呼ぶだろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――リ・エスティーゼ王国 王城

 

使えなくなった玉座の間ではなく、大広間に王都中の実力者達が召集されていた。

勿論、ラナーの救出及びエ・ランテルへ送る部隊の編成である。

蒼の薔薇は勿論の事、プラチナ級やオリハルコン級の冒険者達が並んでおり、数こそ少ないものの、確かな実力があると見られているワーカー達の姿もあった。

 

ガゼフ・ストロノーフや戦士団も当然、座の中に混じっており、フォーサイトの面々は居心地が悪いのか、壁際の方で四人で固まり、雑談をしているようだ。

体調を崩した国王は挨拶だけを行って早々に典医に抱えられて退出し、今はレエブン侯が前に立ち、雑多な声が溢れる会議を纏めていた。

 

 

(出せる戦力は限られているが……他の貴族どもの動きがこの際、却って利するか)

 

 

レエブン侯は出された名簿や、各自の意見を纏めながら考える。

エ・ランテルへ向かう者も居るが、先日の騒ぎを考えると、王都の実力者達を空にする訳にもいかず、半分は残る計算になっていた。恐怖に怯える貴族達も私兵を動かそうとしない為、レエブン侯はこれらを利用して王都の防御面を補おうとしていたのだ。

 

 

(あの魔神は、ラナー様を連れてエ・ランテルへ行ったと言うが………)

 

 

不思議なものだ。

先の暴動に続き、あれ程恐ろしい魔神に襲撃されたというのに、貴族の誰も領地へと帰ろうとしない。少しでも多くの人間が居る場所の方が落ち着き、安心するのであろうか。

反面、冒険者やワーカーといった連中は違う。この場所は、この国は危険だと判断したのか、招集・召集にも応じず、即座に王都から離脱して行った者も多い。

 

 

(さて、どちらの危機意識が正しいのであろうな……)

 

 

少なくとも、六大貴族の筆頭とも目される自分は逃げる事も、領地へと帰る事も出来ない。

どうにかして現状を打破しなければ、愛しい我が子の未来が闇に閉ざされるのだ。ちらりと目をやると、戦士長の姿が目に入る……有事の際に見ると、実に心強い立ち姿であった。

今回は王族が攫われたという事もあり、四つの至宝を身に纏った彼は何処までも雄々しい。

この中でも一番の実力者であろう彼に、今後の方策を尋ねておくべきか。自分はあくまで王宮の中の人間であり、闘争に生きる人間ではない。

 

 

「戦士長殿……昨夜の戦いに続き、先程の大功。誠に見事なものでしたな」

 

「いえ、あれらは全てモモンガ殿の功であり、自分の功ではありません」

 

「相変わらず、欲の薄い方だ。いつもそうやって、他者や部下へ功績をお譲りになる」

 

「事実なのです……陛下にも、そう奏上致しました」

 

 

王国に対する忠誠心は本物なのだろう。それ故に、扱い辛い男でもあった。

剣一本で身を立てた絵に描いたような武人であり、謙虚にして、部下からの信頼も厚い。

そして―――腹芸の出来ぬ男。

 

嫌いな貴族にも笑顔の一つでも浮かべ、悠々と談笑でも出来るような存在であればまた違ったであろうが、今のままではとてもではないが、王宮の中で長く生きていられる存在ではないだろう。

 

 

「そのモモンガ殿が、エ・ランテルまでの移動手段を用意するとの事でしたな……はて、どのような手段であるのかお聞きしたいのですが」

 

「何でも、南方で発掘された10年に一度しか使えぬ大規模な転移の力を作る魔道具と」

 

「南方……10年……」

 

「今はその魔道具を動かす儀式に入っておられます。準備が整い次第、出発しようかと」

 

 

南方から摩訶不思議と評するようなマジックアイテムや、驚くような力を持つ武具が時に流れてくるが、それらは非常に高価な物ばかりであり、王侯貴族ですら手にするのが難しい物も多い。

やはり、そのモモンガなる人物は噂通り、南方の出身であるという事か。

中には王族だの王子だのと言う噂もあったが、その手の話を好む民草の稚心であろう。

 

 

「俄かには信じ難いマジックアイテムですな。戦士長殿は信じておられるので?」

 

「無論、全面的に信じております。かの大英雄殿なくして、この難局は乗り切れませぬ」

 

「なる、ほど………ならば、私も戦士長殿が信じるモモンガ殿を信じる事に致しましょう」

 

 

以前とは違う、妙なものを戦士長から感じるが……気のせいであろうか。

その人物への信頼や傾倒が、度を越しているように思える。

とはいえ、英雄と呼ばれる程の卓越した武人同士の世界であろうから、自分のように王宮の中で策謀を凝らす世界とは、また違った感覚や景色であるに違いない。

 

 

「お待たせしました」

 

 

丁度、例の人物が来た。

全身を覆うようなローブを着ており、フードを深く被っている。昨夜の戦闘では純白の鎧を着た聖騎士の装いだったと聞くが、こうして見ると魔法詠唱者のようにも思えるのだが……。

蒼の薔薇を始めとする大勢の冒険者達が彼を取り囲み、楽しそうに話しかけたり、キラキラとした憧れの目を向けていた。大英雄と呼ばれているのは、伊達ではないらしい。

 

 

(事実、冒険者組合では既にアダマンタイトのプレートを用意していると聞いたが……)

 

 

流石に昨夜の今日では間に合わなかったらしく、今も胸に着けているプレートは白金だ。

だが、伝説のアンデッドを倒し、今回の魔神騒動でも功績を立てたともなれば、もはやアダマンタイトなどの称号で足りるのかどうか。一国を覆う程の声望とは、一介の冒険者の範疇ではない。

一同が用意された部屋へと移動する中、レエブン侯は何とも言えぬ不安を抱えていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(ふぅ……何とか間に合ったか……)

 

 

モモンガは《それっぽく》仕上げた部屋を見て、額の汗を拭う。

いかにも、といった感じで並べたゴミアイテムの数々や、蝋燭や変な形の金属やら、葉っぱ。

そして、有り余ったデータクリスタルを魔法陣風に並べたのだ。

最後に嫉妬マスクを壁に立てかけて完成した、黒魔術っぽい空間である。

無論、何の意味もない。

 

《転移門/ゲート》を作るにあたって、何とか誤魔化そうとした苦心の作品であった。

たが、モモンガの思惑を超えて異様な魔力が満ちた空間は一同を瞠目させ、説得力を持たせるには十分な出来栄えであったと言える。現に、壁を見てラキュースが思わず甲高い声を上げた。

 

 

「あの仮面は……!やはり、儀式には欠かせない重要な魔道具なのですね」

 

「いえ、あれはガラクタですよ」

 

「え”っ……ぁ、そ、そうなのですか………」

 

 

そんな変なやり取りこそあったものの、モモンガが怪しげな呪文を唱え、データクリスタルを並べた中央に転移門が浮かび上がる。一同からどよめきが漏れ、誰もが目を白黒させた。

 

 

「―――――皆さん、早く飛び込んで下さいッ!」

 

 

モモンガが細かい事を突っ込まれる前に必死な声で叫び、それを聞いた蒼の薔薇や戦士長、戦士団などが次々と飛び込んでいく。エ・ランテルへ向かう人員達を無事に送り出し、モモンガはホッと一息ついた。

 

 

「も、モモンガ殿……私は、レエブ……!」

 

「―――――騒々しい。静かにせよ」

 

「な”っ………」

 

「す、すいません、部屋から早急に離れて下さい!魔力の渦に巻き込まれない内に、早くッ!」

 

「わ、わかった……すまないが、失礼するっ!」

 

 

レエブン侯が最後の言葉にギョッとした表情を浮かべ、慌てて部屋から飛び出す。

全員が部屋から出たのを確認したモモンガが「つっかれた」とボヤきながら並べたアイテムを収納していく。まんま、子供が散らかした部屋を片付けているような姿であった。

実際、葉っぱなどはトブの大森林で拾った物であり、何の意味もない。自然や緑、といったものが珍しい環境にいたモモンガがつい、形の良い物を選んで収納しちゃったものである。

 

 

(クッソー!さっきの台詞はなんだよ!何処の王様だっての!)

 

 

不意を突いて出てきた台詞にモモンガが頭を抱えながらも部屋を片付け、王城の外へと転移を行う。説明したり、突っ込まれる面倒を避ける為だ。

10年に一度とか言い訳もしておいたし、事件が片付けば有耶無耶になっているだろう。

 

 

(それよりも、向こうに着いてからどうしようか………)

 

 

既にペイルライダーが騒ぎを起こした集団を突き止め、ズーラーノーンという秘密結社が起こした儀式であると知らせてくれている。何やら怪しい邪教集団らしく、正直関わりたくない集団だ。

だが、機関という存在を補強するには中々、使い勝手の良さそうな集団でもあった。

全ての悪を飲み込む巨悪となるなら、派手に打ち倒さなければならないだろう。

 

 

(あぁ、でも昨日から殆ど寝てないんだよなぁ……)

 

 

ロクに飯も食えていないし、密かな楽しみにしていたディナーもお預け状態だ。

働けど働けど、休日・給料共に無しといった状態に泣けてくる。

何かヘロヘロさん以上に働いてないか、俺?

 

 

「おい、悟」

 

「えっ」

 

 

声に振り返ると、そこには横を向いたイビルアイさんが居た。

あれ、何で?

エ・ランテルにさっき行った筈じゃ……。

 

 

「私も、転移を使えるのだ……お前が来ないから、その、気になって……」

 

「そ、そうでしたか……すみません、わざわざ戻って貰って」

 

「フン、魔力の無駄使いをさせおって……向こうに行く時は任せるからな」

 

「は、はい……」

 

 

ヤバイな、こんな事でちょっと嬉しくなってテンションが上がっている自分が居る。

我ながらチョロいと思わなくもないが、しょうがないだろ。

何でこう、この人は自分が疲れた時にふっと現れるんだろうか……。

 

 

「じゃ、じゃあ、体を掴んで貰えますか」

 

「う、うむ……」

 

 

おずおずとローブを掴み、下から仮面を着けた顔がこちらを覗き込む。

そして、ボソっと呟かれた声に「うッ」と声を上げた。

 

 

「昨日は仲間に抱き付かれ、ご機嫌な勝鬨を上げたらしいな」

 

「ち、違いますよ!あれは、なんと言うか皆が興奮して……」

 

「フン、冗談だ。相変わらず、すぐに動揺するのだな」

 

 

ぐ……完全にこっちを舐めてかかってるな。

何が250年だ!何が吸血種だ!

末期世界で生きてきた、サラリーマンを舐めんなよ!

 

 

(たっちさんの鎧まで着た俺に、もう怖いものなんて無いんだからなっ!)

 

 

疲れていた所為もあって、むくむくと湧き上がってきた反発心のままに、相手の小さい体を抱き締める。下から抗議の声が上がったが、聞こえないフリをしてこちらも逆襲の口火を開く。

 

 

「こんな事で動揺する250歳の方が子供じゃないですかね……」

 

「ちょっと待て!私の年齢は正確に言えば止まっているんだ!変な勘違いをするな!」

 

「永遠の17歳とか、そんな事言ってる人はよく居ましたけどねぇ……」

 

「そ、それで言うなら私は永遠の12歳だ!」

 

「ちょ……!12歳って完全にロリコ……いや、法律が違う筈……違うんですよね!?」

 

「何を言ってるのか分からんが、馬鹿にしてるだろ!お前はぁぁぁぁぁ!」

 

 

イビルアイがモモンガの首を絞め、その首をガクガクと揺さぶる。

王城前でイチャついてる二人を見て、通行人がしかめっ面で砂糖を吐いていた。

 

 

 

 




風雲急を告げる王国………の筈なのに、二人で居ると何故かシュガーに。
エ・ランテルが襲われてますけど……いいんですかね。
……ま、良いか(笑)

そして、向こうで待ち受けるのは猛女二人に、黄金の魔女。
前代未聞の魔神バトルは色んな意味で地獄の様相を帯びていく!





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Chase the light

―――エ・ランテル共同墓地

 

 

秘密結社ズーラーノーンの中には、“人間を辞めた者”がいる。

それこそ、アンデッドであったり、それに近い存在であったり、魔道具に取り込まれ、杖の一部となってしまった者まで。それが、“彼”の話に妙な部分で整合性を持たせる事となった。

カジットは突如現れた巨大な死霊の将に目を白黒させていたが、その将が宝珠を使って力を示し、自らを「上位者」であると宣言した時、それを当たり前の事だと受け止めた。

 

これ程の、魔神としか言いようがない強大な負の力はどうだ?

上位者どころか―――「超越的存在」ではないか!

この魔神の前に立てば、自分達の崇めてきた盟主すら、そこらに転がっている枯れ木か、葉っぱに過ぎない。それ程に、存在としての根本が違いすぎる。違いすぎた。

 

カジット達は魔神が問うままにズーラーノーンについて答えたが、実は彼らには特定の状況下で質問に答えると、死亡する呪いがかけられていた。が、彼らは強要された訳でもなく、拷問されている訳でもなく、支配された訳でもなく、魅了された訳でもなく、形としてはごく自然な世間話のように語った為、それらが発動する事はなかった。

 

つまり、この時点でズーラーノーンという組織の壊滅は約束された訳だが、カジットにも高弟達にも別に悪気があった訳でも何でもない。

邪教を信じ、負の力を操り、遂には生死の境目すら超越する事。

それが彼らの究極の目標であり、目の前の存在はその全てを体現しているのだから。

 

よもや、この魔神を敵だなどと思えない。思える筈もない。

この魔神こそが自分達の理想であり、究極の姿ではあるまいか?彼らはまるで長年仕えた主であるかのように、ペイルライダーに対し、心の底から平伏した。

彼らにとって、新たな“盟主”の誕生であったとも言える。

 

 

「まずは、うぬらの手並みを拝見しよう」

 

 

魔神がそう言ったのと同時に、その姿と気配が完全に消える。

それだけでも驚愕であったが、カジットと高弟達は気を取り直し、即座に行動を開始した。

機関という上位組織や、あれ程の魔神が天帝と呼ぶ存在など、理解の範疇を超える世界であったが、自分達の働きが悪ければ、あの魔神は新たに呼び出した死の軍勢を今度は自分達にぶつけてくるだろう。

 

200近くにもなるアンデッドと、自らが用意したスケリトル・ドラゴンを上空へ配置し、彼らは一気に攻勢へと打って出た。平和ボケしたエ・ランテルなど一気に踏み潰せるのだから。

城塞都市として名高いエ・ランテルではあったが、その高い防御力が災いし、衛兵達の士気や危機意識は決して高いとは言えないものがあった。

 

三重にもなる城壁に守られ、食うに困らぬ巨大な食料庫を抱えた金城湯池。

それがエ・ランテルなのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

冒険者達が必死で応戦し、衛兵が槍衾を作る。

彼らの勇戦は一時、アンデッドを押しのけることに成功したが、次から次へと現れるアンデッドの群れに次第に押され気味になっていく。まして、相手は全く疲労しない死の軍勢である。

戦闘開始から30分も経てば息が乱れ始め、魔力が枯渇する者も続出した。

それでも、彼らが何とか踏み止まっているのは一つの希望があるから―――

 

 

―――――あの光り輝く英雄が、流星と共にこの街を救いに来てくれる。

 

 

そんな淡い希望を支えに、何とか逃げ出さずに戦ってこられたのだ。

その願いの一端が叶ったのか、突如として15名ほどの集団が共同墓地に現れ、周辺のアンデッドを次々に粉砕していく。鍛え抜かれ、一糸乱れず動く様は凄腕の傭兵団のようにも思える。

 

更に、遠く離れた王都に居る筈の戦士長や、蒼の薔薇が現れた事により、全員の士気が最高潮へと高まっていく。この心強い援軍を用意してくれたのが、かの英雄であると知り、一同は勇気百倍となってアンデッドの群れへと果敢に立ち向かう。

精神が時に肉体を凌駕する事があるが、まさに全員が疲労を忘れたように反攻を開始した。

 

雇われた大勢の冒険者の中には、ニニャが所属している「漆黒の剣」の姿もある。

彼らは銀級という立場なので戦闘には参加せず、後方で誘導や警備などの任を与えられていた。

 

 

「慌てないでー!ゆっくり進んでくださーい!」

 

「焦らずとも大丈夫ですから!」

 

 

低級の冒険者や衛兵が声を張り上げる中、荷物を背負った民衆が長蛇の列を作っていた。都市長の判断で、共同墓地に接する区画には避難命令が出され、多くの人間が更に内側の防壁の中へと避難する事になったのだ。

 

 

「ニニャのやつ、今頃は王子様と仲良くやれてんのかね!」

 

「どうだろうな……お姉さんも、無事に見つかったのなら良いんだが」

 

「あの英雄殿が居られるなら、心配ないのである」

 

 

彼らがそんな会話をしている最中も、共同墓地の方から激しい戦闘音が響いてくる。

不気味な音が鳴るたびに民衆が悲鳴をあげ、その足が早まるが、漆黒の剣の面々は彼らを慌てさせず、うまく宥めながら無事に内側の城壁へと誘導する事に成功した。

 

ルクルットの軽快な軽口や、ダインの大木を見るような安心感、引き締める時は引き締めるリーダーのペテルという、其々の人柄がうまくマッチしたが故であろう。

一見、地味な働きに思えるが、他の部署では走り出した民衆がパニックを起こし、大勢の怪我人を出した事を考えると、彼らは見事に与えられた任を果たしたと言える。

 

この後も彼らは休み無しで多くの民衆の避難誘導を行い、その手の功績もしっかり評価するアインザックから強く推され、見事に金級への昇格を果たす事になるが、それもこの騒動が起こした余波の一つであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ズーラーノーンか……面倒な連中ぢゃな」

 

 

アンデッドの軍勢の奥で指揮を執っている魔法詠唱者。

カイレの鋭い眼光が《それ》を抜け目無く発見する。

身に着けているローブや、装飾品、特徴的な杖などから即座に例の結社であると断定した。そして、これが過去に起こされた悲劇、“死の螺旋”であるという事も。

 

 

「連中の側へつきたいなら、別に止めはせんぞぃ?」

 

そんな、“何か”を知っているような挑発的な台詞に、クレマンティーヌが獰猛な牙を見せる。

 

「この骨集団さー、あんたの“お迎え”じゃない?ほら、あの世が呼んでるってば~」

 

 

互いに目の前に居たスケルトンの頭骨を砕きながら言う。

その視線は軍勢ではなく、むしろ互いの目へと向けられていた。険悪なのか、只のじゃれ合いなのか、判断のつかないやり取りに風花の面子が疲れ果てたように眼を伏せる。

 

 

「ほぅ、あれは例の戦士長殿か……中々の男(おのこ)よのぉ……」

 

「ババァ、目が腐ってんじゃねーの?あんなの装備に頼ってるだけっしょ」

 

 

四宝を身に纏った戦士長と戦士団が現れ、高名な蒼の薔薇や、続々と冒険者らしき風体の集団が現れ、一斉に共同墓地内で散開した。

その動きは、不意の乱戦に酷く手慣れているような姿である。戦士長とラキュースという卓越した野戦指揮官がおり、まして大勝利の後という事で士気も高いのだ。

 

 

「内紛続きと聞いておったが、中々どうして……やるもんぢゃわい」

 

「ババァってば王国贔屓なんだ~?後でチクってやろーっと」

 

「ヌシが男日照りなのも当然よのぉ……その性格では誰も寄ってこんぢゃろうて」

 

「誰が男日照りだぁー?枯れかけのババァにだけは言われたくないっつーの」

 

「妙な事を言う……ワシは今でも毎日、30通はラブレターを貰っとるぞ?」

 

「え”っ……マジで!?」

 

 

二人が暢気な会話をしている中、四宝を纏って疲労知らずとなった戦士長が矢のようにアンデッドの群れへと切り込み、一直線に突き進んでいく。まるで彼一人だけが早送りで動いているような速度であり、周りの動きが酷く遅く見える。

 

戦士長が切り開いた穴を広げるようにして戦士団が突撃し、見る見るうちに相手の戦線が散り散りとなっていく。帝国との戦争でも、この形で何度も敵陣営を突き崩しており、先頭に立つ戦士長が倒れない限りは、この変則的な《鋒矢の陣》とも言うべき突撃を防ぐ事は出来ない。

 

死の軍勢相手に、たった一人で無双ともいうべき働きを見せる戦士長に、クレマンティーヌは苛立ちを隠しきれない姿で唾を吐いた。何となく、面白くないのだ。

それ程に、戦士長―――ガゼフ・ストロノーフの姿が雄々しく、余りに強すぎた。

 

 

活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)――疲労が無くなる。

不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)――癒しの効果があり、常時HPを回復する。

守護の鎧(ガーディアン)――最高位硬度金属(アダマンタイト)製の鎧。

剃刀の刃(レイザーエッジ)――鋭利さのみを追求して魔化された魔法の剣。

 

 

四宝を身に纏ったガゼフ・ストロノーフは、まさに英雄と呼ぶに相応しい強さであり、クレマンティーヌからすれば万全の装備でない、今の自分の姿に激しい苛立ちを感じたのだ。

 

 

「あんな野郎より、私の方が強ぇんだよ……」

 

 

彼女には、強さしか無い。

それだけが彼女を救い、誇りを持たせてくれた。

そして、他者を圧する事すら可能にしたのだ。

そんな彼女の目の前で、見せ付けるように強さを振るう戦士長へ痺れるような殺意が湧き上がる。

 

 

「心配せんでも、万全の装備ならヌシの方が強いわい」

 

「……へぇ、私の強さは認めてんだ~?」

 

 

その一言に、意を削がれたようにクレマンティーヌが目を向ける。カイレの目は油断なく戦士長を見ていたが、その声は意外な程に柔らかいものであった。

 

 

「ぢゃが“万全の装備”で、というならワシが一番強い」

 

「はぁぁぁ?あんな反則に強いもクソもねーだろうが!」

 

「たわけが……殺し合いの場に、卑怯も反則もヘッタクレもあるかい」

 

 

―――そんな甘ちゃん思考ぢゃから、ヌシはいつまで経っても足元を掬われるのよ。

 

 

吐き捨てるように続いた言葉に、クレマンティーヌの喉が詰まる。

言い返したいが、うまく言葉が出なかったのだ。

命乞いをする相手に、言い訳をする相手に、同じような台詞を言ってきた過去がある。

 

 

「良い女になりたいなら、せめて“相手を認める”事からはじめるんぢゃな」

 

「……ほざいてろ」

 

 

カイレは言いたい事だけ言うと、さっさと風花の連中を纏め、陣形の再編成へと戻った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

快進撃を続けるガゼフの前に、巨大な影が舞い降りてくる。

魔法に絶対耐性を持つスケリトル・ドラゴンの姿であった。骨で出来た竜ともいうべき異様な姿が現れた時、共同墓地に驚愕の声が次々と上がっていく。

その上、突破したと思ったアンデッドの軍勢が、更に後続から続々と押し寄せてきたのだ。

 

 

「援軍が必要かぃ、ガゼフのおっさんよ」

 

「ガガーラン殿か。助かった」

 

 

横へ並んできたガガーランへ、戦士長が短く言葉を告げる。

戦場では無駄な言葉は厳禁であり、殆ど二人は目だけで打ち合わせしたかのように、一斉にスケリトル・ドラゴンへの攻撃を開始した。非常に強力なアンデッドではあるが、二人は魔法とは無縁の存在であり、ガガーランの武器とは相性も良い。

 

 

「いっちょ、やったろうかい―――!」

 

 

ガガーランが初手から超弩級の15連撃を放ち、スケリトル・ドラゴンの体に大きなヒビが次々と走る。だが、衝撃の中でも骨の竜はその右手を振り上げ、一気にガガーランへと振り下ろす―――!

 

 

「させんッ!」

 

 

戦士長がブレイン・アングラウスとの死闘の中で掴んだ《六光連斬改》とも言うべき武技を放ち、骨の竜の右手がズタズタに切り裂かれる。更に後衛から矢のように飛び出してきた忍者二人が符を広げ、一斉に骨の竜へと忍術を叩き込んだ。

 

 

「「爆炎陣!」」

 

 

目を覆うような爆発が骨の竜を包み、得体の知れない声を上げながらその体が地へと沈んだ。

流れるような連携であり、それ以上に圧巻の攻撃力であった。

忍者二人が無表情でVサインを作り、それを見たガガーランと戦士長が苦笑する。

 

 

「美味しい所を掻っ攫う。それがNINJA」

 

「月に代わってお仕置き」

 

 

相変わらず意味不明な言葉を吐く二人だったが、その実力は本物なので誰も突っ込めない。後ろの戦士団からは「お仕置きされてぇ!」「ぺたん子最高!」などの怪しい叫び声も上がっていたが、戦士長はそれらの声には賢明にも聞こえないフリをした。

湧き上がる一同を冷えさせたのは、次々と唱えられた負の魔法である。

 

 

《負の光線/レイ・オブ・ネガティブエナジー》

《負の光線/レイ・オブ・ネガティブエナジー》

《負の光線/レイ・オブ・ネガティブエナジー》

 

 

何処からか黒いローブを身に纏った集団が現れ、骨の竜へと黒い光線を放ったのだ。

骨の竜が再び立ち上がり、猛威とも言える尻尾を高速で振るい、かろうじて回避した忍者二人を除く、全員を派手に吹き飛ばした。

 

 

「この街に死を!」

「幾万の嘆きを!」

「我ら、死都を献上せん!」

 

 

彼らの発する言葉に、ガガーランが眉を顰める。

狂信者、というのを絵に描いたような連中ではないか。

 

 

「死都とは穏やかじゃねぇなぁ……あれか、おめぇらは邪教を信じるっつー、アレな集団かよ」

 

「ガガーラン、こいつらは恐らくズーラーノーン」

 

「そのズラ?ってのも機関の一部って訳かよ」

 

 

ガガーランが何気なく呟いた言葉に、黒尽くめの集団が激しく反応する。

その声は酷く誇らしげであり、他者を完全に見下した声色であった。

 

 

「然り!あの偉大なる死霊の将が居られる限り、我らに恐れるべき何者もない!」

 

「我らが盟主に闇あれ!天帝様に光あれ!」

 

「我らの満願、今こそ叶う時ぞ!貴様らなど機関様の前では棒を持った子供に過ぎん!」

 

 

彼らは次元の違う圧倒的な存在を目の当たりにし、興奮しきった様子で口々にあらぬ事を叫んでいったが、それが機関という影も形もない組織をよりリアルにしていく事になるなど、考えもしなかったであろう。

 

 

「興味深い話ぢゃのぉ……ワシも混ぜてくれんかぇ?」

 

 

全員が声のした方向を見ると、そこには一人の老婆と、10人を超える集団が居た。

その中にクレマンティーヌの姿を見つけ、ティアが目を細める。

 

 

「死を振りまくあの結社に、上位連中が居るとは初耳ぢゃ……はて、機関と言ったかの?」

 

「貴様らが知る必要はない。ここで虫ケラのように死ぬのだからな!」

 

 

カジットの下に仕える高弟はそう嘯いたが、実際の所、彼にも答えようがないのだ。

だって、何も知らないのだから。

かと言って、何も知らないとバレてしまうと「情報すらロクに貰えていない下っ端」のように思われる気がして、つい大きな態度を取ってしまったのだ。人間とは全く、度し難い生き物である。

 

 

「それに、死霊の将に……天帝ぢゃと……お主らの発言は、不穏すぎて見過ごせんわぃ」

 

「馬鹿が!貴様らなど、あの“滅びの力”の前に塵と化すだけよ!」

 

「滅びの……力……ぢゃと……」

 

 

カイレの眉間に寄った皺が大きくなり、その眼光が怪しく光る。

後ろの風花の面々からも、ざわめきが生まれ、互いの顔を見たり、何かを考え込む表情となった。

 

 

「お主らは………」

 

「スケリトル・ドラゴン!偉大なる死霊の将に贄を捧げよ!」

 

 

その命令に骨の竜が動き出し、その尻尾を縦横無尽に振るう。

同時にカジットの高弟達が骨の竜の後ろから次々と魔法を放つ。スケリトル・ドラゴンは盾役としても非常に優秀であり、前衛と後衛が見事な融合を果たしていた。

 

 

《電撃球/エレクトロ・スフィア》

《睡眠/スリープ》

《衝撃波/ショック・ウェーブ》

 

 

高弟達が次々と魔法を放ち、更に後続の死の軍勢が動き始め、辺りは完全な乱戦へと陥っていく。こうなってくると王国も法国もクソもない。あるのは生きているのか、死んでいるのか、それだけが両者を分かつ境目であり、それ以外には何も目に入らなくなる。

死者の軍勢との死闘が続く中、一同の目に信じられないモノが飛び込んできた。

 

 

―――――遥か前方の上空に、四体ものスケリトル・ドラゴンの姿を発見したのだ。

 

 

「カイレ様、これは尋常ではありません……ここは一時、引くべきかと」

 

「危険です。連中の先の発言と言い、本国へ持ち帰るべき情報かと愚考致します」

 

 

風花聖典の面々が次々とカイレへ進言する。

厳密に言えば、六色聖典の中でも違う部署であるカイレに、彼らに対する指揮権などはないのだが、その経歴と人柄から、風花の面々からも強い信頼と尊敬を受けていた。

そして、法国は大の為に小を捨てる決断もする。だからこそ、ここまで生き延びてこられた。

いかに多くの人間の命がかかっていようとも、突き詰めれば“他国の民”である。

風花の面々も当然、カイレが頷くものかと思っていたのだが……

 

 

「まさしく愚考じゃの。ワシらが退けば、後ろの民衆はどうなる」

 

 

返ってきたのは、指揮官にはあるまじき、一種の感情論であった。

一介の戦士や、壮士ならばそれでも良いであろうが、指揮官としては困った内容である。

 

 

「とはいえ、ヌシらまで地獄に付き合えとは言わん……本国へ撤退し、先の情報を知らせるとえぇ。そこのお嬢ちゃん、ヌシも怖けりゃ―――――逃げてもえぇんぢゃぞ?」

 

「ふざけろ、ババァ。100回死ね」

 

 

まるで、そう言われる事を予想していたようにクレマンティーヌが返す。そのやり取りを横目で見つつ、風花聖典の15名も一つの決断を下した。

 

 

「「ならば、我々もこの地にて“神”に信仰を捧げるのみ」」

 

 

彼らとて、いや、誰だって小を切り捨てたくはない。

様々な理由を付け、言い訳をし、泣き叫ぶ子や、母親を見捨ててきた事が何度あったか。亡骸に縋りつき、その場から動けなくなる者も、骨すら残らずロクに葬式すら出来なかった村だってある。

そのどれもが、彼ら彼女らの心に焼き付き、未だに心を蝕んでいるのだ。

 

 

「ほぅかい。なら、行こうかぇ」

 

 

その無造作な台詞と共に、法国の人間が一枚岩となって前方へと走り出す。

一同の頭には人の為に働き、神への信仰を捧げるという想いだけが残った。クレマンティーヌの頭にあるのは、闘争の場からおめおめ逃げ出す事は、死よりも恥であるというプライドである。

尤も、彼女だけは本当に命の危険を感じたら、さっさと離脱するだろう。

この集団の一糸乱れぬ動きを見て、王国の面々も陣形を立て直す。

 

 

「恐らくは法国の人間、それも長老格であろうな……今はただ、ありがたい」

 

「ガゼフのおっさんはまだ未婚だったよなぁ?国際結婚でも申し込むってんなら応援すっぞ」

 

「い、いや、私はまだ結婚など……」

 

「ガゼフはBBA好き。学んだ」

 

「吟遊詩人から物語化待ったなし」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!君達はまさか本気じゃないだろうな?!」

 

 

どんな時でも軽口と余裕を忘れない蒼の薔薇にからかわれつつも、王国一同も前面に立ちはだかる骨の竜を撃破すべく走り出した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

Chase the light ―― 光を求めて

 

 

その“光”が共同墓地の奥地へと現れたのは、その頃である。

文句無しの、酷い戦場であった。

周辺にはスケルトンやゴーストが溢れ、遥か上空にはスケリトル・ドラゴンすら舞っているのだ。少しでも正気を保っている者がこの光景を見れば、即座に逃げ出すであろう。

 

だが、その光たるべき人物は―――小さな赤いローブを纏った少女とくっ付いたままでいた。

言われた座標・光景へと転移したは良いが、どうも互いに離れ難いらしい。

光はそっぽを向きながらも相手の体に手を回したままであり、少女も下を向いたままローブを強く掴んでいた。どちらかが離さない限り、永遠にこのポーズで固まっていそうである。

 

 

「ひ、酷い戦場だな……悟……」

 

「え、えぇ……本当に、酷いものです……許せないですよね……」

 

 

そう言いながらも、互いの手は全く動いてない。まだ離れないつもりらしい。

本当に酷いのはお前らで、許せないのもお前らだよ!と突っ込む声は残念ながらここにはない。

かつての仲間がこの光景を見れば、壮絶な突っ込みを入れた事だろう。

いや、光はここで物理的に死んでいたかも知れない。

 

 

《御方、その地点の後方にある小屋へ、対象の蟻を放り込んでおります》

 

 

その声に光―――モモンガが目を覚ましたように体をビクリと震わせる。

蟻、対象の蟻……その短い言葉にモモンガは改めて驚く。

 

 

(蟻、か………)

 

 

彼ら生み出したアンデッドは、命令には酷く忠実ではある。だが、自分に関わりのない全ての万物に対し、まるでゴミのような、心の底から価値のない物であると断じているようであった。

 

これは、ユグドラシルから引き継いでいるものなのか?

それとも、この異世界特有のものであるのか?

 

 

(そりゃ……実際、ゲームで他のキャラにいちいち心を砕いてたら話にならないけどさ)

 

 

召喚したプレイヤーにのみ忠実でなければ、そりゃ困る。

相手プレイヤーに気を使う召喚モンスターなど、存在としてチグハグすぎるだろう。そういう意味で考えると、彼らの思考はある意味、首尾一貫しているとも言える。

他のプレイヤーにも少しは気を使え、なんて珍妙すぎる命令だろう。

 

 

(彼らの思考は―――――正しいんだろうな)

 

 

現実でそれをやると問題点は当然、多々あるだろうが存在としては全く間違っていない。

それを思うと、自分はとても彼らの極端とも言える思考を責める気にはなれなかった。

 

 

「イビルアイさん、あの小屋から生命反応を感じます」

 

「ぇ……まさか、ラナーか?!」

 

 

恐らく普段は雑巾や箒、蝋燭などを収納している小屋なのだろう。ひっそり目立たぬ小さな小屋というより、倉庫のようなものがあり、モモンガはその扉をノックした―――

 

 

「私は冒険者の、モモンガと言います。誰か居ますか?」

 

「ラナー、イビルアイだ。居るなら返事をしろ!」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

倉庫を開けると、そこには異様な光景があった。

埃っぽい空間の中に、豪奢なドレスを身に纏い、その頭に小さな冠を載せたお姫様が居るのだから。ミスマッチといえば、これ程のミスマッチさはないだろう。

だが、こんな薄暗い空間でさえ、黄金とまで称された輝きは色褪せずに光り輝いていた。

 

一つだけ不審があるとすれば、それは彼女の顔。

その上半分を、妙な仮面が覆っている事であろう。仮面というよりは飾り、まるで仮面舞踏会で着けるような、着けている人物が誰なのか分からなくなる飾りであった。

 

それはピンク色の蝶のような形をしており、ドレスの色と相まって非常によく似合っている。

だが、攫われた人間がそんな物を着けている姿は―――やはり、異常であった。

何より、飾りにある目の部分すら覆われており、これだと前を見る事すら出来ない。

 

 

「ら、ラナー……それは何だ……あの魔神に付けられた物なのか?」

 

「いえ、暗いですし、一人で退屈だったもので……だから、“遊んで”いたのです」

 

「まったく、お前という奴は……こんな時でも突拍子の無い事を……」

 

「中々、楽しいものでしたよ?こんな経験は滅多に出来ませんから」

 

 

ニコリ、と太陽のような笑顔を浮かべながらラナーが言う。

顔が隠れているので口元でしか判断出来ないが、確かに彼女は笑っているようだった。

―――――これはラナーが事前に用意し、準備しておいた品。

 

彼女は限られた情報の断片から「エ・ランテルの英雄」を組み立て、彼女なりに分析・解析し、その能力に対する防御策を練っていたのだ。無論、彼女とて能力の全容は掴めていない。

だが、幾つか推測する事は出来る。彼女の天才さが―――それを可能にする。

 

 

(あの英雄の顔には、秘密がある)

 

 

ラナーは仮面の下で、確信に近い思いを抱く。

エ・ランテルにおいても、昨夜の暴動でも、大観衆が熱狂するのはその顔が現れた時ではないか。余程、強い魅了の魔法でも使っているのか、マジックアイテムなのか?

はたまた、顔に一種の“呪い”がかけられている可能性だって否定出来ない。

 

 

(いずれにせよ、その顔を見るという選択肢はないですね……)

 

 

だが、そんな手品めいたものを抜きにしても、彼の実力は本物であろう。

本物だからこそ、人々があれ程に熱狂する。

彼は実際に大きな働きを見せ、実績を積み、その後で顔を見せるケースも多い。単純に顔だけと言う訳ではなく、もしかすると二段構えの能力である可能性もある。

 

 

(実力を示し、その後でないと効果が発揮されない……もしくは、効果が弱まる?)

 

 

ならば、見なければ良い。耳にもしなければ良い。

いいや、違う。

いっそ―――認識しなければ良い。

それは非常に楽で、簡単な事だ。

何故なら、自分は他者など元より認識していないし、その手の作業には酷く慣れているのだから。

 

 

(英雄?魔神?―――――それが何だと言うのか)

 

 

まずはこの英雄を使い、あの魔神を殺す。

勝てるかどうかは分からないが、蒼の薔薇や戦士長なども含めた戦力で考えると、勝つ確率は高いと見る。伝説のアンデッドすら、この英雄は軽く一蹴する程の実力を持つと聞いた。

 

 

(あの魔神がどう鳴くのか、とても楽しみですね……)

 

「え、えっとお姫、様……?まずは、安全な場所まで貴女をお送りしようかと……」

 

 

英雄の声。特別さなど感じない、普通の声だ。

視界も物理的に真っ黒で何も見えやしない。

当然、自分には何の変化もない――――賭けに、勝った。

ならば、今後はこの英雄もうまく手懐け、馬車馬のように働かせてやる。むしろ、あの魔神と相打ちにでもなってくれれば、最後に始末する手間も省けるというものだ。

英雄などの“劇薬”は、瀕死の病人には必要かも知れないが、自分には害でしかない。

 

 

―――――ゾクリと、股間から快感が湧き上がる。

 

 

いや、始末するのは早計か?

人々が英雄と崇める程の存在を、犬のように首輪を着けて楽しむのも良いかも知れない。

愛犬は一匹しか持ってはならない、などというルールはないのだから。

 

 

(英雄好きのクライムの為にも、強い番犬を一匹増やしても良いかも知れませんね)

 

 

「いえ、私は送って頂くよりは、むしろ………」

 

「で、ですが、ここは戦場で……って、お姫様、どうかしましたか?」

 

「どうした、ラナー?」

 

 

胸が、苦しい。

呼吸が……目がチカチカする。

顔が、熱い……熱い、熱い、熱い、熱い!

この気持ちは。

動悸は。

意味も無く、飛び跳ねたくなるような、この気持ちは何……?

 

 

 

 

 

《国堕とし》

流星の王子様からの最終派生スキル。

亡国の王子や流浪の王子に対し、姫が恋に落ちるのは古今東西、物語の鉄板である。

人間種の「姫」の名を冠する職業の者に対し、最大特効魅了効果を発動。

 

ユグドラシルでは性能としては微妙なのに一部にコアな人気があった、

《姫/プリンセス》や、そこから派生していく《姫騎士/プリンセスナイト》、

《絶対の剣姫/ディフィニット・ソードプリンセス》など、姫が付く職業に限定されたスキルであり汎用性こそ低いが、効果は非常に高く、完全耐性すら優に突き抜ける。

防ぎようのない効果の為、発動にまで時間を要するのがネック。

 

 

 

 

 

「そう、ですね……人を犬のように飼うなど、私は間違っていたのかも知れません」

 

「は、はぁ……って、犬!?」

 

 

我慢出来ずに自分の仮面を剥ぎ取る。

予想とは違い、「私の王子」はフードを深く被り、その顔を隠していた。

それに対し、強烈な不満が湧き上がる。

何故、隠すのだろう。

どうして、他でもない私に隠し事なんてするのか。

 

 

「モモンガさん、フードを取って下さい」

 

「え”っ……い、いや、これには訳があって、その、ご容赦願えますと……」

 

「ダメです。嫌です。今すぐに取って下さい。と言うより、見ちゃいます。えいっ♪」

 

「ちょ、ちょっと……!ダメですってば!」

 

「嫌です♪」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

見ようにはよっては、二人でイチャイチャしているような姿である。

それを見て、もう一人の“仮面”を着けた少女が、拳を固く握っていた。

恐らくは、鉄すら優に捻じ曲げるであろう握力で。

 

 

「相変わらず、楽しそうだな……」

 

 

周囲の温度が、一気に冷え込む。いや、それは墓地に相応しい温度であったのかも知れない。

今までが、墓地とは思えぬピンク色の空気すぎたのだから。

だが、ラナーは全く空気を読まずに発言する。いや、あえて読まないのであろうか?

 

 

「はい、とても楽しいんですっ!何だか、頭のモヤモヤが晴れたような気がします」

 

「ほぅ……それは良かった。めでたい、と祝福すれば良いのか?」

 

「愛犬の他にも大切な人が出来るなんて、今日はとても素晴らしい日です……それこそ、“祝日”にすべきでしょうか?いえ、そうしちゃいますっ!」

 

「なるほど、祝日だそうだ……流石に大英雄様ともなれば凄いものだなぁ?」

 

 

イビルアイがそう言いながら《水晶の短剣/クリスタル・ダガー》を作り出す。

防御する事すら困難、と称される彼女の得意魔法である。

大地系の宝石特化から、水晶に限定して強化した極端な魔力系魔法詠唱者(エレメンタリスト)としての爆発的な攻撃力が込められた至玉の一品だ。

 

 

「ぁ、あの……その短剣は………一体……」

 

大英雄がそのキラキラとした短剣に腰を引き。

 

 

「まぁ、とても綺麗ですね!ケーキはこれでカットしましょうか♪」

 

ラナーが場違いな言葉を吐く。

 

 

「ほぅ、ケーキか……一体、何のケーキを切る気なのか楽しみで仕方がないな」

 

 

その言葉が終わる前に、生命の危機を感じたモモンガが倉庫を出て走り出す。

かつて彼は言ったものだ。

 

 

―――――そのまま背を向け、逃げるなど芸が無い、と。

 

 

だが、彼の姿にも芸なんてモノは何もなく、ただ全速力で逃げるという無様を晒していた。

それを追うイビルアイも、周囲の事など目に入っていない。

ここは現在、戦場であり、多くの凶暴なアンデッドが蔓延る死地なのだ。

 

 

「ご、誤解です!何か勘違いしてませんか!?」

 

「次はラナーのおでこに口付けする気なんだろうがっ!そうなんだろう!」

 

 

《ちょ……これ、マジで何とかしてくれよ!ペイルライダァァァァァ!》

 

《実に素晴らしき光景ですな。このペイルライダー、感涙を禁じえませぬ》

 

《何言ってんの、お前はぁぁあぁぁぁぁ?!》

 

 

こうして墓地の奥地では別の大バトルが発生し、ラナーは倉庫の中でこれからの事について、あれこれと妄想を膨らませていた。大英雄を連れて帰ればクライムも喜ぶだろう、と。

姫と愛犬だけでは、確かに風景として一つ欠けているのだ。

夫と、妻、そして愛犬……これであろう。欠けていた大事なピースが埋まったような気分である。

 

 

(これは、想像するだけでも心温まる風景ですね……)

 

 

世界というものが、それで見事に出来上がる。完結する。

理想的な家庭とは、家族とは、このような姿を指すのか。まさに蒙を啓かれた気分であった。

雪が降る日には、夫婦で愛犬を連れて散歩をするのも良いだろう。

初夏には愛犬と水遊びをするのも楽しそうだ。

木漏れ日が降り注ぐ中、頑張って餌を作るのも良い。

月に一度は、首輪の色も変えなければならないだろう。そのどれもが夢膨らむ生活である。

 

 

(そうと決まれば、さっさと国を変えなければなりませんねっ!)

 

 

ラナーが細い腕をあげ、可愛くガッツポーズを作る。

その見た目は、何処までも黄金のプリンセスであり、見る人々を魅了するであろう。

片方の王子は、それに輪をかけた魅力の持ち主である。

魑魅魍魎が満載の墓地ではあったが、奥地だけは何処までもピンク色であった。

 

 

 

 




遂に登場した、章タイトルにもなっている最終決戦スキル。
もう気付いている人は気付いてるでしょうが、章タイトルは常に登場スキルを指しています。
今回は本家のイビルアイさんが居るので、良い煙幕となってくれましたが(笑)





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世界線の収束

共同墓地の城壁沿いに防御陣を作り上げ、ラキュースが各人に指示を出している。

前方へ突出した集団が討ち漏らしたアンデッドが押し寄せてきているのだ。数が数なだけに、討ち漏らした数だけでも軍勢と言える程の集団であり、決して気を抜く事は出来ない。

 

フォーサイトの四人も次々と襲ってくるアンデッドに対し、見事な連携で撃破を重ねていく。

彼らは闘技場やモンスターの巣穴での退治、カッツェ平野でアンデッドの駆逐と、この手の経験が非常に豊富であり、ラキュースから見ても舌を巻くような活躍をしていた。

 

 

(戦士長の肝煎りだっけ……やるものね)

 

 

帝国のワーカーとは聞いているが、冒険者に置き換えるなら優にミスリル級の実力があるだろう。あの連携力と、飛び抜けた魔法詠唱者の力を考えると、オリハルコン級に限りなく近い。

 

 

(昨夜は、帝国のフールーダ・パラダインも居たわね……)

 

 

逸脱者と呼ばれ、政治や戦争などに一切関わって来なかった生きながらにして伝説の人物。

そんな人物まで表世界へ出てきた事に、静かな興奮を感じる。

力強い老婆に率いられた集団は、あの独特の雰囲気から法国の人間であろう。

まさに―――世界中の力が集まってきている。

伝承や英雄譚のような展開に、高鳴る鼓動が抑えられない。

 

 

(そう!これよ、これ!私がしたかったのはこういう戦いなのっ!)

 

 

自らの内に眠る、もう一人の闇の人格も身を震わせているようだ。

まさに世界の命運を賭けて戦う、憧れていた展開そのものではないか!

そして、その中に今、自分も居るのだ!

 

 

(くぅー!生きてて良かったー!)

 

 

ラキュースは城壁の上で踊り出したい気分に包まれていたが、見た目はあくまで冷静であり、一際目立つ装束で城壁の上に立っている事もあって、周囲からはまるで戦乙女(ワルキューレ)を見るような憧れの目を向けられていた。

 

 

「ラキュースさん綺麗すぎだろ!女神じゃん!」

 

「つか、あの鎧だろ!あれはなぁ、処女しか身に纏えねぇんだぞ!」

 

「え、あの噂ってマジなの?」

 

「ほんとアイドルの鑑だな!非処女のアイドルなんて認めん、認めはせんぞぉぉぉ!」

 

「バッカ野郎!気付けば別の鎧を装備してる時の事を考えて興奮するのが良いんだろうが!」

 

「そういや、昨日……大英雄に抱き付いてたって噂が……」

 

「ラキュースタソがそんなビッチみたいな事する訳ねぇだろ!いい加減にしろ!」

 

 

各人が好き勝手に囀りながらも、懸命に死の軍勢と戦っていた。

ともすれば、逃げ出したくなるような悲惨な戦場だが、彼らをその姿一つで踏み止まらせている、ラキュースのカリスマは流石の一言である。

 

 

(伝説の戦いの後はディナーね……良いワインも用意しなきゃ)

 

 

世界の命運とやらは何処へ行ったのか、彼女の頭の中もピンク色になっていたが、幸か不幸かそれに気付いた者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――トブの大森林 隠れ家

 

 

「こ、殺されるかと思った……」

 

「あれ、殿……また街から戻ってきたのでござるか?」

 

「またって言うなよ!またって!」

 

 

あの後、飛行で逃げれば安全と宙へ逃げたモモンガであったが、相手も飛行で追いかけてきた為、遂には頭がテンパってトブの大森林へと転移したのだ。

もはや、トラブった時の駆け込み寺のような有様である。

 

 

「殿はいつも同族の雌から逃げている気がするでござるな」

 

「短剣持って追いかけられたら、そりゃ逃げるだろ!」

 

「オォォォ!(意訳:ラキュースさんと子作りはよ!)」

 

「こ、子作りって……!お前、何言ってんだよ!」

 

 

ちなみに、どうでも良い余談であるがデコスケを生み出した生贄の元と言うのは、トブの大森林でオーガらに殺されてしまったゴブリンである。

そのオーガらを見事に駆逐してくれたラキュースに、デコスケは個人的に感謝している為、彼なりの推しメンと言えばラキュースであった。

 

 

「ほぉ、デコスケ殿はあの女性でござるか!」

 

「オォォ!(意訳:強い雌は正義)」

 

「強さより、丈夫な子を考えると安産型でござろう。あの重戦士は中々良さそうでござるよ」

 

「オォ(意訳:強すぎる雌はNG)」

 

 

二人(?)が勝手な会話をしている横でモモンガも頭を抱えていた。

何とかして誤解を解きつつ、早くあの街の騒動を片付けなければならない。ゆっくり寝たいし、美味しいご飯だって食べたい。だって、人間だもの。

 

 

「殿は精神的に脆い所がある故、しっかり者の忍者二人も良さそうでござるが」

 

「オォ(意訳:夫を支える事の出来る王妃は高得点)」

 

「馬車で旅をした雄か雌かよく分からん人間も居たでござるよ。某が見るに、あれは独占欲が強いタイプでござろうな……寛容さがないと雄は逃げる習性があるというのに」

 

「オォォ!(意訳:偉大なる創造主に、王妃が一人などありえない)」

 

 

こいつら……本格的に茶飲み話にしてやがるな。

本人が近くに居るってのに、どういう神経してやがるんだ。

いや、ハムスターと死の騎士に神経もクソもないのかも知れないけれど……。

 

 

(とにかく、全てを吹き飛ばす勢いで登場して、街を救おう……)

 

 

そうしたら、全てが有耶無耶になる筈だ。うん、そうに違いない。

いや、そうであってくれ……頼む……。

でも、あの純銀の鎧を超える物となると流石に厳しいものがある。自分が元々着ていたローブもド派手だけど、あれは死の支配者(オーバーロード)たる自分に合わせて作った物だ。

人間の姿となった今、あれを着るのは似合う似合わないの前にコンセプトとしてなぁ……。

長い間、魔王ロールをしていた身としては、やはり骸骨の姿で着てこそ、だと思うのだ。

 

 

(となると、“アレ”しかないか……)

 

 

パンドラに着せる為、と言い訳しながら作っていた“軍服”だ。

白を基調として、要所要所に金の飾りを織り交ぜた作りになっており、体を覆うマントも白の中から浮かび上がるように星を散りばめ、輝きには妥協なしの七色鉱(アポイタカラ)を使ってある。

勲章や軍刀にも、希少金属であるスターシルバーを惜し気もなく注ぎ込んだ。

ド派手が基本のユグドラシルであっても、周囲を圧するであろう至玉の一品である。

 

ゲーム末期時にはどれも価格が暴落し、嘘のような値段で手に入るようになったものだ。当初は喜んだものの、それがゲームの終わりを感じさせ、作っている最中に段々と寂しくなったのを昨日の事のように思い出す。

 

 

(いつかウケ狙いで着て、誰かが笑ってくれたら……なんて思ってたけど……)

 

 

そんな機会が来る事は、なかった。

誰もINして来る事なんてなく、自分は最終日を迎えたのだ。

でも、こうして着る機会を得たって事は全くの無駄では無かったのだと思いたい。

かつて作った服が……。

今、この世界で知り合った人達と自分を繋ぎ、守ってくれるのかも知れないのだから。

ゆっくりとした手付きで光り輝くような軍服を装着し、鏡の前に立って軍帽を被る。

 

 

(自分で言うのも何だけど、憎たらしい程に似合ってるな……)

 

 

骸骨姿の時は服のド派手さと、スケルトンが妙にマッチして可笑しさが出ていたが、この姿で着ると舞台に上がる超一流の役者のような惚れ惚れとする姿である。

まさか、自分がこんな形でアクター(役者)をやる事になるとは。

 

 

(やるからには、それこそパンドラのように完全な役者にならなきゃな……)

 

 

「おほぉぉぉ!殿、その凛々しき御姿は何事でござるか!?」

 

「オォォ!(意訳:これは惚れる!濡れる!)」

 

「い、いや……ちょっとばかし、知った街を救おうかと………」

 

「何とも天晴れな御姿でござるよ!」

 

「オォォ!(意訳:逆レ待ったなし!)」

 

 

何やら不穏な感想もあったような気がするが……とにかく、墓地に戻ろう。

ペイルライダー達の時間も、それ程に残っていないだろうしな。

 

 

「出陣であるなら、某も同行するでござるよ!」

 

「オォォ!(意訳:是非、この身も)」

 

「いや、今回は二人とも待っていてくれ。制御の利かない種族も居るようだしね」

 

 

悪魔ほどに無秩序ではないが、アンデッドの中には生きている者どころか、動くだけで敵と判断して攻撃してくる者もいる。それらを考えるとハムスケは危険だろう。

デコスケも死の軍勢と立ち向かう、となれば姿がネックとなる。

 

 

「無念でござるが、家臣として晴れの出陣を祝うでござるよ!殿、ばんざーい!」

 

「オォォォォ!(意訳:偉大なる創造主モモンガ様、万歳!万歳!万歳!)」

 

「戦時中かッ!」

 

 

二人の何とも言えない激励を受けながら、転移を唱える。

向こうに着けば、もう甘えも躊躇も許されない。

最後までノンストップだ!

 

 

(さぁ、アクターになりきれ………行くぞッ!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――エ・ランテル 共同墓地

 

 

アンデッドの群れにスケリトル・ドラゴン……そして、ズーラーノーンの高弟三人。

これらの手強い集団を撃破した一行の前に現れたのは、この騒ぎを起こした張本人であるカジットその人である。高弟達より一段も二段も上のネクロマンサー。

カジットの後ろには六人の高弟が並び、高弟達の後ろには忌むべき存在である《集合する死体の巨人/ネクロスォーム・ジャイアント》が不気味にその姿を歪ませながら立っている。

 

極めつけにカジットの前には強力な《紅骸骨戦士/レッド・スケルトン・ウォリアー》が数体並んでおり、まさに悪夢としか言い様がないアンデッドの見本市のような光景となっていた。

前衛・中衛・後衛と見事にバランスが取れており、これを突破するのは至難の業であろう。

 

 

「偉大なる死霊の将に跪くと良い……」

 

 

カジットが死の宝珠を握り締めると同時に、紅骸骨戦士が動き出す。

通常のスケルトンなど、比べ物にもならないような凶悪極まるアンデッドである。一体だけでも厄介なアンデッドであるのに、複数居るなど殆ど冗談としか思えない光景であった。

 

だが、それに相対する戦士長は力強く吼える。

カイレもまた、老体とは思えぬ覇気を漲らせていた。

 

 

「王国を蝕む輩が……貴様らの好きにはさせん!」

 

「死の螺旋とは……愚かな事を。ヌシらの目的が何であれ、徹底的に潰させて貰うぞぃ」

 

 

カジットの目が後ろのクレマンティーヌに一瞬向けられたが、何も言う事はなかった。

互いにいつ、敵同士となり、殺し合うか分からなかった関係だ。

利用出来る時は利用するが、遅かれ早かれ殺し合っていたに違いない。それはズーラーノーンの他の幹部連中も同じであり、形や理念こそ違えど八本指と似通う部分である。

信頼もなく、信用もなく、ただあるのは自分にとっての利があるかないか、だけだ。

 

 

「我が願いの為に……全てを嘆きに変えようぞッ!」

 

 

カジットが宝珠を振るうと同時に紅骸骨戦士が走り出し、一同と激しくぶつかった。

ズーラーノーンの高弟ともなれば、その実力は軽くオリハルコン級の実力を持つ。カジットなどの十二高弟と言われる人物などになると、優にアダマンタイト級の実力を持つと言われている。

更に疲労知らずの紅骸骨戦士に、ネクロスォーム・ジャイアント、更に四体の骨の竜。

後続には、1000体近くいるであろうアンデッドの群れ。

 

戦士長や蒼の薔薇、カイレも表情にこそ出さないものの、非常に危険なものを感じていた。この途方もない戦力を用意した、“連中の本気”さというものに。

ここまでの戦力を用意し、城塞都市へ真っ向からぶつけるという事は、完全に戦争である。

それも、どちらかが滅ぶまでの戦争であり、普通に考えるとありえない事なのだ。

 

王国と帝国がしているように、この世界における戦争とは、言わば国家の“余力”の中で行うものである。年に一度、などの規模であり、それも場所だって限定して行う。

ズーラーノーンも悪事は働いてきたが、ここまでの大規模な侵略を行えば、もはやどの国家からも第一級の危険組織として睨まれ、生きるか死ぬかの殲滅戦にならざるを得ない。

それは、あらゆる世界中の国家との生存を賭けた戦争である。正気の沙汰とは思えない話だ。

 

 

「ズーラーノーンに、それ程の“余力”があったかぇ?」

 

 

鉄扇を叩き付けながら問うたカイレの声に、風花の連中が首を振る。

かつて一つの都市を滅ぼした死の螺旋を行って以降、限界点に達したかのように、その動きは酷く緩やかになったのだ。何かの目標・目的に達したのであろう、というのが法国の見解であった。

それが、こんな桁違いの戦力を集めて国家へ戦争行為を仕掛けてくるなど。

 

 

(機関、それを束ねる天帝、死霊の将、滅びの力……)

 

 

カイレの心に、嫌な汗が流れる。

あるのだ。

ありすぎるのだ。

心当たりが。

他ならぬ、法国の人間ならば。

それも、中枢部の人間であれば、絶対に見逃せない言葉の数々である。

 

単体で。

世界を滅ぼす力を保有している存在。

それも、近々復活が予言されている……史上最悪の地獄。

 

 

 

―――――《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》

 

 

 

カイレの全身に悪寒が走り、怯えを知らぬ老婆がはじめて狼狽したような声を上げた。

その只ならぬ様子に全員が凍り付く。

 

 

「貴様らは……貴様らは、あの“滅びの力”に魅入られ、魂を売ったと言うのかッッ!」

 

 

その言葉を聞いたカジットが、形容しがたい笑みを浮かべた。

見る者をゾッとさせるような表情。

それは喜びのようであり、畏れのようでもあり、嘆きのようでもある。

人知を超えた存在に対する、カジットの素直な反応であった。邪悪なるネクロマンサーとは思えない微笑を見て、一同の胸に冷たいものが走る。

 

 

「目を覚まさんかッ!破滅の竜王は世界を滅ぼす存在ぢゃぞ!あれは人の手に負えるようなものではない……かの竜王をヌシらは天帝などと呼び、敬っておるのか!たわけどもがッッ!」

 

「カッカッカ!“欠けた世界”のまま続くのであれば滅びよッ!今の世界など、ワシにとって何の意味も、価値もない!全ての嘆きを“1”とし、ワシは世界を再構築するッ!」

 

 

紅骸骨騎士とやり合いながらも、カイレとカジットのやり取りを聞いていた王国一同も、肝を冷やしていた。二人の会話に彼ら、彼女らも心当たりがありすぎたのだ。あるどころか……昨日、自分達は恐るべき死の軍団と戦い、伝説のアンデッドや魔神と刃を交えているのだから。

戦士長が口を開こうとした瞬間、空から無数の剣が降り注ぎ、紅骸骨戦士の体へ突き刺さった。

一同が見上げると、そこにはラナーを抱え、宙に浮かんでいるイビルアイが居た。

 

 

「まぁ、私の王子はそんな怖い敵と戦おうとしているのですねっ!」

 

「ラナー、城壁まで送ると言っただろう。ここは危険だと何度言ったら……」

 

「その危険な場所へ私を置いて行った人が、どの口でそんな事を言うのでしょうか」

 

「あ、あれは私が悪いんじゃない!大体、お前はおかしいぞ!王子だの、ケーキだの!」

 

 

上では微笑ましい(?)やり取りが続いていたが、下はそれどころではない。

法国の予言やカジットの絶妙な勘違い、王子様のマッチポンプなどが複雑に絡み合い、もはや事態は誤解や勘違いどころでは無くなっていく。

ここまで来れば、全ての線が繋がって“歴然たる事実”となった、と言って良いだろう。

 

がむしゃらにスイングして打ったゴルフボールが、風に乗って予想よりも遠くへと飛び、途中で鳥に咥えられて更に奥へと運ばれ、落とした先でモグラの頭に当たってホールイン・ワンしたようなものである。

 

 

―――――もはや、奇跡であった。

 

 

その奇跡を起こした男は、城壁前で完全にアクター(役者)へとなりきり、周囲からの喝采に満更でもない表情を晒していた。

この男、何だかんだ言って魔王ロールをしてたり、パンドラの生みの親だったりするのだ。

天性の役者でもあり、役者好きでもある、と言って良いであろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――エ・ランテル 共同墓地入り口

 

 

それは“光”であった。

全身から溢れる白き閃光はマントから七色の光となって屈折し、周囲を虹色に照らす。

その神々しいまでの姿に、城壁前で死闘を繰り広げていた面々が目を奪われる。いや、目では無く、それは魂であったかも知れない。

誰かが快哉を叫び、それが叫び声となり、城壁前に時ならぬどよめきが起きる。

 

 

それは一言で言えば―――――軍神であった。

 

 

「モ、モモンガさん……その、姿は……」

 

 

ラキュースが喘ぐように、かろうじて言葉を発する。

その手は顔の下半分を覆っており、鼻血を押さえているような格好であった。

だが、軍神はその言葉が聞こえないかのように、墓地を見渡し、重々しく口を開く。

 

 

「この風、この肌触りこそ戦争よ―――――」

 

 

軍神の言葉に一同が息を飲んだ時、その左手が顔を覆い、右手が高く突き上がる。

そして、恐るべき詠唱が始まった。

それは、軍神が鳴らす戦鼓。

あらゆる軍兵を熱狂へと駆り立てる―――《突撃軍歌/ガンパレードマーチ》

 

 

《魔法三重化/トリプレットマジック!》

《上位魔法蓄積/グレーター・マジックアキュリレイション!》

 

 

「何度、現実が立ち塞がろうと、絶望が訪れようが―――ッ!」

 

 

《魔法三重最強化・魔法の矢/トリプレットマキシマイズマジック・マジック・アロー》

《魔法三重最強化・魔法の矢/トリプレットマキシマイズマジック・マジック・アロー》

《魔法三重最強化・魔法の矢/トリプレットマキシマイズマジック・マジック・アロー》

《魔法三重最強化・魔法の矢/トリプレットマキシマイズマジック・マジック・アロー》

 

 

「俺を信じ、目の前の運命を打ち破れ―――――ッ!《解放/リリース》」

 

 

高く突き上げられた右手が振り下ろされた瞬間―――――

蓄積され、三重化と最強化をかけられた、120発の光弾が中空より放たれた。

弧を描いたその光はまるで天使の翼のようであり、その想いは正しい、と言わんばかりに光に触れた死の軍勢は瞬く間に打ち砕かれ、断末魔の咆哮をあげながら消滅していく。

 

全員がその光を追うようにして、言葉にもならない言葉を叫びながら死の軍勢へと突撃し、数百体はいた城壁前のアンデッドが瞬く間に叩き潰されていった。

軍神が現れてから、一瞬の出来事である。

これが人間相手の戦争であったなら、ここで勝敗は決したであろう。

満足そうな笑みを浮かべる軍神の隣へ、ラキュースが並ぶ。

 

 

「……モモンガさん、覚えていますか?」

 

「えっ……」

 

「ならば、共に上がろう。この国を救う舞台へ―――って」

 

「え、えぇ……少し大袈裟と言うか、言い過ぎたと言いますか……」

 

「言い過ぎだなんて!モモンガさんは、あの言葉を真実にしちゃいました」

 

 

軍神が照れたように横を向き、軍帽を深く被る。

城壁の上に立つ二人の姿は、実に見栄えのいいものであり、誰もが眩しいものでも見るように、目を細めてそれを見た。余りにお似合いすぎて、嫉妬すら湧き上がらない。

 

 

「……凄すぎる。師匠すら超えてる」

 

 

フォーサイトのアルシェであった。

その言葉を聞いて、後ろの三人が力強くその肩を押す。

 

 

「早く攻めなきゃ、持ってかれちまうぞ」

 

「イケメンで英雄とか、マジであんな超優良物件もうないし?」

 

「あの方と共にあれば、確かにどのような運命も打ち破れるでしょうな」

 

 

帝国の逸脱者、フールーダ・パラダインからも特に目をかけられていた程の早熟の天才。

だが、彼女には愚かな両親と、その両親が死ぬまで続けるであろう浪費と借金という重荷が課せられていた。それによって学院も辞めざるを得なくなり、将来は潰えたのだ。

 

借金は今回の仕事で全て清算出来るだろう。法的に親と縁を切る事も出来る。

だが、そこから先は彼女自身で道を切り開いて往かねばならない。ここで何事も出来ないようであるなら、妹二人を連れた生活など、幼い彼女には到底やっていく事は出来ないだろう。

 

 

「街で聞いた噂じゃ……お前の師匠、大英雄さんの弟子になるつもりらしいぜ?」

 

「……し、師匠が!?」

 

 

事実であった。間違いなく、120%の事実である。

「ご隠居」などと呼ばれ、飲めや歌えやの大騒ぎとなっていた一行の噂は既に広まっており、一部ではそのご隠居が帝国のフールーダである、などと言われていたのだ。

聞いた誰もが大笑いしていたし、ヘッケランも鼻で笑ったものだが、今の途方も無い魔法を見て考えが変わった。変わって―――――しまった。

あんな神にも等しい魔法を見れば、どんな魔法詠唱者でも弟子入りを熱望するだろうと。

それは、あのフールーダ・パラダインですら例外ではないだろうと思ったのだ。

 

 

「ダメ元で頼んでみたらどうだ?戦士長さんからも、王国で活動しないかって話が来てるしな」

 

「へー、お偉いさんからスカウトかぁ……私的には帝国よりこっちの方が良いかも」

 

「この墓地の祓いも大変でしょうしな。元神官としては見過ごせません」

 

 

話は決まった、と言わんばかりにヘッケランとロバーデイクが無言でアルシェの体を掴み、せーのっ!の掛け声と共に上空へと放り投げる。

狙い違わず、見事にアルシェの体が軍神の両手に収まった。

 

それは、世の女性の憧れの一つでもある「お姫様抱っこ」の姿である。降って湧いたような光景に、ラキュースが笑顔のまま額に見事な怒りマークを浮かべた。

その右手は既に魔剣の柄へと伸びている。

 

 

「あ、アルシェさん、でしたよね……ど、何処から!?」

 

「……い、妹が二人居ますが、す、住み込みの弟子にして下さい!」

 

「す、住み込みって、私もコテージ暮ら……じゃなくて、何の話ですか?!」

 

「……親の作った借金に追われて、妹共々、行くアテもなく……」

 

「そ、それは……」

 

 

他愛なく軍神が動揺したところに、ラキュースが魔剣をアルシェの鼻先へと突き付ける。

後、1mmでも深ければ鼻を切り裂いていたであろう。

芸術的とも言える、見事な寸止めであった。

 

 

「ワーカーさん……今が戦争中だという事を思い出して欲しいの。ね?」

 

 

柔らかい声に、生命の輝きを思わせる笑顔。

だが、その目だけは笑っていなかった。

フールーダから薫陶を受け、幾多の修羅場を潜ってきたアルシェもまた、怯まない。

 

 

「そして、降りて―――今すぐに」

 

「……嫌。むしろ、このまま時間が止まって欲しい」

 

 

ラキュースの言葉に反発するように、アルシェが軍神の首に手を回し、うっとりと目を閉じる。

流石にフールーダの元弟子だけあって、彼女も食らいついたら離れないアグレッシブな一面があるらしい。それを見た下の群集が、囃し立てるように口笛を鳴らした。

 

 

「そう―――――じゃあ、死んで」

 

「ちょ、ラキュースさん!こっちに当たる!当たりますってば!」

 

 

前回は水晶の短剣に追われ、今回は英雄が遺した魔剣に追われるという、悲惨な軍神の姿がそこにはあったが、同情する事は出来ない。

甘んじて受け入れるべきであり、むしろ、もげるべきであった。

 

 

 

 




前回に続き、今回で殆どのフラグを一気に回収していきました。
18話ぐらいから散りばめていたのですが、軍服の事とか覚えていた人は居ますかね(笑)
章の終わりに出していたシステムメッセージめいたものも、今作で何をするのか、何が起こるのか、何が最後の敵なのか、をあらかじめ指していたものばかりでして。

ふざけた展開をしつつも、プロット通りに進めて来れたのでホッとしてます。
後、2~3話で長かった今章も終わる予定。





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パーフェクト・アクター

六人居た高弟達の内、三人が既に斃れた。

そして、《集合する死体の巨人/ネクロスォーム・ジャイアント》もガゼフの剣閃の前に消滅したが、被害も無視出来ない程の大きさであった。

風花の面々は満身創痍であり、昨夜から戦い続けている蒼の薔薇の面子にも疲労が色濃い。

立っていられるのも不思議な程だ。

 

そんな加熱していく戦場に、一筋の光が現れる。

続いてラキュースやフォーサイトの面々、多くの冒険者も駆けつけてきた。まるで白き閃光に導かれたような姿であり、その先頭に立つのは七色の星光を纏いし軍神の姿であった。

その眩さに法国の面々が息を呑む。あれが、エ・ランテルの英雄だというのだろうか?

 

いや、違う。

あれは、英雄などではなく……もっと高次元の存在ではないのか?

その姿形を忘れなかったクレマンティーヌが、喘ぐように口を開いた。まるで魚がそうするように、口をパクパクさせる間の抜けた姿であったが、誰もそれを変だとは思わない。

だって―――自分達も、似たような顔をしているだろうから。

 

 

「モモちゃん……」

 

 

絶句するように漏れた言葉に、カイレがごくりと唾を飲み込む。

あれは、神人ではないのかと。

いや、それどころか、あの御方は「神」なのではないかと。

あの気配は何だ?あの尊きご尊顔は?そして、神しか纏い得ぬであろう武具の数々は何だ!?

 

自分達が国を挙げ、後生大事に守ってきた多くの遺品すら、まるで子供のオモチャのようではないか!カイレがごく自然に膝を折り、深々と頭を下げ、光を纏いし軍神に平伏する。

戦場の最中にあって、それは不自然な姿であったろう。だが、風花の面々もそれに倣い、次々と頭を下げ、額に土が付くのも気にせず深々と地に伏せた。

 

もはや、直視出来ない―――――仰ぎ見る事すら、不遜である。

法国の面々は、態度でそれを表した。

 

 

「なん、だ……貴様、は……」

 

 

カジットが呻き声を上げた時、軍神が恐るべき速度で戦場を駆けた。

視認する事が、難しい。

それもその筈だ。

只でさえ高いステータスが、軍服によって“超”ブーストがかけられている。最高級の素材を惜し気も無く注ぎ込んだ、紛れもない神器級武装なのだから。

 

この軍服は魔法能力を高めるものではなく、純銀の聖騎士といつか隣に並んで戦いたいという子供っぽい願望を秘めて作られたものであり、コンセプトは完全に前衛仕様であった。

爆発的に高められた身体能力はとても魔法詠唱者の範囲などには収まらず、超一流と呼ばれる存在が揃っているこの戦場でさえ、余りに桁違いの存在としか言い様がない。

 

 

《魔法三重化/トリプレットマジック》

《魔法遅延化/ディレイマジック》

 

 

―――――《死/デス》

 

 

 

一陣の風と共に軍神が戦場を切り裂き、その大きな背中とマントが風にはためく。

カジットと高弟達が慌てたように左右を見渡したが、特に変化はなく、何の魔法の効果も感じる事は出来なかった。焦りを感じた事もあって、高弟達が次々と侮蔑の表情を浮かべる。

 

 

「ば、馬鹿が!派手な服は見かけ倒しか!」

 

「魔法の不発とは……未熟者めがっ!」

 

 

―――――お前はもう、“死”んでいる。

 

 

背中を向けたまま、軍神の放った言葉に高弟達が一瞬、ポカンとした表情を浮かべ……

遂には堪えきれないと言った風情で大笑いする。

 

 

「おい、聞いたか!こいつは一体……ぁ、ぐ、ぎげびッ!」

 

「ちょ、どうし……ぐ、ぐぐぐぐ!」

 

「し、心臓が……あ、ぁ、びでぶげッ!」

 

 

悲惨な断末魔の声をあげ、高弟達が次々と斃れた。

何が起こったのかは分からない。

分かったのは……ただ、一方的かつ、抗う事すら許されない“蹂躙”が行われたという事だけだ。

 

 

「き、き、貴様ぁぁぁ!ワシの高弟達に何をした!?」

 

 

カジットが目を剥き、口から唾を撒き散らしながら叫ぶ。

ありえない、ありえない。

一体、何が起こった?何をどうすれば、あの三人の命を一瞬で奪う事が出来るのか。

 

 

「ば、化物がぁぁぁぁ―――ッ!《酸の投げ槍/アシッド・ジャベリン》」

 

 

カジットが得意とする、酸で出来た槍をその背中へ向けて投擲する。

軍神の背中は酷く無防備で、隙だらけであった。これなら子供が投げた石すら当たるだろう。

だが、その槍が背中に突き刺さる事はなく、何かに阻まれるようにして霧散した。

 

 

《冷気・酸・電気攻撃無効化》

 

 

「な、何故!なぜ……ワシの魔法が効かんッ!」

 

「―――――坊やだからさ」

 

「き、貴様ァァァァァァァッ!」

 

 

カジットの身が、その言葉を聞いて哀れな程に震える。

彼はたとえ世界を滅ぼしてでも、自らの母を甦らせる事だけを考え、生きてきた。

そんな彼の人生を、たった一言で真正面から斬り捨てたようなものである。お前の人生は、お前の生き様は―――――酷く“幼稚”である、と。

 

 

「認めたくないものだな―――――?若さ故の過ちというものを」

 

「……貴様に、貴様に、ワシの背負った苦悩の、何が分かると言うのかァァァッ!」

 

 

続いて吐かれた言葉に、遂にカジットが頭を抱え絶叫する。

その目からは涙が溢れ、容貌には鬼気迫るものがあった。それ程に、軍神の吐いた言葉が立て続けに、それもピンポイントで彼の心を穿ったのだ。

幼き日のカジットの過ちを、後悔を、まるで見てきたかのようである。

だが、軍神はカジットの絶叫など耳に入らぬような姿で、その手を水平に持ち上げた。

 

 

「創生の炎よ、来たれ―――――《吹き上がる炎/ブロウアップフレイム》」

 

 

その指がパチリと軽快な音を鳴らした瞬間、大地から紅蓮の炎が吹き上がり、残っていた紅骸骨戦士を文字通り灰にした。

その凶悪さと、疲労知らずの姿から“不死身”の代名詞ともなっている存在が、跡形も無く消滅したのだ。その光景を見て、カイレが電にでも打たれたかのように一段と深く頭を下げる。その目からは涙が止め処なく溢れ、風花の面々も嗚咽を漏らしていた。

 

 

―――――数百年もの間、待ち続けていた“神”が降臨された。

 

 

神でしか為しえぬであろう、不死身すら焼き殺す紅蓮の炎。

それも、“創生の炎”である!

法国の面々は湧き上がる喜悦と、神の御業を垣間見てしまった事による畏れで、殆ど子供のように狼狽していた。神の存在を幼き頃から教えられ、それを信じ、ひたむきに生きてきたのだ。

その感動と衝撃は察するに余りある。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(よし、何とか誤魔化せたな……)

 

 

戦場に光と共に現れたように見えた軍神であったが、実のところはラキュースとアルシェの争いに巻き込まれ、ほうほうの体で逃げ出してきただけであった。

丁度、目の前に悪人が現れたのでこれ幸いと撃破して誤魔化そう、といったところである。

まぁ実際、悪人ではあったが、まさか高弟達も女性二人の争いがキッカケで自分達の死期が早まるなど想像もしていなかっただろう。

 

 

(何か黒魔術のボスっぽい人は怒ってたけど………)

 

 

軍神は知らない。

火花が命ずるままに発した台詞が、彼の心をレーザービームのように貫いてしまった事を。

戦う前から、カジットの心を粉々に叩き折ってしまった事を。

 

 

「ぁ……あぁぁ………」

 

 

紅骸骨戦士が信じ難い程の“紅蓮”に焼かれる姿を見て、ついにカジットが膝を突く。

死んでしまった母の面影を求め、自らをアンデッドの身に変えてでも、蘇生魔法の研究に人生の全てを費やそうとしてきたが、それが今、完全に潰えたのだ。

後ろにはまだ四体の骨の竜や千近いアンデッドが居るが、それらの指揮権はカジットには無い。

そして、あの死霊の将は失敗した部下などに何の価値も見出さないであろう。

 

茫然自失となったカジットの頭に《伝言/メッセージ》が飛び込んでくる。慌てて左右を見渡したが、新たに増えた人影もなく、驚く事に発信者は背を向けたままの軍神からであった。

 

 

《お前には幾つか聞きたい事がある―――取引と行こうじゃないか》

 

《と、取引……とは……》

 

《お前が所属する組織を殲滅する、その手引きをしろ―――代わりに願いを一つ叶えてやる》

 

《願いを……ハハ、アハハハ……》

 

 

その言葉に、カジットが力無く嗤う。

彼の願いは叶えられない。それこそ、神でも無い限りは。だからこそ、彼は悪逆非道の道を歩もうとも、悪魔に魂を売ろうとも、茨の道に踏み入ったのだから。

 

 

《ワシの願いはただ一つ……数十年前に亡くした母を甦らせる事、それだけよ……》

 

 

カジットは言いながら、自分の言葉に泣きたくなった。

そんな奇跡が何処にある。

現存する最高峰の蘇生魔法である《死者蘇生/レイズデッド》ですら第五位階の魔法であり、その使い手は世界を見回しても片手で数える程であろう。

それも、強い生命力を持った者でなければ、魔法をかけた瞬間に灰となるのだ。当然、その死体は死後間もない状態であらねばならず、数十年前の死体を甦らせるような力などある筈もない。

 

ただの村人である母親に蘇生魔法に耐え切る力などは無く。

そして、その死体は指折り数えるのが馬鹿らしくなる程の年月が経っている。

詰んでいた―――全てが。

 

 

《何だ、そんなこ……い、いや、なるほど。ならば、お前の願いを叶えよう》

 

《ワシを口先で誑かすつもりか……殺すがよい。もはや未練はない》

 

《なるほど。ペナルティが無く、数十年経った死体の欠片からでも復活可能な《真の蘇生/トゥルーリザレクション》を知らないのだな。狭い範囲内の事になるが、《願い/ウィッシュ》や《奇跡/ミラクル》も知らないと見える》

 

《な、何だそれは……ッ!も、もっと、もっと詳しく聞かせてくれ!》

 

《ふむ、取引は成立だな……言っておくが、私は聖人君子ではない。お前の働き次第だ》

 

 

軍神が伝言を打ち切り、直接その口を開く。

振り返った顔に、カジットが一瞬、身を震わせた。

 

 

「この男の拘束を。後で聞きたい事があるので預かっておいて下さい」

 

 

軍神の言葉に、風花の面子が風のような速さで駆け寄り、カジットを瞬く間に拘束する。

尤も、もはやカジットには抵抗する意欲も、気力もない。

今の話を頭の中で反芻し、懸命に考え続けるだけの機械と化していた。

 

 

「ねぇ、モモちゃん……あんたは良くやったよ。でもさ、アレはヤバイって……」

 

 

クレマンティーヌが遠慮がちに声をかける。

前方には四体ものスケリトル・ドラゴンの姿と、千近いアンデッドの群れがあった。強気なクレマンティーヌであっても反吐が出そうな相手だ。

あんなもの、戦う事すら馬鹿馬鹿しい。竜巻や地震のような“天災”と争うようなものである。

だが、軍神は無言でマントを翻し、その鋭い視線を前へと向けた。

 

 

「このモモンガ、たとえ素手であろうとも―――――やり遂げてみせますよ」

 

 

軍神の体が宙に浮かび、風に乗るようにして前方へと翔けていく。

まるであのアンデッドの群れなど目に入っていないようでもあり、その颯爽たる姿にクレマンティーヌが思わず「くぅぅー!」と変な叫びを上げた。

 

 

「今の聞いた、ばばぁ!?モモちゃん、マジでかっけぇんだけど!こん……ぁいた!」

 

 

その言葉が終わる前に、カイレの鉄扇がクレマンティーヌの頭を打つ。

風花の面々も視線だけで殺すようなモノを漲らせ、クレマンティーヌを睨み付けていた。

 

 

「たわけッ!神に対し、何と畏れ多い事を……ヌシも頭を垂れ、祈りを捧げんかッッ!」

 

「髪のセットが乱れるだろうが、クソばばぁ!モモちゃんにダサい女って思われたら、どうしてくれんだよッ!」

 

「あの光り輝く神の瞳にヌシの姿を映すなど、不敬以外の何物でもないわッ!」

 

「あぁ!?てめぇの姿よかよっぽどマシだっつーの!鏡見ろ!」

 

 

法国の面々が内輪揉めしているという珍しい光景を横目で見ながら、王国一同がさっさと軍神の後を追っていく。あの後ろに魔神が居る事を考えれば、とても楽観できるような状況ではない。

……と、普通に考えればそうなのだが。

 

今の軍神は自らの意思でアクターとなり、鼓動と火花を自由自在に操り、融合した状態である。

三位一体という言葉があるが、今の彼がまさにそうであった。

言うなれば、“パーフェクト・アクター”とでも称すべきものであろう。

かつて魔王ロールをしていた頃のように、その姿はごく自然と威圧感に溢れ、その洗練された所作と神々しさには法国の面々が神と呼ぶのも無理もない事であった。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

軍神の行く手を遮るようにしてアンデッドの群れが立ちはだかる。

そして、上空から舞い降りてきた四体ものスケリトル・ドラゴン。魔法に絶対の耐性を持つ、非常識としか言い様がない存在であった。

少しでも常識や理性があるなら、逃げ出すか、もう笑うしかない光景である。

 

 

「愚かな真似はよせ……その竜には如何なる魔法も通じんのだぞッ!」

 

 

捕われたカジットが悲痛な叫び声を上げる。

その言葉を聞いた誰もが歯を噛み締めた。

分かっている。そんな事は分かりすぎる程に分かっている。

だからこそ、余計にその言葉が堪えた。

 

一体でも絶望的な存在が四体など、もはや笑い話ではないか。

現存するどんな英雄譚であっても、こんな状況はなかったであろう。

あって堪るか、と叫べるものなら叫んでいたに違いない。

 

だが、只一人。

軍神だけは怯まない。

 

 

「絶対の耐性、ね―――――そのふざけた幻想をぶち殺す」

 

 

軍神の指が複雑な形に組まれ、その全身から大魔力が吹き荒れる。全員がその風に目を細め、吹き飛ばされないように体を押さえる中、恐るべき詠唱が始まった。

後に、この魔神戦争の勝敗を決定付けた―――――と幾多の書物が伝える審判の魔法。

 

 

《カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク》

 

 

聞いた事もない単語が軍神の口から漏れ、それに伴って辺りに吹き荒れる魔力が桁違いに上がっていく。大気が震え、骨の竜が次々と唸り声を上げた。

目を細めたティアが、イビルアイに疑問をぶつける。魔法に関し、一番造詣の深い人物といえば、彼女以上の適任者はいないだろう。

 

 

「あの詠唱は何……?これから何が起こる?」

 

「分からん。だが、古より言葉とは力を持つ……南方には“力ある言霊”を操る一族や、それらを駆使する使い手が居ると聞いた事があるが……」

 

 

二人のそんな言葉をよそに、軍神の詠唱は止まらない。

煌くような詠唱が漏れる度、吹き荒れる風の勢いが増し、今では暴風と化している。

 

 

《灰燼と化せ冥界の賢者―――――!》

 

 

軍神の左手が水平を切り、マントが派手に翻る。

 

 

《―――――七つの鍵を以て開け地獄の門ッッ!》

 

 

軍神の右手が、天を掴むように高々と突き上げられた。

その額からは珠のような汗が流れ、吹き荒れる大魔力に耐えかねるように体が揺れている。

 

 

「お、おいおい!洒落にならねぇ単語が聞こえたけどよぉ……大丈夫なのか、これ!」

 

 

とても聞き流せない言葉に、遂にガガーランが叫ぶ。

地獄の門を開く、とは何だ?一体、何が起こるというのか?!

 

 

《魔法効果範囲拡大/ワイデンマジック!》

 

 

遂に軍神の全身から七色の星光が溢れ、その神々しさに全員の目が眩む。

ハッキリと分かるのは―――今、奇跡に立ち会っている、という事だけであった。

 

 

 

「我、暁に勝利を得る者―――――《星幽界の一撃/アストラル・スマイトッッッ!》」

 

 

 

その右手が派手に振り下ろされた瞬間、死の軍勢の中央に白光が炸裂した。

視界が白に包まれ、音さえ消え果てる。

 

 

―――――世界が、静止した。

 

 

白き閃光に骨の竜が飲み込まれ、周囲に居たアンデッドへ白き波が広がると同時に、その白に触れたアンデッドが一瞬で灰となって消えていく。

静止した世界で、数百体の灰がキラキラと天へ舞い散っていく光景は完全に神話であった。

誰もがその光景に息を飲み、言葉を失う。

 

遥か上空より、二体のアンデッドが軍神の前へ舞い降りたが、誰も動く事が出来なかった。

目の前の、“神話の世界”に足を踏み入れる事に“畏れ”を感じたのだ。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

現れたアンデッドの一体は、骨のハゲワシであった。

八本指の暴動中、多くの冒険者や一般人を守り、その任務を見事に果たした存在である。

消滅時間が数秒後に迫っており、最後に主人へ別れを告げに来たのであろう。

 

 

《良くやってくれた……お前のお陰で、大勢の人が救われたよ》

 

 

軍神がその左手を伸ばし、その骨に触れた瞬間、骨のハゲワシが白き霧となって消えていく。

後ろに居る面子からは、まるで浄化されたように見えた事であろう。

 

 

《レイス、お前のお陰で八本指を抑える事が出来た。見事だったな》

 

 

常に苦痛と苦悶の表情を浮かべ、人々から恐れられる《死霊/レイス》であったが、軍神の右手が触れた瞬間、満足したように目を伏せ、その体もまた、白き霧となって消滅した。

白に包まれた世界で行われる、幻想的な光景に誰もが身動き一つ取れずにいた。

 

 

だが、そんな白き世界を踏み砕くような魔神の足音が響く。

おそらくは、その“姿”と“声”だけで十万の敵軍すら平伏させるであろう。

しかし、今日ばかりは噛み締めるような“声”で魔神が言う。

 

 

「万の戦い、億兆の夜を越え、生き残ったのは我ら二人―――――」

 

 

墓地の奥地から切り裂くように放たれた衝撃波が、大魔法の余波ごと、残っていたアンデッドを粉々に打ち砕き、静止した世界が、その瞬間から動き出した。

 

 

「会いたかったぞ―――――怨敵」

 

 

遂に、魔神がその姿を現し、白き世界を漆黒へと染め上げていく。

それは“死霊の将”と呼ぶに相応しい姿であり、“滅びの気配”を受けた冒険者が次々と腰が砕けたようにへたり込んだ。立っていられたのはごく数人である。

 

その面々も、込み上げて来る悪寒に全身が震え、足が頼りなく揺れていた。魔神を初めて見る法国の面々からすれば、受けた衝撃は更に大きかったであろう。

ありえない。余りにも、その存在がありえなさすぎた。

かつて大陸全土を焦土と化した―――――“魔神”そのものではないか!

いや、かつての魔神よりも酷い……!

 

 

 

「貴様らが“天”を握る事はない。野望と共にこの地に眠るがいい」

 

 

―――――もう、“天”などどうでもよいッッッ!

 

 

 

軍神の言葉に、魔神が目の覚めるような咆哮を上げた。

それは、ペイルライダーに記された設定であったのか。それとも、腹の底から放たれた叫びであったのか。いずれにせよ、聴く者の魂を震わせるような絶叫であった。

 

 

「いや、俺が望んだ“天”とは……貴様だったのかも知れぬ」

 

 

魔神の言葉に軍神が目を開き、そして―――瞼を強く閉じる。

何かを噛み締めているようでもあり、心の振動が収まるのを待っているような、そんな姿であった。

 

 

「そうか……ならば俺も、お前の“想い”に応えよう」

 

 

軍神が腰に佩いた刀をはじめて抜き。

 

 

「そして、思い出させてやろう。お前の目の前に立つ男が―――――」

 

 

それを、魔神へと突き付けた。

瞬間、爆発的なオーラがその体から溢れ、踏みしめた足元から巨大な亀裂が走った。

 

 

 

 

 

「―――――“ナザリック”の王である事をッ!《完璧なる戦士/パーフェクト・ウォリアー》」

 

 

 

 

 

偉大なる魔神の、消滅時間が迫っている。

 

 

王国中を揺るがした二つの動乱。

 

 

その最後を飾る、伝説の一騎打ちが始まった―――――

 

 

 

 




長く続いた動乱も、遂に最終局面へ。





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偉大なる王

(ナザリックの王………)

 

その叫びを聞いた一同の胸に、様々な想いがよぎっていた。

彼は元々「流星の王子様」と呼ばれ、広く認知されていた為、それ自体を不思議に思う者などはいない。むしろ、あの気配・所作・侵し難い気品……王族で無ければ何だと言うのか。

間違っても―――単なる冒険者などである筈がない。

故に、一同の頭に浮かぶのは全く他の事であった。

 

 

ナザリックというのが、国の名であるのか?

南方にあると噂されていた国なのか?

何故、王族が一人で動いているのか?

魔神や天帝との関係は?

今、その国はどうなっているのか?

 

 

幾つも疑問が浮かんでは消えていく。

全て、本人に聞かなければ分からない事ばかりだ。だが、本人が語るであろうか?

複雑な因縁や、恐らくは国家の機密に関わる事ばかりである。

だからこそ、全員の目がラナーへと向けられた。黄金とまで称される知恵の持ち主である事は周辺諸国にまで伝わっているし、何より“同じ王族”なのだから。

その黄金はちょこんと可愛らしい姿で座り、顔には何とも言えぬ微笑を浮かべていた。

 

 

(王……ナザリックの王……ふふ………えへへ……)

 

 

ラナーは思う

 

一歩近づいたと

 

私の想いは―――“成る”

 

 

“私の王子”はやはり王族であり、国家の頂点か、もしくは王位継承権一位の立場にあったのであろう。彼ほどの力があれば如何ようにも出来たが、やはり立場や血筋というのは大切だ。

古臭く、カビの生えた連中であっても、全てを備えた彼には何の異議も唱えないであろう。

国など最悪、木っ端微塵に破壊するつもりであったが、その必要は無くなった。

これなら、クライムも喜んで大好きな“忠義”を全う出来るというものだ。

 

 

「ラナー王女と御見受けする。私はスレイン法国のカイレと申す者……不躾ではありますが、貴方様に幾つかお聞きしたい事がありましてな」

 

「まぁ!法国の方ですか……これは遠い所からご苦労様です。喉は渇いておられませんか?」

 

 

ラナーがニコニコと笑顔を浮かべ、暢気な事を言う。

それを見て、ラキュースや戦士長が苦笑を浮かべた。彼女の頭は非常に切れるのだが、何とも暢気でのどかなのだ……あらゆる人間に慈愛の目を向け、人を疑うという事を知らない。

理想的な姫とも言うべきだが、王国の臣民としては誰かに騙されないかと心配で仕方がない。

 

……と、周囲の人間は思っているが、当然、的外れな思いであった。

彼女の中の大半は憎悪や侮蔑や怨念めいたものが占めており、それこそ死霊に近いのではあるまいか。一歩間違っていれば彼女こそが死霊や、悪魔となっていたのかも知れない。

 

 

「………ナザリックという国を、姫はご存知でありますか?」

 

「えぇ、勿論!」

 

「い、一体、その国は!」

 

「尤も……今は、その国も………」

 

 

最後までは言わず、多くを含ませた物言い。

勿論、嘘である。ラナーが何かを知っている筈もない。

完全な当てずっぽうではあったが、ラナーには自信があった。

いや、厳密に言えば国があろうが無かろうが、関係ないのだ。

 

 

国が必要なら用意する。

国が不要なら破壊する。

 

 

つまるところは。

とても簡単な事なのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

向かい合う二人の、どちらが先に動いたのか―――

気付けば互いの手が届く範囲にまで接近し、激しい打ち合いが始まっていた。

瞬きする間に無数の剣閃が煌き、魔神はそれを拳で撥ね返している。

 

目で追う……?

無理だ。

 

片方は80lv近い死霊であり、片方は魔法詠唱者だが、今は《完璧なる戦士》によって変じた上、神器級装備で強化された紛れも無いカンストの戦士職である。

誰の目にもその姿を追う事は出来ず、かろうじてイビルアイの目だけに残像とも言える物が映っているが、それも酷く頼りない。少しでも気を抜くと蜃気楼のようにその姿が霞むのだ。

 

遂に魔神が巨大な槍を作り出し、軍神の神刀と激しくぶつかり合った。

舞い散る火花と高速で動く両者の動きで、一同の目には“白”と“黒”が混然として混ざり合っているような光景として映っていた。

 

 

「何なのさ、これ……」

 

 

クレマンティーヌが茫然自失の表情で呟いたが、それに答える者はいない。

誰も、目の前の闘いを理解出来ないのだ。

それは人の闘いの範疇ではなく、完全に神話の世界であったから。

 

 

「すごい……」

 

 

イビルアイも全身を震わせ、子供のような感想を漏らした。

並べられる言葉は沢山ある。称賛するならば、もっと他の言葉もあっただろう。

だが、彼女は一番最初に浮かんだ言葉をそのまま口にした。それが、一番正しいように思えたのだ。記憶にある―――どんな戦士をも凌駕する斬撃。

 

 

(………がんばれ、さとる)

 

 

イビルアイが両手を組み、勝利を願う。

この魔神を止める事が出来るのは、世界中を探しても彼しか居ないだろう。

その敗北は―――――そのまま“世界の滅亡”を意味していた。

ズキリと、とうに動きを止めた筈の心臓が痛む。

 

昨夜の暴動の時から彼に助けて貰ってばかりではないか、と思ったのだ。彼が居なければ昨夜も今日も、相変わらず娼館は繁盛を極めていただろうし、八本指も当然の如く健在だ。

王国の民衆を包む嘆きは、まるで永劫の罰のように続いていただろう。

 

せめて何か手助けをしたいが、あの闘いに入り込めば、誰であろうと瞬時に物言わぬ肉塊と化すだけだ。イビルアイが自分の無力さに歯を食いしばった時、両者に動きがあった。

 

―――ゴガン、と得体の知れない音が響き、ペイルライダーが大きく吹き飛ぶ。

蒼き巨馬が嘶きを上げ、その蹄の底を削らんばかりにして土の上を滑っていく。その強烈なダメージに耐えかねたのか、巨馬は黒き霧となって消滅した。

 

 

「―――――ペイルライダー、そんな駄馬の上では俺には勝てん」

 

 

その物言いと、鋭い視線にイビルアイの体が小さく跳ねる。

昨夜から何度も見せ付けられた、あの途方もない強大な巨馬を打ち倒してしまったのだ!

 

 

(か、かかか格好良いぞ………悟っ!)

 

 

思わず、手を固く握り締める。

横を見ると、ラキュースの目がハートマークになっていた。

その後ろに並んでいるティアとティナも危険な状態だ。

 

 

「私のモモンガメーターが今、天元突破した。墓まで一緒」

 

「結婚した」

 

 

二人とも極めて不穏な事を言っている。

落ち着いたら改めて、話し合いが必要になりそうだ……そう、非常に大切な話し合いが。

ガガーランのみが純粋に戦士の目で戦いを見ており、「武技か?」とか「あの間合いから……」などと呟き、唯一アダマンタイト級冒険者として相応しい姿を見せていた。

 

 

「フン、心地よい痛みというべきか……我らはこの日を待ち続けていたのだからな」

 

 

魔神が手に持った槍を大地に突き刺し、その両手を大きく広げた。

その両手におぞましい黒き死霊が集まり、それらが歪な形をした刃となっていく。昆虫のようなものもあれば、赤子の泣き顔のようなものもあり、見ているだけで魂が削られそうであった。

 

 

「うぬとの決着の前に、そろそろ後ろの蟻どもを掃除しておくか」

 

 

その視線の先にはラナーが居た。

この場で最も地位の高い者を狙ったのであろうか?無造作に虫けらでも見るような視線を送った後、その両手が豪風と共に振るわれた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(このままだと死にますね……)

 

 

あの魔神の目が向けられた時、ごく自然に思った。

これまでどんな状況も知恵で切り抜けてきたし、必要な事も計算通りに行ってきたつもりだ。

だが、この魔神のように圧倒的な暴力を単純にぶつけて来られると、酷く自分は無力であった。

いや、自分だけではなく、あの存在の前では誰であろうと等しく“蟻”でしかない。

 

 

(ですが、私の計算では…………やっぱり!)

 

 

気付けば、目の前には様々な色の輝きを魅せるマントが翻っていた。

その力強い背中と、圧巻とも言うべき安心感。

まるで目の前に、難攻不落の要塞でも築かれたようである。たとえどんな攻撃が来ようとも、その一刀が悉く切り伏せてしまうのではないか?

 

無数の黒き刃が、光り輝く刀によって切り払われ、次々と黒い霧となって消滅していく。

何が起きているのか、速過ぎて自分にはサッパリ分からない。

かろうじて分かるのは、「私の王子」が途方も無く強い、という子供のような感想であった。武芸など嗜んだ事の無い自分には理解不能な領域である。

 

全ての刃が斬り落とされた時、ようやく自分の額からじわりと汗が滲んでくる。

両拳も強く握られており、固まったように指が動かなかった。こんな自分であっても、人並みに恐怖を感じたのであろうか?それとも、今の暴力が圧倒的過ぎたのか。

 

吐き出した息が思ったより熱く、気持ちを落ち着けようと大きな背中を見る。

その右肩からは、赤い鮮血が流れていた。その“赤”に、酷く目が惹き付けられる。

 

 

「王子……肩から血が……っ!」

 

 

咄嗟に目に涙を浮かべ、その背に駆け寄る。

傷口にハンカチを当てると、白い布地に赤が入り込み、何とも言えぬ喜びで満たされた。

だが、足りない。

もう、ハンカチでは足りないと思った―――直接、自分の口で吸い、舐めとるべきだ。

王子の血が私の中で混じり、私の舌を通して王子の体にも自分の体液が混ざる。それはとても官能的で、とても素晴らしい事だ。

 

 

「かすり傷ですよ。無事なようで安心しました」

 

 

軽く笑いかけるような声。

トクン、と心臓が一つ鳴る。それは不快ではなく、どちらかと言えば新鮮な嬉しさがあった。

少し、顔が熱い気がする。

とっておきの言葉と顔を出そうとした瞬間、目の前から背中が離れていった。

………ガックリだ。

 

 

(むぅ、せっかく新パターンを考えたのに……)

 

 

改めて前を見ると、理解不能な速度で二人が打ち合っている。

正直、次元が違いすぎて自分の計算や思考ではどうにもならない世界であった。これ程までに無力であるのが、いっそ愉しくすらある。

世界にはまだ、自分の知らない事があり、自分でさえ分からない“未知”があったらしい。

 

自分の中で“世界”とは―――とても狭く、閉じられ、完結していたものであった。

だが、それは思い違いであったようだ。

この神話を作り出す王子と共に居れば、世界とは何処までも広がっていくものなのかも知れない。

少しだけ……いや、強い後悔がさざ波のように胸へと押し寄せてくる。

 

 

(出会うのが、遅すぎた……)

 

 

出遅れた、なんてレベルの話ではない。もはや“周回遅れ”と言って良いだろう。

両手を組み、完全に乙女モードで祈りを捧げているイビルアイを見る。仮面の下では、完全に目がハートマークになっているに違いない。

ラキュースや忍者二人もそうだ。法国の面々も非常に厄介だろう。

ガガーランのみは、純粋に戦士としてこの戦いに釘付けになっているようだ。

 

 

(“敵”しか居ない……でも、裏を返せば全てが“味方”になる)

 

 

黄金が脳漿を搾り出すように様々な策を浮かべ………。

目の前の一騎打ちも、いよいよ過熱していく―――

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(これが、前衛か……)

 

 

派手に打ち合いながらも、モモンガは不思議な興奮を感じていた。

魔法職として背後から仲間を守り、時には仲間に守られて戦ってきたが、完全に一人で、それも前衛として戦うなど初めての事である。昨夜のデス・ナイトの時とは全く違う。

厳密に言えば、この戦いにはもう―――台本などはない。

 

消滅が近い彼の想いを汲み取り、自分は彼の望む「偉大なる王」としてこの場に立っている。

英雄でもなければ、何でもない。

ここに居るのはモモンガという男であり、その中身は剥き出しの鈴木悟だ。

偉大なる王などとは、程遠い存在でしかない。

自分のような一介のサラリーマンに、彼を満足させるような何かが出来るのだろうか。

 

 

「少しだけ、懐かしくなったよ」

 

「………ほぅ」

 

 

だからこそ、思ったままの事を言った。

慣れない状況、初めての経験、そんなモノはもう、ユグドラシルでは無かった事だ。

かつての仲間にも前衛職は多かったが、皆も最初はこんな感じだったのだろうか。

 

 

「かつての仲間も………いや、全ては遠い日の事か」

 

「振り返る過去がある者は美しい。何も持たぬ者など、何も為して来なかった者なのだからな」

 

「………お前には、女々しいと笑われるかと思っていたよ」

 

「過去を切り捨てる事など簡単よ。だが、それは勇気ではなく、逃げでしかない。頂に立つ男とは、全ての過去と想いを背負い、前進し、最後には―――己にとっての勝利を掴む者だ」

 

 

ペイルライダーの言葉には、多くのものが含まれている気がした。

彼は、俺に“何か”を伝えたいのであろう。

雄々しい男であれと言いたいのか、それとも偉大なる王たれ、と言いたいのか。ただ、それは決して、共有などで見るモノではない。

これは自分で受け止め、自分で考え、自分で答えを出すべきものだ。

 

 

(もう、時間が無い………)

 

 

途端、寂しさが込み上げてくる。

思えば、彼とは言葉を交わしすぎた。色んな想いを、光景を、共有しすぎた。

“共有”など、かつての仲間ですら出来なかった事だ。

当然だろう……互いに人間なのだから、知識や想いの完全な共有など出来る筈もない。そんな便利な事が出来るなら、それこそ地球の歴史だって丸ごと変わりそうである。

 

戦争すら無くなるかも知れない。恋愛だってもっと簡単になるかも知れない。

友人との関係もスムーズになるのかも知れない。仕事だってまるで変わったものになるだろう。

 

違う。違う……。

俺が言いたいのは、そんな事じゃない。

何を、言いたいのか。

何を考えていたのか。

自分でも、もう……ぐちゃぐちゃで、分からない。

 

 

「多くの別れがありすぎたよ……手元には“遺品”が一つ一つ増えていって。俺はそんな物を受け取りたくなんてなかった。そんな別れなんて、来て欲しくなかった」

 

「…………」

 

「俺は、お前とも―――――」

 

「―――――ッ!」

 

 

瞬間、腹部に凄まじい衝撃が走り、大きく吹き飛ばされる。

見ると、ペイルライダーの持つ漆黒の槍に払われていた―――それも、本気の攻撃だ。

その形相は、憤怒や激怒といった感情を一つに固めたようなもの。

 

 

「ぐ……ぁ………」

 

 

腹の奥から込み上げてくる血を吐き出す。

痛い、痛い、痛い!

ダメージ!?

これが、ダメージ……?

 

洒落に、ならない痛さだ。

この世界にきて、いや、リアルでもこんな痛い思いなどした事がない。

思えば、自分は喧嘩などとも無縁の存在だった。

喧嘩とは、激しい感情をぶつけ合うものだろう。それは、互いの“本気”をぶつける事だ。自分はかつての仲間にも嫌われる事を恐れ、本気をぶつけるような事は最後まで出来なかった。

 

 

最終日の、あの日―――あの時―――

最後にヘロヘロさんが来てくれた時すら、自分は想いをぶつける事など出来なかった。

いつものように感情を隠し、抑え、当たり障りのない事を言うだけ。

 

それが“大人”の取るべき態度?

いや、違う。

それは、きっと、違うんだろう。

 

 

 

 

 

俺は誰かに、一度でも“本気”をぶつけた事があったのか?

 

 

そんな事すら出来なかったから……

 

 

―――――俺は誰からも、本気をぶつけられなかったんじゃないのか?

 

 

 

 

 

ペイルライダーの容貌が激しく歪んでいる。

怒り狂っているような、嘆いているような、自分にはその表情を言い表す事が出来ない……。

だから、だろうか。

彼の口から出た言葉が―――別れの挨拶なのだと、悟った。

 

 

 

「天に並ぶ星座ですら、その距離は遠く……時に星すらも消滅する」

 

 

―――――我らなど、元より共に並べる存在ではないわッッ!

 

 

 

ペイルライダーが大きく槍を引き、構えた。

本気だ。

本気で、最後の一撃を放ってくる。

もう、迷っている暇すらない。

 

いつだって、そうだ。

いつだって、そうだった。

いつも別れは唐突で、分かっていても動揺して、酷く自分を揺さぶるのだ。

 

 

(俺は、こんな世界に来ても見送る側か……)

 

 

自分が生み出した存在が、時間がきて消える。当たり前の事だ。

多くの仲間が、時間と共に社会へと溶け込み、消えていく。当たり前の事だ。

だったら、いつものように静かな笑顔を浮かべて見送れ。

見苦しくないように。

大人の、態度―――で―――――

 

 

 

 

 

「ク、クソッたれがぁぁぁぁぁぁッ!どいつもこいつも、勝手な事ばかり言いやがって!俺の、俺が、どんな気持ちで遺品を受け取ってきたか!残される者の気持ちを一度でも、たった一度でも考えた事があるのかよ!」

 

 

 

 

 

思いとは裏腹に、口から出たのはまるで違う言葉。

それも、ペイルライダーに叫ぶには余りにも見当違いの言葉だった。かつての仲間への想いを、彼に叫んで一体、どうしようと言うのか。

第一、彼からすれば―――彼を勝手に生み出したのは俺だ。

 

 

 

「ようやく、仮面を剥ぎ取ってくれましたな」

 

「えっ……」

 

 

 

―――――なればこそ、貴方にお伝えしたい。

 

 

「見送られる側も、残して逝く者も、貴方と同じように“痛み”を感じてきたのだと。貴方は一方的な被害者でも無ければ、何でもない。痛みとは分かち合い、互いに抱えていくものなのですから」

 

「ぁ………」

 

 

そんな、子供でも分かるような事を。

噛んで含めるようにして言われ、ようやく気付く。

俺は心の何処かで、仲間を恨んだ事は無かっただろうか。被害者めいた感情を抱えていたんじゃないのか。何故、ナザリックを捨てたのか、何故、自分を置いていくのか、と。

そこには自分の気持ちしかなく、相手側に立った視点も気持ちも、何もない。

 

 

「そうか……そう、だよな。仲間だからこそ、喜びも、痛みも、分かち合うんだよな……」

 

 

誰も、捨ててなど居ない。

あの最終日、捨て鉢になっていた俺はあの杖を「空っぽ」だと称したが……

あれを作るのに、皆がどれだけの時間を費やしてくれただろう。

 

仲間の誰もが幾つもの理由を抱え。

止むを得ない事情が押し寄せ。

いつしか社会へと適応し、仕事に追われる日々となった。

中には夢を叶えた人だって居る。

去っていった仲間の側にも“痛み”があると、何故、俺は考える事が出来なかったのか―――

 

 

「……貴方様は、より大きな王となられる。“天”をも薙ぎ倒す、偉大なる王に」

 

 

ペイルライダーの体から黒い霧が漏れ出し、その姿が浄化されるように死霊ではなく、まるで人間のような姿形となっていく。それを見て、後ろから大きなどよめきが起こる。

 

それらを無視し、刀を強く握った。

かつての仲間達……多くの前衛の姿を思い出す。

世界最強の聖騎士も居た、強靭な侍も居た、全ての力を攻撃に全振りした忍者も。

その全てが、今もこの目に焼き付いている。

 

 

「お前のお陰で、大切な事に気付いたよ。ナザリックは―――消えてなどいないッ!俺の中に、今でも、その全てが引き継がれているッ!」

 

 

その言葉に、ペイルライダーが不敵な笑みを浮かべた。

その、口元が動き―――最後の時が訪れる。

 

 

 

………“神”に感謝せねばなるまい。

 

 

「―――――我が前に、これだけの男を送り出してくれた事をッッ!」

 

 

 

互いが全速力で走り、全速力で交差する。

ありったけの、全力で刀を振るった。

重い手応えがあり、自分の右肩にも強烈な痛みが走り、信じられない量の鮮血が迸った。強烈な痛みに膝をついた瞬間、重い音が響く。

震える首を動かし、振り返るとペイルライダーの肩から腰にかけて大きな亀裂が走っていた。

 

 

「………見事だ、怨敵よ」

 

「ペイル、ライダー………」

 

 

《御方の行く道に、幸あれ―――――御方の人生に、実りあれ》

 

 

その言葉に絶句する。

自分は、彼にそんな事を言われるような良い主人ではなかった筈だ。偉大なる王などと呼ばれるには、余りにもかけ離れた存在だった……。

ペイルライダーの全身から黒い霧が噴き出し、その姿が薄れていく。

遂に、彼の消滅する時間が来たのだ。

 

 

 

「偉大なる王、モモンガ様……万歳………ナザリックに永久の栄光あれ―――」

 

 

 

最後にその姿が完全に人間のものとなり、黒い霧と共に、その姿が消えた。

消滅というより、それはこの世界における浄化のようなものであったのか……。

俺は暫く、その場から動く事が出来ずにいた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

どれだけの時間、そうしていたのか―――

マントがちょんちょんと引っ張られ、下を見るとイビルアイさんがこちらを見ていた。

やがてその仮面が外され、心配そうにこちらを覗きこむ赤い眼と目が合う。

 

 

「お前には、私が居る……だ、だだだから、その、そう落ち込むな……私はほにゃ!」

 

 

その言葉の途中で、左右から現れた青と赤の忍者にその頬が引っ張られる。

凄い伸び具合だ……いや、それだけ強い力だという事か?

 

 

「赤の他人とは何だったのか。小一時間問い詰めたい」

 

「信じて送り出した吸血鬼が完堕ちデレ状態になって帰ってくるなんて」

 

「だ、誰が完堕ちだッ!ふざけた事を言うなっ!私はだな!」

 

 

三人が何やら大騒ぎしてる姿を見て、自分も少し笑う。

落ち込んだままでいたら、それこそ……“彼”にまた怒られてしまうだろう。こんな自分が、彼の想うような大きな男になれるのかどうかは分からない。

でも、それを信じて……一歩ずつでも、前を向いて歩いていかなくては。

そんな事を考えていたら、肩を力強く叩かれ、振り返るとポーション瓶が突き出されていた。

 

 

「俺っちには何があったのか、小難しい国の事情とかは分からねぇけどよ。まずは飲みな」

 

「あ、ありがとうございます……ガガーランさん」

 

 

この人、見た目はいかついけど、何だか気の利く人だよな……。

かつての仲間にも豪快な人は多かったけど、こう言った女傑タイプって居なかった気がする。

ポーション瓶を傾けると、口と喉に何だか燃えるような熱さが広がった。

これが、この世界のポーションの味……?いや、これはどう考えても……

 

 

「ぶはーーーーー!ちょ、これ酒じゃないですかッ!」

 

「ぁ、悪ぃ。祝杯用に一本だけ中身を変えてたわ……まぁ、小せぇ事は気にすんな!」

 

「気にしますよ!というか、これ度数が……」

 

 

昨夜から殆ど寝てないわ、疲れてるわで、アルコールが体に染み込んでいくようだ。

何だか頭までクラクラしてきた……ヤバイ……。

フラつく体を、後ろからピンク色のドレスに受け止められる。細い両腕がお腹へと回され、何だかロックされたというか、捕獲されたような姿となった。

 

 

「まぁ!これはいけません!私が“付きっ切り”で介抱しませんと」

 

「ラナー、貴女は早く王城へ帰って……攫われてきた事を忘れないで。ね?」

 

 

ラキュースさんとお姫様の視線が絡み合い、その間に挟まれている事に震えが走る。

これは、良くない。

このまま居たら、また自分は魔剣やら水晶の短剣に追われる事になるのではないのか。強い感情に支配された《それ》は、いつか自分のスキルすら突破してきそうな気がするのだ。

 

 

(帰ろう……森に……)

 

 

まるで、その思考を読まれたかのように。

ラキュースさんが耳元に口を寄せ、小さく呟く。

 

 

「モモンガさん、転移はしないで下さいね?―――森まで探しに行っちゃいますから。い、いえ、むしろあそこは私達二人だけの聖地とするべきですよね……!」

 

「え”っ」

 

 

そうだった……ラキュースさんは森にコテージを置いてる事を知ってるじゃないか!

ヤバイ、俺の最後の安住の地が……!

 

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

モモンガが、どっかの誰かさんのとそっくりな叫び声を上げ―――――

それと同時に、エ・ランテルのあちこちから勝利を祝う喝采の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、王子の退路が絶たれつつ、動乱は遂に終息した。

 

 

後に魔神戦争とも、英雄戦争とも呼ばれるこの戦いは、後世に様々な形で記される事となる。

 

 

だが、特筆すべきは―――――

 

 

どの書物においても、魔神は悪しき存在としては描かれず、かつては偉大なる王に仕えし、忠義心厚き武人であったと描かれている事である。

 

 

破滅の竜王により、呪いをかけられた悲劇的な武人として描かれる事が多いが、後世において、時にその人気は王を超える程のものがあり、歴史に大きな爪痕を残す事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四章 -国堕とし- FIN

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長きに渡った動乱編、第四章が終わりました。
改めて、いつも誤字修正を送って下さる方々に深い感謝を。
お気に入り登録して下さった方、評価をくれた方、感想をくれた方、フォローしてくれた方……
大勢の方に、この場を借りて感謝を捧げます。

大袈裟でも何でもなく、皆さんのお陰でモチベーションを切らす事無く、
今作はここまで辿り着く事が出来ました。
こんな作品ですが、愛してくれてありがとう。

OVER PRINCEは―――次章から最終章に入ります。





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終章 OVER PRINCE
戦勝パレード


前略 かつての仲間達へ

 

ギルドマスターのモモンガです。ご無沙汰してました。

気付けば、何故か異世界に飛ばされていたというラノベ人生を歩んでいるギルマスです。

そんな私ですが、今、戦勝パレードへの登場待ちだったりするんですよ。

 

パレードですよ?パレード。

映画じゃあるまいし……と軽く笑ってたらトントン拍子で話が進みまして。

後はもう、お察しですよね……?

 

 

 

 

 

―――エ・ランテル 中央通り

 

 

エ・ランテル中の住人が集まっているのではないか、とすら思われる程の人の群れ。

誰もが仕事の手を休め、其々が手にエールやワインを持ち、遠慮なく大声を張り上げて乾杯を繰り返していた。今回ばかりは都市長からも公的な休日にするとの告知もあり、大勢の衛兵が引っ張り出され、万全の態勢で段取りが行われた。

 

通りには松明ではなく、贅沢な《永続光/コンティニュアル・ライト》のマジックアイテムがふんだんに用意され、夜の闇を干し上げるような光が溢れている。

 

何せ、ズーラーノーンが引き起こした“死の螺旋”が防がれ、一国の王女が救出されたのだ。

これを祝わずして、何を祝うと言うのか。

パナソレイやアインザックなど都市の中枢部の人間からすれば、連中の暗躍を察知する事が出来なかった、と大きな責任問題となりかねない。

それだけに、ラナーが言い出した“パレード”という発案に飛び付いたのである。

 

通りには数え切れないほどの夜店や簡易な酒を売る店などが並んでおり、それが弥が上にも人々の気持ちを明るくさせていた。今日の売り上げに関しては“無税”と布告された為である。

売れれば売れただけ直接懐に入るという、この世界においてはありえない布告がされた事により、エ・ランテルは元より近隣の街や村からも多くの店や人が集まってきたのだ。

 

―――元より、娯楽の少ない世界である。

それだけに、大きな事件が見事に解決し、その上でこんな布告を出されては堪らない。

モモンガが「あはは!」と笑っている間に、ラナーが全て手配し、問答無用の祭りに仕立て上げたのである。辣腕、と言って良い。

 

当然、彼女が意味無くこんな事をする訳がない。

単なるお祭り騒ぎに見せかけつつ、その狙いは多岐に渡っている。厳密に言えば、彼女に王領とはいえエ・ランテルをどうこうする権力などはないのだ。

父である王も、兄である王子二人も頭から無視してこれらを行っているのである。

何より、彼女の一番の凄みは――自分が乗る馬車にモモンガをあえて同乗させなかった事である。

 

 

彼女が乗る屋根のないオープン形式の馬車の後ろには蒼の薔薇の五人が乗っており、各人が各人らしい表情を浮かべながらも、通りの群集に対して手を振っていた。

モモンガを乗せるとなると、その位置や、隣に座るのは誰か?などで大揉めになったであろう。

特に、今回は事件の内容からも、ラナーの隣にモモンガが座らざるを得ない。

そうなると、このパレードは別の意味合いを持ってしまうだろう。

 

 

―――まるで、婚約や結婚でも匂わせるパレードのように。

 

 

そうなってくると当然、揉めに揉めて、モモンガの位置どころか、パレードへの参加自体さえ危ぶまれる事態となる。血で血を洗う、とはこの事であろう。

賢明なラナーはあっさり、「真打は最後に登場して貰いましょう♪」と太陽のような笑顔を浮かべて宣言し、薔薇の面子を安堵させつつ、まったく異なる部分への狙いを定めていた。

 

ラナー達の乗る豪奢な馬車の後ろには屈強な戦士長の部下達が続き、その後ろには、この国では考えられなかった事だが、今回の事件で働いた冒険者やワーカー達が立場の大小を問わずに参加を認められ、照れたり晴れがましい表情を浮かべながらその後ろに続いていたのだ。

 

彼女は元々、その輝くような美貌で国中の民から人気があったが、冒険者や貧困層を助ける多くの仕組みを作り上げた為、あらくれ達からの支持も異様に厚かったのだ。

今回の事で、更に彼女は株を上げるだろう。それはやがて、一種の信仰へと変わっていく。

 

何と言っても、貴族が幅を利かせる社会である。数にも入らない、時には人らしい扱いすらされない冒険者やワーカー達を分け隔てなく、この晴れ舞台へと参加させた事は大きい。

王国の冒険者だった者が、いつしか帰属や忠誠の対象が国家でもなく、王でもなく、いつの間にか彼女への信頼と信仰へと掏り替わっていくのだ。―――詐欺と言うより、一種の魔法に近い。

現に、パレードに参加している“漆黒の剣”の面々も興奮冷めやらぬ顔をしている。

 

 

「かぁーっ!姫様万歳だな!信じられねぇよ!俺らがパレードとかさ!」

 

「ルクルット……そう興奮するな。皆が見ているぞ」

 

「このような日は、感情を隠す方が恥ずかしいのである!」

 

「ダインまで……クソっ、分かったよ!俺だって嬉しいよ!これで良いかよ!」

 

 

三人が其々に叫び、互いに照れたような笑顔を浮かべた。

彼らは先日、「エ・ランテルの英雄」が“森の賢王”を従え、街中の度肝を抜いて虜にしてしまった「流星の行進」をその目で直に見ているのだ。

自分達もいつかは……!と切望していたのだから、喜びもひとしおである。

 

そして、ここには居ない仲間が………

長年の“宿願”を叶えたと聞いて、その喜びは二倍、三倍となっていたのだ。

まさに踊り出したい気分とはこの事であろう。

 

 

「やっぱあの王子様はすげぇよ!ニニャのお姉さんを救い出すとか、マジモンの英雄だぜ!」

 

「王都で八本指を殲滅したとも聞いたな……」

 

「今回の騒動も併せれば、アダマンタイト級は間違いないのである!」

 

「そんなプレートであの王子様が計れるかよ!いつか王様になっちまうんじゃねぇのか!?」

 

 

ルクルットの言葉に、ペテルとダインが黙り込む。

本来なら「不敬だぞ」と嗜める場面であり、いつもの二人ならそう言ったであろう。だが、今回はその言葉が咄嗟に出なかった。―――もしかしたら、と思ってしまったのだ。

 

既に国王は老齢であり、時に勇退を口にすると言う。

下の王子二人は仲が悪く、人を人とも思わぬ横柄な人柄は広く伝わっており、人気など皆無だ。

国民の支持を一身に集めるラナー王女と、かの流星の王子が結ばれるとなれば……

―――まさか、本当に?と期待やら興奮やらが満ちてくるのを抑える事が出来ないのだ。

彼らが其々の想いに耽っていると、遥か後ろから爆発的な歓声が鳴り響いた。

 

 

いよいよ、パレードの最後尾が入場してきたのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

盛大なパレードの最後尾は―――――たった二人。

 

 

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと、モモンガである。

人数こそ寂しいものの、人の目を惹き付けて止まない絢爛豪華な軍服を纏ったモモンガの姿は圧巻であり、群集の声が津波のように街全体へ広がっていく。

白銀に彩られた“森の賢王”に騎乗した姿は、もはや軍神以外の何物でもない。

 

そして、隣には近隣諸国最強の名を欲しいままにする、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

先の暴動で“海内無双”と名高い、ブレイン・アングラウスと壮絶な一騎打ちを行い、遂には打ち倒したという話が既に人の口から口へと広まっており、その声望はとどまる事を知らない。

今回の魔神騒動でも数千とも言われるアンデッドの群れを切り裂き、遂には化物の中の化物と恐れられる邪悪の化身、スケリトル・ドラゴンまで打ち倒したというではないか。

 

王国の四宝を身に纏った彼の勇姿は何処までも雄々しく、老若男女を問わず、感動させるに十分な姿であった。まさに王国が誇る英雄であり、平民達の輝く希望そのものであった。

彼が後世、様々な書物で語られる英雄となるのは周知の事ではあるが、その要因の一つとして、この戦勝パレードで「救国の軍神」とまで謡われる事となったモモンガと、唯一、轡を並べて入城してきた事が上げられる。

 

両雄が並び立って入城してきた姿は、余りにも多くの人々の目を惹き付け、その記憶に強烈なものを植え付け、長らく語り草となったのだ。

現に両雄の姿を見て興奮した群集が次々と歓声をあげ、手に手を取って遂には歌い出し、あちこちから雷でも落ちたかのように乾杯の音が響き渡った。

 

 

「王子様ー!こっち向いてー!!」

 

「我等が戦士長殿に乾杯!」

 

「キャー!!モモンガ様ー!」

 

「流星万歳!英雄万歳!」

 

 

余談だが、この王子様が人々から熱狂ともいえる愛され方をするのは、何もその英雄的な能力だけではない。後世では様々な研究がされているが、その要因の一つに挙げられるのが利であった。

何とも現実味溢れる夢の無い話だが、それだけにリアルである。

彼の登場や、彼の戦いが終わった後には、必ずと言って良い程、“大好景気”が訪れるのだ。

森の賢王を従えての凱旋、王都での騒乱、そして魔神騒動。

 

その戦いの後には、熱狂ともいえる“爆発的な消費”が伴う為、遂には需要に対し供給が追いつかなくなり、貧しい農村にまで景気の良い買い付け話が次々と舞い込んだ為、彼の姿を見た事すらない僻地の農村に住む村人からも、まるで“福の神”のように祭られた事が大きい。

大小問わず、物を売る者や作る者にしてみれば、殆ど黄金を運んでくる商売繁盛の神様であった。

 

夢と利、という両輪を与えたからこそ、彼は不朽の存在となった―――

後年、多くの研究者がそう書き記しているが……彼からすれば困惑するしかない話であろう。

 

 

「何とも、照れますね……こういうのは……」

 

 

その“商売繁盛の神様”が、遠慮がちに言った台詞に、ガゼフの顔がほころぶ。

あれ程の戦いをする人物が、何とも初心(うぶ)な事を言うものだ、と。そこには圧倒的な好意しか生まれず、ガゼフは何だか嬉しくなってしまった。

 

 

「貴方が居なければ、この街は死都と化していたでしょう。どうか胸を張って下さい」

 

「そんな大層な人間じゃありませんよ、私は……」

 

 

少し俯き、呟くように言った横顔も、見惚れる程に美しい。

これが神だ、と言われれば自分は一も二もなく、頷くだろう。戦士としても自分より遥か高みにあり、魔法詠唱者としては最早、現世の(ことわり)を超えるような存在ではないか。

男が男に惚れ込む、というのはこういう事を指すのか、と改めて思い知った気分だ。

彼を頂点に据えた、かつてのナザリックという国はどれ程の強大な存在であったのか……。

 

 

(みなが、彼の事を知りたがっている……)

 

 

その過去も、抱える事情も。

だが、誰もが躊躇し、それを聞く事が憚られたのだ。あの魔神との会話から察するに、そこには余程の重い事情と、耐え難い痛みを伴う内容である事が容易に察せられたから。

彼のような高潔な人物の過去に、土足で踏み込むような事は人として出来る事ではない。

 

だが。

だからこそ。

 

たった一つだけ、確認しておかなければならない事がある。これはある意味、自分のような無骨で政治的配慮などがまるで出来ない者にしか、正面から聞けない事柄なのかも知れない。

息を一つ吸い込み、まるで刃を合わせるような緊張感と共に、それを口に出す。

 

 

「天帝とは、法国の面々が言っていた単体で世界を滅ぼすと伝えられている史上最悪の存在……《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》であると思って良いのだろうか?」

 

 

これだけは、聞いておかなければならない。

相手が何であるのか、それすらも分からなければ戦いようもないからだ。相手さえ分かれば、勝敗は別としても自らの剣を向ける先も分かろうというものだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(……竜王??何なの、それ!?)

 

 

口に何か含んでいたら、モモンガは派手にそれを噴き出していただろう。

何がどう転んだら、そんな訳の分からない存在が出てくるのか。

しかも―――竜王である。

 

 

(RPGのラスボスじゃあるまいし……)

 

 

だが、何か引っかかる……このモヤモヤ、引っかかりは何だろうか?

破滅の竜王……いや、そうじゃない。

そこじゃ、ない。

 

 

―――――カタストロフ!

 

 

そう、自分が引っかかったのはそこだ。

かつて、ウルベルトさんが得意としていたワールドディザスターの必殺技とも言うべき魔法。

目を閉じれば、今でもその姿を思い出す。

彼はあの魔法を唱える度にド派手な詠唱をし、しかもその詠唱は毎回変わったのだ!

 

 

 

―――唸れ!我が秘技!降りよ、究極の災厄!絶望と憎悪の涙を溢せ!

 

《大災厄/グランドカタストロフ―――――!》

 

 

 

(うわぁ、やっぱ厨二病だよなぁ……ウルベルトさん……)

 

自分にはとても真似出来ない所業だ。

業が深すぎる。

当然だが、自分のはスキルや必要に応じて行っただけで、あれらに他意はない。

ノーカンだ、ノーカン!

 

だが、“カタストロフ”の名といい、その凄そうな強さといい、最強の魔法使いウルベルトさんに相応しい存在だという気がする。

世界を滅ぼす、とかもウルベルトさんっぽいしな。

ともあれ、その存在っぽい事を軽く匂わせておけば良いだろうか……。

 

 

「おっしゃる通り、彼は“魔”に魅入られ―――世界を征服せんとする“悪”となりました」

 

 

あれ?

何だか言ってて、全然違和感がないぞ……。

ウルベルトさんの設定というか、ロールってそんな感じだったしな。何故、あれだけ“悪”にこだわりがあったのか、“世界征服”なんて言ってたのかは分からないけれど。

 

 

「魔に魅入られる……ですか。徐々に、変貌していったと?」

 

「そうとも言えますね……最後に見た姿は、山羊の頭を持つ大悪魔でしたが」

 

「………っ!」

 

 

ウルベルトさんは服装や姿形に一際、こだわりを持っており、自分からすれば七変化とも言える存在だった。彼なりの、一種のダンディズムだったのだろう。

幻術やデータクリスタルを駆使した、様々な格好や演出で敵だけでなく、味方の度肝すら抜くような事が多々あった。一つ一つの動きや言葉にも、彼独特の香りがしたものだ。

自分の魔王ロールだって、彼から受けた影響は計り知れない。

 

 

「答え辛い問いに応じて頂き、感謝する。貴方がこの国の暗雲を払ってくれたように、及ばずながら私も―――――死力を尽くして力添えさせて頂く」

 

「えっ……い、いや!それには及びませんよ」

 

「私では、力不足である事は分かっています。ですが」

 

「そうじゃないんです……彼との決着は―――私がつけるべきものですから」

 

 

ウルベルニョ、などという架空の存在は、自分の手で片付けなければならない。

大体、竜王だか何だか知らないが……

ウルベルトさん以外の存在が“カタストロフ”を名乗るなど、片腹痛い。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――モモンガは特に意識していた訳ではないのだが。

 

 

不思議な事に……いや、不気味な程に。

彼の言葉に嘘はなかった。

竜王の事についても、彼はかつてのウルベルトの姿や言動を思い、あるがままに話していただけなのだが、見事なまでに要所要所で合致してしまうのだ。

 

魔神との語らいの中で出てきた、幾つものキーワードが煌くような点となり、それらが一つ一つ繋がっていく。辿り着いた先は、魔に魅入られ、遂にはその身を悪魔へと堕とした魔法使い。

 

後に、これらの話が広まれば広まる程にバックストーリーが次々と生まれ、かつて一大勢力を築いた荘厳な黄金国家ナザリックと、魔に魅入られしウルベルニョの反逆、そこから始まる、かつての臣下との悲劇的な戦いなどが次々と出来上がり、モモンガを悶絶させる事となっていく。

 

何せ、これらを最初に語ったのが……

嘘偽りなどとは最も程遠い、ガゼフ・ストロノーフであった事が大きい。

話を聞いた誰もが黄金国家を襲った悲劇に胸を塞がれ、数奇な運命に翻弄されながらも、たった一人、運命に抗い続けた亡国の王子の心情を思い、その姿に涙する事となる。

 

女性陣がその壮絶な過去を聞き、より一層、彼への想いを強くさせたのも当然であっただろう。

元々強かった想いが100倍に膨らんでいくような有様であり、もはやその脅威は破滅の竜王どころの話ではなくなっていくのだが………。

 

そんな事を、今は露ほどにも感じていないモモンガは―――

暢気に「パレードが終わったら、引越し先を探そうかな」などと間の抜けた事を考えていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ここで、パレードが始まる前へと少し時間を巻き戻す。

モモンガは困惑の極みにあった。

 

 

―――――そう、スレイン法国の面々である。

 

 

彼らは完全に外部の人間であるので、これから行われるパレードには参加しない。

表立って敵対や戦争をしている関係ではないが、国家としては互いに良からぬ感情を持っているのは間違い無いだろう。彼らはただ、神の尊い御姿に深々と頭を下げていた。

仰ぎ見る事、能わず―――と言ったところであろうか。

カイレと名乗る力強い老婆の発した言葉に、モモンガは目を剥いた。

 

 

「皆さんが、ズーラーノーンの殲滅をすると……?」

 

「はっ、そのような“些事”に“神”が煩わされる事など、あって良い事ではありませぬ」

 

 

その力強い言葉に、軽く眩暈がした。

何度、「自分は神ではない」と言っても、彼女達はそう呼ぶ事を止めない。しかも、物凄く嬉しそうな表情を浮かべて言う為、段々制止するのが悪い事でもしてるような気分になってくるのだ。

 

 

(神って何だよ、神って!)

 

 

言うに事欠いて、「神」である。

あのふざけたスキルらが、人を惹き付ける力があるというのは分かるが、幾らなんでも神はないだろう、神は。おかしな宗教団体の教祖じゃあるまいし……。

 

 

「あ、ありがたい申し出ではありますが……その、連中はそれなりに強いと言いますか……」

 

 

適当に言葉を濁してみたが、実際のところはどうなのか分からない。

スケリトル・ドラゴンをありがたがってる光景などから察するに、自分からすればそれ程の脅威ではないだろう。だが、この世界準拠で考えるとそれなりに強い組織なのではないだろうか?

 

 

「連中は元より、我らの不倶戴天の敵。神の露払いが出来るのであれば本望であります」

 

(不倶戴天の敵、か………)

 

 

まぁ、この世界の国からすればテロリストみたいなもんだろうから、分からなくもない。あんな軍勢を作って、いきなり街に襲いかかるなんて、まともな神経とは思えないしな。

 

 

(スレイン法国か……)

 

 

ニニャさんから軽く聞いた話では、人を守護する国家だとか何とか聞いたが、詳細は分からない。

かと言って、彼女らの国に行って調べるのは、何だか恐ろしい事になりそうな気がする。冗談だと思いたいが、本当に神様として祀られたりしたら洒落にならない。

むしろ、ズーラーノーンを知っている人物に聞くのが一番早いだろう。

 

 

「カジット、お前に問う―――――法国はズーラーノーンに“勝てる”のか?」

 

「………法国であれば、問題ありますまい。何せ、こやつらは正真正銘、狂っておるのだからな!何が人を守りし国よ!人の繁栄の為に他の全てを踏み躙る独善者どもめがッ!」

 

「今のワシは、人生で一番機嫌がえぇ。その雑言も一度だけなら聞き流してやろう」

 

 

―――――ぢゃが、“次”は無い。

 

 

うわ……!このお婆さん、いまリアルに目がギラって光ったぞ!

ゲームのキャラクターかよ!

 

 

「神よ、どうか我々に崇高なる使命をお与え下さい……伏して、伏してお願い致しまする!」

 

 

お婆さんが目をギラつかせ、自分に向かって深々と頭を下げる。

怖い!頭を下げてるのに、異様な圧迫感を覚えるんだが、気の所為だろうか……。

しかも、何か断っても、無限ループになりそうな気がする。

 

 

「そ、そこまで仰られるなら……まぁ、その、軽く調べて貰えますと……」

 

「「おぉぉ!神よ!感謝致しますっ!」」

 

 

後ろに居た面子からも一斉に声が上がり、その異様な姿に一歩引く。

本当に大丈夫なんだろうか……。

軽く調べて、後は自分で何とかしようと思ってたんだけどな……まぁその分、他の事に時間を回せると思えばラッキーか。引越しとか、引越しとか、あと……引越しとかな。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――当然、法国の意気込みが、そんな軽いモノである筈もなく。

 

 

 

彼らはあくまで敬虔な信者といった姿であったが、その胸の内は熱いもので占められていた。

その喜びは尋常なものではない。彼らは数百年、神の降臨を待ち続け、神より下される命を果たす事にそれこそ人生を、国家の全てを捧げてきたのだから。

 

新たに降臨された神からの“勅命”を―――果たせるか否か。

カイレや法国の面子からすれば、この数百年の研鑽を問われているようなものであった。邪教集団の殲滅如きに手間取っていれば、神は自分達に「失望」し、見放されるかも知れないのだ。

 

 

(そのような事態だけは……絶対に、断じて避けねばならん……!)

 

 

カイレは頭を下げながらも、射殺さんばかりに地を睨みつけていた。

この光り輝く御方が………

―――――“最後の神”である可能性すらあるのだから。

 

法国は百年の周期で、神と悪神のどちらかが降臨するという説を立てていたが、その説は余りにもあやふやで確固たるものではない。

実のところ、カイレはその説に対し昔から疑惑の目を向けていた。

絶望から目を逸らさせる為に灯した、希望の火に過ぎないのではないか、と。

 

 

600年前に降臨した六大神。

500年前に降臨した八欲王。

 

 

確たる記録はこの二つのみである。

 

 

400年前……確認出来ず。

300年前……確認出来ず。

200年前に降臨した十三英雄(伝わっているのはあくまで“英雄”であり、神??)

100年前……確認出来ず。

 

 

並べてみれば一目瞭然だ。既に―――この説は崩壊していると言って良い。

穴だらけではないか。

確たるものと言えば、善神が一度降臨なされ、悪神が一度降臨した、と言うだけである。

これだけで百年周期などと言うには、根拠がなさすぎるであろう。

 

そして、神の降臨が今後も未来永劫続くなど、何処の誰が保障してくれると言うのであろうか。

少なくとも、目の前の神を“最後の神”と思い、行動しなくてはならない。

細心にも、細心の注意を重ねる必要があるだろう。カイレが国許への報告を考えていると、神の尊い口が動き、法国の面々は即座に全神経を集中させた。

 

 

「カジット・デイル・バダンテール―――――貴様、“憑いて”いるな?」

 

「な、何を………急に言っ」

 

 

そして、神は法国の面々が生涯誇らしく語る事となる“奇跡”を起こした。

神の手がカジットの後頭部を掴み……。

何と、その“おでこ”へ“神の祝福”を授けられたのだ―――!

その瞬間、カジットの体から黒い霧のようなものが飛び出し、断末魔の声と共に、呪わしき黒き霧が消滅していった。特定の状況下で問いに答えると絶命する呪いが、あっけなく消滅したのだ。

 

まるでさり気なく。

瞬時に起こされた奇跡に、法国の面々が次々に感嘆の声を上げる。

 

 

「何という、尊き御業である事か……!」

 

「これが、神の祝福……!」

 

「希望の神よっ!!」

 

 

神の祝福(魔女の断末魔)を受けたカジットの両足が、生まれたての小鹿のようにプルプルと震え、顔を真っ赤に染め、遂には腰砕けとなって尻餅をついた。

その尊く、美しい唇には―――――“奇跡”が宿っている。

後にこれらの話も奇跡や美談として世に喧伝され、モモンガを悶絶させる事となっていくのだが、もはや様式美であったと言えるだろう。

 

 

「ババァがうるさいから必死に黙ってたけど、もう我慢出来ない……ねぇ、モモちゃん。カジっちゃんにチューするぐらいなら、私にもしてっ!今すぐ!」

 

「ち、ちがっ!今のは勝手にスキルが……!も、もう俺は行きますからねっっっ!」

 

 

カイレがそのやり取りに不敬ながらもつい、目を細める。

クレマンティーヌの物言いは後で強く矯正するとしても、神とは何と奥ゆかしく、謙虚な存在である事か。あれ程の奇跡を起こしながらも、まるで驕る事もなく、照れておられるようであった。

神とは荒々しく、時に恐ろしい神罰すら下す存在であるとも思っていたが、まさに若かりし頃に理想として描いていた神そのものではないか!

 

死者の大軍勢を物ともせず、単騎で世界を滅ぼすような魔神にすら勝利を収めながらも、その心は少年のように初心であり、慈しみに溢れておられる。

 

 

「―――――我が生涯は、あの御方と出会い、死ぬ為にあった」

 

 

自然に口から出た言葉であったが、それだけに魂から搾り出されたような声であった。

風花の面々も強く頷き、同意である事を無言で告げている。

 

 

「こうしては居れんの……早急に国許へと戻らなければ」

 

「あっそ、さいなら。私はモモちゃんと一緒に行くから~」

 

「………取り押さえよ」

 

「て、てめぇらっ!ふざけんなよ……何処触ってやがる!」

 

 

クレマンティーヌが簀巻きにされ、馬車へと乱暴に放り込まれる。

この後、カイレらは無事に法国へと戻り、事の顛末を述べる事になるのだが……。

当然、法国中に激震が走り、即座にズーラーノーンへの総攻撃が行われる事となった。やろうと思えば、近隣諸国を幾らでも併呑していける武力を持った法国が、その総力を挙げてズーラーノーンの殲滅に動いたのだから、相手からしたら悪夢でしかなかったであろう。

 

十二高弟の一人である、カジットの内通という絶好のチャンスが訪れていた事も、法国が形振り構わぬ総攻撃への決断が出来た要因の一つである。

 

彼らの本気具合は、秘宝を守る為に決して神殿から動かさなかった「番外席次」を出動させた事からも明らかであった。十二高弟の中にはクレマンティーヌすら超える英雄の領域にある存在も居たのだが、もう一人の「オーバーロード」とも言える彼女の前にはゴミ同然でしかなく、瞬時に退場する事となったのだ。

 

 

王国や諸国のみならず、帝国にまで「邪教集団」として手を広げていたズーラーノーンであったが、その完全な殲滅に要した時間は実に―――3週間であった。

これを、あっけないと取るか、かなり粘ったと取るかは各人によって評価が分かれるところである。

 

ただ、一度動き出すと蟻も漏らさぬ包囲で敵を殲滅する法国のやり方は、ズーラーノーンとの戦いでは非常に相性が良いと言えた。

モモンガがこれらを行っていれば、首脳部を壊滅させたところで終わっていた可能性が高く、その末端の末端に至るまでの殲滅などは、スレイン法国のような人類の敵に対する一種の“執念”や“執拗”さがなければ、とても達成出来なかったであろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――さて、そろそろ時間をパレードへと戻そう。

 

 

ちなみに、この華やかなパレードは王都まで続く。

道中の民衆を驚愕させたり、貴族を瞠目させたり、王城から使者が引っ切り無しに往復してきたりと、色んな所を大騒ぎさせていたが、ラナーは何処吹く風である。

 

 

「ねぇ、ラナー。陛下に何の相談もしないまま……その、大丈夫なの?」

 

「心配要りませんよっ。ほら、皆さんも喜んでくれてますし♪」

 

 

ラキュースの懸念に対し、ラナーは群集に手を振りながら、暢気な内容を返す。横で聞いていたガガーランも流石に両手を広げ「こりゃ、お手上げだわ」と言ったポーズを取った。

一見、普通に見れば……救出された姫の健在を知らせ、国威を高めるパレードではある。

しかし、気の早い貴族はこれらを見て「第三勢力」が生まれたと察し、ラナーの許へ数え切れない程の書簡が届く事となった。国王派でもない、貴族派でもない、別の勢力の誕生である。

 

 

訪れた使者や、貴族本人もラナーの圧倒的な人気を垣間見て深々と考え込む事となっていくのだが、何よりも「救国の軍神」を見た時の衝撃は、天地が引っくり返る程であった。

その高貴な佇まいと、溢れんばかりの「威」に打たれ、まるで100年来の家来だったかのように悉くが平伏し、忠誠を誓っていく。

 

 

 

 

 

彼はただ―――――道を往くだけ。

 

 

 

 

 

何の変哲もない行為。

だが、それが生み出したものは計り知れない。黒で塗り潰された破滅的なオセロの盤面が、歩いていくだけで“白”へと引っくり返っていくのだから。

一行が王都へ辿り着く頃には、“王城以外”は真っ白になっている事だろう。

 

 

それはいつか、ペイルライダーの望んだ―――――

万民を熱狂させ、跪かせる「偉大なる王」の「行進」であったのかも知れない。

 

 

 

 




色んな国家を揺るがしながら、遂に最終章のスタートです。





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最終兵器彼女

パレードを兼ねた、王都への旅路。

何故か有力貴族の領地を悉く廻りながらの凱旋であった為、相当な日数を要する事となったが、無事にそれらが終わり、一行は王都で羽を伸ばしていた。

道中でのモモンガの苦労は尋常ではなく、夜には「天を探る」と重々しく告げ、森のコテージに帰っては骨休めをするという、疲弊したサラリーマンそのものといった日々であったのだ。

 

 

「おほぉぉ!良い香りがするでござるなー!」

 

「こら、ハムスケ。こういう場所では静かにってのがマナーで……」

 

 

今、モモンガとハムスケは王都にある、とあるレストランを訪れている。

裕福な商人や貴族なども愛用していると評判の店であったが、今は店内を見渡しても客は誰も居ない。ハムスケという魔獣を連れての来店であった為、貸切状態なのだ。

 

ラキュースと約束していたディナーが、ようやく果たされようとしていた。

モモンガからすれば、長く辛いパレードという旅路が終わり、ようやく訪れたご褒美である。

 

 

「お待たせしました」

 

「ぁ……い、いえ、全然待ってないので、お気になさらず……」

 

 

今日のラキュースは碧を基調としたドレスを纏っており、首元には黄金のネックレス。

耳にもエメラルドと思わしきイヤリングを付けており、大貴族のご令嬢そのものであった。

いつもは戦いやすいように纏めている長い髪も、ストレートに下ろしており、王国中の男達からその人気を集めるに相応しい装いと、女神のような美貌である。

異性関係に殆ど免疫のないモモンガの内心は、如何ばかりであったか。

 

 

「ラキュース殿!今日はどんなものが食べられるのでござるか?」

 

「ハムスケさんにも特別な物を用意したんです。楽しみにしてて下さいね」

 

 

ラキュースは非常な才女ではあるが、異性関係には全く手慣れていない。

いわば、男も女も恋愛のド初心者であり、こう言った場合の初デートなどは得てして大失敗するのがお約束ではあるのだが、ラキュースは普通の女ではない。

彼女は何よりも―――――アダマンタイト級冒険者であった。

 

 

(これは戦いであり、闘争であり、「戦争」よ……)

 

 

ディナーを、言わばデートを、闘争であると考え、行動に移した彼女を何と評すべきなのか。

不器用と言うべきか、恐ろしいと言うべきなのか、やはりアダマンタイト級にまで登り詰める面々というのは何処か常人とは違う、と評すべきなのか……。

給仕が恭しく最高級のワインを注ぎ、二人と一匹がグラスを合わせた。

 

ちなみにハムスケは手が大きい為、モモンガが事前にマジックアイテムのグラスや、フォークやナイフなどを与えている。ユグドラシルではある意味、花形とも言える「料理」というスキルやそれに関する職業があり、それらの食器類などのアイテムも多かったが、その辺りまで当たり前のように所持しているモモンガのコレクターっぷりは尋常ではない。何せ、本人は「飲食不要」だったのだから。

 

最高級の店に相応しく給仕も見事なものであり、それらに一瞥もくれない。

まるで空気のように、必要ながらも当然のように無視できる存在として振舞っている。

まさに―――この道で食っているプロであった。

 

 

「モモンガさん、まずは戦勝パレードの件ですが……お疲れ様でした」

 

「正直、疲れた面もありましたが……国の行事として必要だったと理解しています」

 

 

ワインを口に含み、グラスを掲げたモモンガの姿にラキュースが思わず赤面する。

似合う。余りにも、似合いすぎた。

心臓が凄まじい勢いで高鳴り、キュンキュンと言う音まで聞こえてきそうだ。

今日のモモンガはグレーを基調とした「スーツ」を着ており、社会人としての正装であった。ちなみに、この世界の南方には元々スーツがあった為、別段おかしな格好ではない。

 

 

「ラ、ラキュース殿……これは魚でござるか!?」

 

 

給仕が運んできた皿に、ハムスケが目を一杯に見開く。

この場を闘争である、と断じたラキュースの「賭け」であった。

森に住み、いわゆる「山の幸」というものだけを口にしてきたハムスケに対し、「海の幸」ともいうべき魚を出すという意表を突いた攻撃である。

 

 

「これは……何故か某の心を揺さぶるでござるよ」

 

 

熱い鉄板の上に置かれたそれは―――焼き魚であった。

この世界の海は「しょっぱくない」など、色んな意味で地球の海とは違うが、魚はちゃんと居るし、様々な海産物も獲れる。ただ、主食には程遠い。

食卓に並ぶのはパンや肉や野菜などがメインであり、魚などを好むのはリザードマンなどの亜人であって、海沿いの土地でもなければ、海産物の立ち位置はせいぜい珍味といったところであろう。

 

 

「これは美味でござるなー!某のソウルフードに認定するでござるよ!」

 

 

ハムスケがナイフもフォークも使わず、手掴みでペロリと焼き魚を平らげた。

武士や侍の性質を持つハムスケには、焼き魚とは魂を揺さぶるものであったのかも知れない。

すぐさま二皿目の焼き魚が出され、それを見たモモンガの喉がゴクリと動く。

モモンガからすれば、天然の魚など生まれてこの方、ロクに見た事すらない。海が汚染されきって、魚や貝などの海産物など絶えて久しい世界に住んでいたのだから。

 

一部の大富豪が養殖の魚や貝、海老やワカメなどを食卓に乗せているとは聞いているが、貧困層が口にするのは、魚とは似ても似つかない代物。

申し訳程度に香りだけ付けた、合成の魚肉もどきや低品質な魚肉ソーセージなどである。

モモンガの前にも前菜としてスープが出されたが、その目は魚の方を向いていた。

 

 

「おっと、某とした事がこいつを忘れていたでござるよ!」

 

 

ハムスケが首に付けていた袋を外し、その中から黒い液体が入った容器を取り出す。それを何の遠慮もなく、熱い鉄板に載せられた魚へとかけたのだ。

醤油が鉄板の上で焼かれ、その香りを嗅いだモモンガのこめかみに血管が浮かぶ。

日本人を前にして、その香りは凶悪すぎた。まして、焼き魚にかけられた日には……。

 

 

「焼き魚に醤油は最高でござるなー!某の毛の艶も上がりそうでござるよ!おほぉぉぉ、この溶けそうな白身と醤油のバランスが辛抱堪らんでござる!」

 

(戦争……お前、そこまで言ったら戦争だろうが……っ!)

 

「え、えと……モ、モモンガさんにもすぐに選りすぐりの品が来ますので……!」

 

 

ラキュースは何故だか恨めしそうな目をしているモモンガを見て、冷や汗を掻いていた。

彼女からすれば「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」と言わんばかりに、ハムスケへいわば変則的な奇襲攻撃を仕掛けたのだが、まさか「将」が釣られるなど予想外すぎた。

魚などという珍味にそこまで反応するなど思ってもいなかったのだ。今日のメニューは王国の伝統的な郷土料理を中心としたものであり、魚などはそこには入っていない。

 

(ど、どうするべき……メニューの変更?今からなんて無理……!)

 

ラキュースが全力で頭を働かせていると、料理長と思わしき男が恭しくモモンガの前に一つの鉄板を置く。熱く焼かれた鉄板の上には、今にも踊りだしそうな魚が二尾、ジュウジュウと音を立てて焼かれていた。

鉄板からは油の滴るような香りが漂っており、モモンガの口内に唾が溢れ出す。

 

 

「こ、こっちにもあったんですね!流石はラキュースさん!」

 

「え、えぇ……と、当然、用意していました……っ!」

 

 

ベテランの料理長がラキュースに片目を瞑り、厨房へと去っていく。

どの分野でもプロはプロである、という事らしい。

 

(料理長のおじさん、最高!周りにもこの店を推薦しとくからっ!)

 

料理長の機転にラキュースがテーブルの下でガッツポーズを作り、それらにまるで気付いていないモモンガとハムスケが賑やかな声を上げていた。

 

 

「ハムスケ、こっちにも醤油」

 

「殿ー、そっちの魚も欲しいでござるよ」

 

「ふざけんなよ!お前、それ4匹目だろうがッ!」

 

「別腹でござるよー」

 

 

騒がしいテーブルに次々と皿が並べられ、その度にハムスケが「おぉ!」とか「これは!」などと叫び声を上げ、モモンガを苦笑させていたが、メインディッシュのステーキが出された時は彼も「く、くぅぅ」と妙な呻き声を上げたりと、実に賑やかなテーブルとなった。

 

余談だが、救国の軍神が座った椅子とテーブルは後日、噂が噂を呼んで予約しても数ヶ月待ちの超プレミア席となるのだが、本人達は知る由もない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ラナーは……モモンガさんを王国の頂点に据えるつもりなのかも知れません」

 

「…………大胆な提案ですね」

 

 

既にテーブルの上は綺麗に片付けられ、代わりに氷が敷き詰められたワインクーラーが置かれており、その中には色取り取りのワインが並んでいる。

モモンガにそれらの銘柄や味などが分かる筈もなく、ラキュースと同じ物を飲んでいた。

ハムスケは食べるだけ食べ、大きな葉の上で仰向けになって既に惰眠を貪っている。

まさに獣であった。

 

 

「モモンガさんは、その、ラナーと」

 

「私には使命があります」

 

 

モモンガがピシャリと、シャッターでも下ろすようにして遮った。その目は何処までも遠くを見ており、いずれ向かい合う“天”を見ているようでもある。

当然、見た目の格好良さとは裏腹に、モモンガの頭は混乱と酔いが回っていた。

 

 

(頂点って………)

 

 

パレードの道中、見た事もない貴族らが多数訪れ、自分へやけに頭を下げたりアピールしてきていたが、あれらを一種の「売り込み」であると受け止めていたのだ。

営業職であった自分にも経験のある事だし、社会に出た大人としては必須であったとも言える。

 

今やプレートの色が変わり、アダマンタイトとなってしまった自分へ、いち早く動いてアピールしてくる姿勢は不快なものではなく、どちらかと言えば「機敏である」と思っていたものだ。

あれらを「営業」と捉えるなら、その行動は迅速であり、優れた嗅覚を持っていると言って良い。

自分の気持ちは別として、それらはしっかり認めなければならないところだ。

 

 

(とは言え、挨拶を引っ切り無しに受けるこっちは大変だけど……)

 

 

道中、街の人から受ける熱狂的な歓迎を思い出す。

ある意味、分かりやすい貴族と違って、彼らは俺に何を求めているのだろうか?

戦争や八本指の暗躍が続き、重い税に喘ぎながらも、その日その日を精一杯生きている、とガゼフさんは言ってたっけ。

 

あの行進を見たら、ペイルライダーは満足して笑うんだろうか。

かつての仲間が見たら、何と言うだろう。

大笑いするだろうか。

それとも、「頑張ってるじゃん」と言ってくれるだろうか。

 

 

「王位にはもう就きたくない、そうお考えですか?」

 

「………」

 

 

これだ―――王都への道中、引っ切り無しに流れていた噂。

いや、ペイルライダーとの会話がモロ聞こえだったし、変な勘違いをされたんだろうな……。

自分がナザリックという国の王族であり、魔に魅入られたウルベルニョの反逆により、臣下は呪いをかけられ怪物化し、壮絶な戦いの果てに、遂には国が滅んだ―――と。

 

道中はその噂の所為で頭を抱え、身悶えしっぱなしだったと言って良い。

だが、心に引っかかる物があった事も事実だった。

道中、時間がありすぎて何度もユグドラシルでの事を大真面目に考え込んだのだ。

今の状況を考えると、とてもじゃないが、あれはゲームだ、と一言では切り捨てられない。

 

まず、ナザリックは“国”であるのか、否か?

これは限定的ではあるが、YESと答えられる。巨大な拠点を持つギルドは、あくまで小規模ではあるが、国家であったと言えるだろう。

 

ナザリックはその規模、NPCの数、機能、どれを取っても国と呼んでも遜色ないレベルだ。

他の大きなギルドも都市や、巨大な城砦、天空塔など、様々な拠点を所持しており、その中にはナザリックを超える規模のものすら存在した。

 

大規模なギルドを国と置き換えるなら、ギルドマスターとは王以外の何物でもないだろう。

多くのシモベが自分の事を、偉大なる創造主や偉大なる王として称えるのも、その辺りからきているのかも知れない。無論、自分はそんな偉い立場ではなかった。

案が割れれば多数決で決めていた事からも、どちらかと言えば議長に近い。

 

 

(国が滅んだ………)

 

 

これに関しても、限定的ではあるがYESとしか言い様がない。

いや、自分達だけじゃなく、あの最終日にあらゆる全てが―――抹消されたのだから。

もっと深く考えるなら、自分達は既に何度か滅んでいた、とも言える。

最初の集まりも内紛の果てに、その後の争いもナザリックを初見で、一番最初に攻略する、という虹のような目標を立て、それに向かって突き進む事によって崩壊を先延ばしにした感があった。

 

意見の衝突、ログイン時間の減少、長期に渡るプレイ、惰性、12年もの月日。

何処のギルドも抱えていた問題だろう。もっと言えば、あらゆるゲームの行き着く先はそれだ。

そして、全てが0となる――――最終日。

多くのゲームが、集まりが……実際は、最終日を迎える前に“終了”しているのが実態と言える。

 

 

(こんな事、少し前までは冷静に考える事すら出来なかったけれど……)

 

 

色んな人に情けない姿を晒して、弱音を吐いて、愚痴を垂れ流して……。

それでも、背中を押してくれたシモベ達が居た。

こんな自分でも、共に居ると言ってくれた人達が居た。

 

 

「申し訳ありません。折角の場で、こんな話題ばかり……」

 

「ラキュースさん、私は最後の日に思ったんですよ―――私には、みなを纏める力が無かったと」

 

「そ、そんな事はありませんっ!モモンガさんは現に、この国を救って下さいました!」

 

「嫌われる事を恐れて、多くの意見の衝突にも中立で決を採るだけ。そんな情けない男は、王でも何でもないんです。それは“飾り”と変わらない」

 

 

頭には結構な酔いが回っている。

だが、今言った言葉は嘘ではなく、本当の事だ。卑下している訳でもない。

そして、かつてのままで居て良い筈もない。多くの想いを受け止め、応えられる男にならなくては、いつまで経っても自分は変われないままだ。

 

アイテムBOXに手を突っ込み、厳重にも厳重を重ねた、最奥の要塞じみた宝箱の中に入れていた“杖”を取り出す。

見た目の威圧感とは裏腹に、手にすると何処か懐かしさと、温かさを感じた。

 

 

「大切な仲間達が全ての総力を結集して作り上げた―――私達の象徴です」

 

「こ、れは………」

 

「私は最後の日、消えていった仲間達を思い、この杖を“空っぽ”だと称しました。ですが、それは違った―――――空っぽだったのは、むしろ“私の方”だったんですよ」

 

「モモンガさん………」

 

 

あぁ、さっきからかなり恥ずかしい事を言っているな。

その自覚はある。

でも色んな事があって、長い道中で疲れて、酔って、そんな中でも、思った事は沢山あった。

 

 

「私はこの杖に賭けて、かつての仲間達に恥じぬ男になりたい。今はただ、そう思っています」

 

 

……言った。言ってしまった。

でも、これも……自分の本音でもあり、決意だ。

仲間達は、苦笑いを浮かべるかも知れないけれど。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ほろ酔いのまま店を出て、ハムスケの背に跨る。

かなり億劫なのだが、後日、王城へと正式に招聘されるらしいのだ。

何でも、先の戦いに関する褒美が下されるらしい。何度も辞退したのだが、国としての体面を考えると、個人の思いなどで断れるような案件ではなさそうだった。

 

 

「殿~、酔って背中から落ちそうでござるな」

 

「良いじゃないか。一日くらい、こんな日があったってさ」

 

 

この世界に来てから、色んな事がありすぎたよ。

楽しい事も、悲しい事も、吹っ切れた事も。

外は既に夜の帳が下りきっており、灯された数え切れない程の街灯が何とも言えぬ雰囲気を醸し出していた。こういうのを、ロマンティックな空気と言うんだろうか。

 

 

「全く、殿には某が付いてないとダメでござるな~」

 

「何だ、その世話焼き幼馴染みたいな台詞は」

 

 

ぺし、っと照れ隠しにハムスケの頭を叩いたが、毛が固くてこっちの手の方が痛かった。

こいつの毛って一体、どういう硬度なんだろうか……。

それこそ、オリハリコンとかそういうレベルなのかも知れない。

いや、待て……何で俺はこんな空気でハムスケの毛の硬さなんて考えているんだ。

 

 

「本当に仲が宜しいんですね。何だか、見ていて嬉しくなっちゃいます」

 

 

ジャンガリアンハムスターとジャレてる大人って、ラキュースさんから見たらどう映っているんだろうな。怖くて聞けそうもないぞ。

 

 

「ラキュース殿なら特別に某の背に乗せても良いでござるよ?一飯の恩ではござらんが、デコスケ殿も一押しでござったしなー」

 

「えっ!本当に良いんですか!?」

 

 

おいおい、この固い毛の上に乗せるってのか!?

高そうなドレスが破れるだろ!

だが、ラキュースさんを見ると、本人は乗る気満々のようで、最早どうこう言える雰囲気では無かった。やっぱり、(くら)とか(あぶみ)のような物を付けるべきだろうか?

 

 

「……モモンガさん、その、手を」

 

「あっ、はい!」

 

 

手を差し出すと嬉しそうにラキュースさんがピョコン、と擬音が鳴りそうな可愛いジャンプをし、自分の両手の中に収まった。

ちょ、これ……お姫様抱っこなんですけど!?

 

 

「私、こうして貰うのが夢だったんです……夢に描いた英雄に、いつかお姫様抱っこして貰いながら、この中央通りを闊歩したいって。子供っぽいですよね?」

 

「い、いえ……そんな事は……」

 

 

軽い。柔らかい。それに良い香り……。

ちょっと、待て!

何だこの子供のような感想は……ガキなのはこっちじゃないか!

 

 

「モモンガさんは……私の“夢”を幾つも叶えてくれるんですね」

 

 

耳元でうっとりとした声が響き、余計に頭が熱くなってくる。

こんなの頭がフットーするだろ!

何処の少女漫画だよ……!

 

 

「か、過大評価ですよ……私はそんな立派な人間じゃないですから」

 

「私にとって貴方は―――夢に描いた英雄すぎました」

 

 

真っ直ぐ見つめてくる視線に何も返せず、空を見上げながら中央通りを進む。

幾らなんでも、このシチュエーションは童貞には厳しすぎる。いや、たっちさんやウルベルトさんであっても、コレはキツイでしょ……!

 

 

「おい、ありゃ大英雄様じゃねぇのか!?」

 

「おぉぉ!薔薇のリーダーをお姫様抱っこしてるぞ!」

 

「マジかよ!」

 

「キャー!モモンガ様、私にもしてー!」

 

(うわぁぁぁぁぁぁ!)

 

 

ヤバイ!変に人が集まってきたじゃないか!

ラキュースさん、ちょっとこれは……って、何で首に手を回してくるんですか!?

 

 

「ハ、ハムスケ!走って!早くラキュースさんの宿に!」

 

「ん?よいではござらんか。殿の堂々たる凱旋でござるよ」

 

「いや、目立ちすぎだから!漫画でもこんなシーン、ベタすぎてないから!」

 

「何を言ってるか分からんでござるが、殿はもっと街でどっしり構えるべきでござるよー」

 

(ダメだ、こいつ……全く話が通じない!)

 

 

こうして集まってきた群衆に口笛を吹かれたり、歓声を上げられたりしながら、モモンガはラキュースの宿へと向かう羽目になったのだが、これらが即日、街中の噂になるのは当たり前の事であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(ふぅ……何とか無事に送れたか………)

 

 

酔っていたのか、顔を真っ赤にしたラキュースさんを何とか宿に送り届け、ハムスケの背に乗って裏通りをノロノロと進む。あんな騒ぎになった中央通りを歩く勇気は流石にない。

 

 

「殿ー、森に戻るのでござるか?」

 

「あぁ、そうし……いや、ちょっと待ってくれ―――――お客さんらしい」

 

 

民家の屋根の上から、ジッとこっちを見ている影がある。

不気味な程に静かな視線。

視線の主は、屋根の淵に座って悠々と足を組んでいた。

 

 

「こんばんは、神様―――――ご機嫌そうだね?」

 

 

黒い装束に、長めの髪。

驚く事に髪は片方が白銀で、片方は漆黒の二色に分かれており、瞳もそれぞれ色が違う。

その特徴的な外見といい、十代前半のような幼い姿といい、何処かイビルアイさんを思い出すような少女だった。

 

 

「良ければ名乗って欲しいな―――――それとも、恥ずかしがり屋さんなのかな?」

 

「ゴメン、長い間篭ってたんだ。自己紹介なんて忘れるくらい……ずーっと?」

 

 

何で疑問形になるんだろうか。

この独特の格好や神様と言う単語からして、法国の人だろう。

こちらに敵意はないようだけど……今日はもう酔ってるし、そろそろ戻りたいんだが。と言うか、この人らはいつまで人の事を神様なんて呼び続けるつもりだ?

いい加減、風評被害なんてレベルの話じゃないぞ……!

 

 

「名乗る程の名なんて無いけど―――“絶死絶命”なんて呼ばれてる。変でしょ?」

 

「確かに、呼び難い名前ですね……今だと舌を噛んでしまいそうだ。法国の人には変なあだ名で呼ばれっぱなしだし、今度はこっちがあだ名を付けても?」

 

「神様が……私のあだ名、を??」

 

「神様じゃなくてモモンガです。こう見えて、ネーミングセンスはちょっとしたものでして」

 

 

彼女が考え込む風情となり、やがて興味深そうにこちらに視線を向けてくる。

と言うかこの子……そんな所に座ってて怖くないのか。

 

 

「是非聞いてみたい……どんな名だろ??」

 

「ふむ、ぜっし……ぜつ……決めた―――――“ゼットン”でどうかな?」

 

「ゼッ……ブプッ!何それ?トンって、何処から?何??」

 

「お気に召したようで何より。じゃ、帰るぞハムスケ」

 

 

上から「ハム……っ!」と咳き込んだ声が聞こえたが、自分のネーミングセンスの閃きに感嘆しているのだろう。何やら、迷える少女の魂でも救った気分だ。

やはり、この世界でも自分のセンスが分かる人には分かるのだろう。

 

 

「ちょっと待って、モモ様」

 

「……何かな、その呼び名は」

 

「神様とモモンガの合体……?悪くない?よね?」

 

「悪いですよ。良いですか……ネーミングというのは」

 

 

モモンガ・ザ・ダークウォーリアーなど、これまで考えた様々なネーミングの一端を披露したが、彼女は次第に腹を抱え、屋根の上で転がるように笑い出した。

遂には屋根の上から転がり落ち、ハムスケが慌てて頭でキャッチする。

 

 

「ダーク……ヤバい……っ」

 

 

何か変だ……俺の思っていた反応とは違うんだが。

と言うか屋根から落ちた挙句、ハムスケの頭の上で痙攣してるぞ……大丈夫なのか。

まぁ、箸が転がっても笑う年頃、というやつだろう。

 

 

「はぁ……可笑しい……こんなに笑ったの何十年ぶりだろ?」

 

「何十年って、子供なのに何を言って……」

 

 

あれ、そういえばこの子……俺の顔を見ても何の反応もしてないな。

もしかして、人間じゃないんだろうか。

どっちにしても、俺からすれば子供にしか見えないけど。

 

 

「だって、時間とか止まってるようなもんだし?」

 

「あぁ、はいはい。永遠の12歳パート2ですか……で、家は何処?親は近くに?」

 

「私を迷子扱い……?やっぱり神様って凄い」

 

 

そう言いながらゼットンがハムスケの背をゴロゴロと転がり、自分の足に転がり込んでくる。

………何でこの子は俺の膝の上に座ってるんでしょうか。

さっきはお姫様抱っこで、今度はこれとか……しかも両方、ハムスターの上でだぞ?こんなの世界初、ギネスに乗るんじゃないのか。

 

 

「ねぇ、神様―――――私とデートしない?」

 

「子供が何をませた事を……」

 

「とても楽しい大人のデートになるよ―――――“竜”王国で遊ぶの」

 

「“竜”……………」

 

 

その単語に、ピクリと反応してしまう。

もしかして、破滅の竜王に何らかの関係があるんだろうか。そもそも、その単語も法国の人から聞いたものだったしな……調べてみる価値はある、か?

 

 

「じゃあ、決まり。神様、一緒に行こう?」

 

「モモンガですよ。それと、そろそろ膝から降りてくれませんか」

 

「人を子供扱いしたんだから、子供のように甘やかすべき。言葉には、責任を持ちましょう?」

 

「口の減らない子供だなぁ……」

 

 

 

そうは言いながらも、何だかんだで子供(?)に甘いモモンガは彼女を膝に乗せたまま、裏通りを進んでいく。二人が目指す先は―――竜王国。

陽光聖典が死力を尽くし、人類生存圏の防波堤となっている決戦地である。

 

 

 

 




平和なディナーも終わり、60話はラキュースの大勝利……
と思いきや、もう一人のオーバーロードからお誘いが。
ビーストマン……お前ら大丈夫か!?



ビーストマン
「こっち来んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!(悲鳴)」

ゼットン
「お前らがルビクキューになるんだよ?(その目は優しかった)」





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世界の中心

―――王都 最高級宿

 

 

一行がパレードで長い時間を過ごしていた間、宿では無事に《可能性》の塊であるニニャと、フールーダが合流を果たしていた。モモンガという共通の人物の話を通し、二人はすぐさま打ち解け、英雄の帰還を待っていたのだ。

 

帰還を待つ間、フールーダはニニャに魔法について簡単に手解きをしていたのだが、結果は驚嘆すべきものであった。まるで真綿が水を吸収するかのように自分の理論を吸収していくのだ。

フールーダは多くの天才や秀才と呼ばれる存在を見てきたが、完全に違う―――次元が違う。

人の倍の速度で魔法を習得するという、超希少タレントに火がついた。ついて、しまった。

 

 

(何という可能性……!何たる才か……!)

 

 

以来、フールーダは殆ど寝食を忘れるような勢いでニニャの教育にのめり込み、その鬼気迫る雰囲気は、時折食事を運ぶツアレを心配させる程であった。

だが、魔法狂いとも言えるフールーダよりも、むしろニニャの意欲の方が貪欲であったと言える。

大きな恩を受けたモモンガに、力を付けて何かを返したいという一心であった。

 

時に寝ているフールーダを叩き起こし、トイレの扉をノックし、気になる事が浮かべば風呂場にまで入り込んで質問の嵐をぶつける始末であった。

普通の人間なら疲れ果てるか、激怒してもおかしくない態度であったが、フールーダは一向に気にせず、むしろ喜んでそれらを受け止め、嬉々として教鞭を振るうのである。

もはや、手に負えない二人であり、密かにツアレはおでこに手をあて、ため息をつくのであった。

 

 

―――そして、英雄の帰還。

 

 

信じがたい程の群衆が溢れ、物々しい雰囲気で衛兵が街路という街路を取り締まり、フールーダもニニャも近づく事すら出来ずに途方に暮れていたのだが……神は二人を見放さなかった。

パレードの中に、“希望”が紛れ込んでいたのである。

 

 

「ア、アルシェ……アルシェ・イーブ・リイル・フルトかッ!」

 

「………えっ」

 

 

元師匠と、元愛弟子の再会である。

ここまでくれば運命でも何でもなく、殆ど必然の出会いであった。パレード後、無事に合流した元・師弟は四方山の話の後、其々が英雄の話題を持ち寄り、話に花を咲かせる事となる。

 

 

「なるほど、師にその場で弟子入りを直訴か……」

 

「……出過ぎた真似だったでしょうか?」

 

「いや、魔道を追い求めたる者、そうでなくてはの」

 

 

フールーダが白髭を扱きながら満面の笑みを浮かべ、アルシェもホッとした表情を浮かべる。アルシェからすれば、学院を辞めた時から元師匠であるフールーダには合わせる顔がなかったのだ。

 

 

「……ですが、学院を辞めた私にそんな資格があるのでしょうか」

 

「家の借金か……弟子の窮状も知らず、調べようともせず、余事に関わり合う事を嫌った私にも責任がある。お主が気に病む事ではない」

 

 

アルシェの身の上を聞いたニニャも、複雑な表情を浮かべている。

幼い妹二人を抱え、懸命に働いている姿が何処か自分と被ったのかも知れない。

ニニャもどれだけ努力しようと、必死に頑張ろうと、泥沼の中で足掻いているような日々を送り、その先に光というものが全く見えなかったのだから。

 

 

「僕は、モモンガさんのお陰で無事に姉を見つけ、共に暮らせるようになりました。それだけじゃなく、物凄いスクロールまで頂いて……」

 

 

ニニャの言葉にフールーダが激しく頷き、興奮した声を上げる。

彼からすれば、“それ”は何度叫んでも事足りる事などない―――大事件なのだから。

 

 

「恐らく、伝承にのみ伝わっておる《大治癒/ヒール》に違いあるまい!怪我どころか、あらゆる病まで癒すと言われる伝説中の伝説の魔法!歴史上、あらゆる王侯貴族が望み、遂に手にする事が出来なんだ神の領域の魔法よ……!」

 

 

フールーダは魔法に関する事では話が長くなるのだが、二人は真剣な目でそれらの話に耳を傾けていた。出逢うべくして出逢った魔法詠唱者三名であったのかも知れない。

本来、人類最高峰の魔法詠唱者であるフールーダの話を聞こう、などと思えば、それこそどれだけの万金を積んでも叶わぬ事なのだから。

 

 

「それにぃ!スケリトル・ドラゴンをも飲み込んだという魔法!かの化物が持つ、魔法に対する絶対耐性を貫く魔法とは何ぞや!?第七位階なのか、だ、だ、第八ぃぃぃい位階であるのかぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 

 

興奮したフールーダが遂に立ち上がり、手に持っていたコップから水が零れ落ちる。

しかし、それを見ている二人は笑わないし、フールーダもそんな事はお構いなしだ。魔法というものに携わる者にとって、それらは夢でもあり、決して手の届かない神話であったのだから。

 

 

「……元師匠、南方ではそれ程に魔法の研究が進んでいるという事ですか?」

 

「アルシェよ!我が身には既に尊き師がおられる…………我が身など、只のフールーダでよいわ!今後、この世界における“師”とは―――――かの御方のみと知れッッッ!」

 

 

雷でも落とすような一喝にアルシェが一瞬、肩を震わせたが、深々と一礼する。ニニャもニニャでそれを「当然ですよね」と言う表情で受け止め、話の続きを促す。

フールーダ本人を前にして、元を付けたアルシェも大概、肝が据わっていたが、単に名前で呼べと言うフールーダも酷いものであった。

 

そもそも、弟子入りを許可された訳でも何でもないのだが、フールーダもアルシェも、既に弟子となる事を勝手に確定済みの事として考えているようだ。

 

 

「先の話じゃが、確かに南方ではマジックアイテムの発掘は盛んではある。が、“魔”の研究・研鑽において、それ程の差はあるまいて……帝国における魔道具も、決して劣るとは思わぬよ」

 

 

それは、長らく帝国に身を置いてきたフールーダの自負でもあった。

 

 

「むしろ、王族に伝わる風習なのやも知れぬの……」

 

「風習、ですか……」

 

「古き時代には、血の繋がりし者への一子相伝の伝授があったと伝え聞く。古くより魔術に携わる家には今も尚、その風習は残されておる」

 

 

それらはフールーダからすれば、余り良いものとして受け取って来なかった風習であった。

―――閉じられた世界は、やはり広がらない。

数百年の研究の果てに、それを痛感したからこそ彼は時に学院で教鞭を取り、広く秀才を集め、知識を与え、多くの可能性を見出す事にしたのだ。

その中から一人でも麒麟児が出現すれば、更なる道が拓けると信じて。

 

 

「じゃが、スケリトル・ドラゴンすら飲み込む魔法に、あらゆる病すら癒す魔法……これらは世界をも変える程のものよ。秘匿され、一子相伝となるのも無理のない話やも知れぬ」

 

 

単純に考えて、あらゆる病を癒す魔法などが世に広まれば、どうなるであろう?

神殿はどうなるか。神官はどうなるのか。

あらゆる薬品を作るのに従事している者達はどうなるのか。

 

そう……一人の魔法詠唱者によって、世界が丸ごと塗り変わるなど、本来恐ろしい事なのだ。

まして、その知識が広がるという事は更に恐ろしい事であろう。

それらの行き着く先など、戦争による大陸の滅亡以外にありえない。今ですら散発している争いが更に激化し、広まった知識による大規模な殲滅戦へと辿り着くのが目に見えているのだから。

 

 

「モモンガさんは、とても優しい人です!そんな悪い事に魔法を使ったりしませんっ!」

 

 

ニニャの叫びに、アルシェも深々と頷く。

彼女はエ・ランテルでの「神話」とも言える戦いを見てきたのだから。

そして、彼の国を襲った悲劇と、彼の慟哭を聞いている。

 

 

「………私はカタストロフ・ドラゴンロードを許せない」

 

「僕も同意見です。もっと―――力が欲しい」

 

 

二人の言葉にフールーダが目を細め、眩しそうな笑みを浮かべて頷いた。

近年、見る事の出来なかった、感じる事の出来なかった、若き才能の決意である。フールーダからすれば魔の深遠を覗き込み、それを知る事が第一であったが―――

 

 

「尊き師が、“破滅を齎す竜”と戦うと言うのであれば―――是非もない」

 

 

―――――これより、お主等に自由な時間など無いと心得よ。

 

 

フールーダが鋭い視線を向け、二人が力強く頷いた。

だが、何かを思い出したかのように、フールーダが手をポンと叩き、杖を取り出す。

 

 

「アルシェよ、お主の家の事情は私の方で清算しておこう。今日この場を以って、愚かな両親とは縁を切るが良い―――出来ぬのであれば、このまま帝都へと帰れ」

 

「………妹二人だけは……一緒に暮らしたいと思っています」

 

「フールーダさん、僕からもお願いします……姉妹を離れ離れにしないであげて下さい……」

 

 

フールーダが長い顎鬚をしごき、少し考える素振りを見せる。

彼にも当然、情というものがあるし、それを理解する事も出来る。だが、それよりも―――

アルシェにとって妹という存在が足枷となるのか、それとも励みになるのか。

数学の方程式を解くがごとく、それを考える方が先であった。

 

 

「……道中、師匠は“子供好き”だという噂を聞きました」

 

「ほぉ!?それは妹二人も是非、連れて来なければならんの!アルシェ、それを早く言わんかッッ!」

 

 

こうして、モモンガの全く与り知らない所でトントン拍子で話が決まっていく。

フールーダが即座に帝都へと転移し、借金の清算や両親との義絶、妹二人の引越しなどに尽力する事となったが、帝国においてフールーダの言葉に逆らう者など居る筈もない。

30分もせぬ間にそれらの手続きは恙無く終わり、呆気なくアルシェはしがらみから解放された。

多忙な皇帝がそれに気付いた頃には、既にフールーダは転移しており、後の祭りである。

 

フールーダという鬼札が失踪している、などとジルクニフが公表している筈もなく、更に言うなら優秀な役人を揃え、官僚組織を完成させていた為に手続きから実行までの速度が早すぎたのだ。

自らが集めた人材の優秀さと、作り上げた組織の有能さが却って仇となった形である。

 

 

「お姉ちゃんに会える!」

 

「やった!!」

 

 

馬車の中で二人の少女が喜んでいたが、その護衛を頼まれた騎士は憂鬱な表情を浮かべていた。

時折、長い髪に隠れた顔の右側にハンカチを当て、苦悶の表情を浮かべている。

 

 

「何故、私が子供の護衛など……フールーダ様の頼みじゃ仕方ないけれど……」

 

 

彼女は運命の王子様に出会えるのか―――――

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都 もう一つの最高級宿

 

 

ラキュースがベッドの上で身悶えていた。

豪奢なドレスに皺が寄るのも気にせず、右へ左へと転がりまわっている。

何と言っても、幼い頃からの憧れの全てを凝縮したような大英雄にお姫様抱っこをして貰いながら中央通りを抜け、宿へと送って貰ったのだ。

 

 

「あれが、バージン・ロード……っ」

 

 

彼女の中では既に結婚式となっており、中央通りの群集すら式に招待され、祝福してくれる客へと脳内変換がされていた。恐ろしきは恋する乙女である。

そんなラキュースの“おでこ”へ、二つの輪ゴムが飛んできた。

 

 

「あぅっ!」

 

 

天井を見ると板が少し外され、二人の忍者がジト目でラキュースを見下ろしている。無言で次の輪ゴムを指に嵌める動作を見て、慌ててラキュースが声をあげたが、容赦なく次弾が発射された。

 

 

「痛いっ!地味に痛いっ!」

 

「鬼ボス、これは私達の愛の鞭。その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる」

 

「鬼リーダー許すまじ。慈悲はない」

 

 

ラキュースが二人に抗議の声を上げようとした瞬間、部屋の扉が吹き飛んできた。

そこには魔力でローブをはためかせるイビルアイが佇んでおり、その背後ではガガーランが乱暴な仕草で頭を掻いている。

 

 

「悪ぃ、ラキュース。止めたんだが、イビルアイが聞かなくってよぉ」

 

「ラキュース―――――大切なOHANASHIをしようじゃないか」

 

「なに!?さっきから何なのっ!?」

 

 

どっちの宿も本人が居ない所で大騒ぎであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――リ・エスティーゼ王国 王城

 

 

「……往くのか」

 

「はっ、どうかこの身の我儘をお許し下さい」

 

 

ランポッサ三世が何処か諦めを滲ませたような声で呟き、戦士長が深々と頭を下げた。

今は余人を交えぬ王の私室での会話であったが、戦士長の堅く、畏まった態度は変わらない。

門番から密かに、かの大英雄が竜王国に向かったとの情報を聞き、戦士長が一時、職を離れ、同行を許して貰うべく、王へ許可を求めたのだ。

 

 

「お主がそれ程に惚れ込む相手とはの……余も早く会ってみたいものよ。それに、娘を救ってくれた事も、王都での騒ぎの礼も言わねばならぬ」

 

「陛下の御心も、必ずやお伝え致します」

 

「ふむ、かの国は凶悪なモンスターの脅威に晒されておると聞いた……ガゼフよ、四宝を纏い、かの恩人の力になってやってくれ。むしろ、余の方から頼む」

 

「四宝を……!?しかし、あれは……」

 

 

ランポッサが静かに首を振り、高い天井を見上げた。

 

 

「武具は戦場で用いてこそ、であろう。王城に飾っておっても何の役にも立たぬ」

 

 

先の暴動でも四宝は宝物殿で鎮座していただけであり、鎮圧に何ら寄与する事はなかったのだ。

それを痛感したランポッサの肺腑から出た言葉である。

 

 

「しかし、ガゼフよ……一人で往くというのか?」

 

「はっ、私も含め、どれだけの数が居ようとも、かの大英雄の足手纏いにしかなりませぬ。ですが、この身であればせめて……盾代わりにはなれましょう」

 

 

その言葉にランポッサは苦笑する。

近隣諸国最強の名を誇り、王国の四宝すら身に纏った彼が盾代わりなどと……。それが武人らしい謙虚さから出ているのか、本当の事なのか判別が付きづらい。

 

 

「では陛下……暫しの“休暇”を頂きます」

 

「物騒な“休暇”になるであろうが、宜しく頼む」

 

 

実際、戦士長は連日の騒ぎで働き詰めであった。

あくまで名目ではあったが、休暇と聞いて訝しむ者はいないだろう。

 

ガゼフが力強い歩みで部屋を出て行った後、ランポッサは椅子に深々と背を預けた。

思えばここ暫く、騒ぎが続きすぎた。

そして、その解決に何の力も発揮する事が出来なかったのだ。

 

 

「同じ“王”として、恥ずべき事よな……」

 

 

かの亡国の王子は国を失うような悲劇に襲われながらも、決して諦めずに先頭に立ち続け、遂には国中の勇を掻き立て、輝かしい勝利を掴んできた。

同じ王族とは思えぬ程の勇猛さと、圧倒的なカリスマではないか。その間、玉座に座っていただけの自分は元より、不肖の息子二人など、比べる事すら愚かしい程である。

 

 

「かの王子が、我が息子であったならどれ程に……」

 

 

長男はかの魔神を見てからというもの、部屋に閉じ篭り、対人恐怖症ともいうべき状態となっている。次男は表面上こそ落ち着いてはいるが、恐怖が拭いきれないのか、少しのミスで近習やメイドにヒステリックな懲罰を加え続け、今では部屋に誰も近寄りたがらないと聞く。

 

王の器というものがあるなら、とてもその範疇には無い、と言って良い。

自分の退陣後、大勢の貴族を御しながら国家の運営をしていくなど、望むべくもないだろう。

 

 

「お父様、御疲れのようですね。肩でも揉みましょうか?」

 

「ラナーか……全く、お前が男であったならな」

 

「もうっ、お父様ったら……“女”だから“出来る事”だって沢山あるんですからねっ」

 

「ははっ、これはすまなんだ……世の女性に叱られる発言であったな」

 

 

ラナーが王の背後に回り、優しい手付きで肩を揉む。

心温まる親子の姿である。

だが、王の位置からは―――――

 

 

ラナーがどのような表情を浮かべているのかは、見えないのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――スレイン法国 神殿奥

 

 

「すまぬな、お主の献身で助かった」

 

 

闇の神官長、マクシミリアンが神殿奥で佇む男へと声をかける。

ここは神々が残した秘宝が鎮座している、法国で最も大切な空間とも言える場所であり、今は変則的ながら漆黒聖典の隊長が通路を守護していた。

 

 

「構いませんよ。こんな機会でも無ければ、彼女が外に出るのは難しかったでしょう」

 

「うむ……見事に任務は果たしてくれたが、《私より強い奴に会いに行く》と言葉を残し、今では畏れ多くも、神と共に竜王国へと向かっておるらしい」

 

 

マクシミリアンが力無く首を振り、かけていた丸眼鏡がずり落ちる。

それを聞いた隊長は怒りもせず、薄く笑った。

 

 

「彼女らしいですね」

 

「すまぬが、もう暫し守護の任に就いて貰いたい」

 

「えぇ。それと、彼女にお伝え下さい。どうかバカンスを楽しんで欲しい、と」

 

 

隊長からすれば彼女が守護の任に飽き、突然飛び出される方が余程困るのだ。

それなら、ちゃんと分かった上で神殿から離れられた方がマシと言うものだろう。今回のように法国の全てが動くような事態など、彼女がジッとしている筈もないのだから。

 

 

「バカンス、か……神と過ごす時間とは、如何ようなものであろうな」

 

「きっと、甘いものに違いありません。我が国には、艱難辛苦ばかりだったのですから」

 

 

隊長の言葉にマクシミリアンが思わず笑い、隊長も片眉を上げて笑う。

法国の長く、辛い―――――厳冬の刻が終わろうとしている。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――スレイン法国 最奥

 

 

巨大なテーブルが置かれた大部屋で、大勢の人間が活発な議論を繰り広げていた。

既にズーラーノーンの首脳部は番外席次によって滅ぼされており、幹部と思わしき連中も一網打尽にし、残った組織の末端へと目が向けられている。

 

邪教を信ずる者の中には他国の貴族も居れば、大手の商会の人間もいた。

だが、法国は政治的な軋轢など一切恐れず、それらを容赦なく「根切り」にしたのだ。

当然であった―――“神”の意思は、全てに優先するのだから。誰が消したのか、痕跡を残すようなヘマはしていないが、足がついて何か苦情を言ってきても一向に構わない。

 

相手がどんな商会であれ、貴族であれ、躊躇無く磨り潰すと彼らは覚悟を決めているのだから。そもそも、人類に害悪しか齎さないズーラーノーンなど、生かしておいても百害があるだけである。

 

大勢の人間が出入りし、引っ切り無しに伝令や連絡係が往復する大部屋では多くの者が眠りを忘れ、時に食事も立ったまま掻き込むという、法国の高官とは思えぬ振る舞いすら見られたが、それを咎める者はもはや居ない。

 

 

「彼女の奔放さには困ったものだが……神はお怒りではないのだろうな?」

 

 

水の神官長、ジネディーヌが枯れた枝のような指を立て、心配そうに声を上げた。

彼女は苦戦が予想される首脳部への攻撃に用いたが、本来ならそのまま帰還する筈だったのだ。

 

 

「彼女の気持ちも分からんでもないが、万が一を考えるとな……」

 

 

風の神官長、ドミニクも困惑した表情を浮かべた。

数多の異種族を滅ぼし、人類を守護してきた聖戦士とは思えぬ弱りきった顔である。

 

 

「心配はあるまいて。森の賢王なる大魔獣に、仲睦ましげに共に騎乗しておられたと聞く」

 

 

光の神官長、イヴォンが切れ長の目を細めて言う。

其々、カイレから神の御人柄は聞いているが、やはり不安は尽きない。彼らにとって、神の降臨とは余りにも大き過ぎる事柄なのだ。

 

一部の神官長や、六色聖典の中にはまだ帰還していない者も多いが、部屋の中の熱気は凄まじいものである。一種の高揚感が大部屋だけでなく、漏れ聞いた民衆にも伝わっており、ここ数日の法国は誰も彼も度を失っていた。

 

狂ったように働く者も居れば、何も手に付かずに呆然とする者もいる。

不眠不休で祈りを捧げる者も多いが、何処の神殿も祈りを捧げる国民で溢れ返り、収容する事が出来ずに国全体が狂騒に包まれているのだ。

 

 

―――――総人口1500万人を超える法国が、激しく揺れ動いている。

 

 

司法、立法、行政を司る三機関長が控えめな声で言葉を交わしていたが、それらの中に聞き逃せない単語が混じった時、大部屋の全員が沈黙した。

 

 

「神は……その、彼女を御気に召された、という事であろうか?」

 

「す、すすすすると、“神”と“神人”の間に御子が生まれるという事であるか!??!」

 

「き、気が早い!そうと決まった訳ではあるまいて……」

 

 

最後に嗜めた行政の機関長も、その衝撃の内容に度を失ったように貧乏揺すりを繰り返していた。

想像するだけで体に震えがくる。

余りの驚天動地な内容に、それが喜ばしい事なのかどうかすら判断がつかないのだ。

 

 

「「「あっ……」」」

 

 

全員の目が向けられている事に気付いた三人が、気まずそうに俯いた。

大部屋に何とも言えぬ空気が流れ、全員の作業の手が止まる。

その空気を切り裂いたのは―――神と直に接したカイレであった。

この老婆は“秘宝”を預けられる程に信頼を寄せられる国家の柱石であったが、神と言葉を交わした事により、その発言の重みはかつてとは比べ物にもならない程になっている。

 

 

「神は光り輝くような若者であった。かの美貌は国をも堕とし、その操る魔は世界をも捻じ曲げ、その剣は魔神すら打ち砕く」

 

 

カイレの言葉はまるで伝承や、民間に伝わる理想の神の像を丸々なぞったようなものである。

だが、その言葉が絵空事ではない事を、今では全員が知っていた。

 

 

「ぢゃが、それ以上に神は―――あくまで“人”であったよ。ワシらと同じように喜び、嘆き、時に子供のように感情の赴くままに叫ぶ」

 

 

実際に神と接したカイレの言葉は、一同の胸に染み入ってくるようである。

 

 

「ワシらに出来る事は、神の望みにただ応える事―――それだけぢゃ」

 

 

ある意味、平凡で何の飾り気もない言葉に、一同が毒気を抜かれたような表情となった。

先の事を様々に考えていた者の中には、恥じ入るように俯く者もいる。

 

 

「人である、か……何やら深い言葉を聞いた気がするよ」

 

「ふぁっふぁっ!ワシがもう2年若ければ、放っておかなんだがの」

 

 

カイレの言葉に何とも言えぬ表情を浮かべる者もいたが、中には妬心を隠せずに真顔になる者もいた。かの秘宝を纏ったカイレの姿に惚れ込んでいる者も多いのだ。

そう、人の性癖とは様々なのだ。何が正しく、間違っている、などはない。

其々が―――世界に一つだけの花を持っているのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――某所

 

一人の男を中心として、世界が動いている。

だが、その中心は台風がそうであるように長閑で、平和であった。

 

 

「見て、神様。一面揃ったよ?」

 

「懐かしい玩具だなぁ……」

 

 

ハムスケの上で、二人が暢気にルビクキューで遊んでいた。ハムスケも鼻歌交じりに散歩を楽しんでおり、たまに蝶を追いかけたりしている。

 

 

(それにしても、相変わらず変な世界だな……)

 

 

当初はユグドラシルに関係するファンタジー異世界なのかと思ったが、武技なんてものがあったり、タレントなんてものがあったり、知らない魔法だって山程あった。

香辛料を生み出すトンでも魔法やら、冷蔵庫もどきがあったり、ハムスターがしゃべったり、もう色んな物が混ざりすぎて一体何がなんやら、と言うのが正直なところだ。

 

 

(玩具と言えば、結構無駄に持っていたよなぁ……)

 

 

ユグドラシルにはそれこそ、チェスや将棋のようなものもあり、ゲーム内でそれらを使って遊ぶ事も出来た。ボードゲームのようなものも多く、それらを自作して配布する猛者も居たのだ。

その辺りの自由度の高さこそが、ユグドラシルが人の注目を集めた所以であろう。

懐かしさについ、正月のガチャで手に入れたハズレアイテム、“凧”を取り出して空へと上げる。

 

 

「神様、何それ。浮いてるけど……マジックアイテム?」

 

「これは風で浮力を得る玩具かな。実際に外で揚げた事なんてなかったけれど」

 

「不思議だね……何だか見ていると落ち着く」

 

「ほら、糸を持ってみると良いよ」

 

 

魔獣の上で凧が揚がり、糸が伸びるままに高く舞い上がっていく。

何ともいえぬ、牧歌的な空気であった。

彼女が凧を見上げながら、その背をモモンガに深く預ける。傍目から見れば、まるで恋人のようでもあり、歳の離れた兄と妹のような姿でもある。

 

 

「神様と過ごす時間は―――とても“甘い”んだね」

 

 

何度言っても神様と呼ぶのをやめない姿に、モモンガが「やれやれ」と諦めたような表情を浮かべ、共に凧を見上げる。

リアルには無かった“青空”に浮かぶ凧は、確かに見ていて気持ちをほぐしてくれるものだった。

 

 

「お気に召したようで何より―――だよ」

 

 

先日言った言葉をなぞり、モモンガも蒼穹を眩しそうに見上げた。

 

 

 

 




数多の英雄が激しく揺れ動き、一人の男を中心にして世界が動く。
しかし、中心はそこはかとないシュガーな空気だった。



ビーストマン
「そのまま遊んでて下さい!お願いしますから!(必死)」

ゼットン
「大人のデートには辛さも必要なんだよ?(その目はやはり、優しかった)」





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HANABI

―――リ・エスティーゼ王国 某所

 

 

ガゼフがモモンガを見つけるのに然程の苦労は無かった。

何処までも目立つ大魔獣は人に聞けばすぐに分かるわ、ゼットンは凧を揚げているわで、殆ど見つけてくれと言っているようなものである。

 

ガゼフが追いかけてきた事に当初は驚いていたモモンガであったが、小学生としか思えないゼットンとの二人旅に犯罪臭を感じていた事もあって、すぐさま合流を喜ぶようになった。

それに、まるでラノベに出てくるような正義心溢れる騎士が実は嫌いではないのだろう。魔王ロールをしながらも、とある聖騎士に強い憧れを持っていた事と無縁ではないのかも知れない。

 

 

「急に押し掛けてしまい、誠に申し訳ない」

 

「いえ、心強いですよ」

 

 

ゼットンがハムスケに乗ったまま勢い良く走らせ、凧を高く揚げている。

それを見ていると何とも平和で、ガゼフが城を一時出る名目でしかなかった休暇が、本当の休暇になったかのようでもあった。

 

 

「良いものですな。子供が元気に走り回る光景というものは」

 

 

ガゼフは“彼女”に対し、得体の知れないものを感じていたが、あえて子供と言った。

大英雄と共に居る人物なのだから、悪しき存在ではあるまいと思っているのだ。実際、人類を取り巻く厳しい環境を考えれば、王国の民を想うガゼフと、法国の感性はそれ程に遠くはない。

 

もしもガゼフ・ストロノーフの生まれが法国であったなら、その実力から間違いなく六色聖典のいずれかの隊長となり、人類全体を守る鋭い剣となっていただろう。

王国の民を想うか、人類全体になるのか、の差である。

ただ、彼の場合は大の為に小を捨てる事が出来ない為、神官長は手を焼くであろうが。

 

 

「モモンガ殿、今夜はいずこかの街まで行かれるのであろうか?それとも、野」

 

「野営にしましょう!」

 

 

ガゼフの言葉に、食い気味でモモンガが乗る。

森の家に連れて行く訳にもいかないだろうし、何よりモモンガは野営が嫌いではない。

リアルでは絶対に出来ない“キャンプ”の延長のようなものであり、以前にニニャと野営をした時も物珍しそうに喜んで準備をしていたものだ。

 

 

「ガゼフさんが来てくれて助かりましたよ」

 

 

モモンガが嬉々としてテントを広げ、珍しそうに釘を打ち付けながら固定する。

当然、彼が道中での野営道具や食料などを用意している筈もなく、ゼットンも身一つであった。

生活能力など皆無な二名なのだ。

まぁ、“王子”や“オーバーロード”に生活能力を求める方が無茶というものだろう。

 

野営に慣れているガゼフは実に手際よく準備し、瞬く間に野営の支度を整えていく。

驚く事に道具を使って土を掘り、竈のようなものまで作り上げている。戦場で鍛えた、いや自然と覚えていったものなのだろう。

 

その間もハムスケとゼットンは凧を揚げたり追いかけたりしており、子供が二名に増えたような感があったが、ハムスケはモンスター除けになっているので一応、働いてはいる。

準備が整った頃にはすでに日は陰り、木々の隙間から夕日が顔を覗かせていた。

 

 

「良い運動をした後のご飯は美味そうでござるなー」

 

「神様。お腹減った」

 

「まんま子供じゃないか………」

 

 

ガゼフが用意した食事は、冒険者などが野営で食べる一般的なメニューだ。ガゼフに料理の心得などはないが、野戦食とも言うべきものを作るのは流石に手慣れていた。

塩漬けの燻製肉が入ったシチューや、固焼きのパン、乾燥イチジク、塩気の強いナッツなどが並び、モモンガが物珍しそうにそれらを見て目を輝かせる。

 

 

(豪勢なディナーも良いけど、こういう野戦食っぽいのも悪くないよなー)

 

 

男なら、一度は食ってみたい物かも知れない。モモンガはロクに料理が出来ない為、精々皿を並べたりした程度だが、そこはかとない満足感に包まれていた。

 

 

「大英雄殿に、こんなあり合わせの物を出すのは心苦しいが……」

 

「いえいえ。旅をしながら、こういった食事を取れるなんて大満足ですよ」

 

 

まさに冒険者といった感じでもあり、モモンガは喜んでそれらを口にした。塩分を補給する為か、塩気の強い物が多いが、それも男の料理っぽくて悪くない。

ハムスケはロクに噛みもせずに次々と丸呑みにし、ゼットンは小さな口でパンに齧りついていたが、こちらの方が余程ハムスターっぽい食べ方であった。

 

 

「お腹一杯。寝る―――ハムスケ、枕になって」

 

「申し訳ござらんが、某の大きさではテントに入れないでござるなー」

 

「ハムスケ……使えない子?」

 

「酷い言い草でござるなー!」

 

 

一人と一匹がギャーギャー喚きながら、少し離れた木陰で悠々と惰眠を貪り始めた。

無論、アレらを襲うような命知らずのモンスターは居ない。

 

 

「モモンガ殿、その……彼女は……」

 

「法国から来たようで」

 

「法国、ですか……エ・ランテルでも会いましたが、モモンガ殿は法国に何か伝手をお持ちで?」

 

 

ガゼフの疑問は当然であった。

法国は人類を守護している国ではあるが、それは人知れず裏側から守っている事が多く、周辺の国家からすれば不気味な存在でしかない。

王国と帝国の争いにも口を出してくる事が多く、両国からすれば“漁夫の利”でも狙っているのではないか、と勘繰られている国でもある。

 

 

「いえ、特には。神だの、神様だの妙な呼び方をされていますが……」

 

「神、ですか。確かに、あの戦いを見ればそう呼ばれるのも無理はありませんな」

 

「私はただの人間ですよ。人よりほんの少し魔法が使えるだけの―――――人間です」

 

 

うっすらと浮かんできた月を見上げ、そう呟いた姿は幽玄さすら漂う、妖しいまでの美しさであった。ガゼフは何か、人が見てはいけないものでも見てしまったかのように慌てて目を伏せる。

 

 

「私も幼き頃、神童などと持て囃された事がありましたが、虚名に過ぎませんでした。御前試合の決勝で戦った男を見て、天賦の才というものを思い知ったのです」

 

「才能も天才型と、努力型に分かれる……などとよく聞きますね」

 

「私にもっと才があれば、あの男を死なせずに済んだかも知れない……そう思う事もあります」

 

 

死、という単語にモモンガの顔が曇る。

別れにも様々な形があるが、一番どうしようもないものは“死に別れ”であろう。

 

 

「………不躾を承知で聞きますが、その、蘇生は」

 

「俺の剣を侮辱するつもりか、と死に際に怒られましたよ」

 

 

ガゼフが静かに首を振り、シチューを口に運んだ。

その顔に悲しみはあるが、それに押し負けない程の凛とした強さを秘めた顔であった。

ガゼフ・ストロノーフという男の“芯”の強さに触れ、今度はモモンガが目を伏せる。

 

 

(これが“本物”の男、か……)

 

 

モモンガはイチジクを齧りながら、しみじみと思った。

しがないサラリーマンをやっていた鈴木悟と、剣一本で伸し上がった本物の英傑。只の男として比べれば、どちらに軍配が上がるかは一目瞭然だった。

 

自分とて、別れは幾度も経験してきた。

リアルの世界でも、ユグドラシルの世界でも。

だが、蘇生という魔法があるこの世界なら?例えば、親しい人が死んだとしたら?

相手の意思を尊重して、その喪失に、孤独に、自分は耐えていく事が出来るのかどうか。

 

 

(あのカジットという男は、母親を甦らせる為には悪魔にでも魂を売る勢いだった)

 

 

何が正しくて、何が間違っている、といった話ではないのかも知れない。

かろうじて分かる事は、ガゼフ・ストロノーフという男の精神が、自分より遥かに堅牢で強靭だという事だけだ。次第に夜の帳が降り始め、ゆったりとしたペースの食事が終わる。

二人が交代で睡眠を取る事となり、先に休むように言われたモモンガがテントへ向かう。

 

 

「私は、貴方の“強さ”を羨ましく思います」

 

 

モモンガの口から、自然とそんな言葉が出た。

それを聞いたガゼフは一瞬、驚いたように体を固まらせたが、やがてポツリと口を開く。

 

 

「それは……私こそ、貴方に言いたい言葉です」

 

 

ガゼフがモモンガの“背中”にそう返し、やがてその背中がテントの中へと消えた。

ガゼフ・ストロノーフはこの夜の語らいを誰にも語らず、日記にのみ記す事となるが、遥か後にそれが発掘された時には世紀の発見として世間を賑わし、何度目になるか分からない大英雄ブームが巻き起こる事となるが、これに関しては本人の与り知らぬ所である。

 

 

テントに入ったモモンガを見て、ゼットンがもぞもぞと起き出し、テントへと入っていく。

少しの間を置いて、中から間抜けな声が聞こえてきた。

 

 

「ちょ、ちょっと!狭いのに何でこっちの毛布に!」

 

「神様と寝る。……言葉にすると、少しエロい」

 

「最近の子供はませ過ぎでしょ……こんなの純銀の聖騎士に逮捕されちゃうよ……」

 

「神様の子供だったら、産んでも良いかも?」

 

「ストップ!本当に来そうだから止めて?!」

 

 

テントから漏れ聞こえて来る妙なやり取りにガゼフが珍しく笑みを浮かべ、月を見上げた。

この分だと、モンスターなど寄って来そうもないな、と。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

翌日、モモンガは遠隔視の鏡を使って竜王国のあちこちを見ていた。

本当はのんびりとした旅路が続く筈であったが、ゼットンが「歩くの疲れた」と言った所為である。歩いてたのはハムスケじゃん、とモモンガは突っ込みたかったが止めた。

いつの時代も、どんな世界でも、子供は気まぐれで我儘なものだ。

 

 

「これが神様の“秘宝”なんだ……凄い」

 

「途方も無いマジックアイテムですな……」

 

 

後ろで二人が其々に声を上げたが無理もない。

法国では百万人に一人と言われる適性者に額冠を装備させ、その上で無数の魔法詠唱者が大魔力を注ぎ込み、ようやく短い時間のみ使える《次元の目/プレイナーアイ》という大魔法があるが、それの無制限Verと言っていいだろう。

 

ポイントさえ指定すれば距離に関係なく、遠くの地点を見れるこの鏡は、この世界において反則だと言って良い。やろうと思えば居ながらにして、世界の動向すら見れそうであった。

 

 

「そんな便利な物ではありませんよ。無数の制限がありますしね」

 

 

モモンガがそう返したが、嘘ではない。

簡単な対情報系魔法ですら簡単に隠蔽されるし、攻勢防壁の反撃も受けやすくもあり、とても万能とは言い難いアイテムだ。当然、建物の内部などを見る事も出来ない。

他の魔法も併用すれば内部を見ることも可能ではあるが、ゲームならばともかく、この世界でやれば周囲の人間から人格を疑われかねないだろう。

 

 

(何より、この操作って疲れるんだよな……)

 

 

時折、腕を回したり、肩を動かしながら操作を続けていく。

暫くの間は別段、これと言った光景はなかったが、次第に戦跡ともいうべきものが見えてくる。

焼け落ちた村や、陥落した砦、散らばった人骨。

普通に考えて、朝から見るような代物ではなかった。

 

「何だこれ……」

 

二足歩行する虎やライオンのモンスターが闊歩し、気ままに人間を食らっている光景が見える。そのモンスターの姿も異様であったが、平然と人を食らっている姿に衝撃を受けた。

出来の悪い……いや、悪すぎるホラー映画のようだ。

 

 

「嘘だろ……」

 

 

人が頭から、足から、当たり前のように食われている。

中にはグルメな者もいるのか、煮たり焼いたりして食う者もいるようだ。

母親が泣き叫ぶ前で子供が食われ、妊婦の腹を裂いて血塗れの胎児を取り出している姿も見れた。何か幼い頃に絵本で見た、地獄でも見ているかのようである。

 

 

「ハハハっ……はっはは!何だこれ?!」

 

 

何故だろう?

最初に乾いた笑いが出た後、笑いが込み上げてきた。もう止まらない。

とてもじゃないが、現実のモノとして頭に入ってきそうもなかった。

 

 

「弱肉強食―――神様の国は違ったの?」

 

 

後ろから聞こえてきた、酷く冷たい声に我に返る。

感情など無い、精密な機械のような声だった。強く目を瞑り、心の動揺を鎮める。

弱肉強食、人が食われる。漫画の世界じゃあるまいし、そんなものある筈がないだろッ!と思わず叫びそうになったのだ。

 

 

だが、本当にそうか―――?

富裕層が貧困層を貪るようにして、何処までも搾り取る現実の世界は。

形を変えた“弱肉強食”ではなかったか。

 

 

「王国でもモンスターの被害は無視出来ませんが、これは余りにも……ッ!」

 

 

ガゼフさんの絶句したような声が聞こえてきたが、彼は恐らく、これまでに何度かモンスターに人が食われるところを見た事があるのだろう。自分とは驚き方の“種類”が違った。

 

 

「防波堤があっただけ。王国のこれまでの平穏は、作られた産物」

 

「作られた、だと……君に、我が国の何が分かると言うのか」

 

 

後ろから二人の声が響いていたが、鏡の中の、何処か浮世離れした光景から目を離す事が出来なかった。気持ちが悪くて吐き気がする。

 

 

「肥沃な大地。恵まれた立地。人間が安全に暮らせる場所。そこでは多くの人間が生まれ、その中から、いつかモンスターの侵攻に立ち向える勇者が生まれると期待されていた」

 

「君は、何を言っているのだ……」

 

「でも、貴方達は安楽に溺れ、暴力に溺れ、遂には黒粉にまで溺れ、人間同士で戦争までする始末。何故、神様はこんな愚かな国に降臨したの?」

 

「我々が、何の努力もしなかったとでも言いたいのか……!」

 

「結果の伴わない努力は―――――“無力”と言うの」

 

「訂正して貰おう。我々が流してきた血は」

 

 

 

 

 

―――――騒々しい、静かにせよ。

 

 

 

 

 

溢れるように口から出た、高圧的な言葉に二人が静まり返る。

この地へ“転移”する事を一方的に告げ、逃げるようにしてテントの中へと入った。あのモンスターらと戦うなら、用心の為にも軍服を装備しておかなければならない。

 

いや、待て。

本当に戦う……のか?

アレと……?

 

 

(とんでもない数のケダモノが、人を食ってたぞ……)

 

 

軍服を着ながら考えるも、頭は余り動いていない。

人が食われる光景を見ながら、冷静に思考出来る奴がいるなら見てみたいものだ。

大体、あんな数に自分は“勝てる”のか……?

最後にマントを装着した時、自分の手が―――僅かに震えていた。

 

 

(あんなケダモノらに寄って集って食われる……?冗談じゃないぞ……!)

 

 

腹の底から湧きあがってくるような……どうしようもない気持ち悪さが抑えられない。

これは“生理的な嫌悪感”なのだろうか?

かつて、ナザリックの第二階層にあった《黒棺/ブラック・カプセル》を見た時のような気持ち悪さと似ているような気がする。―――人とは相容れない存在、というやつだ。

黒棺はかつての仲間が作った大切な物だから、何とか受け入れる事が出来たが、あれは無理だ。

 

 

「ゴメン、神様。怒った?」

 

 

振り返ると、彼女が小さな体をより小さくして、項垂れていた。

別に怒った訳じゃない。

ただ、人が当たり前のように食われている光景に吐き気がしただけだ。だが、子供が平然としているというのに、怯えた姿を見せている訳にもいかないだろう。

 

 

「こっちこそ悪かったよ。言い方が少しキツくなってしまった」

 

「大丈夫、私が神様を守るよ?」

 

 

そう言いながら、彼女が正面から抱き付いてくる。

何だろう……俺は子供に心配される性質でもあるんだろうか。

娼館でもこんな図があったような気がするんだが……いや、思い出してはダメだ。あれは彼女と触れ合えた素敵な思い出でもあるが、恥ずかしすぎる黒歴史でもある。

もう、あんな醜態を見せる訳にはいかない。

 

 

「え、えっと……あのケダモノらは、どれくらい強いのかな」

 

「私には1mmや2mmの違いなんて分からない」

 

「えっ……?」

 

「人から聞いた話だと……昔、伝説のアンデッド《魂喰らい/ソウルイーター》が三体出現した時には、ビーストマンが10万人以上殺されたって聞いたよ」

 

「え”ぇっ……?」

 

 

ソウルイーターって、あの馬型のアンデッドの事だよな……。

あの雑魚モンスターで10万人が死んだ??

何だ、それは……。

アレにそこまで一方的にやられるようなのが、人間をあんな風に食ってるって言うのか??

 

 

(ふざけんなよ……ケダモノどもがッッッ!)

 

 

現金なもので途端、強烈な怒りが湧きあがってくる。

別に自分は聖人君子でも何でもないが、“同じ人間”が貪り食われているのを見て、平然としていられる程に冷たくはなれそうもない。

まして、放っておけば自分の知り合いにまで危害が及びそうだというのに。

 

 

「それにしても、この服……凄いね。キラキラしてるよ?」

 

「ん……」

 

 

率直な、そんな子供っぽい感想に毒気が抜かれる。

この服も、何だかんだと長い時間を掛けて作った苦心の作だから、褒められて悪い気はしない。

 

 

「まぁ……少し派手だけどね」

 

 

今では“光の軍神”なんて大層な呼ばれ方までされる原因となったものでもある。

エ・ランテルを襲ってきた死者の軍勢と言い、人を食らうケダモノと言い、光の軍神が戦う相手としては、相応しい敵だと言えるだろう。

 

 

(何だか………こんな戦いばっかりしてるな)

 

 

思わず噴き出してしまう。

この世界に来てからも、ユグドラシル以上の“ロールプレイ”をしている気がする。

ユグドラシルでは最初の頃、台詞を噛んだり、途中で恥ずかしくなって素になってしまったりしたものだが、最後の方では堂に入った魔王をやれていたものだ。

 

 

「光を纏う神様……いつか私の相手もして欲しいな」

 

「念の為に聞いとくけど、夜の相手とか言い出さないでくれよ?」

 

 

―――――ユグドラシルでは12年ものの、廃人プレイヤーで。

 

 

「そっちでも良いかも?」

 

「はぁ……この世界の性教育ってどうなってるんだ……」

 

 

―――――魔王から王子様になるわ、王やら軍神やらになって。

 

 

覚悟を決めてテントを出る。

既に野営の後は何処にもなく、ガゼフさんが綺麗に片付けていた。

 

 

―――――しまいには、神様呼ばわりときたものだ。

 

 

「モモンガ殿。その、転移というのは……」

 

 

その言葉に、苦いものが込み上げてくる。以前は面倒な事になりそうだと誤魔化した為、彼の中では10年に一度しか使えないという認識のままなのだろう。

 

 

「もう良いんです―――信頼出来る人達の前で、取り繕う必要なんてもう無い」

 

「それは、一体……」

 

 

―――――でも、この世界では“1年生”の“ルーキー”に過ぎない。

 

 

 

 

 

この世界に来て、どれだけの時間が経ったのだろう。

 

この世界に来て、どれだけの出会いがあっただろう。

 

希薄な繋がりしかなかった、リアルの世界。

 

最終日に全てが消えた、ユグドラシルの世界。

 

 

 

「竜王国へ“門”を繋げます―――全員、私の後に続いて下さい」

 

 

 

今、自分がするべき事は―――――とても単純にして、簡単な事だ。

 

何て事はない。

 

単に“振り出し”に戻っただけに過ぎないのだから。

 

かつての仲間が自分を救ってくれた、あの日のように。

 

 

 

「モモンガ殿……!?」

 

「神様?」

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前―――――そうですよね」

 

 

 

 

 

《転移門/ゲート》

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――竜王国 前線

 

 

焼け落ちた村の方々で、陽光聖典の隊員達が慌しく埋葬作業を続けていた。

殺された者や、貪り食われた者も、しっかりと埋葬しなければ後にアンデッドと化し、自分達の退路を絶ってくる可能性があるのだ。これらを怠った部隊が過去、何度手痛い目に遭ってきた事か。

今回のように敵の陣地まで深く入り込んで戦うケースなどは、退路の確保こそが最重要である。

 

 

「ニグン隊長……もう時間が……」

 

「泣き言は聞かん。ギリギリまで埋葬を続けろ……これ以上、敵は増やせん」

 

 

只でさえ、あの殺しても殺しても湧き出てくるビーストマンの攻勢に耐え兼ねているのだ。

この上、生者に恨みを持つアンデッドなどが誕生すれば、死者が死者を呼び、もはや全員の命が危うくなるだろう。

 

予備兵を総ざらいしても100名足らずの陽光聖典であったが、連日の攻勢により既に30名を失った。単に殺されたのならばまだ蘇生の可能性もあるが、敵は人ではない。

人間の全身を、余す所なく食うのだ―――蘇生など、望めるような相手ではなかった。

残りの70名で何とか交代しながら防衛を続けてきたが、もはや限界だ。

 

 

「ニグンちゃん、暗いねー。眉間の皺が消えなくなるんじゃな~い?」

 

 

軽い口調に顔を向けると、そこにも暗い目をした女がいた。

漆黒聖典のクレマンティーヌ。何度も離反を疑われていた、曰くつきの女だ。

自分の知るこの女は、こんな生死を賭けた前線に出てくるような女ではない。まして、この女は生粋の快楽殺人者だと言って良い。実力で今のところは見逃されているだけだ。

 

 

「改めて問うが、何の目的があってこの地へ来た」

 

「あっれー、そういう冷たい事言うんだー?さっきも私が来て助かった癖にー」

 

「フン……貴様の力など無くとも、我ら陽光に敗北など無い」

 

 

………嘘だ。

既に残りの隊員も疲労に耐えかね、その肉体も精神もボロボロである。戦地ではまともな食事にもありつけない事が多く、寝床も柔らかいベッドなど望むべくもない。

娯楽も救いも癒しも、何も無く。

24時間、人を食らう獣に神経をすり減らし、戦い、埋葬する―――これの繰り返しだ。

これで疲弊しない者がいるなら、それはもう、人ではない。

 

 

「ここも最低のクソだけどさ~、本国に居るよかマシかなーって」

 

 

クレマンティーヌが足元の石ころを蹴り、不貞腐れた態度をありありと示す。英雄の領域に片足を踏み入れている者とは思えぬような、子供っぽい態度だ。

 

 

「妙な事を言う……本国では神の再臨とやらで祭礼のような騒ぎと聞いたが」

 

「ハッ、どいつもこいつも良い歳こいて浮かれちゃってさー。つまんね」

 

 

この女は上層部の一部からズーラーノーンへの“内通”が疑われていた。

それ故に総攻撃から外されたと思っていたが、完全に自分の意思でこの地へと来たらしい。いや、不貞腐れてこの地へと勝手に来た、と言った方が正しいか。

 

 

「でも、ここも辛気臭いよねー。私ってば孤独で超可哀想ー」

 

(一番哀れなのは我々だ……!)

 

 

思わず叫びそうになったが、何とか心の中で押し留める。

神の再臨とやらが嘘か真実かはさておき、このような地でどれだけ働こうとも、その神の目に留まる事はないのだから。本国では一丸となって華々しいズーラーノーンへの総攻撃を行っているようだが、神への懸命なアピールに他ならない。

 

自分達がこの地で命を削っている間、本国の連中はぬくぬくと“神の目の前”で得点稼ぎをしていると思うと、頭が破裂しそうな程の怒りが湧く。

 

 

「隊長!連中です……連中がきましたッ!」

 

「うろたえるな―――数を正確に報告せよ」

 

「およそ250……いや、300は居ます!」

 

「チッ……クレマンティーヌ、お前にも働いて貰うぞ」

 

「あっれ~?ニグンちゃんってば、私の力なんて要らないんじゃなかったっけー?」

 

 

ニヤニヤとした顔に魔法を叩き込みたくなったが、今は争っている場合ではない。

即座に《監視の権天使》を召喚し、隊員達に方円の陣形を取らせる。この村は既に焼け落ちており、馬防柵もなければ防塁もなく、身を隠す術もない。

自分達で“円”を作って死角を無くし、敵の攻勢を凌ぎ切るしかないだろう。

 

 

「陣形を崩さず、徐々に後退せよ。後方の臨時拠点で反撃に移る」

 

「た、隊長……後方は本当に……ぶ、無事でありますよね?」

 

「……当然だ」

 

 

用心深く、臨時の拠点を作りながら少しずつ前へと進んできた。

そして、作成した拠点には竜王国が雇った冒険者らを抜かりなく入れ、万全の態勢を取ってきたのだが、その冒険者が一度ヘマをやらかし、後退して戻った時には敵に拠点を奪われていたのだ。

 

 

(セラブレイトの無能が……何がアダマンタイト級冒険者かッ!)

 

 

奪われるだけなら、まだ許そう。

度し難いのはその失態をこちらへ知らせもせず、ただ無様に逃げてくれた事だ。何も知らない自分達は激しい挟撃に遭い、貴重な30名の人員を失う事となった。

 

大敗―――――

殺しても飽き足らないとはこの事だ。

あの敗戦以降、連中は俄然勢いづいて攻勢を仕掛けてくるようになった。日に日にその鋭さは増し、今では“大攻勢”と呼んでも良い規模と化している。

獣だけに、相手の弱体化を見抜く“嗅覚”は異常に優れているのだ。

 

 

「ニグンちゃんも大変だね~。協力する気のない協力者ばかり抱えてさ~」

 

 

クレマンティーヌがケラケラ笑いながら、飛び掛ってきたビーストマンの頭を粉砕し、続けざまに2体を葬った。およそ人間の10倍のスペックを持つと言われるビーストマンが相手でも、この女の強さは抜きん出ている。

 

 

(だが、それだけだ……)

 

 

このような数がものをいう戦争形態では、個人の強さなどあってないようなもの。

今回、奴らが用意しているのは8万とも10万とも言われる大軍勢である。

過去に前例のない大攻勢の前に、既に一つの都市が落ちた。苛烈な攻撃に晒されている、もう二つの都市も陥落寸前の状況。

自分達が敗れれば、二つの都市も瞬く間に落とされ、竜王国は滅ぶだろう。

 

 

《正義の鉄槌/アイアンハンマー・オブ・ライチャネス》

《火の雨/ファイヤーレイン》

《聖なる光線/ホーリーレイ》

 

 

隊員達が次々と魔法を四方へ放ち、その隙に上位天使を召喚する。

だが、上位天使の持つ輝きは何処か色褪せており、力がない。召喚した存在は術者の力量が如実に現れるものであり、疲労困憊している隊員達の限界を知らせているようでもあった。

 

 

「ぁっ………」

 

 

その短い呟きは、誰が発したものであったか。

気付けば方円の一角を担っていた上位天使が光の粒子となって消えうせ、隊員の右手にビーストマンが喰らい付いていた。そして―――響く絶叫。

敵が人間であれば、その隙を見逃さずに総攻撃を仕掛けてくるだろう。だが、奴らは醜悪な笑みを浮かべながら、じわじわと包囲を縮めてくるのみであった。

 

 

奴らは知っているのだ。

興奮した肉が。

怯えた肉が。

―――――美味である事を。

 

 

普段は人間が猪や鹿を追い立て、狩猟をするものだが、ここでは違う。

人間が追い立てられるのだ。

 

恐怖に掻き立てられた獲物はアドレナリンなどのホルモンが分泌し、毛は逆立ち、その肉は固くなり、独特の臭みや癖が出るので嫌われるのだが、ビーストマンはそんな肉をこそ好む。

今もこちらへ見せ付けるように、口から食らい取った指を出し、骨を噛み砕くような音を立てながらニヤニヤと笑っている。

 

 

「手、俺の手がぁぁぁぁぁ!隊長、隊長!助けてくださいぃぃぃぃ!」

 

 

右手を食われた隊員の足が掴まれ、ズルズルと引き摺られていく。

助けたいのは山々だが、ここで陣形を崩せば全員が死ぬ。

部隊を預かる隊長として、そんな軽挙は絶対に出来ない。むしろ、ビーストマンが喰らい付いた肉に夢中になっている間に、後退するべきだろう。

 

それが、多くの命を預かる指揮官としての冷静な判断というものだ。

召喚した権天使を動かし、隊員達に指示を下す。

 

 

「こっの、薄汚い獣どもがぁぁあぁぁ!!」

 

 

気付けば、撤退どころか権天使の持つメイスがビーストマンの上半身を叩き潰していた。

馬鹿が……クソったれがッ!私は一体、何をしている!

横から「あっるぇー?ニグンちゃんってば意外と熱血?」と暢気な声が聞こえたが、それを無視して負傷した隊員を陣の中に入れ、隊形を組み直す。

 

怒り狂ったビーストマンが一匹飛び掛ってきたが、クレマンティーヌが目にも留まらぬ速さで飛び出し、鮮やかな武技を放った。

 

 

「ざ~んねん♪―――――《穿撃》」

 

 

次の瞬間、ビーストマンの胴体に5つの風穴が開き、その体が数メートル吹き飛ぶ。それを見た隊員達からどよめくような歓声が上がった。

気に食わない女だが、相変わらずケダモノじみた身体能力だ。

 

 

「どうニグンちゃん、私ってば強いっしょ。惚れた?惚れた?」

 

「馬鹿が………総員、歩調を合わせ後退せよ」

 

 

痺れるような緊張感の中、一歩、また一歩と後退していく。

じりじり焼かれるような焦燥に額から汗が流れ落ちてくるが、その汗を拭う事すら出来ない。

今はビーストマンも警戒しているようだが、あの数で襲い掛かってこられれば……。

もはや、壊滅は免れない―――――

 

 

「ねぇ、言っとくけど私は死ぬつもりはないからね~。ヤバくなったら逃げるからー」

 

 

口調こそ軽いが、クレマンティーヌの額からも滝のような汗が流れ出ている。

ここで大きな戦いとなれば、周辺から更なる数が押し寄せてくるだろう。そうなれば、一人残らずこの地で食われる事になる。

 

 

「むしろ、お前は逃げよ。本国に戻り、本当の神であるなら伝えて欲しい」

 

「モモちゃんに……?何をさ」

 

 

―――ニグン・グリッド・ルーインは、最後まで人の為に戦った、と。

 

 

その言葉に勇気付けられたかのように、隊員達が次々に自分の名も、と叫び出す。

例えこの地で死ぬ事となっても、神にその名が伝えられるなら、決して悪い死に様ではない。

 

 

「ぇ~~?そんな事言われても、モモちゃんは迷惑するだけだと思うけどー?」

 

「確かに―――――私に言われても困りますね」

 

 

後ろから聞こえてきた声に振り向くと、驚愕の光景があった。

本国で秘宝を守り、秘匿された存在である彼女が居たのだ。手には妙な物を持っており、それが風に揺れてフワフワと揺れている。

更に巨大な魔獣を挟んだ逆側にはあの、ガゼフ・ストロノーフが居るではないか!

 

 

(何だこれは……?!)

 

 

一番の驚愕は魔獣に騎乗している、白と黄金に彩られた神々しい軍服を身に纏った人物である。

埃すら鎮めそうな「威」に溢れ、その尊き御姿は言葉にすら出来ない。

まさか……まさか……あの御方が………!?

クレマンティーヌも一瞬、喜色を浮かべたが、横に居る彼女の姿を見てビクリと体を震わせた。

魔獣の上で―――眩い光を放つ御方が、タクトを振るように白き腕を動かす。

 

 

《魔法効果範囲拡大/ワイデンマジック》

 

《焼夷/ナパーム》

 

 

唸り声を上げ、方円へにじり寄ってきていたビーストマンの足元から天空めがけて炎の柱が吹き上がり、300体近くいたビーストマンが、残らず“宙”へと打ち上げられた。

一瞬で世界を紅蓮に包み込んだ、信じがたい魔力に全員が目を剥く。

だが、更なる衝撃が一同を襲った―――――光の攻撃は、まだ終わっていなかったのだ。

 

 

「我が名を称え―――――《魔法抵抗難度強化/ペネトレートマジック》」

 

 

その尊き親指と中指が重なり

 

 

「喝采せよ―――――ッ!《内部爆散/インプロージョン》

 

 

軽快な音を立てた時

 

 

打ち上げられたビーストマンが連鎖的に次々と空中で爆散し―――

 

 

古き竜の国に―――――新たな伝説となる“戦鼓”が打ち鳴らされた。

 

 

 

 

 

「―――――きたねぇ花火だ」

 

 

 

 

 

大攻勢に転じた、雲霞のようなビーストマンの大群が……この後、跡形もなく“消滅”する事になるなど、誰が想像しただろうか。

ニグン・グリッド・ルーインが後に記す書は幾つかあるが……

神の降臨を示すこの日には、光の軍神を称える賛美で満ちている。

 

 

 

 

 

見よ、侮る者たちよ

 

驚け、そして滅び去れ

 

光を纏う神は、我々の時代に一つの事をする

 

それは、人がどんなに説明して聞かせても

 

あなたがたの到底信じようのない事なのである

 

 

《ニグン・グリッド・ルーイン―――「審判の日」より》

 

 

 

 

 

 




遂に始まる竜王国での神話バトル。
ビーストマン達に明日はあるのか……!?


ビーストマン
「すいません許してください!何でもしますから!」

ゼットン
「ん?今、何でもするって言ったよね?」





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DRAGON KINGDOM

―――竜王国 玉座の間

 

 

「何だ、この書は……」

 

「ぞんざいに扱わないで下さい、陛下。前線から早馬で届けられた物ですよ」

 

 

竜王国の女王、ドラウディロンが呆れたように書を振り、宰相へと放り投げた。

書には「神の降臨あり―――総攻撃を行う。後詰の準備を」と記されていたのだ。馬鹿らしくて欠伸が出そうな内容である。

 

 

「で、陽光聖典の隊長殿は疲れておるのか?それとも、絶望のあまり黒粉でも決めておるのか?」

 

「意気揚々、その士気は天をも突かんばかりであったとの事です」

 

 

ドラウディロンは反射的に「阿呆かっ!」と叫びそうになったが、かろうじて堪える。

この戦況を見て、何処をどうしたら総攻撃などという“寝言”が出てくるのか、サッパリ理解出来ない。既に一つの都市が落ち、そこでは地獄のような宴が繰り広げられているのだ。

 

ビーストマンの大侵攻、大攻勢とも言うべきものが始まり、既に国内の混乱は留まる事を知らない。物価は上がり、避難する民も続出し、大勢の民が食われた事による、直接的な働き手の消失など、もはや一国としての崩壊は時間の問題である。

首都に全国民を集め、篭城するしかないとの案すら出ているのだ。

 

一般的に、モンスターの強さを測る“難度”というものがあるが、成人男性を3とすると、ビーストマンは10倍にもなる30に達する。これまでは兵士だけでなく、多くの冒険者を雇い入れ、どうにか進攻を防いできたが、10万にも達する大侵攻など防ぎようもない。

 

それに加え、竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者は重度のロリコンであった。

二重の意味で救えない。

彼はねっとりしたクッソ汚い視線を度々、女王へと送っており国の前に貞操の危険すらあった。

 

 

「前線に超イケメンが現れたと言うが、それが陽光の連中が言っておる神なのか?」

 

「そのようですな。伝令の騎士も興奮しておりました」

 

 

ドラウディロンは思う。

美貌の者など、舞踏会や社交界では華となる存在であろう。

だが、そんな者を前線に置いて何の役に立つのかと。

 

 

「それ程にイケメンなら、むしろ城に来て哀れな私を慰めて欲しいくらいなのだが」

 

「阿呆ですか、陛下は。前線から下げられる者など一人も居りませんよ」

 

「阿呆とは何だ!私とて酒やイケメンぐらい居なければやってられんわ、こんな状況!」

 

「それよりも、幼子が信頼を寄せるような手紙を書いて下さい。前線に届けますので」

 

 

危機に立ち向かう前線の指揮官達に、幼い女王が拙い字で必死に書いた手紙を届けるのである。

それを見た指揮官達は幼い女王を想って涙を流し、死力を尽くして戦う、という図であった。もはやそう言った幻想や、精神的な麻薬でも無ければ戦っていられない状況なのである。

 

 

「ぐぇー。酒じゃ!酒!あんなもん素面で書いていられるか」

 

「ぐでんぐでんに酔う前に書いて下さいね。ノルマは50枚です」

 

「書けるかっ!」

 

 

有能な宰相は馬鹿馬鹿しいと思いつつも、この国の命綱でもある陽光聖典からの要望に応えるべく、前線へと兵を回す準備を整えるのであった。

考えたくもない事だが―――彼らに臍を曲げられると、この国は終わるのだから。

 

 

(手紙など、もはや気休めにもならないでしょうが……)

 

 

前線にそんな物を届けなければ士気も保てない状況など、末期的である。

だが、どんな小さい手でも打てるものは全て打たなければ生き残れないのだ。そして、破れかぶれとも言える手紙乱舞が思わぬ効果を生む事になるのだが……。

流石の宰相も、これは予想していなかった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――竜王国 前線

 

 

一旦、最前線より後退し、後方の臨時拠点で各々が準備を整えていた。

後続の部隊を待ちつつ、武器の手入れや食事、交代での睡眠など、其々準備に余念がない。

明日の戦いに敗北すれば、命がないのだ。

 

 

モモンガは城より届いたという手紙を広げ、そのままの姿勢で動けずにいた。

当初は字を読めるマジックアイテムの眼鏡を試そう、といった軽い気持ちだったのだが、読んでいく内に胸から込み上げてくるものがあったのだ。

手紙には幼い王女が必死に書いたのであろう、拙い字がびっしりと書き記されている。

 

前線に居る者を心配し、眠れずに食事も喉を通らない事、自分達を恃みにしている事、昼夜を問わず祈り続けている事、などなど……手紙には、幾つもの水滴が滲んだ痕が残されており、幼い女王が涙を流しながら書き記したのであろう痕跡があった。

それらを見ている内に、一つの熱い思いが込み上げて来たのだ。

 

 

(これだよっ!子供ってのは本来、これでしょ!)

 

 

モモンガは自分の中の父性なのか、母性なのか、よく分からないものが刺激され、一種の感動すら覚えていた。まさか、独身である自分に“子を想う”ような、そんな感性があるとは思っていなかったのであろう。―――独身どころか、彼は童貞であった。

 

何より、彼がこの世界で出会ってきた子供(?)や姫というものが、一癖も二癖もありすぎたという事もある。こればっかりは同情に値すると言って良いだろう。

純粋な幼い女王(?)からの手紙に、つい心が動いてしまったのも無理はない。

人間、灼熱の太陽に晒されていると、日陰に入っただけでも涼しく感じるものなのだから。

 

モモンガが眼鏡を収納して辺りを見ると、他の兵士達や冒険者も似たような事を思っているのか、空を見上げる者や、涙する者、剣を掲げる者なども居た。

ガゼフ・ストロノーフも手紙に目を通し、決意に満ちた表情を浮かべている。

 

 

「やりましょう―――ガゼフさん」

 

「えぇ、民草を想う幼き女王の気持ちに応えたく思います」

 

 

二人が拳と拳をぶつけ、笑みを浮かべた。

手紙を読んだゼットンは何度か首を振り、無言で陽光聖典の隊員へと手紙を回す。

あの水滴は“酒”だろうと思いながら。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(ガゼフめ……あの剣術馬鹿めがッ!脳まで筋肉の異教徒が!)

 

 

一方、憤懣やるかたないのはニグンであった。

神と余程親しいのか、あのガゼフが常に隣へ立って何事かを話しているのだ。

しかも、今は拳と拳までぶつけ合って笑っているではないか!

 

 

(ガゼフめ……やはり、あの時に殺しておくべきだったのだッッ!!)

 

 

神とあのように親しげに……とてもではないが、許せるような事ではない。その分不相応な態度を猛省し、自己批判の果てに100回死ぬべきだ。いや、1000回死ぬべきであろう。

ガゼフ・ストロノーフ、ガゼフ・ストロノーフ!ガゼフゥゥゥゥ!!

 

 

「落ち着きなよ、ニグンちゃん。ぶっちゃけ、見てて怖いんですけどー」

 

「これが落ち着いていられるかッ!あの腐った王国などに神が!光の、私がっ……」

 

 

自分が興奮しすぎている事に気付き、一つ咳をして言葉を区切る。

クレマンティーヌは山猫のように目を吊り上げ、番外席次……彼女の方をチラチラと見ていた。

自分もロクに姿すら見た事がない、紛うことなき“神人”である。あの彼女が黙って付き従っているという事が、あの御方が居ながらにして、既に神である証明ともなっていた。

 

 

「その、し……彼女は……神殿で秘宝を守っていると聞いていたが……」

 

「知るかよ、あんな人外の化物の事なんて」

 

 

吐き捨てるように言ったクレマンティーヌを見て思う。

こいつは一度か二度、派手にぶちのめされたのかも知れない、と。それとも、戦う前から怯えて戦闘にすらならなかったのかも知れない。

いずれにせよ、自分達の常識からは大きく外れた存在だ。

 

後続から次々と兵や冒険者が隊列を組んで現れ、それと同時に神が本陣とも言える大きな建物へと入った。慌てて自分もそれを追う。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

巨大な地図が置かれた台の周りを囲むようにして椅子が並んでいる。

其々が自らの立場に応じた位置へと座り、将官クラスの人間や冒険者などで部屋が埋まった。

台の上の地図には、近辺の詳細な拡大図が置かれており、味方や敵の位置が詳しく記されている為、地図を見ながら、其々が好き勝手に議論を交わす。

 

 

「この一直線に並んだ図……身震いがしますな」

 

「しかし、戦とは生き物……敵は今も動いていると見て良いでしょう」

 

「人であればそうであろうが、奴らは獣だ。こちらを食料としか見ておらん」

 

 

実際、ビーストマンからすれば人間など「兎」や「豚」のようなものであろう。そんなモノを相手に巧緻を凝らしたり、陣形を変えたり、などの労は取らない。

あるがままに、時には“手掴み”で捕らえて食うだけである。

 

そんな彼らの気持ちが、侵攻してくる形へと如実に表れていた。猥雑な、と言っていい程に歪な形の直線で押し寄せてきているのだ。

ただ真っ直ぐに進んで、早い者勝ちで食う、と言っているような陣形である。知というものをまるで感じない姿を嗤う前に、その恐るべき自信と凶暴さに一同は改めて身震いした。

 

自然、一同の視線はニグンへと向けられる。

彼の立場といえば、あくまで“傭兵”に近いものであったが、その有能さは誰もが認める所である。時に非情とも言える決断を下すが、それに異を唱える者は少ない。

百を切り捨てても、千や万を救ってきた優秀な指揮官である事を其々が痛感しているのだ。

 

既に一つの都市が陥落し、住民は地獄のような宴の中で死滅した。

更に二つの都市が包囲されているが、彼が部隊を率い、ゲリラ的な動きで幾度も痛撃を加えてきた為、何とか持ち堪える事が出来ているのだ。

長い戦いを通じて実力を示し続け、今では他国の人間でありながらも、誰もが彼の指示を仰ぐようになっている。行われる会議も、殆ど彼の独擅場であったのだ。

 

 

だが、いつもなら雄弁な彼が―――沈黙を保っている。

 

 

それだけで、異常な光景であった。

ニグンは胸の前で腕を組み、その目を強く閉じていた。その表情は何かを耐えているようでもあり、何かを待ち侘びているようでもあり、迂闊に声すら掛け辛い態度である。

 

 

「その、彼は……王国の……」

 

 

誰が言ったのか。

恐る恐る、と言った声量で問われた声に、一同がバツの悪そうな表情を浮かべる。誰もが触れずに居たのに、それに触れた馬鹿は誰だ!と言わんばかりの光景であった。

誰もがそれを問いたかったが、何らかの事情を察し、あえて口を噤んでいたのだ。

 

 

―――かの、“近隣諸国最強”の名を欲しいままにするガゼフ・ストロノーフ。

 

 

本来、この場所に居る筈もない人物がニグンと同じような格好で鎮座しているのだ。しかも、上座ではなく、一段下った所に座しており、その対面にはニグンが座っている。

二人は時折、目を開いたかと思うと、互いへ鋭い視線をくれていた。

 

毎年のように戦争を続ける王国と帝国、それへ強く介入する法国との不協和音は誰もが知るところであり、その事に不審を覚える者はいなかったが、やはり同じ部屋に居るのは不自然すぎた。

 

更に不自然なのは、ぽっかりと空けられた上座と、その隣の小さな椅子。

小さな椅子の方には少女が座っており、手に持っている玩具のようなものを捻くり回していた。

一同からすれば何が何やら、意味が分からない。

だが、それが意味するところを―――すぐさま、理解する事となる。

 

 

その“上座”に座るべき人物が、二階から降りてきたのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

階段から降りてくる足跡が聞こえた瞬間、ニグンが席から立ち、片膝を突いて深々と頭を下げる。

この傲岸で、人を人臭しとでも言いたげな男が、額を地にこすり付けんばかりの態度を取った。体面に座るガゼフ・ストロノーフらしき人物まで恭しく頭を下げている。

 

一同がその態度に困惑していると、ニグンが静かな声を上げた。

戦場ですら殆ど感情を見せない、氷の指揮官である。その彼が“激憤”を堪えかねるような、異様なまでの静かな声を響かせた事により、一同にはじめて衝撃が走った。

 

 

 

「頭が高い―――――悉く、頭を下げよ」

 

 

 

それは、“命令”であった。

金で雇われた傭兵、その指揮官。それが、あるがままの彼の立場でもある。だが、彼はそんな事など頭の欠片にもないような姿で―――高圧的に一同へ“命令”を下した。

彼の実力を知るからこそ、一同は彼を立ててきたのだ。だが、こうも高圧的な態度でこられると興醒めであり、何を勘違いしているのか、と怒りを表わす者まで出てきた。

 

 

「よいのだ、ニグン―――――戦場の習い、辞儀は不要よ」

 

「わ、我が名を……ははぁ―――っ!」

 

 

ニグンが感激を隠せぬ様子で頭を下げ、体を震わせる。

声をかけた人物が威風堂々たる姿でマントを翻し、颯爽たる姿を一同の前に現した時、部屋に異様などよめきが起きた。―――眩い光に包まれた、神秘の塊のような存在。

いや、あれが法国の連中が語ってきた“神”という存在なのか!?

 

 

「ぉ……おぉぉ……」

 

 

呻き声と共に、誰かが席から派手に転げ落ち、深々と頭を下げた。

次々と周囲に“それ”が伝播し、建物内の雰囲気が一変する―――誰もがこの眩い存在の前で頭を下げずにはいられなかったのだ。そして湧きあがってくる、どうしようもない喜悦。

 

これから、この“光”と戦場を駆ける事に、言葉に出来ない程の興奮が込み上げてきたのだ。

余りにも美しく、威に満ちたその存在は―――“至高”という単語以外は当て嵌まらない。

ニグンが頭を下げる一同を目の端に収め「愚物どもが……反応が遅い」と吐き捨てたが一同は怒るどころか、その言葉に一層、頭を下げて恐懼した。

 

 

(はぁ……やっぱりこうなるのか……)

 

 

一瞬にして怪しげな宗教団体と化した建物の中で、モモンガは眩暈を感じていた。

せっかく二階で覚悟を決め、アクターとしてロールを貫徹しようと決意を固めて降りてきたのだが、早くも心が折れそうである。

 

 

(な、何とかうまく、話を持っていかなきゃ……)

 

 

あのモンスターの難度は聞くところによると30だという。

つまり、ユグドラシルに換算すると10lv程度の雑魚モンスターという事だ。あれらが10万人いようが、自分には傷一つ付けられないだろう。

余り意味の無い仮定だが、たとえ100万人いようとも超位魔法を使えば、殲滅する事は容易いと思われた。だが、超位魔法の内容は“えげつない”ものが多いのだ。

 

ゲームなら軽いタッチで描かれるようなものでも、この世界で使えばとんでもない災害や災厄を引き起こすようなものばかりであり、迂闊に使えば光の軍神から邪神になりそうである。

これまで歩んできた道筋や、周囲から持たれているイメージを考えると難しい問題だ。

 

 

(やっぱり、アレしか無いか……)

 

 

頭に一つの案が浮かんだと同時に、体が勝手に動き、椅子から立ち上がって地図へと近づいていく。中央に置かれた大きな地図には、詳細な敵の位置が記されていた。

瞬間、背筋を這うような嫌な予感が走る。

 

 

「光の御方、敵は縦深陣にも似た直線上に布陣しており、迂闊に手を出すと左右より獣どもが押し寄せてくる形となっております」

 

(ひ、光の御方って……何か神様より酷くないか!?)

 

 

ニグンさんの声に雷同するように、其々から声が上がる。

それらの多くが戦術論だったが、聞いても何を言ってるのか殆ど分からない。自分はゲームのギルド戦や防衛戦などの経験はあるが、こんな“本物の戦争”なんて理解の範囲外だ。

だが、鼓動と火花が全開で発動中の身は、おくびにもそんな様子は見せない。

 

それどころか、何を思ったのかアイテムBOXから“キセル”を取り出し、まるで戦国時代の傾奇者のように悠々と口に咥えたかと思うと、白い煙を吐き出したのだ。

 

 

(ゲホッ!……こいつ、何をやり出す気だ!?)

 

 

普段、煙草など吸っていない体は咳き込みそうになっていたが、このスキルがそんな無様な姿を見せる筈もなく、堂々たる吸いっぷりを披露した後、周囲を睥睨した。

そして、キセルをおもむろに地図へと置き、そのキセルが地図上の敵の陣地を真っ直ぐに進んでいく。さっき感じた嫌な予感は、恐るべき精度で的中した。

 

 

「神様……本気なの?」

 

 

横から珍しく、ゼットンが困惑したような声を上げる。困惑してるのはこっちだよ!と叫びたかったが、この口は動かず、ただ静かな笑みを返したのみであった。

しかも、憎たらしい程に落ち着いた、男らしい笑みである。

前ではガゼフさんが顎に手を当て、地図を親の敵のような目で睨み付けていた。

 

 

「恐るべき、一騎駆けですな……」

 

「一騎駆けこそ―――――いくさ場の花ではないかね?」

 

 

何が花だよ!手の込んだ自殺じゃねーか!

勝手な事をほざく口を捻りたくなったが、その言葉にどよめきが起き、次第に建物全体が異様な興奮に包まれていく。あ、これダメなパターンだ。

 

 

「光の御方……どうか我々陽光聖典の者も、盾となりて死ぬ事をお許し下さい」

 

「覚えておけ、ニグン―――死んだ魚は水をはねない。誰も水に濡れなくて済む」

 

「そ、それは……まさか……」

 

(頼むからこの口、閉じてくれよ!)

 

 

だが、そんな儚い願いが通じる筈もなく。

体が勝手に動いたかと思うと、派手にマントを翻し、部屋の中に居る全員へ向けて“背”で語った。

 

 

「―――――数の差が、戦力の決定的な差ではないということを教えてやる」

 

 

スキルが言いたい放題に言ってのけた後、部屋に異様な沈黙が舞い降りる。それを横目に見ながら、逃げるようにして二階へと上がった。

もう下に降りられなくなったじゃないか……この馬鹿スキルめ!

 

 

モモンガは二階の扉に鍵をかけ、備え付けのベッドで暫く転げ回る事となった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「先端の“鏃”は、鋭ければ鋭い程に敵陣を切り裂く。私も共に斬り込むつもりだ」

 

 

モモンガが去った後、下の大部屋ではガゼフも決意に満ちた声を上げていた。

彼は帝国との戦争で何度か一騎駆けをした事があり、そういった意味では経験者と言える。尤も、そうしなければ部隊が壊滅すると思ったからこそやった大博打だ。

誰が好き好んでそんな危険極まりない……いや、“自殺行為”をするだろうか。

 

 

「無用だ、ガゼフ・ストロノーフ。“尊き光”に付き従うのは、我ら“陽光”の使命よ」

 

「君達の国が古くから神を信奉している事は理解する。が、戦場にまでそれらの教義を持ち込むのは感心せんな」

 

「神への感謝を忘れ、人間同士で戦争をしている愚物国家の軍人がどの面を下げて人がましく口を叩くか。国へ戻って愚かな派閥争いの続きでもしていたらどうだ?」

 

 

 

 

 

「―――――お前ら、黙れ」

 

 

 

 

 

小さな少女の声に、部屋内が凍り付く。

物理的な圧力すら感じる、異様な気配が彼女を包んでいた。

 

 

 

「ははッ、10万のモンスター相手に、一人で突撃?アッハハ―――ッ!」

 

 

 

少女が遂に壊れたように笑い出し、その姿に誰もが息を呑む。迂闊に声を上げれば、問答無用で頭をカチ割られかねないような、危うい雰囲気であった。

 

 

 

―――――そんな面白い事、一人でさせるもんか。

 

 

 

狂った、としか言い様がない目で少女が天井を見上げ、部屋を出ていく。

その様子に誰もが沈黙し、少女が出ていった後、ガゼフとニグンの全身から滝のような汗が流れ落ちた。周囲の男達の中には、膝から崩れ落ちた者も居る。

それ程に、少女の発したオーラが狂気に満ちていたのだ。

クレマンティーヌも部屋の隅で髪を逆立てており、完全に山猫のような姿となっていた。

 

 

(人外のバケモンが……お前なんかにモモちゃんは渡さねーぞ……)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――翌朝 前線

 

 

急遽、と言って良い勢いで掻き集められた2万の軍勢が前線でひしめき合っていた。

興奮した声や困惑した声、配下の兵に訓示を与えている者も居る。

数多とも言える兵達の顔に共通しているのは、絶望であった。上層部が何をトチ狂ったのか、あのケダモノらの群れへ総攻撃を仕掛けると言い出したのだ。

あの雲霞のようなビーストマンの群れへ飛び込むなど、笑い話にもならない。

 

 

「お偉いさん方は何を考えているのやら……」

 

「大方、ヤケになって自己陶酔の自殺でもはじめたんだろうよ……」

 

「死にたいなら勝手に一人で死にやがれ!巻き込まれるこっちの身にもなれや!」

 

「しっ!声が大きいぞ!」

 

 

まだ怒っている者は元気がある、と言っていいだろう。

殆どの者が俯き、故郷に居る両親や恋人などを想い、悲痛な表情を浮かべていた。

 

 

「この戦いに負けりゃ、この国はどうなるのかな……」

 

 

まだ幼なさを残した兵士の目から涙が溢れ、地面を濡らした。

自分も、村の皆も、優しい両親も、何もかもが獣どもに生きながらに食われる地獄絵図が頭に浮かび、涙が止まらなくなったのだ。どれだけ足掻いても、人には勝てる筈もない凶悪なモンスターを前に、自分達は余りにも無力だった。

 

 

「俺が死んだら、年老いたおふくろは……」

 

 

ある兵士は年老いた母親を想い、涙した。

毎年の種蒔きや、収穫などの重労働を思えば、自分が居なくなればたちまち困るに違いない。貧しいながらも、懸命に自分を育ててくれた母を思えば、胸が張り裂けそうに痛むのだ。

 

朝焼けの太陽が顔を覗かせた頃、本陣とも言える方角からどよめきが起きた。

著名な法国の傭兵部隊が現れたのだ。彼らは多くの村を救い、体を張ってビーストマンの侵攻を食い止めてきてくれた、まさに“救い神”とも言える部隊である。

 

そんな彼らが、“全員騎乗”している姿を見て、どよめきが更に大きくなった。魔法詠唱者のみで構成されている彼らが、馬に騎乗しているなど異様な光景である。

自殺めいた総攻撃という話が、本当である事を証明したようなものだ。

 

 

「本気で、やる気かよ……」

 

「狂ってやがる……もう何もかもおしまいだ……」

 

「もう生きて帰れねぇんだな……ははっ……」

 

 

多くの兵がヤケになり、怒気やら絶望に包まれつつあった頃―――“それ”は舞い降りた。

巨大な影が2万の軍勢の頭を飛び越えていき、その先頭へ軽やかに着地したのだ。

それは、見上げるような大魔獣。

その身は白銀に彩られ、眼には深い叡智を湛える神秘的な存在であった。「智」と「威」を兼ね備えた大魔獣に誰もが息を呑み、それに騎乗する存在を見た時、方々から呻き声が上がった。

 

 

「お、おぉぉ………」

 

「おぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

―――――それは、人を惹き付けて止まない存在。

 

 

 

 

 

かつて孤独に苦しみ、小さな繋がりを求めた男が居た。

 

彼は全てを失う日、“星”へと願ったのだ。

 

その願いは確かに叶った。

 

だが、それは星の力だけではなかっただろう。

 

 

 

「―――――我が“背”のみを映し、ただひたすらに駆けよ」

 

 

 

彼が多くの人から愛されたのは。

 

その行動が数多の脅威から人々を守り、その心を救ってきたからに他ならない―――――

 

 

 

「これより我ら、修羅に入る―――――ッ!」

 

 

 

瞬間、彼の全身から幾つもの魔法陣が現れる―――

その神秘的なまでの美しさに誰もが心を奪われ、遂に全軍が発狂したような大歓声を上げた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

その魔法陣に描かれた文字は一秒足りとも同じものを映さず、刻一刻とその紋様を変えていく。

奇跡、というものが目の前で始まろうとしているのだ。

その圧倒的な魔力と美しさに、ニグンは殆ど度を失っていた。無理もない……彼ら陽光が信奉してきた光が、いま舞い降りようとしているのだ。

 

 

(間違いないッッ!伝説の“第十一位階魔法”………もはや、この場で死すとも悔いはないッ!)

 

 

ニグンが奇跡を前に激しく揺さぶられていた頃、ガゼフもその圧倒的な光景に目を奪われていた。

彼も幾多の戦場で多くの魔法を目にしてきたが、これは次元が違いすぎた。

 

 

(モモンガ殿……貴方は……)

 

 

この光景を見れば、“神”と言われても無理もない姿であろう。

むしろ、神以外の何と呼べばよいのか。

 

 

(だが、貴方は自らを人であると語ってくれた……)

 

 

そして、彼は自分のような非力な者へ「その強さを羨ましく思う」とまで言ったのだ。それが意味するところは、彼は自らの中に何らかの弱さを抱えているという事だろう。

ガゼフはレイザーエッジを強く握り締め、眼下に蠢くビーストマンの群れを睨み付けた。

 

 

「盾となって死ぬ、か………」

 

 

城を出る時に、陛下へと言上した言葉。

奇しくも、あの陽光聖典の隊長も同じ事を言っていた事を思い出し、不敵な笑みが浮かぶ。

気に食わん男ではあるが、その“心”だけは本物であった。自分ですら耐えられるかどうか分からない、こんな地獄のような戦場で、あの男は愚直なまでのひたむきさで戦っていたのだ。

そして、エ・ランテルでもあの老婆が率いる部隊は、体を張って死者の軍勢を食い止めてくれた。

 

 

(法国を、俺は誤解していたのかも知れんな……)

 

 

だが、あの少女の事だけは気になる。

外見こそ幼いが、昨夜のあの一瞬―――恐るべき殺気を放ったのだ。あんな幼い少女を悪しき存在とは思いたくないが、あの刃が王国に向いた時、自分ではとても止める事が出来ないだろう。

 

兵達から大きなどよめきが上がり、前を見るとモモンガ殿の全身を包む魔法陣が眩いまでの極色の光を放っている。水平線に太陽が昇り、切り裂くような声が戦場に響き渡った。

 

 

絶望を呼べ―――――

 

 

慄く者に―――――

 

 

 

 

 

「無慈悲を振り下ろせ―――――ッ!《天軍降臨/パンテオン》」

 

 

 

 

 

その左手が水平を切り、周囲に6体の天使が光の柱と共に降臨した。

圧巻の光景に目を奪われる暇もなく、モモンガ殿の両手が天高く突き上げられ……

その手が勢い良く振り下ろされた―――!

 

 

 

「―――――吶喊ッ!」

 

 

 

大魔獣が天高く跳躍し、眼下に蠢くビーストマンの群れへと飛び込んでいく。

その姿に全軍が大歓声を上げ、その眩い背を追った。

 

 

 

 




満を持して放たれた超位魔法!
次回は10万の大群に、二人のオーバーロードが戦いを挑みます。





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天と地と

白銀の大魔獣が着地した瞬間、その長い尾を振り回す。

たちまち、周囲にいたビーストマンが藁人形のように吹き飛び、五体を散らばらせた。

それらに一瞥もくれず、“光”が前方へと突出する。その無造作とも言える姿は敵など眼中に入っていないかのようであった。

 

そして、前方と周囲を守るように浮遊する《門番の智天使/ケルピム・ゲートキーパー》が手に持った槍を振り回す。穂先に炎が宿った槍が振るわれる度、冗談のような速度でビーストマンが消滅していくのだ。一度の攻撃で30~40ものビーストマンが地上から消えていく。

 

それが、6体居るのである。

加速度的にビーストマンの損害が増えていき、先頭に居た勇猛な群れが瞬く間に消滅した。

 

後ろからそれを見ていた軍勢の心境は、如何ほどであったか。

召喚された天使は獅子の頭を持ち、光り輝く鎧を身に纏い、その身を4枚の光の翼で包んでいた。その手には槍だけでなく、神秘的な目の紋様が入った盾も持っており、信心など欠片もない人物であっても、それが如何に神聖な存在であるのか一瞬で理解するだろう。

 

門番の智天使は索敵能力にも優れ、何よりも優秀なタンク役であった。

タンク役、盾となる存在。

それは雲霞のような敵がひしめくこの戦場にあって、非常に心強い存在であった。何せ、敵のヘイトやターゲットが全て彼らへと向くのだ。

 

 

「~~~~~~~~~~~!」

 

 

ビーストマンは自分達を蹂躙していく天使に激しく動揺しながらも、憎悪を掻き立てられ、決して敵わない相手に無謀にも立ち向かっていく―――いや、立ち向かわされる。

80lv台の決して手の届かない超常の存在に対し、我を忘れて飛び掛かってしまうのだ。

 

何せ敵が―――あの天使が憎い。逃げられない。逃げたくない。背を向けられない。あの敵に痛撃を加えたい。あの敵を殺したい。喉元に喰らい付きたい!

 

 

あの敵を!

あの敵を!

殺せ殺せ!

踏み潰せ!

 

 

後続する軍勢からすれば、こんな楽な戦いはないだろう。

こちらに視線すら向けず、何かに夢中になっているような、がら空きの背中を見せているビーストマンに後ろから斬りかかり、突き刺し、思う存分に魔法を叩き込めるのだ。

 

 

「村の敵……死にやがれッ!」

 

「見たかっ!俺の槍があいつらを刺したぞ!」

 

「死んだあいつらの分まで俺が……俺がァァァァ!」

 

 

全軍が発狂したように討ち漏らしたビーストマンへ突っ込み、蹂躙していく。

運良く瀕死の状態でいても、後続する軍勢の馬蹄にかけられ、カエルのように踏み潰されるビーストマンも続出した。完全に立場の逆転である。

 

そんな中、一人の少女が疾風のような速さで光の前方へ突出し、手に持った《戦鎌/ウォーサイズ》を“全力”で水平に振るった。凄まじい衝撃波が発生し、ビーストマンの上半身と下半身がカッターで切られたかのように両断されていく。

 

その凄まじい攻撃に後ろから歓声が上がったが、少女は引き絞られた弦のように全身に戦気を漲らせ、超速で戦鎌を真一文字に振り下ろした――!

 

先程放たれた衝撃波と真一文字の衝撃波が重なり、十字の形となった衝撃波が直線状に並んでいたビーストマンを余す所なく切り裂き、蹂躙していく。

衝撃波が消えた頃には、前方に居たビーストマンは何処にも居らず、死骸だけが転がっていた。

 

言葉にも出来ぬ圧巻の光景が出来上がり、少女が「どう?」とでも言いたげな得意気な顔で“光”を振り返った。それはまるで、気になる人へ何かを自慢しているような姿でもある。

だが、光は何事も無かったかのように速度を緩めず、更に前方へと突出していく。

 

一見、それは冷たい態度に思えたかも知れない。

だが、そうではないのだ。光からすればそれは、別に驚くような光景では無かった。

彼は純銀の聖騎士が放つ《次元切断/ワールド・ブレイク》を日夜、目にしてきたのだから。

 

開戦から僅かな時間で既にビーストマン側の死傷者数はうなぎ登りであったが、その母数が母数であり、未だその数は地表を埋め尽くすほどである。

 

 

「門番の智天使よ―――“威”を以って“我が道”を拓け」

 

「畏まりました、召喚主よ」

 

 

“光の声”に呼応するように智天使の全身が光り輝き……

その光に後続のニグンが「見よ、あの光をぉぉぉぉ!」と狂ったような声を上げ、ガゼフを苦笑させた。しかし、放たれた光は―――冗談では済まなかった。

 

 

 

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

《善なる極撃/ホーリースマイト》

 

 

 

凄まじい量の光撃が放たれ、全員の視界が眩さで白一色に染まる。

ジュッ、と何かが焦げたような音が聞こえたが、それの意味するところは一つしかない。視界へ色彩が戻った頃には数千の獣達が一瞬で蒸発したのか、前方は只の平野となっていた。

 

 

「み、見たかぁッ!ガゼフ・ストロノーフ!あれこそが、あれこそが光よッッ!」

 

「わ、分かったが……少し落ち着いたらどうだ」

 

 

ガゼフも今の一撃に魂が吹き飛ぶ程の衝撃を受けていたのだが、隣のニグンが余りにも騒ぐ為、比較的早い段階で冷静さを取り戻した。何が幸いするか分からないものである。

少女も神からの“返答”ともいうべきものを受け取り、目を輝かせていた。

だが、地表を埋め尽くす程のビーストマンが更に後ろから押し寄せ、一同は気を引き締め直す。

疾走を続けていた光も、その場で立ち止まっていた。

 

 

 

―――――聞こえなかったのか?

 

 

 

戦場に、静かな“怒気”すら含んだ声が響く。

怒りというものを滅多に見せない光が、その顔にハッキリと不満を表していた。

 

 

 

 

 

「門番の智天使よ―――――“ナザリック”が威を示せぇぇぇぇぇぇッッッ!」

 

 

 

 

 

天上から叩き落された稲妻のような声に智天使が全身を震わせ、大慌てといった格好で空へと飛翔していく。天空に舞い上がった6体の天使を見ていると、それだけで神秘的な光景であったが、其々の位置は妙に歪であった。

 

智天使の体から極色の魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣が光の帯で繋がっていく。

全ての魔法陣が繋がった時、巨大な一つの魔法陣が浮かび上がり、全軍が息を呑んだ。

それは―――六芒星。

悪を退け、正義を貫き、幸運を呼ぶとされる由緒ある形であった。巨大な魔法陣から七色の発光が迸り、遂に破滅的な一撃が放たれる―――!

 

 

 

 

 

《究極・善なる極撃/アルティメット・ホーリースマイト!》

 

 

 

 

 

光の右手が振り下ろされた時―――極色の光がビーストマンの大軍勢を貫く。

放たれた極光は水平線の彼方まで駆け抜け、直線上に存在していたビーストマンの全てが地表から抹消された。この一撃で消滅した数―――およそ7万。

その中には秘蔵とも言える四体のゴーレムも居たが、動く暇もなく塵と化した。

一瞬で人を喰らうケダモノ達が消滅し、誰もが今、神話の世界に居る事を痛感したのであった。

 

 

 

「か、かぁ、神ぃぃぃぃいいいいぃぃぃぃッッッ!」

 

 

 

ニグンが発狂したような大声を上げ、その両目から滝のような涙を溢れさせる。

辺りの事など気にもしない大号泣であった。

陽光聖典の隊員達も、全員が泣いている。周りも憚らない号泣であったが、それを笑う者など一人も居なかった。

 

 

「ニグン、ついて参れ―――ッッ!」

 

 

振り返った“光”は目を奪うような眩い笑顔を浮かべ、その一言を残すと更に前方へと疾走していく。智天使達もその周囲を守るように飛び去っていった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(神よ、神よ……偉大なる我が神よぉぉぉおおおぉぉ!)

 

 

ニグンはもう、滅茶苦茶に魔法を乱射しながら、その眩い背を追った。

溢れてくる涙が止まらない。

だが、彼はそれを拭おうともせず、ただひたすらに駆けた。

 

 

(我が生涯は、決して無意味では無かった……!)

 

 

この地へ来てから、どれだけの月日が経った事だろう。

救える者が目の前に居ても、大局を考えては切り捨て、「より多くを救ったのだ」と自己弁護を繰り返し、虚しい戦いと埋葬を繰り返す日々。

 

一時は本国の上層部から嫌われ、僻地へと左遷されたのか?と勘繰った事もある程だ。

だが、今―――この地へ派遣された事の意味を知った。

自分は、神とこの「約束の地」で出会う為に生きてきたのだ。

 

 

(全ての試練は、この日の為にあった……!)

 

 

血に塗れ、時に汚れ仕事にも手を染め、救った人間からも「何故もっと早く来てくれなかった」と罵倒される事もあった。“陽光”と名乗りながらも、自分達は嫌われ者でしかなかったのだ。

何処にも“光”が見えない日々は徐々に自分を変貌させ、その性根を捻じ曲げていった。他者を見下し、傲然と振る舞い、幾つもの盾で自分の心を守るようになっていったのだ。

 

 

だが、今―――――全ての闇は“光”の前に退散した!

 

 

ニグンが監視の権天使を舞わせ、陽光聖典の隊員達も炎の上位天使を率いながら駆ける。後続から見れば天使の群れが“光”を追っているようでもあり、幻想的な光景であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「敗北を知りたい、か………」

 

 

少女は馬にも乗らず、その両足で駆けながら小さく呟く。

その顔は意外とも言える笑顔を浮かべていた。彼女は何処か、隠しきれない暗さを滲ませていた存在であったが、今は憑き物が落ちたような、外見に見合う幼い表情となっている。

駆けていく先には、もう敵が見えない。

 

 

(何だろ、この光景……)

 

 

先程まで地を埋め尽くす程に居た獣が、一匹も見当たらないのだ。神が通った後には、一片の邪悪すら存在し得ないのだろうか?

 

 

(神様………)

 

 

何故だろう。

駆けていった背が遠い。自分に声を掛けてくれなかったからだろうか?

その事に、妙な寂しさを覚えた。

 

 

(寂しい……か)

 

 

もっと自分を見て欲しい。もっと、自分を見て知って欲しい。感じて欲しい。

その背を追っても、きっと神様は自分を見てくれない。なら、別の所で働いて自分を知って貰うべきだろう。そう思うのと、行動を起こすのは同時だった。

超速で前方へと駆け、神様の膝に飛び乗る。

 

 

「うわぁ!どっから来たのさ!?」

 

「ねぇ、神様……“光”のある所には“闇”もあるよね?」

 

「へ??」

 

「光と闇は―――ずっと一緒だって事だよ」

 

 

その言葉に神様は少し考える素振りを見せ、「そりゃ、確かに一緒だろうけど」と答えた。

それはとても良い回答ではあったが、少し不満もある。

まるで感情が篭っておらず、平坦すぎるのだ。意味が通じていないのかも知れない。

 

 

「殿はその手の事では、まるでダメダメな雄でござるからなー」

 

「ハムスターからダメ出しとか……と言うか、雄っていうな!」

 

「生物の全ては雄雌ではござらんかー」

 

「ブループラネットさんが言うには、両性の生き物も居るらしいよ」

 

「ほぉ、それは興味深い話でござるなー!」

 

 

主従があーだこーだと戦場にあるまじき会話を始めていたが、その間も6体の天使は容赦なく槍を振るい、魔法を放ち、ビーストマンの敵愾心を一身に集めていた。

それらを見て、最初の目的を思い出す。

 

 

「神様、私は包囲されてるっていう都市に行くよ」

 

「大丈夫なのかな。いや、余計な心配なのかも知れないけれど……」

 

 

一瞬だけ神様の目がスッと細くなったが、何かを思い出したかのように目を閉じた。

 

 

「―――――行ってくる」

 

 

短くそれだけを告げ、地図にあった都市へと向かった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

10万にも達する軍勢が今では見る影もない程に減少し、既に残りは一割を切っていた。

その一割も智天使へと無駄な攻撃を繰り返しているところを、2万もの軍勢によって包囲殲滅されていく。この頃には智天使は一切攻撃せず、ヘイトだけを集めていた。

モモンガが智天使の攻撃を止めさせたのだ。

 

 

(全部をやってしまう、ってのもな……)

 

 

それはユグドラシルではなく、彼が社会人としての生活で学んできた知恵であった。

大きな仕事をしても、その功績を全部独り占めすれば、思わぬ憎悪や嫉妬を買うという事を身を以って知っていたからである。

 

今の彼が憎悪を向けられるなどありえない事ではあるが、社会で学んだ知恵と、後に続いた軍勢の思いが見事なまでに一致する事となった。

2万の軍勢の誰もがビーストマンへ激しい恨みを抱いており、出来うる事なら自らの手で仇を取りたいと望んでいたのだ。この場は、その絶好の機会と言えた。

 

敵は智天使を攻撃するのに必死で、まるで無防備なのだ。

親の仇に、友の仇に、恋人の仇に、2万の軍勢が思うがままに剣を叩き付け、槍で突き、魔法を浴びせ、これまで一方的に狩られてきた恨みを晴らしていく。

最早、ここに危険は無いと判断したのか、ガゼフがモモンガへと声をかけた。

 

 

「モモンガ殿、私はもう一つの都市へ行こうと思うのだが」

 

 

それを聞いたモモンガが、ホッとしたような表情を浮かべて頷いた。

包囲されている二つの都市の内、既に一つは少女が向かっている。もう一つは未だ手付かずであり、モモンガは智天使を操作する関係上、ここを離れる事が出来ない。

 

 

「助かります、ガゼフさん。軍勢の中から」

 

「お待ち下さい、神よ!私も参ろうと思います」

 

 

横からニグンが、ガゼフに噛み付きそうな目を向けながら言う。

まるで「貴様だけに良い格好はさせんぞ」と言わんばかりであった。二人が激しい火花を散らし、ガゼフが不承不承といった姿で頷く。

 

 

「見たところ、君も隊員も魔力が尽きかけているように思えるのだが……問題はないのか?」

 

「舐めるなよ、ガゼフ・ストロノーフ。貴様に心配されるほど、我ら陽光は安くないッ!」

 

「ほぅ、要らぬ心配だったようだ。ならば、一刻も早く向かうとしよう」

 

「貴様に命令される筋合いはない。良いか、この地を誰よりも知っているのは私だッ!」

 

 

二人は険悪さを漂わせつつも、手早く隊列を整え、もう一つの都市へと走り出した。文句を言いながらもその隊列に乱れは一切なく、実に手慣れたものである。

モモンガは職業としての軍人の有能さに、密かに舌を巻いた。

 

 

(でもあの二人、妙に仲が悪いよな……まるで、あの二人みたいじゃないか……)

 

 

モモンガが懐かしい光景に笑いながらも、智天使達に油断なく指示を下していく。

この主戦場と言うべき戦いは、この後、大きな怪我人もなく無事に終了する事となった。

歴史に残る―――記録的な大勝利と言って良い。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

夕暮れが迫る頃、包囲された都市に一人の少女が現れた。

城壁に立ち、周囲を見回していたセラブレイトが抜け目なく“それ”を見つける。

少女は平坦な胸をしており、実に彼好みであった。

だらしなく鼻の下を伸ばしていると、少女が異様な行動に出た。何と小休憩を取っていたビーストマンの群れにそのまま突っ込んでいったのだ。

 

セラブレイトが声を上げる前に戦鎌が振るわれ、その衝撃波だけで50余りのビーストマンが両断され、その体を宙に舞わせた。まるで夢でも見ているかのような光景である。

続けざまに戦鎌が振るわれ、50、80、120とビーストマンの死骸が積もっていく。

 

この騒ぎに大勢の兵達が城壁に集まり、歓声を上げたが、次第にその声が小さくなり、遂には物音一つしなくなり、城壁に立つ者達の顔色が蒼白になっていった。

そこで行われていたのは戦闘ではなく、只の蹂躙であったからだ。

 

人を食う忌まわしき存在の消滅よりも、爽快さよりも、弱肉強食という単語が浮かぶ光景。

ビーストマンはこの場合、正しく弱者であった。

やりたい放題に人を喰らい、甚振ってきた存在がより強き者に踏み潰される。それはある意味、当たり前でもあり、この光景は自然なものと言えたのかも知れない。

 

 

 

何せ彼女は―――“食物連鎖”の頂点に位置する存在なのだから。

 

 

 

夕日が落ちて夜の帳が下りる頃、都市を包囲していたビーストマンの群れは消滅していた。

城壁で見守っていた兵や群集はそれに歓声を上げて良いのか、どうすれば良いのかも分からず、壊れた人形のように立ち竦んでいる。

少女が疲れをほぐすように首を何度か回し、城壁の上へ軽々と跳躍した。

 

兵や群集が散らばり、ぽっかり空いた城壁の上で少女が仰向けに転がる。

少女は月を見上げ、鼻歌でも歌い出しそうな満足気な表情を浮かべていた。凄まじい力をビーストマンに叩き付けた後だというのに「良い運動をした」とでも言わんばかりである。

 

セラブレイトはその姿に一歩、二歩と足が引け、遂には家代わりに使っている宿屋へと走った。

この後の事になるが―――

彼は宿で続けざまに酒を飲み続けたが、何杯飲んでも酔う事は出来なかった。

舌がどうかしてしまったのか、味すらしない。それは正しく、次元の違う存在への敗北でもあり、畏れでもあっただろう。

 

むしろ、アダマンタイト級冒険者としての誇りや、プライドなどから妙な態度を見せなかった彼の危機察知能力は高かったと言える。あまつさえ、女王にも送っている妙な視線などを向けていれば、彼の首は今頃、刎ね飛んでいただろう。

 

 

(久しぶりに運動したな……)

 

 

とあるアダマンタイト級冒険者の心を折った事など知りもしない、知っても何とも思わないであろう少女であったが、周囲の目がそろそろ面倒になってきたらしい。

 

 

(慣れっこだけど、ウザイよね)

 

 

少女は思う。

自分へ向けられる視線は大方決まっている。

同情か、怯えか、畏れか、大体のパターンで決まっており、退屈という他ない。その点、自分を堂々と“迷子”扱いしてきた神様の反応は凄まじいものであった。

自分を畏れず、力を見せても眉一つ動かさず、むしろそれ以上の力を“魅せて”きたのだ。

 

 

(ぁー、これは無理。こんなの無理)

 

 

神様と出会ってからの時間と、これまでの停滞の差が余りにも大きすぎた。

神殿で秘宝を守る退屈な日々に、突如舞い降りてきた特別な時間。

そこには、これまでの人生に無かった甘さと、体が震えるようなスリルと興奮まであった。

 

 

(こんなの知ってしまったら……もう、元の生活には戻れないよね)

 

 

下腹部が疼く。

自分の中の本能が―――ハッキリと“神様”を求めている。

 

 

(結婚、あの子より早くなりそう)

 

 

少女が初めて外見相応の、可愛らしい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

少女が都市に到着した頃、もう一つの都市にも軍勢が到着していた。

ガゼフ・ストロノーフと陽光聖典、そして5千の兵達。

都市を囲んでいるビーストマンの数は3千にも達しており、決して油断の出来ないものであった。陽光聖典の隊員達は魔力の大部分を使っており、軍勢にも疲労の色が濃い。

 

 

―――だが、その士気だけは天をも突かんばかりであった。

 

 

疲労知らずのガゼフが馬から降り、一直線に敵陣へと切り込む。

そこには何の迷いも、躊躇も無い。

近隣諸国最強の名を背負った、華々しい一騎駆けであった。

 

レイザーエッジがビーストマンの硬い皮膚をバターのように切り裂き、敵の群れを真っ二つに切り裂いていく。乱戦こそ、ガゼフ・ストロノーフの真骨頂であった。

四光連斬を始めとする彼の武技は、大多数を相手取るのに滅法向いているのだ。

 

 

「放てぇぇー!」

 

 

切り裂かれた穴へと弓矢が雨霰と降り注ぎ、魔法が叩き込まれ、スリングによる鉄球などが容赦なくぶち込まれた。“これまでと違う相手”に、獣達が激しく動揺する。

自分達を見れば怯え、泣き叫び、ただ腹を満たすだけの非力な存在であった人間が、凄まじい暴風のような力を叩き付けてくるのだ。

 

相手の中に天使を操る、忌々しい集団が居た事も獣達を動揺させた一因であった。

ビーストマンからすれば“アレ”は非力な存在ではなく、時には炎の剣で激しい攻撃を加えてくる、天敵とも言える存在である。

 

ビーストマンが堪らず都市の方へと逃げ始めたが、それを見て都市の城門が勢い良く開く。中から軍勢が歓声を上げながらビーストマンの群れへと突っ込み、理想的な挟撃の形が出来上がった。

 

 

 

ここで行われたのは―――神話ではなく、人の闘い。

 

 

 

そこには超常の存在もなく、世界を捻じ曲げるような大魔法もなく、人の意思だけがあった。

当然、人間の側にも死傷者が続出し、怪我人など数えるのも馬鹿らしくなる程の被害が出たが、それが本来の戦争の形であろう。一つの個体が人の10倍の力を持つ存在に対し、彼らは挟撃という人の知恵と、士気の高さという気持ちだけで戦ったのだ。

 

ビーストマンの群れが悉く死骸となった頃、辺りに人の死体も同じく転がっていた。死体と死骸が重なり合い、目を背けたくなるような光景である。

だが、誰の顔にも疲労より―――やり遂げた表情があった。

 

 

「終わったのか……」

 

 

誰かが呟き、倒れこむ者や座り込む者、泣き出す者まで現れた。

それ程に、この国を襲ってきたビーストマンの群れが脅威過ぎたのだ。比喩でも何でもなく、彼らにとっては種としての生存を賭けた戦いであったのだから。

 

 

「剣を振り回すだけの粗忽な者でも、時には役立つらしい」

 

 

ニグンが搾り出すように、それだけを言った。

その言葉にガゼフが苦笑を浮かべそうになったが、その表情が固まる。

戦場の一角から、背筋を凍らせるような殺気を感じたのだ。

 

一体、“それ”は何処に潜んでいたのか、肌を“ひり付かせる”ような個体がそこには居た。鋭い目付きと、首には怪しい光を放つネックレスを装備した個体。ビーストマンは繁殖力が強く、抜きん出た個体が出ない種族ではあったが、何事にも“例外”は存在する。

 

人の中にも、時に英雄と言われる者が誕生するが、それは言葉を飾らずに言えば、“異常な個体”であろう。ビーストマンの中にも稀にそれらが現れる。

英雄ではなく、それは“獣将”とでも呼ぶべきか。

 

 

「ニグン、全員を下らせろ……!こいつは……」

 

 

ガゼフの言葉が終わる前に、獣将が唸り声を上げながらその鋭い爪を振るう。

忽ち、周囲に居た兵達から血煙が上がった。凄まじい速度で振るわれた“それ”は、ガゼフの目にも殆ど映らない程の速さであり、全身に悪寒が走る。

 

 

(マズイ……この個体は恐ろしく強い……!)

 

 

ガゼフは戦士としての直感でそれを悟る。

即座にレイザーエッジで斬り付けるも、軽々と回避された挙句、一閃、二閃、三閃と爪が降り注ぎ、全身に鈍い痛みが走った。

アダマンタイト製の守護の鎧を着ていなければ、今の攻撃で深手を負っていただろう。

 

 

「伏せろ……ガゼフ・ストロノーフッ!」

 

 

ニグンが隊員に命じ、一斉にスリングを使った鉄球の投擲を行う。

だが、獣将にはそれが止まって見えているのか、体を僅かに曲げたかと思うと嘲笑うように一発を弾き返す。打ち返された鉄球が隊員の頭を突き抜け、頭部が破裂する嫌な音を響かせた。

 

 

「~~~~~ッ!」

 

 

獣将が声にもならない絶叫をあげ、周囲の兵隊へと踊りかかる。

途端に周囲から血煙が吹き上げ、勝ち戦から一転、辺りが地獄絵図と化していく。鎧を紙のように切り裂く膂力も凄いが、何よりスピードが段違いであった。

純粋に獣として完成された強さ―――その難度は120を超えているであろう。

獣将が両手の爪を振るい、縦横無尽に蹴りを突き出す度、被害が加速度的に増えていく。

 

 

「全員、退けぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 

ガゼフが戦場に響き渡る大声を張り上げ、恐慌状態に陥っていた周囲の兵が慌てて城壁へと張り付いた。獣将は驚いた事にそれを追おうとはせず、声を上げた個体へと目を向ける。

それは、本能が教えたのかどうか―――その個体が一番美味である、と。

それを喰らい、更なる力を自らに宿そうとしたのかも知れない。

 

 

「そうだ、それで良い。お前の相手は……この俺だ」

 

 

生き残った兵と、都市の住民が固唾を飲んで見守る中―――

レイザーエッジと鉤爪が真正面からぶつかり、火花を散らした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(手強い……)

 

 

ガゼフは額から流れる汗を感じながら、相手の動きを見逃さぬよう神経を張り詰めていた。

何より恐ろしいのは、この敵の順応性の高さ。

レイザーエッジとぶつかり合う事に痛みや不利を感じたのか、最初の一撃以降は一切刃を合わせなくなり、回避に専念しだしたのだ。

 

長期戦に持ち込み、鋭利さで相手を削ろうとした目論見は外れた。

それどころか、速度は向こうが段違いであり、こちらが一撃を振るう間に相手は軽々と四発は攻撃を叩き込んでくるのだ。これでは長期戦になれば不利になるのはこちらである。

 

それに、相手の攻撃パターンがまるで読めない。

両手両足鋭い牙、それを何の理もなく、流れもなく、速さを恃みに気ままに振るってくるのだ。

正統な戦士でもなければ、剣士でもなく、ただ本能のままに生きる手に負えない存在。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

捌ききれない攻撃が次々と全身を切り刻み、血を滴らせた。その血の匂いに興奮しているのか、この個体は口から涎を垂らし、ギラついた目を向けてくるのだ。

そう、こいつは戦士ではなく―――何よりも“捕食者”であった。

 

 

(読めないのであれば……“後の先”を取るしかない)

 

 

―――それは相手の攻撃を見てから、先んじる剣の極地。

 

 

自分でそれらを描きながら、笑い出しそうになる。そんな器用な真似が出来る性質ではない事を。

誰よりも、自分自身が一番よく知っている筈だというのに。

どうして俺は……“そう”思ったのか。

 

 

 

“今の”自分にはそれが出来ると―――――確信出来たのだ。

 

 

 

「ガ、ガゼフ・ストロノーフ!貴様、何をしている……死ぬつもりかッッ!」

 

 

後ろから慌てたようなニグンの声が聞こえる。

何も知らない者が見れば、まるで剣を仕舞ったかのように見えるのだろう。

そうではない。

 

 

これは―――居合いの型。

 

 

自分より遥かに優れた才を持つ男が得意とした……終生忘れえぬであろう型。

あの男は自分の奥義とも言える四光連斬を、ただ一度見ただけで真似てみせたのだ。自分もそれぐらいやってのけなければ、墓の下から笑われるであろう。

あの日から幾度となくあの男の剣を反芻し、頭の中で描き、毎日のように剣を振るった。

 

 

(最初はあの男の剣を、せめて引き継ぎたいと思っていたんだがな……)

 

 

だが、そんな事は単なるお題目、綺麗事に過ぎなかった。

今ならば、それがよく分かる。

自分は単に―――悔しくて、悔しくて、しょうがなかったのだ。

一度見ただけで悠々と、それも自分より遥かに精度の高い連斬を放ってきたあの男が。

一人で満足し、剣に生きて剣に死んだ、あの男が。

 

 

(アングラウス……見ておけ……)

 

 

レイザーエッジを腰に引き付け、円を張り巡らせる。神経を何処までも鋭く、細く、針の先ほどの変化も見逃さぬよう。そして、円に入る―――――万物、悉くを斬れるように。

 

 

 

―――宣言する。

 

 

 

―――お前の貧相な爪は。

 

 

 

―――千年振っても。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()―――――《武技:領域》」

 

 

 

 

 

自身を中心とした円を展開し、自分にはとても似合わぬ大言壮語を吐く。余りにも颯爽とした“あの人”に影響されてしまったのかも知れない。

その言葉を聞き、獣が溢れんばかりの涎を垂らし、暴風のような速度で爪を振りかぶった。

 

 

「ッ!」

 

 

“円”に“それ”が入った時―――既に弾き終えていた。

続けざまに迫ってくる攻撃を2度、3度、10、40、120、弾き続ける。弾く度に神経が研ぎ澄まされていき、遂には相手が攻撃動作に入った瞬間に右手を打った。

 

 

「ギィィィィッッ!」

 

 

獣が痛みの余り、絶叫をあげる。

その目は血走っており、怒り狂っているようであった。この凶暴な個体は、何人の人間を喰らってきたのだろう。百か、千か、それでは利かない数なのかも知れない。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ、お前は…………」

 

 

音さえしなくなった戦場に、ニグンの声が響く。それは絶句しているようでもあり、何処か悔しさが滲んでいるようでもあり、悲愴さすら感じる声色だった。

 

獣が唸り声をあげながら二足歩行を止め、肉食獣そのものである“四つ足”の姿となり、全身に異様な戦気を漲らせていく。見るからに弾力性に満ちた姿勢から叩き出される速度は、一体どれ程のものであるのか。

 

獣から漂う破滅的な気配に、城壁に立つ群集や兵士達から悲鳴が上がった。

それらの声が、何処か遠い。

かと言って、神経をそちらに向ければ鼓膜が破れるような音響で聞こえそうな気がするのだ。自分の五感が、かつてない程に研ぎ澄まされている事をひしひしと感じる。

 

 

 

「~~~~~~~~~~~ッ!」

 

 

 

獣の足が地を蹴り、豪風を吹き上げながら突っ込んでくる。

 

肉食獣の凶暴な眼を、真正面から見据えた。

 

視界の全てがスローモーションへと変化していく中。

 

神速の域に達した剣を振り抜く。

 

 

 

 

 

「秘剣―――――虎落笛ッッッ!」

 

 

 

 

 

一閃、ビーストマンの首筋に赤い線が走り―――

―――その首が、派手な血飛沫を上げながら地へ転がった。

 

 

 

「人間を舐めるなよ―――――お前など、アングラウスに遠く及ばん」

 

 

 

地に転がった首へ向け、はっきりとそう告げる。

この個体に勝ったのは自分ではなく、ブレイン・アングラウスなのだから。

周囲にもう安全だと告げようとした時、酷い眩暈に襲われた。恐らく血を流しすぎた所為だろう。

だが、フラつく体を後ろから力強く支えてくれたのは意外な事に、あのニグンであった。

 

 

「……まぬけな男め、勝利の後に情けない姿を晒すな」

 

「相変わらず、手厳しい事だ」

 

「フン、忌々しい男が……」

 

 

ニグンが毒づきながら、乱暴にポーション瓶を口に突っ込んでくる。

 

 

「ゴフッ!ま、待たんか……飲ませるなら、せめて一言告げ……」

 

「さっさと飲め、愚物が!いつまで私に支えさせる気だッ!」

 

 

その頃には城壁から耳をつんざくばかりの大歓声が上がっており、周囲の兵隊が自分達を取り囲むようにして抱き合い、涙を流し、肩を組んで歌い出す者まで出てきた。

それらの姿を見て、ようやく実感する―――自分達は勝ったのだ、と。

長く張り詰めていた神経をほぐした時、体が幾つもの手で持ち上げられ―――宙へと浮いた。

 

 

「な、何をしているんだ……君達は!」

 

「英雄っっっっ万歳ッ!」

 

「あんた、最高だよッ!本物の英雄様じゃねぇか!」

 

「王国の勇者、万歳ッ!」

 

 

それは、“胴上げ”であった。

余りの恥ずかしさに下ろしてくれ、と叫ぼうとした時、横からもっと大きな声が響く。

顔を真っ赤にしたニグンが宙に舞っていたのだ。

 

 

「や、止めんかッ!この勝利は光の御方に捧げる崇高な……うわぁぁぁぁぁあ!」

 

「隊長さん万歳!最強の助っ人軍団に乾杯だ!」

 

「あんたのお陰で俺の姪っ子が救われてな!後で酒を奢らせてくれや!」

 

「救い神部隊、万歳!竜王国万歳!法国さいっっっっこう!」

 

 

隣であのニグンが空へ舞い上がっている姿を見ていると、不思議な事に笑いが込み上げてきた。

この世で、これ程に胴上げが似合わない男もそう居ないだろう。何度も空へ持ち上げられながらも、その顔はしかめっ面のままであり、下の群集へ顔を真っ赤にして何か怒鳴っている。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ!貴様まで、何を笑っているッッ!」

 

「……いや、よく似合う姿だと思ってな」

 

「ふざけるなよ、貴様!それと、光の至高神は王国などには絶対に渡さんからな!!」

 

「ははっ……それこそ、無用の心配だ」

 

 

あの人は“国”などまるで望んでいない。権力も名誉も、金銭も。

そんな物で心を引けるなら、逆にどれだけ楽な事だろうか。本人が望めばおよそ、この世の大半のものは手に出来るというのに。

 

 

(だが、あの人が“国”を望むというのであれば……)

 

 

―――――自分はもう、その魅力に。圧倒的な輝きに、もう抗えない。

 

 

あの人を頂点に据えた国とは、あの人を中心に据えた国とは。

恐らく、理想の国家が出来上がるのではないだろうか?

 

 

(全く、俺もニグンの事を笑えんな……)

 

 

 

血の滲むような夕日が水平線の彼方へ沈み、夜の帳が下りる頃―――

全ての戦いが、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――竜王国 主戦場

 

 

今となっては戦跡とも言うべき場所で、其々が円座を作り、方々から明るい声があがっていた。

戦場とは思えぬ程の贅沢な食料や酒が後方から次々に届けられ、急遽大勝利を祝う宴となったのだ。これに関してはもう、竜王国の女王から出された大盤振る舞いである。

 

女王は「無礼講の宴じゃー!」と無責任に案だけ放り投げたのだが、有能な宰相はそれを即座に「実務」として処理していったのだ。持つべき者は優秀な臣下である。

記録的な大勝利に花を添えるような可憐な振る舞いに、一同は女王への忠義を一層深めていく事になるのだが……持つべき者は優秀な臣下である。本当に。

 

 

モモンガも軍勢から離れた丘で一人、月を見上げながら酒を飲んでいた。

多くの誘いを断り、のんびりしたいと思ったのだろう。

上機嫌に樽ごと飲んでいたハムスケは、既に鼻提灯を膨らませながら熟睡しており、その姿は到底、野生の獣とは思えぬ無防備さであった。

 

 

「はろ~、モモちゃん。飲んでる?」

 

「えぇ、それなりに楽しんでいますよ」

 

 

モモンガはそう答えたが、クレマンティーヌからすれば、その姿は別に楽しそうには見えない。

大勢の人間が嬉しそうに大声を張り上げ、涙を流し、酔った挙句に歌まで謡いだしている光景を作ったのは、全てモモンガのお陰なのである。だというのに、主役とは思えぬ姿だったのだ。

 

 

「貴女こそ、騒いでこなくて良いんですか?ここに居ても、退屈なだけですよ」

 

「べっつにー。何処に行っても、私の居場所なんてないしさ」

 

 

クレマンティーヌが瓶を傾け、喉が焼けるような酒を胃に注ぎ込んだ。彼女の言った言葉には別に悲壮感などはなく、当たり前の事を当たり前のように言っただけである。

だが、その姿はモモンガには酷く寂しいものに思えた。この男こそ誰よりも孤独に苦しみ、果てには星にまで願い、今もこの世界で悪戦苦闘しているのだから。

 

 

「居場所なんて、私みたいな嫌われもんには高望みなんだろうけどさ」

 

 

これまでの彼なら、その姿に同情しただろう。

悪く言えば、傷の舐め合いになっていたかも知れない。それは一時の救いにはなるかも知れないが、多くの場合、何ら根本的な解決には繋がらないのである。

 

 

「―――――居場所が無いのなら、私が作りますよ」

 

「……え?」

 

「こう見えて、“癖のある人達”を纏めるのは経験がありまして」

 

 

その言葉には、どんな気持ちが込められていたのか。

モモンガはそれだけ言うと、アイテムBOXからネトゲには欠かせない“花火”を取り出す。

本来、それは最後の日に、最後の時を迎える仲間と共に見上げようとしたものであった。

仲間の事になれば見境の無い彼は―――――それを“5千発”買い込んでいたのだ。

 

 

「以前は勝鬨を上げろ、なんて無茶振りをされまして……今度は私が驚かせたいと思います」

 

「な、なに……さっきからドキドキする事ばっか言わないでよ……」

 

 

クレマンティーヌは「居場所を作る」と言う言葉に心臓が破裂しそうになっていたが、そんな浮ついた気持ちすら吹き飛ぶ程の、凄まじいものが夜空に広がった。

大輪の華が一発―――空に咲いたのだ。

 

下で大宴会を繰り広げていた面々が目を剥き、言葉を失う。

歴戦の強者とも言える者達が幼子のように口を開き、その華の残照を追うように空を見上げたままの姿勢で居た。余りにもそれが幻想的で、声を上げる事すら出来なかったのだ。

 

 

「戦いが終わった事を、これが知らせてくれると良いんですけどね」

 

 

モモンガが999発の花火を並べ、次々とそれに点火していく。

夜空に“光の祭典”ともいうべきものが映し出され、下の軍勢から次第に狂ったような歓声が沸きあがった。その光は解放された二つの都市にも届き、戦いが終わった事を雄弁に語る。

ある者は歓声をあげ、ある者は光を称え、ある者は光の祭典に酔い、そして泣いた。

 

 

「モモちゃんってば、こんなの凄すぎるよ……何か泣いちゃいそう」

 

「これを使う事が出来て、私も満足で……ふぇ!?」

 

 

クレマンティーヌがモモンガの手を握り、次第にその顔を肩へと預けた。

 

 

 




ひょんなお誘いから始まった竜王国編でしたが、これにて終了です。


天と地と。
蹂躙とも言える天の戦いだけでなく、
地の戦いも描こうとした話でしたが、楽しんで貰えたなら幸いです。
ゼットンとクレマンティーヌに、ガゼフとニグン。
竜王国編の一番のヒロインは誰だったんでしょうね……(笑)


PS
いつも誤字脱字などの修正を送って下さる皆さん、本当にありがとうございます。
深い感謝を込めながら、適応を押させて貰っています!





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CROSS ROAD

―――竜王国 王城

 

 

竜王国では華やかな式典と、パーティーが繰り広げられていた。

それは連日のように続けられていたが、誰も倦む事なく、放っておけば数週間でも続きそうな勢いである。長らく人を喰らうモンスターの脅威に晒されていたのだから、無理もない。

 

モモンガはまた戦勝パレードなどに引き回されるのを恐れ、「使命があるので」と其々と会話を交わした後、戦場から消えたのだ。勝利の立役者として、全ての場所へ顔を出さなければならなくなったニグンなどは憂鬱の極みである。

 

 

―――本当の立役者とも言える光が、ここには居ないのだ。

 

 

ニグンとしてはそのまま神に付いて行きたかった。

だが、彼は法国を代表する立場であったので、よもや一国が行う公式の行事に欠席など認められる筈もない。本国からも強く式典への出席を促す連絡が来ており、まさに雁字搦めであった。

 

法国としては別に悪意はなく、長年に渡る辛い務めをやり遂げた事への褒賞に近い気分でもあり、華やかなパーティーで大いに羽を伸ばし、楽しんで欲しいという善意でしかなかった。

実際、少し前までのニグンならこのような場で贅を極めた食事を取り、人から持て囃され、次々と持ち上げられる環境を喜んだであろう。

 

 

(光が存在しない日々とは……これ程に虚ろなものであったのか……)

 

 

ニグンは殆ど愕然とする思いであった。

人々の称賛も、最高級の料理も、一本で金貨が数枚飛ぶワインも、美女からのアプローチも。

全てが味気なく、色彩すらない。

 

 

(彼女の言葉は、“真”を穿っていた)

 

 

かの神人は「知ってしまえば、もう戻れない」と言っていたのだ。至言であった。

高原などに住む、涼しさに慣れた人々は気温の高い地域へ行くと途端に体調を崩すと言う。

しかし、冷蔵庫や扇風機と呼ばれるマジックアイテムが誕生して以来、彼らも活動範囲を広げる事が可能となった。

 

今ではそれらが存在しなければ、生活していく事すら困難であろう。

そう―――知ってしまえば、もう「無かった時代」には戻れないのだ。

 

 

(神はこの地において“機関”は滅んだ、そうおっしゃられていたが……)

 

 

王国を内部から破壊し、忌まわしき黒粉を人類へばら撒いた八本指。人類未踏の地であるトブの大森林に巣食っていた凶悪極まりないトロールの群れ、人類の宿敵でもあったズーラーノーン。

そして、人類の誕生以来、人を喰らい続けてきたビーストマン。この大侵攻も、破滅の竜王―――神曰く“天帝”と呼ばれる存在が裏で動いていたらしい。

 

 

―――古くより、世界を滅ぼすと伝えられてきた破滅の竜王。

 

 

その言い伝えにおいて法国が最も恐れ、国を挙げて探してきた忌まわしき存在。かの存在の復活が予言された事と、光の至高神が降臨されたのは無関係では無かったという事だ。

 

 

(何たる運命、何と壮大な戦いである事か……ッッ!)

 

 

光の至高神と、破滅の竜王―――世界の命運を決するであろう、運命の一戦。

それは長らく後世へと伝えられる、輝かしい神話となるに違いない。

 

 

(我が神よ……この身が必ずや盾となり……)

 

 

「ニグン殿、こちらの面々に“あの御方”の話を聞かせてやって貰えんかね」

 

 

見ると、竜王国の高級将官が幾人か並んでおり、その後ろには豪華なドレスで着飾った、若い女性達が期待に満ちた目でこちらに視線を送ってきていた。

 

 

「ふむ……あの御方の話と言うのであれば、良かろう」

 

「お聞かせ下さい、勇敢な隊長様!」

 

 

若い女性達に取り囲まれ、些か困惑した表情でニグンが語り始める。

その口調は時に氷のように静かであったが、神が絡む時には迸るような情熱を交えながら熱弁し、それを聞いた誰もが伝説となった戦場に想いを馳せ、パーティーは一層に盛り上がっていった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「フン、噂のイケメンが居らんとつまらんの」

 

「陛下、笑顔を崩さないで下さい。もっと幼い、天真爛漫な姿でお願いします」

 

 

大きな玉座に座る幼い(?)女王が愚痴を溢し、オレンジジュースを不味そうに飲んでいる。

大っぴらに朝から飲める、とパーティーを発案したのは良いが、多くの臣下の前で彼女が酒などを飲める筈もなく、周囲が酒を飲んで盛り上がる中、一人だけジュースを飲まなければならない拷問のような時間が続いていた。

 

 

「えぇい、もうパーティーなんぞ今日で終わりじゃ!ちっとも楽しくないわ!」

 

「馬鹿ですか、陛下は。国の行事を、気分で取りやめる事など出来る筈もないでしょう」

 

「なら酒じゃ!コソっとジュースに酒を混ぜて持ってこい!」

 

「大勢の臣下の前で、酒臭さを漂わせると?冗談じゃありませんよ」

 

 

事実、彼女は多くの者から挨拶を受け、祝賀を述べたり、述べられたりと、式典やパーティの最中、人と接する事が非常に多いのだ。

その口からアルコールの香りが漂っていたら、臣下は驚愕するだろう。

 

 

「はぁ……一難去ってまた一難か……」

 

「酒が飲めない事など、物理的に喰われる事と比べれば何て事はありませんよ」

 

 

ぐうの音も出ない正論であった。

だが、この拷問が続く事を思ったのか、女王も引き下がらない。

 

 

「嫌じゃ嫌じゃ!酒が飲みたい!」

 

「こんな所で幼さをアピールされても……見苦しいだけですよ」

 

 

女王の迫真ともいえるアピールであったが、宰相は眉一つ動かさず鼻で嗤った。

 

 

「ちょこっとだけ!先っちょだけで良いから!」

 

「少し口を閉じて貰えませんかね……実年齢がバレますので」

 

 

こうして竜王国の夜は更けていく……。

大きな国難が去ったのだから、暫く禁酒が続いたところで我慢するしかないだろう。

人の上に立つ者は、そうした苦労を幾つも背負わなければならないのだから。

 

 

(それにしても、本当に大きな勝利となりましたね……)

 

 

有能な宰相はしみじみ思う。

法国の言う“神”の力は余りにも偉大だったが、それ以上に得たものがある。

それは―――将兵達の自信。

一方的に喰われ、侵略され、なすがままであった状況が一変したのだ。この勝利は軍備の面のみならず、各人の意識にも多大な影響を与えるであろう。

 

いつの時代も、一国を変えるのは常に“人の意思”なのだから。

もしかすると、最後に将兵へ花を持たせたのは、その辺りまで計算しての事なのかも知れない。

 

 

(しかし、随分と無欲な方だ………謝礼すらも受け取って貰えないとは……)

 

 

記録的な大勝利の報を受け、自分は即座に報酬として支払う金穀の段取りを付けたのだ。

喜びよりも、解放感よりも、頭に浮かんだのは何はともあれ、金であった。

陽光聖典も法国へ莫大な金穀を支払って借りている部隊であり、冒険者もそうだ。広義の意味で言えば、将兵も給金があるから働いてくれる。

 

理想だけでは誰も動かず、金が無ければ全て絵空事に過ぎない。

政治や軍事というのはそういったものだ。

だが、金も受け取らずに戦うというのは、どういう心胆なのであろうか。

 

 

(確か、ビーストマンを唆した巨悪を追っているとの事でしたが……)

 

 

それが復讐心であれ、義務感であれ、金も貰わずに戦うなど常人には不可能だろう。

宰相は自分には真似出来そうもない、と思いながらジュースに酒を混ぜようとしていた女王の手を力一杯つねるのであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――リ・エスティーゼ王国 王の居室

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ、ただいま戻りました」

 

「うむ、良くぞ無事に戻ったの」

 

 

あの戦いの後、ガゼフは《転移門/ゲート》で王国へと戻り、王城へと出仕していた。

事の顛末を述べ、四宝を宝物庫へと戻す為である。

 

 

「なるほど、モンスターの脅威は払われたという事か……真に勇敢なる王子よの」

 

「はっ、それと―――竜王国の女王から手紙を預かっております」

 

 

ランポッサが手紙を広げ、それに目を通す。

そこには飾り気のない感謝の言葉が綴られており、公式に謝礼を以って応えたいという内容であったが、そこには隠しきれない喜びが字面から溢れてくるようであった。

 

だが、別にランポッサは国を動かした訳でも何でもない。

手元からガゼフを快く送り出しただけであり、それは娘を救ってくれた恩人への感謝の気持ちであって、別に竜王国に恩を売ろうとした訳ではないのだ。

 

 

「多くの人々を笑顔にする事が、王の務めであると言うなら……私は失格であろうな」

 

 

ランポッサが手紙を読んでしみじみと呟き、ガゼフが思わず返答に詰まる。

その言葉が当てはまるのは酷く狭い範囲に限定した事であるような気もしたし、単純ではあるが真理であるかも知れない、と相反する二つの気持ちが湧き起こったからだ。

 

 

「余は近頃、身を退いた後の事ばかりを考えておる」

 

「それは……」

 

 

ランポッサは以前から度々、退位を口にしていたが、その言葉の響きはより重くなっている。八本指という大き過ぎる障害が消え、張っていた力が抜けた事も関係しているかも知れない。

その齢は60であり、この世界においてはかなりの老齢と言えた。

 

 

「二人の息子がまともであれば、とうに退位して気楽な隠居暮らしが出来たであろうにな……」

 

「…………」

 

 

その言葉に、ガゼフは沈黙を続けた。下手に口を開けば、王族批判となるであろう。

ガゼフは改めて国王を見たが、その姿はもはや疲れ切った一人の老人であった。

ほっそりとした体はとても健康的とは言えず、白く変わった髪はほつれ、顔色も悪く、手足は枯れ木のように痩せ細っている。

 

 

(何と御労しい事か……)

 

 

とても王の器とは思えぬ王子二人に、派閥争い、八本指の暗躍、帝国との戦争。代々積み重なってきた負の遺産、その全ての清算をこの時代に求められたようなものである。

どんな健康的な人物であっても痩せ細り、神経が休まる暇すらないであろう。

 

 

(王、か………)

 

 

ガゼフの頭に一人の人物が浮かんだが、それを慌てて掻き消す。

 

 

「お帰りなさい、ストロノーフ様!向こうでのお話を聞かせて貰えませんか♪」

 

「これ、ラナー。今は戦士長と話しておる」

 

「お父様ばかりズルいです!私も王子のファンなんですからね!」

 

 

ラナーがぷくっと頬を膨らませ、まるで怖くない顔付きでランポッサを睨む。

その表情にランポッサとガゼフは苦笑を浮かべたが、何処か暗かった部屋内の空気が、一瞬で太陽に照らされたような明るいものへと変わっていく。

ガゼフがぽつぽつと語り出した話にラナーが一喜一憂し、そのコロコロと変わる表情と併せて部屋内は一気に花が咲いたような楽しげな空間へと移り変わっていくのであった。

 

 

「しかし、そうか……ラナーもそのような年頃になったという事かの」

 

「もうっ、お父様はいつまでも私を子供扱いしすぎです」

 

「賑やかなパレードなどを勝手にしよった癖に、良く言うたものよ……そういう所は子供の頃からちっとも変わっとらん」

 

「とっっっても華やかで、みーんな喜んでくれたんですよっ♪」

 

「はははっ、全く怒る気も無くしてしまうわ……」

 

 

長く続いた戦勝パレードであったが、其々の領地の貴族から苦情がきていれば、流石にこうは行かなかっただろう。娘には甘いランポッサであっても中止させたに違いない。

消費が伸びる、と言う事で途中からは次々と「我が領内にも!」とパレードが通る事を望む者が増え、むしろランポッサは久しぶりに明るい話題を作ってくれた娘に、内心で感謝した程だ。

 

 

「多くの民草も、貴族の皆様方も、皆良い笑顔をしていましたよ♪もしかして……私ってばとても人気者なのかも知れませんねっ」

 

「あっはっはっ!余もあやかりたいものよ」

 

 

王と姫、二人の平和なやり取りにガゼフの顔がほころぶ。

それと同時に、流石に疲れを感じた。連日の戦いと、遠く離れた地での戦いが続いた為、四宝を外した瞬間に疲れが押し寄せてきたのだ。

 

 

(久しぶりに、我が家へ戻るか……)

 

 

この時、ガゼフ・ストロノーフの邸宅には12名にも及ぶ美麗な元娼婦が匿われて生活しており、世に謡われる英雄となる男は、彼女達の凍ってしまった心と向き合っていく事となるのだが……。

結果は、全ての女性から求婚されるという英雄的な結末が待っており、無骨に剣一筋に生きてきたガゼフ・ストロノーフの人生を彼女たちが華やかに彩っていく事となる。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――リ・エスティーゼ王国 最高級宿屋「大英雄」

 

 

遂に屋号が変わっ―――いや、それはどうでも良い。

一番大きなVIPルームを貸しきり、今日もフールーダ・パラダインの講義が続いている。

生徒は成長著しいニニャと、早熟の天才アルシェ。

ツアレはリハビリがてら、メイドのように毎日の料理や洗濯、掃除などの世話をしており、四人は実に充実した時間を過ごしていた。

 

ニニャは漆黒の剣のチームメイトと何度も手紙のやり取りをしながら、アルシェも王都に滞在しているヘッケランにイミーナと、時に食事などを共にしている。

実直なロバーデイクだけは早々にエ・ランテルへと赴き、墓地の清浄化に努めていた。

 

フールーダ、ニニャ、ツアレ、アルシェ。

ここに妹二人が来れば、何だかここの面子だけで世界が完結しそうな幸福な集団である。

だが、このところは実に客人が多い。

今日も暇なのかティアとガガーランが顔を出しており、更には驚嘆すべき事に、スレイン法国の土の神官長レイモンまで席に座っていた。

 

元漆黒聖典の第三席次であり、十五年以上戦い続けた護国の英雄である。

彼のみはズーラーノーンの殲滅任務から外れ、何故か王都に居るとの報告が相次ぐ、フールーダ・パラダインの調査に乗り出したのだ。

 

―――逸脱者フールーダ・パラダイン。

 

普段は帝都の最奥に篭り、まるで表舞台に出てこない人物である。

正面から法国と争っていた訳ではないが、情報戦においては水面下で激しく戦い、遂には法国をして「かの翁が居る間は帝国には手を出せない」と情報を探るのを断念させた程であった。

 

 

その人物が、まるで無防備とも言える姿で王都に居る―――

 

 

法国からすれば不気味極まりない存在であり、何を考えているのか調査に乗り出したのも当然であろう。万が一を考え、神官長自らが出張るという大変な大仕事となった。

彼は仲間達に別れを告げ、家には遺書まで残し、決死の覚悟でこの任務へと臨んだのだ。

 

だが、調査を続ければ続ける程、その日常は馬鹿らしい程の平穏に満ちていることが嫌と言うほど分かり、肩透かしの極みであった。しかも、フールーダは監視されている事に気付きながらも、何のリアクションもしない。

 

 

―――心の底から、どうでも良かったからだ。

 

 

今のフールーダは尊き師の帰りを待ちながら、可能性溢れる弟子達に魔法を教え、いつしか自らを超えてくれる事を期待しながら過ごしているという、夢のような時間である。

弟子達が自らを超えてくれれば、今度は逆に教えを請う事も出来るだろう。そして、尊き師が扱う神の領域ともされる第七・第八位階の魔法をご教示賜る時間が近づいてきているのだ。

 

幸福の絶頂にあるフールーダには、もはや国や政治的な事柄など頭の片隅にも存在せず、煩わしいなどを超えて、「完全に無視」出来るものとなっている。

人としてはどうかと思うが、フールーダ・パラダインとしては至極自然な振る舞いであった。

 

 

遂には意を決したレイモンがフールーダに声をかけ、今へと至った―――

 

 

当初は冷戦じみた互いの対応であったが、モモンガという共通の人物が居た為、途中からは加速度的に話が進み、むしろ互いの情報を求めるようになっていったのだ。

何せ、お互いが知りたくて知りたくて、しょうがなかったのだから。

そこにニニャとアルシェも加わり、其々の話を持ち寄って大いに盛り上がる事となった。

 

 

その場に居ずとも、多くの人々を結び付け、笑顔にする。

本人は否定するであろうが、それは“光”と言われるにふさわしい存在であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「爺さんよぉ、竜ってのはアレか……アゼルリシア山脈に居るような連中かよ?」

 

「ふむ、竜とは一言で説明出来ぬ存在でな……」

 

 

講義室と化したVIPルームで、ガガーランが率直な質問をぶつける。

彼らがここ連日話し合っているのは、破滅の竜王に関する事柄であった。法国の人間、それも極めて高位の人間が加わった事により、事の重大さを痛感した為である。

 

レイモン曰く「その存在、古に空を切り裂いて現れた」とされる化物であった。

かつて複数の竜王達と互角の強さで激しく争い、遂には敗れて封印されたが、巨大な竜王達であっても殺し切る事が出来ず、いずれ復活を予言されていた世界を滅ぼす災厄である。

 

何せ、かつて居た竜王達は八欲王に多くが討ち取られてしまったのだ。

最早、それらと戦えるような存在は殆ど居ないと言って良い。ドミニクや法国の上層部の頭には「ケイ・セケ・コゥク」と呼ばれる秘宝があったが、迂闊に外へ出せる物ではなかった。

 

まず、竜王達ですら殺し切れなかった存在に、秘宝が通用するのかどうか。

法国の面々からすれば秘宝の圧倒的な力を信じたいが、こればかりは試してみなければ誰にも分からない。試してみたけどダメでした、で済む問題ではないからだ。

賭けのチップに“世界”を置ける訳もなく、法国では日夜、様々な方向から検討が続けられていた。

 

 

「竜と言っても火竜や水竜、雷竜など様々での。環境によって、その生態や姿は大きく変わる」

 

「僕の知っている竜と言えば、フロストドラゴンなどですが……」

 

「うむ、あれも寒い環境に応じ、生態を合わせたものであるの」

 

 

ニニャの言葉に、フールーダが顎鬚を弄りながら答える。

レイモンはそれを聞いて、フールーダが言わんとしている事を察した。

話の手助けをするように、レイモンが伝承に残る竜王の名を告げる。

 

 

「既に滅んだとされていますが、他にも《吸血の竜王》や《朽棺の竜王》なども居ますな」

 

「うむ……私の読んだ古文書では両竜とも、竜の姿はしておらなんだよ。正しい記述かはさておき、前者など紅蓮のドレスを身に纏った絶世の美女であった、などと記されておっての」

 

 

フールーダの言葉に、一同が何とも言えぬ表情を浮かべる。

一同の頭にある「竜」と、「古い伝承にある竜」の姿が一致しないのだ。

そして遂にフールーダが、核心とも言える部分に触れる。

 

 

「魔樹の竜王、と呼ばれる存在も伝わっておっての」

 

「し………パラダイン様、それはフォレストドラゴンの事でしょうか?」

 

 

アルシェの頭に、森林などに生息する竜が浮かぶ。

それらの生息地に人が入り込む事など滅多にない為、遭遇するような事はないが、ドルイドなどの魔法の力を操る竜なども存在するのだ。

 

 

「さて、それも口伝で伝わってきたものを纏め上げたような古い書での。ほんの数行の記述しかなく、書物の劣化も激しくてロクに文字も読めん有様よ。何故、魔法で保存せなんだのか……」

 

「お爺ちゃん、脱線してる」

 

 

フールーダがぶつぶつと愚痴をこぼし、ティアがそれを強引に戻す。放っておけば当時の人間達に延々と保存の大切さや、魔法の何たるかの説教が始まりそうだったからである。

 

 

「う、うむ、そういう訳で一言に竜と言っても、伝承に残っておるような竜王というのはその生態や姿、能力も様々だという事じゃの」

 

「なるほど、非常に分かりやすい話で助かりますな。しかし、魔樹の竜王ですか……」

 

 

レイモンがその単語を呟き、伝承に残る竜王とは一体、どれだけの数が居るのか思考を巡らせる。

滅んだ存在も多いとされるが、それこそ口伝などが殆どであり、信憑性という点では心許ない。

 

 

「人類未踏の地、トブの大森林に封印されたとされる竜王であったな。かの存在がおる為に、あの地には他の竜が一切近寄る事は無くなった、と残っておったよ」

 

 

トブの大森林、という単語にガガーランとティアが眉を上げた。

 

 

「おいおい、トブの大森林っていやぁ……リーダーに吐かせた“例の場所”じゃねぇのか」

 

「鬼ボスの口を割らせるのは大変だった。でも楽しかった。まる」

 

 

彼女達は先日のOHANASHIでラキュースを吊るし上げ、拘束してのくすぐりなど、容赦の無い攻撃(?)を加え、「二人の聖地」などとスイーツ気味に語ったものを吐かせたのである。

二人があの地にモモンガがコテージを建てている事を告げると、部屋内に異様な空気が走った。

 

元々、住居が不明であったが、よもやそんな地に住んでいるなど、誰が想像するだろうか。

不便極まりないし、何よりも危険すぎる。

トブの大森林とは人跡未踏の地であり、竜すら近寄らない秘境なのだから。

 

 

「師がそのような場所に居られるという事は余程、大きな事情があるに違いないの……」

 

「魔樹の竜王に関する事なのでしょうか……」

 

 

フールーダとレイモンが顎に手をあて、何事かを深く考え出したが、ガガーランがあっさりと答えを出す。それは彼女らしい、鉈で薪を割ったような答えであった。

 

 

「その魔樹の竜王ってのが、破滅の竜王って事なんじゃねぇのか?」

 

「ガガーラン、どういう事?」

 

「伝承の竜ってのは、色んな呼び名やら伝え方をされてんだろ?現にあの魔神は、破滅の竜王の事を天帝なんて呼んでたしよぉ。あの王子がそこに居るって事はそういうこったろ」

 

「ん、一理ある。じゃあ、悪の魔法使いウルベルニョの事はどうなるの?人間から山羊の頭を持つ大悪魔になったと聞いた」

 

 

ティアが珍しく、長い言葉を口にする。

それだけ、モモンガに関する事には関心が強いのだろう。

 

 

「俺っちにそんな難しい事はわかんねぇよ。竜王と同化でもしたのか、逆に吸収でもされたのか」

 

 

ガガーランの言葉は乱暴ではあったが、一抹の真理を突いてはいた。

モンスターの中には吸収という手段を取るものが意外と多い。吸血鬼もその一種と言えるだろう。

中には多くのダメージを受けると形態を変えるモンスターも存在する。花だと思って近づいたら、食人花であって飲み込まれた冒険者なども居るのだ。

 

モンスターですらそうである。竜王などと呼ばれる存在が、如何なる生態をしているのかなど、本当のところは誰にも分からないのだ。

 

 

「りゅ、竜王と同化じゃと……!そ、そんな事が……いや、かの存在はデス・ナイトすら使役し、更に強大な魔神まで生み出したと言っておったな……そもそも大悪魔へと身を変えるなど、如何なる手法・儀式であるのか!」

 

 

フールーダが自分の世界へ入り込み、興奮したように部屋内を歩き始めた。ガガーランとティアが「また始まった」と顔を顰めたが、ニニャとアルシェは大真面目な顔でメモを取っている。

レイモンも何事かを考え込んだ姿勢のままで居た。

 

 

「確かに、人でありながらアンデッドとなった者は実際におる……多くの生贄を捧げ、その身を最下級の悪魔へと変えた者もな。じゃが、そのいずれも取るに足らん存在ばかりであった。もしや、大悪魔へと魂を捧げ、進化する事により、竜王との接触が可能となったのか!?封印され、弱った竜王を魔法で使役する事は可能か?いや、逆に悪魔として喰らったのか!?」

 

 

フールーダの興奮は収まらなかったが、レイモンの静かな声が部屋内に響く。

 

 

「同化や吸収というのはあながち、間違っていないかも知れませんな。封印され、数百年大人しくしていた竜王が突如、復活する予言がなされたのですから。その魔法使いが何らかの接触をしたと考えて然るべきでしょう」

 

 

こうして宿屋の一室では竜王に関する話がどんどん進んでいき、其々が周囲へとそれを伝えていく事になる。特にレイモンは有力な情報を得たと大急ぎで本国へと戻る事となった。

実際、放っておけば、その存在は世界の大半を崩壊させたであろう。彼らの危機意識の高さは決して間違ってはいないのだ……ウルベルニョという架空の存在を除いては。

 

とはいえ、元から“存在しなかった者”が竜王の中に消えようと、どうなろうと大差は無い。

そんな存在―――“最初から”居なかったのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――スレイン法国 最奥の広間

 

 

竜王国より少なくない面子が戻り、其々が顛末を述べた後―――

 

 

広間は感嘆する声やら、驚愕するやらで大変な騒ぎが続いていた。

彼らの心を何より惹き付けたのは、6体の《門番の智天使》と呼ばれる恐ろしく高位の天使を召喚し、人を喰らうケダモノを一掃したという部分であった。

 

陽光聖典の隊員によると、自分達が最高位天使と信じて止まなかった《威光の主天使》すら足元にも及ばぬような超高位存在であるらしい。

門番の智天使は全ての邪悪を一身に集め、遂には極色の光撃で地に平穏を齎した、と。

 

 

「やはり、光の神であるという事か!?」

 

「カイレ殿の話では、触れただけでアンデッドが浄化されて消滅したとか……」

 

「神より接吻を与えられた者は、たちまち悪しき呪いが解呪されたと聞いたぞ!」

 

「現地のニグンからは、“光の至高神である”との報告が来ておったな」

 

 

彼らの話はあながち、間違っていないというところが恐ろしい。

それらの話は全くの嘘や勘違いではなく、その中には歴然とした事実が混じっているからだ。話を総合すれば、誰がどう聞いても光を齎す存在なのである。

 

 

「それにしても、彼女が良く素直に戻ってくれたものよな」

 

「何でも、《仕事を途中で放り出すのは良くない》と窘められたらしい」

 

「だが、直々に“神名”を与えられたと聞いたぞ……!」

 

「そ、その、本格的に、彼女を御気に召した、と考えて良いのであろうか……?良いのだな!」

 

 

広間に何とも言えぬ、興奮を秘めた沈黙が舞い降りる。

よもや、それ程の光を齎す神に何かを押し付け、万が一、いや、億が一にも不興でも買おうものなら大変な事となってしまう。一同はその後、竜王国からの国書への返答や、ビーストマンの残党に対する対処などの案を練り、広間はまた喧騒へと包まれていった。

 

とはいえ、活気に満ちた喧騒と言うのは決して悪いものではない。

ここ数百年、彼らの会議は暗く沈んだものばかりであり、明るい話題など無かったのだから。

 

 

(ざ~んねん♪モモちゃんと居るのは私だし~♪)

 

 

壁にもたれ、騒ぎの一部始終を見ていたクレマンティーヌが腹の中で舌を出す。

彼女はモモンガとの会話を誰かに話すような事は一切無かった。

単純に、面倒な事になりそうだ、と思ったからである。実際、それらの内容を伝えていればこれまた大きな騒ぎとなり、色んな憶測を呼んでいただろう。

 

 

「えらく上機嫌ぢゃな。神から何ぞえぇ言葉でもかけられたかぃ」

 

「ふっふーん♪べっつに~」

 

 

カイレの言葉にクレマンティーヌが笑う。

誰がどう見ても上機嫌な姿に、カイレが顔を顰めた。

 

 

「分かりやすい女子(おなご)ぢゃのぉ……一つの餌にそれ程強く尻尾を振っておっては、まさに男の思う壷ぢゃ。ヌシの女としての難度は精々、5辺りかの……ゴミじゃな」

 

「あ”ぁ!?誰が5だ、クソババァ!」

 

 

広間の喧騒に紛れて他の喧騒も始まっていたが、興奮の坩堝にある部屋では誰も気にも留めず、次々と重要な案が進められていくのであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――スレイン法国 秘宝のある神殿

 

 

「お帰りなさい。バカンスは楽し………めたようですね」

 

 

ゼットンの代わりに神殿を守っていた隊長が眉を上げる。

短くない付き合いだからこそ感じたのだ―――これまで見た中で一番、上機嫌だと。

彼からすれば、神とされる人物が期待外れであったり、失望するような存在であったなら、彼女の機嫌はどうなるかと密かに怯えすら感じていたのだ。

 

彼女が本気で激怒でもしようものなら、それこそ法国など更地になってしまうだろう。

恐ろしい程に上機嫌であるのを察し、隊長の愁眉が開く。

 

 

(助かりました……まだ見ぬ神よ……)

 

 

隊長の全身から力が抜ける。

彼女の運動やストレス発散に付き合える者など、自分しか居ないのだ。最悪の場合、帰ってきた瞬間に「運動に付き合え」と地獄のような時間が訪れるところであった。

 

 

「……それは、マジックアイテムですか?」

 

 

彼女の持つ妙な物―――《凧》へと目を向ける。

細い木と紙のような物で出来た不思議なものだ。だが、その言葉を待っていたかのように彼女が自慢気にそれについての説明を始める。

普段、気が向かなければ何日でも黙ったままであるというのに、驚く程に饒舌だ。

 

 

「なるほど、神から頂いた……空を飛ぶ?玩具、ですか……」

 

 

説明を受けてもよく分からない、というより何の役に立つのか理解出来なかったが、彼女が喜んでいるのであれば何でも良い。

どうやら、まだ見ぬ神は恐ろしい程に気難しい彼女から随分と慕われているらしい。

彼女の饒舌はまだ止まらない。次は空に打ちあがった“極色の花”についての話が始まる。

 

 

「空に花、ですか……それも、七色?の……すぐに消える……は、はぁ……」

 

 

取り留めの無い説明に耳を傾けながらも、殆ど理解出来ない。

とはいえ、空に花を咲かせる事は、神にとって何らかの大切な儀式である可能性もある。右から左に聞き流して良いものではないだろう。

 

 

「きたねぇ花火……いくさ場の花、ですか……」

 

 

ダメだ。

先程から頭を全力で働かせているが、本格的に何を言っているのか分からなくなってきた。

まだ見ぬ神は、よほど花がお好きである事だけはよく伝わってきたが……。

 

 

「光と闇は一緒……?ゼ、ゼットン……?!う、うーん……なる、ほど……」

 

 

神殿の通路に、隊長の呻き声が響く。

まだまだ彼女の話は―――――終わりそうに無い。

 

 

 

 




色んな所で、色んな人と、色んな思いが交差していく。
重なる中心に居るのは、常に一人の男。
次話は中心の男へと視点が戻ります。


PS
お気に入り登録が6000を超えていたようで……ありがとうございます!
皆さんからの応援だと思って、終章も楽しく描いて行こうと思います!




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WAKE UP TO FALL IN LOVE

―――エ・ランテル 冒険者組合

 

 

組合長であるアインザックが、緊張した面持ちで対面に座る人物を見た。

流星の王子様、救国の軍神、光の王、余りにも贈られた名が多すぎて、今ではもはや一つに絞るのが難しい人物。ひとまず、王都で一番人々が喝采を込めて呼ぶ「大英雄」としよう。

その大英雄が突然、組合へ訪れたのだ。蜂の巣を突いたような騒ぎになったのは言うまでもない。

 

 

(確かに各種の手続きを一度行いたい、とは申し送ったが……)

 

 

当然、アインザックからすれば組合の方から出向くという話だったのだ。まさか、多忙の極みであろう本人が、自ら来るなど予想もしていない。

とはいえ、やらなければならない手続きはそれなりにあった。何せ、この大英雄にはプレートだけ大急ぎで届けたものの、他の手続きは何もしていないのだ。

 

登録時の《銅/カッパー》の状態で大きな功績を立て、何とか《白金/プラチナ》のプレートを大急ぎで届けたものの、更に大功を立てて遂にはアダマンタイトにまで登り詰めてしまったのだ。

驚くべきことに「数段飛ばし」が複数回である―――前代未聞と言って良い。

 

 

「まずは住居についてですが……」

 

「申し訳ありませんが、お答えしかねます」

 

 

大英雄が即答する。二の句を継げさせない断定的な口調であった。

住所不明など、本来ならそんな事が通じる筈もないのだが、王都やエ・ランテルでの騒ぎを見ていると迂闊に住居など明かせない、という思いがあるのであろう。

アインザックもこれは特例として認めざるを得ない、と判断した。

 

そもそも、冒険者組合はモンスターから人々を守り、町を守り、公道を守り、外での活動地を守るという性格のものであるが、有体に言えば仕事を募って、仕事を割り振り、それによって仲介料を得て運営されているものだ。

 

冒険者に対して絶対的な命令権などがある訳でもないし、代々の主従でも何でもない。あくまでビジネス上の間柄でしかないのだ。

当然、不世出の大英雄にして最高峰の冒険者に対し、高圧的に何かを求めるのは非常に難しい。

 

 

「では、他の項目ですが……」

 

 

アインザックが用意していた様々な書類を並べると、大英雄が眼鏡をかけてそれらを一枚一枚、丁寧に目を通していく。冒険者の中には面倒だから、とさっさとサインだけする粗雑な者が多いのだが、やはり大英雄はそこらのゴロツキめいた冒険者とは一線を画する存在なのだな、とアインザックは密かに思った。

 

 

(それにしても、何と美しい姿である事か……)

 

 

アインザックは大英雄の妖しさすら漂う雰囲気に酔いそうになっていた。

腹の底から震えがくるような美貌であるというのに、眼鏡をかけただけでそこに高貴な知的さまで加わり、もはや今のモモンガは手に負えない存在となっている。

もはや慣れてしまったのか、本人も臆する事なく堂々と顔を晒して生きている為、以前に比べてその輝きは格段に増しているといって良い。

 

それも当然であった。

どれだけの容貌であってもビクビクと何かに怯え、必死に顔を隠している人物など、その輝きも翳るだろう。今のモモンガは自分を受け入れ、ごく自然に振舞える程に成長している。

たった一人、突然放り込まれたこの世界で必死に戦ってきた事は無駄ではなかったのだろう。

 

 

 

「なるほど、アダマンタイトともなれば……随分と融通が利くようですね」

 

「大きな声では言えませんが、その通りです。まして先日の共同墓地の件で、我々は大英雄殿に返しきれぬ程の恩を受けております」

 

「恩など。私は、私のやりたいようにやっただけですから」

 

 

 

―――まして、私はルーキーに過ぎません。

 

 

 

アインザックが腹の中で唸る。

彼とて元は冒険者であり、多くの死地を潜り抜けて組合長にまで登り詰めた男だ。

その仕事上、海千山千の様々な冒険者を見てきた男と言って良い。

その彼から見て、大英雄は何一つ嘘は言っておらず、心底からそう思っていると感じたのだ。

 

 

(過ぎた謙虚とは嫌味になるものだが……この方が言うと、まるで心まで洗われるようだな)

 

 

大英雄は密かに脂汗を流しながら練習したサインを幾つか記し、名実共にアダマンタイト級冒険者としての手続きを完了した。だが、まだ残っている話がある。

 

 

「モモンガ殿……その、報酬の件なのですが……」

 

 

アインザックの口が淀む。

大英雄の成し遂げた功績が大きすぎて、一介の冒険者組合ではとても判断しきれないものであったからだ。ズーラーノーンが引き起こした死の螺旋、アンデッドの大軍勢の討伐。

極め付けに、王都を恐怖に陥れた魔神までこの地で討ち果たしているのだ。

 

これらに対する報酬など、前例が無さ過ぎて何を出せば良いのかも分からない。例えば白金貨として算出するなら、それは国家予算規模になるであろう。

 

 

「いえ、一連の騒動での報酬を求める気はありませんので」

 

「そ、それはどういう意味でしょう……」

 

「私自身の戦いも含まれていましたから……報酬を受け取る訳にはいかないという事です」

 

「し、しかし……そういう訳にも……!」

 

 

だが、大英雄はサインを記した書類をアインザックへと渡し、立ち上がる。

この話はこれで終わり、という事だろう。

慌ててアインザックが残りの用件を告げると、立ち去ろうとしていた大英雄が足を止めた。何が大英雄の琴線に触れたのか、振り返った表情は笑顔であった。

 

 

「へ~、それは面白いですね。なら、報酬はその代金に使って貰えますか」

 

「な”っ……お、お待ち下さい!額が額ですので!」

 

「その辺りは、一般的な価格に気持ち程度の上乗せで構いませんよ。では」

 

 

大英雄が部屋を去り、最後の言葉にアインザックが頭を抱えた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「殿~、次はどっちに曲がるのでござるかー?」

 

「貰った地図だと、こっちかな」

 

 

モモンガはハムスケの背で揺られながら、久しぶりに“ポカ”をした気分であった。

アインザックから冒険者は使役する魔獣をちゃんと“登録”しなければならないと告げられたのだ。

言われてみれば当たり前の事であった。

 

 

(犬猫ですら首輪を付けたりするもんな……)

 

 

リアルでも危険な動物を飼うなら当然、申請して手続きをしなければならない。

余裕のある富裕層の一部などは、人間でも丸ごと喰らうワニを飼っている、などと実しやかに噂が流れていたものだ。

ハムスケの見た目はともかく、この世界の人達からすれば、それこそワニより危険だろう。

 

 

「某には絵(?)なるものが、いまいち分からんでござるよ」

 

「魔法で書き写すと一瞬って言われたんだけどさ、それだと味気ないだろ。せっかくこんな世界に来たんだから、ちゃんとした絵にして貰おうと思ってさ」

 

「確か水面に映る姿のようなもの、でござったか?」

 

「ハムスター相手に何て説明すれば良いのやら………俺からすればこの世界に来て初めて撮る、高級な“スクリーンショット”みたいなもんかな」

 

 

自分で言いながら、懐かしい光景が頭に浮かぶ。

ユグドラシルでは良く、何かの記念にスクリーンショットを撮ったものだ。ボスを倒した時、レアアイテムがドロップした時、仲間が死んだ時の姿も、しっかり撮って笑いのネタにしたものだが。

 

ハムスケに説明にもならない説明をしつつ、ようやく教えて貰った邸宅へ辿り着いた。

白亜に塗られた、随分とお洒落な家だ。

著名な画家と言ってたし、気難しい人でなければ良いんだけれど。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――ジェットストリーム・モレソージャン宅

 

 

「旦那様、冒険者組合から大至急の依頼が来ております」

 

「野蛮な冒険者の、その組合など我輩の知った事か。塩でも撒いておけ」

 

「で、ですが……モレソージャン様……あうっ!」

 

「たわけっ!我輩の事は旦那様、もしくはジェット様と呼べと言っておるだろうが!」

 

「申し訳ありません!モ……ジェット様!」

 

 

遥か昔に、何処かで聞いた事のあるやり取りである。

エ・ランテルが誇る天才画家、ジェットの邸宅で毎日のように行われているやり取りであった。

怒られても一向にめげない女性使用人も、結構良い根性をしている。

 

実際、門前払いしても仕方がない程にジェットは多忙であった。

ティアに依頼された「私の王子」というふざけきった絵。あの絵が評判を呼び、依頼が引っ切り無しに舞い込んで来るようになったのだ。―――何せ、描いた人物が時の人である。

アダマンタイト級冒険者からの依頼でもあった為、その重みはジェット本人が知らぬ間にトンでもない規模となって世間へ喧伝されてしまったのだ。

 

 

(あの小娘め……!余計な仕事を増やしおって……!)

 

 

あの絵はティアが持ち帰った為、「もう一度描いてくれ」との依頼が後を絶たない。

ジェットからすれば噴飯ものである。

だが、性格はともあれ紛れも無い天才画家であるジェットが、ティアの執拗とも執念とも言える注文に応えた絵の出来栄えは、まさに“神がかった”ものであった。

 

実際にそれを見た人々が次々に口コミで広めていった為に、今では王国一との評判まで得るようになったのだ。無論、それはジェットの本意ではない。

 

 

(何が大英雄か……野蛮人の親玉のようなものではないか)

 

 

彼は自らの腕と、自らの才を恃みとして世に立っている。

何かの“追い風”のようなものを受けて評判が高まるなど、片腹痛いと思っているのだ。芸術家にままあるタイプの、非常に厄介な捻れ方をした人物と言って良い。

 

 

「ですが、噂の大英雄様の魔獣を描いて欲しいとの事で……」

 

「……本人も来るのか?」

 

「そのようです。くれぐれも、失礼のないようにとの事でした」

 

「チッ、馬鹿馬鹿しい……」

 

 

一言、ジェットが吐き捨てる。

 

 

「少しばかり強いのか、魔法が使えるのか、一体それがどうしたというのか。力ある存在など、いずれ消え行く空虚な存在に過ぎんではないか」

 

「ですが、この街を救ってくれましたよ?」

 

「たわけが……力など所詮は一代のもの。優れた芸術は何百年、時には千年の時間すら越えて世に残るのだ。どちらが上で、どちらが確かなものであるのか、言うまでもあるまい」

 

「ぁ、今の台詞は少しだけ格好良かったです」

 

 

その言葉に、「フフン」とジェットが得意気に笑う。

実際、それこそが彼の信念なのだろう。それは芸術家と言われる職業の者としては立派と言えたが、とても世間で生きていけるようなタイプではない。

形こそ違えど、この男もガゼフ・ストロノーフと同じく“世渡り”が出来る男ではなかった。

 

 

「ぁっ、大英雄様が来られたようです!」

 

「魔獣などに家へ入られてはかなわん。庭にでも通しておけ」

 

 

こうしてジェットは絵のモデルとなった人物と、遂に出会う事となった。

そして、この出会いが―――

彼の人生を、数奇なものへと変えていく事になる。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

客に対する容儀を整え、ジェットが表へ出る。

途端、目に入ったのは途方も無い大魔獣であった。ジェットはハムスケを連れての凱旋の時も、パレードにもまるで興味が無かったので、これが初見である。

見上げるような途方もない巨体に、深い叡智を湛えた瞳、美しい毛に、刻まれた紋様。足が震えるような恐ろしさはあったが、ジェットから見ればどれも芸術として超一級のものであった。

 

 

(こ、これが森の賢王……!そう呼ばれるのも、むべなるかな……)

 

 

そして、その主は庭に置かれた白い椅子に腰掛け、テーブルに置かれた紅茶を悠々と飲んでいた。その目は庭の風景を楽しんでいるようでもある。木漏れ日が反射する中………どういう訳か、白と黄金で出来た服が、風景に違和感無く溶け込んでいたのだ。

 

 

「素晴らしい庭ですね」

 

 

そう言いながら立ち上がり、振り返った顔に、ジェットの魂が悲鳴を上げた。

彼は自分の“小煩さ”を知っている。鼻持ちならない人物であると思われているのも。

これまで彼の審美眼に見合うだけのものなど、この世に存在しなかったのだから。あらゆる物が、人が、全て自分より劣ったものとしか映らなかったのだ。

 

 

 

だが、たった今―――――“究極の芸術”と出会ってしまった。

 

 

 

「そ、その大魔獣を描くには余りにもみすぼらしい庭でしょう……すぐに場所を変」

 

「ここで構いませんよ。申し遅れましたが、私はモモンガと言います」

 

 

モモンガの注文は至極、簡単なものであった。

組合への登録用ではあるが、「自分と魔獣を一枚の絵として描いて欲しい」というもの。大魔獣だけでなく、この人物も絶対に描きたいと思っていたジェットからすれば願ったり叶ったりである。

 

 

こうして、筆の動く音だけが耳に入る、静かな時間が始まった―――

 

 

「ポーズなどはどうしましょうか?」

 

「どうかお気にならさず……自由にして頂いて構いません。既に“出来上がって”いますので」

 

 

モモンガには分からない。書き始めたばかりなのに、出来上がっているとはどういう事なのか。

だが、ジェットの筆は全く止まらず、氷の中に火を宿したような形容しがたい目で自分達を見ており、迂闊に声すら掛け辛い雰囲気であった。

余計な口出しをして仕事の邪魔にならぬよう、モモンガも腹を括る。

 

 

(いつか本で読んだ、ピクニックみたいだな)

 

 

紅茶と出された茶菓子を楽しみながら、モモンガが庭へと目をやる。

小さいながらも整った、落ち着く風景であった。大仰なものでなく、自分にはこれぐらいのスペースが落ち着くのだろう。使用人の女性も随分と気が利いており、紅茶が冷めればすぐに淹れ直し、様々な茶菓子を出してくれる。

 

 

「良い天気でござるなぁ……某は眠くなってきたでござるよ」

 

「お前は食べて寝てばかりだな」

 

「食べて寝るのは生物の一番大切な仕事ではござらんか~」

 

「う、ん……?そう、なのか……そう言われればそんな気もしてきたけど……」

 

 

遂にハムスケが足元で丸くなり、惰眠を貪りはじめる。

その間も筆はどんどん進んでいるらしく様々な絵の具が搾り出され、何十本もの筆が入れ替えられながら白い画布へ向かっていく。

 

 

(これが絵師さん……いや、画家って人達なのか……)

 

 

世界の全てが、データやデジタルの世界で生きてきたモモンガにとっては新鮮ではある。カメラや写真が当たり前の世界では、本格的な絵画というものはほぼ絶滅した文化と言って良い。

何処でもボタンを押せば一瞬で全てを写せるというのに、とんでもない労力をかけて筆で一から描写する理由も余裕もない世界だったのだから。

 

 

(でも、こんな世界に来たんだから思い出の一枚ぐらい残したいしな……)

 

 

平たく言えば、人の手による手作りっぽいものが欲しくなったのだろう。

旅行先などで、ままある事だ。

こうして幾許かの静かな時間が過ぎ―――――絵が完成した。

ジェットは完全に燃え尽きたのか、顔色は蒼白となっており、肩で息をしている。それだけ、全身全霊を集中して描ききったのであろう。

 

 

「これは……素晴らしいですね!」

 

 

絵を見た瞬間、モモンガが手放しで称賛する。

彼は芸術に深い造詣などがある訳ではないが、この絵が素晴らしい出来栄えだという事ぐらいは分かる。緻密なタッチで描かれたそれは、まるで風景を切り抜いたかのようであった。

 

そこには柔らかい笑みを浮かべたモモンガが椅子に腰掛けており、足元にはうつ伏せになっているハムスケの姿が描かれていたのだが、モモンガが気に入った部分は絵の全体図として、とても落ち着いた雰囲気であったという点だ。

何やら“偉人”のように威風堂々と描かれたりしたら、完全に赤面ものである。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

大英雄が何度も礼を述べながら去った後、ジェットは放心したように庭で佇んでいた。

何もやる気が起きない。しようとも思わない。

ジェットは思う。

 

 

これは一時的なものではなく、半永久的なものであると―――

 

 

会心の出来栄えとも言える作品が完成した後、こうした事はあるにはあったが、今回のはそんな軽いレベルではなく、画家としての“死”すら感じていた。

自分から漂う気配に、あのクソ生意気な使用人すら戸惑っているようだ。

 

 

「と、とても良い出来栄えでした、ね……旦那様。い、いえ、今までで一番でした!」

 

 

その言葉が、とても遠い。

良い出来栄えだったからこそ、一番の出来栄えだったからこそ、“死”が訪れたのだ。

何と馬鹿な話だろうか。生涯で最高の作品だと確信出来るものを描いてしまった。

なら、これから何を描けば良い?

今後、何を描こうと全て劣化した作品にしかならないではないか。

 

 

「皮肉なものだ……生涯最高の作品を完成させるという事は、画家として死を迎えるのと同じ意味であったのだな。我輩は、そんな事すら知らずにいたのか」

 

「旦那様……」

 

 

両目から涙が溢れてくる。

それは悲しみであったのか、喜びであったのか、それすらも分からない。

ただ、胸には揺るぎ無い達成感と、ぽっかり空いた穴のようなものがあり、相反する二つの気持ちに揺れるまま、涙が枯れるのをただ、幼子のように待ち続けるだけだった。

 

 

後に組合からジェットへ届けられた報酬額は、白金貨100枚という馬鹿げたものであった。気持ち程度の上乗せ、と言われたアインザックが組合の金庫を空にして届けたものである。

エ・ランテルを救った金額として考えるならまるで足りないだろうが、そこはもう誠意を見せるしかない、とアインザックが腹を括った結果であった。

 

しかし、この絵こそが大英雄が生涯で唯一、描かせた絵であった為、その価値は計り知れないものとなっていく。スタートから白金貨100枚という浮世離れした絵であったが、すぐさまそれが何倍、何十倍と価値が釣り上がっていき、遂には「一国に値する」と称されるようになっていく事となるが……。

 

 

 

高まる評判に反するように、この日をもってジェットは筆を置いた―――

 

 

 

彼が再び筆を握るのは、数十年後の事となる。

世界で唯一、「大英雄の描き手」と呼ばれる事となる、数奇に満ちた彼の生涯であるが、それを語るのはまた別の日にしよう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「絵というのはよく分からんでござるなー。某はもっと雄々しく描いて欲しかったでござるよ」

 

「ははっ……あの姿こそ、お前の本質を突いてると思うよ」

 

 

モモンガが絵を思い出しながら、柔らかい笑みを浮かべる。

この世界の人達からすれば恐ろしい魔獣かも知れないが、自分からすれば食べているか寝ているか、の印象が一番強い。おまけに侍言葉で話す大きなハムスターときてる。

 

のんびりとうつ伏せになって、つぶらな瞳を向けていたハムスケの絵は、自分の中のハムスケ像にピッタリと合う素晴らしい内容だったと思うのだ。

 

 

(さて、これからどうするか……)

 

 

エ・ランテルの街を闊歩しながら、これからどうするかを考える。

王宮から招聘されている事を考えるなら、やはり王都へと向かわなければならないだろう。

 

 

 

「見て、お姉ちゃん!凄い魔獣が居るよ!」

 

「見、見ちゃダメ……食べられるよ……!」

 

(……ん?)

 

 

 

見ると、幼い女の子二人がハムスケを指差して震えていた。

エ・ランテルの人達はもうハムスケを見慣れているので、こう言う反応は久しぶりかも知れない。

 

 

「殿、あの反応を見て下され!やはり、某の威容に慄くのが正しい姿でござるよ~」

 

「子供相手に恐れられてどうするんだよ……」

 

 

と言うか、子供から見れば着ぐるみみたいで可愛いと思うんだけどな。

大きなハムスターとか、マスコットとか漫画とかでも居たような気がするんだけど。

 

 

「大丈夫、ハムスケは人を食べたりしないよ―――――」

 

 

子供を怯えさせぬよう、笑みを浮かべながら言ってみる。

途端、二人の子供が赤面し、その後、目を輝かせながら寄ってきた。

 

 

「じゃ、じゃぁ……さ、触っても平気……?」

 

「あぁ、大丈夫だよ」

 

 

恐る恐る、といった手付きに噴き出しそうになる。

確かに、子供の頃は大きな犬に触るだけでも相当な恐怖があったのを思い出したのだ。この世界で言えば、ハムスケはドーベルマンどころか、虎やライオンなどに近いのだろう。

 

 

「お、大きい……それに固い!」

 

「カチカチだよ!」

 

 

う、うーん……何だろうか、この居た堪れない空気は。

ハムスケの毛の固さについて言ってるだけなんだろうけど、何だか微妙な雰囲気が……。

いや、俺の考えすぎか……。

 

 

「お兄ちゃんのも触って良いかな……」

 

「な、何言ってんのさ!ダメだよ!」

 

「えぇ、キラキラした服……触りたい……」

 

「ぁ……ふ、服ね!あはは……」

 

 

頭に純銀の鎧を着た聖騎士が浮かび、冷や汗が流れる。この場に居たら手錠を掛けられていたかも知れない……と言うか、この子らややこしい言い方しすぎなんだよ!

 

 

 

―――その子達から離れなさい、性犯罪者!

 

 

 

「ちょ、誤解ですから!この子達はハムスケの……!」

 

 

声のした方を見ると、軽装に身を包んだ女騎士が居た。

長く伸びた金の布のような髪が顔半分を隠していたが、とんでもない美人である事は一目瞭然だった。こんな美人から性犯罪者呼ばわりされるとか、どんな罰ゲームだよ!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――レイナース・ロックブルズ。

 

 

帝国の四騎士とまで世に謡われる彼女であったが、その気分は暗鬱たるものであった。

モンスターを討伐した際に負った呪いが、顔半分を覆うようになって久しい。

呪いをかけられた顔は膿を分泌し、定期的にハンカチで拭わなければまともに生活する事すらままならない、歪な人生となってしまったのだ。

 

貴族の令嬢として何不自由ない生活から一転し、醜聞を恐れた家からは追放され、醜く歪められた容貌に婚約者も逃げ出した。

皇帝の力も借りて家と婚約者には復讐を果たしたが、残ったのは虚しさだけである。彼らに復讐をしたところで呪いが解ける筈もなく、自分の堕ちた人生は何一つ変わらなかったのだから。

 

 

(私は、何をしているんでしょうね……)

 

 

子供二人を王都へ届ける、という意味不明の任務を受けたのも、相手がフールーダ・パラダイン翁だからこそだ。かの翁なら、呪いの解呪方法をいつか見つけてくれるかも知れない、と言う淡い期待があったからである。

 

実際、翁はこの呪いに興味を示し、様々な文献を漁って調べてくれている。

それを考えれば、どんな理不尽な指示であっても翁の機嫌を損ねるのは甚だ不味い。

 

 

(クーデリカとウレイリカ、か……)

 

 

フォーサイトというワーカーに所属する、メンバーの妹。

翁は自分の元弟子の妹であると言っていたが、他に碌な説明をしようともしなかった。魔法が絡むと相変わらずの困った人である。

一方的に役人へと指示を下し、一秒の時間すら惜しい、といった態度でその尻を叩きに叩き、瞬く間に行政処理を終えてしまったと聞いた。

 

借金の清算や、親との義絶など本来はそれなりに時間のかかる案件なのだが、帝国で翁の言葉に逆らう者など居る筈もなく、一瞬でそれらが終わり、自分へと鉢が回ってきたのだ。

 

 

(とは言え、良い骨休めになっているのかも知れない……)

 

 

自分を見れば怖れ、何か呪いが伝染するかのように怯える連中に囲まれての暮らしは、余りにも辛すぎた。何処にも救いがない日々の中で、天真爛漫な子供との旅路は決して悪いものではなかったと思う。

 

 

(でも、何故王国にいらっしゃるのか……)

 

 

何か情報でも探っているのか、破壊工作でもしているのか。

それとも、あの皇帝の指示で王国に騒ぎでも起こそうとしているのかも知れない。ただ、そのどれもが翁の興味を引きそうにないものばかりなのだ。

 

自分と翁の間には別段、深い付き合いなどはないが、あの翁が魔法に関する事以外で、能動的に動く事などありえないという事ぐらいは分かる。

 

 

(ともあれ、二人に食事を……)

 

 

こうして彼女は、運命の王子様と出会う事となった―――――

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

深い叡智を感じさせる、見上げるような大魔獣。

それに騎乗する男が慌てながら振り返った時、余りの美しさに嫉妬で焼き焦がされそうになった。

この呪いを受けてから、美しいものが憎くて憎くてしょうがないのだ。

全てを叩き壊して、歪に変えてしまいたくなる。

 

 

だが―――この人は―――

 

 

(わ、わたしは……とんでもない事を……!)

 

 

冷静になって考えれば、このような大魔獣に騎乗する人物が犯罪者である筈もない。

それに、身に纏っている途方もない服はどうだ!全身から光が溢れ、マントに至っては太陽の光を反射して、七色の光まで放っていた。

 

 

(性犯罪者などと、とんでもない事を……)

 

 

幼い子供に怪しげな言葉を言わせていたから、つい激高してしまったが、取り返しがつかない。

自分の言葉に怒りを感じているのか、彼は胸と目に手をあて、こちらへ鋭い視線を向けたかと思うと、遂には大魔獣から降り、こちらへと近づいてきた。

 

 

「も、申し訳ありません……私の勘違いでした。非礼を深く詫びます」

 

「お前の名は―――?」

 

 

敵地で、自分の名を名乗るのは憚られた。

それ故にいつものフルプレートの鎧も脱ぎ、冒険者風に変装してこの街へと入ったのだ。だが、この光り輝く男性の前で嘘偽りを述べる事は恐ろしく苦痛であった。

往来で突然起きた騒ぎに、周囲の人々も何事かとこちらへ視線を注いでいる。

 

 

「レ、レイナース……ロックブルズ、です……」

 

 

言って、しまった……。

もしかすると、この中には自分の名を知る者も居るかも知れない。帝国の四騎士が王国領に居るともなれば、大きな騒ぎにもなり兼ねないだろう。

 

 

「お、お兄ちゃん!レイナースさんを怒らないであげて!」

 

 

子供たちの声が遠くから聞こえたが、自分の頭は真っ白のままであった。

余りにも失態を重ねすぎた。

こんな騒ぎとなっては、この子達を届ける任務すら覚束ないではないか。

 

 

 

「レイナース・ロックブルズ―――貴様、“憑いて”いるな?」

 

 

 

男性の手が伸び、自分のアゴを掴む。

そして、もう片方の手で腰を力強く引き寄せられた。

 

 

(ぇ……)

 

 

ちょっと、待って……この体勢は……。

当初は殴られるのかと体を固くしたが、今ではもう粘体のモンスターのように腰砕けであった。

近い……近い、近い、近い!全然嫌じゃない!どうしよう?!

 

そして、その美しい唇がおでこに触れた時―――

悪しき呪いが“断末魔の悲鳴”を上げたのを確かに聞いた。同時に、いつも顔を覆っていた不快感まで消えたのだ。

 

周囲からどよめきと喝采が起き、慌てて顔に手をやると、いつもの不快な感触が完全に消えているではないか。それでも信じられず、急いで手鏡で確認する。

 

 

鏡に映っているのは―――――元の自分の、素顔であった。

 

 

「~~~~~~~~っ!」

 

 

声にならない声が出た。それは絶叫であったのかも知れない。

周りからはおかしな目で見られるだろう。だが、それがどうしたというのか。

自分を苦しめ続けてきた呪いが、人生を台無しにしてくれた根源が、跡形もなく消えているのだ!

 

 

―――――ごく自然に、涙が零れた。

 

 

良い大人が、世に四騎士などと謡われている自分が、それも敵地で、泣きに泣いた。

笑われても良い。後ろ指を指されても良い。

今だけは、どれだけ恥ずかしい女になっても構わない―――

 

 

押し寄せてくる感情に流されるままに、まるで泣く事を楽しむようにして、泣いた。

 

 

気付けば、クーデリカとウレイリカが心配そうな顔で自分の両手に抱き付いている。

この子達からすれば、何故自分が泣いているのか分からないのだろう。だが、何かを感じたのか、慰めようとしてくれているのかも知れない。

 

 

「大丈夫、私は、平気、だから……」

 

 

何かを言おうとしたが、まるで言葉にならなかった。

これではどちらが子供か分からない。

何も言えずに俯いていると、目の前に影が差し、ハンカチを差し出されていた。彼の表情は何処までも透き通っており、泣き顔を晒している事が今更ながら恥ずかしくなってくる。

 

 

 

「レイナース―――――女の子は笑った方がいいな」

 

 

 

その言葉に、心臓が押し潰された。

笑うべき事に「バン!」と耳にハッキリ聞こえる程の音が聞こえたのだ。いや、破裂した。

顔に血が集まってくるのと同時に、自分の運命が大きく変わった事を強く自覚する。

自分はこの方と出逢う為に、ここへ来る定めだったのだ。そうに決まっている!

 

 

「どうか、貴方の名をお聞かせ願えませんか……」

 

「えっ……あ、あぁ、私はモモンガと言います」

 

 

モモンガ様……名まで尊く、美しいとはどういう事なのだろうか。

この方に出会う為に、これまでの苦難があったのだと今なら強く信じられる。むしろ、呪いを受けていなければこの方に出逢えなかった事を思うと、呪いにまで感謝したくなってくる程だ。

 

 

 

「私、レイナース・ロックブルズはこの時より―――“貴方の騎士”となる事を誓います」

 

「えええええええっ?!」

 

 

 

こうして大英雄は多くの人間を笑顔にしたり、泣かせたりと騒ぎを起こしつつ、王都へと向かう事となった。王宮でも彼の存在は大きな騒ぎとなるに違いない。

王宮に巣食う貴族達は驚愕し、そして、痛感するだろう。

 

 

“歴史”というものを紐解けば。

 

その多くが―――――“たった一日”で変わるものだという事を。

 

 

 

 




色んな涙と笑顔を溢れさせながら。
物語は再び、王都へ―――





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終わりの始まり

―――リ・エスティーゼ王国 王宮

 

 

六大貴族の一人、レエブン侯は執務室で頭を抱えていた。

いや、彼だけではない。六大貴族の誰もが苛立ち、周りの従者などへ八つ当たりを繰り返している者もいるようだ。―――返書が、少ない。少なすぎる。

彼らは自らの領地だけでなく、周辺の小さな領主達を傘下に収め、己の派閥ともいうべきものを作って影響力を保持してきたのだ。

 

王宮に詰めている間は、自分の派閥に所属する者らと書簡で様々なやり取りをしてきたが、返事が芳しくない。中には、返書すら返してこない者すら居る。

ありうる事ではない。

六大貴族の、それも筆頭と目されている自分へ返書すら返さないとは何事であろうか。

 

 

(あのパレードから、何もかもが変わってしまった……!あの女狐め!)

 

 

ラナー王女の救出、それに伴って行われた派手な戦勝パレード。

各地で爆発的な経済効果を生んでいると聞いて誰もが自らの領地にも、と望んだのだ。

領民に対する、一種の“ガス抜き”も期待しての事であったが、誰がこんな結末を予想するだろう。

 

あの時から、自分達に対して消極的な態度が目立つようになり、遂には露骨に反抗的な態度を見せる者まで出てくる始末。あの女狐―――空虚な化物が何かをしたに決まっている!

 

 

(あの化物は権力の掌握などに興味はなかった筈……それが何故、今になって……!)

 

 

頭を掻き毟るも、良い案が出てこない。

反抗的な者を処罰する?

ありえない、それこそ下策だ……それをキッカケとして派閥からの脱退者が出かねない。迂闊な事をすれば、それが“蟻の一穴”となって築いてきた派閥が崩壊する可能性すらある。

 

 

(化物め……あの王子と手を組み、クーデターでも起こすつもりか!?)

 

 

世間から流星の王子様だの、大英雄だのと呼ばれ、もはや一国を覆う程の声望を得ている男。

最早、あの男の事を聞かない日など一日たりとも無い程だ。

女中だけでなく、王宮に詰めている衛兵達も寄ると触るとあの男の話ばかりしている。王都での動乱、エ・ランテルにおける戦い、更には竜王国での死闘。

どう差っ引いて見ても、それはもうカリスマなどという次元ではない。

 

 

既にこの国には―――――“二人の王”が居るようなものだ。

 

 

彼が一介の冒険者であれば、まだ良かった。

大英雄として国中から持て囃される存在となり、自分達もその存在を心強く思うだろう。

 

 

(だが、あの男は滅んだとはいえ、“一国の王”であったのだぞ……ッ!)

 

 

ロクに教育も受けてこられなかった民草が熱狂するのはまだ分かる。理解もしよう。

だが、足元の貴族らですらあの男を信奉しているなど、ありえない!

それは現国王の正当性すら揺るがしかねない、危険なものだ。

 

貴族らにそれが分からない筈もない。

つまり、彼らは消極的ながら―――既にクーデターに与しているという事だ。

 

 

「入りますよ、旦那」

 

 

見ると、配下のロックマイアーがニヤニヤと笑いながら壁にもたれてこちらを見ている。

現役時代はオリハルコン級冒険者の盗賊であった男だ。

戦闘から後方支援、敵地に入っての情報収集など、非常に優秀な男ではあるが……この粗雑さだけはどれだけ言っても治らないらしい。人前では侯と呼ぶだけ成長したと見るべきか。

 

 

「相変わらずだな……ノックというものを知らんのかね」

 

「こいつは失礼……盗賊時代の癖が抜けないもんで」

 

 

何が可笑しいのか、その表情にはニヤニヤとした笑みが張り付いたままだ。

こちらはとても笑えるような心境ではないというのに……。

 

 

「旦那、可愛らしい姫様が先手を打ってきた。大小問わず、貴族を王宮へと招集してる」

 

「……何だと!?あの化物は何を仕出かすつもりだ!」

 

「さて、ケチな盗賊には分かりませんがね……皆、大喜びで尻尾を振りながら出発したようで」

 

「私が送った書簡には返事も寄越さずに……忌々しい化物め!」

 

 

思わず拳をテーブルへ叩き付ける。

あの女は、自らが女王にでもなるつもりなのか?

それとも、あの男を立てるつもりか?

 

 

「流石の旦那も、あのおっかない姫様にはお手上げですかね。それに、姫様の後ろに居るあの男は……もう、伝説やら神話の類になっちまってる。手に負えませんな」

 

 

言いながらロックマイアーが両手を広げ、首を振る。

完全にお手上げのポーズだ。自分とて、いっそ放り投げることが出来ればどれだけ楽か。

 

 

 

―――――騒々しい、静かにせよ。

 

 

 

突然、あの男の声が脳裏に甦り、体に震えが走る。

あの時、あの男から恐ろしい程の威厳を感じたのだ。思わず平伏しそうになった程に。

この六大貴族の筆頭である自分が、だ!

他の者など、その姿を見ただけで平伏し、その威の前に悉く頭を下げるのではないか?

 

 

「しかし、そんなに悪い事なんですかね?」

 

「……何?」

 

「俺が言うのも何ですが、このままいきゃぁ、この国は帝国に呑まれるのがオチでしょう?その時、あらゆる貴族を血祭りにあげてきた鮮血帝は、旦那の事を見逃すんですかね」

 

「言われずとも、その事は何度も考えてきたさ……」

 

 

ロックマイアーの言は正しい。

このまま何事もなく行けば、この国は帝国に併合されるだろう。そして、鮮血帝は最初こそ甘言を弄してくるに違いない。

領地の安堵、息子への継承、何なら新たな領地すら匂わせてくる可能性もある。

 

 

―――当然、空手形だ。

 

 

併合が終われば、そんなものは紙切れのように破られ、反故にされるのは目に見えている。

大きな、それも独自の領地を持つ者など、あの皇帝が認める筈もないのだから。

それが分かっているからこそ、この腐った土壌の中でも何とかバランスを保ち、無事に息子へと領地を残す為に悪戦苦闘を続けてきたのだ。

 

 

(だが、あの女は鮮血帝以上の事をしてくる可能性がある……)

 

 

まさに前門の虎、後門の狼だ。

帝国に呑まれれば自分の首が飛び、あの化物が国を掌握すれば何が起こるか分からない。この国を腐らせてきた八本指が消滅したというのに、自分の状況は悪くなるとはどういう事なのか……。

 

 

 

―――レエブン侯、ラナー殿下がお見えになっております。

 

 

 

その声にビクリと体が震える。

 

 

「おやおや、おっかない事で……では、俺は退散させて貰います」

 

 

ロックマイアーが隣室へと消え、自分も呼吸を整える。

一体、何の目的があってここへ……?決まっている、何らかの悪巧みに違いない。

あの女の全ては、嘘と虚飾で出来上がっているのだから。

 

 

「お久しぶりです、レエブン侯っ!」

 

 

太陽のような笑顔。

入ってきただけで、部屋の中が明るくなったような錯覚すら感じる。

 

 

「わざわざの御越し、痛み入ります。おっしゃって頂ければ、臣の方から出向きましたものを」

 

「今日は私事で参ったんです。お忙しい侯を呼びつけるなんて出来ませんよっ」

 

 

彼女の笑顔に併せ、自分も精一杯の表情を作る。

何がお忙しい、だ。その原因を作っておいてどの口がそんな事をほざくのか。

ドス黒い怒りが湧いてくるが、そんな素振りは一切見せず、慇懃な態度で“太陽”へと向き合う。

ほんの少しでも距離を間違えれば、灼熱の炎の中で―――“焼死”させられる。

 

 

 

 

 

この会談でラナーが何を語ったのか―――

 

 

当初は硬かったレエブン侯の表情が徐々に崩れ、その顔に驚愕が浮かぶ。

遂には彼らしからぬ大声を上げたが、最後にはその顔が―――笑顔となった。

魔法など使えぬラナーであったが、彼女こそ稀代の魔法詠唱者であったといえる。レエブン侯は感謝を述べながらラナーと握手し、ラナーも煌くような笑顔でそれに応えた。

 

 

「さぁ、お客様方を迎える準備をしなくてはいけませんねっ!」

 

 

―――――“遠方”から来られる方もいますし、ね。

 

 

最後の言葉に、レエブン侯の背筋にゾクリとしたものが走る。

この女は、どの段階からこんな絵面を描き始めたのか。

 

 

(この女だけは、敵に回してはいけない……)

 

 

今、頭を占めているのはその事だけであった。

何より、この化物が作り上げた案を成就させなければ、どちらにせよ自分に未来はないのだから。

座していれば、帝国の若造によって可愛い息子は断頭台へと登らされる事となる。

 

 

(全力で動くべきだ……時間が惜しい)

 

 

こうして、レエブン侯も何事かの根回しに動き始めた。

身も蓋もない言い方をすれば、彼は全力で自らの保身へ動いたと言える。

それも当たり前であった。

彼は清濁併せ呑む大きな派閥の長であり、その行動に綺麗も汚いもない。そして、人である以上―――自らの利益を一番に考えるのは至極当然の事であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王宮 廊下

 

 

(揺れ動く政局の中では、裏切りなど日常茶飯事だが……まさか、姫自らが……)

 

 

レエブン侯は廊下を歩きながら、戦慄と共に“それ”を思った。

だが、事態は既に動き出してしまっている。

動き出した馬車から降りれば、今度はその馬車に自分が轢き殺される事になりかねない。

いや、あの女ならば必ずそうする。

 

 

(時間が、私を殺す……)

 

 

帝国に飲まれた場合、大貴族たる自分の立場は極めて危険であり、息子への領地の継承など望むべくもない。帝国が来ずとも、自分達の影響力はラナーの手によって日々低下しているのだ。

まだ影響力が残っている間に動き、一気呵成に“決めて”しまうしかない。

 

再度ラナーの言葉を思い出し、案に穴が無いか手探りで探る。

自らを嵌める穴がないか、をだ。

今回ばかりは、一歩間違えば奈落の底まで堕ちる事になるだろう。取り返しがつかない。

ラナーの言葉を一言一句、頭へと浮かべていく。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――会談

 

 

「レエブン侯……私ってば、とっっても良い事を思い付いたんですっ」

 

「それはそれは……殿下の知恵を拝聴出来るとは、光栄の至りですな」

 

 

ピン、と人差し指を立てながらラナーが真面目くさった表情を作る。

とても良い事を思い付いたとは言えない顔であり、子供が悪戯を思い付いた表情の方が近いだろう。だが、口から出た言葉は自分の度肝を抜いた。

 

 

 

―――我が国は建国以来の危機にありますよねっ。このままだと帝国に呑まれてしまいます!

―――なので、その前に法国に飲み込ませようと思うんです♪

 

 

 

何の冗談なのか、ラナーは明るい表情でピースサインまで作っていた。

だが、その目の奥にある光は笑っていない。

こちらの心の底を覗き込んでいるような、怪物そのものといった目であった。他の者であれば、天真爛漫な輝くような笑顔にコロリと騙されるに違いない。

 

 

(スレイン法国、か……)

 

 

底知れぬ力を持つ、巨大な宗教国家。

その歴史は古く、我が国など足元にも及ばないだろう。彼らとの付き合い方は只、一つであった。

近寄りすぎず、離れすぎず―――これに尽きる。

不気味な国ではあるが、その力を妄りに人へは向けない、という事だけは共通認識となっており、帝国などに比べれば一種の安心感はあったが、わざわざ望んで近寄りたい相手ではない。

 

かと言って、突き放して帝国の側へ行かれても困る。

故に近寄りすぎず、離れすぎず、なのだ。

 

 

―――法国の皆さんは何故、肥沃な我が国を併合しようとしなかったんでしょうねっ。

―――その答えは、怖いドラゴンさんなんですっ!

 

 

ラナーのコロコロと変わる表情に頭を痛めながら、その事について思いを馳せる。

自分の下には引退した冒険者が多く集まっており、それを使って様々な情報を集めていたが、その中には法国と評議国との不和の話も当然、含まれていた。

とは言え、何処か遠い―――“御伽噺”のようなものである。

 

 

「それで、その評議国の竜がどうかしたので?」

 

「我が国を飲み込んでしまえば、領地を接する事になってしまいますから、これは大変です。不意に戦争になってしまうかも知れませんよねっ」

 

「なるほど、その言に従うのであれば、それこそ法国との併合など叶わぬ事では?」

 

 

自分からすれば、この国はいずれ朽ち往く事は目に見えている。

そして、何処かへ併合されるのであれば、帝国よりは法国の方がまだマシだ。あそこには鮮血帝などと言われる存在は居ないのだから。

だが、彼らが評議国との軋轢を懸念しているなら、併合など絵に描いた餅に過ぎない。

 

 

「そこでレエブン侯の出番です。怖いドラゴンさんとの間に、侯の領地を挟むのです」

 

「は??」

 

 

 

―――――エリアス・ブラント・デイル・レエブン辺境領、の誕生ですよっ!

 

 

 

その言葉に息を飲む。

この女は法国に呑まれた王国と評議国との間に、自分を“クッション”のように置こうとしているのだ。無造作とも言える台詞に一瞬、血が上ったが、まさか、これは……

 

 

 

―――――怖い怖い鮮血帝との間には、逆に法国さんが“クッション”となってくれますねっ♪

 

 

 

やられた。

この化物!

この女は、そこまで見透かして手を打っていると言うのか!

 

 

 

「レエブン侯と法国は互いがクッションとなり、感謝しあえるとても“素晴らしい関係”になれるんですよ!皆さんが“笑顔”で居られるように私、頑張って考えたんですっ」

 

 

ラナーが両手の人差し指をわざとらしく頬に当て、あざといポーズを作る。

この女、は……。

 

 

「そ、その案で行きますと……ほ、他の貴族はどうなるので……」

 

 

搾り出すように、それだけを言った。

そう、聞いておかなければならない事、確認しなければならない事が一つだけある。

 

 

「法国の皆さんと話し合えば良いのではないでしょうか?我が国には六大貴族と呼ばれる皆さんがいらっしゃいますが、向こうにも六大神官長と呼ばれる方がいらっしゃいますしねっ。数まで同じだなんてとっても仲良しで運命を感じちゃいます」

 

「へ、辺境領を拝領するのであれば、私だけでなく、私の息子もその中には含めないで頂きたい!今日より、いや、たった今から“五大貴族”と言うべきでしょう!私の、私の可愛い息子がそんなものに巻き込まれて堪るかッッ!」

 

「あらあら、怒られてしまいました。そうでした―――“五大貴族”と言うべきでしたね」

 

 

この女……この女……!

どうしようもない怒りが湧きあがるのと同時に、肩から力が抜けたのも事実だった。

侵略の限りを尽くしてくる帝国から遠く離れ、独自の辺境領へと引き篭もる事が出来るのだから。

思わず天井を見上げ―――深い息を吐く。

 

 

(長く、苦しかった日々よ……)

 

 

煩わしい政争からようやく離れ、愛しい息子と思う存分に過ごす事が出来る。

可愛い息子の笑顔が浮かび、それを思うと自分の顔もつい崩れてしまう。

 

 

「評議国と法国が和解する日など未来永劫ないでしょうから、侯の安全は保障しますよ」

 

 

―――勿論、侯の可愛い御子息も♪

 

 

「良き関係を築いていけるよう、最善を尽くしましょう……」

 

 

互いをクッションにする―――やはり、この女は人の皮を被った化物なのだ。

世間では黄金とまで称される知恵だが、国すら物のように扱う神経は常人のものとは思えない。

だが、これによって自分と、可愛い息子は救われる。他の貴族の連中がどうなるかは知らないが、其々で勝手に道を拓けば良いだけの事だ。

 

 

―――自分は彼らの父親でもなければ、母親でも何でもないのだから。

 

 

貴族なら貴族らしく、自らの力と才覚でどうとでもすれば良い。

脛に傷を持つ者は法国によって家を潰されるかも知れないが、民草は諸手を挙げて喜ぶだろう。

万歳三唱で法国の連中を迎える領地もあるに違いない。

 

 

こうして会談を終えたレエブン侯はロックマイアーを呼び出し、精力的な活動を開始した。

レエブン侯はとても幸運だったと言えるだろう。

だが、それは決して運だけで転がってきたものではない。常日頃から精力的に働き、彼の才覚が優れている事をラナーが少なからず認めていたからだ。

 

言うなれば、普段の努力が最後の最後で実を結んだ―――

平たく言えばそれだけの事である。だが同時に、王国の行く末に絶望しながらも、最後まで足掻き続けた彼の必死の努力が掴んだ勝利でもあった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――スレイン法国 最奥の広間

 

 

もはやズーラーノーンの壊滅も時間の問題であった。

首脳部を初撃で壊滅させた事が大きかったと言える。番外席次にどれだけの力があろうと、カジットの内通がなければこうは行かなかっただろう。

人類の大きな敵を葬る事は出来たが、ラナーより届けられた書簡が彼らの眉を曇らせた。

 

 

「辺境領、か……黄金と呼ばれる姫は随分と小知恵が回るらしい」

 

「そんな事より……あのふざけた国があろう事か、神を呼び付けるなど何事であるか!」

 

 

無論、ランポッサ本人には何の他意もない。

多くの騒乱を鎮め、功績を立てた人物には王として褒賞を与えなければならないし、個人的にも礼を述べたいというだけであった。だが、法国にそんな言葉は通じない。

 

 

「あの思い上がった国には……もう我慢ならんわッ!」

 

「気持ちは分かるが、落ち着かれよ。事ここに至れば、我等が乗り込むのも止むを得ん」

 

 

彼らはその気になれば、遥か前よりいつでも王国を併合する事が出来た。

ただ、評議国と領地を接する事になれば、民意が「評議国を滅ぼせ」という方向に動きかねないという危険性があった。故に彼らは迂遠な道ではあるが、いっそ帝国に併呑させ、そこで優秀な人材を育成させようとしたのだ。

 

 

「辺境領とは一種の独立国でもある。人間の国を間に挟むという案は、決して悪くはない」

 

「とは言え、王国は大きすぎる。長い時間をかけて接収するべきだな」

 

 

彼らの“気”は、恐ろしく長い。

時にその数値は―――百年などという単位になる。

短兵急に事を運べば、大きな歪みを生む事を知っているからだ。

 

 

「手始めに、エ・ランテル周辺から始めるとするかね。帝国から苦情は来るであろうが」

 

「異議無し。そんな事より、私はもう我慢ならん……一度で良い、神へ謁見させて頂く!」

 

「待たんかッ!この件に限って、“抜け駆け”など許されると思っておるのかッッ!」

 

「すまんが、私も神へどうしても謁見したい……後でどれだけの処罰でも受け入れよう」

 

 

法国による併合、という歴史的な出来事が水面下で動き出している。

だが、彼らの頭にはそれよりも「とにかく、一度で良いから神に会いたい」という事の方が遥かに大きかった。その一心が、ズーラーノーンへの猛攻撃にも繋がっている。

ズーラーノーンの残党こそ、いい面の皮であったろう。

 

壊滅に大きな役割を果たしたカジットは、一室を与えられて今は軽い軟禁状態にある。

だが、カジットに反抗の意思などは無く、法国の上層部も彼に対し何事もしようとはしなかった。

神と、何らかの約束を結んでいると聞かされていたからである。

 

ちなみに彼との“約束”は、それ程の時間も経たぬ間に果たされる事となった。

神が―――1人で待つ事の辛さを知っていたからだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都への道

 

 

(この子達がアルシェさんの妹だったなんてな……)

 

 

モモンガは本来なら転移するところを、のんびりとした旅をしながら進んでいた。

クーデリカとウレイリカがロクに外へ出た事がない、と言った為である。大きな借金を背負っていたという話を思い出し、のんびり旅行をしながら行こうと決めたのだ。

むしろ、一番の理由は王宮などへ行く事に対して足が重かった、とも言える。

 

モモンガは社会人として一般的な礼儀作法は学んできたが、王宮などでのマナーや礼儀などを知っている筈もない。その足が重くなるのも当然であった。

だが、目下―――困っている事は他にもある。

 

 

「マイロード、喉は渇いておられませんか?」

 

「あ、あの……何度も言いましたけど、普通にモモンガと呼んで貰えませんか」

 

「勿体無いお言葉です。では、せめてモモンガ様で」

 

「い、いや、様付けも止めて貰えませんかね……」

 

 

何処の王侯貴族だよ!とモモンガは突っ込みたくなったが、今や全ての人々が彼を王子か王であると認識しており、それに対して困惑するモモンガの方が変な目で見られる、という図であった。

レイナース―――彼女はあれから、片時もモモンガの傍から離れない。

 

 

マイロード、食事の用意が整いました。

マイロード、入浴の支度が出来たようです。御背中をお流し致しますね。

マイロード、就寝前のマッサージを。

マイロード、寝所の警護を務めます。敵襲に備え、同じベッドで就寝させて頂きますね。

マイロード、おはようございます。歯磨きをさせて頂きますね。

マイロード、御耳の掃除をさせて頂きます。

マイロード、マイロード、マイロード………

 

 

(うわぁぁぁぁぁぁ!)

 

 

モモンガがハムスケの上で頭を抱える。

どう考えても騎士などというレベルを超え、過保護な恋人のようであった。実際、今も金の布のような髪から覗く目が、モモンガを優しく見つめている。

その姿は最早、モモンガを視界に入れている、と言うだけで幸福そうであった。

 

 

(ハムスケだけでも大概、過保護だって言うのに……)

 

 

そう、彼の魔獣たるハムスケも主人に尽くしたいのか、妙に過保護なのである。

二つの過保護に囲まれながらの旅路は、モモンガの精神をおかしな方向へ捻じ曲げて行きそうであった。本人も気付かぬ間に世話をされる事に慣れ切ってしまい、もはやレイナースが着替えを手伝う事など、当たり前の事のようになってしまっている。

 

 

(こんなんじゃ、またヒモ生活じゃないか!)

 

 

実際、彼のヒモ(ちから)はアダマンタイト級であったと言えるだろう。

人間どころか、巨大な魔獣にまでここまで世話をされる男など、未来永劫出てこないであろうと断言出来る。だが、世間から見れば彼は不世出の大英雄であった。

本人と世間から見た像で、これ程のギャップがある人物もそうそう居ないであろう。

 

 

(そりゃ、呪いから解放されて嬉しいんだろうけどさ……)

 

 

当然、モモンガは「貴方の騎士になる」などという言葉を受け入れた訳ではない。

慇懃に何度も断ったのだが、遂にはレイナースが泣き出し、

子供二人から「またお姉ちゃんを泣かせてる!」と悪人のように言われる始末であった。

最早、モモンガの方が折れざるを得ない状況にまで追い込まれてしまったのだ。

 

 

(泣きたいのはこっちなんだよなぁ……給料なんて出せないしさ……)

 

 

何か仕事でもしなければ、いずれ財布の中身も空になるだろう。

実際の所は空どころか、既に国家を動かす存在になっているのだが、モモンガは別に国家や権力などに興味はない。

 

 

「マイロード、この辺りで休憩を取りませんか?二人も寝ているようですし」

 

「そうですね。って、またマイロードって……」

 

 

馬車の中ではクーデリカとウレイリカが、可愛い寝息を立てていた。

それを確認してから二人が木陰へ入り、ダンスの練習を始める。王宮でパーティーなどになれば、踊らなければならない場面が出てくる、とレイナースから教えられたからだ。

彼女は元貴族の令嬢であり、その手の作法も一通りは叩き込まれている。

 

 

「マイロード、もっと強く腰を引き寄せて下さい」

 

「こ、こうですか……」

 

「マイロード、次は私の手を握って下さい。ずっと、一生です」

 

「えぇっ!?何かおかしくないですか!?」

 

 

そう、彼女は元貴族の令嬢である。

舞踏会で踊るようなダンスを知らないモモンガが、彼女から習うのは当然の事ではあった。

 

 

「おかしくなんてありません。マイロード、次はキス……です」

 

「いやいや!踊ってるのにキスとか変でしょ!」

 

「変ではありません。“私のダンス”ではそうなんです。たった今、そうなりました」

 

「何処から突っ込めば良いんですか!」

 

 

ただ、彼女のダンスは“ほんの少し”情熱的であった。

これはただ、それだけの話。

 

 

 

―――――国が踊り、世界の中心も踊る。

 

 

 

彼が踊り終えた時、世界も大きく変わるだろう。

彼は神ではないが、紛れもなく―――“流星の王子様”なのだから。

 

 

 




レイナース
「マイロード、次はハグ……です」

モモンガ
「ちょ、ちょっと?!」


お前ら、早く王都行けよ!(憤怒)





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凛として咲く花の如し

―――リ・エスティーゼ王国 王城

 

 

この日は朝から祝賀ムード一色であった。

朝から大小問わず多くの貴族が王城へと集まり、様々な楽器が美しい音色を響かせる中、和やかに談笑が行われている。痛快といった顔もあれば、ひそひそと声を潜めている者も居る。

朝から贅沢な音楽付きの賑やかな祝勝会、昼には大英雄が登城し、夜には盛大な舞踏会―――

 

まさに貴族達からすれば死活を賭けた一日である。限界まで己を飾り立て、虚勢を張り、自らの影響力を高めるか、自らを売り込むか。

このような場で失態や恥を掻くような事があれば、もはや社交界には戻れない。

それは、貴族としての“死”である。

 

 

誰もが笑っているが、その目は笑っていない―――不可思議な空間であった。

 

 

大広間には数え切れない程の飾り立てた女性が犇いており、その装いの華やかさや彼女たちを彩るように輝く宝石の煌びやかさはこの世のものとは思えない。

八本指が消滅し、多くの動乱が終息した事もあって、この世の春と言わんばかりの光景であった。

だが、そんな煌びやかな中でも、異様に静かな場所が二つある。

 

その一つに多くの貴族がチラリと目を向けるが、すぐにその目を逸らす。

中には嘲笑うように鼻で笑う者もいれば、勝ち誇るようにニヤニヤと笑う者もいる。視線の先にあるのは―――六大貴族の筆頭とまで目されているレエブン侯であった。

 

現在の領地を返還した上で、公が新たに辺境領を賜る。

先日、そんな衝撃的なニュースが王国内を駆け巡ったのだ。

辺境領と言えば聞こえは良いが、元々レエブン侯の領地は王都の隣とも言える、最も豊穣で肥沃な土地である。その領地を手放して新地へ赴くなど、左遷以外の何物でもない。

 

既に内々ではアーグランド評議国付近の領主達は、レエブン侯が居た領地への鞍替えが決定している。他国に接する北の大地と、肥沃で安全な中央の大地。比べるのも愚かしい程の差があった。

現に中央への“栄転”が決まった北方の貴族達は、降って湧いたような幸運に酔い痴れている。

どれだけの権勢を誇った大貴族であっても、失脚する時は失脚するものであり、明日は我が身と怯える者もいたが、多くが目の上のタンコブが消えたと小躍りしていた。

 

 

曰く、大きな失態を演じた。

曰く、反逆を事前に抑えられた。

曰く、侯の息子にラナー殿下を降嫁させようと画策したが、失敗した。

曰く、帝国への内通が密告された。

曰く、両派閥より愛想を尽かされた。

曰く、水面下で行われている政争に大敗した。

 

 

数え切れない程の噂が流れていたが、要約すれば「蝙蝠の末路よ」と嘲笑う者が多かった。

実際、表向きの彼は蝙蝠と称される行動を取っていたが、それは両派閥のバランスを取る為であり、本当の蝙蝠ではない。心底そんな男であるなら、貴族らの頂点に立てる筈もない。

当然、それらの噂を流したのはレエブン侯本人であり、踊らされているのは周囲である。

 

ラナーの策謀と、レエブン侯の政治力が両輪となり、“馬車”は恐ろしい速度で駆け抜けた。

本気になったこの二人を前にしては、貴族連中をあしらうことなど赤子の手を捻るようなものである。

 

権勢を誇っていた頃のレエブン侯の周りは黒山の人だかりであったが、今は醜聞と連座する事を怖れているのか、誰も近寄ろうともしない。

ポッカリと人が空いた寒い壁際で、レエブン侯がグラスの中身を飲み干す。

朝から遠慮なく、アルコールであった。

 

周りから見ればそれが余計、ヤケになっているようで嘲笑を誘っているのだが、レエブン侯はそんな事などまるで気にもしないように、更にメイドを呼んでワインを注文する。

今日の彼は、朝から晩まで飲み続けるつもりだ。

 

 

(馬鹿に、屑に、アホに、出涸らし、よくぞここまで揃いに揃ったものよ……)

 

 

これが、愚かな貴族どもとの―――“最後の晩餐”になるであろう。

飲み干すワインの一つ一つが、彼なりのレクイエムなのである。

そんなレエブン侯へ、ワインを差し出す男が居た。

 

 

「ほぅ、これは我が国が誇る英雄、ガゼフ・ストロノーフ殿ではないか。私の姿を嘲笑いにきたのかね?遠くからでなく、近くで見たいとは戦士長殿も中々、人が悪くなったようだ」

 

「私は、貴方に詫びねばなりません」

 

「おやおや、何をおっしゃられているのか。それより、秘蔵のワインがあるのだが、どうかね?領地で作らせた試作品なのだが、中々に味が良くてな」

 

 

まるで酔っ払いの会話であった。

また、この男には不思議と酔態もよく似合う。

 

 

「ラナー殿下より、貴方の事を噛んで含めるように聞かされたのです。貴方は、蝙蝠などでなく、この国を想うお人であった」

 

 

言いながら、ガゼフもワインを飲み干す。

朝からこの男が人前で酒を飲むなど、珍しい事だ。今日ばかりは多くの貴族が私兵を詰めさせている為、警護の任から外されているという事もある。

無知蒙昧な平民の警護など要らん、という事であろう。

 

 

「ハハッ、そんな事だから君は王宮で生きていけんのだ。殿下の語った私の姿など、ただの一面に過ぎんよ。私は国を想ったのではなく、我が息子を想えばこそ必死であったのだ」

 

「だからこそ、です」

 

「ん―――――?」

 

 

レエブン侯から見たガゼフ・ストロノーフとは、まるで世渡りの出来ぬ男である。剣の腕前がどれだけあろうと、そんなものは黄金と虚飾と策謀に満ちた王宮では何の役にもたたない。

現に彼の政治的センスや配慮などは壊滅的であると言えた。

しかし、レエブン侯の思っていた反応とは少し違う。

 

 

「言葉を飾らずに言えば、私は貴族の事を化物のように思っていた。自身は何事も為さず、何ら恥じる事なく民草を絞り続ける、モンスター以上のモンスターであると」

 

「ふむ、君の言は間違ってはいないさ」

 

 

レエブン侯が冷めた目でガゼフを見る。

そんな当たり前の事を、何を今更といった表情であった。ガゼフの言はある意味正しいが、それがこの国においては社会であり、またシステムでもあったのだ。

 

 

「家族の為に懸命に足掻く……それは化物ではなく、人間の姿だ。貴方は、“人”であった」

 

「―――――アッハッハッ!」

 

 

遂に耐え切れず、レエブン侯が笑い出す。

何を言い出したかと思えば、最後には「人であった」である。貴族社会で生きていたレエブン侯からすれば、信じ難い程の口下手であり、無骨すぎる内容であった。

だが、ガゼフからすればこれが精一杯の言葉だったのであろう。

 

 

「戦士長殿、見ると良い―――これが、黄金と虚飾の“最期”だ」

 

 

レエブン侯がアゴを振り、大広場で楽しそうな声を上げる貴族達を指す。

ガゼフも黙ってそれらの光景を見た。周囲からすれば没落した蝙蝠と、社交界ではまるで見向きもされない、剣しか知らぬ愚か者の二人組である。

周囲はお似合いだと嗤っていたが、彼ら二人こそが―――この場における勝者であった。

 

 

 

「帝国でも貴族など消えつつある。遠からずあの鮮血帝が全ての貴族を消し去るだろうよ。それすらも時代の流れに過ぎん。時代の“うねり”が―――――全てを押し流す」

 

 

 

レエブン侯の口調は冷めていながらも、僅かに憐憫も含まれている。

それは彼ら個人個人にではなく、過ぎ行く“時代”に対するものであったのかも知れない。

 

 

「かの男が、一つの時代を終わらせた―――」

 

「―――ですが、そこから生まれるものもある筈です」

 

 

ガゼフの切り返しに、レエブン侯が少し考え込むようにグラスの中身を揺らす。

琥珀色の中で、氷がキラキラと舞うように踊っていた。

 

 

「あの男は、王だ。それも、生まれついての稀代の王だ」

 

「……それは悪しき事なのでしょうか?」

 

 

ガゼフの言葉に、今度はすぐさまレエブン侯が答える。

考えるまでもない内容だった。

 

 

 

 

 

「この国には―――――“あだたぬ”男だ」

 

 

 

 

 

酷く断定的な“それ”は、ガゼフに二の句を継がせなかった。

レエブン侯はそれだけ言うと、話は終わったと言わんばかりにグラスの中身を飲み干し、更に手元のワインを引き寄せた。まだまだ飲むつもりなのだろう。

ガゼフも神妙な面持ちで考え込んでいたが、差し出されたワインに慌ててグラスを合わせる。

 

 

「さて、後は待とうではないか―――“舞台の主役”を」

 

「そうですな」

 

 

二人がグラスを合わせ、透き通った音が響く。

それは新たな時代の始まりでもあり、一つの時代が終わった事を示すものでもあった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

華やかな祝勝会の中、もう一つ―――異様な静けさを保っている集団がある。

スレイン法国の六大神官長であった。

王国の、それも王城に彼らが居るなどありえない光景であったし、今後もこんな光景は二度と見られないであろう。表向き、彼らは法国よりの使節団という事になっている。

彼らがどれだけの地位に居る者なのか、一部を除いては誰も知らずにいた。

 

隣国がモンスターの襲撃を“立て続けに”退けた事を寿ぐという名目になっており、その点では不思議ではない。だが、彼らは一様に「辞儀は不要」と周囲を退け、静かな目で広間を見渡している。

そこには祝賀ムードなどは一切なく、華やかな大集団の中において完全に浮いていた。

 

この大祝賀というべき雰囲気の中で、こんな辛気臭い集団に近付く物好きなど居る筈もなく、神官長だけでなく、それに付随してきた面々も静かに水を飲むばかりであった。

 

神官長達が身分を隠し、他国へ赴くなど本来ありえない事なのだが、神の御姿を一度で良いから見たい、というある意味、子供っぽい動機が原動力となっており、いざ動き出した時の法国の行動力は凄まじいものがあった。

 

現に何食わぬ顔をして祝賀会へと顔を出しながら、既に彼らはエ・ランテルの接収に動いている。

普段は気の長い彼らだが、いざ動き出すと稲妻のようであった。

 

 

―――彼らは黙し、何も語らない。

 

 

その心中には何が浮かんでいるのか、何を考えているのか。

神ならぬ身には、誰も分かりはしないのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都最高級宿屋 「大英雄」

 

 

レイナースが二人の子供をアルシェへと届け、室内は一気にお祝いムードが広がった。

この時代、長い旅路というのは大変な苦労が伴うものだ。

アルシェは涙を流して何度も感謝を述べ、“姉妹”が揃った姿にニニャも泣いた。

 

 

「しかし、尊き師と巡り合うとは……何たる運命である事か!」

 

「はい、間違い無く運命でありました。あの方こそ―――マイロードであります」

 

「うむ、当然の事じゃな。師の身辺を守る騎士を探しておったが、うってつけであるわ」

 

 

帝国の四騎士の一角がいつの間にか寝返っているのだが、フールーダはむしろ、それが当たり前であるという態度であった。流石に皇帝は泣いて良い。

マイロードという言葉にニニャとアルシェは顔を引き攣らせたが、ニニャがアルシェの袖を引き、何事かを耳打ちした。それを聞いていたアルシェの顔も真剣なものとなっていく。

 

 

「僕達は蒼の薔薇に対抗する為にも、こちらも“陣営”を作るべきだと思うんです」

 

「……でも、向こうはアダマンタイト級冒険者の集団」

 

「えぇ、ですので僕達はフールーダ閥とも言うべきものを作って、対抗するべきです」

 

「……理に適ってる。大きな集団に個で挑むのは愚か」

 

 

蒼の薔薇は余りにも―――強すぎた。

個々の力だけでは無く、その抜群のチームワークや殲滅力は、王都での動乱やエ・ランテルの戦いで凄まじい力を周囲へと見せ付けたのだ。

いかに才能があるとは言え、ニニャやアルシェが個人で挑むのは無謀すぎるだろう。

 

 

「マイロードより、翁へ伝言があります」

 

 

その言葉に、室内の空気が止まり、時間までも止まったかのような様相を呈した。

静謐という言葉を体現した空間に、レイナースの鈴のような声が鳴る。

 

 

《私の恩人であるニニャさんだけでなく、ニニャさんのお姉さんや、アルシェさんの面倒も見て貰っているようで、感謝しています》

 

 

「との事ですが、翁に」

 

「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉッ!」

 

 

レイナースの言葉を遮るようにフールーダが雄叫びを上げたが、其々がその言葉を噛み締めていた。ニニャは嬉しそうにはにかみ、アルシェもニッコリと笑顔だ。

ツアレも洗濯物を畳みながら頬を赤くしていた。一番騒いでいたのはフールーダであったが。

 

 

「近々、翁に頼みたい事がある―――との事でした」

 

「おぉぉ!この老体で良ければそんなもの、いつでも!今でも!どのような事であっても!」

 

 

帝都を火の海にしてこい、とでも言われれば即座に実行しそうな勢いであった。

そろそろ皇帝はキレて良いだろう。

 

 

「で、肝心の師はいずこに居られるのか……?」

 

「王城へ―――マイロードの前に、万人がひれ伏す事でしょう」

 

 

レイナースはそう言って笑みを浮かべたが、主から離れている状況に歯噛みしていた。

流石に帝国の四騎士が王城へ入れる筈もなく、すわ暗殺かと大騒ぎになるであろう。主の一世一代の舞台を自らによって台無しにしてしまう訳にもいかず、レイナースの心は千切れそうであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王城の一室

 

 

(はぁ……遂にこの日が来ちゃったか)

 

 

モモンガは憂鬱な気分で鏡の前に立っていた。

これから行く大広間には百官悉くが並び、満座の中で“王様”などというものから褒賞されるのだ。

モモンガの会社にも良い成績を収めた者に“社長賞”などが贈られる事があったが、次元が違う。

 

 

(褒められに行く筈なのに、何故か罰ゲームのようにしか思えないんだよなぁ……)

 

 

この世界の住人からすれば王から称えられるなど、この上もない名誉ではあったが、モモンガからすれば厄介な案件でしかない。とはいえ、彼の立てた功績は余りにも大きすぎた。

自業自得とも言えるマッチポンプも含まれていたが、彼の行動が多くの人間を救ってしまった事は紛れも無い事実なのだから。

 

今、モモンガの後ろでは固い表情をしたクライムが直立不動の姿勢で壁際に立っていた。

形状記憶合金で出来ているのかと思える程、その姿勢は揺ぎ無い。

 

 

「あ、あの……楽にして貰って結構ですから……」

 

「大英雄様の御配慮に感謝致します!」

 

 

見かねたモモンガが何度か声をかけるも、クライムは顔を真っ赤にして叫ぶばかりであった。彼からすれば、夢にまで見た大英雄が目の前に居る事に興奮しっぱなしである。

案内役をするように、とラナーに言われた時にはクライムは思わずガッツポーズを作ってしまい、その子供っぽい仕草を笑われてしまったものだ。

 

 

(これが……これが、大英雄!御伽噺も、どんなサーガも超えてしまった人!)

 

 

クライムの姿勢は微動だにしていないが、その心中は叫びっぱなしであった。

噂に違わぬ、などという次元ではなかったからだ。その姿は白と黄金の神秘的な服に包まれている。南方にあったとされる黄金国家の軍服であるらしい。

言葉に出来ぬ絢爛豪華さと、美麗さが合わさった、まさに天上の神々が遣わした秘宝であろう。

 

服だけでもそれであるのに、着ている人物など、もはや筆舌に尽くし難い。

一目見ただけで、魂ごと奪われるような魅力である。

見ているだけで尊さを感じ、幸福感すら感じてしまう。この方の為に死ねるなら、それは至上の喜びとなるに違いない。

 

その感情は何処か、ラナーに対する裏切りのようなものにも思えて、クライムは頭の中で七転八倒していた。生真面目なクライムらしい姿である。

 

 

「広間では、華やかな祝勝会が行われているようですね」

 

「はい、全ての方々が、大英雄様を称えたいと自発的に集ったそうです」

 

 

そんな訳はない。

多くがラナーの書簡によって集められたものであり、中にはレエブン侯の“失脚”に乗じて、何事か策謀を巡らしている者も居る。だが、クライムにはそんな事情など分からない。

 

彼はラナーが命じるままに動くし、ラナーが命じるなら火の中にも飛び込むであろう。

まさに忠犬といった姿ではあるが、謀でラナーを補佐出来るような人物ではない。また、そんな人物であったなら、ラナーはクライムという人物に興を引かれる事はなかったであろう。

対するモモンガも、謀という点においては褒められたものではない。

 

 

(はぁ……何だか忘年会に呼ばれる芸人みたいだよな……)

 

 

これである。

今日の主役であるというのに、モモンガにそんな自覚はない。この恐ろしい程の意識の差こそ、ある意味では彼の魅力を一段と輝かせている原因なのかも知れないが。

意を決したモモンガが部屋を出て、クライムの案内の下、大広間の扉の前に立つ。

 

途端、心臓が強く鼓動を打ち、目の奥からは弾けるように火花が散った。

俺を使え、俺を操れ、俺を出せ、俺を縦横無尽に駆使しろ―――

まるでスキルが、そう叫んでいるようであった。

 

 

(やれやれ、困ったら使わせて貰うよ……)

 

 

まるで宥めすかすようにして、モモンガはそれを抑える。

長い付き合いともあってか、最近では制御も自由自在であった。

本人からすれば困ったスキルではあるが、自由自在にそれらを駆使する姿など、周囲から見れば“完全無欠”の姿であり、もはや手に負えない人物である。

 

 

「大英雄様、用意は宜しいでしょうか?」

 

 

クライムが振り返った時―――そこには別人が居た。

先程までの美しくも、何処か優しい笑みが消え、戦場へ赴くような凛々しい武人が居たのだ。

だが、クライムと目が合うと大英雄はカラリと笑った。

そして、その口が開いたかと思うと、クライムの生涯を決定付ける台詞を吐き出したのだ。

 

 

 

「クライム君と言ったな――――いざ、“天下見物”と参ろうか」

 

 

 

大舞台を前にして、悠々とそんな台詞を吐けるクソ度胸にクライムは酔い痴れた。

大英雄が呵呵大笑する姿に、実直なクライムまでつい破顔してしまう。

 

 

―――この人に一生、付いていきたい。

 

 

衝動的に、そんな思いがクライムの胸中に吹き荒れる。そして、一度芽生えたこの火は、もはや消せそうにないとクライムは目が眩むような思いで“それ”を思った。

盛大な音楽と大英雄の紹介を告げる声が響く中、遂に大広間への扉が開く。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

扉が開き、大英雄が一歩足を踏み出した時―――

入り口の周辺に居た女性達から黄色い歓声があがり、遂にそれらが絶叫となった。

まるで人の声が津波となり、大広間へ巨大な波濤を叩き付けてくるような有様であった。

 

まだ大英雄を見た事がない貴族達は、まるで「値踏み」するように斜に構えて待っていたのだが、その姿を見て一瞬で腰砕けとなっていく。中には立っていられず、尻餅をつく者も居た。

それ程に、大英雄の存在は桁違いであった。

 

 

周囲の喧騒など、まるで目に入らぬ姿で大英雄が歩き出す。

 

 

歓声が響き渡る中、遂にその全身から、魂まで奪ってしまうような七色の星光が溢れ出した。人の目を惹き付けて止まない光がグラデーションを描き、全身を艶やかに彩っていく。

国をも堕とす美貌の中に、凛々しい武人としての姿まで備えた、完全無欠の姿である。

 

その神々しさは、軽く千人を収納出来る大広間を覆ってもまだ足りぬ程だ。古今東西、歴史を紐解いて見ても、これだけ絢爛豪華で魅力溢れる人物は居ないであろう。

後に、名も無い文官は大英雄の姿をこう記している。

 

 

 

 

 

その姿―――――凛として咲く花の如し、と。

 

 

 

 

 

法国の面々などに至っては悲惨であった。

元漆黒聖典第三席次のレイモンが「ヒゥッ!」と得体の知れない声を上げたかと思うと、その場で平伏し、号泣しはじめたのだ。光の神官長であるイヴォンなど、ニグンから様々に聞かされていたにも拘らず、余りの眩さにとうとう気絶し、周囲の者が慌てて抱き起こす始末となった。

 

周囲をまるで無視するように歩いていた大英雄であったが、法国の面々の独特とも言える服装を見て足を止める。そして、一言声をかけた。

 

 

「ゼットンは元気ですか?仕事をサボっていなければ良いのですが」

 

 

眩い笑顔と共に発せられた神々しい言葉に法国の面々が恐懼し、ただただ、平伏する。

返事が出来ないのは、全員が号泣していたからだ。

一声掛けただけだというのに、周囲の貴族達は法国の面々が羨ましいのか、容貌を醜く歪めていた。歩みを進める大英雄の前に、ガゼフ・ストロノーフの姿が目に入る。

 

 

「ガゼフさん、また後で」

 

「えぇ、お待ちしております」

 

 

大英雄とガゼフが、笑顔を交わす。

その親しげな姿に、今度は貴族だけでなく、法国の面々まで歯噛みした。

遂には玉座の前まで来るのを待ちきれなかったのか、ランポッサが立ち上がり、震える足を引き摺りながら大英雄へと近づいていく。もはや、どちらが王なのか分からない。

広間の中央でランポッサが折り崩れるようにして倒れ、大英雄がその手を優しく掴む。

 

 

「あ、貴方に、どれだけの御恩を賜った事か……全ては、私の」

 

 

最早、ランポッサの口からはまともな言葉が出ぬようであった。

王である事を示す、“余”という単語すら出てこない。

大英雄の前でランポッサははじめて―――――国を背負わぬ、一人の老人となってしまった。

 

 

 

「王たるもの、意のままに振る舞えぬこと、さぞ難儀であったでしょう。心中お察し致します」

 

 

 

その言葉と共に、大英雄の手がランポッサの痩せた肩を優しく撫でる。

遂に我慢の限界が来たのか、堤防が決壊したかのようにランポッサの顔が歪み、さめざめと泣き始めた。百官が居並ぶ中で、国王が泣く―――異様な光景であった。

だが、それを変だと思う者など誰も居ない。その事の方が、よほど異常な光景と言えた。

 

 

「モモンガ殿、私は貴方に王位を」

 

 

ランポッサの口から、溢れるように言葉が出る。

だが、言い切る前に大英雄の人差し指が優しく唇へと添えられた。

 

 

 

「王よ、私は国を獲りに来たのではありません。自身の“後始末”をしに来たのです」

 

 

―――――それは明確な拒絶。

 

 

 

スキルでも何でもない、モモンガの素の言葉であった。

彼は一度たりとも王国が欲しいと思った事などなく、権力に興味もない。ましてや、世界征服などとは無縁の存在であった。

何故なら、彼は何処まで行っても―――鈴木悟であったから。

そして、鈴木悟は思う。

 

 

(何だか、首が回らなくなった中小企業の社長さんみたいだな……)

 

 

かつての営業先にも銀行から融資が受けられず、明日にも倒産、首括り寸前といったところがあったのだが、目の前の老人から漂う雰囲気がそれによく似通っていたのだ。

 

とは言え、彼にそれをどうこう出来るような力はない。いや、実際にはありすぎる程にあるのだが、本人は自身が国を救えるような存在であるなどと考えた事もないだろう。

故に彼の口から出た言葉は至って平凡であった。

 

 

 

「法国の皆さんも良い方が多いですし、“力を合わせて”頑張って下さい」

 

 

 

彼の知る国と言えば、王国と法国だけである。

両国に知人が居るモモンガとしては、そんな平凡な言葉しか出なかったが、ランポッサは稲妻を受けたように体を震わせ、涙を流しながら何度も頷いた。

 

 

「モモンガ殿、貴方に礼を述べると共に、望むだけの物を何でも差し上げたい」

 

 

モモンガは密かに、その言葉に息を飲んだ。

王都への長い道中で流石に懐も寂しくなってきている。女性に支払いはさせられない、と童貞特有の見栄っ張りもあって宿泊費などはモモンガが出していたのだ。

 

 

(金貨を何枚か貰っても良いんだろうか……一応、働いたんだしな……)

 

 

給料、というものがモモンガの頭にストレートに浮かぶ。

かと言って、あれらの騒動は別に依頼を受けてどうこうしたものではない。王城の一角など、ものの見事にペイルライダーが破壊しており、それらを考えるとプラマイはどうなんだ、と益体もない事が頭に浮かんでは消えていく。

 

 

「モモンガ殿、貴方が望むのであれば、私はどのような財宝でも」

 

 

そんなランポッサの言葉に、モモンガがせめて金貨の数枚でも貰おうか、などと小市民な事を考えたが、スキルが格好付ける方が遥かに早かった。

 

 

 

「―――――そんな事より、一献くれまいか?」

 

 

(何言ってんだよ、お前!お金ないって言ってんだろッ!)

 

 

 

モモンガは胸中で叫んだが、その顔には男でも見惚れるような微笑が浮かんでおり、ランポッサはその微笑に心底から痺れた。自身とは桁の違う―――王の中の王である、と。

 

 

「貴方には財宝どころか、この国自体が小さすぎたのですな」

 

「え゛っ……いや、その……」

 

「皆の者!さぁ、大英雄殿を称える舞踏会を始めよう!今日ばかりは無礼講である!」

 

 

ランポッサが老人とは思えぬ大声をあげ、それを聞いた周囲から大歓声が上がった。モモンガは“給料”をねだるタイミングを完全に逸し、ぎこちない姿で周囲の歓声に手を振って応えた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(はぁ……どうしてこうなったのか……)

 

 

会場では音楽が鳴り始め、その響きと共にムードが高まっていく。

当然、一番の注目を受けているのはモモンガだ。

一体、誰が最初に彼と踊るのか。水面下で凄まじいやり取りが行われる中、一つの手がモモンガへと差し出される。黄金姫、ラナーであった。

 

今日のラナーは全身を清楚な白色のドレスで包んでおり、身にも宝石など着けていない。

であるのに、その輝きは周囲の女性達を完全に圧倒していた。

 

 

「王子、私と一曲踊って頂けませんか?」

 

 

モモンガは遂にこの時がきた、と思いながら覚悟を決める。

長い練習の成果が問われる時が、とうとうきたのだ。

 

 

「えぇ、私で良ければ」

 

 

とは言え、モモンガの胸中は複雑であった。

舞踏会で初めてダンスを踊るというのに、相手が一国の姫様とはハードルが高すぎだろ、と。

だが、ここまで大英雄などと持ち上げられて、ダンスが下手であったら赤っ恥も良いところである。

尤も、下手であったとしても周囲はそれを笑ったりなどしないだろう。

 

精々が「長く戦陣にあって、玉座に座っている暇も無かったのだ。むしろ雄々しき姿である」などと、恐ろしい程に好意的な解釈をされるに違いない。

どんな失敗も失言も、全て良いように解釈される―――まさにその姿は流星の王子様であった。

きっと、何処かの世界でも全ての発言が二重、三重の深い意味と叡智が込められている、などと解釈される存在も居るに違いない。世界には似た者が三人は居るという。

 

ともあれ、モモンガがラナーの手を取り、音楽に合わせて足を踏み出した。

ラナーがサポートするように導き、モモンガもそれに応える。

 

モモンガの“それ”は帝国式の優雅なものであり、貴族の中には「見事なものよな」と褒め称える者も多かった。モモンガの練習時間など、微々たるものであったが、抜きん出た身体能力と、神器級武装によってステータスが限界まで底上げされている為、不可能まで可能にしているのだ。

 

 

「長らく苦労をお掛けしました、王子」

 

「いえ、そんな事はありませんよ」

 

 

踊りながら、ラナーが時に耳元で囁くように声を掛ける。

プリンセスの大胆な行為にモモンガは内心で激しく動揺していたが、おくびにも出さない。

 

 

「もうこの国は、大丈夫ですから」

 

「えっ」

 

「王子は御優しいので、友人が多く居る場所を放っておけなくなるんじゃないかって」

 

「それは…………確かに、そうかも知れませんね」

 

 

モモンガが、知り合った多くの人々の顔を思い浮かべる。

それらが危機に陥っていると知れば、彼は放っておけないだろう。

 

 

「もう、この国は大丈夫ですから」

 

 

ラナーが、同じ言葉を言った。

耳に残る、二度目の声。

 

 

 

「もう貴方は、貴方のやりたい事をして良いんですよ―――?」

 

 

 

その言葉に、モモンガがはじめて絶句する。

止まりかけた足を導くように、ラナーが優雅な手付きでモモンガをリードしていく。

 

 

 

「―――――私が、貴方を“解放”して差し上げます」

 

 

 

それはラナーが生まれて初めて浮かべる、“本物の笑顔”であった。

太陽とまで称される笑顔に、モモンガは場違いな―――そう、敗北感を覚えた。

 

 

「その為に私、頑張りますからっ。ね、王子」

 

「………貴女には、勝てそうにありませんね」

 

「私は王子には負けっぱなしじゃないですか―――一度くらい驚かさせて下さい」

 

 

そう、この世界に来てからのモモンガは、まるで激流に流されるようにして四苦八苦する日々であった。望むと望むざるに関わらず、平穏などとは程遠い生活である。

モモンガとしては色んな街を見たり、観光したり、冒険したり、幾らでもしたい事があったが、そんな生活など、激動とも言える日々の中では夢であった。

 

 

 

「ですから、いつか必ず迎えに来て下さい―――私の王子様っ!」

 

 

 

ラナーが輝くような笑顔を浮かべ、踊りなど完全に無視してモモンガに抱きついた。

一瞬驚いたモモンガであったが、遂には呆れたように笑い出す。

 

 

「私の財布は空に近いんですけどね……とてもじゃありませんが、黄金の馬車に乗ってお姫様を迎えに行けるような男じゃありませんよ」

 

「お金なんてっ!私の才覚で生み出してみせますっ!」

 

 

ラナーが細腕を捲るようにして言った台詞に、モモンガがとうとう耐え切れずに大笑いする。

これでは、どちらが男か分からない。

それも、王子と姫という肩書きであるのに金に困っているなど、こんな珍妙な話はないだろう。

 

 

「本当に面白いお姫様ですね……これは一種の“契約”なのでしょうか?」

 

「はいっ、私の王子様は話が早くて助かります♪」

 

「貴女は、“営業の天才”なのかも知れませんね―――――」

 

 

モモンガの“それ”は、ある意味では最高の褒め言葉であったのかも知れない。古今東西、最高の“営業”とは、相手が望む物を与え、笑顔にする事なのだから―――

モモンガの言葉が終わると同時に、丁度音が鳴り止んで一曲目が終了した。

 

 

「ぁっ、私は一夫多妻大歓迎ですよっ。王族は沢山、子を残すべきですからね」

 

「ちょ、ちょっと!いきなり不穏な事を言わないで下さいよ!」

 

 

 

こうして舞踏会の夜は更けていく―――

法国の面々は「どうか我が国に来訪して頂き、御指導を賜りたい」と辞を低くして懇願したが、それに対するモモンガの返答は神官長達に何事かを考えさせる契機となった。

 

 

 

 

 

貴方達は私を神と呼ぶ。

 

であるなら―――“人の国”は“人の手”によって運営されるべきだ。

 

私が苦楽を共にした国は消えたが、その国は今も尚、私の中に残っている。

 

貴方達には“今も”国があり、苦楽を共にした“仲間達”もいる。

 

外から来た(わたし)など―――――無用の存在ですよ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

星々が輝き宝石のごとき光を放っている。

舞踏会は今も様々な盛り上がりを見せており、モモンガは一人、テラスに出て輝くような夜空を見上げていた。思えば、星空こそ全ての始まりであったのだ。

最終日を迎え、全てが虚空の彼方へ消え去った時、何故かモモンガだけがこの世界に居た。

 

 

(星の導き……なんてな)

 

 

グラスを傾けて一人、追憶に耽る。

悲しい気持ちはない。むしろ、モモンガの胸中にはふつふつと湧きあがってくるものがある。

気付けばガゼフが横に並んでいた。

二人の邪魔をさせぬよう、テラスの入り口ではクライムが忠犬そのものといった姿で睨みを利かせており、相手がどんな貴族であれ、目を吊り上げて遮断している。

 

 

「本音を言えば、貴方に王位を継いで貰いたかった」

 

「私に王など、そんな柄じゃありませんよ」

 

 

ガゼフが苦く笑い、意を決したように問う。

 

 

 

 

 

―――往かれるのか?

 

 

 

 

 

その言葉にモモンガが夜空を見上げ、沈黙で応える。

ガゼフにはその沈黙が―――とても美しいものであると感じた。

ようやく口を開いたモモンガの顔は、吹っ切れたような笑顔であった。

 

 

 

「えぇ、お姫様にも勇気を貰いましたしね。何より―――私は“冒険者”ですから」

 

 

 

モモンガが冗談っぽく言うのと同時に、トブの大森林に居るデコスケより緊急の連絡が入る。

《―――――異常な気配を持つモンスターを発見。対応を請う》

 

それはデコスケらしからぬ、非常に淡白な連絡であり、それだけに緊急性の高さを思わせた。

モモンガの姿に異常を感じたのか、神官長達がクライムを押しのけ、テラスへと殺到してくる。神に優しく諭されたとはいえ、彼らにとってモモンガはやはり特別すぎる存在なのだ。

 

 

「トブの大森林に異変があったようで―――私はそろそろ退席させて頂きます」

 

 

その言葉に、散々フールーダと話し合っていたレイモンが深々と頷く。

遂にこの時が来たのか、と言わんばかりである。

 

 

「かの地に封印されていた破滅の竜王が、とうとう目覚めたのですな」

 

「えっ」

 

 

レイモンの言葉に次々と法国の面々が声を上げ、「聖戦である」などと叫び出す。

どうやら、デコスケの知らせてきたモンスターが噂の竜王であるらしいとモモンガが察し、それらに合わせるべく、適当な言葉を口にする。

 

 

「手助けは無用―――あれは私が決着をつける」

 

「し、しかし!」

 

「神話の化物を退治するのは―――――古より、神と相場が決まっている」

 

 

モモンガの言葉に法国の面々は二の句を継げず、絶句した。

余りにも説得力がありすぎたのだ。何せ、神本人が言うのだから。

モモンガが神官長へ一枚のスクロールを渡し、大切な言葉を告げた。

 

 

「これをカジットに―――約束の品であると」

 

 

 

《転移門/ゲート》

 

 

 

突如吹き荒れた超魔力に、神官長達の顔が青褪める。

ありえない程の大魔法であり、時に額冠を使い、大儀式によって第八位階の魔法すら幾つか駆使する法国の面々であったが、こんな魔法などとても到達し得ない、まさに―――神の領域であった。

大魔力が吹き荒れる中、モモンガが転移門へと向かう。

 

 

 

「モモンガ殿!貴方の良き旅と―――――勝利を祝うッ!」

 

 

 

ガゼフが力一杯に叫ぶ。完全に勝利を確信している声に、モモンガが笑った。

勿論、モモンガは“許し難い偽者”のカタストロフなどに負ける気は毛頭ない。

どれだけのモンスターであろうと、課金アイテムを駆使してでも、この世から塵一つ残さず、完全に消し去るつもりである。

 

モモンガはもう、振り返らなかった。

だが、ガゼフに負けず劣らずの声をあげ、それに応える。

 

 

 

 

 

「私からも伝言を出しますが、皆に伝えて下さい」

 

 

―――――それほど、待たせないとね!

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、モモンガの姿が転移門の中へと消えた。

 

 

 

 

 

同日、ランポッサより国内へ布告が出された。

法国と同盟を結び、エ・ランテルの街を共同統治下に置くと。

 

 

 

 




終章だけあって、長い話が続いていますね。
王になる、と思われていた方が多かったと思いますが、
モモンガさんにその気はなく、ラナーもそれを見越して動いていました。

彼女の今作での役目は、他のキャラには絶対に出来ないであろう“解放”です。
他のヒロイン達とは少し違った面を見せてくれました。


長く続いた「流星の王子様」の物語ですが―――後、二話をもって終了します。




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いつかは星に願いを込めて

―――エ・ランテル 冒険者組合

 

 

ただ一枚の絵を見る為だけに、黒山の人だかりが出来ていた。

高まる評判と突き上げに耐え切れなくなったのか、組合が遂に大英雄の肖像画を一般公開したのだ。朝から人が途切れる事なく訪れ、その場で売買の交渉を始める者も多い。

白金貨100枚という浮世離れした価格であったが、多くの人の目に触れた事もあり、既にとある商会からは倍の値を提示されている。この調子でいけば三倍、四倍、となるのも時間の問題であろう。

 

多くの者が肖像画の神がかった出来栄えに感嘆の声をあげていたが、その中に一人の老婆が居た。

老婆は肖像画に手を合わせ、遂にはさめざめと泣き始めたのだ。周囲の者は大英雄に命を救われたのだろうと、特別奇異なものであるとは思わず、訳知り顔で頷く者すら居た。

 

老婆の正体はスレイン法国のカイレである。

エ・ランテルの接収部隊の一人であり、大英雄の肖像画を“見世物”にしているとの不遜すぎる噂を聞き、“肖像画の救出”のついでにアインザックを八つ裂きにする為に訪れたのだ。

勿論―――本気で殺すつもりである。

 

だが、肖像画の余りの神々しさに遂には涙が溢れ、気持ちが揺らいでしまったのだ。

この絵を血で汚す事は、神への侮辱になるであろう。

カイレは深々と肖像画に頭を下げ、組合を後にした。

 

 

 

―――翌日

 

 

 

冒険者組合に、一人の長髪の男性が現れた。

非常に整った容貌をしていたが、その眼は常人とは思えぬ光を湛えており、美貌と言うよりも、一種の近寄り難い雰囲気を放っている。男が軽く手を振ると、大きな木箱を持った男達が現れ、それらを次々に床へと下ろしていく。

 

時ならぬ騒ぎにアインザックが慌てて飛び出してきたが、男の姿を見て顔面が蒼白となった。

纏っている空気が違う、自分とは、自分達とは、異なる存在。

多くの修羅場を潜り、数え切れない程の冒険者を見てきたアインザックだからこそ、この男がいかに危険であるかを察してしまい、密かに体を震わせた。

 

 

「白金貨1000枚を用意しました。神の絵を頂きたい」

 

 

何かパンでも貰っていくような雰囲気であり、その言葉に険はなかった。

だが、その言葉を聞いたアインザックは体の震えなど消し飛ばし、臓腑の奥底から怒号をあげた。

 

 

「ふざけるなッ!その絵は私の……いや、組合のものだ!」

 

「では、幾らなら納得して頂けるので?」

 

「金など要らん!帰れッ!」

 

 

アインザックからすれば、絵を見たいと言う街の人間の声に渋々ながら応えたものであり、よもやこの絵を誰かに売ろうなどと考えた事もない。

金でどうこう出来るような品ではないのだ、と彼の魂が叫んでいる。

 

アインザックは引退したとはいえ、冒険者であった。

そして、冒険者という職業の者はレアな品には目がない。アインザックからすれば、間違いなく世界に一つであろう稀代の名画であり、例え国王から命令されても譲る気は欠片もなかった。

 

 

「白状しますと、私としては一枚の絵に何を大袈裟な、と思っていた面もあるのです。このような事を言いますと、カイレ殿から大変なお叱りを受けてしまうでしょうが」

 

男の口調は何処までも淡々としており、まるで明日の天気でも語っているようでもある。

だが、その目の鋭さは増していくばかりであった。

 

 

 

ですが、この絵を見て気が変わりました―――――

 

 

「ここに居る全員を殺してでも、奪い取らせて頂きます」

 

 

 

無造作に男が槍を構えた瞬間、アインザックの全身から汗が吹き荒れた。

男の姿は本気としか思えない。

この男がその気になれば、アインザックどころか、建物内の全員が瞬時に殺されそうであった。

 

余りと言えば、余りの態度に、アインザックの心が遂に折れる。普通に考えれば、先日買った絵が10倍の値段で売れるという幸運極まりない話であるが、アインザックは自分以外の組合員の命を守る為に、苦渋の決断を下す。

 

 

 

そこまで言うならば、譲ろう―――――

 

 

「だが、そんな値ではまるで足りんッ!その倍を持ってこい!この大馬鹿野郎ッッ!」

 

 

 

アインザックの堂々たる啖呵―――いや、絶叫であった。

それを聞いた男も見事なもので、ありえない値段を聞かされたにも拘らず、軽く頷く。

 

 

 

「本国に連絡し、すぐさま持ってこさせましょう」

 

 

 

男が涼しげな顔で、何事も無かったように組合を出ていく。

その背中を見送ったアインザックは、その姿が扉の向こうに消えた時、膝から崩れ落ちた。

無理もない。彼が前にしていたのは“神人”と呼ばれる一種の怪物。それを知る由もないとはいえ、本能が叫ぶ恐怖を必死で堪えていたのだ。

 

 

僅かな時間で、白金貨2000枚という馬鹿げた絵が出来上がった。

しかし、この絵が法国に齎したものは大きい。

 

 

後日、法国の接収部隊は先頭に“肖像画”を美々しく掲げながら入城したのだ。

その為、予想されていた混乱も殆ど起こらず、エ・ランテルは共同統治という名の下、実質的にはスレイン法国が統治していく事となっていく。

 

 

この後、長い時間を掛けて王国と法国は一つの連合国となっていくが、験を担ぐ意味もあったのか、大きな合併が起こる入城の際には、肖像画を掲げて入城するのが習わしとなった。

この肖像画を巡る売買の話はあちこちから寄せられ、その値は天井知らずとなっていくが、法国がこの絵を手放すなど、天地が引っくり返ってもありえないであろう。

 

一枚の絵が、時に歴史的な役割を果たす事もある。

それを考えれば、白金貨2000枚という値は非常に安価と言えた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――トブの大森林

 

 

モモンガがこめかみに指をあて、様々な人物に伝言を飛ばしている。

こちらの言葉だけを届ける、一方的な伝言だ。もし、一人一人の返答を聞いていたら日が暮れても終わらないであろう。いや、一生終わらないかも知れない。

伝言の内容は至ってシンプルだ。

 

 

旅に出る事。

それほど待たせず、戻るという事。

-?-という事。

 

 

全ての伝言を終えたモモンガが一つ息を吐き、コテージへと歩みを進める。

目立たぬよう、王都の前でコテージへと転移させたハムスケもそこで待っているだろう。

 

 

 

 

 

「遅かったな、悟」

 

 

 

 

 

コテージの屋根には、そこに居る筈もない吸血姫が居た。

だが、モモンガの顔に驚きはない。

吸血姫―――イビルアイはその事に僅かな不満を覚えた。驚かそうとした相手が、しれっとした顔をしている事ほどつまらないものはないだろう。

彼女からすればもっと慌てふためき、狼狽する姿を見たかったのだ。

 

 

「探す手間が省けて助かりました」

 

「……探す?私をか」

 

 

その言葉に、イビルアイが目を細める。

今日は仮面はつけておらず、美しい金の髪が夜風に揺れていた。

言葉の真意を探らんと訝しげな表情をしていたが、すぐにモモンガが答えを出す。

 

 

「―――――旅に出ます」

 

 

イビルアイの目が大きく開き、動かない筈の心臓が締め付けられるような痛みをあげた。

彼女にとって別れとは日常であり、その多くが不幸な別れであった。彼女は人間ではなく、一般人から見れば人類の敵たる吸血種なのだ。

著名な種族であるからこそ、それに対する偏見と迫害と悪意は凄まじいものがあった。

 

 

 

「そ、そうか……お前も、ア、アダマンタイト級の冒険者だしな……」

 

 

「一緒に来てくれませんか」

 

 

 

間髪入れず、モモンガがはっきりと告げる。その言葉にイビルアイの体が揺れた。

その言葉が何度も再生され、頭の中で鐘が鳴っているような感覚に陥ったのだ。遂には揺れに耐えられなくなったのか、イビルアイの体が屋根から落ちる。

 

落下してきた小さな体をモモンガが優しく受け止めた。まるで、以前にも屋根から落ちた人を救った経験があるような、見事な落ち着きっぷりである。

 

 

「い、一緒に、とはどういう意味だ……だ、大体だな、お前は!」

 

 

イビルアイには言いたい事が一杯あった。

だが、いきなり無様にも屋根から転がり落ち、挙句にお姫様抱っこされている状況に顔が赤面してしまって、うまく言葉が出ない。

今では無意識の内にモモンガの首に抱き付き、体を密着させている始末だ。

本当に―――手に負えない二人である。

 

 

「詳しくは後で話します―――ハムスケ、デコスケ!」

 

 

主の呼びかけに、空気を読んでコテージ内で待機していた魔獣と死の騎士が出てくる。

イビルアイはそれらを見て、改めて思った。

―――こいつは何でもアリか!と。

イビルアイから見ても凶悪極まりない大魔獣に、伝説のアンデッドである。それらをまるで、犬猫のように可愛がって従えているのだから。

 

 

「殿が漢気を見せたでござるな!某は立派な主君をもって嬉しいでござるよ~」

 

「オォォォ!(意訳:このヴァンパイア強い!子作りはよ!)」

 

「お前らな……」

 

 

モモンガがイビルアイを地面に降ろし、頭痛を抑えるように額に手を当てたが、ようやく気を取り直したのか、次々と指示を下していく。

几帳面なモモンガらしく細かい指示であったが、要約すれば自分が戻るまでこの森を守護しろ、と言っているようである。

 

モモンガが外で戦っている間も、疲れ知らずのデコスケは精力的にパトロールを続け、今では森の全域をほぼ傘下に収めている。ゴブリン部族は言うまでも無いが、リザードマンの集落などデコスケの姿を見ただけで降伏し、愚かにも剣を向けてきたトードマンなど一刀の下に頭をカチ割られ、これまた降伏した。

 

 

―――入ってきた人間は殺さずに追い払え、モンスターを外に出すな、森の安寧を守れ。

 

 

モモンガが与えた指示は大雑把に言えばそんな感じであったが、デコスケが行く所、全ての異形種が降伏していくので、傍から見れば国獲りゲームのようになっていた感は否めない。

最早、死の騎士と言うよりは、人類未踏の地を支配する“地獄の王”であった。

 

 

「ここで待っていて貰えますか。因縁を終わらせてきます」

 

 

モモンガが振り返ってイビルアイに声をかけた時、森の一角から異様な気配が広がった。

それは―――単体で世界を滅ぼしうる破滅の目覚め。

“カタストロフ”の名を持つ、竜王の咆哮であった。恐怖を感じないデコスケは、敵意に満ちた目でそれを見つめ、ハムスケは相手の巨大さに毛を逆立たせていた。

 

 

「な、何だアレは!悟、お前……まさか、あんなものと戦おうとしてるのか!」

 

 

イビルアイは見た事もない化物に絶句した。

かつて大陸を焦土と化した魔神戦争であっても、あそこまでの化物は存在しなかったのだから。

正確に言えばかつて十三英雄と呼ばれた一部が、この破滅の一部とは戦ったが、六本の巨大な触手を含めた本体全てが目覚めたのは、空を切り裂いて現れた時以来、初めてである。

 

イビルアイはかつての魔神以上の存在に驚愕していたが、モモンガは無言で幾つもの魔法を唱え、相手の戦力を冷静に測っていた。

 

 

《生命の精髄/ライフ・エッセンス》―――測定不能

 

 

「面倒だな………レイドボスじゃあるまいし」

 

 

体力を測った時のみ、モモンガが小さく呟き、破滅を一瞥した。

足元の木を押し潰しながら、破滅がゆっくりと歩き出す。どうやら植物や動物を食べながら進んでいるらしく、破滅が通った後はまるで更地であった。

 

 

「悟、この場は一旦退こう……あれは普通じゃない!」

 

「心配要りませんよ。あんなガラクタは、一秒たりとも残しておきたくないので」

 

 

モモンガが今感じているのは怒り―――相手からすれば理不尽なまでの激情であった。

かつての仲間である、ウルベルトの代名詞とも言える“カタストロフ”を名乗りながら、あの有様は何であろうか?体力にのみ特化したトレント系の成れの果てに過ぎない。

以前に“空間斬”などと称し、つまらない手品を披露してきた男が居たが、これで二度目である。

 

 

(お前らは何度、俺の仲間を侮辱すれば気が済むんだ………)

 

 

モモンガは怒りを押さえ込むように、アイテムBOXの“それ”に触れた。

よもや彼女の前で、また激情に駆られるまま暴れるなど出来る筈もない。

あの娼館での出来事は結果的に二人を強く結び付けたが、モモンガからすれば二度と繰り返すまいと誓った出来事でもあった。

 

 

「旅立ちの門出だ。お前には―――“塵殺”をくれてやる」

 

 

そこから取り出されたのは、数多の宝玉と黄金に彩られた至高の宝杖。

世界一つに匹敵する、とまで称されるワールドアイテムに限りなく近い究極のギルド武器であり、手にした途端、モモンガの全ステータスが爆発的に上昇していく。

神器級の軍服によって高められたステータスに更に上乗せされ、そこに居るのはもはや、この世界における全知全能の神としか言い様のない存在であった。

 

 

「さ、悟……それは……」

 

 

禍々しくも神々しいほど美しい宝杖を前に、イビルアイは動くはずもない心臓が感動のあまり動いたかのような感覚にとらわれていた。

それを手にしたモモンガの姿を見ていると、どうしようもない程の安心感に包まれるのだ。先程まであの化物から感じていた威圧感すら、何処かに消えてしまったかのようである。

 

 

「見ていて下さい―――――貴女の目の前で、全ての決着をつける」

 

 

モモンガが優しく杖を握り、遠い日を思い出すように目を閉じた。

 

 

(皆さん―――――どうか俺に、一度だけ力を貸して下さい)

 

 

その想いに杖が応えたのか―――

極色の光が杖から放たれ、辺りを黄金の色で染め上げていく。

余りの眩さにイビルアイは思わず目を閉じたが、次に目を開けた瞬間、そこには驚愕の光景があった。

 

 

(あぁ……そうだったのか……)

 

 

イビルアイの目から、とうに枯れた筈の涙が零れた。

歪む視界の中、煌くような空間にモモンガが一人、立っている。

その周りに幾つもの光が集まり、複雑な姿形を取っていくのだ。光は様々な異形の姿となり、時には騎士や忍者となり、全員がモモンガを見守るようにして立っていた。

 

 

(これが、お前のかつての仲間だったのだな………!)

 

 

イビルアイの胸中に得体の知れない感情が込み上げ、もう涙が止まらなくなる。

そんな震える体をデコスケが優しく掴み、その体を肩へと乗せた。

泣いている姿を見て心配したのか、それとも、戦いから守ろうとしてくれているのか。

 

 

だが、そんな考えを―――全てを――吹き飛ばすような煌く詠唱がはじまる。

 

それはまさしく―――破滅を、破滅させる力であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真実(こたえ)は何処へ―――――《上位硬化/グレーターハードニング》」

 

「見えない心と―――――《天界の気/ヘブンリィ・オーラ》」

 

「確かに在る体―――――《竜の力/ドラゴニック・パワー》」

 

「信じたいものを己に誓え―――――《上位抵抗力強化/グレーター・レジスタンス》」

 

「無情を行け―――――《超常直感/パラノーマル・イントゥイション》」

 

「手に入れろ全てを―――――!《魔法詠唱者の祝福/ブレスオブマジックキャスター》」

 

「失くした物を取り戻せ―――――!《加速/ヘイスト》」

 

「何処まででも、この足が行く限り―――!《上位全能力強化/グレーターフルポテンシャル》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガの全身が幾つもの光に包まれ、その体が矢のような速さで破滅へと向かう。

そこで行われたのは―――――瞬きほどの攻防で地形が変わる、神話の戦い。

それも、一方的な戦いであった。

300Mにも達する六本の強力無比な触手も、種子のようなものを飛ばし、広範囲を爆発させる攻撃も。その全てがモモンガに一度も掠る事なく、僅かな時間で巨体が沈んだ。

 

 

《朱の新星/ヴァーミリオンノヴァ》

 

 

モモンガが指をパチリと鳴らし、破滅の残骸を地獄の業火で焼き尽くす。

文字通り、塵一つも残さない完勝であった。

 

遠くからこの戦いを見守っていたリザードマンやトードマンは神話の戦いに驚愕し、その戦いが終わるまでひたすら頭を垂れ、嵐が過ぎ去るのを待ち続けた。

後に彼らは不器用ながらも光の存在を称え、集落のあちこちに像を作って崇める事となったが、その事が後に彼らの身を守る事になるなど、その時は想像もしていなかったに違いない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

モモンガが振り返り、何事も無かったかのようにイビルアイの許へ足を進める。

それを見たデコスケは肩から少女を下ろし、ハムスケを連れてコテージの中へと戻った。

死の騎士とは思えない程に気が利いている。

 

 

「それで、先程の答えを聞きたいのですが」

 

「えっ……た、旅だったな。ど、どうしてもと言うのなら、考えんでもないが」

 

 

イビルアイはもう、自分が何を言っているのか分からないままに虚勢を張ったが、何かを伝えてくるようなモモンガの強い視線が、イビルアイの心を締め付けていく。

イビルアイは自分の目を、真正面からこれ程に強く見つめてくる存在に、涙が出そうになった。

この、人ではない証を、迫害と悪意しか齎さなかった瞳を。

 

 

―――――何故、それ程に愛しく見つめてくるのか。

 

 

「お、お前が何処まで行くつもりかは知らんが、どうせ永遠の時間があるんだ。付き合うさ」

 

 

彼女の時間は止まっている。今後も動き出す事はない。

だからこそ、全ての繋がりは―――やがて訪れる“別れ”と直結していた。

永遠に存在していられる人間など、この世には存在しないのだから。

 

 

「貴女は多くの別れを経験してきた、そう言ってましたよね」

 

「フン………そういう意味では、お前と私は似た者同士なのかも知れんな」

 

「いえ、似てなんていませんよ。貴女に一つ、言っていない事があったんです」

 

「……隠し事の多い奴め。この期に及んで何だと言うのだ」

 

 

 

 

 

―――――私はとても、“我儘”なんですよ。

 

 

 

 

 

「―――I WISH―――――我は願う」

 

 

モモンガが二度と使うまいと決めていた指輪を取り出し、装着した指を夜空へ掲げる。

瞬間、世界の理を捻じ曲げる―――超位魔法《星に願いを/ウィッシュ・アポン・ア・スター》が発動し、周囲に超魔力が吹き荒れた。その凄まじさに、イビルアイの頭が真っ白になる。

 

 

「星よ―――!どうか俺に、時を操る力を!」

 

 

その願いを聞き届けたかのように、周囲に吹き荒れた超魔力の全てがモモンガの体へと集まる。

イビルアイには、一体何が起きたのかは正確には分からない。

ただ、今の行為が自分の為に―――“世界の理”を捻じ曲げた事だけは分かった。

 

 

「悟、お前………」

 

「いつまで経っても子供でしょ?」

 

 

モモンガが自虐するように笑ったが、その目には強い意志が込められている。

今の行為も、奇跡を呼ぶ指輪を使った事も、まるで後悔していない姿だ。

 

 

「だから―――貴女との別れなんて認めない。()()()()()()()()

 

 

 

 

 

―――――鈴木悟は、キーノ・ファスリス・インベルンと、生涯共に居る事を誓います。

 

 

 

 

 

「キーノ―――――YESなら、この手を掴ん……って、うわぁぁぁ!」

 

 

モモンガ―――いや、悟の言葉が終わる前に、キーノがその胸に飛び込んだ。

飛び込んだと言うより、突撃した、と言う方が近かったかも知れない。現にその手には凄まじい力が込められており、もう二度と離すまいという、鋼の意思が込められていた。

だが、その顔は真っ赤であり、単に泣き顔を見られたくなかっただけなのかも知れない。

 

 

「お前は、今日だけで何度、私を泣かせる気だ……」

 

 

全くその通りである。

鈴木悟は女性に対し臆病であるし、それなりに警戒心も強く、非常に奥手であった。だが、開き直った時の彼はスキルなど足元にも及ばぬ、天性の女殺しであったであろう。

現に今も、“国堕とし”と呼ばれた存在を、ものの見事に堕としてしまっている。

 

 

「え、えっと……その、返事を聞かせて欲しいんですが」

 

「い、YES……YESに決まっているだろう!私も、ずっと―――悟と居たい」

 

 

抱き合った二つの影が少しずつ近付き、遂に重なる。

まるで夜空が二人を祝福しているかのように、目の覚めるような流星雨を降らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Wish Upon a Star―――――

モモンガのスキルに追加されました。

 

 

 

 

 

《運命の輪/Wheel of Fortune》

 

運命対自由意志―――あらゆる生命の時間を操るスキル。

自身を含め、対象となる生命を若返らせる事も、老いさせる事も自由自在となる。

使用回数は一日に四回まで。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

悟が伝言を一つ追加し、キーノを左手で抱え、右手にギルド武器を握り締めたまま飛行を唱えた。

二人の体が夜空へと舞い上がり、流星雨が降り注ぐ中を高速で駆けていく。ギルド武器を握ったモモンガのMP自動回復量は凄まじく、魔力切れなど気にせずにそのまま飛翔を続ける。

 

 

「……悟!これから何処へ行くんだ!」

 

「冒険者ですから―――世界の果てまでも!」

 

 

叩き付けるような風の中、その音に負けないような大声で二人が会話を交わす。

 

 

「それと、どうしてもやりたい事が一つだけあるんです!」

 

「やりたい事……?それは何だ!」

 

 

 

 

 

「もう一度、一から作るんですよ!ダンジョンを!家を!皆の居場所を!」

 

「―――ダンジョン!?」

 

 

 

 

 

二人の飛行は止まらない。朝焼けが大地を照らしても、大きな海を幾つ越えても。

巨大な森林を越え、朽ちた遺跡を越え、砂漠をも越えて。

自分達だけの、新天地へ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星に愛された王子は、やがて新しい大陸へと辿り着く。

 

そこは貴方だけの新天地だ。

 

広大な大陸の中、幾つもの大国が犇く大舞台。

 

大陸の中央には大きな戦跡が残されており、今にもアンデッドが大量発生しそうであった。

 

貴方は静かに笑い―――――愛しい少女へ“始まり”を告げるだろう。

 

 

 

 

 

PAGE70―――TRUE ENDへと進め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、完結です。
最終回では彼ら、彼女らのその後を覗いてみようではありませんか。
きっと、そこには相変わらず大騒ぎしている面々と、幾つものドラマがあるに違いありません。




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OVER PRINCE

―――新大陸 アの国

 

 

アの国、それは広大な新大陸の中央に存在する―――そこには肥沃な大地があり、大きな都市もまた存在する。一次産業だけでなく、二次産業もそれなりに盛んであり、人口も三百万を下らない。

だが、この国の雰囲気は何処か暗い。決定的に、暗いのだ。

それは国の南方に位置する、広大な大平原(戦跡)が齎す負のオーラのためであるかも知れなかった。

 

その大平原はまるで大陸の“ヘソ”のような場所にあり、諸国が戦争をするのに格好の場所であったのだ。「どうせ他国の土地よ」と、その大平原では遠慮なく幾度も戦争が行われ、それらが生み出した遺体や死者の怨念が蔓延する、呪われた地と化していった。

 

 

地獄の門。黄泉地。アの国送り。アンデッドの聖地。

大平原につけられた忌まわしい名称は数え切れない。当然、その“聖地”では定期的にアンデッドが発生し、アの国に甚大な被害を齎していた。

アの国は懸命に聖地の清浄化に努めていたが、その浄化には軽く千年を要するであろう。

 

しかも、どれだけ清浄化に努めても諸国は争いを繰り返している為、聖地を覆う死の気配は増していくばかり―――何処の世界でも繰り返される悲劇である。

今日もアの国では女王が愚痴を溢し、大臣に当たり散らしていた。

 

 

「もう嫌っ!こんな国の女王なんて罰ゲームじゃない!」

 

「罰ゲーム状態の女王に仕えている私が一番悲惨です」

 

 

短い髪に小さな王冠を乗せた、少女とも言える女王が叫ぶ。その隣には女王とは打って変わり、優に腰まで届く長い髪を持った、これまた美少女が立っており、本を片手に気だるげに応えた。

二人は共に―――目の覚めるような青い髪をしている。

 

 

「周りの馬鹿ども……あいつら、この国を死体置き場と思ってるんじゃないの!?」

 

「ゴミを捨てても掃除してくれるんですから、適度に感謝してくれてますよきっと」

 

 

そう、捨てても適当に処理してくれる者が居るので、周りも遠慮なく捨てる。捨てられた方も、まさか放置している訳にも行かないので、結局は嫌々ながらも掃除せざるを得ない。

まさに、無限ループである。

アの国と周辺諸国には隔絶した軍事力の差があり、苦情を言っても鼻で笑われるだけであった。

 

 

「ぁ、一つだけ良い噂がありました。何処からかとんでもない美形の王子が現れて、アンデッドを次々に従えているとか」

 

「何よっ、その馬鹿っぽい噂は!生者に恨みを持つアンデッドが人に従う訳ないでしょッ!」

 

「他にも、背景に流星が見えるとか、七色の光を放つとか、色んな噂が」

 

「バッカじゃないの!夢でも見てんの!?スケルトンの骨でも齧ってなさいよっ!」

 

 

女王が遂に頭から王冠を投げ捨てたが、王冠はまるでヨーヨーのように頭へと戻った。王冠には特別な魔法が込められており、正統を継いだ女王の頭から離れないという効果があるのだ。

まるで王冠が「絶対に逃がさない」と言っているようであり、そんな所も罰ゲームっぽい様相を呈していた。

 

 

「もう嫌っ!誰か助けてよー!ヤダヤダヤダもうヤダもん!」

 

 

遂に女王が玉座から立ち上がり、赤い絨毯の上で寝転がるようにジタバタと暴れ出した。

 

 

「女王が他力本願とか……それ以上駄々を捏ねるなら聖地に投げ込みますよ?」

 

 

詰んだ、としか言いようの無いアの国であったが、まさか噂が本当であるなど思いもしない。

その流星の王子は目覚めて暴れ出しそうになっている遺体や、怨念の集合体へスキルを使って自らの指揮下へと収め、それらを何と、“労働力”として巨大な何かを作ろうとしているのだ。

 

 

 

 

 

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―――新大陸中央 アンデッドの聖地

 

 

常人には恐ろしくて立ち入れないであろう場所に、モモンガとイビルアイが居た。

その周りにはスケルトンを始めとするアンデッドが無数に蠢いていたが、彼らは誰を襲うでもなく皆一様に土を掘り、掘った土を離れた場所へ一纏めに固めたりしている。

生者を恨み、果てまで彷徨うアンデッドが取る行動ではない。ありえない光景であった。

 

 

「アンデッドを労働力にするとは、やはり私の悟は世界一の男だな!」

 

「もう、褒めすぎですよ。でも、こう見えてダンジョン製作には一家言あるんです!」

 

「あぁ、悟なら世界一……いや、神話一のモノが作れるさ。私はそう信じている」

 

「キーノ……」

 

 

二人の影が少しずつ近付き、やがて、その影が一つに重なった―――

 

 

見ての通り恋とは―――二人して愚かになる事である。

まさに、その典型例がここにあるのだから。

 

 

 

 

 

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Epilogue―――モモンガ(鈴木悟)

 

 

「以前のダンジョンは恐怖の象徴だったし……今度は“エンターテイメント”にしようかな」

 

 

新天地にてダンジョン製作を始め、その主となる。

ダンジョンに「ナザリック地下大墳墓MARKⅡ」という名称を付け、ネーミングセンスの無さを、周囲にこれでもかと見せ付ける結果となった。

後年の事になるが、ダンジョンは24時間365日のフル稼働、フル拡張を続け、世界一の規模を誇るダンジョンとなっていく。

 

何せ、彼らの時間は無限であり、アンデッドは疲れ知らずである。

二つの無制限が重なり、世界一という奇跡を作り上げていく下地となった。

 

時は流れ―――ダンジョンには財宝を求める冒険者が世界中から訪れる事となるが、強力なモンスターや過激な罠に悩まされた。そのあまりの難関っぷりに冒険者達は苦戦に苦戦を重ね、アンデッドもかくやという呪詛を吐き散らすことになる。

 

ちなみに、モモンガはダンジョンへの侵入者に致命的な大怪我を負わせたり、殺すような事はしなかったが、しっかりとペナルティを与える事は忘れなかった。

エンターテイメントとはスリルと興奮、そして得るか失うかの“大冒険”こそが本質であろう。

 

 

 

その名に反して、単なるモンスター駆除の作業員と化し、夢のないこの世界の冒険者へ―――

 

モモンガは、本当の意味での“冒険”を与えたのだ。

 

 

 

そしてモモンガは、某プリンセスが笑顔で出してきた提案を受け、それを採用。

彼女の考案したペナルティとは―――一定以上の階層へ侵入してきた者は身包みを剥ぎ、所持品は没収するというもの。捕獲された者も、一定の金額を払えば解放した。

 

この世界においては、ありえない程の有情であろう。

ちなみに、某プリンセスは適度にダンジョン内へ財貨を撒き、時にはそれらを持ち帰らせ、たっぷりと甘い汁を吸わせる事も忘れなかった。

そして、“先へ進みたくなる”ような心憎い演出や、仕掛けを置く事も忘れない。

 

人間という生き物は一度美味しい思いをすれば中々、忘れられない生き物である。

………いやはや、これ以上は何も言うまい。

 

さて、そろそろページを進めよう。

彼のその後については―――きっと、自然に語る事になるだろうから。

 

 

 

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Epilogue―――イビルアイ(キーノ・ファスリス・インベルン)

 

ダンジョンの主に永久就職。

完全に乙女に戻ったのか「一億年ぐらいは子供を作らず、新婚で居たい」などと意味不明の供述をしており、周囲からブリザードのような視線を送られている。

 

ダンジョンでは時に迎撃要員として出撃し、その可憐な姿に冒険者達の一部からマニアックな支持を受ける事となった。付けられた渾名は―――リトル・ヴァンパイア・プリンセス。

彼女に相応しい名称であった。

 

ちなみに、流れ星の指輪に残された奇跡は後一つだが、

ダンジョンの主はきっと―――――その一つを彼女の為に使うだろう。

 

 

 

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Epilogue―――ガガーラン

 

ダンジョンの主に永久就職……はしなかった。

ダンジョンの主が王国に戻った際、彼から至高の童貞臭が消えていたからだ。彼女はそれを大いに嘆いたが、そのお陰もあってか面倒見の良い姉御として接していく事になる。

 

怨念と憎悪に囚われ、暴発寸前となっているアンデッドを救い、周囲へ被害を出さぬよう、それらと共に家(ダンジョン)を作るという一石三鳥の考えに賛同。

ダンジョン創設期の現場監督として、第一線で指揮を執り続けた。

 

 

「どうせ作るなら世界一」

 

「世界中の馬鹿野郎どもが挑んでくる場所にしようじゃねぇか」

 

 

などと、太い笑みを浮かべながら提案し、それらは後年、本気で実行されていく事となる。

創設期には514人の男達を従え、ダンジョン製作のみならず、発掘作業の指揮もとった。

手付かずの聖地から、彼らが掘り出す様々な鉱石や原石はダンジョン創設期の大きな財源となり、怒涛とも言える製作スピードの原動力となっていったのだ。

 

後年、「力試し」と称してダンジョンへの挑戦者となるが、その面倒見の良さと漢気、圧倒的な力量から、瞬く間に周囲の冒険者達から姉御として持ち上げられる事となる。

114人の冒険者連合と、514人の鉱夫集団が時に彼女を巡って熾烈な争いを繰り広げる事となり、主の頭を大いに悩ませる事となっていく。

 

 

 

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Epilogue―――ティア&ティナ

 

 

「モモンガのベッドが私の聖地」

 

「性地とも言う」

 

 

後に、ダンジョンの主に永久就職。

彼女らの仕事は多岐に渡り、ダンジョン内では捕縛や罠の設置などに従事していたが、某プリンセスが訪れてからは更に仕事が激増。

周辺諸国の動向を探る諜報活動や、流言飛語の類を飛ばしたり、何でもござれの有様となった。

完全にダンジョンの裏仕事人である。

 

私生活では主へのストーカー行為を趣味としており、主を最も狼狽させる存在。

後年、冒険者のみならず周辺諸国もダンジョンに対して動き出す事となるが、彼女達が事前に作り上げていた情報網が大いに役立つ事となった。

 

他者には至ってクールで無反応な二人であったが、主に対してはダメ男製造機となり、骨まで溶かすような際限のない甘やかしを続けていく。

 

 

 

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Epilogue―――ラキュース

 

後に、ダンジョンの主に永久就職。

後年、遂に例の鎧を脱ぐ事となった彼女は、漆黒の鎧を身に纏う。

ノリノリで闇の化身「ダーク・ラキュース」と名乗り、愛の巣を守る為に活躍。

その美貌から冒険者のみならず、周辺諸国にまで名が広がり、ダンジョンのスーパーアイドルとして凄まじい客寄せパンダとなった。

 

本人的には「怖れられたかったのに!」と不満そうだが、侵入者―――もとい、挑戦者の3割は彼女目当てとも言われており、無くてはならない存在であった。後年、諸国が動き出した時には政治・外交の面でも主を支え、万能の名に相応しい活躍を見せていく。

 

私生活では「毎年、結婚式を挙げましょう」とスイーツ全開であり、主の懐に大きな痛手を与えたりもしたが、彼女の齎すプラスの方が遥かに大きい為、主は黙って従うしかなかったようだ……。

がんばれ、あるじさま。

 

 

 

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Epilogue―――フールーダ・パラダイン

 

念願の師と巡り合い、一秒でダンジョンへ就職。

彼は尊き師から、大きな仕事を頼まれる事となった。

 

 

師は問う―――「お前は対価に何を求める?」と。

 

彼は言う―――「ただ、老いのみが恐ろしい」と。

 

 

 

師は軽く笑い、答えた―――「私にとって、時間とは不可逆なものではない」と。

 

 

 

その瞬間、彼の周囲に運命の輪が現れ、その輪が消えた時―――“老人”の姿が消えた。

言われるがままに鏡の前に立つと、そこには20歳の頃の彼が居るではないか。彼は頭の中が真っ白になったように呆然としていたが、一声雄叫びをあげたかと思うと、師の足元へと這い蹲った。

 

彼は師の靴を舐め回そうとしたが、忍者二人に「流石にそれは無い」と首根っこを引っ張られ、師の靴を舐める事に失敗。彼なりの“忠誠の儀”を行う事は出来なかった。

 

どういう訳か、忍者二人はこの偉大すぎる魔法詠唱者にも遠慮なしであり、ガガーランもそうであったが、その遠慮の無さを彼本人は悪く思っていなかったらしく、彼女達と居る時だけは魔法を忘れ、時にワインを飲みながら四方山の話を語った。

 

彼は俗に「フールーダ閥」と呼ばれる勢力の頂点であったが、見ての通り、蒼の薔薇とも懇意であった為、派閥の長とは名ばかりであり、その実態はやはり良き教師であったと言える。

 

全知全能の尊き師と、可能性溢れる弟子達、そして全てが未知の新大陸。

彼の哄笑はもう、止まらない。

 

 

念願の若返りを果たした彼は、狂信的なまでの忠誠を師へと捧げ―――

見事に、師の望みを叶える事に成功する。

 

 

 

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Epilogue―――ニニャ&ツアレ

 

後に、ダンジョンの主に永久就職。

彼女が女性であると知った時、主は玉座から転げ落ちた。だが、「恩人」を大切にする主の姿勢は首尾一貫しており、彼女の扱いは丁重を極めた。

フールーダの下で魔法の才を次々と開花させていく一方、フールーダ閥を作り上げ、公私に渡って強力な蒼の薔薇と対抗していく。

 

特にラキュースとは相性が悪いらしく、よくぶつかり合う姿が見られたが、最近では「いつもの事」と周りも好きにさせている。

主との関係は至って良好であり、主は「会社にこんな後輩が欲しかったなぁ」と可愛がっているが、可愛がられている方の目は完全に雌豹のそれであった。

 

 

彼女の姉であるツアレもまた、後にダンジョンの主へと永久就職……しなかった。

妹に遠慮しているのか、受けた恩が大きすぎたのか、彼女の心境は本人にしか分からない。

彼女の仕事は生活区画の担当であったが、後に戦争孤児達である10名の子供にメイドとしての教育を施し、そのリーダーへと就任した。

 

主の部屋だけは余人を入れず、清掃を担当するのは常に彼女一人である。

彼女の辛い過去を知っている主は、彼女に対し、特別ともいえる優しい態度で接しており、二人の関係がどうなっていくのかは誰にも分からない。

何せ、主の前では時間などただの数値でしかなく、幾らでも巻き戻す事が出来るからだ。

 

 

 

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Epilogue―――アルシェ&クーデリカとウレイリカ

 

後に、ダンジョンの主に永久就職。

フールーダの下で魔法を学びなおしつつ、ようやく妹二人との平穏な暮らしを手に入れた。愚かな両親から離れ、修行に専念出来る環境となった事で、より多くの魔法を習得していく事となる。

 

その才はニニャには及ばなかったが、実戦で鍛えてきた本能と勘は蒼の薔薇にも劣るものではない。無限とも言える時間の中で、彼女が自らの“限界”を突破する日も来るだろう。

 

私生活においては一見、大人しい彼女だが、フールーダ譲りの頑固さと強引さも併せ持っており、主に関する事では一歩も引かぬ態度であった。

ニニャの良い相棒であったと言えるだろう。

 

最近では、妹達が成長していくにつれ、主へと向ける目が変化してきている事に頭を痛めている。

がんばれ、アルシェ。

主のロリコン疑惑を払拭出来るのは、君しか居ない。

 

 

 

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Epilogue―――レイナース

 

 

「マイロード、次はサイン……です」

 

「これ、婚姻届じゃないですかっ!」

 

 

後に、ダンジョンの主へと永久就職。

その仕事は主の身辺を守護する、ロイヤル・ガードである。

騎士であった彼女には天職であったと言えるが、24時間365日の身辺警護は当然、やりすぎであった。もっと言えば、主は守る必要など皆無の強さである。

 

おはようからおやすみまで、暮らしを見つめるレイナースであったが、主の心境は如何ばかりであったか。とは言え、彼女の壮絶な半生を聞いた主は「これも一種の自業自得か……」と諦め顔であった。

 

そう、彼女を呪いから解放し、人生を大きく変えてしまったのは主なのだ。

良くも悪くも、主はその責任を取らなければならない。

絶世の美女である彼女に対し、責任を取る―――世の男性からすれば、首を絞めたくなる程に羨ましい責任でしかない。

 

主はそろそろ、爆発するべきだろう。

 

 

 

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Epilogue―――カジット

 

一枚のスクロールが齎した奇跡に驚愕、次に号泣し、その場で蹲ってしまった。

カジットの母は大人になった息子を見て、当初こそ何が起こったのか分からずに困惑していたが、やがては何かを察したのか、彼を優しく抱き締めた。

 

その後―――二人はダンジョンに招かれ、仲睦まじく暮らすようになる。

そう、ダンジョンの主はカジットにまだ“用”があったのだ。

主は蘇生や居場所を用意するだけでなく、カジットの姿を母親の記憶にある姿にまで若返らせた。まるで至れり尽くせりであったが、主は別に聖人君子でも何でもない。

 

それ程に、主の“求めるもの”が大きかったのだ。

彼は主へ狂信を捧げる闇の少年使徒と化し、その望みを叶える事に尽力していく。

 

 

 

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Epilogue―――ンフィーレア

 

ポーション職人として、祖母を超える名声を得ていく。

材料を集めるのに便利だから、と見え見えの言い訳をしながら、カルネ村にもう一つの工房を建て、意中の彼女へプロポーズ。見事にYESの返事を貰う事に成功する。

その後のカルネ村は、薬草や薬効のある植物を植える事が多くなり、医の村へと様変わりしていく事となった。単純に工房が高い値段で買ってくれる、という理由もある。

 

 

時代は激動し、周囲は連合国として地図の色を変えていく―――

 

 

小さな村が吸収され、時には廃村となり、地図が目まぐるしく変わる中、“医の村”という存在は法国の上層部からは素朴な好意を持たれ、周辺の小さな村々の合併地点となった。

カルネ村の人口は次第に増えていき、医の村から、医の街へ。

一人の人間を基点として、街が出来上がる―――彼もまた、一人の英雄であったのかも知れない。

 

後年、一人の記者が組合より古い資料を発掘。

かの“大英雄”と、“大魔獣”を結び付けた立役者として多くの注目を集める事となった。

数多の作家や記者が彼の下を訪れ、その取材によって在りし日の大英雄の姿が判明。それらを元に、多くの歌劇やオペラ、吟遊詩人の詩などが作られる事となっていく。

 

人類未踏の地で行われた、森の賢王と大英雄の壮絶な一騎打ちはオペラなどで鉄板の公演となり、多くの人から長く愛されるロングセラーとなった。

 

 

 

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Epilogue―――漆黒の剣

 

エ・ランテルでの戦いにより、金級へと昇格を果たした彼らであったが、そこが限界であった。

壁を感じた彼らは危険な冒険者稼業からは足を洗い、薬草採集の護衛で知り合う事となったンフィーレアの誘いに乗ってカルネ村の自警団を務める事に。

 

同じく、伸び悩んでいた赤髪の冒険者も自警団へと誘い、村の発展に大きく寄与した。

遠い新大陸に旅立った仲間を応援しつつ、最近では其々が嫁探しを真剣に考え出したようだ。

 

 

 

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Epilogue―――リザードマン&トードマン&ゴブリン

 

トブの大森林は大英雄の聖地であり、法国の上層部は長らくそこに足を踏み入れる事を躊躇していたが、破滅の竜王の消滅を確認する為に、遂に調査団を送り込んだ。

そこには地形が変わる程の激戦の痕が残されており、調査団の誰もが顔色を変えた。

とてもではないが、それは人が為しうるような戦跡ではなかったからだ。

 

他にも、調査団は大森林の各地に多くの亜人種が居る事を発見し、上層部へと報告。

その報告書の最後に「彼らは下手ながらも神の像を建て、崇めている様子である」との一文が記され、それによって法国は彼らへの攻撃を断念した。

 

その後、「神は大変な魚好きである」「素材には一切の妥協をせず、トブの湖から獲れる極上の魚しか口にされない」などと、様々な食に関する話が多く流れた為、ごく少量ではあるが一部と取引が始まり、リザードマンは脂の乗った魚を出し、人は酒を出して取引を行う事となった。

魚は無論、遥か遠くへと去った神に捧げる、大切なものである。疎かに出来る筈もない。

 

彼らは“地獄の王”の言い付けを堅く守り、森からは出ずに平穏な時を過ごす。

言い付けは正しかったのだ。

幾ら法国の上層部が“お目こぼし”をしても、彼らが集団として外に出てきたら、法国としては何らかの対応をせざるを得なかったであろうから。

 

 

 

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Epilogue―――ヘッケラン&イミーナ

 

 

「それじゃ、久しぶりにエ・ランテルの様子を見てくるから」

 

「あぁ、ロバーデイクによろしく!」

 

 

英雄ガゼフ・ストロノーフの執拗とも言える誘いを断りきれず、とうとう戦士団へと入団。

元々の高い実力もあり、めきめきと頭角を現す。

結婚後、イミーナは引退し、ヘッケランは戦士団の副団長を務める事となった。その後も英雄が出世して行く度に引き上げられ、文字通り英雄の右腕となっていく。

 

 

それが、後世―――彼の悲劇となった。

 

 

余りにも長く英雄と居すぎた影響か、その姿は七変化とも言える改変を受ける事となったのだ。

後世ではいつのまにか双剣使いの美少女となっており、英雄ガゼフ・ストロノーフと、剣聖ブレイン・アングラウスとの間で、恋に揺れる姿が定番となってしまった。

一部からクソビッチなどと罵倒される事もあるが、英雄の物語では必ず登場してくるキャラクターであり、その知名度は抜群である。

 

 

歴史に名を残すような存在に―――そう、彼の願いは叶った(強弁)

 

 

 

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Epilogue―――ロバーデイク

 

魔神戦争後、エ・ランテルで共同墓地の清浄化に励む。

このご時勢に馬鹿げた“無償の奉仕”を行い、徐々に清浄化の中心人物となっていく。その後は医の村となったカルネ村と、エ・ランテルを往復し、表向きは「医者」として多くの治療を行った。

 

長年に渡る無償の奉仕と、大英雄に縁の人物とあって、神殿はあくまで個人で、それも一代限りという条件で彼の行動を黙認。酷い言い方をすれば、彼を終生“居ない人間”として扱った。

“存在すらしない者”を処罰する事は出来ない、と言う屁理屈だ。

 

彼は死後、「聖人」と贈名され、エ・ランテルに埋葬されたが、今も献花に訪れる者は多い。

多くの人々から敬愛されていた証であろう。

 

 

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Epilogue―――ランポッサ

 

スレイン法国と同盟を締結、エ・ランテルの“割譲”を行う。

これに伴い、即位以来の頭痛の種であった帝国の矢面に立つ事はなくなった。

気付けば八本指は夢のように消えており、大英雄の登場と、レエブン侯の退場によって派閥間の争いも嘘のように縮小化していく―――争っている場合ではなくなったからだ。

 

人民に対し、許し難い罪を働いていた貴族への―――法国の激しい追及である。

それらに反抗しようにも武力では到底敵う相手ではなく、結果、彼らの殆どが帝国や周辺へと亡命していく事となった。

 

それらの指揮や法国との折衝はラナーが全て行っていた為、ランポッサの晩年は実に穏やかとも言えるものであり、一人の老人として余生を過ごした。

2年後には長男が即位し、次男は宰相となったが、大英雄の登城後は彼らの毒気も消え果て、法国との緩やかな合併を推し進めていく事となった。

 

 

 

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Epilogue―――レエブン候

 

辺境領へと赴き、領主として善政を敷いていく。

彼は貴族としては開明的であり、平民であっても才があれば次々と抜擢した。引退した元冒険者も貪欲に集め、武力の確保や情報収集にも余念がなかった。

 

当然、息子への溺愛っぷりは言うまでも無い。

とは言え、彼の配下は優秀な者が多いので心配は要らないだろう。

 

肝心の評議国は辺境領に対し、何のリアクションも起こさなかった。元々人間がいた領土であり、そこの頭が挿げ替わっただけの事である。

他人の犬小屋に付けられている名札が変わったところで、誰も気に留めはしない。

それがポチだろうが、タマだろうが、何の影響もないのだから。

 

後の連合国も、辺境領に対しては一切、手も口も出す事はなかった。

大切な“堤防”を自分の手で壊す者など居る筈もない。

評議国からも、連合国からも、まるで関知されない土地―――それは天国と呼ぶべきであろう。

時代が激動していく中でも、辺境領の平穏が揺らぐ事はなかった。

 

 

「野心を持つな。他領に目を向けるな。現状を堅く維持せよ」

 

 

レエブンの残した遺言は―――三本の守勢の矢。

激動の時代を乗り切った、貴族らしいものである。

 

 

 

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Epilogue―――ジェット

 

肖像画を描き終えた後、彼の生活は荒れに荒れた。

著名なレストランや宿屋を渡り歩き、時には人気の吟遊詩人を自宅へと招き、派手なギャンブルにも手を出した。まさに、絵に描いたような“破滅男”である。

 

―――だが、彼の資金が尽きる事はない。

いつの時代も、著名な芸術家や芸能に携わる人間には必ずスポンサーが付くのだ。たとえ絵を描かずとも、有名人を囲っている、という事がスポンサーにとっては鼻が高いのであろう。

 

彼は時折、王侯貴族のごとくオペラを貸し切って観劇する事すらあり、まるで社交界の華であるように持て囃された。贅を極め、どれだけ散財しても、その富が尽きる事はない。

だが、これだけの生活をしながらも、彼が笑う事はなかった。その顔は常に何かに耐えているような苦渋に満ちており、その姿は気難しい芸術家そのものである。

 

彼は毎晩、一人になると体の奥底から突き上げてくる耐え難い無力感に人知れず泣いた。

何をどうしても、手が動かないのだ。

何を見ても、何をしても、感動も震えも何もない。

かつて“頂”を掴んだ手は、もはや草木すら描けそうもなかった。

 

 

時は流れ―――時代が激動していく中、一つの転機が訪れる。

 

 

とある戦いから凱旋した英雄ガゼフ・ストロノーフの姿を見た時、彼の脳内に久しぶりに“光”が差したのだ。彼は逸る足を押さえながら自宅へと戻り、数十年ぶりに筆を手にした。

椅子に座った途端、まるで用意されていたかのように絵の具が並べられた。驚き横を見ると、生意気な使用人が笑っていた。

 

彼女の髪には、白いものが混じっている。

長い年月が過ぎた、という事もあるだろうが、彼の所為で多くの気苦労もあったのだろう。

だが、彼は謝罪などしない。彼は、そんな殊勝な男ではなかった。

 

 

 

「………後悔はさせん。我輩は天才なのだからな」

 

 

使用人が笑ったのと同時に、ジェットの時間が再び動き始めた―――

 

 

 

彼が筆を手にした、という事はそれだけでニュースとなり、国に買い取られぬよう、即日大々的なオークション会場が用意されるという大騒ぎとなった。

彼は一ヶ月という時間を掛け、一枚の絵を完成させる。

それは―――大魔獣に騎乗し、華々しく凱旋する大英雄の姿であった。

 

オークションには多くの大商会のみならず、大人気ないとも言える態度で連合国の息のかかった者も送り込まれる算段となっていたが、彼の絵を手にしたのは予想外の人物。

 

 

帝国皇帝―――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、その人であった。

 

 

皇帝はオークションの前夜、お忍びで彼の邸宅を訪れ、一枚の黄銅板を出したのだ。

それを彼の目の前で真っ二つに切り、その片割れを代金であると放り投げた。

 

 

「私にとって―――――その絵の男など、黄銅板の価値もない」

 

 

皇帝の言葉に彼は狂ったように大笑いし、快く絵を譲り渡した。

彼は皇帝が立ち去った後も笑い続け、そして―――泣き続けた。数十年、身を覆っていた何かから解き放たれたのであろう。

 

いや、本当に泣きたかったのは連合国であったかも知れない。

彼に直接怒りをぶつけ、またヘソを曲げられたら大変である。ここからまた、数十年の空白などが出来てしまったら泣くに泣けない。

 

翌日、連合国はやり場のない怒りをぶつけるように帝国への激烈な抗議を行ったが、皇帝は鼻で笑うばかりであった。連合国は遂に「一戦も辞さず」とまで言い放ったが、皇帝の切り返しは見事なものであり、一言を以って連合国を沈黙させた。

 

 

「君達の言う神とは―――――地に剣と戦争を贈りにきたのかね?」

 

 

連合国はその言葉に地団駄を踏み、皇帝を呪ったが、遂には言い返す事が出来ず、涙を呑んだ。

皇帝ジルクニフ―――鮮やかな勝利である。

 

 

その後、彼は使用人と共に旅へ出た。旅先で幾つかの作品を残したが、それは紙に落書きしたような物であったり、感銘を受けたレストランの壁に衝動的に何かを描いたり、時には精緻を極めた大英雄の絵をそこらの子供にあげたりと、自由奔放であった。

 

彼の死後、聖遺物と称されるそれらを、多くの冒険者やトレジャーハンターと呼ばれる者達が追う事となったが、その全容は未だに明らかにされていない。

 

彼と使用人は結婚する事こそなかったが、終生を共に過ごし、同じ墓へと入った。

世界でただ一人、「大英雄の描き手」と呼ばれる事となる彼だが、後世の研究では何らかのタレントを所有していたと推測されている。

 

激動していく時代の中、彼は何の武力も持たず、無力な存在でしかなかった。

しかし、「力でも魔法でもなく、芸術こそが後世に残る物なのだ」と信じて止まなかった彼は、その信念を自身の作品によって証明したとも言える。

 

 

 

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Epilogue―――皇帝ジルクニフ

 

 

法国と王国が一つとなり、連合国となっていく中―――時代に抗い続けた。

圧倒的なカリスマで国内を纏め上げ、知略の限りを尽くし、敵陣営の切り崩しへと動いたのだ。

法国が描いていた最終的な計画は、王国と帝国の両国を併合し、人類の一大国家を築き上げる事であったが、“彼一人”の存在によって、計画に百年以上の遅れが生じた、とも言われている。

 

 

帝国から見れば史上稀なる名君であり―――法国から見れば最早、“人類の敵”であった。

 

 

その一代において、帝国は寸土も侵される事なく、次世代へと命脈を繋いだ。

二代、三代と名君が生まれたものの、四代目の暗君が国を傾け、五代目に入り、遂に連合国へと降伏。連合国は早速、絵を回収するべく動いたが、額縁の裏には驚くべき言葉が残されていた。

 

 

「私がこの人物と出会っていれば、世界など望まず、“友”となっていたであろう」と。

 

 

実際、彼が神と出会っていたらどうなっていたのか?

神に纏わるifは事欠かないが、その中でも興味深いifである。

他にも額縁の裏には「二、三は強勢、四に傾き、五で潰える」とまるで予言のようなものまで書き記されており、次第にその評価は見直される事となっていく。

 

何故か遥か後世の書籍では、大英雄と戦場で一騎打ちを繰り広げたり、手に汗握る謀略戦を戦わせたりと、一度も会った事がないのにライバルとして登場してくる事が多い。

それだけ、彼の存在が大きかったという事であろう。

 

 

 

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Epilogue―――ラナー&クライム

 

後に、ダンジョンの主へと永久就職。

およそ2年で王国の道筋をつけ、クライムと共に新大陸へと渡った。

そこからの彼女の活躍は、まさに八面六臂というものである。多くの物資の調達や、周辺諸国の調査、ダンジョン内のルールや掟の制定、仕掛けの発案など、とても数え切れない。

 

主が所持していた兆単位の金貨の一部を一旦溶かし、新たな刻印を刻んだ新金貨を作り出したのも彼女の発案である。元々、一枚で軽く金貨二枚分の含有量がある金貨であったが、完成した新金貨は芸術品としての側面も高く、当初は金貨三枚分と謡われるものであったそれが、何時の間にか一枚で金貨五枚分の価値を持つようになっていった。

 

無論、それらの噂を大々的に流し、時に金貨の流通を絞り、収集家達を煽りに煽り、意図的に価値を高めていったのは、彼女の謀略である。これによって新大陸での物資調達が容易になっていき、更にダンジョンの製作スピードは増していった。

 

今、彼女が一番夢中になっているのは、ダンジョンの運営。

数々の罠を発案し、それらの前で繰り広げられる喜劇を見るのが大のお気に入りなのだ。

仲間割れを誘う卑劣な仕掛けや、思わず先に進みたくなるような仕掛けや、豪華な宝箱の前に落とし穴など、彼女の考案していく罠は、既に114514を超えるとも言われている。

 

主の前では何処までも素直で可愛らしい黄金のプリンセスであったが、ダンジョンへの挑戦者からすれば、地獄の鬼以上の存在であったに違いない。

とは言え、愛しい王子の為に懸命に働く姿はやはり―――――プリンセスであったであろう。

 

 

クライムはラナーの護衛として新大陸へと渡ったが、自分の力量の低さを嘆き、日常の殆どを鍛錬に費やす日々となった。何せ、ここは教師には事欠かない。

当初はガガーランに教わっていたが、彼女は多忙でもあり、途中からはハムスケやデコスケと鍛錬をする事が多くなった。

 

彼は何故か両者から気に入られ、日々を過ごしていく中、確実に強さを積み重ねていく事となる。

城にいた頃は同僚から冷たく扱われていた彼だが、世間からは“怪物”と称される両者にこれほど気に入られたのは不思議な程であった。

彼はもしかすると―――――“異形から愛される才能”を持っていたのかも知れない。

 

彼はラナーだけでなく、憧れの塊でもある、ダンジョンの主に忠烈無比の忠誠心を抱いており、その命令が下れば易々と火の中にも飛び込んだであろう。

主も貴重な男子である彼に対し、温かく接した。

 

時には二人だけで酒を飲んだり、彼の仕事を褒め称えたり、その姿は「ホワイトな良き上司」でありたいという、主の願いであったのかも知れない。

しかし、主は甘い顔ばかりしていた訳ではなく、湧き上がる幸福感に突き動かされるまま、時間を忘れて仕事と鍛錬に集中する彼へ、主は「週休二日」という無慈悲な勅命を下した。

 

彼の嘆きと絶望は、察するに余りある―――

しかし、そんな事など夢にも思わない主は自室に戻り、誇らしくそれを想った。

 

 

 

「休日は大切だもんなぁ……クライム君も泣いて喜んでたし!俺って良い上司じゃん!」

 

 

 

主と、その他の人物との価値観が埋まる時は来るのだろうか……。

 

 

 

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Epilogue―――カイレ

 

時代が動いていく中、法国の中では穏健派として、両国の橋渡しをする存在となった。

その私生活は清貧そのものであり、多くの会議でも居るだけで場を引き締める重鎮として、その重みを増していく。但し、大英雄が絡む事柄だけは人が変わったように、時に般若と化した。

 

その逆鱗に触れた者は明日の太陽を拝む事は出来ない、とまで称される豹変っぷりであったが、それ以外は好々爺ならぬ、好々婆(?)といった具合であり、多くの者から慕われる人物であった。

 

しかし、上層部の面々がとある少女を強烈にプッシュする中、カイレのみはクレマンティーヌを推薦し、その時ばかりは周囲の顔色を変えさせたが、カイレの意思は固く、クレマンティーヌ本人は知らぬまま、彼女がいつ出奔しても良いように環境を整えていくのであった。

 

その生涯を法国の為に尽くしたカイレであったが、元々が高齢である。休む暇もない激務の中、遂に体調を崩し、そのまま帰らぬ人となった。

葬儀には両国から多くの者が訪れたが、クレマンティーヌのみは「あばよ、クソばばぁ。私はモモちゃんと楽しく暮らすから~」と言いたい放題の有様である。

 

 

その瞬間、棺の蓋が吹き飛び―――

 

 

死んだ筈のカイレが飛び上がってクレマンティーヌの頭をしこたまに痛打した。

不意の殴打にクレマンティーヌは気を失い、カイレもまた、そのままの姿で絶命していた。

混乱の中、葬儀こそ行われたが、彼女が本当に死んだのかどうかは歴史の謎である。

 

 

 

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Epilogue―――クレマンティーヌ

 

後に、ダンジョンの主へと永久就職。

主が作ってくれた“居場所”へどっぷりハマり、主にもどっぷりハマった。

何をするにも24時間甘えっぱなしであり、主の前では限度を超えた幼児化っぷりを見せていたが、突然現れた、国をも傾けそうな美女がその頭を痛打した。

 

 

その美女が何者であったのか―――

歴史は黙し、何も語らない。

 

 

只一つ、分かる事は―――その美女は、彼女と非常に仲が悪かったという事だ。

いや、仲が悪いと言うよりも、それは“教育”であったのかも知れない。

主はその日から平穏を取り戻し、美女の手を取って感謝した。

 

 

 

「ババァ、しつけぇんだよ!さっさと地獄に逝けや!何ならいま逝くか、コラ!」

 

「ヌシの目はガラス玉かぇ。何処に“ババァ”が居るんぢゃ?」

 

 

 

ダンジョンは今日も、内に外に騒がしい―――――

 

 

 

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Epilogue―――ニグン

 

竜王国での死闘が終わり、すぐさまダンジョンへ行……かなかった。

遥か遠くに去った神の業績が忘れ去られる事を恐れ、後世に書を残すべく執筆を始めたのだ。

それは竜王国で起こった奇跡が記された「審判の日」と名付けられた書。

 

実際に竜王国で長年に渡る死闘を繰り広げてきた彼の書だからこそ、そこには説得力とリアリティが生まれ、たちまち大ベストセラーとなった。

続けて、請われるがままに数冊の本を記したが、そこには神(大英雄)への賛美が満ちており、自分が如何に神と近しい間柄であるかが、これでもかと強調されていた。

 

反面、ガゼフ・ストロノーフに言及する部分では「不遜な男」「神に対し、あの馴れ馴れしい態度を改めるべき」「恐るべき粗忽者」「神の慈愛に付け込む棒振り」「神をも怖れぬ剣術屋」など、罵詈雑言の嵐である。

 

尤も、読者の方も手慣れたもので「またニグン先生の病気が始まったよ(笑)」と生暖かい目で見られ、程好いジョークとなっていた。

本のお陰か、彼は「光の使徒」と呼ばれるようになり、内心満更ではなかったらしい。

 

 

その後、彼は売り上げの全てを孤児院へと寄付し、身一つで新大陸へと渡る。

本当の意味で、「光の使徒」となる時が来たのだ。

主としては内心、大人の男性が「女性陣の諍い」を静めてくれると期待していたが、その方面では彼は全く役に立たなかった。

 

全ての女性陣に対し、「一刻も早く神と結婚し、その子を成すべきであるッ!」と力説して回り、むしろ、主の周りが絢爛豪華な華に包まれて行く一助となったのだ。

女性陣からすれば、実に頼りになる男であり、彼は后達から相談があれば、たとえ明け方であろうと深夜であろうと快く迎え、悩みがあればそれらを解決すべく尽力した。

 

その昔、日本には「大奥」などと呼ばれるものが存在していたが―――

彼は自然、そこを取り仕切る存在となっていく。

 

実際、彼が居なければ諍いがどう発展していったかを想像すると、彼の存在は何処までも貴重で、不可欠であった。本来なら主を補佐しなければならないフールーダなどは、奥向きの事にはまるで興味がなかったのだから。

 

下手を打っていれば、ありえたかも知れない“内部崩壊”をサラリと解決し、大小問わず奥のトラブルを収めていく姿は―――確かに“光の使徒”であった。

ダンジョンの主こそ、彼に頭を下げて感謝しなければならないであろう。

この光の使徒が、バラ撒いた多くの騒乱を一手に纏め、強固な奥体制を作り上げたのだから。

 

 

 

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Epilogue―――絶死絶命(ゼットン)

 

後に、ダンジョンの主へ永久就職。

時代が動いていく中、連合国は遂に帝国をも飲み込み、巨大な一大国家となった。

それまでの間、彼女は休日になると“居場所”へと赴いていたのだが、その日を本格的な引越しの日と定めた。

 

神様の膝がお気に入りらしく、そこに座るとテコでも動かない。

意外な事に、もう彼女は戦いに自分を見出す事はなかった。望むモノが手に入った以上、最早、彼女にとって戦いなど、弱い者苛めでしかなくなったからだ。

 

他の女性陣との関係は至って良好であり、これは法国の「才ある者は多く子を」という方針が思考に根付いていたからだとも言えるし、彼女もその方針に賛成であったからとも言える。

 

後に周辺諸国が動き出した時、一度だけ興味を示す敵が現れたが……。

その敵も、主の前では木偶の坊でしかなく、瞬時にその身を沈める事となった。

彼女の鎌が振るわれる時は、もう無いだろう―――

 

 

ちなみに、法国のダンジョンに対する公式見解は中々に面白いものである。

人々に夢と希望を与え、あまつさえ人類を鍛えてくれている、という斜め上のものであった。

実際、そういった作用があった事は否定しないが……いや、もう何も言うまい。

 

 

 

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Epilogue―――スレイン法国

 

 

辺境領(実質の独立国)を挟み、評議国との軋轢を無くしながら王国を併合。

後に帝国領も併合し、人類の一大国家を作り上げた。

 

彼らが掲げるのは―――六大神。

 

その事に変化はない。

変化があるとすれば、最奥の神殿に一つ像が追加された事だ。

それは、“地に光を齎す至高神”と名付けられた神。

世間では「大英雄」と呼ばれる人物であった。

 

彼らは今日も六大神の像を磨き、祈りを捧げる。そして、もう一つの像へ深々と頭を下げ、熱心に祈りを捧げた後、極上の魚を恭しく献上した。

神は聖地:トブの湖で獲れる、極上の中の極上の魚しか口にされないのだ。

彼らはそれへ捧げる魚に、一切の妥協をしない。リザードマンが養殖を試行錯誤しているとの話を聞き、陰ながらではあるが、それらに対するアドバイスも行っている。

 

全ては至高神の為に。

世界の地図を見よ。

人類の生存圏を見よ。

あの方は―――――地に大きな平穏と、救いの光を齎してくれた。

 

彼らはリザードマンとの接触を通し―――

“亜人”という存在に対して、緩やかな変化が訪れつつあるようだ。

 

 

 

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Epilogue―――デコスケ

 

トブの大森林を駆け回り、遍く異形種を従えた地獄の王であったが、偉大なる創造主の前では正に犬猫であった。

子作りを強く勧めるのは忠誠であったのか、何なのか。

彼個人としては創造主に対し、ラキュースを強く推し、ラキュースからも「可愛い!」といつのまにか可愛がられるようになっていったようだ。

 

デコスケの見た目も、能力も―――彼女が好む“闇の存在”であった事も大きかったであろう。

 

ダンジョンでは時に死の騎士と、ダーク・ラキュースがセットで現れ、挑戦者を容赦なくぶちのめす事になっていくが、両者のタッグはほぼ無敵であった。

 

 

 

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Epilogue―――ハムスケ

 

ダンジョンの主に、忠誠を捧げる大魔獣。

その姿は“旧大陸”で様々に謡われ、遂には“聖獣”である、とまで言われるようになっていく。

多くの場面で大英雄と行動を共にしており、特に王都での動乱の際、デス・ナイトと死闘を繰り広げた姿が多くの人間の目を惹き付け過ぎたのだ。

 

新大陸へ赴いてからも主に対する過保護は留まる事を知らず、四六時中世話を焼きたがった。

主もハムスケに対してだけは異常なまでに心を開いており、時にはその口調が荒くなったり、時には甘えるような態度になったりと、主従と言うより夫婦に近かったのかも知れない。

 

主としては伴侶を探してあげたいという気持ちもあるようだが、別段焦ってはいなかった。

この主従にとって、時間などは只の数値でしかないのだから。

今後も主は、ハムスケの前ではだらけた姿を晒し、情けない姿も晒すだろう。

 

 

 

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Epilogue―――???

 

 

―――竜王国 戦場

 

 

そこは端的に言えば、地獄であった。

先の大侵攻から10年、遂にビーストマンが満を持して再侵攻を開始したのだ。

 

 

―――その数、およそ8万。

 

 

すぐさま竜王国は陣営を整え、法国のみならず、王国にも援軍を求めた。

この一角が破られる事になれば、周辺諸国にも地獄が訪れる。その事を、今では王国もしっかり理解していたが故に、迅速に援軍を用意したのだ。

 

 

王国から出された援軍、それを率いるのは英雄ガゼフ・ストロノーフであった。

だが、左右を見ても、そこには懐かしい僚友の姿はない。

ニグンは新大陸へと去り、ゼットンと呼ばれた少女の姿も無く、当然、大英雄の姿もなく。

ここには、ガゼフ・ストロノーフという英雄の姿だけがあった。

 

8万にも及ぶ軍勢は好き放題に竜王国の領内を荒らし、思うがままに人を喰らった。それを止める事など、誰にも出来はしない―――英雄ガゼフであっても。

彼がどれだけの英雄であろうと、剣豪であろうと、8万もの数を前に何が出来るであろう。

戦線は次々と破られ、その箇所では地獄の宴が繰り広げられる事となった。

 

 

後世、ガゼフ・ストロノーフの“三大難戦”と謡われる戦いの一つである。

 

 

一つ目は言うまでも無く、ブレイン・アングラウスとの死闘であった。

二つ目は竜王国で行われた獣将との一騎打ち。

最後が、この絶望的な戦いである。

 

長い戦いを通じ、彼は多くの将兵の心を掴んでいったが、数ばかりは如何ともし難い。今も左翼と右翼が食い破られ、既に彼が率いる中央以外はズタボロの状態である。

 

ガゼフは中央の陣を押し進め、殿を務めるべく動き出したが、既に左右の陣は壊乱と言って良い有様であり、逃げ遅れれば“喰われる”地獄となっていた。

ガゼフは500の軽騎兵を率い、何度も突撃を繰り返したが、その度に自軍の数が磨り減り、遂には敵陣の中で彼一人が孤立する有様へと陥った。

無理もない事である。彼と力量を同じくする者など、この戦場にはもう居ないのだから。

 

もしここに、ニグンが率いる一軍がいたとすれば、ガゼフの空けた穴にすぐさま多数の天使を切り込ませ、魔法を次々に叩き込み、遂には敵陣を木っ端微塵に打ち砕いたであろう。

そして、その後―――ニグンは憎まれ口を叩いたに違いない。

 

 

「所詮は剣術屋。全くもって、情けない男よ―――己の無力さを神に詫びよ」と。

 

「相変わらず、手厳しい事だ」と、彼は答えたであろう。

 

 

だが、戦場に「もし」は無い。

ガゼフの奮戦虚しく、全戦線が崩壊する瞬間―――――()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――でかくなったな、小僧」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガゼフがその声に導かれるように空を見上げれば、そこには漆黒の巨馬に跨った武人がいた。

その身は黒い全身鎧に包まれており、その背には燃えるような紅蓮のマントが翻っている。

だが、何よりの驚きは―――その身が、“完全に人間”であった事だ。

 

 

「あ、貴方、は………」

 

 

ガゼフの喉が枯れ、心臓が破裂するような鼓動をあげた。

忘れる筈も無い。忘れられる訳が無い―――その声、その身に纏った圧倒的な強者のオーラ。

 

 

「ま、魔神……!あ、貴方は消滅した筈では………」

 

「ガゼフ・ストロノーフ―――我が“偉大なる王”に、不可能など無いと知れ」

 

 

漆黒の巨馬に跨った武人―――いや、ペイルライダーが轟音を響かせながら地へと舞い降りる。

8万にも及ぶビーストマンも、その足を止めていた。

いや、違う―――――動けないのだ。

 

 

ペイルライダーが両手を広げ、その先の空間へ黒き瘴気が満ちていく。

そして、ビーストマンにとって終生忘れられぬ、史上最悪の存在が舞い降りた。

それは二体の《魂喰らい/ソウルイーター》と呼ばれる伝説のアンデッド。かつて三体のソウルイーターがビーストマンの都市に現れた時、10万人にも及ぶビーストマンが殺戮されたのだ。

 

―――それが、二体。

 

ビーストマンは恐怖に慄いたが、彼らはまだ知らない。

それらを従える騎兵の方が、軽くその数億倍は恐ろしい存在である事を―――――その証拠に、黒き騎兵が口を開いた瞬間、ソウルイーターは恐怖に耐えかねるように全身を震わせた。

 

 

 

 

 

「ソウルイーターよ、分かってはおるだろうが、我が偉大なる王の顔に、泥を塗るような真似は許さん。我が王を不快にさせる―――――“虫ケラ”の悉くを“塵殺”せぃッッッ!」

 

 

 

 

 

ペイルライダーが天から稲妻を落とすような大喝を発し、ソウルイーターが全速力で走り出す。

もはや、目の前の敵を一匹でも逃せば、自分達の命がないと本能で察したのであろう。ソウルイーターは始めから全力全開でビーストマンの群れへと突っ込んだ。

 

広範囲のアタックスキルを連発し、その度にソウルイーターの攻撃力が跳ね上がっていく。敵陣営がまるで砂糖のように溶けていき、遂にはペイルライダーが天高く飛翔した。

 

 

「我が偉大なる王は貴様らに―――――既に死を与えていたのだッ!」

 

 

ガゼフが言葉を失う中、ペイルライダーの両手から黒き衝撃波が放たれ、まるで悪い冗談のように、数千体にも及ぶビーストマンの体が宙へと舞った。

その後の戦場など、語るまでも無い。二度の壊滅を味わったビーストマンはこれ以降、二度と竜王国の版図に足を踏み入れる事は無くなった。

 

 

その後、賢明なる竜王国の女王は連合国の従属国となる事を申し伝え、国の安寧を守る事となる。

かつて偉大なる王、大英雄に仕えし武人―――魔神伝説はこの戦いにおいて不朽の存在となった。

その偉容、その言動、その無慈悲までの圧倒的な武力。

 

 

彼の存在が、時に両英雄すら超える、不朽の存在となったのも止むを得ない事であった。

 

 

 

 

 

《青褪めた乗り手/ペイルライダー》

死の宝珠を核とし、再召喚した存在。

逸脱者フールーダ・パラダインと、稀代のネクロマンサーであるカジットが協力し、最後にはダンジョンの主の莫大な魔力を注ぎ込む大儀式を通し、10年の時間をかけて甦った。

死の宝珠に彼の力が残されていたからこそ、この大儀式はからくも成功したと言える。

 

死の宝珠を核としている為、大きなペナルティを受け、今のペイルライダーの強さは40lv程度。

但し、奇跡とも言える第二形態を実装していた。

第二形態は死霊ではなく、完全に人間の姿となり、78lv相当の強さへと戻る。第二形態で居られる時間は、第一形態で過ごす時間に左右され、最長でも3日。

宝珠を核としている為、ある程度のアンデッドを召喚し、駆使する事も可能。

 

 

―――――ダンジョンの主は再会した彼に対し、何も言わずに抱擁した。

 

 

感激に打ち震える彼に対し、主は得意気にドイツ語で《SCHWARZ LANZENREITER/黒色槍騎兵》と名付けたが、周りから呼び難い、分かり難い、と不評であり、結局は元の名へ戻った。

 

主はこれ以降、暇があればペイルライダーの許を訪れ、時には二人で外出し、未知を楽しむように冒険へと出掛けた。騒ぎを起こさぬよう、二人は非実体化して各地を見て回ったが………

当然、歩く核爆弾のような二人の冒険が平穏である筈もなく、様々な大騒動を生んでいくのだ。

 

 

 

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Epilogue―――ガゼフ・ストロノーフ

 

彼のその後については、殆ど語る事はない。

多くの妻から愛され、多くの部下からも愛され、あらゆる国民から愛された。

英雄と呼ばれる存在の、その全てを彼は過不足無く備えていた。否、備えすぎていた。

 

多くの功績によって次々と抜擢され、法国の上層部からも憎まれる事もなく、一時は聖典の数を一つ増やし、彼に隊長を任せようという案も出た程だ。

 

長らく彼は将軍という地位にいたが、その晩年には王国軍の元帥へと抜擢された。

しかし、彼が元帥という地位にいた期間はそれ程長くはない。

度重なる死戦を超え、彼の肉体は年齢以上に衰えが目立つようになっていたのだ。

 

その晩年は目も霞み、剣を持ち上げる事も出来ぬ程に衰えたが、彼の許には毎日のように多くの部下が訪れ、その賑やかさは毎日が宴のようであった。

彼は生前から妻達に「アングラウスの隣に埋葬してくれ」と頼んでいたが、遂にその日を迎える。

 

 

 

彼はその日、震える手足を叩き付け、王国の四宝を身に纏ったのだ。

 

往年とは違い、その姿に雄々しさはない。

 

しかし、そこには激動の時代を生き抜いた一人の“英雄”の姿があった。

 

 

 

彼はその姿を「大英雄の描き手」に頼み、一枚の肖像画を描かせたのだ。

その絵は老いの清らかさと、人生というものを感じさせる、不思議な余韻を残すものであった。

彼はその絵を一瞥し―――万感の想いを込めて呟く。

 

 

 

「―――――素晴らしい時代に生きた」

 

 

 

ガゼフ・ストロノーフの最後の言葉である。

彼の遺体は希望通りにブレイン・アングラウスの隣へ埋葬され、二つ並んだ墓石は、およそ剣を志す者ならば一度は訪れる名所となった。

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

Epilogue―――???

 

 

連日のように曇り空が広がり、その日も朝から激しい雨が降り続いている。

こんな日はたとえ「英雄」の墓であっても、訪れる者は少ない。今もローブを纏った男が一人、墓の前で佇んでいるだけだ。

男は何か独り言を言っているようでもあり、墓に話しかけているようでもある。

 

一見すれば誰も居ない墓地であったが、実のところ、その周囲は物々しい警護が敷かれていた。

非実体のレイスなどが各地に伏せられ、ティアとレイナースも居る。

ローブを着た男の独り言は、中々終わらない。

 

 

 

本当に貴方は頑固ですね。

そういう所は、とても好ましくはあるのですが。

でも、私も我儘ですから何年経っても諦めませんよ?

そういえば聞いて下さいよ、この前……

 

 

 

楽しそうに墓へと話しかける様は、異様と言えば異様である。

そして、男は何かを思いついたのか、隣の墓へと目を向けた。

暫く隣の墓を見ていた男であったが、その瞳からハイライトが消える。

 

 

 

「そっか……貴方にも協力して貰えば良いのかな。ねぇ、ブレイン・アングラウスさん?」

 

 

 

男の呟きを聞いて、ティアとレイナースが思わず小声を漏らす。

 

 

 

「どう見てもヤンデレです。本当にありがとうございました」

 

「マイロード、そんな姿も世界一素敵です」

 

「あの執着をベッドでぶつけて欲しい」

 

「それは、とても素敵な話ですね……想像するだけで……」

 

 

 

この二人は本当に護衛なのだろうか。かなり疑問が残るが、まぁいいだろう。

男の執着の結果がどうなるのか、それは誰にも分からない。

只一つ分かっている事は、この男は本当に我儘だという事だけだ―――――

しかし、それに対する戦士二人も、稀代の頑固者であった。

 

 

この綱引きの結果がどうなるのかは―――まさに、神のみぞ知る世界である。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――新大陸 北の大国

 

 

豪華な玉座に一人の美少女が座り、高々と足を組んでいる。

ポニーテールに纏められた髪は燃えるような赤色であり、全身を包む鎧もまた、赤色であった。

大小、八カ国を次々と打ち破り一大王国を築き上げた―――征服王と呼ばれる存在。

 

その麾下には知将、猛将が綺羅星の如く集まり、絢爛豪華の極みであった。

玉座の間では最近、大陸を揺るがしているダンジョンへの派兵を決めたところである。

そのダンジョンには夢のような財宝が溢れており、まるで大陸全土に黄金時代が訪れたかのような有様なのだ。冒険者達だけに、美味しい思いをさせている訳にはいかない。

 

既に、「アの国」にはダンジョンから生まれた黄金バブルともいうべきものが訪れており、食料や酒などどれだけ作っても供給が追いつかず、何処の宿屋も満員、猫の手を借りても到底足りず、まるで天空から無限の黄金が降り注ぐような光景であった。

 

 

「―――全てを掴み取りにしてやる」

 

 

征服王の艶やかな唇から、燃えるような言葉が漏れた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――新大陸 東の大国

 

 

玉座の間に13人の少女が並んでいた。

その身には其々、大きな《呪文印/スペルタトゥー》が刻まれており、世に十三獣将と呼ばれ、怖れられている存在だ。其々が軽く20lvを超える猛者ばかりである。

 

それだけでも圧巻の光景であったが、玉座の前で跪く麗しい美女は―――何と、竜人であった。

圧倒的な力と魔力を身に宿し、優に50lv相当に匹敵する化物である。

彼女達もまた、噂のダンジョンへ調査団を送り込む事を決めた。彼女達自身は別に財宝を好んでいる訳ではない。彼女たちの頂点たる存在―――“本物の竜”が財宝を好むのだ。

 

 

《砂嵐の竜王/サンドストーム・ドラゴンロード》

 

 

それが、彼女達の頂点に君臨する存在である。

普段は洞窟の中で眠っている事が多いが、財宝の匂いを嗅ぎ付けたのか、最近では起きている事が多くなり、配下の彼女たちに小煩く指令を飛ばす。

今日は人化した小さな体で、その身には大き過ぎる玉座から金切り声で指令を下していた。

 

 

「はよぅ、妾に財宝を持ってこんかっ!キンキラの、ピカピカのじゃぞ!」

 

「「ははぁぁぁぁ!」」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――新大陸 西の大国

 

 

一つの巨大な天使像の前で、三人の少女が祈りを捧げていた。

ここは数百年前、この地に舞い降りた天使様を信仰する巨大な宗教国家。

彼女たちは国の頂点にして、天使様の傍近くで仕える、“聖女”と呼ばれる存在であった。

 

 

「光を齎す王子……?」

 

「違う、その実態は数多のアンデッドを支配する地獄の王よ」

 

「天使様……どうか私達に力を……!」

 

 

聖女達は今は亡き天使様へ熱心な祈りを捧げ―――

そして、遂に大陸を揺るがしているダンジョンへの派兵を決めた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――地下大墳墓 玉座の間

 

 

タイミングを同じくして、三カ国が攻め込んでくる。

その報を聞いたダンジョンの主は不敵な笑みを浮かべた。

しかし、其々の国が500名ずつの精鋭を送り込んでくるとの報が続けざまに入り、遂に耐え切れなくなったのか、膝を叩きながら大笑いする。

 

 

―――――奇しくも、1500名との戦いであった。

 

 

常人ならば身の破滅を思い、じっとしていられないであろう。

だが、主だけでなく、玉座に並ぶ誰の胸にも不安など欠片もない。むしろ、その胸中にはふつふつと湧きあがってくる闘志だけがあった。

 

ある者は熱狂的な忠誠を捧げる為、ある者は愛の巣を守る為、ある者は受けた恩を返す為。

誰の胸にも、自分達を惹き付けて止まぬ、絶対的な主への愛だけがあった。

いつしか、全員の視線が至高の玉座へと向けられる―――

 

 

 

 

 

そこには生も死も、時間すらも支配し、万人を魅了して止まぬ―――――

 

《OVER PRINCE/全てを超越せし王子》の姿があった。

 

眩い輝きを放つOVER PRINCEが立ち上がり、

 

その右手を高々と掲げ、総員へと告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、新たな伝説を始めよう―――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『OVER PRINCE』

 

 

PAGE:70 ――― TRUE END

 

 

Written by 神埼 黒音

 

 

 

 

 

 




沢山の応援、本当にありがとうございました!
今後の活動や、今作の製作話などは活動報告の方で更新していきます。





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